法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会 第11回会議 議事録 第1 日 時  平成24年6月29日(金)   自 午後 1時30分                         至 午後 5時22分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  時代に即した新たな刑事司法制度の在り方について 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○吉川幹事 それでは,ただいまから法制審議会新時代の刑事司法制度特別部会の第11回会議を開催いたします。 ○本田部会長 本日も皆様,大変お忙しい中,御出席いただきまして誠にありがとうございます。   本日の議事は,お手元の議事次第のとおり,配布資料の説明の後,論点の大項目3の「客観的証拠の収集の在り方」に関する議論を行いまして,その後に大項目4の「公判段階の手続の在り方」に関する議論を行うこととしております。   まず,本日の配布資料につきまして,第10回会議の概要を含めまして事務当局から説明をお願いいたします。 ○吉川幹事 配布資料について御説明いたします。   まず,資料33の「第10回会議の概要」ですが,これは今後の議論に資するよう,前回の御議論の概要をまとめたものです。   続きまして,資料34-1の「自白事件と否認事件の状況等」と題する資料は,我が国の公判における自白事件と否認事件に関する統計資料です。また,資料34-2の「自白事件等を簡易迅速に処理するための現行法上の制度」と題する資料,資料34-3の「即決裁判手続の実施状況等」と題する資料,資料34-4の「諸外国における自白事件等を簡易に処理するための制度」と題する資料は,自白事件等を簡易迅速に処理するための我が国あるいは諸外国の制度内容等を整理したものです。これらの内容については,後ほど「自白事件と否認事件との手続上の区別」の議論に際して説明があります。   続いて,資料35-1の「公判前整理手続における証拠開示制度の導入経緯」と題する資料,資料35-2の「公判前整理手続における証拠開示制度の概要」と題する資料,資料35-3の「証拠開示に関する裁定の運用状況」と題する資料は,平成16年の刑事訴訟法改正で新設された証拠開示制度について,その導入経緯や制度概要等を整理したものです。これらの内容については,後ほど「公判準備及び公判審理の在り方」の議論に際して説明があります。   なお,前回,資料32-1から資料32-3として,我が国及び諸外国の通信傍受制度を整理した資料をお配りしましたが,本日の「客観的証拠の収集の在り方」の議論に際して内容の説明がありますので,再度,お配りしております。   また,本日も議事進行の便宜のために「進行イメージ」をお配りしております。これは前回の「進行イメージ」に引き続いて作成したものであって,論点4の「公判段階の手続の在り方」を新たに追加しました。   これまでの御議論における委員・幹事の方々の御意見を踏まえまして,本日,議論されることが予想される主たる事項を記載しており,小項目1の「自白事件と否認事件との手続上の区別」に関しては,「(1)有罪答弁制度(自白事件を簡易迅速に処理するための制度)」,「(2)その他」という二つの事項を記載し,小項目2の「公判準備及び公判審理の在り方」に関しては,「(1)証拠開示の在り方」,「(2)供述調書による立証の在り方」,「(3)その他」という三つの事項を記載しております。そして,小項目3の「公判において真実の証言・供述を得られやすくするための諸方策」に関しては,「(1)被告人・証人の虚偽供述等への対処の在り方」,「(2)その他」という二つの事項をそれぞれ記載いたしました。 ○本田部会長 それでは,論点3の「客観的証拠の収集の在り方」につきまして,議論に入りたいと思います。客観的証拠の収集を可能とするための個別の方策を議論する前提といたしまして,「進行イメージ」に総論的事項として記載いたしました「客観的証拠の機能等」について御議論いただきたいと思います。この点に関しまして御発言をされる方は挙手をお願いいたします。 ○島根幹事 最初に,捜査に携わっております警察の立場からということで,少し総論的なことを申し上げさせていただきたいと存じます。   客観証拠が重要であるということ自体は,恐らくどなたも認められるところだろうと思います。もちろん,客観証拠もそこから事実を推認していくプロセスを伴いますので,その意味付けについての評価というものが必要になってくるわけで,前にも御説明いたしましたが,捜査では,供述と客観証拠が符合するかどうかを確認していく作業が重要になると思いますけれども,そうしたことの前提として,より多くの客観証拠を得られることが望ましいと考えております。   以前のこの会議でも御紹介させていただきました国家公安委員会委員長主催の「捜査手法,取調べの高度化を図るための研究会」の最終報告におきましても,取調べや供述調書への過度の依存から脱却する一方,科学技術や情報化社会の進展等による社会の変化,これに伴う犯罪形態の変容,また,犯罪ツールの高度化・複雑化という状況に,後手に回ることのないようにということで,客観証拠の的確な収集を可能とする捜査手法の高度化は,喫緊の課題であると言われておりまして,警察におきましては,この問題は取調べの録音・録画とパッケージとして議論されるべきものと考えております。   現在では,犯罪組織はもちろんでありますけれども,それ以外でも,インターネットや携帯電話といったものをフルに使って犯罪を計画し,実行しているということもありますし,従来では何らかのつながりが前提となっていた犯罪グループというものも,面識がないのにインターネットで知り合っただけで振り込め詐欺グループとしてまとまったり,あるいは共謀して強盗殺人という凶悪な事件を起こすということがあるのも現状です。   したがいまして,今の時代における新たな形態の犯罪に的確に対応できるように,この時代に見合った証拠収集方策の導入・充実を図る方向で検討することが必要だと考えております。具体的には通信傍受の拡大でありますとか,警察官に仮装の身分を与える制度の導入といったような捜査手法の高度化の仕組みを構築するということとともに,犯罪の痕跡をたどることのできる,私どもは追跡可能性と言っておりますが,そういうものを高める環境整備を図る必要があると考えております。   各論的なことについては,また,後ほど御説明をさせていただきたいと存じます。 ○村木委員 今,島根幹事がおっしゃったように,客観証拠というのは真相解明にとっては非常に重要なものだろうと思います。この会議の目的である取調べや供述調書に過度に依存した現状を改めるという意味でも,新しい客観証拠の収集方法について,私としてはここで積極的に議論をしていただきたいと思っております。ただ,その前提として収集された客観証拠が適正に使われるということが当然,大前提になると思っております。   嫌みなことを言うようでありますが,検察側が消極証拠を無視をするとか,あるいは弁護側に証拠が十分に開示されないということがないような状況を作っていただきたい。その仕組みがあること,これを前提として客観証拠の収集について強化をする議論をしっかりしていただければと思っております。また,証拠の管理の適正化というものも,是非,お願いをしたいと思っております。収集された客観証拠が検察側,それから,弁護側の両方できちんと真相解明のために有効に活用されるような形というのを望んでおります。 ○安岡委員 今,御発言いただいた村木委員が大阪地裁で受けられた無罪判決について,私は新聞社にいて社説を書いたんですけれども,そのときに判決理由の要旨が配られて,その中にこういうくだりがありました。「客観的証拠による裏付けのない供述については,供述自体の信用性判断は慎重になされるべき」「客観的証拠に照らして不合理な点がある場合には供述の信用性は大きく低下する」と。こういう理由で数々の供述証拠,調書の信用性を否定して無罪の結論を導いたわけですけれども,この要旨を読んで非常に納得,説得的というか,すとんと腑に落ちる判決理由であったと記憶しています。   それで客観的証拠と供述証拠の関係について,判決理由で述べられているような信用性の判断基準,客観証拠の裏付けのない供述証拠は証拠能力を認めない,あるいは証拠にしにくくする,それから,客観証拠の裏付けのない供述については信用性が低い扱いをすることを法制化できないだろうかと思います。   ただいま,島根幹事から御説明がありましたが,供述証拠と,それから,客観証拠がいろいろあいまって事実の解明になると。つまり,供述と客観証拠を符合させるのが捜査であるとおっしゃられましたけれども,実際の捜査で本当にそのように行われているのだろうかと思います。相変わらず供述証拠,なかんずく,公判の場に移った後に供述を翻されてもいいように調書に取っておくと,供述調書をとにかく取るところに,いまだに捜査の力点が置かれているのではなかろうかと。   実際の現場での捜査で客観証拠の機能をどう位置付けているのだろうかというのを,外部から見ての推測をしますと,客観証拠は供述調書の信用性を補助的に支えるものにすぎないと,有り体に言えば,あるに越したことはないけれども,なくても構わないと,そういう位置付けで捜査がなされているのではなかろうかと,邪推かもしれませんけれども,新聞記者時代に捜査あるいは無罪になった事件などを見て,そう推測いたします。   そういう供述証拠重視,それから,客観証拠は従の位置にあるという位置付けをしていらっしゃるので,捜査官の見立てに合わない,あるいは供述調書の内容に合わない消極証拠を無視ないしは軽視して,いわゆる白くする捜査を余り熱心にされないのではないかと疑っております。事件捜査は20年以上前のことになりますから,ここで例として挙げるのは適切かどうか分かりませんけれども,いわゆる氷見事件,これで被疑者の自白を取ったわけですけれども,その犯行現場に残されていた靴跡が,被疑者の足と全くサイズの違う靴跡があったのに,この重大な客観証拠を基に被疑者は実はやっていないのではないかと,現場に行っていないのではないかという観点からのいわゆる白くする捜査をしなかったために,「えん罪」を生んだのではないかと思います。   そういう捜査の失敗ですけれども,これは今,私が述べたような供述調書を重視して,客観証拠はそれを支える補助的なものだと,あるに越したことはないが,なくても構わないと,そういう形で捜査が行われた結果ではないかと思うわけです。したがいまして,最初に述べましたように客観証拠の裏付けのない供述について信用性を認めない,ないしは証拠としにくくするような,自由心証主義からちょっと外れるのかもしれませんけれども,そういった形で客観証拠の機能と,客観証拠と供述証拠の関連性というんですか,力関係というものを法制化できないだろうかと思います。 ○酒巻委員 ただいまの安岡委員の御提言につきましてコメントしたいと思いますが,その前に私は捜査の専門家ではありませんけれども,全ての事件について決定的な客観証拠があるとは限らない,そのことはやはり物を考える前提にしなければいけないだろうと思います。それから,安岡委員が最後に触れました,刑事訴訟法318条が定める,証拠の証明力の評価は裁判官の自由な判断に委ねるという自由心証主義は,近代的刑事裁判の大原則でありまして,客観証拠であれ,供述証拠であれ,どのような証拠であれ,証明力の評価については事実認定者の判断に委ねる。唯一の例外は自白,自白については補強証拠が必要であるということになっておりますけれども,それ以外のいわゆる客観証拠について,証拠の証明力の評価について法制化するということは,そもそも根本的に無理であると考えます。 ○大野委員 先ほど村木委員から検察における客観的証拠の保管の在り方などについて触れられましたので,その点について申し上げたいと思います。現職の検事が証拠を改ざんするという前代未聞の事態が起きたことは痛恨の極みでありますし,関係者に対しても,また,国民に対しても大変申し訳のないことだったと思っております。検察においては,信頼回復のために一連の検察改革に取り組んでいるところでございまして,私も検察の一員として,今後ともしっかりとその取組を進めてまいりたいと考えているところです。   最高検では,平成22年12月に,この一連の事件についての検証結果報告書を公表し,その再発防止策を講じることといたしました。その中で,客観的証拠の保管等に関しましては,特別捜査部において記録媒体原本を独自に押収した場合には,原則として直ちにその複製又は複写物を作成した上,封印して保管するとともに,記録媒体原本の内容の精査・検討は原則として複写物等を利用して行うという内容の次長検事通達を出しているところでもございます。また,その他の一般証拠品についても法務大臣訓令である証拠品事務規程に基づいて,その適正な保管に努めているところです。 ○周防委員 先ほど島根幹事は,取調べの可視化と客観証拠というのをパッケージとして考えなければいけないとおっしゃったかと思うんですが,そのパッケージという意味が一つのこととしてという意味であれば,取調べの可視化をやらなかったら客観証拠の収集は今までどおりでいいと聞こえるんですけれども。僕は全くそうではなくて,取調べの可視化も進めるし,客観証拠というのもどうやって証拠収集していくかという,それを重要視するというのはそれぞれ当たり前に努力すべきことだと考えています。それがパッケージになるということは「これまでどおり供述さえ取れれば,客観証拠の収集は今のままでもいい。」ということでしょうか。揚げ足取りかもしれませんが,そういう発言の奥に見えるのが「今まで自分たちのやってきたことは間違っていなかったんだ。」という本音で,取りあえず,これだけ不祥事も起きたから一応反省はするけれども,でも,基本的には自分たちは間違っていなかったと。島根幹事としては,そういう私の揚げ足取り的な発言に対してどういう感想をお持ちでしょうか。 ○島根幹事 そのように受け取られるように私が申し上げたということであれば,表現についてもう少ししっかりと御説明させていただきたいと思いますけれども,先ほどおっしゃられたような,要するに,あれかこれかということでの議論ではないというのがパッケージという意味でございまして,本当に全体の中でしっかり考えていこうというのが,正に今回のこの特別部会でもいろいろな論点を議論しているという,そこはそのとおりだろうと思っております。従来,何の問題もなかったという趣旨で申し上げたものではないということは御理解いただきたいと思います。   それから,安岡委員の先ほどの御発言で,客観証拠を従と見ているのではないか,軽視しているのではないかということも,やや誤解なさっているのではないかと思っております。客観証拠というものはそれ自体として動くわけではないので,非常に重要なものだということは当然にこれまでも認識しておりまして,例えば,殺人事件の現場であれば,一生懸命,微物,本当に細かなものまでしっかり集めてこいと指示しております。その上でどう評価するかということだろうと考えておりまして,先ほどのような氷見事件のお話もある意味では,その評価を誤ったことなんだろうと思っております。   それから,先ほど酒巻委員からもお話がありましたが,期日外に科警研に視察に行っていただいたときに,あのときも現場から指紋とかDNAというのが,必ずしも採れるものではないという説明があったと思いますが,そういうところがあるので,必ずしも客観証拠だけでうまくいっている事件ばかりではないんだということで,そこも御理解をいただければと思います。 ○後藤委員 客観証拠というのはその言葉どおり,客観的で有罪証拠にもなれば無罪証拠にもなるものですね。ただし,現状では弁護人の側がそれを使おうと思っても,いろいろな制約があることは否めないと思います。そこにはいろいろな要因があります。例えば,収集した資料について警察が鑑定をして,全部使ってしまうと,後で再鑑定によって検証することができないという問題が起き得ます。そういう問題について,できる限り再鑑定が可能なように資料を残すといったルールを定めることが必要ではないかと思います。 ○本田部会長 まだ,御意見もあろうと思いますけれども,客観的証拠の機能等につきましては,今後,適宜,御指摘いただくといたしまして,次に,各論として,「進行イメージ」にございます「(2)通信傍受その他客観的証拠の収集を可能とするための諸方策」について御議論いただきたいと思います。   そこで,まず,これまでに御意見の多かった通信傍受に関しまして,現行制度の枠組みや運用状況等について,事務当局から,配布資料に基づいて説明してもらいます。 ○坂口幹事 では,事務局から通信傍受について御説明いたします。   通信傍受とは,特定の犯罪について高度な嫌疑があり,それが数人の共謀によるものである疑いがある場合に,そうした犯罪の実行,準備又は証拠隠滅等の事後措置に関する謀議,指示,その他の相互連絡などを内容とする通信を,裁判官が発する令状により,捜査機関が傍受する捜査手段です。   我が国では,通信傍受は,「犯罪捜査のための通信傍受に関する法律」という法律によりまして,実施の要件や手続が極めて厳格に定められております。以下,通信傍受法の概要につきまして簡単に御説明いたします。適宜,お手元の資料32-1を御参照ください。   まず,通信傍受ができる犯罪の種類,すなわち,対象犯罪について御説明いたしますと,違法薬物の輸入や譲渡し等の薬物関連犯罪,拳銃等の輸入や譲渡し等の銃器関連犯罪,集団密航者の輸送や収受等の集団密航関連犯罪,組織的な犯罪の処罰及び犯罪収益の規制等に関する法律上の組織的な殺人の四つの類型に限定されております。   次に,通信傍受を実施する要件について御説明しますと,対象犯罪が犯されたと疑うに足りる十分な理由があり,当該犯罪が数人の共謀によるものと疑うに足りる状況がある場合などの対象犯罪について高度な嫌疑がある場合等において,当該犯罪の実行に関連する事項を内容とする通信,すなわち,犯罪関連通信が行われると疑うに足りる状況があり,他の方法によっては,犯人の特定,犯行の状況・内容を明らかにすることが著しく困難であり,対象となる通信手段が犯人による犯罪関連通信に用いられると疑うに足りるもの等であることが認められるときに,検察官又は司法警察員の請求により,裁判官が発する傍受令状により傍受をすることが認められております。   実際の傍受の実施に当たっての手続について御説明いたしますが,まず,傍受を実施する場所については,通信手段の傍受を実施する部分を管理する者に傍受令状を提示するとともに,その者の常時立会いが必要とされていることから,実務上は通信事業者の施設において実施されております。   傍受することができる通信ですが,傍受令状で傍受すべき通信とされている通信のほか,傍受すべき通信に該当するか否かの判断に必要な最小限度の通信に限られます。具体的には,ある通信の傍受を開始してから一定の時間が経過しても,それが傍受すべき通信に該当するかどうか明らかでない場合等には,その時点で傍受を中断し,更に一定の時間が経過してもなおその通信が続いている場合には,また,傍受を開始し,傍受すべき通信に該当するかどうかを判断するために,一定時間,傍受をするということを断続的に繰り返す方法である,いわゆる「スポット傍受」という断片的な傍受を行うこととされております。   傍受を実施できる期間については,10日以内で裁判官が定める期間に限定されており,裁判官は,必要があると認めるときは,請求により10日以内の期間を定めて延長することができるとされておりますが,通じて30日を超えることはできません。   傍受した通信は全て記録媒体に記録した上,立会人が封印して,封印された記録媒体,この記録を「原記録」と呼びますが,原記録は遅滞なく裁判官に提出しなければならないこととされております。同時に,検察官又は司法警察員は,傍受した通信の内容を刑事手続において使用するための記録,この記録を「傍受記録」と呼びますが,傍受記録を作成しなければならず,傍受記録は原記録から傍受すべき通信等以外の通信の記録を消去して作成することとされております。   