法制審議会民法(債権関係)部会           第49回会議 議事録 第1 日 時  平成24年6月12日(火)自 午後1時00分                      至 午後5時53分 第2 場 所  法務省大会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)           議        事 ○鎌田部会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会第49回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 本日は,予備日として予定していただいた会議ですので,新たな部会資料の配布はございません。配布済みの部会資料41に基づいて御議論いただこうと思います。この部会資料の内容につきましては,後ほど関係官の笹井から説明を申し上げます。 ○鎌田部会長 本日は,部会資料41について御審議いただく予定です。具体的には休憩前までに「第3 申込みと承諾」の「2 申込み及び承諾の概念」までについて御審議いただき,午後3時10分頃をめどに適宜,休憩を入れることを予定しております。休憩後,残りの部分について最後まで御審議を頂きたいと考えておりますので,よろしくお願いいたします。   まず,部会資料41の「第2 契約交渉段階」のうち「2 契約締結過程における説明義務・情報提供義務」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○笹井関係官 御説明いたします。「第2 契約交渉段階」の「2 契約締結過程における説明義務・情報提供義務」では,契約交渉段階において情報や経験において優位にある当事者が,相手方に対して情報提供や説明をしなければならないとされていることを明文化するかどうかという論点を取り上げるものです。このうち,甲案は信義則上の説明義務・情報提供義務を明文化することを提案するものですが,どのような事項について説明等が必要となるか,説明義務等の存否の判断に当たってどのような要素が考慮されるか,どのような要件で説明義務等が発生するかについて検討する必要があると思いますので,甲案を支持する立場からは,これらの具体的な問題点についても御意見を頂ければと思います。   これに対し,乙案は要件を一般化することの困難さなどを踏まえ,規定を設けないことを提案するものです。この論点は信義則の明文化という性格を有する論点ですので,一般条項の具体化の意義についてどのように考えるかという立場を踏まえ,交渉段階における説明等について信義則を具体化する必要性や意義についてどのように考えるかについても御意見を頂ければと思います。また,この論点については規定を設けることの要否は最終的に部会で決定することを前提に,具体的な規定の在り方などを分科会で補充的に検討することが考えられますので,分科会で検討することの可否についても御審議いただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ただいま御説明がありました部分について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○筒井幹事 連合の安永委員から,「第2 契約交渉段階」の「2 契約締結過程における説明義務・情報提供義務」の部分について,事前に発言メモを提出いただいておりますので紹介いたします。   契約締結過程における説明義務・情報提供義務に関しては,発生要件と効果の規定の内容次第で労働者のプライバシーや思想信条の自由を脅かす可能性があるため,この規定を設けるべきか否かについては,発生要件と効果の規定の具体的内容について提案がなされた段階で,改めて発言したいと思います。 ○三浦関係官 経済産業省の中で若干,この件について検討いたしました。結論から申し上げると甲案を支持する意見と乙案を支持する意見と二つが出てきたんですが,私なりに整理して申し上げると,全体としては乙案を支持する考えがまずございます。その理由は二つあって,一つは契約交渉に入る前に各種調整作業が生じて,迅速・活発な経済活動が阻害される可能性があるのではないかということ,それから,もう一つは,商品流通については販売担当者が取り扱う商品の全てに関して,専門的な知識を有しているとは限らないということ,この2点を挙げて乙案を支持する意見が一般論としてはまず一つございました。   ただ,分野によっては甲案を支持する意見がございまして,具体的には情報システムの関係でございます。情報システム,ソフトウエアシステム,そういったサービスの提供が目には見えないもの,無形物だということで,こういうものはきちんと説明や情報提供をすることが共通理解を得る上で必要であろうという指摘がございました。   以上,御紹介させていただきました。 ○鎌田部会長 ほかの御意見はいかがでしょうか。 ○大島委員 現在も信義則上,このような説明義務が課されており,実務においても重視されておりますので,規則を設ける必要性は理解できます。しかし,当事者の立場や有している情報量などは契約ごとに千差万別であり,説明義務が認められる範囲を一律に明文化することは困難だと考えます。仮に明文化した場合,規定ぶりによっては説明義務が過剰に強調されてしまい,不要な説明義務が課されることで企業の事業活動が阻害されることを懸念しております。以上のことから部会資料の狙いは理解できるものの,一般規範である信義則に委ねたほうが妥当な解決が図れるものと考えておりますので,乙案を支持いたします。 ○佐成委員 私も,今,大島委員が御意見を述べられた趣旨とほとんど同じでございます。経済界では,原則として契約当事者が情報収集を自己責任で行うべきであるという大原則がまずあるということを常に前提にして考えておりますので,こういった一般的な説明義務の規定を設けることについては,経済界の中では,無駄で過剰な情報提供に繋がるといった消極的な意見が多かったと思います。そして,私自身も説明義務をめぐる無用の紛争を誘発しないためにも,現状どおり,個々具体的な事情によって,信義則で適切に対処していくのがよろしいのではないかと感じております。確かに場合によっては説明義務というものは生じ得るとは思うのですが,それは飽くまで個々具体的な事情に拠りますので,むしろ,それらを十分しんしゃくしないままで先験的に説明義務を明文化してしまうというのは,契約交渉段階での当事者の情報収集のインセンティブを必要以上にゆがめ,かなり問題が大きいのではないかということでございます。ということで,現時点では乙案を支持したいと思います。 ○岡田委員 消費者としては,甲案を推したいと思います。信義則とか公序良俗という一般原則に関してはとても一般の人間には理解できませんし,ましてやこの部分は判例法令の明文化と書いてありますので,判例である部分が確定しているのであれば,当然,書き込んでいただきたいと思います。消費者契約法が制定されたときに,まだ,施行前であったにもかかわらず,下級審でしたが,一番最初に起用したのは消費者契約法3条の努力義務でした。事業者の情報提供義務ですが,そのことを考えても,裁判所においては説明義務・情報提供義務というのはある部分浸透しているのではないかと思いますし,また,民法の中のこの部分が入ることによって,消費者契約法の努力義務というのもより使えるものになるのではないかと思っております。 ○山野目幹事 甲案を推すという意見を述べさせていただきました上で,甲案を前提として具体的な規律を考案する際に,その要件の細目等について分科会で補充的に検討するという事務当局の提案に賛成させていただきます。このテーブルにおられるどなたも判例が説明義務・情報提供義務という考え方を一定程度において是認して,そのような考え方を前提に裁判実務の運用をしてきているということは,御存じでいらっしゃると感じますし,そのことについて本質的な御異論はないものであろうと受け止めます。   しかしながら,それと同時に規律の内容を細目まで丁寧に検討しないで,甲案の考え方が導入されるということになりますと,自身が情報収集をする責任のある者までもが自分の責任を逃れて,不当な主張を言い立てるというようなことが危惧され,ひいて取引の円滑な進行を阻害するということについて御懸念があるのかもしれないということは,三浦関係官及び大島委員の御発言のとおりでありまして,乙案を推されるお考えも理解することができるところであります。そういたしますと,この問題は岡田委員の御指摘のような問題意識を踏まえて,結局のところ,甲案による規律の考案が要件をどれほど丁寧に,緻密に検討することができるかというところに掛かってくるのではないかと感じます。   分科会で補充的に御議論いただくところに委ねたいと感じますが,私といたしましては,これから申し上げます4点のような点について,分科会において御検討いただければ有り難いと感じます。第1に,情報提供義務を負う者において,問題の事項が相手方にとって重要なものであることを知っていたことを要するかどうか,第2に,相手方がその事項について情報を得ることが不可能又は著しく困難であることを要するかどうか,第3に,契約の性質や相手方の資質を考慮して,情報提供が必要であると認められることを要するかどうか,第4に,以上3点に関わる主張立証責任についてどのように考えるか。これらの点について御検討いただいた上で,一定の成果が得られる見通しを獲得することができますならば,是非,甲案で規律を考えること,導入するということを御検討いただきたいと考えるものでございます。 ○中井委員 この提案について回答のあった弁護士会はほぼ一致して甲案支持でした。実務に携わる弁護士としては,山野目幹事から御説明があったように,裁判実務では説明義務若しくは情報提供義務の存在を前提とした議論がなされている。問題はどういう場面で,どういう人たちとの間で,どういう内容の義務が認められるのかどうか。そういう点で争われているわけです。したがって,信義則に従って係る義務のあることについては,ほぼ共通の理解が得られているのではないかと考えています。   そういう中で,三浦関係官ほかから仮にこういう情報提供義務ないし説明義務を取り入れると,活発な経済活動を阻害されるおそれがあるという御指摘がありました。確かにそういう御指摘を我々も耳にいたしますが,現在でも信義則に基づいて係る義務が存在するとすれば,現在でも同じ状況になるはずです。これが明示されることによって,それが急に拡大するという理屈がどこから出てくるのか,にわかには理解できないところです。むしろ,部会資料にもありますように,そういう一般的ルールが既に存在するとすれば,その適用の透明性を高めるためにも,しかるべきと考えられるルールを拾い出す作業をすることは無意味ではないですし,かえって今後の経済活動も含めて,その円滑に資するのではないかと考えています。   むしろ,大量・迅速な取引において,これが直ちに問題となる場面は少なくて,個別具体的な取引において当事者間の情報量の格差等がある場面で,それが問題視化されているわけですから,そういう契約において契約の拘束力を正当化するための基盤作りとして必要不可欠ではないかと考えております。問題は,部会資料にもありますように,範囲,考慮要素,要件ないし効果だろうと思います。それをどのような形で定立していくかが真剣に検討されるべきだと思っております。   その上で,範囲について申し上げますと,最高裁平成23年4月22日判決で係る問題について取り上げられ,不法行為責任か,契約責任かということが専ら判旨ではありますけれども,そこで,当該契約を締結するか否かに関する判断に影響を及ぼすべき情報を相手方に提供しなかった場合には,という説示がなされております。これは今回の部会資料にも記載されている一つの考え方が最高裁でも取り上げられたものとして,範囲を定める基準として重要といいますか,大変参考になるのではないかと思っております。弁護士会の多くのところも,この範囲を定める要件について賛成する意見が多くありました。   次に,考慮要素については,消費者契約において情報量の格差等を元として議論が始まったのかもしれませんけれども,これは決して消費者契約に限らないのだろうと思います。企業間の取引にあっても同じような状況は至る所で生じている。先ほど三浦関係官がおっしゃられた情報システムに関する契約などにおいては,例えば銀行のような巨大な企業と情報システム産業との間で特定のコンピュータシステムに関して情報量の格差があることは明らかで,その中で契約を適正に締結するとすれば,そういう企業間取引においても,しかるべき情報なり,説明がなされなければ,適正な契約関係は構築できないのではないかと思います。   そういうことを一般化するものは何かと考えたときに,部会資料にも出ておりますけれども,一つは契約,それが契約の内容なのか,性質なのか,趣旨なのかはともかくとして契約が何であるか,二つは当事者の属性,地位といいますか,その背景事情としては当該契約に係る当事者間の情報量の格差であったり,専門的知識の得やすさであったり,これら当事者としての属性をどこまで考慮するのか。それから,これも部会資料にもありますけれども,契約は一時で成立するわけではありませんから,契約交渉過程におけるやり取りなり,交渉経緯が一つの重要な要素になると考えます。それら要件を示すこと自体が今後,同種取引における紛争をむしろ回避するために役立つのではないかと思っています。   また,責任の根拠については,基本的には信義則が根拠であることは明らかで,信義則を更に具体化するというのは困難ではないかと思いますので,説明する若しくは情報提供する義務が信義則上認められる,という一般的要件の定め方になるのではないかと考えております。   問題は効果でして,現在の裁判実務では一般的に損害賠償義務という形で当事者間の結果的な公平を図る,これは過失相殺という要素を入れることによって,適切な利害調整を図ることができるという一面があります。したがって,まずは損害賠償義務を定めるというのが基本的に妥当であろうと思っています。弁護士会の多くは,ここまでではほぼ意見が一致していると言っていいかと思います。   ただ,一部弁護士会,私の所属している大阪弁護士会ですが,損害賠償義務に限るのか,さらに中間論点整理では一応指摘されているんですけれども,契約の取消しもあり得るのではないか。この点について,部会資料では挙げられておりませんが,なお,検討を続ける必要があると考えております。この点は不実表示による取消しをどのように考えるのか,今後の審議の行方にも関わると思います。といいますのは,情報を提供しない,説明をしないというのは,ある一定のメリットに関する情報が提供されて,多くの場合,不利益な情報,リスクの情報が提供されない場面ということが想定されます。だとすると,不実表示におけるプラス面の表示があったけれども,不利益な部分について表示がなかった場面と一定程度,類似する関係にあるのではないか。   そうだとすると,そういう説明があれば,契約を締結しなかったというような因果関係の存在を前提に,そういう一方当事者が,先ほど山野目幹事もおっしゃいましたけれども,情報を得ることができないことに正当な理由がある,また,一方当事者はそういう情報を提供することが容易であって,持っているというような要件も加わるのかもしれませんけれども,一定の要件の下で取消しが認められる余地があるのではないか。それは不実表示類型,場合によっては錯誤類型の一つの場面としての具体化かもしれませんけれども,なお,そのことを検討するということは十分価値がある。それを錯誤ないし不実表示の中で処理するという考え方もありますが,それが情報提供義務,説明義務違反の場面で現れるとすれば,そこを重ねて明示すること自体,意義のあることではないかと考えております。 ○佐成委員 今,中井委員のお話を聞いていて気になったのは,この御提案は基本的には契約交渉段階,つまり,プリコントラクトの段階での信義則という問題ですが,それを独立の規定として明文化すると,それ自体がかなり契約後のほうにも影響してくるような印象を受けます。もちろん,この提案自体は恐らく契約交渉段階における信義則として説明義務というものがあり,説明義務に違反した場合の効果として,まず,第一次的には契約前の義務違反ということでございますから,不法行為の効果であります損害賠償といったところが自然に導かれるのだろうということだと思います。しかし,更に踏み込んで契約成立後に説明義務違反という瑕疵が残った場合の問題まで視野に入れるとなりますと,この規律を明文化すると,いろいろな影響を及ぼすのではないかと感じます。つまり,補足説明にも書いてありますけれども,取り分け意思表示の瑕疵の問題とも効果面を含めて関わってきて,更にもっと両者の関係を根本的に考えなければいけないのではないかという気がしております。 ○野村委員 規定を置いたほうがいいかどうかという問題については,甲案のような考え方でいいのではないかと思います。今は民法上は情報提供義務があると考えられていながら,消費者契約法では努力義務として規定しているというのは,何か奇妙な感じがします。もちろん,これは消費者契約法の問題なのですけれども,債権法改正の議論を経て,なお,民法に情報提供義務に関する規定を設けないというのは,かえってむしろマイナスのメッセージを与えるのではないかと思うのです。そういう意味では,情報提供義務に関する規定があったほうがいいだろうと考えています。ただ,具体的に要件をどのように規定するかという問題はなかなか難しいと思います。また,効果については損害賠償の問題もありますし,それから,錯誤とか詐欺とか不実表示の中で処理されるという別の規定の可能性もあって,なかなか明文化しにくいのではないかと思っています。むしろ,効果については明文の規定を置かず,何も書かないでおくというのも,一つのアイデアではないかと思っております。   それから,今,佐成委員のおっしゃっていたところなのですけれども,詐欺,錯誤の中で考えるという考えについては,情報提供義務が専ら契約成立後の問題ということでは必ずしもなくて,契約成立前の情報提供義務の存否が,成立した契約について,錯誤や詐欺の評価に影響しているということではないかと思っています。 ○佐成委員 一言だけ申し上げます。今,野村委員がおっしゃった点は承知しておるのですけれども,要するに,それらとの効果面での整理,適用関係をどうするかということがやはり気になるのです。一般に意思表示の瑕疵の効果は取消し・無効ですから,なおさら,説明義務違反の効果をどう設計するのかについても,それとの関係で十分検討しないと,制度間の不整合を生じるのではないかという懸念を申し上げた次第でございます。 ○山川幹事 民法一般につきましては特に定見はないのですけれども,労働契約について若干考慮の必要があるかなという点を申し上げたいと思います。それはこれまでも議論のありました採用等における労働者のプライバシーとか思想,信条に関わることでして,この点で,情報提供義務を課するということに対する懸念は一定程度,理解できることだと考えております。使用者が労働者を雇うときに,契約締結の判断に当たって重要な事項あるいは必要な事項という観点からすると,採用はかなり人格的というか,全人格的な判断を伴いますので,主観的にはこれらの事項についての情報もある意味では必要だと言えなくもないということで,重要な事項あるいは情報量の格差ということだけでは,この義務への制約はなかなか説明しにくいのかなという感じもいたします。契約の性質等については,いろいろ山野目幹事からも御提案いただいたところですけれども,それとともに例えば情報の性質といったようなことですとか,あるいは範囲の問題というのでしょうか,相当と認められる範囲ですとか,社会的な相当性の問題とか,そういうことも考慮に入れる形でお考えいただければと思っております。 ○鹿野幹事 私も,結論から言いますと甲案に賛成でございます。既に何人もの委員・幹事から意見が出されましたが,現在,民法上,信義則を手掛かりに認められているルールが存在する場合において,信義則の規定があるからそのままでよいとは必ずしもならないと思います。むしろ,信義則という一般規定しか手掛かりがないということが,非常に分かりにくい状態をもたらしていると思いますし,ルールの明確化という全体の方針からしても,ここでのルールをより具体的に明文化することを検討する必要があると思います。   これに対し,先ほど,この明文化が経済取引を阻害することになるのではないかという懸念が示されました。確かにこれを非常に厳しい形で要件化するとなると,そういうおそれが生ずるかもしれません。けれども,ここでの明文化は,信義則に照らして情報提供義務が課され得るということを規定し,その情報提供義務の有無および内容を判断する際の考慮要素などを挙げるということに意味があるのではないかと思います。つまり,飽くまでもそれらの事情に鑑みて,信義則上,義務が課されるのだということを示すということで,ある程度,一般条項的な形を残さざるを得ないのではないかと私は思います。そして,もしそうであれば,それほど経済取引を阻害するということにはならないのではないかと思います。もちろん,この点は具体化の在り方によっても違ってくるのですが,先のような御懸念が当たらない形での明文化も考えられるのではないかと思います。   より具体的に,対象となる事項の範囲については,契約締結の判断に影響を及ぼすべき事項を,まずここで対象としてくくり出すということが考えられると思います。これでは広すぎるという御懸念があるかもしれませんけれども,次の段階における,その中でどういうことを考慮して,信義則上,義務を負うとされるのかについての限定まで含めると,対象が広いから駄目だということにはならないと思います。   次に,考慮要素についてですけれども,これも契約の性質,契約当事者の属性,それから,契約交渉の経緯あるいは契約交渉における当事者の態様などがまず考慮に入れられるべきだと思います。先ほど山川幹事がおっしゃった労働の場面における問題については,その場合を念頭において特別の考慮要素を入れるべきことになるのかどうか,すぐに名案は浮かばないのですけれども,いずれにしても考慮要素というのは網羅的ではなく代表的なものを挙げた上で,それらに照らして信義則上,情報提供義務を負うというような書き方にせざるを得ず,またそれによって柔軟な解釈適用も可能となるのではないかと思います。今までも信義則で一定の制約が掛かっていた訳ですし,それを明文化したことによって,信義則の枠が外れるということではないのですから,それによって不都合が生ずるということにはならないと私自身は考えております。   さらに,効果も問題となります。先ほど,効果として契約の取消しを認めるという方向での議論もありました。けれども私は,情報提供義務違反イコール取消しという形でここに規定を置く必要はないのではないかと思います。資料の当該項目の最後にも書かれていますように,むしろ,意思表示に関わる規定,例えば不実表示,錯誤,詐欺などの規律において適宜,適切な要件化を試み,その限りで取消しという効果を導くということでよろしいのではないか,そしてここでは,義務違反による損害賠償という効果を中心とした規定を置くのが適切なのではないかと考えております。 ○山本(敬)幹事 私も結論としては甲案を支持したいと思います。その上でどう定めるかというのが次の問題であるという点も,何人もの方が御指摘されているとおりだと思います。今のところ,規定を置くとすれば,一定の考慮要因を挙げて信義則一般をもう少し具体化した規定を置くという方向が有力だと思います。もちろん,そのような方向を更に詰めて考えるべきであると思いますが,それと同時に,実際に規定にする上でもう少し考えておく必要があると思いますのは,そのような一般的な規定だけで本当によいのかということです。   もちろん,現在よりももう少し具体化した一般的な規定がありますと,より一層判断がしやすくなるとは思いますけれども,それで一定の場合に情報提供義務があるという判断を簡単に導くことができる場合は,そう多くないかもしれません。そうしますと,一定の場合については,情報提供義務に当たるものがこのような形であるということを例示するといいますか,更に具体的に示すような規定が示せるのであれば,それも併せて検討してはどうかと思います。   そのようなものとして部会資料を見ますと,23ページ以下に,二つのタイプの説明義務を挙げておられます。①として,契約を締結するかどうかの判断に当たって必要な事項を対象とする説明義務,②として,それ以外の事項を対象とする説明義務を区別しておられます。