| 平成14年版「内外情勢の回顧と展望」全文 |
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| 第3 国際関係 概 況 平成13年は,中ロ朝3国が対米牽制を念頭に活発な外交活動を展開したが,米国同時多発テロ事件を契機に,中国・ロシアが反テロで米国に協調する姿勢を鮮明にするなど,テロ事件をめぐる対応で国際情勢が揺れ動いた年であった。 中ロ朝3国の外交活動を見ると,中朝関係では,金正日総書記が1月に訪中して江沢民主席らと会談したのに続き,9月には江沢民主席が訪朝して金正日総書記らと会談するなど,関係緊密化がアピールされた。ロ朝関係では,金正日総書記が7月に訪ロし,プーチン大統領と会談して,弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約の遵守などを盛り込んだ「モスクワ宣言」に調印し,両国の関係緊密化が図られた。中ロ関係では,プーチン大統領が6月上海5か国首脳会議に出席するため訪中して江沢民主席と会談し,7月には江沢民主席が訪ロしてプーチン大統領と首脳会談を行い,「中ロ友好善隣相互協力条約」に調印した。 このように,中ロ朝3国は対米関係を念頭に活発な首脳外交を展開したが,各国の対米関係に対する利害・思惑は必ずしも一致していない。また,テロ事件発生後,中ロ両国が「反テロ」協調路線を鮮明にしたのに対し,北朝鮮は米国などによるタリバン攻撃に強い警戒感を示すなど,中ロ両国と北朝鮮との対米姿勢の差異が顕著になりつつある。したがって,当面,中ロ朝3国は,米国などによるタリバン攻撃の推移を見極めながら,それぞれ対米関係を調整しつつ,利害が共通する範囲で限定的に協調を図っていくとみられる。 我が国と近隣諸国との関係に目を転じると,「歴史教科書」や「靖国参拝」をめぐり,中国や韓国国内でマスコミや民間団体を中心に反日感情が高まり,政府レベルでも韓国政府が厳しい対日姿勢を示した。しかし,中国政府は日中関係に配慮して抑制的な対応を示し,韓国でも,2002年ワールドカップサッカー大会に向けて「日韓協力」の機運が高まっており,これらをめぐる「問題」は鎮静化の方向にある。ただし,両国とも,従来から強い懸念を表明しており,2002年も,情勢次第では,再び「政治問題化」する可能性がある。 |
1 中ロ朝3国が対米関係を視野に首脳外交を活発化
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| 〈中朝両首脳が相互訪問,緊密振りをアピール〉 中朝間では,両国首脳による活発な外交が展開された。すなわち,北朝鮮からは,金正日総書記が2000年5月に次いで再び中国を訪問して(1月)江沢民主席を始めとする中国首脳と会談したのに続き,7月には,在平壌中国大使館を訪問して中国共産党創設80周年祝宴に出席した。中国からは,江沢民主席が9月,中国の国家主席として9年振りに北朝鮮を公式訪問し,金正日総書記らと会談を行なうなどした。 両国の首脳会談では,相互関係や国際問題について意見交換を行い,友好協力関係を強化していくことで合意したほか,中国側から金正日体制及び韓国や米国との関係改善に対する支持が表明された。また,金正日総書記は,訪中時に,上海の合弁企業を視察するなど,「改革・開放」政策に対する強い関心を示したほか,江沢民主席訪朝に際しては,食糧20万d,ディーゼル油3万dなどの経済支援も取り付けた。 両国間では,このほか,北朝鮮側から金允赫最高人民会議常任委員会書記長が中国を訪問した(7月)ほか,王家瑞中国共産党対外連絡部副部長(2月),曽慶紅中国共産党書記(3月),姜春雲全国人民代表大会常務副委員長(7月)ら中国政府要人が北朝鮮を相次ぎ訪問するなど,政府関係者の往来が盛んに行われた。 北朝鮮側が中国との交流拡大に努めた背景には,経済建設に向けて各種支援を獲得するとともに,両国関係の緊密振りを強くアピールすることで,米朝協議などにおける交渉基盤を強化しようとの思惑があったとみられる。 また,中国側は,会談において,これまでの「血で固めた友誼」という中朝関係の表現をとらず,対米・対韓対話の促進を北朝鮮に求める姿勢を示すことで,半島情勢全体への影響力確保を明示するとともに,北朝鮮に「三つの代表」理論を評価させ,改革路線へ傾斜させることにより江沢民体制の安定と経済発展に専念できる周辺諸国の平和な環境づくりを図る思惑があったものとみられる。 〈金正日総書記がロシアを公式訪問し,「モスクワ宣言」に調印〉 ロ朝間では,金正日総書記が,2000年7月のプーチン大統領の訪朝に対する答礼としてロシアを初めて公式訪問して(7〜8月)首脳会談を行い,両国間の鉄道連結に関する合意や弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約の遵守のほか,北朝鮮側がかねて主張している在韓米軍の撤退へのロシア側の理解表明などを盛り込んだ「モスクワ宣言」に調印した。この訪問は,鉄道を利用して約1か月にわたって実施され,首脳外交としては極めて異例のものとなった。 このほか,両国間では,北朝鮮の金鎰附走h委員会副委員長(人民武力相)が4月にロシアを訪問して両国の武力機関及び軍事技術に関する協力協定にそれぞれ調印したほか,ロシアのチェルヌヒン財務次官が7月に訪朝するなど,往来が活発化した。 北朝鮮側が対ロ関係を緊密化させる意図は,経済的・軍事的実利獲得や対米交渉基盤強化などにあるとみられるほか,金正日総書記の訪ロについては,帰国後,その意義を繰り返し強調していることから,同総書記の権威や外交能力を内外に改めてアピールする狙いがあったものと思料される。 一方,ロシア側としては,冷戦終結後の国際社会における米国の圧倒的な優位の下で,朝鮮半島における影響力を確保することにより,「大国」としての存在を誇示したいとの意図があったものとみられる。 〈中ロは「友好善隣相互協力条約」に調印,協力関係の復活を確認〉 中ロ関係では,プーチン大統領が6月に上海5か国首脳会議に出席するため訪中し江沢民主席と首脳会談を行った。また,7月には,江沢民主席がロシアを訪問しプーチン大統領と首脳会談を行ったほか,10月に上海で開催されたアジア太平洋経済協力会議(APEC)の際にも,首脳会議を行った。 江沢民主席が7月にロシアを訪問した際には,1980年に失効した「中ソ友好同盟相互援助条約」に代わる「中ロ友好善隣相互協力条約」に調印して,両国の相互対話や戦略的関係の強化などで合意した。新条約は,政治,経済,軍事,エネルギーといった幅広い分野での両国間の協力関係の活発化を規定しているだけでなく,ロシアによる台湾独立の不支持,国連の枠組みでの両国間の連携強化,戦略的安定問題での協調など,米国の「一極支配」を牽制するとともに,両国が提唱してきた「多極的世界の構築」の実現への志向が読み取れる内容となっている。 中ロ両国がこのような条約の調印に至った背景には,それぞれNATOの東方拡大と米台関係の緊密化という動きに直面することとなった両国が「後顧の憂い」をなくし,それぞれの課題に取り組もうという共通利益があるものとみられる。