法制審議会民法(債権関係)部会 第1分科会           第3回会議議事録 第1 日 時  平成24年4月10日(火)自 午後1時00分                      至 午後6時21分 第2 場 所  法務省小会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)           議        事 ○中田分科会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会第1分科会の第3回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。    (関係官の自己紹介につき省略)   本日は,本年1月に開催されました第1分科会の第2回会議の積み残し分とその後新たに第1分科会に割り当てられた論点の整理,論点の検討をしたいと思います。具体的には,部会資料31の「第2 債権の目的」のうち「種類債権の目的物の特定」,部会資料34の「第4 危険負担」,「第5 受領遅滞」,「第6 債務不履行に関連する諸規定」の各一部,部会資料36の「第1 多数当事者の債権及び債務(保証債務を除く。)」,「第2 保証債務」の各一部について御審議を頂く予定です。   まず,本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いします。 ○筒井幹事 本日は,いつものように,本日の分科会で審議対象となる事項の部会資料の本文だけを抜き刷りにしたメモを配布しております。正規の資料の配布は特にございません。 ○中田分科会長 それでは,審議に入ります。   審議の進め方ですが,これまでの2回は次のようにしました。すなわち,議題を適宜区切って,その区切りごとに,まず事務当局から部会での審議状況と部会から分科会に付託されている事項をリマインドするための御説明などを頂きます。その後,私のほうで本日御審議いただくべき主要なポイントを整理し,その上で御審議を頂く,また,委員,幹事はもとより,事務当局の皆様にも適宜御発言を頂くということでした。今回も大体このような方法でよろしいでしょうか。   それでは,そのように進めさせていただきます。   本日の進行予定ですが,まず部会資料34の「危険負担」,次いで部会資料31の「種類債権の目的物の特定」,部会資料34に戻りまして,「受領遅滞」,「債務不履行に関連する新規規定」の順で審議を進め,休憩前までに部会資料34の第6の「3 代償請求権」までを御審議いただきたいと思います。午後3時25分ごろをめどに休憩を入れ,休憩後,部会資料36について御審議いただきたいと思います。   それでは,部会資料34の「第4 危険負担」,「2 民法第536条第2項の取扱い」について御審議いただきたいと思います。事務当局から説明していただきます。 ○新井関係官 説明いたします。当該論点は,部会資料34の47ページに掲載がございます。この論点につきましては,第40回会議で審議がなされました。議論の概況等でございますけれども,本文に記載しました民法第536条2項の実質的な規定内容を維持するという方向性につきましては異論がなかったと承りました。その上で,この第536条第2項を契約類型間の通則として規定を維持するということについては,賛成する御意見を頂くとともに,少なくとも役務提供契約については適用すべきという御意見も頂きました。その一方で,従前の第536条第2項をめぐる判例法理というのが雇用などの役務提供契約において形成されてきたことなどを指摘されて,その判例法理を全ての契約類型に一般化するということについては,疑問を呈する意見も示されました。そして,現行の第536条第2項にあります「債権者の責めに帰すべき事由」という要件と履行不能という要件を変更することにつきましては,従前の判例法理の不安定化を招くとして反対する意見が示されました。また,立法提案に示されているような「債権者の責めに帰すべき事由」というのを「義務違反」という言葉に置き換えることについて,慎重に検討すべきであるという意見を頂きました。以上を踏まえまして,民法第536条第2項を契約類型間の通則として維持する場合の具体的な規定の在り方と,関連制度との見直しとの関係で留意すべき点等について御意見を頂きたいと思います。 ○中田分科会長 この論点につきましては,今,関係官から御説明のあったとおり,今年1月の部会審議におきまして,次のように取りまとめられております。すなわち536条2項の実質的内容を契約類型間の通則のルールとして維持することの要否は最終的に部会で決定することを前提として,分科会では,仮に契約類型間の通則として維持するとした場合の関連制度の見直しとの関係で留意すべき点等を更に掘り下げて検討するため補充的に審議するということです。その際,「雇用ないしは役務提供契約について,賃金債権の帰すう等,特有の規定を設ける必要が更にあるかどうか」については,雇用契約,又は役務提供契約の部分で別途検討することは当然の前提とするということになっております。  部会では,解除と危険負担との関係をどうするかにかかわらず,536条2項の実質を維持するということで異論はなかったと思います。   そこで次のような論点がありそうです。第1の論点は,債務者が反対給付を請求するための要件です。現行法では,債権者の帰責事由と履行不能が要件となっています。そこでもし帰責事由を損害賠償や解除の要件としないとすると,ここではどうするのかという問題があります。例えば,債権者の義務違反とするという立法提案がありますが,それでは狭いという意見などがあります。また,履行不能という概念をどうするかという問題もあります。現行法の下でも,履行不能と受領不能との関係をどう理解するかについて議論がありますが,それに加えて,今回の改正で履行不能の概念を見直すことが検討されていますので,ここではどうするかです。   第2の論点は,債権者の解除を封じる方法です。仮に解除要件として帰責事由を不要としますと,536条2項の場面で債権者側からの解除が可能になってしまいますので,それを抑える必要があります。それを債権者に帰責事由がある場合と言うのか,義務違反がある場合と言うのか,どのような表現を用いるのかです。  以上の二つの論点は填補賠償や解除について履行不能や帰責事由の概念をどうするのかと連動していますので,ここだけで決めることは難しいのですが,ここでもできるだけ詰めるということだと思います。具体的には帰責事由という言葉を使うとした場合のメリットとデメリットを検討するというようなことです。   第3の論点は,契約類型間の通則のルールとする場合に,個別の契約類型に関する規律との関係で留意すべき点はないかです。例えば,労働契約においては,労基法26条の「使用者の責に帰すべき事由による休業」という要件との関係を検討する必要があるといったことです。先ほど申しましたとおり,各論的検討は改めてなされますが,現段階で留意すべき点があれば指摘しておくということだと思います。もちろんこの三つの論点に限定するという趣旨ではありませんので,御自由に御審議いただければと思います。   それでは,御意見を頂きたいと思いますが,いかがでしょうか。 ○山川幹事 特にないようでしたら,飛び入り参加で大変恐縮ですけれども,分科会長がまとめられた論点の第1の反対給付を請求する要件の帰責事由については,部会でも申し上げましたとおり,労働法の立場から言いますと,受領義務というものを原則として一般に否定する見解が,裁判例も含めて多数であす。協力義務という観念は余り議論されてないのですけれども,それも消極説が有力と見られますし,少なくとも余り議論がなされていないということで,義務違反という要件に変えると現在の取扱いが維持できるかどうかに懸念のあるところです。若干,教えていただきたいことは,民法の問題でありまして,帰責事由という要件を536条2項について外す必要性についてですけれども,債務不履行を理由とする解除の場合に帰責事由という要件を外す理由と,536条2項において帰責事由という要件を外す理由が同じと言っていいのかどうかという点です。もし,義務違反という観点を入れるとしたら,ある意味では,民法536条2項の帰責事由が,故意過失又は信義則上,それと同視すべき事由と言われているため,過失も注意義務違反的に考えるとすると結局,義務違反という言葉が入ってくる点では共通するというようなこともあるような気もいたします。門外漢なので何とも言えないのですけれども,解除について帰責事由という要件を外すことと,536条2項について帰責事由という要件を外すことが同じことかどうかという点を教えていただきたいと思います。   実は,536条2項の労働関係の判例では,故意過失又はそれと信義則上同視すべき事由という一般論を言ったものは若干ありますけれども,余りそれに則した判断をしていないことが多いのではないかと思います。単純に解雇が無効になれば原則帰責事由ありという判例が多いですし,また労務の受領拒絶の場合は,受領拒絶の合理的理由とか正当理由ということで処理している裁判例が多いように思われます。そこでこれまで部会で申し上げましたのは,使用者に生じた合理的理由によって履行不要となった場合ということなのですけれども,それで全て包摂できるのかという点は必ずしもまだ自信がない部分もありまして,受領拒絶や解雇の場合はそれで問題なさそうですけれども,ちょっと極端な例ですけれども,使用者が暴力団とかあるいは自らに好意的な組合員を使って,就労を阻止させた場合,帰責事由が使用者に認められることは明らかですが,受領拒絶と同様に言い得るのかどうかという例もなくはないような気もしますので,どういう表現がよろしいのか。他になければ帰責事由ということで現在の要件を維持することもあり得るのかなと思っております。   あと債権者に起因する事由という表現については,これも申し上げましたけれども,労基法26条の平均賃金の60%の支払で足りるという休業手当の要件とほぼ同じですので,現状をむしろ拡張すると言いますか,要件を緩やかにするということなので,若干疑問があるところです。   履行不能という要件を維持すべきかにつきましては,労働法の観点から言うとそれほど異論はないと言いますか,特段定見のないところですけれども,恐らくここで問題になるのは社会通念上,履行が不可能と評価される場合も含めるとか,契約の趣旨に照らして履行が合理的に期待できない場合も含めるということで,従来の履行不能という伝統的な概念を拡張することかなという感じもしております。実質的には規律内容を維持するという方向性が全く従来と同じとするということだとすると,このような表現によると若干範囲が広がるのかなと思いますが,この辺はちょっと教えていただきたいと思います。   例えば,別組合がストライキをしたために,他の労働者の仕事がなくなってしまったという場合,受領拒絶という概念では捉えきれない場合があるかもしれませんけれども,判例によってはそういう場合には労働が無価値になったということで履行不能という評価をしているものがありまして,その労働が無価値になったというのは,履行不能という概念の中で処理する他に,いろいろ提案されているような形で処理するかということであれば,もしかしたらぴったりと説明ができるのかもしれませんけれども,この点につきましては,労働法の立場からは少なくとも現在の取扱いは維持されるのかなと思っております。   ちょっと長くなりました。第1の論点についてはこのくらいです。 ○中田分科会長 他にいかがでしょうか。 ○中井委員 前回の部会で潮見幹事から役務提供契約類型には残すけれども,それ以外の物の給付等も含めたものにまで拡張することについては疑義があるという趣旨の御指摘があったと思います。その点ですが,山川幹事から役務提供契約の中でも雇用契約に関して御説明がありましたように,数多くの判例等から相当程度基準が示されているのかもしれません。ここの規定は,債務者が自らの債務の履行はできないけれども,反対債権の請求ができるのはどういう場合かということで,それは,履行できない理由が債権者側に帰責事由がある場合,債権者に帰責事由があるにもかかわらず債務者が反対請求権を行使できないというのは均衡を害します,おかしいですね,というところにあると思います。   その場面が,役務提供契約に限るのかという点について,お教えを頂きたいと思っています。請負契約も役務提供の一種ですけれども,請負について注文主のほうに何らかの義務違反ないし何らかの帰責事由があることによって,請負人側が工事の完成ができないときに,請負人は報酬請求権を取得することができる。賃貸借契約についても賃借人のほうが何らかの義務違反,何らかの帰責事由によって賃借物の一部滅失をさせたために使用できないとき家主は賃料全額の請求ができていいのではないか。物の給付の場合も,一般的にどう考えるかですけれども,買主が対象となる物が売主の手元にあるところで,壊してしまったら一体どうなるのか。これは損害賠償請求権と反対債権との並存を認めることになるのかもしれませんけれども,債権者側に義務違反があれば若しくは帰責事由があれば,反対請求権を残してもいい場面があり得るのではないか。場面としては少ないのかもしれませんけれども,あり得ると考えたときに,原則類型として536条2項の趣旨は残しておくことにそれほどの支障があるのだろうかと思います。先ほどの物の給付の場合は,反対請求権と同時に損害賠償請求権も行使できるのかもしれませんけれども,だからと言ってこの考え方を排斥しなければならないということはないように思うのです。   その上で,労働契約,雇用契約については若干特殊な考慮が必要なのかもしれないと思っています。それはいわゆる労働債権,報酬請求権は労働なくして発生しないという考え方が基本にあるとすれば,履行不能であれ,債権者側の事情に基づいて履行ができない場面であれ,労働できない,だから労働報酬請求権が発生しないというのでは困りますので,そこは何らかの明文的な規定で労働債権が発生することを明示する必要があるかもしれない。それはしかし雇用のところの特則としておいていいのではないか。労働関係については,必ずしも債権者側の事情,帰責事由の範囲についてはそれなりに緩やかに解されてきた歴史があるのではないか。つまり使用者側の領域で起こった事情に基づいて労務の提供ができないような事態の場合,例えば工場で火災が起こったが,原因が分からない場合,そのために労務の提供ができなくても報酬請求権が発生することが認められているのではないか。帰責事由の範囲はそれなりに広い,緩やかで一般通則より広いとすれば,それは個別の労働契約のところで特則的に認めてもいいのではないか。このように思うものですから,役務提供契約に限るという点について疑問を持つので,その点はいかがでしょうかという指摘をしたかったのです。 ○中田分科会長 いかがでしょうか。役務提供契約に限るという積極的な意見というよりもむしろ一般に及ぼすということを前提とした上で,労働契約については特別の手当を各論的に検討する,それから,確かに部会で出てきた御意見の中に,これまでは物の給付をするという場合については余り考えられていなかったんじゃないかという御指摘がありまして,そこを今,中井委員が詰めて御検討いただいたということだと思います。ですから,元々ここに出ている提案というのは,一応は契約一般についてのルールであるということを前提として更にその場合にどんな問題があるかということではないかと思います。 ○中井委員 そのような理解であれば異存はありません。あえて申し上げたのは,まだ正式な議事録は出ていませんけれども,手元の速記録メモでは,潮見幹事からこれまでの帰責事由の判断枠組みは役務型契約の事案で形成されたものであり,仮にこの判例法の考え方を役務型以外の契約にまで一般化しようとするのであれば反対である,という,これは弁護士会担当メモ係のメモが残っていたものですから,これについてここまで言われてしまうと困るなというところから申し上げた次第です。中田分科会長の御意見からスタートするのであれば,特段異議はございません。 ○中田分科会長 スタートと言いますか,一般的なルールにするというのに対しておっしゃるとおり部会で潮見幹事からそういう御指摘があった,それについて中井委員が更に御検討いただいた,そういうふうに理解しております。 ○山本幹事 先ほどおまとめになった三つの問題点のうちのまず第1についてですけれども,この場面で,帰責事由の話は後で申し上げますが,履行不能という概念を使うかどうか,使うのが適当かどうかという点については,先ほど挙げられた第2の問題点とは少し違う問題であることを踏まえる必要があると思います。  第2番目の問題点論点というのは,要するに債権者の解除を封ずる方法で,債権者側からの解除ができるようになってしまうのを封ずるためには,536条2項の趣旨をどのような形で規定すべきるかということです。けれども,ここで出てくるのは,解除の要件に即して言うならば,重大な不履行に当たるものであって,これは必ずしも履行不能等に限る問題ではなくて,解除の一般要件としてどう定めるかということだと思います。ですから,そこで改めて履行不能という概念が出てくると,どう考えるかという問題が出てくるかもしれません。  それに対して,第1の問題点は,先ほどから出ている論点とも関わりますけれども,双務契約において一方の債務が先履行の関係にある。したがって,先履行の債務を履行しないと,反対給付の請求ができない。そういう場合に,先履行の給付ができなくなっているが,それは,現行法で言うと,債権者側の責めに帰すべき事由によって生じているときに,なお給付の請求ができるようにする必要がある。それをどう定めるかということでして,これは先ほどの第2の問題点における債務の不履行という問題ではなく,先履行給付がしたくてもできないけれども,反対給付の請求を基礎付けるという問題ですので,規定の内容をどう表現するかは別として,ここで,先履行給付に当たる債務を履行することができないとき,これを履行することが期待できないときとするかどうかは次の問題ですが,そのような要件が出てきても,別に債務不履行一般の問題と必ずしも不整合を来たすわけではなく,むしろ問題の性質が異なるということではないかと思います。第1の問題点と第2の問題点については,二つの規定を設けることになると思いますが,これはやはり切り離して考えるべきではないかと思います。   その上で,第2の問題点のほうを先に申し上げたいと思うのですけれども,この第2の問題点は,解除を封じる方法ですので,解除一般についてどのような規定を定めるかということが前提になります。その点については今回の直接の論点ではないかもしれませんが,仮に帰責事由要件は落とし,どう表現するかは別として,重大な契約の不履行に当たるものが要件となって解除が認められるとされたときに,この536条2項をどのような形で定めるかと言いますと,考え方としては,ただし書きという形になるか別個の規定になるかは別として,解除の原因について,現行法で言えば債権者に帰責事由に当たるものがあるときは,解除の一般原則は適用されない。つまり,「その限りでない」という規定を置くことになるのではないかと思います。形としてはそうなりますので,ここで不履行うんぬんというものは出てこずに,解除の一般要件で定める要件が備わるときであっても,その原因が債権者の責めに帰すべき事由に相当するものによるときはその限りでないと定めることになります。   そこで,「責めに帰すべき事由」と現行法で書かれているものをどうするかという点については,先ほどから問題提起のあるところですけれども,御承知のとおり,債務不履行一般について,現行法で言うと415条について「責めに帰すべき事由」という文言を変えるべきだという主張がされるのは,現行法で判例がどう理解しているかは別として,従来は,学説の影響の下に,これは過失責任主義を定めた規定だと理解されがちであった。したがって,この文言をそのまま維持すると,改正された民法も同じ考え方,つまり過失責任主義を維持したのだと受け止められる可能性がある。少なくともそのような解釈に有力な論拠を提供する可能性がある。しかし,そのような考え方は,現在の判例法でも必ずしも採られていない。新たに定められるべき民法でも,そのような過失責任主義に当たるものを採るべきではない。それを明確にするためには,文言をやはり変えておく必要があるということだったと思います。  それとこの536条2項で出てくる帰責事由の話が同じか違うかと言いますと,確かにシチュエーションは違うと思います。それでもなお,原則として解除が認められる,あるいは反対給付請求が認められないとしたとしても,536条2項で,債権者側に一定の要件が備わるときにはその例外が認められると定めるときに,「責めに帰すべき事由」という要件をそのまま維持すると,債権者に過失があることに由来する債権者に対する制裁を認めるものだと解釈する可能性を残す,ないしは開く可能性が出てくるかもしれない。そうすると,それは本当にそうなのかということを考える必要がある。仮にそうでないとするならば,やはり他の適当な文言に変える必要があるのではないか。債権者の義務違反という表現がよいのかと言われますと,私もこれは適当ではないだろうと思います。考え方としては,例えば,「契約その他の債務発生原因に照らして,債権者の広い意味での負担に帰せられる事由によって,解除原因が生じた」,あるいは「履行できなくなった」というような表現,あるいはより適切な表現に置き換えることができるならば,そのほうが望ましいのではないかと思います。 ○中田分科会長 今の御意見ですけれども,債権者の解除を封ずるについては,ただし書きを置くというお話がありましたが,これは解除のところに置くということなのか,それともここに置くということなのか,御趣旨はどちらですか。 ○山本幹事 厳密に言いますと二つの可能性がありまして,まず,解除のところで一般原則を置き,それに対するただし書きとして,つまり解除のところで,いわば補足的ルールとして他のものと並べてこれを定めるという可能性があります。しかし,もう一つは,解除のところに定めてもいいですし,それとは全く別に定めてもいいのですが,解除の一般規定の要件を満たすときでも,その解除の原因について,現行法で言えば債権者に帰責事由に当たるものがあるときには,解除の一般規定による解除は認められないという規定を独立に置くという可能性も技術的にはあるだろうと思います。先ほどは,原則に対する関係がどうなるかということを申し上げただけであって,どこに置くか,どのような表現で定めかというのは別問題だと思います。 ○中田分科会長 もう一つ,帰責事由をどうするかについて,先ほど山川幹事から反対給付を認める要件と解除とでは違うんじゃないかという御指摘もあったと思うんですけれども,ただいまの山本幹事の御説明は,解除を封ずるということについては分かったんですが,反対給付については実質は故意過失,又は信義則上これと同視すべき事由ではないかという山川幹事の御指摘がありましたが,その点はいかがでしょうか。 ○山本幹事 山川幹事のおっしゃられた中身については,また後で確認させていただければと思いますが,少なくとも私自身がこれまで考えていたところを申し上げますと,確かに先ほどのように解除を封ずる場面と自分の先履行の給付はできないけれども,反対給付の請求はできるという場面とでは,場面も異なるし,問題の性格も異なる。したがって,二つの規定を設ける必要があるということを先ほど申し上げました。しかし,そのための要件を変えてよいかどうか,少なくとも,責めに帰すべき事由に相当する要件を変えてよいかと言うと,それはよく考えないといけないだろうと思います。と言いますのは,いずれにしても,一方の給付ができないときに他方の給付を請求できるか,あるいは一方の給付ができないときに,解除の場合に関して言いますと,既に自分が受け取ったものがあるならば,原状回復をして,少なくとも契約がなかったのと同じ状態,履行前の状態に戻すということにするか。いずれにしても,実質的には双方の給付の均衡が問題になっていると思います。その意味で,要件を変えてよいかと言いますと,基本的には変えるべきではないのではないか。もし変えるべき理由があるとすると,それは何かということを特定した上で,それが特定の契約類型のみに当てはまることであれば,それは特則として定める。流れとしては,そうなるのではないかと思います。一般原則としてはやはり変えないというのが前提ではないかと思いますが,いかがでしょうか。 ○中田分科会長 いかがでしょうか。 ○中井委員 今,解除の問題と帰責事由という言葉の問題が二つ出たのですが,帰責事由という言葉の問題について先にコメントさせていただきます。他のところで義務違反という言葉が一方で提案されていますが,弁護士会はこの言葉については極めて消極的評価です。この義務違反という中身が論者によって認識が違うのかもしれませんけれども,やはり法律上の何らかの義務という限定された言葉ではないか。それに対する違反がある場合に限るとなるとすれば,とりわけ労働契約の関係で認められてきた労働債権を認める場面に対して相当に狭い定義付けになるのではないかという点から,消極評価です。したがって,現在の帰責事由という言葉で形成されてきた考え方を維持しておくべきだという強い意見があります。   