法制審議会会社法制部会           第7回会議 議事録 第1 日 時  平成22年11月24日(水) 自 午後1時30分                        至 午後5時42分 第2 場 所  東京高等検察庁第2会議室 第3 議 題  会社法制の見直しについて 第4 議 事 (次のとおり)                議     事 ○岩原部会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会会社法制部会第7回会議を開会いたします。本日も,お忙しい中,御出席いただきまして誠にありがとうございます。それでは,始めたいと思います。    (関係官の異動紹介につき省略)   次に,事務当局から,配布資料の説明をお願いします。 ○河合幹事 御説明いたします。配布資料目録,部会資料5,部会資料6を事前にお配りしております。部会資料につきましては,後ほど御説明いたします。 ○岩原部会長 どうもありがとうございます。それでは,本日の審議に入りたいと存じます。まず,事務当局から,本日の進行の予定について,御説明をお願いいたします。 ○河合幹事 御説明いたします。8月の第4回会議において御了承いただきました「会社法制部会の当面のスケジュール(案)」では,「親子会社に関する規律」として,「親会社株主の保護」,「子会社株主・債権者の保護」,「企業結合の形成過程等に関する規律」の三つを採り上げる予定としており,このうち,「親会社株主の保護」につきましては,前回,御審議いただいたところです。そこで,本日は,「子会社株主・債権者の保護」と「企業結合の形成過程等に関する規律」の御審議をお願いいたしたいと考えております。   このうち,「企業結合の形成過程等に関する規律」につきましては,先ほどの「スケジュール(案)」では,本日の会議までに,「キャッシュ・アウトに関する検討事項」,「組織再編における少数株主の救済手段に関する検討事項」のほか,「組織再編の手続に関する検討事項」の三点を採り上げる予定としておりましたが,本日,すべてを御審議いただくことは,時間の関係上,難しいと見込まれますので,本日は,部会資料5及び6において採り上げましたところまで御議論いただくこととしまして,「組織再編の手続に関する検討事項」につきましては,次回に御審議をお願いいたしたいと考えております。 ○岩原部会長 どうもありがとうございます。ただいまの事務当局からの御説明につきまして,何かございますでしょうか。よろしゅうございましょうか。それでは,そのように進めさせていただきたいと思います。「組織再編の手続に関する検討事項」につきましては,次回に御議論をお願いすることといたします。   本日の御議論をお願いしたいと思います。まず,部会資料5の「第3 子会社少数株主の保護に関する検討事項」につきまして,事務当局から御説明をお願いしたいと思います。 ○内田関係官 それでは,御説明いたします。まず,部会資料5の全体像についてですが,部会資料5は,親子会社に関する規律の(2)として,子会社の少数株主や債権者の保護に関する規律についての検討事項を採り上げております。第3では,子会社少数株主の保護に関する検討事項について,また,第4では,子会社債権者の保護に関する検討事項について,御議論をお願いできればと考えております。   それでは,「第3 子会社少数株主の保護に関する検討事項」についての御説明に移らせていただきます。親子会社関係においては,親会社が,子会社株主総会における議決権を背景とした不当な影響力の行使により,子会社,ひいてはその少数株主の利益を犠牲にして自己の利益を図ろうとするおそれがあることが指摘されています。そこで,第3の本文は,子会社少数株主の保護に関する規律について問うものでございます。   現行法上,子会社少数株主の保護に関連する規律としては,子会社取締役の任務懈怠による損害賠償責任,株主の権利行使に関する利益供与規制などの規定のほか,親会社の損害賠償責任に関する解釈論もございます。これらの現行法における規律について,子会社少数株主の保護の観点から不十分な点があるか,検討を要するものと存じます。   子会社少数株主の保護をより充実させる観点から,現行法の規律を見直すこととする場合には,二つの方向性が考えられるかと存じます。まず,①の方向性としては,企業結合関係の継続中において,親会社が議決権を背景とした不当な影響力の行使により子会社に損害を与えた場合における,親会社の責任の在り方を見直すことが考えられます。また,②の方向性としては,企業結合の形成時において,少数株主に適正な対価による退出の機会を与えることも考えられるかと存じます。それぞれの見直しの方向性について検討を要するものと思われますが,その際,子会社上場など,完全親子会社関係以外の形態による企業集団の経営にも一定のメリットがあると考えるのであれば,それを阻害する過剰な規制を課すこととならないよう,それぞれの方向性での規律の見直しによって生ずるコストにも配慮を要すると思われます。   (注1)は,①の方向性に関するものとして,親会社が議決権を背景とした不当な影響力の行使により子会社に損害を与えた場合における,親会社の責任の在り方について問うものでございます。なお,部会資料5では,「影響力の行使」という表現を用いておりますが,これは,親会社が子会社に対して具体的に何らかの指示を行う場合など,積極的に影響力を行使する場合のみに議論の対象を限定する趣旨ではございません。親会社が議決権の多数を保有していることによって子会社に不当な影響力が及ぶ場合全般を広く含み得ることを意図した記述ですので,念のため補足させていただきます。   親会社の責任の在り方については,親会社に子会社取締役と同様の義務・責任を負わせるべきであるという指摘もされていますが,親会社は,会社との利害対立状況において自己の利益を図るべきでないとされる取締役とは異なるため,親会社に,子会社取締役と同様の義務・責任を負わせることは適切でないとも考えられます。また,親会社が株主の権利の行使に関して供与を受けた財産上の利益の返還義務や,子会社取締役の善管注意義務違反への加功による債権侵害の不法行為責任を負うとする解釈論もございます。子会社少数株主の保護の観点から,これらの解釈論による対応で十分であると言えるか,検討を要するものと存じます。仮に解釈論による対応では不十分であると考える場合には,例えば,親子会社間の利益相反取引が行われる場合など,親会社からの不当な影響力の行使により子会社に損害が生ずる類型的・構造的なおそれが存する場面において,子会社が損害を受けた場合における,親会社の損害賠償責任に関する明文の規定を設けることなどについて,検討を要するものと存じます。ただし,そのような検討に際しては,どのような条件の取引が行われた場合に親会社に責任を負わせるべきかなどを整理する必要があると思われます。   なお,手続面においては,子会社少数株主が子会社に代わって親会社の責任を追及することを認めることについても,検討を要するものと存じます。また,親会社の責任の在り方を見直すこととする場合には,親会社に該当しない個人の支配株主の責任の在り方についても同様に見直すべきかどうか,併せて検討を要すると思われます。   (注2)は,②の方向性に関するものです。新たな支配株主が現れた場合に,少数株主に,その有する株式を譲渡することによる退出を認めるべきであるとの指摘があります。仮にそのような方向で見直しをする場合,金融商品取引法における公開買付規制の在り方とも関連しますが,公開買付規制が適用されない場合にも適用され得る規律として,会社法において,少数株主に支配株主に対する株式買取請求権を付与する制度を創設することについても,検討の余地があると思われます。部会資料5では,このような意味でのセル・アウト制度を,「新たな支配株主に対するセル・アウト制度」と仮に呼んでおりますが,(注2)は,そのような制度の創設について問うものでございます。このような制度を創設する場合には,企業結合の形成に際して生じ得る費用が増大するおそれもあるという指摘もあるため,この点にも配慮を要するものと存じます。また,支配株主の要件についても,例えば,会社との間に,現行法における親会社と同程度の資本関係等が存する場合とすることなども含め,併せて検討を要すると思われます。   なお,これとは別に,ある支配株主が,例えば10分の9など,議決権の大多数を有する場合に,少数株主に,支配株主に対する株式買取請求権を付与する制度を創設すべきであるという指摘もあります。部会資料5では,このような意味でのセル・アウト制度を,「大多数保有支配株主に対するセル・アウト制度」と仮に呼んでおります。このような制度は,支配株主であることに加えて議決権の大多数の保有をも要件とするため,(注2)の新たな支配株主に対するセル・アウト制度のような,新たな支配株主が現れた場合に少数株主に退出を認めるための制度とは異なるものとなるとも思われます。そこで,このような制度の創設を検討する前提として,そもそも,制度の目的・趣旨や,議決権の大多数の保有をも要件とすることの意義について,整理する必要があると思われます。 ○岩原部会長 どうもありがとうございました。それでは,御議論をお願いしたいと存じます。(注1)と(注2)の問題は,相互に関連する問題ではございますが,ひとまずは,分けて御議論を頂きたいと存じます。そこで,まず,(注1)について御意見等を賜りたいと思います。いかがでしょうか。 ○静委員 (注1)の問題につきましては,私ども取引所の立場から申し上げますと,子会社上場に関連する問題というとらえ方をしております。これまでの部会でも申し上げておりますとおり,子会社上場は,新規産業の育成に欠かせないツールとして定着をしており,投資家側から見ますと,普通の会社とは少し違った独自の魅力のある投資対象として受け入れられていると理解しております。   実は,次回以降でもし機会があれば御紹介したいと思っていますが,この秋に,私ども東京証券取引所では,投資家向けの意見募集をやりました。そこでも,子会社上場の維持を支持する意見が支配的だったということがございます。ただ,どの意見も共通して言っているのは,現行の子会社少数株主保護の仕組みは不十分で,更なる強化が必要だ,という点でした。特に,子会社が親会社との間で重要な取引を行うような場合に,子会社の総会で親会社を除いた少数株主だけで承認を得るというような方式,どうもこれは香港でやっているようですが,そのような方式を採ってくれ,という意見が非常に多く出ていたのが,特徴的だと思います。実は,親会社との間で一定の重要な取引を子会社が行うというケースにつきましては,支配株主と利害関係のない方の意見を入手してから決断することを求めるという内容の上場ルールを私どもでは設けたばかりのところですが,これでは足りないのでもっと強化してほしい,というのが投資家の意見だったのではないか,と理解をしているところでございます。   そこで,三点ほど申し上げたいと思います。まず,一点目でございますけれども,香港のように,子会社の少数株主による事前承認という強い権限を持たせるというのはなかなか難しいということであれば,事後的な救済の仕組みを強化することを御検討いただきたい,ということでございます。部会資料5にありましたように,親会社に,子会社取締役と同じような義務を課すかどうかということは別にいたしましても,例えば,親会社が不当な影響力の行使をして子会社に損害を与えたというような場合には,子会社が損害賠償を求めることができるというようなことを,具体的に会社法で明記することは必要ではないか,と考えます。もちろん,その場合には,子会社が親会社を訴えないということもあり得ると思いますので,子会社の少数株主が代表訴訟で親会社を訴えられる仕組みを併せて入れることが必要ではないか,と思います。   二点目でございますが,そうは申しましても,親子会社間の取引をすべて訴訟で解決するというのは,なかなか現実的ではない。たまにしか発生しないような大きな取引はなじむかもしれませんけれども,日常的に行っている細かい取引の積み重ねのようなものは,少数株主から見ても,コストや証拠収集が難しい問題になると思いますので,こちらにつきましては,訴訟というのは現実的ではないと思います。そういう取引につきましては,親会社との間で利害関係のない取締役や監査役による監督がなじむと思いますので,例えば,以前にも御提案申し上げましたが,独立役員の権限や責任を明確化するという形での解決を図ることを考えたらいかがか,というのが二点目でございます。   三点目でございますけれども,今申し上げました問題は,親と子が上場している親子会社の問題としても考えられますが,むしろ,支配株主が個人だったり未公開会社だったりする場合のほうが,問題が大きいという御指摘もございます。支配株主が上場会社で,子会社が非上場会社である場合にも同じ指摘が妥当するかもしれません。したがいまして,この問題は,子会社上場の場合のみならず,支配株主のいる会社一般の問題として御検討いただくべきことであると思っております。 ○前田委員 親会社の不当な影響力行使によって子会社が損害を受けるというケースは,いろいろなタイプがあり,すべての場合を一律に論じることはできないと思いますが,少なくとも,見直しを検討すべき典型的な場面は,今の静委員の御指摘と共通するわけですが,親子会社間の取引であると思います。親子会社間の取引は,定型的に,子会社の利益を犠牲にして親会社の利益を図るおそれのある取引ですが,しかし,現行の利益相反取引規制は,今も,取締役個人と会社との利益衝突という,言わば古典的な利益衝突に着目した規制のままになっておりまして,そのままでは,親子会社関係がある場面での適用範囲は限られてきますし,適用されたところで,子会社取締役は,親会社の支配下に置かれているわけですから,いかに独立性等で工夫はするにしても,子会社取締役会の承認を要求するという形の規制では,ほとんど意味はないということになると思います。したがいまして,正面から子会社と親会社との利益衝突に着目をして,端的に,不公正な取引がされれば,親会社は損害賠償責任を負うという形の規律を設けて,利益相反取引規制を現代化するといいますか,拡充する必要があるのではないか,と思います。 ○奈須野幹事 親会社が議決権を背景とした不当な影響力の行使によって子会社に損害を与えた場合における親会社の責任の在り方については,まず,我が国における親子関係の実態を踏まえ,立法事実の有無と制度整備の優先順位を精査すべきと考えます。議論の必要性を否定するものではありません。しかし,結論としては消極的に考えています。消極的に考える理由は次の三つです。   第一に,我が国において,親会社の議決権を背景とした不当な影響力の行使により子会社に損害を与えたことが原因となって倒産したと見られる事実が,ほとんどないことです。当省において,一昨年4月から今年10月までの上場企業の倒産事例を調査したところ,公開情報から確認できた37件のうち,親会社と子会社との間に取引上の関係があって,議決権を背景とした影響力の行使が可能であったと推定される場合において,親会社が倒産せず,子会社が倒産したという事例は,わずか1件にすぎません。これに対して,親会社が倒産しているにもかかわらず,子会社は倒産を免れている事例が21件と,全体の約6割を占めています。我が国では,たとえ親会社が倒産の危機にひんしていても,子会社は倒産を免れることのほうが,類型的に多いと言えます。このことから,親会社が類型的に子会社を食い物にしているという事実がどれほどあるのかということについて,疑問に思っています。   第二に,企業の個別取引に影響を与える要素としては,議決権の多寡よりも,当該会社における取引額,あるいはその割合が最も重要であって,議決権を有する企業が損害賠償責任を負うという仕組みは,現実の取引に適合しないと考えます。当省において,グループ経営の実態について,1,000社にアンケートを行って,約50社にヒアリングをしています。その中では,個別の取引条件が親会社の意に沿わないため,議決権を行使して取締役等を更迭するということは通常考えられず,別の子会社やグループ外企業から調達するというのであって,このことは,子会社から見ると,単に次の取引機会が失われるだけだと,多くの企業が回答しています。ここで,仮に親会社が,子会社に生じた取引上の損害の責任を負うとした場合には,議決権を有する者ほど影響力を失い,逆に,議決権を持たない者ほど影響力を持つという,逆転関係が生じてしまうのではないかと懸念しています。   第三に,我が国企業におけるグループ経営の実態は,ここで考えられているものとはやや異なるのではないか,という印象を持っています。先ほどのアンケート及びヒアリング調査では,グループ内の取引とグループ外の取引で,取引条件に差を設けている企業は,全体の4分の1にすぎません。そして,その多くは,納期やその他の取引条件に差があるということです。ほとんどの親会社は,たとえ取引相手が完全子会社であっても,独立当事者基準で取引をしています。その理由として,ヒアリングでは三つ挙げられていました。第一に,親会社がグループ全体の利益の最大化を目指して取引条件を一方的に設定するということは,子会社に派遣された従業員やプロパー職員の士気をそぐ,と考えられています。我が国では,グループ全体の利益の最大化を,親会社の利益の最大化ではなく,個社の利益の個別の最大化を通じて達成しようとする傾向が強く,このことは議論の下敷きとなっているドイツなどでのモデルとは異なると思います。第二に,税制上の理由です。国境を越える取引には,移転価格税制がありますので,取引価格をどちらか一方に有利に設定することは,もともと困難です。また,今年10月から,我が国でもグループ法人税制が導入されて,完全子会社との一定の取引については,取引価格をどのように設定しても,課税関係が生じないようになっていますが,それ以外の会社については,寄附金等の課税が発生するので,これによって取引価格を親会社に一方的に有利に設定することは抑止されています。第三に,ここは重要な点ですが,アジア諸国を中心とした国際競争の激化によって,親会社にとってみれば,子会社ではなく,外国の会社と取引したほうが安価に調達できる場合が多くなっています。このような中で,親会社としては,子会社における雇用を維持するために,優先的に子会社との調達機会を作っています。そして,結果的に高コスト体質になっている,ということです。したがって,独立当事者基準にしないと,むしろ,親会社が子会社の食い物になってしまうということが挙げられています。このような国際環境の変化と親子関係の現状を踏まえると,親子間の取引条件が規制されれば,親会社にとってみれば,日本国内にある子会社から調達することは危険になるがゆえ,むしろグループ外の外国企業との間で取引をするということになって,かえって,長期的には,我が国の国内における雇用が失われることになる,と懸念しております。   以上のとおり,我が国企業におけるグループ経営の実態は,ドイツで考えられていたものと異なって,子会社における雇用確保を重視する経営が行われていること,このため,親会社の議決権を背景とした不当な影響力の行使により子会社に損害を与えたことが原因となって倒産したと見られる事実は,ほとんど見られないこと,そして,議決権を有する企業が損害賠償の責任を負うという仕組みは,現実の取引に適応しないことから,ここで問題になっているような仕組みについては,消極的に考えています。 ○伊藤幹事 部会資料5の2ページ辺りに書かれている具体的な話ですけれども,ここでは,親子会社について,現行の356条のような,ある程度具体的な規定を置くことが考えられているように思います。先ほどの前田委員の御発言も,恐らくそのような趣旨なのかと思います。そのようなルールを置くことについては,もちろん賛否両論はあるかと思いますが,それとは別に,現行の355条のようなルールを,支配株主一般について設けられることが検討されてよいのではないかと思います。つまり,親会社に限らず,支配株主というものが存在すれば,支配株主と少数株主の間で利益の衝突がある。そのような支配株主と少数株主の間の利益の衝突というのは,株式会社制度に必然的に伴うものでありますから,それに対処する一般ルールを置くことについては,先ほど奈須野幹事がおっしゃったような,親子会社についての我が国の現状ですとか,立法事実といったものを,ルールを置くための不可欠なものと考える必要はないのではないかと考えます。もう少し具体的に申しますと,現行の355条のようなものをベースにするルールですから,まずは,支配株主が,忠実義務を,会社,それから少数株主に対して負うということを明らかにする。そのような忠実義務に違反して,支配株主が,会社又は少数株主に損害を与えれば,それについて損害賠償責任を負う。そして,損害が会社に生じた場合については,少数株主の,あるいは個別の株主の株主代表訴訟が認められると,こういった,より一般的なルールを置くことが,利益相反取引規制を出発点とした個別具体的な規制とはまた別に検討されてよいように思われます。これは,親子会社関係に限らず,支配株主というものが存在する場合についての少数株主の利益を保護する一般的なルールとして,是非検討されるべきではないかと思うわけです。 ○中東幹事 冒頭,静委員,前田委員がおっしゃった点に大賛成でございます。今,伊藤幹事がおっしゃった点についても賛成です。そうすると,議論すべき相手は,奈須野幹事になるのかもしれませんが,こういう法制度が必要であるか,あるいは解釈論で十分かということについて,親子上場の事例をとっても,なお1件あったということそのものが,大きいと思います。出てこない事例は,たくさんあるわけでございますし,ピックアップされた中でも,上場会社ですら1件,親会社が不当な影響力を行使して倒産にまで追い込む余地があった,ということですので,これは,やはり,法が無力だったのではないかと思っています。また,実感としても,カネボウは,最高裁まで損害賠償事件はいきましたが,あのような形で証券取引法の問題として最後に処理せざるを得なかったことそのものは,不幸だったと思っています。ただ,裏返せば,支配会社あるいは支配株主に対する実効的な法解釈ができず,一般的に受け入れやすい解釈論によったのでは,しかるべき者に対して責任追及できない,ということの表れであったのではないかと思います。この議論は,前回から審議をしています,上から下への多重代表訴訟の裏返しの面が強いと思っておりますが,そこでも,加藤参考人がおっしゃったように,実質的な意思決定者,あるいは実質的な業務執行者をターゲットにして,一定の義務・責任を負わせることが必要であろうと思っています。   