平成13年12月
担当:公安調査庁
平成14年版「内外情勢の回顧と展望」全文

第1 米国同時多発テロ事件関係
概  況
 米国東部時間の9月11日朝,ニューヨーク市にある世界貿易センタービルとワシントン郊外の国防総省ビルに,ハイジャックされた民間航空機が激突するという未曾有の無差別大量殺りくテロが発生した。米国政府は,2日後に事件の首謀者がオサマ・ビン・ラディンであると断定し,タリバンにラディンの身柄引き渡しを求めたが,タリバン側がこれを拒否したため,現地時間の10月7日夜,米国は,英軍とともに,タリバンと「アルカイダ」の拠点に対して空爆を開始した。これに対し,一部のイスラム教国が米軍などの軍事行動を批判したほか,タリバンを支持する市民や過激派組織が各地で激しい反米デモや抗議行動を展開した。
 今回のテロ事件は,国際情勢にも変化をもたらした。ブッシュ政権は,米国同時多発テロ事件が発生するまでは,「単独行動主義的」(ユニラテラリズム)外交政策を展開していたが,テロ事件後は,「反テロ」の下に国際協調姿勢を示している。また,中国は「反テロ」を掲げて対米協調姿勢を明確にし,それまで米中軍用機接触事件などで緊張していた対米関係の修復につなげた。ロシアは,積極的に「反テロ」を唱えて対米協調路線をとり,その結果,チェチェン問題などに関して欧米諸国のロシアに対する厳しい姿勢を緩和させた。
 一方,我が国政府は,米国同時多発テロ事件発生の翌12日,テロ行為を厳しく批判する首相声明を発表するとともに,安全保障会議を開いて対処方針を決定し,自衛隊の派遣を柱とするテロ対応措置の検討を進めた。そして,10月末にテロ対策特別措置法を成立させ,同法に基づき11月以降自衛隊による米軍への後方支援を行うなど,テロ対策を積極的に推進した。
 こうした中で,過激派及び共産党は,米国などによるタリバン攻撃や我が国の自衛隊派遣に強く反発し,我が国政府や,米軍・自衛隊基地などに対する抗議・要請活動などを活発に展開した。また,右翼団体の多くは,連日のように「自主憲法制定」をアピールする街頭宣伝活動などに取り組んだ。なお,我が国内のイスラム諸団体は,テロ行為を非難する立場をとったが,空爆後も事態の推移を静観するにとどまった。

1 イスラム過激派による無差別大量殺りくテロが米国中心部で発生
  周到な準備の上,民間機でニューヨークの世界貿易センタービルなどに突入。米国は国際協力の下,ラディンの逮捕とタリバン政権崩壊を目指し,軍事行動を展開―
  イスラム過激勢力による反米・反政府運動が各地で高揚,ラディンらによる更なるテロの可能性も―
〈ハイジャックした民間機で乗客もろとも突入し,かつてない大規模テロに〉
 9月11日に発生した米国同時多発テロ事件は,ハイジャックした民間機で乗客もろとも世界貿易センタービルなどに突入するという一般市民を標的にした無差別大量殺りくテロであり,規模としては,「ヒズボラ」による1983年のレバノン国連監視軍米仏軍司令部爆破事件(250人余死亡)や1998年のケニア・タンザニアの米大使館同時爆破事件(224人死亡)の犠牲者数をはるかに上回る未曾有のテロ事件となった。
 ブッシュ大統領は,テロ事件が発生した当日中に滞在先のフロリダ州で「明らかに我が国を標的としたテロである」との非難声明を発表し,国家安全保障会議を緊急招集して「連邦非常事態対応計画」の発動と全世界の米外交団・軍に最高レベルの警戒態勢に入るよう命じた。一方,パウエル国務長官は,9月13日の記者会見で,アフガニスタンのイスラム原理主義勢力「タリバン」の保護下にあるとみられるオサマ・ビン・ラディンを今回のテロ事件の容疑者とみなしていることを初めて公式に認め,テロを撲滅するために強い決意で臨む姿勢を見せた。
