法制審議会民法(債権関係)部会第1分科会           第1回会議 議事録 第1 日 時  平成23年11月8日(火)自 午後1時30分                      至 午後6時16分 第2 場 所  法務省矯正局会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり) 議        事 ○中田分科会長 予定された時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会第1分科会の第1回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   この分科会につきましては,私が分科会長を務めさせていただくことになりました。力不足ですけれども,皆様の御協力を頂きまして,充実した審議がなされますよう努力したいと思います。どうぞよろしくお願いいたします。    (関係官の自己紹介につき省略) ○中田分科会長 最初に,事務当局からお願いします。 ○筒井幹事 一言だけ,大浜関係官に御出席いただくことになった趣旨について御説明いたします。   各分科会には裁判所から,永野委員と岡崎幹事に共通のメンバーとして加わっていただいているのですが,公務御多忙のためそろって御出席いただくことがなかなか現実的には難しい状況にあります。そこで,分科会の審議を充実させるための分科会限りの取扱いとして,裁判所のメンバーに欠席者がいる場合に限って,つまり裁判所のメンバーが上限二人という枠を超えない範囲内で,大浜関係官にも審議に加わっていただくことを御了承いただきたいと考えております。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   本日は,三つの分科会を通じまして初めての会議でありますので,どのような方法で審議を進めるかも考える必要があります。   そこで,まず分科会の役割を確認しておきますと,これは7月に開かれました第30回部会で了解がされております。すなわち,分科会では部会から付託された個別論点について補充的な検討をする。しかし,個別論点に関する意思決定を行うわけではない。事務局は,分科会での議論を踏まえて部会資料を作成し,分科会の議論はこれを通じて部会に報告される。また,必要があれば分科会での議論状況が速やかに部会に報告されることもあるといったことです。   もっとも,補充的な検討と言いましても,いろいろなタイプのものがあります。技術的,細目的な論点の検討,部会で主要部分が固まっていて,技術的,細目的な詰めが残されている論点の検討,あるいは,部会での指摘を受けて,更に補充的になすべき検討などがあります。これに伴いまして,分科会での議論の到達目標も一様ではありません。細部についての詰めをすることのほか,複数の見解がある論点について各見解の論拠を整理する,あるいは複数の見解の対立を解消し得る新たな見解を見いだすなど,様々なものがありそうです。   分科会は意思決定をする機関ではありませんので,分科会としての統一的な結論を出すことは必ずしも求められているわけではありませんが,部会での議論を漫然と繰り返すのではなく,それぞれの項目に応じた必要な補充をしていくことが求められていると思います。それによって,第二読会の第2ラウンドにおいて充実した部会資料が作成され,部会での審議に資することが期待されているのだろうと理解しております。   そこで,本日の議題ですけれども,これは,お手元の本日の議事次第,ないし先週の部会で配布されました「第1分科会第1回会議の開催について」に記載されたとおりです。   これらの議題について,本日なされるべき補充の内容は,今申しましたとおり,項目によってそれぞれ異なるように思われます。他方,分科会には予備日はありませんし,次回は2か月以上先になりますので,そうそう積み残しというわけにもいかず,限られた時間内に,実質的かつ効率的な審議をする必要があります。   そこで,具体的な進め方ですけれども,次のようにしてはどうかと考えております。すなわち,本日の議題を適宜区切って御審議いただくことにし,その区切りごとに事務当局から,部会での審議状況と部会から分科会に付託されている事項をリマインドするための説明や,場合によってはパブコメの状況などを御報告していただく。その後,私のほうで,本日御審議いただくべき主要なポイントを整理し,その上で御審議を頂くという方法です。もちろん,それ以外の議論もしていただいて結構なのですけれども,最小限検討すべきポイントをあらかじめ整理しておこうという趣旨です。   なお,分科会は詰めをしていくべき場ですので,委員,幹事はもとより,事務当局の皆様にも適宜御発言を頂ければと思っております。   この先,もちろん改良をしていく必要があるとは思いますけれども,取りあえず今回はこのような方法で行うということでよろしいでしょうか。   どうもありがとうございます。   それでは,本日の議題に入りたいと思います。議題のうち,「代理」の「1 有権代理」のうちの(1)と(2),すなわち民法101条の代理行為の瑕疵に関する論点までを前半で行いまして,休憩を挟み,その後,後半を行うということにさせていただきたいと思います。   それでは,最初の議題です。意思表示の第三者保護規定の在り方です。   まず,事務当局から説明をお願いいたします。 ○笹井関係官 それでは御説明いたします。   意思表示の第三者保護規定の在り方は,具体的には,心裡留保,虚偽表示,錯誤及び詐欺について問題とされております。部会資料の該当箇所は,心裡留保が部会資料27の26ページ,虚偽表示が同じく部会資料27の28ページ,錯誤が同じく部会資料27の42ページ,詐欺が部会資料29の5ページです。   これらの論点については,それぞれの無効原因,取消原因についての第三者保護要件のバランスが取れているかどうか,その配置の在り方として,1か所にまとめるのか,それぞれの無効原因,取消原因ごとに規定を設けるのかという点について検討するために,分科会で審議されることとなりました。   それぞれの無効原因,取消原因について,少し部会での議論の状況を確認させていただきますと,まず,心裡留保については現在規定がございませんけれども,これら心裡留保について第三者保護要件を設けるということについては部会でも異論がなかったところです。規定内容については,善意で足りるという見解と善意無過失を要するという見解が紹介されましたけれども,部会の中では,善意無過失を要するという見解を支持する意見はございませんでした。ただ,虚偽表示についての第三者保護の要件をどのように考えるかによっては,それとのバランスも考慮しなくてよいのかが問題になり得るのではないかと思います。   続きまして,通謀虚偽表示につきましては,善意で足りるという考え方のほか,無過失を要求し,信頼に足りる外観があったかどうかを無過失要件の中で検討すべきであるという意見がございました。また,この場合の過失の概念として,どのような内容を盛り込んでいくのかということも議論がされたところです。   錯誤につきましては,これも現在規定がございませんけれども,第三者保護要件を設けるということについて異論はございませんでした。規定内容については,善意無過失が必要であるという意見が多数でございました。   最後に,詐欺ですけれども,詐欺の第三者保護要件については,善意無過失が必要であるという要件を設けることに部会では異論がなかったところです。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   この議題について,分科会での審議事項は次の3点かと思います。   第1点は,意思表示が無効又は取り消され得る場合の第三者保護要件について,一貫した考え方で規律する必要はないか。もしあるとすると,それはどのような考え方なのかです。   第2点は,第1点とも関わりますが,それぞれの無効原因,取消原因についての第三者保護要件の検討です。心裡留保では善意,詐欺・錯誤では善意無過失とすることでおおむねまとまりそうですけれども,虚偽表示については善意か善意無過失かの意見の対立がなおあるようです。そこで,特に虚偽表示の第三者保護要件についてどうするのか。また,過失を要件とする見解においては,その内容は何なのかが問題となります。ここでは,両論の対立をどう理解するのか,今後どのように議論していけばよいのかが課題となります。   第3は,第三者保護規定の配置方法です。各事由ごとに規定するか,まとめた形にするかです。   以上の3点を中心に御審議を頂ければと思います。御意見をお願いいたします。 ○高須幹事 すみません,口火を切るというだけでございますが,今御指摘にあった一貫させる必要があるかの第1の論点は,やはりこれは法の整合性というか,全体的な考え方からすれば,一貫させるのがもちろん妥当だろうと思います。   ただ,その一貫させるという意味は,常に善意のみとか,常に善意無過失という意味ではなくて,どのような瑕疵,欠缺事情かによって変わってくることは当然あり得ると思いますので,部会のときの議論に出ましたように,基本的には,無効なり取消しなりという状況を第三者が甘受しなければならないかどうかということですから,「善意無過失の第三者が保護される」がまず出発点であり,その上で表意者の帰責性というものを考慮しながら,場合によっては,その表意者の帰責性が強い場合には,第三者側のほうは善意のみで足りるという場合が出てくるのではないかと考えます。   そういう意味では,一見すると違う要件のように見えますけれども,それはそれで,そういう考え方で一貫させるということで,各項目ごとの表意者の帰責性を考慮して決めていくということでよろしいのではないかと思っております。 ○中井委員 具体的に,心裡留保,虚偽表示,錯誤,詐欺と挙げられているわけですけれども,これについて,一貫した考え方を採るという今の高須幹事の説明に関連して,強迫や意思無能力の場合について問題提起されていないように,基本的には,強迫を受けた者に帰責性はないと考えて第三者保護規定がない。意思無能力を考えれば本人保護が優先して,第三者保護規定がない。基本的には表意者の帰責性の度合い,程度が,第三者保護に関連していると考えざるを得ない。とすれば,心裡留保については善意でおおむね一致し,錯誤・詐欺について善意無過失とするときに,その表意者の帰責性の程度をしんしゃくして,残る虚偽表示についても考えていくのが筋で,どの程度の本人の帰責性を考えるのかということに,帰すると思うんです。   確かに,信頼に対する外観について議論をするということの意味について,私も94条2項の類推適用の制度を検討したらどうかと言ってますが,これに対しては必ずしも瑕疵ある意思表示に結び付かないと御批判を受けているところです。この問題を考えるときには,外観作出についての本人の帰責性が大きければ善意で足り,帰責性が弱ければ善意無過失としているのは,外観法理と結び合わせた議論をしているわけで,それとの連続性を考えたときに,虚偽表示について,外観に対する信頼という観点から,善意無過失要件というのも分からないではないなと思いつつも,心裡留保と詐欺・錯誤の連続性の中で決めるとすれば,バランスからして善意という今の一般的理解で足りるのではないかと,思っています。 ○中田分科会長 ほかに,いかがでしょうか。 ○笹井関係官 部会では,虚偽表示における第三者保護の要件ついて,内田委員,能見委員から御意見がありましたけれども,今までの裁判例の中でも,虚偽表示の場合であっても,例えば登記など信頼できる外観に基づいて法律関係に入った場合に第三者が保護されているのではないかという御指摘があったところです。つまり,従来の裁判例は,外観に対する信頼考慮しており,そうだとすると,無過失を要件として設けておいたほうがよいのではないかといった御意見があったと記憶しております。仮に,虚偽表示,心裡留保について,第三者保護要件として無過失が不要であるということになった場合には,どのように処理されるのかをちょっと教えていただきたいと思うのですけれども。部会の中では,重過失は悪意と同視されるという解釈によって処理すれば足りるという御意見がございましたけれども,そういう方向に賛成させるということでしょうか。 ○中井委員 今のは私に。 ○笹井関係官 いえ,善意で足りるという見解を支持される方にということですけれども。 ○中田分科会長 今の前提は,虚偽表示について善意無過失という考え方を採ったときに,心裡留保について善意で足りるとすることの当否と,それから,虚偽表示について善意で足りるということの当否と,二つのことが入っているのでしょうか。 ○笹井関係官 そうですね。心裡留保と虚偽表示のバランスということは余り私の意識にはなくて,両方とも善意で足りるという見解がどちらかというと部会の中でも多数であり,また,今の中井先生の御発言もそういった趣旨ではないかと思うのですけれども,そういった見解を採った場合に,全く何の外観もないのに,単に善意で信じて法律関係に入ってしまった第三者というのを保護するということなのかどうか。もしそれが保護されないとすると,どこの要件で保護を否定するのかということでございます。 ○中田分科会長 いかがでしょうか。 ○高須幹事 虚偽表示の場合で考えてでございますが,全く何の外観もないのに虚偽表示を信じるということは確かに不自然であり,そういう場合は保護をする必要はないだろう,そのようなケースがあるとは思っております。ただ,そのときの要件立てが,過失,あるいは重過失を何らかの形で織り込むという方法も一つあるとは思うんですけれども,全く何の外観もないのに,その意思表示を信じましたといっても,一体,何を信じたんですかというところはやはりあるのかなと思いまして。善意ということを要件として立てるのであれば,立証責任ともちょっと絡むんですけれども,善意の立証責任が第三者側にあるという話であれば,その立証に成功しないというか,善意とは言えませんよという解釈論もあり得るのではないかと思っております。   したがって,確かに過失という概念を導入したほうが柔軟な解釈ができるということはあろうとは思いますけれども,今の関係官の御質問に対して,過失概念を作らないと全く対応できないかといえば,何らかの形では対応できているのではないか。現に今まで,判例は基本的には善意のみでと言っているわけですから,そのような考え方でやってきたのではないかとも思っておりまして,対応は可能かなと一応私は思っておりますが。 ○笹井関係官 それは善意ではないから保護されないということでしょうか。 ○高須幹事 善意とは言えないのではないかという御指摘だと思います。善意が何かという非常に難しい問題があって,単純に,ただ知らないことですということなのかどうかにもよるんだと思いますが,どだい,その辺が曖昧な議論になっていると思ってはおるんですけれども。詰めていけと言われれば,その善意の解釈でいくという方向もあり得るのではないかと思っておりますということでございます。 ○鎌田委員 通謀虚偽表示の認定のほうではないんですか,先ほどのお話からいくと。 ○高須幹事 あり得るとは思うんですよね。現に部会のほうで議論が出ましたように,いわゆる外観法理的に理解する限りは,むしろそういう要件立てのほうが,つまり外観,虚偽の外形があるかどうかという観点からの要件のほうが,よりぴったりくると思うんですけれども,先般来の部会の議論では,それは外観法理の問題であり,別途導入するかどうかであって,94条は飽くまで,虚偽の意思表示の問題ですよねというような御指摘もあったものですから,外観という要件を立てていいのかどうかということもちょっと気にはなっております。今回そこまで踏み切れば,むしろ外観の問題かなと思いますけれども,そこまでの改正にするのかどうかという問題もあろうかななどと,ちょっと脳裏をよぎっておるんですが。 ○中井委員 先ほどの笹井関係官の御質問は,結局,これまでの判例の中で虚偽表示が出ているものの多くは,外観に対する信頼保護が問題になっている事例が多いのではないか。それが例えば登記であったりする。結局それは,虚偽表示の問題から外観法理一般の議論に論点を移して,それについて質問されているように思うのです。   そういう場面こそ私としては,外観法理というものが,これは意思表示ストレートではないけれど,その結果生じたものに対して,現在,裁判例の中でも,善意で処理するものと善意無過失で処理するものがある。その原因はどこかといったら,本人がどこまでその外観の作出に関与したのか,帰責性の程度が大きいのか,弱いのかで分けているわけで,その考え方をどう思うのかと問われているように思われるのです。   その考え方に,私は賛成しているわけです。しかし,その考え方は,この意思表示規定の中には入らない。でも,その法理は残るだろうと思うんです。   そこで,純粋に,虚偽表示についての第三者保護となったときに,外観法理のときは。善意無過失によって過失要件で,適切に裁判所は判断しているではないかと持ち出されると,私としては回答に窮してしまうわけです。私の立場からすれば,笹井さんのおっしゃるような場面は,外観法理として民法に規定しませんかとなります。翻って,虚偽表示については単純善意で足りませんかと,こういう回答になるのではないかと思います。 ○山本幹事 少しずれるところはあるのですが,論点の整理として申し上げたいと思います。ここでは,一連の第三者保護規定の意味をどう捉えるかということがやはり問題なのだろうと思います。   一つの見方が,今出ているように,これは,狭い意味か広い意味かは別として,外観に対する信頼保護を定めた規定であると位置付ける立場だろうと思います。この立場からすると,外観に対する正当な信頼があって初めて,真の権利者から権利を奪うことができるということになります。そうしますと,この立場を貫けば,詐欺の場合でも,善意無過失を要求していくことになると思います。詐欺の場合は善意で足りると言うべき理由がどこにあるのかということが,むしろ問われてくるように思います。   もう一つの見方は,これは,そのような意味での外観を保護するための規定ではないと考える可能性です。つまり,AからB,BからCへ権利が移転された。Cとしては,Bからその権利の譲渡を受けたと思って安心していたら,Bの前主であるAとBとの間の契約の効力が失われたというので返還請求が来るのに対して,そのような請求を遮断するための規定である。つまり,外観を信じたというのではなく,自分の相手よりも前の取引の効力が失われることからの保護と言うべきものです。民法の元々の第三者保護規定の考え方は,こちらのほうではないかと思います。   その意味で,現在の第三者保護規定は,外観があって,それに対する正当な信頼かどうかというのではない考え方に基づいてできているのではないかという気がします。もちろん,今後の立法として,どちらの考え方で整備していくかという点については,立場は分かれるかもしれませんけれども,一応の論点の整理としては,そう言えるのではないかと思いますが,いかがでしょうか。 ○中井委員 今の論点整理をお聴きして,山本幹事の整理によれば,外観に対する信頼保護の仕組みとして位置付けたときには無過失要件が入ってきて,意思表示の前主のほうの原因がなくなった場合の第三者保護の問題としたときは,表意者の帰責性の代償で,虚偽表示の場合も善意で足り,心裡留保も善意で足りるという方向になるのでしょうか。 ○山本幹事 これは,外観に対する信頼保護と考えたときでも,更にまた立場が分かれるのではないかと思います。   一つは,これは定型的な,登記などのような公的な外観がある場合の,その外観に対する信頼保護です。ここでは,画一的な信頼保護を図らないと,取引の安全が害されると考えますと,善意のみで足り,過失の有無は問わない。ないしは,善意か悪意かを問わずに,外観があれば,その外観どおりの取扱いを認めるということになる可能性があります。   それに対して,もう一つの考え方は,やはり真の権利者から権利を奪うのだから,外観に対する正当な信頼があって初めて真の権利者の権利を奪うことができると考える可能性です。これによると,登記であろうと,どのような外観であろうと,あるいはそのような公的な外観でないような場合はなおさらのこと,やはり正当な信頼,つまり無過失を要求することになるのではないかと思います。   ですから,これは,外観に対する信頼保護といっても,更に立場が分かれますし,ひょっとすると,外観の種類によって分けていくという考え方が出てくる余地があると思いますが,いかがでしょうか。かえって混乱することになるかもしれませんけれども。 ○中井委員 そういう整理であるならば,ここは,心裡留保,虚偽表示にしろ,詐欺・錯誤にしろ,意思表示についての第三者保護の関係を議論しているわけですから,外観に対する保護についての幾つかの見解の問題はさておき,前主の関係で無効となるときの第三者保護をどうするのかというならば,基本に戻って,心裡留保が善意で,錯誤・詐欺が善意無過失であるならば,そのバランスから,善意保護要件で足りるという考え方に結び付いておかしくないと思っているわけです。   その上で,正に山本幹事がおっしゃったような外観法理に関するものについて,そういう議論が深まっていくのであれば,民法の中にそれを入れられないのかという議論をしてほしいと思うわけです。ただ,これは分科会の仕事ではないと思いますけれども。   ここは意思表示の問題としては,そういう意味で,虚偽表示についても善意で足りる,考え方の整理からしても,賛成したいと思っているんです。 ○山本幹事 最初の笹井関係官が提起された問題に関して言いますと,第三者が現れたときに,どうもこの第三者が非常にうっかりしていたように思われる。特に,少し注意すれば容易に分かったではないかということがうかがわれるときに,裁判実務に当たられる方々にとっては,このような第三者を保護して本当によいのかという,一種の気持ちの悪さが出てくるということではないかと思います。   それに対して,詐欺を受けた者はうっかりしているのだから,第三者としては,善意があれば,それで保護されると考えることもありえないわけではありません。そして,そのように考えるならば,虚偽表示や心裡留保の場合についても,虚偽表示や心裡留保をした者はわかってそのような表示をしているのだから,なおさら第三者は善意であるかぎり保護されるという結論を導くこともあり得るとは思います。 ○鹿野幹事 先ほど,山本幹事がおっしゃったことと恐らく共通する観点からの意見を申し上げたいと思います。もっとも,今直前におっしゃったことと共通するのかは,よく分かりません。   まず,外観に対する信頼保護といっても,ここでは,単に無権利者がいて,その無権利者の権利の外観を信頼したというようなことが問題となっているわけではありません。そうではなく,ここでの問題は,意思表示の場面で,表意者がなした意思表示ないし法律行為について無効ないし取消しの原因があったときに,第三者に対してその無効や取消しの効果を主張できるかということです。ですから,既に御指摘があったように,ここでは,表意者の帰責性と第三者の保護とのバランスをどこで図るのかということが検討の中心になるのだろうと思います。   先ほど笹井関係官から,登記のような外観がなかったときにどうするのかという問題提起がありましたけれども,今申しました考え方からすると,基本的には,表意者に無効ないし取消原因についての帰責性が大きいときには,その法律行為を基礎にして新たな権利関係に入った第三者に対してその無効等を主張してその権利を否定することはできず,ただ,無効や取消しの原因を第三者が知っていたというときには保護には値しないのでこれらの者に対しては無効等の主張ができるということになるのではないかと思います。   確かに,知っていたとは認定できないとしても当然知り得ただろうという場合も問題となり得るとは思うのですが,その限界線上にあるのは,恐らくは第三者に重過失があるような場合で,その場合については,悪意と同視するということで実務的にも解決を図ることができるのではないかと思います。改めて結論を言いますと,私は,虚偽表示のときには第三者保護要件としては善意で足りるものと考えています。 ○山本幹事 すみません。私が先ほどお話しした点は,少し混乱して聞こえたかもしれません。詐欺について,現行法のように,善意とする可能性を認めるかのように受け止められたかもしれませんが,ここでの提案は,善意無過失に改めるということですし,私自身もそれでよいと考えています。申し訳ありません。 ○鹿野幹事 そうであれば結構です。ついでに申しますと,詐欺の場合には,確かにだまされたことにつき表意者に多少の落ち度があることもあり得るかもしれませんが,帰責性という点では,虚偽表示などの場合に比べて表意者の帰責性は非常に小さく,むしろ被害者的な立場にあるといえるのではないかと思います。