法制審議会児童虐待防止関連親権制度部会           第7回会議 議事録 第1 日 時  平成22年10月1日(金)   自 午後1時30分                         至 午後5時13分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  民法(親権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)                議     事 ○野村部会長 それでは,定刻がまいりましたので,第7回を始めたいと思います。    (委員の自己紹介につき省略)   それでは,次に配布資料の確認を事務当局からお願いいたします。 ○羽柴関係官 それでは,配布資料について述べさせていただきます。   本日,机上におきまして部会資料7をお配りさせていただいております。部会資料の8と参考資料12につきましては事前送付をさせていただいておりますので,これらについて御確認いただければと存じます。 ○野村部会長 よろしいでしょうか。   もう一つ,机上に厚生労働省からお配りいただいております資料がございますが,これについて杉上幹事のほうから御紹介をお願いいたします。 ○杉上幹事 昨日発表したものを机上に配布させていただいております。簡単に御説明申し上げます。   御承知のとおり,本年7月に大阪市で2幼児を置き去りにしたままお子さんが亡くなるという悲惨な死亡事件が発生しております。これに伴いまして,厚生労働省としましては,今回初めて児童相談所が子供の安全確認をきっちりやっているのかというようなことで,3か月の虐待通告件数の確認状況について初めて取りまとめたということでございます。そこのタイトルペーパーの1にありますとおり,3か月間に1万3,469件の虐待通告がございました。8月30日時点で安全確認ができていないものが261件ということになっております。うち,住所等が特定できないものが全体の9割と,こういうことになっております。虐待通告,必ずしもどこの御家庭でというような形で通告がなされるとは限らないものでございます。   それから,2番でございますけれども,こちらのほうにつきましては,継続して児童相談所がかかわっているお子さんの姿が最近確認できているかということを聞いたわけでございます。これにつきましても,8月30日時点で再度の確認ができていないものが27件と,こういう結果になっております。   私どもの考えでございますけれども,改めて大きな数字を児童相談所等で対応していただいているということでございますが,引き続き情報収集等を加えて,できるだけ確認を進めていただきたい旨,地方自治体のほうにも昨日付で通知をしたところでございます。   1枚おめくりいただきまして,併せて今回,大阪市の事例につきましては,虐待通告が3度にわたってあったわけでございます。また,児童相談所も5度の家庭訪問をしたにもかかわらず,安全確認ができなかった。こういうことを踏まえまして,例えばでございますが,ここに書いてありますとおり,不在の場合は時間帯を変えて訪問するだとか,あるいは居住者が不明の場合,聞き取り等をやる,あるいは管理会社に居住者を確認する等といったような方策,安全確認の工夫事例,これにつきまして併せて自治体から聞き取った上,今回,安全確認の手引きというものを作成して,これについても昨日付で自治体に通知したところでございます。   今日は時間の関係で御紹介だけでございます。内容についてまた御照会等があれば,直接厚生労働省のほうにお問い合わせいただけたらと思います。よろしくお願いいたします。 ○野村部会長 どうもありがとうございました。   それでは,次に今後の審議の進め方の予定等について事務当局から御説明を頂きます。 ○飛澤幹事 私のほうから今後の審議の進め方の予定等について御説明申し上げます。   御案内のとおり,今後の審議の回数は,10月は今日を含めて2回,11月,12月が各1回,あと1月に予備日が1回となります。ですので,都合4回,予備日を入れても5回の間に審議を頂いて,要綱案の取りまとめをしていただくということになります。そういったことを念頭に置きますと,10月の本日,それから22日の部会におきまして個別論点,これまで意見の見解が分かれていた個別論点を中心にこの2回で更に議論をしていただいて,大きな方向性が出てくればと思っております。そして,11月の部会におきまして要綱案のたたき台ということで1回提示させていただき,12月の部会におきまして,可能でありましたら要綱案を取りまとめ,万一12月で取りまとめができない場合には1月の予備日を使わせていただきまして,そこで最終的な取りまとめをお願いしたいと考えております。   非常に時間及び回数がタイトでございますので,どうぞ今後の審議の進行について御協力よろしくお願いいたします。 ○野村部会長 ただいまの今後の予定について何か御発言ございますか。   よろしいでしょうか。   それでは,次にパブリック・コメントの結果報告ということで,これも事務当局から御説明をお願いいたします。 ○佐野関係官 それでは,私のほうからパブリック・コメントの結果の概要について簡単に御説明させていただきます。部会資料,本日配布しております7を御覧ください。   部会資料7の冒頭に記載しておりますとおり,この中間試案につきましては,団体から15件,個人から19件の合計34件の意見が寄せられました。頂きました意見の中には,当部会に所属の委員,幹事が属されている団体からの意見も含まれておりまして,短時間でかつ詳細に検討を頂き,また有益な意見をお寄せいただきまして,どうもありがとうございました。改めてお礼申し上げます。   それで,中間試案に寄せられた意見につきましては,部会資料7の1ページの下に記載しておりますとおり,賛成や反対,またその他の意見等に適宜分類し,その理由の要旨等を記載しておりますけれども,頂いた意見は非常に多岐かつ詳細であることから,要旨を取りまとめて記載することとしております。そのため,分類の方法や記載等につきまして,若干不十分な点や不正確な点あるいは表現等につきまして足りない点もあるかもしれませんけれども,その点はどうか御了解いただければと思います。   なお,個別の意見につきまして,生の元意見を知りたいという方がいらっしゃいましたら,向かって右手の机の上に3冊ファイルを用意しておりますので,適宜なときに御覧いただければと思います。よろしくお願いします。   それでは,各意見についてごくごく簡単に御紹介したいと思います。   まず,第1の1,(1)の親権全部の一時的制限制度,2ページになりますけれども,ここではいずれも賛成との意見が各団体・個人から寄せられました。   次に,1の(2)の親権の一部制限制度につきましては,多様な意見が寄せられたのですけれども,親権の一部制限制度としては現行の管理権喪失制度のみとする甲1案と,事案ごとに親権の一部を特定して制限する丙案のこの両説に分かれた状況になりました。   次に,5ページに進みますけれども,2の(1),親権制限の原因につきましては,まずア,親権喪失の原因につきましてはC案に賛成する意見が多数寄せられましたが,B案に賛成する意見も寄せられたところではあります。なお,A案に賛成する意見というのは一件もございませんでした。   次に,8ページに進んでいただきまして,イの親権の一時的制限の原因につきましては,これはいずれも賛成との意見が寄せられております。   次のウからオまでですけれども,中間試案では初めに出てきました親権の一部制限制度の在り方とリンクしたような形で問いかけがなされていますけれども,実際には先の親権の一部制限制度に対する意見や立場とは必ずしもリンクしない形で意見が寄せられております。これを前提としますけれども,ウの監護権の一時的制限の原因につきましては賛成との意見が,またエの管理権の喪失の原因についてはB案に賛成との意見,またオの管理権の一時的制限の原因につきましては賛成との意見が寄せられております。   次に,9ページの一番下のほうの(2)親権の一時的制限の期間につきましては,B案に賛成する意見が多数寄せられました。その上で,具体的な期間につきましては,11ページの(注)に記載しておりますような意見もまま寄せられたところではあります。   次に,11ページの真ん中辺,(3)親権の制限の審判の取消しのところですけれども,こちらにつきましてはいずれも賛成との意見が寄せられております。   次に,11ページの下,(4)親権制限の審判又はその取消しの申立人のところですけれども,まず初めに①子を申立人に加えることについてにつきましては,賛成との意見が多数寄せられました。ただ,賛成との意見の中にも,一定年齢以上の子に限る必要があるという意見を述べるものや,子に対するフォローが必要であるなどの意見が添えられているものが少なくありませんでした。   まためくっていただきまして14ページの②,ここは取消しの申立人ですけれども,こちらにつきましては賛成との意見が寄せられております。   同じく14ページの(5)親権の一時的制限の場合の再度の親権の制限につきましては,何らかの規律を設けるということを前提として,その規律の在り方について,ここに記載しておりますような様々な意見が寄せられました。具体的には,更新制度を提案するものであるとか,親権喪失制度との関連を提案するもの,あるいは再度の制限の期間について提案するもの等がありました。   次に,15ページの3,同意に代わる許可の制度のところにつきましては,16ページに記載しておりますとおり,両説,賛成,反対に大きく分かれたところではあります。   次に,17ページの第2,未成年後見制度の見直しのところに進みますと,初めの1,法人による未成年後見につきましては,いずれも賛成との意見が寄せられております。   次に,19ページ,2,未成年後見人の人数につきましては,賛成との意見が大多数の状況になっております。   次に,21ページ,第3,その他,1,子の利益の観点の明確化のところにつきましては,民法の親権に関する規定において,子の利益の観点を明確にすることに賛成との意見がいずれも寄せられております。その具体的な明確にする方策としましては,例えば民法に新設の規定を設けるべきとの提案であるとか,民法の820条の規定に子の利益の観点を明記するべきであるとの提案,あるいは権利が先に,義務が後になっている現在の民法820条の規定を,義務を先に,権利を後に規定し直すべきであるとの提案等が寄せられております。   22ページの2の懲戒のところですけれども,これにつきましては,懲戒に関する規定を見直すべきとの意見が大多数寄せられております。なお,見直すべきとの意見の中でも,懲戒場の規定の削除は別にしまして,懲戒権の規定を削除することによる社会的影響を考慮して,もう少し慎重に検討すべきではないかという意見もございました。   資料の一番最後,24ページには,必ずしも中間試案の各部分には該当するわけではないのですけれども,関連する事項として寄せられた主な意見を数点まとめておりますので,御覧ください。   あと1点,この資料の取扱いですけれども,今回この机上で配布しました資料につきましては,個人名もそのまま名前又は所属等を含めて書かせていただいておりますけれども,これは法務省のホームページに掲載する際には,個人名につきましては一応伏せた形でホームページの資料としては掲載しようかと考えておりますので,その点だけ御了解いただければと思います。 ○野村部会長 どうもありがとうございました。   それでは,ただいまの御報告について何か御質問ございますか。 ○平湯委員 今,最後の話で,ホームページに掲載する場合ですけれども,団体名は載せる。個人名は外すと。 ○佐野関係官 そのとおりです。 ○平湯委員 分かりました。 ○野村部会長 よろしいでしょうか。   それでは,パブリック・コメントについては以上にしまして,本日の審議に入りたいと思いますが,本日の審議,部会資料8に基づきまして,児童虐待防止のための親権に係る制度の見直しに関する個別論点の検討ということで,少しずつ区切って事務当局から御説明いただいて,御議論を頂くということにしたいと思います。 ○平湯委員 先ほどお聞きしようとしたのですが,この取りまとめの本日の,(1)となっていますが,(2)というのも予想しているわけですね。それは今出たような懲戒権とか。 ○飛澤幹事 あと,親権の制限の更新の関係も今回,もとの制度が決まっていないので落としてあります。そういったものも含めて(2)で提示したいと考えております。 ○平湯委員 分かりました。 ○野村部会長 よろしいでしょうか。   それでは,事務当局からまず御説明をお願いいたします。 ○羽柴関係官 それでは,部会資料8の第1の1から御説明させていただきます。   第1,親権制限に係る制度の見直しに関する個別論点の1,親権制限の全体的な制度の枠組みでは,管理権の喪失以外の親権の一部制限制度について取り上げております。この点につきまして,中間試案では,管理権の喪失制度以外に親権の一部制限制度は設けないという考え方の甲案と,監護権の制限制度を設けるという考え方の乙案と,親権の一部についての喪失等の制限制度を設けるという考え方の丙案とを併記しておりました。しかし,乙案と丙案に対しましては,要約しますと,部会資料8の1ページに記載したような問題点があることが従前から指摘されております。そこで,パブリック・コメントの御意見も踏まえつつ,このような制度を設けることについてどのように考えるか,更に御議論いただければと存じます。 ○飛澤幹事 すみません。この関係で以前,垣内幹事から西谷先生の報告書について御質問があったかと思います。すなわち,ドイツの取扱いについて,どうもドイツは財産管理権だけ残して身上監護権だけ止めるということが少なくないといったことについて,どういう背景があるのかという御質問だったかと思います。この点について西谷先生に当方のほうから質問しましたところ,西谷先生においてケルンの裁判官に聞いていただきまして,その結果,ケルンの裁判所の裁判官の見解として次のような回答を頂いております。   ドイツ民法1666条に基づく手続の対象となる子の多くは財産を全く持たない社会的下層の家庭に属するため,財産管理権の問題が生ずることはまずありません。仮に子が自己の財産を持っている場合,例えば,祖父母が預金通帳をプレゼントした場合などですが,そういった場合であっても,すべての事件において父母から身上監護権のみならず財産管理権まで取り上げることは合理的ではありません。というのは,それによって少年局が財産管理まで行わなければならなくなるからです。父母から親権が取り上げられると,通常は,まず初めに少年局が仮処分によって職務後見人あるいは保佐人に選任されます。本来であれば,優先的に個人後見人若しくは保佐人又は団体後見人若しくは保佐人を選任しなければなりませんが,急を要する事件では適任者を探している時間はありません。そして,少年局はマンパワーの関係で子の福祉の危殆化に関するすべての事件において,迅速かつ効率的に行動して子のために適切な援助措置を採る必要があります。そのため,通常は財産管理まで行う余裕はありません。   一応こういった説明を頂いたところですので,御参考までに御紹介いたします。 ○野村部会長 それでは,全体的な制度の枠組みについていろいろ御意見を頂ければと思います。先ほどのパブリック・コメントでは甲1案と丙案というのが比較的賛成する意見が多く,その他の案に比べれば多いということですけれども,丙案についてもいろいろ指摘もなされているところでございまして,甲案を採るのか丙案を採るのか,特に丙案を採るとしたら,実際に子の監護や制度の運用に問題が生じないような配慮を,どういう配慮をすればいいのか,その辺についても併せて御意見を頂ければと思います。 ○磯谷幹事 まず,全体的な考え方ですけれども,やはり家族問題,特に児童の福祉,虐待が絡む問題というのは非常に千差万別で,いろいろな問題がありますし,またその問題の起き方も様々だと考えています。そういうふうな状況に照らしますと,一つの方法だけ用意してそれで足りるということではなく,やはりいろいろな柔軟な方法を用意して,そしてあと現場の工夫で問題を解決していくのがふさわしいのだろうというふうには考えております。   そういう意味で,丙案については確かに御指摘を幾つかされている問題はあることは認識しておりますけれども,しかし丙案のような考え方,つまり個別の案件に照らして柔軟な解決がとれるという,そういうふうなケースもやはりあるはずだと思っています。ですから,それは制度をつくった上で,この制度を現場がどう使うのかというふうな形で見るのがむしろ立法としては適当なのではないかと。立法の段階であらかじめがちがちに組むということではなく,やはりフレキシブルさというものを残した形でやるのが望ましいのではないか。そして,結果的にもし余り使われなかったり問題が生じるようであれば,それをまた手直しをするというふうな形で考えていくのが適当ではないかと思っております。 ○平湯委員 今,磯谷幹事の発言に賛成であります。この制度だけでは解決にならないという,そういう形で絞っていくというのはふさわしくないということになろうと思います。それを踏まえまして,甲の1,2,乙の1,2,丙と,これを見ますと,乙についても賛成意見,パブコメで出ております。児童相談研究会,虐待防止学会,いずれも最前線でいろいろ頑張っている人たちの意見でもあります。この甲1から乙,丙までをトータルに見ますと,結局,現行の管理権あるいは管理権をちょっと一部手直ししたものにとどまるか,あるいはこれ以外の細分化というのも認めるかというふうに,二つ分かれる。乙1,乙2というのは,そういう意味では丙とベースを同じにするものであって,そもそも親権あるいは管理権だけのくくりでは足りないという意見なのだというふうに理解できると思います。そういう意味からいいますと,丙案の賛成意見,それから乙1の賛成意見,これはパブコメのことで申し上げているのですけれども,そこら辺が相当大きいというのは,これは重視されてもいいのではなかろうかと思います。 ○松原委員 パブリック・コメントで,全国児童相談所長会が甲案に賛成されているというのは,やはりこれも現場感覚なのかなと思っております。やはり,全児相のコメントの中にも書かれておりますが,一つの案件をやりながらまた別のことも出てきて,それを部分的にまた申立てをしなければいけないというようなことが想定されてくると,かなり現場はしんどくなります。