法制審議会民法(債権関係)部会           第32回会議 議事録 第1 日 時  平成23年9月20日(火)自 午後1時00分                      至 午後6時04分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)           議        事 ○鎌田部会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会の第32回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。     (関係官の自己紹介につき省略)   では,本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。   事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 事前送付資料として部会資料30をお届けいたしました。また,前回の積み残しを審議していただく関係で,配布済みの部会資料29も使わせていただきます。以上の部会資料の内容は,後ほど関係官の笹井,金,亀井から,順次御説明いたします。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   本日は,部会資料29の積み残し部分と部会資料30について御審議いただく予定です。具体的には,まず部会資料29の「第1 意思表示」のうち「2 意思表示に関する規定の拡充」について御審議いただき,適宜休憩を入れることを予定いたしております。休憩後,部会資料29の残りの部分と部会資料30について御審議いただきたいと思います。   それでは,まず部会資料29の「第1 意思表示」のうち「2 意思表示に関する規定の拡充」について御審議いただきたいと思います。   事務当局から説明してもらいます。 ○笹井関係官 「第1 意思表示」,「2 意思表示に関する規定の拡充」は,現在の錯誤,詐欺,脅迫などのほかに意思表示の効力を否定すべき場合があるかどうか,どのような場合に意思表示の効力を否定すべきかという問題を取り上げるものです。   この点については,相手方が提供した不実の表示によって錯誤に陥ったためにした意思表示を取り消すことができるとする考え方が示されていますが,この考え方の中にも,どのような事実についての不実表示を問題にするか,表意者が相手方の不実の表示を信頼したことが正当であることを要件とするかなどについて様々な見解が主張されており,意思表示を取り消すことができる場合として想定されている範囲も,必ずしも一致していないように思われます。そこで,具体的に,どのような場合に意思表示の効力を否定すべきであるのか,そのような場合を特定するために,どのような要件を設定するのが適当であるかについて御審議いただきたいと思います。   また,不実表示に関する考え方には,これを動機の錯誤のうち相手方が提供した情報によって惹起されたものに関するルールと位置付け,錯誤の規定によって効力は否定される法律行為の範囲を変更するのではなく,その要件をより明確にするものと捉える考え方があります。不実表示に関するルールをこのように位置付けることの是非や,錯誤無効の範囲を変更するのではなく,要件を明確化することの意義についても御審議いただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明のありました部分について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○大島委員 まず乙案の,新たな規定を設けない方向で検討する案を支持いたします。   特に事業者間においては,不実表示が問題となるケースで,一方のみ責任があるという場合はまれなケースだと思われます。様々なビジネスが存在し,状況が刻々と動く中で,不実表示の効果を強行法規の取消しにしてしまうと,柔軟に損害賠償などといった妥当な解決を図ることができなくなり,ビジネスには適さないと思います。事業活動に与える影響に留意しながら検討すべきだと思います。 ○新谷委員 同じく,今回提起されております甲案,乙案について,まず申し上げたいと思います。   今回の提案では,「不実表示に起因する誤認による意思表示の取消」について,規定を設けるという甲案と,設けないとする乙案の検討が提起されておりますが,労働に関して申し上げますと,甲案では,例えば労働契約締結過程において,応募者が採用時に不実表示をしたことを理由に,労働契約締結後に採用取消しがなされる懸念があるため,規定を設けないとする乙案に賛成をいたします。   また,この不実表示に関する規定を設けることについては,その情報提供をする側が弱者の場合と情報を受ける側が弱者の場合の,二つの場面を想定する必要があると考えております。消費者契約のように契約関係が対等ではなく,弱い立場の消費者に対して必要な情報が提供されず,このため,弱い立場の消費者が誤った判断をした場合に,これを救済をするために取消権を付与することの必要性については異論はありません。これに対して,労働契約の採用面接の場合には,不実表示の規定が設けられると,消費者契約の場合と立場は逆転いたしまして,弱い立場の労働者が情報開示を怠ったことを理由に,採用が取り消される危険が生じます。   不実表示に関しては,消費者契約法の第4条第1項第1号に類似の規定が設けられており,甲案はこれを消費者契約以外の分野にも広げるということを提案されていると思いますが,既に消費者契約法に不実表示に関する規定があるのに,あえて民法の中に不実表示に関する一般的な規定を設けた場合,情報提供を受ける側が弱者の場合に妥当な解決を導くことができたとしても,情報を有する側が契約上の弱者の場合には,大きな問題が生じます。甲案を支持される場合,消費者契約以外のいかなる契約類型,あるいはいかなる契約締結場面を想定されて不実表示に関する規定を民法の中に設けることを考えられているのでしょうか。また,私が申し上げたような危惧を取り除く方法があるのでしょうか。具体的に教えていただきたいと思います。   また,事務局にお伺いしたいのですが,パブコメが今集約をされつつあると思いますけれども,このパブコメに関して,不実表示に関する規律を消費者契約以外にも広げるということを積極的に支持する意見があるのでしょうか。現段階でお分かりになる範囲で教えていただきたいと思います。   次に,部会資料29の補足説明の記述について,申し上げます。部会資料の11ページの補足説明には,不実表示が労働分野に及ぼす影響について,「応募者のプライバシー,思想・信条の自由等の人格権の保護との調整」の問題に関して,「人格権に関わるものとして」「考慮することが本来許されない事実」に関しては,「その事実を誤認したことを理由として取り消すことは認められないと考えられる。」と記述されております。   この補足説明自体は間違いではないと思っております。しかし,労働者の採用に関して不実表示が問題となり得る事実には,「人格権に関わるものとして」「考慮することが本来許されない事実」と言い切ることが疑問のあるグレーの領域が多々あります。そのため,「その事実を誤認したことを理由として取り消すことが認められないと考える。」とまでは言い切れないのではないでしょうか。グレーの領域が存在しているのに,そのことがはっきりとしない補足説明のような記述では,「労働分野では不実表示をめぐる問題が生じない」との誤解を与えかねないのではないか,という懸念があります。   まず労働契約においては,労働者の採用に際して,その労働者の質に関する情報,例えば,性別,年齢,学歴,職歴,健康状態,家族構成等は,全て労働者のプライバシーに関わるものですが,「人格権に関わるものとして」「考慮することが本来許されない事実」の範囲は,法律上あるいは判例上,明らかではありません。例えば婚姻や妊娠があります。労働契約締結後に婚姻や妊娠を理由に解雇や不利益取扱いをすることは均等法9条で禁止されています。ですが,採用面接のときに婚姻や妊娠について応募者に質問することは禁止されていません。そのほかにも,応募者の病歴や家族構成,宗教,研究会・団体・サークルの所属等々の事実がありますけれども,これらの事実について,労働者の採否の決定の際に,「人格に関わるものとして」「考慮することが本来許されない事実」と裁判所が必ず判断すると言い切ることはできません。   こういった微妙な問題について,応募者が告知すべきことを告知せず誤認したという理由で,採用の取消しがなされるのではないかと,危惧しております。繰り返しになりますけれども,不実表示の立法化については,消費者契約の分野に限定していただきたいと考えます。   なお,部会資料の11ページの記述の中には「労働契約」と「雇用契約」が混在しておりますが,ここは「労働契約」に統一していただければと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○笹井関係官 事務当局に対する御質問としては,不実表示というルールによって何を取り消そうとしているのかという,その範囲についての質問と,弱者保護についてこれからどのように検討されていくのかという質問と,パブコメで不実表示についてどのような意見が来ているのかということでよろしいでしょうか。   まず,不実表示によってどのような意思表示を取り消そうとしているかということについてですけれども,こちらは,先ほどの説明の中でも申し上げましたとおり,様々な提案がありまして,要件についてもいろいろな提案がされているところでございますので,必ずしも一つの考え方としてまとまっているわけではないのではないかと思っております。事務当局としても,こういう範囲について取消しを認めるべきではないかという考え方が現時点でまとまっているわけではございません。詐欺や錯誤の規定によって現在でも意思表示の効力を否定できる範囲との関係などにつきましても,是非,部会での御審議をお願いしたいと思っているところでございます。   次に,弱者保護についてどのように考えるのかということですけれども,これは不実表示に限らない問題だと思います。この点については,消費者や事業者という概念を取り上げるのかどうかという論点がまた別に取り上げられておりますし,そこでは,情報や交渉力の格差についてどのように対応していくのかという問題も取り上げられておりますので,その箇所で御議論いただければと思っております。   最後にパブコメの点でございますけれども,これはまだ全て取りまとめたわけではございませんので,どれぐらいあるのかを正確にはお答えできませんけれども,消費者契約に限定しない形で不実表示に関する一般的なルールを設けるという方向性を支持するものもあるということを申し上げておきたいと思います。 ○佐成委員 労働法分野に関して若干,補足といいますか,使用者側の立場からということで申し上げておきます。   今,新谷委員が,労働者側の不実表示に関して,現行法で十分足りるのではないかという趣旨のご発言をされましたが,我々使用者側としてもそう考えておりまして,労働契約法の15条,16条の解釈の範囲で,労働者側の不実表示は規律されているというふうに理解しております。   また,使用者側の不実表示に関しましては,労働基準法の第15条,それから,それを受けた施行規則第5条が詳細に規律しており,使用者が労働契約締結時に表示すべきものが明確にされております。もしそれに違反すれば,即時解除権や必要な旅費を負担して帰郷させてあげるとか,そういう保護の規定が置かれているので,少なくとも労働法の分野に関して,不実表示の規定を適用するという実際上の必要性は感じられないということを補足させていただきます。 ○岡本委員 意思表示に関する規定の拡充につきましては,新たな規定を設けないこととするという乙案に賛成いたします。   理由につきましては,第一読会のときに述べたのと同じですので,詳しくは申し上げませんけれども,一つ目は,消費者契約であれば情報格差が類型的に認められるということもありますので,消費者契約法で認められている要件の限度で不実告知等による取消しが認められる。これは理解できるわけですけれども,事業者間ですとそうとは言えないので,事業者間取引まで不実告知等による取消しが認められるということになると問題があるというのが1点です。   2点目といたしましては,取消しという効果が非常に重大でございまして,そうした重大な効果は,錯誤あるいは詐欺,こういった厳しい要件の下で初めて認められるということがよろしいというふうに考えます。それ以外の場合につきましては,不法行為に基づく損害賠償の問題といたしまして,過失相殺で割合的解決を図るという対応が実質的にも妥当ではないかという意見です。   今回の部会資料29で,9ページのところで,新たに判例の分析のお話が出てきておりまして,そこでは,動機の錯誤であっても,錯誤が相手方の提供した情報によって惹起された場合には,表示されているかどうか,あるいは意思表示の内容になっているかどうかにかかわらず,錯誤無効が認められているというという理解があって,この理解によりますと,不実表示に関する規定は動機の錯誤に関する現在のルールを変更するものではないという理解ができることになるという,そういった趣旨の説明がございますので,これについてちょっと意見を述べたいと思うんですけれども。そういった理解がされる判例あるいは裁判例といたしまして,ここで2例挙がっていまして,最高裁と,それから東京高裁ですね。果たしてそういった理解が妥当なんだろうかと。少なくとも,そういった理解しかできないようなものなんだろうか。そこら辺に疑問があります。   まず,最高裁の判決のほうなんですけれども,これは非上場の株式会社の株式を安い値段で売却させられたという事案ですけれども,ここで最高裁は,売買対象物の価値の錯誤は動機の錯誤なんだけれども,錯誤は相手によって惹起されたので,動機の表示や内容化の有無にかかわらず錯誤無効が認められると,こういったことを判示しているわけではなくて,単に売買契約の要素たる売買対象物の価値について錯誤があったことをうかがわせるといった判示をしているだけなんですね。   確かに対象物の価値についての錯誤,これはそれだけでは要素の錯誤にはならなくて,動機の錯誤となるにすぎないというふうな理解を前提といたしますと,この判例をもちまして,動機の錯誤ではあるけれども,相手方によって惹起されたものであるために,表示とか内容化の有無,これにかかわらず錯誤無効を認めたものと,そういった理解もできなくはないとは思うんですけれども,この判例の事実関係を見てみますと,動機の黙示的な表示ですとか,あるいは内容化があったというふうに見ることもできるように思いますし,それから,相手方において錯誤を認識することができたといった事例だというふうに見ることもできるのではないかと思います。   さらには,売買対象物の価値を率直に売買契約の要素であるというふうに認めた判例である,あるいは,判例は対象物の価値の錯誤だからといって一律に動機の錯誤であるというふうにしているわけではなくて,契約の種類や態様によって何が要素であるかを柔軟に解釈しているというふうな読み方もできないわけではないと。むしろ,そういった読み方のほうが文理的には素直なような気もいたします。   東京高裁の裁判例のほう,こちらは,信用保証協会が保証契約の意思表示をしたときに,主債務者が企業としての実体がないのに,これをあるものと誤信したという事案ですけれども,こちらの裁判例も,中小企業が企業としての実体を有することは保証をするための重要な要素であると言うことができるというふうに示しているにすぎなくて,最高裁判決に対する理解と同じような疑問があるというふうに考えております。 ○山川幹事 先ほど佐成委員と新谷委員から労働法の分野に関する御発言がありまして,労使が一致しているので,あえて追加的な発言する必要もないかもしれませんけれども,補足いたします。   ここで問題になります例で,よく問題になりますのが,懲戒処分で経歴詐称が争われる事例でございます。先ほどの話にもありましたようなプライバシーに関わることもありますけれども,例えば学歴とか職歴,あるいは犯罪歴などは,一定の場合に使用者として聞かざるを得ない場合もありますので,必ずしもプライバシーあるいは人格権の保護のみでは議論できない部分がございます。   判例等を見ますと,例えば業務に支障のない身体障害,それから大学とか高校で休学をしたり停学になったりしたことを告げなかったことなどは懲戒事由に当たらないとされました。犯罪歴とか重要な職歴などは比較的懲戒の理由になるとされることが多いわけですけれども,例えば最近,就職が困難であるという状況の下で,余りに短期のフリーターと言うんでしょうか,そうした職歴などは履歴書に書かないというような指導が行われているというふうにも仄聞しております。そういう職歴も全く使用者の判断に影響がないとは限りませんし,かといって,全て書くことを要求することがいかがなものかとも思います。判例などは,そうした経歴詐称により業務への支障があるかどうかという構成,あるいは,場合によっては信義則違反に当たるか否かというような構成を採っておりまして,資料の11ページで書かれておりますような,一般取引の通念ということは,それをどう解釈するかにもよりますけれども,労働法の観点からの業務への支障とはやや違うかなという面もあります。   もし仮に労働法だけの都合で決められないといたしましても,そのような労働法における経歴詐称とのバランスのようなことも御考慮いただければと思います。 ○山本(敬)幹事 不実表示による取消しに関する規定を設けるかどうかについては,前の部会のときから,甲案を支持する意見を述べてきました。そのように支持する理由については,これまで何度か申し上げてきたとおりですので,繰り返しません。ここでは,乙案を支持する理由として部会資料の10ページに挙げられていることの問題点に絞って発言をさせていただきます。   まず,部会資料の10ページでは,消費者契約法4条1項は「当事者間の情報等の格差に着目したもの」であって,「それ以外の契約に同様の規律を設ける必要性や理論的根拠は不十分である」と指摘されています。先ほどの御発言にも,そのような趣旨の御指摘がありました。   しかし,不実表示による取消しは,そのように当事者間の情報力等の格差があるかどうかに関わりなく基礎付けられるものだということを指摘しておきたいと思います。一定の接触関係に入った相手方から事実はこうだという表示をされたときは,消費者でなくても,それを信じてしまう可能性が高い。評価や意見に関わることは簡単に信じると危ないという意識が働きやすいけれども,事実に関わることは,人間というのは信じてしまいやすい。これは,信じたほうが通常はうまくいくからなのですが,人間にそのような傾向があることは,社会心理学や進化心理学などが教えるところでもあります。不実表示による取消しは,そのような人間一般に当てはまる考慮から基礎付けられるものであって,消費者契約に特有の規律ではないということを押さえておく必要があると思います。   先ほどの新谷委員の御発言の中では,この不実表示の問題と情報提供義務の問題を併せて指摘されていましたけれども,この両者はやはりきちんと区別して論じる必要があると思います。   次に,この部会資料の10ページでは,さらに,不実表示による取消しを認めると,「詐欺や錯誤に関するルールと均衡を失する」という問題点も指摘されています。   これに対しては,後ろのほうの「不実表示の対象」に関するところと関係しますので,ついでに申し上げたいと思いますが,不実表示による取消しについても,対象は,錯誤の場合と区別する必要はないと思います。つまり,消費者契約法4条のように「通常影響を及ぼすべき事項」を対象とするのではなく,部会資料11ページの2段落目にありますように,主観的因果性と客観的重要性が認められる事柄について不実表示が行われたときに,取消しを認めるべきだと思います。これは,錯誤ないし誤認を知っていれば,そのような意思表示をしなかったと考えられる場合に初めて取消しを認める理由がある。しかし,それだけを基礎にすると,表意者さえその錯誤ないし誤認が重要だと考えるならば,取消しが認められることになって,取引の安全等を著しく害することになる。だから客観的重要性を要求すべきだという考慮は,錯誤の場合だけではなく,不実表示の場合にも同じように当てはまるというべきだと思います。   そして,先ほど労使が一致しているということでしたけれども,御指摘された問題のある場合は,この要件でカバーできると思いますし,またカバーできるように,規定を整備すればよいと思います。   このように,対象を錯誤と合わせるとしますと,これは前回,錯誤のところでも発言しましたように,情報収集については自己責任の原則が妥当するので,情報収集に失敗するリスクを相手方に転嫁するためには,それを合意したことが必要とされる。これが動機錯誤に関するルールですが,相手方が不実表示をしたために表意者が錯誤に陥り,不適当な法律行為をするに至った場合は,相手方が表意者の意思決定を侵害したと見ることができますので,そのような情報収集の失敗を引き起こした相手方がリスクを負担すべき理由があると考えられます。したがって,不実表示の場合は,このような考慮が働きますので,錯誤のように法律行為の内容になったかどうかを問うことなく,取消しを認める必要と理由があると考えられます。  そしてまた,不実表示の対象を錯誤の場合と同じように限定するとしますと,そのような限定のない詐欺の場合とは違ってきます。詐欺の場合は,そのような限定がありませんので,故意を要求すべきであるのに対して,不実表示については,故意がなくても,先ほどのような理由から取消しを認めるべきだと考えられます。   このように考えますと,不実表示による取消しを認めても,ここにありますように「詐欺や錯誤に関するルールと均衡を失する」ことにはならないと考えられます。 ○岡田委員 以前にも申し上げたかと思いますが,消費者に関しましては消費者契約法,つまり,消費者と消費者の契約以外は契約法で対応されますので,その意味では,この消費者契約法は私たちにとっては大きな武器になっています。   ただ,今,消費生活センターに寄せられる相談に,個人商店や小企業,そういう方々がターゲットになっているとしか思えないような事例が増えてきています。というのは,消費者保護の法律はありますが,そういう方々を保護する法律がないということです。加えて,そういう方々がよりどころとする窓口も機能していないというようなことからそういう方々が消費者に混じってセンターに入ってくるわけです。私どもとしては,消費者契約法は適用されないし,民法では結局,錯誤や詐欺や強迫による意思表示であることを拠り所にするしかありません。詐欺や強迫となると事業者の故意とか過失を立証しなければなりません。加えて消費者センターでは当然にはあっせんできません。大変気の毒な事例が一杯あるんです。   そういう方々も消費者と同じ情報量や交渉力においては格差がある方々なので,是非今回の改正においてはそのような実態を検討していただきたいというのが,私ども相談員のお願いであるということを申し上げたいと思います。   加えて,ここの比較法を見ますと,フランスなどの場合結構その条文が入っています。しかも分かりやすいと思います。その辺を考えますと,どうして日本の民法でその部分が入らないのかというのが大変疑問に思いますので,私としては,甲案を是非推したいと思います。 ○佐藤関係官 私も乙案に賛成する立場から御意見申し上げます。   甲案につきまして,こういういろいろな問題があるのであろうなというのは,何となく理解はできます。ただ一方で,詐欺にも当たらなく,また要素の錯誤にも当たらないで不実表示であると。非常に外縁不明確といいましょうか,いろいろな恐らくケースが入り得るのであろうと。   こうした中で,取消しによる解決という,いわゆるドラスティックな手法がいいのか。それは具体的に申しますと,先ほど何人かの委員の方々からお話がありました,事業者対事業者といった,プロ対プロのようなものに,取消しというドラスティックな効果がいいのか。   あるいは,不実表示をした主体がいわゆる消費者のような方であると,消費者保護などの点から適当か,そういった問題があると。   一方で,私,理解しておりますのが,そうした観点から,消費者契約法の中では,具体的な特定の場面を限定して,事業者が勧誘をするという,勧誘の方法というのも具体的に例示されて,そういった場面に限って取消しの効果を認めていると。そうしたことから考えますと,いろいろな取引の安全性ですとか,情報弱者の救済ということから含めまして,やはり民法というような一般法典に書くというよりは,むしろこの消費者契約法というような,あるいは先ほどお話がありました労働法のような,スペシフィックな部分で規定をするというほうが,これは消費者にとっての分かりやすさという点からも適当なのではないかというふうに考えます。 ○青山関係官 皆さんの御意見の繰り返しになるので重複は避けますけれども,やはり先ほどの皆さんの,労働の関係その他の分野での議論を見ると,何が説明されるべき,あるいは告知されるべき義務があるのかというところがあやふやなまま,意思表示のルールで定めていいのかという議論であったと思います。その点について山本先生のほうから客観的重要性という要件にすべきではないかと話がありました。そのとおりだと思うのですが,特に契約締結過程の説明,情報提供の場面がかなり問題となっているので,この部会で扱っている別の論点である契約締結過程における説明義務,情報提供というところでまず解決すべき,といいますか,それで解決できるかも分かりませんけれども,特別法の存在もありますから,在るべき情報提供の範囲があって,それを前提に考えるべきではないかと思いました。   ただ,そういうものを意思表示の規定に持ち込めるかについては,ちょっとそこまでの知見がないので自信がないのですが,そういう意味で本当に甲案のようにできるのかなと疑問の生じるところでございます。 ○松本委員 乙案支持の御意見として,事業者間取引の場合にもう少し柔軟な解決のほうがいいのではないかという声があって,他方で労働契約については,そもそも適用されるべきでない,経歴詐称はそもそも構わないんだというデフォルトルールのようなところがあるということですが,その二つは,私はちょっと別々に議論したほうがいいと思うのです。労使,学者,皆一致して同じ意見を言っておられるので,労働契約のほうについて少しお伺いしたいです。   不実表示というのは,故意・過失がなくても,重要事項について誤ったことを言って,それを相手方が信用して契約締結の決断をした場合には取り消せるということです。故意にこれをやればどうなるかというと,多くの場合は,それは詐欺になるわけですね。重要なことについて,相手方をだましてやろうということで故意にうそをつくというのは詐欺であって,従来から取り消すことができたわけです。消費者契約法で不実告知が入ったのは,相手方の詐欺が立証できないという中で,では,相手方に過失がある場合だけについて取り消せるという考え方も選択肢としてはあるのでしょうけれども,過失の立証も必要としないで,無過失でも重要事項についての誤った情報提供については取消原因にしようという,一種の政策判断がなされたわけです。   今の労働契約についての皆さんのお話を聞いていると,質問を受けて故意にうそをついた場合でも,それは構わないというのが労働契約のデフォルトルールなのかという点です。つまり,雇用契約,労働契約,特に採用段階における労働契約の成立の場面では,民法の詐欺のルールも原則として適用されないということなのかということです。   就職のための履歴書等に積極的にうそを書く,大学を出ていないのに大学を出たと書くというのと,それから,このことは書かないでおこうということで,あえて書かない。先ほどの,非常に短期間のアルバイトなんかは書かないようにと大学は指導しているというのと,それはいずれも,意識をしてうそを書く,意識をしてここは少し書いておかないようにしようということです。それと別に,間違えて何か書くということもあります。それは過失によってですね。