法制審議会民法(債権関係)部会           第53回会議 議事録 第1 日 時  平成24年7月31日(火)自 午後1時00分                      至 午後6時28分 第2 場 所  法務省大会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)           議        事 ○鎌田部会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会第53回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中,また猛暑の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いします。 ○筒井幹事 事前送付資料として部会資料44をお届けしております。また本日は,積み残し分を審議する関係で,部会資料43も使わせていただきます。これらの資料の内容は,後ほど関係官の新井と金から順次御説明いたします。   なお,部会資料44の対象範囲には,贈与のほか交換が含まれるとアナウンスしておりましたけれども,この交換につきましては具体的な改正提案が見当たらないことから,独立の論点項目としては取り上げないことにしております。 ○鎌田部会長 本日は,部会資料43と部会資料44について御審議いただく予定です。具体的な進め方といたしましては,休憩前までに,部会資料43の積み残し部分と,部会資料44の「第1 贈与」の「6 死因贈与(民法第554条)」までについて御審議を頂き,午後3時35分頃を目途に適宜,休憩を入れることを予定いたしております。休憩後に残りの部分について御審議を頂きますが,議事次第を御覧いただいても明らかなように,御審議いただく項目が大変多いですけれども,可能であれば予備日を使わなくて済むようにしたいと思いますので,よろしく御協力のほどお願いいたします。   それではまず,「4 担保責任に関するその他の規定」について御審議いただきたいと思います。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 それでは,説明いたします。   部会資料43の「第2 売買-売買の効力(売主の責任)」の「4 担保責任に関するその他の規定」では,まず「(1)売主の担保責任と同時履行(民法第571条)」において,存在意義が乏しいと考えられる民法第571条を削除することを提案しています。   「(2)数量超過の場合の売主の権利」においては,数量超過売買に関する規定を設けないことを提案しています。   「(3)その他の規定の要否等」では,アで債務不履行責任の免責特約に関する規定を設けることの要否を取り上げているほか,イ及びウでは,数量保証あるいは品質保証などについて規定を設けないということを提案しております。 ○鎌田部会長 ただいま説明がありました部分について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○中田委員 (1)についてです。571条を削除するということ自体に強い反対があるわけではないんですけれども,理由を検討しておく必要があると思います。571条が546条と別に置かれた理由は,起草段階の資料によりますと,買主の損害賠償請求権と売主の代金請求権とを同時履行の関係に立たせるのが公平だと考えられたからのようです。この規定がないと,ずるい売主は,代金を受け取るけれども,損害賠償をしないことになる,そんなことが言われております。   他方で,解除の場合については,元々この規定は不要であるということが前提として考えられていたわけです。さらに代金減額請求との関係も検討されております。そうしますと,571条を削除するとすれば,起草者の理解とは異なって,損害賠償債権と代金債権との同時履行に関する規定は不要だということについての説明が必要になると思いますが,この点を更に検討した上で結論を出すべきではないかと思います。 ○鎌田部会長 中田委員の御意見としては,その点を配慮すると規定を残しておいたほうがいいということになるでしょうか。 ○中田委員 損害賠償と代金を同時履行にする規定はあったほうがいいと思います。ただ,それを533条から直接導くことができるのかどうかということが決め手になりまして,起草者は,533条は損害賠償には適用がないということを前提にしております。