法制審議会民法(債権関係)部会 第1分科会           第4回会議 議事録 第1 日 時  平成24年5月29日(火)自 午後1時00分                      至 午後6時31分 第2 場 所  東京地方検察庁会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)           議        事 ○中田分科会長 予定された時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会第1分科会の第4回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   本日は,第1分科会の固定メンバーのほか,岡正晶委員,三上徹委員,沖野眞巳幹事,道垣内弘人幹事,畑瑞穂幹事,深山雅也幹事,山野目章夫幹事,山本和彦幹事,佐藤則夫関係官が出席され,あるいは出席される御予定でございます。よろしくお願いいたします。   本日は,本年4月に開催されました第1分科会第3回会議の積み残し分とその後,新たに第1分科会に割り当てられた論点の検討をしたいと思います。具体的には,部会資料36の「第1 多数当事者の債権及び債務(保証債務を除く。)」と「第2 保証債務」,部会資料39の「第1 弁済」と「第2 相殺」の各一部について御審議を頂く予定です。   まず,本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いします。 ○筒井幹事 お手元に分科会資料3と分科会資料4を配布しております。後ほど関係官の金と松尾から,それぞれ該当箇所の説明をする際に,併せてこの資料についても御説明いたします。 ○中田分科会長 それでは,審議に入ります。審議の進め方ですが,これまでの3回は次のようにしました。すなわち,議題を適宜区切って,その区切りごとにまず事務当局から部会での審議状況と部会から分科会に付託されている事項をリマインドするための御説明を頂きます。その後,私のほうで本日,御審議いただくべき主要なポイントを整理し,その上で御審議を頂くということでした。また,委員・幹事はもとより,事務当局の皆様にも適宜,御発言を頂くことにしてきました。今回も基本的にこのような方法を採りたいと思いますが,事務当局で御用意いただいた資料もありますので,その御説明と重複しないように努めたいと思います。こういう進め方でよろしいでしょうか。それでは,そのように進めさせていただきます。   本日の進行予定ですが,まず,部会資料36について御審議を頂き,その後,午後3時30分ころをめどに休憩を入れ,休憩後,部会資料39についての御審議を頂きたいと思います。   それでは,まず部会資料36の「第1 多数当事者の債権及び債務(保証債務を除く。)」「1 債務者が複数の場合」「(3)不可分債務」の「イ 連帯債務と同様の規定」について御審議いただきます。事務当局から説明していただきます。 ○金関係官 御説明します。部会資料36の29ページを御覧ください。この論点につきましては,部会の第43回会議で審議がされ,仮に規定を設ける場合の具体的な規定の在り方等について分科会で審議することとされました。部会では,連帯債務と不可分債務とで同様の規定を設けることに賛成する意見や,債務の目的を大きく異にする以上,連帯債務と不可分債務とで全く同様の規定を設けることには賛成しかねるとの意見などがありました。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 前回の分科会で連帯債務について,連帯債務者の一人に生じた事由の効力について御審議いただきました。その効力をどうするかはまだ決まっていませんが,仮に相対的効力としますと,この点では不可分債務との違いがなくなります。そこで,仮に相対的効力とする場合には,可分給付を当事者の意思表示により不可分とするというのをやめまして,可分給付は連帯債務,不可分債務は不可分債務とするというように概念を整理し直してはどうかということです。仮定の話ではありますが,そのような概念整理でよいかどうか,また,可分給付を目的とする連帯債務の規定と,性質上の不可分給付のみが目的となる不可分債務の規定を同様にしてよいかどうかが課題かと思います。御審議をお願いいたします。   まず,概念整理については特に御異論はないでしょうか。もし,ございませんようでしたら,連帯債務の規定,これは可分給付を目的とする,それから,不可分債務の規定,これは性質上の不可分給付のみが目的となる,この両者について規律を同じにしてよいかどうかですが,いかがでしょうか。連帯債務のところでもある程度,御議論は頂いているわけですけれども。 ○鹿野幹事 部会でも同じようなことを申し上げたのですが,今,分科会長がおっしゃったように相対的効力という前提を仮に採るのであれば,概念整理だけの問題となりますから,この概念整理については特に問題がないということにもなりそうです。また,原則的には相対的効力が生ずるにすぎないということについては,特に不可分債務の場合を念頭に置くと特段の異論はありません。ただ,部会においては,給付が可分なのに不可分的な取扱いがされる場合を連帯債務と呼んだ場合に,その連帯債務の中にはいろいろな種類のものが含まれ得ることになるのではないかという指摘がありました。そして,それ故,この新しい概念整理でいうところの連帯債務の全てについて,同じ法的取扱いをしてよいのかについての疑問が提起されたものと思います。ですから,相対的効力という前提の点がもし違う場合が存するのであれば,今の概念整理とどのように接合するのかということについて,留意をする必要があると思います。 ○道垣内幹事 今の鹿野幹事のお話がよく分からなかったんですが,つまり,連帯債務の中を一律に規律することはできないのではないか,一定の事由があるときには,例えば請求の絶対的効力みたいなものを認めるべき場合もあるのではないか。それはそうなのかもしれませんし,そういう意見が出たわけですが,そのときのメルクマールは何なのかということなのです。不可分債務においても,仮に性質上の不可分のときに,連帯債務を二つに区分するときのメルクマールと同様のメルクマールによって,効果を分けるのが妥当であることになりましたならば,それは結局,不可分債務と連帯債務を同一に扱うことになる,つまり,一定のメルクマールに基づいて効果を変えるというところまで含めて,連帯債務と不可分債務とを同一に扱うということなのだろうと思います。   このように考えてきますと,最初に分科会長がおっしゃった概念整理が妥当でないと評価すべき場合とはどういう場合かというと,例えば絶対的効力,相対的効力などを分ける基準が,連帯債務の場合と不可分債務との場合とで異なるという場合であり,そのとき初めて連帯債務と不可分債務とを同一には扱えないということになるのではないか。 ○鹿野幹事 前提によってはという言い方をさせていただいたのですが,前提として,相対的効力の例外を連帯債務についてどういう基準で分けて認めるのか,あるいは分けないのかというところにもよると思います。給付が性質上不可分である場合を不可分債務といった場合,確かにそのような不可分債務においても,当事者の関係にはいろいろな場合があるとは思います。ただ,給付が可分であるところの連帯債務において絶対的効力を認める場合の基準が,そのまま不可分債務についても妥当するのかが問題だと思います。これも前提によって異なるわけですが,要するに,絶対的効力を認めるか否かの基準と不可分債務か連帯債務かという概念区別の基準とがどのような関係に立つのかということに留意して,検討をすべきだということを申し上げたつもりです。 ○中田分科会長 両者の関係をどう理解するかという前提の問題と,仮にその前提を同じくするときに,両者の間で具体的に更に違いがあるかどうかということですが,具体的な違いというのは今の鹿野幹事のお話ですと,給付の目的が不可分なのか,可分なのかによって違いが生じ得るということでしょうか。 ○鹿野幹事 可分か不可分かということによって直ちに違いが生ずるとは,私自身は考えておりません。ですから,その点は道垣内幹事の先ほどの御指摘と私自身の考えが特に矛盾するとは思ってはおりません。ただし,いずれにしても,連帯債務の中である一定の基準により取扱いを異にすべき類型があるとなったときに,不可分債務についてどのような取扱いをするかということも,整合的に検討すべきだということだと思います。 ○中井委員 弁護士会の立場も,不可分債務と連帯債務で,一人の当事者に生じた事情によって,相対効か絶対効か,分かれる場面があるという意見が現段階では多数を占めておりますので,その前提についてまだ賛成は得られていないということだけ御報告しておきます。 ○道垣内幹事 その前提というのがよく分からないのです。現在でも不真正連帯債務という概念を用いることによって区分を図っているわけですが,区分しなければならないということは,そのとおりだろうと思います。しかるに,今回,議論する際のポイントは,繰り返しになりますけれども,その区分の基準が,給付が可分であるときと不可分であるときとで違うのかどうかということだろうと思います。中井委員が弁護士会の意見としておっしゃったのは,給付が可分か不可分かで,絶対効,相対効を分ける基準が異なるはずだという見解なんでしょうか。そして,仮に異なるはずだというのであれば,どのような場合が違うということで,そういう議論がされているのかというのをお伺いできればと思うんですが。 ○中井委員 正しく理解できているのか分かりませんけれども,時効でも免除でも混同でもいいんですけれども,それが起こったときに異なる,一方は相対的効力,一方は絶対的効力,そういう場面があるのではないかということを申し上げていますが,これは質問と答えがずれているのでしょうか。 ○道垣内幹事 ずれていると思います。例えば連帯債務のときに不真正連帯債務という概念が出てきたのは,民法の連帯債務の条文は,連帯債務者に相互のいろいろなつながりがあるという場合を前提にしているのではないかと考えられるところ,相互のつながりが全く欠けているような場合にも連帯債務は生じ得るのであり,そのとき,ある人に対して催告をしたからといって,ほかの人に対する関係でも請求になるとするのは変ではないか,という認識の下,相互のつながりがある場合と相互のつながりがない場合とを分けて,真正連帯債務と不真正連帯債務とを分けよう,そういう経緯ですね。   不可分債務の場合にも,例えば請求でも時効でも何でもよいのですけれども,二つに分けなければならないというお考えであるならば,分ける基準は違うのですかという問題になりますし,連帯債務の場合は分けなければならないけれど,不可分債務の場合は分けなくていいんだ,という見解ですと,連帯債務のところは二つに区分,不可分債務のところは一律ということになります。ある場合には催告なり,請求なりに絶対効がある場合があって,ある場合にはないのではないかというふうな意見が出たということをおっしゃっていただいても,概念整理には余り役に立たないのではないかという気がするのですが。 ○中井委員 そういう意味では,不可分債務を二つに区分するという考えが弁護士会にあるわけではありません。 ○岡委員 不可分債務が何なのか,どういうものが不可分債務なのか,そこが分からないので,議論が進まない。預金債務は当然分割になるが,定期貯金はならないとか,債務の準共有との関係はどうなのか。概念整理とおっしゃる事実関係がよく分からないので,余り声高に反対もしないし,これがいいのではないかという意見も言えない。そんな概念整理をされて何がどう変わるんですか,もっと説明してくださいというのが弁護士会の一般的な意見だろうと私は思います。 ○中田分科会長 牛を1頭引き渡す債務を数人が負うというのが不可分債務なんでしょうね。それに対して全員そろってでないと履行できない債務,例えば弦楽四重奏を演奏する債務というのは,不可分債務とは別の概念になるのだろうと思います。ただ,今,出ておりますのは連帯債務と不可分債務の区別の仕方として,給付が可分か不可分かということで単純に整理するということについて,まず,その前提について議論があるということ,それから,連帯債務の中で絶対的効力と相対的効力事由を区別する線引きと,不可分債務における両者の区別の線引きとが同じかどうかという問題,さらに連帯債務の中に真正,不真正というのを観念するとして,不可分債務にも真正不可分債務と不真正不可分債務という区別を設けるのか,設けるとしてその基準は連帯債務の場合と同じかどうかという問題,そういった御指摘が出ているのかと思います。   しかし,仮に同じ相対的効力事由とするのであれば,その後は同じだというのは大体の御意見だったんでしょうか。不可分債務の場合には一部履行というのがあるのかどうか,給付が可分である場合には一部履行があるかもしれませんが,不可分債務ではどうか,そういった違いはあるかもしれませんけれども,大体は今のような整理でよろしいでしょうか。 ○中井委員 道垣内幹事に教えていただきたいのは,そうだとすると,イで提案されているのは不可分債務について連帯債務と同様の規定を適用するとなっています。連帯債務について弁護士会としては区分をしているわけですけれども,部会の資料の方向性としては連帯債務について一つ,つまり,弁護士会で二つに区分しているものを,いずれも相対的効力の一つの基準で解決しようとしているのではないかと思うんですが,それを前提に不可分債務を連帯債務と同様とする提案だと理解しています。道垣内先生は連帯債務について,二つに切り分けたものの存在を仮に認めておられるのだとすれば,不可分債務のイの規定については,どのように理解されることになるんでしょうか。 ○道垣内幹事 連帯債務において仮に相対的効力を原則としたとしても,非常に密接な関係のある二人が共同事業をしており,それで連帯債務を負っているというときに,一方に対して催告をして他方に対してしなかったら,他方については時効が進行するのかというと,それはいかにもおかしいと思うのです。   もちろん,連帯債務とかの性質の問題ではなくて,黙示の代理権授与の問題であるとして処理をすることもできないわけではないんですが,それが仮に不自然だとするならば,一定の内部的な関係があるときには,一方への催告なら催告が双方に対して効力が生じるという類型があることになります。他方で,全く意思的連関がなく連帯債務を負うこともあるわけですから,そうなりますと,自分がその存在すら知らない連帯債務者に対して催告がされたときに,その催告の効力が他方に及ぶというのは,これまたおかしいだろうと思います。そうなりますと,連帯債務の中を二つに分けて,現行法で言えば連帯債務と不真正連帯債務ということになりますけれども,二つに分けるということは納得できるところです。   さて,以上を前提として,それでは給付の目的物が不可分であるときに,一方に対する催告が他方に対する催告にもなる場合はどういう場合なのかを考えてみると,これは連帯債務の場合と同じなのではないか。つまり,それは債務の性質の問題ではなくて,両当事者間の関係の問題だろうと思うのです。そうなりますと,不可分債務において,絶対的効力事由と相対的効力事由とを分けるメルクマールは,連帯債務においてそれを分けるメルクマールと基本的には一致するだろうと思います。そうすると,連帯債務のほうでそのように二つに分ける,ある一定の基準の下に二つに分けるということになったら,そのままの形で不可分債務に持ってこられるだろう。だから,不可分債務のところは連帯債務の規定を準用するということで構わないのだろうと理解しております。 ○中井委員 そうすると,不真正不可分債務もあるのかもしれませんね。 ○道垣内幹事 不真正不可分債務,不真正という言葉を使うというのはよくないと思いますけれども,正にそのとおりだと思います。 ○鹿野幹事 基本的には,先ほど申し上げたとおりで,道垣内幹事がおっしゃることは理解できます。ただ一つ,性質上可分な場合については,可分であるにもかかわらず連帯債務とされるわけで,その原因が当事者の意思に基づくのか,あるいは法律の規定等によるのかという発生原因を捉えて,相互に密接な人的関連があり絶対的効力を正当化できるかの基準とする可能性があるように思います。ところが,不可分債務の場合,不可分債務になる原因は,給付の性質にあるわけですから,それ自体を捉えて相対的効力の例外を認める基準とはできません。その点において違いが出るかもしれないと考えているところです。 ○中田分科会長 大体,御指摘はよろしいでしょうか。どうもありがとうございました。   それでは,次に進みます。続きまして部会資料36の「第1 多数当事者の債権及び債務(保証債務を除く。)」「2 債権者が複数の場合」「(2)不可分債権」の「ウ 不可分債権者の一人について生じた事由の効力」と「(3)連帯債権」の「イ 不可分債権と同様の規定」について御審議いただきます。事務当局から説明していただきます。 ○金関係官 御説明します。部会資料36の36ページから40ページまでを御覧ください。これらの論点につきましても,部会の第43回会議で審議がされ,仮に規定を設ける場合における具体的な規定の在り方等について分科会で審議することとされました。部会では,主に後者の論点についてですけれども,連帯債権と不可分債権とで同様の規定を設けることに賛成する意見や,債権の目的を異にする以上,連帯債権と不可分債権とで全く同様の規定を設けることには賛成しかねるとの意見などがありました。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 債権者が複数の場合についても給付が可分か,不可分かによって,連帯か,不可分かに概念整理をする場合には,可分給付については連帯債権,性質上の不可分給付については不可分債権となります。そのような整理でよいかどうか,また,連帯債権と不可分債権を同じ規律にしてよいかどうかについて御審議をお願いいたします。ただ,実質的にはこの問題は既に連帯債務のところで審議されておりますので,ここでは債権の場合もそれでよいかどうかという点が中心になろうかと思います。よろしくお願いします。  弁護士会は,債権についても債務についても,同じようなスタンスでいらっしゃるということでしょうか。 ○岡委員 よく分からないというスタンスであれば,そのようなところだと思います。 ○中田分科会長 概念整理につきましては,先ほど御議論を頂戴いたしましたので,更に加えて債務ではなくて債権の場合も同じでよいかどうかという辺りですけれども,特にございませんでしょうか。   それでは,次に進ませていただきます。続きまして「第2 保証債務」の「6 連帯保証-連帯保証人に対する履行の請求の効力」について御審議いただきます。事務当局から説明していただきます。 ○金関係官 御説明します。部会資料36の64ページを御覧ください。この論点につきましては,部会の第44回会議で審議がされ,各案の具体的な差異等について分科会で審議することとされました。部会では,丙案の協働関係という基準に代えて,委託の有無という基準を採るべきであるとの意見などがありました。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 連帯保証人に対する履行の請求の効力が主債務者にも及ぶかどうかについて,部会では意見が分かれていました。そこで,絶対的効力事由とする甲案,相対的効力事由とする乙案,協働関係の有無で分ける丙案,この各案についてそれぞれの長短を詰めるというのがここでの課題となります。また,丙案のように区分を設ける規律とする場合には,区分の基準を協働関係とするのか,委託の有無などとするのか,あるいは他にあるのか,そういったことについても御意見を頂ければと思います。 ○高須幹事 弁護士会の中の意見のまず御紹介からでございますが,基本的には絶対的効力事由か,相対的効力事由かのところは,相対的効力事由で考えるべきだという案のほうが弁護士会としては多うございました。私も基本的にはそう思っておりまして,要は履行の請求の効力を保証人に対して履行の請求をしたにもかかわらず,主たる債務者に及ぶというのは,そのほうが使う立場によっては便利なときというのはもちろんあるわけですけれども,法の在り方として考えたときに,基本的にはそれは飽くまで連帯保証人その者に対する履行の請求でしかないのであって,その結果として主たる債務者に対しても自動的に時効が止まるというのは合理的とは必ずしも言えないのではないか。やはり,主たる債務者に対しては別途,時効の中断の措置をとるということを本則とすべきではないかと考えました。   したがって,乙案が基本で,ただ,それを前提とした上で一定の関係がある場合に,それと異なる例外法理を設けることがあり得るかどうかに関しては,もう少し柔軟に考えていいと思っておるんです。つまり,丙-2案的なことはあってもいいと思いますが,まず,原則は相対的効力で,その上でもしかしたらもう少し例外となる類型みたいなものを一部認めてもいいのかどうか,ここはまだ考慮の余地はあるのかな,このように考えております。 ○中田分科会長 今,おっしゃった丙-2案というのは抽象的にはそういうものが考えられるということかもしれませんが,その基準なり,要素なりというのがもしございましたら,御紹介頂けますでしょうか。 ○高須幹事 すみません,私は一応乙案なものですから,丙-2案は難しいだろうと,協働関係というのはかなり難しくて,それに代わる言葉も見付かり難いなというということで,よりいい案が出てくれば,私はあえて反対しないというスタンスは持っているんですが,一般的な要件立てをするのは難しいのではないかと思っております。 ○中井委員 弁護士会の意見は,高須幹事から説明のあったとおりです。前回の部会で,基本的に乙案という考え方は理解できるけれども,協働関係がある場合に常に乙案でいいのかどうか,考えてもいいのではないか。かといって,協働関係という概念については非常に曖昧で,その範囲もはっきりしませんから,協働関係で規律することについては疑問がある。   そこで,前回の部会では委託の有無で分けてはどうかという考え方を示させていただきました。その日にも御批判はありましたけれども,委託があるということでいわゆる絶対的効力を認めるような,つまり,連帯保証人に催告すれば主債務者に効力を認めるような関係が常にあるのかと改めて考えてみますと,典型例は保証会社等なのかもしれませんが,主債務者が保証会社に委託をしたからといって,ここで認められるような協働関係と認めて効力を及ぼしていいのかと考えてみると,それは本来想定している協働関係ではないと思うに至っております。したがって,委託の有無で区別するという考え方は,少し考えものだと思います。そうすると,区別が困難であれば乙案を基本とする考え方でよろしいのではないかと考えております。 ○三上委員 本会議では,基本的に乙案で仕方ないかもしないが,請求に関してだけは丙案でお願いしたいという意見を出したんですが,「協働関係」とか「委託」が難しいということであれば,例えば「当事者間で別途合意した場合は,この限りにあらず」というような,任意規定であることを明確にして,当事者間で絶対効を持たせることに関する合意があった場合にはこれを認めるというのも一つの方法かと考えます。 ○中田分科会長 当事者間でとおっしゃったのは誰と誰の間でしょうか。 ○三上委員 一番典型的なのは主債務者と保証人と債権者の間の合意です。 ○中田分科会長 三者間。 ○三上委員 三者間ないしは最低の場合,時効の中断で不利益を受ける債務者と債権者の間でしょうか。保証人は後で増えることがありますので,保証人に請求したら,その時効中断の効果が及ぶということを不利益を受ける債務者が同意していればいいのではないかと思います。 ○山野目幹事 今,三上委員から示唆に富むお話を頂いたと感じます。私は部会の審議におきましては,乙案を推すということを申し上げさせていただきましたけれども,分科会は,そのように態度の表明を重ねる場所ではありませんから,分科会長が整理されたように,甲・乙・丙の3案を更に検討すべきだということについても同感でございます。   仮に丙案のような発想がうまくいかないと考えたときに,乙案でいくときに三上委員がおっしゃったような当事者の合意によって,例外的に当該事例において請求の絶対的効力が認められるようなことを可能にすべきである,そのことを規律上も明確にすべきであるという御提案も傾聴に値するものであると考えます。分科会長が整理なさったように,多分,そのときに規定を置くことの意味は,債権者と主たる債務者との間の合意によって別異の取扱いをすることができるというのは,別異の取扱いをすることができること自体に意味があるというよりは,誰と誰の合意によって別な取扱いを行うことが可能になるかということを明らかにすることに意味があるものであろうと考えます。主たる債務者と保証人と間という二人のみを取り出すのであれば,しばらく前の別な論点で道垣内幹事がおっしゃったように,黙示の代理権授与というような発想から,実質的に同一のアプローチにたどり着くこともできるものではないかと感じます。そこまでお話を伺っていて感じたことです。   それから,望むらくは,ですが,せっかく技術的な整理をする場面ですから,丙案のような発想をお採りになる方は,協働関係なる概念について,ここで詰め切れないとしても,何かもう少し具体的なアイデアをお持ちでいらっしゃるのであれば,伺って勉強しておきたいとも感じます。保証のところでは委託の有無という少し議論が錯綜する要因がありますが,連帯債務のところでもやはりこのことは宿題になっているものですから,このような機会にそのことについて何かお考えをお持ちであれば聞いておきたいということも,議論を伺っていて感じた次第でございます。 ○沖野幹事 甲案,乙案,丙案ですけれども,保証人が主債務者の知らないうちに立てられる場合があることを考えると,乙案か,丙案かということになるのではないかと思います。もう一つは,しかし,乙案で相対的効力とした場合に,例えば家族で保証人になっているとか,関連する会社で保証人になっているというようなときに,あえて両方を相手にしなければいけないのかということに対し,一定の場合には保証人に対する履行の請求で主債務者に及ぶという場合を認めていいのではないかと考えますと,丙-2案の考え方でいくことになり,協働関係というものをもう少し明らかにしていけないかということで,この実質が保証人に対する請求によって,その旨の伝達が主債務者になされることが期待し得るような関係にあるときという,それを捉え,もし例示ができれば例示を組み合わせて考えてはどうかと思います。   このような定式にしても,確かに曖昧さは払拭できないのですけれども,この規律の中でもう少し余地を認められないだろうかと思います。曖昧だという点につきましても,その曖昧さのリスクをどちらが採るかを考えますと,曖昧な基準なので危ないと思えば,債権者は主たる債務者のほうに対しても個別に請求をするという行動に出るはずです。