それから,過失もなくそう思い込んでいて,特に落ち度もなくそう書いて,しかし実際は,調べてみると違っていたというような,善意の不実表示というのもあるかもしれない。   つまり,書かない,積極的にうそを書く,それから,質問されてあえてうそを言うと,そういった幾つかのパターンがある中で,労働契約の成立では,どの場合でも経歴詐称等は不利益にならないというルールで動いているんでしょうか。もしそうであれば,詐欺取消しについても,労働契約については,かなりの部分が適用されないという特則を入れないと,何かバランスが取れないのではないかという気にするんで,その辺り,ちょっと専門家からお教え願いたいのです。その判断自体について,どうこう言うつもりはございませんが,整理の仕方としてどうなのかということをお教えいただきたいと思います。 ○山川幹事 先ほど,少し誤解を招くような言い回しをしたかもしれませんけれども,経歴詐称はおよそ労働法において懲戒処分の対象にならないということは決してなく,ちょっと曖昧かもしれませんが,ごく簡単に言えば,重要な経歴の詐称は懲戒の理由になるということになるかと思います。学歴,職歴,犯罪歴等で業務に支障をもたらすようなもの,あるいは,その企業の組織の作り方に悪影響を及ぼすようなものは,懲戒処分の対象になるということです。   詐称の態様については様々で,主に履歴書上の記載が問題になることが多いかと思います。その場合に,積極的な,言わば虚偽記載のケースもありますし,単にオミッションと言いますか,何も書かなかったという場合もあります。それから面接のときに例えば,これはちょっと人格権的な問題かもしれませんが,過去に学生運動をやっていたかどうかと聞かれて,やっていないと答えたとか,そういう事例も――懲戒処分ではなく本採用拒否の事案で,三菱樹脂事件という憲法で有名な判例がありますけれども――あります。   したがって,どういう態様でというよりも,重要な経歴かどうか,それから,業務への支障をもたらすような詐称で,信義則上告知しないといけないかどうかということで判断しているのではないかと思われます。例えば,大卒だけれども中卒と偽って現場作業員に応募したという事案では,組織の作り方に影響を与えるといった観点から懲戒処分の対象になるということです。   ただ,これは懲戒処分という文脈での話で,労働法の場合は懲戒処分とか解雇という手段があるものですから,意思表示の取消しという事例はそれほど多くないと認識しております。 ○新谷委員 松本先生からの御指摘について申し上げます。前々から労働契約についての特殊性については発言しておりますが,売買などとは異なり,労働契約が扱っているのは生身の人間です。そこにはプライバシー,思想・信条の自由等の人格権が,当然関わるわけでありまして,それを全部吐き出せ,吐き出さなければ詐欺だというところについては,やはりプライバシー,思想・信条の自由等の人格権の保護との調整を是非とも考慮いただきたいところです。今後の検討の中では,このことも念頭に置いていただきたいと思います。 ○潮見幹事 今の点でなくてもよろしいですか。   本日の段階で甲案,乙案という形で整理をされて,どうであろうかと問うのは,少し性急ではないかという感じがしないではありません。また,今日で全てが終わってしまうのであれば,もうここで決着を付けなければいけませんが,もう一回回すということもあるやに伺っておりますから,そうであればなおさらのこと,今日いろいろな意見が出るのはいいと思いますけれども,甲案が例えば多かったとか,あるいは乙案が多かったからということで,ある一定の方向という形で今後処理をするのには賛成できません。   と言いますのは,例えば,今御発言を聴いておりましても,甲案に賛成すると言われた山本敬三幹事と,それから岡田委員の理由付けが全く違う。むしろ,岡本委員と山本敬三幹事が言われたほうに共通性がないわけではないというようなところもあります。それからまた,情報格差ということが問題になっているのかどうかということ自体についても,委員あるいは幹事の方々の間で一致が取れているとは決して思えません。   例えば,不実表示を理由とする取消しがなぜ認められるのかを考えた場合に,前回の議論にも若干かいま見られましたけれども,幾つかの捉え方があります。   一つは,情報格差というものに注目をして,情報格差を是正するという観点から取消権を認めていくというものです。もちろん,情報格差があるということだけでは取消しが認められないのは,自己責任の原則上当然だと思いますけれども,なお情報格差というものに注目をして取消しが認められる可能性はないのかという観点から,例えば消費者契約法の規定というものを一般化することが可能かどうかということを検討する道は,一つの方法としてはあろうかと思います。岡田委員がおっしゃられたのはこの枠組みではなかろうかと思いますし,さらに,最初,新谷委員,佐成委員ほかが御発言になられたのは,この枠組みで不実表示を捉えて,かつ,取消権を認めるというのはいかがなものかという発言ではなかったかと思います。   他方,これは補足説明も書いておりましたし,先ほど松本委員の御発言にちょっとありましたけれども,過失による詐欺というような観点から不実表示取消しというものを考えていくというのも,一つの考え方としてはあろうかと思います。説明の甲案の中にある,不実の表示をしたことについての帰責事由の要否ということを正面から問題にしていく考え方というのは,従来の言い方をすれば詐欺の拡張といいましょうか,そういう観点から不実表示取消しというものを捉えていくというのが好ましいという枠組みになろうかと思いますし。そうなると,過失による詐欺というものを認めるかどうかということが適切かを考えていかなければならないのではないかと思います。今日はこの意見は出ていなかったし,私自身はこれは余り賛成するところではないんですけれども,可能性としてはあるのかなと思います。   それからもう一つは,先ほど山本敬三幹事が言われた錯誤,特に動機の錯誤との関連付けというか共通性というものに注目をしていくというものです。情報格差を理由として不実表示取消しを認めるというのではなくて,意思表示をするに当たってその前提事実について錯誤があったとかいうような場合に,前提事実に対する評価をどのような形で取り込んでいくのかという観点から,不実表示取消しというものを考えていく枠組みではなかろうかと思います。これは,新谷委員等がおっしゃられたものとはちょっと違った枠組みだと思います。   この最後に述べた枠組みで不実表示を考えるのであれば,今日決着を付けるのが好ましくないと思います。というのは,動機の錯誤をどのように捉えるのかについて,前回かなりいろいろな,多種多様な意見がございました。山本敬三幹事が先ほどおっしゃられたのは,ある一つの立場,つまり,前提事実に関する合意がある場面で,かつ,錯誤の要素・要件を満たしたときに取消しという形で錯誤無効又は取消しを認めるというものですが,それに加えて,そのような前提事実に関する合意がない場合でも,他者が不実の表示をし,それに基づいてした場面で,錯誤と同じ要件,つまり要素性が認められたときに,前提事実に関する合意というか合致がありませんから錯誤取消しは認められないけれども,不実表示取消しという方法で当事者を契約から解放するというのを認めていいのではないかという趣旨の御提言ではなかったかと思います。   この方向自体は,私はいいと思うんですが,ただ,先ほどちょっと言いましたように,これは動機の錯誤について,ある一定の立場を前提にしたようなものであって,その一定の立場を採らなければ,むしろ岡本委員がおっしゃられたような要素錯誤のところの柔軟な解釈,あるいは動機錯誤のところで,この問題は処理できるのではないかというところにもつながっていきかねない問題を抱え込んでいると思います。   そういう意味では,動機錯誤をどのように考えるのかも含めて,さらに,不実表示取消しというのはなぜ認められるのかということも含めて,いろいろな意見をもう少し整理をしていただいてから次の段階で,更にパブコメの意見なんかも見ながら決着をつければいいのではないかと思っております。 ○鎌田部会長 今の点に関連する御発言がございましたら。 ○佐成委員 潮見幹事が今御発言された部分で,後者の部分ですけれども,要するに動機の錯誤のメインルールを議論していて,そこにはまだ多くの議論があり,かなりいろいろな対立点があるということについてでございます。仮に不実表示をメインルールからの一種のサブルールというふうな位置付けで考えた場合には,やはりまずはメインルールをきちっと整備するというのが一つの在り方・先決問題であり,そうすれば,メインルールで不実表示の問題も柔軟に解決できる可能性が十分あるということでございます。それからもう一つは,今まで全くメインのルールそのものが明文としては存在していないわけですから,とにかくこれを何とかして今回立法化するということに努めてみるべきで,その立法化後の運用実績を見た上で,将来における次のステップとして,改めてこの不実表示というサブルールの必要性の有無等の議論をしていくというのも一つの慎重な在り方であると思います。不実表示にはこれだけ反対意見があり,経済界一般でも非常に反対意見が強いものですから,できるだけ慎重に議論をしていただく必要があり,余り拙速に不実表示を取り込むというのは,今の段階では相当無理があるような気がいたします。ですから,そういう慎重に議論をしていくという意味で,潮見幹事の御意見には賛同いたします。 ○潮見幹事 一つだけ,すみません。   他方で,先ほど岡田委員がおっしゃられたように,情報格差という観点から取消権を認めていくという観点の方向も望ましいのではないかという意見も少なからずあるやに伺っておりますので,いろいろな観点から,この先議論したらいいのではないかと思います。決して先ほどの,こんなものを設ける必要はないというところを前提にこの先の議論をすべきではないと思います。 ○鎌田部会長 潮見幹事に整理していただきましたけれども,これ……。 ○松本委員 潮見幹事と若干違った整理になるんで,先ほど言いましたことの繰り返しですが,故意に虚偽の事実を告げた場合に当該取引においてはどうなるのかというのが,まず基本ルールだと思います。それが詐欺による取消しの対象になる領域と,ならない領域があると。雇用契約,労働契約の場合には,ならない場合があり得るというお話でしたから,もし故意に虚偽のことを告げたとしても懲戒解雇の理由にならないようなケースであれば,当然,不実表示の対象になるはずがないわけです。   故意にではなくても,不注意に間違ったことを言って相手に誤解させ,つまり錯誤に陥らせて意思表示をさせた場合について,現状のままでいいという判断であれば,厳格な詐欺だけがあればいい,厳格な錯誤だけがあればいいということになるわけですが,そういう不注意な情報提供が相手方の錯誤を引き起こして,しかも重要な事項について,その結果,相手方が契約に入った場合に,一定の巻き戻しが必要であるという判断がされるような領域であれば,それは過失による詐欺の取消しを認めるということになるだろうし,巻き戻しは必要がないけれども,経済的な対応,つまり金銭的な対応はすべきであるということであれば,過失による不法行為を理由とした損害賠償ということで処理をすればいいということになると思います。   さらに,そこよりもう一歩進んで,過失による誤った情報提供だけではなくて,過失はなくても誤った情報提供が原因で,しかもそれが重要な事項であって,相手方が誤った判断に引きずり込まれたというような場合に,なお取消しを認めるべきである,契約の解消を認めるべきであるという領域があるのであれば,それは善意不実表示による取消しを認めるべきだということになります。これが消費者契約法の考え方なわけで,それぞれの契約類型ごとに,どういう程度の制裁といいましょうか,救済を与えるべきなのかという相関で見ていくということになると思います。   英米法は一番この点で救済の程度が進んでいて,善意不実表示で取消しを認めているというのが現状です。ただし,積極的な情報提供義務まで認めているわけではなくて,不開示の場合に,情報提供しないということだけで契約の取消しを認めるというところまではいっていない。情報提供しないということが積極的な不実の情報提供の形になっている場合は取消しの対象になるけれども,情報の不提供というだけで取消しにはならないということですから,日本でも立法化するとして,その線は少なくとも守らなければならないわけです。不実表示の取消しという制度が入ったから,情報提供義務というのが何か非常に広く認められた形にはなり得ないと思います。 ○山下委員 今の松本委員のおっしゃるとおりで,消費者契約法においては,なぜ情報提供義務が余り積極的なものとして出てこないかと言われれば,一方で不実表示の取消規定があって,他方で不利益告知による取消権という非常に限定的な規定を置いたために,情報提供義務による取消しという議論が広がらないわけです。今回の提案で甲案のようなところへいくと必ず,やはり情報提供という形の行為に着目しますから,そこは放っておけば必ず積極的不告知といいますか,情報提供しない行為も取消権が及ぶというふうな行為にむやみに広がって,混乱するおそれはあるかなという気はするので,そこら辺,不実表示による取消しというものと,それから不告知というか情報の不提供というものの関係を,もう少し明確に整理しておいたほうがいいのかなという,そういう考えでございます。 ○中井委員 弁護士会は,ユーザーの皆さんの意見をできるだけ聴き取って,それをこの場で発言していきたいと思っているわけですけれども,既に出たユーザー委員の多くが極めて消極的意見だったことには,正直,衝撃を受けております。弁護士会としての情報把握能力について,もう少し高めなければいけないのかもしれません。   弁護士会では,消費者契約法の不実告知の規定を一般法化するのが適当かどうかというところから議論が始まったことは間違いがありません。消費者契約法における情報量格差の中で,不実告知による取消しという規定ができ,これがもっと機能すべきであるという理解があります。   消費者契約以外の場面でも,そのような格差が認められるならば,消費者契約法の中で形成されてきたこの法理を平場,民法の中に取り込みことも積極的に考えていいのではないか。これは一つの流れとしてあります。   他方,そのような一般化に対しては,消費者保護の立場からも,危惧の念が表明されているところで,それは先ほど,労働契約について,新谷委員がおっしゃったところにも通じるのかもしれませんが,いわゆる逆適用問題に対する懸念があるわけです。それについては,これまでの議論でもありましたが,対象事項における絞り込みであるとか,主観的な因果性とか客観的な重要性というところで絞りを掛けることによって,逆適用問題は十分解決可能ではないか。それを前提として,不実表示の取消しの立法化を支持する立場があります。   別の観点から,先ほどの潮見幹事の整理に沿うんだろうと思いますけれども,相手方が少なくとも重要な事実について客観的事実と異なることを表明し,それを表意者側が信じて意思表示をした。それを,どうして表意者側をそのような意思表示の効力に拘束させなければならないのか。そこに本当に正当化理由はあるのかということに対して,やはり根本的な疑問があるわけです。だとすれば,その拘束力から解放する場面というのを考えていく必要があるのではないか。そう簡単に事実と異なることを言ったから常に取消しができるとなれば,経財界や金融界の方も心配されるように,取引の混乱が招来することは間違いがない。とはいえ,相手方に原因があって表意者が錯誤に陥って表明したことを,常に拘束力あるとすることについてはいかがなものか。   そこから出てくるのは,要件の絞り込みなんだろうと思います。検討事項においても相当程度,要件の絞り込みについての提案があります。   一つは対象事項についての絞り込みで,契約を判断するに当たって重要な事実についてという書き方になっていますけれども,この対象の絞り込みについてどう規定するのか。   さらに,因果関係で,これが錯誤と同じようなレベルになるのかどうかはともかく,そういう誤解がなければ契約をしなかったであろうし,また一般的にもそうであったに違いないというところで絞り込む。こういう絞り込みがあれば,先ほどの経歴詐称のところでも,外国語について堪能な人を採りたいという場面で,英検1級かどうか,TOEFLの点数をごまかす,これは極めて重要なことであろうと思いますけれども,一般的労務提供をする場面において,経歴詐称が取消しを認めなければならないような事由にならないのではないか。   相手方についても,事実と異なることを言うことだけで,故意・過失なくして認めるという考え方もありますが,そこで過失要件を検討していく提案もあるわけです。   要件論を絞っていくことによって,何らかの形で不実表示の場合でも取消しを認めていい場面が存在するのではないか。そうだとすると,この段階で,その限界が曖昧だから,取引に対する弊害が大きいからということで,この提案を葬り去るについては,抵抗を感じます。   更に,消費者契約法からの広がりという面で検討できないか,あるいは,誤った情報を提供した,それに対して他方がそれを信じた,その要件化をいかに絞れるかということを試みて,それができるなら,公正な取引を契約に持ち込むためにも,前向きに検討すべきではないか。そうように思っております。 ○岡委員 基本的には,不実表示の導入に賛成する意見が弁護士会に多いということは,中井さんの言うとおりでございます。ただ,私の理解では,その中に二つ考え方があると理解しております。   一つ目は,検討委員会案に近い,かなり広い意味で賛成する案でございまして,通常影響を与える事項というふうに事項を広めてもいいと。過失なき不実表示でもいいと。それから,表意者が重過失でもいいと。この3点セット,全部広い意味で賛成するという意見も結構ございました。   他方,私の理解では,先ほど敬三先生がおっしゃった,事項については錯誤とほぼ一緒と,相手方については過失を要求すると,それから重過失については,重過失の判断の仕方でしょうけれども,重過失がある場合には認めないと,こういう最も狭いところで不実表示を導入するのに賛成する意見も多うございました。この一番狭い案というのは,先ほどの判例の分析からいっても,現在の錯誤の実務運用されているのを明確化するだけであると考えられます。そういう意味で,その限りであれば賛成するという意見も随分多うございました。   実は,この後者の一番狭いところで不実表示を認めるという案は,きっと錯誤の中の一類型を明確化して運用をしやすくするというだけですので,この方向で行くとすれば,先ほど反対意見があった方々から見ても,その要件さえきちんと作れば,錯誤の一つの類型がより明確になるだけだということであれば,賛成意見に向いていくのかなという考えも持ちました。   その二つの考え方があるということを申し上げます。 ○中原関係官 毎回同じようなことを申し上げるかもしれません。恐縮なんですけれども,相手方が虚偽の事実を生じたときに,その表意者がリスクを負うのは妥当でないということを前提にして,それで,そのときに要件化を考えるときに,だから新しいこうした規定が必要だと言う前に,そういった場合には通常,これまで意見が出ておりますように,錯誤とか詐欺とか従前の規定でどこまで対応できるのかということが,まずもって在るべき話であろうと思います。そして,その情報の内容を確証するというのは,契約関係に入る前の相手方というのは,これは他人なわけですから,基本的には,自己責任で情報の内容を確証していくというのが,スタート地点としてあるのではないかとは思っております。   それで,英米法ではというような御議論もいただいたところなんですけれども,英米法の中で我が国法におけるような錯誤とか詐欺とかいう規定が同様にあるのかというと,必ずしもそういうことではないのだろうと思いますので,その法制度全体の体系の中で,どういった具体的な事例をどのように救済したいのかという観点から考えたときに,一部分のものだけをとりたてて輸入するというのではなくて,全体として,そのガッツを取り込むということで,しかも,民法として負うべき役割はどういうものかということも含めて検討がなされるべきだろうと思います。   いずれにしましても,具体的な事実関係に基づいた,その立法事実に基づいた右脳的な理解というものないと,なかなか議論が進展しないのではないかとも思います。 ○山本(敬)幹事 先ほど潮見幹事が丁寧にまとめてくださいましたように,錯誤についてどのようなルールを定めるかということを踏まえて,不実表示をどう定めるかということを考える必要があるというように,私の頭の中ではつながっています。動機錯誤については,前回も出ていましたように,基本的に判例法を前提として,それを明文化するならば,法律行為の内容になったかどうかが基準になります。そうしますと,不実表示に当たる規定がありませんと,正にここで問題になるような場合を拾うことができなくなる可能性も出てくるので,不実表示に関する規定を整備すべきだと考えて主張したつもりです。   いずれにしても考え方を明らかにする必要があると思いますので,先ほど,要件の絞りをどうするかという御指摘がありましたけれども,それについて,もう少しだけ申し上げてよろしいでしょうか。 ○鎌田部会長 できれば,いろいろな意見があるんですけれども,皆さんが想定しているケースがばらばらのように思われます。こういうケースを念頭に置いているというのが具体的に分かって議論したほうが共通の土俵に立てると思うので,もし可能であれば。 ○山本(敬)幹事 一般的な規定として設けるということですので,様々な場面に適用される可能性があるわけなのですが,取りあえず要件の話を先に申し上げて,その点は必要に応じて後でということでよろしいでしょうか。   対象の限定に関しては,先ほど申し上げましたように,従来出ている立法提案とはやや異なって,錯誤の場合に合わせるべきではないかということを申し上げました。その点はもう繰り返しません。   それ以外に,部会資料では,表意者側の要件として,表意者が信頼したとしても,その信頼の正当性を要求すべきかどうかということが問題とされています。実際に不実表示について書かれた論文等でも,これを支持する見解が見られるところです。   ただ,これに関して,私は,この信頼の正当性という要件は不要ではないかと考えています。その理由として,理解を進めるために,2点ほど指摘しておきたいと思います。   第一に,信頼の正当性を取消しを認めるための積極的な要件として要求すると,錯誤に関する規律との関係で問題が生じてくるのではないかと思います。といいますのは,相手方が不実表示をした場合に,表意者がその表示を正当に信頼したときは,通常,その表示の内容が法律行為の内容になると考えられるからです。そうしますと,この場合は,錯誤取消しが認められるわけですから,それとは別に不実表示による取消しを認める意味はほとんどなくなることになってしまうのではないかと考えられます。   それから,第二に,信頼の正当性を要求する見解は,表意者が信じたことに過失があるときにまで表意者に取消しを認めるのは問題だという考慮に基づいて主張されているのではないかと思いますが,このような考慮が当てはまるのは,現行法でいいますと109条の代理権授与表示による表見代理がそうだと思いますが,表示に対する積極的な信頼保護が問題となる場合ではないかと思います。つまり,109条の場合ですと,代理権授与表示を信頼したときは,原則として,その表示どおりの効果が認められる。つまり,本人に効果が帰属するけれども,そのように信頼したことに過失があるときは,その限りではないとされます。   これは,表示の相手方の信頼が正当でない場合にまで,その表示をした者に,表示に対応した法律効果をしたのと同じ責任を課すことはできないという考慮によると考えられます。  それに対して,この不実表示による取消しで問題になっているのは,不実表示に対応した法律行為をしたのと同じ責任を課すのではなくて,不実表示によって錯誤に陥り,その錯誤がなければするはずのなかった法律行為をしてしまった表意者をその法律行為の拘束から解放することです。そのような場面で,不実表示によって表意者を錯誤に陥れた者が,表意者がその表示を信じたことに過失があるということを理由として,表意者をその法律行為に拘束し続けることができるとするのは,先ほど中井委員が御指摘されましたように,適当とは言いがたい。したがって,不実表示の取消しについては,表意者側の要件として信頼の正当性を要求すべきではないと考えます。   これは一つの立場からの説明にすぎないかもしれませんが,理解を進めるために述べさせていただきました。 ○松岡委員 今の関連で山本敬三幹事に質問させていただきたいことがあります。   今おっしゃったことは,説得力があると思うのですが,重過失であっても不実表示の取消しができると考えてよいのでしょうか。そこだけは少し気になります。ごく僅かな注意すら払わずに,相手方の表示を本当に信頼したと評価できるかは,気になるところなので,できたら補足していただけませんか。 ○山本(敬)幹事 前回の錯誤のところでも,重過失がある場合については錯誤の効果は認められないというのが現行法ですけれども,それに対する例外をどこまで認めるかという点について,表意者の錯誤を相手方が引き起こしたときは,表意者に重過失があるという主張を認めないという考え方が出ていましたが,それと同じ問題ではないかと思います。つまり,確かに表意者に重過失があるかもしれないけれども,不実表示の場合ですと,相手方が不実表示さえしなければそのような錯誤を引き起こすことはなかった。そのような不実表示を引き起こした者が,表意者は注意すれば分かるではないか,自分はこう表示したかもしれないけれども,表意者は注意さえすれば分かったではないかという主張を認めるのはやはりおかしいのではないかということが,前回でも出てきましたし,今回にも当てはまることです。これについてはもちろん異論の余地はあると思いますけれども,理由は以上のとおりです。 ○松岡委員 はい,分かりましたけれども, 前回,二人の間で意見が一致していた部分は,虚偽に権利の外観を作出して信頼を惹起したような者が,相手方の事細かな過失,注意義務違反を理由にして保護を否定するのは困るということで,悪意と同視できるような重過失についてまでは,やはり保護する必要はないのではないかということでした。それゆえ,表意者側の過失を問題にしないところまでは賛成できますが,重過失もおよそ不問にしていいというところまで踏み切るのは,難しいと感じております。 ○鎌田部会長 鹿野さん,関連ですか,今の問題と。 ○鹿野幹事 不実表示につきましては,私も導入につき積極的な意見を持っていますが,ただ,要件についてはまだ詰めるべき点があろうと思いますので,更に前向きに検討を続けてはいかがかと思います。この限りでは恐らく潮見幹事や山本敬三幹事と同じ意見です。   しかし,つい先ほど山本敬三幹事がおっしゃった,信頼の正当性要件は必要ないという御意見については賛成できず,二つの点から反対の意見を述べたいと思います。   第一に,山本敬三幹事は,信頼の正当性の要件が備わっているときには法律行為の内容化が認められ,したがって錯誤の規定で処理できるから,錯誤とは別の不実表示の規定においてはその要件を設ける必要がない旨おっしゃいました。しかし,そもそも事実と異なることが告げられた場合において,それに対する信頼の正当性があれば常に法律行為の内容化が認められるということにはならないと思いますし,この点がまず山本説に対する疑問です。相手方から告げられたことであって,表意者にとっては契約締結の動機となり得る事柄ないし事情には,様々な性質のものがあり得るでしょうし,また,同じ事柄でも法律行為によってその持つ意味は異なり得ると思います。その中には,例えば目的物の性質などのように,比較的法律行為の内容化が認められやすいものもあるでしょうが,そうではなく,相手方が幾らそれを真実と信じ,その信頼に正当性があったとしても,特に当事者間で条件にでもしない限り法律行為の内容には組み込まれないというような性質の事柄もあるのではないかと思います。ですから,信頼の正当性の要件が備わったときには法律行為の内容化が認められ,錯誤の規定で基本的に処理できるというような定式は成り立たないと私は思います。   