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法制度整備支援の現場から~法制度整備支援と「ことば」

法制度整備支援では,「ことば」が大事になります。ご存じのとおり,言葉にはその国の文化や人の思考が滲み出ている上,中でも,法律用語というのは,必要に応じて後から技術的に生み出されたという性質が強く,そこに込められた概念や背景の理解がなおさら重要になってきます。

私のいるベトナムでの例を見てみましょう。ベトナム刑事訴訟法の問題を扱う上で“chứng cứ buộc tội”というベトナム語が出てきます。日越辞書を引くと,“chứng cứ “は「証拠」,”buộc tội”は「告発する」などという意味が載っています。しかし,「告発する証拠」と訳すと,相手方機関とどうも議論がかみ合いません。その後,私は言葉を更に”buộc“(縛り付ける),”tội”(罪)に分解して考え,相手方機関や通訳さんとの議論を通じて,この場合は,「罪に結びつく証拠」,つまり,有罪を裏付ける証拠という理解をする方が現状に近いことが分かりました。

私は,JICAベトナム法整備支援プロジェクトに長期専門家として派遣されている検事です。プロジェクトは,ベトナムの様々な法・司法機関を対象としていますが,私の主な業務は,ベトナム最高人民検察院が行うセミナー等に出席し,皆さんの実務改善のヒントになるよう,そのテーマに関連した日本の知見・経験を共有することです。

セミナー会場の様子

セミナー会場の様子(右端が筆者)

ふだん,私達は日本語⇔ベトナム語の通訳を介して活動しているのですが,法律用語を扱う上では,前記の配慮が必要で,通訳さんに任せてさえいれば十分な通訳が自動販売機のようになされる,とは限らず,法律用語の理解について通訳さんとも日々議論を重ねる必要があります。

少しの議論の食い違いは,活動における大きなロスを引き起こします。そして,その議論の食い違いを引き起こす大きな要因が,法律用語に対する理解の食い違いです。そのため,我々専門家は,英語や現地語などへの理解を深めるとともに,「ことば」そのものに対する感覚を研ぎ澄まさねばなりません。それは,日本語として正しい言葉を使うかどうかという問題にとどまらず,たとえ相手がうまく理解していないとしても,相手のせいにするのではなく,自分の「ことば」は相手にどのように伝わっているか?ということを常に謙虚に考える姿勢なのかもしれません。

「ことば」の習得は条文から直接行うことが多いです

(ベトナム長期派遣専門家・検事 松尾宣宏)