ただ,この帰責事由という言葉をそのまま残していいのかと聞かれたときには,必ずしもそうではないという意見も持っていまして,先ほど山本敬三幹事がおっしゃられた契約の趣旨,そこには社会通念で制限された契約の趣旨というのが私の意味ですけれども,それに照らして,最終的には,債権者の負担に帰すべき事情に基づいて,という表現であれば,実質同じことを言っているのではないかと思います。 ○高須幹事 同じところでございますが,536条2項の従来の規定での帰責事由という言葉は,確かに私ども実感としては,故意過失又は信義則上,それと同視すべき事由とは少し違うのかなと。もう少し意味が違うのかなという感触を実は仕事をしながら持っていたところだったわけでございます。それと従来の415条を仮にそのような過失責任主義と捉えると少し意味が違ってくるんだろうというニュアンスを持っていたわけですが,今回の改正の議論の中で415条について,この場合の帰責事由と言ってきたものが,従来の故意過失又は信義則上,それと同視すべき事由とは少し違うのではないか。裁判では少なくともそういう運用がされてはいないのではないかということが意識的に論じられるようになって,検討するようになっております。そうなってまいりますと,この536条2項のほうの帰責事由という言葉も従来の故意過失又は信義則上,それと同視すべき事由に限るわけではありませんよということは,むしろ理解しやすいのだろうと。したがって,そこでは概念が異なるということでは必ずしもないのかなと,そういう意味でここでは帰責事由という言葉を使うわけにはいかないという要請はなくなってくるのではないかと思っております。   今,山本先生,中井先生がおっしゃったように,言葉遣いの問題としてそれだけでいいのか。内容が伴わないのではないかというようなことを踏まえて,もう少しそれを具体化するという作業は,415条でもやろうとしているわけですが,ここでもやはり検討すべきだと考えます。415条では私は基本的には内容をきちんと盛り込んだ上で,帰責事由という言葉を残したほうがいいのではないかという立場をとらせていただいたものですから,ここでも同じように,今,山本先生から御指摘があったような債権者の負担に帰すべき事由という言葉を少し補うなどして表現をすることはあり得るのではないかと思います。   帰責事由そのものをなくしてしまうということが,現実的に妥当かどうかという話になったときに,義務違反という言葉だとやや狭すぎるかもしれないとか,起因する事由と言うと山川先生がおっしゃった少し広いかもしれないということになると,ここで適当な言葉を探すことが難しいとすれば,従来使っていた言葉を余り変えるのは,また違う意味をもたらすことになるのではないかという危惧がございますので,御趣旨は今議論いただいた内容とほぼ共通しているつもりなんですが,言葉遣いの問題であればある程度の内容を盛り込んだ上で,帰責事由という言葉をここでも考えるというのも一つあっていいかなと,このように思っております。 ○内田委員 議論の前提について確認したいのですが,もしかしたら誤解しているのかもしれませんけれども,最初のほうで中井先生から536条2項の射程を役務提供に限るのは狭すぎるということで,その例として特定物を債権者が滅失させたという事例を挙げられたのですが,現行法の解釈としては536条は1項が,「前2条に規定する場合を除き」と始まっているわけですので,特定物についての滅失損傷というのは534条がカバーしている。債権者が目的物を滅失させて,履行が不能になった場合も534条でカバーされていると解釈されてきたのではないかと思います。   ですから,そのような場面を現在536条2項がカバーしているという理解は,私が理解する一般的な解釈論ではないのではないかと思います。ただ,これは部会で決めることですけれども,仮に534条のほうをやめてしまって,これを危険負担の廃止と言うのは少し正確ではありませんが,534条を解除で処理をするということになると,債権者が物を壊したために履行不能になった場合についても解除ができることになるので,その解除ができないようにするという,中田分科会長の言われた2番目の論点ですけれども,その問題が出てきます。   しかし,それを解除ではなくて536条2項の射程を広げることによって,そちらでカバーするという手ももちろんあるのかもしれませんけれども,その場合には,解除の話との調整をする必要が出てくるだろうと思います。少なくとも現行法と整合的,連続的に処理しようとすれば,534条をもし解除に一元化すれば,債権者が物を壊したときは,解除の話として処理をするということになるのかなと思います。   それから,もう一つ,帰責事由という言葉についてなのですけれども,山川さんから415条の免責のところで言う帰責事由と536条の帰責事由が同じなのか違うのかという御指摘がありました。債務不履行による損害賠償の免責事由として出てくる帰責事由は,過失と言うと狭すぎる。帰責事由がないという場合を無過失と言うと広すぎる。現実には,実際の裁判実務としては,免責事由はもっと限定されているはずだということで,言葉を変えようという議論もあったわけです。そうやって帰責事由のない場合を非常に狭く解すると,帰責事由のある場合というのはものすごく広いわけですから,それが536条2項の解釈に入ってくるとすればおかしいのは明らかだと思います。ですから,明らかに場面が違う。536条2項のほうは対価を全額,100パーセント取れるという場合ですので,広い意味での帰責事由があればよいと言われたのではアンバランスだろうと思います。何も履行してないのに対価が全部取れるという事由ですから,やはり不法行為で言うところの過失に相当するような,つまり注意義務違反に相当するようなものがないと結果として効果が大き過ぎるのではないか,ということで義務違反という言葉が提案されているのだと思います。   ですから,義務違反という言葉は非常に評判が悪いのですけれども,発想としてはごく自然な発想ではないか。言葉がいいかどうかは分かりませんけれども,別におかしなことは言っていないのではないかという気がいたします。 ○山川幹事 今まで解除の要件との関係で考えていたものですから,今の御説明で勉強させていただきました。私が先ほど申しました解除の要件との関係,あるいは536条の帰責事由との関係につきまして,現状よりもよりよい表現があれば,そちらのほうが望ましいであろうということで,現行の条文を維持することは,ほかに見つからなければという趣旨で申し上げたことでした。実際,高須先生も言われたように,労働関係の判例でも故意過失又は信義則上,それと同視すべき事由があるかということそのものを当てはめているという事例はそれほど目立たないものですから,労働の観点から見てもより実態に即した表現があればそちらのほうが望ましいかと思っております。 ○中井委員 先ほどの義務違反ということで内田委員から御説明を頂いて,なるほどと思ったんですけれども,義務違反であれば,正に損害賠償請求ができるという意味内容のある義務違反だとすると,反対給付を受けられなかったことによる損害プラスそれ以外にもあれば請求できる。それに対して,536条2項であれば,恐らく反対給付に限ってその限度ではないか。労働の問題についても,その全額というよりは他で稼ぐものがあったらそれを控除することもあり得るという考え方もこの場面で適用されるとすると,反対給付全部請求できるから,義務違反レベルでなければならないという,論理がよくつながらなかったので,更にその点,お教えいただければと思います。 ○内田委員 何も履行してないのに反対給付が全部取れるというわけですから,結果が非常に重大なので,要件は相当限定される必要があるだろうということで,その限定を表す趣旨で義務違反という言葉が使われたのではないかという説明をしました。今の中井委員のお話の中で,損害賠償でいけば反対給付の額よりももっと取れるのではないかという御指摘がありましたけれども,損害賠償でいくというのは契約を存続させて,反対給付の債務を残し,その上で更に追加で損害賠償を取るということでしょうか。しかし,536条2項の下でも,危険負担の論理としては,義務違反があれば当然に反対給付が取れますが,プラスして相手義務違反が債務不履行ないし不法行為として,つまり損害賠償の原因として評価されるのであれば,足りない部分は当然賠償として取れると思いますので,結果は同じになるのではないかと思います。 ○青山関係官 始めに分科会長がおっしゃった3点目の論点に労働基準法26条との関係という話もありましたので,コメントしますが,個人的に勉強になったなということが多いのですけれども,労働基準法26条は使用者の帰責事由がある休業の場合には平均賃金の60%以上を払わなければいけないという強行法規なのですが,536条2項を前提としているので,むしろ民法のこの規定がどうなるかが非常に重要で,それを見ながら労働基準法の扱いも考えていかなければと思っているところです。   労基法26条でこのような規定を置いているのは,内田先生もおっしゃったように,民法の規定では賃金の100パーセントまで取れるのですが,一方で,当事者の合意で適用を排除することもできる。それでは労働保護の観点からは弱いということで,労働基準法上の強行法規として,罰則や付加金という制裁も付いているものとして,60%以上であるけれども,必ず確保しなければいけないものとして規定しております。そういうことで特別法的な位置付けに立っていると思うので,特別法の方での判断となるものです。ただ,帰責事由という同じ表現を使っています。労働基準法で「使用者」,民法では「債権者」の責めに帰すべき事由,このように同じ言葉を使っているところ,帰責事由の範囲の議論を聞いて私も多少混乱したのですが,確かに狭いというのか,過失責任主義という趣旨で民法536条2項の規定の帰責事由が規定されているのだけれども,労働基準法ではそれでは弱いので,故意過失又は信義則上それと同視すべき事由以外にも,不可抗力以外のものを全て帰責事由と読み込んで保護しようという考え方で捉えており,そのように両法では範囲が異なるとされていますので,元々同じ文言で別の解釈となっているので,こちらが変わるとどう変わるかというと,パラレルには変わらないとは思うのですけれども,むしろ労働基準法のほうでそれを踏まえた上で判断しなければいけないと思っております。   先ほど山川幹事もおっしゃいましたように,536条2項自体を労働契約に当てはめるときには結構広く認められている気もするのですけれども,こと労働基準法26条との関係になると,民法はこれだけだけれども,労働基準法はもっと広く考えると整理されているように思います。 ○内田委員 ただいまの青山関係官の御意見に非常に納得いたしました。この改正に関するパブリックコメントや,それ以外にもいろいろ公表されている意見の中に,536条2項の帰責事由という言葉,それから労基法の帰責事由という言葉,同じ言葉だけれども,意味が違う。違って解釈するという運用は安定しているので,言葉を変えるなという御意見があるのですけれども,これは全く法律の名宛人である国民を無視した議論ではないかと思います。同じ言葉だけれども,別の法律で意味が違う。意味が違うことが解釈として安定しているからそのままにしろというのは,初めて読む人にとっては訳が分からないと思います。やはり初めて読む人にとっても意味が分かるように書くべきではないかと思います。そういう意味では労働基準法は判断基準が確立していますので,それを維持するという前提に立つならば,民法が今の用語を維持しなければならない,ということにはならないのではないかと思いました。 ○中井委員 解除の関係ですけれども,解除一元化論,解除に帰責事由を必要としないという立場に立てば,536条2項の場面で解除を制限するという仕組みを考えなければならない。解除を制限する場面の要件として,債権者側に何らかの,現行法で言う帰責事由のある場合に,債権者はたとえ債務者が履行しなくても解除できないという規律をあえて置かなければならないということになる。これに対して,弁護士会はかねてから申し上げているとおり,解除について帰責事由が必要だという従来型の考え方を維持する立場も残しているわけです。その立場からここで関連させて申し上げると,危険負担制度も存続させることにした上で,債権者にも債務者にも責めを負わすことができない場面では反対給付は消滅するけれども,債権者側に現行法で言う帰責事由があるときには,反対請求権が残る。いわゆる危険負担制度の例外としてのただし書きになる。結局そのときの要件は,反対請求ができる場面と同じことを想定していると思います。同じことを想定していたときの要件が,解除を制限する幾つかの場面で出てくる。ここもその一つになりますが,それが果たして分かりやすいのか,ということについてなお疑問を持っております。 ○山川幹事 先ほど,分科会長の挙げられた第2点と第3点について簡単に申します。解除の道を封ずる規定を置くことは,特段異論がございません。それから,規定の置き方,契約類型との関係ですけれども,要件面で申しますと,労働法が特に民法536条2項の規定を広げているかと言うと,ほかの部分はよく分からないですけれども,むしろ先ほど青山関係官のおっしゃられたように,労基法26条が特に労働法特殊的な考慮から帰責事由という言葉を使いつつ,要件を広げているという感じです。あとは個別ケースの運用の問題で,その意味でも536条2項の要件はいわゆる規範的要件というか,評価的な判断ができるほうが望ましいのかなと思っております。   むしろ効果の面について,部会でもちょっと申し上げたんですけれども,雇用の場合は先ほど来,御議論がありますように,原則としては労務給付が現実になされなければ反対給付請求権は発生しないということになっていますが,他の適用範囲についていろいろ御議論があるかもしれませんが,例えば売買型ですと,契約成立によって反対債権,代金債権が発生する。しかし,それが失われない場合があるということになります。このように,元々契約締結によって反対債権が発生する場合としない場合の違いがあるということですから,雇用に関しては反対債権が特に発生するという規定を置く意味があるかと思います。   536条2項に相当する規定については,これもまた教えていただきたいのですけれども,請負の場合については,契約締結によって反対債権が発生するとすれば売買と同じに考えられますけれども,債務の履行を完成させた場合に反対債権が発生するとしたら,雇用と同じようなことになると思いますけれども,請負の場合,不確かな記憶ですけれども,契約締結によって代金債権が発生するというようなことをどこかで読んだ覚えもあるのですが,この点はむしろ一般的な理解を教えていただきたいと思います。要するに,効果の違いに着目して契約類型間の規定の違いを考える,あるいは複数の規定を置くということはあり得るのではないかと考えております。 ○中井委員 今のことに関連して,昨日も日弁連で賃貸借契約における賃料債権についてもどう考えたらいいのか議論がありました。一部が賃借人の責任で滅失した場合の賃料債権について,一部使用収益させることができなかった。その場面について同じ議論をしたわけです。 ○山本幹事 請負に関しては,学説の中では少数説を含めて対立があるようですけれども,一般的な理解は,請負契約と同時に反対債権も発生しているけれども,仕事完成債務が先履行の関係に立っていて,それを履行しない限り,反対給付の請求ができない。つまり,先履行・後履行の問題になっているということだと思います。   賃貸借に関しても,これは詰めて考えると難しい問題が生じている可能性が高いのですけれども,素朴に理解されているのは,やはりノーワーク・ノーペイと同じでして,賃借物を使用収益させて初めて賃料債権が発生する。したがって,賃貸借契約を締結しただけでは賃料債権は発生しない。賃貸借契約に基づく引渡しをして,実際に使用収益が始まることによって,賃料債権が発生する。もちろん,その履行期がいつかというのは別問題ですけれども,債権の発生についてはそのようになる。ただ,賃借物が途中で滅失したときは,賃料減額の規定をどう理解するかということと関係しているのですけれども,何とはなしに,これは危険負担と同じで,一方の債務が履行不能になれば,他方の債務は当然に消滅すると考えているように見える説明がしばしば目にされます。ただ,厳密に言いますと,使用収益できなければ賃料債務が発生しませんので,危険負担の問題にはならないはずです。しかし,危険負担の問題になるということは,実は賃貸借契約によって抽象的には賃料債務が発生していて,使用収益させることが先履行の関係に立っているけれども,履行不能になれば,そのようにすでに発生している賃料債務が消滅するという構成を前提にしていると見ざるを得ないのですが,厳密に考えた上で,そのように言われているかどうかは必ずしも定かではありません。  ですので,議論をし出すといくらでもできるところですが,以上を前提としますと,536条2項の射程について,山川幹事がおっしゃるように,そもそも債務が発生しない場合に発生させるというところのみをカバーするのか。それとも,抽象的に債務は発生しているが,一方の債務が先履行なのだけれども,先履行できないので,反対給付を請求できないという場合もカバーできるようにするかというように問題を整理できるかもしれません。もしそうだとしますと,その上で規定をどのように定式化すべきかということが次の問題になると思います。 ○山川幹事 非常に難しい問題があるということが分かりましたが,反対給付を受ける権利を失わないという文言にすると,反対給付を受ける権利は既に発生しているという前提を採っているようですが,もし536条2項のカバーする範囲に先ほど山本先生の言われた双方の場合があるとすると,曖昧な形というか,反対給付を請求することができる,といった表現ですとどちらも入るかなと思います。単なる思い付きですけれども。 ○中田分科会長 今,お出しいただきました御意見は,各論のところでも,賃貸借契約における賃料請求権というのは抽象的なものと具体的なものがあるのかとか,請負の概念を役務型のものと物を引き渡すのとで分けるのか一体と考えるのか等々と絡んでくると思います。大きな問題としては,そもそも反対給付請求権が発生しているのかいないのかということがあるということを御指摘いただいたかと思います。この論点については大体よろしいでしょうか。   それでは,次に進めさせていただきます。   続きまして,3の「民法第534条(危険負担の債権者主義)の規定の要否等」について御審議いただきたいと思います。事務当局から説明をしていただきます。 ○新井関係官 説明いたします。当該論点は,部会資料34の49ページ以降に記載がございます。この論点につきましては,第40回会議で審議がなされまして,本文のアについては,甲案の考え方について異論がなかったと思われます。その上で危険な移転時期をどのように画した上で具体的に規定を設けるかについて,分科会において補充的に検討されることになりました。また,イとウについては,部会では特段の御意見がなかったところですが,この機会に御意見を頂ければと思っております。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 3のアですけれども,甲案を採るとして,売買等における危険の移転時期を具体的にどのような時点とするのか。またそれをどのように表現するのかという問題があります。これはもちろん契約で決まることですが,任期規定としてどのように規定するのがよいのかということだと思います。具体的には,引渡し,登記・登録,代金支払いなどのうちいつにするのがよいのか。また,それを債権者が実質的に支配を得た時というように,抽象的に言うのかどうか。更に所有権移転との関係をどう考えるのかといった問題があるかと思います。   次に,イとウですけれども,これは部会では余り御意見がありませんでしたので,ここで詰めるということだと思います。イのほうは,例えば将来転勤することになったら,この家を売るという売買契約で転勤が決まる前にその家が滅失したり,損傷した場合の問題です。534条については,滅失と損傷を区別しないで,危険の移転時期を決めることにすると,534条の特則である535条1項,2項を維持する必要はなく,削除してはどうかという提案です。また535条3項は,条件成就前に債務者の帰責事由により損傷した場合の規定ですが,これも債務不履行の一般原則に委ねてよく,削除してはどうかという提案です。   ウですが,これは催告による解除権の消滅を規定する574条の適用制限の提案です。解除の要件として,債務者の帰責事由を不要とし,また危険負担制度を廃止すると,債務者が履行義務も填補賠償義務も負わない場合であっても,債権者は解除しない限り反対給付義務を負い続けるという事態が生じ得ます。そこで,債権者が解除権を失うことになると,債権者のみが反対給付を強いられることになるので,そういった場合には547条を適用しないという提案であります。   これら3点についてですが,まず,アについて御審議していただきまして,その後に,イとウについて御審議いただきたいと思います。まず,アについていかがでしょうか。 ○中井委員 部会で申し上げたことと重なるかもしれません。アについて,弁護士会は,実質的な要件としては,管理可能性を基準とする考え方に基本的に賛成です。具体的には引渡しを基準とするのが,実務に沿って分かりやすいという意見です。ただし,不動産については,登記が実務的には非常に重視されておりますので,登記が引渡しに先行してなされたときは,その登記を基準にすべきであるという意見が多かったです。   自動車の場合は登録制度がありますが,実務では自動車の販売に際して多くは登録を先行させてから引渡しをすることが多いようですけれども,そのときも実質管理可能性である引渡しを基準とすべきではないかというのが多くの意見でした。船について船舶登録があるわけですが,これは実務の実状について議論したメンバーがよく分からなくて,やはり取引慣行を確認した上で,一定の方向性を出すべきではないかという意見でした。 ○新井関係官 弁護士会での議論の状況を教えていただきたいのですが,危険の移転時期については,目的物の種類ごとにいろいろ細かく規定を置いたほうがいいのではないかとの御意見が多かったという状況でしょうか。 ○中井委員 今の質問に対しては,規定の置き方,規定の在り方,そういう観点からの議論はいたしませんでした。具体的にどういう判断基準が好ましいかというのを一般論として議論し,実質的な管理可能性という前回部会で出た大勢の意見に基本的には異論がなかった。それは具体的には引渡しです。そこから不動産の場合,動産の場合,車の場合,そして船の場合と議論が進んだということです。それをまとめて,個別具体的に規定するのがいいのか,先ほど中田委員からおっしゃられた抽象的に例えば実質的管理可能性が移転したときという規定の仕方がいいのかというこの規定ぶりまでは議論いたしませんでした。 ○山本幹事 部会でも出ていたことかもしれませんが,引渡しか,更に登記・登録も加えるかというのは次の問題として置いておきまして,まず引渡しのほうについてですけれども,特に国際物品売買に関するルールなどを見ますと,危険の移転時期については非常に細かい規定が置かれています。これは,国際物品売買の場合は正にそこは関心があるからだということですけれども,特に送付債務の場合を念頭に置いて,最初の運送人に目的物を引き渡した時をもって危険が移転することを原則とする規定等が定められてします。日本では,これまでこの種の問題を議論するときは,引渡しの意味をどう理解するかは次の問題としてありますけれども,単純に引渡しを行う場合を念頭に置いて議論してきたかと思います。  しかも,送付債務の場合については,実際には,契約によって違っていまして,債権者の手元に目的物が到達して初めて危険が移転する場合もあるでしょうし,契約によっては運送人に目的物を手渡した時をもって危険が移転するという場合も考えられます。要するに,契約の趣旨によって異なってくると考えられます。そうしますと,これについてデフォルトルールを民法で一般的に定めることができるかということがそもそも問題となってくるわけです。いずれにしても,危険の移転時期について,単純に目的物の引渡しがあった時という定め方でよいかどうか,更に検討する必要があるのではないかと思いました。   定め方としては,目的物を引き渡した時,目的物を引き渡す債務を履行した時,あるいは目的物を引渡債務の履行を完了した時というように,引渡債務の履行ないし履行の完了という時点を引渡しに関する危険の移転時期として定めておきますと,送付債務で債務者側が引渡債務としてなすべきことを全部した時は,契約上,例えば運送人に引き渡すという債務までしか負ってないとしますと,引渡債務に関してはそこまでしか債務を負ってないわけで,それを履行した時に危険が移転するという解釈が可能になるかもしれないと思ったわけなのですが,少なくとも引き渡した時と単純に定めるだけで全部カバーできるかどうかは,問題があるかもしれないということを申し上げておきたいと思います。 ○中井委員 今,山本敬三幹事がおっしゃられたことは,個々の契約で履行場所がどこなのか,取立債務なのか持参債務なのかというその契約の中身の問題が決まらないと出てこない話なのではないか。