法制審議会民法(債権関係)部会           第19回会議 議事録 第1 日 時  平成22年11月30日(火)自 午後1時00分                       至 午後6時11分 第2 場 所  法務省大会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)                議     事 ○鎌田部会長 それでは,予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会の第19回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   では,配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いします。 ○筒井幹事 事前送付資料として,部会資料19-1及び19-2をお届けいたしました。これらの資料の内容は,後ほど関係官の大畑,笹井,川嶋から順次,説明いたします。   次に,席上配布資料として,参考資料5-2,5-3及び6-2を置かせていただきました。いずれも実態調査の結果報告や回答書ですので,これらについては本日の会議の最後に御説明しようと思います。 ○鎌田部会長 それでは,本日の審議に入ります。   本日は,部会資料19-1について御審議いただく予定です。具体的な進行予定といたしましては,休憩前に「第3 不安の抗弁権」までを御審議いただくことを予定いたしております。その後,休憩を挟みまして,引き続き部会資料「第4 賠償額の予定」以降,部会資料19-1の最後まで御審議いただきたいと思います。   それでは,まず,部会資料19-1の1ページから4ページまで,「第1 債権の目的」について御審議いただきます。   事務局当局に説明してもらいます。 ○大畑関係官 まず,部会資料19-1と19-2の関係,また各項目冒頭の総論の位置づけ,あるいはそれに含まれる意味合いはこれまでと同様です。ここでは,第1のうち,「2 債権の目的」以降について御説明いたします。   まず,「2 債権の目的」では,金銭で評価できないものでも債権の目的にできるとする民法第399条について,現在では当然のことであって,あえて規定する必要はないとして削除すべきとする考え方を紹介しています。   次の「3 特定物の引渡しの場合の注意義務」では,特定物引渡債務の債務者はいわゆる善管注意義務を負うとする民法第400条は本来契約等の内容によって個別具体的に決まる引渡義務の内容が客観的にまた一律に決まるものと誤解させる恐れがあるとして,これを改めるべきという考え方を紹介しました。   関連論点では,この考え方をとった場合でも,贈与については無償契約という特殊性を考慮した任意規定を置くべきであるという考え方を紹介しました。   次の「4 種類債権の目的物の品質」では,種類債権の目的物の品質も契約等によって個別具体的に定まることから,契約の解釈に委ねれば足りるとして,種類債権の目的物の品質を定める民法第401条第1項を削除すべきという考え方を紹介しました。   次に,「5 種類債権の目的物の特定」では,種類債権の目的物の特定を定める民法第401条第2項に関して,現行法上争いなく認められる当事者間の合意による特定を明文化する考え方と判例が認める変更権を明文化する考え方を紹介しました。なお,種類債権の目的物が具体的にいつ,どのような場合に特定するかは契約等の内容によって個別具体的に決まるとされています。そのため,民法第401条第2項についても4の論点と同様,規定は不要という考え方もあり得るところですが,ここでは特定集中の規定は不特定物売買における所有権移転時期を画するという物権法上機能も有していることなどを理由に規定を維持するという考え方を紹介しています。3や4の論点との平仄も問題となり得ますので御意見を頂ければと思います。   次の「6 法定利率」では,法定利率を5%という固定利率性とすることには合理性がないとして,これを変動利率性に改めるべきという考え方を取り上げました。ここでは,まず変動利率性に改める方向で検討していくことの当否について御意見を頂きたいと思います。   また,仮に変動利率性に改める場合,基準とすべき金利の選択や変動の周期等々,様々な問題を検討する必要がありますが,これらに関する今後の検討の方向性や留意点についても御意見を頂ければと思います。   そして,関連論点では,支払遅延の防止という観点から,金銭債権の遅延損害金を算定する利率を通常の法定利率よりも高くすべきという考え方を紹介しました。また,同じく関連論点では中間利息控除の問題も取り上げました。この問題は,判例に従い,法定利率を用いて控除する方法を維持する考え方と法定利率から切り離して損害額の算定方法固有の問題とする考え方などがあり得ます。また,仮に法定利率を用いた控除方法を維持した場合,現在の5%を基礎にした控除と市場金利に連動した変動利率による控除とでは特に人身損害等の長期にわたる逸失利益の算定学に相応の差が生じる恐れがあり,その点をどのように考えるかについても御意見を頂ければと思います。なお,この関連論点では利息の定義規定を設ける提案も取り上げています。   そして,「7 選択債権」では,選択債権について,条文の整除を提案する考え方を紹介しています。 ○鎌田部会長 ただいま,説明がありました部分のうち1の総論について,御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。   特に御発言がないようでしたら,2以下の個別論点の議題に進ませていただきたいと思います。これまでの御審議と同様に何かお気付きの点がございましたら,そのときに御発言を頂ければと思います。   それでは,2の債権の目的から5の種類債権の目的物の特定までにつきまして,一括して御意見を御自由に御発言ください。 ○岡本委員 2については特にございませんので,3から5までまとめて申し上げたいと思います。まず,3の「特定物の引渡しの場合の注意義務」につきまして,銀行取引において特に問題となるということは少ないと思いますけれども,一般的な観点から意見を申し上げたいと思います。   まず,現行の民法400条の制定にあたっては,当初の原案では現行の483条と合わさって1か条とされていて,その後483条に相当する部分が分離されて弁済のほうに移されたということを聞いております。   要するに,400条と483条,これはもともとワンセットだったということだと思いますが,これについては特定物ドグマの下で,特定物の引渡しを目的とする債務の履行について,現状で引き渡せば足りるということとする一方で,それまでの間の目的物の保存については,債務者に善管注意義務を課すということでバランスを取った規定であると伺っております。   ところが,特定物ドグマ,これは妥当でないと考えるところでございまして,引き渡されるべき目的物については,特定物の引渡しを目的とする債務においても契約によって定められた品質を有するべきだと考える考え方が妥当ではないかと考えております。   民法483条につきましては,こういった観点から廃止すべきという提案がされているところでございまして,それはそれで妥当な御提案だと考えるわけでございますけれども,それに伴いまして400条につきましても廃止してしかるべきではないかと考えております。   その理由としましては,履行期に契約によって定められた品質を有する目的物が引き渡しされればそれで履行は完了するわけで,それまでの間の保存に係る注意義務,これは問題にする必要はないのではないかという趣旨でございます。   例えば,特定の絵画で,一定期間後に劣化のない状態で引き渡すべき債務,こういったものがあるといたしまして,一定期間後に高温多湿とかで劣化した絵画が引き渡されたといったことを考えますときには,契約で定められた品質を有する目的物の引渡しがされてないということになるわけでございます。端的に債務不履行だとすればよくて,その間の保存に係る注意義務,これは問題にする必要はないと考えるからでございます。   一方で,例えば,有償の受寄者の善管注意義務の根拠規定として400条を残したほうがいいのではないかという考え方もあるかもしれませんが,寄託は保管自体を目的とした契約でございまして,規定が必要であれば寄託のところで,独自の規定を置けば足りるのではないかと思います。そういった場合でも,基本的には任意規定だと思いますので,当事者の契約によって定められた注意義務があるのであれば,そちらによるべきであって,デフォルトルールを定めるにすぎないということで置くということになるかと思います。   それから,法定債権についてはどうかという考え方ですが,法定債権については必要ならば法定債権のところで規定すればいいと思いますし,場合によっては法定債権についても法令で定められた品質のものを引き渡すべきだと考えるのでありましたら,法定債権についてももしかしたら保存についての注意義務という規定は不要になってくるのかもしれません。この部分は,ちょっと意見は留保したいと思います。   それから,関連論点ですけれども,贈与者の保存義務の特則,これについてでございますけれども,特定物の贈与につきましても履行期に契約で定められた品質を有する目的物の引渡しがされたかどうかを問題にすれば足りると思いますので,それまでの間の保存に係る注意義務,これは問う必要がないというふうに考えます。   贈与の無償性,これへの配慮ということであれば,目的物の品質について当事者の意思が明らかでない場合に,これを補充するに当たって,緩めに解釈するということで対応すればいいのではないかという意見です。   それから,次の4番の「種類債権の目的物の品質」についてですけれども,特定物の引渡しを目的とする債権について,先ほど申し上げたみたいな考え方をするといたしますと,特定物と種類物,これを区別する意義も薄れてくるのではないかと思いまして,特定物であろうが種類物であろうが,履行期に契約で定められた品質のものを引き渡すということでよい。そういう意味では,ここで提案されている民法401条1項を削除すべきという考え方に対しては賛成したいと考えます。   ちょっと長くなって申し訳ないんですけれども,まとめて申し上げますと,次の5番目の「種類債権の目的物の特定」についてですけれども,これについても今まで申し上げたような考え方をするとしたら,種類債権の目的物の特定につきましても格別の規定を置く必要はないのではないかということでございます。   その場合,従来,種類債権の目的物について,当事者が合意によって特定した場合,これについては当事者が特定されたもの,目的物を特定されたものに変更するという新たな変更契約をしたと考えれば足りると思います。それから,債権者の同意を得て債務者が特定のものを指定した場合,これについては目的物の指定についてオプション契約がされて,かつ,オプションが行使されると考えればそれで足りると思います。債務者にとってみたら契約で定められた種類,品質のものを引き渡せば足りることを考えましたら,目的物を特定させる利益は特にないと考えて,そうだとするとこういったオプション契約をする必要もなくなってくるということではないかと思います。   それから,債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了した場合,この場合については特に法律効果は生じないこととして規定不要ではないかという意見でございます。結局,特定物と種類物を分けて考える必要はないし,種類物,目的物の特定という観念も不要としてはどうかという考え方です。最後に,種類物贈与の特定に関する特則のところですけれども,これについても今申し上げたような考え方をするとすれば,特に規定を置く必要はないのではないかと考えております。   債務者としては,贈与契約で定められた種類,品質のものを履行期に引き渡し,特定を問題にする必要ないのではないかという趣旨でございます。 ○岡委員 法定利率以外のところについて弁護士会の意見を御紹介申し上げます。最初の「債権の目的」のところにつきましては,削除しなくてもいいのではないかという意見がございました。これに関連して,債権の定義の規定がなぜないのか。債権の定義をうまく置けるのであれば,それも検討していいのではないかという意見もありました。   それから,3番の「特定物の引渡しの場合の善管注意義務」の点でございますが,これは詳細版の4ページに書いてある補充的,一般的規定として善管注意義務の規定はあったほうがいいという意見が多うございました。今の表現は「しなければならない」という表現で,強行規定風に読める点は難がありますけれども,補充的,一般的規定として善管注意義務というのは慣れ親しんでいることもあり,あったほうがいいという意見が強かったです。   それから,4番の「401条1項の中等の品質」の条項については,これも補充的,一般的規定として残したほうがいいと,任意規定としてそれなりの有益性があるのではないかという意見が強かったです。   それから,5番の「種類債権の目的物の特定」については,①のほう,特定についての明文規定を置くということについては,賛成意見がほとんどでございます。ただ,②の変更権,こちらについては,「債権者の利益を害さないこと」という要件では広すぎるのではないか,何らかの規定があってもいいとは思うけれども少し慎重に考えて規定をつくってほしいという意見がございました。   法定利率はかなりの意見がございましたので,後で御紹介申し上げます。 ○高須幹事 今のお二方の御発言を踏まえて,最初の2の「債権の目的」のところでございますが,確かにこのことで争いになるということはほとんどないと思いますが,一方で原則を規定しておくということも意味があるのではないかと思います。ほかの議論のところではそういう議論をした記憶もございますので,債権の目的は金銭に換価できるものに限らないということの原則をうたっておくことの意味があるのではないかと思います。   保険法3条では,損害保険の目的に関しては,金銭に見積もることができる利益に限るという,つまり本来の原則からすれば保険の特性に基づく例外的な規定を設けているわけですので,原則の規定が民法にあってもいいのではないかと思いました。   3以下のところも岡委員からお話があったところですが,結局全てを契約の補充的解釈で賄えるという前提に立てば,この種の規定は不要となり解釈で補えますということで無理に定めることはないとなります。しかし,幾ら補充的解釈をしても,当事者では何を決めていたのか分かりませんでした,というケースもあるのではないか,多いとまでは言いませんが,やはり残ってしまうのではないか。そういうときに無理やりあなたの考えはこうでしたと解釈するよりは一応法律はこういうことを原則しておりますというようなこの種の任意規定を置いておくことは意味があるのではないかと思いますで,個別の論点については,岡先生からも指摘がありましたが,3以降の論点についてもこの種の規定を残すことについて一定の合意性があるのではないかと思っております。 ○佐成委員 まず,「債権の目的」ですが,これは当然のことを規定していますし,余り有用性がないという認識でございますので,削除してもよろしいのではないかと考えております。それから,3の論点ですけれども,これについては善管注意義務を残すという方向で意見を述べたいと思います。というのは,高須幹事もおっしゃっていましたけれども,実務では契約書すら必ずしも十分な形で作られているわけではございませんので,どうしても不完備さが残るため補充規定はあったほうが便利であろうと考えられますので,特定物の引渡しの場合の善管注意義務,それから次の種類債権の目的物の品質,中等というこの規定も補充規定として残しておいていただきたいと感じております。 ○潮見幹事 3の「特定物の引渡しの場合の注意義務」に限って意見を申し上げたいと思います。現行の400条ですけれども,何人かの先生方の御発言にあったところとはちょっと違うことを申し上げます。400条については,この規定は二つの意味を持っているのではないかと思います。   一つは,特定物債権者,あるいは特定物債務者といったほうが正確ですけれども,特定物債務者が特定物の引渡しのみならず債務の内容として,そのものを保存すること,保管することを負担しているということを述べているという意味です。それから,もう一つは,400条で書いていることですが,先ほどから問題になっている保存するに当たっては善良な管理者の注意を尽くせばよいという意味です。   私は,前者の意味,つまり特定物債務者は債務の内容として,物を保存することということを負っていることを述べる部分については,規定を残しておくということにはそれなりの意味があると思います。それは履行請求,あるいは履行強制という形で,保存ということが問題になる場面があると思われるからです。他方,保存に当たっては善良な管理者の注意を尽くさなければいけないとか,注意をもって保管しなければならないという点に関しては,先ほどお二人の委員の先生方から任意規定として残してもいいのではないかという御趣旨の御発言がございましたが,この点に関しては,私は反対です。むしろ,最初に岡本委員がおっしゃられたほうに同意したいと思います。   つまり,売買その他のところで特定物ドグマということは採らないという観点から改正をすればよいのではないかという議論が過去にあったと思います。私もこの方向に基本的に賛成です。そのときに,現行の400条を見た場合,この善良な管理者の注意をもって物を保管しなければならないという規定は,先ほど立法趣旨の話もございましたが,何のために善良な管理者の注意をもってということが入っているのかと言えば,ここでは特定物債務の不履行が問題になった場合における免責の観点から善管注意義務が取り上げられている面が非常に強い。   そのような中で,善良な管理者に注意をもって保存しなければならないという規定をここで残したならば,特定物を引き渡さなかった場合には,債務者は善良な管理者の注意を尽くせばそれで免責されるというように理解されてしまう恐れがあります。それは特定物ドグマを採用していないという観点とは平仄が合わないのではないかと思います。したがって,善良な管理者の注意をもって物を保管しなければならないと書きこんだ規定を置くべきではない。任意規定としても置くべきではないというように思います。   一歩譲って,善良な管理者の注意ということを任意規定として置くべきだと考えた場合でも,特定物債務というものを一般的にとらえた場合に,およそ全ての場面で善良な管理者の注意をもって保存するという枠組みで物事を捉えていいのかといえば,これは法務省の資料のところにございますように,契約に基づいてどのようなことが保存措置として求められるのかが決定的であるという点を無視することになってしまうので適切ではない。それでも規定を置きたいということであれば,個別の契約類型の個別の箇所でそれなりの規定を置けばいいのであって,わざわざこんなところに400条のような形で一般化して善良な管理者の注意なるものを置く必要は全くないというように思います。 ○鹿野幹事 私も,ただいま潮見幹事から御発言のあった特定物の引渡しの場合の注意義務の点について一言申し上げたいと思います。私自身は,いわゆる特定物ドグマを否定するということ,及び,先ほど岡本委員からお話があった483条の規定を廃止するということには,賛成でございます。ただ,その場合に特定物の引渡義務を負う債務者がその特定物の保管義務を負うということについては,規定を置いておく必要があるのではないかと思っております。   現状で引き渡せば足りるとする483条の規定に合理性がないということはそのとおりだと思いますが,しかしそのことは,特定物の債務者が絶対的な結果責任を負わなければならないということを意味するものではないと考えております。   特定物債務者がどのような場合に責任を負うのかということ自体,意見が分かれるのかもしれませんし,これは以前に議論があったところの,そもそも帰責事由という要件を外すのかどうか,あるいは,免責事由としてどのようなものを置くのかということとも関わってくるのかもしれません。少なくとも私は,債務者が契約で予定された注意をもって特定の目的物の保管を尽くしていたところ,それにもかかわらず不可抗力等によってその目的物が滅失等して引き渡せなくなったときについては,債務者に債務不履行責任,特に不履行による損害賠償責任を負わせるのは適切ではないと考えております。帰責事由という概念を使うのかどうか,あるいは免責事由という形で規定を置くのかという一方での議論もあるのですが,いずれにしても,債務者がどの範囲で義務を負っているのかということを前提にして,どのような場合に免責がなされるのかも決まってくるのではないかと思います。   もっとも,その際に善良な管理者の注意義務という表現がよいのかどうかということについては,若干,検討を要するかもしれません。確かに,御指摘のとおり,善良なる管理者の注意義務という言葉を使った場合に,あたかも契約と離れて一律の注意義務があって,それを尽くさなければならないし,尽くせば足りるという意味で理解されるおそれもあり,それは少々問題であるように思います。この場合にもやはり契約の趣旨から出発するべきであり,債務者は契約の趣旨に従った注意義務を負うということになると思いますし,そのことをより適切に表す表現を検討するべきかもしれません。そのような検討課題があるとは思いますが,先ほど申しましたように,注意義務自体については何らかの形で規定を置くべきであると考えております。 ○鎌田部会長 おおむね対立点も明らかになってきたと思いますので……。 ○村上委員 5の関連論点について一言,申し上げます。指定権をどちらに与えるかという話ですが,受贈者が好きなものを選んでよいという贈与の仕方もあり得ると思いますので,贈与者が当然指定権を有すると決めていいのかは問題があるかと思います。 ○鎌田部会長 5までにつきまして,ほかにはよろしいでしょうか。 ○松本委員 既に出ている意見の中で,この種の規定について, 完全に契約の問題だから,そして契約というのは合意で決まるから,特段の補充規定は要らないんだという声がかなり有力なわけです。しかしそれでも要るという声もあるんですが,どちらにしても債権総論に置いておくこと自体が適切なのかというレベルの議論はもう一つあるかと思います。   法定債権と契約債権とに共通のルールとして必要だということであれば,ここに置くことになるでしょう。部会資料の詳細版では,法定債権については余り適用される場面がないのではないかという指摘もあるので,そういうことであれば,むしろ争点は契約総則的なところにこの種の補充規定を置くのがよいのか,それとも契約各則のところに必要な場合のみ置けばよいという形になるのかです。特に贈与については,それが一つの提案として出ているということですから,そういう配置の問題というのは独自に議論するべきかと思います。 ○鎌田部会長 よろしければ,6の法定利率,7の選択債権について御意見をお伺いいたします。 ○油布関係官 変動利率制の採用について,この点について真剣に検討を行うということは非常に大切なことだと思っております。ただ,なかなか具体的な方法については難しい点もあるようで,実はよい知恵はございませんので,皆さんが御意見をおっしゃる前にちょっと情報提供といった意味で何点か申し上げたいと思います。   まず,基準とすべき金利などの選択方法でございます。詳細資料の11ページ以下を見ますと,各国の法制度などを五つ紹介いただいております。ですけれども,基準とすべき指標という意味からは4種類あるように思われます。一つ目がドイツ民法でございまして,247条1項が紹介されておりますが,「欧州中央銀行の主要借換え操作の利率」とございますけれども,これは米国のフェデラル・ファンド・レートですとか,日銀の短期金利の誘導目標にあたるものでして,現在先進国の中央銀行が普通にやっている金利調節の代表的な指標でございます。タームは7日間で,今は年利で1%ということだそうでございます。   二つ目のフランスは,これは3か月ものの短期国債の発行金利であるということです。それから,三つ目のイタリア民法が紹介されておりますが,これはちょっとよく分かりませんが,GDPとインフレ率に基づいて財務省が修正を加えていくという仕組みのように読めます。四つ目がヨーロッパ契約法原則とユニドロワということで,これは市中銀行の短期プライムレートの平均値を用いるということのようであります。   こうして見ますと,少なくとも御紹介いただいている中には,公定歩合をベースにしているものはないわけです。ヨーロッパにももちろん公定歩合はあるんですけれども,恐らく我が国と同様,現在では市場金利に与える直接の影響とか重要性を失っているため採用されていないということかもしれません。よく御承知と思いますので,御説明は省略いたしますけれども,要は,我が国でもヨーロッパでも金利自由化が完了しまして,現在では公定歩合は市中金利との直接的な連動関係はもうなくなっているということです。   ところが,五つ目の参考例として,我が国の現在の法制に目を転じてみますと,法定の利息において変動制を採用しているものとして,国税,地方税の利息,正確には利子税がございます。御存じの方も多いかもしれませんが,実は,これは公定歩合に連動する仕組みになっております。利子税は,国税通則法上は,本則ではまだ7.3%という規定が置かれているんですけれども,平成12年からは租税特別措置法によって事実上改正されておりまして,前の年の11月末の公定歩合に4%を加えた水準にするという変動制が採られております。今日はたまたまその11月30日ですけれども,そうすると来年の利子税は4.3%になるということでございます。なお,利子税は延滞税と違いまして,滞納のペナルティといった性格は基本的にはありません。正規に延納手続を法令に則ってなさった方の利率ということでございます。   市中金利との直接の連動性がないのに,まだこういう規定が維持されているのは何故か。まあ,そもそも導入時からそうだったんですけれども,これは推測ですが,公定歩合というのは,ほかの金利と比べますと法的な位置づけがやはりはっきりしていて,これはなにしろ日銀法に根拠規定がある金利でございまして,いわゆる公示性が高いのではないか。それから,やや逆説的になりますけれども,純粋な市場金利と違いまして,マーケットの一時的なショックがあったようなときにもオーバーシュートしたりしなくて,安定している。これは今のポルトガルやアイルランドの国債のことをちょっと考えていただければよく分かると思います。それから,市中金利との「直接的な」連動性は確かになくなっているんですけれども,完全に無関係になっているわけではない。これも御説明は割愛させていただきますが,いわば短期金利の上限を画するという意味では現在でも関連性は残っていると言われております。公定歩合の水準を超えて市場の短期金利が上昇することはないということであります。   ですから,公定歩合ということも検討のオプションの一つにはなり得るかなとも思いますが,いずれにせよ,ちょっとここはいろいろ専門的な検討がいるのかもしれないという気がいたします。   ちょっと結論がない話で恐縮ですが,我が国で短期金利を見ているところというと,日銀がございます。