人権擁護法案に関するQ&A
 このQ&Aは,平成14年3月8日,第154回国会(常会)に提出した「人権擁護法案」について,報道機関による人権侵害に対する取組を中心に作成されたものです。「人権擁護法案」は,平成15年10月に衆議院の解散により廃案となりましたが,法務省では引き続き検討を行っています。

 Q1  人権擁護法案とは,どんな法案ですか。
 Q2  どのように人権救済手続が整備されるのですか。
 Q3  人権擁護の組織体制はどのように整備されるのですか。
 Q4  なぜ報道機関による人権侵害についても,特別救済が必要なのですか。
 Q5  報道機関による人権侵害を特別救済の対象とするに当たって,報道の自由・取材の自由にどのような配慮が払われているのですか。
 Q6  特別救済が図られる報道機関による人権侵害の被害者である「犯罪被害者等」には,どのような人が含まれるのですか。
 Q7  特別救済の対象となる「報道による著しいプライバシー侵害」とは,どのようなものですか。
 Q8  特別救済の対象となる「過剰で生活の平穏を著しく害する取材」とは,どのようなものですか。
 Q9  この法案は,報道や取材について,新しい規制を設けるものですか。例えば,犯罪被害者等に繰り返し電話をしたり,ファックスを送ることもできなくなってしまうという批判がありますが。
 Q10  「つきまとい等」の規定は,ストーカー規制法と同じ表現ぶりであり,取材をストーカー行為と同視するものだという批判がありますが。
 Q11  人権救済手続が,報道機関から犯罪の疑惑を追及されている政治家や官僚に利用されるおそれはないのですか。
 Q12  確かに特別救済の対象となる報道機関による人権侵害は限定されていますが,対象として列挙されたもののほか,これに準ずる人権侵害についても,特別救済を図ることができることとされています。これでは,対象が無限定に広がってしまうのではないですか。
 Q13  特別救済の対象とすることで,報道を萎縮させるおそれはないのですか。
 Q14  特別救済と異なり一般救済の対象には特段の限定がありません。これでは取材や報道に関するあらゆる人権侵害について,人権委員会が調査や指導を行えることとなりかねず,取材の自由・報道の自由を侵害することにつながるのではありませんか。
 Q15  諸外国においても,行政に属する機関が報道機関による人権侵害の救済を図るような制度はないのではないですか。

 Q1  人権擁護法案とは,どんな法案ですか。

        人権擁護法案は,人が生まれながらにして持っている権利としての人権を護るため,人権侵害に関する相談に乗ったり,加害者に人権侵害をやめさせ,あるいは被害の回復を得られるよう人権侵害の被害者を援助する仕組みとしての人権救済手続を整備すること,その担い手として独立行政委員会としての人権委員会を中心とする人権擁護のための組織体制を整備することなどを目的とする法案です。
 言うまでもなく,人権侵害の救済についても,最終的な紛争解決手段であり,人権の砦としての裁判制度が用意されていますが,差別,虐待の被害者等の弱い立場にある人々にとっては自らの力で裁判制度を利用することが困難な場合が少なくないなど,現実には様々な理由から裁判上の救済だけでは実効的な救済が図れない場面があります。このような事情から,先進各国においても,裁判制度を補完する目的で様々な行政上の人権救済にかかわる制度の整備が進められているところであり,我が国においても人権救済制度を抜本的に整備しようとするものです。

 Q2  どのように人権救済手続が整備されるのですか。

        これまでの専ら任意の調査と措置による(一般)救済手続に加え,差別,虐待等の自らの人権を自ら守ることが困難な状況にある人権侵害の被害者を実効的に救済するため,特別救済手続を整備します。
 この特別救済手続においては,まず人権侵害に関する事実の認定を正確に行うため,正当な理由のない非協力に対して過料の制裁を伴う調査権限(特別調査)を整備するとともに,調停・仲裁,勧告・公表,訴訟援助(資料提供・訴訟参加)という救済措置を講ずることとしています。調停・仲裁は当事者の合意に基づくものですし,勧告・公表にも拘束力はありませんが,それで解決しない場合には被害者が裁判により救済を得られるよう,人権委員会の調査資料を提供したり,被害者を応援するため人権委員会が裁判に参加することにより,被害者を裁判上応援していこうとするものです。
 特別救済手続の主な対象は差別と虐待ですが,報道機関による人権侵害についても,一定のものがこの手続の対象とされます。ただし,この場合は特別調査を行うことはできず,専ら任意調査によることとなります。

