法制審議会民法(債権関係)部会第3分科会           第3回会議議事録 第1 日 時  平成24年4月24日(火)自 午後1時02分                      至 午後6時31分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)           議        事 ○松本分科会長 定刻になりましたので,それでは,第3分科会の第3回目の会議を開催させていただきます。   本日は御多忙中の中,御出席いただきましてありがとうございました。    (関係官の自己紹介につき省略)   本日は,第3分科会の固定メンバーのほかに,中井康之委員,萩本修委員,三上徹委員,道垣内弘人幹事,畑瑞穂幹事,河合芳光関係官が出席をされています。   それでは,本日の会議の配布資料の確認を事務当局のほうからお願いいたします。 ○筒井幹事 本日の会議資料として分科会資料2を配布させていただいております。この資料については,後ほど譲渡禁止特約に関する審議の際に関係官の松尾から説明をいたします。よろしくお願いいたします。 ○松本分科会長 ありがとうございました。   本日は部会資料34と37掲載の論点のうち,本分科会で審議されることとなりましたものについて御審議を頂く予定でございます。具体的にはまず部会資料34掲載の論点を御審議いただきまして,15時30分ころをめどに適宜,休憩を入れることを予定しております。なお,本日,三上委員が途中で退席される御予定と伺っておりますので,まず,最初に第1の「債務不履行による損害賠償」のうち,4の「金銭債務の特則」の部分を御審議いただき,その後,引き続き,「1 損害賠償の範囲」のうちの「(4)損害額の算定基準時の原則規定及び損害額の算定ルールについて」以降の論点を御審議いただきたいと思います。休憩後,部会資料37掲載の論点について御審議を頂きます。   それでは,部会資料34の「第1 債務不履行による損害賠償」のうち,4の「金銭債務の特則」について御審議いただきたいと思います。まず,事務当局から御説明をお願いいたします。 ○新井関係官 説明いたします。当該論点は,部会資料34の15ページ以降に掲載がございます。この論点については第38回会議で審議がなされました。審議の概況等をリマインドさせていただきます。まず,不可抗力免責についてですが,決済システムが震災などにより損傷して決済できなかった事例などを念頭に置くと,一定の場合に金銭債務についても免責を認めるのが望ましいという意見がありました。もっとも,丙案のように一般則に委ねるという考え方については,なお慎重な検討を要するという指摘も頂いております。   また,法定利率による賠償については免責を認めない一方,それを上回る約定利率の損害金について限定的な免責を認め,それを超える損害については一般原則による免責を認めるといった考え方も御紹介いただきました。   そして,乙案については不可抗力という概念が曖昧であるといった指摘があるほか,金銭債務の不履行の理由には,そもそも金銭が取得できなかったということと,資金は準備できたものの履行の手段が絶たれたということとがあって,不可抗力という場合は,いずれについての不可抗力なのかを明らかにすべきであるといった指摘もございました。   乙案と丙案とでは実質的に異なるものではなく,乙案を債務不履行の一般原則の金銭債務における具体化と捉えることもできるという指摘があった一方,乙案を丙案の延長線上として捉えるとしても,不可抗力という表現は適当ではないのではないかといった指摘もありました。なお,それを前提としても金銭債務の特則を設けること自体は可能ではないかといった御指摘もございました。   金銭債務以外にも目的物の調達が容易な債務があることからすると,それと区別して,金銭債務のみを免責において特別扱いすることについて,説明が必要であろうという指摘もあったところです。   引き続き,利息超過損害を認めるかどうかという論点について審議の概況等を説明いたします。金銭債務について利息超過損害を認めると,債務者に過酷な結論になる懸念や,訴訟事件に占める金銭債務の不履行の事案は非常に多く,それらについて個々に損害賠償の対象が審理対象となることのコスト増というのは,無視できないという反対意見がございました。これに対しましては,債務不履行の一般原則を適用する限り,過酷な結論となることはあり得ず,また,利息超過損害の賠償を認めることの実務的ニーズは存在するのではないかという指摘がありました。   そして,弁護士会の考え方については法定利率につき,変動制に移行する場合でも利息超過損害を否定する考え方を維持するのかという問いに対しては,変動制を支持する弁護士会も利率の在り方については調達コスト的なものを加味して考えており,純粋に運用利回りのみで利率を決定すると考えているようなところはないと思われるとの応答がありました。契約の中に債務者がリスクを負担することは織り込まれているような損害については,金銭債務であっても債務不履行の一般原則により賠償を認めてよいとの意見もございました。そして,丙案の考え方については,単純に419条1項を削除するだけで良いかは問題であるといった指摘もございました。以上を踏まえまして,御審議いただきたいと思います。よろしくお願いいたします。 ○松本分科会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま御説明いただきました点につきまして,どうぞ,御自由に御意見をお出しください。まず,便宜的に(1)の不可抗力免責のほうについて御意見をお出しいただこうかと思いますが,いかがでしょうか。 ○三上委員 本日は私のわがままで御迷惑をお掛けして申し訳ございません。そういうことで,私から口火を切らせていただきますが,金融機関は金銭に絡む紛争に巻き込まれる立場が多いという,訴訟のほとんどが金銭債務に係る紛争であるという現実を考えますと,基本的にはどちらも甲案,甲案でいいのではないかという意見です。金融機関の場合に主に問題とされているのは,不可抗力うんぬんというよりは法定利率の高さというところでして,実際に不可抗力で払おうにも払えない場合でも,お金を扱っている以上は利回り相当分の不当利得的なものは発生すると思われます。これは否定できない事実でございますので,そういう不当利得的なものを清算するという意味で,それなりの金利を付して最終調整を図る,そういう場面では不可抗力が認められないということも受け入れられると考えていますが,それは5%ではない,市場金利に見合ったもっと生のレートだろうということです。   一方で,普通の債務不履行一般のように超過損害を認めてしまいますと,預金の不当な拘束によって倒産に至ったとか,どんな結果にも因果関係では繋がりかねませんので,そういう意味で,不当利得を調整する金利と損害賠償の一定のみなし定額化部分を分けるという考え方も一つではないかと思います。特に欧米のマーケットでの契約では損害賠償の予定というときには,通常の利率プラス2%とか,そういう契約をすることも多いということも参考になります。それ以外にも短期と長期の区別,金利が判明している過去の損害と不法行為損害賠償の時価割戻しの際の将来の予想金利の区分とか,応用の効く用途もあり得ると考えますので,法定利率の決め方が合理的なものになれば,こちらはいずれも現状維持,甲案で賛成ということを表明したいと思います。 ○松本分科会長 今の御発言についてでも結構ですし,ほかの点についてでも結構ですから,御意見はございませんか。なければ,ちょっと時間つなぎに私のほうから三上委員に今の御発言について御質問いたします。免責といいましょうか,損害賠償が認められない,債務不履行にはならないとしても不当利得的なものは発生しているのだから,一切,免責というわけではないということを前提にして,そういう意味で法定利息が適切に定められれば,その額で一律,言わば債務不履行の損害賠償として認めてもおかしくないと,そういう理解でよろしいでしょうか。 ○三上委員 基本的にはその理解ですが,ただ,法定利率が一通りに固定してしまうと,恐らく損害賠償の立場から見れば低きに失するし,不当利得を払わされる側からすると高きに失するという結果になってしまうと思いますので,私が最後に申しましたのは,不可抗力を認めない法定利率と,故意・過失があるなしに基づいて発生する金銭損害の率を例えばプラス2%で固定するみたいに,あらかじめデフォルトルールとして固定した金利を設けることも考えられると。もちろん,当事者間で賠償の合意があれば,それに従えばよいわけですが,ないときにはプラス2%で金銭債務の不履行の損害賠償範囲を固定するという案ならば考えられるという提案でございます。 ○松本分科会長 法定利率は言わば不当利得的な金利で,それに更に過失等があればプラス何%という形で,別途の二つ目の法定利率のようなものを考えればどうかということでしょうか。 ○三上委員 それを法定利率というのか,法定の,立証不要の金銭損害の賠償予定というか,表現は別ですが,そういうアイデアです。 ○中井委員 弁護士会の意見は部会でも申し上げましたが,金銭債務の特則に対する懸念は,(2)の効果の特則の問題において乙案を採ることにあるわけです。ここで乙案を採ったときに,(1)の要件については丙案と親和性があるわけですから,(1)については丙案,(2)については乙案になるのではないか。   弁護士会は(2)の効果の特則についても甲案を採るべきだと考えているところから,(2)について甲案を採ったときには(1)についても,三上委員がおっしゃられたように原則,甲案と考えていました。しかし,震災のような場面に遭遇して,例外的に乙案的な処理もあり得るという意見に落ち着いているわけです。したがって,まず,(2)のところで金銭債務について債務不履行の一般原則に委ねていいのかを検討すべきと思います。   通常,支払約束がなされていた場合,売買代金にしろ,請負代金にしろ,役務提供の対価にしろ,支払約束をしていた場合に,それが不履行になった,不履行になって発生し得る損害,これは受け取る側,つまり,債権者側がどういう属性か,どういう資金に充てるか,様々な具体的な事情があるはずで,その事情によって損害の額若しくは損害の範囲が異なってくる可能性が否定できない。それを一般原則によって個々的に解決していくことが本当にいいのか,この点について疑問を持っています。   先般,弁護士会は,場合によっては過酷な賠償があり得るのではないかと指摘をさせていただきました。それに対して潮見幹事から,一般論として過酷になるわけではなかろうと,それは個々具体的債務不履行の一般原則をしかるべく適用すれば,おのずと落ち着くところに落ち着くという御趣旨かと理解しておりますけれども,果たしてそうなのか。弁護士会としては改めて議論しましたけれども,疑義があるという意見です。したがって,利息超過損害は認めないという立場を,維持すべきであると考えています。   それとの兼ね合いで,要件論についてはどうなのかですけれども,今回の震災を前にして,一定の場面で不可抗力免責を認めてもいいのではないかという乙案を申し上げたわけです。この場合に乙案と丙案が基本的には同じではないかと,潮見幹事もそうなのかもしれませんけれども,明示的におっしゃられたのは山本敬三幹事だったと思いますが,それをお聞きしたときに,なるほどそうなのかと,金銭債務については債務不履行一般原則によっても,それが免責されるのは極めて限定的な場合に限られる。だとすれば,丙案と乙案の差は余りないのではないかと。   要件論については免責される範囲が広くなるものですから,弁護士会としては,甲案維持派もいますが,甲案でなければならないとまで強く言わないのではないか。そのように理解をしております。 ○内田委員 今,中井委員が(1)の乙案と丙案と実質はそう変わらないのではないかという意見に,そうかなと思うとおっしゃいました。 ○中井委員 それは部会での山本敬三幹事の御意見を聞いて,そういう考え方もあり得るのかなということですが。 ○内田委員 元々債務不履行による損害賠償,現在の415条の免責について,帰責事由イコール過失,過失がなければ免責されると判例通説は言っていると言われていたけれども,現実には判例はそんな運用はしていないという議論になり,実際の免責というのは,契約において引き受けたとかいう言い方は批判されましたけれども,要するに一旦約束した以上,守らなければ原則責任がある,取り分け履行遅滞に関しては,免責されるなどということはめったにないことだということが共通の理解になって,それが分かるように免責要件を書こうという議論になっているわけですね。そういうことからすると,金銭債務とか,あるいは金銭債務に近いような非常に調達が容易な種類物の債務の場合に,遅滞が免責されるということは極めてまれなことであって,そういう前提で帰責事由のところの議論はしていたのだと思います。   ところが,金銭債務については免責を限定すべきだから不可抗力に限るといった乙案のような話になりますと,何か,金銭債務以外についてはもっと広く免責されるかのようなニュアンスが出てくるわけで,それは元々415条で議論していたこととは違うのではないかと思います。415条は民法典の論理解釈からすると,419条3項の反対解釈で不可抗力免責しか認めないというのが本来の原則であるはずで,それをドイツからの学説継受の影響で無過失免責を認めるという議論をしていたわけですが,やはり,元の条文の構造どおりの解釈のほうが裁判実務の実質には合っているのではないかという意見もあるわけです。   ただ,それを不可抗力というのがいいのかどうかは問題で,契約でそんなリスクは引き受けていないという場合に免責されますので,ここは契約の趣旨を重視して判断しようということになっているのだと思います。そうすると,やはり,金銭債務についてだけ特則を置くと,金銭債務以外に対する免責を広げるというメッセージとなってしまって,415条の免責事由についての本来の考え方と一貫しないような気がいたします。   全く付随的な情報ですけれども,比較法的には不可抗力免責も認めないという419条のような規律は異例で,ボワソナードの独創で作られた規定だと言われ,我妻先生の時代以来,立法論としては疑問だとされてきました。ただ,国際的なルールを見ると,ユニドロワだけ免責を認めないという規定を置いているのですけれども,ユニドロワ契約原則の根拠は,三上委員が言われたことと重なるのかもしれませんけれども,損害賠償責任は免責されることはあり得るけれども,しかし,お金を持っていれば一定の利益を生むので,不当利得的な観点から一定額の賠償は必ず認めるというルールのほうがよいという説明がなされています。   プロ同士の国際取引についてはそれでいいと思うのですが,東日本大震災の東北地方の被害のようにその地域の生活基盤そのものが崩壊しているような場合についてまで,不当利得はあるのだからその分を払えというのが本当にいいのかどうか,大いに疑問だろうと思います。そうであるとすると,やはり,契約の不履行による損害賠償の免責に関する一般原則を適用して,全く想定できないような事由による場合には免責するという一般原則を適用するほうが一貫した処理のように思います。 ○中井委員 債務不履行の一般原則としての免責についての考え方,部会での議論の整理をしていただいたと思います。ただ,これまでの理解ですけれども,金銭債務とそれ以外の債務,様々な物の給付,物を作る,サービスを提供する,いわゆる能働的な行動をするわけですけれども,そういう債務の不履行において免責される事情と,究極の種類物というんですか,金銭交付債務とが同じ論理の中で解決できるのか,頭の中では理解をしても,現実の実務における債務の履行の困難さ,免責を与えたほうがいい場面が同じという感覚になるのか,ということだと思います。   これまでの歴史があるから,そう思い込んでいるのかもしれませんけれども,金銭債務とそれ以外の債務とでは,それは量的な差かもしれないけれども,違いはあるだろう。その量的な差を一定,法文上の言葉として類型化することは,それほどおかしなことではないと思っているわけです。したがって,金銭債務について一種特則的な規定なのかもしれません,一般原則が適用される中で類型化された特則として定める,免責される場合は限定されますよ,よほどのことではなければ免責されませんよと,そういう定めがあって,それほどおかしいという意見にはならないのですが。 ○道垣内幹事 中井委員の御発言に関して2点申し上げたいと思います。  第一は,金銭債務とそれ以外の債務というのが適切な線引きであるのか,ということでして,金銭債務以外の債務の中にも非常に代替性の高い種類物の引渡債務であるものと,物を実際に手作りしなければならないものとは,かなり違います。そうすると,やはり,当該債務の内容を考えながら,どのような場合に債務不履行になるかということを連続的に考えていかざるを得ないのであり,金銭債務か否かで切れるわけではないという気がします。  第2点もほぼ同じ話なんですが,先ほど損害賠償の範囲の問題につきまして,例えば払わなければ大変な損害が生じてしまうという場合があって,過酷になる場合があるのではないかという話なんですが,金銭債務以外の場合には,当該物が給付されないことによって大変な損害が債権者に生じた場合には,現行法で言えば416条の普通のルールで処理をされるわけであって,そこで大変な損害が債権者に生じて,債務者にそれを賠償させるのが過酷であるという話にはならない,まあ,過酷であり減額される場合もあるかもしれませんが,金銭債務だから過酷になり,非金銭債務ではそうならない,という話ではないような気がします。となりますと,結論としては金銭債務か否かで切るような話ではないと思うのですが。 ○中井委員 債権債務という基本的なことから考えれば,金銭を履行する債務,限りなく金銭に近い種類物を給付する債務,更にその連続線上に様々な債務のあることは決して否定しませんし,それが重ねた言葉になりますけれども,連続的であることについても否定はいたしません。しかし,全て同じ債務だからといって,全て同じ規律でいいのかといったら,それは違うでしょう。民法の中に債務としてどうして種類を分けて,それごとに区別するのか,区別した規律があるのではないでしょうか。   そうすると,金銭債務なら金銭債務の特徴があるのですから,その特徴に即した規定があっても別におかしくない。それは一つの例としての金銭債務かもしれませんので,金銭債務にそういう特則的なものが置かれるとすれば,限りなく金銭債務に近い究極のほかの種類物の給付についても,同様の考え方が類推ないし準用されることはあり得るのかもしれません。しかし,連続的であるからといって区別することを批判する,区別すべきではない,そのような考え方が民法の中にあるのかということにかえって疑問を持ちます。   同じことで,損害についても物の給付に関して不履行が起これば,莫大な損害が発生することはあり得ると思います。この後でも損害のところで議論しようと思っていましたけれども,最近の高度に発達した電子機器の中で,僅か一つの部品,それは10円にも満たない部品,その中に欠陥があった。それが当該電子製品の中に組み込まれて商品として出荷されて,その後10円の部品に瑕疵が発見された。そのときに生じる損害賠償たるや莫大なものがあって極めて過酷です。   しかし,そのこと自体,何らかの形で適正に処理しなければならないと思いますけれども,金銭債務に関していうならば,そのような場面が,予測可能性から言えば,ありとあらゆる場面を予測しなければならない。電子部品であれば,この部品がたとえ10円のものであろうと,当該完成品のデジタルカメラの中に組み込まれるとすれば,欠陥があればデジタルカメラ全体が価値を失う。全国,世界中に展開されたものを回収し,交換しなければならないこともありうる。それは,一定,既に予見可能なわけです。しかし,金銭債務は相手方自体の事情によって様々な損害があり得るし,その範囲も全く限定されない,予測できないのではないでしょうか。そういう差があるものに対して別の類型を設けることは,おかしなことではないのではないかと思います。   日本の民法では,100年来,この分類が生きてきたわけですから,その分類を今なくすということについて,実務家はついていけないというのが正直な認識です。 ○三上委員 金銭に関しては,民法の占有とか所有のところでも普通の動産とは違う考え方をされてきたという意味で,価値そのものというか,やはり,かなり特殊なものという認識は共有されているし,いかにほかに代替物がたくさんあるといっても,金銭ほど万人に受け入れられて,どんなものにでも替わるものは考えられないのではないかと思います。   この辺になってくると哲学論争ですから,この程度の感想にとどめますが,内田委員がおっしゃった東北の方で払えなくてうんぬんというところの問題は,その際に清算すべき不当利得のレートの問題に行き着くのではないかと思います。例えば被害に遭われた方が払えなくても,例えば払う金が銀行に眠っていれば,そこに利息はつくわけですから。また,ここでおっしゃっているような,本当に非常にまれな例外中の例外だけが不可抗力ということになれば,恐らくそれと同じことを契約不履行責任一般に適用するといったら,経済界は猛反対すると思いますね。そういうことで,金銭債務だけを別にする意味は未だに確とあって,その後の清算の問題というのは,極めてレートの問題に行き着くのではないかというのが私の考えです。 ○山野目幹事 中井委員から弁護士会の先生方の御議論の結果を集約したところをお教えいただきまして,ありがとうございました。(1)の論点につきまして,こちらについては甲案に必ずしも固執しないという御案内があったことに留意しておきたいと考えます。それとともに,中井委員御自身も御指摘になっておられましたけれども,乙案と丙案とが本質的に違いがないのではないかという見方も,理解することができないものではないという御指摘がありました。確かに私も部会の審議におきまして,乙案というのは丙案の一つのバリエーションではないかとか,本質が同じではないかという御指摘があったことを思い起こします。   それとともに,今までそれらの点については御指摘がありましたが,私からもう一つ,思い起こしていただきたいということで申し上げたいのは,乙案について不可抗力などの概念をほかの表現にしてほしいとか,この概念で上手に乙案を働かすことができるかということについて疑念が表明されたということであります。現行法にも不可抗力という概念はありますけれども,あれはあれをもって抗弁とすることができないという消極の位置付けですから,さほどの弊害はないと考えますが,乙案を導入するときには不可抗力とは何かということが俄然,意味を帯びて存在してくることになるものでありまして,乙案が規律の表現として成功する見込みがないのではないかということと,乙案と丙案とが本質を同じくするものではないかという見方などを今の御議論を聞いていて感じたものでございますから,申し上げさせていただきます。 ○松本分科会長 (1)については,それほど大きな見解の隔たりはないのかなという印象を受けますが,それでよろしいでしょうか。一切免責を認められないわけではなくて,場合によっては免責が認められる場合もあるだろうというところ辺りは合意ができるんだろうと。その上で,それでは,金銭債務の債務不履行,すなわち,究極の代替性のある価値そのものについて交付できなかった場合に免責されるとすれば,どんな場合なんだろうということは具体的に考えていかなければならないだろうし,債務不履行の一般原則があるから,その答えが自動的に出てくるというものでも多分なくて,金銭の特質に見合った修正といいましょうか,変形が必要だろうというところ辺りも,大体,一致できるのではないかと思います。そうなると,次の(2)のほうの問題と(1)についての今のような感じの理解がどうつながっていくのかということですが,(2)も含めて,どうぞ御意見をお出しください。 ○鎌田委員 (1)について大体まとめをしていただいたところで恐縮なんですけれども,私は日本法のこの問題を考えるときには,三上委員がおっしゃった論点に少し配慮が必要ではないかと前から考えていました。民法419条は,不当利得調整的機能と損害賠償機能と両方を担っていて,乙案,丙案でいくと,不当利得調整的機能の部分を完全に捨て去ることになるのかどうか。   遅滞している金銭債務者に本当に利得があるのかどうか,事業者以外に利得が生ずるのかという御議論もあるのかもしれませんけれども,例えば中間利息の控除を当然にするとか,遅延損害金もそれに含めて考えていいかどうか分かりませんけれども,お金を持っていれば必ず法定利息の利得が伴うものだという前提で民法全体が出来上がっているとすると,例えば不可抗力によって弁済ができないがゆえに手元にお金をとどめおいた債務者のところに利得がとどまることが果たして正当なのかという,ここの調整の問題というのは残ってき得る。こうしたことはもう,以後,日本法では考えないことにするという,ある意味での姿勢の転換を伴うのではないかということがやはり気になっています。   ただ,そのときに法定利率をどう設定するかで,例えば中井委員の試案でいらっしゃる調達利息まで含めたものを法定利率にするというと,これは不当利得的な調整の範囲を超えた部分が出てくるので,前の部会では能見委員が最低の法定利率の部分は不可抗力免責を認めず,その上については不可抗力免責を認めて,更に拡大損害は一般原則によるとかいう,こういうふうな御議論をされたことに通じるのかもしれませんけれども,法定利率を非常に低い実勢の収益的な利率で構成したときには,三上委員のおっしゃったような部分というのは,この問題の中に入れてこないと,平仄が合わない部分が出てきやしないかということが若干気にはなっているところです。 ○松本分科会長 私の先ほどのまとめと全く矛盾していない御発言だと思います。金銭債務が他の代替性のある給付債務と全く同じではないだろうということで,金銭債務について,それでは,どういう場合に免責されるのかということを考えなければならないという点,それは宿題として当然残っていると思います。しかし,甲案のみという立場は採らないというお考えのほうが強かったと思いますから,結局,甲案プラス一定の場合の免責ということで,大体の方は一致しているのではないかと思うわけです。 ○鎌田委員 大勢は,甲案的発想は採らないというほうが大勢なんだと思うんです。免責される場合が必ずあると。 ○松本分科会長 だけれども,免責されない場合のほうが圧倒的に多いということですよね。 ○鎌田委員 甲案というのは絶対に免責されないということを認めるのだから。 ○松本分科会長 一切,免責を認めないわけですから。 ○三上委員 私は鎌田先生がおっしゃったように,不当利得調整部分に関しては免責うんぬんは問題にならない,よって甲案は残ると考えています。 ○中井委員 ちょっと戻るかもしれませんが,金銭債務についての免責の判断基準としての不可抗力という言葉について問題になっています。弁護士会で議論をした例としては,震災のような天変地異によって金銭債務の履行ができない場面が一つあるだろう。もう一つは,現在の金銭債務の支払いには金融機関の高度の決済システムが利用されており,それに対する信頼性は極めて高い。その信頼性の高い金融機関の決済システムに障害が生じたことによって金銭債務の履行ができなかった場面については免責されてもいいのではないか。