日銀に対して,公式な見解ということではなくて,今回ちょっと有識者の方に非公式に御意見を伺ってみたんですけれども,お答えは「やはりこれだという金利指標はどうも見当たらない。どれも決め手に欠けるのではないか。」というお答えでございまして,ますます結論がない話になってしまって申し訳ないですけれども,いずれにせよ,この法制審議会の場でどこまで詰める必要があるのかというのは,私はちょっと分かりませんが,先々は,例えばイタリアみたいに金利そのものではなくてGDPデフレーターみたいなものを使うようなやり方も含めて,よく検討していく必要があるのかなと思いましたので発言いたしました。 ○新谷委員 6の関連論点の1と2について申し上げます。関連論点1では,金銭債権の遅延損害金の算定利率について,法定利率よりも高い利率とすることが検討されています。労働の分野では法政策的な意味から,この点について賛成したいと思います。   労働基準法第114条は,時間外の割増賃金不払や,解雇予告手当の不払等について,裁判所は未払金に同額の付加金の支払を命じることができるとしています。この付加金制度は,使用者に対して不払を抑制し,不払問題が生じたときには速やかに支払を行わせるという動機付けの一つとして機能しており意味がある制度となっています。  こうした制度に照らしても,金銭債権の遅延損害金の利率の引上げは,債務者である使用者に金銭債権の支払遅延や正当な理由のない解雇を行わないことを努力するように義務付け,動機付けるものとなると思われるため,遅延損害金の算定利率についても法定利率よりも高い利率とするということについては賛成したいと思います。   また,関連論点の2で,中間利息控除について法定利率を用いることについての不合理性が指摘されています。労働の分野では労働災害が,長期にわたる逸失利益の算定を必要とすることの多い人身損害に該当します。労働災害で被災者が企業から長期にわたって民事上の損害賠償金の支払を受けるという際に,将来発生する給与所得を失ったことについて,定期賠償金を選択せずに一時金の賠償を選択する場合,賠償金の受取金額から将来の毎月の給与の支払時期までの金額について,法定利息である5%の複利計算で資産運用した場合の利息に相当する金額を控除された額の支払しか受けることができません。   しかし今日の金利の状況を見たときに,5%の複利で資産運用ができるという状況はなく,被災労働者は大幅に目減りした賠償金額しか受け取れないという現状にあるわけです。   こうした背景から損害賠償金の算定のための中間利息の控除を行うに当たっては,法定利率である年5%を適用することなく,控除を用いるのに適した利率を定めていただくようお願いしたいと思います。 ○野村委員 私も,基本的に変動利率制を採ったほうがいいと思うのですけれども,確かに先ほど御発言がありましたように,何を指標にすべきかと非常に難しい問題だと思います。そこはよく考えなければいけないと思います。   フランスでは,確か1975年に,法定利率について,固定利率から変動制に変わったのですが,そのときの立法では,基準となるのはフランス銀行の割引率(日本でいう公定歩合を意味するのか)であったと思います。それが現在のような形に変わっているということなので,基準となる利率については,いろいろ検討が必要ではないかと思います。   もう一つは,遅延損害金で金銭債権の遅延損害金と書かれているのですが,不法行為についてどう考えるのかは非常に問題ではないかと思います。現在の考え方では,不法行為の損害賠償については,不法行為時から遅延損害金がつくという解釈論になっています。そうすると,もし遅延損害金には高い利率をつけるということになれば,不法行為による損害賠償については,不法行為時からずっと高い利率がつくということになりますが,それでいいのかという検討が必要なのではないかと思います。これは,不法行為だからペナルティを課すということなのか,あるいは世の中の金銭債権の金利の実態に合わせると高くなるということなのかその辺も不法行為との関連で検討が必要ではないかと思います。 ○松岡委員 今の問題に関連してですが,不法行為ですと確かにペナルティの要素を考慮する必要がある,ないしは考慮できるのですけれども,法定利率に関する定めを債権総論の規定として存置することになりますと,善意・無過失である場合の不当利得の返還義務についても遅くとも履行請求されたとき,若しくは訴えを起こされたときから遅延が生じます。その場合に,不法行為と同じような意味でペナルティを考えるのはやはり難しいと思います。そもそも債権総論として置かれる規定をどこまでの射程があるものと考えておくかがかなり難しい問題だと感じます。 ○岡本委員 法定利率について順にお話ししたいと思いますけれども,現状の法定利率は高すぎると思います。硬直的ですので市中金利を勘案して変動利率制を採るということには賛成したいと考えます。   ただし技術的には部会資料にも記載がありますように,いろいろな点の検討が必要だと思いますけれども,一つ一つを潰していけばよいですし,決めの問題であって,決めてしまえばそれでいいというところもあるかと思いますので変動利率制を採用することの障害にはならないのではないかと考えます。   基準金利については,既にお話が出ているように,何にするかというのはいろいろ候補があると思います。それから,その候補だけではなくて,利率の決定方法をどうするのかというところもあるかと思います。民法に規定すると改正が大変なので,政令とか省令に規定することにするとか,そういった考え方もあるのではないかと思います。   金利の決め方につきましては,臨時金利調整法の利率の決定方法であるとか,あるいは供託利率の決定方法,こういったものも参考になるのかもしれないという意見がございました。   それから,変動の周期ですけれども,余り頻繁に変動するのも煩わしいですし,余り長く変わらないというのでは市中の金利とのかい離が大きくなってしまうということになると思いますので,中位がいいんだろうなと思いますけれども,中位は一体どの程度か。例えば1年とか半年に1回。そういったことも一つの判断と思います。   それから,例えば変動周期を1年にした場合でも,利率変更時点の金利をその後の1年間で適用すると考えるのか。あるいは1年間の基準金利の平均値で翌年の利率を決めるのか。こういった決め方の違いもあると思います。一方で,変動周期というものを定めないで,基準金利に即時に連動させるといった考え方も極端な考え方であるけれどもあると思います。   それから,債務不履行の遅延賠償,それから不法行為債務,これに法定利率が適用される場合に,当初の不法行為時,債務不履行時の利率が完済まで適用されるのか。その間に利率の変動があれば,それに応じて変動するのかといった点も問題になってくるかと思います。利率の変更に応じて変動させるというのは煩わしいですけれども,当初の利率で固定するといった場合でも例えばなし崩し的に損害が発生するような場合,こういった問題のいつを基準とするのか。これはやはり問題になってくるのではないかと思います。   今回は,民法の改正ということですけれども,商事法定利率にも同様の問題があると思いますので,民事の法定利率を変えるのであれば,それに平仄を合わせる形で商事法定利率にいても変えていただきたいと考えます。   それから,関連論点の1番目の金銭債権の遅延損害金を算定する利率について,市中金利と連動させた場合に支払遅延を招く恐れがあるのではないかという指摘についてなんですが,遅延損害金の割合について法定利率に一定の加算をして,あるいは一定の割合を乗ずるという考え方については,三つの理由で反対したいと思います。一つ目の理由は,我が国では損害賠償について,一般に懲罰的賠償という考え方が採られてないのではないかと思いますけれども,基本的には填補賠償だということです。遅延損害金についてだけ懲罰的要素を盛り込むというのはいかがなものかというのが一つ目の理由です。   二つ目の理由としましては,これが実質的な理由として一番大きいんですけれども,法定利率に一定の加算をした結果,遅延損害金の割合が市中金利より高いということになりますと,意図的に債権の帰属に争いを生じさせて,遅延損害金を儲けるというモラルハザードの問題が生じるのではないかということが第2点目の理由です。   三つ目はどちらかと言うと消極的な理由でありますけれども,現行法でも遅延損害金の割合は法定利率と同率ということになっていまして,その点に限って言えば,特にそれで問題は生じていないということだと思いますので,それが三つ目の理由ということです。   それから,関連論点の2は飛ばしまして,3の利息の定義のところですが,民法における利息の定義の問題ではないんですけれども,関連する問題として利息制限法とか出資法,ここで見なし利息といったものが定義されているんですけれども,現行法では,およそ利息とは程遠いものまで利息と見なされて弊害が大きいと考えているところでございまして改正が必要だと考えております。   ここでの議論の対象ではないということかもしれませんが,一応,関連する点として一言だけ申し上げさせていただきました。 ○中井委員 日弁連各単位会から集まった意見を要約させていただきます。第一の変動制については,現在の低金利のときでも5%,バブルのときに普通預金金利が7,8%のときでも5%。こういう形で5%で固定というのはいかにもおかしいのではないか。何らかの形で変動させるのが相当ではないかというのが多くの意見でした。   二つ目,損害金利を高率にするということについても弁護士会の多くのところでは,法定利率より高くしていいのではないか,ペナルティとしての要素があっていいのではないか,それは紛争の早期解決にも有効であるという意見が多く出ました。   三つ目の,人身損害の計算方法については,被害者は個人で,本来個人が将来得られるものを現在にもらうときの計算方法は,仮に変動制を採ったとしても違った計算方法,ここでは30年間とか40年間とか長いスパンで金利を定めて,それを別途適用して中間利息を控除して現在価値を評価するという考え方がいいのではないか,こういう意見が多かったように思います。   弁護士会の意見としてそういう意見が多かったのですが,私個人としては必ずしもそう思わないところがあります。   まず,今までの御発言の方々も皆さんが変動制に賛成で,海外の法制を見ても変動制を採っているようです。確かに現実の市場金利がこれだけ違っても,常に同じかということについて疑問が生じ,変動制が相当ではないか,その一般論は非常によく分かるんですが,法定金利が機能する場面というのはどういう場面だろうか。契約に基づく場合は,基本的に合意がある,金利の定めがあるだろう。利息は払うけれども,定めをしないという例はほとんどない。そうだとすれば,定めをすれば全て解決する問題ではないか。現実的に機能しているのは,損害金利のほうではないかと思います。   当事者で合意ができない。そういう場面で機能している。専らそこで機能するために変動制を持ち込む,それほどの理由が本当にあるのだろうか。仮に変動制を採るとすれば,一定のスパン,先ほど1年というお話もありましたけれども,もっと長いのかもしれません。いずれにしろ過去の金利水準からこれから先の金利水準を決めていく。どうしても後追いになるという性格は免れないでしょうし,先ほどから幾つか御指摘にあるように,その基準金利を見つけるにしてもどうするのか。変動制をとったときに,ある債権が発生した発生日を基準にするのか。発生した後の経過ごとに計算を変えていくのか。この辺の考え方も決めれば計算できるでしょうけれども,非常に煩雑になる。変動制にすることによるコストは必ず増大するのではないか。そのコストを掛けるほどのメリットがあるのか。それが1点です。   2点目は,現在の5%金利についてのみ申し上げることになりますけれども,市場金利と比べて高すぎるという意見がありました。だから,変動制だと。現在の市場金利からすればそうなのかもしれませんけれども,先ほども言いましたけれども,法定利率が機能するのは損害金利の場面が専らであるとすれば,そのような議論が直ちに結びつくのか。つまり市場金利というのは自分が運用すれば幾らか,若しくは資金調達をすれば,幾ら掛かるかという問題で,直接,損害金利のようなところで機能するものではないだろうと思います。   加えて,調達する場合は明らかですけれども,金融機関,若しくは大企業の調達金利は1%,2%かもしれません。今日の経済情勢からすれば。しかし,個人若しくは中小企業が資金調達をしようと思えば,5%どころか7%,8%,場合によっては10%です。他方で運用を考えても運用利率というのは我々市民が運用しようと思えば預金するか国債を買うかですから,低金利かもしれませんけれども,投資銀行などが運用すれば今でも10%以上の金利を求めている。不動産でも10%以上の利回りを求めている。果たして5%というものが損害金利として高すぎるのかということについても疑問があります。   三つ目ですが,日弁連の多数意見も,先ほど新谷委員もそうでしたけれども,損害金利は法定金利より高くてよい。ここにペナルティの考え方を持ち込むということについて私は違和感があります。   この点は,岡本委員がおっしゃった理由と重なるんですけれども,現行法は法定金利そのまま損害金利でイーブンである。本来,損害というのは得られるべき利益を失ったものだとすれば,得られるべき利益というのは,法定金利相当額だろう。だとすれば,損害金利も同額でよいはずです。契約の場合は,それより高い損害金利を取りたければ,当事者間が合意をすればいいだけの話ですから,合意で解決できるものをあえてなぜ高くしなければならないのか。よく分からない。   例えば,物の利用になるのかもしれませんけれども,賃貸借契約の明け渡しを延滞すれば通常は賃料相当損害金が当然に認められる。これも賃料と賃料相当損害金イーブンであるのが原則で,当事者間が特段の合意をすれば別ですけれども,ここでもペナルティ的観念はないと理解しています。   しかも,また仮に損害金利にペナルティという観念を入れると,現実に払えない人にとっては更に過酷な損害金利がつく。権利の存在,もしくは額を裁判で争う人にとって,争う間損害金利が発生するわけですから,ペナルティとして高くなり,正当な争いができなくなる。裁判所でも,金利が高いから早く和解したらどうですかとなる。これは早期解決という意味ではプラスに評価すべきかもしれませんけれども,マイナス面としては,争う人にとっては酷な結果を招きかねない。ということを考えると損害金利をなぜ高くするのか理解できないところです。 ○鹿野幹事 遅延損害金を算定する利率について一言私からも申し上げたいと思います。既にお二方から御発言があったことと結論的には共通した疑問を私も持っているのですが,前提としてまず,ここで金銭債務による遅延損害金の算定に適用される利率について,法定利率に一定の加算をするとされていることの趣旨が何なのかということを確認する必要があります。これはもしかしたら法定利率をどう定めるのかということにもよるのかもしれませんが,仮にここで一定の加算をするということの趣旨が,制裁的な要素をここに加え,それによって不履行を抑止するということにあるとすると,なぜ金銭債務の不履行の場合にだけ損害賠償に当然にそのような制裁的な要素,あるいは抑止的な要素というものが加えられなければいけないのかということが,私には理解しかねるところでございます。   確かに当事者が損害賠償額の予定など合意によって,遅延損害金に制裁的な要素を含めて,それによって不履行を抑止しようとすることは可能であり,それには一定の合理性があると思います。民法には420条がありますが,例えば利息制限法においても,貸金の利息の利率の上限と,不履行の場合の賠償額の予定の利率の上限とでは異なる定めが置かれておりまして,金銭債務についても非金銭債務についても,そのような合意に一定範囲での合理性は認められてきたものと思います。しかし,そのような特約がないときに,金銭債務の場合についてだけ,債務者が当然に制裁的な意味を持つ金銭を払わなければならないと法律で定めることの合理的根拠がどこにあるのか,その点を私は理解しかねます。   先ほど,労働の問題につき御指摘がありました。私も,もちろん一定の分野については政策的な観点からそのような特則を設けるということは考えられると思います。しかし,このような一般的な形で,遅延損害金について制裁的な要素を加味した定めを置くということには反対でございます。 ○道垣内幹事 同じことの繰返しになりますから短くしますが,中井委員がおっしゃった最後の点と,鹿野幹事が先ほどおっしゃったことに根本的には賛成です。すなわち,損害賠償額の算定全体のシステムと若干不整合な点があるのではないかと思いますので,遅延のときにはプラスアルファをするということについては必ずしも賛成できません。  ただ,現在の民法の規律においては,金銭債務の不履行においては法定利率以上の損害が発生した場合でもとれないと一般的には解されています。しかし,それに対しては学説上いろいろな批判があって,金銭債務の不履行のときに更なる損害が発生した場合には,それが民法416条の範囲に入っていれば,その賠償を得られるのではないかという意見があるわけです。私は,それはそれでおかしくはないのではないかという気がしております。したがって,プラスアルファを遅延の場合には加えるということに賛成できませんけれども,なおそのプラスアルファの損害が具体的に存在する場合に,それを立証してとることを妨げないとすべきではないかと考えているわけでして,その点を併せて考慮しなければ遅延損害金に関して法定利率に一定割合を加えるというものの是非は判断できないのではないかと思います。 ○山野目幹事 2点申し上げます。1点目は,先ほど中井委員のほうから変動利率制の評価,適否ということに関してお出しいただいた意見に示唆を受けて,この変動方式にするか固定方式かという問題について感じているところを申し上げさせていただきますと,二つの方式,それぞれ理由がありますし,変動方式に移行せよという御議論にも相当の説得力があるものと感じますけれども,併せて変動方式と固定方式との中間とでも申せばよろしいのでしょうか,政令で法定利率を定めることとし,政令の改正による法定利率の変更は特に変動の頻度,周期を定めず,必要になったときに限り,その都度改めるという方法もあることと感じるものでありますから,これも手法の一つとして加え,更に幅広く御検討いただきたいと願うものでございます。   それから,もう1点は,人身損害に係る中間利息の控除の問題をここの法定利率の問題と関連させて論議することについて,やや心配を感じているところでございます。既に,部会資料において示唆されておりますとおり,これは本来的には損害賠償額の算定方法の問題でありまして,金銭債権そのものに関する基本的規律ということとはやや性格を異にするように感じます。したがいまして,今後の不法行為法の発展,具体的には裁判実務上の扱いの再検討や不法行為法の領域における立法論議の蓄積などをあとしばらく慎重に見守るということもあり得ると感じるものでございます。取り分け人身損害における逸失利益などに適用されるという想定で特別の長期金利を定めるようなことを今般の改正ですることとすると,他の発想による考え方が育まれる芽を摘むことにもなりかねないように感じるものでありますから,この論点を慎重に扱っていただきたいと望むものでございます。 ○佐成委員 中間利息控除に関しては,基本的には今山野目幹事がおっしゃったことに賛成したいと考えております。   特に,法定利率の議論だけで損害賠償額の算定方法も変更されるということになりますと,損害保険の実務にもかなり大きな影響を及ぼします。つまり,現在,中間利息控除は,法定利率で計算しているわけですけれども,法定利率の議論のみで中間利息控除へもそのまま変動制を持ち込みますと,実務に相当大きな混乱をもたらすと思います。仮に変動制をとった場合の改定の頻度にもよりますけれども,改定の前後で賠償額がかなり大きく変動するということもあり得ますし,それらの影響は結局は損害保険料にも跳ね返ることになります。ですから,損害保険業界からは相当慎重にやってほしい,中間利息控除の問題は,特に,損害賠償額の算定方法固有の問題として議論をしてほしい,単に法定利率との関連だけで中間利息控除の問題を取り扱わないでほしい,という意見が強くございました。   もう一つ,法定利率の変動制それ自体に関して申しますと,経済界にも基本的には変動制に賛成するという意見が非常に多くございます。ただ,余り変動のタイミングのスパンを短くしてしまうと,改定に伴う事務処理コストが掛かりすぎて困るので,変動のスパンもせいぜい1年に1回ぐらいが適当だろうということが実務家の感触として言われています。   あともう一つ,法定利率を変動制に改める場合には商事法定利率にも影響を及ぼすことになると思われますが,これは本部会で直接議論すべきことではございませんけれども,現行法では両者に1%の差がございますが,このような差を設けることが本当に合理的なのかというところもどの場でなさるかは別にして議論をしたほうがよろしいのではないかということでございます。 ○岡委員 法定利率解体論というものを意見として申し上げたいと思います。弁護士会で議論していても,法定利率がどこで使われるのかにつき焦点を絞ることができないため,どの金利を基準にするか,不明確な議論が非常に広がりました。それで,議論しているとやはり不法行為に基づく損害賠償請求権の金利で最も機能している,そうだとすると法定利率をいくらにするかという議論ではなく,不法行為の損害賠償金利は幾らにするかということで議論すべきであります。   それから,利率を定めずにお金を貸した場合の利率を幾らにするべきか。余り事例はないと思いますけれども,法定利率が適用される場面として言われているところでございます。   その場合の利率と不法行為に基づく損害賠償の金利とは全く違うことですから,それを一律に決めようということ自体が間違いではないか。そうすると生命の中間利息控除のところも別な話ですから,必要なところにおける金利を,それに絞って定めたほうが明確になりますし,どの金利に連動させて考えればいいかということもはっきりしてくるのではないかということです。   その観点でいきますと,一番よく使われている不法行為の損害賠償債務の不履行の場合の利率については,ペナルティ要素があるのがいかがなものかという議論もありますけれども,基本は債権者にとっての運用利率,債権者がお金をもらうのが遅れたので,早くもらっていたとすればその間運用できたものは補填するのが等価性に役立つということですから,債権者にとっての運用利率というのが基本になるだろうと思います。   その場合に,過去の流れに染まっているからかもしれませんけれども,不法行為の債権者にとっての運用利率が5%かと言うと,現時点では運用利率は5%は無理だと思いますけれども,何となく弁護士会でも不法行為の場面では5%ぐらいでいいのではないのという意見が多かったです。   それは,制裁的要素なのか政策的要素なのか,過去の慣例に引きずられているだけなのか。その辺はよく分かりませんけれども,不法行為の損害賠償金利で幾らかという議論をすればそれで純化していくだろうと思います。言いたいことは法定金利として,いろいろなものに適用されるものを一律に定めようということは,論理も基準も不明確になって,相当ではないのではないか。場面ごとに決めるべきではないかという意見です。また不法行為の損害賠償金利のところについては,債権者の運用金利だけではなく政策的,制裁的要素も入って,5%,4%あたりでも妥当ではないか,そういう意見を持っております。   それから,もう一つ,金銭債権の債権者にとっての損害の1パターンとしては,そのお金がもらえなかったから,ほかから調達して行動せざるを得なかった。その場合に,調達金利を請求できる場合はあり得ると思うんですが,それは法定金利の問題ではなく,特別に立証できた場合の,債権者にとっての特別損害だと思います。法定利率の基本は,やはり調達金利ではなく,飽くまで債権者の運用金利が基準になるべきだと思います。   利率を定めずにお金を貸した場合に適用される法定利率については,債権者が個人の場合も企業の場合もいろいろある中で,本当は債権者の属性ごとに運用金利が違いますので,法定利率自体をなくしてしまって,個別に事実認定で対処するのでいいのではないかという意見も持っているんですが,とんでもないという意見もございましたので,取りあえずは分野ごとに法定利率を決めるのがいいのではないかという意見を申し上げます。 ○油布関係官 人身損害の中間利息控除の関係で申し上げます。佐成委員,岡委員がおっしゃったことと重なるんですけれども,この問題は実際問題としてはかなりの部分が損害保険に関係するということで,損害保険会社やその契約者と被害者に関連する話だろうと思います。これは実際に試算をもらっておりますので御紹介させていただきますが,具体的に中間利息,現在の5%を2%だけ下げて3%にした場合,これが単純に機械的に逸失利益のほうに跳ねるというケースを想定しますと,ある具体的なケースでは損害賠償総額の合計が3億7,000万円のものが4億4,000万円。別のケースでは3億6,000万円のものが4億6,000万円。それから,また別のケースで3億3,000万円のものが3億7,000万円ということでございまして,特に高額事案の場合,賠償総額で見ますと4,000万円から1億円程度,逸失利益の部分だけを限定して見ますと,もちろん期間にもよるんですけれども,10%から35%ぐらいは金額が増える計算になるということのようです。   もちろんこのことは,その分,現在の被害者のほうがむしろ不利益を被っているという見方は十分成り立ちますので,一概にどうだと申し上げるつもりは,私はないんですが,ただ,こうした変更がもし中間利息のほうに及ぶようなことがあれば,最終的にはこれは保険料に跳ね返る話でもありますので,かなりの激変緩和措置というか移行期間みたいなものが必要かなという気がいたしております。   損保会社の受け止め方としては,今現在の損害賠償額の算定というのは長年の事例の積み重ねで,いろいろな要素を勘案して被害者と加害者の間の微妙なバランスをとった,言わばガラス細工のような精緻なものができ上がっているんだという認識のようであります。その中で特定の幾つかの要素だけ,例えば中間利息の部分とかを取り出して修正するというのではなくて,本来的にはやはり不法行為の問題として,損害賠償額の算定方法全体を総合的に検討されるような場で議論を頂けないだろうかということのようでございます。   取りあえず本日時点のということでありますけれども,実際に実務に関わっている損保業界の現時点での要望ということで御紹介させていただきます。 ○高須幹事 関係官からの御説明でそれだけ金額が違うんだという実感を持ったのですが,こういう中間利息控除の問題に関して,やはりいわゆる法定利率との関係でワンセットで論じるのがどうも合理的ではないようだと,今日はそういう御指摘が多かったと思うんですが,私もそこは同意見でございます。将来の債権を今もらうとしたら,今もらう分のメリットの部分をどれだけ控除するかというのが中間利息の控除の問題だと思いますので,今もらって将来にわたって運用したらどの程度の利益が,別に確保できるのかという観点からの考え方になると思います。