第二に,情報に関するリスクの分配がどうあるべきか,という点からも,信頼の正当性を不要とする立場には疑問があります。不実表示においては,相手方が誤った事柄を伝えたために誤認が惹起されたということが問題となっているのですから,確かに,相手方の行為が表意者の錯誤の原因となっています。しかし,詐欺の場合とは異なり,不実表示の場合は,相手方の故意は要件とされないわけですし,場合によっては相手に過失すらないこともあり得ます。このように,相手が故意なく,場合によっては過失もなく誤ったことを表意者に伝えたというときに,果たしてそれを信じて意思表示をした表意者が,それを信じたというだけで常に保護されるべきなのでしょうか。むしろ保護されるべきなのは,信じたことが正当と評価できる場合だけなのではないかということが,更に問われるべきだと思います。言い換えると,契約締結の動機となり得る様々な事柄に係る情報を誰が収集し確認すべきかということが,ここで問題とされるべきだと思うのです。相手方からある事柄についての情報を伝えられたとしても,その表意者の側がむしろ積極的にその情報について収集し,あるいは少なくとも伝えられた情報が正しいのかどうかを確認すべきような場合もあると思いますし,その場合に,表意者がその確認を怠ってうかつに信頼をしてしまったというときにまで,直ちに表意者を保護する必要はないのではないかと思います。確かに一方で相手方は誤ったことを伝えたわけなのですが,しかし,相手方から伝えられたことをうかつに真実だと信じて,自分のなすべき情報収集あるいは確認を怠ったという表意者を,取消しという手段まで与えて保護するべきかというと,それは行き過ぎのように思います。   条文化において,信頼の正当性という表現が最も適しているかどうかについては,更に検討の余地があるかもしれませんが,実質的な意味におけるいわゆる信頼の正当性の要件は,私は必要だと考えます。 ○佐成委員 今,鹿野幹事が御指摘された部分について,一言だけ申し上げたいと思います。   表意者側が相手方から不実の情報を告げられて,その正確性を,その情報の性質によっては,やはり表意者側も一定の範囲で確認すべきであろうということは,正におっしゃるとおりで,私もそれには賛成でございます。その場合についてですけれども,当然,相手方から不実の情報が提供されたときに,取り分けもしそれが表意者にとってクリティカルな情報であって,意思決定の基礎にすべきような情報であったならば,一言,相手方に「それ本当?」というふうに聞くだけ,それだけ聞くだけでも,場合によっては,それは法律行為の内容になる可能性もあるわけでございます。その情報の正確性への関心が相手方に表示されて,要するに表意者の意思表示の基礎になっているということが相手方に表明されるわけですから,それは正に法律行為の内容になっているのではないかと思うからです。そうなると,もう基本的には,動機の錯誤のメインルールで救済できるのではないかというふうに私は感じております。   今の鹿野幹事の御意見から,ちょっとそういうところを感じた次第でございます。 ○内田委員 岡委員から,弁護士会の意見の中の一つの流れとして,現在の錯誤ルールと実質的に同じことで,そのサブルールであるということであれば賛成だという考え方があるという御指摘がありました。   現在の部会資料の甲案は,その考え方を完全に含んでいます。甲案が,情報提供義務を拡大するとか,情報格差を是正するとか,何かそういう考え方に基づく提案であるという御理解も先ほどあったようですが,それは正確ではないと感じます。この甲案自体は,現在の錯誤ルールの運用と実質的に同じ内容をサブルールとして明文化するという考え方も含んでいると思います。   そうだとして,中原関係官のほうから,それならば現在のままで何が悪いのか,現状を変えようというのであれば,現在の規律のどこに問題があるのかをまず示すべきではないかという,大変もっともな御指摘がありました。   それで,私の理解を申し上げたいと思います。最初に岡本委員から分析のありました判例の中に,9ページの東京高裁の平成19年の判決があります。この判決は銀行と信用保証協会の間の契約ですので,正にB to Bであって,消費者保護でもなければ情報格差の是正でもない,プロ同士の取引の判例です。この保証契約について最高裁は錯誤無効を認めたのですが,事案は銀行が提供した情報に誤りがあったというものです。   その誤りというのは,融資を受けた中小企業が実体のない企業であるにもかかわらず,実体があるかのように書類が作られた。これは銀行自身が詐欺の被害者であったわけですけれども,そういう中小企業から提供された情報を基に銀行は審査をし,それが正しいと思って信用保証協会に提示をした。信用保証協会はそれに基づいて保証契約を締結したわけですが,保証契約を締結するかどうかについて決定的に重要な事実について誤認があったということで,錯誤無効を主張したわけです。相手の提供した情報が誤っていたために錯誤に陥った事案ということで,東京高裁は,錯誤無効をもたらす重要な事実についての錯誤であることはすぐ認めたのですが,しかし同時に,重過失要件を使って,相手の提供した情報を信じたことが取引上相当であったのかどうかを評価しています。通常,保証人が,特に機関保証の保証人が保証契約をするかどうかを判断する際には,主たる債務者に資力があるかとか,どういう債務者であるかを調べるのは保証人自身の責任であるわけです。つまり,通常は保証人が自ら情報を収集して調べるべきところ,それをせずに,銀行から提供された情報に基づいて保証契約を締結した。それが本当によかったのかどうかということを,重過失要件の中で精緻に認定をしているのです。   この事案は,銀行経由保証でありまして,信用保証協会の保証というのは多くが銀行経由保証のようですが,銀行から書類が来る。この場合に主たる債務者に最も近いところにいるのは銀行であるわけで,保証人に比べてより安いコストで多くの情報を集めることができる。そこで集められた情報を信用保証協会は信じて,改めて同じ調査を自らせずに保証契約を結んだ。それが取引上合理的かどうかという判断を裁判所はした。私は,裁判所がここでこの判断をしたことには非常に合理性があると思うのですが,その判断を要件として反映するために,現在の95条の重過失の要件はうまく適合していないのではないかという気がします。なぜなら,ここでの問題は,少し注意すれば錯誤に気がついたかどうかということではなく,当該取引の性質からして正しい情報を収集する負担を当事者間にどのように分配するのが効率的かという判断だからです。   先ほど山本敬三幹事と鹿野幹事の間で,信頼の正当性という要件を加えるべきかどうかという議論がなされましたけれども,アメリカのリステイトメントは,正に信頼の正当性を要求しています。その表現を使うかどうかは別として,取引上,相手の情報を信じたことが合理的な行動であったかどうかはやはりチェックする必要がある。その上で,それが合理的である,つまり相手の情報を信じることが許容される取引であると判断されれば,動機の錯誤についての通常の要件認定をせずに無効主張を認めても構わない,そういうサブルールが存在しているという理解は可能なのではないかと思います。   これはB to Bの,プロ同士のビジネスに関して出ている判決ですので,消費者保護でも弱者保護でもない。結局,情報収集のコストと,そしてリスクをどのように分担するかという基本的な取引ルールではないかという気がいたします。 ○鎌田部会長 随分多様な御意見を頂戴いたしました。いろいろな考え方があるから,事務当局においてそれを整理し,資料を作成して,審議を継続しろというふうな御意見もありましたけれども,この点について,実は,この資料29までで,おっしゃられたような作業は,事務当局としてできることは随分やったつもりです。今日の笹井関係官の最初の御説明も,それぞれに想定している場面がばらばらなので,具体的にどのような場合に意思表示の効力を否定すべきなのか,そういうような場合があるとしたら,それを特定するためにどういう要件を立てるべきかという,こういう点についての御意見を出していただきたいというものでした。そういうことで議論を始めたんですけれども,中身的には正直申し上げて前回とそれほど変わらないので,事務当局として,これ以上それぞれの立場をそんたくして,この立場から言えばこういうふうに要件立てをするはずであろうというふうな資料の整理の仕方はちょっとしにくいと思います。   山本敬三幹事からは,基本的な考え方,要件,効果というふうな形を提示していただけたと思うんですけれども,それ以外の御意見についてもできるだけここで全部出し切ってもらいたいと思います。とはいえ,今でももう当初の予定から1時間ぐらい超過しつつあるんですけれども。 ○松本委員 内田委員の御指摘との関係なんですが,もしも内田委員のおっしゃっているとおり,この提案というのが錯誤に関する判例法理をほんの少し分かりやすく整理したものにすぎないのだとすれば…… ○鎌田部会長 いや,それを含んでいると言っているので。 ○松本委員 その含んでいるということの意味が,ワン・オブ・ゼムであって,それ以外のものもいっぱいあるという趣旨であれば私の理解とほとんど一緒なんですが,判例法理そのものだということであるとすれば,あえてこんな規定を作らなくてもよい。つまり,意見が分かれている中で判例法理どおりであればほっといてもいいという判断はあるんですが,全体として10あるうちの1ぐらい,従来の判例でなかなか苦しみながらカバーしていたものが,ここですっきり入るということであれば,要件をきちんと考える必要があると思いますから,もしそういう趣旨であれば賛成。 ○鎌田部会長 御意見の中には,甲案のような行き方と違う形での御提案の趣旨を含む御発言もあったわけで,そういうものはそういうもので厳然としてある考え方ですから,まとまりのある形に整理した上でお出しいただけると事務当局としては大変助かりますし,今後の審議を進める上でも焦点が絞りやすくなってきます。   この場で,同じ甲案と言いながら,違うことを考えながら議論しているとすると,なかなか終着点に行きにくいかなというのが率直な印象でございますので,その点の御協力をお願いしたいということです。 ○山本(敬)幹事 内容についてはもう何度も申し上げましたので,先ほど部会長が御指摘された,どのような場面があり得るのかという点について,思いつく限りの例を,適切かどうかは別として,お考えいただくための参考までに挙げさせていただきたいと思うのですが,よろしいでしょうか。   これに当たる例としては,錯誤で法律行為の内容になる場合との限界が常に問題になるところではあるのですけれども,それをおきますと,例えば,ドイツでも挙がっている例なのですが,機械の売買で,買主が機械を買って,ここにこう設置して動かしたいけれども,そこにきちんと設置できるかと尋ねたのに対して,売主が大丈夫だと答えたというような場合に,機械の性質について保証がなされたとまでは言えないけれども,売主がこのような表示をしたことを理由として,契約からの解放を認めるという例があります。このような例は,恐らくかなりたくさんあり得るのではないかと思います。一定の条件下で当該商品を使いたいという場合に,売主側が大丈夫だ,あるいは,このように使えると言ったけれども,実はそうではなかったという場合です。   あるいは,同じような例で考えますと,元々廃棄物の処理場,あるいは工場跡地だったような土地を売買するときに,売主がその土地の汚染度について調査して,汚染物質が基準値以下だと述べたのに対して,これは性質保証がされたという考えられる場合が多いかもしれませんが,買主がそれを信じて買ったところ,実は違っていたという場合も考えられます。   あるいは,先ほど内田委員が挙げられた例に近いのですが,実際,英米法ではむしろこのような例が多いのかもしれませんけれども,投資物件について,少なくともこれぐらいの収益が得られるはずだと述べたけれども,実はそうではなかった。これも,保証がされたと言える場合はそれで処理されるのでしょうけれども,契約にそのような保証条項が入っていない場合は,不実表示を理由に取消しを認めるということが考えられます。   あるいは,融資契約でも,借主側の財務状況について,このような状況だと言うので貸し付けをしたけれども,実は全く違っていた。これも表明保証条項が付けられている場合は契約内容になったと言えるのかもしれませんが,そのような条項はなかったけれども,全く違う内容の表示がなされて,それを信じて融資した,ないしは投資物件を購入したというケースが,不実表示に関する例としてよく挙げられるものだということだけお伝えしておきます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   この点につきましては,要件・効果についても更に論点があるんですけれども,特に御意見はありますでしょうか。   ないようでしたら,本日頂戴しました御意見を踏まえて,更に事務当局で資料の内容を詰めていくことにさせていただきます。   次に,部会資料29の「第1 意思表示」のうち「3 意思表示の到達及び受領能力」について御審議いただきます。   事務当局から説明してもらいます。 ○笹井関係官 「第1 意思表示」,「3 意思表示の到達及び受領能力」,「(1)意思表示の効力発生時期」では,民法第97条第1項を維持して到達主義を採用すること,到達があったと言えるかどうかの判断を相手方等が意思表示を了知できる状態に置かれたかどうかという基準によるものとすることを提案しています。また,意思表示を了知できる状態に置かれた場合として,具体的な例を列挙することができないかについても御審議いただきたいと思います。   「(2)意思表示の到達主義の適用対象」では,対話者も含め相手方がある意思表示について到達主義が適用されるものとすることを提案しています。   「(3)意思表示の受領を擬制すべき場合」では,表意者が相手方に通常到達すべき方法で意思表示をしたが,相手方が正当な理由なく到達に必要な行為をしなかったために相手方に到達しなかった場合には到達を擬制することを提案しています。このような規定を設けることの要否については部会で議論をする必要があると思いますが,規定を設けることについてコンセンサスが得られる場合に,その具体的内容については補充分科会で議論することも考えられると思いますので,その可否についても御審議いただきたいと思います。   「(4)意思能力を欠く状態となった後に到達し,又は受領した意思表示の効力」では,表意者が発信後,意思能力を失っても意思表示の効力が妨げられないとすること,意思表示の相手方が意思能力を書く場合は意思表示を相手方に対抗することができないとすることを提案しています。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明のありました部分について御意見をお伺いします。   まず,(1)の到達主義の維持という点についてはよろしいでしょうか。到達の意義等について若干の議論はありますけれども。 ○中田委員 (1)で,「了知したとき」は削除した,その了知可能性が前提になるので,という御説明なんですけれども,ちょっと分かりにくいという気がします。到達は,本来は了知によってなされるんだけれども,了知可能な場合には,規範的評価を加えてそれを広げた,という説明のほうが分かりやすいのではないかと思います。   また,証明の対象が了知可能性だということになりますと,了知したので了知可能だったというような説明になって,ちょっと迂遠なように思います。   それから,たまたま了知したんだけれども,一般的には了知可能とは言えないというような場合はどうかという,余り有益ではない議論を生むおそれもあります。そこで,「了知したとき」というのは残してもいいのではないかと思いました。 ○山本(敬)幹事 今の点で,その御意見に賛成したいと思います。   国際ルールを見ていますと,古典的な例ですけれども,多くは,手紙が配達されたときだけではなく,現に手渡されたときを挙げているようです。これは,例えば,手紙が旅先のホテルなどに送付された場合を念頭に置いているようでして,このような場合は,通常の配達のように,了知可能な状態に置かれたかどうかに関わりなく,現に手渡されて了知すれば,いずれにしても到達と認めてもよいという考え方が採用されているようです。したがって,ここもわざわざ削除する必要はなくて,やはり「現に了知した」場合を併せて挙げておくほうがよいと思います。   それから,後ろのほうもよろしいですか。   (1)で,16ページの3,真ん中の段に書かれている方向で,書面による意思表示の場合は,基本的にこれでよいと思うのですけれども,小さい点ですが,ここでも受領権限が与えられている者についてこのようなことがあった場合を更に書き加えておくのが適当ではないかと思います。 ○中井委員 (1)について,3段階に分かれているわけですが,一つ目と二つ目については今おっしゃられたとおりかと思います。三つ目の,より具体的な状況に応じて,例示列挙するという方向については疑問に思っています。ここではEメール等の最近の新しい通信手段等を想定して,具体的に検討していこうということかと思います。そのような技術について私の理解の及ぶところではないのですが,こういう通信手段というのは次々と変わっていく,その到達の仕方も変わっていくのではないか。そうしたときに,このような具体的例示列挙がいいのか,更に分科会で検討するかどうかという項目に挙げられていますが,分科会で検討するまでもなく,これについては取り上げないというのが適当ではないかという意見です。 ○岡委員 (1)について,2点申し上げます。   1点目は,到達があったものするという表現について,みなしではなく推定ぐらいにとどめたほうが柔軟になるのではないかという意見がございました。ただ,先ほどの敬三先生と中田先生の話を聞いていると,了知が到達で,了知できる状態に置かれた場合に了知を推定するというのでは何か窮屈過ぎるなという印象も持ちましたけれども,到達があったものとするというのはちょっときつ過ぎるのではないか。推定ぐらいにとどめたらいいのではないかという意見がございました。   三番目の例示列挙については,中井さんと同じように,弁護士会としては民法に例示列挙するのは不相当ではないかとの意見が多数説です。余りにも細か過ぎるし,時代とともに変わるので,解釈でいいのではないかとか,学説にお任せするのでいいのではないかとか,民法施行規則でどうかという意見もございました。少なくとも民法でここまでやるのは不相当であるという意見が多かったということでございます。 ○岡本委員 (1)につきまして,相手方又は相手方のために意思表示を受領する権限を有する者が意思表示を了知することができる状態に置かれた場合に到達があったものするという規定を設ける,これについては賛成したいというふうに考えます。そのような場合を例示列挙,仮にするとした場合なんですけれども,例示列挙されていない場合に反対解釈がされないように,そういった点に配慮していただければというふうに考えております。   それから,部会資料29の15ページのところに,意思表示の到達主義を定める規定が任意規定であるか,それとも強行規定であるかは問題になり得るというふうな記載があるものですから,ちょっとこの点について申し上げたいんですけれども。意思表示の効力発生時期については,原則として当事者間のリスク分配の問題であって,公序の問題ではないのではないかというふうに考えますので,任意規定であることを明らかにするのがいいのではないかというふうに考えます。もっとも,何らかの政策目的で強行規定とすべき場合もあるかもしれませんけれども,そういった場合には特別法で手当てすれば足りると思いますし,余りひどいものについては,民法90条の一般規定で制限するということも考えられるかと思います。   それから,更に次の16ページに,到達の基準に関する規定を設ける場合に,当事者がこれと異なる特約をすることができるかどうかも問題になるという記載もございますけれども,この点についても同様に任意規定であるということにして,そのことが明らかになるような規定にしていただけるとよいというふうに考えます。   それから,(3)のほうは後でしたっけ。 ○鎌田部会長 取りあえず,(1),(2),(3)と,順番にやっていこうかと思います。 ○沖野幹事 今,岡本委員がおっしゃったことに関連して,15ページの任意規定か強行規定かというところで,当事者のリスク分配の問題に関わるので,当事者が決めるならば,それは異なる決め方をできるというというのはそのとおりだと思うのです。   ただ,ここの書き方が,表意者の意思によって排除することができ,その例として解除の意思表示が挙がっていまして,これですと両当事者がリスク分配を変えるのではなくて,解除をする側が一方的に変えられるかのような意味で強行規定か任意規定かを問われているようであり,ここの書き方と岡本委員の御指摘とが必ずしも合っていないのではないかと思われます。私は岡本委員の御指摘に賛成なのですけれども,資料において問われていることがやや分かりにくいように思いました。   同じような問題は相殺の意思表示の場合の遡及効をどうするかというところでもありました。相殺の遡及効いかんも任意規定だということでしたが,そこでの説明は,両当事者が事前に決めておくならばそれは排除できるということであって,一方的な意思表示である相殺をするときに相殺者が決められるということではなかったと思います。   この話は,任意規定か強行規定かというときの言葉の使い方に注意する必要があるという意味でも,一般的な性格を持った問題かと思いますので,資料の書き方を明確にしておく必要があるのではないかという趣旨です。 ○鎌田部会長 関連ですか。 ○松本委員 関連。私も15ページの補足説明の1の2段目のところなんですが,契約の当事者間で事前に意思表示の到達時期を決めておくというのは,ビジネスの世界では一般的にあることだと思います。特に電子商取引の世界だと,一方的な通知だけだと本当に到達しているかどうか分からないから,必ず受領したという確認を戻してくださいという扱いにしている場合もあるし,更に受領確認の受領確認という形でもう一回それを戻してくださいと,一往復半しているような,EDIの契約書なんかもあるわけですから,そこは強行規定ではないんだと思うんです。   それからもう一つ,沖野委員がおっしゃった,では一方当事者のみでどこまで決められるのかという点については,恐らく契約の申込みの場合は,一定,その申込者の意思が通る場合があるのではないかと,申込みを一種の単独行為的なものと考えれば。ただ,例えば契約の解除の段階で解除する側が一方的にこのようにというのは,多分通らないでしょう。契約をスタートする段階における一番最初の意思表示は,申込者がその契約の成立のさせ方等について一定の自由な意思表示ができて,それでオーケーなら応じてくださいという形で申し込み,相手方の対応がそうでない場合は契約は成立しないというような扱いにしてもいい場合があるんだろうと思います。契約の成立後の部分は,やはりきちんと合意がないと駄目だろうと思います。 ○鎌田部会長 一応,特約というのは合意だという前提でここは書いていると思うんですけれども,それ以外に,今おっしゃられたように,一方的に不利益を受ける側の人がそれでもいいと言ったときには,それでいいかどうかというのは,もう一つ問題としては残るかもしれません。その点は沖野幹事の御指摘を踏まえて,更に検討させていただきます。 ○山本(敬)幹事 正に今の点なんですが,任意規定という場合,なぜそうなのかということを押さえる必要があると思います。到達主義については,相手方のある意思表示の場合に,その意思表示に効力が認められますと,表意者はもちろんですけれども,相手方もそれに拘束されます。申込みは少し微妙なところがありますけれども。そのような相手方も拘束するという効力が認められるためには,相手方のほうも,少なくともそのような効力が発生することを知り得る状態にあることが要求される。それが到達主義の趣旨だと考えられますので,相手方がそれと異なる時点で意思表示の効力が生じることを認めるときには,公序良俗に反しない限りは,そのような特約の効力を認めてもよい。その意味で,任意規定として扱ってよいということではないかと思います。 ○鎌田部会長 ほかには,(1)に関連して。 ○高須幹事 申し訳ありません,私の勉強不足かもしれないんですが,今の議論の中で,任意規定とする場合というのは,到達を前提とした上で,その効果の発生時期をずらすという部分は特約に委ねてもいいという意味なのか,到達そのものも不要とする特約も認めてもいいものなのかどうかという点を,明確にしていただきたいと思っています。   私の意見としては,後ほど出てくる到達擬制制度というのは柔軟に解釈して,あるいは制度化してもいいと思っておるんですが,やはり到達自体には,それなりの重要性があると理解しているものですから。ちょっとその点,任意規定という場合の,その任意規定ぶりといいますか,どこまで到達主義の原則を修正することが認められるのかについてを教えていただければと思います。 ○鎌田部会長 一応この資料では,15ページの補足説明1は到達主義を排除できるかどうかの問題で,15ページから16ページにかけての補足説明2のほうは到達の時期についての特約の問題というふうに,それは,法的性質は違うという整理をしています。 ○高須幹事 そうすると,両方を視野に置いて議論するということでよろしそうな資料になっているわけですよね。 ○鎌田部会長 補足説明の1のほうについては異論もあり得るだろうというふうに思いますが。 ○高須幹事 1のほうについては,ある程度の懸念といいますか,どこまで到達主義の排除を認めることができるのか,あるいはそれに伴う弊害は不当条項とかそういうことで制限していくのかもしれませんけれども,やはり到達ということが持っている重みはあるのではないかということだけ御指摘させていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ただ,ここの括弧内にあるような特約が,本当にこれ,発信主義と言っていいのかどうか分からないんですけれども,両当事者がこのときに,それは最も徹底した形で,通知が到達しなくても,その効果を認めますよと言っているときに,それでも駄目ですと言わなければいけないかどうか。 ○高須幹事 そうですね,駄目ですと言ってはいけないのかと言われると,確かにそうなのかなという気もするんですが。ただ,どこかで何か,到達主義の重要性というものは考えておきたいなとは思っておるのですが。 ○内田委員 法律行為についての根本的な議論を招いてしまうのかもしれませんが,解除が例に出ていますけれども,解除というのは法律行為であって,法律行為の効力の発生時期について発信主義を合意したり,到達主義を合意したりする,これは全く自由ではないかと思います。   しかし,法律行為ではない意思表示そのものの効力について,到達主義ではなく発信主義の合意するというのは,意思表示という概念と抵触するのではないか,矛盾するのではないかという気がします。相手のある意思表示というのはコミュニケーションのことであって,相手に意思を表示するということなので,相手に伝わらなくてもいいというのはコミュニケーションではないと思います。法律行為について発信主義を採るというのは,法律行為の効力が意思表示のプロセスの中の発信のときに生じるということで,十分あり得る選択ですし,たまたま意思表示が届かなかったときのリスクの分配についての合意としても十分理解できます。しかし,意思表示そのものについて発信主義を採るというのは,届かなくてもコミュニケーションがあったものと扱うということなので,法律行為の効力とは別の問題です。高須幹事がおっしゃるように,やはり,到達があったかどうかについての合意は様々あり得るとしても,到達を外して発信主義にするというのはないのではないかというのが私の理解なのですが,あるいは異なる考え方もあるかもしれません。 ○鎌田部会長 それぞれについて,どのように考えるかという問い掛けでございますので,それはあり得ないというふうにお答えを出していただいても結構です。 ○高須幹事 私の指摘は少数意見のようですが,私としては今,内田先生がおっしゃったように,やはり意思表示の到達だけは必要で,それに伴う不都合は到達擬制制度によって補うべきではないかというふうに思っております。ただ,もちろんいろいろ教えていただくことで,今後,私の勉強不足が補えれば,それはそれでよろしいとは思っております。 ○能見委員 別に皆さんが発言されたことにそう付け加える点があるわけではありませんけれども,結論的には内田委員が言われたことでよろしいと思いますが,従来,意思表示と言ったときには,いろいろな意思表示があって,解除なども意思表示と呼ぶことがあったので,そういうものまで含めて考えると,到達主義を排除できるというのは,やはり適当ではないだろうと思います。いろいろな意思表示があるとすれば,到達主義を排除できるという意味で例外が認められるような場合があるかどうかについては,更に検討したほうがいいと思います。申込みに対する承諾など,一定の意思表示については例外はあるかもしれませんけれども,原則は,やはり意思表示は到達するということが大前提であるというふうに私も考えます。 ○松本委員 解除と契約の成立で,ちょっと分けたほうがいいと思うんです。   契約の成立だと民法第526条第2項の意思実現という規定があります。これは意思表示ではないんだと考えれば,契約成立のための意思表示でない成立要件ということなんでしょう。一定の慣習があれば,あるいは申込者の意思表示があれば,承諾をしなくても契約の成立を認められる場合があるということで,契約の成立については,意思表示の外側でいろいろ認められる場合があるということです。   解除の場合に,解除と同じ効果が発生するような特約を事前にしておく。つまり,一定の事実が発生すれば直ちに契約は効力がなくなってしまうという類いの約款というのは,現実に使われていますよね。他方で,一定の条件を満たせば解除権が発生するという類の約款もたくさん使われている。解除しなくても契約の効力がなくなるという約款は,当然一応有効だとされている。解除権が発生するという場合に,解除の意思表示をしなくても解除の効果が発生するという約款は,恐らくこれは認められないと思うんですね。私が解除したいと思えば,通知しなくても,そのとき解除されたことになるというのは,それは不安定だから,多分駄目だろうということですから。   契約の成立段階の話と,成立した契約を解消するという段階では,やはりかなりいろいろ違いが出てくるのではないかなと思います。 ○鎌田部会長 分かりました。この到達主義自体を排除する特約の有効性については議論ありということだと思いました。それ以外の点について,了知可能性が認められる場合の例示列挙はしないほうがいいという御意見を頂戴したところでありますし,了知と了知可能性についての御意見も頂戴しました。   (2)及び(3)について,御意見があればお出しください。 ○内田委員 ちょっと戻って恐縮なんですが,先ほど例示不要であるという御議論が出ましたので,ビジネスの実際についての御意見をお伺いしたいと思います。相手のメッセージがサーバーには到達したけれども,それを取り出さないために見ていないというとき,だから到達していないなどと言っても,それはやはり通常の取引では認められないことだろうと思うのです。そういうことについて,それは認められないということをはっきりと示しておく必要はないでしょうか。もちろん,限定解釈される例示はまずいのですが,電子的な契約成立に関する例として,分かりやすくルールをきちんと書いておくという必要性はないか。立派な法務部を持っている大企業については必要ないと思いますが,日本の全企業を想定したときに,そういう規定の必要性はないでしょうか。国際的にはそういう例は幾らもあると思うのですが,日本の実務的な需要について,御意見をお伺いできればと思います。 ○中井委員 私が適切に答えられる問題ではないのかもしれませんけれども,おっしゃっているのは,例えば私の使っているメールアドレスのサーバーに届けば,届いたとき,若しくはそれから一定の期間内に到達したものとみなすようなことになるのかもしれません。しかし,私の使っているメールアドレスは三つありますが二つは全然使っていません。1年以上見ていないそういうメールアドレスを相手にかつては通知したことがあるとしても到達とするのか,そういう場面も含めて御議論されているんだとすると,そう一般化は難しいのではないかと思うのです。 ○内田委員 私が想定しているのはそういう問題ではなくて,指定されたアドレスであることは当然の前提なのです。ただ,サーバーには届いているけれども,そこから取り出していない。つまり,必要な協力行為をしないことによって着いていないという主張はできないのだということを,中小企業を含め,全ての人にルールとして分かるように示す必要はないだろうかということですね。 ○中井委員 そういう一定の縛り,契約のどこかの段階で意思表示の到達手段として,このメールアドレスのこの番地に送ってくださいということが何らかの形で合意されているのであれば,その合意の効力として認められる可能性はあるのかもしれません。それをどのような形で一般化されるのか,ですけれども。 ○鎌田部会長 伝統的には,相手方の設置した郵便箱に文書が入ればいいのであって,開封することまでは要求しないというのが一般的な理解であって,それを…… ○中井委員 メールの場合は郵便箱を幾つも作れるのではないでしょうか。そこで必ずしも管理可能になっている状態では一般的にはないという理解をしているのです。そこで特定されていれば,もちろん管理可能なものだろうとは思います。 ○内田委員 私が申し上げているのは,もちろん郵便箱が特定していることが大前提の議論です。   ただ,サーバーに着いたからといって,サーバーは社内にある場合もありますけれども,外部に委託して置いていることもあり,クラウドコンピューティングもあるわけで,必ず常に取り出せる状態にあるとは限らないわけですね。つまり,そこにはリスクが多少ある。そのリスクをどちらが負担するかという問題で,指定されたサーバーに向けてきちんと送信し,そのサーバーの支配圏に入ったのであれば,あとはリスクは向こうにあるということをルールとして例示してはどうかということです。 ○中井委員 この提案は,受領する権限を有する者が設置又は指定した,ですから,設置と指定は「又は」になっています。今,内田委員がおっしゃったように,指定したのみではないように読めたので。指定していれば合意があるとして構わないと思います。   前提となるところに誤解があったのかもしれません。企業が設置しているメールアドレスや個人が使っているメールアドレスはたくさんある。そのどれかに着いているからといって送達が擬制されるような構造になるとすれば,それは困るなというのが出発点です。前提に誤解があったのかもしれません。 ○内田委員 部会資料の例示のワーディングが条文として適切かどうかはともかくとして,立法政策として,先ほど申しましたようなポリシーを明文としてルール化しておく必要はないかということです。 ○鎌田部会長 でも,全然使ってはいないけれども名刺にはそのアドレスが書いてあるというときに,そのアドレスに送って,私は使っていませんから知りませんと言われたのでは,相手方はたまらないですね。 ○岡委員 私の先ほどの意見は,ルール自体に反対しているのではなく,民法に,国会の決議でそういう細かいところまで書くのがいいのかどうか。細か過ぎるのではないかという意見です。それから,鎌田先生のおっしゃったような場合でも,いろいろな事案があるので,それは解釈とか,施行規則とか,判決でいいのではないか。その二つの理由で,民法にまで入れなくていいのではないかというのが先ほどの私の意見です。 ○内田委員 事務当局の一員である私が時間を取って申し訳ありませんが,民法に書かずに,例えば特別法や規則に書くとすると,中小企業は民法とその特別法や規則の両方を見ないと,あるメッセージが到達したと扱われるのかどうかという基本的なルールが分からないということになるわけですね。法典というのはやはりそれだけを見ればルールが分かるというのが最大のメリットですので,細かい規定はほかに書けということが本当に分かりやすい民法の実現に資するのかということは,ちょっと疑問に思います。 ○鎌田部会長 到達とだけ書かれたのでは,実際の裁判所における運用も含めて,普通の人に理解しにくくて,これまでも伝統的に幾つか争いがあったので,ここで言う到達とはこういうふうなことだということを分かりやすく書こうというのが例示列挙の提案で,その例示の文章がいいかどうかとは別に,例示をしたほうが分かりやすくなるだろうというのがこの提案です。けれども,今の御意見は,その例示の中身よりも,そういった細かいことを規定することが民法にはふさわしくないということと,書くことによる弊害みたいなこともあり得るということを中井委員は御指摘になったということだと思います。 ○松岡委員 例示が限定列挙のように読まれると,時代の変化に追いつけないとの問題がありますが,逆に,現在の技術状況その他を前提にしてこういう例示を設けたとの趣旨を酌み取れば,それを手掛かりにして対応できる幅や方向性が決まってきますので,私は必ずしも例示列挙が望ましくないとは思いません。むしろ,明確化のためには,例示があったほうがいいのではないかと思います。 ○潮見幹事 例示列挙というのは基本的な考え方としては理解できますけれども,賛成できません。先ほど中田委員のお話にもありましたように,基本的には証明の対象に当たるものは了知であり,その了知可能ということは,それに対して規範的な評価を加えて拡張するということになるわけで,そうした規範的評価ということをどういうふうに下していくかということを考えたときに,もちろんワーディングの問題があるので,できればいいとは思うんですが,設置又は指定した受信設備のような形でワーディングをした場合には,どうしてもこれへの形式的な当てはめという形で問題が処理されはしないかという点に,若干の危惧を感じます。   かつて,著作権等の関係で,いろいろな機器類の定義とかを扱ったこともあるんですけれども,そういう場面では,設備とは一体何なのかと,受信とは一体何なのかというようなところで,その記録媒体なんかの問題も含めて,非常にややこしい問題があります。   時間があれば補充分科会でどういう書き方があるんだろうということを検討するのには,反対はしませんけれども,余り生産的ではないし,好ましいことではないのではないかと思っているところです。 ○鎌田部会長 分かりました。御意見を踏まえて,場合によっては分科会に御検討をお願いすることもあり得ると思います。 ○松本委員 今の意見とのつながりなんですが,(3)のところまで考えると,確かに同じような問題になってくる感じがするんです。   というのは,(1)のところでは電子メールを念頭に置いて詳細な規定を置こうということですが,従来だと,通常の書面,手紙等の受領拒否だとか,あるいは,誰か代わりの人が受け取っていて,どこかに置いていた場合どうかという,非常に細かいケースがいっぱい判例として挙がっているわけで,そういうのを全部,では民法の条文として入れるんですかという話になってくる可能性がある。しかも,電子メールのところだけ何か指定したメールボックスに入れば到達ですとしておいても,結局,本当に到達したのかどうかを立証しなければならない。きちんと,言わば内容証明郵便で出すのと同じぐらいの,あるいは到達証明で出すのと同じぐらいの証明力があるかというと,通常のメールサービスでは恐らくないわけです。そうすると,そこだけ何か詳細に規定しておいても,実際のユーザー向けとしては少しアンバランスな内容になるのではないかなと思います。   つまり,内容証明で送ると受信拒否というのがあるけれども,通常の手紙で出せば,留守でも郵便受けにぽんと入れておいてくれるわけだから,形式的には到達するんだけれども,それだと受け取っていないと言われるリスクが大きいから,皆さんコストを掛けて受領拒否も前提に慎重な手続をしているわけでしょうから,そういったことを民法のルールにどれぐらい書き込むのかという話になってくるのではないかと思います。 ○中井委員 繰り返しで申し訳ありませんが,通信設備なり,通信手段というのは日々発展して変わっていくものではないかと思うのです。   また,技術的な問題としても,メールボックスには容量の問題があるでしょうし,数日したら自動的に消去できるようなシステムもある。ワード文書の添付文書の形式が違っている場合や,当方のソフトの能力が低ければ本文は見ることができても添付文書は見ることができない,若しくは拒絶して送り返してしまうこともある。ウイルス性のものがあれば受信できない,そのようなソフトを組み入れている場合もある。受信しても肝心の添付文書が付いていない,承諾書が付いていないかもしれない。そういう様々な事態があり得るのではないか。   これだけ技術が変遷している中で,ここに書いているような形で定義付けが果たしてできるのだろうかというのがそもそもの疑問で,一般的規定を置くにとどめざるを得ないのではないかという思いです。 ○中原関係官 私は余り具体的な案を,例示を列挙しないというメモをちょっと持たされてきているので,こういう発言をするのが適当かどうか分からないんですが。   内田先生のおっしゃるような分かりやすい民法にしようということ自体は,私どももそれが望ましいだろうと思っていまして,それで,その具体,これは要は書き方の問題だと思うんですけれども。個別に例示するというのが,それが何かそれで限定されてしまうのだという話になると,これは潮見先生がおっしゃられたように,それぞれの文言の解釈論をやらなければいけなくなってしまうので,なかなか厳しいことになると思うんですけれども。   A・Bその他の何とか何とかとして何かの場合というふうに,そういうA・Bその他の何とかとしてなる場合というような書き方をして,その他の何とか何とかというような場合というところが,何かその規範的な考え方ができるんだとすると,そのA・Bの例示の部分は必ずしもその他の何とかのところに当てはまらなくても,考え方を示しただけだということですので,A・Bその他の法務省令で何とかと書いたときに,別にA・Bは法務省令って見なくてもいいわけですから,それと同じような解釈で,立法技術でその明確化を図るということは,何かできる余地はあるのではないかなと思いますので。   いずれにせよ,何かこれはその書き方の,具体的にどこまで書けるかという問題なのではないかなと思います。 ○鎌田部会長 それぞれにもっともな御意見を頂戴しましたので,それを踏まえて,また事務当局には宿題が増えますけれども,少し検討させていただきます。   (2),(3)については,特には異論はないということでよろしいでしょうか。 ○高須幹事 (3)の到達擬制制度に関しては,私は積極的に検討すべきだと思っております。従来,意思表示に関しては,公示による意思表示という制度はあるわけですけれども,それは行方不明,所在不明のような場合を想定している到達擬制制度でございますから,相手方がいることは分かっている,住んでいることは分かっているんだけれども受け取らないという場合についての,規定というのが民法に欠けていると。やはりそこは,この到達擬制制度を一つ用意することによって,万遍なくといいますか,意思表示の到達の場面についての一定の規定をきちんと置くことができると思いますので,そういう意味では,前向きに検討すべきだと思います。   ただ,規定の内容については多分,分科会というようなお話が出るんだと思いますが,内容的には到達主義の実質を形骸化しないような規定にしなければならないということも併せて考えております。 ○鎌田部会長 先ほど関係官からも,この(3)の具体的な規定内容については分科会で検討することとしてはどうかという提案があったところであります。検討の結果,適切な規定が作れないということになれば,また戻ってくるということも含めて,規定内容については分科会で検討していただくということについてはいかがでしょうか。 ○岡委員 分科会での検討については結構でございますが,弁護士会の中で,賛成意見も多うございましたけれども,やはり慎重にすべきだという意見もございました。   具体例としては,意思表示の内容を推知し得る場合,こんな解除が来るかもしれないと,そんなような状況の下でのみ認める。正当な理由だと広過ぎるので,何らかの形で制限すべきではないかという意見も多うございました。   この擬制のときに推定というのがなじむかどうか,ちょっと疑問ですが,一方的に擬制ではなく,立証責任の転換というか,推定というか,そういう柔軟な規定にしておかないとやはり怖いと,そういう意見も相当程度ありましたことを報告しておきます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   これも御指摘のように,債権者の債務者に対する催告みたいなのは予想が付くんですけれども,いつ誰から来るか分からない意思表示についても一律に当てはめてもいいかどうかというふうなことについては,検討の余地はあるかもしれないと思いますので,それらの点も含めて,分科会で検討していただくということにしたいと思います。   (4)についてはいかがでしょうか。 ○佐藤関係官 非常にテクニカルなところなんですが,1点だけ。1点と申しますか2点,問題提起をさせていただければと思っております。   (4)の,意思能力を欠く状態となった後に到達した意思表示の効力と。   まず,大きな問題意識としまして,未成年者あるいは成年被後見者等の外形的に分かるような方とは異なって,意思能力を欠くという非常に外形的に不明確な場合,ただ,これは今後,確かに高齢化社会など進みまして,いろいろな問題が出てくると思っております。したがって,意思能力を欠くときに到達した意思表示の効力というのは,これは否定されるべきなのであろうと思いますが,そこで出てくる二つの問題としまして,一つは,意思能力を欠く状態だったときというのを誰が証明するのかと。この意思無能力の状態というのは非常に不明確な,認知症の方であるとか,あるいは病院に収容されているとか,意思表示を行った主体から見ると非常に分かりにくいと。やはり最低限,意思能力を欠く方のほうから立証を行うべきなのではないかと。まず,それが1点でございます。   もう1点,2点目ですが,先ほど申しました御高齢者の方ですとか,場合によっては一時的に意思能力を欠いて,また意思能力が復活するという場面もございます。その場合に,意思能力を欠く状態において意思表示を受領し,その後また意思能力が復活したと,こういう場合どう考えるのかというところが,ちょっとこれは考慮すべき点ではないかなと思っております。ちょっと私自身,まだ考え方はまとまっていないのですが,意思能力が非常に長い状態欠く状態が続いて,そこで,その意思能力を欠いている状態で何らかの意思表示を受領して,それから意思能力がまた復活したというときに,全てこの応答で意思表示の効力を,復活したからもう認めていいんだというのもちょっと行き過ぎのような気もしますし。ただ,例えば1週間,ちょっと意思能力を欠く状態になって,次の週になってまた意識が戻りまして,それで確かに意思表示が到達しているなと認識し得るような状態になったときに,この意思表示の効力を全て否定していいのか。ちょっとその点,いろいろな場面があるのではないかと。ちょっとここは検討すべきではないかと。   ただ,その二つのケースにつきましても,最終的には受領者側の立証責任の問題とすれば,比較的分かりやすいのかな。と申しますのは,短期間の意思無能力というのを立証するのが非常に難しいとするならば,立証責任の転換の点である程度解消できるのかという気もいたします。一応そういう問題点があるということをお話ししています。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがでしょうか。   御指摘の点を事務当局で検討させていただいて,大筋では現行法を,意思無能力を除いては現行法を受け継いでいるということで,お認めいただいたものとさせていただきます。 ○中井委員 中身に関わるものではなくて,分かりやすい民法という見地になるのかどうか,そこも分かりませんが,対抗することができないという言葉が民法にはあちこち出てきます。こういう対抗することができないというような言葉自体を,検討する場なり見直しの場がやはり必要ではないか,と思います。 ○鎌田部会長 法律家にとっては便利な用語ではありますけれども。分かりました。その点も,ここにとどまらないで,いろいろなところに出てまいりますので,横断的な検討課題の一つとしてメモさせておいていただければと思います。   それでは,予定より随分遅れてはいるんですけれども,ここで,休憩にします。よろしくお願いします。           (休     憩) ○鎌田部会長 それでは,再開させていただきます。   部会資料29の「第2 無効及び取消し」のうち,「1 相対的無効(取消的無効)」について御審議いただきます。   事務当局から説明してもらいます。 ○笹井関係官 「第2 無効及び取消し」,「1 相対的無効(取消的無効)」では,どのような場合が相対的無効に該当するのか,一般的に記述することが困難であると考えられることから,相対的無効に関する一般的な規定を設けないことを提案しています。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明のありました部分につきまして,御意見をお伺いいたします。   異論はないと思ってよろしいでしょうか。 ○中田委員 最終的にはそういうことになるのかもしれないとは思うんですけれども,ただ,やはり個別に検討した上で,それで最後にどうなるのかを考えるというのが順番かと思っております。暴利行為とか,意思無能力とか,錯誤とか,その効果をどうするのかということはまだ余りはっきりしていないので,まずはその個別の検討してはどうかと思っています。   22ページから24ページにかけまして,二つの内容が入っております。一つは相対的無効となるべき事由の範囲の確定が難しいということ。もう一つは,相対的無効とする場合の規律内容の具体的な検討をすべきであるということであります。これも,それぞれやはり個別に考えるべきことかと思います。   この資料で後で出てくる43ページの無効行為の追認ですとか,49ページの取り消し得べき行為の相手方の催告権について拝見しますと,例えば意思無能力の効果を無効とするという場合の検討は,それほど突っ込んで行われていないような感じがします。   これを無効にするか取消しにするかというのは両論があるところですので,やはり検討しておいたほうがいのではないかと。その具体的な検討の仕方なんですけれども,暴利行為,意思無能力,あるいは錯誤を含めまして,仮に効果を無効とする場合に,主張権者,主張期間,追認,相手方の催告権について,どこかであらかじめ検討しておいたほうがいいのかなと思います。どこかでというのは,例えば補充分科会などでもいいかと思います。その結果を踏まえた上で,効果をどうするのか,それから一般的規定を設けるかどうかというのも,後で判断して足りるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 御指摘がありましたように,いわゆる相対的無効とされている場合については,それぞれの場所で主張権者その他についての検討をまずするということが先決であって,全体を通じる一般規定をどう作るかというところからはスタートしないという趣旨で,こういった提案をさせていただいておりますけれども,御指摘のように,追認その他についてまで考えていくと,むしろ全体を通じた規定にしたほうがより体系的で明確になるというようなことであれば,それはそれでもう一度,この一般規定化というふうなことを考えさせていただきたいと思いますが,そういう取扱いでよろしいでしょうか。   ありがとうございました。   それでは次に,部会資料29の「第2 無効及び取消し」のうち「2 一部無効」について御審議いただきたいと思います。   事務当局から説明してもらいます。 ○笹井関係官 「2 一部無効」,「(1)法律行為に含まれる特定の条項の一部無効」では,条項の一部に無効原因があった場合に,どの範囲の効力が否定されるかという問題を取り上げています。甲案は,無効原因がある部分のみが無効になることを原則とし,その条項が約款に含まれる場合などには例外的にその条項全体が無効になることを提案するものです。甲案に対しては条項という概念の範囲は明確でないという批判があり,これを踏まえ,この問題についての規定を設けないのが乙案です。   「(2)法律行為の一部無効」では,法律行為の一部が無効である場合に法律行為全体が無効になるかどうかという問題を取り上げるものです。原則として法律行為の残部の効力は維持されるが,一部無効を認識していれば,その法律行為をしなかったと考えられる場合には全部無効になるとすることを提案しています。   「(3)複数の法律行為の無効」は,ある法律行為が無効になった場合に他の法律行為の効力は影響を受けるかという問題を取り上げるものです。原則として他の法律行為の効力が影響を受けることはないが,(2)と同様の基準を満たす場合には他の法律行為も無効になるとすることを提案しています。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明のありました部分について,御意見をお伺いいたします。 ○岡委員 最初に質問させていただきたいんですが,この2の無効のところは,取消しによって無効になった場合,その場合も含まれるという理解でよろしいのでしょうか。 ○笹井関係官 含まれるという趣旨です。 ○松本委員 もし今の御説明で一部無効というのは取消しも含まれるのだとすると,一部取消しというのも有効だという前提で,あとの議論をしましょうという御提案になるのか。一部取消しというのが可能かどうかという点は別途議論しましょうという前提なのか。どちらですか。 ○笹井関係官 すみません,今の御質問に答えてから思い直したのですけれども,2の(3)については先ほど申し上げたとおりで,取消しの結果として無効になったものも含まれると思います。(1)と(2)につきましては,今御指摘がありましたように,一部取消しというような概念をどうするかという問題になってくると思います。資料を作成する段階では,そこは十分検討していなかったということに,先ほどの回答を修正させていただきたいと思います。   一部取消しというものが必要なのかどうか,具体的に論点として今まで提起されていなかったように思いますけれども,どういう場合なのか分かりませんが,一部取消しというものが必要であるということになれば,議論が必要になるのかもしれません。 ○佐成委員 2の(1)の甲案,乙案に関して,内部で議論したときは,規定を設けないという乙案が大勢であったということでございます。理由は,特定の条項の一部に無効原因がある場合の当該条項の効力については,当該契約における当事者の意思の解釈に従って判断すべきなので,一般的な規定は不要であるということです。   しかも,甲案の例外というところには,経済界でも大いに異論のある約款であるとか消費者契約といったものも入っておりますので,そういった意味でも反対であるということが経済界の一般的な意見であるということを報告させていただきます。 ○岡本委員 法律行為に含まれる特定の条項の一部無効についてですけれども,一読のときの発言と同じですけれども,何をもって一個の条項と言うかが明らかでないというのが一つですね。   それから,甲案の①のような規定を設けましても,これは言ってみればトートロジーのような規定で,予測可能性が増すとは思われないということがあります。   それから,甲案の②,③については,なぜ約款あるいは消費者契約の場合に常に条項全体が無効になるのか,これが必ずしも明らかでないのではないかということでございまして,甲案に反対して乙案に賛成したいというふうに考えます。   