しかし,経済建設を最優先課題とする中国としては,対米協調外交を主軸に「平和な国際環境」を維持することが必要な外交条件であり,また,ロシア側としても,中国との条約締結によって米国との本格的な軍事的対決を目指しているわけではなく,ソ連の崩壊によって低下した国際社会での地位の引き上げや国威発揚に,より大きな関心を有しているといわれる。 〈3国関係は限定的な協調にとどまる模様〉 こうした状況の中,中国,ロシア,北朝鮮の3国の間には,政治・経済面などで利害と思惑の違いがある。中朝間では,中国が経済建設を優先する全方位協調外交政策をとっているのに対し,北朝鮮は体制維持を主眼とする軍事優先政治の下,対米関係改善を重視する外交政策をとるなど,内外政策の方向性には基本的な隔たりがある。また,ロ朝間でも,ロシアが対米・対韓関係などで対立よりも協調に重点を置くのに対し,外交の「自主権」に固執する北朝鮮にとっては,米韓両国への安易な妥協が許されない状況にある。他方,中ロ間では,3回の首脳会談を行い,関係緊密化が注目されたが,対米主要課題であるミサイル防衛問題の核心となるABM制限条約では,ロシアが条約当事国であるのに対して,中国は第三者であり,それぞれの立場は大きく異なるなど,全面的な協調体制の構築には限界がある。 したがって,中ロ朝3国は,今後,それぞれの立場の違いを内包しつつ,利害関係が共通する分野に限って,協調を進めていくものとみられる。 |
2 北朝鮮,「新思考」を強調しつつ経済低迷の打開を模索
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| 〈思想統制の強化などを通じ国内の引き締めを図る〉 北朝鮮は,「先軍(軍事優先)政治」を基調とした統治体制を維持するため,金正日総書記への忠誠心の高揚や思想教育の強化などに努めた。 すなわち,「先軍政治」について,「情勢がどのように変化しようとも絶対に揺らぐことはない」とその重要性・必要性を繰り返し訴えるとともに,金正日総書記の地方指導に軍首脳陣を頻繁に帯同させたり,各地の経済建設に軍人を投入するなど,引き続き軍を重視する姿勢を示した。 また,対外交流が活発化する中で,「我々は,情勢が急変すればするほど,幹部,党員,勤労者に対する思想教育事業を強化しなければならない」(「労働新聞」2月4日付け)との認識の下,住民に対する思想教育を担当する党活動家を集めて「全国党初級宣伝活動家大会」を開催し(4月),金正日総書記への忠誠や「先軍政治」の貫徹を促すための思想宣伝活動の強化を図ったり,党機関紙などを通じて「帝国主義者らの思想的・文化的浸透の排撃」を繰り返し訴え,国内の思想弛緩の防止に努めた。 金正日総書記のロシア訪問に際しては,総書記の「偉大性」や国民の「敬慕の情」を繰り返し強調することで,総書記への忠誠心の高揚や国内の団結強化を図った。 〈経済再建に最優先で取り組む姿勢を示し,その強力な推進を促す〉 経済分野では,年頭から,「社会主義赤旗進軍」をスローガンに掲げ,「今日,我々にとって21世紀にふさわしい国家経済力を築いていくことよりも重要な課題はない」として,経済再建に最優先で取り組む姿勢を示すとともに,各種報道機関を総動員して,「思考方式・活動態度の一新」,「工場設備の大胆な更新」,「新たな生産基地の建設」,「科学技術の積極導入」などを主張する,いわゆる「新思考」キャンペーンを展開し,経済基盤の整備拡充が最重要課題であることを訴えた。 そして,最高人民会議第10期第4回会議(4月)や「内閣全員会議」(1,4,8月)において,経済部門における取組課題の周知徹底を図るとともに,その執行対策について討議し,経済担当幹部に対しては,その責任と役割を高めて経済建設を主導するよう促した。 また,2002年4月の故金日成主席の誕生90周年記念日に向けた「大衆集会」を各地で一斉に開催し(7月),記念日を「輝かしい労働成果で迎える」よう督励して労働者を経済建設に駆り立てた。 〈発電所や炭鉱の整備などに取り組むも顕著な進展は見られず〉 北朝鮮は,これを受けて国内の経済基盤の整備拡充に取り組み,とりわけ,「電力・石炭工業を確立してこそ生産と建設を推進することができる」(「民主朝鮮」3月13日付け)として,発電所設備の補修や中小発電所の建設に力を入れるとともに,主要炭鉱で石炭運搬設備を新設するなどした。また,設備の近代化にも取り組み,工場・企業所へのコンピュータの導入を進めることで,生産工程や経営管理の効率化を図った。さらに,農業生産の増大を図るため,耕地整理や水路造成などの大規模工事にも取り組んだ。 しかし,今年完工した施設はいくつかの中規模発電所を除くと,ナマズ養殖場,養鶏場など経済基盤の拡充というにはほど遠いものにとどまり,施設の近代化も一部の工場・企業所で進められたに過ぎなかった。農業部門でも,穀物生産が増加したものの,慢性的な食糧不足を改善するまでの顕著な成果は得られなかった。 〈当面,国外からの経済支援に依存〉 北朝鮮は,2002年には,金正日総書記誕生60周年(2月),故金日成主席誕生90周年(4月),朝鮮人民軍創建70周年(4月)を盛大に祝賀することで,国内の結束強化を図るものとみられる。また,これを契機に,党・政府の指導幹部を刷新したり,新たな長期経済計画を策定・発表する可能性もある。 経済建設では,ロ朝間鉄道連結事業や開城工業団地の造成など周辺各国から取り付けた経済協力事業の推進に取り組むものとみられる。しかし,これら事業が北朝鮮経済に実質的に寄与するまでには相当の時間を要する上,独自に進める経済基盤の整備拡充も早期進展は望めない状況にあることから,当面,国外から食糧,燃料などの現物支援取り付けを繰り返すものとみられる。 |
3 北朝鮮,日米韓3国への姿勢を硬化
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| 〈米国の対北朝鮮政策に反発,米国などによるタリバン攻撃を非難〉 北朝鮮は,米国に対しては,新政権発足に際し,ブッシュ大統領の就任を論評抜きで報じただけであったが,同大統領がミサイル防衛(MD)構想の推進を表明したことに反発し,これを「世界の覇権を握ろうとの立場を公式に表明したもの」(「労働新聞」2月14日付け)と決め付けたのを皮切りに,同大統領に対する名指しの非難を開始した。さらに,米韓首脳会談などを通じてブッシュ政権の北朝鮮に対する強硬姿勢や不信感が次第に鮮明化したことから,「米国が強硬な行動に出る以上,我が方も強硬に対応していく」などとして,集中的な対米非難キャンペーンを展開した。とりわけ,6月25日の「米帝反対闘争の日」に際しては,反米集会・デモを各地で一斉に実施し,「米帝の反共和国対決には無慈悲な反米報復闘争で応える」などと主張して,反米姿勢を一層鮮明にした。 このような中,年初来途絶した米朝対話に関しては,ブッシュ政権の対北朝鮮政策発表(6月)を受けて,再開に向けた実務レベルでの接触を行ったものの公式協議再開には至らず,その後も,米国側が掲げた北朝鮮の通常兵器削減などを含む議題を拒絶し,逆に軽水炉建設の遅れに伴う「電力損失」の補償問題を優先議題にするよう要求するなど頑なな姿勢を固持した。 