そういう意味で,先ほどから議論が出ております法定利率の問題とは少し性質が違うのではないか。一緒に議論することは必ずしも合理的ではないと思います。   そこまでは今までの議論を聞いてそうだと思ったんですが,更にそこから先なんですけれども,これは不法行為の問題だから,不法行為法でやりましょうというと,果たしていつになるのかという疑問が残ります。先ほど来の必要性みたいなものを考えると,今回の改正法の中で,やはり真剣に検討する必要があってもいいのではないか。少しそのための情状弁論みたいなことをさせていただきますと,実はこの問題は将来債権についての現在のお金で評価する場合に,一般的に問題が起きるわけでございまして,民事執行法の例えば将来債権を執行の中で現在に引き戻して配当額を決めるとか,そういう場合にも全て同じような処理をしているわけであります。   民事執行法の88条2項なども条文をもって法定利率で将来債権については控除すると書いてあるわけでございまして,現行法は先ほど来の議論でもそれは合理的ではないという扱いを明文で認めてしまっている節があるということです。ですから,ここでしっかり議論して,中間利息控除の問題について妥当な解決方法をするような検討をし,もし可能であれば立法に結びつけるということが必要ではないかと思います。   不法行為の判例として有名であり,資料にもございます最高裁の平成17年6月14日判決ですが,これは中間利息控除は法定利率でやると判断したわけですが,この判例もその理由のところを見ますと法的安定及び統一的処理が必要だと指摘しています。それぞれに取り扱いが分かれてはいけないということで,現行法は民事法定利率により中間利息を控除することを予定しているものと考えられるという書き方をしております。つまり,必ずしも法定利率がいいと言っているわけではなさそうでございまして,今のところそれしかないと言っているような意味にも読めるものですから,実際にはやはり立法によって解決されることを待っていることもあるのではないかと思いますので,前向きにこの会の中でも議論できたらと思います。 ○山野目幹事 今,高須幹事が後半でおっしゃったことは誠にごもっともなことであると感じます。少し前の私の発言で,不法行為法の発展を待つべきであると申し上げたことがいささか無責任に聞こえた部分があるかもしれません。待っていてどうするんだというお話もあることでしょう。今日,明日にも日々刻々と損害賠償の事件は起こるという問題意識もごもっともなことであると感じます。   また,現実に今回法定利率が何らかの形で手を加えられれば,この中間利息控除の問題が今までと全く同じでよくて何も議論しなくてよいとなるはずがないという関係にあることも事実であると考えます。しかしながら,同時に私として強調したいことは,この中間利息控除の扱いにつきましては,御指摘の平成17年に最上級審が示した法律解釈もさることながら,それ自体含蓄があると高須幹事のお話があり,また,併せて下級審の実務のレベルで従来においても東京や大阪の裁判所関係者が緊密な協議をして,実務的な処し方を積み上げてきたという経緯がございます。   申し上げたいことは,民法の改められる規定や政令などにおいても激変緩和措置を含む経過措置などについて細密な規律の配慮がされるべきでありますが,この問題は,そこだけで済むものではなく,またほかにもいろいろなものの機能を期待することができる実務的な空間が広がっているテーマでありまして,法律や政令の規定がどこまで手を加えれば必要十分なアクションになるのかということは慎重に考えていただきたいという趣旨で申し上げました。 ○山下委員 今日はここに来るまでは,中間利息控除の問題について法定利息の変動利率化というものが余り変な影響を及ぼさないように慎重にお願いしますと言おうかなと思って来たんですが,皆さんそういう意見が続いたのでへそ曲がりですから,やや逆のほうから考えますと,今の実務というのは全部法定利率を前提に山野目幹事がおっしゃった非常に細密な損害賠償実務が裁判実務,保険実務において形成されているわけです。その大前提としての法定利率というものが一般論として動くとなると,やはりそれが全く無関係であるとはいえないわけで,かといって不法行為に関しては現行の5%を維持するという立法も説得力がないような気もいたしますので,法定利率を改正するのであれば,やはり不法行為の問題も合理的な解決を具体的に示さないと非常に大きな混乱をもたらすのではないかという感じを持っております。 ○佐成委員 基本的には議論の方向性はそれで結構かと思うんですが,先ほども油布関係官がおっしゃったように現在の逸失利益の算定はガラス細工のように非常に微妙な形で形成されていて,事故前の年収,労働力喪失率,労働能力喪失期間等も十分踏まえた上で作られていますので,もし法定利率の見直しと合わせて中間利息控除の問題を議論するのであれば,そのあたりも十分視野に入れて議論しないと実務に混乱が生じるという感じを持っています。 ○奈須野関係官 まず,法定利率を変動利率とすることについては,基本的に賛成です。また,遅延損害金との関係についても何人の方からも御指摘があったとおりですが,その発生原因には様々なものがありますので,懲罰的要素を盛り込むことは難しいのではないかと考えております。   例えば,企業間紛争における特許侵害の場合を考えてみましても,単なる侵害といえども故意の場合もありますし,過失の場合もあります。無過失であっても,実際には過失が推定されるわけですが,「推定された過失」にすぎない場合もあります。したがって,こういったものに対して一律な処理をしていく,一律に懲罰的な要素を盛り込んでいくことについては困難があるのではないかと思っております。   もう一点,現行の遅延損害金については,過去の損害ほど類型的に立証は難しく,損害額が少なめに裁判所に認定される傾向があります。また,企業側にとっても営業秘密を相手方に開示することについては,訴訟戦術上望ましくないので,どうしても類型的に出せる証拠というのは限られてくるというわけです。こういう中で現行の5%というのは結果オーライになっているという面があって,そういうものが変わるということになりますと,何人の方からか御指摘がありましたように,不法行為の損害の認定,あるいは民事訴訟の手続についても手を打たなければ,被害者が救済されないということになるので,こちらについても併せて検討する必要があるのではないかと思っております。   ところで,何社かの企業の方に変動金利になったとして,皆さんがイメージを抱いている金利は何%かと聞いたところ,やはり5%という意見が多く述べられました。それは今申し上げたような企業間の紛争において,これが遅延損害金として使われるということも勘案すると「やはり5%かな」というようなところが多く,そのような実務感覚も併せて参考にしていただければと思っております。 ○松本委員 10分だか15分前に岡委員が発言された弁護士会の意見集約というのが私には印象的でありました。法定利息が問題になる場合は幾つかあるではないか。それに合わせてそれぞれ考えればいいのではないかという御指摘だったのですが,基本的にそういう考え方にシンパシーを感じております。本来的金銭債務,契約上の金銭債務であって,合意することによって利息を定めればいいものについて,利息が発生することは合意しているけれども金利を定めていないという場合には,言わば変動する市場金利を基準にした何か,5%という一律ではなくて,市場金利プラス幾らぐらいで当然ではないかと思います。しかし,他方で当事者が事前に合意をしておくことがおよそ想定されないようなタイプの場合,不法行為,あるいは不当利得,松岡委員がおっしゃったのは不当利得と不法行為とで考慮すべき要素が違うのではないかということだったと思うんですが,それらについては一定独自の判断の仕方があり得るのではないかと思います。   法律が定めております法定遅延利息はべらぼうに高いです。税金は,一日でも遅れれば十何%かの遅延利息がつくんでしたか(延滞が2月を超えると14.6%,それ以前は7.3%と前年の11月30日の公定歩合プラス4%のいずれか低い方)。消費者契約法で損害賠償の予定についての一定の上限を定めていますが,これも何かの法律が定めている法定遅延利息的なものをもってきていると聞いています。そういう点では5%どころではないような高利の法定利息を課しているようなケースもあって,それぞれ政策的な判断があるかと思うんです。そういうことを考えますと,債務不履行,あるいは不法行為の損害賠償ということについて,本来的な金利とは別の評価がされてもいいのではないかと思います。   そういう意味で,ほとんど議論されておりませんが,部会資料4ページの関連論点の3のところに利息の定義というのがありまして,ここの問題と今申し上げた問題が絡んでくるのではないか。逸失利益の算定における中間利息の控除というのも,そこで言う利息とは何ぞやという話ですから,関連論点3でいう利息の定義の問題として,法定利率を適用すべき利息というのは何ぞやという問題をまずきちんと議論すべきかと思います。 ○鎌田部会長 概ね問題点の御指摘はいただいたと思いますので,次の課題に進ませていただきます。よろしいでしょうか。   潮見幹事,どうぞ。 ○潮見幹事 1点だけ,延滞利息について不法行為に委ねればいいという御意見が幾つかあったのですが,債務不履行の場合にも安全配慮義務の不履行とか,医療過誤の場合,いろいろな場面で,金銭債務不履行による延滞利息の問題が出てくるわけですから,これを不法行為のところに全て委ねるということに対しては,私は疑問を感じます。 ○鎌田部会長 同じように,先ほども少し御指摘がありましたけれども,中間利息の控除も将来の損害額算定の場面だけではなくて,将来債権の現在化をするときにも中間利息の控除をしているわけですから,そういうタイプごとに分けていくのか,全てを例えば債権者にとっての運用益ということで共通で考えていくのかという幾つかの方向性があると思いますので,それらについての整理を再度させていただくということで次に進ませていただきたいと思います。   選択債権については特に御意見がありませんけれども,そのまま進ませていただきます。 次に部会資料の19-1の4ページから6ページまでの,「第2 事情変更の原則」について,御審議いただきます。事務当局に説明してもらいます。 ○大畑関係官 「第2 事情変更原則」において,主に御議論いただきたいのは,「1 事情変更の原則の明文化の要否」についてです。事情原則については古くから判例がその法理自体を認め続けており,下級審裁判例がその適用を通じて法理の内容を具体化しているため,この判例法理を明文化すべきという考え方があります。この考え方について御議論いただきたいと思います。   なお,「2 要件論」では,判例が採用するとされる要件を明文化する考え方,「3 効果論」では,解除のほか契約改訂を認める考え方を紹介していますが,1の明文化の要否を検討する際にはこれらの論点との関連性も念頭に置く必要があろうかと思いますので,併せて御議論いただければと思います。   また,仮に契約改訂を認める場合,訴訟手続との関係も問題となりますので,この点についても御意見を頂ければと思います。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分について一括して御意見を伺います。 ○大島委員 事情変更の原則の明文化の要否について申し上げます。現実問題として債務者側が債務の履行を拒絶する口実には瑕疵担保責任と事情変更が使われることが多いという取引の実態がございます。商工会議所には事情変更の原則が民法の規定として明文化された場合,事情の変更があったと主張されて,代金の支払を拒絶される中小企業が増えるのではないかと懸念する声がございました。   また,従来の判例法では認められなかったようなケースにおいて,濫用され,無意味な裁判が増えるのではないかというおそれもございます。事情変更の原則の明文化については慎重に御検討いただければと思います。 ○新谷委員 労働契約においては,契約期間途中に事情変更に対応して労働条件を変更するにあたり,例えば労働協約による労働契約内容の変更に関する法理や,就業規則による労働条件の不利益変更をめぐる法理等,様々な判例法理が形成されています。   また,配置転換命令権,出向命令権のように使用者が持っている労働条件の変更権についても判例の積み重ねによって,その根拠と行使要件,限界等が詳しく明らかにされています。   さらに,労働法の分野で労働条件を変更するに際しては,その合理性,必要性の実体的な要件だけではなく,例えば就業規則においては事前の周知や,労働組合,労働者との協議といった手続の要件も厳格に課されています。仮に,民法上に事情変更の法理が一般則として明文化されるということになり,労働契約にこれが適用されることになった場合,使用者側が従来の労働法の法理よりも要件が緩やかである当該規定を根拠に,事情が変更になったとして,労働者の労働条件について変更や解除(解雇)をなすおそれがあります。   例えば最近の裁判例で,業績の悪化によって,内々定の取消しをめぐって争われた事案においても,使用者側がこの内々定の取消しについて,不特定多数の企業を襲った不況という外部事由,外部要因を原因としてこれを事情変更の原則と主張して争いになった事案があります。   このように事情変更の原則を主張するのは使用者,事業主の側が多く,その適用は労働者の不利益をもたらす懸念が非常に大きいため,事情変更の原則を民法に盛り込むことについては,連合としては反対を申し上げます。もし仮に事情変更の原則を検討するということであれば,売買契約や賃貸借契約等適用が必要な契約類型のみに適用範囲を限定し,生身の人間が行う労務供給に関する労働契約に適用されることのないように慎重に検討をお願いしたいと思っています。   なお,詳細資料のほうに比較法の関係で詳細な外国法制について内容が記載されていますが,これらの諸外国の法律の中の事情変更の原則について,全ての契約類型に適用されるものなのかどうかを教えていただきたいと思います。つまり,事情変更の原則が適用される契約類型の範囲を限定する条項の有無について,教えていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ただいまの御質問の点について,どなたか。 ○内田委員 私の理解する限りでは,契約類型を限定しない規定として置かれておりますので,特定の契約類型にのみ適用されるということはないと思います。   ついでで申し訳ないのですが,事情変更の原則の明文化についてやや誤解があるような気がいたしますので一言だけ追加して補足させていただければと思います。   事情変更の原則は判例上はもう確立しておりまして,要件も最高裁が明示的に述べております。肯定的に適用したものは最上級審ではないとされておりますけれども,法理の存在自体は判例法上認められており,下級審では相当数の適用事例もある。ということなのですが,ただ適用される場面は極めて限られておりまして,日本で言いますと第二次大戦直後の貨幣価値の大きな変動が生じた時期,それから1970年代のオイルショックの時期,そして90年代以降のバブル崩壊の時期といった極めて大きな社会的変動,経済的変動が起きた場面に適用が限られていて,しかも肯定的に適用される事例は更に限定的です。それを前提に,判例法上既に存在している原則であるから明文化しようということが現在提案されているわけです。ですから,なかには,現在の判例法理を拡大しようという意図を持った提案もあるかもしれませんけれども,明文化することが必ず拡大につながるとか,要件が緩和されることになるということはない。そういう必然性はないのではないかと思います。   そして,それとの関連で言うと,労働法で形成されている法理というのは,その原則に対する特則という関係に現行法上もありますので,それは全く変わらないのではないかと私自身は理解しております。 ○岡委員 弁護士会の中の意見を御紹介申し上げますが,この事情変更の原則の明文化については,かなり慎重な意見が多いというのが結論でございます。訴訟上の主張で多く使っている者であるからこそ,使われると困るという弊害もよく知っている弁護士が多いものですから,これが明文化されると濫用事例がやはり多くなるだろう。自分の体験からみな思っておりまして,この法理自体を否定する者はいないんですけれども,先ほどのような極めて限定されたものであるということをしっかり書かないといけないという意見です。特に事情変更の原則,というネーミングはないだろうと。原則と言うともう事情が変更したら,拘束力が変わるというのが原則になる印象なので,これはよくない。もし明文化するとしたら,事情激変の特例とか,ネーミング自体から変えないといけないのではないか。そういう意見もございました。   弁護士会の中でもバブルを経験してない弁護士も多くなってきましたし,第二次世界大戦を知っている者も委員会にはおりません。私どもの一般的な弁護士の感覚だと,バブルのような不動産価値が予想もしない状態で3分の1に減ったようなあのバブルですら,事情激変の特例は使われなかった。そうなると一般法理が確かに最高裁でありますけれども,バブルでもなかなか適用されないものだとか,第二次世界大戦のときだったら使われるかもしれないとか。導入するにしても今の最高裁の使われてもない抽象基準だけではなく,革命とか内乱とか具体的な事例をある程度念頭に置いたような,非常に特例であるということを明文化した上で導入しないと,これから弁護士も増えますし,ちょっと濫用が多くなるのではないかという心配をしております。 ○奈須野関係官 まず,経済産業省に寄せられた意見としては,事情変更の原則の明文化に対して反対する意見しかありません。その理由としては,契約は当事者の合意内容に沿って履行するのが原則であって,契約締約後の事情変更についても実務上は当事者双方が話し合い,合意の上で,契約内容を変更することが基本として捉えられている。このための事情変更の原則を認めるべき場合は存在するものの,裁判所が当事者に再交渉義務を課すのは経済活動の自由への介入であり不当である。あるいは契約の内容について必ずしも専門知識を有しているとは限らない裁判所に契約を改訂する権能を与えることは現実的でないという理由が挙げられています。   また,判例は特殊で極端なケースに妥当な結論を与えるというものにすぎないので,これを一般的なルールにすることによって,原則と例外が逆転して,例えば大企業が中小企業に対して契約内容の変更を契約期間中に求めてくる。あるいは,消費者が商品購入後にクレジット会社に対してバブルが崩壊したからといって解除を要求してくるというような,契約の損害賠償責任の免除を狙って濫用的に行使する口実を与えるという懸念が述べられております。   ここから先は経済産業省としての意見ではなく,個人的な意見ですが,皆さん,ちょっと消極的なので若干おそるおそる言うのですが,私としては,これはいいのではないかと思っております。   その理由ですけれども,日本全体で見ると市場というのは完全ではなくて,常に情報は限られている。社会経済情勢は日々刻々と変化しているので,先に結んだ契約をいつまでも守るということが,社会全体で見て常に最大の効用をもたらすとは限らないと思います。   限られた資源がこれに対して最も高い価格を払おうとするものに取得されて利用される。低い価値から高い価値を持つ利用へと移転するということによって社会経済全体の生産性が向上して,一段と高い効用が実現されるように制度を設計するというのが,民法としては望まれるのではないかと考えています。   この観点からは,本来は損害賠償の予見時点を債務不履行時とする,あるいは予見者を債務者とするということで,契約解除を容易にしていく。契約解除の損害は,その後,金銭賠償で処理していくということが合理的であって,そうすればわざわざ事情変更の原則を導入して,皆様方の御批判を受けながらも調整するという制度の必要性が,そもそも出てきにくいのではないかと思っております。   しかし,こういった考え方は必ずしも通説的ではないという理解をしていますので,少なくとも契約締結後に生じた事情変更の結果,当初の契約内容に当事者を拘束することが著しく不当であるという場合には,契約の解除を認めるということを明文として位置付けるということについては,検討に値するのではないかと思っております。   しかも,それは「著しく不当」といっても,バブル崩壊であるとか,戦争であるとか,あえて極めて限定された局面として考える必要もないように思われるわけです。契約解除の損害は,最終的には金銭調整されるものとし,裁判所が判断するのであれば,これはこれで仕組みとしては成り立つのではないかと個人的には考えております。 ○岡田委員 事情変更の原則という言葉自体は私たち相談員でも知っています。ただ,使う場面というのがほとんどないというのはそのとおりだろうと思います。   今,お話を伺っていますと,何か力が弱い者が損するような場面でもしかして事情変更の原則が使われるように思われるのですが,であればなおのこと,裁判所のほうではもう一般法理として確立しているのであれば,条文の中にきちんと入れていただきたいと思います。   入れた場合に,こちらの効果論のところで,契約継続の交渉権,再交渉義務等の記述がありますが,ここに関しては事情変更の原則の結果解除となった場合は,もうやめたいというケースもたくさんあるのではないかと思いますので,交渉義務とすることには同意しかねます。 ○岡本委員 事情変更の原則については,議論していまして,明文化に肯定的な意見,否定的な意見,両方ありましたので,それぞれ御紹介させていただきます。   まず,肯定的な意見については,信義則の具体化として規定を置く意味があるのではないかということですけれども,その中には部会資料に記載されている四つの要件のうち,④のところで既に信義則がひかれているので,②と③は不要である。あるいは,④のところで既に事情変更の結果と書いてあるので①,②,③は要らなくて④だけで足りるとか,そういった意見もございました。   それから,否定的な意見についてなんですけれども,こちらは要件の考え方のほうから規定不要だと考える考え方とそれから効果のほうから考えて,規定不要とする考え方,この二つがございました。要件の考え方から規定不要とする考え方ですけれども,この中にも2通りございまして,一つ目は,結局のところ信義則の具体化にすぎないから,信義則があれば足りるではないか。信義則を具体化する規定を置くとかえって一般条項としての性格が見えにくくなるのではないか。あるいは,濫用の恐れがあるのではないか。こういった意見でございます。   それから,要件の考え方から規定不要とする考え方の二つ目なんですけれども,これは事情変更原則は,契約当事者間における契約内容の確定の問題,規範的な評価も含めた上での契約内容の確定の問題に解消されてしまうのではないか,そういうことを考えると規定を置く必要はないのではないかという考え方でございます。   ちょっと二つ目の考え方について,若干説明を加えようかと思います。例えば,原子力発電所の職員におやつを1週間後の午後に届けるという契約があったとしまして,期日の午前中に大地震があって,原子力発電所までの交通が著しく困難になった,というときに契約の拘束力が失われるというのは,それはそれでいいのかもしれませんが,原子力発電所に不可欠な冷却用のナトリウム,これがなければ原発は臨界に達して,メルトダウンすると考えるとして,それを1週間後の午後に届けるという契約であったとすると,期日の午前中に大地震があって,原発までの交通が著しく困難になったからといって,契約の拘束力が失われるといった考えはちょっとできないのではないか。後者のナトリウムの場合には,例えば,あらかじめ数日前には現地に運んでおくとか,不測の事態に備える,そういった対応をしておくべきだったのではないかということでございます。   ナトリウムの場合については,地震などの災害があったとしても,履行期には引渡しをすべきだったので,そういう意味では債務者としては交通が困難となるリスク,これもあらかじめ勘定に入れて予見しておく必要があるのではないかということでございます。   こういうふうに契約の拘束力から逃れるというためには単に当事者が予見できなかったということだけでは足りなくて,リスクの予測をする必要がなかったのかどうか,そういった観点からの検討がいるのではないかということです。リスクを予見すべきであった,これを予想しないで履行できなくなったということになれば,それは債務不履行と考えるべき。当事者がどんなリスクを予想するべきであるかという点につきましては,契約内容の確定の中で規範的に解釈されるべきなのではないか。こういうふうに考えると,事情変更原則というのは規範的な評価も含めた上での当事者間の契約内容の確定の問題に解消されるという考え方もできるのではないか。ある事情が生じたときに契約の拘束力が失われるというのは,そういった事情が生じたときにはもともと拘束力を生じない契約だったということと同義なのではないか。いってみればこういう考え方でございます。   それから,最後に,効果の面から規定不要と考える考え方でございますけれども,事情変更原則が働く場面にはいろいろな場面があるということで,効果を規定しようとすると,例えば裁判所による契約改訂を認めるかどうか,あるいは当事者の再交渉義務を認めるかどうかといった具合にどうしても一律的,硬直的になってしまうということがあるものですから,特に規定を置かないで信義則,あるいは契約の解釈といったものに委ねたほうが柔軟でいいのではないかという意見でございます。   信義則の一般規定,契約内容の解釈に委ねても,それらの効果をどういうふうに考えるかという問題が同じように残っているのではないかという考え方もあるのかもしれませんけれども,個別事案ごとにこれらの効果を考えるということができる点でよいのではないか,柔軟でいいのではないかという考え方でございます。   こういった形で,両論ございましたけれども,肯定的意見,否定的意見,規定を置くことについて肯定する意見,否定する意見,どちらかというと特に効果の面を考えたときに,否定する意見のほうが強いという状況でございます。 ○佐成委員 私も内田委員が先ほど説明されたように,これまで事情変更の原則というのは非常に例外中の例外であろうと認識していたんですけれども,奈須野関係官がこれを非常に拡張的に捉えるような意見を述べられたので,やはり濫用の危険性がどうしても出てくるのではないかという思いを強くしました。   経団連の中で議論をしていたときには,肯定的な意見は一人もなくて,やはり全員が消極的な意見でした。つまり,例外中の例外をあえて明文化するということについての違和感が相当強く表明されていたと感じております。それから,仮にこれを入れた場合の効果についてですけれども,再交渉義務や裁判所による契約改訂に関しては,裁判の長期化を招くだろうし,コスト面でも非常に問題があるのではないかという指摘がなされております。 ○中井委員 弁護士会の意見は岡委員からおっしゃっていただいておりますので,個人的な意見を申し上げたいと思います。   弁護士会の意見で出てきたのは,事情変更の法理の存在について認めるけれども,やはり,濫用の危険性を主張する方々が非常に多い。