 後に米連邦捜査局(FBI)がテロ実行犯として発表した19人は,いずれもアラブ系で少なくとも15人がサウジアラビア出身であり,このうち7人が航空機の操縦免許を保有していたことが明らかにされた。実行犯の1人は,1996年にアリゾナ州の飛行訓練学校に数か月間通っており,ほかの2人もフロリダ州の飛行訓練学校で操縦訓練を受けた経験があった。さらに,テロ実行犯が事前にワシントン上空を偵察していたことも判明し,テロ事件は少なくとも5年以上前から周到に準備されていた可能性が指摘された。
 米国政府は,今回の同時多発テロ事件に際して,「米国は戦争状態にある」と宣言し,「継続的で広範」な報復を断行するとした上で,「米国はテロの加害者だけでなく,彼らに隠れ家や支援を与える者も同様に扱う」とし,ラディンと配下の「アルカイダ」及びラディンをかくまうタリバンをも敵とみなし攻撃の対象にする旨公言した。同時に,イスラム諸国を含む世界の国々に対し,アフガニスタン包囲網の強化に向けて協力を求める外交攻勢を展開し,概ね「反テロ」協調で合意をとりつけることに成功した。しかし,一部イスラム諸国は,ラディンを容疑者とする証拠の提示を求め,これが提示されない限りはアフガニスタンへの攻撃は認められないとして米国を強く牽制した。米国は,この間,外交戦術と平行して再三タリバン政権にラディンや側近幹部の身柄引き渡しを要求したが,タリバン側がこれに応じなかったため,10月7日夜(日本時間8日午前1時過ぎ),英軍とともにタリバンの軍事施設に対して航空機とミサイルによる空爆を開始した。これは,生死にかかわらずラディンを捕捉し,「アルカイダ」の組織をせん滅するとともにタリバン政権を崩壊させることを目指したものであったが,誤爆により一般人や国連,NGO関係者にも死傷者が出たため,空爆がラディンを支持するイスラム過激勢力などの反米意識を高揚させるという一面も見られた。さらに,テロ事件との関係は不明であるが,同時期に米国の政府高官やマスコミ各社に炭そ菌が郵送され,死者が出るなどの事件も発生した。
〈各国イスラム過激勢力による反米・反政府運動の高まりとタリバン支援〉
 米国などによるタリバン攻撃が開始された翌日から,アジア・中東各国ではイスラム教徒強硬派などによる反米デモが活発化した。特に,攻撃開始後初めて迎えた金曜礼拝(12日)の後,パキスタン,インドネシアなどでは,イスラム政党及び過激派主導の反米デモなどが行われたほか,パキスタンのカラチやインドネシアのスラウェシでは,米資本のファストフード店への投石・放火事件などが発生した。
 一方,パキスタン,インドネシア,フィリピン,中東諸国などのイスラム過激派メンバーが続々とアフガニスタン支援に向かったが,戦況が進むにつれ,このような外国人義勇兵にも多くの戦死者が出たといわれる。また,ラディンの右腕といわれたエジプトのイスラム過激派「ジハード」出身のモハメド・アテフが,11月上旬に米軍の爆撃で戦死したことも明らかになった。北部同盟などの反タリバン勢力は,米軍などの支援を得て進撃を続け,空爆開始後2か月足らずの間に,アフガニスタンのほぼ全域を奪還した。
 しかし,アフガニスタンのキャンプでは,過去10万人以上のイスラム過激派組織のメンバーがラディン及び「アルカイダ」の軍事訓練を受けたといわれ,一部の者は帰国したが,そのままタリバンや「アルカイダ」の戦士としてとどまったケースも指摘されている。したがって,既にラディンのテロ・ネットワークに組み込まれたこれら過激派組織のメンバーが,米国同時多発テロ事件に呼応し,「アルカイダ」とともに米国,イスラエル,その他西欧諸国などに対して,生物・化学兵器も使用した更なる無差別大量殺りくテロを行う可能性があり,十分な警戒が必要である。
〈在日イスラム団体などは高い関心を示しつつ,静観姿勢を保つ〉