 Q3  人権擁護の組織体制はどのように整備されるのですか。

        特別救済手続を含む人権救済一般と人権啓発を所掌する独立行政委員会として,人権委員会を設置し,併せてその中央事務局と地方事務所を整備します。
 地方事務所は,高等裁判所単位で設ける予定ですが,地方事務所の置かれない府県等については,現在人権擁護事務を所管している地方法務局に地方事務所の事務の一部を委任する予定です。
 人権委員会を独立行政委員会として設けるのは,この機関が公権力や報道機関による人権侵害についても救済対象として取り扱うことなどから,他からの影響を排して独立して職務を行う必要があるからで,委員長・委員の選任手続,身分保障,職権行使の独立等を通じて,人権委員会には高い独立性が確保されますし,中央事務局,地方事務所はもちろん,事務委任を受ける地方法務局についても,人権委員会の指揮監督下に置かれ,法務大臣の指揮命令は及びません。

 Q4  なぜ報道機関による人権侵害についても,特別救済が必要なのですか。

        犯罪報道に関連して,犯罪被害者やその家族等のプライバシーを侵害する報道や集団的過熱取材(メディア・スクラム)などと呼ばれる過剰な取材が社会問題となっています。もちろん,これらの人権侵害に対しては,裁判手続によりその停止や被害の回復を求めることができますが,一般に極めて弱い立場にあるこれらの人々には裁判手続に訴える余裕がなく,泣き寝入りをせざるを得ないことが少なくありません。また,報道機関自身による自主的な予防・救済の取組も未だ必ずしも十分でない状況にあります。そこで,報道の自由・取材の自由に十分な配慮を払いつつ,特別救済手続の中で,犯罪被害者等に対する報道被害の救済を図ろうとするものです(注1)。
 (注1 )この法案は,人権擁護推進審議会(人権擁護施策推進法に基づき法務省に設置)の答申を踏まえて立案されたものですが,答申においても「犯罪被害者とその家族,被疑者・被告人の家族,少年の被疑者・被告人等に対する報道によるプライバシー侵害や過剰な取材等については,これらの人々が自らの人権を自ら守っていくことが困難な状況にあることに照らし,自主規制の取組にも配慮しつつ,調停,仲裁,勧告・公表,訴訟援助の手法により,積極的救済を図るべきである。」「マスメディアにおける自主規制の現状等に照らすと,マスメディアによる人権侵害の問題をすべてその自主規制に委ねることは相当でない。」と指摘されています。

 Q5  報道機関による人権侵害を特別救済の対象とするに当たって,報道の自由・取材の自由にどのような配慮が払われているのですか。

        第1に,救済の対象を,特に弱い立場にあり,報道被害を受けても泣き寝入りせざるを得ないことの多い「犯罪被害者等」に対する「報道による著しいプライバシー侵害」と「過剰で生活の平穏を著しく害する取材」の二つに限定しています。これらの人権侵害が現実に起こった場合に事後的な救済を図るもので,いわゆる事前規制にわたることはあり得ません。
 第2に,専ら任意の調査によることとし,過料の制裁を伴った調査の対象から除外しています。
 第3に,特別救済手続の実施に当たって,報道・取材の自由の保障に十分配慮するとともに,報道機関による自主的取組を尊重しなければならないとする義務規定を設けています。

 Q6  特別救済が図られる報道機関による人権侵害の被害者である「犯罪被害者等」には,どのような人が含まれるのですか。

        「犯罪被害者等」には,犯罪被害者とその家族,被疑者・被告人の家族,少年の被疑者・被告人が含まれます。法文上,人権侵害の被害者としてこれらの者を明示していますが,このQ&Aでは,これらの者をまとめて「犯罪被害者等」として表しています。成人の被疑者・被告人は含まれません。