次に,傍受実施の事後手続について御説明しますと,検察官又は司法警察員は,傍受記録に記録されている通信の当事者に対し,傍受実施の終了後30日以内に,傍受を行った旨等を書面で通知しなければならないこととされております。通信当事者は,傍受記録の自己の通信について聴取することができるなどとされており,さらに,裁判官がした傍受に関する裁判又は検察官・司法警察職員等のした傍受に関する処分に不服がある者は,裁判所に,その取消し又は変更を請求することができるなどとされております。   最後に,政府は,毎年,通信傍受法の運用状況を国会に報告するとともに公表することとされております。この通信傍受法の運用状況ですが,資料32-2を御覧ください。平成12年8月に施行されました後,平成14年中に初めて2事件の傍受の実施例があったのに続きまして,15年に2事件,16年に4事件,17年に5事件,18年に9事件,19年に7事件,20年に11事件,21年に7事件,22年に10事件,そして昨年は10事件の実施例がございました。薬物事犯の総検挙人員が毎年1万数千人を下らないことに鑑みますと,実施件数が非常に少ないということがお分かりいただけるかと思います。   なお,資料32-3は諸外国の通信傍受法制に関する資料ですので,今後の議論に際して,適宜,御参照いただければ幸いです。 ○本田部会長 それでは,「通信傍受その他客観的証拠の収集を可能とするための諸方策」について御議論いただきたいと思いますが,まずは,ただいま事務当局から説明がありました通信傍受に関して御議論いただき,続いて,その他の諸方策に関して御議論をお願いしたいと思います。 ○髙橋委員 通信傍受の捜査手法を実際に運用している立場で発言したいと思います。   まず,通信傍受の有効性でありますけれども,通信傍受は実際に行ってみますと,取調べでは決して口にしないことを被疑者等が電話で話しておりまして,それを傍受することができたり,あるいは検挙後に傍受を実施した旨を被疑者に通知したところ,否認していた被疑者が泣き崩れて自供したりした例もありまして,特に知情性に関する証拠を必要とする犯罪や共犯者がいる犯罪につきましては,非常に有効な捜査手法だと考えております。   しかし,今,説明がありましたけれども,現行法上は対象罪種が4類型に限定されている上に,手続等が厳しく定められておりまして,捜査現場の立場からいたしますと改善すべき点が多いのではないかと考えております。対象罪種の限定という点につきまして,振り込め詐欺を例に御説明したいと思います。今,振り込め詐欺は多く発生しておりますけれども,振り込め詐欺の犯行グループというのは,例えば,元闇金業者や元暴走族,暴力団関係者等が首謀者となっておりまして,その下にだましの電話を掛けるいわゆる掛け子,被害者から振り込まれたお金を引き出すいわゆる出し子,あるいは被害者から直接,お金を受け取るいわゆる受け子,それから,携帯電話や預貯金口座等の犯行ツールを調達する調達役等,それぞれが役割分担をして犯行を行っているという犯罪組織になります。   それで,振り込め詐欺の一番末端で動いている受け子や出し子と言われる実行犯を我々はまず検挙することが多いのですが,検挙した実行犯から犯罪組織に関する情報は容易に聞き出すことができません。それは,被疑者同士が電話のみのつながりで互いに面識がない場合が多いとか,あるいは事前に警察に捕まっても絶対に話すな,話せば命はないぞとあらかじめ口封じがされているというようなことから,そのような供述を得ることは,なかなか難しいという現状にあります。   検挙した受け子やだまし役といった実行犯から犯行グループの上位者が使用している携帯電話番号まで判明させる場合もあるのですが,判明させた場合におきましても,上位者の携帯電話,偽造の運転免許証等によって契約されているということが多く,首謀者等への捜査は困難であるというのが実態でございます。ですから,上位者の携帯電話番号が判明した段階で,その電話の通話が傍受できれば,上層部の関与でありますとか知情性を明らかにできて,タイミングよく効果的に組織犯罪の実態を解明することも可能ではないかなと,現場では常々考えております。   次に,手続が厳格である点について申し上げますと,法律の第12条で,傍受を実施する際には通信事業者等を立ち会わせなければならないと,第三者の立会いが義務付けされておりますけれども,そういうことから通信事業者等に立会いをお願いして,負担を掛けているというのが実情でございます。捜査機関としましては当然,動いている事件でありますので,深夜帯でありますとか早朝,あるいは場合によっては24時間態勢で通信傍受を実施したい事案もあるのですが,今,申し上げたような通信事業者への負担等もありまして,傍受の実施時期や時間帯については,立会人の事情も考慮せざるを得ず,大きく制約されているというのが現状でございます。   以上,御説明いたしましたけれども,組織犯罪に適切に対処するという観点,あるいは事業者の負担軽減という観点からも,通信傍受法の改正を検討する必要があるのではないかと我々は考えております。 ○舟本委員 対象犯罪の関係ですけれども,私の経験に基づく感覚的な部分もあるのですが,今日の犯罪形態の変容の一つとして犯罪者のグループ化というのを強く感じるんですね。一番典型的な犯罪ですし,また,身近に国民が非常に危険を感じるという犯罪で,昔からある典型的なものとして侵入窃盗というのがございます。この侵入窃盗につきまして改めて数字を調べてみたんですけれども,例えば,30年前の1981年,昭和56年であれば,複数犯でやっているといういわゆる侵入窃盗,共犯率と言ってもいいかもしれませんけれども,これは約10%でした。それが20年前の1991年,平成3年でありますけれども,この共犯率というのは約9%,余り変わっていなかったんですけれども,これが平成に入りまして増えていったんだと思いますが,10年前の2001年,平成13年の侵入窃盗の共犯率というのは20%になっているんですね。昨年を見ますと,平成23年,2011年ですけれども,この共犯率というのは24%であります。   私も捜査をやっていまして,特に侵入窃盗が変わってきたなというのを実感しましたのが,平成10年前後ぐらいからなんです。ちょうど,その頃というのは,来日外国人犯罪グループによる窃盗団とか,あるいはもっと進化というか,来日外国人と日本人が混成犯罪チームを作って,次々と侵入窃盗を起こすという,こういうのが非常に目立ってきたという実感を持っていまして,そういったものが,こういったデータでも現れているのかなという感じがします。   こういう窃盗団という犯罪者グループの場合は,特に役割分担も非常にはっきりしていまして,要するに盗む役,そして,それをさばく役,盗品なんかは海外なんかへあっという間に行ってしまうわけですね。ヒット・アンド・アウェイ方式というような感じで行きます。このように,侵入窃盗は昔から非常に典型的な犯罪類型であり,国民に非常に身近に不安を感じせさていたのですが,更に現在では,場合によれば居直り強盗とか,もっと極端にいけば,それが殺人にまで発展しかねないというようになって,昔と大分変わってきたなという感じがしますので,そうした観点からも通信傍受の対象罪種の拡大というのは,真剣に議論していただきたいと思います。 ○周防委員 すごく基本的な質問で申し訳ないんですけれども,確認しておきたいんですが,通信傍受というのは,つまり,送信側と受信側の両方ともがそれを傍受されていることを知らないときに通信傍受というのであって,例えば,送信側が誰かが聞いていることを知っていたり,また,受信側が誰かが聞いていることを知っている場合は,通信傍受とはならないんでしょうか。例えば,誘拐犯が脅迫電話を掛けたときに,それを逆探知したり,もちろん,警察はその電話を聞くわけですよね。これは受信する側の許可があるからできていると思うんですけれども,通信傍受といったときの通信傍受というのは,要するに双方が受け手も送信側も知らないというのが傍受となるんでしょうか,単純に言葉の意味なんですけれども。 ○坂口幹事 事務局から御説明させていただきます。おっしゃるとおりの御理解でよろしいかと思います。通信傍受法上は,通信の「傍受」というのが定義されておりまして,通信の当事者の送信者側も受信者側もいずれの同意も得ないで,その通信を聞くということをこの法律で「傍受」と呼んでおり,今,議論しているのは正にその「傍受」です。ちなみに誘拐の場合などは,受信側がもちろん同意しておるところでもありますので,傍受とは局面が全然違うのかなと思っております。 ○安岡委員 質問が二つあります。一つは法務省ないしは検察の方にお聞きします。実際に通信傍受した事件数の統計がありますけれども,この中で通話の記録,傍受内容がそのまま公判で証拠に出されたのはどのぐらいでしょうか。そして,証拠に出す場合は,どういう形で出されるんでしょうか。通話記録を反訳した字にしたものなのか,それとも,テープをそのまま流すのかということです。   それから,もう一つは警察庁ないしは警視庁の委員の方に伺います。対象罪種の拡大,それから,特に立会いの部分について緩和というか,使いやすくしてほしいということだったと思うんですけれども,諸外国の例と比べて傍受の実施件数は非常に少ないですけれども,捜査する立場から通信傍受をもっと有効に使いたいときに,傍受法を改正して条件を緩和する場合に,罪種とそれから立会いの手続だけを緩和すれば,ボトルネックは解消されるとお考えなんでしょうか。 ○坂口幹事 1番目の御質問につきまして事務局から御説明いたします。公判に証拠として顕出された件数でございますが,統計的なものは承知しておりませんが,幾つかケースとして承知しておりますのは,公判に会話そのものが顕出されるというケースは必ずしも多くない。証拠として,そのものを公判に出す件数というのは,その必要がないので必ずしも多くはないと承知しています。顕出する場合には,文字に反訳したものを出すケースもありますし,音声記録媒体から再生をしたというケースもあると承知しております。   ただ,通常はそこまでする必要はなくて,犯人を逮捕した後の取調べの中で通知をしまして,傍受していたよと,百も承知なわけですね,どういう会話をしたかということによりまして,被疑者の側が全部自供して,そして,その裏付けも取れて公判でも争わないということになると,必然的に公判に証拠を出す必要までなくなりますので,結果としては公判にまで出されるケースというのは余り多くないと承知しております。 ○島根幹事 二つ目の方の御質問についてなんですが,今,直ちに全てこういう改正をということで申し上げるわけではないのですけれども,事務局で配っていただきました今日の再配布資料32-3。この資料の「諸外国における通信傍受制度」のところを御覧いただきますと,右から二つ目の「傍受実施手続の概要」というところで,我が国の場合は,「通信事業者の施設において実施」,そして,「通信事業者の常時立会い」ということが書いてございます。   それで,その下の米国以下を御覧いただきますと,傍受は警察施設で行っております。ここが一つ大きな諸外国との違いだろうなというように考えております。捜査機関の傍受の実施態勢の話になりますので詳細は差し控えますけれども,通信事業者の施設において行うわけですので,当然ながら場所も限定されるということがございます。それほど全国の各地で行えるものではないということが一つございます。それから,立会いというのも,例えば,捜索などの立会いであれば,せいぜい1日,2日だと思いますけれども,これが10日,場合によっては30日の立会いをお願いするということになりまして,事業者からするとかなりの負担だというのは,そう言わざるを得ないだろうと思います。   そもそも,我が国でこのような仕組みになっておりますのは,恐らく傍受の適正を担保する,傍受が不当に行われないようにということであろうと思いますので,ここのところを,例えば技術的な何か別の担保ができるのであれば,このような事業者に過度な,というのは言い方がきついかもしれませんが,負担を掛けるようなやり方というのを改善する余地はあるのではないかと考えております。 ○神幹事 立会いについては,今,島根幹事から話がありましたように,通信傍受の公正さを担保するというものが立法目的であろうかと考えております。その意味では,通信事業者のところへ行って,通信事業者のどなたかが立ち会うということが一つ公正さの担保になると同時に,立ち会った通信事業者の方から,問題があれば,それに対して意見を述べる機会もあるんですね。したがって,立会い全部を排除してしまうというのはいかがなものかと思います。同時に,また,通信事業者の所に赴いて,なおかつ立会いがあるから,ある意味でかなりの意味での公正さの担保がなされますけれども,これが警察システムの中で行うという形になった場合に,ほかにどのような担保手段があるかにもよるんですけれども,もうちょっと公正さが緩くなるのではないかということを若干懸念しております。 ○小坂井幹事 若干,総論的な議論に戻ってしまうところがあるのかもしれないんですが,私自身も国家公安委員会委員長研究会の議論には参加させていただいておりましたので,新たな捜査手法,取り分け通信傍受に関して罪種拡大等を含め,警察庁の方でこの手法をある意味で何とか,この機に広げていきたい,あるいはそういう思いを持っていらっしゃることは認識させていただいておるんです。ただ,この種の強力な捜査手法というのは,どうしても捜査機関に対する強い信頼感とセットでなければ,到底,成就しないものです。そういう大前提的な議論をあえてして恐縮なんですが,それが必要だと思うんですね。   それで,あえてこういうことを申し上げるのは非常に恐縮ではあるんだけれども,例えば警察の不祥事は多いです。特に最近,何でこういうのが多いのか,私もよく分からないんだけれども,正に証拠保管上の問題がいろいろな場面で報じられたりしています。現実にありますね。この現実というのはやはり直視しなければならない。ですので,警察サイドの方たちは強力な捜査手法を獲得する以上はといいますか,システムとしても透明性そのものをきっちり確保する,あるいは説明責任をセットにするというような形にされないと,とてもではないけれども,なかなか,この種の強力な人権侵害を伴うような手法を成就することは難しいのではないかと思うんです。   今の中でも立会いの緩和といいますか,緩和まで考えていらっしゃるのかどうか分からないけれども,そういう要件緩和の話が出ておりました。けれども,それは神幹事がおっしゃったとおりです。これも国家公安委員会委員長研究会でオーストラリアの方が来られて,確か連邦法務省の法務次官補の方でしたけれども,この方の説明でしたら,かの国は確かに傍受事例は非常に多い国です。けれども,少なくとも証拠認証制度というのがあって,これは日本の立会いと同じですね,つまり,通信会社の方が執行がきちんとなされたことを認証するシステムがきちんとあると,そういうこともおっしゃっておりました。さらに,その方がその部門のトップだと,こういうことなんですが,四半期ごとですかね,3か月ごとにとにかく全件チェックして報告するシステムになっておる,あるいは独立したオンブズマンがいて,それも令状の全てからチェックできるシステムになっておる,中身の情報も全部見られるシステムになっている。   これは第三者の独立した機関ですけれども,そういう説明責任を果たしている。だからこそ,このシステムは回っているんだという説明があったかと思うんです。ですから,仮にですよ,そういう形でどうしてもこの手法が要るということであれば,その問題をセットに必ず考えていただくべきです。 ○大久保委員 今の神幹事あるいは小坂井幹事の発言にもありましたように,どうしても捜査手法について一歩を踏み出そうとすると,適正化ですとか,プライバシーを理由に反対論が必ず出てくるんですけれども,被害者である私は,なぜ,そこまで反論するのかということがよく理解できません。確かに,もちろん制度を制定するに当たっては,十分に考慮しなければいけないというのは当然ですけれども,それは飽くまで捜査の必要性などとのバランスの問題として検討されるべきものでありまして,捜査を規制するというような視点のみを強調して議論するものではないと思うんですね。   新たな捜査手法が必要というテレビ討論が,5月に放映されていたことがありました。そのときも出席をしていた何人かの方たちは,その濫用の危険性やプライバシーが侵害されるというような発言をしていましたが,その言葉に対しまして,その場に出席をしていた松原国家公安委員長が,「本当のプライバシーの保護は,個人の生命・財産を守ること。」ときっぱりと言い切りました。私も全く同じ思いを持ちました。   例えば,防犯カメラが設置され始めた頃といいますのは,プライバシーが侵害されるというような不安を抱いていた住民も多かったと聞いていますけれども,でも,今は防犯上からも設置に積極的になってきたのではないでしょうか。カメラの管理体制ですとか,あるいは運用への安心感を持つことができたということと,あと,多分,体感治安の悪化がカメラ設置への抵抗感もなくしたのではないかと感じています。   通信傍受法はできて既に12年ほどたっています。その頃より現在は,先ほど何人かの委員の方からの発言にもありましたように,犯罪形態も複雑になってきていますし,犯罪者が使用する機器も大変多岐にわたっているのではないでしょうか。その機器に対応するには,捜査する側の方も法整備を進めて,様々な機器や機能を駆使しなければ,犯人逮捕や犯罪防止ができない状況に変化してきてしまったんだと思っています。   以前,北九州の視察で感想を申し上げましたけれども,一般人をも標的とするような暴力団犯罪の犯行の凶悪さや用意周到な隠蔽工作によって,検挙を免れているという実態を見聞きしまして,暴力団による組織犯罪に関しましても,何とかその事態を打開しなければいけないのではないかと思います。小倉北警察署で捜査官の方が,「持っている武器で戦うしかない。」と,暗に自分でも命を懸けているというような覚悟を込めておっしゃった言葉を,私は実は今も忘れることができません。捜査機関が,組織化・巧妙化する犯罪に対応して,首謀者も含めた関与者を検挙・処罰できるように十分な武器を整備しなければ,被害者が出るばかりなのではないでしょうか。   つい先月も,暴力団対策をしていて既に退職をしているという捜査官が狙撃されるという事件も起きました。捜査官に命を懸けさせていいのでしょうか。これ以上,被害者を出してもいいのでしょうか。私はこの部会に入ったことで,諸外国に比べて捜査側には武器が非常に少ないということを初めて知りました。多くの国民の方たちも,多分,この実態は知らないのだと思います。国民がこの実態を知れば,とにかく対抗できる武器を上げますので,悪を壊滅させて安全・安心な社会にしてほしいと言うと思いますし,また,それが市民感覚なのだと思います。   ですから,犯罪防止や犯罪者検挙のために,現場にとってよりよい制度を積極的に採り入れていくべきものだと思います。それには,私は,通信傍受だけではなくて,先日,視察にも参りました科学警察研究所で行われておりますプロファイリングですとか,あと,DNAデータベースの充実,携帯電話の利用履歴の長期保存などの措置も,真剣に考えていかなければいけないときが来たのだということを実感しております。 ○川出幹事 先ほどの立会いの話に戻りますが,この要件を緩和するかどうかということを議論する前提として,そもそも,現行法の下で立会人にはどのような役割が期待されており,実際に現場で何をやっているのかということをはっきりさせておく必要があると思います。その上で,例えば,先ほど話に出たように,仮に,警察施設において傍受を行うという形を取った場合に,現在,立会人が傍受の適正さを担保するために果たしている役割に代わり得るような技術的な担保手段というのが有り得るかを考えることになろうかと思います。   