法制審議会ハーグ条約(子の返還手続関係)部会           第6回会議 議事録 第1 日 時  平成23年10月28日(金) 自 午後1時31分                        至 午後5時39分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  ハーグ条約を実施するための子の返還手続等の整備について 第4 議 事 (次のとおり)           議        事 ○髙橋部会長 時間になりましたので,ハーグ条約部会第6回を開催いたします。   審議に入る前,配布資料の説明を事務当局から。お願いします。 ○佐野関係官 本日の配布資料ですけれども,事前にお配りしました部会資料の資料番号6以外に,今日ヒアリングで使用する予定であります参考資料の資料番号13から16をお配りしております。資料番号13は長谷川京子弁護士が御作成されたレジュメでありまして,その後,14-1から14-4まではそのレジュメの参考資料ということで机上に配布させていただいております。一部,14-2に相当する白い冊子があると思うのですけれども,冊子ですので,特に資料番号は付されておりませんが,14-2という扱いにさせていただければと思います。   あと,山口先生から御提供いただきましたレジュメとして資料15がございまして,そのレジュメの参考資料といたしまして,資料番号16を配布しております。   以上です。 ○髙橋部会長 本日は,お伝えしておりましたとおり,当部会での調査,審議の一環といたしまして,ヒアリングの機会を設けたいと考えております。   兵庫弁護士会所属弁護士の長谷川京子氏と,公益社団法人家庭問題情報センター常務理事の山口惠美子氏のお二人にお越しいただいております。御多忙中,当部会に御協力いただきまして,誠にありがとうございます。   それでは,冒頭に簡単に,恐縮ですが,自己紹介をしていただいて,それから御意見を賜ればと思います。   では,長谷川先生のほうからお願いいたします。 ○長谷川参考人 長谷川でございます。よろしくお願いいたします。   私は,兵庫で阪神淡路大震災のころにドメスティックバイオレンスの被害者と出会って,以来たくさんのDV事件を取り扱ってまいりました。その関係から,暴力から逃れてくる女性とか子どもたちが置かれている状況,それから,それを追跡する加害者からどうやって逃れていくか,そのことの厳しさというものを見てきましたので,そういう事案で,ハーグ事案に抵触する人があれば,その人たちの状況も十分酌んでいただいて国内担保法を作っていただきたいということで本日参りました。どうかよろしくお願いいたします。 ○山口参考人 山口惠美子と申します。                        6月1日で公益社団法人になりました家庭問題情報センターという民間の団体で,面会交流の援助をしております。面会交流に携わってもう20年近くになりますが,ボランティア的な仕事で普段はジーパンで髪を振り乱して子どもと遊ぶ仕事なものですから,こういった場に出て適切な発言ができるのかどうか,ピント外れなことがあるかもしれませんので,御容赦いただければと思います。 ○髙橋部会長 では,長谷川先生のほうから御意見をお願いいたします。 ○長谷川参考人 それでは,話をさせていただきます。   トルストイは「幸せな家庭は似ているが,不幸な家庭はそれぞれに不幸なものだ」という言葉を残しております。一方の親が他方の同意なしに国境を越えて子どもを連れて帰ってくるという不幸な家庭で,連れ去りが子どもに与える影響というのは一概には言えません。子どもとそれぞれの親との関係,元の国,移動後の国との関係,そこでの生活環境,子どもの年齢等々によって,移動が子どもにとって良くも悪くもなるものだと思います。私は15年ほど前からDVから逃げてきた女性と子どもたちを支援してきました。ハーグ条約の子の連れ出しに関する実態には不明ながら,連れ出し親の7割を母親が占めると聞いて,その中に相当多数の割合でDVからの逃走が含まれているのではないかと強く懸念しています。DV事案への懸念を理解する上で重要な認識を以下に指摘しておきたいと思います。   一つは,DVは広範に起こっている根深い問題であるということです。内閣府の調査によれば,女性の4人に一人が何らか身体的暴力を受け,3人に一人が何らかの暴力を受けています。命の危険を感じた人は女性の23人に一人,人口に置き換えれば二百数十万人になります。アメリカに住む日系女性のDV被害率はこの2倍です。帰国事案に一層のDV事案が懸念されるゆえんであります。   第二に,法制度や社会資源が十分にあったとしても助けが得られるとは限らないということです。日本で保護命令は年間2,400件出ております。命の危険を感じた人が一人一生涯に1回だけ保護命令を受けてDVから逃れるとしても,それには800年から1,000年掛かります。ほとんどの被害者は命の危険があっても法の助けを受けないということです。その結果,3日に一人の女性が配偶者からの殺人又は傷害致死で命を失っております。   三つ目に,家を出るというのは大変なことだということです。人は住まいを拠点として,そこで根を下ろし,新しい枝を張って生活しています。子どもを連れたらもっと大変です。DV加害者の追求というのは子どもをターゲットにするからです。だから,被害者は逃げるよりまずはその場で手を尽くします。病院にかかったり,警察に相談したり,場合によっては裁判所に保護を求めたり。それでも暴力は防げず,最後の手段として自分と子の安全のために子どもを連れて逃げてくるのです。国境を越えるというのはそれ以上のことです。   資料14-2はDVから逃れて子連れ帰国した事案の調査であります。そこには,女性たちは暴力に対処するために多くの公的機関に助けを求めたが,概して自分と子どもの安全の確保に居住国の保護機関を活用できず,特に誰一人居住国の司法制度から身の安全を確保されず,やむを得ず出国したということが報告されています。   第四に,DVは被害者のほうから別れた後が最も危険だということがあります。支配を脱したことに腹を立てて,DV加害者は復讐か奪還のために一層の攻撃を仕掛けてくるからです。また,ハーグ条約に基づく返還後,加害親の暴力が深刻化する傾向があるということも,この報告の中には含まれています。   これら四点の認識に立てば,最後の手段として安全と助けを求めて帰国した被害者を,条約に基づく返還で再び暴力被害の釜の中に投げ込んではならないというふうに考えられるわけです。   さらにDVと子どもの虐待には強い相関関係があります。DVと子ども虐待はしばしば併発します。日本でも子ども虐待事件の背後にDVがあるというのはかいま見られるようになってきましたけれども,米国調査によればDV加害者の5割から8割が子どもへも身体的暴力を振るい,娘への性的虐待も通常の6.5倍に上るそうです。DVの加害時に子どもを巻き込むことはよく起こることです。授乳中の母を突き飛ばす,止めに入った子どもを振り払うなど,加害者には偶然でも,子どもを危険にさらす行為に違いはありません。赤ん坊の世話より主人の世話をしろと要求することで,子どもに必要な保護とケアを奪うということもあります。あるいは,妻への見せしめのために子どもを虐待するということもあります。   一方,DVを目撃するということは,子どもが保護と世話を頼る母を攻撃する暴力にさらされるということです。その暴力は,ヒナが身を寄せる巣を外側から壊す攻撃に等しく,子にとっては身に迫る危険として経験されます。子の安全と基本的信頼感を損ない,世界を危険に塗り替えます。ですから,DVの目撃は子どもには直接虐待と同様の深刻なダメージを負わせ,長くその人生を苦しめるのです。   資料4は,アメリカで少年家庭局の裁判官向けに作成されたガイドラインから部分的に私が抜き出したものです。それを御覧いただいても出てきますけれども,私は最近かつての依頼者が連れていた子どもからその体験を聴く機会がありました。すさまじいDVから母と12歳で逃げた子どもが,驚異的な努力で進学,就職して世間的には成功しながら,自殺企図と拒食症に苦しんできました。そのために仕事を度々失い崩れそうになる気持ちをこういうふうに語ってくれました,「12年前に家を出て,同じだけの時間精一杯生きてきたのに,まだ終わらない。」。   人を一本の木に例えるなら,年輪の中心に受けた傷は生涯にわたり痛みと制約をもたらします。ですから,直接の虐待もDV目撃の体験も,子どもの生存と健やかな成長には重大なリスクなのです。しかし,他方でトラウマ体験への子どもの抵抗力は安定的で信頼できる大人,暴力を振るわず子どもが頼れる親がいるかどうか。また,更なる脅かしを排除できるかどうかに大いに掛かっています。ですから,ハーグ事案でもDVや虐待があれば,更に子どもが脅かされないために,加害親との同居や無条件の接触はしないこと,トリガーの多い環境に子どもを戻さないことと並んで,安定的で信頼できる大人との関係を維持するために,子どもからDV被害親を剥奪しないことによって,子の身体的・心理的安全を守るべきであると考えるものです。   第二に,条約第13条第1項bに関する国内法規規定についての私の意見を述べます。条約の解釈規定と言いながら,国内法が条約の文言以上に返還例外を狭めるべきでないと思います。日本政府は,DVと子どもの虐待に関する懸念に最大限対処することを閣議了解で確認して,批准方針を表明したのですから,国内法の策定では最大限の対処を条約の枠内でもっと追求するべきだと思います。そこで,以下に甲´案,乙´案として私案を書き出しておきました。ポイントは三つあります。   第一は,DVや虐待があった事実に追加して,返還後の更なる暴力のおそれを要件とするべきでないということであります。子どもへの「心理的身体的な害」は,更なる加害だけによるのではありません。被害が子どもの身体記憶に侵入し安心を奪うなら,心理的には加害を受け続けるのと同じ被害が続きます。虐待者との接触や元の国での生活や文化は,記憶の侵入を引き起こすトリガーになりがちです。   二つ目に,子どもへの非身体的な虐待を「心身に有害な影響を及ぼす言動」と表現し,定義するのであれば,DV目撃による子どもの心理的虐待の定義だけを殊更に狭めるべきではありません。「子に著しい心理的外傷を与えることとなる暴力等」というような表現は改めて,同じ表現にするべきです。なぜなら,子どもへの虐待とDV目撃は,子どもへのダメージにおいて等価だからです。   三つ目に,人の子どもは乳幼児の時から「安定的な依存の対象」に根を下ろして生存し発達します。その対象を剥奪したり,悪化させることは子どもの重大なリスクです。ですから,相手方が「安定的な依存の対象」である場合に,相手方なしの子の返還は,子どもから生存と発達のよりどころを剥奪することになりますし,また,相手方の安定・安全が確保できない付き添い返還はやはり子どものよりどころを不安定化させ,生存と成長を脅かします。このような場合には,子どもの返還は相手方の安全安定が確保され,かつ,付き添い帰国が可能な場合に限られるべきであります。   第三に証明の問題です。DV虐待の証拠は残りにくいです。体のけがでさえ十分には残りません。数少ない客観的証拠や所見を審理に提供し,返還のリスクを正しく評価するために,以下のことが必要だと思います。   第一は,事実の調査において返還例外については,関係者の供述・専門家証言などを,「迅速」の要請からだけ制限しないこと。   第二に,中央当局が十分に協力を果たすことです。元の国に残った証拠が相互主義の下,日本の裁判所へ提出されるように,各国との間で協力関係を確立する努力を尽くしていただきたい。また,中央当局経由で申立国から得られた証拠資料が日本の裁判所で日本語により十分吟味されるため,その翻訳を中央当局の責任で行っていただきたいということです。   三つ目には,在外領事館が相談事実等の公証機能を果たすということです。DV防止法では,保護命令の申立てに対しては警察等での相談などの事実を加えて,DVの事実や事案を認定することになっていて,客観的証拠が十分とは言えないDV事案での認定に役立っています。このような仕組みを在外邦人への保護と併せ,ハーグ条約の実施体制に取り入れていただきたいのです。   図を御覧ください。在外公館は現地での被害者支援に実績のある機関・団体と提携し,邦人からのDV虐待の相談に応じて,上記機関・団体にリファーして,邦人が適切な支援が受けられるようにするとともに,邦人からの被害相談の事実と内容,機関・団体からの支援報告を受けて,その記録を保存する。そして後日,当該邦人又は日本の裁判所からの要請があったときは,その相談等に関する記録を提供し,それによって邦人のDV虐待被害ないしは相談の事実の証明を支援することとしていただきたい。他方,返還審理を担当する裁判所は,相手方の主張があるときは,当該在外公館ないし外務省にその相談記録等の送付を求め,事実認定の資料とする仕組みを整備していただきたいというものであります。このような被害相談事実の公証機能は,保護命令裁判所への警察等からの書面提出にその例があります。   第四に子どもへの配慮です。裁判の結果,外国へ返還される子どもこそが直接最大の影響を受ける人であります。したがって,国内法の冒頭に「子どもの福祉に従って条約と法律を解釈運用する」という原則規定を置いていただきたいのです。また,条約第13条第2項が子どもの異議を返還例外事由としているのは,子の意思を尊重しようとするものでしょうから,その機会はできるだけ広く在るべきで,以下の場合は子どもの意見聴取を必要的とするべきであります。   一つは子どもからの申出があるとき。もう一つは子どもが意思表明に適すると思われる程度の年齢に達している場合。私は,就学前後の子どもが母の背中を押してDVから逃げてきたケースにたくさん出会いました。子どもは幼いほど危険には敏感です。生き延びるために「逃げよう」と母に訴えるのです。こういう子どもたちの声に耳を傾けるべきだと思います。子どもの意見の聴取に当たっては,子どもが安心し,信頼して,意向を表明できるための関係や環境,手順というものを確保していただきたいと思います。   なお,DV虐待から逃げてきた子は,その言葉を加害者に知られることに恐怖します。子が異議を述べたことが返還後の子どもの安全を損なうなら,それは条約第13条第1項bで考慮されるべきだと思います。   そして,聴取の人材ですが,子どもの発達心理の素養や司法面接のスキルに加え,是非DV虐待の力学に十分な理解を備えた人を充てていただきたい。一方の親を拒否する子どもの気持ちを全て父母の対立と子の忠誠葛藤で説明し,子が直面してきた危険や恐怖を軽視するようなことがあってはならないからであります。   それから,子の処分に関わる裁判で,子どもの手続関与はできる限り保障されるべきだと思います。子どもの利害関係人としての参加とか,裁判の取消申立権者とか,即時抗告等の抗告権者などに子どもを加えていただきたいと思います。   第五に,ハーグ条約事案の調査の体制を設けていただきたいということです。ハーグ条約は,子を返還するものの,その事案の実態や返還による子どもの福祉に関する実情が不明です。これらは条約に基づく子の返還の当否や返還手続の在り方を評価する上で前提となる重要な事実でありますが,これまで日本にも条約事務局においても十分な調査は行われていません。しかし,批准後は日本に関わるハーグ事案については一元的に中央当局に集約されるのですから,国として子の福祉にかなう条約実施を進めていくために,その実態を解明する調査が行われるべきです。すなわち,子どもの連れ去りの原因,子どもの双方の親との関係,子どもの双方の国との関係,返還後の子どもの監護の状況,監護裁判の結果等々,そういったことについて信頼性のある調査を行うなどの体制を盛り込んでいただきたいと思います。   最後に,監護権侵害に関する注意規定を置いていただきたいということです。日本では夫婦が別居する際に,一方が子どもを連れて家を出る「子連れ別居」が他方の監護権侵害に当たるとは考えられていません。子どもの監護は新たな監護の状況が子の利益を損なうかどうかという観点から評価されています。このような法的評価について,これを改めるべきだという国民的議論はいまだ行われていないはずです。したがって,ハーグ条約の実施後,共同親権下にある子どもを日本から連れ出す行為に対し,返還申立てができるようにするとしても,そのような対応が国内での子連れ別居に監護権侵害の法的評価を与えるものでないということは明確にしておくべきであります。   そこで,条約第3条第1項の適用に当たっては,国外への連れ出しに限り監護権侵害に該当し得る趣旨の規定を置いて,国内での一般の子連れ別居への評価と区別するべきであります。なお,「該当し得る」というのは違法性が推定されるという趣旨であり,DVや虐待からの安全を求めた逃走など,やむを得ない場合に違法性が阻却される余地は残すべきであるというふうに考えます。   御静聴ありがとうございました。 ○髙橋部会長 ありがとうございます。   それでは,引き続き山口理事からお願いいたします。 ○山口参考人 私は,担当者の方から主に三点について述べよということでオーダーがありましたので,それを中心に説明をさせていただきます。   第一は連れ去り事件における新しい環境への子どもの適応に関すること。第二は,常居所返還への子どもに与える重大な身体的・精神的危険について。そして,三番目が,子の返還拒否の意思を考慮するに適する年齢,成熟度。普段子どもと接する仕事をしている立場からこれらについて意見を述べよというオーダーを頂きました。   今たまたまTPPの問題が国内的に随分問題になっておりますが,TPP加盟と農業振興政策の関係が,ハーグ条約と面会交流の関係ではないかと私は思っております。これから鑑定事例の幾つかを参考にしながら話を進めさせていただきますが,結果において面会交流がうまくいっているケースはかなり穏やかに着地する,問題が収束するという意味においてということです。ただし,私どもが申し上げている面会交流というのは,当事者が自力で実施している面会交流ではなく,第三者関与の下に行われる面会交流のことを指しています。鑑定においては無論全ケース面会交流を鑑定中に関与してやっております。日常の面会交流というのも,援助がなければ実施できないケースについてやっておりますので。   これから私がお話させていただくことについては,自己紹介の時も申し上げましたように,日常的には法文上の解釈うんぬんとは関係のない仕事をしておりますので,かなり限定的な立場でしか物が言えないということで,四点ほどその限定条件を先に申し上げます。   まず,第一に,国内事例に基づく実務経験から限定的に話をさせていただきます。心理学の世界でも離婚紛争の渦中における子どもの心理については,最近研究対象になっていないことではないのですが,長く日本では離婚とか監護者の問題というのは心理学の世界一般のテーマではなく,専ら家裁の実務の蓄積で判断基準が蓄積されてきております。それは,私ども以上に,今日の先生方はよく御存じだと思いますから,それについては触れません。   第二に,私どもの仕事が三者関係のダイナミズムの中で行われている経験であるということです。精神科医とかカウンセラーとか弁護士とか,一般に援助活動を担当している職業の方々が対象者,当該の一人を守る役割をなさっていらっしゃるのに対して,私どもは子のいる離婚について,あるいは,面会交流という仕事については三者関係,父も母も子も三人を対象にしながらその調整をするという仕事をしております。似た仕事をしていらっしゃるのが児童相談所,それから,家裁あたりではないかと思っております。特徴は,今,長谷川先生も指摘されたように,事例は非常に個別性があって,一般化はなかなか難しいので,個別的な見解も無視できない,そういったものの蓄積の中で物を言うしかないと考えております。それを多少でも一般化するために,今日は過去に私どもが受任いたしました鑑定事例の一部を,15事例ほどですけれども,一表にまとめて資料として付けました。   