ですから,そこをどう理解するかによって決まってくると思います。 ○鎌田部会長 関連して御意見ございますでしょうか。   それでは,今の点を事務当局において引き続き検討させていただくということでよろしいでしょうか。   (2)(3)について御意見いかがでしょうか。   (2)については,特に御異論がないと思ってよろしいですか。 ○山本(敬)幹事 (2)については,以前の部会のときに,この数量超過売買については,錯誤無効ないし取消しに関する新たな規定によると,無効ないし取消しが認められる可能性があるのではないか,その場合に,買主の側が増額された代金を提供して錯誤無効ないし取消しの主張を封ずる可能性を用意する必要があるのではないかという指摘をしました。それについては,部会資料の45ページの下から3行目で,「錯誤無効の主張を常に覆すことの妥当性に疑問があり得る。」というのはそうかもしれませんが,覆す場合があり得るということについてはどう考えるかが残された問題ではないかと思います。いかがでしょうか。 ○鎌田部会長 事務当局,何か御意見ありますか。 ○新井関係官 おっしゃるとおりで,この①のような解決の仕方がおよそあり得ないという趣旨はもちろんありません。ただ,①のような規律の在り方を常には貫徹できないとすれば,どういう例外ないし除外の要件を設けるかということについて検討しなければならない。それはなかなか容易ではないのではないかということで,本文のような提案をしています。 ○山本(敬)幹事 記憶を思い起こしていただくためでしかありませんが,これは,数量100とした売買で,代金を例えば1,000とした場合に,実際の数量は100だと思っていたら120あったという場合に問題となります。この数量が本当は120なのに100だと思ったということは動機かもしれませんが,法律行為の内容としては,100で売る,買うという契約をしていますから,100であると思ったという動機は法律行為の内容になっています。そうすると,実際には120であれば,動機の錯誤ないし事実の錯誤に当たりますが,法律行為の内容になっているので,無効ないし取消しが認められる可能性があります。その場合に,相手方のほうが120なので,代金1,000のところを1,200提供するので,このままでいきたいと言ってきた場合に,いや,無効ないし取消しが認められると言う。何も規定がなければ,それを封ずる道はありませんので,買主側がいかにそのような提供をしたとしても,売主側が応じない限りは,無効ないし取消しという効果が認められる。確かに難しいという御指摘がありますけれども,放っておくと,この結論を容認することになる。本当にそれでよいのでしょうか。何が問題かということをもう一度敷衍しただけですけども,改めて問題提起をしておきたいと思います。 ○鎌田部会長 その場合に,では1,200ではなくて1,150だったらどうなるかとか,そういう関係をどういう条文の書き方にすると最も適切かというところにも苦労されたようなので,どんなふうな要件立てにすると具体的な提案になるか,お知恵がありましたらまた追ってお出しいただければと思います。 ○高須幹事 今,山本先生から具体的な話が大分出たので,それに付け加えるかたちになりますが,これまでの議論の中で,増額の部分についても何らかの手当てをすべきではないかという問題提起的なことは私も思っておったのですが,なかなかいい答えが見付からない,今回の部会資料の中でも,具体的な解決方法の提案は困難であるということで,やむを得ないのかなという気持ちは持ちながら,今,山本先生からも御指摘があったように,本当に契約解釈だけで対応できるのかどうかについては,やや疑問があるかなと思っています。可能であればもう少し考えたいなということで,基本的には山本先生の御発言の趣旨と一緒でございます。   それで,弁護士会の議論の状況も,単位会の中で,従前からこの数量超過の場合の規定を置くべきだと主張していた単位会は引き続きそういう意見を持っておりますが,具体的になかなか立法提案の難しさから,規定を設けないということで,提案資料でよろしいのではないかという弁護士会のほうが数としては多数という状況になっております。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。(3)についてはいかがでしょうか。 ○岡田委員 (3)のアに関しては,是非設けていただきたいと思います。   