現実に我々が訴訟実務をやっているときに,一般的,平均的な人たちというよりはむしろ訴訟を好む人たちと付き合うことが多いからかもしれませんけれども,現実的に現場であらわれてくる主張はかなり濫用的な主張であることが多い。こういう経験からこれが明文化することによるリスクを感じる弁護士が多いのは事実かと思います。   そこで先ほどの岡委員のようなまとめになったわけですけれども,それに対して,本当にそれでいいのかと正直思わないではない。信義則というものがあるとすれば,この信義則を具体化したものが民法の条文の中にあるというのはやはり価値のあることではないかと思うからです。   一般的に信義則というのはどのような形で具体化して適用されるのか。確かに判例があって法理が形成されている。それの一つのあらわれとして,条文の中に位置付けられるということは意味のあることではないか。事情変更の法理もその一つではないか。そのとき要件は限定される形で表記されるべきだろう。先ほど判例で出ている四つの要件の中で重複部分があるからまとめたらいいのではないかという御指摘については,それは更に慎重に要件はできるだけ拾い出して明確に書いていく方向で検討していただきたいと思います。   加えて,これは効果との関係になりますが,要件として更に手続的な要件を加えられないでしょうか。奈須野関係官もおっしゃいましたけれども,合意をしたけれどもその後,当事者の責めに帰すべき事由でもないにもかかわらず大きな事情変更があった場合,本来当事者間で自律的に調整がなされるべきで,それが本来契約関係における信義則が機能する結果だと思います。したがって,そういう事情が生じたときに,契約当事者間で契約が有効なように,また公平が保たれるように双方が誠実に協議して契約改訂の交渉をすべきだと思います。交渉したけれども,一方が理不尽にも一切応じなかった。そういう事前の交渉の過程があって初めて解除権という形で効果が発生する。   効果として,一つには裁判所の改訂権が考えられないか。二つ目に交渉義務というのが考えられないか。三つに解除となっているわけですけれども,この効果論としては解除一つでいいのではないか。裁判所に改訂権を認めるということについては,裁判所が裁量によって決めるのではなくて,当事者が提示したものについて棄却するか,認めるかという判断を求めるという提案のようですけれども,そうしますと100がよくなければ90はどうか,80はどうか,70はどうかと全て提示していけば,全てについて裁判所は応答しなければならなくなって,結果としては,裁判所が相当と認めるものを判断しなければならない。裁判所にそのような負担をかけることは適当とは思えない。また,実務と離れたところにいる裁判所にそのようなことを決めてもらっていいのかという当事者間の危惧もある。   二つ目の交渉義務という形で,義務を課すことによる効果は何か。自律的な調整をしようとするものは誠実に交渉するでしょう。それを誠実に交渉しなかった結果,不当なアンバランス,その契約に拘束させることが不当な状態で残るならば,その不当な状態からの解放を認める意味での解除を認める。   要件論として,ここに挙げられている判例で整理された四つプラスそういう誠実な交渉を求めたけれどもそれが実を結ばなかったことを加えて,効果として,事情変更の法理を適用すれば利益を受けられるものが解除できる。こういう信義則の具体的な表れを民法の中に置くことが考えられないか,と思います。 ○潮見幹事 事情変更の原則について,濫訴の危険,あるいは濫用の危険というものがあるということであれば,規定として書かないほうがいいというのは,それはそれなりに私も理解できないわけではありません。しかし,逆に言えば,先ほど内田委員がおっしゃられたような事情変更の原則というものは非常に厳しい要件の下で,しかも信義則というものを考慮に入れて適用されるものであるということを明確に書くことができるのであれば,私はむしろ積極的にルールとして書いておいたほうがいいと思います。   その理由は,それぞれの先生方の御発言を伺っておりまして,事情変更の法理というもので一体何を考えておられるかを見ていたところ,お一人お一人がイメージされているものを少しずつ思い浮かべていたのですけれども,どうもバラバラです。事情変更の法理は信義則判断によるもので,現在最高裁が認めていることを誰も異論がないのだから,規定を置かずに処理しましょうとした場合に,私どもプロはいいかもしれませんけれども,そうではない方々にとって,一体それはどういうメッセージをもたらすのでしょうか。あるいはプロと言われている方々の間ですら,意見が分かれているようなものについて,それを最高裁の判例があるから,それに任せましょうということでいいのでしょうか。もし,ここで事情変更の法理に関するルール作りについて合意をすることができるのであれば,それは積極的にルールとして書いておくべきではないかと思うところです。   その関連で申し上げますと,伺っておりますと,事情変更ということで一体何をしたいのかということで,先生方の発言には若干ばらつきがあります。先ほど申し上げましたように,ある先生方は事情変更ということで,本来であれば債務不履行を理由とする解除しか認められないところに加えて事情が変更したことを理由に解除を認めるべきであるという意味で,新たな解除原因をつくり出す。これによって契約の拘束力から離脱する範囲を認めようという趣旨で発言されたと思います。   広い意味では,中井委員が直前に発言されたのも,その一つの亜流といっては失礼ですが発展形態かと思います。岡本委員がおっしゃられた原発の例は履行不能で債務が当然消滅するという前提で恐らくお話になられていたことでしょう。その場合については債務不履行を理由とする解除でかなりフォローできるのではないかと個人的には思いますが,このことを措けば,債務不履行解除以外の解除要件というものを事情変更が生じた場合に認めるべきだという観点からルールを作っていくという問題意識につながろうと思います。他方,こうした問題は債務不履行解除というところに全部任せておいて,何らかの事情変更という事情が生じたものの,債務不履行が認められない場合に,契約内容の改訂という形で当事者間のルールというものを作り直す機会を,事情変更の法理を用いて認めていくべきであるという観点からの御発言も何人かの先生にあったと思います。その場合には,直前の中井委員の御発言を受け取って申し上げますと,裁判所に契約内容の改訂権というものを認めるのか,それともそうではなくて,まずは当事者間の再交渉義務というところに委ねていくのかという問題がまず出てこようと思いますし,その場合には,解除か再交渉か,あるいは改訂かということになれば,改訂のほうが話としては先に出てくるべきなのでしょう。その上で,再交渉がうまくいかないとか,あるいは裁判所が改訂に対して若干ちゅうちょを覚えるというような事態に至って初めて解除という可能性があるかどうかという問題が更に生じてくるというのが,一つの筋なのでしょうが,しかし,これはどっちにでも転ぶ問題だと思います。   いずれにせよ,こうした様々な観点から特に事情変更の法理をもう少し検討した上で,条文化することを認めるか,認めるべきではないかという判断をしてもいいのではないかと思ったところです。私自身の定見というものはありませんが,本当に今日の段階で事情変更の原則を規定しないという方向に決してよいのか再考していただければと思って発言いたしました。 ○道垣内幹事 2点申し上げたいと思います。まず,岡本委員の出された例ですが,おやつが生ものであれば,それは腐ってしまいますので,それで終わりそうなのですけれども,例えば原子力発電所の会議室に椅子を納入する債務を負っているというときに,その納入日に地震が起こったという場合を考えてみますと,これはその当該納入日に椅子を納入しなくてもよいということは言えるんですが,椅子の納入債務自体がなくなるかと言うとそうではなく,消失しないと思います。   つまり,地震の余波が済んで,交通機関が回復した後にはきちんと履行しなければいけないわけであって,その契約自体が失効するわけではない。生もののおやつは腐るけれども椅子は腐らない。そうなりますと,契約解釈の問題として全てを解決できるかと言うと,これはなかなか難しいところがあって,事情変更の法理によって現在の契約の拘束力を否定するということが契約の解釈とは別に考えられるのだろうと思います。   ただここには本当に微妙な問題がありまして,私自身サブリースの問題を考えておりますときに,悩みました。つまり,サブリースの賃料の自動増額特約が事情変更の法理によって失効したという主張があったわけですが,その主張と実質的には同様のことを,このようなバブル崩壊があったときにまで,当該契約の条項が働くことが予定されていたのかという契約の解釈問題として考えることもできるわけでして,そこのあたりは若干の連続があると思います。したがって,問題提起としては重要なところがあると思いますけれども,解消できるかと言うと解消しきれないところが残るのではないかと思います。   2点目は,2の要件論の①から④の話でありまして,岡委員のほうからもっと整理できるのではないかという話がありましたが,この要件は恐らく大きく二つのことを言っているだろうという気がしております。一つは,契約当事者が現在発生しているリスク,リスクというのは価格の大幅な変動とかですが,そういうリスクを引き受けているとは言えない。こういった要件がまず一つあります。それは,基礎とした事情の変更というところにあらわれているとともに,事情の変更を予見できなかった,あるいは,予見すべきであったとはいえない,というところにも規定されていて,当該変動リスクを当事者が引き受けているとは言えないということです。   しかし,クリアに引き受けているとは言えないということだけで,その引き受けていないリスクが発現したならば,必ず契約のそのままでの拘束力が失われて内容が変わっていくのかと言うと,これはそうとは言えない。例えば,売買契約を考えますと,大幅な価格変動等というものは当然には売買契約を内容変更したり,拘束力を失わせるという意味を持っていませんし,当然に持たせるのは妥当ではない。そうなるともう一つ要件が必要で,それが恐らく「過酷」という要件だと思います。   ここから分かることはどういう話か,と申しますと,まずは当該変動リスクの引き受けがあれば,事情変更の法理はその引き受けられている変動リスクの発現によっては生じてこないわけであって,それは要件論の書き方として明確にすべきであると思います。   そして,実際に様々な金融取引,国際金融取引がありますけれども,そういうところではこれでもかというように,このリスクも引き受けています,あのリスクも予定しています,といったことを書いたりするわけであって,そういう場合には,事情変更の原理は適用されないということになるのではないかと思います。   そうなりますと,次に,それらの要件が満たされたときにどう調整するかという問題が出てきまして,今,改訂と解除の話が出ているわけですけれども,私もここは定見がないところです。解除でもいいのではないかという気が個人的にはしますが,ただ,裁判所が分からないのに改訂していいのかという理由で改訂を否定するのはどうか,と思います。そのような裁判所の裁定権限は,様々な問題について存在するわけでして,分からないまま損害賠償額を決めたり,分からないまま,契約解釈によってこういう義務があると決めているわけです。   冒頭で二つ申し上げると言いましたが,もう一つだけ,反論されることを覚悟で申しますと,岡委員の発言に若干矛盾があるような気がします。つまり,今もみんなが事情変更の原則が適用されると主張するのだ,今でも濫訴がある,濫用があるのだ,とおっしゃりながら,新たに書くと濫用があるというのはよく分かりません。変わらないではないかという感じがいたしまして,もちろん,明示に規定するとますます増えるという意味だと思いますけれども,そうしますと,判例法理の存在を知っている者だけに濫用させ,ほかの者には隠しておいて,濫用させないとするのもどうかと思います。   岡田委員のおっしゃったように,最高裁の判例法理としても確立しているのであれば,それは表に出して,是非を率直に議論していくべきではないかと思います。 ○高須幹事 弁護士会の意見といいますか雰囲気といいますか,それをうまく伝えるのは私ども難しいと思い苦労しているところですが,第一読会でいろいろな意見を出していいという今の状況も含めて,あえてお話をさせていただきます。多分,私ども多くの弁護士は事情変更の原則自体を否定するということではないと思っておりますし,私は少なくとも否定するものではないです。   と言いますのは,学生時代に一生懸命本を読んで勉強して,こういう法理があるということをずっと前から勉強して法律家になっているわけでございますので,そういう意味では事情変更の原則に対する親しみと言いますか,必要性は理解しているつもりでございます。   ところが,その上で今度は,法律家の性みたいなものが出てきまして,濫用ということをとても恐れる。いざとなるとこの制度は濫用されてしまうかもしれないということが怖くなって,なかなか大きな声で事情変更と言いにくくなっているという現状があって,弁護士会の中でも慎重論が比較的強かったというのは,そういう文脈ではないかなと思っております。   先ほど,比較的皆様に暖かく迎えていただいた事情激変の特例という言葉は私の所属する東京弁護士会の意見でございますが,そんな言葉を使ってでも,何か制限したいというところが多分実務家的な実感なのではないかと思っております。   その関係で,濫用に対する注意ということは十分に考えなければならないけれども,ただ実際には制度の濫用を危惧するというのはほかにもいろいろなところでありますので,ここだけをとらえて,濫用だから駄目というのはいささか事情変更の原則がかわいそうかなという気もしておりまして,やはりここは我々実務家がむしろ濫用をしない,させないという規範意識をもっとしっかり持つことによって,この原則の積極的意義というものを見つけていくこともできるのではないかと思います。   2点目に兼ね合いですが,今回御指摘いただいている資料の中で出てきている再交渉義務ということを効果のほうで書かれている節があるというところです。先ほど中井委員からもお話が出たように,正面から効果として再交渉の義務があると書いてしまうと先ほどの濫用ということに対する危惧がますます働いてまいります。それは絶対に濫用されるなと思えてしまう要素があるので,むしろ効果なのかどうか。これを使うには当然再交渉すべきですよね,というのはむしろこの事情変更の原則を成り立たせるためのもしかしたら必要な条件的なものの一つではないのかという気もしておりまして,理論的には詰まっておりませんが,その兼ね合いでもう少し検討する余地があるのかなと思います。   ただ,方向性としてはやはりこういう法理自体を認めていくということに関して,一つ考えていく余地があるのではないかと思っております。 ○山本(敬)幹事 既に多くの方が御意見をおっしゃってくださいましたので,補足だけさせていただければと思います。事情変更の原則が適用される場面としては,従来は三つのものが挙げられていたと思います。一つが,経済的不能にあたる場合。二つ目が等価性障害にあたるような場合。そして,三つ目が契約目的が達成できない不到達の場合です。これまでの議論は,ほとんど経済的不能と等価性障害の場合を念頭に置いて御意見が述べられていたのではないかと思います。   それに対して,最後の契約目的の不到達の場合については,よく挙げられる例は,現代風に言いますと,例えば大きな花火大会が開催され,その近くで打ち上げられる花火がきれいに見える場所を有償で貸すという契約をしたけれども,花火大会が例えば伝染病やテロの恐れなどで中止されたという場合です。この場合は,その場所を貸すという債務は履行しようと思えば履行できる。ですから,債務不履行はないわけですけれども,そんなところで座っていても契約をした目的は達成できない。こういう場合については,これもまた事情変更の原則の適用の一つとして契約の解消等を認めてよいということが従来から言われてきたと思います。   そして,この契約目的の不到達の場合は,極めて重大な例外的な場合というよりは,このような場合には契約が解消されても仕方のないことである。その意味で,かなり理解が得やすい問題ではないかと思います。実際に裁判例にまでいくというケースが少ないのも,そのためではないかと思います。つまり,それは,このような法理が否定されているからというよりも,むしろ当然のこととして承認されているためではないかと思います。   そうしますと,このような契約目的の不到達のような場合まで含めて,明文化の必要がないとおっしゃっているのか。それは別なのか。別だとすると,やはりこれについて何らかの規定を置くという方向で考えていくことになるのではないかと思います。そうしますと,先ほどから御意見がありましたように,経済的不能や等価性障害の場合についても,慎重に要件を詰めた上で,併せて規定していくことが,私は望ましい方向ではないかと考えるところです。 ○深山幹事 法律実務家の感覚は,弁護士委員幹事からそれぞれ発言があったとおりであり,そこは同じ認識であります。つまりこの法理自体は否定するものではないけれども,実務的な見地から濫訴の恐れを危惧するというのは,感覚的には同じところであります。   そこでどうするかということについては,やはり極めて例外的な適用場面を想定した上で,規定するということはあり得ると思います。要件については,既に発言が出ていますけれども,再交渉を効果ではなくて手続要件のような形で盛り込んで,再交渉が決裂した場合に,解除という効果と結びつけるというのは一つの考えられる提案だと思います。   しかし,この事情変更の法理の使われ方は様々で,もちろん裁判になっていきなり主張するということもあり得るわけですけれども,そうではなくて交渉段階で,これだけ事情が変わったんだから勘弁してくれとか,契約を変更してくれという交渉を経た上で裁判になるということも少なからず想定され,手続要件として再交渉の申入れをしたことを入れるだけでいいのかという気もいたします。   他方,効果のほうから考えたときに,単純な解除という効果に結びつけるのが良いのか。あるいは裁判所の改訂権限を認めるということも提案されていますが,裁判所を信用しないとか,能力がないという趣旨ではないのですが,果たして効果として妥当かというと必ずしも妥当ではないような気がいたします。   解除という効果についてと言うと,解除するのが一番ふさわしい落ち着きどころである事案もあると思いますが,当事者双方ともに契約関係をなくすことを望んでいない,中身を変えたいだけだという場合もあろうかと思います。そういうことを考えますと,最低限の効果として従来の契約上の債務の履行を強制されないというようなところにとどめておくということも一つの考え方なのではないかと考えます。そのことによって,その後にどうするかということは,当然協議に委ねられることに事実上なると思います。   つまり,履行の強制を求めて裁判を求めても裁判所がそれを棄却するということにとどまっても,それなりにこの法理を機能させることになるのではないかと思っております。 ○青山関係官 先ほど来から出ておりますように,この法理が限定された場合のものであるということも理解しましたし,だからこそ濫用されてはならないということも理解します。労働契約法などを所掌する立場から,先ほどの内田委員がおっしゃってくださった労働法制は特則であるというお話には多少ホッとしたところもあるのですが,いずれにしても仮にこの法理が民法に規定される場合には個別の法制上の契約変更の法理との整理は必要かと思っております。それを考えていくにあたって,要件,効果両方を見ていかなければいけないと思っていますが,今回は特に効果論のところで,契約改訂については,先ほど来からいろいろな方々が裁判所による裁量的な改訂権まで認めるのかどうかという疑問を呈されたのも非常に理解するところです。また,資料には,解除を認めるに際して,金銭的な調整を伴う解除も認めるということも書かれていまして,個別の契約類型について考えると,本当にそういう解決策を全ての場合に認めていいのか,馴染むのかという検証も本来必要なので,そういうところも含めてよく見ていかなければいけないと思いました。   仮に労働契約法制に関わることになれば,労働契約法制サイドのプロセスに乗った検証も必要になるということもありますので,引き続きここはよく詰めていくべきで,当方も考えていきたいと思いますし,よく詰めていただきたいと思います。 ○神作幹事 信託法150条が定めております特別の事情による信託の変更を命ずる裁判との関係で,御質問と御意見を述べさせていただきたいと思います。既に,信託法150条の規定によりまして,信託行為については,信託行為の当時予見することができなかった特別の事情があるという場合において,諸般の事情に照らして受益者の利益に適合しなくなったときには,裁判所は信託の変更を命ずることができるとされています。   信託法には既にこのような規定が入れられておりまして,これが一般私法の中でどのように位置付けられているのでしょうかというのが御質問です。また,この規定が新設されたことによって,信託の変更について濫用的な申立てが頻繁に起こっているという話は余り聞いておらないのですけれども,御提案のような事業変更の原則を民法典に導入した場合において,本当に濫用の危険をどこまで心配しなければならないのか若干疑問があること,及び,信託の場合と同様に,例えば自分は死んでしまうけれども,第三者のために何らかの給付を依頼するようなタイプの長期的な契約というのは,信託以外の契約類型によることも考えられ,しかも,その種の契約は今後飛躍的にニーズが非常に高まると思うのですけれども,そのような状況の中で信託法150条に類した規律を要件について検討した上で一般化していくということは私には大いに考えられることのように思われるところでございます。その場合には,目的を達することができなくなるというような狭い要件ではなく,もう少し積極的に当事者が当初狙った契約の意図をできるだけ尊重してあげる必要があり,繰り返しになりますが,そのようなタイプの契約の重要性は今後増していくのではないでしょうか。そうだといたしますと,事情変更の原則についても,もう少し前向きに議論してもいいのではないかと感じたところでございます。 ○松本委員 山本敬三幹事が三つのタイプがあるとおっしゃって,主として議論しているのは部会資料詳細版18ページの上2つ,すなわち経済的不能と等価関係の破壊という経済的な部分の論点のものについてであって,他方で三つ目の契約目的の到達不能,英米法で言うところのフラストレーションの法理で議論されていることだと思うんですが,こちらのほうは余り議論してないではないか。こちらのほうが認める必要が多いではないかという御指摘をされたわけです。私もこの三つ目をどう位置付けるかというので頭をぐるぐる回しているんですが,どうもやはり上の二つ,経済的不能,等価関係の破壊というタイプと契約目的の到達不能というのは,一般化すれば共通項で括れるかもしれないけれども,大分違うのではないかという印象を持っております。上の二つであれば,取引条件の問題ですから,条件をどう変更するかという交渉が可能な場合もあるかもしれない。だから,交渉プロセスを踏ませるというのは意味があるかもしれないけれども,契約目的の到達不能というのは,もう再交渉でどうこうではなくて,終わりにするかそのままかというどちらかの話になってくるので,事情変更をルール化するとしても二つを分けたほうがいいのではないかという気がいたします。   それから,契約目的の到達不能の事例で,事情変更を根拠として,契約の消滅が認められるべき場合というのがどれだけあるのか。今,山本敬三幹事が挙げられた花火大会を見るための場所を借りるという契約で,火事で中止になったという場合,雨で中止になるということは十分予想されるわけだから,当事者が事情の変更を予見できなかったことという要件で,どれぐらいのスパンを考えるのかということになってくると思います。   あるいは,結婚式の式場の予約をしたけれども,結局,式はやらないことになったという場合,その理由が破談になったからだとすると,一般に破談になるということは予見可能だと言えばおしまいだし,破談になるからには当事者の責めに帰することのできる事由があったんだろうということであれば,その場合も事情変更は認められないことになるわけです。しかし,どちらか一方が不慮の交通事故等で亡くなられたという場合であれば,予見も不可能だったし,責めに帰すこともないということになるのかもしれない。   ただ,多くの場合,特約が実際はついていて,結婚式場の契約ですと,中途解約する場合の解約料が非常に高いということで,紛争になるケースが多いわけです。中途解約できるという特約がない場合で,今のように結婚式をやる理由がなくなったという場合に,事情変更ということでどうなのかということが恐らく問題になると思うんですが,当然解除が認められてしかるべき場合というのは,あり得ると思いますから,それをどういう法理で手当てをするのかは考えておく必要があると思います。事情変更の原則という一般射程がかなり広い法理だけでやるよりはもう少しそれを細分化して,ケースごとにもう少しきめ細かい法理が立てられればそちらのほうが,濫用がされにくくなるという点ではいいのではないかと思います。   つまり事情変更の三つ目のタイプをカバーするための法理が一つ目,二つ目のタイプの濫用に使われるということが恐らく一番危惧すべきことだろうと思います。 ○松岡委員 今の御発言に対する補足です。先ほど山本敬三幹事が挙げられた花火のための場所の賃貸借という事例は,磯村哲先生が『注釈民法(12)』15ページ以下,特に28~29ページで議論をされていると思います。花火を見るための場所を貸すというのが契約内容であり,債務であったとしますと,花火が実行されなければ契約の目的が達成できなくて,解除の問題になる。あるいは当事者がリスク含みで契約をしていると認定されれば,解除できないことになります。いずれにせよ,多分履行不能の法理で解消し得る問題という気がいたします。   そこまでの広い射程を事情変更の原則の中に取り込んで,全部を一般化することについては,松本委員がおっしゃったと同じように私にも危惧感があって,そこまで含めるべきではないのではないかという意見でございます。 ○野村委員 事情の変更という言葉の意味をよく考えなければいけないのだと思います。言い方を変えれば,事情変更の原則がどこまで適用されるのかということで,契約類型に関わらず適用される一般的な法理として考えられているということはそのとおりなのですけれども,将来,予測できるような変動を想定してなされる契約というのは,いろいろあるわけです。例えば,先物取引とか固定金利のローンみたいなものについては,恐らく当事者の予測を超えた状況になったからといって,契約を解除できるというのはなかなか難しいのではないかと思います。   そうすると場合によっては,事情変更の原則の法理が適用されないタイプの契約もあるのではないかと思うのです。その辺も,問題を裏から見ているということになりますけれども,考える必要があるのではないかと思います。 ○山川幹事 ごく簡単に申し上げます。