法制審議会民法(債権関係)部会           第37回会議 議事録 第1 日 時  平成23年12月13日(火)自 午後1時00分                       至 午後6時24分 第2 場 所  東京地方検察庁会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)           議        事 ○鎌田部会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会の第37回会議を開会いたします。   本日は御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 本日の会議は,予備日として用意していただいたものですので,新たな部会資料の事前送付はございません。既に配布済みの部会資料32と34に基づいて御審議いただきたいと思います。これらの資料については,後ほど関係官の新井から順次説明をいたします。   次に,机上配布の委員等提供資料ですが,潮見佳男幹事と高須順一幹事から,それぞれ意見書が提出されております。これらの内容は後ほどそれぞれの幹事から御説明があると思います。それから,調査研究報告書を二点,配布しております。これについては,本日の会議の最後に簡単に御説明をしたいと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   本日は,部会資料32及び部会資料34について御審議いただく予定でございます。具体的な進め方といたしましては,まず,部会資料32の最後までについて御審議いただき,適宜,休憩を入れることを予定いたしております。休憩後,部会資料34について御審議いただきたいと思います。   まず,部会資料32の「第1 履行請求権等」のうち,「1 請求力等に関する明文規定の要否」と,「2 民法第414条(履行の強制)の取扱い」について御審議いただきたいと思います。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 それでは,御説明いたします。   部会資料32の「第1 履行請求権等」のうち,「1 請求力等に関する明文規定の要否」では,債権の効力として異論なく承認されている請求力,訴求力及び給付保持力を明文化することを提案しています。   「2 民法第414条(履行の強制)の取扱い」では,本文の(1)で強制履行あるいは履行の強制を定めている民法第414条第1項を維持することを提案しています。本文中の「強制履行」と「履行の強制」をブラケットで囲んでいるのは,いずれが条文の用語として適切かを問う趣旨です。本文の(2)では,実体法と手続法とを架橋する一般的・総則的規定を民法に設ける見地から,債権者が民事執行法の定めるところに従い,直接強制,代替執行,間接強制という方法により,履行の強制を求めることができる旨の規定を設けることを提案しています。その具体的な規定内容につきましては,分科会で補充的に検討することが考えられますので,その可否についても御審議いただければと思います。本文の(3)では,履行の強制に関する規定を現行法と同じ債権編に配置することを提案しております。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま御説明のありました部分につきまして御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○山本(和)幹事 二点ですが,最初,第一に1の点でありますけれども,①のような形で訴えによって,その債務の履行を請求することができるという規定を置くこと自体については,異議はありません。ただ,その訴えによって履行請求できる債務については,当然,限定があるのだろうと思いますので,2の(1)のほうでは債務の性質が許さない場合を除いてという限定文言が入っていますけれども,訴えで請求できる債務と強制履行ができる債務の範囲というのは違うのかもしれませんけれども,何からの形で限定する文言をお考えいただく必要があるのかなというのが第一点です。   それから,第二点は2の(2)に関するところでありますけれども,私自身の考えは前のこの部会の中でも述べさせていただきました。基本的には債権について強制履行ができること,それから,どのような債務について履行強制できるのかということについては,実体法の中で規定が設けられるということは相当だと思いますが,それをどういうふうな形で履行するのか,どうすれば実効的に債務を強制的に履行できるのか,その際に債権者と債務者の利益のバランスをどのように考えるのかということは,基本的には手続法の課題だと思っております。   そういう意味で,今回の御提案で民事執行法の定めるところに従いという文言を置いていただいたということは,大変有り難いことだと思っておりまして,基本的にはこのような規定内容で異議はないのですが,二点ほど分科会で御検討されるということでしたので,その希望を申し上げておきたいと思いますが,一つは補足説明の中で,本文の内容はそのメニューを示しているだけということだと思いますが,直接強制,こういう履行方法が認められる債務の範囲についても,規定するということが検討対象になるということが書かれておりますけれども,その点については慎重な御検討をお願いしたいということであります。これについては,その理由は間接強制の補充性を排除した民事執行法の改正等々の関係でも,前に申し上げたところですので,ここでは繰り返しません。   第二点は,このメニューの意味内容なんですけれども,代替執行とか間接強制という概念が何を意味しているのかということなんですが,ここに,こう書かれていると現在の民事執行法が定めている内容としての代替執行,間接強制ということを意味するようにも見えるのですが,私自身はもう少し広くこれを考えていただきたいということであります。現在の民事執行法で定めるものにぴったりと当てはまらないような執行方法というのが,あり得るのではないかということであります。例えば,今,本審議会のハーグ関係の部会においても,子どもの他国への返還の債務の強制履行について,代替執行,類似執行という文言がその部会では使われていると思いますが,代替執行にはぴったり当てはまらないような執行方法というものが検討されております。もちろん,これは親子法とかに関係するもので,直接,この規律の対象ではないということなのだろうと思いますけれども,そういう必ずしもこれにぴったりしないものが考えられるのではないか。   間接強制につきましても,現在の間接強制というのは,金銭を支払わせることによって間接的に債務を履行させるタイプのものでありますけれども,もう少し別の社会的なプレッシャーを掛けて,債務を履行させるというようなことも考えられないではないと思います。行政債務の強制履行の方法については,債務者の氏名を公開するというような方法で,債務の履行を強制している例というものが多くあります。諸外国においても,ドイツや韓国などでは同様の方法で債務の履行を強制するということが行われておりまして,それを直ちにもちろん日本の民事執行法に入れるということではありませんけれども,将来のいろいろな可能性を考慮していただいて,民事執行法でいろいろな手当てをするときに,民法の改正まで必要になるというのは,どうかという感じがいたしますので,その辺りまで考慮に入れて,規定の文言等を工夫していただければ有り難いということであります。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   他に御意見はいかがでしょうか。 ○潮見幹事 追完は後にして,1とそれから3について意見を申し上げたいと思います。 ○鎌田部会長 まだ,1と2です。 ○潮見幹事 1に書いている山本和彦幹事からあったうちの①なのですが,こういう規定を置くなという意味ではありませんが,ここにもし訴えによってということを書くと,ここだけに書くのか,それ以外の権利について訴えによって請求することができる,できないということを書かなくてよいのかというような問題があるのではないかと思います。この間言われている国民にとって分かりやすい民法かというところになると,若干,首をかしげたくなるところがあります。もちろん,ここで債権の訴求力というものを定めたいという趣旨は理解しての上ですけれども,①のような形の規定を置く際には御留意いただきたいと思います。 ○鎌田部会長 他にはいかがでしょうか。 ○松本委員 中身に関わることではないんですけれども,補足説明の書き方について私は第1ステージのときも同じような発言をした記憶があるんですが,意見の分布を表す場合に,何々に賛成する意見が複数あったとあるところに書いてあるんです。2ページですが,ここで複数,単数ということにどれだけの意味を置いて書かれているのかということです。日本人の議論の仕方として,同じ意見だったら言わない人のほうが圧倒的に多いんですね,二番煎じは恥ずかしいと。黙っているというのは賛成かもしれないし,反対意見が一つしかなくても多くの人が反対しているかもしれないということもあるわけで,同じ意見が次々と出てくれば複数だと書くというルールでいくと,同じことでもみんな言いましょうかという話になって時間の無駄にもなります。ここはこういう意見があった,無かっただけにして,特定のところに複数というのは付けないほうが,後で読んだ人に対する印象が大分違うと思いますから,そこを御留意いただきたいと思います。 ○鎌田部会長 事務当局から,何かないですか。 ○筒井幹事 第1ステージでも松本委員から同じ御指摘があって,それに対して私から,結論においては同じであるけれども異なる観点からの意見が複数あるときに,そういう表現を使っているという御説明をして,松本委員からもそれであれば構わないというお返事を頂いたかと思います。そのルールに従って使っているつもりではありますけれども,なお趣旨が分かりにくいということであれば,御意見として承った上で,なお検討いたします。 ○松本委員 2ページの3パラ,本文のような考え方につき,賛成する意見が複数あったと書かれているわけで,こういう観点から賛成する意見があり,また,こういう観点から賛成する意見があったと書かれると,中身があることで分かるんですけれども,このままだと複数の人が賛成しており,賛成が多かったというような印象だけが残りかねないと思いますので,ちょっと御注意いただきたい。 ○鎌田部会長 分かりました。部会資料32の「第1 履行請求権等」の1につきましては,①のように訴求力について規定を設けることに賛成の御意見もありましたけれども,ここにだけ「訴えによって」という文言を入れることの当否について,少し慎重に検討してほしいという御意見もありました。②の給付保持力については特に御意見はございませんでしょうか。 ○岡委員 訴求力と給付補助力については,弁護士会の中で反対意見がそれなりにございました。反対意見が多数ということではございませんが,補足説明にも書かれているような観点から自然債務との関係も問題になるし,例外まで書こうと思ったら複雑になるので,書かないほうがいいのではないかという意見が相応にございました。 ○佐成委員 1のところですけれども,請求力に関しては実務の側からしますと,こういう教科書的な規定は不要ではないかという議論はあるのですけれども,強いて反対するとまでは言っていませんで,請求力まではそれほど異論はないだろうという感触でございます。ただ,①,②でございますけれども,特に潮見幹事もおっしゃっていましたけれども,②の給付保持力に関しては,それなりに意味があるのかなという気がするのですが,①まで概念整理としてやってしまうと,国民一般にとっての分かりやすさが本当に出てくるのかなというところに若干,疑問を呈する意見もございましたので,やはり同じく慎重にしていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 他には御意見はございませんか。   今日は第1ラウンドと比べて慎重検討論が少し有力になったようでございますけれども,また,それを引き取らせていただいて事務当局で検討をするということでよろしいですか。 ○松本委員 1の②の点について何人かの方から慎重論が出ましたので,それに触発されて若干発言させていただきます。確かに②は表から書くのではなくて裏から書くほう,給付保持力が無くなる場合という観点からの議論のほうが普通は行われているわけです。無効になったからとか,あるいは非債弁済の場合にどうかとかいう観点からの議論が普通は行われているわけだから,どっちが表でどっちが裏かということもありますが,分かりやすいという点からは,裏から書くほうが恐らく分かりやすいタイプのルールではないかと思います。どういう場合に返してくれと言えるんですかというほうが分かりやすいと思うんですね。 ○鎌田部会長 少なくとも法律家には分かりやすいけれども。 ○松岡委員 今の点は,私は慎重にあるべきだと思っております。というのは,これは正に不当利得の基本規定の話になってしまうからです。それゆえ,ここはこういう書き方のほうがよろしいのではないかと思います。 ○鎌田部会長 頂戴しました御意見を踏まえて,更に事務当局において検討を続けさせていただきます。   2の履行の強制につきましては,山本和彦幹事から御意見を頂いたところでございますけれども,(1)の点について,あるいは(3)の点については特に御異論等はないと考えてよろしいでしょうか。(2)につきましては,規定内容について慎重な検討を求められたところでもありますし,事務当局におきましても分科会での補充的な検討の提案をしているところでございますので,この点につきましては,分科会で補充的に検討するということにさせていただければと思いますが,よろしいでしょうか。ありがとうございました。 ○松本委員 松岡委員と今,話していたら私の発言が誤解されていたようなので,先ほどの給付保持力の部分について少し補足というか訂正させていただきます。裏から書くほうがいいのではないかという趣旨は,裏から書いた条文は他にもたくさんあるわけなので,ここであえて表から書かなくてもいい,あるいは書かないほうが分かりやすいのではないかという趣旨です。ここにわざわざ不当利得についての条文をいきなり書いて,不当利得のところにまた書けという趣旨ではございませんから,無くてもいいのではないかというのが私の本旨です。 ○鎌田部会長 分かりました。   それでは,次に部会資料32の「第1 履行請求権等」のうち,「3 履行請求権の限界」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 「3 履行請求権の限界」では,一定の事由がある場合には履行請求権を行使できなくなるという民法上の最も基本的なルールの一つである履行請求権の限界について,明文化することを提案するとともに,明文化に際しての具体的な規定の在り方として,甲案と乙案を提案しています。   甲案も乙案も履行が物理的に不可能となった場合を履行請求権の限界事由する点では共通ですが,これに加えて,甲案では社会通念により履行が不可能となったと評価される場合を履行請求権の限界事由するもので,これは伝統的な判例・通説の考え方を踏襲した提案です。他方,乙案は履行することが契約の趣旨に照らして,債務者に合理的に期待できない場合を履行請求権の限界事由する提案です。補足説明でも触れましたように,甲案に立ちつつ契約の趣旨を考慮する立場や,乙案に立ちつつ社会通念も考慮する立場も考え得るところですので,そのような観点からも御意見を頂ければと思います。   この論点につきましては,履行請求権の限界事由を明文化することの可否については,最終的に部会で決定することを前提に,規定を設ける場合の具体的な規定の在り方につきまして,分科会で補充的に検討することが考えられますので,この点についても御審議を頂ければと思います。 ○鎌田部会長 ただいま説明いただきました部分について御意見を頂きます。 ○潮見幹事 条文を作っていくという作業に向かう議論だと思いますので,その観点から,こういう整理の仕方で本当にいいのかという趣旨の発言をさせていただきたいと思います。   甲案,乙案とまとめられておりますけれども,ここで問題になっている二つの事柄が混線しているのではないかというのが正直な印象です。一つは,いわゆる「不能」というものについて,不能かどうかを判断するときに言わば契約内在的な基準,契約あるいはその他の債務発生原因に照らして不能か否かということを判断するのか,それとも,契約を離れた外在的な観点から判断すべきなのかという,判断の基準といいましょうか,よりどころというものを何に求めるのかという観点からの区分に関する問題であり,もう一つは,「不能」を「不可能」と「期待不可能」と分けて捉えるのかどうかという問題です。   特に,後者について言えば,甲案のほうは「不可能」という一つの言葉で限界事由を表現しようとしているのに対して,乙案のほうでは「不可能」という文言と「合理的に期待できない」という,これは期待不可能という言葉だと思いますけれども,二つの言葉で限界事由を表現しています。   そのような目で見た場合に,仮に「不能」という言葉である程度,共通理解が得られるということであれば,更に「期待不可能」という言葉を加え,更にそれに「合理的」という言葉まで付けた場合に,一体,これが何を意味するのかということについて混乱を招くのではないでしょうか。そういう危惧があるのであれば,「不能」という技術用語を維持することちゅうちょをすべきではないと思います。その意味では,甲案のように捉えたほうがよいのではないかというのが私の印象です。   他方,前者のほうですけれども,前から申し上げておりますように,ここの場合の不能というものは,契約あるいは債務発生原因に照らして評価されるべきものだということを明確にする意味では,甲案ではなくて乙案的なものを採用すべきであると思います。以前の議論の中では,契約に照らしという表現を用いた場合には客観的な指標が用いられないのではないかというような危惧が表明されましたけれども,しかし,契約の解釈一般のところで行われているように,何もこれは主観的意思によって決まるという表現ではありませんから,乙案のような観点から条文化を進めていってもよろしいのではないかと思うところです。   今日,席上配布していただいている中井先生のメモも少し拝見したのですが,そのうちの「債務の履行が不可能になったときは」という書き方については違和感を覚えるというわけではありませんけれども,ただ,「契約その他債務の発生原因及びその後に生じた事情に照らし,社会通念により」ということになれば,一体,何を基準に,どう判断していったらいいのか,それから従来の契約の解釈をめぐる基本的な考え方と,ここの表現とが,どうつながっていくのかが若干見えにくくなるのかなという印象を持ちました。 ○中井委員 私がメモで提案したのは,「契約その他債務の発生原因及びその後に生じた事情に照らし,社会通念により債務の履行が不可能となったときは,その債務の履行を請求できない」というものですが,御指摘の点については,履行不能に関する部分や帰責事由との関係でも,関連するところがあるという認識です。ここの部会資料の整理が,いずれも二項対立的に,一つは社会通念という考え方,契約外在的な考え方を基準に判断しようというものと,もう一つは契約内在的に契約若しくは契約の趣旨に基づいて考えようというものと,二項対立的に議論されています。しかし,それが果たして正しいのか,実態に合っているのかという点で素朴な疑問があるわけです。   契約の趣旨といっても,今,潮見幹事もおっしゃいましたように契約の解釈として,客観的,規範的に考えましょうということで,それは当事者の裸の合意ではない。それを契約外在的と言っていいのかどうか分かりませんけれども,そういうことが基準としては考慮される。   他方,社会通念といっても,社会通念を適用するためには当該契約の中身,契約締結の過程や契約の趣旨を判断しない限りは出てこないわけですから,それを二項対立的に取り出して,どちらなんだという問題提起が適当なのか。弁護士会の意見は,圧倒的に,甲案,社会通念を基準に考えましょうと意見で,私も基本的には一定の基準として何かを持ち出すとすれば,社会通念に照らして不可能だという基準でよいと考えるわけですけれども,その判断に際して何を考えなければいけないかといえば,契約なら契約の内容・趣旨,法定債権なら発生原因,この言葉は潮見幹事のメモを見て使わせていただいたわけですけれども,その他債務の発生原因ではないか。   次に,契約締結時の事情だけなのかというと,その後,何らかの事情が発生したからこそ履行に限界が生じるわけで,履行不能なら履行不能が生じるわけで,契約締結時から原始的に履行不能というのは,極めて限られているわけですから,その後の事情も当然に判断しないと履行が不可能かどうか決まらない。そうすれば,契約であれば契約,法定債権であればその他債務の発生原因,加えてその後の事情,これらを踏まえて次は客観的,規範的に,ここで言う社会通念を基準と考えているわけです。この基準によって債務の履行の限界を考える,ということで,こういう形で提案させていただいた次第です。   その考え方は,後に出てくる「第2 債務不履行による損害賠償」の1の(1)履行不能による損害賠償における履行不能の考え方,更に帰責事由における考え方にいずれも共通していくのではないか。その後の議論においても,部会資料を見ますと,常に契約内在的か,契約外在的かと2項対立構造で一貫して議論を進めようとしていますが,本当にそうなのかということを問題提起させていただいた次第です。 ○鎌田部会長 関連する御意見があれば,今,ここでお出しいただければと思いますが。 ○中田委員 自分の意見を言う前に,潮見幹事に御確認なんですけれども,潮見幹事は先ほど客観的評価ということをおっしゃったのですが,それは今の中井委員がおっしゃる事後的なものを取り入れるということと同じなのか,違うのかということが一つです。もう一つは潮見幹事のお考えは「合理的に」という言葉を外すべきだということなのかどうかです。この二点について確認させてください。 ○潮見幹事 一点目のほうですけれども,中井委員の発言の直後にお話しすべきだったのかもしれませんが,契約に照らしという観点で捉えた場合には,それは契約締結時の事情のみならず,契約締結後の事情も取り込んだ形で,それを対象として,契約という指標に基づいて評価をするということです。後発的な事情も契約に基づいて考慮に入れたときに履行が可能か,不可能かという形で判断をすると捉えれば,中井委員が挙げられたようなことをあえて言う必要もないし,かえって逆に混乱はしないかという感じがしました。   中田委員が質問された点ですけれども,契約の解釈といった場合に,もちろん,主観的意思のみならず,それ以外の要素も考慮に入れた形で規範的に契約内容を評価し,確定していくという考え方が一般的ではなかろうかと思います。その意味では,中田委員がおっしゃられた客観的な評価なるものが一体,何を指すのかというのは,まだ私自身はきちんと理解したわけではありませんけれども,多分,おっしゃられている趣旨は,今,私が申し上げたようなことではなかろうかと思うのですが,そうではないのでしょうか。 ○中田委員 先ほどの御発言の中に客観的という言葉があったものですから,その意味を御確認したかったということです。 ○潮見幹事 分かりました。それなら今申し上げたとおりです。   それから,もう一つ,「合理的に」というのは他のところでも出てきましたから,ここで特に強調する必要はないのかもしれないんですけれども,しかし,契約の解釈をし,その内容を確定するときに,それは契約の解釈をした結果が合理的であるという形で捉えられるべきものであって,「合理的」ということを「契約に照らして」という観点とは別に挟むことにどれほどの意味があるのであろうというのが私自身の印象でして,その意味では「契約に照らして」か,あるいは「契約その他債務の発生原因に照らして」ということと並べて,「合理的に」ということをあえて挙げる必要はないという意味です。 ○中田委員 今の御説明で潮見幹事の御意見はよく理解できました。ありがとうございました。   「債務者に合理的に期待できない」という乙案の表現については,第一読会のときからいろいろ批判がありました。期待の主体は誰なのかとか,そういった御批判があったんですけれども,両面から批判されるわけですね。乙案は,契約の趣旨を基本としながら不履行時の客観的状況も考慮する余地を残そうというものですが,一方で社会通念で良いという立場から,他方で全て契約に還元されるという立場から,その両方から批判を受けている。ただ,逆に言うと,両者の調和を図るものとして,「債務者に合理的に期待できない」という表現が入っているのではないかと思います。  ただ,この表現がこのままでいいかというと,やはり検討する必要があるように思います。一つには第一読会から出ております,期待の主体の明確化を図る必要があると思います。   それから,もう一つ,合理的という言葉がやはり曖昧でありまして,多義的であるということと,逆に経済合理性のみを基準としているかのような印象も与えるということでありますので,これは工夫をしたほうがいいと思います。ただ,やはり何らかの規範的な表現というのは入れておいたほうが,不履行時の客観的状況の考慮の仕方としては,安定的になるのではないかなと私は思います。   その他,中井委員からも出たことですけれども,填補賠償請求権の要件とここの限界事由とが全く同一なのかどうかということについて,私にはまだ確信がありません。取り分け,債権者が他から履行を得ることが合理的に見て可能であるときというのを取り込むかどうかについて,それぞれのレベルで考慮すべきであるように思います。そこがもしずれるのだとすると,表現も変える必要があるかもしれません。ということで,表現だけではなくて実質的に何が入るのかということも検討すべきではないかと思います。 ○松岡委員 乙案を採られる場合について少し疑問があります。この規定が債権総則にあるという位置付けをそのまま残すとしますと,いわゆる法定債権関係から発生する債務の不履行についても適用が問題になります。不法行為に基づく損害賠償債務の不履行は,多分,不法行為自体に基づく責任の範囲の問題に解消することもできて,余り正面から問題にはならないかもしれませんが,事務管理や不当利得から生じる返還債権の不履行については,特に金銭債権の不履行以外で問題になります。そういうときに契約の趣旨に照らしという文言をこのまま入れてしまうとどうなるのでしょうか。法定債権関係については準用規定を設けるという御趣旨なのか,特に乙案を支持される方に御発言いただいて,補っていただければ有り難いです。 ○鎌田部会長 本日の発言者の中では潮見幹事になりますかね。 ○潮見幹事 先ほど発言したとおりでして,あるいは,中井委員のメモのところにも書かれているような形ではいかがかと思います。 ○松本委員 契約の趣旨というキーワードをどう理解するかについて,コンセンサスが取れているのかどうかという点で,議論を聞いていて分からなくなってきたところがあります。この言葉を当該契約の中に両当事者が込めた趣旨という意味の合意の趣旨と限定するのか,そうではなくて,典型契約としての何とか契約は,本来,こういうものであるというようなことまで込めて理解するのか,更に先ほどの契約締結後の諸事情も契約の趣旨に入るんだという潮見幹事の御意見もございましたから,そうなると,契約両当事者を取り巻く様々な諸事情,もっと広く言えば,そこに社会通念とか一般的な正義感とかいうのも入ってきて使われるものなのか,そこがはっきりしないと議論がすれ違う印象を持ちます。したがって,契約の趣旨については,実はここだけではなくて,この後,瑕疵担保のところだとか,賃貸借のところなどにも出てくるようなのですが,共通の定義を先にしたほうが議論が錯綜しなくていいかと思います。 ○山本(敬)幹事 順を追って考えていることを申し上げたいと思うのですが,潮見幹事が指摘された二つの問題というと,まず,第一番目のほうからということになるかもしれません。ここで問題になるのが物理的に履行が不可能である場合は,分かりやすいと思うのですが,もう一つ,それとの関連で考えられているのが,費用を掛ければ履行はできるけれども,そのような費用を掛けてまで履行することを債務者には要求できないという場合ではないかと思います。   