それから,今回の部会資料29の25ページなんですけれども,条項の範囲が不明確であり,これを単位としてその有効無効を問題とするのが適切でないとすれば,契約の一部分に無効原因がある場合の処理として,その部分だけ無効となるか,契約全体が無効になるかだけを問題とすれば足りることになるとも考えられるという指摘がありますけれども,何をもって一個の条項と言うのかが明らかでないという趣旨といたしましては,無効原因がある部分だけ無効となるか,契約全体が無効になるか,二者択一しかないということを意味しているわけではなくて,一部の無効が契約のほかの部分に伝播するということがあるということは認めますけれども,どの範囲まで伝播するのかについて明確な基準を考えるのは難しいのではないかという指摘であると理解いただきたいと思います。   そういう基準については,一読のときに山本敬三幹事のほうから,個別に無効判断をすることができるかどうかというメルクマールにするのがいいという御説明いただいたところではありますけれども,若干ちょっと結論先取り的な気もいたしますし,そういったメルクマールをもってしても明確な基準と言えるかどうか,これはちょっと疑問ではないかと考えております。規定しないほうが明らかになるというわけではないんですけれども,不明確な規定を設けるよりは解釈に委ねたほうがましなのではないかということです。   それから,甲案の②,③についてなんですけれども,自動的に条項全部がこれらの場合に無効になってしまうということになりますけれども,そういったことは果たして,消費者あるいは約款使用者の相手方にとっても想定外ということも十分あり得るのではないかと思われまして,これらの規定によってこういった人たちが保護されるとも限らないと思います。 ○深山幹事 結論的には今の岡本さんの意見と同じようなことになるのかもしれないんですが,この(1)と(2)の区別といいますか関係というのは,観念的には理解をしているつもりですが,実際の実務を想定したときに,そうきれいに切り分けられるのかなと思います。   要は,基本的な考え方としては,無効とされる部分に限って効力を否定し,原則としては,ほかには無効の効果は及ばないという考え方は,一つの一貫した考え方としてあると思うんですが,その単位を法律行為を最小単位と見るのか,更により細かい,条項とここで言っている部分まで細分化をするのかということかと思います。条項というワーディングからは,その契約の条文の条項をイメージしやすいわけですが,必ずしもその立法提案は条文の書き方にそのままと連動しているわけではないという理解もできます。いずれにしろ,何をもって最小単位とすべきなのかについては,実務的には難しい判断を迫られると思います。   他方,契約と言われるものも,一つの契約と観念できる合意の中に法律行為が複数組み合わされているような契約というのもあります。契約の中にも法律行為が複数あったり,その法律行為の中にまた条項が複数あってというふうに,実際には複合体になっている中で,何を最小単位として有効無効を判断するかということを考えていくと,少なくとも(1)と(2)の区別というのは,実務的にはなかなか難しいのではないかという気がしてなりません。   そういう意味では,(1)と(2)をもう少し包括して捉え,結論としては(2)に議論としては吸収されるのかもしれませんが,原則としては無効部分とされる部分のみが効力が否定されるけれども,例外的に,その無効部分を含む法律行為全体に及ぶ場合があるというように,法律行為を一つの最小単位とするようなくくりにするほうが,現実的ではないかなという気がいたしております。 ○山本(敬)幹事 この問題については,前にも申し上げましたとおり,結論としては甲案を支持したいと思います。今の岡本委員の御発言,そして深山幹事の御発言もそうだったかと思いますけれども,何を一個の条項として考えるかという点が必ずしも十分理解できないという点については,前に申し上げたことですけれども,もう一度申し上げたいと思います。   ここで問題になっているのは,正に深山幹事がおっしゃったとおりなのですが,法律行為に含まれる条項が無効かどうかということですから,条項を仕分ける基準も,何をもって無効とするかという無効規範の要件によって定まると考えられます。岡本委員は,これは論点先取りだとおっしゃいましたけれども,そのようなことはありません。無効規範の趣旨からいってどこまでが無効かと判断するのは当然のことではないかと思います。ですから,ある一定の内容の条項は無効とするという規範があるときには,その内容の条項がここで言う一個の条項に当たると考えられます。   例えば,「事業者は一切責任を負わない」という免責条項は,故意・重過失免責まで含んでいるので無効であるという無効規範が認められるとしますと,そのような免責条項がここで言う一個の条項でして,それ以外の,例えば消費者が必要な告知をしなかった場合に事業者に解除権を認めるという条項は,別の無効規範の問題でして,別個の条項だとされることになります。   あるいは,前回にも挙げましたけれども,契約書で,事業者に解除権が認められる事由を幾つか列挙している契約条項も,それぞれの解除事由が合理的なものかどうかが無効判断にとっては重要ですので,それぞれ別個に判断できる限りは,実際には一箇条にまとめられているときでも,複数の条項に分かれるとみることができます。したがって,ある解除事由を定めた部分が不合理で無効だとされたとしても,他の解除事由を定めた部分は別個の条項であって,直ちに無効になるわけではないと考えられます。   このように,無効判断の対象に従って条項の数が決まってくると考えられますので,何が一個の条項かは客観的に定まることになりますから,少なくとも基準が不明確になるという懸念は当たらないと思います。   それから,岡本委員が御指摘された甲案の②,③が例外に当たる理由はないのではないかという点については,正に部会資料26ページの3に書かれていますように,そして多くの学説がこれまでも指摘していますように,一方の当事者が契約内容を作成する場合に,無効原因がある部分に限って一部無効にとどめようとすれば,法令に抵触してでも自己に有利な条項を定めておけば,法令の範囲内で最大の利益を確保できることになり,不当な条項の再生を助長する結果になりかねない。これも非常によく指摘されていることですので,理由がないということはないと思います。 ○中井委員 この2の(1)と(2)については,私も甲案を基本的には支持をしたいと思います。   既に言われていることですが,一部無効で,その部分だけ無効とするのでは,結局,その条項を作った者は無効な定めをあらかじめ排除するという方向にはいかないだろう。可能な限り有利なものを作っておいて,無効と言われればそこの部分だけ甘受すればいい,そういう取引を事実上容認することになる。そういうことが果たしていいのかというのが基本にあって,当該条項部分のみが無効という考え方は適当でないだろうと思います。   問題は,どういう場合にその条項全体ないし2で言うような法律行為全体を無効とするべきかという,その要件論については更に検討する必要があると思いますが,基本的には,当該条項の性質という客観的なものもあるでしょう。それは,当該条項を無効とした,その趣旨に照らして,その他の部分の効力を維持するとすれば,それは相当でないという評価があるんだろうと思います。また,(2)のほうでは主観的な記載になっていますが,無効であることを認識していれば当事者はその法律行為をしなかったであろうと合理的に考えられる,こういう主観的な観点。そういう条項の性質と,主観的な要件の組合せで縛りを掛けていく。   そういう要件上の問題はあるにしろ,一般的に,当該部分だけ無効とすれば,それで足りるという理解が相当とは思えない。甲案で検討していただきたいと思います。 ○能見委員 私も結論は,(1)については甲案に賛成したいと思っております。   特定の条項の一部無効の問題と契約の中のある条項が無効であるときに契約全体がどうなるかという問題の区別が分かりにくい場合は当然あると思いますけれども,実際にはそれほど多くないのではないかと思います。ごく普通の契約で,例えば過大な価格の請求を認める条項とか,免責条項ですとか,実際上問題となっている多くのものについては,これは契約の特定の条項の一部無効が問題となっていることは比較的分かりやすいと思いますので,(1)と(2)の区別を維持した上で,(1)については甲案がいいだろうと思っています。   甲案の考え方についてですが,先ほどから,これを賛成する方の御意見でいいのかもしれませんけれども,契約条項が無効評価の対象とされるのは,多くは公序良俗違反の場合だと思いますが,そのほか強行法規違反の場合もあると思いますけれども,何か私の感じでは,これらの規範によって特定の条項の一部が無効と評価される場合には,原則は条項全体が無効になるのではないかとも思います。   どっちみち,原則をどっちにしても例外を認めるので,原則は全部無効であっても一部無効の主張というのを認める余地があると思いますので,原則をどっちにするかだけの話ですけれども,例えば暴利行為だとか,相手方の窮状に付け込んで過大な利益を得るような目的の,そういう契約条項があったときに,これは公序良俗にも反するし,原則として全てが無効であって,一部だけは有効だというのを主張するのであれば,むしろそちらがその理由を挙げて主張するべきであると思います。   これが特定の条項の一部無効の場合のむしろ原則的な姿なのかなと思いますが,ただ,これを議論した最初の会に私は出ていませんので誤解があるかもしれませんが,ここにまとめられている資料によりますと,特定の条項の無効の場合にも一部無効が原則で,それを条項全部に広げるためには,①,②,③のような事情が存在する場合に全部に及ぶというのが前回までにまとめられた考え方だということなので,原則と例外について,私の考え方と異なります。しかし,あえて原則と例外をひっくり返すべきだというほど強くは主張しません。私の個人的な意見としては,このように考えているということだけ述べておきたいと思います。 ○岡本委員 すみません,何を一個の条項とするかというところで,今もう一度,山本敬三幹事のほうから御説明いただいたわけなんですけれども,ちょっと理解が足らないと言われればそれはそうなのかもしれないんですが,無効規範の要件だというふうに言った場合に,例えばここで問題になっているのは,条項の一部が無効である場合に条項全体が無効になるかどうかという話をしていて,条項の一部の無効というのも一応観念としては考えている話だと思うんですけれども,それよりも一くくり大きい条項というのを考える。そうしたときに,無効規範の要件というのは,では,何重化構造か何かになっているのかどうか,そこら辺がよく分からないんですけれども。そういった疑問がありました。   それからあと,甲案の②,③について,こういう規定を設ける理由について,26ページに書いてあるではないかということなんですけれども,これも一読のときに申し上げたんですけれども,ここに記載されているような,言ってみれば政策判断みたいなものを民法に持ち込むのはどうかというのが一つありますし,それからもう一つは,消費者あるいは約款の使用者の相手方にとっても,その条項全体が無効になるとは思っていなかったよみたいな,そういったケースもあるのではないかと思うんですね。必ずしも,こういう規定を設けておけば最大の利益を確保できるというふうな条項ばかりではないのではないかというふうな気がいたしまして,そうすると,こういったくくり方で決めることが果たしていいのかというのは,やはりちょっと疑問になるように思いました。 ○深山幹事 先ほどの私の説明はうまくなかったなと反省をしているんですが,(1)で問題にしているのは,一つの条項の,そのまた一部が無効ということで,条項という一つのくくりを更に細分化しているわけですね。   先ほど山本敬三先生のほうで,無効という判断をする,その規範的な判断の中で一くくりというのは,おのずと出てくるというような趣旨のことをおっしゃって,そうだとすると,それはもう一つの規範を形成している条項全体なのではないかと思います。ですから,それはその条項の一部無効になるのではなくて,無効と目されている部分が一つの条項になっていて,そこが無効だとすると,その当該条項全体が無効だということを言っているのでないかと思います。   それを更に条項の中の一部が無効と評価されているんだというふうに細分化することが,果たして合理的なのかなというのが私の疑問です。先ほど法律行為単位という言い方をしましたが,それは誤解を与える言い方であり,一つの規範を形成している条項,それが条文で何条にわたるか,一つの条文の中の何行になるかはともかくとして,規範的な評価が加えられる一つの条項が最小単位になって,それが更に細分化されるということは合理的ではないのではないかということを申し上げたかったというふうに訂正させていただきます。 ○山川幹事 若干関連してはいますが,資料24ページの,これまで議論のありましたところと関連する部分で,情報提供的な発言でございますけれども,甲案に特段異存があるわけではないんですが,24ページの②にあります約款の一部である場合について,例えば最高裁判例では,就業規則中の男女差別定年制,当時,男性60歳,女性55歳という規定ですが,それが無効とされた結果,女性の定年を55歳とする部分のみが無効とされて,男女ともに60歳になったということで,一部無効の処理がなされております。   それから,(2)のほうですけれども,これは若干複雑な事例なんですけれども,最高裁の平成15年12月4日,第一小法廷の判決では,育児休業等を取った場合の不利益取扱い,具体的には一時金の不支給等を定めた規定が公序違反とされた事例で,一部無効の処理をするための要件としては,問題となる条項の可分性と,あとは一部無効としても当事者の意思に合致しているということが挙げられています。28ページの酌婦の契約のところを見ましても可分不可分ということが問題になっていますが,それと同じような趣旨を述べた最高裁判決がございます。   ということで,単なる情報提供ですけれども,労働法の分野ですと就業規則がよく問題となるものですから,一部無効のテクニックが使われる事例があるということだけ申し上げたいと思います。 ○松本委員 一部無効という場合に,この25ページの囲みに書いてある,例えば民法604条1項は,賃貸借の期間の話で,何年以上の契約はその超える部分が無効だということで,逆に何年以下の契約は無効だというのもあり得るでしょうし,あるいは利息なんかも,やはり何%以上は駄目だと。これは全て一部無効の措置を法律が採っているわけですが,どちらかというと量的なものだという印象を受けるんです。量的なものの場合は一部無効的な処理になじみやすいのではないか。ただ,そういう場合でも,暴利行為ということになると,つまり金利の超過が甚だしいと,109.5%を超えれば消費貸借契約そのものが無効になるとかいうような明文の規定があったり,あるいは公序良俗でそうなる可能性もあるということですから,甚だしく超過する場合はまた別のロジックが入ってくるのでしょうが,そうでない場合は,量的な一部無効は,その残りは有効だという処理になじみやすいのではないか。   他方で,質的な一部無効といいましょうか,例えば免責約款において,軽過失があった場合は免責だという条項があって,その隣に,故意があっても免責だという条項が第2項としてあるというような場合と,それから,1項の中に軽過失の場合も故意の場合も免責すると書いてある場合と,軽過失については一言も書いていなくて,故意に損害を与えた場合は免責だとのみ書いてある場合とで,それぞれ一体どうなるのか。1項と2項というふうに分かれていれば,2項の故意免責の部分が条項ごと無効になって,1項の軽過失免責が生き残る。1項と2項が一緒になって一つの条文になっていれば,故意の免責という一条項の中の一部だけが無効になって,軽過失免責というのが生き残る。そうすると,軽過失について一言も書いていない,故意の場合に免責だと書いてある場合だけの場合に,それこそ,では故意は重過失も軽過失よりも大きな概念なんだから,軽過失の場合は有効だというふうに,一部有効というふうに縮減されるのかとかいう,その辺りがちょっと引っ掛かっているところです。量的ではないところの質的な無効に関わる部分は,どちらかというと条項全体が無効になるというロジックに,一般論としてはなじみやすいのではないかなという印象を受けています。 ○山本(敬)幹事 先ほどの深山幹事からの御指摘と併せて,今の松本委員の挙げられた例に関してですけれども,私の理解する現在の通説的な見解では,この免責条項が一個の条項であって,今松本委員が挙げられたような様々な形で,形式上,幾つかの文章に分けられていたとしても,免責条項として一個の条項である。そして,「一切責任を負いません」というような形で書かれている場合は,故意・重過失免責を含んでいる限りで無効である。つまり,軽過失免責については一部有効として残る。これが通説的な理解だと思います。   その上で,これが約款ないしは消費者契約で用いられた場合については,この免責条項が全部無効になり,軽過失免責についても無効になるというのが一般の理解であって,それをもとに先ほど申し上げたつもりです。 ○鎌田部会長 多分,無効原因ごとに無効規範に即した評価をするのだとすると,内容で分けても背理ではないですよね。免責条項が形式的に一個であっても,故意・重過失免責と軽過失免責とは別の評価の対象だという説明をすることは,論理的にはおかしくないような気がする。形式的に何個であるかではなくて無効規範との関係だと。   そういうふうに考えていくと,御指摘あったように,条項の一部の無効ということが観念できるというのは,条項全体の単位と条項の一部の単位と,やはり二重基準で,どういう場面が想定できるのか。今挙げられたように免責条項が免責事由ごとに幾つか設けられているけれども,全体として一個の免責条項だという考え方を採ると,免責条項の一部の無効というのは分かりやすいと言えば分かりやすいんですけれども,それ以外の想定がちょっとしにくい感じがしなくもないというのが一つ。もう一つは,これ,無効といっても,いわゆる相対的無効,取消的無効ですか。この免責約款はけしからんと思うけれども,契約全体の利益は受けたいというのは許さんということですか,約款の中にそれが含まれている場合には。 ○山本(敬)幹事 無効原因によって,相対無効もあれば絶対無効もあるだろうと思います。 ○山野目幹事 甲案か乙案かの二者択一の観点からの意見というのではないのですけれども,甲案の中の①に関しては,もしかすると,その次の(2)の論点に吸収して理解し,また,法制上もそのように組み立てることが,疑義のない安定的な運用を引き出すことができる可能性があると考えます。松本委員と山本敬三幹事の意見交換や,ただいまの部会長と山本敬三幹事の意見交換などからも,そのようなことを感じました。そのような意味では,私は甲案が良いとは考えますが,①に関しては,力んで絶対に甲案を引き続き検討してくださいとまで申し上げるつもりはございません。  ただし,②と③については,岡本委員が政策的な配慮をここに忍び込ませているとおっしゃったのですが,忍び込ませるのがいけなければ,はっきりこれを議論すべきなのであって,これはここで甲案が仮にうまくいかないと仮定したときにも,約款論や不当条項規制のところでは引き続き議論していただきたい事柄を含んでいる。その理由は山本敬三幹事がおっしゃったとおりであるというふうに考えるものですから,検討の進め方のことも関連させて,以上のことを意見として申し述べさせていただきます。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。   (1),(2),(3)は,基本的な考え方は共通ですよね。これを三つ重ねて規定すべきかどうかということも検討の対象になるかなと思ったんですが。 ○野村委員 非常にプリミティブな意見なのですけれども,要するに,従来の民法では契約なり法律行為の一部分だけを無効にするということが必ずしも可能かどうか明確ではなかったと思います。判例では,もちろん一部無効の考え方が認められてきたわけですけれども,法文上明確ではないので,それを認めるという意味で,甲案というのは非常に大きな意味があると思うのですね。   ただ,確かに(1)から(3)まででうまく論理的にきちんと分けられるのかというのは,ちょっとやや難しいところはあるのかもしれないと感じています。何をもって一つの条項とか一つの法律行為と言うのかというのは,なかなか難しいところがあると思うのですね。ただ,考え方自体は甲案のように,一部分だけを効力を否定するということが可能なのであるということをはっきりさせるということの意味は非常に大きいのではないかと思っています。   あとは,そのワーディングでどうやってうまく三つを分けられるのか,あるいは(2)のようなルールに全てを集約できるのか,といったことを検討することが必要のように思います。その辺は今後,もう少し議論したほうがいいかなと思います。 ○山本(敬)幹事 (2)のほうについてなんですが,基本的にこの方向でよいと思いますし,部会長がおっしゃられましたように,考え方としては共通していると思うのですが,ただ,27ページのゴシック部分の第2段落で,「無効になった部分をどのように補充するかについては規定を設けないものとしてはどうか」とされている部分は,再検討を要すると思います。   部会資料でいいますと28ページの3がそれだと思いますが,こう考える理由として,これは契約解釈,中でも補充的契約解釈が問題になるので,補充的契約解釈に関するルールを規定するのであれば,それに委ねてはどうかとされています。  しかし,これは大きな議論があるところでして,補充的解釈は,契約をしたけれども,その一部について,当該契約の趣旨からすると,本当は定めておくべきことが欠けている。だから,その部分を当該契約をした当事者が実際に定めておこうと考えていれば,どう定めたかということに従って補充することができるし,そうすることが要請されるというものです。  それに対して,一部無効が問題になる場合は,当事者は通常,その部分は有効だと思って法律行為をしたわけです。つまり,その部分が無効だとは思ってもいなかったわけです。このような場合に,当事者がその部分が無効だということを知っていればどう定めたかということは,もちろん仮定的に問うことはできますし,実際確定できる場合もあるけれども,補充的解釈の場合と違って,仮定的ではあっても当事者の意思があるとは少し言いにくい部分が残ると思います。そのため,一部無効については,補充的解釈とは別に,やはり規定を設けておく必要があると思います。ここで規定しておきませんと,一部無効の場合と補充的解釈の場合が同じかどうかという議論を誘発することになって,混乱が生じかねませんので,それは避けた方がよいと思う次第です。 ○岡本委員 先ほど(1)だけ申し上げたので,(2)と(3)について,ちょっとまとめて申し上げたいと思うんですけれども,まず,(2)の法律行為の一部無効について3点ほど申し上げたいんですけれども。   1点目は,提案にあります,当該部分が無効にあることを認識していれば当事者がその法律行為をしなかったであろうと合理的に考えられる場合,こういった例外の切り出し方がされているわけですけれども,これでうまく切り出せているのかどうかという点なんですが。判例として酌婦の判例が出ているんですけれども,これは一部の違法性が全部に及ぶ場合ということでございまして,酌婦部分が無効であることを認識していれば当事者がその法律行為をしなかったであろうと合理的に考えられるから全部無効という,そういった当事者の主観に絡めた説明をするよりも,端的に,酌婦部分の違法性が法律行為の全部に及んでいるから全部無効なんだというふうに説明したほうがいいような判例なのではないかという気もいたします。   逆に,例外の切り出し方として,無効部分の違法性が法律行為全体に波及する場合と,そういうふうな例外の切り出し方をするといたしましても,それで十分なのかどうか。それでは十分でなくて,それ以外に部会資料の提案のような切り出し方をしないとすくい取れないような場面があるのか。そこら辺がちょっとよく分からなかったということです。   以上が1点目なんですけれども,2点目としましては,提案にあるような要件の切り出し方をした場合,そういう切り出し方をしないとすくい取れない場面があるとしまして,そういった場合でも,無効部分が無効であることを認識していなかったことについて表意者側に重大な過失があるような場合には,そういう場合にも表意者に法律行為全部の無効の主張をさせてもいいのだろうか。相手方とのリスク配分という観点から,それで妥当であるかどうか。そういった疑問もありました。   それから,当該部分が無効であることを認識していれば当事者がその法律行為をしなかったであろうと合理的に考えられる場合,これは,錯誤における要素の錯誤の定義と共通する部分があるように思われるわけですけれども,そうすると,仮にその法律行為の一部について錯誤というのを観念し得るのかどうかという問題とも重なってくるんですけれども,その法律行為の一部の錯誤というのは仮にあるとすると,ここで提案されているのというのは相当程度,錯誤の規定と重なることが出てくるのではなかというふうな気がいたします。仮に錯誤の規定と重なる部分があるとしましたらば,少なくともその部分については錯誤の規定と同様の要件を課すべきではないかという気もいたしますし,場合によっては,その部分は錯誤の規定のほうに委ねるというふうな考え方もあるのではないかなというのが2点目です。   それから,3点目なんですけれども,酌婦の判例につきまして,法律行為の一部無効のケースというふうな考え方のほかに,複数の法律行為の無効のケースであるというふうな考え方も受け取り方によってはできなくもないのかなというふうな気もいたしまして,仮にそういうふうに考えるとしますと,先ほど(1)と(2)について切り分けられるのかというふうな話もありましたけれども,(1)から(3)全部通じて,それほど判然と区別できるわけではないのではないかというふうな疑問も生じてまいります。仮に判然とした区分けができないとしますと,例外の要件として,この(1)から(3)の三つの規律の間で異なる定めをした場合に,どちらに当たるのかが判然としない場合に,どうしたらいいのかといった問題も生じてくるのではないかというふうな気がいたしました。   ちょっと長くなって申し訳ないですけれども,(3)の複数の法律行為の無効のほうについても併せて申し上げたいんですけれども,部会資料29の提案では,例外の要件として,従前ありました密接関連性という要件を用いないということですとか,それから,当事者が異なる場合については規定しないですとか,これについてはそれで結構だと思うんですけれども,今回のような提案であっても,やはり結論としては反対を維持したいというふうに考えております。   今回の提案では,(2)と同じような例外の要件立てになっておりまして,先ほど,法律行為の一部無効と同じような疑問があるのではないかなということがあります。むしろ(3)のほうが,当事者は複数の法律行為について別個の法律行為と認識しているということもあるものですから,予測可能性の観点からは,こちらの(3)のほうがより慎重な検討が必要なのではないかと思います。 ○鹿野幹事 (1)と(2)について,手短に意見を申し上げたいと思います。私は,いずれの場合についても,無効原因が重要性を持つのではないかと思います。   まず,中井委員が触れられたことにも関係しますが,一部に無効原因がある場合におけるその無効の及ぶ範囲の判断においては,その無効とする規定の趣旨が関わってくるだろうと思います。先ほど(1)に関しては,量的な一部無効,質的な一部無効という区別について,松本委員から御発言がありました。その両者では違いがあり得ると私自身も考えるところですが,ただ,いずれの場合についても,公序良俗違反で無効とするという場合には,むしろ原則としてその条項全部が無効になるのではないかと思います。これは,能見委員が先ほどおっしゃったことにも関連すると思います。   それから,次の(2)の法律行為の一部無効の規律についても,無効原因を考慮する必要があると思います。資料27ページでは,この場合につき,当事者の仮定的な意思に委ねるような提案が記載されているのですが,先ほど岡本委員もおっしゃったように,やはり事例によってそれが適する場合とそうでない場合があるのではないかと思います。