だったら先ほどの一時制限で,例えば施設なんかもそれで対応できてしまいますので,ほかのことが出てくる可能性があるのだったら,もうこれは一時制限でいこうというふうに現場はなるのではないかと思います。   磯谷幹事のおっしゃるのもよく分かって,いろいろなものをつくっておいたほうがいいというのはよく分かるのですけれども,ただ,これだけ民法改正をやるのに相当しんどい作業があって,なかなか改正できない中で,余り使われない条文を残しておいてもどうかなと思いますので。むしろ,現場もすっきり一時制限だけにしておいたほうが活用しやすいのではないかなと思います。 ○大村委員 私も結論は松原委員に賛成ですけれども,磯谷幹事がおっしゃったように柔軟な対応が必要だということは一方で言えましょうし,また複数の制度があって,それを使い分けるということもあってもよいのではないかと一般論としては思います。ただ,これは直前に松原委員御指摘のとおりでして,現行法が余りにも使いにくいので,現場としては使いやすい制度があれば,いろいろなものが望ましいというような感覚を持たれるのだろうと思いますけれども,一時制限の制度を使いやすいものとすることによって,かなりの程度までその需要にこたえることができるのではないかと思います。   乙1案,乙2案,丙案というのを合わせますとかなり支持があるというのは,これは平湯委員のおっしゃるとおりで,その要望を考慮に入れることは必要なのではないかというのも確かです。ただ,丙案の考え方に立ちますと,これはどのような形の制限の仕方もあり得るということで,一見すると使いやすいようにも見えるのですけれども,実際に,ではどれだけ制限したらいいのか,あるいは制限された後,ある具体的な事項がその制限された事項との関係でどういう関係に立つのかというようなことで,無用の混乱を起こすこともあるかもしれないと思います。   もう一つ付け加えますと,財産管理権だけが残って他の権限がなくなっているという状態は,これは事務当局の資料でも指摘されていることですけれども,これに名目以上の意味がどれだけあるのだろうかという感じもいたします。未成年の子が戸主として財産を持っているという状態が想定された明治民法のもとでは財産管理権だけを喪失させるという制度には意味があったのだと思いますけれども,現行法のもとでも必要なのかということは,それ自体検討を要するところで,もっとシンプルにしてしまってもいいのかなという気もいたします。しかし,そこはさわらないということだとすると,現在の制度の切り分けでいいように感じます。 ○水野委員 私もただいまの大村委員とそれから松原委員の御意見に賛成でございます。確かに,理想的には様々なきめ細かい規制ができるほうがよろしいかと思いますけれども,現在の司法インフラ--同じことばかり言うと恐縮ですけれども,司法インフラを前提にしたときに,司法で争うのは大変なことですから,争点がものすごく拡大してしまうことの負担は無視できないだろうと思います。つまり,親御さんのほうでは,これはできるのだからこれは残しておいてほしいとか,様々なことを言ってきて,そのたびに現場の児相長のほうでは,ここまでは駄目だと,これはできないのだということを様々に主張していかなくてはならないことになりますから,そのことの負担がただでさえ司法的な制限を求める負担の上に重なってくるということになります。それよりは時期的なもので制限をして,指導のほうをきめ細かく実質的にやって,親の態度が改善したらむしろ時期を短く解消してもらうことを提案すればいいので,その判断を現場に任せたほうがいいように思います。つまり,訴訟における負担というものを考えたときに,きめ細かさというのは実は使いにくさを意味してしまうのではないかという気がいたします。 ○小池幹事 私も甲案に賛成ですけれども,親権自体がそもそもかなり包括的な内容を持っていて,ある特定の部分のみを,ほかとは全然関係がないという形で取り出すのは結構難しいと思うのですね。そもそも身上監護と財産管理もある行為についてどっちだと完全に分け切ることが本当にできるのかという疑問もありまして,そういう意味では余り個別化しないほうがいいというふうに考えています。もしもやるのであれば,例えば826条みたいに,完全に特定の一回的な個別行為について親権に制約を加えて,これはそもそも権限はないという形になるのでしょうけれども,条文のほうである種の権限のカタログができて,そこに何か裁判所の介入ができるという形にしたほうがいいと思っていますので,それはまた次の立法の機会にしたほうがいいのではないかと思っています。 ○吉田委員 私はどうしてもきめ細かさにとらわれてしまうほうで,身上監護ができない人が財産管理できるのかという御指摘がありましたけれども,今は余り大きな問題になっていませんけれども,今後,虐待の問題として,例えば性虐待の問題が非常にクローズアップされてきた場合には,親御さんの能力としてそちらの面の危険性は大変高いというような人,だけれども計算能力,それが適切であるかどうかは別としても,現にそうしたケースも十分に今後は想定されるということが一つと,あと,やはり子供の虐待の問題を考えるときには,親子の関係をできるだけ維持していくようにしていこう,可能であれば再統合だという,そういう視野で考えたときに,全部を一時とはいえ喪失させるということは少し乱暴に過ぎやしないかと。やはり権利条約の趣旨で,家庭による養護,親による養護ということを常に視点に入れて,そして法制度をつくると,こうした全部の一時制限というのは少し幅が広過ぎるかなという印象を持ちます。 ○中島委員 連合の中島でございます。連合としても意見を出させていただきましたので,コメントをさせていただきたいと思います。   私どもは丙案というところに意見を書かせていただいておりますけれども,趣旨は,使われないとしても選択肢が多いほうがよいのではないかという考え方です。最終的にはやはり実効性といいますか実務性において,お子さんのために使い勝手がいいか,そこで判断をしていく必要があるのではないかという意見も付記させていただいております。 ○豊澤委員 制度の運用を預かる裁判所の立場からしますと,丙案につきましては,具体的な制限のカタログが民法の条文上明確に規定されていて,こういう場合にはこうなるというふうに,要件と効果の対応関係がはっきりしたものになっていない限り,実務的には極めて使いづらいという結果をもたらすのではないか。これまで各委員からいろいろ御指摘があったところは全くそのとおりだろうと思っております。裁判所としては甲案でお願いできればと思っております。 ○野村部会長 ほかにいかがでしょうか。   大体御意見いただいたということでよろしいでしょうか。   そうしますと,甲1案と丙案という両方の御意見が出て,これは従来から大体出てきている議論だと思いました。丙案は,いろいろな多様な選択肢を与えるということで,あとは現場に任せるということなのですけれども,実際に審判になったときにそれがうまく機能するのかどうかという,その辺の危惧というのが相変わらず今日の議論でもなかなか解消されていないのかなと思いますので,一応今日の段階では,今日の議論を踏まえて事務当局のほうで再検討をしていただくということにいたしましょうか。 ○平湯委員 一つ発言させてください。今の取りまとめの方向の中で,乙について言及されておられないわけですが,パブコメのほうでいきますと,私としては日弁連の委員でありますが,丙だけを日弁連としても申し上げているわけではなくて,親権の一部である監護権の全部という意味での乙1,乙2,つまり監護権だけの制限ということも申し上げてきたつもりですし,乙1,乙2と丙というのは全く相反するものではないということですので,この検討の中で乙1,乙2も含めて御検討いただきたいと思います。   ちなみに,ちょっと付け加えさせていただきますと,監護権のみの全部,つまり親権からいえば一部ではありますが,監護権としては全部というくくり方というのは,現行法の766条だったでしょうか,親権と監護権と分属のところでも,つとに一つの概念としてあるわけですから,そういう意味での監護権のみの制限というのは,全部の分割とはまた違う評価が与えられてしかるべきではないかと思います。 ○野村部会長 ただいまの意見をどのように事務当局で整理すればよいということでしょうか。多分,今の御意見は,甲と丙を比べて,丙が駄目だということなら,乙をもう一回考えてみたらどうかという,そういう御趣旨ですよね。 ○平湯委員 そういうことも含んでおります。 ○野村部会長 そうしますと,そもそも乙1,乙2という乙案についてどう考えるのかというのを少し御議論を頂いたほうがいいのかなと思います。 ○古谷幹事 乙案につきましては,平湯委員のほうから御指摘があったように,実際監護権だけ分属させる扱いですとか,あるいは先ほどお話にありましたように,ドイツの場合ではそういう扱いもあるのかも分かりませんけれども,実際問題として身上監護は不適切だけれども財産管理のほうは適当であるというケースというのは考えにくいということがございます。   それから,パブコメで,心理的な受け止めとして,全体を制限されるよりは身上監護だけというほうがショックが少なく,いいのではないかという指摘がございます。確かに,心情的なことに配慮すれば,それはそのとおりかも分からないとは思うのですけれども,本来子供の安定的な監護にとってどちらがいいのかという観点から考えますと,乙案にくみするのは難しいという印象を持ちました。 ○大村委員 平湯委員の御指摘ですけれども,丙案よりは乙案のほうがやりやすいということは恐らく確かではないかとは思います。また,ここで言われている監護権と766条の監護の関係という問題もありますけれども,差し当たり766条を前提にして考えるということはあり得るのではないかと思っております。しかし,これは先ほど小池さんもおっしゃったことですけれども,766条の監護の範囲が一義的に明らかなのかというと,必ずしもそうでないところがあります。歴史的な変遷などを踏まえて考えると,今回新たに規定を置くとすると,監護権と親権の切り分けというところで問題は生じないだろうかが改めてクローズアップされることはあり得るように思います。   親権と監護権の分属については,共同親権が認められていない現行法のもとでは,親のそれぞれに一定の権利を持たせる手段としての利用があり得るということは従前から言われているところではあるのです。しかし実際の例を見ますと,親権者のほかに監護権者が割り当てられている例というのはそれほどは多くないわけですね。実際にこの二つの権限が分かれてあるということは,やはり難しい問題をもたらすということがそこにあるのではないかと思います。特に,児童虐待のような緊張した状況で二つの権限が分かれた形で存在するということが,これは今までにも指摘されたところですけれども,かえって火種にならないかということも懸念されるところのように思います。 ○野村部会長 ほかにいかがでしょうか,乙案について。 ○山田委員 丙案が困難という認識の下で各委員から御指摘の点はそれなりに理解しているところでございます。今回,急に丙案にいきにくいその状況としては,やはり御指摘のとおり司法インフラの問題,そして親権制度の一部に手を入れるという困難さ,そのもとでぎりぎり何がいいかという御議論の状況だと思うのですね。正にそのとおりだとは思うのですけれども,諸外国の一歩一歩前へという中にあって,やはり目指すは司法インフラの充実であり,また親権制度について全体を見直すという作業もなるべく近い時期に是非実現していただきたいという中で,方向として,できないからここにとどまるということにするのか,あるいはカタログがない中,カタログ化に向けて一歩踏み出すという中で考えていくのかということも考えたいというのが私たちの基本的なスタンスでございます。   そういう中で連合も,後段のほうで御指摘あるように,丙案を目指したいけれども現状は難しい問題があるという中で,難しいからすっきり甲案だけかということには,ちょっと私どもは若干意見を述べさせていただきたいなと思っておりますところで,是非乙案についても全く見通しの難しいことなのかどうなのか,それから今後の親権制度全体をどういうふうに考えていくかという中で,今回,児童虐待の防止に限っての限られた議論の中で何ができるかという,そういう視点でも御検討いただければ有り難いと思っております。 ○野村部会長 ほかにいかがでしょう。   丙案もそうですけれども,メニューが増えたということでよしとするのか,メニューが増えた結果,努力すれば利用可能なのか,それがなかなかそう簡単にはいかなくて,結局使えないということであると,そこがちょっと問題なのかなと思うのですけれども。 ○長委員 実際に使ったときの活用がどうなるかという問題ですね。親権の全部の一時制限という制度ができますと,その運用によっていろいろな問題が解決できることになりますので,特に監護権とそれ以外の管理権,これが分けられるかどうかという問題もあるわけですけれども,監護権と財産管理の面というのは密接不可分の面もあるものですから,現実の運用としては監護権の一部の制限という形で切り分けていくということよりは,むしろ全体についての一時的制限を活用することによっていい方向に持っていくほうが現実的なように考えられます。 ○平湯委員 様々なプラス・マイナス,メリット・デメリットを考えていくべきだとは思いますが,その中で監護権と財産管理権が乙1,乙2をとってもなお区分けが難しいのだということを力説されますと,現行民法はどうなのだということになりますので,かつ甲1も甲2も管理権の制限を存置しているわけですから,もう管理権だけの制限というのを一切なくすとまでおっしゃるなら,それは一つ一貫するかと思いますけれども,そうでない以上,少なくとも監護権の全部と財産管理権の全部というのは,これは区別できるのだという建前でないとおかしいと思うのですね。ほかの理由についてはまた別です。その点についてだけ今申し上げました。 ○窪田委員 少し,余り自信がありませんでしたので発言するか迷っていたのですが,今,平湯委員から,現行法の仕組みというのを前提として,親権について監護の部分だけを切り離してということは現行制度上もあるではないかというご指摘がありました。つまり,丙案のような形で非常に包括的に自由な裁量によって決められるような立場を採らないとしても,現行法を前提として考えられるのではないかということでしたが,御指摘の点はそのとおりかなと思う部分もあります。   現行法でも,親権というのは身上監護権と財産管理権の二つから成っていると一般的に説明しますし,その上で,一般的には,特に離婚の場合に単独親権としたとしても,監護者だけを別のものとすることによって,そこのところは分属するということが認められるというのも多分一般的な説明として考えられるだろうと思います。ただ,その場合について,単独親権者となった者以外の者が監護者になる,監護者になって身上監護に相当する部分というのについて権利を行使することができるという点は,はっきりしているのだろうと思います。しかし,単独親権者である側について監護権を失った状態で,つまり本来の親権マイナス身上監護権という形,別の説明をすると財産管理権だけになるのかもしれませんが,そうしたものとして本当に単独親権が残っているのかという部分については,議論の余地があるのだろうと思うのですね。   ですから,分属の話をするとしても,身上監護はできるという形で,これもできるし,あれもできるといったような話をする場面と,本来の親権は丸ごと抽象的には持っているけれども,そのうちの身上監護権は行使できなくなるという話をするというのは,本当に表裏の関係なのだろうか,同様に議論してよいのだろうかという点が少し気になっておりました。両者を同様に考えることもできるのかなという気もするのですが,別の問題なのかなという気もしながら伺っておりました。その点で,現行法の仕組みから当然に乙案までは出てくるという考え方は,あり得るとは思うのですが,特に監護者が別に指定して分属した場合の親権の内容についてもう少し詰めて考えてみないと,本当に現行法と接合しているのかという点については,なお気になるように思われました。余計なことかと思いましたが,申し上げさせていただきました。 ○大村委員 今の点は窪田委員と同意見です。先ほど監護の概念が動いているということと,現行法のもとで監護をどうとらえるのかということについては問題があり得ると申し上げたのは,そういう趣旨です。   ただ,平湯委員の側の立場に立って考えると,それを更に調整せよということはあり得るのだろうと思うのですね。窪田さんがおっしゃったような問題に直面することになるけれども,それをこの場で解決すればいいではないかというのは,一つあり得る考え方なのだろうと思います。しかし,これを解決するには少し時間をかけて取り組む必要があるので,現在の状況でそれが直ちにできるということにはならないのではないかと思います。 ○野村部会長 ほかにいかがでしょうか。   乙案についていろいろ御意見いただきましたけれども,乙案は難しいということなのかなと思いますけれども。事務当局としてお考えいただくのは,一応甲と丙の間で今日の議論を踏まえて最終的に案を考えるということでよろしいでしょうか。 ○大村委員 私は最初に申し上げたように甲案でよろしいのではないかと思っております。ただ,山田委員が先ほど御指摘になられた点があることは確かです。親権については,今回は児童虐待への対応という特定の課題に対応するために立法しようということで検討しているわけですけれども,将来の親権の在り方として様々なことが考えられるということについては,そういう認識に立っているということを申し上げておきます。 ○野村部会長 よろしいでしょうか。   それでは,本日の議論を踏まえて事務当局で再度検討をしていただくということでお願いします。場合によっては,親権制度そのものについての根本的な問題を指摘するということもあるいは必要なのかもしれません。パブリック・コメントでも離婚後の共同親権などいろいろ出てきている点もございますので,お考えいただければと思います。もちろん,今回の改正で取り上げるということではありません。   そうしますと,次に2の親権の制限の具体的な制度設計ということでございまして,これは親権の制限の原因,(1)というところですね。その中のアの親権喪失の原因という部分についてまず事務当局から御説明いただいて,その後,御議論をお願いしたいと思います。 ○羽柴関係官 2,(1)のアでは,親権の喪失の原因を取り上げております。   親権の喪失の原因につきましては,中間試案では3案を併記しておりました。しかし,A案のように,親権者に対する非難可能性があることを必須の要件とすることは支持されていないようです。そのことも踏まえまして,非難可能性があることを必須の要件とはしないことが適当ではないかと思われますが,この点につきまして御意見を頂ければと存じます。そして,非難可能性を必須の要件にしないとして,虐待等を条文上明示するかどうかという点が問題となりますので,今回は主にこの点について御議論を頂ければと存じます。   また,その子自身に対しては,直接虐待をしておらず,他のきょうだいに対して虐待があるというような事案があろうかと思いますけれども,そのような事案につきましてもその程度に応じて親権の喪失又は一時的制限をすることができるものと考えるのかどうかということですとか,仮にそのような事案においても親権の制限をすることができるものと考える場合,B案ないしC案のような原因の規定によれば,その要件の判断の中で対応することができるのではないかとも考えられますけれども,これらの点についても御意見を頂ければと存じます。最終的には法制的な問題と照らして検討する必要があろうかと思いますけれども,今申し上げたような点につきまして,皆様の御意見を頂ければと存じます。   次に,注の3に記載しましたとおり,親権の喪失の制度と親権の一時的制限制度とをそれぞれどのような制度と位置付けて両者を使い分けるものとするかということに関連いたしまして,原因が消滅する見込みを要件に反映させることが考えられますので,この点について御検討いただきたいと存じます。すなわち,中間試案のB案又はC案のような要件ですと,親権の喪失と一時的制限との要件上の相違は,要するに親権行使の不適切さや子の利益を害する程度が著しいか否かということになります。通常はその程度が著しければ著しいほど原因が消滅する見込みが薄くなり,逆に程度が低ければ改善して原因が消滅する見込みがあると考えられます。もっとも,子の生命にかかわるにもかかわらず,宗教上の理由から輸血のみを拒否しているというような事案では,親権行使の不適切さや子の利益を害する程度がその時点では著しいとしても,治療が終了すれば制限の原因が消滅すると考えられます。親権の喪失と親権の一時的制限の効果の基本的な違いは制限の期間ですので,要件上,制限の原因が消滅する見込みを反映させることが適当ではないかと考えられます。そこで,親権の喪失の審判は,相当の期間内にその原因が消滅する見込みがあるときはすることができないものとすることなどについて御議論いただければと存じます。 ○野村部会長 それでは,事務当局のほうから,いろいろ御議論を頂きたい論点も御説明いただきましたので,これらについて,どの論点でも結構ですので,御自由に御発言をお願いしたいと思います。 ○磯谷幹事 喪失の原因として,非難可能性や帰責性といった点を盛り込むかどうかというところで,実際的には,A案というのは今御説明があったように事実上,支持者がいないということだったと思いますので,B案的な,つまり選択肢として,考慮要素としてそういうふうに盛り込むのか,そうでないC案を採るのかというところがポイントだと思っておりますけれども。そもそも,民法の枠内で親権者を非難したり帰責性を設けるということにどの程度意味があるのか。特に非難という意味からすると,やはりそれは刑事の世界でやるべきではないか。最近,警察やあるいは検察のほうも虐待事案の摘発には随分力を入れられているように感じておりますけれども,そういったところで対応するのが望ましいのではないか。むしろ,民法は専ら子供の福祉や利益に照らして必要があるのかどうかというところで統一するのが,制度的にもすっきりするのではないかと思っています。   先ほど,一時と喪失との切り分けのところで幾つか御説明もありましたが,私は,やはり一時的な制限というのは,将来の回復の可能性というのがある程度あるということが前提になっている,ある程度期待ができるというのが前提になっているのではないか,そしてそれが皆無とは言わないけれどもほとんど期待ができないという状況の場合には,やはり一時では足りず,それは基本的に期間を定めないで喪失をさせるというのが,そういうふうな切り分けというのが一時の意味のとらえ方としても最も自然なのではないかというふうに考えています。喪失にする場合には,非難可能性を新たな要件として考慮要素として持ち込むということになりますと,そこでまた異質なものが出てきてしまいまして,やはり連続性というところにも問題が生じるように思っています。やはり喪失をさせるというのは,ちょっと繰り返しになりますけれども,非難ができるからではなく,子供の福祉にとって一時的な制限では足りないのだということだとすると,非難の要素をそもそも入れるということは不徹底なのではないかというふうに考えています。 ○垣内幹事 今の磯谷幹事の御指摘についてはもっともだと思う点もあるのですけれども,もう一つ問題となり得る点といいますか,考慮の余地のある点としまして,例えばB案で「虐待」,「悪意の遺棄」,「財産の管理に関する不正な行為」という文言を条文上入れるという案を採ったときに,確かにこの虐待等というのは非難に値するということは一般的には言えるのだと思いますが,しかしこの文言を入れたということが非難可能性を要件としている,あるいは親権の喪失というものを制裁的な制度として位置付けるということに直結するのかどうかというと,そこは必ずしもそうはならないのではないかという感じもいたします。B案の後段である「子の利益を著しく害するとき」で,これが中心的な要件であるということはB案を採ってもそうですので,それを前提としても,著しい例として虐待とか遺棄とかいったものをそこで挙げているという理解もあり得るように思いますので,B案を採ると非難可能性あるいは制裁的側面が親権喪失の不可欠の要件となるのだという理解からB案では相当でないとする考え方に対しては,その前提の点について若干検討をする余地がまだ残っているのかなという感じを受けました。 ○大村委員 非難可能性を要件に加えることについて,磯谷幹事ですとかあるいは垣内幹事のほうから疑義が呈されていますので,若干の感想を申し上げます。   まず,磯谷さんがおっしゃった話ですけれども,一時的に制限しても結局は更に長い時間がかかるケースは,喪失で考えればいいという御指摘だったと思います。本当に一時的な制限で済むものと,そうではなくてかなり時間がかかるものがあるだろうというのは,ごもっともな御指摘だろうと思います。そのときに,後者を喪失のほうに乗せて考えるのがいいのか,それとも,これは後で話題になることですけれども,一時制限を継続していくときの要件をどうするかというところで考えるのかというので,受皿は違ってくるのではないかと思います。標準的には一定期間の制限なのだけれども,しかしこの状況から見てそれは容易には改善されないというときには,緩やかな要件のもとで裁判所のコントロールは入るのだけれども,ほぼ自動的に更新されていくというような制度を考える余地はあると思うのです。そこで一時的なもので足りるかどうかということを受けていくという制度というのは一つあり得るのではないかと思います。   ここで話は,A案ないしB案で帰責性ということが言われたことの背後にある考え方に移ります。これは垣内さんに対する直接のお答えになるかどうかは分からないのですけれども,やはり親権の喪失という効果が定められていて,喪失という言葉がいいかどうかということは前から議論があるわけなのですけれども,いずれにしても強い効果がもたらされるときには,親の側の保護ということが必要ではないか。親の側に何の帰責事由もないのにできることには限度があるのではないか。そうだとすると帰責事由を考慮する必要があるのではないかということだったと思います。   ですから,A案には支持がない,B案かC案かということになっているわけなのですけれども,この点はどう考えていくのかと思って伺いました。 ○磯谷幹事 幾つかあります。まず,垣内幹事がおっしゃった,虐待というのが必ずしも非難という意味ではないかもしれないというお話だったかと思いますけれども,やはり虐待と言われた親のほうからしますと,それは大変強烈なものでありまして,単にあなたがやっていることは今子供のためにならないのだというふうな説明とは次元が違う受け止め方をされるだろうと思います。確かに,親権喪失をすると,「いや,そういう事案はもう再統合の可能性がないのだから」とおっしゃるかもしれませんけれども,しかし現実には,例えば成人になった後も長い間かかって親との関係というのは,これは一生血がつながっているわけですので,そこをどういうふうに修復していくかという問題が必ずあるわけなのですね。何もこの喪失で終わりということではないわけです。ですから,そこで受ける親の心理的なダメージがあるとすれば,しかもそれが必要なものでないのであれば,なるべくそういったものは避ける必要があると思います。   大村委員のおっしゃったところで,私のちょっと今のところと絡むのですけれども,喪失をさせるということになると,それなりに帰責性がないと駄目だという理屈は一方では分かるのですけれども,しかし親のほうからするとそれはしょせん納得ができる話ではないのだろうと思うのですね。むしろ,虐待だと言われることによって一層反発だとかそういったところばかりが生まれてしまって,おれは虐待と言われたのだというふうなことでずっとこだわり続けるという。特に,余りこういう言い方があれかもしれませんけれども,心理的な面でやや受け止め方に個性がある方については,そういう受け止め方が長期に続くというおそれがあると思うのですね。ですから,やはり私としてはとにかく親である以上,余り心理的なダメージを受けない形で,しかし法的にはきちんと制限をするものは制限するという形にしていただきたいと思います。   それから,更新のお話については大村委員のおっしゃったことはとてもおっしゃるとおりだと思います。やはり更新という中でほぼ自動的に更新ができるような形であれば,それは随分望ましいのかなと思いますけれども,しかしそれでも多分やはり負担にはなるだろう。ですから,見込みがないケースについてとにかく延々とこの2年ごとの更新を繰り返すということは,やはり私としては避けたいというふうに考えております。 ○窪田委員 私自身が垣内さんの御発言を正確に理解しているかどうか分からないのですが,垣内さん御自身は,特に虐待が有責ではない場合という話をされたのではなくて,B案は全体として見ると有責ではない場合も親権喪失を認めているわけだから,常に有責性が必要とされているわけではない。したがって,その意味ではB案とC案というのは,片一方は有責主義で,片一方はそうではない主義というのではないのではないかという御指摘をなさったのだと思います。私自身も全く同じように認識しておりまして,その意味ではB案とC案を採るというのは,どっちがいいのかというのは,当然に自明のものとしてB案がいい,あるいはC案がいいという感じではなくて,もう少し別の観点から議論をする必要があるのだろうなと思っております。   その際に一つ議論する手掛かりとなるのかなと思いましたのは,今御指摘がありましたような形での親に与えるダメージというのは考えられるのかもしれません。虐待だと言われることによって親はダメージを受けるというのは,そうなのだろうとは思うのですね。ただ,一方で,恐らく虐待のケースといっても,非常に様々あるのだろうと思います。虐待だと当然言われてもしかるべきなケースというのは幾らでもあるのだろうと思います。一方で,このケースで判断する裁判官の立場になって考えてみると,B案で最終的に挙がっているのは,例示であるということかもしれませんが,ちょうど離婚原因に関して1号から5号まであるけれども,5号を常に使わなければいけないのかというと,やはり1号とか2号,不貞行為であるとか悪意の遺棄に該当したら比較的簡単に離婚原因を認定できるわけですよね。それと同じ機能を持っているのだと考えられないでしょうか。つまり,そうした例示としてのものが最初に挙げられており,これは明らかに虐待であるというようなケースにおいては,虐待を理由として親権喪失に結びつけるということが認められてもいいようにも思われます。これは恐らく今度は判断者の立場からなのだと思うのですが,必ずしもB案,C案を有責主義かどうかという形の議論ではなくて,もう少し具体的に使う人たちにとってあるいは当事者になる人たちにとってどういう意味を持つのかという観点から議論したほうがいいのかなと思いましたので,発言させていただきました。 ○古谷幹事 今の窪田委員の御発言につきましては,裁判所のほうの意見も同じでございます。社会的に今特に問題になっている虐待なりあるいは悪意の遺棄というのでしょうか,そういったような事象がある場合に,その場合には,はっきりやはり虐待と認定していくのが制度としてはいいのではないかなと思われます。もちろん,有責性のない場合は,その他の包括的な条項に当たるからこれは喪失ですとすることで合理的な運用ができるのではないかと考えるところでございます。   A案の関係で,これまで裁判所としてはA案というのも十分考慮に値するのではないかというふうな意見も申し上げてきたところです。今回,求意見を各裁判所にしたところ,意見としてはB案の意見のほうが多数でございまして,他方,A案を支持するような意見もございました。A案をこれまで支持して,また今回の意見照会でも支持があった背景というのは,先ほどの大村委員からの御発言とも関連するのですけれども,一つは,本当に帰責性がない,典型的には例えば精神疾患のような場合に親権喪失ということで実質論としてよろしいのかどうかというふうなところは御検討を頂きたいということが1点です。   それから,もう一つは,かなりハードルを上げることによって,一時的制限と喪失との役割分担が明確になり,実際上の判断のしやすさが担保できるのではないかという実際的な考慮もございます。そのあたりは,先ほど関係官のほうからも話があったかと思うのですけれども,原因の消滅の見込みとか,その辺の要件をどうやって組み入れるかというあたりと関係してくるかと思います。   例えば,精神疾患の場合に,完全にこれは2年以内に治癒するとか,そういう診断書が出てくるというのは考えにくいと思われます。そういった場合に,裁判所としては判断しなければいけないことになりますので,判断の枠組みとしては,これが明らかなときとか明らかでないときはこうだとか,何らかの工夫を検討いただければと思います。 ○吉田委員 喪失の原因のところですけれども,今お話がありましたのは,非難の部分はやはり民法の中に盛り込むのは適切ではないのではないかと。親がそうした行為を行ってけしからんからというのではなくて,やはり当たり前のことですけれども子供の観点。この場合の子供の観点というのは,次のステップなのですよね。つまり,親権を喪失させることによって,では次どういう支援をしていくのかと。そのためにこのはく奪が必要なのだというふうに考えれば,親に非難可能性があるかないかによって子供の支援の次の段階が変わってくるのはおかしな話ですから,そうしたものはやはり盛り込まないということを明確にしておいたほうがよろしいだろうというのが一つです。   それから,B案,C案ですけれども,ここに言う虐待という言葉の意味ですけれども,これを虐待防止法の虐待に限るかどうかということですよね。条文にありますように,かなり重度のものが虐待防止法に規定されていますけれども,喪失事案として出てくるのは必ずしもそれにぴたっと当てはまらない。トータルで考えると不適切なのだというふうに見ますと,ここで言う虐待,悪意の遺棄というのは,結果的にはそうした非難とか有責とかいうものではなくて,子供の利益の観点から見ていくことになるだろうと。そういうことで,解釈の問題を一つ含めて,虐待をここでは虐待防止法の虐待でも少し広めにとることによってB案としての非難可能性が少し薄まってくるのではないかと思います。 ○大村委員 今の吉田委員の御意見もよく分かるのですけれども,民法の世界に非難の要素があってはいけないという一般論は多分成り立たないのだろうと思うのですね。御指摘はそういう趣旨ではなくて,親権の制限は子の利益の観点から行われるので,それを正面に立てるべきなのだという御趣旨だと思って伺っております。   ここで意見が分かれる理由として,新しい制度のもとでこの喪失という制度がどのように使われるかということについてのイメージが一致しないということがあると思っております。非難可能性などはなくしてというお考えの方は,喪失もどんどん使っていこう,一時制限は必要だけれども喪失も使わなければいけないのではないかという,そういう積極的な姿勢でお考えなのだろうと思います。ですから,非難可能性があるというと,むしろそれが制度利用の障害になるのではないかとお感じになっているかと思います。   他方で,私もむしろそちらですし,裁判所もそうなのかなと思って古谷さんのお話を伺いましたけれども,一時制限のほうを使いやすくすれば,大体のものは一時制限でやっていただくことになる。それから,期間的に長引くものも,親の元に戻る可能性があるのならば更新を使ってやっていただく。ただ,どう見ても駄目だというようなものは,有責性がある場合に準ずるものとしてこの喪失のほうに乗せていく。このように喪失という制度をどのくらい使うと考えるか,そこが実質的な違いのように思っております。 ○久保野幹事 すみません。うまく接合させられるか分かりませんけれども,今のどういう場面を想定してということと一方で関係しまして,もう一つ,今,論点が非難可能性をどう考えるかはやはり重要だということにもなりつつありますが,窪田委員が先ほどおっしゃったとおり,B案を採ったから非難可能性のある場合に限るわけではないというところが重要かなとも思っております。   2点ございまして,まず一点目は,B案の場合に非難可能性ということと切り離すとしましても,やはり具体例を明確化して,著しい例では迷わずできるようになるほうがいいという先ほどの御意見に賛成いたします。といいますのは,今回参考として配られました家裁月報などを見ましても,やはり児相申立てで認容されている事案というのは,未成年者に対する殺人・傷害ですとか,売春させて遊興費に使うですとか,保護者責任者遺棄致死罪を当該子供に対して問われているですとか,そういうものが出てきております。