 Q7  特別救済の対象となる「報道による著しいプライバシー侵害」とは,どのようなものですか。

        「報道による著しいプライバシー侵害」の要件は,アある人を犯罪被害者等として報道するに当たって,イその人の私生活に関する事実をみだりに報道し,ウその名誉・生活の平穏を著しく侵害することです。
 例えば,性犯罪の被害者の氏名,住所,生活歴等をみだりに暴露する記事や写真を掲載・頒布することなどです。

 Q8  特別救済の対象となる「過剰で生活の平穏を著しく害する取材」とは,どのようなものですか。

        「過剰で生活の平穏を著しく害する取材」の要件は,アある人を犯罪被害者等として取材するに当たって,イその人が取材を拒否しているのに,ウ「つきまとい等」を反復・継続して行い,エその生活の平穏を著しく害することです。
 ここで,「つきまとい等」とは,つきまとい,待ち伏せし,進路に立ちふさがり,住居その他通常所在する場所の付近で見張りをし,そこに押し掛け,電話をかけ,又はファックスを送ることで,法文上はこれらの行為を明示していますが,このQ&Aではこれらの行為をまとめて「つきまとい等」と表しています。
 例えば,犯罪被害者が取材を拒否しているのに,これを無視して,大勢でその自宅を取り囲み,外出時にもつきまとって,その生活の平穏を著しく害することなどです。

 Q9  この法案は,報道や取材について,新しい規制を設けるものですか。例えば,犯罪被害者等に繰り返し電話をしたり,ファックスを送ることもできなくなってしまうという批判がありますが。

        この法案は,報道や取材について,何ら新しい規制を設けるものではありません。Q7とQ8で説明した「著しくプライバシーを侵害する報道」や「過剰で生活の平穏を著しく害する取材」は,現在でも不法行為等を構成する違法な人権侵害で,裁判手続により,その停止や被害の回復を求めることが可能なものです。
 また,電話やファックスの反復・継続が直ちに人権侵害に当たるなどと定めているわけではありません。あくまで,犯罪被害者等の生活の平穏を著しく害することが人権侵害であり,電話やファックスを含むつきまとい等の反復・継続は,その方法・態様を限定するものです。

 Q10  「つきまとい等」の規定は,ストーカー規制法と同じ表現ぶりであり,取材をストーカー行為と同視するものだという批判がありますが。

        社会問題化している集団的過熱取材等の実情を踏まえ,過剰で生活の平穏を著しく害する取材の方法・態様を厳密に規定した結果,この法案の「つきまとい等」に関する規定が,ストーカー行為の方法・態様を規定したストーカー規制法(注2)の規定の一部と同様になったものです。
 もっとも,ストーカー規制法もつきまとい,待ち伏せ等の行為が直ちにストーカー行為に当たるとしているわけではなく,「特定の者に対する恋愛感情その他の好意の感情又はそれが満たされなかったことに対する怨恨の感情を充足する目的で」,これらの行為(つきまとい,待ち伏せ等は,身体の安全等が害される不安を覚えさせるような方法によるものに限る。)を反復することをストーカー行為として禁止するものであり,目的による限定があります。
 問題となる行為の方法・態様が一部共通であっても,取材とストーカー行為では全く目的が異なりますし,ストーカー行為には犯罪として刑罰が課されるわけですから,何ら両者を同視するものではありません。
 (注2 )ストーカー行為等の規制等に関する法律(平成12年法律第81号。平成12年11月24日施行)

 Q11  人権救済手続が,報道機関から犯罪の疑惑を追及されている政治家や官僚に利用されるおそれはないのですか。

        成人の被疑者・被告人に対する報道や取材は,特別救済の対象ではありませんから,犯罪の疑惑を追及されている政治家や官僚に対する報道や取材が特別救済の対象となることはありません。
 一方,政治家や官僚の家族に対する報道や取材は特別救済の対象となりますが,政治家等を取材するためその自宅に押し掛け,それに伴って家族にまで迷惑が及んでも,家族に対する取材ではありませんから,特別救済の要件に当たりません。また,家族を事件関係者として取材する場合は,家族としての取材ではありませんから,特別救済の対象とはなりません。
 さらに,政治家等の家族本人が犯罪の疑惑を追及されている場合に,政治家等に対して,その事件への関与や政治責任に関して取材することも,その政治家等については単に家族としての取材ではありませんから,特別救済の対象とはなりません。
 したがって,この法案が,政治家や官僚に対する疑惑追及の障害になることはありません。