このうち,物理的に履行ができない場合,ないしはそれに準ずるような場合は,履行が不可能な場合と呼んでも違和感はないのかもしれませんが,費用を掛ければ履行ができるかもしれないけれども,それを債務者に要求できない場合が,履行が「不可能」というカテゴリーで本当に捉えられるのかというと,難しいのではないかと思います。したがって,そこで履行にどれだけ費用が掛かるのか,それを債務者に要求できるのかということが判断されるべき事柄であるということが分かるように,履行が不可能である場合とは別に,例えば債務の履行に「過分の費用」を要する場合というような形で,独立のカテゴリーを設けてもよいのではないかと思います。   もちろん,「過分の費用」を要するときというのは,現行法でも請負等で出てくる言葉ですけれども,ただ,何をもって過分と考えるかという基準が問題になってきます。それが潮見幹事が言われた二番目の問題でして,今,松本委員が指摘されたのもこの問題だろうと思います。この点については,乙案のように,私自身も契約の趣旨を基準にすべきだと考えているわけですけれども,これは,当事者は,契約によってお互いに契約の履行を受けられる権利を確保したわけですので,その権利の実現が認められるかどうかは,やはり契約の趣旨に従って決められるべきだという考え方によります。これによると,基準といいますか,判断の仕方は,その契約によって債権者が確保した利益に比べて,現在の状況を前提にすると債務の履行に過分の費用が掛かるときには,この履行請求は認められないという形になるのではないかと思います。   したがって,規定の定式の仕方としては,「契約の趣旨に照らし,債務を履行することが,それにより債権者が得られる利益に比して過分の費用を要するとき」というような形で定めるのが適当ではないかと思います。費用の問題だけに尽きるかどうかがポイントの一つではないかと思いますが,仮に費用に焦点を当てるとするならば,今のような形で乙案の「債務者に合理的に期待できない場合」を理解することができるのではないかと思う次第です。 ○村上委員 この問題に関するこれまでの裁判例を幾つか調べてみたところ,社会通念や一般取引観念を基本とした上で,契約の趣旨ですとか,交渉の経過,契約締結後の経緯,履行に要する費用など,いろいろなことを考慮して判断していると思われます。要するに,いろいろなことを考えて履行請求権の限界と言えるか否かを決めているとしか言いようがないのだろうと思います。したがって,規定を置くかどうかは,これをうまく網羅的に表現できるかどうかという問題でして,甲案と乙案が二者択一のもの,対立するものかどうかではなくて,どのような言葉を使うのが一番いい表現になるかという問題なのだろうと思います。本日も何名かの委員,幹事の皆さんからいろいろな御提案がありましたので,そういった点も参考にしながら,分科会で何かいい表現が作れないか,御検討をお願いしたいと思います。 ○中井委員 潮見幹事ないし山本幹事から,乙案,契約の趣旨を尊重する立場で解決していくのがいいのではないかという御意見と承りましたけれども,弁護士会は基本的に乙案に対しての賛成者は極めて少ない。多くは甲案といいますか,社会通念に基づく判断を支持する立場が多いわけです。その理由は,ある意味で理論的にというよりは,契約の趣旨を強調することに対する弁護士一般の危惧と言ってもいいんだろうと思います。対等当事者が経済合理性をもって全てのリスクを適切に判断しんしゃくして,契約を締結しているという理想形を考えるならば,あらゆる事柄に基づいて,契約に戻って判断するというのが最も好ましいのであろうことは理解できます。   しかし,現実の契約というのはそうなんだろうか。情報の格差や交渉力の格差のみならず,様々な事情の下で,中小企業者間でも大企業者間でも契約を締結しているわけで,契約の趣旨に全て還元できるのか,それを超えて社会一般の通念から見て,そこまでのことは言ってはいけないね,それは求めることはできないねという,もう少し客観的,第三者的に何らかの制約なり,合理的な歯止めを掛ける,そういうことが社会通念という言葉の中に期待されている。そのほうが実務としてはどこか歯止めが掛かって安心する,そういう実務的な感覚があるのではないかと思っています。弁護士の多くの意見がそうなのかどうかは分かりませんけれども,甲案の賛成意見が多い背景事情ではないかと思います。 ○鎌田部会長 他に関連した御意見はございますでしょうか。 ○深山幹事 今の中井先生の意見を補足するような意見になるのかと思うんですが,私も,契約に基づく債権債務については契約の趣旨に従って判断をするというのが極めて素直であるし,原理的に正しいという気がするので,そういう意味では乙案はそれなりに理解をするところなのですが,弁護士の多くがそうでありながら社会通念といいますか,甲案的なものになおこだわる理由を考えてみますと,実務的には契約の趣旨というものがそう明確でない,あるいは契約当事者が合意した趣旨がはっきりしない場面というのが少なからずあるからだと思います。   一つは,契約当事者それぞれが違うことを念頭に置いていて,片方はこういう場合にも履行してもらうと考えていたのに対して,もう片方は,そう場合まで履行してもらおうとは考えていなかったというように認識が分かれているような場合に,どちらによるべきなのかというような場面が考えられます。それから,もっと厄介なのは,お互いにそんなことが起きるとは全く考えていなかったというような場合に,契約の趣旨からは,履行すべきとも,すべきでないとも,なかなか判断し難いような場面が考えられ,こういうことによって紛争が生じているということが実際には多いのではないかと思います。   そうしますと,契約の趣旨というのは非常に広がりのある概念なので,そのような場合でもなお当事者双方の意欲したところを探っていって,答えを出すということもできなくはないのかもしれませんけれども,やはり契約の趣旨から少し離れて取引一般の通念だったり,社会通念といったものに照らして,こういう契約をすべきだったんだろうというように少し補充するような規範がないと,契約の趣旨だけからそれが導かれるということが言いにくい場面があって,先ほど村上委員もおっしゃったように,実務上は,いろいろな事情を総合考慮して履行請求権の限界を考えているものと思われます。   この後,議論されるであろう損害賠償のところでも同じようなことになるのだろうとも思いますが,実務上は契約の趣旨からだけでは決め難い場合,具体的には,先ほど言いましたような当事者の認識が異なっている場合や,お互いに全く想定していなくて何も考えていないような場合をほどよく解決するためのルールとしては,やはり契約だけに絞り込んでしまうかのように見える乙案に抵抗があるのだと思います。乙案を柔軟に解せばいいというのも分からなくはないんですが,条文になったときに,そこが独り歩きするのではないかという危惧があって,弁護士会では甲案支持が強いということではないかと思います。 ○山野目幹事 中井委員のおっしゃったことと深山幹事がおっしゃったことは,必ずしも同じことをおっしゃったのではないかもしれませんけれども,しかし,いずれにしても契約の趣旨というものを専ら考慮することについての弁護士の先生方の率直な抵抗感を語っていただいたという意味では,考えなければならないものを含んでいます。現在の論議の流れが,社会通念と書くにせよ,契約の趣旨と書くにせよ,その中身の理解が重要であって,それを考えていくとかなり共通しているというか,歩み寄ってきている部分もあるということが分かりつつある中で,なお重要な御指摘を頂いたと感じました。その上で,お二人の意見を伺っていて,私なりに感想として思いを抱いたところを二点,申し述べさせていただきます。  契約の趣旨を専ら考慮して判断がされるということについての抵抗感というか,危惧は理解いたしましたけれども,しかし,同時にまた,履行が不能かどうかということを評価判断する際に債務発生原因が契約である場合には,少なくとも最も重要な要素として,契約の趣旨が参照されることになるであろうということは,恐らく今のお二人の先生も含めて,弁護士会の先生方もそうではないとはお考えにならないのではないかと想像いたしました。それが一つでございます。  それから,もう一つは契約の趣旨の尊重というと,印象として,むき出しの合意尊重である,そういう思想を語っているかのような受け止められ方があり得るというお話も,感覚としてはよく理解することができるのですが,そうであればこそ,今般,債権法改正の作業の全体を通じて,例えば不当条項規制を拡充するとか,いろいろな仕方で契約の趣旨を尊重するということが,決してむき出しの合意優先ではないということが法制の全般で分かるような規律の積み重ねを努力していくということがなされれば,また,弁護士の先生方にお願いすることのできる議論の御様子も,変わってくるものであるかもしれないと想像する部分がございます。   以上,二点を感想として抱きました。 ○鎌田部会長 他にはいかがでしょうか。 ○岡田委員 消費者側から言いますと,やはり契約の趣旨を考慮していただくほうがまだ納得する部分がありまして,社会通念ということになると漠然として分かりにくいのでないかと思います。必ずしも消費者の思う趣旨と事業者の思う趣旨が一致しないので,その一致点を模索することが大変だとは思いますが,そちらのほうが消費者からすると,契約をしたということに関しての理解はできるように思います。自分の解釈が正しかったのかどうなのかということを考慮してもらえるという部分では,乙案のほうが消費者からするといいなという感じはします。 ○内田委員 契約という言葉の使い方が微妙に人によって違ったりするために,議論のすれ違いがあるようには思えますが,山野目幹事が言われたように,実質的な判断基準についてはかなりの程度共通の了解ができているように思います。契約の趣旨を強調する立場の人たち,特に学者が多いですが,そういう人たちが考えていることはどういうことかについて,私なりの理解を申し上げますと,まず今の日本社会は価値観が比較的安定していて,また取り分け裁判官に対する信頼が厚いという前提があると思います。   しかし,根本的な価値観が対立するような時代に,この債務者は契約の趣旨からは,当該事態の下においてなお履行すべきであるとは言えないが,我が国の社会通念としては履行すべきであるというような判決が裁判官個人の価値観に基づいて出るようになって,契約の趣旨に係留された判断ではなくて,そこから切り離された社会通念の名の下に義務が課されるというのは,やはりおかしいのではないかというのが根本的なスタンスなのではないかと思います。特異な思想を国が強いた時代も経験した我が国ですから,多分,弁護士会の先生方も同じ感覚を持たれるのではないかと思います。そういう危険のないような形で規定する必要があるけれど,しかし,常識的な社会通念も重要であるということは当然ですので,あとはかなり表現の問題になってくるのではないかと思います。   契約の趣旨が何を意味するか,契約というのはどこまでをカバーするのかについて定義的に条文の中に書き込むというのは不可能だと思います。深い理論的な対立に踏み込むことになりますので,条文で理論の対立に決着を付けるのは無理だと思います。そこに入り込まずに,様々な立場の方が受入れ可能な表現を探すということになると,あるいは分科会的なテーマなのかなという気がいたします。 ○松本委員 内田委員がおまとめになりましたけれども,正に契約の趣旨というキーワードがマジックワードと化しているということだと思うんです。ですから,これの使い方によっては社会通念も入ってくるということだろうと思います。すなわち,当事者が明確にこれこれの場合はこうこうだという合意をしていれば,まずはそれを手掛かりにして考える。不当であれば不当条項規制の対象にする,公序良俗違反の対象にするという話なのでしょうが,こういう場合はどうかということをはっきりと契約書には書いていないし,契約交渉の中で契約書には書いていないけれども,これはこうだという合意があったかどうかも分からないというケースにおいて,どうかということが争いになるわけです。そういう場合に幾つかの条項を手掛かりにして,明確には書かれていないけれども,相場からいけば,この場合はこう当事者は考えていたんだろうという形で補充していくということはよくあります。   これは割と単純な補充的解釈だと思うんですが,それをもっと超えて,当事者が本当に考えてもいなかったようなケースについて合理的当事者であればこう考えるだろうということまで契約の趣旨だと読み込むと,そこには社会通念とか,合理人だとかいうような外在的な価値判断が入ってくることになるんだろうと思うんです。そういう意味で,契約の趣旨ということをそういう大変広い,何とでも使える概念として使うのであれば,契約の趣旨に従って判断すればいいということで終わってしまうわけですが,それは結局,問題を先送りするだけになってしまうわけです。そこで,契約の趣旨というのは具体的にはこれこれだともう少し展開する。例えば契約書の文言から明確な場合,あるいはそこから合理的に推測されるような場合がまず一つある。それから,更に外から何か社会通念とか客観的価値判断をインプットすることによって,補充されるようなものもあるんだというように,幾つか中身を分けないと,解決にならないのではないかという印象を持ちます。 ○鎌田部会長 いろいろと御意見を頂きましたけれども,実質的にはそれほど違わないのではないかという御指摘もございました。それらの様々な御指摘を踏まえて,具体的な規定の在り方については,分科会で補充的に議論していただくのが適切かと思うんですが,一つだけ,乙案の場合に潮見幹事は明確にこれを不能の判断基準であるというふうに一元的に捉えるということでしたけれども,乙案の文言だけからいうと,いわゆる不能とは言えない場合であっても,契約の趣旨によって履行請求権が消滅する場合があると,こういう考え方だと理解することも可能なのですが,そうではなくて,基本的には要するに履行請求権の限界事由は不能なのであって,その判断基準が社会通念なのか,契約の趣旨なのかということで,ここでの全体の議論は共通しているというお考えだと理解してよろしいですか。 ○山本(敬)幹事 正に私の先ほどの発言は二つのことを申し上げたつもりで,一つの判断の基準は,今御指摘のとおりなのかもしれませんが,もう一つの点に関して言いますと,不能のカテゴリーでは判断するのがそぐわないような場合が乙案では扱われているのではないか。その意味では,先ほど過分の費用を要する場合というように申し上げましたけれども,このような形で,カテゴリーとしては別に分けるべきではないかと考えています。その点は余り議論になりませんでしたけれども,やはり,仮に社会通念を基準にするにしても,何をどう判断するのか,「不可能」ということを本当にこのような基準で判断するのかという点は,なお検討の余地があると思います。   この点と同時にもう一つだけ,検討するのであれば更に検討していただきたいと思う点を申し上げますと,このように費用がどれぐらい掛かるか,それを債務者に要求できるかという形で履行請求権の限界が問題になる場合の外に,なお履行請求権の限界が問題になり得る場合があると思います。その一つとして,法令によって取引が禁止されるというような場合が考えられます。実際,かつての証券取引法が改正される前に損失保証契約が締結されていた場合は,契約は有効だけれども,その後法改正された後はその履行を請求することは許されなくなると判断をした最高裁判決もあります。これなどは,履行が費用を掛ければ可能かどうかという問題ではなくて,法令の趣旨から見て,そのような請求は許されないという判断がされる場合に当たります。これは,各法令の趣旨から解釈すればいいので,民法には一般規定を設ける必要はないと考えるのか,それとも,履行請求権について,先ほどのような不可能か,あるいは過分の費用を要するかとは別に,更に法令の趣旨に照らして債務を履行することが許されないときというような形で更に付け加えるかという点は,少なくとも検討の余地があるだろうと思います。 ○鎌田部会長 すみません,先ほど佐成委員も手を挙げていらっしゃいましたか。 ○佐成委員 私が手を挙げたのは,正に部会長が御指摘されて,今,山本敬三幹事が御指摘された部分について意見を述べようと思いましたのですけれども,大体は出てきておりますが,せっかくですから少しだけ申し上げます。一つは今までの議論をお聴きしていて,実質的な中身についてはほぼ異論はないだろうというのが率直な認識でございます。ですから,実務界としても今のような方向であれば,全く異論はないだろうと思います。   それで,今,これを「履行不能」という概念で全部包摂してしまうかどうかという点については,我々としては従来から「履行不能」という用語を実務的には普通によく使っておりまして,潮見幹事のほうからも「履行不能」という概念で包摂することも可能ではないかと,そういうことをおっしゃっていてなるほどなと思いました。他方,山本敬三幹事からは,それでは「過分の費用を要するとき」というのは包摂できない,ちょっと別ではないかと,そういう議論もあったところです。そこら辺は実務界としては,必ずしもそれほどこだわってはいません。もちろん,従来からの連続性という点では「履行不能」という概念で包摂されたほうがよろしいとは思うのですけれども,用語の連続性よりもやはり実質的に分かりやすいものをということで,分科会のほうで,きちっと整理していただいたほうがいいのかなと思います。ですから,場合分けがきちっとされていれば,用語自体にはそれほどこだわる必要性はないかなという気がしております。 ○中田委員 ほぼ異論がないということなんですけれども,異論があり得るとすると,先ほどちょっと申し上げたんですが,債権者が他から履行を容易にといいますか,合理的に得られるときも履行請求権の限界とするかどうかということは違ってくるのではないかと思います。甲案だと,それを入れるのは非常に難しいと思いますけれども,乙案だったら入る余地がある。これを入れるかどうかというのは,表現の問題ではなくて実質的な問題だと思います。それ以外については恐らく表現の問題で,内容についてはほぼここで了解ができつつあると思うんですが,今,私が申し上げた点については,ひょっとしたら分かれるかもしれないと思います。 ○山野目幹事 ただいま部会長が議論不足ではないかと御示唆をなさった点に関して申し上げますと,物が完全に壊れてしまった場合の他に,山本敬三幹事が二度の御発言で強調された過分の費用を要する場合があり,そして,多分その中間に,法令によって禁止された場合とか,あるいは不動産の二重譲渡によって履行が困難になった場合とか,そういうものがあるのでしょう。さらに,処分禁止の仮処分があった場合は履行不能ではないというのが判例ですが,あれもかなり評価的な部分があるように感じます。そういったものが少し小惑星帯のように存在するものですから,個別列挙でこれらのものを挙げるのは難しいのではないかという感触を私は抱きます。  そのような観点から,今の中田委員の御発言ではなくて,もう少し前の中田委員の御発言ですが,乙案のここの合理的に期待できないという言葉自体は,必ずしも法制的によろしくないかもしれないけれども,何らか評価的な言葉で適切なものを探し,乙案の基調を活かしていきたいとおっしゃった部分について,私は賛成でございますから,そのような観点も含め分科会で補充的に御議論いただければと有り難いと感じます。 ○山川幹事 雇用労働分野では余り甲案,乙案で差がないかと思っておりまして,これは定見がないことから,むしろ教えていただきたいことなんですけれども,乙案の場合,債務者に合理的に期待できないということと免責事由の関係が気になります。つまり,履行不能の事実は債権者側が主張立証して,免責事由は債務者側が主張立証するということでしたけれども,安全配慮義務の事件などですと,社会通念上相当な措置を取っていたことは免責事由として捉えられておりまして,こうした免責事由と履行が合理的に期待できないこととの関係について,恐らく両者は使い分けといいますか,区別ができるだろうとは思うんですけれども,もし乙案で条文化される場合は,免責事由との関係も御考慮いただければと思います。 ○中井委員 先ほどの内田委員の発言に関連してですが,弁護士会も,契約の内容,契約の趣旨を尊重すべきことについて,恐らく異論はないということはそのとおりだろうと思います。ただ,先ほど例で挙げられた中で,契約に照らせば履行すべきとは言えないにもかかわらず,社会通念からそれをすべきだというような判断,これはあってはおかしいとして,そこから契約の趣旨の立場が正当であるという趣旨の御発言があったように理解したんですけれども,私の立場でもそういうことは想定していないわけです。   私が最初に発言したときには合意があったとしても,合意についての制約原理として社会通念なりの何らかの客観的規範を持ち込みたい。そこは制限が働くわけです。つまり,契約に基づけばまだ履行すべきでも,社会通念に照らせば,それは無理ですねという形で制限法理的に働く。私の発言の後に深山幹事がおっしゃられたのは,合意を第一とすることを承認しながらも,合意の中身がそごしていたり,合意がなかった場面について,そこでは社会通念というのが働くでしょうから,社会通念基準も必要ではないかという御発言があって,それを受けて山野目幹事は違う場面のことを言っているのではないかとおっしゃられた。それはそのとおりだと私も理解をしています。   繰り返しになりますが,契約の趣旨を尊重するいわゆる乙案の立場に立っても,部会資料8ページの上に書いているように,契約の趣旨を踏まえつつも,客観的,規範的な判断がどうしても要求される。この記載について私も異議があるわけではなくて,客観的・規範的な判断という言葉として,一般的に社会通念というのもその一つではないかと理解しているわけで,そこで何らかの合理的な制約なり,合理的な落ち着けどころに達することができる,こういう判断基準として考えているわけです。私の提案が,「社会通念により」というのを最終的なよりどころとして置いておきたいというのは,そういうところです。 ○潮見幹事 先ほど発言したので,もう発言することをやめておこうと思ったんですけれども,山本敬三幹事の話があったので,二点申し上げます。   まず,法令のほうですけれども,私はここで「法令により」という形で書くことは想定していませんでした。むしろ,発言の中にあったように法令にはいろいろなものがある,その法令の解釈によって,その法令との関係で当該場面が不能と評価されるかどうかというのは,また,別に考えればいいのではないかと思ったからでして,一般的に「法令により」という形で,ここに並べて書くのはいかがかなと思います。   それから,もう一点,部会長がせっかくまとめられようとしたところで,水を差すようで申し訳ないんですが,先ほど債務者に合理的に期待できない場合ということで,それぞれの特に弁護士会で何を想定しているのかというのが,今のところ発言がないのでよく分からないのですけれども,果たして費用面のみをお考えになっておられるのか,それから,費用面を考える場合でも,あるいは経済的なコストを考える場合でも,経済合理性という中田委員の発言にも少し関わるのかもしれませんが,どのような観点から費用というものを捉えていくのか,つまり,債務者が投下するような費用と,それから,それに対して債務者が受けるリターンとの関係で,この問題を考えていくのかという問題があります。   従来の典型的な経済的な不能というのは,この枠組みだったのではないかと思いますが,それとは違って先ほどの山本敬三幹事の発言にあったような債務者が投下するコストと,それから,債権者が受けるべき利益というものを比較して,過分の費用か否かを判断するのかというような問題もあろうと思います。要するに,経済的にとか,あるいは費用面といった場合には,どういう観点から何を比較し,どう考慮するのかということ,それから,更に債務者に合理的に期待できない場合というのが,一体,どんな場合を指すのか,それ以外のものも含むのかということを含めて詰める必要があります。これも分科会でやっていただければそれまでかと思いますので,是非,分科会のほうで少し精査をしていただいた上で,誤解のないような形の文言表現を用いていただければと思います。 ○岡委員 中井さんの意見の補充で,先ほど山野目さんが二つ目に言われたことに対する弁護士会の懸念を申し上げます。契約の趣旨といった場合,実務界ではやはり契約書の文言がどうしても重視されてしまう,強い者がびっしり書いた契約書に応じざるを得ない現実が山のようにございまして,不当条項だとか,公序良俗だけでは対応できない,そこを何とか救うために契約の趣旨だけではなく,社会通念あるいは信義則,そういうものを制約原理として置いておきたい,置いておかないと不当条項とか90条だけでは対応できない現実があるんだと,それは相当根強い弁護士の多数の意見だろうと思います。 ○内田委員 先ほどの発言の中で,言おうと思って言い忘れてしまったのですが,山本敬三幹事の御発言の部分で,改めてもう一度,山本さんから御発言がありましたけれども,過分の費用を要するという,経済的不能の場面を入れるかどうかということなのですが,事情変更の原則を明文化するかどうか,その際にどういう要件で明文化するかということとかなり密接に関わってきますので,仮に分科会でこの点を議論するとしても,事情変更の原則の議論を経てからでないと,最終的な決着は難しいのではないかという気がします。ですから,非常に重要な御指摘だと思いますけれども,ここは意見の分かれ得るところなので,事情変更の原則についての議論も踏まえて,最終的には判断するということになるのかなという感触を持ちました。   それから,もう一つ,非常に難しい問題を中田先生から指摘されました。債権者が他から容易に履行を得られるという場合,私がどういう考え方かは御存じかと思いますけれども,条文に反映するのはかなり難しいのかなという感じがいたします。これも非常に難しい問題なので,決着が付くかどうか分かりませんけれども,文言上,何らかの対応が可能かどうかについて,更に詰めた整理を分科会でするということはあり得るかと思います。 ○山本(敬)幹事 内田委員の先ほどの御指摘に対してですが,過分の費用という言葉自体,先ほどの発言でも申し上げましたように,請負のところでも出ている言葉でして,現行法から見てもそう違和感がない,むしろ,そこまで大きい問題なのかという感じを私自身は持っていますが,それに加えて言いますと,甲案で,社会通念を基準にして不可能かどうかを判断するという考え方の中にも,私は過分の費用を要する場合が含まれていると思います。とするならば,甲案を採用するかどうかということを検討する上でも,事情変更の原則についての考え方が確定してからということになりそうですが,そのような問題なのかということだけ申し上げておきたいと思います。 ○高須幹事 議論を伺っておりまして,今日の他のテーマの部分にも関わるとは思うのですが,契約の趣旨みたいなものを一番中心に考えていくのか,やはり社会通念のようなものを重視していくのかというところをお互いが強調し出すと,まとまらないのではないかと。おおよそ内容は一致しているのだから,分科会であとは表現をいうような御趣旨もあるわけですが,その表現の仕方のところでどちらかを中心にするということになると,まとまりにくいのではないかと。そうすると,条文としては確かに考え方としては両方あって,それ自体はここで完全な一致を見ることが難しければ,どちらかを排除してしまう形ではない表現振りを考えていくしかないのではないかななどと思っております。ちょっとそんなふうに思っております。 ○松本委員 中井委員とその後の岡委員が補足された部分についてです。すなわち,当事者の合意が明確であっても,なお社会通念でもって,それを制約したいという御意見を言われたわけですが,それは履行請求の部分に限って特別にそうだという話なのか,それとも,あらゆる契約上の合意については,社会通念に反している場合は無効だとかいう,そういう不当条項規制の一般論を社会通念という言葉でもって実現したいという御趣旨なのかというところです。もし後者であれば,ここで議論するのは適切ではなくて,むしろ,契約条項の有効,無効とかその規制というところで,一般的な制約原理として社会通念というのを公序良俗以外に立てるか,立てないのかという点を議論する必要があるのではないかと思います。履行という局面に限って,当事者の明確な合意があっても,なお社会通念上,そんな合意が許されない場合がある。