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ヘイトスピーチに関する裁判例

 一般に,表現行為を制限する場合には,憲法第21条第1項が保障する表現の自由との関係が問題になります。最高裁判所が「表現の自由は民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければなら」ないと判示しているように,表現の自由は数ある人権の中でも特に重要な権利であり,安易に制限されてはならないものです。しかし,最高裁判所が「憲法21条1項も,表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく,公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであ」るとも判示しているように(最高裁判所第二小法廷・平成20年4月11日判決),どのような表現行為でも常に許されるというものではありません。
 ヘイトスピーチも表現行為によるものであるため,その制限については,表現の自由との関係が問題になります。この問題を扱った裁判例として,大阪地方裁判所・令和2年1月17日判決があります(※)。ここでは,「大阪市ヘイトスピーチへの対処に関する条例」が表現の自由を保障する憲法第21条第1項に違反するかどうか等が争われました。
 この条例は,大阪市の区域内で行われたヘイトスピーチについて,市長が拡散防止措置を講ずることやヘイトスピーチを行った者の氏名等の公表をすることなどを定めていました。裁判では,そもそもこれらが表現の自由の制限に当たるかも争点となりましたが,大阪地方裁判所は,これらの条例の諸規定が表現の自由を制限するものであると認定した上で,その制限は,公共の福祉による合理的で必要やむを得ない限度の制限であり,容認されるものであると判断しました。大阪地方裁判所は,その理由として,(1)条例の目的が,名誉の保護や特定の民族等に対する偏見や差別意識等が助長されることなどの抑止等にあり,合理的で正当なものであって,条例の定める拡散防止措置等によりヘイトスピーチを防止する必要性が高いこと,(2)拡散防止措置等は,表現活動が行われた後になされるものであり,制裁を伴うものでもなく,プロバイダ等に対してヘイトスピーチを行った者の氏名の開示を義務付ける規定もない上,市長が拡散防止措置等を講ずるに先立って学識経験者等により構成される附属機関に対して当該措置等を講ずることの合理性について諮問されることが予定されていること等を挙げています。
 この裁判例が示しているとおり,表現の自由が保障されているからといって,ヘイトスピーチが許されるとか,制限を受けない,ということにはなりません。表現の自由を保障している憲法は,その第13条前段で「すべて国民は,個人として尊重される。」とも定めています。自分と異なる属性を有する者を排斥するような言動は,全ての人々が個人として尊重される社会にはふさわしくありません。ヘイトスピーチは,あってはならないのです。
 
※ 裁判所ウェブページ
 https://www.courts.go.jp/app/hanrei_jp/detail4?id=89318