この事情変更の法理は一体どういう機能を果たしているかを類型化して,かつ行為規範レベルまで含めて当事者のどういう行動に影響を与えるかを整理する必要があるかと思います。特に,契約の改訂まで認める場合と,解消にとどめる場合とで要件が違ってくるかもしれないですし,また継続的契約の維持の中での条件変更,これは労働契約などでみられるように,むしろ事情の変更が予見し得ることについても対応するためにしているということがありますので,機能がいろいろ違うということがあると思います。もし,要件を限定するとしたら,詳細版の27ページのヨーロッパ契約法原則にありますように,本来的には事情が変更しても契約は履行すべきものであるという拘束力の原理を入れるとか,あとは補充性の原理,ほかの手段によることが困難である。幾つかそういう工夫もあり得るかと思います。 ○潮見幹事 契約目的の達成不能の点について松本委員,松岡委員あたりからも議論がありましたので,少しだけお話しさせていただきたいと思います。   契約目的の達成不能が余り日本で議論されていないということが,山本敬三幹事の発言にありましたが,この類型について,従来,日本では,一方で事情変更の原則の問題となる場面の一つとして論じられてきたとともに,他方で契約目的達成不能が独自の債権消滅原因に当たるのかという観点から議論されてきたという面がございます。   先ほど,松岡委員の発言の中で,磯村先生のお名前が出ましたが,「注釈民法」の12巻あたりでは,目的達成不能が債権の独自の消滅事由として認められるべきなのかどうかという観点から論じられています。   何を申し上げたかったのかというと,二つありまして,もし仮に契約目的達成不能という類型の独自性を認め,かつ事情変更事例の全てをまとめる包括的なルールについて皆が合意できないのであったとしたら,その場合には,せめてこの第3類型になるものについて何らかの手当てをするということが考えられないわけではない。これが一つです。   それからもう一つは,これは松岡委員の発言に関わることですが,花火の事件なるものが果たして履行不能なのかという点について,私自身はどうして履行不能なのか分からない。そこまで言うと不能概念を少し広めなければいけないのではないかという問題がありますし,これは先ほど申し上げた「注釈民法」の12巻のところで磯村先生がお書きになっておりますように,契約目的達成不能と履行不能の関係が一体どういうものかということに関して明確な一致がないという状況であろうかと思います。   そうした中で,仮に第3類型について何らかの形で契約の解放と言いましょうか,債務の消滅を認めるのが適切であるということであれば,せめて,これについて明確なルールを示し,メッセージとして出すということに,私は意味があるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 積極,消極の両方の御意見を頂きました。消極の御意見も事情変更の原則という法理の存在自体を否定するわけではないので,中身を明確にして濫用されない形で提案できるならば,かえって濫用の防止にもなり得るという可能性はお認めだと思いますので,今日頂きました御意見を踏まえて更に検討を続けさせていただくということにしたいと思います。   ここで休憩を取らせていただきます。           (休     憩) ○鎌田部会長 それでは,再開いたします。   部会資料の19-1の6ページと7ページ,「第3 不安の抗弁権」について御審議いただきます。事務当局に説明してもらいます。 ○大畑関係官 「第3 不安の抗弁権」につきましては,既にこれを認める裁判例が集積しており,学説上もこれを認める見解が多いとされています。このような状況を踏まえまして,まずは1に記載された明文化の要否について御議論いただきたいと思います。   「2 要件論」は,先履行義務を負う場合に限定するか。適用範囲を事情変更の原則に準じて,限定的に考えるかという論点を取り上げており,また,「3 効果論」では相手方が弁済の提供や担保の提供をした場合には不安の抗弁権の効果が認められないとする考え方や相手方に対して担保提供や先履行義務との引換給付を求め,これに応じない場合には解除を認めるという考え方を取り上げていますので,併せて御議論いただければと思います。 ○鎌田部会長 ただいま説明がありました部分について一括して御意見を伺います。御自由に御発言ください。 ○大島委員 1の不安の抗弁権の明文化の要否について申し上げます。不安の抗弁権については請負契約において主張されることが多いと聞いております。建設業界では多くの建設請負契約において契約時に請負金額の10%,中間時に10%,最終残金として80%という支払条件で代金が決済されているようです。つまり請負業者は事実上,請負金額の80%を貸している貸金業者と同じリスクを背負っているとも言えるわけです。そこで仮に発注者の資力に問題があったとしても,建設が遅れると債務不履行責任を問われる可能性がありますから,請負業者としては先履行,同時履行に関係なく工事を続行しなければなりません。不安の抗弁権が規定されれば,このようなリスクを回避するのに有利なのではないかという意見がございました。   一方で発注者が,中小企業の場合,財務状況が良好であるとは言えない企業も多く,不安の抗弁権が規定されると発注者の資金不安を理由に請負業者が建設を中止するということもあり得るのではないかという意見もございました。例えば,当該中小企業が予定時期にマンションを売り出すことができなければ,結果として本当に資金繰りが狂ってしまうことも考えられます。   このように不安の抗弁権を規定することは両当事者間の利害を衝突させる難しい問題をはらんでいるのではないかと思います。明文化すべきかどうかについてはこうした実態も踏まえた上で,慎重に御検討いただければと思います。 ○奈須野関係官 不安の抗弁権ですが,賛成意見として先ほど大島委員から御指摘があったとおりですが,契約当事者は反対給付を受けられるということを前提に双務契約を締結している。反対給付を受けることができない具体的な危険が生じたにもかかわらず,先履行期の到来した事項の債務の履行を強制されることは酷であるということで,不安の抗弁権を明文化してほしいという意見があります。   一方で,これに反対する意見もあります。数としてはこちらのほうが多数意見です。   その理由の第一は,不安の抗弁権が明文化された場合には,これを行使するべき事情があるのに悪意で行使しなかったという債権者は過失の度合いが高いと評価されることから,従来よりも積極的に予防的に不安の抗弁権を主張することが想定されます。このようなことで不安の抗弁権が容易に主張され認められるということになれば,従来であればこれを主張することができなかった理由で取引が停止してしまい,私的整理による事業再生が困難になるという懸念があります。   第2に,大企業から中小企業に対して,実際にはそのような事情がないにも関わらず,風評に乗じて不安の抗弁権が行使されて,条件の変更や担保の提供を求められたり,あるいは上場企業なみの詳細な財務情報の提供が求められ,その瑕疵が取引停止事由になるということで,濫用的な権利行使がなされて,中小企業にとって酷な事態になるのではないかという懸念もあります。   それから,第3に,金銭債務は不可抗力を抗弁とすることができないという今の法律で,一方で先履行の金銭債務に不安の抗弁権を認めるということになると,契約締結段階で現金化した金銭債権に付着した人的抗弁がいたずらに増えるということで,債権の流動化の阻害要因になるのではないかという懸念もあるということです。   ところで,実務上は,継続的取引関係にある当事者間においては,先履行債務の履行が停止できる場合として,差押え,破産手続の開始,資本の減少,手形の不渡りなどが個別の契約の性質や相手方の事情に応じて,あらかじめ基本契約などで具体的に定められることが多いと聞いています。   それから,先履行者はあらかじめ一部前払金や敷金の提供を求めるなど,反対給付の履行を確保し,自己の債権を保全するための方法を採ることが可能であって,実際にも行われています。   それから,法律上も私はこの辺は両者の関係は分からないのですが,賃貸借,不動産の保存,売買などは先取特権で保護されているということから,こうしたものに不安の抗弁権を認めるのであれば,もはや先取特権は要らないので,不安の抗弁権と先取特権等の関係を整理するということが必要になるのではないかとも考えられます。   このような産業界,中小企業からの反対意見や,あるいは実務的な問題点を踏まえると,具体的なニーズがどこにあるのかということの想定抜きに例外的に見られる下級審判例をよりどころにして,不安の抗弁権を通則的に定めるということについては,影響が大きくてにわかには賛成することができません。   今後の議論のため,仮に不安の抗弁権のアイデアを活かして残すとすれば,どのようなところにニーズがあり得るかということを考えて,例えば,担保を取ることが相当でないほど少額の非金銭債務であって,かつこの先履行の債務が先取特権で保護されていないものなど,まずは核となる具体的なニーズを思い浮かべて,検討していくことが必要なのではないかと思います。   それから,不安の抗弁権を行使できる要件も,反対給付を受ける可能性が減少することが第三者の目にも明らかで,かつ約款や契約書によるまでもなく不安の抗弁権を行使することが相当な,破産手続開始等の法律上の手続開始時を定めるということが望まれるのではないかと思います。 ○岡本委員 主に要件のところなんですけれども,そもそも不安の抗弁権の適用対象について双務契約に限定する必要はないのではないかという意見がございました。双方が相手方に債務を負っている,又は負うこととなる,そういう場合で一方の債務の履行可能性が低下した場合に,他方が相手方の不履行の危険を甘受してまでも履行しなければいけないのかといった問題につきましては,双務契約でなくても生じる問題ではないかということでございます。   具体的には,仮に諾成的消費貸借が認められたとした場合に,融資金の引渡義務の履行にあたりまして,相手方に信用不安事由が生じたという場面が想定されると思います。こういった場面では特約を設けることによって対応できるという場合も多いとは思いますけれども,特約がなくても保護されるという場面もあろうかと思いますので,そういう意味で,これらの場合を念頭に置いた規定の整備を希望したいと考えます。 ○岡田委員 消費者の立場からしますと,この不安の抗弁は是非入れてほしいと思います。事業者間契約の場合は契約にあたって十分調査するとかいろいろな情報を集めることができるでしょうが,事業者・消費者間の場合は,消費者は相手である事業者の経営状況等は分からないまま契約してしまうことがほとんどですから契約してしまったらとんでもない相手で履行してもらえそうにないことがはっきりしたとかいう場合になっても支払を停止するということが今の状況ではできません。割販販売法に支払停止の抗弁というのがありますがこれによって消費者はかなり救済されています。   ただ,それも限定されていますし,相手が約束を守らない等の段階でしか支払の停止の抗弁は認められませんのでこの不安の抗弁権が認められることによって,より消費者の被害が予防できるのではないかと思います。条文化はなかなか難しいかと思いますが,十分に検討した上で入れていただければ大変助かると思います。 ○道垣内幹事 先ほど,事情変更の法理の話が出ましたが,事情変更の法理というのは,やはり契約解釈が尽きたところでもなおその必要があるということで,別段の法理として定めることがあると思います。しかるに,不安の抗弁権に関して,これは正に相手方の無資力のリスクを負って先履行するという約束をしている場合もあるでしょうし,そうではない場合もあると思いまして,それが契約の解釈によって操作できないような話かというと効果との関係で考えましても,必ずしもそうは言えないのではないかという気がします。   事情変更の法理については,その必要があるのではないかと思うのですが,不安の抗弁権に関しては,本来ならばその契約の解釈で対応すべき事柄ではないかという考えを持っております。 ○岡委員 まず,事情激変の特例と同じ発想ですが,この不安の抗弁権と言われているものがあることは,弁護士は誰も否定はしませんが,明文化するとすればかなり注意すべきだろうという意見が大勢でございます。同じことを言って恐縮ですが,この不安の抗弁権というのは不安があれば抗弁になるという印象で,ネーミングは絶対よくないのではないか。先ほどは東弁が,事情激変の特例という言葉を編み出してくれたんですが,不安の抗弁については具体的危険とか客観的混乱事由,提案されているんですけれども,何かいまいちピンと来ない。先ほどからちょっと考えていたんですが,事情激変の抗弁とか何か,国民に分かりやすい条文にするとなれば,その辺のネーミングもきっと大事なのではないかというのが第1点でございます。   それから,そういう発想から効果論のところで解除まで認めるのは行き過ぎであろう。先履行を同時履行に戻すぐらいの効果で十分ではないか,という意見が多かったです。それとあと2点,要件のところですが,二つの意見がございました。   一つは,道垣内先生の話に結びつくのかもしれませんけれども,先履行が約束された合意の経緯でありますとか,その趣旨,岡田さんがおっしゃったような当事者の属性とかそういう様々な要素を踏まえて,先履行抗弁を同時履行に戻す特例を認めるわけですから,いろいろな要素を総合判断して初めて適用されるものであるということを明記すべきではないかという意見が一つでございます。   それから,もう一つは,これは先ほどの事情激変の特例について中井さんがおっしゃったことと平仄が合うんですけれども,交渉したのか,催告も一つかもしれませんが催告,担保提供について話し合いをしたのか。そういう再交渉,あるいは催告,そういう手続を経た上で,初めて同時履行に戻せる。その担保提供とかそういうのは効果ではなくて,要件のほうに持っていくのが分かりやすいのではないか。そういう意見がございました。 ○佐成委員 不安の抗弁権については,経済界には,賛否両論ございましたけれども,消極的な意見が比較的多かったように思います。理由はやはり契約の解釈で対応できるということです。契約に明文がある場合にはそれにより,それがない場合でも契約の解釈で十分足りるのではないかと,そういうことが根拠でございます。   他方,民法に明文の規定を設けてもいいのではないかという意見は,そもそも先履行義務があり,相手方の履行に不安が生じた場合について,何らかの抗弁を認めるということ自体には違和感はないので,その限りでは規定を設けてもいいのではないかという意見でございます。ただ効果面で履行拒絶のみならず,さらに,担保請求,解除権,そういったところまで認めるとすると,経済界にもそういう効果が必要なケースもあり得るのではないかという意見もありましたけれども,それぞれの場合についてどういう要件を立てるのかが問題となります。場合分けをした上で複数の要件を立てないと,妥当な結論が導けないのではないかという指摘もありまして,仮にそういうことをしますとかなり複雑な規定になるのではないかと思います。ですから,せいぜい履行を拒絶できる程度のところであれば,立法化の余地はあり得るんでしょうけれども,仮にニーズとして担保請求等の効果も必要であるということで,もしそれらも含めて条文化するということであれば,場合に応じた様々な要件を細かく作っていくことが必要になるのではないかということでございます。 ○中井委員 不安の抗弁権については,実務に与える影響がすごく大きいと思います。したがって,より慎重な検討をお願いしたいと思います。これは先ほどの事情変更の法理とは異なって,約束した先履行義務を負っているものが,相手方の信用力が劣化しているから商品を出荷しない,と簡単にできるわけです。効果として同時履行になる程度で大した効果ではないから,別に構わないではないか,と安易に考えているわけではないと思いますけれども,これは極めて重大な効果です。相手方が中小企業者だとすれば当然商品が入ってきて,その商品を更に売る,それを製品化するなりして資金化する。それを同時履行にするということは,結局金を出さない限り商品は入らないわけですから,相手方事業者の生死を制することになりかねない。しかも極めて簡単に行使できる。出荷しないという不作為で足りるわけですから。したがって,この不安の抗弁というのは実務に与える影響が極めて大きいだろうと思います。   先ほど奈須野関係官から中小企業者,再生会社の例,事業再生という言葉が出ましたけれども,若干経営状況が苦しくなっている会社が生きていこうとするときに,契約としては先履行義務があるにもかかわらず,材料,商品が止まるということは,その企業にとっては致命的な影響を与えることになる点は是非認識していただきたいと思います。   そうだとすると要件論の組み立てが重要になる。資料では,要件論と書いているんですけれども,反対給付を受けられない恐れが生じさせる事情という言葉が恐らく要件論になると思いますけれども,単に反対給付を受けられない恐れが生じたというだけで本当にいいのか。回収不能の具体的な危険の中身が問われるべきと思いますけれども,これは相当限定する工夫が必要ではないかと思っております。   加えて,契約時の事情を知らなかった場合も含めてもいいのではないかという御提案もあるようですが反対です。契約当事者は契約する段階で先履行するか同時履行するか,その中で先履行を選択し合意したわけですから,基本的には代金回収のリスクを先履行義務者は負っていたはずで,契約締結時において知り得る事情を,自ら調査するときは調査し,調査しなかったら調査しなかった現実の状況に応じて先履行を約束したわけですから,そのときの事情を知らなかったというだけで,また知らないことに合理的な理由があるだけで,そのときの事情まで含めて不安の抗弁を認めていいのか。非常に要件を緩やかにしすぎではないかと思います。   また,ここの資料の中に,継続的取引関係という言葉が出てくる場面がございます。現実にこの不安の抗弁権が機能する類型は二つあるのではないかと思います。一つは,契約して先履行義務が課されている場合に,契約後,履行期までに先履行義務を果たさず,同時履行にする。こういう場合が想定される。   もう一つの場面は,継続的取引関係において基本契約が締結され,相手方から発注書が来れば,これを受注し,継続的に商品を出す場合,これは個別契約がその都度成立しているわけです。基本契約の中で先履行義務,締め日が合意され,それから何日後に代金が払われる,という取引の中で,相手方に信用不安が生じたときに,新たな発注がくるが,この発注を受けずに拒絶する。この類型が多いだろうと思います。このような継続的に取引関係において起こり得る新規受注拒否パターンについてどう考えるのか。   これは前提として基本契約に基づいて発注があれば受注し納品する義務がある場合と,継続的に供給してもらう場合に,発注すれば自動的に何年も供給を受けてきたことから,それが一定の法的義務に高まった場合まで,広く考えるべきなのか。継続的取引関係についての受注拒否についても整理する必要があり,これも不安の抗弁として広く認めると実務に与える影響が非常に大きいのではないかと危惧しております。 ○潮見幹事 御質問という形で,中井先生か岡先生かどちらかにちょっとお尋ねしたいんですが,相手方の資力とか信用力に係るリスクというのは契約リスクであって,債務者が引き受けるべきであるというのが基本的なスタンスとしてあると思います。   それ自体は,私はそのとおりだと思っているのです。その上でお尋ねしたいのは,先ほど事情変更の法理について議論がありましたが,規定を置くかどうかは別として,現在言われているような厳しい要件の下での事情変更が認められる状況下では,債権者からの履行請求に対して債務者が履行を拒絶することが正当化されるのかどうか。弁護士会等でどうお考えになっているのか。   第2に,仮に事情変更が認められる場合には履行を停止し,あるいは履行を拒絶することが正当化できるということであれば,事情変更の法理に関する規定が必要であるという態度決定がされた場合に,今の点について書き込む必要はないか。   第3に,仮に第1点について,「イエス」とお答えになる場合は,その法理は先履行関係だけでなく,同時履行関係が問題となる局面でも等しく妥当しませんか。これが3点です。   弁護士会で何かそういうことについて意見交換等をされておれば,御教示いただければ有り難いなと思います。それが実際に不安の抗弁権に規定しない,あるいは規定するにしても,どういう形でしたらよいのかというところにつながるかもしれませんので,よろしくお願いいたします。 ○中井委員 間違った場合には,後で岡さんのほうで直していただければと思います。   少なくとも弁護士会の意見として不安の抗弁権,これを法理と呼ぶなら,この法理を否定するという意見はほとんどありませんでした。ですから,不安の抗弁というのは,なるほど一定の場合にはこれが主張できる。しかし安易に認めるというのはやはり問題が多い。その要件として,ここで事情変更の法理の要件と同じものか,より広げていいか,こういうボールだとすれば,事情変更の法理と同じような厳しい要件の下で限定された中で,その限定の仕方が問題ですけれども認められるものだろう。私が危惧して申し上げているのは,そこの限定化をきちんとしてください。こういう理解です。   それで一つ目と二つ目の返事になっているか分かりませんけれども,三つ目のことについては弁護士会の意見は先履行義務がある場合に限るというのが圧倒的な意見でした。潮見幹事の,その前提を認めれば,同時履行関係にない場合だって認めることになるのではないかという御指摘については,なぜそういうふうになるのかが理解できておりません。   そういうことになれば,恐らく解除も認められることになるのではないかと思うんですけれども,解除まで認めるというのは行き過ぎではないかという意見が圧倒的でした。つまり少なくとも自分の履行するための準備はしておけよ,ということです。自らの期限が到来したのち,相手の代金支払義務の弁済期が到来し,それまでの間は解除せずに待つ。準備はする。期限が到来したら相手方は払えないわけですから,そこで解除すればいい。先に解除権まで認める必要はないのではないか。   弁護士会の検討委員会の弁護士で商社にお勤めの方は,相手方から代金回収の見込みがなければ,商社としては自らその商品を準備するリスクを負うのは大変だから,解除権を認めてしかるべきだという極少数説がありましたが。  御質問に対する回答になっているかどうかは分かりませんが以上です。 ○岡委員 一言だけ。事情変更の原則でイメージしているのは終戦時のインフレだとかオイルショックだとか,バブルの不動産の下落をイメージしています。不安の抗弁権でイメージしているのは発注者の支払困難とか,先ほどの継続的契約における供給困難をイメージしていましてかなり局面が違う頭で私は考えていました。 ○深山幹事 補足的に申し上げたいんですが,私は既に話が出ているように,先履行義務を約束する段階で,ある種のリスクを折り込んで,そういう合意がなされているのであって,そういう契約だとすれば,その折り込んだはずのリスクが顕在化しつつあるときに,やっぱりそういうことだったら,先履行は嫌だというのを安易に認めるというのは,契約の解釈としておかしいと思います。   ただ,全く認めないかと言うと,そこまで言う気はないんですが,どういう場合に認める必要があるかと言うと,やはり契約締結時に想定しなかった,できなかったような著しい相手の履行能力の変動が生じた場合であり,それが何によりもたらされたかはともかくとして,そういう場合に絞られるべきであると考えます。そうなってきますと,やはり事情変更の法理の適用場面と重なってきます。両者の典型的な想定場面は,確かに岡先生が言うように違うんですけれども,要件を絞って考えていくと,同じような要件の下で初めて不安の抗弁が認められる余地が残るのであって,それ以上に事情変更の原則よりも緩やかな要件の下で,本来契約締結時に折り込んだはずの相手の履行能力リスクをあっさりと覆してしまうというのは,やはりおかしいのではないかと思います。   突き詰めていくと,事情変更の原則だけあればいいのではないかという気がしなくもないのですが,そのようにするのか,事情変更の法理の一類型を具体化したものとして,不安の抗弁というネーミングが良いかどうかはともかく,何らかの規定を盛り込むかということは,なお検討の余地はあると思います。   いずれにしても,先ほど事情変更の法理の効果論として履行拒絶できるというところぐらいで足りるのではないかと申し上げましたが,不安の抗弁のほうも同じでありまして,解除まで認められる必要はないし,先履行債務について反対給付の履行期までの間の履行を拒絶して,そのことによって結果的に同時履行関係になるというところまでで十分であって,効果面でも事情変更の法理と共通する理解でよろしいのではないかと考えております。 ○松本委員 中井委員が濫用的に使われる可能性が大きいということを最初にかなり強調されました。そこで,不安の抗弁が濫用的に使われる場合はどんな場合だろうかと考えたんですが,本来契約当時から不安があれば,担保を取るなり同時履行にするなりということを普通はするはずだけれども,そうしない。最初から不安なのにあえてそうしないで私のほうが先に履行しますよと言っておく,例えば商品を販売する側が契約を取るために後払でいいですよ,と言っておいて,契約を取ってから,商品を納入する段階になって不安だからこの場で払ってくれというような言い方をするケースがもしあるとすれば,それは濫用だと思います。契約を取るために,相手方にとって有利に見える条件で契約をしておいて,後で不安だといってひっくり返すというのは詐欺的だと思います。   深山幹事がおっしゃった本当に契約段階では折り込んでいなかったところのリスクが顕在化した場合に,それを理由にして同時履行を求めることは濫用ではないと思うんですが,濫用的に使われる恐れがあるから本来的な用途としても認めないということにはならないと思います。ルール化すれば濫用的に使えるという趣旨かと思うんですが,本来正当な権利であっても,濫用的に使おうと思えば使えるというところが必ずあると思いますから,濫用のほうが圧倒的に多いという場合にのみ置かないほうがいいということかと思います。   今言いましたように,売手側が後払でいいですよという形で契約を取っておいて,後で条件を一方的に変更するのに近いような形の不安の抗弁というのは,濫用的だという感じですが,逆に買手,つまり前払を約束している側が,それと同じような濫用的な不安の抗弁を行使するというのは考えられるんでしょうか。これはどっちかと言うと質問なんですが。 ○中井委員 濫用的という言葉を用いたのかどうか,また言葉が適切だったかどうか分かりませんが,この不安の抗弁権として相手方に信用不安が生じたら先履行義務のあるものも商品の出荷を止めることができるとなったときに,売手として,期日が来たけれども相手方が例えばどこかの支払が1日遅れているという噂を他から聞いたから,払ってもらえるか分からない,だから,出荷を止める。というふうに止めるという行為だけで簡単に使われるという点は事情変更の法理を認める場合とはかなり状況が違う。ほとんどの日本の取引では売手に先履行義務があり,売買代金,決済期日が決まって,1か月後にまとめて1か月分を払ってもらう。