公序良俗違反とか,不当条項規制ではないけれども,別の何らかの理由で履行請求だけは許されないということがあるのかという点がよく分からないんです。 ○沖野幹事 特に岡委員,中井委員がおっしゃった点に関して,併せてお伺いできればと思います。社会通念による制約を設けるべきとされる契約の趣旨を基準とすることへの懸念として,真の契約や真の合意でないものが契約書に書かれそれに拘泥することになりかねない,その点に対する懸念を基礎とされているように伺いました。そうだとしますと松本委員の御指摘の点ですけれども,履行請求権のところだけではない契約自体の把握の仕方や,あるいは契約の趣旨ということから何を酌み取ってくるのかという一般的な問題ではないかと思います。そうしたときに,契約の解釈の問題として,例えば契約書の文言に拘泥することなく共通の意思を探求するというような要素を,契約の解釈の準則として明らかにすることによる対応も考えられるかと思います。そういった手当てではなお問題は解決せず,各所に,あるいは特に履行請求権について,社会通念ということを入れる必要があるとお考えなのでしょうか。 ○中井委員 例えば,契約の中で,琵琶湖に落とした指輪を拾い上げて交付するという合意をしても,その合意をどう理解するか,適切な例だったかどうか分かりませんけれども,たとえ合意があっても社会通念上,それが物理的にコスト的に履行請求できないもの,履行不可能なものがあるのではないですか,そういう場面は少なからずあるでしょう。   請負契約で,到底,履行が不可能なような場合,実際の例ですが,隣地境界線から僅か10センチのところにビルを建てる合意をした,でも,隣地使用をしない限りはそのビルは建たない。隣地所有者が一切貸さないと言ったときには,その建物は建てられない。しかし,契約書にはいかなる事情があろうとも,建物は建てると書いていた。そのときに建てることができるでしょうか。現実には履行が不可能な場面があります。そのとき,社会通念上,履行できませんね,という枠組みがあってよろしいのではないでしょうか。これが基本です。   それが契約の解釈の中で解消できる問題ではないかと聞かれたら,多くは解消できる問題かもしれません。とんでもない契約条項で,それは場合によっては真意ではない,若しくは合理的に解釈すれば隣の土地を使えることを前提とした契約であったと解釈できるとか,解釈準則等で賄えるのかもしれません。そういう意味で契約のみに依拠するという趣旨が強調されるという潜在的リスクに対する防御と言ったほうがいいのかもしれません,そこに社会通念なりの制約を課す,そのほうが安定する,安心感がある,こういう趣旨です。質問に対する回答になっているでしょうか。それがこの場面だけなのか,全ての場面に及ぶのかという松本委員の御発言に対しては,なるほど,確かにそうかもしれない,そうだとすれば,もっと広い提案をしなければいけないのか,そういう認識をしたところです。 ○松本委員 今の例でいきますと,恐らく隣地の人が許諾しなければ,履行は客観的にできないということだから,多分,不能で処理可能ではないかと思うんですが,他方で,損害賠償の問題に置き換えると,隣地の人を説得して使わしてもらうということまで,請負人側の義務の内容となっていたのであれば,それに失敗したということは,損害賠償の対象としての契約上の義務違反であるという評価はなし得るという感じもするんです。したがって,履行請求という非常に限られた局面において,社会通念上,どうかというのは,一定,理解ができます。社会通念上,不能といってもいろいろな不能があり,今の例で言えば,物理的には可能かもしれないけれども,他人の所有権を無断で侵害しない限りにはできないということであれば,やはり,法律的には不能だという評価が可能だと思います。 ○鎌田部会長 分かりました。多面的な御意見を頂戴しましたので,それを踏まえて,大変な仕事だと思いますけれども,分科会で補充的に検討をしていただければと思います。よろしいでしょうか。   それでは,次に部会資料32の「第1 履行請求権等」のうち,「4 追完請求権」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 それでは,御説明いたします。   「4 追完請求権」では,「(1)追完請求権に関する明文規定の要否」において,追完請求権に関する一般的な根拠規定を置くとの提案を取り上げております。補足説明においては本来の履行請求権と追完請求権との関係や,追完請求権の発生要件である「不完全な履行」の在り方についても問題提起しておりますので,これらについても御意見を頂ければと思います。   「(2)追完方法が複数ある場合の選択権」については,一般的な規定としては追完方法の選択権に関するルールを設けないことを提案しております。   「(3)追完請求権の限界事由」では,甲案として追完請求権の特質等に照らして,履行請求権の限界事由とは異なる一定の限界事由を規定することを提案しており,一方,乙案として履行請求権の限界事由と同様の規律内容とすることを提案しております。この論点で甲案を支持される場合には,追完請求権に固有の限界事由として,具体的にどのような規定内容が考えられるかについても御意見を頂ければと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま御説明のありました部分について御自由に御意見をお出しください。 ○安永委員 「(1)追完請求権に関する明文規定の要否」について申し上げます。部会資料の記載に民法の基本的ルールをできる限り明文化するとの記述がございます。そして,10ページの4に,「本文では追完請求権の発生要件を『不完全な履行』があったこととしている。『不完全な履行』とは,一応履行はあったがそれが完全に契約に適合してない場合(典型的には,給付された目的物やサービスの内容に瑕疵がある場合)という趣旨である。」と記載されております。そこで,ここで言うサービスが役務提供契約で言う役務全般を指し,役務提供者が自ら労務を提供する自然人である場合も含まれるとした場合の懸念点について述べたいと思います。   追完請求権を民法の基本的なルールとして一般化してしまうと,雇用,請負,委任等の契約で役務提供者が自ら労務を提供する自然人,多くは労働契約法上の労働者であろうかと思いますが,その場合に労務提供の不完全な履行を理由として,労務提供のやり直しを求めることが可能であるとの解釈を招くおそれなどの,問題があると考えます。   また,優越的に地位にある者による濫用の危険性が増し,現状よりも更に不当な結果を招くことへの懸念もございます。雇用以外の役務提供契約で役務提供者が自ら労務を提供する場合,例えばフリーランスの個人請負的な契約形式を採って仕事をしている出版編集者などは,出版社や広告会社,その他の依頼者から不完全な履行であるとして追完を求められて,際限なく仕事のやり直しを求められることになりかねません。また,雇用契約は時間の経過によって労務の履行が不能となり,再度,労務を提供することは不可能であり,追完請求権になじまないものと考えます。したがって,契約当事者が対等な立場にない場合があることを考慮せずに,また,契約内容を考慮せずに,追完請求権を民法の基本的なルールとして一般化することには賛成できません。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   他に御意見はございますでしょうか。 ○岡田委員 逆に教えていただきたいのですが,よく相談の中で,例えば自動車であったり,マンションであったり,そうしたものの音というのが苦情になります。自動車であれば窓がキーとか,ガタガタとか音がするというようなケースですが,ディーラーに持ち込むとしばらくは止まるのですが,また同じ状況になるということで何回もユーザーとディーラーの間を行ったり来たりして結局は解決しないとか,マンションにおける音に関しては売主のほうでも真剣に調べるけれども,音があっちへ行ったり,こっちへ行ったりして売主も原因が分からないというケースがあります。このように専門家とも言える方々の知識でも原因が分からないとか,そういうケースの場合に債権者である買主にとってどこまで修補要求ができるかが問題になりますが,それってやはり追完請求権の問題になるんでしょうか。   なおかつ,売主が原因は分からないと言いつつ対応すると言っている間は,消費者は我慢しなければいけないのでしょうか。今の状況では我慢しているケースがほとんどのように思えます。値引きをするとか,交換するとか,そういう対応というのはされていないのですけれども,追完請求権であったり,履行請求権の限界というものが条文化されれば,現在よりは早期に解決の可能性があるように思えるのですが,音という問題が果たして瑕疵と言えるかどうかという疑問があります。品質とか安全性とか,それとも違うという部分で案外軽視されているように思えて仕方がありませんが,購入者にとってみれば,毎日,その音を聞かなければいけないというのは大変なストレスになるので,安全ではないかもしれないけれども,品質の問題にはなるように思えます。このような問題はここに絡むのかどうか,その辺を教えていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 どなたか御発言いただけますか。  出発点は岡田委員がおっしゃられたように,それがここで言う不完全な履行とか,あるいは瑕疵という概念に当てはまるかどうかというのがまず出発点で,仮にそれに当てはまるとして,ここで言う追完請求権との関係では,今の岡田委員の問題提起では追完請求をし続けなければいけないのかどうか,他の請求に切り替えることができるのかどうか,裏から言えば債務者の追完権の問題になると思うんですけれども。それから,追完請求しても現実には追完ができないようなときには,追完請求権の限界事由という,ここで取り扱われた問題になると思うんですけれども,どなたか,この辺の御専門の方が,提案と絡めてお話をしていただけませんでしょうか。今,必ず,ここで答えを出さなければいけないというわけではないですけれども,しかし,全体の構造の中で,そこの提案全体がどういう仕組みになっているかというふうなことについて,はっきりさせる必要はあるだろうと思いますので,多少,それを意識して御議論を続けていただければと思います。   他には特に追完請求権について御意見はございませんか。 ○中井委員 弁護士会では,追完請求権を明文化したほうがよいという意見は少なくて,明文化は不要ではないかという意見が多いのが実情です。それは,部会資料でも述べられてはいますけれども,不完全な履行の範囲の問題がまずあります。二つは,それが様々あることの当然の結果として,追完の方法,追完請求の在り方についても様々あります。岡田委員の例であれば,音を無くすために修繕してください,音がうるさいから代金を下げてください,若しくは代物を下さいと,どれだけのことができるかというだけでも見解は分かれるだろうと思います。それも要件効果をそうきっちりと分けることができるようなものではないでしょう。   更に手段債務的なことを考えれば,医療行為や役務提供でも,サービスの内容に問題があったときに,どこまでのことをするのか,その範囲,内容も様々ある。こういうことを考えていくと,それを仮に一般的に書くといっても,そのこと自体それほど容易ではない。書けるとすれば,例えば売買,請負,若しくは役務提供契約のところに,典型的な幾つかの不完全な履行に対してしかるべく対応する,修補する,代金を減額する,今後,審議が予定されている場面で個別的に書くということはあり得るけれど,総則のところで一般的なことがどこまで書けるのか疑問がある。そうすると,(2)以下についても設ける必要はないという意見につながる。これが多くの意見でした。 ○潮見幹事 定見はありませんけれども,意見を申し上げさせていただきたいと思います。ここで追完請求権の一般ルールといいますか,定義を置かなければ,一体,どういうメッセージとしてそれが伝わるかというところについて,若干危惧を抱くところがあります。また,理論的なことを言ってお叱りを受けるかもしれませんけれども,あえて申し上げさせていただきますが,もし,規定が置かれなかったときに,先ほど安永委員がおっしゃられたことは全く逆の意味に捉えられるのではないかという危惧があります。   と申し上げますのは,規定を置かないという理由というのは二つの全く異なった観点から導くことができることなんです。つまり,今まで,追完請求権という議論がされなかったのはなぜかといったら,追完請求権というのは履行請求権の一つの態様にすぎないと考えられていたからです。追完請求権の限界というものも,履行請求権の限界という観点から問題を捉えればよいという観点から立論し,それなら履行請求権とその限界に関するルールというものをきちんと整備しておけば,それで必要にして十分ではないかということです。   もし,この考え方から規定を置かないという結論を説明していくとすれば,それは,不完全な履行がされた場合には追完請求権があるのは当然で,その限界事由は先ほどの履行不能のルールで処理をするというメッセージとして伝わる可能性が極めて高いのです。それを避けようと思うと,個別的なところの各則の規定で何らかの対処をするか,それ以外の別の方法を採るかしかないと思います。決して,だから,規定を置かなかったからといって,先ほど安永委員がおっしゃったような形での結論が出てくるとは限らないと思います。   ただ,もう一方で,中井委員がおっしゃったところにも関わってくるんですけれども,追完請求権というものは果たして履行請求権の一つの対応なのだろうか,追完請求権は履行請求権とは全く別の異質の手段ではないのかという議論もあるんです。この考え方を採った場合には,追完請求権の規定を置かないということは,債権法に関する一般ルールとしては,追完請求権は認めないということになり,規定を置く必要があれば,個別の規定あるいは個別の合意の中で追完請求に係る点に関しての何らかの措置を取っていなければいけないということになっていくのではないかと思います。   その意味では,追完請求権を置くべきか,置かないかという点について本日決着を付けるというのもいかがなものかというところもありまして,個人的には,売買だとか,あるいは役務提供の箇所での議論を見てから,もう一度,振り返って,果たして債権総論の一般的な規定として,追完請求権の一般ルールを置くのが望ましいのか,望ましくないのかというところを判断するのがよいのではないかと思います。私自身は履行請求権の一態様としての追完請求権などということは考えておりませんので,もし規定を置かないということになれば,それは相当な意味があるのではないかと感じているところです。 ○岡崎幹事 先ほどの中井委員の御発言についてですけれども,要するに追完請求権には非常に多様性があるということをおっしゃったんだと思います。多様性があるがゆえに,ここで一般的な規定を置こうとしても,非常に難しいのではないかという感想を持っておりまして,そのような意見が裁判所の中でも多数を占めているように感じております。   今,潮見幹事がおっしゃられたところとの関連にもなるわけですけれども,先ほど事務当局からの御説明にもございましたが,履行請求権と追完請求権との関係も,非常に難しい問題かなと思っておりまして,例えば訴訟を担当している立場から申しますと,追完請求権と履行請求権の訴訟物が同じなのか,違うのか,違うとした場合に,それでは,履行請求権を主張しながら同時に例えば追完請求権を主張することができるのかどうか,このような問題を十分詰めた上でないと,総則のところで一般的な規定を置くのは難しいのではないかという感想を持っております。 ○山川幹事 やはり定見があるわけではないのですが,先ほどの安永委員の問題提起との関連で申しますと,労働契約の場合,例えば使用者の要求に達しない労務提供が一般に不完全履行となるかどうかという点が検討に値するかと思います。もし不完全履行であって債務の本旨に従っていない履行だとすると,賃金請求権自体が発生しないため,賃金を払わなくてよいということになりかねないんですけれども,そういう場合でも賃金を払っていることは多いと思います。そのような場合,新たな指揮命令権を行使すれば足り,訴訟等で別個の完全な労務提供を求めるという形の履行請求はすることはないと思いますので,既にお話のありましたように不完全履行の場合の追完請求と履行請求の区別については,労働契約やそれに類する役務提供契約のような場合はひょっとしたら違うかもしれませんので,その辺りの検討も踏まえた慎重な検討が要るかなと思います。 ○山本(敬)幹事 今の点について,安永委員にもお聞きしたいと思っていたことなのですけれども,要するに,使用者の要求に達しない労務の提供が行われた場合には,不完全履行と呼ぶかどうかは別として,不履行がそもそも無いということなのでしょうか。それとも,不履行はあるけれども,追完請求は認められない。あるいは,履行請求権も認められない,あるいは認められる。少し整理をして御説明いただけると有り難いのですけれども,どうなのでしょうか。 ○鎌田部会長 安永委員か山川幹事から。 ○山川幹事 先ほど私が申し上げたのは,むしろ,そういう場合,不履行とは言えないということが多いのではなかろうか。それゆえに賃金も支払うのが通常でないかということでした。ただ,そこは,合意というと問題があるかもしれませんが,契約の種類等によって違うかもしれないという気はしております。 ○山本(敬)幹事 仮に不履行が無いとしますと,追完請求権に関する一般的な規定があったとしても,不完全な履行があって初めて追完請求が認められるわけですから,先ほど御指摘された懸念は当たらないのではないかと思った次第です。   それと,併せて確認したいという点なのですけれども,先ほどの岡崎委員の御指摘に関しては,確かに追完請求権と履行請求権本体との関係は問題だと思うのですが,中井委員も,各則でむしろ個別の契約類型に即して定めるべきだというようなことをおっしゃったわけでして,そうしますと,例えば売買で追完請求権に当たるものを定めますと,同じ問題が発生してくることになってきます。そうすると,問題は,このような難しい問題があるから総則に規定を置くべきではないというよりは,むしろあらゆる契約類型一般について追完請求権を定めることができるか,できないのかというところに集約がされるのではないかと思いました。   問題は,その上で中井委員にもお聞きしたい点ですけれども,仮に個別の契約類型にのみ規定を置くとした場合に,仮にですけれども,役務提供型の契約については追完請求権についての規定が置かれなかったとしたときに,しかし,現実の紛争で債権者のほうが不適切な事務の処理ないしはサービスの提供があったので追完請求をしたいと考えたときは,根拠は無いということになるのでしょうか。それとも何らかの考慮から導かれる場合があると考えるのでしょうか。これも確認をしたい点なのですが,いかがでしょうか。 ○中井委員 仮に役務提供契約,何らかのサービスが不十分であれば,完全なサービスを求める権利は認めてしかるべきだと認識しております。今の御質問は,にもかかわらず,役務提供契約の中に特段の追完請求に係る規定が置かれなかったときにどうなるのか。一つの考え方は,潮見幹事は採れないとおっしゃいましたけれども,役務提供契約に基づく履行請求権の一環として認めるという考え方を採るのか,売買等の修補請求権若しくは請負契約の修補請求権の考え方を類推して役務提供契約においても修補に代わる完全な履行請求ができるとするか,何らかの解釈が必要なのかもしれませんが,そういう対応を採ることになると思います。   私は追完請求権なるものが潮見幹事のどちらの理屈に立つのかはよく分かりませんけれども,あってしかるべきだという認識です。ただ,それを債権総論の中に置くというイメージが生まれてこない。不完全な履行があったときには,債権者は債務者に対して完全な履行の請求をすることができる。しかし,そこに例示を挙げて修補請求とか,代金減額請求とか,代物請求とか,履行請求できると書くのかどうか。その辺のもし具体的なイメージが出てくれば,場合によっては債権総論にそういう規定が入るということを否定するまでもないと思います。それであっても,その意味内容は一体何だろうというところに,なお疑問を持つところではあります。 ○道垣内幹事 法律用語というのはしばしば日常用語と離れてくることがありますが,追完請求権に関しましては,立法される前から,日常用語と法律用語が分かれてしまっているのではないかという気がするのです。と申しますのは,「追完」というのは,例えば一般的には10の要件が満たされていなければならないときに,8の要件だけが満たされているとしまして,残りの2を足すことによって完全にするという意味だと思います。   ところが,参考として掲げられております国際物品売買契約に関する国連条約とか,ドイツ民法,フランス民法等々を見ましても,また,ここにあります補足説明を読みましても,場合によっては,例えば種類物みたいなものの売買における代替物の請求というものも,追完請求ということの中で論じられるわけです。しかし,これは日常用語では明らかに追完請求ではないのだと思います。これが結構議論を混乱させているのだと思います。岡田委員は,先ほどなぜ代物請求ができないで,いつまでたっても修理を求めなければいけないのですかとおっしゃったわけですが,正にそれは「追完」という言葉を,代物請求などを含まないもの,すなわち,日常用語の意味で理解された結果だと思うのですね。私は,結論的には,中井先生に近く,追完請求権というのは不要だろうと思いまして,逆に追完権のほうだけが必要だろうと思っているのですが,そこのところは余り強い見解を主張するつもりはありません。しかし,とにもかくにも,追完請求権という言葉はそろそろやめたほうがよいのではないかと思っています。 ○佐成委員 経済界でも一般的規定を置くことについては消極的な意見はあるのですけれども,ただ,今の段階で,この部会で一般的な規定を置かないという結論を出すのは時期尚早かなという気がいたします。というのは,山本敬三幹事もおっしゃっていたとおり,実益もあるような気もいたしますし,個々の契約類型でいろいろ議論をしていって,具体的に問題状況を詰めていった中で,一般化,抽象化ができるような部分が出てくれば,もしかしたら有用な規定を置くことは可能かと思われるので,この段階で必ずしも一般的規定を置かないという決断をするのではなく,先ほど潮見幹事もおっしゃっていましたけれども,個々の契約類型で追完請求あるいは瑕疵修補といったような局面ごとにいろいろ議論していったほうが有益だろうと思います。   ただ,そういったことをした場合には,一般的規定と個々の規定との整合性というのは,十分に取る必要があると思っております。例えば具体的に現行法で言うと,請負があると思うのですけれども,請負の中では,いつ瑕疵修補ができるかについては,目的物を引き渡したとき,あるいは仕事を終了したときから行使するという形になっていますけれども,もし,一般的規定を入れた場合には「一応の完成」という概念が出てくる可能性があります。そうすると,目的物の引渡し,仕事の終了,あるいは,一応の完成とかの概念が並存して,それらの先後関係がもし食い違っていた場合に,一体,どう処理していくのかという,それら相互の整合性の問題とか,あるいはそれらと履行期との関係をどう考えるのかとか,要するに,追完請求権を一般化した場合に,そういった,いつから行使されるのかという問題一つ取っても,国民一般にも分かりやすく整理されなくてはいけないだろうと思います。   それから,先ほどから議論もあるとおり,本来の履行請求権と追完請求権の要件効果がどれだけ違うのかというところも明確にしていかないと,単に理論的に違うと言われても,実務的にはなかなかついていけない部分がありますので,きちっと要件効果を明確にできるということであれば,一般化してもいいのかなという気がしております。   それから,ついでに申し上げると,今,現行法で存在する明文の追完請求権は恐らく請負の部分だと思うのですけれども,請負で考えてみると,例えば仕事が完成する前に瑕疵といいますか,不完全な部分が発見された場合と,それから,仕事が完成した後に不完全な部分が発見された場合とでは,実際にしっかり直さなければいけないというのは両方とも同じだと思いますので,仕事が完成する前であれば履行請求権でやるんだと,やることは同じだと思うんですけれども,仕事が一応完成した後に見たら,それは追完請求権としてやるんだといって区別しても,中身的には非常に似通ったものがあるのではないかなという気がします。   具体的に言えば,例えば建物を建てたときの構造計算が間違っていたという事実が,一応建物が完成した後に発見された場合,耐震偽装なんかもそうですけれども,一応完成し,引渡しも終わったんだけれども,よく見たら構造計算に誤りがあった場合には追完請求権と整理し,それ以前の段階,例えば引渡し寸前の段階で設計者が構造計算のミスに気付いてやはり違っていましたといった場合に,そこで工事がストップして,どう対処すべきかという議論が出てきたときに,それを履行請求権と普通は言うんだと思うんですけれども,そういう整理で,要件効果をどの程度まで似通わせていいのかとか,多分,具体的にはいろいろな議論をしていかなくてはいけないのかなという気がしています。ですから,今の段階で抽象的なことを幾ら言われても,なかなか実務家としては議論についていけない部分がありますので,そういうことを少し申し上げたいということでございます。 ○松本委員 やはり一般化ということを考えると,一番最初に安永委員がおっしゃった雇用とそれから委任の部分について,本当に同じルールでいけるのかというところに少し引っ掛かりを感じます。請負は元々完成義務がありますから,論理的にはすっといくんだけれども,雇用で本来なら夕方の5時ぐらいまでに終わるべき仕事を,その人がのろのろやっていたから終わっていないという場合に,終わるまできちんとやってくれという追完請求をして,超過勤務手当は払わないということが済まされるのかというと,そうはいかないという話ですよね。それは駄目だろうと。   しかし,他方で,作業中に乱暴なことをやって,作っている製品をオシャカにしたという場合にどうなるのか。その分をリカバーする分はきちんとやってくれ,したがって,勤務時間が終了しても帰れないことになってもいいという感じで労働契約というのは動いているのか,そうではなくて,やはり勤務時間を超過した分はきちんと別途払っていただける,製品を壊した分は損害賠償とか,別途,勤務評価ではね返るだけだということだと,やはり追完請求的なことにはなじまないのではないかと思います。   同じく委任も,弁護士がいい加減な訴訟をやって敗訴してしまったという場合に,追完請求などということはおよそ考えられないわけですから,善管注意義務を履行するというのは何か変な表現ですが,そういう趣旨の内容の行為については履行強制というのも難しいし,ましてや追完というのも何か分かりにくい感じがします。完成物との関係で,ここが不十分だから,ここの部分をもう少し,例えば契約書のドラフティングについてやり直してくださいというのは分かるんですけれども,成果が物の形で出てこないようなタイプのものについては,追完という言葉になじみにくいのではないかと思います。   したがって,追完請求権の規定を置くとしても,現実に行われている契約の一定の部分には妥当するんでしょうが,妥当しない部分もあるんだということを当然の前提にして規定を置くか,あるいは一般的には置かずに,物の移転を中心とする,あるいは引渡しを中心とするような特定のタイプの債務についての限定的な総則規定として置くとかいうほうが,収まりがいいのではないかと思います。 ○鎌田部会長 いろいろ問題の御指摘がありましたけれども,この時点で積極,消極の結論を出すには時期尚早という感じがします。ただ,素人的な感想ですけれども,道垣内幹事がおっしゃったことと多少,重なるかと思うんですけれども,「債権者は債務者に対して履行の追完を請求することができる」と書いたことによって,本来的な履行請求権のうち未履行部分の履行請求をするというのとは違う権利が発生するんだということが,この文章から素直に伝わるのかどうか,法律家は追完請求権は本来的履行請求権と違うというふうな意識があるのかもしれませんけれども,その辺がこのままで大丈夫かなという懸念がないわけではないので,その辺も含めて引き続き検討を進めさせていただければと思います。   