それ故,詐欺における第三者保護要件としては,先に申しましたような観点からは,善意に加え無過失が必要だと考えます。 ○内田委員 議論を伺っていて,こういう言い方すると恐縮ですが,実務家である中井先生も含めて,非常に学理的,体系的,理念先行の議論をしておられるような印象を受けます。   私の問題意識は現在判例がどういうふうに動いているかということでして,そもそも外観理論がどう在るべきかとか,そういうことではなくて,現に94条2項がどういう事案で機能し,判例がどういうふうに判断してきたかということなんですね。   例えば,ある人がある人に多額の融資をするという合意をした。しかしこれは虚偽の合意であった。その合意を信じて,融資を受けられるんだということで,その融資を受けられるはずの人との取引を始めた第三者をどう保護するかといった,そういう事例がたくさん出ているのであれば,これは正に虚偽の意思表示そのものに対する信頼を保護するという話になると思います。しかし,現実には,虚偽表示の多くの事案は,虚偽の意思表示に基づいて,典型的には売買ですが,虚偽の売買とか贈与に基づいてある財産が移転した,その移転した財産を更に譲り受けた第三者をどう保護するか,そういう事案で機能して来ているわけです。しかも,財産が移転する根拠となった虚偽の意思表示,つまり売買契約の意思表示そのものを信じたかどうかだけが争点になったのではなくて,通常は不動産について,売買契約に基づいて登記が移転している。これは執行を逃れるためであるとか,あるいは信用を与えるためであるとか,いろいろな動機はありますけれども,虚偽の意思表示に基づいて登記が移転している。それを信じて第三者が登場するという事案が多いわけです。   そのときに裁判所は,既に登記は移転していますので,移転登記の根拠となった売買が嘘だとは知らなかった善意の第三者を保護するという形で機能してきましたけれども,登記すら移転していない場合,つまり,売買の意思表示のみが虚偽で,財産権移転に伴う移転登記その他の変化は何もないという場合に,その売買の意思表示のみを信じた第三者を善意だけで保護するかというと,これは,これまでの判例の判断からしても,かなり難しいのではないか。そうすると,これまでの裁判実務の判断基準を条文が適切に吸い上げようとすると,ここに無過失要件を入れて,外観があったかどうか,何を信頼して第三者が取引をしたのかということが考慮できるような要件を提供したほうが裁判はやりやすいのではないか。そういう考慮から部会では意見を申し上げたわけです。   ですから,およそ外観法理はいかに在るべきかとか,第三者の保護の要件は体系的にどう在るべきかとか,そんなことを申し上げているわけでは全くなくて,実務的にそのほうがいいのではないかと,そういうことです。 ○中田分科会長 ちょっと確認なんですけれども,内田委員の御見解は,虚偽表示の規定自体は現在のままでよいということは前提としてよろしいわけですか。 ○内田委員 はい。外観保護のための規定を作ろうということではなくて,飽くまで虚偽の意思表示がなされて無効になったときの第三者保護という前提です。   部会の中では中田さんから,相手方の事情を過失概念の中に取り込むという趣旨かという質問を受けたのですが,本来の過失とは別の事情,相手方の帰責性などを取り込むということではありません。およそ過失というのは,例えば交通事故の場合でも,誰かが道路に飛び出してきたのでひいてしまったという場合も,高速道路でひいた場合と,路地裏の狭い道路でひいた場合とで,やはり運転者の過失の度合いは違うわけですね。つまり,与えられた状況の下でどういう注意義務があるかということが決まってくるわけで,第三者も,登記も何もない中で売買をしましたとだけ言われた場合と,売買に基づいて登記が移っている場合とで,なすべきことは違ってくるだろう。そういう本来の過失概念の中の処理と考えていますので,94条2項の性質そのものが変わるというふうには考えていません。 ○中田分科会長 私は余り議論に参戦してはいけないと思うんですけれども,94条1項については現在のままだとすると,94条2項の善意の対象は何になるんですか。 ○内田委員 もちろん虚偽の意思表示が無効であるということだと思いますけれども,ただ知らないというだけでもって保護されるかどうかが,違ってくるということだと思います。飽くまで対象は虚偽表示,意思表示の規定という前提で考えています。 ○鎌田委員 いいですか,私も余り議論に参加すべきでないかもしれないですけれども。   現在の判例をできるだけ立法提案に吸い上げるべきだと言うんですけれども,ちょっと特殊な形になるわけですよね。先ほどの御指摘で,現在の判例は善意無過失ではなくて,善意と書いてあるから,過失があるのにしょうがなくて保護してしまったというのがあるわけでもないし,先ほどのようなケースを保護するときに,94条2項の規定を修正した上で適用しているわけではなくて,現行法のままで一応できている。だから,現在の判例の運用にとって,現在の条文が直接不都合があるわけではないけれども,より具体的な運用の実態を正確に反映しようとしたら善意無過失にして,無過失の認定の中に先ほどの御指摘にあったようなものを盛り込んだほうがいいのではないかなという,こういう御指摘だろうと思いますから,ほかの,要するに条文と判例との間の食い違いを埋めて,判例に近付けるというのとは少し違ったパターンだろうと思うんです。   むしろ,これに関連して,全然ほかの方からは支持を受けない話なんですけれども,民法109条の現代化に伴う改正というのはこれに似ていると思っていて,109条も心裡留保や通謀虚偽表示と同じで,自分で実体と違うことを表示した以上は,それに全部責任を負いなさいよという場面で,そういう場合は,相手方は善意だけでいいというのが元々の109条の形だったですけれども,一般に,代理権授与表示を積極的にやっているケースなんていうのは裁判例にほとんど出てこないで,類推適用型のものが多いので,無過失を要求しないとバランスが取れないという運用のされ方をしてきたんだろうと思うのです。あちらのほうで無過失を要件に付け加えたというのは,内田さんのおっしゃるような考慮が109条の中にも反映している。あれも原理から言えば,私は,本当は善意のほうが論理的には,ここでの議論とバランスが取れていると思うのです。そういう意味で,第三者保護の規定のタイプは全く別ですけれども,考慮の仕方としては,109条のときにどう考えるかというのと,この93条,94条のときにどう考えるかというのは,どこかで少し共通した考慮はする必要があるかもしれないなという印象は持っております。 ○山本幹事 更に前提としてなのですが,虚偽表示に関する判例法理として,善意の意味について,いわゆる本来的適用の場合は,大審院の昭和12年8月10日判決がありますけれども,それ以来かどうかは別として,善意で足りる,無過失は少なくとも本来的適用の場面では要件とはしないというように理解されているのではないかと思います。   ただ,類推適用の場面では,構成は別として,一定の場合は無過失に当たる要件を要求していると,一般には言われているのだろうと思います。立ち入って見ると,もう少しいろいろな考慮をしているかもしれませんが。   そうしますと,やはり類推適用法理では,外観に対する信頼保護が出てきて,それが一つの重要な要因となって無過失要件が立てられているという整理は不可能ではないように思います。その意味では,だからといって本来的適用の場合についてまで,直ちに無過失要件を立てていかなければならないということにはならない。それも一つの考え方だとは思いますが,そこはもう少し考える余地があるのではないかと思いました。 ○中井委員 内田委員から,実務家のほうが何か理屈で走っているとおっしゃられたんですけれども,私は,94条2項の登記の場面における判例が変わるとは思っていないわけです。ここで虚偽表示について第三者保護要件は,先ほどの他の意思表示との関連で,善意だと仮にしても,不動産の場合で登記が相手方に移ったときの第三者保護については,外観法理というのが機能して,そこで無過失が要求される場面があっても構わない。現に,そういう法理は発展しており,同じような判例場面で,外観法理はそのまま残るだろう。だからこそ,外観法理についても何らかの法文化,明文化をしませんかと提案しているわけです。内田先生はそれを,その外観法理的なものを,代替的に,この虚偽表示の第三者保護要件の中に,入れ込んでしまおうとされているのかなと。そうだとすると,正面から,意思表示に関しては善意要件で保護する。しかし別途,外観法理というのがあって,これが適用する場面では善意無過失要件で保護される。こういうルールを,この意思表示のところに入れないのなら,どこかに入れるほうが親切ではないか,かつ実務家も歓迎するのではないかと思うのですが。 ○内田委員 外観法理を別途作るというのは,私は…… ○中井委員 反対なんですよね。 ○内田委員 いえ,むしろ賛成というか,いい考えだなと思っているのです。   ただ,今の中井先生のような議論をされると,94条2項が適用される本来の場面というのは,どういう場面を想定されているのでしょうか。外観法理といっても,判例で出てきているのは,単に外観だけを作るのではなくて,贈与したかのように装って,あるいは売買したかのように装って,虚偽の意思表示の下で外観を作っている。そういう意味で94条に乗ってきているのだと思うのですが,それを外観に着目して,外観法理で吸収してしまうと,ほかにどういう場面で適用されると想定しておられるのかが,よく分からないです。 ○中井委員 具体的適用の場面,純粋に虚偽表示があった,そのときに第三者がどのような形で現れるのか,不動産取引以外にどういう場面があるかという御質問だろうと思いますけれども,具体的にこういう場合ですと,ここで提示はできかねますが。 ○金関係官 恐らく典型的には,AとBが通謀虚偽表示による売買契約を締結して,その売買契約書を作成し,Bがその売買契約書を持ってCと交渉をし,AとBの売買の意思表示があるから私と契約をしてくださいということでCと売買契約を締結したけれども,Cは登記も何も確認せず売買契約書に書いてある意思表示だけを信頼して取引に入ったという事例ではないかと思います。仮に具体例がこれでよいとすると,そのような売買契約書に書いてある意思表示を信頼した者については,単に登記などを確認しなかったという過失があるだけで,善意と認定せざるを得ない場合が多いように思いますけれども,この者を通謀虚偽表示の第三者として保護する必要があるのかどうかという点についてどのようにお考えなのか伺いたいと思っております。いかがでしょうか。 ○高須幹事 先ほど,何とか善意のところで操作できないかと,中途半端な意見を申しましたので,そういう御質問が当然出るんだと思います。   おっしゃるとおりで,このような形で整理をして,今のような事実関係ですよと言われれば,それをもって意思表示があったと信じた,あるいは,それが虚偽表示であることを知らなかったというわけだから,それを悪意と言うことはできませんよねと。おっしゃるとおりだとはそこは思うんですが,では,実際の裁判の場でそういうケースが出てきたときに,これは民法の解釈の中で済むことかどうかもよく分からない部分もあるんですけれども,本当に信じた,知らなかったんですかということがあると思います。   登記もされていないのに売買契約書だけ持ってきて,要するに,こういうことで私が持っていますから買ってくださいと言って,いいですよと言って,例えばよしんばお金まで出した人がいるとしたら,その第三者は怪しいのではないですかという,やはりイメージを持たざるを得ないと思うんですよね。そうすると,知らなかったわけはないという認定もあり得るのかなと。   要するに前提として,善意でしたという前提が置かれればそうなんだけれども,実際の裁判では,それが分からずに裁判になりますから。そのときに,極めて不自然なタイプのというんでしょうかね,余りにもおかしいですよというケースのときに,善意なんだけれども別なルールで何か救うというよりは,そういうケースは,そもそも善意とは思えませんよという判断があり得るのかなと思って,先ほどちょっと,善意の問題でも,ある程度の操作ができるのではないかと申し上げた次第でございます。 ○鎌田委員 でも逆に,ある程度,何かもっともらしい状況が作られていても,本人に確かめれば,あるいは本気なのかというのを確かめればよかったではないですかみたいな形で,保護しないというふうにせざるを得ないんですかね,そういうケース。保護を期待せざるを得ないんですかね。これは登記していなくたって,それは,いやそうだと思っていました,本人も確かにそういう契約書は自分で作りましたと言っている。それでも,あなたがうかつなんだから,保護しませんよという結論が必要なんですかね。 ○高須幹事 私どもは過失が要るとは考えておりませんので。そういうケースであれば,むしろ善意は善意なんだからという認定で救えるんだと思うんですよね。ただ,笹井関係官から口火を切られた出発点は,余りにも不自然な場合で保護すべき必要がない場合に,過失概念を知らないと,してはならない保護を与えることになりませんかという命題だったものだから先ほどのような発言をした次第です。そうでないケースの場合には,もちろん善意で救う。善意のみであれば善意で救えるんだろうと思ってはおるんですが。 ○中田分科会長 あと少しだけやりましょうか。 ○金関係官 根本的なところの価値観の問題として,売買契約書に書いてある意思表示だけを信頼して善意と認定された者を通謀虚偽表示の第三者として保護する必要があるのかどうかという点について伺いたいのですが,いかがでしょうか。 ○内田委員 通謀虚偽表示というのは,典型的には,狭義の心裡留保と言われるものと違って,だますというのではなくて,今まで出てきた事案というのは,当事者限りでしばらくの間は所有権が移った形を作りましょうという合意なんですね。隠れた裏の合意があるわけです。第三者が出てくるのは,その隠れた合意についてある種の裏切りがあった場合であって,一方当事者からするとまさか第三者が出てくるとは思わなかったという場合ですので,心裡留保とのバランスをそこまで厳格に言わなければいけないものなのか。   虚偽表示についての一般論というのではなくて,日本の実務の中で出てきた事案を基に考えれば,やはり区別は可能なのではないかと思います。そういう前提で考えると,今のような,売買契約があっただけで,登記の移転などは何もないというような場合に,なぜ登記を移していないのかも調べずに所有権が移っていると思い込んだ第三者を保護して,真の所有者から所有権を奪わなければならない実務的要請はそれほど高くないのではないかという感触を持っています。 ○大浜関係官 登記制度がある場合の契約の場合と,そうでない場合というのを一緒に論じられるのかなと思いまして。   請負契約の通謀虚偽表示の事案で,孫請が出てきた場合というのがございまして,その事案では,正に契約書しかなかったわけで,請負ですからその時点では支払も行われてはいないわけでして,そのときに契約書があるだけで,取引の存在を信じたというのでよいのではないかと思っております。   そういうことを考えると,確かに登記制度がある事案を出されますと,先ほどから笹井関係官あるいは金関係官からの御指摘に対して,ちょっとどうかなとも迷うところがあるのですが,善意でもいいのではないかなと思っております。 ○中田分科会長 このテーマだけで今日一日できそうですけれども,大体,第1点と第2点については御意見が頂けたかと思います。第3点,規定の配置の仕方について,もしございましたら,お話しいただけますでしょうか。 ○高須幹事 ここはやはり各条項,つまり93条なり94条なり95条なり96条なりに,第三者保護規定があるということを置いていただいたほうがよい。体系的に勉強している人は,それに対して,何条に第三者保護規定が書いてあるというのは分かるかもしれませんけれども,そうでない人は,やはりまず,その93条なりを見たときに,そこにすぐ続けて第三者保護規定があるというほうが分かりやすいと思いますので。そういう意味では,分かりやすいという観点からは,個別に置いていただいたほうがいいのではないかと思っております。 ○中田分科会長 ほかに,この第3点について,特にございませんでしょうか。 ○山本幹事 第3点について,補充分科会では何が求められていると考えればよかったのでしょうか。 ○中田分科会長 これは,もしここでまとまるのであれば。 ○山本幹事 そういうことですか。 ○中田分科会長 ええ,ある方向でまとまるのであれば,分科会としての意思決定というわけではありませんけれども,検討の上,そうなったということになりますし,もし対立があるのであれば,それぞれの論拠を明らかにする。それを求められているかと思います。 ○山本幹事 国民にとっての分かりやすさという観点から言うと,それぞれに一長一短があるという認識は皆さんお持ちなのだろうと思います。そして,高須幹事が今おっしゃられた考え方は,私自身はそのほうがいいかなとは思いますけれども,そうでない立場もあると思います。その意味では,一長一短があり,それを皆さんが理解された上で,どうするかという問題ではないかと思います。 ○中田分科会長 ありがとうございます。 ○山本幹事 全体が一つにまとまっているほうが,どこに違いがあるかというのが一目瞭然であるというのが,恐らく,まとめたほうがよいという考え方の論拠ではないかと思います。それはそれで,もちろん理解はできますが,例えば錯誤について現実に問題に直面している人からしますと,やはり錯誤のところに規定があるほうが,自分の問題がどうなるかが分かるという利点があるだろうと思いますし,恐らく高須幹事がおっしゃっているのも,そのような趣旨ではないかと思いました。 ○中田分科会長 それでは,第3点については,今,山本幹事にお示しいただきましたような,それぞれに一長一短があるということを前提とした上で,この部会では各規定に置いたほうがよいという意見が出たと,こういうことでよろしいでしょうか。   それでは,この程度にいたしまして,次に進ませていただきます。   議題の第2は,意思表示の到達及び受領能力のうち,意思表示の受領を擬制すべき場合です。   まず,事務当局からの説明をお願いいたします。 ○笹井関係官 部会資料の該当箇所は,部会資料29の18ページです。   到達を擬制するという制度について,部会の議論を確認させていただきますと,部会では,こういった規定を設けるということに肯定的な意見が多くございまして,規定内容を具体的にどのように考えるのかについて,分科会で審議をするということとされたところです。適切な要件を定立できない場合には規定は設けないということも一応あり得るという前提ではございますけれども,どのような要件を規定するかについて御審議いただければと思います。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   この論点につきましては,ただいま御説明のありましたように,適切な要件を設定できるかどうかを具体的に検討するということが課題になっているわけです。   これに関しましては,部会資料29の19ページに検討事項がまとめられております。すなわち,①表意者側ではどのような方法で意思表示をすることが必要か。②相手方の帰責性としてどのような事由が必要か。③いつの時点で到達が擬制されるかです。部会では,いつ,誰から来るか分からない意思表示についても,一律に到達擬制の適用を認めてよいかどうかという御指摘もございました。   これらを踏まえまして,まずは具体的な要件の在り方について御審議をお願いいたします。 ○内田委員 この点について実務のほうからは,こういう規定を置いてもらえると助かるという意見があったように記憶しているのですが,その意思表示が来ることが受領者にとって想定できるような場合においてというような限定を付けても,実務的には必要な場面に十分対応できると言えるのでしょうか。 ○高須幹事 一番典型例として想定していますのは,賃貸借契約の解除の意思表示のところでございまして,賃料不払で解除の意思表示を書面で出すと。ところが,そういうことを既に経験しておられるような賃借人の方だと,受け取らないようにするという場合が想定されると。意思表示でございますから,到達ということを考えると,手紙を受け取らないなら直接行って届けて,そこを見届けるみたいなことをしなければならないかとか,何かといろいろ苦労するということでございます。   そういう意味では,そのことを頭に思い描きながら発言をさせていただいておりますので,ある意味で,今,先生の御指摘のところは,むしろ来るぞと,だから受け取らないようにしようと,こういうようなことが中心的な場面かなと思っております。 ○内田委員 高須さんから最後に紹介された点は,確か部会では鎌田部会長が指摘されたと思いますが,もっともだなと思っていました。では,今のような限定を付すということはあり得るということなんでしょうかね。 ○鎌田委員 うまく限定できるかどうか。 ○内田委員 そうなんですよね,常に出てくる問題です。 ○中井委員 実務では,意思表示の送達に困ることがあるというのは事実で,そのときに何とかならないか。少なくとも正当な理由があることが必要ですけれども,それだけでいいのかというと,一定の紛争状態になって,何らかの意思表示,解除の意思表示なのか,単なる催告なのか,分からないような場面でもあり得るんですね。それに一定の法律関係,賃貸借契約関係,売買契約関係に関して,何らかの書面が来ると予想される。そういう推知される限りにおいては,正当理由の中にそういうのを盛り込むことによって,実務的には堪えられるだろうなと思うのです。具体的に,いかなる意思表示があるところまで推知せよと言うと,これは実務的に使えない。   そういう状況もないのに,未知の人から,若しくは見たこともない名前の人から配達証明が来て,留置きになっているから取りに行けとか,それを正当理由の中まで入れられてしまうと,それは広過ぎるだろう。そこで,一定の推知できるというのは必要ではないかという意見が出ています。しかし,それもいささか重たいという意見もあり,それは経験した事案によって,皆さん,代理人の方々は苦しんで,その苦しみの中の実例によって,少しずつニュアンスが違うというのが正直なところかと思います。   だから,必要性のあることは間違いがない。この分科会はその要件立てを具体的にどうするかの議論ですから,こんなことを言ってもしょうがないのかもしれませんが。 ○中田分科会長 いえいえ,今の点,正に御議論いただきたいところでして。相手方が正当な理由なしに到達に必要な行為をしなかったことというような抽象的な要件にするのか,より具体的に,正当な理由の考慮要素として,既知のものか未知のものかで区別するといった,ほかにもあるかもしれませんけれども,そのような具体的なことも規定するのかという,そういう多分,分かれだと思うんですね。ですから,正当な理由ということについては大体同じ方向になっていると思うんですが,それを更にどの程度具体化すべきかということではないでしょうか。 ○山本幹事 今の点は,どちらの当事者が何を主張・立証しないといけないかという問題として考えていく必要があると思います。 ○中田分科会長 もう少し具体的におっしゃっていただけますでしょうか。 ○山本幹事 ですから,相手方から意思表示が来ることが推知されることを本当に要件にしてしまいますと,それを主張・立証することになると思います。しかし,それを本当にどうすれば主張・立証できるかというと,非常に難しくなる可能性があると思います。もう少し広げて書くならば,なおさらのこと,何を主張・立証するのかという点が大変になるという危惧があります。実務で使えないといけないということはもちろんありますけれども,訴訟の場でワークしなくなるおそれもあるという気がします。 ○鎌田委員 私もちょっと関連して発言させていただいたところなんですけれども,最後はうまく要件を絞るのが難しいので,正当な理由の判断に委ねざるを得ないというふうなことになるだろうと思うんですけれども。現在の提案の書き方でいくと,一般的に受領のために必要な行為をする義務というのがまず掛かっていて,正当な理由があるとそれが解除されるという形になっているんだけれども,普通は,どこから何が来るか分からないというときに,常にそれを受領するためにそういう努力すべき義務があるわけではなくて,債権者・債務者間で何らかの紛争があるときには,もうちょっと積極的な作為義務が出てくるかもしれないということだと思う。この部分の,その正当な理由を取り巻く要件の立て方がもうちょっと違う,原則・例外の形が逆の形になれば,それである程度カバーできるかもしれないという気もします。   そこまで読み込めるのかな,これ,こういう書き方で。