そこが決まった上で,引渡し,若しくは引渡債務を履行したときというのが弁護士会の意見として理解していただければと思います。 ○山本幹事 結論は恐らく同じだと思うのですけれども,危険の移転時期として「引渡し」の時と定められていると,引渡しの本来の意味よりも広げた解釈をせざるを得なくなってくる可能性があるのではないかという趣旨でした。 ○中井委員 問題の趣旨は理解いたしました。ありがとうございます。 ○中田分科会長 ほかにはよろしいでしょうか。 ○高須幹事 格別違う意見を持っているわけではなくて,今,出たような意見なわけですけれども,書き方の問題としては,今のことでございます。弁護士会で,議論に出ましたように,原則引渡し,あるいは引渡債務の履行というようなところを念頭に置いて,ただ不動産だけは登記が持っている特別な意味があるよねというのは,実務的には実感出来るのですが,そのこと自体を言葉で書こうとすると結構これは難しいことなのかなという,なぜ不動産の登記だけが別なのかということが今一つ条文上はっきりしないし,何かを決めつけてしまうのも危険があるのかなという気がしますので,結局そういう意味ではやはり個々の規定は今のような内容を踏まえた上ですけれども,抽象的な書きぶりというのがある程度出てくるのではないか。実質的な支配,あるいは管理可能性の移転のような言葉遣いというのでまとめておいて,そこはある程度解釈で委ねるという,分かりにくくなるのかもしれませんけれども,しかし決めつけてしまって後で使いにくくなるよりはいいのかなという印象を持っております。 ○中田分科会長 大体よろしいでしょう。 ○中井委員 高須さんの意見が出たので,そのような考え方も十分理解できるところではあるのですけれども,実質的な管理可能性とかそういう抽象的な言葉よりは,デフォルトルールとしては,ここでその実質的管理可能性の徴表が引渡しであると合意ができるのであれば,引渡しないしは山本敬三幹事がおっしゃった引渡債務を履行したときという形をルールとする,明示したほうがいいのではないかと思っております。そのときに,不動産について別だというのであれば,不動産については登記のときをもってとする例外規定を設ける。確かに違和感はあるのですが,実質不動産の場合はほとんど売買契約の中で危険の移転の時期も定めておりますので,そういう特別ルールがそこにあるからといって,実務で差し障りがあるということはほとんどないであろうと思います。書いてなかったときに限ってそれが適用されるということに尽きるわけですから,そのほうが分かりやすいのではないかという意見です。 ○内田委員 不動産についてだけ,そういう特則を置くということに対する質問なのですが,物理的な引渡しは終わったけれども,登記の移転だけ少し後に遅らせたという場合はどういうふうに扱うのですか。 ○中井委員 言葉足らずで申し訳ありません。引渡しが先行している場合は引渡しです。そういう意味では,引渡しと登記があるときは,不動産に関してですけれども,先に行われたほうということになります。登記が遅れたときはやはり引渡しが基準になります。 ○鹿野幹事 先ほど山本敬三幹事がおっしゃった,引渡債務の履行ないし完了の時という基準について,少々確認のため質問させてください。先ほどは送付債務の場合を例にとってお話になったのですけれども,例えば取立債務の場合についてもその基準によるとどのようになるのでしょうか。要するに,おっしゃることの趣旨は,債務者が契約の趣旨に照らしてどこまでやるべきかということがまず前提としてあって,それを完了したある時点で危険が移転するということなのだろうと受け止めました。ただ,そうすると,おっしゃった基準は,現実に支配が移る時期を基準とするものとは異なる観点に基づくものであるようにも聞こえ,また,特に取立債務の場合なども含め,実際の時期としても違いが出てきうるような気もします。そこで,両者に違いがあるのか,あるいは同じなのかということを明らかにするために,この点をお聞かせいただきたいと思います。 ○山本幹事 まず第一に,先ほど引渡債務の履行とか履行の完了という基準を挙げてみましたのは,債務があって,それを全部履行し終わらないと,危険は債務者が負うことになる。したがって,履行の提供とは違って,債務者がやれるだけのことをやれば免責されるというのではなく,債務者が債務を履行し終わらないと,債務者が危険を免れることはできないという考え方によります。ですから,取立債務の場合でも,引渡債務があるわけであって,債権者が債務者の住所ないしは事務所に取立てに来て,実際に債務者が債権者に目的物を渡した時に初めて危険は移転するということになると思います。   このように,まず,債務者が危険を負担するのが当初の原則であって,その債務者が危険を免れるのはいつかと言うと,債務者が負っている引渡債務を履行し終わった時であって,この時から債務者は危険を負わなくてよくなるという形でルールを整備できるのではないかと思った次第です。少し分かりにくい表現になってしまって申し訳ありません。ただ,以上は思い付きの域を超えていないかもしれませんので,思わぬところで破綻があるかもしれないという気がしています。 ○中田分科会長 そうすると山本幹事のお考えですと,取立債務の場合には別のルールによって危険が移転する可能性もあるという理解でよろしいでしょうか。 ○山本幹事 別のルールと言いますのは。 ○中田分科会長 受領遅滞のような。 ○山本幹事 それは取立債務に限った話ではないだろうと思います。 ○中田分科会長 鹿野幹事,今の御説明でよろしいでしょうか。 ○鹿野幹事 はい,分かりました。 ○中田分科会長 アについては大体よろしいでしょうか。  それでは,イとウを一括して御意見を頂きたいと思います。 ○高須幹事 イの点でございますが,この部会資料に書かれているような説明の流れであれば,弁護士会としても賛成だということをバックアップ会議というんですが,そこではそういう議論になりました。それから,ウのところは前提として,解除の要件をどうするかという問題があるものですから,なかなか弁護士会としては帰責事由という言葉を外してという議論をするということに批判的であり,そういう議論が立ちにくいものですからなかなか定まった方針が出ないんですが,私個人としては飽くまで仮に,ここではそのことの是非を問うのではなくて,飽くまで今一つの議論として出ている帰責事由を不要としての解除権の発生を認めるという立場を採った場合にはということであれば,バランスをとるためにこの547条の催告の規定はむしろ削除すべきであり,前提が仮にそうであれば私はこれは妥当な制度だと思います。ただ問題はその前提を採るかどうかというところだろうと思います。 ○中田分科会長 イについては原案でよろしいという御意見を頂いたわけですが,それ以外の御意見は特にございませんでしょうか。それでは,イについては,特に異論がないということと承ります。ウにつきましては,正に高須幹事がおっしゃいます前提をどうするかという大議論があるわけですが,仮にその前提を採ったとすればこれは合理的であろうということについてもほかに御意見はございませんでしょうか。   それでは,そういう御意見を頂いたということにさせていただきます。   続きまして,部会資料31の「第2 債権の目的」,「4 種類債権の目的物の特定(民法第401条第2項)」の「(1)種類債権の目的物の特定」について,御審議いただきます。事務局から説明をしていただきます。 ○新井関係官 当該論点は,部会資料31の48ページに掲載がございます。昨年第36回会議で審議がなされました。その中で,民法第401条2項の債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了ということの具体化の要否やあるいは特定の効果の在り方について,検討すべきであるという提案があり,それを踏まえて分科会で検討することになったものでございます。 ○中田分科会長 これは,昨年11月の第36回部会で議論された論点です。まず,「債務者が物の給付をするのに必要な行為を完了」したことを具体化するかどうかです。例えば今も話題に出ました,持参債務,取立債務,送付債務について何らかの規定を置くべきかどうか,またそれを置くとするとどのような規定なのかを検討する。これが第1の課題です。取立債務においては,債務者は目的物を分離した上で,債権者に通知せよという規定を置くかどうかということだと思います。なお,持参債務等について定義案を作ってほしいという御意見もありましたが,そこまでは分科会の仕事ではないということになったのではないかと理解しております。   第2の課題は,第1の課題とも関係しますが,特定の効果について更に検討することです。部会資料31の49ページに①から③の三つの効果が記載されています。①は所有権の移転についてですけれども,これは物権法にも関わる問題でありまして,この部会の付託事項を越えているのではないかという御指摘もありました。②は債務者の義務が調達義務から善管注意保存義務に変わるということですけれども,これは善管注意保存義務を定める400条の取扱いとも関係いたします。③の目的物の滅失につきましては,先ほど御審議いただきました危険の移転時期との関係が問題となってまいります。このように特定の要件の具体化の要否,内容,そして特定の効果について,御審議をお願いいたします。 ○高須幹事 誰かが口火を切らないと話が進まないというだけのことなんですが,今,危険の移転のところの話が出ましたので,ちょうど問題提起になったのではないかと思うのですが,今の部会資料の49ページのところの特定の効果のところの③のところの問題については,ここでは引渡債務が履行不能になるという問題と反対債権がどうなるか。危険負担にいくのか損害賠償請求の問題になるのかというところが③で同列に論じられているわけですけれども,先ほど危険の移転の時期の問題について,飽くまで引渡しそのもの,あるいは引渡債務の履行でなければならないという考え方もあり得るということをとりますと,特定しただけではその種の危険の移転はしないという要素も出てくるわけでございますので,私どもの実務家が何も指摘することではなくて,既に御研究がなされているところであって恐縮なんですが,履行不能という問題のところとそれから反対債務がどうなるかという,いわゆる給付危険の問題と対価危険の問題を意識した議論をやはりここでもする必要が出てきているのではないかと。そうなると特定の意味が何なのかということも含めて,1,2,3そのものというよりももう少し修正した議論が出てくるとした場合に,その特定がどういう意味を持っているのか。その場合の特定の時期は何がいいのかという議論につながっていくのではないかと思います。ただ誰かが言わねばと思っただけです。すみません。 ○中井委員 ここも教えていただきたいと思うのですが,前回の部会審議で潮見幹事から今高須幹事がおっしゃった取立債務の特定との関係で,危険負担のルールを意識して検討してほしいという趣旨の発言があったかと思います。それを踏まえて,我々が議論して理解したところを申し上げて,そういう理解についてよろしいのかを是非お聞きしたい。高須幹事の繰り返しになるかもしれませんけれども,この取立債務については特定したことによって,もはや再調達義務は負わなくなるだろう。それを給付危険の移転と呼ぶのでしょうか。その特定の段階ではまだ対価危険の移転はない。ではいつかとなれば,それは引渡しのときではないか。だから,単に目的物を分離して準備したことを通知した,それだけでは足りない。いついつ取りに来るという,その時点で引渡しをすれば,そこで危険は移転する。   そのときに受領しなかったらどうなるか,この後議論することになる受領遅滞の問題として,受け取らなかったら受領遅滞の効果として引渡しはなされていないけれども危険は移転する。そういうふうに理解したらいいのか,ということを弁護士会内部の議論で共通の認識に至ったんですけれども,そういう理解でよろしいのか。 ○山本幹事 異論はございません。   先ほど分科会長が挙げられた二つの論点のうちの一つ目について,よろしいでしょうか。必要行為の完了という要件が現行法では定められているのですが,これを具体化するかどうかという問題です。  この点については,部会で,私も少なくとも検討する必要があるのではないかということを申し上げた関係で,多少考えてみました。具体化というときに,私が当初漠然と考えていましたのは,何が必要な行為かよく分からないので,これをもう少し分かりやすい基準に置き換えることができないかということでした。この点について,比較法を少し見てみたのですが,現行の401条の1項・2項はドイツ民法をほぼそのまま受け継いだ規定のようでして,ドイツ民法では,正に債務者の側で物の給付について必要なことをしたときは,債務関係はその物に限定されるという規定があって,それがほぼ引き継がれています。   他の立法例等も見てみたのですけれども,ぴったりくるような定式は必ずしもありません。特に,最近の国際条約等では,危険負担ではなく,解除制度に一元化するという傾向がありますので,ますますこのような規定が目に見える形で整備される方向にはいってないのかもしれません。もちろん,ほかの理由も比較法的にあるのかもしれませんが,よく分かりませんでした。  というわけで,なかなか手掛かりもありませんし,よく考えてみますと,やはり債務者の側が債務を負っていて,そのなすべきことを必要な限りでなしたときにその物に特定し,先ほどのような効果が生じるのであって,考え方としてはそれで過不足なく表現されていると言えば,そのとおりかもしれないと思いました。結論として申し上げますと,これに代わる具体的定式はなかなか思い付かなかったというのが正直なところです。  その上で,持参債務,取立債務,送付債務等について具体的な規定を置くべきかどうかは次の問題だと思います。そこで,このような形で債務を三分類ないし何分類かした定め方をすることの当否も考えなければならないことだと思いますが,他方で,特に取立債務について現在言われている基準については,少なくとも規定を見ただけではよく分からない。どうすべきかというのは,少し悩ましい問題ではないかと思います。分離するという要件は,昭和30年判決をきっかけとして登場してきたものですけれども,これもドイツ法で,aussondernという要件について語られているところと対応しているものでして,おかしな基準であるわけでは必ずしもない。では,明文化するかというと,ドイツでも詳しくは定めていない。どうすべきか,非常に難しい問題です。ということで,一応考えたことを申し上げさせていただきました。 ○中田分科会長 ありがとうございました。ほかにいかがでしょうか。 ○中井委員 物の給付をするのに必要な行為を完了したという現行民法のこの言葉を更に具体化をして規定してはどうか。この中身を検討してはどうかという趣旨だろうと理解して弁護士会でも少し検討したのですが,果たしてここで詳細な規定を置くことが適当か疑問を呈する意見が多かったということです。   少なくとも持参債務と取立債務については,一般的理解があって,先ほどの危険負担についてもそれぞれの場合に即した効果を定めることができるかもしれませんけれども,送付債務となりますと,これは送付時点なのか第三者の場所で受け取る時点なのか,これを一般的に規律することは難しくて,結局は個別契約の中身の問題になるのではないか。つまり,この送付債務も,場所が第三の場所かもしれませんけれども,実質は第三者の場所まで持参するのか,発送した時点,つまり物を分離して特定して準備した時点なのかというどちらかになるので,結局個別契約の解釈の問題に行き着いてしまうのではないか。そうすると,この送付債務なるもの,一般的にそういう債務があることは理解できますけれども,規定すること自体,いかなる意味を持つのか理解できないという意見が出ておりました。   例えば危険負担についても,それは結局個別送付債務の合意の内容の解釈の問題で決まるのではないか。問題の理解の仕方が間違っていれば,これも教えていただければと思います。 ○中田分科会長 弁護士会では持参債務と取立債務について何か規定を置くということは積極的な御意見が多いということですか。 ○中井委員 積極的に,401条2項との関係で置きましょうという意見はありませんが,例えば弁済の場所についての規定がありますね,そこでは原則持参になっていますから,そこで一つの規定ができるなら,取立債務の定めも置くということはあり得るのではないでしょうか。弁護士会として統一した見解ではありませんが。   山本敬三幹事が前の部会のときに,物の給付をするのに必要な行為を完了したというのを,もう少し特定しましょうという趣旨の御発言が,送付債務についても特定することによって,だから送付債務一般にこういうルールが成り立ちますとお考えになられて,送付債務の定義を提案されたのかどうか。結局,送付債務は第三者の場所に持っていくものだといっても,例えば危険負担との関係で考えても,個別契約の解釈で解決するのだったら,一体置く意味は何だろうか,そこがよく分からない,というのが私の先ほどの趣旨です。 ○中田分科会長 部会は大分前のことですので,誰が発言したかということはともかくとしまして,中身についていかがでしょうか。 ○山本幹事 先ほど申し上げたのは,必要な行為を完了したという抽象的な基準だけでよいのか,それをもう少し分かりやすく規定する必要があるのかという問題についてでして,持参債務,取立債務,送付債務という債務の三分類を民法の中に固定化して,それぞれについてルールを定めることの当否はまた別問題ではないかと思っていました。ですので,おっしゃった点の最後のほうの部分は,少なくとも現時点での私の関心からしますと,これを明文で定めるのはいかがなものかというほうに傾いているとお答えすることになります。 ○中井委員 だとすれば同じ考えなのかと思います。前回の意見を誤解しておりました。 ○高須幹事 私も基本的にはここの三分類説を条文にここで書き込んでしまうというのは,分かりやすくなる面はあるんだろうけれども,一つの固定化と山本先生が言葉を使ったように,ちょっとそういう書き方で書き込んでしまっていいのかなという気がちょっとしております。そういう意味では山本先生,中井先生から出ているのと同じような意見ということでございます。 ○内田委員 方向としては一般的な表現でいろいろな債務のカテゴリーをカバーできるように書くということなのかなと理解いたしましたが,非常に学理的な話なのですけれども,最初のほうで中井委員から,給付危険と対価危険の話が出て,特定によって,再調達義務は負わないというレベルがまず最初にあって,その次に危険が移転するという段階が来る。そういう御理解があったと思います。潮見幹事のほうから部会で,危険の移転時期を意識した規定ぶりにすべきであるという御指摘があったけれども,こういうふうに考えているという御発言だったかと思います。理論的にはそうなのだと思うのですが,危険が移転する前に,いわゆる給付危険との関係でのみ特定を問題とする意味があるのかということなのです。物が分離されて,一応引渡しできる状態になっている,それが滅失したら給付危険は負わない。再調達義務はもうない。しかし対価危険が移転しているわけではない。そういう場面というのが本当にあるのかどうか。用意しましたから取りに来てくださいと相手に言って,相手が取りに来るまでに滅失したら,やはりもう一回用意するのが普通の契約なのではないかと思うのです。そうすると観念的には確かにそういう段階が考えられるのですけれども,現実に問題になるのはやはり危険移転時期なのではないかと思います。ただ,相手がもし取りに来るべきときに来ないで滅失したら,今度は受領遅滞の効果として危険の移転を語る必要がありますが,その時点で特定していたと言わないと危険移転が出てきませんので,論理的前提として特定を言う必要がありますけれども,しかし,その場合も特定は飽くまで危険移転との関係でのみ意味を持つのではないか。潮見さんの意図が本当にそういうことであったのかどうか分かりませんけれども,現実問題として危険移転との関係で特定を専ら考えればいいのではないかという意味であるとすると,私はなるほどそうだなという感じがします。 ○山本幹事 今の御指摘に付け加えて,そこで何が問題になっているかということを申し上げたいと思うのですが,種類債務一般について,必要な行為をすることによって目的物が特定する。特定すると,その物が滅失すれば,再調達義務は負わないという定め方をするとした場合に,どのような種類債務でも同じように考えなければならないかというのが恐らく問題でして,特に容易に市場において調達することが可能な商品,例えば電気製品のような物を引き渡すために必要な行為を完了したときに特定する。しかし,滅失した後に,債権者が取りに来たとき,あるいは,債権者のところに届いたら,実は物が滅失していたときに,債務者は再調達義務を本当に負わないかというと,負うのではないかということを今,内田委員がおっしゃられたと思うのですけれども,感覚としてもそれは非常に分かるところでして,やはり目的物の種類や性格によっては,実際に引渡しが行われるまでは再調達義務を負うというタイプのものがあるのではないか。   学説でも,表現は難しいですけれども,市場で調達が容易な種類債務については,特定をどのような時期に認めるかと言うと,内田委員がおっしゃられたように,最終的には危険の移転時期と重なってくることになるものがあるかもしれない。ただ,どのような種類債務についても同じように考えるべきかと言うと,恐らくそうではなくて,市場からの調達が必ずしも容易ではなく,一定以上の労力等が必要になる場合は,またその労力を掛けなければならないのかと言うと,その危険からは解放されるというのが,給付危険からの解放ということではないかと思います。その時期が特定の時期であって,やはりそういう場合がありますし,それについてのルールは,私はやはり必要なのだろうと思います。   そこで問題となるのは,種類債務についてどちらがデフォルトなのかということです。今のところ考えているのは,調達が相対的に簡単ではない。労力等を要するものをデフォルトとして考えて,特定の時期をまず考える。それが,必要な行為を完了したときになる。ただ,債務の性質ないしは契約の趣旨によっては,それと異なることが明示又は黙示に合意されている場合があるでしょうし,黙示の合意がその種のタイプの契約一般について当てはまるときは,不文法がまたできてしまうのかもしれませんが,そうした不文の特定の時期として,必要な行為の完了として考えられているよりは後の時点に特定が生じる場合もあるというような整理になるのではないかと思います。どう規定してよいのか,ますます難しくなるだけかもしれませんが,少なくともそういう問題を意識した上で,規定の在り方を考えるべきではないかと思います。 ○中田分科会長 特定の時期と危険の移転時期とは別だということは何人かの方から御意見を頂いたわけですが,内田委員の御提言はむしろ特定の時期を危険の移転時期のほうに合わせたほうがいいんじゃないかということでしょうか。それに対して,山本幹事は,いややはり給付危険の移転時期であるところの特定と対価危険の移転時期とは2段階に分けたほうがいいと,こういうふうに理解してよろしいでしょうか。少なくともデフォルトはそうであるべきだと。 ○山本幹事 もう一度申し上げますと,どちらのタイプの種類債務もあるのだろうと思います。どちらかのみが唯一正しいという性格のものではない。そうしたときに,民法に種類債務の特定を定めるとすれば,どちらをデフォルトとして定めるのかということになるというつもりでした。 ○中井委員 内田委員に質問ですけれども,そうすると内田委員のお考えでしたら,種類債務の場合は取立であろうと持参であろうと結局引渡時点が全ての特定時点になるというお考えにつながっていくのでしょうか。 ○内田委員 山本幹事の言われるような給付危険だけが移転する段階,つまり,滅失した場合の効果は,対価は取れないけれども自分の債務が消えるという段階があって,更にその次には対価も取れるという段階があるとすれば,やはりそれは書かないと分からないのではないかと思います。もし,現行民法のように危険負担を対価危険と考えて,特定は専らその危険負担との関係で意味を持つものとして理解すれば,さっきの私のように対価危険の意味での危険負担の論理的前提として特定を考えるということになるのだろうと思います。   もし,対価危険が移転する前の段階で,給付危険について特定が意味を持つ場合があり,確かに山本幹事がおっしゃったようにある種の物についてはあり得るとは思いますけれども,その効果として対価危険とは異なる意味での危険負担が出てくるのであれば,それが分かるように規定を置くという選択肢はあると思います。もっとも,債権者にとっては知らないうちに給付危険を負担させられてしまいかねないので,むしろ規定は置かず,そのような効果を欲する当事者の合意による処理に委ねることもあり得ると思います。 ○中田分科会長 確認ですが,内田委員のお考えでも特定という概念自体は必要だということでよろしいのでしょうか。 ○内田委員 これは先ほど申しましたように,受領遅滞によって危険の移転ということを導くためには,物を引き渡す前にも特定していないと論理的に対価危険の問題の議論ができませんので,論理的前提として当然特定という概念は必要なのですけれども,ただそれは専ら対価危険の意味での危険負担との関係で考える。