法制審議会民法(債権関係)部会           第13回会議 議事録 第1 日 時  平成22年7月27日(火) 自 午後1時00分                       至 午後5時40分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)                議     事 ○鎌田部会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会の第13回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   では,配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 今回は,新たな事前送付資料はありません。これまでの積み残し分を御審議いただく関係で,既に配布済みの部会資料13−1と2,部会資料9−1と2,それから,部会資料10−1と2を使わせていただきます。これらの資料の内容は,後ほど関係官の川嶋と松尾から順次説明いたします。   次に,本日は参考資料5−1,「譲渡禁止特約に関する質問予定事項」と題する書面を机上に置かせていただきました。これは実態調査に関するもので,本日の会議の最後のほうで改めて御説明いたします。 ○鎌田部会長 それでは,本日の審議に入ります。   本日は,部会資料13−1の「第3 代理」のうち「3 表見代理」以降,部会資料9−1のうち「第3 債務引受」及び「第4 契約上の地位の移転(譲渡)」,部会資料10−1のうち「第4 免除及び混同」及び「第5 決済手段の高度化・複雑化への民法上の対応の要否」について御審議いただく予定です。具体的な進行予定といたしましては,まず,部会資料13−1の「第3 代理」のうち「3 表見代理」以降を御審議いただくことを予定しております。その後,休憩を挟みまして部会資料9−1の「第3 債務引受」以降と,部会資料10−1の「第4 免除及び混同」以降を御審議いただきたいと思います。   それでは,まず,部会資料13−1の14ページから17ページまでの「3 表見代理」について御審議いただきます。事務当局に説明してもらいます。 ○川嶋関係官 前回の会議において「2 有権代理」まで御審議いただきましたので,「3 表見代理」から御説明させていただきます。「3 表見代理」は,現行民法の第109条,第110条及び第112条の見直しについて御審議いただくものです。   まず,「(1)代理権授与の表示による表見代理(民法第109条)」では,アからオまで五つの論点を掲げました。いずれも,判例ないし学説に基づいて条文を明確化すること等の当否について御議論いただくものですが,「ウ 白紙委任状」については,白紙委任状が交付されたという具体的な場面を取り上げて規定を新設することが提案されているところであり,また,ここでは,判例法理を一部変更する形での立法提案がされています。   次に,「(2)権限外の行為の表見代理(民法第110条)」では,アからウまでの三つの論点を掲げました。いずれも,判例ないし学説に基づいて条文を明確化すること等の当否について御議論いただくものです。   最後に,「(3)代理権消滅後の表見代理(民法第112条)」では,アからウまでの三つの論点を掲げました。いずれも,判例ないし学説に基づいて条文を明確化すること等の当否について御議論いただくものですが,「イ 「善意」の対象」については,判例法理とは異なる立法提案があるところです。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分のうち,まず,「(1)代理権授与の表示による表見代理(民法第109条)」について御意見をお伺いします。御自由に御発言ください。 ○能見委員 立法で解決すべきだという意見では必ずしもないんですけれども,前からちょっと気になっている点がありまして,それは民法109条の代理権授与表示の表見代理についてです。109条は,名義を他人に使わせたという場合にも,109条の適用なのか,類推適用なのか,はっきりしませんけれども,109条で解決されています。判例は,109条を適用するというのだと思いますが,109条が表見代理の規定だとすると,109条の適用によって本人の責任が生じるというのが109条を適用した場合の帰結だと思いますけれども,名義を他人が使うのを許したという場合には,名義を使っている人,すなわち無権代理人に相当する者にも実は取引の当事者であるという意識があることが多いのではないかと思います。商法ですと商法の14条に連帯責任にするという規定になっていますが,民法109条を適用しても連帯責任という結論が出てこないというわけではないと思いますけれども,この場合の名義使用者の意思表示は何であったか,顕名はあるのかとか,いろいろなことを考えると連帯責任というのが109条の適用の場合にすんなり出てくるのかどうか,ちょっと分からない点があるのではないかと思います。   先ほど最初に言いましたように立法で解決すべきだというわけではありませんけれども,今のような連帯責任にもなるということが適当だとすると,そのことを何らかの形で,常に連帯責任が適当というわけではありませんけれども,今のように他人が名義を使うのを許したというタイプでは連帯責任が適当だと思いますので,109条の責任の規定の仕方というのは,何か検討したほうがいいのではないかという気がしております。 ○山本(敬)幹事 「イ 代理権授与表示への意思表示規定の類推適用」について,少し意見を述べさせていただければと思います。部会資料でも示されていますように,現行法の下でも,意思表示に関する規定をこれに類推適用してよいと考えられていますが,特に明確化を要する部分は,積極的にその内容を明文化することを検討すべきだと思います。具体的には,部会資料13−1には錯誤に関する規律の類推について書かれていますが,それだけではなく,詳細版の93ページにありますように,心裡留保に関する規律の類推についても,同じように明文化を考える必要があると思います。   心裡留保については,前回の代理権濫用のところでも出てきたことですが,ここでも相手方を誤信させようとして真意でないことを隠して表示する,つまり狭義の心裡留保に当たるかどうかということが意味を持つと考えられます。つまり,そのような誤信させようとしたという事情がない限りは,現行法と同じように,相手方に過失があれば表見代理の成立を否定してもよいわけですけれども,代理権授与表示をした者が,その表示された代理権がないことを知りながら,その表示された代理権を与えたものと相手方を誤信させるために表示したときは,狭義の心裡留保と同じく,そのような表示をした側が,相手方に対して,本当は代理権がないことをあなたは知ることができたのにそれを怠ったという主張ができるとするのは,問題と言わざるを得ないと思います。この場合は,相手方に悪意がある場合に限って,表見代理の不成立といいますか,自分に対して代理行為の効力が生じないと主張できると考えられます。これは,そのように規定しませんとやはりはっきりしませんので,明文化を考えるべきではないかと思います。   同じように,代理権授与表示をした者が,その表示された代理権を与えていないことを知らずに表示した場合は,資料にもありますように,現行法の下でも,錯誤に関する規律を類推してよいと考えられます。このように代理権授与表示をした者がそのようなことをしたつもりがないという事態は,白紙委任状が交付される場合には,実際にしばしば生じる可能性があります。そこで,この場合も疑義が生じないようにするために,代理権授与表示をした者は,表見代理の不成立といいますか,代理行為の効力が自分に生じないと主張できる。ただし,これも錯誤の規律に準じて,代理権授与表示した者に重過失があるときには,その限りでないということを明文化すべきだと考えられます。 ○中田委員 先ほどの能見委員の御指摘との関連です。私も本人名義の使用許諾についての何らかの規定を置くことがよいと思いますし,恐らく詳細版の95ページで挙げられているのがそれに関することかと思います。ただ,ここで気になりますのは名義を使った者自身の責任を負わせるとすると,その責任の性質は何なのかということです。これはなかなか難しい問題であるように思います。取り分け117条の責任との関係をどう考えるのかということが検討課題ではないかと思います。 ○野村委員 109条について意見があります。平成16年改正で今のような見出しになったのですけれども,民法修正案理由書などによりますと,この規定は代理権を与える方式の一つというような受け止め方をしていまして,民法109条が問題となる事例には,実質的に代理権が与えられている場合といない場合との両方が具体的な例としては混在しているのではないかと思うのですね。そのことが先ほどの権限濫用とか錯誤というような議論とつながってくるのではないかと思いまして,現在のところ,立法的にどうすればいいのかというのは,なかなか思いつかないのですけれども,この条文で問題となるのは,必ずしも単純に表見代理だけではないというところを意識しないと,うまく議論が整理できないのではないかなと思いました。 ○深山幹事 白紙委任状のところでございますが,白紙委任状と呼ばれるものが実際に実務的に出回るときの状況というのは千差万別だと思います。つまり,まず,どの部分が白紙かという内容自体が様々です。委任事項であったり,受任者であったりということもありますし,白紙というのも全くの文字どおりの何も書いてないというものもあれば,部分的にとか,抽象的には書いてあるけれども完全ではないというもの等々,いろいろでございます。   それから,それが出回る状況,あるいは誰かに交付される状況も様々で,きちんと交付の意思を持って交付される場合もあれば,必ずしも本人の意思に基づかずに言わば流出するような場合,あるいはいったんはある人に対して交付する意思はあったけれども,その人から更に想定外の第三者に転得される場合等々,いろいろな場面があって,その結果,いろいろトラブルが起きるということが実務上,間々,経験するところでございます。その場合にどういう白紙委任状の発行者に責任を負わせるべきかというのは,これまた内容なり,状況に応じて千差万別で,常に負わせるべきとも,負わせるべきでないとも言えないということを考えますと,白紙委任状については推定規定であれ,基本的にこういうふうなものと推定すべきだとか,一定の規律を設けるというのは極めて困難,もっと言えばほとんど不可能ではないかと実務的には感じております。したがって,ここでルールを設けるというのは,事実上,難しいのではないかと申し上げたいと思います。 ○道垣内幹事 深山幹事がおっしゃったことと重なるんですが,若干,結論が異なります。と申しますのは,白紙委任状の問題につきましては判例法理も積み重なり,しかしながら,その判例法理にどれだけの合理性があるのかという問題や,あるいは理論的にどう説明できるのかという問題は結構難しくて,授業をやっていても説明がなかなか難しいところであります。しかしながら,なぜ判例法理が転輾流通を予定しているか,していないかなどの基準を立てて区別しているかというと,正に深山幹事のおっしゃったようにシチュエーションごとに何とか具体的な妥当な結論を導こうとしているからではないかと思います。   そうなりますと,白紙委任状型において考慮されるべき事柄というのは,109条一般の代理権授与の表示が行われた場合とは,やはり微妙に違うところを含んでいるのではないか。私は冒頭で深山幹事とは結論が違うと申したのですが,109条がまず原則形としてあって白紙委任状もそこに言う表示であるといって,109条の中に押し込んでしまうということになりますと,なかなか白紙委任状に関する個々具体的な妥当な結論というのは導きにくくなるのではないか,別類型として用意すべきではないか,と思うわけです。したがって,条文を置くということに関して私は積極なのですけれども,109条の特則であり,表示の一つであると単純に考えない形で置くほうが妥当なのではないかという気がしております。 ○岡本委員 法定代理への適用の可否のところについて申し上げます。夫婦間の日常家事代理権ですとか,あるいは公共法人の機関とか,これは法定代理としてくくるかどうかについて,問題があるのかもしれないですけれども,こういったものにつきましては,代理権を有すると誤信させるような名称の使用を放置していた場合とか,そういった代理権授与の表示があったのと同様の評価をしていいようなケースも存在し得ると思いますし,それから,本人の側の帰責性についても,これを認めることができる場合もあるかと思いますので,こういった類型のものにつきましては,民法109条の適用を認めてよいのではないかと考えております。民法110条,112条についても同様の意見でございます。 ○中井委員 白紙委任状に戻りますが,今回の代理のところの検討事項を見ていますと,代理に関して,判例で形成されてきたものを類型化して,それを条文化するという幾つかの提案がなされています。その一つ白紙委任状についても,現実に多くの裁判例があって,そこで様々な類型化が試みられて,その要件等が明らかにされつつある。そのことは,事実,そうだろうと思いますし,それ以降の部分についても,例えば本人と代理人の相続のところでも裁判例が積み重なり,一定の方向性,要件が明らかになっている。それらを取り上げて,条文化しようという試みがなされているように思われます。   このような試みについて,その方向性自体について,一度,よく検討していただきたいと思います。確かに例えば白紙委任状についても一つの項を設けてなのか,109条なのかという方法はあるのかもしれませんが,類型化して何らかの要件等を定めていくことのメリット,分かりやすさもありますし,それにより準則として一つの基準が打ち立てられることによって,紛争解決もスムーズに進むというメリットもあるのかもしれません。しかし,白紙委任状一つをとっても,先ほど深山幹事からありましたように,実務にいますと本当に様々な紛争類型があり,それについてあえて処理基準を設けることがより紛争解決にとって好ましいのか,それともある程度包括的なところでとどめて,一般的規定の中で処理するのが好ましいのか,その点はよく検討いただけないか。   また,白紙委任状という極めて特殊な具体的場面についての規定が民法の中にあるということについて,素朴な違和感があります。また,先ほども言いました本人と代理人の相続の問題についても,それを特段に類型化して民法上,規定することについての違和感に通じるところがあり,どこまでのことを民法に規定するのかという視点で,検討すべきではないかと思います。 ○鹿野幹事 本人名義の使用許諾について,一言,申し上げたいと思います。先ほど野村委員が御指摘になったところと一部重なるのではないかと思いますが,代理の場合と本人名義の使用許諾の場合とでは信頼の対象に,違いもあるのではないかと思います。   代理の場合は,代理権に対する信頼が問題となるのであって,つまり相手方が,その行為者の代理権の存在を信じ,本人に効果が帰属すると信じていたときに,その信頼を保護しようとする制度が表見代理制度なのだろうと思いますが,本人名義の使用許諾の場合においては,一概にそれと同じとは言えないように思われるのです。行為者が法律行為をなす際に他人の名義を用い,相手方がその告げられたことを信じて法律行為をなしたという場合の中でも,相手方にとって,その名義こそが非常に重要であり,その名義,特にその名義の信用力を正に信頼したという場合と,そうではなくて,相手方にとって,その名義の重要性は低く,むしろ目の前で交渉等を行ってきた行為者を法律行為の相手と信じていたのであるが,ただ,その行為者の名前を誤って認識していたにすぎない,という場合もあるのだろうと思います。ここで表見代理と同様の保護を与える必要があるというのは前者,つまり,名義が重要性を持っていて,相手方がその名義人と取引したこと,つまり名義人に対して請求をなし得ることこそを信頼したという場合なのだろうと思いますが,本人名義の使用許諾について表見代理に準じた規定を明文で設けるとした場合,この点を意識して主観的な要件を設ける必要があるのではないかと思います。   それから,もう一つ,能見委員がおっしゃった点についてですが,この場合において相手方の信頼が保護されるべきときの効果は,必ずしも直ちに理屈の上で連帯責任ということにはならないのではないかと私も思います。もし,結論的に連帯責任とする規定を置くとしても,どういう理屈でそうなるのかということを整理した上で規定を置く必要があると思います。 ○能見委員 ちょっと私も今の点にも関連しますが,先ほどの発言を補足しておきたいと思います。ただ,その前に指摘しておく必要があるのは,109条がカバーしている範囲というのは非常に広くて,そこにはいろいろなタイプがあって,必ずしも表見代理ということでまとめるのがいいかどうかは,ちょっと問題があるんだと思います。   それを前提とした上で先ほど挙げた例ですが,皆さん,よく御承知の東京地裁厚生部事件というのがありますが,あの事件における東京地裁の厚生部は東京地裁の一部をなすものではなく,東京地裁とは別の団体ですが,自分は取引の当事者ではないと思っていたわけではなくて,むしろ,自分は取引の当事者であると考えていたのだと思います。ただ,たまたま東京地裁という名前が使われており,東京地裁もそのことを放置していたことに責任があるというので,東京地裁が民法109条で代理権授与行為の表示をした本人として責任を負わされたという事件だったと思いますが,このように他人の名義を使っている人は別に名義の本人に責任を押し付けるつもりは全くなくて,自分こそが契約の当事者だと思っていることが多いのです。ただ,相手方は行為者の名前を見て背後にいるといいますか,その名前で表示される本人の責任を問いたいという場合があって,これを保護するかどうかが109条を使って解決されています。   こういう場合には,先ほど中田さんは117条の責任かどうかが問題だとおっしゃいましたけれども,私の例でいうと他人の名前を使った人は,別に無権代理人としての責任を負うわけではなくて,正に行為の当事者としての責任を負うので,むしろ名前を使われた者が行為者と共に責任を負うかどうかが問題となるのです。こういうのを果たして表見代理というのかどうか,理論的には重要な問題があります。今までの判例は109条でそこまでカバーしておりますので,あえて,それを外に出すという必要はないのかもしれませんけれども,連帯責任を負わせるかとか,いろいろなる問題があるし,商法ではそういう名義の使用を許した者についての規定が別にありますので,それと平仄を合わせて民法でも連帯責任を可能とするような規定があってもいいのではないかと思います。 ○村上委員 白紙委任状について幾つか問題点を指摘したいと思います。まず,白紙委任状といいましてもいろいろなものが考えられますが,どこまでのことが書いてあれば規定しようとする白紙委任状に該当するのかという問題があります。この問題には,対象とする白紙委任状を明確に規定できるかという問題も含まれると思われます。それから,白紙委任状の場合,文書の成立の真正が認められるかどうかという問題との関係を整理しておく必要があると思われます。また,白紙委任状の場合に代理権授与の表示を推定するという規定を新設すべきだという考え方が提示されておりますけれども,そういう推定をする基礎となるような経験則があるのか疑問がないとはいえません。白紙委任状に関する規定を設けることにはそれなりにメリットもあるとは思いますけれども,白紙委任状の利用に対するインセンティブを与える,奨励するというような結果になり,それが委任者側の予想を超えて代理人側に悪用される危険を生じさせないか,そのような危険が生じることも踏まえても白紙委任状の利用を奨励することが望ましいかという観点も,検討しておくほうがいいのではないだろうかと思います。 ○神作幹事 再び戻って恐縮でございますけれども,自己の商号の使用を他人に許諾した場合の責任に関する商法14条の規定につきまして,平成17年の会社法改正の際に条文の修正がございまして,改正前法では,「自己の氏,氏名」の使用を許諾する場合が文言上含まれていたのですが,「氏」および「氏名」が削除され,その結果現行商法14条は自己の商号の使用を許諾した場合に限定された規定振りになっております。商法14条が直接適用される範囲は,少なくとも文言上は,従前に比べると狭くなっておりますので,それがここでの議論にどのような影響を与えるのかということについては,いろいろと議論の余地はあろうかと思いますけれども,そのような商法改正が行われたということを申し上げます。したがって,詳細版の資料の96ページに挙げられている最高裁昭和35年10月21日の判例は,民法109条と商法23条を準用して,それらの法理に照らして判断しているわけですけれども,名称の使用に限っては,現在では商法14条を挙げることは難しいものと思われます。準用することは必ずしも容易ではない,もちろん,商法14条により自己の氏名の使用許諾の場合もカバーされると解釈する余地はあり得ると思いますけれども,そのような事情がございますので,一言,申し上げさせていただきました。 ○岡委員 弁護士会の議論を御紹介したいと思います。   最初の,法定代理への適用の可否につきましては,先ほど岡本さんがおっしゃったように,法定代理で適用される場合は少ないだろうけれども,全くなしと規定するのは問題があるのではないか,反対であるという意見です。例外的であっても,日常家事代理でありますとか,92ページの上に書いてあるようなものがあり得ますので,法律で,今,完全に封ずるということには危惧感を示す弁護士が多くございました。   二番目の意思表示規定の類推適用についてでございますが,中身に異論を唱える者はそう多くなかったんですが,こんなところまで民法に規定するのかと。先ほど中井さんが言いましたけれども,特に今回,どこまで民法,法律に規定をするんだと,そのような議論をしなければいけないねという問題意識の下に,こういうところまで法律に書いていく必要はないのではないかという消極説が多くございました。   白紙委任状につきましては,先ほど深山さん,中井さんが言ったように,これは中身的な問題で無理ではないか,いい規定は難しいのではないかという意見が多くございました。   本人名義の使用許諾については,今日,出たような細かい議論は余りしませんでしたけれども,ここは賛成意見が,実務的にあったほうがいいのではないかという意見が多くございました。   最後の110条との重畳適用のところでございますが,ここも中身について反対する者は,そう多くはいませんでしたけれども,こんな重畳適用まで条文に書くのという意味で,法律に明文化の必要はないのではないかという意見が多かったです。では,民法というのは何なのだという議論をしなければいけないねと話しています。 ○野村委員 法定代理について表見代理の規定を適用するという御意見が岡本委員からも,今,岡委員からも出ましたけれども,日常家事債務について夫婦の連帯責任を認めた民法761条に関する最高裁の判決は,結局,日常家事の範囲に入っていると思うことが正当かどうかということが問題になるので,あえて日常家事代理権を基本代理権として,それに110条を適用すると言わなくても,761条に110条の趣旨を類推するということで,これが判例の理論だと思うのです。多くの場合に,法定代理の場合には代理権の範囲というのは法律の規定で決まっていて,仮に110条を適用するといっても,やはり法定代理の範囲内に入っていると,相手が過失なく信頼したということがおそらく必要になるのだろうと思うのですね。そうすると,わざわざ法定代理に110条を適用するといっても余り意味がないのではないか。むしろ,今の判例理論のような類推適用というような解釈論のレベルでとどまっていれば,十分ではないかなと思います。 ○中田委員 既に110条に入ってしまっているんですけれども,法定代理との関係で申しますと,公法人の機関の問題があると思います。例えば市町村長の行為が議会の承認を必要とするという場合に,承認があったと善意無過失で信じた第三者の保護は引き続き必要ではないかと思います。その問題と法定代理に110条の適用があるかというのはちょっと次元が違いますので,それを区別して論じる必要があると思います。今,挙げた例については,やはり110条の適用ないし類推適用があってよいと思います。 ○鎌田部会長 109条関連でほかに。 ○中井委員 先ほどの法定代理の関係の弁護士会の意見紹介ですけれども,いずれも検討事項は,条文上,適用されないことを明確にすべきかという提案ですが,これに対しては,条文上,明確にするまでもないということであって,適用されることを明確にしてくださいというわけではありません。 ○鎌田部会長 109条関連はよろしいですか。   もしよろしければ,続きまして「(2)権限外の行為の表見代理」について御意見をお伺いいたします。 ○奈須野関係官 表見代理の法定代理への適用の可否について,これまで何人かの方が御指摘されているとおり,現状では特段の問題を感じていないので,適用を認めないということを民法に書くということについては,消極的な意見がございました。その例示として,自治体の長などの公法人の行為について,どのように考えるべきかが少し難しくなるのではないかという御意見がございました。   それから,ウ,代理人の相手方が代理人の権限があると信じたことについての「正当な理由」について,考慮要素をできるだけ明文化するのは,確かに分かりやすい民法をつくるという意味では,非常に意欲的なことだと思いますけれども,逆に明文化されることにより,こうしないと認められないんだと転倒して理解されると問題があるということでございます。すなわち,事業者間の取引において,社内の意思決定規程は社外からは分からないので,そのようなことについて調査・確認をせよというように誤って理解されますと,取引についての萎縮効果があるということで,その点は考慮を頂きたいという意見がございました。 ○岡委員 110条の関連でございますが,まず,アの法定代理については先ほどと同じように明文で禁止する必要はないのではないかという意見でございます。   代理人の権限のところでございますが,事実行為を含むことについては,それほど中身的には異論はないんですが,今の表現の「権限」の解釈で賄ったほうが柔軟になるのではないか,条文上,明確にする必要はないという意見の方が多くございました。   最後の「正当な理由」のところですが,これは意見が分かれました。善意無過失という表現にして109条,112条とそろえたほうがいいのではないかという意見もかなり有力でございました。他方,「正当な理由」という総合判断に適するような文言で判断要素を明文化するというのが,分かりやすくてよいという意見も強くございました。それならば,109条,112条も正当な理由という言葉に替えたほうがすっきりするのではないかというような意見もあった中で,なぜ110条だけが正当な理由で,109条,112条が善意無過失という条文になっているのか,その違いを勉強しなければいけないという話になりました。この点,学者の先生から教えていただければ幸いでございます。 ○道垣内幹事 110条のような類型について,無過失であることはあり得ないというのが梅先生の説明です。 ○岡委員 110条だと,相手方が無過失というのはあり得ないのですか? ○道垣内幹事 つまり,代理人と法律行為をなす者は必ずその権限を調査し,しかる後に,法律行為をなすことが求められる。代理権踰越の場合の相手方は,その意味で,調査をしなかったという過失があるが,たとえば,代理人が,従来,同種の法律行為をしたときに,本人から履行が拒まれるといった事態がなかった場合には,代理人がそういった権限を有すると相手方が考えても無理がないといえる。そこで,こういった場合を救うために,「正当な理由」という言葉を用いて,一定の場合,相手方を保護しようとしたのである。こういうわけです。まあ,私の責任ではありませんから,文句があれば,梅謙次郎先生に。 ○高須幹事 今の御説明を伺っておりまして,そこの正当理由のところが,109条,112条と区別できるということであれば,やはり,善意無過失というよりは総合判断説的な理解で,より広くいろいろな事情を取り込めるというほうが説得力があるのではないかと思います。実際,今までの判例などでも,ここに関してはかなりいろいろな事情を拾っておったのではないかという気もしておりますものですから,よりそのほうが明確というか,分かりやすくなるのではないかと思いました。 ○鎌田部会長 よろしければ,続けて「(3)代理権消滅後の表見代理」について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○山本(敬)幹事 112条の代理権消滅後の表見代理について,2点ほど,意見を述べさせていただきたいと思います。   まず,「イ 「善意」の対象」についてですが,これについては,部会資料にありますように,過去において代理権が存在したことを知っており,その代理権の消滅を知らなかったことを必要とするということを条文上明確にすべきであるという考え方を支持したいと思います。これはもちろん,判例と異なるわけですけれども,代理権消滅後の表見代理が認められる趣旨からしますと,やはりこう考えざるを得ないと思われます。つまり,代理権消滅後の表見代理は,本来は,今代理権があることに対する信頼を保護するための制度ではなくて,代理権が今も存続していると思ったのに,代理権が消滅していることによって,相手方が思わぬ不利益を被るのを防ぐための制度だと考えられます。そうでないと,110条とは別に112条を定める意味が乏しくなります。そしてまた,比較法的に見ても,例外なく,正にそのような代理権の消滅を知り,又は知ることができたかどうかが問題とされています。したがって,ここでも,そのような趣旨を明確化する方向で改正すべきだと思います。   その上で,もう一点確認させていただきたいのは,主観的要件の証明責任についてです。  現在の112条については,条文の構造に従いますと,第三者が善意であるときに,112条の表見代理が基礎付けられて,第三者に過失があることは,それを阻却する例外として位置付けられます。そうしますと,第三者のほうが自分の善意について証明責任を負うのに対して,本人が相手方の過失について証明責任を負うことになります。  ところが,学説の多数は,従来,本人が相手方の悪意又は過失について証明責任を負うべきだとしてきました。これは,代理権の消滅は本人と代理人の間の事情であって,相手方に明らかではないことが多いというのがその理由とされています。判例は,反証がない限り,相手方は代理権の消滅を知らないものと推定できるとするにとどめていますが,学説はそのようにこれまで言ってきました。  こういった議論が資料では触れられていないのですが,多数説のように考えますと,条文の構成の仕方が変わってくる可能性がありますので,やはり,検討課題とすべきではないかと思います。   ただ,その上で私自身の意見を申し上げますと,結論としては,現在の条文構成に従って証明責任を考えてよいと思います。といいますのは,代理権が消滅しますと,本来,無権代理でして,本人に代理行為の効果は帰属しないはずです。表見代理はその例外を認めるものであるということからしますと,代理権が消滅したにもかかわらず,代理権があるとみなされるためには,やはり,それを正当化する理由として,相手方の善意が必要になると考えられます。したがって,表見代理の効果を主張する相手方の側で,相手方が善意であることを主張・立証する必要がある。ただし,相手方に過失があるときはその限りでないという意味で,現在の条文構成を維持してよいと思います。 ○松本委員 私も善意の対象についてなんですが,基本的に山本幹事と同じ意見です。判例の考え方はやはりおかしいのではないかと。特に判例の考え方を更に極端に推し進めたような説がありまして,それは本人と代理人との間で,いったん,代理権を与えるという委任契約か何かが行われたけれども,代理人がまだ誰とも代理人としての取引を行っていない段階で,例えば権限を授与した直後に契約を解除したという場合でも,判例に従えば,もうこれは112条の世界だという考え方です。むしろ,そのような場合に相手方を保護する必要があれば,109条の問題として処理すべきではないかと思います。判例の理論は109条と112条の分担を非常に曖昧にする結果になると思いますので,112条を独自のものとして残すのだとすれば,当該相手方と代理取引が行われていたか,あるいは代理取引が行われていたことを相手方が認識していたという前提要件を明確にすべきだろう思います。 ○山野目幹事 表見代理の法定代理への適用関係につきまして,ここで,今,議題となっております代理権消滅後の表見代理のみならず,ほかの二つの類型を通じて,共通の方向を持つ意見を述べさせていただきたいと考えておりましたから,ここで発言をさせていただきます。いずれの表見代理の類型につきましても,法定代理に適用がないということを可能な限り,明確にする方向で見直しをしていただくことがよろしいと私は考えます。本人が不利益を受けるのは,それを正当化する理由がなければならないという表見法理の出発点に立ち帰って,このことは強調されるべきでありますし,取引の安全ばかりが一方的に強調される社会が好ましい社会の在り方であると見ることは到底できません。   なお,表見代理の適用範囲が任意代理に限られるという見地に立つ際に,少し微妙な位置に置かれるものとして任意後見契約がございますが,これにつきましては既に任意後見契約に関する法律11条のような手当てが用意されているということを思い起こしておきたいと考えます。また,法定代理への表見代理の適用が否定されることと関係では,親権者の共同親権行使に関して既に825条のような規定があり,また,後見登記の効力に関する規律などとの分担関係について所要の検討をすることによって,可能な限り申し上げましたような方向での立法整備が行われると望ましいと考える次第でございます。 ○鎌田部会長 その場合に,先ほど出てきた公法人の首長のように,代理権,代表権の範囲が法定されているものは法定代理と言うのか,言わないのか,どちらでお考えでしょうか。 ○山野目幹事 今,部会長が御指摘の問題については,少し前に中田委員から御指摘があった見方に同調いたします。その方向での検討といいますか,観点からの考察を深めていただきたいと考えます。 ○高須幹事 善意のところへ再び戻って恐縮でございます。これは私のひとえに勉強不足かもしれないのですが,112条のところに関して,基本的には代理権が消滅したという主張をする,裁判でいえば抗弁だと思うんですが,その抗弁が出てきた場合に,原告が,それならば善意でしたという再反論になる,つまり,被告の代理権が消滅しましたということに対して原告が善意でしたという反論をぶつけるんだと思っておるものですから,基本的にはここで指摘いただいている善意の対象というのは,単に知らなかったということではなくて,消滅について知らなかったということではないかと思っております。   御指摘の詳細版の105ページに出ておる最高裁の昭和44年7月25日判決の結論はむしろ,反対だというような御指摘だったと思うのですが,判例の読み方によっては,必ずしもこの判例もそう言い切ったとも限らないのではないかと。したがって,実務的には判例は反対だと,先ほど来,議論に出てきておるのですが,必ずしもそうでもないのかなと考えています。ちょっと調べてまいりまして,京都の下級審判例で正にそういったものがある,京都地裁の43年8月28日というのがあるそうなんですが,それ以外の裁判例に関しては,今,皆さんが御指摘されているように代理権が存在したことを知っており,その消滅を知らなかったことを前提としていると理解できるのではないかと思っております。現在の判例の結論についても,もう少し慎重に私も含めてなんですが,勉強してみたいと思っております。 ○岡委員 簡単に紹介だけですが,法定代理の適用については同じでございます。明文で禁止する必要はないという意見が多くございました。   善意の対象については,代理権の不存在を知らなかったことで足りるという意見と,代理権の存在を知っており,その消滅を知らなかったことまで必要と書き込む意見と,それぞれに同じぐらいの賛成がございました。後者のほうの代理権が存在したことを知っており,代理権の消滅を知らなかったことを必要とすると条文に書くと,何か限定し過ぎる気はするけれども,高須さんが言ったように前者でも消滅という相手方の主張について善意をいうので,そんな大きく違いがあるのかという意見もありましたが,取りあえず,大きく二つに分かれておる現状でございます。   110条との重畳適用につきましては,ここも中身的に問題があるというわけではないけれども,条文化する必要があるのかという意見が強くございました。 ○中井委員 法定代理への適用の可否については,基本的には本人に帰責性がないから,法定代理の適用を否定すべきではないかという御意見かと思います。私も本人の保護と取引の保護ということを比較したときに,法定代理について本人の保護の必要性を十分に考えるべきで,その根拠として帰責性のないことは,よく理解できます。他方で,弁護士会で出た意見を紹介しておきますと,その意見に対して,例えば,制限行為能力者であった者がそうでなくなり,その後,法定代理人の権限がなくなったにもかかわらず代理人として行動する場合などには,本人としては一定のコントロールの可能性があるのではないか。にもかかわらず,コントロールをしていないところに帰責性が認められるのではないか,という意見です。   それは権限踰越の場合についても,確かに法定代理人が権限を超えていること自体は明らかですけれども,本人として一定のコントロール可能性があるにもかかわらず,何らかの事情で放置しているような場面もないわけではないのではないか。とすると,常に適用しないとまで書くのはいかがなものか,こういう意見です。 ○鎌田部会長 よろしければ,次に部会資料13−1の17ページから19ページまでの「4 無権代理」及び「5 授権」について御審議いただきます。まず,事務当局に説明してもらいます。 ○川嶋関係官 「4 無権代理」のうち「(1)無権代理人の責任(民法第117条)」は,有力な学説に基づいて条文を明確化すること等の当否について御議論いただくものです。「(2)無権代理と相続」は,同一人が本人としての法的地位と無権代理人としての法的地位とを併せ持つ事態が生じるという具体的な事案における法律関係について,判例法理等に基づいて明文の規定を求めることの当否について御議論いただくものです。このうち,「ウ 第三者が無権代理人と本人の双方を相続した場合」では,第三者が無権代理人と本人の双方をこの順に相続した場合について,先に第三者が無権代理人を相続していることから,無権代理人が本人を相続した場合と同視して,第三者が追認を拒絶することができないとする判例法理を疑問視する見解もあることから,判例法理とは異なる規律を設けることの当否についても御議論いただけたらと思います。   「5 授権」は,自己の名で法律行為をしながら,その法律効果を他人に帰属させる制度である授権のうち,処分授権と呼ばれるものについては,委託販売の法律構成としても実際上も重要であると指摘されていることから,明文の規定を置くことの当否について御議論いただくものです。授権は,代理そのものではありませんが,代理に類似する制度として把握されておりますので,ここで取り上げることにいたしました。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分のうち,まず,「4 無権代理」について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○山本(敬)幹事 無権代理人の責任について意見を述べたいと思います。結論としては,部会資料で示されている方向で改正をするという見解を支持したいと思います。ポイントは,無権代理人の責任は履行又は履行に代わる損害賠償を内容とするものですので,自ら法律行為をしたのと同じ効果が認められる以上,意思表示に関する規定の準用が認められるはずだというところにあります。   そうしますと,まず,無権代理人が自らに代理権がないことを知らなかった場合は,錯誤に準じて考えられますので,無権代理人は原則として履行責任を免れる。代理権の存在を知らなかったことについて重過失があるときに限り,履行責任を免れないことを明示すべきだと考えられます。  また,無権代理人が自分に代理権がないことを知りながら,代理権があると相手方に信じさせたときは,先ほどの狭義の心裡留保に類する行為に当たると見ることができますので,このような場合は,相手方が悪意であるときに限って,無権代理人は履行責任を免れる。つまり,相手方に過失があるだけのときには,無権代理人は履行責任を免れないことを明示すべきではないかと思います。これは現行法と違いますが,考え方としてはこうすべきではないかと思います。   無権代理人の責任については,規定の体裁を現行法よりもっと分かりやすいものにする必要があるということなどなど,幾つか問題はあるのですが,差し当たり,以上の点については,実質的な修正を要する点だと思いますので,ここで特に指摘させていただきたいと思います。 ○岡本委員 無権代理人の責任のところでございます。ここで提案されていることの最初の部分の無権代理人が自らに代理権がないことを知らなかった場合,この場合につきましては,確かに無権代理人の保護を図る必要があるケースがあろうかと思われますけれども,一方で,相手方の保護と比較衡量した場合に,すべて責任を免れると考えていいのか。ここについてまだ十分にちょっと検討できていないところがございまして,ここは更に御検討を進めていただきたいと思っているところでございます。   後のほうの無権代理人が故意に無権代理行為を行った場合,この場合は相手方に過失があるときであっても,無権代理人は責任を免れないと。こちらのほうは妥当だと考えまして,賛成したいと思います。無権代理人が故意の場合だけでなくて,重過失がある場合も同様とすると,こういったことも検討されてよいのではないかと考えております。   さらに相手方のほうの主観的態様につきまして,現行法は善意無過失を要するとしておるんですけれども,無権代理人と相手方の保護の必要性を比較した場合に,相手方に過失がある場合であっても,軽過失にとどまる場合,この場合については無権代理人の責任を追及できる余地がないのか。この点も併せて検討すべきではないかと考えております。 ○奈須野関係官 同じく無権代理人の責任についてですが,無権代理人が代理権のないことについて善意無重過失である場合,錯誤に準じて無権代理人としての責任を免れるというような改正については,消極的な意見が多かったです。 ○道垣内幹事 先ほどの岡本委員と奈須野関係官の御見解なのですけれども,それに反対するというわけではございませんで,結局,現行法でいえば,117条の責任というのが何であるのかということのコンセンサスが,余りとれていないところがあるのだろうと思います。   117条の責任というのは,相手方に対して履行又は損害賠償の責任を負うというふうな,自分が契約の当事者ではないにもかかわらず,契約当事者としての責任を負わされるというところに特徴があるということになりますと,なお,不法行為の問題は並存し得ることになりそうです。相手方に過失があった場合とか,あるいは無権代理人が錯誤に陥るに当たって,軽過失があったというような場合にも,不法行為が成立し得るとして考えて,無権代理人の責任という条文について議論をするのか,それとも,117条,無権代理人の責任というのが成立しなければ,それで無権代理人は一切責任を負わないという前提の下で議論をするのかということで,位置付けが全然変わってくるんだと思うんですね。   私自体は,不法行為の問題は不法行為として別個に残ると考えますので,岡本委員や奈須野関係官が御懸念の場面というのは,ただ単に履行請求ができないというだけであって,不法行為法上の損害賠償請求等はできると思うのですけれども,ちょっとそこら辺の前提を条文で明らかにするような性質のものではないかもしれませんけれども,議論の前提としては確認をする必要があるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 その場合の不法行為の損害賠償の範囲が信頼利益か,履行利益かということに余り厳格な線引きはしないということですか。 ○道垣内幹事 それについて答えるのは私の責任でしょうか。 ○鎌田部会長 117条が適用されなければ,履行利益の損害賠償請求はできないと考えるのかどうかというところに影響していくのではありませんか。 ○道垣内幹事 それも影響してくると思いますが,例えば117条の履行責任というときには,もちろん,表見代理についても過失相殺の規定を適用するという説がないではないのですけれども,それはやはりオール・オア・ナッシングであるというのが基本であろうと思われるのに対して,709条で処理をするということになると,過失相殺の問題が出てきますので,履行利益か信頼利益かという問題は,その分だけは軽減されるというか,話が軽くなるのだろうと私は思いますが。 ○中井委員 無権代理人の責任について弁護士会の多数意見を申し上げておきますと,一つ目の無権代理人が自らに代理権がないことを知らなかった場合,これを錯誤に準じて処理し,重過失のある場合にのみ責任を負って,それ以外は責任を負わないという考え方について,賛成意見が多くありました。   それから,無権代理人が故意に代理行為をした場合については,相手方に過失があっても責任を負うべきであるという提案についても,賛成意見が多くございました。  それに加えて,先ほど岡本委員からもお話があったかもしれませんけれども,一部から,無権代理人の責任については,制限的にするのであれば,相手方に軽過失のある場合でも無権代理人に重過失のある場合については,履行請求できる場合があるのではないかという意見がありましたので,御紹介をしておきたいと思います。 ○松本委員 117条についての前半部分の提案についてです。無権代理人が自ら代理権がないことを知らない場合については,責任を軽くしようという御提案で,詳細版109ページの補足説明を見ますと,その具体的例として,例えば本人Aが相手方Cに100万円を贈与することとして,その贈与契約の締結の代理権をBに与えたところ,BがCとの間で贈与契約を締結した前日に,本人Aが人知れず死亡していた場合,Bに無権代理人の責任を負わせるのは不当ではないかという例が挙げられています。   これは確かに無権代理人が余りにもかわいそうだと思うんですけれども,この例を持ってきて,そもそも無権代理人が無権代理であることを知らなかったことについて重過失がある場合以外は責任がないと結論付けるのは,挙げられている例と重過失があれば責任がある場合の間が極端に開いているような感じがしまして,余り適切な例だとは思えないです。   例えば,無権代理人が善意無過失で自分の代理権が消滅したことを知らなかったといった場合に絞れば,まだ,一般論として成り立つんですが,単に知らなかった,過失があって知らなくても責任を負わないというのは,それはちょっと問題があると思います。不法行為の論理でいけば過失責任があるのではないかという道垣内幹事の意見もございましたが,その辺との整合性が取れないのではないかなと思いますし,ここの補足説明で挙がっているような例であれば,もうちょっと別の解決方法,例えば,委任だけれども,本人の死亡によっては消滅しない委任であって,代理権はまだ残っているんだという形で,贈与契約は有効だというような解決をしてもいいという気もします。117条の一般論をがらっと変えることによる解決よりは,ほかの解決を考えたほうがいいのではないかなと思います。 ○松岡委員 関連した発言です。無権代理人の責任をある程度限定するという方向付け自体には賛成ですが,一方で,無権代理人の責任について,多分,ヨーロッパ各国の多くの法制は,無権代理人は代理権の存在をある種保証しているのであって,基本的に過失を要することなく,むしろ,責任を負うのが原則である,という考え方を採った上で,しかし,余りに過酷な場合に例外的には免責される場合がある,とするほうが普通だと私は認識しております。そうだとすると,善意・無重過失であれば責任を免れてしまうとすることは,今,松本委員の御指摘があったように,妥当かどうか疑わしいと思います。詳細版の109ページに挙がっている例ですと,どちらの基準を採っても恐らく免責が認められる場合になりましょうが,松本委員がおっしゃったとおり,これが典型的な例かどうかは気になります。 ○岡委員 無権代理と相続のところですが,ここについては大きな異論はありませんでした,中身的には。ただ,ここまで書く必要はないのではないかという意見が強かったです。これに対して,では,何で書かないんだと,判例法理で中身に問題がなければ,分かりやすい民法という観点からいったら書くべきではないかという意見がありました。しかし,書いたからといって分かりにくいことはやはり分かりにくいのではないか,条文数が多くなって,余計,全体像が見えなくなるのではないかという,そういう民法の在り方のような議論に,ここでもなりました。 ○鎌田部会長 ほかに無権代理については何か御発言があればお出しください。 ○鹿野幹事 今,判例法理で問題がなければという話が出ましたが,資料の18ページから19ページにかけて書いてある「第三者が相続をした場合」については,若干,判例法理に問題があるのではないかと私自身は考えております。無権代理人が本人を単独で相続したときについて,判例は確かにいわゆる資格融合的な表現を採ったものがございますが,その場合に無権代理行為が当然に有効とされることの実質的な根拠は,無権代理人が無権代理行為を自らしておきながら,本人の地位を相続によって承継した場合に,本人の地位に基づいて追認を拒絶することは信義則に反して許されない,ということにあるというのが,今日の大方の理解なのではないかと思います。   ところが,第三者が無権代理人の地位を相続したときに,その第三者について,無権代理人自身と同じように信義則違反を問うことができるのかということは,非常に疑問でありますし,しかも,18ページから19ページに書いてありますように,第三者が無権代理人と本人の双方を相続したという場合についてより具体的に考えますと,それがどちらの相続が先だったかと偶然の事情によって,全く結論が逆になるということは,合理性がないのではないかと考えます。ということで,この点については判例法理には問題があるのではないかと思います。そしてもし,判例法理に問題があるとするなら,立法上,何らかの手当てをする必要があるのではないかと,私は考えているところでございます。 ○鎌田部会長 ほかによろしければ,「5 授権」に移らせていただきます。 ○深山幹事 授権について,明文の規定を設けるという考え方が述べられておりますが,どういう規定になるのか,私自身,具体的にイメージしにくいところです。先ほどの白紙委任状の問題と同様に,授権という概念で説明される権利関係というのも必ずしも一様ではなくて,いろいろなのだろうと思います。例えば典型例の一つとして挙げられている委託販売などを考えましても,そこでの権利関係を処分授権ということで説明したとして,そのこと自体は別に異論はないんですが,その後の法律関係,例えば売買であれば,物の所有権が移転する点はさておき,反対給付の売買代金の法律関係がどうなるのかとか,引き渡したものに瑕疵があったときの瑕疵担保責任はどうのかというようなことについて,どういう規律を想定しているのか,そこがよく分からないんですね。   もっと言えば,授権という概念を使うことによって,だれのどういう利益,地位を保護しようとしているのかというのが,そもそも私自身,よく理解できなくて,取引をした相手の何らかの信頼なり,利益というものなのか,あるいは権限を授権した側の授権者の利益なのか。もちろん,両方ということなのかもしれませんが,少なくとも委託販売などで考えますと,相手方の認識としては被授権者と法律行為をしているという,売買をしているという認識で物を買ったところ,法律的にはそれは相手方と授権者との間で売買契約が成立する,あるいはその効果が発生するということは,必ずしも相手方の認識とはずれが生ずるわけですが,そういう状況で,どっちの権利を保護しようとしているのかというのはよく分からないところなので,そのあたり,どういう効果をはっきりさせるための規定を設けようとしているのか,積極説に立つお考えの方に教えていただければと思います。 ○山本(敬)幹事 今の御質問に直接お答えするというわけではありませんが,私自身が授権について理解しているところを述べたいと思います。結論としては,部会資料にありますように,処分授権が認められることを明文で示すという考え方を支持したいと考えています。これは,今も御指摘がありましたように,実践的には,委託販売の効果を基礎付ける必要性にこたえるためだということができます。   問題は,その委託販売というのは一体どのようなものかということですが,部会資料19ページの図でいいますと,授権者に当たるのが委託者になります。そして,被授権者に当たるのが受託者になります。委託販売というのは,委託者が受託者に,委託者が所有する動産などを委託者の計算において,しかし受託者の名で処分することを委託するというものです。つまり,受託者が自分の名で委託者の所有物を相手方に売却する。この場合は,委託者と受託者の間では委任契約が成立します。そして,受託者は相手方と自分の名で売買契約を締結して,相手方から売買代金を取得します。その上で,受託者は,その代金から委任契約に基づいて認められる受託者の報酬や費用額を控除して,その残額を委託者に交付することになります。   この場合,今の御質問の点ですが,委託者と受託者の間に,売買契約のような権利移転を基礎付ける契約関係があるのではなくて,受託者が委託者の権利を売却することによって,相手方が目的物の所有権を直接,委託者から取得をすると考えられます。   なぜ,このようなことをするかといいますと,まず,委託者のほうは,相手方とも受託者とも直接,売買契約上の権利義務を負い合うような関係に立ちたくない。売買契約上の権利義務を負い合う関係は,受託者と相手方に限定したい。委託者は,そのような関係から離れて,売買代金に相当するものを必要な報酬と費用を差し引いて,受託者から受け取ることさえ確保できればよい。そして,受託者のほうも,目的物を処分できないときのリスクは負いたくない。したがって,目的物の所有権は取得したくない。飽くまでも,委託者のための処分という事務を引き受けるだけにしたい。そのようなニーズにこたえるのが,この授権という法律構成だと言うことができます。   これによりますと,売買契約という法律行為の当事者になるのは,この図でいいますと被授権者と相手方になります。したがって,売買契約上の紛争は,この両当事者の間で処理されることになります。ただ,授権者が被授権者に対して,そのような処分を行うことを授権したときは,授権者から相手方に目的物の所有権が直接移転することになります。そして,このような効果を認めたとしても,相手方は正に目的物の所有権を取得できますので,特に不利益は生じません。したがって,このような処分授権を認めること自体は,問題はないのではないか。むしろ,先ほど述べたような授権者と被授権者のニーズにこたえることができるのではないかと思います。そして,特に所有権が授権者から相手方に直接移転することは明文で示しておかないと疑義が残りますので,規定を置くべきではないかと思います。   その上で,部会資料には,仮に明文の規定を設けるとする場合に,どのような点に留意すべきかという問題提起がありますので,これについても二点ほど指摘しておきたいと思います。   一つは,このような授権を認める場合は,今申し上げたような事前に授権者から被授権者に処分授権を行う場合だけではなくて,授権者に無断で被授権者が相手方に授権者の物を処分する旨の法律行為をしたときでも,事後的に授権者がそれを追認したときは,同じく授権の効果を認めてもよい。つまり,授権者から相手方に直接権利が移転するという効果を認めてよいと考えられます。実際,従来の裁判例でも,このような追認の効果を認めたと考えられるものがいくつかありますので,この点も併せて明文化してはどうかと考えられます。   もう一つは,処分授権を認める場合は,授権者に,被授権者が相手方に対して売買契約などの法律行為に基づいて主張できた事由を対抗する可能性を認める必要があるということです。これは,処分授権の場合に,授権者から相手方に直接権利を移転することは,授権者から被授権者への処分授権の合意と,その処分授権に基づいて被授権者が自分の名で相手方とその権利を処分する旨の法律行為,例えば売買契約をしたことの双方によって基礎付けられるということによります。これによりますと,権利の移転は被授権者と相手方の間の法律行為によっても基礎付けられるわけですから,授権者は,被授権者と相手方の間の法律行為に基づいて被授権者が主張できた事由を主張できると考えられます。具体的には,例えば被授権者と相手方との間の法律行為が,売買契約があって,履行期が約定されていたときは,相手方が授権者に対して目的物の引渡しを請求したときでも,授権者は,履行期が到来するまでは権利の移転を拒絶できると考えられます。このことも明文で書いておきませんとはっきりしませんので,やはり疑義が生じないように明文化する必要があると考えられます。   少し長くなりましたけれども,以上のとおりです。 ○深山幹事 丁寧に御説明いただいてありがとうございます。今の山本先生の御説明自体は理解でき,そういうものかなというイメージを持っていますが,そこから先を実はお聴きしたくて,そうなったときに,今の委託販売の例でいうと,例えば売買代金を相手方は授権者にも請求できるのかとか,あるいは瑕疵があったときに瑕疵担保責任の追及を授権者,被授権者,どちらに対してもできるのか,つまり,売買契約自体が被授権者との間で成立すると考えれば,被授権者に対してできるのは当然のこととして,プラス,授権者に対してもそういう売買代金請求なり,瑕疵担保請求ができるのかというのが私の疑問です。更に言えば,授権関係というものを認識していた場合とその認識がない場合とで違ってくるのかどうかというあたりも気になっているところです。 ○山本(敬)幹事 簡潔に言いますと,私の理解では,売買契約上の請求ができるのは,相手方から被授権者に対してだけであると思います。相手方にとって,契約している相手は被授権者だけですので,これは契約法理からすると当然のことだと思います。ただ,権利そのものは授権者から相手方に直接移転する。これを定めるのが授権の規定だと理解しています。 ○鎌田部会長 そういう意味では,117ページの図で授権者・相手方の間に「法律行為の効果」と書いてあるために,売買契約の効果が全部,そこへ発生するように見えますけれども,今のような例でいえば物権移転の効果だけがそこに発生するのであって,契約上の効果は相手方・被授権者の間にとどまるということになります。集合動産譲渡担保における通常の営業の範囲内での処分の場合も,あえて言えば転売授権的関係だと,所有権的構成を前提にすると,そういう説明になるんだと思います。 ○能見委員 法律構成自体は大体明らかになったと思いますし,私も,山本幹事,それから,鎌田部会長の御説明に賛成でございます。ただ,これを規定するのが必要かどうかという問題と,規定をするときにどこに規定するかという問題がありまして,考え方としては他人の物の売買のところで併せて規定するということも考えられるのではないかということだけ,ちょっと付言したいと思います。 ○道垣内幹事 二点,申し上げたいんですが,第一点は,ずっと授権という言葉が用いられているんですけれども,授権という言葉は例えば代理権の授与を単独行為だと見るときに授権というふうな言い方がされるとともに,民事訴訟法関連の様々なものというのは,代理権の授与というのを含めて,全部,授権という言葉を使っていて,ちょっと概念自体が曖昧になってしまっている言葉なのではないかと思うのです。したがって,このような規定を置くというのが仮に妥当だとしても,それに授権という名前を付けるべきなのかということについては,若干,問題があるのではないかというのが第一点です。   第二点目は,例えば所有権なら所有権が授権者から相手方に移るというのは分かるのですが,山本さんの説明でちょっと私が分からなかったことがあるのです。つまり,例えば履行期が定められていたり,あるいは同時履行の抗弁があったり,そういう場合には授権者は相手方に対して,それを主張できるという話だったのですが,主張できるというときの前提としては,相手方が授権者に対して何らかの行為が請求できるというのがあって,初めて主張できることになりそうです。しかしながら,売買契約自体は被授権者と相手方との間で成立していて,授権者・相手方との間で所有権の移転という効果に関してしか関係を持たないと考えたときに,主張できるということの意味は何なのかというのが若干分かりませんでした。   そして,それとの関連で例えば不動産なら不動産,動産なら動産で,かつ,現在の民法176条の解釈を採って,契約によって直接に所有権移転が生じると考えれば話は簡単なんですけれども,様々なものの中には一定の行為があって,初めて所有権なら所有権の移転というものが起きるというものがあるわけです。そのときにも相手方は授権者に対して,飽くまで,当該一定の行為は請求できないと考えるものなのかというのが,ちょっと私が伺っていて分からなくなったところなので,お教えいただければと思います。 ○山本(敬)幹事 これも私の理解に過ぎませんけれども,授権者と相手方との間には契約関係等はありませんので,相手方から授権者に対して請求するというのは,債権上の権利行使ではないと考えられます。所有権が相手方に移転するということを前提にして,相手方から物権的請求権を授権者に対して行使することが考えられます。しかし,そのときに,授権者が被授権者と相手方との間の契約上の抗弁を主張できるかというと,これはやはり明文の規定がありませんと難しいでしょう。そこで,この点も併せて手当てをする必要があるのではないかということを先ほど申し上げたつもりです。   もう一つ,能見委員から御指摘のあった点ですけれども,授権の多くの場合は,確かにおっしゃるとおり,他人の物の売買に相当する場面で問題になりますが,従来の裁判例の中では,親の不動産を子供が自分の名義に勝手に変えて,自分が借金をするために,その不動産に抵当権を設定したという場合に,後に本人である親がそれを追認したというケースがあります。これは,他人の物の売買ではありませんので,これも含めて規定するとすれば,代理の並びになるのではないかと思います。 ○道垣内幹事 関連というか,もう一点,質問があったもので,それについてもお教えいただければ有り難いのですが,例えば所有権の移転をするのに一定の行為を必要とするというものについては,どういう法律関係になるのかということなんです。 ○山本(敬)幹事 具体例を挙げていただけますか。 ○道垣内幹事 具体例ね,有価証券でもいいのではないかと思うのですが。 ○松岡委員 種類物を分別するというのはどうですか。 ○鎌田部会長 どちらの行為が必要とされているのですか。相手方の行為ですか。 ○道垣内幹事 授権者の行為ですね。 ○鎌田部会長 授権者の行為。 ○山本(敬)幹事 いろいろな例がありそうですが,今,松岡委員から御指摘のあった種類物の場合については,まだ物権の移転が行われているわけでないので,相手方から授権者に対して物権的請求権を行使することはできないと考えられます。この場合は,相手方から被授権者に対して売買契約上の権利行使をするしかないのではないでしょうか,それに対して,相手方から授権者に対して物権的請求権の行使ができる場合については,先ほど申し上げたような手当てをしないと,授権者と被授権者の側は不利益を被る可能性がありますので,手当てが必要になる。逆に,そのような手当てが必要でない場合は,基本的には,相手方と被授権者との間で契約に基づく処理をするということになるのではないかと思います。 ○松本委員 代理の次に授権という言葉が出てきますと,我々は処分授権も考えますが,普通は義務負担授権も併せて代理の並びで考えるわけですね。ここでは処分授権のことしか論じられていない。これはこれでいいわけですが,そうなると,やはり能見委員のおっしゃったように代理の横に非常に限定された処分授権が入っているというのが,民法の構成等を考えてそれでいいのかは少し議論の余地があるだろうと考えます。   山本敬三幹事がおっしゃった親の財産を子供が勝手に子供名義にして抵当権を設定し,その後,親が追認したという問題は,いわゆる昔,於保先生がおっしゃっていた財産管理権の問題として考えれば,授権も代理もみんな財産管理権だということできれいに収まるわけですが,そういう考えを採らないという場合に,所有権の移転や物権の設定絡みの部分だけを代理の横に置くというのは,若干,場所を考えたほうがいいかなと思います。   むしろ,授権という概念を正面から議論するなら,何で義務負担授権も正面から議論しないんですかということです。授権者が被授権者に対して,あなたの名前で契約をしてもいいけれども,効果は私が全部ひっかぶりますよというような趣旨の委任をするという場合に,表面的な契約の相手方は被授権者だけれども,授権者がそういうことを言っているのなら,連帯責任だとかいう議論が先ほどの代理のところでもありましたけれども,そういう議論があってもいいのではないか。つまり,名義の使用を許した場合の商法の名板貸しのところの議論を民法にも持ってきたらという議論がありましたけれども,その議論は義務負担授権でも使えるかと思うのです。まとめますと,授権というタイトルを挙げてわざわざ議論するのであれば,代理の横並びとしての授権であれば,もう少し広く論じるべきと思います。 ○山本(敬)幹事 義務設定授権というものが講学上議論されているというのはおっしゃるとおりなのですが,これはどういう場面で問題になるかといいますと,買入委託の場合です。つまり,授権者が被授権者に対して,被授権者が自己の名で相手方から相手方の所有している物を買い入れることを授権する場合です。この場合は,相手方が契約をするのは被授権者なのですけれども,契約上の債務,つまり売買代金を支払うという債務を負うのが授権者になるというタイプのものです。   この義務設定授権に関しては非常に議論があるところでして,むしろ,多くはこれに反対していると考えられます。それはなぜかといいますと,相手方は,自分が契約をしている相手,したがってまた債務者は被授権者だと思って契約をしたところ,結果として授権者が債務者になるというのでは,相手方が思わぬ不利益を被る可能性があるからです。正にこのような考慮から,義務設定授権を認めることには問題があるというのが多数ではないかと思います。   もちろん,そのような問題に対しては,今,松本委員が御示唆されましたように,構成はともかくとして,被授権者も何からの債務を負うことにすれば,問題が少なくなるということができますが,そこまでして,このようなものを認めるニーズがどこまであるかということでしょう。したがって,ここでは,問題が少ないと考えられる処分授権に関して規定を置くこととしてはどうか。そして,先ほども言いましたように,多くは他人の物の売買のケースかもしれませんが,そうでないケースも従来問題とされてきたので,そこまでカバーしようとすると,このようなかたちになるのではないかと思います。 ○藤本関係官 一点だけですが,授権というものは金融の世界だと取次ぎといったものと余り関係ないのかなと思っていたのですが,お話を聞いていくと何かだんだん近づいてきているような気もします。そうすると,今まで私どもが取次ぎだと思っていたものにそれが含まれているような気もする一方,含まれていない部分があるのであれば,新たにそういうものにもきちんと行為規制などを掛ける必要が生じないのかなというような感想を持ちました。 ○岡田委員 私も正しく理解していないのですが,消費者契約で先ほど出ました取次ぎとか委託販売というのは,訪問販売で個別信用あっせん契約と提携する場合にあります。その場合に授権者だけにしか相手方が権利を主張できないということであり授権者は被授権者の権利も主張できるということですが,相手方はすごく不利に思えるのです。その意味では,委託販売自体が処分授権ということで物を売る場合,又は物を買う場合に相手方からは授権者と被授権者との関係が見えないし,相手方が自分の権利を主張できるのは一方だけあるということに関しては,やはり不安を感じます。消費者契約に関しては消費者契約法の5条で代理ないし取次ぎの場合も,本人のほうに責任を追及できるとなっていますが,この授権というので消費者が不利を被るということはないのでしょうか,その辺を確認したいんですが。 ○山本(敬)幹事 何度も恐縮ですが,今の御懸念は必要ないと思います。相手方は被授権者と契約をしていますので,相手方は被授権者に対して,契約上有している権利をすべて行使することができます。したがって,御懸念のような問題は生じません。ただ,被授権者は目的物の所有権を持っていませんので,この契約だけでは相手方,つまり消費者に当たる者は所有権を取得することができません。その所有権は授権者が持っていますので,直接,授権者から相手方に所有権だけが移転することを認めようというのが先ほどの授権の構成です。むしろ,これを認めませんと,消費者としては所有権を取得できませんので,非常に困ったことになる。そこをカバーしているのがこの授権の構成だと御理解いただければと思います。 ○中井委員 山本敬三幹事のお話を聞いて,なるほど,授権ということの法律構成の枠組みを少しは理解できたかと思いますが,典型例として委託販売の法律構成として使われ,この授権という構成がないと委託販売において,逆に相手方が困るのではないかという趣旨の御発言については,果たしてそうなのかと素朴に疑問に思っています。現在,百貨店などでは,ありとあらゆる商品は委託販売で,販売者である百貨店は,衣料などは特にそうですけれども,所有権を取得することによるリスクを避けたいから,他人の商品を預かって,預かったものを店頭で消費者に販売している。そういう類型の取引は極めて多数あります。   これについて処分授権で説明をしているのか,実務はそうかというと,決してそうではないと思います。お客さんに売ったときに,ここで言う授権者から被授権者への売買が成立する,単純にそういう契約をしているだけで,授権者から預かった商品を店頭でお客さんに売買する,お客さんとの間で売買契約が成立すると同時に,授権者と被授権者との間で当該商品について売買が成立する。決済の方法としては,お客さんから百貨店は代金を受け取る。その後1か月ごとに,授権者たるメーカーから百貨店に対して請求書が送られて,売買代金として支払われている。所有権は,授権者から被授権者,被授権者から相手方に,相手方と被授権者の売買が成立すると同時に二つの移転がなされている。こういう形で普通に説明できているのではないか。それをここで委託販売を典型例として処分授権が必要だとされることについては,その必要性について素朴な疑問を感じます。   それ以外の類型で,こういう処分授権という概念が必要になるのかどうかについては,更に慎重に検討していただきたいと思います。例えば,他人の物の売買,取次ぎの場合との比較とか,本当にそのような法律構成について,民法上,新たな規定を設ける必要があるのか,更に慎重な検討,若しくは説明をお願いしたいと思います。 ○奈須野関係官 今の中井先生の意見と大体同じですが,百貨店での販売,あるいはテレビショッピングのような通信販売,それから,書籍の販売,こういったものが委託販売の形式に該当するのだろうと思いますけれども,それについても現行法制上,授権者から被授権者にいったん,所有権が移転するという構成を採って,さほど関係業界は問題意識を感じていないので,授権の明文化がどのようなニーズに基づいて提案されているのかといった消極的な意見が関係業界から出ているということでございます。 ○沖野幹事 先ほど部会長が譲渡担保の例を,所有権的構成に立った場合という留保を付けて挙げられましたように,処分授権という考え方は,恐らく委託販売だけのところではなくて,もう少し汎用性を持った一般的な概念として使える場面があるのではないかと思います。その一つとして担保の場面が考えられまして,部会長の挙げられた譲渡担保の例のほか,アイデアレベルではありますが,権利質で金銭債権でないタイプの権利を対象とする場合の,担保権者のイニシアティブによる任意処分などの法律構成などにおいても,参照し得る概念ではないかといったことを考えております。概念としてはかなり基本的な概念なのではないかと思っておりますので,参考までにお伝えしたいと思います。 ○神作幹事 先ほど藤本関係官が言われたことと関係しているのですが,商法上の問屋,取次ぎに関する規律との関係で,一点,御確認させていただきたいと思います。お話を伺っているとやはり私も,問屋の行う取次ぎのうちの売却委託と処分授権との関係,両者がどのような基準に基づき区別されるのかについて,よく理解できないところがございます。取次ぎのうち売却委託がなされたという場合と,間接代理ではない授権との違いについて,もう一度,教えていただければ幸いに存じます。   ちなみに,商法では552条1項で問屋は第三者との関係では自ら権利を取得し義務を負うとされ,同条2項により問屋と委託者との関係については,委任及び代理に関する規定を準用すると定められています。委任についての規定はそのまま適用されることには異論がありませんが,代理に関する規定については,条文ごとに準用するものと準用しないものとを解釈論上吟味すべきであるとするのが一般的な見解であると思われます。もし,授権という制度が入れられたときには,取次ぎの法律関係のうちの売却委託については商法の規律の適用から除かれると理解してよろしいのか,御確認させてください。 ○山本(敬)幹事 これは前回の有権代理のところで出ていた話とも関係することなのですが,代理及び授権で規定すべき事柄は,基本的には外部関係,つまり,ここでいいますと授権者と相手方との間の権利関係です。それ以外の授権者と被授権者の内部関係,その他のそれに対応する事柄は,代理や授権のところではなく,別のしかるべきところで規定されるべき事柄だと考えられます。   代理に関していいますと,かなりの部分は委任がその内部関係に相当するものになると思いますが,今おっしゃっているような取次ぎや問屋等に関する問題は,それぞれしかるべきところで規定されるべきであろうと思います。ただ,権利が授権者から相手方に移転するということを認めるべき場合は,この規定でカバーしていく。私の理解はそうなっています。ですから,ここで外部関係について規定したからといって,取次ぎや問屋に関する規律が要らなくなるというような問題ではないと思います。 ○中田委員 今の山本敬三幹事のおっしゃったことに,基本的に賛成です。少しだけ補足なのですが,取次ぎについていうと,これはここに書いていないからすべて商法でというわけではなくて,取次ぎについてももし一般的な部分を民法で規律できるところがあれば,しかるべきところ,例えば委任の特則というような形で規定を置くことは考えられるのではないかと思います。ただ,それは飽くまでも内部関係についてのことであって,例えば,買い入れた物がどのようなメカニズムで売主から取次者を経て本人のところにいくかといった問題について,将来,委任あるいはそのあたりのところで,論じるべきテーマかと思っております。 ○松本委員 中井委員の御指摘になった百貨店の委託販売の制度が,ここで言われているような処分授権の構成を採っていないではないかという御指摘なんですが,それは恐らく委託販売という言葉の定義の問題に還元されてまいります。百貨店の現在の販売形態は委託販売ではなくて売上仕入れと業界で呼ばれている形態なので,この法務省の部会資料で書かれている委託販売は,百貨店の現在の販売形態ではないと理解すればおかしくはないんですね。   ただ,そのように非常に多く使われているのが,一般には委託販売と言われているが実は委託販売ではなくて別のタイプである売上仕入れだとすると,ここで残る委託販売には,どんなニーズがあるんだということは別の議論になってきます。あるいは代理店,特約店で現物がないけれども,売買契約をするというような場合に,所有権の移転経路がどうなるのかによって,売上仕入れとは別のタイプになるのでしょうが,流通の契約には恐らくいろいろなタイプがあるんだろうと思います。ここで言う狭い意味の処分授権で説明しなければならないタイプもあるだろうし,そうでないのもあるだろうということであって,実態としてのニーズの調査が恐らく必要になってくるだろうと思います。 ○神作幹事 先ほど,取次ぎとの区別が難しいのではないかと申し上げたのは,実態としては正に取次ぎなのか,それとも,例えば所有権をいったん被授権者に移転した上で売買がなされているのかは,現実問題として判断は非常に難しい場合が多いのではないかと思います。そのときに内部的な関係をおよそ考慮しないで,これは授権だと判断する場合には,どのようなメルクマールで判断するのですかというのが先ほどの質問の趣旨でした。実務においては,取次ぎと処分授権の境界が非常に微妙なケースがあり得るかと思いますけれども,授権と取次ぎさらには通常の売買,どのようなメルクマールでこれらを区別するのかを教えていただければと思います。 ○山本(敬)幹事 ここで細かいメルクマールを申し上げることはできませんが,今,御指摘のような問題につきましては,少し前になりますけれども,大塚龍児先生が非常に詳細な実態研究をしておられます。それを見ますと,確かに微妙なケースが多くて,例えば返品特約付きの売買契約の場合との区別は実際上かなりつけにくいところです。大塚先生も,いろいろな場合を細かく検討された上で,最終的には,授権者から被授権者に目的物の所有権を移転するのではなくて,相手方に処分することを委ねただけなのか,被授権者から授権者に渡される金銭が目的物の代価ではなくて,相手方から収受した金銭から事務処理の報酬と費用を控除したものなのかといったことを,取引の実態や慣行に照らして判断していくしかないというようなことをおっしゃっています。こうした点はいずれにしても解釈問題として残らざるを得ないと思います。   逆に言いますと,このカテゴリーがないとしますと,現行法の下で授権者から相手方に直接,権利が被授権者を介さず移転するというのは,なかなかに認めにくいのではないかと思います。その受皿を用意するというのは,これですべてをやれということではなく,飽くまでも一つの可能性,選択肢を増やすということであって,それ自体としてあるから有害であるということは,なかなか出てこないのではないかなと思っているところです。 ○鎌田部会長 よろしいでしょうか。おおむね論点は明らかになっていますので,更にかなり難しい検討を続けるということになろうかと思いますけれども……。 ○内田委員 一言だけ補足をさせていただきたいと思います。一番最初に深山幹事から根本的な疑問,問題の提起があったのですけれども,取次ぎとか問屋とかで使われている法理の外部関係について,それを一般化して代理の論理に持ってくるとすれば,間接代理という法理になるのだと思います。ところがそうすると,実際に当事者が取引をしているのとは違う主体との間に,つまり,先ほどややミスリーディングと言われた図の中に出てくるような違う主体との間に法律関係が発生してしまいます。   そこで,一般的に間接代理の法理を民法のレベルで規定するのは適切ではないであろうという判断がまず前提としてあって,しかし,全く規定しなくていいのかというと,一般法理のレベルで意味があるのは,権利の移転について説明する授権の部分であろうということで,その部分についての立法提案がなされているのだと思います。ですから,この部分だけがいきなり出てくると,なぜ,ほかの部分の規定がないのだという疑問が出てくるのですけれども,間接代理についての広い一般法理をつくってしまうことのデメリットというのが恐らくは考慮されて,一定の場面に限定した形の一般法理が代理との並びで提案されているということなのだろうと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ここまでで代理及び授権に関する議論を終わらせていただきます。   ここで休憩を取らせていただきまして,その後に「第3 債務引受」についての議論に移りたいと思います。それでは,休憩をさせていただきます。           (休     憩) ○鎌田部会長 それでは,再開をさせていただきます。   部会資料9−1の14ページから16ページまでの「第3 債務引受」について御審議いただきます。事務当局に説明してもらいます。 ○松尾関係官 「1 総論(債務引受に関する規定の要否)」では,債務引受に関する明文の規定を新たに設けることの要否という問題を特に取り上げておりますので,御議論を頂きたいと思います。   「2 併存的債務引受」は,併存的債務引受の要件・効果について,これまでの判例・学説を踏まえてどのような規定を置くべきか,御議論をお願いするものです。この点についてこれまで特に議論されてきたのは,併存的債務引受によって引受人が負担する債務と債務者が従前から負担している債務との関係です。連帯債務の見直しとも関係する議論ですが,現行法よりも絶対的効力事由を限定することを前提として,両債務の関係を連帯債務とするという考え方について,御意見を頂ければと考えております。   「3 免責的債務引受」は,免責的債務引受の要件・効果について,これまでの判例・学説を踏まえてどのような規定を置くべきか,御議論をお願いするものです。この要件・効果を検討する際には,併存的債務引受と免責的債務引受の関係が問題になると指摘されていますので,この点を意識しつつ,要件・効果についての御意見を頂ければと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明がありました部分について,一括して御意見をお伺いいたします。 ○筒井幹事 本日,御欠席の木村委員から事前に発言メモが提出されておりますので,その関係部分を読み上げる形で紹介いたします。   債務引受について。   判例・学説が明確に認めている併存的債務引受,免責的債務引受について,要件・効果を明確化する方向で検討することには賛成である。   ただし,併存的債務引受は,債務の履行を確保するという点で,保証と共通機能を有しているが,保証契約において要件とされる書面締結義務(民法第446条第2項)が求められないなど,要件・効果において,異なる面があるのも事実である。   したがって,明確化に当たっては,保証人保護の規定からの潜脱を防ぐ趣旨を踏まえ,検討していく必要があるものと考えている。 ○西川関係官 今,御紹介がありました木村委員の御意見に賛同するところでございます。やはり保証引受契約と併存的債務引受は,同様の機能があるので,以前,保証人の保護の観点から議論した事項が,当てはまる場合があるのではないかと思っております。例えば,木村委員も御指摘されていますが,契約は書面によるべきということについて,民法第446条第2項の規律と同様のものを併存的債務引受についても考えるとか,あるいは引受契約の意思表示に瑕疵がある場合であれば,債権者の受益の意思表示がある後も債権者に対抗できることを明示するとか,あるいは請求の絶対効を認める場合,債務が分割払であった場合などに,引受人に期限の利益を維持する機会を与えるとかです。そういった保証人保護と同様なものを併存的に債務を引き受けたほうにも及ぼすというような議論もされるべきかと思います。 ○大島委員 今の意見とほとんど同じなんですが,併存的債務引受について新たに明文の規定を設けることについては異論はございません。実務への影響もほとんどないのではないかと思われます。ただし,明文化に当たっては,やはり関連論点でも触れられているとおり,併存的債務引受と保証に関する規定との関係について実態に即した整理を行い,慎重に御検討いただければと思います。 ○藤本関係官 同じような論点でございますが,私どもも保証人の保護が重要だと考えております。例えば貸金業法などにおきまして,保証契約締結前の書面の交付などの行為義務を課しているところでございます。併存的債務引受と保証との関係というものについて,よく整理がされて,その整理を前提として併存的債務引受といったものについても,業法の観点からどのような対応をしたらいいかということについては,考えていく必要があると考えております。 ○奈須野関係官 ただいまの併存的債務引受と保証との関係で,類似している点が多いという話が多かったので,確かにそうなんですが,そうでない場合があるという例が企業側から紹介がありましたので,お話をしておきます。   金融機関から借入れをする場合に,期限前の弁済が契約上できないという場合がございます。そのような場合であっても,例えば中小企業においてはバランスシートから負債を減らすというようなニーズがございまして,期限前に信用力のある第三者に対して金銭を引き渡して,信用力のある第三者が弁済期までに弁済をするというような取引を商業ベースでやっているということです。このような場合は,恐らくは併存的債務引受というような法的構成になるのではないかと思われますけれども,そのようなときの相手方は信用力のある第三者がそれを商売としてやっているので,必ずしも書面によらなければならないというような保証の規律が直ちに適用できるかというと,そこは違う面もあるのではないかということです。   それから,信用力のある第三者に対して先に金銭を引き渡しておりますので,求償権があるかないかというと,当事者の理解としては求償権はないという理解ですので,保証の規律をそのまま使おうとすると,このような場合には一致しない側面があるのではないかということで,どのような規律にするかというのは,ちょっと難しいところがありますけれども,そのような指摘がありました。 ○岡本委員 総論とそれから要件と,あと,保証との関係,三つを一括して申し上げます。   まず,総論の部分なんですけれども,債務引受に関する規定を設けること,これについては賛成したいと思います。一方,債権譲渡に関しましては,将来債権譲渡について明文の規定を置くことが提案されておりますけれども,将来債権譲渡について明文の規定を置くのであれば,将来債務引受についても同様に明文の規定を置くことも,検討されてよいのでないかと考えております。現在でも清算機関などで将来債務引受は利用されているところでございまして,現在でもこれを有効と見ることは十分できるとは思っておりますけれども,民法典上に根拠を与えるという意味で,明文の規定を置く意味はあるのではないかということでございます。   明文の規定を置く場合には,将来債権譲渡と同様に他の債務と峻別することができる程度の特定性があれば,有効に将来債務の引受けをすることができる,そういった規律にするのがよいと考えておりまして,例えばそういった特定がされている限り,債務者と引受人間の合意による債務引受については,債権者が特定されていなくてもいい,あるいは債権者と引受人間の債務引受ということであれば債務者が特定されていなくてもいい,こういった形の規律にするのがよいという意見がございました。   それから,要件についてなんですけれども,債務者と引受人との合意がある場合について,部会資料では第三者のためにする契約になるため,債権者の受益の意思表示が必要であるといったことが記載されておりますけれども,権利取得型の第三者のためにする契約につきましては,受益の意思表示を不要とする立法提案がされていたと思います。いずれにしても第三者のためにする契約の規律と,それから,こちらの規律と整合性がある規律にしていただく必要があると考えております。   そこで,債務者と引受人との合意による併存的債務引受につきまして,受益の意思表示が要るのか,要らないのかという点につきましては,私どもの間でも必ずしも意見の一致ができておりません。これを不要にしたほうが例えば発行済みの社債に事後的に保証を付けようとした場合に,多数の債権者との間で各別に保証契約を締結することが困難であるといった事情があるときに,併存的債務引受でもって同様の法律効果が得られるといったことで,便利であるというふうな意見がありました一方で,債権者の受益の意思表示を不要とするということにした場合には,引受人として例えば反社会的勢力みたいなのが入ってくること,これは債権者として排除できなくなる,そういった危険を感じる意見もございました。もっとも,受益の意思表示は不要だけれども,債権者は事後的に反対の意思表示によって,併存的債務引受の効果を生じさせないことができるというふうな具合にするときには,こういった懸念も緩和されますけれども,債権者が債務引受があったことを知らない場合には,こういった反対の意思表示もできないわけですし,知ったとしてもワンタッチは避けられないといったことがございまして,こういった知らない間に反社会的勢力が入ってきてしまう,あるいはワンタッチについても,反社排除の観点から非難されるべきことなのかどうか,こういったところの議論にも関係してくるのだろうと思っております。   それから,併存的債務引受の効果にも関連する部分なんですけれども,引受人の債務と債務者の債務との関係に関しまして,時効完成について絶対的効力を認めるという形にするときには,債権者の受益の意思表示を不要とした場合に,債権者に不当に不利益になるではないかといった懸念がございます。こういうこともございますので,効果とも併せて検討する必要があるのではないかと思っております。例えばどういった懸念かといいますと,債権者が知らない間に引受人が現れて,引受人との間で時効完成した,そういった場合に絶対的効力が生じるとなりますと,債権者に不当に不利益が課されると考えるわけでございます。   それから,ちょっと長くなって申し訳ないんですが,最後に保証に関する規律との関係でございますけれども,保証の規律の脱法を防ぐという意味では,一定の場合に保証と推定するとか,あるいは保証の規律を準用する必要,これがあることは理解できるところでございますけれども,その要件につきまして補充的な場合であるとか,保証の目的の場合とか,そういう規律の仕方にするときには,区別の仕方として若干明確性に欠けるところがあるのではないかと思っております。債務者と引受人の内部的な負担割合が100対0の場合,そういった決め方もあるようには思いますけれども,内部的負担割合だけでは債権者にとっては分からないわけでございまして,それだけでは足りないようにも思いますし,決め手となるような案があるわけではないんですけれども,何からの工夫の余地があるのではないかと考えます。 ○深山幹事 債務引受については,実務的にもかなり定着しているといいますか,しばしば利用されるので,規定を設けることは賛成です。しかし,用いられ方は,併存的な場合であれ免責的な場合であれ,いろいろな使われ方があって,債務引受という概念は主として債権者との関係を意識したとらえ方だと思うんですが,引受けがなされた後の,もともとの債務者と引受人との内部関係も当然問題になろうかと思います。そういう意味では,今も少し御発言がありましたけれども,内部的な言わば負担割合については,いろいろと定めるべきことがあって,保証との関係が議論されていますけれども,保証と同じようにもともとの債務者が内部的には最終的には負担をすべき場合もあれば,全く逆にもともとの債務者が全く内部的にも免責をされて,引き受けた人だけが負うべき場合もあろうかと思います。   そうなりますと,なかなかルールのつくり方について,きめ細かに配慮しなければならないと思うんですが,当然のことながら,内部関係だけではなく,効果については個々の引受契約の契約の意思解釈の問題だろうと思います。なので,三者で合意した場合には三者がどういう効果を意図したかということになるわけですし,それから,三者ではなくて二者でだれか関与しない当事者がいる場合には,合意した当事者間での効果は合意に従うわけですけれども,その合意に加わっていないもう一人の人との関係で,どういう効果をもたらすかというようなことをかなりきめ細かに要件と効果の組合せをしないとよろしくないと。いずれにしろ,言わばデフォルトルールを定めているということを明確にすることが重要で,合意があればそれに従うということは当然のことかもしれませんけれども,分かりやすく表現をしていただく必要があるのではないかなという気がいたします。 ○岡委員 弁護士会の意見の御報告でございますが,まず,履行の引受け,これについては明文化は不要ではないか,こんなことまで書かなくてもいいのではないかという意見が強くございました。   併存的債務引受について,債務者及び引受人の合意がある場合に,債権者の受益の意思表示が必要かという論点については,岡本さんが先ほどお話しされていましたけれども,弁護士会の中でも一部に通知で足りるのではないかと,あるいは当然に債権者の権利となって放棄できるだけでいいのではないかと,そういう意見が一部にございました。多数意見ということではございません。   それから,最後ですが,保証に関する規律との関係で,実質的に保証契約である場合に,書面義務であるとか,いろいろな保護の方策が適用されるべきであるというところは一致しておりますけれども,どういう条文がいいのかというところについては,議論がございました。現在の研究会試案,検討委員会試案では,不明確ではないかという意見も多くあるんですが,では,これがいいという具体的な意見を出せるには至りませんでした。ここだけ保証に類する場合は保証を準用するという規定を置く意味があるのか,ほかでも似たような境界線にある契約類型はあるわけで,そこに全部置くというのだったら分かるけれども,ここだけに置く意味があるのかという意見もございました。保証は特に重要なので置いてもいいではないかという意見もございました。意見が分かれておる状況の報告でございますが,問題関心は高いということを御報告いたします。 ○中田委員 免責的債務引受について,細かい点を何点か申します。   一つは債務者の意思に反してでもできるとする場合には,要件の立て方について第三者弁済の要件あるいは更改の要件との関係も検討する必要があるということです。   二番目に,引受人の債務者に対する求償権についてどうするかを検討しておく必要があるということです。   それから,三つ目ですけれども,担保の移転についてです。詳細版の64ページに三つの考え方が提示されています。最終的には先ほど深山幹事がおっしゃったように,意思解釈の問題かなと思いますが,ここで注意すべき点は,後順位担保権者がいる場合にどうなるのかを検討しておく必要があるのではないかということです。つまり,もともと債務者が自分の設定した担保権であったのが,言わば物上保証人のような立場になるので,そうすると後順位担保権者との関係が複雑になる可能性がありますから,その点もあらかじめ検討しておく必要があるということです。 ○藤本関係官 債務引受について実定法上の規定は余りないのですけれども,金融関係は幾つかございまして,一つは後で話題になるであろう清算機関の話があり,もう一つは預金保険で債務引受に関する規定が既にありますので,民法の規律をいかに定めるかについて,非常に関心がございます。例えば預金保険法では実は民事上の規律の特例を既に定めております。どういったものかといいますと,破綻金融機関から救済金融機関に対する事業譲渡の場面で債権者の承諾なく,すなわち,預金者などの承諾なく救済金融機関が債務引受をすることができるというような規定がございます。信用秩序維持の要請や預金が預金保険の対象となっていることなどを踏まえた規律でありますので,こういうものの継続は必要ではないかと考えております。また,仮に民法の規律が明文化されたときに,その「規定にかかわらず」なのか何なのか規定ぶりはあろうかと思いますが,いろいろ整備が必要ではないかと考えております。 ○鹿野幹事 債務引受に関する規定を設けるということについては私も賛成なのですが,その際,先ほど中田委員も既に御指摘になったように,求償についてどうするのかということについても,規定を設けるべきだと思います。   その際,特に併存的債務引受については,保証との関係ないし整合性をどうするのかを考える必要があると思います。以前に,第三者弁済における求償と保証における求償との関係が取り上げられ,その両者の整合性をどのように考えるかということについて議論がありました。また,そのこととも関連して,もし第三者弁済等による求償が広く認められるとすると,債務者の意図せぬ形で債権者が代わって,債務者が過酷な取立てに遭うという事態も考えられるので,それを防ぐ必要があるという御意見も出されていたところです。もし,第三者弁済や保証のところでその点に対する配慮を検討するのであれば,債務引受についても併せて,その配慮の是非と方法について考える必要があると思います。   なお,免責的債務引受については,弁済のときではなくて,引受けのときに元の債務者は債務を免れるということになるのでしょうが,その場合における元の債務者と引受人との間の求償関係も問題となります。もちろん当事者が求償に関して契約で定めておけばそれに従うことになるでしょうが,特に定めがなかった場合のデフォルトルールについては規定を設けるべきだと思います。 ○野村委員 先ほどから保証債務との整合性を配慮することが必要で,書面による債務引受が必要ではないかという意見が述べられていますが,保証契約は書面が必要だという現在の規定については,その規定ができたときに,裁判所では書面がない場合には保証の存在を認定せず,認定しているときには必ず書面があるということが審議会でも言われていまして,それが保証に書面を要求する規定を定めた決定的な理由になっていると思うのです。ですから,もし,債務引受についても実態調査をするような機会があるのであれば,債務引受は必ず書面で行われているのか,特に裁判所がどう扱っているのか,その辺も分かれば参考になるのではないかと思いました。 ○岡委員 報告ばかりで申し訳ないんですが,免責的債務引受のところについて,まず,要件のところで債務者の意思に反する免責的債務引受を認めるか認めないか,これは真っ二つに意見が分かれました。司法制度調査委員会レベルではありますが,東京,大阪,愛知といった大都会の弁護士会からは,意思に反するものは認められないという意見でした。それに対して,札幌,横浜,福岡からは求償権が発生しないという前提であれば,認めてもいいのではないかという意見が寄せられました。   