法制審議会民法(債権関係)部会           第11回会議 議事録 第1 日 時  平成22年6月29日(火) 自 午後1時00分                       至 午後6時10分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)                議     事 ○鎌田部会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会第11回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   では,配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 まず,事前送付資料として,部会資料13−1及び13−2をお届けいたしました。また,本日は前々回の積み残しである約款を御審議いただく関係で,既に配布済みの部会資料11−1及び11−2を使わせていただきます。これらの資料の内容は,後ほど関係官の菱川,笹井,川嶋,そして亀井の四名から順次説明をいたします。   次に,本日は参考資料4−1,「質問予定事項」と題する一枚ものの書面を机上に置かせていただきました。これについては本日の会議の最後のほうで改めて御説明いたします。   次に,委員等提供資料ですが,深山幹事の所属しておられます第二東京弁護士会の民法改正問題検討プロジェクトチームから,「民法(債権法)改正に関する意見書」を御提供いただきました。第二東京弁護士会のプロジェクトチームからは既にこの部会の第3回会議におきましても,同じタイトルで日付けが昨年12月のものを御提供いただきましたが,今回のものはそれを更に拡充していただいたものだと受け止めております。誠にありがとうございました。 ○鎌田部会長 配布する資料のうち,委員等提供資料について,関係する委員,幹事から何か御発言がありますでしょうか。よろしいですか。   それでは,本日の審議に入りたいと存じます。   本日は,部会資料13−1のほかに,前々回の積み残しとなりました部会資料11−1の残りの部分について御審議いただく予定です。具体的な進行予定といたしましては,休憩前に部会資料11−1の「第5 約款(定義及び要件)」,及び部会資料13−1の「第1 不当条項」を御審議いただくことを予定しております。その後休憩を挟みまして,部会資料13−1の「第2 無効及び取消し」以降を御審議いただきたいと考えておりますので,よろしく御協力のほどお願いいたします。   それではまず,部会資料11−1の10ページから12ページまでの「第5 約款(定義及び要件)」について御審議いただきます。事務当局に説明してもらいます。 ○菱川関係官 では,部会資料11−1の「第5 約款」について説明いたします。   まず,「1 総論」においては,留意すべき点について幅広く御議論いただくとともに,特にこの資料では取り上げられていない論点についてもここで御指摘いただきたいと思っております。   「2 約款の定義」ですが,例えば多数の契約に用いるために,あらかじめ定式化された契約条項の総体をいうとする立法提言がありますが,このような定義では現在の契約実務では約款規制の対象になるとは想定されていないものまで規律の対象とされる可能性があるなどの問題点が指摘されています。   そこで,約款についての規定を新たに設ける場合に,規律の対象となる約款の定義について御意見を頂きたいと考えております。   この問題に関連して,関連論点で,個別の交渉を経て採用された条項の取扱いの問題と,契約の中心部分に関する契約条項の取扱いの問題について取り上げています。   「3 約款を契約内容とするための要件(約款の組入れ要件)」ですが,約款の法的性質をどのように解するにせよ,約款を用いた契約においては約款の内容を相手方が十分に認識しないまま契約を締結することが少なくないため,約款が契約内容となり,法的拘束力が認められるための要件が問題となります。   そこで,約款を契約内容とするための要件を規定する場合の具体的な規定の在り方について御意見を頂きたいと考えております。   なお,関連論点では,不意打ち条項の問題について取り上げました。   約款の説明について,以上です。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明がありました部分のうち,まず「1 総論」について御意見をお伺いいたします。 ○奈須野関係官 約款については,一般論としてこのような規定を設けること自体は大企業と中小企業の交渉力格差の是正に資する可能性があるということで,望ましいと考えております。   ただし,具体的な議論をするに当たって,一体何を念頭に置くのかによって結論が大きく変わる点について懸念があるということです。例えば,今日の資料でいきますと,鉄道・バス・航空機等の運送約款,保険約款,銀行取引約款,こういったものは既に個別事業法で規制されている内容であるわけです。こういったものの内容を相手方が知るための機会は十分にはなく,相手方の利益が害される場合があるのではないかという問題提起があるわけですけれども,そのような問題があれば,個別事業法で対処すべきものなので,国土交通省や金融庁に具体的に言っていただきたいということではないかと。   また,消費者取引あるいは下請取引についてもそれぞれ個別の法律があるので,一体この場でどのような立法事実に対してアプローチしていこうとしているのかが明確にならないと,後で議論される予定の組入れ要件や不当条項などとの関係で,いろいろ議論したけれども,結局は適用の局面がなかったということになりかねないのではないかと考える次第であります。 ○木村委員 約款は,市民生活に非常に幅広く使われていますが,中でもバス,航空機あるいは電気,ガス,通信,こういう事業のものにつきましては,個別具体的な法律によって規制されています。電気事業の場合には電気事業法という法律があり,特に皆様方の御家庭のような場合の契約は,経済産業大臣の認可に基づく約款によることとされています。この場合,相手方が個別に同意するかしないかに関係なく,その約款が契約内容に組み込まれるという前提の下で制度がつくられているわけです。   このように,既にいろいろな法律の中で位置付けられている約款というのは,むしろ社会的な影響が強ければ強いほど,法律による一定の規制の中に入っていると言えます。そうすると,約款を民法という一般法の中に定めた場合,行政法規の中で幅広く位置付けられている約款との関係をどうするのか,しっかりと議論していく必要があります。   まずは,もし何か問題があるのであれば,その実態をしっかりと把握する必要があるのではないでしょうか。そして,実態として問題が認められた場合は,既存の法体系の中で対応できないのか検討し,それでも対応できないというのであれば,更に一般法で対処するということになるのではないでしょうか。   既存の法体系の中には,個別の行政法規のみならず消費者契約法もあり,事業者と個人消費者との関係において,約款は,その規律の中に置かれているわけです。したがって,個別の行政法規や消費者契約法によっても問題が解決できないのかどうかを確認するなど,手順を追った検討をきちんと丁寧にやっていく必要があるのではないでしょうか。   これが,経済界の意見でございます。 ○山本(敬)幹事 最初に,約款規制の意味と必要性について,少し別の角度から意見を述べさせていただければと思います。具体的には,一口に約款規制と言っても,約款の組入れに関する規制と不当条項に関する規制とでは,規制の意味と必要性が少し違ってくるということを指摘したいと思います。   まず,組入れ規制は,あらかじめ作成された約款が契約内容に入るかどうか,入るためにはどのような要件が必要かという問題ですので,これは,およそ約款が使われる限り,必ず問題となる事柄です。契約の拘束力の原則からしますと,双方の当事者が合意して初めて拘束力が認められる。そうすると,一方の当事者が作成した約款を相手方に見せもしないで,後になってこの取引ではこの約款で処理することになっていると言っても,民法の基本原則からしますと,そのような約款に拘束力が認められる理由はないはずです。   その意味で,約款が開示され,双方の当事者がその約款を組み入れるという合意があって初めて,約款が契約の内容になるというのが組入れ規制のポイントですが,これは,約款が使われる限り,消費者契約であろうと,事業者間契約であろうと,必ず問題となります。つまり,事業者間契約でも,契約するときに見ることもできなかったような契約条件に拘束される理由はないことに変わりはありません。その意味で,約款の組入れ規制は,消費者取引か事業者取引かということにかかわりなく,およそ約款については不可欠の私法上の規制であるということができます。   それに対して,不当条項規制のほうは,後で議論されることになると思いますけれども,不当条項規制の対象をどのようにとらえるかという点については,考え方が分かれるところです。約款アプローチだけではなく,消費者アプローチや不当条項アプローチも,考えられるところです。実際,先ほども御指摘ありましたが,日本の現行法では,消費者契約法に不当条項規制が定められていますし,それが現実に機能していると考えられますので,消費者契約について不当条項規制を行うという立場を変える必要も理由もないと考えられます。  そうしますと,どこに定めるかはひとまず別の問題として,消費者契約アプローチを前提とした上で,約款に特有の不当条項規制を定めるかどうか,定めるとしてどう定めるかということが,ここでの問題となると思います。   この点については,また後でもう少し立ち入って意見を申し上げさせていただければと思いますが,ここで重要なのは,このように,不当条項規制について,そのような約款に特有の規制を定めるかどうかについては,立場は分かれる可能性があるとしても,先ほどの組入れ規制は,およそ約款というものが現実に使われる以上,必ず必要であるという点です。そして,この組入れ規制は,何度も言いますように,事業者間契約でも問題になる事柄ですので,少なくとも現在の消費者契約法の中にそのまま規定するというのは少し難しいところがあります。   もちろん,その上で,約款規制をどこで定めるかということは別に検討することとして,少なくとも,約款の組入れについてどのような規制を行うべきかということは,いずれにしてもここでしっかりと議論する必要があるということを最初に申し上げておきたいと思います。 ○大村幹事 私も基本的には山本幹事と同意見でございます。先ほどからこの資料に挙がっている鉄道・バス・航空機等の運送約款あるいは各種の保険約款,銀行取引約款,これらを想定して御議論があったかと思いますけれども。これらは確かに特別法で規制されている約款であると言えるかと思いますけれども,そのほかにも約款たくさんございますので,それらについて山本幹事がおっしゃった組入れの問題をどのように解するかということを検討する必要があるだろうと思います。   また,既に規制がなされているものについても,その一般的な考え方との関連で位置付けていくというのが約款に基づく取引をより安定したものにするのには資するのではないかと思います。   それから,消費者契約法で規律がされているという御指摘がありましたけれども,これも山本幹事がおっしゃったとおりでありまして,不当条項規制については確かにそうでありますけれども,組入れの問題につきましては消費者契約法の関知するところではございませんので,これについて対応を図っておくということが必要かと思います。 ○新谷委員 労働の立場から総論でまず意見を述べさせていただきます。   労働者は同時に消費者でもあるため,連合としては「消費者保護」という立場から,この約款の規制化,立法化については必要があると感じています。   労働の分野では約款のように契約内容を個別当事者の合意なく,集合的に決定するということは,例えば労働協約であるとか就業規則の法的効力として論議されておりますし,既にそれは労働組合法であるとか労働契約法によって立法的な整理もされています。   今後の論議の中で約款の定義や,その組入れの要件も重要ですが,まず民法に約款の規定を設けるという際には,既に存在しております労働契約内容の決定システムなどに齟齬を来たさないように検討をお願いしたいと思っています。   従来,労働契約の内容を定める法的な効果がなかった10人未満事業場の規則類などの文面が,今回のこの改正によって,当事者の合意なく法的効果を持つということがないようにしていただければ有り難いと思っております。 ○岡本委員 二点申し上げたいと思います。一点目は,部会資料のほうには約款の変更についての記載はありませんけれども,約款の変更について一言申し上げたいと思います。   約款につきましては,言うまでもないことですけれども,多数の契約関係を迅速かつ効率的に処理するというところで社会的要請があるということは認められているところだと思います。一方,約款使用者だけでなくて,その相手方につきましても迅速に契約関係に入ることができるという点で有用なものになっているということだと思います。   一方で,社会あるいは環境の変化に伴いまして,約款を変更する必要性が出てくる,こういった場面がございます。現に最近でも預金の約款について暴力団排除条項を新たに設けるといった改正を行った経緯もございます。そうした場合に,変更後の約款が既存の契約にどのように適用されるのかといったところ,あるいはその根拠につきまして,現行法では必ずしも明らかでないという状況だと思います。   そこで,そうした根拠,約款変更の必要性にかんがみまして,合理的変更であれば,あるいは社会的相当性がある,あるいは公益性がある,そういった変更というのもあろうかと思いますけれども,そういった約款の変更の効力が今よりも認められやすくなるようなそういった手当てを希望したいと思います。以上が一点目です。   二点目としてはちょっと漠然とした意見というか要望ということになってしまうんですけれども,特にこの約款の議論につきましては,余り理論的に詰めすぎるとかえって実務が回らなくなってしまうという懸念もなきにしもあらずだと思いますので,是非実務が困らないような議論をお願いしたいと思います。 ○岡田委員 消費者にとって約款というのは本当に読まなければいけないかもしれないけれども,読めないというか読まないというか,そういうものです。消費者契約法における約款の規制は,実際にもう出来上がった約款の中での不当条項に対しての規制であって,それ以前に約款って契約の中でどういう位置を占めるのかとか,消費者にとっても大変重要なものであるんだよとか,そういうことを認識するためにも民法の中に約款に関しての規定は,入れるべきだろうと思います。そうすることによって,約款に関する関わりや重大性というものを消費者だけでなく事業者も認識するのではないかと思います。 ○道垣内幹事 大村幹事の発言は,山本幹事と同じでして,という前振りから始まったんですが,同じなのかというのをちょっと確認したいのです。つまり,例えば電気事業法には約款の定めについて確かに特別法がありますので,組入れの問題は起こりませんが,と大村幹事はおっしゃったような気がしたのですが。それに対して,山本幹事は,そのような問題についても組入れの問題は起こるという立場で議論されたのではないかという気がします。   それはそもそも,実は御発言がある前から発言をしようと思っていたのですが,木村委員がなぜ「同意がなくても約款が適用されるということになっています」と言えるのかというのがよく分かりませんで,もちろん,細かな解釈として,電気を供給する側というのは契約を拒むことができないという一つの規定があり,他方では約款によるもの以外の供給契約を結んではならないという規定がありますので,ただ単に電気を供給してくれと言ったときに応じるときには,その特別法の解釈上,約款についての個別的な同意というものがなくても組み入れられるということが電気事業法の解釈として出てくるというのは,それは分からないではないのですけれども,それは電気事業法がそういうふうな形態を採っているからであって,約款について公的な規制があるということと組入れ要件というものが不要であるということは直接には結びついていないということはやはり確認しておくべきだろうと思います。   それと,いらないことをもう一点申しますと,岡本委員と全く逆に,実務が困るかもしれないような,きちんと当事者が理解ができるような状態にするような立法というのを検討していくべきだろうと思います。それによって,今の実務よりも面倒になるというのは,それは仕方がないことだろうと思いますので,今の実務というものを前提にしながら議論すべきではないと思います。 ○大村幹事 山本さんと意見が同じかどうかをはっきりさせろと言われましたのではっきりさせますが,同じというつもりで申し上げたつもりです。資料に列挙されているものについては規律はされていると発言したつもりです。   そして,規律の対象になっていない約款もあるのではないかということと,規律の対象になっているものについてもより安定した運用をするために規律が必要ではないかと申し上げましたが,安定した運用をするということの実質としては道垣内さんが今おっしゃったようなことを想定しておりました。 ○沖野幹事 約款によって問題を切ることの必要性なり意義なりにつきまして,申し上げたいと思います。まず,山本幹事,大村幹事の御意見,両者に意見の対立はないということが道垣内幹事の御指摘を通じて明確になったということだと思いますが,そのように一致した両者の御意見に関しまして,私も同一の意見であるつもりです。   それとともに,追加して申し上げたいことですが,約款として行われている取引を契約法一般の中できちんと位置付けるという観点とともに,約款という切り方がそれ以上の意味を持ち得るのかということも問題意識としてはあるのではないかと思っております。   と申しますのは,例えば組入れの問題にしましても,不当条項規制・内容規制の問題にしましても,約款のみが唯一のアプローチとは限りません。不当条項規制・内容規制については別なアプローチがあるということでしたけれども,組入れにつきましても,例えば個別交渉を経ていない契約条件が正に契約条件としてとらえられる,契約の内容となっているといえるためにはどのような要件を満たす必要があるかというような問題設定の仕方を考えることもできますので,そうしますと,組入れ,契約への取込みという面においても,果たして約款ということで切り取っていくことが必然なのかということはあるように思います。   これに対し,他方で,岡本委員がおっしゃった,その変更の問題ですとか,あるいは新谷委員御指摘の労働契約の例などを考えますと,そこで指摘されているのは,契約自体は個別の契約であり,それが複数ないし多数あるというものだけれども,そこには1対多というような関係があって,そのために個別の一般の契約法理では難しいような事象を,しかし約款の有用性なり取引の安定性の観点から一種特殊の考え方を入れる必要があるのではないか,あるいはそれがあるのかないのかという,そういう観点が出されているように思われます。   同じような点は,変更以外のところですと,例えば契約内容の確定にしても,個々の契約であるので飽くまで個別契約だという面は正に基礎にはあるのですけれども,しかし1対多であるという実質とか,画一的処理の要請とか,そういうことを考えますと,個別契約を超えて多数の間の公平性の確保といった要請を入れなくていいのかという問題もあり,そういう問題に対処するには個別契約や個別契約条件というだけではなくて,約款という切り口が必要になってくる面があるのではないかと思われます。そうしますと,そういう観点からの約款の意義というのも考える必要があるのではないかと思っております。 ○鎌田部会長 これまでの議論の中でも,総論的な課題を検討するに際しては,約款の定義をどう考えるかが密接に関連しているんだという御発言もあったところでございますので,2の「約款の定義」についても御発言を頂ければと思います。 ○大島委員 総論としては,約款についての規定を設けることはよいのではないかと思います。実態から申し上げますと,交渉力に差のある事業者間で約款を提示され,これに同意できないなら契約しないと言われるケースは度々あると聞いております。弱い方の立場の企業は個別交渉によって約款条項の変更を希望することが事実上難しいと思われますので,新たな規定を置くことに賛成です。   ただし,個別取引の各論になりますと,「多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体」という約款の定義については,慎重に御検討いただきたいと思います。   商工会議所には,契約約款と称するひな型や会社内部で作成して顧客に提示しているような文言条項などは,提案されている定義では約款に当たるのかどうか,とのお尋ねの声が届いております。   約款の定義があいまいで広すぎますと,現状使用しているものが約款に該当するかどうかの判断が難しくなり,約款とみなされてしまうものについてどう対応していくのか,実務上,混乱が予想されます。   現在の取引慣行を踏まえ,円滑な取引を阻害,後退させないような工夫をしていただければと思います。 ○岡委員 弁護士会としては,約款規制の導入に積極的に賛成という声が強くございました。ただ,議論していて分からない点が何点か出てきております。今,大島さんが言ったところに関係するのですけれども,交渉力に格差のある場合の保護に資するからという御発言がありました。弁護士会の中でもそれに役立つからいいではないかという意見がありました。ただ,その希薄な合意,個別交渉していない合意をいかに規制するかという議論で今この約款の議論は進んでいて,定義もそんなふうになっているように思います。その交渉力に格差のある場合の保護規定としては消費者契約法が厳然としてあり,約款の一種である就業規則のところは労働契約法で規制されております。中小企業者の交渉力の格差を保護するためには,恐らく独禁法の優越的地位の濫用という法理で規制するのが方向性としては正しいだろうと思います。   今議論されている約款というのは,そういう交渉力に格差があろうがなかろうが,希薄な合意を標準契約等で折衝した場合には,希薄な合意の部分について,個別交渉がない場合は不当条項規制を掛けると,そういう規制のように理解されるとすると,消費者契約法とは全く別の,交渉力に格差がなくても希薄な合意の場合には一定の規律をすると,そういう規律と理解してよいのかという疑問がございました。   まず,その点について,それでも積極的に賛成だという弁護士会の意見が強くございますけども,まずその最初の点で交渉力の格差とは関係ない,交渉力の格差があろうがなかろうが規制する規律である,その原点といいますか,定義と同時に規制の理由を明らかにしていただきたいという声が強くございました。部会資料だけでは,なぜ規律するのだというのが分かりにくいということでございます。 ○山本(敬)幹事 約款の定義についてですが,これは部会資料11−2の61ページなどを見ますと,例えば,「多数の契約に用いるために定式化された契約条項の総体」というような定義では,今の御意見とも関わりますが,約款の隠蔽効果があるとは言えず,現在の契約実務でも約款としての規律の対象になるとは想定されていないものまで含まれるというような問題点や,消費者契約取引の場合に限定するかどうかというような問題点が指摘されています。しかし,これも先ほど申し上げたことと正に重なるのですけれども,ここで想定されている「約款としての規律」というのは,どうも不当条項規制のことではないかと推察されます。今の岡委員の御発言もそうだったと思います。これは,先ほども言いましたように,事業者間取引で使われる契約条件まで特別な規制の対象とすべきかどうか,するとしてもその基準はどのようなものであるべきかという問題と関わります。だからこそ,消費者契約で問題とされているような不当条項規制を広く適用することに対して,違和感ないし危惧感が示されているのではないかと思います。   ただ,約款規制には,先ほども言いましたように,組入れ規制も含まれているわけです。これは,先ほど言いましたように,あらかじめ定式化された契約条項群がある場合には,常に問題になる事柄です。つまり,あらかじめ定式化された契約条項群がある場合は,それが契約内容に組み入れられるのはどのような場合かということが必ず問題になります。その意味で,組入れ規制の要件として「約款」を定義しようとしますと,多かれ少なかれ,先ほど言ったような定義にならざるを得ないと考えられます。   したがって,「約款」の定義としては,例えば,「多数の契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体」というような定義にしておいて,あとは,先ほども言いましたように,約款に特有の不当条項規制を認めるかどうか,認めるとしてその基準をどのように設定するかという形で検討を進めるほうが適当ではないかと思います。そうしないで「約款」の定義のところで何か操作をしようとしますと,非常に分かりにくい,場合によっては不毛な議論に陥ってしまうのではないかと危惧しているところです。 ○木村委員 約款の拘束性についての疑問ですが,今の議論は,合意が約款を拘束する根源であるという議論に聞こえます。しかし,約款が合意,希薄な合意にしろ,合意があるからこそ約款に拘束されると,本当にそう言い切ってしまっていいのでしょうか。   合意はないが,慣習として存在してきているという根拠もあっていいのではないかと思うのですが。約款の拘束力は,すべて合意が前提だという議論をしてしまっていいのかという感じが,少ししています。 ○岡本委員 約款の定義のところにつきましては,先ほどの岡委員あるいは山本幹事と重なるところもあるかと思うんですけれども,約款の組入れ要件の議論で言うところの約款というものと,それから不当条項規制の議論で言うところの約款というもの,これが同じ一つの定義で賄うことについて必然性があるのか,それでいいのかといったところについて疑問を持っております。   相手方が各条項を個別に承認する機会がないのに,何で約款が拘束力を持つのかと,そういう約款の組入れの問題ですね。この問題には先ほど申し上げた変更後の約款の拘束力をどう考えるかという問題も含まれてくるとは思うんですけれども,そういった問題と,もう一つは,不当条項規制が必要かどうかと,この問題というのは別の問題ではないかと思っています。   そういう意味からすると,約款の拘束力の根拠が問題になる契約条項の総体というものと,それから不当条項規制の対象とすべき契約条項の総体,この外延は必ずしも一致しないのではないかと思っております。   まず,約款の拘束力の方ですけれども,相手方が各条項について個別に承認する機会を持たない,そういった条項群につきましては,約款の拘束力について当事者が事業者であるかあるいは消費者であるかを問わず,確かに論点にはなるのだろうと思っています。   ただし,その場合の約款の組入れの要件につきましては,これはまた後で申し上げようと思いますけれども,約款の社会的機能というものにかんがみまして,また約款の果たしている役割にかんがみまして,余り厳格なものにすべきではないと思っています。   その点はおきまして,いずれにしてもある条項群が約款としての拘束力を持つのかといった点については,端的に相手方が各条項について個別に承認する機会を持たないということによるのであって,約款の定義の提案にあるような多数の契約に用いられるかどうか,というのは余り関係ないのかなと思っています。   一方,不当条項規制の方ですけれども,こちらにつきましては,相手方が各条項を個別に承認する機会を持たないという条項であれば必ず不当条項規制が必要かというと,これまた必ずしもそうではないのではないのかと思っております。   そもそも不当条項規制につきましては,ある条項が不当かどうかというのはその条項だけではなくて,他の条項とか,契約締結過程であるとか,あるいは契約外の事情であるとか,そういったものをひっくるめて考えていくべきだと思っているんですけれども,そこのあたりのことは,不当条項規制のところで申し上げていこうと思いますので,このぐらいにしておきます。   