潮見幹事がそういう趣旨だったかどうか分かりませんけれども,そういう考え方は現行法との連続性であり得るだろうと思います。ただ,それに尽きない場面として,最初に中井委員がおっしゃったような段階を考えるとすると,それなりの手当をする必要があるのではないかということです。 ○中井委員 元の内田委員の意見の確認ですけれども,種類物の場合は,実質ここで言う効果の②の特定後債務者が負う義務が調達義務から善良な管理者の注意による保存義務に変わるという,この時点も本来想定する必要がないという理解に結び付くのではないかと思ったものですから,その点の確認をしたかったのです。 ○内田委員 理論上想定は可能ですが,種類物では多くの場合問題とならないので,デフォルトルールとしては想定する必要はないだろうという理解です。 ○中井委員 多くの場合,やはりそういう理解ですか。 ○高須幹事 今のような御指摘を踏まえて,従来から引渡説と言われるようなものも少数説ではあっても存在したと思うんですね。一つの考えだと思いますし,魅力的な考えだとも思っているんですが,ここで条文を作っていくときに何かそういう説を採って,引渡説みたいな発想で行くのか。それとももう従前の履行地説と言われるような現在の判例が採っていると言われているような判例法理をここで採るという選択をするのかということを,条文を書くとなるとある程度意思決定をしていかなければならないのかなと。しかし,それは今の時点ではかなり難しいのではないかなというちょっと実感を持ったものですから,内田先生からいわゆる給付危険と対価危険を分けるとなれば,そのことが分かるような規定にしなければならないというのはおっしゃるとおりだと思って,そうでないとなるほどロースクールの学生でもなかなか理解しないところでございますから,ましてや普通の人が条文を見てすぐ分かるようなイメージを持ってもらうということは難しいとは思うんですけれども,そのことを今やるとなると,道のりがかなり遠いのではないかと。そういう意味では具体的に取立債務の場合を条文に書き込むのはかなり議論が必要になってしまうのではないかと思っております。結論めいたことがなくて申し訳ありません。そういうことを思いました。 ○内田委員 私のような理解というのは,別に最終的に作られる条文の中身が変わるわけではなくて,ごく一般的な表現で特定の規定を置くということでよいと思うのです。ただそこで言う特定というのは,現行法との連続性から,専ら危険移転との関係で意味を持つという,言わば立法趣旨が語られて,そういう方向で解釈されるということになるのではないかと思います。そうではなくて,特定は給付危険の問題でそれとは別に対価危険の段階があるということになると,それは明示しないと不親切ではないかという趣旨です。 ○中井委員 先ほど山本敬三幹事が種類物であっても,再調達が容易な商品,電化製品のような場合とおっしゃいましたけれども,それと容易でない商品,これは現実にあると思うんですね。例えば簡単な例で言うならば,鉄のコイルは市場で大量に取引されています。これは種類物ですけれども,調達はそう簡単ではありません。2カ月,3カ月前からメーカーさんに言わないとできませんので,それで一旦調達して特定した,現実に引渡しまでの間,それなりにヤードで置かれている時間がありますので,その間滅失することだって十分あり得る。特定と対価危険の移転が同時期にある商売が多いかと言うと,必ずしもそうではないのではないかと思います。 ○鹿野幹事 特定ということが再調達義務を負わないという意味を持つと捉えた場合,それは結局,債権者のほうから言うと,その目的物についての履行請求権の限界ということになりそうです。そうすると,例えば売買型ですと,債権者である買主のほうとしては,もはや履行を期待できないのであるから,直ちに解除をすることができるということにつながりそうでもあります。しかし,その場合に債権者である買主のほうが解除をしようとするときに,債務者である売主のほうが,いや調達が容易だから少し待ってくれと主張する場合も,考えられると思います。先ほど来,何がデフォルトなのかということが問題となっているわけですが,一方で,今申しましたように同等の物の調達の可能性がある場合には,特定が生じた後でも,債務者がなお調達するという意向を示している限り,その意向を尊重して債権者からの即時解除を否定してもよい場合がありそうです。しかし,逆に,中井委員が今おっしゃったように,特定した物が滅失した場合の中でも,改めて調達することは困難で,あるいは費用がとても掛かるというような場合については,債権者が債務者に対して,債務者がまだ再調達義務を負っているとして履行を請求することができ,その履行が遅れたら債務者は遅滞分の賠償責任まで負わされるということでは,債務者に大きな不利益が生じ酷となる可能性があります。特定についてのデフォルトを一応決め,特定した場合には再調達義務を負わないということとしたとしても,今申しましたような場合に備えて何らかの手当をして,柔軟性を持たせることが考えられるのではないかと思いました。デフォルトの修正となるのかは,デフォルトの設け方にもよるかもしれませんが,いずれにしても,先のような場合を念頭に置いた調整を図る必要があるように思い,申し上げました。 ○中田分科会長 先ほどの第1の課題,第2の課題と分けましたけれども,密接に結びついているわけでありまして,特定の効果についての給付危険だけを含めるのか,それとも対価危険まで合わせるのかということについて両用の御意見が出ていると理解いたしました。ただ,どちらも特定という概念を維持することについては,一致しているということかと思います。ほかに特定について。 ○坂庭関係官 内田先生に質問させていただきたいことが1点ございます。対価危険と特定を結び付けるというお考えについてなのですが,ここまでは,給付をするのに必要な行為を完了したことによる特定を念頭に置いて議論が行われてきたと思いますが,債権者の同意を得て給付すべきものを指定した場合についても,特定により対価危険が移転するとお考えになるのか,それとも,特定の態様によって効果も変わることになるのか。そこは,どのように理解したらよろしいのでしょうか。 ○内田委員 この同意を得てというのは,合意で特定する場合ではないですよね。一般的な解釈としては,指定権を与えられているような場合ですが,通常どういう趣旨でそういう権利を与えるのかという一般的な実務の理解を前提に考えることになるのだろうと思います。私は危険移転に関連させてそういう特約がなされるのではないかと考えたわけですけれども,現実はそうではないということであれば,もちろん基準は飽くまで現実の当事者の意識にあると思いますので,それを基準に考えていけばいいのだと思います。ただ,現実には,合意で特定時期を定めるということのほうが多いのだろうと思います。そしてその場合は,恐らく再調達義務の有無というよりは対価危険の移転との関係で合意することのほうが多いのではないかという印象を持っています。 ○高須幹事 ビジネスチャンスとしては種類物を販売する人はぎりぎりまでむしろ契約の継続を希望し,品物を売ることができるようにしたい。したがって,買うほうもそれでいいという場合に,特定の時期を早める必要は全くないということが一つの大きなポイントだなと思った覚えはあるんですが,さりとて鹿野先生が御指摘されたたように,この問題は二つの両立しない面があって,一方では再調達義務を余り早く免れさせてしまうと,ビジネスチャンスを失うという問題があります。他方では,その再調達が余り容易でないものについては逆に債権者のほうから損害賠償だと言われる危険がある。この相反する要請をどう調整するかということを考えていかなければならない。このとき,代わりの品物をすぐに届けますからと言って,引き続き契約が続いていくというケースは比較的穏便に,お互いの間に信頼関係がある場合が多い。したがって,余りトラブルにはならないケースであって,再調達義務は負っていませんから,あなたからは買いませんと言われるリスクというのもないとは言いませんけれども,比較的それに対する備えというものは限定的でもいいような気もしているんです。ところが,もう片方の特定の時期を遅らせたことによって再調達が容易でないものについて損害賠償義務を負うという建前をとってしまったときに,いや,そうは言ってもお互いの間でそんなことはしませんよ,と収まるケースというのはむしろそこまで行っちゃうと少なく,逆に紛争化が深刻化する場合があるような気がして,やや怖い気がしております。やはりここは判例と俗に言われている考え方を採って,給付危険については一定の段階で生じる。その上で対価危険については先ほどの議論のところでも出ましたように,引渡しというのが一つのポイントではないかという形で理解するということのほうがデフォルトの法の在り方としては,生じ得る紛争に対する備えとしては原則的なような気がしています。   やや論理的ではないかもしれませんけれども,そのような印象を持っているものですから,ここで部会資料に書いてある49ページのところの特定の効果については1番の所有権の移転のところは別としましても,2番の保管義務の軽減の問題とそれから調達義務をどこかの時点で免れるという問題とそのようなことはやはりある程度の段階で発生させてもいいのではないか。それは従前の履行地説と言われるような基準のところでよろしいのではないかと思います。ただ,そのことは条文に書かないと分かりにくいですよ,という内田先生の御指摘のところだけまだちょっと具体的にそうだろうと思いつつ,書く術が,具体的にどう書いたらいいのかがなかなか難しいのかなと思っているところでございます。 ○中田分科会長 この文章ですけれども,②というのが調達義務から保管義務に変わる。③が対価危険。 ○高須幹事 そうですね。ちょっと今,焦って話をしてしまいました。 ○山本幹事 分からないまま,おかしなことを言うかもしれません。鹿野幹事がおっしゃったことに関しては,二つの問題の整理が必要だと思います。  一つは,目的物が特定したときに,調達義務を免れるという効果を認める場合には,分かりやすいのは,債権者側から債務者に対して履行請求をする際に,債務者側のほうが目的物は既に特定し,その特定した物が滅失したので,履行できない。したがって,調達義務ももはや負わないということで,履行請求を拒絶するのが一つのパターンです。この場合に,債務者がなお調達してその履行請求に応じる。それはもちろん対価を取得したいからだと思いますが,その場合は,この履行請求を拒絶するという抗弁を出さなければいいわけです。この抗弁を出さないことが実体法上も何らかの権利として認められるかというのが,論点として出されたことではないかと思います。   もう一つのより厄介なのは,債権者側が,債務が既に特定してその物が滅失した。したがって,先ほどの効果としての③でしょう。現行法ですと危険負担ですが,もし危険負担制度を廃止して,解除に一元化するとしますと,この特定した物が滅失したということは「重大な契約の不履行」に当たる。したがって,解除権を行使し,例えば既に支払済みの代金があればその返還を請求するというのが考えられる筋で,この場合に債務者側が,再調達して履行に応じるという広い意味での追完権のようなものなのかもしれませんが,そういった主張をする余地を認める必要があるかどうかがもう一つの論点として出されています。この二つはかなり共通するのかもしれませんが,おっしゃっているのはこういうことではないかと思います。   とすると,何も規定しない場合に,こういった債務者側の主張が認めるのか。認められるとするとそれはどのような理由によるか。仮に規定しなければ認められないとすると,それでよいのかということになりますが,これは部会等でも今まで出ていなかった問題ではないかと思いました。一応,問題点の整理までが分科会の役割ではないかと思いますので,私なりの整理をしますと以上のとおりですが,いかがでしょうか。 ○中田分科会長 鹿野幹事から付け加える御意見がございますか。 ○鹿野幹事 先ほどの私の発言の趣旨を整理していただいてありがとうございます。まず,特定の時期をどうするかという問題がありますが,特定の時期をある程度早く設定した場合を念頭に置いて考えますと,債権者が履行請求してきた場合に,債務者が,特定した物がもう滅失してしまったからとして履行拒絶するのであれば,それを認めてもよいのではないか。逆に,債務者がなお履行したいということであれば,これは変更権という言い方をわざわざ用いる必要があるかどうか分かりませんけれども,特定後でも別の物を調達してそれで履行するということを,一定範囲で認めてよいのではないかと思います。   先ほど申し上げましたのは,債権者の方から,その特定した物が滅失したのであるから解除すると言ってきた場合,つまり,ここで重大不履行という言葉を使うかどうかはともかく,滅失により債務者がその特定した物を引き渡すことができなくなったことを理由に解除すると言ったときには,その解除を妨げるような規定が何かないと,なお履行を望む債務者にとっては酷な結果になるのではないかということでした。そこで,特定につきデフォルトを決めるにしても,その特定された物が滅失したら履行不可能とするのではなく,若干調整するような規定が必要なのではないかということを申し上げたつもりです。 ○山本幹事 先ほど部会でも議論をしていないと言いましたが,(1)のイの変更権の問題として構成したほうがよいのでしょうか,今のは。そうしますと,これを認めるという御主張だったと整理したほうがよかったのかもしれません。その当否も含めて補足していただいたらと思いますが。 ○鹿野幹事 変更権というものがどういう場面に認められるのかということについては,更に検討を要しますが,その変更権の一般論でうまくカバーできるのであれば,今の問題は解消されるのかもしれません。その点まで含めて検討する必要があると思います。 ○新井関係官 変更権という考え方自体を否定するというよりは,その要件設定が難しいという意見が強かったと,そういうふうな議論だったと理解しております。 ○高須幹事 横から割り込んで申し訳ないんですが,債権者のほうが履行請求をしてきて債務者のほうが滅失したということをあえて言わずに応じるということで進んでいく場合があるという,それはそうだと思いますが,恐らくそういう場合には裁判にはならないだろうと。お互いの間で,引渡してください,引渡します,で終わってしまうのではないかというような気がしておりまして,先ほどちょっと私が言ったことも漠然として申し訳なかったんですが,そういう場面においては法を現実に適用してという場面にならないで解決できることがままあるのではないか,そういうことを先ほどは申し上げたかったという趣旨です。   むしろ,どうしても法律を使わなければならないのは,遅れたから履行遅滞で損害賠償だと言われたときに,いやもうこれはここまでの状況で特定した物が滅失してしまったんだからしょうがないじゃないかという債務者側の主張に対して,それは認めないというような,まだ特定なんかしてないということで,裁判までもつれ込むというケースがあって,そのときに法的にどのような判断が示されるかということはある程度きっちり定めておかなければならないのではないかというようなことを先ほどは申し上げたくてお話をさせていただきました。 ○中井委員 先ほどの特定後に滅失した場合に債権者が本来的な履行を請求してきたときの問題で,変更権で説明することも可能ですねというお話がありましたが,それは少し違うのではないかという気がしております。ここでの変更権というのは,滅失を前提としない,滅失するまでもなく一旦何らかの形で特定した物について,債務者に更に同種同等の物,別の物に変更する権利を与えようという趣旨だろうと思います。それについてはなぜそこまでの権利性なるものを認めなければいけないのかという点で疑問を持っています。滅失した場合に債権者がなお履行請求してきたときに,債務者側で別途同種の目的物を準備して履行請求に応諾すること自体,それを制限する必要はないと思います。それを変更権という権利構成をする必要性は感じないのですが。 ○鹿野幹事 変更権という概念でこれを整理しなければならないという趣旨で申し上げているわけではないのですが,関連する問題として申し上げましたし,変更権の内容によってはそれで処理される可能性があるとは思います。変更権ということについては,部会でも言及されました。ただ,私が記憶してないだけかもしれませんけれども,部会では,そこまで深く具体的に,こういう場面について変更権を行使するというような形では議論されなかったように思います。ですから,ここでの問題について,変更権という概念との関係も含めて検討する必要があるのではないかと申し上げたつもりです。   更に一つ付け加えますと,債務者が,履行を請求された場合において,確かに元の特定された物は滅失したけれど,ほかを調達して履行するというときに,わざわざ変更権という概念を持ち出す必要はないのではないかという御指摘もありました。しかし,既に特定されたところの物が滅失した,そしてそれを理由に債権者が解除の意思表示をしてきたというときには,債務者がその解除の効力を否定ないし覆すことができるかについては,少し説明が必要だという気がします。それを必ず変更権の概念を用いて説明しなければならないと申し上げているつもりではないのですが,いずれにしても,変更権という概念との関係も踏まえて整理する必要があるということだと思います。 ○中田分科会長 履行の請求に対して,別の物を提供できるのかということと,逆にその解除を封ずるために有効な弁済の提供ができるかどうかと言うと,二つあるじゃないかということですね。アで議論していて,鹿野幹事から御指摘いただいたのは,請求をしてきたときに対応するという場面が変更権の効果の一部分と重なってくる。そういう御指摘でしょうか。あるいは変更権の考え方と一部重なってくる。そういうことでしょうか。 ○鹿野幹事 変更権という概念がどこまでのことを念頭に置くものなのかが必ずしも明らかではありませんし,少なくとも現時点では,まだ部会でそのことについて共通の認識が得られているわけではないと思います。ですから,ここでも,これは変更権だと言い切ることは留保したいと思っているところです。 ○中井委員 履行請求に対して,任意に応じればそれはそれで解決する。しかし,債権者側が解除してきたときに対抗的にするには権利性を付与しなければならない,こういう御趣旨と理解しました。そうすると,これは種類物特有の問題なのかなという気がいたします。一般的に,追完権的なことについては否定的な考え方を持っているのですが,種類物について代替的なものが用意できるにもかかわらず,債権者が解除してきて,それで債務者側が一定のコスト負担,ないし賠償義務を負うというのは,確かに行き過ぎのように感じます。そこで,解除を止めるための権利が与えられていいのではないかと言われると,なるほどという気がいたしますが,そこまで複雑な規定をどんどん設けることが果たしていいのかというと,どうかなと他方では思います。極めて精緻な議論を聞かせていただいているのですが,その精緻な議論を全て条文化していくことが本当にいいのかと思います。 ○鹿野幹事 どこまでも詳しく条文に書き込むべきだという趣旨では必ずしもありません。ただ,想定される場合について,どういう形で理論的に説明がつき,どういう規定を用いて適切な処理をすることができかは考えておくべきであり,その上で,必要に応じて規定を置くということになると思います。細かな規定をたくさん置くべきだという趣旨ではありません。 ○中田分科会長 ほかに特定について,御意見はございますでしょうか。特にございませんようでしたら,ここで一旦休憩ということにさせていただきます。           (休     憩) ○中田分科会長 それでは,予定された時間がまいりましたので,再開したいと思います。  次は,部会資料34の「第5 受領遅滞(民法413条)」の「1 効果の具体化・明確化」について御審議いただきたいと思います。事務当局から説明をお願いします。 ○新井関係官 当該論点,部会資料34の53ページに掲載がございます。この論点につきましては,第40回会議で審議がなされまして,本文の第1パラグラフの方向性については異論がなかったと受け止めております。その上で,各アからオまで掲げた候補についてでございますけれども,アにつきましては,履行停止権というものを規定することの意義,これについて分かりにくいという御指摘を頂きました。また,イについては消滅する同時履行の抗弁権の意味についてですが,これが引換給付というところまで消滅するというところまで規定するかどうかは,これは慎重に検討すべきではないかという御指摘を頂きました。   また,ウの保存義務の軽減,これにつきましては,自己の財産に対する同一の注意する考え方の他に,軽過失を免責するものとすべき,そういう考え方もあり得るという御指摘を頂き,また保存義務につきましては,その保存義務の履行を請求する場面もあり得ることを念頭に条文化を検討すべきという御指摘を頂きました。それらを踏まえて,規定の具体的な在り方等について御意見を賜れればと思います。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 ここでは,受領遅滞の効果を具体的に規定するとして,どのような内容のものとするかが中心的な課題です。アからオの各効果について,ただいま新井関係官からの御説明もありましたけれども,更に詰めた御検討を頂きたいと思います。また,これらの効果が受領遅滞の効果か弁済の提供の効果かという問題もありますが,そのどちらかを判断する基準についても御意見があればお出しいただければと思います。このほか,そもそも受領とは何かという問題もありまして,これは瑕疵担保など関連する点を検討した後,全体を通じて考えるということになっているかと思いますが,ここでも受領と受取との関係について,もし御意見があればお出しいただいても結構でございます。ということで,受領遅滞の効果の具体化,明確化について御審議をお願いいたします。 ○新井関係官 部会の中で,履行停止権の意義について分かりにくいという御指摘を頂いたと思います。部会の中では的確な御説明ができなかったのですが,履行停止権ということの意義については,立法提案などでは,次のような説明があります。つまり,債務者が履行に協力するという姿勢を示すまでは,その債務者の履行停止が正当化されるべきであるということを実質的な理由として,債権者が受領のために必要な準備を整えた上で,債務者に対して受領するということを通知するまでの間,債務の履行が停止できる,これが履行停止権の内容である,という提案でございます。これは部会の中では同時履行の抗弁権と同じではないかということがあったかと思いますけれども,同時履行の抗弁権がない,既に自己の債務は履行してしまっているというような場合も恐らく念頭に置いて,そういう場合にきちんと債権者の場合には受領の意思があるということが明確になるまでは履行拒絶できるということを明文化してはどうかという提案であると理解いたしました。その点,補足ということで御説明させていただきます。 ○中井委員 第1点目の履行停止権ですが,部会ではよく分からないというままで終わっていたように思います。弁護士会でも議論したのですが,これを権利構成する,その権利の中身ももう一つ明確でないというところから,消極的意見です。基本的には,債務者としてやるべきことをやって,債権者が受領しなかった。その結果として,債務者は履行していないけれども,債務不履行責任はない。つまり延滞に基づく義務が生じない。それが効果として発生すれば,問題はそれがどこで消えるかということだろうと思います。それが消えるまで,権利構成をしなければならないのかという問題と考えれば,改めて債権者から何らかのアクションがあって,当然債務者として履行しなければならない状態になって,どこかで履行しなかったら債務不履行が発生する。その見極めの基準のことだろうと思います。   その趣旨は,何かを基準としないと困るというところからの要件立てかもしれませんが,おっしゃっているような内容のことが一概に言えるのか。そうでなくても債権者側で単純な履行請求をしてそこで債務者が履行しなかったら,そこからは遅滞の責めに陥るという場面もあるだろうと思います。その要件化の言葉として,ここの履行停止権という中身で言われているものが,一つ基準としても明確であるようには思えませんし,あえてそれを抽出して,適切な基準になり得るのかというのももう一つはっきりしません。とすると結局は規範的なわけですから,そういうものを設ける実益があるんでしょうか,ということになります。 ○内田委員 ただいまの中井委員の御意見に対しての意見ですが,追完権などもそうですけれども,権利構成を採ると非常にぎらついて,あえてそこで権利というようなことまで言う必要があるのかという反応が出てくるというのは,それなりによく分かるのです。現在の判例は,受領遅滞の後に履行請求するときには,それなりに今度履行すれば必ず受けますという状態にして請求しなければ駄目だと言っているわけで,それが分かるように書けばいいのだと思います。別に履行停止権を有すると条文に書く必要はなくて,その趣旨が表現できればいいのです。