それから,免責的債務引受は併存的債務引受に免除の意思表示が付加されたものという見方については,これも意見が分かれておりまして,そう考えていいのではないかという意見と,やはり少し違うという意見と分かれておりました。   それから,最後に詳細版の65ページですが,債務者が設定した担保権について,A説,B説,C説があるところでございますが,最終的には当事者の意思解釈で原則決めるべきだという前提の上で,当事者の意思がはっきり認定できない場合にどれだという議論をしましたが,これもすべての説に支持者がございました。札幌とか愛知はA説でございましたし,東京とか福岡はB説でしたし,横浜はC説でした。こんなに分かれた意見を報告して何になるんだということもありますが,一生懸命議論をして,それぞれに支持者がいたということを御報告させていただきます。 ○鎌田部会長 それでは,よろしければ次に移らせていただきます。部会資料9−1の17ページ及び18ページの「第4 契約上の地位の移転(譲渡)」について御審議いただきます。まず,事務当局に説明してもらいます。 ○松尾関係官 「1 総論(契約上の地位の移転(譲渡)に関する規定の要否)」ですが,現行民法上,契約当事者の一方が第三者に対して,当該契約当事者の契約上の地位を移転させることが可能であることについては,特に異論は見られないところです。このような概念を契約上の地位の移転,契約の譲渡あるいは契約引受ということがありますが,この部会ではひとまず契約上の地位の移転と呼ぶこととさせていただければと思います。   契約上の地位の移転は,継続的な取引関係における当事者の地位を将来に向かって,第三者に移転する場合等においてしばしば行われているところですが,現行民法には明文の規定が置かれていないことから,その要件・効果が明らかではないという問題があります。そこで,総論では特に契約上の地位に関する明文の規定を設けることの要否という問題を取り上げておりますので,御議論いただきたいと思います。   「2 契約上の地位の移転の要件」では,契約上の地位の移転の要件として,譲渡当事者間の合意に加え,原則として契約の相手方の承諾が必要であるという現行法下の考え方を明文化することが検討対象となりますが,その際には例外的に契約の相手方の承諾が不要とされる場合について,どのような規定を置くべきかという点が特に問題になると思われます。   「3 契約上の地位の移転の効果等」では,特に契約上の地位の移転に伴い,既発生の債権・債務が移転するかという点について見解が対立していますので,多様な契約類型を念頭に置きつつ一般的な規律を設けることができるか,御意見を頂きたいと考えております。   「4 対抗要件制度」ですが,契約上の地位の移転の対抗要件制度を民法に設けることに,積極的な立場と消極的な立場の対立があることを踏まえ,契約上の地位の移転に対抗要件制度を設けることが可能であるか,可能であるとすれば,どのような制度が考えられるのかという点について,多様な契約類型を念頭に置きつつ,御議論を頂ければと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明がありました部分について,これも一括して御意見をお伺いしたいと思います。御自由に御発言ください。 ○筒井幹事 この部分についても,木村委員の発言メモを読み上げます。   契約上の地位の移転は,譲渡人,譲受人及び契約の相手方の三者間の合意がある場合や,譲渡人及び譲受人の合意があり,これを契約の相手方が承諾した場合に成立するとの考え方に異論はない。   しかし,この契約上の地位の移転に係る成立要件を具体化するとなると,例外的に契約の相手方の承諾が不要となる場合があることを明示する必要があるが,具体的に,「賃貸不動産の譲渡に伴う賃貸人の地位の移転」や「事業譲渡に伴う労働契約の使用者たる地位の移転」といったケースを考えると,現時点で,あらゆる契約類型を想定して相手方の承諾が不要となるケースを明確に形式化することは困難ではないか。   また,契約の性質に応じて判断すべき旨を明示するとの提案もされているが,それでは現在の取扱いと余り変わらないのではないか。   したがって,現時点では,条文化は難しいのではないかと考える。 ○中井委員 契約上の地位の移転については,実務的には非常に多く使われていることは間違いがないことで,既にある契約関係を新しい譲受人に対してそのまま引き継ぐことを,譲渡人と譲受人の間で合意をするわけですけれども,当然,契約の相手方の承諾を得るのを原則としています。その典型例は事業譲渡の中で行われ,様々な契約が事業価値を維持するためにそのまま承継されており,そのとき個々にすべての契約相手方の同意を取っているのが実務です。   それを明らかにすることについては,それなりに理があると思います。ただ,その例外として記載されている中で,特に気になるのは事業譲渡に伴う労働契約の使用者たる地位の移転です。現在の民法625条で,使用者は労働者の承諾を得なければ,その権利を第三者に譲り渡すことができないという条文もありますし,現に事業譲渡を行うことによって,労働契約の状況というのは大きく変わり得るわけですから,このときに同意なくしてできる例外として想定されることについては理解し難いところがあります。   現に会社分割のときについては,承継法がありますので,承継法でしかるべき保護を図って承継されている。事業譲渡については,そういう保護的な規定は一切ないわけですから,このときに同意なくして承継できる場合の一例として挙げていること自体について違和感があります。それ以外の賃貸不動産の譲渡,所有権の移転に伴って賃貸借契約がテナントの承諾なくして移転することについては,そのとおりだろうと思います。ただ,その例示はよく分かるのですが,それ以外にどのような場面があるのかについては,ここに御指摘のとおり,なかなかその範疇を画することは難しいのではないか。では,その難しいときに,木村委員からもありましたけれども,それを法制化するのがいいのか,今の実務で原則,相手方の同意を得て行っているという実務で十分と考えるのかは,慎重に御検討いただきたいと思います。 ○西川関係官 3の関連論点,免責の可否のところでございます。譲渡人の免責の可否について,地位の移転に関する承諾と別に免責の承諾を要するべきかどうかということかと思いますけれども,消費者被害の実態からすると,やはりこれは別途に免責の承諾を要すべきではないかと考えております。移転契約のルールをどう定めても,非常に多様な契約上の地位の移転に関する事項をすべてカバーするというのは,やはり難しかろうと思いますので,地位の移転に関与し得ない消費者,相手方の利益を保護する必要は残るのではないかと思います。   具体的に消費者被害の場合でいいますと,例えば悪徳業者が自分の負債を契約上の地位を別会社に移転するという形で移してしまい,その別会社のほうも清算してしまうといったように悪用することが考えられるわけでございますが,この場合,消費者は「契約の地位の移転」という言葉で,免責までが含まれていると必ずしも認識できないだろうと思います。そういう意味では,やはり免責の承諾というのをきちんと別途,独立して要するべきとするほうがよいのではないかと考えている次第でございます。 ○奈須野関係官 契約上の地位の移転についての規定を設けることについては,取引の法的安定性に資することから,ニーズが高いと考えております。   問題になるのが4の対抗要件ですけれども,契約上の地位の移転がされた場合に,何らかの対抗要件を具備しなければ,当該地位の移転を第三者に対抗することができないかという論点で,法令の定めや取引上の慣習がない限り,特段,特別の対抗要件を具備しなければ,対抗できないというような考え方を採る必要性はないと考えております。 ○山川幹事 先ほど中井委員からほぼ言い尽くしていただいておりますけれども,詳細版資料71ページの相手方の承諾を不要とする場合を明確化するという点のうち,事業譲渡に伴う労働契約上の使用者たる地位の移転に関しましては,国によって法制上,いろいろな取扱いがあるのですが,日本の裁判例におきましては,先ほど625条のお話がありましたけれども,事業譲渡の際には労働契約の承継については労働者の同意が要るという扱いになっておりますので,ちょっとこの記述はいかがなものかと思っております。また,これは@の特定の財産の譲渡に伴い移転する場合という基準がどのように使えるかという問題ともかかわるかもしれませんが,少なくとも,従業員は特定の財産の譲渡に伴って移転するようなものとは考えられていないというのが,少なくとも日本における取扱いの現状ではなかろうかと思っております。 ○鹿野幹事 契約上の地位の移転ないし譲渡に関する明文の規定を置くということに賛成でございます。現在も,このような譲渡は多く行われているようですし,その場合の原則的規律を民法に置くことには意味があるのではないかと思います。そしてこの場合,原則としては相手方の承諾が必要とされるべきだと思います。確かに,この資料にも指摘されていますように,賃貸借等を初めとして例外的に承諾が必要ではないと考えられてきた類型があって,それをどうするのかという問題はあります。その例外を一つ一つ具体的に挙げるということは難しく,また適切でもないので,例えば,契約の性質上,承諾が必要でない場合があるというような抽象的な書き方で,その例外を定めざるを得なくなるかもしれませんが,それでもなお,そのような例外を留保した上で,原則規定を置くということには,なお意味があるのではないかと思っております。   次に,対抗要件制度ですが,私は,これも導入の方向で検討するべきだと思います。契約上の地位に関しても,二重譲渡的なことがないとも限りませんし,それから,まだ地位の移転がなされていないことを前提に,第三者が差押え等をするというようなことも考えられないわけではありません。そのようなことを考えると,契約上の地位の移転を第三者に対抗するための対抗要件の制度が必要なのではないかと思います。もちろん,一方で,債権譲渡等の個別の対抗要件を備えればよいと意見も考えられるわけですが,契約上の地位の移転は,個々の債権の譲渡や債務の引受けに限られず,取消権や解除権等も含めて,契約上の地位を包括的に移転するということなのですから,やはり,個々の債権譲渡等の対抗要件の制度とは別に,その包括的な契約上の地位の移転について,対抗要件というものを考えてもよいのではないか,そう考える次第です。 ○山本(和)幹事 規定を設けるという点についてですけれども,倒産法の観点からもできれば規定を設けていただきたいということであります。諸外国の倒産法制の中においては,倒産手続の中で行われる事業譲渡等の場合に,契約上の地位の移転について,相手方の同意が必ずしも必要ではないということを規定する例があります。フランス法ではその契約が事業の再建にとって不可欠な場合には,裁判所の許可を得て,相手方の同意なしに契約関係を移転させるということができると規定されておりますし,アメリカ法においても同様の規律があると伺っております。そういうような規律は,恐らく倒産手続の中での迅速な事業再生にとって有益な場合があるというのは,最近のアメリカのチャプターイレブンの例からも言えるのではないかと思います。   日本でそういう規定を入れることが相当かどうかということは,議論があり得るところだと思いますけれども,そういう議論を進展させるという観点からも,一般法の中で,民法の中でそのような規定を設けていただく,つまり,原則を明らかにしていただくということが非常に有用なのではないかと思います。特別ルールをつくっていくという場合に,一般ルールがやはり必ずしも明確ではないと,なかなか特別ルールだけをつくるというのは難しいわけでありまして,もし,差し支えがないのであれば,民法の中でそういう一般ルールを明らかにしていただければ,大変助かると思っております。 ○沖野幹事 契約上の地位の移転について,三者合意だけではなくて二者合意プラス承諾でできるということですとか,また,承諾不要の場合があるということですとか,その程度のことであっても,やはり今後の展開の基礎として規定を置く必要があるものと考えます。例外につきましては確かに要件化が難しいということですが,これも鹿野幹事を初め既に御指摘のあったように手掛かりを抽象的な形でも置くということが,更にそれを機軸として展開していくために必要ではないかと思います。   この点は,今まで御意見があったところに対して賛成だということだけなのですけれども,対抗要件につきまして,申し上げたいと思います。契約上の地位は非常に様々なものがあると理解しておりまして,これを対抗という問題としてとらえるのかということ自体も,検討する必要があるのではないかと思います。物権あるいは債権,財産権で二重譲渡が可能であって,対抗要件を備えることによって両者の優劣を決するという枠組みをまた対抗問題,対抗要件としてとらえたときに,契約上の地位というのがそもそも,そういうとらえ方に一般的になじむものと考えるべきなのかという問題意識です。確かに,そういう非常に財産権に近いものもあれば,そうでないものもあります。契約上の地位は,譲渡されればそれまででと申しますか,譲渡がされればそれで完結するというようなとらえ方が適合的なものもあるのではないかとも考えられるものですから,必ずしもいわゆる財産権と完全横並びで当然,二重,三重譲渡はあって,したがってというか,それを更に対抗要件の具備の先後で決するという法律関係ととらえて問題設定をすべきかという点についても,なお検討の余地があるように思われます。   それから,更にはより具体的な問題として,どういう対抗要件を一般規定として設けるのかということなのですが,それ自体もかなり様々なものがあると思われまして,資料に書かれましたようなゴルフ会員権の例ですとか,あるいは不動産の賃貸借の場合の賃貸人の地位,賃借人の地位,それぞれございますし,また,ゴルフ会員権についても判例は債権譲渡類似としておりますけれども,それがいいのかという問題意識もございます。そうしたときに果たして契約上の地位一般について,もちろん,特別な規律がある場合は別だということなんですが,そうであっても,なお,一般的な規律が置けるのかということは,かなり疑問なように思われます。   ですので,契約上の地位については,そもそも対抗要件という形での一般法理の妥当するものとして当然にとらえられるものか,また,対抗要件の置き方として少なくとも特別な考慮を要しない場合における一般規律としてこれだというものを置き切れるのかということについては,非常に疑問に思われますので,ここはむしろ解釈にゆだねるということでもいいのではないかと思います。 ○高須幹事 今の沖野先生の御指摘に私も賛成でございます。具体的な例として例えば事業用の不動産,要するに賃料が発生するような不動産を譲渡するというような場合において,既に賃料債権が譲渡人の債権者によって差し押さえられているようなケースにおいて不動産を譲渡すると,判例の理解ですと契約上の地位,つまり賃貸人たる地位は譲受人に移転するけれども,個別の賃料債権については既に差し押さえられているので,それは差押えの効力によって物件を買った人が収受することはできませんという結論になる。こういう最高裁の判例があると思うのですが,そのようなことからも分かるように,個別具体的な債権・債務関係と契約上の地位の移転というのは,時としてばらばらになってしまうということがありまして,そういう意味では,やはり対抗要件なるものを認め,一つの財産的価値だとして契約上の地位を固めても,なかなか,そのとおりいかないという部分もあろうかと思いますから,立法化するとしてもかなり難しいことになると思いますので,慎重に検討し,場合によってはもう少し解釈その他によって,理論が進むのを待たねばならない部分もあるのではないかと思います。 ○中井委員 一般に契約上の地位の移転については相手方の承諾が要る,例外については少し幅が広くて様々なパターンがあるから,なかなか立法化,明文化は難しい点があるのではないかと先ほど申し上げたのですが,山本和彦幹事の意見をお聞きしまして,倒産法の世界で契約上の地位の譲渡について,相手の承諾がなくてもできるという規律を仮に設ける必要性があると認識されたときに,その前提としてやはり民法に規定がないと,なかなか難しいというような立法技術上の問題があり,そういう例外を倒産法の中でつくるには,民法に原則規定があったほうがよいという考え方が説得的であれば,私もそういう考え方は十分採り得るなと思います。 ○岡委員 契約上の地位の移転についてのところでございますが,最初に不動産の所有権が移転した場合に,賃貸人たる地位が賃借人の同意なく移ると。これはこれで分かるけれども,最近の信託譲渡の場合なんかを考えると,必ず賃貸人たる地位が移転するということでもないのではないかと。リースバックなり,賃貸人たる地位が元のまま残るというようなことも今後は出てき得るので,所有権の移転の有無だけで判断するべきではない事態も,今後,出てくるのではないかと,そういうことを指摘する声が弁護士の一部にございました。   それから,移転の対象となる債権・債務の範囲ですが,これは事業譲渡をやっている弁護士にすれば基本中の基本で,いつの時点の債権から移転するかというのは当然決める話でございますので,72ページに書いてありますような契約解釈の問題,契約できちんと合意をしておくというのが基本中の基本で,意思解釈でいくべきではないか。それが原則だろうという意見が強くございました。それからいくと,特約なき限り移転しないというのが任意法規の基準になるのではないかという意見が強くございました。   それから,73ページの契約上の地位の移転による譲渡人の免責の可否,ここは意見が分かれました。日弁連の消費者委員会等からは先ほど西川さんがおっしゃったように,免責には同意が要るという意見であるべきだ,そういうルールで在るべきだという意見が出された一方,特段の事情のない限り,免責ということでいいのではないかと。そういう意見も強くございました。   最後に,対抗要件のところでございますが,最後ぐらい自分の意見を言わせていただきたいと思いますが,大阪の意見に同調するわけでございますが,やはり個別の財産について対抗要件制度がきちんとあるわけですから,二重譲渡あるいは差押え等の優先順位を決めるのは,従来の個別財産の対抗要件制度で決めるのが簡潔ですし,従来の実務にも合っていると思います。そこの上に契約上の地位の対抗要件制度というのを設けたときに,契約上の地位の移転の対抗要件と個別の財産の対抗要件の先後がどうなるんだとか,ややこしい問題も生じますので,個別の財産の対抗要件制度で規律するというので十分ではないか。新しく契約上の地位の対抗要件制度は設けなくてよいと思います。 ○中井委員 岡さんから大阪の意見の紹介がありましたが,私自身は,仮に契約上の地位の移転について民法に定めるとすれば,対抗要件制度についても定める,まず少なくとも努力をしてみることは重要ではないかと思います。   先ほどゴルフ会員権についての話がありましたが,債権譲渡通知で代えるというのではなくて,現実に実務で行われているのは,ゴルフ場会社で,理事会の承認,若しくは会社の取締役会の承認と理事会の承認を得て名義書換がなされ,名義書換というところで明確な契約上の地位の移転があって対抗関係が生じ,そうすると,その後に差押え等があっても,それを機軸にすべての権利義務関係が決まる。これは一つの体系ではないかと思いますので,そのような個別的な類型ごとにどこまでできるのかということについては,課題があるのかもしれませんが,その試みを行うことについては,十分,価値があるのではないか。現実に契約上の地位の移転については,相手方の承諾が基本に置かれるとするならば,相手方の承諾を絡ませた仕組みづくりというのは,十分,あり得るのではないかと思う次第です。 ○山野目幹事 沖野幹事の意見に同調させていただく立場から,対抗要件制度の導入に消極の考えを述べさせていただきます。私は今後の議論のことを考えたときに,契約上の地位の移転の基本的,実体的な規律を設けることの重要性は承認するものでありますが,この論点と対抗要件制度の導入の論点は明確に切り分けて御議論を頂くのが適当ではないかと考えます。さらに今後の議論の進展のことをおもんぱかって申し上げれば,対抗要件制度につきまして,何とか努力してみたらよいのではないかという議論をする段階では恐らくないものであると思いますから,もう少し具体的なイメージを提示して,議論を進めていただく必要があるのではないでしょうか。   こういうことを申し上げる趣旨を細かなことを二点,挙げて補足させていただきますと,一点目はやはり沖野幹事が指摘なさったことですけれども,あるいは高須幹事もおっしゃったことに関係しますが,既存の対抗要件制度,取り分け債権譲渡登記制度や不動産についての所有権の移転の登記制度と,新しく構想される対抗要件制度との関係がどうなるのかということがはっきりしないのでは,これはイメージのつくりようがないと感じます。それから,もう一点は,鹿野幹事のしばらく前の御発言に契約上の地位の譲渡に対して差押えもあることであるから調整が必要である,という御指摘がありましたが,契約上の地位一般について,普通の権利執行のようなものを包括的に考えることがあり得るのだとすれば,その調整のための対抗要件制度は必要なのかもしれませんが,多分,そういう単純な議論にはならないのではないかと感ずるところもございますから,併せて添えさせていただきます。 ○鹿野幹事 すみません,言葉が足りなかったかもしれませんけれども,契約上の地位の譲渡に伴って移転したところの債権の差押えをイメージしてお話をしたところです。確かにそれについては,債権譲渡の対抗要件を備えればいいという考え方も一つあるかとは思いますが,ただ,債権の譲渡だけに限らず,包括的に契約上の地位を移転することに,この契約上の地位の譲渡の意味があるとするのであれば,その譲渡について対抗要件制度の可能性を検討するべきではないかという趣旨で申し上げました。 ○山本(敬)幹事 少し違う観点なのですが,質問を一つだけさせていただければと思います。実は,山下委員が来られていれば是非お聴きしたかったところなのですが,部会資料を見ますと,例外に当たり得るものの一つとして,「目的物の譲渡に伴う損害保険契約の保険契約者の地位の移転」が挙げられています。これは,以前の商法650条には,被保険者が目的物を譲渡したときは,保険契約上の権利も譲渡したものと推定するという規定が置かれていたところですが,保険法が制定される際に削除されて,規定がなくなっているのではないかと思います。これは,どのような考慮から削除されたのか,そしてこの問題について,現在,どう扱われているのかという点が気になるところです。仮に民法で,契約上の地位の移転について何らかの規定を置くとしますと,この問題が影響を受けるのか受けないのか。特に約款実務で対処しているとしますと,その約款実務に影響が及ぶのか及ばないのかというような問題が出てくるかもしれません。そこで,御専門の方にお聴きしたいと思ったのですが,差し当たり,問題提起だけはさせていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 では,追って調査の上,お答えするようにします。何かありますか,沖野幹事。 ○沖野幹事 保険法の制定の際に,明示的にこれは削除するという選択をしたのだったと思います。その理由につきましては,追って私自身も調べて必要なら追加したいと思います。 ○鎌田部会長 宿題もちょうだいいたしましたけれども,先ほども御指摘がありましたように,特に対抗要件について独自の対抗要件必要説を採るときには,具体的にどのような方式を採るのかということの御提案を是非お出しいただければと思います。事務局で独自に考えることはできないと思いますので,よろしくお願いいたします。   それでは,先を急いで恐縮でございますけれども,続きまして部会資料10−1の19ページ及び20ページの「第4 免除及び混同」について御審議を頂きます。まず,事務局から説明をしていただきます。 ○松尾関係官 「1 総論」では,免除及び混同に関する規定の見直しに当たり,留意すべき点について幅広く御議論いただきたいと考えております。特に混同については個別論点では取り上げていませんので,検討すべき論点がございましたら,ここで御指摘いただきたいと思います。   「2 免除の規定の見直し」では,債務者の関与なく債権の消滅という効果が生じる現行法の規定の見直しの要否という問題を取り上げました。現行法上,免除は単独行為とされており,債務者の関与なく債権が消滅することが認められていますが,債務の履行について債務者にも利益があるような場合には,債務者の利益が一方的に奪われることになってしまうという問題があると指摘されています。