必ずしも定かではないのですが,②については,それが生命,身体,健康,あるいは財産に関わるような情報の提供ということですと,前回にやりました,より一般的な信義則を具体化した規定ないしは交渉過程での義務の中に含めるという方向をここでは示唆しておられるようですけれども,他方で,せっかく情報提供義務という形で定めるのであれば,それも並べて規定するのが誤解を呼ばない定め方ではないかとも思います。   その意味で,まず,このうちの②については,少なくとも危険な情報,つまり,契約しようとしている相手方の生命,身体,健康あるいは財産に損害が生じる可能性の高い情報については,相手方の権利を保護するために,そのような情報は伝えなければならないという義務を課す。この結論については,恐らく現在でもコンセンサスが得られるのではないかと思います。先ほど挙がっていた最高裁判所の判例等を見ましても,防火扉の例も部会資料の中に挙がっていましたけれども,そのようなものについて情報提供義務を負うことを明記するということは,考えてよいのではないかと思います。   さらに,①の契約を締結するかどうかの判断に当たって必要な事項を対象とする説明義務については,これをどう具体化できるかということを更に検討する必要があるだろうと思います。事業者・消費者の消費者契約についてどうかということは,この部会でどこまで詰めるべき事柄かどうか分かりませんが,差し当たり置くとしましても,先ほど中井委員から御指摘がありましたように,事業者・消費者に限らず,事業者・事業者間の取引であったとしても,事業者全員ではなく一定のタイプの事業者については情報提供義務が課せられる場合があるだろうと思います。   その最たる例が,専門的な知識を有していると期待される事業者が,そのような専門的知識に関わる契約を締結しようとする場合であって,この場合は,相手方もそれに関する契約を締結するかどうかの判断に当たって必要な事項については,情報提供してくれると期待してよいと思います。そうした事業者もそのような情報を提供できるからこそ,契約をしてもらえるわけですし,そこから利益も得ることができます。したがって,表現は次の問題ですけれども,契約当事者の一方が事業者であって,当該契約に係る情報について専門的な知識あるいは専門的な判断をすることができる能力を有している場合については,契約の締結に必要な情報は提供する義務を課すということを例示という形で明記するというような規定の定め方も,これは分科会で検討することになるのかもしれませんが,検討してみる余地はあるのではないかと思います。   最後に一言,効果については,先ほど御指摘がありましたように,取消しの可能性も視野に入れつつ,更に検討すべきではないかと思います。その際には,これまで先送りにしてきたところはあるのですけれども,取消しの効果をどう考えるのかということを,一度やはり正面から考えてみる必要があるのではないかと思います。割合的な解決が本当に必要だというのであれば,どのような手当を考えることができるのか。比較法的な例を見ながら,もう少し正面から検討した上で,結論を出すべきではないかと思います。 ○潮見幹事 私も甲案の方向で検討をすることについては賛成です。理由は中井委員,山野目幹事がおっしゃったところと同じです。   その上で,検討していただいた上で,もし,難しかった場合には,現行法で規定がなくても処理できているわけですから,無理をすることはないというのが個人的な印象です。ただ,その場合でも,中井委員がおっしゃられた平成23年の最高裁判決が言った一般的な考え方を民法典の中に示しておくということには,価値があるのではないのかなと思います。先ほど信義則上の情報提供義務という言い方を中井委員もされましたが,そのような規定を設けておくということには価値があるのではないかと思っているからです。   それから,具体的なことについては山本敬三幹事がおっしゃったことに加えて,もう一つ申し上げますと,この間の議論でも,個別の場面で情報提供義務が問題になっていたところがありました。保証での情報提供義務などは,その例だと思います。そうしたところでも,個別に情報提供義務,説明義務を規定として置く可能性を個別に検討していただきたいところです。 ○鹿野幹事 先ほど山本敬三幹事がおっしゃったことについて,一言,私の意見を申し上げたいと思います。まず,具体化を可能な限りするべきだという点については,柔軟性を確保しつつ,どこまで具体化が可能かを検討する意味はあると私も思います。ただ,先ほどの御発言の中の防火扉の説明に関する御意見には少々疑問を感じました。   確かにこの点も,広くは情報の提供義務あるいは説明義務に関する問題であり,何らかの機会に検討しなければならないとは思います。しかし,それがここでの契約交渉過程における説明義務・情報提供義務という枠の中に入るのかという点については,私自身は疑問を感じます。なぜなら,先ほどの防火扉の取扱説明は,この説明がなかったら,この契約はしなかったというような類いものではなくて,むしろ,目的物を安全に使うために必要な情報ということのようでした。その先ほどの例ですと,引渡しまでに説明が適切になされていれば十分だということになるでしょうし,逆に,およそ契約をしなかった人に対しては,その細かな説明は必要ないということにもなるでしょう。ですから,契約交渉過程の情報提供義務と,そうではないいろいろな場面における情報提供,特に契約締結後の時期まで含めた情報提供義務とは,これを分けて検討した方がよいのではないかと思います。 ○青山関係官 労働契約に関しては山川幹事のおっしゃるとおりと思いますし,一般的に考えても皆さんの御議論をうなずいて聞いておりましたけれども,建設的な提案はできないのですけれども,どのような範囲で義務を認めるかという部分が難しいかなと思います。労働契約について先ほど山川幹事がおっしゃいましたとおり,思想,信条といったことは問題になるわけで,行政においても労働者の能力とか適性に関係のない事項は,就職差別につながるおそれとか,個人情報保護の観点から,聞かないように指導しているぐらいで,例えば本籍とか思想,信条等がその例です。他方で労働契約の内容である労働条件はむしろきちっと示すように指導している部分もあります。このように,契約の性質ごとに提供するべき事項とすべきではない事項があるかと思いますので,そこをどう仕分けるかは難しいのですが,分科会で御議論するのであればよく検討いただきたいと思います。   その関係で,今,私が言いましたプライバシーとか,差別を防止するといった観点というのでしょうか,価値というか,法益というか,そういうほかの法益との衝突というところをどう処理するかというところは,よく御検証いただきたいと思っております。もう1点,何人かの委員・幹事の方がおっしゃいましたけれども,同じような議論を不実表示のところでもすごく議論した記憶がありまして,それとどうしても関連するので,不実表示の効果との整理はきちっとしておくべきだと思いますので,よろしくお願いいたします。 ○村上委員 抽象論としてこのような義務を負う場合があるということは,異論のないところだと思いますので,適切な規定を作れるのであれば,それは十分考慮に値することだと思いますが,問題は,過不足のない適切な規定を作ることができるかどうかだろうと思います。仮に,それが難しいのであれば,無理に規定を設けたために硬直した運用をせざるを得ないということになっても困ります。うまく条文が作れるかどうか,分科会でトライしてみていただいて,いい条文案ができれば,それに越したことはありませんが,難しいときには諦めるほかないかもしれないと思います。 ○山本(敬)幹事 先ほどの鹿野幹事の御指摘なのですが,1点,質問と,1点,意見を申し上げたいと思います。  恐らく,先ほどおっしゃられたのは,締結後にも問題になるような説明義務の場合と,締結前にしか問題にならないような説明義務は,少なくとも区別して考えたほうがよいのではないかという御指摘だったのではないかと思います。そうしますと,締結後にも問題になるような説明義務について,締結前から説明がきちんと行われなかったという場合に,どこでどう,そのような事情を考慮するとお考えなのかというのが質問です。  もう一つは,先ほどの例だけを見ていますと,そうかと思われる方もおられるかもしれませんけれども,実際の裁判で問題になっていますが,例えば出資を目的とした契約で,出資先が実質的には破綻状況にあるという情報を告げなければならないという義務は恐らくあると考えられます。それは,契約を締結するかどうかを判断する上で重要な事項だと言うことももちろんできますけれども,そのような情報を提供しないまま取引をすると,重大な財産の侵害をもたらすという意味で,必ず告げないといけないと言うこともできるでしょう。あるいは,ほかの裁判例ですと,先物取引などで,実際に利益相反関係が生じるような可能性の高い取引方法を使うことを告げずに契約した場合に,告げるべき義務に違反したとする裁判例がありますけれども,これなども先ほどと同じでして,そのような取引が実際に行われると,財産が実質的には奪われる可能性が高い以上,このような情報については,何はともあれ告げなければならない。このような義務が,生命,身体,健康だけなく,財産についてもあり得るなと考えて,先ほどのように申し上げました。このような問題についてどうお考えになるかということをお聞かせいただければと思います。 ○鹿野幹事 生命,身体,財産に影響を及ぼすような事項の中には,契約の締結をするかどうかの判断にとって重要であり従って契約前の説明が必要だというものもあるでしょう。しかし,他方,契約締結後に問題になるというものもあると思います。先ほど私が申しましたのは,例えば防火扉の具体的な使用方法などについては,もちろん契約締結過程において説明してもよいのですけれども,契約締結過程に特化したような説明義務・情報提供義務という問題ではないのではないか,ということでした。むしろ,契約を締結した当事者間において,少なくとも引渡しまでには尽くさなければいけないという種類の説明義務なのではないかということを申したつもりです。契約締結過程における説明義務・情報提供義務として特化して取り上げるべきものがあるとすれば,それは,契約締結の判断,つまりおよそ契約締結をするか,あるいは,この条件で当該契約を締結するかどうかも含め,このような契約締結の判断に影響を及ぼすべき事項については,契約締結前にきちんと情報を提供しなければならないということだと思います。これに対し,先ほどの防火扉のケースは,このように必ず契約締結前に行われなければならないという意味で特化した契約交渉過程の説明義務ではなく,そこに違いがあるのではないかと考えた次第です。 ○松本委員 山本敬三幹事の御説明を聞いていて,私も鹿野幹事と同じような疑問を抱いたんですが,鹿野幹事が質問されたので黙っていました。山本敬三幹事の返答を聞いていて,契約締結の前後を問わず,情報提供義務はいろいろあるので,それを全部書きましょうという御意見かなと思っていたら,必ずしもそうではなくて,契約締結段階において契約を締結するかどうかの判断に当たって重要な事項以外についても,事前の情報提供義務があるという御意見のようなので,それは少し私も違うのではないかという気がします。   契約を締結するかどうかの判断に当たって,生命,身体に危害を及ぼすおそれのある製品であれば,それならば私は買わないという判断する人はたくさんあると思いますから,そうなると,①の具体例としての生命,身体,財産に非常に重大な影響を及ぼすおそれのある取引だということは開示すべきだと。それはそれでそのとおりだと思うんですが,防火扉のケースで,契約締結段階で説明がなかった場合に,もし,防火扉の使い方が大変に難しく,そのことが説明されていればこの家は買わないという判断をするようなケースであれば,正に①に還元されるだろうし,そんなに難しいわけではないけれども,当然,何かがあった場合には防火扉は使用するわけだから,正しい使用方法を説明すべきであるんだとすれば,それは契約締結交渉段階で説明してもいいし,契約締結後の使用方法の説明としてきちんとやるということでも,どちらでもいいと思うんです。   それで,山本敬三幹事が契約締結段階で説明がなかったら,その違反はどこに位置付けるのかという御指摘をされたわけですが,契約締結前に説明しなくても契約締結後にしていれば説明義務は満たしているわけだから,違反ではないということに多分なるわけです。契約締結後にも説明していないのであれば,契約締結後に説明するべき義務に違反をしているということで,そのこともどこかに書くのなら書いたほうが私はいいと思います。24ページの1の最後の辺りで,そのような義務も認められる余地があると考えれば,あえて書かなくていいではないかという御説明をされているので,本当にそうであれば書かなくてもいいかなという気もするわけですが,契約締結段階における義務のほうについてはいろいろ議論もあることですから,明文化したほうが多分いいだろうと思います。   契約締結後の情報提供義務に関しては,それほど激しい争いはなくて,個別ケースにおいて,例えば銀行取引における取引経過を開示すべき義務は争いがあったから,最後は,最高裁判例までいったわけです。そういう争いのあるケースは確かにあるんでしょうが,そうでないケースのほうが多いんだとすれば,明文の規定は置かなくてもいいという事務当局の判断でもいいかなと思います。 ○中井委員 山本幹事と鹿野幹事と松本委員の御発言を聞いていて,前回も少し発言をしたのですけれども,第1の4の「債権債務関係における信義則の具体化」という項目における(1)と(2)の想定している範囲と,前回,最後に議論した第2の「契約交渉段階」における「契約交渉の不当破棄」と,今日,議論している説明・情報提供義務,この関係についてどう考えるのか,ここを整理していただく必要があると思っています。   前々から私が思っておりますことは,第1の4にあります「債権債務関係における信義則の具体化」に関して言うならば,契約成立以前,つまり,契約交渉段階に入ったところからまず一つのステージがあって,契約が成立してから契約履行段階というのでしょうか,契約が終わるまでの段階で二つ目のステージがあって,場合によっては契約終了後も契約解除であれば巻き戻しの手続が要りますので,その段階で第三のステージがある。   その中,そういう関係,契約関係が継続している限りにおいては,そこで契約上の信義則というものが機能して,それが個々具体的に義務化される場面がある。これをまず一般化して規定する必要性は高いのだろうと思っています。したがって,第1の4で申し上げたのが単に権利の行使又は債務の履行と,あたかも権利が成立してから後の話に限るのはいかがなものかと,前回,申し上げたのもそのような趣旨です。そのときの(2)の生命,身体に関するものについては,それに限らず,契約の交渉段階から契約の終了まで,一貫して他人の生命に対しては配慮すべき義務がありますと,これは一般に承認されるべきことでしょうから,これをここに掲げるなら,それでいいのかと思っています。   その関係で,第2の契約交渉段階でどこまでのことを定めるかについて,私は気持ちとしては山本幹事のおっしゃっていることに趣旨としては賛成をします。情報提供義務というのであれば,23ページの一番下にある①の契約を締結するかどうかの判断に当たって必要な事項以外にも,②のその他以降で説明しなければならない場面がないわけではないと思います。けれども,契約交渉段階において,今回,立法化するに当たってどのように考えるかということですけれども,1の不当破棄であれば,原則,契約を締結する義務はない,契約締結は強制されない中で契約の破棄が問題になる具体的場面を想定して明記する,それによって信義則の具体化が明らかになる。   21ページの例えば守秘義務等についても問題になるかもしれないけれども,それについては,ここでは差し当たって置いておく。そういう考え方を採るほうがよいのではないか。つまり,具体的に一般に承認されている不当破棄の要件を明確にして,それを明らかにして条文化する。その周辺については,場合によっては更に拡大類推があるのかもしれませんけれども,それは個々具体的に考える。   同じように,ここでの説明義務・情報提供義務につきましても気持ちは山本敬三幹事と同じですが,条文化するに当たっては松本委員,鹿野幹事がおっしゃられたように,ここでは契約を締結するかどうかの判断に当たって必要な事項を対象として議論をして,その説明がきちっとあったら,契約はしなかった,異なっていた,という典型的事例がたくさん実務で紛争になっているわけですから,それに対して一定の指針をここで明確に与えていただく。実務的にはそれが好ましいのではないかと思っております。 ○佐成委員 今,中井委員がおっしゃった点についてですが,基本的には私は乙案を支持するという根本的な違いはありますけれども,議論の仕方それ自体については賛同を感じております。つまり,説明義務に関しては,今,中井委員がおっしゃったとおり,契約締結前のプリコントラクトの段階での説明義務ということに絞って検討していただくのが生産的ではないかと思います。もちろん,契約締結後に説明義務が発生するということはあり得るとは思いますし,現にあるわけですけれども,そことは切り離して,まずはプリコントラクト段階の説明義務に絞った上で,ここをきちっと分科会で議論していただくというのは,議論の仕方としてはよろしいのではないかと感じております。先ほど言った趣旨もそういうところにあります。   それと,ただ若干,気になったのは,最初に中井先生がおっしゃった1の不当破棄に関連してですけれども,不当破棄に関しては原則的に締結する,しないの自由があるということで原則論がまず書いてあるわけです。しかしながら,この契約締結過程における説明義務に関しては,原則論が何も書けていないわけでございます。つまり,当事者が自分の契約締結に必要な情報は,それなりに自分の判断で各自が収集するものであって,自己責任という言い方は必ずしも適切ではないかもしれませんけれども,自分にとって真に必要な情報が何かというのは相手方には分からないものでございますから,当然,そこは自分の判断と責任で収集するのが大原則だと思います。ただ,例外的に相手方にそういう説明義務が発生する場合があるのだということだろうと思うので,原則例外の関係は同じではないかなと思います。したがって,もし補充分科会で議論される場合には,原則はこうで例外的に説明義務がある場合はこうだという形で検討していただいたほうがよろしいかなと感じております。 ○岡委員 弁護士会の意見は中井さんが言ったとおり,甲案でございますが,なぜ,甲案かという補足を一つさせていただきたいと思います。潮見先生が先ほど無理しなくてよいと,村上さんが無理すべきではないとおっしゃいましたが,弁護士会の感覚からすると,実務でかなりこの説明義務違反で処理されている事例があります。判例の積み重ねも相当数出てきています。エホバの証人のような事件でありますとか,医療過誤で因果関係の立証が難しい場合の説明義務違反による処理でありますとか,効果が損害賠償で,過失相殺を適用することに若干の問題点は指摘されておりますけれども,ほどほどよい効果でいろいろな事件を妥当に解決できています。そういう捉え方をしておりますので,手掛かりを与えるべき場面での信義則については,是非,頑張りたいという意見です。無理すべきではないとか,無理しなくてよいではなく,この局面では,是非,置くべきであるという意見が弁護士会では今のような理由から多いのだろうと思います。   事情変更の原則も同じように具体化の難しい一般原則で,判例法理としては認められていますが,それについては弁護士会はかなり慎重でございます。事情変更の原則は,認められた事例の積み重ねがないし,効果が甚大です。そういうものが条文化されることには,弁護士としては慎重な意見が多いんですが,交渉段階における信義則のところについては先ほどのような理由から,かなりの弁護士が賛同しているということです。   最後に追加すると,弁護士会は判例法理の明文化という国民に分かりやすい民法に背を向けていると,時々,言われますけれども,そんなことはなくケース・バイ・ケースで,ここではかなりの弁護士会が前向きに考えておりますので,最後に補足させていただきます。 ○道垣内幹事 細かいことに対して恐縮なのですが,佐成委員がおっしゃったことについて一言だけ申し上げますと,人は契約をするに当たって情報を集めるべき義務はないのだと思います。つまり,原則としてあるのは,契約によって損をするか得をするかはあなたのリスクであるということがあるだけであって,情報を集める義務というものは存在しないと思いますので,情報を集める義務の原則を書くのは難しいところだろうと思います。 ○山下委員 私は十何年か前に消費者契約法の立法のときに会議に出ていましたけれども,当時は情報提供義務という一般条項的なことを考えると,経済界から予測可能性がつかない法律の規定を作ることは一切けしからんという制約があり,法律ができたのですが,それから十何年経って今日の議論を聞いてみると,経産省にしろ,経済界にしろ,頭から駄目という話ではなくて,情報提供義務も日本にそれなりに定着したのかなというふうな気がしております。   それで,具体的に今度,民法でどうするかという今日の御議論を伺っていて甲案が多いが,ただ,一部には甲案で明文化の内容が難しければ,乙案で無理すべきではないという意見もあるというふうなところですが,甲案でどういうことを考えるかで山本敬三幹事がおっしゃったように,一般条項的なところもあるけれども,ある程度,具体化した内容を盛り込んだほうがいいという考え方もあるのですが,これが実際にどの程度できるか。先ほどの鹿野幹事との論争を聞いていても,いろいろ個別に考えていくと問題があるし,情報提供義務というと,とかく消費者契約のようなことを専ら頭に置いて考えるのですけれども,今度は民法一般なので,非常に多様な世の中の取引について,要素をどれぐらい具体化できるかということがなかなか難しいかなという疑問を持つところです。   そうすると,甲案で詳しめの規定として,あるいは乙案との中間的なところで,言葉はよくないですがほわんとした規定を置くというのも,この際,一つの在り方かなと思います。説明義務が今までは民法上も規定がないから,これまでずっと弁護士さんたちもどのようにして説明義務を認めさせるか御苦労をされてきたと思うのですけれども,その積み重ねで判例では類型的にはこういう場合であれば認められるということになっているので,更に要件を詳しくすることによって,それがより新しいタイプの説明義務を認めさせるのに有益であればいいと思うのですが,なかなか,そういうところは難しいと思うのです。そのように,今ある以上のものを立法で進めていくというようなところまで規定するのは難しいかと思うので,この際は一般条項的なものにとどめるというのも一つの在り方かなと思います。 ○中田委員 私も甲案がよろしいと思うんですが,それの具体化の方法として,今,山下委員がおっしゃったような幾つかの方法があると思います。さらにこれまでの委員・幹事の御議論としては,もう一つ,23ページの一番下にある①と②の中の①に純化していくという方向の御議論が出ているかと思います。ただ,①に純化していくというのはなかなか難しいのではないかと思います。①と②との両方にわたるようなものもあるでしょうし,同じ契約でも当事者によって①であったり,②であったりするということもある。それから,①だけを書くと,②についての一般原則による絞りというのが非常に弱くなってしまうという副作用もあるかもしれません。そうしますと,今,山下委員がおっしゃり,あるいは大分前に潮見幹事がおっしゃったことですけれども,やや一般的なといいますか,中間的な表現の規律を置くということも十分あり得ると思います。最後に,規定を置かないとすると,今の段階だとむしろマイナスのメッセージになるという野村委員の御指摘は非常に重要だと思います。 ○潮見幹事 私も,先ほどほわんとした規律と山下委員がおっしゃったのと同じようなことでもいいのではないかと思います。それから,もう一つですが,中田委員もおっしゃられた①と②なのですが,①について規定を置く方向で考えてみることには賛成です。②ですが,今回の補足説明を見ますと,12ページで,ここに対応することが考えられているようです。他方,4の(1)ですが,ここは私と中井委員が言ったのとは理解が違っているところがあって,私は,4の(1)は,飽くまでも契約が締結された後の問題ではないかと考えていました。少なくとも文面から見ると,契約締結段階というものはこの中に入っていないのではないでしょうか。   先ほどの中井委員が,第1ステージ,第2ステージ,第3ステージと言われたものが,連続なのか,それとも,第1と第2のところで切れているのかは,見解によってニュアンスがあろうかと思います。私などは,切れていると考えているものです。平成23年判決も切れていると見ているのではないかと思います。