受領を拒否して,その直後に直ちに履行せよと請求しても駄目で,今度は確実に受領しますという準備を整えてきちんとした催告をしなければ駄目ですよという,ある意味で常識的なことですけれども,判例も述べているルールを書くということです。そういうふうに理解すれば,別に停止権という権利性にそうこだわることなく受け入れ可能なのではないかという印象を持つのですが,いかがでしょうか。 ○中井委員 中身においては,それほど違う意識を持っているとは思えないんです。一旦受領遅滞が発生しても,債務者が未来永劫何も履行しなくていいわけはないので,どこかで履行しなければならない事態に陥る。そのときの状況の説明だろうと思います。そこで受領のために必要な準備を整えた上で,債務者に通知する,この1点の決め方が果たして適当なのかどうか,黙示の通知になるのかもしれませんけれども,正に受領する状況が整っていれば,催告があれば恐らく遅滞に陥るだろうと思います。その表現の問題だろうと思います。ここに書かれているのは限定された印象を受けてしまうわけです。それまでは,権利として履行しなくてもよい,というより何かもう少し要件立てといいますか,表現でしょうか,その規定ぶりとしていいのか,という問題意識です。 ○内田委員 受領遅滞があると,債務不履行責任が発生しない。そうすると,債権者の側からすると全然履行してもらえない状態なのに,責任追及もできないわけですので,どうすれば相手が改めて履行しなければならない状態になるのか,基準がやはりあったほうがいいだろうと思います。この通知するというのは,不確実な記憶ですが,判例がこういうふうに言っているように思いますので,判例の表現を使って,一般的な基準を示してはどうかということなのではないかと思います。 ○中田分科会長 実質においてはそれほど違いはなくて,その上で履行停止権という言葉を使うかどうか。これも消極的な御意見,あるいは特にこだわらないという御意見が出ていると思いますが,実質のほうをどうするか。再度,履行遅滞に陥らせるにはどうしたらいいかという,そこをどう書くかですが。 ○中井委員 文章として明確な基準となる適切な条文化ができるならいいんです。どこかで債権者が改めて履行を請求する,その場合,ここではしかるべき準備をしたことを通知しなさいとなっていますが,それがなければいけないのかと言われるとそうでもないと思いますので,そういう規範的なものを適切な言葉で表現できるのでしょうか。また,それを入れなければいけないのかということでもあるのです。効果の消滅する条件を定めるわけですね。遅滞の責任が不発生でなくなる,発生する転換点を定めなければならないのかどうか。 ○内田委員 判例上問題になったのは,借家の事例が多いと思います。賃料を持っていったら家主がこれじゃ駄目だと言って拒否して,受け取ってくれないからしようがないなと思っていたところ,突然催告されて解除される。でも,持っていったって受け取ってくれるはずがないと思っていたのにいきなり催告・解除はないだろう,というような場面だと思います。そういうときには,今度持ってきたときには必ず受け取りますということが分かるようなメッセージをやはりきちんと伝えなければいけないという,そういう趣旨ではないかと思います。 ○中井委員 今の例であれば,催告をしていれば受け取るということではないでしょうか。だから,場合によっては催告だけでも足りる場面がある。1週間以内に払ってくださいと言えば。中身で争っているわけではないと思うんですが,提案の形の表現で明確化するのだろうかという思いです。 ○中田分科会長 停止権で考えられていたのは,機械などの据え付けが必要な場合に,提供したけれども債権者が受け取らなかった。その後,持ち帰ったところ,またすぐに据え付けをしろと言ってきたら,それに応じないと履行遅滞になるかと言うとそうでもないでしょうと,そういう話が考えられていたんだと思いますけれども,それを一般的に規律するのは難しいんじゃないかということでしょうか。 ○中井委員 今,中田委員がおっしゃったように,機械の据え付けなら機械を据え付けできるように,床をきちんとフラットにして準備作業をしない限り受け取れません。だから,そういう意味では,事案によって異なってくるんじゃないでしょうか,ということです。金銭だったら催告すれば足りる場合もある。物だったら受け取るための体制を整えなければいけない場合もあるでしょう。工事だったら工事現場はきちんと用意をしないと,そこで作業もできません。請負が途中で中断したときに,建物の中に入れなくなったら,それなりの準備を整えない限り駄目でしょう。そういう意味で契約の内容によって様々ではないでしょうか,というところからの出発ですけれども。 ○内田委員 先ほどの借家の事例はもちろん金額に争いがあるわけですよね。借家人が持ってきた金額では受け取らないと言っていて拒否されて,その直後にまた請求されて,金額で折り合ってないのにと思っていたら,実は解除原因になるというような争いだと思うのです。そういう争いの場合もあれば,据え付けの場所をきちんと用意しなければいけない場合もあるし,いろいろな場合がある。いずれにせよ,今度,前と同じ履行をすれば受け取りますよということが分かる準備をして,履行の請求をする。そういう表現になれば一般性のある表現なのではないかと思います。   これは絶対に書かなければ実務が混乱する規定かと言うと,そんなことはないだろうと思いますけれども,一応そういうルールは存在すると思いますので,書けるかどうかを検討する余地はあるのではないかということです。 ○中田分科会長 停止権という言葉を使うかどうかは別にして,今,内田委員がおっしゃったようなルールを表現できるかどうか。もしそれが表現できたとして,その当否についてまた次のステージで御検討いただくと,そういうことでしょうか。 ○山本幹事 1点確認なのですけれども,主張・立証責任はどうなるかという点を確認しておきたいと思います。  まず,債権者としては,契約を締結したのだから,契約に基づく履行請求をするのに対して,やはり構成としては,債務者側が提供したのに受領を拒絶したではないかというのが抗弁として出るのかもしれません。つまり,その意味では,言葉は別として,履行請求があっても,受領遅滞があったときには,その履行請求を拒むことができるというルールがまず認められる。  その上で,債権者側は,表現は難しいかもしれませんが,債務の履行を受ける準備をして,その旨を通知したではないか,ならばこの履行請求は認められるというのが,再抗弁なのかどうか分かりませんが,少なくともそのように債務の履行を受ける準備をして,その旨を通知したことは,債権者側が主張・立証すべき事柄に当たるのではないか。そのような形で条文化がうまくできるのであればよいのではないかと思いました。それを権利と言うかどうかは次の問題でして,少なくとも受領遅滞があったときには,債務者側は単純な履行請求は拒絶できるというのが判例も前提にしているルールだとしますと,それは認めてもよいのではないかと思いますが,いかがでしょうか。 ○中井委員 今の立証責任の分配の御意見については何ら異存がありません。債権者が何をどういう状態に持ってきたら,そこで,債権者の主張が通るのか。その要件立ての問題だろうと思います。 ○中田分科会長 アについては,大体御意見を頂いたと思いますが,イ以下,いかがでしょうか。 ○高須幹事 イの同時履行のところですが,部会で指摘されて概ねそういう方向のほうがよろしいのではないかという雰囲気ではあったと思うんですが,同時履行の抗弁権について,ここで消滅すると言っているのは,いわゆる存在効果などという言葉で説明されることもあると思うんですが,同時履行の抗弁権があることによって違法でないという状態が作られるけれども,それは消滅しますという部分は確かにそのとおりだと思います。ただ,判例も行使効果と言われる内容,つまり,積極的に請求された場合に,新たに同時履行の抗弁権を出すということについては否定してないはずでございますから,そこを今この段階で改めるということではないと思います。現在の判例が間違っているということではないと思います。同時履行の抗弁権の趣旨からすればそこは認めてもいいと思いますので,イのところはいわゆる同時履行の存在効果がなくなるということの規定を設けるという趣旨なんだろうと思います。条文を書くときにはそのような言葉遣いが必要になると思いますが,そのほうが妥当だと思います。 ○山本幹事 部会でも正に,今,高須幹事がおっしゃっていただいた意見を私自身述べたつもりです。判例も,履行請求の場合と損害賠償請求をしてくる場合とは分けて扱う必要があり,履行請求の場合については,受領遅滞があったとしても,結論としては引換給付判決が認められるべきことに変わりはないということではないかと思います。その限りでは,現在の533条がそのまま適用されるということでよいのではないかと思います。   ここから先は,部会では議論がそこまで行っていませんが,533条の同時履行の抗弁権を損害賠償請求との関係でどう規定するかということと関わる問題が残っていると思います。と言いますのは,損害賠償請求する場合に,今,存在効果説とおっしゃいましたけれども,債務の履行がなければ損害賠償請求ができるかと言うと,それだけでは駄目で,双務契約の場合は,同時履行の抗弁権があれば,債務者が債務を履行しないことが正当化される。したがって,損害賠償請求はできない。損害賠償請求をするためには,同時履行の抗弁権が少なくとも損害賠償請求権との関係ではないということに当たる要件を言わなければならない。  具体的には,債権者が損害賠償請求をする場合には,債権者が双務契約上の自分の債務の履行を提供したということを言えば,それで損害賠償請求が基礎付けられる。  これをそのように明文化するかという問題で,仮に明文化するのであれば,債権者が自分の債務の履行を提供した。したがって,債務者には同時履行の抗弁権がない,つまり債務の不履行が正当化できないということに加えて,受領遅滞に相当するものがあったこと,つまり債権者が自分の債務を債務者に提供したけれども,債務者のほうが受領を拒んだということを言えば,債務者にはその限りで同時履行の抗弁権に相当するものがなく,自分の債務の不履行を正当化することはできない。したがって,損害賠償請求が可能になるというように,規定を設けるとしますと,損害賠償請求の場合について,債務が履行されないときは損害賠償請求できるという規定に加えて,次のいずれかのときに限り,その請求はできると定める。一つが,債権者が債務者に自分の債務の履行を提供したとき。もう一つが,この債務者が受領遅滞に陥っているときというような要件立てで規定を書くというのが技術的には考えられるところです。問題は,そのように本当に書くのか,あるいは別のよりよいよりシンプルな書き方があるのかということかと思います。少し細かい話をいきなりしてしまいましたけれども,以上のとおりです。 ○中田分科会長 確認ですけれども,現在の533条については,そのまま維持するという前提ですか。 ○山本幹事 現在の533条の書き方は,履行請求に対して,それを拒むことができると定めていて,素直に読みやすい規定ではないかと思います。これを基に,先ほどの損害賠償請求の場合について,この抗弁権がある以上は債務者の不履行が正当化されるというようなことが言われていて,これはそのまま維持してもよいわけですけれども,そうしますと,先ほどの受領遅滞について,履行請求の場合と損害賠償請求の場合とで意味が違ってくることが規定の上では明確にならないと思います。仮にそれを規定の上でも明確化しようとするならば,損害賠償について同時履行の抗弁権がどのような意味を持つのかということは,現行法でも解釈として認められていることではありますけれども,それを明文化することが必要になり,それと併せて,受領遅滞の場合にも損害賠償請求が可能になるということを定めるということになるのではないかと思いました。 ○中田分科会長 私は十分に理解できてないんですが,この提案によると受領遅滞の効果として同時履行の抗弁権の消滅という構成が出ているわけですけれども,先ほどの御提案ですと,提供があったとき又は債務者が受領遅滞に陥ったときには損害賠償請求ができない,そういう書き方になるということでしょうか。 ○山本幹事 これは高須幹事がおっしゃったことですけれども,同時履行の抗弁権が消滅するという書き方をしますと,履行請求の場合にも同時履行の抗弁権が消滅することになってしまって,引換給付判決を出せないことになるのではないかと思います。ですから,単純に消滅したと書くわけにはいかない。したがって,現行の533条をそのまま維持して,受領遅滞の場合にはこの同時履行の抗弁権を失うという書き方をしてしまうと不適切である。そうすると,履行請求の場合は,533条のままにして,したがって受領遅滞があろうとなかろうと,引換給付判決が出されるという形を維持する必要がある。  とすると,損害賠償請求の場合は,存在効果説を前提にするならば,同時履行の抗弁権の不存在を債権者側が主張・立証する必要がある。そのときに,通常は債務の履行の提供だけですけれども,併せて債務者が受領遅滞に陥っていることも同時履行の抗弁権を損害賠償請求権との関係では否定する要因として定めるということに,技術的にはなるのではないかというのが先ほど申し上げたことです。非常に技術的で分かりにくかった点は,お許しいただければと思います。 ○中田分科会長 ありがとうございました。ほかにいかがでしょうか。 ○新井関係官 山本敬三幹事にお尋ねしたいと思います。損害賠償の阻却要件とでもいう形で,履行の提供をしたときと受領遅滞のととを並べるというの御提案について,部会資料の中でも問題提起させていただいているところですが,受領遅滞に先行するものとして履行の提供ないし弁済の提供があるということになると,履行の提供と受領遅滞ということを重ねて書くということの意義はどういった点にあるかというのを,教えていただきたいのですが。 ○山本幹事 その点は,残る問題ではないかという気がします。受領不能は残るのかもしれませんけれども,受領遅滞と呼んでいるものに関しては,重なりが生じてくるのはおっしゃるとおりかもしれません。  ただ,絶対に持ってきても受け取らないというように,受領拒絶の意思を明確にしている場合は,残りそうです。この場合は,受領遅滞の枠組みで捉えられることかどうかという問題があるかもしれませんが,この点は履行の提供とは別の場合として残る。履行請求については,それでも同時履行の抗弁権が残るかもしれませんが,損害賠償責任は免れるという可能性は,考え方としてはあり得るところです。この点もどう定めればよいのか,難しいです。分科会では,難しいと言っているだけでは許されないのかもしれませんが。 ○中田分科会長 分科会で結論を出すこともなくて,いろいろ御検討いただければと思いますので,どうぞ御自由に。 ○高須幹事 今の点なんですが,結局分科会長が最初に御指摘いただいたように弁済の提供の効果と受領遅滞の効果の関係というのは実は悩ましい問題が一つ未解決で残っていて,その兼ね合いをどう捉えるかによって,もし本当にシンプルに割り切ってしまって,この同時履行の問題は弁済の提供の効果だと割り切ってしまうなら,本来,今判例が扱っている議論が維持されるような形を採ればいいということにもなるわけですので,両方の兼ね合い,そこはやはり一回整理した上でないと,私もちょっと具体的にこう書けばいいというイメージが私自身も湧かないんですが,そこはやはり整理する必要があると思っております。 ○中田分科会長 誰が整理するかですけれども……。   いろいろ御意見をお出しいただければと思います。アとイに限らず,他の点も含めまして,ございましたら。 ○筒井幹事 本日の議論を踏まえて,引き続き事務当局でも考えたいと思います。実は近いうちに送付させて頂く予定の部会資料で,弁済に関する論点を取り上げることになりますが,そのうちの弁済の提供について御議論いただく際に,受領遅滞についてもう一度御議論いただく機会があります。そのときにまた引き続き議論を深めていきたいと思います。 ○中井委員 前の部会のときに,松岡委員から,ウの場合です,無償寄託の場合にどうなるのかという御発言があって,軽過失でも免責されるようにするべきではないかと。無償寄託の場合をあえて取り上げてそう変更しなければならない理由がよく分からなかった。確かに,無償寄託の場合,ほかと同じにすると,受領遅滞の前であっても後であっても,同じであるということを疑問視されているのかもしれません。しかし,受領遅滞があった後特段に保存義務を軽くしなければならない,そこで差を設けなければならないということについては,なぜそうなのかと素朴に疑問に思いました。特に,無償寄託の場合を殊更に取り上げなくてもいいのではないかという意見です。 ○中田分科会長 ほかには。 ○中井委員 オについて,内容について異存はないのですが,部会のときにも申し上げたわけですけれども,これを整理するときに,危険負担の時期の問題で整理するのか,解除の問題と組み合わせて条文の整理をするのか,ほかの場面でも出てくると申し上げたわけです。これは解除一元化論を採ったときの問題ということですが,他の立法例では,解除一元化は採るけれども,危険の移転時期については様々なところで定めれば足りる,こういう御説明もあったわけです。先ほどの論点でも547条についても解除を制限する規定を設ける方向,特例を設ける意見があるわけですが,この辺の定め方についてどのような全体像があり得るのか。これはまだ先の話なのかもしれませんけれども,どこかで整理しなければいけないと思っています。 ○中田分科会長 解除と危険負担の関係をどうするかという問題には直結することだと思いますけれども,この点を意識して検討していくということかと思います。 ○山本幹事 保存義務に戻って一言だけ申し上げておきたいと思うのですが,受領遅滞があった後,保存義務の軽減が認められるべきかどうかという問題については,言うまでもないことですけれども,弁済の提供をして,受領されていればそれで債務から解放されたはずである。しかし,債権者が受領しなかったがゆえに,本来ならば解放されたはずの債務に拘束され続けることになる。その場合は,なお従前と同じだけの注意義務を課せられるべきかというと,そうではなく,軽減を認めるべきであるというのが従来のものの考え方ではないかと思いますし,それ自体としてはおかしいことでもないと思います。その意味では,規定をどのような形で設けるかは別として,定めること自体はあり得ることではないかと思います。  そのような意見も出たということを付け加えておきたいと思いますが,実際にどう定めるかとなりますと,確かになかなか難しいところでして,債権者が債務の履行を拒んだとき,又は履行を受けることができないときに,債務者は,目的物を引き渡すまでの間は,自己のためにするのと同一の注意をもってその物を保存すれば足りるというように定めて,本当に全ての場合が問題なくいくのかという点は,もう少し詰めて考えておく必要があると思います。場合によっては,注意義務は軽減されない,そのままの保存義務を認めるべきだという場合もあるかもしれません。  ただ,この問題との関係で少し気をつけておく必要があるのは,第三者を利用する場合の不履行責任の問題です。この問題については,立場は分かれるかもしれませんが,現在の民法の学説として有力な見解は,第三者を債務の履行補助者として利用したからといって,債務者の責任がそれで軽減されるわけではない。自らが債務を履行するのと同じ債務を負い続ける。その履行に使った第三者が注意を怠った場合には,債務者は債務不履行責任を負う。その原則に変わりはないのではないかというわけですが,仮にこの考え方を前提としますと,履行補助者を利用した場合でも,その履行補助者が注意を怠って,債務を履行できなくなってしまった場合は,原則として債務者は責任から解放されないことになるはずです。   ただ,債務者が履行を提供して,債権者がその受領を拒んだ場合に,その後,履行補助者,例えば倉庫等に保管している倉庫業者等がその注意を怠って目的物を滅失させれば,それで債務履行責任を負うことになってしまうのかというと,それはやはり問題として残るのかもしれません。少なくとも適切な履行補助者を選び,その者に対して必要な注意や指示等を与えていれば,その意味で選任・監督に当たる注意を尽くしている限りでは,免責を認めてもよいのではないかという考え方が出てくるのではないかと思います。   それが,先ほどの自己のためにするのと同一の注意をもってというので表現しきれているかどうかは,私はまだ確信を持てないところですけれども,どのような場面でどう問題になるかという例を挙げろと言われますと,今のようなものがあると言えますし,それを踏まえてどう規定を整備するかということが問題になるのではないかと思います。 ○中田分科会長 確認ですが,山本幹事は善良な管理者の注意,自己のためにするのと同一の注意というような,規定を置くこと自体は構わないという御意見ですか。 ○山本幹事 善管注意義務に関しては,そのようなものとして規定するのはいかがなものかという意見を前に部会でも申し上げたことがあるかと思います。この受領遅滞との関係で,保存義務の注意の程度が軽減される可能性をどう理解し,構成するかということが部会で問題となったときに,私が意見を申し上げたところ,松本委員等から分かりにくいという御指摘を受けた記憶があります。そのときも申し上げたことですけれども,私の理解では,契約上負うべき債務がもちろん前提になるのですが,受領遅滞があった後は,その契約上負うべき注意が軽減されるという特則として位置づけられるのではないかと思います。その意味では,契約から離れて,より軽減された注意義務を法定するというのでしょうか,そのようなものを認めるという位置付けになると考えますと,先ほど申し上げたような表現を用いたとしても少なくとも不整合を来たすわけではないと理解しています。これもいろいろ御意見があるところかと思いますが,いかがでしょうか。 ○中井委員 契約に定めた一定の注意義務がある。それが受領遅滞後軽減される。この一般論については,全く異論はありません。ただ,今の山本敬三幹事のおっしゃっていたその一般論を貫徹したときに,この前の松岡委員がおっしゃられた仮に無償寄託で受けていたものが,受領遅滞後なおその場合でも義務は更に軽減されるのかという点について,その御見解からすれば,横並びに更に軽減されるという意見になるのかもしれませんが,お教えいただければと思うんですが。 ○山本幹事 軽減された注意義務の内容をどう定めるかという問題と無償寄託についてデフォルトとしてどのような注意義務を定めるかという問題があって,結果として両者が一致するとするならば,無償寄託の場合については,注意義務は軽減しないということになると思います。これは,両者についてどのような基準が適当なのか,そしてそれをどう表現できるかということを踏まえませんと,結論はすぐには出てこないと思いますが,いかがでしょうか。 ○内田委員 善管注意義務とか,自己のものと同一の注意義務とかというのは,法律家はカテゴリーが違うと感じますけれども,現実の事実においてきれいに線が引けるわけではありませんし,軽過失か重過失かというのもきれいに線が引けるわけでもないとすると,単に保存義務は軽減されると書くという手もあると思うのです。そういうふうに書けるかどうかというのは実務家の先生方,特に裁判官の観点から見て,そういう規定に対応可能かどうかというところにかなり拠ってくるのかなという感じがします。単に,軽減されると書いてあって,このくらいならいいかとか,これはちょっと駄目だとかという判断が現実の訴訟で可能なのであれば,そういう条文の書き方もあり得るのかなと思いますが,いかがでしょうか。 ○中田分科会長 いかがでしょうか。 ○岡崎幹事 確かに,善管注意義務と自己のものと同一の注意義務が具体的な事案の中でどのくらい違うかは,感覚の問題という部分が多いという印象も受けます。ただ,同じ表現で統一してよいかというと,そうでもない気もしますので,何がしかの工夫をしていく努力も必要であると一方で思います。 ○高須幹事 裁判官ではないのに申し訳ないんですが,実感としては,軽減されるとだけ条文に書いてあったときに,それを使って実際の裁判をやるというのは,やはり相当大変かなと。要するに裁判制度,あるいは弁護士制度を前提とした場合,依頼者から依頼を受けて,一定の見込み等を立てた上で弁護士は受任して裁判を行わねばならない。そういう意味での一定の基準がどうしてもなければならないというときに,今,岡崎さんがおっしゃったとおりで,実際のところは義務違反というのはそう簡単に基準が作れないんだけれども,さりとて全く基準的なものがないかのごとき表現だと,本当に展望が開きにくいのかなと思っております。やはり一応の何かカテゴリーが欲しいかなという印象を持っているんですが。 ○中井委員 それは私も全く同じ感覚で,少なくとも善良な管理者の注意,自己の財産に対するのと同一の注意,これらは現実的にどれだけの違いがあって,どこから明確な線があるのかと聞かれると,必ずしもそう明確に出てくるわけではありません。ただ裁判官が判決を書くときに,やはりその二つの概念があるということは判決を書くときの目印,基準になるような気がします。