つまり,遅延の責めは負わなくていいのではないか。不可抗力という言葉は確かにその概念範囲に問題がありますが,具体的に想定されるのは,そのような限定場面であろう。  仮に乙案なり,丙案的に考えた場合,今のような場面で免責されてしまうわけですけれども,免責されたときに,三上委員がおっしゃった,若しくは鎌田委員がおっしゃられた不当利得的調整があっていいではないか。これは甲案であれば,そうなるわけですけれども,このことについて弁護士会は積極的に反対する理由はないと思っています。そのとき,不当利得が法定利率だと言われたときに,法定利率の中身が問題になりますが,論理としては免責を受けるような場面でも,不当利得的なものの調整が必要だという理屈は十分に理解できる。むしろ,そういうことが金銭債務の特質だろうと思うんです。金銭を交付しないことが債務不履行にはならない。しかし,保持していることだけで抽象的な意味での利得がある。相手方は金銭を受け取れないということだけで観念的に損失が発生している。それは金銭債務だからこそであって,恐らくほかの債務では考えられないことではないか。だとすれば,元に戻りますけれども,それこそ金銭債務の特質ではないかと感じました。 ○山野目幹事 分科会長が整理なさったように,(1)と(2)を関連させながら検討するということにも賛成ですし,先ほど鎌田委員がおっしゃったこと,つまり前回の部会の審議におきまして,能見委員のほうから御指摘があった三段階に言わば段差を付けていって処理をするという発想はよく覚えておりますし,あの考え方に私個人はかなり実質的,内容的には魅力を感ずる部分がございます。しかし,それとともにあの三段階の分け方を規律の表現として,直ちに書くものであろうかということは,直ちに今,我々に与えられている道具では難しいのではないかとも感じます。三上委員が御指摘になったような観点への考慮というのは,(1)で丙案を採って,(2)で乙案を採ったときにも否定されているものではないと感じます。   抽象的な規律の下で,そういうものを活かしていくということはあり得るものであろうと思っておりますが,ただし,いかんせん,(1)の丙案と(2)の乙案は抽象度が高うございますから,その規律の細密化を求めるというプレッシャーは常にあるものであろうと思います。法定利率の論点の帰すうがまだ見えない中で,能見委員のおっしゃるような三段階の構成とか,三上委員のおっしゃるような観点をそのままストレートに規律として表現することに,非常に難しさを感ずるという気持ちを抱いています。(1)の丙案,(2)の乙案でも,当面,そういうものへの配慮は一般論としては可能であるということを申し上げて,なお,その法定利率の議論についての帰すうによっては,そういう御議論を更に明確に規律に表現していく道が追求されても良いということをなお一つの留保として,自分自身としては感じているところでございます。 ○道垣内幹事 私が勝手に解釈を加えるのはいけないのですが,鎌田委員のおっしゃったことは,こういう話ですよね。つまり,不当利得で調整することはあり得るではないかと皆さんはおっしゃるわけですが,現行法は,不当利得での調整というのも法定利率でやってしまおうというものであり,そうすると,法定利率で不当利得が生じることになるが,それでは債務不履行になるというのと全く経済的には同じになってしまうので,ならば,最初から債務不履行のみにしてしまおうという仕組みではないか。こういう御理解ではないかと私は思ったわけでして,それはよく分かります。私の不当利得についての無理解から生じる疑問かもしれませんが,現行法で,債務不履行ではないとしたときに不当利得は成り立つのでしょうかね。 ○鎌田委員 成り立たないと思います。 ○道垣内幹事 成り立たないですよね。そうすると,不当利得は不当利得として調整すればいいですよねというのは,不当利得法の改正ないしは現行法でいえば419条の辺りに不当利得的調整に関する特則を置かないと,達成できないものではないかと思います。金銭債務が特殊かどうかという話はひとまずおきまして,特殊であるとして,特別な規律を置くとしても,鎌田委員がおっしゃるように,すべてを債務不履行にした上で,不当な利得があっても法定利率で調整しようという選択をするのか,不当利得に関して特別なルールを置くのかという選択は残るような気がします。 ○松本分科会長 不当利得がどうなるかはまた別の問題だから,要件が完全に債務不履行とかぶるのかどうかは,もう少し議論の余地はあると思うんですが,損害賠償と不当利得がかなり内容的に近いというのはおっしゃるとおりだと思います。ただ,三上委員にお聞きしたいのは,例えば今回の大地震のような形で送金システムのほうが止まってしまったから,自分の預金口座には十分資金は入れておいたんだけれども,決済日には送金できなかったことによって履行遅滞に陥ったというような場合には,履行遅滞の分は免責されたとしても,口座に預金が入っていることによる不当利得的なものがあるから,それの調整は最低必要だという御意見でしたよね。   そうしますと,現金で用意していたんだけれども,津波で流されたというような場合について,部会の議論では履行遅滞は間違いないんだということで,免責されないというような議論だったと思います。交通機関が止まってしまったから運んでいけなくなったことによる部分は,送信システムのダウンとパラレルに見られるとしても,現金がなくなってしまったから,今後も弁済できないという分は一切免責されないということだったと思うんです。それで,実際に銀行に預金しておれば,金利が付くからということで不当利得だというのは分かりやすいですが,そうでない場合の,実際にそこから直接的な利益を得ているわけではないけれども,という形のかなり抽象度の高い不当利得的なものも普通に認めるべきだという話になっていくのでしょうか。 ○三上委員 正におっしゃったとおりで,例えば払うためのお金を別途,手元に用意したら財布ごと盗まれたとかいうのは,そのお金と銀行預金などの形で,ほかに残っているお金とは,お金イコール価値という意味では区別できないわけですし,例えばほかの人から当日に借りて返すつもりだったけれども,大震災で借りに行けなかったという場合は手元にお金がないわけですけれども,それだって不当利得は不当利得です。つまり,本来,受け取るべき人に入ってくれば,その人が運用してもうけられた分を調整するという,そういう趣旨もあるわけですから,そこは正に観念の問題だと思うんですね。現金があるから,預金したからということとは関係なく,金銭的な価値を保持している以上は,やはり,原則として一定割合で利得は発生していくのが正に金銭債務の特色なのでそれを調整すると。ただ,それは調整の金額ですからペナルティは含みませんので,今の5%とか,そんなべらぼうに高い額であると,それはおかしいだろうという話です。   実際の損害賠償の部分に関しては,山野目先生も乙案,丙案でも構わないとおっしゃいましたけれども,金銭が調達できなかったからこんな損害が発生したというのも,金銭は回るものだからどこからでも調達できるはずだという民法の前提で考えると,それが足りなかったせいでどんな結果が発生したにせよ,金銭債務に関しての損害賠償額は例えばプラス2%だ,とかといった形での法定は今の考え方の延長で可能だと思います。この二つを区別して,どちらも金銭という,現実に現金とか預金があろうが,なかろうが,数字としてあるものとして考えて,その数字に掛ける率で考えるという意味では同じですけれども,免責を認めない不当利得の調整の部分の金額と実際の損害の額とは別に考えられるのではないかというのが私の考え方です。 ○松本分科会長 金銭という非常に抽象度の高いものだから,現実に手元にあろうが,手元から消えてしまおうが,銀行に入れていようが,観念的な意味で利益があるんだということで,不当利得の説明をするということになりますね。 ○山野目幹事 実質的内容は,今,なさっていただいたような御議論はいずれももっともですから続けていただきたいと感じますとともに,私が抵抗感を感ずることとして,これは不当利得なのでしょうか。不当利得というものは法律用語であって,そうすると問題が不当利得法が解決すべき事柄であるということになりますから,この概念を使いながら議論することが,何か錯綜ないし混乱を及ぼすのではないかという危惧を抱きます。金銭についての不当利得法ではなくて損害賠償法における損害の捉え方について,何か特別の考慮をしなければならない,債務者の手元に生ずる運用益があるとすると,それに相当する損害が債権者のほうに生じたものと擬制することが社会的な納得を得られるというような特殊な種類の損害なのです,というように議論を組み立てていったほうが,不当利得法との無用の交錯を引き起こす議論にならないのではないかと感ずるものですから,その点も申し上げさせていただきたいと感じます。 ○松本分科会長 今の御意見はごもっともなんですが,ただ,手元で利益が上がっていれば,それを債権者の損害と見るというような言い方をすると,恐らく損害の種類の問題といいましょうか,原状回復的損害だとか,いろいろな言い方がありますけれども,不当利得にかなり近い損害論でよろしいと思うんですが,今,三上委員と御議論していたのは手元の利益は上がっていない,現実の利益は上がっていないけれども,抽象的な意味で債務を負っているのに弁済をしていないということ自体が利益なんだという議論だから,債務者の現実の利益を債権者の損害と考える損害論とは,少し質が違うのではないかなという趣旨です。 ○鎌田委員 1点だけ。今の山野目さんのおっしゃったことについては,私は不当利得的調整というふうな言い方をして,不当利得そのものとは言っていなくて,それを不当利得的に構成していくのか,損害論の中で処理していくのかというのは,先ほど道垣内幹事が御指摘したとおりだと思うんです。ただ,いずれにしろ,ここでの考え方は完全にフィクションの上に成り立っているわけです。実際に利得があろうがなかろうが,実際に損害があろうがなかろうが,金銭というのはそういうものだというのがいろいろな場面で出てくるわけで,それがこの場面で現行法419条的になお考え続けるというのも一つの考え方としてあり得る。そうでない,実損害,それから,実帰責原因と,これで考えていくんだというのも一つの行き方として,全く否定されるべきものでないです。ただ,そこに,従来の損害論からいくと賠償され得ないものが入っていて,それを除くんだというのとは違う考慮要素があるということを意識して,御議論いただいたほうがいいのではないかという,そういうことです。   それから,能見先生の見解を引き合いに出したのは,かえって話をやっかいにしてしまったのかもしれないけれども,私も三段階説というのは現実的に,立法的に対応できることはないと思っているので,あり得るとしたら,そういうフィクションの上に成り立っているのだから,このフィクション一本で全て損害を処理するという現在の419条的な考え方でいくか,三上さんの場合,一方で法定利率を非常に下げるということを前提にした上で,遅滞の責任について帰責原因のあるときには,上乗せをするけど,これも損害はある意味で一律の仮定された損害利率というもので処理すればいいという,この二つの考え方のどちらかになるんだろうなと,そういう感じでいます。 ○山野目幹事 金銭というものは,という言い方で,特殊な損害の把握をしなければならない局面というものがあると思いますし,しかし,それが全てではないとも感ずるところであって,そのような特殊な捉え方を非常に素朴に表現して規律をしてきたものが現行の419条であり,提案されているもので言うと甲案であろうと考えます。ところが,そのような素朴な考え方を維持していくことはできないとなったときに,金銭について様々な取り扱い方をしなければならない,という局面の多様化という状況認識で,問題を処理していくことが妥当であるとなったとすると,そのような多様性を受け止めることができるのは丙案であろうということで申し上げました。鎌田委員がおっしゃるとおり,不当利得的な,と先ほどから皆さん,「的」という字を付けておられる人もいるし,付けない人もいるので,言っていくうちにだんだん不当利得の話になってしまうと心配である,ということが,先ほど申し上げたことでございます。 ○中井委員 議論の確認のためですけれども,(1)の要件で乙案ないし丙案を採ると,免責される場合と免責されない場合にまず分かれる。免責されない場合については損害の話になって,損害額を一定,類型的に法定利率の範囲内で認めるか,認めないかという議論になる。先ほどは免責される場面ですから,これはもはや損害賠償ではない。だからこそ,どう調整するのかという言葉で不当利得的という言葉が使われていたという理解です。したがって,甲案からすれば不当利得的という言葉は出てこなくて,損害の範囲の問題一つになる。乙案ないし丙案を採ったときは,二つの場面を分けて議論しないと議論が混乱するのではないか。そういう理解でよろしいかとの確認ですが。 ○山野目幹事 おっしゃったように,乙案,丙案を採ったときに,少なくとも二つの異質な金銭に関わる損害を区別して議論しなければいけないというところまでは,そのとおりであると感じます。そのうちの一方を議論するときに,話の分かりやすさから不当利得的とおっしゃっていただくこと自体をとがめ立てする必要はないと考えますが,議論していくうちによく分からなくなってしまうと心配であると思って,念のために申し上げたという趣旨です。 ○松本分科会長 整理し直しますが,甲案一本論というのもかなり有力にあるようですから,甲案だという説と,それから,甲案ではなくて乙案ないし丙案と,免責される場合も一部はあるんだという考え方に分かれている。免責される場合もあり得るんだという場合の免責された後,すなわち債務不履行の責任は生じないとした後,更に不当利得で調整をするのか,それとも,そこは不当利得的調整なのであって,結局,甲案に戻るのか,それとも,乙案,丙案の内部で甲案とイコールではないところのもう一つ別の損害賠償の範囲的なものが別に考えられるのかというこの三つぐらいの分かれ方でしょうか。 ○沖野幹事 確認だけをさせていただけますでしょうか。今の区分の中で,それでも不当利得による調整の手当てを設けるという可能性を一つ入れ込まれたでしょうか。それが更に中身は何だろうかということなんですけれども。大元のところで,それはそういうことではなくて,全て不当利得的という話だというご趣旨でしょうか。 ○松本分科会長 一番分かりやすいのは,銀行には預金はあるけれども,送金が例えば3日間止まったという場合の扱いで,一切免責を認めないという甲案であれば従来どおりだし,その3日間の遅れの部分は債務不履行にはならない,免責されるんだということにした上で,3日間,本来,送るべきものを口座に置いていた分の金利が付いているでしょうと。その分は調整しなくていいんですかという議論が出てくるとすれば,それは不当利得そのものか,あるいは不当利得的な別途の損害賠償ということに多分なるんだろうし,実際に銀行で金利が付いていたかどうかを問わず,そもそも払うべきものを払わなかったんだから抽象的に利益を得ているのであって,それは相手方の損害なんだということで,本来の損害のほうに組み込んでいくということになれば,結局,甲案に戻ってしまうということになると思います。 ○鎌田委員 多分,乙案,丙案を主張されている人は,今みたいなときに不可抗力であるけれども最後に不当利得的調整をするということは考えていないんだと思うんですね。だから,あえて学説を分けるとすれば,甲,乙,丙で,甲の中に帰責事由があるときには上積みをするということで法定利率を二本立てにするのか,ともかく,そこは常に一本でいくという考え方か,二通りあるので,甲1,甲2と,乙,丙だというふうな整理のほうが分かりやすいのではないでしょうか。 ○内田委員 不当利得と損害賠償の関係なのですが,鎌田先生が言われたとおりで,また,山野目さんも言われましたけれども,これは典型的な不当利得ではありませんよね。債務不履行で遅滞に陥っていて,賠償責任を免責されたときに,しかし,不当利得があるから返せというのは本来の不当利得の問題ではないので,やはり,何か払うのであれば,それは損害賠償という名目にしないと混乱すると思います。先ほど御紹介したユニドロワの契約原則も,一応,法定利率分の賠償責任は免れないとしつつ,しかし,これは不当利得的な意味を持つという説明の仕方をしているのだと思います。   その前提でなのですが,何か伺っていて債務不履行の一般原則に委ねると,免責の範囲が広がるような前提で議論されていることがどうしても最初から気になっております。私が考える免責というのはもっと狭いのですね。東北のような津波の被害を受けたところに事業会社があった場合に,資産が全部流されたとしても銀行にはお金があって,弁済すべき資金を含めそこにある程度の金額もあるというような場合は,私は免責などされないと思います。   私が想定している免責される場面というのは,普通の一般人で,地域一帯を襲った津波で家も現金も全部流された。銀行に若干のお金はあるけれども,そして,それによって債務の弁済は可能ではあるけれども,しかし,そのお金はこれから生きていくための日々の生活の糧のために使わなければいけないというような場合でして,それでも利息を取るんですかという話です。それはやはり現実の震災の経験を踏まえると,一定期間,遅滞についての責任は免除するというのが合理的ではないか。これは今回の震災だけでなくて,阪神・淡路のときから言われていたことなのです。それがこういう震災国の日本にふさわしいルールなのではないかと思って世界を見渡すと,世界は大体,そうなっているということです。そういう極限的な場面での免責を一般原則による免責として想定しているということを申し上げておきたいと思います。 ○松本分科会長 議論はますます拡散しているような感じがいたしますから,甲1案,甲2案,乙案,丙案。乙案,丙案に関しても免責が認められる場合がどれぐらいなのかということについて,相当,理解に幅があるという印象でございます。 ○鎌田委員 乙と丙は違うのかどうか,この金銭債権の場合に,乙と丙は本当に違うのかどうかというのも問題提起されている。 ○松本分科会長 それもされていますね。乙案と丙案は一緒だという説と違うんだという説もある。 ○内田委員 乙案を採って不可抗力と書くと,金銭債務以外について免責の幅が不可抗力より広がる可能性が生じます。規定の構造上,そうなってしまうわけですが,それは適切ではないと思います。 ○松本分科会長 表現をどうするかというのは,一つの大きな議論だろうと思いますが,金銭債務とそれ以外とで同じ免責要件なのかというところはどうですか。 ○内田委員 金銭債務のほうが厳しいのだからといって特別に言葉を置けば,金銭債務以外はそれよりも広く免責されるはずだというメッセージを送ることになるわけですが,それはやはり適当ではないだろう。いろいろな債務があるわけで,免責される事由は契約の趣旨に応じて場合によるだろうと思います。 ○中井委員 内田委員の金銭債務が免責される場合というのは,かなり限定された御説明だと,お聞きしました。それは限りなく,私の聞き方からすれば甲案に近いのか,いっそ,甲案でいいというぐらいに。 ○内田委員 しかし,日本はそういう例外的な免責をしなければいけない場面が生じます。それは100年に1回ではなくて,10年,20年に1回,現実に起きているわけですね。 ○中井委員 10年,20年に1回,起きていることを重視して,甲案から一般原則に移らせるという御意見,金銭債務について不可抗力ないし限定的な言葉を冠することについても,否定的な御意見で,そう限定的に表現すると,ほかの債務についてはより広いという,誤解を与えるという御発言に聞こえました。しかし,それは金銭債務と他の債務との間で免責事由の幅というのは,おのずと異なるということを,内田委員もお認めだからだろうと理解をしているのですが。 ○内田委員 そうは考えていないですね。 ○中井委員 そうではない。 ○内田委員 連続的なものだと思います。 ○中井委員 基準としては同じだけれども,現実に起こる当てはめでは異なるというのでしょうか,様々な給付,債務の履行がありますけれども,震災が起こった場合,金銭債務はかなり限定的だけれども,ほかの債務の履行に関して,請負,サービスの提供についても,当然,免責事由に当たる場合は,たくさんあると思っているんですけれども,それでも金銭債務に免責が起こる場面とほかの債務の履行に関して免責が起こる場面は,一つの事象でも,異なるのではないのでしょうか。 ○内田委員 震災の場面での請負契約上の債務という問題設定ではなくて,つまり為す債務ではなくて,基本はやはり物の引渡しだと思いますけれども,もし,不可抗力を,戦争,動乱,大災害という従来の定式で定義すると,それでは一般原則としても免責が広がり過ぎると思います。金銭以外の物の給付でも,戦争であってもやはり給付しなければいけない契約というのはあるわけです。ですから,契約の趣旨によっては免責が極めて厳しいものもあるのだと思います。金銭だけカテゴリカルにほかよりも厳しいという位置付けはできないだろうと思うのです。 ○中井委員 類型化していること自体に対する御批判と理解したらよろしいのでしょうか。 ○松本分科会長 考え方は分かれたままだと思います。甲案の中に更に二つあって,損害賠償の問題として現行の法定利率で一律的に処理をするという案と,それから,いわゆる積極的な帰責事由があった場合について,更にプラスの割増しの利率でもって損害賠償を払わせるという甲2案と,それから,金銭債務であっても免責される場合があるんだという立場からの乙案あるいは丙案,その中で免責される場合というのが金銭債務とそれ以外とでかなり違うのか,同じなのかという分かれ方かなと思いますから,4案が出ているということだろうと思います。   多分,ここはデッドロックかと思いますから,三上委員が,あと,しばらくですので,(2)のほうの利息超過損害のほうの議論のほうに重点を移して御発言いただきたいと思いますが。 ○深山幹事 今,松本先生が「甲案の中に二つある」と整理されたうちの,後から言われた甲2案というのは,正に(2)の効果のところで,従来の419条1項を維持するという甲案ではなくて,効果のほうは乙案を採るという(1)の甲案と(2)の乙案の組合せもあるという考えのようにも聞こえたんですが,そういう御趣旨ではないんですかね。つまり,(1)で,免責を一切認めないという甲案を採ったときに,賠償の中身は何かという点について,現行法は利息超過損害を認めないという立場なわけですが,帰責性のある場合にはプラスアルファの割増損害を認めることを盛り込むということは,(2)では乙案を採って,その限度で現行法を改正するという案であると理解することもできます。それはそれで一つの案としてあり得ると思うんですが,そういう意味で,正に(1)と(2)はリンクして議論されているのかなと思ったんですけれども。 ○松本分科会長 私の整理はこの場の御意見を整理しただけなので,恐らく積極的な帰責事由があるような場合に,現在の法定利率より上増しの利率で賠償させるという(1)の甲2案というのは,(2)の乙の中の更に債務不履行の一般原則にそのまま委ねるのではなくて,第二の法定金利的なものを認めましょうという感じの議論になると思いますから,乙2案のような,あるいは丙案と言ってもいいかもしれないようなものだろうと思います。ですから,(2)の乙案の中にも現行の法定利率以上に認められる場合があるのか,一切認めないというのかで二つに分かれて,法定利率以上に認める考え方の中に,更に予見可能性等で一般論に委ねてしまうという説と,そこももう少し法定利率プラスアルファ金利的なもので収めようという説と,大きく二つかなと思いますが。 ○高須幹事 法定利率のところの議論としたがって重なってくるわけですが,私の発想は当時の議論をしたときも申し上げたのですが,法定利率にも二つの要素があっていいのではないかと。本来の利回り的なものと,それから,そこに何らかの遅延損害金に代表されるようなものを盛り込んだもの,つまり,基準となる金利みたいな部分に上乗せになる部分もあってもいいのではないか,二つの概念があってもいいのではないかと思っております。   そういう発言をさせていただいたんですが,それを前提にすると,今回の部分でも1の要件については,今,分科会長が甲2案といったような形で整理したものを発想として取り入れて,(2)のところの賠償額についても,正におっしゃったような形での免責が認められない範囲での一定額みたいなものと,免責は認める余地があるけれども,免責には結果的にならない場合にプラスアルファされる部分がある。そこはプラス何%ですよみたいな形で定額にするということ自体は,発想としてはあり得ると思いますし,私のイメージだと,それはそれで一つの分かりやすい考え方ではないかなと思います。今,分科会長がおっしゃったのを乙2案というかどうかは別として,あるいは甲2案といって言えなくもないと思いますので,そういう発想で比較的定まった額にして,それ以上のものは当事者間で特段の合意がない限りは認めないという考え方も,一つの解決方法だろうと思っています。 ○中井委員 高須幹事の意見もそうだと理解をしておりますけれども,前回,能見委員がおっしゃられた三段階に分けるという考え方,それは一つのところが法定利率,次の段階が約定金利,三つ目がそれを超える部分で,少なくとも能見委員はそれを超える部分に,免責が認められるかについては債務不履行の一般原則によってはどうか。そのような御意見の趣旨だったと理解しておりますけれども,繰り返しになりますけれども,弁護士会としては三つ目の損害賠償を認めるかどうかが最大の論点だと思っており,ここについては,これを否定すべきであると考えています。   今の高須幹事も,それから,先ほどの分科会長の整理も,従来の法定金利部分を更に二つに分けて,いわゆる運用利益とそれを超える部分で別の解決になるのではないかという御趣旨かと思いますけれども,それについても論理としてはあり得ると私自身も思っておりますが,弁護士会としては三つ目,法定金利と約定金利を超える部分について,金銭債務の不履行について損害賠償を認めるのかどうか,ここをまずは議論していただきたいと思います。 ○松本分科会長 定義の問題ですが,利息超過損害といった場合は,法定利率を超える部分のことを指しているのか,約定利率を超える部分も指しているのか,どっちですか,これは。 ○新井関係官 部会資料は,419条1項に規定する部分を超える部分という意味で,部会資料のほうは作っております。 ○松本分科会長 法定利率……。 ○新井関係官 法定利率による場合にありますし,約定利率が法定利率を超える場合は,約定利率を超える部分という理解です。 ○松本分科会長 約定利率を超える部分ということは,約定利率を決めている場合には,損害賠償額の予定とは見ないという立場に立つわけですね。 ○新井関係官 そういうことです。 ○道垣内幹事 それはやはりあり得ない考え方ではないかと思います。つまり,この議論のときに約定金利の話をしますと,かなり混乱するような気がするのです。一つは松本委員もおっしゃったように,損害賠償額の予定であるにもかかわらず,拡大損害について立証できれば,その賠償を請求できるのかというと,金銭債務以外であっても取れないわけですから,金銭債務のときだけ,それが取れるというのは妙な話で,金利が約定されているときは約定金利が取れるだけだろうと思います。