鑑定事例の2000年の時点からの家族の変化もありますが,葛藤という意味で,鑑定をしてまで親権者を決めるというようなものは,葛藤事例の最たる例として考えられそこで得た所見が面会交流の所見と決して矛盾していない,同じようなことが言えると思っています。  第三に,子どもにとっての離婚体験と虐待の体験はかなり類似,あるいはイコールと言っていいかもしれないと考えておりますので,虐待が理解されるのと同じ視点で子どもの離婚経験における心理的受傷というのを考えていただければいいかと思っております。事例の中でも,母の疾病等による子どもへの虐待事例というのが何例もございます。必ずしも父が子どもに対して虐待をしているわけではありません。   今更言うことではございませんが,子どもがどういう心理的受傷をしているかと言えば,例えば自尊感情の損傷,自罰感情,怒り,不安,恐怖,ときには,心身症状を出していたり,発達遅滞があったりというような現象が見られております。   一般の虐待と違っているところもあり,離婚の中で受傷している子どもに特徴的なのが忠誠心葛藤,これは事例8の7歳の女児,事例14の5歳の男児,事例14の7歳の女児,このあたりに顕著に認められるものでございます。   それから,過熟状態を呈して,親子の役割が逆転するといった現象も一般の虐待とは違って,離婚時にはよく見られます。事例9の2歳児,既に2歳のころからけんかする両親におもちゃを差し出してなだめようとするというようなことが始まっていたりします。事例7の5歳児,それから,事例1の10歳の女の子の場合には,既に両親を彼女が主導しながら問題を解決しております。事例5の10歳の男の子も,兄弟に対する親役割,保護者役割を果たしています。   四番目は,私の結論でもありますが,最重要課題は早期解決であると思っております。そして,その後のサポート,ケアのいかんが子どもの安定に非常に重要なのです。早く安定する結論を出してもらうことと,今,長谷川先生もおっしゃっておられましたように,その後の問題に対応する調査とか修正,変更の機会をきちんと設けていただくということではないかと思っております。   以上を前提として,第一の御質問である連れ去り事件における新しい環境への子どもの適応というところでは,子どもに対する別居の影響,子どもの適応力,成長力,別居先の環境の良否との関係,この三つについて述べたいと思います。   子どもに対する別居の影響。これは,外国の人は「連れ去り」と言うし,別居親は「連れ去られ」と言いますが,私どもは一般に「別居」と言っております。別居の契機も,長谷川先生の話とかなり重なりますが,DVその他の加害行為。これは最近一層顕著になっておりますが,双方暴力の傾向があるように思われます。それから,母の育児困難,そして,疾病,虐待というような方向へ行く。   連れ去りの鑑定事例を6ケースここに出してありますが,双方暴力を含めてDVが3件,母の育児困難が5件,母からの虐待が2件,それから,子どもに促されてというものが1件あります。子どもに促されるというのは,最近,面会交流の援助の際にも母親からときどき聞かされることです。これは役割逆転の典型だと思いますが。これらの契機をもって別居した場合,いずれも紛争渦中にある時より子どもは安定又は被害が軽減していると言えました。ですから,理由はともかく,あるいは,方法はともかく,子ども自身にとっては,夫婦が同居してDVを含む激しい紛争状態にある時が一番ひどい被害を受けている。別居することは子どもにとっては幸いである,少なくとも緊急避難的には幸いであるという言い方ができるかと思います。   次に,子どもの適応力,成長力。これは事例7の5歳の男児の場合,長男であるというファクターで過熟現象が出ているとか,事例6では,母親が自分自身の愛着形成も不全のまま母親になっていて,愛着形成不全の再生産が見られます。そういった中では,同じような年齢,5歳男児,5歳女児であっても,子どもの置かれた状況,それから,親自身の成熟度によって子どもの適応力,成長力も違ってくる。ですから,これは個別的に見ていくしかないということだと思います。   次の連れ去り先の環境の良否との関係。事例4の4歳児,これは連れ去られてからというか,別居後二度目の母性剥奪を経験しています。叔母に育ててもらっていたのにが,その叔母がいなくなる。しかし,監護親である父親の洞察力が非常に低く,子どもが,甘えない,攻撃的,どもるなどの症状を呈し続けています。逆に,事例1の10歳の女の子,事例2の8歳の男の子,これは面会交流の実現で急速に好適応を回復しているというような事例です。   別居,片道連れ去りと言いますかね,連れ戻しがないような事例が6例ですが,これについては,連れ去り後,同居親が母である3例は,予後,母子共に状況が好転しております。母親としてはDVからの解放,育児困難の軽減というようなことが背景にあります。同居親が父親である3例は,予後の子どもは共に問題が潜在又は顕在化しているということで,総じて言えば同居中よりはましですが,これは偶然でしょうか,母3例は良好な状況を呈しており,父の3例は予後に問題があるというような結果が出ています。  以上のような事例を見ても,子どもの返還の判断が,子の状況によらず監護権の回復にあるとすれば,戻る環境は必ずしも元のままとは言えませんので子はまた新たな環境へ再適応を求められることになります。この辺に連れ去った後どのようにしていくかという環境の問題の重要性があると思います。   それでは,三番目の,常居所返還への子どもに与える重大な身体的・精神的危険について述べます。これについては,鑑定事例の三枚目,四枚目に,何度も連れ去ったり連れ戻されたりしたような,困難ケースの中でも更に困難ケースをリストにしてあります。ハーグで言っている常居所へ連れ帰すというのは,一旦別居したものがもう一度移動するわけですから,国内事例で言えば連れ戻し,取り返しに相当するわけです。ハーグ条約で言っている返還とここで言っている連れ戻しの繰り返しとの類似点と相違点について一言述べさせていただきます。   類似点としては,連れ戻し事例は9件ありまして,7件に兄弟があります。連れ去り1回で終息した6件の中には兄弟事例は1件しかない。兄弟があるということが連れ去りの繰り返しの特徴かなということを感じております。事例14の7歳の女の子は父方で生活しております。母からの虐待,母の不倫を父に告げ,弟のみ連れ去り,連れ戻しを受けています。父のDVがあります。この例を典型的な例として考えてみますと,父母が支えにならない状況で,子どもたちは兄弟連合によって支えられています。事例7,15あたりもそれに相当すると思います。ハーグ条約の場合も同じように兄弟連合の安定の脅かしの問題があります。   次に不安性愛着。事例14の場合には祖母へのしがみつきが見られます。彼女は友達には母親は死んだというような言い方をしておりますが,こういう状態の子どもを,その同居親から引き剥がすということは,子どもにとっては大変な恐怖です。ですから,移動をやむを得ずするとしても,こういった場合必ず同居親の同行,そして,同居親の安全を確保するということが必要になるかと思います。   三つ目に,子どもの拒否感と罪悪感,これが事例14では子どもがダブルバインドの状態になっています。子どもの拒否が想定されるというのもハーグ条約の場合に考えられることで,これをどう扱うかという問題が出てくると思います。   次に,国内事例の繰り返される奪取とハーグ条約による返還との相違点を述べます。鑑定事例の9例中7例にいろいろな日本的特徴が見られます。事例12とか13では,親族ぐるみの暴力的奪取合戦によって子どもが傷を受けています。事例7,11,15では騙し討ち,それから,1週間ごとに交代で養育するという事例8,やり取りの頻度の高い事例9,こういうのもあります。その上,奪取後に,4件は社会的隔離,拘束,強権的教育というものを受けています。こういったことは,ハーグ条約批准後の制度下できちんと返還され,返還先ではこのような受傷は一般的には想定されないという安心と保証があって返還されるのだとすれば,相違点であろうかと考えます。   では次に,子どもに与える身体的・精神的危険についての問題として,同居親からの分離不安と子どもなりの納得の必要性について述べます。今申し上げたように,愛着形成不全による分離不安を起こさないためには,子どもの移動は行わないことが重要。事例8などでは柱にしがみついても母のところへは行かないとか,愛着形成に重要な乳児期に,事例9では保健所の指導を受けるような頻度の高いやり取りで情緒不安定を起こしています。両親間を往復する間に,子どもの中には再度の見捨てられに対する恐怖というものも生まれてきます。子どもに安全を保証し,子どもなりに納得する必要があるということで,子どもなりに納得ができるということは,後に述べるような年齢の問題,子どもの成熟の問題と関わりなしには判断できないことではないかと思います。   三番目に,グレーゾーンへの不安と見通し付与の必要性。今後,誰と暮らすか,両親のいずれとも断絶状態にはならない方法を話し合うための返還であるということをきちっと理解させ,それが実現される。要するに,約束が約束どおりに果たされるということをしないと,子どもにとっては新たな加害行為になるということです。特に,未来の予見について非常に情緒不安定になりやすい発達障害児,軽度発達障害というのが最近私どもの援助対象の中で非常に増えております。この子どもたちには,心の準備ができていない,あるいは,心に抵抗がある変化を恐れ,しがみつきとか,同じ状況に固執するというようなこだわりの強さが特徴なのですが,そういった子どもの扱いには特に配慮が必要ではないかと思います。   最後の課題であります子の返還拒否の意思を考慮するに適する年齢,成熟度。これについては三つほど申し上げたいと思います。   まず,子どもの意見表明と安全性の保証(子どもの本音)についてです。これは,日本文化と欧米文化のいずれに子どもがなじんでいるかによって相当違ってくると思っております。一定期間向こうで成長し,学校教育などを受けていれば,意見表明することは是であるという価値観を身に付けているかもしれない。それに対して日本の子どもは波風を立てないためには物を言わない。両親の顔色を見て黙る,こういう傾向が非常に強いです。   これは鑑定事例の中でも,自由に物が言えないとか,消極的に順応してよい子をしているというようなのが出ていますので,お分かりいただけると思いますが,日本の子どもは意見を言わない,言えない,言えるような訓練を受けていない。さらに,今言ったように顔色をうかがう。よほどの安全性が確信できないと本音を漏らさない。   私はこういう状態を,日本の子どもに特徴的にある防衛的な寡黙ではないかと思っております。これを無理に聞き出すということができるのかどうか。   年齢,成熟度に関する二番目の問題は,成熟度と年齢不相応な過熟。子どもに責任が求められるかという意味で,ここで大事なのは子どもの自己資源を総合的に判断するということで,能力,性格,受傷の内容,程度,兄弟連合への依存度,こういったものが事例ごとに個別に総合的に判断されるべきであると思っております。   注意が必要なのは過熟児の扱いです。本来の力量ではなく,背伸びをして無理をして生活をしています。それが尽きたところで燃え尽きという状態を起こします。長谷川先生が成人期近くなってからの悩みとして事例を出していらしたのも,こういった過熟児の予後ではないかと思って拝聴しておりました。見掛け上しっかりした子を表面だけで判断しない,負荷を掛け過ぎないというような配慮がとても大事だと思います。それから,繰り返されますが,軽度発達障害の子どもの扱いには,予告と納得のない変化にはパニックを起こすということで要配慮と思います。   年齢に対する配慮。これは子どもの意見表明権は確保するべきだと思いますが,発達段階との兼ね合いで考えていただきたい。そういう意味では,自発発言は尊重する,真摯に耳を傾けることは大事で,言いたいという自由を押さえ付けてはいけない。けれども,その発言に責任を取らせる,責任を負わせるということは避けるべきです。  本当の気持ちを聴いてくれる人が存在する,理解してくれる人がいることは,子どもにとっての救いです。「かなえてあげられることと,かなえてあげられないことがある。でも,それがあなたの願いなのだね」というような共感を得ることは,たとえ子どもが言ったことが実現しなくても,子どもにとってはそれなりの成長刺激として役に立ちます。例えば,ずっと昔,例えば日本人が非常に貧乏だったころ,子どもがどうしてもあれが欲しいというときに,母は涙ながらに「そうだね,本当に欲しい気持ちは分かる。でも,今のうちの家計状態からは残念ながら買ってやれないので我慢してくれる?」というような子どもとの付き合い方ですね。   不本意な結論にも耐えられるかどうか,我慢できるかどうかということで,周りの扱いの違いが大きく影響する例として,事例3と事例4が考えられると思っております。事例4の場合は極端な父親で,家事をしない母親は母親ではないと言って,手の込んだ弁当を毎日作って子どもに持たせている。そういう偏った愛情ではあるけれども,きちんと子どもに目配りをしてサポートしている父親であれば,子どもは泣き虫ではあるけれども,明るく活発に頑張るとか,そういう健気な適応を示すことができる。   それに対して事例4のほうは,子どものことについて,父親が子どもの表面だけを見てうまくやっていると思っておりますが,鑑定人から見た子どもは非常に問題を抱えていて,攻撃的であったり,甘えられなかったりというような問題を抱えている。そういうことで,子どもの自発発言に真摯に耳を傾けるということは大事です。   それから,発達段階をどう見ていくか。これは発達心理学的にもいろいろな所見はあると思いますが,そこを離れて,私は今日は純粋に援助経験から見聞きしていることについて申し上げたいと思います。   3から4歳の場合には,同居親に依存した自己主張はできます。面会交流にやってきて,4歳の子が父親に対して「何でお母さんのことをいじめたのだ。僕は許さない。」と言ったりします。そのときそのときで違いますけれども,4歳というのが一つの自発的な主張ができ始める年齢だということを私どもは感じながら仕事をしています。   それから,6歳から7歳,この辺が非常に微妙で難しいと思います。その場の雰囲気に影響を受けやすい。事例4,事例7,事例8,などがその例かと思いますが,面会交流の事例で言いますと,父親が運動会に黙って見に来たということを子どもが母親に告げて,それを不安がった母親が「次の面会をしたくない。」と言ったので父親に確認したら,父親がその行為を否定しました。それを母親は子どもに追及したのですね。そしたら,子どもは「うそを言った」という。客観的な状況からすると,父親が運動会に行った蓋然性はかなり高いのですが,子どもは都合によってその場その場でうそをつきます。ですから,父にもいい顔をし,母にもいい顔をするということをやっています。   それから,9から10歳,これは一般にも「9歳の壁」という発達上の言葉がありますが,面会交流では9歳あるいは10歳,小学校5年生頃からは子どもが自分の意思で行動や主張をします。非常にタイトな養育態度の監護親から養育を受けていた子どもが家出をし始めるのもこの年齢です。面会交流の中身も子どもが主導していくようになります。事例で言うと事例1の10歳の女の子,問題解決の主導者である。それから,事例5の小学校5年生の男の子,一度,父親の誘いで,「お父さんのほうに行く。」と言ったけれども,その後やはりやめると。なぜかと言えば,「お母さんがいじめられたからだ」というようなことで,きちっと断れるようになった。   面会交流の事例でいうと,最近,小学校5年の女の子が父に抗議をしました。身勝手な父に対して「こういうのは私のための面会交流ではないからやめる。」と。ですから,9から10歳というのは自己主張がきちんとできる,逆らってもできる年齢だということで,この年齢からの子どもの意向というのは大事にしていかなければいけないと思います。   以上から,早期解決と確実な面会交流を保証することの重要性を再び具申したいと思います。もう一つ,私のほうで疑問に思っているのは,ハーグ条約は手続法であって,人権保護法ではないという説明があると聞いております。人権保護に反する手続は存在してはならないし,誰の人権かという意味で,連れ去りを即監護権に対する侵害ということであれば,それは親の権利への侵害であることは理解できますが,同時にそれが子どもの権利,子どもの福祉の侵害であるということに,私は今一つ納得し切れないものを感じております。   長くなりましたけれども,以上で説明とさせていただきます。 ○髙橋部会長 ありがとうございました。   それでは,せっかくの機会ですので,長谷川弁護士,山口理事に対しまして,何か御質問がございましたら,どうぞお願いいたします。   大谷委員。 ○大谷委員 長谷川先生に四点,山口先生に一点あるのですが,続けてでよろしいですか。 ○髙橋部会長 どうぞ。 ○大谷委員 長谷川先生への質問の一点目は,1ページ目の在米日系女性DV被害率の数字なのですが,資料のほうで「吉浜DV調査」ということで出典を挙げていただいているのですが,ここはよく外国の関係者の方から聞かれるところなので確認しておきたいのですが,聞かれるというのは,国際離婚,特に日本人女性の国際離婚のほうがDV被害率が高いのという質問をよく受けるので,確認させていただきたいのですが,まず在米日系女性というのは,米国在留の日本人女性という定義で伺ってよいのかということと,できれば根拠で挙げてくださっているものの出典をもう少し正確な形で教えていただけると有り難いというのが一点目です。   二点目の質問は,4ページの(2)の返還例外事由のところで三点,私案ということで御意見をおっしゃってくださったのですが,この三点目,乳幼児の時の話です。相手方の安定が確保され,付き添い帰国が可能な場合に限るべきであると。この御意見は,DVの場合に関してということでおっしゃったのか,そうとは限らず一般的にということでおっしゃったのかというのが二点目です。   それから,三点目の質問は,在外領事館での相談事実,公証機能のところです。ここで想定されている体制というのは,在外公館に相談があった時に支援機関にリファーすると。そこまで分かったのですが,その後,その団体のほうでも相談記録を恐らく残されるはずだと思うのですけれども,それを在外公館がどういう相談内容だったかということをフォローして,在外公館のほうで現地の支援機関・団体が受けた相談内容をまたフィードバックしてもらって,記録化するということなのでしょうかというのが三点目。   最後に,四点目の質問は6の監護権侵害に関する注意規定のことですが,ここに関しては,中に二つ質問があります。一つは,国外への連れ出しの時には監護権の侵害に該当し得るが,それでも違法性阻却の場合があるのだという御説明をされたと思うのですけれども,国内実施法に明記すべきとおっしゃったのは,この点についてもということでしょうか。つまり,日本からのアウトゴーイングケースで,海外から見たときに監護権の侵害が日本法上あったかどうかといときに,国内実施法にそのように書いてあると,これは違法性阻却なのかどうなのかということを,外国でそこまで見るようにということをおっしゃっているのか。それとも,国内に影響がないように,国内は今回のハーグ条約に関する監護権侵害という概念を持ち込まないということを明記すべきなのかとおっしゃっているのかということです。最後の質問の中に二つあると言ったのですが,今の一点で終わりです。   