こういうことが普通の商流ですから,その商流がたやすく止められます。そこのリスクを申し上げているわけです。   現在は,不安の抗弁権の明文はありませんから,いったん合意をした,先履行義務がある場合に,商品出荷を止めることに対しては,非常なリスクを感じます。なんとなれば出荷を止めた後に損害賠償請求を受ける可能性があるからです。でも,それを緩いままに要件化されてしまえば,信用不安があるということで出荷を止めるということが正当化できて,使われやすい,そのリスクを恐れているわけです。   現実に濫用されているということを申し上げているわけではありません。要件化が緩ければ,そういう使われ方をして,信用不安の生じた事業者の事業継続に困難を来す場面が想定される。そういうことを危惧しているわけです。 ○松本委員 代金支払が先履行の場合も同じロジックですか。 ○中井委員 代金支払先行型を想定してないというところが正直なところです。日常的な商取引関係で代金を先行して払ってくださいというのは,よほど売手が強いところです。そういう売手となる強い事業者に信用不安を生じることはまずないでしょうから,想定し難いと思います。岡田委員から指摘のあった消費者契約については別途の考慮が必要かもしれませんが。 ○高須幹事 現実の問題という話の続きで,私どもが普段,経験しているのはやはり動産取引,それも比較的中小零細の会社間の動産取引の場合です。この場合には圧倒的に品物を先に納入する。そして,締め日があって,後日,代金を回収する。それが挙句の果て手形になったりして,回収に相当の時間が掛かる。そして,この話のつらいところは,最初に売った人が先納入しているというだけではなくて,買った人も次の人に対して先納入をしている。だから,同時履行で金を持ってこいと言われても,私も売らないと金が入らないんですよ,こういう繰返しの流れの中で,だれかが商品を止めると,それで商品の流れがストップしてしまう。   確かに濫用という意識でこの抗弁を問題視するケースは少ないのかなと思いますが,むしろ,不安というのがどこかで臨界点に達したときに,納入停止という措置に誰かが踏み切るときがある。そうするとそれが引き金になって倒産が起きる。不安の抗弁なのか不安実現の抗弁なのかがよく分からないという状況が生まれて,潰れてしまったほうはあなたが止めたから潰れたんです。損害賠償をしてくださいという話が出てくる。そこで不安の抗弁権をどこで使うかの限界がよく分からないままみんな必要に応じて,一方は止めたい,他方は止められたら大変だ,というせめぎ合いをしているということではないかと思います。   そういう意味では,やはり要件を厳格にして,どこまで来たら不安の抗弁権を行使できるんだというのを条文上明確にできれば,今のように条文がないままで,判例を幾つかのケースで認めているということよりは,もう少し分かりやすい状況が生まれるのではないかと思っております。   松本委員から御指摘いただいたように,先にお金をもらう場合というのは,ほとんど私どものほうでは余り経験したことがないものですから,品物を止めるかどうかは先履行の品物の納入を止めるかどうかということは,どうしても念頭にあっての検討になっておりますということでございます。 ○中井委員 もう1点補足いたします。先ほど岡本委員がおっしゃったことに関連するんですが,岡本委員から先ほど一つの契約関係の相対立債務,双務契約だけの場合だけではなく,当事者間に二つの別の債権債務が対立する場合についても不安の抗弁権を拡張できるのではないかとの御提案がありましたが,私としては反対です。これは貸金債権があり,他方で,預金債権がある場合に,貸金債権の返済が困難になったら,途端に預金が拘束される。この預金拘束の問題に直結すると思います。   預金拘束も,当事者間の特約で説明が付く場合もあるのでしょうけれども,言葉が適切かどうか分かりませんが,預金拘束を助長することになる,そのリスクを非常に恐れます。 ○奈須野関係官 金銭債務が先履行である例としては,国が研究開発の委託をする場合であって委託費用をもって研究機器を購入するときなど,年度末の確定検査後に支払うのではなく,概算で先に国の側が金銭を支払うことがあります。国としては,委託先に概算で支払っても研究機器を買わず,金銭を持ち逃げされると非常に困るので,不安の抗弁権のような権利があると,先にお金を払う立場に立つと,持ち逃げされるリスクが回避できる,ということが一般的にはあるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。御指摘いただいたような点を踏まえて,更に検討を続けさせていただきたいと思います。   こちらの目論見を既に1時間以上オーバーしておりますので,先に進むことをお許しいただければと思います。   次に,部会資料19-1の7ページ,8ページ,「第4 賠償額の予定」について御審議いただきます。   事務当局に説明してもらいます。 ○大畑関係官 第4では,予定された賠償額が実損額よりも過大だった場合に,信義則等に基づき予定倍賞額の減額を認めている裁判例を明文化する考え方を取り上げました。具体的な考え方としては,合理的な額までの減額を認める考え方と予定条項全体を無効とする考え方が示されています。   また,予定された賠償額が実損額よりも過小だった場合の規定も設けるべきという考え方もありますので,この点を含めて御意見を頂きたいと思います。 ○鎌田部会長 ただいま説明がありました部分について,御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○鹿野幹事 現在の420条の1項後段の規定,これを削除するという点については,賛成でございます。確かに現在でも,損害賠償額の予定に関する特約が公序良俗違反で無効とされることは可能であり,無効とした裁判例もありますが,しかし,420条の1項後段の存在が,恐らく裁判所が90条の適用する際に,抑制的な方向で影響しているのではないかと私は想像しているところでございます。   また,さらに,裁判外での交渉等の場面を考えますと,過大な賠償額の予定条項が設けられているときに,これが不当であり無効だという主張が,この420条の1項後段があるために,やりにくいという実態があるのではないかと思っております。そういうことで,後段を削除する必要があると思います。   確かに一方で,消費者契約法の9条には,これに関わりのある規定が置かれており,損害賠償の予定条項等が一定の限度で無効とされる旨定められているのですが,消費者契約法の9条が予定している場面は非常に限定されておりますし,更には消費者契約以外の場合でもこのような問題が起こってくると思いますので,削除の必要性があると考える次第です。   ただ,後段を削除した上で,損害賠償額の予定に関する特約も一定の場合には無効とされる旨の規定を置くとしても,その書きぶりについては慎重に検討する必要があるのではないかと思います。例えば,部会資料19-1で言うと7ページの一番下の行のところには,「賠償額の予定が実損害に比して過大である」というような書き方がなされています。確かに実損害との差が一つの大きな考慮要素になることは私も否定しませんけれども,実損害に比べて客観的に過大,過小ということだけで判断されるのかというと,それはそうではなくて,当事者の属性ないしは対等性の有無とか,あるいは当該契約が締結され当該条項が定められた経緯,あるいは契約全体の中でこれがどういう意味を持っているのか,その他契約をめぐる様々な事情を考慮して,特約の有効・無効が判断されるべきだと思いますし,従来から90条の適用においては,そのような考慮がなされていたのではないかと思います。そのような考慮要素を盛り込んだ形で条文を置く必要があるのではないかと思います。 ○岡本委員 賠償額の予定のところの提案について,民法90条によっては減額等をすることができない場合にも減額等を行うことができるように,そういう創設的な規定を置くことが趣旨だとすると,その根拠が問題になるのではないかと思います。逆に,民法90条の具体化にすぎないということなら,民法90条によって規律すればそれで足りるのであって,あえて規定を置く必要がないのではないかと考えます。個別に規定を置くことによって,民法90条の一般条項としての性格を見えにくくするということもありますけれども,更に賠償額の予定が多いか少ないかというのは,鹿野幹事から御指摘がありましたとおり契約全体に照らして判断されるべきということだと思いますので,単純に賠償額の予定だけを取り出して実損額との比較,判断をするというのは妥当ではないということでございます。   そういった意味でも民法90条に委ねたほうが柔軟な解釈ができてよいのではないか。こういう意見でございます。 ○筒井幹事 新谷委員から事前に発言メモが提出されていますので,読み上げる形で紹介いたします。   賠償額の予定の規定の在り方については,裁判所に増減を認める旨の規定を設けることに賛成である。その理由ですが,労働基準法第16条は,「使用者は,労働契約の不履行について違約金を定め,又は損害賠償額を予定する契約をしてはならない。」と定め,労働者の損害賠償額の予定を禁止している。これは,契約において優越的地位に立つ使用者が賠償額の予約をする契約を締結することにより,その優越的地位を更に高め,労働者への支配を強めようとする弊害を除去しようとする趣旨である。この点,労働基準法が適用される労働契約のみならず,労務の供給を受ける者が事業主ではないため労働基準法が適用されない労働契約法上・労働組合法上の労働契約,さらに,当事者間が対等ではない他の契約においても,優越的地位にある一方当事者が相手方の賠償額予定をなすことについての規制をなす必要がある。また,優越的地位にある一方当事者が自分の賠償額を過度に低く設定することも規制する必要がある。民法で賠償額の増減が認められれば,労働基準法の適用のない労働者や,その他対等な立場で交渉できない者にとって,賠償額予定による弊害が緩和されると思われる。 ○山本(敬)幹事 効果面について,問題提起をさせていただければと思います。   賠償額の予定について,部会資料では,二つの考え方が示されていますが,この問題は,不当条項規制に関する一般規定,特に一部無効に関する一般規定との関係も考えておく必要があると思います。部会資料19-1の7ページから8ページに挙がっている考え方は,賠償額の予定が過大であるときは,裁判所は合理的な額まで減額できるとしています。これは,そこで言う「合理的な額」とは何かが,これだけでは分かりませんので何とも言えませんが,ぎりぎり有効と言える限度というのであれば,従来の一部無効の考え方と同じことになると思います。それに対して,もう一方の考え方は,賠償額の予定を無効にするわけですから,あとは任意法規である損害賠償の一般ルールによることになるだろうと思います。   以上に対して,法律行為の一部無効について,7月ごろに検討したときには,法律行為に含まれる特定の条項の一部について無効原因がある場合には,原則として,無効原因がある部分以外の残部の部分の効力が維持される。つまり,ぎりぎり有効と言える限度で有効として,それを超えるのみを無効にする。しかし,その条項が約款の一部になっているとき,あるいは残部の効力を維持することが当該条項の性質からは相当ではないと認められるときは,当該条項を全部無効にするという考え方が示されていました。   これは,原則として,無効事由にあたる部分をその限度で無効にすれば,それで問題はない。契約をできる限り尊重するという考え方からしても,そうすることは要請される。しかし,約款のように,一方当事者が条項を一方的に作成・使用するときには,そのような一部無効にとどめると,とにかく広く不当条項を定めておけば,あとは裁判所がぎりぎり有効なところを確定して,その限度で効力を認めてくれることになる。それでは不当条項が流布するのを防止できないし,異議を述べない相手方は実際に不利益を被るおそれがある。そこで,この場合は,例外的に条項を全部無効認めるべきである。そういう考え方によるものでした。   そうしますと,この賠償額の予定について挙がっている二つの考え方は,いずれも法律行為の一部無効に関するルールと少し違っていることになりそうです。前者のほうの「合理的な額」まで減額するという考え方は,ぎりぎり有効といえる限度で有効にするという意味であるとするならば,それはあくまでも原則であるにすぎない。約款などについては,別のところで先ほどのように規定するというのであればいいわけですけれども,それならばそうだということをここで確認しておく必要があると思います。いずれにしましても,賠償額の予定も不当条項に関する問題の一つであって,不当条項に関する一般的ルールと違うことを定める理由があるのか。仮にあるとすれば,それは何かということをしっかり検討する必要があると思います。 ○野村委員 先ほど鹿野幹事から,420条1項の後段を削除すべきであるというお考えが述べられました。実質的な中身は余り変わらないのかもしれないのですけれども,この規定は残しておきながら,裁判所の改訂権を認めるというほうがいいのではないかと思います。   やはり,損害賠償に関する紛争を予防するという観点からすると,当事者間で損害賠償に関する合意ができ,それが裁判所を拘束するとした上で,それが過大である,過小である,あるいはそのほかの要件がある場合というように,一定の場合に裁判所が改訂できるというほうがいいのではないかと思います。   それから,要件については単純に過大,過小だけでいいのか。もう少し別の要件を必要とするのかは,よく検討したほうがいいかと思います。   仮に過大あるいは過小であるというときに,実損害に修正するということになると,過大,過小ではあるが,それが著しくないので,裁判所の改訂権が働かない場合との差が出てきてしまうので,そこをどう考えるかという問題があるのかと思います。これはかつて借地法の定める期間より短い期間を定めたときに,20年になるのか30年になるのかという議論と共通している問題だと思います。   本来なら著しく過大でない,あるいは過小でないところまで修正するのということがバランスがとれるのではないかと思います。それが実質的に裁判所でそういうことが可能かというのは,ちょっと難しい問題かと思います。 ○岡委員 三つ申し上げます。1番目は判断要素の点で,鹿野先生がおっしゃったことと同じでございまして,特に契約を守らせるための要素というのが入ってきて,それは認められていいのではないかという意見がございました。不動産売買契約で違約金20%というのが定められて,国交省も認めておる相場ですけれども,普通2割の損害が出ない場合でも2割の違約金が通り相場として通っております。それは実損害とは違うけれども,契約を守らせるための合理的な相場感と言いますか,違約金として妥当なものとして観念されておりますし,実損害だけではなく,契約を守らせるための合理的なペナルティとして相当なものというのがあるはずである。そういう要素を一つ付け加えさせていただきます。   それから,二つ目に,これは岡本さんの意見とかぶるところですが,弁護士会の中でも90条の1例だから,90条だけでいいのではないかという意見と,90条の1例でもある程度国民にとって身近でなおかつ判例等もあるのであれば,民法の中に具体例で書くべきである。この二つの意見がほぼ出てくるわけですが,ここでもございまして,90条で足りるという意見とこれはかなりのものであるし,420条の問題もあるとすれば,書くべきであるという意見と両方ございました。   それから,3番目に法律構成のところですが,裁判所が改訂できるというのは違和感のある弁護士が多かったです。やはり一部無効,余りにも過大な部分については,その部分が無効である。過小である場合には,それ以上請求しないというところが無効である。そういう過大も過小も一部ひどすぎる部分について無効とするという考え方のほうが弁護士会としてはすっきりするという意見が多うございました。 ○佐成委員 賠償額の予定ですけれども,提案されているのは実損害に比べて合理性を欠いているような場合に,裁判所が適切な額に修正するという御提案のようですけれども,本当にそういうことが可能なのかなというのがまず一つ疑問でございます。   そもそも一般的に賠償額の算定自体に不確実性があるということがございますし,もともと420条1項後段というのは,起草者がいろいろな諸外国の立法例を見て,これらを5類型ほどに分類した上で,そのうちの4類型は全て何らかの形で増減できるという立法例であったにもかかわらず,あえて増減しない,要するに裁判所はこれに介入しないという類型の立法例に倣うということを決断されているようでございます。その理由を見ますと,裁判所に賠償額の合理的な算定が本当にできるのか,そもそもかなり不確実性が高いのではないかという面と,それから,当事者が,損害の有無に関わらず,一定額の支払で紛争を解決しようとあえて決断することには十分な合理性があるのではないかという面がございます。実際に,当事者間で実損害をうんぬんし始めますと,無用の争いが生じて,かえって当事者双方に時間その他の無用の損害が発生するのではないか。そういうことを考慮した上で裁判所はこれに介入しないで,当事者自治に委ねるという決断をされたと理解しております。   裁判所が当事者双方の契約をめぐる事情とかを含めて総合判断した上で,合理的時間内に余りコストをかけずに,合理的な金額を出せるのであれば,それはそれに越したことはないですけれども,なかなか難しいのではないかという気もしますので,この420条1項後段を削除するということについては慎重である必要があるのではないかと思います。   それで過大な場合についても,もちろん判例があるということは承知していますけれども,少なくとも過大な部分については,その他の部分を含めて全体を無効にするかどうかは別にして,ともかく公序良俗違反として個別にエンフォーサビリティを否定すればそれで済むのではないかと考えております。 ○潮見幹事 別の点かもしれませんが,賠償額の予定条項を考えるときに,いわゆる過大な賠償額の予定条項と過小な賠償額の予定条項というのを一緒に論じるということは避けたほうがいいのではないかということを申し上げます。配布していただいた資料も多分分けて書いているつもりだと善解しておりますが,特に問題なのは著しく過小な賠償額予定条項のほうです。こちらについては,実質的に部会資料詳細版の35ページにもありますように,実質的な減免責条項という意味合いを持つものです。さらに,これを全部無効にしたとしても,先ほど山本敬三幹事の御発言にもありましたように,任意規定による処理というものが用意されております。そうしたときに,先ほど一部の委員の先生方の発言にもあったように,著しく過小だからということで裁判所が増額という形での修正をすることまで許してよいのか。そうはいかないのではないかというのが私自身の考えです。   過大な賠償額の予定条項の場合には,これを合理的な額まで減額するという処理をするというのは,これはある意味では合意の尊重という趣旨にもかなうわけです。合理的な限りで合意を尊重すべきだから,合理的な額までは賠償額の予定としては認めてやろうという説明が付くと思います。しかし,著しく過小な場合に,任意規定があるにも関わらず,それを無視して裁判所が自らの合理的だと考える額まで増額させるのを正当化することは,今の合理的な額までの減額の理屈では説明がつかない。その意味で,別個として扱った上で,裁判所に何らかの形で増額修正を認めるような方向でのルール化はすべきではないと思います。 ○松本委員 鹿野委員がおっしゃったことに若干賛成的な意見になるんですが,420条の1項後段についてのみ裁判所が合意を変更することができないという規定がなぜ置かれているのかというのが,少し不思議な感じがいたします。恐らく海外の法制からの流れで念のために置いたのかもしれないんですが。   1項前段が賠償額の予定を契約自由として認めるというルールを宣言しているわけですが, 例えば,売買契約において代金額について当事者は代金を自由に定めることができる。裁判所はそれを変更できない。そんなことは民法の条文に書かないです。事情変更のような別のルールの適用はあり得るかもしれないですが。   現実にこういう民法の条文があっても,甚だしい場合は,裁判所は介入しているわけです。そのための法理としては公序良俗違反等でしょうが,そういう安全弁がきちんとあるのであれば,ここだけにわざわざ契約自由に対して,裁判所は介入できないというのをなぜ入れるのかということの説明ができないのではないかという印象を持っております。 ○中田委員 この問題については,今日,能見委員が御欠席ですので残念ですけれども,民法ができた当時の外国の法制とその後の外国の法制の変化というものがあると思います。それから,日本においても起草者の見解と違う判例が既に出ておりまして,賠償額の予定がある場合であっても過失相殺を認めるとしたものがあります。このように,やはり実質的な妥当性についての考え方が外国でも日本でも徐々に変わってきているのではないかという気がいたします。 ○深山幹事 過大な場合と過小な場合とでは考えるべきことが違うのではないかという潮見先生の御指摘はごもっともだと思うんですが,契約を結ぶときに賠償額の予定を定める趣旨,条項を入れる意味合いというのはいろいろあると思います。一方で,先ほど岡先生が言われた不動産取引における20%の違約金というのは,想定される実損額よりも高めであるけれども,それを課すことによって履行させるという一種のプレッシャーと言いますか,合理的なペナルティという意味合いだと思います。   他方で,何かあってもこれ以上損害賠償義務を負わないように制限をしておきたいという観点から,何らかの債務不履行等があっても賠償責任の範囲はこの限度であるということを入れることもあり得ます。そういう意味では,実損より高額の定めを入れる場合と少額の定めを入れる場合と両方あり得ると思うし,それぞれが極端な額でなければ,それなりに合理性があるといえます。もちろん契約当事者の力関係を反映した結果であるわけですが,その力関係を合理的な範囲内で反映しているものであれば,高めの設定であれ低めの設定であれ,直ちに否定すべきものではないので,そこは契約自由の原則に委ねればよくて,高めであれ低めであれ,著しい場合には,やはり公序良俗違反ということで,条項自体の効力を否定するという今でも行われている解釈をそのまま生かせばいい。その観点から現行の420条1項の第2文が妨げとなるのであれば,それはなくしたほうがいいのかもしれませんが,いずれにしても,著しい場合に公序良俗の考え方で修正をするということでよろしいと思います。   また,必ずしもあえて高めに設定するとか,あえて低めに抑えるということではなくて,実際にどういう損害が発生するかという実損額を想定するのは難しいし,実際に損害が発生したときにも,実務的には実損を立証するということが非常に困難な場合がままあって,そういう意味で,立証責任を転換するような意味合いで額を決めておきたいということが,高め低めを問わずあり得ると思います。   規定が有効であれば,少なくとも額については立証を要しないということになり,そういう形で機能している場面もあるので,そういうことを考えると,使われる状況は過大な場合と過小な場合とで違うとは言うものの,規律としてはそれほど違う規律にはならないのではないかと思います。 ○鎌田部会長 この場の論争で問題解決していただこうとすると,予備日を一日増やさなければいけなくなると思うので,何を検討するべきかを明確にしていただければと思います。 ○高須幹事 今,深山先生から言われたことと同意見でございまして,過小の場合に状況が違うと潮見先生がおっしゃった,そこは私ども実感できるつもりでおります。やはり実損害より低い予定額が定められているときに,目の前に被害者がいたりするわけですから,何とか実損害に近づけたいという要求が実務で働くということもございます。   それから,部会資料詳細版の35ページのところに載っていますような,運送契約において相対的に運送料を安く抑えるということでの合理性が保たれているという議論も,なかなか裁判では大上段の議論になって,証拠として認定していただくのは難しいところでございますので,やはり実際には難しいですよねというのはとてもよく分かるのですが,それはやはり訴訟における立証の問題,その他の中で解決していくものであって,そこは条文としてはやはり一緒ではないかなと思っております。 ○岡委員 潮見先生に質問なんですが,改訂権という構成をとれば,過大に対処するだけで,過小に対処することは無理というのがよく分かります。しかし,民法に裁判所の改訂権というのが入るのが極めて違和感があります。借地借家法だったら分かるんですけれども。民法に裁判所の改訂権を入れるという理屈について,比較法と言いますか,ちょっと御説明いただければと思います。 ○潮見幹事 私は改訂権を入れるべきだとは一言も言わなかったと思います。誤解があるようなので一言,二言申し上げます。時間がないところで申し訳ありませんが,私が申し上げたかったのは,過小な場合の処理,また過大の場合の処理の場合に,結局問題なのは,どういう内容の効果に関するルールを作るのかでして,このことを考えたときに,過大な場合に切り取るかそれとも条項全体を無効にするかという観点からのルール作りと,過小な場合にその場合の調整をどうするのかというルールとは同列に論じてはいけない。後者の場面で,裁判所が過小な場合に増額の方向で内容を改訂するのを認めるはよくないというつもりで申し上げたはずです。 ○中井委員 弁護士会が先ほど申し上げたことは,効果においては違うという理解をしております。つまり過大な場合には,ぎりぎり合理的と認められるところまでは有効だけれども,それを超えたところについては無効としましょう。著しく過小な場合も,一部無効の考え方で,その過小という金額を超える部分を全て実損害があっても放棄しているわけですから,そこの部分を無効としましょう。その結果として実損害を立証すればそこの部分は請求できる。裁判所が決めるわけではありません。その前提として,公序良俗の考え方を採る。その公序良俗違反がこの賠償額の予定のところで現実化,具体化したということです。 ○鎌田部会長 そこは,潮見幹事のおっしゃっていることと同じ結論ですね。   すみません。先を急がせていただきます。   次に,部会資料19-1の8ページの「第5 契約の解釈」について御審議いただきます。   まず,事務当局に説明してもらいます。 ○笹井関係官 それでは,「第5 契約の解釈」について御説明いたします。   「1 総論(契約の解釈に関する原則を明文化することの要否等)」においては,現行法には契約の解釈を直接扱った規定はありませんが,これを民法に設けることの要否のほか,留意点について幅広く御議論いただきたいと思います。   「2 契約の解釈に関する基本原則」では,当事者によって表示されたところの意味を明らかにする狭義の解釈と,当事者が表示していない事項について法律行為を補充する補充的解釈のそれぞれについて,その基本的な在り方を御議論いただきいと思います。   