更に言うと,約定金利の在り方自体も問題で,例えば金銭消費貸借において弁済期限までは7%であり,弁済期限を過ぎた場合には12%であると約定していたときに,その約定の解釈によっては,不可抗力であろうが何であろうが,期限が到来すれば12%になるということはあり得るのだろうと思いますしして,債務不履行法の構造によって,その約定が当然には妨げられるわけではないと思います。   もっとも,債務不履行ではないとすれば,期限後の約定利率の制限に関して利息制限法を適用するときには,損害賠償ではなくて,通常の利息のところの規律に従うということになるのでしょう。つまり,それは債務不履行の際の損害賠償の予定ではなく,期間ごとの利率の約定と見るわけですから。しかし,それは別問題ではないかと思います。つまり,ここで議論すべきなのは,そのような約定がないときに,法定利率によって定めるのか,それとも,法定利率は不履行時でなくても適用される利率ですので,債務不履行と評価されるときには,法定利率を基準とするとしても,それにプラス何%かを払うといったルールを作るのか,もう一つは,そういう規律も置かないで,現行法の416条で言えば,予見可能性のある損害が幾らあって,だから,それを全部支払えという請求を認めるのか,また,認めるときには一定の悪性を付加的に要求するのかということはあるとは思いますけれども,そういう選択ですよね。したがって,約定金利を含めて議論するのは私はどうかなと思いますが。 ○松本分科会長 そうしますと,むしろ,(1)のほうに戻ると,約定金利を定めている場合に,乙案,丙案的な考えを入れれば,約定金利の法定金利を超えている部分は,免責される場合があるという議論になりますか。 ○鎌田委員 全部免責ではないですか,乙案になると。 ○道垣内幹事 その約定金利というのは遅延損害金のことですか。 ○鎌田委員 遅延損害金ではないでしょう。 ○松本分科会長 遅延損害金の約定金利を定めている場合。 ○鎌田委員 それは約定金利ではない。 ○道垣内幹事 だけれども,解釈次第で二つ成り立つわけで,12%を支払うということが当該契約書の外で決まる債務不履行か否かという問題とリンクして,債務不履行であると性質決定されると12%になるという約定なのか,一定期日の到来によって12%になるという約定なのかというのは,その約定の趣旨によって決まってくる問題だろうと思います。 ○中井委員 議論の整理のために確認ですけれども,利息超過損害を認めるか否かという,この議論の中身ですけれども,何ら,特段の合意がないとき,法定金利を超える損害を認めるのかどうかという問いと理解すべきだというのが道垣内幹事の整理でしょうか。逆に言えば,仮に約定金利の合意があれば,それは違約金の合意なので,それを超えた損害があっても,それは当然に請求できないという合意で,ここでの問題ではない,こういう整理として考えてよろしいのでしょうか。 ○道垣内幹事 そこは二つ考え方があり得ると思います。と申しますのは,現行法の419条は約定利率があるときは約定利率によるとしているわけですが,そこに増減を認めないという形で議論をされているので,420条の約定利率の定めを420条における損害賠償額の予定であると性質決定しても,そこに420条1項と何の矛盾も生じなかったわけですよね。しかるに,金銭債務に関して約定金利があって,それを超える損害があるときに,一般理論としては取れる可能性があるが,約定金利を定めた以上は,現行法で言えば420条1項後段が適用されるということになると,若干の矛盾が生じてくるのかもしれませんので,私は言い過ぎたのかもしれません。ただ,そうなってきますと,約定金利にも二種類あるという議論になってきますよね。損害賠償額の予定としてフィックスとして増減しないという趣旨のものなのか,それとも,一応,決めておくというものなのか。どうなんでしょうね。 ○中井委員 確かに,今,おっしゃられたように実務では立証を要しない損害として,遅延に対して10%で,これを超える損害を立証したときには,それを賠償するという契約をすることは,あり得るのでしょう。その合意の効力の問題として考えざるを得ないと思います。そうすると,特段の合意がないときに,法定金利以上の賠償を求めることができるのかという論点に整理されたのかなと,理解したわけですが。 ○松本分科会長 そうしますと,本来の債務の本来の利息部分の約定利率が定められている場合に,それが債務不履行以後,どうなるかの解釈によって,甲案というのが幾つかに更に分かれてくるという感じなんでしょうかね。 ○中井委員 それは合意の解釈の問題ではないでしょうか。 ○鎌田委員 約定利息の取扱いをどうするかは後でやって,約定利息がないという前提での原則をまず決めた上で,約定利率が非常に高いとき,低いときにどうなるのかというのは,別にやったほうが議論が整理しやすいかも。 ○松本分科会長 そうですね。能見委員が三段階に分けられたから,約定金利の定まっている場合というのが出てきましたけれども,それはちょっと括弧に入れて,定まっていないという場合,通常の売買代金のようなものを考えて議論をするのが確かにいいかなと思います。 ○中井委員 その点は,重ねて弁護士会の意見としては,何ら合意のないときには法定金利の範囲に限られて,超過損害は認めるべきではない。当事者間がそれで不公平だと思うときには,当事者間の合意は制限されないわけですから,約定金利を5%ではなくて10%,14%に上げることは当事者間の合意でできるので,それでカバーすれば良い。それをしなかったときに,あえて実損害賠償を認める必要はないという,こういう意見に整理されるわけです。 ○内田委員 確認ですけれども,今,言われた約定金利というのは遅延損害金のことですか,10%とかとおっしゃったのは,遅延利率のことでしょうか。 ○中井委員 期限を徒過したときに発生すべき損害として合意したもの。 ○内田委員 遅延のほうですね。元々419条の約定というのはそれではないですね。遅延については損害賠償額の予定として,考えたほうがいいのではないかと思います。 ○松本分科会長 ですから,単純な売買契約で何月何日に払うということで,遅延損害金についての特約がないような場合に,どうなるのかということを考えるのが一番分かりやすいと思うんですが。 ○中井委員 確かにそうですね。 ○内田委員 もう一つ,中井委員に確認なのですが,遅延したときに,419条でいくと法定利率ないしは約定の利率以上のものは取れないようにすべきだということになるのですが,主観的な要件によっては,つまり,かなり悪質な債務不履行で,明らかに規範的な意味で予見可能な損害が発生することを知りながら,あえて不履行しているという場合には,多分,実務感覚からすると,それ以上に取ってもいいのではないかという意見をお持ちの方も多いではないかと思うのです。それを排除しないようなルールにしないとまずくはないでしょうか。 ○中井委員 確か前の部会で松本委員がおっしゃったのか,通常の売買代金債務,請負代金債務,役務提供の対価の支払債務等の場合に延滞したことによって発生する損害と,これから工場を建設しますから銀行から借入れをしますよと,その金銭貸付けの遅滞の場合で全く同じでいいのか。その点,後者については資金使途,目的がはっきりしているにもかかわらず,貸さなかったことによって発生した損害が,単純に金銭の貸付けについての債務不履行責任としての法定利率で足りるのか。そこについては確か留保させていただいたかと思うんです。   今の内田委員の問題提起は,それに類する場面で法定金利ないし約定金利のままでいいのかという御質問と受け止めました。確かに御指摘のような場面で,全く損害賠償を認めなくていいのかと言われると,疑義がないわけではないので,その場合は不法行為構成で考えなければいけないのかもしれません。 ○山野目幹事 利息を超えた損害については,実損害についての賠償を認めないというのが弁護士会の先生方の意見交換の結果,得られた固い帰結であるということを2回にわたって御紹介いただきましたが,それが固い御意見だということは分かったとして,なぜ,そういう固い御意見をおっしゃるのかということは,私はまだ得心しかねるところがあって,釈迦に説法ですけれども,損害賠償法で損害賠償を得るためには,損害が立証されることが必要であり,裏返して申しますと,損害が立証されていて,そこに賠償されるべき損害があると考えられるときに,それを取らせないようにするということは,どのような利益衡量でいらっしゃるか,ということが一般論としてはまだ得心することができません。   加えて内田委員が御指摘になったように,それがかなり悪質な損害があったような事例も含めて,そのような配慮は要らないということを,ひとまずは債務不履行法の中で,ということでありましょうけれども,それを強く繰り返しおっしゃることもよく理解することができません。さらに,少し前に,当事者が合意していたときには取ることができるとおっしゃったし,合意していないときにも不法行為法に依存するとおっしゃったし,そうなってくると,ますます,合意するような交渉力のなかった人が救済されなくて,合意すると取れるという利益衡量になりそうな気もしますから,なぜ,利息超過損害について今のようにかちっとした御議論を御提出になるのか,その背景をもう少し教えていただきたいと感じます。 ○岡崎幹事 中井先生がどうお考えかはよく分かりませんけれども,先ほども話に出てきましたが,金銭債務についての現行法の規律は,一定のフィクションの下に成り立っているところがあると思います。そのフィクションをなぜ採用しているのかを私なりに考えてみますと,一定のフィクションを採ることによって,紛争解決コストや取引コストを削減することができるからだと思います。   そうしますと,極端な事例において利息超過損害の賠償を認めないのはおかしいと考えられる場合があり得ることは,恐らく否定し難いと思いますけれども,フィクションを維持し,基本的には利息超過損害の賠償は認めないこととして,それでは余りにもおかしい場合には不法行為という別の請求権が発生すると考えて,極端な事例に対応するという方法も実務家としては理解できるというのが率直な印象です。 ○山野目幹事 裁判所から援軍があって,今のお話を伺い,それ自体は理屈としてはよく分かりました。部会資料の中にも利息超過損害の実質的な賠償に道を開くことになると,損害の額を認定する事実審の口頭弁論が,長引いたりするという弊害が生ずるのではないかということも指摘されているところでありまして,とりわけニュートラルに見ておられる裁判所がそのような観点にすごく危惧を抱かれることは理解いたします。   ただし,紛争解決が迅速,適切になされなければいけないという要請のみではなく,個々の事案についても正義・公平を確保しなければならないというところに,恐らくより強いシンパシーをお持ちになるであろう弁護士会が,なぜ,そう強くおっしゃるのかというところは,依然,もう少し私としては理解してみたいと感じますし,それから,紛争解決のことをそのように強調されることは理解することができるとしても,なお,利息超過損害を取らせないという規律を強行的規律として入れようとしているものではありませんから,なお,合意があったら取れるとか,不法行為法で救済する余地があるとかというものがくっついてきて,やはり,その紛争解決はそういうときには遅れるはずであって,それは遅れてもやむを得ない事例であろうとも感じますから,その辺りのところを私としては定見があるものではありませんが,もう少し弁護士会の先生方の御意見なども伺いながら,考えてみたいという感想を抱きました。 ○中井委員 部会で申し上げたこと以上の整理をして,今日,ここに臨んでいるわけではありませんが,先ほどからも申し上げましたように,金銭債務の不履行に基づく損害というのは,他の債務の不履行に基づく損害と異なって,その予見の範囲というのは非常に不確かなのではないでしょうか。また,金額の多寡いかんにかかわらず,発生し得る損害の大きさも非常に幅があるように思うんです。   実務ではほとんどが金銭請求事件であることが多い,かつ,それは当然のことながら遅滞に陥っている。その場面で遅滞に基づく損害賠償として,ある意味で一般原則,フリーハンドになったときに起こり得る紛争の広さ,深さ,複雑さ,それはやはり実務的には避けたい,これが大方の弁護士の意見ではないのでしょうか。だから,それは訴訟の場面だけの訴訟コストの問題,時間コストだけの問題ではなくて,実務的に取引における予見可能性,逆に言えば,取引の安全をやはり害するということを潜在的に懸念している,そういうことが背景ではないかと思います。ですから,金銭債務は不履行しても,一定,見えた金額を原則賠償すれば,それで足りる。   取引関係では,別途,合意すれば,その効力は否定されないと思いますが,別途,合意があるといっても,多くは金融機関の取引について遅滞したときに本来の利率に対して14%を取るというような定めがありますけれども,通常の取引行為では,基本的に法定金利で処理されているのが実務で,そこにあえて,それ以外にも賠償請求できますよと,現在の利息超過損害以外に取れないという419条を廃止することの世間に与えるインパクトを考えると,それは決して得策ではないのではないか,経済的に見ても,そういう意見かと思います。 ○鎌田委員 全く推測でしかないんですけれども,三上委員が最初のほうにおっしゃったこととも関連して,金銭の支払いを受けられなかったということは,ある意味で,何に対してでも因果関係を持つんですよね。その金銭がないから倒産したとか,その金銭がないから,ここで損をした。   だけれども,他方で金銭ですから,どこからでも調達できるんだから,何とも因果関係はないというふうな見方も他方でできるわけです。  そういう意味で,資金調達コストだけが損害であって,それは場合によっていろいろでしょうけれども,法定利率又は約定利率でもカバーされたものとするという,それは一つのフィクションとしてあり得るという,そこで割り切っているのが一つの考え方だと思うんです。ただ,他方で,不法行為みたいに事前に約定利率も損害賠償額も決められないときに,損害賠償が入ってくるものだと思っていても,なかなか入らないで,自分で修繕をしなければいけない,修繕費用の調達コストに利息が例えば10%掛かってしまった。でも,法定利率で現行法では5%しか取れないとすると,これはいかにもおかしいではないか。不法行為者が早く払ってくれれば,10%の利息を払わなくても済んだという,常識的に見れば因果関係の直接性が認められるようなときでも,それは面倒を見なくていいというのは,ちょっと不当ではないのか。こういうふうな感覚との間をどう埋めていくかというのが,余り大げさなことを考えなくても,何か,そういうケースで,それも本当に駄目なのかなということが,かなり素朴な疑問としては出てくると思うんです。 ○中井委員 今の鎌田委員のおっしゃられた前半の理由で,理論的な理由付けとしては必要にして十分というわけにはいかないのでしょうか。 ○松本分科会長 中井委員が以前,法定利息のところで中小企業サイドからは運用金利ではなくて,調達金利がかなり高いんだから,今の5%でもおかしくないんだという御趣旨のことをおっしゃっていましたね。そうすると,法定利息をどちらの観点から設定するのかという議論が一方であるとともに,法定利息的なるものの二重化という,先ほどから私が何回か言っていますけれども,つまり,調達金利的なものをもう一つ別の法定利息的なものとして置いて,債務不履行の損害賠償で,帰責事由ありの場合にはそっちとつなぐというのは,中井委員の法定金利に調達金利的なものも入れて欲しいという趣旨からいくといかがですか。 ○中井委員 今の御意見は,法定金利を二つに分解するような御趣旨の話ですか。 ○松本分科会長 つまり,免責されないような意味の金銭債務の不履行で,帰責事由あり的な,あるいは過失あり的なものの場合には,高目の調達金利的な法定金利でもって損害賠償を決める。 ○中井委員 私の意見は理論的でないのかもしれませんが,単純なのが好ましい。これに尽きるのかもしれません。金銭債務についてはこういうルールだと,一つは免責されない,基本的には法定金利若しくは約定金利で,それで損害賠償額も決まる。そのルールの安定感,これが実務でも受け入れられているという事実だろうと思います。それに対して,法定金利を運用金利と調達金利と分けるであるとか,私は調達金利が変動したって今のままの5%でいいと言っているのも,理論的には説明しづらいところがあるかもしれませんけれども,実は,そのぐらい粗っぽくても単純なほうがいい。そのほうが実務としては安定する。それを詳細化することによる社会的なコストのほうがよほど社会的にマイナスだと,こう思うわけです。   同じことが金銭債務について,他の債務と同じだから契約一般法理の中で免責の可否も考えましょう,損害の有無,発生,範囲も考えましょうというのは,理論的に筋が通っているのかもしれません。ここで内田先生と議論しても負けてしまうのでしょうが,理論ではなくて,実務はそのほうが安定して問題が少なくて済む,社会的コストが少なくて済む,日常生活はそのほうが平穏に過ごせる,そういう考えを持っているからではないかと思います。 ○松本分科会長 分かりました。決着はしないようですから,(2)は三つの考え方が対立しているということで,一応,まとめたいと思います。現行法どおりの立場,それから,現行法を削除して一般原則に委ねるという立場,それから,現行法のモディファイになるんでしょうけれども,一定の場合には一定の金利の上乗せ的な形で処理をするという考え方の三つぐらいに分けられるかと思います。だから,甲2案か,乙2案か,分からないですけれども,甲案と乙案の間のような案がもう一つあり得ると。   それでは,続きまして,損害賠償の範囲の「(4)損害額の算定基準時の原則規定及び損害額の算定ルールについて」御説明をお願いいたします。 ○新井関係官 説明いたします。当該論点は部会資料34では6ページに掲載がございます。第38回会議において審議がなされました。本文のアにつきましては,本文記載の方向でほぼ異論がなかったと思われます。そして,イの大綱的な規定の点ですが,これについては不要であるというような御意見もあった一方,契約の履行があったのと同じ状態にするという意味の損害賠償と,契約締結前の状態に戻すと損害賠償があるということに留意すべきであるといった検討の際の指摘事項がございました。更にドイツ民法249条等が参考になるといった御指摘も頂きました。   さらに,医療過誤や安全配慮義務といった場合には,いわゆる拡大損害なども問題になるということで,これらの場合を念頭に置いて議論すべきといった議論の際の留意点や,このような条文を設ける際に損害の種類をいろいろ挙げざるを得なくなることへの懸念,一部だけを挙げたときに他の種類の損害については認められなくなるのではないかといった誤解を生じ得るということへの懸念も示されております。以上を踏まえまして,御検討いただければと思います。よろしくお願いいたします。 ○松本分科会長 どうぞ,イについての考え方がいろいろ出されているようでございますので,イについて,どうぞ,御意見をお出しください。 ○中井委員 弁護士会の意見は前回も申し上げましたけれども,アについては設けないことに賛成である,イについては,このような大綱的規定であれ,ここに記載されているような形での規定を設ける必要はない,つまり,イについては反対であるというのがほぼ一致した意見です。改めて前回の議論を踏まえて弁護士会の中でも議論しましたけれども,その結論について変わりはなかったということです。   イについて特に意見をということですけれども,前回の例えば潮見幹事からの御発言で,ここでの提案については前向き損害についてのように読める,後ろ向き損害もあるのだから,それをも踏まえたことを考えなければならないのではないか。また,松本委員からは,横向きの損害項目もあるのではないか。つまり,損害項目についてもいろいろあるという御指摘と理解しました。逆に言えば,イは,基準時若しくは損害額算定のルールとして提起されていますけれども,これらは損害の範囲の問題で,その範囲における損害の算定,評価の方法,その前提として基準時の問題,つまり,範囲があって基準時があって評価がある。その問題を全部一緒に,議論しないと出てこないことではないか。   改めて,規定を設けることは困難ではないかという認識を持っており,結論としては設けないという考え方でいいのではないかということを再度,申し上げておきます。 ○鎌田委員 重なっているので省略させていただいていいと思うんですけれども,前回の部会の議論の中では,この提案は,基本的に,要するに債務不履行がなければどうだったかということを基本に考えるべきだというぐらいの提案だと思うんですけれども,いろいろな損害のメニューがどんどん出て,そういう方向に議論が発展したと思うのです。そうなると,損害にはこういう種類のものがありますという損害のリストを全部挙げていかなければいけないということになりかねない。それは,多分,元々の提案が目指しているところとは違うし,規定の内容としても非常に煩雑なのと,それ以上に個々の損害の捉え方がいろいろ視点も違うし,学説的にも必ずしも固まっていないものもあったりするので,少なくとも損害内容の緻密化の方向だけは目指さないほうがいいというのが私の意見です。 ○松本分科会長 お二人から,イについては消極論が出されましたが,積極論はございますでしょうか。 ○鎌田委員 根本的に否定というよりも,提案の内容というのはもっと,正にそういう意味では大綱的規定で,中井委員からなくてもいいと言われるようなものとして提案されたのだろうと思うので,それを前提にして議論すべきで,それ以上に緻密化する方向での議論はやめたほうがいいという,そういう趣旨でございます。 ○中井委員 大綱的というならば,不債務不履行がなかったときの状態と,現実に起こった状態の差額を調整するような規定になるのかもしれませんけれども,それは余りに大綱的で,その意味するところも逆に曖昧といいますか,場合によって都合の良い結論を導くだけになるのではないか。プラス効果がないのに,あえて設ける必要があるのかという疑問がやはりあります。 ○沖野幹事 蛇足ですけれども,恐らく,契約が履行されていれば債権者が得られたであろうという部分が狭きに失するのではないかと思われまして,債務不履行の内容によって契約の実現そのものに向けられたものばかりではないので,もし,大綱的というならば,債務や義務が履行されたならばあったであろう地位ということで,それが例えば自己決定の確保に向けられたら,自己決定が確保されたならばどのような状態であったかというのが,原状回復的な損害であったりということになると思うのです。しかし,そのことが何らかの大綱であったとしても,指針的な意味を持ち得るかというのは,そこがそれだけではどうだろうかという御指摘ではないのだろうかと考えております。 ○松本分科会長 考え方としては,大綱的な一言で言えるようなものでも入れたほうがいいという考え方と,一切要らないという考え方と,もっと詳細なものを入れるべきだという考え方と,三つぐらいが論理的にはあり得ると思います。その中で,大綱的なものという案だけが上がっているわけですが,一言で全部をカバーできるかどうか,そういう意味の大綱的なものが果たして作れるのかという疑問が上がっている。そうなると,もう少し区分して書かなければならなくなってきて,どんどん詳細な方向にいくから,それは本来の趣旨と合わないのではないか。となると,大綱的ということ自体がそもそも困難なのではないかという話に戻ってきて,こういう規定はちょっと難しいのではないかというのがかなりの方の意見かなと思うんですが,こういうまとめでよろしいですか。 ○内田委員 今までのところのまとめはそのとおりだと思いますが,潮見さんの発言は前向きのことしか書いていないからやめるべきだではなくて,後ろ向きも書けという御発言だったと思います。いわゆる履行利益,履行されたならば得られたであろう利益の賠償と,それから,契約がなされなかった前の状態に戻すという信頼利益と二つある。それを書いてはどうかという御発言だったと思うのですが,実際の裁判は,実際の法廷でどういうやり取りがあるのか,判決文を読んでいるだけですので分かりませんけれども,判決文の中には,突然,この場合には信頼利益の賠償が認められるからとかと出てきて,それで,出費についての賠償を認める判決は結構あるのですね。   履行利益についても,それが指針として賠償額算定の判断基準にはなっている。契約あるいは債務が履行されたならば得られたであろう利益という形で,一応,指針にはなっていると思うのですが,条文には何の根拠もなくて,いきなりそれが出てくるのです。裁判所からすると柔軟に判断ができていいと思いますし,それが悪いという意味ではなくて,それによって公平な解決ができるということはよく分かるのですが,弁護士がどうしてそれでいいとおっしゃるのかがよく分からないのです。本件では履行利益のはずだ,だから,これが損害項目に入るはずではないかという具合に,主張を展開する上で,大綱的な基準があったほうが主張・立証しやすいのではないか。何か,全て裁判官にお任せで本当にいいのだろうかという感じがするのですけれども,いかがでしょうか。 ○中井委員 どうですか。 ○深山幹事 前からよく分からないなと思っているのは,履行利益と信頼利益の区別というのは,個々の事案ではっきりしている話なのだろうという点です。非常に典型的な例で考えると,こういうのが履行利益だ,こういうのが信頼利益だと分かる事例もあるんですけれども,実務的には,いろいろな損害ないし事象が起きたときに,どこをどう損害と捉えて訴訟を起こすか,いろいろ考えます。もちろん,立証の難易度等を考えて実務的には損害を組み立てるわけですが,それが果たして履行利益なのか,信頼利益なのかということは深く考えることなく,裁判所が認めてくれるであろう立証可能な損害は何かという観点で考えます。改めて,これは履行利益の賠償を求めているのか,信頼利益の賠償を求めているのかという目で見たときに,自分でもよく分からないことが時々あるんですね。   ただ,実務的には,別にそれは性質決定をしなくても認められればいいということで日常的にはやっていますが,研究者の先生方が,これは履行利益,これは信頼利益と明確に判断できるものなんだということを前提に,この議論をしているのかどうかというのはよく分かりません。私の勉強不足だけなのかもしれないんですが,弁護士の感覚からすると,履行利益か信頼利益かという形できれいに区別できないのではないかと思われ,もうちょっと別の実務的な感覚で,どういう算定基準がいいのかという違う物差しで考えて実務を行っているような気がしておりますが,いかがでしょうか。 ○道垣内幹事 履行利益か,信頼利益かの区別に固執しているのは弁護士及び判決であって,現在,学者はそういう議論はあまりしないと思います。準備書面及び判決において,そのような言葉が多用される現状にあるようだが,なぜ,実務は信頼利益,履行利益という言葉を使っているだろうかというのが,現在の学者の多数の見方ではないかと思います。したがって,そこには私と認識の差異があります。   しかし,そうだからといって,私は結論としては大綱的なものを置くということには賛成はしません。と申しますのは,内田委員が正におっしゃった事柄なのですが,その話は,損害項目の話としてなされるのだと思うのです。しかるに,部会資料においては,損害賠償額の算定の話として整理されています。そして,それもそれなりに正しいのでしょう。