法制審議会民法(債権関係)部会           第12回会議 議事録 第1 日 時  平成22年7月20日(火) 自 午後1時00分                       至 午後6時09分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)                議     事 ○鎌田部会長 それでは,予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会第12回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   (委員の異動紹介につき省略)   配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 事前送付資料としては,部会資料14−1及び14−2をお届けいたしました。また,本日は,前回の積み残しである「条件及び期限」と「代理」を御審議いただく関係で,既に配布済みの部会資料13−1及び13−2を使わせていただきます。これらの資料の内容は,後ほど関係官の亀井と川嶋から順次説明いたします。 ○鎌田部会長 それでは,本日の審議に入りたいと存じます。   本日は,部会資料14−1のほかに,前回積み残しとなった部会資料13−1の残りの部分について御審議いただく予定です。具体的な進行予定といたしましては,まず,部会資料13−1の「第4 条件及び期限」と部会資料14−1の「第1 期間の計算」を御審議いただいた後,部会資料14−1の「第2 消滅時効」を御審議いただき,この間,午後3時ごろを目途に適宜休憩を取ることを予定いたしております。休憩後,部会資料14−1の残りの部分及び部会資料13−1の「第3 代理」を御審議いただきたいと思います。よろしくお願いいたします。   それでは,まず部会資料13−1の20ページ,「第4 条件及び期限」及び部会資料14−1の1ページ「第1 期間の計算」について御審議いただきます。事務当局に説明してもらいます。 ○亀井関係官 それでは,部会資料13−1の「第4 条件及び期限」,部会資料14−1「第1 期間の計算」について御説明いたします。   まず,「条件及び期限」については,個別論点として2から5までを掲げております。2は,「停止条件及び解除条件」という用語の意義について,規定を置き,明確化すべきであるとの提案を取り上げたものです。   次に,3では,条件の成就によって利益を受ける当事者が条件を成就させた場合については,判例上民法第130条の規定が類推適用されていることから,その旨を明らかにする規定を設けるべきであるとの提案がされているので,その当否について御意見を頂きたいと考えております。   4は,期限の始期や終期,確定期限,不確定期限などの用語の意義を条文上明確にすべきであるという考え方を取り上げたものです。   最後に,5では,民法第137条が定める期限の利益の喪失事由のうち,破産手続開始の決定を受けたときを削除すべきであるとの考え方が提案されておりますので,その当否について御意見を頂きたいと考えております。   続きまして,部会資料14−1の「第1 期間の計算」について御説明いたします。   資料14−1と14−2との関係,各項目の冒頭における「総論」の位置付けは,これまでと同様であります。   民法が定める期間の計算方法は,私法関係だけでなく,公法関係にも適用されているとして,民法ではなく,法の適用に関する通則法において規定すべきではないかとの提案がされておりますので,これを「1 総論」で取り上げました。   また,期間の計算に関しては,一定の時点から過去にさかのぼる方向で計算する方法についても規定を設けるべきであるとの提案がされていますので,その当否について御意見を頂きたいと考えております。 ○鎌田部会長 それでは,まず部会資料13−1の「第4 条件及び期限」について一括して御意見をお伺いしたいと思います。御自由に御発言ください。 ○筒井幹事 山本和彦幹事から前回の会議用に発言メモが提出されていましたので,その意見を読み上げる形で紹介いたします。   「第4 条件と期限」の5,民法第137条の期限の利益の喪失事由に関する部分についての御意見ですが,「民法137条1号の削除について,賛成する。破産法148条3項による財団債権の現在化については,破産手続の終了までに相当期間を要すると見込まれ,かつ,財団債権の履行期が破産手続中に到来すると見込まれるとき,殊さら現在化する必要はないとする見解が現在では多数ではないかと見られる。その点で,破産債権と財団債権を区別しない民法137条1号の規律は誤解を招くおそれがあると考える」という意見でございます。 ○鎌田部会長 ほかに御意見はございますでしょうか。 ○道垣内幹事 細かいことを言い出すと切りがないのかもしれませんが,現行法の137条2号の「担保を滅失させ,損傷させ,又は減少させたとき」には期限の利益が喪失するというところなのです。例えば動産を購入すると動産売買先取特権は当然付くわけですが,それでは当該動産を費消すると期限の利益を失うのかというと,それはそうはならないんだと思うんです。恐らく,担保を供する義務があり,それを最初の段階で履行しないという場合が現行法の3号で,後発的に義務の不履行があった場合が2号であるということなのではないかと思うのです。ほとんど議論のないところではあるのですけれども,2号をそのまま残していいのかというのは,若干検討の余地があるのではないかと思っております。 ○高須幹事 最後のところでございまして,詳細版のほうの123ページから124ページにかけてのところでございますが,期限の利益の喪失事由について,当然喪失特約と請求喪失特約の双方を認めるということを明文で注意的に規定したらいかがかという部分でございますが,確かに現状としてはそういう特約が有効とされており,実務で運用されているということは私どももよく承知しているのですが,注意的に規定するという意味が,何か特別の意味をもたらすことになる危険もあるのではないか。請求喪失特約というのは,逆に言うと,それが一種のプレッシャーの材料になる場合もあり得るような気もいたしますので,そこは少し慎重に考えてまいりたいと思っております。 ○潮見幹事 細かいことで1点。民法133条の不能条件についての発言です。133条1項では「不能の停止条件を付した法律行為は,無効とする」と書いていますが,前から議論になっておりますように,原始的不能の場合に,必ずしもすべての場合に常に無効であるという扱いはしないという方向での提案が出されているかと思います。そして,私はそれ自身に賛成しているところでございますが,そう考えると,不能の停止条件を付した法律行為は無効とするという形で一律に決するのはいかがかと思いますので,発言をさせていただきました。 ○松岡委員 最初に,山本和彦幹事から補足の御説明があった点に関してです。確かに,おっしゃるとおり,破産法上,特に財団債権について,民法のような規定を置いたままにするのは望ましくないということは理解はできました。ただ,一方で,破産債権については,現在の民法の規定のとおり,期限の利益が失われるはずですが,民法から根拠となる規定が消えてしまっていいのかという疑問があります。また,特別法の規律の根拠となる民法の規定や,逆に民法で参照するほうが見通しがきく特別法の条文については,インデックス規定といった形で民法の条文の中で特別法の規律の概要を指示することも,分かりやすさという点からすると,なお検討に値するのではないかと思います。そうだとすると,破産法の規定を考慮した書き方を工夫して残すという道もあって,単純に削除という選択肢だけではないと思います。 ○鎌田部会長 ほかによろしいでしょうか。   それでは,ただいまちょうだいしたような意見を踏まえて,更に検討を続けさせていただくことといたします。   続きまして,部会資料14−1の「第1 期間の計算」について一括して御意見をお伺いしたいと思います。御自由に御発言ください。 ○松岡委員 続けての発言ですみません。総論的なことと2と両方にかかわることです。明確な提案ではなくて,問題提起として申し上げます。2にも関係する問題ではありますが,現行法の142条の規律は再検討の必要がないのかと思います。と申しますのは,同条は,日曜・祝日であること,それからその日に取引をしないという慣行があるという2つの要件によって期間の満了を延期するとの規律をしていますが,日曜・祝日以外の日に営業しないという業種や店舗なども少なくありません。特に,後で議論になると思いますが,もし時効期間が短縮されることになりますと,起算点の問題として,債権者が債権行使が可能であったかどうかがより具体的に厳密に問われるようになるのではないかと思います。逆に日曜・祝日であっても債権者・債務者の双方が営業日である場合には,そもそも延期の必要性が乏しい気がいたします。そうしますと,142条の規律は,一方では取引慣行を中心に拡張する必要があり,他方で推定規定として延期を認めない方向もあり得るのではないでしょうか。最高裁判例には,元利金の分割払の返済期日が毎月何日と明確に定められた場合であっても,その日が日曜・祝日の休日に当たるときは,特段の事情がない限り,その翌日の営業日を返済期日とする旨の黙示の合意があったと推認している判決がございます(最判平成11年3月11日民集53巻3号451頁)。しかし,このような推定による処理は延期を肯定する方向でしか働きませんので,逆に延期を否定する可能性は,先ほど申し上げたように,法規定の改正によるしかないのではないかと思います。   ちょっと長くなりますが,ついでに2についても一言申し上げたいと思います。規律を明確にする点で,2のように逆算の場合についても規定を設けるという考え方には賛成でありますが,その後に書いてある,142条に相当する規定を置く必要については疑いがあります。というのは,挙がっている例のうち,破産法の例では,否認対象となる行為が逆算した期間の末日に,つまり普通に言えば期間の開始日になるのでしょうか,その日に可能であったかどうかは問題ではなくて,もしそういう行為が当日に不可能であれば,その末日に当たる日にはそもそも否認の対象となる行為が行われなかったというだけの話であります。   それから,もう1つ例が挙がっている,契約で基準日の前の一定期間内に一定の行為をすべきことを定めるという場合でありますが,これは,その期間外にはその行為ができないという点に明確な合意があるにすぎないような気がします。142条のような規律を適用して,期間をさかのぼった末日について当該行為の可能性を問題にして142条のような規律が仮に適用されるといたしますと,延期された日から期間を計算するというので,もはやさかのぼって計算していることにはなりません。出発点でさかのぼって計算するんだというと,矛盾することになります。のみならず,142条のような規律で延期された期日を起算日として1年間とか6か月とか一定期間を計算する場合には,結局権利行使の基準日というのが明確に合意されているのに,それよりも1日あるいは連休等を考えると数日ずれてしまうという結果をもたらすことになりますので,実質的な観点からもそういうのは必要ではないと考えます。 ○藤本関係官 過去にさかのぼる方向での期間の計算方法についてでございます。部会資料にもございますが,民法の期間の計算に関する規定というのは,行政法規を含め,他の法令にも適用されると考えられております。この点,現行民法には,これも部会資料にあるのですが,時をさかのぼっていく場合の期間の計算についての規定がございません。ではどうしているかといいますと,各法令でいろいろな考え方がなされている。また,各法令で各種様々な規定を置いている場合がございます。金融商品取引法のディスクロージャー規定では,例えば「5日前までに何々しなければならない」といった規定振りがございます。ほかにもいろいろな規定振りがございます。「5日前までに何々しなければならない」という例では,過去にさかのぼる方向での期間の計算方法についての一般規定が民法あるいはほかの法律に置かれた場合に,これが期間を数え始める日を算入しないで数えた5日目が始まる前までにということであれば,現在の考え方と同様であり,問題ないと思います。ただ,いずれにしろ,各法令で既にいろいろな考え方,規定振りがあることに留意する必要があるのではないかと思います。民法又は他の一般法で新設される規定が現行の法令の様々な規定にそのまま適用されるものなのか,それとも各法令の規定というものが特段の定めを置いたものなのか,見極めた上で整理・整備が必要となるということに留意する必要があるのではないかと思います。思っている以上に影響が大きいかもしれず,よく検討する必要があるのではないかと思います。 ○中井委員 今の藤本関係官の発言と関係しているかと思いますが,会社法を例に取れば,株主提案権の行使を総会の期日の8週間前までにしなければならないとしたときに,6月29日の8週間といったらちょうど5月の連休前後になるわけです。この制度の趣旨から,会社側が株主提案に対応する期間として,8週間が保障すべき正味の時間だとすれば,それを確保するような期間の計算をすべきことになりますので,資料詳細版で挙げている,破産の事例の場合とは事案が異なります。個々に期間を置いた趣旨を考える必要があるのではないかということから,民法の中に入れるのがいいのか,民法に一般原則を置いた上でそれぞれの法律で特別な定めをするのがいいのかあたりも含めて御検討いただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかに御意見はいかがでしょうか。「1 総論」についての御意見はいかがでございましょうか。 ○中井委員 総論ですが,弁護士会の意見は,大勢は民法に規定するほうがいいのではないかという意見ですので,それのみ申し上げておきます。 ○鎌田部会長 ほかに特に御意見がないようでしたら,ただいまの御意見を踏まえて,引き続き検討を進めさせていただきます。   続きまして,部会資料14−1の1ページから8ページまでの「第2 消滅時効」について御審議いただきます。「第2 消滅時効」につきましては,大きく三つのかたまりに分けて御審議いただくことを予定しております。一つ目が「1 総論」及び「2 時効期間と起算点」,資料14−1の1ページから4ページまででございます。二つ目が,資料の4ページから6ページまで,「3 時効障害事由」です。三つ目が,資料の7ページ及び8ページ,「4 時効の効果」から「6 その他」まででございます。   それでは,まず「1 総論」及び「2 時効期間と起算点」について御審議いただきます。事務当局に説明してもらいます。 ○亀井関係官 それでは,「第2 消滅時効」について,2以下の個別論点から説明いたします。   まず,2の(1)から(3)までは,時効期間の長さに関する問題点を取り上げました。民法は,債権の消滅時効期間を10年とする一方で,職業ごとに債権を分類して,時効期間を1年から3年とする短期消滅時効制度を設けています。しかし,このような職業ごとの債権の分類が合理的なのかという疑問があり,また実務上も,短期消滅時効の対象となるのか否かの判断が煩雑であったり,分かりにくかったりするなどの問題点が指摘されております。そこで,短期消滅時効制度を廃止して,時効期間を単純化,統一化すべきではないかとの提案がされていますので,(1)で取り上げました。   次に,特に(1)で時効期間を統一化すべきであると考える立場からは,統一化される時効期間を現行法の10年よりも短い期間とすべきではないとの考え方が示されていますので,この原則的な時効期間に関する論点を(2)で取り上げました。この点につきましては,(4)で取り上げた起算点の問題とも関係しますので,(4)と併せて御検討いただけたらと思います。   さらに,民法では,定期金債権,判決等で確定した権利,不法行為による損害賠償請求権について,時効期間の例外を定めていますが,これらの例外を維持すべきかについて,(3)で取り上げました。なお,生命,身体等の侵害による損害賠償請求権については,不法行為によって生じたものか否かを問わず,特別に長期の時効期間を定めるべきであるとの提案がされていますので,御意見を頂きたいと考えております。   次に,2の(4)では,時効期間の起算点に関する問題を取り上げました。現行法は,時効期間の起算点を原則として「権利を行使することができる時」としていますが,債権者の主観的な要素を加味した起算点も導入すべきであるとの提言がされていますので,御意見を頂きたいと考えております。   最後に,(5)では,以上の時効期間の長さや起算点を当事者間の合意で変更することの可否という問題を取り上げました。現行法の下では明文の規定はなく,また学説上も様々な議論がある問題であり,立法的な解決を図るべきであるとの考え方が示されております。そこで,合意によって時効期間の長さや起算点を変更することを認めるか否か,また認める場合には,合意の内容に制約を設けるか否かについて御意見を頂きたいと考えております。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分のうち,まず「1 総論」について御意見をお伺いしたいと思います。御自由に御発言ください。 ○山野目幹事 2の「時効期間と起算点」以下で細目の論議がなされるものと予想いたしますけれども,それに先立ちまして,今般の消滅時効制度の見直しに関して,総論的な見方として考えを抱いているところを述べさせていただきたいと考えます。   今般の債権法改正は,契約法に関する規律の現代化という観点から論議されることが多いですし,大筋においてそのことには根拠があると考えられますが,少し性格が異なる問題であるのが,今般議題として取り上げられることになります消滅時効改革ではないかと考えております。170条から174条までにおいて定められている短期消滅時効は,簡単に申しますならば,職業別の消滅時効期間を定めるものでありまして,もっと申しますならば,民法の中に身分の名残とでも言うべき前近代の遺制が姿をとどめている部分もあるとすら言えるのではないかと思われますし,内容としても甚だ不合理な部分がございます。ここは,現代化という観点もさることながら,このような前近代的な側面の克服ということが要請されている領域であると感ずる次第であります。そのように考えますならば,まず何よりも,消滅時効に関する今般の民法改正作業において最も重要な点は時効期間の統一であると考えられます。そうしますと,これをどのようにして達成するかということが問題になりますが,現行法に比べて時効の原則期間を相当程度短くすることは避けることができないのではないか,あるいはそれが最も合理的なのではないかと考える次第でございます。   そして,このように仮に考えるといたしますと,消滅時効改革の他の論点は,このねらいを達することとの関係を意識しながら論議される必要があると感じます。それらの論点の中でも,最初にぶつかり,そして恐らく最後まで根本的なものとして残り続ける問題は,大幅に短くした時効期間で法が債権者に不利益を強制する根拠をどのように説明するかということではないでしょうか。短い期間にしたときに,消滅時効制度について従来言われてきたところの,権利の上に眠る者は保護しないという考え方はおよそ採ることができませんし,失権を実質的に正当化することに無理が残ると思われます。そのように考えますと,およそ消滅時効の本質は,時間の経過による事実関係のあいまい化から生ずる危険と負担から人々と社会を解放するという考え方で消滅時効をとらえるということが,一つの有力な考え方として注目に値するのではないかと考えます。そこでは,債権者の不利益や債務者の義務免脱は飽くまで付随的効果ないし反射的結果にすぎないという整理を与えられることになるでありましょうし,同じような観点から,債権者の債権行使の現実的可能性を基準にした主観的起算点からの期間計算ということが提案されてよいのではないかと思われます。更にまた時効障害事由もこれを充実させるべく努めていくことが要請されるのではないかと考えます。   総論的な観点として抱いているところを述べさせていただきました。 ○能見委員 最初は発言するつもりはなかったんですけれども,今の山野目幹事の御意見が,どちらかというと消滅時効の期間を短くするという方向で,それを支持する御意見でしたので,私としては少し違う観点を述べたいと思います。   私も,短期消滅時効がいろいろ複雑にばらばらになっているということ自体については,これは整理・統合し,場合によって期間の違いをなくして一本化するということも考えられると思います。しかし,短期消滅時効の期間の統合をすることで,今まで短い短期消滅時効期間が,今度は全部を含めた統一的な時効制度に変わるときに,現在の債権の一般的な時効期間の10年で整理・統合すると,2年と3年とか1年とかの短い期間が10年に延びることになり,それは債務者にとって不利益であろうという理由から,債権の一般的な時効期間の10年を短くするという議論が,資料にも書いてあったと思いますし,今の発言の中にもあったと思いますけれども,それは少し議論が違うのではないかと思います。短期消滅時効についての扱い方として,いろいろなやり方があって,1年,2年,3年というものを区別しないで何かある統一的な短期の期間を定めて,それと一般の債権の消滅時効とを別にするということもあるでしょうし,いろいろな方法があると思いますが,いずれにせよ,短期消滅時効の統合を現在の10年の時効を短くするということの根拠として挙げるのは適当でないだろうと思います。   消滅時効の総論的な問題としてもう1つ指摘したいのは,時効というのは,いろいろな人が債権者になるわけで,私が特に危惧しておりますのは,個人の消費者等がいろいろな債権を持っている場合に,債権の管理が非常に難しいという現状であります。また後で機会があれば発言したいと思いますが,銀行の預金などにしても,たくさんの預金を皆さん持っていると思いますが,これを管理するというのは非常に大変です。こういう債権,預金者のほうからすれは財産ですが,こういうものについては,恐らく現在の社会の仕組みは,預金者のほうはもちろん預金者でできるだけ管理をしますけれども,債務者の銀行のほうがコンピューター等で十分に管理できるという体制ができておりますので,そういう場合に,例えば10年が,信用金庫などでは10年,銀行預金については商事の債権ということで5年かもしれませんが,とにかく一般的に時効が短くなるということについては問題があるという視点をここで述べておきたいと思います。 ○岡田委員 今お話のありました消費者の関係なんですが,消費者は時効というものをほとんど理解していません。ですから,時効になるということも意識していませんし,自分に権利があったとしてもそれを使わないままというのがかなり多いと思います。さらに5年とか3年というのはあっという間に過ぎてしまう感じです。そう考えますと10年を短くするということに関しては,消費者側からしますとかなり危惧を持っております。   それから,短期消滅時効は余り使うことがありませんが,消費者契約で使うのはビデオのレンタルの場合に返し忘れたとか,返したはずなのに返していないと請求されるといった場合に,1年の動産の損料というのを結構使わせてもらっています。これがなくなってしまうと,ビデオレンタルの返却仕組みが変わらないとかなり消費者は被害を受けるように思います。 ○中井委員 2以降の議論の立て方とも関係はしているのかもしれませんし,能見委員がおっしゃられたこととも軌を一にするのかもしれませんけれども,短期消滅時効が1年,2年,3年となっているものの対象債権について,それが適当かどうか,それが前近代的なのかもしれませんけれども,すっきりとした説明はできないということは相当程度理解をするのですが,ではそれを廃止すればどうなるのか,現行法だったら10年になるが,10年は長過ぎますね。それなら,それを見直すためには何年がいいのか,例えば5年がいいのかと。こういう論議の仕方,問題の立て方,進み方になっていますが,それはミスリーディングではないかという印象を持っています。   また,結論として,山野目幹事のお話の中で,先に時効期間は統一すべきではないか,若しくは短くするのがあたかも当然であるというところからどうもこの議論をスタートされたように思われるのですが,果たしてそのような具体的な必要性があるのか。弁護士会の中で,今この時効期間を特に変更しなければならないような差し迫った事情なり,具体的な弊害なりはなく,余り問題視されていないように思われます。だとすれば,統一することについても,短くすることについてももっと積極的な論拠を必要とするのではないかと思います。取り分け,債権時効というのは,すべての債権に影響する事柄ですから,これを変えるというのは影響が大きいわけで,影響が大きいことについて変更するだけの積極的な事情が必要ではないかと考えています。弁護士会としては,現在の法律,仕組みを変えるとすれば,相当慎重な検討をしてほしいというのが,総論になります。 ○岡本委員 総論に関しまして2点申し上げたいと思います。1点目は,そもそも論ではございますけれども,短期消滅時効制度の存在意義をどのように理解するか。これが時効期間の問題とか,時効の効果の問題とか,その辺の設定に影響してくると思うわけでございますけれども,そういった存在意義を改めてここで議論しておく必要がないかというところがちょっと気になっております。既に学説上いろいろ言われているところではございますけれども,今回の債権法を改正するということで,消滅時効制度について国民的に納得的な制度にしなければいけないというところがございますし,それに加えまして,今回は立法論でございますので,従来の現行法の条文にとらわれた議論をする必要はないといったところも改めて議論する意味があるのではないかと思っております。   私どもとしましては,従来言われてきた存在意義のうちでは,一つは,長期間継続してきた事実についての信頼の保護がございます。これについては,取得時効については妥当するかもしれないですけれども,消滅時効については余り妥当しないのではないかと。それから,権利の上に眠る者は保護に値しないという考え方についても,権利者が権利を行使するかというのは自由でございますので,不行使がそれほど非難すべきことなのかといったところから,疑問もあるところでございます。   最後に,長期にわたって弁済の証拠−−弁済だけではなくて,債権不成立の抗弁の証拠というのもあるかもしれませんけれども,そうした証拠を保持すべき債務者の負担に限界を画するといったところから理解していく考え方が妥当ではないかと考えているところでございます。   それから,消滅時効の存在意義の議論と併せまして,除斥期間の考え方をどうするのか,これについても併せて議論する意味があるのではないかと考えているところでございます。   以上が1点目でございます。   2点目としましては,時効消滅した債権を自働債権とする相殺,民法508条,これは8回会議のときに触れられていることでございますけれども,債権者は相殺適状にあれば,債権について回収に懸念がないということで,時効管理も甘くなりがちだとは思いますけれども,これは相殺の期待にかんがみまして,それほど非難するには当たらないと考えている事柄でございますものですから,現行の民法508条の規定については基本的に維持していただきたいという意見を持っているところでございます。 ○鹿野幹事 まず,現在様々な短期の消滅時効の規定があって,それが言わば身分の名残で前近代的な規定だというご指摘がありましたが,それについては私もそう思います。また,このような様々な期間を維持していくことの合理的な理由が果たしてあるのかに対する疑問とともに,実際このような多様な期間が設けられていることによって,問題となっている債権にどれが適用されるのかが分かりにくくなっているという問題もあります。かなり専門的な人であれば分かるかもしれませんが,一般的なそれほど法律に詳しくない人にとっては,およそ自分の債権が何年で時効にかかるのかすらはっきりと分からないこととなり,これは不都合な事態だと思います。そういう意味で,全てを統一化できるかすべきかについては更に検討が必要でしょうが,全体として単純化,統一化の方向で見直しを図るべきだということについては,賛成でございます。   ただ,その上で,期間をどうするかという問題です。期間については,何年が客観的に唯一妥当だということの決め手はない,そういう問題だとは思いますが,考え方としては,権利を行使するのに最低どれぐらい確保する必要があるか,また,不行使によって権利が失われても仕方がないといえる期間はどれくらいかについて,更に検討を進めるべきであって,統一化イコール短くしなければならないと単純につながるものではないと,私も思います。   さらにもう1点付け加えますと,期間を考えるときに,何年という期間の長さだけを取り上げるのではなくて,その起算点をどうするかということも併せて考慮されるべきだろうと思います。現在の消滅時効の起算点であるところの「権利を行使することができる時」の解釈についてもいろいろと議論があるところでありますが,立法論としては,仮に法律上の障害がなくなれば,たとえ当事者がそれを知らなかったとしても,あるいは現実的には権利行使を期待できない状態であるとしても,時効は進行するということにするのであれば,ある程度長い期間が必要となるでしょうし,そうではなくて,仮に起算点についてより実質的な基準を設け,権利行使を期待することが可能となった時といった起算点の立て方を採るとすると,その期間の長さは前者の場合よりは短くてもよいといった考慮も働いてくると思います。いずれにしても,起算点との関係まで併せて期間の長さを考える必要があると思います。 ○木村委員 経済界としては,短期消滅時効制度が分かりにくいため,時効期間の統一化,単純化を図っていくという方向で検討することに賛成です。   その上で,短期化する期間についてですが,企業活動では商事債権が基本になり,商事債権時効期間は5年であるため,10年を5年と短くすることについて,余り抵抗感はございません。   ただし,民法の時効期間が適用されるのは企業活動だけではありませんので,そのことを考えますと,全体として,時効の意味,意義といったところから,慎重に検討していく必要があると考えております。 ○藤本関係官 総論というよりも,ちょっと付け足しのような話で恐縮なのですが,金融関係法令だけではなくて,多くの法令で帳簿や書類の保存期間というものが規定されております。その期間は10年となっているものが多い状況にございます。それで一定の消費者保護の機能を果たしている場合もございます。なぜ10年になっているかといいますと,それは民法の消滅時効の期間が10年であるからだとされることが多いという状況にございます。仮に10年というものを変える場合には,こうした多くの法令で規定されている帳簿や書類の保存期間についてどう考えるのかという論点が生じることになります。民法の規律の変更はいろいろな影響を及ぼす可能性がありますので,そういう観点からもよく検討する必要があるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 既に時効期間や起算点についての御意見も出されているところでございますので,続きまして「2 時効期間と起算点」についての御意見をちょうだいします。もちろん,各論的な議論の中で総論にわたる部分があるのは当然でございますので,総論に関わるものも含めて御意見を頂ければと思います。 ○松岡委員 岡本委員や今の藤本関係官の御意見の中にも出ておりますが,消滅時効の根拠の中で,弁済の証拠に代わって債務者を二重弁済から保護するというものがあるということは,広く認められていると思います。確かに,多種多様な短期消滅時効制度をそのまま置いておくことには,指摘されているように,合理性が乏しいと思いますが,一定の債権については,消滅時効のこの根拠に照らして,債務者が二重払の危険から免れるために領収証等を保存する期間を1年ないし2年と短く設定する必要性があることが否定できないのではないかと思います。民法改正研究会は,政令で定める額を基準とする2年の短期消滅時効を提案しておりますし,金山教授の時効制度研究会の案は,消費者契約上の債務者に対する債権,すなわち消費者の債務については3年の短期消滅時効を提案しておられます。   私自身は,複合的な基準を用いるのが妥当ではないかと考えております。先ほども少し何人かから御指摘がありましたけれども,事業者にとっては,一般の時効期間の満了時まで領収書等関係書類を保存するということは格別の負担ではなくて,むしろ多種多量の債務について,あるいは債権債務について,短期消滅時効に掛かる債権か否かを区別するというコストが,鹿野幹事がおっしゃったとおり,非常に大きいわけですから,それを省けるほうがいい,つまり統一するほうがいいと思います。しかし,消費者についてはそういうことは必ずしも当てはまりません。他方,消費者だからといって,例えば大きな額に上る不動産や耐久消費財の対価の債務などについては,領収書を長期間保存する必要性はむしろ容易に認識可能であります。逆にそういう債権の債権者にとっては,そうした債権が短期消滅時効に掛かるのは酷ですし,債務者がだれかによって債権管理に気を遣う必要があるという問題が生じますので,短期消滅時効を適用する合理的な理由が見当たりません。   次に,額による振分けは,先ほど御紹介した民法改正研究会の案ですが,明確な基準ではありますが,一方,恣意的になるという問題があります。先ほどの短期消滅時効の根拠からしますと,基準としてはあいまいさが残りますが,例えば領収書を長期保存することが期待できない日常取引といった,ある種の取引の種類という基準が額に代えて考えられるのではないかと思います。ただ,この辺は考えが十分にはまとまってはおりません。   ただ,今申し上げた一定の債権についての短期消滅時効の存置は,債権一般について消滅時効の期間が,例えば提案の1つにあるように3年と短く設定されますと,3年に比べて1年・2年はそれほど大差がないので,考慮する必要性が低下いたします。しかしながら,先ほど何人かから御発言がありましたとおり,私自身も,そもそも時効期間を短縮する必要性がどの程度あるのかについて,残念ながら確信が持てません。さらに,現行10年の一般消滅時効期間を一挙に3年に短縮することは,経過期間を置くにいたしましても相当な混乱を生じるおそれがありますので,仮に短縮するとすれば,むしろ民商法の規定の統一といった観点も含めて,5年のほうが穏当だと思います。5年との対比で考えますと,先ほど申し上げた1年ないし2年の短期消滅時効制度の必要性はなお存在するのではないかと思います。 ○大島委員 まず(1)と(2),飛んで(4)について意見を申し上げたいと思います。   商工会議所には,製造業や卸売業,運輸業やサービス業など,幅広い業種の方から債権回収の仕方について相談が寄せられております。相談の中で,当該債権の時効は何年なのか,短期消滅時効に該当するかという問い合わせもございます。ですから,消滅時効を細かく煩雑に規定せず,単純化して分かりやすくするという方向性は,基本的には理解するものであります。   一方で,通常の取引において,商事時効の5年というのは実務として浸透しているのではないかと思います。商工会議所には,債権管理に関して時効期間に対する具体的な要望・意見はほとんど寄せられておりません。しかし,短期消滅時効の廃止と併せて商事時効が廃止され,現行の5年を下回ることになれば,実務上影響が出てくるものと予想されますので,5年をベースに御検討いただきたいと思います。   また,時効期間の起算点についてですが,取引の現場で請求された側が支払を拒絶する理由として時効を持ち出すことはよくある話だと聴いています。商工会議所には,主観的な起算点を導入すると,起算点がいつであるかについて判断が難しくなるのではないかと心配する声が寄せられております。時効制度を見直すのであれば,複雑な制度にはしてほしくないという思いもございますので,時効期間の起算点の見直しに当たっては慎重な検討をお願いしたいと思います。   最後に,「(5)合意による時効期間等の変更」ですが,事業者間の取引において,交渉力や立場に格差のある現状を踏まえますと,合意ということになれば,ややもすると不合理な合意を押しつけられかねないという大きな問題が生じてしまうのではないかと懸念しております。仮に合意による時効期間の変更を条文化するのであれば,歯止めのようなものを設けていただくことを慎重に検討していただきたいと思いますので,よろしくお願いいたします。 ○西川関係官 本件につきまして,分かりやすい民法という観点から,時効期間を原則的な方向性として統一すると,そのこと自体はいろいろな意味でいいことだと思います。ただ,その際は,消費者と事業者の間の債権管理の能力が大きく異なっているということに基づいて,いろいろな面での配慮をお願いしたいと思います。例えば(3)のところにございますけれども,生命,身体等の侵害による損害賠償請求権については,時効期間を長くするといったことも前向きに検討する必要性があると思います。それ以外にも,損害賠償だけではなくて,不当利得返還請求といったものも含めて,そういった消費者から事業者への請求については少なくとも現行よりは短縮しないといった方向での検討も行われてしかるべきかと思います。   それから,(4)の時効期間の起算点についても,同様に,債権管理能力の格差に基づく配慮がされるべきでありまして,その観点からは,例えば,債権者に権利行使を本当に現実の意味で期待することができる時を起算点にするといった考え方の方向性が,消費者保護という立場からは望ましいのかなと考えております。   それから,(5)の合意による時効期間等の変更ということにつきましては,これは現行の消費者契約法の下でも,法律よりも消費者に不利な方向で時効期間を変更するなどといった定めは無効になる可能性が高いと考えられますので,先ほどの御指摘にもございましたけれども,何か歯止めをつくるなり,慎重な検討をされるべきなのかなと考えております。 ○深山幹事 既に出ている話,取り分け先ほどの松岡先生の話と重複するのかもしれないのですが,この議論の進め方として,短期消滅時効のところから資料が出来上がっていますけれども,現行法でも原則的な期間の定めがあって,それに対する特則,例外的な定めが置かれていると思います。そういう意味では,まずは原則的な期間を現行法どおりにするのか,あるいは既に指摘されているように,これを短期化するのかというところがまず議論されるべきであって,一応その方向性が見えたところで,それとの関係で例外的な規定として,短期消滅時効の存続を含めて見直すという順序になる,すなわち原則から先に議論すべきではないかという気がいたします。   私も,現行の短期消滅時効の規定の中身というのは,御指摘のあるように,前近代的な感じで,とてもこのまま置いておくべきものはないとは思いますが,別の意味で,正に現代的な意味での短期の例外的な規定を設けるべき債権というものも,それはそれであるのではないかという気もいたします。逆に,原則よりも長めにするという例外もあるのかもしれません。既に資料の中でも出ていますが,そういう原則を定めた上で例外として長くするもの,短くするものを個別に議論していくべきと考えます。統一した,なるべくシンプルな期間が定められるにこしたことはないとは思うんですが,それはそれで分かりやすいんですが,しかし,それを追求していくと,どうしてもきめの粗い規定になってしまうので,きめ細かに規定するということとのバランスを考える必要があるだろうと思います。また,原則的な期間を考えるときには,既に御指摘のあるように,起算点をどう考えるかによって,どの時点から何年と考えるかによって,期間の長短の感覚も大分違ってくると思います。資料の中で,客観的な起算点,主観的な起算点といったことが出てまいりますけれども,現行法の一般的な理解は客観的な起算点ということなんだろうと思うんですが,不法行為債権などについて,かなり債権者の主観的な要素を取り込んだ認定をして救済を図っている例があるのは御案内のとおりですので,不法行為債権に限らず,取引上の債権も含めて,起算点を「権利を行使することができる時」という言葉にするかどうかはともかく,その中にどの程度債権者の主観的な要素を取り込むのかということが重要なのかなと思います。そういう意味では,客観,主観と単純化できる話でもなくて,もうちょっと折衷的な起算点というものもあってもいいのかなという気がいたしております。 ○新谷委員 皆さんまとめて発言されていますので,私も四つ申し上げたいと思います。   まず,(2)の原則的な時効期間についてです。部会資料詳細版14−2の7ページに,立法提案として,民法改正研究会試案の提案が紹介されております。この中で短期消滅時効について,これを廃止し,できる限り時効期間の統一化ないし単純化を図るべきという考え方を提起した上で,時効期間を5年とし,ただし一定の少額債権については時効期間を2年とするという内容が紹介されております。この「一定の少額債権」の定義が明確ではありませんが,現在の短期消滅時効については,先ほど来論議されておりますように,民法の173条の2号,3号,174条の1号ないし3号で,労務供給の対価たる報酬に短期消滅時効が適用されています。これは「労務の供給者は他の一般の債権と同様の保護を享受できない」ということであり,連合としては,労務供給の対価たる報酬については,本来,他の債権よりも手厚く保護されるべきとの観点から,原則的な時効期間が何年とされるにせよ,ここで提案されているような一定の少額債権について,原則的な時効期間よりも短く時効期間を設定することには,賛成できません。少なくとも他の債権と同じ時効期間で検討いただくようお願いしたいと思います。   次に(3)の例外的な時効期間のウの不法行為についてです。労働災害や職業病をめぐり,労働者が使用者に対して提起する損害賠償請求訴訟においては,この時効の正否が争点となることが少なくありません。その不法行為による損害賠償請求について,不法行為から20年という期間制限を廃止若しくは短期化することは,労働災害などによる被害者救済の制限となるため,この提案には賛成できません。実際の労働災害などの事案では,20年間という期間制限ですら被害者の救済に十分でない場合もあります。現に判例では,原則的に20年間の除斥期間を形式的に適用したのでは被害者が救済できない場合について,「加害行為」があったときを起算点としています。例えば,筑豊じん肺訴訟の最高裁判決では,当該不法行為により発生する損害の性質上,加害行為が終了してから相当の期間が経過した後に損害が発生する場合には,損害発生の時点を時効の起算点とするという判断が下されており,被害者を救済しています。   被災労働者やその家族が使用者に対して権利行使をせずに長期間経過する理由は,様々あります。例えば,過酷な闘病生活を余儀なくされているとか,労働に起因する疾病や災害についての正確な知識がない,あるいは低い金額の示談金によって泣き寝入りせざるを得ない,そのほか,特に企業城下町などでは典型例ですが,使用者責任を追及した場合に地域社会や親族からも排除されることに対する恐怖心があるなどです。生命,身体等の侵害に関する時効の起算点について,現行法では,債務不履行責任を追及する場合の時効の起算点の客観的な要件である「できる」という要件と,不法行為を追及する場合の時効の起算点の主観的な要件である「知った時」という要件,この両方の要件が併存しています。少なくない裁判例においては,これらの事情を総合勘案した上で,被災労働者は権利の上に眠った者ではないということを認定し,使用者が労働に起因する疾病や災害についての教育を行わず,被災労働者の無知に乗じて被災労働者の労務を利用したこと等々を指摘されて,時効の適用を排除するという裁判例もあります。そのため,時効の起算点については,少なくとも生命,身体の侵害によるものに関しては,現行法どおり,債務不履行責任を追及する客観的要件と不法行為責任を追及する起算点である主観的要件を併存させていただきたいというのが,私どもの意見です。生命,身体等の侵害については,現行の民法の166条と724条のいずれについても,むしろ長期の期間を定めていただきたいと考えております。   加えて,民法第724条後段の20年間という期間の扱いについてです。除斥期間とする考え方の採否についてですが,これが仮に除斥期間であると,請求,差押えなどの時効中断の効力が認められず,被害者が加害者の除斥期間との主張に対して信義則違反,権利濫用としてその不当性を主張することもできず,被災者の救済が不十分となるためこの20年間について「時効」とするという案に賛成します。   最後に,「(5)合意による時効期間等の変更」についてです。労働の分野では,民法第174条の特別法として,労働基準法第115条があり,賃金,災害補償その他の請求権の消滅時効について,原則として2年,例外的に退職金を5年と定めています。この労基法第115条の規定は強行規定であり,もし仮に民法において合意によって時効期間を短縮することが認められたとしても,労基法に規定されている賃金や残業割増賃金などについては,これより短い時効期間の設定はできないということになります。しかし,労基法の適用対象労働者であっても,例えば業務上災害の民事損害賠償請求権,あるいは労基法115条の適用対象以外の請求権については,これを合意によって短縮することに対する法的な制限はありません。仮に民法の規定によって,合意により時効期間を短縮することが認められると,契約上優越的な地位にある者が,自らの不法行為責任や債務不履行責任に基づく負担を軽減させる目的で,契約締結時に「時効期間を短縮する合意をしなければ契約を締結しない」,要するに短縮に合意しない労働者は雇用しないとされる懸念があるのです。弱い立場にある労働者が債権者となる場合は,時効期間が短縮という方向で合意され,債務者となる場合には時効を伸ばす,伸長する合意がなされる場合もあります。短縮する場合というのは,今説明しました不法行為責任や債務不履行などですが,伸ばす場合では,例えば留学費用の返還のように,帰任後5年以内に自己都合で退職した場合は留学費用を全額弁済するといった期限を更に伸ばされてしまうというケースです。そのため,こうした合意による変更を認めるということについては慎重に検討いただきたいです。 ○岡田委員 一つ質問があるのですが,不法行為のところで今まで皆さんの意見を聴いていて,ますます私は悩み出した次第ですが,2ページの不法行為等による損害賠償権のところで,行為から20年の除斥期間を廃止するということは,損害及び加害者を知った時から3年の時効が3年とか5年になったとして,損害及び加害者を知った時が不法行為から20年後であった場合はそこから3年とか5年ということになるのでしょうか。そうだとすれば,消費者又は被害者からすれば,すごく救済されるということになるのですが,今のお話を聴いていますと,除斥期間の20年に関して私の解釈と反対の解釈のように聞こえたのですが。   というのは,最近,小学校の先生が殺された事件について27年後でしたか犯人が自首してきた裁判でして,当然行為のところから20年の除斥期間は過ぎてしまっていましたが,発見されてから3年以内であるということで,当初は死体隠匿だけが対象にされましたが最終的には殺人に関しても損害賠償請求権を認めたという判決が出ていたので私はそのように考えた次第です。その辺をお教えいただきたいと思います。   それから,生命,身体等の侵害に関する事項に関して特別に規定をするということは歓迎いたします。是非入れていただきたいと思います。   また(4)の時効期間の起算点について「権利を行使することができる時」というのは,消費者からすると,どこが権利を行使できるときか分からないとか法律を知らなかった場合は考慮されるのか等の問題があるものですから,後のほうの「債権発生の原因及び債務者を知った時」としていただきたいと思います。ただ,「債権者に権利行使を期待することができる時」というのがありますが,これはだれが期待するのか,その辺が私は理解できなかったもので,その点も併せて教えていただきたいと思います。   それから,皆さんもおっしゃっていますが,(5)の合意による時効期間等の変更,これは力関係が確実に影響しますので,これに関しては賛成できません。 ○筒井幹事 今,岡田委員から幾つかお尋ねがありましたところは,複数の学者グループから示されている改正提言を事務当局において要約して御紹介したものです。   御指摘がありました不法行為についての時効の規定を廃止するという提案は,契約に基づく債権も含めた債権一般について,現在の不法行為についての時効と同様に,主観的な起算点といいますか,具体的に権利を行使することができるようになった時から例えば3年とか5年といった時効期間を設けるとともに,客観的起算点からの10年という時効期間も残して,二重の時効期間を設けるという提案があって,この考え方によると,不法行為について特別な規定を設ける必要がなくなることから,不法行為のほうの規定は削除してもよいのではないかと提案されています。このような提案を御紹介したものです。 ○岡田委員 ということは,債務不履行と不法行為とを一緒にするということでしょうか。 ○筒井幹事 はい,そういう御提案だと思います。知るまでに時間が掛かって10年が近づいた時に知った場合に,その後の処理をどうするかという点では,技術的にはいろいろな考え方があり得ると思いますけれども,その一つとして,10年までの間に損害の発生に気が付いたときには,そこから3年とか5年という時効時間が進行するという考え方があり得るということだと思います。 ○松本委員 能見委員が最初に指摘されたことと,それから先ほど深山幹事が指摘されたことに基本的に賛成するという立場から,発言させていただきます。短期消滅時効がいろいろあって,余り合理的でもないから廃止してしまおう,そうすると10年になるのはよくないから全部について短くしようという形の論理の立て方は筋がよくないと能見委員はおっしゃったし,深山幹事もほぼ同じようなことをおっしゃったので,私も正にそのとおりだと思うんです。民法における時効期間の一般ルールはどう在るべきかというところから議論して,それからそれぞれの特殊な事情に基づく例外的な時効期間を別途考えていけばいいと。それには,現在既に民法その他の法律に入っているような短期消滅時効期間の合理性をもう一度考え直すこともあるだろうし,更に現代的な意味で新たに特則を考えるべきものもあるかもしれないと思うんです。   次に,一般論として時効期間を考える場合に,期間の長さだけで見るのではなくて,起算点の問題と絡めて見ないと,結局適切な議論にならないのではないか。これも深山幹事がおっしゃったとおりのことです。といいますのは,現行法の「権利を行使することができる時」から10年というのは長過ぎるということで期間を短くし,他方で起算点を主観的なものにすれば,期間は短くても結果としては現行法と余り変わらないことになるのではないかというバランス論があるのかもしれないですが,契約上の債権であれば,「権利を行使することができる時」と,この主観的とされているところの「債権発生の原因及び債務者を知った時」というのは基本的に同じはずなのです。ということは消滅時効期間を単に短縮するというだけの結果になってしまって,バランス論にはならないと思います。   他方で,「債権者に権利行使を期待することができる時」という考え方,こちらは幅があって,規範的な評価があり得るので,契約責任であっても現行法よりは起算点を大分遅くすることが起こり得ます。岡田委員がおっしゃったような消費者の場合には,客観的には権利があるのだけれども,権利があることを分かっていない人が多いわけだから,そういう点で権利行使を期待できないんだというふうに持っていけば,期間は短くなっても現行法と余り変わらないような保護が与えられるかもしれないんですが。そのあたりも含めて,起算点と一般的な消滅時効期間について,どの時点から何年ぐらいがいいかというところをまず議論すべきかと思います。 ○奈須野関係官 (1)の短期消滅時効制度の廃止については,これを支持します。   (2)の原則的な時効期間については,5年を支持します。3年を支持する意見は,寄せられてはいませんでした。   それから,(5)合意による時効期間等の変更ですが,優越的地位の問題あるいは情報格差の問題というのは,消費者のみならず,中小企業にも同様に存在する問題であるので,法律の規定に比べて中小企業に不利な合意は無効とすべきであるといった考え方が中小企業の方から提示されております。 ○野村委員 2点申し上げたいと思います。一つは,今も出てきています時効期間の短縮化という問題は、起算点と密接に関連していると思うのです。先ほど松本委員も言われたように,一方で時効期間を短くするけれども,他方で起算点を遅くすれば,ある程度権利者は保護されるというバランス論が背後にあるのかなと思うのです。しかし,この起算点について,主観的要件を入れるということになると,場合によっては債務者にとって時効期間がいつ満了するのか分からないということもあるのではないかと思うのです。それは若干問題ではないかと考えます。債権の消滅時効においては、債務者のことも考えざるを得ないので,債務者にとっても期間の満了する点が分かるようになっていることが重要ではないかと思います。   それからもう一点は,不法行為の損害賠償請求権についてです。原子力損害のように遅発的に出てくる損害について,国際条約では30年という期間が定められていることが多いのです。日本の場合には条約に加盟していませんけれども,現在のところ,起算点に関する判例理論からすれば,遅発性のものについてもある程度救済されるということで,特に法律の中に規定を設けるということは考えていません。しかし,先ほどのような不法行為の時から20年という規定を廃止するとすると,その結果どのようになるのか,よく分からないところがあります。もし,損害がかなり遅れて出てきたときに,民法では,その賠償を請求できないということになると,原子力損害賠償補償法の中で手当てをしなくてはいけないのかなと思うのです。ただ,これに関しては,民法より長い時効期間を特別の法律で定められるのかという疑問もちょっとありまして,できれば,その辺の議論も視野に入れていただければと思います。 ○能見委員 起算点に関連してですけれども,この客観的な起算点と,それから主観的な認識などを組み合わせてという方向,あるいは権利行使が期待できるときといった事情を加味する,いろいろな考え方が示されていて,そのどれがいいのか,まだ私の考えはまとまっておりませんけれども,今のような起算点の考え方では解決できないのではないかと思う問題がありますので,少し細かい問題ですけれども,意見を述べておきたいと思います。それは先ほどちょっと申し上げましたが,預金債権についてです。これから話すことは,あるいは立法というよりは判例レベルで解決すべき問題かもしれませんけれども,普通預金のようなものについては,これはいつでも預金者が払戻請求できるということから,預入れをした日から預金債権の時効が進行するというのが判例の立場だと思いますけれども,預金あるいはもうちょっと広く言うと寄託型の債権だと思いますが,こうした預金債権においては,預金者からすれば,預金をしていること自体が,銀行に預けているということ自体が権利行使なのであって,預けた日から時効が進行する,換言すれば預けた日から引き出すべきで,引き出さないと権利行使をしていないとするのは,おかしな考え方だと思います。矛盾しているような気がします。そういう意味では,これはどこで扱ったらいいのか,あるいは民法の規定で対応するのではなく,今言ったように判例で解決すべき問題かもしれませんけれども,いずれにせよ預金債権については少し検討する必要があるんだろうと思います。特に預金というのは,先ほども言いましたように,国民にとって,企業にとってもそうですけれども,非常に重要な財産で,こういう債権について,時効がどのようにいつから始まるのかということについては重要な関心事でもあると思いますので,特に今言いましたような点についての検討をどこかでしてもらえればと思います。 ○岡本委員 時効期間のお話と,それから起算点のお話と,両方させていただこうと思うんですけれども,今,預金債権についてのお話が出ましたので,まずそちらのほうからお話しさせていただければと思います。   部会資料を見ますと,普通預金債権を例に採りまして,債務者が債権に関する記録の作成及び照会に応じるべきことと法令上等でされている場合という形で挙げられているわけですけれども,債務者が債権に関する記録の作成及び照会に応じるべきことと,債務者が弁済の証拠を保存すべきこととは必ずしも同じではないということをまず指摘させていただきたいと思うんです。債権に関する記録を作成しておれば,弁済の証拠を保存していなくても,照会に応じる義務が果たされるというわけでございます。このことは,例えば金融機関におきまして,取引の記録をコンピューター上などで保存しておけば,個別の取引についての払戻請求書などの記録を保存していなくても,取引履歴の照会に応じることは可能であるという一方で,払戻請求書などを保存しておかないと,有効な弁済がされたことの証明ができないという形になるものですから,これが違うというのはそういったことからも明らかだと思います。そういうことがございますものですから,法令等によって債務者が債権に関する記録の作成及び照会に応じるべきこととされているからといって,こういった特則を置くということには必ずしも結び付かないのではないかと考えております。   それから,法令等によって債務者が債権に関する記録の作成及び照会に応じることとされている場合の例として,普通預金債権が挙げられているわけですけれども,銀行法上で普通預金債権についてそうした義務を定める規定というのは見当たらないところでございます。確かに,金融機関につきましては,普通預金取引の取引結果の開示に応ずべき義務というのが認められております。ただ,その法令上の根拠につきましては,最高裁の平成21年の判決によりますと,民法645条の受任者の報告義務の規定が根拠だとされているところでございます。そうだとしますと,普通預金債権に限らず,受任者が委任契約に伴って委任者に対して何らかの債務を負う場合一般についてこうした特則が適用されることになってしまうようにとも思うんですけれども,こうした提案に係る考え方がそこまで含んでいるのかというところについて疑問に思っているところでございます。   以上が普通預金債権のお話ですけれども,ちょっとそもそも論のほうに戻らせていただきまして,時効期間についてでございます。時効期間の長さをどの程度とすべきかということにつきましては,先ほど消滅時効の存在意義について述べました考え方からすれば,債務者に弁済の証拠をどの程度の期間保存させることとすべきかといった観点から定められるべきではないかと考えております。そういった期間につきましては債権の目的であるとか成立原因によって違いがあるとすれば,その違いに応じて時効期間をまちまちにするといったことも正当化され得るのではないかと思います。ただ,現行法の170条から174条でしたか,そこに規定されているような形で契約上の債権についてそうした区分ができるのかどうかという点については,今のところ何か腹案があるわけではございません。ただし,実際上の観点からは,商事債権につきましては,5年より短期の時効期間ということになるとすれば,既に5年というのが定着しているということもございまして,受け入れ難いという意見が強くございました。   それから,ちょっと長くなって申し訳ないのですけれども,まとめて申し上げますと,時効期間の起算点についてでございます。起算点につきましても,先ほどの時効制度の存在意義の考え方から考えますと,債務者にどれだけ弁済の証拠を保存させるべきかということでございますので,債権者側の主観的態様というのは基本的には関係がないのではないかと。原則としては,現行法どおり,客観的起算点からの時効期間一本で考えるべきではないかと考えております。実際には,主観的起算点を併置する場合には,時効管理が複雑になるというか,債務者にとってみれば,いつから起算されればいいのか分からないといった問題がありますので,疑問に思っております。   ただ,一方で不法行為債権などについては,債権者が知らない間に時効が完成してしまうということがあり得ることになりますので,こういった債権者については,客観的起算点からの起算というだけではなくて,主観的起算点からの時効というのも併置する意味があるだろうと思います。この場合も,客観的起算点からの時効期間をどれぐらいの長さにするかということとも関係するとは思いますけれども,債務者の弁済の証拠の保存の負担との利益考量で考えるのがいいのではないかと思います。利益考量の結果,債権発生の原因等によって起算点の考え方を違えるということにするとすれば,不法行為債権などについては個別に例外の規定を設けるといったことも検討されていいのではないかと思います。ただ,そういった債権者が知らない間に時効が完成してしまうという危険の保護が必ず債務者の弁済の証拠の保存の負担の保護よりも優先するというわけではないので,こういった例外を一般化することについては,慎重であってしかるべきではないかと考えます。   例えば,そういった不法行為債権について例外を設ける場合であっても,設け方としまして,客観的起算点から起算した原則の時効期間内は時効は完成しないで,それを超えても一定の期間は時効が完成しないといった制度にするのがいいのではないかと考えております。何となれば,客観的起算点からの時効期間につきましては,債務者において弁済の証拠を保存すべき期間ということですので,それまでの間に主観的起算点から起算させた時効を完成させる必要はないと考えるからです。   いろいろな立法案として挙げられている中では,両方を併置する場合でも,いずれか早いほうに時効が完成するといった考え方が採られているわけですけれども,客観的起算点からの時効期間以内でも,主観的起算点からの時効期間が満了することで時効完成と考えるというのは,権利の上に眠る者は保護しないという考え方が漏れ出している,そういった考え方ではないかと思いますので,必ずしも妥当ではないのではないかと思っております。   では,例えばどういう制度を考えるのかということなんですけれども,客観的起算点から一定の期間,例えば10年なら10年を経過したときと,それから主観的起算点からの一定の期間,例えば5年なら5年を経過したときとのいずれか遅いほうで時効が完成するということにいたしまして,それだけでは債務者の保護にもとることになりますので,債権者において債権発生の原因とか債務者を覚知すべき時期を定めまして,その時期までに覚知しなければ,覚知すべき時期あるいは覚知すべき時期から5年だけ経過した時期といったところで時効が完成する,そうした仕組みができないのかなと考えているところでございます。 ○藤本関係官 普通預金等について,消滅時効の起算点の例外を設けるかどうかという点についてでございます。普通預金については岡本委員が述べられたということではないかと思いますが,どこまで含まれ得るかという問題がございます。例えば,プリペイドカードといったものがございます。この場合,債務者の業務というのは,プリペイドカードの発行者ですが,比較的シンプルな業務なので,普通預金とはちょっと違うかもしれませんので,提案にあるような要件に該当するかどうかはちょっと分かりませんが,こうした要件に該当するものがあるかもしれないという疑義が生じ得るわけです。プリペイドカードの発行者というのは,一体幾らの金額がプリペイドカードに入っているかということを保有者に知らせることとされている場合がございます。ところが,そのプリペイドカードというものは転々流通する可能性もございまして,必ずしも発行者である債務者は保有者である債権者がだれなのかを把握していないといった状況がございまして,例えば通知した時から時効の期間が走り出すなどということにするのはちょっと不可能ではないかと思います。普通預金などの場合には,実際には現在の合理的な実務に大きな変更を強いるものではないといったことが言われることもございますが,例えば,プリペイドカードのようなものについては,実務に大きな変更を強いるということもありますので,いろいろなものについて慎重な検討が必要ではないかと思います。 ○岡委員 3点申し上げます。   最初は,主観的起算点の創設に弁護士会としては反対でございます。主観的起算点からある程度の短期の時効を認めるという理由として,債務者の証拠の保存からの解放という論理とは結び付かないのではないか。弁護士会としては,時効消滅は不道徳な制度である,権利がある以上,権利行使を認めるのが筋であるという意見のほうが強くございまして,債務者の証拠の保存からの解放というのも分からないではないですけれども,債務者の証拠の保存からの解放ということと,主観的起算点からの短期消滅というのは,どうも結びつかないのではないかというのが,一つ大きな理由です。それから,制度がかなり複雑になるのではないかというのが二番目の理由でございます。三番目に,「権利を行使することができる時」という起算点の解釈で,客観的なことだけに純化して裁判所は判断していない,主観的な要素も含めてかなり柔軟な解釈をしていただいておりますので,その制度を殊更新しい制度でゆがめる必要はないのではないかといった意見から,ほんの少数,主観的起算点に理解を示す意見もございましたけれども,弁護士会全体としては,主観的起算点と客観的起算点の2本立てには反対であるというのが大勢の意見でございました。   二つ目に,債務者の証拠の保存からの解放という制度趣旨からいくのであれば,事業者同士で商売をして,買掛金債務を負担しているような場合には理解できます。証拠の保存からの解放という観点から攻めるのであれば,現在の短期消滅時効の中に入っているような買掛金債務とか,事業者同士の債務とか,そういう客観的属性から新しい短期消滅時効を設けるほうが分かりやすいし,筋ではないかという意見がございました。   最後,三番目でございますが,それからいきますと,現在の弁護士会の多数意見としましては,民事10年,商事5年,短期消滅時効について新しく見直した2年,その中には事業者の消費者に対する債権,事業者の消費者に対する少額債権,そのような客観的属性から出てくるものがあると思います。消費者の事業者に対する少額の債権まで短期に掛けるという研究委員会案には反対だという声が強かったことを留保いたしまして,民事10年,商事5年,特別の短期,起算点は権利行使ができる時(ただし現在の判例法理に基づいて柔軟かつ合理的なものにする),そういう制度が妥当であるという意見が,現在の弁護士会の多数意見でございました。 ○中井委員 岡委員の発言に対する若干の補充です。確かに主観的起算点の創設に反対意見が多いのですが,主観的起算点と客観的起算点的な考え方は,債権の発生を債権者が知らない債権,現実に債権者の権利行使が期待可能な時期と発生した時期とが異なる債権,これはあるだろうと。それは典型的には不法行為に基づく損害賠償請求権で,その延長線上には,債務不履行に基づく損害賠償請求権も同様な位置付けが可能ではないか。さらに不当利得返還請求権も,客観的に発生しているかもしれないけれども,債権者がその権利行使が不可能な場合もあるだろう。こういう場面については,二重の起算点という考え方は十分あり得るのではないか。その点は,補足して申し上げておきます。 ○木村委員 3点,意見を紹介したいと思います。   一つは,不法行為等による損害賠償請求権についてです。これにつきましては,そもそも不法行為以外の債権の消滅時効期間と一緒にしなければならない必要性があるのか,見直すほどの立法事実というのが現実にあるのか疑問であるという意見が強かったです。それと同時に,刑事訴訟における公訴時効の制度において,公訴時効期間が長期化する,場合によっては廃止するなどという動きがある中で,不法行為等による損害賠償請求権を一般の債権と同様の扱いにするのは違和感があり,慎重に検討しなければいけないと考えております。   次に,時効期間の主観的起算点について御紹介します。これにつきましては,弁護士会の方々からの御意見と同様,制度が非常に複雑化していくとともに,債権発生の原因及び債務者をいつ知ったのかという点について争いが生じてくるのではないかと感じています。通常の契約であればこの点分かりやすいとは思うのですが,特に不当利得や事務管理を考えると,争い事が出てくる可能性があり,慎重に議論すべきではないかという意見が強かったです。   そして,合意による時効期間等の変更についてですが,合意によって時効期間を変更することについて,制度としてはいいのではないかとの意見もあったものの,債権が当事者の援用により消滅するのか,あるいは債務者に履行拒絶権が発生するのかといった効果の在り方はともかくとして,そういった債権としての意義を失わせるといったような制度であることを考えると,本当に合意で時効期間を変更してしまってよいのか疑問を持っています。資料にも,時効制度が公序に属するとした学説があると書いてありましたが,そのほうが素直ではないかと感じています。それと同時に,実務において契約ごとに時効が異なってしまうというのは,債権管理自体が非常に煩雑化し,制度として好ましくないということもございます。また,当事者の合意によって時効期間の変更を認める場合,いわゆる第三者との関係,要するに当事者以外への公示制度のようなものの整備が必要になってくるのではないでしょうか。したがって,相当慎重に議論していく必要があるのではないかという意見が強くございました。 ○中田委員 起算点についてです。客観的起算点と主観的起算点という言葉の使い方が人によってまちまちのようで,混乱が生じているのかもしれません。ここで考えるべきことは,一つは,権利の行使について法律上の障害があるかないかということ,もう一つは,それがない場合や,あるいは障害があるけれども,債権者が自分の意思でそれを取り除くことができるという場合であっても,債権者に権利行使を強いることが期待しにくい,期待できないときにはどうするかということだと思います。そうすると,その期待できないというのは,先ほど岡田委員からだれにとっての期待かといった御指摘がございましたが,恐らくここでは,その債権の発生の基礎となっている制度又は契約の趣旨に照らして期待できるかどうかということが重要ではないかと思います。先ほど能見委員が御指摘になられた普通預金債権についても,それは普通預金契約という契約の趣旨に照らして,その権利行使を求めることが妥当かどうかという観点からも検討できるのではないかと思います。 ○大村幹事 全体についての考え方について一言申し上げるとともに,今後のというか,次のラウンドの資料等についての要望を申し上げたいと思います。   基本的な考え方について,最初のほうに何人かの委員から,短期消滅時効の不具合というところから議論を始めるのは必ずしも適当ではないのではないかという御発言があったかと思います。それは本末転倒ではないかという御趣旨だったと思うんですけれども,短期消滅時効の不具合というのは,議論のきっかけということで,現在の時効制度を見たときに不具合の部分があるのではないかということだと思います。そのことを認識した上で,時効制度を全体として統一が取れた調和のあるものとするという発想で見直しをすべきではないかということなのではないかと思います。山野目幹事が最初におっしゃった趣旨はそういうことだと伺って理解いたしました。   先ほど途中で,不法行為について契約の場合と合わせる必要はないのではないかという御議論もありましたけれども,この点も,現在のように違っていることが果たして妥当なのかということをここで議論する必要があるのではないか,資料に上がっているのはそういうことなのではないかと理解しております。何かの事故が起きたときに,不法行為責任で責任を追及するのか,契約責任で責任を追及するのかということで時効について大きな差があるという現在の状況が果たしていいのだろうか。この点を見直すべきではないかということだろうと理解しております。   それで,要望事項ですけれども,今回ここに不法行為については特に取り上げられており,債権一般の特則になっているものをどのように考えるのかということで問題提起がされているかと思います。それから,後ろのほうで,形成権の期間制限について,一般的な規定が必要なのではないかということが出てまいります。それとの関係で,現在規定がある取消権についての期間制限とか,詐害行為取消権についての期間制限についても触れられております。これらについては,個別のところで議論がされて,時効が全体としてどうなるかということと併せてどこかでまとめて議論することになるという整理がされてきたのではないかと思いますけれども,全体として,時効ないし期間制限に係る規定として,どこまでのものをこの場で議論していくのかという問題があるのではないかと思います。藤本関係官から,民法の外に,民法の時効に関する一般的なルールが変わったら,影響を受けるものがたくさんあるのではないかという御指摘がありました。確かに,民法を変えるということになると,それと併せて,外の問題にどこまで対応しておくのかという問題が出てくるかと思いますけれども,民法の中で見たときも,例えば親族編や相続編に時効に関する規定がないのか。あるとした場合に,それは今回触れるのか,触らないのか。個別の特則になっているものをどこかでリストアップしていただいて,どこまでを今回の作業において統一ないし調整の対象にするのかということを一度整理いただければと思います。これは要望です。 ○鹿野幹事 個別のところに戻って,5点ほど申し上げたいと思います。   第1点は,時効の趣旨に関してです。これにつき,どこに力点を置くかといった御発言がありましたが,これは従来どおりと申しましょうか,一方では領収書の保管からどれぐらいで解放させるべきかという債務者側の利益も考慮に入れるべきでしょうし,だからといって権利者の方を無視してよいというわけではなく,他方で,権利者がその権利を行使できる期間が実質的に十分確保されているのに,その期間に権利行使をしなかったのであるから権利が失われてもやむを得ないといえるかという債権者側の視点も考慮に入れるべきだと思います。   その上で第2点ですが,時効期間の起算点,つまり資料(4)のところでございますが,これについては,「債権者に権利行使を期待することができる時」とする考え方を私は支持したいと思います。現行民法166条の「権利を行使することができる時」についても,一方では法律上の障害がなくなった時ととらえる解釈も主張されてきたのですが,しかし,先ほども御指摘にあったように,判例は必ずしもそのような杓子定規な判断を常にしてきたわけではなくて,実質的な権利行使の期待可能性も考慮に入れながら柔軟に解するといった判断もあったのだと思います。契約上の債権,特に貸金債権や売掛債権などについては,通常,弁済期が到来すれば,法律上も権利行使ができるし,権利行使を期待することもできるので,それほど違いはないのだろうと思います。しかし,例えば付随義務違反による損害賠償請求権あるいは不当利得の返還請求権などが問題となるような場面においては,特に実質的に権利行使を期待できるようになったのはいつかということを問題とする意味があるでしょうし,これを基準にして,そこから所定の期間たって初めて時効が完成するものとするべきではないかと思います。ということで,総じて起算点の基準は,権利行使の期待可能性というところに置くべきだと思います。   資料では,この「主観的起算点」として,「債権発生の原因及び債務者を知った時」を起算点とするという提案も掲げられています。しかし,「債権発生の原因及び債務者を知った時」であっても,その権利行使の期待可能性がない場合も,ごく例外的にはあるかもしれません。外国の議論では,これは不法行為絡みではありますけれども,ハラスメントないし虐待を受けた被害者が,その加害者等を知ってはいるけれども,なお精神的抑圧状態が継続していたために権利行使ができなかったといった事例などを見る機会もございました。そのような場合も含めいろいろと考えてみると,「知った」という基準ではなく,もう少し抽象レベルが高くはなりますが,期待可能性を基準とする考え方を採るべきではないかと思います。ただ,そのような権利行使の期待可能性を起算点とした時効のみを設けますと,結局その状態にならない限りいつまでも時効は進行せず,権利は消滅しないということになり,そのため,何十年も経過した後でも権利行使が認められることがあるとすると,法的安定性等の観点からの問題も生じます。そこで,権利行使が期待可能となった時を起算点とする通常の時効期間とは別に,その外枠として,いわゆる客観的な起算点から計算されるところの長期の時効期間を設けるということが検討されるべきだと思います。これは,従来の民法でも不法行為において採られてきた二重の期間と若干似ているのですけれども,一般の債権についても,二重期間の採用が検討されるべきではないかと考えております。   それから第3点ですが,債権の時効期間につき全体的には統一化の方向を支持する旨を先ほど申しましたが,すべてを統一するということには若干問題があると思います。特に,例えば事業者の消費者に対する債権について考えますと,既に御指摘のあったとおり,消費者には,領収書の長期の保管を期待することは困難であるという債権管理能力の問題があり,逆に事業者には適切な時効管理が一般には期待できます。そこで,このような債権については,一般的な債権より短い期間を設けることも検討されてよいのではないかと思います。ほかにも,同様に検討に値するものがあろうかと思いますが,一例として申し上げました。   それから第4点として,損害賠償請求権,特に不法行為に基づく損害賠償請求権について一言申し上げます。現行法では,不法行為に基づく損害賠償債権の時効の短期のほうが3年となっており一般の債権より時効期間が短いのですが,これが果たして妥当なのかということについても,契約上の債権の見直しと併せて検討する必要があるのではないかと思います。従来は,不法行為における3年の期間については,いわゆる主観的な起算点が採られている点も含め,合理性が説明されてきました。しかし,仮に一般の債権について,起算点をより実質化ないし主観化するとなると,果たして不法行為についてだけ期間を短くすることにどこまでの合理性があるのだろうかという疑問も生じますし,むしろ損害賠償債権について,最低限5年ぐらいの期間は確保されてしかるべきではないかとも思います。   また,安全配慮義務違反の場合を初めとして,債務不履行構成と不法行為構成のどちらでも請求し得るような損害賠償請求権につき,そのどちらの構成を採るかによって全く時効が違ってくるという事態が果たして妥当なのかということについても,検討されるべきだと思います。以上の二つの点を考え併せると,これを一般の貸金債権や売掛債権等と全く同じにするべきかどうかはともかく,不法行為債権だけを契約上の損害賠償債権から全く切り離して今のように特別に規定を設けるという形をそのまま維持することの妥当性についても疑問の余地があると思います。   最後になりますが,第5点目は,時効に関する合意についてです。これも批判があるところは重々承知していますが,時効というものを果たして完全に公序の問題であり,私的自治の入り込む余地がないものしてとらえなければならないのか,むしろ私的な権利に関わる問題として私的自治の余地があるのではないかという問題でございます。従来も,時効期間を短縮する合意は認められるという見解が有力に主張されていたわけです。しかし,短縮の合意であっても,立場の強い当事者による濫用の危険はあります。そこで,短縮の合意についても伸長の合意についても,いずれもその濫用を防ぐ措置を講じながら,合意を一定限度で許容するというのも一つの在り方ではないかと,私自身は考えているところでございます。ただし,これも濫用が典型的に予想されるような場合,例えば消費者取引や労働の場面において果たしてこれを認めてよいのかなど,例外については別に検討する必要があるかもしれません。そうであっても,公序だから合意の余地は一切ないと決めつける必要はないと私は考えている次第です。 ○潮見幹事 幾つか申し上げます。一つは,時効についてのルールというものを統一的な原則的なものとして考えていく場合に,どのようなケースを想定して原則,ルールを立てていくのかが非常に重要ではないかと思います。特に,商事債権も取り込んだ形で統一的な制度を立てていくか否かによって,かなり左右されると思います。ただ,ここでは商事債権をどうするかというのはちょっと置いておいて話をさせていただきたいと思います。仮に時効の統一ルールというものが出来上がった場合でも,それは今回の資料等にもございますように,一方で債権者,権利者の地位をより保護すべき事件類型があるのであれば,その類型について,例えば期間を長期化したり,あるいは起算点を操作するというルールを立てることはあってよい。これも恐らく異論はないのではないでしょうか。ただ,そのときには恐らく,時効の統一ルールをある形で立てた以上,特別ルールについての正当化が必要になってくると思います。   同じように,逆に,例えば早期決済の必要性等々によって時効期間等々を短縮する処理が必要な場面があれば,期間を短期化したり,起算点において工夫するということもあってもいいのではないかと思います。ただ,この場合も,何らかの理由で統一ルールと違う扱いをする以上,根拠はきちんと示さなければいけないのではないかと思います。これが第1点です。   