そうであれば,仮に4の(1)で②に対応するようなものを拾いたいということならば,それに対応するような形で,4の(1)に相当する規律を設ける方向で,分科会で検討をされるのが望ましいのではないでしょうか。もちろん,そういう規定が本当にできるのかという点には,不安もあることも併せて申し上げたいと思います。 ○山本(敬)幹事 結論としては今の潮見幹事の御指摘に賛成でして,4の(1)のほうを見ますと,契約締結前ということが必ずしもきれいに入っているようには見えない中で,そちらでいけると言われますと,本当にそうなのかということが少し気になりました。それと同時に,契約締結前であったとしても,先ほどの②に当たる事項については義務があるのだということは,どこかではっきりさせておく必要があると思います。その意味で,私自身は,わざわざ情報提供義務を定めるのであれば,そちらで統合するのが分かりやすいかと思いましたけれども,規定の位置はともかくとして,その点について疑義が残るような形で立法をするのは,問題が大きいと思います。   何度も同じことを繰り返して申し訳ないのですけれども,生命,身体,健康や財産を害する情報は,契約締結前にきちんと説明しておきなさいというメッセージは,私は非常に大事なメッセージではないかと思います。それが,締結後,遅くとも引渡しまでに情報が告げられればよいというのでは,確かに紛争が生じたときの結論はそれで導けるという面はなくはないのかもしれませんが,何か誤ったメッセージとして受け止められるおそれもありますので,気を付けたほうがよいのではないか。その意味では,どこでどう定めるかは別として,もう少し明確になるように,②に当たる義務も定めるべきではないかと思います。 ○松本委員 大前提としての確認なんですが,23ページから24ページにかけての①,②は,事務当局の整理としてはともに契約成立前の契約交渉段階における義務として,①と②というタイプがあると整理されているのか,②は別に契約締結交渉段階のものではないという整理なのか,そこが私は必ずしも理解できていないので,事務当局の趣旨をまず御説明ください。 ○笹井関係官 私としては,②の説明義務は契約交渉段階のものに限られるものではないと考えておりました。 ○松本委員 分かりました。それで,山本敬三幹事の生命,身体に関わるものは非常に重要だから,契約締結交渉段階でも開示させるべきだとおっしゃる趣旨は私も賛成なんです。ただ,それがなぜ重要なのかというと,正に契約を締結するかどうかの判断にとって極めて重要なことだからです。生命,身体に危害を与えるおそれのあるような製品なのか,そのリスクが非常に高い製品なのか,あるいは先物取引というのは元本が保証されていないだけではなく,足が出るおそれもある大変リスクの高い取引である,財産に危害を与えるおそれのある取引なんだということは事前に言ってもらわないと,契約をするかどうかの判断を誤る可能性があるからから,正に生命,身体,財産に対する危害を与えるおそれのある事柄については,事前に情報提供すべきだという話になるわけです。すなわち,①の契約を締結するかどうかの判断に当たって必要な事項の中の典型が,正に生命,身体,財産に対する危害のおそれだと思いますから,①と②を分けるのではなくて①の典型例の1つとして②があるんだと,契約交渉段階で開示すべき情報なのだとすればよいと思います。   他方,契約を締結するかどうかの判断にはそれほど影響を与えないけれども,製品の安全な使用方法というのは一杯あります。そういった事柄については,実際に製品を使う前にきちんと知ってもらう必要があるわけだから,必ずしも契約締結前の段階で全部説明しておく必要は多分ないのだろうと思います。 ○鎌田部会長 おおむね考えるべき点の指摘と,それぞれについての考え方はお伺いしたと思いますので,事務当局の御提案にあるように,結論については最終的に部会で決定することを前提に,甲案の具体的な適用の在り方について,分科会で補充的に検討していただくと,こういう取扱いにさせていただいてよろしいでしょうか。 ○佐成委員 今の部会長のおまとめで結構なのですけれども,1点だけ申し上げます。前回の1の(2)では,アでまず不当破棄の例が書かれており,その他の場合をカバーするためイで一般的な規定を補充的に置くといった提案がなされていて,このイでは「当事者が信義則に違反して交渉を行い」と書かれているわけです。そうしますと,この文言には今回の説明義務も入るとも読めるわけなので,その辺りの相互関係も,もし整理する余地があるのであれば,補充分科会のほうで整理していただければと思います。 ○鎌田部会長 はい。ほかにはよろしいですね。   それでは,次に「3 契約交渉等に関与させた第三者の行為による交渉当事者の責任」について御審議いただきます。事務当局から説明をしてもらいます。 ○笹井関係官 「3 契約交渉等に関与させた第三者の行為による交渉当事者の責任」では,交渉当事者が補助者を交渉に関与させた場合に,補助者の行為に基づいて責任を負う場合があることを明文化するかどうかという論点を取り上げました。この点については履行補助者の行為に基づく債務者の責任との整合性などにも留意しながら御審議いただければと思います。なお,この論点については,規定を設けることの要否は最終的に部会で決定することを前提に,具体的な規定の在り方などを分科会で補充的に検討することが考えられますので,分科会で検討することの可否についても御審議いただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ただいま説明がありました部分について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○中井委員 弁護士会の意見は分かれておりまして,乙案が半分ほどあるんですけれども,残り半分は甲案。ところが甲案半分と言いながら,考えていることが少し違うというのが実情でして意見が分かれています。独立性のない補助者について契約当事者が責任を負うことについてはほぼ異論はないんですけれども,独立的な補助者についてどう取り扱うか意見が分かれています。独立的な補助者であれ,効果は契約当事者に及び,最終的な利益も契約当事者にいくとすれば,部会資料にもありましたでしょうか,報償責任的な考え方からすれば,契約当事者が契約を負うべきではないかという考え方があります。   他方,例えば個人が専門的知識のある独立的な補助者に,これも典型例で言えば不動産仲介業者等に自宅の売買を依頼したときに,専門的な仲介業者の行為によって相手方に対し,依頼した本人が責任を負う場面が生じるとすれば,それは問題ではないか。むしろ,独立的な補助者の場合については,一定,交渉当事者本人が責任を負わない場面というのはあるのではないか。そこをどのように切り分けることができるのか,どちらがより適切なのかということについて見解が一致しなかったというところで,甲案でも分かれ,それら具体的な事情によって異なるんだから,規定は見送るという乙案になった次第です。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○佐成委員 もし適切な規定ができればということではあろうかと思うのですが,ただいま中井委員が御指摘になった,個人同士が不動産売買をしたときに,両者が共に不動産仲介業者を立てて,契約交渉を行うというのはよくあることだろうと思います。そして,そのときに本来であれば,その仲介業者たちは両方とも専門家ですから,瑕疵とかを十分調査して仲介するべきところが,意外と不適切な調査といいますか,十分に調査もせずにお互いに契約を結ばせてしまうといった事例は実際,よく起こっており,そういうところが,私としては非常に心配なのです。要するに,そこら辺が,履行補助者とは異なる「交渉補助者」という概念を設けて,本当にうまく規律できるのか,特に個人である当事者が,本当にそうした専門家である交渉補助者のコントロールを十分できるのかというところは非常に心配です。もちろん,規定次第ではあるのですけれども,やや,そこら辺の懸念を感じているというところです。 ○岡田委員 また,消費者契約法を挙げますが,5条で媒介を委託したというのがありますが,この条項に関して消費者関連に詳しい弁護士さんはとても高く評価されておりまして,一番利用されるのがクレジット契約と売買契約の3者間契約です。大変5条によって救済されている部分もあります。その後,業法においても,実質的にそれを導入したという経緯もあります。ところで現在,消費者契約は本当に当事者が増える一方で,消費者からするとどこがどういう責任を取ってくれるのか,全く分からない状況なのです。できましたら,甲案みたいなものが民法に入れば,より消費者契約法も進むかなと思っています。 ○潮見幹事 弁護士会のほうでは乙案という意見もあったようですけれども,先ほども説明義務を認めてくださいという岡委員の発言とそれがどうつながってくるのかがよく分かりません。ただ,それは置いておきまして,仮に乙案を採った場合には,先ほど少しお話もありました独立的な補助者の行為については,不法行為の現行の規定で処理せざるを得ません。そうなると,715条の使用者責任によってこの問題を一義的に解決する,あるいはものすごく難しい構成になっていきますけれども,組織過失とか,組織編成上の義務違反だとかを組み立てていって問題を処理するということになりかねない。果たしてそれでいいのかという疑問が残ります。   契約交渉過程で本人が契約交渉のために第三者を関与させるという場合は少なくないわけで,そこで関与させる第三者は自らの被用者に限ったわけではありません。交渉補助者であって独立的な者も,その中に組み込まれるという可能性は非常に多いわけです。そのときに,以前の部会でも議論が少しあったかと思いますけれども,だからといって,独立の事業者の行為を全てここでの責任の対象として捉えていくかということについては,履行補助者のところでしても,独立的な補助者であったとしても,その者の行為の全てについて債務者が債務不履行責任を負うなどという,そういう枠組みは採られていないわけでして,例えば補助者を本人がどのように関与させたのだとか,あるいは履行過程あるいは交渉過程にどのように組み込んだのだとか,あるいはそこにおける当事者が負っていた義務はどのようなものなのかとかいった観点から様々な制約あるいはフィルターを通して,この者の行為についての責任を本人に負わせるかどうかということを判断するという枠組みが出来上がっていると思っています。   そうであれば,補充分科会という話もございましたが,分科会のところで被用者には限らないという捉え方とか,独立的な事業者の行為であるからといって全てを本人に責任を負わせないという捉え方とか,そもそも交渉過程で登場した者の行為についての本人の責任は,今,申し上げたような観点から,どうあるべきかを議論していただいて,適切な枠組みが採れるかどうかというのを検討していただければいいのではないでしょうか。その後で判断をしても遅くはないと思います。 ○道垣内幹事 補足説明のところではいろいろ細かいことが書いてあるのですけれども,第三者の行為による交渉当事者の責任というふうなことを一律に規定できるのかというのが私にはどうも疑問なのですね。というのは,補足説明の中に交渉補助者の行為によって契約交渉が不当に破棄されたという例が挙げられているのですが,これは論理的にあり得ない説明だと思うのですね。   つまり,契約交渉を不当に破棄すると,やめることができるのはポテンシャルに契約当事者になる人だけであって,補助者として出てきた人が,こんな話はしていられないやと言っていなくなったとしても,契約当事者が破棄したことには必ずしもならない。そういうふうな契約補助者がさじを投げた状態にあるときに,交渉当事者となる立場で契約交渉していた人が契約の交渉を続けないことが,不当破棄の要件を満たすかどうかによって決まってくるような気がします。また,契約当事者,交渉当事者が説明義務を負っている内容について,それを第三者に委ねたが,その第三者が説明をしなかった,ないしは不当な説明をしたというときに,交渉当事者が説明義務を果たしていないということになるだけであって,交渉補助者がどうしたという問題ではないような気がいたします。   最後に,しかし,問題となってくるのは,交渉補助者という人が出てきて,その人が本来ならば別の交渉当事者が説明をしなくてよい問題について誤った説明をした。そのことによって,他方当事者がその説明内容を信頼し,そうであるならばということで,契約締結をしたところ,その説明が誤っていたということになりますと,これは第三者なのだから不法行為にしかなりませんよねというのか,それとも,その人を介在させたのは一方交渉当事者なのだから,責任を負うというべきなのかという問題が残ってきます。   そうなりますと,これは実は履行補助者の問題自体をどう考えるかという問題ともかなり密接に結び付いているのですが,履行補助者の問題は契約当事者が契約によってある一定の債務を負っているところの債務の内容の履行の問題ですので,比較的,それでも話は簡単なのかもしれないんですけれども,こことは若干違うところがありまして,履行補助者による積極的債権侵害のような場合だけが,ここで取り上げられるべき問題なのではないだろうかという気がいたします。   さらに,例えば私が不動産を売るというときに,重金属で汚染されているかどうかということを相手が気にしていても,私には調べる方法もありませんし,能力もありませんので,この人に調べてもらいましょうということで誰かを連れてきて,その人が調査・説明をしたという場合については,調査会社の独立性が高いと見るのか,それとも,飽くまで売主が連れてきて,売主が説明しようとして説明したものであると捉えるのかという問題はあります。そして,その切り分けは確かに必要なのだろうと思いますけれども,いろいろ区別しないまま交渉補助者の交渉によって交渉の相手方に損害が生じたというふうな規律を置くというのは,私はどうかなという気がいたします。 ○松本委員 ここで不当破棄のほうは私もよく分からないので,交渉の不当破棄ではないところの説明義務とか,虚偽の情報提供のほうに限って考えたいんですが,前の2の「契約締結過程における説明義務・情報提供義務」のところでも,効果として事務当局は損害賠償だけしか考えていないようですが,もう少し契約法上の取消しとか解除等の巻き戻し的効果も認めるべきではないかという考え方も,弁護士会の一部から出されておりました。3の交渉補助者の場合は,私は一層,契約法的な処理のほうが適切ではないかと思います。   取り分け,従業員的な補助者ではなくて独立性の高い,例えば弁護士に交渉を依頼をして,全面的に任せている,そういうような場合に弁護士が成功報酬を得るためにきちんと説明もしないで,あるいは都合のいいことだけを言って契約をまとめたとすると,これは弁護士としての,様々な意味の義務違反であって,弁護士個人がまず相手方に責任を負うべき場合が多いだろうし,さらに依頼者に対しても当然,責任を負うことになると思います。   その上で,その悪質な弁護士にきちんと説明も受けないで契約させられた相手方として,弁護士相手の損害賠償しか取れないのかとすると,それは私は不当だと思います。むしろ,そんな場合は契約がなかったことにしたほうがよほどすっきりするだろうし,その上で,更にプラスアルファの損害賠償を当該弁護士に請求するということでいいわけですから,依頼者本人としては契約が巻き戻されて,契約上の利益が全く得られなくなるというペナルティだけで,今のような独立性の高い補助者の場合は十分ではないかと思います。札付きの悪い弁護士だと分かっていて依頼したような場合はまた別かと思いますが,一定の資格があって,普通に営業している人に依頼をする場合というのは,そういう契約的なペナルティで十分だと思います。 ○鎌田部会長 そういうケースで,弁護士は情報提供義務を負っているけれども,本人は負っていないと判断されると今のような考え方になるけれども,その場合には本人にも情報提供義務があって,そっちのほうで解決できるのではないかというような趣旨は,道垣内さんの御発言の中には入っていたように思うので,その辺も御検討いただかなければいけない部分だろうと思います。 ○山野目幹事 こちらの3の論点のほうこそ,私からは余り無理をしないでいただきたいというお願いをさせていただきたいと感じます。乙案で決めてしまって,分科会で議論する必要がないとまで強く申し上げるつもりはありませんが,是非,慎重に御検討していただきたいという観点から二つのことを申し上げます。   一つは,既に話題になっております独立的な性格を有する交渉補助者の関係でございます。岡田委員が注意を喚起なさった消費者契約法5条が消費者取引の場面で重要な役割を果たしているということは,私も共感を抱くものでございますが,しかしながら,あの場面は事業者が委託している場合でありまして,消費者ないし消費者的な人が独立的な交渉補助者に対して委託をした場合を同断に論ずるということについては,いろいろな弊害が危惧されると感じます。また,消費者契約法5条は契約の取消しという契約の拘束力からの解放が問題となっている場面で存在している規律ですが,少なくとも松本委員の御注意のようなことを考えなければ,ここの3の問題提起は損害賠償責任が提案されているものでございまして,そのような消費者契約法5条との差異ということに十分に注意を払っていただきたいと感じます。   それから,もう1点は第9回会議で私から申し上げたことを重ねて申し上げますけれども,媒介の委託を受けるような者の中には,ちょうど二等辺三角形のような形で,契約の両当事者から委託を受けるような者がおります。その場合の法律関係がどうなるのかということについて,なるほど,部会資料が御示唆になっておられるように,そういう者は一方の契約当事者が関与させたと言えるかどうかというところについて疑問があり,言い換えるならば,そのような規律要件でコントロールをすることが必ずしもできないものではないのかもしれませんが,関与させたという柔らかな概念のみに依存して,ここの局面が弊害のない明快な規律になるかどうかについてなお危惧を抱きます。こういうふうな危惧・弊害等を克服することができるのであれば,規律を設けるということについて絶対に反対とは申し上げませんが,冒頭に申し上げましたように余り無理をしないでいただきたいと感じます。 ○中田委員 先ほど松本委員が少し御示唆になったことでもあるんですけれども,この問題は交渉補助者自身の相手方に対する責任とセットで考えたほうがいいのではないかと思います。交渉補助者自身が固有の利益を持っている場合などに,特に本人に資力がないとき,交渉補助者が不法行為責任の規律のみに服するのか,あるいは本人も含めた全体的な規律を考えるのかという問題があるように思います。この問題は元々ドイツで議論がされていて,本人の契約締結上の過失責任が議論されているのと合わさって,交渉補助者自身の契約締結上の過失責任についても議論されているというような研究もありますので,それも踏まえて,補助者自身についての責任等も一緒に検討していただければと思います。 ○岡委員 潮見先生の先ほどの質問にお答えしますと,弁護士会の議論の中でも交渉補助者という実例が余り思い付かないのです。また判例の積み重ね等がないようです。議論しておりますと,消費者あるいは中小・零細企業者の消費者契約法5条の問題は出てくるんですが,それ以上に広がりがない。消費者が弁護士に交渉を頼んだときのことを考えると,弁護士である交渉補助者が悪いことをした場合に,本人に飛び火するのはかわいそうだなというようなこともございまして,ここについては山野目先生と同じように,無理しないでいいというのが先ほどとの違いでございます。 ○深山幹事 私は,規定を設ける方向で検討する価値は十分あると考えております。その場合に一番問題になるのは,既に議論がされているように,独立的な交渉補助者の場合であろうという気がします。そのような補助者について,交渉補助者自身が直接,相手方に対して責任を負う場合があるということについては,余り異論はないと思います。現行法の下での議論としては,不法行為責任という位置付けになるのかもしれませんが,そこは必ずしも不法行為責任として負うというふうに色を付ける必要もなくて,もう少し契約責任に近いものとして意味付けをすることも可能だろうと思います。そもそも,不法行為責任にも,出会い頭のような不法行為もあれば,取引的な不法行為もございますから,不法行為の議論としても,第三者的な関係の場面だけではないのでしょうが,今ここで議論している契約交渉段階の議論というのは,契約当事者にならんとする者同士であってまだ契約成立に至っていない段階ですから,不法行為責任と契約責任の中間的な部分を,議論しているわけで,その中でさらに交渉補助者についても不法行為責任と契約責任の中間的な立場として,直接,責任を負う場合があり得るのだろうと思います。   ここでの議論は,交渉補助者が何か説明義務違反等の問題のある行動をとった結果,相手方に損害を与えたときに,そのような交渉補助者を用いた交渉当事者自身が責任を負うかどうかです。既に不動産の仲介業者であるとか,弁護士であるとか,調査会社という例が挙がっていますが,そのような立場にある者が損害を与えた場合には,交渉当事者は責任を負うのが原則と考えるべきなのでないかと思います。ただ,免責の余地はないのかというと,提案の③のところにあるように,選任・監督について過失がなかったという表現がいいかどうかはともかく,一定の免責の余地を残す必要もあるという気がいたします。そのようなことを意識して,甲案は提案されているのかと思いますので,この辺りの要件立てを分科会で検討されたらいかがかと思います。 ○松本委員 先ほどの私の発言に対して部会長が疑問を呈された部分,すなわち独立的履行補助者が情報を提供しないということは,本人も情報を提供していないことなのに,本人が責任を負わなくていいんですかという質問をされたんですが,私は,だから,契約の巻き戻しという制裁でいいのではないかという趣旨を申し上げたわけです。2の本人による契約締結過程における説明義務違反については巻き戻し説もあるけれども,過失相殺等の柔軟な対応が可能だから不法行為による損害賠償のほうを採用するという説明がされています。   翻って,独立性の高い補助者,33ページの事務局の説明では民法716条の「請負人」に相当し,「交渉当事者の指揮命令に従わずに独立して事業をする者」と定義されている者について,弁護士がここでいう請負人かどうかよく分からないんですけれども,専門性がかなり高くて独立して仕事をするということは,交渉の相手方から見ても信頼されておかしくない立場の専門家的な人だということになると思いますので,そうなると,交渉の相手方のほうに過失相殺がされるようなケースは,余りないのではないかと思うわけで,交渉相手方の保護という点からは,契約の巻き戻しという救済があってもよいようなケースかと考えます。本人が独立的補助者に伝えるべき内容をきちんと伝えていないというようなことがあれば,本人の情報提供義務違反とストレートに評価をして,2のロジックで処理をするということでもいいかと思います。   そのように考えていくと,3は無理に甲案で明文の規定は置かないで,もう少しいろいろな議論の発展に委ねる,あるいはどういう形の救済がいいかは判例に委ねるというほうがいいかなという気がいたします。 ○鹿野幹事 結論から申しますと,甲案を全面的に支持するとまでは言い切れないのですが,甲案について検討してみる意味はあるのではないかと思います。既に指摘されたように,甲案のような規定がないとすると,例えば715条などの規定の適用が考えられますが,それによって果たして適切な処理ができるのかということに少し心配が残ります。契約を締結する際に他人を使って交渉に当たらせたという場合のうち,少なくとも一定の範囲では,715条における被用者・使用者関係がない場合であっても,その他人の不適切な交渉あるいは勧誘に関する不利益ないしリスクを,本人が負担すべき場合があるのではないか思います。ただ,一定の範囲の切り分けがうまくいくかということについては,既に御指摘があったように,気を付けなければいけない点が多々あるとは思うのですけれども,具体化を試みてみる価値はあるのではないかと思っております。   さらに,もう二つほど指摘させていただきます。一つは,先に出された御意見とも関連するのですけれども,一方で意思表示の瑕疵に関する問題の中で,例えば不実表示とか,あるいは詐欺による意思表示に関して,契約当事者たる本人が詐欺や不実表示をしたわけではないけれども,その契約の交渉に当たらせた他人が不実表示や詐欺などの不適切な行為を行ったという場合に,一定の範囲では,本人がそれを行ったのと同様に相手方に取消しを認めてもいいのではないかということ,その範囲をどうするのかということにつき議論がありました。