具体的に申し上げれば,配布資料の外国の制度を見ますと,例えば,フランスやドイツでは,警察施設で傍受するといっても,警察施設の機器から回線に入っていって傍受するということではなく,基本的には通信事業者側から通信データを送ってもらった上で,それを警察側で録音し,聴くという形を取っているようです。このような方法であれば,通信事業者から送られてくる通信データは,通信事業者の技術的な設定により,令状に記載された電話番号のものに限られるでしょうし,また,傍受の期間についても,令状記載の期間に限られることになるでしょうから,その意味で,現行の通信傍受法の下で立会人に期待されているチェックと同じことが可能だとも考えられます。そのような意味で,立会いに代わる担保手段があり得るかを具体的に考えてみる必要があるのではないかということです。   それから,もう一つは質問なんですが,諸外国に比べて,日本で通信傍受の実施件数が少ない要因として,先ほどから,対象犯罪が限定されているという点と,立会いの点が挙げられていますが,それ以外に,傍受実施手続において,スポット傍受という方式が採られていることも,日本の制度の特色の一つかと思います。この点は,実施件数が少ないことと関係はあるのでしょうか。 ○島根幹事 スポット傍受の関係は,現場の実際に傍受している捜査員からはかなり負担であるとの声が上がっております。ですから,例えば,最少化の措置も,一旦,全部録音させてもらって,それを後で事後的にそこから見ていくというやり方は採れないだろうかというような,要望のようなものをこちらとしても把握はしております。ただ,このために件数が伸びないかというところは,必ずしもそこが直接の原因ということは余りないのではないかと考えております。 ○川出幹事 分かりました。その上で,スポット傍受についてですが,先ほどの話で,仮に,捜査機関が通信事業者の管理する場所に行って傍受を行うということではなく,通信事業者から捜査機関に通話のデータを送信してもらうという形にした場合,通信事業者側が通信内容をチェックし,選別した上で捜査機関に送信するということにはならないでしょうから,恐らくは,フランスやドイツがそうであるように,一定期間内に,特定の電話番号に掛かってきた通話のデータを通信事業者が一括して送り,それを捜査機関側で記録した上で,その後,関連する通話かどうかを確かめるために内容を聴くという形になるだろうと思います。そうすると,現在,スポット傍受として行われているように,原則は,関連する通話だけを録音するのとは違って,とりあえずは,全部録音して,その後に関連性を確認するための聴取を行うという形になりますから,それが許されるかということを考える必要が出てきます。   仮に,現在の制度を改正するとすれば,先ほどから議論となっているように,対象犯罪の拡大,立会いの要件の緩和,それから,今申し上げましたスポット傍受以外の方法の導入といったことが問題となりうると思いますが,これらは,それぞれに,通信傍受法を制定する際に,憲法との関係をかなり議論した上で,現在のような形になったものだと思いますので,仮にそれを変える場合には,それが憲法上許されるのかということについて,制定時の議論を十分に踏まえた上で考えてみる必要があると思います。 ○坂口幹事 事務局からも補足できる点について補足させていただきたいと思います。   最初に,立会人は現行法上,どういう役割を担っているか,すなわち,何をするものとして立ち会わなければならないこととされているかという点についてです。   まず,立会人は傍受が実施されている間に現場に臨場しまして,通信の内容に関することは除きます,通信の内容ではなくて,外形的な状況について傍受のための機器を接続する通信手段が傍受令状により許可されたものに間違いないかということです。令状上,この回線に捜査機関はつないでいいということが書いてあるわけですが,間違いなくそのとおりつながれているか,変なところにつながっていないかというのを見てチェックする。   また,傍受令状により許可された傍受ができる期間や時間等が遵守されているかということです。令状上に何月何日から何月何日までは傍受をしていいということが書いてあるわけですけれども,間違いなく今現在がその期間内に当たっているかどうかというのをチェックする。   それから,傍受すべき通信か否かの該当性判断のための傍受が適正な方法で行われているかということです。傍受令状があるからといって,その電話で話されている全ての会話を全部聞いていいというわけではなくて,先ほど申しましたようにスポット傍受という虫食い的な聞き方を捜査機関はやっておりますけれども,捜査機関が間違いなく,そういうスポット傍受をやっているかどうか,漫然と全部を聞いていないかどうかというのをチェックする。   それから,傍受をした通信について全て録音等がなされているかということです。傍受をした通信については全て録音しなければならないと,捜査機関が何を聞いたのか,聞いた通信については全部録音しなければならないということになっていますので,間違いなく全部を録音しているかということ。以上のような各点について,立会人は見てチェックをするということになっております。   他方,通信の内容そのものについて,例えば,今,捜査機関が聞いている通信が犯罪にまつわる通信なのか,令状上,聞いていいこととされている通信なのかどうかということについては,立会人には判断ができません。立会人は捜査をしているわけではありませんから,どういう容疑で誰をどう捜査しているということは分かりませんので,その判断は立会人にはできるはずがないということで,したがって,そういう果たせない役割は期待されておらず,そういうことはやらないということになっています。したがって,今,立会人は通話の内容というのは全く聞いていないというのが実情でございます。   この法律ができたのも10年以上前の話でございまして,当時としては傍受の適正を担保するためのやり方というのは,この方法がベストであったので,現行法はこのように設計されているものと思われます。しかし,その後,10年間でITの進歩というのはものすごいものがございます。例えば,今,捜査機関に限らず,民間の企業であれ,あるいは弁護士さんの事務所であれ,顧客情報を始めとして非常に高度なプライバシーに関する大量の情報というのをお持ちだと思いますけれども,それを管理するためにそれが盗まれたり,あるいは不当な職員が盗み出したりしないようにするために,人が見張っているなどという方法を今どき採っている組織はないはずでありまして,技術的により確実に,より安全を保障して,よりプライバシーを守れる形でという手段が幾らでもあるということを考えますと,傍受法の改正についても,是非,そういう視点で,いささかも傍受の適正さというのを低下させることなく,むしろ,よりプライバシーを保障するいい手段に向上させる,改善するという視点での改正は考えられると思っております。   それから,スポット傍受の問題でありますが,スポット傍受についても極めて負担は大きいと考えております。実情を説明させていただきますと,例えば,10日間の傍受をするという場合に,10日間,24時間,毎日,傍受をしてもいいわけですけれども,傍受される対象となる者も寝ますし,捜査員も寝ないと死んでしまうということで,通常は1日24時間のうちの12時間程度,あるいはそれより少し多い程度の時間,傍受しているわけですけれども,そうすると,実際の傍受というのは,1日当たり十数時間の間,ずっと捜査員が回線に張り付いているという状態が,毎日毎日続いていると御想像ください。   しかし,電話というのはそれほど掛かるものではないので,12時間,回線にずっと張り付いていたけれども,何回か電話があっただけで,会話があった時間を全部足し合わせてみても,30分もないというような場合も多いというのが実情でございます。この場合,大量の捜査員がいつ掛かってくるか分からない電話をひたすらずっと待っているという状態が続き,極めて効率が悪く負担も重い,消耗も激しいという状況でございます。   この点についても暗号技術とか,いろいろなITを活用すれば,一旦は人が聞くことなく全ての通信について録音し,保存した音源から後日,後刻,最少化の方法を用いて捜査機関が傍受するということも十分可能であろうと思われますので,そうしてみると,負担も減りますし,もっともっと傍受ができるように,積極的に活用ができるようになると思います。しかもプライバシーの侵害については,いささかも広がることはないという方法は可能であろうと思いますので,是非とも検討を進めるべきだと思っております。 ○酒巻委員 先ほど来,この法律を作ったときの話が出てまいりまして,特に立会いですとか,スポットモニタリング等の手続部分については,立法当時は余りなかった新技術があるので,というお話もありました。対象犯罪の範囲につき伺います。国会が対象犯罪を四つに限定された,その立法趣旨はどういうことであったのかというのは,現行の法律にどこか不具合があって,対象犯罪を拡大しようというお話が出ているわけですから,元はどういうつもりで国会がこうされたのかを,はっきりしておいた方がいいと思います。もし,分かれば御説明ください。 ○坂口幹事 委員の御指摘のとおり,この法律は内閣が法案を国会に提出したわけですけれども,提出された当初の政府原案と呼ばれる案におきましては,対象犯罪の罪種というのは非常に幅広いものがございまして,一定の重罪,それから,組織的に敢行されることが多いような犯罪については,幅広く入っていたというのが実情でございます。また改めまして二巡目の議論の際にも,そういった経過等を御説明したいと思いますが,しかし,国会審議の過程で罪種を非常に限定するということになった結果,この4罪種になっているところでございます。   今日からしますと,若干,奇異という言葉がいいかどうか,集団密航のような犯罪が入っておるわけでございますが,立法当時,確かに極めて問題になっていた事件なので入っておるわけですが,今日,お配りしている資料を御覧いただきますと分かるように,適用例は一度もないというようなものでございます。他方,既に御説明がありましたけれども,この10年間で出現した振り込め詐欺ですとか,組織窃盗のようなものがあって,国民に非常に被害を与えているという10年間の犯罪実態の変化というのもございますので,この点も改めてまた検討し,御報告させていただければと思います。 ○本田部会長 それでは,通信傍受以外の客観的証拠の収集を可能とする諸方策に関しましても,併せて御意見を伺いたいと思います。 ○小野委員 私の方からは,DNAデータベースの取扱いについて意見を述べておきたいと思いますが,DNAデータベースが非常に有効な手段であるということは,近年,恐らく国民にも広くその認識が広がっているのだろうと思います。実際に非常に有効に活用されているということもそのとおりだと思います。他方で,非常に個人の重要な情報であるということもまた間違いないところだろうと思います。現在はDNAのデータの遺伝子情報は利用していないということで,個人の識別に使っているということであるわけですけれども,そういった重要な個人情報の取扱いについては,現在は国家公安委員会規則によっているということです。恐らくDNAデータベースの取扱いが規則によっているということは,ほとんどの一般の人たちは知らないのではないかなというふうな気がしておりまして,諸外国では基本的には法律でほとんど定められているということのようであります。   この取扱いや運用については,本来,国会で,どういう条件で,何をどうしていくのかということをきちっと議論を経て,法律で定めておく必要があるのではないだろうかと。恐らくこれからもDNAの有効活用というは,広がっていくのではないかなと思いますし,有罪の証拠としても,あるいは無罪の証拠としても活用できる非常に重要なものですから,きちっと法律の定めで国会の議論を経て,国民の前でこういうものをこう取り扱うんだと,自分たちの重要な個人情報がこうやって取り扱われるんだということを皆さんに広く知っていただいた上で,更にこれを有効に活用していくということが必要なのではないだろうかと。また,重要な情報であるがゆえに,その情報の管理や運用については,どこがそれを中心となってやっていくかということはともかく,いずれにしても,その運用のチェック機関がまた別途要るだろうと,そういう形できちっとチェックできる体制を作りながらやっていくということが必要なのだろうと思っています。   それから,現在の運用でどういう場合に,例えばこれを消去するかというようなことも,規則に定めがあるようですけれども,現在の定めで本当にいいのかどうかということも含めて,あるいはどういう事件について,被疑者のDNAについて言えば,それを採取するのかということも改めて検討する必要があるのではないかなと,必ずしもDNA型のデータベースを採用しなくてもいいような事件ももちろんあるわけですから,そういったことも含めて,この機会に改めてきちっと法律として検討した上で,定めていくということが必要なのだろうと思っています。 ○大久保委員 今のDNAデータベースに関しまして,続けて少し質問させていただきたいと思います。このDNA型データベースにつきましても,諸外国に比べて桁違いに日本は少ないという資料を見たことがありますので,なぜ,そのように少ないのか,少ないのはどういうような問題があって,そうなっているのかという辺りをもし教えていただけるようでしたらお願いいたします。 ○島根幹事 ただいまの御質問ですけれども,DNA型というものを捜査に利用するということ自体は,諸外国と同様,我が国の警察でもずっと検討・研究を進めてきたわけで,それが実用化されるようになってきて,今では,私どもがやっているDNA型というのが,DNAの例えば遺伝情報に関わるようなものではなくて,飽くまでも個人識別のための同一性という意味で見ている部分の型の記録なんだということについて,大分,御理解をいただいてきているのだろうと思いますけれども,出発点として,DNAというのが非常にセンシティブなものだという考え方がかなりあったので,警察としてもその辺についてかなり慎重に検討を進めてきたというところが,一つ大きな要因としてはあるのかなと考えております。   それで,先ほどの小野委員の立法化すべきではないかという御意見についてでございますけれども,まず,私どもは今,この運用についてどう考えているかということを御説明させていただきたいと思います。まず,DNA型鑑定をする際に,当然,サンプルというものを採取する必要がありますけれども,当然のことながら,捜査が必要だというときに,刑事訴訟法等の関係法令に基づいて適正に行っております。そして,今度は鑑定した結果の型の記録ですけれども,この保管や管理についての一般的な根拠としては,「行政機関の保有する個人情報の保護に関する法律」,いわゆる行政機関個人情報保護法というものに基づいて行っているところでして,それによって一定の規律が課されています。そして,具体的な管理や運用の方策について明らかにして定めているのが,「DNA型記録取扱規則」という国家公安委員会規則でありまして,こうした仕組みに基づき,適正な運用が行われていると私どもとしては考えておるところでございます。 ○本田部会長 大久保委員の「諸外国に比して非常に少ないのはなぜか。」という御質問について,もう少し分かりやすく御説明いただけませんか。 ○島根幹事 今申し上げてきたような適正な運用を行う仕組みについて検討を進めていたので,諸外国に比べてそもそものデータベース構築というのにかなり時間が掛かったということと,それから,当然ながら,データベースを作るためには正確な鑑定をしなければいけませんので,そのための要員あるいは資機材の整備が諸外国に比べて少し遅くなったというような事情だろうと考えております。 ○川出幹事 今のことにも関連した質問ですが,以前に配布された研究会の報告書の中でも,DNA型データベースの拡充ということが言われていました。ここで言われている拡充ということの意味ですけれども,現在の日本でデータベースを作る際のDNA型の採取というのは,その事件の捜査に必要だということから,刑事訴訟法に基づいて行っているということだと思うんですが,諸外国では,そうではなくて,例えば,性犯罪のような一定の犯罪で逮捕された人とか有罪判決を受けた人について,一律にDNAを採取するというようなことをやっています。それが,日本に比べて,データベースへの登録件数がかなり多い理由でもあると思います。その上で質問ですが,DNA型データベースについて法制化すべきかどうかという問題は,DNA型データベースを拡充するという場合に,既存の採取と管理の枠組みを維持した上で拡充していくのか,それとも外国で行われているような新たな枠組みで拡充するのかということとも関係してくると思いますので,拡充という場合にどのあたりまで考えていらっしゃるのかについて教えてください。 ○島根幹事 ただいまの点ですけれども,以前のこの会議のときにも御質問があったかと思うんですが,今,基本的にDNAの関係につきましては,私どもは捜査上の必要ということで行っておりますけれども,必ずしもその検挙本件のみということではありません。余罪が見込まれるような場合もということで,幾つかの代表的な類型の罪種も例示して,各県警察には示しており,性犯罪ですとか,あるいは常習的な窃盗であるとか,そういう代表的なものを取り上げて,そういうものは基本的に捜査上の必要というのが認められる可能性が高いというようにしております。ただ,後は個別個別で判断してもらうというところがございますので,そういう意味で拡充というのはそれを前提にしつつ,先ほど申し上げたような人的・物的な体制もとって,全体のデータベースが作られていくというような意味で拡充という言葉を使っているということでございます。 ○周防委員 そうすると,島根幹事としてはDNAデータベースの法制化という,そういうことについてはどうお考えですか。 ○島根幹事 直ちに必要だとは考えておりません。 ○周防委員 その理由というのは。 ○島根幹事 必要な法的な根拠もあり,先ほど申し上げましたような個人情報保護法という一般的な規律の下で,適正に運用していると考えているからです。 ○宮﨑委員 先ほど,刑事訴訟法上,適正な手続とおっしゃったんだけれども,刑事訴訟法上にはDNA型データベースを作ってもいいという規定はないと思うんですが,適正な手続というのは,具体的にはどういうような手続かというのを教えていただけませんか。 ○島根幹事 考え方でございますけれども,刑事訴訟法には,強制的にやる場合には強制処分として行う手続が書いてありますし,任意でいろいろな御協力をいただくときには,例えば,任意提出というような手続があります。それから,データベース構築自体についての法的な定めというのは,確かに刑事訴訟法には規定はありません。しかし,先ほどから申し上げておりますように,行政機関個人情報保護法は,それぞれの行政機関が適正な手続の下に収集した情報について,データベースを含め,それを利用するということを認めておりまして,その範囲で私どもは得られましたDNA型記録というものを利用していると,そういう考え方でございます。 ○宮﨑委員 強制的な手続というのは,例えばどういう手続になるんでしょうか。 ○島根幹事 本件に関係がある場合であれば,鑑定処分許可状と身体検査令状の併用という形で,現在,実務はやっております。 ○宮﨑委員 そうすると,逮捕状を執行されたときに,任意で提出を求めるというのは普通の手続で,そして,それを断られた場合にそういう強制処分をされると,こういうことですよね。その比率というのか,断った人というのは何%ぐらいいて,応じた人は何%ぐらいいるのかというのは,別に後でも結構なんですけれども,教えていただければと思うのですが。 ○島根幹事 正確な数字,要するに統計として取っていないんですけれども,国家公安委員会委員長主催の研究会でもそういう御質問があって,そのときに現場の方に聞いた感覚としては,ほとんどは任意で応じていただいているというのが,現場の方からの回答でございました。 ○露木幹事 島根幹事が申し上げたとおりでございますけれども,若干,補足をさせていただこうと思います。