特に無効の原因が公序良俗違反という場合については,必ずしも当事者の仮定的な意思は基準にはならないのではないか,むしろこれを基準とすることは不適切なのではないかと思います。このように,無効原因によっては,仮定的意思によることが不適切な場合があると考えられ,それを精査する必要があると思います。 ○高須幹事 鹿野先生がおっしゃったことと少し関係してくるところだと思うんですが,岡本委員のほうから先ほど,表意者のほうの重過失等の問題もどうするかというような議論があったと思うのですが,恐らくここでの議論は,それぞれの無効原因がいろいろあって,錯誤無効の場合もあれば公序良俗違反の問題もあると。そういうので,ともかく一部無効があるかどうかということをここでは議論するのであって,その一部無効の原因に関しては錯誤の場合もあれば公序良俗の場合もあり,そのときはそれぞれ,その無効になるかどうかの要件というところで判断すべきことではないかと思います。ここでは,一部無効を認めるということについて,積極的な意義を見いだすかどうかの議論を行えばいいのではないかと思います。   それに関しては私も賛成といいますか,従来,契約当事者間でトラブルが起きた場合に,一部無効的なことがあったときに契約が全部無効になるのかどうかというところが,何の規定もないものですから,それぞれが全く正反対のことを言うこともありますので,一定のルールが定められるということは,やはりいいことではないかと思います。   それから,複数の法律行為の無効のところに少し入りましたので,発言させていただきますが,ここも複数の法律行為の場合には一部と違って,飽くまで法律行為は複数あるということを当事者が認識しているという面で,若干違う面があるのではないかという御趣旨があったと思いますが。そのこと自体は否定するつもりは全くありませんが,その場合にはやはり,頂いた資料でも,他の法律行為をしなかっただろうと合理的に考えられるときはという,その合理的という言葉での裁量の余地を認めているわけでございますので,何らかの規範というか調整法理を見いだすことはできるのではないかと思っております。基本的には,複数の法律行為の無効についての今回の御提案には賛成したいと思っております。 ○山本(敬)幹事 鹿野幹事,そしてその前に松本委員から,公序良俗違反の場合には基本的には全部無効と考えるべきではないかという御指摘があったのですが,少し質問をさせていただきたいと思います。   例えば,賠償額の上限を定めるという条項を定めている。その際に,人身損害と物損とを区別せずに,一切の損害について,例えば上限を100万円とすると設定しているような場合に,人身損害の部分については,このような責任制限条項は,事業者間契約であれば少なくとも公序良俗違反で無効とされると思いますが,これはどのように考えられるということでしょうか。 ○鹿野幹事 今出された例に関して言いますと,そもそもそれは一つの条項というふうに捉えなければならないのでしょうか。   条項が一つか二つかというところは正に分かりにくいところです。例えば,契約が解除されても既に納められた金額については一切返しませんという条項を考えると,その納められたお金にも複数の異なる費目のものが含まれているということがあり得ます。その場合に,一切返しませんという条項が一つの条項であり全部ひっくるめて無効になるという趣旨かというと,そうではなく,条項自体を分解することができる場合があるのではないかと思います。例えば学納金のケースについても,授業料についてはどうか,施設費についてはどうか,入学金はどうかということで,一つ一つが検討の対象になると思いますし,その場合には,そもそも,一つの条項の一部の無効というより,むしろ,授業料について返さないという条項,入学金について返さないという条項というように,内容に従って分解することができるので,複数の条項があるというふうに捉えることができるのではないかと思います。   そうだとすると,先に挙げられた例で,人身損害と物損とにつき一つのまとめた表現が仮になされているとしても,場合によっては,二つの条項があるものとして捉えることもできるのかと思うのですが,いかがでしょうか。 ○山本(敬)幹事 そうすると,先ほどの「一切責任を負いません」と定めた条項を,これは典型的な質的一部無効の条項ですけれども,これも故意免責,重過失免責,軽過失免責という,二つないし三つの条項があるというように解釈されるという御趣旨ですか。 ○鹿野幹事 人身損害の場合と物損の場合については,その対象の違いにより,条項を分けることができると私は申しました。御質問の,軽過失,重過失ということについては,恐らく質的にどこまでいったら無効になるかというレベルの問題だと思いますので,私は,それは一つの条項だろうと漠然と思っていましたが,これも分解できるという考え方もあり得るかもしれません。   いずれにしましても,先ほど来御議論があったように,私は,一つの条項の一部無効という問題につき一体どういう場合を想定して議論し,規律をするのかをはっきりさせる必要があると思います。包括的な表現の条項があったり,あるいは逆に個別に分解して定められた条項があったり,あるいは,先ほど松本委員がおっしゃったように,関連する問題が形の上では複数の条項に分けて書かれていたりするわけですが,それらがどの問題として取り上げられるのかにつき,不明確な部分が残っているように感じます。   基本的には,一部無効の問題は様々な場面で多く出てくるでしょうから,これについて何らかの規定を設けることができればよいと思うのですけれども,その前提についてかなり難しい問題が含まれているように感じるところです。 ○山本(敬)幹事 くどいようですけれども,今の御説明ですと,公序良俗違反の場合は全部無効とは言えないということではないのでしょうか。 ○鎌田部会長 どこまでを一個の単位と考えるかのほうで先に操作をするということと組み合わせて,全部無効になるということなんですね。 ○山本(敬)幹事 ただ,「一切責任を負いません」という条項は少し難しいという御説明だったように伺いましたので。難しい問題であることは認めますけれども。 ○鹿野幹事 ある条項が一部無効になるというよりは,その条項自体を分解することができて,その分解したうちの一つの条項については全部無効になるという判断ができる場合もあるのではないか,そういう趣旨で申し上げました。 ○能見委員 この(1)については私も甲案を支持しておりますので,そういう意味では山本幹事と同じ立場なので,同じ側でもって論争するのは余り得策ではないんですけれども,一言意見を述べたいと思います。   私が先ほど申し上げたのは,公序良俗違反という規範である条項の評価が問題となる場合には,原則として条項全部が無効となるということでいいだろうということです。しかし,無効規範の評価として,例えば軽過失免責は構わないという,そういう評価ないし規範が確立しているような分野では,これは一部無効にするということも当然あり得るんだろうと思います。全部無効から出発するが,一部無効ということはあり得るということです。   ただ,一部無効となり得る場合でも,違反の形態とか,良俗違反性の程度とか,そういう事情が考慮されて,例えば,暴利行為が典型かもしれませんけれども,相手方の窮状につけ込んでそういう不利な条項を飲ませたなんていうことになると,やはりその違反の程度を評価して全部無効ということがあり得ると,そういうふうに考えるものであります。   ですから,公序良俗で,原則として全部無効というのは,そこを出発点にするけれども,一部無効になることはあり得るんだという理解で,私としては,結論としては山本幹事の御意見とそれほど違わないつもりであります。 ○中井委員 (2)と(3)について,基本的には提案の方向に賛成する意見ですけれども,この例外として定めている要件について,その法律行為をしなかったであろうと合理的に考えられる場合と,両方同じように抽出されているわけです。   (3)について,従来言われていた二つの法律行為,契約の間の密接関連性については,今言った合理的に考えられるという要件の中に取り込まれるのではないかということで省かれているわけですが,果たしてそれでいいのかと疑問を持っています。それは(2)にしろ(3)にしろ,やはり法律行為の一体性,(2)で言えば一つの契約,(3)で言うならば,複数の法律行為における相互の密接関連性,それが必要ではないか。密接関連性という言葉がいいのか,相互の不可分性,相互の依存関係がいいのかはともかくとして,そういう客観的な要件立てが必要ではないか。   その背景には,それが無効となる根拠,理由によって縛りが掛かってくると思っています。その要件を加えることによって,更にこれは考えなければならないと思っていることは,この(3)について,複数の法律行為の無効について,同一の当事者間に限るという形で限定が掛けられましたが,従来は,複数の当事者間における場合についても検討課題として残っていたわけですけれども,今回は,その点が外されています。その外された結果としてなのか,その理由としてなのか,密接関連性という要件を外したのかとも思えないわけではないのです。逆に,密接関連性があり,かつ,当事者がそういう法律行為をしなかっただろうと合理的に考えられる,そういう場合に,法律が無効とした趣旨を合体すれば,同一当事者間に限らずとも,複数の当事者間であっても無効になり得る場合があるのではないか。   そういうことを想定した場合の要件化も考えると,密接関連性的要件を入れておくほうが将来の発展になるのではないか。将来の発展というよりは,更に複数当事者間の問題も検討して残してほしいという意思でもあるわけです。 ○中田委員 関連して。今の中井委員の密接関連性を残すということについて,私も同じような感覚を持ちました。   と申しますのは,(2)と(3)を整合的に理解しようというのが原案なんですけれども,(2)のほうは,ある法律行為の全部と一部という客観的な関係があることを前提として考え,そこで主観的因果性と合理性で判断しているわけですけれども,(3)のほうは全体が何かということがはっきりしていないわけです。そこで,(3)でその全体を認識するために,「合理的に考えられる」ということで密接関連性も含もうとしているのかもしれませんが,そうすると,(2)における合理的というのと(3)における合理的というのがずれてくるのではないかと思います。そうすると,かえって分かりにくくなるので,密接関連性という要件がいいかどうかは分かりませんけれども,(3)の場合に,全体を把握するための基準が何かあったほうが分かりやすいのではないかと思います。 ○潮見幹事 私は先ほど能見委員がおっしゃられたことに基本的に賛成で,甲案でいいと思っております。   発言しようと先ほど思っていたのは,先ほどの山野目幹事と,それから部会長の発言のところにちょっと戻したいなという意味があって発言をしようと思ったからですが,その前に1点だけ,岡本委員にお尋ねしたいことがあるんです。   (2)で,先ほどの一部無効になった場合の後の残部をどういうふうにルール化するか,しないのかは別として,その部分を除き,かつ,先ほどおっしゃられた当事者の主観という,こういう観点からの枠組みをとらないという立場を採った場合には,ここの(2)に書かれているようなルールを民法典の中に設けることについては賛成されるのでしょうか。 ○岡本委員 そういう枠組みを採らない場合に設けるといったときに,どういう枠組みで設けるかという…… ○潮見幹事 客観的な基準です。私がこれから言うような立場を採るということではないのですが,(1)の甲案のところで,例外的に条項が全部無効になる場合の①の部分は,この表現が適切かどうかは別として,客観的な観点から書かれていますよね。そういうものとして,契約の一部に無効原因があった場合に契約全体を無効とする場合の,その全体を無効とする要件というものを,当事者の主観あるいは仮定的な意思によらない形でルール化していこうというのはどうでしょうか。 ○岡本委員 法律行為の一部に無効原因がある場合に,それがその法律行為の全体に及ぶ場合も,これ,当然あるというふうに考えておりまして,それ自体は結構だと思うんですけれども。その場合の要件がきちんと切り出させるのであれば,それは,その内容によっては賛成したいと思いますけれども。 ○潮見幹事 分かりました。そうなると,先ほどの(1)なんですが,ここで部会長や山野目幹事の発言につながってくると思うんですが,(1)と(2)と(3)が連続しているのか,あるいは共通項があるのかと言われたときに,(1)で書かれている条項の一部無効,全部無効の話ですが,ここの部分で,共通する部分と,(1)に特有の部分があるんです。条項の一部に無効原因があった場合に,それが条項一部無効という限りにとどまるのか,それとも条項全部無効という観点に広がりを見せるのか。それをどういうふうなルールで仕切るのかという部分は,その基本構造においては,(2)や(3)と共通するんですよね,   そこで,(2)のところで,基本的なルールの設計として,これがいいということであるのならば,それと同じようなルールを条項一部無効の場面で設けることについては,その限りでは否定すべき理由はないと思うのです。同じことは,複数契約がある場合に一つの契約に無効の原因があった場合に,それが他の契約にも影響を及ぼすのか,効力を及ぼすのかという部分でも,基本的な枠組みとしては同じだと思います,   ただ,そのときに,先ほどの(1)に戻った場合に,条項一部無効のところでルール化に躊躇をされるのは,一つは,岡本委員自身がおっしゃられたのは,一個の条項かどうかということが判別困難であるから,このようなものを設けられると,後でとんでもないことにならないかというものでした。佐成委員の発言にもこれに近いものはあったと思います。それから,もう一つあるとすれば,鹿野委員が意識的におっしゃられたとするのであればですが,一個の条項というものを考える場合に,その条項自体に多様なものがあるから,それを一律にルール化することなんて難しいという御趣旨があったのではないかと思います。   ただ,その1点にまず限り,しかも,(1)に限れば,一個の条項,中間的な単位ですか,これをどのように捉えるのかということを個別具体的な場面で,裁判所だとか,あるいは解釈主体の判断に任せることになったとしても,この種の,先ほど言った(2)に相当するようなルールを(1)のところに設けることに合理性があるのならば,そのような一個の条項が何かは裁判所や解釈主体の判断によってできるんだという前提に立つのであれば,今の部分は,私はむしろ積極的にルール化をすべきではないかと思います。   そのルール化に当たっては,もちろん先ほど主観的,客観的ということを申し上げましたが,微妙に(1)と(2)と(3)の場合で,全体に及ぶ場合の要件立てがちょっと違うんですよね。(2)のところは岡本委員がおっしゃられたとおりで,主観的な観点から書いておられる。(1)の甲案のところの①は,他の部分の効力を維持することが相当でないときというふうな客観的な観点から書いている。(3)の部分は,(2)と同じように当事者の主観という観点から書かれているけれども,よくよく考えると,中田委員の先ほどの直前の御発言にもありましたように,実は客観的な要素というものも組み込まれた形で仕組むほうが好ましいのではないかというような意見も出てくるような状況にある。そうした中で,(1)と(2)と(3)というものを,どのように整合性を持ってルール化することができるのかという検討をすることに意味があると思います。その上で,やはり一個の条項というものは解釈主体の判断に任せるというのはすごく問題があるということであれば,そこはそこで考えればいいと思います。   そのことと,もう一つ別に,(1)のところには,山野目幹事の御発言にもありましたように,(2)とか(3)というような独自の考慮要素が含まれていて,こういう場合に例外的な条項全部無効がけしからんという御発言も,先ほどの何人かの委員の方々のところにも,特に甲案に反対だと言う委員の方々の中にはあったと思います。そうなると,今度は②,③というものを別にどう処理したらいいのかというところで,一個の条項が分からんから,あるいは判別できないから,やめましょうというのとはまた別の観点から,本当にこれが要るのか要らないのかということを正面から議論すべきではないかと思います。そして,正面から議論するときに,②,③で書かれていることは政策的な判断だ,態度決定だということでは収まらないような,私的自治の根幹に関わるようなことがこの背後にあるのではないかというのが,先ほどの26ページに書かれているような意見の背後にあるものと受け取っているところです。   ついでに,先ほどの公序良俗の話がされましたが,一体何をイメージされているのか,私さっぱり分からないんですが。恐らくそこで,想定されている場合は,これは一部無効ではなくて,そもそも契約全体が無効となり,その全体に公序良俗規範というものが係っているのではないかとも思われます。 ○岡本委員 今,潮見幹事にお話ししていただいたところの関連ですけれども,私のほうで心配しているのは,幾つか側面はあるんですけれども,一つは,条項の一部無効と言った場合に,その条項という単位がうまく判断できるのか。それから法律行為の一部無効についても,一個の法律行為というのは確定しないといけないわけですけれども,そこにも全く問題がないわけではないような気もすると。そういう何を全体と見るかというところ,ここがうまく書けるのかなというのが心配な1点でございまして,それからもう一つは,例外の要件としてのくくり出し方として,うまい規定ができるのかどうか。これが心配しているところです。両方ともうまくいくのであれば特に否定するわけではないですけれども,かえって曖昧な規定をすることによる弊害,むしろ,曖昧な規定に仮になってしまうんだとすると,解釈に任せたほうがまだましなのではないかという,そういった趣旨でございます。   それからあと,先ほど高須幹事にお話しいただいて,先ほどの私の意見で若干,ちょっと誤解を生じかねないところを申し上げてしまったかなと思ったところがあるんですけれども。(2)のところで申し上げた,法律行為の一部について錯誤無効というのがあるのかどうかというふうな話をしたんですけれども,これは,ここで議論されている法律行為の一部無効の無効原因が何か,これが錯誤かどうかという話ではなくて,その法律行為の一部無効の無効原因は別に何でもいいんですけれども,それが他の部分まで及ぶ,法律行為の全体に及ぶ場合に,そこで錯誤の議論というのができるのかどうかというところの疑問だったものですから,ちょっとそこだけ補足させていただければと思います。 ○鹿野幹事 先ほどの私の発言につき,もしかしたら一部誤解があったかもしれないので,若干確認の意味で付け加えさせていただきたいと思います。   先ほどの私の発言の中心的な部分は要するに,(1)についても(2)についても,無効の原因あるいは無効とする規定の趣旨というものが関わってくるのではないかということでありました。それから,それとの関連において(1)について,公序良俗違反等の場合には全部無効が原則となるのではないかという趣旨のことを発言しましたが,ただ,そこでも常に全てが無効になるというようなことを考えていたわけではありません。そういう意味では,能見委員が先ほどおっしゃったことと,主観的にはかなり近いのですが,少し誤解を招いたかもしれません。   それから,例えば不当に長い拘束期間の契約とか,あるいは権利行使期間の不当な制限など,ある程度の量を超えると無効になるという場合において,ぎりぎり許される量の限度でその条項が効力を持つのかということを考えますと,これには,少なくとも二つの場合があるように思われます。一つは,具体的に期間や量等を限界付けるような規定が置かれている場合で,この場合には,先ほど申しましたように,まずその無効とする規定の趣旨に照らして,判断されるということになると思います。一方,そういう具体的な基準を設けた規定がないけれども,一定の量を超えた定めが公序良俗違反で無効になるという場合があり得ると思いますけれども,その場合には,やはり量的な一部が無効となるのではなく,原則としてそれを定めた条項全体が無効となるのではないかと思います。もっとも,これは,公序良俗違反だからというだけではないかもしれません。仮に許される期間を画しその限度で効力を認めるという量的縮減を裁判所が行い得るとすると,結局,当事者に代わって裁判官が修正された内容の契約を作るということになり,裁判官による契約の修正がどこまでできるのかというような問題も関わってきます。ですから,一概に公序良俗違反というだけの要素では区別できないかもしれませんけれども,先ほど考えていた一つの例はそういうものでした。 ○松本委員 (1),(2),(3)が,コアの部分では一応区別できるけれども,それぞれオーバーラップしている部分がかなりあるのではないかという点,岡本委員の御指摘と同じで意見です。例えば(1)と(2)の関係について,山本敬三幹事のような説明だと,条項が分かれているか一つかではなくて,もっと別の観点から一つの条項を見るということなので,これは(2)と一部オーバーラップしてくる可能性がありますし,(2)と(3)であれば,正に酌婦稼働契約の例で明らかなように,これは,二つの契約と見ても私は十分いいケースだと思うんですが,昭和30年の段階で,二つの異なった契約の間で一つの契約の無効が相互に関連するというような学説は恐らく余りなかったのではないかと思うんですね。そうだとすると,最高裁としては,一つの契約の中における一部の無効がほかに影響するというほうが説得力のある判決になると考えたから,一つの契約の中における一部無効という措置を採ったのではないかなと思います。   そういうふうに(1),(2),(3)はそれぞれつながっていると思うんですが,そこで(2)と(3)の共通の要件として,主観的な要件が書かれていることについて,一部からかなり批判があります。当事者が無効だと認識しておればその法律行為をしなかったであろうと合理的に考えられる場合と記載してありますが,ここで言う当事者というのは誰ですかと。民法の契約の条文の中で当事者,あるいは債権の条文の中で当事者と出てきた場合は,両当事者ですよね。ここで,両当事者がそうだった場合というふうに限定するんですかということです。   酌婦稼働契約で考えれば,恐らく金貸しの側は,こんなことなら金を貸さなかっただろうから,正に契約をしなかっただろうと。酌婦稼働契約が無効だったら金銭消費貸借なんかしなかっただろうと思うんですが,では,お金を借りる貧乏人の側はどうだったかというと,酌婦稼働契約が無効であろうがなかろうが,お金は借りたのではないかと思うんです。   というふうに考えれば,このルールではうまく振り分けられなくなるので,そうだとすると,やはりもう少し客観的な要件をきちんと立てたほうがいいのではないかと思います。 ○沖野幹事 御議論を伺っていて,一つは,先ほど山野目幹事がおっしゃった問題の整理の仕方で,(1)から(3)までのうちの特に(1)について,甲案の①の問題と②,③というのは性格が大分違うので切り離して考えて,②,③はそれ自体として別途検討した上で,そしてまた最終的にはこういう形で,やはり無効の範囲ですねということで最後にまとめるということはあり得るとは思うのですけれども,問題の性格が違うことからすると,一旦切り離して論じたほうがいいのではないかというふうに考えました。   その理由ですけれども,これがもう一つの点,無効原因との関係で無効の範囲がどうなるかということに関係します。これは山本幹事がおっしゃったように,一体どこまでが無効なのかというのは,正に無効規範の趣旨から,あるいは無効原因から決まるということで,それは,例えば,公序良俗違反であるということから当然に一律にどこまでかが決まるのではなくて,その公序良俗違反となることの趣旨から,一体どこまでが無効なのかということが決まってくるのだと思うのです。ですから,この一部無効か全部無効かというのは,そういう無効規範と切り離して,およそまずは一部無効であると言っているわけはなくて,その無効原因から決まってくる,無効の範囲があり,それとともに一方で,それが条項なり法律行為なり,法律行為は(2)の話ですけれども,それとの関係で一部と判断されるような場合にどうなるのかという問題設定ではないかと思うのです。   そういうふうに考えますと,私には,能見委員と山本幹事と鹿野幹事のおっしゃっていることが,大きくは違わないのではないかと思われます。最終的には,結局その規範から範囲が決まってくる無効の範囲で無効であって,それが,それを超えてほかのところに,つまり,その無効規範から決まる,無効とされる範囲を超えて更に波及していくのかというときの波及の仕方が(1),(2)で考えられていて,基本的には波及しないということが原則で,一定の場合には波及していきますということではないでしょうか。それを決める基準としては,現在二通りのものが出されており,一つは条項等の客観的な性質ですが,ただ,本当にこれが客観的なのかというと,条項の性質自体は,当事者が何を合意したかということで決まってくるのではないかという感じがしますので,本当に客観かというのは,問題はありますけれども,着眼点としてそういうものでいくのか,それとも当事者意思をダイレクトに問題にするのかという二とおりの考え方が出ているということではないかと思います。   その上でですが,先般来問題となっている質的な一部無効の場合の例として挙げられている免責条項として,軽過失免責と,それから故意・重過失免責というものがある中で,一切責任を負いませんという定めをしたときに,これが二つの条項であるのか,一つの条項であるのかというのは,この場でも見解が分かれているようですが,それに対して,100万円を上限とするという定めとなっていて,物損と人損をまとめて書いてあるというときは,物損と人損,それぞれ別ではないかというのがどうも大体の認識のようです。そうしますと,どのような損害であれ一切負いませんと書いてあるという場合に,その定めをどう解釈・評価していくかというときに,例えば公序良俗に違反するかどうかの判断において,物損の方の免責は許容されるけれども人損のところは問題だということだとすると,人損についての免責の定めが無効であり,更に物損の免責の部分についても無効となるのかといえば,これは条項が別ですねということになるのだと思います。軽過失免責と故意・重過失免責についても同じように考えられ,故意・重過失免責の部分は公序良俗に反してアウトなんだけれども軽過失免責の部分は公序良俗違反ではなくセーフだということになると,これは2つの条項を定めているということだと思うのです。これに対して,そのような公序良俗違反の無効範囲の場合の条項の単位の話と(1)の②や③にある約款や消費者契約の場合とでは,そこにいう条項の単位は必ずしも同じではないと思います。例えば,一切責任を負いませんという定めについて,人損の免責と物損の免責とは,免責条項の公序良俗違反という観点からは二つの条項であると考える,あるいは軽過失と故意・重過失免責で二つの条項が書かれているという解釈を採るとしても,約款や消費者契約の場合に,同じく,一切責任を負いませんという定めのうち,条項の全部無効というのは人損や故意・重過失免責の部分であって,他方の物損や軽過失の免責の条項としてはセーフだというふうに本当に考えていいのかという問題があるように思われます。   適正に,明確に約款を書いていく,そういう約款作成者の義務を背景に考えると,どこまでの曖昧さが許されるのかという観点が問題となり,それは無効をもたらす公序良俗違反等におけるのと基準が違う可能性もあるのではないかと思います。条項の単位が問題の性質によっても変わる可能性があるのではないかと,議論を伺っていて考えました。だからこそ,(1)の②,③というのはやはり一旦分けて考えるべきではないかと思います。   私自身は,(1)についても規定を置く方向がよいのではないかとは思っておりますけれども,問題の整理の仕方を考え直すことはできないか。(1)と(2)は,無効規範に従って部分的に無効であるということが決まったときに,ほかの部分に波及するかという問題であり,その意味で問題と基準は共通するのではないかと思います。