山口先生にお伺いしたかったのは一点だけなのですが,3の②,③のところで,子どもなりの納得の必要性ということと,子どもが聴いてくれる人がいるということが重要とおっしゃったこととの関係で,いわゆる子ども代理人というか,子ども手続代理人という形で,子どものために代理人が付いて,単に子どものための代理活動をするというだけではなくて,子どもにこの手続で何が起きているのか,どうなるのか,あるいは,結果が出た時にその内容を説明してあげるというような機能を果たすことも重要なのではないかと思っているのですが,その点についてもし御意見があればお伺いしたい。   以上,長くなりまして,申し訳ありません。 ○長谷川参考人 私のほうからお答えしてよろしいでしょうか。   まず最初の調査の点ですが,これはアメリカにいる日本国籍を有する人だけではなく,日本から来た女性という意味です,日系女性というのは。それで,一世の人もいますし,二世の人もいるということのようです。これについての出典は,探しやすいのはアメリカンバーアソシエーションの情報サイトの中に,日本人女性に対するドメスティックバイオレンスのデータということで掲載されています。以下その研究の詳しい発表年度などがそこにありますので,御覧いただいたらと思います。   次に,甲´案,乙´案の注(3)のところであります。相手方が子の安定的な依存の対象である場合に,その人から引き離したり,その人が不安定なまま帰すことは,子どもの重大なリスクになるのではないかという意見に対する御質問ですが,これはDV事件に限定せず,子どもにとって成長する過程で主要に頼りにしている人からの引き離し,剥奪というのが,その子にとっての重大なリスクになるということで書かせていただいています。   それから,三つ目の御質問ですが,これは在外公館が,絵でいうと④のところですが,現地の提携先支援機関・団体からどのような相談を受け,どのような援助をしたかという報告を受け,それを管理保管し,必要に応じて提出するということで考えております。   それでよろしいですか。 ○大谷委員 積極的に在外公館のほうからその後相談に行ったかと,どのような相談だったか,どのような支援をしたということをフォローして,在外公館のほうから積極的に問い合わせて,それをまた記録化するということですか。 ○長谷川参考人 在外公館のほうがリファーをしているので,その結果がどうだったということを回答してもらうという関係を提携関係として考えています。来なかったとか,来られてどうであったといったことを回答してもらう関係を,提携関係として確立しておくということです。 ○大谷委員 そうすると,こういう保護機関があるよという単なる紹介ではなくて,何らかの協定というか,きちんとした契約というか,そういうことを在外公館のある場所でするということでしょうか。 ○長谷川参考人 場所が近いのが良いのかどうかは分かりませんけれども,現地の法律とかリソースに通じた機関との関係で,緊密な連携関係を確立しておくということになると思います。配暴センターなどは相談を自ら聴いて,そこでいろいろな措置をして,その記録を保持するわけですけれども,在外公館でそこまでのことをDVや虐待に特化して行うということは,現実問題では難しかろうと思うのですね。それゆえに,現地のしかるべき機関とか団体ときちんとした連携関係を確立しておいて,そことの関係でもって邦人を保護していくというようなことを考えています。 ○髙橋部会長 もう一つ質問がありましたね,6の国内監護権侵害。 ○長谷川参考人 最後の質問ですが,私もここの点は考えました。考えた結果,違法性阻却はあり得るものとして国内規定を置いていただきたい。そうすると,日本国からの連れ出しが,日本国内法上監護権の侵害に当たるのだという証明文書というか,そういうものを出すことになるかと思うのですが,違法性阻却事由に当たらない限り,この要件に該当するのだというような形で申立てをして,返還先の国においてこのような違法性阻却事由があったので,監護権侵害に当たらないのだというようなことが抗弁として出るけれども,それも含めて審理してもらうことになるかなと思いました。 ○山口参考人 子ども代理人制度についてという御質問であると非常に答えにくいのですが,子どもは自分が信頼している人間との間でないと説明を納得しませんし,話したいとも思いません。したがって,子どもに寄り添う人間を,子どもが信頼するということが最優先課題であって,それが例えば職業上のどういう人間であるかというよりも大事なことではないかと思います。面会交流などでは,例えば援助者に対する信頼感を子どもがきちんと持てば非常に良い援助ができるのですが,そのときに多くの事例では,「この人は信頼ができる,私の信頼している人だから大丈夫」と母親が語ってくれている,そういうケースは非常にうまくいっているのですね。例えば私たちが自分を売り込んだところで,必ずうまくいくかどうかは分からない。   ですから,私は一気に制度論的な議論にまだ飛びたくないなという気はします。ただ,子どもをサポートする人材がきちんと子どもと関わっていかなければいけない。だから,私たちは母親をそのようにサポートしながら面会交流をしているのですね。子どもにこう言ってくださいとか,子どもと直に接するほど私たちは近い関係ではないですから,一番近くて信頼を寄せている同居親を親教育して,そのような関わり方ができる資質に高めていくと。私たちの仕事の中でやっているやり方はそういうやり方です。 ○髙橋部会長 ほかにいかがでしょうか。   はい,棚村委員。 ○棚村委員 私のほうから山口先生に御質問を一点させていただきます。今日,山口先生のお話は面会交流で,国際的な事案というのは扱われたことがあるかどうかということが一点です。もしあるとしたらどういうところが国内事案と少し違って難しいところがあったとお感じかというのが一点目。   二点目は,先生といろいろとお仕事もさせていただいたり調査もさせていただくことがあるわけですけれども,国内事案で離婚をめぐり激しく争い,それから,婚費の問題とか,そういうところでも争い,最後,親権,そして面会交流というところでも激しく葛藤が展開されるわけですけれども,そういう事案で最終的に,先ほどお話を聴いた面会交流が確保されて,親子のきずなが断たれないのだということを認識すると割合と着地をしていくということについては,国内事案で結構ですけれども,激しく争いあって,いろいろな調停とか審判とか訴訟という中で,争い合えば争い合うほど後が大変なことになると思います。そのときに,面会交流というものがある程度実現されて,第三者の関与の下で保証されたときに,全体の紛争が割合と解決にいくとか,落ち着いていくと,ある判断がされた場合も,そういうことにつながるのかどうかというのを,先ほどちょっとお話をしていただいたのですけれども,もう少しお話していただければと思います。 ○山口参考人 一点目は,渉外ケースの担当経験とその問題点というか,特性ということですね。私どものところで皆無ではございません。母親がアジア系,父が中近東系,これが渉外事例の主たる対象者なのです。欧米のケースは非常に少ないです。私たちが扱っていて大変困難なことは,外国人である当事者,女性の場合には父が連れ去りを恐れていて,母親のパスポートを返さないというような問題を抱えたままということも時々あります。   それから,父親が外国人であるケースというのは,自国の価値観を日本に丸ごと持ち込んで,ここは日本だぞと言っても,日本はおかしいと言う,皆さん御存じのような論争を持ち込んできます。私たちはそれを防戦するために,「うちはこういう援助の仕方をしている。それでよければうちの商品を買いなさい。」と,そういう枠組み提示でもって何とかこなしています。現に継続していい傾向でいっているのは,どちらかと言えば母親がアジア系のケースで,父親は住所や職業が不安定になったりして長続きしない傾向があります。ですから,それはどちらかというと経済的な理由かもしれません。   それから,二番目のほうですが,開口一番,私がハーグ条約はTPPにおける農業振興政策と同じではないかということで,面会交流を引き合いに出しましたけれども,例えば平成18年の『家裁月報』に,「○○○センターを使って面会交流させる」という審判例が紹介されました。3年ぐらい紛争に紛争を重ねて,小学校高学年の子どもが嫌だといって踏ん張っておりました。でも,私どものところに来て,最初に一回だけ約束の時間が10分守れなかったことに母が立腹しましたけれども,それに対するきちんとした対応をした後一度も問題が起こったことがありません。今は中学生になって,自分たちで実施しているようです。   一般に訴訟になったケースは,訴訟構造でお互いに傷つけ合い,傷つき合い,これの増幅を重ねてきておりますから,本当に荒々しい感情を持っておりますが,場所が変わり人が変わると,人間の気持ちも変わるのではないかと思います。うまく援助の枠組みを受け入れて乗ったケースは,その後,紛争が比較的収まっていっています。   そういう意味で,鑑定の場合も鑑定人が必ず面会交流を実施していました。鑑定の時点での面会交流がきっかけになって,その後面会交流をしているケースが多いですし,面会交流が保証されたということで親権の問題も落ち着いて,結論が出ていました。 ○髙橋部会長 早川委員。 ○早川委員 長谷川先生に一つ伺いたいのですけれども,今日のレジュメの6番の監護権侵害の国内事案の話です。御意見は,先ほど補足もございまして,よく分かったのですけれども,このように国境を越える事案と国内事案とを区別される趣旨,あるいは,その基本をなす考え方について伺いたいのですが‥‥‥。先生のお考えでは,子連れ別居は,国境を越えるものについては今回ハーグ条約に入るので違法とされるのはやむを得ないけれども,本当はそれも含めて違法ではないと考えるべきだということなのか,それとも,国際事案と国内事案は原理的・本質的に違うものであるとお考えなのか,その辺を伺えればと思います。 ○長谷川参考人 私は,国内事案に関して今までの日本の考え方,評価の仕方というのを改める必要はないというふうに考えています。今,山口先生からもおっしゃっていただいたように,子どもが移動したことがよいのかどうなのかというのは本当にケース・バイ・ケースです。したがって,争いの現場にずっと子どもがいるよりは,その紛争を一旦離れて,冷却したところでそれぞれの時間を過ごすということが子の福祉にかなうとするならば,それ自体は違法だとか監護権侵害だとかいう形で処理されるべき事態ではないというふうに考えています。   しかし,このハーグ条約を批准した目的として,日本から共同親権下で連れ去られてしまった子どもを取り戻すとするならば,日本国内法に照らしてそれは監護権侵害だと言わなければ申立てができないわけですから,それをどうするかということになってくると思うのです。そのときに日本は世界の中でも非常に文化が違うと言いますか,宗教とか文化の意味で欧米とはかなり違うと思うのですね。あるいは,ほかのアジア諸国とも同じではありません。長らく独立してその文化を形成してきた国でありますから,家族観とか子ども観といったようなものも外国と全く同じように考えるわけにはいかないだろうと。だから,日本の法文化があるわけですし,それを越えて連れ出してしまって,日本での監護の裁判を侵害する者については,ハーグ条約に基づいて元の常居所地に帰してくださいよという趣旨で規定を設けるべきではないかというのが私の意見であります。   答えになったでしょうか。 ○早川委員 御意見はよく分かったように思うのですけれども,伺いたいのは次のようなことなのです。国内事件の場合には,子どもの福祉を考えると,無断で子を連れていったことを一概にとがめて,例えば直ちに戻すということをやる必要はない,むしろそれは子どもにとって有害であると,そういう御意見ですね。国内事件に関してそのように言えるとしますと,そのことは原理的には国境を越えたとしても同じなのではないかと思うのです。なぜ,国境を越えたハーグ事件の場合には,条約を適用して直ちに戻すことにしても構わないと言いますか,それを受け入れられることになるのか,その辺がよく分からないのですけれども。 ○長谷川参考人 共通する部分もあると思います,国内での別居と国外の場合と共通する部分もあると思います。ですから,国境を越えた連れ去りも子どもにとって良くもなり悪くもなるというふうに私は考えています。ただ,ハーグ条約の場合は,一定の例外事由に当たらない場合は返還しますよというテーブルに載せることになっているわけです。 ○早川委員 別の伺い方をすると,ハーグ条約に入ることを前提とすればそういうことになるけれども,ハーグ条約自体は先生の目から見ると余り望ましいものではないということなのでしょうか。そのあたりをちょっと伺えればと思った次第です。 ○長谷川参考人 私は今でもハーグ条約が望ましいものかどうかは分からないと思っています。それはこの実態がトータルに子どもを,ハーグ条約というのは子どもを返還するという,正に入り口のところの監護に関する処分なわけですけれども,返された後,その子どもがトータルに幸せになるのだろうということが見えてこないからです。できれば子どものいる場所で,つまり,国境を越えて子どもを返すというのは,子どもにとって大きな大きな負担ですから,できるならば今子どもがいる場所で,子どもにとってどれが望ましいのかということを,その国が責任を持って踏み込んで判断するというほうが本当は望ましいのだと考えています。ありがとうございます。 ○早川委員 どうもありがとうございました。 ○髙橋部会長 はい,村上幹事。 ○村上幹事 長谷川先生に質問なのですけれども,レジュメの1ページ目の(2)の法制度や社会資源があっても助けが得られるとは限らないということで,保護命令が2,400件で,配偶者に殺される女性が平成22年に125件と,この数字は国外連れ去りの場合ではなくて,国内事件も含めてということなのでしょうかというのが一つ。   もう一つは,助けが得られるとは限らないと。なぜ助けが得られないのか,その理由が,法制度を利用することに何らかの障害があるのか,それとも,保護命令が出てもそれに実効性がなくて結局殺されてしまったりするのか,その辺の事情をもう少し教えていただけると有り難いです。 ○長谷川参考人 ありがとうございます。保護命令の発令件数のデータは,最高裁判所の発表です。被害者に殺される女性は,警察庁が出しています犯罪統計から,配偶者間で妻が被害者になる件数のうち,殺人と傷害致死を合わせたものが平成22年では125件になったということであります。日本のデータです。   助けが得られるとは限らない理由は,このような法制度を利用しても安全を確保できないからです。例えば,配偶者から暴行傷害を受けて,これは大変な目に遭ったと思って警察に被害届を出すと。今どきのことですから,警察はそれを捜査して立件して送致してくれますが,それで罰金を払って帰ってきた加害者がもう一度もっとひどい暴力を振るうことを防ぐことができません。だから,数日あるいは数週間後に腹を立てて帰ってくる加害者のことを考えるならば,とてもではないが警察に被害届を出せないという実態があります。   保護命令ももちろんそうなのですけれども,保護命令を受けたら,例えば6か月間接近禁止命令を受けることができます。しかし,その6か月間で加害者と別れて自分の新しい生活を立てられるかというと,なかなか簡単ではありません。本当に家を出られるのか,出て生活していけるのか,子どもを高校まで出せるのか,いろいろなことを考えた末に,やはり今出ることができないと思うならば,危険でも保護命令だけを受けるというわけにはいかないわけです。   つまり,DVというのはその時殴られることから逃げればよいというわけではなくて,殴られる関係から逃れられなければ安全は守られない。逃げ損なったらもっとひどい復讐を覚悟しなければなりませんから,それほど簡単ではないというのですか,日本の場合でも助けを得て安全を守れるわけではないということになります。 ○村上幹事 ありがとうございます。 ○髙橋部会長 ほかはよろしいでしょうか。   それでは,両先生,どうもありがとうございました。当部会では今日も含めて調査審議は続けていきたいと思っております。   では,ここで10分ほど休憩いたします。           (休     憩) ○髙橋部会長 再開いたします。   前回の部会に続きまして,論点の検討ということになりますが,最初に前回も御議論いただきました保全的な処分について,引き続き御議論を頂きたいと存じます。   まず,事務当局から前回の議論も踏まえての説明をお願いいたします。 ○佐藤関係官 では,保全的な処分について少々お話させていただきます。保全的な処分については,前回も御議論いただいたところですが,前回の議論を踏まえて少し問題点を整理いたしましたので,本日の議論の参考にしていただければと思います。   まず,どのような必要があるために保全的な処分を設けるのかという問題がありまして,これはどのような手続が必要になるのかという制度設計に影響する議論であると考えております。これについては,一つには,連れ去った親が子を再度連れ去る可能性というものを考え,子の出国を禁止する必要があるという御意見がございます。これに主眼を置きますと,処分の必要性というのは比較的早期に,すなわち返還命令を申し立てる前から生じ得ると言えそうです。   これに対し,前回,子を連れ帰ってきた日本人親が再度連れ去るというのは現実的には考えにくいのではないか,むしろLBPが子を日本から連れ去る可能性というものを考えるべきではないかという御意見がございました。こちらに主眼を置きますと,必要性が生じ得る状況というのはLBPが日本にいる間など,ある程度限定されるようにも考えられます。また,この点を考えると,強制執行を保全するための処分とは言えなくなるのではないかと思われます。さらに,面会交流援助の際にもこのような措置が必要になるのかという問題も必要性に関してはございます。   次に,子の出国を禁止する必要性があるとした場合の具体的な手当てですが,まず一つ目に,子の出国を禁止する規範が必要となり,二つ目にそれを実現・確保するための具体的手段が必要となります。前者の出国禁止の規範ですが,これまでの御意見を踏まえると,申立てを受けて裁判所が子の出国を禁止する命令を出すという方策が考えられそうですが,いつからどのような要件でできるものとするのか,誰に対する命令とするのか,どのような審理を行うのかといったことが問題となります。また,裁判以外には,例えば中央当局が援助申請を受理した後は,何人も子を出国させてはならないというような一般的な規範を法律で規定するということも考えられるところではあります。   さらに,前述のようにLBPからの連れ去りも考えるとすれば,そもそも返還の執行確保のための保全とは考えにくいことから,基本的に条約実施のため,子の保護のための行政処分として考えて,裁判所は行政機関の処分に承認をするのみとすることも考えられそうです。もっともこの場合も要件をどうするか,誰にどのように処分を通知するのかといったことが問題になります。   さらに,いずれの手段によるとした場合も,前回もお話が出ましたとおり,出国禁止が子にとって過度な制限とならないように,修学旅行等一定の場合に出国することができるようにする仕組みを作る必要があるのではないかということも問題になりそうです。   次に,出国禁止命令等を実現・確保するための手段ですが,間接強制のような出国後に初めて取ることができる措置だけでは実効性が確保できないのではないかという問題がございます。御意見で出てございましたような,パスポートを対象に国家機関が何らかの強制措置を取るというのは,前回も議論になりましたとおり様々問題がありそうです。そこで,他に行政的に出国を阻止する実効的な手段を用意できないかということが問題になりそうですが,現行法上は取り得る手段がなく,法律で手当てをするとした場合には,どのような手段が考えられるのか。新しい措置を導入するだけの状況が本当にあるのかということが問題になると考えております。   以上でございます。 ○髙橋部会長 それでは,保全的な処分につきまして,審議をお願いいたします。   はい,大谷委員。 ○大谷委員 ただいまの事務局からの御説明の最後の点について質問をさせていただきたいと思います。