先ほど岡田委員が消費者契約法5条に言及されましたけれども,正に5条は,消費者契約に関して,意思表示の瑕疵に関わるそのような問題につき規律しているものです。今回の議論で直接念頭に置かれているのは,損害賠償責任の問題でしょうが,両者は関連する問題ですので,この両者を併せて考える必要があると思います。   それから,もう一つは,履行補助者の問題との関係です。履行補助者の行為による債務者の責任については,主に契約を締結した後の履行の場面について議論が展開されてきました。もちろん,典型的な履行補助者と,ここにおける契約交渉過程における交渉補助者とでは,考慮されるべき事情に違いもあるとは思いますが,基礎とするべき考え方にある程度の共通部分もあるように思います。そこで,両場面の共通点と違いを見極めながら,両者のバランスを考えて規律を検討する必要があると思います。 ○中井委員 先ほど弁護士会の意見を御紹介しましたけれども,大阪弁護士会の意見を申し上げておきたいと思います。基本的には甲案で検討していくのがいいのではないかという考えです。理由はこれまで皆さんからも出ておりますけれども,補助者を使った行為の典型例は消費者契約の中にある消費者契約法5条で想定されているものかもしれませんけれども,事業者間契約でも例えばリース契約をとるならば,事実上,リース会社の交渉当事者窓口になるのはほとんどがサプライヤーであって,サプライヤーとの間で交渉が行われる。その中で問題が生じたときにどのように解決するか。原則としてサプライヤーの行った行為について,契約当事者である者は責任を負うべきではないかというのを基本的に考えております。   逆に懸念をしているのは,先ほどから出ています個人が本人で,個人のコントロールできない典型的には専門家,弁護士もそうかもしれませんし,仲介業者もそうかもしれません,彼らを使って契約交渉をしたときに,コントロールできない専門家の行った行為について,直ちに本人が責任を負わなければならない場面が出てくるとすれば,そこをいかに制約するかを考えていかなければならない。常に責任を負うわけではなくて,どういう場面であれば本人が責任を負わなくてよいのか,この要件立ての問題ではないかと思っています。甲案の③の単に選任・監督の過失がなければ免責されるというのは,行きすぎであって,原則,交渉補助者,それは独立的な補助者であっても,彼に委託をして本人に利益が帰するのであるから原則責任あり,ただ,今のような問題についてどのような場面で免責できるかの要件を検討していくべきではないか,こう考えております。 ○村上委員 これまでの裁判例を見てみましても,そういう責任を認めるべき場合があるということ自体は読み取れるわけですが,それ以上に,どういう事情をどのように考慮するか,明確な基準等を読み取ることは難しいと思います。第三者が関与したと言いましても,幾つかの類型があり,しかも,それぞれの類型ごとに,この類型についてはこういう事情をこのように考慮するのだというようなことが読み取れればよいのですけれども,少なくとも,これまでの裁判例を見る限り,そのようなことは必ずしも十分には分からないように思います。そして,まだ十分な議論が蓄積されているとは言い難い状況の下で,中途半端に規定を設けますと,かえって運用をゆがめることになりかねないのではないでしょうか。もちろん,適切な規定ができるのであれば,それに越したことはありませんので,分科会等で御議論いただければとは思いますけれども,実際には,なかなか容易なことではないのではないかという気がします。 ○佐成委員 先ほども指摘しましたけれども,一方当事者が交渉補助者を利用している場合だけでなくて,両当事者がそれぞれ専門家同士を立てて交渉をするという場面では,場合によっては損害賠償という効果を想定するのであれば,過失相殺による紛争解決というようなことも十分考えられるかなというのが一つで,もし,補充分科会で議論されるということであれば,そういった点をも視野に入れて検討していただきたいということでございます。 ○山下委員 先ほどの2のほうの問題というのは,仮に何の規定もなくても信義則があり,あるいは不法行為でいくということで,それは何とか実務上なる世界の話だと思うのですが,3の問題である事業者が別の販売チャネルを使って何かビジネスをやっているときに,販売チャネルが説明義務違反等をやったというときに不法行為になるかというと,法文を文字どおりに適用すると規定の欠落があるわけで使用者責任にはならないわけです。そこで,最初に出てきたのは保険業法ですが,金融機関に関する業法などの中で独立的な仲介業者を使ったときも,使用者責任と同じく委託をしたほうの業者は不法行為責任を負うという規定が最近,だんだん,増えてきているので,これは元々民法の不法行為に一定の欠落があるのかという気がしております。   ただ,今回の改正は不法行為の問題は対象外とするということなので,契約法のほうでこういう3のようなことを考えるかどうかというのはなかなか難しいところですが,裁判所のほうが使用者責任にぴったり当てはまらなくても,不法行為を柔軟に運用してくれれば,特段,問題は生じない話で,そうなる可能性はかなりあるのではないかなと思っているので,無理をする必要はないのかなと思います。特に独立的な交渉補助者を使ったときに,選任・監督に関する過失がなければ免責というようなことをうかつに書くと,保険者が銀行に保険を売ってもらっている場合のように,売っているほうがよほど力が強いというようなときに,誰が責任を負うのかというのは非常に混乱するおそれもあるので,甲案のようなことを考えるには,相当,慎重にあるべきかなと思います。 ○鎌田部会長 慎重に対応すべきであるという,あるいは懸念があるという御意見がかなり出されておりますので,そういったものを踏まえて分科会において規定の内容あるいは規定ぶりについて補充的な御検討を頂き,それを踏まえて最終的な採否を部会でもう一度,審議するという進め方にさせていただきたいと思いますけれども,よろしいでしょうか。 ○佐成委員 私は分科会に出席しませんものですから,細かいことですが,一言だけ申し上げます。事業者間についてはそれほど心配していないのですけれども,個人対個人については特に巻き戻しの効果というのは,当事者の一方がかなり大きな打撃を受ける可能性があるので,そうした効果を認める場合には,相当,慎重に議論をしていただかないと不都合を生ずるのではないと思います。要するに,事業者間であれば,巻き戻しであっても何とか対応できると思うのですが,個人間だと当事者の一方が相当大きな打撃を受ける可能性があるということだけは十分考慮いただき,慎重に御検討いただきたいと思います。 ○中井委員 次にいくとすれば,第三者の行為による交渉当事者の責任に入る前に発言すべきことだったのですが,一言,補充をよろしいでしょうか。   先ほど私の発言に対して潮見幹事,山本敬三幹事から,23ページで言う①,②という二つの対象事項のうち,②の私の説明について,第1の4,いわゆる12ページの「債権債務関係における信義則の具体化」で賄えるのではないかという趣旨の発言に関連してですけれども,私も部会資料は「権利の行使又は債務に履行に当たり」と書いているように,契約成立後のことに限定して述べられているように読めるけれども,果たしてそれでよろしいのでしょうかというのが大前提の疑問としてあります。4というのは契約関係,先ほど言った第1ステージという言葉がいいかどうかはともかく,契約交渉過程に入ったところから適用されるルールとして考えるべきではないですかと。そうすれば,先ほど申し上げた②の部分は4に含まれるという理解,そう整理していくほうが簡明ではないですか,こういう意見として申し上げましたので,伝わっているなら結構ですけれども。申し訳ございません。 ○鎌田部会長 それでは,「第3 申込みと承諾」について御審議を頂きます。事務当局から説明をしてもらいます。 ○笹井関係官 「第3 申込みと承諾」の「1 総論」では,申込みと承諾に関する規定全体の在り方について取り上げています。申込みと承諾に関する民法の規定は,今日の社会の情勢に照らすと必ずしも重要性が高くはなく,簡略化すべきであるとの意見もありましたが,申込みと承諾の合致という方法による契約の成立が現在でも多く用いられていることなどから,申込みと承諾に関する規定を引き続き民法に設けることとし,併せて隔地者,対話者の概念を整理することを提案しています。隔地者や対話者の概念については,それが問題になる個別の論点の箇所で御審議いただければと思います。   「2 申込み及び承諾の概念」の「(1)定義規定の要否」においては,申込みと承諾をどのように定義するかという問題を取り上げています。資料には考えられる定義案を記載していますが,このような定義に問題はないか,どのような問題があるかについて,御意見を頂ければと思います。   「(2)申込みの推定規定の要否」では,事業者がその事業の範囲内で不特定の者に対して具体的な契約内容を提示した場合には,これを申込みと推定するという考え方を採るかどうかという問題を取り上げています。このような考え方を採用するのが甲案であり,このような考え方の実効性に疑問があることや,これが必ずしも現在の解釈論とは合致していないことなどから,推定規定を設けないものとするのが乙案です。   「(3)交叉申込み」では,相互に内容の対応する二つの申込みがされた場合に,契約が成立するかどうかという問題を取り上げるものですが,このような契約成立が典型的なものであるとは言えず,また,このような事例もまれであると思われることから,規定を設けないことを提案しています。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま御説明がありました部分のうち,まず,「1 総論」について御意見をお伺いします。御自由に御発言ください。 ○道垣内幹事 場所についてなのですが,申込みと承諾というものを議論しているところ,つまり,補足説明の36ページの2のところを見ますと,括弧内もあるんですけれども,申込みと承諾というのは合意が成立する場面の一つであって,練り上げ型と言われるものは,必ずしも申込みと承諾という形で契約が成立するわけではないという分析もあり得て,どちらかといえば,そちらのほうにシフトのある書き方になっているのではないかと思います。そうなりますと,4ページのところの「契約成立に関する一般規定」と「申込みと承諾」のところを,現時点では条文の順番の話をしているわけではございませんけれども,かなり気を付けて関係を書かないとちょっと分かりにくい感じがします。そして,これから申込みと承諾について議論をするわけですが,それは契約となるべき合意が成立する場合の一つなのか,それとも,契約たるべき合意が成立するというのは,常に申込みと承諾というものに分解して考え得るのだということを前提として議論をするのかということは,はっきりさせたほうがいいのかなという気がいたします。   もちろん,そこは議論の余地のある問題であって,はっきりさせたくても,この形による契約の成立というのは議論できるということならば,それでもいいのかもしれません。私に絶対にこうすべきだという確たる意見があるわけではないのですが,前提として気になることがありますので,どなたか,お教えいただければと思う次第です。 ○鎌田部会長 事務当局から何か説明があれば。 ○笹井関係官 ここは,どちらかといえば,申込みと承諾に分解できない方法による契約の成立があるという考え方のほうが,今の学説の理解には合致しているという認識の下で資料は書いたのですけれども,この点についても,是非,この部会で議論をしていただければと思っております。 ○鎌田部会長 この点について特に御意見をお持ちの方がいらっしゃれば,御発言を頂ければと思います。特になければ……。 ○山本(敬)幹事 規定の順序に関わることですので,ここで述べさせていただければと思います。部会資料の37ページの5で,申込みと承諾に関する規律をどこに置くかというのが今の道垣内幹事の御指摘ですけれども,さらに,この申込みと承諾に関する規律の中でどう整理するかという問題もあります。この点については,私も,中身を明らかにした上で検討すべきであるということでよいと思いますが,その際の見通しについて考え方を述べさせていただければと思います。  一つの方法は,時間順といいますか,まず,申込みがあるので,申込みに関わる問題がいろいろあって,次に承諾があるので,承諾に関わる問題があるという時系列で整理をしていく方法が考えられます。現行民法がどうなっているのかは,もう一つよく分からないところがありますが,どちらかというと,これに近いのかなと思わせるものがあります。もちろん,これで分かりやすくなるし,違う問題は違う問題として整理がうまくできるのであれば,それも一つかとは思います。  しかし,それとは全く違うもう一つの整理の仕方も考えられます。つまり,まず,契約はどのように成立するのかという基本原則を最初に確認する。ですから,申込みが発信されて到達し,そして,それに対応して承諾を発信して,それが到達することで契約が成立するという基本原則を最初にきちんと確認をして,その上で,それが原則なのだけれども,契約の成立が認められない場合が幾つかあり得ると定める。それは,恐らく,三つぐらいに整理できて,一つは,申込みの効力の存続期間ないしは承諾適格というものがあって,それを過ぎた後に承諾が来たとしても,契約は成立しないという問題群を一つ定める。もう一つは,申込みが撤回された場合には契約の成立は否定されるので,申込みの撤回に関わる問題群を規定する。もう一つは,申込者が死亡したり,あるいは能力を喪失したという場合にも契約の成立が否定される場合があって,そのような問題群をまとめて定めるというような形で整理するというのもあり得る方法です。どちらが分かりやすいかは,実際に並べてみないと分からないかもしれませんけれども,検討されるときにはそのような可能性も視野に入れて検討してみてはどうかという提案です。 ○中井委員 今の山本敬三幹事のお話は,契約の申込みと承諾という類型の契約の成立の中身の整理とお聞きしました。私の疑問は,部会資料で言うならば第1の2に「契約の成立に関する一般的な規定」があって,そこに契約の成立の問題についての原則が書かれているのではないか。この原則によって契約は成立する。その一つの類型として申込みと承諾の一致によって成立する。この二つの関係をどのように整理するのかについて,是非,教えていただきたい。   契約に関する基本原則として,契約の自由に関する原則や,債権債務関係における信義則の具体化も私の立場からすれば契約関係一般に適用されるものとして書く,その後,契約成立前の事柄があって,次に契約の成立のことがある。その契約の成立のところで,契約の成立に関する一般的規定があって,その次に申込みと承諾による契約成立類型が書かれる。こういう一つの流れかと理解をしていたんですけれども,部会資料を作った方,または山本敬三幹事に教えていただければと思いますが,分かりやすさからすれば,そういうことだろうと思っていたのです。いかがなんでしょうか。 ○鎌田部会長 事務当局,何かありますか。 ○笹井関係官 部会資料で条文の配列まで今の段階で意識しているというわけではありません。「第1 契約に関する基本原則等」の中には,幾つか性質の異なるものが含まれていると思いますので,条文化するときには,今,先生がおっしゃったような形も含めて,条文の配列についていろいろな可能性を検討するということになろうかと思います。 ○松本委員 先ほどの御議論との関係なんですが,つまり,契約の成立方法としては,こういうのがあるという規定をまず置くか,置かないかは留保しているということですね。「申込みと承諾」と「懸賞広告」と二つのタイプがここに挙がっている。交叉申込みは書かないということですが,意思実現を規定しないということは今のところ,ここには出てこないので,次に出てくるということでよろしいんでしょうか。 ○筒井幹事 先ほど笹井関係官から申し上げたとおりですが,今回の部会資料41の整理では,第1と第2では,現在は規定がない事項について新たな規定を設けるかどうかという観点から,中間論点整理に従って議論の題材を提供しております。これに対して,第3の「申込みと承諾」は,現在も規定がある部分ですので,それについて見直しの要否という観点から問題提起をしております。ですので,第3の関係では,ここで論点として取り上げていないのは,基本的に現状を維持するという認識の下に部会資料は作っております。先ほど松本委員から例として挙げていただきました意思実現の規定は,それを廃止するという提案なり,議論なりは全くありませんので,基本的には現状を維持するという前提で部会資料では取り上げていないということです。 ○鎌田部会長 よろしいですか。第1パラグラフについては,特に御異論はないと思うので,むしろ,第2パラグラフについて御意見を伺えればとは思ったんですけれども,こちらも特にこれ自体については直接の御意見はなくて,全体の組立方というふうなところについて配慮をせよということの御意見だけを頂いたということでよろしいですね。 ○内田委員 質問なのですが,先ほどの中井委員からの御質問に対する山本幹事の御意見を,もし可能であればで結構ですが,お聞かせいただければと思います。 ○山本(敬)幹事 先ほど申し上げたのは,おっしゃるような問題があることは分かった上で,いずれにしましても,契約の成立の仕方として申込みと承諾の合致型があることは間違いありませんので,それを定めるとすれば,その中身をどうするかということでした。  その上で,契約に関する一般規定と契約の成立との関係は,私はもう少し見やすいほうがよいのではないかなと思います。特に,次の「申込み及び承諾の概念」の定義に関しては,前回議論しましたように,契約の成否に関する問題と実質的に重なる問題が表れてきますので,これが離れた形になっているのは,必ずしも分かりやすくないように思います。ただ,今のところは,そして多くの一般の方々を含めた理解としては,時系列で書かれているほうが,まずこれが問題になって,次にこれが問題になってというのが分かりやすく感じられるようですので,今はそういう形で並んでいるのだと思いますけれども,規定の内容が固まった段階で,この体系立てについてはもう一度しっかり議論し直したほうがよいのではないかと思います。 ○鎌田部会長 よろしいですか,その点について。   それでは,次に「2 申込み及び承諾の概念」のうち,「(1)定義規定の要否」について御意見をお伺いいたします。要否であると同時に,その定義の内容はこれでいいかということでもあろうかと思いますけれども,御意見があればお出しください。 ○岡委員 弁護士会の意見を一応集約しておりますので,今後,簡潔に順番に言いたいと思います。まず,ここの(1)については,弁護士にとっては裁判規範としても,法律相談規範としても余り重要ではないといいますか,使っておりませんので,熱心な議論がされたというわけではございませんが,多数意見は賛成でした。ただ,中には有価証券だって定義していないのだから,ここで無理やり定義することはないという定義不要説もございました。この定義が正しいという確信も持てないと,そういう意見もございました。ただ,全般的にはこのような方向で反対はないというのが状況でございます。 ○岡田委員 消費者に対して契約の成立及び契約の責任というものを説明するときに,申込みと承諾の一致というものを最初に説明するのですが,その場合に申込みはどの程度の内容でいいのか,承諾はどうなのかということに関しては,相談員も含めて正しく理解されていませんし,ましてや消費者に具体的に分かるように説明するということはできません。ここのア,イのような書き方がもしされるのであれば,大変消費者に対しても説明できるように思いますし,こういう内容が具体的になっていれば,申込み時にきちっとした情報が出てくるだろうし,承諾に対しても自分の責任を認識するのではないかと思いますので,こういう形で書き込んでいただきたいと思います。 ○松本委員 先ほど山本敬三幹事が指摘されたことの繰り返しになるかと思うんですが,37ページの申込み,それから,承諾の定義の部分で,例えば申込みは,それに対する承諾があった場合には契約を成立させるという意思の表示である,承諾も同じように契約を成立させるという意思の表示であると規定されています。これと4ページの「契約の成立に関する一般的規定」の部分との関係がどうなんだろうかという,正に山本敬三幹事の御指摘と全く同じ印象を持ちます。   37ページのほうの契約を成立させるというのは,法的拘束力を発生されるつもりはないけれども,契約を成立させるという外側だけをここで書いているのか。それはちょっと無意味でしょうから,当然,ここの契約を成立させるというのは,本気で拘束力を生じさせる意思があるという部分まで入れないと駄目ではないかなという気がいたしますから,そうなると,4ページのほうは重ねて同じことを書いているということになるのではないでしょうか。 ○鎌田部会長 申込みと承諾は,契約を成立させるもう一つの方法というよりも,合意に到達するための方法だから,中身的には重なるのは当然なんだろうと思います。定義のほうはどうなんですかね。前段は法的拘束力の問題を前提にして,むしろ,申込みの誘引なのか,申込みなのかの区別のメルクマールを意識した定義規定になっているのかと思ったんですけれども。終局性と確定性が必要だという前提を取ると,終局性がまず第一に出てきて,確定性はついでみたいに読めなくもないんだけれども,何が本質的なのかというのは難しいといえば難しいかもしれないですが,それを全部を書くと契約の定義と同じになりますね,間違いなく。承諾さえあれば契約が成立する意思表示というのが申込みになるから,契約の成立要件として必要な中身は全部そろっていなければいけないということになるので,それを一つ一つ定義規定の中で決めていって,契約の定義と申込みの定義に重複があるから,どっちかにうまく集約できるのなら,後で整理を付けるというような考え方もないわけではないかもしれません。   ほかには特によろしいですか。 ○中井委員 2のところでは定義の要否として,申込みに関する定義,承諾に関する定義がある。その後ろを見ますと,申込みと承諾によって契約が成立するという規定を設けるかということについては本文には書かれていない。39ページのところに,定義の在り方が適切でないとき,定義が設けられないときには,申込みに対して承諾がされたときに契約が成立すると,これを予備的にというか,明らかにするということを考えているという記載になっています。しかし,申込みと承諾によって契約が成立するという基本原則があってこそ,申込みの定義が意味を持ち,承諾の定義が意味を持つように思うのです。したがって,定義ができれば,申込みに対して承諾がされたときに契約が成立するという基本原則を書かなくてもよいように読めるんですけれども,それはいかがなものか。まずは契約が成立する要件として,申込みと承諾の合致によって成立するんだ。その申込みとは何ぞや,承諾とは何ぞやとなるのではないのでしょうか。   今の松本委員の御発言をお聞きし私が誤解をしているのかもしれませんが,4ページの「2 契約の成立に関する一般的規定」というのは,私としては設けるべきであると考えています。その中身は問題があるということは前回に申し上げましたがその点は置くとして,契約の法的拘束力を発生させるという合意があって契約は成立する。その成立の仕方というのは練り上げ型,様々な交渉を行いながら,書面を交換しながら,最終的に契約書が出来上がり,いよいよ法的拘束力を持たせるぞと思って印鑑を押すなり,取締役会で決議をして決まる。それとは別の類型として,一方的な申込み,注文書を送り,他方が請書を送ることによって契約が成立する,そういう類型がある。原則としては4ページの契約の成立に関する一般的規定があって,申込みと承諾の合致によって成立するという一つの契約成立類型がその下の系としてある。そういう構成と理解をしているものですから,申込みと承諾の一致によって2,つまり,一般的規定が不要になるという考え方は,採るべきではないと思っております。 ○松本委員 少しきちんと理解できていないのかもしれないんですが,今の中井委員の御説明だと,37ページのほうは本気で契約を成立させるかどうかは,一応,外に置いておいて,それは2ページの話であると。申込みという形式的な言わば部分が出されて,承諾が合致していれば取りあえず枠としては合意があるんだと。それに加えて,更に2ページで言うところの本気で契約をするんだという別途の意思がそこにプラスされてきて,初めて申込み・承諾型の契約が成立するという御理解なんでしょうか。練り上げ型というのは恐らくそういう感じで,条項の合致だけではまだ契約しませんということだと思うんです。