その上で,次に,商事債権を別にした原則としての債権の消滅時効の期間やルールの立て方ですが,これは何人かの委員の先生がおっしゃられていましたが,消滅時効制度の存在理由は,現在の制度趣旨からしても,証拠の散逸の防止あるいは時の経過によるあいまい化にあるのでして,仮にこのような消滅時効制度の趣旨が正当であるとすれば,この関連での起算点は,規範的な評価は入りますけれども,客観的にあるべきだと思います。その上で現行の10年というものが短いか長いかということを考えていけばいいと思います。その際,もし10年という期間が日本では証拠の散逸という点を考慮したときに妥当だということであれば,私は客観的起算点プラス10年ということで構わないと思います。   ただ,その上での話なのですが,第2に,いろいろと御意見を伺っていますと,主観的な起算点に対しては,批判的な意見が多いようです。主観的起算点には中田委員が言われたいろいろな意味があるのですが,特に債権者にとって権利行使が期待できないという意味での主観的起算点を考慮しなくていいという意見に対しては,私は違和感を感じます。つまり,権利行使が期待できないという場面で,時効期間の進行を開始させてよいのか,権利を奪ってしまうことにならないのかということが重要であるとともに,債権や債務者の存在の認識ほか,債権行使が期待可能になった時点以降,一定の期間は債権者に権利行使の機会を保障すべきであるという点も考慮する必要があると思います。そうであれば,先ほど申し上げました客観的起算点プラス10年に加えて,今申し上げた二つの意味において,主観的起算点プラス何からの期間というものを原則的なルールとして用意しておくということについて,私自身は違和感を感じないし,むしろこのような方向を推進していくべきであると思っています。   最後に1点,不法行為の話が出ておりますけれども,生命,身体の侵害について権利者の保護という観点からの特殊処理が必要だということで,一定の特則的な扱い,特に時効がなかなか完成しないような形での処理というものを考えておくということには十分な価値があろうと思います。しかし,資料の中で書かれている部分にかかわるのですが,生命,身体,それから健康といったあたりまでですといいんですが,その他の人格的利益まで広げてしまうと,その他の人格的利益というものの範疇が非常に広くて,また論者によって様々なところがございますので,当面はそこまでは広げる必要はないのではないかと思います。 ○道垣内幹事 既に出てきた発言が含まれているのかもしれないと思って,ちょっとちゅうちょしているんですが,不法行為の問題についてまず申し上げます。不法行為の損害賠償請求権等の消滅時効等につきましては,いろいろな論点があるわけです。例えば,先ほど野村委員がおっしゃった,損害が出てくるのが後になるタイプのものとか,あるいは継続的な不法行為でだんだんとその損害がプラスになっていくといったタイプのものをどうするかなどです。したがって,ここである程度検討するとしても,今回,不法行為法全体は改正の議論の対象となっていないわけですから,債権の時効について修正するのに合わせて,必要最小限のことをしているにすぎず,今後,不法行為についての損害賠償の消滅時効等に関しては,仮に不法行為法を抜本的に見直すという機会があったならば,そのときにはまたきちんと議論するのだということを確認しておいていただければと思います。それが第1点です。   第2点目は,合意による時効期間の伸長ないしは短縮の話なのですが,評判は極めて悪いようですけれども,短縮について,なぜ学説はいいといっていたのかというと,例えばAさんがBさんに対して何らかの請求権を持つというときに,1年以内に申し出てください,1年以内に申し出ないときにはもう駄目ですと,契約でその権利の内容を決めるということは,もちろんいろいろな制約はあり得るかもしれませんけれども,そのような合意は原則としてあり得ることはだれもが認めているわけです。しかるに,ある種の債権が発生したというのを別個観念して,それを1年間の消滅時効にしますと言うと,突然それは全く効果がないということになると,契約において一方が他方に対して有する権利内容を合意によって決めるという場合とほとんど差がないにもかかわらず,変だろう。そうなると,前者が有効であるならば,後者も有効ではないかという論理もあったのだろうと思います。私自身は,どちらかといえば,時効の期間の伸長ないしは短縮をあえて認める必要はないのではないかと思うのですが,現在でも契約において定められている権利について一定の期間制限というのがなされる場合があるし,そしてそのときには優越的地位の濫用とか消費者保護の問題というのが起こる場合もあるし,また一見AならAという人が持っている権利について,何年間その権利があるかということが権利ごとに異なる。だから,管理が大変だということは現在でも存在しているということは一応指摘しておきたいと思います。 ○藤本関係官 道垣内幹事がおっしゃったこととちょっと関連するかもしれないのですが,不法行為を検討の俎上にどこまでのせるかとかという論点があろうかと思います。そののせるかどうかということの参考なのですが,不法行為責任にも実は3年より短い短期消滅時効を定めている特例がございます。金融商品取引法なのですが,民事賠償責任の特則ということで,不法行為責任の特則であるというのが一般的な考え方でございます。このうち,流通市場における発行者の民事責任というものがありまして,それは消滅時効が2年とされていて,不法行為責任一般あるいは発行市場における発行者の民事責任の3年よりも短期だということになっている。これはどうしてかというと,流通市場においては,損害賠償請求者の範囲は広く,虚偽記載等を行った発行者の責任が広範になる可能性も考えられることから一定の限定を加えたものといった理屈立てがなされているということです。このほか,公開買付規制違反は1年とか,相場操縦は1年とか,いろいろ特則がございます。したがって,不法行為の森に入っていくと,規定の置かれた趣旨,目的,内容をいろいろ検討していく必要があります。また起算点についても,必ずしも民法第724条と同じではない起算点が採られていまして,「知った時又は相当な注意をもって知ることができる時」とか,別の特則になっていたりするものでございますから,どこまで何をもって主観的起算点とするかとかという議論にもなっていくのではないかとは思います。不法行為責任と債務不履行責任との平仄などということもあうかとは思いますが,不法行為に入っていくといろいろな論点があるということの御紹介まででございます。 ○山本(敬)幹事 山野目幹事が御発言されるのであれば,無用なのかもしれませんが,最初に山野目幹事がおっしゃったことの意味をもう一度確認しておく必要があるのではないかと思います。これは,先ほど潮見幹事がおっしゃったことともかなり重なるのですが,少し違う点もありますので,私なりの理解を述べさせていただければと思います。   何度か途中でも出ていましたように,この問題については,時効制度の趣旨をどう考えるか。その趣旨から見て,時効期間はどうあるべきなのか。現在の原則10年が望ましいのか,それともより短期化していくことが望ましいのか。そういったことが問題になるというのは,全くそのとおりだと思います。   問題はその先でして,従来,時効制度の趣旨と考えられていたのは,もちろん見解の対立があるわけですけれども,一つは,永続する事実関係に対する社会的な信頼を保護することだと思います。それは,債権の消滅時効に関していいますと,これだけ長い間債権者が権利行使をしていないとするならば,もはや債権はないのだろうという債務者の信頼ないしは社会的な信頼を保護するということでしょう。それに対して,訴訟法説によりますと,これだけ長い間債権が行使されていないということは,きっと弁済されたのだろう。あるいは,債権がそもそもなかったのだろうという,永続する事実の持つ推定力とでもいうべきものが基礎になっていると考えられます。このような考え方がそのまま維持されるのであれば,時効期間を大幅に短くするという発想は出てきにくいのではないかと思います。だからこそ,時効制度の趣旨をこのように理解する立場からは,例えば,5年ですと立場は分かれるかもしれませんが,3年や4年にすることには違和感が出てくるのだろうと思います。   それに対して山野目幹事が最初におっしゃったのは,単に短期消滅時効を廃止するだけではなくて,時の経過による事実関係のあいまい化によって生じる負担と危険から人々を解放するところに時効制度の趣旨を求めるべきだということでした。これは,先ほどの永続する事実関係に対する社会的信頼や永続する事実の持つ推定力というのとは違っていまして,むしろ現代社会において,そのような人々の証拠保存等の負担,つまり自分は義務を負っていないことを証明する負担からの解放をいつから認めるべきかという線引きをもう一度し直す必要があるのではないかという御主張だったのではないかと思います。もちろん,今見直しても,やはり10年が適当であると考える可能性もありますけれども,今このように趣旨を見直すのであれば,むしろ方向としては,もっと短い期間のほうが適当になっているという主張が出てくるのではないかと予想されます。それだけに,例えば先ほど岡本委員が,このような時効制度の趣旨の理解については山野目委員のお考えに賛成しておられたと思うのですが,そうすると短期化という方向性が出てくるのかと思いましたら,必ずしもそうではないようで,よく分からなかったという問題があります。いずれにしても,このような時効制度の趣旨という観点から,10年が望ましいのか,あるいはより短い期間が望ましいのかということをもっと詰めて議論する必要があると思います。   その上で,起算点については,先ほど岡委員は,主観的起算点と債務者の証拠保存の負担からの解放とは結び付かないのではないかということをおっしゃいましたが,厳密に言いますと,この問題には二つの側面といいますか,観点があると考えられます。まず,もし時効期間を10年よりも短く設定するならば,それは債務者の負担からの解放という観点からは正当化できるかもしれません。しかし,そのように10年よりも短い期間を認めるならば,それだけ債権者の権利を制限することになるわけですから,果たして正当化できるかどうかが問題となります。正にそれは正当化しきれないのではないかということで,主観的起算点を設定し,そこから一定の期間,権利行使の機会を確保すべきであるという,先ほど潮見幹事がおっしゃったことが出てくるのだと思います。その意味で,まず,債務者側の負担という観点から時効期間をどれぐらいに設定することが要請されるか,しかしそれは債権者側の権利の観点から正当化できるものかどうかという形で議論すべきであって,主観的起算点を採用すべきかどうかは,この後者の観点から出てきていることだと思います。 ○沖野幹事 2点を申し上げたいと思います。   一つは,期間や起算点の点です。観点といたしまして,証明等のための資料の保存等の負担の問題と,その一方で実質的な権利行使の機会の確保という2つの観点からどういうもので在るべきかを検討していくということなのですが,その考慮自体を起算点と期間だけで受けるべきものなのかという点です。この点は,冒頭に山野目幹事が御指摘になりましたし,資料でも書かれているところではありますけれども,他方で時効の障害事由というものをどのように考えていくかということがあります。その柔軟化によって,期間を5年だといっても,その5年が持つ実質的な意味は大きく変わってき得るところですので,その考慮も入れる必要があるのではないかと思いまして,念のため確認したいと思います。   もう一点は合意の点です。先ほど評判が悪いと言われましたけれども,合意につきましては,例といたしまして,保険法制定前の生命保険の保険金請求権の時効期間を約款で3年と定めていたという例がございます。これも周知のことでございますけれども,商法で2年と規定していたところ,約款では3年としているものが多くございました。そのために,この約款の効力がそのまま認められるのかどうかということが保険法の研究者の間でも議論があったところです。これは消費者の利益擁護の観点からいっても,またより強力な債務者が積極的に3年という伸長をしているのだから効力を認めてよいのではないかということで,有効性を認める見解が強かったのではないかと思います。しかし,民法のほうで,一般的に短縮はまだしも伸長は問題であるという議論があったために,果たしてこの約款の効力は認められるのかについて議論があり,最終的には保険法が3年と期間を変えたことによってその点は一応クリアされたということでありますけれども,そういった例もございます。このような場合も考えまして,それは時効の問題だから一律にそういうものは一切許さないとするのかどうかです。私は,それは許容される余地があると考えます。一律性は非常に重要ではあるけれども,契約の性質等によっては変えていくという余地があってもよい。ただ,それを全部法律で対応するのはかえって複雑ですし難しいので,合意による調整の余地を認めるという制度設計が考えられると思います。合意によるある程度の柔軟化というのを認めることに対する御懸念が示されましてもっともなことと思いますが,その中には,時効に関して合意によって調整するということ自体の問題とともに,実質的な合意が確保されないことへの懸念,濫用とか,優越的な地位とか,消費者の場合の格差の問題といった問題の一環の御指摘とがありました。時効に関する合意について,時効の公益性や明確性の要請と不当条項と同根の問題への対応とを図る必要があるということを踏まえますと,そもそも合意によって変えられる範囲を限定することが一つは考えられます。伸長にせよ,縮減にせよ,ここまでしかできないという範囲を設けるということです。また一方で不当条項の問題として,不当条項のリストをつくるということであれば,こういう契約類型において履行期間を伸長する,あるいは短縮するような条項は不当条項と推定されるとか,あるいはブラックリストの条項であるといった形での対応というのも十分考えられるところです。合意による調整の可否というのは,そういう対応の余地があるということも踏まえて考えていくべきだろうと思います。 ○中井委員 潮見幹事と山本幹事のおっしゃった客観的起算点と主観的起算点に関する説明についての確認です。先ほどの岡本委員の発言とも関連しますが,検討委員会試案は,客観的起算点から10年,主観的起算点から仮に5年とすれば5年のいずれか早いほうという御提案があろうかと思うのですけれども,岡本委員のほうからは,いずれか遅いほうという発言があったわけです。先ほど潮見幹事の御意見を聴いていても,債権者のほうで期待可能性がない事案では,期待可能性のある時を起算点にして権利行使を認めるという形に親和的な御発言であったように思うのですが,この検討委員会試案の御提案と先ほどの潮見幹事の御発言との関係をちょっと確認しておきたかったわけです。そこには岡本委員の提案に対する御意見も含まれているなら,是非お聴かせいただきたいなという,質問です。 ○潮見幹事 私は中井委員がお話になりました改正検討委員会の試案の方向でよいと考えているところです。すなわち,それは客観的な起算点から一定の期間,仮にこれが10年だったとしますと,10年間というものは,これは先ほどの話の証拠の散逸という観点から考える。ですから,何もしない形でこの10年間が過ぎてしまうと,それは仕方がありません。しかし,その期間内に,権利行使の期待可能性と言ったらいいのでしょうか,債務者を知り,あるいは債権の存在を知ることができたという場合には,そこから一定の期間,これが何年かというのは別として,権利行使の機会を保障してやるべきである。そのように考えるものですから,先ほどの発言のような内容になるのです。岡本委員が発言されたことと,私が考えていることとは違います。 ○鎌田部会長 例えば9年目に権利行使が可能になったときに,10年で終わるのか,9プラス2とか3で11年,12年と伸びるということなのか,どちらでしょうか。 ○潮見幹事 後者のほうです。 ○岡本委員 ちょっと先ほど私のほうでお話ししたところで誤解があってはいけないと思いまして,念のために申し上げます。私の意見としては,まず原則としては,客観的起算点から一本ということでよろしいのではないかというのがまずございまして,そうはいっても,債権者のほうで全く知らない間に債権がなくなってしまうような類型,例えば不法行為債権のうちで,損害とか,債務者が分からないといった類型については,例外的に,先ほど申し上げたような主観的起算点と客観的起算点から起算した時効期間のどちらか遅いほうという趣旨でございますので,まずそれだけ申し上げておきたいと思います。   それからもう一点,山本敬三幹事から先ほどお話がありました,あいまい化からの人々の解放という考え方を採ったときには,どちらかというと,短期化の方向に向く親和性があるのではないかといったお話があったかと思うんですけれども,基本的には,債権があれば,いつでも行使するのは構わないと。何もしないのになくなってしまうというのはちょっとおかしいのではないかという考え方が基本的にあるとしまして,それであると債務者側に酷であるので,では弁済の証拠の保存期間をいつまでに制限すべきかという形で考えていくものですから,そう考えますと,必ずしも弁済の証拠の保存期間を画するという存在目的で考えた場合であっても,一定期間はこれはきちんと保存しなければいけないという考え方は出てき得ると思いますので,必ずしも短期化に親和的というわけではないのではないかと考えております。 ○松本委員 その2本立ての起算点で考えると,客観的起算点から長期のもの,主観的起算点から短期のもので考えて,早く到達したほうで時効を考えるという案が出されているわけですけれども,これは何を念頭に置いて考えられているのかで分けて考えないと,トリッキーなことになるのではないかと思います。先ほど言ったことの繰り返しですが,不法行為であれば,正にそういう2本立てはあり得るだろう。しかし,不法行為的でないところの通常の契約上の請求権,代金を払えとか,目的物を引き渡せといった債権の場合には,基本的に両者は一致してしまうわけです。そうすると,結局客観的起算点からの長期と主観的起算点からの短期といっても,それは短期一本でやりましょうという議論になってしまうわけなので,それでいいのかという議論をまずやらないと駄目なのではないか。岡本委員がおっしゃったような,どちらか長いほうというのであれば,それは別途,現行法プラス保護が厚くなる可能性があるということで,おかしくはないと思うんですが,どっちか短いほうだと,結局現行法より短くしましょうと言っているにすぎないことになると思います。 ○岡委員 3点申し上げます。   最初に,起算点の「権利を行使することができる時」を,期待可能性も入れた柔軟な起算点として考えるという筋を考えております。また期間については,10年,弁護士会で話がよく出るのは,権利救済型あるいは債務不履行に基づく損害賠償請求権,権利行使をするのになかなか時間がかかる,判例法理をまたなければいけない,そういう厄介な債権を念頭に置いている弁護士が多いものですから,それは10年でいいだろうというのが多数意見です。若干長いのではないかという意見も多少ありましたけれども,一般原則ルールとしては,そういう特殊な債権もある以上,今の民事で10年,商事で5年,これを維持するのが適切であろうという意見です。主観的,客観的という2本立ての複雑な制度でなく,主観的要素も含めた「権利を行使することができる時」から,民事10年,商事5年というのが妥当であるという意見でございます。   それから二番目に,道垣内先生のおっしゃったところでございますが,合意による時効期間の変更について,弁護士会でも同じような議論が出ました。権利行使期間を約定で設定している例はあります。株式の配当金を2年か3年以内に受け取らなかったらもう受け取れませんという合意も現にあります。それと時効がどういう関係になるのかという議論をいたしました。権利行使期間の約定は認めていいけれども,時効というのはそれとは違う公序みたいなもので,公序と割り切ったほうがすっきりするのではないか,そういう観点から権利行使期間の約定は認めるが,時効期間の合意による短縮は認めなくていいのではないかという意見が多くございました。契約書の中に権利行使期間の約定はよく見るけれども,時効期間について何年とする,何年で権利行使しない場合は消滅するという約定は見たことがないし,余り書けないという実務もございまして,権利行使期間の約定とは別の時効期間の合意による短縮あるいは延長は認めなくてよいのではないかというのが,現在の多数意見でございました。   最後に,詳細版の12ページ,生命,身体,健康,自由のところでございますが,ここが予想外に議論が盛り上がりまして,先ほど潮見先生がおっしゃったような自由まであるいは名誉まで含むのは広がり過ぎではないか,過失による身体損害,あるいは軽微な損害というものまで広がるのは問題ではないか。重大性,軽微性,あるいは故意又は過失,そういうのできめ細かく見るべきではないかという意見が出されました。 ○高須幹事 今,岡先生から出たことと重なっているのですが,合意による時効期間の変更の問題については,弁護士会としては,時効制度というものの持っている公序というのでしょうか,あるいは詳細版では「公益性」という言葉が16ページで使われていますが,この公益性という面を無視できないのだろうという意識を持っております。また,それはある意味では大事なことではないかと思っております。ただ,その場合の効果の問題として,だから絶対駄目ですということでいくのか,それとも仮に公序的なものがあるとしても,もう一方で,ある程度,今日の皆さんの発言の中にもあったように,何らかの裁量みたいなものは認められますという余地を取り込んだとしたら,そこは不当条項規制とか,消費者の場合はこうですとか,様々な制約法理でもってそれを守らねばならないだろうと思っています。完全に公序だから駄目と考えたり,あるいは仮に合意による時効期間を認めるなら公序という理解も外すといった話になってしまうと,どちらも極端に走ってしまうと思いますので,ある意味では,今,沖野幹事からも出たように,不当条項規制その他いろいろなもので守っていくといった中での方向性を見出していく。それがワンセットの議論ではないかと思っております。   それからもう一つは,少し細かなことになってしまうのかもしれませんが,生命,身体その他の不法行為の時効期間の場合で,名誉というのだけは,ちょっとここで入れるのは経験的に厳しいかなと。名誉権というのはいわく言い難い利益でございまして,例えば新聞報道等による名誉毀損などというと,日本中の各種新聞社による新聞記事が流れて,実際の被害者の方もそれを全部見ているわけではないのですけれども,順番に探していくと次々と見つかっていくみたいなところがあり,いったんは名誉は時がたつと回復するわけですけれども,また過去にこういうことがありましたということで,新しくそういう新聞報道が見つかったといえば,時効にかかるまでは引き続き裁判にかけられるといった性質を持っております。最終的には何をもって適正な損害賠償とするかという判断が必要となるのだとは思うのですが,現状では,名誉毀損訴訟というのはとても難しい訴訟で,時効によってどこかで断ち切ってもらわないと終わらないかもしれないみたいなところもございますものですから,名誉権に関しては,更なる名誉毀損訴訟の法理の進展と併せてですが,時効問題についてもちょっと別途考慮する余地があるのではないかと思っております。 ○山川幹事 ただいまの生命,身体等の侵害による不法行為等に基づく損害賠償請求権について,一言だけ発言させていただきます。詳細版の12ページに書かれている方向性には基本的に賛成ですが,「債権一般における原則的な時効期間よりも長い期間(20年又は30年など)」という部分については,期間が20年ですと,不法行為の除斥期間20年と同じということになってしまいます。また主観的起算点による場合のことを言及されているのだとすれば,5年又は10年が20年又は30年になるのでしたら相当な伸長ですが,そのような趣旨かどうかははっきり分からないという点もあります。「債権法改正の基本方針」では,伸長した場合の期間は5年又は10年ということですので,それとは違うようにも思えます。逆に,安全配慮義務違反と構成した場合も不法行為と同様に考えることを前提に,時効期間が5年としますと,現在安全配慮義務違反による損害賠償請求権の時効期間は10年ですので,長くなるというよりもかえって短縮されてしまうということになりますので,このあたりは,安全配慮義務構成の場合も含め,現行法上の取扱いと提案されている時効期間との比較で,もう少し詳しく御説明を頂いたほうがいいのかなという感じを抱きました。 ○山本(敬)幹事 本来,道垣内幹事から御質問いただいたほうがよいのかもしれませんが,2点ほど質問させていただければと思います。   一点目は,先ほどの時効が公序ではないのか,したがって時効に関する合意は公序違反であって無効ではないかという御指摘についてですが,仮にこのように考えますと,先ほども出ていた,契約で権利行使期間を制限すること,あるいはそれを限定する約定がどうして脱法行為に当たらないのかということが問題になると思います。それについて合理的な理由が示せないのであれば,道垣内幹事の指摘された問題にきちんと答えていないということになるのではないかと思います。   もう一点は,不法行為で,一般原則に対して例外的な時効期間を定める必要があるかどうか,そして生命,身体等の侵害による損害賠償請求権の場合はどうかという点についてです。私も,結論として,生命を含めた人身の自由に対する侵害に限るのが望ましいのではないかと考えています。これは,なぜこのような例外を認めるかという趣旨から導かれることだと思います。詳細版の12ページにありますように,被害者は通常の生活を送ることが困難な状況に陥り,物理的にも経済的にも精神的にも平常時と同様の行動を採ることが期待できない状況になる。したがって,原則的な時効期間よりも長い期間にする必要があるということができます。問題は,これが果たして広く人格的利益一般に当てはまるのかどうかです。特に名誉やプライバシー侵害についても,一般原則に対する例外をどうしても認めなければいけないほどの必要性を示せるかといいますと,議論の余地があるのではないかと思います。もちろん賛成する方もおられると思いますけれども,一般の承認がどこまで得られるかといいますと,自明ではありません。比較法的に見ましても,ここまで広く例外を認めるものは,私の知る限りでは見当たりません。それだけに規定すれば注目されるのかもしれませんが,合理的な理由が本当にあるのかどうかを詰めた上で結論を出す必要があると思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。今後詰めて検討すべき点について,有益な御意見をたくさんちょうだいしましたが……。内田委員,どうぞ。 ○内田委員 最後のほうで岡委員がおっしゃったことについて,一つだけ質問させていただきます。債権の原則的な時効期間は10年でいいという意見が弁護士会では強いということをおっしゃった際に,いろいろ難しい債権を持っている弁護士も多いからということで,特殊な債権という言い方をされたかと思います。それがどういう債権なのかということを教えていただければと思います。