債務者の意思に反する場合でも免除が認められるという現行法の規定について,その在り方を見直す必要があるか,様々な類型の債務を念頭に置きつつ,御意見を頂きたいと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明のありました部分について,御意見をお伺いいたします。ここも1と2を分けずに御意見を頂きますので,総論的な部分についても御意見をちょうだいできればと思います。 ○岡本委員 混同について申し上げたいと思います。実務をやっている中で,混同が問題になるケースといたしましては,仮に混同により消滅することとすれば,不都合が生じるといったケースが大半でございます。そこで,個々のケースが混同の例外に当たるかどうかという,こちらがむしろ重要になってくると考えております。   混同の例外につきましては,現行民法が規定している債権が第三者の権利の目的であるときというのは例示にすぎなくて,ほかにも混同の例外に当たる類型はいろいろあるのだろうと思いますけれども,こういった例外をすべて書き切るということは困難であるといたしましても,例示を増やすですとか,あるいは民法が規定しているケースというのは,例示にすぎないということがより明らかになるような,そういった形にならないかと考えております。例えばですけれども,銀行保証付き私募債を銀行が取得したとき,こういったときにつきまして,現行法の解釈でも,混同が生じないという解釈は可能ではないかとは思いますけれども,こういった場合にも,混同が生じないことが明文上も明らかになるということであるとすると結構かなと思っておりまして,例示の拡充なり,何かの手当てをお願いしたいと考えております。   それから,契約によって混同を生じさせないこととすることができないだろうかといったことが一つ提案が出ております。債権の発生の原因となる契約におきまして,当事者がその債権に混同による消滅が生じないような属性を与える合意をするとか,事後的に当事者の合意によって混同が生じないようにする,そういったことがもしできるようになりますと,便利だという意見でございます。 ○中田委員 混同についてです。今,岡本委員の御指摘のとおり,混同による消滅の例外が520条ただし書に規定されているのですけれども,実際にはそれ以外にも消滅しない場合が法律や判例や学説で認められているわけです。例えば債権が証券化されている場合ですとか,同じ人なのだけれどもその財産が分離独立していると見るべき場合ですとか,あるいはこれは学説ですけれども,相続人が債権者と債務者の双方を相続したというような場合などが挙げられております。   そこで,私も例外をもう少し広げる方向がいいとは考えているんですが,それをうまく表現するのがなかなか難しく,具体的な提案を今までできなかったところです。ただ,もしも現在よりも520条の本文のほうを絞るか,あるいはただし書のほうを広げるかというような形で,現在の実定法等の状況を条文上も反映したほうがよいというニーズがあるのでしたら,更に検討したらいいかなと思いつつ,今日,参りました。そうしますと,正に岡本委員からも御指摘のありましたところですので,少なくとも今の段階で問題なしとするのではなくて,更に検討すべき論点とするのがよいと思います。   具体的にどのように変えるかですが,岡本委員が御示唆された例示を増やすという方法は確かに一つだと思います。そのほか,本文のほうで債権・債務というのを主語にするのではなくて,債権者,債務者という主語にして,それが同じ資格とか地位とかになるのかというような観点で,本文のほうを絞っていくという方法もあるかなとは思いますが,なお,私自身,定見があるわけではございませんので,検討課題というあたりでいかがでしょうか。 ○鎌田部会長 適切な条文案が思い浮かばないときでも,やはり520条というのは設けておくことが必要な条文ですか。 ○中田委員 確かに520条自体について,混同の効果は債権の絶対的な消滅ではなくて,単に履行拒絶にすぎないんだという考え方が旧民法以来あり,フランスでも弱い効果だという判例や学説もありますが,他方で,フランスの改正提案ですと,むしろ,絶対的消滅という案が出ていたりしますので,普通の債権消滅原因とは違うなという感じはするのですけれども,ただ,原則についてはやはり決めておいてもいいのかなと思います。 ○鎌田部会長 分かりました。 ○山野目幹事 混同について意見を述べさせていただきます。この混同に関する論議は,法制審議会の調査審議が行われるようになる前の段階で,幾つか試みられた改正提言の研究においても,どうしても混同の項目なりますと,時間が少なくてエネルギーが割かれにくいような経過もございまして,余り活発な論議がなされてこなかったという不幸な経過があるのかもしれません。実務上は岡本委員が御指摘になったような,幾つか複数の,混同を生じさせては困るという局面が指摘されていることは確かでございます。   もう少し詳しく考えてみますと,既に中田委員が整理されたところに尽きていると感じますけれども,一つは形式論理として債権・債務が名義上,同一人に帰しているけれども,同一人に複数の財産体が属しているような状況において,混同をたやすく認めるということに問題があるというような類型の例外の需要があると思います。それから,もう一つはそれ以外の多種多様な個別の,混同が好ましくないという局面があると想像します。   前者のほうは,恐らく現在の520条の法文を基に議論をしますと,本文のほうの同一人という概念について,もう少しきめの細かい解釈ができるような努力を要請しているのかもしれませんし,それから,後者のほうは,ただし書のほうに対応する問題であり,岡本委員が例示を豊かにするとおっしゃった部分に対応するものでしょうし,そちらのほうを見直していこうという立法論議に関係するのかしれません。いずれにしても中田委員が御指摘になったように,今後,議論されていってよい事柄だろうと思いますから,今まで議論がなかったため,本日の部会資料は総論的な問題提起にとどまっていると想像しますが,議論はされていってよろしいと感じます。   私の現時点でのまだ考え込んでいない直感的な,感覚的な意見ですが,二,三,付け加えさせていただきますと,ただし書を拡充して例示を豊かにしていくというのは一つの案ですが,例示を上手にしないとかえって限定的に理解されるようなこともあって,弊害もあるかもしれません。むしろ,解釈や個別法の処理にゆだねたほうがよい局面も少なくないのではないかと想像いたします。今日は弁護士会の先生方から何度も,そんなことも民法に書くんですかというお話が出て,それがバックグラウンドミュージックになっておりまして,例示のところは書き方によっては,正に,そんなことも民法に書くんですか的なことが書かれかねないような危惧も少し感じます。   それから,岡本委員から問題提起を頂いたところの,520条は特約で外すことができないのかというお話は重要な問題提起であるとは思いますが,逆に520条が単純な任意規定だと言ってしまうと,債権・債務の帰すうが定まる在り方が,余りコントロールがされない状態になってしまうということも危惧されますから,先ほど申し上げたような改正の幾つかの技術的な可能性の中で,その問題意識を念頭に置いて検討されることがよいのではないかと感じます。   それから,部会長がおっしゃったことですが,520条は,そもそもなくてはいけないんですかという問題提起もなるほどと感じましたが,同時に,今回の諮問事項の範囲外でありますものの,物権に関する179条の規定もあるところでございますから,そのあたりのところも勘案しながら,なかなかに難しい部分は多々あるように考えますけれども,検討が継続されていってよいと感じます。 ○松本委員 免除のほうですが,御提案では免除を契約構成するA案と,単独行為であるが,債務者の異議があった場合は効果がなくなるというB案の二つが出ています。そのうち,A案というのは今でも免除の契約というのは当然,可能なわけですから,A案の意味するところは契約以外では一切認めないということだろうと思うんですね。しかし,そこまでの必要が果たしてあるのかということで,詳細版の70ページの補足説明のところに,一方的に免除されると債務者に不利益が生ずる,債務者の利益が一方的に奪われる事態があるからなんだということで,二つ,例が挙がっています。   一つ目は贈与契約の場合に,ある特定物を引き渡す債務を負っている贈与者が,突然,債務を免除されると保管場所の費用が発生するから不利益だということですが,確かにそう言われればそうだけれども,適切な例かなと。つまり,書面によらない贈与契約で未履行の部分なんだから,各当事者が撤回できるというのが大原則なので,これを撤回できないとしてしまうのですかという話になってまいります。   もう一つの債務の内容が芸術的なパフォーマンスをするような場合であれば,パフォーマンスをする利益というのは大きいのではないか。しなくていいよと言われたらできなくなるというのは不利益だと。これは一方的な債務と構成するからおかしいのであって,その舞台で演技をする権利であって,権利を一方的に奪うのは駄目だと構成するのが本筋だと思うんです。嫌々やる場合は別として,たとえ無償であったとしても,舞台で発表できるというのは一つの権利だと考えるのが筋であろうと思います。一般的な理屈として免除される債務者に,免除されることによって不利益が生ずるかもしれないと言われると,確かにそういう場合もあるかもしれないんだけれども,このような例でもってこの一般論を合理化しようとするのは,少し根拠が弱いのではないかなと思います。 ○奈須野関係官 今と同じ免除の話ですが,免除がどのような局面で起きるかというと,例えば倒産などの局面で生じるわけですけれども,そのような場合,通常,債務者の行方は知れなくなっていることが類型的に多いと考えられますので,もちろん,契約として免除ができるのは当然のこととしても,単独行為とするほうが実務的にはメリットがあるのではないかと思います。 ○山野目幹事 松本委員から詳細版のほうに挙がっている例をお取り上げになって,無権代理人の責任をめぐる議論でもそういう情景があったと思うんですが,挙がっている例は,なるほど,そうかもしれないとおっしゃった上で,この例で説得はされないとおっしゃったと思うのですが,しかし,その例自体はなるほどとおっしゃっていただいたわけですので,それはそれで,少し前の論点もこちらの論点も,解決を実務上要請されていることは間違いないのであろうと考えます。   しかしまた,その例だけでこの議論を進めるんですかという御指摘のところは,確かにそうかもしれないとも感じますが,併せて強調を申し上げたいのは,やはり,現在の民法が免除のところは免除のところとして,単独構成が示されていますけれども,ほかのいろいろな局面と比べてみたときに,債務者に対して利益といえども,押し付けてはならないという思想でつくられている部分と,そうではない部分とがあって,そこのところがふぞろいであるということについては,今般,立法に当たっては何か可能な限り,統一的な分かりやすい考え方で規律の整序がされるべきであるということが出発点にあるわけでございまして,それに加えて,関係者の利益衡量を考えたときに,更に不都合な部分も実際上,あるのではないかということでありまして,これらの理由から,どういう具体的な構成で免除の見直しをするかいうことは,幾つかの考え方があるかもしれませんけれども,全く単純な単独行為構成になっている現在の規律について,見直しの必要があるのではないかということが部会資料で示唆されている提案ではないかと理解しております。 ○中井委員 免除に関してですが,A案とB案と出ていますが,弁護士会の意見としてはなぜ現行法の単独行為としての免除,ある意味でC案がないのかという素朴な疑問が出ています。仮にA案の合意でなければ免除できないとなったときの合意をとるコストが,時間的にも費用的にも掛かるので,それをA案のように合意でなければできないとするのは,やはりいき過ぎではないか。C案という単独行為説がいき過ぎだとすれば,B案なのかもしれませんが,A案について弁護士会として同意する意見は少なかったことを御紹介しておきます。 ○鎌田部会長 C案がないのは,そもそも意思を反映させる必要はないというのと,反映させる必要があるというので大きく分かれて,反映させる場合にはAかBかだということですので,C案の存在は大前提になっているということです。 ○山川幹事 特に事前に考えてこなかったんですが,先ほどの松本委員の芸術的なパフォーマンスという部分,70ページですね,詳細版の。これは,それ以外に行為である,なす債務である場合で例えば労働関係で考えてみますと,非常に不況に陥ったために休業するという場合に,従業員は出勤しなくてよいと命ずると。これは免除とふだん考えておられる実務家は余りおられないと思いますが,もし,これについて同意が必要であるとすると,なかなか休業措置というのが実務上,難しくなる可能性もあるかもしれません。ただ,そこは事実上,受領を拒否すればいいのかという問題がありますので,必ずしも休業ができなくなるわけではないんですけれども,少なくともそういう場合もあるので,なす債務について免除ということが具体的にどういうインプリケーションを持つのか,あるいは報酬請求がその場合にどうなるかという問題もありますので,ちょっと更に具体的に考えてみたいと思います。 ○能見委員 余り考えたことのない問題なので,ちょっと思い付きみたいな発言ですけれども,先ほど中田委員でしたか,免除というものが絶対的な効果があるか,あるいは弱い効果というんですかね,そういうことでも関係するんだと思いますけれども……。 ○鎌田部会長 それは混同のほうです。 ○能見委員 混同ですか。それは失礼しました。実は,免除についても何か同じような問題があるような気がしたんですが,民法には免除という制度があって,債権の放棄というのが正面から規定されていません。そこで,免除とは異なる債権の放棄という考え方を新たに導入するということが考えられるのではないかと思ったんです。その場合に,免除とは異なる債権の放棄の効果というのは何だろうかと考えてみると,思い付きなんですけれども,債権者は債権を放棄した以上とにかく権利として債務者に債務の履行を請求できない。しかし,債務者は履行ができるのかという点に関しては,絶対的な免除であればできないけれども,債権放棄の場合は弱い効果だというと,先ほど松本さんが言われたのにちょっと関係しますけれども,それができるとしてよいのかもしれない。そんなことを思いましたので発言させていただきました。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでございましょうか。   それでは,先に進ませていただきます。部会資料10−1の20ページ,「第5 決済手法の高度化・複雑化への民法上の対応の要否」について御審議いただきます。事務当局から説明をしていただきます。 ○松尾関係官 現在の取引実務における決済手法の高度化・複雑化を踏まえて,決済の安定性を高める観点からの民法上の対応として,例えば流動性預金口座への振込みによる決済や,集中決済機関を介在させた決済に関する法律関係について,明文の規定を設けるべきであるという考え方が具体的に提示されているところです。そこで,これらの具体的な提言のうち,債務の消滅原因に関する新たな提案がされている,集中決済機関を介在させた決済に関する法律関係をここで取り上げることとしました。なお,流動性預金口座への振込みによる決済については,別の機会に取り上げることを検討しております。   ここでは集中決済機関のことをCCPと呼びます。このCCPを介在させた決済手法において,部会資料10−1の20ページの図で言うと,AのBに対する債権がAのCCPに対する債権と,CCPのBに対する債権に置き換えられるという法律関係を説明しようとする場合,これを明快に説明するのに適した法的概念が現行法に存在しないということが指摘されています。そのため,例えば置き換えの対象となるAのBに対する債権について,債権の差押えや債権譲渡がされた場合の法律関係が必ずしも明らかではなく,また,CCPが取得する債権について不履行があった場合の処理も,明確ではないと言われています。   そこで,決済の安定性を更に高める観点から,この関係を明快に説明するための法的概念を設けることとし,この法的概念が債権の消滅を伴うものであること等を理由として,基本的な債権の消滅原因について規定する民法に置くべきであるという考え方が提示されていますので,御議論を頂ければと思います。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分について,御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○松岡委員 ここで示された考え方は,すごく面白くて,確かに従来の民法の理論装置の中ではきちんと説明できないものに合理的な説明を与えている。そういう意味で,法律のどこかに明確に規定する必要があることは十分理解しているつもりでございます。ただ,それを民法に置くことには,やはり相当,抵抗感がありますので,そのことを申し上げたいと思います。この説明の最後のほうにも挙がっていますが,この仕組みは,特定の取引形態を念頭に置く特殊な更改のようなものだとあります。関係する当事者は,相当限定された事業を行うものが念頭に置かれており,一般的に自然人も含めてこういう規律を民法に置くことが必要なのかというと,そうでもなさそうな気がします。   それから,仮にここで規律するとして,恐らく債権・債務の消滅原因の部分についてだけを取り上げることになって,その前提となるCCPという,機関なのか組織なのかをつくる契約若しくは合同行為や,既に出来上がった組織に加盟する契約は,恐らく非典型契約になり,そういうものまで民法に規定するにはならないだろうと思います。そうすると,債権の消滅についての規定は,仕組みの全体像のごく一部だけになるでしょうが,それでもこういう仕組みの中でいろいろトラブルが生じたときにどう処理するかはかなり複雑な規定を必要とすると思います。   この集中決済組織が破綻しないようコントロールするためには,CCPのような組織について一定の厳格な要件を定める必要があり,しかるべき所轄官庁が規制をし,規制違反に対してどういうサンクションを定めるかまで含めて,まとめて一つの特別法で規律する,というのは,よく理解できます。しかし,その一部分についてだけ,民法に規定を置くことには,かなり疑問があります。むしろ,抽象的な規定で一般に使えると受け取られて,変に悪用されるおそれはないのかというようなことまで考えてしまいます。 ○筒井幹事 この部分についても木村委員から発言メモが提出されていますので,読み上げます。   多数当事者間の決済に関する規定を条文化する趣旨は,理解できる。   しかし,多数当事者間の決済は,今後も様々な形で変化・発展していく可能性のある取引であり,一般法である民法に規定を設けるまでの必要性があるのか疑問である。   商法の交互計算の規定を整理したり,個別法に規定を置くなどの対処でよいのではないか。 ○松本委員 これは債権総論に置くつもりですよね,あるいは契約各論に置くんですか。つまり,典型契約として置くのか,債権総論でいわゆる公序に近い,言わば強行規定的な趣旨で置くのかによって,大分変わってくると思うんですね。契約各論に置くのだったら,契約自由だから御自由にという世界なんでしょうが,これが強行規定的な秩序であるということだと,民法に規定するのにふさわしいと言えるのかかなり疑問です。民法というのは,そもそも立場の互換性のある当事者間での関係を扱っているという建前が一応あると思います。実質はそうではないかもしれませんけれども。   という中で,一人計算の一般参加者としては普通の人も特殊な取引を考えれば考えられるかもしれない。もっとも,討議資料の実際の例として挙がっているものでは,一般人が参加することはおよそ考えられないタイプですが,特殊なものは考えられるかもしれない。そして,そこでCCPに当たる人をだれでもがやれるということであれば民法の世界だと思うんです。私もCCPをやれます,あなたもCCPをやれますと。あなたも会員,私も会員と。だけれども,それが前提になっていないですね。CCPというのは非常に特殊な認可法人か,あるいは厳しく資格を制限された人が念頭に置かれているわけで,やはり民法の一般ルールとして入れるのはふさわしくないのではないか。そういうCCPの許認可の要件等も踏まえて,様々な効果についても強行法的なルールをきちんと整備をして,倒産した場合にどうするんだということまで踏まえて,特別法で手当てをきちんとするというのが一番ふさわしいのではないかと思います。契約自由の世界でこれと同じようなことを考えて,みんなが合意してやるのであれば,目的等が公序良俗に反しない限りはいいのではないかとは思うんですが。 ○藤本関係官 決済ですとか清算の安定性を確保することは,私どもとしても非常に重要なことだと思っております。金融商品取引法と資金決済法では,一定の有価証券取引や銀行間の為替取引などに基づく債務を負担することを業として行うことというのを一般的に禁止しまして,個別に免許を与えて,その禁止を解除して,監督の対象とするという免許制にしています。免許制という業規制の仕組み方としては,債務の負担に着眼しているところでございます。免許制を前提に,参加者に破産手続などが開始されたときの手続も規定しております。法律構成を含め制度は非常に安定的に運営されてきており,問題は生じていないと承知しております。   さらに,リーマンショック後の世界的な金融危機を踏まえまして,外国の清算機関に対する規律ですとか,あるいは清算機関同士の連携について,先にも通常国会に金融商品取引法の改正法案を提出して,成立・公布されたところでございまして,併せて債務の引受けを業として行うというのを,債務の引受け・更改その他の方法により債務を負担することを業として行うという旨の内容が盛り込まれました。どういうことを言いたいかといいますと,私どもの視点からすると,国内の機関,外国の機関を問わず,また,これらが行う決済,清算の法律構成のいかんにかかわらず,免許制の対象とすることが一定の取引の決済,清算の円滑・安定に資するという考えでございます。このような視点と民法改正において,こういういわゆる一人計算と言われているような一つのモデルを提示するということは,やや物の見方が違うのかもしれません。   それを前提にして一人計算というものはどうでしょうかという論点はあると思いますし,免許制の対象とされていないものについてはどうでしょうかという論点はあるかと思いますが,私どもの目から見ると,金融危機を経ての見方ですが,対象債権が発生すると,自動的に置き換えられていくと,何か非常にスムーズなような気がするのですが,債務引受という行為が一枚かむといったほうがかえってシステミックリスクの管理という観点からすると,踏みとどまるところがあるということもあるのではないか。詳細版を見ますと,登記を効力要件にするということも書いていますが,かえって安定性が損なわれたりするという考え方もあるのではないか。特に急きょ,手続に参加するといった場合に,効力が否定されるということになると困ったことにならないのか,実務負担,コストはどうなるのだろうか,登記に瑕疵があったらどうするのかとか,あるいはかえって国際的な連携の支障になってしまうのではないかといった点もありますので,そういう観点からも慎重な検討が必要なのではないかと思っております。 ○岡本委員 現在でも外国為替の決済などCCPが債務を引き受けて,それと同時に債務者に対して債権を取得する旨の契約をすることで,集中決済を行う仕組みが存在しておりますけれども,一人計算の規定が設けられることによりまして,従来の仕組みによる取扱いが否定されるようなことがないのであれば,こういった規定を置くことに特に反対するものではないわけですけれども,逆に,この規定が設けられることで従来の仕組みによる取扱いが否定されるようなことがあるのであれば,これは反対したいというのが大方の意見でございます。   一人計算の規定を置くこととする理由の一つといたしまして,現在,行われているような仕組みについて,法律上,疑問とするところがあるということが指摘されておりますけれども,その中ではCCPによる債権の取得が無因の債権取得ではないかといった疑問も提出されているようでございますけれども,一つには無因であって何がいけないんだという疑問もないわけではないですし,債務引受と債権取得には対価関係があると考えれば,無因でないという評価も可能ではないかと考えているところでございます。   これは御参考ですけれども,内国為替決済制度におきましては参加金融機関の債権に差押えがされたときには,差し押さえられた債権は除外して清算するという仕組みを採っておりまして,そういう意味でも,第三者との関係につきましても,特に懸念すべき点は現状ないのではないかと考えております。 ○山野目幹事 今,議題となっております集中決済における債権・債務の置き換えにつきましては,そこに債権の消滅原因を新しく観念することが適当であると目される局面があるように思われます。そうであるといたしますと,それにかかわって,是非,指摘しておきたいことがございます。それはすなわち債権の消滅原因という債権・債務関係の本質を語ることは,基本法典の役割ではないかということでございます。集中決済はいささか特殊に見える題材でありまして,それに関する規律を民法典など基本法典に置くことを疑問視する考え方も,当然,おありでいらっしゃるだろうと思いますけれども,そこはいま一度,債権の消滅原因の基本的なものを提示しておくという基本法典の役割ということに,思いを致していただくことが重要ではないかと考えている次第でございます。   もっとも,基本法典と申します際に,それが民法でなければならないかということは,今後,更に検討されていってしかるべきものと考えます。確かに集中決済における債権・債務の当事者となるのは,実際上,事業者に限られます。とはいえ,これも,その中には非営利法人も含まれることが大いにあり得るものでありますから,これから商人や商行為の概念がどうなっていくのかといったようなことも見据えながら,検討してまいる必要があると感じております。   このほか,集中決済につきましては外部から差押えがあった場合の法律関係の整序,更にその際の相殺の特例的規律の要否など,いずれも私法的実体関係の基幹的な事項について,適切な規律を設けておくことにより,決済システムの安定化を図ることができるという側面があるように感じます。また,それとともに,もし,仮に登記による公示のような制度を導入する際には,それが実務に対して過剰に重い負荷となることがないような配慮をすることが望まれると考えますし,それからまた,従来,実務が行っておいでになった集中決済の方法についても,それをもちろん否定する趣旨ではなく,その合理化ないしは発展として,適切な制度を導入していくということが議論されていってよいように感ずる次第でございます。 ○岡委員 先ほど山野目先生に言われた今回の弁護士会の意見の,そんなことまで民法に規定するのかという集大成の意見がここにございまして,やはり民法に入れるのは反対だという単位会ばかりでございました。意見をよこしてきたところ,大阪,札幌,東京,福岡,愛知,すべてが中身に反対ということではなくて,民法にこんなことまで入れる必要はないのではないか,先ほど少しあった参加者の倒産リスクとか,CCPの適格とか,そういうこともあるのだから,特別法でやっていただきたいという意見で染まっておりました。 ○道垣内幹事 例えば民法(債権法)改正検討委員会というのが一人計算というものの案を出していますが,その案のような形で民法に置くのが妥当かということに関して,私も疑念を持っています。   しかし,問題はそれに尽きなくて,つまり,仮にいろいろな集中決済というものが債権譲渡と債務引受という二つの概念の組合せによって,完全に安定したものをつくることが可能であるというふうなことならば,正に何も置かなくてもよい,あるいは一人計算,セントラル・クリアリング・パーティについての規制の法律をそれで置けばよいということになるのだと思うのですけれども,差押えがあったものを集中決済から外すというだけで,本当に国際的に安定した集中決済システムというものが概念上,作れるのかというのが問題なんだろうと思います。そして,最終的に登記だとか,法人性だとかの適格の問題とかを特別法にすると,民法には適さないということになるのかもしれないのですけれども,それでは,差押えはできないとかいうことを,民法にそれの基となる依存する概念なしに,特別法に規定できるのだろうかというのが,私は立法技術の問題としてよく分からないところなんです。   つまり,それは通常の債権譲渡や債務引受とは異なった何かのメカニズムがあるというふうなことがあって,初めてできると考えるべきなのか,それは特別法で規定すれば,差押え禁止にせよ,何にせよ,自由にできるものなのか。後者だとするならば,別に民法に特に規定は何も置かなくてもよいとなるのかもしれないのですけれども,若干,前者の面があるのではないか。そして,そのためには仮に集中決済という形の条文なり,制度なりを民法に置かないとしても,それらの集中決済を安定化させるために必要な債務消滅原因というのは考える必要がないのかということは,なお,若干,検討が必要なのではないかと思います。   恐らく現在,一人計算という形で出てきている立法提案というのは,そういうふうな概念をつくる必要があるとまず考えて,しかしながら,そういうふうな概念というのがだれでも使えるとするのはおかしい,そういうふうな効果が常に生じるとするのはおかしいと考え,そうすると,一定の限定は課さなければならないとなり,一定の限定を課すためには登記だとか,法人だとか,そうしなければならないということになる。そうやって,だんだん拡大していったものではないかと思います。そして,そこまで拡大するのは妥当ではないのかもしれないんですが,概念が本当に不要なのかということは,なお,若干検討の必要があるのかなという気がしているということを申し述べておきたいと思います。 ○岡田委員 今,議論されているCCPにはかなり距離がありますが,今,消費者生活センターで大変問題になっているのが決済代行という仕組みです。これは国内で作ったカードを海外で使うとか,海外で発行したカードを国内で使う,国際ブランドのクレジットカードが使われますが,クレジットカード会社と加盟店契約が結べない事業者等を対象に決済を代行するシステムです。主に出会い系サイトの利用料の回収で使われます。決済代行業者も国内だけでなく海外の事業者も介在するために契約当事者が5者になる場合もあり,追跡自体困難です。仮に追跡できても国内の会社は一切権限がなく,結局海外の会社と交渉する形となっており消費生活センターのあっせんは望めない場合が少なくありません。今回の割賦販売法改正で何らかの規制があるかと期待したのですが,結局適用されませんでした。したがって監督官庁も業界団体もなく,事業者は増える一方です。個人的にはこのシステムもCCPを参考にしたシステムと思えますので,CCPに関するルールができれば,業法でもルール化されるのではないかと思います。   ですから,厳密に五者がかかわってきます。国内でサイト業者が消費者と契約をする,その集金代行というか,決済代行に関して国内だけでやってくれればいいんですが,海外,国際ブランドカードなものですから,海外のほうへ飛んで,そちら経由で日本に,また国内に戻ってきてということで,五事業者がかかわってくると。   代行業者は国内にお店は持っているんです,営業所を持っているんですが,結局は海外の本社ないしは海外の代行業者の権限になるという意味で,今,何の法規制もないし,所管庁もないという状況で,大変,消費者センターとしては困っております。そういう意味で,CCPの問題提起といいますか,この仕組みが何らかもっと明確に法律の中に組み込まれれば,消費者問題の中の決済代行も,そちらの影響を受けて特別法か何かで規制されるのではないかと思っています。   集中決済までしているかどうかは,ちょっと分からないんです。ただ,決済代行という言葉自体が何か漠然としているというか,経理すら私たちは分からない。ましてや,国際ブランドネットワークというクレジットカードのブランド,そこのネットワークの中も分からないというような状況なので,是非,このCCPの問題というのはもっと詰めていただきたいなと思っています。一応,消費者センターで今,困っているんだよということで提案いたしました。 ○神作幹事 複雑な決済システムの中で,決済の法的安定性を高めるための手段・方法を考えるということは,確かに非常に重要なことでありまして,例えば債務の消滅ですとか,差押え等について特別のルールを置く場合に,私法上,基礎となる概念がなくていいのかという問題意識は当然あり得るかと思います。   しかし,他方で一人計算の規律にやや違和感を感じる部分もあります。そもそもCCPが何のためにつくられるかと申しますと,決済の安定性のためだけではなく,決済の効率性という観点も併せて非常に重要で,効率性と安定性,これを普通,決済制度を構築する際には重要な要素として考えていくことになると思われます。そのような観点からすると,例えば一人計算における登記についての規律は,確かに法的安定性は高めるかもしれないけれども,高度・複雑な決済制度として決済の効率性を追求すべきCCPに係る規律として本当にふさわしいものなのか疑問が生じます。あるいは,松岡委員が言われましたように,究極的な目的は多数当事者間の決済全体の規律であるのだけれども,そのごく一部だけを切り取って規律を構想することに,安定的・効率的な決済制度の私法的基礎という観点からは何か違和感のようなものがあるということではないかと思います。   他方,民事法的な基礎としては,例えば商行為法において規律が置かれている交互計算の場合には,交互計算に組み入れた個別の債権については差押えや譲渡等ができないというのが確立した最上級審の判例でございますので,そういう意味では,木村委員のペーパーにもございましたように,交互計算との並びあるいは交互計算と関連付けながら決済の安定性・効率性についての私法上の基礎を提供することを検討していくということは十分考えられるかと思います。もっとも,他方で,交互計算というのは商人間又は商人と非商人との間の平常取引に係るものでありまして,すべての決済システムを交互計算の規律をベースに取り込めるかどうかについては,問題がないわけではありません。逆に言いますと,交互計算と並びで一人計算がカバーしようとしている決済の私法的基礎を商法で完全に受けられるかというと,必ずしも十分でないところがあるとも思われます。いずれにせよ,交互計算との関係等にも留意しつつ,私といたしましては引き続き検討を続けていただければ大変有り難いテーマであります。 ○松本委員 岡本委員の御発言とも絡むんですが,岡本委員は現状で例えば内国為替システムはきちんと動いているんだと,CCPの制度が導入されて現状と変わらないのであれば,反対をしないというおっしゃり方だったわけです。その前提としては,現状で動いているという意味は,正に契約自由の世界において,当事者がそれぞれ一定の合意の下に参加をして,そういうふうに清算をするという取決めがあり,それで動いているということですよね。   そうしますと,内国為替以外にも,国債の決済とか株式の決済とか幾つか実例が挙がっていますが,これはそれぞれ言ってみれば,契約自由の世界でうまく一応動いていると。それにもう少しきちんとした法律的根拠を与えたいということなんでしょうが,その場合に一番重要な点は何かというと,CCPが信頼できるきちんとした者かどうかということです。監督官庁における許認可だとか,あるいは組織的にきちんとした体制がとれているかとか,そういうところが入ってきて,初めて意味のある制度だろうと。契約自由で回っているのならそれでいいのではないか。それ以上に厳しくするのであれば,許認可行政等が絡んでくるはずであって,そうであればやはり従来の民法と異質ではないかと思います。   考え方としては確かに面白いし,特別法の中できちんと手当てをされる分には問題はないと思うんですけれども,なぜ民法にというところがやはりひっかかります。特定の許認可等を受けた人しか取引ができないような取引類型は,民法には建前上ありません。消費寄託は事実上,金銭消費寄託で銀行と普通の預金者の間でやるわけですが,個人で消費寄託の受託者になることができないかというとできるわけですよね。それが民法の世界なので,普通の個人がCCPになれない,絶対になれないというようなものを民法に入れるというのはおかしいと思います。 ○中田委員 今,出ている御意見には,複雑な仕組みの一部を民法に規律するのは何か違和感があるという御意見が幾つかあるように思うのですが,一部というよりも基礎的なところを民法に置くという考え方は採れないでしょうか。これは先ほど道垣内幹事がおっしゃったことと共通するかもしれません。既存の当事者間の債権・債務の消滅と,それから,真ん中にいる当事者との間の債権・債務の発生が同時に生じるというのが,今は一つの制度としてはないわけで,それを用意しておく,それは特殊の更改と言えばそうかもしれませんけれども,そういうものを一般的に準備しておくことは,法律関係の安定性に資するということにもなるのではないかと思います。 ○内田委員 現在提案されているこの一人計算という案について,それがいいとか悪いとかということでは全くなく,またそれに対して賛成とか反対とか,ということを申し上げる趣旨ではないのですけれども,ちょっと誤解があるように感じました。部会資料で紹介されている決済についての提案というのは,CCPというものを真ん中に置いた集中決済システムについて,民法に規定をしようというものではないのですね。そもそも,現実に行われている集中決済システムというのは,金融機関絡みのものもありますけれども,普通の事業会社の間のいわゆるネッティングと言われているような,多数者の間の決済の際に使われている場合もあり,その場合には,CCPとしては別に特別な認可を受けた法人がなっているわけではないわけです。一般個人が使うかと言われると,余り例はないかもしれませんけれども,通常の会社が多数集まって決済をする場面で,こういう仕組みを使うという例は現にあるわけです。   そのときに,詳細版の73ページの図を使いますと,AがBに対して債権を持っている。これがAの真ん中にいる主体,一応,CCPと申しますと,CCPに対する債権と,そして,CCPのBに対する債権とに置き換わるという仕組みを使っているわけですが,それをどう説明するかというと,いろいろな説明の仕方があり得ると思いますが,今,使われている考え方というのは,CCPがBに代わって債務の引受けをする。その結果,AのBに対する債権がAのCCPに対する債権になる。これは先ほど出てきた免責的な債務引受になるわけですが,ただ,それで終わらずに,同時にCCPが全く同じ内容の債権をBに対して取得するという構成で説明をするわけです。   この説明は,債務引受という民法上の制度を使っているわけで,それに加えてBに対する債権を取得するという部分については,これがうまく説明できているのかどうかについて議論があるというのが現状だと思います。べつにうまく説明できていないという趣旨ではありませんけれども,議論はあるわけです。いずれにせよ,今のメカニズムの説明,つまり,AのBに対する債権が消えて,二つの債権に置き換わるということをうまく説明するための基本概念は,債務引受とか債務の発生といった民法の基本概念を使って説明しているわけですので,民法でこのメカニズムの説明に使える基本概念を提供するということ自体は,民法のこれまでの原則からしてそれほど異質なことではないように思います。   そこから更に進んで,集中決済システムの仕組みそのものの規定を民法に置こうとすると,いろいろな異論が出てくると思いますけれども,なぜ,一本の債権が二つに置き換わるのか,そして,置き換わったときのそれぞれの性質がどういうものなのか。これは正に民法のレベルの話ですので,それについて一定の説明をする規定を置いてはどうかという提案がなされている。その限りでの立法提案なのだろうと思います。そういうものとして規定の必要があるかどうかということを御議論いただければと思います。 ○松本委員 その点,ちょっとはっきりさせていただきたいんです。つまり,我々個人もCCPになってもいいという大前提の下で議論をするということであれば,つまり,市民はお互いにCCPにもなれるし,その決済の仕組みのメンバーにもなれるんだと,それは自由なんだと,差別しないんだということであれば,それは民法の世界になじむと思うんですが,しかし,他方でそのような安定したシステムとして中に法的人格を一つ入れるためには,その人格がどんな人であるかについて,相当,厳しいチェックが入らないと社会的な意味としては駄目ではないか。   個人間での契約自由の世界であれば御自由にということかもしれないですが,安定した決済システムということになれば,CCPがだれであるかということが大前提となって,初めてその機能が実現するということではないかと思うんです。つまり,今までの民法の世界というのは許認可とは完全に切り離されて,だれでも建前の上ではどちらの側の契約当事者にもなれます,それに一切制限はありません,実際はできないことも多いですが,という世界できたんですが,今回の話はそうではないことを大前提にしているのではないかと。したがって,民法と異質だと感じるわけです。 ○内田委員 ちょっと補足ですが,CCPが許認可を受けた主体でなければならないと言われる点は,現実の問題として事実に反しています。グループ企業間の決済でこれが使われているときは,別に許認可なんか関係ないわけですし,また,企業グループでこういう仕組みをつくるときに,CCPという主体をその機能だけを目的とした互助的な法人としてつくりますと,本当にそれが商人といえるかどうかは議論の余地があるだろうと思います。そういう主体でもあり得るものとして,そしてかなりいろいろな場面で使い得る仕組みとして,現状では考えられているのではないかと思います。 ○松本委員 それは契約自由のところにゆだねておくということでは駄目なんですか。強行法の秩序に入れないと駄目なものですか。 ○鎌田部会長 CCPを中心にした決済システム全体をどう見るかという問題と,それを成り立たせている部品である,部会資料の74ページ,75ページにあるように,その全体の中から切り取って,AとBと真ん中に立つXという三者の関係の債権の消滅・発生の部分だけを民法の世界としてどう見るかという部分,そこは少し視点が違うということを先ほどからおっしゃっている。 ○山野目幹事 CCPの在りようについて,松本委員から繰り返し御疑問をちょうだいしたところでございます。既に内田委員の御説明で尽きておりますけれども,CCPにどういう者がなるかということを考えましたときに,確かに松本先生が御指摘になるように,個人がなることは実際上,余りないかもしれませんが,既に実態上,このCCPの役割を果たす,こういうタイプの取引というのは必ずしも内国為替の取引,これが典型であることは間違いありませんけれども,それ以外の様々な業態について行われておりまして,それはほとんどの場合,法人でございますけれども,その法人が必ずしも営利法人であるとは限りませんし,もちろん,何らかの取締法規があって,許認可を受けてしているものがすべてであるというような実態は全くございません。   それから,もう一つ,契約自由の世界にゆだねられてよいのではないのですかという御疑問も,松本委員から繰り返しお話を頂いたところなんですけれども,中央の清算機関が債権を取得するということの説明,それから,それに付随する債権の消長の問題は,必ずしも契約自由にゆだねられる事項ではなくて,債権の発生・消滅にかかわる基本概念であろうと考えます。ましていわんや,それを差押えとの関係でどう調整しますかということについて問題があるのだとすれば,これは契約自由,当事者間の契約,特約などで処理できる事項ではないということになってまいろうと思います。   内田委員や部会長がるる御指摘になったとおりでございまして,今回,申し上げている,ここで示唆されている提案は,そのような債権の発生・消滅の基本概念を民法に置き,それを前提として,もちろん,そのほかの取締法規や様々な法制によって,それが補完・発展していくことがあり得るだろうし,それを妨げないし,むしろ,それを期待しますが,しかし,やはり基本観念はなければいけないであろう,ということです。ちょうど債権譲渡という概念が民法に規定されているからこそ,その外に債権譲渡の登記の制度がつくられ,あるいはまたサービサーの法制が仕組まれて,様々な取締りのルールが設けられる。これは全体として大変結構なことですが,それが可能であるのは民法に債権譲渡という概念が設けられているからこそであって,その種のものを設けたからといって,民法典の役割が不明確になるようなことはあり得ず,むしろその反対であると感じます。 ○松本委員 もう一点,グループ企業間の場合だからプライベートな領域なんですよね。そうであれば,当事者がどう合意をして,どう動かしていくかという話であって,差押え等,第三者が入ってくる場合はまた別途,議論も必要ですが,どう消滅し,どうなってというのは説明の仕方の問題になるのではないか。例えば相殺という制度も債権総論の公序の領域だけれども,相殺予約とか相殺契約ということで比較的好き勝手なことができる世界になってきているところもあるわけですが,相殺はまだ二当事者間ですよね。今回の場合はもっと多数の当事者間の集中決済ということで,しかも,場合によっては閉じた当事者間ではないところの相当広範囲にわたるパブリックなものも想定されるということから,普通の相殺よりはるかに公序の色彩が高くなってくる仕組みだと思うんですね。   やはり一番心配するのは悪質業者とか,悪徳業者が必ずこういうのに目をつけてきて参入してくると思うんです。そういうことは絶対に許してはいけない。やはりCCPになれる者については,要件をきちんとしておいて,それで初めて安心してみんなが参加できるわけなので,理屈先行型でやるというのはやはりちょっと危惧を感じます。 ○中井委員 今の議論を聞いていまして,弁護士会も少し誤解をしているのかもしれません。今回の問題提起の仕方,検討事項の作成の仕方が「第5 決済手法の高度化・複雑化への民法上の対応の要否」となって,本文太字のところでは,法律関係を明確に説明するための法的概念を民法に設けるということだけが書かれている。しかし,補足説明以下では正に集中決済機関という大きな仕組み,枠組み,登記まで持ち込んだような具体的な仕組みが書かれている。今のお話を聞いていると,山野目幹事,内田委員に確認することなのかもしれませんが,こういう大きな仕組みについて民法に取り込むということを提案しているわけでは決してないと。   我々は,それを何となくイメージして,こんなのが民法に入るんですか,それは全然場違いで,極めて違和感がありますと,こういう反応をしてしまったわけです。今のお話を聞いていますと,民法の中に取り込むのは,将来,こういう制度設計が可能となるような基本的要素,すなわち,AがBに対して有する一つの債権がある意味で消滅と発生というのが同時に起こるような,AのCに対する債権とCのBに対する債権に置き換わる,そういう基本条項であり,従来,一つの考え方としてAのBに対する債権をCが債務引受をする,債務引受をする対価としてCに対してBに対する債権を与える,こういう法的説明もできるかもしれない,そういう考え方を採らずに,一つの新しい仕組みとして,一つの債権が二つの債権に分化する,そういう規定というか法概念を民法に設けたらどうか,こういう御提案と理解すればよいのでしょうか。検討事項の問題提起の仕方では素直にそのようには読めなかったものですから,非常に強い違和感を持ちました。   逆に,今のような一つの債権を二つの債権に置き換える仕組みだとすれば,その仕組みはひょっとしたら,この決済機関,CCPを介在させた決済手法に使われるだけでなくて,ほかの使われ方があるかもしれません。それについては検討がなされている様子はなくて,何か悪い使われ方をして,予期せぬ悪影響が出る可能性だって否定できないように思います。   決済手法のために,その極小単位の法概念を新しくつくるのだとすれば,新しい法概念がほかにいかなる使われ方をする可能性を秘めているのか,ほかに使われ方をしたときにどんな弊害が発生するのか,このあたりについて十分な検討なり説明がないと,ちょっとついていけない感じがいたします。まず,最小限の法概念だけをここに置いて,あとはCCP以下,ほかの方法に使う,その手掛かりを与えると,この辺をもう少し明確にしていただき,その上で更に検討させていただきたいと思います。 ○山野目幹事 タイタニック号がぶつかったような氷山をイメージしてお考えいただきたいのですけれども,今般の債権法改正が明治時代に民法をつくったときの大先輩の起草者たちとは違って,極めて高度に発達した経済社会を相手として,新しい民法の規律の整備をしていかなければいけないというときに,決済という避けて通れない問題があるだろうということが,まずこの問題を大きく最初にとらえたときの問題意識です。それがいわば大きな氷山です。   ところが,その中でなぜCCPだけ取り上げるんですか,ほかにもいろいろな問題があるではないですかという御議論がまずあり得るところでしょうし,それから,商法典が定めている交互計算についてのいろいろな問題点の見直しをして,更にその現代化を考えようという御議論もあることでしょう。