そういう状況にあるかどうかは,この要件の中で判断できるというように。 ○内田委員 何かもう一つ,具体的な言葉で例示でも書けるといいなと思うのですけれども。 ○中田分科会長 相手方について既知か未知かなどを挙げて,その他正当の理由というように,言葉はうまくいっていないかもしれませんけれども,何かそういう例を出すということですか。 ○内田委員 通常は,送った側がそれを証明するんでしょうね。そういう事情があるのに見なかったではないかと。そこで実務的に,その証明にそんなに困難のない事柄を具体的に書けないか。既知か未知かというのは,どうなんでしょうかね。もうちょっとうまい表現があるといいのですが。   意思表示が来ることが予想されるというのは狭過ぎるということですよね。だから,それよりももっと広くて。 ○中井委員 一般的に正当な理由なくして受領しないというのは,何らかの意思表示が来ることが予想される場面だからこそなんですね。ただ,その表現として,一定の意思表示が到来することが予想されるなど正当な理由というのはどうか。それなら,少なくとも既知の人に限られる。未知の人から予想なんてできませんから。その前提条件として,何らかの法律関係があって,何らかの意思表示が来ることが予想される。そのような場面で,受領しないという行動に出るわけですから,それが入る言葉がよいのでは。 ○高須幹事 私どもに確たる,こうだという案があるわけでもないし,弁護士会でも今,中井先生がおっしゃったように,固まってはいないんですけれども,基本的には,やはり今の議論にも出ているかもしれませんけれども,借地借家法の更新拒絶の要件のように,何々の事情等の正当事由というような形での例示列挙的な表現になるのだろうかと。つまり,要件事実を余り明確な形にするのではなくて,最終的には正当事由という評価規範としての要件で,その中のポイントになるような事情としてこうだという部分。その中で,今,更に御指摘になったように,余りに狭過ぎると今度はまた,せっかく作っても使い勝手が悪いということになりますので。となると,従前から思っていますのは,意思表示の表意者と受領者との間の関係などによってというような表現とかですね,そのようなことがあるのかなと。どういうものが来るかということが予知し得るとなると,大分狭くございますので,もうちょっと広げてもいいのかなというようなイメージを持っております。 ○山本幹事 進まなくなる可能性があると思いますので,ただの思い付きでも言ったほうがよいのかもしれないというだけなのですが,例えば「当事者間の従前の経緯等に照らし」などというような文言を入れることは考えられるかもしれません。ほかにももっと適切な表現があるかもしれませんが。 ○笹井関係官 確認ですけれども,先ほど鎌田先生がおっしゃった点で,今の部会資料のような表現では,一般的に意思表示を受領する義務が課せられているように読めるのではないかということは条文を書くに当たって留意しないといけないと思うんですけれども,その後の議論は要件を限定していく方向でされていたように感じたのですが,そこは異論がないということでよいのでしょうか。   それから,表意者から意思表示が発信されるということを推知できたかどうかが,本当に正当な理由の例示として適切なのかどうかというところがよく分かりません。賃貸借の例で申し上げますと,全く不当に解除すると言われており,だからもうすぐ内容証明でも来るんだろうということが分かったとしても,それを受領する義務はないのではないかというような気もしますので,そういうところも考えなければならないのではないかと思いました。 ○鎌田委員 全く関係ない人から来るものにまで備えなければいけないのかという形の問題提起させていただいたのですが,そうすると,それはどういう場合には備えをしなくてもいいというふうに絞る方向で御議論はあるんですけれども,元々は,今御指摘があったように,何でもないのに一般的に受領すべき義務が掛かっているということのほうが違和感があるので,非常に姑息なのかもしれないんですけれども,正当な理由なしに到達に必要な行為をしなかったではなくて,正当な理由なしに到達を妨げたという方向から要件立てができれば,何かそれでいいような気もしなくもないです。   でも,そうすると何か非常に作為的なものしか引っ掛からなくなってくるような感じもしてくる。また,到達をあえてさせないような行為をした場合にはというふうなことで,必要な場合がカバーできるのか,漏れがたくさんできてしまうのかという懸念もあるんですけれども,私自身がちょっと気になったところは,そういうことなので,具体例示をしなくても,何となく対応をする方法はあり得るかなという感じもしております。 ○中田分科会長 第2点,相手方の帰責性については幾つかの具体的な御提案も頂いていますので,この程度で。   あと第1点,相手方に通常到達すべき方法で発信したと,これについては特に御異論がないようですね。   それから第3点,到達擬制の時点ですけれども,その意思表示が通常到達すべきであったときという案についても特に御異論がないようですが,それでよろしいでしょうか。   それでは,第2点について様々な御意見を頂きましたので,これをまた事務当局のほうで御検討いただくということでお願いいたします。   それでは,続きまして第3の議題は,無効な法律行為の効果のうち,返還請求権の範囲についてです。   御説明をお願いいたします。 ○笹井関係官 部会資料の該当箇所は,部会資料29の32ページでございます。   返還請求権についての規定を設けるということについては,部会でも大きな異論はございませんでした。複数の案の提示を含めて,部会で効率的に審議を行う準備作業を分科会でしていただきたいということで,分科会での審議対象となったものです。   なお,不当利得に関する民法第703条,第704条と,新たに無効・取消しの効果についての規定を設けた場合の関係については,分科会での議論を踏まえて,部会でも再度審議するということとされております。   規定の内容面につきましては,部会では,松岡委員から詳細な意見と問題提起がされたところです。   また,部会での議論においては,無効・取消原因の性質によって返還義務を軽減する特則を設けるかどうかという問題に十分留意してほしいという御意見がございました。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   ここでの審議項目は,大別して二つあるようです。   一つは,不当利得の規定との関係です。無効な法律行為が履行された場合の返還請求権の範囲に関する規定は,民法703条,704条の特則という位置付けでよいのか。それとも,その他の位置付けをすべきかです。   もう一つは,規定の具体的内容です。   第2の3の(2)返還請求権の範囲のうち,第2パラグラフの前段,すなわち,給付された現物があればそれを返還し,ない場合は価額を返還することを原則とする,この点については,部会でも特に御異論がなかったかと思います。この部分については,ここではその御確認をいただくということです。   他方,後段,第2パラグラフの後段の部分ですね。すなわち,受益者の主観的事情や無効な法律行為の性質によって,受益者の現存利益に限定するということにつきましては,ここで御意見を頂ければと思います。   更に具体的な検討事項は,資料29の34ページの2の(1),①から⑤まであります。   このほか,今も御紹介ありましたとおり,無効・取消原因の特質によって返還請求権を軽減する特則を設けることの要否,その内容についても御意見を頂きたいと思います。   また,これらを盛り込むとしまして,どのような規定が考えられるのかにつきましても,御意見があれば承りたいと思います。   以上につきまして,順番は問いませんので,御審議をお願いいたします。 ○笹井関係官 この論点については,具体的な提案という形で既に部会資料等でも御紹介させていただいた考え方があるところですので,もし特段の御意見がなければ,部会資料で紹介された考え方を基に,この考え方のどこに問題があるかですとか,あるいは,取消原因ごとに軽減すべき場合として,どういう場合があり得るのかということについて,御意見を頂くという方向ではいかがでしょうか。 ○中田分科会長 ありがとうございます。いかがでしょうか。 ○中井委員 整理できているわけではないんですけれども,その原因ごとにということから申し上げると,制限行為能力者のした行為については121条があることを前提に,意思無能力について一定の規定が民法に入るとすれば,意思無能力の場合の返還義務の範囲について,少なくとも制限行為能力者の場合と同様に,現存利益に限るということになるのではないか。   それから,詐欺や強迫を受けた被害者側の受領したもの。これは加害者側が受領したもの,強迫した者,詐欺をした者側が受領したものと,詐欺を受けた者,強迫を受けた者が受領したものの返還は,当然範囲は異なるだろう。被害を受けた者の範囲については,原則現存利益で足りるのではないか。   現存利益で足りるとしたときに,更に細かく考えていくと,取消しができると知るまでに費消した部分,知ってから後,取消権行使するまでに費消した部分,取消権行使した後,現実に返還するまでに費消した部分,どこまでその費消について利得消滅の抗弁を認めるのかというのは,少し悩ましいところです。   詐欺・強迫に関連して言うならば,取消権行使までの部分については認めていいのではないか。   意思無能力が仮に取消し等になった場合ですけれども,その場合は,制限行為能力者でもそうですが,取消し後,返還するまでの間に費消した部分についても,これは部会のときにも申し上げたかもしれませんけれども,浪費者であるならば,取消権行使後といえども現実に返還するまでの間の浪費もあり得るので,ここまでも含めた利得消滅の抗弁を認めるべきではないか。   公序良俗違反とか暴利行為に関する法律行為の結果,無効となって,返還する場面についても原則は現存利益に縮減すべきだろう。   さらに,この場合は不法原因給付が重なることになるかもしれませんが,この不法原因給付との調整はここには書かなくていいのではないか。これは別途,不法原因給付が成立すれば,現存利益の返還さえも要らない場面が出てくるのではないか。   そうしたときに,結構細かな規定になります。そこまで細かな規定を書くのがいいのか, ということで,そこまで整理ができなかったら,不当利得法の改正に任せる。一定の整理ができるとすれば契約類型ごとにまとめる。無償契約について申し上げませんでしたけれども,それも含めて,一定の契約類型については現存利益で足りるという一般的規定を置いて,あとは,解釈論に委ねるという考え方もあり得るのか。このあたりは弁護士会の中でも,意見が分かれている状況です。 ○岡崎幹事 裁判所の中でも今,中井委員のおっしゃったこととちょっと似たような議論の状況になっておりまして,規定で書くことが望ましい事項というものがある意味多岐にわたっていて,これを詳細に書いていくとなると,かなり細かい規定になるのではないかということが懸念されております。また,細かな規定になった場合に,事案に応じた適切な解決ができるのかどうかというところに関して,実際の規定を見てみなければ分からないところはあるのですけれども,なかなか難しいところがあるのかもしれないという意見が多かったように思います。   そういう意味で,ちょっと後ろ向きな議論になるかもしれませんけれども,現行のままという選択肢も有力な選択肢としてあるのではないかというふうに考えております。 ○鹿野幹事 細かくなり過ぎないような規定を設けることができるかというところは確かに問題なのですが,基本的な考え方としましては,資料32ページの括弧の中のウに書いてありますとおり,無効原因等の性質によって返還義務を軽減すべき場合があると思いますし,それを整理し明確化することができるのであれば,するべきだと思います。現に制限行為能力者については特別の規定があるわけですから,それに類するような形での規定を置くことができるのではないかと考えています。   ただ,その具体的な内容をどうするかが,正に問題です。例えば詐欺や強迫の場合,あるいは暴利行為の場合については,被害者的立場にある者が取得した利益の全てを相手方に返還しなければならないとすることは妥当ではない,ということが考えられます。その際,一方における被害者的な表意者の保護という観点と,他方における相手方の態様,つまり取消原因や無効原因をもたらした相手方の行為の悪性ないし非難可能性という要素が問題となるでしょうが,そのいずれを重視するのかによっても若干規律の在り方に違いが生じ得るように思います。恐らく708条の不法原因給付の規定は,これをクリーンハンズの原則の一つの表れだとすると,返還請求をしようとする者の行為の悪性を捉えて返還請求を否定した規定とも見ることができるでしょうが,いずれにしても暴利行為の場合は,一方が被害者的な立場にあり,その相手方が加害者的立場に立つので,どちらの要素を重視するかによる違いはほとんど問題となりません。   しかし,詐欺や強迫については,特に第三者による詐欺・強迫の場合における返還の範囲をどうするのかにつき,考え方が分かれるかもしれません。つまり,無効・取消原因についての相手方の非難可能性を重視するとしますと,第三者による詐欺・強迫の場合と相手方による詐欺・強迫の場合について,返還の範囲に差を設けるべきだということにもなりそうです。これに対し,被害者の保護に重きを置くとすれば,いずれの場合でも同等に返還の範囲についても軽減がなされるべきことになるかもしれません。その二つの要素をどのように捉えるかについても考えなければならないと思います。   それからもう一つ,目的物が返せなくなった価値減少等の抗弁の問題については,先ほども御意見が出ましたけれども,平成3年11月19日の最高裁判決のような考え方を,ここに整理して盛り込むことを検討してよいのではないかと思います。 ○中田分科会長 今の鹿野幹事の御発言の前半のほうなんですけれども,個別に,各無効原因,取消原因ごとに詰めていくという作業と,それから,被害者的な表意者の保護か,あるいは相手方の行為態様の悪性かという,そのような判断要素を中心にした一般的な規定を置くということとを示しておられるのでしょうか。 ○鹿野幹事 いえ,そうではありません。一般的な規定ではなくて,置くとすると,やはり無効や取消しに関する個々の条文ごとに置いたほうが明確性を確保できると思います。ただ,そのときの視点として,被害者保護と相手方の行為の悪性のどちらを重視すべきかによって,多少異なる場合が出る可能性があるのではないかという趣旨の発言でした。 ○中田分科会長 分かりました。立法提案の中には,当事者の行為態様や無効・取消原因の規範の目的により制限されるというような,綱領的な規定を置いてはどうかという御提案もあるんですけれども,そうではなくて,やはり個別的に考えていくというのが今の鹿野幹事の御意見でしたし,中井委員もそういう方向ということでございますね。 ○笹井関係官 今の点に関連するのですけれども,もし個別の取消原因ごと,無効原因ごとに置いていくということになると,適用範囲が限定されてしまうことになるのかという問題もあるような気がします。   例えば,暴利行為という規定を設けるのであれば,暴利行為に基づいて履行がされた場合の返還請求権の特則を規定するということもあり得ると思いますが,暴利行為という規定を結局設けないということになった場合にどうするのか。それから,暴利行為というものは一応規定はしていくけれども,その外側にある部分で,やはり公序良俗違反になる場合があり,一方で,全く一方が被害者,他方が加害者という関係にない公序良俗違反というものもあると思いますので,そういったものとの関係をどういうふうに置くのかということも,少し考えておかなければならないのではないかと感じました。 ○鹿野幹事 確かに708条を言わば,柔軟化したような一般的な規定を置くという方向も一応は考えられるとは思います。ただ,それだけでは,どの場合にそれがどのように機能するのかということが明確ではありません。もちろん,判例等が積み重なってくると,ある程度は明確化することになるのかもしれませんが,少なくともそれまでは明らかではないし,もし一定の決断ができるのであれば,その範囲では,具体化した規定を置いたほうがよいのではないかという趣旨で申し上げました。 ○山本幹事 鹿野幹事が問題提起されたことと重なるのですけれども,少なくとも詐欺・強迫を受けた被害者に関しては,現存利益の返還で足りる。つまり,無効・取消しが認められれば,元の状態へ戻さなければならないのが原則だけれども,詐欺・強迫を受けた被害者については,現存利益に限るとしたときに,その理由をどう説明するかということが,ほかの問題を考える上でもスタート地点になると思います。これは,現行法の制限行為能力者の特別な保護と同じように考えるのか,違うか。違うとして,どう違うかという点は整理しておいたほうがよいと思いますが,いかがでしょうか。 ○中田分科会長 鹿野幹事,もしございましたら。 ○山本幹事 別にどなたでも,支持されている方からの御説明で結構です。 ○鹿野幹事 では,一言だけで言わせていただきますと,要するに,制限行為能力者の規定については,それは制限行為能力者本人の保護ということに根拠があるのだろうと思います。そして,意思表示の規定の中に,言わば被害者的な表意者を観念できる場合に,その保護を特に図る必要があるという観点を飽くまでも強調すると,基本的には同じような思想に基づく規定ということにつながり得るのかもしれません。   ただ,そのような考え方だけしかあり得ないというわけでもありません。先ほど,もう一つの選択肢として,この無効・取消原因をもたらした相手方の行為の悪性といいましょうか,そういう要素も重視して検討するという考え方を挙げました。要するに,ここで問題となっているのは,相手方との清算をどうするかということなので,相手方の態様ということもやはり考慮に入れる必要があるのだとすると,少し違った規定の在り方になるだろうと思いますし,先ほどはその点からの問題提起でした。 ○山本幹事 よろしいでしょうか。被害者的という言い方をすると,何となくそうなのかなと思うのですが,制限行為能力者の場合は,別に被害者だからというわけではなくて,かなり政策的な色合いが濃いと思うのですけれども。制限行為能力者に関しては,よく分からずに契約してしまうことがあるので,一切損失や不利益に当たるものが生じないようにして,元の状態へ戻してあげようということで,かなり後見的な考慮が働いているのではないかと思います。   それに対して,詐欺・強迫の場合に特別な保護というときは,被害者と言うと,何となく不法行為の被害者というようなイメージありますけれども,恐らくお考えになっているのは,使ってしまった分,費消した分についても価値をお金にして返さないといけないとすると,その部分は実質的には,契約を押し付けられたのと同じことになってしまう。しかし,取消しを認める以上は,そのような契約を全くしなかった状態へ戻してやらないと,保護の目的は達成できない。だから現存利益に限るというのが一つの説明で,恐らくこういうことをお考えなのかと思いましたが,それでよろしいでしょうか。 ○中井委員 少なくとも詐欺と,強迫がメーンのテーマになっていますから,その限りで申し上げると,詐欺と強迫があったとき表意者が取消しができるという仕組みを作っているわけですから,仮にそれを通常の契約の巻き戻しと全く同列に扱ったときには,結局,取消しの実質が達成できるのかというところに根本的な疑問があると思うのです。   そこで,結果的には取消しまでの間に費消している部分の返還まで求めるとすれば,それが負担になるという意味では,取消権を認めた意味を実質的に失わせてしまう。そのような結果にならないようにするには,現存利益に限らなければならないのではないか。実質的な理由としては,そういう理解をしているのです。言葉を変えれば,費消部分について戻せとなったら,詐欺や強迫による行為の押し付けを法が容認することになるのではないかという説明と一致するのかもしれません。   のみならず,これは政策的になるのかもしれませんけれども,詐欺や強迫に基づく行為というのは,社会政策的には抑制されるべき事柄でしょうから,ニュートラルなものとして評価するのはいかがなものか,結果としての負担が,詐欺をした者,強迫をした者にあって当然ではないかという,こういう価値判断があると思います。 ○山本幹事 鹿野幹事がもう一つの要因として挙げておられるのは,恐らくこういうことかなと思うのですね。つまり,今のように,無効や取消しを認めた実質が失われてしまうような結果をもたらすのは,取消しや無効を認めた制度趣旨からしておかしいということだけであれば,錯誤の場合も同じではないのか。つまり,錯誤の場合に無効や取消しを認めるのであれば,利得が消滅した部分まで結局返さなければならないということになると,錯誤を理由とする無効や取消しを認めた意味がないではないかということになりかねない。けれども,そうは考えないとすると,何らかの,相手方が本来ならば返してもらえるはずのものを失ってもやむを得ない理由が要求されてしかるべきではないかというのが,鹿野幹事のおっしゃっている行為者の悪性で考えておられることではないかということです。   このように整理をするならば,少なくとも暴利行為に当たるような場合についてまでは,詐欺や強迫と同じようなものとして考えられるということが出てきておかしくないということでしょうか。 ○鹿野幹事 私に対する御質問ですか。暴利行為については,前提としてこれをどのように位置づけて規定するのかという問題があると思いますし,公序良俗の一場合という形で規定するとすれば,708条の適用関係が問題となってくるでしょうけれども,それをひとまず措いて708条の適用を度外視して考えるとしても,基本的には,暴利行為において暴利を貪られた被害者の返還義務の範囲は,制限されてしかるべきだと思います。   それから,先ほど,制限行為能力者との関係で共通性があると申しましたが,それはもちろん,全く同じという趣旨ではありません。要するに表意者のほうの保護という観点を,政策的であれ,相手方の行為態様に関係なく貫くという方向も一応は考えられ,そうするとその限りで制限行為能力者の保護と共通性があると申したにすぎません。この考え方ですと,先ほど挙げた例でいえば,特に第三者による強迫の場合において,相手方の態様に関わりなく,強迫を理由に意思表示を取り消した者の返還義務の範囲を制限するということになるかもしれません。   しかし他方,詐欺や強迫による取消しの場合に取消しをした者が全部を返還しなければならないとすると,それは結局,利得の押し付けにつながり,それは詐欺などの行為を助長することになるから,その違法な行為に対して,一種の民事的な制裁を加えるのだという側面をかなり強調するということになると,その相手方の態様ないし悪性こそが重要となり,例えば先ほどの例ですと,相手方から強迫を受けた場合なのか,それとも第三者によるそれなのかということによって,違いが出てくることになるだろうと思います。また,民事的制裁とは言わないとしても,清算の場面でも両当事者の利益調整が必要だという観点から,第三者による詐欺・強迫の場合には返還義務の軽減は認めないということも考えられます。そういう趣旨で申し上げました。 ○鎌田委員 すみません,私,こういう問題について余り詳しくないから,むしろ教えてもらいたいんですが,こういう個別のいろいろな要素を考えていったときには,やはりちょっと具体的なリストを挙げて,こういう場合にはこうなりますというのを出していただいて議論しないと,イメージが湧きにくいのかもしれないというふうな気がします。特別に返還の範囲を制限するといっても,多分,大前提として給付不当利得は契約の巻き戻しというのがあって,それをどう制限するかという議論が一つですけど,121条を持ち出すと,悪意であっても現存利息まで減縮しますよという,違う根拠に基づく縮減の要素が入ってきますね。だから,それぞれの場面で,どういう根拠で,何をどう縮減するのかということがはっきり出てこないと,何となく議論が,何と言いますか,空回りではなくて,食い違うような議論になる可能性もある。事務局も,全部のリストを作るのを自力でやれと言われても,ちょっと困るところがあるのではないかなという気がしますので,そこはできるだけ具体的に挙げていただいたほうが望ましいのではないかという気がしますので,要望だけさせていただく。 ○中田分科会長 今おっしゃっていますそのリストというのは,無効・取消原因ごとのリストというのと,それから,契約が有償か無償か,あるいは双務か片務かというのと,それから,主観的対応,あるいは,それがいつの時点かというようなリストでしょうか。 ○鎌田委員 例えば,鹿野案ではこうですというのが出るのが一番すっきりするんだと思うんです。そのいろいろな判断基準に立ったものが列挙されても,これもまた全然判断できなくなってしまう。だから,こういう考え方に基づくとこういう返還の範囲になるというリストが必要になってきます。個別に,できるだけ,それぞれの立場ごとのリストを示さないと,全体像を,国民が見て,ああ,こういう考え方だというふうに分かるのは,かなり難しいことなのではないかなという懸念があるので。ないものねだりかもしれませんけれども ○鹿野幹事 この分科会の進め方がどのようになるのかにつき,十分な認識を持っていなかったのですが,ある点についてはかなり詰めた形で議論するということを考えるのであれば,あらかじめ,その点についての具体的な案を可能な限り出し合い,それを叩き台にして議論するということはできるのかもしれません。いや,今後に向けてということなので,すみません。 ○中田分科会長 そのあたり,事務当局のほう,お考えございますでしょうか。 ○筒井幹事 今回は,冒頭で中田分科会長からお話がありましたように,分科会の第1回会議ですので,試行錯誤にならざるを得ないとは思っておりますが,この分科会の総意として具体的な案をまとめることを目指すかどうかは,異論があるかもしれませんけれども,ここでの議論をより建設的なものとしていくために,分科会メンバーから具体的な提案が出されることは,全く問題ありませんし,大いに歓迎されることではないかと思います。   本日の議論でも,先ほど鎌田部会長からお話がありましたように,具体的なリスト化をある程度図ったほうがよいということであれば,分科会メンバーのどなたかに仮の案を提示していただいて,それについて更にこの分科会で議論するという方法もあり得ると思いますし,この分科会での議論を踏まえて,どなたかが,あるいは複数の方が,部会に対して具体的な案を提出するという形もあり得ると思います。 ○山本幹事 私が議論を伺った感じでの整理としては,原則は飽くまでも,契約が無効ないし取り消されれば,そして,それが双務契約であれば,もう巻き戻すということではないかと思います。それは確認されているように思います。  その上で,例外をどのような理由からどこまで認めるかが問題になっていて,現行法が制限行為能力者について善意・悪意を問わず「現存利益」に限っているのを変えろという意見は出ていないと思いますので,これを前提にすれば,意思無能力についての規定を新たに設けるのであれば,これについても,少なくとも制限行為能力と同じ扱いを認めなければ齟齬を来すことになるという点も,恐らくコンセンサスは得やすいと思います。   ただ,先ほども申し上げましたように,これは,かなり特殊な理由から認められている例外だと思いますので,ここから,それ以上のことは出てこないだろうと思います。  その上で考えるとしますと,一つの考え方は,やはり双務契約の巻き戻しは,巻き戻しとして認めるべきであって,これは解除の原状回復と同じである。だから,原則として,先ほどのような例外を除いて,巻き戻しを認めるのが,一つの筋の通った考え方だと思います。それに対して,今出ているもう一つの考え方は,やはり無効・取消しを認めた趣旨からして,実質的に契約の押し付けになってしまうことを避けるために例外を認める。その例として挙げられているのが,詐欺・強迫であり,そして恐らく,暴利行為について規定を設けるのであれば,それにも同様に扱うということだと思います。   そこから更にこの理由から例外が広がるかというと,今のところ,民法で定められる無効・取消事由の中にはないかもしれないですね。消費者契約法や,特別法上の無効・取消しについては,もちろん検討の余地が出てくるわけですけれども,そこまで鎌田部会長は列挙せよとおっしゃっているのかもしれませんが,民法で定めるときには,やはり少し難しいものがあるのかもしれないと思いますが,いかがでしょうか。 ○鎌田委員 今の点で,考え方としては,民法にあるものについてはケアをするけれども,消費者契約法のものについては知りませんよと言い切れるのかどうか。最終的に民法に入れるかどうかは別として,そういうものについてはこういう考え方を採らないと民法の原則の変更と平仄が取れなくなりますという問題提起はしなければいけないのかもしれないという気がします。 ○鹿野幹事 消費者契約法との関係もあるかもしれませんが,少なくとも不実表示については民法の中に一般的な形で入れるかどうかということが議論されていますので,仮に入れるとしたらどうなるのか,返還義務につき例外として位置付ける可能性があるのかということについて検討する必要はあると思います。 ○中井委員 先ほどの山本敬三幹事の整理で,念のためですけれども,一つは,暴利行為を挙げられたわけですけれども,公序良俗違反の中で暴利行為のみに限るのか,暴利行為でなく公序良俗違反一般に返還を認めると,それを容認するような場面というのが出てくるように思うのです。暴利行為だけなのか検証が必要ではないか。   もう一つは,有償双務契約についてとおっしゃられたから,無償契約については,例外があり得てもよいという考え,私としては,部会資料にもあったと思いますけれども,例示としては,そこも加わるのではないか。 ○山本幹事 無償契約を双務契約と同じように考えるのか,そうでない原則型で考えるのかは,これから議論すべき事柄だと思います。   暴利行為に関する御指摘ですが,私自身は,本当に暴利行為について規定を定めてよいかどうか,やや慎重に考える必要があると思っています。と言いますのは,不法原因給付の規定の射程との関係で,ほぼこれでカバーできると考えられるとするならば,規定する必要はなくなる可能性もあるからです。その点は,更に検討をしておく必要があると思います。   そうしますと,今指摘された暴利行為以外の公序良俗違反で,特に保護的公序に当たるものを想定されていると思われますけれども,暴利行為について規定するのであれば,それも,類推と言うかどうか分かりませんけれども,同じように考えることになりそうです。ただ,民法に規定をそのように書けるかというと,それはまた別問題かもしれません。   いずれにしても,不法原因給付の規定がこのような保護的公序の場合にどう使われるのかということは,ここで検討するのかどうかはよく分かりませんが,考えておかないといけない問題の一つだと思います。 ○中井委員 不法原因給付については,原則形として原状回復,例外的に現存利益の返還と定めたとしても,そこにプラスの要因があって不法原因給付に当たれば,その現存利益の返還も不要であると,こういう構成を想定していたんですけれども,それは論理的にあり得ないのでしょうか。 ○山本幹事 あり得るとは思いますけれども,もし暴利行為の場合については現存利益の返還で足りるという規定を置きますと,不法原因給付に当たらないことを前提にした規定だというように解釈される可能性が出てきて,意図しない結果をもたらすおそれがあるだろうと思います。 ○内田委員 別の問題でもよろしいですか。   有償双務契約の場合の現物が返せないときの価額返還の範囲については,まだ議論が出ていなかったかと思うのですが,検討委員会の試案で,対価の限度に制限するという案が提案されています。しかし,これは,やや極端な結果を招く場合があるのではないかと思います。   売主の錯誤で,本当は高価なんだけれども安く売ってしまったという場合,買った買主の下で帰責事由なしに目的物が滅失したというときに,安く買ったのに高額の,実際の価値を返さなければいけないというのはおかしい。だから対価に制限しようというわけですが,これが仮に詐欺の事案で,買主の詐欺によって高いものを安く売ってしまったという場合はどうするか。この場合は多分,詐欺だから,不法行為とか別の法理でもって差額を埋め合わせる,そういう発想なんだろうと思います。   しかし,売主の勘違いによる錯誤と買主の詐欺による取引というのは,これは両極で,実はその間に中間的な事案が一杯あってですね。売主の錯誤によって高いものを安く売ってしまった,そのときに買主は薄々それに気付いていた。しかし,沈黙による詐欺にはならない。ただ単に気付いていたというような場合もある。そのときに,常に対価によって制限されるという扱いでいいのかというと,やや極端な結果を招くような感じがします。   むしろ有償双務契約,これは有償なのか双務なのか,あるいは有償プラス双務なのかという問題はありますが,ともかく有償あるいは双務契約の場合の原則は,危険負担の発想で,自分の下で物が滅失したら価額は全部返す。それが原則であるとした上で,過失相殺的な発想を入れて,場合によってそれが減額できるというような対応のほうが,何か柔軟な結果を導けるような気がするのです。今まで議論に全く出ていなくて,なぜ出ないんだろうと不思議な感じがしていましたので,ちょっと御意見をお伺いできればと思います。 ○中田分科会長 今の点,いかがでしょうか。 ○山本幹事 過失相殺的にというのは,もう少し説明していただきますと,どういう形でしょうか。 ○内田委員 本来は,不法行為とかで,相手に過失がある場合には損害賠償で相殺できるというふうに言えれば一番いいのですが,不法行為で言うような過失の立証までできない場合もあるだろう。錯誤に陥ったことが不法行為であるとまでは言えない。そうすると,過失相殺的な過失ですね。709条の過失ではなくて,売主の側の帰責の程度をしんしゃくして減額できる,と言うと裁判所は嫌だとおっしゃるかもしれませんが,ただ現実には,過失相殺はそういう柔軟な処理に使われていますので。対価の限度に縮減するのはあんまりだ,しかし全部返すというのは,これまた多過ぎるというときの,中間的な処理ができるのではないかということです。ちょっと曖昧な処理ですけれども。 ○中田分科会長 中間的な処理をするために,損害賠償ではないけれども,過失相殺の発想を持ってくるということですか。 ○内田委員 過失相殺とは書かないと思いますが,今の例で言うと,売主の帰責の度合いをしんしゃくした減額が可能になるような文言を入れるということですね。 ○山本幹事 これは立ち入っていけば大変になるのかもしれませんが,今のは,その受け取ったものが費消された場合や滅失ないし損傷した場合だけの話なのでしょうか。 ○内田委員 というのは,転売したような場合ということですか,念頭に置いておられるのは。 ○山本幹事 はい。いろいろな可能性があるとは思いますけれども…… ○内田委員 いろいろな場面はそれぞれ考えていく必要があると思いますが,典型的には買主の下で帰責事由なしに滅失したという,危険負担的な場面です。その場合に,原則価額返還ですけれども,それを制限するのに,対価の限度で制限するという規定を置くのか,減額できるという規定を置くのかという,そこの選択だと思います。 ○山本幹事 何度も恐縮ですが,金銭の場合は,受け取った以上,どうであれ全部は返さないといけない。物が滅失した場合の特則ということですか。 ○内田委員 ええ。 ○中井委員 内田委員のその提案の場合,恐らく損害賠償による調整と限りなく近くなるんでしょうね。ですから,原則はやはり対価の限度に限って,場合によっては,その差額分について,損害賠償請求できるというのと,実質的にはそう変わらないのかなという気がするのですが。 ○内田委員 私は,原則は,不当利得ですから全額返還ではないかと思うのです。その上で,減額するときに損害賠償で処理しようとすると,やはりその要件,不法行為なら不法行為の成立要件の立証が必要になりますけれども,そこまで要求しなくてもいいのではないかという感じがしているものですから,損害賠償での処理ではない提案をしました。   ただ,部会で出さずに後でこんな意見を言っていますので,考慮に値しないということであれば全くそれで構わないのですが,私自身は検討委員会の試案を必ずしも支持しているわけではないということです。 ○鹿野幹事 単に私が忘れただけなのかもしれませんが,今御指摘のあった問題のうち,現物が返せないときに価額を返すということまでは大方の承認が得られていたように思いますが,その返還すべき価額をどのように捉えるのか,限界をどこに設定するのかという点については,議論がほとんどなかったのではないでしょうか。 ○内田委員 対価の限度に制限するという提案は紹介されましたけれども,それについて,それほど突っ込んだ議論はなされていなかったと思います。 ○鹿野幹事 これも分科会の場で言うべきことかどうか分かりませんけれども,やはり私も,例外をどのように設けるかということはともかくとして,不当利得であるからには,原則的には,その返還すべき価額は対価に限定はされない,その本来返還すべき物などの客観的な価額を返すということが,本来的には出発点となり,ただ,その原則を貫いたときに不都合が生ずる場合をどのような形で緩和することができるのかということを考えるべきではないかと思います。その点では,内田委員がおっしゃったことに基本的には賛成です。ただ,その緩和するという装置が,うまくいくのかどうかにもよりますけれども。 ○大浜関係官 不当利得の理念から言うと,まず,本来的な価格からスタートするということは,そうかなとも思うのですが,裁判所的に考えますと,対価というのであればある程度明らかなのですが,そのものが本来的にどんな価値を持っていたのかからまず決めるというのが,なかなか難しいかなというような気もしました。   理念的にはそうかなと思うのですが,当事者の立証というものも含めますと,逆から考えていくこともあるのではないかと感じているのですが。 ○鹿野幹事 確かに,正常型においては通常,一方の給付が対価とほぼ等しいということだと思います。しかし,先ほど内田委員が例に挙げられたような,不当に安く買い取られたというようなケース,例えば,対価は例えば100だったけれども,目的物は1,000の価値があったという場合には,それが立証できた限度で,1,000の価額の返還を問題にするということを考えてよろしいのではないかと思います。   もちろん,立証責任をどうするのかということは問題になるでしょうし,いつもその立証に成功するという訳ではないかもしれませんけれども,そのことは,そういう考え方を採るべきではないということには,必ずしもつながらないのではないかと思います。 ○中井委員 疑問だと思うのは,基本的には有償双務契約ですから,仮に物等が金銭で払われているとすれば,対価関係があるのが原則で,物がなくなったときに返すのは,原則その払った対価というのが,不当利得の原則としてもおかしくないように思うのです。元々対価関係はそれで成立しているわけですから。   それは,「不当に安く」かどうかは,後から見たらそれは分かるのかもしれませんけれども,仮に「不当に安く」とかいうのであれば,その対価関係について戻してもらった上で,その「不当に安く」を何らかの形で立証し,あなたも知っていたでしょうということになれば,不法行為的構成で損害賠償として差額が出てくる。原則として対価に限るというのが,素直に,すっと入っていたんですが。   それは,大浜さんがおっしゃられた立証の問題かもしれません。仮に立証の問題としても,安く売ったほうが,いや,実は違ったんだということで請求していくほうが,問題解決としてはすんなりいくのではないかという印象を持ちます。 ○山本幹事 一応の考え方の説明だけですが,基本的には,契約が無効・取消しで清算するのだから,契約の巻き戻しであって,解除の原状回復と似たようなものだという説明をするのが,類型論による説明です。ただ,ここで問題になっているような,成立時に意思表示等に瑕疵があって契約の無効・取消しが認められる場合は,契約自体が対価的に均衡していない場合もかなり出て来る可能性があります。つまり,今の例が正にそうですけれども,高過ぎるものを安く売っている場合とか,安いものを高く売っている場合とか,もちろん詐欺や暴利行為などの場合は余計にそうなってきますけれども,そのような場合に,契約を巻き戻すというよりは,むしろ契約の効力を失わせて,それぞれ自分の所有物だったものを取り返し合うという関係に立つ。だから,高いものであれ,安いものであれ,それは相手方のものだったのだから,そのまま返す。滅失していれば,価値の形で返す。もちろん受け取った代金はそのまま返すということを,双務契約の清算の基本的な考え方にしたほうがよいのではないかというのが今出ている提案です。   ただ,対価の不均衡がある場合に,特に今問題になっているような,本来高いものを安く買っている場合については,買った人間は安く買うという契約をしたのであって,安いものを買っているつもりなのに高いものを渡されて,それで滅失・損傷すれば,その価値を全部返さないといけないとすると,安く買うという契約をしたことに基づくリスクを超えるようなリスクを課せられることになってしまう。だから,この限りでは,契約上の引き受けたリスクの範囲内で返還の義務を認めようといった追加的な理由から付けられた制限なのだと思います。   ただ,それはそれで説明としては筋が通っていると思いますけれども,それに対して,極端ではないかという御意見が出ているということなのだと思います。ですから,やはり自分の所有物を取り返し合うという関係が基本であって,その上で,このような安く買うという契約をした人間が引き受けたリスクの限度を考慮する,あるいは,その中間的な解決をどのような理由で説明するかというのが,今出ている見解ではないかと思います。 ○中田分科会長 この点は,松岡委員も御意見をお出しになっておられますけれども,ただ,客観的価額か主観的価額かについては,なお検討を要するというようなお立場であったかと思います。ここでは,問題点と,その幾つかの解決方法が出てきたというあたりでよろしいでしょうか。   このほかに,この返還請求権の範囲について,いかがでしょうか。   問題はなおたくさんありまして,果実や利息などをどうするのかとか,冒頭に申しましたけれども,一般的な不当利得との関係をどのように理解するのか,あるいは,先ほど,708条も出てきましたけれども,それとの関係をどう見るのか等々ございます。ここで全部潰すということは難しいかもしれませんが,ほかにもしございましたら,お願いしたいと思います。 ○山本幹事 ①から⑤に挙がっている論点についてよろしいでしょうか。①で,善意の対象について両論がある,つまり無効・取消原因があったことを知ったことを対象とするか,無効であること,取消しの場合は取り消されたことを対象とするかという両論があるということですけれども,従来は,無効・取消しの原因があったことを善意の対象とすると考えられてきたのではないかと思います。そうではなくて,取り消されたことを対象にするというのは一つの考え方としてはありうると思うのですけれども,そうしますと,無効・取消原因があることが分かっていると,できるだけ早く費消したり転売したりしてしまえば,無効・取消しの実質的な効果を潜脱することができるようになるという非常に重大な問題をもたらす可能性があって,これをどう評価するかというのが,対象について立場決定する上で重要なポイントではないかと思います。   次の--次だけで止めますけれども--善意の時期については,基本は給付を受領した時点での善意だと恐らく考えられるのだろうと思いますが,これも書いてあることですけれども,受領時には善意でも,その後,無効・取消原因があることが分かったというときには,本当にそのまま費消してしまっても,現存利益の返還でいいのかという問題はあるだろうと思います。無効・取消原因があるということが分かっていれば,返さなければならない可能性があることが分かっているわけであって,その段階で費消する場合は,やはり現存利益への縮減を認めるべきではないというのも一つの筋の通った立場ではないかと思います。この点をどう評価するかがポイントになるように思います。 ○中田分科会長 もし③以下についてもございましたら,どうぞまとめておっしゃってください。 ○山本幹事 ③の帰責事由に関しては,滅失・損傷,つまり利得が消滅したことについての受益者の帰責事由は,受益者が善意の場合であれ悪意の場合であれ,基本的には考慮されないのではないかと思います。善意ですと,現存利益への縮減が認められるわけですし,悪意の場合は,受け取ったものは返さなければならない。そこで,帰責事由なくして消滅したところで,やはり受け取ったものは返さないといけないわけですので,返還義務はある。いずれにしても,帰責事由は考慮の余地がないのではないか。不当利得の類型論からすると,そう考えられます。   ④の双務有償契約についても,類型論の立場を前提にするかどうかで立場が分かれるところだと思います。ただ,解除の原状回復については,基本的には双方の巻き戻しを考えるわけですので,無効・取消しについても基本は同じように考えるべきではないかと思います。その上で先ほどの問題をどうするかというのは,見解の分かれるところだろうと思います。 ○中田分科会長 ほかに御意見はございませんでしょうか。 ○山本幹事 もう一つだけよろしいですか。   部会資料の後ろのほうに,利用利益をどうするかという問題が指摘されていたように思います。37ページでしたか。これもまた悩ましい問題ではあるのですけれども,もし実務的に問題があるということがあれば,御指摘をしていただければと思います。   不当利得の,それもここで有力に主張されている類型論の考え方からしますと,恐らく,利用利益についても,利用可能性が給付で受け取ったものなのだろうと思います。ですから,その受け取ったものを,そのまま返さなければならないというのが基本になると思います。ただ,利用可能性をそのまま返すことはできませんから,価値補償の形で金銭にして返すということになると思います。そのように考えますと,利用利益についても,給付物そのものと違うように考える理由は恐らくなくて,利用利益についての特則は要らない。つまり,これも,給付されたものに含めて考えていいではないかと思います。その意味では,189条,190条が適用されるのでなく,ここでもし明文の規定を設ければ,その規定によって利用利益も処理するということに理論的にはなると思いました。   今のはかなり自信がないところですけれども,もし違うということであれば,御指摘を頂ければと思います。 ○中田分科会長 解除と同じように扱うということですね。 ○山本幹事 本質的にはそうなると思います。それで,問題が出てくるというのであれば,むしろ御指摘を頂いたほうがいいだろうと思います。 ○鹿野幹事 1点だけ,先ほどの利得消滅の抗弁についてなんですけれども。私も基本的には,無効・取消原因を認識した後にその利得を消滅させたという場合については,その分の利得消滅の抗弁は認めなくてよいのではないかと思います。ただ,先ほどの,契約の巻き戻しとして全部を返還させることを原則とするという考え方の例外として,例えば仮に詐欺とか強迫などの幾つかの場合については特則を置くとしたときに,これらの例外的な場合にも利得消滅の抗弁の一般的考え方を適用するのがよいのかということについては,少し具体的に考える必要があると思います。   それから更に,③番の帰責事由について,山本幹事は先ほど,およそ悪意の場合だったらいずれにしても全部返さなければいけないし,善意の場合ということについては帰責事由の有無は関係ないのだというふうにおっしゃいました。確かに703条,704条を念頭に置くと,そのような切り分けができそうな気もするのですけれども,詐欺とか強迫についての規律の在り方によっては,帰責事由ということを問題とする余地が出てくるかもしれません。利得がいつのタイミングで消滅したという主張なのかとの関連もありますけれども,一定の場合については,帰責事由を問題とするという可能性が出てき得るのではないかと思っているところです。 ○中井委員 無効・取消原因を知ったときから後は利得消滅の抗弁が主張できないという考え方については,もう少し慎重に考えていただく必要があると思います。   その原因,事実に関しての認識というのはどこかでできるのかもしれませんが,取消権が行使できる,この契約が無効だと,そう簡単に判断できるかというと,そう簡単に判断できるわけでもない。現実には,あっちに相談に行き,こっちに相談に行き,教えられて行使するということも少なからずあるだろう。では,その間,これが例えば何らかのサービス提供契約で,非常に不当な対価なものであって,その一部サービス提供を受けてしまったときに,そのサービス提供部分については,あなたは原因を知っていたんだから負担しなければいけないということになれば,それはどうか。   取消権行使若しくは無効の主張をしたときから後は駄目だけれども,そこまでは抗弁を認めてもいいのではないかと申し上げた趣旨はそういうところにありますので,もう少し慎重に検討していただきたい。さらに,制限行為能力者については取消権行使後も現実に返還するまでも,ここは御批判あるかもしれませんけれども,そう考えております。 ○中田分科会長 大体よろしいでしょうか。   