そういうものを一方の極にして,もう少し緩やかなものまで含めるとしましても,申し立てる側,児童福祉の現場などが通常はこれはもう迷わず喪失させたらいいというふうに判断するようなものをあらかじめ迷う余地がないような形で具体化して用意しておいてあげるということがスムーズに使うためには重要なように思います。外国の例などでも,一般的に当初は条文を子供の利益のためというふうに規定したけれども,使いにくいので具体化を図っているというようなことの背景には,やはり同じような考慮があるのではないかと思います。   もう一点ですけれども,先ほどの磯谷幹事と大村委員とのやり取りの中で,確かに親に対して「あなたがやっているのは子供のためにならないのだから」というふうに言ったほうがいいケース,そのようなアプローチでいったほうがいいケースですとか,一生親と血はつながっているのでその関係にも考慮したほうがいいケースなどがあることは,そうだと思うのですけれども,これはもう既に出ましたが,それらは一時制限を繰り返していくというほうでむしろ設計していったほうがいいのではないかという意見に賛成いたします。そのように一時制限と喪失とを切り分けるほうが,一点目とも関係しまして,かえって多くの人が迷わずこれは親権を喪失させてしまっていいと考え,そして恐らく,血がつながっているから関係を保とうというような点につきましても,多くの方がもう切ってしまっていいのではないかと思うようなケースもあることも想定したときに,かえって使いやすいように思います。   そのことと関係しまして,特別養子縁組,つまり親子を切るということとの関係でこの喪失をどう位置付けるかということも,他方の機能分担で問題になると思いますので,そこで同意免除の817条の6の要件で,虐待,悪意の遺棄,その他養子となる者の利益を著しく害する事由というのとそろえてあるかと思いますので,むしろそのようなものと合わせる,詰めていったときにどこまでどうかということはあるにせよ,むしろそのような切り分けということを考えてもよろしいように思います。 ○平湯委員 包括的な意見ではないのですが,一部,今,B案の方からと言って差し支えないと思うのですが,御意見の中で,明らかなケースで迷わないような制度がいいというお話ありましたけれども,虐待であるということが明らかな場合に,その他子供の利益を害するというほうに当たらないかもしれないという迷いが生じるというのは,ちょっと違うのではないかと。明らかであればこそ,その他子供の利益を害するというところに当てはまるというのは,これは当然のことですので。ちょっとそこ,もうちょっと違う趣旨でおっしゃったのかもしれませんが。 ○野村部会長 B案は,虐待とか悪意の遺棄,不正な行為,これらは親権の行使が不適切だという場合の例示として挙げられていて,それに加えて,子の利益を著しく害するということがあって初めて親権の喪失になるという,そういう書き方になっているわけですよね。C案のほうは,親権のこれまでの行使が困難とか不適切ということがあったかなかったかということは問題にしているのですけれども,具体的に事例を挙げていないというだけにとどまるのですよね。 ○平湯委員 ええ。今私が引用した箇所がちょっと間違っていたので。利益を著しく害するというのはどれにも共通しているわけですけれども,その前段のほうの「虐待,悪意の遺棄又は」の後に,「親権を行わせることが子の利益を行わせることが著しく困難又は不適切」のほうで,そちらに該当するということが明らかであれば迷わないではないかという意味です。B案も,要するに虐待,悪意の遺棄はなくても,その他親権の行使が著しく不適切又はうんぬんというのが付いているわけですよね。C案はこの後のほうだけになっているわけですけれども,虐待であることが明らかな場合に迷うというのはどういう意味でしょうかと。 ○窪田委員 平湯委員の御質問の趣旨を十分に理解しているかどうか分かりませんが,B案もC案も,虐待,不正な行為があった場合,その他のそこまでの部分を除けば基本的に同じですから,著しく困難又は不適切だった場合の例示としてこれらを挙げるかどうかという違いということだと思います。実際上は,もちろんそうしたことについて,そんなわざわざ例示なんかしなくても,こういう虐待だったらこれに当たるよとか,それは判断できるのだからC案でも十分だという御意見は当然あるだろうと思います。   ただ,一方で,恐らくそうはいっても親権の行使が著しく困難又は不適切であった場合というのは,法的な要件としては,非常に抽象的な基準なのだろうと思うのですね。それに関してどのぐらいだったらこれに該当するのかというボーダーを完全に示すことは無理だとしても,これに該当するのだったらこの要件には前段の部分に当てはまるよねという説明ができるとすれば,B案のこの例示というのが積極的な意味を持っているのではないかという趣旨で先ほど発言いたしました。それが平湯委員から出た御質問に対する答えなのかどうかはちょっとよく分からない部分はあるのですが,そういう趣旨の発言でございました。 ○平湯委員 親権の行使が著しく困難又は不適切であるレベルというのを想定して,それよりも下のレベルかもしれない,このレベルかもしれないと言って迷うのは分かりますけれども,著しく困難又は不適切であるものの中で,あるいはそれより上にもっと典型的なものとして虐待というものを想定されているわけですよね。 ○窪田委員 やはりうまく議論がかみ合っているかどうかちょっとよく分からないのですが,この一つの軸があって,その真ん中にボーダーがあり,上のほうに虐待,遺棄とかって並んでいるのかというと,そうではなくて,虐待とか遺棄に該当すれば,とりあえずこの要件についてはもうボーダーのどの部分だとかという話をせずに,全例については該当するのではないかという趣旨で発言いたしました。   結局ボーダーの上か下かは議論しなければいけないのだから,C案だって同じことはできるのだということが多分,平湯委員の御発言の前提にあるのではないのかなと思うのですが,ただ,これだけの抽象的な基準だとすると,ボーダーというのは当然には見えてこないという意味では,C案だけでは判断に困るのではないのかという気がします。判断をする側にとってみると,困難又は不適切であるとする以上に,虐待だと簡単に認定できるということになれば,それはそれで要件を満たすことができるという説明は容易になるのかという趣旨です。 ○平湯委員 行使が困難又は不適切であるということが抽象的過ぎて,それに虐待が入るかどうかに迷うと,こういう意味になりましょうか。 ○窪田委員 虐待が入るかどうかではなくて,虐待に該当するのであれば,とりあえず親権喪失の出発点の要件は満たしているというふうに考えていいというのがB案なのだろうと考えて,そのような趣旨で申し上げました。 ○平湯委員 ええ。ですから,迷うことはないのではないですか,虐待だと言えるケースであれば。 ○野村部会長 C案を採って,「虐待」という文言が出ていなくても,虐待という事実があれば,当然要件をその前半の部分は満たしているのではないかというのが平湯委員の意見ですね。 ○平湯委員 そうです。 ○豊澤委員 親権の行使が著しく困難又は不適切という親権喪失の要件の例示として,今回この部会が設けられた発端の「虐待」という文言を入れるかどうかについては考え方としては両方あり得るのかもしれません。しかし,一時的制限の方の要件は,親権の行使が困難又は不適切であった場合とされており,これと親権喪失の方の要件を比べると,「著しく」という文言が入っているかどうかだけの違いなのですよね。そういう意味では,一時的制限と喪失との切り分けを考える意味でも,何らか例示的な要素が入っていたほうがより制度の運用上は明確になるし,利用者のサイドからも分かりやすいということは言えるのではなかろうかと思います。 ○平湯委員 それはまた別の考慮ですね。 ○窪田委員 水かけ論になってしまう部分があるのかなと思いますが,私自身は先ほど申し上げたように,B案とC案は実質的にさほど違わないのではないのかなと思っていますので,一体それが当事者とか判断をする側にとってどれぐらいメリットがあるのかなということで考えております。   今の平湯委員の御発言を前提とすると,虐待に該当すれば,こんなものは著しく困難又は不適切がある場合に該当するのは当たり前だということになりますので,逆に言うとそれほど明確な虐待をなぜ書いてはいけないのかなという気がいたします。それは先ほど磯谷幹事から出ていたような,虐待はしたけれども虐待と言われるのは嫌という,その趣旨なのかなと思うのですが,何か余り法的な議論をするときに,そこまで親について考えてあげなければいけないのかなという気がします。   繰り返しになりますが,私自身はB案でもC案でも実質的にはそれほど違わないと思っておりますので,虐待ということを書くのが駄目なのだという理由がやはり知りたいという気がします。一つは親に対する配慮ということだったのですが,それ以外に虐待だけれどもこれに該当しないというような場合があるということなのかなというと,それについては平湯委員はむしろないのだという前提だったと思いますので,そうするとB案,C案,本当にどこが対立しているのかなという感じがいたします。 ○平湯委員 大きな対立だとは私も思わないのですね。Aというか現行法しかないところで一歩進めるという観点に立てば,Bも私は十分前進だと思いますし。ただ,あえてなぜCをベターとするかというと,これは磯谷幹事と同じ意見ですけれども,要するに親の気持ちを配慮するというといかにもちょっと浪花節的になりますけれども,国家の名で,あんたのやったことはこうなんだよと,だから喪失させるんだよということをするわけですから,虐待に当たるとしても,虐待だという表現で評価しないことのメリットもまたあるということなのですね。 ○進藤関係官 例示はよろしくないという御意見として,平湯委員や磯谷幹事がおっしゃったことが論拠として挙げられることがありますが,翻ってヒアリングのときに施設長としておいでになっていた武藤先生の御発言の中には,施設に入っている親に十分な虐待であるという認識がないために指導が困難になっている状況があるというような御発言もありました。また,裁判所において家庭裁判所調査官等が虐待であるということを明確に親に告げるべきかどうかも議論のあるところです。いずれにせよ,虐待であるという認定をしないことが必ずしも親の気持ちに配慮したもの,あるいは子供の利益になるものということには限らないのだろうと思いますので,両様を考え得るB案を排斥する理由にはなり難いように思います。 ○磯谷幹事 B案とC案,実質的には大きな差がないというところは,私自身もそこは理解をしています。ただ,逆の立場からいうと,余り違いがないのになぜわざわざ虐待という言葉を入れなければいけないのかということになる。そうすると,先ほどのように水かけ論だと怒られるわけですけれども。   ただ,やはり私は,先ほど窪田委員がおっしゃった,親の気持ちをどこまで法律で考えるのかというお話がございましたけれども,私の認識ではやはり親子の問題というのは本当に長く続くものであって,未成年のときで終わってしまって,後はおしまいよということではないのだと思うのですよね。そこは,ほかの法律は私はよく分かりませんけれども,この家族の問題については殊の外やはりデリケートに考える必要があるのだろうと思っています。   それから,先ほど進藤さんがおっしゃった武藤参考人の御意見の趣旨というのは,それはそれで本人に確認をしなければいけないのですけれども,実務上しばしば見られるのは,親に対して例えば同意で入院をさせるときに,「まあお母さん,とにかく少し休みましょうよ」という言い方をして,同意をとって入れるというふうなことがあるわけですね。そうすると,親は全然子供の福祉にこれが悪かったとかって直面していませんので,要するに自分はもうこれでいいのだから,何で返してくれないのだと,こういうふうになってくる。そうすると施設は板挟みになって非常に困るということが実はよくある。私自身も相談を受けるわけですけれども。   しかし,恐らく推測するに,武藤参考人が言われた虐待ということに直面をさせる必要があるというのは,それは決して「虐待」という言葉を突きつけるというよりは,あなたがやっていることはやはり子供の福祉に今よくないのだよと,あなたがやっていることは子供を傷つけているのだよということを,きちんとそこを直面させる必要があるということだろうと思って,私自身はその「虐待」という言葉に非常に重きを置いているものではないのだろうと思うのです。 ○窪田委員 同じことになるのかもしれませんが,1点,今,磯谷幹事からありました,非常に多様な場合があって,再統合の可能性も考えてというのは,恐らく現場の場面では当然出てくるのだろうと思います。そのときに判断者は,B案を前提として,こういうふうな形で最初に例示が上がっているから虐待を理由として使わなければいけないということではなくて,むしろその他に該当する場合として判断をしていくとか,そういった形で説明をしていくということは幾らでも考えられるのだろうと思うのですね。それと,例示に典型的に該当するような場合に,それも書いてはいけないのかというと,やはりそうではないのだろうというのが一つございます。   それともう一つ,先ほど吉田委員からも出ていて,磯谷幹事からも御指摘があって,それに対して大村委員のほうから,民法の中では別に非難可能性の話を使ってはいけないということは,民法自体としては仕組みとしては用意されていないのではないかという御指摘がありました。一般論としての法制度からいいますと,親権を喪失させるという一定の親にとっての不利益な効果,親権というのは親の権利ではなくて子に対する義務だけなのだというふうに考えてしまえばそうではないのかもしれませんが,やはり親の専権的な判断に対して他が介入できないという意味では,親の権利としての属性を持っているものだとすると,それを失わせるというときに,もちろん子の福祉の観点から客観的な事情があればという,精神的な障害とかはそれに該当するのかもしれませんが,それもあったとしても,同時に有責的な原因によってそうした効果を認める。つまり,帰責事由ということを前提とした上で一定の法律効果を認めるということは,これは一般論としては十分にあり得ると思いますし,それは別に財産法の世界だけではなくて家族法の世界でも十分にあり得るものだろうと思います。何か民法の中にそうしたものが入ってきてはいけないということについては,必ずしもそうではないのではないかなという感じがしております。その点だけ確認させていただきたいと思います。 ○吉田委員 先ほどお話ありましたように,民法全体でいえば確かに非難可能性の問題は出てくると思いますけれども,やはりここでの親権喪失の場面では親権の性質と絡むと思うのですよね。従来のというか,古典的な権利を重視すれば,確かに権利はく奪というところですので,非難可能性はおのずと出てきますけれども,ここで親権の見方というものをやはり変えていくのだと。この後議論で出てくると思いますけれども,やはり子供に対する義務というのを重視していくのだということになってくれば,非難可能性の在り方も当然変わってくると思いますので。ですから,ここではそれは残していいのだという議論とそれから見直すべきだというのは,かなり大きな隔たりがあると思いますので,そこはやはりこの委員会として議論をしておく必要があるのではないかと思います。 ○長委員 B案,C案の要求している法律的な要件は,抽象的に言うと私も同じだと思います。ただ,B案のほうは,前段のほうの要件を類型化して一部を明確化したのだろうと思います。法律の条文をつくるときに,その法律の条文に当たる場合というのがこれなのだということがある程度はっきり分かったほうが,国民が法律の条文を見たときに分かりやすいという問題もあるような気がするのです。抽象的に書いてしまうと,ちょっと分かりにくいのではないかという気がするのです。そうすると,類型化できるものについてそれを記載しておくということは分かりやすさにつながるのではないか。   実際の適用の場面では,裁判官は虐待と認定することに意味があるのではなくて,恐らく具体的な行為を認定していって,それが虐待に当たるのだということになれば,B案のように書かれていれば,そうするとその要件はクリアされる。つまり,その虐待というのは,父又は母による親権の行使が著しく困難又は不適切であるような実質を備えた虐待であるということを認定していって,次のほうに進むと思います。分かりやすさということなどからすると,私はB案は適切であると思うのですが,その点はどんなふうに考えられますか。 ○平湯委員 分かりやすさというのは大事だとは私も思います。どういうふうに分かってもらいたいのかという立法のメッセージの問題だろうと思うのですけれども,今,吉田さんが言われたように親に対するペナルティーではないのだと。親に対する利益はく奪ではないのだと。その前提として,親権というのは親の利益のためのものではないのだと。そういうことが誤解なく伝わるようにするには,やはりこのBの例示部分というのは私は邪魔だと思うのです。それだけを理由にしているわけではないのですけれどもね。分かってもらいたいことと,ただ,少なくとも現在この例示のようなことをやれば親権は喪失されてしまうのだよというメッセージ,最低限のメッセージは伝わると思いますが,なぜそうなのか,本来はどうなのかということまで含めてメッセージを考えるとすると,少々分かりにくいところがあっても,理念的なということになるかもしれませんが,C案のほうがメッセージとしてすぐれていると思います。 ○小池幹事 磯谷幹事にちょっと確認ですけれども,およそ例示をしてはいけないということなのか,例示をするに当たって「虐待」という言葉はきつ過ぎるのでやめたほうがいいということなのか,「虐待」という言葉はやめて,心身に対する重大な危害を加えたとかいう形でもいいのかというのをちょっと確認したいのですけれども。 ○磯谷幹事 私は,今回の法改正で何か全部変えられるわけではもちろんないですけれども,しかし,確か一番最初のときにも発言をしましたが,やはり「虐待」という言葉から離れていく必要があるのではないかというふうに考えているわけですね。そういう意味もありまして,やはり「虐待」というふうな言葉をここに持ってくるということは避けるべきだというのがあります。   それから,もう一つ,心身に対する重大な危害を加えたなどといった例示そのものが無条件に駄目だというふうなつもりはございません。