これに対して,(3)は元々契約別個だということになりますと,少し基準は違うということかと思います。(1)(2)を貫くものとしてのそういう縦糸と約款や消費者契約の話は別の性質の問題として横糸で問題を切り分けて整理していってはどうかと思います。 ○鎌田部会長 沖野幹事のおっしゃることとほとんど同じようなことを考えていると思いながら,聴いていました。私も結局,軽過失免責と,故意・重過失免責とについて,それぞれ無効規範があって,これを軽過失免責と重過失免責と故意免責という三つの条項に分けて規定しようが,一個にまとめて規定しようが,その形式に着目して条項が何個かというふうに考えるのではない。何で考えるかといえば,無効規範の基準だと思います。   そうすると,現在の規範で言えば軽過失免責の部分と故意・重過失免責の部分と,二つの無効規範に照らして評価をしていくわけですから,それぞれに評価していけば,軽過失免責の部分は生きて故意・重過失免責は死ぬ。これは,そういう意味で,軽過失免責の条項と故意・重過失免責の条項というのがあって,一個は有効で一個は無効だというふうに見たほうが1対1の関係で妥当ですね。   だけど,仮に三つ別々の条項で書いてあっても,それを全部合わせて一個の条項だというふうに評価した上で,そのうちの故意・重過失免責の部分だけに無効原因があるというふうに言うことのメリットは甲案の②と③なんですよね。それを一個だと言わないと全部を無効にできないから,免責条項というのは何個に分けて書いてあろうが全部合わせて一個の条項という。そこの一個性,条項の一個性の評価は何のためにやっているかというと,無効規範との照合関係でやっているのではなくて,②,③を働かすためだけにやっているという意味で,論理的に透明ではないというか。ちょっとそういう意味では,この(1)は非常にその部分で特殊な考慮があると思います。   多分,沖野幹事が言われたのもそのことだと思います。その部分の政策的配慮を除くと,基本となっている考え方は,私は,(1),(2),(3)で共通の部分が多くて,これをどう細かく三分割できるかに神経を使うよりも,それらの中核になっている考え方は何なのかということをはっきりさせることのほうが一般的には意味があるかなと思っています。そういう意味で,沖野幹事が言われるように,甲案の②,③というのを,非常に特殊なものであって,これを認めるべきであるかどうかというのが(1)の類型を独立させるかどうかについては決定的な意味を持つという意味では,そのとおりだろうと思います。   (2),(3)は見掛け上大いに違いがありますけれども,先ほど岡本委員が御指摘になったように,酌婦のケースだって,これは複数の契約と見るか一個の契約と見るかによって,(2)と(3)のどっちに振り分けるか,がらりと変わるわけです。一個の法律行為か複数かという点で。私も,岡本委員が言われたように,公序良俗違反が問題になるケースで,行為全体をどこまでひっくるめて公序良俗違反性を見るのがいいのかという問題と,合理的な取引で,取引のどこかの部分がこけたらその取引全体の合理性・経済性が失われるというタイプの問題とでは,判断基準が違うかもしれないなという,そういう感じもしています。ここで提案されているのは,むしろ合理的取引類型の中の一部がこけてしまったときにどうかという場合の判断基準で,酌婦ケースの場合には要するに,公序良俗違反性はどこまでひっくるめないと公序良俗違反行為の制裁にならないのかという観点で判断すべきもののように思います。   これらの基準を,行為類型によって違うところはあるかもしれないなと思いますけれども,全部メニューを書く方向でいくのか,非常に基本的な考え方だけを提示するのかという,その選択もありそうな気がしています。 ○松本委員 多分,解除のところでまた同じ議論をもう一度やると思うんです。複数の契約の一つが解除されたらもう一つも解除できるのかという,そこは今,部会長がおっしゃったとおり,この部分がないならこっちの契約もしなかったということであれば,やはり解除できるという考えになじみやすいわけです。   そういう点では,ここに書かれているような,一つの契約が無効であればほかの契約はしなかっただろうという部分は,一つのルールとして確かにあると思うわけですが,そうではないところの,無効原因そのものからストレートに出てくる他の契約条項,あるいは他の契約に対する効力の波及というのは,もう一つ,やはり客観的なもとして別に考えておかなければならないだろうということです。ここでもやはり2種類の,そういう主観的な両当事者の合意に基づくところの相互の契約の関係,あるいは複数の条項の関係的なものと,そうではない法律の規定から出てくるタイプの無効の波及との,二つを分けて書いたほうがいいのではないかなと思います。 ○能見委員 もう皆さん言われていることなので,それと同じことを言うだけなのですが,私は個人的には,先ほど言ったように,特定の条項の一部無効については,原則として全部無効で,例外的に一部無効という組立てがあり得ると思ってはいますけれども,それはさておいて,(1)と(2)の関連については,こう考えます。   (1)と(2)というのを,これは潮見幹事の意見に近くなるのかもしれませんけれども,1つにまとめて,そこで大事なのは,全体の一部だけが無効ということがあり得るということ,それが全部に及ぶということもあるということ。この二つが確認できれば,あとは,どういう要件でその一部だけにとどまるのか全体に及ぶのかということさえ考えればいい。そこで,(1)と(2)は一緒にして,(3)は,仮に法律行為が別だということになると,これは一つの法律行為の無効が別の法律行為の無効を招来するというは当然のことではないので,これは一応別の規定にする。このように規定をまとめていけば,何とか意見がまとまるのではないかと思ったんですけれども。 ○鎌田部会長 個別に積み上げていくには,タイプが違うから,それぞれの検討をしていかざるを得ないのかもしれませんね。そのときに,公序良俗違反型を念頭に置くのではなくて,合理的取引の中で一部無効の問題が起きたんだというのをモデルにして考えていったほうがいいかなというふうに個人的には思います。   今の能見先生の考え方でいくと,甲案の②,③みたいなのは落ちてしまいませんか。 ○能見委員 それだけは残るので,これは別に検討するという話になります。 ○中田委員 細かい点なんですけれども,先ほど来,酌婦稼働契約の話が出ていて,それが(2)の例として挙げられておりますけれども,稼働契約はその娘との契約だとしますと,これは金銭消費貸借契約の当事者と稼働契約の当事者が違っているので,三当事者型の契約になるかもしれません。そうすると,ここで(2)の中に収めていいのかどうかというのは,ちょっと問題あるかなという気もします。 ○鎌田部会長 最高裁の判決自体が,金銭消費貸借契約があり,稼働契約があり,そして,それらを包摂する契約全部があるというふうに言っているので,この契約が一個か二個かみたいな問題を意識したからそうなっているのか,意識しないからそうなっているのか,よく分かりませんけれども。全体の契約としてみれば,これは三者間契約の構造ですね。   すみません,これにちょっと時間を使い過ぎてしまって申し訳ありません。 ○内田委員 別に議論を再燃させるつもりはないのですが,(1)と(2)をまとめるといいましても,条項の一部無効というのは契約が存続しているわけで,それと契約が無効になるというのは,やはり場面としては違いますから,書くときはこういうふうに書かざるを得ないのではないかと思うのですね。   (1)の①と②,③を分けて書いて資料を作るというのは,部会で一方が否決されても他方が残るという点では意味があると思いますけれども,論理的に整理するとこういう形になるので,まとめて一つに書けというのは,ちょっとなかなか難しい面があるのではないかと思います。 ○沖野幹事 もう一つ気になっていることがあります。内田委員がおっしゃるとおり,最終的な効果が違う,取り分け契約全部が無効になるという効果になる場合を念頭に置くと,契約が存続する場合と存続しない場合で全然違うというのはそのとおりで,その後どうなるのかということを関連付けるために,最終的に分節してルール化していくということはあり得るとは思うのですけれども,考え方としては,基本的に,一部が無効とされる,一部に無効原因があるということからスタートして,それがほかへ波及していくかということを扱っているのだと思うのです。一部という位置付けをもたらす枠付けがあるときに,そのどこまで及んでいくかということだと思います。なぜそれを考えたかといいますと,更に二つの点があります。例えば定式化としては,法律行為の一部に無効原因がある場合,括弧をして条項の一部を含む,とかですね。そういうような場合は,基本的に無効となる範囲だけが無効であるというのが原則であるという立場,もちろんこれを採るならばですが,それを書いた上で,かつ,(1)と(2)とを同じ基準で括れるのであれば,そのほかの部分にどこまでその範囲が更に及んでいくのか。それは,無効規範から無効の範囲として捉えられる,及んでいくというのではなくて,その条項の関係や当事者の意思によって及んでいく。無効とされるのとは別の基準で及んでいくという,その基準が同じであるならば,それを示して,そのときは更にほかにも及ぶ。そして,それは全体に及ぶこともあり得べしというので,一つのルールとして,条文としてどのように書けるかはともかくとして,まとめられることはまとめられるのではないかと思うのです。基準が同じであるならば。   さらに,そのときなのですが,気になっておりますのは,条項の一部に無効原因があるときに,条項全体が無効になると,かつ,その波及が無効規範とは別に決まるならば,場合によっては,特定の条項が駄目になることによって他の条項が駄目になるということがあると思うのです。そのような場合は(1)の段階を経て(2)の一部無効であるということになって,それが,では全部に波及するのかどうかという話となるのか。しかし,それなら最初から全部に波及するということではないかと思います。また,条項の一部ではなくて,1条項が他の条項に波及して,しかし,全体まではいかないというようなことが論理的にはありそうで,この二つはセットの条項ですというようなときはありそうに思われます。そういうものが実は落ちていないかという気がするものですから,発想が同じであるならば,むしろまとめるということもあり得べしではないかと思ったところです。 ○山本(敬)幹事 今の御指摘の問題は非常に鋭い御指摘であると思います。そういう問題があるのは確かであって,それについて現在のところ提案がないというのもそのとおりですが,比較法的に見て,そこまで書き切った立法例はなかったのではないかと思います。   ただ,私が言いたいのは別のことでして,内田委員の御指摘で,二つをまとめて書くとすればどう書くのかというのは非常に難しいと思います。というのは,原則部分はいいのですが,例外部分の基準を共通にしても,では,何が無効になる,全部無効になるということを書かざるを得ないですね。そのときに,法律行為が無効になると書くか,条項が無効,全部無効になると書くか,どちらかしかないと思うのです。その両者を含めるようなよい書き方は,思い付きにくいのではないかと思います。その意味では,考え方を共通にするのは私も賛成ですけれども,規定としては,やはり二つに分けないと書き切れないのではないか,まとめるとかえって不鮮明な規定になるおそれもあるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 その点もおっしゃるとおりですし,それぞれについて日本法的には新しい規定を考えなければいけないから,それぞれの場面については典型的なところを考えていく必要はあると思うんですね。   ただし,逆にこういうふうに条文がずらずらと,細かい場面ごとに一個ずつ条文が設けられると,どの場面なのかを特定することがすごく重要なんだ,そういうメッセージになりそうです。どの場面か,一生懸命分類したけれども,結局,考え方は共通ではないかというのならば,どれぐらいまで緻密な条文作りをするのか,基本的な考え方だけの典型を置いたほうがまだましなのか,それは最後の段階での判断になると思うんですけれども,そういう物の見方はあり得ると思うんです。 ○内田委員 規定を一つにするか分けるかは,これはもう最後の段階の法制上の問題で,それを今議論するというのは,余り生産的ではないような気がします。どういう場面にどういうルールを作るかというのをまず部会で確定して,その上で,条文にするときに,一つの規定にするのか分けるのかというのが次の段階に来るのだろうと思います。ここは段階を分けて,今はとにかく条文を作るかどうか。作るとしたら,どういうポリシーに基づいて作るかというところに重点を置いたほうがいいように思います。 ○松本委員 議論を聞いていても,やはり一つの条項ということでどこまで把握するのかが人によって違うし,あるいは,一つの法律行為,一つの契約か,複数の法律行為,複数の契約かをどこで区別するのかという点も,恐らくそれぞれがそれぞれイメージしているから,(2)と(3)は違うと言う人もいれば,重なっていると言う人も出てくるわけで。そうすると,分かりやすい民法という観点からは,今のような三つのルールを置くのであれば,一つの条項というのはこれこれを考えるとか,一つの契約というのはこれこれを考えるという定義的な部分がないと,結局,今日やったような議論がそのまま立法後も残るということになりかねないのではないかと思います。そういう意味の要件の定義規定を置くのか置かないのかということも議論する必要があるかと思います。 ○鎌田部会長 すみません,進行がまずくて大いに遅滞をさせてしまいました。   事務当局から,何かもうちょっと確認しておきたいという点はありますか。よろしいですか。 ○金関係官 1点だけ。条項を一つと数えるのか二つと数えるのかという問題で,その基準となる無効規範というのは,具体的な言葉で言うと,免責条項の例では,故意免責は妥当でない,公平でないから無効であるという内容の無効規範だと思いますので,その無効規範を基準として数えられる一つの条項というのは,「免責条項」ではなく,「故意免責条項」なのだろうと思います。損害賠償制限条項の例でも,人身損害の賠償を低額に制限するのは妥当でない,公平でないから無効であるという内容の無効規範だと思いますので,その無効規範を基準として数えられる一つの条項というのは,「損害賠償を制限する条項」ではなく,「人身損害の賠償を制限する条項」なのだろうと思います。そうすると,無効規範を基準として条項を数える限り,質的に可分な条項というのは,常に全部無効となるのではないかと思われます。結局,先ほど部会長がおっしゃったとおり,(1)の問題では,無効規範を基準として条項を数えるというよりも,②,③の問題を適切に処理するためのある意味では政策的な観点を基準として条項を数えることになるのではないかと思いますので,付け加えさせていただきます。 ○鎌田部会長 すみません,あと残り時間が1時間弱になりましたので,次に進ませていただいてよろしいですか。   それでは,次に部会資料29の「第2 無効及び取消し」のうち,「3 無効な法律行為の効果」について御審議いただきます。   事務当局から説明してもらいます。 ○笹井関係官 「3 無効な法律行為の効果」,「(1)法律行為が無効であることの帰結」では,法律行為が無効であるときは,その法律行為に基づく債務の履行を請求することができないことを明記する甲案と,有効な法律行為が行われれば,それに基づく履行の請求が可能であるというルールが明記されていれば足りるとして,特段の規定を設けない乙案とを提示しています。   「(2)返還請求権の範囲」では,無効な法律行為に基づいて既に履行がされている場合の返還請求権に関する規定を設けることを提案しています。具体的な規定内容として,特にどのような場合に返還請求権が現存利益に縮減されるかについて御審議いただきたいと思います。このような規定を設けることの要否については部会で議論する必要があると思いますが,規定を設けることについてコンセンサスが得られる場合に,その具体的内容については補充分科会で議論することも考えられると思いますので,その可否についても御審議いただきたいと思います。   「(3)制限行為能力者,意思無能力者の返還義務の範囲」のアでは,民法第121条ただし書の規定を維持する甲案と,制限行為能力者の返還義務が現存利益の範囲に縮減されない場合に関する規定を設ける乙案とを提示しています。また,イでは,意思能力を欠く状態で法律行為をした者の返還義務を制限行為能力者と同様に縮減することを提案しています。   「(4)無効行為の転換」では,無効行為の転換と契約解釈による解決との関係が不明確なことや,特に様式行為への転換の要件を定めることが困難であることから,無効行為の転換に関する規定を設けないことを提案しています。   「(5)追認」では,民法第119条の規定を基本的に維持することを提案しています。 ○鎌田部会長 ただいま説明のありました部分について,恐縮です,時間がありませんので,一括して御意見を伺います。 ○松岡委員 すみません,書面を用意すればよかったのですが,用意する余裕がなく,少し長くなりますが,発言させていただきます。特に3の無効な法律行為の効果のうち,(1),(3)にも関係しますが,議論としては(2)の範囲の話を中心に意見を申し上げたいと思います。   結論が少し複雑なので,最初に4点にまとめて箇条書き的に申し上げて,次に,できるだけ簡潔に,その理由を申し上げたいと思います。   1点目は,(2)の無効な法律行為の返還請求権の範囲については,私自身は,後で御説明申し上げますように,提案されている内容には基本的に賛成であります。   2点目,ただ,この種の規定を不当利得法の特則として不当利得法以外の場所に規定することは,十分考えられる選択肢だとは思いますが,不当利得法の部分に規定するほうがよいのではないかという迷いもあります。なおそこは検討を要すると思います。   次に,3点目として,仮に規定を設けるとした場合には,これは第一読会でも申し上げましたが,民法総則ではなくて契約総則に規定を置くべきではないかと思います。   それから4点目が,中味が細かく5つほど申し上げることになります。規定を設けるか否かの最終的な判断をする前に議論を詰めておく必要があることが,4・5点あるということです。   ①は,対価的合意の範囲内での価額返還が提案されていますが,対価合意自体に問題がある場合がありますので,そのときには,むしろ客観的な価額の返還義務になることを明記すべきではないかということです。   ②は,果実や使用利益も原則として返還するべきであるという旨を規定することが望ましいと私は考えておりますが,その当否及び,規定するならどういう内容になるのかというのが②です。   ③は,民法(債権法)改正検討委員会の提案は,価額返還の場合の価額算定基準時については規定は設けられないとしていますが,規定を設けることがあり得ないのかは,もう少し詰める必要があります。   ④は,価額返還義務の範囲について,包括的に何らかの方向性を示す規定を設けられないか。例えばヨーロッパ契約法原則などの規律も参考にいたしまして,「特別の定めがある場合でなくても,裁判所は当事者の行為態様や無効取消原因の規範目的を考慮して,返還すべき利得額を合理的な範囲に制限することができる」というような規定を置くことを検討するのが望ましいのではないかと思います。   最後に⑤として,現在の不当利得法以外の場所,すなわち契約総則か民法総則にこうした特別規定を置くことになりますと,第1読会で松本委員が御指摘になりましたように,不当利得法との関係をどうするか,どのような問題が生じるかがまだ十分検討されているとは思えませんので,少なくとも問題点の洗い出しと,それに対する対処方法ぐらいは考えておく必要があろうかと思います。   どうしましょう,長くなりすぎるので,理由を述べるのはやめましょうか。 ○鎌田部会長 要点に絞ってお願いします。 ○松岡委員 ほとんどの部分は,本年10月10日に日本私法学会のシンポジウム「不当利得法の現状と展望」で報告を行う予定で,「ジュリスト」の1428号の4ページ以下に資料のための論文を公表しております。詳しいことはそこに書きましたので, ごく要点だけを申し上げます。先ほどの第1点,提案されている内容の根幹は,双務又は有償契約において給付受領者の帰責事由の有無に関係なく,原則として約定対価を限度として価額返還義務を負い,利得消滅の抗弁を認めないということであろうと思います。価額返還義務を基本的に負うのは,ギブ・アンド・テイクの関係,対価的牽連性のある関係では,清算の場合もそれが貫徹するほうが望ましいということです。つまり,契約上の利益を取得するためには,対価の支払いを要すると知って取得しているのだから,自ら行った給付の返還請求を求めながら自分の利得は消滅したと主張をするのは,当事者間に不合理な不均衡を生じてしまう,という考え方に立っていると思います。この考え方自身は次第に強く浸透してきておりますし,比較法的にもいろいろな立法例で支持されていて,判例・学説の発展方向に沿うと思います。   第一読会では,私は,利得消滅の抗弁を制限することを有償契約まで広げるのは妥当かとか,約定対価への限定には問題があるのではないかと申し上げました。しかし,その後よく考えますと,仮に無償契約の場合に利得消滅の抗弁を認めないと,無料だからこそ契約したつもりなのに,無効になった途端に客観的価額の返還義務を負わされて,結局客観的価額で買ったのと同じことになってしまうが,それはおかしい。無償契約の場合に善意の給付受領者の利得消滅の抗弁を広く認めるのは,「合意なしには交換取引を強制されることがない」という私的自治原則の消極面を反映して,利得の押し付けを避けるという発想だと思います。そして,無償契約が対価がゼロの契約だとしますと,やはり利得の押し付けを避けるためには,有償契約では,返還義務を自分が約定した対価の限度に,縮減する必要があることになります。そう考えることで,無償契約の場合と有償契約の場合を連続的に考え,必ずしも双務契約にこだわる必要はないということで,提案に賛成いたします。   第2点,規定を不当利得法以外の場所に置くことは,無効な契約の清算ルールを明確できる利点がありますし,ヨーロッパ契約法原則やフランス民法の改正案などの立法例もありますので,有力な選択肢となります。しかし,他方で日本法は既に統一的な不当利得制度を持っていますので,果たしてこうした規定の仕方が日本法になじむのか疑問があります。松本委員が御指摘になったように,例えば不法原因給付の規定との関係がかえって見えにくくなるのではないかとの問題もあります。利点も疑念も両方ありますので,もう少し議論を詰めたほうがよいと思います。   第3点は,特別規定を設けるとすれば契約総則に置くべきだというのが私の主張ですが,その理由は第一読会でも既に申し上げましたので,若干の点だけを付け加えておきます。資料の32ページのイの①,②の提案,つまり,無償契約の場合には現存利益への縮減の抗弁を認めるということは,不当利得法の一般原則でも恐らく認められますから,提案の核心は,そういう利得消滅の抗弁を対価限度では認めないという双務または有償の契約の場合の特則を設ける点にあります。提案自身が無効な形成権行使の場合は考えないとしておりますし,無効な財産分与とか遺産分割の清算などに同様の規律が妥当するのか,これまで議論がほとんどありません上に,そもそも諮問から見て,身分契約の清算まで含めて総則に規定を置けるのか自体が問題だと思います。   第4点で申し上げた五つの検討事由についての詳細の説明は省略させていただきますが,要するに,分科会で検討すべき技術的な内容を多く含みますけれども,一方では規定を設けないと,多分実務でも非常に重要になり得る契約清算の特別の規律が条文からは分からない状況が今後長期にわたって放置されることになりますので,少なくともこうした検討を経ないで規定を置くことを断念するのは早計で妥当でない,というのが最終的な私の意見でございます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○山野目幹事 細かな問題を1点のみ申し上げさせていただきます。   部会資料でいいますと32ページの囲みの中間的な論点整理の中の,先ほど松岡委員はイに論及なさったのですが,私のほうからは,ここのウの論点を忘れないで今後の検討を続けていただきたいというお願いでございます。   32ページの一番上のところの,返還請求権の範囲について規定を設けるものとしてはどうかというお尋ねに対して,あながち反対ではないのですけれども,例えば,これこれのときには現存利益の限度で返還するというふうな規定が単純に設けられるということになりますと,詐欺・強迫によって不当な損害を被った者や,暴利行為を理由とする公序良俗違反で不当なダメージを受けた者などの返還義務の範囲が,そのまま単純に現存利益の範囲までは返さなければいけないものであるというふうに理解されてしまうおそれもあるのでございまして,それらの点について何らかの手当てをするか,少なくとも民法708条の適用が妨げられないというようなことについて,規定の上でも明瞭な表現がなされるような配慮が引き続き追求されるべきであると考えます。   松岡委員のお話の大きな2点目と大きな4点目の5点目のところで,既に体系的,理論的には御指摘いただいていることですが,なお具体的にこの論点に注目をお願いしたいということを,突き出しさせていただく意味で申し述べさせていただきました。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○山本(敬)幹事 まず前提として,(1)についても結論だけ述べさせていただきたいと思います。結論としては,甲案を支持したいと思います。部会資料では,有効な法律行為が行われればそれに基づく履行の請求は可能であるというルールを,これは裏から述べたものにすぎないという可能性が指摘されていますけれども,少し技術的なことを言いますと,法律行為をすれば,履行請求は認められるという規範によって,履行請求が基礎付けられるのに対して,その法律行為が無効であれば,履行請求は認められないという規範によって,履行請求に対する抗弁が基礎付けられるわけですから,やはりこのような抗弁を基礎づける規範を明確に定める必要があると思います。   次の(2)については,松岡委員に詳しく述べていただきましたので,付け加えることは特にありません。ただ,山野目幹事及び松岡委員もおっしゃったことですけれども,中間的な論点整理のウの部分を忘れないようにという御指摘は私ももっともと思うのですが,そこでお考えになっていることの中に次のものも含まれるかどうかを質問させていただければと思います。   といいますのは,具体的に詐欺,あるいは不実表示でもいいのですが,被害者ではなくて加害者側が受け取ったものを返さなければならない場合に,その受け取ったものの返還義務の縮減も事情によってはあり得るということも含めておられるのかということです。これは,先ほどの議論にもありましたけれども,過失相殺的な処理が無効・取消しではできないというのに対して,これは不当利得の縮減もあり得るということを帰結する,非常に重大な論点の一つだと思います。この点についてお聴かせいただければと思います。 ○松岡委員 聞き間違えでなければよろしいんですが,詐欺の加害者側の受領物の返還についてですか。加害者側とおっしゃったように聞こえました。 ○山本(敬)幹事 はい,詐欺,あるいは不実表示でもいいのですが…… ○松岡委員 被害者でない方の手元で目的物が滅失したのでしょうか。 ○山本(敬)幹事 確かにだましたかもしれないけれども,だまされたほうにも落ち度があるというような考慮で,損害賠償であれば過失相殺が認められるような場合に,不当利得の場合に縮減もあり得るということを含めた検討課題の提示だったのかということです。 ○松岡委員 いえ。私は,提案の全部を民法総則若しくは契約総則に書けと申しているわけではなく,提案内容に基本的に賛成だと申し上げています。