それでは,この点についてはこの程度にいたしまして,ここで休憩を取りたいと思います。           (休     憩) ○中田分科会長 それでは,時間が来ましたので,再開いたします。   次は代理行為の瑕疵です。101条1項,2項,原則,例外,併せて御説明をお願いいたします。 ○金関係官 部会資料29の53ページ,「(1)代理行為の瑕疵-原則」の部分を御覧ください。まず,第1段落については,第33回部会で異論のないことが確認されています。他方で,第2段落の「また」以下のところについては,第一読会も含めて,部会で意見が出されたことはありません。問題意識としては,現行法の「意思の不存在,詐欺,強迫」という文言では,例えば動機の錯誤や不実表示等の場合を網羅することができないという点です。なお,具体的な規定の仕方の例として,検討委員会試案では「意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実がある場合」という文言が使われています。   次に,部会資料29の55ページ,「(2)代理行為の瑕疵-例外」の部分を御覧ください。まず,アについては,第33回部会で規定を改めることには異論のないことが確認されましたが,その上で,部会では,本人が知っていた事情に関する具体的な規定の仕方について,幾つか意見が出されました。他方で,本人が過失によって知らなかった事情に関する具体的な規定の仕方については,特に意見が出されていないという状況です。イについては,第33回部会で,乙案の方向を採ることに異論のないことが確認されています。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   ここでの審議事項ですけれども,まず,101条の1項につきましては,「意思の不存在」という表現を,もう少し広くカバーし得るような適切な表現がないかについて御審議いただきたいと思います。   それから,101条2項につきましては,適用範囲を拡張するという方向については,部会ではおおむね異論がなかったということで,その具体的な規定の仕方が課題となっております。   資料55ページの(2)のアについて,本人が知っていた事情,過失によって知らなかった事情について,具体的にはどんなふうな規定を置いたらいいかということでございます。   この2点を中心に御審議いただければと思います。順序はどちらでも結構です。御意見をお願いいたします。   比較的問題点がはっきりしている1項についてですけれども,「意思の不存在,詐欺,強迫」に代えて,「意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実がある場合」というような表現が例として挙げられておりますけれども,例えば今のような案について過不足はないかどうか,あるいは別な案がないかについて,いかがでしょうか。 ○高須幹事 特に発言がないようなので,一言申し上げますが。   弁護士会での事前検討などでも,その「意思の不存在」という言葉が必ずしもどこまでのものを意味しているのかというのがよく分からないという意見です。言葉は簡単なんだけれども,かえってその言葉が持っている意味というのがよく分かりにくいという議論があります。また,その後は,詐欺,強迫が個別に列挙されていると。このあたりがやはり分かりにくいというような指摘がございましたので,その意味では,今御指摘にあったように,「意思表示の効力に影響を及ぼすべき場合」というような形で,もう少しはっきりさせるというか,そういう趣旨なんですよということを前面に押し出すというのは,一つの立法化の案ではないかと思います。 ○中井委員 それは,「詐欺,強迫」という文言も取るという趣旨まで含んだ提案ということになるのでしょうか。心裡留保とか虚偽表示の場合にどうなるのか,不要なのかもしれませんけれども,錯誤は少なくとも影響を及ぼすのでしょう。   代理人のした意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実については,その有無は代理人について判断するというような表現になるというのが一つの案ということだとすれば,例示も全くなくなるというのはどうか。具体的な瑕疵ある意思表示の類型としては,あったほうがいいのではないかと思うのですが。 ○山本幹事 カバーされる範囲については,錯誤は,従来ですと「意思の不存在」でカバーするということだったのかもしれませんが,現在のところ,動機錯誤と言うか事実錯誤と言うかは別として,それも明文でカバーするということになれば,「意思の不存在」ではどうも表現として具合が悪いですので,広げる必要があるというのが一つです。   不実表示は,どうなるかまだ分かりませんけれども,それ以外では,意思無能力も入ってくるということでしょうか。 ○金関係官 はい。ただ,詐欺,強迫その他の民法第93条から第96条までの規定は,意思表示を無効としたり取り消したりすることによって,その意思表示を要素とする法律行為すなわち契約などを無効としたり取り消したりするという枠組みを採っているのに対して,意思無能力の場合には,部会資料27の20ページに記載されているとおり,法律行為そのものを無効としたり取り消したりするという議論がされていますので,その意味では,先ほど具体例として申しました「意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実がある場合」という書き方については,例えば「意思表示又は法律行為の効力に影響を及ぼすべき事実がある場合」といった書き方にすることもあり得るのではないかとは思っております。 ○山本幹事 いずれにせよ,カバーをするという前提ですね。そうすると,先ほど御紹介のあった「意思表示ないし」--「又は」かどうか分かりませんが--「法律行為の効力に影響を及ぼすべき事実の有無」という表現ぐらいでないと,全部はカバーできないのではないかと思います。その上で,例示をするのか,するとして,一つか二つかというのは,かなり悩ましい問題ではないでしょうか。いかがでしょう。 ○中井委員 私としては,全ての条文を例示したほうがいいのではないかと,単純にそう思っているんですが。意思無能力も入るなら,意思無能力も含めた定め方をするほうが案内としては分かりやすい。 ○山本幹事 「意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実」には,そういった無効・取消原因そのものに当たるものだけではなくて,そういった事柄に係る善意・悪意だとか,過失の有無,あるいは重過失も含めるという趣旨ですね。 ○金関係官 今回の部会資料では,例えば心裡留保の場合の過失等については,現行の民法第101条第1項の「ある事情を知っていたこと若しくは知らなかったことにつき過失があったこと」に含まれると捉えていますので,「意思の不存在,詐欺,強迫」に代わるものとしては,そのような心理留保の場合の過失等は含まれないと理解しています。 ○山本幹事 いや,そうではなくて,代理人の側の善意・悪意,過失も問題になり得て,少なくとも錯誤の場合ですと,重過失を誰について判断するかという問題がありますね。それは,今のような御理解ですと,①にも②にも入っていないということになりかねないのではないですか。 ○金関係官 すみません,錯誤の重過失,表意者の重過失については,ここに含まれると思います。 ○中井委員 私が理解をしていたのは,今の条文は一つに流れているのは分かりにくいから二つに分ける。二つに分ける分け方としては,代理人のした意思表示の効力に関する問題と,相手方のした意思表示に関する効力の問題,これは二つに分けましょう。第1の代理人のした意思表示の効力の問題については,具体的に心裡留保,虚偽表示,錯誤,詐欺,強迫--不実表示が入るなら不実表示--によって影響を受ける事実の有無は代理人について決する。そのときには,御指摘の,例えば錯誤の重過失,表意者側の重過失の問題はそこに入って,代理人で決する。二つ目の,相手方のした意思表示の効力に関する問題の典型例,心裡留保の場合の悪意等については,次の条文で代理人について決する。こういう分け方が分かりやすくていいという理解をしているんですが。 ○山本幹事 要するに,先ほどの「意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実」というのが現行法の「意思の不存在,詐欺,強迫」の言い換えだというのは,少し狭いのではないかということが言いたかっただけです。重過失は,それとは別ですので。しかし,そういうものも,代理人側のものについてはまとめて代理人について判断するという規定を置くというのであれば,別にそれで問題ないと思います。 ○鎌田委員 錯誤の重過失は錯誤の中に入っているのではないんですか。錯誤の成否ということで。 ○山本幹事 意思の不存在そのものではないですね。 ○鎌田委員 まあ,そう言われればそうです。 ○山本幹事 いや,細かいことなので,内容について一致が得られれば,それでいいのではないかと思います。 ○金関係官 今の議論を前提とすると,仮に例示として「錯誤,詐欺,強迫その他の」という書き方をすると,錯誤で言うところの重過失などがこれに含まれるのかどうかについてかえって疑義が生じ得るようにも思いますが,中井委員の先ほどの御議論は,その場合でも例示をすべきだという趣旨でしょうか。 ○中井委員 私は例示したほうがいいと思っているわけです。   錯誤について,錯誤の重過失が錯誤に関して影響を受けるという限りにおいては部会長がおっしゃるとおりですけれども,それをあえて重ねて書くかどうかは,次の問題だと思います。あえて重ねて書いても,私は,害がなければ書いてあげたほうが便利ではないかという判断かもしれません。 ○中田分科会長 中井委員の御意見は,例示なのか,それとも,全ての条文を列挙したほうがいいのか。後のほうでしょうか。 ○中井委員 全ての条文を列挙するという考え方です。代表例だけではないという意味です。 ○内田委員 「意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実」とか,そんな言葉は入らないですよね,全部列挙するなら。 ○中井委員 それを入れることを否定するわけではありません。今想定されている条文は入れていただいていいのではないでしょうか。そのときに,確かに条文の体裁が,A,B,C,D,E,・・「など」と入れる言葉が民法にあるのかどうかは分かりませんけれども・・,「意思表示の効力に影響を及ぼす事実」とつなぐことについて否定するわけではありません。 ○内田委員 不可欠ではないですよね,全部列挙してしまえば。 ○中井委員 確かに,おっしゃるとおりです。それが全部であれば。 ○内田委員 それはそれで分かりやすいとは思います。 ○中井委員 条文にはあったほうが分かりやすいというのがまず第一にあります。「意思表示の効力に影響を及ぼすべき事実」については「代理人について決する」という,これはこれで一般的概念として分かりますから,これは条文の作り方の問題なんだろうと思っています。 ○中田分科会長 この点については,対象として何を盛り込むかということと,それから規定の仕方として,一般的な規定だけにするのか,例示を付した一般的な規定にするのか,それとも全部列挙するのかという,三つぐらいの方法があると,こういう整理でよろしいでしょうか。 ○中井委員 この「意思の不存在」というのは,昔の「意思の欠缺」を変えていただいたようですけれども,弁護士間で議論したときも,この「意思の不存在」は何だろうと,我々にも直ちに理解が及ばなかったという問題がありましたので,分かりやすさからすれば列挙したほうがいいのではないかという意見になっています。 ○内田委員 その列挙の仕方が,今,条文とおっしゃったのですが,第何条,第何条とやると本当に分からなくなるので,今のように詐欺とか強迫とかのほうがいいですね。 ○中井委員 はい,それはそういう理解をしております。 ○鎌田委員 あと,これは事務当局にお願いするのが一番いいんだと思うんですけれども,これ,元々の条文は「意思の欠缺」,「瑕疵ある意思表示」という,こういう概念を使って整理していたわけですよね。今度は,それを,「意思表示の効力」あるいは「意思表示」又は「法律行為の効力に影響を及ぼすべき事実」というとすると,日本法では成立要件,効力要件等について余り厳格な概念の区別をしているわけでもないので,一般的用語法としての「意思表示」又は「法律行為の効力に影響を及ぼすべき事実」と理解すると,物すごく広くなってしまうという法制上の問題は出てこないかという点が気になります。そういう意味では,例示で中身を絞るというのはあるかもしれないので,そこは我々よりも事務当局のほうがそうした感覚がおありだろうと思います。   意思無能力も,法律行為に関わるのか,意思表示に関わるのかは,厳密に議論されているかしら。僕はどっちかというと意思表示かなという気がしているんだけど。 ○山本幹事 立法提案の中では,意思表示の効力として考えている。つまり,行為能力とは違う形で提案されているところです。 ○内田委員 余計なことですけれども,比較法的には,意思表示の効力を問題とする書き方は非常にマイノリティーですね。一般的には「契約の」になると思います。 ○鎌田委員 「契約の効力に影響を及ぼす」というと,条件なんかも効力に影響を及ぼすというふうに,何か三百代言的な議論を呼びそうなので,何をここでターゲットにしているかということが明確でないとまずいように思います。そのときにどういう表現にするのが妥当かという点は,参事官室がプロだろうと思うので,その辺の配慮をしていただくことも必要かなという気がします。 ○中井委員 これは例えばで,想定していたイメージだけを申し上げれば,「代理人のした意思表示の効力が心裡留保,虚偽表示,錯誤,詐欺,強迫によって影響を受けるべき場合にはその事実の有無は代理人について決する」という,今の条文を限りなく使って対象を列挙して,代理人のした行為は第1条で出てくる。そして,第2条で「相手方のした意思表示の効力が」で続くと,こういうのが分かりやすいと思っていたんです。 ○鎌田委員 文章全体で見れば,おのずと明らかになっていくということですね。 ○中田分科会長 それでは,101条の1項については,今のようなことで大体整理の仕方が見えてきたかと思います。   101条2項についてはいかがでしょうか。 ○中井委員 頭の整理で,理解が間違っていないのかということの確認をしたいのですが。   ここも二つに分かれて,中身としては,本人が自ら知っていた事情を任意代理人に告げることができたときは--ここのコントロールという言葉については更に検討が必要だと思いますけれども--本人自ら知っていた事情について代理人が善意であることを主張できないというのが一つの柱。二つの柱が,本人が過失によって知らなかった事情について,その事情を知って任意代理人に告げることができたとき--この「できたとき」というコントロール可能性の表現については更に検討するとして--代理人の善意は主張できるけれども代理人の善意無過失は主張できない。この理解ではいいと思っているわけですが,知っていた事情と過失によって知らなかった事情を,項目を二つに分けて整理するのが分かりやすい。そのあとは,本人が任意代理人をコントロールすることができるということが実質的に必要だと思っていますので,それをどういう言葉で表現するか。   この本文の提案では「任意代理人に告げることができたとき」と書かれているわけですけれども,弁護士会の中では,これでいいという考え方と,これではちょっと緩やか過ぎるのではないか,この「コントロールできたとき」については,例えば「任意代理人に告げることが相当であるとき」とか,「任意代理人に告げることが合理的であるとき」とか,もう少し規範的な言葉がないと困らないのか。何でもかんでもできたではないかとなると少し行き過ぎかと思います。   ○山本幹事 立証責任はどうなるんでしょうか。誰が何を立証しないといけないことになるでしょうか。   1項の原則がありますので,代理人が善意であったことを本人側が主張できる。任意代理であることはもう明らかですけれども,1項だけだと,それはできるはずです。2項で,それがどう変わるのか。その際に,誰が何を主張・立証する責任を負うのかという点は,整理していただけますと,どういうお考えになっているのでしょうか。 ○金関係官 確たる見解を持ち合わせているわけではありませんが,代理人の錯誤を本人が主張するという場面で言えば,まず,本人の側が,代理人に錯誤があったことを主張立証すると,それに対して,相手方の側が,代理人には錯誤があったかもしれないけれども本人はその錯誤の前提である事情を知っていたではないかということと,それに加えて,本人が代理人をコントロールすることができたこと,すなわち本人がその事情を代理人に告げることができたことの2点を主張立証するという分配の仕方を考えております。 ○山本幹事 任意代理であることが明らかであるけれども,それに加えて更に,表現はともかくとして,本人が知っていたことと,代理人に対してその旨を告げることが相当であった,ないし期待できたということまで併せて主張・立証する必要があるということですか。かなり重たいですね。相手方にとっては。 ○金関係官 原則として代理人の主観を基準として判断すべきところに本人の主観を持ち込むわけですので,持ち込もうとする相手方が,そのような例外的な取扱いを主張する者として,代理人に告げることが相当であった,期待することができたといったことも主張立証すべきではないかと考えております。ただし,事務局の統一見解というわけではありません。 ○山本幹事 例が悪いのかもしれませんけれども,本人が知っていたというケースを想定するので余計そう思うのかもしれませんが,任意代理の場合で本人が知っていれば,代理人にむしろ当然告げないといけないというか,告げることが期待できるわけです。任意代理であることはもう請求原因で明らかでしょうから,そうすると,本人が知っていたというだけで原則として足りるということになりませんか。それとも,更に何を主張・立証する必要が出てくるのでしょうか。 ○金関係官 それが正に,告げることが相当であった,期待することができたという評価を基礎付ける事実の主張立証を要するということかと思います。 ○山本幹事 任意代理の場合でもいろいろなパターンがあり得て,本人がほとんどワークしていない,あるいは代理人が完全に一任を受けてやっているようなケースや,代理人主導で取引を進められているというような,いろいろなケースがあり得て,そういうときに,本人は知っていたけれども,告げることができなかったのだという,例外事由を挙げるのはできそうだとは思うのですけれども。   規範的要件で,余り主張・立証責任を言うことに,大きな意味はないということなのでしょうか。もう少し専門の方に整理していただくほうがありがたいところです。 ○高須幹事 今の山本先生の御意見を伺って,やはり立証責任まで考えると,二つ並べて立証せいということになると,ちょっと厳しいかなと。やはり知っていたということがまず最初の立証命題になって,それに対して,いや,確かに知っていたけれどもと,今度は立証責任が転換されて,反対側が,知ってはいたけれども,それを告げるような状況はなかったと。むしろ特段の事情的な話になるというほうが恐らく,やや感覚的なところも入ってしまうんですけれども,据わりのいい訴訟活動になるのかなと。そうすると,それを受けた形での規定の仕方ということのほうがいいかなというふうに。そういう意味では,今,山本先生がおっしゃったようなことと同じような意見を持っております。   その場合の「告げることができたとき」という表現については,先ほど中井先生もおっしゃったように,その言葉で表すか,相当性なんていう言葉も出ているわけですけれども,規範的な,「べき」みたいなことを意識した言葉にするか。「できた」も少し規範的なような気はしますけれども,もう少し強調するような言葉を探してもいいのかなとは思います。 ○金関係官 今は専ら本人が知っていた事情についての議論がされていますが,本人が過失によって知らなかった事情については,本人の代理人に対するコントロール可能性のところが,部会資料56ページの上から2行目に記載されているとおり「本人がその事情を知ってこれを任意代理人に告げることができたとき」とされておりまして,本人がその事情を知ることができたことと,本人がその事情を代理人に告げることができたことの二つが必要とされています。ですので,今の議論のように,本人がある事情を過失によって知らなかったことという問題と,コントロール可能性の問題すなわち本人がその事情を知ってこれを代理人に告げることができたことという問題を分離してしまうと,本人の過失の有無を双方が主張立証することとなるようにも思われます。ですので,本人が過失によって知らなかった事情についてどのような規定を設けるべきかという点も,併せて議論していただけると有り難いと思っております。 ○中田分科会長 二つの問題点,つまり後段をどう規定するのかということと,後段の規定の仕方が前段のほうにどうはね返るのかということがあると思います。そこが交じってしまうとちょっと複雑ですので,まず後段について,どういうふうにしたらよろしいでしょうか。 ○高須幹事 すみません,質問になってしまうんですけれども,後段の場面で想定しているのは,この御説明書きの56ページのところに係るわけですけれども,過失によって知らなかったときというのが一つあって,その次に,もう一つの要件として,「本人がその事情を知ってこれを任意代理人に告げることができたとき」と書いてあるので,事情を知ることができたときと,告げることができたときと両方が要るということなんでしょうか。それとも,そこは告げることができたときだけに絞っていいという御趣旨だったのでしょうか。 ○金関係官 両方が要るという趣旨です。過失によって知らなかった事情というのは,過失があったといえども知らなかったわけですので,そのままでは告げることはできないはずで,そうだとすると,その事情を知ることができて,かつ,告げることができたという両方がないと要件として成り立たないのではないかという趣旨です。 ○高須幹事 今の,その「知ることができた」は,前のほうに吸収されてしまうということはないんでしょうかね。最初の第1段目の「自らの過失によって知らなかった事情」というところの判断の中に含まれてしまって,そこで過失が認められたら,次はもう,あとは告げることができたかどうかの,もう一つの要件になるというような理解ではいけないのでしょうか。 ○中井委員 これは同じことを2回重ねて言っているにすぎなくて,当該事情を知らないことについて過失がありました,というのが一つの命題で,もう一つは,コントロール可能性が命題で,その二つを充足すれば足りるのではないでしょうか。   最初のほうは,その事情を知っていましたね,かつコントロール可能性。二つ目は,知らなかったけれども過失がありますね,で,コントロール可能性。こういう区分けで基本的に足りるのであって,この後段の書きぶりから,この二つの事情が何か2回出てきて,2回の立証があるとか分かれるとかいう議論にはならないと,理解しています。   その上で,その二つの事情の立証を,いずれも相手方にさせるのか。知っていたこと,若しくは知らないことに過失があったことだけを相手方に立証されて,コントロール可能性がなかったことを本人に立証させるのか。そこはちょっと二つ見解があるようですけれども,どっちがいいのか,即断はできませんけれども,そのような整理かと思うのです。 ○金関係官 問題意識としては,相手方の側で,本人がある事情を過失によって知らなかったことをまず主張立証し,その後に,本人の側で,その事情を告げることができなかったことを主張立証するという構造ですと,本人の側としては,知らなかったのだから当然告げることもできなかったということで済んでしまうのではないかという点です。本人がある事情を知ることができたこと,すなわち知らなかったことにつき過失があったことと,本人がその事情を代理人に告げることができたこと,すなわち告げなかったことにつき過失があったことの主張立証は,その性質上必ず連続するものなのではないか,仮にそうだとすると,そのように連続するものを無理やり分断してよいのかという問題意識です。 ○鎌田委員 これはむしろ中井先生に対する質問でもあるんですけれども,コントロール可能性というふうに言われているんですけれども,そこへ規範的な,告げることが期待されるとか,合理的であるという,その部分が入ったことが,つまり,告げることが客観的可能性があったかどうかではなくて,告げることが相当であるかどうかという判断が入るんだとすると,この後段のほうは,知っていれば告げることが合理的であった事実について,過失によって知らなかったときはという,そういう形になるのではないかなという気がします。