となると,(2)(3)についても特に御意見がなければ,引き続き継続的に検討ということになりますが,(3)については甲案,乙案があって,これは正に追完請求権というのはどういうものなのかということの理解にも関わる部分が出てきますので,何か御意見があれば賜っておきたいと思います。先ほどの潮見幹事の御意見は,甲案はあり得ないというわけではなくて,考え方としては甲案のほうが妥当であって,乙案のような考え方でないと理解してよろしいですか。 ○潮見幹事 甲案もあり得るかもしれないと思いますが,だから,今の時点で乙案を蹴ってしまうことはできない。 ○鎌田部会長 分かりました。他によろしいですか。   もし,よろしければ次に進ませていただきたいと思います。続きまして,部会資料32の「第2 債務不履行による損害賠償」の「1 「債務の本旨に従った履行をしないとき」の具体化・明確化」のうち,「(1)履行不能による填補賠償における不履行態様の要件(民法第415条後段)」及び「(2)前記(1)以外の債務不履行における填補賠償の手続的要件」について御審議いただきたいと思います。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 それでは,御説明いたします。   「第2 債務不履行による損害賠償」の「1 「債務の本旨に従った履行をしないとき」の具体化・明確化」では,「(1)履行不能による填補賠償における不履行態様の要件(民法第415条後段)」において,伝統的に履行不能とされている填補賠償請求権の発生原因につき,第1の3で検討しました履行請求権の限界事由と平仄を合わせる形で具体化することを提案しております。この論点につきましては,第1の3の履行請求権の限界事由に関する規定の在り方と関連付けて,具体的な規定の在り方を分科会において検討することが考えられますので,この点を分科会で検討することの可否についても御審議いただければと思います。   続きまして,「(2)前記(1)以外の債務不履行における填補賠償の手続的要件」では,アにおいて填補賠償請求権の発生原因として,契約を解除した場合を条文上,明記することを提案しています。イにおいては相当期間を定めた催告をしたにもかかわらず,履行しなかった場合に,解除をしなくても填補賠償請求権を行使できるようにすることを提案しております。この提案を採用する場合,履行請求権と填補賠償請求権が併存することを承認することになることから,両者の関係を具体的にどのように規律するかが新たに問題となります。そこで,この点につきましても御意見を頂ければと思います。また,この問題につきましては,補足説明で問題提起しております民法第545条第3項の削除の要否と併せて,分科会で補充的に検討することが考えられますので,この点についても御審議いただければと思います。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明のありました部分について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○中井委員 (1)についてです。先ほどの履行請求権の限界と平仄を合わせた議論を考えておりまして,メモにも記しましたけれども,履行請求権の限界と同じ規律で「契約その他債務の発生原因及びその後に生じた事情に照らして,社会通念により債務の履行が不可能になったとき」というパラレルな規定の仕方を提案しています。すなわち,二項対立的な考え方というよりは,それを合わせた考え方です。 ○鎌田部会長 他にはいかがでしょうか。(1)については履行請求権の限界と違う形の規定を設けるという考え方は,多分,あり得ないと思うんですけれども,そうなると,履行請求権の限界とワンセットにして考えなければいけなくて,履行請求権の限界の在り方については分科会で補充的な検討をお願いした関係上,ここも併せて御検討いただくということになろうかと思いますが,よろしいでしょうか。 ○山本(敬)幹事 二点,確認と指摘をしておきたいと思います。まず,ここで「履行に代わる損害賠償(填補賠償の請求)」ということの意味なのですが,履行に代わる損害賠償というのは,かなり広い意味合いを持っているのではないかと思います。すぐに思い付くのが逸失利益の賠償でしょうし,あるいは,給付そのものの価値も入ってくるのではないかと思います。それ以外は,特に瑕疵がある場合に問題となりますが,瑕疵を修補するために費用を掛けたという場合も,恐らくこれに当たるのではないかと思います。   そうしますと,先ほどの過分の費用が掛かるというケースで,債権者の側が正に過分の費用を掛けて追完を行ったとして,その追完に掛かった費用を賠償請求するということを認めてしまいますと,結局,履行請求権の限界を定めた意味が無くなってしまいます。したがって,恐らく,ここで「履行に代わる損害賠償」というときには,このような場合に完全な履行をするために掛かる費用は除かれているのではないかというのが確認したい点の一つです。   もう一つは,少し難しい問題なのですが,一部の履行は可能だけれども,残りの部分の履行が不可能であるという場合は一体どうなるのだろうかということです。先ほどの履行請求権の限界問題では,追完請求権の問題になるかどうかということも問題でしたけれども,残りの履行の請求が先ほどの基準,私は契約の趣旨が基準だと思いますが,あるいは社会通念の基準に照らして可能かどうか,認められるかどうかという形で判断が行われると思います。  問題は,履行に代わる損害賠償の問題で,このときに,残りの部分の履行が得られないことを理由とする填補賠償と,残りの部分だけではなくて全部の履行が得られないことを理由とする履行に代わる損害賠償が両方,問題になり得るのだろうと思います。   問題は,全部の履行に代わる損害賠償請求が恐らく認められる場合があり得て,その場合にそれが認められるための要件が定められないと,どのような場合にそれが認められるのかが分からないという点です。例えば,一部の履行だけでは債権者にとって契約をした意味がないという場合に,恐らく全部の履行に代わる損害賠償が認められるのではないかと思います。その意味では,履行請求権の限界と要件を合わせる必要があるということは,私もそのとおりだと思いますけれども,損害賠償に関しては,今,申し上げたような形で別の問題も生じ得るという点も,併せて検討する必要があるのではないかと思います。 ○中田委員 先ほど申し上げたことの繰り返しなんですけれども,債権者が他から容易に調達できるというときについて,履行請求権の限界と填補賠償請求権の発生事由とが同一になるかどうかというのは,検討の余地があると思います。 ○鎌田部会長 他にはいかがでしょうか。 ○潮見幹事 一点だけです。先ほど山本敬三幹事から出た最後の点,一部履行のほうですけれども,一つの考え方としては例えばドイツ民法の281条というのが部会資料32の26ページにあろうかと思いますが,281条1項のところで,これは第二文になるのでしょうか,そこで一部履行に関する処理準則というものを入れているんです。この種の規定を今回の改正でもし可能であれば入れるとするのか,それとも,一部履行問題というのは他の一部無効だとか,一部開示とか,いろいろありますけれども,一部何とかという問題については基本規定は置かずに,その後の解釈なり,実務に委ねるという方向を取るのが適切なのかという点について,御検討いただければと思います。併せて,もし仮に一部履行に関して,こういう履行に代わる損害賠償の規定を設けるのであれば,これも先ほどから議論になっていますような不完全履行が問題になる場合の追完に代わる損害賠償請求権の規定をどうするかというところにも,かなり影響を及ぼしてくると思いますので,規定を置くということであれば,この点についても検討をするべきではなかろうかと思います。 ○鎌田部会長 一部の履行では何の利益もないときに,契約の全部解除ができるかどうかという形の対応もあり得ますね。 ○松本委員 (2)のほうなんですが,解除しなくても填補賠償を請求できることを明文化しようという御提案がイに出てきます。前提要件として相当期間を定めて催告をしても履行がないということだから,解除したければできるんだけれども,解除しないで損害賠償を請求するということで,実質的には損害賠償請求するということは解除の意味も入っているんだと考えれば,どっちでもいいかなという気もするんです。ところが,15ページのほうの補足説明の2の真ん中の辺を読みますと,この考え方に利点があるんだと書かれている。例えば継続的な製品供給契約で一部債務不履行があった場合に契約関係は存続させたいという場合。これは継続的な契約自体を打ち切るわけではないというだけの話ですから,個別の発注契約の部分は履行がないんだから解除し,履行に代わる損害賠償の請求をするということは,十分,考えられるのではないかと思います。   もう一つ挙がっている,交換契約において相手方の債務に不履行があるものの自己の債務は履行したい場合,これはどういうメリットがあるのか。売買契約でも同じようなことがあるかもしれないので,これも別に契約を解除した上で履行に代わる損害賠償を請求して何か不都合があるのか,よく分からないのでありまして,どうしてもこの規定を置かないと不都合が本当にあるのか。 ○鎌田部会長 (2)のイについてですけれども,どうぞ。 ○新井関係官 ただいまの松本委員から御指摘があった点ですけれども,交換契約というところで,こういう指摘があるということで念頭にあると言われている事例というのは,例えば東京に住んでいる人と京都に住んでいる人がお互いにそれぞれ引っ越すと,東京の人が京都に引っ越す,京都の人が東京に引っ越すというときに,それぞれの自宅を交換するというときに,一つの例えば東京の家のほうは不注意で滅失してしまったというような場合であっても,京都の人はもう東京に行かなければいけないから,自分の家は先方に引き取ってほしいと,代わりに填補賠償を請求するという場合が念頭にあると言われております。 ○松本委員 引取請求が前提にあるわけですね。私の家をあなたは受領せよと。それを実現した上で,私は損害賠償を払ってほしいということですか。 ○新井関係官 受領義務となるかどうか,何とも言えないんですけれども,少なくとも自分の義務を履行しつつ,相手に対して填補賠償を請求するというオプションができるということにメリットがあると言われております。 ○鎌田部会長 自己の債務の弁済を提供して相手方に履行又はそれに代わる損害の賠償を請求する。 ○松本委員 今の場合は履行不能の話とは全く別のことですか。帰責事由なしに滅失したわけですよね。危険負担の関係が出てきそうだと思うんですが。 ○潮見幹事 私が発言してもよいことですか。今,新井関係官がおっしゃられた例は,正に松本委員がおっしゃられたように履行不能が問題になるようなパターンですので,むしろ,履行が可能な場合というのを前提にしていただいた上で,なお,自分が給付を義務付けられているものについては相手に提供したいが,その代わり,相手からは当該物に代わる,対象に代わる損害賠償を請求したいという場合を示すべきだと思います。   それが,契約を維持しておかなければ,このようなことはできないということから,このようなイに書かれているようなことに意味がある場合でしょう。関係官がおっしゃったように補足説明に書かれていることが言われているというのは事実だと思いますし,普通の一般の債権総論でも,家の交換のような例とは違う例なんかも含めて書かれているように認識しております。   そういう処理に価値があるということであれば,イに関するルールを債権総論のところに設けておくことに価値があります。逆に,そのようなものについては何の対処も必要がないんだということであれば,つまり,解除をするか,あるいは履行不能を理由に填補賠償を求めるしか選択肢がないとすべきであると考えるのであれば,イは要らないということになるのではないでしょうか。 ○松本委員 今,おっしゃったケースは,言わば自分の不動産を早く処分をしたいというのが大前提ですから,相手方が交換に応じてくれないという債務不履行があるのであれば,解除して自分の不動産を適当に売却して,相手方の交換対象となっている不動産との経済的価値の差額を履行に代わる損害賠償として請求するということでも,経済的には収まるわけです。飽くまで私の不動産を相手方につかませたいという受領強制までしたいのであれば,契約を維持して受領義務を追及するというのは意味があるかもしれないんですが,そうではなくて,経済的な損害賠償というだけであれば解除しても同じではないでしょうか。 ○松岡委員 根本的に私に誤解があるのかもしれませんが,金銭債務を弁済済みであれば,別に解除しなくても填補賠償で求めたらよいのであって,逆に,自分にまだ未履行債務があれば解除によって債務を免れることに大きな意味があります。要するに,解除するかしないかは自分の債務が履行済みかそうでないかが重要なだけではないのでしょうか。 ○鎌田部会長 誰か,事務当局でお答えはありますか。  今,例として挙げられているようなケースで言えば,松本委員のように考えることもできるけれども,それほど簡単に買主が見付かるんでしょうか。買主を見付けるためにもう一度,費用を掛けなければいけないのだったら,弁済の提供をして履行の請求をする。これは受領を強制しているわけではないですね。本来の履行が強制されるときにも反対債務は受領させられるわけですから。その際に,本来の履行請求権が物の引渡請求権から損害賠償請求権に代わることを認めてあげれば,物ではなくてお金で処理できるようになります。それは一定のメリットがあって,松岡委員が言われたように代金支払い済みの場合に,解除して代金の返還と損害賠償を請求するのか,解除しないで填補賠償の支払いを求めるのかという,その辺の単なる選択の問題でしかない。そんな可能性を認めてやらなくてもいいではないかと言えるかもしれないけれど……。 ○松本委員 恐らく売買の場合は,代金債務と履行に代わる損害賠償請求権を相殺しますから所詮は同じになると思うので,そうすると,残るのは交換の場合の部会長がおっしゃったような代わりの買主を探す手間を省いて,経済的な価値を実現するために実損額を確定させないで,相手方に履行と同じ,つまり,相手方の所有している交換対象の不動産の現在の時価相当額を賠償として請求できるということにすれば,非常に簡単だというメリットがあるということですね。それは分かります。 ○中井委員 (2)についてですけれども,弁護士会の意見は,アについてはほとんどが賛成でして,今,議論になっているイについては,今の松本委員と同じような発想から必要ないのではないかという反対意見もありますが,多くはイについても賛成意見です。   その理由とするところは,契約解除してしまえば金銭解決しかないけれども,履行請求権もありながら,他方で損害賠償もできるという両方を持っておくことに,実務的に潜在的なメリットを債権者側は感じている。債権者側が履行請求しているときに,債務者側から填補賠償で終わることはあり得ないでしょう。では,債権者側が賠償請求をしているときに,債務者側から履行をその段階でもしてくれば,債権者側は場合によってはそれを受け取ってもいいではないか。だったら,履行請求権があったほうがよいのではないか。履行請求と填補賠償の選択肢を残しておくことに,それほど不都合はないのではないか。そこで,多くの弁護士会はイについて賛成しているように思います。   ただ,反対論というのは,ぎりぎり考えていけば履行請求しているものに対して賠償請求を認める必要はないし,賠償請求している者に対して債務者から履行させる必要もないだろうし,賠償請求をしたにもかかわらず,その後,履行請求することもおかしいから,すっきりさせる意味ではイという規定は設けずに,解除一本でそれほど困らないのではないか。あえてあるとすれば,先ほどから議論になっている交換の場面程度かもしれませんけれども,交換の場面で本当に自分のものを相手に受け取らせるほどの必要性がそれほどあるのかという松本委員の正に御指摘があって,余り必要ないのではないかという意見もないわけではありません。 ○岡本委員 (2)のイについてですけれども,議論している中ではイの考え方に賛成という意見が多かったです。ただ,その理由といたしまして,15ページの中ほどに利点として書かれているところを重視して賛成だというわけではなくて,もっと単純にわざわざ解除の意思表示をしなくても賠償請求できたら,それはそれでいいのではないのというぐらいな程度の意見でございまして,今,議論されているようなところについて,深く検討した上での意見というわけではありません。 ○鎌田部会長 他にいかがでしょうか。 ○潮見幹事 イのような形で規定を置くべきだという意見があるということですので,もし,仮にそのような方向で規定を置くのであればという前提で少し発言をさせていただきたいのですが,この問題は,補足説明の15ページに書かれている③の問題を抜きにして,語ることはできないのではないかと思っているからです。   つまり,履行が遅れていて相当期間を定めた催告をする,相当期間が経過したその後,債権者のほうがある手段を選択したら,それに債務者は拘束されるのか,例えば,その後もなお債権者が履行請求権をまだ有しているということに異論はないのでしょうが,債務者のほうが填補賠償をすることができるのかとか,逆に債権者が填補賠償請求をしたときに,債務者のほうが本来の履行の追完みたいなことをすることができるのかという点をきちんと定めないと,結局,入口のルールを置いただけで,あとは全部,解釈に委ねてしまうということになって,若干,不安定ではないかという感じがいたします。   席上配布していただきました分科会論点候補(案)に,履行請求権と填補賠償請求権の併存を認める場合の両者の相互関係の規律の在り方などにつき,分科会で補充的に議論するとありますものですから,是非,いろいろな可能性を考慮に入れて,分科会のほうで議論をしていただければと思います。 ○深山幹事 私は(2)のイのような形で,解除を必ずしも前提としないで,填補賠償を認めてよろしいのではないかと考えております。仮にそういうことが承認された場合には,補足説明にもありますように,本来の履行請求権と填補賠償請求権が併存するという問題になって,その場合の処理については,やはり,今,潮見先生がおっしゃったように解釈に委ねるのではなくて,ある程度のルールを定めておくべきだろうと思います。   それともう一つ,そのような併存を認めるべき実質的なメリットを,ここに書いてあること以外で考えてみますと,債権者としては本来の履行を一次的には求めたいという思いがありつつ,しかし,どうしても履行してもらえないのであれば,損害賠償,填補賠償もやむなしと,つまり二次的には填補賠償を求めると,こういう意識を持っているときに,どこかで諦めて解除をして,填補賠償だけに絞りたくないというニーズもあるのではないかと思われます。訴訟を起こそうと思ったときに,できれば履行請求をしたいと。しかし,それがどうしても実現できないときのことも考えて,予備的には填補賠償請求の訴訟も併合提起したいというようなニーズというのはあるような気がするんです。   そういう意味で併存を認める必要があるのではないかと思うのですが,そうなると,先ほど触れましたように両者の関係をどう考えるのかが問題となり,債務者側が債権者の請求とは違う債務についての弁済の提供をしたときにどう処理するかという問題を生じます。この点については,補足説明でも触れていますけれども,追完権のところと似たような議論かもしれませんが,主導権は債権者に与えるべきであって,債権者の意思に反して債務者側でそれとは異なる弁済の提供をして義務を果たすというのは,規律として妥当ではないというような気がいたしますので,その点が明らかになるような両者の関係についての規律を設けるべきではないかと考えております。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○佐成委員 特に異論があるわけではないですが,(2)イの補足説明の2の「例えば」以下で掲げられている,継続的契約の場合と交換契約の場合についてです。前者の場合については,松本委員が適切に御指摘いただいたような一部分の解除を前提とした処理のほうがむしろ実務的には都合がいいのではないかと思います。実際,ここで継続的契約における一部分の解除というのは,継続的に材料か何かを供給してもらう契約を締結していたが,何らかの事情で供給が滞ってしまった,そのときに,恐らく,その期だけ他から調達してしまったので調達費用と代金を精算して欲しいということだけなのですけれども,これでイのところで催告を求めますと,外形上は填補賠償の請求ではなく,本来の履行の催告になってしまうはずですので,解除をしないままでは,事情を知らない債務者があとから本来の履行の準備をして材料が二重になってしまうという紛争も想定されますので,例えば,一部分の合意解除といった処理のほうが,解除なしの填補賠償請求よりも実務的には安定するかなという気がしております。ですから,実際の有用性を考えるのであれば,せいぜい交換契約の部分というところがもしかしたらメリットとしてあるのかなという気がいたしました。 ○中原関係官 分科会で履行請求と填補賠償の請求の先後関係を御検討いただくなら,御検討いただけたらと思うのですけれども,それほど難しい話なのかなということを思いまして,債務者にしてみますと,相当期間を定めた催告を受けた上で履行しないわけですから,相当期間内に履行しなければ填補賠償の請求が来るなということは分かるということでありまして,本来の債権は別に消滅したかというと消滅しているわけではなくて立っているということでありまして,それで,填補賠償の請求を受けたときに債務者は,当然,本来の債務を履行することはできると思いますけれども,本来の債務を履行すれば,債務を履行しない場合においてという,填補賠償の要件が成立しなくなるので,填補賠償の請求は立たなくなるということになります。填補賠償の請求を受けたら,填補賠償の債務を履行すればいいという,ただ,それだけの話のような気がしまして,どういうことが複雑な問題なのかというのが議論の念頭にあるのか,必ずしも理解をしておらなかったので質問させていただきました。   15ページの下に書いてありますように,「債権者が本来の履行を請求しているにもかかわらず,債務者が填補賠償の提供をすることで本来の履行請求を免れることを認める必要はないと考えられる」と書いてありますけれども,イの提案を見れば,別にそんな提案にはなっていません。相当の期間を定めて催告をした上で,填補賠償請求ができますよということですので,問題の所在がそれほど難しいことなのかという気がしまして,質問をさせていただきました。 ○新井関係官 中原関係官の問題意識に適切にお答えできるか,自信がありませんが,併存を認めるということは,債権者,債務者側の間に請求権が二本立つということです。もちろん,填補賠償を請求して填補賠償を弁済すれば,それで債権債務関係は終了するということになろうかと思うんですけれども,補足説明にも記載しましたように,債権者としては填補賠償を請求している場合に,債務者の側から本来の履行を提供することで填補賠償を免れるという場面というのは,全く認める必要はないのかどうかということは,一つ問題になり得る点かと思います。そういった点などを含めて,債務者と債権者の関係をどう調整していくかということがここでの問題であると私自身は理解しております。 ○潮見幹事 それほど簡単な問題ではないのではないかと思います。もちろん,ある二,三点を所与にすると,ものすごく簡単な問題になります。ただ,所与とするべき二,三点というのが本当にそれでいいのかというところが,ここでの問題のややこしいことであると思うんです。それは何かといったら,相当期間を定めた場合に,その相当期間が経過してしまったとき,債務者のほうには何らの意見あるいは自分の意思を主張することのできる地位はないと割り切ってよいのかどうかです。深山幹事がおっしゃったように,全て債権者のほうに主導権を与えてよいのかという問題について,考えなければいけないことがあります。   ドイツ法で議論がされているということは,別にドイツがどうだからということはありませんけれども,決してそれほど簡単な問題ではないということの証しかもしれません。また,先ほど道垣内幹事がおっしゃった追完権を認めるべきだという趣旨にここまで入っているのかどうか分かりませんけれども,相当期間経過後になお債務者のほうに追完をすべき地位というものを認めてやるべきではないかということを検討する場は設けるべきではなかろうか思います。それが分科会であるか,部会の場であるかは別ですけれども,どちらかで少なくとも議論はしておくべきではないかと思います。   更に,債権者に武器を与えるといった場合も,補足説明のところに少し書かれておりますけれども,債権者が仮に填補賠償を請求した場合に,もはや債権者は履行請求をすることができなくなってしまうのか。補足説明のところでは,信義則で対応可能か否かというような観点で少し書かれていますが,本当にそれでいいのかという点も議論をする意味があろうかと思います。   更に,そういう議論をしていくと,一方では追完権の問題があり,他方ではこれから先,どこでどういう形で議論されるのか分かりませんけれども,債権者の損害軽減義務にも関わるような事態が生じるかもしれない。その部分を本日ここで簡単に決着をつけるのは,かなりリスキーだと思います。 ○鹿野幹事 潮見幹事が今,おっしゃったところと重なる部分がありますので,そこは省略したいと思いますが,追完権については,それほど単純ではないように思います。例えば債権者が催告をした後,填補賠償を請求したというときでも,債務者のほうでなお履行が可能であれば,追完権的なものを認めるということも確かに考えられるかもしれません。しかし,填補賠償の請求がされているのに原則的に債務者による履行をなお認め,その履行を債権者が受け入れなければならないのかというと,そうでもないような気がします。債権者が相当期間を定めて催告をしても債務者は履行しなかったわけですから,その場合,債権者としては,解除はしないとしても,他のところから目的物等を調達しようという行動に出るということは当然あるでしょうし,むしろ損害軽減義務との関係を考えますと,早めに他からの調達を図るほうが損害が少なくて済むことから,それが債権者に期待されるといったことも大いにあるのだろうと思います。そこで,そのような場合を念頭に置いて,相当期間経過後で填補賠償の請求がなされた後は債務者には追完権はないということを原則として,そのような問題がないときに例外を認めるということが考えられます。ただ,原則をどこに置いて例外をどのような場合につき設けるのかについては,考えてみますと,結構,いろいろな場面があって,単純にすぱっと割り切ることにも躊躇を覚えているところです。 ○中原関係官 言い方に語弊があったかもしれませんけれども,ものすごく簡単で検討する必要もないと申し上げたつもりはなくて,御議論を頂くことは重要であるとは思うのですけれども,私が質問させていただきましたのは,債権者が填補賠償の請求をしたときに本来の債権が消えてしまう,あるいは債権者が請求できなくなるという前提に立っているわけではないと考えますので,そうだとすれば請求したうんぬんというのではなくて,債務者が本来の債務を弁済すれば,損害は存在せず,債務を履行しない場合において相当の期間を置いて填補賠償ができますよという場合における,「履行しない場合において」という要件が満たされなくなるので,填補賠償請求というのは立たなくなって,それで債権債務はきちんと弁済されたということで終わるということであります。債権者が相当期間を定めて催告しても履行してくれなかったので,この債務者の履行は期待せず他から調達しようということであれば,債権者は解除することができる訳です。それにもかかわらず解除していないということであれば債務者はいまだ本来の弁済ができると考えるのが合理的でありましょう。もちろん解除の意思表示は明確にしていなかったかもしれないけれどかなり長期間経た後で本来の弁済をしようとしたというケースへの対応を考える必要はあるかもしれませんが,その場合には,黙示の意思表示を認定したり,信義則等の一般則で解決していくということ以外には,余り方法がないのではないかなという気がいたします。 ○山本(敬)幹事 私も難しい問題だと思っているのですが,アの場合でもイの場合でもですけれども,特にイの場合がそうなのかもしれませんが,実際に解除できるだけの要件が備わっているときに,填補賠償請求と解除をするという選択肢がある。ここまでは問題はないのですけれども,実際に填補賠償請求をしたときに,一つの考え方は,これは解除したのと実際には同じなのだから,履行請求はできなくなるというものです。   ドイツ法はこのような立場を採用しているのですが,これを採用しますと,実質は解除したのと同じことになるわけですから,もし一方が既に履行したものがある場合には,原状回復をしないといけない。そういう手当てまでドイツ法はしているわけです。ですから,信義則の問題としても,その場合には,既に給付したものの返還ないし清算をどうするかということは残ってくると思います。   このような態度を取るのか,それとも,完全に解除したのと同じ効果を認めない,一方を選択した後も,他方の選択肢は残ったままであるとするのか,どちらの態度を取るのか。大きな分かれ目になってくると思います。その意味では,分科会の問題なのかどうかは,私も必ずしも技術的な問題ではないかもしれないと思うところではあるのですが,いずれにしても,検討の余地が残っている問題ではないかと思います。 ○中井委員 今の山本幹事の二つのどちらかという点ですが,弁護会は併存説を前提として検討しています。 ○岡田委員 消費者法という部分で特定商取引法の損害賠償の制限のところで,当初は解除して商品が返還できなかった場合は販売価格,それから,商品を返した場合は幾らという制限がありました。その後の改正で解除しない場合も販売価格のうち既に払った金額を引いた残額プラス法定利率を損害賠償額の上限と決めました。消費者からすれば商品は自分の手元にある場合に販売価格を弁償すればよく,消費者にとっては有利な解決策と言えます。訪問販売なんかは商品が最初に渡されているので,時間がたっている場合は返還できないということもあるので,加わったのかなと思うんですが,この辺は松本先生のほうが詳しいかと思いますが,特定商取引法10条にこれが入ったというのはものすごく何か意義があったと思っています。 ○松本委員 特商法10条の話ではなくて,本来の(2)なんですけれども,もし,イの考えを採るんだとすれば,メリットははっきりと書いたほうがいいと思うんです。15ページの2の二つのケースをメリットとして挙げるのではなくて,正に弁護士会が主張しているような,解除はしないで,履行請求も損害賠償請求も両方できるという状態を維持することに債権者としてはメリットを感じているんだと,それを実現するためにこの明文化が必要なんだと正面から書くべきだと思います。   そうした場合,債務者としてはどのように対応できるのか。つまり,債権者の側が一方を選んだら,他方の権利が消えるという立場を取らないで,両方の権利が残っていて,たまたま,こちらで要求しているだけで,別の権利もあるんだという立場を取るのであれば,債務者の側もどちらに応じることもできるというのが恐らく建前としては正しい形だと思うのです。債権者,債務者として契約を解除して,きれいにお別れしましょうという形ではなく,継続的な関係を維持したいというニーズを満たす制度なんだということであれば,私は十分,存在意義があると思いますし,効果も,今,言ったような感じの債務者の側もどちらで対応してもいいとするのが論理的にはすっきりするのではないかと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○鹿野幹事 先ほども関連することを債務者の追完権という点から申しましたけれども,追完請求権についても,催告をして履行されなかったという状態があったときに,いつまでも債務者としては賠償と履行の両方を覚悟しなければならないのか。中田委員が何度かおっしゃったように,債権者が他のところから容易に調達できるというような状況にあるときに,債務者に対する履行請求権をどこまでも認めるべきなのかについては,検討の余地があると思います。これは,総論である履行請求権の限界のところで問題となるのでしょうけれども,ここにも関わってくるものと思います。 ○鎌田部会長 いろいろな場面を想定して御議論いただきましたけれども,いずれにしろ,(2)のイのような規定を設けるべきでないという意見はそれほどないですが,設けるとしたら履行請求権と填補賠償請求権との関係については,やはり規律を明確にしたほうがいい。それについて,それほど複雑な組合せがあるわけではないので,それぞれの形でどういうメリット,デメリット,どういう問題点があるかということを分科会で整理していただいて,それに基づいて最終的に,そんなことになるのだったら,やはりやめておくという話も含めて,最終的に部会で決めていただくと,そういう運び方にさせていただければと思います。   ここで休憩を取らせていただきます。           (休     憩) ○鎌田部会長 定刻になりましたので再開いたします。   次は部会資料32の「第2 債務不履行による損害賠償」の「1 「債務の本旨に従った履行をしないとき」の具体化・明確化」のうち,「(3)履行期前の履行拒絶」から「(6)民法第415条前段の取扱い」までについて御審議いただきます。事務当局から説明をしてもらいます。 ○新井関係官 それでは,御説明いたします。   「1 「債務の本旨に従った履行をしないとき」の具体化・明確化」のうち,「(3)履行期前の履行拒絶」では,履行期前に債務者が債務の履行を終局的・確定的に拒絶する意思を表明した場合を填補賠償請求権の発生原因として新設するとの提案を取り上げています。   「(4)不確定期限付債務における履行遅滞の要件(民法第412条)」では,民法第412条第2項の解釈として確立しているとされる考え方を明文化することを提案しております。   「(5)追完に代わる損害賠償の要件」では,債権者に追完請求権が認められる場合に,追完に代わる損害賠償の要件につき,明文化することの要否を問題提起しております。この点を明文化するとの甲案を支持される場合には,具体的な規定の在り方についても御意見を頂ければと思います。   「(6)民法第415条前段の取扱い」では,債務不履行による損害賠償請求権の一般的・包括的な規定を維持することを提案するとともに,補足説明では「本旨」という用語の適否を始めとした具体的な文言の在り方についても問題提起しています。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分のうち,まず,(3)の「履行期前の履行拒絶」及び(4)の「不確定期限付債務における履行遅滞の要件(民法第412条)」について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○岡委員 弁護士会の意見の報告でございますが,(3)についてはやや反対が多うございましたけれども,両方の意見がございます。(4)については賛成の意見のほうがかなり多うございました。 ○岡本委員 (4)についてですけれども,この提案については賛成意見でございます。 ○深山幹事 (3)についてでございますけれども,履行期前の履行拒絶については消極に考えております。第1ステージでも同じような意見を申し上げましたが,先ほどの履行不能の捉え方について,一定の幅を持って考えるということによって,ある程度,履行拒絶した場合をもって履行不能と解する余地があるのではないかということも,理由の一つとしてあります。この提案は,履行はなお可能であるということを前提に,終局的・確定的に拒絶する意思を債務者が表明している場合に,なお,その時点で填補賠償を認めるという趣旨だと思いますが,この提案に対しては,そのニーズないしそのメリットが果たしてあるのだろうかという気が一方でするのと,他方で,やはり社会通念上,履行不能ではないことを前提にした上で,終局的・確定的に拒絶したということをどう事実認定するのか,これはなかなか難しいのではないかと思います。つまり,終局的・確定的という部分を要件として規定することは,条文をどう書くかも含めてですけれども,立法技術的にも難しいでしょうし,事実を当てはめることもそう簡単なのかなという気がして,そういう観点からも,あえて填補賠償請求権を履行期を待たずに認める必要があるのかなと,相変わらず思っているということでございます。 ○潮見幹事 私も前回,深山幹事と同じように自分の意見は申し上げたところですが,深山幹事がおっしゃられたのとは逆の意味で,この規定は置いておいていただきたいというところがあります。履行不能にこの種のパターンが入るという解釈ができるのであれば,それはいいのかもしれませんけれども,履行拒絶の扱いについて,理論も,それから少し注釈民法を書く関係で実務を調べてみたんですけれども裁判実務も,履行不能という概念に包摂されないような形で処理している者がたくさんあります。   それから,補足説明で述べられていることも,もちろん,理由としてはあろうと思います。けれども,それから,履行拒絶を規定すると,これ自体の解釈が不透明になるということが懸念があるかとは思いますが,これも日本の裁判例あるいは学説の中で,履行拒絶という概念自体についてある程度,概念としての共通項みたいなものが形成されているのではないかと思います。そういう意味では,履行拒絶の場合に填補賠償請求を認めるということを積極的に書くことに,障害はないのではないと思うところです。 ○山本(敬)幹事 深山幹事に質問させていただければと思うのですが,履行期前の履行拒絶について契約の解除を認めるかどうかということが,部会資料の33辺りで問題とされているところですけれども,この点について,深山幹事の御意見を以前に伺ったのかもしれませんが,少し確認をさせていただければと思います。解除も認めないという御趣旨なのか,解除は認めるけれども,填補賠償は認めないという御趣旨なのかという点なのですが,いかがでしょうか。 ○深山幹事 解除は認めてもいいと考えております。では,なぜ,こちらと違うんだということがすぐ次の質問で来るのかもしれないんですが,その点については,解除することによって契約関係から離脱するということと,契約関係を維持したままの状態で填補賠償を認めるかどうかという問題とは,やはり違った規律でもよろしいのではないかと考えて,結論としては違う規律を選んでいるということでございます。 ○山本(敬)幹事 これまでのところでは,解除の要件を満たしている場合に,解除せずに填補賠償請求をする可能性と,履行請求権を留保しつつ,それと,実際に解除をして,原状回復とともに填補賠償請求を認めるという両方の可能性を併存させるということでしたが,履行期前の履行拒絶に関しては,履行期が来ていないので,填補賠償請求までは認められないという御趣旨でしょうか。したがって,填補賠償請求したければ解除せよという御趣旨と伺ってよろしいわけでしょうか。 ○深山幹事 おっしゃるとおりでございます。 ○内田委員 ちょっと確認ですが,もし,この規定を置かなければ,履行期前の履行拒絶で解除したとしても,損害賠償は当然には出てこないように思うのです。履行期前には債務不履行はないと考えると,解除は特別な規定によって認められるけれども,債務不履行による損害賠償請求というのは,当然には出てこないのではないかと思います。 ○山本(敬)幹事 先ほどの質問でお聞きしたつもりだったのですが,その前提は今の御指摘とも重なるかもしれません。現在のドイツ法でも,解除した場合に,履行に代わる損害賠償請求ができるという規定がありますので,いずれにせよ,解除すれば,解除原因はともかくとして,履行に代わる損害賠償請求はできるという建前になっています。ですので,それを前提にすれば先ほどのようになるのかというのが質問だったわけですが,深山幹事のようにお考えになるのであれば,解除したときには,履行に代わる損害賠償請求はできるという規定を置かないといけないということになるのでしょうか。 ○深山幹事 おっしゃるとおり,置くべきなのだろうと考えます。つまり,その場合に解除したにもかかわらず損害賠償を認めないと考えているわけではないので,そうなると,確かに理屈の上ではその規定なしにできるのかと言われると,規定が必要なんだろうなと思います。 ○潮見幹事 横から入っていって申し訳ありません。今の場合にもし解除の規定を置くとしたら,深山幹事にちょっとお尋ねなのですが,解除原因は一体,何になるんですか。債務不履行ではないですよね。履行期が到来するまでは債務者としてはどのような行動を取ろうが,債務不履行がないから何ら責任を問われないが,履行期が到来して以降は,債務不履行等の問題により何らかの措置を求められることはある。それゆえ,履行期前の履行拒絶を理由として損害賠償が認められないというのは,考え方としてはあるかと思いますが,もしそうだとしたら,履行期前の履行拒絶を理由に解除は認められるというのはどうやって正当化するのかがちょっと見えにくいのです。填補賠償も解除も認めないとおっしゃるのだったら,それはそれとして成り立ち得ることで,もっとも私はその考え方は支持できませんということで終わることができるのですが。 ○深山幹事 すみません,もう少し考えさせていただきたいと思います。 ○松本委員 (2)のところで中井委員が強調されたような実務的なニーズとして,債務者が催告があったにもかかわらず,履行しない,履行を拒絶している場合ですら,解除をしないで履行請求と填補賠償の二本立てで債務者に対して要求をしていくということにメリットがあるんだということであれば,(3)の履行期前の履行拒絶の場合のほうは,一層,そういう二本立てでいく,飽くまでも本来の履行期における履行を求める,他方で,填補賠償の請求もできるようにしておくということのメリットがある。(3)におけるシチュエーションのほうが(2)におけるシチュエーションよりも,二本立ての請求を認めるメリットは大きいと思いますから,もし,(2)の正当化理由が,今言ったような二本立ての請求を許すことにあるということであれば,(3)は一層,正当化されるということになると思います。 ○山本(敬)幹事 念のためですが,私自身は,履行期前の履行拒絶について,解除原因として認めてもよいと思いますし,そして,それならば填補賠償請求も認めてもよいと考えます。その際には,解除が認められるためにはどのような要件が備わる必要があるかという点が問題になりますが,それと填補賠償の要件はやはり合わせる必要があるのではないかと思います。具体的には,後ろのほうの部会資料では,解除について履行の拒絶が重大な不履行に当たる,ないしは契約目的の達成を困難にすることが明らかであることを要件とするということが出ていますし,更に催告を要件とするかどうかということも検討対象になっていますが,いずれにしてもこの要件と合わせる形であれば填補賠償請求を認めてもよい。その上で,両方の可能性を併存させるかどうかは,先ほどの問題と同じだと思います。 ○中田委員 私も明文化の方向で考えたらいいと思うんですが,幾つかの検討課題があると思います。それは,今,山本敬三幹事がおっしゃったことも含まれているんですけれども,五つぐらいあります。一番目は,そもそも履行拒絶というのはどのような場合なのかです。終局的・確定的ということを認定するために,何かもう一つ,例えば履行意思の確認といった制度が必要なのかどうかということが一つです。二番目は,履行を拒絶された債権者が契約の拘束力を免れるためには何をすることが必要なのかです。損害賠償請求なのか,解除なのか,拒絶の通告なのか,そこを詰める必要があるだろうと思います。三番目に,債権者がある一定の行為をした後でも,なお債権者が履行を請求する,あるいは債務者が履行するということが可能かどうか。これは先ほどの問題とも共通します。それから,四番目に債権者の損害賠償請求権は,いつの時点で発生するのか。五番目に,損害軽減義務がここでも適用されるのかどうか,もし規定を置くとしてですが,という問題があるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○内田委員 履行期前の履行拒絶は,先ほどの通常の債務不履行における填補賠償の場合と違って,履行期がまだ来ていませんので,履行請求権というのはまだないわけですね。ですから,二本立てで両方を認めるかという先ほどの議論とは状況が違うと思います。履行期前にはまだ債務不履行は生じないという堅い考え方に立てば,履行請求はもちろんできない上に,損害賠償請求などというのも考えられないということになる。   しかし,履行期前の履行拒絶で,一方が絶対に履行しないと言っていて,相手方である債権者としては,履行期をわざわざ待って解除しなければいけないのでは話にならない。早く契約から解放されたいということで解除を認める実務的な要請があるために,これまで日本の裁判例は,数は必ずしも多くはありませんけれども,履行不能概念を拡大することによって,これをカバーしてきたのだと思います。その場合は履行不能に基づく解除を認めて,かつ損害賠償も認めるという処理をしてきたのが裁判実務だと思います。   それをそのまま認める,明文化しようとするのであれば,そして履行不能概念を拡張するという無理をすることなく実務を認めるとすれば,履行期前の履行拒絶に基づく解除を,これは後で議論の対象になりますが,それを認めた上で,その場合の損害賠償も認めるということになろうかと思います。それに加えて,今度は解除がなくても填補賠償を認めるのか。これは一つの選択なんだろうと思います。 ○鎌田部会長 深山幹事のお考えも併存を認める必要はないということですね。解除して損害賠償請求をしろというお考えですね。松本さんは,むしろ先ほどの場面より,こっちのほうが併存を認めるメリットがあるという……。 ○松本委員 そういう趣旨で,履行請求というちょっと変なことを言ってしまいましたけれども,本来の時期に履行をしてくださいという督促というか,そういう働き掛けをしながら,かつ損害賠償請求ということで,履行に対してプレッシャーを掛けるという戦略を取ることに実務的に意味があるのであれば,この条文を新設する意味は大いにあるだろうということです。 ○鎌田部会長 メリットも大きいかもしれないけれども,債務者にしてみれば,正に本来の弁済期がこれから来るんだから,本来的な履行を請求される可能性が,遅滞が続いているときより大きいので,両様に備えなければいけない可能性,そういう意味でも,自分が招いたリスクかもしれないけれども,リスクは大きくなるという物の見方もできるかもしれないですね。 ○松本委員 リスクは大きくなりますか。損害賠償は,本来,履行期に履行されれば得られるべき利益です,填補賠償ですから。他方で,履行期に履行してくださいという請求を引き続き行うということだから,リスクは変わらないと思うんですけれども。 ○鎌田部会長 分かりました。損害賠償発生原因として認めるというところについても弁護士会では少し反対意見が多いというふうに理解すべきだということでしょうか。それとも損害賠償するなら,むしろ,解除をしてからという趣旨で,解除原因とすること自体については反対するわけではないという,そういうつながりで理解したほうがよろしいでしょうか。 ○岡委員 ちょっと後で。 ○鎌田部会長 分かりました。その辺に問題点があるということで……。 ○佐成委員 実務的なメリットということでしたので,一言申し上げます。経済界の中で議論していて,これを絶対に入れてくれとか,絶対に反対だとか,そういった論調の議論というのは余り耳にしておりませんけれども,便利であろうとは思います。要するに,早目に契約関係を解消して,新たな契約関係を再構築していくというのは,実務的には非常にスピーディな処理ができるということですから,メリットにはなると思うのですけれども,想定される場面が限られているものですから,余り大きなメリットは期待できそうもないということで,強い支持意見とか,反対意見というのはないという状態でございます。 ○中井委員 弁護士会の意見という御質問で,先ほど岡委員からありましたように意見は分かれているわけですけれども,肯定説は,ここで積極説の皆さんの意見と変わらないところから出ていると思います。反対説は,私の理解するところは,積極的反対説というより,現実にこのような必要性がそれほどあるのだろうかという点や,終局的・確定的に拒絶する意思ということがそれほど明確なのか,それに基づく効果として填補賠償まで認めるのはどうかという意見かと思います。   ただ,仮に否定する考え方を取ったとしても,履行不能概念について契約の趣旨のみならず,その後の事情若しくは相手方のこういう対応を見ることによって,もはや履行が不可能という,先ほど内田委員もそういう御趣旨だったのか,判例がそうだったのか,分かりませんけれども,履行不能と見なすことについて否定的意見があるとは思えません。したがって,履行不能が認められるような事態であれば,履行不能の効果として解除,それに伴う填補賠償,更に先ほどの議論で解除なくして填補賠償ができる。そのこと自体は恐らく否定しないのだろう。   とすれば,最初に,潮見幹事がおっしゃった,履行不能という枠組みでは賄い切れないものが履行期前の履行拒絶にあるということについて検証といいますか,それはどういう場合か,やらないと宣言して横を向いていて,履行請求したって無意味だね,これは社会通念に照らせば履行不能と評価してもいい,それでは賄えないというのが具体的にあるのか。実務上,必要性を余り認識していないことから,無くていいのではないのという意見があるのかと思います。幾つかの弁護士会の意見として申し上げておきます。 ○内田委員 日本の裁判例では,履行不能を拡大して対応してきてはいますけれども,不能概念自体がこれまでこの部会でも議論されたように非常に難しい概念です。柔軟な不能概念を置けば履行不能で対応はできるように見えますけれども,ルールを明確化するという点から言うと,履行期前であっても履行拒絶が解除原因になるということは,明示的に書いたほうが分かりやすいのではないかと思います。   それから,今までの日本の裁判例は,債務者の債務が物の給付などであったものですから,絶対に給付しないというときに,履行不能で吸収し得たということだと思います。外国の判例では金銭債務の場合があって,これは履行不能では吸収できませんので,それゆえに履行期前の履行拒絶の法理が発展したということがあろうかと思います。日本でも,可能性としてはあるのだろうと思います。 ○中井委員 (4)ですが,内容に全く異論はなくて弁護士会も賛成意見です。ただ,新たに加える,債権者が期限の到来を債務者に通知し,それが債務者に到達したときという概念,これはすなわち,債務者が不確定期限の到来を知っていたときという概念に一致するのではないか。これは念のために追加しておくという趣旨でしょうか。 ○新井関係官 これは到達概念を前提にしておりますから,通知が到達すれば,要するに債務者の支配圏内に通知が入ればということですけれども,それで遅滞に陥るということです。言わば,到達しさえすれば,通知の中身を見たかどうかにかかわらず,遅滞に陥るという考え方であると理解しています。 ○中井委員 理解いたしました。 ○高須幹事 今の点が出ましたので,到達という言葉を使うときには意思表示の到達のところでも議論したわけなのですが,この場合の到達がどこまで任意規定なのかという問題は若干注意する必要があるのかなと思います。本来は原則どおり,知ったことが履行遅滞という効果をもたらすための要件ですよと。それに対して確かに通知して到達すれば基本的には同じことだよねということを,従来,言われていて,それを明文化するということで全くよろしいわけですけれども,また,明文化した場合に,今,御指摘があったように必ずしも認識までいかなくても,支配圏内に入ればいいんだというところもいいと思うんですが,到達というのは,あるいは任意規定化できますという話になると,今度は結果的には知らない場合でも,債務不履行にできるみたいな約定を置くことが可能になる。今,私も定まった考えを持っているわけではありませんけれども,その辺りはもう少し検討した上で,更に結論を導いていくほうがよろしいかと思います。 ○鎌田部会長 他にありますか。 ○沖野幹事 (3)の履行期前の履行拒絶につきまして,山本幹事から解除の要件との平仄を考慮し,それと合わせる必要があるという御指摘がありました。この点に関して,より一般的・基本的な問題があるように思います。解除の要件を満たすということと填補賠償ということの関係です。履行拒絶を離れて,一般的に言いますと,仮に付随的な義務であるために解除の要件を満たさないとされる場合に,そのときの損害賠償は何なのかです。その場合もなお債権者は履行を望んでいるが,債務者は全く履行をしないという場合です。履行期前の拒絶の場合もあれば,それがそのまま続いていて履行期を経過してなお履行がされないという場合,それ自体は付随的な債務の不履行であると判断されるとき,その際の損害賠償は填補賠償という概念に当たるのでしょうか。それとも,更に不履行が長期にわたるある段階で不能となったり,重大な不履行に該当することとなって,その段階で初めて填補賠償に該当するのか。そうだとすると,それまでの賠償は何なのかという問題があるように思います。概念整理が必要に思うのですが,どうでしょうか。 ○松本委員 私も余り頭が整理できていないんですが,填補賠償という言葉でもって契約が全く履行されていない場合の全履行に代わる賠償と読んでしまうと,多分,狭くなると思うんです。今の場合のように解除はできないけれども,損害賠償は取れるというタイプの不完全履行というのはいろいろあると思うんです。瑕疵担保でもそういうのが多いはずだから。そういう場合に填補賠償ではないのかというと,言わば一部についての履行遅滞とか,履行不能とかと考えれば,その部分について履行したのと同じように金銭で賠償してくださいということだから,その限りでは一部填補賠償,一部について現物履行を受けているけれども,残りの分を填補賠償だという言い方をしてもいいと思うんです。遅延賠償か,填補賠償かという言い方をすれば,やはり填補賠償ということになるのではないですか。 ○沖野幹事 そうすると,必ずしも解除の要件と一致させる必要はないことになるでしょうか。 ○松本委員 通常の不完全履行はそうですね。 ○内田委員 これは履行期前の履行拒絶の話ですよね。 ○沖野幹事 その場合もあるのですが,実はそれを超えて一般的な問題なのですけれども。 ○内田委員 ちょっと問題が違うのではないでしょうか,履行期前の履行拒絶で想定しているのは全く何の履行もなされないという場合で,比較法的にも日本で裁判例に出てきたのもそういう事例で,それに対応する規定を設けようという立法論だと思います。 ○道垣内幹事 沖野幹事がおっしゃったことを私なりに理解して勝手に補足させていただければと思います。例えばマンションを売るときにプールが併設されていると仮定します。しかしながら,プール自体は契約における重要な部分ではなく,プールができなくてもマンションの売買契約自体全体は解除できないというときに,プールの部分に関しては,解除しないままに,それに代わる填補賠償を求め得るだろうと思います。そうすると,実は先ほど休憩前に議論していたところ,すなわち,解除しないで填補賠償請求ができるかというのは,ある一定のシチュエーションを考えればできるのは当たり前の話であって,できないという議論自体が本当は成り立たないはずであるとも思われるわけです。その意味では,1時間遅れの発言かもしれません。   しかし,履行拒絶についても同様の問題は生じるのです。今,内田委員は履行期前の履行拒絶というのは全部拒絶のことですとおっしゃいましたけれども,マンションの売主がプール付きのものを売ると言っていたのだけれども,プールはもう作るのをやめたと言っているときに,プールは付随的な部分であって,プールができないとしても,マンションの売買契約全体は解除できないと仮定しても,プールの部分に関しての填補賠償請求は履行期前のその部分の履行拒絶によって可能になる場合もあるのではないか,と思われます。つまり,その場合には解除はできないけれども,履行期前の履行拒絶,一部履行拒絶だとして填補賠償というのが認められる場合があるのではないか,というわけです。   そう考えてくると,填補賠償というふうなことを議論しているときに,往々にして全部が履行拒絶された,全部が不能になったという場合を考えているけれども,解除という効果を導かないような一部分の不能ないしは履行拒絶も併せて考えながら議論しなければならないのではないか,という問題提起ではないかと思います。 ○内田委員 頭の体操としては分かりますけれども,履行期前の履行拒絶で一部の履行がなされない,プールを作らないと売主が言っているというときの損害賠償は,履行期を待ってはいけないのですか。ここでは履行期前に処理をしなければいけない場合の特則を置こうというわけで,これまで比較法的にも,日本の裁判例上も出てきた,正に立法事実というのは,自分は一切履行しないと相手が言っている,そのとき早くこの契約から解放され別の相手を見付けたいという要請に対応するためのルールを作ろうということであったわけで,それに必要な限りでのルールを作ればいいのではないか。それ以上にいろいろ出てくる今のような問題というのは,解釈論としていろいろ議論する余地はあるかと思いますけれども,もし,この貴重な時間を使って議論しようというのであれば,やはり立法提案を出していただいたほうがいいのではないかと思います。 ○道垣内幹事 そうすると,填補賠償という言葉の意味が(3)と前のところとは違うということになりますね。(3)においては全体における填補賠償だけを指して填補賠償だと言っているということになるので,同じ概念が違うように使われているということになりませんか。 ○鎌田部会長 多分,「第2 債務不履行による損害賠償」の1の(1)(2)(3)では,典型例としては契約全体の不履行を理由にして履行に代わる損害の賠償を請求するという場合を念頭に置いていて,それを填補賠償という言葉で,一言で言い尽くしたようにしていますが,そうしてしまうのがいいかどうかという問題なのだろうと思います。その点は意識して,今後,対応を考えたいと思います。 ○山本(敬)幹事 私が今日の最初のほうで発言したのは,一部の履行があった場合に,なお全部の履行に代わる損害賠償請求ができるのはどのような場合かということについても,規定を整備するかどうかを含めて検討する必要があるのではないかということでした。ですので,前のほうでそのような手当てをするかどうかが一つの問題ですし,仮に前のほうでそのような手当てをするとしても,履行期前の履行拒絶について,同じような一部の履行に代わる損害賠償請求と,全部の履行に代わる損害賠償請求とを分けて規定するかどうかは,また別問題であって,私も内田委員の御指摘されているのと同じように考えているわけですけれども,履行期前の履行拒絶については,全部の履行に代わる損害賠償請求が認められるための要件を定めれば足りて,一部については履行期を待ってということもあり得る選択肢なのではないかと思います。その点について,決定をする必要と理由がどこまであるかという点も含めて考えないといけないかもしれませんが,履行期前の履行拒絶については,いずれにせよ,全部の履行に代わる損害賠償請求が認められるための要件は,解除の要件と合わせるという点は理由のあることではないかと思いました。 ○松本委員 内田委員の先ほどの御発言との関係なんですが,(2)のところではわざわざ相当期間を定めて催告をして,期間内に履行がないときは契約の解除をしなくても填補賠償の請求をすることができるとはっきり書いてあるんだけれども,(3)のところでは解除しなくても填補賠償請求ができるとは書いてないんです。今の内田委員の御説明だと,ここでは,むしろ,解除ができるというほうがメーンなんだと,早く清算をすることにメリットがあるのだから解除を認めると。解除に伴って損害賠償を請求できる,填補賠償を請求できるということを明確にするために,(3)が前振りに置かれているだけであって,(2)の位置付けとは全く違うんだという御説明だと受け取りました。そうだとすると,先ほど私が言いました(2)で,解除をしないで填補賠償の請求と履行請求が併存するんだということであれば,(3)は履行期前なんだから,一層,解除せずに本来の履行を求めつつ,損害賠償請求もできるんだということは,論理的には無意味なことを言っているということになるので,(3)の立法提案の狙いというのは何なんですか。解除がメーンの議論をしたくても解除のところには損害賠償について書けないから,一般論として前出ししているというだけのことなのか,そうではなくて,解除しなくても損害賠償を取れるということを強調したいのか,どっちなんでしょうか。 ○内田委員 資料の構造上,まず,損害賠償の話が来ているので,こういう書き方になっているのだと理解しています。履行期前の履行拒絶について,比較法的に最初に議論されたのはやはり解除だろうと思います。履行期前に契約からの解放が認められるかどうか。解除の原因は債務不履行であるというのが従来の理解なので,履行期前に債務不履行があり得るのかというのが当初,理論的に争われた。しかし,実務的には解除の必要性は明らかにあるので,実際にそれを認める裁判例とか立法例とかが出てきた。その上で,解除された場合に解除に伴う損害賠償請求を認める法制の下では,それもやはり認めるべきではないかということになって,損害賠償も議論になったということだと思います。ですから,順番からいうと,本来はまず解除ということなのだと思うのですが,ただ,解除しなくても填補賠償を認めるというようなルールを仮に作れば,今のような場合についても同じような議論が妥当する可能性があるので,それを含めて,ここで問題提起しているということだと思います。 ○潮見幹事 一点だけ,沖野幹事に対する先ほどの御発言に対する確認なんですが,全部履行,それから,一部履行の話は先ほどの山本敬三幹事がおっしゃったので私も全く同意見なんですけれども,先ほどの発言の趣旨として,履行期前の履行拒絶を理由とするいわゆる填補賠償請求の要件と,それから,履行期前の履行拒絶を理由とする解除の要件,しかも,一部履行拒絶ではなくて全部履行拒絶の場合にも仮での話ですけれども,その場合に要件が同じでなければならないということに対する疑念をお示しになられたのか,それとも,この場合には解除の場合であれ,填補賠償請求の場合であれ,要件は同じということで,その部分はいいという御趣旨だったのかという,そこだけちょっとお聞かせいただければと思います。 ○沖野幹事 元々の疑問は,解除の要件を満たさなければ填補賠償はおよそ認められないということが所与の前提なのかということでして,むしろ,解除の要件は満たさないけれども填補賠償ということが一般にあり得るのではないかという問題意識です。それは填補賠償の概念の問題かもしれません。主眼としてお伺いしたいのは,むしろ,そちらであり,(2)に関わる問題意識を基に,それが(3)のところで解除との要件の平仄ということがより正面から聞かれたものですから,それに引き付けて確認させていただいたというつもりです。 ○松本委員 今の沖野幹事の御発言との関係なんですが,(2)の局面で解除ができるほどの瑕疵あるいは不完全履行ではない,つまり,幾ら相当期間の催告をしても解除までは認められないような程度の不完全さだった場合,損害賠償を請求するための前提として相当期間の催告を置かなければならないという話になるのかというと,そうではないような気もするんです。この点は損害賠償の請求をするためには,必ず追完請求をあらかじめしなければならない,追完のチャンスを与えない限り,一部の不完全な部分について,いきなり填補賠償としての損害賠償を請求することは許さないんだというルールを採るのであれば,(2)のイでいいのでしょうけれども,解除と切り離して一部の不完全の部分について填補賠償を請求できるんだということであれば,相当期間の催告というのは要らないという話になりそうなんですが。 ○鹿野幹事 その点は恐らく18ページの(5)の追完に代わる損害賠償の要件,この問題ではないでしょうか。私自身は,やはり本来の履行のチャンスを与えて,それで駄目だったら,追完に代わる損害賠償の請求を認めるべきだと思っていますので,実質的には先ほどの(2)のような考え方になると考えていたのですけれども,この点は後に18ページのところでまた議論が予定されているのではないかと思います。   ついでに別の点なのですが,よろしいですか。17ページの2のところについてです。中間的な論点整理の中にも触れられているところですけれども,履行期前の履行拒絶の一つの効果として,先履行義務者が先履行を拒むことができるという規定を置くことについては,もはや検討しないということでしょうか。この資料17ページの記載によりますと,前回第3回の会議において不当解雇の事例で,このような先履行義務の消滅の効果を置くべきではないかという議論があったけれども,その事例に関しては別のところで,例えば受領遅滞とか,弁済の提供とか,そういうところでカバーできるので,特にこのような効果を置く必要はないのではないかということが記載されています。しかし,不当解雇ではなくても,このような必要性は考えられるのではないかと思うのですけれども,いかがでしょうか。   要するに,一方が先履行義務を負うということは相手方に対して一種の信用を与えているわけですが,ところが,両方とも履行期がまだ到来していない段階で,相手方がもう履行期にも履行しないと言っているときに,それにもかかわらず,こちらが先履行義務があるからということで履行しなければいけないのかというと,それは信用を与えた基礎が欠けているので,先履行義務を拒むことができるということを規定してもよいのではないかと思います。   もちろん,終局的・確定的に拒絶する意思というのが認められるのであれば,債権者としては,解除とか,あるいは先ほどの話ですと損害賠償の請求という手段も採れるのかもしれませんけれども,解除はまだしない場合,つまり,まだ相手方が翻意するかもしれないと債権者が考えていたり,終局的・確定的な拒絶意思と言えるのかが明確ではないこともあるでしょう。そして,取りあえずその契約は存続させたままで,相手方は履行しないと言ってはいるけれども債権者としてはなお履行してもらいたいと思っているというような場合の債権者の手段として,先履行を拒むということを認めることが十分考えられると思います。これが今回の検討から外れているとすれば,これも検討していただきたいと思いました。 ○鎌田部会長 よろしいですか。 ○内田委員 今挙げられた事例は,先履行を相手は受領するという前提ですか, ○鹿野幹事 そうです。 ○内田委員 受領して自分のあとの債務の履行を拒絶していると。 ○鹿野幹事 実際にはもちろん契約自体を否定するということで,相手方が受領を拒絶するというケースが多いのかもしれませんけれども,そればかりとは限らないのではないかと思いまして。 ○内田委員 少なくともこの提案は,今のような場合は受領の拒絶で対応できるだろうという理解で作られていると思います。もし,相手の先履行は受領するけれども,自分の債務の履行は拒絶するというような場合に対応する必要があって,そういう立法事実があるということであれば,規定で対応する必要があるかと思いますけれども,そういうものがあるとは想定していませんでした。 ○潮見幹事 今,鹿野幹事がおっしゃられた部分については,不安の抗弁権や,また,これから議論があるかと思いますけれども,もし提供して受領してしまったという場合だったら,それこそ,先ほどから少し問題になっていた履行期前の履行拒絶を理由とする解除権だとか,あるいは,これも補足説明に書かれていますけれども,受領遅滞で,もちろん,民法536条2項のような規定を使うことによって対応できるのではないかという感じがします。 ○鹿野幹事 確かに不安の抗弁権と基本的には共通の考え方で,その中で規律することも考えられるのですけれども,もし,不安の抗弁権において主に念頭に置かれるのが相手方の信用不安のような場合だとすると,経済的な信用不安ということではないけれども,履行が相手方の対応によって期待できないような場合については,別に,履行期前の履行拒絶に関連する問題としてまとめて規定を置くことが考えられるのではないかと思いました。 ○山川幹事 17ページの2の受領拒絶の問題と見るべきだということは,これで結構だと思いますが,今の鹿野幹事の御説明に関して一つ思い付きましたのが,労働契約のような継続的な契約において,使用者がお前は成績が悪いから来月の給与は支払わないよと言って,賃金債務の支払の履行を明確に拒絶した場合に,来月の労働義務を免れないかどうか。そういう事例は余り起きないと思いますけれども,一応,考えられるかなと思った次第です。 ○鎌田部会長 不安の抗弁その他で,一応,対応できるというふうな前提でいますけれども,事務当局で,ここで対応したほうがベターである,あるいは,その必要性があるというふうなことがあり得るか,少し検討していただければと思います。   (4)のほうについては,最終的には異論はないと考えてよろしいでしょうか。それでは,(4)については,基本的には異論がなかったと受け止めさせていただきます。   続きまして,「(5)追完に代わる損害賠償の要件」及び「(6)民法第415条前段の取扱い」について御意見をお伺いします。御自由に御発言ください。 ○岡委員 弁護士会の意見ですが,(5)につきましては規定を設けないとする乙案がかなり多くございました。(6)については,この規定を維持するという意見に賛成意見が圧倒的に多くございました。 ○潮見幹事 度々申し訳ありません。先ほどの追完請求権とその限界と同じように,あちらも各論的な議論の進行を見て決めるということでしたので,こちらも同じように今日の段階で,例えば甲案だ,乙案だとか,特に乙案に立って規定は設けないという形で決定をするということは,やめておいたほうがよいのではないかと思います。 ○鎌田部会長 明文の規定を設けるとすると,本来的な履行請求の場合に準じた規定振りになっていくのですか。 ○潮見幹事 なっているかどうかを含めて。 ○鎌田部会長 分かりました。他に御意見はいかがでしょうか。   そういうことで,「(5)追完に代わる損害賠償の要件」については,追完に係る規定の整備に合わせて,その際に検討することとします。「(6)民法第415条前段の取扱い」の「一般的・包括的規定は維持する」という,この提案について異論はないということでよろしいでしょうか。 ○山本(敬)幹事 (6)に関して,一般的・包括的な規定を維持することには賛成なのですけれども,債務の本旨に従った履行という文言をそのまま維持すべきかどうかという点は疑問があると思います。制度の趣旨からしますと,何が債務の内容かということを確定した上で,そのようにして確定された債務が履行されていないかどうかを判断すれば足りるはずだと思います。そこに何か含みを持たせる必要も理由もないのではないかと思います。したがって,端的に「債務を履行しないとき」と定めると問題があるというのであれば,それを御指摘いただければと思うのですが,いかがでしょうか。 ○鎌田部会長 その点についてはいかがでしょうか。この提案は「債務の本旨に従った履行をしないとき」という表現をそのまま維持するとまでは言っていなくて,ともかく一般的・包括的な規定を維持する。その上で,この文言についてはなお検討を要するというのがこの部会資料32の作成の仕方だと思うのですが,そこは「債務を履行しないとき」というので十分ではないかというのが山本敬三幹事の御意見だということですけれども,何かこの点について御意見があれば,関連してお伺いしておきます。 ○松本委員 従来から,債務不履行があれば損害賠償だという議論をしていたということからは,それでもいいんでしょうけれども,どういう場合が債務不履行と評価されるのかというところの争いが今までの局面でもいろいろ出てきたわけです。そこをもう少し具体化するということで,民法の条文では債務の本旨という言い方をしているし,先ほどの議論からいけば,契約の趣旨という表現になるのかもしれないし,更に社会通念というのも入ってくるのかもしれないしということで,どれぐらいの評価基準を債務の不履行というところに書いたほうがいいのか,そこはオープンにして,裁判所にやっていただければいいのかという判断になるのではないかと思うんです。 ○鎌田部会長 この点の表現法については留保させていただいて,分科会ではなく事務当局において引き続き検討するということでよろしいですね。 ○中井委員 債務の本旨に従ったという部分ですけれども,弁護士会では余りこの点について意見は出ていません。ただ,一つの会から意見があるので御紹介しておきます。債務を履行しないときの債務の内容は,契約によっては極めて多くの債務が細かく決められている場合もある,それを履行しなかったというなかにも,その全て,その一つもあり,いかなる細かな債務であれ入ってしまう。果たしてそれも含めて,不履行によって生じた損害賠償を請求できるとしていいのかと,いう点で本旨を残す意見がありました。極めて軽微な債務不履行だったら結果としては損害が発生しないので,そちらで解消するのかもしれませんが,本旨という言葉がいいかどうかはともかくとして,一定,除外されるべき不履行もあるのではないかという意見です。   ○鎌田部会長 それでは,その表現の点については引き続き検討させていただきます。   続きまして,部会資料32の「第2 債務不履行による損害賠償」の「2 「債務者の責めに帰すべき事由」について(民法第415条後段)」について御審議を頂きたいと思います。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 それでは,御説明いたします。   「2 「債務者の責めに帰すべき事由」について(民法第415条後段)について」では,まず,「(1)「債務者の責めに帰すべき事由」の適用範囲とその主張立証責任」において,現行民法では415条後段にしか規定されていない「債務者の責めに帰すべき事由」について,その具体的な在り方については(2)で検討した上で,債務不履行による損害賠償一般に適用されることと,その主張立証責任が債務者にあることを,条文上明らかにすることを提案しています。   「(2)債務不履行による損害賠償一般の免責要件の規定の在り方」では,甲案において「債務者の責めに帰すべき事由」という文言が無内容であって,免責の可否に関する考慮要素が不明確であるとの指摘などを踏まえ,より具体的に免責の枠組みを明示した文言に改めることを提案しております。補足説明にも記載しましたとおり,甲案は飽くまで裁判実務における免責判断の枠組みを踏まえた免責事由の文言のイメージにすぎず,具体的な文言の在り方については更に検討する必要があると考えられます。甲案を支持される場合には,その具体的な文言の在り方などについても御意見を頂ければと思います。一方,乙案は「債務者の責めに帰すべき事由」という文言を維持することを提案しています。   「(3)債務者の帰責事由による履行遅滞後の債務者の帰責事由によらない履行不能の処理」については,このような場合に填補賠償の免責が認められないという確立した判例法理を明文化することを提案しています。   これらの論点のうち,(2)債務不履行による損害賠償一般の免責要件の規定の在り方については,「債務者の責めに帰すべき事由」という文言の変更の可否は最終的に部会で決定することを前提に,甲案を採用すると仮定した場合の具体的な文言の在り方などにつき,分科会で補充的に検討することが考えられますので,この点についても御審議いただければと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明のありました部分について御意見をお伺いいたします。 ○大島委員 22ページの(2)の債務不履行による損害賠償一般の免責要件の規定の在り方についてでございますけれども,商工会議所には甲案が採用された場合,条文の文言の表現振りによっては不可抗力のようなものも含めて,防衛的に契約書に免責事由を大量に書き込むといった契約実務を強いられるのではないかと懸念する意見がございました。契約技術の優劣によって,損害賠償責任を負ったり,負わなかったりするということになれば,法律に関する知識の差が企業活動に大きな影響を及ぼすことになるのではないでしょうか。   例えば東日本大震災の発生に伴う事例を申し上げますと,東北から離れた地方で建設中のビルの建設工事契約について,建設業者が発注していたエレベーターのメーカーの工場が被災してしまい,設置予定のエレベーターが納品されなかったことが原因で,ビルの工期が延びてしまったという事例がございます。注文者から地震の際に代替物を手配する危険を引き受けていたのではないか,他のメーカーのエレベーターは手配できなかったのかと主張され,履行遅延による損害賠償を求められた場合,あらかじめ契約に定めておかない限り,建設業者側は損害賠償責任を負うことになってしまうのではないでしょうか。   中小企業は契約締結に際し,人的資源や経済的な余裕がないのが実態でございます。想定外の状況について,どちらがリスクを負担するか,契約締結時に取り決めておくことは困難ではないかと思われます。ですから,中小企業の契約実務における無用な混乱を避けるには,乙案の責めに帰すべき事由という文言を維持する方向が良いのではないかと思います。現行法の責めに帰すべき事由という文言は,一般取引概念として定着しており,中小企業にとってイメージのしやすい表現だと思いますし,紛争が起きた場合,裁判所で争う手前の段階で双方が納得できる解決策を見出すには,この文言はそれなりの機能を果たしているのではないかと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○筒井幹事 連合の安永委員が途中で退席されましたが,その前に発言メモを託されておりますので,口頭で読み上げて紹介いたします。同じく(2)の債務不履行による損害賠償一般の免責要件の規定の在り方の部分についての発言でございます。   債務不履行による損害賠償一般に適用される免責事由については,「債務者の責めに帰すべき」という文言を活かす方向で検討がなされるべきであり,乙案の採用を求めます。第1ステージの議論では,従来の条文にある「債務者の責めに帰すべき事由」という文言を改めることに関して,「契約交渉能力格差があり,契約関係上,弱い地位にある者の損害賠償請求を困難とする方向での検討には賛成できない」旨の意見を表明してきました。この点,今回提起されている甲案については,その基本的な考え方は,免責要件を決定する主要な要素の一つとして契約内容を重視し,契約で免責要件を定めていれば,できるだけこれを尊重する方向で債務不履行による損害賠償の免責を肯定しようとするものであると考えます。   このように免責要件を規定した場合,役務提供者と役務受領者の間が対等な関係になく,例えば,労働契約法上の労働者や,個人事業主,零細事業者など役務提供者が弱者である場合には,強者である使用者や発注者から,その債務不履行による損害賠償の免責要件を広く肯定する内容の契約条項を押し付けられたときに,これに抗う術がありません。契約関係上の立場の強い者が債務不履行を行った場合に,この強い者に対して損害賠償請求権を行使することの困難さが増すことが懸念されます。したがって,甲案のように「契約の趣旨に照らして」免責される場合を定めることには賛成できません。従来の条文の「債務者の責めに帰すべき」という文言を活かす方向で検討がなされるべきであると考えます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○岡本委員 (2)の論点について賛否の意見というわけではないんですけれども,この辺りの議論はかなり抽象的な議論であるように思われまして,(2)の論点について甲案あるいはそれに類似した考え方を支持される研究者の先生方と,それから,乙案を支持する主に実務家との議論がちょっとすり合っていないのではないかというふうな気がしております。甲案による場合には,契約書に何から何まで書かなければいけなくなるのではないかといった批判が,従来から主に実務家から出されておりまして,今,御紹介いただいたような意見も,そういった批判の一環かなと思うんですけれども,私としてはそういった批判はかなりの程度,誤解に基づいている部分もあるのかなというふうな気がしております。   ただ,そう言いながら,必ずしも誤解するほうが悪いというわけでもなくて,甲案を支持される先生方のほうから実務家にも理解が十分できるように,個別案件の処理として甲案と乙案でどういった違いが生ずるのか,あるいは生じないのかといったところについてのより具体的な説明をしていただけるといいのではないかなと思っております。私としては既にそういった説明も相当程度,行われていると思いはしますけれども,現在でもまだ私としては誤解と思っているようなところが解けていない部分も,残っているというふうな気がいたしますものですから,そういった御努力を更に頂くのがいいのではないかと思います。そういう意味で,今日,潮見幹事のほうから御意見をお配りいただいておりますけれども,こういった御努力は大変有り難いのではないかと思っております。 ○潮見幹事 私も岡本委員がおっしゃられたのに全く同感でございます。席上に配布させていただきましたものは,議論がかみ合っていないというところと,それから,意見が錯綜しているように見ているけれども,共通点も非常に多いというところもありと,その辺りを何らかの段階でどこかで意思統一といいましょうか,確認をしておく必要があるのではないかと思いまして,こういう意見というものをまとめて提示させていただいた次第です。ですので,自分の意見というよりも,むしろ,今,こういう形で議論がされているんだと,更にそれを理解していただければ,先ほどから出ているような大島委員からの御発言だとか,あるいは安永委員がおっしゃられたようなこととかが一体,どの辺りのことを何を問題にしているのかというところもある程度,明らかになるのではないかと思います。その上で,委員の先生方が御判断をされれば,それが一番いいのではないかと思います。   お配りしている意見のところの総論という部分を少し御覧になっていただければと思います。一部省略しながら申し上げたいと思います。   この間の部会の議論では,(1)の①,②,③の部分についてはほぼ共通理解が形成されているのではないかと思われます。つまり,債務不履行を理由とする損害賠償がなぜ認められるのか,正当化原理と書いておきましたが,契約上の債務に関していえば,債務不履行を理由として債務者が損害賠償責任を負わなければいけないのは,債務者が契約で約束したことを守らなかったからだということであろうと思います。この部分についての異論というものは,ほとんど聞かれていないというところです。   ②に,損害賠償責任からの免責可能性と挙げさせていただきましたが,契約上の債務に関して,債務不履行が認められる場合でも,債務者は常に損害賠償責任を負わされるわけではない。絶対責任あるいは結果責任というものが肯定されているわけではない。債務不履行であるにもかかわらず,債務者が損害賠償責任から免責される場合があるという点についても恐らく異論はないのではないかと思います。まさか,債務不履行のときには結果責任,絶対責任を課すべきだという極論をおっしゃる方はいらっしゃらないのではないかと思います。   更に③ですが,債務不履行であるにもかかわらず,損害賠償責任からの免責が認められる場合に,どういう場合に,どういう観点から免責が認められるのかというのは,契約内容との関係で吟味されるべきだということを挙げました。これ自体も異論はないと思います。後で申し上げますが,この点に関して,先ほどの大島委員がおっしゃられたところに,若干誤解があるのではと思われる部分があるので,それは後で申し上げます。要するに,なぜ,損害賠償責任を負わなければいけないのかということと,それから,債務不履行の要件を満たしても免責が認められる余地がありますということと,それから,免責が認められるかどうかということについて,契約上の債務については,契約というものとの関係が重要であるという点に関しては異論がないのだろうと思います。   それから,これが骨子なんですが,更に(2)では,他の付随的な点についても,多分確認がされているというものを挙げておきました。幾つかありまして,一つ目は,実務における行動自由の保障原理の不採用という点です。これはいろいろなところで過失責任という形の話が出されて,議論されたときに出てきたことで,学者の中では過失責任の原則は行動自由の保障に結び付けられていますから,これを契約上の債務不履行の場面で原理的な基礎として置くのは,おかしいのではないかというところを多々申し上げている部分があろうかと思いますが,実務でも,過失という言葉を使うときでも,行動自由の保障というものを契約上の債務で保障しなければいけないのだという思想ないし正当化の原理を採っているわけではないと思います。   