一番最後に「新しい制度を導入するような状況にあるのか」とおっしゃったと思うのですが,その趣旨をもうちょっと教えていただけますでしょうか。 ○佐藤関係官 例えば日本人親が子を連れ去る可能性というのが一つには主張されているわけですが,それは本当に現実的なのだろうかと,本当にそれを阻止する必要があるのかという議論がございますので,そこを立法する上では,本当にそれだけの必要があるのですということが言えるかどうかというのは気になるところです。逆もそうですけれども。   あと,必要性に関しては,安心感を与えるためにそういうのを阻止するという御意見も出てございましたが,そのために行政的に例えば出国を止めるということが,手段と目的との均衡が取れているのかとか,その辺も問題になるかと思っておりますので,どの程度の強さの措置を導入する必要があるかのというところは詰めて議論する必要があるかなと考えているところです。 ○大谷委員 一点目の日本人の親がもう一度連れ出す危険というのがどのぐらいあるのかという話ですけれども,正直に申し上げて,いわゆる立法事実のようなものの裏付けを今議論するのは大変難しいかなと思っています。なぜなら現在はハーグ条約に入っていませんので,日本人の連れ帰ってこられた方からすると,日本国内にいることがまず安全であって,逆に外国に出るということは,元の国に帰ることもさることながら,それ以外の国でも場合によっては身柄拘束の危険があるという状況ですから,現在でそのような危険というのはそれほど思い当たらない。   ところが,ハーグ条約に入りますと,何が何でも返還したくないと考える人が出てくるかどうか,それは分からないことなので,今,条約に入った場合の担保法の議論をしている時に,入った後にどういう事態が起きるのかということは諸外国の経験等を参考にして議論すべきと考えます。それに加えて,日本においては非常に特殊な場合,日本人の親は外に出るということはないだろうということは,逆に何か特殊事情があるというのでなければ,一般的にそのような危険はないという指摘がされていることをどう考えるかというところだと思います。   二番目に,LBPのほうが連れ去る危険は,今,ハーグ条約に入っていないからかもしれませんが,実際には連れ戻される危険というのは多くの連れ帰ってきた親たちが口にするところです。実際そのような事件も起きているところだと思います。   三番目に,安心ということでは目的に足りないのではないか。「安心」という言葉を使ってしまうと全くおっしゃるとおりだと思っています。ただ,これも自分の実務経験の中からですので,統計のようなもので示せと言われると難しいのですけれども,外国に親がいて,その親が外国から日本に来てそこで面会させるというような状況では,必ず連れ去りの危険というのがネックになって,面会交流が実現しにくいということは実務の中で感じているところですし,ましてそれがもう既に落ち着いた状態で,外国に外国人親がいて,会いに来ますということではなくて,連れ去りが起きた後の当事者たちが緊張状態の高い中で,そういう面会を国内で行う場合には非常に緊張度が高く,再連れ去りの危険を子どもを連れ帰ってきた親は感じていますし,その不安はあながち間違いではないというのが実務の中から感じていることです。 ○髙橋部会長 相原委員。 ○相原委員 ほとんど大谷委員と同じようになるかと思いますが,私の個人的な意見を申し述べさせていただきます。   先ほどのお話の流れで,日本人で日本国内に連れ帰ってきたような案件に関しては,数としてその方が再度国外に出るであろうという想定は低いのではないかなと個人的には思っております。しかし,ゼロということではないでしょうし,そのリスク自体は否定できないと思うわけです。そうだとしたときに,ほかの国,特に先例でハーグ条約に入っておられる海外においてそれなりの対応を工夫しているというのを,資料としていただいて拝見させていただいておりますので,そういうのを知りながら何の手当てもほとんどしないで,現実的に海外に出るということをそのまま手放し,「手放し」というのが言葉として適切かどうか分かりませんけれども,結果的に特段の手当てもしないでその事態を認めるということは非常に問題が残るのではないかなと思っております。   一方,前回も申し上げましたし,今,大谷委員もおっしゃっていたのですが,一度連れ帰ってきた人は相手方からまた連れ去られるであろうということは,一般的に不安感,不信感というのは,自分が一方的にしてしまった結果でもありますが,そう思うところは非常に大きいです。したがいまして,後々の円満の解決のための面会交流等の問題も含めて,全体的に考えた時に,保全的な処分として行政処分等,先ほど御説明がありましたけれども,仕組みについてはいろいろ工夫の仕方はあるかと思うのですが,何らかの今以上の手続は採っていただきたいなというのが個人的な意見でございます。 ○髙橋部会長 山本克己委員。 ○山本(克)委員 外国の親ですね,連れ去られたほうの親による連れ去りを保全処分で抑止できないかというお話なのですが,その危険はこの手続が始まろうが始まるまいがあるわけですね。外国のほうの親が中央当局にも裁判所にもアクセスせずに,単に連れ去りだけを目的に入国してきたという場合には,このハーグ条約の担保法の枠内で保全処分を作っても発令しようがないわけなので。そうなると,そのときに考え方は二つあって,一般的に何か保護するような手続を作るべきだ,保全処分制度を作るべきだというのが一つの選択肢で,いや,この局面だけででも作るべきだというのと二つあり得るのですが,後者は説得力に欠けるのでないかなという気がするのです。なぜこの手続が,ハーグ条約の枠に向こうの親が入ってきた時だけ保全処分を掛けるべきなのかという点について,もう少し説得的な論拠が示されると議論がしやすいなと思います。 ○髙橋部会長 はい,大谷委員。 ○大谷委員 今の御質問にうまく答えられているかどうかよく分からないのですが,まず,最初におっしゃったこの手続に乗っているかどうかにかかわらず,連れ去られた親が子どもを連れ戻しに来る危険があることは同じではないかというのは,全くそのとおりと思っています。では,そのような場合も,子の連れ去りということが通知されたら,あるいは,通知されていない場合もあるかもしれないのですが,一般的に止めるということは考えられるのか。   そうでないとすれば,なぜその場合だけなのかということについて,私自身の考えがうまくまとまっていない,整理されていないかもしれないのですが,仮に一部分だけになるかもしれないけれども,今現在そういうことに対して,現在の日本の法制上全く止めることができないという状態のままでよいのか。簡単に言うとそういう問題意識なのだろうと思います。その結果,例えば裁判所で保全命令という形で止められるような場合だけが仮に制度として今回設計されて,そこに乗らないところは結局止められないではないかということになったとしても,そうであってもそのような手続だけでも設けておくべきではないか。   答えになっているかどうかよく分からないのですけれども,一部だけに掛けるのが説明が付いていないから,今のまま全く止められないでよいというふうに自分がまだ説得されていないと,そういうことで中途半端なお答えで大変申し訳ありませんが。 ○山本(克)委員 向こうから来た親との面会交流を認める処分の中で連れ出してはいけないよということを言うのは,面会交流を実効性あらしめるという形で正当化できると思うのですね。危険なく面会交流ができますよということを,日本におられる親に対して安心感を与えますから。そういう制度設計ならまだ理解できると思うのですね。ただ,抽象的に連れ去りの危険があるというのでは,この手続でやるのは非常に難しいのかなというのが私の今のところの感触です。 ○大谷委員 面会交流の関係で言いますと,欧米の裁判所のように,例えば連れ去られた親がこちらに来ますと,そのときにともかく面会交流をさせなさいと。その間,出国禁止を掛けますとか,パスポートを提出しなさいとか,そういう命令が比較的短期間で手続の中でぱっと出るような手続であれば考えられるかもしれないのですけれども,特に今回面会交流に関しては特別な手続を設けない,それから,ハーグ返還手続の中でも面会交流を暫定的にそこで命令を出すというような仕組みというのは,余り考えられていないのではないかと理解しております。   そうだとすると,面会交流のために併せて裁判所が出国禁止の命令を出すという仕組みはなかなか難しいのかなと思っています。その結果,先ほど御説明くださったのは出国禁止についての御説明だったのですが,個人の意見としては,例えば面会交流の時であれば任意に会わせるということが合意できるのであれば,そこでパスポートの提出も任意に約束していただいて。ただ,現在はそれだとどちらの親の代理人が預かるのかとか,そういうところでもめることがありますので,当事者たちが合意した場合には,少なくとも,例えば中央当局で預かっていただくとか,執行官保管していただくとか,そういう仕組みの作り方もあるのではないかと思っています。 ○髙橋部会長 磯谷幹事。 ○磯谷幹事 今,山本委員のおっしゃったことはなるほどと思いますし,ストレートに答えられるかどうか分かりませんが,二点ございまして,一点目は我ながら余り説得力がないのですけれども,ハーグの手続がないと所在の確認が難しいわけですが,ハーグの手続の中では所在確認があり得るわけですね。そうすると,ハーグ手続を取られたことによって,リスクが高まることがあるということは一つ言えるかと思います。しかし,それについては,今の議論の中では,子どもの所在については申立人のほうには開示しないという仕組みにしようということでありますと,その点は余り問題にならないのかなと思います。   二点目は,実際に子どもを連れ帰ってきた親のほうが,LBPによる連れ去りを阻止するために何をするかなと考えると,監護者の指定の申立てということをやって,その上でLBPが子を連れ去りに来たという場合に,元々連れ帰ってきた親は自分が監護者に指定されていると主張してLBPによる連れ帰りを阻止することも考えられるのかなと思うのですけれども,ハーグ条約に基づく申立てがありますと監護者の指定等はできなくなるということなので,ハーグ案件だからこそ特に連れ去りを阻止する必要性がないわけではないのかなと。ストレートかどうか分かりませんけれども,そういうふうに考えたところでございます。 ○金子幹事 これはむしろお伺いしたいのですが,ハーグの枠組みの中でと言いますか,中央当局に子の返還のための申請があったという段階で,日本として,締約国としてこの条約の枠組みにのっとった返還を確保すると,場合によっては友好的な解決を図るという,言わば条約上の義務があって,その条約上の義務を履行するためのいろいろな措置が,子を外国に連れ去られてしまうことによって,枠組みの外で連れ去られてしまうことによって,この条約で求められていることの実施が,できなくなってしまうということに基づいて,何らかの行政的措置としてお子さんの出国を禁止することを考えることは想定できないものなのでしょうかね。 ○髙橋部会長 はい,大谷委員。 ○大谷委員 今,質問の形で問題提起してくださったのですが,この間からずっと考えていまして,今みたいに整理されたようなお考えで考えたほうがすっきりするのかなと。山本委員の御質問もそこに関係するのかもしれないのですが,私たちが今まで「保全」という名前で理解してきたものを超えているのではないか。特にそう思える場面というのは,相手方が更に出国してしまうのを止めるということであるならば,ハーグ条約に基づく子の返還請求権を一種の本案と見て,それに対する保全という考え方が一応は成り立つのかもしれませんが,前から申し上げております自力救済的に申立人のほうが逆に連れ去ってしまう,あるいは,友好的解決を図るための一つの制度的な安全策として,子どもを連れ出さないという状態を作るということは,もう既にハーグ返還手続における本案に対する保全というものは超えてしまっているような気もしていまして。そうだとすると,今,事務局のほうから問題提起されたような考え方が仮に可能なのであれば,そのほうがすっきりするような気がいたします。 ○髙橋部会長 はい,棚村委員。 ○棚村委員 ちょっと事務局にお尋ねなのですけれども,海外で再連れ去りとかが保全の対象になっているだけではなくて,例えば先ほどもヒアリングの中で言いましたけれども,子どもに対する暴力ということで,安全な返還を確保するという目的のために,必要な保全措置とか保護の措置みたいなものは出てくるわけですね。それが,例えば行政的な措置としてできることと,司法的な関与の下でないとなかなかできないということはあり得ると思うのですね。例えば子どもに何か差し迫った危険な状態があると言われた場合に,行政として動く場合には,例えば児相だったら,通報か何かあって,虐待が今あるからというので見に行って安否確認をした上で,現状を確認した上で措置をとるということが考えられます。それが例えば中央当局に来れば中央当局からそういう連絡が行くということで連携が取れると思うのですね。   ところが,この問題についてそういう行政上の手続が採れる場合には,それに対する連携ということでできるかと思うのですけれども,行政につなぐ,例えばですけれども,安全を確保するために接近してはならないとか,そういうような形で具体的な,親がいて,親というのはLBPか何かが探し回っているというようなときに,もちろん警察とか中央当局とかいろいろなところに相談をした時に,司法的な関与が必要な場合というのはないでしょうか。 ○金子幹事 お子さんが国内にいてそれに危険が迫っているという場合,恐らく国内事案で対応できるものは対応するということが,このハーグの枠組みの中でなくても考えられるわけですよね。準拠法のことは分かりませんが,虐待防止法なり児童福祉法の枠組みは当然考えられるわけです。例えば一緒にいる母親に虐待されていれば,それなりの措置が採れるはずなので,ハーグの枠組みの問題とは限られないと思いますが。 ○棚村委員 例えばドイツなどであるのが,再連れ去りもあり得るし,子どもにとって保護は必要だという時,少年局が援助するわけです,児童相談所に相当するような機関です。ところが,一定の施設なり,あるいは,里親さんですか,一時的に預けたいと,確保したいしという場合もあります。これは親族の里親みたいな形でやる場合もあり得るかもしれませんけれども,少なくとも施設とか里親に預けたいという場合には司法的な関与が必要になるように思われます。   そのときに,ハーグ条約の返還という前提で国際的な,国境を越えた奪い去りの事案ですと,先ほど言いましたように,普通の手続みたいなもの,子どもをどこで預かるかというか,育てるかということについては,判断が基本的には停止されるわけですよね。子どもがどこで暮らすかという,その一時的な手続の時に保全措置としてやっているというようなケースが日本では起こらないですかね。磯谷幹事が先ほど言ったケースは,本案に関わるようなことは常居所地国でやるべきだということになっています。特にどこで誰と暮らしているかということについて,もし必要があった場合に監護者の指定ということ,それから,保全処分ということでできればいいのですけれども,ハーグ案件の場合だと,本案については一旦中止するわけです。   そして,施設なり里親さんに,今,預けたほうがいいというような事案があった場合に,司法的な関与という形でハーグに基づいて一定の措置を採る必要性というのがないかなとちょっとは考えているのです。ほかの締約国で同じようなことが起こった場合に,先ほどのパスポートの保管とかいろいろなことも含めてですけれども,多様な保全措置があると思います。そういうときに,里親とか一時的な,安全な返還のために子どもを保護する必要がある時には,裁判所が保全措置として一定の機関の申立てに基づいて保全措置を採れるという中で出てくる例が少なくないものですから,ちょっとお尋ねしました。海外でできることが,日本では必要がないということはあり得ると思うのですけれども,できないのかなと単純に思うのですが。 ○佐藤関係官 その辺,こういう事態を想定してという必要な状況を具体的に御提示いただいたら,当然検討したいと思っておりますが,先ほど話がありましたとおり,日本の国内法でも対応できるものが幾つかございますので,それでも足りない状況というのが,それでは対処できなくてハーグで何らか設けないといけない状況というのが本当にあるのかなと。例えば,先ほどの施設に一時的に送るというものは児童福祉法等にもございますので,それでは使えなくて,ハーグでなければいけないという状況がどういう状況なのかというところはまだ固められておりませんので,具体的にそれについてどうしたらいいのかというところまでは固めておりません。 ○棚村委員 ハーグ条約の理解が正確ではないかもしれませんけれど,ハーグ条約の返還手続というのは,ほかの例えば国内の利用できる司法的なあるいは行政的ないろいろな手続とか,救済みたいなものと併存するわけですね。逆にいうと,それが採れるから,ハーグの返還手続は要らないというふうな形になるのか。それとも,それが実際にどう使われるか,使われないかは分からないですけれども,ある程度そういうものは用意しておくということもあるのではないですか。   要するに,国内のほかの手続があればいいではないかという議論になると,人身保護とか既存のものを外国人の方も使えるわけですから,全て必要がないという話になりかねないですね。それから,必要性がどのくらいあるかという話になると,量的なケースの存在というのも実証的に言えるようなものがないという場合も少なくありません。ですから,ハーグ条約についての返還の手続で,ほかの国は保全措置についてどういうものを採られて,どういうケースの時に用いられているのかという事例の蓄積を見ると,日本で必要かどうか,置くべきかどうかというのも検討できるのではないかと思うのですが。   もちろん行政措置で全てがカバーできれば,それはそれで構わないと思います。出国禁止ということについては,パスポートの保管とかいろいろな問題,渡航とか出国の自由ということを考えると,行政的措置できちっとできるのであれば,保全処分はあえて要らないのかなという感じは確かにします。ただ,それ以外の保全処分が一切必要ないのかということ,特に安全の確保という観点からの保全処分はあり得るのではないかと考えます。 ○大谷委員 今,棚村委員が御発言されたことは前回に私が発言したことと関連していますので,短く一点だけ。すみません。   私も前回の議論の中で気が付いたことなのですけれども,この保全的な処分のところで議論されているのが出国禁止処分ができるか,あるいは,パスポートの提出命令ができるかみたいなことにちょっと集中してしまっているのですけれども,私個人は何らかのそういった制度を設けるべきではないかという意見はありますが,それは置いておいたとして,司法的に出国禁止を掛けるのが難しい,あるいは,司法的にパスポートの提出を命ずるのが難しいという判断に仮になった時に,だから保全という措置について何ら規定を設けないということになってしまうと,ハーグ手続において中身はいろいろあるかもしれませんが,保全の申立てがおよそあり得ないということになってしまうというのが,前回の御議論の事務当局での御説明から私が理解したところです。   それがもし正しいとすれば,私も棚村委員のような懸念をちょっと持っていまして,保全が制度として用意されていないということでよいのかということについては疑問なので,そこは具体的にどういうのが必要なのかと言われると,全てそれはほかのでできると言われてしまうかもしれないのですが,制度として置いておくべきなのではないかなとは思っています。 ○佐藤関係官 質問を返すようで何なのですけれども,制度として置いた上で,どういう目的のために,どういう事態に対処するものとしてお考えなのかという点と,棚村委員のお話と関連するところですが,当然,海外の例もいろいろ見ておりまして,ほかでいろいろなことをやっているということも見た上で,やはり一つ必要だと考えられるのが,再連れ去りを防止するような措置は必要であろうと。   