法制審議会民法(債権関係)部会           第9回会議 議事録 第1 日 時  平成22年5月18日(火)  自 午後1時30分                        至 午後5時49分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)                議     事 ○鎌田部会長 それでは,予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会第9回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。    (委員の異動紹介につき省略)   まず,第2回会議から第6回会議までの議事録について,事務当局から報告事項がありますので,説明してもらいます。 ○筒井幹事 この部会の議事録は,これまでに第6回会議までの分を,法務省ホームページ上で公表しておりましたが,先日来,公表済みの議事録の一部についてホームページ上で閲覧することをできなくする措置を採っておりましたので,そのことについて御報告いたします。   まず,この措置を採りました経緯を御説明いたします。この部会の議事録は,録音反訳の内容をそれぞれの発言者に御確認いただいた上で,それを集約して公表するというプロセスを採っておりますが,先日,ある部会メンバーから第5回及び第6回の議事録について,修正すべき点を伝えたのに反映されていないという御指摘をいただきました。これを受けて,事務当局では,修正意見を反映できていないものがほかにもないかどうか,直ちに分かる範囲での点検作業をいたしましたところ,公表済みの議事録のうち,第2回会議以降の分については,手元の資料だけでは反映漏れがないことの確認が取れませんでしたので,先月末4月30日に,第2回から第6回までの議事録について公開停止の措置を採りました。   これ以降,事務当局におきまして,関係する部会メンバーの皆様に,改めて御確認をお願いするなど御協力をいただきながら,確認の作業を行うとともに,原因究明の作業や再発防止策の検討などを行ってまいりました。その結果,公開を停止した議事録については先週末までに再確認の作業を終え,おおむね昨日から,改めて公開する措置を採りました。その際に,法務省ホームページ上では,5月14日付けで訂正した議事録であることを明示するようにいたしました。   また,過誤が発生した原因については,法務省における電子メールのセキュリティシステムに関係していることが分かりましたけれども,しかし,作業手順を確実に踏むことによって再発防止は可能であるということも分かりました。このことを踏まえ,今後は,法務省内において再発防止に万全を期してまいりたいと考えております。   以上の次第でありまして,部会メンバーの皆様,それからメンバー以外でこの部会の議事に関心を寄せていただいている皆様には,大変な御迷惑をおかけいたしました。この場をお借りして,おわびを申し上げます。 ○鎌田部会長 是非よろしくお願いいたします。   それでは,部会資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 まず,事前配布資料として,部会資料11−1と11−2をお届けいたしました。この二つの資料については,後ほど関係官の菱川から説明いたします。   このほか,本日は,委員等提供資料として,まず,社団法人日本クレジット協会の「債権法改正に係る意見(中間論点整理)」と「債権法改正に係る意見【概要版】(中間論点整理)」と題する二通の書面をいただきました。これは,経済産業省の奈須野関係官の御紹介によるものです。   それからもう一通,日本弁護士連合会の「消費者契約法の実体法改正に関する意見書」をいただきました。これは,岡委員,中井委員,高須幹事及び深山幹事から御提出いただいたものです。 ○鎌田部会長 それでは,本日の審議に入りたいと思います。   本日は,民法(債権)関係の改正に関する検討事項(6)について御審議いただく予定です。具体的な進行予定といたしましては,休憩前に部会資料11−1の「第2 契約交渉段階」までを御審議いただくことを予定いたしております。その後,休憩を挟みまして「第3 申込みと承諾」以降を御審議いただきたいと思います。   それではまず,部会資料11−1の1ページ及び2ページ,「第1 契約に関する基本原則等」について御審議いただきます。事務当局に説明してもらいます。 ○菱川関係官 まず,部会資料11−1と11−2の関係についてですが,11−1が主たる部会資料であり,11−2がこれに詳細な説明をつけ加えた補助的資料であることはこれまでと同様でございます。この場でも基本的には11−1に沿って御議論いただきたいと考えております。   では,まず「第1 契約に関する基本原則等」についてですが,「1 総論」を冒頭に設けました趣旨は,前回までと同様です。契約の基本原則等について検討するに当たって留意すべき点について,幅広く御議論いただきたいと考えております。また,2以降に掲げました個別論点のほかにも検討すべき論点がございましたら,ここで御指摘いただきたいと思います。   次に,「2 契約自由の原則」ですが,契約自由の原則は契約における最も重要な基本原則であるとの指摘がありますが,そのことを明示する規定は置かれておりません。このような現行民法上も解釈によって認められている基本原則については,条文上できる限り明確にすべきであるという考え方がありますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。関連論点にあります諾成主義の原則の明文化は,現行民法において採用されていると解されている諾成主義の原則を明文化すべきであるという考え方がありますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。   「3 契約の成立に関する一般的規定」ですが,契約の成否をめぐる紛争解決の手掛かりを提供するため,契約が成立するために必要な合意についての一般的な規定を置くべきであるという考え方がありますが,他方でこのような考え方に対しては,現実の取引形態の多様性を考慮すると,一般的な規定を設けるのは困難であるとの指摘もあります。このような問題状況を踏まえ,契約の成立に関する一般的な規定として,契約の成立に必要とされる合意の内容は,当事者の意思や契約の性質に照らして定まることなどを明記するという考え方が提示されている一方で,このような一般的な規定は設けず,契約の成立に関しては契約が申込みと承諾によって成立するということのみを規定し,その上で申込み及び承諾の概念やその成立に関するルールの明確化を図るという考え方も提示されています。   そこで,契約が成立するために必要な合意についての一般的な規定を置くことの要否と,規定する場合の具体的な規定の在り方について御意見をいただきたいと考えております。   「4 原始的に不能な契約の効力」については,現行民法は特段の規定を設けていませんが,判例及び伝統的な見解はそのような契約は無効であるとしています。しかし,このような見解に対しては,履行不能の原因が生じたのが契約締結の直前か直後かにより債務者に債務不履行責任が生ずるかどうかが左右されること,そのことの妥当性には疑問があることなどを理由として,履行不能が原始的か否かで区別をしない考え方も有力に主張されています。   そこで,原始的不能の契約の効力について,規定を置くことの要否と,規定する場合の具体的な規定の在り方について御意見をいただきたいと考えております。   「5 債権債務関係における信義則の具体化」では,信義誠実の原則を債権債務関係において具体化し,債務者の保護義務や,債権者の弁済の受領時における協力義務などの法的根拠がより明確になるような一般的な規定を設けるべきであるという考え方がありますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分のうち,まず「1 総論」について御意見をお伺いしたいと思います。   特に御発言がないようでしたら,2以下の個別論点の議題に進めさせていただきたいと思いますが,これまでの御審議と同様に,議論の過程で総論的な課題について何かお気付きの点がありましたら,そのときに御発言いただければと思います。   それでは,「2 契約自由の原則」から「5 債権債務関係における信義則の具体化」までについて,御意見をお伺いしたいと思います。御自由に御発言ください。 ○鹿野幹事 2の契約自由の原則について,一言発言させていただきます。   契約の自由の原則は,いわば当然のこととして従来承認されてきた原則でありますが,国民に分かりやすい民法ということから考えると,このような当然の原則についても明文で規定することに意味があると考えられ,この原則の明文化については賛成でございます。ただ,その場合に,契約自由の原則だけを明文化しますと,それがひとり歩きして,行き過ぎになるのではないかという危惧も覚えるところでございます。   そこで,契約自由の原則を明文化するのであれば,同時にこれと併せて,この契約自由の原則の制約と申しましょうか,あるいは場合によっては契約正義の観念と言ってもよいかもしれませんが,その自由に限界があるということについても,規定を設けることが必要なのではないかと思います。   詳細版の2ページには,比較法の条文が挙げられていますが,その中でも2ページの一番下のヨーロッパ契約法原則の1:102条の第1項のただし書の規定が,一つの参考になるかもしれません。いずれにしても,契約自由の原則と併せて,その制約に関する規定を設けるべきだという意見です。 ○山本(敬)幹事 同じく契約自由の原則について意見を述べさせていただきたいと思います。   まず,今鹿野幹事がおっしゃいましたように,契約自由の原則を明文化すべきであるという考え方には,私も賛成したいと思います。日本においても契約自由の原則が妥当していることは疑いの余地のないところですし,今回の改正の基本理念の一つが,市民社会の基本法としての民法を市民にとっても分かりやすいものにするところにあるとしますと,基本原則に当たるものが認められるのであれば,それをできる限り明文化することが要請されることになります。契約自由の原則は,まさにそのような基本原則の代表例の一つというべきだろうと思います。   その上で,今の御意見ともかかわる部分ですが,詳細版の1ページ以下には,「自由に契約を締結し,その内容を決定できる」ことを規定する考えのほかに,それと併せて強行規定等に反することができないことも規定するという考え方があることが示されています。鹿野幹事が御指摘されたのは,この考え方のことだろうと思います。   契約自由が原則として認められるとしても,強行規定や公序良俗に反することはできないことは,そのとおりです。ただ,公序良俗や強行規定に反することができないということは,契約だけに当てはまることではありません。むしろ,法律行為一般に妥当することだというべきです。このように,契約に限らず法律行為一般に妥当する基本原則は,やはり法律行為一般について規定するのが適当だと思います。現行法ですと,90条以下に相当する規定が,正にそれに当たります。したがって,これは法律行為に関する規定に任せて,ここでは端的に契約自由の原則を明文化すべきではないかと思います。 ○鹿野幹事 もちろん,現行民法も公序良俗については90条に規定がありますので,そのような規定が一般規定として置かれるものだとは思います。しかし,あえて申しますと,ここでは私的自治の原則を一般規定として総則などに置くということが問題となっているのではなく,特に契約について,契約自由の原則に関する規定を明文で置くということが問題となっているわけです。そしてこのような規定をわざわざ契約について明文で置くとなると,それにより,契約は当事者が自由に決めることができるのだという自由の側面がかなり強調されて見えるのではないかと思うのです。   そうであるなら,やはり法律行為一般に関する制約規定が総則編などに置かれればよいということではなく,契約自由の原則に関する規定と結びつけて,その制約に関する規定を置くということに意味があるのではないかと思います。当然の原則をあえて規定するということにはシンボリックな意味もあるでしょうが,それならなおさら,その同じ場所において制約にかかる規定を設けるということに意味があると思います。 ○中田委員 私も契約自由の原則を明文として置くということには賛成です。どうして契約自由を尊重するのかというと,詳細版にも書いてありますけれども,自由な意思決定の尊重ということが一つあると思いますし,それから市場経済の基盤になっているという意味でも重要ですので,書くということに賛成です。   それを制約する原理をどう書くのかですが,今お二人の御意見が出ておりますけれども,恐らく制約する理由にはいろいろなものが入っていると思います。様々な意味で弱い当事者を保護するとか,社会的利益を保護するとか,市場経済を保護するとか,あるいは契約制度自体の内在的な制約とか,いろいろなものがあると思います。それを余り抽象的な形で書きますと,かえってそれがひとり歩きするかもしれない。そうするとむしろ具体的な制約原理というのを個別に書いていくことが必要になってくると思います。   その上で,では抽象的な規律が全く要らないかというと,これはやはりあったほうがいいと思いますけれども,それをどこで書くかということは,その規律の内容との関係になるかと思います。例えば信義則というのは,このすぐ後で出てきますけれども,これはこれで併せて置いておくという意味はあると思います。  それから,もう一つ,契約自由というときの契約のイメージが,研究者の持つ契約イメージと一般の人の持つ契約イメージとで少しずれがあるのではないかと思います。一般の人は契約というと契約書を想像することが多いのではないかと思います。もちろん,立法に当たっては理論的な筋を通す必要があると思いますけれども,現実の感覚というのにも気をつける必要があるのではないかと思います。 ○山野目幹事 今,中田委員から,考慮すべき事柄がいろいろあって,性質が違うものがあるであろうというお話をいただいた際の,そのいろいろというものの一つを付け加えさせていただくことになるのかもしれませんけれども,私が一つ危惧いたしますこととして,だれと契約するかという問題に関しまして,殊更に法律で契約自由の原則をうたうことが,何か意図しないメッセージとしての効果を持つものではないかということを恐れる部分がございます。したがいまして,この問題を考えます際は,賃貸借や雇用などの分野領域におきまして,事業者が契約の相手方の選択決定について不当な差別的取扱いをすることは認められないということも,また十分に社会的な了解が得られるよう必要な環境整備に努めつつ,お進めになることがよろしいのではないかと感ずるものでございます。 ○中井委員 契約の自由の原則に関することですが,契約の自由の原則を契約の規定の中に入れることについて,基本的に反対するものではございません。ただ,これを入れるときには,先ほど鹿野幹事から御発言がありましたように,それとのセットで制約原理があることを明示していただきたい。並べ方の問題があるのかもしれませんが,第1条ないし第90条に制約原理があって,はるか離れた契約の成立もしくは契約の総則的なところに,契約の自由の原則だけがあるというのは弁護士会として反対意見が多くありました。   その制約原理にもいろいろあろうかと思います。公序良俗違反,信義則という実体的な面もあると思いますし,今後議論することになると思いますが,契約当事者が自由に契約できると言っても,やはり情報量格差,交渉力格差があることから,そういう格差のある者が,本当に自由な意思で形成した合意が可能なのか。考えるべきことが,内容についての公正さとともに手続的な公正さだとすれば,そこから導かれるのは,例えば情報の提供であったり説明義務だったりすることになるのかと思います。   したがって,これから議論される条項を定めるに当たっても,それに先立って,契約の自由の原則はある,しかし,そこには実体的な公正さと手続的な保障,こういう制約原理があることを何らかの形で表していただくのが好ましいと思っています。 ○岡田委員 今まで消費者のことも十分に先生方に理解していただいており有り難いと思うのですが,消費者の場合,契約の自由といっても,自分たちがその自由を持っているというより,むしろ相手方がその自由を自由に使っているがために不利益を被るという場合が余りにも多いものですから,その点から言いますと是非とも弱者の利益が害されないような制約,これはもう是非分かりやすく入れていただきたいと思います。ところで契約自由の原則と言ったときに,その限界というのが強行規定であったり公序良俗だったりするだろうと思うんですが,消費者契約では,限りなく公序良俗に反すると思われるような勧誘,契約がとても多いんですね。ですから,是非この契約の自由と強行規定,公序良俗というのはセットで考えて頂き,加えてこれらの規定に関して分かりやすくなればと希望します。今までもそういう御意見でしたけど,消費者契約の現状を是非考えていただきたいと思います。 ○藤本関係官 契約の自由の原則の制約として,ちょっと今まで出た意見とは異なった観点からでございます。契約自由の原則として,契約を締結するかしないかの自由,契約の相手方を選択する自由,契約の内容の決定の自由ということが挙げられております。  一方,私どもとしますと,預金者保護,当事者保護というのが重要だと考えておりまして,金融ADR制度というもの,裁判外紛争処理手続というものをすべての金融関係業法を改正いたしまして導入したところでございます。そこでは,金融関係業者には手続実施基本契約の締結義務というのを課すとともに,相手方は指定紛争解決機関でなければいけないということにして,その手続実施基本契約には特別調停案の受託義務というのが規定されているということでございます。また,社債等振替法にも振替機関に対する加入者保護信託契約の締結義務というものが規定されております。こういうものもあるということを念頭に置いて御検討いただければと考えております。 ○木村委員 契約自由の原則の制限についてですが,消費者の保護という観点から,一定の制約を加えていく面もあるかと思います。そして,同時に,憲法上,財産権の内容は公共の福祉に適合するよう,法律でこれを定めるという規定があり,その公共の福祉とは何かということは,各法律にいろいろ具体的に展開されています。そのため,その辺も踏まえて,契約自由の原則の中にそういう観点というのがあり得るということも,ある程度分かるようにしておかないと,先ほど来出ているように,何でも自由ということにつながりかねないという感じがしています。 ○潮見幹事 私からは,一つ申し上げたいことがあります。それから,制約倫理を書いたルールを入れるべきだとおっしゃっておられる方に対する質問をさせていただきたいことがあります。   一つは,ヨーロッパ契約法原則が根拠として挙げられていますけれども,ヨーロッパ契約法原則は,基本的に契約法典という形で書かれているものです。その冒頭にこの種の規定が置かれていて,その制約原理が以下に続く形で書かれています。   他方,今回の民法改正では,パンデクテンの現行体系を維持し,法律行為論も維持するという観点から議論がされているやに私は受け取っております。その際に,ヨーロッパ契約法原則のこのようなルールの立て方をそのままの形で持ってきて根拠にするということについては,私は解せません。これが私自身の意見です。細かいところは,先ほど山本敬三幹事がおっしゃったところと同意見です。   もう一つ,先ほど制約原理を入れるべきだという形で発言をされた複数の方々にお尋ねをしたいことがあります。第一に,この部会では条文を作るところまで持っていくというのが使命とされているところではなかろうかと思います。そうであれば,仮にここで制約原理も書くということであれば,どのような形の条文を,制約原理をここに書けと言うのか,お考えになっているのかということをお示しいただきたい。   第二に,それと併せてですけれども,もしそのような制約原理というものが条文の形で出ない場合に,契約自由の原則でここで事務局から御紹介があったようなルールを置くべきではないというお考えなのかどうかということを伺いたい。   第三に,これは特に岡田委員の御発言に絡むことですけれども,消費者の問題等々ということをおっしゃられるということは,要するにその制約原理を書くことができるかできないかに関係なく,このような契約の自由の原則を定めたようなルールを置くべきではないとお考えなのかどうか。つまり,契約の自由の原則を定めたようなルールを置くことが逆効果となるという御趣旨まで,先ほどの発言の中に含まれているのかということを確認させていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ただいま質問のありました点について,今お答えができるようでしたら,お答えをいただけますか。 ○岡田委員 契約の自由の原則とか,これから出てきます契約の成立とかいうものは確かに民法中に条文としてありませんので,消費者啓発の中で相談員であったり,弁護士さんだったり,学者の方が説明をしているというのが現状です。今後法教育だとか,消費者教育が徹底すれば,条文の中に入れなくてもという考えがないわけではないのですが,入れることによって民法というものがすごく分かりやすく,かつ契約の基本理念としてまとめられる点では意義があるかと私は思っています。   ただ,私の周りでは,その契約自由の原則が入ることによって,ますます事業者がそれを利用するのではないかという思いを持っていることは事実です。ですから,入ることによって,今以上に消費者が不利な状況になるのであれば,入れないほうがいいと個人的にも当然考えます。相談員の危惧が払拭されるのであれば,私は反対はありません。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○中井委員 潮見幹事の先ほどの御意見について,まず潮見幹事に御確認したいことは,契約の自由の原則がある一方で,当然制約原理の存在すること自体は恐らくお認めいただいていると思うのです。そこで民法典の体系についての議論は私にはできませんが,1条のところで信義誠実の原則が,90条のところで公序良俗もしくは暴利行為等の法律行為に関することがうたわれるかもしれない。仮にそうだとしても,この契約のところで,契約の自由の原則のみをうたって,制約原理については他のところで書かれているから,それでいいではないか,とはならないのではないか。つまり,分かりやすい民法を目指すというのが基本にあれば,契約を締結するに当たって,自由はあるが,そこには内容的な制約も必要ですし,手続的にもきちんとしたことが必要ですということを確認することが,その体系的美しさがあるかどうかはともかくとして,必要な事柄であろうと思います。   また,信義誠実の原則についての議論もあろうかと思いますけれども,これも1条にある中で,契約のどこかの条文の中にそれをより具体化したものとして落とし込むという方向性の議論に進むことを私としては期待しております。   