なぜこういう質問をするかと申しますと,短期消滅時効が職業ごとに時効期間を定めている,それがおかしいというところから議論をスタートするのは適当ではないという御意見が最初にあり,それに対して大村幹事のほうからお答えがあったわけですけれども,消滅時効制度というのは,正に改正に向けての立法事実のある制度で,それが短期消滅時効なのだと思います。ですから職業ごとに時効期間が違っているのはおかしいということから議論をスタートするというのは,立法論として自然なことではないかと思うのです。ただ,それは職業ごとに時効期間が違っているのがおかしいということであって,あそこに定められている短期の期間そのものが全く不当であるという意見は余りないと思うのです。そうすると,ある種の債権は短期でもいいということについては,かなりコンセンサスがある。そして,原則は10年だと言いますけれども,実は短期消滅時効にかかる債権というのは非常に多くて,民法以外にも特則がいろいろあるということは藤本関係官等から御紹介がありましたけれども,実際には短期に掛かっている債権が非常に多い。しかも,商事については一律に5年に掛かっているということで,原則が適用されている債権が一体どれほどあるのか。原則が大部分を占めていて,わずかな例外があるのであれば,まず原則から議論すべきだというのは分かるのですが,これほど例外が広がっていると,原則が適用されている債権というのが実際にはどういうものなのかを考えておく必要があると思います。バスケットクローズといいますか,漏れるものをカバーする原則が重要であるということはもちろんですけれども,典型的にはどういう場合が想定されているのか。民事の貸付債権とか不当利得の返還債権とかはよく挙げられますけれども,債務不履行で損害賠償債権が生ずる場合になると,これは不法行為とかなり重なってきて,こちらについては主観的起算点から3年ということになっており,今まで3年が短か過ぎるという議論は,今日は意見として出ましたけれども,立法論としては余りなかったように思います。そこで,原則の10年を正当化する事例をもし何か具体的に想定されているのであれば,お伺いしたいと思います。 ○岡委員 主に消費者委員会のほうから出てきた意見でございまして,債務不履行に基づく損害賠償請求権とか被害救済,権利回復型という債権を念頭に置いている話でございます。過払金返還請求権で最近判例に上っております,貸金業者が請求すること自体が不法行為あるいは債務不履行になる,そのあたりの損害賠償請求権の行使について,裁判所で認められるまでになかなか時間が掛かる。かといって,それが損害賠償請求権がたつという議論はかなり早い時期に起こされて,判例が熟してくるまでに5年,6年掛かって,その判例が熟してから起こす人たちの障害になるのではないか,そのようなことを念頭に置いているのだろうと思います。 ○鎌田部会長 申し訳ありませんが,ここで休憩を入れさせていただきます。今までの範囲で言いそびれた御意見があれば,後でまたお出しいただきたいと思います。休憩後は時効障害事由から始めたいと思います。           (休     憩) ○鎌田部会長 それでは,再開させていただきます。   部会資料14−1の4ページから6ページまでの「3 時効障害事由」について,御審議いただきます。まず,事務当局に説明してもらいます。 ○亀井関係官 それでは,御説明します。3では,時効の進行や完成を妨げる時効障害事由について御議論いただきたいと考えております。   現行法においては,請求や差押えなどを時効の中断事由としていますが,その後に取下げがあれば中断の効力が生じないとされるなど,複雑であることから,どの時点でどのような効果が生じるのか,分かりやすく再編成すべきであるなどの問題意識が示されております。そこで,(1)の総論では,このような問題意識に基づいて,見直しの要否などについて御意見を頂きたいと考えております。   次に,(2)では,時効の中断事由に関して,新たな時効が確定的に進行する事由を整理して条文上明記すべきであるとの提案を取り上げています。ここで具体例として,@からCまで挙げている事由のうちのC民事執行については,基本的には民事執行の手続が目的を達成して終了する時点を指すものであり,その時点でまだ債権の残額がある場合に時効が再スタートするという意味だと思いますが,これをどのように表現するかも含め,御議論いただきたいと考えております。   続きまして,(3)及び(4)では,現行法で中断事由とされているもののうち,(2)では取り上げなかった事由を取り上げました。すなわち,(3)においては,請求に関して,訴えの提起後,確定判決に至るまでの間の取扱いや,訴訟が途中で終了してしまう場合の取扱いなどを取り上げ,(4)では,差押え,仮差押え,仮処分に関して同様のことを取り上げるなどしております。このうち(3)では,訴えの提起などの時点で時効期間の進行が停止し,その手続が途中で終了した時点から残りの時効期間が再び進行するという新たな類型の時効障害事由を設けるとの考え方と,訴えの提起等についても現行法の停止事由のほうに組み入れるとの考え方が示されております。この二つの考え方は,訴え提起の時点における残りの時効期間が維持される利益を保護するかどうかという点で対立するものであると考えられます。また,(4)においても,同様の考え方の対立を取り上げております。このような点を中心に御意見を頂きたいと考えております。   次に,(5)では,現行制度における時効の停止事由を取り上げました。ここでは,時効の完成を先延ばしにする期間の長さに関する改正提言を取り上げております。   最後に,(6)では,当事者間の交渉・協議が行われている場合を新たに時効障害事由として位置付ける提言を取り上げました。時効障害事由として位置付けることの当否,また位置付ける場合にはその要件や効果について,御意見を頂きたいと考えております。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分のうち,まず「(1)総論」について,御意見をお伺いしたいと思います。御自由に御発言ください。 ○大島委員 時効の中断については,実務的に相手方に請求書を送付することで時効がリセットされると思っている事業者の方が大勢いらっしゃると聴いています。また,内容証明を送っておけば大丈夫だと思っている事業者の方もいらっしゃるようです。検討に当たっては,こうした実態が社会の時効感覚であることも踏まえて,中小企業にとって分かりやすい規定としていく方向で見直しをしていただければと思います。 ○岡田委員 私も同じ意見ですが,まず中断と停止というのが,正しく解釈されていないように感じます。停止は停止でいいのですが,中断が,またそこから新たに始まるというのは,どう考えても一般の人間には理解できません。それから,請求と催告,この点も一般の方の認識とは違うと思います。この際その言葉を一般の人間がすっと分かるような言葉にしてほしいと思います。 ○鎌田部会長 分かりました。   ほかにはいかがでしょうか。それでは,各論的な課題に進めさせていただいて,その中でまた総論的な部分についての御意見があればお出しいただくということにさせていただければと思います。   「(2)中断事由」から「(4)その他の中断事由の取扱い」までについて,御意見をお伺いいたします。 ○新谷委員 (3)の関連論点で提起されています「債権の一部についての訴えの提起等がされた場合の取扱い」について発言させていただきます。部会資料14−1では,判例を批判する見解が紹介された上で,検討することが提起されております。この判例の内容は,債権の一部についてのみ訴えが提起された場合の時効中断の効力に関して,訴えの提起があった一部の範囲内においてのみ時効中断の効力を肯定し,訴えの提起のない残余部分については,訴え提起による時効中断の効力を認めず,訴訟途中に時効期間が満了したときには請求のなされていない残余部分の時効消滅を肯定するというものです。   かつて一般市民が提訴する場合には,債権の一部についての訴えの提起,一部請求訴訟の提起が行われることがありました。これは,訴状にはるべき収入印紙の金額が非常に高かったことが理由でしたが,近年,法改正によってこの収入印紙の額が相当程度軽減されました。負担感は相当程度低下しましたが,それでも現在,総額が1億円という場合には収入印紙の金額は32万円となり,一般市民にとって決して低廉な金額ではありません。弁護士費用については,法律扶助を受けられますが,収入印紙代については,例えば労災による被災者の場合,労災保険からの給付は所得とみなされ,裁判所に訴訟救助の申立てをして印紙の納付を免除してもらうのは容易ではありません。収入が少なく資産が十分とは言えない被災労働者が労災職業病の民事損害賠償を提起する場合,取りあえず一部訴訟による提訴を行い,その後,印紙代を徐々に蓄えながら,事故原因や疾病の原因等が判明し,過失相殺が大きな割合とならないことが判明した段階で,請求の趣旨を拡張して,その時点で収入印紙を追加してはることがあります。この場合に,一部請求以外の残部が,訴訟提起後に時効消滅するのか否かが問題となり,資料の判例では時効消滅が肯定されます。仮に,訴訟提起の際に貼付すべき収入印紙の金額を大幅に下げていただくか,又は不要とするということであればこういう問題は生じませんが,その実現は容易ではありません。経済的弱者の保護の観点から,一部請求であることを明示して訴えが提起された場合には,債権全部について時効障害事由としての効果が生じることを肯定するべきではないかと考えます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。この問題につきましては,判例も一応確定しているところですし,訴訟法上もいろいろ議論があろうかと思うんですが,そちらの御専門の方,御関係の方の御意見があれば,お出しいただければと思います。 ○畑幹事 時効中断の問題について,民訴法学上,一部請求の場合どうなるかということについて,確立した考え方というのが存在するわけでは恐らくないと思いますが,私個人としては,ここに書かれている考え方にはそれなりの理由があるのではないかという印象があります。むしろ逆に一部であることを明示しない場合どうなるかという問題もあり,ここは判例で逆に全体について中断するということになっているのですが,この関連論点のところに書かれているような考え方からすれば,むしろそこは逆になるという考え方もあるのではないかという気が個人的にはしております。 ○鎌田部会長 ほかの点も含めまして,(2)から(4)までの間の論点につきまして御意見があればお出しいただければと思います。 ○岡本委員 (3)と(4),それから関連論点の1,2について申し上げたいと思います。   (3)と(4)はまとめて申し上げます。部会資料で前者の考え方と後者の考え方と二通りに分かれているわけですけれども,前者の考え方を採る場合に,残りの時効期間が短期間であるときに,債権者としては困ることになるという場合が考えられますので,例えば残りの時効期間が6か月ないし1年に満たない場合には,事由がやんだときから6か月ないし1年が経過するまでは時効期間は満了しないといった手当てがされるとすれば,前者の考え方に賛成したいと考えます。これは(3)と(4)の本文のいずれも同じです。   それから,関連論点につきましてです。まず関連論点の一番目,債権の一部について訴えの提起等がされた場合の取扱いについては,今頂いたお話と関連するのかもしれないんですけれども,一部かどうか,明示の有無にかかわらず,全部について時効障害事由としての効果が生ずるという考え方であるとすれば,この考え方に賛成したいと考えております。   それから,関連論点の2番,これも基本的には賛成したいと考えているのですけれども,もっとも,連帯保証人に対する請求については,別に考える必要があるのではないかと考えております。現行法上,連帯保証人に対する請求は主債務の時効を中断するとされているわけですけれども,今回このような絶対的効力事由については制限する旨の立法提案がされているということで,以前に頂いた部会資料の8番でもその趣旨の御提案に言及されております。この点については,前に6回目の部会で既に私の前任の三上のほうからお話しさせていただいておりまして,基本的には,保証の履行がされて求償権が発生したときには,求償権の消滅時効というのはその時から進行を開始するということなものですから,そういう意味からすると,連帯保証人に対する請求で主債務の履行が中断しても,さほど債務者に不利益ではないのではないかという趣旨の意見を述べさせていただいております。それに対しては,道垣内幹事のほうから,今の判例法理を前提とするのであればそのとおりだけれども,例えば委託を受けない保証人で,保証人と主たる債務者の間に特別の関係,特に一定の関係がないという場合にも,果たしてそういう判例法理を維持して考えていいのだろうかといった御示唆を頂いているところでございました。私どもも持ち帰って考えたところで,確かに道垣内幹事の御示唆にはもっともな点があると考えておりまして,そういう意味では連帯保証人一般に対する請求に絶対効が認められるというのは確かに困難な点もあるのだろうと考えましたけれども,そうだとしても,委託を受けた連帯保証人あるいは債務者と一定の関係にある連帯保証人につきましては,請求の絶対効というのは維持してよいのではないかと考えているところでございます。   その一定の関係ということをどのように考えるか,なかなか難しいところはあるのかもしれないんですけれども,例えば連帯保証がされていることを債務者が知っていて反対の意思を表示しなかった場合なども,もしかしたら含めてもいいのかなと考えているところでございます。 ○中井委員 資料の詳細版では大変分かりやすい絵をたくさんかいていただいている(2)と(3)のところです。まず,現在,中断事由と言われている時効期間の更新若しくは時効の新たな進行について,債務者サイドからすれば債務の承認,債権者サイドからすれば執行行為,これでもう一度期間を巻き直すという考え方,また,確定判決についても,もう一度時効期間の巻き直しとなることについて異論がありません。弁護士会の中で議論が分かれたのは,訴えの提起や保全等の申立て自体が中断となっている部分について,訴えの提起なら,訴えの提起によっていったん進行が停止し,取下げ等になってから残りの期間が再度進行を開始するという考え方と,その間も進行が続いて,最後の時点で完成停止,満了の延期というのでしょうか,そちらで救済するという考え方の二つが提示されていますが,そのいずれが良いかという点です。説明を聴くと,進行の停止というのは,なるほど,論理的だなと,申立てがあり,その後取り下げまでの期間が1年なら,1年間,追加される。2回目があったってもまた追加される。しかし,その期間の計算がややこしくなるのではないか。特に時効期間の満了がいつなのかということについて,債権者サイドも,記録を残せばそれでいいのでしょうが,分かりにくい。債務者も非常に分かりにくい。そのような制度が機能するのかということについて,結構批判的な意見がありました。これは意見が分かれておりますが,大阪弁護士会としては,進行の停止については,分かるのだけれども,制度としてはいかがなものか,むしろ,その間も時効は進行して,最後の段階で時効期間が満了していたとき若しくは満了間近なときに,例えば6か月なら6か月,満了の延期,完成の停止をさせるという考え方のほうが分かりやすくていいのではないか。こういう意見です。 ○鹿野幹事 私も,先ほど中井委員がおっしゃったことに基本的に賛成です。進行停止という形で,例えば訴えの提起,保全の申立てその他の事由を位置付けるべきかどうかということですが,これは,例えば資料(6)にある交渉や協議による時効障害にもかかわってきます。一般的に時効に関しては,明確性を確保するということが重要なのではないかと思います。特に,当事者にとって,いつ時効が完成するかということがきちんと予測でき,それに基づき行動の予定を立てることができるような制度が必要だと考えております。その点から言うと,多様な進行停止を認めるという考え方については,気持ちは分からないでもないのですが,反対です。つまり,これを導入すれば,非常に分かりにくくなり,特に当事者から見ると,いつどういう状態で時効が完成するかが分かりにくくなってしまいますから,進行停止を認めるべきではないと思います。むしろ,停止については,現行法がそうであるように,完成が近づいた段階で一定の事由がある場合には,時効の完成が留保されるとともに,その事由が終了した後に新たな中断に向けた行動を起こせるような一定の期間が確保されていれば,それでよいのではないかと思います。そこで,停止制度については完成停止に統一すべきだと思います。停止制度の設計は,先ほど御指摘があったように,時効期間をどうするのかということとも関連すると思います。仮に時効期間を3年など非常に短くするとなると,かなり柔軟に進行停止等を設けることによって,その短い期間を実質的に長くするという工夫が必要だということになるのかもしれません。しかし,そもそも進行停止の採用により時効を非常に複雑あるいは不明確にしてまで時効期間を短くすること自体いかがなものかと思います。ですから,一方である程度の時効期間は確保し,停止制度については完成停止に一本化するべきだと思います。その完成停止事由にどのようなものを入れるかということも,更に具体的に考える必要があるでしょうが,まずは,進行停止と完成停止についての意見を申し述べました。 ○山本(和)幹事 (2)のCの民事執行についてですが,この御提案のように,差押えに限定せずに,間接強制等の民事執行も含めるというのは,私は相当であると思います。この範囲,この位置付けですけれども,@,Aのような判決の確定あるいはそれと同一の効力,既判力が生じるようなたぐいのもの,それからBのように相手方がその債務の存在を承認したものについて,恐らく時効期間が更新するということは問題ないだろうと思うんですが,民事執行というのがそれらとの関係でどのように位置付けられて,なぜこれらと同視されるのかというのは,一つの問題のように思います。先ほど御紹介があったように,恐らくこの民事執行は,争われずに最後まで進行した場合ということだと思うのですが,現状では,配当異議あるいは請求異議等の手続を債務者等が採らなかったからといって,その債権の存在は既判力をもって確定されるわけではないということだと思います。そうすると,Bの相手方の承認と同じようなことなのか。つまり,請求異議の訴え等を起こさなかったということが一種の消極的な承認と位置付けられて,このような時効の更新の効力が生じるのか。仮にそうだとすれば,その場合には差押債権者だけではなくて,配当要求をした債権者あるいは抵当権者等で配当を受領した債権者との関係でも債務者は争う機会があって,それにかかわらず,それを争わずに配当を受領したとすれば,同じ効力が発生しそうな感じもする。現在,配当要求については判例は中断事由と認めていますが,担保権者の債権届については時効中断の効力はないというのが最高裁の判例だと思いますけれども,この考え方だと,そのあたりが変わってくるような気もするのです。そのあたりを詰めて考えていただければと思います。 ○鎌田部会長 それでは,(5)も含めて,御意見を頂ければと思います。 ○岡委員 保全処分の申立てのところで一言発言させていただきます。保全処分の申立てで時効障害事由になるのかという点でございますが,訴えの提起であれば,訴状が必ず相手方に送達されて,認識可能となりますけれども,保全処分の申立ては,基本的には相手方には送達されない。裁判所で審理されるだけで,相手方審尋がない場合もかなり多い。こういう場合については,申立段階で時効障害事由とするのは問題ではないか。仮差押え,仮処分の決定があったときなのか,決定が送達されたときなのか,執行されたときなのか,その辺は訴訟法の先生に教えていただければと思いますが,申立てで認めるのは問題ではないかという意見がございました。 ○畑幹事 これも,考え方はいろいろあるかもしれませんが,私自身は今の点は申立てでいいのではないかと思っております。訴えの提起につきましても,訴状を裁判所に提出した時点で中断するという理解だと思うのですが,そこから訴状が送達されるまでには当然タイムラグがあり得るわけですので,いずれにしても,債権者側として必要なアクションを起こした時点で中断するというのは,それなりに合理性があるような気がしておりますが。 ○高須幹事 先ほどの民事執行のところの件のお話なんですが,債権執行その他,執行手続をかける場合に,一部執行といいますか,全部ではなくて,一部分だけ執行の申立てをするという場合がございます。その場合も,例えば一部執行をかけたときの時効障害の範囲の問題はどうなるのか,先ほどの一部請求の場合と同じような議論が出ると思うんです。多分考え方はいろいろ分かれるところだと思いますが,一部執行あるいは一部請求という,先ほど出ました訴訟のほうの関連論点と併せて,そのあたりについてもう一回よく考えてみたほうがいいのかなと思っています。民事訴訟法のほうからの議論ですと,訴訟法上の訴訟物の理解とか,既判力の理解とか,そういうところからの帰結ということが非常に大きな理由になっているように思うのですが,民法の観点からはどう考えたらいいのか,もう少し検討してみたいと思っておりますので,執行も絡めて,一部分の権利主張という問題を検討していくべきではないかと思います。 ○山野目幹事 (2)と(5)について,まずそれぞれ意見を申し上げさせていただきます。   (2)でございますが,山本和彦幹事から御指摘いただいたCの民事執行でございますけれども,部会資料では,最も中心となる差押えという典型的な場面をとらえて問題提起をしていただいているものであると理解いたしました。確かに,配当要求債権者の扱いなど,細部について詰めなければいけないことがあって,御意見でおっしゃっていただいたことはごもっともであると感じました。   それから(5)でございますけれども,現行法でいうと時効停止に当たる制度のところですが,2週間という期間が少し短いように私個人は感じます。阪神・淡路大震災のときの経験とか状況などを思い起こしますと,2週間というのは現地ではあっという間にたちます。ですから,ここに御示唆もあるように,6か月にするとかということも十分考えられると思います。それから,恐らくこれは法制的には,いったんこういうことが起きると,特例法が制定される可能性もありまして,特例法を制定するときのデフォルトといいますか,標準の期間として,民法が一般通則としてどういう期間を設けておくことが妥当かという見地も意識しながら期間の見定めがされるとよろしいのではないかと感じます。   最後に中井委員に少しお教えいただきたいことがあるのですが,(3)と(4)の論点,両方を恐らく射程に入れて先ほど御発言があったと思うのですが,進行停止の考え方を,その評価を考える際に御意見を頂いたところとして,分かりにくいとか,はっきりしなくなるとかという御指摘が,弁護士会の全部ではないけれども,有力にあったと聞こえました。不明確,分かりにくい,複雑というのはどういう趣旨のことかを少しお教えいただければ有り難いと感じます。 ○中井委員 ある時効期間を定めたときに,その間に複数回,ここで記載されているような事態は十分起こり得ます。訴えの提起があり取下げがあり,また訴えを提起して取下げがある,若しくは保全の申立てをして取下げをする。この後議論するかもしれませんけれども,当事者間の交渉・協議があって,それが打ち切られる。それらをいずれも進行の停止とすると,その都度期間が停止していますから,その後,残期間が始まるので,きちんとカウントしないと,満了時期が分からない。このことを指して,複雑になると申し上げています。簡単に言えば,そういうことで,管理可能かもしれませんけれども,その管理が求められるということです。 ○山野目幹事 分かりました。 ○野村委員 今の問題ですけれども,要するに時効期間のスタートの時点と終わりの時点が民法上明確になるかどうかという点が非常に重要な問題ではないかと思っています。そこが立法としてうまくできるかどうかというところにかかわってくるのではないかなと思います。 ○鎌田部会長 よろしければ,(6)の「当事者間の交渉・協議による時効障害」も含めて,御意見を頂ければと思います。 ○中井委員 今の(6)の「当事者間の交渉・協議による時効障害」についても弁護士会の意見は分かれています。大阪の意見を申し上げますと,確かに当事者間の交渉・協議による時効障害というのを考えた場合,一体いつから始まったのか,一体いつ終わったのかということが非常にあいまいになって,このような考え方を取り入れることについてちゅうちょせざるを得ないところがあります。ところが,現実に考えてみますと,公害訴訟とか損害賠償事件で非常に難しい請求原因の立て方も検討しなければならない場合や,企業側も,一定訴訟提起を免れて交渉において解決しようという事案もないわけではない。また,企業間同士であっても,例えば特許侵害が起こったような場合の損害賠償請求について,それが訴訟になること自体が企業のイメージダウンにつながるような場合に,慎重な協議はしたい,かといって時効が完成しては困る。そのような場合に,現実に当事者間の交渉・協議が継続していれば時効が完成しないという制度はあったほうがいいのではないか。そういう実務要請はある。そこで,大阪の意見としては,先ほど進行の停止という考え方は採らないということを申し上げましたが,この当事者間の交渉・協議による時効障害についても,進行の停止という考え方は採らない。しかし,現実社会としては,今申し上げたように,こういう協議をしている間に時効が完成して,結果として債務者がその時効の援用をするというのは,正義に反するだろうし,交渉によって解決することがより好ましい場面というのは少なからずある。だとすれば,これも完成停止,満了の延期に含めて,交渉している限りにおいて,その交渉終了時点で仮に時効が完成していれば,6か月以内に提起すればよろしい,若しくは間近に終わるときも6か月以内に提起すればよろしいとすることは可能ではないか。このときは,始期は問題にならずに,最後,いつどこで終了したのかということのみが問題になる。時効研究会では,債務者サイドからこれで打ち切るのだという明確な意思表示があれば,そこから一定期間という御提案があるようですけれども,大阪弁護士会としては,こういう形でこの仕組みを取り込むことに賛成したい。他方,相当数の弁護士会からは,いやいや,それであってもこれはあいまい化を招いてよろしくないという意見もありました。 ○岡田委員 この場合に大変悩ましいのは,消費者が債権者の場合と債務者の場合で全然違うのですが,大体消費者は,時効のことはよく分かりませんので,自分に権利があるときに,完成間際に相手方に働きかけていくということは,ほとんど想定できないように思います。そうした場合時効間際に事業者の方から突然請求が来るということが少なくありませんので,これで時効中断とか時効障害ということになると,消費者には酷としか思えません。 ○大島委員 中小企業の立場からは,交渉とか協議によって時効の進行を止めることができるというのは,便利な制度かもしれません。