イについては,数量保証,品質保証のところで,家電メーカー等が保証書を付けているのですが,あれがどういう性質かというのを随分前に読んだ書物では初期不良を担保しているものであってメーカーと消費者の契約だとあったように記憶しています。消費者からすれば,あのような一方的な部分に合意したつもりはないにもかかわらず,保証書を前面に出されてしまう。またメーカーの保証に該当しないものについては,販売店が当然対応しなければいけないと思うのですが,その辺もはっきりしないということで,最近は,大型の家電の店舗なんかは,別途自店の保証書を出しています。このような保証書に関する消費者トラブルが少なくないことから保証書についても検討していただきたいと思います。   それから,ウに関しては,これは最近やはり消費者が売り手になる場面も多いものですから,ここも設けないということではなくて,何らか設けていただきたいと思います。事業者と消費者の格差を踏まえてのことです。 ○鎌田部会長 関連した御発言ございますでしょうか。 ○高須幹事 アの論点でございますが,基本的には不当条項規制の中でも議論されているところではありますけれども,この規定を独立の条文として切り出してといいますか,設けること自体に意義があるのではないかと思っております。   現在の判例法理でも,例えば平成15年2月28日の判例などは,ホテルの紛失のケースでございますけれども,宿泊約款等での責任の制限条項があっても,故意・重過失がある違反のような場合には,宿泊約款の規定の適用を主張することはできない,つまり,責任を制限することはできないというような判例が現に存在するところでございますので,そういう意味でもこのアのところの特約についての一種の制限規定みたいなものを設けるということについては,前向きに考えるべきではないかと思います。ただ,ここで指摘されているのは瑕疵担保の規定との関係ということもあるいは議論されているのかもしれませんが,瑕疵担保のところの免責約款との関係は部会資料にあるとおりで,包摂される関係にないのであれば別個独立して設けるべきという点はそのとおりだと思いますし,仮にある程度重なるとしても,規定を明確にするという意味では独立して572条を設ける意義はあると思いますので,そこは先ほどの同時履行の問題との規定の兼ね合いと一緒でどの程度の規定を置くかということを,ほかの条文との関係等も見ながら調整して,最終的には規定ぶりを考えればよろしいのではないか。いずれにしても,この種の規定を設ける意義はあるのではないかと思っております。 ○潮見幹事 今のところですけれども,私も基本的に高須幹事がおっしゃられたように,不当条項リストをどうするかに関係なく,この種の規定をここで債務不履行の一般的な規律として設けるべきだと思います。ただ,その上で事務局で少し検討いただきたい点が2点あります。  一つは,直前に高須幹事がおっしゃられた判決にも関わりますが,債務不履行の責任だけではなくて,不法行為責任も同様に問題になろうかと思いますので,その辺りをうまく包摂できるような形の規定の可能性を探っていただきたい。   それからもう一つは,こだわりませんけれども,ここでの免責のルールとして,よく言われるのが,債務者が故意,あるいは債務者が重過失の場合の責任を免責するのも許さないということです。こうした方向自体はいいと思うのですが,実際に規定を条文化するに当たって重過失という言葉を使うかどうかは,御検討いただければと思います。使ってもいいのかなとは考えておりますけれども,なおよりいい言葉があれば,そちらに乗り換えていく方向を探っていただければと思います。 ○鎌田部会長 潮見幹事,何かいい言葉をお持ちでいらっしゃいますか。 ○潮見幹事 特にありません。すみません。「重過失」というのでも,解釈に委ねるというのも,それも一つかなとは思いますが。 ○道垣内幹事 遅れてきて急に発言すると失敗するかもしれませんが,少し気になることを申し上げます。重過失も故意もいいのですけれども,そのときの故意や重過失の内容は何なのかということなのです。と申しますのは,免責特約と言うと,何か責任が発生するのだけれども,それを免除する特約のように思いますけれども,契約の中身として,そのような性質のものを給付するということを負担していないと考えると,そもそも債務不履行が生じた後の免責問題ではなくて,債務不履行が生じないということになるわけで,そうなりますと,もし仮に故意又は重過失というのを普通に挙げますと,そこには当該物が通常有する性質といった,前回は必ずしも評判のよくなかったといいますか,前回のときに前提となっていなかった概念を前提にすることになるのではないかという気がするのです。