それでは,具体的にどんな条文があるんですかと聞かれますと,これは直ちにお答えはできませんが,先ほどのヨーロッパ契約原則のような規定の仕方であれば,契約は自由,ただし,こういう制約があるとするか,民法206条の所有権のところと同様に,制約原理の範囲内で自由にできるとするか。つまり,本文の中に入れ込むのか,ただし書の中に書き込むのか。それを簡潔,明瞭な言葉で表現できるようにできないものかと思っております。 ○鹿野幹事 ほぼ中井委員の御意見と同意見でございますし,そしてまた,先ほど山本幹事の御発言に対して私が発言させていただいたことの繰り返しになりますが,一言申し上げます。パンデクテン体系において整合性がとれないことになるのではないかという問題の提起を潮見幹事がなさったと思いますが,そういうことはないと私は考えております。一般的な法律行為に関する箇所ではなくて,改めて契約の総則に契約自由の原則の規定を置くのであれば,そこに改めて,契約という場面に即して一般規定を多少具体化した形でその自由の制約規定を置くということが可能であるし,適切でもあろうと思います。   先ほど,私は参考として,ヨーロッパ契約法原則を指摘しました。確かにこのヨーロッパ契約法原則は,契約に関する規律だけを対象にしており,ほかは対象にならないということでしょう。しかし,日本民法でも,契約に関する規律の中に契約自由の原則の規定を置くのであれば,それと同時に契約を対象にして自由の制約を置くということに何ら矛盾はないと思います。ヨーロッパ契約法原則にある公正取引などの概念は,正に契約の場面を念頭に置いたものだと思いますし,中井委員からも御発言があったように,契約の手続的な公正さと内容的な公正さ,それをうまく包含できるような形で,ここに契約の場面に即した制約に関する規定を置くことがなお必要だと考えています。 ○能見委員 今の段階で余り細かいことまでは議論できないんですけれども,今,ここで議論されているのは,契約内容決定の自由に関してだと思いますが,これに関して私は,基本的には契約内容の自由という原則を鮮明にするということに賛成であり,ただ,皆さんおっしゃるように,それについては制約原理があるので,それをセットにすべきだということについても賛成です。ただ,その場所については,私のイメージでは,民法90条が制約原理の一つですが,それにプラスアルファしたものもありますので,90条の前あたりで,契約自由の原則が鮮明にされて,それとともにそれを制約する原理としての公序良俗違反,及びそれにプラスアルファしたものがセットになって明確になるというのがよろしいのではないかと思っております。この点については以上です。   私が本来言いたかったのは,もう一つの点,先ほどの山野目さんの発言の続きなんですが,今述べましたように,契約内容の自由の原則については,私はそれを鮮明にすることがいいという積極意見ですが,契約締結するかしないかの自由のほうは,これは少し微妙な問題がやはりあって,山野目さんが言われたように,賃貸借契約であるとか,あるいは金融機関との取引などにおいて,高齢者であるとかあるいは外国人などが,契約の締結してもらえないという差別などを受けるということが現実にも生じていると思いますが,こういうことを考えますと,この契約締結するかしないかの自由は確かにあることはあるんですけれども,これを原則として掲げるということには,私はちょっと慎重にしたほうがいいだろうと思っています。   仮に,どうしても整合性の観点からそれを設けるということであれば,ここの問題に関しては原則本体よりもむしろその制約原理こそ重要で,これがあいまいであったり,契約締結の自由の原則とは別の場所に書いてあるということになるのは適当ではないと思います。このような意味で,契約内容の自由の原則と契約締結の自由の原則では大分違う問題があるので分けて考えたほうがいいということでございます。 ○潮見幹事 言わんとしたことは,能見委員が後半で言っていただけたことで,ほぼ尽きているんですが,要するに,先ほどどういうルールをここで制約原理のために書くんですかと申し上げたのは,冒頭のところの例えば鹿野幹事の発言のところで,契約正義という言葉が出てきて,また,先ほど不公正取引などという言葉が出てきた。あるいは,中井委員のお話の中でも,手続的公正さ等々というものが出てきた。そういうものをここで仮に制約原理という形で書いて挙げた場合には,その中身と,法律行為のところにある法律行為の自由に対する制約という観点からのいろいろなルールとの関係が一体どうなるのかというあたりが非常に分かりにくくなるのではないか。体系的にも理解ができないようなものにもなり,使いにくくもなるというようなことを少し危惧したものですから申し上げたと。   それから,法律行為の制約原理うんぬんに関しては,先ほどパンデクテンと言ったのは,法律行為のところでいろいろな制約原理が書かれるのではないかと思われますが,消費者の問題に関しても,法律行為の自由に対する制限というルールは,恐らくそこで議題として上がってくると思うんです。その箇所で処理をしておけばいいのではないかと思うところです。   もう一言だけ申し上げますと,ヨーロッパ契約法原則の話が何度も出てきているのですが,この2項では,実体的な内容が書いていないんですよね。むしろ,ここに書かれているように,本原則に別段の定めがある場合はこの限りでないという形になっていて,そこを参照するような形で制約をしていて,その制約原理あるいは制約ルールというのはどうなっているのかというのは,後に続くところのいろいろなその有効性だとか,あるいはその他もろもろのところでルールが立てられるという形になっているものですから,ますますこういうものをここで持ってきて,だから制約原理を一緒にまとめて挙げましょうというのは,解せないところがあります。 ○山本(敬)幹事 ほぼ尽きていますので,一言だけ付け加えておきますと,ここで仮に制約原理を書く場合に,「公序良俗及び強行規定に反しない限り」という書き方をするのか,あるいはそれ以上のことを考えているのかということによって,かなり大きな違いがあるだろうと思います。   先ほどから御意見を伺っていますと,そこが少しあいまいで,それ以上のことを考えておられるような御発言もありました。もしそうだとしますと,このような抽象的な形で,新たな制約原理を書くことがどのような結果をもたらすことになるのかということは,慎重に考える必要があるだろうと思います。学者が学説としていろいろな考え方を示すのは,私たちも含めてよくやっていることですけれども,それが明文の規定になったときの影響は,やはり慎重に考えておくべきことでしょう。むしろ,そこまで含めて御提言していただくと,より一層実質的な議論ができるのではないかと思います。 ○野村委員 いろいろ御意見を伺っていて,これはある意味でいうと,ここで考えている契約に関する基本原則すべてに共通する問題だと思います。どうしても,原則を考えると,制約あるいは例外というのは必ずあるので,今までは、原則について明文の規定がないので,例外の存在について,特に問題にすることはなかったと思います。しかし,原則を明文化しようとするときには,例外のことも考慮に入れなければならないと思います。法律家は、多分契約自由の原則を条文に書いたからといって,これまでの契約法の世界が大きく変わるとは余り思っていないと思うのですけれども,やはり一般人が原則だけが明文化された改正法を見ると,例外のことを余り考えない可能性があり、一般人がどのように基本原則を受け止めるかについて配慮しなければならないと思います。このように,原則の明文化はかなり影響が大きいので,ある程度制約原理が見通せるようなことを考えなくてはいけないのではないかと思います。ただ,例外について,余り具体的な表現で書くのは、技術的に困難であって,むしろ避けたほうがいいのかなという気がちょっとしています。   ただ,契約に関する諸原則の中でも、例外と原則の在り方というのは、いろいろと違っていると思いますので,共通の問題であると同時に個別のことも考えなくてはいけないのではないかと思います。今まで出ていないのですけれども,諾成契約については,かえって明文の規定はないほうがいいのかと個人的には考えています。すなわち,一方で,要物契約のような例外があって,今の条文でも合意で契約が成立するということが大体読み取れるような表現になっていますので,あえて書かないほうが混乱はないのかなと個人的には思います。 ○木村委員 先ほど,憲法の話を少しさせていただきましたが,これは後で議題に出てくる約款の話にも関係してきます。要するに契約の自由の原則があること,自由だということが大原則だというのは分かるのですが,その中で,先ほどの憲法ではないですが,各種業法,例えば電気事業法だとかそういうものによっては,また別の法益の下でその契約の内容も含めて,一定の制約が掛かってくる部分が出てくるのです。そういうものとの兼ね合いを,原理原則を掲げることと,どのように調整するのかということも,問題になってくると思っています。   ですから,契約自由の原則というのは,あるのが当たり前ということであれば,あえて書かないという方法もあるのではないかという感じもしています。 ○高須幹事 正直言いまして,ここでの議論を聞くまでは漠然と制約原理も併せて書いておいたほうがいいという程度に思っておりました。弁護士会の中でも比較的そういう意見が強かったのでございますが,今日,先生方のお話を聞いていて,制約原理をどう書くかということはかなり難しい問題だということが,私もようやく実感できた気がいたします。   ただ,悩んでいても前に進むことができませんので,結局,今考えておりますのは,契約自由の原則を書いた上で,制約原理をどうやって書くか,これをしっかり考えていくという姿勢をまず持つことだと思います。その上でもし明文化が難しいようであれば,制約原理だけの問題ということではなくて,契約自由の原則そのものを明文化することの是非も,改めて考えねばならないのかもしれない。今,木村委員からお話が出たように,そこのことも含めて方針を決めていかねばならないのではないかと。今の段階でどのように書きましょうという答えは,私も持ち合わせてはいないのですが,ただ,制約原理をつくることの難しさを考える場合には,やはり契約自由の原則をうたうこと自体も含めて,その是非をこれから検討していかねばならないと思っております。 ○岡委員 市民から見ると,やはり何らかの前提というか限定があることを,条文上明らかにすべきであるというのが,弁護士会の多数説だと思います。   条文化が困難であるとかいろいろありましたけれども,二つ申し上げます。一つは例外とか制約ではなくて,前提というような感じではないのか。山本先生とか大村先生の難しい本を読んでもよく分からなかったんですが,自由の大原則があり,その例外として,90条だとか,信義誠実だとかがあるのではなく,もう少し何か強いものがあるのではないか。その辺は,先生方の御教示を得たいところでございます。   次に,先ほど中井さんがただし書でも本文でもいいとおっしゃったんですが,私はやはり本文のほうにうまい形で入れるべきだと思います。フランス民法を見ると,全部本文に入っているようです。同法1134条は適法に形成された合意は,法律に代わる。カタラ草案も同じようですし,テレ草案のほうを見ましても,法律によって定められた限度の中で自由を有すると書かれています。日本の民法でも206条は,所有者は法令の制限内においてうんぬんというような書き方をしています。余り具体的な,内容的な原理は書けなくても,法律の範囲内で自由を有する。そういう書き方が,素人から見ると,法律の範囲内での自由なんだということが分かって,分かりやすい条文になるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございます。おおむね論点は明確になったと思いますが,ほかの点についての御意見はいかがでしょうか。 ○奈須野関係官 ほかの部分について意見を述べさせていただきます。   3の契約の成立に関する一般的規定と,それから4の原始的に不能な契約の効力に関する部分でございます。いずれも事務局提案に対しては消極的な意見であります。   まず,契約の成立に関する一般的規定でございますが,確かに提案のとおり,M&Aのように多数の合意内容が束になっているような契約においては,そういう契約が成立するために必要な合意というものが観念される余地はあろうかと思います。また,消費者契約のようなことを考えますと,契約を分析的に考えたほうが消費者保護に資するというような観念もできるかと思います。   ただ,世の中で毎日常日ごろ行われている何億という契約は,そういった契約が成立するために必要な合意というものとは無関係に行われているというのが実態でございまして,条文上,このようなものが観念され得るというような考え方が示された途端,これが契約をまとめる意思がない場合でも,意に反して契約が成立してしまったり,あるいは契約を求めたつもりであったとしても,ここに書かれているような契約の成立に必要な合意がないということで,不成立になってしまうというようなリスクがあるのではないかというような不安の声がございます。   例えば,このようなものがありますと,なるべく事業者としてはマーケットクレームというんですけれども,こういう契約の成立にかかわる紛争というものはできるだけ少なくしたいというような希望を持っているわけでございますけれども,例えばその契約が成立したと思って商品を送ったら,いやいや成立していませんということで持ち逃げされるというような悪用のおそれがあるということでございまして,これは商社のほうから消極的な意見がございました。   それから,4の原始的に不能な契約の効力の部分でございますけれども,判例では原始的不能の契約については無効ということでございますけれども,仮に有効とした場合には,その損害賠償の範囲が履行利益と異なってくると考えられるわけでございます。原始的に不能なものについて履行利益というものをどのように考えるのかというのは,ちょっとよく私には分からないわけでございますけれども,仮にそのような理解になるとすれば,事業者としてはそういうことを見込んで,契約交渉に当たらなければいけないということでございまして,取引実務に悪影響を及ぼすのではないかということでございます。こちらについては中小企業の側から意見がございました。 ○西川関係官 先ほどから言われておりました契約自由の原則については,やはり制約原理をきちんと書くべきであるということなんですが,それ以外について2点,御意見させていただきます。   まず3の契約の成立に関する一般的規定でございますけれども,ただいま奈須野関係官からもございましたが,契約成立に関するこういうルールが固定的なものとしてできてしまいますと,消費者問題の分野ではよくある話なんですが,例えば悪徳商法の事業者に対し,「最終的に意思が確定していなかったから,その契約は成立していない。」という争い方が,なかなかやりにくくなる,柔軟な解決が困難になるというおそれもあります。事業者の側から見ると,契約が成立したと思ったのに無効にされるのは困るというようなことがあるかもしれませんが,消費者の側から見ても困ったことになるということでございます。   それからもう一点,5の債権債務関係における信義則の具体化でございます。これは,こういう具体化をするという趣旨は大変結構で,債権債務関係に信義則が強く働くということを確認するというのは非常に大事なことであろうかなと思うわけなんですが,ただ,御提案のある債権債務関係において,「信義に従い誠実に行動しなければならない」というような文言では,余り現行とそう違いはないのかなという印象がいたします。もし可能であれば,信義則が実際にどのように働くのかということをより具体的に書いたほうがいいのではないかと考えております。もし具体的に書くということであれば,その際には,消費者契約の場面で配慮していただきたいこととして,消費者と事業者の間の情報量,交渉力の格差というのをきちんと適切に反映していただきたいと思っております。やはり消費者側に事業者並みの過重な義務を,信義則という名は付くとはいえ,負わせるのはやはり避けたほうがいいのではないかと考えているところでございます。 ○新谷委員 3の契約成立に関する一般的規定について申し上げます。   労働契約も含めすべての契約に共通する一般的な規定を設けることは困難ではないかと考えています。不動産取引であるとか,金融取引のような厳格な運営実態にある契約類型もあれば,労働契約のような比較的緩やかな契約類型もあります。例えば大学の先生方も,ある大学から別の大学に移られるときに,給与や待遇などの条件の詳細を決めて移られるというケースもあるでしょうが,詳細を詰めずに移るケースも非常に多いのではないかと思います。非常に緩やかな取引実態にある労働契約について,一般的な規定に含めるということは難しいのではないでしょうか。   また,労働の分野では「労働契約の成立」に必要な合意の内容について,いまだ判例法理が形成されておりませんので,労働契約が成立したか否かということをめぐって,紛争が起こっています。   例えば,社会問題になりました偽装請負という事案において,請負企業の労働者と発注企業との間の雇用契約の成立がどうなのかとか,子会社の労働者と親会社の間の雇用関係の成立はいかんといったような問題があり,これが黙示の意思の合致による労働契約の成立として認められるかどうかが争われており,いまだ統一的な判断基準を示す判例が出ていません。また,採用内定の取消しをめぐっても,労働契約が成立しているか否かということが争われたことがございます。これも判断基準についてもいまだできていない,出ていないというのが現状です。   こうした実態にございますので,ここの資料に提起されておりますような一般的な規定を設けるということについては困難ではないかということを意見として申し上げておきたいと思います。 ○岡田委員 消費者契約に関して,私どものところへ寄せられるのはトラブルがほとんどですが,それが果たして一般的な消費者なのかどうなのかということについては社会的には疑問を持たれる方も少なくないかと思われますが,100万件前後の件数とその内容が契約が成立したとかしないとか,ないしは自分の思った契約と違うから解約したいということからすると,消費者に関しては,申込みと承諾はもちろんのこと,自分が思ったことと実際の契約の違い,さらに,契約書に書かれていることの理解ができていなかった場合の対処方は大方分かっていないように思います。   その意味で,条文の中で申込みと承諾が一致して契約が成立する場合にではそれは具体的にどういうものが一致したときに成立するのかということも含めて消費者視線で条文化されるのであれば,今よりは消費者が救済される場合も多いかと思うのですが,逆に条文化することで事業者にとって今以上に契約が成立しやすくなってしまうのではないかという不安もないわけではありません。   次に信義則ですが,ここに書いてありますが自らの意思で関係を結んだ,これは正に契約というのは守らなければいけないという原則ですが,トラブルに関してですが消費者の場合,自ら望んで契約している場合というのがどのくらいあるかということが問題としてあります。この点については法律や契約を理解されている一般の方の契約と消費者の契約というのは,やはりかなり違うのではないかと思います。   先ほど来,お話を聞いていまして,消費者被害,消費者トラブルというところに焦点を合わせるとすれば,そういう条文化は容易でないような印象ですが,では今のままでいいのかというのでは前進になりません。是非今よりももっと消費者にとってもいい民法になってほしいと,願っています。 ○木村委員 3点ばかり,我々の中でも議論しましたので,お話しさせていただきます。   一つは,契約の成立に関する一般的規定の話ですが,これは先ほど来出ていますように,現実の取引というのは多種多様であり,しかもどこまで合意に達したら契約が成立したといえるかどうかというのは,個々の契約締結時の状況,あるいは当事者の内心の問題といったことで決まってくるのではないでしょうか。それを,法律の条文として一般的な規定にすること自体,土台困難な話ではないかということから,消極的な意見のほうが強かったということがございました。   それから,あと原始的に不能な契約の効力についてですが,判例や学説上も有効,無効と考え方が分かれている面もあり,どちらかについて明文化するという趣旨は理解できます。ただ,当事者の観点から考えますと,契約を結ぶというのはある目的を達成するために契約を結んでいるわけですので,その目的が最初から達成できないと分かっていたら,果たして契約を結ぶかといえば,そんなことは普通ないと思います。そういう意味においては無効,すなわち元々ないものと扱うほうが素直ではないかという感じはしています。   そして,信義則につきましては,これも信義誠実の原則というのが民法の総則に規定されていますが,これが債権債務関係の中で具体的にどうなるのかという問題かと思います。この辺を明らかにするという趣旨は良いと感じているのですが,何が信義誠実であるかは,個々のケース,状況に応じて,いろいろあるわけなので,これを規定化するということが本当に可能なのかということから,現行民法の第1条のままでいいのではないかとの意見がございました。 ○岡本委員 5番目の債権債務関係における信義則の具体化についてでございますが,後で出てきます契約の不当破棄ですとか,契約締結過程における説明義務,情報提供義務,ここら辺も共通なのでございますけれども,現行法上も,判例などによりまして,信義則に基づいて認められている事柄を明文で規定するという,それにとどまるという趣旨でございますのであれば,それはそれでいいんですけれども,そこでもって新たな規律を何か新しく立てるんだということでございますと,現行とどういったところが違うのか。そこら辺を詳しく検討しないといけないものですから,従来の規律を変更するという意図は特にないといったところをまず確認させていただければと思っております。   それから,仮に現行法上,信義則に基づいて認められている事柄を明文で規定するということにとどまるとすれば,現状の民法の1条2項,それがあれば,足りると言えば足りるわけでございまして,あえて規定することもないのではないかと。信義誠実の原則というのは民法全体にわたって適用される基本原則だという形で理解しているわけでございますけれども,一部分だけスポットを当てて規定することがあるとすると,民法全体に対して適用される基本原則であるという理解が,かえって見にくくなってしまうといった弊害もあるのではないか,そういった意見もございましたので,御紹介させていただければと思います。 ○道垣内幹事 まず,契約の成立の一般規定の話なんですけれども,私がこの部会資料及び事務局の説明を伺ったときに抱いた印象と,今まで議論された方が抱いていらっしゃる印象が,かなり違うような気がしてならないんですね。つまり,例えば契約は申込みと承諾によって成立すると書くのは妥当かという話がありましたけれども,現行の民法を考えますと,申込みと承諾があったら成立するとも書いていないわけです。