小野委員が最初に御指摘になった国家公安委員会規則でやっているというのが,諸外国が法律をもってやっていることと比べてどうかという点については,先ほど出たとおり行政機関個人情報保護法という法律によってやっているというのが正確なところでございまして,この点については正しい御理解が必要ではないかと思います。   その上で,一般の個人情報と違って,更にDNAについては重要な個人情報であるから,特別の法規制が要るのかどうかという点が次の論点になってくるんだろうと思うんですけれども,そうなってきますと,DNAが重要な個人情報であるということを理由とするのであれば,それは何も私ども捜査機関が持っているDNAの情報だけが対象となるということには,多分,理論上,ならないんだろうと思います。   他の行政機関ですとか,民間がDNAのデータベースを持っているという実態がございますので,そういうものも同じような議論の対象になってくるのではないかと思います。現に国立病院を含めて病院ですとか,研究機関がDNAのデータベースを保有していると私どもは承知をしております。むしろ,DNAが重要な個人情報であるというのは,恐らく遺伝情報を含んでいるということからくるのでしょうから,むしろ,病院ですとか研究機関のように遺伝情報の解析をしている,そういう所こそ,そういう特別の規制が要るのか,要らないのかということが議論の対象になってしかるべきではないのかなと思います。   そうしますと,いずれにしても,この問題というのは正に個人情報保護法によって,現在,私どもは適正に管理をしていると申し上げましたけれども,そういう個人情報保護法の改正の要否という行政上の立法的な問題というテーマではないかと思います。つまり,新たな時代の刑事司法の在り方を議論するというテーマとしては,いささか奇異な感じがするというのが私の印象です。   それから,DNAデータベースの現在の規模は諸外国に比べて我が国は非常に小さいということでございますけれども,一つの要因としては予算上の問題というのもございます。現在,DNAの試料を採取をして,その鑑定をするのに1件について主に検査試薬でございますけれども,約1万円が必要です。今,DNAの鑑定予算は警察庁で国費で賄っておりますけれども,20億円ほどでして,その範囲内でやっておるというところです。   ちなみに,警察庁の鑑定予算は現在,総額で50億円でございまして,これには司法解剖,死体の検査ですとか,もちろん,指紋の鑑定もございますし,覚醒剤の鑑定など,いろいろな鑑定をやっておりますので,その50億円の中でDNA鑑定の鑑定予算も賄っているという台所事情です。現在,非常に財政が厳しい状況でございますので,なかなか,DNAに限って,この予算を突出して増額させるというのもまた難しいという現実的な問題もございます。ちなみに先日,省庁版の事業仕分けが警察庁についても行われましたが,DNA型の鑑定事業の予算の在り方についてもテーマとされておりまして,より効率的な予算の執行を考えるべきだというような御意見も頂戴をしている状況です。 ○小坂井幹事 ちょっとよく分からないんです。つまり,私も先ほどから出ております国家公安委員会委員長研究会にいたとき,最初は正に法律化をするという前提で話が始まったという記憶が私にはございました。そのあと,可視化の議論が非常に白熱したものですから,DNAの話は最終の取りまとめのときには,確か法律化に関する言及は一文字ぐらいあるかないかで終わってしまっているとは思うんです。けれども,行政上,非常に扱いが大事なものだというのは当然ですけれども,しかし,刑事司法上,DNA問題というのは決定的な重要性を持っていることは明らかですよね,それほど決定的証拠ですよね。   だからこそ,我々は,その採取過程もきっちり適正に,例えば,可視化してやってくださいとか,あるいは保管については,先ほど小野委員が言われたみたいに,きちんとチェック機能が要るでしょうということとか,あるいはさらに,被疑者,被告人及び弁護人側のアクセスもきっちり保障するような形の扱いにしてくださいと。それは法律化によって当然可能になると,こういう発想をこちらは持っております。正に99%以上だと思うんですよ,今,任意処分でやっているというのが。令状を取ってやっているのなんて,それこそ0.何%レベルだと思います。ですから,それは余り正常な状態だと思えないので,この際,きっちり法律化の議論をしていただくのが筋だと思います。 ○本田部会長 DNA型鑑定に関するもの以外に,証拠収集に関する御意見はございますか。 ○安岡委員 警察の方に質問です。通信傍受でなくて会話の傍受,対面で話をしている内容であるとか,監視の対象者が電話の受話器に向かってしゃべっている内容を傍受するという会話傍受については,警察の捜査側の立場からするとどうなんでしょうか。通信傍受のように条件にもよるんでしょうけれども,捜査手法の高度化の中で,是非,実現してもらいたいものなのでしょうか。会話傍受が捜査の中の力として,どの程度のものになると評価していらっしゃるんでしょうか。 ○露木幹事 安岡委員の御指摘のとおり,犯罪実行の指示ですとか,犯罪関連の会話は,何も電話だけで行われているわけではもちろんございません。直接の会話で行われるということももちろん少なからずあるわけでございまして,特に暴力団のように末端の者を捕まえても,その者の取調べにおける供述をもって上位者の関与なり,組織の関与を解明するというのは非常に難しいという特質を持っている犯罪捜査においては,会話の傍受ということがもし可能となれば,捜査上,有効な手段になるということは疑いのないところでございます。   ただ,もちろん,捜査上,有効であるからといって,これも個人のプライバシーという憲法上の権利に関わる問題でございますので,慎重な要件・手続の下で行われるべきものであるということは,私どもも当然理解をしているところです。犯罪と無関係の日常的な会話を捜査機関が漫然と傍受をするというようなことは許されないと思いますし,私どもとしても,先ほどの通信傍受の今の実態の説明でもございましたけれども,非常に負担が重くなりますし,そんなことはやりたくもないと思っておるわけです。したがって,通信傍受の場合もそうですけれども,犯人による犯罪関連の会話が行われると疑われる場面をどのように特定できるのかということが,制度化に当たっての重要なポイントになるのではないかなと思っております。   そういう意味で,想定できる事例としては,先ほど警視庁の髙橋委員からもお話がございましたけれども,振り込め詐欺が一つの典型例かなと思います。振り込め詐欺は今,暴力団員などが首謀者となって組織的に行われている実態にあるわけですけれども,これはマンションの一室などを借り切りまして,そこをアジトにして首謀者が何人もの手下を従えて,幾つもの電話を持って,大体,朝から夕方まで,高齢者などが活動している時間帯を狙って,無差別的に電話を掛けまくるようなことをしております。そういう中でだまされてしまった方がお金を振り込んでしまうということになるわけですけれども,こういうアジトにおける,そういう首謀者による指示ですとか,あるいは電話をしている状況ですとか,こういうものが傍受をできれば,そこはほとんどが犯罪関連の会話ということになるでしょうから,そういう場面の傍受というものが一つの想定事例になるのかなと思います。   あと,もう一つ考えられますのは,対立抗争が行われている場合の暴力団の事務所,あるいは暴力団幹部の使用している車両です。こういった室内あるいは車内で,指示あるいは役割分担に関する会話が行われるという場面が想定できますので,そういう場面を特定して傍受をするということも,一つの事例として考えられるのかなと思っております。   さらに,覚醒剤などの禁制品が入った宅配物を受け取った者をその場で現行犯で逮捕するというような捜査が薬物事犯などではよくあるんですけれども,そういう場合に覚醒剤が入っているのを知らなかったというような弁解が,後から出てくるということも少なくありません。こういう場合に宅配物の中に傍受機器を取り付けておいて,受け取ったときのその者の言動などを傍受機器をもってチェックできるというようなことを行うことができれば,そういった捜査の実効性を高めることができるのではないかということも考えられると思います。 ○大野委員 先ほど大久保委員が最後に触れられた通信履歴の長期保存の必要性ということについて申し上げたいと思います。通信技術等の発達によって携帯電話や電子メールが国民の生活に必須のツールになっている現状では,犯罪でもこれらの通信ツールがほぼ必ず何らかの形で用いられております。そのため,通信履歴を入手することができれば犯行日時の特定のほか,共謀状況,犯行状況やアリバイを含む供述の裏付けがあるかどうかを見極める上で,極めて有効に活用することができるわけです。   しかし,捜査機関において犯人の早期検挙に尽力したとしても,犯人の側は検挙されまいとして,種々の罪証隠滅工作を行うものであり,また,足が付かないように他人名義で契約した携帯電話等を用いることも珍しくないため,犯人が用いた携帯電話回線を特定することも必ずしも容易ではありません。先ほど例に出されておりますように,振り込め詐欺などの組織的犯罪に関しては,まずは末端の実行行為者等を検挙し,それから,組織の首謀者の検挙を目指した突上げ捜査が行われるのが通例でありますけれども,犯人特定の困難性ゆえに,犯罪の発生から検挙に至るまで相当期間を要し,それから,更に突上げ捜査に相当期間を要することも珍しくないのが現状です。   そのような場合,最終的に実行行為者の背後にいたと疑われる者が判明した段階では,その者が利用していた携帯電話回線を特定できたとしても,その段階では通信履歴が消去されており,それを入手することが困難な状況となっていることも少なからずあります。したがって,今後,供述の信用性をより的確に吟味できるようにする観点から,通信事業者に対して通信履歴をより長期間,保存してもらえるような仕組みや制度を整備するべきではないかと考えております。 ○酒巻委員 前後して申し訳ありません。通信でなく会話の傍受について,学者としての確認なのですが,先ほど周防委員の御質問にありましたように,現在,刑事訴訟法の222条の2で,「通信の当事者のいずれの同意も得ないで電気通信の傍受を行う強制の処分については,別に法律で定めるところによる。」とありまして,通信傍受に関しては国会が要件や手続をきちんと定めて新たな法律を作るとされたのです。   そこで,会話の傍受ですが,通信の場合と同じように会話の当事者のいずれの同意も得ないで,その会話をひそかに傍受するのが会話傍受であり,片方の会話当事者が,例えば,警察に頼まれて録音をしている場合は別だろうと思います。これに対して両当事者の同意のない会話傍受については,通信傍受法を立法した場合と同様に,国会が特別の法律の定めを作る必要が当然あると私は思っております。今までの御議論も,そのような捜査手段の必要性を示す説得的立法理由があり,そして,当然,憲法との関係は考えなければいけませんが,合憲性も担保した手続を法律によって新たに制度化するというのが,当然の前提だと理解しております。   かつては,現行法に検証令状があるではないか,検証令状でできるではないかとおっしゃった御方もおりまして,私はそんなことはできないと反対してきたものですから,今後も,そんなことをおっしゃる方がおられると困りますので,確認をさせていただいた次第です。 ○安岡委員 先ほど露木幹事の方からの説明がありましたけれども,会話傍受の手法として一つ宅配物の禁止薬物に,簡単に言うと盗聴器を仕掛けると,こういうのがありましたけれども,そのほかの現在考えられている会話傍受の手段や方法にはどういうものが考えられて,どういうものが可能なんでしょうか。 ○露木幹事 例えば,振り込め詐欺のアジトでございますとマンションの一室でございますので,そこの鍵を開けて関係者がいないときに何かを取り付けるというようなことが必要になってまいりますので,もちろん,その実現可能性というものもよく検討しないといけないとは思います。ただ,今現在の実態を見ますと,先ほど申し上げたように朝から夕方まで電話を掛ける,対象となる人が活動しているときに電話を掛けないと詐欺が実行できませんので,電話を掛けない夜間などは,アジトに誰もいないということもあり,そういうときを見計らって,令状なら令状を持って捜査員が中に入って機器を取り付けるというようなことは,想定できるのかなと思っております。詰めた内容は二巡目などで必要に応じて議論したいと思います。 ○安岡委員 酒巻委員に質問というか,教えていただきたいんですけれども,今,おっしゃった特別の法制化をすると,通信傍受法のような形の,その場合には,今,私が質問して露木幹事に答えていただいたような手法を限定しないと,当然,そういう法律は成り立たないわけですよね。 ○酒巻委員 当然だと思います。憲法35条は基本的人権として住居の不可侵を保障しております。しかし他方,捜査目的達成のための合理的で正当な根拠がある場合には,裁判官の令状に基づき住居に侵入すること,あるいはそこで行われている会話を限定された形で傍受することが必ずしも直ちに憲法違反になるとは思いませんけれども,相当に厳格な要件を定めなければ,憲法違反という問題は出てくるのではないかと思っております。現在の通信傍受法もそういう問題がございましたので,非常に厳格な要件が,ものすごく複雑ですけれども,定められていて,かつ,傍受実施後,不服の申立てについて,これは憲法31条の適正手続の要請に基づきまして,厳密な事後措置と不服申立手続が設けられています。会話傍受になりますと通信と違いまして常時傍受可能状態にある,これは私の意見ですけれども,スポットモニタリングというのがやはりあるのかどうか分かりませんが,暴力団事務所の中で組の皆様がいろいろなことをしゃべっている中で,犯罪に関連する会話を聞くという,そういう構成になるんだろうと思いますので,いろいろ要件や手続を作るのは大変だと思います。 ○大久保委員 プロファイリングということがどなたの委員の方からも出ませんでしたので,そのことについて一言だけ発言させてください。私は今から5,6年前,カリフォルニア州立大学フレズノ校に研修に行ったことがあるんですね。そのとき,プロファイリングの必要性とその有効性について教授から説明を受けまして,プロファイリングは必要だということを十分理解をしたわけです。   そして,それから1年たちまして,その教授が日本にいらっしゃいました。そして,その教授が,日本でプロファイリングをしているところへ見学に行きたいということを希望されましたので,数箇所に問合せをしましたけれども,残念ながら,うちでは余りやっていないのでということで断られてしまいまして,その教授は結局,日本に来てもプロファイリングのことを見学するということができなかったんですね。現在は広域において同じような犯罪が起きるというように,犯罪形態も変化をしてきていますので,私はプロファイリングの充実ということもとても大事なことだと思っています。ただ,日本ではかなり少ないというように感じておりますが,これもやはり人材がいないとか,予算がないとかということと密接に関連しているものなのでしょうか。 ○島根幹事 この問題は別にそれほど予算とか,そういうことではなくて,従来から,例えば,犯行現場に関して,連続して行われているような泥棒とか,性犯罪について,マッピングといいまして,地図に落としていって,次の犯行場所はどこだろうと予測するというようなことは現場の第一線では行われておりました。それが今は正にプロファイリングという一つの手法,かなり科学的なもの,分析手法とかもかなり確立してまいりまして,まだ先進県とそうではない県とかなり全国的にはばらつきがありますが,今,これはしっかりとやってほしいということで各県警察の方には指導しているところでございまして,かなり良い成果というのも上がってきていると承知しております。   それから,別のテーマについてではありますが,冒頭に仮装身分捜査のことを申し上げたので,それについて簡単に御説明したいと思います。これはおとり捜査ではなくて,つまり,おとり捜査を今の裁判例よりも広げてやろうということではなくて,諸外国の多くで導入されている秘匿捜査,潜入捜査等に類似した仕組みを考えているものです。   特に最近,暴力団などが非常に警察に対して敵対的というか,例えば,住所とかを調べる,家族構成を調べるというようなこと,あるいは捜査車両のナンバープレートを全て向こうで把握するというような,そういうことをやっておりまして,捜査員の保護という意味からも,導入の必要性が高いのではないかということを考えております。   それで,具体的に考えておりますのは,例えば,暴力団と接触あるいはこれを追跡する際の捜査車両のナンバープレートの付替えを可能とするとか,あるいは捜査員の身分を秘匿するための公的な身分証を仮装する,更に他の身分で一定の契約等を行うことを可能とするというようなことを考えております。これは供述を求めるなど証拠の確保を目的として行うというものではありませんので,どういう位置付けにするかという問題はあるんですけれども,現在でも刑法35条の正当行為として,一定範囲では許される余地はあるのかなと思っておりますが,現在,種々の公証制度とのバッティングが生じる可能性があるので,その点をどう構成するのかという問題があります。   それから,刑事手続の土俵における問題としては,仮装身分を用いて,いわゆる捜査の準備活動等を行うようになりますので,その後,捜査手続が進んでいくという場合に,先行する仮装身分捜査というのが違法と評価されることのないようにする必要があると考えておりまして,その点での御検討をお願いできればと思います。 ○本田部会長 まだまだ御意見はあろうと思いますけれども,時間の関係もございますので,論点3の「客観的証拠の収集の在り方」に関します一巡目の議論は,ひとまず,ここまでとさせていただきたいと思います。   ちょうど,区切りがよいところでもございますので,ここで休憩を取らせていただきます。           (休    憩) ○本田部会長 それでは,再開させていただきまして,論点4の「公判段階の手続の在り方」の議論に入りたいと思います。   まずは,一つ目の小項目であります「自白事件と否認事件との手続上の区別」につきまして御議論いただきたいと思います。この点に関しましては,自白事件を簡易迅速に処理するための現行法上の制度や,また,諸外国の制度等も踏まえて御議論いただくことが適切であると考えられます。また,前回,この会議で佐藤委員から御指摘がございました我が国の公判における自白事件と否認事件に関する統計についても,ここで併せて御紹介させていただきたいと思います。そこで,まず,これらの点につきまして,事務当局から配布資料に沿って説明してもらいます。 ○保坂幹事 御説明いたします。資料は34-1から34-4までです。   まず,資料34-1「自白事件と否認事件の状況等」を御覧ください。その(1)は,自白事件と否認事件の比率です。地裁及び簡裁の通常第一審事件の終局総人員7万2,716名のうち,自白が約91%,否認が約7%となっております。なお,終局といいますのは,判決宣告等により事件が終了することをいい,否認といいますのは,被告人が終局の段階におきまして公訴事実の全部を争った場合のほか,その一部を争った場合,公訴事実を認めながら,法律上,犯罪の成立を妨げる理由等を主張した場合,あるいは終局の段階まで黙秘した場合をも含んだものです。なお,下の欄では,裁判員裁判対象事件を取り出しており,判決人員1,506名のうち,自白が約64%,否認は約36%となっています。   (2)は,通常第一審事件の平均審理期間と平均開廷回数の統計です。審理期間は裁判所が事件を受理してから事件が終局するまでの期間です。例えば,表の「地裁」という欄を御覧いただきますと,地裁の事件におきましては,自白事件の平均審理期間が2.5月,平均開廷回数が2.3回であるのに対し,否認事件ではそれぞれ8.1月,5.7回となっております。   (3)は,地裁の通常第一審事件で証人尋問を行った証人数の統計です。自白事件では平均で0.6人であるのに対し,否認事件では平均で2.6人となっています。   