これが先ほどの(1)の①とパラレルに並ぶんですけれども,他方,②学説レベルでは,ドイツ民法の学説継受が行われて以降,今,申し上げた行動自由の保障と結び付けられた形での過失責任の原則が債務不履行,特に契約上の債務の不履行を理由とする損害賠償の場面で,原理的な基礎に据えられていたということについても,学説としてはこうだろうと思いますし,実務家の方々もこの部分については御理解を頂いているのではないかと思います。   一つずつ確認をさせていただきたい部分ですけれども,次の(2)の③ですが,これも先ほどの②に対応するのですが,厳格責任あるいは結果責任とすべきだという考え方はないのではないかと思います。   それから,主張・立証責任ですが,これは先ほどの例の部会資料(1)に関わることですけれども,この主張・立証責任について債務者の責めに帰することのできない事由について,債務者がその立証責任を負担するということについても,やめてくれという御意見は無かったのではないかと思います。   更に,⑤ですが,債務者が契約で引き受けていなかった事由という言語表現でございまして,これは債権法改正の基本方針で書かれているもので,決して条文文言として書いているわけではないのですが,次の文章を見ていただきたいのです。債務不履行を理由とする損害賠償とそこからの免責の枠組みを先ほどの(1),上の①,②,③のように捉えることと,免責の場の言語表現を債務者が契約で引き受けていなかった事由とすることとは直結するものではない。これも恐らく確認されているのではないかと思います。債務者が契約で引き受けていなかった事由という言葉を(1)の①,②,③を採用した場合は採らなければならないという必然性はないということです。特にこれは実務家の委員の先生方に確認をお願いしたいところです。混線していただきたくないところです。   このように(1)と(2)については,おおよそ基本的な捉え方については意見の一致はあるのではないでしょうか。   もめているのはどこかといったら(3)でして,債務不履行があるにもかかわらず,債務者が免責される場合をどう言語表現するのか。これはずっとこの間,一致を見ていないところです。ワーディング問題とよく言われていることですけれども,この部分をどうするかだと思います。この部分が問題だからこそ,分科会のほうに投げ掛けてはどうかという事務局からの御意見が出ているものと思っております。   そのワーディングの問題を考えるときに,この問題と違う問題を併せて混線しないほうがよい問題を,(4)のところに挙げさせていただきました。一つは免責条項の問題です。先ほど来も議論が出ていたわけですが,当事者が本契約で定められた所定の事実が生じたときに,債務者は損害賠償責任を負わないという条項を契約書中に挿入することにより,債務者が免責されるかどうか。あるいは先ほどの大島委員がおっしゃったところを取って言えば,こういう免責条項を入れなければ損害賠償責任を常に負うのかという問題ですが,これはここの問題とはここでの問題とは違います。当該免責条項の解釈であり,約款規制に関する問題でして,もっと言いましたならば,この問題は債務者の責めに帰すべき事由という言葉を残すか,残さないかということとは全く関係がない。免責条項を契約書に書けば免責されるのかというのは,現在の現行法の下でも起こり得ることですから,これと混線してもらうと困るということです。   それから,②は,ここの部会では余り誤解はないので飛ばします。   それから,③,債務内容の確定問題あるいは債務不履行の成否の問題との混線ということも併せて指摘しておきたいと思います。帰責事由とか責めに帰すべからざる事由ということが問題になるときに,実はその言葉を用いながら債務の内容は何になるのか,あるいは違反があったのか,違反が無かったのかということが語られているときがあります。けれども,これも,問題が属する領域としては債務の内容とその違反の問題です。債務不履行の成否という,ここでの問題に先行する問題でして,責めに帰すべき事由,帰すべからざる事由ということとは関係ないことですので,この①,②,③というものについて,ワーディングの問題のところに交ぜ込んで議論するというのは好ましくない。   ただ,そのようなことが紛れ込むような形の条文文言にするということになると,それは避けなければいけないので,このことは文言化に当たって留意をする必要があるようにも思います。   その下に立言というのを書いているんですけれども,御参考までに見ていただければと思います。債務不履行損害賠償の正当化原理あるいは免責の原理ということについては,先ほどの1のところで申し上げた考え方自体は維持すべきだと思います。ただ,これは理論レベルです。行動の自由の保障というものを基礎に据えた制度理解をすることは,実務での現状認識とは齟齬しますし,契約責任の基本的やり方とも背馳しますものですから,先ほどの1で考えたような立場,スタンスを基礎に据えるべきであろうと思います。   次に,(2)が先ほどから繰り返し言っている言語表現,ワーディングの問題でありまして,これについては分科会で可能性を検討していただければいいかと思います。ただ,それに当たって①のところに書いているように,「債務者の責めに帰することのできない事由」という表現は,免責のための評価の場を指すものとして意味は持ちます。しかし,その場でどのような観点から免責の評価がされるのかという基準は示されておりません。その結果として,この言葉を残すということは,この言葉を用いる評価者,言わば解釈者に免責の可否の評価を白紙委任するに等しい。実務家の中から,「債務者の責めに帰することのできない事由」という言葉は,使い勝手がよいという趣旨の発言がいろいろ出ておりますけれども,それはこのことを表現しているものではないかと思います。立法に臨む態度として,果たしてこれでいいのかということは考えなければいけないと思います。次の②はありません。番号の打ち方を間違えただけです。先に進みます。   ③ですが,免責の場の言語を先ほど申し上げました「債務者が契約で引き受けていなかった事由」としますと,「契約による引受け」という意味が債務の内容,それから,債務不履行を指すものなのか,それとも,当事者の約定した免責条項を指すものなのか,それとも,債務不履行を生じさせた原因についてのリスク負担を指すものかというものが曖昧になろうかと思います。ですので,立法の基本方針ということではまだしも,条文の言語表現という形で考えた場合には,その意に反して無用の混乱をもたらしかねないので,適切な表現があるのならば,それに代えたほうがよいと思います。   更に④ですが,仮に415条に法定債権の場合の債務不履行の損害賠償も併せて規定するというか,それも取り込んだ形のルール化をするということであれば,債務者の免責というのは当該法定債権関係を発生させた原因から導かれるものですから,何らかの形でそれを示す工夫が必要なのではないかと思います。   ⑤は飛ばします。見ていただければと思います。   ⑥ですが,免責事由を表す言語表現の可能性をいろいろ考慮する必要があろうと思います。どうしても適当な表現が見付からなかったら,「債務者の責めに帰することのできない事由」という言葉を使う外ないという選択肢もあるかもしれません。現民法での言語表現を使った場面でも,私もそうなのかもしれませんけれども,先ほどの(1)の①,②,③ですかね,そこで示したような基本的な考え方で立言しているものもあるから,それはそれでいいのかもしれませんが,そこの(a),(b)に書いていること,これは実務家の方からすれば,これが一体,何の意味を持つんだと思われるかもしれませんが,こうした言葉を使うことの適否というものは,学理的にも精査をしていかなければいけないと思います。   特に問題になるのは(a)と(b)です。一つは瑕疵担保での損害賠償で,今日の学説の中に債務者の帰責事由は過失だということを前提にした上で,瑕疵担保における損害賠償を売主の帰責事由が不要な責任だという形で表現されるものが少なくありません。この種の論者からは,瑕疵担保について契約責任を基礎にしたならばという前提ですけれども,仮に415条に相当する新しい規定で,「債務者の責めに帰することのできない事由による場合は,この限りでない」という表現が用いられたときには,新法では瑕疵担保責任は過失責任と改まったんだという誤解をもって迎えられるおそれがあります。こうした誤解を生じさせない工夫,あるいは起草段階での確認というのが何らかの形で必要ではないかと思います。   更に(b)ですが,(a)の基礎にもなることですけれども,「債務者の責めに帰することのできない事由」という言葉を維持したときには,伝統的な学説からは過失責任の原則,すなわち,行動の自由の保障というものを基礎とする原理というものが新法の基礎に据えられているという理解がされる恐れがあります。要するに帰責原理も以前と変わらなかったんだし,新法の債務不履行を理由とする損害賠償制度の基礎にある原理は行動の自由の保障だという誤解です。もし今回の部会の議論で(1)の①,②,③という基本的考え方がよいと考えて条文を作っていく作業をしたときに,その理解と違うような考え方で説明がされるようなことになると困るので,何らかの形で回避する努力が必要なのではないかと思うところです。   さて,立言というのは御放念いただいてもいいのですけれども,「責めに帰することのできない事由」という言葉を使わないのであれば,そして,評価の場というところは出すけれども,そこにおける評価というものは評価者に白紙委任しないのだということであれば,実際の現在の実務とか学説が契約上の債務について,債務不履行があったにもかかわらず,債務者の免責を認める際の要点としている点について,何らかの形で言語表現できればいいのではないかと思います。それが下線を引いている①,②,③です。   ①は免責評価の基準に対応するものでして,当該債務を発生させた契約の下で考慮をしたときにどうかということ,そして,②は免責評価の対象でして,当該債務不履行を生じさせた原因が何かということ,そして,③,これは債務者の負担とされるべきではないという,そういう評価されるか否かという帰属の主体,規範的な評価も入ってくるんでしょうけれども,そうしたことでありまして,法定債権の場合にはそれになぞらえるということになるのでしょう。   こうした観点から,ワーディングを何らかの形で試みていくという工夫もあっていいのではないかと思います。単純に「債務者の責めに帰することのできない事由」という表現が実務で使われていて問題がないから,これでいいでしょうということには決してならないのではないかと思います。一部,私自身の主観的な印象も含めて申し上げましたけれども,岡本委員がおっしゃられたように,ここでは,本当は共通しているのに,あたかも食い違っているような形での議論を展開するとかいうことのないような形で,生産的な方向に持っていければいいのではないかと思っております。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○山本(敬)幹事 長くなって恐縮なのですけれども,蛇足に過ぎないかもしれませんが,私から潮見幹事の説明を理解する上でのポイントについて補足をさせていただければと思います。   まず,潮見幹事は,最後のところで,①評価の規準,②評価の対象,③帰属主体という三つの問題を区別されていますが,これは非常に重要です。そのうちの②の評価の対象に関して言いますと,ポイントは,これは,債務の不履行とその債務の不履行をもたらした事由を区別するという枠組みを前提にしていることです。これは,実は現在の415条もそうでして,そこでは,債務の本旨に従った履行はされないことと,それが債務者の責めに帰すべき事由によることとは区別されています。   これによりますと,潮見幹事が説明された甲案の考え方は,責任の基礎付けの面では債務の不履行を対象とし,免責の面では債務の不履行をもたらした事由を対象にするということを前提にしたものだということができます。  ただ,債務の内容が抽象的・定型的に理解されるときは,この二つはきれいに区別されるわけですけれども,債務の内容が具体的・個別的に理解されればされるほど,どのような事由が生じた場合には給付をし,どのような事由が生じた場合には給付をする必要がないかという形で債務の内容が確定されますので,債務の不履行の判断の中に,それをもたらした事由に関する判断が取り込まれてることになってきます。それが,手段債務の場合でして,両者が重なってくると言われるのは,このためです。  ただ,だからといって,債務の不履行とそれをもたらした事由の区別が無意味というわけではなくて,この区別を前提とした上で,両者が重なる場合もあると考えておけばよいということだと思います。   それから,①の評価の規準に関して言いますと,明らかに,甲案及び潮見幹事の御説明では,債務の不履行についてももちろんですし,免責事由についても,契約を規準にするという考え方が採られることになります。債務の内容について契約が規準になるのは当然ですが,免責事由の範囲についても,なぜ契約を規準とすべきだと考えるかという理由は,今の御説明の中にもありましたけれども,もう少し突き詰めて言いますと,契約上の債務を履行しないときに,契約から離れた何か客観的に要請される注意の基準を持ち出して,それを守っていれば免責されるとすべき理由はない。それでは,契約は守らなければならないはずなのに,契約を守らなくても責任を負わないことになりかねない。むしろ,免責は認められるのは,債務の不履行が契約上予定されていない事由によって生じた場合に限られると考えるべきだというわけです。   その上で,潮見幹事がおっしゃるように,このような考え方についてコンセンサスが得られるならば,私は得られるのではないかと思いたいところですが,得られるのであれば,それをどのような文言で表すかということが,次の問題となります。基本的には,潮見幹事が最後の数行で書かれた方向でまとめてよいのではないかと思います。  この潮見幹事の最後の4行の定式のうちの本文の部分は,先ほど言いましたように,「本旨に従った」は私は要らないと思いますが,その点を除くと,基本的にはこれで良いと思います。   ただし書の部分のうち,「契約その他の債務の発生原因に照らし」というのは,契約以外の単独行為等もありますし,これで良いと思いますが,「債務不履行を生じさせた原因が債務者の負担とされるべきではないとき」というのは,先ほどお話ししましたように,債務の不履行とそれを生じさせた事由という現行法の枠組みをそのまま使って書いたほうが私は良いのではないかと思います。その意味では,例えばですけれども,「ただし,その債務の不履行が,契約その他の債務の発生原因に照らし債務者の負担に帰せられない事由よって生じたときは,その限りでない」という定め方もあり得るのではないかと思います。   蛇足だったかもしれませんが,以上のとおりです。 ○鎌田部会長 ありがとうございます。   それでは,他の御意見をお出しいただければと思います。 ○高須幹事 一応,私のほうでもペーパーを出させていただきましたので,御説明をさせていただきたいと思います。長いペーパーですので手短に必要な箇所だけ説明をさせていただきますが,今回の意見につきましては,一応,今の潮見先生からの意見を踏まえて読ませていただいた上で,しかし,やはり帰責事由という概念あるいは言葉なりは残すことが可能であり,有益ではないかという視点から意見を述べさせていただくものです。   1ページ目の第2の意見の理由の1のところがその趣旨でございまして,潮見幹事が意見書において指摘されておりました帰責事由,責めに帰することのできない事由という言葉は,免責のための評価の場を指しているだけであって内容を伴っていないと。そこに関しては,私どもも傾聴すべき意見を含んでいると考えております。ただ,その上で当然に,評価の場として設定されるいわゆる債務者の責めに帰することのできない事由という言葉を概念上,不要とするとか,現行の民法415条には規定があるわけですが,それを削除するということは必ずしも直結するものではないのではないか。債務不履行における損害賠償法理において,責めに帰することのできない事由という場が用意されているということを改正法においても明確にするということは,これまでの伝統的な法理との連続性を確保するという面もありますし,理解の手助けとなるということを思っております。   また,今後,新たな紛争事象が登場して来た場合に,それを解決するための新たな免責評価基準を設ける場を用意しておくという意味でも,この概念を残しておくことは有用ではないかと考えておる次第でございます。潮見先生の意見書の2ページの一番下のところに,評価の場だけを用意して内容を伴わないのは評価者に白紙委任をするに等しいと,こういう指摘があるわけですが,このこと自体は確かによく検討せねばならないとは思っておるのですが,何らかの委任の余地を残しておいてもいいのではないか。将来の英知に期待するという場を設けておいてもいいのではないかという意味では,責めに帰すべき事由という言葉を作っておいて,その場にふさわしい内容は随時,更新されていくというようなことが可能な立て付けにしたほうがいいのではないかと,このように考えた次第でございます。   その結果として,具体的な表現の在り方としては,1項は従来どおり,ただし書において債務者の責めに帰することのできない事由による債務不履行の場合には損害賠償は負いませんよと,こういう伝統的な理解に親和的な条項を用意しておいて,2項において指摘されましたように内容を伴っていないという部分に関して,その内容を補充するための債務者の責めに帰することのできない事由の内容の部分を明文化で設けると,こういうような方法があってもいいのではないかと考えました。   その具体的な表現例が1ページの「第1 意見の趣旨」というところで,ゴシックで書かせていただいた内容のように考えた次第でございます。1項は,今,申しましたとおりでただし書に,責めに帰することのできない事由という言葉を盛り込むと。ただし書でという点は私もそう考えておりまして,従来の立証責任を考えれば,抗弁的なものであろうと思っております。2項で,次の各号のいずれかに該当する場合には,債務者の責めに帰することのできない事由による場合であるというような形で,不可抗力あるいは債権者の行為及び債務者の支配の及ばない領域における第三者の行為,そして,3号で,今日,御指摘を頂いた内容をそのまま潮見先生の意見書の中に書いていただいていた内容をここにも引用させていただいているという次第でございます。   ここも,もちろん,私も具体的な表現について,これでなければならないと思っているわけではありませんので,議論をした上で,ふさわしいものにしていくということに何らの異議もなくて,全く試みに置いてみたということではございます。ただ,三つ書いたというところだけは潮見先生の御意見とは違うところであり,潮見先生の意見書では不可抗力という概念は多義的であって,この言葉を設けることには混乱を招くという趣旨の内容も書いていただいているわけですが,私自身としては今回のペーパーの2ページ目の一番下のところなわけですが,飽くまで不可抗力のみで判断してくださいと申しているわけではございませんので,潮見先生の御指摘になったような視点も踏まえて,並列することによって多角的な視点から帰責事由概念を捉えていこうという試みと理解しております。そのように積極的に鑑みるならば,一つの類型として,このようなものを設けることが検討されてもいいのではないかと理解しておる次第でございます。   無理にこんな規定を置かなくてもいいのではないですかと,2項なら2項だけでもいいのではないですかという部分に関しては,先ほど申しましたように,現時点では例えばこれ以外に特に必要があるものが認められないとしても,今後,何十年あるいは100年にわたって,この法律を使っていく中で,判例法理等によってあるいは責めに帰すべき事由の判断がまた加わってくる場合もあると思いますので,この種の規定の立て付けを持っておくと,つまり,場を用意しておくということは大事ではないか。   3ページ目の一番下,2のところですが,概念を多層化させることによって,この概念が持つ意味を充実させて,柔軟な対応を可能とすると,こういうようなことが試みられていいのではないかと考えております。そのように考えた根拠としては,ここでは御説明の時間もないとは思いますけれども,100年にわたって判例法理として生きてまいりました不動産の物権変動の177条における第三者の範囲のところ,いわゆる第三者制限連合部判決というものが当時は無権利者,無権限者あるいは不法行為者を除外するという無制限説から制限説に変わるというところを念頭に置いて,言い渡された判決であったにもかかわらず,そこで示された登記の欠缺を主張するに,正当な利益を有する第三者という概念がいろいろな意味を込めることができた概念だったがゆえに,背信的悪意者のようなものを昭和の時代になってから,そういう法理を構築することができたという例もあると思いまして,責めに帰すべき事由という言葉の中にも,そういう意味を期待していいのではないかと思いまして,飽くまで,それを維持した上で,御批判を頂戴しております内容が伴っていないというところを補っていくと,こういう立法例もあるのではないかと,このように考えておる次第でございます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○中原関係官 ちょっと質問をさせていただければと思うのですけれども,高須幹事と潮見先生の提案に関して,高須幹事の御提案の中で第1の2の次の各号のいずれかに該当する場合にはとあり,(1)(2)(3)とあって,(3)の契約原因その他債務の発生原因に照らしうんぬんかんぬんというところは潮見先生が書かれた契約原因その他債務の発生原因に照らしというところと基本的に同じ文言を使われているわけですけれども,高須先生の御提案のものは潮見先生の御提案に比べて,免責される事由の範囲は,形式的に見ると,広いという読み方になるんですけれども,実質はどうなんでしょうか。 ○高須幹事 この3号を入れたことによって,基本的には契約でどのようなことを合意したのかというようなことが免責事由の評価の内容として大きな要素を持ってくるということは認めておる次第でございます。ただ,その他に不可抗力とか第三者の行為ということを入れたことによって,確かに広く見えるわけですけれども,私の意見としては量的に広いか狭いかの問題ではなくて,いろいろな見方,指摘,視点が増えていると。そういう意味で,視点が増えたという意味では,私はそういう立場を採らせていただいたと思っているんですが,それを広いという言葉で表現するかどうかは,必ずしもそういう言葉では表現できるものではないのかなと。ただ,視点の複層化を確保したいというのが主眼ということでございます。分かりにくいことを言ったかもしれませんが,以上です。 ○鎌田部会長 同時に,契約上の原則ではないということですね,もっと幅広い原則。 ○高須幹事 そうです。そういう意味で広いとおっしゃるのであれば,そういうことだと思います。結論の広さという意味ではなくて,契約には必ずしも限らない要素を入れるという部分では,それを広いというのなら,そういうことでもいいと思いますが。 ○潮見幹事 先ほどの履行不能のときと同じような議論になるのではないかと思いますので,そこは置いておくとして,恐らく高須先生が書いた部分の捉え方なんですけれども,2の(1)と(2)というのは(3)の例示なのか,それとも,(3)とは別の考え方に基づく免責事由なのかというところが一つのポイントになるのではないかと思います。   先ほど山本敬三幹事から補っていただきましたけれども,私のほうで(3)しか挙げていないというのは,正に当該債務を発生させた契約の下で考慮をしたときに免責にふさわしいかどうか,債務者の負担とされるべきであるかどうかというところを何らかの形でワーディングで表現すれば,それでいいのであって,それ以外の基準に基づく免責ということは考えないという趣旨で文言表現をお示ししたわけです。もちろん,「契約の下で考慮したとき」というのが先ほどの履行不能で中井委員とかからお話がありました問題に対し,それで全部説明し尽くされているのかということがありますが,それは先ほどの履行不能の場面と同じように,なおワーディングの部分で考えなければいけないところはあろうと思います。   ただ,契約というものを離れた形で不可抗力という外在的な事由を捉えてよいのかという問題は残ります。もちろん,不可抗力というものの内容それ自体を契約に即して,当該契約のもとで判断されるべきだという私のような考え方もありますから,別に契約を離れて不可抗力を考えなければならいということを強制はできませんけれども,多くの考え方は契約とは関係ない人の力の及ぶか,及ばないかという観点から不可抗力を捉えておりますし,それから,(2)のところも,債権者の行為,債務者の支配の及ばない領域ということが一体,どういう基準で考えられるのかなというところが,文言化に当たって検討すべきところではなかろうかと思います。要するに,(1)と(2)というのが(3)の例示なのか,それとも,違うところに基礎付けられるのかというので,かなり,今,中原関係官から御質問されたところについての捉え方は変わってくると思います。 ○高須幹事 今の御主張は誠にそのとおりだとは思っておるのですが,今日の会議の冒頭からの展開と正に同じで,そこを詰めていくと,結局,意見の対立の中で全く方向性を見出せない事態に陥るのではないか。どこかからの部分はやはり解釈に委ねる部分があって,それに対して一方的にどちらかだけを議論の余地を奪うような表現はともかく避けるべきではないか,そういう形でイメージを持っておりまして,ワーディングに関してはいかようにもと思ってはおる次第でございますが,あえて詰めろと言われると,私自身はあえて詰めない知恵もあってもいいのではないかと,お叱りを受けるかもしれませんが,そういう観点から少し考えておる次第でございます。 ○山野目幹事 ただいま御議論いただいております債務不履行による損害賠償の免責要件の在り方に関しましては,ひとまず,分科会で補充的に検討していただくことがよろしいと考えますけれども,その際には,一方において債務者の責めに帰すべき事由という文言が従来の実務上,定着して用いられてきたものであるということに,いささか思いを致す必要がないものではないと感じます。また,他方におきまして,新しい債権法の規律を考えるに当たり,近時の契約法学の成果を適切に摂取し,その意図するところを可能な限り反映するということもまた要請されていると考えます。提案でございますけれども,部会資料において提示されている案と併せ,契約に基づいて生じた債務の不履行については,契約の趣旨に照らし,その他取引の諸事情を考慮して,債務者の責めに帰することができない事由によると認められる場合は,損害賠償の義務を免れる,という規律の在りようも御検討に加えていただきたいと考えるものでございます。  このような提案意見を申し述べるに当たり,二点,補足をいたしますと,一点目は責めに帰するべき事由という文言を引き続き用いるという提案をしておりますが,潮見幹事の意見書の2(2)⑥(a)(b)で御注意を頂いたような点については,なるほど,注意をしなければならないということが確かでございますから,引き続き留意をしていく必要があると考えます。   もう一点は,高須幹事から御提案を頂いた,一言で言えば,規律の内容を分節化して表現しようとする案もあり得るものでございまして,私が先ほど申し上げたような考え方の下でも,このような分節化が可能であるならば,分科会において更に検討していただきたいとも望むものでございます。高須幹事が今,たまたま,文書でお示しになっているこの分節化のプランが完成したものであるかどうかは分かりません。それについて,今,高須幹事にあれこれ問い詰めるということをするよりは,多分,分科会でこのようなヒントを踏まえて,御検討していただくことがよろしいのではないかと感ずるものでございます。 ○中井委員 潮見幹事のほうから大変詳細な資料を頂きましてありがとうございます。先ほどの履行不能等の部分と重なる部分になりますが,潮見幹事の最終的な提案の部分で申し上げれば,基準というところで,法定債権を外せば,「契約に照らし」のみになる。この概念の中に,その後に生じた事情も含めてという趣旨だとすれば,そこまで読み込むのも非常に難しい。