知らないんだから告げられないというのは,ここでは全然判断の要素には入ってこないことなのではないかという気がするんですけれども。 ○中田分科会長 高須幹事,よろしいですか。 ○高須幹事 いや,もう今御指摘のことで結構です。 ○中井委員 後段は前段を受けていると思いますから,前段が原則で,知っている事情を告げなかった,告げなかったことについては一定の要件,それをコントロール可能性と言うか,できたことが相当と言うか,規範的な要件を入れるべきだと思いますけれども,それがまず第一番にある。   本来,注意すれば知っていた事情であれば,知ったら当然,前段になって,告げるべきなんだけれども,たまたま注意が足りなくて過失があって知らなかった。それは知らなかったんですから当然告げることはできないわけですけれども,コントロール可能性があるような事情があれば,つまり前段と同じ事情があれば,過失があることと相まって本人側の帰責事由となる,そういう理解で問題ないのではないか。 ○鹿野幹事 私も,今の点については同じ意見です。   また,最初のほうに出てきた「告げることができたとき」というところについては,私も,可能か否かということではなくて,規範的な評価が加えられて,告げるべきだったのにそれを怠ったということなのだろうと思いますし,それがコントロール可能性の本来意味するところだったのではないかと思います。そこで,先ほども御意見が出ましたように,私も,相当だったとか,合理的に期待できたとか,そのような規範的な評価の問題であることを表す言葉を使うべきだと思います。   それから,立証責任という問題が出てきましたが,これについては,山本幹事がおっしゃったように,およそ知っていたら告げるべきだということを原則と捉えることができるのかにつき,疑問があります。元々民法101条2項が規定しているところの,特定の法律行為の委託において本人の指図に従って代理行為が行われた場合のように,具体的にそのような関係があるときには,ある情報が当該法律行為にとって意味を持つのかを本人は把握できますし,当然告げるべきなのだろうと思います。しかし,代理においては,ある程度の包括性を持って法律行為の委託をするということも多いでしょうし,そのような場合には,本人が知った事情を全て一々代理人に告げるべきだということには必ずしもならないのでないかと思います。そうであれば,当然に告げるのが原則なので,告げる必要がなかったという例外を主張するほうがその立証責任を負うべきだという高須幹事のような話にはならないのではないかと思います。ただし,この点は,現在の代理において,どういうことが実態として原則的な形態なのかということによっても違うのかもしれません。 ○中井委員 立証責任については,今の鹿野幹事の発言のほうが私はいいのかなと。高須幹事とは意見が違うんですけれども。   任意代理だからといって,本人が知っているものを代理人に告げるような状況が一般的にあるのかというと,むしろそれは少ないのではないか。代理人に委ねて,正に授権をしたわけですから。我々の委任契約を考えても,常に本人が代理人に告げるというのは想定し難いですね。それを原則に置くなら立証責任を転換するのかもしれませんけれども,それは本人に酷なような気がします。とすると,相手方に両方とも立証してもらうほうがいいのかなとは思います。今日出た問題ですから,十分に検討できていませんけれども。 ○山本幹事 いずれの考え方にも,それぞれ理由があるところだと思います。   理論的なことを少し言いますと,元々代理人行為説かどうかという古くからの争いがあって,基本的には法律行為しているのは代理人だと考えますと,本人側の事情を考慮に入れるのは,例外的な場合であって,特別な理由が必要であるという流れになります。それに対して,やはり効果が帰属するのは本人であって,飽くまでも本人の法律行為であるというように考えますと,本人側の事情があれば,原則としてそれを考慮するという方向に働きやすくなってきます。   ですから,このような理論的な対立もここに表れてきますし,実践的にも,現代における代理の基本的態様をどう見るかという問題で,代理人に任せて,代理人が法律行為をしていく,本人は,それでまとまれば効果を引き受けるだけの存在であるというように本当に見るのか。いや,特に重要な取引ですと,やはり一々本人に報告やお伺いを立てていくものではないか。本人がそれで知っていれば,代理人は知らなかった,あるいは代理人には過失がなかったというような主張を本当に認めていいのかという実践的な問題として捉えることもできて,いずれを原則と考えるかが立証責任につながっていくというように,論点が整理できるのではないかと思います。 ○高須幹事 弁護士会,弁護士の中でも意見が違うということはあり得るところです。特に弁護士会としては,いわゆる要件事実的なところを詰めているわけでは余りありませんので,全く個人的な意見なんですが,おっしゃるとおりで,制度趣旨というか,本来の趣旨からすればどうかという問題がもちろん1点あるだろうと思います。   ただ,ここでの議論も,両方あり得るんだろうというのも出た上で,さらに,立証の公平ということも考えたときに,その出発点として,知っていたというところまでの立証と,さらに,それを告げるべきであったということの立証までを課すということになったときに,相手方にそれを課す,あなたのほうで本人に告げるべきでしたよねという立証を課すというのは,かなり重いのかなというようなちょっと感覚的なものもありまして,ここでは,先ほどのように分けたほうがいいのではないかと思った次第でございます。   ただ,もちろんそう思ったというだけで,物すごく強い確信を持って申し上げるわけではないということも申し添えさせていただきます。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   大体よろしいでしょうか。前段については,「告げることができた」というのを,もう少し規範的な表現にしたほうがいいのではないかという御意見を何人からか出していただきました。前段と後段との関係については,大きく言って二つぐらいの意見があったのかなというふうに理解しております。それから,立証責任についてはやはり二つのお考えがあって,その背景としては,代理理論の問題と,それから立証の公平というのと,両面から考慮すべきである。このあたりでよろしいでしょうか。   それでは,次に進ませていただきます。代理人の行為能力です。   説明をお願いいたします。 ○金関係官 部会資料29の58ページ,「(3)代理人の行為能力」の部分をご覧ください。この論点については,第33回部会で特に内容面で確認された点はありません。分科会では,甲案,乙案の具体的な違い,それから,甲案,乙案,丙案,それぞれの具体的問題点等について審議することとされています。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   ここでは,大きく分けますと,制限行為能力者が法定代理人に就任する場合について,何らかの新たな規定を設けるとする甲案及び乙案と,現行規定のままとして,その場合についての新たな規定を設けないという丙案とが対立しております。   分科会では,この三つの案について具体的な問題点を検討することが付託されておりますので,まず,規定を置くとして,甲案と乙案と,どういう違いがあるのか,それぞれどういう問題点があるのかということを検討して,その上で,新たな規定を置くか置かないのかを比較検討すると,こういう順序にしてはどうかと思います。   それから,そのほかに部会では,そもそも制限行為能力者の法定代理人は行為能力者に限るんだという御意見もありました。こういうように,甲ないし丙案以外の御意見もありましたら,それもお示しいただいて結構です。   ただ,まずは甲案と乙案との比較,その上で新たな規定を置く置かないの比較,これを御検討いただければと思います。   最初に,甲案と乙案について,いかがでしょうか。 ○山本幹事 これは部会でも申し上げたことですけれども,甲案と乙案の違いは,乙案ですと,代理権の範囲そのものを制限することになりますので,逸脱行為が行われた場合は無権代理になる。その上で表見代理の問題になっていく可能性があるのに対して,甲案の場合は,そのような問題が生じない。本人側がこれでは困ると思ったときには,取り消すことができる限度で取り消すということで対応するのが,理論的及び実践的な帰結の違いではないかと思います。 ○中田分科会長 甲案ですと,取り消されるまでは有効だということですね。 ○山本幹事 そうです。 ○中田分科会長 今の整理で違いについてはお示しいただいたわけですけれども,その上で,甲案と乙案と,どちらがより適切かということについて,もし御意見がございましたら。 ○山本幹事 私自身はもう部会で申し上げましたので,その繰り返しですけれども,方向としては,規定を設けるのであれば,甲案のほうが適切ではないかと思います。というのは,制限行為能力者が法定代理人であったとしても,その行為が常に不適切というわけでもない。そのような可能性もあるところで,一律に無権代理になってしまうというのは過剰ではないかと思います。その意味では,不適切なものについて最低限の対応を可能にするという点では,甲案のほうが望ましいのではないかという意見を申し上げました。 ○中井委員 ここは,本人の保護の問題と取引の安全の問題と,もう一つ,制限行為能力者のノーマライゼーションの問題が出てきます。   この制限行為能力者のノーマライゼーションというところから,かつては法定代理人にはなれなかった人がなれるようになったという歴史がありますから,これに逆行するようなことはなかなか言いにくいのかとは思うんです。しかし,部会でも申し上げたことですけれども,本当に本人の保護を考えたときに,制限行為能力者を法定代理人にすることが適当なのかということについて,疑問を持つ意見が出ております。家裁の実務でも,制限行為能力者を法定代理人には選任していないのではないか。選任したとしても,後日,制限行為能力者になれば,それは解任をしているのではないか。それは本人の財産保護の見地から,ということだろうと思います。   また,制限行為能力者を法定代理人にすることによって,本当に制限行為能力者のノーマライゼーションに寄与しているのですか,活動領域が本当に広がるんでしょうか。その人の生活が,一定の権限を与えて行使することによって前向きになるという,こういう趣旨もあるのかと思いますが,それがこの制度によって果たされているのか。それと引き換えに本人保護が危機に瀕するとすれば,少しバランスを欠くのではないのか,という意見を持っています。   かといって,積極的に提案するかというと,またこれはちゅうちょするところなので,それを提案しないとなったら,どこへ行くのか。   弁護士会の意見はこれまで余り意識しないまま聞いたんですけれども,乙案と丙案が多いです。丙案については,現在の裁判所等の手続できちっとコントロールできるかというと,これは不安がないわけではありませんので,取引安全に行き過ぎるのではないか。そうすると,何らかの形で本人保護を図るための甲案,乙案のいずれかを選択する方向になるのか。   その中で,弁護士会は乙案が多いのはなぜかなとは思うんですけれども,仮に制限行為能力者を法定代理人にして,ノーマライゼーションとして活動領域を広げてもらうとすれば,乙案を採ると,山本敬三先生がおっしゃるように,結局狭いことになります。相手方との関係でも,それほど代理権の範囲も広くない。相手方は,そういう制限行為能力者が法定代理人の場合の取引がそう活性化されるわけないから,ノーマライゼーション目的にそれほど資さないのではないか。   そうすると,むしろ甲案を採って,一応は権限を与えたうえで,問題があれば取消権を行使していくという甲案。結局,山本敬三先生と同じ意見になるのかもしれません。   ただ,日弁連の単位会からの集約をしますと,甲案は一人も支持者がいないようです。 ○岡崎幹事 今,家裁の実務に関してのお話が出ましたので,ちょっと紹介しておきたいと思うのですが,選任時に制限行為能力者であることが判明しているような場合には,その人を後見人等に選任することはしていないということのようです。   次に,選任後に制限行為能力者であることが判明した場合,あるいは,選任後に制限行為能力者になった場合についてはどうかというと,その場合は,辞任を促すというようなことをした上で,それでも辞任をしない場合には解任をするというのが一般的だということのようです。   ただ,今申し上げたのは,成年後見人に関してはそれが当てはまるようなのですが,保佐人ですとか補助人に関しては,本人あるいはその保佐人・補助人の能力次第で,場合によっては,辞任の促しですとか解任といったことまではしない例もあるというようなふうに聞いております。 ○山本幹事 親権者の場合はどのような形になっているでしょうか,実務では。つまり,親権者が事後的に制限行為能力者になるような場合ですね。あるいは,制限行為能力者が親権者になる場合もあると思いますが。 ○大浜関係官 すみません。親権のほうは確認しておりません。 ○山本幹事 制度としては管理権喪失の制度があるけれども,それが適切に使われているかということですね。 ○鎌田委員 いずれにしろ,誰かが何かを申し立てない限りはそのまま親権者ですよね,制限行為能力者であっても。それが,例えば乙案的なものになると,どうなるんですかね。 ○内田委員 弁護士会でなぜ甲案の支持がないのだろうと中井先生はおっしゃったのですが,甲案でいくと取消しをしないといけないのですが,本人が意思能力はなくて取消しなんかできないという場合に,その法定代理人である制限行為能力者が取り消すかというと,自分自身の財産であれば損をするので取り消すことはあっても,これ,自分の損になりませんから,取消権なんか行使しないのではないかと思うのですね。すると,誰も取り消さない。そして,本人だけが損する。そんなことはおかしいから乙案だというような理由ではないのでしょうか。私が弁護士会の意見を推測するのも変ですが。 ○鎌田委員 この取消権は非常に特殊な取消権ですよね。ほかにはない,特別の根拠に基づく取消権だし,取り消しても,代理権がないから取戻しは,誰か新たな法定代理人を選任しないと取戻しは請求できないというようなことにもなりかねないという,そういう形になりますね。 ○山本幹事 ただ,新たな法定代理人を選任すれば,その法定代理人が対応できるというところは大きい違いだろうと思います。おっしゃるとおりの問題があるというのはよく分かります。しかし,それは乙案を採っても,無権代理だといっても,誰も何も言わなければ同じという問題は常にあると思います。 ○中井委員 そうすると,もう一回振り出しに戻って,今の家裁の実務を考え,かつ,未成年後見人の制度も改まったことも考えると,来年以降は未成年者に財産があって,後見人を選任するときに,身上監護と分けるとすれば,行為能力者を選任する実務になることは間違いない。とすると,制限行為能力者は選任できると言いながら,実務では,行為能力者を選任することになってしまう。丁案も復活するというのはあり得るんでしょうか。 ○岡崎幹事 親権者がどうなるかということですか。 ○鹿野幹事 後見人などが付けられた場合はよいのです。つまり,先ほど話題になったように,親権者が制限行為能力者である場合に,その親権者の管理権を失わせて,ほかの適任者を後見人に付けたということであればそれでよいのですけれども,そうではない状態にあるときに,どのような法的処理をするのかということは,やはり考えておかなければいけないのではないでしょうか。そうすると,その場合の手当てをしないで法定代理人は行為能力者であることを要するとだけ規定すると,結局,親権者の例でいうと本人である子の保護には必ずしもつながらない結果となるのではないかと思います。   私自身は,迷いもありますが,甲案を支持し,甲案において本人の最低限の保護は図れるのではないかと考えておりました。もちろん,本人の実質的な保護がどこまで図れるかということになると,その保護の機能がより期待できるのは,例えば先ほどの例で,行為能力の制限を受けた親権者の代わりに新たに後見人が付けられた場合ということになるのかもしれません。しかし,結局は乙においても甲においても,具体的に,例えば取戻しの請求権が発動される機会というのは同じような気もしますし,その限りにおいてはそれほど変わらないのではないかと思います。むしろ甲案のような形で,必要な限度で取消権を付与するということを通して,本人の一応の保護にはなるのではないかと考えておりました。 ○中田分科会長 ありがとうございました。甲と乙のそれぞれの特徴については相当分析していただいたかと思います。   続きまして,丁案というのも出ているんですけれども,丙案とするかどうかについてはいかがでしょうか。ちょっと丁案は別に置いておきまして。 ○内田委員 丙案だと単に,甲なのか乙なのか,どうなのか分からないという状態だけですよね。 ○中田分科会長 丙案を積極的に支持されるという御意見は。 ○山本幹事 よろしいですか。部会資料の59ページ以下に丙案の理由が挙げられているところですが,これは,現行法で対応は可能なので制限を設ける必要はない,したがって立法的措置を講じないとされています。   このような意見は,あるかもしれませんが,丙案を支持される方は,ある程度の量おられると私は予想しています。ただ,それは,このように現行法で対応できるというよりは,むしろ親族法を含めた家族法の問題として抜本的な改正を考えるべきであって,現在の債権法改正がそのためのふさわしい場と言えるかというと,やはり限界があるのではないか。ここで何らかの対応を立法としてしまうと,将来の在るべき改正を阻害とは言いませんけれども,そこに方向付けをしてしまうことになるのは不適切ではないかという御意見が,少なくとも学者サイドでは多かったと思います。実務家の方々はまたそれとは違うのかもしれませんが,学者からはそういう意見が多かったということです。 ○高須幹事 多分,中井先生はおっしゃりにくいと思いますので,私のほうで話すのですが。   弁護士会の中でも,今出たように,高齢者の人権というようなことと絡んだりして,本質的には,債権法改正の中で拙速に結論をまだ出せる状況ではないのではないかというような意見が一部にはあって,丙案というような形でと。つまり,丙案だったらうまくいくと積極的に申し上げているわけではないけれども,ここで決め切れないのではないかという意見が,かなりの数の意見が出ていることは事実でございます。 ○岡崎幹事 裁判所のパブコメの中でも丙案を支持する意見が出ておりまして,その理由は,部会でももう出ていたことなのですけれども,取引の安全という観点も無視できないのではないかというようなことでした。 ○大浜関係官 加えまして,家裁のほうでも今,高須幹事あるいは山本幹事のおっしゃっていたことに若干近いとは思うのですけれども,債権法改正の方でこの点についてやるのはどうかと,もう少しいろいろ検討させてほしいというような希望がパブコメとは別にございましたので,御紹介します。 ○中井委員 丙案の前提というのは,何も規定しない,すなわち行為能力者であることを要しないという規定を維持するから,法定代理人に制限行為能力者が選任されても,その行われた行為については取消しも代理権の範囲の制限もない,甲案でも乙案でもないという解釈を採るということだと理解をしているんですね。ですから結局,これは取引安全の保護を結果的には図ることになり,その限りにおいて,本人の保護に欠けるのではないか。ということで,私自身は丙案は疑問だと思っています。   裁判所が取引の安全の保護について配慮すべきだという意見があるとすれば,他方で,本人の保護も一定のレベルで図るのが適切ではないか。そうすると,親族法の改正を待つというよりは,丁案がないのであれば,甲案か乙案で考えなければいけないのではないかという気がします。 ○中田分科会長 丙案については大体お出しいただけましたでしょうか。   さらに丁案ですけれども,これは御紹介いただきましたとおりですが,さらに,丁案を採る場合には親族法の改正にも関わってくるという,共通の問題があるということなんでしょうかね。そんなあたりで,この分についてはよろしいでしょうか。   ありがとうございます。   それでは,時間がだんだん押してきましたので,先に進ませていただきます。   代理権の範囲について,説明をお願いいたします。 ○金関係官 部会資料29の60ページ,「(4)代理権の範囲」の部分をご覧ください。まず,アについては,第33回部会で規定を設ける方向におおむね異論のないことが確認されたと思いますけれども,ブラケット内に示した「代理権授与の目的を達成するために必要な行為」を条文上明記すべきかどうかについては,山本幹事から肯定の立場での御意見が出されたのみという状況です。次に,イについては,第33回部会で,次の二つの問題点が確認されたところだと思います。一つ目は,代理権の範囲が解釈によっても明らかとならないような代理権授与行為,これが有効かどうかという問題,二つ目は,仮に有効であるとして,そのような代理権授与行為による代理権の範囲について,民法第103条の規律を及ぼすべきか,それとは異なる規律を及ぼすべきかという問題です。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   それでは,二つの問題点,つまり,アの2行目のブラケット内「代理権授与の目的を達成するために必要な行為」を条文上明記すべきかどうかについて,部会で一つの御意見が出ているわけですけれども,更に補充的な御意見がありましたらお出しいただく。それから,イにつきましては,今,金関係官から御紹介のありました二つの問題について検討するということでございます。   御意見をお願いいたします。 ○中井委員 一つ目の問題についてですが,元々この提案をどう法文化するのか。つまり,発生原因である法律行為の解釈によって定められた行為という,このこと自体,よく分からないというか,結局は解釈の範囲内の権限ということを言っているのかと思うんです。そうだとすると,その括弧書きについても,その解釈で決まる範囲内の行為ということを意味していると思うのですが,具体的条文化を考えたときに,よく分からない。   今の民法は,99条のところで「代理人がその権限内においての本人のために」とだけで,権限内で始まっている。任意代理については,何らかの授権行為,何らかの契約行為によって代理権を与える。そのことが明確になれば,ここは足りるのではないか。例えば,具体的に言うならば,「代理人は本人から付与された権限の範囲内で本人のために行為ができる」。結局,本人から付与された権限ということが契約の中身であり,その中身は当該契約の解釈で決まるだけのことではないのか。   そうだとしたとき,アで書いている,「法律行為の解釈によって権限の範囲が定まる」と書くわけでもないだろうと思うので,かぎ括弧も含めて全体が,結局は何らかの契約行為において与えられた範囲内ということではないかと思うのです。あとは解釈で決まる。それに尽きるのではないか,ここの意味がもう一つよく分からないのです。 ○中田分科会長 ブラケットの中だけでなくて,そもそも全体としても要らないということですね。「本人から付与された権限」という表現で足りるではないかということですね。   ほかにいかがでしょうか。 ○山本幹事 仮に規定をするとすれば,どのような形になるかといいますと,任意代理の場合ですから,代理権の発生原因である法律行為によって定められた行為をする権限を有するというように書くのではないかと思います。それに加えて,与えられた代理権の目的を達成するために必要な行為を,その後ろにつなげて書くというのが規定のイメージだと思います。   これは,部会でも出ていましたけれども,代理権授与の目的を達成するために必要な行為をする権限があることは,その発生原因である法律行為の解釈から当然に導かれることではないか。そうすると,重複があるのではないかという指摘に対しては,重複があり得るかもしれないけれども,その解釈について疑義が生じないようにするための,一種の解釈準則として入れておくということはあり得ると思います。   比較法的に見たときに,部会資料の61ページに幾つか挙がっていますけれども,最近の立法例等を見ても,代理権授与の目的を達成するために必要な行為を明示的に挙げる例が主流になっているということも,背景にあります。 ○内田委員 代理権授与行為,つまり委任契約などの解釈によって任意代理権の範囲は分かるのではないかという御指摘かと思うのですが,私自身は実務家ではありませんけれども,実務家の方々にお話を伺うと,そもそも日本の契約は契約書がないものが一杯あるし,たまたま契約書を作っていても矛盾する条項が入っていたりして,何をやりたいのか分からないような契約書はたくさんあるんだという話を伺います。