その辺りの概念整理がちょっと私にはよくまだできておりませんで,どなたかお教えいただければと思います。 ○鎌田部会長 どなたか関連する発言ございますか。   その点は,それでは引き続き検討をさせていただきます。   イ,ウについては,設けないこととしてはどうかという提案になっておりますが,岡田委員からは,イはむしろ保証書についての法律関係を明確にしてほしいという御趣旨で,ウについては,消費者が売主であるような場合についての規定は設けてもらいたいという,こういう御趣旨だったかと思いますが,ほかの御意見はいかがでしょうか。ほかには特に御意見ございませんか。   では,今頂戴した意見を踏まえて検討を継続するということにさせていただきます。   次に,「第3 売買-売買の効力(前記第2以外)」のうち「1 売主及び買主の基本的義務の明確化」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 説明いたします。   「第3 売買-売買の効力(前記第2以外)」の「1 売主及び買主の基本的義務の明確化」では,「(1)売主の対抗要件具備義務」において,売主の対抗要件具備義務を明文化することを提案しています。   「(2)買主の受領義務」では,買主の受領義務を明文化することを提案するとともに,買主の対抗要件引取義務を併せて規定することの要否につき問題提起しています。本文では,「受領」と「受取り」を明確に使い分けるべきであるとの指摘があることを踏まえ,ブラケット内に「受領する」と「受け取る」とを並べ,受領義務にいうところの「受領」が物理的な引取行為であるということを明確にするために,「受取り」という言葉を用いることの要否についても問題提起しています。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明がありました部分のうち,まず「(1)売主の対抗要件具備義務」について御意見をお伺いします。御自由に御発言ください。   特に御意見がないというのは,異論がないという趣旨であると思ってよろしいですか。 ○三上委員 1点確認なんですけれども,こういう規定を設けるということに関しては積極的な意見ではないんですけれども,譲渡担保は,表向きは売買の形を採りますが,売買契約とは違う種類の契約と理解しています。ですから,こういう条文が設けられても,譲渡担保契約には適用はない,買主という形になっている担保担保権者には引取義務はないと,そういう理解でよろしいのかどうかという点を確認しておきたいと思います。 ○鎌田部会長 それは対抗要件具備と受領義務の両方についての御意見ですか。 ○三上委員 対抗要件は具備させる義務があっても,別に当事者間で留保することはできると思うので別に影響はないと思うんですが,引取義務は担保権者は負い得ないので,その点だけは確認しておきたいと思います。 ○鎌田部会長 それでは,受領義務のほうについても御意見を併せてお伺いします。 ○岡田委員 前にも申し上げたかと思うのですが,一般的に消費者が,受領を拒否する場合というのは,その製品が契約に添うものではない場合とか,自分として納得できない部分がある場合だと思いますので,補足説明にもあったかと思いますが,「瑕疵のない目的物を」というような言葉を明記していただくとより明確になるかと思います。 ○鎌田部会長 分かりました。(2)には,第2パラグラフで登記・登録の引取義務という提案もあるんですけれども,この点についての御意見はいかがでしょうか。   それでは,基本的には御異論はないと……。高須幹事,どうぞ。 ○高須幹事 まとまりかけたところ申し訳ありません。強い意見ということではなくて,むしろちょっと関係を教えていただければと思うんですが,いわゆる一般論としての債務の受領義務の問題と,この売買契約における買主の受領義務の関係との問題ということでございますが,総論のところで議論した際には,いわゆる受領義務そのものについては,まだまだ議論がいろいろあって,どこまでそれを認めるかについては固まり切っていないと思うんですが,その議論はどのような帰すうになろうと,売買のところだけはこの種の目的物の受領義務なりを認めようという御提案なのか,それとも,ここはまたそれとの兼ね合いで動くのか,その辺りの提案資料を作っていただいた際のイメージというんでしょうか,教えていただければ幸いでございます。 ○新井関係官 ここでは,少なくとも売買契約の売主に受領義務があるということを規定上明確化しようということを提案しております。その上で,いわゆる債権総論として位置付けられるような受領義務違反というか,それによる損害賠償や解除との関係をどう整理するかというのは,規定の置き方の問題でもあり,先の課題かなと理解しておりますので,もし総則的な規定のほうで賄えるのであれば,売買についてはあえて設けないという選択肢もあるとは思っております。 ○高須幹事 ありがとうございました。 ○佐成委員 (1)のところで意見を頂いていましたので,特に反対とか賛成とかではございませんが,御紹介させていただこうと思います。49ページの第2段落の,「もとより」というところについてでございます。意見の趣旨は,この売主の対抗要件具備義務を明文化するということそれ自体はいいのだけれども,「可能な範囲で登記手続のための準備をしていた場合には,弁済の提供があったものとする」といった解釈で本当に大丈夫なのか,可能な範囲で準備すれば十分売主としてはやるべきことは尽くされているというふうに本当に解釈しても大丈夫なのかということです。その点に実務家としてはどうしても懸念がありますので,もし対抗要件具備義務を立法化する場合については,その辺りの解釈を明確にしていただきたいということでございます。 ○中井委員 受領義務に関して,売買に限って考えるならば,目的物を買主が受領する義務があると一般的に定めることについて,それほど反対論はないんですが,先ほど岡田委員から御指摘がありましたように,消費者関係の委員会等からは,懸念が示されています。それは書きようだろうと思いますけれども,契約の趣旨に適合したものを受領する義務があるとはいえ,契約の趣旨に適合しないものの受領まで義務づけられるという誤解がなされないような書きぶり,その点に留意する必要はあるだろう。契約をしたんだから,欠陥のある商品であるのに受け取れと誤解をされないように,条文化するに当たって,是非検討していただきたい。   それから,登記・登録に関して,弱まった形での御提案になっておりますけれども,登記・登録についても引取義務があるということを明文化すべきではないかと考えております。 ○中田委員 受領義務について,売買の規定が有償契約一般に準用されるということになりますと,不適当なサービスでも解除されない限りは受領すべきことになるという問題が出てまいります。そこで,先ほど来,瑕疵のないものというような記述が検討されておりますけれども,その際に,有償契約一般の規律という観点からも検討しておく必要があると思います。 ○潮見幹事 大勢の委員の方々がおっしゃったのと私も同じで,契約の趣旨に適合したものという方向で書いていただきたい。   それともう一つ,これは確認というか,この部会での確認と言ったほうがいいのかもしれませんが,事務局の説明では,ここにいうところの「受領義務」というのは,言葉を使えば,そこで書いている「受取義務」という意味である。目的物の受領後,検査を経て,履行として受け入れる意思的行為という意味では,「受領」という言葉は使わない。そういうものとして受領義務を観念するという説明の流れではなかったかと思いますし,私はこれでいいと思っていますが,先ほど発言された委員,幹事が「受領義務」というものを,この意味で捉えてよいという理解で発言をされたのか,それとも,検査を経て履行として受け入れる意思というものをここに読み込むべきだという趣旨で発言されたのかというのがちょっと気になりました。私は,履行として受け入れる意思的行為というような意味合いをここに持たせるべきではないと考えているということは,繰り返し申し上げているところです。 ○鎌田部会長 今の御発言に関連して何か補足の御発言ございますか。   それでは能見委員,お願いします。 ○能見委員 多少は関連するところがあるのかもしれませんが,違った観点からですがよろしいですか。ここに売主,買主の基本的な義務の明確化ということで,対抗要件具備の義務と,今議論されている受領義務との両方挙げられているわけですけれども,先ほど説明の中で少し触れられましたけれども,これの義務の違反の効果が気になるところです。これらの義務を売買契約上の基本的な義務として明文化するとなると,これらの義務の違反の場合には,解除や損害賠償という義務違反の効果がフルに生じるというようにも理解されかねない。