それを単に契約前の注意義務より受領遅滞後は義務が軽くなるでは,よって立つものについては極めて不安定に感じますので,そこは是非書き込んでいただきたいと思います。 ○中田分科会長 うろ覚えですけれども,フランスでは無償委任の場合に,確か受任者の責任が軽減されるというような規定があって,これについては,結構,議論の変遷があるんですけれども,その辺りも参考になるかもしれません。 ○山川幹事 ここで発言すべきかどうか分からないのですけれども,オについて,部会のときに目的物が滅失又は損傷した場合ではなくて,役務提供契約の場合はどうかという,御質問をしたところですが,例えば労働契約の場合ですと,使用者,債権者が受領拒絶をした場合で,労働義務が履行不能になった場合については,複数の下級裁判例は受領拒絶の正当化理由を,使用者側が主張・立証すべきであるということを述べております。それはこのオの考え方を役務提供契約に適用した場合と発想としては似ているのではないかと思います。本来,536条2項における帰責事由は,債務者側がそれを根拠付ける事実を主張・立証すべきところ,使用者の労務受領拒絶による履行不能の場合は,債権者たる使用者が,帰責事由がないことを根拠付ける事実を主張・立証すれば足りるという運用になっています。ただしこれが受領遅滞の効果そのものとは考える必要はないとも思っておりまして,民法536条2項に相当する規定を残す際に,その適用の仕方として,以上のような取扱いが維持できれば差し支えないかなと思っております。   つまり帰責事由,又はそれに相当する要件の中で,適宜評価根拠事実と障害事実が分担できるようにするということです。先ほど評価的要件にしたほうがいいと言ったのは,そういう意味もありまして,つまり労働者側が履行の提供をして,使用者側が受領拒絶をした場合には,評価根拠事実としてはそれで十分で,逆に使用者側が評価障害事実として受領拒絶の正当化理由を主張・立証する。そういう取扱いが読み込めるようなルールが必要かなと思っております。したがって,オの発想を使えるような形の536条2項の書き方が望ましいということで,ちょっとここで発言すべきかどうか分かりませんが,一言申し上げました。 ○山本幹事 問題提起だけでまた答えがないことなのですけれども,考えるべき問題点として指摘しておきます。  オについてですけれども,受領遅滞後に目的物が滅失・損傷した場合の危険を債権者が負担することに関して,ここには更に,債務者の責めに帰すことのできない事由によりということがあります。表現は別として,これはよく分かることでして,受領遅滞があった後に目的物が滅失・損傷したとしても,債務者に帰せられるような理由で滅失・損傷した場合にまで債権者が危険を負担すべきいわれはない。これは非常によく分かることだと思います。問題は,主張・立証責任がどうなるのだろうかということでして,この点は詰めておくべき事柄ではないかと思います。   つまり,債権者が代金等を払えと請求する場合に,債務者は,自分の責めに帰することのできない事由によって目的物が滅失・損傷したことを主張・立証すべきだと考えるのか。そうではなくて,債務者としては,受領遅滞があり,その後に目的物が滅失・損傷したというだけで足りて,債権者側が,この滅失・損傷は債務者の責めに帰すべき事由によって生じたものであって,債権者が負担すべきものではないということを主張・立証するのか。この点については,もし規定を設けるのであれば,きちんと整理した上で書くべきかと思います。私の考え方としては,後者の方向に傾いています。 ○高須幹事 今の点は私も山本先生と同感で,後者,私が後者と言ってはいけないかもしれませんが,その考え方で私も賛成したいと思います。 ○中田分科会長 ほかにはよろしいでしょうか。   それでは,次に進ませていただきます。   続きまして,「第6 債務不履行に関連する新規規定」の「2 第三者の行為によって債務不履行が生じた場合における債務者の責任」について御審議いただきたいと思います。事務当局から説明していただきます。 ○新井関係官 当該論点は,部会資料34の58ページ以降に掲載がございます。その論点につきましては第40回会議で審議がなされまして,この本文の提案の甲乙丙の各案について意見を賜りました。部会の中では,第三者の行為に起因する債務不履行をどのように考えるかというのは,債務不履行の免責に関する一般原則によって対処できる問題であるという観点から,丙案を支持する意見を頂きました。同じ観点から,むしろ「債務者が契約又は法律の規定に従って債務の履行のために第三者を使用することができる」旨の基本規定を設けるべきであるという提案もございました。その一方で甲案,又は乙案,それぞれ支持する意見もお示しいただいたところです。そのような部会での議論も踏まえて,規定の在り方等について意見を賜れればと思います。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 これは従来履行補助者の問題と言われてきたところです。規定を設けるかどうか,もし,設けるとするとどのような規定とするべきかがここでの課題です。もし,規定を設ける場合に,甲案,つまり第三者を類型化するという案ですと,例えば真の意味の履行補助者と履行代行者,被用者的補助者と独立的補助者といった類型化が学説によれば考えられますけれども,それが立法でできるかどうかというのが課題になります。   乙案について言いますと,どのような第三者の行為について債務者が債務不履行責任を負うのかということが課題になります。また,角度を変えまして,今,新井関係官から御紹介のありましたように一定の要件の下に債務者が債務の履行のために第三者を使用できるという規定を置いて,その要件を示すという方法もあるかと思います。更に,何も置かないという丙案もあるわけですが,このように規定の要否,内容について御審議をお願いいたします。 ○山本幹事 先ほど申し上げたことと重なりますが,部会でも申し上げたと思いますけれども,考え方としては,乙案と丙案は基本的には同じベースなのですが,こちらの方向で考えるべきだということです。つまり,基本は,債務不履行責任の一般原則の枠内での話だという位置付けです。債務不履行の一般原則については,表現はともかくとして,契約上の債務が履行されなかった場合で,しかもその不履行が生じた原因が債務者の負担すべきリスクに属する場合は,債務者が責任を負うべきである。それは,債務者が債務の履行に当たって第三者を用いたかどうかによって影響を受けないはずである。第三者を利用したことによって,契約上負うべき債務の中身が変わってしまったり,債務者が負担すべきリスクに属する事由が変わってきたりすることは起きるはずはない。その意味では,考え方としては,債務不履行の一般原則に委ねるのも考え方としてあるところで,丙案はそのような考え方です。  ただ,実際には,これは部会資料にもあったところですけれども,債務の履行について第三者が利用されて,その第三者に起因する形で不履行が生じる場合が非常に多いところで,それについての規定が全くないまま今後も推移するとするならば,それはやはり不明確だろう。ということで,乙案のように,何らかの形で規定が設けられるのであれば設けるという方向が望ましいのではないかということを部会でも申し上げました。   その上で,具体的にどう定められるのかというのが非常に大きな問題で,これはなかなか難しいところです。比較法的に見ましても,少なくとも今,申し上げたような考え方で履行補助者に関する責任について規定を設けている例はそう多くありません。あるのは,例えばヨーロッパ契約法原則などがそうですが,契約の履行を第三者に委ねたときでも,債務者は履行に関する責任を負うというような一般的な書き方しかなされていません。それ以上に,何か定められるかということをかなり考えてみたんですけれども,なかなか難しいかもしれないというのが現時点で私の思うところです。   例えば,中田分科会長も御示唆されたと思いますけれども,書き方としては,まず第三者を利用できるということを書く。例えば,「債務者は,契約その他の債務発生原因の趣旨に従って,債務の履行の全部又は一部を第三者に委ねることができる」ということをまず定め,ただ,その場合に,「債務者はそれによって債務の履行についての責任を免れない」というように,ヨーロッパ契約法原則の書き方を参考にするような形で書くというのが,恐らく債務の不履行の一般原則と平仄の合う書き方の一例ではないかと思います。よりよい書き方がもし提案されるのであれば,賛成したいと思いますが,差し当たり口火を切るということで述べさせていただきました。 ○中田分科会長 いかがでしょうか。 ○中井委員 弁護士会の意見は丙案で,今日契約の一部ないし全部を第三者を使って行うということは山ほどある。そのときに第三者を使ったがために,本来的な債務者の責任が軽減されたり,例外的に免除されたりするというのはおかしいので,基本的には契約一般の原則に従って処理されるべきだというところから丙案が多数を占めています。ただ,それを今おっしゃられたように乙案のような形に取り込むことが果たしてできるのか,提案していただければ検討することはやぶさかではないけれども,そう簡単ではないということから丙案支持という結論です。 ○中田分科会長 今,山本幹事からヨーロッパ契約法原則を参考にしたような御提案があったわけですけれども,もしそういうものが形として出てくれば,また弁護士会のほうでも検討されるということでしょうか。 ○中井委員 まず第三者を使うことを積極的に認める条文を置くことについてそれほど異論はないと思います。そのことによって,影響を受けない,ということについても概ね異論はないと思います。例外として意見が出たのは,債権者側から使用すべき第三者を指示していたような場合に,その使うべき第三者が債務者としては限られていたときに,当該第三者の落ち度によって履行できなかった場合は別に考える必要がないかというのが一つです。それと原則的な考え方に対して,金融機関を使って振込みをしたという事例を念頭に置いてですけれども,そういう高度に信頼性の高い仕組みを使った,しかしその高度に信頼性の高い仕組み自体に何らかの欠陥があり,落ち度があって,不履行が生じたときに債務者に不履行責任を負わせるのは酷だとして,そういう場面については例外があり得る,この二つの例外を検討してはどうかという意見がありました。 ○新井関係官 振込みの場面については,恐らく金銭債務の不履行で免責を認めるかどうかという問題,免責を認める場合には,具体的にどのような場合に認めるかという問題としても捉えられるのではないかと思います。 ○中田分科会長 いかがでしょうか。山本幹事に確認なんですけれども,一般的な規定を置いた場合に,代理や委任について復代理,復委任についての規定との関係はどういうふうにお考えでしょうか。 ○山本幹事 副代理に関する規定のうち,少なくとも内部関係については,委任のところに移すべきだという考えを持っていますけれども,いずれにしましても,そういったものについてどう定めるかというのが前提問題だと思います。その点については,部会でも申し上げたかもしれませんけれども,基本的には自己執行義務を前提として,その例外として,他人に委任事務ないし代理行為を行わせることができる場合の要件を定める。ただ,その要件が現行法では非常に限定的になっている。つまり,やむを得ない事由がある場合,または本人の許諾がある場合に限られているわけですが,それをもう少し緩める方向で現代化してはどうかという意見を持っています。  ただ,この問題と履行補助者責任の問題が同じかというと,少し違うのではないかと思います。債務者は,債務を履行しなければならない。しかし,その債務の履行を自分で履行しなければならないかと言うと,そうしなければならないということは,委任や代理等の場合と違って出てこないのではないかと思います。債務一般については。もちろん債務の趣旨,あるいは契約の趣旨によっては,債務者自身が債務を履行しなければならないということが出てくる場合があるかもしれませんが,それがデフォルトかというと,おそらく違うのではないか。そうすると,履行補助者に当たるものは使ってよい。ただし,使った以上は,責任を負わなければならないという債務不履行の原則がそのまま貫かれると考えられますので,復代理の場合とは,やはり考え方も局面も違うのではないかと思うのですが,いかがでしょうか。 ○中田分科会長 必ずしも原則例外というのではなくて局面が違っているという整理でしょうか。 ○山本幹事 自己執行義務に当たるものが認められるべきかどうかという点について,やはり考え方が違うのではないかと思います。  代理の場合は,基本的には代理人が代理行為を行わなわなければならない。委任についても,デフォルトとしては,本人から信頼を受けて,事務の処理を任された以上,その任された者が自ら事務を処理しなければならないというのが,代理ないし委任のデフォルトルールとしてなお今日でも認められるべきだという考え方が,少なくとも民法のレベルではやはり動いていないのではないかと思います。  それに対して,債務の履行に関しては,債務者が自ら債務を履行しなければならないという考え方が,同じようにデフォルトとして今日採用されるべきかと言うと,それは違うという意味で,やはり考え方が違うのではないかと思いますが,うまい説明にはなってないかもしれません。 ○鹿野幹事 確かに,売買をはじめ多くの契約については,債務の履行につき第三者が利用されてきましたし,それが認められると思われるのですが,その点については契約によって違いがあると思います。第三者を利用することができるという規定を仮に設けるとしても,そこには当然,契約の趣旨及び法令の範囲内というような制限は掛かってきます。そのとおりに明文で書くかどうかはともかくとして,そのような制限は掛かるのだろうと思います。 ○山本幹事 先ほど申し上げたのも,考え方はそのとおりでして,「債務者は,契約その他の債務の発生原因の趣旨に従い,債務の履行の全部又は一部を第三者に委ねることができる」と書くべきではないかと思います。そう書くことによって,先ほど申し上げた債務不履行の一般原則とも整合性を保つことができると思います。ただ,デフォルトとしては,第三者に委ねることができると書いてよいのではないかというのは,先ほど申し上げたとおりです。もちろん,契約の趣旨によると,第三者には委ねられないということが出てくるのであれば,それはやはり駄目だというだけではないかと思います。何もデフォルトを定めないというのも一つの考え方かもしれませんが,債務の履行に関しては私が申し上げたように定めてもよいのではないか。ヨーロッパ契約法原則は正にそのような考え方でできているように思います。 ○中田分科会長 よろしいでしょうか。 ○鹿野幹事 第三者の利用について積極的な明文がない状態であればともかく,明文として積極的に第三者を利用できると規定するのであれば,誤解がないように,その制限まで一緒に定めたほうがよいのではないかと思いますし,先ほどの私の発言はその趣旨でもありました。 ○中田分科会長 一致しているわけですよね,お考えは。 ○鹿野幹事 はい。 ○中田分科会長 他にこの点についていかがでしょうか。   大体,御意見を頂戴したということでよろしいでしょうか。   それでは,次に進みます。次は,「3 代償請求権」について御審議いただきたいと思います。事務当局から説明していただきます。 ○新井関係官 当該論点については,部会資料34の62ページ以降に掲載がございます。この論点につきましては,第40回会議で審議が行われました。部会の中では本文の中の甲案を支持する意見があった一方,乙案を支持する意見も紹介されました。そして,乙案のように帰責事由の欠如というのを代償請求権の行使要件とする場合には,主張・立証責任の分配が問題になることから,その点も留意しながら規定の在り方を検討すべきという御指摘もいただきました。以上でございます。 ○中田分科会長 代償請求権につきましては,仮に明文規定を置くとした場合について,填補賠償請求権との関係から三つの案が出されています。債権者が填補賠償請求権を持つかどうかにかかわらず代償請求権を認めるというのが甲案,それがない場合にのみ認めるというのが乙案と丙案です。乙と丙の違いは,丙案では双務契約に限られますけれども,乙案では特に限定されていないということです。部会では今御紹介のありましたように,甲案の支持と乙案の支持が出ましたので,それぞれのメリット,デメリットを詰めて検討するということがこの分科会の課題になるかと思います。もちろん丙案やそもそも規定を置かないという意見もあり得ますので,それもあればお出しいただきたいと思いますが,少なくとも甲案と乙案の具体的検討をすることが求められていると思います。それから,各案を通じまして,請求できる額に上限を設けるのか,上限を設ける場合にそれを越える部分の取得を認めるとすると,その正当化根拠は何なのかということも問題になります。   それから,各案を通じて,そもそも代償請求権の対象となるものをどのように表現するのかという問題もあります。更にその前提として,そもそも代償請求権の対象として具体的に何を考えるのか,つまり債務者の第三者に対する損害賠償請求権,あるいは保険金請求権ないし受け取った保険金,更に二重譲渡の場合の第二譲受人に対して有する代金債権ないし受け取った代金などのうちのどこまで含めるのか,という問題もあるかと思います。これらについて,御意見を頂きたいと思います。 ○高須幹事 弁護士会としては,甲案のほうが多かったという状況でございます。私自身も甲案のほうがいいということで部会でも発言をさせていただきました。その理由でございますが,制度趣旨としては,損害賠償請求ができないような場合に,この種の利益があれば不履行を受けた債権者に帰せしめるべきではなきか。これが代償請求権の根拠だということであれば,なるほど乙案のように損害賠償請求ができないという,要するに免責事由があるというケースが本来でしょうということは理解できるのですが,ただそれを要件とするということになりますと,具体的には不履行の事実があり,代償の利益がある。その要件をどう書くかはそれなりに工夫しなければなりませんが,そういう代償の利益がある。このほかに,もし乙案を採るとなると,請求をするほうが債務者に帰責事由が欠如しているということを主張・立証しなければならないとするか。あるいは代償請求を受けたほうが,いや,帰責事由がありますよ。つまり損害賠償をしてもらって構わないケースだから,少なくとも代償請求は成り立ちませんよという抗弁的なものを出すかという,どちらかの配分,割振りをすることになろうとは思うのですが,いずれの立場を採るにしても,債務不履行を受けた債権者のほうで帰責事由が債務者にないということを積極的に容認するときに主張・立証させるとか。あるいは,代償請求を受けた債務者側に帰責事由があるんだということを自ら認めさせるような主張・立証をさせることがここで必要になるとかという考え方は,本来の制度趣旨からすればそういう根拠,流れなんだというのは分かるような気がするんですが,裁判の技術としてこれは少し現実性を欠くのではないかなと。そういう意味では,これが実際の要件として考えるという場面においては,やはり甲案のように,帰責事由の有無は問わないというほうが現実的ではないかと考えた次第でございます。   実際,補足説明の62ページに指摘いただいている最高裁の昭和41年12月23日という臨時のケースというか,余り実例がないようなものですから,限られた判例という言い方になるかもしれませんが,数少ない最高裁判例もここでは債務者の帰責事由の欠如の要件は不要としているという,判例解説等の説明もなされているところですので,頻繁に使っているという実感はないので,実務的に定着しておりますので言っていいかどうか分かりませんけれども,少なくとも存在する裁判判例には甲案が親和的と思っておりますので,甲案のほうが現実的ではないかと思っております。   それから,今,分科会長から御指摘があった上限と言いましょうか,何らかの限度を設ける,例えば債権者が受けた損害の限度というものを設けるか儲けないかの点でございますが,これも先ほどの41年の最高裁判例は一応設けるという話をしているわけでございますし,私としても債務者側の利益を保持させておく必要がないという観点から全てを吐き出させるというと,設けないというほうに行くんだと思いますけれども,飽くまでこれが代償請求権が例外的にというか本来は損害賠償等で行うべきところを例外的に認められた債権者に対しての保護,公平というようなところから導かれる制度だとすれば,債権者の損害の限度ということで上限を掛けても制度趣旨には反しないというか,むしろ全うすることはできるのではないかと考えておりまして,最終的には41年判例の示された内容でまとめていくことがよいのではないかと思っております。 ○内田委員 訴訟の手続は全く素人なので教えていただきたいのですが,今の立証責任の点です。代償請求権というのは補充的な制度であるということを,高須幹事もおっしゃられたわけですけれども,そうだとすると,裁判はまず填補賠償の請求が行われて,それに対して自分には免責の事由があるのだという抗弁が出て,それならば代償を寄こせという形で進行するのではないでしょうか。別にそれで全然問題はないのではないかと思うのですが,何か支障はあるのでしょうか。 ○高須幹事 理念的にはそのとおりだと思うんですよね。ただ,実際の裁判ではまず損害賠償をしてみて,通らなかったときに改めて代償請求をするという形で現実の裁判がそれでうまく機能するのかどうかというということも考えたときに,複数の権利集団があったときには,原則的にはどちらかの主従をつけずに,一番妥当と思われる方法を即時に採るということができてもいいのではないかと思っているものですから,確かに先生おっしゃるとおりで理念的ではないんですけれども,現実的という言葉を使わせていただいて恐縮なんですけれども,順番をつけることに現実性がないときがありますよね,みたいなことをちょっと考えていたんですが。   それともう一つは,二つ裁判をやるというのは実は難しいことでございまして,1回目の裁判で認められなかったから今度は代償請求だというだけのタフさを当事者が持っているかどうかという問題もあって,最初のところで負けちゃったらもういいですよと言われちゃう場合もありますので,やはりその観点からも一番いけそうなところから本来行ったほうがいいのではないか,と思ったりもしております。すみません,理論的ではなくて申し訳ありません。 ○中田分科会長 内田委員の御質問は必ずしも2回裁判をやるというのではなくて,手続的に可能かどうか私には分からないんですが,予備的に請求するという方法ではないのでしょうか。 ○高須幹事 予備的に請求は可能だと思いますが,そうすると片方で免責事由がない,片方であるという,それは民訴上は理論的に可能と思いますが,それでも一つの裁判の中でやると,本当はどっちなんですかというようなことがやはり一番問題になるんじゃないかとは思うんですがね。そういう意味では,それはおっしゃるとおり,今,御指摘されて,一つ気が付きましたけれども,抗弁の中でどういう抗弁を立てるかのところで,もしかすると請求原因では特にそれを言う必要がないとすれば,専ら抗弁で免責事由があるということを被告側に言わせたら,そこでは併せて仮にそうだとしても,という議論をしてもいいのかもしれないと思いますが,少なくとも……。 ○内田委員 発言はそういう趣旨です。 ○高須幹事 そうですね。請求権レベルがと原告が二つのことを使い分けなければなりませんから,これはいくらなんでもちょっとおかしいかなという気がしますが,そういう御趣旨であれば,方法論としては確かにあり得るかとは思います。そこはちょっとすみません,私の意見も少し,そこは修正したいと思います。常に予備的請求をそういう形になっていくことをよしとするかどうかだけの判断かなと思います。 ○中井委員 代償請求権が現実に使われる場面はかなり限定されていると思うのです。それを考えると,これを民法に置く必要があるのかということに疑問がないわけではない。仮に置くとした場合に,代償請求権が補充的なものだという位置付けからすれば,乙案というのが素直に出てくると思います。現実に代償請求権を認めるのであれば,責任があれば填補請求権,責任がなければ代償請求権というすみ分けは論理的に美しいんですが,代償請求権の行使を認めるなら,あえてそのすみ分けまでしなければならないほどの積極的な意味があるのかと思います。そうすると,填補賠償請求権も行使できる,代償請求権も同時に行使を認める。どちらかを選択的に行使を認めても,特段の弊害があるのか。責任があれば填補賠償しなければならないわけですから,それに代えて代償請求権を相手方に渡しても,別に不履行した債務者は困らない。その後の問題で限度額についての議論があるわけで,この限度額で少なくとも債権者が受けた損害の限度を超える利益を与える必要はないとすれば,二重取りはできないわけですから,代償請求権を認めるとすれば,確かに補充的かもしれませんけれども,もうすみ分け的な議論をすることなく選択的に行使を認めていい甲案というのが現実的なのか,それが多くの弁護士会の意見でした。 ○山本幹事 部会でも申し上げたかもしれませんが,今の実践的な考慮に加えて,理論的な考慮について補足しますと,代償請求権の甲案の基礎には,債権は,一定の給付を受けるという価値を取得する権利だという理解があると思います。