米国同時多発テロ事件をめぐっては,「テロ反対」の立場を繰り返しアピールする一方,米国などによるタリバン攻撃に対して,「罪のない住民を殺害したり,地域の平和と安定を破壊する武力行使や戦争の方法は,いかなる場合にも正当化され得ない」(外務省スポークスマン発言,10月9日)などと主張し,米国の行動を非難した。 〈韓国との対話と交流は抑制的かつ限定的〉 北朝鮮は,韓国に対しては,年頭には第3回赤十字会談(1月)や第3回離散家族相互訪問(2月)に応じるなど,対話・交流に積極的な姿勢を示していたが,3月の米韓首脳会談以降,対米集中非難の開始と時を同じくして,予定していた第5回閣僚級会談を一方的に延期するなど対話抑制の動きを見せつつ,南北対話停滞の原因が米国の韓国への介入にあるとして「外部勢力を排除した自主的統一実現」を繰り返しアピールし,韓国在野勢力などに対しては,企業家を招請して経済協力事業について協議したり,8月15日の「祖国解放記念日」の行事に民間団体関係者を多数招請・参加させるなど,積極的な働き掛けを続けた。その後,9月には第5回閣僚級会談に臨んだものの,韓国側がテロ事件の発生で北朝鮮に対する警戒態勢を強化しているとの理由で,同会談で合意した第4回離散家族相互訪問やテコンドー選手団の交換訪問の実施を一方的に延期するなど態度を硬化させた。 〈様々な機会をとらえて我が国を激しく非難〉 北朝鮮は,我が国に対しては,日朝政府間国交正常化交渉の中断状態が継続する中,年頭から「日本だけが過去の清算を回避したまま21世紀を迎えた」(「労働新聞」1月3日付け)と非難したのを始め,金正日総書記自身もロシアのイタル・タス通信とのインタビューで,「罪の多い過去を伏せておいては関係改善など話にもならない」と述べる(7月)など,「過去の謝罪と清算」を繰り返し求めた。 また,日米間の首脳会談(3月,6月)や外相会談(6月)を「軍事結託の強化」と断じたほか,歴史教科書や靖国神社参拝,北朝鮮代表団に対する入国拒否などをめぐって,我が国を激しく非難した。さらに,テロ事件をめぐる我が国の対米支援動向についても,「自衛隊を再侵略の道に駆り出そうとする犯罪的下心をさらけ出した」などと論難を繰り返した。 〈対米関係進展を企図した交流は停滞〉 北朝鮮は,今後,米国などによるタリバン攻撃をめぐる国際世論の推移を見極めつつ,対米関係改善の在り方を調整していくものとみられるが,その過程では,「テロ反対」への同調を対米カードとして利用することもあり得る。また,対韓関係では,2002年12月の韓国大統領選挙を視野に入れ,韓国に対する揺さぶりや一層の経済支援獲得を企図して金正日総書記訪韓を含む柔軟な対応を示す可能性がある。一方,対日関係では,従前同様の厳しい非難を展開しつつ,水面下では,日朝関係の「停滞」を打破する狙いの下,新たな働き掛けに通じる経路の開設などに腐心するものとみられる。 |
4 朝鮮総聯,新指導体制を出帆させるも前途多難
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| 〈逆風の中,第19回全体大会を開催。新指導部を選出〉 朝鮮総聯は,5月,全国から代議員約2,000人を集め,規約上の最高決議機関である第19回全体大会(19全大会)を開催した。同大会は,後継世代の組織離れや朝銀信用組合(朝銀)の相次ぐ破綻に伴う財政基盤の動揺とこれに伴う商工業を営む在日朝鮮人(商工人)の中央批判などの逆風の中で開催された。 19全大会では,2月に死去した韓徳銖初代議長(享年93歳)の後任人事が注目されたが,徐萬述第1副議長(74歳)が第2代議長に選出された。徐萬述新議長は,過去数年間,病床にあった韓徳銖に代わって,許宗萬責任副議長(留任)とともに組織を指導してきた人物であり,徐萬述・許宗萬の両人をトップとする従前からの指導体制はそのまま維持されたと言える。また,副議長人事では,高齢の副議長の更迭を見送るとともに,9年振りに在日本朝鮮人商工連合会会長を副議長に起用した。こうした人事は,朝鮮総聯中央指導部内における無用なあつれきを未然に回避するとともに,商工人の懐柔を企図した措置とみられ,組織の結束を優先する姿勢がうかがわれた。 路線面では,後継世代の組織への結集や後継活動家の育成が最大の課題として提示され,その実現に向けた「民族教育」活動の強化や朝鮮人学校における教育内容の改善などの方針が示された。 このほか,19全大会では,初めて中央常任委員会の赤字決算が報告され,中央財政のひっ迫振りをうかがわせた。また,18年振りに日本共産党代表を来賓として招待し同党との関係改善を印象付けた。 〈組織基盤の拡充に向けて,後継世代対策を本格化〉 朝鮮総聯は,19全大会後,1999年4月に金正日総書記から受けた「5〜6年を目標として,大衆的地盤を拡大せよ」とする指示の実現を企図した取組を本格化させた。すなわち,第20回全体大会(2004年)までに,我が国に永住権を有する在日韓国・朝鮮人の過半数に相当する27万人を組織に結集するとの方針を策定した上で,在日韓国・朝鮮人社会で多数を占める三世以下の若い世代を主な結集対象として,生活相談,サークル活動,戸別訪問などを繰り広げ,機関紙・誌の購読や集会への参加,子女の朝鮮人学校への転・入学の勧誘などに取り組んだ。 しかしながら,こうした取組は,我が国への永住を前提として「同化」傾向を強める若年世代の在日韓国・朝鮮人を朝鮮総聯組織に取り込むに足る魅力と新鮮味に欠け,現在に至るも顕著な成果を収めておらず,今後も難航することが予想される。 〈破綻朝銀の「受け皿」となる信用組合の新設で苦慮〉 朝鮮総聯は,朝銀の再編問題でも苦しい局面に立たされている。すなわち,近年,経営が悪化していた朝銀を「民族金融機関として強化させる」ことを企図して,全国の朝銀を5ブロック化するとの構想の下に再編を進めてきたが,ブロック化のモデルケースとされた朝銀近畿の二次破綻(2000年12月)に続き,破綻朝銀の受け皿となる予定であった朝銀関東も破綻する(8月)などしたため,急きょ,再編構想の見直しを迫られた。 その結果,近畿地方では,朝銀近畿の受け皿として,3つの信用組合(大阪・奈良・和歌山地域に「ミレ」,兵庫地域に「共和」,京都・滋賀地域に「京滋」)を,また,関東・信越地方では,破綻5朝銀(関東,東京,千葉,長野,新潟)の受け皿として,「ハナ」信用組合をそれぞれ設立する構想の下,組織を挙げて出資金募集などに取り組んだ。しかしながら,相次ぐ朝銀の破綻による信用失墜や狂牛病騒動による商工人企業の経営悪化などで,出資金が計画どおり集まらず難航した。 こうした中,北朝鮮は,破綻朝銀旧経営陣への責任追及の一環として行われた朝銀近畿及び朝銀東京への強制捜査に関連し,労働党機関紙「労働新聞」(9月30日付け)や朝日友好親善協会スポークスマン談話(11月14日)で「政治的弾圧」などと激しく非難した。これに対し,朝鮮総聯は,当初,朝銀近畿への強制捜査が行われた段階では,破綻朝銀の受け皿となる新たな信用組合設立への影響を考慮して静観姿勢を示していたが,朝銀東京・朝鮮総聯中央本部の捜査及び康永官・元朝鮮総聯中央財政局長の逮捕に至ると,一転して抗議姿勢を打ち出し,特に,中央本部への捜索の際には,多数の活動家・会員を動員して激しく抵抗する構えを示すなど強く反発した。 