そういうそもそも論はおくといたしまして,仮に条項の合理的解釈とか,あるいは一般条項の民法90条による規制以外の何らかの不当条項規制を行うとしましても,対象とする約款の定義としては立法提案にあるような定義では包括的すぎて,従来約款として考えていなかったものにも約款の対象が広がるという懸念については指摘されているとおりであると考えます。   特に,不当条項規制を行う根拠としまして,当事者間の交渉力の格差,あるいは隠蔽効果,こういったことが言われているわけですけれども,こういった提案にあるような定義では格差がない事業者間の契約条項の総体,これも約款に含まれてきてしまうといった問題があると思います。   特に事業者間では契約の迅速性の確保といった観点から,定型的な契約条項が用いられていることが多いと思いますけれども,そういった場合に条項使用者と相手方にそれほど格差があるかというと,必ずしもあるとは限らないという状況だと思っています。   一方,隠蔽効果の観点からしますと,事業者間の契約では消費者契約における場合よりも事業者として自ら適用されることになる条項について自ら責任を持つといった色彩は強いと考えますので,そういった意味でも消費者契約について不当条項規制が掛かるというのは情報格差,交渉力格差の観点から理解はできますけれども,事業者間契約にまで及ぶようなそういった不当条項規制というのは疑問があると思っていまして,この約款の定義のところにつきましてもそういった考え方というのは反映されてしかるべきかなと思っております。 ○中井委員 約款の定義については,先ほどからお聞きしている限りでも約款のイメージにかなり差があるのかなと思います。木村委員がお考えになっているのは保険約款とか運送約款とか宿泊約款とか,従来から約款と言われていて,契約と別冊になっているようなものを想定されているように思われます。しかし,ここで約款規制ということを考えたときはそういうものに限られるのではなくて,一般事業者間契約で使われている,一方当事者が準備したもの,部会資料で言うならば定式化された契約条項というのでしょうか,先ほど山本敬三幹事がおっしゃられた,一方当事者が作って相手方に提供している契約条項,フランチャイズ契約とか代理店契約とか,そういう定式化されたものとして提供されているものも含めて考えるべきと考えます。   そういう場面で当事者間が本当に合理的意思をもって契約条項について確認して契約しているかといったら必ずしもそうではなくて,やはりまず条項自体は,約款使用者側がその便宜に応じて作成している例が多くて,その契約を締結しようとする相手方がそれに対して交渉ができず,押し付けられ,様々な問題が生じることがある,加えて隠蔽効果があるという点で,附合的な要素と隠蔽的な効果があることから,希薄な合意だと言われているのだろうと思うのです。   ですから,宿泊約款とか運送約款とか電気事業者の約款を超えて一般事業者間で締結されている基本条項的な,基本契約的なものも含めてここは考えるべきだろうと。そういう意味では,広すぎるのではないかということに対しては,ここは広くまずは定義をすべきではないか。その上でどのような規制をしていくのかを考えていくべきだという意見です。   そのときに第一に,先ほどから出ております組入れ要件としてどこまでのことがあれば,その希薄な合意であっても契約の内容として認めるのか,その次に,不当条項についてどのような内容を持ち込むのかを議論すべきだろうと思います。 ○大村幹事 二点申し上げます。一点はこの約款の定義に関する問題ですけれども。定義について議論する際に,ある定義が明確な定義であるかどうかということと,妥当な定義であるかどうかということを分けて考える必要があるのではないかと思います。明確性が一定程度要求されるというのは,これは取引の安定の要請から必要なことだろうと思います。約款に入らないと思っていたけれども入るというようなことでは,当事者の期待は害されるということになります。しかし,これまでは入らないと想定されていたものが入るということになったということであっても,基準が明らかになるということであれば対応が図れるのではないかと思います。ですから,どこが約款の限界なのかということを明確にしていけば,法的な安定というのはある程度確保できるだろうと思います。   その上で,しかし,従来は約款としての扱いがされてなかった,あるいは通常の扱いとは違う扱いが正当だとされていたものがあったと思います。例えば,今採用要件が問題になっておりますけれども,事前の開示が非常に困難なものというのもあるわけです。それは形式的には約款の定義に当たるとして,一般の採用要件をそのまま課すことが妥当かどうかという形で,すなわち約款に取り込んだ上で,妥当性の観点から採用要件の例外をどのように設けるかという形で議論していくということが考えられるのではないかと思います。これが第一点です。   それから,第二点は,先ほど約款の拘束力についてのお話がありました。この点については,民法の方々はだれかが言うだろうと思って皆さん手を挙げないので,たまたま発言したついでに申し上げます。この40年来,契約説と制度説という対立の中で,契約説的な発想というのが非常に強まってきて,基本的にはその方向で考えるということで約款に関する規律が進んできたというのが,民法学者の基本的な認識なのではないかと思っております。もちろん,細部については理解の差があるでしょうが,おおまかな話としては,そう言ってよいかと思います。   ただ,そう考えたときに,では制度説的な理解,あるいは法規範説的な理解の余地というのが全くなくなったのかというと,それは必ずしもそうではないということがあろうかと思います。沖野幹事が先ほど御指摘になった点は正にその点に関わっているわけでして,契約的な構成で完全に包摂できないようなものが何か残らないか,そのようなものをつかまえるためにも,約款という問題を立ててみることに意義があるのではないかという御指摘だったのではないかと思っております。   その問題意識には共感いたしますが,出発点は契約として考えるということではないかと思っております。 ○藤本関係官 約款の定義を考える場合に,結局この定義に入るとどのような効果があるかという点が重要ではないかと思っております。今御議論されているところ,あるいは部会資料で出ているところを見ますと,契約組入れルールが適用される,あるいは不当条項規制が適用されるということなのではないかと思います。   そういう効果と約款という概念との関係で,実務家などに話を聞きますと,世の中にある様々な契約条項のうちどこからどこまでを約款だととらえているかというのがやはり人によってまちまちで,イメージが大きく異なるということでございます。関係者にコンセンサスがないような状態でいろいろな議論が進んでいくと,よくない結果になるのではないかと思います。   確かに当事者間の交渉力の不均衡によって両当事者間による契約内容の形成が実質的に働かなくて,そのため契約内容に合理性の保障がないということで,当事者を保護する必要がある場合は存在するとは思います。   ただ,何人かの方がおっしゃいましたように,例えば事業者間契約ひな形,金融関係ですと再保険ですとか金融機関同士の債券貸借取引なんかも含まれるということになると,そういうものは当事者を保護する必要性というのは低いのではないかと考えております。   いろいろな多様な内容のものが存在するので,それをよく検討する必要があると考えております。   一方,出ていない論点なのですけれども,約款というものの概念あるいは範囲が広くなるということは,結局それに入ると契約組入れルールと不当条項で処理する契約の範囲が広くなるということであります。ということは,意思の一致が弱い形態での合意のようなものが効力を持つということにお墨付きを与えて広げるという側面がございます。場合によっては,約款の概念や範囲が非常に広いと必ずしも弱者の保護にならないという側面もあるのではないかと思います。 ○道垣内幹事 実は,最後に藤本関係官がおっしゃったことを正に申し上げようと思っていたのです。定義をするに当たって,効果との関係で考えなければならないというのは皆さんがこれまで御指摘になったとおりだと思います。そして,組入れ要件という話と不当条項規制というのとでは若干効果の性質が違うのではないかというのも私もそのとおりではないかと思います。   しかし,問題は,組入れ要件に関する規律というものが,通常の契約よりも,成立といいますか,条項を契約の中身に取り入れるという要件を緩和したものなのか,それとも通常の契約と同様のレベルのものを規定したものなのかということなのだろうと思います。   個別的な合意がなくても約款を使うということを相手方に知らせて,相手方が見る可能性というものが存在していれば,それでそれが内容に取り込まれるという意味で,緩和をしていると考えますと,なぜある一定の場合には緩和できるのかという話になりまして,それは沖野幹事がおっしゃったように,例えば団体性とかそういうものが必要であるといったように,別途の緩和の正当化根拠が必要ではないかという気がします。   組入れ要件について,緩和しているものなのかそれとも確認しているものなのかとか,若干それぞれの方によって認識が異なるような気がいたします。藤本関係官と全く同じことを考えて発言をしようと思っていたところなのです。 ○鎌田部会長 ただ今御指摘のありました点に関連した発言があれば,まずそれをお伺いしたいと思います。 ○松本委員 明確に合意がある部分とない部分があるんだろうと。何を幾らでとかという部分は恐らく合意があるはずなんですよね。様々な付随的な条件等々についてきちんと合意をしていないで契約が結ばれたという場合に,そういう明確な合意がない部分についての紛争が起こったとして,一体どういうルールでもって当該紛争を解決するかと考えると,いわゆる約款を使っていない個別合意タイプのものであれば,まず黙示の意思表示があったのかを探って,それでもなければ任意規範を適用するとか,あるいは合理的意思解釈をするとかいうようなテクニックを多分使うんだろうと思います。   他方で,いわゆる約款を使う取引の場合であれば,約款があらかじめ開示されているということを前提に,恐らく取りあえずはその約款でもって明確な合意がない部分については補充するという形で出てくる。基本的に,そこが個別合意タイプのものと一番大きく違うのではないかと思います。 ○鹿野幹事 組入れ要件と内容のコントロールの問題が違うということでいろいろと御発言があったのですが,私もそのとおりだと思いますし,したがって,この2つの問題につき規律の対象を同一にする必然性はないようにも思います。しかし一方で,約款というものにつき一定の定義を設けた上で,それに関する一連の規律をまとめて設けることに有用性があるという御指摘にも一理あるように感じました。   ただ,その際少し心配なのは,約款について,例えば「多数の契約のためにあらかじめ定式化された」というような定義を仮に設けるとすると,相手方との交渉を経ずに一方的に作成されたのだけれども,この「多数の・・」という約款の定義には該当しないために,その規律の対象から外れる契約条項が出てくるのではないかという点です。そして規律の対象外の場合にはあたかもその条項の提示すら必要ないという誤解を生じないかという点です。   そこで,1つの方法として,約款に関する一連の規定を置くとしても,少なくとも契約条項の組入れ要件については,それと併せて,より一般的な規定として,一方的に作成された契約条項がどういう要件の下で組み入れられるのかに関する規律を別に設けるということも考えられるのではないかと思います。 ○新谷委員 労働の分野から指摘をさせていただきます。今回総論の部分に,運送約款であるとか保険約款,銀行取引約款といった約款の例示がありますが,こういった利用者にとって不利益な事項を片面的に規制することについては私どもは問題ないと思っています。   ただ,労働の分野では,就業規則や労働協約,その労働協約も個別の交渉を通じて作成された個別の労働協約だけではなくて,例えば労働組合が結成されたときに,結成を支援した産業別の労働組合によりあらかじめ作成された「モデル労働協約」あるいは「統一労働協約」に基づいて会社と協約を結ぶこともあります。こういった統一労働契約も約款に該当するのかどうかも含め,「定義」について関心があります。   資料の総論で例示されております運送約款,保険約款等よりも,「2 約款の定義」で提起されている定義は抽象的であり,さらに,はるかに広い範囲に及ぶのではないかと思われます。そのため約款について,片面的に規制を限定するのかどうかについても今後論議をしていただきたいと思っております。   そういった観点から三点申し上げたいと思っております。   まず一点目は,約款を作成する契約当事者はどちらなのかということです。運送約款であるとか金融取引約款といった場合は,約款の作成者の地位の互換性がなく,作成者が一方当事者に固定されているものばかりですが,労働の分野では,交渉力の違いによっては労働側も作成当事者になり得ますので,作成当事者の立場や,その当事者を固定するのか否かについて今後検討いただければと思っています。   二点目は,行政手続等の関係です。総論で例示されております約款は運送約款,金融取引約款などすべて行政上の届出手続,認可の手続のあるものばかりです。こういった行政上の手続を経ているだけでなく,手続上の適法性を必要とするといった事項を今回の約款の定義に組み込んで範囲を限定するのかどうかについても確認をさせていただけたらと思っております。   三点目は,今回立法提言として紹介されています,「多数契約に用いるためにあらかじめ定式化された契約条項の総体」についてですが,この定義に労働基準法の定めに基づいて作成された就業規則が該当するのかどうか,労働基準法の要件を満たさない就業規則が該当するのかどうか,これが一番の私どもとしては関心があるところです。   さらに,労働協約についても,約款に該当するのかどうか。それは先ほど申し上げたような統一労働協約あるいはモデル労働協約といったものも含めてということでございますので,これも非常に関心のあるところです。   その理由は,現在労働契約において,権利義務を設定するとかあるいは法律効果を与える根拠は三つしかございません。一つは個別の同意で,もう一つは労働組合法上の所定の要件を満たしている労働協約です。三点目は,労働契約法,労働基準法上の所定の要件を満たした就業規則です。この三つしかないわけです。   ここで仮に就業規則に該当しないものや該当するものの法律の要件を満たしていないものが組入れ要件を満たして約款に該当するとなりますと,四つ目の新たな法源が生まれてしまうということを懸念しています。   労働契約は,消費者契約と違い,金銭と引換えに給付されるのが労働力です。労働力は,御承知のとおり,一人一人の生身の人間と切り離すことができませんし,非常に個別性の強い契約だと思っています。運送約款とか銀行取引約款のように両者が給付するのは個性のない全くの金銭ですし,また利用者が給付を受けるのは個別性の希薄な定型的,定性的,定量的な大量の役務サービスということになります。   他方,労働契約は,契約の内容が個々の労働者の人生や生活に直接影響するため,統一的,画一的,定型的な約款にはなじみにくい部分があるとも考えており,その扱いも含めて今後の論議の対象としていただければ有り難いと思っています。 ○潮見幹事 二点申し上げます。一つは,先ほどからいろいろ議論が出ているところですけれども,当事者が当該条項について個別同意をしていなくても,それが一体どのようにして契約の内容になるのかという問題と,それからいわゆる約款規制の問題とは別だということは当然ではないかという点です。   その上でのことですが,これから先の今日の議論で出てくるのでしょうが,不当条項規制のところで,仮に約款というものを何かキーワードとしてルールを立てるということになった場合には,約款の定義というものをどうするかという議論というものを見直して,しかるべき対応をする必要があるのではないかと思います。   それから,二点目ですが,仮に約款による契約の成立というものを考えた場合でも,先ほどから開示だとか,あるいは組入れという言葉が出ておりますが,参考資料で挙げられている検討委員会試案と,研究会試案,更に山本豊教授の条文案を見ますと,開示とかあるいは了解というような言葉,あるいは組入れという言葉が,異なったコンテクストで用いられています。   すなわち,一方では約款使用の相手方の了解可能性とかというようなものを基準として,そういう相手方が了解可能であればその約款については拘束されるという観点から問題が立てられているものがあります。研究会試案や山本豊教授の提案というものはそのような方向ではなかろうかと思います。   他方,そうではなくて,そういう開示が問題になるとか,了解ということが問題になるにしても,それは両当事者で当該約款を契約の中に組み入れるという意思,あるいは組入れについての合意というものを重視して,このような意思ないし合意があるから,約款については個別の条項について合意がなくても,それが契約内容になるのだという観点からルール化を考えているものがあります。   約款がなぜ拘束力を持つのかということを考える上では,今申し上げた点が重要ではないかと思いますので,あえて一言発言させていただきました。 ○山川幹事 いろいろ論点が絡み合っていて難しいのですが,まず,先ほど来議論されております約款の拘束力という点については,民法の有力なといいますか先の考え方に従って合意によって拘束するという場合と,あと特別法によって拘束力が与えられているという場合があって,就業規則の拘束力は,個別合意原則の例外で変更も含めて拘束力を認めていますので,多分特別法による拘束力であると思います。   その場合は,多分組入れ合意の問題は,それ自体としては原則としてなくなって,不当条項の話をどうするかという問題が生じるかと思います。   他方で,合意によって初めて契約として拘束力を持つということになる場合には,更に二つに分かれて,先ほど道垣内幹事のおっしゃられたように,組入れに関する規定がなければ合意の成立がそもそも認められないと考える場合には,組入れ規制によって合意の成立要件を緩和したということになりますが,それがなくてももともと合意の成立が認められると考える場合には,逆に手続的に厳格化した規制を行ったという位置付けになるかと思います。   関連論点との整理をしますと,例えば個別合意の認定がしにくい場合に,上記の前者の考え方により成立要件を緩和したという位置付けをしたとしますと,関連論点の個別交渉を経て採用された約款についてはそもそも個別合意が認定できるのであるから,規制を掛ける必要ないという形に整理されるのかなと今ちょっと思っているところです。確認なり質問も兼ねて申し上げました。 ○奈須野関係官 約款の定義については,二つ要望がございまして。一つは約款規制の意義として,大企業と中小企業の交渉力格差の是正ということを考えるとすれば,中小企業にとって使いやすい規定であるということが必要で,そうだとすると,頂いている資料の中では,個別の交渉を終えて採用された条項の扱いのようなことが論点になるわけですけれども,中小企業にとってみれば,この部分は約款でこの部分は約款でないというのは誠に使いづらい話であるので,そうであれば全体を適用除外とするというような,丸ごと約款ととらえるか約款ととらえないかというような扱いをしていただきたいと考えております。   それから,もう一つは,当事者間の約款によることの希薄さをこの法律で補っていくという観点からすると,通常の取引において約款と認識されていないものが約款に取り込まれるのは少しよろしくないと考えておりまして,具体的には,裏面約款や,あるいはひな形など,普通の人は約款だと思ってないというものを約款として扱われるというのは取引の実情と合っていないので,そこは考えていただきたいと思っております。 ○高須幹事 議論を伺っておりまして,やはり約款の問題というのは非常に大きな問題なんだという実感を持っております。一方では約款の必要性あるいは社会的機能ということを考えて,これは認められるべきだという大前提があっての議論がある。他方では,合意をしていないというか,内容も分からないまま関係に入っているわけで,そういうものになぜ拘束力が認められるのかという素朴な疑問がある。   このことは現実の問題としても起きていて,片方では約款を使っているほうの立場からは,約款は当然ですから守ってくださいという方向になるし,そうでない反対側の立場では,私は知らなかったのに何でこれに従わねばならないのですかとなる。この問題は深刻な問題にますますなっていくのではないかと思います。このまま放置しておいたら約款をめぐる効力という問題について,それを使うメリットを持っている側とそうでない側とで大きな問題になっていくのではないか。それをどこかで調整するとすれば,やはり民法に規定を設けることによって調整するべきではないのかと,今の皆様方の議論,あるいは私どもが普段仕事をしている中での実感などを通じて,そのように思っております。   そういう意味でやはり組入れ規制の問題などは民法の問題として慎重に考慮して,それなりのソフトランディングを図るというか,約款をめぐる深刻な対立をもたらさないようにする,こういうことが大切ではないかと,そのように考えております。 ○道垣内幹事 奈須野関係官に二点伺いたいのです。一点目は,ある条項が約款とされなくて,他の条項が約款とされるというのは困るというときの「困る」という意味がよく分からなかったのです。つまり,ある条項については個別交渉がなされたので,不当条項規制なら不当条項規制が掛からないが,他の条項については掛かるとなったら,どこがどう困るのかというのが分かりませんでした。   第二点目は,裏面に書いてあるものは約款ではないと当事者が考えているのではないかという話なのですが。そこは,では「約款」規制という言葉をやめて,この部会では,「固定条項」規制と名前を変えてしまえば,それで問題解決するのかというころです。つまり,今使われている言葉を使うから,その言葉で今みんなこう考えている,それと離れるとまずいというのでしたら,たとえば「固定条項」という名前すれば,それで問題は解決しそうな気がするのですが,どうなのでしょうか。   その当事者の意識というもの,私は裏面に書いてあってどうしてそれが約款ではないのかということ自体も疑問ですが,今の言葉に引きずられているということなのか,ちょっとそのあたりがよく分からなかったものですから,少し補足をしていただければ有り難いと思います。 ○奈須野関係官 前者の話ですけれども,ここで考えているのは,中小企業が大企業から約款の提示を受けるというケースも一般的に多いわけですけれども,逆に,中小企業の側から約款と思われるものを提示するということもあるので,これが約款規制の対象になるかならないかということは,余り法律上の知識がない中小企業の人たちにとっては,契約の取扱いに慎重にならざるを得ないという局面が想定されるのではないか,すなわち,なるべく全体を全体として扱っていただくということが取引の円滑化のために必要ではないかという意見が中小企業の側からございました。   それから,これは商社からの意見ですが,裏面約款は実質的には事業者同士の売買契約のひな形でございまして,商社の認識からすると,彼らが行っている通常の売買契約上のものであって,この場で我々が念頭に置いているような消費者相手の約款とは違うのではないかという意見があったという次第でございます。 ○中田委員 約款について,これだけ認識の違いがあり得るということは,やはり規律を置いておくことが必要だということになるのではないかと思います。それによって安定的な解決に資すると思います。   いろいろな違いがあるわけですけれども,その中の一つに,約款と不当条項との関係についての理解が様々であることもあるかもしれません。   御意見を伺っていて思いましたのは,二種類の問題,つまり,不当条項規制の集積では足りないものは何なのかということと,それからもう一つは不当条項規制において約款であるということが何らかの意味を持つのかどうかということ,この二種類の問題がありそうな感じがします。恐らく条項のほうは主として内容に着眼し,約款のほうは形式に着眼している点がより大きいということかと思いますけれども。   いずれにしても,スタートのラインでは,約款のイメージと申しますか定義は広めにとっておくほうがよいのではないかと思います。 ○松本委員 議論が1時間たっているんですけれども,ほとんど同じところをぐるぐる回っている感じがします。私は山本敬三幹事が最初におっしゃったように,まずここでの議論を組入れの問題に絞ってやったほうが生産的だと思うんですが。どうも議論を聞いていると,組入れの問題と内容規制の問題を一つの約款という言葉で同時に両方やろうとしている。そのうえで,両方の規制の対象とすべき約款は何かとか。一般的に世の中で約款と呼ばれているものとそれは違うのではないかという議論なので,これはかなり不毛な議論かなと思います。   したがって,一段階目としては組入れの問題,つまり先ほど私が発言しましたように,明確な合意がない事柄について,紛争を解決するためにどういうルールを適用するんだという観点から考えれば,いわゆる今まで約款と言われているものの役割の一つは,そういう場合に約款にこう書いてあるからこうなるんですよというような形で紛争が処理される。そのような処理のルールに乗せるにふさわしいものは何かと。つまり入口のところですよね。約款と呼んでいるけれども,この第一ステップを通過できないようなものは約款ではない。第一ステップを通過できたものについて,それでは今度は個別の条項単位でその内容に効力が認められるかという議論になるので,その際に優越的な地位にある当事者があらかじめセットで作っていた場合には,恐らくより厳しい内容の規制が掛かってくるかもしれないと。このように,別の二つ目のステップがあるかと思います。   したがって,ここでの,すなわち不当条項規制と切り離された約款規制のところでは,主として組入れの問題,つまり紛争解決の際にその約款条項を援用してもよい約款とはどういう要件を満たしている場合かという議論に限るべきです。その当該条項が無効か有効かというのは次の問題だろうと思います。   そういう意味では,この関連論点のところに書いてあることが議論を内容規制の方にまで誤導するような役割を果たしているのではないかなという印象を持ちます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   既に今までの議論の中にも大分出てきておりますけれども,「3 約款を契約内容とするための要件(約款の組入れ要件)」及びそれの関連論点であります「不意打ち条項」についても併せて御意見を頂きます。取り分け,約款の組入れ要件との関係での約款の概念について御意見があればお出しいただければと思います。 ○岡田委員 約款のようで約款ではないものもあるというのは今日知った状況ですが。消費者契約においては契約書の裏に書かれたものやそれ以外の念書など印鑑を押したというだけで拘束されるという立場です。ですから,今松本先生おっしゃったように,適正な約款というものがどういうものかということをはっきりさせた上で,不当条項とか許される条項とか,そういうものを決めていただかないと消費者は判別のしようがありません。議論を聞いておりまして,すべて拘束されるものだと事業者から主張されると従うほかないと認識しているのが消費者の現状であるということを改めて発言したいと思いました。 ○藤本関係官 約款の契約組入れの話でございます。当事者が契約内容を知らないと合意できないのではないかという形式を重んじた議論というのは理解できるところもありますし,また,実際に約款をめぐって消費者保護などの観点から問題があることも承知しているところでございます。   しかし,金融の世界の取組みというのはやや逆方向であります。分厚い約款を交付するという形式面に重点を置くよりも,分かりやすく見やすいコンパクトな資料で,契約内容を顧客に実質的に理解いただくということに重点を置く方向となっています。   例えば損害保険では,保険代理店などで重要事項説明書という,なるべく見やすくしようとしている説明書で顧客に説明した後,契約締結をする。それで,火災保険ですとか自動車保険,海外旅行保険の保障に迅速に入って,保険契約者保護が図られる。約款などは契約締結後送付というような実務になっています。   