ですから,私がとにかく申し上げたいのは,先ほどの「虐待」という言葉がいかに現場で親に対して大きなダメージがあるか,そして成年期になった後での親子関係の中でやはり大きな意味を持ってくるかというところからの発言ですので,そういうふうに御理解いただければと思います。 ○大村委員 平湯委員や吉田委員がおっしゃった点についてなのですけれども,この手の立法はおっしゃるようにメッセージ性というのが非常に重要だと思うのですね。ですから,誤ったメッセージが伝わらないようにするということには十分な配慮がされるべきなのではないかと思います。親権の喪失にせよ一時制限にせよ,子の利益というのがまず第一に考慮されるべき事柄だということは,早い段階で明確に打ち出したほうがいいだろうと思います。   その上で,これは平湯先生も吉田先生もそういう御趣旨ではないと思うのですけれども,親権者の権限というのが無制限に奪われていいとはだれも考えていないわけですね。ですから,そのことについての歯止めも考えている。国家はもちろん子の利益の観点から介入する。しかし,それには段階があって,ある強い効果を及ぼすためには一定の帰責性が要求される,あるいはそれに準ずるような重大な事態があるという考え方を示すということであれば,メッセージについて誤解を生ずることはないのではないかなとは思います。 ○豊岡委員 児童相談所での現場ですけれども,「虐待」という言葉をやはり虐待行為があった場合に明確に伝えてうまくいく場合と,それから伝えたがためになかなかその言葉にこだわって理解していただけない方,両方いらっしゃいますので,この議論を聞いていて,どちらがいいのかなというのは私,分かりにくいところでもあります。   それで,ただ,死亡の検証委員会の報告等を見ていますと,やはり虐待だよということを児童福祉司がきちんと伝えていなかったがために歯止めがきかなかったというか,死亡事件につながったというような事例を見たりしますと,児童相談所の現場では虐待なりあるいは不適切な養育ということを保護者,親権者の方にしっかりと伝える,こちらのメッセージを伝えるということが一つ大きなポイントかなと感じているところです。ちなみに,全児相の意見は,B案かC案ということになっていると思います。 ○磯谷幹事 この「虐待」という言葉を使うべきではないのではないかということは,別に私が一人何かここで申し上げているわけではなくて,例えば昨年,埼玉で子ども虐待防止学会がございましたが,やはりそこでも,例えば子ども家庭総合研究所の山本さんですか,大阪での長い実務の経験を踏まえて,やはり「虐待」という言葉がいかに適切ではないかということをおっしゃっていましたし,そういった考えというのは児童相談所の現場でも決して小さくないということは御理解を頂きたいと思います。 ○窪田委員 全く別の観点から発言をさせていただきたいと思うのですけれども。平湯委員から御指摘がありました法改正のメッセージ性というのは多分大変に重要だろうと思います。特にこの種の問題に関しては,どういうメッセージを発信するかということについて十分に考えなければいけないと思うのですが,その際に,個別の紛争解決をするという場合に「虐待」という言葉があったほうがいいのかどうかということは,ちょっと問題を切り離した上で,むしろ虐待については,それは親の懲戒権の一部であるとか,教育の一環であるとか,しつけの一環であるといった主張があるのに対して,むしろ虐待というのはまさしく親権を喪失させるような事由に該当するのだということをメッセージとして発信するということには,意味があると思います。その点では単なる例示という以上にメッセージという観点からの意味があるのかなという気もしているのですが,そのように理解することはできないでしょうか。 ○平湯委員 メッセージ性というのは一つの条文だけでまた足りるわけではないとは思いますけれども,今回の親権制限を軸にした改正作業というのがどういうふうに国民から受け止められているかというのは,先ほどのパブコメにも一部表れていると。もっとたくさんの意見が欲しかったと思いますけれども。   その中でやはり幾つか重要な指摘があるのは,制限と併せてサポートであるとかフォローであるとか,そういうものが相まって制限の意味なりが出てくると。そういうところをこの民法改正の中でということは無理というのか難しいとしても,子供の利益のために制限が必要だということと併せて親や家族に対するサポートが必要だという,そのトータルなメッセージというのが実は一番必要なことなのだろうと思います。それはもっと後のところの総則規定の問題でもあるとは思いますけれども。ですから,ちょっと私もこの条文だけで申し上げているのではありませんので。全体の締めくくりのところでそういうのが発せられるといいなと思っております。 ○吉田委員 先ほどの大村委員の御発言ですけれども,非難可能性を例えばB案の中に盛り込ませるのだという,そういう御趣旨ですか。もしそうであるとすると,やはりそれには賛成できないなということだと。といいますのは,「虐待」という言葉も必ずしも非難可能とは言えないような場面もあるわけですよね。逆にそういう場面がありながら,むしろ非難可能性をこのB案の中に含まれるとすると,実際の運用の場面では変わってくるのではないかと。逆に非難可能性がないから親権喪失に至らないという場面も出てくるとすれば,それはむしろミスリードになるのではないかと思うのですが,いかがでしょうか。 ○大村委員 私は非難可能性はやはりこの中には含まれるのだろうと思います。先ほど窪田さんがおっしゃったところもそうですけれども,離婚原因で幾つかのものが列挙されている。その中に有責原因がある。有責の場合には当然離婚になるわけです。しかし,同様に離婚を継続し難いような事情があれば,それも離婚原因になるというのが現在の考え方だと思うのですね。ですから,吉田委員の質問との関係でいうと,非難可能性がなければ喪失させられないのかというと,それはそうではないと思います。 ○窪田委員 今ので関連させてということで2点申し上げさせてください。   今,大村委員から御指摘がありましたように,私自身も虐待等については有責原因だと理解しています。ただ,有責原因があるといっても,その他という形で一般で受けていますので,全部が有責主義を採るものではないということが前提となっております。それと,現行法との関係でいいますと,先ほど久保野幹事から御指摘がありましたけれども,特別養子縁組をした場合に実親との関係が切れるという場面ではまさしく似たような仕組みをとっておりますので,現行法とも整合性があるだろうということがあります。これが第1点です。   第2点は,私はそういうふうに理解しているのですが,実はそうは言いつつも,B案を別の読み方をする人は幾らでもいるだろうと思います。つまり,書いてあるのは父又は母による虐待ということであって,有責な虐待とも,そういうふうなことは書いてはいません。虐待あるいは悪意の遺棄,財産の管理に関する不正な行為ということしか挙がっていないわけですから,それを有責主義的な形で理解するのか,別の観点から理解するのか,実はこの部分は判断は分かれる余地はB案を前提としても残っているのだろうと思います。その2点だけ確認させていただきたいと思います。 ○磯谷幹事 私が発言をさせていただこうと思ったのは,先ほど窪田委員が一般に向けるメッセージとして,虐待をすれば,それは親権喪失があるのだよというふうなことをおっしゃったわけですけれども,そういったメッセージ性というのはある面理解はできるのですが,一方で,例えば電話相談などで私は虐待をしてしまうのだという,どうしたらいいだろうかという親がいろいろ相談を持ちかけてくるわけですね。そういうふうな場合に,虐待だとそれは親権喪失があるのだよというふうなメッセージになってしまうと,それこそ自分は虐待をしてしまっているのだという親御さんたちが行き場がなくなってしまうのではないかとも思うわけです。「虐待」という言葉も実はかなり幅が広いわけでして,先ほどから例示というお話がありますけれども,しかし現実問題として親権喪失になる程度の虐待というのが一体どのぐらいなのかというのは,正直それほどはっきりしているものではないのではないかなと思っていますので,ちょっとその点だけ申し上げさせていただこうと思いました。 ○松原委員 最初の羽柴関係官の課題的な一番目と三番目の議論になっていて,二番目が飛んでしまっていると思うので,一言発言させていただきます。   きょうだいに対してのこういう行為で,ほかの子供に関して親権制限ないしは喪失の対象になるかということですが,確かに現状,ネグレクトのケースを見ていて,この子だけ親子分離すればすごく家庭の中がうまく回るようになって,養育がうまくいくということはないのですよ。ただ,一方で,やはりどうしてもこの子だけはかわいく思えなくて虐待をしてしまうというケースがあって,本当に虐待の様相って多様なので,その多様性を考えると,きょうだいの中のだれかに虐待があるからほかの子供たちの親権も制限できるというふうに制度をつくってしまいますと,相当それは介入の過剰ということになると思いますので,やはり個々の子供についてやっていくべきだと思います。 ○大村委員 今の点は,制度のつくり方はいろいろあり得ると思いますので,検討すればいいと思うのですけれども,実態というのでしょうか,喪失の例はそれほど多くないわけですけれども,現に民法で親権のほうを喪失させるというときに想定しているのは,個別に,個々の子供ごとに親権を喪失させるという制度を想定しているのか,運用はどうかというのはちょっと確認する必要があるのではないかと思います。 ○小池幹事 ちょっと文脈がずれるかもしれませんけれども。部会資料の8の3ページの先ほど話題になったのですが,薬物中毒の事案とか他のきょうだいに対する虐待の事案で,A案について問題となるということだったのですけれども,例えばC案を採ったとしても,前半部分の親権の行使が著しく困難,不適切というのが,当該この子に対する親権だというふうに限定をしてしまうと,これはひっかからなくなりますよね。その意味では,A,B,C案全部この問題は抱えることになるので,そういう形で議論をしたほうがいいのかなと思いました。 ○野村部会長 先ほどの大村委員の御質問に対するお答え,どなたかありますか。 ○古谷幹事 必ずしも実務を多数経験しているというのではないので,少し不正確なコメントになると思います。従前,そのような議論をここでした記憶もありますが,実務の感覚としましては,子供との関係での適格性なりあるいは喪失事由というよりは,言い方はややミスリーディングかもしれませんけれども,親単位でやはり見ていくというほうが実務の実情に近いのではないかなというのが私の印象でございます。 ○平湯委員 このきょうだいまとめて保護するかどうかという場面が児童相談所に一時保護なり28条のところでしばしば出てきます。はっきりしているのは一人だけれども,あとの3人も問題もありそうだし,現に一人だけ保護したら,そのしばらく後から二人目が出たというのも結構ケースとしてはありますよね。親が子供に対する姿勢というのは,個別の子供に対する姿勢なり気持ちの在り方だけではなくて,やはり家庭の中での親の役割,子供の位置付け,そういうものが錯そうしてこの家族の一種の集団の特徴ができてくるのではないかというようなことから--ちょっとこれはすみません,つまらんことを言ったかなと思いますけれども。やはり基本的にはケース・バイ・ケースなのだけれども,しばしば推定ということで2人目,3人目の子供についても危険がかなり大きそうだという場合には,まとめて親単位といいますか,そういう形でやっていくことになるのではないかなと,ちょっと実務の私もかかわりというのは間接的ですけれども,そんなふうに思っております。 ○松原委員 もちろん,そういうケース,現場でたくさんあるのを知っていますが,これは法のつくりなので,そういうものがあるということだけで,すべてストラックアウトにしてしまうというのはちょっとやはりやり過ぎではないかな。だから,必要があればそういう形で親単位で,子供3人いれば3人の親権制限をすることができ得たとしても,逆に一人の子供だから,それは類推的に残りの二人の子供についても親権を喪失させてしまうというのは,ちょっと乱暴な議論かなと僕は思うのですけれども。もちろん,私も現場をいろいろお手伝いしているので児童相談所の御苦労はよく分かりますけれども,そう考えます。 ○磯谷幹事 先ほど小池幹事からちょっと指摘をされたところで,要はC案を採ったとしても,薬物中毒だとかほかのきょうだいに対する虐待の事案などについてカバーできていないのではないかという,そういう御趣旨だと思いますが,その点について日弁連の内部でも議論をいたしましたが,このC案の中にはやはりそういうほかの子供に対する虐待というのも読み込めるのではないかという意見もあった反面で,やはりその点不安だという意見もあり,率直に言って何ともよく分からないという結論になったわけです。   結論的にいいますと,表立ってはある特定の子供に対して今虐待が華々しく起こっているけれども,しかしそのこと自体が間接的にほかの子供たちに対してやはり心理面で大きな影響があるというふうな場合に,もう本当にケースによってはということですけれども,ほかの子供たちについても親権制限ができるような余地は残しておく必要があるだろうと思っていまして,そうすると,もしC案を採った場合に今のような対応ができるかどうか疑義があるとすれば,例えば言葉として「その他父又は母に親権者としての適格を著しく--ないしは『著しく』は要らないかもしれませんが--欠く事由がある場合」など,そういった形でフォローをしておくことが望ましいのではないかと,こういうふうな意見もございました。   いずれにしても,どう整備するかというのはちょっと悩ましいところではありますけれども,今申し上げたように,表立ってはほかの子供に対しての問題であっても,それはやはりそういうふうなところで育っていくということ自体が子供の発達の面で非常に大きな問題であるということもありますので,制限ができる余地は何とか残るような形でしていただきたいなと思っております。 ○野村部会長 読み込めるというよりも,はっきりそういうことが可能なように書いたほうがいいという,そういう御意見ですね。 ○磯谷幹事 そうですね。読み込めるかどうか疑義が生じるのであれば,何らかその手当てをしていただきたいなということでございます。 ○野村部会長 松原委員もその…… ○松原委員 ケース・バイ・ケースはよく分かるので,余地ということであれば。ただ,オートマチックにアウトだよというのは,これはやり過ぎだろうというふうに考えています。 ○野村部会長 それは確かにおっしゃるとおりかもしれません。   ほかに御意見いかがでしょうか。 ○大村委員 繰り返しですけれども,実質は各委員の間でそれほど変わらないのだと思うのですね。ただ,それを制度に乗せるときに,原則は個々の子供単位で考えていて,それが他の子供に影響することがあると考えるのか,それともそうではなくて,原則は一括してどの子供に対する親権もとまるのだけれども,個別の子供についてだけとめればいいということがあるのかというところが,何かはっきりしないように思うのですけれども。 ○野村部会長 民法の規定の仕方は個別的に考えているのではないかと思います。子供一人ずつについて親権の喪失というのを考えているのではないかなと思いますけれども。 ○平湯委員 私もそこは同じです。要するに,事実認定の問題として,この子に対する親権の行使も著しく利益を損なうというふうに判断していい場合があるのではないかと。 ○野村部会長 多分,裁判所も,先ほど親単位とおっしゃったけれども,やっている事件ではやはり子供1対1の対応で考えているわけですよね。 ○古谷幹事 法のつくりとしてはそういう形になっていると思っております。 ○野村部会長 ほかに御意見いかがでしょうか。   そうしますと,いろいろ御意見いただきましたが,B案とC案は,ほぼ意見としてはきっ抗しているのかなと思いますけれども,このような状況で事務当局にどのように議論を整理していただけるのかはなかなか難しいなと思いますが,よろしくお願いします。先ほど小池幹事からも出ました「虐待」という言葉を何か書きかえるという案もあり得るのかなという気がしますけれども,その辺も含めて,ではもう一度事務当局でちょっと考えてみるということにしたいと思います。   もう一つ,次に管理権喪失の原因というところで,イについて事務当局から御説明いただいて,御意見を頂いて,そこで休憩にしたいと思います。 ○羽柴関係官 第1の2の(1),イでは,管理権の喪失の原因を取り上げております。管理権の喪失の原因について,中間試案ではA案とB案を併記しておりました。B案は,父又は母による管理権の行使が困難又は不適切であって子の利益が害されているが,財産を危うくしたとは言えないような事案について,管理権の喪失によって対応しようとする考え方ですが,このような対応についてどのように考えるか御議論を頂ければと存じます。 ○野村部会長 それでは,御意見を。いかがでしょうか。 ○磯谷幹事 今の点につきましては,やはりB案のほうが望ましいだろうと思いますし,どうもパブコメの御意見などを見ても,ほぼすべてB案賛成というところなのかなと思っておりますので,この点はこれでよろしいのではないかと私は思います。 ○野村部会長 ほかにいかがでしょうか。ここについては大体B案でということでよろしいでしょうか。 ○吉田委員 この管理権喪失の原因と少し絡んで,またちょっともとに戻るようで恐縮ですけれども。仮に甲案を採った場合ということで,管理権を喪失させる,またその次にある一時制限になりますね。こっちに入ってもよろしいですか。管理権の一時制限。よろしいですか。 ○野村部会長 はい。 ○吉田委員 先ほどの話,また管理権の一時制限をとった場合で私がどうしても理解できないのは,一時的に制限された場合に,ではそれを代わりに補完するのはだれなのだという。事務当局のほうはここで議論がございましたっけ。後見ですべていくということですか。 ○森田関係官 基本的に親権の一部制限の場合には後見人で受けるという前提で考えております。 ○吉田委員 そうすると,一時制限を使う,全部制限するというのでこれをかなり対応することになるとすれば,後見人選任が相当増えるということになりますよね。 ○森田関係官 はい。論理的にはそうだと思います。 ○吉田委員 そうですね。それだけです。 ○野村部会長 ほかに,よろしいでしょうか。   それでは,管理権の喪失の原因については一応B案でということでよろしいでしょうか。   それでは,ここでちょっと休憩にしたいと思います。           (休     憩) ○野村部会長 それでは,時間がまいりましたので再開したいと思います。   それでは,親権の制限の具体的な制度設計の(2),親権の一時的制限の期間という点について,まず御説明をお願いいたします。 ○垣内幹事 すみません,先ほどのところに戻ってしまうのですが,一つ発言よろしいでしょうか。 ○野村部会長 はいどうぞ。 ○垣内幹事 管理権の喪失原因についてA案とB案で,B案のほうがというお話だったのですが,私も基本的に全く異論はないのですけれども,B案の文言を見ますと,管理権の行使が困難又は不適切であって,管理権を行わせることが子の利益を害するということになっているわけですが,これは見ようによってはかなり広い要件といいますか,不適切な管理権の行使があって子の利益を少しでも害すると管理権は喪失してしまうという感じもいたします。かといって著しく害するとか著しく不適切というのも,従来の財産を危うくしたというところから広げるという観点からするとやや狭過ぎるという感じはありますので,「著しく」というのを付けろという趣旨ではないのですが,実際上は子の利益を害するというのが非常に評価的な要件になってくるので,そのあたりで調整する余地もあり,更に言えば,余りこの制度が積極的に活用されるということ自体が予定されていないということなのかもしれないのですが,ちょっと卒然と読むとそういう印象を与えるという点が気になりましたので,もし何かよいお知恵があれば御検討いただければと思います。 ○大村委員 先ほどは発言しなかったのですけれども,垣内さんの御発言との関係で,一言申し述べます。   結論としては,垣内さんがおっしゃったことに賛成で,B案で結構だと思います。ただ,これはこれまでの制度の考え方をかなり動かすことになるだろうということと,他方で,これはこれでいいと思いますけれども,これでやれることにも限度があるので,余りこれが有効な手段になるとまでは言えないということ申し上げておきます。 ○野村部会長 分かりました。   それでは,今の御意見は事務当局のほうで引き取っていただいて,表現でうまく考えられるかどうか,ちょっと難しい問題だとは思いますけれども。   それでは,一時的制限の期間のほうに移りたいと思います。 ○羽柴関係官 第1の2の(2)では,親権の一時的制限の期間について取り上げております。この点については,2年を超えない範囲内において,裁判所が期間を定めて親権の一時的制限の審判をするものとすることが相当ではないかと考えておりますが,この点について御意見を頂ければと存じます。   なお,このように2年という上限を定める規定とした場合でも,実際には審判時に2年以内のいずれかの時期に原因が消滅することが見込まれるということは余りなく,いつ原因が消滅するかは分からないという事案が多いと考えられます。このような事案では2年間の親権制限の審判がされることとなり,結果的には上限の期間の制限の審判がされるのが基本となることが想定されますので,原則の期間として2年間という期間を定めて規定する場合と比較して,実務上,特段違いが生ずることはないのではないかと思われます。他方,医療ネグレクトなど,2年以内の短期間で制限の原因が消滅することがあらかじめ見込まれるような事案においては,その必要な制限期間の間のみ親権を制限するものとすることが適当と考えられますので,今回このような御提案をさせていただいているところでございます。   また,原因の消滅の時期とは必ずしも一致しないとしましても,次の親権制限の判断時期をいつにするのが適当かという観点から,運用上2年以内の期間を限る,例えば施設入所の措置の終期と親権制限の終期を同時にするように期間を定めて親権制限をするということも考えられるのではないかと思われます。そこで,御提案させていただいております一時的制限の期間につきまして,御意見いただければと存じます。 ○野村部会長 それでは,御意見をお願いしたいと思いますけれども。 ○豊岡委員 まず,期間の2年についてですけれども,案の段階で1年とか3年という数字もあって,現状28条も2年ですけれども,実質的な時間については,1年強,長く見ても1年半程度しか指導の期間がないということになりますので,非常に煩雑な手続になっているということもございました。現場の児童相談所のほうからはやはり,3年にできれば有り難いというような声も聞きましたものですから,一言意見として3年という声もあるということでお伝えをしておきたいと思います。 ○野村部会長 これはA案で3年という御趣旨なのか,B案で3年ということなのか,そこは余りお考えでないということでしょうか。 ○豊岡委員 B案です。 ○野村部会長 ただ,B案のほうがパブリック・コメントとしては多数ですけれども,一応ここではA案を書いておりまして,いろいろ御意見を伺えればと思うのですけれども。 ○山田委員 現場の手続的な部分等での対応の御苦労はそれなりに理解させていただいておりますが,やはり今回,過剰な制限にならない範囲で一時的制限を導入しようというその基本の立場で,これまで28条審判について2年で何とかやりくりしていただいているという中で,上限2年で設定していただければと考えております。手続的な部分での煩雑さ等については,再度ないし更新の手続のところでどう設計するかについてまた議論させていただくということで,上限2年というふうに日弁連としては主張させていただきたいと思います。   A案かB案かの点なのですけれども,法務省のほうでA案でどうかというお取りまとめの中,パブコメの意見としては日弁連,B案賛成で出させていただいています。ただ,これは硬直な立場ではなく,裁判所が適切に判断していただけるのであれば,場合によってはA案も個人的には排斥するものではなく,また日弁連の委員の一部からもA案に賛成という意見も出ておりますことを述べさせていただきました。 ○平湯委員 このテーマだけのことではないのですが,豊岡委員の御発言の趣旨は,この民法の制限の期間の上限を3年とするというだけではなくて,児福法の28条の更新期間についても同じようにという現場の声ということに理解してよろしいでしょうかね。 ○豊岡委員 はい。 ○平湯委員 今,もう一つの厚労省の専門委員会のほうの状況が私も直接は存じ上げないのですけれども,そういうことも含めて議論がされているのかどうかということをちょっと知りたいのですが。 ○豊岡委員 そこまで議論が進んでいるという中身ではございません。 ○平湯委員 そうすると,今回の作業でも28条については2年のままでということになりそうだということですよね。私の意見は,両方が整合性でつながるよう,いろいろな形で実効性あるものにする必要があるという意味から,個人的には私は3年でもいいのではないかと思っておりますけれども,児福法のほうが2年で変わらないならば,この民法も2年でよろしいだろうという私の意見です。 ○杉上幹事 事実関係だけ申し上げます。社会保障審議会の専門委員会で議論しているテーマの中には2年の期間というのは入っておりません。当方のほうも一巡議論をしましたが,その議題として追加で議論して行っていることもありません。 ○平湯委員 ちょっと付け加えさせていただきますと,この検討の最初にちょっと希望として申し上げたつもりですけれども,児福法のほうの改正作業とこちらと連動といいますか,つながりといいますか,審議自体ももう少し連動させてしかるべきではないかと思ったのですけれども,民法オンリーのところの議論になってしまいましたので,できましたらやはり適宜この児福法,特に施設の子供の場合の施設長の権限の問題とか,その辺重要なことでもありますので,こちらのほうにも御報告いただきたいなという希望です。 ○古谷幹事 A案かB案かの関係なのですけれども,先ほど山田委員から御指摘がありましたけれども,裁判所のほうでこのような将来予測みたいなことを確実に個々の事案についてできるかというところは,やはりかなり困難が大きいと考えておりまして,今回の各庁に求意見した回答としても,大多数がやはりB案というふうなことでございましたので,基本的にはB案を支持するものでございます。 ○吉田委員 前にこの点で発言させていただいて,注の3の意見を述べさせていただきましたけれども,パブコメでも若干これを支持する意見もあるようだと。やはり現場サイドでは個別のケースに応じて権利制限もしてほしいというのが強いのではないか。全児相の立場とまた違うようですけれども,そういう意見も現にあるということで。そういうことを考えていきますと,2年の範囲内でという問題と,今度は2年を超えるという問題が出てきますので,この後の再度の親権制限とセットで考えるということは,当然この再度の親権制限について制度化するということでなければ対応できませんので,まずそこの点だけ先にお伝えしておきます。 ○垣内幹事 私自身は,この問題についてはA案,B案をとっても,御説明のとおり実際の運用上はどちらでもさほど大きな支障はないということなのかもしれないのですが,理論的にはB案というのも十分あり得るのではないかというような感じを持っております。というのは,正に今回の部会資料8の5ページの一番下の丸のところに書いてあるところですけれども,親権の一時的制限の制度を設ける趣旨の一つは,時間的に過剰な親権の制限を避けるという点があるというのは,これは異論のないところかと思うのですが,そこから確かに第一次的にはA案のほうが整合的だという考え方は理解はできるのですけれども,他方で6ページの第2段階で言われていますように,結局相当な期間がどのぐらいなのかがよく分からないという場合というのは大いにあり得るわけですが,その際,そういう場合には2年なのだということというのは,時間的に過剰な親権の制限を避けるというところ,理念からは直ちには出てこない処理でありまして,もし相当な期間がはっきりしないのであれば,なるべく短い期間で制限をするのが相当だということにはならないかと。そうすると,上限ですから2年などというのはとんでもない,ということにはならないかという感じも一方ではいたします。そうしますと,私,取扱いとしては6ページの第2段階で書かれているような取扱いが妥当ではないかと個人的には思いますので,そういった取扱いを法律上無理なく支持するための規定振りとしては,B案のほうがむしろ適切な面もあるというような感じがしております。 ○野村部会長 ほかにいかがでしょうか。   B案のほうが御意見は多いようですけれども。   B案を採りますと,例外的に2年を超えない範囲内で期間を短縮できるというつくりになっていて,実質A,B変わらないようになっているわけですけれども。B案では「特別の事情」というふうに書かれていますけれども,この辺をどのように要件として考えるか,具体的な要件について御意見ございましたらお願いしたいと思います。もうちょっと具体化した要件が書けないのかということなのですけれども。   なかなかこれ以上ブレイクダウンは難しいということでしょうか。 ○飛澤幹事 B案を採った場合の例外要件をどう考えるかというのは,正にどんな場合に法定期間より短い期間でいいかということについて,どのようなイメージを持たれているかということをお伺いしたいということであります。つまり,例外が認められるのが,単に2年より短い期間の間に制限の原因が消滅する見込みがある場合だけでいいのであれば,端的にそれだけを書けばいいのですけれども,先ほども少し申し上げましたとおり,そういった見込みが必ずしもあるとは言えないような場合,例えば,今,強制入所で施設に入っており,入所期間は通常2年間だけれども,入った当初から親権制限をかけるというのは余りないでしょうから,残り1年ある中で親権の一時的制限をかける場合に,施設入所の終期と合わせるということも例外として認めるのかどうか。このような場合を含め,正にどんな場合に例外を認めるかというイメージについてちょっと御意見を頂きたいと思っております。 ○垣内幹事 ちょっと確認ですけれども,今のような事例の場合には,仮にA案を採った場合には,当然それは考慮に入れて期間を定めることになるということになるわけですね。B案を採ったときに,実際の運用においてA案とそういう面で全くかけ離れたものを想定しておられたのかと。私自身は基本的には同様の運用をするということを前提にしつつ,どういう条文のたてつけが適切であるかという観点から考えておりましたので,今の事案についてはカバーできるような形でB案の例外要件を設定するのがよいのかなというふうに今のところは考えております。 ○大村委員 一般論としては垣内さんがおっしゃったとおりなのだろうと思って伺いました。   事務当局のほうから具体的な問題提起としてあったのは,実体上の必要が2年内になくなるというような場合は想定されるけれども,そうではないような場合も含めて考えることができるかというお話だったと思います。別の例として挙げられたのが施設入所との関係という例だったと思うのですけれども,間にある例として,今19歳だというときには1年間しかとめないわけですね。それが二十歳になってしまえば,そもそも実体的な要件がなくなるからだとも説明できるのですけれども,親と子供の関係という観点からは二十歳を過ぎたからといって別に関係は改善されるわけではない。しかし制度上の仕組みからしてこの場合には1年であるという場合は当然含まれてくるように思われます。こうした事例の延長線上で先ほどの施設入所との関係が出てくるような場合も何か考えることができないのだろうかと思いながら伺いました。 ○長委員 今の施設入所の例というのは2年ですけれども,途中で親権制限が加わって,そのときの施設入所期間があと1年だと,こういう例ですね。その施設入所が更新される可能性はどう考えるのですか。 ○飛澤幹事 ある意味,終期を合わせておけば,もし施設入所を更新するのであれば,今度,親権制限のほうも同じく2年間更新すれば,手続的に結構楽になるのかなといった思いがあったのですが,必ずしもそうではないでしょうか。 ○長委員 更新が予定されるような例では,親権の一時的制限の事由がなくなったわけでないと考えられます。そうすると,手続的に期間を合わせるというのも一つの方法でしょうけれども,事由がなくなったわけでないのだとすると,親権の一時制限は続いていてもおかしくないので,施設入所の更新の手続が採られない事例で,親権の一時制限が終了するのであれば,それは実体法的な要件がなくなるので理解ができるのですけれども,手続の便宜のためにそうするというのは,そういう規定でも明確に設けておかないとちょっとやりにくいかなという気がするのですが。手続的な要請と実体法的な要請とは違うような気がいたしますが。 ○磯谷幹事 この親権の一時的な制限がどう使われるかというところ,それから28条との要件の違いもあると思うのですけれども,恐らく28条中に親権の一時制限があると,そうするともうその段階で,例えば途中で措置から2年が経過したとして,そこで更新をしなければいけないのかどうか。もう一時制限がかかっている以上,親権はとまっているわけですから,いわゆる親権者の意に反するとかということは考えないで,そのまま施設に入れておくことができるとすれば,自動的に親権の一時制限の期間のほうが生きてくるということになるのかなと。ただ,そのあたり余り十分に検討しているわけではないのですけれども,そんなふうにも思ったのですけれども。 ○森田関係官 運用がこのようになるのではないかと考えた背景には,今,磯谷先生がおっしゃったのと同様の理解があります。親権の一時的制限中に措置の期間の満期が来てしまうと,多分その時点で更新についての同意も審判も不要になってしまうので,親権の一時的制限のほうだけが法的には残っている状態になるのではないかというふうに理解しています。そのような場合には,親権の一時的制限で一本化して判断してしまえばいいという考え方も他方ではあるとは思うのですが,児童福祉法上の制度と親権制限との制度を運用上もリンクさせたほうが,すなわち,それぞれの要件を見たほうがいいのかなというような漠然としたイメージがありまして,こういう運用になるのではないかということを書いているところです。もっとも,理論的に,必ずこうでなければならないということでもないのだろうと考えてはおりました。 ○大村委員 全く仮定の議論ですけれども,仮に2年の入所期間の1年目で親権をとめるということになったときに,親権は2年とまるのだから,入所期間のほうは1年たって期間が切れても,同意が必要なくなっているから,次のところ,親権の制限が切れるところでそろえればいいというのが今出た御議論かと思いますけれども,反対に,施設入所のほうとそろえることはできないのでしょうか。1年が経過したところで更新の手続を採るとかということは制度上は考えられないのですか。ともかくそろえたいということで今御議論をされているように思いますが,そろえるという要請があるのだというのを前提とするならば,あとはどうやってそれを実現するかということだと思いますけれども。しかし,既に親権はとまっているのに期間が満了する前に再度とめるという申立てをするのは,それは難しいでしょうね。   そうすると,あらかじめ期間をそろえるのでなければ,先ほどおっしゃったような扱いをせざるを得ないのかなと思います。確かに,あらかじめそろっているほうが運用される側は楽なのかなという気もいたします ○進藤関係官 解決策になるのかどうか分かりませんが,申立ての趣旨の拘束性で処理できないでしょうか。例えば,児童相談所で期間をそろえたほうがいいと思えば,残期間についての親権の制限を求め,そうでない場合は期間を明示せずに親権の制限を求めるということです。親権の一時制限が必要になる時期というのが,28条審判後,間もないときもあれば,その期間がほぼ満了するような時期になることもあるでしょうから,児童相談所が判断できるような枠組みのほうが使いやすいように思いました。判断する側の裁判所としては,申立人である児童相談所が必要な期間を明示していれば,それが必要な期間だという認定につながりやすいのではないでしょうか。 ○磯谷幹事 今の進藤さんの御意見に乗っからせていただくと,B案を採った上で,この特別な事情のところの書き方で,一つは明らかに2年に満たない期間で足りる場合と,それからもう一つは申立人の申出がある場合ですか。