したがって,全面的にこの要件の下での規律に依拠する必要はなく,ここは,確実にこの要件の下でセーフだという場合が示され,そしてその場合には別個の請求をしなくても救われるということが明らかになる,その程度の要件立てでいいのではないかと考えます。   それから,主債務者との間で合意があるときには,確かに一般論としては主債務者はその分のリスクなりを引き受けていると言えそうではあるのですけれども,他方で合意の内実の問題もありますので,貸付等を受けるときにその部分のリスクは引き受けますということで,十分引き受けていると言えるのだろうか。例えば金融機関の関係の保証会社が保証人になって,主債務者とは余り関係はないのだけれども,条項としてはそういう条項が入っているというようなことが想定されそうで,その条項は不当条項だと言えば別かもしれませんけども,一般論としては本当に合意があればそれでいいとは思うのですけれども,合意でいくと,その合意が内実を伴うものかという効力の問題が生じるような気がいたしまして,だとすると,協働関係のほうをもう少し詰めていくほうがよろしいのではないだろうかと思います。 ○道垣内幹事 沖野幹事がおっしゃったこととほぼ同じなんですが,まず,合意のことについて申しますと,合意はどういう合意なのだろうかということが,今一歩,私にはよく分からなくて,時効の利益はあらかじめ放棄することができないということを前提にしたときに,法律の条文を適用すれば自分に請求されなければ時効が完成しますが,特約によって,別の人に請求していれば時効は完成しませんということを約するのは,時効の利益の放棄に該当しないのかがよく分かりません。その合意の性質というのを更に詰める必要があるのではないかという気がいたします。   しかし,今,私が申し上げたことは余り妥当ではなく,やはり,合意をすればそれは変更できるはずであるといたしましても,そうすると,沖野幹事がおっしゃったことにつながってくるわけであって,結局,保証人だけに履行請求をすれば,主債務者に伝わるような状況が本当に形成されているのかというスクリーニングを経ざるを得ないわけでして,形式的な合意があれば必ず排除できるということにはならない気がします。   そうしたときには,結局,丙-2と同じような検討をしなければならないように私には思えます。「協働関係」という言葉の評判が悪いのですが,この言葉を攻撃しても余り生産的ではなく,どのような言葉を用いましても,結局,その概念というのは何のために使われたのかというと,沖野幹事の御指摘のように,内部的にも一方に対する情報は他方に伝わるだろうし,相手方から見ても当然に一体であると思わせるようなものである,そういう場合には一方に請求したときに,聞いてませんなどと言うことは許されないよねと,そういうふうな状況があるのだということを認定するための議論の場としてのものです。したがって,「協働関係」という四文字の漢字によっては一義的に明らかにならないというのはごく当たり前の話であって,では,「正当の理由」と言えば明らかになるのかというと,同様に明らかになりません。当該概念の目的との関係で,裁判上ないしは実務上議論をして分別を図っていくというほかはないのではなかろうかと思います。しかし,そうは申しましても,沖野幹事が案のような形でおっしゃったところの,「一方に対する履行の請求が他方に当然に伝わるような関係がある場合」と書き下すということに対しても,別に私自体は反対ではありません。 ○三上委員 金融機関が想定しているのは,何度も言っていますように,主債務者が行方不明とか成年後見状態で,主債務者に請求が到達しないという場面です。したがって,請求が伝わるだろうという場面に限定されると,どんな制度を作っても使えない,かつ実際,そういう場面で,この人に通知しておけば,「協働関係」と仮置きでそう呼んでおきますが,協働関係があると判断できるので時効の中断効果が及ぶであろう,というような曖昧な状態で,ひょっとしたら時効が完成したかもしれないというリスクを取らされるというのは,実務的には座りが悪い。むしろ,合意があれば,原則として請求の絶対効が及んでいるのであって,ただ,合意内容が余りに信義則に反する,例えば約款にしれっと入っただけだとか,約款解釈なり当事者間の解釈なりで否定される場合はあるかもしれませんが,原則,契約でうたってあれば,そのとおりの効果は発生するというほうがはるかに実務は安定しますし,実際に必要とされる場面でも使えるのではないかと思います。 ○山野目幹事 部会で,あれは連帯債務のほうであったと記憶していますが,協働関係の概念をめぐる議論をしたときに,私は連帯債務のほうも乙案を推す立場ですから同じことを申し上げましたが,内田委員からお叱りを頂きまして,協働関係のような新しい言葉が出てくると,すぐよく分からないと言って議論をやめようとする傾向があるけれども,それでは立法の議論はできないというお話を頂いたわけでありまして,それはごもっともであると感じますとともに,今,沖野幹事と道垣内幹事が協働関係と言われてきたものを更に精細にしようとして努力して,いろいろお考えをお示しいただいたことも聞いていて,それぞれ説得力を感じました。   議論を伺っていて,私がなお2点申し上げたいと感ずることは,1点目は例示をした上で,協働関係という言葉を使うかどうかはともかくとして,その他何とかというふうな規律の表現ぶりというものはあり得るという御示唆があって,それはあり得ると思いますが,しかし,なお伺っている範囲では,例示に挙げるものは恐らく異論のないものが挙がるとしても,その他何とかの後ろのほうの概念をどうするかは,なお難しいという印象を抱きます。   それからもう一つは,規律の表現の問題ではなくて中身の問題ですが,ここで協働関係が,仮のこの言葉を使いますけれども,あるとされるものとして,どういう方々が具体的にイメージされているであろうかということを考えたときに,何人かの方の御発言に同居者であるとか親族であるとか,破産法の否認のところに出てくるような概念をお使いになっておっしゃったものですが,そういう場合は多分,異論の余地がないとしても,それらしか考えないとすると,かなり狭いですよね。私は最初,この協働関係という言葉を見たときに,もう少し広いのではないかと感じていました。もう少し広いというのはどういうのを言うかということも難しいですが,広いのかもしれないぐらいに思っていました。この中身といいますか,内実のほうについても,まだイメージが一致していない部分があるのかもしれないということも少し気になりました。 ○中田分科会長 これまでのところ,甲案は,本来はそれがいいかもしれないけれども,無理だということで積極的には出てこなくて,乙案か丙案かということでその得失,あるいは新たな基準をお示しいただいております。また新たに,三者か二者かはともかくとして同意なり,合意があるときには別だという御提案を頂いておりますが,三上委員,合意というのは例えば丙-2案を採って,協働関係で区別するという基準に加えて,合意ということもあり得るというお考えでしょうか。 ○三上委員 今の議論を聞いていると,合意があっても実質協働関係がないと否定されるかのようなニュアンスもありましたし,特に保証会社の場合には協働関係がないかのような論調でした。私はそこまで狭く協働関係を考えておりませんし,協働関係の有無が解釈によって後から否定されるのでは実務は安定しないので,合意によって作られた範囲を基準に考えていただきたいと考えています。その中で,余りに協働関係がないような例外値は,一般論で否定されるのはやむを得ないかもしれませんが,法的な安定という意味では,当事者間の合意があれば有効というのが一番明確だということです。 ○山本(敬)幹事 先ほど発言しようと思ったのですが,道垣内幹事がおっしゃってくださったので,それ以上聞かなかったのですけれども,時効利益の放棄をあらかじめすることはできないという規定を改めようという提案は,現時点では出ていないのではないかと思います。ですので,今の御意見の場合,それとの関係で,なぜこれは有効なものとして認められるのかという説明を加えないと難しいのではないかと思いますが,その点についてはどうお考えでしょうか。 ○三上委員 まず第1に,現行法では認められている範囲を維持するだけです。現行法では,請求の絶対効は時効の利益の放棄に当たるというような見方はしてこなかったのではないかと思いますが,今回の改正提案によって,そう見える部分が残っただけと言えるのではないでしょうか。2点目として,もし,これが時効利益の放棄に実質当たるというのであれば,自動継続定期だって時効利益の放棄です。これは例外としても,これぐらい広く同意によって時効利益の放棄と同じようなことが認められるのであれば,実際に時効の中断手続を,関係している当事者に対してとるわけですから,しかも,実質は現行法の維持・延長ですから,時効の利益の放棄で問題と考えられている,公序良俗違反のような状況はないものではないかと思っております。すみません,思い付きの反論です。 ○道垣内幹事 前者は,現在,連帯保証において一方に対して請求したときに絶対的効力が生ずるということを前提にして,それを確認する規定を仮に置いていたときに,時効利益の放棄に当たらないと言われているということにすぎず,相対的効力であるということを原則としたときに,そのまま当てはまるのかというと,そうは言えないのだろうと思います。自動継続定期についての御発言は,何か,江戸の敵を長崎でみたいなところがありますけれども。 ○三上委員 一言だけ。私が言いたかった趣旨は,今,最後におっしゃったところも実はあったと自白しますが,それよりも時効利益の事前放棄は無効というのは,時効制度を実質無効にするような合意は公序良俗に反するという判断が根底にあると思うのですが,現行法で認められている制度だったということは,同じような結果につながることになっても時効の利益を奪っていることにはなっていないと,現行法では判断しているのではないか,うまく私の口では表現できないんですが,今適法と考えられているものが,法律が変わった瞬間からいきなり公序良俗に反する事態になるとは,言えないのではないかという趣旨です。 ○中井委員 私自身が行きつ戻りつの発言になっていますが,三上委員と皆さんのやり取りを聞いて思ったことですけれども,基本的に丙案でも丙-2案が多いんだろうと思います。保証人に言えば主債務者に伝わるような関係を抽象化して要件化するというのが恐らく丙-2案だろうと思います。三上委員がおっしゃられた債権者と主たる債務者との同意があることを要件とするという御提案ですが,銀行が考えられているのは,基本的には委託のある保証について保証人に対する請求をすれば,主たる債務者に対してもオーケーになるようにしてもらうことではないかと思うので,委託のない保証の場面で,銀行がそういうことをすることは少ないと思いますし,委託のない保証の場合に保証人に請求したものまで主債務者に効力を及ぼす,そのことを想定して債権者と主債務者で合意するということまでは考えていないと思います。   行きつ戻りつというのは,三上委員の提案をもう少し要件化するなら,主債務者と保証人との合意があるならば,合意があるというのは委託のある場面を指しているわけですけれども,主債務者と保証人との関係が一定契約関係で強く結ばれているわけですから,確かに主債務者と保証会社の場合を想定すると,結構,希薄な関係であるのかもしれませんが,委託というところで結ばれていることを根拠として,三上さんのおっしゃっていることが達成できると思った次第で,そう考えると,委託のある保証の場面を改めて持ち出すというのも一つの考え方なのかと,行きつ戻りつというのはそういう意味です。 ○沖野幹事 2点うかがいたいことがあります。1点めは,三上委員の御指摘で部会でも明らかにされたところですけれども,実務的に困難な場合があるという点です。主債務者が行方不明の場合ですとか,意思能力を喪失していて家族等が後見人を立ててくれないと。そういうときの困難は一方で分かりますけれども,他方で,例えば意思能力がないというような場合ですと,後見人もいないのに自分にも何らの通知も来ないままで,効果としてこのような大きな効果が生じるというのが果たして適切なのかということで,確かに困難は分かるのですけれども,他方の考慮もあるのではないかと思われまして,どうかということです。   もう一つは,今のお話と関連していると思うのですが,例えば山野目幹事から協働関係ということで想定している広狭が人によってかなり違うのではないか,また三上委員からは保証会社に委託する場合でも,主債務者とは非常に希薄な関係しかないというようなときは,協働関係のない例としてどうも考えられているようだけれども,必ずしもそうではないのではないかという御指摘がありました。そして,委託を基準にするという点で視点は違いますけれども,仮に枠として協働関係というので切るとしたら,そういうものはむしろ協働関係に入れる形で考えてはどうかというのが,中井委員の御提言の中に含まれているように伺いました。違う基準を持ってくるにしても,それは,保証人に対する履行請求による効力が主債務者に及ぶ類型として考えていったらどうかというお考えだと思うのです。そこで,現在の実際についてです。現在は保証会社に対して請求をすれば,当然,主債務者にも連絡がいくようになっている,そういう関係として現在も構築されているのでしょうか。現状の両者の関係の認識といいますか,これについてもしお伺いできればと思います。 ○中田分科会長 2点,御質問があったわけですけれども,1点目は行方不明や意思能力がないというときの困難さは分かるけれども,しかし,だからといって効力をそのまま生じさせてよいのかと。これは恐らく三上委員に対する御質問かと思いますが。 ○沖野幹事 失礼しました。1点目はむしろ意見と考えていただいてよろしいかと思います。 ○中田分科会長 そうですか。第1点は御質問というよりも御意見ですね。分かりました。では,第2点のほうがむしろ御質問でありまして,保証会社に請求した場合に,その後,どうなるのか。御存じの方がいらっしゃいましたら,お教えいただければと思います。 ○三上委員 銀行の関連会社である保証会社は,保証履行して求償していくだけですから,こういう場面で出てくるというのはそれほどはないですが,ゴルフ会員権とかワンルームマンションの分譲業者ないしその関連ファイナンス会社が購入者のローン債務を保証している場合には,購入者が行方不明になったりして払えない,保証会社もまとめて代弁する資力がないので分割して払っていくようなケースで,たまに請求することはあります。この場合でも,主債務者が行方不明になったりしていると,恐らく保証人のほうでも連絡はとれていないし,とっていないんだろうと思います。意思能力がない状態でも,本人の知らないところで時効が中断してというのは,確かに本人のことを考えれば,そのとおりかもしれませんが,大体,そういう場面では期限の利益を喪失させずに,弁済を分割で継続して財産を失わないためにやっている工夫ですので,もしそこが問題だということであれば,清算状態に入らざるを得ないということで,必ずしも主債務者のためになるとは限らないこともあるのではないかということを付け加えておきたいと思います。 ○内田委員 沖野さんからの御質問の点なのですが,請求が中断事由になるというのは訴えの提起ですよね,単なる催告ではなくて。保証会社に対して訴えを提起するというのは普通はないのではないかと思うのです。保証会社が払わないので訴えを提起するというのは。通常は保証会社が払って,後は求償の問題になるのではないかと思います。 ○三上委員 先ほど言いましたように,銀行の関連の保証会社では,内田委員の御指摘のとおりそういうことはありません。ゴルフ会員権の販売会社との間で,請求を立てて即決で和解をして,時効を中断したというケースはあります。 ○金関係官 先ほどの行方不明や意思無能力などの場合についてですけれども,通常は,訴えの提起という方法を採った上で,行方不明の場合には公示送達の制度,意思無能力の場合には特別代理人の制度などを使えば,時効の中断をすることは不可能とまでは言えないと思いますし,困難かどうかという点についても,場合によっては,そこまで困難と言えるのかという見方もあり得るように思いますので,念のため申し上げます。 ○三上委員 それは,是非,成年後見状態の家族を抱えた家庭に向かって聞いていただきたいと思います。 ○中田分科会長 制度的には手当てがあるけれども,実際はなかなか難しいということでしょうか。 ○沖野幹事 繰り返しで申し訳ないんですけれども,保証会社の例ですとか,それ以外の例でも若干の例があるということで三上委員から御指摘いただき,また逆に内田委員からは一番典型的に念頭に置くようなものでは,場面としても想定されないという御指摘だったのですが,いずれであっても,訴えの提起等が,あるいはそれ以前の催告で,ある程度の緩やかな中断効というか,そういうようなものが生じる場合に,訴えの提起までするぐらいだったら主債務者には当然伝わる,行方不明などで伝えようがないという場合は別として,そのような場合は当然伝わるものだということを想定してよろしいのでしょうか。 ○三上委員 ちょっと回答に困るんですが,そういう関係にはあるはずです。保証会社であれ,保証人であれ,本来的には主債務者に求償するはずですから,連絡さえとれれば連絡はとるという関係は少なくともあると思います。 ○道垣内幹事 8の1と密接な関係があるわけですよね。 ○中田分科会長 また,8の1については後ほど御議論いただくことにいたしまして,この論点につきましては,甲・乙・丙案,それぞれ御検討いただきました。新たな基準についての御提言もありました。ほかにもしございませんようでしたら,先に進みたいと思います。よろしいでしょうか。   それでは,続きまして「7 根保証」の「(1)規定の適用範囲の拡大」について御審議いただきます。事務当局から説明していただきます。 ○金関係官 御説明します。部会資料36の66ページを御覧ください。この論点につきましては,部会の第44回会議で審議がされ,各案の具体的な差異等について分科会で審議することとされました。部会では,いわゆる家賃債務保証などの一定の類型に絞って適用範囲を拡大すべきであるとの意見や,家賃債務保証への適用範囲の拡大について賃貸借契約が継続しているのに根保証契約のみが終了するのは妥当でないとしてこれに反対する意見などがありました。また,全ての類型の根保証について極度額の規律に絞って適用範囲を拡大すべきであるとの意見もありました。なお,今申し上げた家賃債務保証というのは,家賃債務のみを主債務とするものという意味ではなく,借家契約上の損害賠償債務なども主債務とするものという意味です。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 根保証の適用範囲の拡大については幾つかの意見が出ています。一つには全ての類型について適用を拡大するという方向があります。この場合,現行法の規律の全ての適用を拡大するのか,それとも,極度額など特定の規律について適用を拡大するのか,後者だとすると,対象となる規律はどのようなものかが検討対象になります。もう一つの方向は,一定の類型の保証に絞って適用範囲を拡大するというものです。この場合にはどのような類型なのか,その場合の規律の中身はどのようなものかが検討対象になります。このほかの方向もあるかもしれませんけれども,特に適用の拡大をすべき規律,保証類型などについて御審議を頂ければと思います。 ○中井委員 根保証に関しては次の8とも関連するのですけれども,根保証にまず限って申し上げると,この規定については基本的に拡大すべきであると考えています。今,御指摘のありました家賃保証に関しては,弁護士会でも意見は分かれております。原則的には家賃保証,賃貸借に関する保証を仮に認めるとしたとしても,根保証に関する規定は適用すべきであるとする意見で,極度額についてはそれほど違和感なく適用してもよいのではないか,皆さんにも御理解いただけるのではないかと思います。期間については賃貸借という性質上,これが継続する,しかも現在の借地借家法では法定更新という制度があるだけに,保証については期間を定め,他方で賃貸借が継続することについていかがなものかという御意見かと思います。   しかし,原則は期間の定めについても,現在の根保証の規定を適用していいのではないかと考えています。仮にその間に問題が発生したときには,問題は顕在化しているわけです。当初期間が円満に継続したということは,少なくとも家賃の支払いは継続していたという事実は存在するわけです。明渡しの関係等についての問題,さらにそこで事故が起こったことの問題等については,期間に関係するわけではありませんが,期間経過したときに,合意で保証契約を締結することが不可能というわけではない。そこは制限しないわけですから,合意を取ることができると考えれば,原則,そこで終えていいのではないか。   その背景としては,仮に賃貸借契約の根保証を認めるとしても,弁護士会のスタンスとしては,居住用建物についての根保証に限って認めると考えておりますので,明渡し等に関して大きな債務がその後に残るということは,それほどないと思っています。建物の中で自殺等が起こった場合の建物減価に対する損害賠償例が少なからずあるようですけれども,そこまでのものをこの保証でカバーすること自体,問題があるというか,それを想定した保証を考えるのは適当ではないと思っています。そういうことを前提に,家賃保証についても一般的規定を及ぼしていいのではないかと考えています。   身元保証については期間の制限があって,かつ責任制限があるわけですけれども,これもどれだけの金額に膨れるか分からないという一つの損害填補も含めた保証ですけれども,極度額規制が及んでもいいのではないか。 ○中田分科会長 根保証を広く一般に適用拡大するという御意見が出ておりますけれども,皆さん,そういうことでよろしいでしょうか。ここは賛成,反対ということもさることながら,問題点を詰めていくというのも課題かと思いますので,お立場はともかくといたしまして,もし,更に注意すべき点などがございましたら,お示しいただければと思いますが。 ○山野目幹事 今,分科会長から問題点の指摘をきちんとしてくださいという御指示がありましたから,それに当たるようなことで,少し感じていたことを申し上げます。分科会長が論点の検討の冒頭で整理なさったように,現行法の根保証の規律を全般にあまねく例外なしに及ぼすという一番広い案のほかに,類型を限って及ぼす,あるいは類型の例外を作るといういき方と,それから,規律の内容,種類について,そこに着目してあるものは拡大するいき方との2方向があると感じます。   その二つの方向のそれぞれについて,私が感じていることを申し上げますと,一定の類型を限って何か特別の規律を設けようということは,あり得ると思いますけれども,併せて二つの種類の心配なことがございます。一つ目は一定の類型なるものが規律の表現として明瞭に疑義のないように書くことができるのかということについて,工夫が求められるであろうと感じます。家賃保証という社会学上の概念で呼ぶことは簡単ですが,経営委託であるとか,地上権の地代であるとか,隣接するような現象に目配りをして疑義が生じないような仕方で法文は書かなければいけないという,ややテクニカルな問題ですけれども,あると思います。   それから,もう一つはより実質的な問題ですが,一定の類型をくくり出したときには,その類型が問題になる政策領域に,一定の内容的な判断を民法の規律が与えるということになるものでありまして,今,挙がっている例で申しますと,住宅政策という局面において家賃の保証人がいるという想定で,住宅の賃貸借は結構されるものですよという示唆になるような規定を民法に置くことということが,本当に安定感のある仕方でできるものであろうかというようなことは,やや気になるところであります。ですから,そのような発想は全部駄目であるということは申し上げませんけれども,注意点を整理するという話でしたから,これらの観点も申し上げておきたいと感じます。   それから,もう一つ,極度額と期間とを分けて規律の内容ごとに拡張し,又は拡張しないというようなこともあり得るというお話で,それはごもっともな考え方ですし,部会で私は極度額,正確に言うと,極度額の定め及びその定めが書面でされることに関しては,規律はあまねく広げるということがあり得るということを確かに申し上げました。あの発言を少し釈明しておきますと,極度額及びその書面性に限れ,と申し上げたものではなくて,少なくとも部会資料に表れている各界から出されているコメントを読む限り,極度額の部分については,現在の規律を拡げて及ぼしてはいけないことの説得力のある意見は,出ていないということには着目しておきたいということを申し上げたものでありまして,基本的な方向としては全部,規律の種類を問わず,拡げるという中井委員がおっしゃった方向が正当なものであろうと感ずるものでございます。 ○岡委員 中井委員も今の山野目先生のあまねく広げるというのも,自然人保証の場合だけですよね。法人にまであまねく広げるという趣旨ではないという理解でよろしいですよね。 ○中田分科会長 それは御発言者に。 ○岡委員 では,ここで中井委員,うなずくと。 ○山野目幹事 うなずきます。 ○中井委員 分科会長が問題点とおっしゃられたことについて,弁護士会で議論したことだけ申し上げておきます。賃貸借については期間について原則どおりでいいのかということについて意見が出ていました。法定更新はこの保証がなくてもできるとすると,法定更新後の状態をどう見るのか。他方で,民法の規定で期間が満了したら原則担保は引き継がないが,借地借家法の判例上,法定更新をしたときには担保は引き継ぐとすれば,そこの整合性については注意しておかなければならないのではないか。その限りにおいて保証の期間が満了すれば,原則終了する,定めがなかったら,3年なら3年で終了する。それは法定更新と時期が重なったとしても,また,法定更新の時期がずれたとしても,保証保護規定が優先することを明確にしておく必要があるのではないかという意見が出ました。   他方で,そうだとすると,その時点で,賃貸人は法定更新ないしで賃貸借契約は継続せざるを得ないけれども,保証人がいなくなるという事態をどう考えるか,一つは保証人がいなくなったことが解除をする正当事由の一つになり得るのか。一般論として,その時点における賃貸人と賃借人との例えば賃料不払いの状況,若しくは少し遅れているような状況がある中で,家主が保証人を合意に基づいて付けてくださいと言ったにもかかわらず,新たに付けなかったような場合に,解除の正当理由の一つ若しくは更新拒絶の正当理由の一つになり得るのか。ここも検討しておく必要があるのではないか。原則的な立場としては,それはならないとは理解をしたいんですけれども,果たしてその理解で大丈夫かという意見があった。その上で,原則適用というのがいいのではないかという結論です。 ○三上委員 個人的には私が言うべき立場ではないと思うのですが,問題点の指摘ということで述べておきますと,貸金等根保証の現行法部分は想定されている債権者が基本的に金融機関だったので,非常に厳しい法律になっています。5年に1度の,しかも決められた条件,期間における保証の継続という管理は,事務的には非常に負担です。かつ,確定事由も,死亡とかが発生したことを知らなくても,その瞬間から確定するという規定になっていて,そういう突き放した論理は,恐らく金融機関が想定されていたからできた話なんだろうと思います。   これを私人間も含めた一般に拡張すると,そこまで厳しいことを要求していいのか,そこまで面倒であれば取引自体をやめるという話も出てくるかもしれませんし,また,こういう落とし穴的な規定で得をするのは,別に契約を理解していないわけでもなく,自分の責任も分かっているけれども,たまたま,相手方の手続疎漏という失点でもって責任を免れた保証人だけではないかと思います。なので,もし,これを一般化するのであれば,こういう点はもう一度,よくこの機会に見直しておかれたほうがいいのではないかという点を問題点として挙げさせていただきます。 ○中田分科会長 家賃債務保証については,部会の参考資料9-2でヒアリングなどの結果が出ています。仮に家賃債務保証にも貸金等根保証の規律を及ぼすということになると,どうなるかについて,今,三上委員,中井委員から御指摘のあったようなことが協会のほうでは指摘されているようです。しかし,その上で,なお,拡張すべきであるというのが弁護士会の御意見であると承りました。また,三上委員からは金融機関での御経験を踏まえて,問題点を御指摘いただいたと理解しております。ほかにいかがでしょうか。   ほかにございませんようでしたら次に進みます。続きまして「8 保証人保護の方策の拡充」について御審議いただきます。「(1)保証契約の締結の制限」「(2)保証契約の締結の制限以外の保証人保護の方策」について,併せて事務当局から説明していただきます。 ○金関係官 御説明します。部会資料36の73ページから77ページまでを御覧ください。この論点につきましては,部会の第44回会議で審議がされ,仮に規定を設ける場合の具体的な規定の在り方等について分科会で審議することとされました。部会では,個人保証を原則として禁止すべきであるとの意見,説明義務や情報提供義務などを明文化すべきであるとの意見,説明義務や情報提供義務などについてはその実効性を慎重に見極めるべきであるとの意見,過大な保証の制限に関する規律を設けるべきであるとの意見などがありました。   なお,この論点については,お手元に分科会資料3を配布しております。これは,日弁連と大阪弁護士会のそれぞれの条文提案を基に,それらを整理する趣旨で作成したものです。少しニュアンスの違いがあるところもありますけれども,議論をするに当たって一つのまとまったものがあったほうがよいのではないかという観点から,作成いたしました。よろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 この点につきましては,部会では様々な御意見がありました。この分科会では(1)(2)を併せまして,更に補充的に審議することが付託されていると思います。本日は日弁連と大阪弁護士会からの具体的な御提案を基にしまして,分科会資料3を用意していただいておりますので,特にこの資料についてはいろいろと御意見を頂戴できればと思います。もちろん,この資料以外にも広く御意見を頂きたいと思います。(1)(2)を特に分けないで御意見を頂きますので,お願いします。 ○中井委員 分科会資料3という形で日弁連の意見若しくは大阪弁護士会の意見を整理していただきありがとうございます。内容説明は既に済ませておりますので,それは省略させていただいた上で,一つ目の経営者保証と第三者保証との切り分けについて,どのような文言を使えばいいのかというのが問題と認識しております。一つの考え方は実質的な要件立てを考えて,当該事業者を実質的に支配するなり,実質的にそこの経営を担う者に保証ができる場合を限るという考え方と,例えば会社で言うならば代表取締役,理事長という権限を外形的に明らかになる者に限って定める,形式的要件とでもいうのでしょうか。方法は二つあるのではないかと考えています。   私としては,実質的な基準で在るべきと思っていますが,そうすると実質的な基準で表現するのは確かに難しいところがある。例えば,ここでは業務を執行する者とされておりますけれども,業務を執行する者となると,平取締役も業務を執行する者で,幅が広くて果たして個人保証するのに適しているのか,弁護士会が考えていたものよりも広くなりすぎるのではないか。そうすると,もう少し限定するという意味では,当該事業者の経営を実質的に支配し,その業務を行っていた者という基準はどうかと思っております。   意見は分かれているんですけれども,形式的基準のほうが,保証の成否に影響するわけですから,いいのではないかというのが比較的多い意見でした。形式的基準ですると,先ほど申し上げました代表権のある者とかいう形がすっきりするだろう。そうすると代表権はないけれども,事実上のオーナーたちはどうなるのか。   これは形式基準だと保証人に足り得ないわけですけれども,金融機関から,そういう方々が保証人にならないと与信ができないとなれば,与信を得るためには,実質的なオーナー,代表権のない前の会長という方々が想定されるかもしれませんけれども,形式的基準を採用すれば,融資を得ようとする者は,その人に形式的基準を得るように動くのではないか,それによって解決するのではないか。そういう考え方から形式的基準でよいのではないかという意見が多うございました。   取りあえずは経営者の範囲に関してのみ,御紹介しておきます。 ○三上委員 基本的にここの部分は全面的に反対する立場で議論を始めさせていただきますけれども,まず,個人保証の原則的禁止の部分です。もし,仮に経営者を外すとしても,経営者の概念は先ほど中井委員がおっしゃったような形式か,実質かという議論はあるかもしれませんが,実務で使えるようにするには,まず,形式的に例えば社長とか会長とか,そういう肩書きがあれば対象になることが基本と考えます。加えて実質的な「経営者」が入るという形が最低条件だろうと思います。その際に,例えば学校法人の理事長だとか,医療法人の理事長だとか,公益法人,中間法人の代表者から,果ては政党の幹事長まできちんと入るような定義ができるのかが問題になると思います。   今,NPOとかNGOとか法人格が与えられる,ないしはぎりぎりで権利能力なき社団ではあるけれども一定の規模で活躍している組織は結構ありまして,そういうところに融資することはありますけれども,そういうところの代表者は自分が「経営者」とは思っていないかもしれないですが,こういう人もそこに当てはまるような定義は考えられるかというと,非常に厳しいのではないかと危惧します。結局,こういう規定ができると融資が受けられなくなって困るのは,そういう人々なのではないかという気もします。そういう意味で,一律禁止を設けるというのは保証人の保護であるような外形を持ちながら,実質,借り手を制限する副作用の懸念もあるということで,こういう経済活動のイノヴェーションを妨げるような提案には全面的に反対したいと思っております。 ○山本(敬)幹事 どう考える可能性があるかという選択肢を少し広げるという意味での情報提供にすぎないのですが,部会資料の後ろのほうに資料を載せていただいていますけれども,ヨーロッパ共通参照枠草案,DCFRは,そこに挙がっていなかったように思います。このDCFRの第4編のパートGに,人的担保についての一連の規定があります。そこでは,原則形態に加えて,第4章に,消費者について特則を置いています。具体的には,消費者が人的担保を提供する,つまり保証人になる場合についての特則が規定されていまして,消費者が保証人である場合に適用されるのですが,例外的にその適用が外れる場合を挙げています。   その一つが債権者も消費者であるときですが,もう一つは実質的な基準を挙げています。これは,第4編パートG第4章の101条2項の(b)でして,主たる債務者が自然人でない場合,つまり法人等の場合で,消費者である担保提供者,つまり保証人が主たる債務者に対してsubstantial influence,つまり実質的な影響を与えることができるときが,除外事由として挙げられています。これは,先ほど中井委員が実質的な基準として挙げられたものにおおむね対応しているものです。ここでは,そのような例があるということだけ申し上げておきます。 ○高須幹事 部会のときも少し指摘させていただいたんですが,日本国内の話でございますが,信用保証協会が平成18年3月31日の日付で第三者保証についての原則的禁止を打ち出しています。このときに例外事由を設けて,一定の場合にはいわゆる経営者保証のようなものはあり得るという例外を設けており,このときの基準も実質的な経営権を有している者など,幾つかの基準を設けています。   先ほど弁護士会のスタンスとして中井先生からお話があったように,私も基本的にはより分かりやすく,より客観的にとは思っておるんですが,ただ,今,三上委員からも御指摘があったように,何でもかんでも禁止みたいな方向へ行かれてしまうと,本来の保証制度のメリットがなくなるという指摘に対しては,やはり,何らかの知恵,工夫を出すことによって,どこかで線を引いて,あり得べき姿の企業経営における保証の在り方みたいなものを考えていくということは,むしろ,必要なことなのではないか,そう考えています。   既に平成18年から5年にわたって,少なくとも信用保証協会における保証実務においては,この在り方がなされてきたということは,やはり,一つの実績になるのではないかと思います。ですから,今後,経営者という概念をどう捉えるかはまだまだ検討の余地があるとは思っておりますけれども,ここでそのことが故に,今度は企業金融が成り立たなくなるみたいな性急な結論を出さずに,先ほど三上委員もぎりぎり動けるラインもあるかもしれないというような御指摘もあったと思うんですが,そのラインを探していくべきではないか。その限りで,今,山本先生から御指摘いただいた比較法や国内での今までの先行している例というものが参考になると思います。 ○岡委員 三上さんの先ほどの議論についての意見なんですが,NPO等の団体に対する貸金についても,本来はその事業の収益性,事業の返済可能性を審査して貸すのが筋であって,個人の保証がないと貸せないというのは,今はそういう意識かもしれませんけれども,保証人の全資産を実質保証として担保に取らなければ貸せないというのは,何か,本来の事業融資と違うのではないかという気が非常にするんです。悪いことをした場合には,不法行為責任でその人の全財産が引当てになるのは当然だと思いますが,事業が事業リスク,大震災等の外的な理由で事業に失敗したときに,貸倒れリスクが生ずるのは当然のことであって,その事業リスクに応じて金利とか,そういうものを考えるのが本来の金融であって,ある特定の個人の全資産が提供されていなければ金融できないというのは,そう必然でもないのではないかと思うんですが,その辺はいかがなんでしょうか。 ○中田分科会長 三上委員にお答えいただく前に中井委員から。 ○中井委員 信用供与ができなくなるのではないかというのが先ほどの三上さんの御意見だったわけです。しかし,高須幹事からもありましたが,現在の金融実務ではいわゆる第三者保証は禁止する流れにあることは事実ですから,直ちに金融実務に影響するとおっしゃる趣旨がよく理解できなかったので,その点をお教えいただければ。   加えて,ここは保証を禁止しているだけであって,いわゆる物的担保の提供については触れていないわけです。保証というのは個人の持っている一般財産全てについて効力が及ぶからこそ問題なのであって,もし,その方に十分な財産があるのであれば,その財産を失うというリスクを承知した上で担保提供するなら,そのこと自体はここでの規制対象に含めていないわけですから,取るべきときにはそれを取って,債務者なり物的担保提供者はそれを十分理解した上で契約を締結する。このほうがよほど正常ではないかと思います。逆に言えば,保証が物的担保以外のところにあるとすれば,収入という限られた財産からの回収を考えることになると思いますが,本来,極度額レベルで言えば1年の年収だって当該本人にとっては大変な金額ですから,それほど大きな与信になることはないと思います。実益の面においてもいささか疑問です。   それに対して,中小企業は会社と個人の財産がきちっと分別管理されていなくて,混同が見られるから,ある意味でそれをきちっとするため,若しくはそれを社会的事実として容認した上で,だから個人保証を取るというけれども,それはむしろ本末転倒した話なのではないか。会社制度,有限責任制度を作っているとすれば,むしろ,それがきちっと機能して逆に,財産の混同があるとすれば,それがないシステムに向かうべき,これは,べき論かもしれませんけれども,ではないかと思います。そこを混同があるから保証で補うという考え方が果たして正常なのか。   さらに,一般的に我々は人に対して決して保証はするなと,恐らく誰しもが言われているのではないか。それを言う社会的事実があるなかで,保証をなお引当てにすることについては疑義があるように思うのです。 ○三上委員 金融検査マニュアルでも中小企業庁の研究会報告でも,経営者保証をやめにしようという発想をしていないのは,やはりそれが必要とされる背景があるからだと思います。   そういう共通理解があるから弁護士会の提案も経営者は外しているのではないのでしょうか。そこでなお,「収益性を見て金を貸すべきであって,保証人を取るのはおかしい」という理想論が出てくるとは思いませんでしたので,当たり前のことを言わせていただきますが,株式会社などの営利企業は収益を上げるための法人組織ですから,その営利性に着目してお金を貸すというのはそのとおりですが,それが学校法人,医療法人など公益法人になってくると収益性が曖昧になってきますし,NPOなどの中間法人とか権利能力なき社団ですと更に分からない。こういうところも社会的に有用な事業をしているわけで,「収益性を見て」と言っていては融資できない場面も出てくると思います。  悲惨な保証人の例だけを並べて考えればそうかもしれませんが,保証というのは非常に安価な担保手段です。誰かが困っていて,金額・極度額を見て,これぐらいだったら私が保証しよう,けど家屋敷に担保を付けられるのは嫌だ,という人は世の中にたくさんいると思います。それを個人保証は法律で禁止されましたので,親子でも夫婦でも駄目である,物上保証をしてもらうか,保証会社を紹介するので保証料を払ってあげてくださいということになると反発を覚える人は結構たくさんいると思うんですよ。   いろいろ現場で融資実務を見ている立場から言いますと,少なくとも銀行がとっている保証で保証履行請求にまでいくのは一部にすぎないのに,一律に禁止してしまうと確実に失われるサムシングがある。その失われるサムシングをよく理解しないままに,安易に全面禁止といった強度の制限は危険だと思います。 ○山野目幹事 分科会の席でございますから,それぞれのお立場のお考えを正確に理解することに精力を割きたいと感じます。差し当たり,今のやり取りで三上委員と,それから,弁護士会,弁護士会と一くくりにできないかもしれませんが,ひとまず,そのお立場それぞれを私は理解したいと感じておりまして,三上委員が非常に熱っぽく語っておられたことは何となく全体は分かりましたが,それは,経営者保証も禁止する,つまり個人保証一般を禁止するという議論と,経営者保証を除いて,しかし,それ以外の個人保証は民法上の規律として禁止するという議論と,どちらに反対しておられるのか,三上委員御自身,それから,その立脚しておられる方面の皆さん方のお考えが,その辺りがどこにあるかということをきちんと聞いておきたいと感じます。   それから,弁護士会のほうは,今,分科会資料でお出しいただいた資料で明らかなとおり,経営者保証については民法上の規律として禁止するということは,当面,提案とはしないというお考えであると見受けますとともに,私の推測が入りますが,恐らく経営者保証はとてもいいもので容認されるべきだというお考えではなくて,将来的にはこれも禁止されるべきであるけれども,当面の立法論議の中でこういう提案をなさっている,だから,岡委員のように収益を見込んだ貸付けが最終的には理念とされるべきであるというお話が出てくるものであろうと感じます。もし,そうだと確認していただけるのであれば,当面は提案されていない理念のところで,熱っぽく議論してもいいのかもしれませんが,それと同時に冷静に議論していただきたい部分があると感ずるものですから,それぞれのお立場について何かコメントがあったらで結構ですけれども,お教えいただきたいと感じます。 ○深山幹事 今の山野目先生の御指摘ないし御質問にも関連する答えになる面があると思うんですが,経営者保証は本当にいいものかどうかという言い方がありましたけれども,いいものかどうかはともかく,弁護士会も含めて個人保証を原則禁止すべきという考え方を前提とする論者の中でも,典型的な経営者のような者については,責任を負わせてもいい場合があるということを否定しない人は少なからずいると思うんです。他方で,そういう規律にしようとすると,経営者をどう切り出すかという技術的な難問にぶつかります。もっとも,保証という制度の中でくくり出そうとするから難しいのであって,先ほど物的担保の話とか,あるいは保証会社の話も出ましたけれども,経営者を連帯債務者にしてしまえば,実質的に経営者保証と同じことになるわけです。   例えば,法人ではあるけれども限りなく個人営業に近いような事業者からの借入れの申込みについて,法人に一応貸すんだけれども法人と一心同体のような代表者個人には当然責任を取ってもらいたいと考えるのであれば,保証人になってくださいと今の実務では言うのでしょうけれども,あなたも債務者になってくださいと言って,それが了解されれば,それはそれで貸すほうにとっても,借りるほうにとっても問題はないんだと思うんです。   元々,保証人の保護の問題が議論されるのは,よく言われるように無償性であったり,情義性であったりというところから出発していて,そういう観点からの保護を考えるのであれば,お互いにそういう配慮が必要のない今のような例であれば,保証人ではなくて正に連帯債務者になればよろしいのではないかと言えます。そうすると,とどのつまり,どういうことになるかというと,個人保証を原則として禁止して経営者だけを例外的に外すとはしなければ,そういう規律になるんだろうと思うんです。   それでも,そういうルールになれば,それなりに実務は回るし,本当に今で言う保証人にとりたい人に対しては,債務者になってくださいという実務になるのだろうと私は想像しています。技術的に困難な,経営者をどう切り出すかという議論をすることなく,全て外してしまえば,そういう悩みはなくなるし,先ほど山本先生が御指摘されたように,本来はそこを目指すべきではないかと思っている人がいて,ただ,いきなりドラスチックな提案はやめておこうという政策的な配慮をしているんだったら,今のような考え方を採れば,そういう悩みもなくなるのではないかと考えております。 ○三上委員 現在の実務でも基本的にはいわゆる経営者等以外の第三者保証はできるだけとらない方向で実務は固まっております。そういう意味で,先ほど言いましたように経営者保証以外の第三者は原則としてやめなさいと言うことでしたら問題なく実務は回ると思います。しかし,それ以外の保証を禁圧するということになるのなら,第1の問題は,「経営者」の定義の中に例えばNPO代表だとか,政党の幹事長だとか,弁護士事務所のパートナーなども含むようなジャストな定義はできるのかという趣旨の反論をしたかったということです。   第一読会のときにも言いましたけれども,会社法の規定が100%ワークしている,つまり,経営者が貸借対照表とか損益計算書とかで粉飾や重要な誤りを犯したらとか,社外流出が異常に多かったということで,即座に対第三者責任が問えるような厳しい規制が成り立っているのであれば,ひょっとしたら経営者保証は要らなかったかもしれない。中小公庫の停止条件付保証の発想はそういうところですね。しかし,その理想が実現する可能性はどれほどあるんだろうか,また会社法規律の厳格適用とか,損害額の推定とか賠償が認められやすくするという発想が正しいのかもよく分かりません。そもそも中小企業の多くは所有と経営の分離というよりは税務メリットを求めて株式会社化しているわけで,本来ならば無限責任の合名会社とか合資会社であるべきものが多いと考えると,経営者保証が会社法の有限責任の否定というのも極論だと思いますし,特に金融円滑化法の現状を見ていますと,経営者にしっかり責任を自覚していただかないとこちらもぎりぎりまで支援できないという限界というところに,この経営者保証の効果の延長みたいなのがあるわけです。   それ以外の部分でも,弁護士会の提案で例外がいろいろ挙がっていますが,夫婦で住宅ローンを借りる場合のペアローンだとか,親子ローンとかは入っていないわけですね。そういったものは先ほどの深山先生のお話ですと,連帯債務にすればいいではないかということかもしれませんが,連帯債務はリスケとか金利変更などの場面では個別の債権ですから管理上,面倒なんですね。たから,例えばアパートローンとか個人ローンに相続が発生して,それを一人の主たる相続人に片寄せする際も,残った部分は連帯債務にするのではなくて,免責的に債務を引受けてもらって,ほかの相続人は連帯保証という形で継続してもらうというのが原則になるわけです。   これは現行の例ですけれども,今後,時代のニーズに合わせて,そういうローンだとか,いろいろな商品が開発されるかもしれないところで,全面的に禁止すると,入口の段階でそういうものはできないということになってしまうわけです。そういった点も考えて,一律に禁止の網を掛けることには,慎重な判断が必要と考えている次第です。 ○道垣内幹事 フィロソフィカルに重要な議論がなされているときに,こういう話をするのは大変恐縮なのですが,連帯債務者にするということの意味がよく分からなくて,例えば貸金の債務者に対して,貸金返還請求訴訟を起こすときには,金銭を貸し渡したという事実を主張立証していくわけですよね。しかるに,連帯債務者にするという合意があれば,あなたは連帯債務者だと言えば訴訟は提起できて成り立つのでしょうか。つまり,そのようなことを言うと,普通の金銭消費貸借のときでも,あなたは債務者であると言えば済みそうなんですけれども。そう考えたときに連帯債務者にする合意というのは,どのようなことを念頭に置いて言われているのかいうのがよく分からなかったんですが,私のいわゆる要件事実的なことに対する無理解から生じているのかもしれませんけれども,ちょっと気になったものですから。 ○山野目幹事 私は内容的に申し上げますと,道垣内幹事が今,おっしゃったことに全面的に賛成です。連帯債務とおっしゃいましたが,それは原因のない債務ではないのでしょうか。ですから,個人保証の禁止の議論が連帯債務で代替可能であるとか,逆にネガティブに言うと連帯債務ですり抜けられる,とかという議論は,おかしいと感じます。その意味で,今,道垣内幹事のおっしゃったとおりであると考えます。   そのことを申し上げた上で,なお,それそのものでありませんけれども,隣接事象として注意しておかなければいけないであろうと思って気になっていることがありまして,例えば経営者保証の場合で言いますと,経営者保証を全面的に禁止してみたとしても,経営者を保証人で泣く借主として貸付をし,その経営者が法人に対して出資をするということで法人に対してお金をつぎ込むというふうに迂回してファイナンスをされることについては止めようがないというか,そちらへの逃避現象を助長するおそれもあるであろうということがあったり,それから,賃貸借の保証は,今,例外になっていますけれども,例えばこういうものだって仮に禁止したときに,娘さんが賃借人になってアパートを借りるときにお父さんの保証を禁止するということをしてみたとしても,そういうことをするのなら,お父さんが借りているということにして,しかし現実には娘さんが住むということをされると,結局,それは先ほどのぐるっと回って迂回して,実質的に同じことをされているのに近づいてきますから,連帯債務それ自体は道垣内幹事がおっしゃったとおりですけれども,それと似たような周辺現象との関係はなお注意しなければいけないと思って,悩んでいるところでございます。 ○深山幹事 道垣内先生,山野目先生が御指摘された連帯債務にするというのはどういうことかということについて言えば,ごく単純でありまして,Aさん,Bさんの二人を債務者としてお金を貸し付けるということで,そういう実務は,先ほどペアローンの例も出ましたけれども,夫婦を最初から連帯債務者にして,お金を貸し付けているということは事実としてもありますし,保証に代わるものとして連帯債務にするといった意味ではなくて,最初から二人あるいは法人とその代表者を借主とする融資ということを観念すればよろしいし,その両者ないし一方を被告にして,原告は被告にいついつ,金幾らを貸し渡したという訴状を書けばよろしいのではないかというのが私の理解です。 ○中田分科会長 今,道垣内幹事から要物性の点はどうなるのか,山野目幹事からは原因がない債務の負担ではないかという御指摘がありましたが,その点はいかがでしょうか。 ○深山幹事 まず,原因という意味では,A,Bの両名に対して融資という契約行為があると理解し,では,金銭をどちらに渡したんだというと,それは観念的な話になりますけれども,両名に渡したと理解することに,それほど私は無理はないのではないかと思っております。 ○岡委員 今の論点については連帯保証にしようが,併存的債務引受けにしようが,実態が保証である場合,Aさんだけが金を使い,Bさんは実質的に情義性で保証しているような実態があれば,表面的に連帯債務であっても保証の規制は私は及ぼすべきであるという意味で,道垣内先生のほうの意見に賛同を覚えました。   それはちょっと置いておいて,先ほどの三上さんの話について反論というか,意見を申し上げたいと思いますが,まず,自分は保証力を持っている,保証人になってやっていろいろ助けてあげたいという人が世の中にかなりいて,こういう個人保証を原則禁止にすると,その人たちが怒り狂うのではないかというような御趣旨の話がありましたが,私はそんなような事実認識は持っておりません。   それから,弁護士会の意見について保証人保護の面ばかりを見ているのではないか,あるいは情緒的に悲惨な事態に目を奪われすぎているのではないかということについてですが,そういうことではない意見を申し上げようと弁護士会でも議論をしております。そのために安価な金融が実現されて,リスクも顕現しないような保証が90%あるのは事実で,うまくいっている保証があるのは事実だと思います。