これで何か問題が生じているかというとそういうわけでもなく,かえってきちんと説明が行われたかどうかということの方で紛争が起こることになっているところであります。利用者保護,業者の方はもうちょっと汗をかけという意見はあるかもしれませんが,形式を重んじる余り,利用者利便の観点からもかえって分厚いものを渡されるだけということにならないかということに留意が必要かと思います。   もう一点だけ,その組入れの話と約款の内容の変更というものが,不当条項と若干重なる面もあり,交錯する論点かと思います。約款の機能として,顧客を平等に扱おう,差別しないようにしようという機能があろうかと思います。例えば,金融商品取引法という法律があるのですが,金融商品取引業者は,顧客に特別の利益を提供することが禁じられています。そういう顧客を平等に扱おうという顧客保護の要請と,当事者が契約内容を知らないと合意できないのではないかという形式を重んじた議論の要請というのが,約款の変更というところで何か衝突することがあるのではないかと思います。   別の例を挙げると,若干違う系統の話なのですが。証券取引所の上場契約書というのがございます。これは取引所と上場する会社が締結する契約でございます。これにはどんなことが書いてあるかといいますと,現在及び将来の取引所の業務規程や上場規則に従うという記述がございまして,将来の規則にも従うというようなことが書いてあります。仮に上場契約書が約款だということになって,変更時に組入れ条項が適用になると,例えば会社によって適用される上場廃止基準が異なってしまうというような不都合が生じるのではないかと思います。これはやや制度的な話でもあるので,一概に同一に扱っていいのかどうかという話はあるかと思います。   関連して,取引所の受託契約準則というのも普通契約約款であって,取引参加者だけでなく顧客も拘束されるとの最高裁の裁判例もございます。こういうものは顧客の保護が統一的に図られるようにという観点からも規定しているものでございますので,こういうことをどうするかという問題がございます。   それから,ちょっと長くなって恐縮ですが,変更についてですが,法令等の改正に伴って契約内容の変更を行うという技術的なものもあるのですが,形式面を重んじてそんな内容を合意してないではないかということで,契約に組み込まれないということになると不合理かなと思います。例えば公的医療保険制度と連動した医療保険で,公的医療保険制度のほうが改正になった,そういったときに,健全で安定な保険制度の維持のために支払事由等を変更するといった場合があります。   最後に,プリペイドカードというものを以前無記名債権のところでちょっと頭出しさせていただきましたが,それはちょっとやや特殊性があります。プリペイドカードの発行者というのは必ずしもこのカードを持っている人がだれかというのを認識していない面があって,場合によっては転々流通することもあります。そういったときにこういう約款の組入れ条項のようなものが適用されるということになると結構大変なことになり,技術的にも難しいことがあるのかなと思っているところでございます。 ○能見委員 私も組入れのところに議論を絞りたいと思いますが。少し前ですけれども,この問題はやはり道垣内さんが指摘されたように,一般の契約の場合と比べて緩い要件でもって約款の拘束力を認めるのか,あるいはむしろ逆に,逆の方もあるんだと思いますが,より厳しい要件で認めるのか,あるいは同じように考えるのか,この点についてのポリシーの問題があるように思います。   どの立場がいいのか私も結論はまだ分からないんですが,可能性としては3つの立場があり得ると思います。約款については,一般の契約よりも組入れについて厳しい立場も考えられます。たとえば,約款に関しては事前に開示がないと,もう約款としての拘束力は一切認められないという厳しい立場もあり得ると思います。このような立場は非現実的だという批判も考えられるかもしれませんが,このような立場を採用したからといって契約が全く立ち行かなくなるのかというと,恐らくそういうことはありません。なぜなら,契約の当事者は契約をするという合意はしているわけですから,あとは恐らく契約の解釈の問題として合理的な内容が補充されるでしょう。場合によっては従来の慣習などというものも考慮されることがあるでしょうし,一般的に使われている約款の中の合理的な部分は契約の解釈によって契約内容とすることができるでしょう。   そういう意味では,このように厳しいポリシーで約款全体として契約にそれを組み入れるためには事前開示という一定の手続的な要件を満たさないと駄目だという立場を採ったとしても,決して取引の実務が成り立たないようになるわけではないと思います。   今のは厳しい方の立場についてですが,逆に約款は一般の契約よりも緩くていいという立場あるいはそういうポリシーもあり得ます。この立場がどのように正当化できるかは問題ですが,恐らく民法のレベルからすると正当化は難しくて,約款について行政的な規制があるからとか,内容が合理的であることが行政的に保障されているからとか,そういう要素が加わらないと約款について緩い要件の下で組み入れるのを認めるのは難しいのではないかと思います。   いずれにせよ,最初に言ったとおり,一般の契約と比べてより厳しい立場で臨むのか,緩い立場で臨むのか,同じようにするのかという,そこら辺を詰める必要があるのではないかと思った次第です。 ○山本(敬)幹事 今の点に関して,私の理解を申し上げたいと思います。民法の基本原則というのはやはり,先ほど違う理解もあるというような御意見もあったかもしれませんが,契約に拘束力が認められるのは,当事者がそれに合意したからであるという原則だと思います。これが基本原則であるからこそ,契約の両当事者が,この契約についての詳細な事柄については「約款による」という合意をしたときには,正にこの合意によって約款が契約の内容になることが基礎づけられると考えられます。その意味で,約款の組入れも,この民法の基本原則の応用にすぎないと思います。   問題は,そのような合意があれば,常にその拘束力を認めてよいかどうかです。契約をするときに,およそ知ることもできなかったものにまで同意を与えることはできない以上,そこまでの合意があったとはいえない。そう考えるならば,契約時に知りようのなかった約款についてまで,それを契約に組み込むという合意に拘束力を認めるわけにはいかないと考えられます。したがって,そのような約款によるという合意だけではなくて,契約する際に相手方が約款を見ようと思えば見られる状態にする,その意味での開示があって初めて合意としての拘束力が認められる。これが,約款の組入れ要件として開示が要求される理由にほかなりません。その意味で,これは,契約の拘束力に関する基本原則から導かれるものだと考えられます。   ついでに,不意打ち条項についても,意見を申し上げてよろしいでしょうか。不意打ち条項に関しては,しばしば誤解といいますか,疑問として,これは実は不当条項規制の問題であって,それとは別に独立の規律を置く必要はないと言われたりします。しかし,不意打ち条項と不当条項規制は性格を異にするということを,まずは正確に理解しておく必要があります。   不意打ち条項というのは,この契約をするための約款の中に,このような条項が入っているとは通常予期できないというもので,その内容の当不当は問いません。例えば,保守管理を必要とするような製品を買うという契約をしたところ,約款の中に,その製品について有償で継続的に保守管理をしてもらう契約を締結するという条項が入っていた場合などが,その典型例です。この場合,保守管理契約の内容やその対価は一般的なもので,特に不当なものではない。しかし,当事者が契約しようとしたのは,その製品を買うという売買契約であって,そのような契約のための約款の中に,保守管理契約をするという条項が入っているとは,通常予想もできない。このような場合は,条項そのものの内容が不当だとは言えません。そこで,このような条項は不意打ち条項であって,当該契約の内容にならないとするのが,不意打ち条項規制です。この意味でのいわば真正の不意打ち条項は,不当条項規制ではカバーできないということを,まず押さえておく必要があります。   問題は,その場合に,不意打ち条項の判断基準をどう定めるかですが,決め手は,相手方がこの契約をする際に,そのような条項まで約款に含まれていると通常予期することができたかというところに求められると思います。したがって,その判断の際に,契約の外形や約款使用者の説明など,当該契約を締結する際の具体的事情を斟酌する必要があります。しかし,それと同時に,相手方の主観的な思い込みをすべて不意打ちというわけにもいきません。そこで,そのような具体的事情を斟酌しつつ,飽くまでもそのような事情から,当該条項が約款に含まれていることを通常,つまり合理的に見て予期できたかどうかが基準とされるべきだと考えられます。具体的なワーディングは次の問題ですけれども,考え方としては,このような方向で不意打ち条項規制を明文で置くべきだと思います。 ○鹿野幹事 特に組入れ要件について,一般的なルールと約款に関するルールがどういう関係にあるかという点について,一言私の認識を述べさせていただきたいと思います。まず出発点は,先ほど山本幹事もおっしゃったように,合意がないと契約の中に入らないということだと思います。一方の当事者によって作成された契約条項であれば,相手方が少なくともその内容を契約締結前に提示されて,その条項によることを同意するということが本来の姿なのだろうと思いますし,約款による場合にも,基本的にはそうあるべきだと思います。   ただ,約款においては大量取引の要請もあり,特に例えば電車とかバスに乗るときなど,相手方への具体的な提示を期待することが難しい取引も多く存在する。そこで,そのような場合には,少なくとも約款によるということと,その約款の内容についての認識可能性が与えられることで一応組入れの要件を満たすと扱われる場合がある,ということではないでしょうか。   つまり,約款を使用した取引でも特にそのような一定の場合については,組入れ要件が若干緩和されることがあるということだと思います。 ○大村幹事 採用規制とそれから不当条項規制の関係について,私も一言だけ私自身の理解を申し上げます。冒頭で内容規制とは別に採用の問題,組入れの問題があるという山本幹事の御発言に賛成だと申し上げました。当事者の合意が全くないものは契約の中に採用されないという形で,内容規制とは無関係に排除すべき場合があるということで,その意味ではこの問題を独立に議論すべきだということでございます。   その先にもう一つの問題があります。採用要件をどの程度のものとするかというのは,不当条項規制の方と連動するかもしれないと思っております。これは能見委員が御指摘になった点とも関連しますけれども,あるいは道垣内委員が早い段階で御指摘になった点と関連するかもしれませんが,一般の契約よりも緩い形で採用を認めるということは,能見先生がおっしゃったように,立法による外在的な規制がなされるということとセットになって認められるという考え方がもちろんあるわけですけれども,民法のレベルで,あるいは特別法のレベルで私法的な規制がなされるということとセットで広い採用を認めるという考え方もあり得ると思います。そこのところは選択の余地があるのではないかと思っております。 ○沖野幹事 三点申し上げたいと思います。一点目は,能見委員がおっしゃった一般契約法からしてどうなのかという点なのでございますけれども,これは繰り返し出てきておりますし,特に潮見幹事が強調されたことだと思うのですけれども,約款が契約の内容となってその拘束力を持ち得るのは,当事者が約款によるという合意をしたというその点に求められるのだと思います。それを内容に取り込むという両当事者の合意があってその効力が認められているという点は,一般契約法のルールそのものです。   ただ,そのときに約款というものが一方的に相手方によって形成されていて,交渉余地がないというものを想定していますので,約款によるというその合意によって,言わば相手がつくったもので全面的によく何らチェックの機会もなくてよいという合意をしているというのが,それだけの合意で拘束力を認めるというのが,一般契約法の観点から正に一般ルールであるのかといえば,やはりそうではないと思います。一方当事者の作成に係るといっても,内容を見た上で契約を締結するかどうかを選択するとか,少なくとも見られるということは必要であるというのはむしろ一般契約法であると思われます。   ただ,場合によってはそうでない場合もあると思います。多大な信頼を寄せていて,それに答えられるような制度的な手当てがされているというような場面ではもうそれだけでもいいとされることがあるかもしれません。あるいは,策定されてくるものが,あるいはもう既に策定されているものが,その内容としても普通は分かっているということが手当てされているとか,そういうような特殊な事情があるような場合は別であると思われます。   そうすると,そういった特殊な事情がある場合でない限り,約款によるという意思・その点での合意があるとしても,最低限,その前提としてこの程度は必要だろうというのが組入れ要件となっていると思います。しかも,認識可能性だけで相手方に内容形成を全面に委ねるというのは,一般契約法から考えますとなおこれは緩めているということになるのではないかと思われます。   そうしたときに,その場合にどの程度の認識可能性のためのものを必要とするかというのはまた次の問題ですし,どちらがどれだけのアクションを起こすかというのは,およそ一律ということはなく,原則はどうか,例外はどうかということをそれぞれ考えていくべきだと思います。   二点目は,藤本関係官がおっしゃった点でございまして,開示なり組入れの要件の点での,約款を交付さえすればよいのか,むしろ説明義務を尽くすことのほうが重要ではないかと言われた点であります。これは,約款が契約内容になるかという点から,開示なり組入れの要件を要求するかということと,交付さえすればよいということになるか,説明は一切いらないということになるかというのは,両者はやはり別の問題であると考えられます。   さらに,例として挙げられた説明の点ですが,例えば保険などにおける重要事項説明というものが果たして約款の開示を担っているのか,それとも一種中核的な部分に関わるような契約締結の前提になる商品内容の説明ということを対象としているのかという点も一つはあろうと思います。例えば,保険の場合の免責事由というのを考えますと,それは確かに約款に書かれている契約条件の一つではあろうと思われます。けれども,一体どういう場合に保険給付が受けられるのか,それに自分は保険料としてどれだけを払うことになるのかという点の,この部分は正に保険契約を締結するかどうかについて非常に重要な部分ですので,この点について十分な情報提供がある必要があるというのは,約款としての規律の問題とは別途出てくる問題ではないかと思われます。   三点目は,不意打ち条項なのですが,不意打ち条項規制についてはその位置づけや要否について考え方が分かれるところでありますので,一言申し上げます。私は山本幹事がおっしゃった点に全面的に賛成で,それ以上申し上げることはないのですけれども,賛成だということを表明しておきたいということです。 ○山下委員 組入れの点ですけれども,今までの話を伺っていると,契約なのだから内容を全然見る機会もなくて合意できるわけがないという民法の大原則から出発するということで,組入れ要件をきっちりと課すということであり,それは具体的には開示であるという考え方で,理屈の上では分からなくは,ありません。しかし,これやはり現在債権法改正のいろいろな事項を検討している中では,やはり非常に行為規制を課すという性格が強い規律になるのではないかと思っています。そうなりましたときに,一律に行為規制を掛けるということのコスト・ベネフィットという点を考えなくていいのかと思います。   ベネフィットとしては,契約をする約款の使用者の相手方に契約内容を知るチャンスが与えられるわけですけれども,これはそうされたとしてもそれほど,消費者は分からないわけですね,どうせ。しかし,日本中で約款を交付しようというコンプライアンスが始まって,どうせ事業者ですからコンプライアンスと言い出すと約款を受け取りましたという判子を押させるとか,そういうことをすぐ考えるわけで,これはやはり少しコスト・ベネフィットの面から考えると問題のある規律かなという気がしています。   むしろ,今盛んに議論が出ていますように,実質的にどうやって分かりやすい契約内容にさせていくか,あるいはそれを理解させるかということが重要で,むしろ消費者の保護,相手方の顧客の保護を考えるのであればそういう規律から考えていくべきだろうし,それがなかなか難しいということになると,やはりあまり行為規制だけを独立して考えるのではなくて,不当条項規制と連動づけながら考えていくと,そういう柔軟な対応をするほうが,むしろ全体としていい方向に向かうのかなという印象を持っております。 ○岡本委員 時間がないところで申し訳ないんですけれども,約款の関係は非常に関心が深いところですので,組入れ要件のところで申し上げさせていただきたいと思います。組入れ要件については,確かに余り理論的なところから離れるわけにはいかないということは分かるところではあるんですけれども,約款の社会的機能をかんがみて,それから社会全体のコストというところも考えまして,約款の組入れ要件については余り厳格に考えすぎるべきではないと考えております。   こういう観点からいたしますと,特定の約款を用いることが慣習になっているという場合はもちろんのこととしまして,そうでない場合であっても,とにかく何かの約款によるということが社会通念上周知の事実になっている契約類型につきましては,約款の現実の開示であるとか,契約締結時までに約款を相手方が知り得る状態に置く措置とか,そういったものが仮になかったとしても,約款締結時までに約款の開示を求められれば開示できる状況にありさえすれば,約款の組入れを認めてもいいのではないかと思っております。   何となれば,そういった場合には相手方は約款を現実には見ていなくても,約款が適用されることを予想しつつ契約するということで,約款による意思というのは一定程度そこで認めることができるのではないかと思います。そういうことで,そういった場合にも約款の組入れを広く認めてよろしいのではないかと考えています。   そうした場合,相手方としては約款を適用されてもそれほどひどいことにはならないだろうという期待を持っていることは確かだろうと思いまして,そういった期待を裏切ってひどいことになるような条項が含まれているということがありましたらば,個別にその条項につきまして組入れを認めないであるとか,あるいは条項の効力を否定するであるとか,そういった対応をすることで柔軟に解決を図るというのがよろしいのではないかと思っております。 ○中井委員 組入れ以外のところですが,幾つか関連論点も示されておりますので,それについて弁護士会の意見を順次申し上げておきたいと思います。   従来の約款という概念にとどまらず,定式化された契約条項を約款の対象にするということを前提とした発言になりますが,個別交渉を経て採用された条項については,そういう意味で事業者間契約の中で用意されたものに対して当事者間が交渉して,お互い理解して変更合意をしたのであれば,それについてはその部分について約款規制は及ばないと考えることになりますが,そのときに留意すべきは,その他の条項,交渉されていない条項についてはなお対象になると考えるべきであろう,というのが一点です。   二点目は,この契約の中心部分に関する条項について,除外するか否かという関連論点も設定されていますけれども,これについては,中心部分,給付条項であるからといって,直ちに当然に対象にならないと解すべきではないだろう。例えば,先ほど保険約款について御説明がありましたけれども,給付条項と免責条項は裏腹の関係にあるわけですから,書きようによって給付条項ではなく,その他条項のところに実質給付を妨げるような記載をすれば,それは給付内容に影響を及ぼすわけですから,単に給付条項だからという理由のみで対象外にするのは適当でなく全体で考えるべきだろうと思います。   この資料の中で海外の法律が幾つか,オランダ法やフランス法が紹介されていますけれども,契約の中心部分に関する条項を適用除外にしているのではないかというようなニュアンスで記載されていますが,大阪のある弁護士の説明によれば,それらは必ずしもそうではなくて,例えばその条項が明快かつ理解できる言葉で表現されていることを前提にそのような記載になっているとか,例えばドイツであれば,主たる給付約束を制限,変更,訂正又は修正する条項については規制が及んでいるとのことで,海外法が直ちに中心部分についての条項について対象外にしていないのではないかという指摘を受けています。   それから,仮に開示というレベルで約款を契約内容に取り込むとした場合について,これは今後具体的な検討をするのかもしれませんけれども,条項の解釈については条項使用者の不利な解釈を原則とすべきではないか。これを明示するかどうかはともかくとして,そういう考え方を採るべきだという意見です。   また,その約款条項の記載の仕方についても,先ほどの分かりやすさ,説明との関係があるのかもしれませんけれども,取込みを認めるためには平易かつ明確でなければならないはずなので,それを明示すべきで,違反の効果をどうするかはなかなか難しい問題かもしれませんが,検討をすべきであるという意見です。   最後に,不意打ち条項についての関連論点についても設定されておりますけれども,これについては先ほどの山本敬三幹事の意見をそのまま弁護士会の意見としても申し上げておきたいと思います。 ○木村委員 今,約款の持つ隠蔽的な特性によって,約款を使われる側に不利益が生じ,その人たち,あるいは事業者を保護しなければならないというスタンスでの検討がなされています。   その一方で,組入れ要件,あるいは不当条項を定めると,本来契約は締結した以上守られるべきにもかかわらず,自分にとって不利益な状況となったことを理由に,契約を無効とする,取り消すというように,悪用される場面が出てくることもないわけではありません。したがって,そのようなことが起きないようにする視点を持って検討する必要もあるのではないでしょうか。 ○奈須野関係官 三点ございまして,一点目は組入れ要件について,これまで多数の方がおっしゃられていることではありますけれども,不特定多数の相手方に同意を取り付けるというのは実務的に困難ですので,約款を用いることを示すということで,その合意までは不要とすべきと考えるということです。変更についても同じでございますので,お願いしたいと思っております。   それから,二点目は,不意打ち条項についてですが,これまでの議論ですと賛成であるという御議論が非常に多かったと思いますけれども,昨今の新産業育成の観点の議論にコントラクト・イノベーションという考え方があり,特にアメリカで新しい契約手法や新しい契約条項の導入がリスクを小さくし,新産業の育成に寄与したという議論があるわけです。   そのような観点からすると,新しい商品や新しいサービスについては,不意打ちなのはどちらかというような,条項使用者が想定していないような使われ方をして,あるいは事件が起こっていくということに備えて,事業者としてはあらかじめ予期もしないような事態に備えた条項というようなものを次々と盛り込んで契約を更新していくということです。それが不意打ち条項であるから,この部分は契約の内容にならないということになると,新しい産業に,新しい商品,新しいサービスにチャレンジしようというような気をそぐのではないかと危惧されております。   例えば,電子レンジが発明されて,その中に食べ物でない動物を入れて乾かしていいのかという論点を考えたときに,それはどちらにとって不意打ちかということでございまして,そのような新しい商品やサービスを促進していく観点からは,内容的に問題がなければ許容されるのではないかと考えております。   それから,三点目は,先ほど木村委員がおっしゃられたことと同種なんですけれども,具体的な例で申し上げますと,建設業界では水道工事であるとか電気工事であるとか,極めて細分化された事業の分担になっているわけですが,そのような場合には,通常は発注者である大企業ではなく,受ける側の中小企業において約款を用意するというのがビジネス慣行としてございます。そのような局面では,やはり約款の部分をあたかも大企業から中小企業に対して押し付けている,あるいは消費者に対して押し付けているという見方をするのは,建設業界の実態とは少し違うということを御紹介したいと思います。 ○高須幹事 本来申し上げたいことの以前に,今,奈須野関係官がお話しされたことで,私の勉強不足かもしれませんが,コントラクト・イノベーションの話と,ここで議論している不意打ち条項の話というのは少し視点が違うのではないかと素朴に思いました。新しいビジネス,産業において,どういう内容の契約がふさわしいかということを考えて,そういうことを努力するということと,ここで議論している不意打ち条項の問題はやはりちょっと視点が違うのではないかなと。素朴な議論で申し訳ありませんが,そのように思いました。   それとは別に申し上げたいと思ったのは,先ほどの議論で立法するときにコストを考えなければならない,一定の規定を置くことのコストを考えねばならないという問題は正にそのとおりだと思っておるんですが,そのコストの数え方というか考え方は非常に難しい問題があると思います。一定の行為規制を掛けること自体がコストだという意味ではそのとおりかもしれませんが,それを余り強調すると,今度はそれをしなかったことによるコストが生じてくる。簡単にいうと,開示をしなかったことによって裁判が起きてくるという問題,事後的な紛争が起きるというような問題があると思います。つまり,その立法における規定の在り方について,コストを考えるときにもやはりいろいろな観点からそのコストというものを考えていったほうがいいのではないか,そのように思っております。私ども弁護士は基本的にコストで飯を食っている職業でございますので,その点を実感しておる次第でございます。 ○中井委員 就業規則に関して,日弁連の労働法制委員会から意見を頂いております。就業規則も広い意味での約款と言わざるを得ないであろうが,労働契約法があるわけですから,労働契約法が優先適用することになって,まず組入れの要件については労働契約法7条で処理することになるのではないか。また,変更については労働契約法10条が適用されることになるのではないか。したがって,成立・変更については仮に規制対象になったとして影響を受けない。   その上で,不当条項規制が約款アプローチで約款に適用された場合,これは就業規則にも適用されることになるが,その場合,例えば労働契約の中でも配転や出向や転籍など一方的な使用者側の通知や命令があるわけですが,そういう場面で労働契約に適用されるとしても,労働契約の特殊性を配慮した規制の仕方を検討していくべきではないか。こういう意見を書面で頂いておりますので,御紹介させていただきます。 ○新谷委員 関連してでございます。今中井委員から日弁連の労働法制委員会の就業規則に関する御意見を聴かせていただきました。私ども懸念しておりますのは,労働基準法に準拠した就業規則については特別法の適用を受けるということは当然そうでございますが,労働契約法に準拠しない,例えば要件として課されている周知義務や,過半数代表の署名などが満たされていない就業規則,類似の規則について約款の法理がどう影響するのかというところが一番懸念しているところでございます。その点について申し上げておきたいと思います。 ○鎌田部会長 議論も不当条項関連に及んできているところでございますので,資料の13−1の1ページから4ページまでの,「第1 不当条項規制」についての審議に進ませていただきたいと思います。   この不当条項規制につきましては大きく二つの塊に分けて御審議いただくことを予定いたしております。一つ目が,「1 総論」及び「2 不当条項規制の対象」,部会資料13−1の1ページと2ページでございます。二つ目が,「3 不当条項に関する一般規定の内容」及び「4 不当条項に該当する条項のリスト」,部会資料13−1の3ページ及び4ページです。   