ちなみに,朝銀全体の総預金高は,1997年の再編開始当時に比べ,半分近くの約1兆円にまで落ち込んでおり,このような朝銀のちょう落振りを受けて,これまで朝銀からの経済的利益を勘案して朝鮮総聯に関与してきた商工人の中には,「朝鮮総聯と付き合う意味がなくなった」として組織を離脱したり,関係を疎遠にする者も出ている。 〈「権利擁護団体」を強調し組織結集を図るも,朝銀問題が足かせに〉 朝鮮総聯は,今後,在日韓国・朝鮮人の過半数結集を図るため,「在日同胞の権利擁護団体」としての性格を一層前面に押し出し,とりわけ朝鮮人学校への教育助成金・補助金や在日朝鮮人高齢者への給付金などの支給・増額を求めて,自治体に対する要請活動を一段と活発化させるものとみられる。 また,2002年,北朝鮮が金正日総書記誕生60周年(2月)及び故金日成主席誕生90周年(4月)を迎えることから,北朝鮮の経済建設の促進や農業生産力の向上への寄与を目的に,これら節目となる記念日に合わせて,各種生産設備や発電設備,コンピュータ関連機材,穀物・野菜の種苗などの大量送付に努めることが予想される。これとともに,活動家らに対しては,同総書記の「偉大性」に関する学習を強化するなどして,同総書記に対する忠誠心の高揚に努めるものとみられる。 朝銀再編問題について,その成否は,内外の経済・金融情勢などの影響などもあることからなお流動的であるが,仮に2002年4月のペイオフ解禁直前までに完了したとしても,それ以後,朝銀は経営の健全性・透明性が強く求められることになる。このため,従来型の朝鮮総聯や商工人に対する優先的かつ無条件の融資などは不可能となり,このことが,朝鮮総聯の財政や商工人結集活動に直接・間接的な影響を与えていくものとみられる。 |
5 中国,ポスト江沢民体制を目前に基盤整備に腐心
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| 〈江沢民主席が私営企業家入党容認の方針を提示〉 2001年の中国は,「第4世代指導グループ」の構築に向けて基盤整備を進めた。2002年後半開催予定の中国共産党第16回大会では,原則として,江沢民国家主席・総書記を始め,「革命第3世代」と称される70歳以上の幹部全員が引退する運びとなっている。 7月1日の中国共産党創立80周年記念式典において,江沢民主席は,2000年2月以来唱えている「党が“先進的生産力”“先進的文化”“広範な人民の利益”の三つを代表する」ことの重要性を強調した講話の中で,「労働者,農民,知識人,軍人党員が党隊列の基本的構成部分だが,党員としての条件にかなった社会のその他の優秀な人材も党内に入れるべき」との表現で,私営企業家の入党を容認する方針を示した。 江沢民主席は,1989年の政治局会議で「労働者階級と搾取・被搾取の関係にある私営企業家の入党は認められない」と確認しており,これを今回自ら覆した背景には,経済の発展方向を市場経済化に求めることで高度成長を維持してきた中国が,経済のグローバル化という潮流の中で,世界貿易機関(WTO)加盟を控え,私営企業家の協力なしに発展を継続することが困難になったとの判断があるものとみられる。中国の私営企業の生産力は,2000年には国内総生産(GDP)の23%を占めており,「巨大で人格化した資産階級が中国に存在する事実は回避しようのない現実となった」(林炎志吉林省党委副書記)といわれるまでに急成長している。 〈江沢民主席の権威付け成るも,依然難題が山積〉 9月開催の第15期党中央委員会第6回全体会議は,前述した7月1日の記念式典における江沢民主席の講話を「新世紀における党の歴史的任務を明確にしたマルクス主義の綱領的文献」と評価した。これによって,2002年の第16回党大会では,江沢民主席の「三つの代表」理論が毛沢東思想,小平理論と並ぶ党建設の指導思想として党規約に書き入れられる公算が強まった。このことは江沢民主席の権威付けだけでなく,同主席が構想する次期指導部人事に有利に作用するとみられる。 しかし,党・政府幹部の汚職・腐敗など,その前途には依然難題が山積している。3月開催の第9期全人代第4回会議では,内陸部と沿岸部の経済格差縮小を主眼とする「国民経済・社会発展第10次5か年計画」が採択されたが,同時に党・政府幹部の汚職・腐敗が目標達成の主要な障害であることも確認され,建国以来最大の密輸事件とされる厦門事件に関与した李紀周前公安部長の死刑判決(10月)は,その深刻さを象徴するものとなった。これに関し「私営企業家の入党はマルクス・レーニン主義に反するだけでなく,党員幹部と私営企業家の癒着を強め,汚職・腐敗を一層悪化させる危険性がある」といった党内保守派の批判を掲載する「中流」誌や「真理の追究」誌は,発行停止を命じられたが(8月),依然として党内の反発は根深いとされる。また,WTO加盟は,中国にとって市場経済化を促進するチャンスである反面,国有企業労働者の失業問題(2000年末で769万人)に拍車をかけ,社会不安の増大を招くことも予想される。このほか,「法輪功」問題や,チベット,ウイグルなどの少数民族問題,さらには解放軍内の「国軍化要求」への対応など難題も残されている。 〈上海APEC首脳会議で対米関係を一応修復〉 経済建設を長期的な最優先課題とする中国は,その環境整備を主要目的とする「全方位」の協調外交を引き続き積極的に推進した。江沢民主席は,4月,米中軍用機接触事件の最中にもかかわらず,中南米6か国を歴訪したほか,7月にロシアを訪問し「善隣友好条約」に調印し,9月には北朝鮮を訪問し,それぞれ「友好関係」ぶりを内外にアピールした。また,中国は,中央アジアとの関係を強化する外交も積極的に推進した。6月,上海にロシア,カザフスタン,キルギス,タジキスタン,ウズベキスタンの5か国首脳を招き,「上海協力機構」の設立を宣言するとともに,「国際テロ・民族分裂主義・宗教過激主義の取り締まりに関する上海条約」に調印した。 協調外交の中心である対米関係は,年初の米ブッシュ政権発足後,米中軍用機接触事件(4月),台湾向け大規模武器売却決定(同月),台湾の陳水扁総統の米通過滞在許可(5月)などで一気に緊張したが,WTO加盟や2008年北京オリンピック誘致を控える中国は,抑制的な対応姿勢を維持しつつ,10月のアジア太平洋経済協力会議(APEC)上海非公式首脳会議に際して,ブッシュ大統領との首脳会談を実現し,発足時の「戦略的競争相手」でなく,「建設的協力関係」へと修復した。しかし,同首脳会談では,江沢民主席がアフガニスタンへの攻撃で「国連の十分な役割」を求めるなど,米国を牽制したのに対して,ブッシュ大統領も台湾問題や中国の人権状況,大量破壊兵器不拡散問題で釘を刺すなど,基本的な対立点においては変わっていないことが認められた。中国は,今後,米国中心の秩序にいかに対応すべきかを模索しつつ,経済発展を目指した「全方位」の協調外交を推進するものとみられる。 