 Q12  確かに特別救済の対象となる報道機関による人権侵害は限定されていますが,対象として列挙されたもののほか,これに準ずる人権侵害についても,特別救済を図ることができることとされています。これでは,対象が無限定に広がってしまうのではないですか。

        法案42条1項5号において,1号から4号までに列挙した人権侵害のほかに,これに準ずる人権侵害で,被害者が自ら救済を図ることができない弱い立場に置かれているものについても,特別救済を図ることができることを定めています。
 このようないわゆるバスケット・クローズを置いたのは,差別,虐待等の一定の類型には属さないが,人権擁護の観点からはなお看過することができない人権侵害についても,実効的な救済を図ることを可能とするためです。
 一方,報道機関による人権侵害については,表現の自由・報道の自由に対する配慮から,特別救済の対象を犯罪報道に関するごく一部のものに限定していますから,これに準ずるものであるというためには,このように限定した趣旨を没却するものでないことが必要です。
 実際にも,バスケット・クローズで取り上げるべき報道機関による人権侵害はほとんど想定されず,犯罪被害者が亡くなった場合に,その生前の私生活を暴露する報道が遺族の心情(敬愛・追慕の情)等を著しく害するような事例が僅かに想起されるだけです(バスケット・クローズで取り上げる特別人権侵害に関しては,任意調査によることとされ,過料の制裁を伴う特別調査は適用されません。)。

 Q13  特別救済の対象とすることで,報道を萎縮させるおそれはないのですか。

        報道機関による上述の人権侵害については,専ら任意の調査によることとしています。また,救済措置のうち,調停・仲裁は当事者の合意に基づくものですし,勧告・公表にも拘束力はなく,それで解決しない場合には被害者が裁判手続により救済を得られるよう応援していこうというものです。要するに,何ら強制力のないソフトな手法で裁判前の簡易・迅速な救済を目指す一方,あくまで最終的な決着は司法の場で行おうとするもので,およそ人権委員会が上から命令を下すというような制度ではありませんから,報道を萎縮させるものではありません。

 Q14  特別救済と異なり一般救済の対象には特段の限定がありません。これでは取材や報道に関するあらゆる人権侵害について,人権委員会が調査や指導を行えることとなりかねず,取材の自由・報道の自由を侵害することにつながるのではありませんか。

        一般救済は,あらゆる人権侵害を対象に,人権委員会による救済を必要とする程度等に応じて,助言や関係行政機関への紹介等の援助から,加害者の指導や当事者間の関係調整等に至るまで様々な救済措置を講ずるものです。調査を必要とする場合も専ら任意のものに限られ,救済措置も何ら特別の効力を有するものではありませんから,必ずしもこれを根拠づける作用法を必要とするものではなく,法務省の人権擁護機関においては,これまで法務省設置法の下で大臣訓令に基づいて実施してきました。
 このような一般救済の性格から,特段その対象を限定していませんが,一般救済は人権委員会による救済を必要とする程度等に応じて実施されるものですから,救済措置の選択や調査を実施すべきか否かの判断に当たって,表現の自由・報道の自由に十分配慮すべきは当然で,これらの侵害につながるおそれはないと考えています。実際,これまでも法務省の人権擁護機関において報道機関による人権侵害について勧告等を行ってきましたが,特段批判を受けたことはありません。

 Q15  諸外国においても,行政に属する機関が報道機関による人権侵害の救済を図るような制度はないのではないですか。

        報道機関による人権侵害について,報道機関全般との関係で救済措置を講ずる行政機関等を整備している国は承知していませんが,放送の分野においては,例えば,英国の放送基準委員会(官選の委員が構成員である特殊法人)やニュージーランドの放送基準機構(法定の独立機関)において,報道機関による人権侵害の救済が図られている例があります。
 また,活字報道の関係では,行政に属する機関ではありませんが,英国の報道苦情委員会やスウェーデンの報道オンブズマン・報道評議会など,関連する業界を横断する自主規制機関を設けて,本格的な苦情処理を行っている国もあります。

 
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