次に,資料34-2「自白事件等を簡易迅速に処理するための現行法上の制度」を御覧ください。   まず,(1)の簡易公判手続は,昭和28年の刑訴法の改正により設けられたもので,対象事件は,死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる事件以外の事件であり,被告人が公判期日において有罪である旨を陳述した場合には,裁判所の決定により,簡易公判手続による審判を行うことができるというものです。この手続の下では証拠調べの方式の簡略化などにより,公判審理を簡易化するものとされております。   (2)の即決裁判手続は,争いのない一定の事件について,公判審理だけではなく,起訴からの手続全体の迅速化・合理化を図るため,平成16年の刑訴法の改正により創設され,平成18年10月から施行されております。   検察官は,争いのない明白軽微な事件について,被疑者の同意等を得た上で,起訴と同時に即決裁判手続の申立てを行うことができます。ただし,死刑又は無期若しくは短期1年以上の懲役若しくは禁錮に当たる事件については,この手続によることはできないとなっております。   検察官からの申立てがありますと,裁判所は公訴提起後,できるだけ14日以内に公判期日を開き,被告人が有罪である旨の陳述をし,弁護人も即決裁判手続によることに同意しているときは,即決裁判手続によることが不相当と認める場合等を除き,この手続によって審判する旨の決定をし,簡易な方式により証拠調べを行った上,原則として即日,判決を言い渡すということになっています。   判決で言い渡すことのできる刑について,いわゆる科刑制限として,懲役又は禁錮の言渡しをする場合には,その刑の執行を猶予しなければならないとされています。そして,即決裁判手続による判決に対しましては,いわゆる上訴制限として,再審請求をすることができる場合に当たる事由があるときを除き,判決で示された罪となるべき事実の誤認を理由とする上訴をすることはできないとされております。即決裁判の裁判手続の実施状況は後ほど御説明いたします。   即決裁判手続と簡易公判手続は,検察官,被告人,弁護人が公判廷に出廷して行われる公判手続であるのに対し,(3)の略式手続は,公判手続によらずに非公開の書面審理により行われる簡易な手続です。大正時代に我が国に導入されて,現行の刑訴法におきましても昭和23年の制定当初から設けられているものです。検察官は,簡易裁判所の管轄に属する100万円以下の罰金又は科料に処することが相当な事件につき,被疑者に異議がない場合には,公判前の手続として,簡易裁判所に対して起訴と同時に略式命令を請求することができます。   裁判官は,公判を開かずに,検察官が提出した証拠に基づいて事実を認定し,相当と認めた場合に略式命令を出します。検察官又は被告人が略式命令に不服があるときは,命令の告知を受けた日から14日以内に正式裁判の請求をすることができます。略式手続は,実務上,罰金刑を科することが相当な事件を公判手続によらずに処理する手続として広く用いられており,その処理件数ですとか,主な罪名につきましては,資料の下の方に記載したとおりです。   次に,資料34-3「即決裁判手続の実施状況等」を御覧ください。   (1)としまして,即決裁判手続や,簡易公判手続に関する統計をまとめております。即決裁判手続により審判をする旨の決定がなされた人員は,地裁・簡裁合計で3,276名であり,これは通常第一審の終局人員7万2,716名の約4.5%です。また,簡易公判手続により審判をする旨の決定がなされた人員は,地裁・簡裁合計で714名であり,これは通常第一審の終局人員の約1.0%に当たります。   (2)は即決裁判手続による審判がなされた人員の罪名別の内訳でございまして,多い順に,覚せい剤取締法違反,道路交通法違反,窃盗,出入国管理及び難民認定法違反となってございます。先ほど通常第一審事件の平均審理期間を御説明いたしましたが,即決裁判手続につきましては地裁におけるこの手続による終局人員のうち,99.7%が1か月以内に終局しているということでございます。   ところで,先ほど申し上げましたとおり,即決裁判手続におきましては,懲役又は禁錮の言渡しをする場合には,その刑の執行猶予の言渡しをしなければならないとされておりますが,刑法の規定で,懲役又は禁錮の執行猶予が可能なのは,3年以下の刑を言い渡す場合とされております。   そこで,(3)として,3年以下の懲役・禁錮の言渡し人員や,これに執行猶予が付された人員数などをお示ししました。表の「うち3年以下」という項目を御覧いただきますと,3年以下の懲役・禁錮の言渡し人員というのは,地裁で約5万6,000名,簡裁で約7,600名,合計で約6万3,000名となっており,うち執行猶予は合計で約4万名となっています。   最後に,資料34-4「諸外国における自白事件等を簡易に処理するための制度」を御覧ください。これは,各国の制度の概要や実施件数などを,分かる範囲で記載したものです。御覧のとおり,アメリカやイギリスにおきましては,被告人が罪状認否手続において有罪答弁をした場合に,公判廷における事実審理を経ることなく量刑手続に移行する有罪答弁制度が採られており,大部分の事件がこの制度によって処理されているようです。また,フランス,ドイツ,韓国におきましては,有罪答弁制度はございませんが,それぞれ資料に書いてあるような簡易な手続が複数設けられ,それぞれの手続によって相当数の事件が処理されているようです。   なお,フランスの「有罪の事前承認のための出頭手続」につきましては,前回,諸外国における協議・合意の仕組みの説明の中でも御紹介させていただきましたが,比較的軽微な事件を簡易迅速に処理する手続としても位置付けることが可能と思われるので,今回の資料にも記載しております。 ○本田部会長 以上の説明を踏まえまして,「1 自白事件と否認事件との手続上の区別」に関しまして,まず,「進行イメージ」の「(1)有罪答弁制度(自白事件等を簡易迅速に処理するための制度)」について,御発言をお願いいたします。 ○但木委員 裁判員制度が定着してきて,正直に言って,これにはかなりの労力を必要とするということが大分分かってきたということと,それから,否認事件についても審理をかなり充実してやらなければいけないということがあります。つまり,公判中心主義になってくるので,裁判所の負担は相当重くなっていくだろうなと思っております。   それで,日本においても,最終的に公判廷で自白した場合,つまり,公判廷で有罪ですという答弁をした場合は,取調べにおいて自白したのとはちょっと意味が違うんだろうと思います。最高裁判例でも,公判廷での自白は,取調べのときの自白とは違って,補強証拠がなくても憲法上は有罪にできるという考え方ですから。もちろん,だからといって,日本の場合に,英米型のように審理を全て省いていいかといえば,直ちにそのとおりですねとはならないと思うんですね。ですから,それなりのきちっとした証拠の裏付けもあって有罪にしなければいけないんだけれども,ただ,その取調べのやり方とか,あるいは証拠の簡略化であるとか,それはやっていいのではないかと。なぜかというと,被疑者段階で弁護人が付いて,弁護人の被疑者のための活動というのは起訴前にできるわけで,その中で,この事件について全く争うつもりもないし,争う余地もない,証拠も明白だ,そう弁護人が判断すれば,そういう制度が採られてもいいのではないかと。   そのメリットは,即決裁判手続でも現れたように,非常に早い段階で裁判が終わることなんですね。即決裁判の場合,執行猶予に限られていますから,意味するところは早く出られますよということなわけですね。だけれども,それは被告人という不安定な身分から早期に解放し,早く刑の執行に入るという意味では,実刑の人も含めていいのではないか。それにはどんな犯罪があるのかというと,例えば,常習累犯窃盗というのがあるんですけれども,これは何度も何度も繰り返し窃盗をやって,刑務所に入っては出て,窃盗をやってはまた入るんですね。この人たちが出てきてまた犯す窃盗というのは,決して大きなものは盗まないんです。余り大したものではないものを盗んでまた捕まる。こういうような類型。あるいは,無銭飲食,冬になると無銭飲食が急に増えてくるわけですけれども,その場で酒をたらふく飲んで,俺は金がない,おまわりさんを呼んでくれという犯罪ですけれども,そういう犯罪は,それほど厳格な裁判手続を経なくても,本人が公判廷で認めれば簡略な取調べによって実刑を科すということでいいのではないかという気がします。   日本でそういう制度を採ることによるメリットは,難しい事件に集中して,公判中心主義で,裁判所で充実した審理ができるようになるということです。そのためにめり張りを利かせた公判というのを試みてもいいのではないかと思います。ただし,私は補強証拠は要らないとか,そんなことまで言うつもりは全くありません。ただ,捜査のサイドも,弁護人と被疑者との話合いの結果,弁護人がそれでいきますよということになれば,以後の捜査は簡略化できるわけですし,いろいろなメリットが生まれるのではないかなと思うんですね。そういう意味で,自白事件と否認事件とは,それなりに取扱いを異にして,そして重要な事件については,公判中心主義ということで,充実した公判を行うという方向にいくべきではないかと思っております。 ○後藤委員 私も争いのない事件についてある程度簡略な処理をすることには,一定の合理性があるとも思います。しかし,現在でもそういう制度はあって,現に行われているわけです。日本のいわゆる自白事件の,特に,地裁単独事件の実際の処理は,有罪の答弁制度に非常に近くて,恐らくアメリカの法律家がこれを見たら,日本にも有罪の答弁の制度があると見るのではないかと思えるくらい,迅速に処理されている面があると思います。そうすると,さらに新しい制度が必要だとすれば,何が必要かということ,要するに現状ではどこが足りないのかを確認することが大事だと思います。   例えば,但木委員がおっしゃったことから推測すると,実刑判決の場合でも即決裁判手続にできるようにするなど適用範囲をもう少し広げようという話になるのか,あるいは証拠調べを更に大胆に簡略化するようなことをしようとするのか,それともさらに広く考えて,捜査の段階からもう少し,言葉は悪いけれども,手が抜けるといいますか,手間を省けるようなものとしてもう少し大胆なやり方を考えるのか,その辺をもう少し詰めて議論する方が良いように思います。 ○但木委員 確かに,そういう様々な要素については,考えていくべきところはたくさんあるなと思っています。実際には実刑判決相当でも即決裁判にふさわしいものはあります。そして,即決裁判の場合に手続をどのくらい簡略にできるのか,それによって,真実性というのは失われずにやれるのかということは,詰めて考えていく必要はあると思います。 ○小野委員 先ほど説明のあった簡易公判手続,これがほとんど長い間,使われていないと,事実上は。それから,即決裁判手続も比較的最近にできた制度ですけれども,これも要するに執行猶予を付すか,付さないかという早期の判断というのが容易にできているか,いないかという問題が一つあるのと,それから,捜査としては一通りの捜査を全部遂げないといけないという実情になっている。それと同時に起訴後公判までの期間も短いと,原則として14日以内みたいな制限があって,結構,これがお互いにとって慌ただしいといいますか,そういうようなことがあって使いにくい制度になってしまったのかなと。   ある意味で,私どもも即決裁判というのがいいのではないかということで,運用されると思ってはいたんですけれども,うまくいかなかったと。有罪答弁制度もそれはそれで私はあっていいのではないかと思っているんですが,今,言ったような欠陥を具体的にどう直していくのか。前提としては,ほかの重大事件と同じような捜査をべったりしておかないと,後になってどうなるか分からないという仕組みだと,なかなか使いにくいということはあるんだろうと。それ以外の捜査の力をほかのところに,肝心なところにきちっとしかるべく注力するというのはあっていいのではないかなと思っておりますし,そういう意味では,比較的早い時期にそれを決められるような,そういう証拠開示といいますか,弁護人が付されているときの捜査中,あるいはその直近における証拠開示がうまくいくか,いかないかということも一つ要素になるのかなという気がいたします。   もちろん,証拠調べは簡単でいいんでしょうけれども,有罪なら有罪と決めて量刑審判はまた必要なのでしょうから,そこはそこで,それなりにやるということで,トータルではかなり言ってみれば簡易迅速な処理といいますか,あるいは目的的な合理的な処理ということができるような仕組み,私の方で具体的にこことここをこうして,ああしてというところまで知恵がなくて考えが及びませんが,そういう仕組みをうまく作っていただけると,弁護側にとっても,要するに被告人にとっても,一定の類型では相当にいいのではないかなと思っておりますので,そこのところをもうちょっときちっと詰めた検討をしていった方がいいのではないかなと思います。 ○青木委員 今まで言われたことに基本的に全て賛成なんですけれども,全ての事件についてそういうことができるかどうかは別としまして,大多数の事件は,今,御紹介がありましたように自白事件ですし,逮捕された段階で証拠もそれなりにあるということが多いと思うのですね。それで,早期に,逮捕されたらすぐに弁護人が付いて,証拠も見られるという状況であれば,かなり早い段階で,有罪答弁というかどうかは別としましても,これは有罪ということをまず決めてもらって,その先に進むということができるのではないかと思います。今の我が国の制度としては手続二分になっておりませんので,有罪を決めてから次とはなっておりません。その関係で,例えば,取調べについても量刑にわたるものまで含めて行われるわけですね。   話が多少ずれるところもあるかもしれませんけれども,取調べのカウンセリング機能というようなことが言われますが,これも実はちょっとおかしいなとずっと思っていました。カウンセリング機能というのは,その人が有罪であって,罪を犯したということがあった上での話であるはずですけれども,そこが決まらない段階で捜査官がカウンセリング機能を果たすというのは,本来の姿とは違うのではないかと思うのです。有罪,無罪がある程度,はっきりするところまで必要な取調べが行われて,弁護人も含めて証拠を見ることができて,有罪の証拠もはっきりしたところで,一旦,裁判所で有罪ということが言い渡されると。その後,量刑の問題あるいはその後の処罰,処遇については量刑を判断するための資料を,捜査官ではなく,福祉の専門家とか,心理の専門家とか,家裁の調査官的なイメージの人たちが調査をするということもあって良いのだろうと思うのです。   今,高齢者や障害者の関係では村木委員がいろいろ関わっておられ,判決前調査というのを導入したらどうかという提言がなされたりしておりますけれども,これも手続が分かれていないと,本来,なかなかやりにくいことで,ある有罪だと決まった人にどういう処遇をするのが良いのか,どういう処罰をするのが良いのか,その人が立ち直る,社会から見れば再犯を防止するというために,どういうことをすれば良いのかということについても,一旦,有罪だということが決まった後にやられるということになれば,かなり個別的な有効な処遇を考えるということもできるのではないかと思います。   さらに,有罪かどうかというのが決まった後は,例えば,身体拘束があったとしても解放する形にして,何らかの出頭を確保するための措置はもちろん採るにしましても,早期に身体拘束から解放されるということがあれば,もちろん,被告人にとってはメリットなわけですし,いろいろな意味で,有罪答弁という諸外国の制度と全く同じ意味での有罪答弁かどうかは別としましても,即決裁判手続を更に延長したような形の制度というのは,是非,検討されたら良いのではないかと思っております。 ○川出幹事 先ほどの話に戻りますが,即決裁判制度が導入されたけれども,余り使われていないという一つの要因として,今の制度ですと,即決裁判で処理される事件でも,捜査自体は通常どおりしっかりやっておかなくては駄目で,捜査の負担が軽減されないということがあるという御指摘がありました。それは,要するに,検察官としては,捜査段階で,これは即決裁判で処理することが妥当な事件であると考えたとしても,即決裁判の申立てをした後に,被告人が否認に転じることになった場合のことを考えて,結局は,それでも有罪にできるような捜査をしておく必要があるということなのだろうと思います。   その点を解決するような形で新しい制度を作るということであれば,例えば,被告人が有罪答弁をするという前提で,検察官が申立てをした後に,被告人が有罪答弁をしなかった,あるいは,途中でそれを撤回したという場合に,捜査に戻れるような手続を考えておく必要があると思います。現在の刑事訴訟法の下では,そのような場合は,公訴の取消しということになると思いますが,その場合の再起訴の要件が厳しくなっていますので,そのような制約をなくす必要があるでしょうし,また,捜査に戻すとして,身柄拘束をどうするかという点の検討も必要になってくるかもしれません。そうした点も含めて,捜査に戻れる制度というのをセットで考えておく必要があるのではないかと思います。 ○酒巻委員 補足しますが,即決裁判手続を作る際は,司法制度改革推進本部の事務局に設けられた「裁判員制度・刑事検討会」という,公判前整理手続や証拠開示等を検討したのと同じところでかなり議論しました。そのときも,今,川出幹事がおっしゃったように,最終的に刑事司法過程全体の資源の適正な配分,すなわち,ある部分には集中し,省力化というんですか,少し軽くできるところは軽くするという観点から議論したのですが,その際,捜査から裁判までの刑事手続全体を見たときに,裁判だけを簡略化しても,途中で被告人が否認に転じた場合について,捜査に戻して,罪となるべき事実について立証するだけの証拠を収集する手順を作っておかなければ,結局は捜査段階の省力化にはならないだろうという議論がありました。現在の制度では,可能性として否認に転じる場合を考えると,犯罪捜査機関としては,その場合でも有罪を獲得する責務があるので,捜査はそれも想定してやらざるを得ないということになってしまうという議論をしたんです。   結局,その部分は省力化できないねということはみんな認識したんですけれども,その手当てまではせずに新しい即決裁判手続を作ったのです。そういうこともありますので,今度,更に自白事件について,刑事司法制度全体における別の簡易な手続を考えるというのであれば,かつての議論をも参考にしていただいて多面的な議論をする必要があると思っております。 ○安岡委員 有罪答弁制度の手続としての公正さの担保であるとか,今言われた,有罪答弁を撤回して正式の裁判にしたいというようなときにどうするのかの手当ては我々素人だと分からないんですけれども,こういう制度を入れたとして,是非,考えておいていただきたいのは,制度自体が,適用を受ける一般市民の感覚として正義にかなっていると了解できる,不公正感のない,何か変だなという感じがしない制度にしていただきたいということです。具体的に心配なのは,有罪答弁制度は専ら刑事司法制度を運用する方たちの便宜といっては何ですけれども,訴訟コスト等の適正な配分というような言い方になるのかもしれませんが,そちらの運用する側の便宜ということで発想されているんだと思うんですけれども,その適用を受ける一般国民,被疑者や被告人の立場から見て,有罪答弁制度が,繰り返しになりますけれども,何か変な,警察や検察の都合のいいような制度だなとならないような制度設計をお願いしたいと思います。   具体的には,有罪答弁を拒むというか否認して有罪答弁は嫌だといったときに極端に不利になるような,逆に,有罪答弁になればこれほども軽くなりますよというような設定があればおかしいでしょうし,それから,捜査官が取調べの中で有罪答弁をやった方がいいぞという強要をするとか,被疑者や被告人の無知に付け込んでだますような,詐欺的ないし誘導的に有罪答弁を選択させるというようなことがないように,そのためには取調べの可視化も必要でしょうし,それから,弁護人を今よりもっと早い段階から,被疑者弁護の拡大ということになりますけれども,関与させることも必要だと思います。   