それなら,その後に生じた事情なりを明示的にするのはどうかと思います。   また,ここで「負担とされるべき」と「べき基準」になっている点は,弁護士会としても理解できるところです。逆に,「債務者の負担とされるべき」という言葉自体の意味するところが,「債務者の責めに帰すべき」というのとどこが違うのかとも思えます。そこで,弁護士会としては基本的には,今,山野目幹事もおっしゃっていただいたように,「債務者の責めに帰すべき事由」,これまで使い慣れているということ,また,その概念について一定の理解を得られているということから,その概念を使うこと自体は考慮に値するのではないか。ただ,それのみでは確かにその外縁がはっきりしないし,白紙委任をしているに等しいという潮見幹事の御指摘はそのとおりだと思いますので,そこにいかに内容を盛り込むかという点を考慮することとして,潮見幹事の御提案も十分理解できるところです。   そこで,それらを踏まえたところで私の提案を念のため,口頭で申し上げておきたい。今,山野目幹事が,それを検討課題にしてもらいたいとおっしゃられたのと同様に申し上げておきますと,「ただし,契約その他債務の発生原因及びその後に生じた事情に照らして,債務不履行又は履行不能を生じさせた原因が,社会通念により債務者の責めに帰すべきでないときは,この限りではない」,免責される,という案です。   また,高須幹事が例示されているところの幾つかの例,不可抗力等については,私はその後に生じた事情の中に取り込めることができる,債権者の行為についてもそうだし,支配の及ばない第三者の行為というのがどの程度のものかはよく分かりませんけれども,これもその後に生じた事情の中に取り込むことができる,つまり,契約,法定債権だったら債務の発生原因,プラス,その後の事情も踏まえて判断する。   その上で,ここで私が判断基準について,履行不能等と同じ「社会通念」という言葉を持ち込んでいるのは,契約のみならず,その他外在的な事情もあるものですから,それを踏まえて債務者の責めに帰すことができるのか,債務者の負担に帰すことができるのか,それを判断するには一定規範的・客観的基準を持ってくるべきと考えているものですから,ここでも代表的な言葉として「社会通念」を使わせていただいています。 ○中田委員 大体,議論は出尽くしているといいますか,共通の理解が出ていると思うんですけれども,要は不履行時における客観的状況をどのように取り込むかということだと思うんです。それを原理的に全て契約によって規律されているというように考えるのかどうかということと,それから,プラスアルファがあるとして,それをどのような表現で,どう反映させるかということが一体となって議論されていると思います。   契約の規律を重視される潮見・山本敬三両幹事の御意見も,何らかの評価的な要素というのは入っているのだと思います。ただ,その評価的な要素の表し方として,潮見幹事は契約に「照らし」という言葉を使っておられますし,今日の部会資料の甲案ですと,これは,多分,潮見幹事よりもう少し含みがあるのかもしれませんけれども,「趣旨」とか「評価される」というのが入っている。原理的に契約に全て還元するという考え方を貫くかどうかというのは,ひょっとしたら分かれるかもしれないので,契約を基準としながらもプラスアルファの分をどう表現するか,どちらの立場からもそれで納得できるという表現を見付け出すことができるかどうか,ということではないかと思います。   逆に言うと,潮見幹事の御提案の中でも「に照らす」という部分が非常に曖昧でして,そこがあるいは含みなのかもしれませんけれども,曖昧なのはちょっと分かりにくいかなという気がします。そうしますと,何らかを外出しにするという山野目提案,中井提案というのは考慮に値すると思いますが,ただ,ちょっと重いと言いますか,従来の責めに帰すべき事由というのが表に出ているのかなと思います。部会資料の案ですと,履行請求権の限界や填補賠償請求権の発生要件の場合には,合理的という言葉が入っているんですけれども,ここでは除かれているのが逆にまた複雑にしているのかもしれません。ですから,履行請求権や填補賠償請求権と併せて契約の趣旨,それから,プラスアルファの部分をどう書くかということかなと思います。 ○鎌田部会長 よろしいですか。 ○岡委員 三つ申し上げます。   一つ目は,先ほども申し上げたことですが,契約に全てを求めるということに対しては,弁護士会に相当強い反発がございます。契約が重要な最大の要素であるというのは,それほど反発はないと思うんですが,全てを契約に求めるとなると先ほども申し上げましたけれども,中小・零細業者にとって契約書の文言に書かれると,実務ではそれが契約になってしまう,そこに大きな不安を持っているところでございます。そこで,中井さんの社会通念だとか,高須さんの不可抗力だとか,そういう言葉が出てくるのです。今の中田先生のようにプラスアルファというのをうまく織り込んでいただければ安心感が生まれると思います。契約の沖野先生の先ほどの解釈にもつながるのかもしれませんけれども,やはり実務では理論・理想と違って文言に書かれると,どうしてもそれは契約になってしまいますので,そこをどう扱うかというのが大きな問題だろうと思います。   二つ目は,潮見先生の共通の理解だというところについての一つの反論だけでございますが,実務で免責事由に過失という言葉を使っておりましたけれども,行動自由の保障などという観念では全く使っていなかったと思います。学説ではそうだったのかもしれませんけれども,実務では過失なしを,免責事由が認められるかということに直結して使っていたと思います。過失という言葉が行動自由の原則だからやめてくれと言われると,かなり違和感を持つ弁護士が多いと思います。   三番目に,中井さん,高須さんのように物分かりがいい弁護士だけではございませんで,バックアップ会議で議論しておりますと,過失という基準で割り切るのは非常にいいではないか,今までの積み重ねもあるし,行動自由の原則なんていうものとは関係ない,免責事由の一つの枠組みとして過失概念を今までうまく使ってきており,実務の積み重ねもあるんだから,過失概念でこれからもやるべきだと,こういうことを言う大単位会もございます。御紹介にとどめますが,実務で過失は行動自由の保障とは別につなげて考えていない,それなりに機能してきたという説もいまだにございますので,それは御紹介を申し上げておきます。 ○佐成委員 経済界におきましては,潮見幹事がおまとめいただいたペーパーに対しては,基本的に賛同できるという趣旨の意見が大勢かと思います。私自身も非常に理解しやすいと思います。ただ,結論的な部分で,文言とか,その辺についてはまだ相当異論があるのは既に御指摘されているとおりでございまして,「責めに帰すべき事由」という言葉を,是非ともそのワーディングを残してほしいという意見は相当根強くございます。それをどういう趣旨で言っているのかというのは,いろいろな方がいろいろ言っているわけですけれども,その点を除けば基本的な考え方についてはそれほど異論はないということでございます。   それで,一点だけ言えば,全く異論ではないのですけれども,総論の(1)の①で,債務不履行を理由とする損害賠償の正当化原理として,正に約束をしたことを守らなかったということをお書きになっていて,これはこれでよろしいとは思うのですが,ただ,若干,私などが考えているニュアンスとしては,約束したことを守らなかったというだけでいってしまうと,どうも何か制裁的な響きがあるような感じがいたします。私がこれを理解しているのは少なくとも,これは元々填補賠償の成立要件として債務不履行を定めている条文,逆に言えば債務不履行の法律効果として損害賠償を導き出している条文でございますから,今後,また,部会で損害賠償についても具体的に論じていくわけですけれども,単に債務者が契約で約束したことを守らなかったというだけではなくて,そもそも,債務不履行の効果としての損害賠償は,英米法で言うところのエクスペクテーションインタレスト,つまり,もし契約が履行されていれば,得られたであろう経済的な地位を与えることが原則であると,それが本質的なものであると仮に考えれば,本来の履行とは異なるものの,少なくとも経済的に見れば相手方をほぼ約束したとおりの状態に置くことを法が認めただけだ,契約の拘束力をそこまで及ぼしているだけにすぎないと,そう言えば,若干,制裁的な響きが弱まるのではないかという気がしております。   別に結論的にどうこうという話でもなく,理論的な問題でも全くなくて印象の問題でございますから,特にこだわるわけではございませんけれども,債務者が契約で約束した本来の履行をしなかったから,少なくとも経済的に見れば,相手方をほぼ契約で約束したとおりの経済状態に置くことだけは法が認めているのだと,そう正当化することも可能なのではないかと思います。そのほうが何か約束したことを守らなかったから,制裁的に債務不履行の責任を負わせるのだというよりも,若干,制裁的なニュアンスが和らぐのではないかという気がいたしました。これは個人的な感想でございまして,基本的に中身自体を問題にしているわけでは全くございません。   それとあと,先ほどいろいろワーディングの話が出てきまして,基本的には私も分科会のほうで適切に議論していただければ全く問題ないかなと思います。ただ,一番気を付けたいと思うのは,先ほども何度も誤解の話が出てきているというのは,逆に言えば,いくら新法を作っても誤解が生じる可能性は依然として高いはずですから,余り契約という言葉を前面に出し過ぎると,やはり,どうしても契約に何でも書いていかなければいけないんだという,そういうような誤った理解がなされる危険性が高まるということがあります。ですから,そういう意味で,誤った理解がなるべく生じないように,いろいろ多角的に分科会では議論していただきたいと思います。今,山野目幹事,それから高須幹事も含めて様々な文言の提案がなされておりますので,十分,議論していただければ,経済界としてもそれほど違和感なく受け入れられると思いますので,よろしくお願いします。 ○岡崎幹事 今日の潮見幹事のペーパーを拝見しまして,非常によく整理がされていて分かりやすいと思っております。しかし,それでもなお,これまでの実務の中で定着している概念である責めに帰すべき事由等々の概念を放棄しなければいけないほどのものなのかどうか,責めに帰すべき事由という言葉が白紙委任であるかのような印象を与えるのかもしれませんけれども,今日の潮見幹事の最終的なワーディングを拝見しましても,「債務不履行を生じさせた原因が債務者の負担とされるべきではないとき」という文言も一定の委任的な要素も残しているような文言になっているかと思われるところでございまして,こういったところを考えますと,高須幹事もおっしゃられているように,従前の文言をそれなりに生かした状態にして,更にどうしたらいいかというような工夫を重ねていくというのが,分科会で求められているのかと思っております。 ○野村委員 いろいろな御提案をよく理解できましたけれども,高須幹事の御提案はちょうどフランス民法の債務者が免責される場合の外部原因といいますか,外在的事由を不可抗力と債権者あるいは第三者の有責性というのに求めている,そういう構造と非常によく似ているという感想を持ちました。その場合にフランスでは過失相殺に関する規定がないので,本来は全て債務者が免責されることになるんですが,実際には,今,過失相殺的に実務は処理されているということです。潮見さんの考えも高須さんの考えも含めて,この問題は非常に過失相殺の規定と密接に関連していると思います。いずれ,これは問題になるわけですけれども,過失という言葉を使うかどうかということと,何と何を比較して減額するのか,全く免責するのか,その辺も分科会で議論するときには視野に入れて議論していただければと思います。これは,お願いです。 ○内田委員 この帰責事由という問題は今回の改正論議の何か象徴的な論点になって,しかもその批判の多くも何か議論がすれ違っているというような非常に難しい問題であったわけですけれども,その点について非常に有益な御提案が幾つも出て,今日は議論が収束に向けて格段に深化したという印象を受けました。その上で,高須幹事に御質問です。非常に興味深い御提案だと思いますが,2の(1)(2)(3)と三つありますけれども,この三つが潮見幹事の御提案とどう違うのかというような御質問も中原関係官から出ました。このいずれかに該当する場合にはと書いてありますが,いずれかにではなくて,(1)(2),その他(3)に当たるときはという言い方でも高須幹事の御趣旨から,外れるということにはならないでしょうか。(3)がバスケットのようになるということですが。 ○高須幹事 すみません,私自身,まだ十分に意見が固まっていないものですから,今の先生の問い詰めにはできれば黙秘権を行使したいところなんですが,基本的には御指摘のとおりで(3)という要件がやはり大切になるんだろうとは思っております。ただ,その中に(1)や(2)みたいな要素もあるということは明文化しておいたほうがいいのではないか。バスケットは(3)ではないですかと言われれば,そういう面は確かにあるのかなとは思いますが,なかなか,ただ,実務に携わっている人間の中で,そこまで踏み切るということにはちゅうちょを覚えている者もいっぱいおるという状況でございます。この程度で勘弁していただければと思います。 ○内田委員 私の御質問の趣旨は,(1)(2)は要らないという意味ではなくて,これまで判例で免責のために実際に挙げられていた事柄が書き込まれていますので,判例法の明文化という点では非常に有益だと思うのです。ただ,それが(3)とは違うと言ってしまうと,後で整理が非常に難しいので,(1)(2),その他(3)とすればルールを明示的に例示した上で,バスケットを置くという形になるのかなという印象を受けたということです。どうもありがとうございました。 ○新井関係官 安永委員からのコメントにつきまして,一点だけ申し上げます。免責の可否を決定する要素として,仮に契約で免責要件を書いていたら,できるだけそれを尊重しながら免責の可否を判断するという考えが甲案ではないかというような御指摘があったかと思いますが,必ずしもそういうものではないと思います。契約の内容を中心としつつも,やはり規範的に免責の成否を判断していくということについては,おおむね御異論がないと思われます。要するに,書かれたことだけが重要な要素というのが甲案の考え方ではないということだと理解しているところです。 ○鎌田部会長 よろしいですか。 ○河合関係官 時間も過ぎているところで恐縮でございますが,分科会で御議論いただくときのお願いという観点で発言をさせていただきます。民法の債務不履行責任規定の特則と位置付けられ得る規定が,例えば運送契約等に関する商法577条とか,590条とか,国際海上物品運送法3条などにあります。具体的には,例えば590条1項がその中ではシンプルなので,これを読み上げますと,「旅客ノ運送人ハ自己又ハ其使用人カ運送ニ関シ注意ヲ怠ラサリシコトヲ証明スルニ非サレハ旅客カ運送ノ為メニ受ケタル損害ヲ賠償スル責ヲ免ルルコトヲ得ス」という規定振りとなっています。このような特則と位置付けられ得る規定については,最近の民法の解釈を前提としたものではないかもしれませんが,商法の議論の中には,民法の債務不履行規定を具体化したもので,民法の規定と実質は異ならないというような理解のものがあるようです。今後,検討されようとしている規律は,そのような規定の規律と実質的に違う部分があるのか,仮にあるとすればどの部分であるのか,そのことは特則として意味があるのか,ないのかといったことの検討にも関わってくると思いますので,分科会で,もし可能であれば,これらの点についても併せて御検討も頂ければ幸いでございます。 ○山本(敬)幹事 最初のほうに出ていました契約を基準とするという考え方に対しては批判がありますが,その批判はしばしば誤解に基づくのではないかという点について補足をしておきたいと思います。これまで何度か出ていることですけれども,やはりまとめておいたほうがいいかなと思うところがあります。   大きく分けると二つの指摘があって,一つは,このような考え方を仮に民法で採用して明文化するとすれば,どこまでの範囲で責任を負うか,逆に言いますと免責されるかということについて契約内容にしていくという実務が促されることになるのではないかという指摘です。これについては,現行法の下でも,415条は任意規定ですので,免責事由に関する合意がなされれば,原則としてその効力が認められることは同じです。つまり,この点は現行法と何ら変わらないという指摘が,潮見幹事からも最初にあったとおりです。   その他,このような規定を定めると,逆に,免責事由を契約書に書いておかないと,免責がおよそされなくなるという不安が生じるという指摘もあったかと思います。これは,ここだけの問題ではなくて,契約の内容をどのように確定するかという問題でして,契約書に書いていなくても,契約をした趣旨,目的ないしは契約時に想定されていた事情等から,契約内容はこのようなものであると解釈する。ここに即して言いますと,このような場合については債務者は免責されると解釈することは,これまでも行われてきたことですし,これからも変わらずに行われることだと思います。そのような観点から言えば,「契約書中心主義」という捉え方が誤りであって,ここは正していただく必要があると思います。   もう一点は,債務者と債権者との間,つまり双方の当事者の間に力の差があって,契約書を作成する能力にたけた者,ないしは自分に有利な条項を契約内容とすることができる者が,不当に自分の責任を負う範囲を限定する契約を押し付けることになるのではないかという指摘も,しばしば行われていたところです。  しかし,これについては,以前から,本当に不当な内容の免責条項であるならば,不当条項の問題として処理される可能性があることが,何度か指摘されてきたと思います。  例えば,一定の対価で一定の給付を行うという契約をしていたのに,実質的にそれを無にするような免責条項が定められているというような場合については,比較法的に見ても議論のあるところでして,不当条項として無効とする可能性は十分ありますし,もし可能であれば,そのようなことを可能にするような不当条項規制を定めることができればとは思いますが,いずれにしましても,このような形で対処することが考えられます。   それ以外に,このような給付をするという契約をしておきながら,ここまで詳細かつ多岐にわたる免責条項が契約書の中に含まれていたというような場合に関しては,約款ですと不意打ち条項の問題になり得るところですが,それ以外にも,そのような契約の内容について,相手方が認識できていない場合があり得るだろうと思います。そのような場合は,表示錯誤だと私は思うのですが,そうした錯誤を理由としてその部分の効力が否定される可能性も出てくると思います。   この点については,むしろそうならないように,どのような場合について責任を負うか,どのような場合については責任を負わないかということを契約時に相手方にきちんと知らせて,納得してもらうということをしないと,そのようなリスクがあるということが出てくると思います。これは,ここでの規律そのものの問題ではありませんけれども,そのような形で指摘されている懸念に対して対処がされていくことになるのではないかというのが申し上げておきたかったことです。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○中井委員 山本敬三幹事が最後に整理された点については,先ほど岡委員も指摘されましたけれども,弁護士会が危惧を持っているところだということはもう一度,申し上げておきたいと思います。一つは不当条項規制等で解決できるという御指摘について,本当に不当条項規制がこの改正の中で現実化するのかということ自体がまだ確定しておりません。現に一定,批判的な意見もあって,まだ定かではありません。あたかもそれがあることを前提にした御意見だとすれば,慎重にお考えいただきたいと思います。  また,表示の錯誤による解決は,そもそも成立するかどうか極めて微妙な問題があります。契約できちっと合意すべきだというのは正論ですけれども,現実の実務では,それがなかなか難しい,できていない。不十分な認識のままで,どうかなという条項が入っていて,見たかもしれないけれども,理解していなかった。そういう中で対応を迫られている例が極めて多い。それに対する危惧を常に弁護士会としては表明せざるを得ない。その危惧だけは記録に残しておきたいと思います。 ○佐成委員 時間の無いところ,一点だけ発言させていただきます。契約書主義といいますか,契約書を非常に重視する考え方というのは,今回,非常に契約を前面に出した立法提案が数多くなされているということもありますが,これ自体は必ずしも私は否定的には考えておりません。むしろ,紛争予防という面からすれば,あらかじめきちっと契約書に書いていくということが大事だと思います。今,免責条項を大量に入れるとか,マイナス面ばかりが強調されていますけれども,これから契約を基礎にして取引社会をもっときちっと作っていくのであれば,それなりに我々市民も一定のレベルできちっと契約を詰めていくというような作業が,必要であると思います。何でもかんでも免責するとか,自分の責任を免れるといったことではなくて合理的なリスク分配をしていくとか,そういったような意味での正しい契約書観といいますか,契約観といったものを醸成していくというのも大事なことだと思いますので,必ずしも契約中心主義それ自体で何か問題であるというわけでもないと思います。ただ,誤解される方が結構いるということは事実なので,その辺りも含めて多角的に議論していくのが一番よろしいということでございます。 ○鎌田部会長 ありがとうございます。   そろそろ締めくくりにしたいと思います。   「2 債務者の責めに帰すべき事由(民法第415条後段)」については,(1)(2)(3)がございまして,(2)につきましては大変有益な複数の御提案を含めて,「債務者の責めに帰すべき事由」という部分を中心に,表現の改良の提案がされてきたところでございますが,事務当局からの提案にありますように,この部分の文言の在り方につきましては,分科会で補充的に検討することとさせていただきます。   (1)及び(3)については,(1)について若干の御発言があったのかと思いますけれども,「債務者の責めに帰すべき事由」というこの文言以外の部分では,内容的には特に異論が無かったと理解しておりますし,(3)についてはそもそも御発言がありませんでしたけれども,異論が無かったものとして受け止めてよろしいでしょうか。 ○潮見幹事 (3)ですけれども,一つだけ,これはこれでいいと思うんですが,履行遅滞がなくても同様の結果となった場合に,この限りでないという規定は要らないかということです。ドイツにはそういうただし書があったと思いますが,そういうルールを設けるかどうかということだけは事務的に検討していただいて,判断をお示しいただければと思います。 ○鎌田部会長 分かりました。他にはよろしいでしょうか。   これで,本日,ようやく休憩までにやろうと思っていたところが終わりました。大量に積み残しができてしまいましたけれども,残りました部分については次回の冒頭で引き続き審議することとさせていただきます。   分科会についての報告事項ですが,事務当局から説明してもらいます。 ○筒井幹事 分科会関係ですけれども,部会長から各分科会への論点の振り分けについての御指示がありましたので,それを私から代わりに御報告いたします。   前回会議において,法定利率のうちの「利率の見直しと変動制の導入の要否」及び「中間利息控除」,それから選択債権については,分科会で補充的に審議することとされましたが,これらについては第3分科会で審議していただくことになります。それから,前回会議において分科会で審議することとされた論点のうち「種類債権の目的物の特定」につきましては,危険負担と関連する論点ですので,危険負担についての部会での審議が終了した後に,改めてどの分科会で審議していただくかを調整して,報告させていただくことにしたいと思います。   また,本日の審議において幾つかの論点について新たに分科会で補充的に審議することとされましたが,「履行請求権の限界」及び債務不履行による損害賠償に関する論点につきましては第3分科会で審議していただくことといたします。もっとも,「民法第414条(履行の強制)の取扱い」につきましては,手続法の先生方にも出席していただいた上で審議するほうがよいと考えられますため,改めて日程調整を経た上で,どの分科会で審議していただくかを検討することといたします。松本分科会長を初め,関係する委員・幹事の皆様にはよろしくお願いいたします。 ○鎌田部会長 どうもありがとうございました。   最後に,次回の議事日程等について事務当局から説明してもらいます。 ○筒井幹事 次回の会議は来週12月20日,火曜日,午後1時から午後6時まで,会場は法務省20階第1会議室です。次回の議題は本日の積み残しの部分ですので,部会資料34について御議論をしていただくことになります。次回の会議用の新たな部会資料の送付をすることができませんでしたので,次回会議では積み残し分の部会資料34について御議論いただきたいと思います。なお,これに続く部会資料35につきましては,次々回の会議が1月17日ですけれども,この1月17日の会議用の事前送付資料としてお届けしようと思います。その2週間前の金曜日というと1月6日ですので,そこが事前送付の目安ではありますけれども,年始早々となってしまいますので,できる限り,部分的にでも年内にお届けする方向で努力したいとは考えております。   それから,お手元に「第2分科会第1回会議開催について(報告)」と題する書面をお配りしております。第2分科会の第1回会議がここに記載のとおりに開催され,出席者もここに記載したとおりです。そして,分科会の議事の進行状況については,ここに掲げました1番から5番までの項目について補充的な審議を終えまして,末尾にコメ印で書いてあります項目については,後日また改めて審議されることになりました。大変充実した審議をしていただきましたので,その内容については議事録等で御確認いただければと思います。なお,この分科会の際に,山野目章夫幹事から新たな資料が提出されております。この資料も既に法務省ホームページ上で第2分科会第1回会議の欄で公表しておりますが,念のために本日の会議でも,皆様のお手元に事実上の配布資料としてお配りいたしました。   引き続き,机上配布いたしました調査研究報告書2通について御説明いたします。この部会における審議の参考に供するため,法務省から外部に調査研究を委託いたしました。その結果についての報告書でございます。   まず,国際的な民法改正動向を踏まえた典型契約に関する調査研究についてでございます。これはドイツ民法,フランス民法,オランダ民法など11の法典を対象に,それぞれの法典において規定されている典型契約の内容や相互関係,日本の民法典における同種の典型契約との異同その他,参考となる事項を調査していただいたものでございます。角田美穂子一橋大学准教授,中原太郎東北大学准教授ほかに多忙な本業の合間を縫って,綿密な調査分析をしていただいたものでございます。   次に,新種契約についての裁判例の動向に関する調査研究は,新種契約についての裁判例の動向の把握を目的としており,新種契約をめぐる約5,000件の裁判例を対象に,内容を検討する必要があると考えられる裁判例を一定の手法により抽出した上で,取引類型別に分類して分析・検討が加えられております。本調査研究に際しましては,神作裕之東京大学教授,沖野眞已東京大学教授に全体監修,コメントを頂戴しておりますが,それに先立ちまして早稲田大学大学院法務研究科教授である児島幸良弁護士の指導監督の下で,足立格弁護士,鹿海拓也弁護士,高宮雄介弁護士,北川展子弁護士,島村朋子弁護士,宗宮英恵弁護士に大変多忙な本業の合間を縫って,基礎的な調査をしていただきました。   なお,これらの報告書につきましては,その分量や分かりやすさなども考慮いたしまして,ウエブサイトに掲載するに当たりましては,概要版を掲載する予定でございます。 ○鎌田部会長 どうもありがとうございました。   以上をもちまして,本日の審議を終了とさせていただきます。   本日も熱心な御議論を賜りまして,誠にありがとうございました。 -了-