先ほど奈須野幹事がおっしゃいました,親子会社の実態は様々あるということは,この部会でも何度も出てきているところでございますが,多重代表訴訟の話になると,つまり上から下を見るとなると,いやいや子の取締役が親の部長クラスで,代表訴訟の対象になるのは気の毒なのだという話になり,他方で,下から上を見に行こうとすると,いやいや子会社は独立した法人格を持っており,そちらはそちらで責任を考えればよいのだから,という話になっています。どちらも,ある意味使い分けが便宜的になっていて,本来,この人に義務や責任を負わせるべきであるという枠組みになっていないと思います。その意味で,伊藤幹事がおっしゃいましたように,一般的なルールを置くということも必要でしょうし,静委員,前田委員がおっしゃいましたように,具体的にこういう場合には責任を負うのだ,という規定を,会社法上も置くことが,実際にも必要であると認識しております。 ○朝倉幹事 親子会社の実態ですとか立法事実の有無については,私にはエクスパティーズは余りありませんので,皆さんのお話を聞いていて,なるほどそうなのかなと思っているところですが,訴訟において判断をするという観点から,若干コメントいたします。先ほど,静委員から,不当な影響力の行使により子会社が損害を被った場合には,親会社の損害賠償責任を認める,という規定を置くべきであるとか,前田委員からは,不公正な取引が行われれば,親会社は責任を負う,という一般的な規定を置いてはどうか,というお話,若しくは,伊藤幹事からも,忠実義務に違反した場合には責任を認める一般的ルールを作るべきだ,というお話があったのですが,これは,判断しようとする裁判官の側からすると,どういう場合に親会社が損害賠償責任を負わされるのか,言い換えれば,不公正取引という場合に何が不公正かという基準が明確ではないわけですね。これを明確に規定することができるのかどうか,という辺りが,私がお伺いしていてよく分からないところです。一般的な規定しかないということになると,判断する側は,とても難しいですし,ある程度類型的にでも明確に規定するということが可能であればまた違うとは思うのですが,そのような点について教えていただければと思います。 ○岩原部会長 朝倉幹事からの問題提起について,何かコメントでもございますでしょうか。 ○齊藤幹事 ただ今の点につきまして,ここで簡潔に明確な基準を提示するということが,大変難しいことは承知しておりますが,同じような問題は,既に,利益相反取引に伴う責任に係る損害についても,潜在的には生じ得ますので,現行法も,その難しさを既に抱え込んでいるのではないかと思われます。ただ,親子会社関係において非常に難しいのは,企業結合に属することによって子会社が得ている利益と,個別の取引だけを見たときに,例えば,独立当事者間取引基準から逸脱していることによって子会社に生じている不利益を,どのように調整していくか,という点ではないかと思います。その点につきましては,現行法のまだ知らない問題点が新たに出てくる可能性がある,また,それについてどのような考え方を採るのか,ということについても,考え方は分かれていると思われます。 ○伊藤幹事 これは,かなり乱暴な言い方かもしれませんが,例えば,現行の423条,任務懈怠責任について,任務懈怠の基準が会社法に書かれていないから運用できない,といったことは,私は,今まで聞いたことはございません。このように,仮に,一般的な忠実義務の規定を置くとして,その具体的な基準を法律に書き込まなければ全く使えないものになるとばかりは言えないように思われますし,逆に,細かい基準を書くと,それはそれで硬直したルールになるので,あえて書かないというのも,一つあり得るやり方かと思います。例えば,アメリカの支配株主の忠実義務というルールは,すべて判例法でして,別に制定法に基準があるわけでもない。その具体的な基準等は,すべて判例を通じて形成されてきているものです。 ○田中幹事 裁判所が支配株主の責任をどのように判断するのか,ということですが,伊藤幹事もおっしゃいましたように,アメリカで支配株主の責任が問われる場合には,基本的には,支配株主の側が取引の公正さを証明しなければならないわけです。その場合の公正さというのは,結局,独立当事者間取引基準,つまり,親と子が対等の当事者であった場合に締結されるであろう取引条件で行うということで,それよりも子会社側に不利であれば,支配株主に信認義務違反の責任が発生するということであります。しかし,その際の独立当事者間取引基準というのは,少なくともマーケットで価格が形成されているようなものですと,マーケットの価格が参照されるわけで,つまり,同種の取引を対等当事者間でやっているときの価格よりも,親会社に有利な価格で取引しているときには,原則として,それは不公正になると。そして,親会社の側で,そのような価格であっても,取引全体を見ると,子会社にとって不利でないということの証明責任が課されるというような形で行われていると思います。   先ほどの奈須野幹事のお話ですと,親子会社間の取引は,結局,その大部分が,独立当事者間取引を基準にして行われているということがあるとしますと,それは,規制をかけようとする側にとっては,かえっていいといいますか,つまり,規制というのは,大部分の会社はきちんと遵守しているけれども,例外的なところがそれを破るからこれを法によって規制しよう,という話なわけで,大多数の会社がやっていないことを法によって強制するほうが,はるかに困難なことであります。ですから,もし,独立当事者間取引基準というのが,多くの場合,マーケットに類似する取引があるとすれば,現行株主にとっても,それを基礎にして,取引を攻撃していくということはできるかと思います。ただ,法的な対処としては,一つは,そのような取引の条件自体が株主に知られないものだとすると,攻撃することもできませんから,そうした証拠収集の手続ということが重要になってくるのではないかと思います。   それと,現在の法律だと,何も具体的な規律を設けないで,単に,支配株主は忠実義務を負う,という規律にしますと,結局,取引の不公正というのを少数株主の側が証明していかなくてはならないことに,結果的にはなっていくのではないかと思います。そういうときに,例えばアメリカ法を例にとると,原則的には,親会社の側が取引の公正さを証明すべきだけれども,独立の取締役が十分に交渉の上で,それはよし,といった場合には,証明責任が転換されるとか,あるいは,株主総会の承認が必要とされるほど重要な取引の場合には,子会社の少数株主の多数決による承認を得ていれば,証明責任が転換されるとか,そういう規律を作るということは,考えられるかと思います。 ○上村委員 今,何人かの学者の委員の方がおっしゃったことに,全面的に賛成です。抽象的な文言だと運用できないというお話がありましたけれども,昭和44年に,最高裁は,法人格否認の法理と,取締役の第三者責任についての法定責任説,これは,当時共に事実上立法とさえ言われたものです。法人格否認の法理というのは,権利の濫用,民法第1条第3項を根拠にしているわけです。そうした,中小企業を相手に,中小企業を事実上支配している個人,言い方を変えれば中小企業のおやじさんですね,そういう人の責任を追及するときには,実に大胆に法理論を作り,法運用してきたわけです。これはいずれも,有限責任の濫用に関する問題です。親子会社については,法人格否認の法理ですと,仙台地裁の判決のようなものが例外的にありましたけれども,これは,一般化されていない。それから,取締役の第三者責任も,取締役の責任だ,ということで,基本的に適用できないということで,つまり支配者が法人の場合は,相手が正に金融機関とか経済界になります。そうなると,途端に,法理論の創造性を全く失って,これでは運用できないとか,そういう話になってくるというのは,私は,非常に違和感があります。今のような時代こそ,法創造を伴う法運用に責任を持って時代を担っていくのが,司法の役割だろうと思います。   それから,諸外国において,この分野で,ほとんど何らの法制がないというところは,ないのではないかと思うんです。そういう意味では,この問題については,何らかの,抽象的な規定でもよろしいですが,あるいはそれには田中幹事がおっしゃったような,立証責任が転換できるような工夫が必要かと思いますけれども,何らかの一般的な規定が最低限必要だと思います。 ○八丁地委員 親会社への責任追及のために新たな規定を設けることに対しまして,経済界としては,反対であります。三点理由があります。第一に,親会社は,子会社取締役と類似の地位にはないことです。第二に,親子会社間の利益相反,不当な影響力の行使は,認定が非常に困難であると思われます。第三に,企業としては,現行法制の下で十分に対応し,清々と事業を行っている,という自負があります。これ以上に新たな規定を導入することは,かえって企業の活力を弱めることにつながると思います。   第一点目の,親会社は子会社の取締役と類似の地位にはない,ということから説明いたします。部会資料5の2ページに,「親会社は子会社取締役と類似の地位にあるという考え方を前提に,親会社に子会社取締役と同様の義務・責任を負わせるべきであるという指摘もされている」,との記述があります。しかしながら,親会社は株主でございまして,株主には株主有限責任の原則が適用されます。さらに,親会社は,株主として,一定程度,その権利を自己の利益のために行使することは認められており,子会社に対して一定の影響力を行使することは,極めて当然のことではないかと思います。すなわち,企業集団として,業務の適正を確保するための体制を整備することは,当然中の当然です。こうした体制を整備すべきとの要請におこたえするためにも,一定の影響力を行使しているわけでございます。このため,親会社は子会社の取締役と類似の地位にある,という前提は,改めて検討を要するのではないかと思います。   二点目として,部会資料5の2ページには「親会社と子会社との利益が相反する取引」や「議決権を背景とした不当な影響力の行使」という,大変強い文言が書かれておりますが,これらの認定は大変難しいのではないかと思っております。法的な側面からは若干離れるかもしれませんが,連結経営の下で,日々,事業運営を行っている者の立場から,幾つか感想や考えを申し上げます。まず,親子会社関係と申しましても,その関係は多種多様であります。親子会社関係を構築する目的,企業が置かれたポジション,グローバル化への対処法,競争力の源泉,経営資源の活用方法,重視する企業価値などは,各企業により,大変に多様であります。そのため,規律の在り方につきましても,一律に論じることは極めて困難であり,実務への配慮を願いたいと思います。何をもって利益相反や不当な影響力の行使とするのかという点も,よく議論をお願いしたいと思います。まず,利益相反についてですが,子会社の少数株主は,「親会社の子会社の株主」ということで,相当なメリットを得ている側面もあるのではないかと考えております。例えば,子会社の株式は,親会社に対する信頼等もベースに価格が付いております。また,企業集団として保有する経営資源,例えばブランドなどから,有形無形のメリットを受けている側面もあると思います。親子会社間の取引におきましても,価格交渉をした結果として,低価格の取引となったとしても,どの部分が不当な影響力の行使なのかの認定は,難しいのではないかと思います。子会社はこうした利益を得ているにもかかわらず,結果として損失を被った場合には,損害賠償が請求できるということで,本当にいいのかということは,十分に検討する必要があると思います。トータルとしての企業価値の向上やシナジー効果を求めているという点では,親会社も子会社も一緒ではないかと思っております。各企業として,プラスやマイナスがあったとしても,トータルとして損を出していないかというところの評価をしても良いのではないかと思います。それから,もう一つの不当な影響力の行使についてですが,例えば親子間の取引におきまして,不当な価格というのは設定できないこととなっております。親子会社間の重要な関連当事者取引は,計算書類等で開示規制の対象となっていることは,御案内のとおりです。特定の株主に対する利益供与につきましても,会社法上,禁止されているところです。また,会社法の枠組み以外でも,例えば,法人税法上,寄附とみなされるほど時価と異なった価格での取引につきましては,その差額については,寄附金として取り扱われる形で規制されております。なお,部会資料5の2ページに,「親会社からの不当な影響力の行使により子会社に損害が生ずる類型的・構造的なおそれ」,とございますけれども,親会社も株主として,子会社が利益を上げて配当を増やして,株式価値を増大させることを望んでおり,親子の利害というのは,原則として一致するものであると思います。そのため,損害発生の「類型的・構造的なおそれ」があるという認識は,必ずしも正しくないのではないかと思っております。   三点目として,現行法上,子会社の少数株主の保護に関する規律といたしまして,子会社取締役の任務懈怠による損害賠償責任,株主の権利行使に関する利益供与に係る規制,個別注記表における関連当事者との取引に関する注記などが定められております。子会社の少数株主の保護に関する規律について見直しを検討する際には,現行法制では解決できない課題があるのかどうかに関しまして,慎重に立法事実の有無を見極める必要があるということは,繰り返し主張したいと思います。仮に規律の見直しを検討する際にも,たとえ親子の関係にありましても,それぞれの会社については別個の法人格として,法的には独立の存在であるということは,大前提中の大前提です。したがいまして,仮に子会社に損害が発生するなどの問題があれば,原則として,少数株主は,子会社の役員に責任追及することで解決を図るべきでありますし,これまでも多くの場合はそうして解決を図ってきたと考えているところです。   それから,経団連の会員企業である機関投資家の方からは,企業価値の向上や配当の受領という点から,支配株主と少数株主の利害は,基本的には一致するものであり,現在のディスクロージャーを通じた規律だけで十分という意見が寄せられております。連結経営には,日本独自の部分もあるかもしれませんが,特に事業がグローバルに展開し,瞬時の判断を要する中で,個々の事業単位で責任を持たせて,トータルのベネフィットを追求するというのは,これまで日本企業が積み上げてきた戦略です。これによる成功例も随分ございます。是非その良さを十分に理解いただきたいと思います。 ○安達委員 まず,最初に,私個人の結論を申しますと,本件は是非慎重に御検討いただきたいと思っております。私は,投資家の立場でもありますので,今後の日本の活力をどうやって生むかという観点から,お話しさせていただきたいと思います。まず,会社法は,国家の根本法ということで,このような詳細にわたるルールを会社法で決めるというのは,いかがなものか,というのが,まず第一にあります。新しい事業等を起こす場合,一般的には,ある会社の一つのグループが新規事業チームを作り,事業計画等を策定してそれが機関決定された場合,本体でやるよりも,子会社化してやったほうが機動力が発揮できる,スピードが速い,ということも,非常に多いと思います。このルールに更にいろいろなルールを積み重ねますと,当然,新規事業推進に対するモチベーションが下がることは,間違いないと思います。   もともと,今回の親子規律に関しまして,評判の余り良くない親子上場ということも考慮する必要があると思いますが,私の知っている,もちろんほんの一部の方ですが,外国人投資家にもいろいろと話を聞いていますと,日本の親子上場を,別に彼らは非難しておりません。彼らの一番のポイントは,親子上場でなくて,親子上場を含めた企業グループが,その結果として,グループの力が最大化されていないということが,彼らは一番の問題と言っています。親子上場にしても,それはそれで,法に基づいてきちんと対応していれば構わないと,ただし,それが最大価値を生んでいないということで,不公正取引がどうとか,親子規律の基準になっていない,ということではなくて,もっと価値を生むような方法を考えなさい,というのが外国人投資家の一般的な意見です。ここに,過剰なルールを更に制定するということは,ますますモチベーションが下がるだけでなくて,企業グループ全体の価値の最大化にはつながらないと私は思います。   したがいまして,本件に関しましては,慎重に考えていただきたいということと,繰り返しますけれども,会社法は,やはり根本法ですので,詳細な取決めを会社法で決めることは,結果的に頻繁な改正,見直しにつながる可能性があると思います。今回の議論は,向こう10年,20年の根本法として基本設計すべきと思います。5年,10年しますと時代が当然変わりますが,それでも充分に耐えるということを考えますと,例えば不公正取引の詳細な基準を作るということは,会社法では避けたほうがいいのではないかと私は思います。 ○神作幹事 親子会社における子会社の少数株主保護に関して,問題の所在が,大株主・支配株主と少数株主との間の利益相反についてどのように考えどのように対処すべきかにあることについては,ほぼ共通の理解・認識があるのではないかと思います。これまでの御議論の中では,親子会社の取引が中心でありましたけれども,取引だけではなくて,例えば,親子上場などで,私が外国人投資家等から特に批判があると理解しておりますのは,子会社が非常に有望な技術等を持っているのに,自由に取引先を選ばせてもらっていないですとか,取引先の開拓について何らかの制約を課されるというように,親子会社間の取引以外の領域においても利益相反の問題があり得ると考えられます。そこで,仮に,実務では親子会社の取引が独立当事者間基準で行われており問題が生じていないということが事実であるとしても,やはり正面から,親子会社間の利益相反の問題をどのように取り扱うかという観点から総合的に検討することが必要であると思います。   そして,その点にも関連するのですけれども,今申し上げた競争上の機会の配分という話になってまいりますと,支配株主が純粋な個人であるのか,それとも,当該支配株主が親会社ないしは個人であっても別に事業を営んでいる事業者であるのかによって,利益相反の状況が相当に異なり得ると考えられます。すなわち,後者の場合には,前者の場合に比較して余計に利益相反の危険性が高まってくるわけでございまして,支配株主とはだれか,何か,ということを定義する場合と併せて,利益相反のシチュエーションについて,少し場合を分けて考えていく必要があるのではないか,と思った次第でございます。また,そのような観点からいたしますと,どのように規律するのかというのは,大変難しゅうございまして,何人かの委員,幹事の方から,忠実義務での一般条項という言葉もありましたし,恐らく,ドイツ法のように,もう少し具体的に規制するとなると,影響力の行使による損害ですとか,仕向けによって不利益を与えることを規律するといった表現が考えられるのかと思いますけれども,いずれにしても,一般条項を置くことが,利益相反の問題では有効ではないかと考えております。逆に,一般条項では法的安定性を害するからできる限り細かく規律しようとすればするほど,先ほど申しましたように,利益相反の状況が非常に多様なゆえに,ある程度の類型化は可能かとは存じますけれども,余り細かくやり過ぎると,経済界の方が御懸念するような問題すなわち過剰規制の問題が正に現実に起こってくると考えております。利益相反の問題について留意し,少数派に対して不公正な作為・不作為を行ってはならないという規範を明確にすることは,現在,既に会社法が備えております,例えば,注記などを通じた開示の在り方ですとか,親子会社から成る企業グループ間の内部統制体制の構築の仕方などにも直結する問題でありまして,そのような意味では,一般条項で,裁判規範としてどこまで使えるか確かに分からないところがあるかもしれないけれども,こういった規範を設けることは,非常に重要なのではないかと考えております。   なお,奈須野幹事から,子会社が倒産する事例は非常に少ないと言われましたけれども,それには親会社から支援がなされるなどいろいろな事情があるかとは思いますが,仮に不当な影響力等で搾取することが目的であるのであれば,子会社を倒産させてしまっては目的を達成できないことは,だれの目にも明らかですので,子会社の倒産の数が少ないということから,親会社による不当な影響力の行使がないということの証拠にはならないのではないか,という感じがいたします。 ○八丁地委員 神作幹事より,ここに売ってはいけないとか,売らないほうがいいとか,そういうことについても利益相反の一部であるという御指摘がありました。これについて,私は,二つのことを指摘したいと思います。まず,企業集団全体として,ある企業集団に対して総合的に良いものを,あるいは標準化されたものを,しかも均一的に良いサービスを含めて,トータルに納めていこうとすることがあります。このため,親会社が関連子会社に対して一定の影響力を持ち,子会社もそれにこたえるために均質なサービスが可能となるようキャッチアップする努力を行うことは,当然に考えられることだと思います。同時に,そういう関係だけでは企業は成長しきれませんので,例えば,A社の競争関係にあるB社に売るためには,新たな専門のチャネルを作るとか,専門の製品を開発するとか,そしてそれを担う企業を切り出して戦略展開するということもあるわけです。これらが利益相反に当たるかどうかですが,私は当たらないと思っております。むしろ,新しい小さな子会社でも,独立して成長していくというところに,集団経営の良さがあるのではないかと思います。そこには,各社各様のポリシーがあると思いますので,一様にとらえてこうだと決め付ける議論には慎重であるべきと思います。経済界として,このような経営戦略もあることをもっと開示していかなければならないと思っていますが,これらは両方とも経営戦略の一環であることについては,是非御理解を頂きたいと思います。 ○築舘委員 真正面からの議論が行われているところで,側面からの話になるかもしれないですが,監査役の立場から,このテーマをどんなふうに感じているかということを少し述べさせていただきたいと思います。親子会社間の非通例取引とか利益相反取引の有無のチェックといいますのは,親会社あるいは子会社の監査役にとりまして,言ってみますと,取締役の職務執行に関する重要な監査事項でありまして,本来的な職務だという心構えでやっているわけです。