いろいろな議論がある中で,差し当たり,民法が対処しなければならないものとして取り上げるものを絞るとしたらどこにあるかと,まず問題が第一段階,絞られますから,ほかのものが全然検討されていないわけではなくて,ほかのものも視野には入っているけれども,いわば氷山の海面の下のところにあって,民法の改正という形で直ちに具体的な提案をすることにはならないだろう,ということです。   それから,仮にCCPの問題を取り上げるということになったときに,先ほどから御指摘があるようにCCPなる機関の許認可等による統制,これを決済の世界ではオーバーサイトと呼びますが,オーバーサイトの在り方全体の中で見なければ駄目ではないか,これも氷山は大きいわけでありまして,氷山の全体を見なければ駄目だというのは御指摘のとおりです。   ただし,氷山の全体を民法の債権編を改正して入れるのですかということになると,そうではなくて,そういうオーバーサイトに関する様々な細目的な規律が発展していく基礎を整えるために,民法には基本概念を置きましょうという提案であって,ここでまた絞られますから,結局,波の上からぷかぷか出ている小さな氷山のところしか,風景としては見えない形になってきて提案がされますため,何か非常に奇怪なものを民法典に入れようという議論がされているような印象を与えますけれども,そうではなくて,その後ろに控えているものが大きいものであろうと感じます。   中井委員は,ついていけないとおしかりをおっしゃいながら,実に今の御発言でこの提案の全貌が持っている性格のようなものを言い当ててくださったような部分があるのではないかと私は感じました。具体的には中井委員のお話の中に,二つに分けて検討すべき問題があるように感ずる次第であります。仮にこの集中決済に関する基本観念を民法に入れるということをしないとどうなるか,それから,入れるとどうなるかという問題があって,入れないとやはり現在行われているものについて,もっと法的な説明が明確にできるのにできない,あるいは差押えや相殺との関係での規律が適切に整備できるのにできないという問題があるだろうと考えます。松本委員が正に相殺,差押えの問題は公序の性格をもつとおっしゃったのですが,公序の性格だからこそ民法典に入れるべきなのだろうと思うものでありまして,それはむしろ入れないと困るというファクターであると思います。   それから,中井委員がもう一つ示唆された,入れると悪用する人がいるのではないですかということも,それもそのとおりだと考えます。そうであるからこそ,民法に基本観念を用意した上で,しかるべき規制を考えるということではないでしょうか。この概念を入れることによって,何も使ってくださいと推奨しているものではありません。恐らくこういう概念がマネーロンダリングのようなものに使われるようなことはないのですかという問題は論じられるべきですが,使われるとすると,それに対してはどういう規制が必要ですか。これが検討されなければなりません。もちろん,規制は必要ですが,しかし,それは民法典の外で,規律がしっかりと考えられるべきことだろうと考えます。   債権譲渡の例を繰り返し挙げますが,債権譲渡という観念を民法に置いたことによって,あれを悪用する人もいるし,立派に使って産業の活性化や証券化に用いることもあります。それをどう使うかというのは,民法典の外にある登記や取締法規の規律の整備いかんによることでしょう。そういうことがいろいろあるから,だから,民法に債権譲渡の概念を置いてはいけないという議論はあり得なくて,むしろ,あるからこそ,周辺法制の発展の促すことができる関係にあるのではないかと考えております。 ○道垣内幹事 ただ,差押え禁止の効果とか相殺に関する特別な規律というのを置こうとすると,一つの債権が二つの債権になりますという概念だけを規定して,そんなときには一般的に差押え禁止が生じますとは多分できないのだと思うのです。そうすると,差押え禁止とか相殺禁止とかというものを正当化する場合というのは,どういう場合なのかという問題が出てきて,ゆえに,そうすると,一つの債権を二つの債権に分けるという話ではなくて,一定の集中決済の場面だけで正当化できるのではないかという話が出てくるような気がします。先ほど,一つの債権を二つの債権に置き換えるという概念が必要かというと,必要かもしれないと申しました。そのこと自体は,私は今でも変わらないのですけれども,やはり集中決済ということとは切り離し得ないところがあるのではないかなという懸念はあります。 ○鎌田部会長 先ほどの議論を聞いていて,中井委員がおっしゃったことと山野目幹事がおっしゃったことに少しずれがあるような気がしています。それは,今,道垣内さんがおっしゃられたようなこととも関連するのですが,中井委員がおっしゃられたのは資料でいえば,A,X,Bの三者の間で起きる関係,これはある意味で普遍性を持った法律関係なのであって,それを説明するための導入部分としてCCPの話が出てきたんだけれども,A,X,Bの関係というのをCCPとちょっと切り離した独自の法的な債権発生・消滅の手法としてのみ考えるのなら,民法でいいということだと理解したのですけれども,逆に山野目幹事がおっしゃられたのは,正にCCPの大きなシステムの中の一つの部品としてのみ意味があるという側面でお話をされたように聞こえたんですね。   それで,道垣内さんのおっしゃられたこと,私も道垣内幹事と似たようなことを考えていて,具体的に言えば,74ページから75ページにかけて,(a),(b),(c),(d),(e)という具体的な提案内容が書かれているうちのどの部分は非常に一般的,普遍的に認められるべき要件であって,どの部分は大規模なCCPのシステムだからこそ必要な部分なのかというふうなことが少し整理できると,もうちょっと分かりやすくなるのかもしれない。そして,これが全部ワンセットになってCCPの仕組みに組み込まれるからこそ,この制度は生かしていくべきなのであって,それから外れるような場面では,むしろ,こういうものは一般的には,(a),(b),(c),(d),(e)が適用されるような関係は認めるべきでないという趣旨の御提案なのかどうかという,その辺のところを御説明いただけるといいのかなという感じを受けたんですけれども。 ○松本委員 道垣内幹事の発言で非常に示唆を受けたわけですが,差押え排除効等のルールをきちんと整備することが一人計算を民法の債務消滅原因として入れるために必要なんだと詳細版の75ページに書いてあります。それで,道垣内幹事がおっしゃったことは,どういうCCPかという議論を抜きにして差押え排除効を一律に認めてもいいんですかという問題提起だったと感じました。結局,民法一般のルールとしてだれでもやれるCCPなんだから,差押え排除効が認められるという議論にはならないんだとすると,どういうCCPであれば,こういう制度にとって必要な効果を与えてもいいのかという点の議論に戻ってしまいます。そうであれば,やはり民法に載せるのにはちょっと過大というか,サイズが合わないという感じがいたします。 ○山野目幹事 今,部会長が御示唆になったように,中井委員のおっしゃったことと私が申し上げたことと,アングルが異なっている部分が確かにあるかもしれません。同時にまた,それはある部分に関しては同じ事柄を別な方向からアプローチして,とらえようとしたものかもしれないとも感ずる部分がございます。   細部を詰めた検討というのは,もちろん,これからされていくことであると言わざるを得ないのですけれども,民法典において実体的な規律あるいは実体的な概念を用意するのに,何がふさわしいかという議論を考えるときに,もちろん,許認可の在り方みたいなものが民法典に入らないというところははっきりしていますが,それ以外のところについては幾つかの柱があるだろうと思います。債権の置き換えの概念を用意するという柱が一つあります。それから,その置き換えの過程を登記で公示するということを伴わせるかという二番目の柱があると思います。それから,三番目に差押えとの調整や関連して相殺との規律をどう考えるかといったような話もあることでしょう。   部会長が御示唆になったように,これらの三つの柱の全部がCCPをイメージした集中決済と必ず論理的に結び付くかというと,結び付く局面もあるし,結び付かない局面もあると考えます。それらのことを検討しながら,申し上げたような許認可のようなものを除いて,私が先ほど挙げた三つの柱の全部を民法典に置くか,あるいは,その一部を整理した上で,精査して民法典に入れるのかということは今後,御議論を続けていっていただきたいと感ずる次第でございます。 ○岡本委員 私どもとしまして,先ほど申し上げたように既に現行法の枠内で内国為替の決済などについて,こういうCCPを設けた決済制度を既にやっているところでございまして,こういった仕組みについて現行法ではうまく説明できない部分がある,必要な法的枠組みが整理されていないところがあるという御指摘のところで,そこが一番気になっているところなわけなんですけれども,恐らくCCPが債務引受をすること,債務引受自体は現行法でも認められているので,さほど目くじらを立てられるところではないのかなと思うんですけれども,むしろ,問題になっているのはCCPが元の債務者に対して債権を取得するという,ここが主として疑問視されるところなのかなと,今のお話を聞いていて思ったんですけれども,一つにはCCPの債務者に対する債権取得について,債務引受に伴って求償権を取得するんだというふうな規定振りにしたらおかしくなくなるのかどうか,これが一点でございます。   それから,二点目といたしましては,そういったいきなり設定的に債権・債務関係をつくるといった形の契約ができるのか,できないなのかというところに根本的な問題があるように思いまして,こういう決済手法の高度化という点もあるかもしれないですけれども,そういう設定的な債権取得というのは,そもそも認めるのだろうか,どうだろうかというところも一つ議論してもいいのかなと思います。   それから,三点目なんですけれども,差押えとの関係なんですが,差押えとの関係については確かに当事者で勝手に合意したからといって,差押えを排除できるかというと,これはできないと思うんですけれども,今回,問題になるのはCCPが債務引受をするという形になっておりまして,それとの差押えということを考えたときに,そもそも債務引受と差押えとの関係はどうなんだという,債務引受に何からの対抗力みたいな考え方を入れるのか,入れないのか,そこら辺の議論というのもまた必要になってくるのではないかと考えました。 ○内田委員 中井先生から部会資料についてコメントというか,御批判を頂きましたので,そのことだけお答えしたいと思います。提案そのものが,非常に抽象度の高いといいますか,一般性のある民法上の債権消滅原因についての概念の提案であるならば,どうして部会資料がこんなCCPあるいは金融機関の決済に特化した制度であるかのような説明になっているのかという御批判であったかと思います。   その御批判は御批判として,反省すべきところはしなければいけないと思いますが,現実には,金融だけではなくて各種の事業会社も含めて,いろいろなところで行われている多数当事者間の決済の手法の中から抽象化した概念をつくろうということであり,これはどんな法制度でも,歴史的にいえば古代ローマの時代から,実務の中から抽象化してルールや概念をつくってきたわけですが,それと同様に,現代の多数当事者間の決済の仕組みの中から抽象化して,基本概念をつくろうとしているのだろうと思います。   ところが抽象化された部分だけを提示すると,何のためにそんなものが出てきたのかということが極めて分かりにくい。そこで,現実には典型的にはこういう場面で使われているということをやはり示さないと,理解していただけないのではないかということで,こういう部会資料が作られたということでございます。ただ,取り上げた典型例のせいで,何か許認可がかかわっているような場面だけが対象であるかのような印象を与えてしまったとすれば,資料の作り方が適切ではなかったと思いますが,いずれにせよ典型的な例を挙げるという趣旨で,こういう作り方をしたということでございます。 ○鎌田部会長 争点と,それから,今後,更に詰めて検討しなければいけない点については,これまでの議論の中で明らかになってきたと思いますし,根本的に批判的な御意見の根底にある考え方も明らかになったと思いますので,それらを踏まえて,更に検討を続けたいと思いますが,中身を詰めていくについては,多分,事務局の力だけに頼るわけにもまいらない部分が,ほかの部分も含めてそうですけれども,多いので,また,それぞれの委員,幹事の先生方に御協力をお願いすることがあるかと思いますけれども,よろしくお願いいたします。 ○中井委員 今の部会長のまとめに関連してですが,ここで挙がっている国債であるとか,証券会社のものであるとか,ほふり関係は恐らく法律に基づく許認可のあるCCPだろうと思います。鉄道関係会社が相互乗り入れを行っているときに,同様に決済をする仕組みがつくられていると思うのですが,その仕組みが現在,どのような法律構成をして,契約しているのか,そういう実態についても是非調査して,それが何らかの法理上の問題点を含んでいて,こういう新たな法概念があれば,より容易に説明できるというのであれば,より積極的な根拠付けになるのではないかと思います。そういう調査がもし可能であれば,一度,御検討いただけないでしょうか。 ○山野目幹事 この集中決済の問題について,たまたま私は関心がございましたから,類似の関心を持っている方と一緒に鉄道系の事業者に対してはヒアリングを行いました。そこでも,銀行などと仕組みの形はよく似ているのですけれども,置き換えて清算する期間が銀行の内国為替は一日ごとになさるのに対し,一日ごとにはしないとか,そういうふうな細かなところに違いが見受けられますし,契約書の条項についてもいろいろ表現振りがよく似ている部分とか,違うところがあります。けれども,基本的な骨格は同じであると感じます。また,鉄道会社だけではありません。内田委員からも御指摘があったように,ほかにも幾つかの事業系のフィールドで行われておりますから,その辺についての知見は,今後の検討が進む中でお互いに委員,幹事の間で交換していく機会があればよろしいだろうと感じます。 ○鎌田部会長 ほかに御意見はございませんでしょうか。   今日は珍しく予定の時間に少し余裕を持って終われそうな雰囲気でございますけれども,本日,予定をしていた議事は以上のとおりでございます。   本日のテーマに直接関係しないけれども,この際にという御発言は何かございますか。 ○萩本幹事 先ほど山本敬三先生から契約上の地位の移転のところで,保険法の関係の話が出ました。山下先生がいらっしゃらないところで,かつ時間が押しているところ,不正確なことをしゃべるのもちょっとと思って黙っていましたが,若干,時間があるようですので,事務当局の認識を参考までにお話ししておきたいと思います。   部会資料でいきますと9−1の17ページの「2 契約上の地位の移転の要件」のところ,詳細版でいきますと,9−2の71ページに出ている商法の650条が保険法では削除されてしまったのではないかという点です。御指摘のとおり,保険法には商法650条に相当する規定は設けられていません。沖野先生から御指摘がありましたとおり,保険法では意識的に商法650条を実質改正する趣旨で,これに相当する規定を設けなかったという経緯がございます。   その理由とされたこととしましては,まず,商法が規定している原則的なルールと保険の実務における取扱いとが食い違っているという点があったかと思います。すなわち,商法では損害保険契約の目的物の譲渡に伴って,契約上の地位が,相手方,ここでいうと保険会社ということになるかと思いますが,保険会社の承諾なく移転するとされていたわけですけれども,実務上もそう扱われていたかというと,そうではなくて,目的物が譲渡されれば従来の所有者は所有権を失い,したがって,被保険利益がなくなって損害保険契約は終了するという原則どおり理解されていて,ただ,保険会社が承諾した場合には,例外的にそれまでの保険契約をそのまま使えるようにすることも認める商品,あるいはその余地を認める商品があったと,こういったような実態があったと思います。   それから,目的物を譲渡する当事者の立場から見ても,譲渡人が加入していた保険の保険契約上の地位まで,目的物の譲渡に伴って当然に移転するという認識を持っているかというと,必ずしもそれは一般的ではないだろうということもあったかと思います。   そうしますと,結局,目的物の譲渡に伴って当然に,すなわち,相手方である保険会社の承諾なく契約上の地位が移転するということにしたいのであれば,それはそれで,そういう保険契約,あるいはそういう保険商品において,個別に約款で手当てをすればいいことであって,法律上の一般的なルールとして当然に移転するという規定を置くのは,むしろ,必ずしも適当ではないだろうと。   大体,このようなことで,保険法においては商法650条に相当する規定を設けない形で,実質的に商法を改正するという結論に至ったという,そのような認識でおります。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ほかに何かこの機会に御発言がございましたらお出しください。よろしいですか。   ないようでしたら,本日の審議はこの程度にさせていただきます。   最後に,参考資料5−1と次回の議事日程等について事務当局から説明をしてもらいます。 ○筒井幹事 机上に配布させていただきました参考資料5−1について説明いたします。これまでの審議の中で,本日も御指摘がありましたけれども,実態調査をすべきであるという御意見を頂いた事項につきましては,事務当局において検討の上,必要な調査を順次進めようと考えており,前々回の会議では不動産賃料の債権譲渡に関する調査についてお諮りしたところです。   今回の参考資料5−1は,その第二弾として債権譲渡の譲渡禁止特約に関する調査を行うため,その質問予定事項を用意したものです。この調査は,第7回会議における中井委員と沖野幹事の御発言を踏まえて,事務当局において準備を進めてきたものです。たまたま債権譲渡に関係する調査が二つ続きましたけれども,それ以外の事項についても検討・準備を進めておりますので,また,改めて御報告・御相談しようと考えております。   今回の調査の方法ですが,この件では流動化証券化協議会とABL協会に対して,それぞれ御協力をお願いし,参考資料5−1記載の質問事項をお渡しして書面で回答していただこうと考えております。また,できましたら,やや違った観点からの回答が頂けるように,その他の団体にも御協力をお願いすることを検討しております。   この質問予定事項につきましては,前回と同様に,基本的には事務当局に御一任いただきたいと考えておりますけれども,しかし,疑問点やその他お気付きの点がありましたら,今でも結構ですし,後日でも結構ですけれども,事務当局まで御一報いただけると大変有り難いと考えております。 ○鎌田部会長 まず,5−1について,今,思い付くことがあればどうぞ。 ○中井委員 まず,このような調査をしていただくことに感謝を申し上げます。その上で,これを拝見しましたが,専ら譲渡しようという債権者の立場からの質問がずらっと並んでいます。その質問自体については十分理解するところです。譲渡禁止特約は議論もありましたが,基本的には力の強い債務者サイドがこの特約の利益の享受を受けようとしている実態にあると思います。典型は国や地方公共団体に対する債権はすべて債権譲渡禁止特約が付いていて,地方公共団体,国との例えば工事請負契約に基づく工事請負代金についても,なかなか資金化ができない問題が指摘されたりしています。   また,力の強い大規模会社,上場会社であるとか,大量の取引,仕入れ債務を負担する百貨店とか,大手スーパーとか,そういうところの取引債権についてもほとんど譲渡禁止特約が付いています。回答としては予測できることなのかもしれませんが,そういう債務者サイドの団体に対して,やはり譲渡禁止特約の有効性をどう把握しているのか,若しくは債権者の方から譲渡禁止特約があるけれども,これを資金化したいので,承諾を求めてこられたときの基本的な対応スタンス,若しくは承諾するなら承諾するときの基準などについての調査もできないでしょうか。   私の経験したものでいえば,ゼネコンが施主に対して請負工事代金を持っていますが,これは大体,俗に10・10・80(テンテンパー)と言われるように,最後の80%は工事完成後に払われる。ゼネコンとしては下請に対する支払原資を得るために,いかにこの工事代金債権を資金化するかが非常に大事なんですが,なかなかできなく,資金調達できない。やはり施主サイドの意見も非常に重要になると思います。  そういう意味で,是非とも,債務者サイドの意見を聞くこと,その対象先や質問項目については事務当局にお任せしたいと思いますが,よろしく御検討を賜りたいと思います。 ○筒井幹事 御指摘をありがとうございます。先ほども少し申し上げたことですが,現在,交渉中の他の団体もありますので,ただ今,御指摘いただいたような団体も含めて,他の聴取先を検討したいと思います。その際は,質問予定事項も異なってくると思いますので,その点についても併せて検討したいと思います。 ○道垣内幹事 すみません,時間がないときに。   譲渡禁止特約の効力が認められるという言葉の意味なのですけれども,譲渡禁止特約があったときに譲渡が無効になってしまうというのを無効にはならないようにしようという,これは分かるのです。しかし,譲渡禁止特約を付けること,つまり,当事者間の債権的な約束として付けるということを禁じることが立法論的に可能なのかどうなのかは,私はかなり疑問に思います。もちろん,あり得るのかもしれないのですが,一般的にはないと思います。さて,そうしたときに,「譲渡禁止特約の効力が認められることによって」とか,「譲渡禁止特約の効力が否定されることによって」という文言が,何を意味しているのかということが特定されないと困るのではないかと思います。   率直に申しますと,私は債権的な効力にしてみても,弱い立場にいる債権者は債権的な約束に反して譲渡なんかできるわけないと思うのでして,債権的効力は少なくとも否定できないとすると,物権的な効力を否定したからといって,それほど事態は改善しないと思います。もちろん,それは個人的な見解にすぎませんけれども,いずれにせよ,何が起こればどうなるのかということが問われている側に若干不明確なのではないか,完全に債権譲渡の禁止特約がなくなるということだけが,一方のあり得る選択肢として存在しているかのように読める感じがいたします。 ○鎌田部会長 聞き方としては「譲渡禁止特約が付けられていることによって」という聞き方をすると,あり,なしの話になる。 ○道垣内幹事 どうすればよいかは,ちょっとすぐには分かりません。攻められると弱いタイプなので。 ○鎌田部会長 少し相談をさせていただいて表現を適切なものにしたいと思います。   中井委員の御指摘の点は,こちらとしても少し意識していたところです。ただ,議事録の中では,むしろ,ここにあるように譲渡禁止特約があることによって,資金調達に支障が生じているかどうかという点について調査すべきであるというのが,お二人ともそちらの方向の御発言だったもので,まずはこれを提案させていただきました。これをやれば,当然,使う側についての調査もしなければいけないということで,また,事務当局のほうで用意をさせていただいているところですので,原案ができたら,また,御意見をお伺いする機会があると思いますので,よろしくお願いいたします。   ほかの点はいかがでございましょうか。   それでは,次回の議事日程についてお願いいたします。 ○筒井幹事 次回会議は9月7日火曜日,午後1時から午後6時まで,場所は法務省20階第1会議室です。次回の議題は,契約各則に入り,贈与,売買,交換についての審議を予定しておりますので,どうぞよろしくお願いいたします。 ○山本(敬)幹事 すみません,次回なんですけれども,多分,最初に御指摘されたのだろうと思うんですけれども,贈与,売買,交換すべてを一回で一気にやるということだったのでしょうか。 ○筒井幹事 審議予定として示しておりました案で,そのようになっておりますので,その方向で準備したいと思っております。 ○山本(敬)幹事 ありがとうございます。 ○鎌田部会長 契約各論になりますと,一日当たりの審議対象の量が膨大なものになってこざるを得ませんので,何とぞよろしく御容赦のほどをお願いします。   以上をもちまして,本日の審議はこれで終了させていただきます。   本日は御熱心な御審議を賜りまして,誠にありがとうございました。 −了−