実際に,その給付を受けられない場合に,その給付の価値に相当する物が形を変えて存在するならば,つまりその意味での代償が存在するならば,債権者は給付の価値を把握している以上,その価値は債権者に帰属するのが当然である。したがって,代償請求権が認められるのは,この債権の理解からすると当然であって,填補賠償請求権が認められるかどうかに関わりなく,当然認めてもよいというのが理論的な説明だと思います。   そうしますと,そこまで認めるならば,債務者の財産管理に関する過度な干渉にならないかということが言われていますけれども,この場合は債権者に当然帰属すべきものを取得しているだけであって,財産管理に対する干渉と言うに値しないという理論的説明が行われると思います。  その上で,代償請求が認められる範囲はどうなるかと言うと,目的物というのが狭いとするならば,給付の価値の限度,ないしは債務者が債務の履行を受けられなくなった限度で代償を取得できるというのが範囲の限定の仕方として出てくると思います。余り理論だけで割り切ると,それはどうかという御意見が出てくるところかもしれませんが,説明としては今申し上げたのが甲案の考え方ではないかと思います。 ○内田委員 質問なのですが,給付の価値というのは,給付を請求する債権がある場合のように聞こえたのですが,そうすると填補賠償の請求をする債権がある場合に,相手はお金を持ってないけれども債権を持っている,つまり代償になるような権利を持っているので,それを寄こせというのならば,今の話の理屈は分かるのです。しかし,補充性で議論している場面というのは債権がない場合です。相手は免責される。填補賠償請求権が行使できない。しかし,相手には利益があるのだから,公平上,それを移すことを認めようというのが代償請求ではないかと思っていました。そういう説明ではないのでしょうか。 ○山本幹事 また理論的な話になっていくのかもしれませんが,債務が履行できない,つまり履行不能がある場合に債権がどうなるかという問題と結び付くのではないかと思います。  分かりやすい説明は,履行不能になると,債務は消滅する。したがって,債権も消滅する。とすると,債権の存在を前提にした議論ができなくなるというのがあり得る話ですけれども,現在改正しようとしている債務不履行等に関するものの考え方がそういうものなのかと言うと,私は変わっているのではないかと思います。というのは,債務に当たるものが履行できない場合は,履行請求ができなくなる。ですから,履行請求権が消滅するという言い方が正しいかもしれませんが,それで債務あるいは債権が消滅するわけではない。したがって,債務の不履行は残る。その場合に,債務不履行を理由とする填補賠償が請求できるかと言うと,一定の理由がある場合は,填補賠償請求権も否定される。ただ,それは,填補賠償請求権という救済手段が否定されるのであって,債権・債務がなくなるのかと言うと,そうではない。債務の不履行もあるが,填補賠償の請求はできないというだけではないのか。そうすると,債権は残るとするならば,債権の内容は,給付の価値を取得できるという権利であって,この場合は,その給付は受けられないけれども,給付の価値に当たるものがあるならば,つまり代償があるならば,それは取得できるという説明になるのではないかと思いますが,いかがでしょうか。 ○三上委員 私の理解が浅いのかもしれませんが,代償請求権というのは一種の不当利得と言いますか,公平の観念から出てきた概念であって,時と場合によってあったりなかったりするものではないのでしょうか。例えば,きちんとした性能を備えた倉庫に保管しておいたけれども,強力な賊が入って盗まれた,みたいなケースを考えたときに,もし,当該物に債務者が保険を掛けていたとしても,それは債務者が自分の資産で保険を掛けていたから入ってきた保険金であって,債務者とすればその保険金で破壊された自分の倉庫のほうを直したいかもしれないわけです。もし保険金を掛けてなくて,加害者に対して損害賠償請求するという場合を考えて,例えば引き渡すべき対象の物が例えば500万で,壊れた倉庫も500万だったというときに,賊の賠償能力が100万しかなかったとして,その100万円は全部債権者に持っていかれるという結論でいいのか。そう考えていくと,時と場合によって,代償請求権が認められる範囲がみんな変わっているのではないかと。   つまり,最終的に公平の概念から,この部分はやはり代金だけ払って物をもらえない債権者に渡すのが公平じゃないかという場面があるのは認めますけれども,常に権利ごと移ってしまうというのは,非常に違和感があります。 ○中田分科会長 いかがでしょうか。三上委員は,むしろ規定は置かないほうがよいという御意見でしょうか。 ○三上委員 私個人的には不当利得の一種みたいなものなので,規定を置いてしまうと,逆に不公平になる場面が出てくるのではないかと。特に,保険というのは保険金を払っているから入ってくるのであって,その保険金は一体何のために掛けていたんだという部分が出てくると思います。 ○新井関係官 代償請求権の対象の範囲の問題になるのかもしれません。代償請求権をどこまで認めるのが妥当かという問題は,一つの考え方として,滅失等した目的物の「代償」というのをどういうふうに捉えるかというところである程度カバーできるのではないかと思うのですけれども,三上委員の御意見ですと,「代償」というだけでは,適切な縛りができないのではないかと,そういう御疑問なのでしょうか。 ○三上委員 代償として何らかの権利を取得したとしても,先ほど言いましたように,加害者の賠償資力が限られている場合で,債務者にも債権者にも損害があるといったときに,限られた回収原資をどっちにどの割合で分けるのかという問題も起こってくると思います。もちろん盗まれた物に対する損害賠償請求権と倉庫に対する損害賠償と別々の勘定が立って,お互いにそれを請求して金額によって分けるというのが結論かもしれないんですけれども,それがそう明確に分かれるのかがよく分からないのです。 ○山本幹事 結論は,最後におっしゃったとおりになるのではないかと思います。つまり,給付の目的物が滅失したことを理由とする損害賠償請求権のみがここで言う代償請求権であって,この規定が認められるとするならば,債権者がそれを取得するだけで,債務者固有の損害賠償請求権はそのまま残るわけですので,債権者が取得した目的物の代償請求権が優先的に何か満足を得られるかと言うと,それは別問題ではないかと思うのですが, ○三上委員 債権者は直接加害者に対して請求権を持ちますね。それは分かるんですが,一旦,債務者が得たものに関して債権者が代償で取得すると規定してしまうと本来,債務者が請求できる権利について債権者が優先するということになってしまわないのでしょうか。 ○中井委員 余計なことかもしれませんけれども,これは給付する対象物の価値の代替物としての代償だろうと思います。御指摘のものが仮に何らかの保険だとしても,理論的にはその対象物の代償としての金額に限られ,それが代償請求権として交付を受けられる。賊に対する損害賠償請求権があるとしても,それは物の価値代替物,代償という範疇に入らないのではないでしょうか。その物の代償のみが移転を受けることができる。それが先ほどの山本敬三先生がおっしゃった,その債権が把握している価値じゃないでしょうか。 ○三上委員 それだと結局,加害者に対する直接の損害賠償請求を考えたほうが早いように思います。代償と言わずに。 ○中田分科会長 少し紛らわしいわけですけれども,第三者に対して持っている請求権を移転するというタイプが多分元々だったと思うんですけれども,第三者から取得した代金を代わりに債権者に帰属させるということにも広げて使われているのだろうと思います。そこが別の問題ではないかという点と,そもそも債務者と債権者との間で債務者の責めに帰すべからず事由によって生じて,たまたま債務者の得た利益を債権者が全部持っていくというはおかしいじゃないかという御主張とが少し重なって議論が出ているのかと思います。 ○内田委員 今の三上委員が言われた事案がちょっとよく分からなかったのですが,自分の倉庫に引き渡すべきものを置いていた。その所有権は債権者にあるという事案ですか。 ○三上委員 そうですね。 ○内田委員 そうすると債権者自身が所有者として損害賠償請求権を持っていますので,代償請求など必要ないです。代償請求は債権者自身が債権を持たない場合に相手が持っている債権を寄こせということですので,今の場合だと代償請求を問題にしなくてもいいのではないかと思いますが。 ○三上委員 すみません,私が想定したのは,そういう出来事によって履行不能になるという場合です。 ○内田委員 履行不能になって,損害賠償責任を負うという場合もあるわけですが,それは損害賠償の問題になる。代償請求というのは,目的物の引渡しができないので,目的物そのものに代わる価値なり債権を代わりに寄こせという場合ですので,今の場合ですとその目的物についての損害賠償請求権はむしろ所有者のほうに帰属する。保険も保険利益は通常所有者にあるので,他人の物についてたまたま預かっている人が,保険を掛けるということは普通はないのだと思います。ですから,保険が代償請求で問題になるというのは非常に特殊な事案だろうと思います。 ○三上委員 建物の保険金の事例ってどんな判例でしたっけね。この部分不勉強で恐縮です。 ○内田委員 判例は非常に特殊な事案で,建物を建てた人が自分で保険を掛けたのですが,その建物を無償で他人に贈与して,その他人から自分が借りるという賃貸借の契約をした。所有権は移転したのですけれども,まだ元々掛けていた保険を持っていたという,そういう非常に特殊な事案です。 ○三上委員 いずれにしても,保険料を負担したのは債務者ですね。それがたまたま保険金が入ったとしても,それが違法なことであれば別かもしれませんけれども,適法なのであれば,宝くじが当たったようなものですよね。 ○内田委員 本来は保険料の対価として保険金が入るので,人に渡すいわれのないものですけれども,借家人として返すべき目的物が返せなくなったのだから,その代わりに持っているものをやはり渡すべきではないかという,そういう公平の発想だと思います。 ○三上委員 そういうものを条文に書くべきなのか,です。それは特殊な例だから認めるかというのであれば,不当利得の一場面でいいのではないかと思うのです。 ○内田委員 私は乙案のような形で,損害賠償請求権があるならば,賠償で処理をする。しかし,返すべき物は返せず,しかも損害賠償も払わなくてよいけれど,代わりに利益を得ているという場合は,やはり特別に公平のルールとしてこういう規定を置くという余地はあるのではないかという感じはするのです。しかし,戻りますけれども,山本幹事の議論だとむしろ代償請求権は原則的な効力になります。これは代償請求についての伝統的な考え方からするとかなり発想の転換があるような感じを受けました。 ○中田分科会長 幾つか御議論が出ています。理論的なレベルでは,山本幹事がお示しくださいましたのは,給付請求権に代わるものであって,填補賠償請求権というよりももっと上位のものだという理解かと思いますが,それについて内田委員のほうから,それは代償請求権の伝統的な考え方よりももっと強くしているのではないかという御指摘があったかと思います。   必ずしも明確にではないんですけれども,代償請求権と損害賠償請求権を両方認める場合については,少なくとも両方認める場合であっても,上限は画するという御意見だけが出ていたかと思います。それ以外に損害賠償請求権については一定のルールで縛りが掛かっているということがあり得るわけですが,それらの縛りが代償請求権には及ばないのかどうかということも更に検討する必要があるということも今の御議論の中で出ていたかと思います。   それから,訴訟において主張・立証責任をどうするのか。これは高須幹事の御指摘に対して部会でも出ていたわけですが,内田委員のほうから,予備的な形で出てくるということでいいんじゃないかという御指摘がありました。もう一つ付け加えますとフランスではやはり予備的な構成になっているわけですが,そこは条文が書けているわけですので,そういったことも参考になるかもしれません。あとは実際上,果たしてどこまで認めるのかです。三上委員からは少なくともごく例外的なものなんだから条文に書くことはなかろうということでしたが,他の委員からは規定を置いても構わないだろうということだったと思います。その際に保険金請求権というのが保険料の対価なのか,それとも実質的には代わる利益なのかというのは,これは物上代位のところでも出てくる問題かと思いますけれども,それをどう取り扱うのかは,議論があったと思います。   一つ,確認したいんですが,二重譲渡の場合も認めるということでよろしいでしょうか。損害賠償請求権と並存する,並存し得るというお立場の委員,幹事の方は,二重譲渡の場合も対象となるという理解でよろしいのでしょうか。山本幹事はそれでよろしいわけですね。中井委員は。 ○中井委員 二重譲渡の場合は,売主の二重譲受人に対する代金請求権について認める……なるほど。 ○中田分科会長 とりわけそれが市価よりも高い代金債権であるときに,どうするかというのは,これは上限の問題とも関係するんですけれども,そこが一つの議論のポイントになるかと思います。 ○高須幹事 今の論点は考えねばならないと思っているんですが,考えないで,余り考えつかなかったのは,二重譲渡で損害賠償請求権を第一譲受人がしなければならないときというのは登記を取得できずに,第二譲受人に登記が行ってしまった場合ということになると思うんですが,その場合には基本的には代金債権はもう支払を受けているから登記がなされるということが多分だと思います。そうすると債務者の手元に入っているはずだと,債務者が資料を十分に持っていれば,本来の損害賠償請求でも十分やれるし,持ってない場合にはいくら代償請求といってみても結局同じことになってしまうので,現実例として先生の御指摘でそういうことも理論的には考えねばならないということではそのとおりだと思ったんですが,ちょっと今までそういう例は余り代償請求の例として思い付くようなケースではなかったものですから,多分弁護士会で持ち帰ってもう一回よく考えないと分からないかなと思います。 ○山本幹事 どのような場面で実際に起こり得るかという問題は確かにおっしゃるとおりあるのですが,二重譲渡の場合に,少なくとも二重譲渡した売主に代金債権ないしは取得した代金を保持させるべき利益は,劣後する譲受人との関係ではないはずです。目的物の給付の価値相当分に当たる権利ないし金銭が債務者の下にあるならば,それは,先ほど言いましたように,債権の価値把握が及んでいるとして請求できてよいだろうというのが理論的な筋だと思います。どのような場面で起こるかというのはおっしゃるとおり次の問題ですが,動産その他まで含めるといろいろあり得るかもしれないというところです。 ○三上委員 最初に戻るかもしれませんが,もう一点だけ最終確認なんですけれども,最初に私が出した例で,債権者は物の引渡請求権を失い,債務者は物については代金は払ってもらえるが,倉庫破壊による損害がある。どちらも加害者に対する損害賠償請求は持っている。しかし,加害者のほうは限られた弁償資力しかないというときに,この代償請求権で債権者に移ってしまう権利を,債務者は自分の損害補償に優先して充ててもいい場面もあるはずではないでしょうか。 ○中田分科会長 目的物の所有権がどっちにあるという前提ですか。 ○三上委員 債務者の手元で,過失なく履行不能になったので履行義務がなくなったと。それで代償請求権の元の請求権自体は債務者の手元で加害者とかその保険者に対して発生しますね。しかし,債務者は履行不能になっても代金はもらえるし,その請求権を行使しなくてもいいはずだ。したがって,公正のためにその請求権を債権者のほうに代償として与えましょうということですよね。しかし,そのときに債務者が加害者に対する別途の損害賠償,先ほどの例では倉庫破壊の損害賠償請求権ですけど,加害者の資力が限られているときに,この二つの取り上げが,債権者に全部移転するとか頭割りになるのが正義なのか,元々は債務者の持っていた請求権なので,債務者にそれなりの事情があれば債務者に残してもよいと言えるような余地があるんじゃないかと私は思っているんです。思い付いた事例の設定が非常にまずくて申し訳なかったですが,私の問題意識はそういうところです。 ○中田分科会長 今の例もまた非常に面白い例なのでいろいろ考えてみたいと思うんですが,第三者に対する損害賠償請求権が債権者に移転することは認めた上で,しかし倉庫に関わる損害賠償請求権のほうを優先するという考え方と,そもそも移転しないという考え方があるわけですが,三上委員のお考えというのは移転しないと。 ○三上委員 移転する場合があっても構わないんですが,そもそもは債務者の権利だったものに対する一種の介入であると考えると,本来の債務者に優先的というか,権利を残してもいいという,両方の考え方があるんじゃないかという意味で申し上げました。 ○中田分科会長 債務者の気持ちの問題と,優先劣後をつけることを理論的にどうやって正当化するかという問題と,両方あるのかもしれませんね。今,お気持ちのほうはよく分かったんですけれども,それをどうやって理論的に構成していくかという問題が残っているのかもしれません。 ○中井委員 お聞きしていますと,典型例が保険だったから代償請求権を取得したいという債権者側の要求は分かりますけれども,他の第三者に対する何らかの権利,例で言うなら損害賠償請求権であれば,あえて自らの義務を履行して,それを取得するという場面は本当にあるのでしょうか。理論的にはあるのかもしれませんけれども,活躍する場面が少ないという印象を受けました。 ○内田委員 ちょっと一言だけ。正におっしゃるとおりで,賊に対する損害賠償請求権について,売買の場合ですと,代金を払ってそれを寄こせなどという買主は普通いないので,そんなところでは多分使われないと思います。ですから,債権の移転が機能するのは保険ぐらいだと思います。よほど確実な債権でないと代償請求として意味を持たない,ということだと思います。ただ,保険金債権が生じている場合に,履行義務も免れ,賠償義務も免れているのに利益だけ入っているということで,公平の観点から吐き出させようという,かつてはそういう説明をしていたのだと思います。山本さんの場合はもっと広い適用範囲になると思いますが。 ○中井委員 利益を吐き出すと言っても対価との差額ですか。 ○内田委員 ここに限度を付けるかどうかは,選択の余地があると思います。 ○中井委員 基本的には対価なり損害の限度だと思うのですが。 ○三上委員 保険請求権自体が移ってしまうと,保険料だけ返してくれと差し引きができなくなりませんか。 ○中井委員 対価を払うから,結局チャラではないか,債権者にとって,メリットのある場面がどういう場面かと……。 ○内田委員 危険負担のところで出てくる議論というのは,危険負担ではなくて解除構成にすると,契約を維持して代償請求権を行使する余地が出てくる。その場合は多分対価に限定されないという前提があるのではないでしょうか。 ○中井委員 何らかそういうメリットがない限り,という気がいたします。 ○山本幹事 物の客観的価値と契約上の代金とが同じであれば無意味かもしれません。しかしそうでない場合に,恐らく意味を持ってくるのではないかと思います。 ○高須幹事 41年の最高裁判例は賃貸借のケースで建物が滅失して,保険金はその建物の価値について出ているだけですよね。確かにそういう可能性は山本先生がおっしゃったように出てくる余地があるかなと思います。ただ,その点を今,言いたかったことではなくて,私が言ったことをまとめさせてくださいというだけなんですが,基本的には先ほど来の議論をまとめますと,立証責任についてはよく考えないと,ちょっと現実離れした主張・立証責任の配分になりますよと。そこはそのとおりとさせていただいた上で,ただ内田先生からの御指摘を踏まえて,きちんと作れば乙案が採れるんじゃないですかという部分なんですが,確かに主張・立証責任の作り方によっては,乙案的な発想ができるとは思いますが,そのときでも今の今日の議論で教えていただきましたように,先に理論的には損害賠償請求で,それが駄目なときに代償請求ということにすると,別にするか併合提起にするかということで,併合提起が現実性的なんでしょうけれども,訴訟の立て付けとして併合提起が事実上強制されていくという訴訟の在り方というのは,やはり訴えを提起するものの負担という意味では,余りそういう制度化をすべきではないという意識を持っておりますので,基本的には,最終的には甲案で行くということの一応の合理性も考えてみたいとに思っております。   フランス民法では乙案的ですと御示唆を頂いたとおりで,そう思っているんですが,判例解説を読むと当時のドイツ民法の281条の2項というのは,代償請求というのは,履行不能による損害賠償請求権を債権者が持っているときにも行使できて,そのときには代償請求の価格だけ賠償請求のほうが減少されるという規定となっている。そのような考え方をドイツ民法は採っているということは,ドイツ民法は恐らく甲案的なのかなと,にわか勉強で申し訳ありませんが,そう思っていますので,両方あり得るのではないかと。一応そのように思っております。 ○中田分科会長 比較法的には御指摘の二つの系統があるということだと思います。この辺りで代償請求権を終えることができれば,次の項目に進めますけれども,よろしいでしょうか。   それでは,もしかすると6時を少し越えてしまうかもしれませんが,次に進みたいと思います。   今度は部会資料36の第1の「多数当事者の債権及び債務(保証債務を除く。)」「1 債務者が複数の場合」,「(2)連帯債務」の「ウ 連帯債務者の一人について生じた事由の効力等」について御審議いただきたいと思います。事務当局から説明していだたきます。 ○金関係官 御説明します。部会資料36の7ページから20ページまでに記載があります。これらの論点につきましては,部会の第43回会議で審議がされ,各案の具体的な差異等について分科会で審議することとされました。  部会では,(ア)から(オ)までの各論点に関する意見として,連帯債務者の一人について生じた各事由を現行法のとおり絶対的効力事由とすべきであるとの意見や,相対的効力事由としつつ任意規定であることを明らかにすれば足りるとの意見,それから,(ア)の丙案の「協働関係」という概念が不明確であるとの意見などがありました。  また,(カ)の「他の連帯債務者による相殺の援用」に関する意見としては,甲案のように端的に他の連帯債務者による相殺の意思表示を認めるほうが簡明であるとの意見や,乙案を採ってかつ相殺の遡及効を否定する立場を採ると自働債権と受働債権の遅延損害金割合の定め方次第では履行拒絶の時点ごとに拒絶し得る金額が異なることになってしまうとの意見,それから,乙案を支持する内容の意見などがありました。   (キ)の「破産手続の開始」,連帯債務者の破産手続の開始については,民法第441条の規定を削除することに異論はありませんでした。以上です。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 連帯債務者の一人について生じた事由の効力が他の連帯債務者に及ぶかどうかを詰めるというのがここでの課題です。その中で,(キ)については,金関係官から御紹介がありましたとおり,部会では特に異論がありませんでしたので,ここではそれ以外の部分について御審議を頂ければと思います。まず,(ア)から(オ)までについて一括して御意見を頂きまして,その後,(カ)に進みたいと思います。  (ア)から(オ)までについてですが,それぞれ絶対的効力事由とする甲案と相対的効力事由とする乙案があります。また,全体を通じて相対的効力事由とするとしても,任意規定とするという御意見がありましたが,その場合の任意規定の意味を詰めておく必要があると思います。記号を使って恐縮ですけれども,債権者をA,連帯債務者をBとCといたしまして,AB間の事由がCにも及ぶとする合意は一体誰と誰との間でなされなければいけないのか。また,それは当該事由が生じるよりも前の事前の合意なのか。それとも当該事由が生じるに当たっての合意なのかということです。(ア)から(オ)まで各項目についての問題点,それから任意規定とするということの意味などについて御審議いただければと思います。   いかがでしょうか。ここは(ア)から(オ)について部会での御議論も踏まえて,更に詰めて検討していくということだと思いますので,どうぞ御自由に御意見をお出しいただければと思います。 ○三上委員 ここの議論というのは,イコール連帯保証でも,という理解でよろしいのでしょうか。 ○中田分科会長 それは連帯保証のところが後で議論することになりますので,取りあえずまず連帯債務について御議論いただければと思います。連帯保証と関係はもちろんあるわけで,連帯債務については絶対的効力事由が多いから使いにくいというようなことが影響しているのかもしれませんけれども,今回,連帯債務をむしろ今言われている不真正連帯債務にもう少し引き寄せていくということの当否がここに出ていると思います。その辺り,全体についてでも結構ですし,(ア)以下それぞれの項目についてでも結構でございますので,御意見いただければと思います。 ○三上委員 部会本体でも申しましたけれども,請求に関しては甲案,少なくとも丙のどちらかで,ということが実務的な要望です。債務者の一人が行方不明になった場面は以前から言われているんですが,高齢化社会を迎えて,債務者が意思無能力の状態になったとき,親子ローンの親のようなケースですけれども,そういうときに,家族がなかなか成年後見等の手続に協力してくれないというときには,事実上時効中断の手段に困ります。都合よく請求だけ絶対効,他は相対効というのが理論的に許されるのかはよく分からないのですが,更改とか免除に関しましては,相対効のほうがよいわけですけれども,これは更改とか免除の意思解釈の問題として処理する,つまり例えば連帯債務者の一人に,あなたはこの自転車をくれればそれでいいよと言った者が更改だと言って,ほかの人が全部免責されるという発想はなくて,ほかの人が払うのだったら金を払え,あなたが払うときにはお金ではなくてこの自転車でもいいよというのが普通の趣旨です。免除の場合も,もうあなたには請求しないよというだけでほかの人にも全部請求しないという趣旨ではないという解釈で通るのならば,本問題に関しては今のまま全て絶対効が維持されてもいいという考え方もあると思います。 ○中田分科会長 そうすると,少なくとも履行の請求については絶対効を維持すべきであって,それに連動して他の部分についても現行規定でよいと。不都合はそれぞれの事由が生じる場合の意思解釈などによって対応すればよい。ということですか。 ○三上委員 今はそれで対応できていますので。丙案を限定的相対項というのか,限定的絶対効と呼ぶのか,それによって印象も変わってくると思うんですが,(ア)だけ絶対効に近いもの,それ以外は相対項のほうが有り難いというのが本音です。 ○内田委員 御意見がないようなので,(ア)の履行の請求なのですけれども,債権者の立場に立ったときに,絶対効のほうがいいというのは,これは当然のことだと思うのですが,連帯債務というのが典型的には合意によって形成されるというよりは,共同不法行為のような場合が多いということを考えると,履行の請求が例えば,時効の中断効を持つという場合というのは,時効中断は単なる請求では中断しないわけで,訴えの提起が必要なわけです。ということは,債務者の一人に対して訴えを提起すると,ほかの債務者は自分が訴えを提起されたと見なされるということになるわけですが,これは相当な効果です。特に債務者同士の間に団体的な関係,結合関係がない,ばらばらであるというような場合には,訴えを提起されたものと見なすというのはかなりの効果なので,それを一般的に認めるというのは強すぎないかという感じがいたします。国際的には,確かユニドロワの契約原則の中で,訴訟の手続を開始したり,ADRの手続を開始した場合に,絶対効を認めるという規定があるのですが,あれは対象が国際取引で,かつ不法行為を排除していますので,国際取引でプロ同士が連帯債務の合意をしたような場面については確かにそれは合理性があるかもしれないけれども,日本で典型的に出てくるような不真正連帯のような場面ではちょっと絶対効が強すぎるという印象を持ちます。ですから,せいぜい丙案かなという感じがするのですが。 ○中井委員 前回部会に出席できなかったので,部会の議論がよく分からないんですけれども,この履行の請求に関して弁護士会の意見が幾つかに分かれていることは岡委員から説明があったかと思います。少なくとも内田委員がおっしゃられた不真正連帯債務についてどう考えるかという限りにおいては,絶対効を認める甲案を採っている弁護士もおり,不真正連帯債務は別であるというのが当然の前提になっています。ですから,不真正連帯債務が連帯債務の代表格としてそれを前提に,議論が進むと議論の混線が起こるのではないか。前回の議事録の速報版を拝見しましたが,この不真正連帯債務については,先送りと言いますか,十分な議論をしないまま議論が進んでいる印象を受けました。ここをどう考えるのかがその後の議論にも全て結び付くと思っています。   この資料の作り方との関係でもあるんですけれども,基本的に連帯債務については相対的な効力にして,その後の不可分債務との関係も考えていこうという様子が伺えます。その全体的なビジョン,ビジョンという言葉がいいんですか,債権の種類分けをどう考えるのかというのと,ここの履行の請求について絶対効にするのか相対効にするのかも関係しているように思います。まずは個別に議論してからどこかでそれを取りまとめということを分科会長は考えておられるのかもしれませんが,最初にその点だけ申し上げておきます。 ○中田分科会長 それはどっちが先かと今おっしゃったとおりのことで,現在の連帯債務について相対的効力事由にしていくと,不真正連帯債務と変わらなくなるわけだから,それで概念を一本化するということに過ぎないのであって,先に債権の種類を決めるということではないのではないかと思います。むしろ中井委員がおっしゃったのは共同不法行為を代表例とすることについての問題提起なのかなと受け止めたんですが。 ○中井委員 共同不法行為が典型例ですけれども,法律に基づいて複数の権利関係が生じる場面はたくさんあると思います。会社法も含めて。そういう場面一般について言うならば,債務者同士の関係は希薄である。少なくとも債務者間で合意のない場面が多いわけで,その典型例が共同不法行為です。そのような場面を考えていくと,不真正連帯債務と言われている類型については,相対効と一般的に考えていいのではないか。履行の請求についても相対効でいいのではないか。それに対して,連帯債務と言われているものについては,相当程度ばらつきがあるだろう。具体的にどういうものを想定するのか,判例上も限られていますが,銀行で取り扱っているペアローン,親子ローンは明らかに連帯債務だと思います。これらは極めて結び付きが強力なわけです。その結び付きの強力なペアローンについて相対効と言われると,それは違うだろう。これは履行の請求も含めて,絶対効でいいのではないか。こういうふうに思うものですから,不真正連帯債務と言われている類型と連帯債務の類型はやはり異なって考えていかなければならない。ここで言うならば,協働関係という言葉で区分けしようという丙案の考え方が出てくる背景としてそのように理解しているわけです。 ○金関係官 御指摘のペアローンのような場合については,特約で絶対効とすることによって対処することはできないかというのが先ほど冒頭の説明の際に紹介しました,相対的効力事由としつつ任意規定であることを明らかにすれば足りるという考え方です。中井委員の御指摘のとおり,典型的な連帯債務というのは事例としては限られていると思いますので,そのような限られたものについては,当事者間の特約に委ねるという価値判断をすることも可能ではないかと少し感じております。 ○三上委員 もう一度確認ですけれども,金関係官の説明は,契約当事者の地位を,例えば相続人が分割相続しても契約上の絶対効の効力が引き継がれるという前提で理解してよろしいですか。例えば,親子ローンで,親が死んで,子どもが複数いる場合,ペアになっている長男とほかの子どもとがそれぞれ相続割合での連帯債務になっていますね。このケースでも,相続人間相互で絶対効だという理解でよろしいですか。 ○金関係官 ペアローンを組む際にされた当初の合意が親の債務の相続人らに引き継がれると思いますので,ペアになっていた長男と親の債務の相続人らとの間のそれぞれの連帯債務の関係においては,相続前の当初の合意に従って絶対効と扱われると思います。ちなみに,親の債務の相続人ら同士は,分割債務の関係となり連帯債務の関係とはならないので,絶対効か相対効かの問題は生じないと理解しております。 ○中井委員 不真正連帯債務との関係で,次の相殺混同のところでは,絶対効という提案をされていますが,不真正連帯債務であっても,混同の場面では絶対効なんでしょうか。相対効的理解ではないかというのが弁護士会での確認だったのですけれども,そこはいかがでしょうか。そうだとしたときに,基本を不真正連帯債務と連帯債務をある意味で一緒にして,合意でのみ別立てにする,履行の請求については合意で絶対効を認めるという立て付けにしようとするときに,混同について絶対効で提案しているけれども,それで平仄が合うのかなと心配しています。 ○金関係官 混同を除く連帯債務の絶対的効力事由が全て相対的効力事由となるのに,混同だけが連帯債務では絶対効,不真正連帯債務では相対効のままとなる場合の御心配であると理解しましたが,その場合には混同も相対効とすることによって連帯債務と不真正連帯債務の効力の差を解消するという選択肢が十分にあり得ると考えております。混同については,第一読会でも特に議論はなく,部会資料では検討委員会試案を取り入れておりますけれども,その発想としては,混同を弁済と扱って処理することに一定の合理性が認められる,つまり混同が生ずると連帯債務は弁済されたものと扱ってあとは内部の求償関係の問題として処理する,元々混同の絶対効は混同を弁済と扱うという意味ですけれども,そのような処理方法に一定の合理性が認められるということなのだろうと思います。ただ,御指摘のとおり不真正連帯債務では混同も相対効とするのが一般的な理解だと思いますので,連帯債務のほうでも混同を相対効とすることによって連帯債務と不真正連帯債務の効力の差を解消するということは,先ほど申しましたとおり十分に考えられると思います。ただ,混同を弁済と扱ってあとは求償の問題として処理することに合理性が認められるのであれば,逆に,不真正連帯債務のほうの混同を絶対効とすることによって連帯債務と不真正連帯債務の効力の差を解消するということも,考え方としてはあり得るのではないかと思いますけれども。 ○中井委員 局所的な議論で申し訳ありませんけれども,混同に関して言うならば,判例の中では確かに親の車に同乗していた子ども,これが第三者の車とぶつかって死亡したような例を考えたときに,その親と子は相続で混同してしまう。このときは不真正連帯債務については相対効的取扱いをして,被害者である子は第三者に対して全額の損害賠償請求ができる。保険を考えたときに,被害者保護になって,相対効的解決が,こういう交通事故を具体的に想定したときの不真正連帯債務については適しているだろう。これを絶対効にしてしまうと,請求できる範囲が限られてしまいますので,保険に影響して,被害者の保護に欠ける場面が出てくるだろう。そういうことから,不真正連帯債務についての混同を相対効から絶対効にすることについては賛成できない。とすると,将来的統一を考えるならば,場合によっては,連帯債務についての混同を絶対効という御提案しかありませんけれども,相対効にして,求償関係が起こるのかもしれませんが,妥当な結論になるのかもしれないと思ったりもしております。 ○金関係官 それは十分にあり得ると思っております。 ○中井委員 ところが,今回の提案にはここだけがない。絶対効という提案だけだったものですから,後ろのほうで見てみるとグランドデザインとしては,統一化というのがイメージされているにもかかわらず,ここで分けることを前提としていたらどういうことを考えておられるのかと思った次第です。 ○金関係官 その点は,すみません,先ほど申し上げたとおりで,分けることは前提としておりません。 ○中井委員 弁護士会の意見は前に,岡委員が言っているかと思いますが,相殺混同についての絶対効という提案には賛成していまして,更改,時効の完成についても基本的には絶対効の意見が強い。免除については,当事者の意思の解釈の問題に係るのではないか。一概に絶対効だ,相対効だとは言いにくいので,どちらかをデフォルトとしたときには,合意で修正するしかないと,こういう意見が強いところです。ただ,私は更改とかについては,相対効的解決が当事者の意思に合っているのではないかという認識を持っています。先ほど三上委員がおっしゃられた当事者の意識からすれば,そうではないか。統一して絶対効だと一律に考える必要は恐らくないだろうと思っています。 ○中田分科会長 中井委員,確認なんですけれども,更改については相対効のほうがよいということですが。 ○中井委員 弁護士会は違いますが,私は相対効という理解もあると思います。 ○山本幹事 とりわけ(ア)が問題なのかもしれないのですが,不真正連帯債務に当たるものを改めて取り込むような形で,連帯債務の規定を最終的に設けられるようになるかどうかは,もちろんどこまで相対的効力事由に改めることができるかということに関わっていると思うのですが,その前提として,不真正連帯債務としてどのようなものを想定してこの議論をするのかということが問題になると思います。何度か挙がっている典型例が共同不法行為ですけれども,共同不法行為と一口に言っても,主観的な共同がある場合から,現在の判例,通説を前提にすると,そうでないものまで広がっています。さらにそれ以外の不真正連帯債務の例には様々なものがあって,内部関係があるものからないものまで分かれると思います。例えば,法人の代表者の責任と法人自身の責任は内部関係が想定できるものでしょうし,使用者と被用者の不法行為責任,あるいは先ほど出ていた履行補助者責任でも,履行補助者自身が不法行為責任を負う場合があり得ますので,この場合も債務者の債務不履行責任と不真正連帯になるのではないかと思います。このような例を念頭に置いたときに,そこまで含めてなお相対的効力事由として再編成していくのが望ましいのか,それとも絶対的効力事由を認めるべき場合をやはり考えるべきなのか,それとも判断がつかないのかということをもう少し考えた上でないと,規定の仕方は定まってこないのではないかと思います。  私自身は,そこから先について定見はないのですけれども,少なくとも不真正連帯の例について,もう少しどのような場合を念頭において議論するのかということは検討したほうがよいのではないかと思います。現在の法律を前提にしても,いろいろな例があるところで,責任無能力者の加害行為と監督代行者の賠償義務や,動物占有者と保有者の責任など,レアケースも含めますといろいろな場合があり得ますので,典型的な客観的共同ケースの共同不法行為だけを考えていますと,よくないのではないかという気がします。 ○金関係官 山本敬三幹事の御指摘と関連して,先ほどの弁護士会の御意見について確認をさせていただきたいのですが,不真正連帯債務の場合には当然に相対効と考えるという御意見だったと思いますので,恐らく山本幹事がおっしゃったような内部的関係の強い共同不法行為などの場合でも当然に相対効と考えるという御趣旨であると理解しておりますけれども,それでよろしいでしょうか。 ○中井委員 中田先生の教科書を見るとたくさんの例が挙がっていますけれども,法人の債務と理事の債務であるとか,監督義務者の債務と代理監督者の債務。占有者の債務と保管者の債務。そして最後に共同不法行為の債務と挙がっていますけれども,ここに示されているような法律に基づく債務については,基本的に不真正連帯債務と理解した上で,相対効というのが多くの意見であったと私は思っています。弁護士会の意見を勘違いしているといけないので,高須幹事から前回の議論を御紹介いただければと思います。   その根拠としては,確かに共同不法行為でも主観的な共同関係と客観的な共同関係で,主観的な意思の結び付きの度合いに程度の差があることは御指摘のとおりと思いますけれども,それでも基本的に法律に基づく場合に,どこまで当事者の意思の関連性を強く認めていいのかということについて慎重にしたいというところが基本にあります。 ○高須幹事 弁護士会の中の議論は,今,中井先生がおっしゃったような趣旨だったと思います。そういう意味で,基本的には不真正連帯債務は一つの枠組み,それを不真正と呼ぶかどうかはあるんですけれども,枠組みとしてのイメージをもって議論してきたとおりです。 ○中田分科会長 山本幹事の御指摘は,不真正連帯債務の例をいろいろ考えるべきだということだったんですが,それは法律で連帯とすると書いてあるのが,連帯債務の例と見ることもできるわけですので,むしろ連帯か不真正連帯かというのは別にして法律の規定に応じて考えるべきだということでしょうか。例えば,商法511条に基づく連帯債務の場合はどうなるかという問題があると思うんですが,先に決定ありきではなくて個別に考えるという理解でよろしいでしょうか。 ○山本幹事 まずはそういうことを考えてみないと,相対的効力事由という形で統一してよいのか,やはり例外を設ける必要があるのか,例外を設けるとして,何を手掛かりにすればよいのかということが決まってこないのではないかと思います。もちろん,絶対的効力事由を原則とすべきだとしても,なお例外を設ける必要はないのかという形で同じように問題になるのではないかと思います。 ○中田分科会長 その検討の進め方ですけれども,今おっしゃったことは,一般論としてはそのとおりだと思うんですが,この先検討を進めていく上で,共同不法行為タイプ,その中にももちろんいろいろなものがありますけれども,それとそれ以外の何か代表的なものを想定して考えていくということになりましょうか。 ○山本幹事 恐らく考え方の筋としては,三上委員もそうではないかと思いますけれども,典型的な不真正連帯債務の例として考えられているものについては,原則として相対的効力事由でよいだろうという点については,余り争いがないのではないかと思います。その意味では,それが原則型に当たる。ただ,先ほど少し申し上げましたように,不真正連帯債務の中でも,内部関係を観念できるようなタイプの不真正連帯債務があります。共同不法行為でもあり得るかもしれませんし,先ほど申し上げたような法人と法人の代表者,使用者と被用者,あるいは債務者と履行補助者のようなものについて,なお相対的効力事由を基本においてよいかどうか。その点についてもし統一できるのであれば,相対的効力事由ということでもよいだろうと思いますが,もしそれは行き過ぎであるという考え方が出てくるとすると,どのような要件でそれを受け止められるかという議論をする必要があるのではないかと思います。 ○中田分科会長 ほかにいかがでしょうか。   私から一つなんですけれども,時効の完成の影響関係を相対効にした場合に,連帯債務者の一人は債権者に対しては時効を主張できるけれども,その後,他の連帯債務者からの求償の場合には,時効を主張できないということになるのかと思うんですが,とりわけ他の連帯債務者の存在を知らない場合については,やや問題があるかもしれないんですけれども,その辺り何かお考えはありますでしょうか。 ○金関係官 基本的な発想としましては,連帯債務の債権者との関係で弁済の証拠を保全すべき期間が経過して時効が完成したということと,求償債権の債権者すなわち他の連帯債務者との関係で弁済の証拠を保全すべき期間が経過して時効が完成するということとは,本来別の問題であって,他の連帯債務者による求償債権の行使があり得る以上は,その求償債権者との関係でも弁済の証拠を保全しておかなければならないという発想をしております。ただ,中田分科会長の御指摘を踏まえますと,そうは言っても他の連帯債務者の存在を知らなければ,求償債権者との関係で弁済の証拠を保全することもできないではないかということになるのだろうと思います。その点につきましては,知らなかったことをどちらの不利益と考えるかというある意味では価値判断の問題であるようにも思いますけれども,また,もちろん引き続き御議論いただきたい問題であると思っておりますけれども,現時点では他の連帯債務者の存在を知らなかった場合の特則のようなものを考えているわけではありません。 ○中田分科会長 御趣旨は理解いたしました。適当かどうかについては,ちょっと意見があると思いますけれども。ほかに(ア)から(オ)についてございませんでしょうか。もしなければ次の(カ)に進みまして,他の連帯債務者による相殺の援用について,御検討いただきたいと思います。この場合には甲案とする場合の考えられる課題,それから乙案とするのだとすれば,その積極的根拠などについて,とりわけ御検討いただければと思いますが,いかがでしょうか。   ここは現行法についても議論のあるところですけれども。甲案,乙案をどちらかを支持するという御意見を更にふえんしてお出しいただくということでもちろん結構でございます。 ○岡崎幹事 乙案の抗弁権説を採り,更に相殺の遡及効を廃止する立場を採るとした場合,履行を拒絶するだけですと,債務は確定的に消滅しないものですから,例えば相対立する債権の遅延損害金の割合が違っているときは,どの時点で履行を拒絶するかによって履行を拒める額が違ってきてしまうという指摘があったと思います。乙案に反対するわけではありませんけれども,その辺りをどう考えたらいいのかについて皆さんのお知恵を頂ければと思っています。 ○金関係官 恐らく乙案の立場からしますと,所詮はと言うと不正確かもしれませんけれども,他の連帯債務者がたまたま持っている債権を根拠として自己の債務の履行を拒絶する権利にすぎないという理解だと思いますので,履行拒絶の時点ごとに拒絶し得る金額が変わるという問題が生じ得るとしても,それは元々そういうものである。他の連帯債務者がたまたま持っている債権のその時々の金額の限りでのみ,もう少し正確に言うと他の連帯債務者の負担部分の限りという限定もありますけれども,その限りでのみ履行を拒絶することのできる権利にすぎないという説明をするのではないかと思います。 ○三上委員 (オ)までの議論で連帯債務者間に共同がないケースを想定して議論があったと思うんですけれども,今回も例えば共同がないようなときに,全く見ず知らずの共同不法行為者が出てきて,いきなり他人の持っている債権の相殺を主張するというのは同じように状況としてはおかしいわけです。これは机上の議論になりますけれども,例えば複数の企業とか個人が共同不法行為者になっていて,被害者が例えば企業と話し合いをして営業収入での長期間の分割で賠償を受けたいというときに,横から個人の加害者が出てきて,会社の預金と相殺してしまうと,会社が手元資金に困って潰れてしまうかもしれないわけです。そういうこともいろいろ考えると,甲か乙かという話がありましたけれども,丙というのも十分あり得るのではないかと思います。 ○中田分科会長 相対効にするということですね。 ○三上委員 はい。 ○岡崎幹事 先ほどの金関係官のお話も大変よく分かりますけれども,そうしますと例えば訴訟になっても,一審の口頭弁論終結時と二審の口頭弁論終結時とで認容額が変わるということになるのでしょうか。 ○金関係官 確かに御指摘のとおり論理的にはそうなると思います。ただ,事実審口頭弁論終結時は一審,二審とあっても最終的には一つの時点ですので,致命的とまでは言えないとも感じております。 ○岡崎幹事 訴訟前に相対交渉をしている段階では,当事者間で相殺の基準時をどこかに決めることになるのでしょうね。 ○金関係官 はい。恐らく仮にそう決めたとしても,拒絶し得る金額が日々変わるような遅延損害金割合の定め方がされている場合には,その時々の現時点が本来の基準時となると思いますので,その意味では,過去の一時点で区切ることができるのは,事実審口頭弁論終結時のような時点しかないとも思いますけれども,ただ,岡崎幹事がおっしゃったように,当事者間の合意で一定の時点を基準時と決めて計算をしてしまうこと自体は妨げられないと思います。 ○中田分科会長 今の御指摘は部会でも出された問題について更に詳しく詰めていただいたと思います。今の点,あるいはその他の点,(カ)についてございますでしょうか。 ○中井委員 乙案には岡崎幹事がおっしゃったような問題があるのかもしれませんけれども,だからといって甲案を採って相殺できますよというのは行き過ぎだと思います。そこで数字が確定することは確かにその後の関係を簡明にするのかもしれませんが,甲案については,他人の債権を処分するのは行き過ぎであるという説明がありますけれども,その意見に弁護士会のほとんどは賛成でした。乙案か丙案かについては,少なくとも乙案で履行拒絶できるというのが穏当ではないかというのが多数意見でした。金額の変動が起こるのは履行拒絶構成を採る以上はやむを得ないという理解をしております。  前提として,相殺の遡及効については,現行法を変えるべきではないというのが弁護士会の意見です。 ○中田分科会長 先ほど三上委員は,とりわけ甲案についておかしいという御意見だったのではないかと思いますが,乙案もやはり適当ではないということですか。 ○三上委員 乙案でも構いませんけれども,ややこしいことにならないかとは思います。甲案は少なくともおかしいということです。 ○中田分科会長 分かりました。   ほかにはございませんでしょうか。   それでは,時間が超過してしまいましたので,まだ先が残っておりますけれども,本日はこの辺りにさせていただきたいと思います。   最後に,事務当局から連絡事項がありましたら,お願いいたします。 ○筒井幹事 第一分科会の次回会議は,5月29日火曜日,午後1時から午後6時まで,場所は法務省地下1階の小会議室を予定しております。次回の議題は本日の積み残し部分と,次回までに第一分科会に付託された論点ということになります。どうぞよろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 それでは,本日の審議はこれで終了といたします。  本日も熱心な御議論を賜りましてありがとうございました。 -了-