「3 個別的な解釈指針」では,狭義の解釈に関する基本的な原則によっても契約の意義が明らかにならない場合の解釈指針を民法に規定するかどうか,特に,約款について条項使用者不利の原則を法定するという考え方の当否について御議論いただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ただいま説明がありました部分について一括して御意見をお伺いします。御自由に御発言ください。 ○奈須野関係官 先に3についての意見を申し上げて申し訳ないですが,条項使用者不利の原則の明文化については反対であります。約款の社会的意義の重要性からして,約款使用者,約款を作成した人を敵視するかのような立法は相当でないと考えております。  実際問題として,約款を作成するのは大企業ばかりではなくて,工場の制服のクリーニングをするクリーニング屋さんとか,あるいはビルのメンテナンスをする事業者であるとか,中小企業が約款を作成して提示するという場合も多々ありますので,一律の解釈指針というのは相当でないと思います。   それから,こういった一方当事者に有利な解釈をするということの弊害として,使用者がそれを見込んだ条項を作成してくるだろうという弊害も予想されます。例えば,少々約款とは違いますが,特許法などで請求の範囲に拒絶事由がない場合は査定をしなければいけないというルールがあって,基本的には出願人に有利に解釈するというのがこのルールの考え方ですが,そのルールがあるために弁理士としてはあえてストライクゾーンぎりぎりを狙って出願をします。これは対特許庁戦略として必ずしも悪いことではないわけです。しかし,かように一定のバイアスをもって条項を解釈するということになると,実際には全ての例が裁判になるわけではなくて,多分大多数の人は裁判を起こさないで,条項使用者の言うとおり「ああ,そうですか」ということで,引き下がるということですから,限られたケースだけで裁判になるということであれば,そういう裁判にならない泣き寝入りの確率を見込んで,条項作成者はストライクゾーンぎりぎりを狙って戦略的な条項を書いてくるだろうと。そういう不健全な約款の作成を助長するということもあって,こういった条項使用者不利の原則というのは,極めてナイーブな発想ではないかと思っております。 ○佐成委員 条項使用者不利の原則について基本的に奈須野関係官と同じく反対の意見を述べさせていただきます。まず,適用されるべき約款というものについて何を約款とするかという点,これが非常に大きな問題ですけれども,その点はひとまず措きましても,これまで日本の実務では条項使用者不利の原則については余り馴染みがございませんでしたし,そもそも一般的,抽象的な原則でございますから,これを唐突に持ち込まれますと実務が非常に混乱するということでございます。それによっていたずらに新たな紛争の種が生じて,紛争が増えるのではないかと思います。   もう一つ申し上げたいのは,どんなに情報や能力を備えた人であっても,将来におけるあらゆる場合や事象を完全に予見することは不可能でございますから,そうした予見不能のリスクがそもそもございます。仮に予見可能な場合や事象をすべて条文化しようということになったとしても,当然のことながら取引費用が大きくなり過ぎてしまって,実務上ほとんど実現不可能でございます。仮に一定程度の条項化が可能だとしても,著しく膨大な契約書になるだけのことでございますので,実務上どうしても条項化できないというリスクは残ります。にもかかわらず,そのような中で一方的に約款作成者,あるいは条項使用者のほうに,それらのリスクを全て負担させること,いわば保険者的地位を強制するということは,これらのリスクの分配方法として本当に合理性があるのかということでございます。むしろ通常の解釈手法に委ねてやるのがよろしいのではないかということでございます。 ○岡田委員 消費者の立場で申し上げますと,消費者契約法の目的をこの解釈のところには盛り込んでいただきたいと考えます。   作成者不利の原則とか条項使用者不利の原則に関しましてですが,もともと約款とか契約の内容は双方の話し合いによって決めていくのが原則だと思います。ところが,事業者が一方的に作ったいわゆる約款に従って,結果的には消費者は契約させられる,従わされているというのが現状です。消費者に有利な条項というのは,法律で定められた契約書,法定書面,そういうもの以外は,ほとんど入っていません。そのような状況においては契約の解釈については契約書や条項を作成した側に不利に解釈するというのは,私たちからすれば当然と言えば当然の話ではないかと思っています。   それから,契約の解釈に関する基本原則のところで,合理的に考えるならば理解したであろうという記述がありますが合理的にということについて誰が合理的と判断するのかという点について消費者契約法の情報の質及び量,そして交渉力の格差等を考慮していただきたいと思います。 ○沖野幹事 契約の解釈のうち,今話題になっております不明確解釈準則につきまして申し上げます。結論から申しますとこれは是非入れるべきだと思っております。その前提として,この準則の位置づけに関しまして,そもそもその内容について留意していただく必要があるのではないかと思っております。と申しますのは,例えばこれを法定することに対する消極的な御意見として「通常の解釈方法に委ねるべきである」という御指摘もあったところですけれども,不明確解釈準則はある条項が一般的な解釈手法によってもなお多義的であるというときに最後の最後に複数の合理的な選択肢がある中で,一体どれで意味を確定するのかという場面で働くものですから,いきなり全てにおいて最初から一定の者に不利な意味で解釈するというようなそういう原則ではないということになります。むしろ通常の一般的な解釈方法を経てなお曖昧さが残る,というそういう場面で初めて働く準則だと理解しております。   その点を確認いたしまして,その際に,複数の合理的な解釈可能性の中から約款作成者に不利なものを選択するというのは,その起草において一方的にその起草を担っていたという側に最後になお残る多義性について明確にするべき配慮義務があるだろうという考え方に則って,そのリスク分担をしているわけですから,そういう考え方自体はむしろ両当事者間における信義則の要請するところであって,極めて一般的な考え方であり,十分に正当化できるものであろうと思います。岡田委員が「当然」という言葉をお使いになりましたけれども,そういう意味で当然と言っていいような考え方であろうと思われます。   日本法において馴染みがないという御指摘がございましたけれども,裁判例での援用や補足意見での言及もみられますので,確固とした判例準則と言えなくとも決して馴染みがないというわけではないと思われます。学説上の位置づけも現在ではかなり固まっているものだろうと思います。   それからその妥当範囲に関しまして,資料では,約款について書かれておりますけれども,約款の定義自体にもよりますが,必ずしも約款だけではなくて,消費者契約においても妥当するものだと考えられます。その点も補足しておきたいと思います。   そういったことを考えますと,契約の解釈の準則として明文化するということに非常に意味のあるものであろうと考えます。不明確解釈準則については以上です。   ほかの点につきまして,併せて申し上げてよろしいでしょうか。   契約の解釈についてですが,これまでの御議論の中でしばしば「それは契約の解釈の問題である」とされております。このように,契約の解釈という作業が極めて重要であるということは共通の認識になっていると思われます。しかしそれだけ重要な作業が,一体どのような作業であって,どのような基本的な考え方に基づいて行うべきものなのかについて,法典が沈黙しているというのは決して望ましくないことでありまして,契約の解釈についてはやはり規定を設けることを考えるべきだと思います。もっとも契約の解釈というのは非常に幅広いものでございますので,そこでは基本的な考え方を明らかにするということと,取り分け先ほどの不明確解釈準則のような意義の大きいものを明確にするという限りになろうかと思いますけれども,これは是非規定を置くべきだろうと思います。   と申しますのも,契約の解釈ということ自体が非常に多義的ですし,また法律行為の解釈という形で論じられたり,あるいは契約の解釈という形で論じられたり,いろいろなことがはっきりしないという面がございます。   資料の詳細版におきましても,契約の解釈というのは,当事者の表示行為の内容を明らかにする作業として書かれている部分もあれば,詳細版の49ページですけれども,補充的契約解釈のところで,当事者が定めなかった部分について,慣習,任意規定,条理の順で補充的契約解釈を行うべきだという表現もございまして,ここでは当事者が定めなかった部分につき任意規定等により補充することも契約の解釈として表現されています。契約の解釈という作業を,慣習や任意規定の適用等との関係でどういう作業として作業領域を確定していくのかという非常に基本的なことからしても多義的な言葉遣いがございます。したがって,規定を置いて明確にすべきだろうと思います。   その際の規定の仕方ですけれども,考え方としましては,詳細版でも書かれておりますように,契約と遺言などでは全く違う事情もありますので,法律行為の解釈という形ではなくて契約の解釈としてその基準や考え方を明確にするべきだと考えます。   そうした場合に,契約というのは何よりも両当事者の合意というものがその基礎にあるわけですから,両当事者の共通の意思を探求するという一番の原則を明らかにした上で,しかし当事者の間で異なる考え方があった場合にどのような考え方に立つかを明らかにするべきだと考えます。   それから,これは条項無効の場合の補充のときにも既に出ていたところですけれども,契約はまずは当事者の合意であって,当事者によるそのカスタムメイドの関係の規律であるということからしますと,その姿勢が当事者が決めていなかった事項についても貫かれるべきだということを明らかにする意味で,補充的契約解釈と言われる考え方,その中身は,もし当事者がその事項について考えていたならば,カスタムメイドのものがあり得るのかということを探求すべきだという考え方だと理解しておりますけれども,そういったルールが置かれるべきだろうと思います。   最後に個別の解釈準則についてです。詳細版に比較法の資料が豊富に提示されております。そういった資料を見ますと,条項の解釈について個別解釈準則が置かれていることが目を引きます。また日本法において判例でもそれを明示しているものがあるということが資料で明らかにされているのですけれども,ただこれらの解釈準則については,それぞれ検討する必要があると思われますし,それらが置かれることによって,かえって相互の関係が分かりにくいといったこともありますので,個別の解釈準則についてはかなり厳選し取捨選択して考えていく必要があるだろうと考えております。 ○高須幹事 5項の条項使用者不利の原則に戻って恐縮ですが,消費者契約のような場合に,消費者契約法1条が作用して,一定の解釈が導かれる余地がある。これは多分そういうことがあり得るし,それは多分消費者契約法だからという部分があると思います。   その上で,民法一般ということで考えた場合にどうかという議論をここですべきかと思うのですが,そのときにこの不利とか有利と書くと,どっちの味方をするかみたいな印象を与えてしまって意見が分かれてしまうと思うんですが,私どもが普段仕事をしているときに,依頼者が契約書を持ってきてこういう契約をしましたといったときには,この契約書はどっちが作ったかということを当然,聞くわけです。作った人が,こっちだったら何でこういう表現にしたのということを考えますし,相手が作ってきたとなれば,私どもが想定しても複数の解釈があり得るときに相手の人は何でこう書かなかったのか。もっと別の書き方ができたというようなことを想定するわけでございまして,そういう意味で,どっちが作ったかということが契約の解釈に何らかの解釈に影響するというのは,日常的にあり得るのではないかと思っております。その限りではこの条項使用者不利の原則という事柄については,解釈論の一つとして余り特別なことではなくて,ごく普通にあり得ることではないかと思います。   逆に言えば,特別なものにしてはいけないという注意を喚起されたということではそのとおりだと思いますが,こういう考え方で解釈をしておりますということでは,一般的な考え方であり,表現等についてはもう少し検討しなければならないかもしれませんが,参照し得るルールではないかと思っております。 ○山野目幹事 今,お二人の幹事がおっしゃったことと相当重なる部分がございますけれども,部会資料19-1,第5,3に候補として掲げられております個別的な解釈指針の中でも取り分け条項使用者不利の原則として示唆いただいたものは,これを育て上げていく方向で是非検討を続けていただきたいという観点から,二つの点を申し上げたいと考えます。   1番目は,この部会資料の第5の2と3の関係ですけれども,2で,契約解釈に関する基本原則が規定上も明確にされ,個別の契約の解釈の作業においても基本はこの基本原則に則って処理が扱われるということを前提とした上で,更なる個別の解釈指針として3のところの一つのものとして条項使用者不利の原則が現れるという関係は,きちんと確認しておく必要があると考えます。   佐成委員がおっしゃったように,唐突に条項使用者不利の原則が出てきて,それが乱暴に振り回されるというのはよろしくありませんが,2の作業を踏まえた上で,不明瞭な部分について3の作業があるという位置づけは是非確認していただきたいと考えます。これは沖野幹事が前半でおっしゃったことと同旨でございます。   それから,もう一つ申し上げますけれども,条項使用者不利の原則と呼ばれているものでありますが,これは約款作成者不利の原則と射程が同じものであると考えるべきかどうかは今後の検討に委ねられるというふうに思います。消費者契約において事業者が提示した条項についても似たような考え方は約款でなくても当てはまってよいのではないでしょうか。   伺っておりますと,奈須野関係官から御心配いただいたことはごもっともであると感じますが,少し議論がかみ合っていないところがあって,特許でお挙げになった例は事業者と事業者の契約が基本的にイメージされている場面であると理解しますが,岡田委員がおっしゃった例は消費者と事業者の契約の場面です。   ちょうど次回の審議においては,この消費者,事業者の問題等も扱われるという調査審議の段階に来ておりますから,条項使用者不利の原則,この不利という言葉で最後までいくのがいいのかどうか分からなくて,確かに高須幹事がおっしゃるように,条項を作成した者の説明責任をきちんと念押しするような表現ぶりになるかと想像しますが,次回に向けてそういった観点も含めながら,審議を続けていただきたいと望むものでございます。 ○山本(敬)幹事 ほとんどは沖野幹事がおっしゃったことですけれども,ポイントだけを申し上げたいと思います。契約の解釈に関する基本原則については,ポイントは,契約というのは,当事者が自らの法律関係を形成するために行うものだというところにあると思います。   この契約の解釈や法律行為の解釈については,かつての伝統的な通説は,法律行為の解釈とは表示の客観的意味を明らかにすることであって,当事者の内心の意思を探求することではないとしていたわけですけれども,先ほど言いましたように,契約は当事者が自らの法律関係を形成するために行うものだと考えますと,当事者の意思が一致していれば,その共通の意思を基準とすべきだということになりますし,当事者の意思が一致していない場合でも,契約は当事者が自らの法律関係を形成するために行うものですから,やはり表示の一般的な意味ではなくて,その契約の当事者がどのように理解し,また理解すべきだったかという基準によることが,契約制度の趣旨に合致すると思います。   そして,同じ考え方から,補充的解釈についても,先ほどの狭義の解釈によっても契約の内容を確定できない事項が残る場合は,その契約の当事者がそのことを知っていれば合意したと考えられる内容が確定できるならば,それに従って契約を解釈しなければならないと定めるべきだと思います。  狭義の解釈によっても契約内容が確定できない事項が残る場合は,任意法規や慣習によってその部分を補充するということが考えられるわけですけれども,任意法規にしても慣習にしても,典型的な場面を想定したものでして,常に個々具体的な実際の契約に適合するわけではありません。先ほど言いましたように,そもそも契約というのは当事者が自らの法律関係を形成するために行うものだと考えますと,そのような場合でも,その当事者が知っていれば合意したと考えられる内容が確定できるときには,正にそれを尊重することこそが契約の制度の趣旨にかなうと思います。その意味では,このような補充的契約解釈の準則も含めて,むしろ契約制度の基本的な趣旨,考え方を表すものでして,そのような観点からも,民法に規定するのがふさわしいと思います。   そして,使用者不利の原則についても言おうと思っていたことがあるわけですけれども,見事に皆さんが言ってくださいましたので,もう私から付け加えることはございません。 ○村上委員 契約の解釈に関する原則を定めるということにつきましては,解釈に当たって検討すべき事柄を固定させてしまうとか,ルールに明確な順序をつけるとか,そういうことにはならないようにお願いしたいと思います。   解釈というのはいろいろなことを考えて行うものですから,事案の特質に照らした柔軟な解釈をすることが困難になり,その結果適切とは言えない解釈を当事者に押し付けざるを得ないということにならないようにする必要があろうかと思います。そのような観点から言いますと,固定しすぎるというのはいかがなものかと思っています。   なお,どういう原則を定めるかということとの関係ですけれども,定める原則の内容次第では,錯誤等との関係が問題になることもあり得ると思いますので,そういうことにも目配りをしておく必要があるかもしれないと思います。 ○松本委員 今回の契約法を中心とした債権法改正の議論の有力な潮流として合意を重視する,当事者間の合意に即していろいろ考えましょうという立場が様々なところで主張されていました。例えば,債務不履行の帰責事由のところでさんざん議論がありましたが,「契約により引き受けていなかった事由」という言葉に変えましょうという提案,これは引き受けていたかいなかったかというのは正に契約の解釈,合意の解釈によって決まるという話になります。それ以外にも,瑕疵担保責任の要件の「隠れた瑕疵」から「隠れた」を削除するという提案も,これも結局合意の趣旨はどうかということでした。   本日の議論の400条,あるいは401条も全く同じ発想に立っているわけです。したがって,こういう立場を採るか採らないかというのが議論の一つの分かれ目ですけれども,ここで提案されているような合意重視の一連の考え方を採用するとすれば,その分,契約の解釈,合意の解釈という部分の比重が大変大きくなってくる,重要性を増してくることになると思います。したがって,もしそういう立場を採るのであれば,契約の解釈についての基本的なルールを民法上明らかにしておく必要が大きいし,補充的契約解釈が機能する場面というものが大変大きくなってくることが想定されますから,ある程度普通の人が読んでも分かるような解釈のやり方を明らかにしておくのがいいのではないかと思います。 ○岡委員 三つだけ申し上げます。一つ目,実務家としては解釈の準則が民法に出てくるというのは,違和感と言いますか,民法の中にこんなのが入るんですかという素朴な違和感を持っております。いいものが入るのであれば,それほど反対すべきことではないのかもしれませんけれども,詳細版を読んでいると,この準則は指針であって必ずしも裁判官を拘束するものではないと書かれており,そんなものが民法に入るんですかと,必要なんですか,というような違和感を覚える人間が多うございました。事実認定と紙一重と言いますか,事実認定ではないんですかという意見もございました。そういう感想が1番目でございます。   それから,2番目に,詳細版48ページの当事者の意思が異なるときは当事者が当該事情の下において,合理的に考えるならば理解したであろう意味,両当事者がどう合理的に考えたかというところを探求しようという表現について,違和感を覚える弁護士が多うございました。一般的には,通常人,あるいは平均人がどういう意味として捉えるかということでやってきたように思われるところ,先ほどの両当事者の合意に還元するという考え方のせいと思われるのですが,ちょっとこれが本当に通説なのか,裁判官がやっている解釈でこんなことをやっているのかという思いがしておりますので,「当事者が当該事情の下において合理的に考えるならば」のところについては,中身的な疑問を言う弁護士が多うございました。   それから,3番目に個別的な解釈指針のところでございますが,経済界から条項使用者不利の原則反対であるという意見が出されておりましたけれども,弁護士会はこの約款に限って,このような表現,不利の原則という表現がどうかは別としまして,これについては賛成です。条項使用者不利の原則と消費者法の解釈原則,この二つについては中身的には賛成であるという意見が多うございました。 ○佐成委員 先ほど条項使用者不利の原則については,奈須野関係官の御発言との関係でちょっと申し上げましたので,そのほかのところで,経済界が契約の解釈準則についてどのように考えているか一言だけ申し上げておきます。経済界では,これらの準則については,このようなものもあり得るかも知れないけれども,こういう抽象的で一般的なものをあえて明文化する必要性が基本的には存在しないという意見が多数でございまして,これを条文化してくれという意見は一切ございませんでした。そのことだけを報告させていただきます。 ○鹿野幹事 まず,解釈準則を設けるかどうかということについてですが,これについては,そもそも契約に関する紛争の解決は,まずは当事者の合意の趣旨・内容を確定することから出発するべきだと思いますし,先ほど松本委員もおっしゃったように,今回の改正で合意の重視という点が改めて強調されるのであればなおさら,契約の内容がどのような形で確定されるのかという解釈の基本的な指針を示すということは重要なのではないかと思います。   次に,解釈の基本的な準則を設けるとした場合,第一に,契約においては当事者の共通の意思がまず探究され,そこから出発するべきことを掲げるべきだと思います。これは当たり前といえば当たり前のことであり,当たり前だから掲げなくてもよいのではないかと思われるかもしれませんが,先ほど山本幹事がおっしゃったように,一方で,かつては客観的な解釈というものがかなり強調された時代があったという事情もあります。それが実務に今日何らかの影を落としているのか否かについては,私は十分に把握しているわけではありませんけれども,今日当たり前と考えられているとしても,これを明確にするということが,必要であると思います。   それから,共通の意思が確定できない場合もあると思いますので,その場合の規範的な解釈のルールについても,これを規定してよいのではないかと思います。   ただ,そのほかの個別の解釈準則を網羅的に規定するべきかというと,そうではないと思います。資料で言うと8ページの一番下に書いてあるところですが,従来いろいろな形で個別的な解釈準則が指摘されてきましたし,立法例においても様々な形で個別的な解釈指針を定めているところがございます。しかし,これを列挙することには,解釈の柔軟性という点から不都合が存するような気がします。また,もしそのような多くの個別的な準則を列挙するということになると,その準則相互の関係,順番はどうなるのかということが問題となりそうですが,それは事例によっても異なり得るのではないかと思います。個別的な解釈指針を網羅的に掲げることにより,解釈が硬直化する事態は避けるべきだと思います。そこで,結論的には,この資料の記述の方向性に賛成ということになろうかと思います。   最後に,最初の方で議論がありました不明瞭解釈準則について一言申し上げたいと思います。私も,これは,他の解釈準則を用いても多義的で不明確であるという場合について適用される解釈準則として,定めるべきであろうと思います。   理由は,先ほどから既に多くの方がおっしゃったところですが,裁判例でも,条項使用者不利の準則というような表現を用いているわけではないものの,従来からこのような観点も含めて解釈がなされていたのではないかと思います。   例えば,最高裁の判例でも,建物の賃貸借契約において,賃借人が通常損耗についての原状回復義務を負うのかどうか,当該契約においてその通常損耗についての補修費用を賃借人が負担する旨の特約が成立していたと認められるかが争われた訴訟において,通常損耗補修費用まで賃借人に負担させるような特約の成立が認められるためには,それが契約書の条項自体に具体的に明記されているか,あるいは契約書ではなお不明確な場合には,その旨を賃借人に説明し明確に認識させて合意の内容としたと認められるなど,その旨の特約が明確に合意される必要があるとし,当該契約においてはそのような特約は成立していないと判断したものがあります。私は,これも不明確解釈準則のひとつの適用場面であり,それを認めたものであると理解しておりますが,そのように考えると,従来の裁判例ではこのような準則は採られていなかったという先ほどの御指摘は当たらないのではないかと思います。 ○中井委員 弁護士会の意見は岡委員におっしゃっていただきましたので,個人的な意見を申し上げたいと思います。   一つは,契約の内容の確定の問題と,契約書,合意書,若しくは表示されたものの解釈の問題がきちんと整理されているのか,契約内容の確定について,当事者の合意が探求されるべきで,表示されたものは,正に当事者の共通の意思に従って解釈すべきというのが大原則だと思います。   日弁連の中にはこういうことを民法に書くのはどうかという意見もありますが,私は,民法で明らかにするのが適当でないかと思っております。それが具体化する中で,契約書の文言解釈になったときにも,これは当事者間の共通の意思に従って解釈しましょうという点を明らかにすることなり,大変意味があると思っております。   弁護士実務をやっていまして,当事者間できちんとした契約書を作成しないものが非常に多い。それで訴訟になっている。そこで出てくる書面は,極めて簡潔なもの,稚拙なものが多い。そこで書かれていることと当事者が合意したことが違う場合,当事者間の認識が齟齬する場合もあるんですけれども,そのときに経験的に裁判所はその書面の表示を非常に尊重する傾向にあり,私自身いかがなものかと思う場合があります。本当の当事者の共通の意思を探求してください,という点で,今回の配布資料のフランス民法のところに,「合意においては,その文言の時義に拘泥するよりもむしろ,契約当事者の共通の意図がどのようなものであったか探求しなければならない」とあります。こういう,当事者の共通の意思に従って解釈すべきということを明らかにすることは重要ではないかと思っております。   あと1点ですが,詳細資料49ページの上のところ,「当該当事者が当該事情の下で合理的に考えるなら」,というところですけれども,当該当事者自身は理解が齟齬しているわけですから,当該当事者と同等で合理的な人たち,一般人ではない,こういうものが当該事情の下で合理的に考えるように解釈すべきであると理解しております。 ○山下委員 不明確原則ですが,こういう原則が実際上は判例でも恐らく一般的には認められているのだろうと思います。立法論としても,消費者契約法の制定のときはこういうものは約款の作成者といってもそれほど作成能力は高くないから余り形式だけに着目するこういう原則だけを明文化するのはいかがなものかと申し上げたのですが,今では大勢としては民法の先生方が明文化するということは支持されているようで,あえて反対するものではないのですが,どうしても約款の文言が不明確であるから,そのときにもう作成者側に不利に解釈するという結論にしなければいけないかどうか。不明確で二義的な解決があり得るとしても,例えば約款による契約を考えるとやはりその契約類型についての大きな一般的なルール,消費者,事業者全般が関わるような,そういうルールがその判決によって上級審になればなるほど確定されるということになりますので,不明確原則だけから言えば,作成者不利の結論にいくべきだけれども,全体として見れば,やはり合理的な解決にならない場合というのがあり得るのではないかという気もするので,そこらあたりは先ほど村上委員の御意見に近い感覚でありまして,裁判官はそこら辺は十分あらゆる要素を勘案し,政策的な要素も込めて,合理的な結論を導いておられると思うので,そこら辺を余り固く縛るようなルールを明文化するのは余り合理性がないのではないかという感じを持っております。 ○潮見幹事 1点だけ,基本的にここで書かれている内容については同意できますし,先ほど沖野幹事がお話しになられたことについて私も賛成です。その上で,資料版の50ページに書かれている有効解釈の原則についてだけは賛同しづらい部分がございます。   このような原則を立てるということがかえって画一的な,あるいは硬直的な結論を導かないかという懸念がありますし,更に有効又は法律的に意味があるものとする解釈のほうが優先すべきだということになってしまうと,かえって両当事者が想定した意味とは違う形で,契約内容というものが確定されてしまう恐れがあるとの危惧がありますので,有効解釈の原則についてはにわかに賛成することはできないということを申し上げておきたいと思います。 ○村上委員 先ほどからの御議論をずっと伺っておりますと,事実認定の問題に入っているのではないかと思われる議論が幾つかあったと思います。先ほど岡委員からも御指摘があったと思いますけれども,解釈の問題なのか事実認定の問題なのかということが問題になるということも念頭に置いて検討していただきたいと思います。 ○鎌田部会長 御指摘いただいたような点を踏まえて,なお検討を続けさせていただきます。まだ大きいテーマが幾つも残っておりますので,全部は終えられないと思いますが,6時をちょっと過ぎるぐらいになるかもしれませんけれども,次の課題に進ませていただきたいと思います。   部会資料19-1の9ページ及び10ページの「第6 第三者のためにする契約」について御審議いただきます。   事務当局に説明してもらいます。 ○川嶋関係官 それでは,「第6 第三者のためにする契約」について,2以下の個別論点を御説明いたします。   主として御議論いただきたいのは,「2 第三者のためにする契約の類型化(民法第537条第1項)」についてです。第三者のためにする契約の成立要件については,民法第537条第1項に「契約により当事者の一方が第三者に対してある給付をすることを約したとき」という概括的な規定が置かれているのみであり,具体的にどのような契約がこれに該当するのかは解釈に委ねられております。また,同条第2項は,受益者の権利は受益者が受益の意思を表示したときに発生すると規定していますが,第三者のためにする契約の内容によっては受益の意思の表示がなくても受益者の権利を発生させることが適当な場合があるとの指摘もございます。こうした状況を踏まえ,受益者の権利の発生のために受益の意思の表示を必要とすべきか否か等の観点から,第三者のためにする契約の類型化を図り,その類型ごとに規定を明確化すべきであるとの考え方が示されているところです。   「3 受益者の現存性・特定性」及び「4 要約者の地位」は,いずれも規定の明確化や整理を主眼とする論点です。   以上の2から4までの論点につきましては,受益者の権利の発生のために受益の意思の表示を必要とすべきか否かといった観点から相互に関係することも考えられますので,まとめて御議論いただけたらと思います。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分について,一括して御意見をお伺いいたします。 ○奈須野関係官 受益者が何らの負担なしに債権を取得するということがこの世にどのくらいあるかということなのですが,通常,相手方との間で負担なしに債権を取得すると,我が国では税金が発生することになっておりまして,この「負担なしに」という範囲が税負担を含むものかどうかが問題となります。   それで,もちろん税金が発生しないケースでは,受益の意思表示を必要としないとも考えられるのですけれども,外観では受益者に税が発生するかどうかは分かりかねるので,やはりこういう仕組みをつくると,受益者を困らせるだけの結果を招くという感じがします。したがって,これについては消極的に考えております。 ○大島委員 今の税の問題なんですけれども,実務的なお話になりますが,詳細版の61ページの債権取得型の契約につきましては,税務上の問題を指摘する意見がございました。受益者が受益の意思の表示なく,債権を取得するものとされますと,企業が第三者のためにする契約において,債権を取得していても,それに気づかない場合があり得ます。その場合に税金は債権の取得があった期に計上しなければならないわけですが,債権の取得により利益が生じていることに気づかなければ,計上することはできません。   また,債権が年度をまたいで放棄されるような場合には,更生請求をする必要が生じ,面倒なことになるのではないかと思います。このような制度が実務的に機能するのか疑問を呈する意見がございました。   また,別の観点からは,受益者が債権を当然取得するものとして規定すると反社会的勢力に対する債権など,取得したくない債権でも取得させられてしまうおそれがあるのではないかという意見がございました。このような弊害にも配慮しながら御検討いただければと思います。 ○加納関係官 第三者のためにする契約の活用場面として,消費者紛争の解決の場面で活用することもあるのではないかと思われますので,その点について意見を申し述べたいと思います。   例えば,この資料の9ページのところの図で言いますと,A,B,Cとありますが,消費者紛争で集団訴訟のようなものが起こった場合に,弁護団ができて,A,B間で,Aが消費者側,Bがその相手方と仮定しますと,その紛争を和解で解決する。当事者でない背景にいる多数消費者がCという形でそのCとの関係も踏まえて,この本件消費者紛争についてはこのように解決しましょうという和解がA,B間でなされることもある。これは別に消費者紛争に限らず,薬害,公害,そういう多数当事者が関係する場合には同様の問題が起こり得るのではないかと思いますけれども,そういった場合に,その和解は第三者のためにする契約になるのではないかと思われるわけでありまして,そうした場合に,このA,B間で和解していろいろと規律を設けるわけですが,この資料の中で,2,3,4以下でいろいろとありまして,例えば,要約者の地位をどうするのかということについては,和解契約を締結する際に苦労すると聞いておりますので,民法の中で要約者の位置が設けられるというのは非常に重要であり,意義もあると思います。 ○岡本委員 第三者のためにする契約のうち,権利取得型の第三者のためにする契約について,受益者の受益の意思表示を不要とすること。これについては議論した中でも両方の考え方がございました。一つ目の考え方としては,先ほど大島委員がおっしゃったように,反社会的勢力に対する権利,こういったものについては,取得したくないということもあるだろうというのが一つでございます。   一方で,既に発行済みの社債について,事後的に保証をつける場合とか,そういった場合に受益の意思表示を不要としたほうが便利な場合も一方ではあるという意見がございました。ここは両論ございましたので,どちらということはございませんでした。 ○道垣内幹事 債権取得型というものとの税金との関係は非常に勉強になる御指摘を頂きましたが,信託受益権の取得のときにはどういうふうに税金がなっているかを,もし教えていただければ有り難いのですが。   つまり信託法88条1項は,受益者として指定されたものの同意なく受益権が発生するという仕組みをとっています。もちろんそれは放棄できるのですが,ここでいう債権取得型の第三者のためにする契約によって債権を取得した場合も放棄できるのであり,同じですし,反社会的勢力に対する債権の取得とおっしゃいますが,反社会的勢力が受託者だったら,反社会的勢力に対する受益債権を取得することになってしまうんですけれども,そのあたりのことはどういうふうな仕組みになっているのかもしお教えいただければ有り難いです。 ○鎌田部会長 追って御回答いただけるようお願いしておきます。 ○山野目幹事 道垣内幹事が問題にされた税の関係のことですけれども,もちろん今日で決まる話ではなくて,今後も議論を続けていかなければいけないお話ですが,債権取得型と言われているものに代表されるように,受益の意思表示なしでも第三者のためにする契約の具体的な効果を発生させることが相当ないし有益である場面が民事の法律関係と言いますか,私法的な基本的法律関係として,あり得る,そういうことを考えてみましょうという提案がなされていると受け止めましたから,少し議論の進め方が逆であるという感じがいたします。基本的な私法的法律関係の在り方を考えるのがここでの仕事でありまして,そこで得られた成果によっては,この債権取得型と言われる新しい規律に基づいて取得した債権を放棄したときの幾つかの課税関係の発生の問題についてはまた改めて考えられるべきでありまして,現行の税制を前提にして税金が生ずるからそれをやめるという議論は,不思議な議論であるという印象を抱きました。 ○岡委員 弁護士会の雰囲気をお伝えしたいと思いますが,意見がほとんどないという状況でした。具体的に取り扱っている事件もないし,ここに書いてある出産のことも何か技巧的ですし,これだけ忙しい民法全体の論点の見直しをしているので,ほかの重要な論点に時間を使ったほうがいいのではないかという意見でございます。ピンと来ないという,見直そうという元気がなかなか出ないというのが一般的な状況でございました。 ○高須幹事 そういう次第なんですが,昨日の弁護士会の会議の後に,私なりに考えてまいりまして,ある事例を思い出しました。過去に不動産の明渡しというか,再開発関係の件で,不動産屋さんから不動産を持っている人に毎晩のように寿司が届くという事件がありました。これは多分債権取得型なんだろうなと思ったんですが,そのときに放棄をすれば確かにいいのですが,放棄をするということよりも,そもそもが受益の意思がないというほうがより適切なような感覚を持ちました。もちろん,債権取得型では受益の意思表示のことは問題にすべきではないという考え方を妥当とするほかの場面が想定されるのであれば,放棄ができる以上はそれでもよいと思うんですけれども,仮にそのような具体的な事例が想定されなければ,そもそも受益の意思表示のところで主体的な選択権を第三者に与えるという選択もあるだろう。ほかに山野目先生がおっしゃったように,実益があるかということだと思いました。   資料に頂いた子供の出産の件で,確かに判例があって,そのときに現在,立法提案として想定されているような扱いをしているので,そのようなことを念頭に置いて,債権取得型というのが考えられるのかもしれない。受益の意思表示を不要とする法理がこのようなケースでは現実性を増すかもしれないというところが一つ出たわけなのですが,そこもちょっと私どものような素人が考えただけですから,間違っていれば教えていただきたいのですが,例えば先ほどの出産のケース,病院と母親との間での医療契約があって,生まれてくる子供はその意味では直接の当事者ではないけれども,子供に対する安全性というか安全な分娩を義務付けるというような法理の問題なのですが,これは場合によると病院と母親との間の診療契約における法律上の義務,安全にそういう出産を遂行するという義務の効力が胎児にも及ぶというような構成でも可能なのではないかと考えます。つまり債権の保護というのを契約当事者だけではなくて,一定の範囲の第三者に拡張するというような法理もあり得るのではないかとちょっと思ったりしまして,もしそういうことが可能であれば,あえてここを第三者のためにする契約という形で処理する必要性が必ずしも高くなくなるのではないか。そうすると先ほどの寿司屋のケースは受益の意思表示をしませんと,内容証明でも送ったほうが妥当なケースになるのではないかと思ったりしておりますので,債権取得型でも受益の意思表示を必要とするということもあってよいなどと考えております。 ○松本委員 私も岡委員,高須幹事の御発言に同感でありましてし,この分娩の状況を説明するために受益の意思の不要な第三者のためにする契約という制度を作るというのは,ちょっと大きすぎる衣装を子どもに着せるような感じがいたしまして,ここはここでしかるべく説明できるような論理を考えればよいと思います。母体だけでなく,胎児や新生児を含む周産期医療における契約における当事者は誰であるかということで考えていくというのがよいのではないか。場合によっては,胎児は生まれる前でも人格があるというようなことで親が法定代理人として契約できるという説明も,これは大審院の阪神電鉄事件で否定されたからちょっと難しいところがありますが,周産期医療に関しては特別に考えられるかもしれません。   むしろ非常に例外的な事情を説明するために一般化すると,先ほどから出ていますような予想外の余分な問題がたくさん出てくることになるのではないかと思います。利益を受けるだけだからいいではないかという判断が多分根底にあるんでしょうが,その議論をやり出しますと,一方的な債務者の意思のみによって債権を取得できるかという無因の権利取得,債権取得という話につながっていく気がします。そちらのほうの議論をまず先にやっておいてから,それが許されるならこちらもいいではないのという議論をするというのが順番としては適切ではないかと思います。 ○松岡委員 ほとんど同旨になるのかもしれません。詳細版で5類型に分けて,かなり精緻に見える議論がされていますが,ここまで詳細に規定する必要がそもそもあるのだろうかと素朴な疑問を抱きました。特に,債務免除型というのは債務の免除を一方的行為でなくて契約と再構成する改正案につながっていると思います。それを認めないなら,それに対応する措置は必要がないことになります。こういうことも含めて,多数の類型を一緒に議論するために随分大がかりな装置になってしまったという気がします。   それから,実務的にはかなり問題になり得るのかもしれませんが,免責条項の第三者による援用といういわゆるヒマラヤ条項の問題もそれほど一般化できる話ではなく,やはりほとんど免責条項などの効力が契約の趣旨からどこまで及ぶかどうかという問題であり,その解決に必要であればその旨の規定を設ければいいような気がします。法理論的に説明するとすれば,第三者のためにする契約ということになるのかもしれませんが,あえて類型を別にして,これもカバーするために全体として通用するような一般的な理屈を考えるのはいかにも先ほど松本委員がおっしゃったように過大であって,弁護士会の先生方が検討する情熱がわかないと言われることにも同感できます。 ○山下委員 大体同じ意見で,確かに金融関係のいろいろな新しいスキームを考えると受益の意思表示なしで第三者が権利取得をできたら便利でいいと思われる場合があるというのは,前からいろいろと経験してきたところです。先ほど岡本委員も一つの例を挙げられたと思います。しかし,一般論として受益の意思表示なしというのを大原則にするのも難しい。とはいえ,この詳細版にあるように詳細な細かい類型論をする立法論を考えるというのも少し大げさな話かなという気がします。外国の立法例は比較的簡単な規定があるだけなので,それほどここで力を入れるべき問題ではないように思いますが,世の中には受益の意思表示が必要だということで困っているスキームはあるかもしれない。そこら辺はパブリックコメントで十分どういう例があるかを調べた上で判断すればいいかと思います。個別に恐らく例外を設けるという方向で考えていけばいいのかなと思います。 ○内田委員 最初に奈須野関係官から御指摘があった負担の点ですが,ここで言う負担は,一般に負担付贈与などの場合もそうですが,受益者が債務を負うという趣旨ですので,何かをもらった人が税金を払わなければいけないということは含んでいません。諾約者との関係で受益者が債務を負うけれども,それが反対給付と評価されるような債務ではないという場合を指して負担と言っているのだと思います。いずれにせよ,税金も払いたくないのであれば受益者は放棄すればいいだけのことです。 ○道垣内幹事 山下委員がおっしゃいましたように,現在使われていなくても金融スキーム等の構築にあたって,受益の表示というのが制約要素になったという例は結構たくさんあると私自身は認識しています。しかし,それを受益の意思表示を不要にしてまでそういう金融スキームを認めてあげるようにしないといけないのかと,これはまた別問題で,それは決定的な理由になるとは思わないのですが,ただ先ほど私が申しましたように,以前から信託法におきましては,受益者の受益の意思表示は不要とされていたわけです。信託と第三者のためにする契約の関係という問題もあるのですけれども,なぜ信託がそうなっているのかというと,受益者の受益の意思表示がある前から,受託者側に何らかのきちんとした責任を負わせるためにそうなっているのだろうと思います。それらとのバランスということを考えなければいけない類型があるかということは,なお検討の考慮要素として加えていただければと思います。 ○鎌田部会長 権利取得型であれば全部受益の意思表示不要というわけではなくて,もうちょっとタイプ別に考えてみるというのが一つの可能性としてあるということですね。   先ほどの寿司屋の例は,寿司だけもらうのではなくて寿司の代金債務がついてくるのですか。 ○高須幹事 代金はもちろん要約者が払っていますから,寿司だけ届く。もっとも届いて受領してしまうと履行になっているかもしれませんが,受け取らないうちは債権の段階であり,債権取得型だと思うんですが。 ○鎌田部会長 ほかに御意見はございますか。   なければ本当は次に進みたいところですけれども,ちょうど6時になりましたので,ここまでで本日の審議は終えさせていただくことにいたします。   机上に配布されております参考資料の5-2,5-3,6-2について事務当局から説明してもらいます。 ○松尾関係官 お手元の参考資料5-2,5-3,6-2について説明させていただきます。   まず参考資料5-2と5-3は,それぞれABL協会と一般社団法人流動化・証券化協議会に御協力を頂き,会員企業に対して共通の質問事項を送付し,会員から受領した回答を事務当局において取りまとめたものです。その質問事項は,参考資料5-1としてお示ししたものに若干の修正を加えさせていただいたものです。   なお,会員企業には匿名を条件として御回答を頂いたため,事務当局は御回答いただいた会員企業名を把握しておりませんが,参考資料5-2と5-3で,全く同一の回答が一つ含まれておりました。   まず,参考資料5-2と5-3の御回答の概要を御紹介いたします。   質問番号1と2についてですが,譲渡禁止特約によって債権譲渡による資金調達に支障が生じているかという点については,1社を除いて支障が生じていることを肯定する方向の回答でした。具体的な支障の内容としては,資金調達を行うことができなくなるか,資金調達を行えたとしてもその条件が悪化するというものが最も多く,そのほかには譲渡禁止特約付き債権の譲渡について,債務者の承諾を取得するための時間や労力が掛かるという点や,流動化・証券化の観点からの回答として,譲渡対象となる債権の信用力を裏付けとした資金調達を行うことができないという点を挙げるものがありました。   次に,質問番号3と4についてです。質問番号3は,譲渡禁止特約付き債権を譲渡したものの,債務者が承諾しなかったために,譲渡禁止特約付き債権を譲渡できなかったという事例があるかという質問でしたが,いずれの資料においても事例があるという回答が多数を占めました。   債務者が承諾しなかった理由について質問した質問番号4に対する回答で多かったのは,社内手続等の事務手続の煩雑さを理由とするもの,相殺の抗弁等の抗弁権の確保を理由とするもの,過誤払の危険の回避を理由とするものでした。   他方,債務者が承諾をしなかった事例がなかったとする回答の中には,承諾が得られそうな債権に限定して債務者に承諾を依頼しているとするものや,債務者に対して承諾を依頼する前に債権譲渡を断念しているとするものがありました。   質問番号5は,債務者から承諾を取得しようとすることなく譲渡禁止特約付き債権の譲渡を断念したという事例はあるかという質問でしたが,ほとんどが事例があるという回答でした。その理由について,質問番号6として質問したところ,承諾を取得しようとすることにより,債務者との関係を悪化させるおそれがあることや,債権者の信用不安を招くおそれがあること等が回答として挙げられました。   次に質問番号7から9までについてです。質問番号7は,債務者の承諾を取得した上で,譲渡禁止付き債権を譲渡したという事例があるかという質問でしたが,あるという回答がいずれにおいても多数を占めました。承諾が得られた理由について,質問番号9で質問したところ,いずれも譲渡人と債務者との間の良好な取引関係や資本関係を理由とする回答が最も多く,そのほかには債務者が譲渡を承諾することのリスクを理解し,納得できたからとする回答や,譲受人が特定されており,当該譲受人への譲渡であれば問題ないということを理由とする回答が挙げられました。   質問番号10ですが,譲渡禁止特約についてどのような見直しをすることが望ましいかという点について,いずれの資料においても,意見の多くは譲渡禁止特約の効力を制限する方向での見直しを望むものでした。   次に参考資料6-2について御報告いたします。参考資料6-2は,参考資料6-1としてお示しした質問事項について,全国銀行協会に御協力を頂き,同協会会員からの回答を取りまとめていただいたものです。   まず,質問番号1と2についてですが,譲渡禁止特約が預金取引以外の銀行実務において主にどのような場面で関係するかを尋ねたところ,債権譲渡担保権の設定を受ける場面のように,銀行が譲受人となる場面が多いということでした。また,そのような銀行実務において譲渡禁止特約が付されている理由はどのような場面にも共通するものとして相殺の抗弁等の債務者の抗弁権の確保という理由や事務手続の煩雑さの回避という理由が挙げられました。   次に,質問番号3と4についてです。譲渡禁止特約付き債権についての譲渡や担保設定が問題となった場合に,どのような対応をとるかという質問については,銀行が譲受人となる場面では,回答の半数以上が債務者の承諾を得るよう交渉,協議をするというものであり,その理由としては,譲渡禁止特約付き債権の譲渡が無効となること等が挙げられました。そのほかの対応としては,譲渡禁止特約付き債権の譲渡であっても,将来承諾を得られる可能性があることから担保設定するという回答や,事実上の担保とするため振込指定や代理受領により対応するという回答もありました。   最後に,質問番号5と6についてです。譲渡禁止特約付き債権の譲渡ができなくなったことや担保権の設定ができなかったことによって,融資自体ができなくなったという事例や利率等の融資条件が変わったという事例があるかどうかを尋ねたところ,多くの銀行から事例が余り見られない,あるいは把握していないという回答がありましたが,事例があるとする回答としては,ABLなどの債権を担保とする融資において,特に債務者が大企業である場合には,対象債権についてほとんど譲渡禁止特約が付されており,半数以上の割合で承諾が得られていないという問題があり,これによって融資を断念した事例や融資額や利率等の融資条件が変わった事例があるが,その割合については不明であるという回答がありました。   以上,簡単に概略を紹介させていただきました。詳細については,それぞれの回答を御参照ください。これらの資料は今後の審議の有益な参考資料として利用させていただきたいと考えております。 ○鎌田部会長 ただいまの説明について御質問等ございますでしょうか。 ○岡委員 これらはホームページに掲載されて一般に公開可能になるのでしょうか。 ○筒井幹事 いずれも法務省ホームページで公開しようと考えております。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。   それでは,本日予定していた議事のうち審議ができなかった事項の取扱いにつきましては,次回に審議せざるを得ないと考えておりますが,どのような順番で議論するかという点につきましては,事務当局において検討させてください。それを前提にして,最後に次回の議事日程等について事務当局に説明してもらいます。 ○筒井幹事 次回は,12月14日火曜日,午後1時から午後6時まで,場所は法務省20階の第1会議室です。   次回の議題は,個別的な検討課題が一巡した後の全般的な検討課題として,事業者,消費者等の概念を用いた規定をめぐる諸問題や,債権関係の規定の配置ないし編成の在り方などを取り上げることが当初から予定されていましたので,部会資料をいつものように事前にお届けしようと考えております。議事の順番については改めて考えたいと思いますが,いずれにしても本日の積み残し分も次回会議で審議をさせていただく方向で考えております。   なお,前回会議の際にお願いいたしましたが,民法の規定,債権関係の規定の編成の在り方については,特に民法研究者の先生方ですけれども,もし何か発言内容を補充する書面などを御用意いただけるのであれば,是非そのような準備をしていただいて,事前に事務当局にお送りいただけると大変有り難いと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。 ○鎌田部会長 是非,積極的にお出しいただきたいとお願いをいたします。 ○岡委員 今,言われた次回の議題と今日の積み残しをもし次回全部終われば,予備日はなくなるという理解でよろしいでしょうか。 ○筒井幹事 予備日とは,本来そういうものだと思っております。 ○岡委員 そうすると,予備日をなくすために次回12時半ぐらいからやったら,予備日がなくなる可能性が高まるとかそういうことは無理でしょうか。 ○鎌田部会長 順調に進めば5時間で収まるのではないかと希望的な観測いたしておるところでございます。その関係でも,特に編成問題につきましては,なるべく早目に積極的な御提案をお寄せいただいておきますと,審議の進め方の調整が容易になってくると思います。当日になって続々といろいろなものが出てきますと,少し長引くかなというふうに考えておりますので,よろしく御協力のほどをお願いいたします。   本日は,御熱心な御審議を長時間にわたり賜りましてありがとうございました。 -了-