ただ,中井委員のおっしゃるように,感覚的には,いつから協議が始まって,時効が止まったのはいつからだったのか,これはどのような証拠を残していくのかという問題も含めて,基準がはっきりしなければ,先々かえって紛争のもとになるのではないかというのが少し気にかかるところであります。 ○岡本委員 (5)と(6)について申し上げます。   (5)のほうは,2週間とか3か月というのは短過ぎるのではないかという意見だけでございます。   それから(6)についてですけれども,こういった時効障害が認められることによって,債権者側としても,時効中断が図られるということはあると思いますけれども,債務者側にとっても,いきなり強烈な時効障害事由になるような行為を債権者側からされないで済むといったプラス面もあるのではないかと思われます。この点については,方向性としては基本的に賛成したいと考えております。   先ほどから出ております起算点と終わったときとがあいまいになるのではないかという点につきましては,ある程度運用でカバーできるところもあるのではないかと考えておりますけれども,できますれば具体的な規定の中でもその辺のあいまい化を極力排除されるような規定になれば,腹案があるわけではございませんけれども,そのような形になればいいなと希望したいと思います。 ○木村委員 (6)の「当事者間の交渉・協議による時効障害」につきましては,今まで出た意見とほぼ同様でございます。交渉・協議を新たな時効障害事由として検討していくということについては,賛成したいと思います。ただ,時効障害になる交渉・協議とはどういうものなのか,いつから始まるのか,いつ終わるのか。この辺については相当詰めなければならないのではないかと思います。例えば,世に言うクレーマー的な方が窓口に来られ,対応していること自体がもう交渉・協議になってしまうのかというように,あいまいな部分が出てくると思います。したがって,資料にも記載されていますが,例えば一定の制約,書面による合意のようなものが必要なのかどうかといった要件を検討していく必要があるのではないでしょうか。ただし,今のような要件が必要になった場合,企業同士の交渉・協議では可能かと思いますが,例えば企業と個人のお客様間で書面を作成することはあまりなく,そういう点からは意味のない規定になる可能性もございます。いずれにしましても,その要件の明確化も含め,慎重に検討していきたいと考えております。 ○藤本関係官 交渉・協議による時効障害の関係ですが,あいまいだといった御意見が出たのですが,付け加える視点として,一般に時効との関係で,あることに一定の効果を与えるかどうかということは,それ自体が適当かどうかというのがあるのですが,それに加えて,そうすることによって人々の行動にどんなインセンティブを与えるかという観点が重要ではないかと思います。この点,協議するとか交渉するということは,実は金融の世界も含め,いろいろ日常的に行われていることでございます。金融機関等と顧客との関係において極めて重要な機能ではないかと思います。こうしたことが時効期間の進行の停止等の時効障害というものすごく重い効果を与えることになった場合に,変なインセンティブが働いて,協議しない方向とか,交渉しない方向などということになって,思ってもいない不合理な影響が出ることがないかという視点からも検討することが必要ではないかと思います。 ○奈須野関係官 当事者間の交渉・協議による時効障害でございますが,確かに頂いている資料に記載されているような問題意識から,一見,このような仕組みもよいという感じを受けるわけですけれども,三点ばかり問題があると思っております。   第1に,協議するという事実が停止事由になるとすると,先ほど藤本関係官もおっしゃられましたが,協議を行うということ自体に対するモチベーションは下がってしまって,協議自身が行われないということにならないかということであります。   第2点が,では仮に協議する旨の合意を取り付けるということを要件とする場合であったとしても,通常は当事者間の利害対立が相当程度顕在化している局面においてこれが問題になるわけですので,協議する旨の合意を取り付けること自身が現実的ではないのではないかということであります。   第3点は,これは大企業と中小企業との関係あるいは継続的取引関係がある場合に特に問題があるわけですけれども,債務者としては弁済したつもりでいても,大企業の側あるいは相手方から協議しろという申入れがあれば,これで取引が断ち切られてしまいますと商売ができなくなってしまいますので,どうしても協議に入らざるを得なくなるということであります。そのようにしますと,取引上,立場が弱い側にこの時効の制度の恩恵が行かなくなるということが危惧されまして,この点でも,こういった制度ができることによって予期しないような効果が発生するのではないかということを懸念いたします。 ○鹿野幹事 (5)と(6)について意見を申し上げさせていただきます。   1点目は,先ほども言及しましたけれども,停止事由についてです。まず訴えの提起とか保全の申立て等があったときについては,完成の段階でこれを考慮すればいい。つまり完成停止事由としてこれを新たに位置付けるべきだと思います。現行法では,言わば権利行使困難型の停止事由のみが基本的に列挙されているのですが,立法論としては,権利行使型の完成停止事由の導入も検討されるべきだと思います。例えば,訴え提起をした後,確定判決までに至らなくて途中で取下げ等で終わったというものについて,その時点から新たに6か月なりの期間が経過しないと時効が完成しないという形での,権利行使型の完成停止事由を,権利行使困難型の停止事由と並んで設けるべきだと考えます。   2点目は,(6)についてです。これも先ほど少しだけ言及させていただきましたが,ただでさえ進行停止を設けることについては,先ほど中井委員もおっしゃったように,非常に計算が難しいというか,計算しないと分からないという困った事態になりますし,さらに,交渉・協議というものを進行停止事由に加えるとすると,なおさら不明確性が増すのではないかと思います。むしろ,交渉・協議を時効障害事由として取り入れることの必要性があるとすれば,それは,今まで交渉を継続してきたのに,債務者が突然「時効が完成したから,あなたの権利行使は認められない」と主張することは認めるべきでない,ということにあるのではないかと思います。そうであれば,これは時効の完成停止事由の一つとして位置づければ十分なのではないかと思うのです。もちろんその場合も,交渉の最後の時点につきどういう形で明確性を保つかということについてはいろいろと議論の余地があるかもしれませんが,少なくとも完成停止事由の一つとして設けることには意味があると思いますし,それで十分だと考えております。 ○山本(和)幹事 (6)の点ですけれども,現行法上,当事者間の交渉・協議を時効障害としているものとして,ADR法の認証ADR機関における請求による時効中断の規定があると思います。そのような規定をつくるときも,実質としては,訴え提起をせずとも話合いが可能なときに,しかし時効中断のためだけに訴えを提起するというのは合理的ではないので,そのような場合でもADRにおける交渉というものを可能にするために時効中断の規定が必要であるというここでの趣旨と同じことが言われて,そのような規定がつくられたわけですが,最大の問題はその明確性をどうやって担保するかということでした。結局,ADR法は,認証という制度をつくって,認証を受けた機関は必ず記録を保存して,どの段階で当事者から請求がなされて,どの段階で手続が打ち切られたのかということを明確にすることによってその時効の中断の効果をもたらすことを可能にしたと理解しております。そういう意味からすれば,今回の単なる当事者間の交渉・協議で時効障害を認めるというのは,そこからかなり大きく踏み出しているものと思われます。しかし,ADR法の立法は我々は民法を前提にしてやったことですので,民法自体が変えられるのであればそれはそれで結構だと思うんですが,明確性の担保というのは,今までお話が出たように,かなり難しい問題であるという感じがします。そういう意味では,私は中井委員とか鹿野幹事が今言われたように,進行停止というのは一般論として採るとしても,この事由について進行停止でやると,裁判所は時効が問題になる度にすべての交渉が始まった時点と終わった時点を確認して,明確に何月何日に始まって,何月何日に終わったかということをすべて特定しないと,時効が完成したかどうかは判断できないという形にするというのは,ADR法が求めることに類するような形で明確化しないと,そういう規律をするのは相当難しいような気がします。そうであるとすれば,時効の完成停止であれば,最後の回だけを特定すれば足りるということですので,それであれば,裁判所の判断もそれほど困難ではないということはあり得るのかもしれないと思います。なかなか難しい問題であるとは思いますが,そのような感想を持ちました。 ○山野目幹事 時効障害事由についての各委員・各幹事の御意見を承った上での感想のようなことを2点申し上げさせていただきたいと考えます。   (6)の当事者間の交渉・協議に関しましては,これを時効障害事由に位置付けようとする方向での提案は,幾つか御注意も頂いたのですが,そのこと自体については,比較的御理解いただいたというか,あるいは積極的な御意見も伺ったのではないかと感じます。最大の御注意は,時効障害にしたときの効果をどうするかという問題についてのことでありましたし,幾つか心配いただいたことも,その効果をどう考えるかということの中で方向性が見出せるのではないかということを感じました。   それから,(6)の問題と(3)・(4)の問題は,少し局面が違うところがあるのではないかとも考えます。中井委員からいろいろお教えいただいて,弁護士会の先生方の中にも多様な御意見があるということを伺いました。管理可能であるかもしれないがと,二つ前の御発言で中井委員からお話があったことを私としてはテイクノートしておきたいと感じますし,時効期間の管理という新しい問題を生ぜしめるかもしれないけれども,なお提示されているような二つの考え方の両方を見ながら今後の議論を続けていっていただきたいと考える次第でございます。 ○岡委員 2点申し上げます。   1点目は,交渉・協議による時効障害のところでございます。明確性に欠けるという観点から,弁護士会の中で札幌等から,進行停止の合意あるいは満了の延期の合意,そういう合意があった場合に限るべきではないかという意見がございました。アメリカ等では,この期間は時効は主張しないという明確な合意をしている例もあるようでございますので,そういう明確な合意をした場合に限り裁判規範として採用するというのがよろしいのではないかと。交渉・協議があった場合に時効を援用するのが不当な場合には,信義則による援用権の排除ということで足りるのであって,交渉・協議という定義・事実認定が不明確なものにより時効障害になるという裸の規律はいかがなものかという意見も一部に有力にございました。時効は公序で余りいじらないほうがいいのではないかという観点から,一定期間,この期間は援用権を自分は主張しませんという合意としたほうがいいのではないかという意見も,更に少数でございましたけれども,ございました。それを御紹介申し上げます。   それからもう一つ,弁護士会がきちんと議論しているという御紹介にとどまりますが,関連論点の二番目の「債務者以外の者に対して訴えの提起等をした旨の債務者への通知」,債権者の負担を軽減すべきという観点から挙げられている論点でございますが,ここは予想外に反対が多くございました。東京,大阪,札幌,横浜,福岡等,かなりの数の弁護士会が,そこまでやる必要はないと。愛知は,このような方向でもいいのではないかということでございましたが,多数の弁護士会はこの2の論点については反対しておりました。 ○畑幹事 別の点ということになります。言わずもがなのことであるのかもしれませんが,現在の法律の状態として,裁判上の催告というものが認められておりまして,それが必ずしもよく分からないことになっていると認識しております。詳細版のほうの23ページに裁判上の催告が出てきておりますが,実際にはここに挙がっているようなパターンだけでなく裁判上の催告というのが認められておりまして,例えば被告の側で抗弁として主張するといったことであります。かつ,それ以外に,訴訟物になるわけではないけれども,裁判上の請求に準じる扱いになる場合があるという判例もあり,そのあたり,必ずしもはっきりしていない状態だと思います。これは最終的には,新しく法律をつくっても解釈にゆだねざるを得ないのかもしれないのですが,もう少しクリアにできないかということは検討する価値があるように思います。   それから,これも必要ないかもしれませんが,仮差押え,仮処分がどうなるかという話に戻ってしまって,詳細版の29ページに,ある考え方に立った場合の図が示されているように思います。このうち,上のほうの(i)の図がよく分からない。申し上げるまでもないのかもしれませんが,民事保全というものは,本案の訴えの提起と連動する面もあるのですが,連動しない面もあります。例えば仮差押えがされた後で本案の訴えが提起されるとどうなるかというと,当然ながら,仮差押えの効力は依然として存続しております。しかも,それは訴えが却下された場合であっても同じでありますので,あるいはこの図がちょっと正確でないのかなという印象を持ちましたので,申し上げておきます。 ○鎌田部会長 それでは,大変恐縮ですけれども,部会資料14−1の7ページ及び8ページの「4 時効の効果」から「6 その他」までについての審議に移らせていただきます。事務当局から説明をしてもらいます。 ○亀井関係官 「4 時効の効果」においては,三つの論点を取り上げました。   (1)では,消滅時効の効果は,援用したときに債権が起算日にさかのぼって消滅するという現行法における一般的な理解を明文化すべきであるとの提案を取り上げました。これに対しては,債務者に履行を拒む権利が生じるという弱い効果とすべきという提案もされているところであり,御意見を頂きたいと思います。   次に,(2)では,債務者以外に時効を援用できる者の範囲について,これまでの判例を踏まえて,明確化すべきであるとの提案を取り上げました。この提案に対しても,債務者以外の第三者には基本的には時効の利益の主張を認めるべきではないとの提案がされており,御意見を頂きたいと思います。   さらに,(3)では,時効完成後の時効の利益の放棄や弁済等が行われた場合の取扱いについて,判例や一般的な理解,解釈に基づいて,明文化すべきであるとの提案を取り上げました。この提案に対しましても,例えば時効完成後の債務の承認については,判例と異なり,援用権を喪失しないものとすべきであるとの提言もありますので,御意見を頂きたいと思います。   「5 形成権の期間制限」については,いわゆる形成権と呼ばれる権利一般を対象とする特別な規定の要否について尋ねるものであります。   また,「6 その他」においては,ここまで主に債権の消滅時効を念頭に置いて検討してまいりましたので,その他の財産権の消滅時効や,取得時効に与える影響などについて取り上げております。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分のうち,まず「4 時効の効果」について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○西川関係官 (3)の「時効の利益の放棄等」については,時効完成を知らずに債務を承認した場合でも援用権を喪失しないということをむしろ明記すべき話かと思います。と言いますのも,現実の消費者被害の事例では,消費者が時効完成を知らないということがよくあるわけでございまして,そういう場合に,事業者がいろいろなことを言って,策略を用いて債務を承認させるという例は往々にしてあるわけでございます。そういうことからしても,援用権を喪失しないという方向の立法が望ましいのかと思っております。 ○中井委員 順番に申し上げますと,(1)の「時効の援用等」につきましては,現在の考え方,援用があって初めて時効の効果が確定的に発生するという理解を明文化する方向が弁護士会の圧倒的意見です。   (2)の「債務者以外の者に対する効果」につきましても,これは判例の立場,援用権者の範囲を条文上明確にしていくという立場が圧倒的意見です。   しかし,(3)の「時効の利益の放棄等」につきましては,西川関係官がおっしゃられたとおり,判例の立場については批判的意見が非常に多くありました。すなわち,時効が完成していることを知らないで弁済した場合であっても,承認した場合であっても,それで当然に時効の援用権を喪失するという考え方については,極めて慎重な意見です。むしろ,明確に時効が完成していることを知りながら,それであっても弁済した,承認したという場合に,仮に明文化するなら,限定する方向になるのではないか。その理由としては,西川関係官からもありましたけれども,時効完成後に極めて少額の支払をさせる,若しくは言いくるめるというのでしょうか,債務の承認をさせる,それで時効の利益はなくなったとして請求がなされている事案が相当程度散見されるとの,消費者保護委員会その他の弁護士からの報告があるからです。 ○高須幹事 今の「時効の利益の放棄等」のところで,中井先生の弁護士会での御議論を踏まえての議論でございますが,基本的にはもちろん同様に考えておりまして,いろいろな濫用的な事案があるということを私も個人的にも思っておりまして,それをすべて,現在の判例があるからというだけで援用権が喪失すると一般化するのは問題だろうと思っております。ただ,条文のつくり方として,逆に常に援用権は喪失しないと書き切ってしまうのがいいのかどうかというところはあるのではないか。昭和41年判例が言いましたように,時効完成を知らないで弁済してきたとか,あるいは承認したという場合に,相手方が持つ期待権といったものも全く保護に値しないのかというと,そうでもないようなこともあると思います。そこで,債権者が意図的にそのように追い込んだ場合は駄目ですよ,そうでない場合には援用権を喪失する場合も利益考量上はありますよという形で,バランスの取れた規定の置くべきではないか。現在はともかく規定がないということが問題で,判例がその問題についての処理したケースが出てきて,それが言わば一般法化してルール化しているわけですから,条文を設けて,きちんと交通整理をして,定めていくべきではないか。不当条項規制も掛かるといったことも多分あるのでしょうから,そのようにいろいろなところから調整していけばいいのではないかと思っております。 ○岡本委員 (1)の「時効の援用等」のところについて申し上げます。部会資料記載の前者の考え方と後者の考え方についてなんですけれども,どちらがよいかといえば,わざわざ履行拒絶権として構成する必要がさほど感じられないということから,後者の考え方でよいという考え方が専らでございました。   それから,信託の観点から2点指摘がありましたので,御紹介したいと思います。1点目は,すべての受益債権が時効消滅したときに,現行法では,信託目的不達成ということで,信託終了と解されるということですけれども,時効の効果を履行拒絶権として構成したときに,信託終了と解してよいか,疑義が生じるということでございます。   それから2点目といたしまして,受益者が二人いる信託で,一方の受益債権が時効消滅したときには,他方が信託財産の全部を取得するとされている場合に,時効の効果を履行拒絶権として構成したときに,一方の受益債権の時効が完成した場合に,他方が全部取得するのか,判然としないという指摘がございました。   追加で,これとは全然別の観点ではありますけれども,一部こういう意見があったということで御紹介します。まず,消滅時効制度の存在意義について,既に申し上げたように,債務者の弁済の証拠を確保すべき期間を画するといった理解からしていった場合に,一つの選択肢として,消滅時効の効果について,弁済によって消滅したものと推定するという考え方が採れないだろうかという提案がございました。この考え方は,消滅時効期間が経過するまでは債務者が弁済について立証責任を負っているわけですけれども,その消滅時効期間が経過したときには,債権者側が,債権の成立に加えて,弁済されていないことの立証責任を負うという具合に,立証責任の転換を図るという考え方でございます。これによって債務者は,反証を許す限度ではございますけれども,弁済の証拠を長期間保存するという不利益からは免れることができるという形になります。   この提案の理由といたしましては,消滅時効の存在意義を先ほど申したように,債務者の弁済の証拠を保存する負担から免れさせるという理解をする場合に素直に出てくる考え方であるということが一つでございます。   二つ目といたしましては,従来,消滅時効の存在意義について先ほどのように理解する考え方に対しては,弁済されていないことが明らかな場合でも,時効消滅が生じてしまうことについて説明できないではないかという批判があったかと思うんですけれども,こういった効果の考え方を採れば,こういう批判は当たらないことになると考えるということでございます。ここで弁済の推定と申し上げたときの推定は,反証を許すという推定でございますので,弁済されていないことが明らかであれば,債権者がそれを立証することによって時効消滅を食い止めることができるということです。   三つ目の理由としましては,部会資料のほうで履行拒絶権構成が提案されている理由の一つとして,時効の効果を弱めたいというのがあったかと思いますけれども,弁済を推定するということでもその目的は達成されるのではないかということでございます。   そういったことでこのような提案も出てくるのですけれども,一応反証を許す推定として提案が出てくるものですから,その限度で紛争の解決が長引くという問題も指摘されそうでございますけれども,債権者がなすべき反証の内容としては,正に弁済されていないということでございまして,弁済していないにもかかわらず債権が消滅することとなるという時効制度の負の側面を緩和するという意味では,ある程度はやむを得ないのではないかという考え方でございます。もっとも,このような消滅時効の効果の考え方につきましては,今回の改正提案等でも全く触れられておりませんし,今まで余り聴いたことがないような話ですので,御批判を頂ければということでございます。 ○山野目幹事 意見が一つと,岡本委員に対して,お教えいただきたいとの御質問が一つあります。   意見ですが,部会資料で紹介されている時効の効力をどうするかという問題について,消滅時効の完成により債務者に履行拒絶権が発生するという考え方が述べられており,多分,消滅時効の完成により履行拒絶権が発生すること自体は皆さんお認めになることではないかと思います。そうであるとしますと,そのことをきちんと規定に書くことにより分かりやすい規律になるという側面があるのかもしれませんから,この辺はもう少し,二つの考え方を割と単純に二極対立のような形で御提示いただいている嫌いもあるかもしれませんが,議論は深めていただきたいと感じます。   それから,岡本委員に対するお尋ねですけれども,今の御提案は,驚きました。岡本委員御自身が確定的におっしゃるという趣旨ではなくて,そういう意見もあったということで御紹介いただいたということを丁寧に受け止めさせていただいた上でのお尋ねです。その御意見というのは,現行法ですと,御案内のとおり,時効の効果として,「債権が消滅する」という文言が法文に登場してくるのですが,「消滅する」という文言は書かないという御提案,その含意があるように私には聞こえたんですけれども,その点をお教えいただけませんでしょうか。 ○岡本委員 そのとおりです。 ○山野目幹事 ありがとうございました。 ○木村委員 「時効の援用等」についてですが,当事者が援用したときに時効の効力が生ずる旨を明文化するということは,分かりやすい民法という意味において賛成いたします。   問題は消滅時効の効果についてですが,債務者に履行拒絶権が生ずるという考え方については,反対であると考えております。基本的に債務者に履行拒絶権が生ずるということは,履行を請求できない債権が存在する,あるいは履行しなくてもよい債務が存在するという状態になり,例えば企業会計上あるいは税務会計上,どう処理していくのかという問題が出てくると思います。さらに,そのような債権や債務が存在しているということによって,管理するコストも増加しかねないということから,従来どおりの民法の扱い方で良いのではないかと考えております。 ○鹿野幹事 順番に申し上げます。まず第一番目に時効の援用と効果についてですが,これは基本的に,現在採られている考え方,つまり援用によって確定的に時効の効果が生じ,債権が消滅するという考え方を採って,それを明文で分かるような形で規定するという考え方に賛成でございます。   時効の効果として履行拒絶権という考え方が主張されていますが,これが単に,権利が消滅し,その結果として履行拒絶ができるのだということであれば,その限りで反対はありませんが,逆に,権利が消滅するわけではなく,履行拒絶権が発生するにすぎないという,弱い時効の効果を主張する考え方であるとすると,それには反対であります。これについては,先ほどから既に批判も出されているところですが,まず,その考え方を採るとすると,債務者は債務の消滅を主張することはできず,相手方が請求する度に履行を拒絶できるにすぎないということになりましょうし,また,例えば債務者が抵当権等を担保として設定しているといったときに,その抵当権の消滅を主張して抹消登記を請求することもできないということになりそうです。債務者だけではなく,保証人や物上保証人がいる場合については,更に問題です。履行拒絶権構成によれば,これらの者は,積極的に,附従性の故に保証債務が消滅したと主張し,あるいは抵当権等の物的担保の効力が消滅したとしてその登記の抹消を請求することもできないということに,論理的にはなりそうです。これについては特別の手だてを講ずる方法もあるのかもしれませんが,少なくとも論理的には以上のようなことになるのではないかと思います。もしそうであるとすると,そのような形で保証人や物上保証人をいつまでも債務や物的負担に拘束させるということが果たして妥当なのかと,非常に疑問に思います。   この資料には,このような抗弁権構成につき,「原則的な時効期間の見直し(短期化)とも関連して」,このような考え方を採ってはどうかと書かれています。しかし,短期化がまずあって,だから効果としては弱いものにするというのは,どうも発想が逆なのではないかと思います。まず期間は期間としてきちんと考えて,その上で効果についての従来の考え方を見直す必要性がどこまであるのか,それを別に検討すべきではないかと思います。このようなことから,履行拒絶権ではなく,従来の考え方を民法に明文化するという方向に賛成でございます。   次に,援用権者についても,従来の判例の考え方を明文化するということでよろしいのではないかと思います。ただその際,「時効により直接利益を受ける者」という表現が適切かどうかということについては別に考える必要があるかと思いますが,実質的には,従来採られてきた解釈をきちんと民法で分かるように書くということでよろしいのではないかと思います。   それから,(3)の「時効の利益の放棄等」に関連して,時効完成後の債務の承認ということについてですが,この問題は援用権をどのようにとらえるのかとも関わってくるのではないかと思います。