意思の合致があったら成立するという規定そもそも欠けているわけですよね。   そして,そのようなルールがあるとしたときに,それでは,細かなところまで完全に意思が合致しないと成立しないのかというと,そうではないというのも一般的に言われていることです。そうなると,契約の成立についてルールを書くとするならば,契約において基本となるような部分についての意思の合致があれば成立することになるのであって,そこから先,つまり,そのルールの適用が,それぞれの契約ないしはそれぞれのシチュエーションごとの解釈問題であり,適用問題であるということは当然であり,一般規定を設けるということとは一切矛盾はしていないと思います。   それでは,そのようなルールを書くということが,現行法よりも契約の成立が認められたり,認められなかったりする方向になって,事業者や消費者が得をしたり損をしたりする問題になるのかという問題ですが,その点を問題にして議論され,ルールをおくことに反対する見解に対しましては,「それでは現行法ではどのような形で成立すると考えてきたのでしょうか」という反問をせざるを得ません。現行法下でも合意によって成立するということの前提のもとで,その合意が何であるかということを考えてきた。また,労働契約に関してはどの部分が本質的な要素なのか決まっていないという意見がありましたが,労働契約についてだけ決まっていないわけではないと私は思います。そして,どの部分が本質的な要素なのかという問題が,典型契約類型ごとに決まるとも限りませんで,シチュエーションごとに本質的要素というのは変わってき得るかもしれないと思います。   しかし,考える基本というのは,主たる部分についての合致があれば成立するというルールがあって,それが出発点になることではないかと思います。書かない方が妥当だという意見が,私にはどうも伺っていて理解できない。何となく分かりにくくなっているので分かりにくいままにしておこう,それが分かりにくくて便利だ,という主張にほかならないような気がいたします。   次に,信義則なんですが,岡本さんが最後におっしゃった問題は非常に重要な問題であろうと思います。つまり,一般原則のところに置くと,民法全体を貫く理念であるということは分かる。しかし,それをもう一回リステートするという形で契約のところに置くと,全体としての原則性というのが薄れてくるのではないか。そのような見解については,非常に重要な視点を提供しているものであり,しっかり検討しなければならないと思います。ですから,その意見については,私は賛否というよりは,そのとおりであろう,検討すべき問題であろうと思います。しかし,書かないほうがよい,というその他の方の御見解の理由が私はよく分からなくて,信義則は岡本さんも正に御指摘になられるように,全体を貫いて現在でも存在しているもので,それは契約のときでも適用されると書くことによって,どうして消費者が得をしたり損をしたりするのかというのが,私には全く理解できないところであります。   最後に,原始的に不能な契約の効力についても一言しておきたいと思いますが,これについても私は強い見解を持っているわけではございません。しかし,おっしゃったように,原始的不能であれば,契約しなかったでしょうということをどう考えるか。契約しなかったでしょうといって,両当事者とも原始的不能であるということが分かって契約をするというのならば,その契約においてはそもそも真意がないという処理も可能かもしれません。しかし,問題は他方,当事者が原始的不能であるということを知らないと。ないしは両当事者が知らないという場合に,どのような処理をするのかという問題で,それを一般の債務不履行の問題として処理をしたほうがスムーズでしょうという話であって,そこにおいて,そこは正にそのような契約ならば,本来ならば締結しなかったであろう。しかし,締結してしまって,不能であって,履行されないという状態になっているというのをどう評価するのかが問題なのだという気がいたします。 ○山本(敬)幹事 契約の成立に関する一般的規定について,意見を述べさせていただきたいと思います。   先ほどから御指摘がありましたところを私なりに理解しますと,契約の成立について判定するルールがおよそないのだというようなことをおっしゃっているわけではないのだろうと思います。やはり何らかのルールがあるからこそ,現に成否を判断しているわけであって,そのようなルールを明確にできるのであれば,それを書くことまで否定されているわけではないのだろうと思います。   問題は,そうしたルールを一般的な規定の形で定めるとして,そのようなものを皆が納得できるように定式化できるのかというのがここでの問題なのだろうと思います。その点に関しては,詳細版の5ページで,幾つかの考え方を挙げておられるわけで,これを念頭に先ほどの御発言もあったのだろうと思います。それらの中に,「その契約の核心的部分(中心部分,本質的部分)についての合意が必要だとする」考え方が示されています。これが有力な考え方の一つだろうと思います。ただ,この考え方の問題点は,この5ページでも少し触れられていますけれども,この「核心的部分」ないし「中心部分」,「本質的部分」というものが,何か客観的にあらかじめ決まるものだというような理解が前提とされているところにあるのではないかと思います。   客観的に見て,「核心的部分(中心部分,本質的部分)」に当たらないとされるような事柄であっても,当該当事者にとってはその契約をするかどうかを左右する事柄だとされるものも考えられます。むしろ決め手は,客観的なものかどうかというよりは,当事者にとってその契約の成否を左右させる事柄かどうか,つまり,その部分についての合意がなければ,少なくとも一方当事者が契約を締結しないと考え,そのことを相手方も分かっているような事柄について,合意に至ったかどうかだと考えられます。   もちろん,こういったことを明文で書き表すことができるかどうかは,次の問題ですが,少なくともここで,今言いましたような形で,当該当事者にとって契約の成否を左右させる事柄についての合意があるかどうかが決め手だと考えるとしますと,先ほどから御指摘されていたような危惧はかなり大きく緩和されるのではないかと思います。したがって,このような考え方まで含めて,中身について検討を進めるべきではないかと思います。 ○沖野幹事 重複する点がございますけれども契約の成立に関しまして申し上げたいと思います。   御議論を聞いておりますと,やはり一般的な規定のイメージというものをどうとらえるかが重要であると思われます。そして,私自身はその規定のイメージとしましては,今山本幹事がおっしゃったように,契約の成立に何が必要かということについては当事者の契約を成立させる合意が必要であると考えております。ただ,その契約を成立させる合意ということが何かといえば,一方で契約の本質ですとか類型から導かれる売買であれば最低限ここというようなものが一つあると思います。しかし,それだけではございませんで,正に当事者が重視した部分について合意がないと,それは契約を成立させる合意があった,意思があったとはいえないということであり,当事者が契約の成立に必要とした事項についての合意が鍵だと考えております。そういう内容の契約の成立に関する一般規定というのを考えますと,今まで御懸念として指摘されたような最終意思までなかったのに,契約をしたと言われるとか,あるいはもう契約がまとまったと思っていたのに,あるいはまとまっていないと思っているのに,この一般規定があることによってまとまっていないとかまとまったことにされてしまうというような懸念は,むしろ出ないことになります。   このような規定は,一般的・抽象的な規定かもしれませんけれども,こういう手掛かりがあることによって,何が本質的なものであるのかとか,どこまでのことがあれば合意といえるのかということを,それぞれの場面において検討するための足掛かりがここで設けられるんだと思います。これがなかったときと比べますと,提案として言われておりますのは,一つは現行法のように全く規定を置かないか,せめて申込みと承諾によって成立するという規定だけを置いて,その柔軟な解釈によって展開するという考え方でございますけれども,全く規定を置かないということの問題点は既に道垣内幹事が御指摘になったところでございますし,申込みと承諾による成立だけを定めて,あとは解釈によるということにつきましては,申込みと承諾というイメージ,一方が設定した内容に他方が全面的に同意するというようなイメージが果たして契約の成立の一般則として適切なのかということも懸念を持っております。   申込みと承諾による成立だけを取りましても,後ほど出てきます変更を加えた承諾の扱いなどで見られるように,やはりそこには中核的な部分についての当事者の正に契約を成立させる合意というのが重要だという考え方が背後にあるわけでして,それをエッセンスとして導き出すということが重要だと思われます。   それから,さらには,資料にも書かれておりますし,既に御議論も出たところではございますけれども,合意がなされる形成過程において,申込みと承諾という概念はそのプロセスを規律するための意思表示のやり取りを規律していく中では有用な概念だと思いますけれども,当事者の合意がなっているときに,どの部分が申込みであって,どの部分が承諾になってというようなことを決める,あるいはそれをやらないと契約の成立が語れないというのもかえって問題ではないか。そういう概念に合わないようなタイプの契約の成立もあるわけで,それらを通じた中核的な契約の成立に関する一般規定というのは,やはり置くことに非常に意味があるだろうと思います。   契約の成立に関する規定については以上です。次に,原始的不能についても申し上げますと,原始的不能の点は,これは結局,デフォルトが何かという問題であり,当事者がどう決めるかが明らかであれば,それはその意思を尊重すればよろしいわけですので,そうだといたしますと,一般的にどうかというときに,特に資料で強調されておりますのは,わずかな日数やわずかな時間の違いで大きく法律関係が変わるというようなことが,果たしてもともとのデフォルト・ルールとして,当事者の意思を踏まえた考え方として適切なのかということだろうと思いますので,そのような観点から考えていくべきではないかと思っております。 ○野村委員 申込みと承諾の問題というのは,民法では契約の成立の最初に規定されていますが,隔地者間の契約についてのルールで,一般原則はむしろ意思の合致ということではないかと思うのです。ただ,契約の成立に関する基本的な規定を置くのかどうかということですが,この契約の成立という表現からすると,成立要件と効力要件というのを区別するという方向につながっていくのかなと思うのです。   もともと,フランスの民法はそこがあいまいで,旧民法で,ボアソナードはその二つの要件を区別して作ろうということで,起草したのですけれども,必ずしも成功とはいえなかったのではないかと思うのです。そこで,このような規定を置く場合には,もし,その規定に定める要件が満たされていないときに,これを不成立というような概念を別に立てて,そこで処理するのか,それとも全部,有効,無効の中と同じに扱っていくのかという問題があるのではないかと思います。その辺を議論しないといけないのではないかと思いました。 ○山川幹事 労働契約の話としても,先ほど沖野幹事の言われたような,申込み,承諾という概念が使いにくいというのは全くそのとおりでございまして,普通は募集・採用という形を採ります。しかも,採用内定という段階があって,最高裁の判例ですと,事案によって異なるけれども,内定によって契約が成立するということが多いということで,余り合意の成立について,申込み,承諾という概念のみで語ることは少なくとも労働契約は難しいです。現時点ですと日本の雇用者総数は五千数百万人ですので,五千数百万本の契約が発していると。そのような契約の数としても,消費者契約ほどではないですけれども,それなりのウエートを占めていると思いますので,申込み,承諾という形で契約成立の要件,効果を具体的に定めるのは難しいのかなと考えます。   詳細版の5ページには,例えば合意が契約の成立には必要であり,その内容は,当事者の意思や契約の性質に照らして決まるとあります。先ほど山本敬三幹事からもございましたけれども,こういうことでしたら雇用契約の特色は生かされるのかなと思います。   若干,関連するんですけれども,これまでの御議論を伺っておりまして,規定を設ける場合に,その要件,効果を具体的に定めた規定のイメージか,あるいは理念といいますか原則を定める規定のイメージかにつきまして若干理解に違いがあるのではないかという感じもいたします。いつ議論するのか分かりませんけれども,理念という観点で申しますと契約の自由のほかに,制約原理を何らかの形で書き込むというのは,私は賛成したいと思っております。   若干追加的なことですが,理念としては例えば,継続的契約ですと契約の変更という問題が起きて,労働契約法の8条では合意によって変更できると書いてあるんですが,そういう問題はどうなるのかということと,あと全くつまらないことかもしれませんが,合意は拘束するというローマ法以来の理念との関係で,契約は拘束するということも理念に含まれるのかどうか。そういうこともちらっと考えた次第です。 ○山野目幹事 4の原始的に不能な契約の効力について意見を述べさせていただきます。   契約を無効とする従来の解釈には,二つの点において恣意性とでもいうべきものがあり,それが国民から見たときの法律理論としての見通しの悪さを招いているのではないかと感じます。   一つ目の恣意性と申しますのは,そもそも不能という概念が必ずしも明確ではなくて,隣接する諸概念との間において本質的で明快な差異があることの説明をすることに困難があるにもかかわらず,不能とされた途端に契約の全体が無効になるという取扱いに問題があるように感じます。土地とその上の建物をトータルで代金を定めて売買することは,実務上しばしば見受けられますが,建物が燃えてなくなっており,しかし当然のことながら土地は存在し続けるというときに,この一個の契約の給付は不能というべきであるかそうでないのかといったことは,人を悩ませる問題でありますし,また,建物の全部が滅失したときと一部が滅失したとき,更に他人の所有権があって取得することができる見込みが薄いといった諸事情の,あるものは不能による無効で説明されて,またあるものは担保責任で処されるといったような在り方は,果たして見通しがよいと評価することができるでしょうか。   それから,もう一つの恣意性として,部会資料に書いてありますが,契約の成立の前後という時間的な一瞬を峠として,全く隔たった法律関係となることが当事者の利害の適切な調整と見ることはできないと感じます。   これらのことがあるということにかんがみますと,契約成立の前後を通じ,給付実現の困難が認められる事態がそれぞれの当該の契約の趣旨に照らし重大なものかどうかという一貫した視線で解決を考えることも合理的であることでしょう。この考え方も引き続き検討のそ上に乗せていただきたいと感じますし,これはここだけではなくて,契約法の他の論点に関する見直しと密接,本質的なかかわりを有するものでありますので特に意見を述べさせていただきました。 ○高須幹事 順番待ちをしている間に議論が契約の成立に関する問題に移ってしまったようで,今ここで発言するのは場違いな気がしてきたのですが,債権債務関係における信義則の具体化の点で一言お話しさせていただきます。   実際の裁判では,やはり民法の1条2項については非常に使うのに苦労する。つまり,民法典の一番冒頭の一般規定を使うのはよほどの場合ですよというようなことがうまく説明できないのですが,実感としてとてもあります。ですから,債権関係において信義誠実の原則が強く働くということであれば,やはり債権のところの規定中に,信義則の規定を盛り込んでいただくというのが,実際の裁判との関係で考えたときには大切なことではないかと思っております。   例え話をさせていただきますと,机の上に電気スタンドが置いてあるのですが,そのコードが短くてコンセントに届きませんと。そのときに,机の近くにコンセントがあればそれにつないで電気を付けられるのにというような,じれったい思いを裁判ではすることがあります。その電気スタンドが信義則という名前です。そのときに例えば昼間で,昼間に明かりを付けるのがいいのかどうかというのは,つまり信義則を適用したほうがいいのかどうかという問題は確かに慎重に考えなければならないと思います,正に,具体的に信義則が適用される事案もあれば,適用されない事案もあると思いますが,ところが電気スタンドのコードがコンセントに差し込まれていなければ電気の付けようがない。既に夜になっていて電気を付けたいのだけれども,ともかくコンセントにコードが届かないので,どうしようもないみたいな状況だけはやはり是正いただいたほうがいいと思います。そのような意味で,私はこの信義則の具体化を債権債務関係の中に設けることについては賛成でございます。 ○藤本関係官 契約の成立に関する一般的規定についてでございます。   現在,契約の成立に関する一般規定がないということで,もし仮にこれを入れたとします。そうすると,それが出発点になっていろいろな規定ができ上がっていくということになろうかと思います。   一方,契約の締結という概念あるいは文言が金融関係法令を含め,実体法で広く多数使われているところでございます。実は,今回の部会資料でも契約の締結となっているところと,成立となっているところがございます。現行民法でも少し混在しております。整理あるいは整備がなされるということになるのかもしれませんが,一方で精緻な概念整理ルールができて,大整備作業が生ずる,思いもよらないような大作業が生ずるかもしれないということには留意する必要があるのではないかと思います。   前回言い忘れたのですが,同じような文言の話で,弁済と履行というものも精緻な概念の整理ができると大作業が生じることになるのではないかと心配しているところでございます。   また,債権債務関係における信義則の具体化の話で,そういう信義則を仮に置いた場合に,現在,例えば委任ですとかあるいは金融関係法令でもあるのですが,善管注意義務といったもののようなやや抽象的な契約当事者に対する義務というのがありまして,そういうものとの関係がどうなのかとか,どこが違うのかといったような論点が出てくるのではないかと考えております。 ○潮見幹事 ほとんどおっしゃっておられることで尽きている部分があるのですが,債権債務関係における信義則の具体化の部分と,それから原始的不能の部分について一言ずつ意見を申し上げさせていただきたいと思います。   まず,債権債務関係における信義則の具体化に関する問題ですが,ここに規定を置くということについては,基本的に私自身は賛成です。   ただ,このときに少し考えておかなければいけないのは,恐らく岡本委員がおっしゃられたことにもかかわってくるのでしょうが,債権債務関係における信義則というのがどういう場面で機能するかということを考えたときに,恐らく債権の行使だとか債務の履行の際に誠実に行動すべきであるという,誠実行動原則の観点から信義則が問題になる場合があります。それは,文言上は現行法の1条2項の文言どおりといいましょうか,2項が具体化したものとしてとらえることができるのですが,信義則にはもう一面,これもよく言われている意味があります。今日の事務局の説明資料の中には,こちらのほうがきれいに書かれているのですが,契約関係において信義則は義務の発生根拠であるという意味もあるわけです。現在は1条2項の規定の文言を超えて,その背後にあるもう少し広い指導原理のような形の信義則というところから,このような理解がされているのでして,そうであれば,そのような信義則に基づく義務というものが発生するということを明らかにするという点に価値があるとすれば,この基本原則の箇所でこの種の規定を置くということに意味があろうと思います。更にそれが,これから後に議論になるのでしょうけれども,契約締結過程におけるいろいろな義務との関係を明確にするという点でも,価値が高いのではないか。これが1点です。   それから,もう一点,原始的不能の契約の効力ですけれども,これも多数の委員の先生方の御意見がございましたが,私自身も,どちらにしても規定は置いていただきたいというのが一つの意見でございます。しかも,規定を置くときには,デフォルトルールであるということを明らかにするような形で置いていただきたいという部分があります。そして,更にそのときには,私自身は何人かの方々がおっしゃられておりましたが,「原始的不能であるということを理由として契約は無効とならない」という形のルールを置いていただきたいという意見です。   どうしてかと申し上げますと,従来の議論は,原始的不能の問題は,特に法律行為の有効要件の個所で,給付の可能性という観点から議論されることが多々ございました。その際,客体が存在しなければ法律行為は有効にならないという形でとらえられ,ともすれば,これが何か強行法規のような形でとらえられている向きがありました。   そうではないということを明らかにする上で,まず一つ規定を置くべきであると考えるところです。更に規定を置く場合には,無効説というのは,客体が不存在ゆえに給付が不可能だから無効であるという理屈で立てられていた向きがあります。今日の事務局の案の詳細版のほうで判例として挙げられている引用部分での,不可能な事項を目的とするものゆえに無効だというのも,この流れの中にあったのではなかろうかと思います。そのようなことを考えますと,現在果たして客体が不可能であるから,それ自体で直ちに契約を無効としてよいかというところになると,甚だ疑問であると思います。   その意味では,契約締結の時点で,契約内容が実現不可能であったという理由では,契約は無効とはならないという形の,有効であるというよりは無効とはならないというニュアンスのある形で書いていただければというように考えておるところです。   それから,先ほど,原始的不能の場合の契約を有効と考えた場合には,履行利益のとらえ方が難しくなるという御発言がありましたが,それを言ってしまうと,後発的不能の場合でも履行利益の算定を一体どうするのだという同じ問題が出てくるわけでありまして,履行利益の算定が難しいからということを理由に原始的不能の場合の契約を無効としたいという意見を持ち出すことには,危惧を感じるところがあります。 ○中田委員 私も信義則の具体化の点とそれから原始的不能について,一言ずつ申します。   基本的には,今潮見幹事のおっしゃったことに賛成で,若干付け加えるというだけです。   まず,信義誠実の原則の具体化という点ですが,これは先ほど山川幹事から契約の拘束力の規定はどこにあるのかという御意見が出たこととも関係すると思います。契約自由の原則というときに,自由に契約できるという面と,契約されるとそれは拘束力を持って,国家がそれを実現するという両方の面があると思いますけれども,後者の面の基礎にある契約の拘束力との関係でいうと,やはりここで信義則が意味をもつのではないかと思っております。   資料の中では,フランス民法1134条1項を引いておられますけれども,これはその3項の信義則の規定とセットになっているといいますか,同じところにあるわけです。