まず,「1 総論」及び「2 不当条項規制の対象」について御審議を頂きたいと思います。事務当局に説明してもらいます。 ○笹井関係官 まず,部会資料13−1と13−2の関係についてですが,これまでと同様,13−1が主たる部会資料であり,13−2がこれに説明を付け加えた補助的資料です。この場でも基本的には13−1に沿って御議論いただきたいと考えております。   また,各項目の冒頭において「総論」という項目を設けるなどして,検討するに当たっての留意点等を検討事項としているところがございます。ここでは,留意すべき点について幅広く御議論いただくとともに,特にこの資料で取り上げられていない論点について御指摘いただきたいと思っております。   それでは,「第1 不当条項規制」について説明いたします。契約関係については,契約事由の原則が妥当しますが,一方で,情報や交渉力において劣位にある当事者の利益を保護するため,不当条項を規制する必要があるとの指摘もされています。不当条項の規制は,現行民法上公序良俗などを通じて事案ごとに図られており,予測可能性を確保することが困難な状況にあることから,民法上明文の規定を設けるべきであるという考え方があります。「1 総論」においては,これらの指摘を踏まえ,特にこのような規定の要否について御議論いただきたいと考えております。   「2 不当条項規制の対象」においては,民法で不当条項規制を行うことの要否についての議論の参考にするため,仮に規定を設けるとした場合に,具体的にどのような規定を設けることが考えられるかを御議論いただきたいと考えております。   ここでは(1)から(3)までの三つの論点を取り上げました。(1)では,約款が使用された契約について,不当条項規制の対象とすべきであるとの考え方について,(2)では,当事者間での個別の交渉を経て採用された条項は不当条項規制の対象から除外すべきであるとの考え方について,(3)では,契約の主要な目的や対価との均衡などの契約の中心部分は不当条項規制の対象から除外すべきであるとの考え方について,それぞれ御意見を頂きたいと考えております。   このうち,(2)と(3)は約款の定義における関連論点としても取り上げたものですが,ここでは必ずしも約款に限定せず,不当条項規制の対象一般の問題として御議論いただきたいと考えております。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,まず,ただいま御説明のありました部分のうち,「1 総論」について御意見をお伺いしたいと思います。 ○山本(敬)幹事 不当条項規制については,先ほども申し上げましたように,日本の現行法では,消費者契約法に不当条項規制が定められていますし,それが現実に機能していると考えられますので,消費者契約について不当条項規制を行うという立場を変える理由も必要もないと考えられます。そうしますと,どこに定めるかという点はひとまずおくとして,そのような消費者契約アプローチを前提とした上で,先ほども言いましたように,約款に特有の不当条項規制を定めるかどうか,定めるとしてどのように定めるかということが,ここでの問題になると考えられます。   そうしますと,問題は,規制を行う正当化根拠をどこに求めるかですが,消費者契約法の規制根拠は,部会資料13−2の3ページ以下にまとめられていますように,事業者と消費者の間に情報・交渉力の構造的な格差があるために,一方当事者が自己に有利な契約条項を他方当事者に押しつけ,他方当事者が本来望まない契約を締結させられる危険性が高いところに求められると考えられます。これは,当事者間に情報・交渉力の格差がある場合に,他方当事者の自律を言わば定型的に保護するための規制に当たると見ることができます。このような考え方は,消費者契約法ができて10年がたち,既に定着してきていると思いますし,基本的に維持してよいと考えられます。   それでは,これと並んで約款規制を導入する理由があるかと言いますと,この消費者契約法の基礎にある考え方を発展させれば,理由はあると考えられます。と言いますのは,消費者契約法の基礎には,契約の内容形成に一方当事者が実質的に関与できないという意味での不均衡が構造的にある場合には,特別な内容規制を行うことが正当化されるという考え方があると見ることができます。そうしますと,これと同じ趣旨は,約款が用いられる場合にも当てはまると考えられます。約款は,先ほどもありましたように,多数の取引に使用するために定型化された契約条項群でして,これが使われる場合は,相手方が消費者の場合はもちろん,事業者の場合でも,その内容の形成に相手方が実質的に関与することは難しいと考えられます。内容を確認する可能性や交渉によって変更する可能性についても,不均衡を来たすことになります。その意味では,約款についても特別な不当条項規制を定める必要と理由はあると言うべきだと思います。  ただ,消費者契約について不当条項規制を定めることは変更しないとしますと,それと並んで約款規制を定めることの実践的な意味は,事業者間で約款が使われる場合にも特別な内容規制を行うところに求められます。今も言いましたように,その必要と理由はあると言いましても,不当条項規制の内容が消費者契約の場合と同じでよいかと言いますと,それはやはり別途検討する必要があるのではないかと思います。実際,私が知る限りでは,例えばヨーロッパのいわゆるアキ・グループが示している提案を見ますと,個別交渉を経ない契約条項について,一般的な不当条項規制を定めた上で,事業者間契約について,それとは異なる基準を定めることを提案しています。具体的には,一般的な不当条項規制では,信義誠実の要請に反し,その契約から生ずる当事者の権利義務に著しい不均衡を生じさせることにより,相手方を害する場合と定めた上で,事業者間契約については,商慣習,これはgood commercial practiceですので,不当な慣行は排除するということですが,そういう商慣習から著しく逸脱する場合を不当条項としています。同じような考え方は,いわゆるDCFR,つまりヨーロッパ私法共通参照枠草案と言われているものでも提案されています。これは,事業者間契約の場合では,先ほどの商慣習のほか,信義誠実及び公正な取引から著しく逸脱する場合を不当条項としています。   具体的な定め方はなお検討する余地がありますが,事業者間契約についても約款規制を導入するのであれば,このように不当条項規制の基準を現在の消費者契約法に相当するものとは区別して定めることも,十分検討に値することではないかと思います。 ○大島委員 情報や交渉力に格差がある当事者間で,弱い方の立場の利益が不当に害されないように規定を設けることで不当条項を規制していくという趣旨には賛同をいたします。   ただし,明文化に当たっては十分な検討をしていただきたいと思います。例えば,どのような条項が不当条項として効力を否定されるのかや,ある条項が不当条項とされた場合の無効の範囲などは,中小企業にとって明確に示さなければ,かえって実務が混乱すると思います。 ○木村委員 消費者契約に関する不当条項については,先ほど山本幹事も言われたとおり,それを一般民法の中に入れていくのか,それともまた別立てにするのかについて,別の議論としてすべき話で基本的にはいいのではないでしょうか。   また,特に行政法規の下に拘束されている約款とは別の約款,こういったものに対する規制というのはどうあるべきかを検討していかなければいけないこととなると思います。   先ほど,ある意味,行為規制になるという話がありましたが,現在の議論では,民法が取締法規化するような部分があるわけですので,やはり実際約款によってどういう問題が生じているのかといった,実態の正確な把握が必要であり,それが不当条項をどうすべきかという問題に直結してくると思います。   実態の調査というものをした上でどう規制をすべきなのか,そしてそれは一般民法の中に記載すべきなのかも含めて議論していくというような手順が,特にこの条項については必要なのではないかと思います。 ○鎌田部会長 それでは,引き続きまして,先ほど御説明いただいたもののうち,「2 不当条項規制の対象」についても御意見をお伺いします。 ○野村委員 (2)の個別に交渉された条項と,それから次の(3)の契約の中心部分に関する条項との関係について申し上げます。多分(3)のほうも実質的には個別に交渉されるということで,事実上,この二つは重なってくるのではないかと思うのです。それと,具体的な条項をこれらの場合のいずれに区別するのかどうかという問題で,これは後で出てくる不当性の判断基準というのとかなり密接に関連しているのではないかと思います。不当性の判断基準のところでは,当事者の合意というものは排除されていると思うのです。しかし,むしろ,不当性の判断基準の中でそういうものを組み込んでいけば,あえて約款か約款でないかとか,あるいは個別に交渉された条項かそうでないか,それから契約の中心部分に関する条項かどうかというような区別は置かなくてもいいのではないかと考えています。かなり乱暴な議論かもしれないのですけれども,このように思っております。   特に,契約の中心部分という区別は,何が中心部分かという問題を生じさせているように思います。これはある意味ではドイツの約款議論にかなり影響されているかと思いますけれども,なかなかこの区別が難しいところもあると思いますので,むしろ区別しないで,ほかの基準で処理できるのならそのほうがいいのではないかと思っています。 ○西川関係官 個別の交渉を経て採用された条項については,これが不当条項として規制される場合というのは,当然のことですが,条項の内容が不当であるから規制されるわけでありまして,そうだとすれば,実質的な交渉があったからといって,それで直ちに不当条項規制の対象外となるのはやはりちょっとおかしいのではないかなと思う次第でございます。   例えば消費者契約で,1,000万円といった法外に高い違約金を取る不当条項があったとして,それを交渉して違約金を900万円にしたからといって,その不当性がなくなるというものではないわけです。そういうことで不当条項規制の対象外になってしまうということであれば,むしろ消費者としては努力して交渉しない方が全体が無効になって有利だと,そういうことにもなりかねないわけでございます。   こういった場合は,あるいは実質的交渉が行われていないという評価のしようもあるのかもしれませんが,とはいえ,ではどの程度の交渉をすれば実質的交渉になるのかというのがかえって不明確になるわけでございます。やはりそういう考え方はちょっといかがなものかと思います。   それから,それともう一つ,契約の中心部分のところについてということです。これも何が中心部分かということが今一つ不明確だったりもしますけれども,そういう理由で不当条項規制の対象外になるというのはちょっと直ちには言えないのではないかなと思います。   それは,約款が多数の取引に画一的に用いられる契約条項であるということはやはりあるわけですが,中心部分であっても,必ずしも実質的な交渉が行われるとは限らないわけです。   契約の中心部分であったとしても,例えば携帯電話の料金体系なんて本当に典型だと思いますけれども,非常に中身が複雑で,例えば消費者にとっては何が何だか分からないということは往々にしてあるわけでございます。   いわゆる隠蔽効果は,契約の中心部分であってもやはり生じることはあるわけでございまして,そういう意味で約款の不当条項規制の対象に中心部分だからならないという考え方はやはり問題があるのではないかと,そう考えております。 ○岡田委員 今,西川関係官からお話ありましたが,私も(2)の個別に交渉されたうんぬんというのは,もともとが情報量とか交渉力に格差があるわけですから,仮に個別交渉したって,基礎から違うといえますので個別に交渉したから対象外というのはちょっと乱暴ではないかなと思います。   それから,(3)なんですが,これは消費者トラブルに関しては,トラブルの原因は正にここです。目的物等と価格の関係ですが100万ということで買ったんだけれども,一体全体この100万というのは妥当なのかどうなのか検証の方法がありません。過去に外国製の鍋セットの訪問販売でトラブルになったことがあります。随分昔の話ですが原価が3万だった物を30万で売ったという例です。それは,公序良俗に反する,暴利行為ではないかとか問題になったのですが,記憶では,暴利行為までは確定されませんでした。   価格と目的物の関係は消費者契約では重要な部分なので,踏み込んでいただきたいと思います。ただ,個人的には難しいだろうと思っていますが。   先ほど西川関係官も同じ意見をおっしゃったので,消費者契約関連法で考えていただけるのかなと期待したいところですが,民法でも検討していただければと思います。 ○潮見幹事 一点だけ申し上げます。個別交渉を経た条項と中心的条項が不当条項規制の対象になるかどうかが議論になっているのですが,基本的に個別交渉というのは,先ほどの直前の御発言をとって申し上げますと,単なる形式的な個別交渉というのではなくて,正に実質的な交渉がされているという前提で,その場合の処理をどうしようかという話だととらえないといけません。   その上での話なのですが,個別交渉条項や中心的条項をここでの不当条項規制の対象から外すという場合,これらについては現行民法90条の暴利行為のあたりで処理すべきなのだという前提で,この種のものを不当条項規制から排除する枠組みはあろうかと思います。   他方,この種の問題は90条の問題とは違うのだととらえ,90条では処理できないということであれば,こちらの不当条項規制のところで対象としなければいけません。しかし,そのように考えないのであれば,ここでこの種の条項を不当条項規制の問題から外すという判断をしたからといって格別変なことにはならないというような感じがします。   このことは今の消費者契約法10条をどのように理解するのかということにも若干関わりますが,個別交渉条項や中心的条項を公序良俗・暴利行為の規律か不当条項の規律かのどちらかでフォローできるのであれば,それで差し支えはないというところと思います。 ○岡本委員 (1)から(3)までまとめて申し上げさせていただきたいと思います。まず,(1)の約款が使用された契約を不当条項規制の対象とするかどうかといった点でございます。先ほども申し上げましたけれども,事業者間では取引の迅速性確保の観点から定型的条項が用いられる,そういうケースが多いと思われまして,そういった場合には必ずしも約款使用者とその相手方との間に格差があるとは限らないという状況だと思います。   それから,事業者間の契約につきましては,約款の隠蔽効果の点につきましても,基本的には自分の責任として引き受けるというのが原則ではないかと思います。消費者契約につきましては,不当条項規制を行うということでもって,確かに情報格差であるとか交渉力格差があるといった点からそのことについては理解できるところではありますけれども,一方,事業者間の契約については,単に定型的契約条項が使用されているからといって,一般条項とか契約の合理的解釈を越えて何らかの不当条項規制を行うということについては疑問を持っております。   確かに,事業者間の契約につきましても格差があるケースというのはあり得るかとは思いますけれども,もしそこで何らかの規制をするのであれば,その格差がある部分をきちんと書き分けて対応する必要があるのではないかと考えております。   それから,個別交渉された条項についての規制ですけれども,ここについては最初に申し上げた約款への組入れの観点から個別交渉された条項をどう考えるかということと,それから不当条項規制の対象としてどう考えるかということと,これ二つの観点を分けて考えないといけないかなと思っていまして。   ちょっと戻って申し訳ないですけれども,まず,組入れ要件のほうから申し上げますと,個別の交渉を経た条項については,当然のことながら組入れ要件は充足している,言い換えれば組入要件を問題としなければいけないような条項には当たらないと考えておるわけでございまして,それにとどまらず,そのような交渉の機会があった以上は,その条項だけでなくて,その条項を含む約款全体が組み入れられてしかるべきだと思います。   さらに,実際に個別交渉が行われたかどうかにかかわらず,交渉が行われるようなそういった機会が設けられている,そういった約款については組入れは認められてしかるべきではないかと考えております。   一方,不当条項規制の対象外か否かといった点につきましてですけれども,この点は先ほど岡田委員がおっしゃられたことと重なってくるところではあるんですが,例えば消費者契約など,類型的に当事者間の格差が認められる,そういった契約については個別に交渉したからといって当然に不当条項規制の対象にならないというわけではないのではないかと考えております。   不当条項規制を行おうとする理由の一つに交渉力格差というのがあると思いますけれども,正に個別の交渉において交渉力の格差がある以上は,個別の交渉を経ているということだけで不当条項規制を行わないというのは,一種の自己矛盾のような感じもいたしまして,そう考えるところです。   いずれにしても,こういうふうに不当条項規制が正当化されるのは,当事者間に何らかの格差があると,あるいは約款の隠蔽効果というのを甘受させるべき根拠に欠ける,こういった理由があってのことですので,一般的に事業者間の契約にも契約条項の合理的解釈とか民法90条の一般条項の対応以上の不当条項規制を一般的に及ぼすというのはいかがなのかと考えております。   それから,三つ目の,契約の中心部分に関する条項についてですけれども,ここは契約の中心部分は何かということも含めまして,なかなか問題自体把握することが難しいと考えておりまして,そういう意味では判断できないところもありますし,実務上もこういった区別を行うというのはなかなか困難なのではないかと考えております。 ○松本委員 契約の中心部分の問題ですが,その中心部分とは何かという定義がはっきりしない中で議論すると,人によって想定している条項が違うので,多分すれ違いになると思うんです。価格の問題だと考えれば,先ほど若干議論ありましたが,暴利行為の問題として処理できるものはそちらですべきであって,約款規制の対象には多分ならないんだろうと思います。   もう一つは,本来価値の低いものを高い価格で買うというのは,どこかで欺瞞的な行為によって誤導されているわけなので,そこの部分を問題とすることによって,取消しとか無効とか損害賠償とかでかなり処理できるケースが多いのではないかと思います。   最近,賃貸借契約の分野で,消費者契約法を適用する判例がかなり増えていて,特に初期のころの原状回復義務特約に関する判決を見ていると,正に対価をあいまいにするという効果があるからよくないという判断なんですよね。もともとは自然損耗の部分は賃料で賄うべきなのに,賃料を安いように見せて賃借人を誘引するために賃料は低く設定する。しかし,最後には本来の賃料との差額は取り返す,それを原状回復義務という形で取り返すというビジネスモデルをとっているわけですね。そのようなビジネスモデルはよくないぞということで,原状回復義務特約は,消費者契約法上の不当条項として無効とされたということです。   最初から賃料としてきちんと計上していれば,あとは賃借人の側がこの物件はこれだけの賃料に値するかどうかを判断すればいいわけなんだから,そこについては正に契約の中心部分であって,不当条項規制は及んでこない。むしろ価格をよりクリアにして判断しやすいようにするために,実際は中心部分なんだけれども,それを付随条項のほうに振り分けて対価を分からなくするようなやり方をやらせないという意味で,このケースでの約款規制の意味があるんだろうと思っています。 ○大村幹事 今の御発言とも若干関係するのですけれども,主として潮見幹事が先ほど御発言になったこととの関連で一言申し上げます。   不当条項規制については,消費者契約法の問題を別にしますと,現行法では手掛かりがございませんので,民法90条のような一般条項によって行われているということであるわけです。   潮見さんの先ほどの御発言というのは,価格に関するような契約の中心的な部分というのは民法90条,あるいは暴利行為の規定を設けるということならば,そのような形で拡張された民法90条で処理をし,他の付随的部分に関する不当条項についてこの不当条項規制を設けようということ,その仕分けをせよということだったと思います。基本的な考え方としては,私にはそれはよく了解できます。   その先ですけれども,この仕分けをするということの意味が問題になります。これは能見委員も先ほどおっしゃいましたけれども,民法90条の規制は基本的には契約法を全部無効にするということを原型にした規制だろうと思っております。この規定しかないので,特定の条項を無効にするためにもこれを使ってきたわけですけれども,現在のように個別条項の規制を行う必要性というのが高まってきますと,やはり民法90条でやれることには明確性の観点から限度があるのではないかと思います。   ここでは不当条項「規制」となっておりますので,今まで以上に「規制」を強化するのかという議論が出てくるわけですけれども,現に行われている不当条項規制を明確化するという観点から,特別な規定を置くということが一つ考えられてよいのではないかと思います。これが第一点です。   他方,中心部分に関わるものなので,民法90条ないしその拡張法理によって全部を無効とすると考える。あるいは,付随的な部分なのでその部分だけを不当条項規制で削って,残りの契約を生かしていく。こうした二分法は,先ほど申し上げたように一般的には支持されると思います。   ただ,限界例はやはり残るだろうと思います。先ほども話題になりましたけれども,約款のような形を採っているけれども,実はそれは中心的な給付を記述する条項だといったような場合に,それをどうするのかといった問題が残る。この点について,切り分けが明確にできないということであるとするならば,これは野村委員がおっしゃったことですけれども,一応全体として不当条項規制の網を掛けておいて,それから外れるものは抜いていくという形で対応するのがよいかと思っております。 ○山本(敬)幹事 まず,個別の交渉を経て採用された条項についてですが,これは潮見幹事などが既に指摘されたとおりでして,実際に個別に実質的な交渉を経て合意が行われるときは,通常の契約と同じであって,そのような場合にまで一般原則よりも無効とすべき範囲を広げる理由はないと考えられます。その意味で,これは,約款に対する特別な規制の対象から外して,一般原則にゆだねるべきだと思います。   これに対して,真に実質的な個別の交渉を経ることは想定できるのかと言われることがありますが,例外かもしれないけれども,実際に個別の交渉を経て合意が行われたと認定される場合はどうするのかということが,やはり問題になるだろうと思います。   そのほか,実質的な交渉の有無という基準はあいまいだということもよく指摘されるところです。これについては,実質的な交渉があるかどうかに関して更に具体的な基準を整備していくことで対処できると思いますし,そのような観点からいくつかの提案もされているところですが,仮にそれでもまだ基準がなお不確かだというのであれば,例えば,次のように規定することも検討してはどうかと思います。と言いますのは,「約款中に含まれる条項であっても,それについて当事者間で特に合意されたものについては,約款に関する規定を適用しない」と定めるという提案です。つまり,「個別に交渉を経て採用された条項」ではなく,「個別に合意された条項」は約款の規律の適用対象としないということです。先ほど申し上げた趣旨からしましても,当事者が実際に個別の合意をしたときは,それは一般原則によるべきであって,もはや約款に対する特別な規制を適用する理由はないと言うことができます。そして,合意があったかどうかという認定は,別にここだけで問題になることではなく,至るところで問題になることですし,実際にそのような認定を裁判実務でも行っているわけです。したがって,これをもって基準が不明確だというわけにはいかないだろうと思います。少なくとも,このような考え方も含めて,御検討いただければと思います。   それから,契約の中心部分に関する契約条項については,部会資料13でもそうですし,11でもより詳しく検討されていますが,そこでこれを規制の対象から除外する見解の論拠として挙げられているもののうち,私が一番重要だと思いますのは,価格などの契約の中心部分については,その当否を判定する基準が一般的には存在しないのではないかという論拠です。   特に価格規制を行うときには,何をもって規制の基準にとなる「適正額」と見ればよいのかということが,規制の前提として大問題になります。商品について市場価格が形成されているときは,それが基準となると考えられそうですけれども,例えば,市場において当該条項が広く使われていて,その不当条項を前提として市場価格が形成されている場合に,その不当条項を除いたときに,市場価格が一体どうなるのかということは,容易に判断できません。ましてや,商品が多様で,その特定の給付内容を持った商品について市場価格が幾らになるのか分からない場合や,そもそも一般的な市場が形成されているとは言えないような商品も考えられます。そのような場合に,どのような基準で介入するのか,その介入は恣意的なものになりはしないかというのが,価格規制を行う上で避けて通ることのできない問題ではないかと思います。   同じことは,一定の価格に対する給付の内容がどのようなものであれば適正かという形で,主要な給付の内容に対する規制についても当てはまると思います。   先ほど確か西川関係官もおっしゃったことですけれども,この種の問題についても規制を行うべきだという際にしばしば挙げられるのは,対価についても算定条件が複雑になっていて分かりにくいということです。典型例として,先ほどの携帯電話の料金体系がよく挙げられたりします。しかし,松本委員がおっしゃいましたように,ここで問題になっているのは,一定の給付に対する対価としてそれが適正かどうかということよりは,契約をしたときにどのような給付に対してどのような対価を支払うことになるのかが,あらかじめ分かりにくいということだと思います。つまり,これは,内容規制そのものの問題というよりは,契約の透明性の問題ではないかと思います。むしろ,そのような問題として,内容規制とは別に規制を行うことを検討したほうがよいのではないかと思います。更に言いますと,それ以外に,相手方の無知につけ込んだという事情があれば,暴利行為に相当する規制でカバーすることも考えられます。   このように,少なくとも対価や主要な給付内容を規定する契約条項については,約款に対する特別な内容規制の対象から外した上で,しかるべく別の規制を考えていくべきではないかというのが私の意見です。 ○岡委員 三つ申し上げます。最初に,個別に交渉された条項あるいは特に合意されたものを除くという点についてでございます。弁護士会は,基本的に約款規制賛成なんですが,消費者契約,消費者保護については,これは一切及ばない。消費者保護については個別に交渉されようが,特に合意されようが,構造的な格差があるものについては不当内容規制を及ぼす,これに影響を及ぼしてはいけない。   山本敬三先生が最初に今回の約款規制は事業者同士だとおっしゃいましたけれども,今は携帯電話のことなんかをおっしゃって,何となく消費者契約に及ぶのではないか。及ぶとしたらこの点は絶対におかしいという意見が弁護士会にございますので,消費者契約以外,あるいは就業規則以外の一般的なルールだというのを是非明確にすべきであろうと思います。   要するに,消費者契約とか就業規則の方にまで及ぶ規制で個別交渉事項を外すということについては弁護士会は大反対でございます。   それから二番目に,個別交渉条項でありますとか契約中心条項でありますとか,こういう規制に外すということについて,先ほど組入れ要件のところで議論されていた条項全体を提示できない,あるいは提示してもとても読めない,そういう契約を念頭に置くと,こういう個別交渉条項だとか中心部分条項を外すというのは理解できます。   ただ,今回定義をかなり広く置いて,当然に相手に交付しているような標準契約,4〜5ページで読めるような契約,そういう契約についてまで今回事業者同士での契約でも一応約款の中に入れるというスタートになっております。その場合,組入れ要件は軽々とクリアする。個別交渉も恐らくクリアする。