〈「原則的問題」で緊張するも,日中関係を重視し,抑制的な対応を堅持〉 日中関係は,「新しい歴史教科書をつくる会」が編纂した中学校用歴史教科書の検定合格や小泉首相の靖国神社参拝などの「歴史認識問題」を始め,台湾の李登輝前総統訪日をめぐる「台湾問題」,中国海洋調査船による我が国の排他的経済水域内における事前通報制度違反などの「領土問題」という,これまで日中間の根底にあった「原則的問題」が一挙にクローズアップされ,また,セーフガード問題という新たな問題も発生するなど,日中国交正常化以来の緊張関係となった。 中国は,4月の李登輝前総統の訪日に際し,我が国がビザを発給したことに対して,中国政府高官の対日派遣を停止したほか,我が国が中国産ネギなど農産物3品目のセーフガードを暫定発動した(4月23日)際には,自動車など工業3品目に特別関税を課すなどの対抗措置を採ったものの,中国としては,WTO加盟を前に,日本との経済関係を重視せざるを得ない状況にあったことから,従来に比べて抑制した反応にとどまったものとみられる。 中国は,10月の小泉首相訪中により「両国の緊張局面は緩和された」(江沢民主席)との見解を示しており,2002年の日中国交正常化30周年を契機にして両国関係の再構築を図りたいとの思惑があるものとみられるが,来年の首相の靖国神社参拝や李登輝前総統再訪日は阻止する方針を堅持している。我が国自衛隊の海外活動についても「テロに反対する国際協調」という流れの中で批判を抑制しているものの,テロ情勢の緊張状況が長期化すれば,再び厳しい批判を強めてくることが予想される。また,中国は,本年7月には「中国国家海洋科学研究センター」を設立するなど“総合的海洋調査の拡充”を図っており,更に活発な海洋調査活動が展開されるとみられることから,今後,前記の事前通報制度違反が増加することも考えられる。 |
6 中台,武器売却問題や台湾政界再編で波乱含み
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| 〈米国の台湾向け大規模武器売却に反発,台湾海峡で軍事演習〉 1月,ブッシュ政権発足後,台湾向けイージス艦売却問題をめぐって中台が激しい外交戦を繰り広げる中,4月,米中の軍用機が南シナ海洋上で接触し,米軍機が海南島に緊急着陸する事件が発生した。さらに4月末,米国がディーゼル式潜水艦などを含む大規模台湾向け武器売却を決定したことや,5月,陳水扁総統の米国通過滞在を許可したことから,台湾海峡は一時緊迫したムードに包まれた。 中国は,「粗暴な内政干渉で,台湾海峡の緊張情勢を激化させる」などと米国を非難し,警告を発するとともに,6月から台湾に対面する福建省沿岸部の東山島などで,陸海空合同作戦演習を開始し,演習は8月末まで断続的に行われた。この間,中国は,香港の「文匯報」などを通じ「演習目的は,台湾の離島を攻撃し,かつ米空母が介入するのを阻止すること」などと大々的に宣伝した。これに対して,米国も南シナ海公海上で空母2隻を投入した大規模軍事演習を行った。 〈台湾在野勢力との連携を強化,陳水扁政権の孤立化を企図〉 こうした状況下で5月,中国は,台湾の民進党政権に対しては,同党が「台湾独立綱領」を破棄し,「一つの中国」の原則を承認しない限り一切接触しないことを表明する一方,国民党,親民党,新党の3野党や経済界との連携を強化し,陳水扁政権の孤立化を図ると同時に,これら在野勢力に働き掛けて,「一つの中国」問題や,「三通」(通信,通商,通航)解禁問題で台湾当局に圧力を掛けた。この結果,6月,財界の中心人物である台湾プラスチックグループの王永慶会長などが「台湾企業の大陸投資を全面的に開放するとともに,『一つの中国』の主張を受け入れるべき」と主張し,国民党と親民党の立法院支部もそれぞれ賛意を表明した。また,7月,国民党系総統府国策顧問グループは,「中華民国憲法の枠組み下で『一つの中国』の原則を認め,両岸の膠着状態を打開すべき」などと主張した「国是提言書」を提出した。新党は,中国の銭其ク副首相が「台湾に対する一国二制度では,通貨不変,軍隊保有,政府機構保持など7項目の具体的措置を適用する」と述べたことについて,「香港と比べて特別権限が認められている」と強調した(同月)。これらの言動は,いわゆる中国の「対台湾平和統一攻勢」の進展として注目された。 〈民進党政権が対中経済政策を転換〉 一方,陳水扁政権は7月,こうした中国の統一攻勢に対しては,「銭其クの一国二制度提案は常軌を逸している」,「中国が主張する『一つの中国』の定義は中華民国には存在しない」などと反論したが,台湾内部からの対中経済政策緩和の要求に対しては,対中投資規制の緩和,WTO加盟の進展に合わせた両岸の貿易及び直接通信業務の開放,などの政策転換の方針を打ち出した。この背景には,WTO加盟後,中国との自由貿易を拡大すべき状況が予測されるだけでなく,民進党が少数与党であることによる政治の不安定と深刻な経済不振という事情があり,在野勢力の要求に妥協せざるを得なかったとみられる。中国は,今後,対台湾平和統一攻勢進展の足掛かりとする両岸「三通」の実現に向けて,台湾在野勢力への働き掛けを強めることが予測される。 〈中国は台湾政界再編後の独立勢力の伸張を警戒〉 政界を引退していた李登輝前総統は,8月,その影響力を駆使して新政党「台湾団結連盟」を結成し,民進党との連合政権構想を発表するとともに,「国民党などが本土化路線から離れ,共産党と連携している」などと在野勢力と中国の連携を牽制した。これに対して,中国は,同月,「台湾独立勢力の黒幕である李登輝が,再び祖国分離活動を策謀」(陳雲林国務院台湾事務弁公室主任発言)などと警戒心を強めており,今後,李登輝前総統が主張する連合政権構想が現実化した場合,台湾海峡は新たな緊張状態に陥る可能性がある。12月1日の立法院選挙(定数225議席)では,民進党が87議席を獲得して第1党に躍進し,台湾団結連盟も13議席と健闘した。一方,国民党は68議席で初めて第2党に転落した。当面,台湾における政局は,連立政権の構築が焦点となり,これに対して中国は,台湾独立勢力の伸張を警戒しながら,対台湾政策の見直しを迫られることになるものとみられる。 また,米中軍用機接触事件後に険悪化した米中関係は,10月,上海での米中首脳会談で一応修復されたが,台湾向け武器売却問題では,ブッシュ大統領が「台湾関係法を順守する」ことを確認するなど,「台湾問題が米中間の最も敏感な問題」という構図に変化は見られず,今後もイージス艦などの先進兵器売却問題で波乱が予測される。 |
7 「歴史教科書」「靖国参拝」をめぐり中国・韓国が反発