 在日イスラム団体関係者は,テロ事件発生当初,総じて高い関心を示しつつも,テロ行為を非難する立場をとって事態の推移を静観した。しかし,中には自らのホームページを使って,「イスラムとテロとは無関係である」旨の見解を発表するなど,イスラムのイメージが損なわれることを懸念した動きもみられた。その後,米国などによるタリバン攻撃が開始されても団体関係者は概ね自制した対応を示したが,「証拠を示さずに攻撃するのは不当だ」とする見解も一部にみられたほか,「自国が戦争に巻き込まれる」と危惧する在日パキスタン・イスラム教徒らが中心になって,在日米国大使館に対する抗議行動を計画する動きもみられた。テロ事件以降,タリバンのオマル師を始めとして,インドネシア,パキスタンなどのイスラム団体が「ジハード参加」を呼び掛ける声明などを発表したが,ほとんどの在日イスラム団体・教徒は,これを冷静に受け止め,声明に呼応する動きはみられなかった。
 しかし,我が国がテロ対策特別措置法に基づき自衛隊を派遣し,米国への支援活動を本格化させたことから,今後,米軍などの攻撃によりアフガニスタン国民に多くの犠牲者が出た場合などには,国内のイスラム原理主義に共鳴する一部のイスラム教徒らが,「イスラム教徒の義務」としてジハードへの参加や国内での過激な抗議活動を行う可能性も考えられる。
2 米国同時多発テロ事件後,各国の内外情勢が変化
  米国は,「反テロ」を当面の対外政策の最優先課題に掲げ,「単独行動主義的」外交を控える―
  中ロは,「反テロ」国際協調気運を自国の国益追求に利用―
〈米国は「反テロ」の立場から対印パ制裁を解除,中ロとの関係を強化〉
 ブッシュ政権は,米国同時多発テロ事件が発生する(9月)まで,地球温暖化防止京都議定書からの離脱,ミサイル防衛(MD)構想の積極的推進及び弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約からの単独離脱の姿勢,包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准放棄など,「単独行動主義的」な外交・国防政策を展開していた。
 しかし,テロ事件後は,テロとの闘いを当面の対外政策の最優先課題に掲げて国際社会の支援の取り付けを重視し,アジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議(10月,上海)でも「反テロ」声明の採択を実現させるなど,少なくとも,「反テロ」に関しては,「単独行動主義的」な外交を差し控え,国際協調姿勢を示している。
 また,米国政府は,1998年の印パの核実験以来,両国に課していた制裁を解除し,ミサイル防衛構想の実験スケジュールを遅らせ,ロシアからの独立を指向するチェチェン武装勢力を批判するなど,関係諸国に配慮を払って,テロ包囲網の構築を目指した。さらに,米中軍用機接触事件(4月)で一時緊張した中国との関係についても,ブッシュ大統領が江沢民主席との会談(10月,上海)で,中国側が求めていた「建設的な米中関係」を明示するなど,「反テロ」の立場から関係修復を優先させた。
 ただし,こうした国際協調姿勢は,当面の「反テロ」対策の推進を目的にしたもので,今後もこの姿勢が継続され,地球温暖化防止京都議定書,ミサイル防衛構想などに関する姿勢の変更にまで発展するか否かについては疑問が残る。また,対印パ制裁の解除が結果的に核・ミサイルの拡散防止にマイナスとなる可能性も否定できない。
〈中国は「反テロ」を国内外の課題解決に利用する構え〉
 中国は,江沢民主席がテロ事件発生直後にブッシュ大統領へ慰問電報を打つなど,「反テロ」による対米協調姿勢を明確にし,4月以来緊張が続いていた対米関係の修復につなげた。一方,対タリバン軍事行動については,一貫して「国連第一主義」を強調するなど,米国に対する牽制姿勢も示した。
 他方,中国は,国内においては,イスラム過激派の流入防止とウイグル族分離独立運動の活発化阻止に向け,軍隊を動員してアフガニスタンとの国境を封鎖した。また,分離独立運動を初めて「東トルキスタン運動」と称した(10月)上,これを「国際テロ組織」と呼ぶことによって,国際的な「反テロ」活動に協力する形で,長年の懸案であるウイグル分離独立運動を根絶する姿勢を鮮明にした。しかし,APECの際の米中首脳会談でブッシュ大統領が,「反テロは民族的少数派の弾圧を正当化しない」とクギを刺しており,ウイグル民族問題が,チベット問題と同様に,米中間の火種として残る可能性は高い。