事業者同士の標準契約で短いもの,それについてどうなるんですかという質問を受けたときに,組入れ要件は交付したらまず問題ないですよと。個別に交渉していたら問題ないですよと,不当条項規制,グレーリスト,ブラックリストあっても問題ないですよと,そういう説明をして,それだったら問題ないねと言われているんですが。そういう理解でいいのかどうかをどこかで確認させていただければと思います。   要するに相手に交付する契約,読もうと思えばA4版で5〜6枚で読める契約,そういうのも標準契約だったら今回約款の定義に入ってしまう。組入れ要件はクリアする,個別に交渉あるいは特に合意していたら問題ない。そしたら,約款に入口で入っても,出口のところは真面目に交渉していたらそれで終わるんです,問題ないんですねと,そういう理解でいいのなら余り反対はないだろうと思います。   それから,最後に,先ほどの野村先生のおっしゃった話でございますが。やはり弁護士会も最終的には不当条項アプローチ,大村先生がおっしゃったような民法90条の更なる具体化,それに至るべきだという考えの者が多くございます。ただ,一挙にそこにいくのは大変なので,たまたま約款で規制を入れようという動きもあるし,諸外国にも例もあるのであれば,取りあえず約款で入って,最終的には野村先生のおっしゃるような民法90条の具体化,そういう方向にできるだけ早く進むのがいいのではないか,そんなふうに考えております。 ○鎌田部会長 御質問にわたる部分もありましたけれども,これはまたその点を含めて皆様に御検討いただくというような処理にさせていただければと思います。 ○高須幹事 契約の中心部分に関する条項を不当条項規制から除外するかどうかの点でございます。今までの御説明なり御意見なりを伺っていて何となく議論の内容が分かってまいりました。不当条項規制の存在は公序良俗の発動を排除するものではないということも分かってまいりました。   それにしても,今回のような立法をするに当たって,契約の中心部分だから除外するというような書き振りといいますか規定振りをしますと,むしろどちらかというと契約の中心部分についてはそういう公序良俗のようなものを考慮しないんだというような取られ方をやはりされるのではないか。市場に関することは確かに市場に任せるべきというのもそのとおりでしょうし,裁判官が判断できない部分もあるのもそのとおりだとは思いますが,そのこと自体がまた強調されすぎるのもやや司法に携わる者としては心配だというような気もしております。   当たり前のことを当たり前に規定することの難しさということを今感じているんですが,むしろどちらかというと,契約の中心部分に関する条項だからという書き振りをしないで,不当条項の内容のほうでそういうところには誤った規制を掛けないように注意する,こういうことを考えていくべきではないかと,このような考えを持っております。 ○山川幹事 先ほどの中井委員の御発言との関係で,2の(1)から(3)以外の論点になるかもしれませんので,申し上げます。   労働契約法が拘束力に関する特則であるという日弁連法制委員会の御指摘はそのとおりですが,後半の不当条項規制が掛かるかという点は,先ほどお話ししたように,拘束力の要件を緩和する代わりに内容規制を加えるということで約款の拘束力を正当化するということだとしますと,労働契約法は正に合理性という要件の下で拘束力の要件を緩和する規定を置いていますので,そうするとこの問題は労働契約法が完結的に規制しているのではなかろうかという考えも成り立つと思います。   それが一般的な論点になるかもしれないと申しますのは,先ほど電気事業法の例もありましたけれども,拘束力について,あるいは内容規制も含めて,特別法で完結的に規制されていると考えられるものについては,不当条項規制も外されるといえないかという問題があると思われるからです。そうだとすると,実務上は結構そこで解決される点が多いのではないかと思います。 ○山野目幹事 手短に申し上げます。論点の2(3)の契約の中心部分に関する条項についてでございますが,ただいま高須幹事がおっしゃった検討の方向に私は賛成でございます。2の(3)の論点は,実は,休憩の後に,どのようなリストを考えるかという議論の中で,中心部分に関わりのあることであるからといってリストアップの中でそれを考慮することをいとわないという態度を示唆している論点なのであって,何も積極的に価格統制を行うとかそういうことを言おうとしている議論ではないものであると理解しておりますから,そのような観点から,今後の議論の中で見守っていきたいと感じます。   なお,2の(3)の論点と同様のものが一つ前の組入れ規制のときにも議論されまして,あのとき中井委員しかその論点について御意見がありませんでした。記録にとどめる意味で,私も中井委員の御意見と同じであって,約款の概念から直ちにその理由で排除するのは適当でないということを述べさせていただきたいと考えます。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。   それでは,ここで休憩を取って,その後に不当条項の3及び4に進みたいと思います。今リストのお話もありましたけれども,4に入ってリストの説明も頂きますけれども,このリストに挙がっている条項の一つ一つをどうするかという議論については,今日の段階では余りそこに力点を置いていただかないで,全体としてどういう方向での検討を今後進めるか,そういったリストを設けることの要否というところを中心に,休憩後の御議論を展開していただければと希望いたしております。           (休     憩) ○鎌田部会長 それでは,再開させていただきます。   部会資料13−1の2ページの下のほうから4ページ中ほどまでの「3 不当条項に関する一般規定の内容」及び「4 不当条項に該当する条項のリスト」について,御審議いただきます。まず,事務当局に説明してもらいます。 ○笹井関係官 「3 不当条項に関する一般規定の内容」においては,不当条項規制を行う場合の一般規定について,不当性の判断基準など,その内容を御議論いただきたいと考えております。   また,「4 不当条項に該当する条項のリスト」においては,どのような条項が規制の対象とされるかの予測可能性を高めるために,不当条項のリストを作成することが有益であるとの考え方が提示されていますので,そのような考え方についてどのように考えるか,また,リストの在り方として,いわゆるブラックリスト,すなわちこのリストに該当すると判断されれば不当条項とみなされるリストと,いわゆるグレーリスト,すなわちこのリストに該当しても不当性が推定されるにすぎず,条項使用者が不当性を阻却する事由を主張立証して不当性の評価を覆すことができるリストの二種類があるとされていますので,このようなリストの在り方について御議論いただきたいと考えております。このような議論の手掛かりとして,資料においては,具体的な立法提案や外国の立法例から,それぞれのリストに掲載される条項の具体例を記載いたしました。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明がありました「3 不当条項に関する一般規定の内容」及び「4 不当条項に該当する条項のリスト」につきまして,一括して御意見をお伺いしたいと思います。御自由に御発言ください。 ○筒井幹事 山本和彦幹事から事前に発言メモが提出されていますので,それを読み上げる形で紹介いたします。ただいま説明いたしました部会資料13−1の4ページ,グレーリストの例として「ア」から「カ」までが掲げられているうちの最後の「カ」についてです。   相手方の裁判を受ける権利を制限する条項をグレーリストに掲載することに賛成する。   相手方の提訴を禁止する条項(無条件の不起訴の合意)については,ブラックリストに加えることも考えられるのではないか。   例示として,仲裁条項については明示すべきではないか。その際には,仲裁法附則3条の消費者仲裁合意に関する特則についても見直しを検討する必要があるのではないか。 ○鎌田部会長 ほかに御意見はございませんか。 ○新谷委員 このリストの適否,要否に入る前に,まず連合として,不当条項規制に対しては,契約当事者のうちの情報力,交渉力の劣位にあるものを救済するために設定するということであれば,民法での立法化について賛成したいと思っています。   その前提の下で,このリストの内容についてです。労働の分野から見れば,特にこのブラックリストに掲げられております「イ」の条項は,例えば安全配慮義務違反において,労働側から使用者に対する損害賠償請求の上限を設定された場合に意味があると思います。また,グレーリストの「イ」の部分については,先ほど山川幹事からも御指摘を頂きましたが使用者による就業規則の一方的な不利益変更がよくあります。これについては労働契約法で立法措置がされておりますが,その労働契約法における判断については,裁判を通じて確定させる必要があります。そのため,仮にこれがグレーリストの中で設けられますと,合理性という抽象的基準に該当するか否か争いが生じる以前に一義的にその拘束力が否定されることとなり,意味があると思っています。   さて,申し上げたい意見は個別具体的な内容ではなくて,このブラックリストとグレーリストのリストの作り方についてです。これらの内容はいずれも公序良俗違反の下に内容が組み立てられているのではないかと思います。しかし,公序良俗違反というのは当事者の立場によって変化することもありえます。そのため,いかなる行為を公序良俗違反とするかについての規定を,契約当事者の両方に適用するということが果たして統一的に可能なのかどうか,検討する余地があるのではないかなと思っています。   例えば,ブラックリストの中に,損害賠償責任の免除の項目がございますが,これは消費者契約の場合であればその消費者が条項使用者となることはあり得ないのでしょう。消費者から事業者に対する損害賠償請求の交渉を妨げる条項は,事業者が設けることを念頭に置いて,これは不当条項として扱うということが想定されておりますが,この逆のケースというのは想定外のこととされていると思います。   しかし,労働の分野では,例えば労働契約において,使用者に安全配慮義務違反があった場合,労働者に対する賠償義務を免除させるという項目を置けばこれは公序良俗違反で不当条項に該当しますが,逆に,例えばタクシーやトラックの運転手といった労働者が条項使用者となり,自損事故を起こした場合に,その自動車を壊したケースに故意又は重過失がない限り,労働者の使用者に対する賠償義務を免除あるいは減免させるといった条項を設けた場合に,損害賠償責任の免除項目ということになり,ブラックリストの不当条項に該当してしまうのではないかという懸念があります。   また,別の例で申し上げますと,労働条件を産業横断的に引き上げを図る際に統一労働協約の改善闘争を行うのですが,そういった労働条件の引上げのうち,例えば法定の有給休暇を上回る日数をその統一協約の中で獲得すると,これは法定日数を上回る休業する権利を取るということになり,この条項でいいますと,条項使用者が任意に債務を履行しないことを許容するという条項に該当して,自動的に効力が否定されるという解釈が成り立つのか成り立たないのか,そういった懸念もございます。   そのため,この両面性というのを考えたときに,今後検討するに当たり,労働の分野については,使用者が条項使用者である場合だけに限り,御議論いただければ有り難いと思っております。 ○奈須野関係官 不当条項規制については,一般的には契約当事者間の交渉力の格差の是正や約款内容の妥当性確保に資するという側面があり,違法行為を未然に防止する効果があるということで,その意義自体は否定するわけではございません。   ただし,この場で問題提起されているような不当条項のリスト規制,不当条項をカタログ化していくということについては,極端な事例が一般化されるということで,原則と例外が逆転するという恐れがあるので,こちらについては賛成できないということであります。   そもそも約款による取引が近年拡大した背景には,約款によることには相応のメリットがあるからであります。そのメリットの中には,ブラックリスト,グレーリストに該当するような事項も当然にあるということでございまして,このこと自体については一概に非難できないと思います。   そこで,どのような場合にこのようなブラックリスト,グレーリストに該当する事項が発生し得るかについて四点ほど述べさせていただきたいと思います。   第一点は,先ほど不意打ち条項の話でも触れたところですが,新しい商品・サービスにおいてはどのような条件でこれを提供するか,それ自体がビジネスモデルと密接不可分な存在であるということであります。新しい商品・サービスを提供するに当たっては契約内容を自由に設計できるようにするということが新しい商品・サービスを提供する者にとっての予見可能性を確保するという意味で重要なわけであります。   そのような観点から,例えばインターネット上におきましては,ここで例えば挙げられているようなブラックリストの「ア」に該当するような条項,あるいはグレーリストの「イ」に該当するような条項のようなことが通常行われております。したがって,こういうものについて不当条項であるとかあるいは不意打ち条項であるとして規制していくことについては,新しい商品・サービスを我が国において提供することの支障になると考えております。   第二点ですけれども,新しい商品・サービスでなくても,その商品・サービスの性質上,万一のときに莫大なリスクを負うことが予想されるというときに,予見可能性を確保する観点から,このブラックリスト,グレーリストに該当する事項を約款中に埋め込むことが想定されております。   例えば,銀行や証券会社向けの情報処理システムのサービスのようなものについては,極めて厳格な品質管理が求められて,その分利用料も数千万,数億円というものも存在しますけれども,システムメンテナンスやシステムエラーとの関係でデータが消失してしまうということを完全になくすことは技術的には不可能であります。そのようなことに備えて債務不履行責任を制限したり,あるいは損害賠償請求の上限を定めるといったブラックリスト「イ」に該当することが通常行われているということであります。   このような事業に対して,不当条項規制を設けると,情報処理サービス業,あるいは鉄道事業といったものについて参入する者がいなくなるということが想定されるわけであります。   第三の理由ですけれども,グローバル化した取引では,これら不当条項に該当するものが,外国においてはデファクトとして通常行われているということも起きるわけであります。例えばソフトウェアのライセンス契約においては,ディフェンシブターミネーションとか,あるいはNAPといった非係争条項があり,ライセンシー側がライセンサーに対して裁判を提起した場合には,契約はターミネーションするといった条項が通常置かれております。   あるいは,例えば私の手元にインターネット上で無償で提供され,世界的に共通に利用されている音楽管理・再生ソフトウェアの使用許諾契約の写しがありますけれども,その中には,例えば人体損傷が起きた場合,責任論に関係なく,いかように発生し,ソフトウェア提供者が当該損害の可能性を示唆した場合においても一切の責任を負わないというようなことになっております。それから,損害賠償額の上限についても50米ドルというような規定がございます。   このようなものが不当であると言うことはたやすいわけですけれども,そのようなことを言っていると,外国で通常行われているビジネスが日本では展開できないということになって,国際競争力をそぐと,あるいは企業が海外に逃げていくことになりかねないと懸念しております。   それから,第四点でございます。ここでは消費者契約を前提として,それを一般的に拡張するというような議論が展開されておりますけれども,消費者と異なり,事業者にとっては長期的にWIN−WINの関係になればよいのであって,契約の一部分だけ取り出して,そこが不当であると言われても,そこはお互いプロ同士,納得の上で契約関係に入っているということですので,どこまでそれを後見的に保護する必要があるのかということでございます。   例えば,フランチャイズ契約や,代理店契約などにおいては,ブラックリスト,グレーリストに該当し得るような規定が含まれ得るわけですけれども,これ通常ライセンス料など取引条件に織り込まれている。それが嫌ならばフランチャイジーにならなければいい,あるいは代理店にならなければいいだけのことであって,独禁法違反である場合は別として,果たしてこのような契約を規制する必要があるのかということであります。   したがいまして,このような不当条項のリスト規制,カタログ化ということについては,消費者保護法や個別事業法,独禁法あるいは場合によっては業界の自主規制といった,個別分野それぞれの丁寧な対応が必要ではないかと考えております。 ○鹿野幹事 不当条項のリストについてなのですが,これは先ほど議論がありましたところの,個別に交渉された条項を規制の対象に入れるのかどうかということとも関わってくると思います。   個別に実質的な交渉がされた条項については当該規制の対象から外すということになりますと,一般規定のほかに具体的なブラックリストなどを設けて積極的に規制を図っていくことにもそれなりの合理性があるように思えるのですが,そうではなくて,仮に個別交渉がなされたものについても対象にするということであると,リストの在り方が違ってくるように思うのです。もちろんその場合でも,リストを設けるということ自体を否定することにはならないかもしれませんが,リストの内容につきより慎重に検討されなければならないことになろうと思います。   特にブラックリストにつきましては,これは評価の余地がなく無効とされる契約条項ということでしょうから,個別交渉の有無を問わないという前提をとるとすると,たとえ個別に実質的な交渉がなされても直ちに無効とされるということになります。そうすると,この場合のブラックリストはかなり限定的なリストにならざるを得ず,むしろその場合は,グレーリストを充実させる方がよいということにもなろうかと思います。いずれにしても,その関係を考慮してこのリストを考えていくべきだと思います。   それからもう一点ですが,このような具体的リスト以外に,いわゆる不当条項の一般規定も設けるということに賛成です。そしてその場合には,この資料2ページにも書かれておりますように,不当性の判断の際にどのような要素が考慮に入れられるのかを掲げた上で,信義則に反して相手方に一方的に不利益を課すというような定めを置くことが考えられると思います。問題は,そこで考慮されるファクターです。確かに,ここでは内容的な不当性が中心になるとは思いますけれども,それと併せて,いわゆる透明性の要素も含ませるべきではないかと思います。条項の客観的内容に加え,その規定の仕方が不透明であるために相手方に一層不利益を与えるという場合もあるのではないかと思います。そこで,透明性の原則についても併せてそこに設けてはいかがかと思うのです。   比較法的な参考としては,詳細版の22ページにドイツ民法の条文が置かれていますが,その307条1項の後段のところに,不相当な不利益は,「条項が明確でなく,又は平易でないことからも生ずる」ということが規定されています。これは,ドイツの判例で,不当性判断においては条項の客観的な内容だけではなく,条項の設け方も併せて考慮されるという解釈が積み重ねられ,それが条文化されたものと認識しておるところです。   日本においてはそのような裁判例の積み重ねがあったとまでは言えないかもしれませんけれども,条項の定め方が相手方の不利益につながるということは否定できないと思いますので,この点も併せて考慮に入れてはどうかというのが私の意見でございます。 ○中田委員 ただいまの鹿野幹事の御発言に関連する点です。内容とともに透明性についての規定を置くというのは,これは十分考慮に値すると思います。ただ,その場合に,先ほど松本委員からも御指摘があった点とも重なりますけれども,契約締結時の状況もそこに入ってくるのかどうかということが問題になってくると思います。そうしますと,契約締結過程の規律,取り分け情報提供義務に関する規律との関係を整理しておく必要があるだろうと思います。 ○山野目幹事 一つ二つ前ですか,奈須野関係官がおっしゃった御意見について,少し真意を理解させていただくためにお尋ね申し上げたい部分を感じました。   先ほどのお話では,リストを作るというのをカタログ化とおっしゃったでしょうか,カタログ化してリストを作ることは規制を強化することになって取引を阻害することであるから反対であるというような響きに,少し私が誤解しているのかもしれないんですが,理解されかねないように聞こえました。リストを作るというのは取引を阻害することになるのでしょうか。リストを作ることによって規制を明確化することは取引を推進するはずでありまして,むしろ奈須野関係官が非常に観点として重視しておられるコントラクト・イノベーションなどの視点には整合するものであろうと私は理解していたのですけれども,違いますでしょうか。   お話を伺っていると,リストの中身について不適切なものを一つ二つお挙げになったようにも感じますが,リストを作ることそのものに反対なのか,リストの内容についてもう少し慎重な議論をしていこうということを御提言なさったのか,私の理解不足かもしれませんが,恐縮でございますけれども,教えていただけませんでしょうか。 ○奈須野関係官 信義則などの一般条項でこれまで保護されてきた案件というのは,特殊な事件,事例というのがほとんどなわけです。それを逆に信義則違反となるような不当条項としてリスト化するということになると,あたかも原則と例外がひっくり返ってしまって,こういう場合は絶対にブラックだから駄目だというようなことになって,そのブラックリストに抵触するような契約というものについて萎縮し,事実上禁止されるというような効果が発生するのではないかという問題意識であります。 ○岡本委員 3の(1),(2),それから4の(1)について順にお話ししようと思います。4の(2),4の(3)についても申し上げたいことはあるんですけれども,後に時間があれば申し上げるということで,取りあえずは自粛しておこうかと思います。   まず,3の(1)の不当条項に関する一般規定における不当性の判断基準につきましてですけれども,判断基準を考えるときに,一般規定であるがゆえに相当程度抽象的なものにならざるを得ないということになろうかと思います。現に消費者契約法の10条におきましても,不当性の判断基準といたしましては,民法1条2項に規定する基本原則に反して消費者の利益を一方的に害するといった内容になっておりまして,相当程度抽象的でございます。   仮に不当性の判断基準としまして,このように信義則などの民法の一般規定を持ち出さざるを得ないとしましたらば,そもそもこういった不当条項に関する一般規定を設ける意味というのが逆に疑問になってくるといったことがあるのではないかと思います。   信義則違反を根拠といたしまして,無効なり取り消し得べきという効果を規定するというそういう点で全く無意味というわけではないのではないかとは思いますけれども,規定しなくてもある条項が信義則に違反して相手方の利益を害するというものであれば,その条項に基づく請求ですとか抗弁の提出というのはそれが信義則違反ということで認められなくなるということになりそうでございまして,そうであるとしましたらば,わざわざ規定を設けなくても,一般条項による対応で十分なのではないかと考えます。   次に,ある条項が不当とされた場合の効果につきましてですけれども,そもそも条項の全体とか一部とかというときに,何をもって一個の条項というのかが必ずしも明らかではないのではないかと考えます。契約が書面にされていた場合に,そこに記載された何条何項というそれをもって一個の条項というのかどうか,その点がまた疑問なわけです。仮にそうであるとすると,何条何項にただし書付きの規定を置いた場合と,ただし書を次の条項に分けて規定した場合とで異なることになるのかどうか,そこら辺に疑問を持っております。   こういった点にかんがみますと,あらかじめある条項が不当とされた場合の効果を規定することによって,かえって硬直的になるというふうなおそれもあると思われますので,個別の契約条項の合理的解釈とか一般条項による対応がむしろこの点については柔軟であっていいのではないかと考えます。   それから次,4の(1)の不当条項リストについてですけれども,ある条項が不当であるか否かというのは,その条項だけではなくて,ほかの条項であるとか契約の締結過程であるとか,あるいは契約外の事情であるとか,そういったこともひっくるめまして契約を全体として見て決めることではないかと考えておりまして,条項をカテゴリカルに取り出して不当かどうかを決めるということについて,そもそも論としての疑問がございます。   ある条項は一方に有利だけれども,対価がその分安いであるとか,ほかの条項では逆になっていて全体として釣合いが取れているとか,そういったことは十分にあり得るわけでございまして,一定の類型に該当することで直ちに不当条項とみなす,あるいは推定することによりまして,契約全体から判断すれば合理的な条項であっても不当条項とみなされあるいは推定されるというおそれが生じるのではないかという危惧を持っております。特に反証を許さないブラックリストにつきましては,そういった弊害が大きいのではないかと考えます。   そういう意味では,繰り返しになりますけれども,契約条項の合理的解釈あるいは民法90条の一般条項で対応するといったほうが柔軟性の点でも,それから個別事案の合理的な解決といった点でも利点があるのではないかと考えております。 ○西川関係官 不当条項に関する一般規定の内容の(1)の判断基準のことですけれども,誰との関係でその不当性を判断するのかという点については,ちょっと考えますところ,少なくとも約款についてであれば多数の相手方について画一的に判断するというほうが約款というものの趣旨に合っていますし,取引の安定性を確保するという観点からはやはりそうなるのだろうと思っております。   ただ,その際は,高度な判断力とか交渉力を有しているような,言ってみれば合理的な経済人,そういう抽象的にしか存在しない人を基準にして不当性とかを判断するというのではなくて,現実の一般人,判断力とか交渉力が乏しい,そういう人々を想定して判断するというのが必要だと思っております。   それからあと,2の不当条項とされた場合の効果でございますけれども,提案の選択肢として,不当とされる限度で否定するといったようなオプションもあるようですが,これについては,特に約款などでそういう個別判断するということになると,「不当とされる限度」というのが,どのラインになるのかというのを画一的に判断するということは簡単ではないわけでございます。しかも,ある程度は有効になるということであれば,例えば約款に駄目もとで不当条項を入れてくるというような事業者も出かねないわけでございます。そういう意味では,事業者のコンプラ意識を高めるという観点からも,当該条項全体を無効とするという方がよいのではないかなと思っております。   あと,特に約款にそういう不当条項が混じっているということになりますと,それは個々の被害者が取消しをしなければいけないということになりますが,それよりは,無効という構成でいくほうが,社会的な公正性の確保という観点でも望ましいのかなと考えております。   それからあと,不当条項のリストでございます。どういう条項が不当条項と評価されるべきかということについては,理念的に考えても必ずしも正しい結論が出ないのではないかと思っておりますので,ここはやはり裁判例などを基に,十分な調査を行って,どういう条項がリストに載るべきかというのをもっと緻密に検討していくべきではないかなと思っております。これはお願いというか要望に関するところでございます。 ○深山幹事 不当条項リストの例としてここに挙げられているリストについては,個々の一つ一つはともかくとして,こういったリストをある程度具体的に盛り込むことは,基本的には規律,規範を明確化,具体化するという意味で賛成したいと考えています。しかしながら,今日の議論で発言しにくかったのは,例えばこの不当条項リストにしても,約款の規制のための不当条項規制なのか,そうではなくて必ずしも約款に限らないでもうちょっと一般的な契約条項の規制なのか,よく分からなかったからです。