昭和56年の商法等の改正があって,このときに,非通例取引等に関する監査の方法と結果が,監査役監査報告書の記載事項として法定化されました。そしてまた,最近では,会社法のもとでそれが少し変わりまして,必要的記載事項から除外されて今日に至っております。こういうことなんですが,日本監査役協会といたしましては,監査役監査基準の規定化を始めといたしまして,実効的な監査を行うことに力を入れて取り組んできました。このように,現在でも,親子会社間の非通例取引あるいは利益相反取引の公正さについては,一生懸命監査を行っていると思っております。   それから,親子会社間の取引の状況については,古くは,附属明細書の記載事項とされていたわけで,現行法では,関連当事者取引の注記事項として,一定の取引について開示が求められているわけです。この開示は,会計監査人のみならず監査役の監査対象にもなっているということで,監査役としても,記載漏れがないかどうか,記載内容が十分か,といった点に留意しながら監査を行っているという状況にあります。   このように,親子会社間の非通例取引につきましては,監査役にとって重要な関心事となっている一方で,現実問題として,本日の問題提起に示されているような,親会社が子会社の立場を顧みずといいますか,子会社の利益を収奪する,そういう状況がどれだけ生じているかということがあります。監査役という立場に立ったときに,データ的に把握することは,事実上できなくて,確たるものはないのですが,協会内でのいろいろな議論その他を踏まえての実感としては,そう多い状況ではないのではないかという感じがしております。多くなくても,少しでもあれば問題だ,という先ほどの御議論もありましたけれども,そのような状況認識をしているところです。監査役としては,今申し上げましたような監査を現状で実施しているわけですが,一方で,子会社の株主あるいは債権者の納得感を更に高めていくという考え方に立ったときには,親子会社間の取引に関する情報開示の在り方が現状で十分なのかどうかについて,検討する余地もあるのではないかと思ったりいたします。この情報開示につきましては,現行法のもとでも計算関係書類の注記表において開示するということ等々,一定の開示が求められているところであるわけですが,こうした情報開示が子会社の少数株主あるいは債権者の立場から見て適切なものかどうか,という観点での検討のほかに,例えば,監査役の立場から言えば,非通例取引等についての監査の状況を監査報告書に記載するということで,監査役自らの説明責任を果たしていくという考え方も,あり得るのではないかと思ったりしております。それから,親子会社間の取引の公正さについて,経営から独立した立場にある監査役が行った監査の内容ですとか,監査意見を,監査報告書を通じて開示するという方法につきましても,それが適切なものかどうかについて,確たる考えに至っているわけではないのですが,検討することもあり得るのではないかと感じたりしております。   それから,最後になりますが,私ども監査役協会では,日ごろから,監査役からのいろいろな実務相談を電話あるいはインターネットで受け付けております。非通例取引あるいは利益相反取引の監査につきましては,大規模な会社からの相談事というのはほとんどないのですが,中小規模の会社あるいはオーナー色の強い会社の監査役から,我が社の場合こんなことがちょっと気になるんだけれども,非通例というのをどう考えたらいいかとか,利益相反の判断基準はこういうことでいいんだろうかと,そういう問い合わせが時々ございます。そんな状況でございます。 ○藤田幹事 この段階に至って余り付け加えることもなくなってきたのですけれども,確認的なことを含めて何点か申し上げたいと思います。まず,立法事実・実証データについては,いろいろな方が言われたことですけれども,そもそもデータの信頼性ということは別として,どういうデータから何を導くかということについて,論理的に多少慎重になる必要があります。多数株主による搾取という実態が数として少ないということ自身は,少数株主保護のための規制が必要ないということに直結するデータではもちろんないわけです。例えば債務を踏み倒す人が少なければ強制執行制度は要らないかというと,そんなことはないわけで,幾ら少なくてもそういう制度がないと,踏み倒すインセンティブを増やしてしまうわけで,やはり必要なわけです。ただし,多数株主による搾取という実態が数として少ないというデータは,全く意味がないわけではなくて,数として非常に少ないのであれば,それを矯正するようなルールを置いたとしても,それによって増える社会的利益はそれほど大きくないのではないかという疑念が出てくる。また,そういう事態が非常に少ないのが本当であれば,投資家はそういうことを恐れて投資を控えるということは,余りないかもしれない。また,機会費用の非常に大きい規制手法を導入することについては,カウンターバランスの得られる利益は少ないことを留意して慎重になるべきである,だから,例えば,親子上場全面禁止みたいな規制はやめたほうがいいとか,そういったことにはつながるデータですから,多数株主による搾取という実態が数として少ないという信頼できるデータがあれば,それを無視していいわけではないですけれども,規制を一切排除するようなロジックとしては使えないようなデータだと思います。   もう一つ,少数株主保護のルールの目的についても,多少議論を詰めたほうがいいような気がします。これは,被害を受けた株主がかわいそうだから救済するというのが主眼の話なのか,それとも,もう少し違った点がポイントなのか,つまり事後的な補償というのがポイントなのか,それとも,もう少し違ったことも念頭に置いているか,ということです。少数株主が存在する状態で親子関係を維持する,取り分け上場子会社の状態で維持して生産活動を行わせることに,それなりの経済合理性があるとすると,そういう状態で投資家が子会社に投資できるような環境を整えてやったほうがいいわけですね。そこで,もし投資した後に大幅な利益移転が行われるような危険があれば,投資インセンティブは,合理的な投資家であれば下がるはずで,親会社が本気で搾取しようと思っているのであれば,投資インセンティブが下ってもいいのですけれども,そうではないとすれば―多くの会社はそんなことを望んでいないというのであれば―,そういう会社にとっては,子会社がそういう危険にさらされていることが,投資家の合理的な投資インセンティブをそぐという意味で,有り難くないことです。そして,それについて各企業による対処だと足りない,制度的なバックアップがあったほうがいいと考えるのであれば,少数株主保護の何らかの法的ルールはあったほうがいい,これが少数株主保護の規制の存在意義だと思います。裏返しで言うと,保護が必要ないという議論をするのであれば,搾取されて倒産した事例が数として少ないといったことではなくて,搾取するつもりがない親会社が投資家に対してその旨のコミットメントをすることができるようにしてやったほうが,より良い投資環境になることはない,そんなことに社会的利益はない,と言うか,あるいは,そういうコミットメントには意味があるかもしれないけれども,それは,個々の企業の努力でやれることであって,法制度は必要ありませんと,こういう議論をするということが,論理的だと思います。そういう意味で,先ほどからの,親会社は悪いことはしていないという議論は,余りかみ合っていないような気がします。   部会資料5に記載された提案に関して申し上げますと,支配株主の忠実義務といったルールについて,基準がはっきりしないということ自身が否定の論拠にならないのは既に多くの方の言われたことです。この点に関連して,余り指摘がなかったので一点だけ付け加えておきますと,多数株主・少数株主間の利害調整について,抽象的な形の条文で導入されている例は,既に現行法にあります。それは,平成17年改正後の株式買取請求権における「公正な価格」による買取りです。現在では,この制度はシナジーの公正な分配ということを含む値段の買取りを認めるとされているのですけれども,これは公正な組織再編条件が実現されたように,事後的に金銭的な補償をしてやるという制度ですので,正に,親子会社間,多数株主・少数株主間の利害調整について,公正な価格という最も一般的な条項によって法制度が手当てしている例ということができます。抽象的な文言だから運用できないという理屈は,親子会社間の利害調整についての現行法の説明すらできていないということは,認識するべきだと思います。   ただし,規制すべきだとする側の方も,次の点だけは注意したほうがいいと思う点があります。そして,それは,規制に慎重な方々の意見で最も傾聴すべき点だと思っています。伝統的な少数株主保護の議論は,具体的な提案はいろいろありますけれども,基本的な発想として,言わば子会社が完全に独立な会社であるかのように想定して,その状態をいかに保障してやるか,それとずれが生じた場合にそれをいかに是正するかと,基本的にそういう発想で議論を組み立ててきたところがあると思います。よく持ち出される「独立当事者基準」というルールも,そういった発想をいかにエンフォースするかということで,裁判規範化したものだと思います。しかし,支配従属関係がある企業グループの中で,企業グループ全体の利益を最大化させるような効率的な資産の配置,それを実現する取引条件というのは,完全に独立な当事者間だったならどのような取引をするだろうかというのとは,おのずと違ってくるはずであります。というよりも,それが違わないとすると,親子会社関係で生産活動するということに意味がなくなってくるでしょう。そうすると,もし多数株主の少数株主に対する忠実義務でも何でもいいですけれども,そういった規範によってエンフォースしようとする状態が,厳格な意味での独立当事者間基準―形式的・厳格に独立の当事者なら行ったであろう行動を達成させようとするもの―であるとすると,そういう基準でやることが本当に経済効率性を害しないかという疑念はあると思います。恐らく,規制導入論者の方も,そこまで厳格なことを考えていないと思うのですけれども,規制に慎重な立場の意見のうちこの辺りが一番重要な点ではないかと思います。ただ,これは,およそ規制を導入すべきではないという論拠というよりは,むしろ,規制の運用の在り方や規制を設けたときの基本的な発想の組立て方についての認識の仕方の問題だと思います。この点は,学界でも,独立当事者間基準というのは,理論的にいかなる根拠があるのかという点について,きっちり検討されていないとすれば,規制論者の側で認識すべき重要な問題だと思っています。その限りでは,規制に慎重な方からの問題提起も理解しているつもりであります。 ○三原幹事 一点だけお伝えしたいのですが,規範の問題として先ほど朝倉幹事から御質問のあった不公正という点に関してです。一般条項のほうが良いとの御指摘もありましたが,規制については,明確性,法的安定性,予測可能性の見地から考えると,一般条項でいい場合とそうでない場合というのが基本的にあると考えます。予測可能性というのは非常に重要な話でございます。基本的には,取締役等であれば,経営を委託されているので,会社法の取締役の編の最初に,取締役と会社との関係は委任の規定の適用があると書いてあります。これに対して,株主の場合には,会社法104条で,株主は有限責任であり,本来引き受けた払込責任以外の責任を負わないとされ,根本的なところで取締役と株主は性質上の違いがあります。そのような株主に,有限責任でないということで責任を負わせるというのは,やはり一般条項ではかなり厳しい部分があり,これに対して,取締役の場合には,委任として何をなすべきか任務が決まっていますから,その任務に懈怠した場合には損害賠償責任という会社法423条というのも,ある程度一般条項で成り立つと,こういう違いがあると思っています。ですから,本来引受責任以外ない有限責任の株主に一般条項をかぶせるのは,ちょっと厳しいでしょう。   それから,もともと,この点は,私もまだ考え方が決まっておりませんが,どのように支配株主というのが出てくるのかも想定すべきであり,本来,株を投資したら,いきなり支配株主になる,責任を負うということは,どういう場合に認められるのかという問題があり,支配株主は議決権を行使したら不公正だというのは,ちょっと厳しいかなということも,印象として持っております。 ○奈須野幹事 先ほど私から紹介した,過去数年間における,数千社の上場企業についての子会社の倒産事例について,1件「しかない」と見るのか,あるいは1件「もある」と考えるのか。私は,前者,すなわち1件しかないと考える立場ですが,一方で,1件もあるとお考えになる中東幹事や神作幹事のお立場もあろうかと思いますので,この点については,広く国民の常識を問うのが良いのではないかと思います。理論的にこうでなければいけないということはなく,制度を作ることのメリット及びデメリットを踏まえながら考えた方がよろしいのかなと思います。  この,1件しかない,あるいは1件もある事例について,正確に申し上げることは,個別企業の信用にも関連するのでできませんが,これが先生方が期待しているような,親会社が子会社を食い物にして少数株主や債権者をだましたので彼らを救済しなければ不当な結果になる事例かということについては,よく精査しなければならないと感じております。 ○田中幹事 私も,コストのことを考えずに規制を提唱していると言われたくないので,コストとベネフィットのことについて考えを述べさせていただきたいと思います。規制支持派が考えていることは,もし,支配株主の責任を法律で決めた場合に,そういう規制がないときでも公正な取引をやっているところは,訴えられないので,その部分で追加的なコストは発生しないという考え方があると思います。ですから,奈須野幹事が言われたように,上場会社で実際搾取事例が―搾取というのは倒産がなくても起こることなので,倒産のデータから搾取の有無や頻度についてどこまで言えるか分からないのですけれども―,もし,搾取事例が一個しかなければ,一個しか訴えられませんから,それ以外の会社には別にコストは掛からないので,いいだろう,ということになるのかなと思います。ただ,問題は,不明確な基準で規制を入れたときに,本当は,少数株主の利益を考えても十分公正だと考えられる取引でも裁判になってしまって,誤って責任が認められるとか,そうでなくても,裁判のコストが掛かってしまう,ということがあるので,その場合は,これまで誠実に事業をやってきた企業グループにも余計なコストを掛けてしまいます。その点は,確かにおっしゃるとおりだと思うので,その辺りは,規制を提唱する側も考えていかなくてはいけないのではないかと思います。その観点で,私が申し上げたいのは,支配株主に義務を課すという規制によってどこまでのことをやろうとしているのか,です。アメリカなどで,支配株主の信認義務ということが言われるときは,基本的には,支配株主が子会社と直接取引する,あるいは,子会社の少数派株主と直接取引するとか,要するに,自己取引の事例でありまして,自己取引で通例よりも支配株主に有利な取引をやって,子会社の富を吸い上げてしまう,という類型です。私は,多分,この類型について規制を課しても,現在の上場会社のグループで普通に行われている取引について,それほど責任追及が続発するということなく,時に起こり得る濫用的な取引だけをチャックするということは,可能なのではないかと思っています。   奈須野幹事が挙げられた事例ではないかもしれませんが,最近,上場会社を買集めによって買収して,不公正な取引をする,具体的には,親会社に対する貸付けをさせて,それを親会社はずっと返さないで期限を延長していた,というケースがあったわけですが,それは,監査役がこれを止めようとしたわけですけれども,結局,いったん倒産申立てをしたという事件がありました。もしも法的な規制によって,こういった事件をうまくチェックできれば,それは,規制として十分意義のあることではないかと思います。ただ,これに対して支配株主の義務を,自己取引の規制よりももっと広い範囲まで広げるとしますと,これは,講学上,「会社の機会」と呼ばれるケースでして,要するに,企業グループ間の事業機会の配分に法的な干渉をするということがあり得るわけです。これは,確かに,それが適切に行われれば,子会社の少数派株主にとっても大変満足いくものになるかもしれないですが,ものすごく大変なことでありまして,私の認識では,アメリカの判例法理は,以前は,企業グループの事業配分の問題も,支配株主の信認義務の一法理として実現しようと思っていたのですけれども,1970年代ぐらいにこれを放棄しまして,現在は,その問題は,グループの頂点にある経営陣の経営判断の問題になっていると理解しています。ですから,もしも日本で,支配株主の信認義務について一条だけ会社法に条文を入れるとしますと,それは自己取引だけではない,企業グループの事業配分の問題まで含めて規制するつもりなのか,という問題が出てきます。もしも後者の規制まで入れるのだとすると,規制のコストというのをよほど真剣に考えないと,軽々にそういった規制を入れることはできないのではないかと考えております。 ○齊藤幹事 日本の企業グループにおいては,子会社管理は適切になされている,というお話が議論で何度か出てきましたので,その点について一点だけ申し添えさせていただきます。私も,規制導入賛成派でありますけれども,導入に賛成するのは,何も,現在の多くの上場企業をトップとするような企業グループの経営に一般的に問題があるという認識があるからではなく,きちんとなされているところであっても,それが変わる可能性はあって,少数株主は,常に潜在的な危険にさらされているという点にございます。ほかの国ではそのような危険が顕在化しているところもございまして,八丁地委員がいみじくもグローバル化とおっしゃいましたけれども,現在,上場親会社の立場にある会社が,いろいろな人たちに買収されるということは,今後もあり得るわけです。そのような買収者の人たちが,これまで日本でよしとされてきたような企業運営の仕方を,必ずしも引き継いでくれるという保障はない。買収防衛策のルールとも関係いたしますけれども,買収防衛策が認められたとしても,そのような人たちを完全に排除できるわけではありませんし,関係形成のときは友好的であっても,後から経営方針が変えられるということはあるわけであります。そのときに,買収の対象になった会社の経営を今まで支持してくれていた少数株主の矢面に立たなければいけないのは,現在子会社となってしまった会社の役員の人たちで,その人たちが個人責任を負うということですべて解決するのであれば,それでもいいという考え方もあり得るわけでありますけれども,それでは不十分ではないか,という認識を私は持っております。ですので,現在のやり方で問題が生じていないのであれば,それは変えなくてもいいけれども,将来問題が起こるときに備えて,きちんと法的な手当てを設けておく必要はあるのではないかと思っております。 ○岩原部会長 よろしゅうございましょうか。本当に多様な御意見を頂きまして,皆様の御意見を要約することはとても難しゅうございますが,一方で,よく皆様の御意見を伺っていますと,いろいろな論点はかなり出てきて,かつ,規制について賛成,反対とおっしゃっても,その理由をよく詰めていくと,両方それぞれ議論として調整できるというか,接合できる部分もかなりあるように思っております。今日の御意見は,単に,いろいろな多様な御意見が出たというだけでなくて,問題点と可能性がよりはっきりしたのかなと思っています。   本当にそんな収奪みたいなケースがあるのかということがございましたけれども,それについてだけ,申し上げさせていただきます。先ほど上村委員から御指摘のあった仙台地裁昭和45年3月26日の事件など,明白な親会社による子会社の収奪のケースの裁判例でございまして,そういうことがないわけではないということは確かだと思います。そういうことが出たときに,では,それに対する手だてが何もなくていいのか。仙台の事件の場合は,法人格否認の法理を適用して,債権者である子会社従業員等を救ったわけですけれども,そういう問題に対して,会社法制の中でどこまで,どういうことができるかということは,やはり考えておく必要はあるのかなという感じがします。   開示についての御指摘は,そのとおりで,現在,確かに,関連当事者取引は計算書類に注記されていますけれども,飽くまでそれは開示されるだけですので,開示されたことに基づいて,仙台地裁のようなケースについて責任追及をすることはできないということでいいのか,先ほどの田中幹事の例でおっしゃった,自己取引による収奪みたいな極端なケースについて,何らかの手当てが必要か,というような論点等があり得るということは,今日の御議論の中からも言えると思います。ただ,そうでない問題,例えば,田中幹事が御指摘になった事業機会の問題等については,確かに,八丁地委員御指摘のように,グループ全体としての問題,グループ全体としての価値の最大化との関係でどう考えるか,ということはあると思います。ただ,そうなると,個別会社の利益に優先して,グループ全体の利益を最大化することを認めるような法制を,整備をする必要があるのではないかという,より大きい問題につながっていく可能性があり得るかと思います。例えば,親会社の株主が,グループ全体としてのコントロール等について,どこまで発言できるかといった,いろいろな問題があるのかもしれません,開示等も含めてですね。   (注2)についても,これも実は非常に大きい問題ですので,御意見を賜れればと思います。いかがでしょうか。 ○伊藤幹事 前回の加藤参考人の御報告では,この辺りは,余り対象にならなかったところかと思いますが,部会資料で例として挙げられています公開買付制度とは結び付かない,一般的な新しい支配株主へのセル・アウトという制度ですとか,一定数以上の大株主がいるというだけで発生するセル・アウトの制度というものは,比較法的には珍しいのではないかと思います。そうすると,比較法的にこういうものを設けている国が余りないということはなぜなのかを考えたほうがいいかと思います。一つあり得る説明の仕方としては,むしろ,(注1)でいろいろ議論されていますような規律が,ある程度は効いているという前提で,少数株主が支配株主に株式を買い取ってもらうことで投下資本の回収を容易にできるような制度を,株式会社法制のもとで軽々に設けるべきではないと考えられているのではないかと思います。そうしますと,(注1)で言われていますような制度を,何人かの委員あるいは幹事がおっしゃったように一切設けないというのであれば,それならばせめて,(注2)で挙げられているような制度を考えなければいけない必要が,かえって生じるようにも思われます。