時効が完成した後,援用によって確定的に債務が消滅するという立場をもし前提とするなら,援用権は,確定的に債務を消滅させることのできる権利として,形成権的なものととらえることができると思われます。そうすると,もちろん相手方の信頼ということを全く考えなくてよいというわけではありませんが,基本的には自己の形成権的な権利が失われるというのは,自分にその権利があることを知った上で,その権利行使と矛盾する行動を起こしたときとされるべきであって,時効完成を全く知らないで債務承認をさせられたときに,それによって当然に援用権が失われるということにはならないのではないかと思います。つまり,資料に書いてある表現を用いると,「時効完成後の債務の承認については,判例の見解とは反対」に,基本的には時効援用権を喪失しないという考え方を採り,それを明文化すべきであるという方向に賛成です。 ○岡田委員 時効の援用のところなんですが,考えは今まで出ていたものと同じなんですが,消費者センターとしては,時効問題というのはすごく私たちがダイレクトに手を出せない問題だったんです。ですから,当事者が援用することによって効果が発生するということであれば,センターで文書で通知しなさいということでもいいわけですから,そう明文化していただくと,ものすごく処理がセンターとしては助かるなと思います。   それから,「時効の利益の放棄等」なんですが,これも今まで出ていますが,具体的な例としては,貸金業者が,もう時効になったものをやいのやいの言って,3,000円とか4,000円払って,それでもって時効の利益を放棄したというやり方をものすごくやっていましたので,是非これは今までの意見のとおり,援用できるようにしてほしいと思います。 ○深山幹事 まず,援用のところの議論なんですけれども,履行拒絶権という考え方というのは,検討委員会の基本方針を見て初めて,こういう考え方もあるのかと思ったんですけれども,従来の考え方を採らずに,あえてそういう説明を採る趣旨が私自身理解できていなくて,多分,弁護士会がこぞって,こういう考え方ではなくて,従来の判例の不確定効果説でいいのだと言っているのも,履行拒絶権ということによって一体何を意図しているのか,どこが違ってくるのかがよく分からないからはないかなと思います。純粋に理論的な話なのかなと思うんですが,例えば先ほど木村さんのほうで,これは困る,その権利が消滅しないということでは,会計上といいますか,帳簿上も困るといったことをおっしゃった。ただ,それは援用して初めて消滅するという今の考え方であっても,ある意味同じではないかと私は思うんです。つまり,時効という制度が一定の期間の満了によって当然消滅するという制度であれば,これはこれで非常に明確なんですけれども,もちろんそうはなっていないわけです。そういう意味で言うと,履行拒絶権という言い方をしなくても,時効期間が満了した段階でその債権がありやなしやというのは,ある意味非常に不確定,あいまいな状態で,請求はできるのだけれども,抗弁として,では時効を援用しますと言われた瞬間に少なくとも裁判所の助力は得られなくなるという状況になっているわけです。ですから,そのことを根本的に変えない限りは,不確定効果説的な説明をしようが,履行拒絶権があるにすぎないんだという言い方をしても,何がどれほど違うのかなと,これは私の理解が不十分なのであれば教えていただきたいんですが。それともう一つ気になったのは,鹿野先生が御指摘になったように,例えば3年ないし5年という短い期間で消滅させるという根拠付けがなかなか難しいから拒絶権だというのは,私もちょっとおかしな話ではないかなという気がして,どうもすっきりとこの履行拒絶権の趣旨が理解できないので,是非教えていただきたいというのが1点です。   もう一つは,時効の利益の放棄のところは既に議論が尽きているように思うんですが,結局,信義則で喪失する,しないということは,結論から言うと,規定しないほうがいいと思います。つまり,信義則ですから,ケース・バイ・ケースで,喪失させるべき場合もあれば,させるべきでない場合も両方あるんだと思うんです。それをさせるとか,させないというどちらかに決め打ちしてしまうというのは,むしろ信義則の適用場面をなくしてしまうことになる。現行法にはあらかじめ放棄することはできないということが書いてあって,それを反対解釈すれば,その完成後には放棄できると読めるので,そういう意味では現行法だけでも足りるし,少なくとも信義則の観点から,喪失するとか,しないとかということはむしろ設けないで,正に信義則にゆだねるということがよろしいのではないかと思います。 ○潮見幹事 深山幹事が2点ほどおっしゃられましたが,第2点目は私も全く同意見です。   第1点目も,会計上の処理についておっしゃられたことについては,私も同意見です。それから,信託について先ほど話が出ていましたが,正直言って,お話を伺って,履行拒絶権構成と債権消滅構成でどう具体的に違ってくるのかというのがいま一つ,私自身はのみ込めませんでした。それは私の理解不足だと思います。   それは置いておいて,第1点に関してですが,皆さん方の御意見を伺っていますと,援用によって債権が消滅するという構成がいいという趣旨の御発言が相次いでいるのですが,私は履行拒絶権構成のほうがいいのではないかと思っております。債権消滅構成を採る場合に,仮に条文をつくる場合に,時効を援用すれば債権は消滅するとお書きになるという提案をされるのかと,私は根本的な疑問を感じます。と言いますのは,債権は消滅すると言った場合に,現在の考え方によると,時効を援用した債権は,強制力のない債権になってしまいますが,給付保持力は残るのです。請求力,強制力は吹っ飛ぶものの,給付保持力は残ったままなのです。もし仮に委員の先生方がおっしゃられたように時効の援用をすれば債権は消滅するのだということを明文の規定で置いてしまうと,従来の伝統的な考え方と言われている,その後に履行された場合には給付を保持できるというところまで,吹っ飛んでしまう。この理論を知りつつ,債権は消滅すると条文で書くわけですから。それでも,自然債務みたいなものを認めればよいということであれば,そのようなものを条文に書かない形で認めるのはいかがなものかという感じがしてなりません。   それから,先ほど深山幹事がおっしゃられた理論的な部分にかかわってくるのかもしれませんが,例えば諸外国で履行拒絶構成を採る,あるいは請求権が消滅するという構成を採るというのは,どこにその理論的な主眼があるのかと言えば,一つは,今直前に申し上げた,請求力や強制力は吹っ飛ぶけれども,給付保持力は残るという面を強調せんがためにこのようなことを言っているというところがございます。もちろん訴訟になった場合に抗弁で出てくるところもありますけれども,実体法的に見たら,今言ったような部分がかなり大きな意味を持っていると,解説,コメント等では示されているところです。そのあたりをよくお考えになっていただいて,時効の援用をすれば債権は消滅するんだと本当に条文に書いてよいのかということはお考えおきいただければと思います。先ほど山野目幹事がおっしゃられたように,どの立場を採ろうが,時効のいわゆる括弧付きの援用をすれば履行を拒絶することができるということについては,どなたも異論はないということであれば,そのことを条文の中で書いて,あとは法的性質をどのようにとらえるかなどということは,理論にゆだねるということでもありではないかと思うので,少し発言させていただきました。 ○道垣内幹事 申し上げようとしたことはお二人の発言に尽きておりまして,援用したら消滅するということになりますと,援用するまでは会計処理はできないという話になるのではないかなという気がしました。あとは大体同じことを言おうとしていたので,省略します。 ○松本委員 4の(2)のほうなんですけれども,履行拒絶権構成を採ると,従来,援用権者とされていた保証人や物上保証人が援用はもちろんできない。履行拒絶もできなくなって,執行を受けるということになるわけです。こういう結論になるのであれば,履行拒絶権構成というのは不適切ではないか。つまり,保証人保護という流れに反して,保証人の責任を大変重くすることになる。現在において判例がこういう第三者に援用権を認めているというのは,それだけのニーズがあるからです。したがって,履行拒絶権か,援用による消滅かで,時効についての理屈をどう立てるかはいろいろあるかもしれないけれども,履行拒絶権構成でいくのなら,従来の援用権者についても履行拒絶権はあるということにしないと,バランスが取れないのではないか。そこを,履行拒絶権なのだから論理必然的に債務者以外には認められないという,そこだけ非常に融通のきかない堅い議論を持ってきている一方で,履行拒絶をすると,付従性の原則に反してでも,担保や保証が消滅する旨の明文の規定をおくなどということも詳細版37ページに書いてあったりするので,その辺が履行拒絶権構成を主張する立場は必ずしも一貫していないのではないかと思います。 ○松岡委員 松本委員が言われた点には,全く同感で,履行拒絶権構成と援用権者の範囲が連動するのかどうかが,よく分かりません。   それから,先ほど潮見幹事がおっしゃったのは,履行拒絶権構成の主眼は,請求力や強制力はなくなるが,給付保持力が残るという点で理論的な意味があるので,あえて債権が消滅すると書くのはいかがかという御指摘でした。しかし,現行167条で既に債権は時効により消滅すると規定してあって,しかしそれにもかかわらず学説は給付保持力が残ると理解しているわけですから,権利消滅構成を維持すれば,変わるところは何もありません。むしろここで債権が消滅すると書くことに賛成している見解の多くは,援用を待って初めて消滅するということを明確化しようと言っているだけですから,履行拒絶権構成からの御指摘とは,少し議論がかみ合っていない気がいたします。 ○中田委員 既に出ていることの整理だけなのですが,権利が消滅するという構成と,権利が消滅しないで履行が拒絶できるだけだという構成はどこが違うかについてです。一つは,今も出ておりますけれども,時効が完成し,もし援用が必要だというのであれば,援用もされた後で,なされた債務の弁済の効果をどう見るのかということです。それは取戻しを認めるということにはなかなかならないのではないかと思います。そうだとすると,この点については履行拒絶権構成のほうが多分説明しやすいのだろうと思います。ただ,権利消滅構成ではあり得ないかというと,それは,例えば端的にその効果だけを規定して,その理論的説明については,先ほど潮見幹事がおっしゃったことと重なりますけれども,学説にゆだねるということも考えられるかもしれません。   それから,二番目の違いとして,これはまだ余り出ていないのですが,被担保債権が時効完成した後,抵当権はどうなるのかという問題があると思います。これは,両構成のほか,岡本委員の先ほどのアイデアも関係してくるのかもしれませんが,恐らく現在の日本における一般的な考え方は,被担保債権が時効消滅した後は抵当権の実行を認めないということになるのではなかろうかと思います。それをあえて変える必要があるかどうかというと,それはないのではないかと思います。   三番目に,これは今,松本委員,松岡委員から出たことですけれども,時効の効力を主張できる人の範囲についてです。履行拒絶権構成を採りながら現在の範囲と同じようにしようとすると,かなり複雑な手当てをする必要があるかと思います。   論点整理だけなんですが,以上が法制的な問題です。あとは事実面の問題として,時効完成後も債権は消滅しないという浮動的な状態が永続することをどう評価するのかということがあると思います。債権の管理コストについては援用を要するとすれば同じではないかという御指摘もありましたが,そのほか事実上の取立てを誘発することがあり得るかどうか,そのあたりかと思います。 ○藤本関係官 援用して債権が消滅するというのと,履行拒絶権があるということで,企業会計上の話がどうなるかということでございますが,私法上の権利が消滅するということで,企業会計上もそこで線を引くという基準があるわけではございません。ただ,今は,時効が10年なりで完成すると,それはバランスシート上からも消え去るということが公正妥当な処理とも考えられているのではないかと思います。では,これは履行拒絶権があるといったときにどうなるかということは検討されるべきことだと思います。どっちになるからどっちということが決まるわけではないのですが,そのように企業会計上の考え方について論点となり得るということではないかと思います。 ○大村幹事 今議論になっている点については,私は基本的に潮見幹事がおっしゃったことに賛成です。ただ1点だけ,中田委員も指摘されたところとかかわるのですけれども,結局のところ,時効完成後の弁済というのをどうするかということが最大の問題だと思います。諸外国の立法例などを見ますと,債務として弁済した以上は,時効が完成しているということで,当然には取り戻せないというのが共通のラインのような気がいたします。それを踏まえてどういうルールを設けるかということが課題になるかと思います。それとの関係で,時効の利益の放棄等について,規定を置かないで解釈論にゆだねたらいいのではないかと潮見さんはおっしゃったのですけれども,私は何らかの形で規定を置くということが必要なのではないか,そこのところを明確にしませんと,日本の時効のルールというのは結局何なのかということがはっきりしないということになるのではないかと思います。   この点について,様々な危惧が出されておるわけで,それは一面でよく理解できるところではあります。ただ,ごく一部で非常に濫用的なことがされているからといって,ルールは置けないと考える必要はなくて,これは高須幹事がおっしゃった点ですけれども,濫用防止のための措置を講じて,一定の範囲でルールを置くということでよろしいのではないかと思います。   それから,会計上の問題については,私は全くの素人なので,何も言う資格はないのですけれども,諸外国でいわゆる括弧付きの履行拒絶権構成を採っているところでも会計上の処理をできているはずですので,処理は何とかできるのではないか。実際に,どうなっているのかということを検討することがむしろ必要かと思います。 ○内田委員 今,大村幹事がおっしゃったことと実質的には同じことなのですが,深山幹事から,どうして履行拒絶権構成などというものが出てきたのかという疑問が提起され,それについて日本の実定法に則した形で実質的な議論が今なされています。非常に有益な議論だと思いますけれども,付随的な情報として,比較法的に見ますと,もともと時効というのは,訴権の消滅という沿革を持っていることもあって,比較法的には,訴権の消滅,あるいは請求権,強制的に請求する権利が消える。したがって,結果的には履行拒絶できるという形で定めているところが立法例としては多いというのは事実です。これは資料として掲げておりますが,フランス以外についてはそういう立法になっているということは,御覧いただければ分かるとおりです。   そして,企業会計については,国際的に企業会計基準を共通化するという流れが主流になっておりますが,それを主導している欧米で多くの国が履行拒絶権ないし抗弁権構成や訴権の消滅という構成を採っておりますので,グローバルな基準としては,履行拒絶権構成で会計上困ることは恐らくないだろうと思います。ですから,企業会計の問題は別として,実質的に,日本の民法の原則としてどちらが望ましいかということの議論がなされればいいのではないかと思います。 ○松本委員 そういう意味で先ほど発言したわけです。つまり,どちらの理論がよりエレガントで,つじつまよく説明ができるか,あるいはグローバルな傾向に沿っているか,それらは一つの判断基準にはなり得ると思うんですが,結論における実質的な違いがはっきりと出ると,この4の(2)には書いてあるわけです。保証人や物上保証人は,従来だったら援用権を行使することによって自らの責任を免れることができたのに,それはもうできなくなるという,このように従来の日本の法律状況を実質的にがらっと変えることの理由についての合理的説明がなされていません。こっちのほうが理論的に純粋だという説明だけでは通らないと思うんです。それで,詳細版のほうを見ますと,理論的には説明し切れないものだから,「主債務について履行拒絶がされても,主債務が消滅しない以上,保証債務が付従性で消滅することはないが,この点については,担保や保証が消滅する旨の明文規定を置く」と書いてあります。理論では説明できないから,えいやと力任せに立法的に手当てをするということなので,ここは理論ではやれないことをやろうとして,立法に逃避してしまったということになっているのではないかなと思うんです。私は別に履行拒絶権構成でも同じ結果を導けるのであればあえてそれだけで反対はしないんですけれども,違う結果になるんだとすると,それについての合理的理由が要るだろうと考えます。そこで,履行拒絶権構成を採りつつ,従来の時効消滅を保証人や物上保証人が援用できるという部分を,主債務者が持つ履行拒絶権を保証人や物上保証人が援用することができ,その効果として保証人や物上保証人の責任が消滅するという新たに立法が予定されている明文規定とつなぐということにすれば,従来と同じ結果になるのかもしれないんですけれども,そういうことが一切手当てされていなくて,保証人や物上保証人の責任を重くするという方向にのみ結論としていってしまうのは,適切ではないと思います。 ○山野目幹事 松本委員から複数回にわたり,同一論点についての御心配の趣旨の御発言を頂きましたから,この機会に,ほんの論点の整理の意味しかないのですけれども,申し上げさせていただきます。履行拒絶権構成なるもの,それ自体の意味ないしその提案の背景について申し上げますと,二つの事柄と必然的な結び付きがあるような印象の御議論があるように感じます。二つのことというのは,一つは,これは時効期間の見直し,短期化と関連させた議論であるという見方があり,それから(1)の論点と(2)の論点がつながっていて,(1)の論点で履行拒絶権構成をとると,(2)のところについて松本委員の御心配になるような形に論理必然的になっていくんだという結び付け方があります。この二つの結び付けは,どちらもそのように議論が拡がっていく可能性があり得るということを申し上げているのみでありまして,もともとの履行拒絶権構成は,短期化と必然的に結び付くものでもなければ,保証人や物上保証人の扱いと必然的に結び付くものでもありません。時効の効果を市民に対して平明に伝えたいということが最もミニマムな趣旨でありまして,そのことを前提に議論を始めたときに,こういう議論の仕方も一つあり得るということを申し上げているにとどまるものです。何人かの委員・幹事の先生方が,履行拒絶権構成を採らないで従来の考え方のとおりにと,従来の考え方というのを何回か繰り返しおっしゃったのですけれども,従来の考え方が何ものなのかははっきりしないと考えます。その点について潮見幹事が少し前の御発言でおっしゃったこと,それから大村幹事がそれをサポートなさったことについて,全面的に同調しなければいけないと私は感じております。 ○鹿野幹事 従来の考え方を採るべきだと私も発言しましたので,その私の意図したところを明らかにするため一言付け加えさせていただきます。従来は少なくとも,各援用権者が援用したら,自分に対する関係でその債務の消滅を導くことができ,それを担保する物的負担からも解放されることができるということだったものと思います。例えば債務者自身であっても,抗弁という形ではなくて,積極的な権利行使として,債務及びそれを担保する抵当権等の消滅を主張し,その登記の抹消を請求することもできたはずではないかと思います。それが,拒絶権構成というものを採るとすると,少なくとも論理的には,そのような形での主張や請求はできなくなりそうですし,主債務が消滅しないということになると,保証人や物上保証人も,保証債務や物的な負担からの解放を積極的に主張することはできないということになるのではないか。その点につき従来と異なる考え方を採るのであれば,どうしてそのような考え方を採るのかを明確にする必要があるのではないか,ということでございました。   それから,国際的なルールという話が出ましたが,外国でも例えばドイツなどでは,従来から,被担保債権が消滅しても物的な担保についてはなおその影響を受けないという考え方が採られていたようですので,その限りで履行拒絶権構成をとっても不都合はないといえるのかもしれません。しかし,日本では附従性の考え方が採られ,債権が消滅すると,それを保証する保証債務や物的な担保等についても消滅するという考え方が採られてきたと思いますので,その従来の日本における考え方を前提として,あえて履行拒絶権構成を採ることに不都合はないのかが検討されるべきだと思い,それが先ほどの発言の趣旨でございました。 ○深山幹事 先ほど質問させていただいたところは,山野目先生や内田先生の御説明でそれなりに理解しました。質問した趣旨も,必ずしも不確定効果説といいますか,従来の議論と履行拒絶権が対立する考え方ではないような気がしたので,あえて聴かせていただいたものです。その意味では,ミニマムのところを御説明いただいたので,非常に理解できました。その上で,そうなるとあと私も気になるのは,松本先生と同じで,保証人と物上保証人のところです。これは必ずしも結び付かないということであれば,仮に履行拒絶権という考え方を何らかの意味でその条文に反映させるとしても,それはそれとして,保証人,物上保証人が,言葉はともかく,援用できるような手当てをすべきだろうと考えます。検討委員会の議論の中でも,最初はもっと保証人等の保護に薄かったところ,拒絶するかどうかの催告を求める権利を付与するというのが後から付け加わったと私は理解しているのですが,それでも不十分な気がいたします。先ほど松本先生が言われたように,例えば本人の履行拒絶権を援用できるといった形で保護を図る必要があるのではないかと思います。 ○奈須野関係官 先ほどから御議論になっている履行拒絶権を位置付けることの当否について,中小企業の側からは,先ほど松本先生からも御指摘があったような保証人等の負担が増加するということになって,特に中小企業にとって資金を融通することが困難になることが懸念されるなど,予期しないことが発生するのではないかという懸念の声が寄せられております。   それから,会計上の処理の問題で,内田先生からは,ヨーロッパでも国際会計基準,国際財務情報開示基準の議論がされているということで,日本でもできるのではないかという御指摘がございましたけれども,そもそも日本におきましては,確定決算主義という考え方で会計情報を開示していくということになっていて,そこがイギリスなどを中心として行われているフェアマーケットバリューというIFRS型の会計基準とはそもそも考え方が違うということで,そのことは,日本産業が製造業を中心に生きているということとの関係で確定決算主義のような理解をすることが実態に即しているから,このようなことになっているわけであります。したがって,時効を履行拒絶権として位置付けた場合の会計処理のやり方が日本の産業実態に即したものになるかどうかということについては更に検討が必要だということで,そうであるとすると,あえてここでこのような構成を採るということにどの程度の実益があるのかについて,慎重な見極めが必要ではないかと考えております。 ○鎌田部会長 議論の対立点は明らかになってきたと考えますので,その点を更に明確にするような形で検討させていただきたいと思います。まだ時効に関連しては,「5 形成権の期間制限」及び「6 その他」が残っておりますので,こちらについての御意見も頂きます。 ○岡田委員 消費者法で,クーリングオフ制度というのがあります。消費者にとっては最も強い味方となる権利です。これは,告知した日を含めて8日間とか20日間となっているのですが,書面が渡されていないとか,渡された書面に不備があるといった場合に,ではいつまでクーリングオフできるかというのが消費者センターでは悩ましい問題です。消費者センターとしては,極力消費者を救済しようと思うものですから,結構頑張って事業者と交渉しますが今回形成権ということで,ほかの形成権と同じ形で期限を決められてしまうというのは大変困ります。本来であれば,事業者がきちんとした書面を渡していれば済む問題ですし,事業者に法律違反があるにも関わらず,形成権であるとのことだけで決められることには納得できません。 ○鎌田部会長 ほかに御意見はいかがでしょうか。もし特に御意見がないようでしたら,残り時間も少ないですけれども,「代理」に入らせていただきたいと考えています。 ○岡委員 弁護士会は,「形成権の期間制限」のところで,形成権の中身に極めていろいろなものがありますので,個別規定の整理でやるべきではないかといった意見が,東京,横浜,札幌から出ております。大阪とか日弁連の消費者委員会は,一般的な規定を置くのに親和性を持っているようですが,何となくいろいろなものがある中で一般的な規定を本当に置けるのかという不安を各地の弁護士会が持っているようでございます。 ○鎌田部会長 それでは,大変恐縮ですけれども,残り時間で「代理」を全部議論することは到底不可能でございますので,「第3 代理」のうちの「1 総論」及び「2 有権代理」,部会資料13−1の11ページから14ページまでについて,御審議を頂ければと思います。事務当局から説明をしてもらいます。 ○川嶋関係官 それでは,「第3 代理」の2以降に掲げました個別論点について御説明いたします。   2の「有権代理」では,(1)から(7)までの7つの論点を掲げました。このうち,(1)と(2)は代理行為の瑕疵に関する民法第101条について,(4)は代理権の範囲に関する民法第103条について,(5)は任意代理人による復代理人の選任に関する民法第104条について,それぞれ有力に主張されている見解に基づいて条文を明確化すること等の当否について御議論いただくものです。(3)は,代理人の行為能力に関する民法第102条について,制限行為能力者を保護するための法定代理人に他の制限行為能力者が就任した場合には,本人の保護という法定代理制度の目的が達成されない可能性があるという問題が指摘されていることから,この点について御議論いただくものです。(6)は自己契約及び双方代理の禁止を定める民法第108条について,利益相反行為一般を原則として禁止する規定に改めることの当否を,(7)は代理権の濫用について規定を新設することの当否及びその内容をそれぞれ御議論いただくものです。利益相反行為及び代理権の濫用の効果をめぐる議論についても,それぞれ関連論点に掲げましたので,御意見を頂けましたらと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。まず「1 総論」で,代理についての規定の見直しの検討の方向性について御意見を伺い,その後,各論に入るべきところでございますが,残り時間が少ないので,「1 総論」及び「2 有権代理」,ここも項目が多くて大変恐縮でございますが,全部一括して御意見をお出しいただければと思います。 ○藤本関係官 2の(6)の「利益相反行為(民法第108条)」にちょっと飛んでしまってよろしいですか。自己契約や双方代理の禁止に加えて,本人と代理人との利益が相反する行為に係る規律ということでございます。