なぜならば,損害賠償は予見可能性を基準としながら範囲を決めるとなっているわけだから,ここにまた,範囲の議論を入れるのはおかしいということなのだろうと思います。   しかし,そうであるならば,正に,信頼利益か履行利益かという項目の話というのは,本来,予見可能性の条文のところで議論されるべき事柄であって,予見可能性についての条文があって,同時に,大綱的なこのような条文がありますと,その両者の関係は論理的には非常に理解困難なものになってしまいます。そう考えますと,結論としてはなくて良いのではないかと思います。 ○内田委員 理論的には道垣内さんのおっしゃることはよく分かるのですが,前半で言われたように判決文の中に,実際にこういう言葉が使われていて,私はその判決を解説するときに,信頼利益の賠償が認められると判決文に書いてあるけれども,信頼利益という言葉は日本民法にはありません,これはドイツの言葉です。しかし,ドイツで理解されているとおりに裁判所は理解しているわけではなく,日本的に理解した上で,出費の賠償という意味で使っています。だから,この賠償が認められているのですと解説をするのです。   それは何か無駄なことをやっているように思えまして,実際の裁判で法律にない概念が使われるということは,それなりに実務的な有用性があるということだと思いますので,もう少し,実際の裁判で行われている判断が理解できるような手掛かりになるものがあった方がいいのではないか。信頼利益とか履行利益という言葉を使うことは,私は別に賛成ではないですけれども,手掛かりになるような基準が条文の中にあれば,それに基づいて,予見可能性基準というのは,この事案の場合には,こういう形で適用されているのですと説明できるのではないか。また,攻撃防御の指針としても機能するのではないかという気がするのです。これは理論的な関心からの発言ではなくて,判決の中でそういう言葉が一切使われていないのであれば,私は全くこんなことを言うつもりはないのです。しかし,実際に判断基準として働いているように見えるので,そうであれば,手掛かりが条文にあったほうがいいのではないかということです。 ○松本分科会長 内田委員が積極論,その他は消極論ですが,ほかに積極論の方はいらっしゃいますか。内田委員にお聞きしたいんですが,積極的に何か手掛かりになる規定を入れるとして,例えばここにゴシックで上がっている文言だと,特定のタイプの損害しかカバーできないように読めるわけですが,そういう限定的な形ででも置いたほうがいいのか,それとも,全ての損害をカバーできるようなものでなければならないのかという点はいかがですか。これで全部カバーできますか。 ○内田委員 松本分科会長がおっしゃっているのは拡大損害のことですか。 ○松本分科会長 拡大損害にしろ,あるいは後ろ向きの損害にしろ,この文言で現在,認められている損害賠償の全てのタイプがカバーできるということであれば,何もないよりはいいのかもしれないという程度の意味はあるとは思いますが,これでカバーできないのが出てくるとすると,逆効果になるのではないかという点はいかがですか。 ○内田委員 この文言がいいと言っているわけではありません。契約が履行されたならば,債権者が得られたであろう経済的地位という書き方をしてしまうと,沖野さんが言われたようにやはり狭いですし,確かに医療過誤の場合の拡大損害が本当に含まれるのかというような疑念は出てくると思います。そこで,債務が履行されたならば得られたであろう状態を実現するという方向と,それから,契約を締結する前の状態に戻すという二つの方向があるのだということを示すというだけの条文になると思います。そして,前者が拡大損害をカバーできるような表現を考える。これは立法例もありますので,一応,工夫はしてみて,どうしても実務的にそれは難しいということであれば,諦めるということでも構わないと思います。しかし,実際の裁判での攻撃防御の指針を与えるという意味では,全く無益ではないのではないかという感じがします。 ○山野目幹事 内田委員が重ねて大綱的な規定の可能性について熱意をお持ちになることも,理解をすることができますから,引き続き,両方の可能性は追求されていってよいのかもしれません。ただし,私が率直に感ずるところは,内田委員がずっと心配しておっしゃっておられる,裁判例の中に信頼利益とかいう言葉を使っているものがあるではないかということに関しての率直な感想を申し上げれば,それは使っている判決が悪いと思います。日本の裁判例の中に時折見られる事大主義的な表現が良くないのであって,出費を賠償させているのですと書けば,読み手はきちんと平明に理解してくれるものですから,そう書けばいいのに,何かもったいつけて,格好付けて信頼利益が何とかと,ここにおられるような裁判官職の方はそのような判決はお書きにならないでしょうし,みなが書いているものではなくて書く人が悪いのでありますから,それに付き合って,だから,大綱的な規定を,というのではなく,もし本当に良いものが見付かるのならば,それは追求なさるということでよろしいのではないかとも感じます。 ○松本分科会長 それでは,具体的な文言も出ない段階でこれ以上,議論しても多分,詰まらないと思いますから,大綱的な規定で現状を全てカバーできるような適切な文言がもし見付かるのであれば,それを入れてもいいという考え方と,特になくてもいいという考え方があるという整理でよろしいかと思います。断片的な部分だけをカバーする規定を入れるというのは,多くの方は反対だということだろうと思います。   それでは,続きまして過失相殺の問題のうち,(1)の要件について御審議いただきたいと思います。御説明をお願いいたします。 ○新井関係官 説明いたします。この論点は部会資料34の9ページ以降に掲載がございます。第38回会議でこれも審議がなされました。要件を明確化するといった方向性については,部会においても異論がなかったと思われます。そして,過失相殺の「過失」という文言ですが,これは本来の意味の過失とは異なるため,より適切な文言を検討すべきとの意見を頂きました。もっとも,この過失については,損害軽減義務の側面のみを念頭に具体化するということには懸念を示す意見がございまして,その観点から,被害者のいわゆる素因等を含めた幅広い衡量要素を捉える要件を設けるべきであって,その例として「債務の不履行若しくはそれに基づく損害の発生又は拡大に関して,債権者の過失その他,債権者側の事情が寄与したときは,裁判所は契約の趣旨・目的及び当事者間の公平を衡量して,損害賠償の額を定める。」といった提案を頂きました。   この提案につきましては,「公平」というワードの意義が曖昧であるという指摘がありましたほか,素因減責といったものを規定の対象に含める場合には,不法行為に関する民法第722条第2項との関係が問題になるといった御指摘を頂きました。また,安全配慮義務違反などの場面があることから,債務不履行の過失相殺と不法行為の過失相殺を切り離して検討するのは難しいのではないかという御指摘を頂いております。そして,損害の発生と拡大については,理論的に異なるというところに留意すべきであるといった御指摘も頂きました。以上を踏まえまして,この規定の在り方について御審議いただければと思います。よろしくお願いいたします。 ○松本分科会長 ありがとうございました。   恐らく突き詰めれば,418条について,現在,賠償額の減額事由として判例が認めているタイプのうちのどこまでをカバーするものとして,文言を整理すべきかという辺りが争点かと思いますので,どうぞ,御意見をお出しください。 ○高須幹事 ここのいわゆる過失相殺という言葉をどれだけのものと意味するかという問題,あるいは端的に言えば,過失という言葉をここでそのまま使うことに対する評価というか,問題意識があるのだろうということを考えております。ただ,そうすると,この問題は415条の債務不履行の免責事由のところの従前,帰責事由と言われたものを過失と捉えてきたということとの平仄という問題なのだろうと思うんですが,415条のところでは,これまでの議論の中で必ずしも古典的な故意・過失に限るものではないという,むしろ,そういうものだとは捉えないという理解で,しかし,それでいながら,一定の帰責事由というような言葉を残しつつ,その内容を明確化していくと,こういう作業がよろしいのではないかという議論も,そう決まったというわけではありませんけれども,かなり,部会の中では議論がされたんだろうと思います。   そうなりますと,ここで418条に関しても全く従来の発想と異にするような,例えば損害軽減義務のような観点からの規定の仕方にするというよりは,過失という言葉そのものを使うかどうかは別としましても,そのようなものを表す言葉で表現するという,先ほど御説明の中にもありましたような一定の内容を盛り込んだ上での債権者側の帰責事由的なものがあるときは,これを考慮するというような問題のようなことの書きぶりを考えることができるのではないかと考えております。   したがいまして,今のイのところの具体的な文言については,このようなという例示が出ておるのですが,この文言の中にも十分評価に値するところはあると思いますけれども,全く帰責事由的な発想を除いてしまって,合理的な措置を講じなかったときという言い方をするのはやや違和感があるのかなと。取り分け弁護士会の中では,やや,そう書きぶりを改めるということに関しては違和感があって,抵抗感が強いと思っておりまして,私としてももう少し415条をこう変えていきましょうという中で,それとワンセットにした書きぶりができればいいのかなと,このように思っております。 ○中井委員 この問題については前回,私からある提案をさせていただきましたけれども,弁護士会での議論を必ずしも十分整理しないまま文章化したところから,弁護士会の一部から強い疑義が示されておりますので,それをここで御紹介をして,改めて考えなければならないと思っております。   それは前回の部会においても山本幹事や潮見幹事らから御指摘を受けたことですけれども,寄与度的なものを認めるワーディングになっているのではないか。とりわけ,債権者側の事情によって減額があり得る旨の記載をしているところについてそれで良いのか,それを債務不履行に基づく過失相殺的要素としてしんしゃくすることは,行き過ぎであるという批判を頂いております。そこで,一定,規範的に考えなければならない,それをどのような形で表現をするのかを更に詰めていただければと思っています。   過失という言葉について,弁護士会は従来,使っているものは何でも使い勝手がいいように思うものですから,これを維持する意見もあるわけですけれども,もう少し具体化する意味で,ワーディングも含めて考える余地は十分にあるだろう。そのときに,どういう言葉になるのかは実に悩ましくて,弁護士会でもまだ統一的な意見を得るには至っておりません。変えるとなれば,プラスの面でもマイナスの面でも影響を受けるので,変えないほうがいいという強い保守的意見がございます。他方で,今回,イで提案されておりますように,契約の趣旨,信義則なり,公平の見地という弁護士会もありましたけれども,そういうものに照らして,ここに書かれているような債権者が講ずるべきであったと評価されることをやらなかった場合というのは,一つの基準としてあり得るのではないかという,積極的評価もあります。   前の御提案でした損害軽減義務という表現,なんらかの作為義務若しくは不作為義務があるときのみに減額できるというような限定された記載についてはどうか,実務はそうではないだろうという認識があります。かといって,私の提案した債権者側の事情というのはいかにも広過ぎて,それは行き過ぎで,そこをどのような適切な考え方,表現が導けるのか,弁護士会としても引き続き検討したいと思います。 ○深山幹事 私も,提案されているイのような文言を定めるという考え方を基本的には支持しております。弁護士会の中では,今,紹介のあったように,いろいろ考え方が分かれており,考えていることはそう違わないと思うんですが,規定として今のような過失という言葉を使うのがいいのか,イに書かれたようなものがいいのかということをめぐっては,いろいろと意見が分かれております。   過失相殺という言葉は,実務上,非常に慣れ親しんだ概念として,なじみがあって,そういう意味で,下手に変えるとよろしくないのではないかという非常に後ろ向きの議論もあるんですけれども,他方で,過失相殺が事案ごとに判断をされている中で,結論において妥当な結論を導いているかどうかについては,これまた,いろいろ評価が分かれていて,損害賠償義務を認めながら余りに大幅な過失が認められているような事案などについて,いわゆる消費者問題などを取り扱っている弁護士からは,批判的な声も上がっております。ただ,そういう人たちがどういう規律を望んでいるかというと,だからこう変えてくれというよりは,むしろ,より悪くなることを恐れてこのままでいいという姿勢も見られて,やや混乱をしているなという気がしています。   ちょっと余計な御紹介だったかもしれませんが,私自身は基本的にはイのような文言をベースにしつつ,もう一つ,何とか入れられないかなと感じている観点は,債務者側の故意・過失ないし帰責性等との相関関係性という点です。債務者側が非常に悪質な場合には,それとの比較において債権者のほうに多少の落ち度があっても,それを余り斟酌すべきではないという気がしますし,債務者側の落ち度もそれほど重くないときに,他方で,債権者側にも問題があるというときには,相応のバランスをとるという衡量が必要で,正に相関関係といいますか,債務者側の帰責性と債権者側の帰責性の相関的な関係によって判断されるべきものではないかと考えています。   ワーディングとしては,公平の見地とか公平の理念という文言が挙げられており,これはこれでよろしくないという御批判も出ていますが,例えば公平というような言葉ないしそれに準ずるような文言をここに盛り込めたらと,私としてはそのような規律を設けるのがよろしいのではないかと考えております。 ○中井委員 これを考えるに当たって,722条2項,不法行為における過失相殺との関係について,どのように理解をしたらいいのか,この調整をどのように考えるのか,整理する必要があるのではないかと思っています。前回の部会のときでも青山関係官が安全配慮義務を例にして,不法行為法における場面と債務不履行における場面については,統一したほうが良いという意見も出ていたと思います。しかし,ここで仮に統一しようとすると,先ほど私が自ら提案し,自ら批判を受けたと申し上げた,債権者側に余り帰責性のない事情も含まれて衡量する余地を広く認めることになります。それが不適切だとすれば,その関係はそもそもレベルとして違うのかどうか。   ここは異なるのではないかという考え方と,深山幹事から発言がありましたけれども,それは債権者側の事情と債務者側の事情,悪質性というのでしょうか,それを相関関係的に衡量することによって解決できる,それは同じレベルで解決できるという理解につながるのか,この辺りによって規定の仕方も変わってくるという印象を持っております。 ○松本分科会長 不法行為の場合と債務不履行の場合,どちらででもいけるようなケースにおいて,どちらでいくかによって過失相殺の内容が変わってくるようなことでも構わないという立場を採るのか,それとも,それはまずいから,不法行為のほうも一緒に考えなければならないという立場を採るのかということで一つ分かれると思いますが,それでは,不法行為と競合しないような債務不履行プロパーのタイプで過失相殺が問題になるとすれば,どういうシチュエーションが考えられるのでしょうか。すぐ思い浮かぶのは,売買契約の履行遅滞で,別のところからすぐに調達すれば損害額が少なくて済んだのに,いつまでも当該債務者の履行を待っていることによって価格が値上がりしたというような場合に,どうなのかという議論が比較的よく行われるわけですが,そういうものはここでカバーするべき問題に入れるのか,入れないのか。つまり,債務不履行プロパーの過失相殺とは何ぞやということなんですが。 ○内田委員 債務不履行というか,特に契約取引の場面での過失相殺というのは,松本分科会長がおっしゃったとおりの場面が典型だと思います。合理的な措置を講じなかったときという一つの案が示されているのは,やはり,そういう場面が主として想定されているということなのだと思います。この言葉がいいかどうかはともかくとして,取りあえず,現在はそういう契約取引の場面を想定してルールを作って,不法行為の特に人身損害に関わる素因の問題とか,被害者側の過失とかは取りあえず射程の外に置く。   もちろん,一般的な規定を置いてしまうと,そこにも射程は及ぶかもしれませんけれども,できるだけ悪い影響を与えないような文言を考えた上で,素因とか,被害者側の過失とかの問題は,やはり,人身損害の賠償額の算定方法について根本的に議論をしてから,規定を考えたほうがいいと思います。そこで,その問題は次の不法行為法の改正に委ねるという点に関して,ある程度,コンセンサスを作っておいたほうがいいのではないかと思います。   それから,もう一つ,前回の部会で青山関係官から安全配慮義務との関係で,不法行為法と切り離せないのではないかという御発言があったのんですけれども,安全配慮義務は,今回時効法の改正をすれば,恐らく将来的には全て不法行為で処理されるのではないかと思います。そうすると,安全配慮義務を含めて人身損害のほうは,不法行為法の改正で処理をするという扱いはあり得る選択ではないかと思います。 ○松本分科会長 ということで,契約上の債務の履行遅滞による損害賠償の額を減額するような条文として,この418条を使うべきか,使うべきでないか。使うべきだという場合には,今の文言は不適切だから,変えるべきだという感じの議論になると思いますが,いかがでしょうか。 ○中井委員 私も場面として,本来的な契約の債務不履行の場面と,安全配慮義務や医療過誤等における人身損害が発生する場面とで,同じ過失相殺の規律というのは違和感を持っておりますので,そこで分けた議論をする方向は,十分理解できると思っています。では,そのときに418条の債務不履行に関して,内田委員の御提案というのは,ここでの議論において確認をすることによって足りて,それは条文上,そのような範囲の限定なり,示唆するような構成まで考えるのか,それとも,そこまでのことをおっしゃっているわけではないのか,お考えを教えていただければと思いますが。 ○内田委員 明示的にそういうものを排除するような文言を置くということではありません。もちろん,医療過誤訴訟とか,安全配慮義務訴訟が契約構成で争われるということは,排除はできないと思いますから,重なってくる場面はあるわけですが,そのときに悪影響を与えないような文言を工夫して,主としては契約取引上の過失相殺の場面を想定してルールを作る。そして,不法行為のところで根本的に考え直した上で,必要があれば,こちらにもまた手当てをするということは出てくるかもしれませんけれども,当面はそちらに悪影響を与えないような表現を工夫することでよいのではないかという考えです。 ○鎌田委員 今の提案だと契約上の債権しか適用にならないような感じだけれども,それ以外は現実には問題にならないという前提なのか,若干,債権総論的に表現を改めるのかという点について,誰に聞けばいいのか分からないですが。 ○松本分科会長 しかし,あとは金銭債務が大部分で,不当利得の現物返還のところ辺りで,債権者側の責めに帰すべき事由で不当利得の現物返還義務が履行できなくなる,履行に障害が出たというような場合は考えられるでしょうが,あとは金銭債務だから余り過失相殺の話にはならないのではないでしょうか。   あと,もう一点,私が気が付いたのは,受発注契約で本来なら注文者がもう少し詳細なスペックをきちんと説明すべきなのに,そこをきちんと説明しなかったから,出来上がってきたものが,不適合になっているというようなタイプの紛争が結構多いと思うんです。そういう場合に,そもそも債務不履行ですらないんだという形で処理をするのか,債務不履行だけれども,発注者側の説明義務がきちんと履行されていない分だけ,賠償額を減らしましょうという形でいくのか,いずれにせよ一定の調整はすると思うのです。そういうタイプの紛争だと損害の拡大というよりは,むしろ,債務不履行そのものに債権者側にも帰責事由があるという感じかなと思いますが,説明義務という言葉を入れてしまえば,過失だと置き換えても余り問題はなくなってしまうんでしょうかね。 ○中井委員 現実にソフトウエアを作るとか,システムを構築することに関連する訴訟が最近,非常に多くなっている中では,松本分科会長がおっしゃられた問題がたくさん頻発していると思います。そのとき債権者側,注文者側の一種,スペック提供義務的な,協力義務的な義務違反,帰責事由を認めて減額をしているのが実務ではないでしょうか。それは損害の範囲で考えるよりは,出来上がったものについてもう一回作り直す,その作り直す費用について割合的負担にする根拠は,本来,提供すべきものを提供しなかった,協力すべきものを協力しなかった義務違反,帰責事由があるという構成になっているのだろうと思います。その辺は表現できる形が好ましいと思います。そうすると,イ案のような形で信義則上,義務のある場合にその義務を怠っているという場面が典型例かとは思います。 ○松本分科会長 では,もう休憩時間に来ておりますので,この辺でまとめさせていただきますが,イ案的なものでもう少し文言については考えなければならないにしても,イのような形に改めるという御意見が比較的多かったということでよろしいでしょうか。   それでは,15分間,休憩させていただきます。           (休     憩) ○松本分科会長 それでは,後半に入りますが,本来,前半にやるべきだったものが一つ残っております。3の「損益相殺」について御審議いただきたいと思いますので,説明をお願いいたします。 ○新井関係官 説明いたします。当該論点は部会資料34の13ページ以降に掲載がございます。第38回会議で審議がなされました。損益相殺の規定の明文化については賛成する意見があった一方,要件を利益とすることについてはやや広がり過ぎるのではないかという御指摘がありました。そして,規定の具体案の一例としまして,「債務の不履行と同一の原因に基づき,債権者が利益を得たときは,裁判所はこれを考慮して損害賠償の額を定める。」という提案を頂いております。   また,損益相殺については裁量的にするなど,柔軟な規律にすることが望ましいといった御意見があった一方,損益相殺を裁量的とすべきか否かは,損益相殺が損害の確定の問題として捉えるか否かといった制度の基本的な理解に関わる問題であるといった御指摘も頂いております。そして,損益相殺といわゆる損益相殺的調整との違いに留意すべきであるという指摘を頂いた一方,両者ともカバーできるような規定を作るのは,なかなか難しいのではないかという御指摘を頂きました。さらに,労働基準法や労働者災害補償保険法が「同一の事由」という文言を用いていることを引いて,これらも規定の具体化に当たって参照すべきであるという御意見を頂いたところです。以上を踏まえて,御審議をお願いいたします。 ○松本分科会長 それでは,損益相殺についてどうぞ御意見をお出しください。論点としては,損益相殺の規定を明文化するかどうかというレベルの話と,明文化するとすれば,どういう文言が適切かということで,その背景に恐らくどこまでのものを調整の対象に入れるかという実質的な判断が更に含まれるかと思います。 ○坂庭関係官 既に御指摘があったところですが,裁判実務で問題なるものとして,労災給付を挙げることができます。現在の実務は,ある種類の給付金,例えば療養補償給付は,損益相殺の対象に含めておりますが,他方で,例えば特別支給金等は損益相殺の対象に含めておりません。そもそも安全配慮義務違反の法的性質を債務不履行責任と考えるべきか否かについても御議論があるとは思いますが,債務不履行責任と構成することを認める場合には,利益概念で整理するのか,あるいは損益相殺を裁量的とするか必要的とするかによって整理するのかはともかくとして,現在の扱いをうまく説明できるように御配慮いただけると有り難いと考えております。 ○高須幹事 今の御指摘とも関係するわけですが,判例によって積み重ねられてきた損益相殺あるいは損益相殺的な処理の事案というのが積み重なっている。つまり,ある程度,広くこういったものを衡量して,最終的には公平とか,そういったことを意識しての一定の結論を導いていると。ところが,それが許されるのはどこまでかというと,それは実はなかなか難しくて,一概にぴたっとくるような要件化というか,条文化は難しいところなのだろうと思います。   部会でも神作先生のほうから御指摘がありましたように,商事の関係においては例えば役員の法的責任などの損害賠償責任のようなときには,コンプライアンスからの観点からなんだろうと思いますが,何らかの問題行為によって一方で会社に利益が出たといっても,それを損益相殺してはいけませんよというような発想の考え方もあり得る。そういうこともあって,したがって,ここではかちっとした要件を定めるということはなかなか難しいので,間口は少し広げるという意味でいろいろな対応があり得るというような文言にして,その上で効果に関してはすべきではなくて,することができるという形で一定の配慮を図る,このような考え方があると思います。そうなるとやや白紙委任的な話というか,あとは裁判所の御判断になってしまうかもしれませんが,それはそれで批判を受けるのかもしれませんけれども,やはり,この問題はかなり公平的なことを意識した結論の妥当性ということ抜きには語れない法文ではないかと思いますので,そのような観点から広く柔軟に対応できる規定にすると,こういう発想で臨んだらよろしいのではないかと,そのように思っております。 ○新井関係官 高須幹事にお伺いしたいのですが,損益相殺の要件を立てるときに,損益相殺をするか否かというところでも柔軟性を持たせるということと,あと,もう一つは「利益」概念を比較的操作可能な概念にしておくという両面があり得ますが,高須先生の御意見は,この両面において柔軟にしておくほうが望ましいと,そういう理解でよろしいのでしょうか。 ○高須幹事 本質は今の利益概念の柔軟化なんだろうと思うんです,基本的には。ただ,その上で効果の面でもできると書いておけば,やや実務に対する信頼みたいなお話になってしまうのかもしれませんけれども,本来すべきものはするし,そうでないものにはしないという余地を残せると。ここを必ずすべきとすると利益概念のほうにもかなり影響を受けてしまって,ここをしっかり決めておかないと,後々が非常に難しい問題になるというので,そこは詰め切れられるのかという危惧があると。したがって,今の新井さんの御質問に関して言えば,両方をそういう形で少し広くしておきましょうと,今はそういうイメージでおります。 ○山野目幹事 議論を深めるために,高須幹事にお尋ねをさせていただきたいのですが,今,新井関係官がおっしゃった二点にやはり関わりますけれども,一点目は利益概念を柔軟化すればよろしいというお話は,まだ,私は理解し切っておりませんが,利益とかという言葉では駄目であるというお話ですかね。   