それがどの程度の意味があるのだろうと。そこが経済学的に言っても,大した意味がないのではないか,三上さんも部会のときにおっしゃいましたように,リスクが顕現化した場合に保証人から回収をしようなんて思っていないと。中小企業で財産を混同している悪い経営者につき大した調査もせず,奪いに行けるという力とか,自分の全財産が懸かっているから真面目にやるだろうとか,そういう観点から保証を利用しているだけではないか。   保証の持つ財産回収機能を金融機関は重視しているのではなく,一生懸命やるだろう,全財産・収入が懸かっているから,その恐怖感で頑張るだろう,そういうモニタリング機能といいますか,そういうのを利用されているのではないか。そうだとすると,それはかなり前近代的な純日本的なもので,それはやめて,もう少し貸金業の本来に戻れば,そういうのがなくたってやっていけるではないかという気がするんです。   財産回収行為に限れば,中井さんが言ったように物的担保を取ればいいわけですので,物的担保ではなく自然人の全面保証をとる政策的意味というか,経済学的意味というか,それを分からない割に弁護士会として一生懸命考えて,それはそれほど大きくないのではないかというのが,今のところの結論で申し上げているつもりでございます。   それから,最後に将来的にいろいろな金融商品の開発だとか,そういうのが出てきたときに,こういう全面禁止では非常に窮屈ではないかということがございました。ただ,ここで言っているのは本人には何の経済的利益,本来の主債務についての利益が本人には何もいかない,主債務のほうに何かあった場合には全財産を懸ける,そういうリスクのある契約を禁止するということですので,それは禁止しても,これから現れてくるいろいろな商品開発に,それほど大きな影響力はないというか,むしろ,それは駄目ですよという前提の下でいろいろな開発がされて,前提がはっきりするのではないかと,そういう印象を受けます。 ○中田分科会長 ただいま,非常に基本的な議論をしていただいておりまして,取り分け分科会資料3の「第1 個人保証の原則的無効」に議論が集中しております。ただ,弁護士会から御提出いただいている意見には,それ以降もございまして,保証債務の減免ですとか,説明義務等々もありますので,これらの各論的な部分についても御意見を頂ければと思います。あるいは第1につきましても,例外として(3)のアからエまでがありますけれども,その中の賃借人の保証については御意見が出ておりますが,それ以外については必ずしもまだ出ておりません。これらの各論的な部分についての御意見も頂きたいと思います。ただ,その前に高須幹事の挙手がありましたのでお願いします。 ○高須幹事 申し訳ありません。時機を失したかもしれませんが,分科会での議論なのでできるだけ客観的な資料等を踏まえて,本来,こういうことのようだということを詰めていきたいと思っております。それで,これから御紹介するのは平成23年4月の資料でございますが,つまり,昨年の4月に経済産業省中小企業庁のある部局で作られた中小企業の再生を促す個人保証等の在り方研究会というところの報告資料がございます。   この報告資料の中に,いわゆる政府系金融機関の中で第三者保証を例外的にとる場合がある。この第三者保証を例外的にとる場合というのは,先ほど保証協会の例で十分説明できなかったのですが,自発的に第三者の援助の申出があるような場合などで,保証協会などもそうしておるようです。そういう例に当てはまるものとして,第三者が積極的に協力を申し出て保証人になった,第三者保証をとりましたという数字が統計的にどれくらいあるかというのがこの報告書に出ております。日本政策金融公庫に関しては0%と,1件もないと。それから,商工組合中央金庫,これは資料では0.09%,それから,信用保証協会が0.12%と。したがって,100件に1件ぐらいのケースとしては積極的な援助の申出があって保証してもらいましたというケースはあると。   ところが,反対の数字というのをここで統計的に示すことは資料がないのでできないのですが,むしろ,不本意な第三者保証をして,その後,返済に窮しているというケースは,情義性等に基づくような保証のケースとして,多分,100件に1件では済まないのだろうと思っております。これは経験的に裁判等で日々,担当しているなかでの実感です。そうなると,第三者保証の在り方をめぐって,法律でどのようなルールを立てるかというときには,どういうケースが問題となっているかということを想定して,それを冷静に判断して対応していくということは大切なんだろうと思います。確かに経済的な面を決して忘れてはならないとは思いますが,今のように自発的に協力してやってもいいという人の善意の声をどうするんだという,そこの部分はどの程度の大きさなのかということも一つの物差しにして判断したらいいのではないかと,このように思っています。このようなケースよりも情義によって不本意な保証をして問題化するケースの方が数としては多い,この事実を重視すべきと思っています。すみません,時宜に遅れました。 ○中田分科会長 今,100件に1件とおっしゃった。1,000件に1件。 ○高須幹事 1,000件に1件です。訂正します。申し訳ありません。本当に少ない件数ですので,間違ってしまいました。 ○山本(敬)幹事 時宜に遅れていると言われればそれまでなのですけれども,私も各論の議論をすべきだと思っていますが,次の議論のために総論で整理をしておくべきだろうという観点からの発言と思っていただければと思います。  保証についての規制を行う点について,弁護士会の御提案は,個人保証は原則として無効であるという一番ハードなタイプの規制を提案しておられます。何らかの救済なり,保護策なりを採るべきであるという提案はほかにもあり得ますけれども,ここまでハードなものを出すとしますと,その理由は何かということを整理した上で議論すべきだろうと思います。   無償契約自体は法的に効力が認められるし,リスクの高い契約といっても,それだけの理由では無効にならない。そのような中で,個人が保証するという契約がなぜ原則として無効とされなければならないのか。それも,包括根保証ではなくて,保証一般についてそこまでの強い規制を掛ける理由は一体どこにあるのかという点を分かりやすく整理をしていただければ,合理的な議論ができるようになるのではないかと思います。 ○佐藤関係官 今の点につきまして, 原則的に無効とするか否か,この点は,分科会の議論と認識した上で,その賛否は取りあえず留保しておくとしまして,テクニカルな点でコメントがございます。先ほど高須幹事からもお話がありました信用保証協会における第三者保証人の徴求の例外のケースとしまして,例えば実質的な経営権を有している者ですとか,あるいは営業許可の名義人又は経営者本人の配偶者,ただし,この配偶者は当該事業に従事している配偶者に限るとされておりますが,あるいは経営上の理由のために何がしかの事業承継予定者,要するに二代目の方がいるような場合,または保証人の方から積極的に申し出があったような場合は, 保証人徴求を認める例外に該当するケースであると明記されております。   そうやって考えてみましたときに,平成18年以降,先ほど高須幹事のお話にもありました,こういう一定のデフォルトルールといいましょうか,実務上一定の役割を果たしているケースがあるとするならば,規定を設けるとした場合, 形式要件だけで本当に足りるのかな,特に実質的な経営権とか,あるいは事業承継予定者というようなことについて形式要件だけで全て規律できるのだろうかと思います。何か規律を設けるならば,形式要件と実質要件のハイブリッド的といいましょうか,そういう規律の在り方が考えられるのかなと思っております。具体的な提案がなくて恐縮なんですが,何がしかの実質的な観点が, 規律を設けるならば必要ではないかと考えます。   もう一つ,経営者に対して保証を求めるということにつきまして,いろいろな実務家から話を聞いてみますと,経営者に対して経営上の規律を求めることが重要であり,実際にお金を取るということのみならず,きちんと規律を持って経営してくださいということを確保するという点で,経営者に保証を求めることが実務において極めて重要であると,実務家の方からはそういう意見を多く伺います。   あと,最後に一点だけ,参考程度の話ですが,先ほど高須幹事からお話がございました政策金融機関において第三者保証人のケースが非常に少ないというお話がございました。ただ,政策金融公庫などにおきましては,第三者保証人不要制度という制度を設けておりまして,その場合は通常の利率よりも貸付利率が若干高くなる,要するにデフォルトリスクがあるので,その分は利率が高くなるという現実もございます。確か現在もやっていたと思いますが,利率が高くなった分について, その一部を政府から財政的な支援をするという,それで許容可能な範囲に利率を収めているという現実もございまして,なかなか,あちらを押せば,こちらが出るというように, 非常に難しいところであると思っております。 ○三上委員 個人保証の一律無効を前提とすると,現場の感覚として,この人が経営者に当たるか当たらないかの判断が曖昧だったら無効になるリスクを抱えることになります。責任が縮減するというのであれば,リスクを取る判断もあると思いますが,ゼロになるんだったら,やめようかという話も出てくるという意味で,一定の萎縮効果はあると思います。   それから,私が先ほど挙げたペアローンとか親子ローンというのは,対象が明らかなひも付きの,金額も明確なローンであって,根保証ではありません。それにもかかわらず,それも一律に禁止するというほどのリスクはどこにあるんだろうかと。保証といえばなにか全財産を取られるかのような条件反射があるのですが,少なくともペアローンとか夫婦ローンは全財産を取られるほどの金額ではないのではないかと私は思うわけです。もし,そういうことも含めて個人の生活がうんぬんということであれば,本会議の議論でも言いましたけれども,貸金業法と同じように年収の何倍までしか保証してはいけないとか,そういう規律を民法の外側でも受けるべきであって,私法の世界で,これまで有効に活用されていたものを例外を除いて一律に全部禁止するというのは,非常に危険な議論と思います。 ○中田分科会長 もちろん,総論でも結構ですので,どうぞ。 ○岡委員 日弁連の意見は今の原則禁止でございます。ただ,これはオール・オア・ナッシングではなく,これが第1提案で,この提案の中には特定のものだけを禁止すると,こういう提案も予備的請求としては入っておりまして,日弁連の意見書には書いておりませんが,大阪弁護士会の意見にはそれが書かれております。個人を保証人とするもので,経営に係る第三者保証,それから,貸金業者,サラ金業者等の個人保証など社会的弊害がかなり目立つものを個別列挙して禁止をするという意見です。 ○中井委員 先ほど山本幹事から保証を原則無効とするなら,それなりに論的根拠を詰めておくべきではないかと。これはむしろ,是非,山本先生からも教えていただきたいと思います。弁護士会が素直に理解をしているのは,無償行為,典型は贈与が無効でないことは十分理解するところです。財産のある者が自らその財産を対価なくして他人にあげる。そのような行為について無効という主張は全くないわけで,保証は,それと同じような形で無償行為が許されるからいいのではないかというふうなことだとすれば,それは基本的に違うと思っているわけです。   全く対価なく保証するということは,今まで言われている様々な要因があるわけですが,そこで顕在化するのは,将来どこかの時点で,それが極めて予測が困難だし,保証するときに,それを身をもって認識できないのが普通ではないか。財産を贈与するなら積極的に1,000万円を人にやる,家を人にやる。これは十分認識して,確定的な意思に基づいてその行為をするのだろうと思いますけれども,保証は1,000万,1億円を保証するということが果たして今の贈与と同じようなレベルで認識できているのでしょうか。その極めて大きなリスクを正確に認識しないまま,一般に行われているものだとすれば,それをまず原則,一律的に無効としておくほうが正当ではないか。   また,個人と法人とで明確に切り分けているわけです。法人が営利の事業として保証するのは保証料を取ることによって,全体のリスクの発生する割合を考えて計算の下に成り立っているわけでしょうけれども,個人がそのような形で保証している事例はない。韓国の最近できた保証に関する特別の保護法の一番最初の目的のところにも,韓国の人情と日本の人情が全く一緒かどうかは分かりませんけれども,情義性に基づいて行われることの危険性を最初の条文でうたっているように聞いております。それは基本的にはこのような法律行為の無効を根拠付けるものではないかと思っているわけです。   とはいえ,御指摘のように保証が保証として経済活動において重要な役割を果たしてきた歴史を弁護士会も無視するわけでは決してない。だからこそ,保証が世の役に立っている限りにおいては,全面禁止は適当でないと考えているわけです。そこで世の役に立っているものは何かというのを的確に抽出することができないかと苦労しているわけです。その代表例として事業者が借りる,取り分け中小企業が典型例ですけれども,第三者保証は禁止するけれども,経営者保証は,私が申し上げたような問題はあるものの,これまでの歴史,社会的有用性を考えて存続させる。   経営者保証については経営に対する規律付けができる,経営者のモラルを確保することができる,だから,一定の合理性があると言われておりますけれども,これは弁護士会も否定するものではありません。そういう意味で,経営者保証は残した上で,その限界付けを分科会で定義付けて,今,三上さんがおっしゃったように限界事例が明確になるように,金融機関もこの保証は確実だと理解できるような形で,是非,実現できるように前向きな議論をしていただきたいと思っております。   そういう意味で,先ほど佐藤関係官からハイブリッド型という御提案がありました。弁護士会も一つは実質基準で,実質当該事業を支配している,当該事業を実質経営している者という実質基準の規律と,他方で形式基準,代表者である,取締役である等の基準の両方の考え方を議論しておりましたけれども,形式基準を例示として,その後ろに実質的基準を定めることによって,その範囲が明らかになるのであれば,そういう規律の仕方も検討していただきたいと思います。   また,金融機関にとって実質基準が入ることによるリスクが果たしてそれほど大きいのか。それは金融機関と一般の取引先である借主,中小企業者なり,資金需要しているところとの関係を考えれば,金融機関が貸付をするのに,サラ金業者が個人に信用を与えるのとは全く違って,その資金の使途はもちろん,会社の組織や決算内容等については当然,必要な情報を集めているはずであって,そこの経営の在り方,誰がそこで事実上,経営の支配をしているのかということについてのモニタリング,調査をしており,状況把握についてはそれほど困難ではないと思います。それをしないで貸している,それをしないで保証をとっていると言えば,そんな保証はそれこそ先ほどの原則に照らして保護するに値しない,無効であって構わないのではないかと思います。   原則禁止としながらも例外を認めなければいけないものとして,日弁連ないし大阪弁護士会で考えていたことが今日の分科会資料に挙げていただいています。果たしてこれを例外としていいのかどうかについては,弁護士会内部でも意見が分かれています。賃貸借に関する保証,病気療養,入院するときの保証,最近,老健施設や介護施設に入るときの保証,さらに修習生も含めてですけれども,奨学金や貸与金に対する保証等が使われている。それらに対してどう評価するのか。   賃貸借保証については,それをすることによって安価に借りることができる,居住用住宅を得ることができる,保証がなかった高齢者若しくは独り者は,なかなか住宅を確保できないのではないか。保証によってそれが供給できるとすれば,社会的意義があるのではないか。こういうところから例外的に認める意見を弁護士会でも容認したわけですけれども,これについて本当にそうなのかということは,私としては疑問に思っています。今日の経済情勢の中で,住宅供給が過多になっている,借手有利な時代になっているわけで,その中でなお保証制度を残さなければ,本当に住宅供給が促進されないのかという事実認識については,慎重に考える必要があると思っています。   次の病院や高齢者の施設について,現実に保証を得ることによって,おじいちゃん,おばあちゃんが安心して施設に入れている,安心して治療を受けているという,そういう社会的事実もあるのかもしれませんけれども,その関係は果たして法的に見てというか,これは理想論かもしれませんけれども,正しい姿なのだろうか。本来,必要な療養を受けられる人にとっては,必要な療養をするというのが医療法の世界の話のはずで,社会保障の分野においても同じような考え方が妥当するのではないか。それを保証という制度によって成り立たせていること自体,果たして正当化できるのだろうか。   消費者保護委員会からの報告では,奈良県の伊賀,名張市というところで,行政全体が保証をなくして,それらのサービス,便益が受けられる社会にしようということを町の方針として打ち立てているようです。これは極めて正当な方向ではないかと思います。保証なくして入院できる,保証なくして高齢者は安心して社会保障施設に入れる。むしろ,それを原則とすることによって保証がなくてもそういうサービス提供が受けられる。社会政策の問題かもしれませんけれども,民法レベルの問題としても保証の問題性を考えれば,十分,あり得る選択なのではないかと思っています。   と思いながらも,大阪弁護士会は果たしてそれでいいのだろうか,提案書の中ではマルペケを付けて,ここまではペケになるけれども,果たしてそれで社会は容認するだろうかと問題提起をさせていただいています。ただ,ここに書いているのも極めて限定をしています。医療や高齢者の施設入居,こういう限定列挙ですると,そのほかの例外もあることが予想されます。とすると,これらを例外として認めるとしても,その定義付けについては更に考える必要があるのではないか。一般的に定義付けるなら,こういう生活に必要不可欠な便益を受けるために生じる債務,こういう債務についての保証を例外的に認めるということなのかと思います。   これら例外については,金銭消費貸借の個別貸付のような限度がありませんので,先ほど言った根保証の規律を及ぼして,極度額と期間において限定を加えるなどの手当てをすることが必要だと考えています。 ○筒井幹事 少し議論を整理したいと思います。最終的に中間試案に何を盛り込むかを見通しながら,現実的な合意形成の可能性を考えていく必要があるのではないかと思います。まず1点目に,経営者保証をどうするのかという点です。経営者保証の意義や弊害について,本質的にどう見るのか,どう評価するのかという議論は,まだまだ尽きないとは思いますが,一つの現実的な提案として,経営者保証については個人保証の原則禁止の例外としようという提案が出ていることを踏まえて,今後の議論の対象としてはこの辺りを出発点にしてよいのではないかと思います。   その上で,日弁連からの提案は,経営者保証をどのように定義するかという点でなおも問題があって,先ほど中井委員から建設的な提案があったところについて,更に議論を深めていく必要があると思いますけれども,しかし,今回の改正において経営者保証を全面的に禁止するところまでは議論の対象とはしないこととを前提に,その範囲内で議論を深めることとしてはいかがかということをお諮りしたいと思います。   もっとも,この経営者保証の関係で,日弁連の提案は,原則的な禁止の対象とはしないとしつつ,分科会資料3で言えば「第2 保証債務の減免」で取り上げている責任制限ルールの対象としているわけです。経営者保証については原則的な禁止の対象とはしないとしつつ,このルールをかぶせたときに,経営者保証がどういった機能を果たすことになるのか,ならないのかといった辺りは,深めておく必要があるのではないかと考えます。   以上が1点目でございます。   もう一つが,原則的禁止,原則的無効の例外として個別列挙されているものの取扱いであります。分科会資料3で言えば,第1の2の(3)辺りに関わる問題です。これについても,先ほど中井委員から御指摘がありましたが,包括的に規制の網をかぶせた上で,現時点では具体的な必要があって残さざるを得ない類型の保証を個別的に列挙して法定するというアプローチで,今後の立法作業を進めていくということに対して,私は極めて困難を感じております。中井委員からは,もう少し抽象的な概念で包摂することができないかといった前向きな提案も頂きましたけれども,そういった工夫をしたとしてもなお,困難は尽きないと思います。   原則禁止というアプローチをとるとしても,その原則禁止の対象をもっと絞り込む必要があるのではないかと思います。現在,どのような取引で問題が生じているのかというところから議論を始めるのではなく,およそ全ての個人保証を包括的に禁止した上で,必要な類型の保証を拾っていくというアプローチは,今回の改正の中で現実的に成果を得ることが極めて困難ではないかと思います。そうだとした場合に,原則禁止の対象として何があり得るのかといえば,従来から議論されてきたのはやはり融資に関する保証ではないかと思います。個人保証の原則禁止の対象としては,融資に関する個人保証に絞り込んだ上で議論を深めるべきではないかという問題提起を私はしたいと思います。   更に言えば,問題とすべきは事業者向けの融資の保証ではないのでしょうか。そうだとすると,この分科会資料3の第1の2(3)のうちエも外れると思います。ですから,ここに例外として個別列挙すべき例として挙がっているものは,そもそも原則的無効の対象とはしないことになるわけです。その上で,事業者向けの融資について経営者保証以外は原則的に禁止するという規律の当否,そしてその場合の経営者保証について「第2 保証債務の減免」のような責任制限のスキームを入れるのかどうかといった辺りを,今後の現実的な議論の対象としていってはいかがかと思います。 ○中田分科会長 今,議論の考え方の整理をしていただいたわけですが,この点を含めていかがでしょうか。 ○岡崎幹事 今の筒井幹事の御意見に賛成します。私自身は個人保証に関する論点については,審議での多数意見に従うというスタンスでおり,結論について強い意見を持っているわけではありませんけれども,現実的な着地点を考えていく必要があるということについては,筒井幹事のおっしゃるとおりですし,また,先ほど山本敬三幹事がおっしゃった理論的なアプローチにも賛成します。   そして,筒井幹事のおっしゃったことと山本幹事のおっしゃったことを合わせますと,まず,禁止の対象としようとするものについて,それをどういう実質的考慮から無効にするのかを確認する必要があります。例えば先ほど中井委員がおっしゃったように,贈与などと違ってリスクが読めないという特殊性があることを理由にするのであれば,リスクが読めるものについては無効にする理由がないことになりますので,どういう類型について,どのような読めないリスクがあるかを分析する必要があります。次に,ほかの無効原因と比較したときに,それを無効とすることが説明可能かという観点からも対象を絞り込み,その上で,無効とすることに反対する立場の方から見て,それを無効とすると実務的に耐えられないのかを検討する,というアプローチが考えられると思いながら,議論を伺っておりました。 ○鹿野幹事 私も,結論から言いますと,保証につき原則禁止というか,原則的に無効とすることについては,違和感を持っております。特に弁護士会から指摘されているところの保証にまつわる様々な問題点については,多少なりとも認識しているつもりですが,その問題点というのは,飽くまでも従来の保証の規律を前提として生じてきたものではないかと思います。   先ほど山本敬三幹事から,特に無償契約が許されるのに対して,なぜ,保証だけが許されず,無効とされることになるのかという指摘があり,それに対して,確か中井委員から,贈与というのは積極的に財産を有する者が自覚的に処分をするものであるのに対して,保証の場合には,そもそも自分の負担するところのリスクについての十分な認識が欠けているという点,また,それとも関連して,課題な負担を負うことになる危険性が高いという点が指摘されました。   そうであれば,基本的には,この二つの問題点を解消すること,つまりまず,リスクの認識を確保させ,それを前提として保証契約の成立ないし有効性を認めていくことをまず図るべきで,それから,もう1点としては,過大な保証をどのような形で制限していくかを考えるべきだろうと思います。その上で,その保証一般についてのそのような規律をもってしても,余りにも危険が大きするという場合ないし類型があるとすると,それにつき禁止とすることはあり得るかもしれませんが,それを横に置いておいて,全面禁止ということから出発するのは適切ではないと思います。 ○中井委員 この分科会で結論まで出すわけでは決してないと思うんですが,差し当たって先ほど筒井幹事から具体的なこれからの検討の方向について御提案がありました。岡崎幹事もそれに異論がないということですので,まずはそこから検討を進めることについて,私も異存はありません。弁護士会としては原則禁止で,例外をどのように抽出するかというスタンスで,まずは提案をしておりますけれども,その議論をここで長く続けるよりは,どこを禁止するのかということについて,ここでコンセンサスが得られるのであれば,それは大変重要なことだと思いますので,是非,そちらに議論を進めていただきたい。   そこで,重ねてになりますけれども,事業者に対する貸金,与信について第三者保証を禁止する,経営者保証は認めるというのが一つ,それについてコンセンサスが得られるのか。二つは事業者の消費者に対する与信,これは銀行であったり,信販会社であったり,様々あると思いますが,そういう消費者に対する与信について,個人が保証することの禁止,この後者はかねてから日弁連が消費者保護法案という形で具体的提案を決議していますが,そこでは消費者信用に限って個人保証の禁止を提案しております。その二つ目について,ここでも皆さんの御理解が得られるのか。   今,鹿野幹事から説明していただいた理論的な裏付けという関係で言うならば,一つ目の事業者に対する与信の第三者保証については,保証の問題点が如実に出ているというところで正当化できると思っています。消費者信用についての個人保証については額自体は大きくないにしても,本来的に消費者金融というのは,消費者の収入に依存した金融であるべきだという建前があると思います。そこに対して他人の一般財産を引当てにした与信というのが果たして適切なのか,政策的なことですけれども,更に加わるのではないか。その上で,いわゆる保証一般の予見できないということ,消費者ですので,過大になりかねないというところが裏付けになって,禁止対象になっていいのではないかと思っています。