例えば,株式会社と取締役との利益相反行為などの立法例は存在するところでございます。ただ,これらは当事者とか場面が限定されているものでございます。一方,代理というのは,金融取引を含め,経済取引において広範に利用されている制度で,その場面,内容は多様であって,本人と代理人の関係も多様です。そういう多様性のある文脈で,利益が相反する代理行為の無効を主張できるという,やや抽象的な規律では思いもよらない波及がある可能性があるのではないか。   他法の話になるんですが,金融商品取引法や銀行法などの金融法制で利益相反に係る規律ということについて,代理人の場面に限らず取り組んできたところでございます。そこでは,行為を類型化したり,あるいは金融機関等の体制整備を規律する手法を採っているというところでございます。いずれにしても,株式会社と取締役との利益相反行為などの立法例は存在するので,これを代理一般に広げてよいだろうということでは,思いもよらない影響が生じる可能性がありますので,よく検討する必要があるのではないかと思います。 ○西川関係官 (2)の「代理行為の瑕疵―例外(民法第101条第2項)」について,本人が代理人の行動をコントロールする可能性がある限り,適用範囲を拡張すべきということでございますけれども,この提案については,代理人を用いて営業活動をする事業者に対して,被害者の側が責任を追及しようとしたときに,「それは代理人が勝手にやったことです」といった感じで責任を逃れようとするということを封じるという意味で,消費者被害の救済の観点からも積極的に進めていくべき話だと考えております。   それから,(3)の「代理人の行為能力(民法第103条)」の件についてでございます。これは,昨今の高齢化社会という中では,いわゆる老老介護といいますか,年老いた親の介護を高齢の子供が介護をするといった状況も非常に多いという現在,法定代理人である子供のほうが制限行為能力者になってしまうということも多いのかなと思うところでございます。法定代理人については,公的機関による監督があるという指摘もありますけれども,正直,そういう公的機関による監督が十分に機能するということも必ずしも期待できない。そういう状況から考えると,ここの提案にありますように,代理人が制限行為能力者である場合については,いろいろな限定を掛けるといったことが望まれると考えている次第でございます。 ○奈須野関係官 同じく(6)の「利益相反行為(民法第108条)」ですけれども,一般的な商取引実務におきましては,利害関係が多様になっているので,どのような行為が利益相反行為に該当するのかということが一義的に明らかではないということで,かえってこのような仕組みをつくることで取引の安全を損なうことにならないかという懸念が寄せられております。確かに会社法上では,取締役の利益相反行為は禁止するということになっておりますけれども,取締役ですら利益相反行為の範囲の確定は容易ではないということで,その都度,疑わしい事案については取締役の承認を取り付けるということで,安全を確保しながらやっているということですので,そうでない代理人の利益相反行為一般が原則として禁止されるということになりますと,取引に萎縮的な効果をもたらす,あるいは逆に利益相反行為の概念自体の希釈化をもたらすのではないかと懸念しております。   また,商社では,売り先と買い先をつなぐということで,二当事者間あるいは三当事者間の間に入ることで利益を上げているということで,一方当事者だけのために活動しているわけではない。両方からコミッションを取るということもありましょうし,一方とはジョイントベンチャーを組んで一心同体となっていくけれども,もう一方とは単にコミッションだけを取っていく。このような様々な取引形態によって利益を上げているわけでございますので,代理人の利益相反行為を一般的に禁止するということは,そういった商社における様々なビジネスモデルの実現を阻害する結果になるのではないかと懸念しております。 ○山本(敬)幹事 利益相反行為について,私の理解しているところを少し述べたいと思います。まず前提として,これはしばしば誤解されていると思うのですが,この「代理」のところで問題とされているのは,代理の内部関係ではなくて,飽くまでも代理の外部関係です。つまり,代理人が代理行為をした場合に,その行為の効力が本人に生じるかどうかという問題だということを押さえておく必要があると思います。ここで「利益相反行為」と言われているものも,このような前提からおのずと制約されてくることになります。   例えば,利益相反行為として挙げられるもののうち,競合行為や情報利用行為といわれるものは,内部関係において忠実義務に違反する行為に当たるとしても,外部関係において代理行為の効力が本人に帰属するかどうかは,問題になりにくいと考えられます。   そうすると,ここで利益相反行為に当たると考えられるのは,まず,いわゆる間接取引に相当する行為です。例えば,代理人が本人を代理して,代理人自身ないしは代理人の利害関係のために,保証契約や物上保証契約などを締結する場合が,それに当たります。そのほか,例えば代理人の配偶者や代理人が経営している会社などのように,代理人と経済的基盤を同じくする者を相手方として,代理人が本人を代理して行う行為も,ここに含まれると考えられます。   今挙げたような行為は,現在の108条ではカバーされていません。現行法の下では,仮にカバーしようとすると,108条を類推するか,あるいは代理権の濫用ととらえるしかありません。しかし,行為の実質を考えれば,108条に準ずる形で扱うべきだろうと考えられますので,新たに108条を修正して,これらを含める方向で利益相反行為一般に広げる必要と理由があると思います。   実際,後見人に関しては,すでに利益相反行為という形で現行民法でも規定されているところです。いずれにしても,先ほど申し上げたように,代理の外部関係という制約があることを正確に理解していれば,おっしゃるような弊害は生じないのではないかと思います。 ○道垣内幹事 まず利益相反行為について一言申しますと,利益相反行為という概念自体は,悪いことをしているという意味を含んでいないだろうと思うのです。つまり,利益相反行為というときに,実際になされたことが誰の利益を図ることになっているかどうかは分からないけれども,このような形式になっているときには一定の危険性があるから駄目であるという形で規定しているわけです。108条は私は正にその形式だと思うわけで,相手方の代理人,当事者双方の代理人となっても,両方の利益を図って,実質的には妥当な代理行為をするということはある。しかしながら,それは一方の利益を図ったりする可能性があるので,類型的に禁止されるという話だと思います。それに対して,それ以外のところの規律というものは,(6)と(7)は続いているわけですけれども,どちらかといえば(7)に近い,一方の利益を図っているという場合になるわけであって,それが外部的には代理権の濫用という形で処理するし,内部的には忠実義務違反とか,委任契約の趣旨との関係でそのようなことになる。したがって,(6)に書かれていることの実質的内容は私は構わないと思うのですけれども,それを利益相反行為の108条を拡大して処理していくという形では,扱うべきではないのではないか。自己契約とか相当代理というものは形式として許されない話なのであって,次に実質として許されない場合というのは,また別の論理で規律されるべきものではないかという気がいたします。奈須野さんがおっしゃった,利益相反行為にまた実質的なことを入れていくと利益相反行為の概念自体が希釈化するということは正にそのとおりであって,実質的にはどうであれ,形式的に許されないというところはひとまずはっきりさせるべきではないかという気がします。   もう一点だけ。(3)の「代理人の行為能力(民法第102条)」の話なのです。今回の検討事項におきましては,法定代理人についてどうするかという話が書かれているわけですが,一般的に102条というのは合理性があるんですかね。つまり,102条があるから本人行為説だなどといった話があったりするわけですけれども,現実問題として,本人が選んでいるのだから自由ではないかと言えばそれまでですが,代理人は行為能力者であることを要しないということを真正面から,そのとおりだということで書くようなものなのかというのが,私にはそもそものところで疑問で,法定代理人だけの問題ではないのではないかなという気がするということは一言申し上げておきたいと思います。 ○藤本関係官 全然違う話になるのですが,山本敬三幹事の御指摘で,代理のところは外部関係を規律しているもので,内部関係は委任のところで規定されるという御指摘がありました。それをものすごく重くとらえると,実は金融関係法律において「媒介,取次ぎ又は代理」とか,「代理又は媒介」というように並べて規定しているようなものがあります。我々は外部と内部を並べているつもりはありません。委任のところあるいは間接代理のところで持ち出すことかもしれませんが,どこまで外部関係とか内部関係だというのを強調するのかというのは,検討すべき点だと思います。 ○中田委員 今の点と関係するのですけれども,私も,先ほど山本敬三幹事がおっしゃいましたように,内部と外部とを分けて整理するのがいいのではないかと思っております。それとの関連で,2の(5)の「任意代理人による復代理人の選任(民法第104条)」というところですけれども,これも同じことでして,任意代理人と復代理人との間の内部関係の問題,それから相手方との外部関係の問題がある。外部関係は代理の問題だけれども,内部関係については,例えば自己執行義務をどの範囲で認めるのか,これは例えば委任契約においてはどうか,という問題になるのではないかと思います。このように一応分けて考えるわけですが,しかし,復代理人の選任と復受任者の選任とが余りにもずれていると,それはやはり適当ではないでしょうから,これはできるだけ調整するように考えたほうがいいと思います。ですから,(5)について申しますと,各種の契約において,例えば委任ですと復受任者をどういう要件の下で選任できるのかということを検討する際に,もう一度検討する必要があると思いますが,現時点では,(5)で提示されている,「代理人に自ら代理権に係る行為をすることを期待するのが相当でないとき」というのは,それ自体支持できると思いますし,委任の規律においてもこのあたりでいいのではないかと思います。   それからもう一つ,別のことです。2の(3)の「代理人の行為能力(民法第102条)」のところで,先ほど道垣内幹事から根本的な問題を御提起いただきましたが,それはそれとしまして,仮に制限行為能力者が法定代理人になった場合に代理権の範囲を限定するということになると,その限定された範囲について,本人が有効に行為するにはどのようにするのかという手当てを考えておく必要があるのではないかと思います。 ○深山幹事 (5)の復代理人の選任のところなんですけれども,この自己執行義務を緩やかに考えるというのは,信託法の改正のときにもそういう議論がなされて,自己執行義務にとらわれないで,受任者の判断で選任できる,ましてや選任を制限しているような信託行為があっても,やむを得ない事由があるときには選任できるというところまで踏み込んでいるのは御案内のとおりです。あれはあれで,信託目的という大きな枠がある中での話なのでよろしいと思うんですが,今の資料の作り方ですと,そこまでは踏み込んでいないんですが,ちょっとそこに危惧を感じるところがあります。というのは,民法レベルで考えると,いろいろな委任契約があって,いろいろな委任関係があるので,確かに合理的に,代理人本人がやらなくてもいい場合,あるいは本人がやるよりももっとふさわしい人がいる場合というのがいろいろあり得るとは思うんですが,それはいろいろなケースがあるうちの一つであって,常にそうとも言えない。そうなると,結局は個々の委任契約というか,代理権設定契約の中で,本人が代理人に対してどこまで代理権限を与えたのかという,通常の契約の意思解釈の問題となります。復代理人の点まで明示していなくても,黙示的にであれ,あるいは委任なり代理権設定の趣旨に照らして,復代理容認の余地があるときにはそれを認めるということ自体は結構なんですが,余りそういう限定を付けないで,原則として復代理人の選任が非常に緩やかにできるということになると,これはこれで暴走してしまうといいますか,本人の意思に反して代理人が選任されてしまうというリスクが出てくるのではないか。そこは少し慎重な条文のつくり方をする必要があるのではないかなという気がいたします。 ○高須幹事 (7)の「代理権の濫用」のところでございますが,従前,濫用に関しては,直接の規定がなくて,93条ただし書類推適用などで処理していたところでございますので,その規定を設けるということには賛成でございます。ただ,その場合の要件の問題なのですが,今回の資料でも,相手方の認識について,「悪意又は重過失のある場合に限って,代理行為の効果が本人に帰属することを主張することが許されない」という見解もあるという形で,いわゆる悪意・重過失説というのが指摘されているわけですが,従前は93条ただし書で判例上はやってきておりまして,善意・無過失という形で処理してきて,必ずしもそれで取引の安全が害されているかというと,そうでもないといった認識を持っております。   それからもう一点は,日々接していると,代理人に裏切られるという人は結構いてというのはちょっと言い過ぎかもしれませんが,かわいそうだなという人は結構いまして,代理人が権限を濫用した場合,これはもちろん本人,代理人側の事情であり,取引の安全を図らなければなりませんというのはそうなんですが,本人側にとっても結構気の毒だなという印象があります。つまり,帰責事由は本人側にはそれほど大きくないのではないかという気がしておりますので,善意・無過失というところでバランスを取ってもいいのではないかと思っております。   併せて第三者保護規定が必要なのも当然だと思っておりますが,その場合の第三者保護規定も,従前は94条2項類推ということで,善意のみという理解がされがちですが,ここも,転得者で保護されるべき第三者は善意・無過失の第三者といった形で調整を図っていくべきではないかと,以上のように考えております。 ○山本(敬)幹事 利益相反行為と代理権の濫用について,先ほど申し上げられなかったことをまとめて申し上げさせていただきたいと思います。   先ほど,利益相反行為に関しては,代理の外部関係が問題となっていることから,問題となる場面が限定されるということを申し上げましたが,そのように限定された場面で,この利益相反行為が,代理権に従って代理行為が行われたけれども,代理人が本人に対して負う内部的な義務に違反している場合に当たることは,否定されないと思います。そして,その意味では,この利益相反行為と代理権の濫用は共通した側面を持っていると思います。つまり,どちらも,本人と代理人の間の内部的な義務違反によって代理行為が行われた場合だとみることができます。そうしますと,これは関連論点の「利益相反行為の効果」や「代理権濫用の効果」の問題なのですが,原則として代理行為の効果は本人に帰属するけれども,本人が,そうした内部的な義務に違反して代理権が行使されたことを理由に,その代理行為の効果は自分には帰属しないという主張を認める。その意味で,無権代理ではなく,効果不帰属の主張を認めるという構成が,このような状況には適合的だろうと考えられます。   その上で,高須幹事が御指摘された相手方の信頼保護要件についてですが,まず代理権濫用のほうから言いますと,詳細版の89ページにありますように,判例は,心裡留保に関する93条ただし書を類推適用しています。私もこの考え方を基礎としてよいと思いますが,前々回に意思表示に関する規定を検討した際に,93条については非真意表示と狭義の心裡留保を区別するという考え方が示されていましたし,私もそうすべきだと考えています。これによりますと,前提になっている93条の意味が変わってきますので,代理権濫用についても違いが出てくることになると考えられます。といいますのは,代理権濫用の場合は,相手方から見れば,代理人は本人側に属する者であって,そのような本人側に属する者が背信的な意図を隠して代理行為を行っていることになります。これは,心裡留保の区別で言いますと,狭義の心裡留保,つまり表意者が真意を有するものと相手方に誤信させるために,表意者が真意でないことを秘匿して行う場合に対応します。そこで,この場合は,本人がその効果の不帰属を主張するためには,代理人が代理権濫用しただけではなくて,相手方がそのことを知っていた,つまり悪意が要求されることになると思います。   ただ,今も御指摘がありましたように,代理権濫用の場合は,背信的行為をしているのは代理人自身あって,本人自身ではありません。そこが,本来の狭義の心裡留保と違うところでして,このような一種の被害者でもある本人との関係では,少なくとも濫用の事実について相手方が善意であっても,重大な過失がある場合には,相手方は保護を受けられなくなっても仕方がないと考えられます。つまり,心裡留保の類推で考えるとしても,結論として,相手方に悪意又は重大な過失があるときは,本人は効果不帰属を主張できると考えられます。   ただ,その上でも,法定代理についてはなお検討の余地が残っているということだけは指摘しておきたいと思います。   問題は,次の利益相反行為の場合です。これは,後見人に関する問題について判例・通説等が言っているところですが,利益相反行為があったかどうかは,行為の外形から定型的・客観的に判断されるべきものとされています。この場合の相手方は,それが忠実義務に違反する行為であることを知っているか,少なくとも,知らなかったとしても重大な過失があると考えられます。そこで,利益相反行為については,証明責任の転換を認めて,相手方のほうが善意であり,重大な過失がないことを主張・立証したときに,効果不帰属の主張を阻却できるとしてはどうかと考えられます。 ○岡委員 高須先生の補足ですが,代理権の濫用と利益相反行為の効果のところにつきまして,弁護士会の意見は真っ二つに分かれている現状でございます。悪意・重過失説でいいという有力単位会もありますが,高須さんがおっしゃったように,従前の無過失でそう問題は生じていないと。悪意・重過失のように取引の安全をそこまで広げなくていいのではないかと。代理人と本人が同一サイドというのは分かるけれども,本人と代理人の関係もいろいろありますので,一律広げる,悪意・重過失にすることはいかがなものかという意見もかなり強くございます。それから,利益相反行為のところにつきましても,効果不帰属という新しい概念について,それでいいのではないかという説も強くございますが,従来の無権代理で表見代理で救う,そちらのほうが柔軟でよいのではないかという意見もかなり強くございます。   最後に1点だけですが,任意代理人による復代理人の選任のところで,自己執行を期待するのが相当でない場合,これは,この「期待」という言葉について,新しい言葉で,岡田さんも先ほどおっしゃいましたけれども,だれが期待するのか,契約相手方の期待を表現しているのか,判断する裁判官がそれを期待するのか否か,少し分かりにくい言葉で,弁護士会としては抵抗感を持つ人がかなりいるということを御報告しておきます。 ○潮見幹事 もう時間が来ているところで,次回休みますので,今最後におっしゃられた復代理のところについて意見を述べます。岡委員がおっしゃられた期待というのは,先ほどのお話にも出ていたように,これは契約あるいは契約の趣旨に照らしての期待という形でとらえればいいのではないでしょうか。   それからもう一つ,先ほど深山幹事がおっしゃられたところにかかわるのですが,自己執行義務の関係で意見を申し上げさせていただきたいと思います。債務の履行補助の場合と違って,この復代理の場合には,復代理人のやった法律行為の効果が本人に帰属するという面も持ち合わせますので,もちろん「やむを得ない事由」という言葉自体が狭過ぎるというのはそのとおりだと思いますけれども,しかし,この場面では基本的に自己執行義務があるという前提で枠組みを立てていったほうがよろしいのではないかと思い,発言させていただきました。 ○岡委員 契約の趣旨から期待の中身を判断するのは分かるのですが,契約の相手方ですか,裁判官ではなくて。「自己執行を期待するのが相当でない」,この期待する主体はだれかという問題意識があるのですが,契約の相手方,これで言えば本人が期待するのがうんぬんということなのか,それともそれとは離れて,契約の趣旨から裁判官が期待するかどうかを判断することになるのか。 ○鎌田部会長 客観的にみてどうなるのかということだろうと思いますが……。 ○岡委員 余り伝わらないみたいですね,問題意識が。 ○鎌田部会長 その点も含めて,また検討させていただくようにしたいと思います。一つだけ,つまらないことを聴いて恐縮なんですが,代理権の濫用については従来どおりでいいという御意見なのですけれども,私は,理論上の争いのあることは承知しているのですが,裁判例の詳細を余りよく知らないので教えてほしいのですが,従来の判例で実際に軽過失の例というのはあるんですか。 ○高須幹事 私ですか。すみません。いきなり質問されて今ちょっと舞い上がっているんですが,今まで取り扱った中で,権限濫用といった形で問題になったケースで,過失が問題になって,それでその過失が軽過失だったということは経験したことはあるのですが,それが一般的かというと,ただ1回のことですので,余り数としてそうだということまでは申し上げられないかと思います。 ○鎌田部会長 大変中途半端な形になって誠に申し訳ございませんが,表見代理・無権代理については,どの回で扱うかは事務当局と相談させていただくということで,本日の審議は以上とさせていただきたいと思います。   最後に,次回の議事日程等について事務当局から説明をしてもらいます。 ○筒井幹事 次回の会議は,7月27日,来週の火曜日です。時間は午後1時から午後6時まで,場所は今回と同じ法務省20階第1会議室です。次回会議は予備日として,個別の検討事項で積み残しとなっているものを御審議いただく予定です。これまでの積み残し分を改めて確認させていただきますと,部会資料9−1,「債権譲渡」が含まれている回の「第3 債務引受」と「第4 契約上の地位の移転」が残っております。それから,部会資料10−1,これは「弁済」など債務の消滅を取り上げた回ですが,このうち「第4 免除及び混同」と「第5 決済手法の高度化・複雑化への民法上の対応の要否」と題する項目が残っております。これに加えて,本日の最後に取り上げました部会資料13−1の「代理」の一部が残っております。次回会議での審議の順番は,改めて考えますが,基本的にこれらの項目について御議論いただくことにさせていただきたいと思います。   それから,ここで平成23年1月以降の会議開催予定について説明いたします。来年1月以降の会議では,来年4月を目途に中間的な論点整理という一定の成果物の決定を行う必要がありますので,それに向けての日程の確保をお願いしたいと思います。具体的には,来年1月,2月,3月にそれぞれ2回ずつの会議日を確保するとともに,3月下旬に1回分の予備日を設けさせていただきたいと考えております。   来年1月以降はどのように議論を進めるのかという御質問があろうかと思いますが,基本的には,事務当局から中間的な論点整理のたたき台をお示しして議論していただくことを考えております。このたたき台の全体を一括して示すというのは,事務当局の準備との関係でなかなか難しいと思います。かといって,6回の会議に分けて6分割でお示しするというのも,バックアップの御準備をしていただくのに煩雑ではないかと思いますので,2回ないし3回に分けて,順次,できる限り早目にたたき台をお示しすることにさせていただきたいと考えております。 ○鎌田部会長 特に御質問等は。 ○中井委員 念のために。当初の審議の開始に当たって,弁護士会としては,2週間に一度というのはいささか期間が短過ぎるので,3週間に一度という形でお願いした経緯がありました。今回,4月には中間論点整理を公表するということで恐らくこのような日程を組まれたのかなと思うのです。ただ,その3週間という趣旨は,弁護士会としては,できるだけ事前に各単位会にこの検討資料を配布して,各単位会の意見を集約して,ここで少なくとも皆さんに意見として開示したいという気持ちがあり,またそれがここでの審議に資するだろうという判断の基だったわけです。したがって,弁護士会としては,3週間に一度ということでお願いしたいところですが,事務当局でこのような日程を提案されるとすれば,それはそれなりに尊重したいとは考えております。しかし,今申し上げたように,是非とも事前に各単位弁護士会で検討する時間を十分に与えていただきたい。前に御紹介したかと思いますけれども,弁護士会のほうでは,北は札幌から南は福岡まで,主要な単位会では一応検討チームができて,そこでそれなりの検討をした結果が持ち寄られています。それを考えますと,中間論点整理を3回ぐらいに分けて資料を頂けるということですし,これだけ先の日程が決まっていることもございますので,第1回目が1月11日だとすれば,その2週間前にはその1回分の検討資料が頂ける,2月8日であればその2週間前には2回目の検討資料が頂ける,このぐらいのスパンで御準備いただけないかということをこの場で是非ともお願い申し上げたいと思います。   併せて,4月のあるタイミングに中間論点整理を取りまとめて,これに対してパブリックコメントを御予定であろうかと思います。現在,これまで検討している部分も含めて,そのパブリックコメントに対する回答といいますか,コメントの準備を弁護士会でもしたいと思っているわけです。だとすると,そのパブリックコメントについての期間的なイメージであるとか,いつごろこれを開示して,いつごろを期限としてその回答を求めるのか。このあたりについても,今日でなくて結構ですが,できるだけ早急に一定のイメージを取りまとめて御提案いただけないかと思っておりますので,是非それも踏まえて進行を検討していただきたいと思います。 ○筒井幹事 事前準備との関係で資料の早期提示を求めるという御要望は,重く受け止めたいと思います。できる限り御要望に沿うよう,最善の努力をしたいと思います。それから,来年4月以降の日程等について,早目に事務当局の考えをまとめて提示するよう求めるという御要望についても,引き続き十分検討して,早目にお諮りするようにしたいと思っております。 ○新谷委員 日程についてですが,10月以降年内の予定が会場手配の関係で未定とお聴きしていました。この件はどうなったのでしょうか。 ○筒井幹事 その点についてはなお未定でして,引き続き複数の候補日を確保していただいている現状のままで,御協力いただきたいと思います。 ○鎌田部会長 よろしくお願いします。私の責任で今日もまた積み残しをつくってしまいましたことをお詫びします。積み残しが増えれば予備日にも部会を開催せざるを得ないということになっていきますので,なるべく進行に努力する所存でございますが,委員・幹事の皆さまにおかれましても,何とぞよろしく御協力のほどもお願いいたします。   本日の審議はこれにて終了とさせていただきます。本日は御熱心な御審議を賜りまして,誠にありがとうございました。 −了−