もちろんその両者のとらえ方,あるいは先ほど岡委員からも御指摘がありました拘束力の根拠が意思なのか法律なのかなどについて様々な議論があるところですけれども,やはり信義則というのはそういう意味でも入れておいたほうがいいのではないかと思います。   それから原始的不能につきましてですけれども,これは基本的にはデフォルトルールであるというのは,何人かの方から出たとおりです。その上で,一つ付け加えますと,恐らく一般ルールとしての錯誤であるとか,公序良俗違反というのは当然かぶってくるわけでして,非常に懸念されているような部分についてはそういったルールの適用による解決もあり得るということだと思います。 ○深山幹事 順番待ちが長かったため,何かどこかで皆さんが言われたこととかぶってしまうので,なるべく簡潔に申し上げます。   契約の自由についてはもう随分議論があり,私も理念としてはもちろん何の異論もないんですが,明文の規定を置くときには,やはりどの範囲で自由なのか,つまり,原則は自由だけど,そうでない自由でない部分があるということ,これはもう正に一つのことなんだろうと思います。契約自由の原則自体は,余り規定がなくても別に困らないというか,余り疑いのないところで,むしろ自由が制約されるところのルールを規定しておくことが,分かりやすい民法という意味ではむしろ重要で,そのような規定の置き方が必要だと思います。   あと,契約成立については既に出ていた話かもしれませんが,申込みと承諾という古典的な概念で説明するのは,やはり現代のいろいろな取引を見ると,むしろ必ずしも妥当でなくて,正に意思の合致,重要な点についての意思の合致というような概念で説明したほうが良いと思います。どちらが申込みで,どちらが承諾かというようなことが決め難いことがままありますので,そこはそのように思います。   原始的不能については,結局有効か無効かということを,それこそ理念的にといいますか,理論的に議論をしても,しょうがない。結局無効といったところで,何の意味もない,法律的に意味もないということではなくて,一定の信頼利益の賠償等々のそれなりの法的意味が残るわけですから,むしろ無効というか有効というかはさておき,その後,賠償の問題なのか,それ以外の問題なのか,どういう効果が残るのか,何を相手方に請求できるのかというところを,少し効果のほうを意識しないと,やや空中戦のような議論になると感じました。   実は一番言いたかったのは,最後の信義則のところでございます。これは,先ほど高須さんのほうからも出ましたけれども,実務家としては裁判実務の中で,信義則上の義務を観念してそれに違反したから賠償しろとか,契約を解除するとかいろいろ日常的に観念している点なんですけれども,やはり使いにくい。現行の1条2項だけですと,信義則というのはなかなか使いにくいというのも感じております。   しかしながら,本来的な契約が意図している本来的な義務ではない,しかしながらそれなりに重要な義務というのもあって,恐らく信義則を根拠とした判断をした判例というのは無数にあると思うので,それを少し抽象化して規定を置くということは,実務的には非常に意味があるし,この提案では,どう具体化するのかということが示されていませんけれども,仮に単に債務の履行なり,権利行使を信義に従い誠実にやるということだけを書くのであればほとんど意味がなくて,1条2項と同じことを繰り返しているだけになってしまいますので,もう少し踏み込んだ具体性のある義務を規定すべきだろうと思います。それは情報提供義務であったり,説明義務であったりということなどが思い浮かびますが,あるいはそれに限られないのかもしれません。本来的な義務ではないものの,当事者の意思,契約の性質に照らして,一定の場合には一定の行動をすべき義務というのが観念できると思いますので,その辺をうまく条文上の根拠になるような規定を置く努力をしたらいいのではないかと思います。 ○中井委員 2点,信義則に関することと,契約の成立に関することについてコメントしたい。   既に大方出ているのですが,先ほどの深山幹事の意見に補足する点をまず申し上げたいと思います。   この信義則の具体化ですけれども,これが総則的なところで論点整理もされているところから,また表題が債権債務関係となっておりますことから,この信義則は債権債務の関係に入った,つまり契約交渉段階,契約成立,その後履行,場合によっては契約終了後というように,契約関係に入った一連の過程において,この信義則が機能するという位置付けを明確にしていただきたい。それが,個々,交渉段階における情報提供義務等という形で,具体化していくものと理解をしております。   そのときに,1条2項と同じ規定ぶりというよりは,債権債務関係に入ったときの契約の性質や内容,もしくは当事者の地位や属性,場合によっては契約交渉の内容,経過等,こういう一般的,抽象的な項目を考慮して,信義誠実に行動しなければならない,そういう具体的例示があったほうが良いのではないかと思っております。   契約の成立に関することも既に出ており,山本敬三幹事がおっしゃったことと同じことを申し上げると思いますけれども,中心部分や重要部分の合意ができたら契約が成立するというようなニュアンスの発言があったとすればそれは違うというところを確認したいわけです。重要な事実や中心部分についての合意,これがなければ契約は成立しないかもしれませんが,そこの合意があったら契約が成立したとまではいえないだろう。具体的な契約によってそれぞれの個々事情によって異なり,資料に書かれていますけれども,当事者が当該契約においてお互い合意すべきであると考えた事柄について,すべて合意が成立したときに,契約が成立するのであって,重要事項や中心部分の合意というのは必要条件かもしれませんが,それが充足したら必ず成立するというものではない。当事者が欲した,合意すべきと考えた事柄について合意があったときに成立すると考えております。   そういう意味で,当たり前のことかもしれませんが,それを確認する意味での規定を置くこと自体は意義のあることではないかと思っております。 ○岡委員 ダブっておりますので,簡潔に。   契約関係における信義則の具体化については,今中井さんがおっしゃったように,契約の性質,当事者の属性等にかんがみという,1条2項とは違う具体例を示して規定すべきだという意見が弁護士会の中にございました。   2番目に,原始的不能の契約のところですが,不能となった時期が,契約の直前と直後で時期的に大して変わらないのに,法律関係ががらっと変わるのはおかしいのではないかということにつきましては,契約締結までは契約締結するに当たっての調査義務で,それのミスがあったんだということになるんでしょうし,契約締結後は契約に基づく保存義務の債務不履行になるので,それはやはり変わってしかるべきではないかという意見が強くございました。ただ,原始的不能の場合に,履行請求ができないことははっきりさせておくべきだけれども,契約全部を無効というほどのことでもないと思います。繰り返しですが,原始的不能と後発的不能では義務の根拠が違うだろうという意見が弁護士会の中にございました。   それから,申込みと承諾のところは,先ほど沖野先生がおっしゃったように,私も申込み,承諾が問題になったような事件は弁護士を約30年やっていて,ほとんどございません。合意が成立しているかどうかという争点として問題になることのほうが実務では圧倒的に多くございますので,申込み,承諾のところにこんなに力を割くのはいかがなものかというような意見もございました。 ○神作幹事 1点御質問,御確認させていただきたいのですけれども,原始的な不能の契約の効力についての御議論なのですけれども,例えば組合契約のような団体契約で目的の達成が当初から不能であるというケースも念頭に置いて御議論されているのか,というご質問です。それとも,組合契約などの団体法上の契約ですとか社員契約というのは,またちょっと話が違うということなのか。団体法的な発想からすると,目的の達成が不可能な社員契約についてはそもそも無効であると考えるのが素直なようにも思われるので,原始的な不能の場合における契約の効力に関する議論の射程が,社員契約,組合契約のようなものを含んでいるのかどうかという点を御確認させていただきたいと思います。もし含んでいるとしたら,原始的に目的の達成が不能な場合でもやはりそれだけでは無効とならないという考え方に立ち,その後組合契約等をどのように取り扱うことと御説明されるのか御教示ください。 ○中田委員 組合については恐らく組合契約で具体的に検討するのがいいのではないかと思います。恐らくそこでの問題は,清算の仕方をどのようにするのか,つまり,最初からなかったことにするのか,それとも,いったん成立させた上で解散,清算の手続にのせるのがいいのかということになるでしょうし,それは不能がどの時点で判明したのかということとも関係すると思います。ですから,ここでは取りあえず一般ルールを検討していただいて,組合についてはまた契約各則のところで検討するのがいいのではないかと思います。 ○潮見幹事 神作幹事の御質問ですけれども,基本的にいわゆる社員契約とか団体契約というものを想定した議論ではないというようにお考えいただければと思います。結果的には中田委員がおっしゃったような形で処理をすればそれで十分ではないかと思います。 ○鎌田部会長 大体今までのようなことでよろしゅうございますか。ここで休憩を取らせていただければと思います。         (休     憩) ○鎌田部会長 それでは,再開をさせていただきます。   続きまして,部会資料11−1の2ページから4ページまでの「第2 契約交渉段階」について御審議いただきます。まず,事務当局に説明してもらいます。 ○菱川関係官 「第2 契約交渉段階」の「1 総論」では,契約成立に至るまでの契約交渉段階に関する規律を検討するに当たり,留意すべき点について幅広く御議論いただきたいと考えております。また,2以降に掲げました個別論点のほかにも検討すべき論点がございましたら,ここで御指摘いただきたいと思います。   「2 契約交渉の不当破棄」ですが,判例上,契約交渉が破棄された事例において,契約交渉を不当に破棄した者に対して,契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任が認められています。現代的な取引においては,契約交渉の破棄に関する紛争も少なくないとの指摘もあり,契約交渉を不当に破棄した者に対する損害賠償責任について,判例を踏まえた明文規定を設けるべきであるという考え方があります。多くの裁判例は,不法行為責任か契約責任かといった責任の性質については明示しないで,契約準備段階における信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償責任としていると思われます。   このような状況を前提として,契約交渉を不当に破棄した者の責任については,その法的性質は解釈にゆだねることを前提に,規律を設けるべきであるという考え方が提示されていますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。   「3 契約締結過程における説明義務・情報提供義務」ですが,判例上,契約締結過程における信義則上の説明義務違反を理由とする損害賠償責任を認めるものがあります。現代においては,当事者間に情報量・情報処理能力に格差がある場合も少なくないことを踏まえ,法的性質は解釈にゆだねることを前提に,契約締結過程における信義則上の説明義務又は情報提供義務違反を理由とする損害賠償責任についての規律を設けるべきであるとの考え方があります。説明義務・情報提供義務という用語は,様々な場面で用いられていますが,契約締結前の準備や交渉の段階における義務としては,契約締結のための意思決定の基盤の確保という観点から,当該契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす事項についての説明義務・情報提供義務と,それ以外の事項についての説明義務・情報提供義務を区別し,前者についての規律を置くべきであるという考え方があります。   これに対し,契約を締結するかどうかの判断には直結しないが,契約締結に際して当然知っている情報も含めるべきであるという考え方もあり得ます。また,契約交渉の際の不十分な説明や情報提供が例えば不当な表示を伴ってされた場合などは,損害賠償のほかに意思表示の効力などが問題となり得ますが,ここでは説明義務又は情報提供義務違反を理由とする損害賠償責任についての規律を設けるべきであるという考え方について御議論いただきたいと考えております。   「4 契約交渉に関与させた第三者の行為による交渉当事者の責任」については,契約交渉の当事者が契約の交渉や締結に第三者を関与させることは少なくないと言われていますが,現行民法にはその第三者の行為により相手方に損害が生じた場合における交渉当事者本人の責任について定めた規定はありません。判例・学説は,結論において交渉当事者本人の責任を認めるべき場合があることでは一致していますが,その責任が認められる要件や法的構成については考え方が分かれています。この場合の第三者固有の損害賠償責任については射程外とすることを前提として,契約の交渉や締結に関与させた第三者が契約締結前の段階において課せられる信義則上の義務に違反する行為を行った場合に,交渉当事者本人が損害賠償責任を負う旨の明文規定を設けるべきであるという考え方が提示されています。   この点についても責任の法的性質については解釈にゆだねるという前提ですが,このような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。 ○鎌田部会長 ただいま説明がありました部分のうち,まず「1 総論」について御意見をお伺いしたいと思います。 ○中井委員 契約関係に入った者の間に信義則の適用がある。これは契約の成立段階から,成立後履行段階に適用があり,ここでは契約交渉段階における信義則の適用の具体化が議論されることになるのだろうと思います。   そこで追加的な論点として,契約終了後における信義則上の義務についても検討が必要ではないでしょうか。具体的には例えば,100戸あるマンションのうち30戸を売却した後,半年もたたないうちに残りを半額で売却した,そのような売却行為が許されないことがあるのではないか。また,最近問題になっているのはアスベストの関係で,労働契約が終了してから20年たっているが,かつて労働契約関係があるときにアスベストに曝露していることが判明した。そのときに使用者の義務として,労働契約は終了して20年経過した後であっても,アスベストに曝露している可能性をかつての労働者に告知して,健康診断等を受けることを促す,このようなことも現に使用者は対応されていると聞いております。   これが成立した契約の義務の内容の確定の問題なのか。それとも契約に定めた義務は完全に履行したが,その後のいわゆる予後効と言われているような,本来の債務とは違う義務として信義則上存在するのか。このあたり,契約交渉段階について議論をするのであれば,いまだそれほど成熟していないのかもしれませんけれども,契約終了後における信義則上の義務というものも想定できないのか検討すべきではないかと思います。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。   もしないようでしたら,2以下の個別論点の議題に進ませていただきます。   まず,「2 契約交渉の不当破棄」について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○奈須野関係官 1のところとも若干,関係するのですけれども,この項目全体として,基本的な原則の確認なしに,特殊な例を挙げて一般化しているような印象を受けます。もちろんこれは契約の問題が起こったときに関する解釈の手掛かりであって,強行規定ではないし,いいではないか,どちらが有利だけでもないでしょうというような反論も想定されるわけですけれども,どうしても商取引というのは極めて保守的でございまして,こういった新たな規定がカタログに入ることの意味合いというものについての疑念が産業界から寄せられているというわけであります。   具体的に,この2の契約交渉の不当破棄でございますけれども,まず大原則として,契約交渉の破棄は自由だということの確認がなければ,その信義則上の義務を負う場合があるということについての意味がないということなんだろうと思います。   そこで,ではどのような場合に信義則上の義務を負うのかということが問題になるわけですけれども,実際の契約では交渉の開始時期というのは様々であって,ふわふわした段階から交渉が始まると。では,どの段階で不当破棄が許されなくなるのか。しかも単なる破棄ではなくて不当な破棄でなければいけないわけでしょうけれども,不当な破棄というものはどのようなもので,それはどのような段階から不当な破棄が許されなくなるのかということについても,実際の商取引では非常にケース・バイ・ケースと考えられるわけでございます。   そのように考えると,信義則上の義務を何らかの形で規定していくということについては非常に困難が伴うということでございまして,その規定を設けることの意味合いというものに対して,産業界からは消極的な意見が寄せられている。こちらは商社の団体から,話が寄せられているということでございます。 ○岡田委員 ちょっと話がそれるかもしれませんが,例えば消費者の場合に勧誘を受けている場合に,本当は断りたいのだけれど断れなくて,結局,明日行きますからと言われて「はい」と返事をしてしまったとします。後で考えて,居留守を使ったり,外出してしまったりした場合は,不当破棄になってしまうのでしょうか。   もしそういうことになるとすると,結構,断れない消費者や意思表示が明確にできない消費者は被害を被ることになります。結構,そういう状況って少なくありません。事業者の勧誘に押し切られてしまって,断りたいのに受けてしまう。その後,顔を会わせてしまって不本意な契約をしてしまう。その状況が予想できるだけに会わないようにする,これは消費者にとって,言わば苦肉の策と考えられますが,その場合も信義則違反になる可能性があるとすれば,消費者に関しては,ここの部分は困ります。 ○新谷委員 2点申し上げたいと思います。   この資料では,信義則上の注意義務違反を理由とする損害賠償を要件とし,これを明定することを御提案いただいています。しかし,契約交渉の不当破棄については様々な形態があると思います。例えば企業が労働者を採用する際,もともと差別意思を持っていて,形式的に面接はするけれども,内心ではもう採用しないことを最初から決めているようなケース。具体的には,男性のみを採用したいというときに,募集は男女で出すものの,内心では男性しか採らないといったような「入口段階での差別」については,公序良俗違反であるとか強行法規違反に該当するか否かで,損害賠償責任が発生するか否かというのが判断されると思います。   それでは,その入口段階の差別ではなくて,採用が第一次面接,第二次面接,第三次と回を重ねる中で,例えば国籍であるとか特定の思想信条が判明し,それを理由に不採用と決めた場合はどう考えるのでしょうか。こうした場合,損害賠償発生の要件としては,信義則上の注意義務違反ではなくて,これは飽くまでも公序良俗違反,強行法規規定違反というのが要件になると考えます。もし仮にこの契約交渉の不当破棄について明文の規定を設けるのであれば,御提案いただいているような信義則上の注意義務違反だけではなく,公序良俗違反,強行法規違反についても別の要件として是非ご検討いただきたいというのが1点目です。   もう一点は,労使交渉において重要な意味を持っている,労働組合と使用者との「団体交渉」です。今回,提起いただいている契約交渉には,この団体交渉も該当すると考えられますが,御承知のとおり,団体交渉は憲法28条に基づき,労働者側のみに認められた権利で,使用者側には団体交渉権はございません。そのため労働組合側が団体交渉を拒否しても不当労働行為にはならないのですが,仮に今回この契約交渉の不当破棄を,明文の損害賠償責任として規定を設けた場合,団体交渉権が認められない使用者側が,労働組合に対し,民事損害賠償責任を追及することも可能になるという解釈が成り立つのかどうかということをお聞きしたいと思います。仮にこういうことが認められると,かなり労使交渉の現場が混乱するのではないかという危惧もあり,この点について事務局としての見解があれば,お聞かせいただきたいと思います。 ○筒井幹事 事務局としての見解があるかというお尋ねですけれども,現時点ではありません。様々な御意見を出していただき,それを積み重ねて,議論を発展させていけばよいのではないかと思っております。 ○西川関係官 交渉の不当破棄ということでございますけれども,余りにこの不当破棄による損害賠償というのが認められる範囲が広くなると,先ほど岡田委員からもございましたけれども,消費者契約などの場面では困ったことが起きる,慎重に消費者がその商品選択というのをできなくなると,そういったおそれがあると思います。それこそ岡田委員がおっしゃったような訪問販売のような場合は,そういう訪販事業者というのは居留守を使われるというようなことも当然想定した上で,価格設定なりあるいは営業マンの営業の組み方なり,そういうことを織り込んだ上で事業活動をやっていけるわけでございまして,そういった意味でも現行の在り方を大きく変えるような新たな要件というのを立てるというのは,やはり慎重にしたほうがいいのではないかと思っている次第でございます。 ○高須幹事 慎重に要件立てをすべきだということはそのとおりだと思いますが,ただ,やはり判例で認められてきたこの契約の不当破棄に対する損害賠償請求,これはやはり契約関係における信義則という観点から大事なことだと思います。そこで今回,明文規定を置いて,分かりやすくするというか,判例で認められてきたものを明文化する,この意義自体は大切だと思いますので,私は規定を設けるという考え方に賛成でございます。 ○藤本関係官 私も岡田委員あるいは西川関係官と同旨の部分がございまして,消費者,保険契約当事者などが損害賠償責任を負うことにはならないだろうかという観点は,重要な点ではないかと思います。   やや別の点になりますが,信託契約を見てみますと,信託会社や信託銀行というのは委託者と契約を結ぶことになります。受託審査の際に直接契約の相手方でない受益者についても審査するということになっております。例えば受益者が反社会的勢力に該当しないかなどを審査した結果,該当することが判明した場合に,委託者になろうとするという人に対して詳細の理由を告げることもなく,契約の交渉を打ち切るという場合があるということでございます。こういったときに,損害賠償責任を負うようなことになるということを懸念しているところでございます。 ○潮見幹事 いろいろな御意見があるようですけれども,二つ申し上げたいことがあります。   