それ以外の部分は,本当に必要なのかどうかというところについて御意見を伺いたいというところがございまして,部会資料でもほかにどういうものが必要かというところは提案させていただいていますので,そこの具体的な御意見を,例えば接近禁止みたいなものをこの中で設ける必要性というのが,具体的な状況を想定してあるのかどうかというあたりを伺わせていただければと思っています。 ○大谷委員 正に接近禁止とかは具体的にあり得ると思います。例えば,相手方に対するDVがある事例であれば,接近禁止に付随する形で子どもに対する接近禁止というのが出てくる場合があるかもしれませんけれども,それは飽くまで相手方に対する暴力というのが前提になっての話ですので。そういう事案ではなくて,単に子どもの居場所を探し回っているとか,それによって連れ去りの危険が高いとか,そういう場合というのは具体的に想定されますし。   それから,海外の事例ということで言いますと,先ほど日本ではこういう制度設計はされていないと理解していると申し上げましたが,子どもと連れ去られた親との関係を切断しないために,保全的な処置として手続の間面会交流させるということも,広く保全的な処分の中で考えられていると理解しています。日本の今の議論の中で,具体的にそういう申立てをして命令が出ると思っているわけではないのですけれども,本当はそういうことも保全としては入ってくるのだろうと思っています。 ○金子幹事 出国禁止は国内事案にはなくて,ハーグ特有の問題なので,ハーグ特有の保全として考えられないかということで問題提起を差し上げているわけですね。外国人が日本に来て子どもを連れ去ろうとしているとか,国外以外にどこか連れていってしまうとか,あるいは,虐待しようとしているとか,そういう場面は国内事案で,例えば離婚後に夫が子どもに接近しようとして乱暴しようとしているというのと図としては同じなのです。ハーグでそういう事案で本当に困るのは,外国に出てしまうと返還手続に乗りようがなくなってしまうので,そこを何とかしないといけないのではないかと思っていて。   例えば国内事案で,同じように一緒にいる母親が国内の手続を使って済ませられるものであれば,それは国内事案とパラレルの形で解決できれば,私はそれのほうが望ましいと思っています。その現象だけ見た時にハーグ特有のものを作るという必然性を感じない。ハーグ条約特有の必然性があれば,そこは別途ハーグ用の保全的な処分を考えなければいけないと思っているのですが,今のところそういうものが何かあればお伺いしたいという段階です。 ○棚村委員 例えばですけれども,イギリスの例でいうと,一つはパスポート命令というので,今議論されている出国の禁止のところですよね。それから,もう一つは居所みたいなものを,国外に出なくて国内で転々と変わってしまうということも起こり得ますよね。所在が不明になってというか,なかなか捕まりにくい状態を止めるというようなこともあり得るのかなと。そうでないと,例えば管轄の問題がかなり絞られてくれば大分解消するのかもしれませんけれども,いろいろなところに転々と移られてしまうと,所在が非常に分からなくなるし,審理にも,それから,きちっとした子どもの状態を把握することもできなくなると。これは保全の対象にならないのでしょうか。ハーグ条約の返還を実現するためにというか。 ○佐藤関係官 居所の変更について,変更したら言いなさいというのは裁判なのですかね。 ○棚村委員 前にちょっと言ったリロケーションというか,居所の指定権というのがどこまで及ぶのかということなのですけれども。結局,ハーグ条約で最終的には本案は常居所でやるわけですね。そのときに権利関係の帰属というのは事実状態と法的状態というのは非常に複雑なことがあります。日本みたいに単独親権になったとか,あるいは,婚姻中は共同親権という形になっているにしても,非常に複雑な状態で例えば転居を繰り返したときに,ハーグの案件でなければ移るなというのはなかなか難しいかもしれませんけれども,ハーグの案件であれば,返還手続が基本的に国内法で定められると,それを妨害するような一定の行為は禁じるということはできないのですか。 ○佐藤関係官 問題は,移ることが問題なのではなく,どこに行ったか分からなくなることが問題なのだと思うのですけれども,それはどの事案でも同じお話なので。当然,住所が変わったら届け出てくださいということは言うのでしょうが,それを裁判として何かしなければならないと。裁判として保全としてやらなければならないことなのかというところについては,納得していないというか,ちょっと疑問があるところです。 ○棚村委員 イギリスだと保全措置というと三つあって,一つは所在の発見とか特定のための情報を得たりする保全の命令があります。もう一つはパスポートですね。国外に出ないようにということで,パスポートを適切なところに預からせるとか保管するということです。それから,もう一つは居所の命令で,転居をしないように,住所を当面は変えないようにということをやっているのです。それは多分ハーグの案件だけではなくて,国内でも恐らくそういうようなことができ,インジャンクションみたない形でできるのだと思うのですが,日本の場合には,その必要性は,できないからしょうがないということになるのでしょうか。事実上されてしまえば,もう止めようがないということなのか。   先ほど山本委員もおっしゃっていたけれども,ハーグだけではなくて,そういう必要性があるのだったら一般的なものを作ればいいではないかということなのですか,もしかしたらハーグ条約がそういうものを考えることによって,国内にもその必要性みたいな一般的な規定 が必要になるかもしれません。つまり,この間リロケーションのお話をしたのは,日本でも,先ほど別居だから連れ去るというのは,不法に相手方の権利を侵害して連れ去ったわけではなくて,緊急避難的に移動したのだからという時に双方は対立していますよ。勝手に連れ去ったと言うし,もう片方はそういうふうにそうでないと争います。その時にどこに子どもが住むべきかということを,裁判所なり司法的な関与があって調整をするとか判断をしていくということが必要なのではないか。   そういう法制を整備していくことによって,国内の問題も国際的な問題についても,子どもがどこに住むかということをどうやって決めるかとか,誰が決めるのかということの話合いとか,そういうこともできるルールができると思うのです。そういう観点で,ハーグの場合には,ほかのところがリロケーションということを前提として,話合いが付かないときには裁判所が関与して一定の必要性とか,プラスマイナスみたいなファクターがあるわけですけれども,そういう中で判断をするとか,一定の基準みたいなものを決めていくと。そういうものが全くない状態でいいのかなというのが背景にあります。 ○山本(克)委員 おっしゃる趣旨はよく分かるのですが,それは憲法との関係で練らなければいけない問題であって,一般的に住居を指定できるかどうかなのですね。破産者については居住制限があるのですが,不勉強なので全ての法律に通じているわけではありませんが,それ以外ではないのですよね。ほかを私は知りません。家事審判一般についてもそういうニーズはあるはずなのだろうと思うのですが,ないので,それを作るのだとすると,今回の立法に与えられた時間ではおよそ不可能なのではないかと思います。それで,先ほど申し上げたようにハーグに固有の場合に限って議論しないと,そんな大掛かりなデカいものにしていくと時間不足で終わってしまうということになりかねないと思いますので,そういう大きな議論はまた別の機会にやるべきではないのかというのが私の感想です。   それともう一点,仮にそういう保全処分を作っても,これは相手方の権利の問題,申立人側の権利の問題ではありませんので,それを担保するのにはどうしたらいいのかと。間接強制は無理だということになるわけですね。そうすると,刑罰なり行政罰で担保するしかなくなってくるので,そこがまた非常に難しい問題になると思うのですね。ですから,余り風呂敷は広げないほうが,今日の日本にとってはいいであろうというのが私の感想です。   それから,金子幹事がおっしゃった点ですけれども,ハーグ手続を順調に進めていくための保全処分として,子が国外に出ることを禁ずるという保全処分はあり得ていいと。それは私もそう思いました。ですから,テイキングペアレントの利害を実現するためではないのだという位置付けであれば,それはあり得る制度だと思うのですが,それが実効性あるものになるかどうかというと,今の出入国管理の在り方では難しいのでしょうかね。   一点お伺いしたいのですが,外国人で犯罪を犯した者についての出国留保については,前回の資料で教えていただいたのですが,日本人の犯罪者で令状がもう出ている者について,出国を止める手段というのはないのでしょうか,逮捕令状が出ている場合について。 ○佐藤関係官 基本的に日本人で法律上制限があるのは,有効な旅券を持っているかどうかというところだけでして,あとは先ほど挙げていただいたような事例ですと,行政共助のような形で警察から連絡があったら通報するようなシステムになっているかどうかというところが問題で,実際にそういうことはされているようです。 ○髙橋部会長 どうぞ,磯谷幹事。 ○磯谷幹事 一点だけ。今までの議論とちょっと違いまして,保全的な処分でどういうものが必要かというところで,前にもちょっと問題提起させていただいた当事者恒定効のお話ですけれども,既に事務局からちょっと難しいというお話も出ているのは承知をしております。ただ,現実問題として,この手続の間に相手方,現に監護している人が入れ替わったり,あるいは,手続を終わった後入れ替わったりということがあり得るわけで,そのあたりをどういうふうに整理していくかということは,前回の議論で確か相手方というのを一体どう捉えるべきかというところがありましたし,また,利害関係参加人が何をできるのかという論点もあったし,また,その執行をどうするのかという問題もあったり,いろいろ課題がある中で,どこで解決するのかというのはありますけれども,一点,保全的な処分というところで何らかそういうふうなものを設けるということも論点としては指摘させていただきたい。今はこれ以上申し上げるつもりはございませんけれども,一応そういうものはまだ論点として申し上げておきたいと思います。 ○髙橋部会長 それでは,調停・和解の議論に入りますので,事務当局から説明をお願いします。 ○佐藤関係官 では,調停・和解について説明させていただきます。調停・和解は,本手続における調停・和解の在り方について検討するものです。   まず,調停については,条約に基づく子の返還申立てがあった場合も,裁判所か職権で調停に付すことができることを認めることは,裁判所が事件の解決のために適切な手段を選択する幅が広がり,有効な解決に資するものと言えます。そこで,部会資料の①の前半部分に記載しましたとおり,調停に付する手続というのを認めるのが相当ですが,調停に付した後の具体的な調停手続は,基本的に一般の家事調停と異にする必要がなく,家事事件手続法上の一般調停を用いるのが相当であると考えております。もっとも本手続の特殊性に鑑みて,家事調停の特則を設ける必要があるとも考えられる規律がありますことから,②のアからエまでに記載をしております。   まず,アの調停に付するための要件ですが,本手続が迅速処理の要請が高いことから,申立人が返還の裁判を求めている以上は,当事者の意思に反してまで調停に付することは相当ではなく,双方の同意がある場合にのみ調停に付することができるとするのが相当です。   次にイの調停に用いられた資料,例えば調停のために当事者が提出した資料等について,返還の裁判でも後に用いることができるとしてよいかという問題がありますが,実体的真実に合致した判断というものの要請から,職権による事実の調査を認める以上は,調停で用いられた資料についてのみ当事者の同意を要するなどとするのは相当ではなく,特段禁止する規律は設けないとするのが相当ではないかと考えております。確かに,後に裁判では用いられないという保証があることで,当事者が資料を出しやすくなるということもあるかもしれませんが,そちらについては裁判所の職権の行使についての適切な運用に委ねられる問題ではないかと考えております。   ウの調停に代わる裁判ですが,一般調停を用いる以上,何ら規律を設けなければ,調停に代わる裁判をすることも禁止されないことになりますが,返還の裁判が当事者及び子に与える影響の大きさを考えますと,調停に代わる裁判という形で判断を示すのは相当ではなく,当事者の事前の明示的な合意を必要とするものとし,事後的な黙示的な合意による解決とも言うべき調停に代わる裁判を認めるのは相当ではないと言えます。   次に,エの成立した調停の記載の効力ですが,子の返還の裁判を求める申立てをし,その解決のために調停を利用している以上は,調停に付することによって,一般調停を利用することにしても,成立した調停の効力は返還申立てについての確定裁判と同じとするのが相当だと考えております。   これらに対し,子の返還を申し立てる前の調停の利用についてどうなるのかと言いますと,条約の締結にかかわらず一般調停として申し立てることは可能であることから,これをそのまま利用することができるとし,①の後半部分に記載しましたとおり,これについて特別な規律を設ける必要はないと考えております。なお,このような調停には,連れ去った親が話合いによる解決を図るために調停を申し立てる場合が含まれると考えております。   次に,(2)の和解ですが,本手続では事件を担当する裁判官が,わざわざ調停という別の手続を利用することなく,自ら主宰して話合いを行うことができるとするのが相当と考えております。また,裁判外でADR等を利用して合意を形成した場合に,その合意を債務名義とするためにもこの和解を利用できることから,和解を設けるのが相当であると考えております。この場合,調停と和解の区別が問題となりますが,基本的な枠組みとしては,当事者が話合いを行うことに明示に合意している場合に,別の手続で調停委員が入って実質的な話合いをするのが「調停」,特段の要件を設けずに,裁判所がそれまでの審理の状況を踏まえて自らする場合が「和解」と整理することが可能であると考えております。   そして,②に記載しましたとおり,和解が成立した場合の効力については,子の返還申立てについての確定裁判と同じとするのが相当であると考えております。なお,確定裁判の効力をどのように考えるかという点については,また次回以降の部会で別途検討することを考えております。   以上になります。 ○髙橋部会長 調停・和解,どこからでも結構ですので。棚村委員。 ○棚村委員 ちょっとお尋ねします。付調停の場合ですけれども,当事者双方の同意があるというのですが,家事事件手続法第274条第1項ですと,当事者の意見を聴いてというふうになっているわけです。結局,合意の見込みがないものを調停に付して時間が掛かってしまうと,条約の目的に反するという点もあるのですけれども,職権で命じることで調停で円満な合意が取れるかどうかという時に,当事者の意見を聴いてというのは少し緩やかに裁量が働くような感じがするのですが,双方の同意が必要だというのは,それとは違う意味で出発時点で調停についての同意がない限りは駄目だという趣旨なのですか。 ○佐藤関係官 そういう趣旨です。ちょっと区別したものをと考えております。 ○棚村委員 そうすると,その柔軟なところが家事事件手続法での付調停のいいところで,職権で話合いでやれというのを,双方の同意というと一方が同意しないということになれば調停に付することはできなくなるという意味ですね。それはちょっと問題ではないかなと思います。円満な解決とか友好的な解決を促進するのが一番いいという判断に立って,裁判所が当事者の意見を聴きながら調停に付して,もちろん早く切り上げなければいけないとは思うのですけれども,それは同意に係らしめたという理由をお聴きしたいと思います。 ○佐藤関係官 若干重複にもなるかもしれませんが,迅速な解決を,裁判によって早く子を返してほしいということで申立てがあったにもかかわらず,同意もしていないのに別の手続に,裁判官の裁判を求めたのになぜか違う手続に付されたというようなことになるのもやはり問題であると考えていまして,ここでは同意を要するとし,ただ,和解を設けることで同意というものに係らせない,もう少し柔軟なもの,裁判の中で和解というものを設けて,そういう見込みのあるようなものについて,打診するような作業はそちらに委ねるほうが,この事件ではいいのではないかという考えの下こういう仕組みにしております。 ○磯谷幹事 ちょっとお尋ねなのですが,付調停の場合に,付調停をされますと,本案と言いますが,返還命令の裁判の手続が止まると考えてよろしいのでしょうか。特に付調停にされると,その間の調査とかは一体どういうふうな形になるのか,教えていただきたいと思います。 ○佐藤関係官 止まるかどうかという点については,必ず止めなければならないというものではございません。ただ,現在の運用としては恐らく止めていることが多いのではないかと思いますので,そこをハーグの事案などで違う扱いをしたほうがいいという運用になるかどうかという点だと思います。   後者の調査の部分については,そこも同じで,別に禁止されるわけではございませんので,やはりそこも運用の問題になってくるかとは思います。 ○磯谷幹事 調停というのは別事件として立てるのしょうか。 ○髙橋部会長 別事件になります。 ○磯谷幹事 別事件として立てるとすると,返還命令と同時に2件の事件が立つことになるという理解でよろしいのですかね。 ○髙橋部会長 そうなります。 ○磯谷幹事 承知いたしました。 ○髙橋部会長 では,棚村委員。 ○棚村委員 手続全体の構造との関係でお聴きしたいのですが,調停での資料の利用はどうかというときに,迅速な返還ということもありますし,海外を見た場合,海外というのは訴訟と切り離されたものですから,逆に言うときちっと提出するというようなことに同意があれば使えるというのは結構いいのかなと思う部分があります。もう一個,調停に代わる決定の問題で,これは排除されるということのようなのですけれども,先ほど黙示的な合意みたいなことでの解決は適切ではないと言われました。普通は,調停に代わる決定ということを考えると,合意がほとんど大まかなことではもうできているのだけれども,ささいなことでちょっとこう着状態になっているとか,決まらないというときにやることが多いわけです。   今回のケースが子どもの返還ということなので,割合とシンプルかなと思ってはいるのですけれども,条件をめぐって,例えばいろいろなことでささいな点,当事者にとってみれば旅費の負担とかいろいろなことでちょっともめている。でも,大筋返還の方向で,それから,面会交流とか,その後のこととかもある程度確保できる。よく家事事件であるのは,家財道具の処分とか,搬出とか搬入とか,そのようなことでもめてしまって,そのときに調停に代わる審判とか決定とかいう必要性は置いといてもいいのかなと思うのですけれども。付調停と,それから,調停と訴訟との関係,そして,和解の位置付けということでお話を聞くと,その構造は人訴とかで置いてあるようなものと,家事事件手続法とかなり似通った構造でもいいような気はするのですが,それでもやはり区別をしたほうがいいということでしょうか。調停に代わる決定なども排除されていますが。 ○佐藤関係官 構造のところは先ほど申し上げたとおりなのですが,調停に代わる裁判,決定のところは決めているというよりは,こういう観点から必要がないのではないかという見方を述べただけですので,先ほどの御意見も,そのような御意見をおっしゃっていただければ,当然検討したいと思っております。 ○髙橋部会長 山本和彦委員。 ○山本(和)委員 今のウの点は,私は棚村委員の御意見に賛成で,特段この手続で,正に棚村委員が言われたとおりで,調停に代わる裁判というのは積極的な同意ではなくて,消極的な同意でそれに代えられる場合があるのではないかという考え方に基づく制度で,それによって一種のこう着,積極的な同意はできないけれども,裁判所のほうで言うのならねというような場合でも,同意は成立したと考えていいのではないかということだと思うのですが,それはこの制度でもあっていいような気がして。   ここで理由として挙げられている,当事者及び子に与える影響の大きさというのは,分からないでもないのですけれども,それが果たしてこの制度を否定する理由になっているのかなと。子どもに与える影響が大きいから積極的に是非同意するということでないと駄目だということなのかもしれないけれども,必ずしもそうでもないのではないかと思います。そういう意味では,私はウについてはあっても別にいいかなという意見を持っています。 ○髙橋部会長 大谷委員。 ○大谷委員 何点かあるのですけれども。まずアについては,私は双方の同意がある場合にのみ調停に付するという事務局の案に賛成です。理由は,先ほど棚村委員からの御質問に答えられたことと重複するかもしれませんが,必ずしも同意しているわけではないけれども,少し話合いができるのではないか,促す方向でやる場合は和解期日という形で十分にできるのではないかと思うからです。   別手続なのかというところは後で整理させていただきたいのですけれども,少なくとも調停という名前で何か裁判所がすることになるというのは,外国人から見て,自分が同意していないのに,その手続に代えられると。しかも,その間,返還手続がストップするということなのであれば,それは同意ということにしておかないと,制度全体に対する信頼が得られないのではないかと思っています。   次のイについては,私の意見は調停に用いられた資料を職権ということで裁判資料とすることができるとすべきでないという意見です。ここはほかの先生方からほかの御意見があれば是非伺いたいのですが,私自身が実務の中で聞いているところ,ほかの弁護士からも聞いているところで実際に感じていることは,外国では裁判や和解のために出したものを,それが駄目だった時に,その後の審理にそのまま開示すること自体が非常に問題があると,あるいは,弁護士もそういうことはできないという制度のところもあって,そこは日本と感覚が違いまして,日本の中では私たちはそういうことをやることがありますけれども,そのこと自体,外国からは非常に違和感を持って見られています。   調停自体,違う裁判官がやるとか,そこも連続性がないようにされているところもあるぐらいなので,このハーグの返還手続の中で友好的な解決を促そうと思えば思うほど,そこは別のものですということにしたほうがいいと私は思っています。それであってもそれほど不都合はないのではないか。つまり,それをどうしても出すべきというようなものであれば,必要があれば当事者のほうから出し直すということにはなりますけれども,当事者から出すということさえ禁止しないと調停に入らないというような感覚の人たちもあるぐらいですので,ここは慎重にしたほうがいいのではないかと思っています。   それから,ウですけれども,私も今まで出た「ウは認めることでよいのではないか」ということに賛成なのですが,そのときに返還手続と調停との関係が今ちょっと分からなくなっていまして。例えば返還の条件で細かいところが詰まらないと,ただ大筋でかなり合意ができているというときに,調停に代わる裁判という形で決定するのではなくて,そのような場合にはむしろ本来の返還手続の返還命令として出すほうがすっきりするのではないか。そこでちょっと関係が分からなくなったので,私の理解が間違っていたら教えていただきたいのですけれども,飽くまで調停という名前でやっているのに,最後細かいところではあるけれども,詰まっていないということで裁判所が調停に代わる審判で命ずるということが,手続的に分かりにくいのではないかなというところを心配しています。そういう場合は,むしろ調停としては最後,つまり合意としてはまとまらなかったのだけれども,そこで本来の返還手続の決定として裁判所が決定するということはできないのかなというのが,今伺っていて思っていたところです。   最後に,子の返還の裁判手続に先行する調停については特段の規律を設けないと。これについての確認ですが,子を連れ帰ってきた親のほうからも申立てがあれば,これは普通に調停をやるという理解でよろしいのかという確認が一点。それから,これは確認ではなくて意見ですが,その調停が駄目だった時に,では返還手続としてやりますということになった場合,条約第12条の1年以内の手続開始の起算点としては,後のほうの飽くまで返還を求める手続をした時ということにするのか,それとも,先に調停で家庭裁判所の手続を使ってみたいと積極的に申立人が思って,駄目だったからという場合は,元の申立てをした時からにしないと,そこで時間が掛かってしまって,次の返還手続をしたら1年超えていたということになるのはどうなのかというのが気になっていますので,皆さんの御意見を伺えればと思います。 ○髙橋部会長 棚村委員。 ○棚村委員 調停で用いられた資料の利用の問題ですけれども,海外でも最近秘密の保持ということで,調停のミディエーションというものを円滑にするために,信頼を得るためにそれは使わないということで切断しているところが多いです。ただ,実際には当事者が希望して迅速な,せっかくそこで得た資料を訴訟でも使いたいということがあれば,使うという方向が結構出ているのだと思います。ロサンゼルスなどはかなり厳格な秘密保持の原則を採っていたのですけれども,当事者がいいということになれば,訴訟の材料や資料として使うということになっていますから,そのあたりで連続性を一旦切断して,当事者の意思に基づく迅速な返還のための資料として使うということであれば,私は構わないと思います。   それから,もう一つ,先ほど調停に代わる決定というお話だったと思いますけれども,いろいろな手段があって,それを多様に使いながら,一番ふさわしい紛争の解決方法を,裁判所も当事者もある程度持っているということは必要な感じがします。それをどのタイミングで,どのような事案で,どう使うかということはいいのですけれども,せっかくある多様な選択肢みたいなものをある程度使えるようにしてはと。よく分かるのですけれども,外国人のほうから見たら日本の司法システムに対する信頼みたいなものが結構揺らいでいるというのは新書本みたいなものに出ていますから,よく分かります。ただ,当事者は外国から来た人もいるでしょうけれども,相手方になるのは日本人のケースもあるわけです。そうすると多様な選択肢として置いておいてもいいような気はします。 ○佐藤関係官 先ほどの大谷委員からの御質問だと思うのですけれども,テイキングペアレント,連れ去った親の側からも調停を利用することができるのかという点については,一般調停として利用することが可能であると考えております。むしろそういう場合にも一般調停というのは活用できるというメリットもあるのではないかと考えています。   そこで一般調停として申し立てられた場合に,その後,返還の申立てをしたというような場合に,条約第12条の1年制限がどこからスタートするのかという点については,この仕組みを提案するときにも考えたところではあるのですけれども,基本的には返還の申立てを条約第12条のスタートと考えるべきではないかと思っておりまして,もしもこの制限が気になるという場合については,申立てをしていただいた上で,「調停を使いたいのです」ということを希望していただいて,付調停をするということが明確で望ましいのではないかと思っております。 ○髙橋部会長 相原委員。 ○相原委員 調停に用いられた資料を裁判資料とすることができるというところについてちょっと確認させていただきたいのですが。この場合の,3ページですか,「当事者の同意がない限り用いることはできないものとすることも考えられる」というような記述があったかと思います。この場合の当事者の同意というのは,提出した人又は事実の調査の対象となった人の同意が必要と考えるのか考えないのかということでよろしいのでしょうか。つまり,とにかく一度出てきたものに関しては,当該陳述した人又は調査の対象となった人の意向は関係なく,そのまま裁判の資料とすることができるものとするという理解でよろしいのでしょうか。それとも,又はその人が了解するという同意があれば出るよということであるということでしょうか。更に言うと当事者双方の了解があれば出るということなのか。そこら辺のところを確認させてください。   もう一つ,後で結構なのですが,調停についてのイメージなのですが,日弁連で議論した時には,どうしても一般的な調停のイメージが1か月に1回とかというようなゆったりしたものを感じているものですから,特別の規律を設けないものとすることでどうかといった時に,やはり特別な規律を設けて迅速かつ専門性高いものを作ってもらう必要があるのではないかという意見も出ておりました。運用で集中的にかなり特化したものができると,そういうことを考えているということなのか教えてください。それから更に,申立人は海外にいると思いますので,場合によったらネットと言いますか,テレビ会議的なものも含めた調停ということもあるのでしょうか。   それは後で結構ですので,以上,お願いいたします。 ○髙橋部会長 正に御議論していただくわけですが,事務当局としてはどう考えたかですかね。同意というのは誰の同意なのか。 ○佐藤関係官 最初の御質問は基本的に提出者を想定しておりました。 ○相原委員 提出者が同意するということが条件になるわけですか。提出者の同意は関係なく,裁判所の職権で出ていくというのではなくて,取りあえず提出者の同意は必要と考えられるのでしょうか。 ○佐藤関係官 事務当局としては,基本的にはそういうものを要しないで,職権でできるという扱いにするのが相当ではないかというのが意見ですが,もしも同意みたいなものを考えた場合は提出者の同意というものを想定していたということでございます。 ○髙橋部会長 山本克己委員。 ○山本(克)委員 今の点ですけれども,事務当局の資料に書かれているものの御説明として,適切な運用に任せるという事項ではないかという御説明を受けたのですが,そういう曖昧な運用に任せて適切に裁判所がやってくださいますというのは外国人はほとんど信用しないと,欧米人は信用しないというふうに考えないとまずいのではないかと思うのですね。今まで運用できちんとやれると言ってきたことで,国際会議でそのようなものは信じられるかといって法律を作らざるを得なかったところが幾つかあると私は認識しております。ですから,運用でうまくきちんとやってくれますよというのは,定型的に申立人が欧米人であることが多いと想定されるような法律でやるべきではないと私は思います。ですから,同意に係らしめるというふうにしたほうがいいのではないかと私は考えます。   それから,双方同意,アの部分については,前に申しましたような意見を持っておりますので,こういう形であれば調停を入れていただくということには,私,何の異存もございません。   それから,大谷委員がおっしゃったウの調停に代わる裁判を,本来の申立てに対する裁判にしてしまえという案,私も魅力的だなと思うのですが,そうするとアンダーテイキングを申立てに対する裁判でできると定めることができるということにしないと無理なのではないのかなと。単純な主文だけを想定しているのでは恐らくこれは反映できないので,仮に大谷委員のようなお考えを採るのであれば,根本的に主文の在り方と言いますか,裁判の在り方を考えておかなければいけないと。私も,前に申しましたように,本来の在るべき姿はそうだと思っているのですが,他の制度との関係でなかなか難しいかもしれませんので,取りあえず私としてはウの調停に代わる裁判というのは残っていてもいいのかなという気がしております。 ○髙橋部会長 大谷委員。 ○大谷委員 二点あって,後のほうからなのですが,私も先ほど考えながら発言していたので,ちょっと整理しきれていないかもしれないのですけれども,アンダーテイキングのようなものを主文で返還の本来の手続の命令でするということは,実は余り考えていなかったのです。細かいところで,先ほど棚村委員が挙げられたのは家具のという例だったので,それを念頭に置いて話してしまったのかもしれないのですけれども,そういうものについて裁判所が何かと言うということはあり得ないので,その辺でもめているのであれば,それ以外の本来的に決まっているであろうところについて何らか決定するというようなイメージで考えていた時に,アンダーテイキングで問題になるようなのは,例えば旅費をどうするとか,帰った時の当面の生活費をどうするとか,あるいは,帰って一緒に住んでもいいとか,そういうことを,私としては調停に代わる裁判だろうが,返還の本来の手続であろうが,裁判所が命ずるということは余り考えていなくて,結局そういうところでもめて,まとまらないのであれば,本来の手続に戻るしかないのではないかなという頭で考えていたのです。だとすると,単純に私が思っていたのは,結局は調停に代わる裁判を認めないという事務当局の案なのかなと,今,話して思いました。ということで,もしかすると先ほどの私の意見の訂正になるかもしれません。   それからもう一点ですが,私も山本委員の御意見に全く賛成で,申立人が外国人,しかも欧米人が多いと想定されることを前提に考えてみますと,付調停の時に,先ほど相原委員が言われたことも関係あるのですけれども,今の調停をイメージして付調停ということになった場合,例えば調停委員を二人選任すると。早くやると,それから,外国生活の経験があったり,場合によっては外国語ができるような人をお願いして,短期間でやるというようなことを考えているのかなと,共通認識として思っているのですが。外国の当事者に分かりにくいのが,調停している時には調停委員の方お二人でされるのですが,実はここに裁判官がいらして,椅子は置いてあるけれども,いつもいらっしゃるわけではないのですよという説明をするのですね。調停の最初にもされるし,私もするのですね。その辺は非常に不透明に見えるかもしれないなと,正直そう思います。   つまり,返還手続をやっている裁判官が連続して調停の場にはいないけれども,調停のことは全部報告を受けて分かっているのですよということになると,先ほどから申し上げている調停だからこそ,返還という申立てをしているけれども,こうこうこういう条件があったら返さなくてもいいのだよという本音の話ができるかとか,あるいは,争っている相手方も,争っているのだけれども,そこはそこで残しながら,帰るとしたらこういう条件が詰まるならということをやるという手続にしたときに,日本人の相手方はそういうことは余り抵抗がないかもしれないのですけれども,外国の申立人にとってそこは受け入れられるのかということをずっと気にしていまして。   今のままの手続で付調停ということに,特別の規律を設けないということに反対しているわけではないのですが,裁判官がどういう位置付けでおられるかところみたいなこともきちんと分かるように説明する,あるいは,そこの手続の連続性がどうなっているのかということを明確にする必要があるように思いました。 ○髙橋部会長 清水委員。 ○清水委員 ハーグについて特別な調停をもし設けるとすれば,先ほどお話に出たような一般的な,現実に行われているような期日指定とかではとても迅速性の要請を満たさないと思いますので,特別な期日指定といったことについても運用上考えていかなければいけないだろうし,調停委員の選任も考えていかなければいけないだろうと思います。 ○髙橋部会長 山本和彦委員。 ○山本(和)委員 イの調停に用いられた資料の裁判資料としての利用について一言。ADRの一般論からして,ADRで出された資料とその後の仲裁とか裁判で用いられる資料を遮断することによって,ADRの合意を成立しやすくするというのは,確かに一般的に言われていることでありますし,例えば国際調停のモデル法などでも一定程度そういう規律がされているということは事実だと思います。ただ,この手続が違う可能性があると思うのは,ここに書かれているように,事実の調査で職権探知で真実を発見するということが重視される必要がある手続であるという点ではないかと思います。   例えば,調停の資料の中で,申立人から出された資料の中で,明らかに子の利益を害することになるのではないかというようなことを示すような資料が出てきているとして,しかし調停が不調に終わった場合に,裁判所が決定する場合に,相手方が,申立人がその資料を提出することに同意しないという場合,その資料を使わずに,使わないと子どもの利益を害するということが認定できないというような,実際には余りないかもしれませんが,究極的な場面を想定すると,その場合にもなおその資料が事実認定として使えないのかということを問わなければいけないのかなと思っています。それは結局,家事審判の議論,家事事件手続法の議論の中でもそういうことがあって,最終的には事実の調査としての利用は特に禁止はしないということにしたわけですけれども,ここでも同じことが妥当しそうな気がいたしまして,私自身としてはここで特則を置くということについては消極的な意見を持っています。 ○髙橋部会長 山本克己委員。 ○山本(克)委員 先走った議論になるのかもしれませんが,先ほどの大谷委員の御発言の中で,裁判官が調停において関与するかどうかというのが,外国人には説明がつかない場合もあるのだというお話がありましたし,仮にイの案を採るとすれば,同意を取る前提として詳細な教示義務を裁判官に課しておくと。つまり,調停手続の内容を教示した上で同意を取り付けるという建て付けにしないと,後々,手続に対する不信が芽生えると思いますので,どういう形になるにせよ,そこの同意を取り付ける前提として裁判官の教示義務というのは是非取り入れていただければと思います。 ○髙橋部会長 大谷委員。 ○大谷委員 全く同じことを発言しようと思っていまして。正にイのところで,今の事務当局案のようなことでされるのであれば,はっきりとそれが当事者に分かった上で同意をすると。また,同意をしたということもはっきりと残るような形で。そうでないと代理人としても,「いや,そのようなつもりではなかったのに」みたいなことに後でなる可能性が非常に心配されますので,そこは丁寧にする必要があると思います。 ○髙橋部会長 はい,どうぞ。 ○金子幹事 イのところで,家事事件手続法での議論を思い出したのですけれども,確かに理想論としては山本和彦委員に御紹介いただいたとおり分離できれば一番いいし,調停も自分にとっての有利,不利にかかわらず,きちんとした資料を出すと。その代わりそれは裁判官が裁判するに当たって心証には使えないとすることができればいいのですけれども,例えば審判が先行していて,その段階で調査が入って,調査官の報告なりが出ているということがあった時に,一旦これを調停の材料にしてしまいますと,審判に戻った時にそれを使えないということになってしまうのかというあたりはどうなのですかね。そこは構わないのですかね。審判の資料を調停に使うのは構わないということになるのでしょうかね。   あるいは,調停を先行していても,話合いのために子どもの意向を先に調査しておいたほうが,両親の説得のためにもいいという前提で,調停をやりながら家庭裁判所調査官による調査をするということは十分考えられますが,調査官の報告書が調停不成立になった場合に使えないというのは手続上困るので,なかなか難しいという感じがします。それは結局,この構造自体ができるだけ真実発見というか,そういうことを背景にした職権調査を大幅に入れているので,そことこの手続の独立との関係の整合性をどのように取るかという問題ですが,家事事件手続法でも,先ほど御紹介にあったような結果になったのですけれども,政策的に裁判資料を遮断するということは難しいかなと思っているところです。 ○髙橋部会長 はい,大谷委員。 ○大谷委員 先ほど挙げられた,例えば審判のほうで先に調査が進行していてという例ですけれども,先ほども質問しかけてそのままにしてしまったのですけれども,本来の手続と調停に付した時の手続の関係がまた分からなくなっていまして。別事件でと先ほどおっしゃったような気がして。つまり申立てがあって始まってきて付調停になった時に,事件番号が変わって,違う手続に変わると考えた場合,それとも元のが残っていて付調停にした時に,調停も並行してあると考えるべきなのかが分からなくなったのですが。先ほどの例だと,仮に審判と呼びますけれども,審判のほうで調査されたものが審判事件の資料として裁判所がお持ちなのであれば,調停で一回それを使ったからといって,元のほうで使えなくなることはないと私は思っているのですけれども,そこは違いますでしょうか。 ○金子幹事 構造的には審判から調停に,審判というかは別にして,仮に審判と言いますが,審判から調停に付された場合は,元の審判の手続が残っています。したがって,調停が不成立で終わると自動的に元の審判の手続に戻るということになります。調停が進行している間に審判を進めてはいけないかどうかというのは,制度の設計で両方あり得ると思いますけれども,調停が係る以上こちらを優先しなさいという作り方もできますが,禁じなければ調停をやりつつ審判を進めるということも許されるように作ることは何もおかしくはないと考えています。   それから,調停で始まった事件が不成立になると,当然に審判に移行するかというと,それは考えていません。これは一旦切れて,返還の申立ては別にしてもらうということを想定しています。 ○大谷委員 それは先ほどの条約第12条との関係で。分かりました。 ○髙橋部会長 山本克己委員。 ○山本(克)委員 先ほどアンダーテイキングについてちょっと議論したのですが,それとの関係で,和解の位置付けをどうすべきかという点をお伺いしたいのです。つまり,そういう附帯的な条件についてのみの和解,それで調書を巻くということを認めるべきなのかどうかということは,大谷委員のイメージでは恐らくそういうのがアンダーテイキングのやり方とおっしゃったように思うので,そういうものを考える。つまり,返還義務そのものではない事項についても和解調書を考えることができるのかどうかというのは,本来の訴訟上の和解をモデルにした和解ではちょっと考えられない話なのですけれども,こういう特殊な手続だからそういうのもあり得るのかという気が私自身はしているのですが,その辺はどうお考えなのでしょうか。 ○佐藤関係官 前にアンダーテイキングのところで,和解の中でそういうことをすることもあるのではないかという御提案をさせていただいたのですけれども,その際にイメージしていたのは,今の訴訟上の和解とはなじまないかもしれないですが,そういう附帯的なことも和解ですることはあり得るのではないかという考えの下,提案しております。 ○山本(克)委員 ちょっと補足ですけれども,私が考えているのは,仮に返還命令が発令されるのだったらこういう条件にしてくれという形で,返還命令がされることについては相手方は争っていると。しかし,仮にされるのであったら,最低これぐらいの条件にしてくださいという程度の,つまり裁判と和解が併存するようなタイプの和解が考えられるのかどうかという点についてお伺いしたい。それは条件付きの和解調書になってしまいますよね,仮に返還命令が出たとすれば効力を発する和解調書と。そういうものを考えるとアンダーテイキングはやりやすくなるのではないかと,そういうことでお伺いしたわけです。 ○佐藤関係官 ちょっと考えていたものの範囲を越えておりますので,検討したいと思います。 ○髙橋部会長 大谷委員。 ○大谷委員 可能かどうか分からないのですけれども,例えばアメリカのハーグ専門にやっている弁護士などが言うには,争っているけれども返還が出たと。そしたら,その条件,細かいところを詰めてきなさいといってまとまったら,向こうはコンセントオーダーというのがありますから,できるのだと思うのですけれども,今,山本委員がおっしゃったような例で言うと,条件付きで和解するとか,先に中身のところを和解しておくというよりは,最後まで争ってその過程で,当然,審理の中では出てくるのでしょうね,返還ということになればこれこれのことというのが。そこは命令が出た後でやると。   同じようなことは,イギリスとかドイツでも,実際に見たことはないですけれども,話には聞きます。本当は最後まで争って,出てしまったら,その後もうちょっと何かやれるような手続が残るなら,そっちのほうがいいと私は思っているのですけれども,制度的におよそ考えられないのかな,どう解決したらいいのかなと,そこは自分でも妙案がありません。 ○山本(和)委員 運用によっては心証開示をして,その心証開示,このままだと出ますよみたいな。どこまではっきり言うかはともかくとして,開示をして和解をするということは考えられそうな感じはするのですけれども。それは相手が納得しなければそのまま命令が出てしまうので,無条件の命令が出るとすれば完全にはニーズに応えられないのかもしれませんけれども,事実上それで相当はできそうな感じはします。 ○髙橋部会長 清水委員。 ○清水委員 調停と和解の関係なのですけれども,ハーグに特化した調停を設けるとした場合に,今の一般調停ですと,本人出頭主義が原則ということになっていますよね。それを維持するのかどうかというところで,もしそれを維持するのであれば,和解は代理人だけが出頭しても成立が可能だという意味では,そういう制度を一つ置くということは意味があることなのかなと思います。例えば外国から出てくるのに,本人自身は無理だけれども,代理人だけは可能だという場合も考えられますから。 ○髙橋部会長 いろいろと御意見を頂きましたが,ほかに調停・和解に関しましていかがでしょうか。   それでは,11ページからの返還拒否事由のほうに入ります。まず説明を。 ○佐野関係官 11ページの2につきましては,子の返還拒否事由に関してまた改めて御議論をお願いするものです。子の返還拒否事由につきまして,第3回目の部会に続きまして,中間取りまとめに関する第4回目の部会でもいろいろと御議論いただいたところですけれども,中間取りまとめの案を御議論いただいた第4回の部会で御一任をいただいたことを踏まえて中間取りまとめを作成したわけですが,これ自体につきましては,この部会の委員・幹事の皆様にはまだ直接御議論いただいておりませんでしたので,今回改めて審議をお願いするものであります。中間取りまとめの子の返還拒否事由は,基本的に第4回の部会で御議論いただいた案とは方向性において大きく変更はありませんが,次の三点において変更がございました。   一点目としましては,④の甲案のcに掲げておりました例示,すなわち相手方が常居所地国に適法に入国・滞在できないことであるとか,刑事訴追,生計困難というものにつきましては,対外的に見て返還拒否事由を広く捉えているのではないかという無用な誤解を生じさせるのではないかという点に対する配慮とか,例示としてこれらのもののみをあえて掲げる必要性に乏しいのではないかという点を考慮しまして,削除しております。   二点目の変更点としましては,④の乙案につきまして,考慮要素をa,b,cという形で箇条書きにしたほか,従前のcに相当するものとして,「子の返還後の監護環境が子に与える影響」というものを掲げておりましたけれども,それも第4回の部会での御議論を踏まえまして,甲案のcに相当する,「かつ」で結ばれているものと同様のものを考慮要素として掲げることにしております。   三点目の修正は形式的な点ですけれども,甲案のcや乙案のcにつきまして,従前,相手方の事情を記載してから,そのあとを「かつ」で結び,その後,相手方以外の事情を記載していたのですけれども,これを前後逆転したという点が変更点です。   このような変更点を踏まえまして,改めて子の返還拒否事由について御議論いただければと思うのですけれども,特にこれまでの部会におきましては,甲案は条約に抵触するのではないかという意見が出されたように思います。そこで,甲案に掲げているa,b,cという各事由が,どのような点で条約の関係で問題なのかという点について積極的に御議論いただければと思います。   また,現在の甲案は,aとかbにおきましては,「子が元の国に返還された後に暴力等を受けるおそれ」というもの以外に,その前に,「子が常居所にする国における過去の暴力を受けた」という事実も記載しておりますが,このような要件があえて甲案のa,bにおいて必要かどうか。更に,甲案のbにおきましては,「子どもが元の国に返還された後,相手方が子と同居する家庭において更なる暴力等を受けるおそれ」としていますが,子どもと同居しているかどうかということが問題なのではなくて,元の国に帰った後に子どもに著しい心理的外傷を与えることになる相手方に対する暴力があるかどうかが問題であると思われますので,ここであえて,bにおいて「子と同居する家庭」という限定を付すことが必要かどうかということについても御議論いただければと思います。この「子と同居する家庭」という限定については,乙案のbにおいても同様に問題になるものだと思います。   さらに,乙案は,裁判所の考慮要素としてa,b,cという形で列挙したものでありますけれども,a,bはともかくとして,特にcのような複合的な考慮要素を掲げた場合に,裁判所が子に対する重大な危険の有無を総合的に判断するに当たって困難を伴うのではないか,不合理な心証形成を強いるのではないかという点についても御議論いただければと思います。   以上です。 ○髙橋部会長 どこからでも結構ですが,審議をお願いいたします。大谷委員。 ○大谷委員 たくさん問題提起されたので,全部についてまとまっていないので,発言できるところから発言します。すみません。二点です。   一点目は,甲案,乙案ともにbの「子と同居する家庭において」の部分ですが,bのような事由そのものが,考慮要素としてかはともかくとして,担保法に明記すべきであるというのは,日弁連でも意見の重要部分でありまして。そうだとすると,どういう規定の仕方がよいのかということで,先ほどの御説明の中で,子にとっての重大な危険から主眼はそこにあって,同居する家庭においてかどうかは必要なのではないかと。   そうおっしゃるとそのように思うのですけれども,「子の同居する家庭において」ということを入れるべきではないかという話が出た背景としましては,元々相手方が一緒に子と帰った時に,そこでまたそのような相手方からの暴力があるかどうか。つまり,例えば常居所地国で申立人に対して接近禁止命令が出る。接近禁止命令もそうですが,退去命令が出るといったような形で,そういう危険がないという場合にはこれに当たらないと諸外国の裁判例などでは理解されているようですが,そういうことがはっきり分かるようにということで入った文言だったと記憶しています。   そうすると,これを外すことで,より重大な危険が何かということの眼目が,「子にとっての」というところにあるということがはっきりしてよいと思いますけれども,それで何か不都合が生じないだろうかということを今考えていました。きちんとした意見になっていなくて申し訳ないのですけれども,その点が,今の「子の同居する家庭において」というのが入ってしまっていることが余計であって,外しても,私どもがこういう場合には返還しないという方向で配慮されるべきだと思われるような事案がきちんと入り,そうでないものが入らないということが確認できるのであれば,御提案のような修正でもよいのかなと思います。   それからもう一点の甲案,乙案について,条約第13条第1項bとの整合性が問題にならないかどうかということで,私自身は今のような書き方であれば,条約第13条第1項bを超えるものではないと,個人的にはそう思っていますが,もしかしたら問題になるかもしれない,そのように見えるかもしれないと思っているのがcのところです。なぜかというと,cのところで,これは前回申し上げたかもしれないのですけれども,子の監護権の本案にかなり近い判断をここの中で持ち込んでいるようなところがありまして。   例えば相手方が,子が常居所を有していた国において子を監護することが困難な事情があってできないという場合に,ハーグ条約の本来の考え方で言えば,そういう時でも一旦戻して相手方が子を監護することが子のためには,子の最善の利益の観点からはふさわしいのだけれども,相手方が例えば外国人であるために,その常居所地国では仕事等が得られず監護できないという場合には,きちんとそこでリロケーションの決定を取って,その上で子どもを連れて帰るようにと,そのための裁判を行うためにこそ一度戻すようにというのがハーグ条約の考え方だというふうに読まれると,このcのような規定でも,だからといって帰さないという判断をしてしまうのは,本案の判断を子の常居所地国でしてしまっていることになるのではないかと。そのあたりがもしかすると条約の整合性というところで指摘されるところなのかという気がします。   いずれも余り答えになっていなくて申し訳ないのですが,以上がお聴きしていて考えた点です。 ○髙橋部会長 長嶺委員。 ○長嶺委員 条約との整合性については,ここでの御議論もいろいろ伺った上で,最終的には詰めていきたいと考えておりますけれども,一見したところ,甲案というのは元々閣議了解をした案が下敷きになっております。そういう意味では,甲案も条約整合性のある案と十分なり得ると。それから,乙案は明らかに柱書きのところが条約の書き振りと全く同一のものを置くと,あとはそれぞれの勘案する事情ということで入れておりますので,乙案は条約との整合性がより明白に見えているというところがメリットであるということでありますけれども,今の段階で,その条約との整合性でもってどちらでなければいけないということまで強く言うつもりはございません。   ただ,あえて申し上げますと,甲案の場合にはa,b,c,d全部並んでいて,dは条約の書き振りそのものになっていますから,そこはいいとして,a,b,cはa,b,cいずれかの事例に該当すれば,それは100パーセント拒否事由になると,そういう立て方になるわけですので,条約が求めている,子に対して身体的若しくは精神的な害とか,耐え難い状況に置くということがイコールで結ばれている必要があるのだろうと思うのですね。aはそこのところがはっきりしておりますけれども,今,大谷委員からも御指摘のあったcの書き振りはもう少し精査が必要かなと思います。   それから,bのところですが,かつて「子に著しい心理的外傷を与えることとなった暴力を受けたことがある」ということと,後段の「更なる暴力を受ける」ということは,当然のことながら,「更なる暴力を受けることが子に心理的な外傷を更に与える」ということが含意だとは思うのですが,今の書き振りですと,前段と後段がやや遮断されているような感じもあるものですから,ここら辺の書き方はもう少し工夫が要るかなと。それから,cにつきましては,大谷委員の御議論もお聴きして,また更にもう少し議論が必要かなと感じております。 ○髙橋部会長 相原委員。 ○相原委員 甲案と乙案の問題としまして,パブリックコメントに対して日弁連は乙案が妥当と回答しているわけです。その議論に際して,甲案につきましては,従前に御提示された個別に対象となるaならa,bならb,cならcだけで,返還事由になるものとして想定された時に比べまして,言葉として「明らかな」とか「著しく困難だ」とか,「明らかに」というのもかなり明確にそれぞれにありますので,議論の中ではこれだけを取り出して,これを主張立証するということは極めてハードルが高く,条文の解釈としても,これをもって返還拒否事由に認めたとしても,解釈としてそれほど問題はないのではないかというような認識でございました。   ただ,c等につきまして,事案が少し悩ましいところがあるというのは,大谷委員が申し上げているとおりだと思いますが,全体として,従前の表現に比べまして,前にもこちらの方針,指針等で非常に顕著なところについてはかなり限定的に加えてくださっていらっしゃいますので,条文上問題ないのかなと認識しています。   あと,「子と同居する家庭において」のところにつきまして,これは私の個人的な意見でございますが,特に乙を採って,その上で考えるとしたときに,bの「子と同居する家庭において」というのも,飽くまで柱書きの乙の最初の「子どもにとっての重大な危険の判断」の材料と考えれば,あえて「子と同居する家庭」というのが必要とまでは言えないのかなと,今感じております。   あと,細かいところについてはまだ十分申し上げるところまで考えておりませんので,とりあえず以上です。 ○髙橋部会長 はい,どうぞ。 ○古谷幹事 裁判実務の観点からということで,従前から審理のやりやすさや当事者にとって審理の対象が明確になるという点から,甲案を支持すると申し上げておりましたが,非常に問題が指摘されていた従来の甲案,特にその要件cについては,今回かなり洗練された形で修正されているので,より一層甲案が適当であると考えているところです。結局,甲案にもdが入っておりますので,最終的な結論は甲案でも乙案でも同じになるとは思われるのですが,甲案のようにa,b,cという具体的な要件があって,まずはこれが具体的な立証命題としてあり,これらが認められない場合はdを検討するという方が審理する側からはやりやすいということが指摘できると思います。   甲案のaとbに関し,過去にこういうことがあって,将来こういうおそれがあるという構造になっている点につきましては,後ろのこういうおそれがあるというのは将来予測の話で,前の過去にこういうことがありましたというのは過去の事実の話になります。理屈からいえば「おそれがある」という判断に全て収れんしてしまうとも言えるのですが,実際に審理をする際に将来予測は非常に難しいので,過去どうだったかということを根拠にせざるを得ないということになると思っております。過去の事実のあるなしは裁判の事実認定で行うことなので,審理のしやすさという点からいうと,過去の事実についても掲げていただくほうがいいというのが一点ございます。   乙案について申しますと,審理の対象が拡散してしまうおそれがあります。またcの要件ですが,これはファクターとしてcというのが挙がっております。いろいろな要素を考慮して総合判断するというときに,それぞれの要素が単体として比較的単純に把握でき,それぞれの要素が独立しているのが判断としては行い易いのですが,このcは非常に価値に満ちている要件です。また,ファクターのbはテイキングペアレントが常居所地国に戻る場合を想定していて,cというのは戻れないという場合を想定しているということになると,bとcは両立し得ないようにも考えられ,このあたりが整理されないと実際の判断においては使いづらいことになると思います。   以上です。 ○髙橋部会長 棚村委員。 ○棚村委員 私は元々乙案が適当ではないかということだったのですけれども,各国の担保法を見ましても,日本の今回の甲案みたいに個別的にやっているのはスイスとか,ああいうような形の改正をしたところぐらいだと思います。実はグレーブリスクのところを見るだけでも,実際の事例としては,アルコール中毒とか,薬物依存とか,精神的な障害があるとか,あるいは,不法滞在をしているとか,犯罪で拘束されているとか,いろいろな事案があって,子どもにどういう影響が出るかというのが多様な形で出てくるのです。   甲案だとそれがdということで,そのほか最終的なところで重大な危険があることという形で,包括条項としてくくってくれるのはいいのですけれども,前に出ているものが全部中心のような感じですけれども,実際のケースの出方を見ると,時代の変化に伴っていろいろな問題が出てきて,子どもに非常に危険であるとか悪影響を与えているということを考えると,条文に素直なところで,条約第13条第1項のbというようなものを挙げて,具体的にこういうような問題の有無が考慮要素になって,そのほかの問題でも子どもに重大な影響を与えるのであればなり得るのだという構成のほうが,ここだけが何か突出して事由として出てくるという構成よりは,グレーブリスクの中の一つの大きな問題としてDVとか暴力があるというほうが良いように思います。   