もう一つは,今,最初に申し上げたとおり,有罪答弁という新しい制度をもし作ったときに,専ら訴訟コストの低減だけを考えた手続ではないんだと分かるような,例えば,刑事訴訟法を改正して追加的に入れるんでしょうけれども,そのときに,この制度にはこういう狙いがあると分かるような目的の規定を入れるとか,そういうような工夫で,とにかく,適用を受ける一般市民が,何か変だなというような感じを受けないような制度的な工夫が必要だろうと思います。   それから,仮に有罪答弁制度,今,諸外国で行われているような形のものを入れた場合に,今の刑事手続には,真相の解明という,私から言わせれば大それた実現不能な目的規定を置いているわけですけれども,その中で,果たして有罪答弁制度がどのような制度になるか分かりませんけれども,真実の解明が一番の刑事司法の目的であるという考えのままで,整合的に同じ刑事手続の制度の中に入っていけるのだろうかというところは,やや疑問なしとはしないと思います。 ○龍岡委員 私も有罪答弁制度など新しい制度についても検討すべきではないかということを前に申し上げています。今,安岡委員の言われたことにも関連するんですが,余り手続が簡便になったために,ある面で効率化,合理化はいいんですけれども,刑罰,刑事司法の本来の目的というものをもう少し考えておかなくてはいけない。刑を科する以上,古い言葉ですが感銘力といったものが働くような制度でなければいけない。簡単に済ませるから,例えば,罰金を払った,執行猶予になったというだけで,それで終わりということでは刑事司法としてはいかがかと,そういった点にも配慮が必要であって,そういうことにならないような制度設計というのを考えないといけない。   国民性の問題もあると思います。取引司法的なことに対する抵抗感は非常に強い。そういったところも考慮し理解を深めていくということも必要だろうし,制度設計というのは相当慎重でなければならない。その上で制度設計が可能であれば,これは現実的な制度として刑事司法全体の効率的かつ合理的な運営に資するのではないか。先ほど来,指摘された捜査段階の問題もありますけれども,制度設計の工夫によっては対応が可能になるのではないかなという気がしています。これらについては十分詰めた議論をしていかなければならないと思います。 ○露木幹事 有罪答弁制度により,捜査手続,捜査段階も含めて合理化を図ることができるということであれば,私どもも有り難いと考えるわけですけれども,その場合に一旦した有罪答弁を後で自由に撤回できるということになったときに,捜査の段階にまた戻れるようにすべきではないかという御意見もありました。   それについて,前にすべきであった捜査を後でまた同じようにできるのかということを考えますと,例えば,携帯電話の通話履歴を押収しておく必要があるというときに,いつまでも携帯電話の会社が履歴を残してくれているわけではないわけですね。防犯カメラについても一定期間が経過しますとそのデータは消えていくと。もちろん,関係者の記憶も薄れていきますから,そのとき,当初の段階であれば正確に供述をできたことが,後になると供述できなくなってしまうということも有り得るわけです。   ですので,前の捜査の段階にまた戻れるようにすれば,全て物事は解決するというわけでは必ずしもないのではないかなと思います。自由に後で有罪答弁を撤回できるということになりますと,結局,捜査機関としては当初の段階からきっちり捜査をしておかないと,そういったときに対処できなくなるという問題が生じてまいりますので,そういった点も含めて制度の設計を検討する必要があるのではないかなと思います。 ○本田部会長 まだ,いろいろと御意見はあろうかとと思いますが,有罪答弁制度以外で「自白事件と否認事件の手続上の区別」に関しまして,御意見はございますか。 ○小野委員 先ほどもちょっと出ましたけれども,手続二分の仕組みといいますか,つまり,量刑の資料とすべき証拠であって,事実認定の証拠とすべきものでないと,こういう証拠が,手続が混在をしていますと,事実認定に影響を与えるということが有り得ると。実際に今も何か事件では問題になっているようですけれども,そういうことを避けるということを目指して,事実認定手続と量刑手続を分けると。事実認定手続で一通りの証拠調べを終えた時点で,一旦,中間判決というような形で判断を下すと。その上で純粋に量刑のみの審理をまた引き続き行っていくという制度が有り得るのではないだろうかと思います。   現在も刑訴規則198条の3で,「犯罪事実に関しないことが明らかな情状に関する証拠の取調べは,できる限り,犯罪事実に関する証拠の取調べと区別して行うよう努めなければならない。」という,こういう規則も作られたわけですけれども,現在の制度の中ではおのずと限界がありますので,裁判員裁判で一部,事実上,手続二分的な運用がされた例もあるわけですけれども,ここは一つ仕組みをきちっと作って,そういう裁判ができるようなものを導入しておくということは,とても有効なのではないかなと思っています。 ○小坂井幹事 同じような意見なんですけれども,要はアレインメント類似の制度を入れて横に分離したときに,必然的に縦も二分にするという両方,ちょっと大掛りになるんですが,そういう枠組みが要るのではないのかなということです。それで,つまり,取調べの機能に何でもかんでもぶち込んでいく中には,それこそ一般情状まで何でもとにかく前もって全部やるんだと,こういうところがあるというのは,前にも御指摘を申し上げたことがあると思うんです。けれども,もちろん,事件そのものの犯情の重さとか,そういう要素もありますから,きれいに分離できない要素があることはよく分かりますけれども,ただ,少なくともそういう情状的な要素,正にそれは最後の量刑審査のところでやるんだと,あるいは判決前調査をきちんと入れるんだというところまでやると,捜査の比重というのが軽くなってくる。このことは明らかなので,そこはある意味で,もう少し,大胆に変革を考えたらいいのではないのかなと思っております。 ○酒巻委員 意見ではなくて質問です。小野委員と小坂井幹事は,全ての事件について手続二分ということをお考えなのか,それとも何か違う,例えば,裁判員裁判を想定しているのか,その辺がよく分からないのです。   手続二分というのは,御存じだと思いますが,オリジナルはアングロサクソンの国の法制度です。あの人たちは陪審員裁判をやっていて,陪審員の仕事というのは罪責の認定だけで量刑はしない。だから,当然に手続が二分されていて量刑は裁判官がやる。また,有罪を認めた被告人についてはそもそも裁判はしない。裁判官が量刑だけをやる。そういう我が国とはおよそ異なったお国柄です。だから,日本においても,裁判員が量刑に関与する制度はもうやめるという提案,あるいは有罪答弁をしたらもう裁判はしないという提案,そういうのとセットになるなら非常によく分かるような気もするんですけれども,そういうところまで考えておっしゃっているんでしょうか。   ついでにもう一つ言いますと,日本国の公判手続の進行方法では,法律家の方なら皆さん御存じだと思いますけれども,実際の運用では,犯罪事実に関する証拠を先に調べて,一般情状に関するようなものは後にするという事実上の二分的運用は,もう行われています。そして,日本の量刑というか,世界中,そうだと思いますけれども,基本的な刑の枠は,客観的な犯罪事実・結果と,犯情と言われている犯罪事実そのものを構成するか,あるいはそれに密接に関連する犯行の動機・目的とか共犯関係とかで,大きな枠は決まっていて,その後に考慮される一般情状は微調整と言っていいと思うんですよね。ですから,微調整するためだけに,例えば,手続を二分した上で,また,判決前調査をするとか,そういうのはこれまでの刑事裁判と量刑のやり方を前提にすると,果たしてどんな意味があるんだろうかというのが疑問なんですけれども,その点についてもついでに教えていただければと思います。 ○小野委員 今,酒巻委員もおっしゃったように,先ほどの規則でもそうなんですけれども,犯罪事実と一般情状とをなるべく分けた審理というのは現に行われているわけですね。つまり,そういうことができることは当然であって,ただ,その場合,現在の仕組みの中ではいわゆる一般情状のみに関わる,そういった情状に関する証拠の事実認定への影響ということ,本来それは遮断されるべきであろうと思っておりますけれども,そこが難しい場合があると。そういう意味では,別に陪審員だからどうのということではなくて,現在の日本の刑事裁判でも,全部の事件について別に導入する必要はないだろうと思いますけれども,そういう要請があるような事件では,その仕組みを作っておくということは,大変好ましいことではないかと思っております。 ○大野委員 まず,手続二分論の関係ですけれども,二つの点で懸念を持っています。一つは,事実認定に関する証拠と情状に関する証拠を完全に区別することができるのかどうか。そうでないとすると立証に不必要な重複を生じ,また,特に証人となる被害者その他の事件関係者に多大な負担を掛けることとなってしまわないか。二つ目は,事実認定手続においては被告人が犯人ではないとして無罪を主張し,量刑手続においては反省していることを理由に情状酌量を求めるような訴訟活動を許す仕組みを設けることがそもそも相当であるのか,ということです。   手続二分論というのも,一つの制度の在り方としては有り得るのかもしれませんけれども,現行制度においても犯罪事実の認定において証拠とすることができず,また,相当でない証拠がある場合においては,裁判所の御尽力の下で適切に取り扱われているように思われることからすると,先ほど申し上げたような懸念がある中で,手続二分的な仕組みを導入する必要があるのか疑問があると考えるところです。   また,判決前調査制度が必要との御意見については,現在の実務でも裁判所では当事者の主張立証を踏まえて有利な情状や不利な情状を考慮して,適切に量刑をされていると考えています。   酒巻委員がおっしゃいましたように,判決前調査によりどのような情状を調査するのか,例えば,被告人の成育歴や社会復帰に関する適応性などであるとしても,量刑の中心は正に犯情というところにあり,今,言ったようなことは刑の量刑に当たり,それほど重視されるべきものではないのではないかと考えますし,判決前調査についてはどのような立場の者がどのような手続で資料を収集し,その調査結果は刑事訴訟法上,どのように取り扱われることになるのかなどの点でも疑問がありますので,慎重に検討する必要があると考えております。 ○岩井委員 今,手続二分制度が問題になっておりますので,是非,お話しさせていただきたいと思います。青木委員もその趣旨の発言をされたんですけれども,私は量刑の役割といいますのは,犯罪者がきちんと再犯をしないで社会復帰ができるという,それにできる限り資し得る量刑を行わなければならないという非常に大きな役割を持っていると思うのです。それがそういう,行われた犯罪に対する犯情だけで決められるということで,刑事司法の役割というものが果たせるのかどうかということを非常に疑問に思います。酒巻委員がおっしゃるように,手続二分制度を導入するということになると,かなり大きく公判手続を変えることになるのだと思って,私も慎重に発言しなければならないと思っていたんですけれども,しかし,混在してそういう量刑に関する証拠資料が供述証拠として収集されることは,取調べを不当に長引かせることになりますし,後の犯罪者の処遇の問題というようなものを結局,きちんと見通せないのではないかと思います。できれば,手続二分制度を導入し,判決前調査を行って,きちんとした客観的な量刑資料が審理されるようにすべきだと思っております。 ○小坂井幹事 一般情状が微調整の問題かどうかは,確かに相当,根本的な議論が必要なところかなという感じがするんですけれども。私自身は前にも申し上げたことがあろうかと思いますけれども,いわゆる運用的手続二分ですが,退官されましたが,杉田裁判官がそれをよく運用していらっしゃったので,そのケースを2件ぐらい経験しているんです。例えば,責任無能力問題なんて非常になじむんですね。つまり,罪責認定手続,この場合は責任能力に関する議論ですけれども,そこだけにまず集中して中間的な結論を取りあえずお出しになる。これは公表はされなかったわけですけれども,取りあえず,その後,また,情状問題,それは一般情状を中心にと,こういうことになるわけです。要は自分で弁護活動として経験してみて,非常にめり張りがある手続であったなと思います。   ただ,もう一つは確かに犯人性を争う事件でしたので,当然,ある時期から,後は,情状立証してくださいという段階で結論が分かれるわけですから,先ほど大野委員がおっしゃったみたいにその場合,その後,どうするかは非常に弁護活動上も悩ましいところがありました。実情を言いますと,後は全て被告人質問も受けませんと,情状立証を一切しませんと,こういう形で終わった事件があるんです。ですから,非常になじむ事件があることは一方で事実なので,それは類型的に抽出していくことも可能ではないか。だから,必ずしも全事件だとは思っておりません。ただ,先ほど,いわゆる私は縦と横の二分という言い方をして二つをセットにしたんですが,アレインメントないしはそれに類似した制度の範囲について,比較的,小さく小さく広げようかという議論だったような気がするんです。けれども,もう少し,そこは広げてもいいのではないかという感じがします。   といいますのは,簡易公判手続は先ほども議論がありましたとおり,明らかに運用上も既に失敗していると言っていいぐらい使われていません。即決裁判も恐縮ながら,非常にみんなしんどいといいますか,弁護士の立場から言いますと,短期間に一遍にやってしまった上に,もう執行猶予が決まっているという形で,御本人にも何の感銘力もないと,裁判に感銘力をどこまで求めるかどうかの議論はあるかもしれませんが,覚せい剤1回目の人がまた2回目をやってしまうみたいな,それは弁護の力がないからだということもあるかもしれないけれども,とにかく,そういう形で即決して,即決裁判手続もどうも今までの運用状況を見ていて,必ずしも成功しているようには私どもは実務的に感じられない。ですので,そういう小さいところでとどめるというのではなくて,もちろん,条件整備というものをどこまでやるのかは非常に大事な問題なんですけれども,もう少し,自白事件全体を簡易な手続にするということを考えていい時期なのではないのかなと思っております。 ○周防委員 ちょっとずれていってしまいそうなので怖いんですが,先ほど,岩井委員から出たので,せっかくなので,そこについてまた別の機会に話してもいいと思うぐらいの問題だと思うので,一応,量刑についての私の考え方をお伝えしておきます。私も最終的に量刑の問題は,再犯の防止や更生というところをもっともっと強く意識しないといけないと思っています。これからの裁判の在り方について,今までの量刑判断,例えば,判例に基づいて決めたら,後はその人がどんなふうに社会復帰しているかというところは全く考えられていられないような量刑判断は,違うのではないかと思っています。   それで,裁判員裁判が始まって,裁判員の方たちがとにかく量刑判断において,被告人のその後についてとても関心を持っていらっしゃることがよく分かった。岩井委員のおっしゃったことは,正にそういうことを専門家の立場からきちんとフォローしてくださっているお話だと思うので,私も手続二分というものが全部のものに当てはまるのかは別にしても,例えば,累犯障害者の問題を考えてもきちんとした量刑,要するに簡易的に裁判が終わってもいいんですが,その量刑の判断のところでは,より再犯防止であったり,更生ということに留意したやり方,そういった量刑判断をしていくべきだと思っています。 ○本田部会長 まだ,御議論はあろうと思いますが,時間の都合もありますので,「自白事件と否認事件との手続上の区別」に関する一巡目の御議論はひとまず,ここまでとさせていただきたいと思います。   次に,論点4の二つ目の小項目であります「公判準備及び公判審理の在り方」に関する議論に入りたいと思います。   まず,「進行イメージ」の「(1)証拠開示の在り方」について御議論いただきたいと思いますが,証拠開示制度につきましては,いわゆる司法制度改革の一環といたしまして平成16年の改正により,新たな制度が設けられております。その導入経緯や制度内容等も踏まえて御議論いただくのが適切と考えられますので,まずはこの点につきまして事務当局から配布資料に沿って説明してもらいます。 ○坂口幹事 では,証拠開示制度について御説明いたします。   現行の公判前整理手続及び期日間整理手続における証拠開示制度は,平成16年の刑事訴訟法改正によって導入された制度であり,まず,同制度が導入された経緯について御説明いたします。適宜,お手元の資料35-1を御参照ください。   平成16年の刑事訴訟法改正における証拠開示制度の導入以前は,刑事訴訟法第299条第1項により,当事者が取調べ請求する証拠については,あらかじめ,相手方にこれを閲覧等する機会を与えなければならないとされていましたが,取調べ請求予定のない証拠についての開示については規定がなく,個別の事案ごとに,検察官による任意の開示がなされ,また,最高裁判所の判例に沿って,裁判所が,証拠調べに入った後,一定の場合に,その訴訟指揮権に基づき,検察官が所持する証拠の開示を命ずることができるとされていました。   しかし,この証拠開示に関する最高裁判所の判例は,その基準の内容や開示のためのルールが必ずしも明確でなかったことなどから,開示の要否をめぐって紛糾することがあり,円滑な審理を阻害する要因の一つになっていました。   そのため,平成11年に内閣に置かれた司法制度改革審議会で議論がなされ,平成13年6月,同審議会で取りまとめられた意見書において,刑事裁判の充実・迅速化を実現する方策の一つとして,第1回公判期日前から十分な争点整理を行うことができるよう新たな準備手続を創設すべきであり,充実した争点整理が行われるには,証拠開示の拡充が必要で,開示の時期・範囲等に関するルールを法令により明確化するとともに,新たな準備手続の中で,必要に応じて裁判所が開示の要否につき裁定することが可能となるような仕組みを整備すべきとされました。また,証拠開示のルールの明確化に当たっては,証拠開示に伴う弊害,すなわち,証人威迫・罪証隠滅のおそれ,関係者の名誉・プライバシーの侵害のおそれの防止が可能となるものとする必要があるとされました。   そして,これを受けて,司法制度改革推進本部の事務局に設けられた「裁判員制度・刑事検討会」において,証拠開示制度の在り方等に関する具体的な検討がなされました。証拠開示については,従来から,検察官の手持ち証拠は全て被告人側に開示しなければならないものとする考え,ここではこれを「全面開示論」と言わせていただきますが,この全面開示論や,あるいは検察官の手持ち証拠全てのリストを開示し,その中から被告人側で開示を請求したものは開示しなければならないとする考え,ここではこれを「リスト開示論」と呼ばせていただきますが,こういった議論があり,司法制度改革審議会や「裁判員制度・刑事検討会」においても,同様の議論がなされました。   しかし,まず,「全面開示論」につきましては,罪証隠滅,証人威迫,関係者の名誉やプライバシー侵害等の開示に伴う弊害が生じるおそれがあり,それにもかかわらず,無制約に検察官手持ち証拠を開示することとすると,ひいては国民一般からの捜査への協力を得ることが困難になりかねないことなどから,相当でないとされました。なお,証拠開示に伴う弊害の具体的な例としては,例えば,被告人に不利な供述をしている者に対して,被告人の関係者等が脅迫,買収等の手段により,被告人に有利な証言をするように働き掛けることによる罪証隠滅ないし証人威迫が行われること,会社ぐるみの犯罪において,捜査の端緒となった内部告発者の供述調書が明らかになることにより,当該内部告発者に対し,嫌がらせ,解雇等の報復が行われること,被害者等の私生活にわたる事項が記された日記,手帳等の証拠物や供述調書の内容が第三者に明らかになることにより,名誉やプライバシーが侵害されることなどが挙げられます。   