何か,もっとたくさんいろいろなことを書いて説明したほうがいいというお話なのか,利益ないしそれに類する言葉でも規律の表現としてはあり得るというくらいの御感触なのかというのが教えていただきたいということが一点目ですし,それから,もう一点は,いずれにしても裁判所はできる,という文言にしようというお話も新機軸の提案としてお出しいただいて,一つの考え方であると感じたとともに,それは率直なところどうなのでしょうか,裁判所にとっては迷惑な部分もあるのではなかという気も少しして,よく分かりませんが,してもいいし,しなくてもいいという規律で運用してくださいということは,裁判所が楽になるのか,つらくなるのかというようなことがやや気に掛かるというか,心配でございます。   それから,仮に,できる,ということにしたとしても,明らかにしようすればすることができるのに,できる,ということであるから,しないで済ませましたよ,と言っても,それは多分,上訴理由になって,しかるべき損益相殺がされなかったということは,やはり不適切な判断であったという処理になるでしょうから,できる,としておくとすごく安心できるということは,なかなか,それほどそんなことはないであろう,という感じもいたします。この二点はいかがですか。 ○高須幹事 まず,利益概念のところは説明が足りていなくて申し訳ないんですが,私自身も利益という言葉を置き換えねばならないと思っているわけではなくて,利益という言葉にいろいろな意味を込められるのではないかと,こういったことで,先ほどの新井さんの御質問には答えたつもりでございます。   それから,二点目のできるという部分は,してもしなくてもいいんだという意識ではなくて,やはり,本来すべきものはし,すべきものではないかどうか,その辺りのことに柔軟性を持たせると。したがって,それが上訴理由になることもあり得ると思うし,裁判所は責任を負うべきだと思っておりますが,ただ,その余地を残すような規定の書きぶりをうまく見付けるのに,もちろん,いい方法があれば私のような曖昧な言い方ではなくて,もう少し明確な条文にしておきたいと思いますが,もし見付からないときは,すべきだと書き切ってしまうということに関してちゅうちょを覚えると,こういう趣旨でございます。 ○鎌田委員 すみません。ちょっと教えてほしいし,見ようによっては揚げ足取りみたいで恐縮なんですが,利益概念は何なんですか。金銭的利益以外に例えば債務不履行してもらったから,みんなから同情してもらってうれしかったと,こういうふうなところまで利益概念を広げると,そういうことがここで問題なんですか。 ○高須幹事 今の御質問ですとだと,多分,そんなのはならないように思います。 ○鎌田委員 つまり,利益にもいろいろな利益があって,どの利益を拾うかということがここでの問題なのか。それとも,債務不履行から生じた損害と同一の原因から生じた利益というのでしょうか,債務不履行から直接に生じた利益というのでしょうか。あるいはもっと端的に言えば,損益相殺になじむような性質の利益かどうかということが問題なのでしょうが,利益概念と言われると,何を問題にしているのかがちょっとよく分からなくなるんですけれども,問題の核心はどこにあるのか教えていただきたい。 ○高須幹事 分かりました。すみません,不注意な言葉遣いを使いましたが,イメージというか,私が思っておりますのは,今,鎌田先生がおっしゃったように損益相殺として控除すべき利益,これをどうやって拾うべきかと私も思ってはおるんです。だから,概念という言葉ですといろいろな利益が入ってしまいますよというのは確かにおっしゃるとおりで,安易にそういう言葉を使ってはいけない。ただ,控除すべき利益はこういうものですよという文言を条文にどこまで適切な形で書き込めるかということに関しては,もちろん,書き込めれば,それに越したことはないのだけれども,かなり,これは今までの判例などを見るといろいろなケースがあるので,探し出す努力はもちろんすべきだとは思いますけれども,かなり広い領域になるのではないかとすれば,そういう余地を残すような発想でしか,所詮,書けないのかなという趣旨で申し上げたつもりでございます。 ○鎌田委員 ということは,要するに損益相殺の対象とするかしないかを振り分ける明確な基準というのは,現時点では定式化できていないと理解していいですね。 ○高須幹事 口頭試問を受けているみたいで緊張しておるのですが,そう言ってしまうと何のために改正の努力をしているんだと言われてしまう気がするんですが,今の御質問に対する回答としてはそう危惧をしておるぐらいで勘弁していただけないかと,もう少し勉強してみますと,こう考えております。 ○中井委員 弁護士会で損益相殺について議論したときには,損害を受けたのと同じ原因ないしは同じ事由に基づいて利益を受けたときという定式で,かつ,それを控除することができる,控除しなければならないではなくて,控除することができるという考え方でしたし,今の高須幹事からの説明もそうだったと理解をしています。ただ,私は,それでいいのか疑問を持たないわけではありません。   第一にあるのは,損害額の確定の問題だとすれば,それが裁量的というのはおかしいですね。差額説に立つかどうかはともかくとして,一定の損害が発生した,それは加害者若しくは債務者が負担すべきもの。同じ原因に基づいて,債務者が本来負担すべきものを何らかの理由で代わりに同性質のものを債権者が受領したとすれば,それは損害額から控除すべきで,控除した金額が損害として確定する。その控除することを損益相殺というならば,それは損害額確定の問題として,義務的になるのではないか。   次に,損益相殺的調整と言われるものについては,いろいろ裁判例があるようで,それらを分析できているわけではないですが,被害者が別途の対価を払っているもの,保険はそうだろうと思いますけれども,対価を払っているものは幾ら受け取ったからといって,それは,加害者,債務者が何も負担したわけではありませんから控除すべきではない。その他様々な社会的給付についても最終的な控除すべきものなのか,控除すべきものでないのかは客観的に決まっていなければおかしい。それが裁判所の裁量で自由に決めても違法ではないというのは,どうもおかしいような気がいたします。   結局,何が問題かは,当該受けた給付なりをその損害額から控除してよいのかどうかについての判断が非常に難しいものだから,差し当たって「できる」という表現を使っているけれども,それでいいのか。控除すべきものは控除する,控除してはならないものは控除してはならない。その切り分けをどのようにして発見するのか。最終的には債務者が負担したのと同視するように見られるものは控除する,こういう整理もあり得るのかと思いますが,そのような整理が果たしてできるのか,いかがでしょうか。 ○松本分科会長 控除すべきものは控除するのだということでは条文にならないから,そうすると何か条文を立てるとすれば,どこで言わば調整弁を置くかということになる。現状だと恐らく同一の事由によりというところ辺りで,実際は操作しているのではないかと思うんですね。生命保険の場合は事故から生じたものではないと,契約からなんだということで分けている。どこかで解釈的な操作をするんだとして,最後の裁量でやるというのは,確かにこの場合はおかしいんだとすれば,もう少し規範的なところで操作ができる余地のある概念を入れて,安全弁にするというぐらいの対応しかないのではないでしょうか。   ということだと,現状だとやはり同一のという辺りをできるだけ操作することによってというやり方ですが,もっと適切な操作概念があるのであれば,そちらと置き換えるということでしょう。しかし,全ての場合が一義的に決まるような明確な形というのは恐らく難しい。様々な利益が今後も新しく争いになるんだとすると,それに対して裁判所が適切な判断ができるような手掛かりを与える部分を埋め込んでおくという形で明文化するか,あるいは従来どおり明文化しないか,どちらかだと思いますが。 ○高須幹事 今の分科会長の御発言に対して,私は何かすごく否定的な発言をしてしまったように聞こえていますが,明文化すること自体は必要だと思っております。ただ,適切に明文化するのに当たって,ここでは,今,御指摘があったように規範的な要素というか,最終的には規範的な評価に委ねざるを得ない部分は残しておきたい。そのほうが結論的には使い勝手のいい規定になるのではないかと思っておるという,そういう趣旨でございます。 ○中井委員 分科会長がおっしゃられたようにある程度,抽象的に決めざるを得ないのではないか。その決め方としては,一つは同一の原因若しくは同一の事由によって得た利益,これは経済的,金銭的利益を指しますけれども,であると同時に,それが法的にというのでしょうか,当該損害の填補されたものと評価できるようなもの,当該損害に対する填補でないといけないと思います。   それから,加害者ないし債務者が負担したものでなければならないのではないか。この最後の点は,債務者が負担したと評価できないものでも損害が客観的に填補されていると評価できれば,それで十分とも言えるのかもしれません。適切かどうかはともかく,そのような要素で限定を掛けるということは考えられないのでしょうか。 ○鎌田委員 それは損益相殺的調整のほうをむしろ主として念頭に置かれていますか。例えば死んでしまったから生活費が掛からなくなったとかいうのは,損益相殺以前の差額説の計算の問題で,損益相殺ではないと考えるんですか。 ○山野目幹事 言葉の整理の問題ですからいろいろあるとは考えますが,私は今,鎌田委員が挙げた,死んでしまったことによって出なくなった経費のほうが固有の意味の損益相殺で,社会保障給付や保険の問題が損益相殺的な調整の問題であったと理解していました。その上で,今日の御審議も損益相殺的な調整まで含んだ射程の大きい規律を設けるということまで,お考えになるのかどうかということをまずお決めいただくことがよろしいと感じます。そこまで広く射程をとるのならば,何人かの方がおっしゃったように同一の事由とかという概念にかなりの重さを置いて,規律を立てなければいけないと思いますが,それは不法行為法にもまたがる問題ですし,今回は直接には対象としないというふうな選択が採られるのであれば,また,別な議論の在りようがあるのではないかと感じます。 ○沖野幹事 併せて既に明らかなのかもしれませんけれども,損益相殺的な調整というものも視野に入れるというときに,それを包含した統一的なルールということになるのか,本来的な損益相殺についての規定化を図った上で,それはそれで一本を立てて,重複填補的なものについては,こういう場合でこういう要件があるときにも同様とするというような二本立ての規律とすることも,考えられるのではないかと思いますので,損益相殺的な調整を図るということにも視野を広げていくべきだという場合の在り方自体に,そのような可能性もあるということを考えるべきではないかと思いますが。 ○松本分科会長 不法行為における損益相殺の話と,債務不履行における損益相殺の話,先ほどの過失相殺と多分,重なってくると思うんですが,生活費控除の議論は恐らく不法行為のほうが主戦場だとすると,不法行為と重ならないところの損益相殺,単純な契約不履行的な損益相殺というのはどういう場合が考えられますか。損益相殺的ではないところの本来的契約違反プロパーの損益相殺というものが,もし,余りないんだとすると,損益相殺については不法行為のほうと一緒に議論しないとよくないということであれば,ここの契約法のところでは触れないという選択肢もあり得ると思うんですが。 ○沖野幹事 確認だけですけれども,触れないとおっしゃるのは,損益相殺自体についても全く規定を置かない,それは例が余り考えにくいからということでしょうか。 ○松本分科会長 つまり,不法行為の損害賠償の議論はいろいろなところで債務不履行の損害賠償の議論と連動しているのでしょうけれども,そこは不法行為法を本格的に改正するときに議論しましょうということで,余りそこには触れないという方向の議論が今までは多かったと思うのです。したがって,損益相殺も実は主戦場が不法行為であれば,今回はいじらないで置いておくというのもあり得るのではないかと。   つまり,前にやりました中間利息の控除について,人身損害の将来の逸失利益についても明文の規定を置くのかという議論がありますけれども,そこは不法行為法の改正のときに本格的にやりましょうという意見のほうが,どっちかといえば強かったと思っています。そうすると損益相殺もそれと同じようなタイプの論点なのであれば,不法行為のほうでやればいいし,そうではなくて不法行為でカバーし切れない,本来的契約不履行の損益相殺にこういう重要な問題があって,そこだけは少なくとも明文化しましょうということであればここですればいいと思うんですが,どんなケースが考えられるでしょうかということです。それに見合った文言を考えればいいのではないかと。 ○山野目幹事 安全配慮義務違反は,今後は債務不履行で取り扱われる度合いが大きくなってくるということでしょうか。そこで逸失利益からの生活費の控除であるとか,養育費の控除であるとかというのはおのずと問題になるものであって,それが債務不履行で問われたときに,損益相殺の考え方をしないのですかということについての規律の透明化というのは,あってもいいように感じます。 ○松本分科会長 内田委員は先ほど逆のことをおっしゃらなかったですか。安全配慮義務は今後,不法行為で扱われることになるでしょうと。 ○鎌田委員 完全性利益の侵害の場合ではなくても,物の給付を受けて,それを利用して利益を上げる,あるいは転売して利益を上げる場合でも,その物を利用するためには保管料とかメンテナンス料が掛かるとか,転売するためには転売費用が掛かる。これは無意識に得べかりし利益の額から引いているわけですよね。これも損益相殺といえば損益相殺で,損益相殺的計算は常にやっているのではないでしょうか。 ○中井委員 ここでは,損益相殺的なほうを明文化することに意義があるのかなと私自身は思っていまして,本来的な損益相殺は確かに損害から利益を引くのかもしれませんけれども,理屈は損害額の確定の問題に過ぎないのではないでしょうか。そうだとすると,あえてそこだけ明文化することの意義がどれほどあるのかなと思っていますので,ここでの主戦場というか,主たる明文化するメリットがあるのは,損益相殺的な利益について控除する,その基準というところかと思っていました。損益相殺的なのがどういう場面なのか,一定,抽象的であれ,規律が設けられるとより好ましいなというのが私の基本的な認識ですが,いかがでしょうか。 ○山野目幹事 二点申し上げますが,一つ前の私の安全配慮義務の発言ですが,過誤によるものでした。あの部分は少し前に内田委員が仰せになったことを一瞬,逆に誤解して申し上げましたものであり,撤回いたします。   それから,もう一点ですけれども,確かにずっと御指摘があったように債務不履行の場面において,狭い意味の損益相殺を考えることということがビジュアルにはイメージしにくいかもしれませんし,中井委員のおっしゃるように,だから,損益相殺的な調整のほうについて規律を設けよということも分かりますが,固有の意味の損益相殺のところの規定を置かなくて損益相殺的な調整だけを置くということは,ナチュラルな規律の置き方でしょうか。ですから,もし,それが必要であるのだったら,やはり,その手前のところで狭い意味の損益相殺の規律を置いた上で,その応用版としての調整的なものを置くべきですし,あるいは調整的なものは少し難しいから,少なくとも基本的な考え方で,例が余りないかもしれないけれども,今までの民法の伝統的な考え方で言われてきた損益相殺について,簡明な規定を置いておこうということでとどめるということも大いにあり得ますし,そのようなことは考えていくことができないかと思います。 ○中井委員 私の発言が不適切だったのかもしれません。損益相殺的調整を入れるということは,その前提として損益相殺については当然入ることを前提にしています。逆に,損益相殺だけ入れるというなら,それは損害額確定の問題ですから,それほど入れるのはどうですかというのが私の意見の趣旨でした。 ○道垣内幹事 別に裁判例があるわけではないのですけれども,分からないのですけれども,例えば取立債務である物の給付において,物が滅失して履行不能になったという場合に,取立費用は掛からなくなるわけですよね。それは損害額の算定で対処できるのかというのがよく分からなくて,損害額の算定というのは,恐らくは引き渡されなかった物の価値の評価ということになるのでしょうが,そのときに取立費用は物の評価の中に組み込めるのでしょうかね。無理なのではないかなという気がするのですけれども。 ○松本分科会長 私もよく分からないんですけれども,冷蔵庫で保管する費用も要らなくなったとかいうようなケースですよね。保管費用も要らなくなったと。しかし,転売のために購入しているのであれば,保管費用の分は転売利益の中に当然込みで普通は議論しているわけですから,倉庫保管費用が要らなくなった分を損益相殺だということで別立てにしてやるということは,恐らく転売目的である場合はしないと思うんです。自分がエンドユーザーであるという場合に,取立てに行くための交通費が要らなくなったという場合は,その分,得をしましたねという固有の評価はあり得るかもしれないですが。 ○鎌田委員 私が債権者だったら,物の値段だけを請求して掛かる費用なんていうのは知らんぷりしている。相手方からこういう費用が節約になったではないかという主張があって,それを差し引く根拠がどこかに必要だとすると,それは損益相殺なんだろうと思いますので,どこにでも転がっている話ではないかという気がしますけれども。 ○山野目幹事 ですから,どこにでも転がっている基本的な固有の意味の損益相殺の規定は設けたらよいと考えますし,そんな難しい話ではないように感じます。その上で,先ほど中井委員がおっしゃったように,それだけにするか,加えて損益相殺的な調整の規定を設けるかというところに議論が収れんしてくると思いますけれども,それは御議論いただければよいことでしょう。私の直感では,幾つかの最高裁判所の判例があって,先ほど坂庭関係官もおっしゃったようなことを何か,少なくともこの機会に明文化していくことは,少し荷が重いという気もしますけれども,沖野幹事が御指摘になったように,二本立てでルールを置くということにチャレンジしてもいいのかもしれません。その辺りを引き続き御議論いただくべきであろうと感じます。 ○松本分科会長 そうしますと,人身損害で拡大損害でないところの本来的な契約不履行に伴う損益相殺というのは,積極的に受けた利益というよりは,出費の節約の部分を損害に跳ね返らせるというようなことでしょうか。今の挙げられた例は,積極的な利益が別途得られたというタイプではなくて,みんな出費の節約のタイプです。不法行為の場合には多くは別途給付が得られたということで,それが損益相殺的ということなのかもしれないですが。他方で,生活費が要らなくなったというのは,出費の節約ということになるのかもしれないですが……。 ○中井委員 一つの典型が出費の節約であることはそのとおりと思いますけれども,例えば明らかに使えないような鉄製の機械を納入したことによって機械全部の損害,売買代金全額の損害を被ったかもしれませんけれども,スクラップで処分したスクラップ価格を得たとすれば,それを引く根拠というのは損害論の確定の問題なのか,スクラップ価格分を控除するのが損益相殺の問題なのかという一応,理屈はあり得るのかと思うのです。 ○山野目幹事 誤解を恐れずに言えば,損害の確定の問題ですか,狭い意味の損益相殺の問題ですかと問い詰めるようにお尋ねいただくときに,それはどちらでもある,ということであって,狭い意味の損益相殺の規定というのは,思い切って言えば,損害概念のある部分の考え方についての確認規定であるという側面があるのではないでしょうか。従来の考え方でも過失相殺は抗弁になって,こちらの損害がこれだけあったと述べると,相手方が,それは分かるけれども,過失相殺の抗弁を出します,と主張する当事者が分かれたものでしょうけれども,損益相殺はそんなことをしてこなかったですよね。損害を計算した後の思考過程を見ると,それはそういう損害だったのだよということであって,どちらかが抗弁を出した結果として減らされたというふうな思考法というものはしてこなかったと考えますから,そのように今までしてきたものを,しかし明確に,できるのですよ,という確認の規定を置くという色合いが濃いと考えます。全くの確認規定でしかないかどうかは自信がありませんけれども,そのような色合いがかなり強いのではないかと感じております。 ○中井委員 今の山野目幹事の意見には何ら異存はございません。同じ理解としての説明のつもりでした。 ○高須幹事 今のような御趣旨を踏まえて本来的なというか,狭い意味での損益相殺概念というのを設けるということ自体は私も全く異論がないし,そのこと自体はすごく難しいと言うつもりはなくて,冒頭に申し上げたのは損益相殺的な処理をしている一群の判例のようなものを明文化するに当たっては,かなりの難しさが伴うので,そこは工夫の仕方が必要になるのではないかというような趣旨でございます。そういう意味では,本来の規定を設けること自体は可能だと思いますし,すべきだと思います。   そして,もう一つは損益相殺的な処理をここで明文化するかの問題で,ここは先ほどの先生の御発言にも関わるんですけれども,ここはすごく実務の上では微妙な部分になるというか,何とか認めさせたい,あるいは認めさせたくないというところの攻防として,非常に損益相殺的な処理のところというのは大きな争点になるところだと思いますので,そういう意味では手掛かりを与えるという意味で何らかの条文ができれば,可能であればという前提なのかもしれませんが,できれば,そのほうがより良い民法になるのではないかと思います。 ○松本分科会長 先ほどの私の問題提起に戻るんですが,損益相殺的な調整の主戦場は不法行為ではないですか。 ○高須幹事 常にそうかどうかは勉強不足なんですけれども,必ずしもそうでもないように思っています。例えば,否定的のほうで先ほど例を挙げた会社法上の会社の利益の問題と役員の責任の問題などはあるのではないかと思いますので,あれも不法行為でやっているわけではないのではないかと思うんですが,ただ,分科会長の御質問は,その場合も不法行為的なものとかぶるのではないかと言われてしますと,あるいはという気もしますが,もう少し何かあるのではないかと,すみません,根拠は挙げられませんが,思ってはおるんですが。 ○松本分科会長 私が言いたいのは,損益相殺的な調整をするなということではなくて,不法行為のケースのほうが圧倒的に損益相殺的調整が論点になるケースが多いのだとすると,不法行為の議論を全面的にするときに,本来,やるべき議論なのかもしれないので,ここで余り詰めてやってしまうと,不法行為のほうに悪い影響を与えることになるのだとすると,そこは今回,棚上げをするという判断もあり得る。そうすると,本来的な部分について一種の念のための本来なら賠償額の算定のほうで処理されるべきルールかもしれないけれども,そういう意味では重畳的なルールかもしれないけれども,規定を入れましょうという選択肢はある。そこで無理に的までカバーできるような文言にしようとすると,派生問題が大きくなり過ぎるような気もしますので,狭い部分だけ明文化できるのなら,その案をうまく出せればいいのではないかと思うんですが。 ○中井委員 今,御指摘があったように損益相殺的調整の主戦場は不法行為の場面だと私も思います。私がここで損益相殺的調整も当然,損益相殺の規定を設けるというときに入っていると思った理由は,過失相殺のときに,前回,不法行為における過失相殺の場面と連動した考え方を提案したとおりで,そのところから損益相殺についても同じ連動した考え方を持っていたからです。先ほど過失相殺の議論において内田委員から御示唆があったように,ここでの改正においては,過失相殺の不法行為における調整については追って不法行為法において更に検討してから,それをフィードバックさせるということがこの分科会で御承認されるのなら,その方向について損益相殺も併せて本来的損益相殺のみ規定し,不法行為が主戦場になる損益相殺的調整については,不法行為において更に議論する,そういう考え方について違和感はございません。   そうだとしたときの本来的損益相殺ですけれども,果たして「できる」でいいのかについては,御検討いただく必要があるのではないかと思います。 ○内田委員 議論がまとまろうとしているときに申し訳ないのですが,議論の前提が私にはずっと理解できておりませんで,本来的と損益相殺的の違いは何なのでしょうか。皆さん,それぞれ思い浮かべているものは一致しているのでしょうか。 ○松本分科会長 恐らく本来的というのは,損害賠償額の算定に置き換えてもおかしくないようなケースが本来的であって……。 ○内田委員 それを私は損益相殺的だと思っていたのですが。 ○松本分科会長 人によって用語の意味が違うのなら議論しても無駄ですね。 ○内田委員 どうしてそれが本来的なんですか。何が派生的と違うのか。 ○松本分科会長 恐らくモデルを人身損害で考えているから,保険絡みの話とか社会保障給付の話は,損益相殺的ということで整理されているのではないでしょうか。そういうイメージだと思いますから,本来の契約違反のところに置き換えた場合に,それがどうなるのかというと,結局,本来の損害額の算定に関わる部分が的でない部分だから,本来の損益相殺だということかなと私は理解しているんですが。 ○中井委員 ここで議論の的となっているのは,多数の判例で出ているように社会保険給付的なものなど,当事者間の契約関係,若しくは直接の関係からは生じないで,外部的要因で支給されたようなものが一連の判決の中で出て議論されていますが,それらのものを想定していたのですが。 ○内田委員 本来的から外れる理由は何なのでしょうかね。 ○山野目幹事 内田委員のお尋ねは,伺っていてごもっともな部分もあると感じますが,積極的に外す,という考え方の議論でもないであろうと考えます。部会資料13ページの3で提起いただいているような比較的簡明な損益相殺に関する規定を置くことによって,少なくとも出費の節約のようなものが明文の裏付けを持って,損害算定で考慮されるということが明らかになるし,加えて,その規定の考え方などをそしゃくした結果,従来,社会保障給付や保険金について行われてきた実務に正当性を与えたり,その細密化を促したりするということはあってよろしいのであって,別にしていけないと考える必要はないと思いますが,ただし,先ほどまで議論していたことは,反面において,しかし,数ある社会保障給付や保険金の中で考慮されるものとされないものがあることから,それらの扱いが一読して分かるような長く細かい規定を設けるということは今回は少し難しいし,また,別の機会に送ったらいかがでしょうかねと,そういう議論をしていたものと理解いたします。 ○松本分科会長 出費の節約というと,不当利得でよく使われている言葉ですが,共通の理解ができて,こちらの債務不履行のほうでそれなりの規定が入れば,不当利得も一層議論しやすくなるかもしれないですね。 ○内田委員 損害額の確定の問題で処理できるものについては,出費の節約とか生活費などもそうですが,それは別に損益相殺の規定はなくても,損害の算定の問題として処理は可能ではないかと思うのです。これに対して,社会保障給付などは損害額の算定とは少し違うので,それが控除できるというためには,やはり法的根拠が必要なのではないか。そちらが本来の損益相殺ではないかとは思っていたのですね。