もっとも,少数株主が,支配株主に株式を買い取ってもらって,容易に投下資本回収ができるという制度を作ると,影響が大きいものになるかと思います。補足説明の3でも,ここは,親会社と書かずに,支配株主と書かれていますので,もしこのようなものを作るとすれば,恐らくは,親子会社関係には限られないルールとして作られるのでしょう。そうすると,閉鎖会社でこれがどう使われるのかということが,予測もつかないですし,これを簡単に入れるわけにもいかないようにも考えます。 ○奈須野幹事 新たな支配株主が現れた場合に,少数株主に,支配株主に対する株式買取請求権を付与するという制度については,導入すべき時期については別途議論する必要があるとしても,これを導入すること自体については積極的に考えています。   その理由ですが,支配株主の登場又は異動が生じた場合,既存の株主にとっては,従来のとおり取締役を選任することなど,会社を支配することは困難になり,また,新たな支配株主は,資本金その他の経営資源を自由に利用することができるようになることから,既存株主にとっては,「持分権の縮小」又は「持分権の変容」が生じていると言えると思います。このことは,実質的に見れば,既存株主から見れば,「会社の基礎の変更」に当たり得ると考えています。これに対して,上場企業であれば,既存株主は,株式市場で株式を売却することによって社員権を処分することができます。しかし,株式市場は常に変動しており,株式を売却する時期を見極めることは困難であり,支配株主がだれであるかによっては,株価はかえって下落してしまい,処分時機を逸するおそれがあります。したがって,安心して投資できる環境を整備するためには,適切な価格で投下資本を回収することが保障される仕組みが必要と考えます。   また,支配株主は,会社を支配することによって経営資源を自由に利用することができるので,単なる株式を取得すること以上のメリットを得ることができます。しかし,現状では,支配権を失った株主が,そのメリットを放出していることの代償を受けることができないおそれがあります。したがって,このような「コントロール・プレミアム」を制度的に分配する仕組みが必要であると考えます。   しかも,我が国では,会社の意思の関与しない市場内取引だけではなく,会社の経営陣の選択によって,第三者割当てを通じて,支配株主が登場し又は異動するということが容易に生じるようになっています。本来,会社は,株主を選択することができないはずであって,会社の意思の関与する支配株主の変動は,既存株主にとって許容されるべき筋合いのものではなく,会社法に何らかの規律が必要であると考えています。   なお,このような規律が設けられた場合,有利発行規制を廃止すべきことは,前々回のこの場で述べたとおりであります。   このような「少数株主の退出権」保護は,買収者が,少額の買収資金で支配権を奪って,これを足掛かりに会社の経営資源をばらばらに処分し,あるいは株式を第三者に高値で売り付けるなど,濫用的な企業買収を抑止する規律としても機能することになります。ヨーロッパにおいては,この制度を導入することで,むしろM&Aが正当な事業活動として認識される契機となったと聞いております。   また,既存株主が,支配株主の登場又は異動に対して,株式買取請求権を行使しないで,株主となり続けることは,支配株主が示す新たなグループ経営の方針を支持して,支配株主として認容するということを意味するので,このような仕組みを設けることで,支配株主と既存株主との間で何らかの信認関係を基礎付けることができるのではないかと考えています。このことは,先ほど御提示のあった忠実義務とも関連するところであります。   導入の方法としては,会社法の株式買取請求権を下敷きにする方法と,金商法のTOBによる方法の両方が考えられますが,一方を実施した場合には,他方は適用が除外される,という仕組みにすれば,矛盾なく制度を構築できると思われます。   一方で,我が国では,30%から50%という,ある意味では中途半端な出資関係によってシナジー効果を追求するというグループ経営も実際には行われているので,このような仕組みを創設するということは,我が国におけるM&Aを委縮させるおそれもあります。当省が行ったヒアリングでは,業種によっては,アジア諸国の躍進やライツプラン型買収防衛策に対する反対率の高まりといったことを背景に,こうした仕組みに対する強い要望があります。しかし一方で,現実に我が国では,欧米に比べ敵対的買収は少なく,外為法上の外資規制や個別業法上の主要株主規制もあるので,濫用的買収を抑止する緊急性がないという意見もあります。そこで,必要性については積極的ですが,導入時期については,企業側のニーズや資本市場の動向も踏まえて検討していくべきと考えております。 ○八丁地委員  経済界といたしましては,新たな支配株主が現れた場合の株式買取請求制度の創設については,慎重な検討をお願いしたいと思っております。理由は四つあります。第一に,一定比率以上の株式を保有する株主にとりまして,必要以上のコストが生じ,大きな負担となる懸念があります。第二に,事務当局から御説明がございましたが,企業再編というのは,経営の大きな手段であります。それにもかかわらず,この制度を創設すれば,企業がリスクを恐れて企業再編に踏み切れなくなることにつながりかねず,企業再編の阻害要因になり得るのではないか,という懸念を持っております。第三に,市場での流動性がある株式については,市場で取引すれば足りると理解しておりますので,支配株主に対する株式買取請求権を与える必要は少ないと考えます。第四に,閉鎖会社のように流動性がない株式の場合には,株主は,流動性がないことを前提として,株主になっているのではないかと思われます。さらに,一定の株主間の契約により,退出のルールが定められてきているケースも多いと理解しております。   以上,四点に基づき,慎重な検討をお願いしたいと思います。 ○前田委員 (注2)の親子会社関係の形成段階で少数株主に退出機会を与えるべきかという問題は,むしろ,金融商品取引法上の公開買付規制の在り方のほうから,過不足の点検なり拡充を検討していくべき,非常に大きな問題ではないかと思います。現段階で,会社法の側から新たな規律を設けるのは,難しいのではないかという感想を持っております。そして,先ほどの伊藤幹事の御発言と関連するのですけれども,仮に,(注2)のように形成段階で少数株主に退出機会を与えるということにいたしましても,それで先ほどの(注1)のほうの手当てが不要になると考えるべきではないと思います。つまり,形成段階で少数株主になることに納得したと言いましても,それだけで,その後は何をされても文句は言わないということまで,真に合意したと見るべきではないと思います。つまり,(注1)と(注2)の関係なのですけれども,もし(注2)のような制度ができれば,(注1)の見直しをする必要性が減少するとは言えましても,(注1)の見直しが不要になるとまでは言えないのではないかと思います。 ○藤田幹事 先ほどの伊藤幹事の発言の中で,どこの部分を指して,比較法的に例がないと言われたのか分からないんですが,会社法に条文があるかどうかといったような形式的なことはおきますと,市場内取引や第三者割当てによる発行を通じた株式の取得などで支配株主が現れた場合の退出の機会を保証するというのは,諸外国ではよくあるルールだと理解しています。ただし,日本で言えば金商法に相当するところで置かれているもので,公開買付規制の義務的公開買付けとしてです。この点は,皆さん御存じかもしれませんが,共通認識がない可能性がありますので,あえて簡単に説明させていただければと思います。   ヨーロッパの義務的公開買付けは,日本と似ているように見え,全部勧誘義務が発生する基準が3分の2か3分の1かといったところが違うだけのように思っておられる方もいるかもしれませんが,もっと大きなところが違うと思います。我が国の場合は,このルールは,「市場取引か公開買付けか原則どちらかで支配権を取得しなさい。相対取引による取得は原則駄目です。」というのが基本的な発想で,それを出発点に,様々な規制が追加されているというものです。その規制の趣旨をどう説明するか,支配権取引の透明化と言うのか,支配権プレミアムの公平な分配と言うか,それは人によって違うのですけれども,いずれにせよ,相対取引による支配権の取得を禁止するというルールから出発した規制です。それに対して,ヨーロッパ諸国の義務的公開買付けは,全然出発点が違いまして,市場買付けだろうが,いかなる原因だろうが,とにかく持株比率が一定割合を超えれば,公開買付義務が発生し,その場合は株主全員から買わなければいけない。そして,義務的公開買付けは,支配権移転後に行われる。支配権移転後にやるので,だれも応じたくないような安い値段でもいいというと意味がなくなるので,最低価格規制が入ってくる。ヨーロッパの規制はそういうルールで,これは支配権の取得というのを,一種の会社の組織再編的な現象ととらえて,出ていく機会を保障するといった発想で説明されるルールなのだと思います。むしろ,日本法との対比で言うと,会社の株式買取請求権に近いような制度で,ただ,払う相手が多数株主か会社か違うといった話であります。   部会資料5の提案においてヨーロッパでも例がない点があるとすれば,公開買付けの適用がないような会社にもこれを強制するという点で,そこにこの提案に特色があり,また,会社法の問題として議論するときの特徴があるとすれば,そこの部分です。言うまでもなく,持株割合が原則保護されているような非公開会社については,この手の規制はもちろん必要ありません。問題は,中間の,金商法の適用はないけれども持株割合が原則として保護されていない会社における支配権の移転の場合です。この辺は,第三者割当増資の規制の在り方が変更されるかということにも補完関係にありますので,今直ちにそうすべきかは断言できないんですけれども,恐らく,日本的な特徴が出てくるとしたら,そこの部分における規制の考慮だと思います。   なお,ヨーロッパ的な規制に対して反対する理由も分かりますので,その点も若干触れておきます。上場会社に限定してこの手の退出の機会を保障するというルールを導入した場合でも,いろいろ考えるべき点はあります。ルールの機会費用がやはり大きいのではないかというのが批判の眼目だと思うのですが,確かに,不必要に支配権取引が抑止される危険がないか,検討する必要はあります。それには二つぐらいの原因が考えられて,一つは,支配権取得後に退出の機会を保証してしまうと,例えば,公開買付けで支配権を取ろうとしたら,投資家が最初の公開買付けに応じるインセンティブがなくなってしまう。いつでも後で同じ値段で買ってもらえるのだったら,だれも売らなくなるのではないか,ということです。ただ,こういう規制を導入したヨーロッパで実際にそういうことが起きているかというと,起きていないようで,余り現実的な懸念ではないのかもしれません。次に,我が国に固有で,かつ一番心配なのは,こういうルールの下では,M&Aの際に当初用意しなければいけないキャッシュが増えるということだと思います。ヨーロッパの場合,こういう制度が入ったことでM&Aが抑止されているという声は,私が聞いている限り余り聞かないのですが,それは,そういう場合にもM&Aをきちんとファイナンスしてくれる人がいるということのようです。日本の場合,M&Aに対してファイナンスするというインフラがないとすると,望ましい買収も抑止してしまう危険はある。だから,その辺が実態としてどうかということは,考えなければいけない。ただ,これも抽象的に規制が重くなるとM&Aがなくなりますというレベルの議論ではなくて,この種の規制の機会費用の大きさがどの程度かという量的な観点から検討していただければと思っております。 ○岩原部会長 ほかにございますでしょうか。よろしいでしょうか。この問題について,今の藤田幹事の御発言等によって,問題点はかなりはっきり認識できるようになったのではないかと思います。   それでは,次の論点に移らせていただきまして,次は,「第4 子会社債権者の保護に関する検討事項」ということで,まず,事務当局から説明をお願いしたいと思います。 ○大野関係官 それでは,「第4 子会社債権者の保護に関する検討事項」につきまして,御説明いたします。ここでは,子会社債権者に対する親会社の責任の在り方について,見直しを検討すべき事項はあるかを問うものでございます。部会資料5にございますように,この点につきましては,親会社が子会社の利益を犠牲にして自己の利益を図っている場合に,親会社又は親会社取締役が子会社の従業員の賃金請求権等雇用に対する責任を負う旨の規律を設けるべきであるとの指摘がございます。債権者の保護については,民法や倒産法制等の様々な規律のほか,会社法においても,株主と会社債権者の利害の調整という観点から,部会資料5に記載いたしましたような独自の規律が設けられております。このほか,親会社等により法人格が濫用され,又は法人格の形がい化が認められる場合には,判例上,いわゆる法人格否認の法理が確立しております。また,先ほど御議論いただきましたが,仮に部会資料5の第3の(注1)のような方向性,すなわち企業結合関係の継続中における親会社の責任の在り方を見直すという方向性で,子会社少数株主の保護に関する規律を見直すこととする場合には,債権者代位権の行使を通じ,子会社債権者の保護をより充実することができるとも思われます。そこで,このような現行法のもとにおける規律などに加え,更に見直しをすべき事項があるか,御議論いただければと存じます。 ○岩原部会長 ありがとうございます。それでは,この点についての御議論を頂きたいと思います。 ○中東幹事 結論的には,現時点では,見直しを検討すべき事項はないと考えております。ただいま補足説明でも触れられましたように,先ほど議論した第3について,もし,子会社の少数株主保護が十分図られているということであれば,これは,議論としては,個別ベースと同じ議論になろうかと思いますので,そこで考えれば足りる。つまり,特段,子会社の債権者だからといって,何かを用意しなければいけないものではない,と考えています。 ○逢見委員 子会社と親会社の関係で,親会社の責任の在り方として,子会社の利益を犠牲にして自己の利益を図っているというケースは,我々の経験している中ではあるのではないかと思っています。ここで,そういう場合に,賃金請求権等の責任ということなのですが,これは別に,個別の案件で子会社従業員の保護を図るということを目的にしているものではなくて,当然そういったものについては,労働法あるいは民法などによって保護が図られるべきだと思っています。ただ,会社法の中で,法人格が異なっていても,親会社は,子会社に対して責任を負う,という理念,要するに,支配している者には責任が伴うということを,きちんと規律として明らかにすべきだと。その責任の中には,雇用という概念が含まれるということを,会社法の中にうたうべきだと思っております。そのことが,我が国の経済実態に即した親子会社の規律になるのではないか。親子会社の中にいろいろな形がありますけれども,特にオーナー性の強い親会社というのは,子会社に対して,正に自分の私有物であるかのような感覚で取引行為が行われているケースがあって,そこで働いている子会社従業員は,全く眼中にないというか,責任など負うのは全く考えないというところがあって,そういうものに対する規律として,会社法の中でこういったものが必要ではないかと,私は思っております。 ○奈須野幹事 親会社に対して子会社の債務についての責任を負わせることは,親会社から子会社への具体的な指揮命令の事実や因果関係の立証など,何らかの限定が設けられるにしても,現象としては,親会社に無限責任あるいは連帯責任を課す制度に近くなります。このような仕組みは,子会社の不法行為に基づく債務などの偶発債務に係る子会社債権者を始め,大企業の子会社と取引する中小零細企業など,親会社の保証を取り付けないで子会社の債権者となった者を保護するため,意義があるとも考えられます。   この点,かつて,我が国においても,出資額を限度に責任を負う株主と,会社の業務を執行して無限責任を負う社員から成る,「株式合資会社」という組織類型が存在していました。この株式合資会社は,19世紀のヨーロッパにおいて,免許主義のもと,法人格が容易に付与されなかった時代に,会社の債務を無限責任社員が負うことにより,会社の債権者と非業務執行社員の保護の調和を図るということで,このような場合であれば,特に法人格を与えてもいいだろう,ということで制定された組織類型であるとのことです。しかし,ヨーロッパでは,準則主義の導入によって法人格が容易に取得することができるようになって,無限責任社員を必要とする仕組みが廃れてしまいました。戦前の我が国でも,年間10万件から20万件の新規設立の会社のうち,株式合資会社を選択したものは,最大53社であり,ごくわずかな利用状況しかなく,結局,昭和25年に廃止されております。   現在でも,株式合資会社の仕組みは,一部のヨーロッパ諸国に残存していますが,我が国でこの仕組みの利用状況が廃れてしまった理由を考えてみると,子会社の債務について,親会社が保証を差し入れ,あるいはオーナーが個人保証する,という慣行が存在するということが挙げられると思います。   私どもが行ったヒアリングでは,少額債権は別として,子会社が独自の信用に基づいて資金を調達すると回答した企業は一社もなく,通常は,キャッシュ・マネジメント・システムなどを導入して,親会社が借り入れて子会社に資金を融通し,それができない場合には,親会社が保証を差し入れる旨,回答しています。これは,上場会社を対象としたヒアリングであって,閉鎖会社にはキャッシュ・マネジメント・システムは通常ないと思いますけれども,むしろ閉鎖会社こそ,社長が個人保証し,又は家族が連帯保証するということが,通常と思われます。この当否については,別途,民法(債権関係)部会で議論されており,むしろ支配株主の責任を軽減していこうという議論が中心となっていると思います。   我が国は,自由主義社会であって,取引先の信用に疑問があれば,その会社と取引しないという自由があるわけです。勤勉で注意深い者が報われるという制度設計でなければ,経済の発展はないわけです。債務保証もしていないのに,法人格の区別を超えて会社の債務を負うということになれば,投資家は,簿外債務を恐れて,安心して会社に投資できないし,支配株主の関係者の生活も脅かされるということになります。大企業の子会社と取引した中小零細企業の下請代金の保護については,下請代金法や建設業法など,個別の法律で手当てすべきと思います。したがって,子会社ではなくて親会社に対して貸し付ける,あるいは,親会社の保証をきちんととる,ということを怠った者について,現行法以上の保護を与えることについては,消極的に考えています。 ○齊藤幹事 私は,この点に関しましては,先ほど中東幹事がおっしゃったこととは少し違う考え方をしておりまして,場合によっては,規律を設けることも必要なのではないか,と思っております。それは,ほかの制度の設計にもよりますが,先ほど採り上げられた少数株主の保護のための支配株主の責任というものが,総株主の同意といいますか,100%親会社の場合には適用されない,というような規律になる場合には,債権者保護を別途考える必要があるのではないかということであります。また,100%親会社の場合でも免責されない,という解釈なり運用なりがされる場合であっても,規律があることが望ましい場合はあり得ると思います。子会社が倒産するに当たって,子会社に倒産手続が開始されて,管財人などがその請求権をきちんと行使するということが制度的に担保されている場合は,それでいいのですが,そうでない場合には,個別の債権者から,場合によっては支配株主に責任追及をする可能性を認めるべき場合があるのではないか。もちろん,これにつきましては,現在,法人格否認の法理などの途もないわけではありません。ですので,法規定を設けるべきかどうかということになりますと,解釈でも解決できる余地はあるので,まだ態度が決まらないのですが,責任に関するルールの存在自体は必要であろうと思っております。   現在の日本の会社法は,423条とは別立てで429条を置いております。429条の機能は多様で,しかも,現在の解釈や判例の在り方について賛否両論があろうと思いますので,そこでどのような立場を採るのかにもよりますけれども,429条の,会社が倒産した場合の会社債権者の保護の意義を積極的に評価するのであれば,429条の延長という形で,大変限定的な場合ではあるけれども,支配株主あるいは親会社が責任を負うべき場合はあるのではないか。実際に,429条と機能的に同じような規制を持つヨーロッパ諸国の規制においては,やはり同じような考え方が採られておりますので,責任のルールは,限定的であっても必要ではないかと思っております。 ○上村委員 今の齊藤幹事の御意見に賛成です。先ほどの奈須野幹事のお話しで,具体的指揮命令があったとしても,という辺りと,株式合資会社の話がどうつながっているのかよく分からなかったのですが,戦前は,財閥は,合名会社・合資会社だったわけですから,それが前提でやっていた話なのですね。この話は別に,支配株主あるいは親会社を無限責任社員にしようという話では全くないので,先ほど中東幹事のお話しも,前の方の,理論によっては,というお話だと私は受け止めております。要するに,子会社の搾取問題への評価がどうなるかによって,当然,その話は,少数株主だけではなくて債権者にも及ぶわけです。ですから,そういう意味では,先ほど429条とおっしゃいましたけれども,具体的な指揮命令があるとか,重大な過失を認定できるような行為について,そこで言う第三者の中に子会社の取引先を含むとか,そういうことは十分あり得る話だと思います。極端な話,不法行為によって第三者に対する加害者としての責任が想定されるような状況があるとすれば,不法行為責任でやればいいではないか,ということには,私は,必ずしもならないと思います。そういう場合があり得ることを,第三者の範囲に含み得るんだということを,きちんと明らかにしておくことが必要だろうと思います。   部会資料5に,法人格否認の法理が確立していると書かれていますけれども,濫用事例と形がい化事例というのは,閉鎖会社でしかほとんど機能していなくて,先ほどの仙台地裁の判例のような親子会社の場合の判例理論は,必ずしも確立しているとは言えません。