続いて,「リスト開示論」につきましては,「供述調書」,「鑑定書」,「証拠物」といった証拠の標目だけが記載されたリストを開示しても意味がない一方,各証拠の内容や要旨まで記載したリストを開示することとすると,検察官手持ち証拠を全て開示するのに等しくなってしまい,全面開示論と同様の理由で適当ではないと考えられること,手持ちの全証拠についてリストを作成させること,特に証拠の内容や要旨まで記載したリストを作成させることは,捜査機関の負担を過重なものとして現実的に見て妥当ではないこと,さらに,「何か有利に使える証拠はないか」という探索目的の証拠開示請求に用いられ,ひいては手続の遅延を招くおそれがあることなどの問題点があって,相当ではないとの指摘がなされました。   さらに,証拠開示の時期や範囲に関するルールを考えるに当たっては,刑事裁判の充実及び迅速化に資する制度とするため,証拠開示を争点整理と関連付けられたものにしなければならないという意見も出されました。   このような検討を経まして,最終的に,証拠開示に伴う弊害の防止にも配慮しつつ,被告人側の訴訟準備と争点整理,証拠整理が十分になされるよう,開示の必要性と開示に伴う弊害の双方を勘案して,開示の要否を判断するという現行の証拠開示の仕組みが採用されました。   次に,以上のような経緯で制定された現行の証拠開示制度の概要を御説明いたします。   同制度における公判前の証拠開示は,裁判の充実及び迅速化を図るための方策として,公判審理に先立ち,争点と証拠の整理を十分に行うために設けられた公判前整理手続の中で行われるものであり,裁判員裁判対象事件及び裁判所が職権で公判前整理手続に付する旨決定した事件を対象に行われます。   公判前整理手続における証拠開示の流れですが,適宜,お手元の資料35-2を御参照ください。   まず,①から③までの箇所ですが,検察官が,公判期日において証拠により証明しようとする事実を記載した書面を提示するとともに,その証明予定事実を証明するために用いる証拠の取調べ請求をし,被告人側に対して当該証拠の開示を行います。これらにより検察官は検察官の主張立証の全体像を明らかにします。   そして,これを受けて④の箇所ですが,被告人側は,検察官が取調べを請求した証拠の証明力を判断するために重要な一定類型の証拠の開示を請求することができます。これを類型証拠の開示請求といいます。   そして,⑤の箇所ですが,類型証拠の開示請求があった場合,検察官は,特定の検察官請求証拠の証明力を判断するための重要性の程度や,被告人の防御の準備のために当該証拠を開示することの必要性,開示によって生じるおそれのある弊害の程度等を考慮し,相当と認めるときは当該証拠を開示しなければならないこととされています。この類型証拠については,刑事訴訟法の条文において類型が明記されており,その具体的な内容としては,⑤の下の「類型証拠の例」に記載のとおり,例えば,当該事件に関連する証拠物や犯行現場の検証調書,DNA型鑑定等の鑑定書,事件の目撃者といった参考人の供述調書,被告人の供述調書,取調べ状況を録音・録画したDVD等の証拠が開示の対象となり得ます。   なお,被告人側が証拠開示を求める場合に,開示請求に係る証拠を識別するに足りる事項を明らかにする必要がありますが,これは,開示を求める証拠の類型,範囲を識別し得る程度の特定で足りるとされており,例えば,「犯行状況についての他の目撃者の供述調書」という程度の特定で足りるとされています。   そして,その後,⑥から⑧までの箇所になりますが,被告人側が,検察官請求証拠に同意するかどうかの意見を明らかにした上,被告人の言い分を内容とする証明予定事実及び予定主張の明示をした場合,検察官に対し,被告人側が明らかにした主張に関連する証拠の開示を請求することができます。これを主張関連証拠の開示請求といいます。被告人が自らの主張に関連する証拠の開示を受けることにより,争点整理や証拠整理,被告人の防御の準備が更に深められることになります。   そして,⑨の箇所ですが,被告人側から主張関連証拠の開示請求があった場合,検察官は,予定主張との関連性の程度や,被告人の防御の準備のために当該証拠を開示することの必要性,開示によって生じるおそれのある弊害の程度等を考慮し,相当と認めるときは,当該証拠を開示しなければならないとされております。例えば,被告人側が予定主張において犯行時のアリバイを主張した場合には,犯行当日の被告人の行動に関する捜査報告書や供述調書等があれば,それらが開示対象となります。また,例えば,被告人が,「被害者が包丁で切り付けてきたため,身を守るため,その包丁を取り上げ,被害者を刺した。」という正当防衛を主張した場合に,「凶器の包丁は被害者のものである。」旨を供述する参考人の供述調書があれば,それが開示対象になります。   そして,一番下に「裁判所による裁定」と記載した部分ですが,当事者において,相手方により開示されるべき証拠が開示されていないと考える場合には,裁判所に裁定を申し立てることができ,裁判所は,当該証拠を開示する必要性や開示した場合の弊害等を勘案して開示すべきと認める場合には,当該証拠の開示を命ずることとなっております。なお,裁判所は,当該裁定の判断に必要があると認めるときには,当事者に命じて当該証拠の提示を受け,また,検察官に対しては,その保管証拠のうち裁判所の指定する範囲に属するものの標目を記載した一覧表の提示を命ずることができるとされております。   最後に,証拠開示に関する裁定の運用状況について御説明いたします。お手元の資料35-3を御参照ください。   まず,表1は,地方裁判所における公判前整理手続及び期日間整理手続の実施状況に関する統計です。期日間整理手続というのは,第1回公判期日後に,事件の争点及び証拠の整理の必要が生じた際に,公判前整理手続と同じ内容の手続を行うものです。表2は,証拠開示に関する裁定請求の統計で,裁判所の開示命令を求める裁定請求があった人員数を表したものです。表3は,証拠開示に関する裁定結果に関する統計で,表2の裁定請求のうち,裁判所が却下決定等を出した人員数を表したものです。   なお,表3の下に注書きしておりますとおり,ここでいう却下決定等には,証拠開示に関する裁定請求が全て却下されたものだけではなく,請求の一部が認められなかったものや,裁判所が,請求に係る全ての証拠の開示を命じたものの,決定で当該証拠の開示の時期若しくは方法を指定し,又は条件を付したものも含んでおります。また,実務におきましては,被告人側から証拠開示の裁定請求がされた場合に,検察官が開示請求証拠を任意開示し,それにより被告人による裁定請求が取り下げられるということもありますので,表2の証拠開示に関する裁定請求の件数から表3の却下決定等の件数を控除した数値は,実際に開示命令,条件付加等がない開示命令ということになりますが,これがなされた件数とは必ずしも一致しないと考えられます。 ○本田部会長 それでは,ただいまの説明を踏まえて,証拠開示の在り方に関しまして御発言を希望される方は,挙手をお願いします。 ○小野委員 私からは,証拠開示の在り方とか理念ということは離れて,現状の刑事弁護の現場からの声というようなことについて御紹介をしておきたいと思うんですが,この証拠開示制度が作られて,従来の証拠開示に比べて格段に広がったということはそのとおりだろうと思います。そういう意味では,非常に画期的な仕組みができたということは間違いがないと思っていますが,幾つかまだ問題はあって,一つは公判前整理手続という中で証拠開示の仕組みができているわけなんですけれども,裁判員裁判事件はもちろん公判前整理手続をやるわけですけれども,それ以外の事件については裁判所が公判前に付するということを決めれば,この手続も利用できるわけですけれども,それが決められないと,なかなか,これが機能しにくい。   事件によって弁護側の方から裁判所に,裁判員対象事件ではない事件についても公判前整理手続に付してほしいということを求めるわけですけれども,どうもこれまで私どもが聞いている限りでは,必ずしもほかの件についてはなかなかそういう形になっていないという実情のようです。裁判所もいろいろと事件を抱えて,それなりに公判前整理手続というのは,負担の生ずる手続であることは間違いないので,それだけの余裕がないのかもしれませんが,なかなか,この辺がうまく機能しないということがあります。そういうことでいうと,公判前整理手続に乗せることができるような仕組み,つまり,弁護側,被告人が求めたときに,もちろん,最終的には裁判所が決定することではあるんでしょうけれども,今のように請求権がないという状態ではなく,請求できるという形で,この作られた証拠開示の仕組みが必要な事件でもっと活用できるような,そういうものが必要なのではないかなという声が結構あります。   それから,もう一つはリストの問題なのですが,先ほどの御紹介でリストに証拠の標目だけがあるのでは,役に立たないという意見がかつてあったということなんですが,現実にこの証拠開示の仕組みができて,例えば,証拠開示を求めて,当初,存在しないと言われていたものが何回かのやり取りで後から見付かったとして出てくるケースであるとか,あるいは一旦,それは返しましたと,還付しましたというようなことで,ないんだというケースだとか,いろいろなケースがあるということが分かってきていて,標目だけでもリストとしてあればかなり違うわけですね。   また,それによって,ほかの記録はそれなりに開示を受けて弁護側は見ているわけですから,そういうこととの対照で,かなりリストを見ることによって,標目を見ることによって,こういうことが有り得る,ああいうことがあったはずだというようなことがそれなりに分かるというのが段々分かってきまして,そういう意味では,リストの開示というのは,それなりに有効な手段であると思います。他方で,証拠の内容まで書く必要はないということであれば,捜査側の負担もそれほど大きなものではないし,本来,証拠のリストというのはあってしかるべきでしょうし,証拠の管理という面からしても,リストというのは本来あるべきなんだろうと。そういうことでいいますと,証拠のリスト開示ということを具体的に検討をするべきだろうと思っているということがあります。   後はもうちょっと細かなことであれですけれども,必ずしも,例えば,捜査官の聞き込み捜査報告書などというものは,なかなか出てきにくいというようなこともあって,個々の類型として挙げられているものについての検討も必要なところもあるのかなと思いますが,それはまた,後の議論ということになるのかもしれませんが,取りあえず,現在の刑事弁護の実務の中から,今,私が申し上げたような問題が浮かび上がっているということで,その点を御検討いただければと思います。 ○村木委員 私も,是非,証拠開示についてはもう一歩,充実をしていただきたいと思っております。去年,「検察の理念」という倫理規程が策定をされて,非常に良かったと思っているんですが,その中にも,あたかも常に有罪そのものを目的とし,より重い処分の実現自体を成果とみなすがごとき姿勢となってはならないと,検察が目指すのは事案の真相に見合った国民の良識にかなう相応の処分,相応の科刑の実現であるとあります。理念にはそうあるんですが,本当に検察にとって有利な証拠だけが裁判の場に出されているということはないのだろうか。消極証拠が隠される状況というのは,真相解明を目指すという理念に非常に反していると思っています。   それから,同じく倫理規程に,これも非常に大事なことだと思うんですが,積極・消極を問わず十分な証拠の収集・把握に努め,冷静かつ多角的にその評価を行うという言葉があります。このことも非常に大事な指摘だと思っております。冷静で多角的な評価ということを考えれば,証拠の評価というのは検察のみならず,弁護側,そして,最終的には裁判官が証拠をきちんと見ることができる機会が与えられて,初めて実現ができるものだと思っています。   家宅捜査などの客観証拠の収集の権限というのも,捜査側が独占的に持っているわけですし,それから,被疑者とか被告人とか参考人の取調べも捜査側の手によって行われるし,供述調書も捜査側の手によって作られるものです。そういう意味では,公正な裁判の実現のためには,そうしたものがきちんと弁護側に開示をされるということが非常に大事だと思っています。現在のように,どういう証拠があるのかさえ弁護側に開示をされないという状況というのは,非常に問題が大きいと思っています。   どなたに聞いても,公判前整理手続の導入で証拠開示が前進をしたとおっしゃるので,恐らくそうなんだろうと思いますが,私自身が自分の裁判でも公判前整理手続というものを経験をしました。その中で実際にやってみると,どういう証拠が検察側にあるのかが分からない中で証拠開示の請求をするというのは,本当に暗闇の中を手探りで歩いているようなものだということを実感しました。非常に優秀な弁護団が付いていてもそういう状況だったということを申し上げたいと思います。   それから,くだんの改ざんされたフロッピーですが,改ざんはもってのほかですが,あのフロッピーのように,都合の悪い証拠というのは返却をされてしまうと,証拠開示の請求をしても開示をされない。私の裁判のときも,証明書を偽造したときのフロッピーがあるのに,結局,そのフロッピーは裁判に証拠として出てこないということで終わった。そういう意味でいえば,本当に必要な大事な基本的な証拠がきちんと裁判に出てくる仕組みを是非,作っていただきたい,ここの点を改善をしていただきたいと思っております。それから,公判前整理手続が行われている事件の件数も非常に少ないように思いますので,この制度ができて非常に進んだからいいんだということにはならないのではないかと考えております。 ○髙橋幹事 先ほどの小野委員の御発言の中で,裁判員裁判対象事件以外の事件について弁護人から公判前整理手続に付してほしいという申出があっても,なかなか裁判所が公判前整理手続に付さないという例を聞くというお話がありましたが,この点に関して現場の裁判官に実績を聞いてみたので御紹介いたしますと,弁護人から申出があっても,弁護人と検察官の意見を聴いた上で最終的に裁判所の判断で,この事件は公判前整理手続に付す必要はないだろうと判断したときには付さない場合もありますけれども,争点や証拠の整理のためや,あるいは,証拠の開示をきちんとルールにのっとって行うために,公判前整理手続に付す必要があると判断したときには,弁護人からの申出に応じて,公判前整理手続に付している場合も結構あるということでございました。 ○大野委員 リスト開示について検察の立場からの懸念ということで申し上げたいと思います。   一点目は,何のためにリストが必要なのかということです。現在の証拠開示制度の下で被告人,弁護人側は一つ一つの証拠を厳密に特定しなくても,先ほど御説明がありましたように,類型証拠の開示請求あるいは争点関連証拠の開示請求ができるわけですし,検察官の対応に不服があるときは裁定請求ができるとされています。裁定においては,「裁判所が指定する範囲に属する検察官保管証拠の標目を記載した一覧表」の提示を検察官に命じ,それを基に判断することによって言わば開示手続の適正が図られることになっています。   それを超えて,なぜ検察官手持ち証拠のリストが必要であるのかについては得心し難いというところであり,証拠あさりに悪用されるのではないかとか,それによってかえって瑣末な争点が数多く主張されて,公判前整理手続の目的から遠ざかることにならないかを懸念しております。また,想定されているリストは,どういう項目を考えていらっしゃるのか,必ずしも明らかではありませんけれども,仮に証拠の標目の中に作成日とか,作成者とか,あるいは供述人というのを記載したと考えた場合でも,秘匿すべき情報提供者の氏名などがリストを開示することで明らかになってしまわないかとも懸念されます。   それから,二点目は,証拠リストの作成は検察官にとって過重な負担になるということです。公判前整理手続や期日間整理手続に付される事件の被告人の数は,年間2,000人を超えているところですけれども,事案にも応じて多数に上り得る証拠書類や証拠物の全てについて,その正確性も担保しつつ証拠リストを作成するということは,捜査段階で行う場合はもとより,起訴後で行う場合であったとしても,検察にとって相当な負担になると思われ,それによってかえって手続が遅延することとならないかと考えております。   それから,先ほど村木委員から,検察官が押収した証拠のうち,実際に大切な時期にといいますか,被告人にとって有利なものを先に還付したという点についてのお話がございましたけれども,証拠物の押収は,その証拠物を押収された人の負担を伴うものであるので,これを最小限度にするために,現行刑事訴訟法上も捜査や公判維持のために留置の必要がないものについては,事件の終結前に還付するものとされているところです。そのため,検察官に証拠隠しとか,そんな意図がない場合であっても,捜査段階や起訴後間もない段階で,その段階では争点化していなかった事項に関連する証拠物を還付又は仮還付することが有り得るという実情にあります。   もとより,村木委員がおっしゃいましたように,検察官は本来,証拠開示制度の下で誠実に弁護人からの請求に対応するべきであり,本来ならば保管を継続するべき証拠物を証拠開示を免れる目的で,被告人以外の者に還付するようなことがあってはならないと思うわけです。しかし,それを防止するために証拠の全面開示とか,あるいは先ほどのお話のリスト開示を義務付けることということについては,それらによる弊害も予想されるということで,慎重な検討が必要だと考えております。 ○神津委員 一般の立場で平成16年の改正に至る議論経過というのは,余り詳しく知らないものですから恐縮なんですけれども,一つ質問させていただきたいと思います。配布資料には証拠開示に伴う弊害が具体的に挙がっておりますけれども,これらというのは恐らくいずれも検察官請求証拠の開示においても触れてくるところが当然有り得るんだろうと思うのですが,その問題についてはどのように理解をしておけばよろしいんでしょうか。どういった議論であったかということを含めて,お聞きできればと思うんですが。 ○上冨幹事 おっしゃっているのは,類型証拠や主張関連証拠に関する手続の前の段階の,最初の検察官請求証拠の開示に当たってということだと思いますけれども,当初の検察官請求証拠というのは,検察官の判断で立証のために必要なものとして選ぶものでございます。したがって,どのような証拠をどういう範囲で請求するかは,検察官の判断ということになります。そして,その際には立証の必要性と,その証拠を立証に使うことによる弊害も勘案した上で,どうしても必要な証拠であれば請求しますし,請求した以上は必ず開示するという仕組みになっておりまして,その意味では,請求証拠についての開示に当たって,弊害があるから開示しないということは,問題にならない仕組みなのだろうと思っております。 ○神津委員 改めてよろしいですかね。それは検察官の判断で決められると,こういうことになっているわけですか。 ○上冨幹事 検察官の判断で,言わば立証責任を負っている検察官が自らのリスクを負う形で,何を請求するかを決めるということになるのだと思います。 ○神津委員 そのことについては分かったんですけれども,何か非対象といいますかね,そういう辺りの問題というのは全く無視されていいものか,要するにプライバシーの問題ですとか,あるいは関係者の名誉に関わる問題なんかは,両方ともにその価値判断といいますか,それは共通なのではないかなという気がするものですから,ちょっと疑問に感じたということで申し上げました。 ○上冨幹事 補足させていただきます。おっしゃるとおりで,検察官としては,プライバシーの問題などの弊害の問題を考えなければいけなくて,その場合に,例えば,複数の立証方法があって,より直截な立証方法はあるけれども,そちらの立証方法を選択した場合には大きなプライバシー侵害が起きる,他方,もっと間接的な立証方法もあって,そちらであればプライバシー侵害のおそれはないというような場合に,どちらを選ぶかというのを,検察官がそれぞれの事件ごとに判断していくのだろうと思います。