それが申込みと承諾という割と単純な一往復で成立するというものであれば,それは申込みの意思の中に私はこれで拘束されますということも読み込んでおかないと,まずいのではないかと思うんですが。 ○中井委員 私の申し上げたかったことは,まず,法的拘束力を発生させることの意思の合致で契約は成立するという大原則がある。一つの類型として申込みと承諾の一致によって契約が成立することがある。したがって,その申込みのときには承諾があることによって,法的拘束力の生じることを前提にした意思表示をしている。承諾も承諾することによって法的拘束力が生じることを予定している,そういう一方通行の二つの意思表示の合致によって成立する一つのパターンである。練り上げ型とは,これは一つの契約成立の在りようで,それをあえて申込み・承諾型に入れなくてもよいという理解をしているわけです。 ○松本委員 十分,御指摘は分かります。ただ,そうであれば契約の成立について,ここの整理ですと申込み・承諾型と懸賞広告と二つだけ挙がっております。さらに先ほどの話だと意思実現も実は入っているんだということですから,むしろ,練り上げ型というのを申込みと承諾とは違う,それと並立したタイプの契約の成立のさせ方と整理して置いたほうが,今の御説明が大変分かりやすくなるのではないかと思います。練り上げ型の場合には,正に交渉のやり取りの段階では,最終的に私はこの契約に拘束されますという意思は必ずしも伴っていなくても構わないんだ,それは最後に確認すればいいんだということで,2ページに書いてあることが大変意味を持ってくるわけですが,申込み・承諾の一往復,あるいはせいぜいもう一往復程度のものの場合は,それぞれの申込みあるいは承諾の意思表示の中に拘束されるという意思を当然,織り込んでいないと,それは申込みとしての効力は認められないということになるのではないかと思います。 ○道垣内幹事 私は,ここに書いてあることには別に不整合はないのだろうと思います。つまり,37ページに書いてあるのは,契約を成立させるという意思の表示であるということでして,ここに言う契約というのは,法的拘束力を発生させるということを含んでいるわけであって,ただ,単なる生の合意,どこかで待ち合わせをするというふうな合意ではないということを意味しているのだと理解しています。だから,定義がないと言うのならば,それは強いて言えば,合意というものに定義がないということであり,しかしながら,合意には定義は要らないだろうと考えると,これはこれで合っているんだろうと思います。   ただ,私が最初の最初に発言をいたしましたのは,それは結構プロの読み方を前提にしているのではないかということでして,一般的な規定のところにおける契約の法的拘束力を発生させることを合意するというのが大原則ルールとしてあって,契約を成立させるという意思の表示が双方からなされたということになると,これを満たすので2に当たるというのは,全体としては結構難しい読み方を強いているのではないかという気がします。最初に申し上げたのは,その順番等で整理が必要なのではないかと言ったのは,そういう趣旨でございます。 ○山野目幹事 中井委員の御意見を私なりに理解していて感じたことの確認と,それから,進行についての部会長ないし事務当局へのお尋ねと2点ございます。   1点目は,中井委員がるる繰り返しおっしゃっていることは,部会資料で言いますと36ページの上から2行目から括弧書きであります,いわゆる練り上げ型の契約の成立も,申込みと承諾の合致によって説明することができるという意見は採らないということをおっしゃっているように受け止めました。これで理解が正しければ,それでよろしいですし,あっ今,うなずいていただいたことから正しいと分かりました。では,これは,よろしいです。   それから,進行についてのお尋ねですが,道垣内幹事が最初の最初に問題提起なさったことは,どうでもよい問題ではないと感じますとともに,今日の部会資料の37ページの2などの問題提起は,直接にはそのことを議論する趣旨で御提起いただいているものではないであろうと感じます。この場でそのことを議論しないとすると,議論する場がないようにも感じます。それで,どこかで議論する場を作っていただけるのか,あるいはこの機会に議論するのがよろしいか,そのことについて私は確固たる意見がありませんけれども,進行との関係でそのようなことを感じましたから,申し上げさせていただきます。 ○筒井幹事 ただいまの幾つかの御意見で,中間試案のたたき台を提示する際には,第1の「2 契約の成立に関する一般的規定」と,申込みと承諾に関する一連の規定群のつなぎ方について整理が必要であろうと認識いたしました。それについて,更に御発言があれば承りたいと思いますが,それを受けて,どのように整理して提示したらいいのかを事務局で更に検討させていただこうと思っております。   現時点では,契約の成立に関する一般的な規定を設けるかどうかということ自体が,まだ議論が分かれているのだろうと思いますけれども,その規定を仮に設けるとした場合に,それとの関係での申込みと承諾の規定群の位置付けを明記する提案が必要になってくると思いますし,それから,この御議論の中では,さらに申込みと承諾の規定群の冒頭に,申込みと承諾の合致によって契約が成立する旨の規定があったほうがよいのではないかといった提案も中井委員からございました。そういった提案も今まで明示はされていなかったと思いますので,それも中間試案のたたき台に向けて整理すべき内容なのではないかと受け止めております。 ○鎌田部会長 それは全部,事務局で検討されますか,分科会に委ねますか。事務当局で検討させていただきます。 ○潮見幹事 先ほど筒井幹事がまとめられたのでいいと思います。筒井幹事がおっしゃられた中井提案というものも検討していただくのであれば,ついでながら,ユニドロワの2.1.1条のタイプの規定が必要ではないかとか,あるいはこんなものは置いてはいけないのではないかについても,事務局で少し御検討いただければと思います。 ○山野目幹事 ただいまの筒井幹事の御提案のとおり,今後,検討を続けていただきたいということで私も賛成させていただきます。その上で,今の潮見幹事の御発言と似たようなことで,今後の進行で御留意いただきたいというお願いの趣旨の発言をさせていただきますけれども,練り上げ型のようなものを主なイメージに置きながら,先ほど確認させていただいた中井委員のような御提案は論理的にあり得ると考えますとともに,私は今のままで申込み・承諾の合致ということ以外のルートで,合意という概念を使って契約が成立するというものを正面から認めたり,規律として設けたりするということについて危ないものを感じます。   道垣内幹事が的確に分析なさったように,合意というものの説明とか内容が明確になっていないところをしてほしいというのはそのとおりでありまして,実は消費者保護関係の法令は,契約を取り消すとか,契約を撤回するとかという表現は使わないで,契約の申込みとか承諾を取り消すとか,クーリングオフのところは契約の申込みを撤回したり,契約を解除したりという表現になっていたりして,合意のようなものに対応する概念を用いていなくて,申込みと承諾に分解して法制の組立てをしております。   あれは単に法制技術的な問題ではなくて,市民や消費者が申込みと承諾という法的拘束力を伴うものとしての意思表示を一つ一つ慎重に決断を持ってしてくださいという思想が控えてのことでありましょう。そのようにして決断してしたものについて一定の効果が与えられたり,与えられなかったりするのですということを伝えようとして,あのように概念を用いている部分があるものであろうと思います。少なくとも今のところ概念が成熟していない,それ以外の合意によるルートというようなものが,これからの検討で深められたものに育つのであれば,強いて反対しませんけれども,その点については十分注意を払いながら,検討を進めていただきたいと感ずるものでございます。 ○鎌田部会長 分かりました。事務当局としても,よろしいですね。合意をどう取り扱うかというのは一つ重要なポイントです。練り上げ型についてわざわざ一つのタイプとして規定するという,これはあり得ないだろうと思いますが,申込み・承諾については御指摘のように欠かすことのできない概念でありますので,そこはきちんと整理をさせていただきます。   「申込みの推定規定の要否」「交叉申込み」についての御意見を伺ってから休憩ということにします。 ○大島委員 「申込みの推定規定の要否」でよろしいですか。仮にこのような申込みの推定規定を設けた場合,広告やホームページの記載について記載者の意図に反して契約が成立してしまい,実務が混乱するおそれがございます。法律でこのような推定規定を設けるのは,確立された経験則が存在し,それを明文で法規化する必要がある場合と伺っております。商品の陳列や商品目録の送付が契約の申込みであるかどうかは事案により異なりますが,例えば商品カタログの送付は多くの場合,申込みではなく申込みの誘引と認識しております。このようなことを前提とすると,現在,商品の陳列や商品カタログの送付を申込みと推定するほどの経験則があるとは言えず,規定を置くことは適切ではないと考えますので,乙案を支持いたします。 ○佐成委員 私も大島委員と同じ意見でございますし,乙案を支持するというのが経済界の中の議論の趨勢でございます。特に推定規定を入れることによって紛争が減るということであれば,有益という面もあるのでしょうけれども,逆に紛争が増えてしまうということであれば,有害であろうということもあります。要するに,このような規定を設けて,事業者による店頭での商品の陳列等を申込みと推定するというのは,実務上の通常の感覚からすると,かなり違和感があって,いかがなものかといったところの指摘が多く,反対する意見が多かったということです。 ○鎌田部会長 弁護士会は。 ○高須幹事 ここに関しましては弁護士会の議論の状況は,一単位会が甲案を採るのですけれども,あとは一応乙案ということになっています。ただ,乙案を積極的に支持という意味でも必ずしもないのだろうというところがあり,やはり,甲案で決め切れるのかという危惧というものがあるように思います。従来,申込みの誘引でしかないと判例等で言われてきた,そういう判例が存在するネット販売のウェブサイトへの掲載などについて,ここで,この種の規定を設けてしまうことで,従来,必ずしも固まり切っていないところについて,何らかの明文を置くことの心配があるというようなことでございます。   資料に付けていただいたヨーロッパ契約法原則,資料ですと17ページですかね,このところの201条の(3)では,いわゆる在庫が尽きてしまうというようなことに関しては,それなりの考え方を採れば,申込みと考えることに問題はないというような指摘もあって,私としてはそれも一つだなと思っているんですが,あとはそれを申込みとしてしまったときに,承諾としてきた方との間で,この人とは契約をしたくないという問題,ストレートに言ってしまえば,反社会的勢力の問題などというところについても,一定の解釈論を採ればクリアできるとは思いますが,その解釈論を全面に押し出すことの危惧とかがございまして,一応,一単位会以外は乙案というような形になっております。私個人も甲案に魅力は感じておるんですが,まだ,決め切れない面があって,弁護士会の大勢と同じような意見でやむを得ないのかなと思っております。 ○加納関係官 (2)の前に戻って恐縮なんですが,先ほどの2の(1)の定義規定のところで,山野目先生が先ほど御発言になったところは,私どもも同様に考えておりまして,消費者保護関係規定におきましては申込みの概念を明確にしまして,その撤回という形でいろいろな規定を設けておりますので,それとの関係には十分配慮する必要があるのではないかと思っております。   それから,(2)の推定規定の問題に関しましてなのですけれども,甲案についてなんですが,補足説明の40ページのほうを読みますと,カタログ送付であるとか,ウェブサイトへの掲載といったものが例として検討されておりまして,甲案を採りますと,これについて従来の学説とは異なることになるということなんですが,カタログ通販とかウェブサイトのインターネット通販につきましては,特定商取引法上の通信販売に該当するということで,契約の解除等に関しまして,これもまた,現在の申込みと承諾の概念を前提とした保護規定が設けられておりまして,そういった場合に,申込みが不特定多数者に対する掲示において申込みというふうな推定規定になります。そういった規定との関係も生じてくるというふうになりますので,ここは問題点の指摘ととどめさせていただきますが,申し上げたいと思います。 ○山本(敬)幹事 考え方としては,甲案がもちろんあり得るとこれまでも考えてきていたのですが,ただ,仮にこの案について問題が感じられるとするならば,どのような考え方があり得るだろうかと考えてみますと,私も,先ほど高須幹事が指摘されたヨーロッパ契約法原則の考え方が少なくとも参考に値するのではないかと思いました。つまり,このような提示しているのを申込みと見るか見ないかという問題と,申込みと見て,承諾があり契約が成立するけれども,その契約に基づいてどこまでの責任を負うか,あるいは履行をしなければならないかという問題とは,一応,区別して考えられる問題ではないかと思いました。   ヨーロッパ契約法原則というのは,先ほど御紹介もありましたように,申込みと認めて契約の成立は認めるけれども,物品の在庫が尽きたような場合や役務を供給する能力を超えるような場合についてまでは,履行義務ないしは履行に関する責任を負わない。そういう契約を申し込んでいるものと推定するという定め方をしています。この考え方は十分参考になるところでして,この種の提示をするときに,在庫が尽きた場合や自らの供給能力を超えた場合でも履行しますという意図を持って申込みをしていると,本当にいつも推定できるかというと,疑問の余地もあります。そうしますと,一応,申込みではあるけれども,そのような在庫が尽きる場合や供給能力を超える場合については,その限りでないという申込みをしているものと推定する。もちろん,これは飽くまでも推定ですので,それと異なる意思が明示又は黙示に示されていれば,その推定も破られるというような形で規定することは,十分,あり得る方向ではないかと思いました。そのような考え方も含めて御検討いただければと思います。 ○松本委員 私も乙案のほうが適切だと思います。申込みだと推定できる場合はもちろんあると思いますが,法律上の推定規定を置くというのはちょっとやりすぎではないかと。法律上の推定が置かれてしまうと,広告やチラシには,これは申込みではございませんというただし書を全ての業者は恐らく入れることになるだろうし,そういうことをさせることにどんな意味があるのかという気がいたします。特商法の定義自体が通信販売について消費者,買主が申し込み,事業者が承諾するという構成を採っていまして,この規定が民法に入ってしまうと,特商法を改正して順序をひっくり返せばいいではないかということになるのかもしれないんですけれども,そこまでやるニーズがあるのかどうかというところがあります。   それから,もう1点,インターネット通販の場合に,時々,事業者側の価格の誤表示というケースがありまして,そういう誤表示の情報はあっという間に広がりますから,価格誤表示だということを知って大量の,現行法の定義で言うところの申込みが来て,それに対してオートリプライで承諾の通知を直ちに発信するというような仕組みを採っていた業者がすごい数,何百万件,何千万件という契約の成立ということになってしまって,困ったというようなケースがかつてございました。   オートリプライにしておかなければ,申込みを受けて,それで誤表示に気がついた段階で申し訳ございませんでしたが,誤表示でしたから承れませんという対応が一応は可能なわけです。誤表示をするというのは事業者のミスなんだから,何億円掛かっても履行すべきだという考え方もあるかもしれないんですけれども,誤表示だと分かっていて申し込む人をそんなに保護する必要はないのではないかというのが我々の判断で,裁判所もそれと同じような判決を下しているものもございます。   この申込みの推定規定を置くと,誤表示の広告を見た消費者が承諾をするとそれだけで契約は成立してしまうことになります。そういう誤表示だと分かっていた場合,相手方が錯誤に陥っていることを知っていて承諾した場合は,契約は成立しないんだという別のルールでカバーするということはあり得るかもしれないですけれども,現在の申込み・承諾の割り振りのどこに不都合があって,ひっくり返そうとするのかという辺りがよく分かりません。 ○鎌田部会長 補足説明の41ページにあるように,こういう規定を設けることで不都合があるときには,これは申込みの誘引であって申込みではないという表記をさせることで,法律関係を明確化させるという効果も期待しているという記述があるんですけれども,松本委員のお話では,みんな,それをくっつけるのなら最初から意味がないという御指摘でしたけれども,みんな,書いてくれるのなら,どっちだか分からないものがなくなっていいという考え方もあり得て,どっちが妥当なんだろうなという感じはいたしますけれども。 ○岡田委員 松本先生や加納さんがおっしゃっていましたが,消費者関連,特に特商法も割賦販売も消費者が申込みをする,事業者が申込みを受けるという形で通っていて,唯一,電話勧誘販売だけが事業者が申込みをすると言う形になっています。あの条文ができたときには現場ではかなり混乱しましたが,あの違いというのを私は正しく理解していないのですが,電話勧誘販売自体が通信販売とどこが違うかといったときに,訪問販売以上に積極的であるというようなところでその不意打ち性をもって,悪質商法に位置付けられて事業者の勧誘が申込みとされたように感じています。確かに申込みの誘引と申込みの違いというのは,本当に分かりにくく,これが明らかになるということはいいことだと思われますが,この推定規定を入れることによって消費者が利益を得るかどうかが現状では判断できずにおります。インターネットの関係にしても松本先生がおっしゃったように余り思い付かないし,申込みの誘引だということにおいてのトラブルというのも見当たらないものですから逆にこういう規定が入ることによって別な意味でのトラブルが出てくるのではないかという不安があります。 ○内田委員 部会資料に書かれている案がいいという趣旨ではないのですが,誤解があるように思いますので,一言だけ申し上げたいと思います。現在のような案は,最初に学者グループの中で提案されましたけれども,その人たちが特商法を知らなかったわけではなくて,もちろん,知った上で,こういう提案をしたわけです。なぜかというと,現在,学説上も申込みの誘引と普通考えられていると思いますが,そう考えると消費者が申し込んでも,事業者のほうは返事する義務はないのですね。承諾するかどうかは自由ですから,カタログなどを見て買いたいと言えば契約は成立するかのような期待を抱かせるけれども,しかし,返事する義務はない。しかし,本当に申込みの誘引であれば誘引であることが分かるようにすべきではないか。特に不特定の者に対して契約の締結をオファーしようという場合には,申込みではなく申込みの誘引であって,事業者からの返事によって初めて契約が成立するということが分かるようにすべきであって,それをしていない場合には申込みと考えたほうが合理的ではないかということで,こういう提案がなされているのだと思います。   こういう提案がなされると,事業者は皆申込みの誘引と書くではないかと松本委員がおっしゃって,それに対して部会長がそれはそれでいいのではないかと言われましたけれども,正にそれがこの提案の狙いなのだろうと思います。申込みであるか,申込みの誘引であるかは,こういうオファーを受けた側が分かるようにすべきではないか。そのために,それを誘導するための推定規定を置いてはどうか,そういう趣旨なのだろうと思います。 ○三上委員 基本的に我々も置かないほうに賛成なんですけれども,むしろ,今のネット等の契約でも申込みというよりは,契約が成立するときに相手方に対して,まだ売買とかは成立していません,ここでオーケーとボタンをクリックしたら契約が成立してしまいますよ,あなたは代金を支払う義務を負いますよという,これは申込みになりますということを明らかにした場合のほうが多いのではないかと思います。つまり,これを明確にしていない場面というのは,我々は申し込んでいるわけでもないし,相手方も何かのことをしたからといって,それで契約が成立するわけではないというほうが原則ではないでしょうか。ヨーロッパ契約法原則を見ても,ユニドロワを見ても,むしろ,申込みであることが明確になっている場合と書いてあるわけですから,なぜ,日本の民法だけ逆方向の提案をするのだろうと感じるわけです。余り権利・義務が発生する場面を推定するような規定にしてしまうと,それを逆手にとったクレームとか嫌がらせを誘発する可能性もあるのではないかと懸念を持ちます。これが最終の申込みとなるという場合を明らかにするということを原則にすべきではないかと考えております。 ○道垣内幹事 事業者が,ネット上でも何でもよいのですが,これは申込みの誘引であり,申込みではないと書いたとしますよね。そして,それに対して消費者が申込みを行ったとします。内田委員が先ほどおっしゃったのは,応える義務はないのだとなってしまわないかということですが,しかし,消費者の立場から見ると,仮に申込みの誘引であると,そこに書いてあったとしても,一定の情報をこちらが出したときに,相手が応えないということでは非常に困るわけですよね。そうしますと,答える義務があるか否かは,それは申込みだとするか,申込みの誘引だとするかによって区別されるべき事柄ではなくて,前回にやった誠実な交渉というところで処理されるべき事柄ではないだろうかと思います。そして,申込みの誘引に対して一定の申込みがなされたときに,それはお受けできませんとか,あるいはお受けしますというふうなレスポンスを一切しないことによって,申込者が損害を被ることになりましたら,ある一定の損害賠償が交渉の問題として生じると処理をしたほうがいいのではないかと気がします。したがって,私は乙案でよろしいのではないかと思います。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。交叉申込みに関する御意見はいかがでしょうか。交叉申込みに関しては,特には異論はないと理解してよろしいでしょうか。           (休     憩) ○鎌田部会長 再開いたします。   「3 承諾期間の定めのある申込み」と「4 承諾期間の定めのない申込み」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○笹井関係官 「3 承諾期間の定めのある申込み」では,申込みにおいて承諾期間が定められていた場合について三つの提案をしています。   まず,本文(1)では,申込みの撤回可能性について,承諾期間内は撤回することができないという現在の民法第521条第1項の規律を維持するとともに,同項についての支配的な解釈に従い,申込者が撤回する可能性があるという意思を申込みにおいて示していた場合には,承諾期間内であっても撤回することができることを明示することを提案するものです。   次に,本文(2)では,後に御審議いただく「8 契約の成立時期」において,契約は承諾が到達したときに成立するという考え方を採ることを前提として,承諾が本来であれば承諾期間内に到達すべきときに発信されたとしても,申込者はその通知義務を負わないものとすることを提案しています。これは現在の発信主義の下では,承諾が発信されたときに契約が成立するとされているので,契約成立に対する承諾者の信頼を保護する必要があると考えられますが,到達主義に改めた場合にはこのような前提が失われ,意思表示一般と異なる扱いをする必要はないと考えられるからです。   本文(3)においては承諾期間が経過した後,すなわち承諾適格が失われた後に承諾が到達した場合には,これを新たな申込みとみなす旨の民法第523条の規律を維持することを提案しています。   「4 承諾期間の定めのない申込み」では,申込みにおいて承諾期間が定められていなかった場合について四つの提案をしています。   まず,本文(1)では,申込みの撤回可能性について承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは撤回することができないという現在の民法第524条の規律を維持するとともに,同条についての支配的な解釈に従い,申込者が撤回する可能性があるという意思を申込みにおいて示していた場合には,承諾期間内であっても撤回することができることを明示することを提案するものです。