その意味では,法人格否認の法理は,親子会社関係で確立しているとは言えませんので,取締役の対第三者責任の中に入り得る可能性を明らかにしておくことは必要だと思います。 ○八丁地委員 経済界の意見を申し述べますと,子会社の債権者保護については,現行法制以上の対応が必要かどうか,慎重に見極めた上で議論を進める必要があると認識しております。   理由として,二点挙げられます。第一に,従業員も含む債権者に対して,親会社が責任を有するケースというのは,法人格を別とする以上,極めて例外的なケースであります。こうした法人格の濫用が行われているケース,若しくは子会社の法人格が形がい化しているケース等々については,法人格否認の法理で対応することで足りると認識しています。   第二に,部会資料5の3ページにございます「子会社の従業員の賃金請求権等雇用に対する責任」につきましては,労働法制や倒産法制の範ちゅうの問題ではないかと思料しております。会社法制の見直しが必要かについては,慎重な御審議をお願いしたいと考えております。 ○油布関係官 クラリファイのため,奈須野幹事に質問させていただきたいんですけれども,先ほど,御説明の中で,「民法(債権関係)部会では,むしろ支配株主の責任を限定的にしていくような方向で議論がされている」とおっしゃったように聞き取れまして,特段異論があるというわけではないんですけれども,どの辺りのところを念頭に置いてのことなのか,お尋ねしたいと思います。 ○奈須野幹事 包括根保証のようなものを念頭に置いて,債務の中身が不明確なまま,とにかく保証したのであるから責任を負え,というような仕組みにすると,保証人に酷ではないか,ということで,現行の貸金等根保証契約の規定を拡大して貸金等債務以外にも広げて,極度額を設けるなど責任を制限していこう,という考え方があります。 ○岩原部会長 ほかに何かございますでしょうか。よろしいでしょうか。それでは,ここでいったん休憩に入らせていただきたいと思います。           (休     憩) ○岩原部会長 そろそろ再開させていただきたいと思います。次の論点は,部会資料6,まず,第5の「1 キャッシュ・アウトに関する規律の見直し」,併せて,「2 キャッシュ・アウトを行うための新たな制度の創設」,この両者について一括して事務当局から御説明いただきたいと思います。 ○内田関係官 それでは,御説明いたします。部会資料6は,「親子会社に関する規律に関する検討事項」の(3)として,「企業結合の形成過程等に関する規律」についての検討事項を採り上げております。このうち,第5では,「キャッシュ・アウトに関する検討事項」について,また,第6では,「組織再編における少数株主の救済手段に関する検討事項」について,御議論をお願いできればと考えております。   それでは,「第5 キャッシュ・アウトに関する検討事項」の「1 キャッシュ・アウトに関する規律の見直し」についての御説明に移らせていただきます。1は,キャッシュ・アウトを行うために会社法上の制度が用いられる場合の規律について問うものでございます。キャッシュ・アウト,すなわち,現金を対価とする少数株主の締め出しについては,長期的視野に立った柔軟な経営の実現等のメリットが存すると指摘されています。会社法のもとでは,現金を対価として合併,株式交換等の組織再編を行うことにより,キャッシュ・アウトを行うことが可能とされているほか,全部取得条項付種類株式の取得や株式の併合等が行われる場合にも,現金を対価として少数株主がキャッシュ・アウトされる結果となることがあります。これらの会社法上の制度を利用する際には,いずれも株主総会の特別決議を要しますが,略式組織再編の要件を満たす組織再編については,株主総会決議を要しないこととされています。これに対して,少数株主の保護という観点から,キャッシュ・アウトを行うために会社法上の制度が用いられる場合の規律を見直すべきであるとの指摘がされているため,本文は,この点について問うものでございます。   このような指摘の背景にある問題意識は,①として,少数株主が多数決により株主としての地位を奪われること自体を問題とするもの,また,②として,キャッシュ・アウトに際して少数株主に交付される対価の適正さを問題とするものに整理し得ると考えられます。   まず,(注1)は,①の問題意識から,キャッシュ・アウトを行うための要件について問うものでございます。具体的には,現金を対価とする組織再編を用いたキャッシュ・アウトは,正当な事業目的がある場合に限って認められるべきであるとの指摘もされていますが,これに対しては,無用の混乱をもたらすだけではないかという指摘もあります。また,現行法上,濫用的なキャッシュ・アウトに対しては,株主総会決議の取消しの訴えによる救済の余地もあります。キャッシュ・アウトについて新たな実体要件を一律に設けることの当否については,これらの点も踏まえて検討を要するものと存じます。また,キャッシュ・アウトを行うために会社法上の制度を用いる場合には,例えば10分の9の賛成を必要とするなど,株主総会の決議要件を厳格化すべきであるとの指摘もされていますが,キャッシュ・アウトという結果を生じさせ得る会社法上の制度を用いる際の株主総会の決議要件に関する会社法制定時の政策判断につき,見直しを要する状況があるか,株主総会の決議要件を厳格化することの意義等も含めて,具体的に検討することが必要と思われます。   次に,(注2)は,②の問題意識との関係で,キャッシュ・アウトを行うために会社法上の制度が用いられる場合に,少数株主に交付される対価の適正さを確保するための仕組みについて問うものでございます。キャッシュ・アウトという結果を生じさせ得る会社法上の制度には複数のものがございますので,対価の適正さを確保するための仕組みの在り方については,それらの制度の全般にわたって横断的な検討を要すると思われます。具体的な仕組みのうち,株式の併合につき端数株式の適正な対価を裁判所が決定する制度を創設することについて,部会資料3におきまして既に御議論いただきましたほか,反対株主による株式買取請求制度及び裁判所における価格決定手続や差止請求制度につきましては,第6において別途御議論をいただければと考えております。そこで,ここでは,そのほか,キャッシュ・アウトの対価の適正さを確保するための仕組みについて,具体的に見直すべき事項があれば,御意見を賜れればと存じます。なお,この点に関連して,全部取得条項付種類株式の取得を用いて行われるキャッシュ・アウトについては,対価の適正さを判断するための情報の開示が十分でないとの指摘もありますので,そのような情報開示の在り方についても併せて検討を要すると思われます。   次に,「2 キャッシュ・アウトを行うための新たな制度の創設」について御説明いたします。キャッシュ・アウトを行う場合には,税制上の理由から,全部取得条項付種類株式の取得によることが通例と言われていますが,全部取得条項付種類株式の取得については,略式組織再編と異なり,株主総会決議を省略し得る制度は設けられておらず,常に株主総会決議を要するため,時間的・手続的なコストが大きいという指摘がされています。また,キャッシュ・アウトに長期間を要する場合には,先行して行われる公開買付けの強圧性が高まるとの指摘もされています。   2の本文は,このような指摘を踏まえて,キャッシュ・アウトを行うために必要な手続的・時間的コストを低減するとともに,先行する公開買付けを含めたキャッシュ・アウトに係る一連の手続において株主に交付される対価の適正さを確保する観点から,株主総会決議を要しない新たなキャッシュ・アウトの制度を創設することについて,問うものでございます。具体的には,例えば,ある株式会社の総株主の議決権の10分の9以上を有する株主が,当該株式会社の株主総会決議を要せず,少数株主に対して,その有する株式を自己に売り渡すことを請求することができるものとする制度を導入すべきであるとの指摘がされています。このような制度は,略式組織再編を認めている現行法の枠組みと整合し得るとも思われます。他方,略式組織再編の場合も含め,組織再編の手続においては,吸収合併契約等の締結を通じた消滅株式会社等の取締役,取締役会の関与が必要とされており,このことが,少数株主の保護という観点から,一定の意義を有するとも考えられます。そこで,新たなキャッシュ・アウトの制度を創設することの当否や,仮に創設する場合の制度設計の在り方を検討する際には,この点についても配慮を要すると思われます。また,理論的な側面からは,これに加えて,ある株主の請求による株主間での株式譲渡の強制を認めることも許容されるか,その根拠についても,整理が必要と思われます。 ○岩原部会長 どうもありがとうございました。それでは,皆様に御議論をお願いしたいと思います。まず,(注1)について,いかがでございましょうか。 ○静委員 それでは,(注1)の要件の見直しについて,一,二点申し上げたいと思います。東証は比較的上場基準の厳しい取引所でございますけれども,私どもの場合でも,新規に上場しようとする会社は,流通株式と呼ばれる流動する株式の比率が,その上場しようとする市場区分に応じ,25%ないし35%以上となる見込みであることを求められます。逆に言いますと,新規上場直後ですら,筆頭株主がその残りの65%から75%を保有しているということがあり得るということでございます。   現行制度におけるキャッシュ・アウトのための要件は株主総会の特別決議でございますので,3分の2,つまり66%くらいの議決権を保有している株主が賛成すれば,全部取得条項付種類株式方式でキャッシュ・アウトすることができるということだと思います。この結果,理屈の上では,上場からそう間がない会社が,あるいは新規上場直後の会社が,キャッシュ・アウトにより退場するということも可能でありますし,実際に,大して年数がたたないのに,新規上場した会社がキャッシュ・アウトしてしまうこともありました。しかも,より多くの批判を浴びるのは,公開価格よりも低い価格でキャッシュ・アウトを実施する場合でして,ある意味,上場した後に価格が安くなったところを見計らって買い戻せば,支配株主は必ずもうかるという仕組みになっているのではないか,という指摘を受けることが少なからずあります。したがって,現在の出席議決権の3分の2という要件よりも厳しい決議要件を求めるのが妥当ではないかと思います。既にTOBの後に全部取得条項付種類株式を使ったキャッシュ・アウトを実施する場合は,実務上90%くらいを目安にして,本当にキャッシュ・アウトを実施するかどうかを考える,という実務が定着していると伺っておりますので,仮に決議要件を引き上げても,実務上は余り支障はないのではないかというのが一点目でございます。   二点目でございますが,この問題は,もちろんTOB後の全部取得条項付種類株式方式の問題かもしれませんけれども,ほかにも組織再編の形態を使ったものでは現金株式交換ですとか,その他の方式もあり,投資家から見ると,結果は同じことが起こるわけでございます。いずれの方式でも基本的には出席議決権の3分の2しか要求されていないということだと思いますので,併せて検討されるのがよろしいのではないかと思っております。   最後に申し上げますと,株式併合につきましては,前にも発言いたしましたとおり,現金株式交換と同じようにキャッシュ・アウトにも使うことが可能ですが,株式併合には独自の問題というのもございます。端数株式について,適正な対価を確実に手にすることができない,という問題が現実に起こっていますので,それを防ぐ仕組みについても,併せて検討していただくことがよろしいのではないかと思います。 ○中東幹事 今,静委員がおっしゃいましたように,要件を加重することについては,私も,賛成でございます。具体的な弊害については,静委員がおっしゃってくださった以上のことを,私は,持ち合わせておりませんが,補足説明の2の①にあります,地位を奪われることそのものが問題かという点に関しては,これは,そうではないだろうと考えています。そもそも,多数決で解散ができるわけですので,特定の会社の株主でいることが法的に保証されているわけではないと思います。ただ,キャッシュ・アウトあるいはフリーズ・アウトで事情が違っているのは,株主に居続ける人がいるというところです。その点を考えれば,この要件を厳格にするという場合には,例えば,残らない人たち,つまり,マイノリティの中でマジョリティの決議が採られる,賛成があることを必要とするのが,一つのルールであると思います。他方で,公開買付けを前置するような場合もございますので,その場合については,分母を何にするかはともかくとして,10分の9が,おおよそ,マジョリティ・オブ・マイノリティを丸めた数字でもございますので,この辺りでよいとも思えます。つまり,実務的には二つの方法があるけれども,要件は,いずれにしても高く,というのが私の意見でございます。 ○前田委員 部会資料6,第5の「2 キャッシュ・アウトを行うための新たな制度の創設」のところにかかわってくるのですけれども,制度の基本的な考え方として,せっかくキャッシュ・アウトについて規律の見直しをするのであれば,現在の全部取得条項付種類株式の制度などの部分的手直しをするのではなくて,「2 キャッシュ・アウトを行うための新たな制度の創設」で御提案くださっていますように,締め出し用の制度を正面から創設するのがよいのではないでしょうか。そして,そのようにして締め出し用の制度を創設することによって,全部取得条項付種類株式とか株式併合は,本来の制度目的にしか使えない,という方向に持っていくのが,最も望ましい制度の在り方ではないかと思います。つまり,会社法で,少数株主の利益に配慮した締め出し用の制度を用意すれば,そのような制度があるのに,あえてそれを使わずに,締め出しを主目的として全部取得条項付種類株式等の制度は使えないようにする。締め出しのための制度を作れば,解釈でこういう方向に持っていけるのか,あるいは法的な手当てが必要なのかは,また議論はあると思うのですけれども,ともかく,きちんと締め出し用の制度を作れば,締め出しは,その制度一本でいく,という運用がされるように制度を構築するのが,最も望ましい制度の在り方ではないかと思います。 ○田中幹事 キャッシュ・アウトの要件の加重についてですが,確かに静委員のおっしゃったように,投資家の方の中にも賛成意見はあるのかもしれませんが,非常に素朴な感想を申し上げますと,10分の9以上を要求するということは,10%の少数派の意思が通ってしまうのですから,本当にそれがいいかという疑問があると思います。90%の人がこのキャッシュでいいと言っているわけですから,これが駄目だということになりますと,90%の人は,不本意ながらこのまま株式を持つということになるわけです。先ほども言われたように,確かに,キャッシュ・アウトするときは,支配株主がいるわけですから,支配株主の票は,本来カウントすべきではないだろう,という考え方はあると思います。しかし,そうであれば,それは,むしろ,マジョリティ・オブ・マイノリティ・コンディションといいますか,少数派株主の中での多数の賛成というものを要件とするというのが,筋ではないかと思います。10分の9を形式的要件にしますと,支配株主の持株比率に関係なく,少数派の中でも少数派の意思が通ってしまうということが起こるわけですから,それは,ルールとしてどの程度正当性があるのか,という感じを持っております。 ○奈須野幹事 まず,キャッシュ・アウト時に正当な事業目的を要することとすべきか,という点について,確かに,キャッシュ・アウトを行うことに対する株主の理解を高めて,より多くの株主から賛同を得るためには,正当な事業目的についても積極的に開示・説明がされるということが,当然期待されるわけですし,恐らくそのように行っているのではないかと思います。しかし,正当な事業目的の説明を欠く,あるいはその説明がなっていないということで,キャッシュ・アウトの決議が無効だということになると,さすがにそれは,株主の一定比率以上の賛成があるのに無効とするのは果たして良いものか,という感じがいたします。   また,キャッシュ・アウト要件について,例えば10分の9の賛成を必要とするなど,決議要件を厳格化すべきではないか,という提案についてです。現行の会社法が制定されるに当たって現金対価の組織再編を認めた段階で,キャッシュ・アウトのような事態は想定されていたはずであります。その際に3分の2を決議要件として決めたにもかかわらず,それが今更いけないというのなら,組織再編の決議要件として一体何%が必要なのか,どのラインで満足するのか際限がないのではないか,というような感じがいたします。 ○八丁地委員 (注1)に関しまして,経済界の意見を申し述べます。新たな実体要件の導入や株主総会の決議要件の厳格化につきましては,共に慎重な検討を頂きたいと考えております。前者につきましては,事業目的の正当性が議論のそ上に上がっているところでございますが,そもそも正当であるかどうかということは,親会社にとっても,少数株主にとっても,様々なステークホルダーにとっても,議論が分かれるところではないかと思います。こうした判断が介在する要件の設定は,企業にとって予測可能性を害するものであり,企業の組織再編の委縮につながることが懸念されます。   後者の株主総会の決議要件の厳格化に関しまして,部会資料6の2ページには,10分の9の賛成を求めるという案が書かれております。既に何人かの方からもございましたが,10%で拒否権が持てることになりますと,完全子会社化の案件等が,経営に対する関心とは別のマネーゲーム等に利用されやすくなるのではないかということを,これまでの経験に基づき,何社かの企業が懸念しております。   このため,見直しについては,慎重にお願いしたいと思っております。 ○上村委員 最初のキャッシュ・アウトそれ自体の評価の問題ですけれども,私は,ヨーロッパでどうなっているのかよく分かっていないんですけれども,伝統的な企業組織再編の対価が株であったということは,組織再編というのは,株主,つまりヒトとヒトの結合だという認識が非常に強くて,だから普通株式はコモン,つまりそれが普通なんだという認識ではないかと思っております。ですから,そういう意味では,事業再編というのは,モノとモノの結合でしかないというような株式会社観をどう評価すべきか,やはり本質的な問題を考える必要があるのではないかと思います。先ほど,中東幹事は,解散も多数決で自由だとおっしゃいましたけれども,順調にいっている会社が3分の1掛ける3分の2,つまり9分の2の多数で,あるいはそれだけの株式を有する個人の趣味で,そこに従業員も取締役もたくさんいるのに,好き放題に解散できるかというと,それ自体,私は,怪しいと思っております。そういう意味では,キャッシュ・アウトそれ自体の評価について,納得できていません。もともと,全部取得条項付種類株式が入るときの議論は,債務超過だというのが最初の議論で,そうでない場合は,全株主の合意が要るという議論だったと思うんです。言わば破たん処理法制の感覚を普遍的な会社法に簡単に持ち込んでしまったというところではないかと思います。全株主の合意なしに通常に流通している株を奪ってしまうことには警戒的である必要があると思います。ただ,先ほど前田委員がおっしゃいましたけれども,企業結合法制などがきちっと確立してきた場合に,締め出しの手段が全くないというのもどうかなと思いますので,そういう意味では,「2 キャッシュ・アウトを行うための新たな制度の創設」で出てくる締め出しの手段を認めた上で,それ以外の制度については本来の趣旨に戻るべきだ,という前田委員の意見は,私は納得できる意見だと思っております。   あと,正当な事業目的を欠いた場合の問題ですけれども,非常に大ざっぱなことで恐縮ですが,かつての日本の会社法は,いろいろなことを原則禁止していたわけです。自己株の取得もそうですし,最低資本金規制も厳しかった。そういう時代の考え方と,今のように,株式会社とは有限会社法であるというような考え方が原則になっていて,任意法規あるいは定款自治,そうしたことが非常に強調されるわけです。原則自由の時代には,おしなべて正当の事由というような概念を一個一個の取引について,厳しめに見ていくという姿勢が必要なのではないでしょうか。従来ですと,株式併合には正当な理由が要るけれども,分割は要らないとか,そういう評価があったのですが,今は,分割といえども,怪しいものが相当に多く,正当な理由を,立法的にも解釈的にも要求していかなければならないように思います。基本的にはキャッシュ・アウトの評価にかかわるわけですけれども,正当な事業目的というものも,実質的な中身のある概念にしないと意味がないと言われるかもしれませんけれども,それがないというのは,私はどうかなと思います。正当な事業目的があるということを,一応法の立場としては求める,そこから先は,いろいろな解釈があり得るかもしれませんけれども,そういう姿勢でよろしいのではないかと思います。 ○岩原部会長 ほかにございますか。(注1)だけでなくて(注2)も含めていかがでしょうか。(注2)については,御意見はございませんか。よろしいですか。 ○上村委員 少し問題がそれるかもしれませんけれども,キャッシュ・アウトの場合の対価の公正ということが随分議論されているんですけれども,合併対価の不公正については,余り議論されていない感じがします。私は,財産権の侵害という観点からは,基本的には共通の問題なのではないかと思います。といって,合併対価は不公正だから合併無効に直ちになるかというと,少しちゅうちょします。したがって,合併無効にはならないけれども,合併した後で,対価の不公正を救済するような方策を検討してはと思います。そのためには合併が不公正であるということを確認する手続が必要になりますが,キャッシュ・アウトだけの問題ではないということを,一言申し上げておきたいと思います。 ○藤田幹事 発言が難しい問題なのですけれども,静委員が最初に言われた話―突き詰めて言うと対価の問題なのかもしれませんが―,その話をしようとすると,恐らく,TOB規制とか,先ほど出た支配権を取得したときに一定の値段で退出することを保証する,最低価格規制付きの強制公開買付けみたいな制度の導入が,一番抜本的な解決になると思いますが,その話は別になされたので,そうではない部分について若干申し上げます。   部会資料6には,現在キャッシュ・アウトに際して情報の開示が少ないという指摘があると書かれておりまして,これが先ほどの正当な事業目的の議論ともかかわるのですが,私も,かつて,正当な事業目的について言及したことがございました。現行法で,全部取得条項付種類株式の利用については何らかの枠が必要なのではないか,ということを申し上げたのですが,それは一つには開示の問題に関する懸念からきているものです。