これが資料上は両方視野に入れたような書き方にはなっておるんですが,ただいろいろ御発言を聞いていると,それぞれの方が想定しているのが,いかにも約款規制を前提にした御発言のように受け取れる方もいれば,必ずしもそうでもない方もいて,そこは認識が共有されていないように思います。そもそもどちらなのかということによって,そこから先のどういうリストにするのかという議論の内容も違ってくるんだと思うんです。   約款に限らないということになると,既に御指摘もありますけれども,民法90条の具体化のような位置付けになってくる。それはそれで必要だし,あっていいと思うんですが,そうではなくて,約款を用いた場合の,それが契約に取り込まれた場合の規制だと考えると,それはちょっとニュアンスがまた違ってきます。例えば個別論点で,個別に交渉された場合はどうかということなども,約款などを想定すると非常にフィットした論点ですが,そうでなければ,合意の成否という一般論として議論すればいいということになってしまって,個別に取り上げる意味もなくなってくると思います。   こういう論点を掲げているということは暗に約款規制を前提にしていることを示唆しているのかなと,うがった見方もしたくなるようなところです。   あるいは,契約締結時の状況なども考慮すべきなのかという御指摘もありましたけれども,これもやはり90条の具体化みたいなことであれば当然その契約締結時の状況だとかもろもろの状況を判断して不当かどうかというのを判断すべきだということになっていくんでしょうけれども,専ら約款規制なのだとなると,やはり約款の隠蔽性などに着目して,契約に取り込まれた場合でも一定の不当な内容のものについてはその効力を否定するというような議論になってくるのかなと思います。   いずれにしても規制の対象が約款を前提にするのかしないのかによって大分違ってくるのではないのかなということを申し上げたかったのと,そうなってきますと,休憩前に議論した約款の定義ないし範囲も問題となってきますが,これもまたやはり人によって大分イメージが違って,運送約款とか保険約款とか誰もが約款と考えているものはいいのでしょうけれども,そこから先どこまで広げるかについては多分ここにいらっしゃる方々のイメージというのも必ずしも共有されていないのではないかということもあります。   仮に約款を前提にしたとしても,約款の定義が決まらないと,それにふさわしいリストの作り方とか中身が決まってこないので,どこから決めていったらいいのかというのは難しいところだと思います。 ○藤本関係官 不当性の判断基準のお話ですが,比較対照すべき標準的な内容とか,個別の相手方との関係で判断するのかとか,不当性判断の考慮要素は何かということについてであります。これは基本的には個別具体的な要素を加味することが妥当な場合が多いのではないかと思っております。   例えば金融関係で考えてみますと,約款の中に不当だと思われることもあるかもしれません。その分何か非常に任意規定よりもより有利な扱いをしている部分というのが含まれていることもあったりすることから,それを総合的に勘案する必要が生じる場合もあるのではないか。   それから,今度はちょっと約款を離れて,約款以外にもいろいろ金融機関と顧客との間で事実上あるいは営業上あるいは顧客の便利という観点からいろいろなことを行っていることもあろうかと思います。いろいろな通知を行ったりしていることもあるかもしれません。また,業法などでそういうことをすることが求められている場合もあるかもしれません。   そういうことも全体として考えて,ではこれが契約内容として不当かどうかということを判断すべき場合もあるのではないかと思います。   それからもう一点,ちょっと話は変わるのですが,ブラックリストとグレーリストで,グレーリストに入ったからブラックリストよりはより柔軟な対応ができるのではないかという見方があると思うのですが,日ごろ金融関係者の行動などをこちらのほうから見てみますと,やはりリスク回避的といいますか,そういうグレーとされたものは避けようというようなこともあるかもしれません。また,法律関係者もグレーとされているものを契約条項に入れることに自分はオーケーを出すと言いたくないという面もあるかもしれません。したがって,ややもするとグレーだと思っていたものが実際にはブラックの扱いで世の中が動かざるを得なくなってしまって,そうすると,結果として妥当ではないような事態が生じるというということになると心配だなと思っております。 ○岡田委員 民法の中で個人も事業者も同じ位置付けになっており個人に関して,特に消費者に関して情報とか交渉力の格差が出てきたということで消費者を保護しなければいけないと消費者関連法律ができてきたのですが,今回はその民法の中に情報とか交渉力の格差のある人に対してもある程度納得した適正な契約ができるようにということで検討されているのではないかと思うのですね。   ですから,新しい産業が成長するためにとかそういう次元の問題ではなくて,むしろバラの個人が自律した契約をするように,そのための民法の規定というものが私は求められるのではないかと思います。   そう考えると,消費者契約法の不当条項というのは本当に画期的だったし,私たち消費生活センターとしては有り難く活用させていただいています。   ただ,残念なことには,それは消費者しか適用されないということで,消費者以外の情報や交渉力の格差のある方々は結局事業者という十把一からげで不利益を被っているというのが実態だろうと思うのです   そういう面でリストアップするというのは,このリストが妥当かどうかはともかくとして,分かりやすくてなおかつ契約が適正かどうかという判断基準になるという部分では大変私は期待したいと思います。   消費者契約法の中で,(2)なんですが,「不当条項に関する一般規定の内容」ということに関してですが,消費者契約法10条で任意規定に限っています。この部分に関しては,新しい契約形態がどんどんでてきていますので,任意規定に該当しないような不当条項規制も必要になってくるのではないかと思いまして,任意規定に限るという部分に躊躇します。   次の個別の相手方というところなですが,これは私たちは適合性の原則的なことなのかなと思うのですが,消費者契約法には入っていますが民法にも入れるべきではないかと考えています。 ○大村幹事 大分前の奈須野関係官と山野目幹事のやり取りについて,私もちょっと奈須野関係官に御質問させていただければと思います。   リストを作ることの副作用と,それからその後にブラックリストの当否についても御発言をされたように伺ったのですけれども,リストを作ることの当否ということについて申し上げますと,お答えもありましたけれども,ブラックリストは例外でありますので,例外であるということが明らかになるものを明確な形で定めるということが必要なのではないかと思います。   その上でなのですけれども,これは個別のどの例がいいとか悪いとかということではないのですけれども,ブラックリストとしてここに挙がっているものの中には現に行われていて有効とすべきものがあるというように聞こえる発言があったように思います。そこのところをもう少し特定してお話しいただけますでしょうか。 ○奈須野関係官 不特定多数の人に新しいサービスを無償で提供する場合,どのように利用されるのかがあらかじめ予想できないので,包括的に任意の債務の履行を停止する条項を入れておく事例がございます。例えばインターネットオークションでは,出品禁止物について,いったん出品した後であっても,主催者がこの禁止物に該当すると思われる商品をオークションから削除するというような定めがございます。このような出品禁止物に関する規定も,一種の「条項使用者が任意に債務を履行しないことを許容する条項」に該当してしまうのではないかとの懸念の声が寄せられています。 ○大村幹事 今のヤフーの条項が何を指しているのかが必ずしも十分に理解できないのですけれども,今のお話を伺った限りでは,それは任意に債務を履行しないことを許容する条項ではないと理解しました。   本件で(2)の「ア」が想定している事態というのは,通常の契約であれば生ずる債務,それを前提にして,その債務を任意に履行しなくてよいということを許容する,そういう条項で,これはその定義上ブラックだということがかなり明瞭な条項なのではないかと思います。ただ,これで十分に絞り込めているかどうかはなお問題にはなり得るだろうと思いますけれども,今の例は多分これに当たらないのではないかと思って伺いました。   その他,今の例に限らずに,新しい契約を考える際に,当事者がある義務を負うのか負わないのかという問題はあるかと思いますけれども,既存の契約類型に従って契約をしていて,通常であれば負う義務を任意に負わないというものをブラックリストに挙げるというのがこの(2)の「ア」の趣旨だろうと思います。既存の契約類型に当たらない新しい契約の中で,当事者がどのような義務を負うのかというのは,それは別途考えるべき問題なのではないかと伺いました。 ○中井委員 弁護士会でも必ずしも意見が統一されていません。それは例えば約款の概念,範囲の問題等の認識の違いにもよるのかもしれませんけれども,大方の意見を申し上げたいと思います。   まず,不当条項規制の在り方としては,休憩前に岡委員からありましたけれども,不当条項規制については不当条項アプローチが本来は好ましいのであって,行き着く先はそうあるべきではないか。ただ,現在においてはそれを90条もしくは暴利行為をより具体化することによってその目的を達成していく,著しい不当条項のようなものを排斥していく,具体的事情によってそういうことが起こり得るだろうと思います。   差し当たって,問題がよく発生している約款を対象に,約款の問題性がどこにあるのか,先ほど申し上げました附合性や隠蔽効果があり希薄の合意というところに焦点を当てて,約款を対象にした不当条項規制は行われるべきだろうと。   そのときに,消費者契約アプローチ,消費者については別途従来消費者契約法に基づく規制がありますから,これはこれで違うアプローチとして残しておいて何ら問題ないし,これを民法の中に取り込む必要はないというのが大方の意見です。   そこで,消費者契約以外の場面で適用される約款に対して規制を及ぼしていくことになりますが,ここの基準等が今後議論され今議論されていると思います。   先ほどの奈須野関係官,木村委員,岡本委員もそうだったのかもしれませんけれども,何か消極的意見のように聞こえるわけですけれども,弁護士会の理解としては,約款を対象とした中に不当条項を持ち込むことによって,大量な取引,いわゆる約款取引の安定と言うんでしょうか,だれもが安心して約款取引を行うことができて,紛争も少なくなる,まず約款がしかるべき規制をされているわけですから,個別紛争も起こらない,取引に向かってはプラス効果と理解をしているわけです。奈須野関係官も含めて消極,何かそれが取引の障害になるようなお考えの発言があることについて理解の方向が違うのかなと思っております。   ○松本委員 何回か前のこの部会で,強行規定,任意規定の議論をしたときに,民法の債権法の規定の中で強行規定だとはっきりしているものはそう明記したほうがいいのではないかという議論があったけれども,多くの場合にそれはできないという意見がかなりあったんですよね。どういうシチュエーションでどういう当事者間で当該条文が適用されるかによって強行規定的であったり,そうでない場合もあるんだと。   だとすれば,民法の条文ですらそうなんだから,約款の文言だとか,あるいは個別契約の条項で,消費者契約に特有の議論ではないということを前提にして,民法一般の議論として,ブラックリストに載るものが果たしてどれぐらいあるかというと,余りないのではないかという感じがするんです。ここに挙がっている例でも,例えば「ウ」なんかは消費者契約法ですら無効にはなっていないわけです。軽過失の場合の一部免責というのは消費者契約法ですら有効なんですから,これはブラックではないわけですよね。あるいは「エ」なんかも,銀行取引では抗弁権を排除するような特約を頻繁に使っています。あるシチュエーションの下においては無効になるかもしれないけれども,あるシチュエーションでは有効とされているというようなたぐいの条項が実は非常に多いのではないかと。   だとすると,本当の意味でのブラックだと万人一致して認められたものはきちんとリストアップしておいていいのですが,そうでないものについてはグレーというか,グレーでも立証責任の転換的な書き方なので,そこよりももう少し穏やかな,例えばこういう条項を契約で使う,取り分け約款で使う場合には無効とされる可能性があるから注意して使ってくださいということを示す行為規範的な意味を持ったリストというのがあったほうが,取引をスムーズに行ってもらうにはいいかなという印象があります。 ○内田委員 誤解があるように思いますので,補足したいと思います。資料の中のブラックリスト,グレーリストの具体例というのは,「次のような類型に含まれる条項を例示する考え方が提示されている」という書き方からも分かりますように,カテゴリーを示しているにすぎません。そのカテゴリーに属する条項の書き方は様々あり得るわけで,要件の組み方も様々あります。もしリストを設けるのであればそれについて議論をしましょうということで,カテゴリーのサンプルを提示したものです。   したがって,ここに書かれているとおりの条項をブラックリストとして挙げるとかいうことではありませんで,どういうタイプの条項がブラックリストの例として挙がっているかということを示しているにすぎません。 ○松本委員 それはよく分かるんです。そうであれば,グレーリストとして挙がっている例えば「イ」,契約内容を一方的に変更する権限を与える条項というのは,私はかなりブラックだと思うんですが,そうでない場合もあり得るということでグレーリストの例とされていると理解しています。したがって,ブラックリストの例とグレーリストの例が必ずしも質的にきちんと分けられていなくて,ブラックリストの中に入っている契約条項のあるタイプのものはもうオールブラックだけれども,そうでないものもあるというにすぎないのではないですか。 ○鎌田部会長 それはそういう御理解でいいように思います。 ○木村委員 今,中井委員から,約款に不当条項を設けることについて消極的ではないかという御意見がありましたが,私どもは設けるべきではないと申し上げているわけではありません。約款について,明治の昔のように,まだ何も規制のない時代に戻って,初めて民法を起草しようというのであれば,こういう議論をしていくことは良いと思うのです。しかし,既に約款,皆さんがイメージされる約款の多くは,もう既に法規制の対象になっているのです。その規制から漏れているものをどうするかという議論をするのであれば,一体どういう問題が生じているのかということをしっかりと把握しなければ適切な対応ができないと申し上げているのです。仮に問題があったとしても民法での約款規制は経済活動にとってマイナスになるためやめるべきであると言っているわけではないのです。その点,どうか誤解しないでいただきたいと思います。   それともう一つ,先ほど申しましたが,民法にこのような約款に係る規制を加えることは,今までの民法の一般法的性格を少し変える感じがしてしまうのです。個別の取締法規的な色彩を,民法に取り入れていく感じがするのです。したがって,なおさら実態として何が問題かをしっかりと把握して対応していかなければならないと思います。先ほども申し上げましたが,そういう規制を民法に規定した途端に,それを奇貨として,逆に契約の拘束力を失わせる動き,すなわち,自分にとって不利だから無効とする,取り消すと主張する人たちが出てくる可能性もあるので,慎重に検討していかなければならないということを申し上げております。 ○大村幹事 松本委員の御発言についてコメントしようと思っておりましたが,直前の木村委員の御発言についてまず一言申し上げたいと思います。   約款規制は,「規制」という言葉が使われておりますので何か新たに約款を取り締まるようなルールを設けるのかと,こういう印象を持たれるのだろうと思います。しかし,先ほど採用要件のところで議論したところでありますけれども,何も規定がなければ約款は拘束力を持つかどうか分からないわけですね。現在の状況で約款は拘束力を持っているはずなのに,それを規制するのはけしからんということではなくて,そもそも放っておけば約款は十分に安定した拘束力を持つかどうか分からない。そこで,その拘束力を確保した上で,それに伴う規律をしましょうということだろうと私は理解しております。それが第一点です。   それから,第二点,現在挙がっているブラックリストとグレーリストの整理がこのままでいいかどうかというのは,これは松本委員の御指摘のとおりで,グレーリストの中に置かれたあるものについてはブラックのほうにもっていくべきだというものがあるのかもしれない。そこは個別の問題について先で議論すればよいのではないかと思います。   ブラックリストを設けること自体については松本委員も否定はされていないと了解いたしました。ただ,一番最初のところで何回か前の強行規定に関する議論を援用されましたけれども,あのときの議論は,明らかに強行規定とできるものはあるけれども,強行規定か任意規定か分からないものもある,そういう議論だったのではないかと了解しております。   ですから,それとの対比で考えるのならば,明らかにブラックであるものはあるだろうけれども,その他のものについてはブラックであるとは必ずしも言えない,こういう御議論になるのではないかなと思って伺いました。 ○潮見幹事 二点申し上げます。一つは,先ほどの直前の議論になっているリストの話です。今大村さんがおっしゃったように,ブラックリストという枠組み自体を設けるということについて,仮にこれに当てはまるようなより適切なそういう条項があるのであれば,それはこちらに持っていくべきだということを否定する意見はないのではないかと思います。   ブラックリストに何が当たるかということは慎重に検討しなければいけないのはもちろんそのとおりであって,これを机上のみでやってしまうととんでもないことになりかねないというのも,そのとおりだと思いますが,適切なものがあればそれをブラックリストの中に挙げていくということについては,そんなことはやめたほうがいいという形で今の時点で撤収してしまうのは好ましくないのではないか思います。   それからもう一点は,かなり前のところで,岡本委員が発言されたところで若干気になりましたので,この際ですので申し上げたいと思います。それは,リストの話ではなくて,不当条項に関する一般規定の内容の部分です。発言内容には,民法90条や信義則の規定で処理できるからこんなものを設けなくてもよいし,設けた場合には不都合が生じるという御趣旨も含まれていたのではないかと思いますが,この点に関しては消費者契約法10条を作るときに激しい議論をしていまして,消費者契約法10条に当たるものについても,同条がなくても90条とかあるいは1条2項を適用することによって処理ができるというのであれば,これほどハッピーなことはないのです。   消費者契約法10条が一種の創設規定なのかあるいは確認規定なのかということでかなり議論が今でもありまして,私は確認規定だとは思っていますが,どうも学説や実務の多くの方々は創設規定ではないかと考えておられる。つまり,規定がなければどうにもならないという理解をしている人が多数ではないかと思います。   そうした中で,消費者契約に限らず,事業者間の契約などでも交渉力の格差がある場面で,また約款の場面で,不当条項規制が妥当であると考えるのであれば,不当条項規制はよいけれども規定を特別に設ける必要はなく,民法90条とか1条2項があるから大丈夫ですと言われましても,説明としてはなかなか受け入れられない方々が多いのではないかと思っておるところです。   そうであれば,90条や1条2項で処理することで構わないという御意見であるのであれば,不当条項の規定を置いて,それは確認規定ですと言えばいいわけでして。そのことが一般条項的な規定を置くことを否定する理由には決してならないと思います。もちろん,この場合の不当条項の一般条項についてどのような枠組みでそれを立てていけばいいのかという点については,岡田委員も御指摘があったような任意規定というそういう制約文言を置いてよいのかとか,それ以外のもろもろの事情もありますので,今後深めていったらいいと思いますけれども,一般規定,一般条項を置くべきではないというのには,個人的には余り賛成できません。 ○岡本委員 今御指摘いただいたところなんですけれども,私も一般規定,要するに不当条項についての一般規定を設けると弊害が起こるというところまでは考えておりません。現行の消費者契約法10条の理解につきましても,確認的規定であるか,あるいはそうでないとしても極めて確認的な規定に近いそういう規定だと私は思っておりまして,そういう意味からすると,消費者契約法10条もそうであるけれども,仮になくても同じという意味で必ずしも規定を設けなくてもいいのではないか,そういうふうな趣旨として御意見申し上げたところでございます。 ○木村委員 こういうリストを作っていく場合に,考えなければいけない論点についてですが,電気,ガスなど行政法規で規制を受ける約款は,利用されている方の利益を保護するという観点だけでなく,公共の安全などの別の視点も踏まえて定められています。   したがって,民法に約款を定める場合,安全などといった,約款を使用される側の利益と別の目的を持った約款をどのように扱うのか,適用除外にするのかを論点の一つとして議論していかなければならないと感じています。 ○畑幹事 冒頭に山本和彦幹事から御意見がありました,4ページの「カ」についてであります。個別の賛否とかそういうことではないのですが,カテゴリーの設け方として,私はここに挙がっているようなことを「裁判を受ける権利を制限する条項」と一まとまりにするのは余り適切ではないのではないかと考えております。   立証責任を加重する条項などというのは,実質的には責任を制限したり,あるいは解除を容易にしたり困難にしたりする条項と近いと思いますし,専属管轄の合意でありますとか仲裁の合意というのも,それぞれかなり異なった性質のものであり,現在における規律の内容もかなり異なっていると思いますので,この一まとまりというのはどうかなと,ちょっと感想を申し上げておきます。 ○山下委員 一般規定のところですが,消費者契約法10条のことは直接今回は議論しないにしても,あの規定を作るときのいきさつで,一般条項で無効にできるという根拠と,任意規定を基準とするという,その辺が渾然一体となって妥協的な内容でできたわけで,やはりそこら辺の不当条項規制を掛けることの根拠と不当性の判断基準の関係というのは今回の一般条項を考える場合にももう一回見直したほうがいいのかなと思います。それから,やはり消費者契約法ではブラックリストしかないわけで,あのときの学者委員はグレーリストも当然設けるべきだろうとみんな考えていたと思うんですが,立法技術的にそういう不明確なものはできないんだという説明だったと思いますが,その点については今回の資料にグレーリストも出ているので,グレーリストはできないという考え方は立法立案担当者としては放棄されたのかなと受け止めておりますので,どうかよろしくお願いいたします。やはりブラックリストだけという硬直的な枠組みでは非常に困った事態になるのではないかと思います。その点一言だけ申し上げます。 ○鎌田部会長 意見は収れんしていませんけれども,今後どういう点に配慮して検討を進めるべきかという点については,貴重な御意見をいろいろな立場からお出しいただいたものと考えます。   ようやく今日予定していた課題の半分ぐらいが終わったところで,全部を処理するのは大変難しくなってきましたけれども,これ以上多くの課題を先延ばしにすると,予備日のほうもあふれてきてしまいますので,先に進めさせていただきます。   それでは,部会資料13−1の4ページから11ページまでにわたっておりますけれども,「第2 無効及び取消し」について御審議を頂きます。   「第2 無効及び取消し」につきましては,大きく二つの固まりに分けて御審議いただくことを予定しております。一つ目が,「1 総論」から「3 無効な法律行為の効果」まででございます。資料13−1のページ数で言いますと4ページから7ページでございます。二つ目が,「4 取消権者」から「7 取消権の行使期間」まで,資料13−1の8ページから11ページまででございます。   それではまず,1から3までについて御審議を頂きます。事務当局から説明してもらいます。 ○笹井関係官 「第2 無効及び取消し」の2以降に掲げました個別論点について説明いたします。   「2 一部無効」では,(1)から(3)までの論点を取り上げました。(1)では法律行為に含まれる条項の一部について無効原因がある場合について,(2)では,法律行為に含まれるある条項が無効となる場合について,(3)では,密接な関連性を有する複数の法律行為の一つが無効になった場合について,それぞれの効果を御議論いただきたいと考えております。(2)の関連論点として,ある条項が無効になった場合の補充の方法を取り上げました。   「3 無効な法律行為の効果」では,(1)から(4)までの論点を取り上げました。(1)では,法律行為が無効であることの基本的な効果を条文上明示することの是非について御議論いただきたいと考えております。(2)では,無効な行為に基づく給付がされていた場合の返還請求権の具体的な範囲について規定を設けるかどうか,また,設けるとしてどのような内容の規定を設けるかについて御議論いただきたいと考えております。(3)では,無効な法律行為が他の法律行為としての効力を有する場合がある旨の規定を設けるべきであるという考え方について御議論いただきたいと考えております。(4)では,当事者の一方を保護するために法律行為が無効とされる場合には,その当事者の追認によって法律行為が遡及的に有効とされることを認めてもよいという考え方について御議論いただきたいと考えております。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明がありました部分のうち,まず「1 総論」について御意見をお伺いいたします。   それでは,特にないようでしたら,いつものように総論にはいつでも戻ってきていいという前提で,「2 一部無効」について御意見をお伺いいたします。 ○山本(敬)幹事 一部無効について,幾つか意見を述べさせていただければと思います。ただし,結論としては,おおむね部会資料に書かれている方向で改正を考えるべきだということになります。   まず,(1)の「法律行為に含まれる特定の条項の一部無効」については,原則として,その条項のうち,無効原因がある限度でのみ無効になる,つまり条項の一部無効が原則であると考えられます。これは,契約自由の原則によりますと,内容規制を行うにしても,契約自由に対する介入は必要最小限度にとどめる必要があるというところから基礎づけられます。この場合は,要するに無効基準に抵触する限度で無効にすれば,それで内容規制の趣旨は達成できるわけですから,その限りで一部無効を認めれば足りると考えられます。例えば,「債務者は一切責任を負いません」と定めた条項は,故意・重過失免責まで定めている限度で無効とすれば足りる。軽過失免責を定めた部分まで無効とすべき必要も理由もないと考えられます。   ただ,部会資料にも書かれていますように,問題となる条項が約款の一部になっているときや,消費者契約中の条項である場合は,この一般原則は修正する必要があると考えられます。これは,約款にしても消費者契約にしても,事業者が契約条項を一方的に作成するのが常であるという考慮によります。つまり,ここで一部無効が認められるとしますと,事業者としては,ともかく包括的に不当条項を定めておけば,あとは裁判官がぎりぎり有効となる範囲を決めてくれることになってしまいます。それでは,不当条項が流布するのを防止できませんし,異議を唱えない者は実際に不利益を被るおそれが出てきます。この場合は,自ら許される限度を超えて不当条項を作成した以上,事業者は,条項全体が無効とされてもやむを得ないというべきだと思います。このように,予防・制裁ないしは帰責という考慮から,この場合は,一般原則と違って,条項の全部無効を認めるべきだと考えられます。   