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| 〈中国は強硬な対日姿勢をとりつつも国内的には抑制的対応〉 中国や韓国では,「新しい歴史教科書をつくる会」(つくる会)が編纂した中学校用歴史教科書や小泉首相の靖国神社参拝をめぐって,マスコミや一部市民などの批判が高まったが,政府レベルでは,両国における国内事情の違いなどから,それぞれ異なった対日姿勢を示した。 中国政府は,4月,「つくる会」歴史教科書の検定合格を受け,直ちに「歴史的事実を歪曲して侵略の歴史を否定・美化することは許されない」などと我が国の対応を非難した。また,靖国神社参拝についても,就任以来の小泉首相の発言を「過去の侵略を容認する動き」ととらえて反対し,8月13日の小泉首相参拝後は,「中日関係に深刻な影響を及ぼした」として強い憤慨と非難の声明を発表したほか,問題解決のため「日本側からの具体的行動」を執拗に求めた。一方,市民レベルでも歴史学者による反日シンポジウムや,「南京大虐殺紀念館」における抗議集会などが開催されたほか,インターネットによる対日批判が行われた。 しかし,中国政府は,一方では国内マスコミ各社に対し「歴史問題だけを突出させることなくバランスの取れた報道」を指示するなど,市民の反日感情の高まりを抑えるとともに,治安当局及び中国共産党組織を通じて対日抗議活動を抑制する措置を講じた。このように,政府が対外的に強硬な対日姿勢を示しつつ対内的には抑制した措置を採った背景には,国内反日勢力の「対日軟弱外交」という政府批判をかわすとともに,WTO加盟等を目前にして,あくまでも日中関係を重視するという方針があったものとみられる。 〈韓国では各界からの批判を受け政府が厳しい対日姿勢〉 韓国では,「つくる会」歴史教科書が検定に合格したことなどに対し,一部民間団体が激しい抗議集会・デモを行ったほか,マスコミも一斉に「歴史を歪曲している」「(韓国政府の日本に対する)消極的態度にはもどかしさを超えて憤りを感じる」などと我が国や韓国政府の対応を厳しく非難した。さらに野党ハンナラ党も,日本製品の不買運動を呼び掛けたり,町村文部科学相の交代を求めるなど,我が国への抗議姿勢を示したほか,韓国政府の対応についても非難した。一方,韓国政府は,駐日大使の一時帰国や我が国に対する教科書再修正要求のほか,「日本大衆文化開放」延期や各種交流中止などの措置を採った。 また,小泉首相の靖国神社参拝に対しては,マスコミ,野党などが反発し,韓国政府も当初,「深い遺憾の意」を表明したが,参拝後,小泉首相が近隣諸国への配慮を盛り込んだ「談話」を発表したことや,対日経済関係への影響を懸念したことなどから具体的な対抗措置の発動は差し控えた。 これまで「未来志向の韓日関係」を標榜し,我が国に対する融和姿勢を示してきた金大中政権が,前述のような厳しい対日姿勢をとった背景には,南北関係の停滞,経済の不調などを原因として政権への求心力が低下している中,今後の政局運営や次期大統領選を勘案すると,マスコミや野党などに配慮せざるを得なかったことがあったものとみられる。 なお,北朝鮮は,小泉内閣に対し,発足当初から「保守右翼政権」と決め付け,歴史教科書や靖国神社参拝などに絡めた非難を繰り返し,とりわけ靖国参拝後には,首相を名指しして「おぞましい日帝の過去の歴史歪曲に続いて,再び二重の犯罪を犯した」と論難するなど,硬直的な姿勢に終始した。 〈「問題」の火種が残るため対日批判が高まることも〉 中国は,悪化した日中関係の正常化を模索する中で,10月8日の小泉首相訪中に一定の評価を示すことで一連の「問題」を沈静化させたが,一方では「歴史問題は一度や二度の態度表明で完全に解決するものではない」として,2002年の首相による靖国神社参拝に強い懸念を表明していることから,今後も「歴史認識問題」は日中間の政治問題として機をみて再燃することが考えられる。 また,韓国では,2002年5月,6月にワールドカップサッカー大会が予定されていることから,当面の対日姿勢は「日韓協力」を基調に推移すると思われる。しかし一方で,同年12月の大統領選に向け与野党が対立を深める中で,日韓間における種々の事象をとらえ再び対日政策が争点とされるおそれがあるほか,民間団体などが我が国の各種団体とも連携しつつ,「首相の靖国神社参拝阻止」などに向けた活動を具体化させることもあり得る。 |
8 ロシア・プーチン政権,発足2年目を迎え国内外で基盤強化を推進
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| 〈国防・治安関係省庁改革を断行,経済など諸分野での法整備を実施〉 プーチン大統領は,政権基盤強化に向け,3月末に国防・治安関係省庁人事に着手し,国防相にイワノフ安全保障会議書記,内相にグルィズロフ「統一」下院院内会派代表を任命するなど,大統領の出自である旧国家保安委員会(KGB)・サンクトペテルブルグ人脈を要職に配置した。また,軍の効率化を図るため,組織改革(4軍種から3軍種へ),人員削減(120万人から100万人へ),軍管区改革(7軍管区制から6軍管区制ヘ)の3つを柱とする軍改革に向けた動きを活発化させ,9月1日には沿ボルガ,ウラル両軍管区の統合を完了させた。さらに,内務省でも,指揮系統を一元化することを主目的とした機構改革が6月以降実施された。この改革では,7連邦管区に設置された内務総局が各管区の内務支局を監督するなどの措置が講じられたが,この措置は,同時に,連邦構成主体首長の内務支局への影響力を排除するものであり,プーチン大統領の権力基盤の強化を図るものでもあった。 他方,プーチン政権は,巨額の対外債務返済を迫られる2003年を前に,法人税改革,関税制度改革,土地改革などの経済構造改革に着手した。税制,年金改革法案や外資を呼び込むための土地法案は既に成立しており,「自然的独占体」,住宅公共事業体,教育,行政,公務員の諸改革の実現が今後の課題となっている。また,これと並行する形で,プーチン大統領は,一定の条件を満たさない政治組織が中央及び連邦構成主体レベルの選挙に参加できなくなる政党法を成立させるなど,2〜3大政党制確立・議会掌握に向けた動きも見せた。しかし,対外債務問題の深刻化に加え,石油価格が下落した場合,国内経済の減速は避けられないことから,現在安定しているとされる政権基盤が今後も維持できるか懐疑的な見方もあり,まさに,発足2年目のプーチン政権にとってこれからが正念場といえる。 〈CIS諸国との関係を再構築,EU,NATOとの関係を強化〉 プーチン大統領は,政権発足当初から打ち出してきた「国益重視,実利最優先」の外交方針を具現すべく,積極的な外交活動を展開した。とりわけ,1月に「単独行動主義」をとる米国のブッシュ政権が発足したことによって,米国による「一極支配」の傾向が更に強まることを警戒したロシアは,CIS諸国との関係強化を図る動きを鮮明化させるとともに,中国,北朝鮮,ベトナムといった社会主義諸国や米国が「ならず者国家」と呼ぶイラン,イラクなどとも,首脳外交を通じ,関係緊密化に向けた動きを活発化させ,2月にはプーチン大統領が旧ソ連時代を含め,ロシアの最高指導者として初めてベトナムを訪問したのに続き,3月にはイランのハタミ大統領が1979年のイラン革命以来,初めて,イランの大統領としてロシアを訪問した。一方,米ロ間では,スパイ疑惑をめぐる外交官の「大量追放合戦」が繰り広げられるなど,相互に牽制しあう緊張した関係が生じていたが,6月にスロベニアで米ロ首脳会談が実現し,ひとまず米ロ間の対話の枠組みが作り出された。しかし,この首脳会談においても米国のミサイル防衛(MD)構想を巡る弾道弾迎撃ミサイル(ABM)制限条約の取り扱いや北大西洋条約機構(NATO)の東方拡大問題など,米ロ間の懸案事項についての隔たりが克服されるには至らなかった。このため,ロシアは,7月の江沢民主席の訪ロや8月の金正日総書記の訪ロを実現させ,対米牽制姿勢を継続した。 こうした中,9月に米国同時多発テロ事件が発生し,それまでの米ロ関係は,大きく変化することになった。