一つは,恐らく御懸念の多くは,今日の事務局提案の中で契約交渉の不当破棄で,契約交渉を不当に破棄したら損害賠償が発生するという形で,何か得体の知れぬ不当性という要件が新たに立てられて,それによって損害賠償責任が根拠付けられるのではないかという,そういう御懸念に起因しているところが少なくないように私は伺いました。   しかし,ここで問題になっている補足説明に挙がっているような一連の問題というのは,基本的に契約の交渉がされているときに,当事者の行動をどのように評価するのか。しかもその評価に当たっては,これは少し語弊があるかもしれませんけれども,民法の709条にいうところの過失判断,注意義務の判断と全く同じようなことがされているわけです。その判断ができないとおっしゃるのであれば,それは,自分は解釈ができないということを認めているのも同然ではないかとも感じざるを得ません。   むしろ,ここの中身は,今申し上げたように,交渉過程における注意義務というものが信義則に基礎付けられ,その下で他方当事者の契約成立への信頼,この者の地位を保護するという枠組みを採っているわけで,これもまた語弊がありますが,709条の権利侵害と過失という枠組みと基本的には同じことをここで採用しようとしているわけでありますから,この部分について多くの委員が批判しているようなことは,必ずしも妥当しないのではないかと思います。とはいえ,不当性という言葉を使わない形で,誤解のないような形で,ルール化することは望ましいでしょう。このような規定を設けることは消費者にとっても望ましいのではないかと思うところが少なくありません。これが1点目です。   それから,2点目ですが,今のこととはちょっと話が違うのですが,事務局の提案の中で書かれている点に関して1点だけ,できれば違うように考えていただきたいという箇所がありますので,発言させてください。   それは,補足説明等のところで,契約交渉を破棄した場合の責任について,その法的性質は解釈にゆだねるということを前提にしているという点です。これはこれとしてあり得る道かとは思いますが,実際に,例えばこの義務違反の性質が不法行為なのか契約なのかというところで,例えば免責条項の問題だとか補助者の処理だとか,あるいはいわゆる消滅時効の処理だのといったところで,かなり違った結果となります。それを解釈にゆだねるというよりは,信義則の問題ですから,立法面でどちらを法的性質ととらえようが,同じような結論が出てくるようなルール化をしていただければ大変有り難いと思うところです。それほど大きな苦労をせずにできる部分もあろうかと思いますので,その辺はお考えいただければと思うところです。 ○内田委員 まず今までの幾つかの御発言の中に事務局提案という言葉が出てくるんですが,事務局は何も提案しておりません。問題を提起して,議論をしていただいているということですので,まずその点を確認させていただきたいと思います。   それから,潮見幹事から御発言のあったただいまの点ですけれども,契約不当破棄の責任の法的性質について,潮見幹事はどう定めるべきであるという御意見なのでしょうか。 ○潮見幹事 私自身が今考えているのは,基本的な部分は不法行為責任のルールでそろえていくということでよろしいのではないか。ただ,補助者の部分についてだけ工夫して,契約責任型の処理をするのが望ましいのではないかと思っているところです。   ただ,これも,これから出てくるでありましょう,たとえば時効なら時効の制度をどのように組むかというような結果にかなり左右されるところがありますから,そこで何か意見がありましたら申し上げさせていただくことにします。 ○内田委員 不法行為でということですが,これで何の異論もなく,皆さん同意していただけるのであれば,法律でそれを定めることは可能だろうと思いますけれども,恐らく御異論があるだろうと思います。その点について,根本的な議論を延々とやることが果たして生産的かどうかということで,取りあえずそれはおいて,要件,効果をきちんと定めてはどうかという,そういう御意見があると。そこで,それを御紹介して御議論いただこうという趣旨なのですが,ただ,積極的な法的性質についての御提案もありましたので,併せて御議論いただければと思います。 ○能見委員 私もこの契約交渉の不当破棄について,意見を述べたいと思います。今,潮見幹事,内田委員からこの問題の法的性質等についての言及がありましたが,私も,この問題について何か規定を設けるということがどういう意味を持つのかということについて,次のような意見を持っています。   この契約交渉の不当破棄については,今までも信義則で一定の状況のもとで一方当事者に責任を認めて,裁判では損害賠償などを命じてきたわけですけれども,しかし私の感じでは,どういう場合にこの責任を認めるかという要件の問題とともに,例えばどういう損害についての賠償責任を認めるのかとか,それから先ほど潮見委員が言われたように,どういう性質の責任として考えるのかというところに,ある意味で難しさがあると感じがしております。従来から議論されていますけれども,この責任は信義則上の責任であって,本来の契約責任ではないというようなことから,責任の中身としては信頼利益の賠償を認めるというような考え方が有力だったと思いますが,しかし,判例の中には必ずしも履行利益,信頼利益という枠組みではなくて,単に因果関係のある損害賠償を認めるとかいう考え方を示すものもありますし,あるいは不当破棄という場合に,契約成立直前であったということから,履行利益の一定割合みたいのを認めるというような考え方もあり得るのかもしれません。いずれにせよ,どのような場合に契約交渉の不当破棄の責任を認めるかということのほかに,その責任の性質,賠償範囲といった責任の中身など大きな問題が判例や学説でもいろいろな見解が対立しており,残されていることに注意する必要があると思います。こうした問題が残っているから,だから契約交渉破棄の責任を規定すべきでないということにはつながりませんが,大きな問題がたくさん残っていることには注意しなくてはいけないんだろうという気がしております。   それから,この責任の性質に関してもう一つ気になることがあります。まだ私も十分自分でも整理できていないんですが,従来はこの責任は信義則ないし不法行為を根拠に考えることが多かったと思いますが,いろいろ不法行為の観点からこの問題を考えてみますと,709条の要件としては,故意,過失のほかに,権利侵害とかあるいは法益侵害という要件が必要となり,特に契約交渉の不当破棄では法益の要件との関係が問題になります。つまり,こういう契約交渉でもって損失をこうむるというのは,ある意味で被害者が経済的な損失を被るということになりますが,そのような経済的損失については不法行為制度がどこまで保護すべきか,という問題があります。そして,この点は,これまでの議論でも必ずしも十分議論されてこなかったところであります。判例は信義則上の義務違反ないし不法行為で損害賠償を認めており,その意味で709条の一つの解釈を打ち出していると言えます。しかし,理論的にはいろいろあり得るところであり,それがここの領域の問題なんだろうと思っておりました。   そういう意味で,この問題は基本的に不法行為に近いのかなとは思うんですけれども,そうなると,それをここで規定するということの意味,契約のところで規定するというのがどういう意味を持つのかというあたりが,もうちょっと詰めて考えなければいけない問題があると思います。規定するかしないかの結論については意見は留保したいと思いますけれども,賠償の範囲の問題とか性質の問題というのはやはりもうちょっと詰めてから検討したいと思っています。 ○木村委員 我々も議論したのですが,先ほど奈須野関係官がおっしゃられたことと基本的には同じでした。すなわち,契約交渉の不当破棄に関する趣旨はよく分かるものの,一般民法の中でそれを明確にすることによって,立法の意図を越えた形で悪用されるような場面が,かえって出てくるのではないかという懸念が非常に強いのです。   そして,契約締結過程における説明義務・情報提供義務,これも信義則上,当然認められる場面があって,それをしないということで一定の責任を生ずるケースというのは当然あるものと思います。したがって,趣旨は理解できるのですが,これは個別具体的に判断していく話であって,定式化するということは難しいのではないか。かえって,そういうものが一般規定化されることによって,常にどんな場面でも情報提供が必要であると誤解されてしまう可能性,あるいは悪用されてしまう可能性というのがあるのではないかと,非常に強く懸念しています。 ○中井委員 これまで,相当程度懸念する意見がユーザーサイドといいますか,消費者からも,産業界からも出ておりまして,弁護士会の中にもそういう意見は一方で存在することは事実ですが,他方で,先ほど高須幹事も一言ありましたけれども,やはり現実には相当程度契約交渉して,相手方に契約成立のことを期待させた中で一定の負担をさせながら,結果として破棄して,損害を発生させているという事案のあることも現実です。   契約締結するかしないかの自由について保障されなければならないことはもちろんとして,要件を相当程度絞り込んだ上での条文化というのは,それなりに意義があるのではないかと思います。ユーザーサイドと意見が違っているのかもしれませんが,ここは要件の絞り込みの問題だろうと思いますので,契約成立に対して積極的な信頼を与えたとか,契約締結のつもりがなくいたずらに契約の交渉を継続したとか,正当な理由なく破棄したとか,その絞り込みのところでどのような要件立てができるか御検討いただきたいし,弁護士会としても検討したいと思います。   仮にそれが困難であれば,立法化できない場面ももちろんあろうかと思いますが,この段階でこの立案を議論の対象から外すことについては,慎重にしていただきたいと思います。 ○岡本委員 先ほど債権債務関係における信義則の具体化のところでも申し上げたこととかぶるんですけれども,今回のこの部会資料を読んでみますと,判例等で認められた信義則を具体化して明文化するといったことについてどのように考えるかということでございまして,そうであるとすると,どういったところで,例えば不当破棄が認められるかとか,その場合の効果がどうであるとか,そういったものは従来信義則で認められたものを単に明文化するだけであれば,何ら変わらないというのが基本的なところなのではないかと思っておりまして,そうであるとするとさほど懸念するには当たらないのではないかと思っているんですが,ただ,やはりそこで何か明文化することで,従来の規律とは変わったところが盛り込まれるということがもしあるんだとすると,ではそれで何が変わるのか。その内容はどうなのかというところが明らかになってこないといけないかなと思っております。   というわけで,やはり新たな規律を設けるというわけではないんだというところを,改めて確認させていただければと思っております。 ○鎌田部会長 いずれにしろこの点は,要件をどれだけ明確にして,広く納得できるものにすることができるかというのが重要なポイントだと思いますので,また,委員,幹事の皆様方のお知恵をかりながら,事務局のほうで少し検討を続けさせていただければと思います。   3についてはいかがでしょうか。 ○岡田委員 この契約締結過程における説明義務というのは,消費者契約法の3条の努力義務の部分にも相当するようにおもいますが,消費者契約法で裁判所が一番に使ったのが努力義務でした。ということは,裁判所にとっては他より使い勝手がいいのだと相談員としては感じました。つまり,消費者センターでは,努力義務で事業者を説得するということはほとんどできないという状況でしたし,消費者団体等が消費者契約法の制定に当たって最もその実効性に関して不満を持ったところだったからです。それを民法の中に入れるということは,努力義務の域を脱し,大変使いやすくはなると思います。   ただ,一方で不安もあります。不安と言うと漠然としていると言われるかもしれませんが,例えば説明・情報提供を十分にやらないと,事業者が逆に損害賠償の責任を負わされるということになると,自分たちの責任ひいては権利であると十分説明させてくれないと困ると聞きたくもないような勧誘を延々と聞かされなければならなくなるのではないかと思われます。それでなくても,もう帰っていただきたいないしは電話を切りたいという状態に悩まされているのが現状です。この条文を盾に今以上に勧誘が断りにくくなる可能性が出てくるのは大変困ります。 ○大島委員 契約締結過程における説明義務・情報提供義務について,中小企業からは当該契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす事項というのが,どの程度のものまでを指すのかがあいまいであり,取引に支障が出るではないかとの意見がございます。また,企業の規模によって,契約締結過程で説明・情報提供を義務化することについては,人員とコストの問題から対応が難しい局面もあるのではないかと思います。   意思決定に影響する情報は,取引の種類によって内容に違いがあると思いますし,情報提供義務・説明義務を一律に明文化することに対しては懸念の声が多くございます。明文化される場合は,現在の判例法理を的確に反映し,取引が円滑に進むような分かりやすい文言を検討していただければと思います。 ○新谷委員 労働の側からこの説明義務について一点申し上げたいと思っております。   部会資料でも例が出ておりますけれども,想定されている契約は物であるとか金であるとか,サービスといった契約類型を想定しての内容だと考えてございますが,ところが雇用契約においては物とか金,サービスと決定的に異なる点があるわけでございまして,契約の対象になる労働が生身の人間と切り離すことができないという問題でございます。   そういった意味では,人間のプライバシーであるとか,思想信条といった問題とのいわゆる憲法で保障されている人格権との調整をここの部分についてはどう図っていくかということを是非考えていただきたいと思っております。もしこれを成文化するということであれば,労働契約,雇用契約については除外といったようなことも含めて検討をお願いしたいと思っております。 ○奈須野関係官 消極的な意見ばかりで申し訳ないんですけれども,企業間の取引など特にそうなんですけれども,大量の商取引を瞬時に行う必要から,取引自身は没個性的にやるというのが基本的な態度でありまして,情報格差がないという前提で取引の安全が保たれているということであります。まずはそれが大前提でございますので,基本は説明義務・情報提供義務はないというのが前提なんだろうと思うんですね。相手が消費者であるとか,あるいは中小企業であるとか,特殊な場合にはそういう情報提供義務・説明義務が生じる場面もあろうかと思うんですけれども,それは特殊な事例であって,それを一般化するのは相当ではないと思います。   仮に,情報提供・説明義務が発生するという場合に,それがどこまで保護されるのかということもまた問題になって,例えば金融商品とかM&Aの取引を考えてみると,その仕組み,金融商品とかM&Aのスキームについての説明が不十分であったり誤っていた場合には,多分説明義務違反になったりするでしょうと。でも,その金融商品やM&Aについてどのくらいもうかるかみたいなものについて,それが説明が不十分であるとか誤りであったときに,恐らくそれはその説明義務違反とは,知らないんだからないんだろうと思うんですけれども,仮にこのような条文が実体法化された場合に,それがどこまで保護されるというような解釈を招くのかということについて,非常に産業界から,これも強い意見があるということでございます。 ○西川関係官 この情報提供義務ですが,こういった説明義務とかあるいは情報提供義務違反を理由とする賠償責任,こういったものについて規律を置くということは,民事ルールにおける消費者保護ということを進めるということで,非常に大きな意味があろうかと思っております。   そういう意味で,例えば説明義務が生じる場合の要件なり考慮要素についても,この法制審でじっくりと検討していただければと思っております。   判例などでは,考慮要素として,例えば契約の性質とか,当事者の属性とか,交渉経緯とかいろいろ今まで例があるようですけれども,それ以外にも例えば,問題となっている情報がどれくらい重要なのかとか,あるいはどれくらい世の中に周知しているものかとか,あるいは消費者と事業者との間で情報の所在が偏っているのか,こういった事情なども幅広く考慮に入れて,バランスの取れた検討をしていただければと思っております。   それから,条文に書けるかどうかは別といたしましても,説明義務がどういう理論的根拠に基づいて発生するのかということについても,この法制審でいろいろ議論していただくと,今後消費者契約法のいろいろな改正をしていく際にも,大変参考になるので,是非お願いしたいと思っているところでございます。 ○山本(敬)幹事 消極的な御意見もありますけれども,信義誠実の原則に従って,一方当事者が他方に対して一定の事柄について説明義務ないし情報提供義務を負うこと自体は,現在でも判例・学説等によって,一般的に認められるところであって,これ自体を別に否定するというような御趣旨ではないのだろうと思います。その上で,そのように一般的に認められていることをそのまま明文の形にすることができるのであれば,そうすること自体が大きな問題だという御意見でもないのだろうと思います。ですから,問題は仮にそのような規定を置くとして,適切な形で明文化することができるかどうかという問題なのだろうと思います。   そうしますと,どうすれば判断要素を適切に挙げることができるかということをここで真剣に議論すべきなのだろうと思います。その際に,先ほどの事務局からの御説明にもありましたけれども,一つの有力な考え方として,「当該契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼすべき事項」についての説明義務・情報提供義務と,それ以外の事項についての説明義務・情報提供義務を区別して,前者についての規律を置くべきであるという考え方が,詳細版の15ページ以下に示されているところですが,これは少し留保が必要ではないかと思います。   問題は,このような区別が説明義務・情報提供義務違反を理由とする損害賠償の規律について,どのような意味を持つかということです。義務違反の効果として,例えば契約の取消しを認めるという場合ですと,確かに当該契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼすべき事項についての説明義務・情報提供義務違反であって初めて取消しが認められると言えるかもしれません。しかし,たとえそれ以外の事項についてであっても,説明義務・情報提供義務が信義則上認められるのであれば,その違反によって損害が生じている限り,やはり損害賠償責任は認められるはずです。   もちろん,詳細版の16ページでも,それが否定されているわけではなくて,そういう場合も,「契約の成立を前提として認められる債務不履行ないしは付随義務違反の問題に吸収して処理できる」と書かれています。しかし,これを文字どおり受け止めますと,ここでは,当該契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼすべき事項についての説明義務・情報提供義務のみを定めれば足りて,それ以外の場合は債務不履行の一般規定にゆだねられるので,特にここでは規定する必要はないということになりそうです。  ただ,これは,それ以外の事項についても説明義務・情報提供義務が認められることが前提ではないかと思います。   ところが,ここでもし,当該契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼすべき事項についての説明義務・情報提供義務のみを定めるとしますと,果たしてそれ以外の事項について信義則上,契約交渉段階でも説明義務・情報提供義務が認められるかどうか,規定上必ずしもはっきりしないということになるのではないかと思います。   したがって,結論としては,少なくとも効果として損害賠償責任を定めるところでは,説明義務・情報提供義務をこのように二つに区別して,当該契約を締結するか否かの判断に影響を及ぼす事項に関する義務のみを定める合理的な理由はないのではないかと考える次第です。 ○藤本関係官 契約交渉の不当破棄のところでも申し上げたのですが,説明義務・情報提供義務に消費者などが違反をして,損害賠償責任等を負うこととなることもあるのではないか,金融関係であれば,例えば保険契約を結ぼうとする者などはどうだろうかといった観点からも検討することが必要ではないかと思います。   それから,金融商品取引法という法律がありまして,そこではいろいろ書面交付義務とか説明義務が規定されているのですけれども,顧客がアマチュアの場合には厳格な規制,顧客がプロの場合には一定の書面交付義務や説明義務を免除するという作りになっておりまして,それで利用者保護と取引の円滑や利用者利便というバランスを取っているところでございます。民法という一般法で説明義務・情報提供義務を課すとした場合に,こうしたバランスを取ることが困難にならないかという観点からもよく検討する必要があろうかと思います。   それから,もう1点だけ,法的性質でございまして,この説明義務の関係で,金融商品販売法というのがございます。これは立案者の意図は不法行為責任の特則だととらえて立案されているということではございます。これは紹介までということです。 ○中井委員 先ほど奈須野関係官と西川関係官から異なる方向からの意見があったわけですけれども,それについては山本敬三幹事がおっしゃったとおり,決して矛盾することではないだろうと思っております。   契約の自由の原則のところの議論がありましたけれども,奈須野関係官がおっしゃったように,対等な当事者間で情報力,交渉力も同じ者の間であれば,特段の情報提供義務・説明義務を課すまでもなく,そこで自由に当事者が協議して,決すればいいだろうと思いますが,現実の契約過程においてはそうでない場面がたくさんある。それは,情報力格差,交渉力格差のある場面であって,その格差のある者たちが公正な契約を締結しようと思ったら,公正な土俵を作る手だてが必要で,それが正に,一方当事者から他方当事者に対する情報提供義務であり,説明義務であろうと思うのです。   したがって,ここも,結局は要件論の話になっていくのではないか。具体的な契約の内容,性質もしくは当事者の地位,属性,更に場合によっては一方当事者の専門性,信認関係があるかどうか,そういう要件をよく見極めて抽出して,一定の格差のある場面で,説明義務・情報提供義務を積極的に規定していくべきではないかと考えております。 ○道垣内幹事 この会議の場で誤解が生じていないので,全く問題がないかと思うんですけれども,皆さんが御議論されているとおり,契約の性質とか両当事者の属性とか,そういうものによって内容がかなり変わってくるわけですよね。しかるに,資料の3のところで,「現代においては当事者間に情報量・情報処理能力に格差がある場合も少なくないこと等を踏まえ」とだけ書かれると,情報格差があると当然に説明義務が発生するという考えの下に検討がされているように見えて,若干ミスリーディングなところがあるのかなという気がいたしました。   