ただ,社会保障給付の控除についての現在の判例が説明できるルールを書くのは不可能だと思いますし,現在の判例はある程度,裁量的な判断をしていますけれども,それは実際の紛争解決の中でそれなりに工夫をしてやっておられるので,それは動かさないように,つまりそこに影響を与えないような言葉で表現したほうがいいと思います。いずれにせよ,そちらが本体かなと思っていたものですから,かなり早い段階で山野目幹事のほうから,それは損益相殺的であるという御発言があって,そこから後,ずっと理解できないまま議論を伺っていました。 ○中井委員 今の内田委員の発言は,当初の私の発言と同じということですしょうか。 ○鎌田委員 損益相殺という概念自体が必ずしも明確でないんだと思うんです。と同時に,損害概念自体も違うのではないでしょうか。差額説をとって差引計算をした最後の額が損害だというと,それまでの損益相殺は損害額確定に至るプロセスでしかないんですけれども,死亡が損害とか,給付がなかったこと自体が損害だというと,その損害は固定された部分で,別の要素で差し引いていかなければいけないことになるので,損害が確定した後に差し引くための根拠が必要だという意味では本来型の損益相殺と,今,ここで言っている損益相殺的調整というのは多分,同列に並んでくる。そういう意味で,どっちの損害概念を採ろうがやる操作は同じなんだから,損害額を最終的に確定するまでにはこういう操作とこういう操作をやりましょうと,狭い意味での損益相殺は損害額が確定した後に損益相殺法理によって差し引くことだといっても,損益相殺的調整みたいなものがどの立場を採ろうと必ず必要になってくるという意味では,内田委員のおっしゃったとおりだと思います。 ○松本分科会長 議論がまとまりそうに見えたけれども,まとまらないですね。明文の規定を置くとすると,何をターゲットに置くかというところで幾つかの考え方があるということと,それから,置いた場合に先ほどの狭い意味のほうの損益相殺との関係で,損害概念を逆に決めてしまうことになるかもしれないという副作用。単なる操作概念なんだから,結果としては同じ額になるでしょうというのは多分,そのとおりだろうけれども,損益相殺の明文の規定を入れて,それが本来的な部分だということにすると,損害について正に鎌田委員がおっしゃったように,差額説ではない立場を民法は明確に採るということを宣言するような印象を与えるかもしれないということもあるかと思います。   それから,主戦場が不法行為なんだとすると,ここで決め切ると弊害のある部分もあるかもしれないというようなところで,いろいろな考慮をしてみると意見もばらばらだし,まとまりませんでしたということでよろしいですか。 ○内田委員 前提となる思想を書くことには,どなたも余り異論はないのではないですか。それを更に細かく書こうとすると,派生なのか,本来なのかという話になってしまいますけれども,今,何の根拠もなしにやっていますから,前提となる原則を書く分には,その言葉はまだ詰めないといけませんけれども,そこは異論はないのではないでしょうか。 ○山野目幹事 何もまとまらなかったというよりも,それなりにきれいにまとまったと私は認識していまして,非常に簡明な損益相殺の可能性を表現する規律を設けることは,大方の御賛同があったと感じます。その規定を設けたことの意味が損害概念についてある立場を採ると,当然のことだけれども,確認の意味で書いてくださったのだよねと言える理解の仕方がある反面において損害概念について別な考え方を採ると,やはり,その規定は独自の損害の調整の規定としてなければいけないねという意味付けが与えられるのですけれども,それぞれの異なる立場から,しかし,簡明な規定を置くことの有用性は共通に認められて,置くという方向で御議論があったと思いますし,それから,社会保障給付や保険金の調整の規定を判例が与える諸解決も表現し切るように細密に表現することについては,非常に難度が高いし,また,それをここですることが適切であるかということについては,懐疑的な意見が支配していたとみました。その背景にある見方はいろいろあるかもしれませんけれども,その帰結については何か幅広く認識の一致があったとものと,もしかすると私のみかもしれませんが,感じておりました。 ○松本分科会長 うまくまとめられたから,それでもいいんだけれども,結局,今までのこの議論はいったい何だったんですかという感じになってしまいました。あってもなくてもいいけれども,あったほうがいい規定をうまく書ければそれでいいでしょうというのは,議論のスタートのときから何ら進んでいないですね。 ○中井委員 山野目幹事の整理で異存はありません。 ○松本分科会長 それでは,余り影響が出ないように理念というか,抽象度の高い形で文言がうまく整理できれば,それでやっていただくというような感じでまとめさせていただきます。   それでは,次に債権譲渡のところでございますが,譲渡禁止特約のうちの「(3)譲渡禁止特約の第三者への対抗を認める場合の譲渡禁止特約の効力」のア及びイについて御審議を頂きたいと思います。事務当局から御説明をお願いいたします。 ○松尾関係官 「(3)譲渡禁止特約の第三者への対抗を認める場合の譲渡禁止特約の効力」は,部会資料37の13ページに掲載されております。この論点については第45回会議において審議が行われました。このうち,アについては,結論については最終的に部会で決定することを前提に,アの甲案,乙案と,(2)のアからオまでの各論点に関する部会における検討結果との関係等について,分科会で補充的に検討することが決定されました。   この部会では,相対的効力案を採用する場合における法律関係について,様々な観点から問題提起を頂きました。その中でも特に問題になったのは,部会資料37の15ページ以下にある設例1から3までにおける一つはBのAに対する弁済の可否と,もう一つはBに対する請求権者が誰であるのかという点であったと思います。これらの点を中心に部会での審議状況を振り返りながら,事務当局の整理を改めて御説明させていただくこととします。   まず,BのAに対する弁済の可否ですが,部会資料は部会で回答させていただいたとおり,設例2においては,BはAに対して弁済することができるが,設例1と設例3においては,BはAに対して弁済することができないという考え方に基づいております。この考え方の前提には譲渡禁止特約の効力として,債務者は悪意の譲受人に対する譲渡は存在しないものと扱うことができるという理解があります。その結果,設例1と設例3においては,債務者から見ると債権がDに帰属していることになりますが,債務者以外の者の間では,債権がCに帰属しているという整理になると考えられます。このように整理することによって,Bの弁済の相手方であるDの側からBに対して請求することができるという帰結を無理なく導くことができるという利点があると思われます。   このような整理の結果を本日,お手元に配布した分科会資料では,A案として改めてお示しいたしました。しかし,これに対して部会での審議においては,BはAに対して弁済することができると考えるべきではないかという問題提起がありましたので,これを踏まえて,本日,机上配布させていただいた分科会資料において,新たな別案であるB案を試みに提示しております。これは,譲渡禁止特約は弁済の相手方を固定する効力があるだけで,債権の帰属の変更を妨げることはできないという理解を前提とするものであります。その結果,債務者BはCへの譲渡自体は否定できないけれども,特約の効力としてAに弁済することによって免責されることになります。つまり,AはCのための受領権限のみを有するものと扱うことになります。このように,相対的効力案を採るとしても,債務者から見た譲渡禁止特約の効力をどのように考えるかの違いに基づいて,A案とB案との違いが生じていると理解をしております。   次に,Bに対する請求権者が誰になるのかという点です。これは設例を少し離れ,AがBに対して有していた譲渡禁止特約付債権を悪意のCに対して譲渡したという単純化した事案を想定した場合に,AがBに対して請求できるかという問題であると理解をしております。先ほどの説明のとおり,A案によると債務者Bとの関係では,Aに債権が帰属していると考えるので,AがBに対して請求することができるという帰結を導くことができると考えております。もっとも,この場合にAが譲渡禁止特約を主張していることになり,(2)ウの論点との整理が困難になるのではないかというのが,第45回会議における畑幹事からの問題提起であったと理解をしております。この点については,債務者に対しては譲渡人を含めて全ての者が譲渡禁止特約の存在を主張できるとしつつ,第三者との間では債務者以外の者が譲渡禁止特約を主張することは,できないという整理があり得るのではないかと考えております。このように(2)ウの論点との関係を考えることができるのかという点が一つの問題になるのだと考えております。   また,これとは別の問題として,Aからの請求に対してBが債権譲渡の事実を主張し,他方,Cからの請求に対してBが譲渡禁止特約を対抗した場合に,BがAとCのいずれからの請求も拒否できることになり,それが不当ではないかという問題提起を頂戴いたしました。この点についても先ほど述べたように譲渡禁止特約の主張権者を考えることによって,対応することができるのではないかと考えましたので,この点についても御意見を頂ければと考えております。   他方,B案によると債務者Bとの関係でも債権がCに帰属しているということになると思われますので,分科会資料でもお示ししましたように,AはBに対して請求することができないという結論になるように思われます。そうなると,誰もBに請求することができないという帰結を生ずるおそれがありますので,この案は(3)イにおける①のような規定を設けることが必須になると考えました。すなわち,Bが任意にAに対して債務を履行しない場合には,Cが直接債権を回収することができるとすることによって,Aが請求することができないという考え方を採ることによる不都合を回避しようとするものです。この考え方を採ると,(2)ウの甲案の考え方と整合的な考え方であると整理できるのではないかと思います。   相対的効力案の内容としては,これまで説明しましたような二つの考え方があり得るように思われますので,それぞれの考え方についてどのような問題点があるのか,その問題点についてどのような対応が必要かということなどについて,御意見を頂戴できれば幸いです。   次に,イの相対的効力案を採用する場合の譲渡禁止特約の効力の制限についてですが,各案の具体的な規定の在り方について分科会で補充的に検討することが決定されました。このうち,先ほど申し上げましたとおり,相対的効力案の内容を分科会資料のB案のように考えた場合には,①のような規定を設けることが必要になるのではないかと思われます。この場合には譲渡人が履行の催告をすることも考えにくいため,どのような事由をトリガーとして債務者が譲渡禁止特約を対抗できなくなるのかという点について,更に検討する必要があると思われます。一例としては,債務者が履行遅滞に陥った後に譲受人が債務者に対して譲渡人への債務の履行を催告したにもかかわらず,相当期間内に債務者が履行しないときに,債務者が譲渡禁止特約を譲受人に対抗できなくなるとする考え方があるように思われます。   また,①の規定を設けるということについて支持する意見を部会では複数頂戴いたしましたが,その中身はトリガーとなる事由をBの債務不履行とする必要はないのではないかという御意見も頂きました。以上のほか,①については,②,③について部会資料で提案しているものと同様の抗弁切断の基準時に関する特則を設けるべきであるとの御意見がありました。この点についても御意見を頂ければと思います。なお,②,③については積極的に支持する意見は部会ではなかったように思いますが,これらについても更に御意見を頂きたいと考えております。   長くなって申し訳ありませんでしたが,以上でございます。 ○松本分科会長 何か頭がこんがらかっているんですが,今日,お出しになった補足資料ともとの部会資料の15ページ,16ページ,17ページとの関係は,元の部会資料の第1案が更に詳細にA案とB案に分かれたという理解でよろしいですか。 ○松尾関係官 第1案はA案にそのまま対応するものであり,他方,部会で出た意見を踏まえて,第1案を修正したものがB案になるという関係であると考えております。 ○松本分科会長 だから,第1案がA案とB案に分かれたという理解でいいですか。どちらも相対効。 ○松尾関係官 どちらも譲渡禁止特約に違反する債権譲渡の効力を有効とするという意味での相対的効力が前提の考え方と言えると思います。 ○松本分科会長 相対効の立場が更に二つに分かれたと。元の部会資料の第2案というのは絶対効ですよね。これはもう議論する必要はないという理解でいいですか。 ○松尾関係官 部会の中で御意見が分かれたのが,特に譲渡禁止特約に違反する債権譲渡の効力を有効とする考え方を前提とした場合の整理でしたので,まず,その点について議論を整理する必要があるのではないかと考え,新たに資料を準備した次第であり,絶対的効力案について今後議論する必要がないということではありません。 ○松本分科会長 分かりました。   それでは,二つの論点,アとイは絡み合っておりますけれども,頭の整理からまずアのほうの議論,すなわち,それぞれの考え方,取り分け相対効という考え方を採った場合に,このような各論的な二つの考え方があるという整理でよろしいでしょうかということかと思います。ここではどちらの結論を採るべきだということも議論してくださいという話なのか,相対効を採る場合でも,こういう二つの考え方があるということで間違いございませんねというレベルの確認がとれればよろしいんですか。 ○松尾関係官 分科会の中で,どちらかのほうがより望ましいという結論があれば,その結論を踏まえて部会でまた議論していただくことになると思いますので,もし,どちらかの考え方で一致が得られるのであれば,大変ありがたいと思います。 ○鎌田委員 理屈からいえば違うことを考えていて,同じ相対効ですから相対効で意見が一致しましたということは言えないですよね。 ○松尾関係官 鎌田先生の御指摘のとおりだと思いますので,できれば一致した理解に達していただければありがたいと思います。 ○鎌田委員 内容的に一致していなければまずいですね。 ○山野目幹事 単なる議事進行上の発言になりますが,ですから,今の鎌田委員の御指摘のとおりであって,分科会長の先ほどの整理でいうと,A案とB案が二つありますねと,にこにこお話を伺いました,で済む話ではなくて,A案とB案のどちらが相対的効力案というものの理念に適合的であるかという御議論をしていただく必要があると考えます。 ○松本分科会長 議論のベクトルはそうですか。相対的効力という言葉から,どちらが一番いいかを決めるのか,それとも,それぞれのケースにおいて妥当な結論はどちらなのであって,それをまとめたものとしてどちらがいいかということを議論するのか,私はどちらかというと,後者のほうかなと理解をしたんですが。 ○鎌田委員 相対的効力説と呼ばれるものは,論理的にこういう結論になるはずですというのが一義的に確定するということが必要なような気がするんです。そこが確定していない相対的効力説は存在していない。 ○松本分科会長 そういう意味ではなくて逆のことを言っているのです。こういう結論を導くようなものを相対的効力説として確定するというほうがいいのであって,相対的効力説を採りますということを決めれば,ストレートに結論が全部出てくるような,そんな単純なものではないのではないかと。つまり,妥当な結論を拾い集めてみんなで合意できれば,それを相対的効力説で一致したという言い方をするほうがいいのではないかなと。 ○山野目幹事 別に私は今,分科会長が否定したほうの意見を述べたものではなくて,簡単に言うと,A案か,B案かをみなで議論しましょうと申し上げたにとどまります。 ○松本分科会長 それでは,それぞれの設例ごとに御検討いただきましょう。しかし,大変ですね。 ○深山幹事 A案とB案のどちらがいいかを議論すること自体には異論はないんですが,この議論は,相対的な効力か絶対的な効力かという論点については,相対的効力であることを前提に検討するということなんだと思うんです。ただ,逆にA案,B案のほうから眺めてみると,①,②,③のほうは,債務者は誰に対して払えるかという観点からの問題であって,最後の④は,逆に元々の債権者といいますか譲渡人が債務者に対して請求することができるかという観点からの問題ですよね。この四つのポイントだけが並んでいて,例えばCとDの間でどちらかに払われたときに,他方がそれを不当利得なりで請求できるかという観点は,ここには出てきていないということと関係すると思うんですが,何が言いたいかというと,絶対的効力説を採っても例えばA案の①,②,③,④のような結論を支持するという答えは出てくると思うんです。議論の仕方として,絶対的効力説は採らないということを部会で決定したという前提であれば,そこから先の議論をすればいいのでしょうが,必ずしもそうではないと理解をしていますので,その辺を少し配慮したような議論をしないと,何か,あたかも絶対的効力説はないことが前提になってしまうのも,いかがなものかという気がいたしますが。 ○松本分科会長 ということは,A案,B案というペアで議論をして,それが相対的効力説か,絶対的効力説かということは議論しないということ。ここでは,それは余り生産的ではないという御意見ですね。 ○内田委員 相対的効力案の中身が確定しないと,絶対的効力案とどちらがいいかの議論ができないので,まず,相対的効力案というのはどういう考え方かを詰めてくださいというのが分科会の役割の第一なのだと思います。ですから,相対的効力案が気に入らないという方はもちろんおられるとは思いますけれども,取りあえず,どういう考え方になるかを詰めて,その上で比較するというほうがよろしいのではないでしょうか。相対的効力案の議論をしているときに,絶対的効力だとこうなるはずだとかという話が入ってくると,混乱してしまうように思います。 ○深山幹事 分かりました。 ○松本分科会長 それぞれの結論を出すのに,絶対的効力案からでも同じ結論が出るという議論はあり得るという話ですね。部会資料にも確か書いてあったと思いますが,その上で相対的効力案を採ってもこういう結論が出てくる。A案のセットとB案のセットとどちらがより適切なセットと考えるか。これはA案,B案以外には組合せはないという前提ですか。つまり,①,②,③,④の組合せの入れ替わりはあり得ないと,A案の①,②,③,④は必然的に一セットだということですか。 ○松尾関係官 あり得ないとは申し上げないですけれども,一つの考え方に従って整理していくと,大きく二つになるのではないかなというのが今の考え方で,もし,違う考え方があるのであれば,御指摘いただきたいと思っております。 ○中井委員 弁護士会も,今まで相対的効力案という中身が具体的設例においてどうなるのか,詰めて議論をしたことはなかったんですが,部会資料で設例1から設例4,中でも設例1から設例3を拝見したとき,当初,弁護士会の多くも相対的効力案の帰結としては,記載のとおりになるのだなという認識を出発点といたしました。   しかし,議論をする中で大阪の会員から,果たしてA案という規律が当然に相対的効力案から出てくるのだろうかという疑問が出ました。少なくとも,相対的効力案というのは譲渡禁止特約があっても債権譲渡自体は有効と取り扱いましょう,しかも,譲受人が悪意であっても有効と取り扱いましょう,そう決めた趣旨を考えると,例えば設例1で二重に譲渡された場合,A・C間の譲渡もたとえCが悪意であっても有効というのが相対的効力案だとすれば,譲渡禁止特約がない場合の二重譲渡とどこが違うんだろう,対抗要件を先に取得した時点でCが先に取得したのであれば,Cが究極的な当該債権の帰属主体として決まるのではないか。   譲渡禁止特約の意味付けについて,これは飽くまで債務者の利益を保護するための制度だということを貫徹するならば,Cと確定した後はBが誰に払うか,Cに対して譲渡禁止特約の主張をする限りにおいてはAに払えば,それで足りる。そのあと,Aから最終的帰属者であるCにその資金が不当利得等で支払われれば足りるのではないか。それをあえてDが善意だからといって,Dに交付する積極的理由はあるのか,それは本来,譲渡禁止特約を認めたBの利益も守られないわけだし,Dに払ったところでDはCにそれを不当利得として渡さなければいけないわけですから,なぜ,積極的にDに払うというような結論を出さなければならないのか。こういう疑問から出たわけです。   そうすると,悪意の譲受人でも有効とするのであれば,まず,帰属主体を決めましょう,設例1でいうならば先に対抗要件を取得したC,設例2は両者が悪意の場合ですけれども,先に対抗要件を取得したC,設例3であれば差押えとの対抗関係においてもCが先に対抗要件を取得している以上,最終的帰属主体はC,その規律で足りないのか。あとはBが積極的に債権譲渡禁止特約があるにもかかわらず,譲渡を承諾すればCに払えばいい。逆に債権譲渡禁止特約を悪意のCに対して主張すれば,Bの債権者を特定したいという利益を保護するわけですからAに払えば良い。あとはA・C間の問題で解決すれば足りるのではないか。こう考えた次第です。   設例3は,差押えという関係で,差押債権者であるDを優先させてもいいのではないかという考え方があり得ます。設例3においてDを優先させるという意見について,差押えがあった後であっても,Bは積極的にCに対して債権譲渡禁止特約を主張しない,つまり,A・C間の譲渡を承諾すればCに払える。その限りにおいて差押えの効果を覆滅させることができる権限をBは持っているわけです。それが一つ。   二つ目は,差押えをした後,BがAに対して反対債権を取得した場合,どうなるのか。Dが当然に優先するとすれば,差押え後にBがAに対して反対債権を取得した場合,反対債権をもって差押債権者Dには対抗できないということになる。それは債務者Bの利益を害しませんか。その後,承諾してCに払うことさえできるとすれば,BのAに対する反対債権をもって対抗できてしかるべき,つまり,Dを飛ばしてしかるべきではないか。そう考えると,債権の帰属者としてはCとして確定させているほうが安定するのではないか。かつ,全体として対抗要件一本でいくわけですから,譲渡禁止特約があろうが,譲渡禁止特約がなかろうが,一般的な優先順位は対抗要件一本主義で決めることができて規律としては簡明である。そういう意見がB案の下にあるように思います。 ○高須幹事 今の考え方が一つある,ただ,弁護士会の中でも違う考え方もあるという意味での発言になのですが,今のようなB案的な構成を採る場合の疑問点が二点ほどあるのではないか。結果的にはA案的な構成が考えられるのではないかという意味なんですが,一点は設例1のA案とB案の④のところに表れているわけですが,仮にB案を採ると①ではBはAに対して弁済することができる。   これは受領権限をAに残すからだということにはなるわけですが,それが結局,譲渡禁止特約が対抗し得ることの意味ということになるんだろうと思いますが,反面,AはBに対して請求権限はないと。これはB案的な発想になるんだろうと思います。そうすると,受領権限と請求権限が分離して,結果的には払ってもらう分にはいいんだけれども,請求する人がここでいなくなってしまう。そこで,今,松尾さんからその場合には特別の規定で補わねばならないという御趣旨のことを頂いたわけですが,そういう発想というか,考え方を採るB案が妥当なのかどうかという点が一点。   それから,もう一点は今の考え方ですと,まず,固定しましょうと。この件で権利を持っているのがCなのか,Dなのかをまず固定して,その上でCがあるということであれば,Dに対して何かをするということはなしにしましょうねというのが多分,B案の発想だと思うんですが,それが本当に相対効なのかどうかと。本来,想定する相対効という趣旨に合うのかどうかという意味でも,やや疑問をなしともしないという意味で,その意味ではB案は面白いというか,一つの発想だとは思うのですが,A案的な発想も一つあってしかるべきではないかと考える弁護士会の中には意見もありますということです。   私としてもそこは大事だと思っておりまして,もう一点は,この場合の相対効というときの相対効の意味をきちんと,それが今の議論の趣旨なんだろうとは思うんですが,詰めねばならないのだろうと,相対効という意味は何を意味しているんですかと。債権の帰属は変更せず,受領権限のみを留保するという,そういうものを相対効と考えるのか,あるいは相対効という以上は,結局,この場合でいうとAからCへの譲渡が債務者Bから見れば,AからCへの譲渡そのものは存在しないとして見ないことにできるのかどうか。そのことを自体をBとの関係では一切,捨象してみることができるのかどうかというようなところの考え方をしっかり決めねばならなくて,それを考えると,一切,見ないことにできるんだとなるとA案的な発想になるのではないかと,このように思いました。 ○中井委員 補足させていただきますと,今日の分科会資料2の設例1でいうならば,B案のところに①から④まで挙げていただいています。そのうちの④,AはBに対して請求することができないという,このくだりについては,B案なら当然にそうなるのかについては,なお,留保する必要があるのだろうと思います。つまり,Bは悪意のCに対して譲渡を承諾して弁済することはもちろんできる。逆に,Cに対して譲渡禁止特約を主張することもできる。主張することによってBはAに弁済することができる。その場合,AからBに対してAはCのために請求することができてもおかしくないという考え方がありうる。相対効との間で理論的に矛盾するのかといったら矛盾はしないのではないか。そういう説明は可能だろうと思います。   そのときにAからBに対して,なお,債権が帰属して,そこに対して差押えができるというような形で帰属が残っているわけでは決してない。相対効である以上は,債権自体は悪意であれ,Cに移っているので,もはや,悪意のCに譲渡した以上は,対抗要件を備えていることが前提ですけれども,差押債権者Dは登場できない。この規律と別に矛盾するわけではないようにも思います。B案の④は,いずれもAはBに対して請求することができないと結論付けられていますけれども,果たして,そこまで言わなければならないのかという点については,留保していいのではないかと思っています。専らAはCのためにBから回収してCに交付する義務があるわけですから,その履行として取立権はある,そういうことが言えるのではないかと思います。   さらに若干追加です。弁護士会全体がそういう意見ではありませんが,部会資料の相対効案というのは,中途半端な提案だなという認識があったわけです。それは検討委員会の提案があったとき以来,弁護士会がデッドロック状態になるのではないかとか,ぐるりと回ること自体が迂遠ではないか,そういう構成自体,極めて複雑にするという批判をしていたわけです。とりわけ,こういう二重譲渡や二重の差押え等が出てきた場面では,なおさら,その感を強くするわけです。   そこで,そういう複雑な構成を採ったときに,果たして本来,相対効が狙った中小企業の債権を流動化することによって資金調達することに,プラス面に働くのかということについてかなり懐疑的でした。そこで,せっかく相対効を採るのであれば,その流動化に資するように簡便に処理できるシステムにならないのか,つまり,債権譲渡禁止特約自体は債権者と債務者の間で有効と構成し,債務者の利益は守る。