むしろそう理解されるのが普通であると思いますが,そこまでの効果が生じてよいのか気になります。例えば,受領義務違反の場合に,これは先ほどの岡田委員の御発言とも関係するかもしれませんけれども,そういう義務の違反を理由として直ちに解除されて,そして履行利益の賠償が求められるというような強い効果が結びついていいのかどうか。そのような効果が発生してよいかどうかをチェックするもう一段階があっていいのかなという気がいたします。 ○鎌田部会長 何かありますか。 ○新井関係官 この部会資料の提案の中では,一応,受領義務違反の効果としては,損害賠償と契約の解除というのを補足説明の中で触れております。今,能見先生から御指摘があったような,効果に結びつく際にもう一段階チェックが必要ではないかという点について,私が考えたところでは,例えば解除であれば重大不履行なり契約目的不達成といった要件の中である程度吸収できるのではないかということを考えていたのですけれども,それに更に加えて何らかの絞りを掛けるべきという御意見でしょうか。教えていただければ幸いです。 ○能見委員 私も,重大な契約違反かどうかとか,解除の要件のところでもう一回絞りを掛けるということになるのだと思うんですが,ただ,そうなると,単なる言葉遣いの問題かもしれませんけれども,今度は「基本的な義務」という言い方をすると,これには違和感があって,「付随的義務」という表現は条文の言葉としては適当ではないのかもしれませんけど,何か義務のランキングないし位置付けが分かるような工夫をするとよいのではないか思ったのです。 ○鎌田部会長 ほかに関連した御発言は。 ○山本(敬)幹事 2点指摘させていただきたいと思います。   一つは,先ほどから何人かの方が指摘されていることですけれども,目的物に瑕疵がない,あるいは契約の趣旨にかなったものということでしたが,ここで問題になるのは,品質や数量だけではないと思います。つまり,履行期が定まっているときには,その履行期に受け取る義務がある。履行期以外に持ってこられても必ずしも受け取る義務がないということですので,私は明文で書くべきだと思うのですが,書くとするならば,弁済の提供についてどう規定するかによるのですけれども,現行法ですと「債務の本旨に従った」弁済の提供をしたときは受け取らなければならないということになります。いずれにしても,そこでの表現とうまく合わせるように書くことができればよいのではないかと思います。   もう1点は,中田委員が御指摘された点と関わるのですが,ここでは目的物を受領する,ないしは受け取る義務が問題にされています。売買の場合は,対象は必ずしも物に限りません。現行法でも財産権となっています。このように,もう少し対象が広いときに,物に限定した規定を置くのかどうかが問題となります。物については,典型的に占用の移転,つまり引取が問題になるので規定するということが考えられるところですけれども,少し気になるのは,例えば情報の類いです。データが同じような位置付けになるのかどうかが少し気になります。そして,中田委員がおっしゃるように,それが有償契約一般に準用されるときに,この規定が一般規定ではなく,物の引渡しに限った規定なのだとすると,そのような限定付きで準用されることになると思いますし,もう少し対象を広げて受取りを観念できるものについては受け取らなければならないとしておくならば,準用されるときにもそれに対応した形で準用されていくことになるだろうと思います。その意味では,ここで目的物という限定をするのかしないのか,するとすればその理由,しないとすればその理由をもう少し検討してからのほうがよいのではないかと思います。 ○鎌田部会長 受け取りを観念できるかどうかがメルクマールになるのか,受け取ってもらわないと売主が迷惑する,保管等の負担を引き受けなきゃいけないというものに限るのか。後者だったら,情報は余り迷惑はないのではないかという感じもしなくはないんですが,そこを含めて少し検討させていただきます。   ほかにはよろしいでしょうか。   それでは,頂戴しました御意見を踏まえて更に検討を続けさせていただきます。   次に,「2 代金の支払及び支払の拒絶」と「3 果実の帰属及び代金の利息の支払(民法第575条)」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 それでは,説明いたします。   