2点目,岡本さんがおっしゃったことに関係するのですが,判例等を見ながら,なるべく精緻な妥当な要件付けをしていけばよい,いくべきである,というのは,そのとおりだと思うんですね。しかし,だから変更しないのならば別に反対しませんということなんですが,判例は変更されますし,条文ができ上がりますと,それは解釈の問題になりますので,ここでコンセンサスが出ても変わっていきます。したがって,現在の判例というものを固定的に考えて,それを文言化することを一生懸命努力をするということをしても無駄だし,それは判例法理の条文化にもならないだろうという気がいたしました。   3番目は,先ほど藤本関係官がおっしゃったことなんですが,金融商品取引法等でプロとアマと分けている。プロについては,説明義務は余り課していない。それが民法でどうなるのかという話なんですが,私が思いますには,現在の,つまり改正をしていない現在の民法のもとでも,金融商品取引法上のプロに対する説明義務が尽くされているからといって,なお民法上の債務不履行ないしは信義則上の説明義務違反になる場合はあり得ると思います。つまり,金商法というものは民法において課されている説明義務を排除する力は持っていないと考えられますので,金商法が定めていて,それがプロアマで分けていて,それが金融商品の販売においては絶対的なルールとして現在存在していると考えるのは,私は理論的には妥当ではないのではないかと思います。   その問題は理論的な問題で,現実問題として金商法の基準を満たしているものについて,裁判所が説明義務違反だとあえて言うかということになりますと,多分それは言わないんだろうと思いますけれども,民法と金商法の関係で言えば,民法を一般ルールとして適用されるわけですので,それは現在でもそうだし,将来において説明義務が規定された場合もそうである。しかし,日本法全体の整合的な解釈の問題として,金融商品の販売についてはこういうことで考えましょうという,ある種の判断がなされているというものは,一般的な情報提供義務等を考えるに当たっても考慮の要素にはなって,事実としてはそちらが優先するということはあり得るんだと思いますけれども,若干気になりましたので発言させていただきました。 ○藤本関係官 理論的なことにつきましては,今道垣内幹事がおっしゃったことに基本的に同意しているものでありまして,違った考えを持っているわけではございません。   申し上げたかったのは,民法で説明義務・情報提供義務というのが,やはり法律でございますので一般的,抽象的に何か要件が書かれるとしたときに,それが一律にアマに対してもプロに対しても適用されることになれば,金融関係の業者とすると,両方ダブルでそういうものを守らなければいけないということとなることにより,やや硬直的な制度になってしまうのではないかという懸念を申し上げたまでのことです。 ○鎌田部会長 これも実際上は,非常に個別的な,そしてまた総合的な判断をしなければいけない場面でありますので,そういうことがうまく要件化できるのかどうかというのが一番重要なポイントになるという点では,おおむね皆さんの御意見は共通していると承りました。それを前提にして,なお検討を続けさせていただきたいと思います。   よろしければ,次の項目,「4 契約交渉等に関与させた第三者の行為による交渉当事者の責任」についての御意見をお伺いします。 ○岡田委員 これは最近,保険法で勧誘者の勧誘方法に問題があった場合,会社に責任というのが成立しましたが,まだ限定されています。消費者契約の5条でやはり規定がありますが,あれも弁護士さんは大変使えるとおっしゃいますが,消費者センターでは使いやすいとはいえません。この4番目のことは入れていくと有り難いし,なおかつ,この契約交渉の当事者というのが一般にはあいまいに感じます。はっきりと契約がだれとだれの契約で,その間に入っている人が当事者とどういう関係なのか,契約名義人とどういう関係がある場合に該当するかを明確にしていただきたいと思います。その辺も分からないものですから,消費者契約法の5条も使いにくいということなので,是非そういうところもはっきりさせていただくことによって,相談現場でももっと使えるような形にしていただければ大変助かると思います。 ○奈須野関係官 また消極的な話なんですけれども,契約交渉の初期段階は非常に星雲状態でございまして,ここで想定されているような両当事者の間に第三者が入るというような,単純なものではないわけであります。例えばM&Aとかあるいは商社が行うような商取引ということを考えると,最初の段階ではどちらの側に付いているかすら分からない状況から,徐々に案件として形成されていくということであります。M&Aアドバイザーのようなことを考えると,それはもう恐らく最後までかなり独立な当事者として,相手側との間で3年あるいは4年という形でプロジェクトを進めていくというのが実態であります。   そのようなことを考えると,そのようなアドバイザーを,利害関係すら一致していないアドバイザーに対して管理監督するということは,実際には非常に難しいということでありまして,そのようになりますと,そもそもこういったアドバイザー,商事会社をこういった取引にかませることは危険であるということで,ビジネス自身が成り立たなくなるというおそれがあると懸念されます。もちろん,そのような両当事者の間に第三者が介入するようなケースで,先ほどの保険契約のような場合で,一定の場合は保護するケースがあり得るという形は,もちろん認められるわけですけれども,それはそのような保険業法であるとか,個別業法の中で規制していけばよいのであって,このような例外的な場合について一般的な規定として設ける必要はないと考えております。こちらも商社からの意見でございます。 ○山野目幹事 消極と積極の中間の意見を申し上げさせていただきますけれども,この4の項目で問題提起をいただている事柄は,基本として,アイデアとして育てていってみたいと感じますとともに,少し具体的な適用範囲とか,適用要件については注意をして絞るべき局面があるのではないかとも感じております。契約当事者について,契約の交渉当事者が消費者であって,媒介委託を受ける者が事業者であるような事例について,消費者が余り情報を持っていないし,事業者である媒介委託を受けた者を余り適切にコントロールすることができないような場面で,その媒介に入った者のした行為について責任を負わせられるということは問題であると考えます。   それから,宅地建物取引業の媒介の現場で両手という呼称で呼ばれているような,両方から委託を受けているような事例は,その人が何か変なことをしたときに,どういう法律関係が発生するのでしょうか。少し錯綜した問題も生ずるだろうと想像します。委託をする交渉当事者の属性を制限するか,あるいはその第三者なる者が,いわゆる被用者的なものに限定し,独立的な補助者を余り入れないような要件構成にするか。あるいは交渉当事者の関与の在り方について何か要件上の歯止めをするか。そういうことに注意をしながら,しかしながら育てていってよいアイデアなのではないかと感ずるところでございます。 ○藤本関係官 一つは現行法の御紹介ということで,金融関係法令では利用者保護のために,銀行代理業者ですとか,生命保険募集人,保険代理店とか,そういったものの責任が規定されています。法的性質は民法715条の使用者責任の規定はあるのだけれども,代理業者や媒介業者が必ず使用人ではないということから,利用者保護のために特別に規定を設けているという位置付けでございます。   そういうことで,委託・選任に係る注意と,損害発生防止というのも規定していますが,選任の注意と損害発生防止に努めたときは免責の規定があって,求償権についても規定があって,時効も不法行為責任並びになっている。こういう規定がございまして,民法で規定を設ける場合には,こうしたものとの関係をよく考える必要があると考えております。いずれにしろ,利用者保護と取引の円滑とのバランスを取ることが必要だということです。   それからもう一点,山野目幹事がおっしゃったことと同じような懸念を共有しておりまして,損害賠償責任を負う交渉当事者というのは業者とは限らないということに留意する必要がある。証券取引でも顧客Aが証券会社に有価証券取引の媒介を依頼するというケースがあります。ところが,証券会社が顧客Bに説明義務を果たさなかった。そうすると顧客Aが責任を負担することにならないかとか,そういったことをどう考えるかという観点からもよく検討が必要だと思います。 ○潮見幹事 いずれにしても,どういう観点からかにせよ,ルールを作るときに限定は必要だと思いますが,今までに出てきていないことを1点だけ申し上げますと,ここの問題というのは契約の交渉過程に入ってきた第三者,従属的な者とか独立的な者の行動について交渉当事者が責任を負うかという形で,一応は立てられますけれども,その前提として,飽くまでもその責任を問われる交渉当事者が,相手方に対して,信義則上,交渉過程でどのような義務を負っているのかという問いがまず先行して存在しているわけです。これは債務の履行の補助と恐らく枠組みが同じであって,正に義務の面での制約といいますか限定がまずあって,次にその義務をだれがどのような形で遂行していくのかという観点から第三者問題が出てくるという理解をしておくことが,この問題をとらえる上での一つの核心部分ではないかというように思います。   その部分で,先ほど山野目幹事がおっしゃったような,例えば当事者の属性だとか,関与の在り方といったようなものを考慮に入れた,表現できるような形でルール化ができれば,この部分は積極的にルールとして採用していく方向で進めばよろしいのではないか。逆にその部分の枠組みを外して,交渉の際に出てきた人がだれであれ責任を負うべきかどうかなどというような暴論だけは,事務局説明では恐らくそのような展開はされるつもりは全くないと思いますけれども,しないということでいいのではないでしょうか。 ○鎌田部会長 ただいまのような説明で,皆さん御了解いただけていると思いますので,よろしければ,先に進ませていただきます。   引き続き,「第3 申込みと承諾」につきまして,説明をしてもらいます。申込みと承諾につきましては,大きく二つの塊に分けて御審議いただくことを予定いたしております。一つ目が,「1 総論」から「4 隔地者に対する承諾期間の定めのない申込み」まででございます。資料11−1のページ数でいいますと,4ページから7ページまででございます。二つ目が「5 対話者間における申込み」から「8 申込みに変更を加えた承諾」まで,資料11−1の7ページから9ページまでです。   まず「1 総論」から「4 隔地者に対する承諾期間の定めのない申込み」までについて御審議をいただきます。事務当局に説明してもらいます。 ○菱川関係官 「第3 申込みと承諾」の「1 総論」では,契約の申込みと承諾に関する一連の規定を検討するに当たり留意すべき点について,幅広く御議論いただきたいと考えております。また,2以降に掲げました個別論点のほかにも検討すべき論点がございましたら,ここで御指摘いただきたいと思います。   「2 申込み及び承諾の概念」ですが,現行民法には申込みや承諾の定義規定はなく,これらの概念の意義は解釈にゆだねられています。申込み及び承諾の意義を条文上明確にすべきであるという考え方がありますので,規定を置くことの要否と規定する場合の具体的な規定の在り方について御意見をいただきたいと考えております。なお,申込みと区別されるものとして,申込みの誘引という概念があります。また,交叉申込みについては契約が成立すると見るべきかが問題とされています。これらの点については関連論点で取り上げました。   「3 承諾期間の定めのある申込み」に関しては,まず申込者が申込みの際に,申込みを撤回する権利を留保した場合について,このような場合は申込みの拘束力が及ばないことを条文上明確にすべきであるという考え方がありますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。これが「(1)申込者が申込みを撤回する権利を留保した場合」です。   次に,「(2)承諾期間内に到達すべき承諾の通知の延着」は,承諾期間の経過後に到達した承諾が,通常の場合にはその承諾期間内に到達すべき時に発送したものであるときについて,このようなときについてどのように考えるか御検討をいただくものです。隔地者間の契約の成立時期について,発信主義を改めて到達主義を採用すべきであると,そういう立場を前提に,承諾が延着した場合についての特別の規定を設ける必要はない。すなわち,民法第522条を削除すべきであるという考え方が提示されています。他方で,隔地者間の契約の成立時期については同様に到達主義を採用すべきであると,そういう立場を採った上で,なお民法第522条の規定を維持すべきであるという考え方も提示されています。   そこで,承諾期間の経過後に到達した承諾が,通常の場合にはその承諾期間内に到達すべき時に発送したものであるときについて,民法第522条のような規定を維持すべきか,又は削除すべきかについて御意見をいただきたいと考えております。   「(3)遅延した承諾の効力」ですが,現行民法においては第523条において遅延した承諾を申込者が新たな申込みと見なすことができるとされていますが,新たな申込みではなく,有効な承諾と扱うことができるものとすべきであるという考え方がありますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。   なお,承諾期間の定めのない申込みにおける遅延した承諾の具体的意味については,民法第523条の文言からは明らかではなく,その具体的意味を条文上明記すべきという考え方が提示されています。この問題については関連論点で取り上げていますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。   「4 隔地者に対する承諾期間の定めのない申込み」に関しては,まず民法第524条は隔地者に対する承諾期間の定めのない申込みについて,申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは撤回することができないとする一方で,相当な期間の経過後における申込みの効力については特段の定めを置いていません。この点については,相当な期間を経過したことにより,当然に申込みやその効力を失うことにはならないとする見解が有力ですが,この見解に対しては申込みの撤回がされない限り,いつまでも承諾することが可能となってしまい,妥当ではないなどの批判もあるところです。   そこで,承諾期間の定めのない申込みの効力,承諾適格が存続する期間について規定を置くことの要否と,規定する場合の具体的な規定の在り方について御意見をいただきたいと考えております。これが「(1)承諾期間の定めのない申込みの効力」です。   なお,関連論点においては,承諾期間の定めのない申込みが不特定の者に対してされた場合の特則の要否の問題について取り上げています。   次に,「(2)申込者が申込みを撤回する権利を留保した場合」ですが,承諾期間の定めのない申込みについて,申込者が申込みを撤回する権利を留保した場合については規定されていませんが,現行民法上撤回することができないとされている期間である,申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間内であっても,撤回する権利を留保した場合は申込みを撤回することができると解されています。そこで,このことを条文上明確にすべきであるという考え方がありますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。   なお,関連論点においては申込みの撤回権が留保された場合の申込みの効力の存続期間の問題について取り上げています。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分のうち,まず「1 総論」について御意見をお伺いします。 ○道垣内幹事 正に総論の話なんですが,これの申込みと承諾というのを取り上げる理論的な意味なんですけれども,例えば申込みとか承諾の概念というのがはっきりしないので定義をするという話があって,教科書にもろくな定義がなされていない。ろくな定義というのは悪いという意味ではないですが,申込みとは,承諾があれば契約が成立させる意思表示であるみたいなことが書いてあったりするわけですよね。   では,合意とは何かというところを読みますと,意思表示の合致であると書いてあって,契約の成立はどういうことが必要なのかとなりますと,合意が必要であるとなる。先ほど問題になった,どの部分について合意があればという問題もありますけれども,合意があれば成立するということになりますと,申込みと承諾というものは,ただ単に合意の内容を一般的に分解したものとして,ここで位置付けられて議論がされるのでしょうか。それとも,以前のところで,契約の成立について,申込みと承諾という形での成立だけではなくて,練り上げ型で合意が成立していくという場合もあるだろうという話があったわけですが,これを申込みと承諾による契約成立とは別個のものと考えて,ここに言う申込みと承諾というのは,契約成立の一形態ではあるが全部の形態ではないという前提の下で議論がこれから始まるのか。これが,私はよく分からなかったんですね。   もし仮に申込みと承諾というのが,合意には必ず申込みと承諾があって,合意は意思表示が両方あるとしますと,その意思表示が合致したときに契約が成立するということになると,正にそれは申込みとか承諾の定義に合致することになりますから,そうだと仮定すると,意思表示の中における契約を成立させるための意思表示に関する特則であるという話になるような気がするんですね。そうではないんだ。申込みと承諾というのは,契約成立の全部を指しているわけではなくて,一部で取り分け隔地者間の話を考えたときの話なんだという話なのか。そのあたりについてどういう前提を採るべきなのか。   部会資料は事務局提案ではないと言いますので,私の意見を言わなければいけないんですが,私の意見としては,契約の成立は,練り上げ型と言われるものも含め,すべて申込みと承諾による意思表示の合致によって成立するのだろうという感じがしまして,そうすると,ここにいう申込みと承諾の話は,原則的には意思表示の一般の問題であって,そうすると,よほどの理由がない限り特則というのは置かれなくて,当事者の通常の意思表示と同じ扱いをすれば足りるということになるのではないかと私は思いました。あえて付けたみたいな自分の意見で,余り考えていないんですけれども。ちょっと分からなかったものですから,どなたか教えていただければと。 ○能見委員 私も道垣内さんと似たような意見といいますか,整理しなくてはいけない問題があるなということを感じておりました。先ほどの契約の一般的な成立要件のところの問題とどう関係するかというのが,第一の問題だと思いますが,このような大きい問題はさておき,ここで取り上げられている,あるいは従来の民法の申込み,承諾のところに取り上げられていることとの関係で,従来余り整理されていなかった,実は二つ別な問題があると思います。   一つは,通信手段を使って,申し込みと承諾の間に一定の時間的なギャップがあるときの話で,それを従来は一般に隔地者間とは呼んでいたんですけれども,そういう問題と,それと異なって,時間的なギャップがあるわけではなくて,例えば離れている人であっても,何度も交渉して,だんだん話が詰まっていくというタイプの場合の契約締結プロセスという問題というのがあります。民法の規定は一体どちらの問題を規定しているのか。あるいはこれから規定するとすれば,そういう二つの問題を分けたほうがいいのかどうか。それから,対話者間という別なカテゴリーというのを設けたらいいかのかどうか。そこら辺の整理が必要なんだろうと思いました。   一つはっきりしているのは,申し込みと承諾の間に時間的なギャップがある場合の問題で,今まで隔地者間と呼ばれていましたが,隔地者間という言葉は曖昧で,先ほど言いましたように,離れているけれども何回か会って交渉するというタイプもあり,その場合には必ずしも申し込みと承諾の時間的ずれが通信手段を利用することで生じるというわけではありませんので,これと通信手段を使うために時間的ギャップが生じる場合とは同じではないと思います。そこで,通信手段を用いる場合のルールと,それから,それ以外の段階的にプロセスを経て契約されていくというその問題と分けたほうがいいと思います。今ある民法のルールの中には,通信手段を使うという場合にだけ適用されるようなルールもありますけれども,私が誤解しているかもしれないけれども,申込みに対して変更を加えて承諾するなんていうのは,実はこれは通信手段による時間的ギャップの問題とは余り関係なくて,交渉を段階的にやっていても,あるいは同じ場で議論している場合でも,同じ問題が生じ,変更を加えた承諾をどう扱うかを決めるルールが必要となります。このように,適用場面を考えてルールを整理したほうがいいのではないかという感じがいたしました。 ○松岡委員 能見委員とほぼ同じことを申し上げます。一つは,規定の配列の問題も絡めて,幾つか異質な問題が一つの条文に混在している現行規定があり,それは能見委員がおっしゃったとおり整理しなければいけないと思います。   それから,これも能見委員が既に示唆されていますが,「隔地者」という概念は,字面とその意味しているところのギャップが大きく,少し勉強した者は分かるとしても,やはり適切かどうかを再検討する必要があります。もし良い言葉が作れて,対話者のように即時に返事がもらえない場合を端的に表現できれば,それを使えばいいですが,もしそういうものができなければ,やむを得ず隔地者という言葉を使い続けるしかないですが,申込みや承諾の定義と同じように,普通の言葉の使い方とは少し違って,民法のこの場面ではこういう意味で使っていることをきちんと定義をして,初めて読んだ人でも分かるようにしておく必要があるだろうと思います。 ○山川幹事 今の先生方と問題関心は似ているんですが,若干角度が違って,ここでの議論の射程にかかわりますが,契約の成立の次元では,労働契約におきましては先ほど申しましたように,余り申込み,承諾というプロセスの議論はないんですが,むしろ契約内容ないし労働条件の変更の場合と合意解約の場合には割とよくこの点が意識されていまして,例えば上司とけんかして頭にきて,もうこんな会社辞めますと言って,一晩家に帰って,奥さんとかだんなさんといろいろ話した結果,やはり辞めると言ったのは撤回しますという事態は割とよく起こる話ですけれども,そのときに524条で撤回が隔地者の場合に制約されるとか,そういう議論は余りなされておらず,使用者側の受領権限ある者が承諾するまではその退職の合意解約の申入れを撤回できるといった議論がなされています。そのような合意解約とか契約内容の変更までも,ここでの契約ということで議論されるのかという点も,労働契約以外で問題になるのか分かりませんけれども,一つの視点としては入るのかなと思った次第です。 ○鹿野幹事 先ほど松岡委員がおっしゃったように,私も隔地者という概念について,もしこれを今後も用いるのであれば,整理をしておく必要があると思います。   隔地者という言葉を文字どおりに捉えると場所的な隔たりを指しているように見えるわけですが,電話などの通信手段を前提に,むしろこの概念は発信と到達の時間的なギャップを指すと説明されてきました。しかし,その後のインターネットの普及によって,更に通信手段は多様化しています。例えばメールであれば瞬時に届くので通常は時間的なギャップはほとんどありませんが,不到達の危険は存在します。あるいは,私は余り詳しくないのですが,いわゆるチャットなど,文字を通すけれど対話と同じような感覚のものもあります。いずれにしても,隔地者という概念において古典的にイメージされていた通信手段とは異なる多様な通信手段が現在用いられていますが,その中で,この概念がどこまでを指すのかが,少なくとも国民にとって分かりやすい状態とはなっていないと思います。この概念自体は,従来慣れ親しんできたので,今後も維持するという選択もあるかもしれませんが,その場合には,それがどういうものを指すのかということを整理し,それが条文上も明らかになるような形で規定を置くことが必要だと思います。 ○沖野幹事 道垣内幹事から申込みと承諾というものをどういうものとしてとらえるのかという問題自体の位置付けにおきまして,契約の成立のイメージとの関係の御指摘がありましたので,先ほどの発言を補足する意味も込めて,私自身はこう理解しているのだけれどもということを提示させていただきたいと思います。この申込みと承諾という,これ以降の申込みと承諾で検討される事項というのは,契約の成立に向けた正に意思表示のやり取りの中で,例えば契約の締結に向けて提示がされたとき,その提示についてどこまでで撤回ができるかとか,そのプロセスを規律していくための概念としての申込みと承諾というもので,それは正に意思表示のやり取りという点では,非常に射程の広いものではないかと思います。   他方で,契約が成立しているのかというその判断やイメージというときに,申込みと承諾として定義される,あるいは一般的に説明されるものとしては,一方が設定し,他方はただ同意するだけと,そういうタイプの契約の成立ということで契約の成立をとらえてくるという面があります。これにつきましては,合意が成立していることはほとんど争いがないようなときに,そこは契約は申込みと承諾によって成立するから,では一体どの時点で承諾があって,したがってどれが申込みであって,したがって契約は成立しているのかというような判断枠組みをとることが,不毛な場合も少なからずあるだろうということで,これは一般的なものではないと考えられます。このように二つの面が申込みと承諾という規律には含まれているのではないかと考えております。 ○鎌田部会長 総論的な部分については,取りあえず今のような御意見をお伺いさせていただいたということで,次に,「2 申込み及び承諾の概念」から「4 隔地者に対する承諾期間の定めのない申込み」までについて御意見をお伺いいたします。 ○奈須野関係官 申込みの概念のところなんですけれども,学問的な理解もさることながら,実務上のニーズがどういうところにあるのかを御紹介したいと思います。   やはり商取引というものを考えますと,なるべく申込みと推定しないような仕組みが望ましいということであります。例えば,事務局の問題提起の資料にございます,店頭における商品の陳列と代金の表示。これが申込みだということになりますと,靴屋に行って,これ下さいと言って,では応諾がありましたので契約成立ということになって,バックヤードに行ったら,その靴のサイズはありませんでしたと。原始的不能ですねと。原始的不能なので,先ほどの話ですと,履行利益の損害賠償が生じるのかとかそういう問題があるわけですけれども,それはそれで理論的にはそうなんでしょうけれども,事業者としては初めからこれは契約が成立しないと端的に処理したほうが事務としては簡便なわけであります。   同じように,次の商品目録の送付等による不特定の者に対する申入れ。この場合,例えばウエブサイトにこのような商品目録を掲示した場合には申込みとなると思いますけれども,その場合,例えばこれに対してクレジットカードの不正利用者が盗んだカードで応諾してきたと,あるいは未成年者が酒やたばこの応諾をしたという場合には,事業者としては基本的には断りたいわけでございまして,その場合にはやはり申込みではなく,取りあえずの申込みの誘引としたほうが事業者としては楽なわけであります。   それから,実際に結構あるケースとしては,この商品目録,インターネット上の表記に誤りがありましたとか,あるいは商品100個限定で予定していたんだけれども在庫切れでしたという場合も,これも結構あるわけでございまして,そういう場合には事業者としてはその注文を承諾しないという処理をするほうが簡便なわけでございます。このようなことを考えると,理論的な議論はさておきながらも,実益としてはそのような処理をするほうが簡単だということで御紹介させていただきたいと思います。 ○大島委員 同じく実務的な観点で申し上げますが,国民生活と経済活動に資するのであれば,申込みと承諾について民法で分かりやすく明文化してもよいかとは思います。ただし,実務上は事業者からの申込みの発信手段について,チラシとかホームページなど多様な形態があるのが実態でございます。関連論点ではございますが,申込みの推定規定を設けることについては,実務に混乱を招くおそれもあることから慎重に御検討いただければと思います。   特に,特定物売買の場合は,申込みが推定されると困る場合があるのではないかという声がありました。 ○藤本関係官 まず申込みの用語の定義についてでございます。   詳細版を拝見しますと,内容的な確定性というのが一つのメルクマールになっているかと思います。契約実務においては,一定の事項に関して,いわゆる申込み後に具体化するものというものがございます。金融関係ですと,例えば団体保険における個々の被保険者といったものが,申込み後に具体化,確定するということでございます。   したがって,契約の内容的な確定性というものには,契約によって様々な性質レベルのものがあるということに留意する必要があるのではないかと思います。   それから,申込みと推定される場合についての規定ですが,そういう規定が仮に置かれたとして,多分これに対応しようとすると,念のためいろいろなものに,これは申込みに該当しないという旨を記載していくという行動を誘発して,結局,手間ばかり増えて,申込みと推定されるという規定の意味が失われてしまうということにならないかというのを懸念しております。特に要件が抽象的であれば,そういう行動を誘発する可能性はより高くなるのではないかと思います。   そういう行動に問題があるのではないかという意見もあるかもしれませんが,一方で,契約締結の際に,例えば反社会的勢力排除チェックなどというのは,一般的に行われているところでございまして,そういうことを考えると,申込みと推定される場合の規定を置くということについては慎重に検討すべきではないかと思います。 ○岡本委員 繰り返しになりますけれども,今の藤本関係官からお話があったのと全く同じ意見が全国銀行協会でも出ておりますので,よろしくお願いしたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがでしょうか。   特にないようでしたら,次の部会資料11−1の7ページから9ページまでの「5 対話者間における申込み」から,「8 申込みに変更を加えた承諾」までについて御審議いただきます。   まず,事務当局に説明をしてもらいます。 ○菱川関係官 「5 対話者間における申込み」は対話者,例えば口頭で話をしている者同士における承諾期間の定めのない申込みの効力の規律について,直ちに承諾しなかったときは効力を失うとする商人間の特則を定めた商法の規定を参照しつつ,規律を明確化すべきであるという考え方がありますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。   「6 申込者の死亡又は行為能力の喪失」ですが,民法第525条は第97条第2項が適用されない例外的場面として二つの場面を定めています。このうち,申込者が反対の意思を表示した場合については当然のことを定めた規定であり,削除すべきであるという考え方が提示されています。また,その相手方が申込者の死亡もしくは行為能力の喪失を知っていた場合については,その具体的な適用範囲について,申込みの発信後,到達前の申込者の死亡又は行為能力の喪失を相手方が申込みの到達前に知った場合に限られるのかどうかなどをめぐって,解釈が分かれています。この点については,申込みを受けた者が,承諾の発信をするまでの申込者の死亡又は行為能力の喪失の場合にまで適用されるべきであるという見解に立って,明文規定を設けるべきであるという考え方が提示されていますので,規定を置くことの要否と,規定する場合の具体的な規定の在り方について御意見をいただきたいと考えております。   「7 隔地者間の契約の成立時期」については,意思表示の到達主義に対して例外的に発信主義を採用していますが,現代においては承諾通知が延着する現実的な可能性は低いことなどから,あえて到達主義の原則に対する例外を設ける必要性が乏しいという指摘があり,承諾についても原則どおりに到達主義によるものとすべきであるという考え方が提示されていますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。   契約の成立時期について到達主義を採用した場合の関連論点として,民法第526条第2項(意思実現行為による契約の成立)の見直しの問題と,民法第527条(申込みの撤回の通知の延着)の削除の問題を取り上げています。   「8 申込みに変更を加えた承諾」ですが,これは申込みに変更を加えた承諾は,その申込みの拒絶とともに,新たな申込みをしたものとみなすとする民法第528条の規律を基本的に維持した上で,どの程度の変更であれば,当該承諾がなお有効となるかという判断基準を明記すべきであるという考え方が提示されていますので,規定を置くことの要否と規定する場合の具体的な規定の在り方について御意見をいただきたいと考えております。 ○鎌田部会長 ただいま説明のありました部分について,一括して御意見をお伺いしたいと思いますので,御自由に御発言ください。 ○能見委員 私は実務的にどこが問題になるかということはよく分かりません。ただ,この申込みと承諾に関するルールというのは,恐らくそのどちらか一方の利益を優遇するという形で偏った扱いをするのではなくて,申込みをした側とそれから承諾をする側の利益を微妙にバランスを取るというところが重要なんだろうと思います。   ちょっと話は長くなりますけれども,恐らく現在の民法の規定ではどちらかというと,承諾を受ける側が優遇されている。例えば申込みの拘束力というのが承諾期間を定めなかった場合にはあるわけですが,そういう意味では承諾を受けた側が優遇されており,おまけに承諾について発信主義がとられているので,その点でも承諾する側,つまり申込みを受けた側が優遇されているわけですね。これは少し一方に偏していると私は思うわけですが,ただ,今度民法改正でいろいろなところをいじるので,たとえば申込みのところのルールなどを変更することで微妙にバランス関係が変わってまいりまして,先ほど申し上げようと思ったんですけれども,その内容は発信主義に関係するので今まで待っていたんですが,それは申込みの撤回の権利を留保するという規定を今回の改正で入れるということとの関係です。このような規定を設けると,申込者と承諾者の利益のバランスはどうなるかということです。   こうなりますと,承諾期間の定めのない申込みでも,撤回権を留保することで撤回できるということで,要するに申込みの拘束力というものが制限されるわけですが,その場合の発信主義の扱い方というのをどうするかという問題が生じます。8ページの関連問題の2に少し関係するんですが,要するに,申込みの撤回権というものを留保する場合には,申込みをする側はいつでも撤回の通知を発することができて,その撤回については到達主義で到達して初めて撤回の効力が生じ,承諾について到達主義を採れば,申込みの撤回と承諾のどちらが先に到達したかで決めればいいというのが一つの考え方だと思いますけれども,それとは違うバランスの取り方もないではない。これは国際物品売買条約がそういう立場をとっていますけれども,撤回権を留保した場合についてその撤回の通知がなされたときには,申込み撤回の通知の到達と承諾の発信との時間の先後で決めるという考え方もあり得るのではないか。つまり,撤回の通知が到達する以前に承諾を発信をしていれば,後者を優遇するというバランスの取り方もあり得る。ただ,それは理論的にどういう根拠なのかと聞かれると,十分な答えを今用意していません。単に承諾の発信主義に対する私の思い入れがあるのかもしれませんけれども,バランスの取り方については幾つかあり得るということを指摘しておきたいと思います。 ○中井委員 先ほどからこの申込みと承諾に関して,弁護士会での発言をしていないのですが,練り上げ型の契約に関しては契約の成否について,結構紛争類型があって,現に紛争経験をしておりますが,申込みと承諾型の契約に関して,紛争として顕在化した経験はございません。実務としては動いているのだろうと思いますけれども,思うに,この民法は100年前にできた民法で,恐らく発信と到達の間に相当の時間間隔のあることを想定している,つまり,その間に死ぬことさえ考えているわけですから。100年前であれば発信してから到達するまでにひょっとしたら1週間ぐらいかかって,その間に死んでしまっていることだってあるのかもしれませんが,電話,ファクスのみならず,Eメールで次々と契約関係の処理がなされているこの時代に,こういう時間的ギャップについて厳密に詰めていった議論が果たして必要なのだろうか,どれほどの意味があるのか,と感じます。   7のところで,隔地者間の契約の成立時期について,到達主義を採ることに賛成で,これだけの通信手段が発達しているわけですから,意思表示については,瞬時とは言いませんが,相当短期間で到達する。その到達を基準にして,基本的に規律していけば,おおむね解決するのではないかという実務感覚があるわけです。   そうすると,従来は,能見委員からお話がありましたけれども,申込みを受けた側,承諾した側を優遇するような規定になっていましたが,早い段階での契約成立を認める必要性は今日の通信手段の発達の中では,それほど現実的にはないだろう。それなら,安定的なところで契約成立を認める,この到達主義が好ましいというところに結び付くと思います。そこを明確化すれば,その時点で双方が生きて能力のあるときに契約の効力は生じるとして,簡明な整理が可能なのではないかと思います。 ○中田委員 今までの御意見に基本的に賛成です。ただ,申込みと承諾というタイプの契約の成立の仕方についての基本的な考え方を示しておくことは,それはそれで意味があると思います。   それから,到達主義を採ることについても賛成なんですが,その説明の仕方について,先ほどの菱川関係官の御説明あるいは11−2の44頁の御説明,ちょっと分かりにくいところがございます。   それは,承諾の通知の延着や不到達になる現実的な可能性が低いので到達主義でいいんだという部分です。ここは,恐らく発信から到達までの時間が短縮されているから,承諾の発信主義を採るメリットは民法ができた当時と比べて低くなった,しかし,現在でも承諾通知の延着や不到達のリスクというのは依然としてあるので,そうだとすると,やはりその面からもバランスを取ると到達主義がいいのではないか,と結び付くのではないかと思っております。 ○山本(敬)幹事 基本的にはこれまで出ているとおりですので,1点だけ問題提起をさせていただければと思います。   8の「申込みに変更を加えた承諾」についてです。ここでは,現在の528条の規律を基本的に維持することとした上で,「どの程度の変更であれば当該承諾がなお有効となるかという判断基準を明記する」ことの是非について問題提起されています。これは要するに,この程度の変更であれば,申込みと承諾の合致,したがって契約の成立を認めてもよいけれども,ここまで変更すると,もはや申込みに対する承諾とはいえない,したがって契約は成立しないということです。これは,どの範囲で合意があれば契約の成立を認めてもよいかという,最初のほうの「契約の成立に関する一般規定」のところで提起されていた問題とつながるように思います。   そして,先ほど熱心な議論がありましたように,一つの考え方として問題だったのが,「その契約の核心的部分(中心部分,本質的部分)についての合意が必要だとする考え方」で,そこには少し問題があるのではないかということを先ほども指摘いたしました。  仮にそれと同じように,528条のほうも考えるとしますと,詳細版の49ページに,この問題に関する立法例が紹介されているのですけれども,そこに「変更を加えた承諾におけるその変更が実質的な変更といえるか否かを基本的に基準」とする立場というのが有力な基準として挙げられていますが,これも同じように考えることになります。つまり,先ほどと同じように考えるとしますと,この「実質的な変更」を客観的に決まる基準に求めるという考え方も出てきますが,これについては,先ほども申し上げたとおり,客観的に見れば実質的な変更には当たらないとしても,当該当事者にとってはその契約をするかどうかを左右するような事柄について変更がされたといえるような場合もあると考えられます。むしろ決め手は,当該当事者にとってその契約の成否を左右させる事柄かどうか,つまり,その部分について合意がなければ,少なくとも一方当事者は契約をしないと考え,そのことを相手方も分かるような事柄について,変更が行われたかどうかだと考えられます。   したがって,先ほどと同じように考えるとしますと,やはりこの528条についても,「実質的な変更」があったときは,申込みに対する承諾といえない,したがって契約は成立しないというとしても,そこでいう「実質的な変更」があったかどうかは,契約を離れて客観的に決まるのではなくて,当該当事者にとってその契約の成否を左右させるような事柄について変更があったかどうか,その意味で各当事者の意思や契約の趣旨が決め手になるというようにつながってくるのではないかということだけは,指摘させていただきたいと思います。 ○木村委員 実務の話として,隔地者間の契約の成立時期について,基本的に通信手段が高度化していることから到達主義で良いのではないかという意見と同時に,支障があるという意見もありました。私自身もちょっと不勉強で申し訳ないのですが,もし分かれば,補足していただけたらということを前提にお話しさせていただきます。   保険の話ですが,契約の承諾をするとき,実務では,承諾を書面にして,郵便で送るということをやっているそうです。この点,現在は発信主義ですので,送付すれば済むのですが,到達主義になった場合,現実に到達したのかどうか,これを確認する手だてが必要となるため,実務において仕事が極めて煩雑化し,コストアップにもつながっていくという面があり,到達主義に対しては強く反対したいという意見もございました。したがって,我々経済界としても慎重な議論を今後していかなければいけないという認識がございます。   それからもう一つは,電子承諾通知に関する特別法の話になってしまうとは思うのですが,先ほど鹿野幹事からお話がありましたように,チャットだとか電子メール,こういうものについて,一体どの段階で現実に到達したとするのかというところも法律上明確ではありません。したがって,民法の中で申込み,承諾を一定の形で明確化していくというのであれば,この辺も一緒に検討していかなければいけないのではないかという意見もございました。 ○鎌田部会長 藤本関係官,補足はございますか。 ○藤本関係官 その承諾書面というのを約款に付けてというのは承知しておりません。 ○木村委員 承諾を書面で行うという形でされていると伺っております。 ○藤本関係官 若干,その関連ですけれども,保険の関係ですが,発信主義のほうが早く契約関係に入れる,保障がそれを前提に付くというので,保険事故が起きたときにその保険金が払われるかどうかという,大きなことと関係がありますので,そういうところは発信主義というものがよいとの考え方があるという意見はありました。ただ,民法上の承諾書について保険業法との関係があるとは,残念ながら承知しておりません。 ○高須幹事 今の木村委員の御指摘とやや関連するところを申し上げようと思っているのですが,承諾が届くのに時間が掛かるという点は,今多くの議論が出たように,今日の現代的な社会では格別の考慮を払う必要性が少なくなってきているのだろうと思います。ただ,それでも書面を受け取らない。受取拒絶という事例は現代社会でも起きてくるわけでございますから,その問題を考えたときには到達主義の限界みたいなものが出てくる。そうすると,多分この問題は,契約の成立の問題というよりは,民法が採っている到達主義,これについて例えば受取拒絶のような場合にどうするかということを,むしろ一体として検討して,その兼ね合いで今回の成立時期についても,従前の発信主義がいいのか,むしろ原則に合わせて到達主義で妥当な結論が導けるのか,この結論が出てくるのではないかと思います。その議論と併せて方針を決めたらいいのではないか。このように考えております。 ○道垣内幹事 極めて細かい話なんですが,私,最初に契約の成立における申込みと承諾の位置ということを申しましたけれども,議論を伺っていても本当はよく分からないままで,意思表示の効力の発生時期とか,撤回とかについての一般の意思表示についての特則が若干定められているというだけなのかなという気はします。   ただ,申し上げたいのはそこではなくて,到達主義を採ったときの6なのですけれども,中井先生に笑われそうですが,死亡,能力喪失に関する諸条文は,申込みが到達によって効力が生じるのが原則なので,到達したときには死んでしまっているかもしれないから必要なのであり,承諾のときは発信のときに効力が発生するので,発信のときにはそういう問題は起きないということなんですね。そうしますと,承諾を到達主義にすると,承諾者もその発信後に行為能力を喪失したり,死亡したりするというのが理論的にあり得て,バランス上はこれは承諾についても問題になってくるということだけは指摘しておきたいと思います。 ○奈須野関係官 この辺の承諾,申込みの部分は契約ごとに定めればいいとも思えるので,どの程度,これ目くじらを立てて言うべきかという気もするんですけれども,一応意見が寄せられているので紹介させていただきたいと思います。   先ほど山本先生が御指摘になった申込みに変更を加えた承諾で,どのような場合に実質的な変更がないという場合に考えられるのかということなんですけれども,御紹介いただいた国際物品売買契約条約とは正に物品の問題なわけですけれども,実務上はM&A交渉などの場合には,複雑多様な契約条項について分割して,何度も書面でやり取りしているということでございまして,その変更が見ようによってはつまらない変更を繰り返して契約ができているということでありまして,このようなつまらない契約変更のやりとりをしているうち,いつの間にか契約が成立しましたというのではちょっと困るということでございます。   