つまり現行法ですと,何のために追い出すか,追い出した後に何をするかということは,普通株式を全部取得条項付種類株式に変更したり,全部取得決議をする際の開示事項として要求されるわけではありません。また例えば,合併の際に,対価柔軟化により現金で追い出すような合併もできるとしても,その場合,株式買取請求権制度によって,合併シナジーに一定の範囲であずかることができることは,現在では恐らく異論がないと思うのですけれども,全部取得条項付種類株式を用いて,事前に追い出しておいてからシナジーが発生する合併をすれば,こういうルールも潜脱できる。合併の前に追い出す段階では,後で合併をすることを予定していることも,制度的には別に開示が要求されることにはないですし,全部取得条項付種類株式を用いた追い出しのときに与えられる補償内容としても,その後で行う行為のシナジーを勘案しなければいけないかどうか解釈論的な詰めがなかった。そういう中で,例えば今言ったような使い方は―少なくとも組織再編に関するルールと矛盾が生じるような使い方は―,一種の濫用として「正当な目的を欠く」から許されないといった議論は必要ではないだろうかということを,かつて申し上げたことがあります。   したがって,この辺は,締め出しのときの正当な対価の補償だとか締め出しの際の開示事項の規制とか,そういったところがきっちり充実すれば,おのずと話が変わってくるわけです。そして「良い締め出し」と「悪い締め出し」を実体的に区別するという意味での「正当な事業目的」というものの役割は減っていくと思います。ただ,現行法のように違う手段を使うことで,本来取れるものも取れなくなるようなシナリオも残されているとすれば,そこを規制することは必要なのだと思います。現行法は,「公正な価格」での買取りという形で裁判所に投げておけば,それが自動的に保護がなされるかのような前提で制度を作っているのですが,それは幾ら何でも楽観的ですし,実際そういうところで紛争が生じているということは御承知のとおりです。その限りでは,前者の問題と併せて,後者のところをきちんと詰めておく必要があると思っております。 ○奈須野幹事 (注1)で想定しているキャッシュ・アウトの新しい要件によって,それに違反するとどのようなことが起こるか,ということがよく分かりません。   仮に,正当事業目的をキャッシュ・アウトの要件としたとして,正当事業目的がない状況でキャッシュ・アウトを行った場合,あるいは正当事業目的についての開示が不十分である場合など,何らかの要件を欠くということになった場合であっても,実際に大多数の株主が賛成しているときに,本当に,裁判所が,この要件が充足していないので決議無効です,又は決議取消しです,と判断するのかというと,そうはならないのではないかと思います。そこで,この論点を一生懸命考えても,結局は空振り規定になってしまうのではないかという心配があります。   そうであれば,この要件を充足していない場合には,キャッシュ・アウトの価格に色を付けて,例えば5割増しにしましょうとか,そういう結果になるのかなという感じもします。しかし,そもそも要件に瑕疵があるにすぎない場合に,対価が跳ね上がるというような建て付けを観念することも,根拠不明で少し変ではないかという感じがします。   したがいまして,議論の順序としては,キャッシュ・アウトの要件を厳格化することによって何を期待するのかということを,もう少し明示されたほうが,議論がしやすいのではないか,という感想を持ちました。 ○田中幹事 正当な事業目的とキャッシュ・アウトに関する手続について,それぞれ意見を述べさせていただきます。正当な事業目的のほうは,私も,奈須野幹事と同じように,何をもって正当な事業目的と言うのかは,もう少し明確にしないと,実務の混乱が大きいと思います。現実問題として,キャッシュ・アウトすることそれ自体が正当な事業目的になるという場合はあると思います。特にマネジメント・バイアウトなどですと,対象会社の資産を引当てにお金を借りて買収しますから,その後,少数株主をみんな追い出して,買収会社と合併する形態にしないと,少数株主がいる中で対象会社が買収会社の借金を肩代わりすると,横領・背任になってしまうから,これは,行うことができないわけです。それからまた,上場会社が上場のメリットがもはやないという状況の中で,上場のコストそのものが掛かるということから逃れたいというのも,私は,それ自体,正当な事業目的があると考えております。そういうわけで,キャッシュ・アウトすることそのものも正当な事業目的になるのだということであれば,こういう要件を課しても構わないかもしれないですけれども,そうではない,とにかく株主を追い出す以外に何か重要な目的があるかどうかを示さなければならないとしますと,それは,キャッシュ・アウト制度を作ったときに想定していた行為自体の効力も否定されかねないので,それは,実務に与える影響がすごく大きいのではないかと考えています。   その次のキャッシュ・アウトに関する手続ですけれども,私自身は,キャッシュ・アウトという行為類型については,どのような手段をもって行うにしても,少数派株主が価格の適正さを争う手続を保障するということにすべきではないか,具体的に言うと,組織再編でやろうと,全部取得条項付種類株式の全部取得でやろうと,それから株式併合するときでも,キャッシュ・アウトが目的である場合には,同じようにキャッシュ・アウトの価格の適正さを争える手続を設けるべきだと思っています。そして,その手続中では,現在の非訟事件手続の規律を見直しまして,反対株主が十分な裁判活動ができるようにしなければいけないと思います。   これは,いろいろな意見があるかもしれませんが,私自身は,第三者評価機関の評価書を取得しておきながら,それを見せないでいいというのは,ちょっと考えられないと思います。アメリカだったら,そんなの見せて当たり前なので,見せることが前提でキャッシュ・アウトという制度ができているはずですから,当然それは見せなければいけません。もし,現行法のルールでそれが疑問があるのであれば,それは,開示を強制する手続を設けるべきだと思います。もう少し補足しますと,開示と言っても,裁判において提出させるということと,株主全員に開示する手続と両方あり得ますので,例えば第三者評価機関の評価書などは,当然に株主全員に対して開示しなくてもいいわけで,要は,裁判の場で提供を求めるような手続があれば,ある程度はいいのではないかと思います。   それから,これは影響が非常に大きいですから軽々には言えませんが,現在の制度ですと,反対株主が株式買取請求をしますと,その株主だけが,高い価格で退出できるわけですから,それ以外の少数派株主は救われない,という構造になっています。零細で裁判費用を負担できない株主ほど割を食う,という制度になっています。価格決定の適正さを争う手続を設けるのであれば,最終的に裁判所によって,これが適正なキャッシュ・アウトの価格だと判断された価格は,少数派株主全部に及ぶ,という制度にするのが,合理的ではないかと考えております。 ○岩原部会長 ほかにございますでしょうか。今の田中幹事の御意見ですと,株式併合についても,キャッシュ・アウト目的の場合には,他のキャッシュ・アウトの場合と同じような価格評価の仕組みが必要だということでしょうか。 ○田中幹事 実際には目的で切るというのは難しいですから,従前の持株比率で何%以上の株主がキャッシュ・アウトされるというような持株比率要件を設けて,それ以上の株式併合は,キャッシュ・アウト目的であるとみなすという制度になるのではないかと思います。 ○岩原部会長 なるほど。実際上どうやってキャッシュ・アウト目的か否かを仕切られるのかと思って質問したのですが,そのほか,部会資料6にございます,全部取得条項付種類株式の場合の対価の適正さを判断する仕組み,特に情報の開示等について,何か御指摘ございますでしょうか。特にないということは,資料にあるような問題はあると認識されているということでよろしいでしょうか。   それでは,次の「2 キャッシュ・アウトを行うための新たな制度の創設」,先ほどの前田委員の御提言等にもありましたけれども,これについて何か御意見がございますでしょうか。 ○中東幹事 私も,キャッシュ・アウトを行うための新たな制度の創設に賛成したいと思います。   基本的には,前田委員がおっしゃった点に賛成でして,バイパスを作らない,このルートだけであるという枠組みにするのが望ましいと考えております。この前も,上場会社ではないのですが,株式を併合して締め出す計画があるという話を仄聞し,このご時世にと驚きました。そういったこともございますので,キャッシュ・アウトするにはこの制度を使うと道筋を明らかにするのがよいと思います。   田中幹事がおっしゃいました点にも関心がございまして,非訟事件手続法・家事審判法部会でもいろいろ議論されているところでもあります。当事者の一方のみが持っている情報の開示について,事案を解明する上で非協力的な場合にどうするかという問題意識が持たれていると認識しています。また,対世効といいますか,価格決定がなされた場合に,他の株主に対してどういう効力があるかについては,基本的に,今の建て付けが,反対株主を原則としていますので,価格の決定が確定したときに,申し立てていない株主にも決定された価格を与える根拠を見いだすのは難しいと思っております。一般的に非訟事件における決定は,親子関係にしてもそうですが,対世効はあるわけですが,現在の会社法の下では,株式の価格決定事件で対世効を認めるのはなかなか難しいところがございます。この点,キャッシュ・アウトをするための新たな制度が作られまして,ここでキャッシュ・アウトされる株主たちの価格は幾らかという争いを認めるとすれば,制度設計としては田中幹事がおっしゃったようなことが可能になろうかと思います。もっとも,取得時期によって価格が違うべきだという議論もありますので,そこら辺との折り合いをどうつけるかということはございますが,田中幹事の御提案を盛り込むことができるものであるということを,申し述べたいと思います。   また,これは,海外では一般的な話ですが,こういう特化した制度を持っているか持っていないかにかかわらず,買収主体が会社に限られないということがございます。質の悪いファンドに買収させてよいのかというと,余りすっきりした気もしませんが,会社に限らなければいけないものでもなかろうということであれば,これは,メリットとなるかデメリットとなるか分かりませんが,この制度を創設したときの一つの違いになろうかと思います。現行法でも買収主体が会社に限られない設計も可能で,活用されていますので,実質的には大きな違いではないかもしれません。   最後に,前の問題に戻って恐縮ですが,新しい制度を作る場合に,部会資料の補足説明では,株主総会決議は要らないということに主眼を置いているようでありますが,この点については,先ほど申しましたように,私自身は,必ずしもこれにこだわる必要はないと思っています。繰り返しになりますが,二つの方法のうちで,どちらでも買収主体は選べばよいと思います。一つは,大きなポーションを持っていないけれども,マジョリティ・オブ・マイノリティをとればよい。あるいは,公開買付けで90%がとれたということで,残りをワイプアウトするという方法です。どちらでも,プロセスを通じて,中身そのものの適正さが担保されていることになると思います。その意味で,この御提案について,株主総会決議を要しないルートだけにすると,10分の9だけが一人歩きして,手続が重過ぎるということになりますので,その点については異論がございますが,それ以外,制度設計としては,こういうものを作るということについては,前田委員がおっしゃった点に賛成でございます。 ○齊藤幹事 私は,キャッシュ・アウトの制度を作るということについては賛成でありまして,対価の見直しをするような手続,その効果をすべての同じような立場の人に及ぼすことができるのであれば,それが望ましいのではないかと思っております。技術的に可能であるかどうかについては,検討の余地はあると思いますけれども。キャッシュ・アウトの制度で外国の制度を調べたことがございまして,そこでなされている工夫が幾つかございましたので,日本でも設けるべきかどうかを検討する余地があることを指摘する意味も込めて情報提供させていただきたいのですけれども,まず,先ほど中東幹事もおっしゃったように,キャッシュ・アウトする主体が自然人であるということもあり得るということになりますと,その者が十分なキャッシュを用意しているということを制度的に担保する必要があるのではないか,あるいはキャッシュがきちんと支払われない場合には,手続を巻き戻す必要はあるのではないかと思います。   もう一つは,対価の価格の審査をする手続において,最初に開始された手続の結果がほかの人にも及ぶということになる場合に,最初の人が適正に手続を運営してくれるということに対する制度的な担保も必要なのではないか。日本では,代表訴訟につきまして,適正代表という考え方が採られてはいないわけですけれども,キャッシュ・アウトの場合に,最初に手続を開始した人がうまく手続を進めなかったから,本来もっと高い価格が要求できたのにできなかったということになりますと,ほかの人に直接に経済的な影響を及ぼすので,何らかの工夫が必要なのではないかと考えております。 ○八丁地委員 何度も繰り返して恐縮ですけれども,組織再編は,経営改革における戦略的なツールであります。この戦略的に考えるべきという観点から,機動性が担保できる仕組みを是非お考えいただきたい,というのが切なる願いです。仕組みそのものを変更することで,組織再編の手続が煩雑化されないか懸念しております。裁判所の判断の一貫性や専門性の向上ということも,組織再編の機動性の確保や更なるスピードの向上という意味では,正道ではないかと考えております。 ○田中幹事 私は,二番目の提案については,現在の制度のもとで株主総会決議を省略してキャッシュ・アウトできる仕組みを作るという点について,積極的に評価したいと思います。税制上の要因で,略式組織再編をすれば株主総会決議を省略できる場面でも,組織再編によると税務上不利となることから,全部取得条項付種類株式を使うしかなくなって,その結果,株主総会決議を必要とすることになっています。現実問題として,総会の決議の大勢が決まっているときに総会決議を開いても,少数派にとって余り利益になりません。会社からエグジットする機会が遅くなるだけでなくて,二段階買収のときの公開買付けに強圧性がもたらされるということもございます。   ですから,私自身は,全部取得条項付種類株式それ自体に否定的ではありませんで,機能的に同じ効果が実現できるのであれば,別に,全部取得条項付種類株式を存続させて,なおかつ総会決議を省略する略式の制度を作っても構わないと思っております。これはむしろ,税制的との兼ね合いを考えてやられればいいのではないか。私個人は,キャッシュ・アウトの対価の適正さに不満な少数派株主がこれを争う実効的な制度が作られれば,キャッシュ・アウト制度自体の手段については特にこだわっておりません。 ○八丁地委員 先ほどの発言は,少し言葉が足らないところがあったかもしれませんので,補足いたします。前田委員を始めとして,現行のキャッシュ・アウトの仕組みをなくすべきだという趣旨の御発言があったと理解しておりますが,経済界には既存の仕組みを残してほしいという意見が大変多いことを御理解いただきたいと思います。現行の仕組みを残した上で,より機動的な仕組みであれば,新しい制度についても前向きに検討したいと思っております。 ○奈須野幹事 安全・迅速な完全子会社化を達成できるスキームとして,キャッシュ・アウトを行う特別の制度を創設するということは,M&Aなどの組織再編手続の簡素化あるいは多様化の実現を目指すものとした政府の新成長戦略の観点から,重要な課題であります。したがいまして,この部分については早期に実現していただくことを強く要望いたします。   ただ,幾つか注文がございます。第一点は,ただいま八丁地委員から御指摘がありましたけれども,単純に現在の全部取得条項付種類株式による完全子会社化スキームが,今は法律上は3分の2の賛成でできるわけですけれども,これを90%に上げたというだけでは,単に使い勝手の悪い仕組みが一つできたにすぎないので,企業は,それは当然ながら使わないだろうと思います。企業の側にとって,この仕組みが安全・確実・迅速な完全子会社化スキームとして認知されるような仕組みをしっかり検討するということが必要かと思います。   第二は,なぜこのような議論をしているかというと,キャッシュ・アウトを行う場合には,二段階買収を行うということが通常で,一段階目の買収価格に比して二段階目でより低い価格でキャッシュ・アウトされるかもしれないということで,一段階目の買収についての強圧性があるということが,そもそもの問題としてあるわけです。そう考えると,問題の所在は,後段の全部取得条項付種類株式によるキャッシュ・アウトの話だけではなくて,一段階目のTOB自身についての規制の見直しが必要になろうと思います。具体的には,このような特別な仕組み,つまりキャッシュ・アウトを行うという場合には,TOBを前置するということが必要になります。また,その際には,最低価格を保証するということが必要になります。そして,ヨーロッパの例では,買付けを履行するための資金保証を必要としているということでして,そのような資金保証もする必要があります。さらに,強圧性を下げるためには,追加応募機会あるいはセル・アウト手続のような,TOBに応募し損ねた人を保護する仕組みが必要になると思います。そのように考えますと,特殊なキャッシュ・アウト手続の創設においては,単に会社法だけを改正するのではなくて,金商法と連携しながら具体案を検討していくということが,少数株主の保護などの観点から必要であると考えております。   第三点は,全部取得条項付種類株式のスキームが使われる原因は,これまでも御指摘がありましたとおり,税制上の理由であります。現行の組織再編税制については,金銭を対価としないなど「適格」を満たさなければ資産段階で課税が生じることになります。少数株主に対して現金を交付してキャッシュ・アウトするというのは,現象として見れば,「現金株式交換」と類似しておりますので,組織再編税制の考え方からすれば,これは正しく「非適格」の組織再編でありまして,本来は課税対象となり得べき性質の手続であります。ところが,全部取得条項付種類株式のスキームを採ることによって,第一段階で全部取得条項付種類株式にコンバートするという株式の種類の変更が行われて,その後,少数株主を端数株主にして端数処理をするという手続を採るわけです。このことによって組織再編ではないという扱いになっており,組織再編ではない以上,適格・非適格は問題にならず資産段階で課税されないという仕組みになっています。新しい仕組みを作る場合においても,これが資産段階で課税されるということになりますと,やはり従来どおり全部取得条項付種類株式を使ってしまうということが容易に想定されます。つまり,ここで一生懸命議論をして,詳細・緻密な仕組みを作ったとしても,税の手当てがなければ仕組みとしては現実には成り立たないということです。そこで,お願いではありますが,税制を要求する官庁ともよく御相談いただいて,主税局との議論に耐えられるような仕組みにしていただければと思っております。 ○古澤幹事 金商法の話がございましたので二点ほど申し上げます。一点目ですけれども,先ほど委員の方から出ておりました,株式併合が行われる場合の手続の問題,これは,是非御検討いただきたいと思っております。   他方,二点目ですが,TOBと併せて大きな改正を迅速に進めては,との奈須野幹事の御提言については,TOB制度の在り方について様々な議論があることは承知しておりますが,我々としては,現在,平成18年改正の実務の定着状況をきちんと見ながら,それなりの関係者間のバランスが,今,正に形成されつつあると認識しており,そのような実態をよく見ながら議論を深めていく必要があると考えております。 ○岩原部会長 このほかに,「2 キャッシュ・アウトを行うための新たな制度の創設」のところでは,最後の3行で,「これに加えて,ある株主の請求による株主間での株式譲渡の強制を認めることも許容されるか」という問題提起もされていますけれども,これについて何かございますか。これも議論すればいろいろあり得ると思いますが,もしないようでしたら次に進ませていただきます。   それでは,部会資料6の第6の「1 株式買取請求制度に関する規律の見直し」に入らせていただきたいと思います。事務当局からの御説明をお願いいたします。 ○髙木関係官 それでは,第6の「1 株式買取請求制度に関する規律の見直し」について御説明いたします。ここでは,株式買取請求制度の機能をより実効化し,かつ,その濫用を防止する観点から,見直しを検討すべき事項があるか,御検討いただければと存じます。株式買取請求制度の機能は,投下資本の回収という側面のほか,経営者又は多数株主の行う決定に対するチェックという側面も含めて説明されることがございますが,株式買取請求制度について,見直しを検討すべき事項として具体的な指摘が複数ございますので,それぞれの指摘につき,(注1)から(注4)までに掲げております。   (注1)は,株式買取請求の撤回の制限を実効化するため,会社法及び振替法の規律を見直すことについて,問うものでございます。株式買取請求の撤回の制限は,反対株主の投機的行動を防止する目的で,会社法制定時に導入されました。しかし,反対株主が,株式買取請求に係る株式を売却することにより,株式買取請求の撤回が事実上可能となっている,との指摘がございますので,例えば,振替法による振替を制限する等の規律を設けることについて,どのように考えるか,御検討いただければと存じます。   (注2)は,株式買取請求に係る価格決定手続中に,会社が,反対株主に対し,会社が公正な価格と考える額を支払うことができる旨の規律を設けることについて,問うものでございます。現行法の規律に対しては,年6分の利率による利息の支払が濫用的な株式買取請求を誘発する一因となっているため,供託制度を設けるべきであるとの指摘がございます。会社が公正な価格と考える額を支払うことができる旨の規律を設けることとすれば,会社は,仮払いの合意がなくても,株主が支払の受領を拒絶した場合に,当該額を供託することにより,その分の利息負担を免れることができることとなります。そこで,そのような規律を設けることについて,どのように考えるか,御検討いただければと存じます。   (注3)は,一定の時期後に取得された株式に関し,株式買取請求を認めないものとすることについて,問うものでございます。組織再編等の案件公表後に取得された株式に関して,裁判例は,株式買取請求権を認めているものもございます。これに対しては,組織再編等の案件公表後に株式を取得した者は,株式買取請求権を認める必要はないとの指摘がある一方,株式買取請求権の機能として,経営者又は多数株主の行う決定に対するチェックという側面を重視すると,組織再編等の案件公表後に取得された株式に関しても株式買取請求権を認めるべきこととなるとの指摘もございます。そこで,これらの指摘を踏まえ,組織再編等の案件公表後に取得された株式等,一定の時期後に取得された株式に関し,株式買取請求権を認めないものとすることについて,どのように考えるか,御検討いただければと存じます。   (注4)は,例えば,存続会社等における簡易組織再編の場合等には,株式買取請求権を認めないものとすることと,一定の組織再編等において株式買取請求権を認めないものとすることについて,問うものでございます。現行法は,存続会社等における簡易組織再編の場合等に株式買取請求権を認めている一方,分割会社における簡易組織再編の場合等には,株式買取請求権を認めておりません。存続会社等における簡易組織再編の場合に,株式買取請求権が認められている理由については,合併比率が著しく不公正な場合など,組織再編により存続会社等の株主が不利益を受けることもあり得るため,と説明されております。また,簡易組織再編の場合であっても,承継される事業等に潜在債務がある場合等,存続会社等の株主が大きな損害を被る可能性があるとの指摘もございます。他方,存続会社等において簡易組織再編の要件を満たす場合には,存続会社等の株主への影響は軽微であるため,反対株主に株式買取請求権を与える必要性は乏しいとの指摘がございます。そこで,これらを踏まえ,例えば,簡易組織再編等において株式買取請求権を認めないものとすることについて,どのように考えるか,御検討いただければと存じます。 ○岩原部会長 どうもありがとうございました。それでは,この問題について御議論いただきたいと思います。いかがでございましょうか。 ○前田委員 (注1)については,株式買取請求権を行使した株主に,それ以外の株式の売却まで許すのは過保護だと思いますので,考え方に賛成です。ただ,この見直しをしますと,撤回について会社の承諾がなければ,株式買取請求による代金の支払まで,株主は,現実の投下資本の回収はできなくなるということになり,これが,株式の自由譲渡性の原則に抵触しないのか,少し気になるところです。法定利息の支払がありますので,支払が遅れても,それで,経済的利益は実質保証されていると見ることもできるのかもしれませんけれども,(注2)との関係で,せっかく仮払いの制度を入れるのであれば,(注1)のほうでも,株主が会社に撤回の承認を求めて,会社がそれを拒否する場合には,会社は,一定額を株主に仮払いしなければならないというようにすることは,考えられるのではないかと思います。ただ,この観点からしますと,「しなければならない」とするときの仮払いの額は,一応は実質的な投下資本の回収と言えるものでなければなりませんので,(注2)の場合とは違いまして,単に会社が一方的に公正と考える額ではなくて,市場価格ですとか一株当たり純資産額ですとか,会社法のほかの例に倣いまして,最低限は法定すべきことになると思います。   そして,(注2)は,会社のほうから払うことができるという制度ですけれども,ここで指摘された利息負担の問題とともに,剰余金配当との関係も,できればこの機会に併せて見直しを御検討いただければと思います。と申しますのは,現行法のもとでは,合併等の存続会社等の側では,株式の移転時は,代金支払時となっていますので,最終的な価格決定が長引いていきますと,その間,買取請求した者は,形式的にはずっと株主のままであって,基準日をまたぐごとに,形式的には剰余金配当を受けることができるということになってしまいます。法定利息を受ける地位にありながら配当も受けるのは,実質的に二重取りになって不合理ではないかと思いますので,解釈論としても,配当のほうは否定すべきだと思うのですけれども,形式だけ見ますと,代金支払時までは株主のままですので,下級審の裁判例には,法定利息と剰余金配当請求権との二重取りを認めたものが出てきています。これは,立法で解決しておくのがよい問題ではないかと思いますので,更に検討事項を増やすことになって恐縮ですけれども,法定利息発生後に基準日が到来した場合には,その基準日に係る剰余金配当請求権は,明文で否定するということも,併せて検討の対象としていただければと思います。つまり,たとえ(注2)のような仮払いをしなくても,会社が払うのは法定利息だけで,配当までは払わなくていいということを,立法で明らかにしてはどうかという提案でございます。 ○田中幹事 確か何回か前の会合で静委員から,エイジャン・コーポレート・ガバナンス・アソシエーションが,この部会の部会長あてに書簡を出して,それを公開されているので,これを是非読んでくださいというお話がありましたので,読んでみたのですが,この問題,つまり株式買取請求とかキャッシュ・アウトに関しては,日本では,TOBやスクイーズ・アウトにおける反対株主の権利が強化されるべきであると書かれています。現在,反対株主は一定期間のロックアップを受け入れ,最終的には法的費用を負担して,裁判所に価格決定請求することを受け入れない限り有効な権利がありませんと。企業がTOB価格や買取価格の再設定を行うまで,保有株式はロックアップされる可能性のもとでは,株主にとって,投資の段階で反対するインセンティブはほとんど存在しません,ということを述べています。個々の提案,例えば(注1)の提案に直接反対するわけではないんですけれども,実際にこう考えている投資家の声があるということを―株式買取請求というのは,何よりも受益者は株主ですから―,株主の意見を十分聞いて,適切な改正をすべきだと思います。   それが一般論で,個々の提案について意見を申し上げますと,私個人は,株式買取請求の濫用と言っていた問題は,税制上の優位と価格の合意が得られなくても6%の利息がついてしまうというところにあったと考えていまして,税制上の改正と仮払いを認めれば,ほぼ解決するのではないか。特定の投資家が何回にもわたって買取請求したのが,少し過剰に評価されているのではないかという印象を持たなくはありません。現在,買取価格の決定については,裁判所による判例法理が急速に形成されてきて,少なくとも,独立当事者間の組織再編に係る株式買取請求においては,実際の買収価格が,あるいは株式を対価にした組織再編であれば,買取請求期間末日か組織再編の効力発生日における株式の市場価格が,原則として公正な買取価格だとされるようになっておりまして,これを争うには,反対株主のほうが必要な事実を立証していかなければならない,ということになっています。そうなっていますと,反対株主は,例えば二段階買収であれば,最初のTOBに応募せず株主総会を待って,更にその後,買取請求をして60日間の据置期間があって,それから価格決定をやって,初めて株式を買い取ってもらえる,そしてその買取価格は,会社自身設定した買収価格と結局同額になるのが普通だという,そういうことになるわけです。そこで,私自身は,仮払いと税制の問題が解決すれば,対処すべきは,むしろ,普通の株主には買取請求しようというインセンティブがほとんどないのではないか,というほうが問題ではないかと思っています。先ほどのキャッシュ・アウト,少なくともキャッシュ・アウトの場面では,裁判所による適正な価格決定が全株主に効力を及ぼすべきであると考えたのも,それが一つの理由になっております。   最後に,(注3)と(注4)についてですけれども,まず(注3)については,私個人は,ここで何回か申し上げましたけれども,適正価格ではない条件で組織再編が行われようとしているときに,株式を購入して,総会で反対し,株式買取請求をするということ自体をもって不当だとは,考えておりません。そのような権利行使も,組織再編のチェックとして有効かと思います。また,仮にそのように考えないとしても,このような制度を作る場合に,単に組織再編の予定だけを公表すると―日本の場合はそういうものが非常に多いわけですが―,そのことだけで,組織再編の条件まで容認したというわけにはいきませんから,組織再編の条件について適切に開示させたときだけ,初めてこのような制約がかかるというルールを作らないといけないと思います。果たして,そういったルールをシンプルな条文の形で作れるか,という問題もあると思います。また,同様の理由から,仮に,キャッシュ・アウトの対価の適正化という手続を創設し,裁判所による価格決定の裁判の効力が全株主に及ぶような手続を作るとしてもその効力は,計画公表後に株式を取得した者についても当然に及ぶという制度でいいと思います。代表訴訟でも,取締役の違法行為が発覚した後で株式を購入した人も,代表訴訟の責任が認められると,結果的に棚ぼたのようになるんですけれども,そのことについて疑問を持っている人は余りいません。こういうことを問題にしてそれを調整するとなるとすごく大変ですから,大目に見られているのではないかと思っておりまし。ですからこの場面でも,後で株式を取得した人について特殊な取扱いを設ける必要はないのではないかと思います。   最後に,簡易組織再編についての株式買取請求については,これも,私は,以前にお話ししたと思いますが,簡易組織再編は,株主にとって重要でないからこそ,株主総会決議は要求されていないわけです。株式買取請求というのは,本来は,株主というのは,会社から退出する権利などはなくて,会社が存続する限り,その事業のリスクを引き受けなければならないところを,株主にとって特に重要な,投資の前提を変えるような重要な決定が行われたときだけ,この権利を行使できるという制度ですから,本来的に,簡易組織再編に関しては,この権利を認める必要はないと考えております。 ○藤田幹事 時間も押しているので簡単に申し上げたいと思います。部会資料6の(注2)については,6%の利率の話について,今どうしても手当てするとしたら,こういう制度しかないでしょうし,反対するつもりはありません。問題の本質は法定利率の在り方そのものなのですけれども,現行法を所与の前提にするなら,できるのはこういうことだと思います。   (注3)につきまして,私も,濫用というのが多少誇張されているような印象もあるのですが,他方で考えられるのは,従来型の「決議なかりせば基準」といいますか,決議がなかった場合を前提とした買取価格について,例えば,マーケット全般が非常に落ちた,その後にある会社が組織再編を発表したら,わっと買い集めて,あわよくば過去の何箇月かの平均値,高い時期の株価を少しでも加えた平均値で買い戻してもらえることを期待した行動が採られる可能性が今後もないわけでもないかもしれません。実際,そういう動機からだと思われるような買取請求も,過去なかったわけではないとすると,全く濫用がないと断定していいかどうかはよく分かりません。ただ,取得時期によっては,取得価格を上限とするといった昔の判決も,下級審決定もあり,いろいろな方法で濫用への対処が可能ですから,取得時期の制限というのを是非とも導入すべきであるとまでは思っていないのですけれども,仮に設けるとすればどのようなものが考えられるかということを申し上げておきます。   まず言うまでもなく,合併のうわさが流れただけで,その後に買った人は全員買取請求権がないというのは,これは無理だと思います。合併のうわさが出て,これは良い合併だから買いだと思って買ったところ,後で聞いた合併条件が非常に悪かったという場合は,当然,決議に反対して買取請求にいけるべきです。したがって,仮に取得時期に基づく制限を設けるとすれば,合併承認決議のために開示することが要求されている程度の情報がきちんと開示されていることが条件となると思います。そして,それが,そういう情報が出ていたかどうかということが事後的に争いになると困るので,例えば会社の側から,招集通知に付けなければいけない程度の情報を公告するといったような形で制度的な開示方法,会社からイニシアチブをとって行う開示制度を置いた上で,それがなされた後で取得した人は買取請求権を取得できないとするような制度であれば作れると思います。そして,そういうルールを明示的に設けた上で,それを前提に投資家が行動するのであれば,その人たちが買取請求権を行使できなくても,それ自身は仕方ないと思います。   また,反対することだけを目的に取得するということを認めないと株主のチェックとして不十分であるとまでは評価する必要はないと思いますし,そういうものを認めても,シンボリックな意味にしかならないと思います。唯一気になる点として,かなり持株を持っている人が反対票を固めるために買い増したようなときに,買い増した部分については買取請求権を行使できないといったことで良いかといった話はないわけではないのですけれども,それはまた,例外的なときの対処として考えるべき話かもしれません。したがって,先程申し上げたような形の公告制度と組み合わせたような取得時期の制限を入れること自身がおよそ駄目とまでは思いません。そして導入するとしたら今言ったくらいの限定的な形のものにすべきであって,過去には基準日時点での株主に限定するといった提案もなされておりますが,そういうのは理論的な根拠も全くないし,すべきではないと思います。   (注4)については,簡易再編の場合に買取請求権は認めないという方向は賛成ですが,できることなら,簡易再編に限らず,本当に買取請求が認められなければいけないような組織再編形態というのはどういうものか,もう一度考えたほうがいいのかもしれません。例えば,分社型の会社分割,つまり株式は全部分割会社にいくようなものを想定しますと,まず分割比率・対価の公正というのは問題になりません。また,事業は実質的には全部そのまま継続しているわけです。そうなると,規模が大きくて簡易再編の要件を満たさなくても,株主にはどれだけ影響があるのかということになると思います。そう考えると,特別決議という決議要件すら疑問が出てくるのですが,まして株式買取請求というのは不要ではないかといった疑問が出てきます。従来,ややもすれば「組織再編」というだけで大ごとであるかのような前提で,退出する権利を認めるというやや大ざっぱな規律だったのですが,その辺は,見直してもいい時期が来ているのかもしれません。 ○前田委員 (注3)と(注4)について簡単に意見を述べさせていただきます。(注3)については,さすがに株主総会決議後に株式を取得した者については,株式買取請求権がないという見解が多数なのではないかと思います。それならば,先ほど藤田幹事がおっしゃいましたように,組織再編等の具体的な条件まで公告されるということが前提になると思いますけれども,そういう条件が公表されたのであれば,その後に自分の反対する行為を会社がすることが分かっていながら,あえて株式を取得した者についてまで保護を与える必要があるとは思えません。先ほど,田中幹事は,代表訴訟の例を挙げられましたけれども,代表訴訟は,それによって会社財産が回復して,ほかの株主も利益を得るのですね。株式買取請求権にも,確かにチェック機能があると言われますけれども,その機能は,副産物として第二次的に認められる機能であって,この制度は,第一次的には,投下資本回収という形で,少数株主を保護する制度なのではないでしょうか。ここは,株式買取請求権の制度趣旨の理解にかかわりますので,異論もあるかもしれませんけれども,チェック機能という側面を重視して,チェックだけのために,保護の必要のない株主にまで株式買取請求権を与えるのは,行き過ぎではないかと思います。   そして,(注4)ですが,簡易組織再編についても,法令定款違反あるいは条件の著しい不公正の場合の救済は,何か必要であって,株式買取請求権をなくして差止めを認めるという方向で検討するのがいいのではないでしょうか。次の「2 差止請求制度に関する規律の見直し」のところに出てきますように,組織再編について,より一般的に差止めを認めるという考え方もあると思いますけれども,少なくとも株主総会決議を不要にするという場合には,その代替的な保護措置として,略式の制度に合わせて差止めを認めるということにしてはいかがか,と考えます。 ○八丁地委員 (注1)に関しまして,振替法の規律を見直すことに賛成です。株式買取請求の撤回の制限を実効化するという観点から,見直しには賛成であります。   (注2)に関しまして,供託制度の導入に賛成をいたします。同時に,経済界には商事法定利率の見直しも必要という意見が多いため,併せて検討を頂きたいと思います。   (注3)の,一定の時期後に取得された株式に関し,株式買取請求権を認めるかどうかということですが,組織再編等について,案件の公表後に株主となった方は,組織再編等の内容を知っていた,又は知り得たにもかかわらず,あえて株主になられた方であると思いますので,そうした方に株式買取請求権を付与する必要はないと考えます。案件公表後の株価は,当該組織再編を盛り込んだ株価であると思いますので,その株価で取得した株主には,当該組織再編が行われなかった場合に想定される株価を保証すべき根拠には欠けると考えます。また,経営者又は多数株主の行う決定に対するチェック機能につきましては,これを株式買取請求権に求める必要はないと思います。組織再編等の案件公表前の株主の行動や判断に求めれば十分ではないかと思っております。なお,一定の基準の日時としては,公告の時期が正当ではないかと思料しております。   (注4)の,簡易組織再編等において株式買取請求権を認めるか否かということですが,存続会社等において簡易組織再編の要件を満たす場合には,存続会社の株主への影響は大変軽微でありますので,株式買取請求権を与える必要性は乏しいと考えております。 ○古澤幹事 先ほど田中幹事からも御発言がございましたけれども,今回の会社法見直しの全体の方針といたしましては,少数株主権をどうやって保護していくかという方向かと思いますので,救済手段の規律の見直しも,少数株主権を限定する見直しになりますので,慎重に考えるべきとのスタンスがあるかと思います。その上で申し上げますと,(注1)について,マーケットを考える上で少し気になっておりますのが,「振替法による振替の制限」でございます。仮にこの制限を入れた場合,証券決済ですとか価格形成に影響があるのかどうかといった点について,よく見ていただく必要があるという気がいたします。   (注2)のところは,比較的議論のないところかと我々も考えます。   それから,(注4)の簡易組織再編ですが,典型的な場合について買取請求制度を認めないというのは,これはそうだと思うんですが,個別の事情はいろいろあると思いますので,簡易組織再編全部について認める,認めないということではなく,少し丁寧に,それぞれの類型について検討する必要があるのではないかと思います。 ○奈須野幹事 簡潔に申し上げますと,(注1)については賛成です。   (注2)についても賛成です。商事法定利率の見直しが必要だということについても支持します。   (注3)についても賛成です。この点,田中幹事から,仮払制度と税制上の措置が手当てされることによって,組織再編の公表後に株式買取請求で利益を上げることを目的に株式を買い付けるような行為は今後行われなくなるのではないか,という見立てもありました。この点について,ほかの例ではありますが,最近,公募増資の情報を聞き付けて,その公募増資の発表前後から空売りをして株価を下げて利益を得るというヘッジファンドの行動が問題になっています。同じように,株式買取請求権についても,組織再編のアナウンスがあった後,例えばヘッジファンドが背信的悪意を持っていたとすると,株を借りてきて空売りを掛けて,株価を下げても最終的にはシナジー効果を織り込んだ価格で買い取ってもらえるから大丈夫,ということになれば,このようなヘッジファンドによる,よろしからざる行為がまん延することになりかねないと考えております。このような観点から,仮払制度と税制の二つの部分が措置されたとしても,十分な規律にはやや足りないのではないかと思っております。したがいまして,(注3)は賛成であります。   (注4)についても賛成であります。 ○野村幹事 ほかのところでは大分御意見が出ていますので,今出ていました買取請求権の濫用に関するところだけ,一点コメントさせていただきます。濫用の事例が過去非常に多かったということは,実務の中では認識されていることでありまして,その要因が,確かに年6分の利息と税制上有利であるということがあったということも,背景としてはあると思います。更にもう一点あるとすると,簡易組織再編や略式組織再編等において濫用事例が多かったということがあると思うんですが,これは,法律の建て付けとして,簡易組織再編等におきましては,すべての株主がその株式買取請求権を行使できるという仕組みになっていて,その適用対象が際限なく広がる可能性があるということから,そういった濫用的な人を招き寄せていたという部分があると思います。この点については,今回,最後のところで,簡易組織再編等について株式買取請求権を認めないということにすると,そういう意味では,濫用的な活用もそこで絞られるという点も,一点あるのかと思います。ただ,そうは言いながらも,確かに税制上の改正がなされたために今後は終息してくるという田中幹事の御意見が当たっているのかもしれませんが,他方において,今,奈須野幹事からもお話がありましたように,制度的には濫用することは可能という状況は変わっていないわけでありまして,濫用者の数が減ることはありうるとしても,濫用の余地を残している制度になっていることは否定できないと思います。他方で,先ほど藤田幹事からありましたが,例えば,価格の決定のところで,結局利ざやが出ないような形にするという調整の仕方を,恐らく裁判所は指向しておられると思いますが,現実的には,そこは非常に不透明でありまして,基準が確立しているわけではありませんから,和解が勧試されますと,ある程度のところで妥協せざるを得ないという現実もあります。このまま裁判を続けて延々と費用を掛けていくぐらいであれば,あるところで握ったほうがいいという実務感覚も生じています。そういう意味では,裁判に持込みさえすれば,ある一定程度のさやが取れるという制度的な透き間があるからこそ,いろいろな会社を渡り歩いて,荒稼ぎしている人がいるという現実もあるということを認識すべきではないかと思います。