この二点についてコンセンサスが得られるのかは,是非,確認をしていただきたいと思います。 ○中田分科会長 まず,筒井幹事からお示し頂いた経営者保証は原則禁止の例外とするという点について,これを出発点とすることは弁護士会としても,あるいは中井委員個人としてはよろしいだろうと伺いました。その後,消費者に対する貸付けという話がありますが,第2点は後にいたしまして,経営者保証については全面禁止としないということはいかがでしょうか。もちろん,定義の問題は更に考える必要がございますけれども,もし御異論がございませんようでしたら,取りあえず,本日,ここで一つの方向として出てきたということで取りまとめさせていただきたいと思いますが。 ○岡委員 すみません,今のおまとめは経営者以外の第三者による事業者債務の保証は禁止するというところまで含む整理と理解していいんでしょうか。 ○中田分科会長 それは原則禁止というルールが前提になっているんだとすると,そこまでは一致ができていなくて,少なくとも経営者保証については禁止とはしないという,そこが最低限といいますか,最大公約数か。 ○岡委員 そこにとどまるんですか。 ○金関係官 岡委員は,経営者以外の第三者による保証を積極的に禁止することを論点とすべきだとおっしゃっているようにも思いますけれども…… ○岡委員 論点というか,今の整理がそこまで含むのか,含まないのかを確認させていただきたい。筒井さんの先ほどのお話は,事業者債務の経営者以外の第三者保証は禁止するというコンセンサスが得られそうではないかと聞いたものですから。 ○筒井幹事 どこまでコンセンサスがあると見るかは,まだまだ不透明だとは思うのですが,先ほど申し上げた範囲であれば現実的な検討課題となり得るのではないかというのが,私の現状認識です。 ○中田分科会長 筒井幹事の当初の御発言は,そういうお考えと理解してよろしいでしょうか。 ○筒井幹事 原則という言葉を使ったのが紛らわしかったかもしれませんが,今後,何を対象として個人保証の原則禁止の当否を検討していくのかが問題となっていると思います。私が現時点における議論の整理として御提案したのは,対象範囲を事業者向けの融資についての個人の保証に絞り込んだ上で,そのうち経営者保証を除外したものを,個人保証を禁止するかどうかの今後の検討対象とするということです。この範囲であれば,今後,現実的に議論を深めていく対象とし得るのではないかと提案したつもりでございます。 ○中田分科会長 私の言い方が不正確だったかと思います。今の点も含めまして更に御審議を頂きたいと思いますが,ここで休憩を取りたいと思います。           (休     憩) ○中田分科会長 それでは,そろそろ再開したいと思います。   休憩前に御議論いただきましたことを整理しますと,筒井幹事から御提示いただきました案は次のようなものだと思います。事業者向け融資については個人保証は原則として無効とする,しかし,経営者保証については無効とはしない。ここが一番確定的な部分で,これについてまずこの分科会でコンセンサスが得られるかどうかです。   さらにそこからどこまで広がるかですけれども,次に岡委員などから御指摘のありました消費者向け融資について,個人保証を無効とするかどうかという点,これについてコンセンサスが得られるか,あるいは今後の検討課題になるかというのが次だと思います。それから,さらに事業者向け融資について貸付金以外の債権,例えば商取引による債権についての保証も無効にするのかしないのか。その点についてはまだ出ていませんでしたので,そこは先ほどのコンセンサス対象の外だと思いますが,それをどう検討するか。さらにもう一つございまして,事業者向け融資についての個人保証との関係ですが,分科会資料3の「第2 保証債務の減免」というのが更にかかってくるのか,あるいは「第6 比例原則(過大な保証の禁止)」についてどう考えるのか。この最後の点については先ほど鹿野幹事からも御指摘のあったところだと思います。これらのことについて,まず,どこまでここで合意できるのかということを固めた上で,さらに検討課題とすべきものは何かを整理できればと思います。   一番最初の事業者向け融資については,個人保証は原則無効だけれども,経営者保証については無効としないと。ここは御了解が得られたということでよろしいでしょうか。 ○三上委員 確認ですけれども,先ほども言いましたように経営者の範囲についての定義がきちんとされることが前提となります。また,事業者向けローンとおっしゃいましたけれども,これは法人と異なる概念としての事業者を挙げられているという理解でよろしいのか。そうした場合に対象は事業者なのに,保証は消費者ではなくて個人ということでよろしいんでしょうか。例えば権利能力なき社団は民法上は個人ですが,これは事業者なのか,個人なのか,それから,個人商店のように営業性個人というものがあります。これは個人だから事業上に関係する必要な保証でもできない,こういう発想でいいのかという論点はあるのではないかなと思います。 ○中田分科会長 そうしますと,三上委員として主債務者について更に明確にすべきだということでしょうか。 ○三上委員 事業者向けのローンの消費者の保証というくくりが一つ考えられます。法人向けのローンの個人の保証を対象とするというのも一つと考えられます。私としては,個人事業者が商売上の保証をすることというのはあり得るわけですから,事業者向けローンの消費者保証に関しては,今の消費者契約法では経営者も消費者ということになっていますから,経営者を除くという形で議論を進めるというのは一つの流れかなとも思います。ただ,その前に,その議論を民法でやるべきなのか,消費者契約法でやるべきなのかというのは別途させていただきたいと思っております。 ○中田分科会長 どこで規定するかというのはまた議論があるかと思いますけれども,内実において,今,主債務者が法人の場合と事業者の場合と両方を御指摘いただいたわけですけれども,事業者の定義あるいは後で出てきます経営者の定義というのは,もちろん,残されているとは思いますけれども,それを留保した上で,事業者向け融資についての個人保証,今,消費者という言葉を使われましたけれども,個人保証は原則無効で,しかし,事業者の経営者による保証については無効としない,こういうまとめでよろしいでしょうか。 ○道垣内幹事 私はそれでかまいませんが,三上委員がおっしゃったことの一部が含まれていないような気がするのです。というのは,八百屋さんというか,例えば青果問屋の債務を保証するという場合というのは,他の法人ないしは事業者の債務を個人が保証しているのだけれども,その個人が事業者として行動している場合にどうなるのかという問題を三上委員は提起されたと思います。今の中田分科会長のおまとめですと,それも許されないというコンセンサスが得られたということになる気がするのですが。 ○三上委員 私はその論点も含めたて議論をすると思っていました。個人事業者が事業としてする保証は,個人保証から外す必要があるのではないかと。したがって,定義として法人がいいのか,事業者がいいのか,個人がいいのか,消費者がいいのか,それと経営者の定義,それぞれを決めることによって範囲を確定して,コンセンサスが得られる部分は原則禁止となる,という理解です。 ○山本(敬)幹事 先ほど質問したことと同じことになるわけですけれども,事業者向け融資で個人保証に限るとしたとしても,それを一律に,包括根保証に限らず,保証であれば全て無効にするとした場合には,その理由をどこに求めるか,そして,その理由をどう説明するかという説明責任からは免れられないだろうと思います。その点を弁護士会の方にお聞きする筋合いではないのかもしれませんけれども,整理を十分にしておられると思いますので,御説明いただけると有り難いのですが,いかがでしょうか。 ○中田分科会長 弁護士会はそもそも原則として全て無効だということなんですけれども。 ○山本(敬)幹事 しかし,何段階かに分けてお考えだったはずだと思いますので,いかがでしょうかということなのですが。 ○中田分科会長 あるいはもし山本幹事で何か御示唆がございましたら。 ○山本(敬)幹事 私はむしろ,是非お聞きかせいただきたいという質問をしているわけです。このようなタイプの規制はほかにはないように思いますので,新しく創設するのであれば,その理由が不可欠だと思います。契約自体は有効とした上で,様々な限定を掛けていくというタイプの規制はほかにあり得ると思いますけれども,一律に契約自体を無効にするというのは非常にハードな規制になります。それを民法で規定するのであれば,なおさらのこと,説明が要るように思います。 ○山野目幹事 休憩前に鹿野幹事が個人保証の禁止ないし規制に関して視点を整理なさったところが,極めて有益なものであると私は感じまして,あの整理を忘れないで議論が続けられていくことが重要であると考えますが,大きく分けて二つの観点をおっしゃったものであろうと感じました。   1点目は,問題となる局面の利害関係が,保証というものは不可視性,不安定性,不透明性を持っていて,構造的に危険な契約である。もう一つが,保証の効果・内容の問題ですが,しばしば,個人の家計を圧迫する過大な負担となることがあるという観点。これらの異質な二つのことをおっしゃって,しかし,二つの合わせ技,両方を見ると,保証という契約そのものが極めて構造的に危険なものであるという整理をされた上で,しかし,同時に鹿野幹事はその2点の着眼を重要視するけれども,しかし,同時にそうであるとすれば,その2点が深刻な局面に限って,個人保証を規制ないし禁止することが盤石な議論になるのであって,それを超えて禁止・規制しようとすると,そこについて理由付けが必要になってくるであろう,というふうな要旨,そういうことをおっしゃったものであろうと受け止めました。   その上で弁護士会がるる部会への提案等,本日まで議論なさってこられていることを私なりに忖度いたしますと,恐らく鹿野幹事がおっしゃった2点の整理は,そのまま前提としておられるものであろうと思いますけれども,そういう2点において定型的に危険な性質を持っている保証というものが,その危険さがあらわになるときだけ規制するということでは個別の判断に委ねられたり,そのことを説明しなければいけなかったりするというふうな問題あるいは負担,リスクに当事者がさらされるということを考えるとするならば,言わばその2点に着眼した保証の危険性から一種,保証というものは基本的には危険なものであって,やめさせるべきであるという擬制というか,フィクションを更にその上に積み重ねていったときに,例外はあるにせよ,個人保証は全面的に禁止するという議論にたどり着かれたものであろうと感じます。   私は鹿野幹事がお出しになった二つの観点は極めてごもっともなことであって,重要な出発点であろうと感じますとともに,山本敬三幹事が繰り返し理論的根拠が盤石になっているかということを御心配になっておられることを受け止めて言えば,その2点のそれぞれについて今後,個人保証がどこまで禁止されることが政策的にももちろんそうですが,理論的に根拠,裏付けを持っているものであろうかということを弁護士会の御提案などとの対話を踏まえながら,検討していくということになると考えます。   筒井幹事は,そのような検討をしていくときの一つの方向性について,それをコンセンサスの確保可能性を念頭に置いておっしゃったものであろうと感じます。そういう方向からの検討は分科会長が今,おまとめになろうとしておられるとおり,基本的には三上委員が御心配になったように,幾つかの留保を伴って検討を続けるべきことはありますけれども,私個人としては良いことではないかと感ずるとともに,引き続き,理論的根拠をきちんと説明するという観点から,分科会資料の第2以下,第6までのところについて,なお,御審議が深められれば,そのような演繹と帰納の両面からといいますか,検討が,申し上げましたような二つの重要な視点から保証を眺めていくときの検討の深掘りとして,更に充実したものになるのではないかと感ずる次第でございます。 ○岡委員 理論的に詰めているわけではないですが,被害実態に一番近いところにいる実務家として,事業ローンは金額がでかい,第三者はその事業と基本的に無関係である,その無関係であることを債権者も知っている,保証を全面適用すると保証人の全財産と収入が奪われてしまう。それは過酷ではないか。事業と無関係であるし,それを債権者も知りながら,保証をとっているという辺りを価値判断の要素にはしていると思います。それから先はまた考えてみたいと思います。 ○内田委員 理論的根拠については更に詰めていただければと思うのですが,個人が保証人になる場合というところで,先ほど道垣内幹事から事業者,八百屋さんと言われましたけれども,八百屋さんは法人化している場合が多いのだろうと思いますが,しかし,個人でやっていた場合,事業者である個人が保証人になる場合も含むのかということを三上委員の御発言との関連で言われました。事業者という概念は行為との関係で定義されるのだろうと思いますので,八百屋さんをやっている人は保証人になることを事業にしているわけではありませんから,個人としてほかの事業をやっている人であれ,保証人になるときは単なる個人なのではないかと思います。消費者というのも行為との関係で定義されるのだろうと思いますので,消費者として保証するというのは私にはにわかには理解しにくい表現です。ですから,保証というのは,やはり個人としてするのではないかと思うのですが,何か誤解があれば訂正していただければと思います。 ○中田分科会長 道垣内幹事が挙げられた例は,八百屋さんが青果問屋の債務を保証するという例であったので,そこに事業者性があるのではないかという御指摘だったようにお伺いしましたが。 ○道垣内幹事 事業者という言葉を使うということを前提にして議論をしても無駄で,そのような事例も駄目だというふうなことを決めて言葉を探すのか,そのような事例はよいとして言葉を探すのかという問題だろうと思います。そして,私がどう考えているかというのではなくて,三上委員が今のまとめで結構ですと簡単におっしゃったものですから,三上委員は,駄目だという例を出していたのではないかと思いまして,コンセンサスがとれていないのではないかと申し上げたというだけの話です。 ○内田委員 八百屋さんはともかくとして,個人事業者としてよく出てくるのは医者とか弁護士といった専門家がありますけれども,どんなにプロとしてやっていても他人の債務を保証するときは,自分の事業としてやっているわけではないので,保証を事業とする個人事業者でない限りは,単に個人として保証しているにすぎないのではないかと思います。それをたまたま事業をやっているからといって除外するというのは,おかしいのではないかと個人的には思います。 ○山野目幹事 事業者,消費者が関係的概念であるということは,内田委員が今,お示しになった理解と全く同じように考えておりまして,全面的に賛成でございます。その上で申し上げると,筒井幹事が検討の方向としておっしゃったことは,事業者に対する融資についての個人の保証を基本的に禁止するとおっしゃったものであると考えます。そうすると,保証人になる人は個人ですから,そこに消費者概念,事業者概念は出てきませんので,そこは問題がないと考えます。事業者に対する融資をというときには,融資を事業として受けることは大いにあり得ますから,そこも事業者概念を使って問題はないのでありまして,筒井幹事がおっしゃったこと自体は,全く過不足のないことをおっしゃっていて,ですから,それを前提に進めようという分科会長のおまとめには賛成です。そのうえで,三上委員がなお幾つかの細かなことを考えると心配になることがあるとおっしゃったことは,今の大枠のおまとめの上で引き続き御検討になればよろしいことではないかと感じます。 ○中井委員 山本敬三幹事のおっしゃっていることを十分に整理して申し上げることはできないのですが,原則,契約をした以上,それが有効だという世界の中で個人の保証,それが一定,限定されたとして事業者に対する与信行為に対する個人の保証が無効になる,それの理論的根拠は何かということを再三,問われているわけです。問われていることに対してどういう回答をすればよいのか,合意であっても効力を生じないというのは,一般的に民法の中では公序良俗に反する場合が典型ではないか。私は端的に公序良俗に反するのではないかと言っていいのではないか。   現代的公序ということになるのかもしれませんけれども,その理由については保証の特性として様々言われている事情が挙げられて,先ほどそれを別の言い方をしたのが岡さんの言い方であると思うのです。それを対価性がありません,非常に過大になって生活が破綻するかもしれない,行為時には将来の債務負担の額が予想されないと,先ほど幾つか鹿野幹事なり,山野目幹事が整理していただいたような事情,それらの行き着く先でなぜ無効になるのかといったら,合意が無効になるのは,公序良俗に反するから,若しくは暴利行為の一類型だから,その辺の理論的説明になるのかもしれません。弁護士会として,それを整理して提示することができれば,我々の能力に応じてできれば,また,やらなければならない課題かもしれませんが,私としては,社会的な実態として事業者に対する与信について個人が保証すること自体,その効力を認めないとすべきだという常識,ここでの法制審の皆さんの認識若しくはそれが社会に支持されるということであるならば,それはその形で立法化すべきではないか。   研究者レベルで,学理的レベルで,合意がなぜ無効になるのかということを議論されるのであれば,それは,是非,学理的に,社会が無効と宣言したことに対して,それを説明するのが研究者の責務として私の期待するところです。頂いたボールを逆にお返しする形にはなるのですけれども,是非,お考えいただけないかと思っています。 ○高須幹事 続けてでございますが,ストレートに公序良俗とかいうと,保証するのがなぜ公序良俗に反するんですかというような話になってしまうかもしれないんですが,今,中井先生がおっしゃっていた内容,弁護士会でこんな議論をしましたということについて,ちょっと違う言い方をさせていただくと,一定の社会のルールというものを決めるときに,こういうことだけはしないようにしましょうねみたいなルールが作られることがあると。どのような場合かというと幾つかの要素があって,一つは例えば基本的な社会秩序に関するような事柄のような場合,社会の在り方みたいなことに関わるような場合について,そういうことが言われる場合があり,また,それとのつながりで例えば経済的な弱者などという言葉で例えば表現されることがあるような一定のグループというのも変かもしれませんが,一定の立場の者を保護しなければならない要請が働く場合,こういった場合についてはそういうルールが作られることは日々あるのではないかと思っておるわけです。   そのような観点から考えた場合に保証という問題については,基本的にはそういう要素が特に今までの日本での個人の保証の在り方に関したときには,絶対に迷惑を掛けないからとか,まさか,あなたに断られるとは思わなかったみたいな,そういう場面の中で行われてきて,それがいい社会だというのならしようがないわけですけれども,そういうことはよくないという前提で今回,立法しようという中では,そういうことをもう一度,考えていくということが今,求められているのではないか。もちろん,その中で取引の安全のようなものを決して害してはならないというもう一つの要素が働くわけで,あるいは経済のルールみたいなものを害してはならないという要素は働くので,その意味では,経営者保証みたいなものはむしろ引き続き残していくということはあってもいいのだろうと。   その限りでの一種の抑制は働いておるんですが,ベースとしては今回の議論の中で,一つの在り方として個人保証というものについて,そういうことを社会のルールとして是としていくのか,そうでないのかということは問うてもいいのではないか。そして,弁護士会の意見としては,今までいろいろなことの中で,そういうことで問題が起きてきたいということを踏まえると,一定の制限的な発想があってもいいのではないかと,このようなことではないのかと。岡先生,中井先生が今,お話になったようなことはそういうことではなかったのかなと私も思いながら,考えを同じくしているというところでございます。 ○道垣内幹事 分科会長から各論に移れと言われてもう1時間ぐらい経っていて,大変恐縮なのでございますけれども,私は結論としてはあるものを無効にするということはあってよいと思います。しかし,私は山本幹事の提起された問題に必ずしも答え切っていないのではないかと思うのです。恐らく実質的な回答としては,高須幹事の「断り切れない」という言葉だけではないでしょうか。  と申しますのは,消費者などには契約内容が分からないではないか,という問題があるとき,通常,用意される規律は,説明しなければ無効であるとか,取消原因になるとか,さらには,額が不安定ではないかという問題については,極度額を明らかにしないと駄目ですよ,とする。あるいは極度額というときも,過大な極度額にしたら意味がないではないかということになり,三上委員は本来は金融法の問題であるとおっしゃいましたけれども,比例原則,資産との関係での額の限定というものがされる。こういう規制が行われるわけです。   そういうふうに,いろいろなものに対していろいろな規制手段が考えられるところ,なぜ,無効にするのですかというところに答えないと,多分,無効説は維持できないと思うのですね。そうすると,分かっていても断れないのだから,詐欺でも錯誤でも説明義務違反でも何でもないけれども,断れないような事情があるならば,これは類型的にもう無効にするというしか保護手段がないんだという高須幹事のおっしゃった理由だけが残っているのではないかという気がするわけです。私はただ単に解説しているだけで,私がどちらかに賛成しているということではないのですけれども。 ○沖野幹事 私が理解するところが的確かということを御判断いただきたいというつもりで,私が理解するところを申し上げたいと思うのですが,今,道垣内幹事がおっしゃいましたように,第2以下の合理化措置との関連が一つ問題なのだろうと思います。それで,直ちに思い浮かびましたのは保証ではないのですけれども,例えば不動産の譲渡担保ですとか,代物弁済予約ですとかの例におきまして,丸取りで過大に取るのは公序良俗違反だけれども,厳格な清算義務が課されるというときに,なお,公序良俗違反なのかと考えますとそうではないと考えられます。保証に伴う危険性というものが第2以下の措置によって合理的な範囲に縮減され,適正な負担になるという場合に,それでも断りにくく引受けてしまうという事情がなおあるとしても,そのときの負担もそこそこのものであるというようなものになったときに,なお,正面から禁止すべきものであるのかという点が一つは問われているのだろうと思います。   もう一つは,そうは言っても合意して選択していくというときに,およそ利益がないというような場合であれば,それはもう,そのような契約自体にそれを認めるだけの正当性はないと言えるのだと思うのですけれども,果たしてそうなのかも問題になると思われます。第2以下の措置が組み込まれますと,当事者が正に情報提供を受けて任意に選んでいくわけですが,それでも禁止するというのは,それに対して個人の場合にはどんなにやっても限界がと,中身も合理的であると言って大丈夫なのかという御懸念ではないかと思います。  しかし,これも思い付きですので,そういうことがあるのかどうか分かりませんけれども,例えば友人が新たに事業を興したいと考えている,小さな事業なんだけれども,資金的な手当てが必要である。私は,彼を信じているし,事業の見通しも高いと思っているけれども,私にはお金がないので融資はできないと。しかし,保証という形で信用を付けてあげることはできる。そうでなければ,保証会社にかなりの額を払わなければいけなくて,それはもったいないというような場合に,経営者保証であれば認められるから,経営者の範疇に入る形で一緒にというようなことで参画するならば,保証はできるかもしれないけれども,それはしたくない。経営の能力もないし,経営者だということになると数々の責任も負うと。だから,保証の形で信用補完だけを出してあげたいと当事者が考えて,しかも,それが過大な負担にはならないような仕組みになっているというような場合に,なお,そのような利用は一切認められませんとすることが果たして適切であるのか。いろいろなところである行為を禁止すると危険はなくなるけれども,ある程度の危険は取りたいという人の選択肢も封じてしまうということがあるのですが,それでいいのか,そういう選択をするのかということを考えていく必要があるのではないかと考えます。   それから,さらには第2以下で本当に合理的な,安全な商品というか,契約というか,それを十分に設計できるのかという点においても問題点を指摘されているのではなかろうかと私は理解しました。  そうしますとそこから先は,第2以下で適切な規律ができるか,また今,申し上げたようなベンチャーの立ち上げの例のような必要が本当にどのくらいあるのか,そういうようなある程度,選択の余地を認めるべきだというようなことはごく僅かで,その場合の利用可能性よりもむしろ安全性のほうが重要だという選択肢をするのか,ということになってきまして,後者は実態も含めてでないと分からないところなのですが。私は以上のように理解しました。 ○中田分科会長 そうしますと沖野幹事の御議論ですと,第2以下についてスタンスが決まらない限りは,第1についてもコンセンサスは難しいということでしょうか。それとも,第1について取りあえず議論の出発点として先ほど筒井幹事から御提言のあったようなものをまず措定し,その上で第2以下によって,それが修正なり,変容されるかというアプローチと,両方あると思うんですが,いかがでしょうか。 ○沖野幹事 暫定的に,仮合意といいますか,そういう形で一応枠は絞って第2以下を見て,再度,戻ってくるというのが生産的な議論の仕方ではないかと考えております。 ○中田分科会長 もし,今のことで御了解が得られるのであれば……。 ○山本(敬)幹事 それに反対するものではないという前提でなのですが,今,お二人の方から補足していただいたとおりで,元々の質問の意図は,全面的に無効にするという規制がなぜ正当化されるかということでして,例えば責任の範囲の減免ではなぜ足りず,無効にしないといけないのかということをお聞きしたかったわけです。   もう一つ,道垣内幹事が高須幹事の御発言から拾い出された,断り切れないという要素ももちろん非常に重要なポイントですが,例えば,先ほど御紹介したDCFR,ヨーロッパ共通参照枠草案では,もちろんヨーロッパの前提があって,日本ではそのまま当てはまらないとは思うのですけれども,例えば,彼らは消費者という概念を使っていますが,保証を採る場合は,債権者の側が,保証人がindependent advice,要するに中立的な第三者からアドバイスを受けたことを確認する義務を負い,その確認を怠った場合は,保証人の側からの取消しないし撤回を認めるという規制を提案しています。   