また,併せて同条は隔地者に対してした申込みを適用の対象としていますが,同条の規律内容は隔地者に対するものに限らず,承諾期間の定めのない申込み一般に妥当するルールであると考えられることから,このことを明らかにすることを提案しています。   次に,本文(2)では,承諾期間の定めのない申込みの承諾適格の存続期間について取り上げています。承諾期間の定めがない申込みの承諾適格がいつまで存続するかについて規定を設けることが望ましいと考えられますが,本文では,相手方が承諾することはないと合理的に考えられる期間の経過によって失われるという考え方を提案しています。   本文(3)及び本文(4)は,それぞれ前述の3の本文(2)及び本文(3)に対応する問題を取り上げるものであり,前述の3の本文(2)及び本文(3)と同様の内容の規律を提案するものです。 ○鎌田部会長 ただいま説明のありました部分について一括して御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。弁護士会の御意見をお伺いしておきましょうか。 ○深山幹事 今,御説明のあった「承諾期間の定めのある申込み」,それから,定めのない4のほうも含めて,基本的には全て賛成という意見が圧倒的でありますので,余り申し上げるところはないかとは思うんですけれども,若干,議論したところについて申し上げると,4の「定めのない申込み」に関して,一つは(1)の表現ぶりとしては「申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間」というような言い回しになっております。それに対し,(2)のところでは「申込みの相手方が承諾することはないと合理的に考えられる期間」という表現です。それぞれ一定の期間に関する点について「相当な」とか「合理的な」というように言葉を使い分けていることについて議論となり,例えば合理的という言葉が民法の規定として妥当かどうかというようなことについて意見が多少分かれたということがございます。 ○筒井幹事 連合の安永委員から事前に発言メモを提出いただいておりますので紹介いたします。   4(1)の提案について,労働の現場で多く問題となる「辞職届の撤回」等との関連から意見を申し上げます。   辞職届の意思表示については,①民法627条の解約の意思表示,②合意解約の申込みの意思表示(労働契約を当事者双方の合意により解除する内容の契約を締結することについての労働者からの申込み),③合意解約の承諾の意思表示の3通りがあると言われており,一般的には②の合意解約の申込みと解されています(広島地判昭60・4・25,名古屋高判昭56・11・30など。裁判例の多くは,労働者が確定的に退職の意思を固めていると見られる場合を除き,できるだけ退職の意思表示を合意解約の申込みと解釈し,撤回の可能性を認める傾向にある)。   そして,辞職届の撤回については,最高裁判例等において「労働者による労働契約の合意解約の申込みは,これに対する使用者の承諾の意思表示が労働者に到達し労働契約終了の効果が発生するまでは,使用者に不測の損害を与えるなど信義に反すると認められるような特段の事情がない限り,労働者はこれを撤回することができ,労働者が撤回した場合は合意解約の効力が生じない」とされています(最二小判昭34・6・26,函館地判昭47・12・21,福岡高判昭53・8・9,岡山地決昭63・12・12,大阪地決平元・3・3,大阪地判平9・8・29ほか)。   この点,労働の現場では,「使用者と口論し,勢いで辞職すると言ったが,1日頭を冷やしたところ撤回したい」という事案や,「使用者に退職を事実上強要されて辞職届を出したが撤回したい」といった事案が多く問題となります。そして,私たちが実施している労働相談では,契約の終了をめぐる問題が最も多い類型となっており,辞めさせられた,解雇されたと相談に来る事案の大半は,使用者に退職を事実上強要され,労働者が納得できないまま辞職届等を書いて提出し,使用者がこれを受理した事案であり,使用者が解雇通知を行った例は,そう多くありません。   「契約当事者間の格差」「強引な勧奨」「熟慮することなくされた重要な契約の締結」などの救済(=自分のした決定に対して再考する機会を与える制度)といえば,消費者契約では「クーリングオフ制度」が法制化されています。この制度では,相手方事業者が契約締結を承諾した後であっても,一定期間内に申込みを撤回して契約成立を解消することが可能です。   しかし「クーリングオフ制度」は,労働契約では法制化に至っていません。そこで,現行法の下では,労働者が不本意ながら辞職届を提出した場合などは,申込みの撤回により主に救済されているのが実情と言えます。そして,使用者の承諾については,労働契約の締結や解除についての決裁権限を有している者によってなされることが必要とされており,この権限を有する者が辞職届を受理しこれを承諾するまでにはタイムラグがあるのが一般的と言えるため(岡山地判平3・11・19,大阪地決昭57・8・25など),辞職届の撤回は少なからず行われています。   部会資料の補足説明(49ページ)では,「承諾期間の定めのない申込みは,申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは撤回することができない」ことを合理的であるとし,承諾期間の定めのない申込み一般について,隔地者間を適用の対象としている民法524条と同様の規律を設けることを提案しています。   しかし,部会資料の提起に基づく改正が行われた場合,労働者は提出した辞職届を「申込者が承諾の通知を受けるのに相当な期間を経過するまでは,撤回できない」のが原則となり,例外的に労働者が「対話者間における承諾期間を定めのない申込みを行い」「対話終了前に撤回」したことの証明に成功しなければ,申込みの撤回が認められなくなると考えられます。その場合,「辞職届の撤回」について,最高裁判決で確立している判例法理を維持することが不可能となることが危惧されます。   以上述べてきた問題点への検討を行わないまま,対話者間のみ特則を置き,民法第524条の文言から「隔地者間」を削除し一般化することには,現在確立している労働者の保護水準を大きく後退させるという観点から,賛成できません。 ○鎌田部会長 ほかの御意見はいかがでしょうか。 ○山川幹事 今の安永委員の陳述に書かれている最高裁判例ということですが,(注1)にある大隈鉄工所事件の最高裁判決におきましても,結論的には承諾が既になされていたと認定され,合意解約の申し込みの撤回は認められなかったんですけれども,承諾がなされるまでは撤回できるという取扱いを前提にした判断になっております。そこで,部会資料の47ページ,4の(1)で書かれているようなこととは抵触する結果になると考えざるを得ないと思います。それで,民法一般についてどうこうというのは,また,難しいところがあるかもしれませんけれども,少なくとも労働契約あるいはその解約申入れ等の場面においては,従前の最高裁判例を生かすような形で,適用除外にするとか,そういう取扱いを御配慮いただければと思います。 ○高須幹事 今の点でございますが,どうやって定めたらいいかというところまで事前に考えてきたわけではなくて,今,思ったというだけなんですが,確かにいろいろな経緯の中で申込みをしてしまうという,それで,した後,直後にしまったというケースが今の御指摘いただいた労働事件におけるケースだけとは限らない場合が確かにあるような気がいたしまして,今回の立て付けだと対話者間で例えば対話中であればというような限定を置くかどうかということは,検討の対象にはなっているわけだけれども,終わった後,直後にしまったと思ったときをどうするかというようなことは,しまったと思っても,正にしまったで,どうしようもないということなのか,もう少し,そのこと自体を救うような規定を設けるのか,ここは労働事件以外の問題でもあり得るかなと思いましたので,考えられればとは思っております。ただ,例えば分科会でとなるとそこで考えるんだけれども,そういう予定がなければ,今,言わないとどうしようもないのかもしれませんが,具体的にどうしたらいいかまではないのですが,今の御指摘を受けて考慮が必要ではないかと思いました。 ○道垣内幹事 私は今の高須幹事の御発言の内容がよく分からないのですけれども,安永委員から出された意見のポイントは,「権限を有する者が辞職届を受理し,これを承諾するまでにはタイムラグがある」のが一般的であるために,辞職届の撤回が行われ得ているという点ですよね。しかるに,先ほどの申込みをしたのだけれども,しまったと思ったという話というのは,対話者間で相手方が承諾をしても,なお,申込みの撤回ができるというのを認めようという趣旨にも思えます。そして,そうであるならば私は反対です。 ○高須幹事 私も今の道垣内先生の御指摘はそのとおりだと思いますから,その場で申込みと承諾によって一定の契約が成立しているのに,しまったというのはまた別の次元の話で,とてもそれは認められないと思うんですが,まだ,承諾がない段階で撤回ができる,できないのレベルのときに,労働事件以外でも考慮する場合があってもいいのではないかという趣旨で一応考えました。 ○山本(敬)幹事 戻りまして,42ページの「承諾期間の定めのある申込み」について,2点ないし3点,意見を申し上げたいと思います。せっかく改正をするのであれば,ルールが明確になるようにすべきであるという方向からの意見と考えていただければと思います。   まず,承諾期間の定めのある申込みは撤回することができないという規律を維持した上で,反対の意思を表示した場合には,申込みの撤回をすることができる旨の規定を加えるものとしてはどうかということですけれども,これだけですと幾つかの問題がなおはっきりしないのではないかと思います。  一つは,撤回ができる場合について,いつまでに撤回の意思表示が到達すればよいのかという問題でして,これを明確にする必要があると思います。現在は,契約の成立については発信主義ですので,承諾の発信前に申込みの撤回が到達しなければならないということは,明らかなのだろうと思います。しかし,契約の成立時期について承諾の到達主義に立場を変えるとした場合には,承諾の通知を発するまでに申込みの撤回が到達すればよいのか,それとも,承諾の通知が到達するまでに申込みの撤回が到達すればよいのかということが,問題になってくるだろうと思います。結論としては,承諾者の信頼ないしは契約の成立への期待の保護という観点からしますと,現在と同じように,承諾の通知の発信までに,申込みの撤回の意思表示が到達しなければならないと考えるべきだろうと思います。CISGの16条1項もそのような考え方でできています。ですので,これはやはり明確にしたほうがよいのではないかと思います。   もう一つは,3の(1)は,前提としては,申込みをした場合には,先ほどの承諾の通知が発信されるまでの間は,申込みを撤回することができるというのが原則なのだろうと思います。その原則を前提にして,承諾期間の定めのある申込みの場合は撤回できないと続くのではないかと思います。その意味では,申込みについては撤回することができる。そして,いつまでであれば撤回することができるかという原則規定をまず定めた上で,3の(1)を続けるという構造になるのではないかと思います。これも,CISG16条がそのような構造でできていますので,参考にすべきだろうと思います。   その上でですけれども,現在の3の(1)の提案は,現行法に倣って,承諾期間の定めがある申込みの場合は,撤回ができないと定めることになっていますけれども,先ほどから言及しているCISGは,承諾期間の定めがあるかどうかを直接の手掛かりとするのではなくて,そのような承諾期間の定めがあるかどうかに関わりなく,申込みが撤回できないものであることが示されている場合,あるいは相手方がそう信じるのが合理的であって,相手方もそう信じて実際に行動した場合は,撤回できないと定めています。これにそのまま倣う必要は必ずしもないのかもしれませんけれども,改正するのであれば,521条1項の規律をそのまま維持するのか,それとも,CISGの16条2項に示されたような方向に倣うかということは,検討してよい事柄ではないかと思います。これによると,立証責任が変わってくるのですけれども,その点を含めて検討すべきではないかと思いました。 ○鎌田部会長 ほかの御意見はいかがですか。   契約の成立に対する信頼の保護というふうな観点が提示されたときに,3の(2)みたいなものは,これはこれでいいということになりますか。 ○山本(敬)幹事 これも実は問題があるかもしれないところでして,先ほどのCISGの考え方は,契約の成立時期については,承諾の意思表示が到達した時として,到達主義を採用するのですけれども,その上で,522条に相当するような,承諾期間の定めのある申込みについて,承諾の通知が延着した場合に関する特別な規定をなお定めています。つまり,到達主義を採用したからといって,延着の通知義務を申込者に課すことが論理的にできなくなるわけではなくて,そのような延着した場合に通知義務をなお課すことは,考え方としてあり得るところです。CISGでは,先ほど申し上げた成立に対する信頼を承諾者について考えるとするならば,申込者への配慮義務も考えるべきであるという考え方が採用されているのではないかと思いますので,(2)で示されているのが唯一絶対のものではなく,なお検討の余地はありそうだと思います。 ○沖野幹事 今の点ですけれども,(2)に関しまして到達主義に転じたときにも,なお,それが分かっているならば,相手方に知らせるということが信義則上,要請される場合があるのではないかと考えられます。しかし,その場合も契約の成立を認めるという効果が果たして適切かという点を考えたときに,それは重すぎるのではないかと思われます。それから,信義則上,通知ぐらい知らせるぐらいはすべきである,きちんと期間内に到達したと信じ,また,信じることが合理的であるような期間に発信しているということが分かっているときに,何ら連絡しないということが不誠実な交渉態度であるとされる場合があり得ると思うのですが,それは契約締結過程における交渉態度の中での誠実さの要請というところに吸収され得るものだろうと考えます。ですので,そちらで対応することが可能ではないかということです。   もう一つ気になりますのは,成立についての到達主義,発信主義のところです。これから検討されることですけれども,61ページの8のところで「契約の成立時期」に関して,むしろ,到達主義に転じるべきではないかという原則が示される中で,しかし,(2)では発信主義によることができる旨の規定を設けるものとしてはどうかという考え方が提唱されており,当事者がそれを受け入れるならばそれでよいというのは,その限りではそうなのですが,そうしますと,当事者が選択した結果であるとはいえ,発信主義が残るということになります。   そうすると,原則の到達主義の下では必要ではない規律とされる522条ですとか,あるいは8のところで527条の削除もそれと連動して提案されていると思うのですが,これらが発信主義が残る場合についてどうなるのか。その場合も成立まで認めるのは行きすぎであるということで,一般信義則ということで対応されるものとするのか,それとも発信主義を前提とする限りにおいては特別の規律が残り,発信主義が選択されたときの規律を更に書くべきなのかという問題が残っているように思われます。だから,どう考えるのかというのをまだ提示をしなくて申し訳ないのですが,少し検討する必要のある事項ではないかと思います。 ○鎌田部会長 その点は少し検討させていただくということにします。   ほかの御意見はいかがでしょうか。 ○中田委員 細かい点が2点です。一つは,3の(3)と4の(4)で,どちらも遅延した承諾の効力について523条の規律を維持するという御提案がありますが,中身についてはそれでよろしいんですけれども,現行規定と違って承諾期間の定めのある申込みとない申込みとを分けて規律して,それぞれについて遅延した承諾の効力について書くものですから,そうすると,その承諾が新たな申込みとして,承諾期間の定めのある申込みなのか,ない申込みなのかというのをどうやって規律するのかが少し紛らわしいかと思います。恐らく黙っていると承諾期間の定めのない新たな申込みとみなすということだろうと思いますが,そういう理解でいいのかどうかということです。   それから,もう一つも細かいことなんですが,先ほど山本敬三幹事からCISGについての御言及がありましたが,そうしますと,申込みか,申込みの誘引かについてもCISGの14条を参酌するかどうかということが出てくるかと思いますので,もし,CISGを参酌するのであれば,ある部分だけではなくて,全体として検討したほうがいいのではないかと思います。 ○鎌田部会長 今の点はよろしいですね,そういうことで。 ○岡委員 弁護士会の意見は深山さんが言ったとおりなんですが,安永さんのような議論をした上で,部会資料に賛成であるという議論まではしていませんので,このような議論があり,しかも,ウィーン売買条約の16条もあるということだとすれば,弁護士会の意見は変わる可能性が多いにあると思いますので,断言はできませんが,付言させていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかによろしいでしょうか。 ○内田委員 今,御指摘のあった安永委員の御意見,それから,山川幹事から述べられた意見についてですが,労働契約上は撤回ができるというのは,現在の民法524条との関係をどう整理されているのか教えていただければと思います。安永委員の御意見の脚注のところを見ると,隔地者には当たらないのだというようなことが書かれているのですが,辞めますという通知を郵便で出した場合はどうなるのか,あるいは社内便もあると思いますし,隔地者は別にものすごく距離が離れていることが要件になっているわけではありませんので,524条との関係がどう考えられているのかを教えていただければと思います。 ○山川幹事 ありがとうございます。実は判例を読む限りは,余り524条という条文を意識していないのではないかと思われます。先ほど挙げました大隈鉄工所事件の事案では,承諾権限があるとされた者が人事本部長で,隔地者ではなかったという事案ですけれども,判決は,特段,隔地者かどうかということに言及した上で撤回の可能性を認めるというものではございませんでした。その意味で,授業等でも,一体,民法の規定との関係はどうなっているのかを学生に聞いたりしているようなところでして,少なくとも判決文の上からは,余り民法524条との関連性は,私の見るところでは,よく分からないといいますか,見いだせないというか,その辺りが現状ではないかと思います。その程度のお答えしかできず申し訳ありません。 ○内田委員 今の点に関して,安永委員の意見の中の脚注で,最高裁の調査官解説が引かれていて,一般法理からすると,原則として申込みの撤回は自由なはずだ,ドイツも規定が置かれたけれども,それまでは撤回の自由があったという記述が紹介されています。歴史的にはそのとおりですけれども,元々は撤回が自由であったことを肯定的に強調するのは歴史の捉え方として問題があると思います。歴史的には,拘束力を生み出す原因や約因を伴わない申込みは撤回が自由であったのですが,それでは相手方の期待を害し,おかしいだろうということで,単なる申込みにも拘束力を認める方向で歴史が動いてきて,日本民法はその流れの最先端にあると言われているのです。今の労働契約の事例は,別に隔地者であるかどうかとは関わりのない話のように思われますので,その事例をもって原則を左右するというのはおかしいだろうと思います。山川幹事も特例を認めてほしいという発言をされましたが,これは労働契約の解消に特有な特則という位置付けになるのかなという感じがいたします。それを民法でどう書くかはまた難しい問題であろうと思いますが。 ○松岡委員 今の議論にも関係しますし,直接には先ほどの山本敬三幹事の御発言に関して,若干,疑義がありますので申し上げたいと思います。山本幹事が何点か御指摘になった中に,3の(1)という規律自体が撤回自由の原則の例外なので,むしろ,撤回自由の原則を最初に書くべきであるとして,CISGの16条を御指摘になったと思います。しかしながら,CISGそのものが,約因 considerationのない申込みには拘束力を認めないという英米法の発想で出来上がっています。また,内田委員から御指摘がありましたように,日本の現在の民法はむしろ申込みには拘束力があることを前提に,規律を組み立てていると私は理解しております。そうだとすると,ここでは原則を大きく入れ替える御提案をされていることになって,にわかには賛成できません。 ○山本(敬)幹事 立証責任についてやや技術的な話をお聞きしたいと思うのですが,契約の履行請求をする場合には,申込みをして,承諾の意思表示が到達したので,契約が成立したとして,承諾をした者が申込者に履行請求をするのに対して,申込者が,申込みは撤回した,つまり承諾の意思表示を発するまでに申込みの撤回の意思表示が到達したと言えれば,抗弁として契約の成立を否定することができて,それに対して,承諾期間の定めのある申込みをしたではないかというのが再抗弁になるのではないかと,私は思いました。   そうすると,抗弁で,申込みを撤回した,つまり,承諾の意思表示が発せられるまでに撤回の意思表示が到達すれば,契約の成立を否定できるということが一応前提になって,その例外が,承諾期間の定めがあることなのかなと思って,よく見てみますと,CISGもそうなっていますので,参考になるかもしれないと思ったわけです。  それに対して,もし松岡委員の御指摘のとおりだとしますと,承諾期間の定めのない申込みが行われて,かつ,申込みの撤回の意思表示をして,それが承諾の意思表示の通知が発せられる前に到達したということまで言わないと,抗弁としては認められないということになりそうなのですが,承諾期間の定めのない申込みであるということまでは要らないのではないかと思ったというだけです。すみません,非常に技術的なお話をしてしまいました。 ○松岡委員 すみません。要件事実的な分析と,そもそも契約や申込みの拘束力の問題がどうつながるのか自体が私にはよく分かりません。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがでしょうか。 ○高須幹事 先ほど中途半端なことを申し上げてしまったのですが,今,山本先生の御指摘と,それに対する違う考え方ということでの松岡先生の御指摘などを伺って,改めて教えていただいたような感じなんですが,申込みの拘束力自体がそもそも日本法は持っているのだから,それを変えるのはどうかというのは,なるほど,そうだなと思いましたが,私の発言はそういう意味ではその可能性ももう少し考えてみたいと,山本先生がおっしゃったCISGの規定のような仕方もあり得るのではないかということについても,今回,改正をしているというところでございますから,一つ可能性としては考えてもいいのではないか。むしろ,御示唆を受けてそのように思いました。問題点も含めて勉強させていただいたつもりです。 ○鎌田部会長 それでは,頂戴いたしました御意見を踏まえて,更に事務当局で検討を続けさせていただきます。   次に,「5 対話者間における承諾期間の定めのない申込み」から「7 申込みを受けた事業者の物品保管義務」までについて御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○笹井関係官 「5 対話者間における承諾期間の定めのない申込み」では,承諾期間の定めのない申込みのうち対話者間におけるものについて,その撤回可能性及び承諾適格に関し,前述4の特則を設けることを提案するものです。まず,本文(1)では,対話終了までは自由に撤回できることを提案しています。この規律については承諾期間の定めの有無にかかわらず,対話者間の申込みであれば妥当するという考え方もあり得ると思いますので,その適用範囲についても御審議いただければと思います。本文(2)は,対話者間における申込みは,対話の継続中に承諾がなされなければ承諾適格を失うとすることを提案しています。   「6 申込者の死亡又は行為能力の喪失」では四つの問題を取り上げています。本文(1)では,民法第525条のうち,「申込者が反対の意思を表示した場合」という文言を削除することを提案しています。また,本文(2)では,意思能力に関する規定を設けるかどうかにも関連しますが,仮に規定を設ける場合には,行為能力の制限と同様に扱うことを提案しています。次に本文(3)は,申込みが効力を有しないこととなるのは,申込者の死亡等の事情を相手方が知ったのが申込みの到達までである場合に限られるのか,承諾の発信までを含むかという問題を取り上げるものです。