ただ,ここから先は部会資料に書かれていないことで,先ほど岡本委員が言及されたことなのですが,それだけに特に強調しておく必要があるのですけれども,以上は,飽くまでもその条項が一個の独立した条項と判断されることを前提とした話だということです。つまり,以上の話は,一個の独立した条項と判断される条項のうち,一部に無効原因がある場合の問題です。それに対して,一見すると一つの条項のように見えても,実は複数の条項から構成されている場合に,その一部の条項について無効原因があっても,他の条項は直ちに無効にされることにはなりません。例えば,先ほどの「事業者は一切責任を負わない」と定めた免責条項が無効だとされても,そこから直ちに,別の,例えば消費者が必要な告知をしなかった場合には事業者に解除権が認められるという条項まで無効とされる理由はありません。   そうしますと,一個の条項か複数の条項かということをどのようにして判断するかということが,この問題の前提問題になります。これは,実際に条文に定めるのは難しい問題なのですが,いずれにしても,当事者が実際に契約書や約款中で行った条文構成をそのまま基準にするわけにはいきません。もしそれをそのまま基準にしますと,可能な限り多くの条文に書き分けさえすれば,無効となる範囲を限定できることになります。それでは,契約書や約款が見通せないほど大部なものになるおそれもあります。   そうではなく,ここで何のために異なる条項を区別する必要があるかといいますと,飽くまでも有効な条項と無効な条項を区別するためです。そうしますと,区別の基準は,別個の無効判断が可能かどうかというところに求められるはずです。例えば,事業者側に解除権が認められる事由を幾つか列挙している契約条項は,それぞれの解除事由が合理的なものかどうか,別個に判断できる限り,実際には1箇条にまとめられているときであっても,複数の条項に分かれると見ることができます。したがって,この場合は,問題のある解除事由を定めた条項のみを無効とすればそれで足り,その他の解除事由を定めた条項まで直ちに無効にならないと考えられます。約款や消費者契約について条項を全部無効にするとしても,それはあくまでも一個の条項の一部に無効原因がされる場合の話であって,このようにそもそも複数の条項に分かれる場合は,無効原因のある条項のみが無効になるということができます。 こう考えることが,一部無効の効果の規律を考える上での前提になりますので,そこを踏まえた上で検討していただければと思います。   さらに,長くなって恐縮ですが,一部無効の(2)の「法律行為の一部無効」に関しては,部会資料に書かれている方向で規定を置くことに賛成したいと思います。関連論点の「特定の条項が無効になった場合の補充」についても,そこに書かれていますように,仮定的意思を確定できる場合にはそれにより,それが明らかでない場合は,慣習,任意規定,信義則の順で補充するということでよいと思います。   ただ,そこで「仮定的意思」と言われているものの意味については,少し補足しておく必要があります。これは,もしその条項が無効であることを知っていたなら,両当事者はどのような合意をしていたかというものですが,約款や消費者契約の場合は,顧客や消費者は契約内容の細部について何も考えていないことが多いと考えられますので,そもそも両当事者の仮定的意思なるものを語ることができるのかという疑問が示されることがあります。しかし,このような補充的な解釈にとって重要なのは,当事者が事実として何を意図したかということではなくて,当事者が実際に行ったその法律行為の趣旨からどのようなことが出てくるかということです。これは要するに,その具体的な法律行為に適合した補充,実際になされた法律行為に適合した補充を行うということにほかなりません。そして,このような法律行為に適合した補充であれば,約款や消費者契約の場合でも可能だというべきでしょう。その意味で,仮定的意思を基準に挙げることは,このような趣旨であるということを補足しておきたいと思います。 ○中田委員 今の山本幹事のおっしゃった最後の部分なんですけれども,無効部分の補充の仕方については,契約成立における申込みに変更を加えた場合の承諾の取扱い,つまり前回中井委員が御指摘になった点だと思いますけれども,いわゆる書式の戦いの場合の規律の在り方とどのような関係にあるのかということも,検討しておく必要があるのではないかと思います。つまり,成立した契約の一部無効と合意の一部不成立というのでしょうか,その間のバランスをどのように考えるのかという論点もあるかと思います。 ○岡本委員 2の(1)と,それから(3)についてまとめて意見申し上げます。まず,2の(1)ですけれども,やはりここでも,先ほどの条項が不当条項とされた場合の効果のところで申し上げたように,やはり何をもって一個の条項というかという点について気になっておりまして。先ほど山本幹事のほうから御説明いただいたところによりますと,当事者が条文構成をどうしたかというのは前提にできないということでございましたけれども,それに代えて,こういった基準で考えるという点のお話も頂いたんですが,それでもって本当にこれをもって一個の条項だというのがきちんと切り分けられるのかどうか。実際に条項を見た場合に判断するのが極めて難しい場合というのが出てくるのではないかと思っております。   一方で,効果のほうを考えると,無効ということになりますと非常に効果として大きいという部分がございまして,こういった形で一般的な規定を設けることが本当にいいのかどうか,若干気になるところでございます。   特に,約款につきましては,一部無効ではなくて,条項全体が無効となるものとすべきであるとなっておりますけれども,説明としましては,約款使用者が駄目もとで不当条項を設ける恐れがあるので,それを排除すべきである。そこの理由は分からないではないんですけれども,そういった政策的な意図というか,そういったものをここに持ち込むのはいかがなものかという点も若干気になるところでございます。   それから,(3)の複数の法律行為の無効のところでございますけれども,密接な関連性というのが要件になっておりますけれども,これもあいまいでございまして,こういったあいまいなことでもって規律を設けるのはいかがかという観点から,この部分については反対したいと考えております。   特に複数の法律行為の当事者が異なる場合におきましては,無効を波及されるほうの法律行為の相手方の保護が希薄になるおそれがあるのではないかと思いまして,反対したいと考えます。 ○新谷委員 7ページ3の(3)の「無効行為の転換」について一点申し上げます。検討資料では,法律行為が無効な場合であっても,これと類似する法律効果が生ずる,別の法律行為の要件を満たしているときは,当該他の法律行為としての効力を認めることができるという規定を設けるべきであるという見解が紹介されています。しかし,無効行為の転換を一般化する,一般原則としてこのような規定を設けることは,労働分野においては難しいのではないかと考えています。   例えば,こういう事例です。労働者の人的な理由による解雇では,懲戒解雇と普通解雇がありますが,それぞれ有効性の要件と効果が違います。懲戒解雇が行われた場合,労働者が懲戒解雇の有効性の要件は充足しないと判断して,またその懲戒解雇ですと将来的にも経歴に傷がつくということで,裁判所で効力を争った場合に,使用者が「普通解雇としては有効である」と主張し,それを裁判所で認められてしまうとすれば,労働者にとっては裁判の費用と時間を無駄に費やすだけで,労働者の被る経済的な,あるいは人格的な不利益も非常に大きい結果となってしまいます。   また,使用者が内心では普通解雇の要件は充足するものの,懲戒解雇の要件は充足しないと分かっていながら,取りあえず懲戒解雇としておいて,労働者が争わなければ懲戒解雇の効力を確定させ,労働者が争っても普通解雇が有効であるという判決が得られればよいとなるとすれば,安易に懲戒解雇が行われることも危惧されます。   この懲戒解雇から普通解雇への転換については裁判例も分かれており,また,学説も分かれていると思います。この点について可能であれば山川幹事に補足いただければ幸いです。こういった現状の中で,一般的な規定を設けて無効行為の転換を肯定すると,労働分野では大きな問題につながりかねないと考えています。   さらに,この無効行為の転換については,解雇だけではなく,懲戒処分として行われる配転,降格,降給が無効であっても,通常の労働条件の変更として降格,配転,降給と転換されることが肯定されかねません。そのため解雇の場合と同様に問題が起こる可能性があると思っています。この点についても今後の検討の中で組み込んでいただければと思っております。 ○鎌田部会長 既に「3 無効な法律行為の効果」に議論が進んでおりますけれども,取りあえず「2 一部無効」についてまだ御意見が残っておりましたら,お出しください。 ○岡田委員 2の「一部無効」の(1)ですが。山本(敬)幹事からコメントがありまして,ちょっと安心したのですが,約款使用者が作成する約款ですから,その一部が無効で残りは有効とされますと,相手方にはかなり不利益なことが出てくるのではないかと思いますので,消費者契約に関しては是非とも山本(敬)幹事のお考えの方向であってほしいなと思います。   それから,(3)ですが,「複数の法律行為の無効」,これは消費者契約の立場からは絶対無効にしてほしいと考えます。典型的な例がクレジット契約ですが,個別信用購入あっせん契約に関しては今回割賦販売法改正で売買契約等と完全に連携させましたけれども,まだ限定的です。   最近賃貸借契約で保証委託契約という新しい契約が入ってきまして,また当事者が増えました。そこの部分で無効であれば,基本契約の賃貸借契約も無効にできるとか再度考え直すとかそういうこともあり得るのではないかと思うので,事業者が複数の三者間の契約等も検討していただきたいと思います。 ○鹿野幹事 私も2の(1)と(3)について手短かに発言させていただきたいと思います。まず,(1)のところについてですが,これも既に御指摘がありましたとおり,少なくとも約款については当該条項が全部無効になるということを原則とするべきだと考えております。これは詳細版の42ページあたりにも指摘されているところですけれども,そうでなければ,約款使用者の側に,たとえ不当条項に当たりそうだとしてもできるだけ自己に有利な条項を定めておけば,裁判所がぎりぎりのところまで効力を認めてくれるのでよいというような認識をもたらしかねず,不当条項を抑制するという方向に働きません。裁判になるというのは氷山の一角で,裁判にまでならない場合が多いわけでしょうが,そうであればなおさら,約款については不当条項を取引から排除する抑止効果を,私法といえども考えるべきではないかと思います。このような理由から,約款の一部が不当な場合でも原則として条項全部が無効になるという御意見に賛成でございます。   ただ,その場合,一言で条項の一部といっても,意味合いの異なる類型が考えられます。先ほど山本幹事は,実質的には複数の条項という表現を使われました。形式的には一つの条項の中に異なる複数の事項が定められているという場合については,そのそれぞれの事項がどのような関連を持っているのかということによって,すべてが無効になるかどうかということが決まってくるのだろうと思います。   次に,(3)のところですが,複数の法律行為の無効という問題については,同一当事者間の複数の法律行為なのか,それとも別の当事者間の複数の法律行為なのかということを一応切り分けて整理をする必要があるのではないかと思います。まず,同一当事者間の複数の法律行為が問題になっている場合には,その複数の行為が相互に密接な関係を有し,一方が無効であれば他方の契約目的を達成できないときに一方の無効によって他方も無効になるという規律が妥当しそうです。   一方,別の当事者間での複数の法律行為が問題となっているという場合,これについても是非ルールは設けるべきだとは思いますが,ただ同一当事者間の場合とはやはり違う考慮が働くのではないかと思います。むしろ,同一当事者間におけるのと同様に取扱うことができるのはどういう場合なのかということについて,その要件をきちんと整理してルール作りをするべきだと思います。   それから,このような問題は,無効だけではなく,解除についても問題となりますので,複数の法律行為の無効の場合と解除の場合との規律の整合性も考える必要があろうかと思います。 ○高須幹事 同じく(3)の「複数の法律行為の無効」のところでございますが。先ほど岡本委員のほうから示された御懸念といいますか,密接な関連性を有するという抽象的な概念でこういう解釈をすることは混乱するのではないか,そのことに関連してでございます。実は複数の法律行為という観念自体が既になかなか難しい問題で,この詳細版に説明されているリゾートマンションとスポーツクラブの会員契約に関する判例ですらもともとは契約は一個ではないかという議論もあるぐらいです。結局複数の法律行為の場合には別ですよと峻別した場合には,では契約が一個か二個かということで,むしろそこが争いになるということも想定されるわけでございます。やはりそういうことを考えると,むしろ二個であっても密接な関連性を有する場合にはこうですよという法理をつくっておくということは,むしろ法の安定性に資する場合もあるのではないかと,このように思います。   それからもう一点,契約当事者が異なる場合の複数の契約行為の場合ですけれども,異なる当事者がいるということは出てくるのでしょうけれども,その両者の関係等を具体的に検討して,一定の範囲で密接な関連性を導き出すということは不可能ではないと思いますので,全く同じルールではないのかもしれませんけれども,やはり考える余地はあるのではないかと思います。 ○藤本関係官 私も複数の法律行為の関係でございます。鹿野幹事,高須幹事と同じような視点でございます。この密接に関連する複数の法律行為の当事者が同一でない場合でございまして,例えば密接に関連するということですと,極端な例だとAがBから不動産を購入しました,Aはそのお金をCから借入れをしましたという場合,不動産購入が無効の場合に資金借入れは無効になるのかとかという,それはちょっと不適当だろうと思います。やや極端な例かもしれませんが。   そういう密接に関連する他の法律行為でどこまででも広がっていくということについては,懸念を持っているということでございます。 ○深山幹事 (2)の関連論点の「特定の条項が無効になった場合の補充」のところなんですけれども,この仮定的意思を認定できる場合にはこれによるというところがどうも違和感を感じております。先ほど山本敬三先生のほうから補足的な御説明もあったんですが,それを踏まえても,当事者が一部無効を認識していたとするなら,これに代えてどういう合意をしていたかということを判断するということに疑問を感じます。この当事者というのが両当事者なのか一方当事者なのかということもあるんですが,いずれにしてもこれは無効だと,一部無効なんだということを認識していながら,そういうことが後々評価された場合には次善の合意としてこういう効果を持たせたいと,こんな意思を想定するというのは余り現実的な話ではないと思います。もっとシンプルに一部無効の条項部分をないものと,最初から合意が存在しなかったものと考えて,そこから先は合理的な意思解釈,一般論としての当事者の意思解釈をすれば足りるのではないかなと思います。   そういう条項が最初からなかったものとして契約意思を合理的に推測した場合と,ここにあるように仮定的意思を補充をした場合とで結論が異なるんだろうかという気がします。仮に異なるんだとしたらむしろそれはおかしいのではないか。そもそも当事者の意思というものについて,一次的には無効な条項の意思表示をし,二次的に次善の意思を有しているみたいなことを正面から認めるような話になって,そもそもそんなことを認める必要はないのではないかという印象を持っております。 ○奈須野関係官 2の(2)法律行為の一部無効と(3)複数の法律行為の無効について,私はどちらも岡本委員の意見に賛成でして,両方とも消費者取引であるとか約款であるというような限定はないので,消費者取引であるとか約款の議論をここに延長するというのは不当であると考えております。   通常の事業者間の取引でいうと,複数の契約に分けて取引する以上は,一方が無効になっても残りは生かしておくと考えるのが通常の判断であるので,もちろん一つが無効になれば他の法律行為も無効になり得る,あるいは全部が無効になり得るというような場合がないというわけではないですけれども,あたかも原則と例外がひっくり返ってそちらが原則であるかのような受け取られ方になると,そこはやはり取引の安全を損なうということになるので,まず原則を確認する必要があろうかと思います。 ○岡委員 法律と裁判と学説の役割分担ということを意識しております。2の(1),(2)について書いてあることにそれほど違和感はないけれども,法律として書いて裁判全部を規律するほどのものかと。やはり実務家としてはいろいろなものが予測できない多様性をもって押し寄せてきますので,こういう細かいところまで法律にする必要があるのかと。そういう意味で中身についてというよりも法律にどこまで書くのか,2の(1),(2)はそこまでのものではないのではないかという意見が愛知とか一弁あたりからございました。   ただ,(3)につきましては,消費者系の弁護士から,この点については条文化してほしいという意見が強くございました。 ○沖野幹事 仮定的意思の件につきまして,既に山本幹事が明確にされたところではあるのですが,ここでの仮定的意思は一次的にこういう合意をして,仮に無効であったとしたら二次的にこうですというその二次的合意が何であるかということを確認するということではなくて,いかに当該個別の当事者が基とした個別の法律関係に即した関係を構築できるかということで,その補充の基準としても,慣習,任意規定,信義則という順に上がっておりますのは,より当該契約当事者が基とした内容や状況に即したカスタムメイドが何かという観点から並んでいるのだと思います。   ですから,そういう点から考えていった場合には,ここに合意はないけれども,この当事者に照らすならばその一般的な慣習ではなくて,なおこの当事者にとってカスタムメイドの,あるいはテーラーメイドのものが見つけられるのであればまずそれによると,そういう考え方だと思われます。そのような余地がどのぐらいあるかというのは確かにご指摘・ご疑問のあるところだとは思うのですが,考え方としてはやはりそれが方向性としてあるべき方向性ではないかと思います。 ○中井委員 今の「特定の条項が無効になった場合の補充」についてですが,先ほど中田委員からもございましたけれども,前回の申込みに対して変更した承諾の部分で,合致しない部分についてどう解釈するか,この二つが出ていますが,そもそも契約の解釈の在り方一般について検討課題として将来出てくるのかどうかが気になりました。これはやはり,こういう補充的なところで議論するだけでなく,本来的な問題として取り上げるべきではないか。検討のお願いです。 ○鎌田部会長 既に「3 無効な法律行為の効果」についても議論が及んでいますので,そこも含めて併せて御意見をお出しください。 ○潮見幹事 一つは,時機に後れた形になりますが,第3回目のこの部会で余り議論されてこなかった部分がありますので,お願いがあります。先ほどの話にもありましたが,特に複数契約における一部契約の無効については,これは解除でも同じことがどうであろうかという形で法務省から意見照会がございましたので,いずれにしても平仄は合わせていただきたいと思っているところです。   それから,同じく第3回目のところでございますが,これは2の(1)に関わることでして,「法律行為に含まれる特定の条項の一部無効」の処理において,本日の資料にあるように,条項一部無効と条項全部無効という二つの基本的な考え方があるのを了知の上で申し上げますけれども,第3回目の資料に過大な損害賠償額の予定の規律をどうするかというところがありました。損害賠償額の予定をしていたところ,それが過大であるときに,その一部が無効になって,合理的な額まで縮減されるのか,それとも全部無効になってしまって,それで任意規定等々で補充するのかという問題がありますので,そちらの処理と,それから,ここで2の(1)でどのような基本ルールを立てるのかというところの平仄を合わせるなり,平仄を合わせないのであれば特別な説明をその賠償額の予定のところでお願いしたいと思います。 ○西川関係官 「無効な法律行為の効果」のほうにいってよろしいということでしたので,そこの(2)「返還請求権の範囲」,これについてちょっと申し上げます。消費者被害の現場だと,こういった返還請求権が,被害者が無効主張をする際のネックになるということが多いわけでございます。(2)の「ア」,「イ」,「ウ」,「エ」とあるうちの,例えば「ア」,受領した物をそのまま返還すればいいと,そういう場合であれば,例えば「幸せになる壺」を買わされても,それを返せばいいということで特に問題はないんですが。  問題になりやすいのが,「イ」の使用利益を返さなければいけない場合でございます。 こういった場合については,例えば消費者を害する公序良俗無効の場合など,無効の原因が一方的に事業者の側にあるような場合については,その使用利益については,返還しなくていいとするとか,あるいは使用利益の算定のやり方をちょっと工夫するということが必要ではないでしょうか。例えば,「100万円の布団を売りつけられました」といったときに,使用利益をその100万円を基に考えるのではなくて,一般的な布団の使用利益の額でいいとするとかです。そういった使用利益の返還について工夫を,消費者被害という観点からはしていただきたいということでございます。   それからあと,(4)の追認についてでございます。無効な行為でも追認によって遡及的に有効とするというようなこともあり得るのではないかという御提案ですけれども,少なくとも消費者被害の現場からいうと,お年寄りの消費者被害を受けた方などには,無効と気がついた後も「裁判なんてとんでもない」と思っているような方が実際多いわけですから,無効と気がついた場合でも追認をしてしまうというようなことがやはり実際問題としてあるわけでございます。   そういう方は,その後家族に励まされて無効主張しようとする場合が多いわけなんですが,ここで書かれているみたいに,追認で遡及的に有効となってしまうとすると,もうその時点では手遅れというようなことにやはりなってしまうわけでございます。そういう意味で,この追認による遡及的有効というのは,消費者被害の救済という観点からはなかなか問題があるのではないかなと考えている次第でございます。 ○山川幹事 先ほど新谷委員から御発言のあった,「無効行為の転換」ですが,懲戒解雇が無効の場合に普通解雇に当然転換されるかということに関しては,今回ちょっと予習を十分して来なかったのですが,学説は消極的見解が多数だと思います。判例でも最高裁判決はありませんし,また転換を認めたケースでも例えば普通解雇が予備的になされていると認定できるといったような事案ではなかったかと思います。   詳細版の52ページ,53ページを見ますと,この問題についての判例は要式行為に関わる事例で,かつ家族法の問題が多いということです。懲戒解雇の普通解雇への転換を否定する根拠としては,法律関係の不安定化といったような問題が指摘されていますが,同様の問題が他の分野でも生じないかどうか慎重に検討する必要があろうかと思います。 ○道垣内幹事 では,私も「無効行為の転換」からお話ししますと,「無効行為の転換」の条文を置くべきかどうかというのは,結論はよく分かりません。と申しますのは,ここに出ている例が余りよくないのではないかという気がするのです。つまり,971条というのは,私が遺言するときに秘密証書遺言をするという意思を持っているというときには,秘密証書遺言をするのだ,ほかのタイプの遺言ではないのだ,という強い意思を持っている場合もあり得るのですけれども,通常は遺言をする意思だととらえて,その遺言が秘密証書遺言としての要件を満たしている場合と,自筆証書遺言というものの要件を満たしている場合とがあって,後者の要件が前者に包摂されているものですから,そちらの要件だけ満たしている場合には自筆証書遺言になるというだけの話でして,「無効行為の転換」という話とは少し違うのではないかという気がします。   それにプラスして,虚偽の出生届の話に関しては,私自体は判例と同じでいいと思うのですが,要式行為というものをやはりどうとらえるかという問題にかなり強く関わってきておりますものですから,そう一般的にこれが類似の効果であれば有効であるとはなかなか言いにくいところがあるのではないかと思います。   これに対して,解雇の例というのはなるほどなと思いながら伺ったんですけれども。   以上からすると,一般的な形で,この条文を設けるということには賛成できません。   それとプラスして,一個さかのぼりまして,(3)の「複数の法律行為の無効」の話なのですが,まず一言申し上げておきたいのは,奈須野関係官から約款とか消費者保護の関連の話をここにもってくるのはおかしいというふうな御発言があったと思うのですが,それはそうではないと思います。これは約款とか消費者保護の問題とは無関係な話だろうと思います。例えば企業が机と椅子を100個ずつ買うといったときに,片方の契約というものが無効である,ないしは解除されるというときには,片方も失効するというだけで。もちろんそのときにはそれは一つの法律行為であると,一つの売買契約であると言えばいいだろうということもありまして,高須幹事が,そこがそもそも切り分けが難しいという話をされたと思うのですけれども,二つである,複数であると見たとしても,なお相互依存関係とか密接関連性というふうな要件をもとに,片方の無効というものの効果を導くという話であって,別に消費者保護の問題ではありません。   そして,このこと自体は現在も認められていることだと思います。岡本委員のほうから,密接関連性というのははっきりしない要件なのでよくないのではないか,という御発言があり,確かに,それははっきりしない要件なのかもしれませんが,もしこれ条文を置かなければ,判例において,「密接関連性」というはっきりしない要件で処理されるというだけであって,状況は全く変わりません。   問題は,これをルールとして明文化して一般的に定義すべきかどうかの問題です。この点で,岡委員がおっしゃったように,そこまでのルールは提示しなくてもいいのではないかというのは一つの考え方としてあり得るというのは十分認めます。しかしながら,「複数の法律行為の無効」について,密接関連性なら密接関連性という要件を書いた条文を置かなければ,より明快なルールが一般的に妥当するというとはとても考えられないということは申し上げておきたいと思います。 ○山本(敬)幹事 何度も発言して恐縮ですが,だれかが言うべきことだと思いますので,御容赦いただければと思います。「無効な法律行為の効果」について,二点ほど意見を述べさせていただきたいと思います。   まず,(1)の「法律行為が無効であることの帰結」については,部会資料にありますように,法律行為が無効であることの意味が明らかになるようにするために,履行請求ができないことと,給付したものの返還を請求できるということを条文上明記するという意見に賛成したいと思います。これは,民法の基本原則をできる限り明確化するという基本理念からも要請されることだと思います。   さらに,この不当利得返還請求の可能性を明文化することは,そのように基本原則を明確化するということ以上の意味と必要性があると考えられます。これが二点目ですが,それは次の(2)の「返還請求権の範囲」の問題と関係しています。   最大の問題は,これは詳細版のほうにも書かれていますように,現在の不当利得の規定,つまり703条・704条は,双務契約や有償契約の場合に必ずしも適合していないということです。703条によりますと,受益者が善意の場合に利得消滅の抗弁が認められるというのが一般的な理解ですが,これは,非債弁済のように,一方当事者が相手方に一方的に給付を行う場合を主として想定してできている規定でして,双方の当事者が対価的な給付を行う場合に,利得消滅の抗弁を認めますと,双務的な契約の清算を実現することはできません。