ロシアは,米国が打ち出した対テロ方針に同調し,報復のために米国が軍事行動を行うことについても基本的に容認する姿勢をとった。また,欧州連合(EU)やNATOとの間でも,安保問題に関する協議の枠組みを実現させることで合意するなど,欧米協調に向けた姿勢を明らかにした。 プーチン政権は,今後,2001年中に得られた外交的成果を足掛かりとして,国際社会における影響力の強化を更に目指していくものと思われる。 〈経済的実利獲得を基本に据えつつ,領土問題解決方策で揺さぶり〉 ロシアは,イルクーツク会談(3月)で,北方領土問題をめぐり,歯舞諸島,色丹島の二島返還を明記した1956年の日ソ共同宣言を「平和条約締結に関する交渉プロセスの出発点を設定した基本的文書」と位置付けて以来,「56年宣言の履行は,領土問題の完全な終結を意味する」(4月,ロシュコフ外務次官)などと,二島返還での最終解決を我が国に促すかのような発言を繰り返した。 こうした中,ロシアが韓国など第三国に対し,我が国の排他的経済水域である北方四島周辺水域において,漁船の操業を認めていたことが明らかとなった(6月)。同水域での主権を主張する我が国の抗議に対し,ロシア側は,「(第三国への許可は)純粋な経済活動であり,かつ,南クリル(北方領土)の主権はロシアにある」と反論した。ロシアは,2001年2月から自国の排他的経済水域内での水産物漁獲枠に対して入札制を導入しており,北方四島周辺水域も全面開放する意向を示し,経済的な実利獲得を優先する姿勢を強めていた。現在のところ,ロシアは同水域での第三国操業を認めない代わりに,日本側がロシアの入漁料減少に伴う補てんを行うとの方向で妥協点を探っているが,韓国側の反発から問題解決には,依然として不透明な状況が続いている。 アジア太平洋経済協力会議(APEC,上海)の際の日ロ首脳会談(10月)では,北方領土問題をめぐる今後の交渉方法などについて協議された。この中で,「『歯舞,色丹』の引き渡しと『国後,択捉』の帰属の問題を並行して話し合いたい」とする小泉首相の提案に対して,プーチン大統領は,「並行して話し合うこともあり得る」などとこたえ,前向きとも取れる姿勢を見せた。同会談では,フリステンコ副首相訪日,日ロ貿易経済政府間委員会の開催とイワノフ外相の早期訪日が確認された。 ロシアは,平和条約締結交渉をめぐり,二島での最終決着を目指す姿勢を崩しておらず,今後も,実利主義に基づく経済協力の獲得を基本に置きながら,我が国の妥協を引き出す方向での働き掛けを展開することが予想される。 |
9 収拾の目処が立たないイスラエル・パレスチナ衝突
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| 〈対パレスチナ強硬派のシャロン・リクード党首が首相に就任〉 イスラエルでは,シャロン・リクード党首が首相選挙で当選した(2月)。シャロン党首は,対パレスチナ強硬派であり,同党首による昨年9月のエルサレム旧市街のイスラム聖地への強行訪問は,イスラエル・パレスチナ衝突のきっかけとなった。シャロン首相は,「暴力とテロによる脅迫が続く限りパレスチナ側との和平交渉には応じない」として,和平交渉そのものを振り出しに戻し,4月にはバラク前政権下で凍結されていたイスラエル人入植地での住宅建設再開を決定した。その一方,シャロン政権は,イスラエルに対するテロなどには必ず軍事報復を行うとの姿勢を鮮明にし,4月11日にはガザのパレスチナ完全自治区に対して自治開始以来初めて軍事侵攻し,また,4月16日にはシリアがレバノンのイスラム原理主義組織「ヒズボラ」を支援しているとして,レバノン領内のシリア軍レーダー基地を空爆した。 〈米国の調停によって停戦に合意するも,衝突は止まず〉 1月に発足したブッシュ政権は,当初,クリントン前政権と異なり,中東和平問題には距離を置いていたが,イスラエル・パレスチナ衝突の激化を受けて,中東和平問題への関与を強める姿勢を見せ始めた。イスラエル・パレスチナ衝突の原因究明のための国際調査委員会(委員長:ミッチェル元米上院議員)は,5月21日,紛争解決に向けた報告書を発表した。これを受けて米国政府は,バーンズ駐ヨルダン大使を中東特使に任命し,同報告書の内容実施を支援していく意向を表明した。また,6月にはテネットCIA長官を中東に派遣して紛争の調停に当たらせた。こうした米国の動きに関連し,シャロン首相が5月22日,軍に「生命に危険がある場合を除き,パレスチナ側に発砲してはならない」との指令を出し,6月2日にはアラファト議長が「即時かつ無条件の停戦」を宣言した。そして,6月12日にはイスラエル,パレスチナ自治政府双方が米国政府の調停案を受け入れたことで停戦合意が成立した。しかし,ハマスなど和平に反対するパレスチナ人勢力は,アラファト議長の停戦宣言を拒否し,イスラエルに対する闘争継続を確認した。停戦合意以後もパレスチナ人によるイスラエルへの攻撃は止まず,銃撃や爆弾テロなどが相次いだため,7月12日,シャロン首相は訪問先のローマで「パレスチナ側の暴力に対する報復作戦を再開する」と発言し,西岸の自治地域へ軍事侵攻したほか,8月27日にはパレスチナ解放人民戦線(PFLP)のアリ・ムスタファ議長を暗殺するなど,停戦は実質的に崩壊した。 〈相次ぐテロと報復攻撃により,「オスロ合意」崩壊の危機も〉 9月11日の米国同時多発テロ事件後,中東和平問題への関与姿勢を一層強化した米国の働き掛けもあり,イスラエルとパレスチナは再び停戦を宣言し,9月26日にはペレス外相とアラファト議長が会談を行って停戦の継続を確認したが,10月17日のPFLPによるゼエビ観光相暗殺でこの流れは破られ,イスラエルが西岸のパレスチナ主要都市に軍事侵攻するなど,情勢は再び悪化した。ブッシュ政権は,11月10日の国連総会での一般演説などで中東和平問題への積極的関与姿勢を改めて明確にし,11月26日には政府特使をイスラエルに派遣するなど調停作業を本格化させた。しかし,それと前後して,イスラム過激派の銃撃や自爆テロが相次ぎ,民間人多数が死傷したため,イスラエル政府は,12月3日からガザの自治政府関係施設などへの軍事攻撃を開始し,翌4日には閣議でパレスチナ自治政府を「テロ支援組織」とみなす決議を行うなど,情勢は和平交渉の基礎となる1993年の「オスロ合意」そのものを崩壊させかねないまでに緊迫化した。イスラム過激派による前記一連のテロは,米国の対パレスチナ姿勢をも硬化させ,米国政府は,12月3日,「イスラエルには自衛の権利がある」としてイスラエルの行動に理解を示す一方で,パレスチナ自治政府のアラファト議長に対しては,テロの抑止を強い調子で求めた。 イスラエルとパレスチナ自治政府との間で緊張緩和の動きが出ると,イスラム過激派勢力がそれを破壊するというパターンは定着した観があり,アラファト議長の指導力低下は明らかとなっている。米国は,「反テロ」闘争を推進している関係もあり,現在のところ,イスラエルの軍事行動を停止させる動きを見せてはいない。今後,イスラエル軍の攻撃が更に激化し,自治政府の崩壊という事態となれば,パレスチナ情勢が著しく混迷するだけでなく,米国主導の「反テロ包囲網」からのアラブ諸国の離反を招く可能性もある。 |