本文(4)は,後に審議いただく「8 契約の成立時期」についてどのように考えるかにもよりますが,仮に到達主義を採る場合には,承諾についても申込みと同様に,民法第97条第2項の特則を設けるかどうかという問題を取り上げるものです。これらについては,申込みや承諾について同項の特則を設ける趣旨をどのように考えるかを含めて御審議いただければと思います。   「7 申込みを受けた事業者の物品保管義務」は,申込みを受けた者の物品保管義務を定める商法第510条と同様の規律を事業者について規定するかどうかという論点を取り上げるものです。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明のありました部分のうち,まず,「5 対話者間における承諾期間の定めのない申込み」について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○岡委員 5番については,弁護士会は基本的に異存はございません。 ○鎌田部会長 ほかに特に御異論があればお出しいただければと思いますが,よろしいでしょうか。それでは,特に御異論はなかったということで受け止めさせていただきます。   次に,「6 申込者の死亡又は行為能力の喪失」と「7 申込みを受けた事業者の物品保管義務」について併せて御意見をお伺いいたします。 ○中井委員 この辺りについては,弁護士会は余り検討ができていません。それぞれ御提案の補足説明を読みますと,なるほど,もっともだという形の意見が多くて,ここの(1)(2)についてもほぼ異論なく賛成でした。(3)については結論としては乙案に賛成です。一つの単位会のみ甲案でした。結局,死亡したことを知った場合に,どの範囲で契約の成立を認めるのかですけれども,乙案のように少なくとも承諾の発信するまでに,その事実を知ったときまで,広く契約の不成立を認めたほうがいいのではないかという意見です。逆に言えば,死んだ人の意思をどこまで尊重するかとの関係もあるのかもしれませんけれども,死んだ人との間で,若しくは意思能力のなくなった人との間で成立する範囲を狭める方向に賛成という意見です。(4)については,これも一つの単位会は別意見でしたけれども,甲案に賛成ということです。 ○鎌田部会長 それでは,6に関連して,ほかに御意見がありましたら。 ○深山幹事 6の(3)について,乙案として提案されているものを具体的に考えてみますと,例えば申込者の死亡という事情が承諾を発するまでに知ったときはという言い回しだとすると,場合としては二通り考えられて,死亡という事情と到達との先後がどちらが先かという意味で,つまり,申込みが到達するまでに既に死亡しており,その後,そのことを知るという場合と,到達するまでは生存していて,その後,死亡し,そして,そのことを後に知るという場合が両方含まれるような気がいたします。   その両者が同じ規律でいいのかという点が少し気になっておりまして,ここの読み方として,そういう規律にはならないんだというのであれば,また,話は別なんですが,単純に言葉を論理的に当てはめるとそんな気がしました。到達するまで生存していれば通常の意思表示であって,その後死亡した場合にあえて申込みの効力を失わせるかどうかという問題だろうと思うんですね。元々,現行法は,到達する前に死亡した状態が発生した場合を想定していると思われ,規定の仕方の問題なのかもしれないんですが,死亡という事情が生ずる前に到達した場合も含めて同じ規律になるとしたら,それは少し違うのではないかという気がいたしております。   それと,(4)のところは承諾について到達主義を採ることを前提に,同じような規律を設けるかどうかということですが,申込みという意思表示と承諾という意思表示には少し違った考慮が必要です。申込みによっては直ちに法律効果は生じないけれども,承諾ということになると,その瞬間に法律効果が生じるという点での違いがあるので,意思表示といっても申込みと承諾とでは違うのではないかという気がいたしております。 ○村上委員 6の(2)について,少し気になることがあります。意思能力というのは,一時的に失われて,すぐにまた復活するということがあり得ます。例えば,眠ると意思能力は失われるだろうと思います。そういうことを想定したときに,このような規定を設けて大丈夫なのでしょうか。 ○道垣内幹事 まず,細かい点から申しますと,現行法では「行為能力の喪失」と書くのだが,しかし,成年後見制度ができたときに,全体としては「制限行為能力」という言葉を使って「無能力」とかいう言葉をなくしたわけですので,「喪失」よりも「制限」のほうがいいのではないかというのはよく分かります。しかしながら,「喪失」というときに言われていたのは,以前の禁治産だけだったはずなんですね。しかるに,「制限」ということになると,後見も補佐も補助も入るということになりまして,補佐,補助まで含めて,こういう規律でいいのかというのが気なるところが第1点です。   第2点といたしましては,現在,行為能力制限を受けていない人が申込みを発信して,行為能力制限を受けたという場合に,97条2項を適用しないということになると,契約は成立しないということになるのだろうと思うのですが,しかしながら,現在,行為能力制限を受けている人と間で契約をしても契約は成立するのですね。ただ,単にそれは取り消し得るものであるというだけです。そうすると,申込み時に行為能力を喪失していた場合ですら契約は成立するのに,なぜ,申込みの後に能力を喪失すると,突然,不成立になるのかというのは私には理解できません。ただ,ひょっとして私の理解が不足しているのかもしれませんので,私の誤解であるということならば誤解を解いていただければと思います。 ○鎌田部会長 今までの御発言,御指摘に関連して事務当局から何かございますか。特にはないですか。制限行為能力との関係については,少し調整を図る必要があることは間違いないだろうと思いますので,調整を図らせていただきます。 ○山野目幹事 6の論点ですが,何か,体系立った意見を申し上げる用意はありませんけれども,いろいろなことが少し心配になり,申し上げます。このままもちろん事務当局に一所懸命お考えいただくということでもよろしいのですけれども,心配でならない点が三つ,四つあります。   1点目は,行為能力喪失と現行法があるのと意思能力の欠如と,連続する事態だから同じに扱おうとおっしゃっている点は,しかし,村上委員が御指摘のとおり,そう単純にいくかという心配があります。   それから,2点目は現行法が行為能力喪失と言っているものを行為能力制限と考え方を転換することについては,道垣内幹事が御指摘になった点が心配になります。   それから,これらの規律の全般について法律行為ないし契約の種類によって,ある種類のものにはある規律が妥当するけれども,同じ規律が異なる契約や法律行為の類型のときには,そうでない扱いのほうがむしろ自然であると思われるような場合,例えば委任契約とそれ以外の場合のときとでは,話が同じにならないような場面が多いのではないか。   4点目,発信主義を到達主義に改めたことの影響が,ここでは全く関係ないことになるのかどうか。これら都合4点のことなどが心配でならなくて,どうでしょうか。この問題は分科会で議論していただいたほうがいいのではないかと感じますが,きちんと自分自身が勉強しないで言っているものであって申し訳ないと感じますとともに,杞憂だという仰せであれば,もちろん,事務当局にお任せすることでもやぶさかではありませんが,なお,若干,今後の進め方などについて事務当局の御見解なども伺ってみたいと感ずる部分がございます。 ○山下委員 非常に局地的な問題で恐縮なんですが,今の山野目幹事の御意見にも関係するかと。(3)で乙案を採ると生命保険で承諾線死亡という問題があるんですが,これがどうも説明しにくくなるのかなと。(3)というのは,死んだ以上は契約を成立させないほうがいいのではないかという前提に立っていると思うんですが,必ずしもそうでない場合というのもあるのかなという一つの例ですけれども。 ○鎌田部会長 それでは,6につきましては分科会で補充的に検討していただくようにいたします。そこの中で先ほど来,提起されました様々な問題について対応をしていくこととします。 ○中田委員 今のおまとめでもちろん結構なんですけれども,6の(3)については起草者の考え方があって,その後,いわゆる通説によってそれとは違う考え方が出てきて,さらにその後,通説を批判する考え方が出ているという流れがあり,それぞれのところで議論されておりますので,それを踏まえて御検討いただければと思います。 ○鎌田部会長 はい。次に,7についての御意見をお伺いします。 ○高須幹事 準備していました。7につきましては,甲案,乙案がありまして,一単位会以外は全て乙案ということになっています。残りの一つに関しても純粋な甲案というわけでもなくて,甲案的発想も理解するけれども,むしろ,民法に規定しなくてもいいのではないかという趣旨でございますので,おおむね今回の民法のレベルで言えば,規定は設けないということがほぼ弁護士会の意見としては強うございました。その理由のところは,資料の61ページの3のところに書かれているような幾つかの危惧というのでしょうか,そのような指摘が弁護士会でもそうだねということでございました。 ○鎌田部会長 ほかの御意見はいかがでしょうか。 ○山下委員 民法に甲案のような形で規定を置くというのは非常に難しい話だと思うのですが,乙案にして,規定がないということになった場合に,取引類型によっては申込みに合わせて物が送られて,それを受け取った側が契約はしないけれども,それはどういう状態に置くのかというのが分からなくなって,場合によっては責任を何か認めてもいいようなケースもあるのではないかと思いますが,規定がないと全く不法行為の話だけになるのかというのもぴんとこないので,これは契約締結過程においても,信義則が働くという一般規定があれば,割とうまくケース・バイ・ケースの妥当な解決ができるかと思うのですが,そういう話に実はつながってくる一つではないかなと思っています。 ○松本委員 私も甲案は無理だろうと思います。一つは事業者の定義をどうするかにもよるんですが,消費者契約法の定義をそのまま持ってくると,事業者というのは大変広い,消費者団体も事業者になってしまうという変な構造でありまして,しかも,事業者がその事業の範囲内で契約の申込みを受けたという,これまた,大変広いわけですから,相当,重い負担を負わせることになるのではないかと思います。他方,商法の510条だと,商人がその営業の部類に属する契約の申込みを受けたということで,これは商人が本来の取引を行っているというニュアンスですから,大しておかしくはないと思うんですが,御提案のような甲案になると大変広くなるので不適切だと思います。それが一つ。   もう一つは逆のことなんですが,消費者に対して事業者が一方的に契約の申込みとともに物品を送り付けてきた場合にどうなるかというと,特商法59条にいわゆるネガティブオプションの規定がございまして,一定期間は一応保管しなければならないと,すぐに取りに来いという通知をすると7日間でしたかね,事業者が取りに来ないような場合は保管義務はなくなるし,黙っていても14日以内に業者が引取りをしないときは,返還義務がなくなる,使ってしまっても構わないという規定があります。申し込んだ覚えもないのに一方的に送られてきたんだから好きにしてもいいという構造には,一応,消費者取引ですらなっていないというところがありますから,特段の規定は設けないで,従来の適切なルールで配分していくのでいいのではないかと思います。 ○鎌田部会長 何にも規定がないときに,民法の一般原則に従って処理すると,どういうことになるんですか。 ○松本委員 恐らく特商法が……。 ○鎌田部会長 いや,特商法ではなくて。 ○松本委員 つまり,特商法があるのは民法の一般ルールだと消費者にとって何か不都合があるからなんです。だから,消費者が一定のアクションを起こしていた場合や,一定期間を経過した場合には,消費者の義務はなくなるという構造になっているわけです。ということは,民法であれば,善管注意義務では恐らくないんでしょうが,自己のためにする注意程度で,時効取得が生じない限り,他人の物としての保管義務が存続するのだろうと思います。 ○鎌田部会長 民法の規定を厳しめに適用すると,特定物の返還債務者ですから,善管注意義務を負うことになり得るのではないでしょうか。そういう意味では,責任軽減規定としての特則と見ることも可能なような気がする。 ○松本委員 一方的に送り付けてきておいて善管注意義務というのはむちゃくちゃな議論で,そんなことにはならないと思うんですが,注意義務が一切ないという構造には多分,民法はなっていないと思います。 ○内田委員 余り支持がない案なので,支持がなければ落ちるということだと思いますけれども,何か,荒唐無稽な案ということで消えてしまうのも気の毒な感じがしますし,元々の趣旨が必ずしも理解されていないのではないかという印象も受けます。今部会長がおっしゃってくださったとおりですけれども,民法の原則は必ずしもよく分かりませんが,勝手に送り付けてきたのだから,捨ててもいいというわけには多分いかないだろうと思います。そうすると何らかのルールが必要で,この案は相手の費用で管理するということを明らかにしようというものです。申込みがあったけれど自分は契約しないという場合,送られてきたものを取りに来いと伝え,一応,手元に置いておく。しかし,それに要する費用は相手に請求できるというルールを置こうということなのだと思います。   事業者の概念は非常に広いですけれども,およそ自分の事業に関して申込みを受けたという場合には,最低限,そのくらいのルールがあってもおかしくはないだろうという考慮だろうと思いますので,案そのものはそれほど荒唐無稽なものではないのではないかと思います。もし,これを置かないとすると,部会長がおっしゃったとおり,どういうルールで処理されるのかということを一応考えて置く必要はあるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 頂戴した御意見の中では,今のところは乙案を支持する御意見しか出ていなかったようですが,その方向性を踏まえて,また内田委員からの御意見も踏まえて,検討を継続させていただきます。   次に,「8 契約の成立時期」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○笹井関係官 「8 契約の成立時期」では,まず,本文(1)において,承諾が到達した時に契約が成立するものとすることを提案しています。また,これと併せ,本文(2)では,到達主義は申込者の意思によって排除することができ,申込者が反対の意思を表示したときには,発信主義によることができるものとすることを提案しています。また,民法第527条は発信主義を前提としているとされていますので,本文(1)で到達主義を採ることを前提として,本文(3)では同条を削除することを提案しています。 ○鎌田部会長 ただいま御説明がありました部分について御意見をお願いいたします。 ○深山幹事 契約の成立時期について,現行法を変えて到達主義を原則とするという,非常に大きな転換ではありますが,弁護士会内ではほぼ満場一致と言っていいと思うんですが,皆,賛成ということでございます。 ○高須幹事 結論は今,深山先生がおっしゃったとおりで私も同意見なんですが,ここで(2)のところの説明に関する64ページの説明は大事かなと思いました。97条の到達主義の規定を純粋な任意規定と捉えてしまえば,任意規定だからということで終わってしまうのだけれども,64ページの一番上のところの「しかし」で始まるところに,必ずしもそのような単純な割り切りはできないのではないかと,解除の意思表示や取消しの意思表示などについても,例えば発信主義でいいと割り切ってしまうかどうかは別問題ではないかというような指摘があって,そのような観点から言えば,ここの問題については当事者の意思で発信主義によることができるということであれば,そこは明確にしておきましょうと,このような理由に基づいて,ここで設けるということは大事なことだと,97条との関係で恐縮でございますが,大事なことだと思いましたので,この提案理由に関しては私も賛成だということでございます。 ○佐成委員 経済界の中での議論状況でございますが,一読のときにも前任の木村委員が発言したかと思いますが,現時点でもまだ依然として到達主義への変更に対しては慎重論が強いということでございます。しかし,それだからと言って,経済界としてはこれらの提案に完全に反対だというところまではいっておりません。実際,特に(2)で「申込者があらかじめ反対の意思を表示したときは,発信主義によることができる旨の規定を設ける」という提案もなされているので,これをどう評価するかというところが今,経済界の中で議論の焦点になっております。ただ,ある業界,具体的に言えば保険業界ですけれども,一読のときにもそういうお話があったので繰り返しになってしまうので詳細は省略しますけれども,現行の実務運用に変更を来すこととなるという点についてはかなり抵抗が強く,まだコンセンサスが全く得られていません。というのは,(2)で現行実務が維持できるのかについてはかなり懐疑的であるからでして,その意味では,依然として非常に慎重論が強いということでございます。   そういうことで,経済界においても,提案自体の中身としては,一律に発信主義あるいは一律に到達主義とする必要性は必ずしもないとは感じております。契約類型とか,状況に応じてどちらが適切かというのは,それぞれ判断していくというのも一つの在り方だろうと思います。現在は発信主義となっているのですが,提案の思想自体は,それなりに評価できるのではないかと私も感じております。けれども,ただ,現状では実務界といいますか,経済界ではまだ慎重論が非常に強いということでございます。   それから,余り関係ない話かもしれないのですが,そもそも現行の526条がなぜ発信主義になったのかという点では,出掛けに梅謙次郎先生の「民法要義」の該当箇所を読みましたら,「取引上,尠からざる不便あることは実に喋喋を竢たざる所なり,故に実業家の多数は皆,発信主義の採用せられんことを希望せり」と書かれてありました。要するに,100年ほど前にも経済界の多くの実務家が発信主義を支持していたということです。もちろん,時代も変わりましたし,経済界の中にも到達主義を比較的容認するような意見も出てきているかとは思うのですが,まだ,そういう意味では消極論が強いということでございます。ですから,場合によっては例えば発信主義を原則にして,それで,ただし書で到達主義を採るというようなことも考えられるのではないかと思います。もちろん,この立法提案に至る一連の到達主義の流れからすると,発信主義を原則とするのはやや不自然にはなりますけれども,実務界としてはそういう規定もあり得るのではないかとは感じております。そうすれば,確かにこれまでの立法提案の流れとしてはやや不整合な感じがするのは事実ですけれども,実務界の反対は少なくなるのではないかという感じもいたします。 ○松岡委員 先ほど42ページの3の(2)との関連で,山本幹事及び沖野幹事が既に御指摘になったことに関係しますが,オプションとして発信主義が残るといたしますと,(3)のように単純に527条の削除にはならないと思います。先ほど沖野幹事が御指摘になったとおり,残るとしても現在の527条の規律を,あるいは先ほどの3の(2)のところですと,契約が成立してしまうという効果を,そのまま認めておいて本当にいいのか,なお検討の余地があろうかと思います。先ほど言い落としたところですが,42ページの3の(2)について,これも先ほどの御指摘と全部関係してきますが,契約は成立しないものと扱うことはよいとしても,延着の通知義務を負わずと積極的に書くのは適切ではありません。私も,信義則上,通知をするべき場合は少なからずあるのではないかと感じます。 ○鎌田部会長 ほかに御意見はいかがでしょうか。 ○松本委員 本来,前のところで内田委員の発言の直後に申し上げるべきことで,7の物品保管義務の話なんですが,部会長もおっしゃったとおり,一方的に送られてきた物品についての保管は民法上どうなんですかと,確かにみんな思うと思うんですね。多分,一定の義務はあるんだろうと。そうであるならは,それを明らかにする規定を置いたほうがいいではないかと。置いたほうがいいでしょう。だけれども,事業者の物品保管義務だけを置くのは大変不整合だと思います。だから,置かないで一般的な解釈に委ねるか,置くのなら明文の規定を全ての人について置くというのが筋だろうと思います。 ○鎌田部会長 ほかに8までについての御意見はよろしいでしょうか。   それでは,引き続き「9 申込みに変更を加えた承諾」について御審議いただきます。事務当局から説明をしてもらいます。 ○笹井関係官 「9 申込みに変更を加えた承諾」では,相手方が申込みに変更を加えて承諾した場合に,これを申込みの拒絶と新たな申込みとみなすものとして,民法第528条を基本的には維持することを前提に,その変更が付随的なものである場合には,それ以外の部分について契約は成立するという考え方を採ることの当否を取り上げています。甲案はこの考え方を採ることを提案するものですが,その適用範囲をいわゆる書式の戦いに限定するという考え方もあり得ますので,甲案を採る場合には,その適用範囲についてどのように考えるかを含めて御審議いただければと思います。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分についての御意見をお伺いします。 ○筒井幹事 安永委員から事前に発言メモが提出されておりますので,読み上げて紹介します。   労働契約で決定されるべき労働条件には多種多様なものがあり,例えば,契約期間の定めの有無,賃金支払形態(月給制・週給制・日給制・時給制),基本給や諸手当の項目・額・算出方法,労働時間,休日,休暇,契約終了事由,配転・出向命令権等の有無,懲戒権の有無その他極めて多数の項目があります。これらの多数の労働条件からなる労働契約の申込みに変更が加えられた場合,何が実質的変更に該当し,何が実質的変更に該当しないかの判断は,困難です。そのため,甲案が採用された場合,労働契約の申込みに変更を加えた承諾がなされた場合の契約の成否の判断が困難であり,混乱が生じることが懸念されます。申込みに変更を加えた承諾に関しては,民法第528条を維持するという乙案に賛成いたします。 ○岡委員 弁護士会の意見ですが,余り取り扱った実例としてはないというのが正直な感想のところでございまして,そう熱烈に乙案を支持するという意見ではないんですが,甲案に対する不安感のようなもの,また解釈が複雑になる,条文がどんどん精緻化していくだけではないかという観点から,消極的に乙案が圧倒的に多うございました。ただ,甲案を支持する大単位会もございまして,議論している中で甲案の考え方がおかしいというわけではないんだけれども,いい条文にはなりにくいのではないかというような議論の中で,528条の「みなす」というのを「推定する」と変えるような折衷案はいかがなものかというような意見も出ました。まとめますと,乙案が圧倒的に多いですけれども,積極的に推すというよりは甲案に対する不安感から出たもので,528条を多少修正するという方向でもいいのではないかと,そういう状況でございます。 ○松本委員 このような規定に変えることの理由として,66ページでは書式の戦いというアメリカ法でよく出てくる議論に対応するためだという趣旨のことが書かれていて,それで,66ページの3分の2ぐらいのところに,「このような観点からは,甲案の適用対象を,明示的に以上のような書式の戦いの場面に限定するということも考え得る」という別案が挙げられているわけです。私は日本の取引実務において書式の戦いというのが実際,どの程度,行われているのか,全く分からないので産業界の方にお聞きしたいんですが,本当に日本でそれが切実な問題として起こっているのであれば,書式の戦いに限定した規定を置くということは意味があるかもしれないと思います。それを全く限定を入れないで甲案にしてしまうというのは,ちょっと副作用があるという気がいたしますので,それならまだ乙案のほうがいいのではないかと思います。ニーズがあるのであれば,そのように御説明いただきたいと思いますが。 ○鎌田部会長 実務界の側から。 ○中井委員 先ほど岡委員から弁護士会の一つの単位会が甲案という御紹介がありました。それが大阪弁護士会でして,甲案的な考え方は十分あり得るのではないかという意見です。その理由は,契約の成立の問題に密接に絡んでくると思うんですけれども,練り上げ型を申込みと承諾類型に純化して,練り上げ型であっても最終的にどこかで申込みがあって承諾があるという法形式を想定すると,こういう形で問題は顕在化する。   