ただ,これも,だったら私に言わせれば,それはいつ成立するのかまで,契約の中で定めればいいのではないかという気もするわけですけれども,そういう意見があったということを御紹介させていただきます。 ○能見委員 ちょっと前の議論と関係することで,申込みの撤回と契約交渉の不当破棄との理論的な関係なんですけれども,申込みの撤回権を留保した場合には,申込者は申込みをしたけれども撤回できるという権利を留保しているので,したがって,申込後,相手方がいろいろ費用と時間をかけて承諾すべきか否かを検討している最中でも,申込者としては,より有利な相手が出てきたのでそちらへ乗り換えるために,今までの申込みは撤回するということを相手方に通知しても,特別の事情がなければ,原則として契約交渉の不当な破棄にはならない,と考えることになるのではないかと思います。特別な事情があれば,契約交渉の不当破棄の責任が全然排除されるわけではないかもしれないけれども,撤回権など留保していると不当破棄になる可能性は減ると,そういう理論的な関係があると理解しております。  余り広く契約交渉の不当破棄の責任というのが及んでくるということになりますと,撤回権を留保するという意味がなくなってくるので,相対的な問題かもしれませんけれども,その両者の関係には注意したほうがいいかなということです。 ○沖野幹事 項目自体としては戻ってしまう面がありまして,申し訳ないのですが,ただ,能見委員が御指摘になったことにかかわる点もあるかと思いますので,申し上げたいと思います。   それは,承諾期間の定めのある申込みのところで,延着の通知の点であります。詳細版を見ていただきますと,31ページです。到達主義の下ではもうそのリスクを取っているんだからということで,特に本来であれば着いたはずの時期よりも延着したということが分かったときに,あえて通知をし,そしてそれを懈怠したときの効果として契約を成立させるというようなことを認める必要はないということが記されています。ここに一方で契約の締結の過程における信義則がどうかかってくるのかということが気になっております。そして,明らかに本来であれば,期間内に到達したはずであるということが分かるときに,したがって,相手としてはそれを信頼しているときに,それはもう到達主義の下で相手方がリスクを取るべき事項なんだからということで,全く何もしないというのでいいのかというのは気になっております。確かに,現行法のように比較的緩やかな要件で通知を課し,しかもその懈怠の効果としてかなり大きな効果を課すということは,見直しの必要があるように思うのですけれども,他方で受け取った方としては明白であるならばそれは通知してやるべきだということが信義則上要請されるという面もあるのではないかと思います。   したがって,この申込みと承諾による規律というのが,契約締結過程における当事者の法律関係の規律の仕方の一つなんですが,それとともにそれを規律する一般的な信義則がどうオーバーラップしてくるのかという問題は,一方であちこち整理する必要が出てくるのではないかと考えております。明文を置く必要があるのかどうかというのはまた別の問題ですけれども,問題関心が共通するかと思いましたので,ここで申し上げました。 ○中井委員 この申込みに変更を加えた承諾についてですが,これも山本敬三幹事から御説明がありましたので,基本的には同じことになるのかもしれませんが,念のため,申し上げておきたいと思います。   この点については,仮に申込みに対して変更のある承諾があったとき,基本的に当事者間で合意すべき内容だという部分について確定的合意があれば,契約は成立するという考え方をとるとすれば,変更を加えた部分が当事者間で本来合意に達すべき事項に関する事柄かどうかが決定的で,その中身が重要か軽微かということではなく,軽微であっても,当事者間でそれは合意しないと契約が成立しないという事項に関する変更であれば,それは契約としては成立しない。それが対象外であれば成立を認めていい。そういう意味では,ラストショットルールという,最後に出したものがそのまま履行されたら当然にその内容で契約が成立するという考え方は採らない。   では,その異なった部分,契約の成立が認められた場合で変更を加えた部分については,合意は成立していないので,そこをどう規律するか。合意がないとするか,通常の任意規定等で解決していくか,解釈問題で処理するか,恐らくそのいずれかになるのであろうと理解しています。 ○内田委員 中井委員のおっしゃったとおりでして,申込みに実質的な変更を加えていないとき,その「実質的」の内容は山本敬三幹事がおっしゃったとおりだと思いますけれども,そうやって評価をして,実質的な変更を加えていない承諾がなされたと判断されるけれど,軽微な変更があるという場合に,その契約条件については,双方が定めている内容がバッティングしているわけで,その部分をどう補充するかについてのルールがやはり必要になると思います。   今,その補充の方法についても言及していただきましたが,そういう選択肢がありますので,単に実質的な変更が加わっていなければ契約が成立すると言っただけは済まなくて,やはり内容確定その点についての手当てが必要なのではないかと思います。 ○鎌田部会長 それは,その部分については合意がない。つまり,中心的部分については合意があるけれども,周辺的部分について合意のない契約としての取扱いになるということですか。この点について,国際物品売買条約は変更された承諾を契約内容に取り込むことを原則にしていますが,そこの部分は……。 ○内田委員 そうです。それが一つの方法ですが,ただ,それが常に合理的とは限らない。そこで,バッティングした場合について,バッティングがあれば契約は不成立だというのもあり得るのですが,それはやはり当事者の意思に反するであろうということで,成立はさせた上でバッティングした部分をどう補充するか。ラストショット・プリンシプルが必ずしも合理的ではないとすれば,そこの調整が必要になるのではないかということだと思います。 ○鎌田部会長 分かりました。   ほかの点について,特に御意見がないようでしたら,いろいろ御意見ちょうだいした点については,それらを次のステップへ生かすようにさせていただきますが,それ以外のところについては,基本的にこの資料の整理の方向性で引き続き検討を進めていってよろしい,それには異論がないということが,委員会での御意見だと承らせていただきます。   では,「第4 懸賞広告」に進ませていただきます。部会資料11−1の9ページ及び10ページでございます。   まず,事務当局に説明してもらいます。 ○菱川関係官 「第4 懸賞広告」の「1 総論」では,懸賞広告に関する一連の規定を検討するに当たり留意すべき点について,幅広く御議論いただきたいと考えております。また,2以降に掲げました個別論点のほかにも検討すべき論点がございましたら,ここで御指摘いただきたいと思います。   「2 懸賞広告を知らずに指定行為が行われた場合」については,結論としては懸賞広告を知らずに懸賞広告における指定行為を行った者の懸賞広告者に対する報酬請求権を認めるのが合理的であると指摘されています。そこで,この結論を条文上明記すべきであるという考え方がありますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。   「3 懸賞広告の効力・撤回」に関しては,まず「(1)懸賞広告の効力」においては,懸賞広告の効力がいつまで存続するかが条文上明らかではないところ,この点について懸賞広告者がその指定した行為をする期間を定めたか否かによって区別して,それぞれの規律を条文上明記すべきであるという考え方がありますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。   次に,「(2)撤回の可能な時期」については,例えば懸賞広告者が指定行為をすべき期間を定めた場合は,当該期間は撤回することができないとするなどの考え方が提示されていますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。   「(3)撤回の方法」については,懸賞広告者は懸賞広告と同一の方法による撤回が可能な場合であっても,異なった方法による撤回をすることができるものとし,ただし,その効果は現行法と同様にこれを知った者に対してのみ効力を生ずるものとすべきであるという考え方が提示されていますので,そのような方向で規定を設けることの是非について御意見をいただきたいと考えております。   「4 懸賞広告の報酬を受ける権利」ですが,民法第531条第1項は,懸賞広告に定めた行為をした者が数人あるときの報酬受領権者の決定方法について定めていますが,この規定に対しては広告者の意思によれば足り,このような決定方法を原則として定める理由はないとの批判があります。また,民法第531条第3項についても,強行規定ではないから不要な規定であり削除すべきであるという考え方があります。そこで,懸賞広告に定めた行為をした者が数人あるときの報酬受領権者の決定方法を定めた規定を見直すべきであるという考え方がありますので,規定する場合の具体的な規定の在り方について御意見をいただきたいと考えております。 ○鎌田部会長 ただいま説明がありました部分について,御意見をお伺いしたいと思います。   ここでは,「1 総論」と2以下の個別論点を分けずに御意見をお伺いしたいと思いますので,個別論点への御意見だけでなく,資料に記載のない論点,あるいは検討上の留意点等も含めて,御自由に御発言をいただければと思います。 ○奈須野関係官 私,前のポストで,研究開発の支援を担当していたんですけれども,そのときに国の限られた予算を効率的に使う観点から,こういった懸賞広告の方法による研究開発の助成というのも,今後選択肢に入ってくるのかなと思っております。そこで予算は要求して取ったんですけれども,結果的にその懸賞広告方式の予算,研究開発助成は実施することにならなかったわけですが,その過程でいろいろ考えたことがありますので,御紹介いたします。   まず,最初に9ページ目の2の懸賞広告を知らずに指定行為が行われた場合の扱いなんですけれども,そもそもこの懸賞広告の趣旨として,懸賞広告を出して,そのことで,よしやってやろうということを促して,その指定行為をやる人を増やしていくということが恐らく懸賞広告の制度趣旨と思われますので,懸賞広告の存在を知らないで,偶然に指定行為を行ってしまった偶然達成者については必ずしも保護する必要はないのではないのかというのが第1の考えであります。   第2でございますけれども,10ページ目の(2)の撤回の可能な時期でございますが,懸賞広告者が指定行為をなすべき期間を定めた場合に,当該期間を撤回することができる。これは恐らく推定規定なのであろうと思いますけれども,懸賞広告をやった後,海外で指定行為がなされてしまった。発明発見がなされてしまったような場合,あるいは懸賞広告者自身の努力によって指定行為が達成されてしまった場合,これは撤回したいという実益がございます。したがいまして,これは任意規定なので,そうだろうとは思うんですけれども,余計な議論になることを避けるために,撤回の制限というのは相当ではないと考えております。   三つ目は531条の2項で,広告に定めた行為をした者が数人ある場合の報酬受領権者の決定方法でございますけれども,現行条文は広告中に定めたことを書くということになっておりまして,それがない場合には広告者がやるということですけれども,昨今こういう複数の指定行為の達成者があった場合に,だれを選ぶかというときに,あらかじめだれを選ぶということを,氏名を明らかにするというのはその選定方法の公正が害されるおそれがあるということで,基本的にはレビュアーは匿名であるということでございます。そのように考えますと,この条文自身は時代の流れによりまして,広告中に定めた者とするよりも,単に広告中に定めた方法とか,そのようなことで足りるのではないかと思います。 ○能見委員 余り大した問題ではないんですけれども,懸賞広告という制度が,私にはよく分からないし,普通の人が読んでいてもやはりよく分からない制度ではないかと思います。本来この懸賞広告というのはフランス法などから来る由緒のある制度だったんだと思いますけれども,民法を改正するなら,見直してもよいのではないか。もうちょっと単純化して,分かりやすくしたらどうか。現在の定義がいいかどうかも分かりませんけれども,たとえば,不特定多数者に対して一定の報酬を与える広告,あるいは申込みという言葉を使ってもいいのかもしれませんが,そういう形で少し現代化できたらいいのではないかという感想を持っております。   ただ,現行法の懸賞広告は申込みと承諾という形で,この後進むわけではなくて,懸賞広告をした者が一定の行為をした者に対して報酬を与えるということですので,その承諾に当たる部分は,申込みと承諾のルールにのせるのであれば,意思実現行為というものに該当することになるのだろうと思いますが,それだけで足りるのか。先ほどの御意見にあったように広告を知らないである行為をしたときどうなるかという問題もありますから,そう単純ではないかもしれませんけれども,要するに私の意見のポイントは,懸賞広告という制度を何かもうちょっとこの申込み・承諾というルールの枠組みの中で,分かりやすく位置付けた方がよいのではないか,懸賞広告という言葉を使わないで申込みと承諾の制度の中で,その実質を生かせたらいいのではないかということであります。 ○村上委員 4の懸賞広告の報酬を受ける権利に関しまして,531条の1項を削除するかという論点が出ております。指定行為をした者が数人いるときに,だれが報酬を受ける権利を有するかについて,広告者の意思が明確であればよいのですけれども,意思が明確でない場合にどうするかということで紛争が生ずることがあり得ると思いますので,この点はなお検討が必要かと思います。 ○鎌田部会長 529条の関連の奈須野関係官の御指摘も,ともかく結果さえ達成できればいいというタイプのものもありますから,懸賞広告の目的に応じて変わってくる。したがって,デフォルトをどちらにしておくかということだろうと思います。いずれにしろ,それは懸賞広告の趣旨に応じて,変更させることができるというのは大前提になりますね。 ○能見委員 質問ですけれども,懸賞広告が実際のどんなところで使われているのかよく知りませんけれども,時々,犯人につながる情報を提供した者には一定の金銭を支払う何とかというくらいしか思いつかないのですが,あれがこれなんですか。 ○山本(敬)幹事 単なる確認だけなのですが,資料の作り方の問題ともかかわるところですけれども,この資料の中には現行法の532条の優等懸賞広告に関する言及が全くないと思います。これは,現行法を維持する場合にはこのようにされるということなのだろうと推測はしたのですけれども,全く言及がありませんと,どちらなのかよく分からないこともありますので,もう少し工夫をしていただけないかとも思った次第です。 ○筒井幹事 資料作成上の原則が何かあるわけではありませんが,ただ,改正の必要性に関する逐条的な検討結果をすべて資料に書き込むという手法は,必ずしも採っていないと思います。御指摘のあった532条について言えば,この規定を資料上で取り上げていないのは,これまでに様々な形で発信されている立法提言の中で,この規定を取り上げているものが見当たらなかったということにすぎないわけです。その場合に,では今後の改正作業の中でどうするのかというのが,今の山本敬三幹事の御質問の趣旨なのかと思うのですが,その点については,特に何も意見がなければこのまま残ることになる可能性もありますし,より大きな問題意識から,つまり懸賞広告の規定全体を見直していくべきだという御示唆が,先ほど能見委員からありましたが,そういうこととの関係で見直すことになる可能性もあるのだろうと思います。   ですから,現状のままでよければ何も御意見をいただかなくてもよいわけですが,何か見直しのお考えがおありでしたら,そのためにも資料上「総論」という項目をできる限り各所に設けるようにしておりますので,そういったところで御指摘いただければ大変有り難いと思っております。 ○鎌田部会長 よろしいですか。   それでは,御意見のなかったところについては,基本的にこの事務局の整理の方向で次のステップへ進ませていただきたいと思います。   次が,「第5 約款」なのですけれども,どう考えてみても1時間以内に終わることはあり得ないと思いますので,誠に不手際で申し訳ございませんが,本日はその審議には入らないことにいたします。約款につきましては,今までの運営の仕方で言えば,予備日に送るということになりますけれども,約款と併せて検討したほうがいい項目もないわけではございません。 ○中井委員 この約款の議論に入ったときに申し上げようと思っていたのですが,この約款の総論の下に注が付いていて,効力の問題は別に取り上げるとなっています。しかし,大阪で議論したときに,定義の問題にしても,組入れ要件の問題にしても,効力の問題と一緒に議論しないといけないのではないかという意見が強く出ております。   したがって,今日,幸か不幸か分かりませんが,次回に延びたとするならば,不当条項の議論と併せてしていただきたいと思っております。ちなみに,論点だけ申し上げますと,ここに挙がっている論点以外に,大阪弁護士会のほうで出たのは,約款の内容規制つまり不当条項の問題,約款の解釈の問題,消費者契約との関係,契約条項の明確化若しくは平易化との関係,それと約款の変更の問題について,一体的な議論が必要ではないかという意見が出ております。進行について御検討いただければと思います。 ○鎌田部会長 こちらといたしましても,御指摘の点も含めて,約款及びそれと密接に関連するものの検討を,どの段階で,どのように組み合わせて審議の対象にするか,少し検討させていただきたいと思っておりますので,誠に恐縮でございますけれども,次回以降の審議において,どの項目をどういう順番で行っていくかという点については,できるだけ早く御連絡を申し上げるということでお許しいただければと思います。   本日の議事は以上のところまでにさせていただきたいと思いますが,前回の会議で,岡委員からヨーロッパ契約法原則の解釈について御質問がございました。事務局が検討を約束していたところでございますので,その検討結果を事務局から説明してもらいます。 ○松尾関係官 前回の第8回会議において,岡委員から御質問をいただいた点について回答させていただきます。   岡委員からの御質問は,ヨーロッパ契約法原則11:307条の解釈に関するもので,同条第2項の(b)に規定されている譲渡対象債権と密接に関係する債権は,債権譲渡の通知後に,譲渡人に対して取得した債権であっても,債務者はこれを受働債権として譲渡の対象となった債権と相殺することを,債権譲渡の譲受人に対して主張できるという理解でよいかというものであったと理解しております。   この点について,事務当局において調査いたしましたが,部会資料において引用させていただきましたヨーロッパ契約法原則3のコメントに記載されている説明の内容や,コメントに続くノートに引用されたUNCITRAL国際債権譲渡条約第20条第1項,これは現在の第18条第1項ですが,の趣旨から判断しますと,ヨーロッパ契約法原則11:307条の規定の内容は,岡委員の御理解のとおりであると考えられます。御質問をいただいた点に関連して,今後も更に比較法的な調査を続け,必要に応じて,部会の場において調査結果を御報告させていただくこととしたいと考えております。 ○鎌田部会長 よろしゅうございますか。 ○岡委員 はい。 ○鎌田部会長 それでは,最後に次回の議事日程等について,事務当局から説明してもらいます。 ○筒井幹事 次回の議事日程の説明に先立ちまして,御相談したいことを申し上げます。この会議の会議時間についての御相談です。   本日もまた会議の終了予定時間を過ぎており,それが常態化しておりますので,この実態に合わせて,正式な終了予定時間も午後6時にしてはどうかというのが,1点目の提案です。   もう一点は,本日もそうでしたが,予備日あるいは次回以降の会議に,議事を繰り越すことが大変増えてまいりました。もともと取り扱っているテーマが非常に大きいことからいたしますと,やむを得ないことであると思いますし,むしろ,もっと時間があれば発言したいと思っていたところを,セーブしていただいているという面もあるのかも知れないと思っております。そういうことからいたしますと,できる限り会議時間を確保する観点から,開始時間の方も30分繰り上げてはどうでしょうか。つまり,正式な会議時間を午後1時から午後6時までとすることを提案したいと思います。 ○鎌田部会長 午前中にお仕事がある方は,今までもそうかもしれませんけれども,お昼を食べそびれたりすることになりますし,また,担当の職員の方にもお昼休みをつぶしてもらうことになって,大変心苦しいのではありますけれども,これまでの運用の経験からいくと,6時を超えてまで審議はしないほうがいいだろうと思いますので,もしお許しいただけるのなら,1時から始めて6時には終わるということにさせていただければと考えておりますが,よろしゅうございましょうか。 ○筒井幹事 ありがとうございました。   それでは,その前提で,次回の日程の御案内をいたします。早速ですが,次回会議からただ今の変更に従って,6月8日火曜日の午後1時から午後6時まで,会場は本日と同じ第1会議室です。   次回の議題につきましては,民法総則の法律行為,意思表示,それから意思能力もここで取り扱うことを予定しております。それに加えて,本日積み残しとなりました約款を次回会議で取り上げるかどうか,この点は,事前に何らかの形でお伝えするようにいたします。 ○潮見幹事 ちょっとお尋ねなのですが,事務局には部会資料として詳細版と簡略版というものを用意していただくという御苦労があり,かつ簡略版のほうについて事務局の方から御説明いただいているのですが,簡略版のほうは最低限読んできたという前提で議論をするということでは,問題があるのでしょうか。それだけでも時間的には,効率的にこの部会が運営できるのではないかというような気もしないではありません。ただ,もちろんお忙しい委員の先生方が非常に多かろうと思いますから,是非にということは申し上げませんが,何回か部会審議を見ていて,そのような印象を抱いたので,ちょっとお尋ねした次第です。 ○鎌田部会長 その辺は少し検討させていただきます。   もう一つは,この議事録を通じて審議を見ている人,その方々にも,資料と議事録と両方併せて読めということで,本来の筋としてはいいのかもしれませんけれども,何について議論をしているのか理解しやすいかどうか少し疑問の余地も残りますので,その点も含めて検討させていただきます。   それでは,本日の審議はこれで終了といたします。   本日は長時間にわたり,御熱心な御審議を賜りまして,誠にありがとうございました。 −了−