何かそういうふうな形で規定をすると,そうすると申立人である児童相談所のほうが初めからこの期間ということであれば,それはこの特別の事情に含まれるというふうな考え方になるのかなと,ちょっと今伺って私なりには考えました。 ○森田関係官 家事審判手続のもとでの職権主義と申立ての拘束力の関係をどう考えるかという問題が手続法上の問題としてあり,かつ,仮にB案として制度を仕組んだときに,これもただし書の書き方次第というところはあると思うのですが,原則として2年だという実体法上の原則があるという前提で,その関係を親権制限の申立権を与えられている親族や児童相談所長等のイニシアチブに全面的に任せるのが相当なのかどうかということについては,手続法,実体法,両面から慎重な検討が必要ではないかという感触を持っております。 ○野村部会長 ほかにいかがでしょうか。   A案という意見は余りないようなのですけれども。そうしますと,B案でただし書をどのようにつくるかということで,実質はA案で期間を裁判所がどうやって判断するのかという要素と結局は裏返しの同じことなのだと思うので,A案でもそれを書かなくていいのかという,A案を採るならそれを書かなくてはいけないとすれば,B案で短縮できるときの要素を書くのと余り技術的には変わらないのかなと,個人的には思いますけれども。   それでは,一応B案をもとにしてただし書をどう書くかを事務当局で考えて,この次の議論をする機会にお示しするということにしましょうか。そういうことでよろしいでしょうか。   そうしますと,次は(3)の親権の制限の審判の請求権者ということで,子を加えるということについてどう考えるかということなのですけれども,御説明をお願いいたします。 ○羽柴関係官 (3)では,親権の制限の審判の請求権者について取り上げております。このうち①では,子を請求権者とすることについて取り上げております。この点につきましては,これまでも両論があり,パブリック・コメントにおきましても両論が寄せられておりますので,引き続き御議論いただければと存じます。また,パブリック・コメントにおきましては,子を請求権者とすることに賛成という意見の中でも,例えば一定の年齢以上の子に限るなど,何らかの方法で適切に条件をつくることも併せて検討する必要があるのではないかという御指摘もありました。したがいまして,このような条件等につきまして付したほうがよいのかどうかも含めまして,併せて御意見を頂ければと存じます。 ○野村部会長 それでは,子供を請求権者にするということについて御意見を伺いたいと思います。 ○平湯委員 これは今,正におっしゃられたように,ちょっと今までの議論の蒸し返しみたいになりますが,パブコメの中で反対のところを,これは特に裁判所の御意見を興味深く読ませていただいたのですけれども,一つ,子供が監護親からの圧力によって申立てをするなどして巻き込まれるおそれがあるというのが書かれております。これは,そっくり状況が同じとは言えませんけれども,既に親権を喪失された親のほうに引き取られていると。そういう意味で,監護親が親権者から非親権者に既に移っていたような場合というのも,これはあると思うのですね。その場合に,その時点での監護者からの圧力によって審判の取消し請求というのが出されるという可能性もある。審判の取消し請求については子供も申立権があるというのが定説ですので,しかしそれとの並びでいえば,ここに書かれたような危惧,親権喪失申立てのときの場面だけに限ったことではありませんので,これは反対理由としてはちょっとグレードが落ちるのではないかなというふうに考えました。   それから,基本的な理由というのは,積極的な理由というのはもういろいろな形で表現されていますけれども,パブコメの中でも子どもの権利条約を引用されたりとかということもありますが,とにもかくにも,侵害の最大の当事者なわけですから,その子供に親権喪失の申立権がないのはおかしいということはパブコメでもいろいろ出ておりますし,実はここにいらっしゃる水野先生からも,大分前に親権喪失申立てのときに子供本人にも申立権を解釈上は認めるべきだという御意見も頂いて,勇気づけられたことを思い出すのですけれども。少なくとも法制度としてそういう子供の申立権を認めないということは,これは正当ではないだろうと思います。   実際にその判断が妥当かどうかというのは,もちろん最終的には裁判所の判断になりますけれども,そうでなくても申立ての段階でいろいろサポートというのはあり得る。これは民法に書けるかどうか分かりませんけれども,例えば特別養子縁組のときにそういうNGOがかかわって申立てをするとかという--特別養子だけではありませんが,そういうことも実態としてはあり,この子供からの親権喪失の申立てのときにも当然そういうことが予定されていますので,濫用的な申立てというのはそれほど出てくるわけではないだろうということと,それから子供がそれなりにサポートのもとで万やむなく申立てをするという場合がまず全部だろうと想定しますと,ここは是非子供の請求権を設けていただきたいと思います。 ○野村部会長 ほかに御意見いかがでしょうか。 ○水野委員 私の名前が出てきてしまったものですから申し上げようと思いますが,私自身は子供の請求権について否定的でございます。立法としては認めるべきではないだろうと思っております。私が子供の申立てを認めるべきだという意見を書きました,その事件は,結局は検察官が親権喪失の申立てをしてくれたのですが,正にここで問題になっている18歳,19歳の若い女性の性的な虐待の問題でございました。現行法ではやむを得ず,立法の瑕疵なので子供の申立権を認めて親権制限を認めるべきであろうという意見を書きました。でも立法問題としては子供の請求権を認めるべきではないと考えております。一言で言いましたら,子供は社会が守るべきで,子供にまで面倒をかけるなという,そんな大きな負担を負わせるべきではないであろうという判断でございます。 ○平湯委員 現在の御意見として伺いますけれども,立法の瑕疵というのはどういう意味ですか。 ○水野委員 つまり,社会の側で親権の喪失を申し立てるべきであると考えているのですが,民法では検察官がそういう意味では社会を代表する形で提訴権を持っております。私人に,つまり親族であるとかあるいは家族に与えておきますと,虐待の場合には親族や家族が申し立てることは,虐待親との関係で期待できなくて,これは事実上は余り機能しないのですね。公的なサポートが入って公的な主体が申し立てて親権を制限しなくてはならない,つまり親から子供を守らなくてはならないわけです。そして,検察官が本来ならばそのようなものとして働く機能を持って民法の中に組み込まれているわけですけれども,日本の検察官は母法であるフランス法の検察官と違ってそういう働きをするものではありません。これが立法的な過誤だと考えております。ですから,本来ならば,また前回申し上げて批判を頂いた職権,あるいは検察官というような公的な主体が親権制限を申し立てる立場に立つべきであって,子供に申立権を認めさせるのは,そこまで残酷なことを子供に強いるのは,非常に問題があろうと思います。   それから,先ほどの御議論にありましたように,確かに親の間で親権争いや子供の奪い合いに利用される危険があろうと思います。片方の親の監護親に利用されてその圧力でというリスクがあります。家庭内に暴力があるときには支配のメカニズムがございますので,親に洗脳されているような状態,精神的に,暴力的な,支配的な親に洗脳された状態になっている子供が,他方の被害者であった親,その暴力的な支配状態から逃げた親に対して,暴力の構図を判断できずにうらみを持って提訴をすることがあります。そういう子供が証言をした場合,後でカウンセラーがゆっくり子供の精神的な回復を図ったときに,子供がかつて自分を守る側に立ってくれた側の親に対して,加害親に洗脳されて攻撃をしたことについて,激しい自己嫌悪に陥って,非常に後,精神的な予後が悪いという話も聞きますので。ともかく子供は守られるべき存在であって,子供を申立人に加えてそういう後々精神的な傷を残すようなことに巻き込むべきではないだろうと,社会が子供を守るべきであろうと考えております。 ○窪田委員 私自身は水野先生のお考えはいつも伺ってきたところではあるのですが,恐らく,18歳以上ぐらいの子供が虐待を受けたり,特に性的な被害を受けたというような場面においてどうするのかというと,やはりそれについては裁判所のパブコメの中にも書かれていますが,それについては別に申立てを認めてもいいのではないかという考え方はあると思います。出発点として,私自身はデフォルトルールをどっちにするのかというと,やはり親権をめぐる問題,親権という,それが権利なのか義務なのかということ自体から示されていると思うのですが,これは親と子の一定の法的な関係というものだとすると,その当事者が常に守られるべき存在であって,自分ではイニシアチブを全然抽象的にも持っていないというのは,やはり出発点とすることはできないのではないのかなという気がします。その点では,申立権はデフォルトルールとしてはあるのだろうと考えています。ただ,その上で,今まさしく出てきたような形で,子供に残酷な判断を求めるべきではないとか,これは恐らく子供の年齢によってもかなり違うのだろうと思うのですが,そうしたことを踏まえた上で,それをどういうふうに制限していくのかというのが基本的な考え方なのではないのかなという気がします。   いろいろなケースにおいてやはり子供にトラウマを残すケースがあるとか,そういった話というのはある意味では大変に個別的な事情に依拠するものだと思います。制度の出発点としてどういうふうに仕組みをつくるのかといったときの,その出発点はどっちなのだろうかというときに,一つの考え方としてはもちろん子供というのは飽くまで守られるべき客体であって,自らは法的な関係を形成したり解消したりするようなイニシアチブを持たないのだというとらえ方はあるとは思うのですけれども,しかし養子縁組であるとか他の部分においては,様々な部分で自らイニシアチブを握っていく--認知もそうなのかもしれませんが--という部分がありますので,考え方としてはやはり抽象的に最初から申立権というのはないのだというところを出発点とするのではなくて,むしろ,申立権は原則としてあるのだけれども,それについて具体的な子供の福祉として想定されるような状況というのを考えながら,どうやって制限していくのかというので考えていくのが適切であるように思われます。実際に多分それで結論は大きく異なるわけではないのかもしれませんが,正しくそうした枠組みの中で水野委員が今御指摘になったような部分というのを取り込んでいくことができるのではないのかなというふうに考えております。 ○磯谷幹事 私も,法律の理論的なところはともかくとして,子供が最後のとりでとして自分を救う方法というのはやはり残していただきたいと強く思います。児童相談所が本当はやるべきだというのはもちろんのことでして,それはそうですけれども,しかし全国の児童相談所というふうに見てみますと,やはり本当に様々な,福祉は人なりというところがありまして,いろいろな人たちがおります。こういう言い方は失礼に当たるかもしれませんけれども,やはりどうしても失敗を恐れるといいますか,裁判でいえば却下を恐れるといいますか,これは何としても勝たなければいけない,逆に負ける可能性があるのだったらやらないというふうなスタンスというのは,行政の中では決してまれなものではないと思っています。恐らく,ケースによっては,裁判官からしますと,「何で持ってこなかったのだ,このケースを」というふうなケースすら間違いなくあると思っているのですね。そうすると,そういうケースは児童相談所のほうがためらって持ってこないとすると,これはやはり最も利害関係のある子供が持ってこざるを得ないだろうと思っています。   それから,いろいろと濫用的なところも考慮されて,もちろん抽象的にはいろいろなことが考えられるとは思いますが,恐らく子供一人でこの申立てをするということは現実的にはちょっと考えられないのだろうと。恐らく,こんな制度だって普通は分かりませんし。そうすると,やはり弁護士が代理人として入るだろう。そして,その前提として,例えば費用がなければ法テラスなどの利用があるだろう。そうすると,法テラスのところで援助するときに,では全く見込みがないものを援助するのかというところもありますし,また代理人の弁護士が明らかにこれは問題だという事案にくみして子供の福祉を顧みずにやるかというと,そこもまた一つ恐らくやらないだろうと思うわけです。   ですから,先ほど申し上げた絶対にあり得ないとか,そういう意味ではなくて,抽象的なおそれということは否定はしませんけれども,それはしかしこの制度を構築していく上でそれほど想定すべき問題点なのかなというところは私は疑問に感じております。是非,この子供の申立権というのは最後のとりでとしてやはり設けていただきたいと思います。 ○古谷幹事 裁判所のパブリック・コメントに対する回答の御紹介にとどまるかと思います。基本的に,子に申立てを認めるのに反対という,強い理由としましては,先ほど水野委員からお話があったような,子供に対しての精神的な負担あるいは精神的な傷を残すというところがやはり強くございまして,数としては反対する意見が多くございました。他方で,年長の未成年者の場合などは,実際問題としてそういうニーズがあるのではないかという意見でありますとか,現実に子供が最大の利害関係を持っているという観点からすると認めるべきではないかという意見も結構ございましたので,両論御紹介をさせていただいております。 ○小池幹事 磯谷幹事にちょっとお聞きしたいのですけれども,先ほど「虐待」という言葉が親に対するダメージを相当与えるので使わないほうがよいということをおっしゃいましたけれども,子が申立てをして親権喪失とかに至ったときの親子関係に与えるダメージというのもかなりあると思うのですね。その二つの評価は随分と変わっているので,それはどう整合的に説明をされるのかというのが一つと,窪田委員がおっしゃったような,そもそも一定の判断能力を備えていれば申立権は当然あるのだという前提に立っておられるのか,救済できないケースがあるので,少なくともそこを救うためには子供の申立権が要るのだという発想でおっしゃっているのか,どちらなのかをちょっとお聞かせ願いたいのですけれども。 ○磯谷幹事 後者のほうは多分,択一関係には立たない話でしょうか。択一関係に立つのですか。 ○小池幹事 理論的には立つような気がしますけれども。つまり,後者のうちの救済が必要だからというのは,判断能力があるから認めるという立場は多分採らないのですよね。ないのだけれども,必要があるから申立権を認めるという論理になるのだと思うのですけれども。 ○磯谷幹事 でも,判断能力があったら認められるべきだし,また必要性もあるのだという理屈になるのだと思うのですね。 ○小池幹事 それはそうですね。 ○窪田委員 私の発言にも絡むと思うのですが,択一関係だということでしたが,私も,択一関係という考え方はあるかもしれないけれども,別にそういうふうに説明しなければいけない必然性はないと思っています。先ほど申し上げたように,基本的には直接の利害関係人である以上,自分の利害関係に最も近い者が申立権を持つというのは原則としてあるだろうという趣旨です。ただ,それに対して様々な子の負担がかかるとか,いろいろな事情を考慮していって,それを制限をかけていくという形の枠組みの中で考えていくということではないでしょうか。全部制約をかけていけばいいということではなくて,やはり最後,申立権を残しておかないと子供の利益は実現できないというような観点で,そこの部分の制約をどの程度のものとしていくのか等々の考え方もあると思います。その点で,私自身は磯谷幹事の御発言というのは,別に二者択一でどっちかを選択しなければ今後生きていけないというような話ではないと思って伺っておりました。 ○小池幹事 ちょっとそっちの点はまた考えてみます。 ○磯谷幹事 ありがとうございます。   それから,もう一つのほうの虐待というふうなことを言われて傷つくということと,それから子供が申立てをしたときの親の傷つきということがありますけれども,これもまた「虐待」という言葉を使わないほうが望ましいというスタンスと,子供が最後のとりでとして申立てができる道すら封じるべきだというふうに,何か論理的につながるのかどうかが私はちょっとよく分からないのですけれども,いずれにしても制度としては無用の傷つきというのはできるだけ避けたほうがいいと思いますから,私は「虐待」という言葉を使う必要はないし,使わないでもいいのであれば,これは使うべきではないと,こういうスタンスです。   一方で,子供が最後のとりでとして自分の身を守る必要があるというのは,やはりこれは,先ほども申し上げた児童相談所が必ずしも全国津々浦々非常に機敏に起動するわけでもないし,また恐らく裁判官から見ても,何でこんなケース持ってこないのというようなケースもたくさん隠れているというふうに,私はいろいろな相談を受けながら思っていますので,そういう意味では,それはどういうケースが適当かというのはいろいろあるかもしれませんが,やはり最後の道は残しておくべきだと思っているのです。ごめんなさい。私もちょっと余り頭がよくないので何か混乱しているかもしれませんが,一応そんなところで答えさせていただければと思います。 ○小池幹事 子の申立権を認めたときにも多分弁護士が付くだろうということだったのですけれども,弁護士が付いたときにどこまで事実関係の解明をした上で申立てに踏み切るのかというのは,御存じの範囲でお伺いしたいのですけれども。 ○磯谷幹事 いろいろな形で多分相談が入ってくるのだと思いますが,通常の場合ですと,それぞれ弁護士会で子供の人権の相談の窓口というのがございまして,恐らくそちらのほうにまず入ってくるだろうと。そして,そこでまず子供から,例えば子供自身が仮に一人で来たのであれば,その子供から十分に事情を聞くし,また必要があれば,例えば親あるいは何か児童相談所が絡んでいれば児童相談所とか,いろいろなところから情報を集めるだろうと思います。もともと申立てをするには相当事情を調べないと申立てができませんので。ただ親権喪失をしてくれと言われてもそれはなかなか難しいので,相当その背景になる事情はやはり調べると思います。ですから,その中で「あれっ」と思うこと,ちょっとこの子,本当にそれでいいのかなというのは,やはりそれは弁護士としては感じるところだと思います。 ○吉田委員 子供の申立てということですけれども,申立てによって子供が傷つく,また結果によって傷つくということは十分考えられるし,また申立てが適切に行われるかどうかというのは当然子供の年齢ともかかわってくるだろうと。今,家事審判法の見直しがありますよね。その中での子供の代理人というのでしょうか,子供の意思を代弁する者又は客観的利益を主張する者というのが中間試案で提案されているようなのですが,こちらのほうとの関係,例えばこれが仮に制度化されたとすれば,こうした手続中に子供をこの代理人がサポートするということは考えられないだろうかということで,私こちらのほうの議論は分かりませんので,ちょっと教えていただければと思うのですけれども。 ○森田関係官 私のほうでも必ずしも正確に議論状況を理解しているものでもないので,正確でないところがあるとは思うのですが。子供の代理人ということで言っている制度がどういうものかという自体にも議論が集約されておらず,入れるかどうかという話もまた同様のような状況かというふうに認識しております。いずれにしましても,子供が申立人になることを認めた場合に,それをどういうふうに手続上フォローしていくかということは,基本的には家事審判手続上の問題だろうというふうには認識をしております。 ○吉田委員 ということで,こちらのほうもにらみながら考えていってもよろしいのかなと思っております。 ○平湯委員 実際上,どんなような材料を集めてやっているかということですけれども,御承知のように現在申立権がありませんので,子供が申し立てたケースというのは,先ほど紹介した水野先生に意見書を頂いた例が唯一の例で,かつ,そのケースの場合には子供の申立てをした後,裁判所がそれは条文的に難しいよという難色を示されて,その水野先生の意見書があってもなお裁判所は突破できなかったのですが,併せて刑事告訴事件をやっていたために,その検察官が検察官申立てをされたのですね。それで,本人申立てのほうは取り下げて,検察官申立てが認容されたということだったのですけれども。   その材料ですけれども,本人申立てを弁護団が組んでやるようになったいきさつというのは,子供が,これはもう19歳になっていた女性ですけれども,中学生ぐらいからずっと何年も父親から性虐待を受けていたというケースで,近所でもかなり知られていたのですが,児童相談所は動かなかったのですね。それが十七,八ぐらいになって,県の女性相談所の人が知って,女性相談所の一時保護などを経て弁護士のほうに依頼があったと。私どもの弁護士のほうもかなり現地に行きまして近所の人の聞き取りなんかもしたと思いますけれども,その子の例えば精神状態であるとかいうようなことはこの女性相談所がサポートしてくれたのです。ちょっと私が申し上げようと思ったのは,そういう社会的サポートの中でやりますので,一般民事事件のように弁護士がやるしかないというのとはかなり違うということです。   それから,ちょっとこれは別なことですけれども,先ほどの水野先生の御発言についてちょっと申し上げて追加しなくてはいかんと思いますのは,意見書を書いていただいた時期と,それから現在まだ改正前ですけれども,その間に一つの立法の変化があって,児童相談所が18歳を超える子供についても親権喪失の申立てができるようになったのですね,途中で。この事件のときにはそれがまだありませんでした。18をもう超えていたから。思い立ったときにはもう18を超えている。その前にやってくれればよかったのですけれども,やってくれないで,そういう形のままで来ましたので,この件では児童相談所の申立てをしてもらうということがもう無理なところまで来ていて,女性相談所には申立権がありませんから,結局本人しかないということで始めたということです。   それで,水野先生の御意見も,現在は児童相談所が18歳を超えて2年間もやれるようになったから,そこはもう状況が違うという御趣旨なのかもしれませんけれども,この18を超えたケースで親権喪失の申立てを児相が実際にやったというのは,これちょっと統計としてもないのではないか。ありましょうか。1件ぐらいあるのかもしれません。ちょっとすみませんが。それで,18までであれば,例えば施設にいた子供であるとかいうことでフォローもできるし,材料もあって申立てもできると思いますけれども,そういう施設にもいない,児相にもかかわっていなかった子供を18歳超えて児童相談所が独自に自分で材料を集めて申立てをするというのは非常に困難だと思います。現に,プッシュして途中まで動いてもらったけれどもというケースもありました。   ですので,今どういう立法状況の場面かというと,児童相談所の法的な申立権しかない--検察官は別ですよ--中で,その児童相談所が動くというのは非常に困難な中で,本人の申立てを最後のよりどころとして認めておくべきではないかと,こういう立法状況だと思います。 ○水野委員 お伺いしていて思ったのですが,18歳,19歳で本当に親権から解放されたいという場合に,児相長に一々言わずに親権解放を申し立てるというルートを創設するということはあり得るかなと思います。それだけ成熟していて,親の親権から解放されて独立して生活をするニーズが非常にあるという場合には,それはあるかなと,そういう制度を立法するかなと思います。そもそも成人年齢が下がれば解決してしまいますけれども。ただ先ほど磯谷先生が言われた,児相が動かないというケースは,弁護士としては子供の代理人になって申立てをする形で解決するのではなく,児相が動かないことについて問題にして活動されるほうが筋かなと思います。   それから,先ほどの窪田先生の御発言についてですが,窪田先生の御発言の御趣旨を私はどこまで正確に理解しているのかよく分からないのですが,私が危惧しておりますのは,児童の権利条約などがこのパブコメの賛成の意見のところにもたくさん出てきておりますけれども,児童の権利条約の意見表明権が,この問題に直結することです。親による子の奪い合いの場面で,子供に父親か母親かを選ばせればいいという議論に直結して,日本では意見表明権が強調されてしまうということがままあります。私はそういう傾向に非常に警戒的でございます。離婚のときに子供に父親か母親かどちらかを選ばせること,「おまえ,どちらがいいか」ということを聞くということほど残酷なことはなくて,それはソフィーズ・チョイスだと思います。そういう残酷な選択を迫ることなく,子供の様子をきちんと見てやって,そして子供の立場に立って周りの者が決めるということでなくてはならないのだろうと考えています。それと同じような危惧をここにも感じます。   子供の意見表明権を根拠にして子供の申立権を認めるべきであるという御意見がこちらの賛成意見のほうに強いのですが,それに対して,離婚の場合の場面と同じような危惧を感じております。やはりそういう残酷なことにならないように体制を組んでいくほうが筋のような気がいたします。ただ,独立した子供が親権者から解放されて生活をできる力もあるし,むしろ邪魔だけされているというときに,親権解放を求めるという制度を入れていくことは必要もあるし,妥当なことなのかもしれないと思います。 ○窪田委員 すみません,1点だけ。1点だけというか2点ぐらいになるかもしれませんが,少し補足させていただきますと,私自身は子どもの権利条約というのは先ほど申し上げたこととの関連では,決定的なものだとは思っておりません。というのは,むしろそれ以前の問題として,親子関係そのものとは違うにしても,親子関係に付随する最も重要な法律効果,法的な関係である親権という仕組みに関して,当事者である者がそれについての一定の判断をすることが潜在的には可能であると考えています。認知もそうですし,否認に関しては父親しか否認権者ではないけれども,あれだって現行制度がおかしいという有力な議論もありますし,正しくそういった観点からまず出発点として考えられるのではないのかなと思いました。児相が動いてくれないのに対しては,家庭裁判所を相手にするのではなくて児相を相手にしていますというのは,でも本当にそれをする必要があるのかなという。むしろ,正しく利害関係の当事者である者がそれについて判断を求めているというときに,言わば後見的立場にある者をまず相手方としなければいけない必然性というのはないのではないのかなと考えております。ただ,そこの部分はもう出発点で随分見解が分かれるところなのかなという気はいたします。   もう一点ですが,子供に酷な判断を求めるべきではないというのは,私もそれはそのとおりなのだろうと思いますし,例えば子供しか申立権を持たないというような仕組みをつくると,これは決定的に子供に負担がかかるということなんだろうと思います。要するに,子供の申立てをしてくれないと駄目だからという形で,周りからも圧力がかかるし,あるいは子供自身にも精神的な負担がかかると。しかし,現行の今提案されている仕組みにおいても,それ以外の者が随分申立権を持つということによって,子供にしか判断できないあるいは子供の判断を必ず求めなければいけないというわけではないのだろうと思います。だから,その意味では,できるだけその判断をさせないように周りの仕組みが動くというのが当然あるべき状況なのだろうと思うのですね。   ただ,制度設計をする場合には,あるべき状態というのが全部うまくいくというだけではなくて,必ず児相のほうでも,児相が怠慢だというのではなくて,十分な情報を持てていない,あるいは検察官のほうでも十分な情報を持てていないという状況の中で,そうした状況の中で,それを最後のとりでということでずっとおっしゃられていたと思うのですが,そうした仕組みとして残しておくというのはやはりあるのかなという気がします。多分そこのところで最後は結論が異なるということなのかもしれませんが,少し先ほどの説明を補足させていただきました。 ○久保野幹事 今のこととも関係しつつ,先ほどの窪田委員の当事者であり最大の利害関係者である子供が申立てができるのが出発点というふうに考えるのか,それとも児相や社会的な申立てというものが働かないところで,やむを得ずといいますか,救済として認めるということなのかという小池幹事からの質問の関係ですけれども,その二つはやはりかなり含意が異なるのではないかと思いまして。   それで,窪田委員に御質問ですけれども,例えば交友関係に対する親権者のかかわり方に不満といいますか,それが不適切であると判断した未成年者が申立てをするというような可能性といいますか,そのような場面ですとか,あるいは学校選択などについて,これは不適切であって,自分の利益を害すると考える未成年者が申し立てるといったようなことについて,どのように否定していくのか--恐らく否定されるのだと思うのですけれども,どのように考えるのか,どのように否定するのかということをちょっと教えていただければと思います。 ○窪田委員 基本的には,先ほどの親権喪失の原因に該当しないということで切るというだけなのだろうと思います。それに対して,「でも,そんな形でやってしまったら,親子関係がこじれてしまって,後,大変ではないのか?」ということが出てくるのかもしれませんけれども,私自身はその前段階で多分,一定の親子関係はうまくいっていないということだろうと思いますし,この種の問題に関して,親子関係をもう一度よくしてあげるということを考慮して致命的なケースに対応できなくなるような仕組みはやはり避けたいなという気がします。久保野幹事はそこまでおっしゃられるという趣旨ではなかったのかもしれませんが,今の御質問との関係ではそういうふうに考えております。 ○野村部会長 定刻が来たのですけれども,この項目だけは何とか議論を終わらせておきたいと思いますので,ほかに御意見いかがでしょうか。   それからもう一つ,未成年者本人も加えるという中で,年齢とか何かこういう条件を設けたほうがいいのか,その辺についてもちょっと御意見を頂ければと思うのですけれども。 ○平湯委員 私は,二十歳未満なら何歳でもいいというつもりはありません。15とかそういう区切りというのは当然あり得るなと思っています。   それからもう一つ,もうその子しかないのだというのが先ほどの救済という意味のようでしたから,申立権者に順位を付けるというのが,精神保健福祉法なんかに似たようなのがありますけれども,この場合に例えば親族,検察官,児相所長,全部駄目だったときだけ子供に認めるとか,そういう法律の立て方というのはちょっと難しいそうだなと,ないのではないかと思います。 ○磯谷幹事 子供から結局不適切な内容で申立てがあった場合を少し懸念する御意見があるようですけれども,このあたりは家庭裁判所の運用として,例えば仮にそういう申立てがあった場合に,調査官が話を聞いて,やはりこれはとても難しいし,またほかの方法を選択したほうがいいのではないかというような形で助言をするとか,あるいは例えば,確か家庭裁判所はほかの機関と連携ができますので,児童相談所のほうに,これは少し検討してというような形で,問題があれば児童相談所のほうにまた投げ掛けるとか,いろいろな家庭裁判所のほうは対応が柔軟になされるのではないかなというふうに予想はしているのですけれども,このあたりはいかがでしょうか。 ○長委員 仮にそういう場合に,助言をして,それを判断するのがお子さんだとすると,そのお子さんは板挟みになってしまいます。そういう事態を懸念しています。裁判所のパブコメの見解が反対になっているのは,そういうことだと思うのですけれども。 ○古谷幹事 運用ベースで例えばどこかにつないで,事実上アシストをしてもらって,最終的に取下げに至るとか,いろいろそれはあり得ると思うのですけれども,制度としては,もしそれでも頑張るとなったら,それは要件があるかないかを判断せざるを得ないということになるので,基本的な仕組みについては,しっかり考えておくことが必要とは思いました。 ○長委員 運用でうまくいくかどうかというのは,結局子供に申立権を認めることになるわけですから,そうすると,先ほどの年齢が例えば15歳で引いたとしても,その判断は子供さんがすることになります。運用でもうまくいかないことがあるのではないかと。そこが私が心配するところであります。 ○平湯委員 板挟みって,だれとだれの板挟みですか。 ○長委員 そこが問題ですよね。 ○平湯委員 例えば,弁護士が事件をつくってとか,板挟みになるということですか。 ○長委員 事情によっていろいろなことがあると思うのですけれども,要するに子供にそういう難しい判断をさせるということによって生じる子供自身の不利益というもの,事案によっていろいろな事情があると思うので,ここでこの人とこの人のというふうには言いませんけれども,そこは私は心配しているところです。 ○松原委員 すみません。時間も余りないので。   基本的には,やはり僕も子供を申立人として認めるべきだと思うのですね。やはりここの委員会は虐待にかかわっての議論をしていますので,できれば一般的な親子関係,先ほど久保野委員がおっしゃったようなものに及ばないような法的な仕組みづくりができればいいなと思っています。   それで,その上で,今日の議論で気になるのは,これはここの議論ではなくて多分,厚生労働省のほうの会議のテーマになると思うのですけれども,子供が最後のとりでにならないように,窪田委員がおっしゃいましたけれども,いろいろなものが支えていくような仕組みはこれは一方でつくっていかなければ,それこそ正に子供に全部責任を帰すことになってしまいますので,最後,子供が何とかしなければどうにもならいから自分がやるという状況をつくらないこと自体は,これは一方で非常に大切なことだろうと思っています。 ○杉上幹事 非常に厳しい意見を頂きました。児童相談所についてもいろいろな意見を頂いたと思っております。   それで,ちょっと1点だけ補足で,今日,参考資料の12番ということで,家庭裁判所月報の先ほど平湯委員から御質問あった児相が親権喪失を申立てしたものについて後ろのほう40ページの表に入っておりまして,18歳,19歳も実例としてあるようでございます。一応御報告でございます。 ○野村部会長 ほかに御意見いかがでしょうか。   それでは,今のところは一応子供も申立権者に入れるという意見が多いということで今日のところはまとめておきたいと思いますが,もう一つ,未成年後見人を親権の一時制限の場合の再度の親権の制限の審判の請求権者とすることでどうかということで,この点について。 ○羽柴関係官 (3)の②では,未成年後見人を親権の一時的制限の場合の再度の親権の制限の審判の請求権者とすることを取り上げております。   再度の親権制限の規律自体につきましては次回以降にということを御説明申し上げておりましたけれども,ここでは,未成年後見人を再度の親権制限の審判の請求権者とすることについては適当なのではないかと考えられますので,この点について御意見いただければと存じます。 ○野村部会長 この点についてはいかがでしょうか。   これは余り異論がないのかなと思いますけれども。具体的な再度の親権の制限の制度設計そのものは次回以降に御議論いただくということになっていますけれども,その場合についても未成年後見人を申立権者にするということでよろしいでしょうか。   それでは,これはお認めいただいたということで,まだこの後幾つか論点ございますけれども,ちょっと時間も大分過ぎておりますので,同意に代わる許可以下については次回の会に審議をお願いしたいと思います。本日はここで終わりたいと思います。   事務当局のほうから何かございましたら。 ○飛澤幹事 事務当局のほうから若干御連絡等を申し上げます。   まず,御連絡の前に,9月に2回,厚労省の御協力を受けまして,2箇所の,児童養護施設を訪問いたしました。個人的には,実際に現場を見せてもらって,お話を伺うのは,単に話で聞くだけの場合よりインパクトが違うのかなという印象を持ったところであります。委員,幹事の先生方におかれましては,お忙しいところをこの訪問に御参加いただきまして,どうもありがとうございました。   それでは,次回でございますけれども,10月22日,午後1時30分から,本日の積み残し分を含めて個別論点の議論を行いたいと思います。ただ,先ほど冒頭で申し上げましたとおり,なかなか今後の審議の予定が詰まっておりますので,次回に関しましてはできるだけ議論が積み残しにならないようにしたいと思っております。したがいまして,若干の時間の延長等はお含みおきいただければ有り難いと思っておりますので,どうぞよろしくお願いいたします。 ○野村部会長 それでは,若干終了時刻が遅れて不手際で申し訳ありませんが,本日の会議を終わりたいと思います。   どうもありがとうございました。 -了-