でも,そのほかの問題もいろいろな形でもって実際に起こっているので,例えば,前回議論になったかと思いますけれども,先ほどFPICの山口先生からもお話ありましたが,実際には兄弟が親の代わりに家族のきずなを支えてきた,それを引き離すことが問題が出るのだというケースはかなりたくさん出てきています。こういうようなことも,時代が変化して離婚,再婚,そして再々婚というので,そこで結ばれた義理の兄弟が,実際にリ・イーというイギリスの最高裁判所の判決で問題になったケースでも出ています。ですから,そのあたりは包括的な条項が条約第13条第1項のbということであって,具体的に問題になるものを例示として挙げていくというスタイルのほうがいいような気がします。 ○髙橋部会長 早川委員。 ○早川委員 私も今,棚村委員がおっしゃったことに賛成で,甲案と乙案のうちでは乙案のほうがいいのではないかと考えております。まず各国の立法がどうなっているかということで,今,スイスの例が出ましたが,スイスのこの立法は国際社会では非常に評判が悪いわけです。しかし,スイスの立法をよく御覧になると分かりますけれども,それはここでいう乙案なのですね。重大な危険に該当する要素を挙げて,それらの要素があれば条約13条1項bにいう重大な危険があるとみなすことにしているわけですから。そのように乙案にあたるスイス立法ですら評判が悪いというところに,さらに進んで,甲案のように個別の独立の拒否事由を挙げるような立法をするのはいかがなものかという感じはいたします。   それから,そこから先は御質問なのですけれども,佐野関係官と古谷幹事から,乙案を採るとcのやり方が難しいというお話がございました。それから,古谷幹事からは乙案のbという要素とcという要素が矛盾するような気もするというお話もございましたが,そこのところがもう一つよく理解できませんでしたので,もう一度御説明いただけると有り難いのですけれども。どちらからでも結構です。 ○髙橋部会長 どちらがいいですか。では,まず古谷幹事から。 ○古谷幹事 まず,bとcは矛盾するという趣旨ではございません。例えば借地借家法の正当事由を考えるときに,従前の経緯,建物の利用状況,例えば立退料が幾らかなど,それぞれを裁判所として把握した上で,最後は総合的に考慮して判断するというような構造になっていると思っております。例えば乙案のbはテイキングペアレントが常居所地国に戻る前提の要素で,cは戻らない場合の要素で,これらを総合考慮すると言われても,少し分かりにくいのではないかというのが先ほどの発言の趣旨です。   cについてはかなり評価的な要素になっておりまして,正当事由の判断ときの従前の経緯がどうだったかという認定とは異なり,単純に事実としては取り上げられないものです。幾つかの事実を総合的に判断して抽象化したところで更にもう一度ほかの要素と総合判断するとのはやりにくいというのが実務の感覚としてあるということを申し上げたかったということです。 ○髙橋部会長 どうぞ,早川委員。 ○早川委員 どうもありがとうございました。   まず,bとcが矛盾するかもしれないと,これはおっしゃったとおり,こちらはこうで,あちらはこうということですから,特につらい判断を迫られるわけではないと思います。乙案のcについておっしゃったこともよく分かるのですが,その場合に,私の感覚ではむしろ甲案のcで判断されるのも同様にきつくなるのではないかと,同じようなことが起きるのではないかと思うのですが,その辺はいかがなのでしょうか。 ○古谷幹事 甲案のcと内容としては同じです。ただ,甲案のcは規範的な要件のあるなしを判断し,そこで終わる話で,この種の判断は比較的行う判断だと思います。これに対して乙案だと,それを判断した上で,更にほかの要素と組み合せて総合判断するという二段構造になっているので,そこはやりにくさがあるという趣旨です。 ○早川委員 もう一つよく分からないのですが,まず甲案のcと乙案のcとは,ちょっと文言が違いますので,完全にパラレルではないのですけれども,乙案のcで困難かどうかというのをいろいろ考えていくのが大変であると,規範的判断ではないからというお話だったかと思います。ただ,私の感覚では,乙案ですと,cの事由のみで全部決める必要はないわけですね。こういう要素がありますということを念頭に置いた上で,最終的にaとかbとかその他のことを入れて,重大な危険があるかないかを判断すればいいというつくりですね。   これに対して甲案は,cを認めて返還拒否するという判断を出すのだったらcが存在することを決めなければいけないわけですね。そちらのほうが,判断をされる裁判所としてはかえってつらいのではないかなというのが素直な感覚なのですが,その辺はいかがなのでしょう。 ○古谷幹事 そこは甲案もdが入っているので,最終的な落ち着きどころは同じになるとは思うのですけれども,まずは,a,b,c単体で判断できるものは行うということになって,それが認められなかったらdという構造になるので,そのほうが審理なり判断はしやすいという意見です。 ○佐野関係官 今の判断方法とは別の点ですが,早川先生がおっしゃったスイスの立法は乙案であるという御意見を頂いたのですが,事務当局としてはスイスの立法は甲案ということを念頭に考えています。スイスの立法は部会資料の16ページで引用しているのですけれども,15ページの最後に「in an intolerable situation where:」と入っているので,a,b,cに掲げているような場合は intolerable situationとみなす,そういう状況にあるとみなすということで,甲案的なのかなと印象を持っていたのですが。 ○髙橋部会長 まあ,それはそのような解釈として。   大谷委員。 ○大谷委員 今,最後のスイスが甲案か乙案かに関係するのですけれども,読み方の違いかもしれませんが,スイスのはa,b,cがそろえば,耐えがたい状況に置くことにみなす構造になっていますよね。甲案も,私自身個人的には乙案に賛成なのですが,仮に甲案を採る場合に,外国から見た分かりやすさという点で言うと,a,b,cで,先ほどから出ていますように,それぞれが事由になるのだけれども,駄目だったらdで救うという御説明がずっとあるのですが,スイス法的に甲案を考えるのであれば,a,b,cのいずれかに当たった時には,簡単に言うと「dとみなす」という書き振りにされると。それでも条約に適合しているかしていないかという評価はいろいろあるかもしれませんけれども,書き方としてはスイス的に見えるのかという感じがします。 ○早川委員 今,大谷委員がおっしゃったとおりかと思います。佐野関係官がおっしゃった,スイス法は甲案ではないかという御説明を,私,一瞬理解できなかったのですけれども,私の説明が足りなかったことがわかりました。私がスイス法が乙案に当たるものだと申し上げましたのは,次のように考えたからです。スイス法は,三つの要件が満たされれば条約第13条第1項bの重大な危険があると「みなす」としていますから,条約第13条第1項bに該当することを理由として返還拒否するわけです。甲案はそうではなくて,例えばaが立てば,aを理由として返還拒否をするということですから,外国からその判決を見たときに条約第13条第1項bによる返還拒否であるとは読まれないおそれが大きいように思います。乙案は,三つの要素を挙げたう上で総合的な判断として重大な危険の有無を決めるという点で,スイス立法が三つの要件がそろえば必ず重大な危険があるとしているのとはたしかに違いますけれども,しかし,ほかの国から見たときにこの判決はなぜ返還拒否したかという点では,スイスの立法と同様に,条約第13条第1項bの重大な危険があるから拒否したのだということは分かるだろうと思います。つまり,乙案であれば,飽くまでも条約第13条第1項bを適用したのであるという建前を取れるわけで,その方が外国からの批判は受けにくいのではないかと申し上げたかったのです。先ほどの説明が舌足らずで,失礼いたしました。 ○佐野関係官 よく分かりました。ありがとうございました。 ○大谷委員 今の点は非常に技術的なことかもしれませんけれども,私も早川委員の御意見と同じような感覚で元々ずっと申し上げているのですが,甲案はこのままですと,裁判所が判決を書かれる時に,最後の出口のところで,仮に返還拒否になった時に担保法の何条aに当たるのでという理由になると思うのですが,それはそこで価値的に重大な危険を判断しているのだ,それを担保法に落としているのだからaに当たるということは,条約13条第1項bで言う重大な危険と思っているのですと言ったところで,外に出る判決としてはどうしても担保法何条aみたいになるので,そこは条約を超えていると言われてしまう原因になるのではないかなというところがずっと気になっていまして。甲案でa,b,cはそれぞれ独立の事由となっているということがなぜ問題なのかというところは,そのあたりにかなりあるのではないかなという気がしています。 ○横山委員 耐え難い状況となる重大な危険があることというのは,デフォルトルールにはしないで,端的に条約第13条の適用上というようにしたほうが,スイスの立法に割と近い形でやったほうが確かに明確になって,bとかcは一体条約の何に該当するか疑問がないようにしたほうがよろしいと思います。   乙案でちょっと引っかかるのは,考慮要素が列挙されているのですが,重大な危険になるかどうかというのは,正しく古谷委員がおっしゃったように,これ自体が評価の必要な文言で,重要な危険かどうかは子の利益を基準にしてやらざるを得ない。ところが,改めてまたcの考慮要素の中で子の利益に反するかどうかを判断していて,それをまた考慮しつつ,子の利益から見て重大な危険があるかどうかと,要するに同語反復を柱書きと考慮要素でやっているから,今,古谷幹事がおっしゃったような疑問点が出てくるのだろうなと思うのです。ですから,今の乙案の書き振りでは同語反復規定,このまま規定にされるつもりはないと思いますけれども,同語反復のおそれがあるのではないかなと考えます。 ○髙橋部会長 返還拒否事由についてほかにいかがでしょうか。はい,どうぞ。 ○竹下関係官 どなたも問題にされなかったのでちょっとお伺いしたいと思います。条約についての私の理解が十分でないためかと思うのですが,2の(前注)の意味について疑問を感じます。一般に申立てを認容する理由があるのだけれども,現状がいろいろ変わっているので,裁量で棄却するというのは,行政事件訴訟法や会社法等にも例がありますし,民法第770条第2項などもそういうことかと思うのですね。   ところが,今問題になっている事案では,本来返還を請求できる条件は整っているが,しかし,子の福祉を考えると,①から⑥までのような事情があった時には拒絶できるとされています。それは子の福祉のことを考えて拒絶できるということにしたはずなのに,この(前注)を見ますと,①から⑥までの返還拒否事由が認められたとしても,裁判所の裁量によって返還を認める余地があるというのですが,それはどういう考え方に基づいているのか。日本の従来の立法には余り例がないのではないかと思うのですね。   要するに,本来なら請求が認められるけれども,その原因たる事実から裁判の時までに非常に時間がたって,現状から見ると請求を認容するのは適当ではないという場合に棄却をするということはあり得ると思うのです。それに対して,抗弁事由が認められて請求が成り立たないにもかかわらず認容する場合があるというのが,一般の考え方とは整合しないのではないか思うのですけれども,元々どういう考え方なのかということを伺いたいと思います。 ○佐野関係官 この(前注)を入れましたのは,条約第13条等の書き振りが最大な理由なのですけれども,規定上は「返還を拒否することができる。」になっています。返還を拒否しなければならないというような「shall」というような条約の規定になっていませんので,条約を忠実に担保するという観点から,返還を拒否することができるという趣旨で返還拒否しない余地もあるということを(前注)で挙げたという次第です。 ○竹下関係官 条約にそう書いてあっても,日本では拒否すると書いても条約に抵触するわけではないのではないでしょうか。日本の立法例として,抗弁が成り立って申立てに理由がないことになったにも拘らず,それを認容してよいという例はあるのでしょうか。少なくとも私は余り知らないのですけれどもね。 ○佐野関係官 条約の抵触の観点から言いますと,逆に「返還を拒否しなければならない」と明言しますと,返還を拒否する方向が広がることになり,子の返還を趣旨とする条約の方向性とは逆のものを指向するということになり,条約の適合性の観点から,それでいいのかという点が理論的には問題になるのかなと思います。返還する方向に広げるのであれば,このハーグ条約の全体からすると,条約適合性からは問題ないと言いやすいと思うのですけれども,狭める方向ということになると,どうかなと。ただ,実際問題,運用としてはあえて裁判所が返還拒否事由を認めたにもかかわらず,返還する事例というのはなかなか想定されないとは思うのですが。 ○竹下関係官 確かに条約との整合性を取るという意味では,こういうふうに書いておいたほうがいいのかもしれないけれども,恐らく立法するときにどうするのかというのと,実際に裁判で適用するときに,今問題になっている①から⑥までの理由があるのに,返還を命ずるという裁判をするということで,裁判に合理的な理由を付したことになるのですかね。ちょっとそういうことを疑問に思うのですが。趣旨は分かりました。 ○横山委員 条約では「may」という言葉が使われて,任意的なこと,それは主語が締約国だからですね。この返還事由と出ているときには,主語が裁判所になっているので,主語が違うわけです。つまり,各締約国はこうこうこういう場合は返還拒否しても条約上は許されますよという許可をもらっているものだから,返還してはいけないと裁判所が命じても条約違反にはならないと思います。   そういうふうにしてもいいという意味で締約国は拒否できると言っているわけですから,条約上許可されているのですから,この場合には締約国が必ず拒否するといっても条約違反にならないし,論理的には矛盾しないと思いますし,内容的に言ってもここに列挙されているのは子の利益に反する,あるいは,返すことが利益に反するわけで,子の利益に反するようなことはすべきではないと私は思いますので,ここは,仮に英語で訳したときに,日本の裁判所はすべきだと,「shall」を使ってもいいと思います。 ○金子幹事 横山先生,13条は,主語は「The judicial or administrative authority」になっていて,我々は「judicial authority」を選択したわけで,条約上は「judicial authority may also refuse to」となるのではないのでしょうか。 ○横山委員 でも,それは締約国のでしょ。 ○金子幹事 もちろんそうなのですけれども,そのときに命じられているのは,司法当局が返還を命ずる裁判に当たっての規範にならないのでしょうか,裁量的なものというのが。それを返還を命じなければならないということが条約に反しないというように読めるかどうかというのは,ちょっと疑問があるのですが,そのようなことはないでしょうか。 ○横山委員 ほかのハーグ条約でも,子どもの利益から考えたら,締約国はそういう措置を採ってもいいよと条約は認めているという趣旨で「may」という言葉を使っているので,条約が任意的に言っているということが即,日本の立法者が日本の裁判所にどういう行動をすべきかと指示するときに,やはり「may」しかないのかというふうにはならないということです。 ○大谷委員 竹下関係官が問題提起してくださったのですが,ここは日弁連でも議論がありまして。このような場合には子の利益に反するからこそ返還拒否事由になっているのに,それがあってもなお裁量で返還できるというのはおかしいではないかという議論があって,私は個人的にはそう思っています。実は個人的には横山委員の御意見にかなり近くて,日本の担保法では裁量規定ではなくて,返還しないと書いてもいいのではないかと実は思っているのですが。そうは言いつつ,ほかの衡量としましては,ほかの国ではここは裁量だと理解して,子の返還拒否事由に当たるのに,なおいろいろな事情を見て返還するという判決をされている場合がある。   それが好ましいとは全然思っていませんが,一般にここは裁量だとほかの国で思われていること。ただでさえ,ここの返還拒否事由を日本が担保法でどのように規定するかに注目が集まっていると思われるところ,中身のところはきちっとしていただきたいと思っているので,裁量を完全になくす書き振りにすることで,更に何かここで余計な論争が起きないほうがよいのではないかと。そこは裁判所に,子の返還拒否事由にあたる時には返還しないと恐らくされるだろうし,そうしていただきたいということでどうかなと個人的には思っています。   また,私自身は乙案支持なので関係ない議論かもしれませんが,前に甲案がちょっと問題ではないかと言った時に,事務局のほうで「いや,裁量なので,a,b,cに当たっても返す場合もある。裁量があるのだから大丈夫だ」という御説明をされたので,そういうセットで読むのだったら,裁量規定で置いておくほうが甲案としては説明が付くのかなというふうに伺った次第です。 ○髙橋部会長 勝亦幹事。 ○勝亦幹事 今の条約の解釈のところですけれども,確かに「may」という表現は条約上これは裁量があるということで,「shall act」とか,義務を一律に構成するものではないというのがまず前提になります。その上で,今回のハーグ条約の組立方をどういうふうに見ていくといった場合に,事務当局の金子幹事からもありましたように,条約の立て方は基本的には返還をすることによって子の利益に合致するような状況にもっていくという全体の目的がありまして。   その構造がもう一つ明らかに表れていますのは,第18条に,「この章の規定は,司法当局又は行政当局が有する,いつでも子の返還を命ずる権限を制限するものではない」ということで,いろいろな拒否事由は書いてあるけれども,全体の法的なハーグ条約の構成としては,それでもいつでも返還するという権限を制限するものではないという立て方になっておりますので,今回の条約の担保法を客観的に対外的にもきちんと示していくという意味でも,ここはやはり裁量という部分で立てていくのが適切ではないかなという印象を今のところは持っております。 ○髙橋部会長 横山委員。 ○横山委員 甲案でも私は構わないのですが,中を取って,乙案で柱書きを直してしまって,「13条b号の適用上裁判所は以下の諸点を考慮しなければならない」というふうにできませんかね。 ○佐野関係官 乙案の場合に,a,b,cを全て考慮しなければならないとすると,裁判所もそれを職権で調査しなければならないことになりちょっと大変かなとは思いますけれども。 ○髙橋部会長 ほかにいかがでしょうか。大谷委員。 ○大谷委員 中を取ったみたいな意見ですけれども,こういう意見があったということの御紹介だけです。そこで裁量が広くあるような書き振りというのは気持ち悪いという意見が日弁連の中でもありまして,例えばということで,「このような返還拒否事由にあたる場合には子を返還しないものとする。ただし,特段の事情がある場合は」というような書き方はどうかという意見があったことを御紹介だけしておきます。 ○髙橋部会長 御紹介ということで。   よろしいでしょうか。それでは,次回の議事日程等をお願いします。 ○金子幹事 次回第7回会議の日程ですが,11月11日,金曜日,13時30分から,法務省の地検会議室,この建物の3階になります。事前に資料をお送りする予定でおります。今までの積み残しの議論を更に進めようと思っております。   以上です。 ○髙橋部会長 それでは,本日の会議は以上で閉会でございます。どうも熱心な御議論ありがとうございました。 -了-