代理権の授与についても,もし同じような事情があるのだとすると,代理権を与えるつもりではあるのだけれども,何を与えたいのかがよく分からないような場合も出てくる。   民法の任意規定はデフォルトルールとして,そういう場面を補充するわけですので,そういう意味で,最低限,これはできるんだということを取りあえず定めておくというのは,意味はあるのではないかという気はするのです。   もちろん,任意代理権は本人が自分のために代理権を授与するわけなので,そんな曖昧なことをするような本人のために,わざわざこんなデフォルトルールは要らないんだという議論もあり得るかとは思います。けれども,実際には,口頭で代理権与えてはいるが,その範囲がよく分からないというような場合がもしたくさんあるのであれば,それを補うための規定には意味があると言えるのではないかと思います。 ○中井委員 今の内田委員の御発言は,イに関する御発言ですね。その御意見には私は賛成で,基本的には本人から授与された権限の範囲内で代理人は行為ができる。授与された権限の範囲内が明らかでないものは少なからずあるというのは事実だろうと思いますので,そこではルールとして103条の適用を私は認めるという立場です。そこは山本幹事のこの前の部会の意見とは違うんです。 ○内田委員 ブラケットを加えるかどうかという点だけの御発言ということですか。 ○中井委員 先ほどの発言は,ブラケットを加えることについては,この全体の条文としてはいかがなものか。結局は解釈で決まるんだから,本人から与えられた権限を持っていると,本来的に。その次に,それが不明な場合については,103条の規定を残すということです。 ○鎌田委員 当然の前提になるのかもしれないですけれども,この今のアの提案でいくと,これ,代理権の範囲の規定を超えますよね。本人・代理人間の法律関係といいますか,代理権授与行為に伴って代理人にどこまでの権限が与えられるかという内容を含んでくる。かつての日本法で言えば,内部関係は委任で,代理の所では対外関係の代理権だけを取り上げていたのが,本人が代理人にどれだけの権限を与えるかも規定することになる。ここで言う「代理権授与の目的を達するために必要な行為」というのが,代理行為以外の付随的な行為をする権限も全部包括的に含むということなら,少し規定の性格が変わってきて,本人・代理人間の関係は,もう代理のところでかなり包括的に,内部関係,対外関係,全部まとめて規定するという,そういうスタンスに変わるということまで意図されているのかどうかということを,ちょっと聞いてみたいのですが。   権限の範囲だけだったら,権限の根拠は任意代理と法定代理があり,任意代理の代理権の範囲については授与行為と法律の規定で決まりますぐらいで済んでしまうわけですね,代理権の範囲だけでいくと。そこをもうちょっと,あえて踏み出したほうがいいということまで積極的に意図されているのかどうかというのも,ここでの提案の中身を決める上では重要な意味を持つかなと思います。 ○山本幹事 事実行為をどうするかという問題はあるかもしれませんが,元々の立法提案として考えられているのは,やはり基本的には法律行為の代理権の範囲の問題であって,内部関係とは一応切り離した問題です。ですから,ここで言う「必要な行為をする権限」というのも,代理権という意味で想定されていると思います。もちろん,違うように理解する可能性はあるのかもしれませんが,ここに定める以上は代理権というように限定されると思います。 ○内田委員 発生原因である法律行為の解釈についての解釈準則のようなものではないのですか,ブラケットは。 ○山本幹事 そのように先ほど申し上げたつもりです。 ○中井委員 そうしたら,イの問題について,代理権の範囲は,そういう意味で,解釈で基本的には決まっていく。それでも解釈で明らかにできないときについては,保存行為はできるということを明文化したほうがいいだろうと。   甲案のように無効としてしまったら一体どうなるのかですけれども,結果的に本人の保護にもならない場面が必ず出てくるのではないかと思いますので,不明なときでも無効とするのではなくて少なくとも保存行為はできるようにしておく。保存行為の権限を,不明だから与えたからといって,本人の利益が害されるとか,代理人若しくは相手方の利益が害されたりすることはないのではないか。   山本敬三幹事がここを無効と確かおっしゃった趣旨が,もう一つよく分かっていないのかもしれませんが,そう考えています。 ○山本幹事 無効というように申し上げていません。確かに,およそ何のために代理権を与えたかも分からないような場合は,どの範囲の代理権を与えたかをそもそも確定できないという意味で,広い意味での無効と言ってもいいかもしれません。   そのような場合があるのは確かですけれども,一定の目的を持って何らかの代理権を与えたことは確かである場合は,一定の目的は確定できるわけですから,その目的を実現するために必要な行為をする権限があるはずなのだけれども,その範囲を確定できないときに,保存行為や改良行為に限られるとすると,本当にその代理権授与契約の趣旨に合った任意規定なのかどうかが怪しいということを申し上げたつもりです。   つまり,デフォルトルールというのは,解釈ではどうしようもない場合に適用するルールだということなのかもしれませんが,その契約の趣旨に合わなければ,それはやはりデフォルトルールとして適用してはいけないものだと思います。その意味では,この現在の103条が,任意代理の場合のデフォルトルールとして果たして本当に適切な内容なのかというと,疑問があるということを部会では申し上げたつもりです。 ○中田分科会長 103条に代えて別のデフォルトルールを置くという,何かイメージはおありですか。 ○山本幹事 様々な可能性がありますし,先ほど申し上げましたように,何のために代理権を与えるかがそもそも確定できない場合は,代理権授与契約自体が内容不確定で無効と言っていいだろうと思います。しかし,何らかの目的が確定できる場合のためのデフォルトルールは,なかなか考えられないと私自身は思いました。いずれにしても103条は不適切でと考えられますし,それに代わるものが確定できるかというと,これは少し難しいのではないかということです。 ○鎌田委員 それは正に山本さんで言うと,この103条のアの提案が,こういうもの以外にはあり得ないということなんですよね。 ○山本幹事 はい,このようなものではないかということです。正におっしゃるとおりだと思います。 ○高須幹事 そのイのところでございますけれども,今,中井先生からも話が出ているように,やはり弁護士会の中の意見としては,この乙案のほうが多うございまして,そこは内田先生が御指摘になったようなことと同じような危惧といいましょうかね。具体的に裁判の場になったときに,どこの範囲だったんですかみたいなことが争点となったときに,一つこの条文があると助かるというか,安心だみたいな,余り理論的ではないのかもしれないんですけれども,そういう。要するに,必ずしも真実が全て明らかになるとは限らないというような考え方をしてしまいますと,それなりの規定が置かれていたほうが安心だというようなことが,弁護士会の中では多かったのだろうと思います。 ○中井委員 例として,仮に委任状があって,不動産の建物の表示だけがあって,権限が全く書いていないとき,どう考えるのか。売る権限まで与えているのか,賃貸の権限まで与えているのか。少なくとも保存行為の権限が与えられていても,誰も困らないでしょうし,プラスでしょう。お互い害しないのではれば,この限定的なものは与えていてもいいのではないか,こういう基本的な発想があるのです。   それがデフォルトルールとして一般的かと言われると,確かに,不動産の表示,建物の表示だけがあったときに,何を与えていたのか分からない。分からないから全く無効にしていいのかというときに,それで例えば保存行為,修理だけはしてねという意思があったとき,それを解釈で推測できるときだけなのか,なくてもそこはできるのか。それは,なくてもできるとしておくほうが安定的ではないか,こういうことなのかもしれません。 ○山本幹事 不動産の管理を委託するときに,適当にやっておいてくださいというように言ったときに,どうなるかということですね。 ○中井委員 そうですね。例としては。 ○鎌田委員 意思表示の解釈基準という機能もあるのではないでしょうか。デフォルトルールの役割についての考え方で,ぎりぎり当事者の意思を詰めていって,最後に103条ではなくて。   山本さんが,留学するについて豪邸を誰かによろしく頼むよと言ったときに,では,どの範囲の権限が与えられたのかというときに,まず103条でいけば保存行為と管理行為だというところから出発して,でも,山本さんの真意を探求していけば,それを超えている代理権も委ねていったに違いないというときには,それを超えた意思解釈をしていけばいいという,そういう意味での。   そういうときに103条は代理権の範囲を決める解釈の基準として働いていくという意味で,結構重要な機能を果たすのではないか。私もそういう感じで103条は存在意義ありと思っているんです。 ○内田委員 山本さんのスタンスは,理屈は通っていて,400条も同じような問題があるのではないかと思うのです。やはり代理権授与行為という一定の行為をしたときに,訳も分からず代理権を授与するなんて普通はないので,どういう趣旨なのかと徹底して解釈していけば一応分かるはずだと。保存行為という概念そのものはありますから,解釈からそれが出てくることはあるけれども,解釈しても全くそれが分からなければ,そんなもの無効ではないかというのは,これは理屈は通っていると思うのです。結局,現実の紛争解決の場面で,どちらが規範として有益か,使いやすいかという,そういう考慮なのかなと感じます。 ○金関係官 先ほど山本幹事がおっしゃった,目的ははっきりしているけれども代理権の範囲が分からない場面というのは,代理権授与行為をぎりぎり解釈していったら,徹底して解釈していったら実はその内容が分かるという場面ではないかと思います。その意味では,山本幹事が危惧されている問題は,アの準則で解決されるのではないかとも思われます。代理権授与行為をその目的をも踏まえて解釈すれば,ある代理行為が代理権の範囲内のものであるかどうかというのは分かるはずで,それでも分からない場合,目的もいまいちはっきりしないような場合に初めてイの議論になるという整理のように思います。 ○山本幹事 よろしいでしょうか。論点としては,まず,その解釈の幅をどれだけ考えるかというのが一つで,恐らく人によって少し違うのだろうと思います。そこで,解釈の幅を非常に広く取った場合に,そのような解釈をしても,なお確定できないときに,なぜ103条を適用してまでそれを維持するのか,その説明が本当につくのかというのが次の論点で,ここでもまた立場が分かれているような気がします。   そうではなくて,103条は一つの解釈の物差しにすぎない。そういうものだという理解も鎌田部会長から示されていて,これはまたほかの方がおっしゃっているのとは違う可能性もあるのではないかと思います。その意味では,非常にニュアンスの差のあるいろいろな意見が出されていて,整理する必要があるのではないかと思いました。 ○中田分科会長 その解釈のほうから詰めていくのか,それとも現実の紛争解決においての解釈基準としての有用性を考えるのか。そういう意味で,鎌田部会長と内田委員とは少し共通するところもあったのかなというふうに,今伺っていて感じましたけれども。   103条については大体,問題の構造が明らかになったかと思いますので,ほかにございませんようでしたら,残り時間は余りないんですけれども,次に進ませていただきます。   次は,ちょっと区切りということがありますので,表見代理について,109条,110条,112条,それぞれ若干の問題点があるのですが,この三つをまとめて説明していただいて,御議論いただきたいと思います。 ○金関係官 まず,民法第109条の関係については,部会資料29の69ページ,「ア 代理権授与表示と意思表示の規定」の部分をご覧ください。この論点については,第33回部会で特に内容面で確認された点はありません。分科会では,規定の要否,それから具体的な問題点等について審議することとされました。   次に,民法第110条の関係については,部会資料29の75ページ,「ア 代理人の権限」の部分をご覧ください。この論点についても,第33回部会で特に内容面で確認された点はありません。分科会では,甲案,乙案の具体的問題点等について審議することとされました。   最後に,民法第112条の関係については,部会資料29の77ページ,「ア 善意の対象」と,79ページ,「イ 善意,無過失の主張立証責任」の部分を御覧ください。まず,「ア 善意の対象」については,第33回部会でこの方向におおむね異論のないことが確認されたと思います。また,「イ 善意,無過失の主張立証責任」については,第33回部会で甲案の方向におおむね異論のないことが確認されたと思います。いずれも,分科会では,具体的な問題点等について審議することとされています。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   109条につきましては,2の(1)のアの①,②ですね。こういった規定の要否,特に錯誤と狭義の心裡留保に関してのみ特則を置くことの合理性の有無,置くとした場合の具体的問題点について,更に検討するということでございます。   心裡留保を2種類に分けることにつきましては,まだ議論が集約されてはおりませんけれども,少なくとも①の錯誤については問題が生じ得るわけです。心裡留保につきましても,2種類に分けることの当否はともかくといたしまして,もし分けるとすればどうかということで御検討いただければと思います。   110条につきましては,代理人の権限について,甲案と乙案の長短の検討,それから,いずれの方向を採るべきかについて,もし議論が詰められるのであれば詰めると。仮に甲案を採るとすると,どういった内容のものにするのかということになります。   112条につきましては,部会で方向性はほぼ固まっておりますので,分科会では,更に何か具体的な問題点があればお出しいただくということでございます。   まず,109条から御審議をお願いします。 ○中井委員 ここで質問するべきことではないのかもしれませんが,ここでは代理権授与表示,つまり,相手方に対する表示について意思表示規定の適用があるかという問題ですが,その前に,部会でも松本委員が少し御発言されたかとは思うんですけれども,代理権授与行為自体についての意思表示の問題がありますが,ここでは特段取り上げられていません。一方は取り上げて一方は取り上げないというのは,立法提案があるかなしかということなのでしょうか。 ○金関係官 代理権授与行為は意思表示を要素とする法律行為ですので,その瑕疵については,民法第93条から第96条までの規定がそのまま適用されるということだと思います。部会資料では,観念の通知である代理権授与表示について,意思表示の規定を適用するのと同様の規定を設けるべきかどうかという論点を取り上げています。 ○鎌田委員 元々は,若干議論の余地はあるのではないですか。例えば,代理権授与行為が詐欺・強迫で取り消されたときに,代理権が遡及的に消滅すると仮に考えたら,既に行われた代理行為は96条で処理するのか,あるいは取消権行使以降に行われた行為も含めてかもしれませんが,表見代理規定で処理するのかというふうな議論というのは,あることはあったような気がします。 ○中井委員 部会長からそういう御発言がありましたので少し。   代理人が詐欺をして本人が何らかの授権をしたら,その代理権授与行為は詐欺による取消しができる。それまでの間に代理人が相手方の間で何らかの契約をしていたときの相手方保護の問題はどうなるのか。取消し前に行為がなされていたとすれば,それは詐欺の取消しにおける第三者保護の問題で解決するのか。逆に,取消しが先に行われて,しかしその後,代理行為が行われたら,それは表見代理で救済するのか。この辺がそれほど明確だとは思えないのです。   仮に代理権授与行為が錯誤の場合でも,錯誤によって授与して,授与を受けた代理人が相手方と代理行為をした,そのときの保護の在り方についても,仮に錯誤について第三者保護要件が入ったとして,それで保護されるのか。このあたりの整理がないのは何でだろうと,改めて思ったわけです。   問題意識はそういうことで,それほど自明なことではないように思うのですが。 ○金関係官 例えば代理権授与行為が取り消された後で代理行為がされた場合には,従来の表見代理規定がそのまま適用されればよくて,仮に代理権授与表示がされたと言える事案であれば民法第109条を適用し,代理権消滅後の表見代理の要件を充足すると言えるのであれば民法第112条を適用して,現在の法律に記載されているとおり処理すればよいということになるのではないでしょうか。ここの論点では,観念の通知である代理権授与表示が錯誤や狭義の心裡留保によるという場合の問題を取り上げて,正に現在の法律には記載されていない処理方法を新たに記載してはどうかという提案をしているものと理解しています。 ○内田委員 中井先生がおっしゃった,それほど自明なことではないのではないかというのは,おっしゃるとおりで,自明なことではないと思います。代理権授与のための委任,内部的な委任契約と代理権授与行為,授与表示ではなくて授与行為そのものを切り離して無因的に考えるという構成はありますので。ですから,それは全然自明ではないのですが,日本民法の,フランス的な構成から離れてそこに踏み込むと大変複雑な話になってしまうので,そこは踏み込まずに,現在の理解をそのまま維持しようというのが前提になっているのだと思います。しかし,あえて踏み込んで,そこを明確に記述するということは,もちろんあり得る話だと思います。 ○高須幹事 今の御指摘にも関係するんですが,弁護士会でこの問題を検討した際に,今の点で結局,代理権授与行為については特に今回の改正で検討されておらずに,授与表示行為に関して類推的なことを考えて,それを立法化しようというと,本来の規定のところが必ずしも明確になっていないところで,ここだけ何か類推的な部分を明文化するというところで,どうもその分かりにくさみたいなのがあって,議論としては,今回の改正でもここの部分を,そこまでの明文を置く必要があるのかしらという,言わば慎重論というか,消極説と言いますか,そういったものが弁護士会の中でもある程度の数が出ております。私自身がどうかというのはちょっと別にして,やはりその意味では,ちょっと分かりにくさというか,ここだけなぜ書くのだろうという,疑問があるということだけ御報告させていただきます。 ○山本幹事 説明の仕方は幾つかありそうだと思いますけれども,一つの説明としては,代理権授与行為は,どのような法律行為かは別として,法律行為であることについては争いがない。とすると,先ほど言われたとおり考えていいかどうかは別として,意思表示の規定は,何も書かなくても当然適用されるので,書く必要がないのは当たり前だ。もし違うようにしたいのであれば,特別な規定を考えるべきである。   それに対して,代理権授与表示は,これも,どのようなものと見るかは争いがあるかもしれませんが,法律行為でないということについては,学説の一部を除いて,一致していると見ていいだろうと思います。とすると,放っておけば,意思表示に関する規定は適用されない。ただ,従来の学説では,少なくともこの代理権授与表示については,準法律行為と言うかどうかは別として,意思表示類似の性格を持っているので,性質の許す範囲で意思表示に関する規定を類推適用することができるという点では,恐らく一致を見ていると言っていいだろうと思いますが,具体的にどう類推できるか,類推するとどうなるかという点については,必ずしも定かではないところが多い。若干の研究はあるのですけれども,それが皆に共有されているかどうかはまた別問題である。とすると,放っておいても,類推適用はできるわけですけれども,少なくとも重要な点については疑義が残らないように,それを明文で書くことに意味がある。そこで,特に重要と思われるのが錯誤及び心裡留保に当たるものですので,この点については明文で確認する。ただ,それは重要かつ典型的な問題なので,これを取り上げているだけである。ほかの点については,今後も解釈に委ねられ続けることになるという説明だと思います。 ○鎌田委員 代理権授与行為自体に錯誤があって,それで代理人が代理行為をしてしまったときは,新しい提案でいくと,善意の第三者は保護されるということですか。 ○山本幹事 ですから,新95条で,第三者保護規定が定められれば,その規定が適用されることになるだろうと思います。 ○鎌田委員 そうすると,それはここの代理権授与表示に錯誤があるときにも準用されるんですか。 ○山本幹事 代理権授与表示に類推される。何もなければ類推されるだけですけれども,そこにそごが生じないように明文化を図るということだと思います。 ○鎌田委員 明文化を図るという形にすると。 ○山本幹事 ただ,今のは少し不正確なところもあります。といいますのは,本人・代理人間の法律行為からすれば,相手方は第三者になります。ただ,代理権授与表示は,本人が相手方に対して直接表示をすると考えますので,ここには錯誤の規定がそのまま適用されるだけで,第三者保護規定は問題になりません。本人から相手方へ直接の表示ですので。 ○鎌田委員 何かそのときに,部会のときに余計なことを言って申し訳なかったんだけれども,白紙委任状ケースなんかで,これが使われる典型例として,代理人の委任事項濫用ケースが入っていて,つまり,多分②も同じことになると思うんですけれども,実質的には,代理人による背信行為が介在して第三者が害されるというケースですよね。それを,しかし,法律構成上は本人と相手方との直接の行為の錯誤・心裡留保として構成するところに,やはりちょっと固有の錯誤・心裡留保を超えた部分がある。実質的には第三者保護の問題を,錯誤・心裡留保でどうカバーするかという仕組みになっているところに,ちょっとずれを感じる。 ○山本幹事 ずれがあるがゆえに,明文で定める必要があるだろうという言い方ができなくはないとは思います。 ○中井委員 代理権授与行為に錯誤があったときは,相手方は,今回法律が変わればですけれども,善意又は善意無過失の場合,救われる場面が出てくる。それに対して代理権授与表示は,直接の相手方だから,この提案では,本人は重過失があるときを除いて効果帰属を免れる。だから,保護の範囲が変わるんですね。 ○山本幹事 要件が少なくとも違ってくるということはあります。 ○中井委員 違ってきますね。それはそれでいいんですか。 ○山本幹事 本人から相手方に対する表示がなされているという前提があるかどうかが,やはり決定的な違いをもたらすということだと思います。もちろん,白紙委任状のケースを想定するので,気持ちの悪さが出てくるのかもしれませんが,制度が想定しているのは,本人から相手方にわざわざ表示をしている場合だと思います。 ○中井委員 109条だけでいくならば,相手方の善意無過失要件が出てくるんですね。 ○山本幹事 現行のですね。 ○中井委員 ストレートに。 ○山本幹事 現行法だとそうです。 ○中井委員 結局,授与表示があって,それを善意無過失で信じた人が救われるのはいいんです。しかし,それと規律が違うんですね。錯誤のときの第三者の保護の要件とも違う。 ○鎌田委員 白紙委任状に関する判例が第三者保護を制限しているのをどう正当化するかという…… ○山本幹事 そういう側面はありますね。 ○鎌田委員 そういう考慮が入っているので,こういう提案になるというふうに理解はしているんですけれども。 ○金関係官 今の議論は,代理権授与行為が錯誤により無効とされた場合の本人と相手方との関係を第三者保護規定の問題として処理するという理解が前提となっていると思いますが,表見代理の規定の適用が排除されるというわけではないように思われます。仮にそうだとすると,例えば民法第109条の問題として処理する場合には,代理権授与表示があるかどうかの議論を当然することになりますので,その代理権授与表示にも錯誤があるという事案であれば,その錯誤に重過失があるかどうかなどの議論も当然されるのだろうと思います。ですので,第三者保護規定の問題だけを議論するのは少し正確でないような気がしています。 ○鎌田委員 いや,それは何か更に難しい議論に入っていると思う。   例えば,代理権授与行為自体に錯誤があるケースというのは,具体例をすぐに思い浮かばないんですが,ある不動産を売却する代理権を与えたときに,そこに何らかの錯誤があるんだけれども,本当にその不動産の売買の代理権授与のつもりをもって代理権授与の表示をしているときに,表示行為のほうにも錯誤があるというふうに,それはそういう評価するのですか。 ○金関係官 今おっしゃったのは,本人と代理人との間の代理権授与行為にのみ錯誤がある場合ということでしょうか。 ○鎌田委員 そのままの委任状を相手方に持っていっているんです。 ○金関係官 代理権授与表示にも錯誤がある場合ということでしょうか。 ○鎌田委員 そういうときも錯誤があるというのですか。代理権授与表示のどこに錯誤が生ずるのですか。私はこう不動産の売却権限を与えましたという委任状を書いて,その代理権授与証書を持って代理人が相手方へ行って,本件不動産の売却の代理権を授与されていますと言って取引をしましたと。代理権授与行為自体に錯誤はありますか。 ○金関係官 それは代理権授与行為自体にも錯誤がない場合ということでしょうか。 ○鎌田委員 それはだから,なぜ代理権を与えるかというところについては,動機の錯誤型になるのかもしれないけれども,大きな錯誤があって,こんな人に代理権を与えてしまったという意味で代理権授与行為には錯誤がある。だから,それが無効だったら代理権授与行為はないことになる。だから,110条は使えないから,使えるとしたら109条だけですね。そうすると,表示行為自体に錯誤はないとすると,これには載ってこなくなる。 ○金関係官 失礼しました。そのような状況であれば正に民法第109条の問題として処理されて,相手方の悪意又は過失の有無が問題となるのだと思います。 ○鎌田委員 多分そうなるのでしょうね。 ○金関係官 はい。 ○中田分科会長 まだ続きそうなんですけれども,代理権授与行為とその授与表示とを峻別するという前提に立つのか,その両者の連続性,共通点を考えるのかというところの論点が一つあると思います。   それから,白紙委任状の場合を特に想定するのか,より一般的な議論をするのかということも,人によってイメージが少し違っているような感じがしました。   それから,錯誤と狭義の心裡留保のみについて特則を置くということについて,山本幹事のほうから御説明を頂いたわけですけれども,これについては特に,ほかに御議論はなかったでしょうか。 ○岡崎幹事 意思表示でない観念の通知というのですかね,こういうような場合に,どの程度規定を設けるかというのは,この代理権授与表示の局面だけを捉えて規定を置くということでいいのかどうかという問題も一方ではあるのかなと思います。そういう意味で,そもそも規定を置く必要性があるのかどうかというところについては,やや疑問もないではないということでございます。   また,この①と②の錯誤と心裡留保の場合について,典型例なので規定を置くという,その趣旨も分からないではないのですけれども,問題となり得る状況のうちの一部分について規定を置くということになるようにも思われますので,そのような規定の仕方でいいのかどうかというところも若干引っ掛かるところではございます。 ○山本幹事 補足ですけれども,なぜここだけかというときに,少し気を付ける必要があるのは,この規定は,民法全体の中でも特徴的な規定だということです。というのは,法律行為をしていないけれども,表示によって法律行為をしたのと同じ責任を課せられる。その意味で,これは信頼責任というのですけれども,日本法におけるその表れに当たる特徴的な制度の一つがこれです。   ただ,今も言いましたように,法律行為ではないけれども法律行為したのと同じ責任を課せられますし,しかも法律行為的な表示がありますので,法律行為に関する規定がどこまで類推できるかということが問題になる。そうしたことが典型的に問題になる制度ですので,このような特則を設けることが提案されているということだと思います。 ○鹿野幹事 私は,先ほどの岡崎幹事がおっしゃったことに賛成であり,錯誤と心裡留保の二つだけをここで取り出して挙げるということには,非常に違和感を覚えます。もちろんこれが典型的に問題になる事態だからということは,山本幹事から説明していただいたのですが,それでもなお違和感は拭えません。   もっとも,より重要なのは,この代理権授与表示というものについて,代理行為の相手方に対する意思表示と同視して,意思表示の規律をそのままのここに及ぼすことでよろしいのかという実質的な点であろうと思います。そして,先ほどから問題になっておりますように,代理権を授与するときに,例えば本体として委任契約等があったときに,その契約と代理権授与との関係をどう捉えるのか等も考え併せて,果たして意思表示規定をそのまま及ぼすということでよいのかについての検討をなすべきだと思います。その上で,もし意思表示に準じた取扱いでよいということであれば,それをうまく表すような規定を,より一般的な形で置くということ,ここで掲げられているより少し抽象度は上がるかもしれませんけれどもそのような規定を置くということで足りるのではないかと思います。 ○山本幹事 これは論点整理として必要なことだと思うのですが,仮にこのような規定を置かないとするならばどうなるのかということを,やはり考え,かつ説明する必要があるのではないかと思います。   これだけを取り上げるのはおかしいと言うならば,選択肢は二つで,全部書くか,全然書かないかですけれども,全然書かなければどうなるのかということは,やはり検討を要するところではないかと思います。 ○中井委員 こういう規定を設けるのかどうかについては,岡崎幹事や鹿野幹事のおっしゃったことを,部会のときにも申し上げました。なぜ錯誤と狭義の心裡留保の場合だけなのか,例示という意味では分かりますけれども,なぜなのかという点で疑問を持っています。   ②については,仮に狭義の心裡留保を区別するとすれば,相手方が悪意の場合に,このような規律を設けることは理解できるんですけれども,①の錯誤について,原則効果不帰属が内容として適当なのか,よく分からない。それは先ほど申し上げました,単純に表示があるわけですから,表見代理で相手方の救済が図られるかどうかが考えられてもいいのではないか。部会資料70ページでも反論として出ていた考え方です。にもかかわらず,錯誤を採ることによって原則効果不帰属という結論になってしまう。それはバランスが悪いのではないか。ここはまだ見解が固まっていないのではないか。そういう意味からも,果たして,個別規定を設けるのがいいのか疑問もある,そのように考えているところです。 ○山本幹事 これも論点整理のために申し上げるだけですが,109条について,現行法の下で錯誤に関する規定の類推適用を認めるかどうかという点については,意見が分かれるだろうと思います。   類推を認めるべきではないという見解もあるのですが,その理由は,表見代理は外観に対する信頼保護のための制度であって,ここで代理権授与表示者に錯誤があったことを考慮すると,外観に対する信頼保護は実現できないではないか。つまり,制度趣旨からして,95条の類推適用は排除されるということをおっしゃる方もいます。   それに対して,類推適用を認める見解はどう言うかといいますと,代理権授与表示があれば,その相手方としては,本人と代理人間の間の内部関係がどうなっているかということを調べなくても,その表示を基本的には信じて行動してよい。つまり,109条は,内部関係をもう調べなくてよいようにするためでの規定であって,ここで保護されるのはそのような信頼である。それに対して,109条は,代理権授与表示自体に瑕疵がないという信頼を保護するものではない。その意味で,代理権授与表示があれば,内部関係を調べなくても,基本的には保護される可能性が出てくる。しかし,代理権授与表示自体に瑕疵があれば,これは先ほどと同じで,法律行為そのものに錯誤があれば,本人は責任を負わないのに対して,代理権授与表示に瑕疵があれば,法律行為と同じ責任を課せられるのはおかしいという論理が当てはまるのではないかということが言われたりしています。   これは理由があると思って先ほど申し上げたのですけれども,考え方としては分かれていて,109条の表示責任の趣旨をどこに求めるかが決め手になっているということを申し上げておきます。 ○鎌田委員 そういう意味では,表示責任型で進んでいくべきなのか,錯誤法理の類推で処理していくべきなのかというところは,まだ議論の余地が客観的には残っていそうな気がします。そういうことを言っていると終わらなくなってしまいますが。 ○山本幹事 放っておくとどうなるかということですね。 ○中田分科会長 109条については,大体論点が出たように思います。    あと110条の権限の範囲,法律行為の代行権限に限るのかどうかという問題と,112条があります。112条についてはそれほどないのかもしれませんが,110条についてはある程度の議論が出てくるかもしれませんけれども,どういたしましょうか。今日は109条までにして,あとは積み残しということにしましょうか。それとも,まだ続けてやりますか。いかがでしょうか。 ○中井委員 積み残してしまうと忘れてしまいますので。 ○中田分科会長 それでは,できるだけ効率的に進めてまいりたいと思います。   110条について,「権限」の文言を維持するのかどうか。いかがでしょうか。 ○中井委員 実務的には,この資料で指摘されている判例のように,一定の事実行為,一定の公法上の行為についても,基本代理権の範囲内でしょうから,今のままで済ませるというよりは,それが分かるようにしたほうが好ましいのではないかと基本的に思っています。だからいって,事実行為であるとか,公法上の行為であるとか,そういうことを書くことはまた適当ではないのではないか。それは,余りにも範囲が広がり過ぎて,無限定になり過ぎるという危惧があるからです。   そこでどうするかですけれども,例えば,代理人が本人から授与された代理権その他の権限の範囲を超えて代理行為をした場合においてうんぬんというように,基本は本人から授与された代理権,これは法律行為の代理権を意味するという趣旨で申し上げているわけですけれども,そこにその他の権限,実際はそれに類する権限というか,準じた権限という意味でで,そういう一定の限定があるというニュアンスが伝わる形で明示するという方向はどうか。 ○岡崎幹事 今の中井委員の御提案を伺っての感想ですけれども,やはり,その他の権限というふうに言うと,それはそれで事実行為の権限等も全て含むというふうに解釈されるのではないかなとも思われます。結局,今の判例で認められている限度にとどめるということで,それを明文化するというのは,それ自体は結構なことかもしれませんが,書きにくいのではないかと思われます。   むしろ学説上言われているのは,今の判例の考え方では狭過ぎる,もっと広げるべきだというような御趣旨かなと思うのですが。もっと広げるべきだということに関しては,やはり今,中井委員もおっしゃったように,広がり過ぎると,これに対する歯止めをどうするかというところの懸念があるという感想を持っております。 ○鹿野幹事 今の御意見とほぼ同様ですが,対外的な関係を予定した権限であればよいとまですると,広がり過ぎるのではないかと思います。従来の判例も,飽くまでも私法上の行為についての,いわゆる代理権を与えたというところを中心に据え,ただ,例外として私法上の取引行為の一環としてなされるというような行為については,私法上の行為に準ずるものとして同じ扱いを認めてきた,その限度にすぎないのではないかと思います。そしてそこには,いわゆる本人の要保護性ないし帰責性と相手方の保護をどこで調整するかというような考慮が実質的に働いているのではないかと思います。それを今,権限のところで拡大してしまった場合,もちろん一方での相手方の過失の有無等を含め,正当理由の要件のところで,ある程度は両者の利益調整ができるのかもしれませんけれども,権限の授与では,正当理由の判断要素とは次元が違う問題が出てきますので,正当理由だけではなかなか,従来採られてきたバランスの取り方は確保できないのではないかと思います。そういう意味で,これを一挙に広げるということについては反対です。 ○中田分科会長 そうしますと,結論としては,乙案を採るのか,それとも判例をリステートする方向で書くのか。 ○鹿野幹事 私は,判例のリステートがうまくできれば,それも一つ考えられるとは思いますが,基本的には乙案に限りなく近い意見です。 ○中田分科会長 ほかにいかがでしょうか。 ○内田委員 大学の授業などでよく挙げる例は,ちょっとたばこ買って来てくれというのは法律行為の代理権だけれども,会社の会計担当者が代表取締役の印鑑を預かっていて手形の発行の権限を与えられているというのは法律行為の代理権ではない。しかし,後者のほうがはるかに重大な権限であって,それを利用して何か代理行為をしたときに,相手を保護するかどうかの決め手になるのは,やはり正当理由の判断なのではないか。最初に与えられた権限が法律行為の代理権なのか,対外的な関係を想定した事実行為の代行権限なのかというところで,形式的に切るよりも,正当理由の判断で表見代理の成否を評価したほうが妥当な結論が導けるのではないかというようなことを,通説の説明として話をしてきました。   もしそういう説明がそれなりに理由があるのであれば,なぜ法律行為の代理というところで形式的に切る必要があるのかという疑問に,やはり答える必要があるのではないかと思います。もし今のような議論が余り理由がない,実務的には余りそんな需要はないということであれば,また話は別ということになろうかと思います。 ○鹿野幹事 一つ内田委員に対する質問です。内田委員がそういう考え方を採っていらっしゃって,しかも学説としては恐らく多数説を形成しているということは承知しているつもりです。しかし,内田委員が今挙げられたような例などについては,従来型の考え方を基礎にした上で,私法上の取引という概念を少し広げて捉えるということによって,民法110条の規定の適用可能性を認めるということも考えられるのではないでしょうか。この点が一つです。   それから,二点目の質問として,例えば判例で基本代理権が否定されたケースは,内田委員のお考えではどうなるのでしょうか。例えば,金員の借入れをする会社の勧誘員が,勧誘行為を事実上,自分の息子に委ねていたところ,その息子が勧誘相手との間で,勝手に母を代理して保証契約を締結してしまったというようなケースがありましたが,そういう場合については,内田委員のお考えでは,基本権限の要件は充たすものとして,あとは正当理由のところで判断すれば足りるということになるのでしょうか。「対外的な」というところにどこまでが含まれるのかということを確認したいと思いまして,これは質問です。 ○内田委員 御質問の趣旨は,現行法でも,必ずしも狭義の法律行為の代理権でなくてもこの権限に含まれ得るのではないかということですか。 ○鹿野幹事 いや,後の質問は,内田委員のような考え方に立つとすると,どこまで広がるのかということを確認するための質問なのですが。 ○内田委員 この権限を,事実行為の代行権限を含むものとすると,表見代理を否定するための要件としては余り大きな役割を果たさなくなると思います。ですから,正当理由のところで基本的には判断をすることになります。   ただ,やはり本人側の帰責の要素というのは必要で,それは,代理権を与えたとか,あるいは代理権に相当するような何らかの権限を与えたということであろうと思いますので,それは要件として書く。しかし,それを言葉で,代理権に匹敵するような権限で,事実上の代行権限を含むというようなことをうまく書くのは難しいかもしれませんので,そうだとすると,表見代理を制約する要件としては余り機能せず,正当理由のところが専ら機能するということになるのではないかと思います。 ○鹿野幹事 私が心配するのは,正当理由のところでうまく制限ができるのかというところなのですが,内田委員のお考えについては,一応は分かりました。 ○中井委員 確認ですけれども,岡崎幹事も,一定の事実行為などについて基本代理権として機能することは,鹿野幹事もそうですけれども,お認めになられるんですね。   今の条文は,単純に代理人がその権限外の行為をした,この一言ですね。その権限外というところについて,もう少し枠をはめながらも広がりのある言葉を入れること自体まで駄目だと言うわけでは恐らくないのではないでしょうか。 ○鹿野幹事 私はそうです。その点に積極的に反対するものではありません。 ○中井委員 ですね。だとすると,先ほどの提案というか,本人から授与された法律行為をする代理権と,それに準じるような一定の範囲というのがあると思うので,それに準じるような,準じた権限というような記載ぶりというのは難しいんでしょうか。   ここで書かれている甲案というのは,事実行為の代行や公法上の行為の代行権限を含む対外的な関係を形成する権限とまで書かれてしまうから,この幅の広さにびっくりしてしまって,これは書き過ぎだなと。それをもう少し狭い表現とすれば,準じた権限とか,これが民法の言葉として適切なのかどうか分かりませんけれども,あり得ないというものではない。 ○内田委員 中井先生のように書ければ,私もそれでいいと思うのですが,なかなかそれは難しいので。本人側の帰責の要素というファクターがあることは事実で,そこを法律行為の代理権と書くのが一番典型ですが,そうすると,形式的に切れてしまうわけですね。 ○中井委員 その他の権限というのを入れるのですが。 ○内田委員 ええ。だから,それを入れることで代理権に匹敵するような事実行為の代行権限を限定する言葉をうまく作れるなら,私はそれに賛成します。   しかし,それが仮に作れなくて,もう少し広い事実行為の代行権限が含まれることになったとしても,正当理由のところでチェックが掛かっていて,そこがむしろ決定的な判断要素なので,それで支障があるということにはならないのではないかと思います。 ○中井委員 確認ですけれども,甲案的な表現を使った上でということですね,内田委員は。 ○内田委員 ええ。 ○中井委員 なるほどね。 ○内田委員 ですが,中井先生のような方向が可能であれば,それを支持します。 ○鹿野幹事 私も,その方向での文言化が可能であれば,それを支持したいと思います。ただ,先ほど中井先生がおっしゃったように,代理権に続いて「その他の権限」を単に入れるという修正案については,その他の権限が代理権に準ずるものだという意味には必ずしもならず,当初考えていたニュアンスとは異なり,なお広過ぎるのではないかと感じました。ただ,更に文言的に詰めて,代理権に「準ずる」という趣旨が適切に表現されるのであれば,そのような方向に反対するものではありませんし,むしろ賛成するところです。 ○中田分科会長 それについては冒頭,岡崎幹事のほうから,やはり現在の判例のリステートで,もっと広くなってしまっていて,結局は制約機能が果たせていないのではないかという御指摘がございました。   ただ,問題点はもう大体はっきりしてきたと思います。甲案を採って正当理由のほうで絞っていくのか,それとも,中井委員のおっしゃるような方向で,言葉をもう少し明確化できるのかどうか。あるいは,やはりそれは難しいので乙案を採るか。大体そのあたりかと思います。   最後に112条について,これは御意見があればということだけですけれども,よろしいでしょうか。これは部会で方向性が決まっておりますので,特にございませんようでしたら,ここまでとさせていただきたいと思います。   ということで,大変申し訳ございません。時間を非常に超過してしまいましたが,この後の表見代理の重畳適用というのは,こういった具体的な規定を果たして民法に置くのが適当かどうかという論点があって,それが次の無権代理と相続とも関係しますから,これは次回に送るということにさせていただきたいと思います。 ○高須幹事 すみません,時間のないところ,本当に申し訳ありません。   もう今日はこれでということで全く了解しておるんですが,部会のときにちょっと提示させていただいた善意無過失の立証責任の問題について,どこかで議論する当てはあるのかどうかということだけ,お聞かせいただければと思うんですが。要するに,善意無過失の立証責任をどのように考えるかということについて,部会でペーパーを出して御提案させていただいたつもりでおるんですが,今回,112条に関しては,そのことについての検討はあったわけですが,それ以外については特には,今日の検討にはなかったと思うのですが。その点については,例えば分科会でやるのか,あるいは来年以降,また部会でということなのか,あるいは全くやらないのか。その辺の,今何か事務当局のほうでお考えがあれば,教えていただきたいと思うんですが。 ○金関係官 それは休憩前の第三者保護規定の問題ということでよろしいでしょうか。 ○高須幹事 そう,第三者保護の立証責任の問題ですよね。だから,その立証責任,先ほど言った立証責任を意識した書きぶりをするかどうかという問題ですね。 ○笹井関係官 第三者保護規定については,立証責任の所在を含めて今日御議論いただければと思っていたんですけれども,今日は,必ずしも立証責任の分配まで意識したような御議論がされたわけではないかと思います。ただ,今後考えておかなければならない問題であると思いますので,分科会にお願いするのが適切なのか,あるいは,前回の部会で少し検討されたところもあるかと思いますので,中間試案のたたき台という形で事務当局においてで少し整理をした上で部会で御審議をお願いするのが適切であるのか,ちょっと検討させていただきたいと思います。 ○中田分科会長 今,高須幹事のおっしゃったのは,表見代理の話,それとも第三者保護のほうでしょうか。 ○高須幹事 ええ,基本的には第三者保護のところです。ただ,実は,それを広げれば,意思の欠缺,瑕疵ある意思表示のみならず,表見代理まで視野に入れた立証責任も考えねばならないのかもしれませんので,抜本的な検討は,どこかではしたいなという思いを持っておるんですが。 ○中田分科会長 分かりました。では,それについては今,笹井関係官のおっしゃったようなことで。 ○鎌田委員 債権法全体に関わるので,民法総則関連だけではないですよね,そういう観点で言えば。 ○中田分科会長 それでは,今後の進め方なんですけれども,この分科会は,日程が入っているのは今日と,それからもう1回なんですけれども,恐らくその後も続くんだろうと思います。そうしますと,分科会で一通りの論点をしても積み残したようなところ,あるいは具体的にもっと煮詰めていったほうがよい,例えば無効な法律行為の場合の返還請求権のリストを作ってみるとか,あるいは今直前に出てまいりました110条の権限について,その具体的な規定ぶりを考えてみるかどうかというようなところについて,もしあり得るとしたら,分科会の第2ラウンドで考えていくということになるかもしれません。その場合には,できましたらどなたかが,やはり原案をお作りいただいたほうがよさそうな気もします。このような原案は,今後の作業にとっては特に必要になってくるかと思います。   今日の段階で決めることもないと思うんですけれども,私の気付いたのは,今の2点ですが,どなたか,もしお考えいただければ有り難いなと思っています。この場でお引き受けいただければ大変有り難いですし。 ○内田委員 時期的には,来年の4月以降も,この分科会で再度審議をするということになりますか。 ○中田分科会長 もしそういう方向になるとすればということです。そもそも第1分科会における第2ラウンドというものを想定するかどうというのも,これは全体の問題であり,また当分科会の方針でもあると思いますけれども。 ○内田委員 学者幹事の方に御貢献していただけると非常に有り難いですが。 ○鹿野幹事 それでは,取りあえず考えたいと思いますが,複数人が考えたほうがよいように思います。 ○山本幹事 先ほどの二つの問題をということですか。 ○中田分科会長 ええ,二つでも一つでも結構ですけれども,お考えいただければと思います。第2の問題については,中井委員も引き続き御検討いただければ幸いです。時間超過の上に御無理を申し上げて恐縮ですけれども,よろしくお願いします。   それでは,次回の議事日程について,御説明をお願いします。 ○筒井幹事 この分科会の次回会議は,平成24年1月24日火曜日に指定されております。その時間について,本日は第1回会議ということで,午後1時半からにいたしましたが,次回会議からは,部会の通常の時間帯である午後1時から午後6時までと同様にさせていただこうと思います。場所は法務省20階の第1会議室になります。本日の積み残し分から審議をしていただき,次回会議までに新たに第1分科会に配分されました論点についても,引き続き御検討いただくことになろうかと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 時間を大変超過して申し訳ございませんでした。本日の審議はこれで終了といたします。   本日は長時間,熱心な御議論を賜りまして,どうもありがとうございました。 -了-