しかし,現実的に例えば単純な請負契約を考えてみても,建築確認をとったら工事をどこで始めて,どこかで完成させなければいけないということが先に決まって,中身についても当該請負業者にすることが決まった上で契約交渉は進んでいく。様々な契約交渉の中で,中核的部分と言っていいのかどうか分かりませんけれども,契約の内容は確定する。しかし,付随的事項について確定しない場面で,両当事者が契約の成立に関する,ここで法的拘束力を生じさせてもよいという形で合意した時点で,なお,修正的な条項が出てきていることがあり得る。あっても請負契約として成立させて工事に着手し,所定の時期に完成させる。若干の設計変更があるかもしれない,地中障害物が出てくるかもしれないけれども,それらの負担について合意はできていない,まだ条件提示が双方からなされている。   例えばそういう場面を想定したときに,それを申込み・承諾類型に分けたなら,一方の申込みに対して変更の加えられた対案が出ているが,契約の成立を認めないのかというと,合致した部分で契約の成立を認めてよい。双方とも合意した範囲内で拘束力を持つと認識している。こういう場面があるのではないか。それが甲案という形で表示されているとすれば,それは理解できる。ただ,問題はその先で,この提案から見ても明らかなように,「併せて」以下のところで幾つかの条件付けがなされたりする。今のような例であっても核心部分が決まっていても,付随的部分で合意ができなければ契約としては成立しない,そういう意思である場合もある。甲案が実態としてあっても,それを切り分けて整理して,条文化できるのだろうか,というところで,甲案を支持する大阪弁護士会も迷いながらの支持であると,こう言っていいのかと思います。 ○佐成委員 十分な知見があるわけではございませんけれども,経済界の中で議論している限りでは,余りバトルオブフォームズという形で紛争になる,特に調印前のフォームによる合意の効力とか,そういうことが真剣に議論になるということは比較的少ないように感じます。むしろ,バックアップ会議の議論に参加していた方の中では,そもそも契約交渉の実務では,最後に送った側がまだこれだけでは契約を成立させるつもりは全くないという認識で送るのが通常なのではないかという指摘をされた上で,それが否定されてしまうというのでは,非常に深刻な事態を招くのではないかという,一般的な形ですけれども,懸念をされていたということがございました。 ○鎌田部会長 ほかの御意見は。 ○松本委員 中井委員がおっしゃった大阪弁護士会の考え方は,それはそれで合理的だと私は思いますが,ただ,恐らく9の甲案とは別の状況ではないかと。すなわち,詳細までは合意できていないけれども,主要な部分について合意できているから,契約はこれで一応スタートさせましょう,残りの部分は契約の進行に合わせてまた協議しながら決めていきましょうという形の取引は,確かに日本の場合は大変多いと思いますから,それはそれで,合意した部分については拘束力のある契約として有効に動いているということで,全く問題はないと思うのですが,9の甲案だと,この範囲内で有効に動かしていきましょうという合意は要らないという,実質的変更かどうかという形式的なところだけで決まっていくというところがありますから,甲案とは違うシチュエーションを考えておられるという気がします。 ○中井委員 ある程度,付随的なこと以外のところまで合意ができて,その限りにおいては契約の拘束力を負わせてもいい。ただ,なお別の付随的条件について改めて再提案をする。そういう形で契約書の上若しくは文書の上でやり取りが続く中で,工事をする,拘束力を発生させてもよい時点というのはあるのではないか。そういう意味では変更の申入れをして,それに対する応答を待っている状態がある。確かにストレートに当たるのではないのかもしれませんけれども,そういう類型を想定して甲案的な整理もあり得るという意見を申し上げました。 ○中田委員 御指摘の問題は,ユニドロワの規定としては別の問題として,規律されていると思います。その条文が後ろの資料に付いていないので,今具体的に指摘することはできませんが,別の問題であって,しかもそれは必ずしも附随的な事項についての合意には限らず,実質的な事項についての合意も含めて,未確定部分を残しながら契約の履行に入ってしまった場合にも,契約を無効にはしないというような規律があったように思います。例えば請負において代金額は決まっていないけれども,しかし,契約に入っていくというときに,当然に無効になるかどうかという,そんな一つの問題群がありまして,一応,切り分けられるのではないかと思います。 ○山川幹事 労働契約に関して,先ほど安永委員の書面が紹介されましたが,現実に起きている紛争としては,解雇の関係で,使用者側が,労働条件の変更に応じなければ解雇するという申入れをして,それに対して労働者側が逆にさらに条件を付けて応答するというような,いわゆる変更解約告知の問題が時々起きております。そういう事案は実質的変更が加えられたということになり,契約の成立は認められないだろうと思いますけれども,しかし,実質的変更とは何かという形をめぐって,いろいろ混乱が生じる可能性がやはりあるかと思います。その意味で,もし,甲案が採用される場合は,先ほどのお話と似たようなことですが,多分,取引の円滑化とか促進という発想でこのような提案が出されているのかと思いますけれども,労働契約の場合はそのような発想は必ずしも妥当しないということで,適用除外的なことを考えられてもよろしいのかと思います。労働契約以外でもこうした事例はもしかしたらあるのかもしれませんけれども。 ○青山関係官 すみません,ただの質問なのですけれども,今の山川幹事のお話もそうですが,過ぎてしまった先ほどの安永委員の御意見の4番で議論したものとも関連があるのですけれども,今,論じている申込みと承諾というものは,元々は契約が一番初めに成立する前のときのお話を想定しているのかなと思うのですけれども,定義の仕方によっては労働契約など継続している契約の途中の変更の問題なり,解約の問題なりに広げて考えると,先ほど言ったような問題が起きてくると思います。その辺りはどうなのかなと純粋に疑問があったので,どうでしょうか,契約途中の例えば解約の申込みとか,そういう場面にも,当然,射程に入れて議論するという前提でよろしいでしょうか。 ○笹井関係官 それは申込みと承諾という概念に関わってくる問題で,この資料の作成においては,契約の成立の段階を念頭に置いておりました。ただ,合意解除の申込みとか承諾というものがこの射程に入ってくるのかどうか,確かにそういう問題もあると思います。私も,申込みと承諾が合意解除に適用されてきたのかどうかということについて十分な知見はありませんので,もう少し検討してみたいと思っているところです。もし,御存じの先生方がいらっしゃいましたらお教えいただきたいと思います。 ○鎌田部会長 今の御発言に直接関係する御意見があれば,それをまずお伺いしたいと思います。 ○山川幹事 先ほど,雇用契約の合意解約に関して申し上げた最高裁判例などは,合意解約についても,申込み・承諾あるいは申込みの撤回というような枠組みで判断をしていたと思います。 ○鎌田部会長 私も,当然に適用されるかと言われると自信はなくなりますけれども,こういう合意の形成のプロセスに関する規定はここにしかないですから,基本的には特段の事情がなければ,これに従うのではないかと考えています。 ○中井委員 山川委員や安永委員も含めてですけれども,お尋ねしたいのですが,労働契約を締結するときに採用するという合意が基本的にはなされた中で,例えば有給休暇の点とかについて変更の提案が出てきた場面等を考えたときに,契約の成立を早期に認めたほうが労働者にとってメリットのある場面もあると思うのです。おっしゃっているのは実質的な部分で合意ができていて,実質的な変更に当たらない付随的な,軽微な条件について修正が加えられたとして,成立を否定する方向の御意見のように思うのですが,それはそういう趣旨でしょうか。 ○山川幹事 確かに労働契約の成立というか採用の場面ですと契約の成立を認めたほうがよさそうだということはあり得るんですが,現実において採用過程で募集に応じる求職者のほうから,こういう条件なら採用されてもいいというようなことを言いますと,大体,採用されないのが普通ですので,求職者はそのような対応をとらないため,余り問題にならないのではないかという感じがします。先ほど申しましたように,解雇の解除条件として契約変更の申込みと承諾が問題になる場合や,解雇と同時に新たな労働条件で再雇用を申し入れる場合に問題となることですので,その意味では,労働契約におきましては,甲案のような形が契約成立の促進という方向で働くことは実際にはそれほどないように思います。 ○内田委員 この規定がどういう場合に適用されるかなのですが,私個人の理解としては,別に契約の成立を促進する規定ではなくて,注文書や請け書,確認書などとともに互いの約款が相互に送り合われて,そのうちに実際に契約の履行が始まる。つまり,言わば意思実現によって契約が成立するということになるのですが,その後,トラブルが生じたときに,一体,この契約の契約条件は何だということが争われて,意思実現で契約を成立させる直前に送られたフォームが契約内容になるということになる。何も規定を置かなければそうなるのだと思います。しかし,お互いにフォームを送り合っていて,中身が付随的な条件部分で微妙に違っているというときに,最後のものだけが勝つというのは変なので,条件が合致しているところは合意がある,それ以外の部分は合意がないという形で契約を成立させたほうがいいのではないか,という提案なのだと思います。   この規定がなければどうなるかというと,英米法ではラストショットプリンシプルと言いますけれども,最後のフォームが勝つということになる。しかし,たまたま最後になった方が勝つのは不公平ではないかということで,それに対応するための規定だと思います。そういう書式の闘いの場面というのは日本では実務上,余りないというお話もありましたので,ないなら別にラストショットプリンシプルでもいいということかもしれませんが,日本民法がこれから将来適用される場面を,今までの国内の限られた経験だけで判断していいかどうかということも,考慮に入れるべき要因かと思います。 ○中井委員 書面の戦い的なものは,実務的に少ないのではないかという印象を持っています。事実認識が違えば,佐成委員からお話しいただければと思います。むしろ,今,内田委員がおっしゃられた,契約を成立する方向で,ある程度の部分を合意しながら,細部で煮詰まらない,しかし,意思実現とおっしゃられたのでしょうか,事実上,契約の履行過程に入る,そういうものは日常的に多いことは事実です。   そのときに契約の成立について争われることは,それほど多くないのではないか。付随的条件について争われて,その付随的条件をどう定めるかというのが問題になって,そのときに,それまで条件提示があったものというよりは,その空白部分について何が適用されるのか,慣習が適用されるのか,任意規定が適用されるのか,そういう争いは結構あると思います。 ○潮見幹事 中井委員に,質問してよいでしょうか。先ほど中田委員の発言にもありましたけれども,大阪弁護士会が中心に問題にしていた点というのは,ユニドロワの規定に関係します。ユニドロワでは,今回のここに当たるものとは別に,意図的に未確定にしておかれた条項を含む契約というものが用意されています。それは大阪弁護士会が言っておられる中身とほぼ同じような内容と見ていいのではないかと思いますが,大阪弁護士会としてその種の規定を設ける必要があるというようにお感じになっておられるのか,それとも,そんなことは当然やられているのであるから,わざわざ規定を設ける必要はないという御趣旨なのでしょうか。個人的には甲案とか乙案というレベルのものとは別に,今,申し上げた意図的に未確定にしておかれた条項を含む契約に関するルールを明確にしておいたほうがいいのか,それとも,そのような規定は要らないのかという選択肢の議論が必要ではなかろうかと思っているものですから,少し発言させていただいた次第です。 ○中井委員 大阪弁護士会では,私が先ほど申し上げたような場面があるので,そのとき甲案という形で定めるかどうかはともかく,規律があったほうがいいという意見で甲案に賛成したわけです。適切に表現されているかどうかについては,いろいろ議論があったということは先ほど申し上げたとおりです。 ○山川幹事 先ほど中井委員の御質問に十分には答えていなかったと思います。今の潮見幹事の御発言とも関係するんですけれども,労働契約の場合は,もし,先ほど議論された資料4ページの2の「契約の成立に関する一般規定」での申込み・承諾という形を採る契約の成立に関しても,この一般的な規定が適用されるとしますと,労働契約の成立過程において,多少細かい条件について意見が合致しなくても,例えば,細かいことは後で定めましょうということで,しかし,雇用はしますというような形での終局的な合意をすることがあり得て,そちらの点で契約の成立を認めるということは十分考えられるかと思います。 ○中井委員 別の話になってしまうのですけれども,仮にそういうことが労働契約の場面であるとすれば,先ほどの契約の成立という基本原則,第1の2で書かれているものを,その後の申込みと承諾に純化して説明していくこと自体に無理があるのではないか。9のところについても申込みに対する変更の承諾というような規定ぶりにするから,実務と少しかけ離れた理論構成をしなければならない,そういうことになるのではないかという印象を持ちました。 ○鎌田部会長 中井委員の御指摘のような考え方に基づくと,この部分だけではなくて,部会資料41の4ページの契約の内容の確定,それから,申込みのところの37ページでも申込みによって契約の内容が確定できなければいけないという,この確定の意味に関わってくるかと思いますので,そこの整合性を少し問題意識として持って検討を続けさせていただきたいと思います。 ○松本委員 先ほど内田委員が,この条文の趣旨は書式の戦いにおけるラストショットプリンシプルが不適当であるということを日本法的に表現すればこうなるんだとおっしゃって,意思実現なんだとおっしゃったのは大変面白い見方だと思います。私はそんなことを考えてもいなかったんですけれども,意思実現によって契約が成立しているんだということであれば,アメリカ法には意思実現という発想は多分なくて,結局,オファーとアクセプタンスの合意ですか,合意が成り立っているから契約は成立するんだと,最後のラストショットでオファーしているんだということだと思うのです。日本法でそういう形を採らないで意思実現なんだと,取引上の慣習により事実上,履行が始まっている場合には契約成立を認めてもいいという慣習があるんだという説明でいくのであれば,ラストショットプリンシプルではなくて取引の慣習上,コアになっている部分のみ契約成立を認めるという考え方も十分あり得て,ラストショットが契約内容になるという慣習がまずあればそっちでいけばいいんですが,そうでない場合に,意思実現の理屈でいくのであれば,アメリカ法とは違った結論になってもおかしくはないのではないかなという気がしております。 ○鎌田部会長 よろしいですか。   それでは,この点も更に詰めた検討を続けさせていただきます。   残り時間が少なくなってまいりましたけれども,「第4 懸賞広告」について御審議いただきたいと思います。事務当局から説明してもらいます。 ○笹井関係官 「第4 懸賞広告」の「1 懸賞広告を知らずに指定行為が行われた場合」では,指定行為を完了した者が懸賞広告を知らなかった場合に,報酬請求権を取得するかどうかについて,デフォルトルールとしては報酬請求権を取得するものとすることを提案しています。   「2 懸賞広告の効力・撤回」の「(1)懸賞広告の効力」では,いつまでに指定行為を行えば報酬請求権を取得するかを取り上げるものですが,これは申込みの承諾適格の存続期間に相当する問題です。アでは,指定行為をする期間が定められていた場合について,イでは,指定行為をする期間が定められていなかった場合について,それぞれ申込みの承諾適格と同様の規定を設けることを提案しています。   「(2)撤回の可能な時期」は,懸賞広告者はいつまで懸賞広告を撤回することができるかという問題を取り上げるものですが,これは申込みの撤回可能性に相当する問題です。アでは,指定行為をする期間が定められている場合については,承諾期間の定めのある申込みと同様の規律を設けることを提案しており,指定行為をする期間が定められていない場合は,イで民法第530条を維持することを提案しています。   「(3)撤回の方法」では,撤回の方法及び効果を取り上げています。民法第530条第2項は,懸賞広告と同一の方法によることができる場合は,これと異なる方法によることはできないこととしていますが,異なる方法によって撤回した場合は,これを知った者に対してのみ効力を有することを前提に,懸賞広告と同一の方法によって撤回することができる場合であっても,異なる方法によって撤回することができると改めることを提案しています。   「3 懸賞広告の報酬を受ける権利」では,指定行為を行った者が複数いる場合に,誰が報酬請求権を取得するか,優等懸賞広告において評価者を定める必要があるかどうかという問題を取り上げましたが,いずれも民法の規律を維持することを提案しています。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま御説明を頂いた部分のうち,まず,「1 懸賞広告を知らずに指定行為が行われた場合」について御意見をお伺いします。特に御異論はないと思ってよろしいでしょうか。 ○高須幹事 弁護士会としては知らなかった場合でも報酬を与えるという規定を設けるということに,一単位会以外は全て賛成ということになります。第一読会でもそのような意見のほうが多数だったということだったと思いますので,ここはそれでいいのではないか,私個人もそれでいいと思っております。ただ,御紹介をしておきたいという意味は,私が所属している東京弁護士会はむしろ知らなかった者には報酬を与える必要はないという,先ほど一つだけ例外といった単位弁護士会となっています。その理由なんですが,要するにこの規定の趣旨は,そのことを知って指定行為をしようと思って励む,その競争というものを通じてクオリティの高い指定行為が実現されるというところにメリットがあるわけだから,その趣旨からすれば,必ずしも知らなくても偶然,そういうことができましたという人に報酬を与えるというのは,余り趣旨には一致していないのではないかと,こういう意見でございまして,それは一つの考え方だろうと思っています。御紹介までです。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。   それでは,「2 懸賞広告の効力・撤回」についての御意見をお伺いします。 ○中井委員 (1)のアのついては異論なく賛成です。(2)のイについては一つの弁護士会を除いて賛成です。ただ,一つの弁護士会も合理的と考えられる期間がいいのか,このように不特定多数だとすれば,相当な期間でいいのではないかという意見でした。 ○鎌田部会長 ほかの御意見はいかがでしょうか。大筋ではこの方向でよろしいとお考えでいらっしゃると承ってよろしいでしょうか。   それでは,「3 懸賞広告の報酬を受ける権利」についての御意見をお伺いいたします。 ○高須幹事 3につきましては,(1)(2)とも弁護士会は全て賛成でございます。 ○中井委員 先ほど2の(2)について申し上げるのを忘れていましたので,これについても一単位会を除いて賛成です。一単位会は,既に着手をしていたとき,着手した人との関係で撤回を認めていいのか,疑問が残る。着手した人との関係では撤回はできないのではないか,という意見がございました。 ○松本委員 個別のところについては御提案のとおりでよろしいと思うんですが,懸賞広告という用語は法律家にはよく分かります。だけれども,一般の人にとって懸賞広告というのが契約の成立のスタイルだということが分かるのかというところが,私は昔から疑問がありまして,分かりやすい民法にするのであれば,もう少し何か適切な言葉に変えるということを真剣に考えていただきたいと思います。あるいは国によっては契約の成立ではなくて,典型契約の一種として置いている国もありますから,そういう整理もやれなくはないと思います。日本の伝統としては契約の成立で置いているのだから,ここにしましょうというのは,それはそれで結構ですが,それであれば名前を変えたほうがいい。典型契約にするのなら,懸賞広告というのは割と体を表したタイプの契約類型だという感じがいたします。 ○中田委員 今回の御提案は,懸賞広告が契約なのか,単独行為なのかについての性質決定はしない,留保するというものだと思います。現民法ができる際もどうするかについて議論があったけれども,あえて起草者は留保したと言っているんですが,ただ,場所が契約の成立のところに置かれているものですから,紛らわしくなっていると思います。松本委員の御指摘は,実質的にこの段階で懸賞広告の法的性質を決定したほうがよいという前提でどうするかということなのか,そこはオープンにしておいていいということなのか,どちらでしょうか。 ○松本委員 決定してほしいという気は全くございません。単独行為であれば単独行為でも構わないし,分けられないのなら分けないでも構わないんですが,懸賞広告という用語が何か引っ掛かるというのと,契約のところになぜ出てくるのかという点ですね。法的性質を決定しないのなら民法総則の法律行為のところに出てくるほうがあるいはすっきりするかもしれないです。英米法的に言えばユニラテラル・コントラクト,一方的契約ですから,契約だという整理で英米法は動いているんだと思うんですが,日本法では契約ではないということであれば,契約のところに置くのはむしろミスリーディングだろうと思いますし,はっきりしないのに契約のところに置くのは一層ミスリーディングだと思います。 ○鎌田部会長 申込みに類似しているとか,一方的債務負担行為的なものを認めるかどうかという,そういうこととの関係でこの位置に来ているんだと思います。 ○道垣内幹事 鎌田部会長と同内容になりますが,一方的債務負担行為がどこまで認められるかというのは,金融実務などで重要な点だと思いますが,それについてどういう場合は認めるかという明示の規定を置くのは,かなり難しいだろうと思います。しかし,正に鎌田部会長がおっしゃったように,フランスでは,懸賞広告は一方的債務負担行為の一種であるという言い方もしたりするわけであって,契約の成立のところに置くかどうかということは,慎重に考えたほうがいいのではないかと思います。 ○鎌田部会長 ほかの御意見はいかがでしょうか。事務当局としては今まで頂戴した御意見を踏まえて検討を続けるということでよろしいですか。 ○内田委員 位置の議論が出たのですけれども,現在は学説上は多分,契約説のほうが有力ではないかという印象を持っています。立法でどちらであるかを確定する必要はないと思いますが,位置を変えると,法的性質についてかなり明確なメッセージを送ることになりますので,なかなか,それも難しいのかなという印象を持っています。 ○鎌田部会長 それでは,懸賞広告につきましても,本日,頂戴しました意見を踏まえて,更に検討を事務当局において進めさせていただきます。   ほかに特に御意見等はございますでしょうか。場所は特に問いません。よろしいですか。   ないようでしたら,本日の審議はこの程度とさせていただきます。   分科会についての報告事項に移ります。本日の審議において,幾つかの論点について分科会で補充的に審議することとされましたが,これらの論点につきましてはいずれも第3分科会で審議していただくことといたします。松本分科会長を始め,関係の委員・幹事の皆様にはよろしくお願いいたします。   最後に,次回の議事日程等について事務当局から説明をしてもらいます。 ○筒井幹事 この部会の次回会議は,6月26日,火曜日,午後1時から午後6時まで,場所は法務省20階第1会議室です。次回の議題は,事前送付いたします部会資料42で,これには「第三者のためにする契約」「約款(定義及び組入要件)」「不当条項規制」といった論点を取り上げることを予定しております。よろしくお願いいたします。   それから,分科会の開催のお知らせですが,来週6月19日,火曜日,午後1時から午後6時まで,第2分科会の第4回会議が開催されます。第2分科会の固定メンバー以外の部会メンバーで参加を希望される方は,事前に事務当局まで御連絡くださいますようよろしくお願いいたします。 ○鎌田部会長 それでは,よろしくお願いいたします。   以上をもちまして,本日の審議を終了させていただきます。本日も熱心な御議論を賜りまして,誠にありがとうございました。 -了-