これは,契約を解除して契約を清算する場合は,利得消滅の抗弁に当たるものが認められていないことと不整合を来しているということができます。   このように現在の703条・704条に問題がある以上は,法律行為が無効である場合の効果を,単純に「不当利得の一般規定によって給付の返還を請求できる」と書くわけにはいきません。もちろん,不当利得に関する規律全般は,今回の改正の検討対象に含まれていないところですが,契約の清算という点では,今回の改正の検討対象ということもできます。したがって,少なくとも法律行為の無効に関しては,返還請求の要件を明文化すべきであると思います。   その具体的な方向性は,部会資料に書かれている提案どおりで基本的にはよいと思いますが,一点だけ,部会資料の補足をしておきたいと思います。それは,部会資料6ページに書かれている提案の「エ」の部分です。これは,「無効な法律行為が双務契約又は有償契約である場合に上記イにおいて返還すべき価額は,給付受領者が当該法律行為に基づいて相手方に給付すべきであった額を限度とする」とされていますが,肝心な点が抜けています。先ほど申し上げましたように,この「エ」のポイントは,「無効な法律行為が双務契約又は有償契約である場合」は,利得消滅の抗弁が認められないとするところにあります。これは,詳細版50ページのほうでは極めて正確に書かれていますので,単におまとめになるときに落ちてしまっただけだと思いますが,ここはやはり,「無効な法律行為が双務契約又は有償契約である場合」は,「上記ウの例外は認められない」として,その上で,「この場合に上記イにおいて返還すべき価額は...」と続けていただければと思います。このあたりは,言わずもがなのことですが,補足させていただければと思います。 ○中井委員 「返還請求権の範囲」の問題について,弁護士会でも議論になりました。原則論として今山本幹事がおっしゃったような論理になるのかもしれませんけれども,先ほど西川関係官からお話がありましたように,無効が仮に意思無能力の場合,暴利行為であった場合,公序良俗違反で無効になるような場合,それから,次の「取消しの効果」とも関係しますが,これが詐欺若しくは強迫による取消しの場合,若しくは今後できるかもしれない不実表示による取消しのような場合に,今の山本幹事がおっしゃったように,有償契約だからといって受領したものを原則返還することを前提とするような条項を予定しているとすれば,それは問題ではないか。詐欺もしくは強迫,不当表示によって被害者が得た利得や,無効であれば公序良俗に反するような契約によって得られた利得をそのまま返せというのでは,そのような行為が容認されることにならないか。消費者被害でいうなら押し付けられたものをそのまま返還しなければならないような事態になって助長するのではないか,そういう懸念があります。   したがって,ここの範囲を定めるについても,そのあたりの考慮といいますか特別な規定が必要ではないかと考えております。 ○松岡委員 私も今の点について発言をさせていただきます。山本敬三幹事がおっしゃったように,現在の不当利得の703条以下の規定は,同じ給付利得でも非債弁済型を前提に規律が設けられていて,双務契約の清算に必ずしも適合的なルールではないと,日本国内でも特に類型論を支持する方はおっしゃっています。国際的な動きにおいても,双務契約の清算を不当利得の問題として扱うかどうかについてすら議論があるところですが,性質論はともかく,契約の清算については独自ルールを設けるべきであるという方向に向いていると思います。   不当利得は,今回の改正の対象外ではありますが,現在の規定があのまま無効な契約の清算に適用されるのは,やはり非常によろしくないと思います。返還は基本的には相互に受け取ったもの,若しくはそれが返還不可能であれば,価値を返還するのが原則であるということを明記し,さらに,中井委員あるいは西川関係官からの御意見があった点につき,無効・取消しにはいろいろな原因がありますから,その無効・取消原因の性質に応じて返還義務を免除するないしは縮減するという特別規定を置く方が筋が通っています。すなわち,現在でも特定商取引法9条4項等によって,クーリングオフの場合に,給付された物の使用利益や役務相当額などの価値を返還しなくてもよいという規定がありますが,ああいう種類の規定を例外として置くという形で明確化すればよいのではないかと思います。   ただ,提案が,双務契約又は有償契約という書き方をしているところにやや懸念があります。一体どちらを基準にするのか,どう違いがあるのか,よく分かりません。   それから,規定の位置等の問題につきましても一言申し上げます。法律行為が無効である場合,履行の請求ができなくなり,受け取ったもの又はその価値を返すべきであるという,非常に基本的な原則は権利関係の明確化の上で法律行為の無効を規定する民法総則に置いてもよろしい。しかし,契約の清算では,有償又は双務契約か,無償契約か,片務契約か,さらに双務契約においても一方だけが履行された場合はどうなるのかなどの難問がありますが,そういう点はそれぞれに考えなければなりません。そうした規定は,むしろ契約総則ないしは契約の各類型のところで規定するべきものと考えます。 ○松本委員 同じく給付と利得のところですが,私も給付利得について明文のルールをきちんと書いて,侵害利得その他の不当利得と区別するという点については基本的に賛成なんですが,その場合に,現在の703条,704条をどうするんだというところをきちんとしておく必要があります。現在はすべての類型の不当利得を703条,704条で賄っているわけです。そこから給付利得が独立するのか,それとも一般条項としての703条,704条があって,もう一つ別に追加するのかというところが明らかにならないと困ったことになる。   すなわち,昔,錯誤無効を理由とした原状回復の請求が認められないなら,次に不当利得の議論をするという学生の答案を見たことがありまして,ここで給付利得が独立すると,この答案は正しいことになるのか。まさかそんなことはないと思うんですけれども,そういったような分かりにくさ,混乱は起こらないようにしていただきたい。   給付利得を独立させるということは,不当利得法の改造になるわけです。しかも給付利得の特則としてどういう規定を置くのか,つまり契約の有効な場合についての様々なルールの裏返しのルールをすべて丁寧に入れていくのかという議論があるわけです。そのあたりかなり大規模な改正になりかねないという気がいたします。   さらに,現在の不当利得の規定の中にある708条というのは正に給付利得の特則なので,この不法原因給付についてのもう少し展開したルールを給付利得のところに置くことにしないと改正として一貫しないのではないかということで,給付利得を独立させることの影響はかなり大きくなるかもしれないです。 ○山本(敬)幹事 簡単に補足をさせていただきます。先ほどの中井委員からの御指摘については,これも言わずもがなのことなのですが,現行法の下でも不法原因給付に関するルールがあるわけでして,それで御指摘の問題にはかなりの程度対処できます。それでもなお対処できない問題があれば,先ほど松岡委員がおっしゃいましたように,それとは別に特別な規定で対応していけばよいのではないかと思います。   それから,「双務契約又は有償契約」というのが分かりにくいという御指摘もありましたけれども,基本は双務契約なのですが,片務契約だけれども,有償契約があり得る。こういう場合は,清算問題が,少し違った形かもしれませんが同様に出てきますので,これもカバーすることが意図されていると考えられます。 ○鎌田部会長 残り時間が少なくなってきたんですけれども,最低限「取消し」は終わりにしたいので,部会資料13−1の8ページから11ページまでの審議に移りたいと思います。事務当局からまず説明をしていただきます。 ○笹井関係官 「4 取消権者」は,前回会議での議論と関連しますが,意思無能力者による行為や錯誤等に基づいてされた法律行為を取り消すことができるものとする考え方に従う場合の取消権者の範囲について御議論いただきたいと考えております。   また,関連論点として,いわゆる取消的無効を主張できるものの範囲を取り上げました。   「5 取消しの効果」においては,制限無能力者が利得消滅による返還義務の軽減を主張できない場合について御議論いただきたいと考えております。関連論点として,意思無能力者の返還義務の範囲を制限無能力者と同様に軽減すべきではないかという問題,自己の過失により意志無能力の状態に陥った者の返還義務の範囲の問題を取り上げました。   「6 取り消すことが出来る行為の追認」では,(1)及び(2)の論点を取り上げました。(1)では,「追認の要件」として,追認権者が取消権を行使することができることを知った後にしなければならないことを明示すべきであるとの考え方がありますので,このような方向で規定を設けることの是非について御議論いただきたいと考えております。(2)においては,「法定追認」事由の明確化について御議論いただきたいと考えております。   「7 取消権の行使期間」においては,取消権の行使期間,取消権を抗弁権として行使する場合の永続性を取り上げました。これらの問題については,消滅時効制度全般の見直しの方向性を踏まえて改めて検討する必要があると考えられますが,あらかじめ論点として提示させていただきました。 ○鎌田部会長 それではまず,「4 取消権者」について,御意見をお伺いいたします。 ○潮見幹事 取消権者ではなくて,前に宿題みたいな形でお願いしたんですが,前の意思能力とかあのあたりで相対的無効という構成がいいのではないかということをおっしゃられた先生方は,一体ここで相対的無効とした場合に無効の主張権者をどのような形でルール化すべきなのか,あるいはそんなものはルール化すべきでないとお考えなのかというところについて,もしお考えがあれば,前にお考えがあればお聞かせいただけませんか。   もっと言えば,もし仮に相対的無効という構成をとるのであれば,ここでも無効の主張権者について何らかのルールを置いておいた方がよいのではないかというのが私の意見です。 ○鎌田部会長 その点は引き続き宿題ということにさせていただきまして,次の「5 取消しの効果」,「6 取り消すことができる行為の追認」まで含めて御意見があればお出しいただきたいと思います。これまでの議論の中で,従来無効であったものを取消しに移すという提案もたくさんされているわけですから,無効よりもむしろ取消しの方が適用される範囲は広がる可能性があるという前提で御意見をいただければと思います。 ○中田委員 意思無能力の効果を無効とするか取消しとするかの点につきましては,取消構成をとる場合にどのように考えるのか,それをどのように正当化するのかということも併せて検討する必要があると思います。   それで,相対無効とか取消的無効と,中身が同じかどうかはひょっとしたら議論が分かれるのかもしれませんけれども,その主張をだれにさせるかについては,実質的にどうあるべきかということと,それを法律にどのように規定するのかということを一応区別した方がいいのかなと考えております。   意思無能力の行為を無効にするにしても取消しにするにしても,それは,意思が不完全だからそうするのか,それともそういった人を社会の中で適切に保護するためにはどのようにしたらいいのかということから考えるのか,両方あると思うのですが,実質的検討が必要ではないかと思います。   意思無能力の効果につきまして,私は前回申しましたとおり無効がいいと思っておりますけれども,今回の資料を拝見して,取消構成にすると代理人を欠いている意思無能力者が不利益を被る可能性がやはり出てくるのではないかという気がしました。今回の資料の中で,意思無能力者自身が取り消すことができるということが書かれておりまして,これはその対処の方法かと思うのですけれども,どうもやはりよく理解できない,法的には不明確で不安定だと思います。恐らく幼児の場合と高齢者の場合とで違っていて,高齢者の場合には制限行為能力者と同じように認めていいのではないかという考えかなとも思うんですが,それは理論的帰結というよりも政策的判断ではないかと思います。仮に政策的判断なのであれば,そもそも意思無能力を取消しとしないで無効とするという判断でいいのではないかなと考える次第です。   それから,前回も出ましたけれども,意思無能力者が死亡した場合の取消権者の問題もありますので,これはむしろ取消構成の場合に紛争が複雑化しないということをどうやって確保するかということの検討が必要だと思います。 ○中井委員 弁護士会の意見として固まっているわけではありませんけれども,大阪弁護士会で議論では,意思無能力の場合無効と考えています。そのとき相手方から無効の主張を認める必要はないが,それ以外は解釈にゆだねようというのが一応の結論です。現実的には,仮にその表意者の意思能力が欠けている状態だったら,無効主張も,もちろん取消しも期待できない。現実的な問題として,親族であるとか身内のものが無効を主張して,一定の救済的,取戻し的なことが行われている実務があります。その実務を阻害するような方向での取消権構成については疑義があり,そこで無効構成にして,無効主張する範囲については,相手方以外については広く置いて,それ以上については解釈にゆだねようという一応の方向性の意見になっています。 ○岡本委員 取消しにするのかあるいは相対的無効にするのかというところについては特に意見はないんですけれども,錯誤や意思無能力者の行為について,無効としつつ追認を認める場合,それから取り消し得べき行為とする場合の両方いずれについてもそうなんですけれども,相手方に追認するか否か,確答すべき旨の催告権を与える必要がないかどうかというのはちょっと資料のほうに論点として書いてなかったもんですから,ちょっとそこら辺が気になったもんですから,一応申し上げさせていただきたいと思います。 ○西川関係官 「5 取消しの効果」でございます。制限行為能力者の利得消滅の抗弁を制限するというような提案もあるようですけれども。これはちょっと慎重に考えたほうがいいのではないかと思います。事業者から消費者に対し「お前知っていただろう」という主張というのが強くされるという可能性はあるわけでございますが,そういう主張がされたときに,消費者の側が反論するというのはなかなか容易ではない,そういうことなんだろうと思います。   それからあと,関連論点2の,自己の責めに帰すべき事由により一時的に意思能力を欠いた者の返還義務について,提案のような考え方もあり得るのかなとは思いますけれども,事業者の側が,意思表示した者が意思能力を欠く状態に陥っていたのを知りながら,それを利用して契約したといったような場合についてまで,この提案の考え方を適用すべきではないと思います。そういう場合は利得消滅による返還義務の軽減が認められてもいいのではないのかなと,公平という観点からはそうなのではないかと思います。   それからあと,「6 取り消すことができる行為の追認」について,取消原因となった状況が消滅した,詐欺だということに気がついたというような場合だけではなくて,その対象となる行為について取消権が行使できるということを知っていたということも追認の要件として必要だという御提案です。これだけで十分かという問題はございますが,少なくともより消費者保護に資する方向で改正するという趣旨で第一歩としては賛成でございます。   ただ,資料の書き方の問題なのかもしれないですが,この追認の要件を増やすという提案が,法定追認のほうでも同じことを言っているのかどうなのかというのがちょっとよく分からなったんですが。法定追認でも同じようなことがされるのだろうと考えておりますけれども。   それから,(2)の法定追認のほうですけれども,法定追認の要件行為を拡大しようという御提案なのかもしれませんが,やはり悪徳商法に対する消費者の無効主張,あるいは取消権を行使するということをきちんと確保するという観点からは,この法定追認の拡大というのは非常に慎重に考えていただきたいなと思う次第でございます。 ○鹿野幹事 一つは,取消権者についてです。私も前回,意思無能力の効果は無効にすべきだと発言をしました。その場合における無効の主張権者についてですが,これは解釈にゆだねるということも一つですが,中井委員がおっしゃったように,だれが無効を主張できるかという形ではなくて,むしろ相手方からは無効を主張することができないというような形で,例外を規定するということも一つの方法かと思います。   現実的には,例えばその表意者の意思無能力状態がずっと続いているというときには,本人が無効を主張することは期待できないかもしれませんが,少なくとも意思無能力者が当該行為を成した後に行為能力制限の審判を受け,そのときに後見人等の形で代理人になった者とか,あるいは当該行為の後に本人が死亡して相続があり,本人の地位を承継した相続人などが無効を主張するということは当然認められるべきでしょう。しかし,このような場合以外でも,先ほどの御発言にもありましたように,親族などが法的にはいまだ代理権を持っていない場合に,裁判外で無効を事実上主張し,裁判までにしかるべき手続を整えるということもあるのかもしれません。   そのようなことを考えると,無効の主張権者を積極的に定めるという形ではなくて,それが否定される場合について規定を置くということも一つの在り方かと思います。   次に,取消しの効果について。これは先ほど無効の効果との関連で返還請求権の範囲につき既に指摘されたところですが,基本的には取消しについても同様に,703条,704条の規律に服させることは妥当ではないと思います。双務契約における巻き戻しの場合においては,基本的には受け取った利益を全部返還させるということを原則に置くべきであり,ただ,その無効原因,取消原因によっては例外を設けるべきだという意見に,私は賛成であります。   具体的にどの場合についてどうするかについては,更に今後緻密に検討していくべきだと思いますが,先ほどから出ていますように,例えば詐欺による取消し等については,すべてを返還させるべきかについては検討の必要があるだろうと思います。 ○中井委員 取消しの効果について,この資料の「そこで」以下の部分,つまり取消しの意思表示がなされた後に返還義務があることを知りながら費消した場合について,現存利益の主張を許さない方向での提案については,弁護士会は反対です。それは先ほど西川関係官からもありましたけれども,実務でも保佐人の弁護士が被保佐人に対して注意深く言っても,もともと浪費癖があればいくら言ったって浪費してしまう場面がありますから,意思表示した後は返さなければならないとなれば,本人保護に欠けます。   要件として,例えば害意があるとかそういう要件を加えた上で意思表示後の費消した部分については返還義務を課すということはあり得るのかもしれませんが,このままストレートに規定することは反対です。   二点目は,法定追認に関する事柄ですけれども,これも西川関係官からお話がありましたが,履行の全部又は一部の受領ないし担保の受領を法定追認事由とすることについては,反対です。これは単に事実があることだけで追認とするわけですから,認識がなくてもよい。積極的に受領する,積極的に担保設定する,そこに追認の意思が認められるのであれば正に追認でしょうが,外形的事実だけからであれば,結局押付け的な事実によって結果としての追認ということになり,こういう事態は認められるべきではない。この拡大については反対という意見です。   三点目は,取消権の行使期間については,これについても2年ないし3年という提案ですが,このような短期では救済という面で非常に短すぎるということで反対の意見が多くありました。ここは時効制度と併せて議論すべきことかもしれませんので,その程度にとどめておきます。 ○山本(敬)幹事 無効の主張権者に関しては,御意見をおおむね理解したつもりなのですが,宿題としては,無効の主張期間の制限をどう考えるのかということも指摘されていたと思います。特にこれは,二重効問題が出てくるときに深刻な問題となるところです。制限行為能力による取消しが既に期間制限のためにできないときに,意思無能力による無効を主張できるのかという問題です。これも解釈問題として残されるということで本当によいのかという問題提起をしたつもりだったのですが,この点は時間ないですけれども,いかがなのでしょうか。 ○中井委員 宿題ということで。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。行使期間の点につきましては,時効制度全般の見直しの方向性を踏まえて改めて検討しようという御提案をされているところでございますが,抗弁権の永久性についても併せて時効制度全体の中で議論を踏まえてということでよろしいでしょうか。 ○潮見幹事 宿題ということで先ほど投げられたので私しゃべらなかったのですが。もう一つ,特に鹿野先生とか中井先生にお願いしたいことがございます。相対的無効主張権者の範囲です。解釈にゆだねるのだったらそれは構わないと思いますが。裁判になったときの原告適格どのように考えたらいいのか。そこだけできればお答えをいただきたいというところでございます。 ○中田委員 今潮見幹事,山本幹事から宿題というか,みんなで検討しようというのが出ていると思いますが,逆に,取消構成を採る場合の実質的根拠とか政策的妥当性ということについてもやはり検討する必要があるのではないでしょうか。 ○西川関係官 取消権の行使期間ですけれども,時効制度全体の中で改めて検討ということですけれども。今ちょっと一点申し上げておきたいのが,今の期間ですら行使できない人というのはいるわけでございまして,やはりそれを更に短縮しようということについてはちょっと慎重に考えていただきたいと。   抗弁権の永続性のほうについても,悪徳事業者が取消権の期間が終わったという時期に履行請求してくるということはやはり十分あるわけで,ここの御提案のような規定というのはやはり非常に意味のある設けるべき規定かなと考えております。 ○潮見幹事 中田委員の発言がありましたので一言申し上げます。錯誤や意思能力のところで相対的無効ではなくて,取消しという方向で考えるべきだと考える立場は,これらの場合に表意者の保護のために相対的無効という観点からの主張をしてきたものですから,その部分については従前取消制度で問題になっている表意者保護の場面と基本的に枠組みとしては同じではないかという観点から提案がされているのではないかと思っております。   従来の取消制度が問題にされている場面での表意者保護の必要性,あるいはその背後にある政策的な観点からの理由と,錯誤,意思無能力の場面でのそれとは基本的に同じだと考えると,取消しのルールで統一をして考えるほうがよろしいのではないでしょうか。さらに,そうすることによって,相対的無効と取消しの場合の二重効問題等々に関わるようなややこしい問題も回避されることがあるのではないでしょうか。   もちろん,その場合に仮に意思無能力で相対的無効をとる場面でほかに何か政策的な要請があるということであれば,その部分こそがむしろ明らかにされるべきではないかと思います。と言いますのは,従来相対的無効ということが言われておりました際には,先ほど申し上げたように表意者の保護という点が中心に置かれておりましたから,政策的理由のほうが明らかになれば,相対的無効という制度として組み立てて,取消しとは違ったようなルール化が初めて可能になるのではないかと思うところです。 ○鎌田部会長 論理的には潮見幹事がおっしゃることですっきりしていると思いますけれども,多分実務的には,親族が意思無能力者が給付したものの取戻しの訴えを提起することなんかできっこないんですけれども,平成11年改正前の保佐人について代理権がなくても取消権を与えれば,防衛的に働くことが期待できるといわれていたのと同じように,まず後見開始の審判をしてからでないと,相手方からの請求に対して契約の無効を主張して防衛をすることができないというよりも,親族が無効の主張することで事実上ではあれ履行請求を拒絶できるようにしたほうがいいのではないかという,そういうことは実際上あり得るのかもしれないという気がします。 ○山野目幹事 意思無能力の問題はいずれにしても宿題にならざるを得ないと考えますが,過般その議論をしたときに,村上委員が遺言の無効ないし取消しを考えるときどうするかという問題提起をされました。あれはハードルの高い問いであると感じます。無効説も取消し説も,あの設例を乗り越えられるかどうかは忘れないで引き続き勉強していく必要があるのではないでしょうか。 ○松本委員 前に議論したときも同じことを言ったと思うんですが,何のために意思無能力を理由とした救済を別途与えようとするのかという意思無能力理論の制度目的のようなものを考える必要があるのではないかと。つまり,鎌田部会長がおっしゃったように,成年後見とのつなぎを考えて,緊急措置として意思無能力で救済するんだというものなのか,それとも成年後見制度では不十分なんだから,意思無能力というもっと強いもので二重に保護すべきなんだというものなのか,どちららの基本的スタンスでいくのかによって議論はガラッと変わってくるわけです。   成年後見制度に加えてもう一つ立派なシェルターをつくろうというのであれば,二重効というのは当然の話だということになりますし。逆に,成年後見につなぐまでの緊急のつなぎの手段なんだということであれば二重効にならないようにやりましょうということになると思うのです。そこの目的を議論しないで答えはどっちですかというのは,余り実りのある議論にならないと思います。 ○鎌田部会長 積み残しをたくさんつくってしまって大変申し訳なく思っているところですが,本日の審議はここまでにさせていただきます。積み残した部分は,「代理」と「条件及び期限」です。「代理」は少なくとも予備日に回さなければいけないほど大きな塊でございますけれども,「条件及び期限」につきましては,その取扱いを事務当局と相談させていただきます。   最後になりましたけれども,最初に紹介しました参考資料の4−1についての説明及び次回の議事日程等について,事務当局から説明をしてもらいます。 ○筒井幹事 まず,参考資料4−1について御説明いたします。   これまでの審議の中で,幾つかの事項について実態調査をする必要があるという御意見を頂いておりました。本日もあったと思います。事務当局におきましては,それらの御意見を踏まえて,できる限り前向きに,必要な調査を進めたいと考えておりますが,まずはそのうちの一つとして,不動産賃料の債権譲渡と不動産そのものの譲渡とが競合する取引に関する実態調査を行いたいと考えました。この調査は,第7回会議における中井委員の御発言を踏まえて,事務当局において準備を進めてきたものです。   調査の方法ですが,この件では社団法人不動産流動化協会に御協力をお願いし,参考資料4−1記載の質問事項をお渡しして書面で回答していただこうと考えております。この参考資料の番号が4−1となっておりますのは,回答を頂いたものを4−2として配布することを想定しているからです。   この質問予定事項については,調査の過程で多少の手直しをしたり追加の質問をしたりすることも想定されますので,基本的には事務当局に御一任いただきたいと考えておりますけれども,しかし,疑問な点やその他お気付きの点がありましたら,後日でも結構ですので,何らかの方向で事務当局まで御一報いただけると大変有り難いと思っております。   それから,引き続きまして,次回の議事日程について御連絡いたします。次回会議は,7月20日火曜日,午後1時から午後6時まで。場所は本日と同じ20階の第1会議室です。   次回の議題等については,当初から予定していしたのは,期間の計算と消滅時効ですが,先ほど部会長から御案内がありましたように,本日積み残したもののうち,「条件及び期限」を次回会議で取り上げることも検討したいと思いますので,その場合には本日の部会資料13−1と2をお持ちいただくことをあらかじめ御案内したいと思います。 ○鎌田部会長 参考資料4−1について何か御質問等ございますでしょうか。   では,御意見等がありましたら,先ほど筒井幹事から説明がありましたように,事務当局へ追って御意見等お寄せいただければと思いますが,全体としてはただいまの説明に従って手続きを進めてもらうこととさせていただきます。   それでは,本日の審議はこれで終了といたします。   本日は長時間にわたり御熱心な御審議を賜りまして,誠にありがとうございました。 −了−