〈ロシアは「反テロ」国際協調で実利獲得〉
 ロシアは,アフガニスタンに関する情報交換や人道支援目的の領空開放など5項目の対米支援策を打ち出した(9月)ほか,APEC首脳会議で「反テロ」声明の発表に同意するなど,積極的な「反テロ」対米協調路線をとり,その結果,欧米諸国のロシアに対する厳しい姿勢を緩和させた。すなわち,チェチェン問題に関して,従来のロシアの対チェチェン軍事作戦を「人権弾圧」と非難していた欧米諸国が,逆にチェチェン武装勢力への批判を強め,北大西洋条約機構(NATO)との間では,将来の問題を協議する特別作業部会の設置が合意された。また,ロシアは,独立国家共同体(CIS)諸国首脳との電話会談などを通じ,「反テロ」を軸としたCISの結束強化を図った。
 さらに,ロシアは,タリバン後のアフガニスタンの政治体制の構築をめぐり,タリバン排除に向けた国際的合意作りや「北部同盟」への武器供与など,影響力確保に努めている。しかし,アフガニスタンの新体制の構築をめぐって米国との間で思惑の相違があるほか,米国が「反テロ」活動の一環として中央アジア諸国との関係強化を図っていることから,今後,アフガニスタンや中央アジアでプレゼンスを強める米ロの確執が再燃するおそれもある。
3 米国同時多発テロ事件をめぐる国内諸団体の動向
  米国の軍事行動及び我が国政府の対応策などをとらえて,多様な活動を展開―
〈過激派は米国批判と「自衛隊参戦阻止」活動を全国で展開〉
 過激派は,米国同時多発テロ事件について,「強大な軍事力を駆使して世界支配を遂行してきたアメリカ帝国主義自らが招いたもの」(中核派),「アメリカ帝国主義の世界制覇策動に対するイスラム復興主義の奏功を意味する」(革マル派)などと主張し,在日米国大使館や米軍基地などに押し掛け,米国の軍事行動に反対する抗議行動を繰り返した。また,テロ対策特別措置法案の成立阻止や自衛隊の「参戦阻止」を訴える集会,デモ,街頭宣伝,署名活動を全国的に展開した。さらに,11月25日,自衛隊艦船が横須賀,呉,佐世保の各基地から出航した際には,各派が活動家を動員して現地抗議行動を実施した。
 なかでも,中核派は,同派主導の「とめよう戦争への道!百万人署名運動」を軸として,各地で「アメリカは報復戦争をやめよ!自衛隊の戦争参加反対!緊急署名」に取り組み,10月には3次にわたり,合計約5万4,000名の署名簿を国会に提出した。さらに,12月1日の全国集会(労働スクエア東京)で,新たに「有事立法と憲法改悪に反対する全国署名」運動を開始することを確認した。また,革マル派も,東京・日比谷公会堂で抗議集会を開催して(10月)「米国による軍事報復阻止」などを強調したのを始め,各地で学者・文化人を呼び掛け人とした集会を開催し,その中で,海外の反戦・平和団体との連携強化を訴えた。
 過激派は,今後,有事法制の整備問題にも絡めて,自衛隊の派遣阻止を始めとする反戦闘争の高揚を図っていくものとみられる。
〈共産党は米国及び我が国政府批判の世論喚起を図る〉
 共産党は,テロ事件について「絶対に許されない犯罪行為である」と批判する一方で,米国の軍事行動と自衛隊の海外派遣には反対するとし,米国及び我が国政府を批判する世論の喚起に取り組んだ。