10 日本赤軍,「よど号」グループが国内活動拠点を整備強化
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| 〈NGO運動浸透を隠れ蓑にした新組織設立を画策か〉 日本赤軍最高幹部・重信房子は,4月14日の「重信房子さん訪日歓迎集会」において,同人の弁護士を介して発表した4月10日付けのメッセージの中で,「国際主義と軍事を特性としてきた日本赤軍の歴史を20世紀のアラブの人民と社会の歴史に刻みます。そして,日本を起点とする世直しを開始するにあたって日本赤軍の解散をもって新しい闘い方に挑戦します」と日本赤軍の“解散”を宣言した。その後,発表された「5・30声明」も,同「宣言」を追認し,「日本赤軍の名前で出す最後の声明となる」,「来年は新しい名称での声明を送る」と表明した。 「5・30声明」では,「グローバリズムという資本主義と米国の全世界に対する覇権に対し,世界中で多くの人々が闘いを挑んでいるが,私たちもその流れに合流して,日本において民主主義の徹底,国境を越えた大きな連帯を求めて出発する」と主張し,さらに,「公然合法の闘いとして,獄中同志の救援と岡本同志(レバノンに亡命中)と同志を支えてくれている人たちとの連帯を強める」などと今後の合法活動を強調している。 しかし,“解散宣言”をめぐっては,一部獄中のメンバーや一部支援者から“解散方法”や“解散宣言”そのものについて批判の声もあり,また,逃亡中のメンバーなど組織の構成員や規約,財政といった組織の本質部分には何ら言及していないことから,同軍の“解散宣言”は単なる名称変更を表明したものにすぎず,同軍は,今後も非公然部門を温存していくものとみられる。 また,4月3日にレバノンから帰国した重信房子の娘・メイは,支援組織の各種会議や行事への参加のほか,講演会やマスメディア等の取材に応じるなどしており,重信房子の娘としての知名度から,日本赤軍支援運動のシンボル的存在になる可能性が大きく,支援者拡大に向けた多様な活動の展開が予想され,今後の同軍の闘争方針と合わせて支援組織の活動が注目される。 〈妻子の帰国で「よど号」グループ日本支部設立に向けて始動〉 「よど号」グループは,2000年10月から支援者を通じて妻子の帰国に取り組み始めたが,1月,日本政府から返納を求められていた妻の「失効旅券」をめぐって,手続きを一時中断した。しかし,3月になって,子女のみの帰国を優先させることで手続きを再開し,5月15日,田中義三の娘・東美ら子女3人の帰国を実現させた。 さらに,当初,帰国させる方針であった妻2人のうち,赤木志郎の妻・恵美子(旧姓・金子)を帰国させることとし,7月23日,同女の「失効旅券」を支援者を介して外務省に返納して,9月18日に帰国させた。同女は直ちに旅券法違反容疑で警視庁に逮捕された。これに対し,「よど号」グループは,同日付けで,「金子恵美子逮捕にかんする抗議声明」を発表し,人道面を強調するとともに「不当逮捕」を訴えた。 「よど号」グループは,赤木恵美子を帰国させた理由については説明していないが,赤木恵美子が帰国に際して「『かりの会』(96年4月結成,代表・小西隆裕)の国内事務所的なことを行っていく」と述べていることから,日本における活動基盤作りのため,意思強固といわれる赤木を敢えて逮捕覚悟で帰国させたものと思われる。 「よど号」グループは,2002年以降も,逮捕された赤木の裁判の推移を見ながら,残る妻子の帰国を継続するとしている。今後,同グループは,先に帰国した子女3人を中心に国内支援者と共に,自らの「無罪帰国」実現に向けて支援活動の強化を働き掛けてくるものと思われる。 |
11 反グローバル化運動の中で一部グループの活動が過激化
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| 〈一部グループがジェノバ・サミットで過激な抗議行動を展開〉 2000年に引き続き2001年も,主要な国際会議が経済のグローバル化に反対する団体の抗議行動によって妨害される事態が発生した。6月24日には,スペインのバルセロナで開催される予定であった世界銀行(WB)の経済会議が激しい抗議行動により中止に追い込まれたほか,7月20〜22日にイタリアで開催されたジェノバ・サミットでは,イタリア当局が各団体の過激な抗議行動に対処するため,サミット会議場周辺にフェンスを設置するなど厳重な警備体制を敷いたものの,デモ隊が警官への投石や車両への放火などの過激な行動に及び,抗議行動が先鋭化した。 反グローバル化を主張する団体の中には,純粋に経済,軍事などのグローバル化の問題を掲げ,非暴力的に運動を推進するものもあるが,穏健な団体に紛れて破壊活動に及ぶ過激な団体も見られ,特に,「ブラック・ブロック」(米国を拠点とする過激な無政府主義組織),「白い作業服」(イタリアに本拠を置く無政府主義組織),さらには,常に過激な抗議行動を行う左翼系勢力の若者らの活動が目を引いた。ジェノバ・サミットでは,抗議行動に参加した若者の一人が死亡したことから,反グローバル化運動諸団体は,若者の死を大々的に取り上げ,若者が死亡した7月20日を記念日に設定するなどして反グローバル化運動の盛り上げに利用した。 〈各団体は,世界中にネットワークを広げ,広範な活動形態をとる〉 反グローバル化運動は,米国,英国,カナダ,イタリア,フランス,ドイツなどの西欧先進諸国において特に顕著である。各団体は,世界各国に支部組織を設立し,インターネットを効果的に利用して急速に団体間の連携を拡大している。大規模な国際会議の日程・開催場所などが明らかにされると即座に会議への抗議のサイトが開設され,同サイトにおいて抗議活動の予定や行動の趣旨などがネットワークの隅々にまで伝播されている。 反グローバル化団体の最近の主張内容を見ると,資本主義,貧国の超過債務など,既存の経済の枠組みへの批判にとどまらず,@ブッシュ大統領の外交・軍事政策,A人種差別,B環境問題(COP7など),C警察官による暴力などの問題に関するサイトも開設され,これら団体が新たな目標を設定しているものとして注目されている。 〈米国などによるタリバン攻撃を受け,更に過激化も〉 9月29,30日に予定されていた国際通貨基金(IMF)・世界銀行(WB)総会は,米国同時多発テロ事件の影響で中止され,同総会に対する抗議運動を予定していた反グローバル化運動団体の多くは,テロ事件の犠牲者・遺族に配慮し抗議運動を取り止めた。しかし,一部の団体は,急きょ運動方針を「反グローバル化」から「反戦・平和」 へと転換させた上で,10月11日,フランス国内各地において,反グローバル化運動団体「ATTAC」(経済問題等に取り組むフランスの組織)やフランス共産党配下の左翼勢力が中心となり,米国などによるタリバン攻撃に対する抗議行動を行った。 反グローバル化運動団体の中には,サイト上で,警察・消防無線の傍受による事前の情報収集方法や抗議活動の際にとるべき戦術などを公開している団体もある。そのようにしてサイトから情報を得た団体が新たに運動に参加するとみられるほか,今後も反グローバル化運動諸団体による反戦・平和活動が継続して行われる可能性もあり,運動が更に過激化することも予想される。 |