もちろん,そのようなアドバイスがそもそも制度的に担保できるかという問題があって,社会的な前提が違いますので,比較はできないのですけれども,例えばそのような規制も考えられる中で,全面的に無効とすることがいかに正当化されるか,少なくとも提案するのであれば,その理由をきちんと説明する必要があるだろうという趣旨でした。何度もすみません。 ○中田分科会長 本日の段階で,その理論的な説明をきちっとするというのはなかなか難しいかもしれません。また,第2以下についての検討についても当然必要ということですので,ただ,いつまでもここにとどまっていますと先に進めませんので,取りあえず,今までのところを出発点といいますか,暫定的な了解がもし得られれば,それをベースにしながら更に考えていくということでよろしいでしょうか。   その中身というのは先ほど申し上げたことですけれども,事業者向け融資については個人保証は原則として無効とする,ただし,経営者保証については無効とはしないということであり,事業者の概念,経営者の概念・定義については更に詰めていく。それから,個人保証であっても除外すべき場合があるかないかについても検討する。更に分科会資料3の第2以下についての検討をした上で,また,今回の出発点と申しますか,暫定的な了解については見直すことがある。それから,理論的根拠については更に引き続き検討する。大体,この辺りでよろしいでしょうか。 ○道垣内幹事 まとめは結構です。山本幹事の発言に1点だけ,解説ではなくて補足をしておきますと,インディペンデント・アドバイスを要求するというのはイギリスの判例法理から出てきた話で,イギリスで問題になったのは,小規模な企業を興すことが奨励された時期があって,そのときに息子が小規模な事業を興すのですが,途中でだんだん駄目になるんですね。そこで,銀行が親に保証してくれれば更に貸すと言って持ち掛けるのですが,息子のことがかわいいですから,そこで保証するわけです。しかし,そのときに本当は息子の興した会社はもう駄目なのに,更に保証したというふうないろいろな事情がありまして,そのときにお父さん,お母さんの側がそういうふうな独立の弁護士などのインディペンデント・アドバイスを受けないで保証した場合には,不当威圧があったことを推定するという法理が発展して,そこでインディペンデント・アドバイスという概念が出てきたということだと思います。 ○中田分科会長 どうもありがとうございました。 ○中井委員 進行については,今,分科会長がおっしゃっていただいたとおりで結構かと思います。第2以下の議論に進めていただきたいと思います。ただ,対象についての確認といいますか,希望だけを申し上げておきますと,筒井幹事若しくは中田分科会長から第1のコンセンサスの対象とされたのが事業者の事業に係る金融債務について個人保証を禁止する,ただし,経営者を除く。つまり,経営者を除く個人保証を禁止する。これが第1だと思います。併せて第2として繰り返しになりますけれども,消費者信用について個人保証を禁止する。第3については事業者の事業に関わる債務について,つまり,金融債務以外の債務,商取引債権等を念頭に置いていますけれども,について経営者保証を除く個人保証を禁止する。一応,この3段階を意識しておくべきだという指摘を重ねてさせていただきます。 ○中田分科会長 ありがとうございます。   それは先ほど休憩後に私も申し上げた点でございまして,第2,第3については引き続き検討すると。多分,ここまで今の段階でコンセンサスということになると,ちょっと難しいかもしれませんので,まず,できるところから詰めていって,さらにプラスアルファの部分については引き続き検討するということで進めたいと思います。その上ででございますけれども,第2以下ですが,実質的な内容に関わるのが第2と第6でありまして,さらにそのプロセスと申しますかについて第3から第5があるのかと思います。第3から第5についてももちろん御議論いただきたいと思いますが,まず,第2,第6について,ある程度,御意見を頂いておりますけれども,仮に先ほどの出発点をとったとすると,第2,第6がどう影響するのか,御意見があれば頂戴したいと思います。 ○岡委員 もう少ししたら出ないといけないので先に発言させていただきます。弁護士会の意見ではないんですが,昨日のバックアップ会議を踏まえての私の今の理解でございます。第2の任意的減免については,先ほどの整理のような経営者保証についてもほかの根保証についても,一般的な保証についても第2という任意的減免の規定が広く適用されるという理解をしております。第6についてはそうではなく,ここに書かれてあるようなかなり限定された場合,弁護士会の案ではこの2行目のところが「財産・収入に照らして著しく過大であったときは」と書いておったんですが,このペーパーだと「過大」になっておりますが,今の私の考え方としては著しく過大であった場合に全部無効にする,無効というか,一切請求することはできないという甲案の前提で,極めて例外的な場合には甲案で請求できないようにする。その場合に経営者保証できちんと説明がされておれば,経営者保証がこれで全部ゼロになるのはないのかなという印象を持っております。 ○三上委員 全銀協では弁護士会の提案に全面的に反対という意見で全てなので,感想的なものを申し上げます。第2で言っている場面が,金融機関としても経営者の保証責任を実際に求めるときには,目に見える財産以外のものまでとことん全額取れるとは考えていないという趣旨を過去申し上げましたが,それと同じものであれば,別にこういう考え方自体に反対するものではないと思います。   ただ,それを超えて例えば生活の基盤である自宅だとか,破産法の枠を超える自由財産だとか,そういったものを残して欲しいがために,こういう規定が入ってくると勘違いされるのであれば,保証債務額についてすべからく訴訟になるかもしれないし,基本的にこういう裁判を起こせる体力のある経営者であれば,個人再生をやれるはずだと思います。だから,変にこういう規定だけが入ると,例えばこういう裁判の申立てに対して債権者による個人再生とか個人破産を申立てて,何を期待しているかというと,隠し財産を持っていないか等を管財人とか再生委員に調べてもらう,そんな話になりそうです。ですから,趣旨としては分かるんですけれども,規定ぶりによっては危険な面も出てくるかもしれないと考えております。   それから,第6は先ほど岡委員がおっしゃったように,経営者には適用しないというのであればいいんですけれども,経営者が会社の債務を保証するとしたら,どう見ても「著しく」を入れても過大な場面が多いわけです。仮に経営者も対象になるのであれば,やはり,乙案のように一定部分まで縮減するにとどめるべきだと思いますし,そうすると,結局,第2と似たような規定になるような気がします。独立して置く意味があるとすれば,暴利行為のように極端な行為は無効になりますよという程度で,わざわざ第2と別に設けておく必要があるのかという印象は持っております。 ○佐藤関係官 今の三上委員の意見と似た意見なのかもしれないのですが,第6のところで経営者が入るか否かというところと,もし,入るとするならば,第2との関係はどうなるのかなというところが一番気になったところでございます。別個独立のものとして第2を見ましても,具体的な判断基準はどうなるのか,その他一切の事情とあり,その前に考慮要因は書いておりますが,これを裁判所が判断するときに, もう少し明確な基準がないと判断のしようがない,若しくは判断が難しいのではないかと考えた次第です。   第6のほうにつきましては,過大な保証というときに,もし過大だとしても甲案のように一切請求することができないとまでする必要があるのか,最低限,対応できるような部分,すなわち,過大でない部分について請求することができるという乙案のような考え方は,あり得るのかなと考えます。もう1点,過大であるか,著しく過大であるか,これもどう判断するのかなというのが気になったところでありまして,もし,公序良俗違反に該当するような著しく過大ということと同義であるのか,そうではなくて,もう少し低い水準,例えば収入の何年分とか,あるいは財産の何分の1とか,そういうような基準と考えるのか,その辺りをもう少し明確にしないと,実務上は問題が出てくるのかなと考えた次第です。 ○坂庭関係官 第2について4点,申し上げたいと思います。第2の御提案に賛成あるいは反対という立場からの意見ではなく,佐藤関係官がおっしゃったことと関係するのですが,裁判になったらどう判断するのかといった観点からの質問でございます。   1点目として,御提案は,身元保証に関する責任制限をモデルにされていると推察します。身元保証の場合は,使用者が被用者をきちんと監督をしていれば,それほど損害は出なかったのではないかという言わば広い意味での過失相殺的な考慮をした上で,保証人の責任を制限することがあります。これに対して,例えば貸金については,貸した側が悪いと言える場合は,もちろん過剰な貸付け等が問題になり得るとは思いますけれども,多くはないと感じています。したがいまして,第2で御提案されている制度は,倒産手続に近い性質を持つことになると理解しています。そして,これが正規の倒産手続を経ずに責任を制限する制度なのだとしますと,正規の倒産手続を経ずに保証人が経済的更生を図れるようにすることを考慮要素にすべきと考えることになるのかという点についてお考えを聞かせていただきたいと思います。   2点目はどちらかというとコメントになりますが,もしも,そういった御提案をされているのだとしますと,保証債務を一種の劣後的破産債権として扱う,つまり,保証人が負っている他の債務は減免しないけれども,保証債務は減免するということになると思いますが,そういうお考えなのか,あるいはそういう考え方が妥当なのかを伺えればと思います。   そして,3点目として,もしも,経済的再生を図ることが考慮要素になるのだとしますと,例えば,問題になっている保証債務を大胆に減額すれば更生を図れるときは,大胆に減額をするけれども,反対に,ほかにもたくさん債務があるので,正式な倒産手続を採るしかない場合には,配当額が大きくなるように減免を一切しないということになるのかについてお考えをお聞きしたいと思います。   最後に,4点目として,保証債務を減免したけれども,結局,経済的更生を図れずに破産に至ったときに,減免された債権を復活させるべきかについてお考えをお聞きしたいと思います。保証債務を一種の劣後的破産債権であると考えるのであれば,減額したままでよいと思いますが,反対に,飽くまで経済的更生を図るために減額したという点を強調しますと,更生が不可能という言い方は変ですが,その枠組みでの更生が不可能になった場合には,配当額を多くするために金額を元に戻すことも,債権者の平等の観点からは適切ではないかと感じます。 ○中田分科会長 今,4点,御意見,御質問があったわけですけれども,もし,お答えいただける部分がございましたら。 ○岡委員 倒産手続との関係は当然考えなければいけない問題だろうと思っております。これが紛争になった場合に,債権者のほうから倒産手続の抗弁は多分出るのだろうと思います。そうなれば倒産手続に移行することになる場合が多いだろうと思います。では,倒産手続だけでいいではないかという議論も出るのでしょうが,倒産手続を利用せずに保証債務一本だけの場合もあるのではないかと。そのときには,この規定が活用され得る余地があるように思います。それから,更生,再生の可能性が判断基準になるのかという点については,この条文の趣旨からいくと,それは判断要素にならないのではないかと思います。そういう整理をした上で,倒産手続とこの減免手続との関係をどう組み合わせればいいのかというのは,考えていかなければいけない問題だと認識しております。 ○高須幹事 今の点と絡みますが,経営者保証だけに例えば限るみたいな極めて限定的なことだけを捉えると,今,坂庭さんがおっしゃったような,そういう場合というのは実質的に倒産と類似するケースですよねという議論になってくると思うんですが,必ずしもまだそう議論を詰めたわけではなくて,いろいろなまだ可能性を残しているというか,限られた部分では原則禁止みたいなことを例えば考慮しても,それ以外の部分ではそうではないという可能性があるとか,あるいは今日も出ましたけれども,経営者という概念についても実質的に考えたときには,多少,幅があるのかもしれないというようなことを考えますと,やはり,保証だけでダメージを受けるというか,ほかは全然,経済的には破綻的な状況ではないのだけれども,余りにも額の大きい保証債務で,結局,破綻をしてしまうと。唯一,これのみなんだというケースはあり得るのだろうと。その場合の対策として,このような規定を設けておくというのも岡先生の話ともちょっと絡むんですが,あるのではないかと。   それから,ちょっと話が変わってしまうかもしれませんが,従来,裁判例などでも御承知のとおりで,結局,信義則,権利の濫用等の一形態として,この保証責任を減免しているという裁判例の積み重ねが取り分け下級審では随分豊富にあるということだと思いますので,今回の規定もそのような裁判例との検討を通じて,もう少し,具体化するということも十分可能ではないか。身元保証法も一つの確かにその種の法律なんだけれども,それに限ることなく,そういうところからも適切な表現等を酌み取っていくことはできるのではないかと思っております。 ○山野目幹事 第6についてでございますけれども,単に紹介ということで発言させていただきます。分科会資料をお作りなさるに当たって,第6の問題提起をなさっていただいたについては,弁護士会の提案も当然のことながら参考になさったものであるとは思いますが,フランス法の規律を参考になさった部分も多いのではないかと感じます。フランス法の紹介をする資料を部会に提供を申し上げた者として4点ほどに区分けをして,客観的にこういう議論で理解されているものであるということを申し上げておきたいと考えます。   1点目は,第6のような規定が置かれることの理論的あるいは思想的な根拠がどのように説明されているかということですけれども,フランス学説の間に二つの潮流があって,一つはこの規律の本質は詐欺と言いますか欺罔であるという説明があります。詐欺という言い方はややどぎついですけれども,もう少し膨らませて言うと,過大な保証をするに当たって保証人となろうとする者がよく状況を知らされていなかった,あるいは不適切な説明を受けて保証をしたものである,という保証の成立過程に着目する説明であろうと感じます。もう一つの説明の潮流は,これは過剰損害である,極めて不均衡な内容の契約であるという,内容に着眼した説明でありまして,これも日本法的な感覚を交えて少し膨らませてお話をしますと,広い意味での暴利であるという感覚がこの規律の背景にあるものであろうと思います。二つの潮流を総合させて説明する学者がいたり,一方のほうに軸足を置いて説明したりする見解があって,これは論議が続いているところでございます。   2点目は,過大な保証とされることの要件のことでありますが,御覧いただいて明らかでありますように,これは保証契約当時に著しく過大であったことと,保証債務の履行を請求される時点で著しく過大であることというふうにモーメントが二つ取り上げられていて,二つの要件をアンド条件で重畳的に充たしたときに初めて過大保証禁止の規律に牴触したものと扱われます。なぜ,二つの要件があるのかというのは,実は先ほどの理論的,思想的な根拠の二つの説明に対応しているものでありまして,保証契約締結時の過大性が求められるのは,それはそこで行われたコンセンサスに内在的な瑕疵,問題点があったということの反映でありますし,履行を受けるときに過大であることをとがめるという観点は,むしろ,過剰な不利益を保証人に負わせてはいけないという思想的淵源を背景に持って説明されることであって,実体法の規律自体は合わせ技で成り立っているということではないかと想像されます。   3点目ですが,効果の関係の1点目ですけれども,この規律はいわゆる経営者保証についても適用があるとフランスの実体的規律の理解の上では考えられており,多くの裁判例において経営者保証について,むしろ,経営者保証のほうについて目立って見えるくらいに,過大保証禁止に牴触するものとして,保証の効力が否定された実例が裁判実務上,積み重ねられています。このことについては賛否があるように見受けます。経営者保証をこの規律の対象の下に置くことは不適切であるという意見の学者もいます。   半面において,この規律が入った背景から言いますと,この規律は経済の活性化のためのロワという,よく分からないロワに入っていまして,なぜ,過大保証を禁止すると経済が活性化されるかというのは,そこの説明を余りドキュメントで見出すことができなくてはっきりしない部分がありますが,こういう想像がされていまして,つまり,何か新しい産業を興して企業活動を始めるときに,保証人になってもらう人を見付けなければ起業ができない,そして,その人が過大な負担を課せられるということがなおくっついてくるということでは,業を興すことにちゅうちょするのではないかと,そういう経済の営みというか,そのような観点から見て,人々の起業への参入を活性化させるために,過大保証禁止というものを考えるというふうな発想があったのではないかという想像を語る人がいます。ちょっとここは分かりません。しかしいずれにしても,ここは賛否の議論が若干続いています。   それから,4点目,効果のその2ですけれども,ここで言う甲案,乙案に当たることですが,フランスの現行法の解釈運用は過大保証の禁止に牴触した場合には,当該保証契約が全部無効になると理解されておりまして,フランスの裁判実務上もこの規定に抵触するという主張は,日本の裁判実務に照らし,それに相当させて言いますと全部抗弁に該当します。抗弁が成立すれば,請求が全部棄却されるという効果が引き出されるというのが多くの裁判例で実際に認められる運用でございます。解釈もそれで一致しております。   ただし,立法論として,これについては議論がありまして,こちらのほうが経営者保証の問題よりも明確な立法論上の提案中で異論が述べられておりまして,全部無効にするのではなくて,過大だと認められる一部を無効とするように効果を緩和すべきであるという議論がなされ,担保法の検討を依頼された有力な学者のグループが出している提案は,そのような方向で規律の変更がされるべきであるという提言をしているところでございます。   以上,4点,御紹介をさせていただきました。 ○中田分科会長 どうもありがとうございました。ほかにいかがでしょうか。 ○山本(敬)幹事 第6の点についてです。これは部会のときにも申し上げたことで,それを繰り返すことになりますが,お許しいただければと思います。  今の山野目幹事の御説明で非常によく分かったのですけれども,この第6の提案は,考え方としては,締結過程で不適切な情報提供や説明,あるいは先ほどの情義性のような,断り切れないという要因と,それと同時に不均衡な内容の契約であるという要因,もちろん有償契約ではなく無償契約ですので,不均衡といっても有償契約の意味での不均衡とは違うかもしれませんが,少なくとも「内容の不当性」という要因の両側面があるのだろうと思います。ただ,要件の上では,第6の提案も,そして恐らく先ほどの御説明からすると,フランス法もそうではないかと予想されますが,締結時と履行請求時の2段階に分けているとはいえ,内容が過大である,つまり「内容の不当性」のみが要件になっているというべきではないかと思います。   ただ,それはなぜかというと,恐らく,このような「内容の不当」な契約をするのは,通常は自発的な意思に基づくものではないだろう。締結過程において,不適切な情報提供なり,情義性なり,そういったものがあるからこそ,このような契約をしただろう。ドイツ流に言いますと,このような内容から,そうした主観的な意思形成への影響の不当性が推定されるという物の考え方があるのではないかと思います。   このような考慮から,「内容の不当性」に当たるもののみを要件とすれば足りると考えられているのではないかと思いますが,しかし,考え方としては,単に「内容の不当性」が無効を基礎付ける,ないしは保証債務の履行請求をすることはできないということを基礎付けるのではなく,自由で適切な意思形成ができずに,このような契約をさせられているという要因がやはり不可欠ではないのかと思います。推定というかどうかは別として,そのような要素があるからこそ無効なのではないか。例えば,財産を贈与するないしは寄附するという契約でも,自分の持っている財産の大半を贈与するないし寄附するという契約は,その内容故に無効とされることは恐らくないだろうと思います。だまされたとか,きっとこれは寄附するに値する相手だろうと思ったら実はそうでなかったというような要因がある場合に,無効なり何なり,少なくとも救済が認められるという性格のものではないかと思います。   その意味では,仮にこのような第6に相当する規定を設けるとしても,客観的な「内容の不当性」のみが根拠ではない。やはり,意思形成がゆがめられたのだということが根拠になっている。その上で,それをどのように要件に反映させるかということは,次の問題であるということを,少なくとも指摘だけはしておきたいと思います。 ○中田分科会長 ありがとうございました。先ほどの山野目幹事の御指摘との関係なんですけれども,意思形成をさせた側の詐欺性といいますか,そこは考慮はしなくてよいということですか。意思形成をした人のゆがみだけに着目するということでしょうか。 ○山本(敬)幹事 私個人の理解は,このような保証契約をしてしまった者の救済の問題であって,したがって,このような意思形成をしてしまった保証人の意思形成がゆがめられていたことで足りると思っていますが,先ほどのフランス法の説明は必ずしもそうではないかもしれないと思いました。 ○中田分科会長 分かりました。ほかに第2,第6に限らず,第3から第5を含めましても御意見,御指摘がございましたら,お出しいただければと思います。 ○三上委員 第3から第5ですが,これは,この文章だけを見ると経営者保証も含むように見えます。経営者保証を入れるということならば,意味がない規定ですからその範囲では全面的に反対です。説明とか情報提供はそもそも当の本人が一番よく知っている話です。手書きとか公正証書も別に経営者保証にこんなものを要求する必要はないでしょう。手書きには慎重にならせるという意味があると言われますが,経営者保証ではそんな配慮は不要だし,公正証書は直ちに債務名義になるという一長一短があります。しかも,コストが掛かるし,もしこういうものが法定されるのであれば,これもみなし利息の例外として規定してもらわないと困ります。   第5も,経営者を退任した後も一定期間,保証が存続しているということであれば,こういうことはあってしかるべきかなとは思います。特に1は,これを置くことによって,債務者情報の提供が守秘義務違反にならないことが明確になるので意味があると思いますが,2は「直ちに」でいいのか,少なくとも「遅滞なく」ぐらいだろうと考えますし,かつ,3の効果も併せて考えますと,債務者の履行を待っている間に発生した遅延損害金は免除するということであれば,裏返しに言うと,直ちに通知すれば,保証人も直ちに保証履行せよということになると思いますが,それは実務とも,検索の抗弁などの趣旨とも違う発想です。 ○中井委員 日弁連若しくは大阪弁護士会の提案についても,同じ問題を抱えているわけですが,保証について考えられる現状の問題点を前提にして,どういう在るべき民法の姿が提案できるかというところから,日弁連も大阪弁護士会も提案をしております。分科会資料3においても第1から第6まで整理していただいていますけれども,第1を議論する前提として先ほど数人の委員・幹事の皆さんから,第2以下がどうなるのかによって改めて第1に戻らなければいけないとおっしゃっていただいたとおりで,それは弁護士会も認識しておりまして,第1が達成できれば,場合によっては第2以下は要らない場面もあるでしょうし,逆に第2以下が充実すれば,第1についてはそれなりに制限的でいい場面もあると理解しております。   三上委員の発言で,経営者保証のみをまず念頭に置いて第3以下の御意見を頂きましたけれども,第1の問題に戻ることを前提に第2以下,保証一般についてまずは議論していただきたいと思っております。そういう意味では,第3の契約締結時において説明する義務,情報を提供する義務,個人保証という制度を何らかの形で残す以上,一般的な通則としてどう在るべきかということをまず考えていただきたい。そのときに,第1として,一定の類型,ここでは事業者である債権者は,個人である保証人に対しては一定の事項を説明しなければならない。その説明が不十分であれば,それは保証の意思の形成に瑕疵があったというか,誤認があったという理由で取消しができるという一般的通則をまず検討すべきではないかという提案をしているわけです。   ここの出来方いかんによって,第1の範囲を更に検討するというのが,先ほどの議論の進め方ではなかったのかと思います。そういう意味で,第3の説明義務,情報提供義務というのは,保証という契約類型においては必要不可欠だと考えているのが弁護士会です。   説明する内容は,三上さんがおっしゃったとおり,ある意味で当たり前のこと,第3の2の(1)から(3)までは当たり前のことです。しかし,この当たり前のことである債務の額,利息損害金の中身,それを連帯して保証するんだということを手書きをして署名押印することによって,保証をある意味で気楽にやってしまう行為について認識を持ってもらう,誤った認識を持つことのないように,最低限,必要なものを説明してもらうことは,重要なことではないかと思っております。(4)については,どのような内容にするかは主たる債務者の信用状況について,一般論においてそう容易に定めることはできないにしても,仮に個人保証の範囲が経営者保証に限ることなく認められるとすれば,一般的には主たる債務者の信用状況について,少なくとも重要な事項について知らしめるのが当然ではないかと考えている次第です。   第4においても同じでして,保証契約の締結の特有性を考えるならば,これを手書きにすることによって意思の確認をするということは,極めて重要なことであろうと思います。その中身についても,保証契約の核となる部分に限って手書きを求めているわけですから,これをあえて否定する必要はない。ただ,効果においてどこまでの効果があるのかという御意見はあるかもしれません。しかし,効果が少なくても,それをすることによって認識する人が確実にいることは間違いないとすれば,効果がないかもしれないから必要ではないというのは,余り論理的ではないと思っております。   