 すなわち,共産党は,テロ事件が発生した翌12日に,「軍事的報復ではなく,法と理性に基づく解決が必要」との見解を表明したのに続いて,17日には,同趣旨の内容を盛り込んだ「書簡」を発表し,これを約130か国の在日外国大使館に送付した。同時に,全国の党組織を動員し,各地で党見解への賛同を訴える街頭宣伝を実施した。さらに,米国などによるタリバン攻撃が始まる(10月8日)と,10月11日にも再び各国首脳あての「書簡」を発表し,この中で,事件をオサマ・ビン・ラディンらによる犯行と断定するとともに,経済制裁などの非軍事的措置によってもタリバン政権が同人を引き渡さない場合には,「国連による軍事的措置」の行使を容認するという,当初より一歩踏み込んだ見解を示した。一方,国会では,テロ対策特別措置法案を「米国の戦争に加担する憲法違反の自衛隊参戦法案」であるとし,政府の姿勢を追及した。テロ対策特別措置法の成立後は,「自衛隊参戦法の具体化に反対する闘いを強めていくとともに,国際的な働き掛けも進めていく」との方針を示し,その一環として,米国などの軍事行動による被害実態を調査する党調査団をパキスタンに派遣した(10月29日〜11月6日)。この調査結果に基づいて共産党は,「現地では自衛隊の派遣を求めていない」などと発表した。
 この間,共産党系諸団体は,東京・日比谷野外音楽堂で「緊急中央集会」を開催した(9,10月)のを始め,各地で集会・デモや街頭宣伝を行い,共産党と同様の見解を訴えたほか,テロ対策特別措置法案反対の国会要請行動を連日のように実施した。さらに,テロ対策特別措置法に基づき,自衛隊艦船が各基地から出航した際には,基地周辺で「自衛隊の海外派遣反対」を訴える抗議集会などを開催した。
〈右翼団体の多くは改憲を主張,新右翼など“反米”の団体は米国を非難〉
 右翼団体の多くは,テロ事件について,「一般人を対象にした無差別テロは許せない」との立場をとりつつ,この事件を利用して「憲法改正による自衛隊の国軍化」や「危機管理体制の確立」を訴える街頭宣伝,政府への要請活動などを展開した。こうした活動は,テロ対策特別措置法案が国会で審議されるのと並行して活発化し,なかには,日本教職員組合第89回定期大会(10月)への抗議活動を取り止め,この問題に関する要請活動に切り換える団体もあった。
 一方,新右翼など“反米”の立場で活動してきた団体は,テロを誘発させた原因が「米国の一極支配・抑圧政策」にあるとし,在日米国公館・米軍施設や我が国政府を対象に,“報復攻撃”の中止や安保条約の破棄などを求める抗議・要請活動を実施した。なかには,「テロは米国の自作自演である。たとえラディンらの犯行であっても反米の立場から彼らを支持したい」とテロを肯定的にとらえ,海外の反米勢力との連携を模索する団体もあった。
 また,かつてソ連のアフガニスタン侵攻に反対して,アフガニスタンゲリラ支援活動に取り組んだ経験を持つ団体の中には,幹部がパキスタンに赴き,アフガニスタンとの国境付近の難民キャンプ視察や支援活動を行ったり,民間団体のアフガニスタン難民支援活動に構成員を参加させた団体もあった。
 この間,元右翼団体代表が,沖縄県名護市の米海兵隊基地キャンプ・シュワブ前で抗議活動を実施した際,警察官に殴りかかり,逮捕されるという事件(10月)や右翼団体代表が米国大使館に向けて火炎瓶を投てきする事件(11月)などが発生した。
〈オウム真理教は反テロの姿勢を強調〉
 オウム真理教は,事件発生後の9月12,13日の両日,ホームページ「上祐史浩オフィシャル・ウェブサイト」に,「今年は日本軍の真珠湾攻撃から60年目に当たり,ユダヤ・アメリカ勢力とそれに敵対する勢力の摩擦が強まると予測していた」と独自の見解を掲載した上で,「テロの根絶には,国際社会の構造的な矛盾を解決することが不可欠」との主張を展開した。
 その後,米国内で炭そ菌感染事件が発生するや,10月10日,広報部ホームページに,教団内で研究されていた炭そ菌に関する米国・北アリゾナ大学の調査結果を引用し,「東京・亀戸で散布された炭そ菌は家畜のワクチン用に無毒化されたものであった」などとアピールするとともに,同月13日,「9・11アメリカ同時多発テロに関するコーナー」を設け,「今回のテロを含む一切の暴力行為に反対する」と反テロの姿勢を強調した。さらに,11月12日には,テロ事件の被害者に対する寄付などの支援活動に取り組むことを公表した。

 
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