中間論点の整理のイの②,価額返還義務の例外として現存利益の程度で返還すれば足りるのは,飽くまで無効・取消し原因について善意であった者に対する保護ですから,詐欺の加害者や不実表示者が受領した物の返還についてこういう恩恵を受ける理由はないと考えております。 ○山野目幹事 私の先ほどの発言は,山本敬三幹事が先ほどお尋ねになった問題についての検討を促す趣旨のものではございません。 ○松本委員 松岡委員の御回答が,ちょっと質問とずれているのではないかという印象があります。というのは,詐欺,中間的な論点整理第32,3(2)のウの問題点は,現存利益に縮減するかということよりは,現存利益はきちんとあるんです。悪質商法に引っ掛かって,例えばリフォーム商法なんかで,不当な価格ではない,一応適正だけれども勧誘段階でうそをついて契約を取って,適正な価格で適正な商品やサービスを売り付けたという場合は,利益は現存しているんです。そうすると結局,取り消しても解除しても,価格相当の利益は得ているんだからということで,それは取り消しても意味がないということになるので,それはおかしいではないですかと。 ○鎌田部会長 それは被害者のほうですね。   今の山本敬三幹事の御質問は加害者のほうについての御質問だったので,それに対する答えは,このウ直接ではない。ウの裏返しの話として。 ○松本委員 だから,そもそも給付利得では現存利益への縮減なんていうのは認めないというのが原則だから,そんな議論する必要はないんです。むしろ現存利益の返還義務をなくすかどうかという,そこが重要なんです。 ○潮見幹事 恐らく今のやり取りは結局,松岡委員が最初御発言になられたところで,4の④でしょうか,要するにPECLなんかを考慮に入れて,その規範の目的を考慮し,合理的な範囲に制限できるという観点からの説明をしたとしたら,これはいろいろな捉え方ができると思いますけれども,昔,谷口知平先生が言われていたような過責の考量みたいな観点から,当事者の主観的な対応等々を比較しながら,場合によったら裁判官が裁量によって額を減額したりすることができるというような一般ルールを設けることというわけではないですよね。ウに書いているのは,そこにもあるように,無効原因等の性質によってどういうふうに返還義務を定めるかということを書かれているので,そういう意味では,同じ制限あるいは額の減額といっても過責の考量みたいなものとは趣旨がちょっと違うので,松岡委員の発言がどっちの御趣旨かなという意味があったのではないかと思います。   それに対するお答えは私も了解はしましたし,また,むしろウのような観点から何かルールを立てていくことについては,私自身も賛成はしたいと思います。   その上で,ちょっと別のことでいいですか。   仮に具体的な規律,ここに設けるとして,また,これはどこに設けるかは別として,仮に規定の設け方として,さらに,ウもあったから,32ページのイに書かれているような形で仮にルール化をするということであった場合には,36ページのど真ん中にある,Aが第三者Cに目的物を40万円で譲渡したという,この代物,代償物と言ったほうがいいのでしょうか,それをどうするかというルールがこの中には明確に書かれていない。むしろ,①が原則だということになると,この部分についてはもう最高裁の判例も似たところであるから,それによって適当に解釈すればいいんだと言えば,それはいいのでしょうけれども,むしろ代物返還ということをルールとして導入するのが望ましいということであるのならば,何らかの形で条文化しないと,解釈でやってくださいというふうなことで改正をするというのは若干中途半端かなという感じがしないではありません。 ○内田委員 今のような応酬が非常に専門的に行われますので,それでこれを分科会のテーマにして,スキップして次に移ってはどうかというのが当初の提案だったと思うのですが,その点はいかがでしょうか。 ○中井委員 内田委員の話に入る前に。この点は研究者の独壇場になるのではないかと正直思っていたわけですけれども,山野目幹事がおっしゃられた,中間的な論点整理のまとめ方のところで,イのような整理を仮にするときには,ウの視点は忘れてはいけないというのが弁護士会の意見です。   資料36ページの真ん中下,「また,第11回会議においては」で始まるくだりですけれども,意思無能力の場合,暴利行為や詐欺・脅迫のような場合の被害者サイド,意思無能力者や弱者サイドにおいて,この原則を使うことによって過酷な結果をもたらすことは避けなければならない。取消権を行使したから,無効を主張したからといって,過酷な返還義務を負うというのであれば,権利行使が意味のないことになります。   それをどのような形で条文化するのか,どういう場合に利得消滅の抗弁なりを認めていくのか,この整理は極めて慎重にしていただきたい。無効,取消しを認めた趣旨が没却されるような結果となることは,弁護士会として受け入れ難いので十分配慮していただきたいということです。   その上で,ここで議論することについては,困難な点があろうかと思いますので,分科会で十分な議論をしていただくことをお願いしたいと思っています。 ○鎌田部会長 基本的な方向性についてはよろしいんだと思います。それで,分科会に下ろす場合は,技術的なことだけ検討してもらえばいいという前提ではありましたけれども,ここはむしろ,こういう考え方を実現するためには,どんな仕組み作りがあり得るかというところで,かなり詰めた議論が必要だし,結論的にも何とおりかの選択肢で返ってくる可能性もあり得るという前提で,それを分科会で,ある意味ではメニュー作りをやっていただいて,それに基づいてまた部会の議論をしたほうが多分,分かりやすい効率的な議論ができるのではないかというふうに考えます。単に技術的な検討という意味ではない形で分科会に御検討をお願いするというふうにしてはどうかと思いますけれども,いかがでしょうか。 ○松本委員 給付利得というのはかなり技術的な問題ですから,確かにある程度専門家が集まって,こういう条文になる可能性がありますという,もうちょっとその姿を出すことは必要だと思うんですが,その前に,松岡委員がとうとうと述べられた中で言われたけれども,不当利得の703条以下の本体とは別にこの給付利得を契約のところで規定するということ自体が,それでいいのか。あるいは,そういうふうに分離した場合に,今の703条以下をそのままに置いておいて,取りあえず給付利得の特則ということでぼーんと出して,両者の関係は今後,学説や判例で議論してくださいということでいいのかという辺りは,全体会でもう少し議論をしたほうがいいとは思いませんか。 ○鎌田部会長 それも行ったり来たりの話になるんだと思います。つまり,どういうふうな形での規定ができるのかということを検討すると,それをやったときに703条との関係でどう調整するかというのが付随して出てくる。まず一般論から始めて,議論が十分に深められるかなという疑問もあります。分科会での検討を始めたら,もうともかく703条と関係なしに,ここで規定するというふうに決まってしまったというわけではないということも含めて……。 ○松本委員 確かにおっしゃるとおりで,ニワトリが先か卵が先かというところは確かにあると思いますが。今回の私法学会のテーマでもありますけれども,不当利得には侵害利得,給付利得,それから支出利得,それから三当事者間という,四つぐらい大きな類型があるわけで,その中の給付利得の二当事者間のものだけを取りあえず取り出して条文化しようということなんですが,ほかの部分をそのままにしておいていいのかどうか。取り分け三当事者の関係というのは,契約というのは二当事者だけで終わるケースはむしろ少ないぐらいですから,もう1人関係者が出てきて,その中で,ではどういうふうに清算するんだという問題は必ず出てくるので,そういったことも考えなければならないと思います。 ○鎌田部会長 他方で,703条以下に一切手を触れなくても,121条ただし書に代わる条文をどう作るかという課題は避けて通れないということでもあります。松本委員の御指摘の点は,松岡委員からも問題提起のあった部分でもありますので,その点も意識し,かつ,部会で議論せざるを得ないテーマであることは間違いないので,それを必ず部会で議論するということを前提にして,その言わば準備作業を分科会にお願いするということでいかがでしょうか。   よろしいですか。 ○岡委員 分科会に条件付きで委ねるということには賛成ですが,このような訴訟をやって,実務的に問題を感じていることが2点ございますので,それを申し上げます。ただこれを立法化してほしいということではなく,検討する際の問題提起の趣旨です。   まず,客観的価格の算定方法です。客観的価格をどのように算定するのか。返すべき人が再調達するときの価格なのか,現物を返してもらった人が販売して得られる価格なのか。その二つの考え方を中心に,客観的価格というのはどういう意味なのかということが実務的には問題になっております。立法でやるべきことかどうかというのはちょっと問題ですが,実務的にはそこが大きな問題でございます。   もう一つは価額返還の場合の証明責任です。使ってしまったとか,いろいろな場合に価額返還に変わるわけですが,現状はその価額を返せと言う人がその価額を証明しなければならない。請求するほうが証明責任を負うんだというふうに一応解されております。詐欺の加害者が返還すべき物を費消等してしまった場合でも,今の理論だと,代わりに価額を返せと言う被害者が,価額が幾らかの証明責任を負ってしまいます。これはちょっと実務的にどうなのかという議論をしております。   実務的にはこういう問題があるということを発言させていただきます。 ○中井委員 仮に分科会で議論する場合,先ほど,松岡委員から,裁判所が合理的な範囲に制限できるような仕組みの御提案があったように聞こえました。論文はまた改めて読ませていただきますけれども,このような提案は部会資料には全く出ていない。出ていないことが突然分科会で議論されて提案として出てくるということには違和感がありますので,先ほどの大枠,卵かニワトリなのかもしれませんけれども,大枠のコンセンサスについて,一定の理解が得られるような担保といいますか,仕組みを設ける必要があるように思います。 ○松岡委員 先ほど潮見幹事からも御注意がありましたが,私が申し上げているのは,この中間的な論点整理のウのところで,単純に価額返還を常に認めるだけでは十分でなく,無効・取消原因に関係なく価額返還義務を認めることを基本としつつもも,多様な無効・取消原因に応じて,価額返還義務を縮減する必要がある場合があることは,中井委員が先ほど御指摘になったところです。   ただ,そのやり方は多様なものが考えられますので,ここでは例示として無効原因等の性質等によってと余り細かく書かずに規律することも,あり得ます。実際,比較法的にも,ヨーロッパ契約法原則の最終的な調整の仕方はそうなっています。どこまで検討することになるのか,選択肢がどの程度あるかは,まだよく分かりませんので,例示的に申し上げたまでです。 ○鎌田部会長 こちらから頼んでもいないことを勝手にやって決めてくれるなというのは,全くそのとおりですけれども,この問題を検討していくと,この部会資料の中では十分議論されていないけれども,こういう点について詰めておかなければいけないという課題が出てくると思います。その場合の検討の方向性として,学説・判例,比較法によれば,こういう考え方が提示されていますというようなこと,それはむしろ出していただいて,それに基づいて最終的にどういう選択をするかは部会で議論するというほうが妥当だと思います。どうしても言いたいことがあるけれども言ってはいけないらしいというふうな制約を課さないほうがいいようにも思いますので,その点は,最終的にはきちんとそれも部会の議論で政策決定するということで進めさせてください。 ○松岡委員 今日発言したことは,時間的に書面を準備する余裕がなかったものですから,メモも取れないぐらい早口でしゃべってしまいましたので,追補というか確認のために,後日書面をお出ししたいと思います。 ○鎌田部会長 聞けば決着するというわけでもないですが……。 ○松岡委員 はい,もちろんです。 ○鎌田部会長 十分詰めた提案をまた分科会から返していただいて,いずれにしろ難問でありますから,また部会で,それに基づいて議論する。そのときに,できるだけ実り多い議論ができるような素材を分科会で提供していただくということにさせていただければと思いますが,よろしいでしょうか。   ありがとうございました。   まだほかに,制限行為能力者・意思無能力者の返還義務の範囲,無効行為の転換,追認という項目がございますけれども。 ○中田委員 3の(1)のところなんですけれども,先ほど山本敬三幹事から甲案支持という御意見がありまして,私も甲案でいいのかなという気もするのですけれども,若干疑問があります。   一つは,これは前にも申し上げたことですけれども,甲案の書き方ですと,無効な法律行為に基づいて債務は発生するけれども,その履行を請求することができないとも読めそうですので,そうではないということを明確にする必要があると思います。   もう一つは,法律行為によって債務が発生するというタイプではなくて,債務が消滅するとか,あるいはこれも含めるかどうか分かりませんけれども,物権を設定するというような法律行為もあるんだとすると,その無効の効果としては,これだけでは恐らく足りないということになります。   そうすると,そのようなものも含めて無効の効果を書き出していったとすると,今度は逆に法律行為の効力に関する規定との関係がもう一度問題となってくると思いますので,直ちに現段階で甲案で確定ということはなかなか難しいのではないかと思います。 ○鎌田部会長 その他の点も含めて,いかがでしょうか。 ○中井委員 (3)については中間論点整理の段階でも申し上げていたかと思うんですけれども,アの問題については,甲案に賛成で,乙案における例外的に返還義務の縮減が認められない場合を定めることについては反対します。実際,浪費癖のある人の例をそのときも取り上げたかと思いますけれども,幾らその方にこのお金は使っては駄目だよと言ったって,それを使ってしまうことがやはりあり得る。それを例外として縮減されないというのは適当でないという考えで,制限行為能力者の保護の問題として,考えるべきと思います。   同じ見地から,イにつきましても,前段の3行部分については賛成ですけれども,後半2行については反対というのが意見です。理由は第11回と同じことになります。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがでしょうか。   無効行為の転換に…… ○中井委員 乙案のところで,①と②が例外規定と掲げられていて,前回は①の部分だけ,返還義務があることを知りながら受領した利益を費消したとき,縮減が認められないということについての当否を問う質問だったのではないかと思います。そのとき,例外的に害意があるような場合はともかくとしてと,反対の意見を述べたような記憶があるのですけれども,その例外的場合について,②で新たに提案されているとすれば,決してそういう趣旨で申し上げたわけではなくて,②のような場合は極めて例外的ですから,そのような例外的な場合について規定することについても反対であるという趣旨でしたので。 ○鎌田部会長 規定までは設ける必要ないということですね。 ○中井委員 はい。念のために申し上げておきたいと思います。 ○鎌田部会長 (3)のイの後段にあります「自己の責めに帰すべき事由により一時的に意思能力を欠いた者に利得消失の抗弁を認めるか」という点については,これも先ほど反対ということでしたね。 ○中井委員 一時的に意思能力を欠いたといっても,泥酔とか極めて例外的な場合を想定しているのだろうと思いますけれども。 ○鎌田部会長 原因において重要な行為型。 ○中井委員 その原因において自由な行為型ですけれども,そのような例外的な場合を想定した規定は要らないという第11回の趣旨と同じです。 ○松本委員 今の制限行為能力者の部分なんですが,現存利益という言い方をすると,利得消滅の抗弁というのが裏側に出てくることが多くて,一般的には,浪費をしたような場合のみ現存利益はないんだというような説明がされているわけです。そうしますと,制限行為能力者・意思無能力者が浪費ではない形で消費するということは非常にたくさんあると思うんですが,そういう場合には現存利益はあるという解釈が残る可能性があるんですよね。そうすると,現存利益とは何ぞやということをもう少し丁寧に書かないと,取り分け現存利益の解釈ルールをもう少し書き込まないと,ここで意図したような機能が発揮できないかもしれないと思いますので,補充分科会のほうでよろしくお願いいたします。 ○鎌田部会長 それは,出費の節約みたいな考え方も否定すべきであるということですか。 ○松本委員 いや,その辺の部分も考えないと,現存利益に縮減されるといっても,実際は縮減されないケースが多くなってきて,弁護士会が主張しているような趣旨が実現しないかもしれないということです。制限行為能力者・意思無能力者,あるいは,詐欺の被害者等々をどれぐらいまで保護するのかということをかなり細かく考えていかないと,現存利益という言葉だけでは多分処理し切れないのではないかということです。現存利益への縮減の問題と,現存利益がある限りは返還しなければならないという問題,両方に絡んでくるわけで,現存利益とは何かというところが重要かと思うんです。 ○筒井幹事 ただ今の松本委員の御発言の中で,分科会のことに関してなんですが,事務当局の原案では,ただいま御発言がありました(3)の部分は分科会で補充的に議論する項目の候補として挙げていませんでしたので,新たな御提案を頂いたと受け止めて,御意見を頂ければと思います。 ○鎌田部会長 委託を受けた範囲内でも現存利得という概念は出てきてしまうんですけれども,取り分け今のこの(3)との関係での現存利得の議論というのは,現存利得一般とはちょっと違う議論が従来も積み重ねられてきているので,そこを,現存利得の意味まで規定の中に入れるかどうかは,なかなか難しいところはありそうにも思いますけれども,どうしましょうか。分科会にこの点も検討をお願いしますか。 ○潮見幹事 形式的なことですけれども,どの分科会に何のテーマがいつごろ回ってくるのかというのは,大体いつごろどういう形で,どの場で発信されるのでしょうか。 ○筒井幹事 まだ具体的な運用イメージを固めているわけではありませんが,分科会で補充的に議論していただくことになったテーマによっては,固定メンバー以外の方にも会議に加わっていただく必要が生ずる可能性があります。それぞれの分科会の開催日は,年度内は既にフィックスしていますので,例えば商法や手続法の先生に御参加いただく必要のあるテーマは,その先生が出席可能な日に開催される分科会に割り振るのが適当ではないかと考えております。   ですので,本日の会議で,仮に分科会に幾つかのテーマの審議をお願いすることが決まったとしても,それをどの分科会に割り振るかという点は,いましばらく時間を頂いて,部会長に御判断いただくことにしたいと思っております。 ○松岡委員 ついでに今の点についても一言だけ発言させて下さい。   長々と発言しましたので,このままだと,おまえの分科会で検討せよと振られる可能性が高いと危惧を抱いております。また,いろいろ主張している私に任されてしまうと,私が先ほど申し上げた方向性に固まってしまうような議論になってはまずいとも感じます。   つまり,分科会へ委託する場合に,その問題について一番詳しい専門家がいる分科会が本当に一番いいのか,むしろ少し違う角度から多角的に検討してもらったほうがいいのかは,問題によっては微妙だと感じております。 ○鎌田部会長 配転をする側にとってもそれは悩ましいところですけれども,逆に,御専門の方は自分がメンバーでない分科会で議論をしているなら,私もそっちへ出るというふうな形になるのかもしれません。その辺も含めて検討させていただきます。   無効行為の転換については規定を設けないという提案で,追認については現行民法の119条を基本的に維持するという提案でございますが,これらの点について異論がないということであれば……。 ○岡委員 追認について,質問が一つだけあります。法定追認との関係で,弁護士会の議論で出たんですが,追認は,やはり追認の意思表示が相手方に届いて初めて効力が生ずるのでしょうか。   追認も意思表示であって,その相手方に到達して初めて追認になるという理解でよろしいか。そういう意思表示が到達しない場合に備えて法定追認があるのではないかという議論をしたものですから,それとの関係で,追認はやはり意思表示の一種で,相手方への到達が必要という理解でよいかどうか。 ○笹井関係官 今御質問になっているのは,法定追認以外の一般の追認ということでよろしいでしょうか。   もし私が誤っていれば,研究者の先生方から修正していただければと思いますけれども,一般的には追認も意思表示ですので,それがいつどういう要件の下で効力を発生するのかというと,今日最初に御審議いただいたところですが,到達主義になるのではないかと理解しているところです。 ○鎌田部会長 ということで,よろしいですね。 ○高須幹事 今,行っている議論は,法定追認も含めて,これでよろしいかということでよろしかったですか。それとも法定追認はまだでよろしいですか。 ○鎌田部会長 法定追認につきましては,次の「4 取り消すことができる行為の追認」というところの(2)に法定追認という項目がありますので,そこで議論させていただきます。 ○高須幹事 そうすると,あるいはここで発言する必要もないのかもしれませんけれども,今,岡先生から出た疑問というか,弁護士会で出ているのは,法定追認の中に今回新たな類型を入れようという問題についての是非を問うときに,それはむしろ本来の追認のほうで検討すれば足りるのではないかという意見です。無理に法定追認に入れないほうが,いいのではないかという議論があり,ただ,そのときに,追認だと意思表示到達しなくては駄目なんですよねとなると,そこでネックになる。改めてやはり法定追認に入れるしかないのではないかという議論が出るので,その辺りの相互の関係がはっきりしないと,単純に法定追認に履行の受領とか担保の提供を入れていいかどうかは,一概には決し得ないのではないかということが議論として出ておりますので,そこだけちょっと留保していただきたいということでございます。 ○鎌田部会長 次回,そこは正面から議論することになる予定です。   ほかには。   すみません,最悪でも代理は終わるとか思っていたんですけれども,予定の時間になってしまいました。大量に積み残しができましたので,次々と議事は順送りになっていく。そういうこともあって,議事日程ではなくて配布資料の予定というふうな形で今日ペーパーをお出ししています。議事日程はずれても資料はできる限り当初の予定どおり出していって,事前の準備を万全にしていただけるようにというふうに,事務当局としては前向きに検討していただいているということでございます。本日積み残した議事から次回は始めるという形にいたします。   何か特に御発言ございますでしょうか。 ○山野目幹事 分科会の持ち方ということについて,少し問題提起をさせていただきたいと考えます。   従来イメージされていた分科会の使い方は,テクニカルな問題,あるいは端的に言うと比重の小さい問題について検討を委ねるということでありましたたけれども,本日の不当利得の問題などが典型ですが,これなどは決してウエートは小さくありません。それにもかかわらず,これを分科会に委ねる趣旨は,部会長のお言葉では,ある理念を実現するためのメニュー作りをお願いするものであるというお話でした。これをヒントにして私が思いますに,余り濫用してはいけないとは考えますが,この例に限らず,その種の使い方をする場面というのは今後も一般的に,事務当局のほうで御進行をお考えになるときに,可能性としては御考慮いただくことがよろしいのではないか,というふうに感ずる部分がございます。   というのは,これだけ審議が渋滞してまいりますと,分科会に渡してしまうというよりは,分科会と部会が少し往復させながら検討したほうが,いろいろな問題がうまくいくというような問題もあるかもしれません。一個一個の論点について慎重に考えるべきことであるとは考えますけれども,指針としてはあってよいように感ずるものですから,問題提起をさせていただきたいと考えます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   今の点を考えて,特にここで議論しても,結局は学者の間の理論的な立場の争いになるというのは今までのテーマの中にもたくさんありましたので,そういうものは少し分科会で議論を整理した上で,部会において立法政策的選択をしていただくというふうな進め方にしたほうが,皆様にとっても,あるいは部会の審議時間の効率化という点でもよろしいかと思います。ただ,余り学者の独断でそういう判定をすることにも問題はありますので,事前に実務界の委員の方々とも相談をしながら,今御提案のような内容を盛り込んだ進行案を考えていきたいと思いますので,よろしくお願いいたします。   ほかにはいかがでしょうか。   それでは最後に,次回の議事日程等について,事務当局から説明をしてもらいます。 ○筒井幹事 次回会議は10月11日,火曜日,午後1時から午後6時まで,場所は本日と同じ法務省20階第1会議室です。   次回の会議に向けての事前送付資料としては,今回の事前送付資料に間に合わなかった部分,つまり消滅時効と債権の目的を掲載して,お届けすることを予定しております。   分科会の活用の仕方について山野目幹事から貴重な御指摘を頂きまして,ありがとうございます。当初想定していたものだけではなくて,この会議の中でコンセンサスが得られる範囲で,様々な形で柔軟に活用していくことができれば,大変有り難いと私も思っております。今後ともよろしくお願いいたします。 ○鎌田部会長 先ほどちょっと曖昧な形にしていましたけれども,現存利得の概念の再検討というのは,分科会への今回の付託事項には明示的にはしないということにしたいと思います。そういう課題があるということは皆さん御理解されているところですので,またこの問題についてきちんと議論するときに,必要に応じて,この部会で必要があれば議論するということで,分科会の委託事項の中には明示的には含まないということで,お許しいただければと思います。 ○松本委員 今のことで,別に異論はないんですけれども,不当利得の中の給付利得だけを取り出して,きれいに整理しようというのが今回の案なんですが,その母屋の703条以下の部分を一切手を付けないでいいのかというところがあります。母屋のほうに現存利益という概念が書いてあって,これが侵害利得だけに適用されるのか,給付利得にも適用されるのか等々の議論があるわけで,そして更に制限行為能力者の取消しのところでも出てきて,同じ言葉が使われていると。そういう混乱状況にあるということです。 ○鎌田部会長 はい,その点は承知しておりますので,分科会に給付利得の問題をお願いするについて,利得の算定の問題というのが課題として入ってきている。その中で,場合によっては,ある程度のところまで議論ができるのかもしれませんので,その議論を待ってからということで,お許しいただければと思います。   あとは,制限行為能力者の問題につきましても,これは,わざわざ分科会に下ろさなくても,今日の議論を踏まえて,部会で議論するということでよろしいですね。   本日の審議は以上をもちまして終了とさせて…… ○岡委員 パブコメの状況について,分かる範囲で教えていただきたいんですが。今までに何通ぐらい来て,期限後に何通ぐらい来る予定になっているのですか。 ○鎌田部会長 今,分かりますでしょうか。 ○筒井幹事 確かな数字は用意しておりませんでしたので,概算ということでお聞きいただきたいのですが,本来の期限までに届いたものが約350通でした。このほかに,あらかじめ延期の申請をいただいておりました団体等が,日弁連や,その他の単位弁護士会など相当数ありまして,それらが順次届きつつあるところです。 ○鎌田部会長 よろしいですか。   どうも長時間にわたって熱心な御議論を賜りまして,ありがとうございました。   また,不手際で大量の積み残しを作ってしまいましたことを重ねておわび申し上げます。   どうも本日はありがとうございました。 -了-