他方で,債権の譲渡自体は円滑にやりやすくして法律関係も簡明にする。そういうことを考えたときにB案が出てきた。これで説明不可能ではないではないかと考えた次第で,こういう背景事情がある。したがって,中小企業における債権を流動化することに資する方向で考えるなら,こういう考え方が採用されていいのではないかということです。 ○内田委員 中井委員の御説明は非常によく分かったのですが,ただ,AがBに請求できるという点については,部会で確か畑幹事から疑問が提起されたかと思います。その点をもう少し議論していただけますか。 ○畑幹事 私は,AがBに請求できるのか,できないのかという辺りを,前提としてはっきりさせていただく必要があるのではないかということを申し上げただけで,どちらがいいということを申し上げたつもりではないのですが。 ○内田委員 設例3の差押えのような事案で,差押債権者のDはBに対して請求できないけれども,Aはできるというのはおかしい,というような話ですけれども。 ○畑幹事 それは申し上げました。今,中井委員はそれはそれであり得べしとおっしゃったのですが,最終的にはCにいくべきだとしても,やはり,AがBに請求できるという以上は,やはり,それはAの責任財産という感じもするので,それに一般債権者が手が出せないというのはちょっと違和感がないではないということは,部会で申し上げたつもりです。 ○内田委員 それがもっともな感じがするものですから,そして,中井委員の言われる譲渡禁止特約を債務者の保護に徹する,つまり,効果を弁済の相手方を固定するという点に限定するということからいうと,Aからの請求をあえて認めなくても,目的は達成できるのではないかという気がするのですが,いかがでしょうか。 ○中井委員 (3)のB案④の考え方もあり得るけれども,AとCの両者から請求できないという事態に対する説明として,Bが主体的に承諾してCに払うのはいい,BがCに対して債権譲渡禁止特約の主張をしているときに,Aに債権は帰属しないけれども,Aに受領権限のみならず,取立権もあるという構成も不可能ではない,④とは別の考え方として取立権はあるとしてもよいのではないですか,と申し上げたのが先ほどの趣旨です。 ○内田委員 BはAに任意に弁済して免責されれば十分であって,CがBに対して請求し,Bが,自分はAに払うんだと言って拒否して払えば,それでいいわけです。ところが,拒否したのに払わなければ,今度はCが本当に請求できる,これが(3),次の問題ですけれども,それを組み込めば,誰からも請求されないということにはならないのではないかと思います。 ○中井委員 今のような説明も私は可能だと思っています。ただ,取立権があっても,別におかしくないという気がするのですけれども。 ○松本分科会長 今の中井委員の取立権があってもというのは,明文の規定は置かなくても,こういう構造で,譲渡禁止特約付きで譲渡しているという場合には,取立権を当然,留保しているんだからという議論ですか。次のところで出てくる,こういう手当てをすればデッドロックにならないではないかというのは,恐らく明文の規定を置きましょうという提案だと思うんですが,Aの取立権の部分は明文の規定がなくても,論理的に出てくるから問題ないという御指摘ですか。 ○中井委員 次の,誰が催告するのかという問題にも関係してくると思うのです。Bが本当に譲渡禁止特約を主張するのか,主張しないのか,分からない段階がある。その間の手だてとして,取立権的なものがあっていい。ただ,それを認めたときに,次の質問としてAはBに対して訴訟提起できるのか,それで判決が取れるとなるのもおかしい。そこまでいく前には必ずCに確定的に帰属して,Cのみが権利行使できるので,Aが取り立てたがBが履行せず,直ちにCに帰属してしまっているという場面になると思います。そう考えると,結局,内田委員のおっしゃったように,Aに何もそんな権利を認めなくたって,次と連動して全て解決するではないかとおっしゃられたのは,そのとおりかもしれないと思っています。 ○内田委員 ですから,実際にAが取り立てる必要があるのであれば,A・C間の合意でCの代理人として請求するということはあり得ると思います。しかし,法律上,Aに債権が帰属しているかのように扱う必要は別にないのではないかということです。 ○中井委員 御指摘のとおりかもしれません。 ○高須幹事 議論を少し混乱させてしまってはいけないと思いますが,私が思っているイメージだけ,ちょっと御説明だけさせていただいてと思うんですが,相対効を採るという意味であれば,基本的には出発点は今のようなケースにおいては,やはり,Aが譲渡人が受領権とか取立権を持っているという発想は,今一つ,相対効には私はなじみにくいのではないか。むしろ,A・C間の譲渡というものについて,Bとの関係ではそのことを主張できないとやはり考えるべきではないか。   そのときに,二重譲渡あるいは差押債権者が出てきてしまった場合に,相対効果において二重譲受人の存在とか,あるいは差押債権者の存在自体は,こちらは例えば善意であるとか,あるいは差押えですから,善悪を問わずに譲渡禁止特約の効力が及ばないというような形で登場してきたときに,二重譲受人なり,差押債権者そのものは厳然たる事実として,第三債務者Bはその事実を受け入れなければならないのかどうか。そういう考えに立つと恐らくA案になるのだろうと思うんです。つまり,払うべきものはDに対してであって,あとは事後的清算,CとDとの間では優劣ははっきりしていて,Cが勝つんだからという部分は,CがDに対して不当利得の返還請求等を起こすということでの事後的清算で,第三債務者Bは飽くまでDのみを見て行動すると,これが相対効からの一つの考え方で,A案的な処理になるのかなと。   ところが,相対効というときには実はもう一つ考え方があり得るのではないかと思いまして,それは先行するC・D間ではCが勝つわけですから,先行する債権譲渡合意が正に譲渡禁止特約の効力によって相対的にされるという意味が,それに遅れて出てくるDに対しても第三債務者Bは,そのこと自体をまだ先行するCとの関係で債権譲渡を否定できる立場を持っている以上,Dとの関係もまた相対化できるというか,受け入れざるを得ないということを否定できる。この発想は,どこから採ったかというと,民事執行法のところの個別相対効説と手続相対効説という考え方,場面は全然違いますし,趣旨も違うわけですけれども,ただ,相対効という意味を専らA・B・C間だけで個別に捉えるのか,A・B・C・Dを含めて全ての関係者との間において相対的処理を考えて,したがって,Dとの関係でもまだBは,あなたのことは無視しますよというような関係はできるのか。そうすると,専らAを見ればいいという形になりますので,B案的な処理が出てくるのではないか。   ただ,この場合にはAはBに対して請求できる。それはAが債権者と見ているから,見られる立場になるからということになるんですが,そこは,今,内田先生もおっしゃったように余り現実性がないのではないかという気がして,二つの考え方があるうちの最初のほうの部分の,つまり,A案的処理になりますというほうに,私は相対的構成を採った場合にも妥当性があるのではないかと思っておる次第でございます。すみません,かえってまた,違う考え方を指摘して混乱を招いてしまったかもしれませんが,飽くまで相対効の持つ意味を個別的に捉えるか,全体的に捉えるか。ここから一つ何か解釈の余地が生まれるのではないかというのが私の考えで,かつ前段の個別的に捉えるべきでA案的な処理になるのではないかと,一応,そう考えた次第でございます。 ○道垣内幹事 聞くは一時の恥という格言を実践して質問するだけなのですが,債権譲渡禁止特約の話しとは無関係で,そのような特約がないというときに,先にCに譲渡され,Cが第三者対抗要件,さらには債務者対抗要件も備えた。しかし,それは外部的には分かりませんから,譲渡人に対する債権者であるDが当該債権を差し押さえて,第三者異議が出ないままに転付命令を受けた,あるいは,取り立てた。こういったとき不当利得になるのでしょうか。 ○高須幹事 私もうろ覚えで,ですから,確定的なことは申し上げられないんですが,一つの考え方は不当利得になると。ただ,もう一つの考え方は第三者異議を出さなかったということで,第三者異議を出さずに確定させて転付を得た以上は,不当利得返還請求はできないのではないかという考え方もあり得るとは思うんですが,それ以上はわかりません,畑先生がいらっしゃるので私が言うことではありませんでした。ごめんなさい。 ○道垣内幹事 なぜそのようなことを伺ったかというと,設例3においては,CとDをまず比べて,Cが悪意であるけれども,Dとの関係では勝っているのだとして,責任財産から逸失していると考えたときに,差押債権者Dに対して差押えの手続がどんどん進んでいきますと,BはDに対して弁済するわけですが,このときに弁済してしまった後に,DはCに対して不当利得として金銭を支払わなければならないという作りになっていると思うのです。しかし,そういう話は,別に譲渡禁止特約が存在しなくても,譲渡されている債権について差押えがされ,何の異議も出されないままに進んでいったというときにも生じ得る問題ですので,前提として確認をしたかったというだけです。すみません,不勉強なものですから。 ○深山幹事 今の道垣内先生の設定した場面は,一般的には不当利得だと言われているんだと私は理解していたんですが。 ○道垣内幹事 それなら矛盾はないので結構です。 ○深山幹事 確かにその問題とここの問題は非常に似た問題だと私も思っていて,似ているので同じような規律になるべきではないかと思っている次第です。 ○道垣内幹事 ありがとうございました。 ○松本分科会長 A案とB案の違いは,B案はA・C間の譲渡に絶対的な効力を認めているということなんでしょうか。高須幹事が最初のほうで,違った意味で絶対効だとおっしゃっていたのは,A・C間の譲渡はこれでもう絶対的効力が生じているんだから,第三者対抗要件を取得した後の様々なDは,一切存在しないものと考えても大丈夫だというのがB案で,A案は必ずしもそうではないんだ。Dを考慮に入れて,したがって,Dに弁済してもいいんだというロジックですよね。ですから,譲渡禁止特約の効力が絶対的か,相対的かという話と,それに反した譲渡の効力が絶対的なのか,あるいは相対的というのかよく分からないけれども,絶対的ではないのかという,そういう二つの分かれから出てくる問題かなという印象を議論を聞いていて受けたんですが。 ○高須幹事 ごめんなさい,私のイメージが違うのかもしれませんが,私が申し上げた雰囲気というか,イメージというのは,A・C間で譲渡がなされたときに,B案的発想というのがCへ譲渡はしているけれども,受領権限と請求権限が,あるいは請求権限が多少微妙なのかもしれませんが,Aに留保されるんですと。だから,BはAに弁済することができたり,あるいはAからBに請求できる場合があるんだと,こういう発想を採ること自体が既に相対効と言いながら,受領権限及び請求権限以外のものはCに移っているということを念頭に置いた議論になっているのではないか。つまり,そのことで既に必ずしもいわゆる相対効という考え方の部分が,何かどこかで変質しているのではないか。相対効という以上は徹底的にCを見ないという議論ではないのかと思ったというのがまず一点。   次に,Dとの兼ね合いでどうするかの部分は,善意であったり,差押債権者であったりした場合には,Bはそのことを否定できないわけですから,ここはむしろどう考えるかではなくて,基本的にはBはDを見なければなりませんよねというのが一つの考え方。ただ,先行するCがいるときに,そのまま,それを貫くのかどうかは,場合によるとA・B・C・Dの四者を全体に見れば,Cの部分を相対化している効果が,Dの関係でも何らかの考慮が出るかもしれないと思ったのですが,すみません,分かりにくいことを申し上げました。 ○中井委員 B案のよって立つところですけれども,繰り返しになりますが,今の高須幹事との発言の関連で申し上げるなら,従来,言われているのはA・C間の取引は無効という考え方に対して,それは無効ではないという考え方をとった。それは部会資料にあるように,A・C間の譲渡契約は有効と解しましょうという理解だろうと思うのです。そうだとすると,債権譲渡禁止特約がない場面における二重譲渡と同じ規律での処理になじむのではないか。これが基本です。したがって,債権譲渡禁止特約についてはBがCに対しては主張でき,Cからの履行請求に対して拒絶できますけれども,Aをめぐる対抗関係,C・D等の関係では当初のA・C間の取引を有効とした以上,かつ,そこで対抗要件を取得した以上,そこで確定する。その後,差押えをしても,Aには責任財産としては帰属していないという考え方を採る。そういう考え方に立っています。 ○内田委員 高須幹事に対しての意見なのですが,相対効の相対という言葉をどう捉えるかという形で議論するのは,混乱するだけのように思うのです。元々,相対効と呼ばれる考え方が出てきた動機は,譲渡禁止特約は債務者を保護するためにあるのだから,特約の効力は債務者を保護するのに必要な限度にとどめよう。それは何かというと,弁済の相手方を固定するということだろう,だから,そこにとどめようという考え方だったと思います。それを純粋に突き詰めると,中井委員がおっしゃったような考え方になると思うのです。ですから,どの部分が相対かというよりは,譲渡禁止特約の効力をBはAに弁済すれば免責されるということ,それを認める限度にとどめるとしたときに,他の法律関係はどうなるか,そういう捉え方なのだと思います。それが相対という言葉にふさわしいかどうかというのは,問題があるかもしれませんけれども,それは言葉の問題であると思います。   その上で,設例1のような事案で仮にA案を採りますと,二重譲渡があって,Dという第二譲受人は善意ですので,DはBに請求できるということになるのですね。それに対してBは対抗要件において優先するCからの通知を先に受けていますと答える。それに対してDは,あなたは譲渡禁止特約をしていたでしょう,そして,Cは悪意ではないですかと言うことになりますね。しかし,禁止特約の効力は債務者の保護に必要な限度に限るという観点からすると,そんなことをDに言わせる必要があるのか。そんな地位をDに与える必要はないし,また,これを与えるとするとBは,A・C間の譲渡を承認して自分はCに払いますという応答もできてしまって,どちらが勝つかをBが選択できるということになるのですが,そこまでの地位をBに与える必要もないだろう。そういうような考慮から,特約の効力を必要な限度に限るとすると,B案になるということではないかと思います。 ○沖野幹事 正直,ちょっと混乱をしていまして,大変初歩的な質問になるのですけれども,A案か,B案か,あるいは相対効というものをどう考えるかというのは,債務者の利益のための債権譲渡禁止特約である限りにおいては,その利益さえ確保されればいいと,その利益自体は支払先を固定するという利益なんだとすると,B案という考え方も十分に成り立つように思います。   思うのですが,しかし,念のために申し上げたいのですが,一つは,相対効というのをどういうものとして構築するかだから,その言葉には必ずしもこだわることはない,あるいはそこから必然的に一定の考え方がもたらされるわけではないというのは,そのとおりですけれども,それでも,多少,気になりますのは,従前は物権効対債権効という機軸で議論がされていたのを,今回を含めた検討においては,その軸を絶対効対相対効にずらしている点との関係です。この考え方は,譲渡禁止特約というのは飽くまで債務者の債権者固定の利益ということなので,固定の利益の限りで認めればいいんだという説明や理解では,従来の債権効との関係が不分明になってきております。きちんと整理をしていないせいなのですけれども,場合によっては絶対効・相対効の軸自体を見直すことにつながるのかもしれません。検証をしたわけではなく感想です。   もう一つは,相対効というときの従来の考え方といいますか,それによると確かに帰結としては非常に迂遠であるという問題があり,その問題点をクリアするために,出てきたB案であるというのは非常によく分かりますし,より簡明な帰結をもたらし得るかとも思います。けれども,あえて,債権効ということではなくて,相対効というその基礎付けの一つの考え方は,債権譲渡登記制度の導入によって債務者以外の第三者における優先関係のレベルと,債務者に対する権利行使のレベルでの優先といいますか,それが分断されるという構造があって,その構造を債権譲渡禁止特約についても入れてくるならば同じような形で構想できる。第三者間の局面と債務者との関係で誰が優先するかというところがずれるというのは,債権譲渡登記の制度下での対抗要件と整合的であるということを考えていたように思います。   そのときにですが,譲渡禁止特約がなかったならばどうなるであろうかということを考えたとき,次のような例ですけれども,設例1におきまして譲渡禁止特約はないという場合,ですから,悪意,善意ということは問題にならなくて,Cが債権譲渡登記を備えたのだけれども,Bに対する通知はしていないと。次に,Dに対する譲渡について債権譲渡登記が備えられて,これは譲渡登記のレベルで劣後するのですが,通知はDからBに対して行われたというような場合に,第三者間においてはCが優先するんだけれども,Bとの関係では通知を全く備えていませんので,Bとの関係ではやはりDに払うことになるというのが譲渡登記の下での構造ではないか。もちろん,承諾をしてCに払うというような話はあるのですけれども。   もし,その考え方がそれでよろしいのであれば,ここでのB案というのは,それとは違う構造を持ち込んでいるということになるのかどうか,また逆にB案的な発想をしますと,譲渡禁止特約がない場面で第三者間の話と対債務者間の話のずれの解決が,B案的な解決ということにつながっていくのかどうかというのが気になります。それに対する回答をまだ考えておりません。そもそも,そのことは全く関係ないので気にしなくていいということであれば,すっきりとはするのですけれども。 ○鎌田委員 私も,沖野さんと似たように,ここは債務者対抗要件の問題と第三者対抗要件の問題を完全に切り離すという図式の上に乗っているというのが一つ,それから,いわゆる債権譲渡禁止特約の効力について,従来,いろいろな考え方があったけれども,これは特約の効力の対外効の問題として純化しているというのがもう一つの特色だと思うんです。ただ,特約の効力について最も徹底した債権的効力というのは,その特約を無視して譲渡したら当事者間で債務不履行責任が生ずるだけで,債権の帰属に一切何の反映もしないというのが一番徹底した形になるんですけれども,しかし,債権者・債務者間での効力だけは認めるということが,言わば債権者・債務者間ではなお債権者に帰属したものとして取り扱うことが可能だという,債権者・債務者間にのみ帰属の関係で反映していくという考え方も,できないわけではないですね。   それで,私もいろいろ複雑なのが出てきて頭が混乱しているんだけれども,A案というのは特約の効力が債権者・債務者間及び悪意の譲受人との関係では,帰属関係に反映していくという,こういう考え方かなと思ったんです。だから,二重帰属や何かが認められてくると。B案のほうは徹底した債権効力説ですが,中間的にA・B間ではやはりAに帰属しているという取扱いが内部的には許容されるという,こういう考え方は十分あり得て,その考え方でいくとどこが変わってくるかというと,例えば設例1のB案でいったときに,AはなおBに請求できるという結論に多分なっていくんだと思うんです。   仮に徹底した債権的効力説も,債権者・債務者間でしか効力がないというふうな立場をとっても,債権者・債務者間ではなおAに帰属しているという取扱いのほうが,やや合理的なのではないかというふうな気がして,ただ,そのときに差押債権者との関係でどうするかというところでは,やや難しい問題が出てきてしまうんですけれども,そういう意味では,まだ,何か三通り考え方がありそうな気がして。 ○松本分科会長 今,鎌田委員のおっしゃった三つ目の考え方というのは,中井委員が先ほどからおっしゃっているAに取立権はあるんだという考え方に近いですか。 ○鎌田委員 取立権なんていう概念を持ち出す必要はないので,A・B間で問題を処理している限りはAが債権者,Aに帰属しているという前提で取り扱ってもいいという考え方。 ○松本分科会長 Bとの関係では。だから,AはBに対して訴訟も起こせるということで。 ○鎌田委員 はい,起こせる。 ○松本分科会長 そうすると,三つ,考え方があり得るということになります。債権譲渡のA・C間における譲渡の効果と言いましょうか,債権が移転したかどうかという帰属レベルで,帰属が変わったと,譲渡禁止特約があってもA・C間の譲渡は有効だというか,権利は移転しているという扱いではっきりと考えるのが恐らくB案で,そうではなくて,Dというのは生きているんだというのがA案で,その間に鎌田委員のおっしゃった三つ目のAに権利が残っているという考え方を採る案があり得ると。 ○畑幹事 ちょっと戻ってしまうのですが,先ほど道垣内幹事から問題提起があったところの設例3で譲渡禁止特約が絡まない場合に,差押債権者が執行で満足を得たらどうなるかということです。先ほど,深山幹事がそれは不当利得になると考えられているのではないかとおっしゃったのですが,結論的には自信がないことを申し上げるのですが,違う考え方もあり得るかなという気もちょっとしております。つまり,一般化すれば債務者に帰属しない財産に対して執行が実際上行われ,満足を得たというときに,その財産の本来の帰属者から債権者に対して不当利得になるのかどうかというのは,ちょっと分からない気がします。つまり,債務者に対して不当利得ということになる可能性もあるという気もちょっとしております。結論は今,自信がないのですが,一応申し上げておきます。 ○松本分科会長 今,おっしゃった債務者というのはBのことですか。CがBに対して不当利得……。 ○畑幹事 Aのことです。 ○松本分科会長 Aのことですか。Dから見ての債務者ですね。 ○道垣内幹事 今日は何をするかというと,相対的効力であると考えた場合の内容はどうなるのかというのを決めるということなんですが,やはり,いろいろな考え方があって一義的には決まらないのだと思うんです。そうなると,物権的効力案との間で対立関係に立たせるものをどれにするか,つまり,三案あったならば,その三案のうちの優劣というのは,ここでやはり議論せざるを得ないのではないか。理論的に三つあり得るということを確認して終わるというのでは,よくないのではないかと思います。   そう考えたときに,前回,私が申し上げたこととは矛盾しているかもしれませんけれども,徹底した,ただ,単に債務者のためだけに,債務者の弁済の相手方を確保するためだけに,譲渡禁止特約があるという考え方に立っているB案というのは,私は相対的にはすっきりした考え方ではないかという気がします。そうすると,判例法理を重んじて,いわゆる物権的効力の中で分かりやすく条文を作っていくのか,それとも,ここに言うB案であると考えて進めていくのかというまとめ方でもいいのかなという気がします。 ○山野目幹事 今の決めなければいけないという道垣内幹事の問題提起というか,方向性の提案を踏まえて申し上げることですが,中井委員と鎌田委員のほうから頂いた御議論との関係で,私はもう少し納得したいことがありますからお教えを頂きたく感じます。中井委員が最初のほうの発言で,B案の④の点が修正があり得るかもしれないと述べられた方向性と,鎌田委員がやはりB案の④について異なる考え方があり得るとお話しになったお考えは,帰結が同じであると受け止めて宜しいですね。用いているロジックが,中井委員は取立権という見ようによっては怪しい概念を使ってそれをしているし,鎌田委員のほうは債権譲渡禁止特約の内部的効力に権利帰属的効果を賦与するというやはりロジックを使って,それが怪しいかどうかは分かりませんが,それぞれがそのようなロジックを用いて,しかし,帰結は同じことをおっしゃったものと感じました。   そして,その帰結が論理的に成立することは可能であって,一つの魅力的な案であるとは思います。が,しかし,少し前に内田委員と中井委員がやり取りなさったことですが,④をAが請求することができるとすることは論理的に可能ですが,そうすることの政策的な説得力といいますか,そこはどうなのであろうかということがありまして,正直,私はそこが得心できないでいます。そこがもしBのほうということに徹して,全体の政策的な説明をするということで,もし考えを進めていくということになるものとするならば,今,ここに書かれているとおりのB案に赴いていくということになるのではないかというふうな予感も抱くものでありますから申上げました。とはいえ,そこにいく前に中井委員と鎌田委員にお教えを頂ければ有り難いと感じます。 ○鎌田委員 一点だけ訂正させてもらうと,設例1については④はやはりできないと思うんです,Dが登場した効果として。設例2のほうは両方悪意という前提でしたね。確か設例の前提で両方悪意でしたか。 ○内田委員 そうです,両方悪意。 ○鎌田委員 両方悪意だとすると大丈夫だと,第三者の権利による制約も受けないから,設例2に関してはAのBに対する請求というのは,依然,A・B間ではなおAに帰属しているという取扱いをしていいと考えたとき。 ○松本分科会長 鎌田委員が今おっしゃったことですが,Dが登場したからAはBに対して請求できないというのがB案だと説明されたけれども,私はそうではなくて,Dはもう無視するというのがB案だと理解しているんですが。つまり,権利はCに移転してしまっているのだから,後から出てきたDには何の権限もないんだというのがB案だと思います。BはDに弁済することすらできないわけですから,ましてや請求はできない。 ○鎌田委員 僕みたいな考え方を採ると,その辺に落ちるのかな。Cが悪意である限り,A・B間ではなおAに帰属しているよという主張がBのほうではできる。その主張を前提にすると,AはDに譲渡してしまって,第三者対抗要件も債務者対抗要件も備えていますよと言われた途端に,BはDに負けてしまうという,そういう意味でA案的になってしまうのか。そこはちょっと不徹底ですね。 ○中井委員 B案を主張している大阪の有志は,ここに書いているB案の①ないし④のとおりです。ただ,私が④についてあえて申し上げたのは,BはAに対して弁済することができる。これが原則で,Cに対して特約を主張しているわけですから,反射的といったらいいのでしょうか,AはCのために取立てをしなければいけないわけです。AはCに譲渡し,最終的帰属者はCですから,BはCに対して特約の主張をすると,AはCとの契約においてBから回収して,それをCに渡さなければいけない。そういう立場にあるAはBに対する取立権限的なものがあっていいではないか,債権の帰属はないが,あっていいのではないか,こういう説明はあり得るのではないかと思ったわけです。   それはその次のイの問題で,①を大阪は推挙するわけですけれども,譲受人からのBに対してAに払えというだけではなくて,A自身からも私に払えといって払わなかったら,直ちにBはCに払わなければならないと結び付けるためにも,Bが特約の主張をする以上はAに取立権を認めていいのではないか,こう考えて申し上げた次第です。それを取立権と構成することが理論的に整合しないというのであれば,内田委員がおっしゃるように徹底するB案でいいと思います。   