第5の債務の履行状況に関する情報提供義務の中身については,少なくとも主債務者に対して延滞状況が生じたならば,その延滞状況を保証人に通知する義務を課すことについては,恐らく三上さんも異論がないのではないかと思います。問題はその効果をどのように定めるかと思います。効果なしというのもあるのかもしれません。しかし,少なくとも延滞時点から本来は保証債務についても遅延利息が生じますが,仮に通知をしたら,保証人が払うことができる場面もあるわけですから,通知が遅れた部分について遅延損害金まで取ることはできないとすることによって,速やかな通知を促進するというのは,意味のあることではないかと思っています。   また,日弁連,大阪弁護士会の提案の中には,期限の利益の喪失に関連する提案もしていたわけですけれども,この整理では期限の利益の喪失については,ここには記載されていません。弁護士会の想定していたものにも複数の考え方があったようで,例えば分割金の延滞が数回生じているところで通知を受けたという場合に,通知を受けた後に少なくとも保証人が約定どおりの分割金を払い続ければ,当該保証人との関係では期限の利益を喪失させることができないという規律,つまり,保証人との関係では期限の利益がそのまま続くということを想定しての提案,もちろん,保証人が履行できなかったら,同じように期限の利益の喪失はやむを得ないわけですけれども,通知をした後,約定どおりの弁済を保証人から得られるのであれば,あえて保証人に対して一括して払えという権利を債権者に与える必要はないのではないかという提案でした。これは債権者にとっても困る話ではないのではないかと思いますので,改めて再考を願えないかと思います。   先ほどから第2と第6についての意見を複数お聞きいたしました。御承知のように日弁連は第2と第6を二つともに提案をしております。大阪弁護士会は第2のみを提案しておりまして第6の提案を入れておりません。現実的に第6の比例原則については,先ほどから山野目幹事を含めて御示唆があって,なるほど無効とする場面があり得るということについては,理解をするところですけれども,いかなる過大か,若しくは意思形成過程にどのような瑕疵といいますか,不十分さがあるから無効にするのか,その無効の判断については,容易ではないのではないか。そういう形で強大な効果,有効かもしれないと思ったところ無効になるという効果を与えることのリスクを考えたときに,大阪弁護士会は少しちゅうちょをしたわけです。それより実践的には,第2の保証債務の減免が実現するのであれば,相当程度,保証人の保護に資するのではないかと考えた次第です。   そこで,先ほど坂庭関係官から倒産手続との関係で幾つか御質問なり,御意見を伺いました。現実に倒産手続で解決できる,また,それが容易に進んでいるというのであれば,実際,第2の提案も要らないのかもしれません。それが本来的な債務減免の処置であって,個人の再生手続としては本筋である。それは理論的には,倒産手続,個人再生手続,破産手続を整備することによって達成可能かもしれませんが,それは絵空事だと私は思っています。   現実に日本で,どれだけの個人が債務超過になって破綻しているのか,そのうち,どれだけの人が法的倒産手続を使えているかと言えば,それは十分ではない。負債を抱えた人のそれなりの割合がこの保証債務を抱えて,そのまま倒産手続をとることなく,どうしたらいいものかと迷い,場合によっては悲惨な結果を生んでいるとすれば,少なくとも彼らに対して,多額な保証があったとしても,弁済するのは,あなたの資産若しくは収入の範囲に限られるんだということが民法という市民の最も身近な法律の中で宣言され,それが法律的な効果として示されているとすれば,そうなのか,自分は身ぐるみ剥がされて,どこかに逃げ隠れしなくてよいという前向きな判断が民法という規定の中から生まれるのではないか,こういうことを弁護士会は民法の役割と考えておりますので,倒産手続との整合性という以前の問題として,是非,考えていただきたいと思っています。   中身については,「裁判所は」という主語にはなっているものの,現実には,裁判所はこれらの事情を考慮して責任の減免ができるという規定を置くことによって,債権者と債務者との任意の交渉によって予測される結果,今ある財産,今ある収入の範囲内で責任を履行することによる和解的解決が促されるのではないか。それは経済的にも,時間的にも,コスト的にも好ましいのではないかと考えています。これらを社会政策的な見地から,民法以外の法律で行うことももちろん可能ではないかとは思いますが,それを民法の中で,このような形で実現することを否定するまでの必要や理由はないのではないかという考えております。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   この問題についての議論をいろいろな面で詰めていただいておりまして,非常に実りがあると思っておりますが,できましたら本日,弁済のところにも入りたいと思っております。この第2から第6まで,あるいは分科会資料3以外についてもございましたら御意見をお出しいただいて,その上で弁済のほうに移ろうと思います。 ○道垣内幹事 なるべく短目にお話ししますが,まず,第3の2の(4)なんですが,ここだけを読みますと,委託を受けない保証人と委託を受けた保証人とが同一の規律になっているわけですが,委託を受けない保証人の場合,債権者が適当な保証人を見付けてきたら,その人に対して主債務者の情報を提供できるというのは,少しおかしいような気が守秘義務等との関係でします。現実的には委託を受けた保証人に限ったところで,保証人の保護というものがそれによって減少するわけではないような気がしますので,御検討いただければと思います。   2番目は,第2と第6の関係というのが何回も出ているわけですが,第2に関しましては,これまでも下級審の判決で減免の事例が多々あるではないか,だから,それを見ながら検討しようというわけですが,下級審判決というときに極度額の定めがある場合とない場合がありまして,極度額の定めがない場合に多くの判決が積み重なっているわけです。もちろんそうでない事案についての判決もありますが,今までの下級審裁判例を全部使えばいいわけではないと思います。   そうなりますと,第2とか第6とかの運用については,そもそも,第2とか第6というのは何を規定しているのかということが最も重要になってくるわけであって,山野目幹事のフランス法の解説は正にその点に関わっていたわけなのですが,例えば第2に関しまして,債権者が保証契約締結時に合理的に期待できた範囲はどれだけなのかという観点で限定がされると考えますと,例えばここに言う保証人の支払能力というのは,契約締結時の支払能力のことなのかという話になってまいります。実際問題といたしましては第2とか第6,私は第2だけでいいような気もするのですけれども,こういうものを作るときには,これは何なのかという議論をかなり詰めないと,たくさん並べても全く運用の指針というものが得られない気がいたしますので,気を付ける必要があるのではないかと思います。   さらに,最後に中井委員のほうから,主債務者が払えなくなっても,それが分割払いの債務であるという際に,保証人が今までの滞納部分を払うとともに,その後,分割払いを続けていたならば,それでいいではないか,という考え方が示されたわけですが,前回,私はそれに対して反対いたしまして,主債務者が債務不履行に陥る前の段階は,結局,債権者は二人の財布をあてにできた状態にあったところ,主債務者が破綻した後は一人の財布しかあてにできなくなった。その意味では与信状況は変わったわけだから,全額を即時に取れるとなったって別に構わないのではないか。逆に言うと,そのまままた,分割のクレジット,与信を続けているということが債権者の地位を悪くしていないとは言い切れないのではないかということを申しました。   それについてはいろいろな意見があろうかと思います。ただ,そういうふうな根本的な問題点を除きましても,技術的には例えば主債務者の破産手続においては,全体の額で入っていけるのだろうかという気がいたしますし,全体の額で入っていけるということになった場合には,保証人の支払債務というのは,それで何%かの弁済を受けるわけですが,どうなるのだろうかという問題とか,さらには最終的に保証人の弁済というのは,いつまで,幾らしなければいけないのだろうかという疑問も生じます。つまり,主債務者の額を考えますと,ある時点で期限の利益を喪失し,その時点から遅延損害金というのは発生しているわけですけれども,保証人というのはずっと分割弁済を続けていれば,それを遅滞しない限りにおいては,最初の約定の額を払えば,それで済むと考えるのだろうか。考えるのだとするならば,保証人が全部弁済した後にも,なお,主債務者の債務は残っているという状態になるわけですが,それはそれでよいという考え方もできると思いますけれども,若干,技術的に詰めなければならない問題があるのではないかという気がいたします。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   大体,よろしいでしょうか。先を急いで申し訳ございません。保証につきまして多くの貴重な御意見を頂きました。これを踏まえて,また,事務当局のほうで整理していただきたいと思います。   続きまして,部会資料39に入ります。「第1 弁済」です。順番から申しますと,「代物弁済」になるんですけれども,本日,民事訴訟法の専門の先生方にお見えいただいておりまして,そうしますと,その次の「弁済の充当」の「(2) 民事執行手続における配当と弁済の充当」について,せっかくの機会ですから,ここで御審議いただいたほうが効率かと思いますので,順番を変えて申し訳ございませんけれども,「7 弁済の充当(民法第488条から第491条まで)」について先に御審議を頂きたいと思います。それでは,事務当局から説明をお願いします。 ○松尾関係官 部会資料39の28ページを御覧ください。この論点については,部会の第47回会議で審議され,規定を設ける場合の問題点や具体的な規定の在り方などについて分科会で審議されることとされました。部会では,(1)について,ア,ウに賛成する意見があったほか,イの甲案について,特に後半の部分の規律によって規定が複雑になることを懸念する意見や,充当の指定権者によって充当順序を異にする合理性を疑問視する意見などがございました。   (2)については,お手元に民法(債権関係)部会分科会資料4を配布させていただきましたので,こちらを御参照ください。この分科会資料の位置付けですけれども,前回の部会で議論の対象となった主要な論点を取りまとめたものです。部会では主に,現行の民事執行実務について,合意充当・指定充当を認める必要性,合意充当・指定充当が認められることによる執行実務に与え得る影響を中心に議論されたと理解しております。本日は,これらの点について更に議論を深めていただければと思っております。 ○中田分科会長 部会では,(1)についてはイの甲案について幾つかの問題点の御指摘がありました。アとウについては大きな異論はなかったと理解しております。他方で,(2)につきましては執行手続の安定性,迅速性を重視するというお立場と,執行手続においても当事者の意思を尊重すべきだというお立場の対立がありました。その詳細は分科会資料4におまとめいただいたとおりです。本日はこの資料も御参考にしていただきながら,御意見を頂ければと思います。なお,(1)と(2)の関係ですけれども,執行手続外で合意がなされ,それに従って処理されることが多いという(2)の問題は,もしかしたら,(1)の法定充当の一般的な規律の在り方にも何か改善すべきことがあることを示唆しているのかもしれません。そこで,(1)及び(2)を通じまして,規律の在り方について幅広く御意見を頂戴できればと思っています。いかがでしょうか。   部会でかなり議論をしていただきましたので,本日の分科会資料4にまとめていただいたように,相当,深まってはいると思いますが,さらにここで補充的な審議をしていただくという趣旨でございます。あるいはその上で何らかの方向性を示すことができればよいということかと思いますが。 ○山本(和)幹事 部会での御議論を伺っていてよく分からなかったんですが,この分科会資料4の1の②に出ている「充当結果を変更する合意」というものなんですけれども,これは実体法的にはどう理解されているのか,変更すると言えば,一旦は仮に配当が法定充当だとすると法定充当で充当がされて,一定の形で利息と元本とで債権は消滅しているんだけれども,その後,合意をすることによって遡及的に何かやり方が変わるというような,そういうような効果を持つ合意ができるという,そういう理解で実体法は成り立っているのかということをお伺いできればと思います。 ○中田分科会長 前回,和解的調整という言葉を岡崎幹事から頂いたと思いますが,もし,何か補足していただけることがございましたら。 ○岡崎幹事 それ以上の考えがあるわけではございません。 ○中田分科会長 いかがでしょうか。今の御質問,1の②の合意の実体的効力,これは確か道垣内幹事からもその点についての御指摘があったかと思いますけれども。 ○道垣内幹事 私は質問しただけですから。 ○中井委員 山本幹事の質問についてですが,実務的には,届出債権の元本利息損害金に満たない金額しか配当を受けられなかったとき,裁判所の配当表では費用,損害金,利息,元本の順に充当していって,元本は一部しか対象にならず,残りの元本は残る,そういう形で配当が実施される。理屈の上では,配当手続の中で法定充当の方法で行われているので,実体法的にはそのとおりに債権債務は消滅するだろうと思います。   ところがその後,当該担保権者と債務者との間で,若しくは担保権者は取引銀行約定書に基づいて受け取った金額を元本に充当して処理をする。それが銀行の一方的意思表示で変更されるのか,若しくは当事者間の合意で変更したのか。実体法的にはそこで変更の合意をしているとしか言いようがないのかと思っています。   その合意が,その次の競売事件が別の不動産であって,そのとき後順位の人との関係で前の裁判所の手続で行われた配当手続の充当と違う充当続をすることが,果たして許されるのかという問題につながると思いますけれども,一般的には債務者に有利な方向での変更しかなされていませんから,つまり,裁判所の法定充当は債権者に最も有利な充当方法ですので,変更合意をした結果に基づいて次の手続を進めても,他の債権者に不利益を与えることは基本的にないと理解をしています。他の人に不利益を与える場面があるのかというところが問題にはなるのですが,実務的には支障が生じていないで終わっているというのが実態ではないでしょうか。 ○高須幹事 指摘させていただくだけなのですが,結局,この問題は昭和62年の最高裁判例が否定説を採っていると。その最高裁判例の判例解説を読みますと,法定充当と異なる充当の合意をした場合というのは,法定充当によって一旦消滅した債務相当額の新たな債務の負担行為か,あるいは残存債務の一部免除,減るほうは免除で,消せなかったということにしたほうは新たな債務負担行為で,その混合契約ということになるとの解説になっております。ですから,一旦消滅した債権の復活をともかく認めない,事後的処理だということを言っておるので,私は判例の理解は少なくともそういうことだったのではないのかなと思っております。それで,事後的処理をした結果が2回目の配当にどう影響するか,今,中井先生がおっしゃったような話なのかなと実は理解はしておったのですが。一応,そのような理解でおりました。 ○道垣内幹事 仮にそうだとすると,仮に後順位抵当権者が共同抵当を持っていて,別の不動産の抵当権が後から実行されるというときには,当該抵当権の被担保債権として新たな債務負担行為によって生じた債権を被担保債権にすることはできず,他方,免除された額は実体的にも免除で減少しますから,2回目のときにはきちんとは取れないという結論になりますよね。突き詰めていって,免除と債務負担行為を含むということになりますと,債権者としても思わぬ結論が生じてしまうような気がします。 ○岡崎幹事 私自身もうまく整理ができているわけではありませんけれども,道垣内幹事がおっしゃったことは,必ずしも高須幹事のおっしゃったことと矛盾していないと思います。高須幹事は,前回,私が挙げたような例を念頭に置かれていると思います。つまり,債権執行で半年分ぐらい供託が集まったところでまず配当を行い,次に半年分集まったところでまた配当を行うという場合に,2回目の配当をどのように行うかという局面で,1回目の配当があって,その後,一定の充当合意があり,その充当合意が債権者にとっては不利,つまり,元本から充当することを前提として法定充当の結果よりも低い額の債権計算書が出されたときに,それが裁判所から問題にされることなく通っていくという実態を語られたのだと思います。   それに対して道垣内幹事は,ほかの債権者の利害に影響が生じる局面を問題にされたのだと思います。この局面では,昭和62年の判例の枠組みでいきますと,法定充当によるしかなく,法定充当以外の割振りで後順位抵当権者との関係を規律することはできないことになります。これが,前回,私が申し上げたことでありまして,配当の局面では,後順位担保権者のような第三者が出てくることもありまして,このような場合に最も簡明な処理の仕方が法定充当だということが考慮されて,これまでそのような規律でやってきたのだと理解しております。 ○三上委員 正に今,おっしゃられた部分で,道垣内先生が挙げられたたような,例えば100万円の債権が2本あって,一方のほうにだけ第三者提供の担保が付いていて,その担保に後順位がいるという場面を想定すると,競売で100万円の配当があれば,基本的には100万円は第三者担保の付いていないほうに充当したいわけです。競売以外の場面では任意売却すれば,それができるわけで,それに関して第三者提供担保の後順位担保権者は特段,異議を口を挟める余地はないはずです。   にもかかわらず,どうして競売では一律に法定充当する必要,正義があるのかが理解できません。そこで当事者間の合意を反映してくれてもいいではないのというのが,全銀協としての意見になるわけです。別途,債権者全員が同意すれば,配当表を変えられるという民事執行法85条1項ただし書のような条文もあるわけですから,決して当事者の自治が排除されているわけでもないと思います。1回きりの配当で終わる不動産競売のようなケースを念頭に置けば,当初からこういう順番で充当してくれという形で配当表を作成するとか,あるいはできるかどうか分かりませんが,計算書にどれに充当するとは書かずに,届出債権の頭割り分で幾らをあなたに配当しますから,後はそっちで充当を決めてよい,執行裁判所は実体法の充当関係にまでは関与しません,というような形の解決ができないのかというのが今回の提案の趣旨でございます。 ○山本(和)幹事 今のやり取りを私が理解した限りでは,そうすると,岡崎さんの話はいわゆる充当を変更する合意というのは,当事者間でしか効力は得なくて,第三者効は持たないと。しかし,三上さんが言われたのは,第三者に対して効力を及ばないと意味がないとすると,②に書かれてあるような当事者間で充当結果を変更する合意では,三上さんが言われるようなニーズは満たされないと,そういうことだと理解することになるんでしょうか。そうであるとすればそういうことが,つまり,法定充当ではない合意充当みたいなものを正面から認めることが,執行実務で果たしてできるのかどうかということを正面から考えていかなければいけないことになると思うんですが,前提としてはそれでよいのでしょうかね。 ○中田分科会長 まず,三上委員,前提は今のでよろしいですか。 ○三上委員 当事者間での事前の合意に従った充当を裁判実務でも認めてほしいということですが,私の理解は間違っているかもしれないのですが,そういう個々の契約上の充当合意をいちいち裁判所のほうで算段するのはある意味面倒だし,合意の有無等の紛争が発生するとと配当手続に時間が掛かるから,法定充当一律以外は認めないという実務になっているのではないか。それをこの際,実体法の方で立法的に修正できるのであれば,検討していただきたいと思っている次第です。 ○中井委員 山本幹事がおっしゃったとおり,従来の実務は法定充当で確定した後,当事者間で変更しても,当事者間に限るという理解でしかなかったのではないでしょうか。 ○山本(和)幹事 それでは,その前提であれなんですが,執行実務がどれぐらい困るのかということなんですけれども,3の例えば②で書かれているようなことで,確かに充当合意の有無,内容について争われれば,直ちに配当はできなくなるということだと思いますけれども,これは畑さんが部会で言われたことだと思いますけれども,基本的にはそういうことが争われるというのは配当手続では当然に予定されていて,争われる部分の額については供託をして,後は配当異議の訴えの結果を待って配当表を変更するなり,追加配当をするなりして解決をすると。この執行手続が長期化するということの意味ですけれども,固有の意味での執行手続は別に長期化はしないんだろうと思うんですね。供託してそれで終わっていると。   だから,もちろん,後から配当異議の訴えの結果によって配当表を変更したりとかする必要性は残るので,記録は完全に閉じられないのかもしれませんけれども,実際上,執行裁判所がやることは基本的にはなくなって,後は判決裁判所でそこは争われるという仕組みになっていると思いますので,執行手続が長期化するおそれがあって困るというのがもう一つ私には理解ができない部分があるんですけれども,そういうことでは争いがある債権者間では配当を受け取れなくなるというのはそのとおりなんですが,それは争っているから仕方がないように思うので,債権者は,ですから,そこは何か余り否定的な理由にはならないような気もするんですけれども,この辺りがどうなのかというのは。 ○岡崎幹事 まず,配当期日を迎える前の段階で,債権者が先ほどの三上委員の例で言うと,担保権の付いていないほうに充当したことを前提にした債権計算書を出してきた場合,その段階では債務者は争うことができないのでしょうか。そのようなことはないはずで,充当合意について争いがあることが配当期日前に明らかになることもあります。そうしますと,配当期日を開いていいのかどうかを判断しかねる場合や,あるいは配当期日に出頭した債権者及び債務者の両方を審尋した上で判断する場合も出てくると思います。そうしますと,単純に配当異議の問題であるとは言えない感じがします。 ○山本(和)幹事 私の理解では,配当期日は債権者と債務者を呼び出さなければならない民事執行法85条3項があって,85条4項で配当期日において,そういう配当額について定める必要があるときは,出頭した債権者,債務者を審尋し,かつ即時に取り調べることができると,書証の取調べをすることができると。事実認定をすることがあるという前提で条文はできているわけですよね。正に,もし,そういう合意充当で充当合意の効力とか,存否に争いがあるんだとすれば,この手続,即時に取り調べることができる書証の取調べとか,出頭した人間の審尋しかできないわけですから,基本的には要するにその場でやると。その場で裁判所は判断をするということになるんだろうと思います。それで,判断した結果について争いがあれば,それは配当異議の申出があって,配当異議の訴えで争われると,そういう構造だと思いますので,そこで争いがあるからといって,配当期日を何か続行して延々とやるとか,そういうことは予定されていないのではないかという気がするんですけれども。 ○岡崎幹事 そこで,例えば,裏付けとなる何らの書証もなく,片方はこういう合意をしたと言い,もう片方は違う合意をしたと言って,デッドロックに乗り上げることはないのでしょうか。 ○山本(和)幹事 通常はそういう合意の存在を認定できないのではないでしょうか,よく分からないけれども,裁判所は当事者の審尋でよほど,それは信用できるということであれば,そういう合意があったことを前提にして配当表を作ればいいということになるんでしょうけれども,普通はそういう信用ができないので,合意がないことを前提にして配当表を作るという,結局,事実認定のそれだけの問題ではないかなという気がするんですけれども。 ○坂庭関係官 山本幹事の御質問について2点,申し上げたいと思います。1点目については,既に反論されてしまった感じもございますが,実務の御紹介という意味で申し上げます。2点目は,御質問に対する答えの一部になるのではないかと思います。   まず,1点目ですけれども,現在の執行実務においては,配当期日の前にある程度内容に自信の持てる配当表原案を作成し,多くの場合,配当期日には原案と同じ内容で配当を実施しています。このような運用を前提にしますと,充当合意について心証がとれないと配当期日を開けないと感じてしまうことは理解できます。ただし,そのような運用は見直すべきであると言われてしまいますと,議論をしなければいけないと思います。   もう1点,長期化するという点については,深山幹事が前回御紹介くださった例が適切な例になると思います。継続的な給付を差し押さえた場合,例えば毎月毎月の給料を差し押さえた場合ですと,供託書をためて6か月ぐらいごとに配当をするわけですが,配当異議が出て手続きが止まりますと,前回の配当額が決まらず,次は幾ら債権が残存することを前提にして配当を行えばよいのかも決まりませんので,半年後あるいは1年後の配当ができなくなってしまいます。 ○中井委員 今のお話だと,今も充当方法について争いがあった場合に長く掛かるではないか,次に進めないではないか。債権の存否等の実体的なところでも争いがあったときに,同じことになるのではないのでしょうか。 ○坂庭関係官 充当方法に争いがありますと手続が何らかの形で止まるというのは,一般論としてはおっしゃるとおりだと思います。 ○中井委員 つまり,そこに質的な差はないのではないかなと思うんですが。 ○山本(和)幹事 それは,結局,手続外の弁済で充当合意が争われる場合も全く同じことで,1回目の弁済の前に仮に執行手続外で弁済が行われて,それの充当合意の有無が争われたときに配当異議が出て,それで,しかし,配当異議訴訟が確定する前に次の配当が来たときに,どうやって配当するんだという同じ問題で,それは最初の事実認定に基づく配当結果で執行裁判所はやらざるを得ないのではないでしょうか。それに対してはもちろん,また,配当異議が出て配当異議の訴えになると思うんですが,それで複数の配当異議の訴えが並行していくということになるのでしょうけれども,それはそれでやむを得ないと。だから,中野先生なんかはそれをやめるためにも,途中で配当額で減ったかどうかということを見直さないで,最初のときの債権計算書で継続的な給付の場合の配当は全部やるんだと言って,それはそれで非常に私は単純化されるのではないかと思いますが,実務は,しかし,そういう考え方を採っていなくて,途中で見直すという考え方を採られている以上は,そういう結果が出てくるというのは私はある種,必然的なのかなと思うんですけれども。 ○高須幹事 ここは悩ましいところなんですけれども,議論を伺っていて,要するに裁判所の方々から聞こえている意見というのは,決して理論的にそういう例外があると言っているわけではなくて,現実は今,法定充当ということでやるという一つのルールが決まっているので,そのことに従っている限りで実務が回っているところがありますと。ここを変えるということになると,結局,同じような問題ではあるのだろうけれども,今まで起きなかった問題が起きて問題が広がってしまう部分があるので,そのことをどう考えたらいいのでしょうかという御指摘のように聞こえます。   そうだとすると,そのこと自体もやはり取り上げる必要はあるのだろうけれども,ただ,それに対しては,そういうことがあっても今回はこういう考え方でいくんだという選択をするのか,あるいはそのことをおもんぱかって,従来の扱いを継続するという選択をするのかの問題なのかなと。したがって,この問題について裁判所の方々から聞こえてくる御意見について,理論的に当否を問うというよりは,その実務を変えるかどうかの選択をみんなで知恵を出して決めたほうがいいのではないかなと思いました。 ○岡崎幹事 観点は変わりますけれども,ただいまの高須幹事の御発言も踏まえて,分科会資料4の3の①にあります合意充当を認めることにより現在の執行実務がどのように変わるかについてお話ししますと,先ほど高須幹事の御発言に関してお話ししましたように,現在でも法定充当の結果よりも債権者に不利な内容の債権計算書が提出された場合には,その理由を詮索せずに,当該債権計算書を前提に配当を実施することが多いと思いますので,合意充当を認めても,法定充当よりも債権者に不利な内容の合意がされた場合の取扱いは現在と余り変わらないと思います。   他方,法定充当よりも債権者に有利な充当もあります。例えば債権が2本あり,損害金の利率が,一方は10%で,他方は20%だとします。そうしますと,法定充当による場合は,両方とも弁済期が到来しているときは,債務者に有利なほうから充当することになりますから,遅延損害金の利率が20%の債権から充当されるべきですが,合意によって遅延損害金の利率が10%の債権から充当されることも考えられます。そうすると,法定充当を行った場合の残存元本に比べると債権計算書に記載される残存元本が高くなります。このような場合,現在は,執行裁判所がこれはどうなっているんですかと介入していくことになります。しかし,合意充当が認められますと,そのような介入が認められないことになり,当事者の合意のとおりにすることになります。ここでは,銀行のような優良な債権者を念頭に置いて議論が進められているように思いますけれども,債権者の中には,そうでない者も多数いるわけですので,そのことも踏まえて,合意充当を認めた方がよいかについて違った角度からも検討することが必要であると思います。 ○三上委員 今,岡崎幹事が出された例でも金利の低いほうに先に充当することが社会的に何か批判されるべきことなのかと思います。別にそういう金利で約定していて,そういう充当の仕方を契約していたわけなので,例えば,それでほかの債権者の取り分が2回目の配当のときに減ったとしても,たまたま,そういう金利だから,そういう結果になっただけであって,ほかの債権者が法定充当どおりにやればもうちょっと取れたという期待は,合理的保護に値するのだろうかと思います。   また,そういう期待を保護するために,別に金利の問題ではなくてほかの担保や保証の関係で,うまく充当すれば全額回収できるところが,法定充当のせいで一部回収漏れになったということが法的に正義なのかというところが議論になっているところだと思います。別に契約で高い金利になってもそれはたまたまのことなので,二つあった貸金うちの一方の金利が高くて,低いほうの元本に先に充当してもらったほうが有り難い,などというのは,少なくともほかの債権者がとやかく言えるような話ではないと感じています。 ○高須幹事 今の点で考えねばならないのは,配当の性質なのだろうかなと思うんです。それを弁済と全く重視するということであれば,今,三上委員がおっしゃったように,取引行為あるいは契約社会におけるそういうルールでいいということになると思うんですが,配当には最終的には弁済につながっているという意味での私法行為性はあるとしても,裁判所が執行手続で行うという公法性というんでしょうか,そういう性質があるわけで,それでよく判例の指摘に対して言われる結果の妥当性を考えたときに,法定充当というのは一定の合理性を持っているんだという議論が出てくると。したがって,配当という場面で,今回,問題になっているということを一つ織り込んで検討する必要はあって,通常の取引のルールだけを前提とするわけにはいかないのではないかと思いました。 ○岡崎幹事 先ほど三上委員から民事執行法85条1項ただし書,つまり「配当の順位及び額については,配当期日において全ての債権者間に合意が成立した場合は,この限りでない」という規定を引き合いに出して,配当期日に配当額等の割振りをするときに,全債権者が合意すれば,そのとおりにできるのであるから,配当にも合意の要素が含まれているという趣旨の御発言があり,このことは,部会のときもおっしゃっていたと思います。御指摘の規定があるのは確かですけれども,これは全当事者が期日に一堂に会して合意をする場合に適用される規定ですので,今,ここで議論している通常のケース,つまり,期日に誰も出頭せず,その前に債権者と債務者との二当事者間のみで一定の合意がされているというケースには当てはらないと考えます。   部会で申し上げたことの繰り返しになりますけれども,配当というのは,今,正に高須幹事がおっしゃったように,債権者及び債務者の意思的な要素が基本的にはない手続の中で,法律に定められた効果として債務消滅の効果を生じさせるものです。この点で,弁済をして,これを受領するという,債権者及び債務者による意思に基づく行為が入るものとは全く違う性質を有すると思いますので,これに合意充当のような意思に基づく制度を導入することが理論的に見てどうなのかという点についても,考えておく必要があると思います。 ○道垣内幹事 どちらの味方でもございませんが,民事執行法85条1項ただし書の解釈について1点だけ確認をしたいのです。1項本文においては「その債権の元本及び利息その他の附帯の債権の額,執行費用の額」といろいろ書いてあって,「並びに配当の順位及び額を定める。」とされていまして,ただし書においては,そのうち,「配当の順位及び額については」となっていますので,充当の順序を定める合意を予定した条文なのかというと,そうではないのではないかなという気がするのですが。 ○岡崎幹事 すみません,少し不適切な言い回しだったかもしれませんが,道垣内幹事のおっしゃるとおりです。 ○山本(和)幹事 今の1点だけコメントですけれども,85条1項ただし書は飽くまでも債権者間に合意が成立した場合なので,債務者の合意は要らないわけですよね。つまり,債権者で分けられると。その後,債務者に誰の債権がどれだけ残るかということは,基本的にはその利益は保護しないという考え方でできている条文なのではないかという感じが,それで三上さんは多分,これを援用されているのかなと思うんですが。 ○中田分科会長 それぞれの御意見が出ていて,どうやって一つの方向性を見付けていくかというのはなかなか難しいようですけれども。 ○畑幹事 中身としては部会でも申し上げたとおり,ここで生じ得る問題というのは手続外の一部弁済でも全く同様に生じ得る問題だというのが私の認識です。  なお,中身そのものではないのですが,先ほど,高須幹事がおっしゃったことと関連して,もし,こういうことを認めるのであれば,それをどうやって規定に書くかという問題もあるような気がしております。と申しますのは,資料39の最初のほうで執行手続による配当を弁済と見るとか,弁済の一種とするというような規定を置くかどうかという議論があったと思うのですが,それを置かないとすると,ここで合意充当とか指定充当を認めるという規定も置きにくいというような問題もあるのかなということです。ということは,逆に言えば,部会資料39の最初のほうに出てきた問題というのも,ここでの議論の帰結によっては違う結論になり得るのかなという気もしております。 ○沖野幹事 質問だけなのですが,今の畑幹事の御指摘との関係で,現行法は,配当のときには法定充当の規律によっている,それは弁済の充当の民法の規律によっているという理解でよろしいのでしょうか。民法の規律のほうが合意充当優先ということが明確になったときに・・・,うまく言えないのですが,そもそも現行法は,どういう根拠で配当は弁済でもないにもかかわらず,民法の弁済充当の規定を使って配当しているのでしょうかという疑問と言ったほうがいいのかもしれませんけれども。 ○畑幹事 今の御質問に直接,答えるわけではないのですが,私の趣旨は従来の判例のルールを変えるのであれば,何らかのルールを書くほうが自然ではないだろうかと。そして,そのルールだけが突然ここで出てくるというのは,何か,妙ではないかということです。現行法の理解については今のところ十分には考えていないのですが。 ○中井委員 岡崎さんのお話を聞いていると,結局は法定充当で行ったほうが執行手続における配当は簡便に行われる。結果として,それが複数債権者にとって最も公平なのである。だから,それを変更する必要はないというように聞こえるのです。そうすると,執行手続の中に当事者間の合意で充当するということが仮に何らかの形で承認されれば,それを執行手続の中に持ち込んで配当表を作ること自体は,論理的に不可能ではないという理解をして,それは少なくともよろしいのでしょうね。そこを確認したかったんです。そうだとすると,法定充当が簡便で間違いないからという執行手続の円滑な進行と,当事者の合意を尊重して,それを執行手続においても反映させたほうがより好ましいという三上さんの主張と,執行手続の中では両立するのであって,どちらがいいかという,そういう政策的判断ではないかという気がするんですけれども,そういう考え方は間違っているのでしょうか。 ○岡崎幹事 論理的に不可能かと問われたら,時間を掛けてじっくりやれば不可能ではないと思います。しかし,どの程度確認するかとの兼ね合いもありますが,今は法定充当を前提にして,先ほど申し上げたように,おかしなものを指摘するという実務になっているのですけれども,部会でも件数の話題が出ましたように,年間10万を超える件数がある中で,この実務を改めて,合意がないものは法定充当,合意があるものは合意充当と1件1件使い分けることは大変な労力を必要とします。そして,配当表の作成に誤りがあれば裁判所の中では大問題になりますので,何らかの罰を受けることを心配する書記官もいるかもしれません。このような厳しい姿勢を保つことによって現在の正確な民事執行の配当を実現している面がありますので,合意充当を認めるかどうかを検討する際には,1件1件に十分な時間と労力を割くことができる体制になっているのかということとの兼ね合いを考える必要があるのではないでしょうか。裁判所にもっとお金をつぎ込んで,先ほどのような担保権者の利益を守ったほうがよいということで国民の理解が得られるのであれば,それは政策判断なのだと思います。 ○山本(和)幹事 私も,必ずしも合意充当とか指定充当を認めるかどうかということについて定見を持っているわけではなくて,私はどちらでもいいとは言いませんけれども,正に中井先生が言われる政策判断の問題だと思って,そういう合意充当とかを認めるニーズがどれだけ強いものが一方であるのかということで,ただ,他方の計りに掛けられるべき執行手続が今よりも大変になる。   今は基本的にはそういう合意の有無とかは全く審理の対象にはならないわけですから,それに比べれば,それを審理しなければならない負担というのが生じるというのは間違いないんですが,それがどの程度の負担なのかということを先ほど来,私としては申し上げているつもりで,やはり,最初の配当表を作る段階で,どこまでやらなければいけないのかという認識が,恐らく岡崎さんとか裁判所の方と私の間ではややずれている感じがしまして,書記官が処罰されるということは私はないのではないかと,間違っても思うんですけれども,配当表を作るという行為は,もちろん,それなりの重みがある行為であるということは間違いないと思いますけれども,しかし,それは後で争われる中身については,手続的に間違えれば問題ですけれども,中身については後で配当に利益を持っている当事者間,債権者間で争われると,それを最終的には訴訟手続で争われると,そこで確定するんだと。   そこまでのある種,暫定的なものにとどまるんだという当事者主義的な構造で執行法は考えて,恐らく裁判所のほうはもう少しパターナリスティックにそこを捉えておられて,だから,裁判所でかなりある種,職権的に真実を解明しなければいけないんだという強い思いを持って,そのこと自体,私は非常に頼もしいことだとは思うんですけれども,ただ,執行法の構造は私は何かもう少し当事者主義的にできているのかな。だから,そこをそれほど重い要素で考えなくてもよろしい,もう少し,肩の力を抜いてもいいのかなというぐらいのことを先ほど来申し上げていると,そういうことです。 ○岡崎幹事 この点は裁判所の中にいる我々と,そのほかの皆さんとの間で意思疎通が難しいところではないかなという気がしますけれども,実際の執行担当の裁判官なり,書記官の方の肩の力の入りようは,御理解いただけないぐらいに厳しいものがありまして,数百円単位で配当表が間違っていた場合でもかなりの騒動になります。そうすると,できるだけ執行担当の裁判所がよって立つルールというのを単純明快にしておかないと,万が一,誤ったときのコストが非常に大きいものですから,そこが我々が非常に強くこのような御意見を申し上げざるを得ない背景にあるわけでして,この点の御理解を頂ければと思います。 ○坂庭関係官 山本幹事の御発言を受けて,すれ違いの答弁になってしまうと思いますが,少し申し上げさせていただきます。これから私が申し上げますことは,債権者,債務者間の利害調整の話ですとか,あるいは債権者と手続外にいる保証人や物上保証人との利害調整の話は一旦脇に置いた,執行手続に関する技術的な問題ですが,配当と充当というときに,二つの問題が区別されていない気がすることが時々ございます。   と申しますのは,どういう配当表を作るのかということと,配当によってどの債権債務が消滅するのかということは別の問題であるということです。まず,配当によって,実体法上は,いずれかの債権債務が消滅しているわけですから,どの債権債務が消滅したのかを特定するために充当の議論をする必要がありますけれども,ただ,我々が配当は法定充当されると言うときに,それは執行裁判所が執行手続の中で消滅する債権を法定充当に従って確定していると言っているわけではなく,配当手続は飽くまで幾らの金銭をお渡ししますということを定める手続でしかないのです。そして,渡した金銭によってどの債権債務が消滅したかについては,事後的に訴訟で確定するしかないはずです。   ところが,御議論を聞いていますと配当表に同意を反映させるべき,これから行う配当をこう充当したいんだということを配当表に書き込んでもらいたいんだというニーズがあるように感じました。しかし,費用対効果という意味での効果の話をさせていただきますと,一生懸命,合意を確認してそれを配当表に記載したとしましても,配当手続によって充当関係は確定されないわけですから,後から,保証人や物上保証人が合意の内容は別であったと主張して争う余地が十分にあるわけでして,合意を確認するための手続を採ることによる不利益がどれくらいあるのかを考慮しますと,積極的に合意を確認しようとは言いにくいところがあると感じています。 ○畑幹事 三上委員がどうお考えかというのは分からないのですが,私自身は合意充当を認める場合に配当表に合意を載せるというようなことは全く考えておりませんでした。正におっしゃるように,配当表というのは額を決めるものなので,後の段階で争いになったときに,合意充当を認めるのであれば,その効力が問題になるということを私は考えていたので,配当表作成のときに,この配当でどう充当されるという合意を書くとかいうことは,私自身はイメージはしておりませんでした。 ○三上委員 私も昭和62年判決の解釈は,高須幹事がおっしゃったように配当表に載せられた充当で債務は消滅する,その後に調整するのは新たな債務負担だとか,そういう行為であるという前提で理解していましたので,それは間違っていたということでしょうか。単に裁判所は配当表に基づいて計算された金額を渡すだけで,それをどう充当するかは当事者間が任意で配当手続の外で決めてもらっても構わないという理解なのであれば,それはそれで一つの解決,一件落着なんですが,本当にその理解でいいのか,それが62年判決の解釈として正しいのかというところがよく分かりません。   もしそれが正しいのならば計算書にどれに充当すると書かないで,配当表の基礎になる債権額は幾らと確定したので,そこから基づいてあなたの配当額は幾ら渡します,で止めていただければと思います。ただ,私はさほどまでは62年判決以降は,配当で債務は消滅してしまっていて,それ以降は第三者に影響を与えるような当事者間の合意はできないという前提で理解しましたので,しつこく当事者間の合意を配当表に反映させて欲しいというようなお願いをしていたわけでございます。私が間違っていたのだったら申し訳ございません。 ○中田分科会長 畑幹事,よろしいですか。 ○畑幹事 部会から私が申し上げていることは,以前,沖野幹事がお書きになったことを繰り返しているだけなのですが,そこで御指摘されたことの一つとして,充当関係なんていうものを確定させるように配当手続はできていないということがありますので,今,事実上,充当関係を書いているとしても,そのことの意味というのは,それほど大きなものではないのではないかなという気が個人的にはしております。 ○山本(和)幹事 私も先ほど来,配当異議,配当異議と言っていますけれども,私が言っている配当異議というのは裁判所のあれで言えば,2回目の配当ですよね。1回目でどういう充当があったかによって,2回目で各債権者に渡す配当額が変わる場合に配当異議で争えるわけで,1回目でどういう充当をしようが,債権者に渡す額が同じであれば配当異議の利益はありませんので,全然,そこでは配当異議なんかは問題にならないし,そこで裁判所がどういう前提で配当表で何を書こうが,法律で定められた充当,法律の規定に基づく充当の結果に基づいて充当がされたことになるわけで,裁判所が法律の解釈をもし誤っていれば,それは誤っていたというだけであって,後の裁判所を全然拘束する既判力とかをもちろん生ずるものではないわけなので,前提としては,それほど私は皆さんのあれは違っていないのかなという印象を今は持っていたんですが。 ○坂庭関係官 まず,山本幹事から御指摘いただいた点につきましては,少なくとも私は同じ前提に立って議論していたつもりです。三上委員の御質問に対しましては,前半部分はおっしゃるとおりですとお答えして,後半部分についてはこれから議論しなければいけないところですとお答えすることになるのだろうと思います。前半部分と申しましたのは,配当表にこう書いたからといって,その内容に従って充当関係が確定されることはないという点です。後半部分の自由に合意してよいのかという点については,今,正に議論しております合意充当が認められるかどうかに係るということなのだろうと思います。   こういう言い方は若干正確を欠くかもしれませんけれども,仮に配当表に充当関係が書かれたとしても,それは,この配当をしたら,このように充当されるという予想を書いているにすぎず,配当表にこう書かれたから,実体がこう変わったということないはずです。ただ,その配当によって実体法上どの債権が消滅することになるのかに関しては,昭和62年判決をどう読むかですとか,そういった問題が生じてくると理解しております。 ○高須幹事 そうすると,今,やっている議論の具体的な意味というか,ここで問題になるというところを絞ると,第2回目の配当が行われるときに,第1回目の配当に関する法定充当以外の主張を認めるかどうかということに集約されるという理解でよろしいのでしょうか。よろしければ,それに絞って,その観点から考えればいいのかなと思ったんですが。 ○坂庭関係官 そこが大きいのだろうと思いますが,それに加えて,手続外にいる保証人や物上保証人が,別訴において,自分の保証している債務が消滅したはずであるとか,自分が物上保証している債務が消滅したはずであると主張する可能性はございますので,そこも論点になり得るのかもしれないと思っております。 ○岡崎幹事 あと,再度の執行といいますか,1回,執行をしたけれども,満額の満足を得られなかったので2回目の執行申立てをするという場面でも問題が生じると思います。 ○畑幹事 私は三上委員の立場に若干傾いているのですが,もちろん,裁判所の方が懸念を持たれるということも理解はできるところであります。つまり,先ほども申し上げたように手続外で一部弁済がされた場合であっても,質的には全く同じ問題が生じるわけですが,恐らく御心配なのは,それが配当のところに入ってくることによって質的には同じであっても,問題が看過できないほどの量になって生じるのではないかということなのだろうと思いますし,それはそれで理解できるところではあります。ただ,それが実際にどれぐらいになるのかとか,その辺りは何とも分からないところではあります。 ○中井委員 どなたかに整理していただきたいと思います。先ほどから岡崎幹事が執行実務における問題点として御指摘されたのは,仮に合意充当を入れるとすれば,配当額を決定するについて,その事実認定の問題が生じて実務が錯綜するので困る,こういう御意見のように理解しました。それに対して,今,集約されかけているのは,配当表を作成するに当たっては,そういう合意充当等とは関係なしに,法定充当に基づいて計算して配当の額だけが決まる,それが交付された後,どのように充当するかは,そこで問題にすれば足りる。この二つをおっしゃられているように思います。この二つが違うのか,整理ができなかったものですから。 ○筒井幹事 二つは関連していると考えられているのではないでしょうか。つまり,現在の実務は,あらゆる局面を通じて執行手続による配当は法定充当によるのだという運用で行われていると思います。1回の配当で執行手続が終わった後にその充当結果が別の訴えで争われるという局面であれば,法定充当によらなくても執行手続への支障はないはずですが,この局面も含めて法定充当によらなければならないという解釈が採られているわけです。このような解釈が採られている理由は,最高裁の昭和62年判決の読み方に関わるかもしれませんが,執行手続を安定して行うために法定充当によらなければ一定の支障が生ずる局面があるという指摘がされているからだと思います。   では,執行手続で支障が生ずる局面は何かというと,同一の執行事件において二度目の配当が行われる局面であろうと考えられているのだろうと思います。このほか,岡崎幹事が最後に指摘されたように,同じ債権について行われる二度目の執行申立てにおける請求債権の額にも関係することがあるのかも知れません。そういう整理をした上で,本当に支障があるのかどうかが議論がされているのではないかと思いますが。 ○畑幹事 同じことだと思いますが,つまり,配当するときに充当は関係ないという話は,つまり,これから配当するときに,それがどこに充当されるかはその配当手続内で決まるわけではないと。これに対して,配当に当たって充当を考えなければいけないという局面は,一旦,行われた配当を今,筒井さんがおっしゃられたように何らかの事件で同じ債権について2回目の配当をするに至ったときに,前の配当がどう充当されるのかということを考えなければいけないということで,違う局面について中井委員のおっしゃる二つのことが述べられているし,それ自体としては,皆さん,大体,一致しているのではないでしょうか。 ○道垣内幹事 ホワイトボードを使って数字を書かなければ,なかなか,議論についていけないところもあるのですが,民法394条2項との関係で,配当時には充当を考えなくてよいのかということについても,併せて整理のときにはお考えいただければと思います。私に今すっきりした考え方があるわけではないのですが,一番問題になりそうなのは,債権者が,抵当権が付いている債権と抵当権が付いていない債権を持っていて,片方は抵当権が付いているのだが,遅延損害金の率が小さく,他方は抵当権が付いていないのだけれども,遅延損害金の率が大きいということになりますと,債権者にとっては痛しかゆしというか,どちらに充当するのが得なのか,微妙な形になるわけですが,その際にどのような充当になるのかで,供託義務が発生する場合としない場合とが出てくるのではないかという気がします。本当は,具体的な数字を当てはめて,こういう場合は困るでしょうというように説明すべきだと思うのですが,ホワイトボードを使って40分ぐらい掛けさせていただかなければ自信がありません。 ○中田分科会長 問題点の御指摘としてはクリアになっていると思います。 ○中井委員 関連して検討しておくべきではないかと思っていることを申し上げておきます。倒産時に複数債権があるときに,手続開始時現存額主義があるかと思うんです。複数の債権があって,倒産手続開始後に競売手続がとられて,そこで配当されるとき,複数債権のどれに充当するかによって,その後の倒産債権の行使が変わってくるという事案で,先般,最高裁判決がありました。そのときには法定充当でなければならない,合意による変更を認めて恣意的に充当すると,その後の破産債権の行使が変わる場面が生じる,というものです。倒産手続開始後の競売手続の充当方法について,そういう裁判例もあることも考慮して,それが倒産手続に与える影響も考える必要があると思います。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   ただいま,頂いたような御指摘を踏まえまして,様々なレベルの御指摘がございましたけれども,これをまた整理して何か方向性を見いだすことができるかどうか,次の課題としたいと思います。本日,積み残しました議事は,次回に引き続き審議するということにさせていただきたいと思います。   事務当局から連絡事項についてお願いいたします。 ○筒井幹事 次回会議の日程だけ御案内いたします。第1分科会の次回会議は7月24日,火曜日,時間は午後1時から午後6時まで,場所は法務省地下1階の大会議室を予定しております。本日の積み残し部分のほか,次回会議までに第1分科会に付託された論点について御検討いただくことになろうかと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 ○中田分科会長 それでは,本日の審議はこれで終了といたします。   本日も熱心な御議論を賜りましてどうもありがとうございました。 -了-