そういう意味では,濫用に対する何らかの手だてを設けていただくことは必要かと思いますので,それについて,時期によって決めるのか,濫用的なものについては行使できないという一般的な基準を設けて,濫用者に対する排除の可能性を指摘するのか,何らかの形で手だてをしていただければ有り難いと思います。 ○岩原部会長 ほかに何かございますか。よろしいですか。それでは,第6の「1 株式買取請求制度に関する規律の見直し」は終えたことにさせていただきたいと存じます。細かく言うといろいろな議論もありますし,例えば,前田委員から御提案のございました,あるいは田中幹事の御指摘にもかかわるかもしれませんけれども,投下資本回収をするという株主のチャンスを狭くする余地がないか,十分かというような問題等も,御指摘があったところでありまして,そういう点についても,今後考えていく必要があるかもしれません。   それでは,次の第6の「2 差止請求制度に関する規律の見直し」,これについて事務当局から説明をお願いします。 ○大野関係官 それでは,第6の「2 差止請求制度に関する規律の見直し」につきまして,御説明いたします。ここでは,組織再編における差止請求権について,見直しを検討すべき事項はあるかを問うものでございます。部会資料6では,差し当たりまして,組織再編に際して交付される対価の適正さに不服がある株主の救済という観点から整理をしております。現行法は,このような株主の救済について,原則として株式買取請求権にゆだねておりますが,株式買取請求権には制度的な限界があるとの指摘もございます。他方で,組織再編に際して交付される対価の不当性自体が当該組織再編の無効事由となり得ると考えるといたしましても,組織再編の無効の訴えによって事後的に組織再編の効力を否定することは,取引の安全に対して与える影響が大きいと考えられます。   そこで,略式組織再編以外の組織再編においても,組織再編に際して交付される対価が著しく不相当であるときなどに差止請求を認める制度を新たに創設すべきであるとの指摘がございます。差止請求においては,適正な対価の額を具体的に特定する必要まではない上,差止めにより再交渉されて対価が適正なものへと変更されれば,すべての株主がその利益を享受することができることとなります。もっとも,組織再編一般の差止請求制度を創設することは,企業再編や企業経営に与える影響が大きいとの指摘もございますので,この指摘も併せて考慮する必要があるものと考えられます。また,組織再編一般の場合以外の場合にも広く差止請求制度を創設すべきであるとの指摘もございます。例えば,組織再編に類似するものとしては,全部取得条項付種類株式の取得や事業譲渡における差止請求制度が考えられるところです。   また,以上は,組織再編に際して交付される対価の適正さに不服がある株主の救済という観点から御説明いたしましたが,対価の適正さの確保とは異なる観点からの差止請求制度も考えられるところですので,そのような差止請求制度を創設することの当否についても,御議論いただきたいと存じます。 ○岩原部会長 それでは,第6の「2 差止請求制度に関する規律の見直し」について,皆様の御意見を頂きたいと思います。いかがでございましょうか。 ○八丁地委員 部会資料6の7ページには,組織再編について再交渉するというようなことが書かれておりますが,企業経営者としては,差止請求というのは,事実上,その案件をストップさせる効果を持つものと理解しております。差し止めて再交渉されて,対価を適正なものへと変更するという行動を採るよりは,差止請求を受けたということ自体を大変重く受け止めてしまうのではないかと思います。その結果,企業再編を事実上ストップさせるという効果や影響が生じることについて,是非勘案すべきではないかと思います。差止請求制度の在り方につきましては,その拡大の必要性及び現実の企業経営に与える影響,受け止め方等を踏まえて,慎重に検討いただきたいと思います。   また,差止請求につきましては,所有と経営の分離という観点からみますと,必要以上の経営への介入,あるいは経営の機能の一部を果たしてしまうこととなるのではないかという感じもします。経団連の会員企業である機関投資家からは,差止請求権の導入によって,企業が組織再編の実施をちゅうちょし,結果として必要な企業再編が行われず,企業価値が向上しない,ということへの憂慮もあります。全体を通じて,ずっと申し上げてまいりましたが,株主の権利や株主の保護という観点と,企業の組織再編のスピードや機動性ということのバランスをお考えいただき,更には既存の手段でできることとのバランスもお考えいただき,慎重な検討をお願いしたいと思います。 ○中東幹事 差止請求権については,積極的に考えるべきであるという意見でございます。八丁地委員がおっしゃることはよく分かるのですが,やはり両面があると思います。つまり,企業活動として差し止められてしまった,これは大変だというのはよく分かります。ただ他方で,補足説明にもありますように,差し止められなければ基本的には巻き戻しは生じないという形で,法的安定性が保たれる可能性があるということであると思います。新株発行の無効の訴えについては,こういったロジックに,最高裁でもなっていると思います。ただ,このロジックを用いて,差し止められなければ事後的に効力を否定する争いはさせないと言えるためには,差止制度が実効性を持っていないといけないと思います。その意味で,新株発行の差止めでしたら一生懸命やることもあるのかもしれませんが,組織再編でわずかの株を持っているだけの者が,自分で費用を払って全部やるかというと,少なくとも代表訴訟同様に,勝ったら弁護士費用ぐらいは会社が負担してほしい,ということになりましょう。一定の実効性を伴わせることを前提とすれば,むしろ,差し止められなかったということをもって,組織再編は事後的に効力が否定されることはないのだという形で制度を設計するのも,一つの案であると思います。   ただ,先ほど齊藤幹事も少しおっしゃったかと思いますが,だれでも起こせるということになれば,これはまた問題かもしれず,もしかすると適格代表の問題も考えないといけないかもしれません。そこまでいくのであれば,この際,カナダの一部の州会社法のように,組織再編は裁判所の許可を受けた上で行うことにする,そうすれば,後はひっくり返らないと,そこまでやったほうが皆幸せなのではないかと思っています。 ○野村幹事 この問題を考えるときに,事例として,対価の適正さの話があるわけですけれども,伝統的には,対価に不満がある人については,組織再編に際し,仮に反対しても多数の人がその対価でいいということになった場合には,株式買取請求権で対価の不当性の調整を図るというのが,伝統的な枠組みとして存在していると思います。ですから,そうした保障で十分な領域というのは一定程度あるわけですが,他方において,普通だったらこんな決議が通るはずはないだろうと思われるほど著しく不当な決議が通ってしまったという状況があったときに,その組織再編行為が止められないというのも何だか変だなという感じがします。それは,具体的にはどういうことが起こっているかというと,株主にとって著しく不合理な内容であるにもかかわらず株主総会の3分の2の多数が通ってしまうというのは,典型的には,特別利害関係を持っているような人たちがその株主総会に影響を及ぼしているというケースが考えられるだろうと思います。   この場合について,伝統的な救済の手段は,株主総会決議取消しの訴えを本案として仮処分を打つという手があるわけですけれども,現在,会社法改正後は,株主総会の決議の翌日にでも組織再編の効力を発生させることが可能になってしまっているために,タイミング的にこの方法では止められない状態になっているということが,一つ問題点としてあるのかなと思います。そうだとすると,著しく不公正な条件であった場合に限定して,総会前から差止めのチャンスが与えられるような手段を設ける必要性があると考えています。そういう意味では,適用要件の部分をかなり厳格にする必要はあるかと思いますが,正当性を持たないような組織再編について,差止めの機会が保障されることは必要なのかなと思います。   ただ,そうした建て付けにしますと,これは,違法行為が行われているというのに近い状況になりますから,差し止める人はだれなのかと言えば,違法性監査を行っている監査役の方も含めて,株主と監査役が差し止めるというようなロジックになりがちではあるんですけれども,私は,かねてこの部会でもやや申し上げているわけですが,監査役の方々に依頼している株主全体の中で意見が割れているときに,監査役の方がどのような形の立ち位置を取るのか,非常に不明確であり,また,義務的に差止めをしなければいけないということになれば,被害に遭っていると思われる株主が要らないと言っていても,監査役の方が配慮して差し止めなければいけないという場面も出てくるということになりますから,その点については,差止めの主体を限定するという必要性もあるのかなと考えています。そういう意味で,要件の限定と,差止めをする者が不満のある株主に限定されるという条件を付けた上で,差止めの制度を導入し,差止めが行われなかった場合については,その後の組織再編についての効力は否定されず,株主の保護は株式買取請求権にゆだねるというスキームが良いのではないかと考えます。 ○藤田幹事 野村幹事と余り変わらない意見になってしまうのかもしれませんが,まず,何をターゲットとした差止制度なのかということは,やはりよく考えたほうがいいと思います。部会資料6の説明だと,対価の不当性,不相当ということが強調されているのですが,少しでも高い値段を欲しいから差し止めるなどというのは,制度としてはおかしいような気がします。恐らく,そういう説明になっているのは,現在の会社法784条2項が,対価の不当ということを正面から出しているからなのではないかと思いますが,これは,本来,株主総会決議があれば,そこで争えるようなはずのところが,決議が不要とされることで争いようがない状態の人に救済を与えるときの要件として考えているから,そうなっているので,本来は,何らかの意味で手続の不公正があって非常におかしな条件を押し付けられている,そういう場合には手続を止められるようにしてやるということが本質なのだと思います。ですから,対価そのものだけを取り出して保護法益と考えるべきではないと思います。   その上で,具体的にどのような制度設計を考えるのかということですけれども,現在の違法行為の差止請求権のほうを,もう少し広げるということが,この場で議論されておりました。その際に,会社の損害ということを要件として厳格に要求しないという方向性,個々の株主に損害が発生する場合にも違法行為の差止めを認めるという方向性が,示唆されたと思います。もしそういう方向で改正されるとなると,ここで問題としている状況もそれでカバーされて,組織再編固有の差止制度はなくていいのかもしれません。現在,組織再編がおよそ差し止められないかどうかもよく分からないですが,会社法上は,違法行為の差止めと,募集株式の発行などの差止めしかないわけで,そのいずれも,組織再編にはうまく当てはまらない。組織再編の場合,会社の損害というのがあるのかないのかよく分からないからです。非常に悪い手続でキャッシュ・アウトされるという場合等は,むしろ会社はもうかっているわけで,会社に損害は将来生じない。会社の損害を差止めの要件にしてしまうと,およそ差し止められなくなりかねないものですから,そういうものを明示的にカバーできる差止請求権―違法行為差止請求権の拡張か組織再編についての差止請求権かいずれでも良いですが―を作ってやることは,あり得ると思います。   その場合の制度設計の細かいところまでは,今の議論ではないと思うのですけれども,その主体について一言だけ申し上げます。野村幹事は,違法なことが何か介在しているから監査役が差し止められてもおかしくないと言われ,それも分かるのですが,他方で,募集株式の発行のように,個々の株主の損害を要件とする場合には,監査役の差止めというのは考えていない。ですから,個々の株主への損害ということを要件として,組織再編についての差止制度というのを考えるのであれば,監査役は当然に必須というわけでもない,という感触は持っております。 ○奈須野幹事 差止請求権については,先ほど八丁地委員から御紹介があったとおり,産業界全体としては,反対意見が多数を占めております。しかしながら,私どもといたしましては,この問題については真剣に考える価値があると考えています。   ただし,条件があります。組織再編の差止めは,会社にとってみれば,限られたスケジュールの中で極めて重要な行為が行われることとなるので,迅速・確実・安定的に裁判所の判断がなされるということが不可欠です。この点,昨今の会社法に関する抗告審あるいは控訴審における高裁レベルでの判断を見ますと,同種の事案について極めて短い間に異なる判断がなされるという事例が散見されております。このような状況では,とても産業界の支持は得られないと思います。   そこで,仮に,差止請求権というものを検討することとした場合には,これを安全・確実・迅速に,安定的に運営できるような訴訟制度や裁判の仕組みを併せて検討しないと理解が得られにくいと思います。具体的な案としましては,6月に申し上げたとおり,東京や大阪などにおいて,会社法や金商法に関する控訴審,抗告審を扱うような専門の裁判所を設ける,あるいは東京高裁や大阪高裁の特定の部にこのような種類の案件を集中させるような専属管轄とすることによって,予見可能性のある判断がなされるような基盤整備をしていくということが必要だと思います。   その上で,どのような行為に差止請求を認めるかということについては,先ほど前田委員からは,簡易組織再編のような,今回株式買取請求権の要否を見直して株式買取請求権を与えないこととなった類型に限定して導入すべきだという御意見もありましたし,これをもう少し広く組織再編全般に適用していくという考えもあるかと思います。これについては議論する必要があると思います。   それから,要件については,これまでも複数の委員,幹事の方からお話があったとおり,対価の適正性を争うことができる仕組みというのは,別途,株式買取請求権があるのですから,対価の適正性を差止めの根拠とするのかということについては,慎重な検討が必要であると思っております。   それから,差止めの主体について監査役を含めるかについても,先ほど野村幹事からお話のあったとおりでございます。 ○田中幹事 この制度の理論的な根拠が何かと考えると,まず,取締役の行為が会社に損害を与える,著しいあるいは回復不能な損害を与えるときには,取締役の職務執行の差止めの請求権という規定がもともとあります。しかし,あれは,会社の利益を問題にしていて,取締役の行為が株主に対して直接損害を与えるときについては特に規定がないわけです。しかし,理念的には,取締役というのは,会社の利益だけでなくて株主の利益も当然考えて行動しているはずです。例えば,合併の対価が株式であれば,存続会社が消滅会社の株主に何株渡しても存続会社には損害が発生しないのですが,株主には,株式がたくさん発行されれば,既存の株主には損害が発生するわけで,そのような場面では,当然,存続会社の取締役は,自社の株主の利益を考えて職務執行しているはずなんだけれども,現在の法令がそういう実体に追い付いていないようになっている。だから,そういう考え方からすると,本来は,会社の損害も株主の損害も同じような要件のもとに,違法行為差止請求権を与えるというのが筋ではあります。ただ,確かに差止めの効果は大きいものがありますから,株主の利益にとって重大な影響を与える組織再編に限って,ともかくも導入するのだ,ということになるのではないかと思います。   以上が理論的な話ですが,一点付け加えておきたいことは,こういう組織再編の差止めなどをするのはアメリカですが,アメリカでも,裁判所が差止め―アメリカだと暫定的差止め,日本で言う差止めの仮処分ですが―,そこで争われているときに,裁判所が対価の適正さを審理して,これは不相当だから組織再編自体やめろ,という趣旨の差止めが出るというのは余りないと思います。というか,私の知る限りでは見たことがありません。では,アメリカの裁判所は何をしているかというと,多くのケースは,例えば開示が不正であるとか,ちょっとどこかで聞いたような話かもしれませんが,第三者評価機関の適正なチェックを受けていますと開示しているんだけれども,調べてみると第三者評価機関の仕事振りがいい加減だったと,そのことが開示されていないということがあります。そのような場合には,真実を開示するまでは組織再編を進めてはならない,という差止命令が出るんです。これは,組織再編だけではなくて,TOBでも同じで,そのような開示がなされるまではTOBを進めてはならない,という差止命令が出るんです。ですから,そのようなことが日本の仮処分の中で柔軟にできるかということが問題かと思います。これは,主文にそう書けなくても,理由でそう書けば,実際上はうまく機能するのではないかという考え方もあるかもしれないですが,理由の中で書かれていても,主文は,単に,組織再編を差し止めるというものだとすると,命令を受けた会社としては,もう二度と当該組織再編はやらないということになってしまうかもしれません。もしそういうことであれば,このような,開示の不十分を理由とする差止めをするときの何らかの明文のルールが必要になってくるかもしれません。とりあえず,私が言いたいのは,アメリカでも,組織再編の対価の相当性そのものを短い差止めの仮処分手続の中で審査して,不相当だから差し止めるようなことは,ほとんど行われていないのではないか,ということであります。 ○八丁地委員 まずは,組織再編に際して交付される対価が本当に適切ではなかった事例が,どれほど発生しているのかということのファクトファインドが必要ではないかと思います。   二点目に,交付される対価が著しく不当であるということについてですが,組織再編において,企業は,定量的なところに加え,定量化できないところの対価についても,常に考えております。ワークマンシップだとか,経営の意思だとか,かつて企業価値研究会で考えたようなことでありますが,そういうことも十分考えているわけです。そのため,対価の不当性ということにつきましては,慎重に議論をしていただきたいと思います。   三点目に,今,田中幹事からも指摘がありましたが,情報の開示についてです。企業は事業報告や有価証券報告書,敵対的買収防衛策など,いろいろなところで企業行動に関する方針を出しております。もっと的確な開示があるかについては検討する必要もあると思いますが,その一方で,差止請求権については是非慎重に進めていただきたいと思います。   産業界としては,差止請求は再検討ではなく,ほぼノーであるという受け止めをするのが現実ではないかと思います。 ○築舘委員 一番最後の三行に,監査役と差止請求制度について触れていただいているんですけれども,この部会の三回目に,私のほうから,第三者割当てとの関係で,ケースによってはほとんどの株主の利益を阻害する,侵害するような状況もあり得るのではないかと,そういう文脈の中で,場合によっては,監査役による差止請求権というものも,法的に専門的なお立場から御検討いただければと,こんな問題提起をさせていただいたと思います。株主間の利害対立というときに,大多数,ほとんどの株主とごく一部の株主の対立関係というような構造のときでも,株主すべてからの負託を受けている監査役という立場で,そこには立ち入らないほうがいいのか,あるいは何らかのかかわり方というのがあり得るのかというところに,私ども監査役としては関心があるものですから,場を改めての今後の議論になるんでしょうけれども,引き続き御検討いただけると有り難いという考え方でございます。今日は,組織再編のところでも,監査役のことで最後に言及していただいたものですから,一言発言させていただきました。 ○鹿子木委員 差止めの当否についてということではなくて,実務的にどういう支障があるか,という観点から要件を考えていただきたいという点を一つだけ申し上げさせていただきたいと思います。差止めの申立てをする場合には,恐らく仮処分の手続を採ると思いますが,そうすると,従前の新株発行についての差止めの例によれば,短い場合で1週間,長い場合でも1箇月のスケジュールで審理をするということになります。その中で,不服申立てが行われ,異議審あるいは抗告審に行くことを考えると,原審,一回目の審理の期間はおよそ2週間であります。その間に,双方から主張立証がなされ,最終的な書面が出てくるまでに,少なくとも10日くらい掛かりますので,裁判所は残りの4日くらいで決定をするわけであります。従前の新株発行差止めの事件でも,それなりの大きな金額のものが幾つもございますが,仮に組織再編の差止めとなると,何十億円,何百億円,あるいは何千億円といったより大きな企業価値がそこで問われるということになると思います。3,4日で決めることができるような内容の審査として何をするのかということを,この議論をするのであればお考えいただきたいと思います。   先ほど田中幹事がおっしゃったような,手続的な問題について審査をするということであれば,十分考えようがあるかと思いますけれども,組織再編の条件といった実体的な問題について審査をするとなりますと,果たしてそんな短い期間に審査ができるかどうかということについては,十分議論があると思いますので,それも併せて御考慮いただければと思います。 ○岩原部会長 よろしいでしょうか。本日も,熱心に御議論いただきましてありがとうございます。今の差止めについては,まだまだ御検討いただくべきこともあるかと思いますけれども,本日のところは,特に皆様のほうから更なる御意見がなければ,以上で審議を終えさせていただきたいと思います。   それでは,本日の部会の終了前に,次回の部会の予定につきまして,事務当局から御説明を頂きたいと思います。 ○河合幹事 本日は,長時間にわたる御審議を頂きまして,どうもありがとうございました。次回の日時は,12月22日水曜日,午後1時30分から午後5時30分までの予定で,場所は,法務省20階の第1会議室です。次回は,冒頭で御説明しましたように,企業結合の形成過程等に関する規律のうち,残っております,「組織再編の手続に関する検討事項」と,「残された論点・その他」について,御検討をお願いする予定でございます。 ○岩原部会長 どうもありがとうございました。それでは,以上をもちまして,法制審議会会社法制部会第7回会議を閉会させていただきたいと思います。本日は,大変熱心な御議論を頂きまして,誠にありがとうございました。 -了-