追加ですが,A案か,B案かに関して申し上げると,実質論として,A案を採っても結局は設例1であれば善意のDであれ,回収したものは悪意のCに払わなければいけない。設例3,差押債権者であるDもたとえ回収してもCに払わなければならない。なぜ,そういう迂遠な手続を残さなければならないのか。実質論としていかがなものか。しかも,先ほど内田委員がおっしゃったように,そういうDの権利行使を認めるということは,Dに対して債権譲渡禁止特約がありますという主張をさせることになるわけですから,本来的に譲渡禁止特約がBの利益のために設けるという制度趣旨からすれば,その趣旨を超えるのではないか。   もう一つ,最初に説明した理由の中で申し上げたことではあるんですけれども,設例3において悪意のCに第一譲渡があった,その後,Dから差押えを受け,債務者は差押えを受けた後に反対債権を取得した。そういう場合,Bは積極的にCに対して特約の主張をして,承諾はしていない。こういう場面で反対債権をもって差押債権者Dに対抗できるか。A案であれば,これはできないという結論になると思うのです。   しかし,B案に立てば,差押後に取得した反対債権であれ,Aとの関係で相殺すればいい,相殺できる。ここがA案とB案とで帰結が異なってくる場面ではないか。A案であれば相殺できない,B案であれば相殺できる。これをどう考えるか。 ○山野目幹事 中井委員にお尋ねしたことで,なぜ,BがAに弁済できるとAがBに請求することができるようになるのですかというお尋ねに対しては,反射というお言葉をお使いになって,そう論理を組み立てていったお気持ちは理解いたしました。その意味では,あり得る,自然に成り立つ一つの見解かもしれないと思いましたが,しかし,それに対してはやはり後のほうの(3)イ①のあの提案を補完的に補うことによって,どちらが明快かは人によって評価が違うかもしれませんが,私はそちらのほうが明快な帰結なのであって,やはり,B案に今,記載されているとおり,AはBに対して請求することができないという処理のほうがよろしいのではないかと感じます。そのような意味では,ここにお書きいただいているB案の方向というものが,余り先走って決め付けることはできませんけれども,一つの魅力ある方向であると感じます。   その上で,それを申し述べるに当たってポリシーとロジックをそれぞれ分けて申し上げると,ポリシーの点からいって,債務者保護の点でいろいろな帰結を一貫して説明しましょうということからいったときに,B案の①から④はそれなりに説得力のある,整合性のある説明が政策的見地からできるのではないかと感じます。ロジックのほうで申し上げますと,そうして仮にB案を採ったときには,債権譲渡は本当の意味では禁止されていないのではないか,という気持ちを少し抱きます。   債権譲渡は禁止されているのではなくて,債務者対抗要件が備わった後でもBはAに弁済してしまうよと言うことができる,そのように抗弁の主張の範囲が拡張されるような帰結を与えるものですという意味で,債権譲渡を禁止するのではなくて,制限する規律を入れようとしているものではないかとも感じますから,ニックネームを与えようとすれば,債権譲渡禁止特約というのをやめて,債権譲渡制限特約という方向にいきましょうということを言おうとしているのかもしれないと感じているところですが,非常に論議が錯綜して,私自身も本当によく整理し切っていないところがありますから,もう少し考えてみたいと感じます。 ○中井委員 山野目幹事がおっしゃられたように,債権譲渡は有効にできるとすれば,譲渡禁止特約というのはネーミングが悪くて,債務者の弁済先を固定しているだけで,弁済先固定契約にすぎない。それを譲り受けた者に対しても主張できる,それは債務者の利益のためにある。そういう純化したものだと理解しています。 ○鎌田委員 善意無過失の譲受人が出てきてもなおそうですか。 ○中井委員 第一順位で出てきたら当然のこと,駄目ですね。 ○鎌田委員 第一順位で出てきたら駄目だけれども……。 ○中井委員 第二順位で出てきたときにはもはや権利を取得しない。 ○松本分科会長 譲渡は絶対的に有効なんですよ。だから,第一順位の譲受人は悪意であっても,第二順位の譲受人との関係では勝ってしまうと。非常にすっきりした考え方で,Dのことは考えなくてもいいと。何となく一般悪意の抗弁のような感じがして,債務者が自分の利益のためにそれを主張して,譲受人からの請求を拒むことができるにすぎない抗弁だというような感じですね。そうなると,Aからの請求権がないと宙に浮いてしまうではないかというところが最後に残ってしまいます。そこで,三つ目の案として譲渡したAにはなお債権が残っているとか,取立権があるという形で手当てをするか,それとも,それはないんだけれども,次の論点,イの論点の中で一定の手当てをすることによってAに権限を与えるとするか,どちらで処理をしますかというのが最後に残る論点かと思いますが,そこはいかがでしょうか。禁止特約の効力の中身で処理をしてしまうのか,それとは別の手当てを立法的にするのかということだと思いますが。 ○沖野幹事 別の手当てができれば一番きれいだと思いますけれども,中井委員の問題意識はそれが仕切れないのではないか,Aから履行を催告するようなことができないと難しいのではないかという問題提起を含んでおられたように伺ったのですが,その意味では,イの①の作り込みが十分できるならば,それでということではないか。ただ,それができないようならば,接続をせざるを得ないのではないかと考えましたが。 ○松本分科会長 そのとおりだと思うんですが。 ○沖野幹事 私自身はイの①の点で支障がないならば,現在の形,現在のというのは大阪弁護士会の有志の方から提案されたようなB案で,しかし,十分な手当てを置けないならば,ここをモディファイせざるを得ないというのが次善の策ではないかと思います。 ○鎌田委員 議論しているうちに頭が混乱しているのかもしれないけれども,中井先生の考え方で,債務者は譲渡人になお弁済できる。この弁済によって債務は消滅するんですね。これは法定弁済受領権限ですか。 ○中井委員 その点の御批判を受けたんですけれども,どう説明するのでしょうか。結論として債務は消滅しないと困ると理解しています。Aに払うことによってA・B債権は消滅する。 ○鎌田委員 そういう意味で,受領権限があれば取立権限もあるというワンセットでないとおかしくて,A・B間ではなお債権が,その場合の特約の効力としてA・B間ではAに残っているものとしての法的取扱いが許されるという,こういうふうな説明が一番簡明だと。 ○内田委員 ドイツ民法は債権譲渡契約だけでもって,第三者にも対抗できるとしていて,完全に譲渡の効果は生ずるわけですが,しかし,譲渡を知らない債務者は譲渡人に弁済すれば免責されるという規定を置いています。実質的には,それと似たような免責の規定を置いてしまえば処理はできて,あとはそれをどう説明するかだけの問題になると思います。   それから,先ほどのイの①なのですが,ここの記号でいうと,CがBに対してAに払えと催告するという書き方になっていますけれども,これは必ずしもそうである必然性はなくて,CはBに対して裁判外で,自分が譲受人だから自分に払えと請求する。それに対してBは譲渡禁止特約があって,お前は悪意だ,だから,自分はAに払うと抗弁を出す。ところが,相当期間が経過してもなお払っていなければ,今度はCからの請求が認められるという扱いにすればいいのではないかと思います。 ○松本分科会長 つまり,Aの取立権とか請求権を考えなくても趣旨は実現できると。 ○内田委員 はい。そして,他人への履行を催告するという形をとらなくてもいいのだと思います。 ○山野目幹事 中井委員が先ほど説明に苦しんでおられたBのAへの弁済が有効で,債権を消滅させるという帰結について,内田委員は規定を設けることによって説明するとおっしゃり,鎌田委員は,それはA・B間で債権的な特約をしていたことについての一つの意味付けを与えることによって説明していこうとおっしゃっていて,それらは特に矛盾しないと考えます。規定を置いてゆこうとする際に,そんな規定がなぜあり得るのですか,立法者なら何でもできるのですか,なぜ規定を置いたのですかということについての説明を求められる際の,その説明を鎌田委員が用意してくださったのではないかと感じます。   それから,イの①でございますが,今,内田委員もここに書いてあるイの①が絶対ではないとおっしゃいましたけれども,私も今,思い付きで申し上げるのみで考え込んでいませんかが,この局面になったときのCがBに対して,既にAに対する弁済によって債権が消滅していたような抗弁事由の有無を問い合わせ,また,Aへの履行を今後する意志があるかどうかを問い合わせ,そういう催告というか,問合せに対してBが確かな回答を相当期間内にしなければ,CはBに対して請求をすることができるというふうな催告,催告といっても催告の中味を少し考え込む必要はありますがが,そういうふうな幾つかの①的な,ここに書いてある①そのものではないかもしれませんが,要は①的な発想のB・C間のコミュニケーションの在り方を適切に規律を組み立てて行くことによって,先ほど沖野幹事が御心配いただいた問題については,何か工夫をもう少し追求していきたいと感じます。 ○松本分科会長 今,山野目幹事のおっしゃったことで,若干,理解しにくかったのが,BがAに債務を弁済することができる,債務が消滅するというような立法的手当てをすれば,何でもできますよねという御発言をされたと思うんです。そうすると,B案ではないということですね。つまり,B案の①というのは立法的手当てをしなくてもできると,相対的効力という性質からできるという整理でしょうから。そうではないんですか。 ○山野目幹事 B案の①から④は,規定がなくても法理論上,当然にできるかというような議論を今日はしたのでしょうか。どういう解決が妥当なのかという議論をし,そこが決まった上で,あるところは理論で説明し,あるところは規律を設けなければ説明できないのであれば,それを更に工夫していきましょうというのが議論の進み方だと私は理解しておりました。 ○松本分科会長 そうですか。それでは,私が誤解していました。そうすると,④だって請求することができないというのも,別に相対的効力だから当然にできないということではなくて,請求することができるか,できないかは自由にセットで組み合わせで議論しましょうということであれば,ここは請求することができるというC案が正にありということですね。立法的に何でもできるわけだから。つまり,どういう帰結がベストなのかという組合せがA案,B案だけではなくて,B案の④を請求することができるという組合せにしたC案というのがいいんだという説があって,それは論理必然的にできるんですかという疑問もあって,しかし,必要なのであれば,そういう立法でやればいいではないですかという答えもありだということであれば,正にC案はあり得る案だということになります。そうすると,後ろのイのいろいろな手当ても,むしろ,ここのA案,B案,C案の中に組み込んで,D案,E案とかいったものを作るというのもありだということでしょうか。 ○山野目幹事 そういうちゃぶ台をひっくり返すようにおっしゃられても困りますが,C案があり得るというのは1時間ぐらい前に私が申し上げたことであり,それはあり得ることですし,立法上,規律を設ければ何でもできるというのもおっしゃるとおりかもしれませんが,ただし,設けられて実現する規律は理屈からいってもある程度,説明できて,政策的な帰結としても妥当なものでなければいけないのでありまして,それはどういうものですかという議論を先ほどまでしていましたし,分科会長のおっしゃるC案は,本当に債務者保護という政策的要請から見て必要十分な帰結ですかという内容的な議論を先ほどしたものであると理解しております。それでひとまずの決着を見たと私は理解しておりましたが,違うのでしょうか。 ○松本分科会長 決着を見たとは私は理解しておりません。まだ,くすぶっている案だと,有力な委員の方が言っておられるわけだから,C案というのはあり得る案だと理解しています。ただ,相対効というからには,これこれのセットだと私は理解しており,立法的手当てをすればという部分は,次のイの問題だと理解をしていましたから,そうすると,議論が最初からかみ合っていなかったということでしょうね。 ○鎌田委員 いやいや,相対的効力での立法をするときに,こういう細部の不明確でないところをきちんとさせる。しかし,それは相対的効力の理屈で説明のつく範囲内でしかできないという,そういう趣旨ですよね。そうなると,Bでは①と④を表裏で考えるのか,①と④はそれぞれ別々のものとして,むしろ,債務者保護の観点では①さえあれば④はなくていいと考えるのか。ここは理論的には両方,許容範囲内だけれども,どこまで特約の効力を認めてやるかという,そういう意味で,B案のB’みたいな主張がちょっとあったというぐらいの感じかもしれない。 ○畑幹事 ちょっとまた戻ってしまうのですが,中井委員が設例3についてA案とB案の比較でおっしゃったのでしょうか,Bが反対債権を取得した場合に違いが生じ得るとおっしゃったことがよく理解できなかったので,御説明いただければと思いますが。 ○中井委員 A案に立った場合で,かつBとしてはCに対して譲渡を承諾していないという場面を想定して,差押えを受けた後に反対債権を取得した。その場合,Dとの関係で反対債権は相殺できるのでしょうか。恐らくそれはできなくて,BはDに対して払い,その上でBはAに対して反対債権を払えと言わなければいけない。それに対してB案の場合はどうでしょうか。もはや,Dは登場しないですから,Bが差押えを受けた後に反対債権を取得したときでも,Cに対して承諾しないBは,AのBに対する債権と,Aに対する反対債権を相殺できると思うのです。A案とB案はそこが違うのではないですかということを申し上げています。 ○畑幹事 少し分かりました。ただ,A案でもCに対する譲渡を承諾さえしてしまえば,相殺はやはりできるということになるような気もするのですが,そうでもないですか。 ○内田委員 通知後の債権である可能性もあるのではないですか。 ○畑幹事 通知後に取得したとするとできないということでしょうか。少し考えてみます。 ○中井委員 通知後であっても,イの①の規律を設けたときに,なお書きの規律を大阪は入れる予定にしておりますので,通知後であっても,Cに対して抗弁を主張できるときまでに反対債権を取得すれば,それは相殺できるという考え方とセットになっています。 ○畑幹事 そうすると,やはりできると。 ○高須幹事 その前に言おうとしたことなんですが,今のイの①のところの話なのですが,基本的には催告をするというのにいろいろな可能性があって,それを検討するのはそのとおりだと思います。ただ,Cのほうで例えばBに払いなさいと催告して,払わない場合に一定の要件を課して,その要件を満たせば譲渡禁止特約による誰に払うかという部分は固定するという,そういう権限を喪失させることができるとする場合に,実際のもめごとの在り方の中では,必ずしも第三債務者がきちんと合理的に判断をして,対応をとるというばかりでもないという部分があると思います。払えと言われても払わないで,裁判をされたら,そのときにまた考えるみたいな対応をとる第三債務者もいないわけではなくて,そういうのを単純に切り捨てるというわけにもいかないと思いますので,一定の抗弁を喪失させることを正当化させる要件は何かということは,慎重に判断をしたほうがいいと思います。   ここでは,もう一つの議論としては,債権譲渡禁止特約を入れることのできる第三債務者というのは,基本的には力の強い債務者だという指摘もあって,それほど合理的判断ができない人ばかりではないというところもあるとは思っておりますが,完全にそう特化させてしまうのも危険だと思いますので,やはり,催告の要件立ては少し慎重に検討したほうがいいと思います。 ○松本分科会長 ②とか③についてはいかがでしょうか。先ほどの事務当局のまとめでは,余り支持者は部会ではいなかったということですが。 ○沖野幹事 イの①をどう構築するかということだと思うのですけれども,部会で畑幹事から債務不履行のところに限らず,より一般的な催告による選択確定の制度として構築する道があるのではないかという御指摘があって,それはそうかなと思いました。もし,これを非常に一般化した形にするのであれば,②や③というのは①に吸収されると思いますので,そういうものであれば,その一本でいいのではないかと考えました。それに対しまして,債務不履行というような事由にかからしめるということであるならば,それに並んでほかのトリガー事由はないのかということで,既に差押えが掛かっているような場合ですとか,倒産手続が開始した場合に,催告による選択確定を発動させるトリガー事由として考えられないかということはあり得るのかなと思います。ただ,そういうことはあるのではないかと思うのですけれども,より一般的な催告による確定の制度というのが簡明で分かりやすいようにも思われ,それが構築できるならば,そのほうがよろしいのではないかと思います。 ○内田委員 債務不履行にかからしめないといっても,弁済期が到来していることは前提ですよね。 ○沖野幹事 むしろ,提案者に伺ったほうがいいかもしれませんけれども,譲渡禁止特約を主張して,誰を支払先とするかということについて,あらかじめ決めてくださいというのを一定の猶予を経て,決めてもらうという制度を考えることができるならば,必ずしも弁済期の到来等を考えずに構築することもできるのだろうとは思いますが,それが御提案の趣旨かどうかはちょっと分かりませんけれども。 ○畑幹事 全く思い付きを申し上げただけですけれども,今,沖野幹事がおっしゃったような趣旨で部会では発言しました。 ○松本分科会長 もう予定の時間を15分過ぎて,山野目幹事も退出されたので,そろそろまとめたいと思うんですが。 ○中井委員 今の沖野幹事若しくは畑幹事のお話からすれば,弁済期到来前に弁済先を確定するような制度とおっしゃいましたけれども,そのとき譲渡人Aに払う,悪意の譲受人に対しては弁済するつもりはありません,譲渡禁止特約を主張します,と仮に言って確定させたとして,その後,債務不履行が起こり,弁済しないときになおどうするのかという問題が残らないでしょうか。弁済先を固定するメリットを自ら享受せずに不履行になっているからこそ,悪意の譲受人であれ,直接,債務者に請求できる,そういう事態になるのではないか。事前に何らかの確認をしたところでその意味はあるのでしょうか。それをひっくり返さなければいけないことにならないでしょうか。 ○沖野幹事 一方で債務者は譲渡を承諾することもできるわけですね。譲渡禁止特約をもはや主張しないという選択肢もあるわけですので,あえてと言いますか,譲渡禁止特約をそのまま主張するということなのか,という点はどうでしょうか。 ○中井委員 そこで承諾するのはいいんです。譲渡禁止特約を主張すると言った,しかし,弁済期が到来したけれども,譲渡人に払わない。この事態に至ったときに再び悪意の譲受人に支払わなければいけない事態になりますが,そこをどう整理するのかと思ったんです。 ○沖野幹事 おっしゃるとおりです。すみません。本当に恥ずかしいんですけれども,私は誤解をしておりました。もし,そうだとすると②,③のような事由を更に加えることができないだろうかということは,もう少し考えられないだろうかとは思います。まだ,弁済期到来前で債務不履行ということは問題にならないけれども,差押えが掛かっているとか,倒産手続が開始しているというようなときに,トリガー事由として考えられないだろうかというのは,個人的にはなお考えたいと思いますけれども。 ○道垣内幹事 ③というのは,悪意の譲受人も友達に頼んで差押えをしてもらったら,確定的に自分に払ってもらえるようになるという制度ですよね。友達が譲渡人に対する債権者でないといけないんですけれども。それはおかしいのではないかなという気がします。状況は変わらないのではないかという感じがします。 ○内田委員 おかしいでしょうか。頼まれたのであれ,債権者は差押えをする権利があるのではないですか。 ○道垣内幹事 差押えをして,悪意の譲受人の第三者異議の訴えによって,それが排除されるわけですよね。それは,排除されたというだけの話ですから,設例3のB案の発想とは相容れないのではないかという気がするのですが,そうでもないのですかね。 ○沖野幹事 度々自分の間違いを認める発言ばかりすることになるのですけれども,差押えが掛かるともはや固定の利益を主張できなくなるはずであるということが③の前提になっていたのではなかったかと。それがB案によるならば,その前提が外れるので,そのために③自体が発動しないということになるのではないかという御指摘ですね。 ○鎌田委員 そのとおりです。 ○松本分科会長 となるとアのA案のセット,B案のセットで,そのままのセットでいくとなると,一定の手当てが必要な部分がイで出てきて,②とか③は手当てが必要ないという話になりますか。 ○沖野幹事 ②がまだ分からないところでして,個別差押えと同じであるという,その包括的なものであると並行して考えるならば同じかもしれません。しかし,特有の問題があるのかもしれませんので,およそ不要といってよいか直ちにはなお断言ができないように思います。 ○中井委員 部会のときも申し上げましたけれども,大阪の意見としては,イの①の規定は設ける,設ける中身については先ほど山野目幹事からもお話がありました。表現の仕方についてはなお工夫をしていただく余地は十分あるのだろうと思います。そして,①の場合について,②,③についているなお書きを,①においても設ける必要がある。つまり,①でいうならば,催告があって履行しないために譲渡禁止特約を主張できなくなるときまでに生じた事由に基づく抗弁は主張できる,というなお書きの規定を設ける必要があると考えています。   その上で,②,③については基本的必要がない。②については破産手続が開始したからといって,なぜ,譲受人であるCが当然に権利を行使できるようになるのか,破産手続が開始してもBは従来の債権者であるAの破産管財人若しくはAである再生債務者,若しくはAの更生管財人に払えばよくて,それを払わなければCが悪意の譲受人であれ,権利行使すればいいだけのことですから,本来的な①の規律を②の場面でも適用すれば足りるのではないか。殊更,②,倒産手続が開始したからといって,Bがそれまで享受していた利益がなぜ奪われるのか,そこについて合理的な説得的な理由はないように思われます。したがって,②については不要である。③についても同じ理屈で不要であると,こう考えています。   それから,最後に一言。今,大阪の意見と言っているところは,かなりの部分で大阪弁護士会としての意見としてもまだ一致していませんし,もちろん,日弁連として意見が一致しているわけではありません。B案について私から強く申し上げましたが,大阪有志の弁護士が主張しているところで,なお,議論が進んでいるところですので,念のため。 ○松本分科会長 一点,確認ですけれども,アの論点のところでB案の中の④について,AはBに対して請求することができるという形にモディファイしたB’案ないしC案を採った場合であれば,イの手当ては不要だという話なのか,そうしたとしてもなおイの手当てはあったほうがいいということなのか,それはいかがですか。 ○中井委員 ④について請求できるとなっても,イの①の手当ては必要であるという意見です。 ○松本分科会長 分かりました。 ○鎌田委員 逆に今のB案のままで,私は何でわざわざAはBに対して請求できると言おうとしていたかというと,イの③がないとCには弁済をしない,差押えは免れることができるというように,譲渡禁止特約の効力を非常に弱くすることによって,非常に効果的な対外的効力を主張できるようになってしまうというのは,何か,腑に落ちないところがあるので,先ほどのようなことに少しこだわったんですけれども,今のB案のままでいくのだったら③みたいなものは,先ほど道垣内さんは不要論みたいですけれども,私は逆に必須ではないかなと思います。誤解しているかな。 ○中井委員 どっちの③ですか。 ○鎌田委員 イの③。先ほどの設例3のDの差押えに対しては第三者異議で排除できます。Cがそれで排除はするんですね。だけれども,Cから請求していたら譲渡禁止特約があるということで,弁済しない。これは封じなければいけない。それをAでもBでもないCの行動でそんなことにするのが果たしていいのかどうかというのは,若干,疑問はありますけれども,何か,こういうふうなことを認めてやらないと,せめてこのぐらい認めてやらないと,何か変だなという違和感が残ってしまう。 ○道垣内幹事 何か変だなという気もしますが,それは①のルールでやるのだということなのではないでしょうかね。 ○鎌田委員 ただ,主体が違うから。 ○松本分科会長 考え方はまだまだいろいろあり得るかもしれない。そもそも差押えの対象となる権利がないのではないかという考え方と鎌田委員の考え方は両立しない。 ○鎌田委員 素朴な違和感でしかないですから,余りこだわりません。   あと,一つだけ言わせてもらっていいですか。今更こんなことを言うのもなんだけれども,今,金銭債権を念頭に置いて議論しているのですが,私が個人的に非常に気になっているのは,ライセンス契約も本当にこれでいってしまうのでしょうかということです。B案でいくと通常実施権は譲渡禁止特約を書いていても移転してしまうということですよね。その場合,特許権者は何も作為義務はありませんから,単純に移転しましたということでよくなってしまうのですかね。 ○松本分科会長 ライセンス権というのはむしろ契約……。 ○鎌田委員 通常,契約上の地位だというんですかね。 ○松本分科会長 契約上の地位の移転のほうに近いのではないですか。 ○鎌田委員 通常実施権だけを譲渡したのでもいいんですけれども。 ○内田委員 債権ですか。 ○鎌田委員 債権的に構成しています。譲渡禁止特約を通常は付けているということで。 ○内田委員 ここで言う債権なのかどうか。 ○鎌田委員 そうですか。その点で対処しますか。 ○松本分科会長 何か地位に近いような感じがするんですが,そういう難しい問題は括弧に入れておきましょう。割と金銭的評価が単純な一方的な引渡債権的なものを考えるということで。それでは,アの論点についてはD案が比較的支持が多かった,しかし,B案のAがBに対して請求できないという点については,若干,別の考え方もあった,そして,その上でイについては,①については必要だ,③については必要がない,②については若干意見が分かれたけれども,必要だという説のほうが比較的少なかったというような感じでしょうか。それから,なお書きの部分については是非付けてくれという意見が,一,二,あったということで,そういう形でまとめさせていただきます。   本日,今までに比べますと比較的順調にこなせましたが,それでも30分オーバーして,あと,二つほど論点が残りました。本当に長時間御議論を頂きましてありがとうございました。本日の審議はこの程度にさせていただきます。   次回の議事日程等について事務当局から御説明をお願いいたします。 ○筒井幹事 第3分科会の次回会議は7月10日,火曜日,午後1時から午後6時まで。会場は未定です。改めて御連絡を差し上げます。次回の議題は今回の積み残し部分に加えて,次回会議までに第3分科会で審議することとされた事項になります。どうぞよろしくお願いいたします。 ○松本分科会長 本日も時間を超過しまして,熱心に御議論いただきまして,誠にありがとうございました。 -了-