そして,その上で立証のために必要な範囲の立証をすることになります。その際には,例えば,供述調書全体を立証に使ってしまうとプライバシーの侵害の問題が生じるような場合に,立証に必要な部分に限って抄本の形で証拠化して,それを証拠として請求するというようなことも有り得るわけでございます。その場合,抄本にならなかった部分は請求証拠ではございませんので,請求証拠の開示の問題ではなくて,それ以降の類型証拠あるいは主張関連証拠の開示の問題として,検討されるという仕組みになるのだろうと思います。 ○神津委員 大体,分かったつもりなんですけれども,ただ,片方はそうされていて,片方はそこのところがよく見えないで,何か判断が,言い方が悪いですけれども,闇の中でされているということはどうなのかなというのが,素朴な疑問として残っているということだけ申し上げておきたいと思います。 ○安岡委員 今の神津委員のお話と重なる部分があると思うんですけれども,そもそも,私は,この部会に諮問されている時代に即した新たな刑事司法制度とは,一般国民に理解され,支持される刑事司法でなければならないと考えているんですけれども,今,行われている公判前整理手続の中での証拠開示の拡大も含めて,現行の刑事司法制度に対する一般国民の理解と支持を妨げている大きな障害が証拠開示の問題だと思います。これは別に世論調査をやったとか,そういうことではありません。新聞社の論説委員会にいました頃に,いろいろ難しい裁判の問題であるとかが出たときに,司法問題が専門でない論説委員の方とも議論するわけですけれども,その中で,検察側が手持ちの証拠を全部明らかにしなくてもいい制度については,不可解だという反応なんですね。   普通の素人というか,刑事司法の運営の実態というのを知らない人にこうなっているんですよと言うと,まず,そうなのという反応だと思うんですよね。それから,それに次いで何でだと,それはどういうわけだという反応が返ってくると思います。「そうなっているのか。」「何でだ。」という言葉の後ろにはクエスチョンマークだけではなくて,びっくりマークが二つぐらい付いて,それにクエスチョンマークが一つぐらい付く,それほど不可解な制度になっているのだろうと私は感じています。   なぜ,そういう仕組みになっているのかを今,事務局から御説明を受けました。その説明の中には出ていませんでしたけれども,証拠開示について多少の勉強をすると,ベストエビデンス,最良証拠という考え方に行き着くわけです。その考え方を短く説明したものとして,司法制度改革審議会に法務省から提出した意見書に,こういうくだりがありました。「大幅な証拠開示をすることは,信用性や関連性の乏しいものも含む証拠に沿って様々な主張をすることを容易にし,審理が錯綜・遅延し,真実の発見の実現を妨げるおそれを否定できない」ということなんですけれども,ここの信用性や関連性の乏しいというのを誰が判断しているのだといったら,証拠を持っている側,検察側です。これはどう考えても公正な刑事司法の仕組みではないのではないかと,普通の人はそう考えると思うわけです。   先ほどの説明ではリスト開示論ということになりますけれども,リストも出せないのかと,手持ちのを全部リストであっても開示できない今の制度は,刑事司法制度というのはよく分からないと,刑事裁判というのは何かよく分からない仕組みで行われていると受け止められる結果を招き,ひいては刑事司法手続の公正さについて一般国民に多大な疑念を生じさせていることを,刑事司法制度の運用に携わっておられる方は,捜査機関の方も含めて,是非,頭の中に入れておいていただきたいと思います。 ○大久保委員 全面開示のことに関しまして,被害者の立場から考えますと,大変懸念を持たざるを得ません。もし,そうなりますと被告人が,例えば,証拠の内容を見てから,自分の都合のよい主張を組み立てるということもできてしまうため,虚偽の弁解が多く主張されることにつながり,被害者に責任を押し付けてしまうというようなストーリーが作られるというようなことも大変心配です。さらに,全面的な証拠開示となると,その事件と関係のない証拠まで広く開示されますので,被害者や参考人あるいは全く関係のない人のプライバシーや名誉を害することにもなりかねないのだと思います。そうなると,プライバシーが漏れるということを心配して,被害申告や捜査に協力をためらうという人も出てくると思いますし,そうなると,事実の解明に支障も生じてくるということがあるのではないでしょうか。このような状況を考えますと,被害者の立場としては,全面的に証拠開示というような意見には反対の立場です。 ○後藤委員 検察実務に詳しい方に質問したいのですけれども,現状で検察官は自分が扱っている事件について,どういう証拠があるかを完全に把握できる状況になっているでしょうか。つまり,警察がどんな証拠を集めて,それが全部,自分のところに来ているのかどうか,事件が検察に来てから誰がどういう捜査をして,どういう調書を作っているのかなどが,常に一目で分かるような状況には,どうもなっていないような気がするのですけれども,それでいいのでしょうか。 ○上冨幹事 私が承知している限りでですけれども,基本的には事件の証拠というのは,検察官が一人で担当している事件であればその検察官,複数の検察官が関与している事件であれば主任の検察官が,基本的に全て把握しているという理解でいいかと思います。ただ,例えば,警察の個々の捜査活動の全てを検察官が具体的に把握しているわけではありませんので,未送致の記録,つまり,捜査活動が行われたけれども,未だ検察庁で受け付けていない記録が,その時点で存在するかどうかというのを全てリアルタイムで把握しているかというと,必ずしもそうではなくて,例えば,証拠開示請求があったような場合には,担当の警察に対して,こういう類型の証拠について未送致のものがあるのかどうかというのを必要に応じて確認することは,有り得るだろうと思います。 ○後藤委員 主任の検察官は記録が自分の手元にあるから,それをいつでも見られるという意味では,確かに把握されているのでしょうけれども,全部が常に頭に入るというのは実際には無理でしょう。証拠が多くなってくれば具体的には覚えていなくて,見て確かめるということが起きると思います。そのために,何があるかが常に一目で分かる一覧表のような記録が必要なように思えます。しかし,そのようなものが実は内部的な記録としてもないのではないですか,現在は。 ○上冨幹事 警察から送致を受けた記録については,いわゆる送致記録として存在しておりますので,その範囲では,ある程度一覧性があると言ってもよいと思います。その後の,例えば,検察庁での捜査も含めて,どのような証拠について,例えば,一覧性のある表のようなものを作っているかどうかというのは,個々の検察官あるいは検察庁によっても違うのではないかと思います。 ○酒巻委員 証拠開示法制の設計につきましては,様々な御意見があり,私自身もいろいろ考えながら現行制度の設計に携わりました。これまでに出た証拠開示に関する御意見はかなり評判が悪いのですが,少し長くなりますけれども,しゃべらせていただきます。どうして現在の制度が分かりにくいのか,あるいは分かっていただけないのかという点を中心に,何とか一生懸命,説明したいと思いますので,聞いていただければ幸いです。   先ほどの事務局の説明で,この制度がどういうつもりで作られたかという点については,具体的に正確に説明されていたと思いますけれども,一つ抜けていた点は,この制度は,現行刑事訴訟法の制定のときに作り損なった部分を補完したということです。現行刑事訴訟法の制定の核心は,従来の,裁判官が積極的に事実を解明していく職権審理主義をやめて当事者追行主義,短く言うと,当事者主義という訴訟のやり方に画期的に変更したということです。   この当事者主義の訴訟というのは,簡単に言いますと,裁判所ではなく,検察官と被告人・弁護人双方が訴訟を主導する,双方が自分の主張を裏付ける証拠を公判に提出する,そして,裁判所はその結果として判断者に純化されるんですね。そして,私がこの部会の最初の方でしゃべった真の意味での「事案の真相の解明」,つまり,検察官が起訴状において主張して証明しようとしている犯罪事実が合理的な疑いを超えて証明できているか,これを裁判所が中立の立場から吟味判断する,そういう訴訟の仕組みを作ったわけです。   ところが,今から振り返ってみますと,当事者主義の訴訟を作った以上は,本番の訴訟をやる前の段階に,相当徹底した,両当事者による準備の手続というのが必要だったはずなんです。しかし,それがほとんど欠落していた。今から振り返れば,若干,全体構造として欠陥があった,そういう刑事訴訟法だったわけです,制定されたときには。では準備段階で何をするかといえば,先ほど来,出ておりましたけれども,捜査機関が強制力を用いて集めた証拠ですとか,関係者の取調べの結果を記録した調書ですとか,鑑定結果ですとか,そういうものは捜査機関の手元にございます。ございますから,被告人・弁護人の防御の準備,本番で的確な防御活動をするための準備,つまり,検察官が主張して証明しようとする犯罪事実について,合理的な疑いを生じさせるような防御活動をするのに必要な資料は,基本的には準備の段階で被告人・弁護人側に配分する,共通に利用できるようにするような仕掛けが必要だったはずなんですが,それがなかった。なかったので,平成16年改正というのは,そういう当事者主義の訴訟が健全に充実して行われるようにするために公判前整理手続というのを作って,その中に証拠開示の制度も埋め込んだ。そういう設計思想・全体構造になっています。   そこに埋め込まれている証拠開示というのは,要するに目標は検察官が主張して証明しようとする事実に疑いがないのかどうか点検する,それが防御活動ですから,それに資する素材になるものはできる限り,具体的な弊害がない限り,配分する,そういう設計思想でできております。先ほど事務当局から基本的仕組みの説明があったとおり,まず,検察官の主張を裏付ける証拠に加えて,その証拠が疑わしいのではないかということを示すようなものもあれば,弁護人が請求すれば出ます,開示されます。その上で,それだけの証拠開示を受けた上で被告人の御意見も聞いて,弁護人の方が被告人に有利な主張をしようとする場合には,その主張が具体的であればあるほど,それに関連する証拠も,弁護人が請求し,それがあれば出ます。   どうしてそうなっているかといえば,証拠開示それ自体は自己目的ではありません。最終目標は充実した公判の審理を行うこと,そのためには争点と証拠を整理すること,以上のような攻撃と防御側の事前の主張の交換によって,その都度,必要にして十分な証拠開示が行われることによって争点が整理されていく,そういう方向に設計してあるわけです。証拠開示自体は自己目的ではないということ,この新しい法律は争点整理と有機的に連動された,ひいては充実した公判審理を目標とした法律だということは,御理解いただきたいと思うんです。   このような準備手続の設計をする際に,戦後,ずっと言われていた,いわゆる事前全面一括開示論については,十分な議論を踏まえた上で,はっきりとその考え方は妥当でない,採らないということで,法律として国会が制定したものだということは,やはり,前提にしなければならないと思います。そうでないと,結局,そのときの議論を全部蒸し返すことになりますので。もし,この基本的な設計思想に何か問題があるというのならば,設計思想自体が根本的に誤っているということを具体的に主張すべきですし,それから,そうでなくて基本的な設計思想の下で作られている個別具体的な規定の運用とか,働き方に何か問題があって,本来,出るべきものが出なかったという具体的実例があれば,それはどこかに欠陥があるんですから,それを指摘していただいて,それを直していくと,そういう議論の仕方をすべきだと思います。   それから,法律というのは,特に手続法というのは,性悪説で作ってある面がありまして,両当事者がぎりぎりの攻防を行う究極的な場面も想定して,公判前整理手続の証拠開示制度には様々な法的な技術が盛り込まれています。ですから,確かに一見して分かりやすいものではありません。しかし,あえて言いますけれども,この部分は正に専門法律家の活動領域であって,例えば一般国民である裁判員の判断を求める場面では全くありません。刑事訴訟という複雑な法律的な制度にこういう部分もあるのは,やむを得ないところだろうと思います。裁判員に分かりやすい裁判をするために準備段階では,ベストエビデンスに証拠と争点を絞るのです。   私の信頼する優れた刑事弁護人が憤慨して私に言っていたことなんですが,ある弁護人が現在の証拠開示制度は複雑すぎて,開示請求の書面を漏れなく書くのが大変だと依頼人に言ったと,そういう話を私の信頼する人から聞いたことがありますけれども,例えば,ビジネス・ローの世界とか,会社の設立・合併とか,法人税務の関連の法律事務に関して,法制度が複雑すぎて法的に適式な書類を書くのが大変だと依頼人に言う弁護士がいますか。それは当人の専門職業人としての無能を自ら依頼人に言っているのと私は同じだと思うんです。そういうことを国会が決めた法律制度について臆面なく言う弁護士がいるということ自体,私は絶句する以外にありません。   先ほどから言っていますとおり,また事務局が説明したとおりの,現行の個々の条文の制度の趣旨・目的を正当に理解・把握して,個別具体的な条文の意味内容を少なくとも使いこなすレベルまで理解すれば,検察側の主張を裏付ける証拠,それに疑いを生じさせる証拠,更にそれに基づいて弁護人側が被告人の言い分に基づいて主張しようとしている正当な反論を裏付ける証拠も,あれば全部出ます。そう作ってありますので,刑事訴訟制度の健全精確な目標達成にとって,それ以外の何を見る必要が防御側としてあるのか。それが私には理解できない。   それから,もう一つ,先ほどから出ていたのは,何で捜査で集積された検察官の手元にある全資料を一括して全て開示してはいけないのかという御意見・疑問ですが,それは,同じものを全部,裁判官が最初から見ている職権審理主義のドイツやフランスであれば別です。しかし,日本は当事者主義を採っているので,事実認定する裁判官や裁判員は最後まで全ての一件記録,証拠を見るわけではないんです。ですから,全部出して,全部見てやりたいというのなら,思い切って職権主義にしてしまえば両当事者は楽になると思います,裁判所と裁判員は大変だと思いますけれども,そういう関係にあります。分かりやすく言えば,要するに全体を認識していない事実認定者の前で,両当事者が訴訟を主導してぎりぎりの攻防をやる。そういう場面について考えていただければ,全面一括開示というのが制度として適当でないというのは,理解していただけるのではないかと思います。   例えば,ビジネスや交渉や日常生活でも,人間同士がたいじ(たいじば)交渉するときに,片方が手持ちのものを全部さらけ出して,それから,話を始めるということは余り考えにくいでしょう。例えば,アリバイ証人についても,捜査の過程で,潰しの証拠を収集していくということはあるわけです。被告人が,「A,B,Cという友達と会っていた。」とアリバイ主張するという見込みがあれば,捜査機関は,それぞれA,B,Cについてあらかじめ供述調書を取って,その日は被告人に会っていないと,そういう調書を取っていくということがあるかもしれません。そのA,B,Cの調書をあらかじめ一括して全部お見せしたら,私が被告人なら別のDというお友達に頼んで,いきなりアリバイ証人とするだろうと思います。   そのときに,順々に調書を示していき,「Aと会っていた。」と言えば,「Aは会っていない。」という調書を示し,そうすると,また供述を変えたというようなことが有り得るわけですけれども,当事者主義の訴訟の場合で,いきなりアリバイ証人Dが出たら,そういう供述の変遷過程は出てきませんから,事実認定者は誤った認定に導かれるおそれがあるでしょう。そういう訴訟のやり方をしている以上は,全面一括,最初から全部というのは制度としてやはり無理がある。   最後にもう一点,最近,報道で知る限り,個別事案で詳しいことは知りませんけれども,捜査機関による証拠の紛失ですとか,ねつ造ですとか,捨てたとか,そういう話が次から次に発覚している。こういうことで捜査機関や検察官が証拠を隠すということは,私にとってもおよそ信じられない不祥事です。だから,全証拠のリストを作って,あるいは請求すれば全証拠が出るようにして,不当な証拠隠しを防止すべきであるという議論の背景にあるお気持ちは私もよく分かりますよ。ほとんど共通のものです,それは。腹が立って仕方がないというのは分かります。   ただ,それは収集された証拠の適正管理とか,捜査機関のガバナンスの問題なのであって,それと,これから刑事訴訟をやって真の意味での事案の真相解明,つまり,検察官の主張する犯罪事実が合理的な疑いを超えて証明できるかどうかを両当事者が十分準備をして争うという仕事とは,直接,直ちに関係するものではないと私は思っています。ですから,証拠管理とかガバナンスについてきちんとすることはそれ自体として徹底して行うべき事柄ですが,それは防御準備のための開示制度とは別の事柄であり,そこから直ちにあらかじめ全部,事前に全面開示したらいいという結論にはならないだろうと思っております。 ○宮﨑委員 立法担当者から直接,御説明を聞いた後,それでもなお不足だと言うのは大変勇気のいることですが,それはともかく,私は,今回の証拠開示は刑事訴訟法上,非常に有意義な立法制度だったと,評価していますが,それでもなお,その後の経過を見ますと様々な不都合な点が出てきているということも,これもまた,事実ではないかと,このように思っています。先ほどの村木委員の例もありますし,また,取調べメモの廃棄だとか,捜査報告書の形にするとか,証拠開示の制度を免れるためにいろいろなことも現に行われているわけであります。したがいまして,少なくとも捜査機関が作成しました証拠の一覧表を開示する,そうして,原則は全面証拠開示をし,弊害があれば例外規定として外すと,こういう制度が本来あるべきものではないかと,このように思っています。どちらを原則にするかと,こういう問題ではなかろうかと思います。   何の主張も出てこない前にアリバイ証拠をいろいろ都合よく変えるのではないかというようなお話もございましたが,取調べの可視化が行われれば,そういう供述の変遷につきましても十分,捜査当局においても反証することも可能ではないかと,このように考えますので,原則的には全面的な証拠開示規定を創設すべきではないかと。また,特に現行の公判前整理手続が行われる,そういう事件以外にも再審手続も含めまして,こういう制度の導入が必要ではないかと,考えています。 ○本田部会長 それでは,そろそろ時間も参りましたので,本日の審議はここまでとさせていただきたいと思います。   証拠開示の在り方については,本日で一応終了とし,次回は,引き続き,論点の大項目4の中の2番目の「公判準備及び公判審理の在り方」について御議論いただきまして,その次に,大項目4の中の3番目の「公判において真実の証言・供述を得られやすくするための諸方策」,大項目5の「捜査・公判段階を通じての手続の在り方」,大項目6の「刑事実体法の在り方」,最後に大項目7の「その他」について御議論いただきたいと思います。皆様,大変に熱心に御議論いただいているなかで,限られた時間ではございますが,一応,次回で一巡目の議論を終わらせていただきたいと考えておりますので,是非,御協力のほどをお願いしたいと思います。   なお,本日の会議につきましては,特に公表に適さない内容に当たるものはなかったと思われますので,発言者名を明らかにした議事録を公表することにさせていただきたいと思います。   それでは,次回の日程は7月31日,午後2時30分から午後5時30分までということでお願いをいたします。場所は本日と同じここでございます。   それでは,本日はこれで閉会とさせていただきます。   どうも長い間,ありがとうございました。 -了-