「2 代金の支払及び支払の拒絶」では,「(1)代金の支払期限(民法第573条)」において,民法第573条を維持した上で,不動産売買の特則として,登記の移転に期限があるときは,代金の支払についても同一の期限を付したものと推定する旨の規定を設けることの要否を取り上げております。   「(2)代金の支払場所(民法第574条)」では,民法第574条を維持した上で,判例等を踏まえ,同条の特則として,代金の支払前に目的物の引き渡しがされた場合には,代金の支払場所は,民法第484条の規定に従う旨の規定を設けることを提案しています。   「(3)権利を失うおそれがある場合の買主による代金支払の拒絶(民法第576条)」では,現行民法第576条の代金支払拒絶の要件を広げるとの提案を取り上げています。   「(4)抵当権等の登記がある場合の買主による代金支払の拒絶(民法第577条)」では,民法第577条につき,当事者が抵当権等の存在を考慮して代金額を決定していた場合には同条が適用されない旨を条文上明記することを提案しています。   「3 果実の帰属及び代金の利息の支払(民法第575条)」では,民法第575条の規定の内容を見直すことの要否を取り上げています。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明のありました部分のうち,まず2の「(1)代金の支払期限」と「(2)代金の支払場所」について御意見をお伺いします。御自由に……。 ○潮見幹事 すみません,議事進行の妨げになりますが,その前のところで1点だけ確認させていただいてよろしいですか。   中田委員,それから山本敬三幹事の先ほどの最後の発言に関わるのですが,発言の趣旨ですが,およそ有償契約においては,債務の本旨に従った履行の提供があれば,その履行を受領する義務がある,こういうところまで踏み込んだ規定を設けたほうが好ましいという趣旨なのでしょうか。更に進んで,有償契約という枠を取っ払って,およそ債務の本旨に従った履行の提供があれば受領する義務があるという形で考えるのが適切であるというようにお考えになって発言されたのでしょうか。そこだけ確認をさせてください。 ○中田委員 私はそれぞれの契約の性質に照らして考えるべきだという意見です。ただ,先ほど高須幹事から総則の規定との関係に留意すべきであるという御指摘がありましたが,その際に,有償契約一般に準用されるということも併せて検討すべきであるという趣旨であります。 ○山本(敬)幹事 特に付け加えることはありません。 ○鎌田部会長 よろしいですか,潮見幹事。御意見があったら,どうぞ。 ○中井委員 弁護士会の議論でも,売買について受取義務を定めるとしても,ここで売買について有償契約一般に準用されるという規定が入る予定だとしても,受取義務がサービス契約も含めて全く同じ形で準用されるのかというと,それはそうではないだろう。売買,それと請負についてはそうかもしれませんけれども,それ以上に直ちに準用という理解はしておりません。また,総則のところでも受領義務を定めることには,慎重な意見が強いと申し上げておきます。 ○鎌田部会長 よろしいですか。   それでは,2の(1)及び(2)についての御意見をお伺いします。 ○高須幹事 半分質問みたいな話になるんですが,(1)の現行の573条の規律を維持した上で,登記がある場合には,その登記の移転のところと代金の支払を同一の期限を付すものと推定すると,こういう条項を重ねて置こうという場合に,引き渡しの時期と登記の移転の時期とかそれぞれ異なる約定をした場合に,結果的にはどちらが推定されるんでしょうか。実際の契約においては,不動産取引の場合には重要な取引ですから,引き渡し時期も,登記の移転時期も,代金の支払時期も定めることが多いわけですが,ただ,ここではそういう約定のない売買の場合のデフォルトを定めておこうという趣旨だと思いますので,そのデフォルトが分かりにくいというのは余りいいことではないと思いますので,今のような,もし引き渡しと登記がずれる場合は,どっちが優先するのか,あるいはしないのか,ちょっと教えていただければと思います。 ○筒井幹事 部会資料でも,民法573条を維持した上で,その特則としてと書いてありますように,不動産についてはこの特則が適用されるという趣旨でございます。 ○高須幹事 分かりました。すみません,ありがとうございました。 ○佐成委員 (1)ですが,関係する業界から,特則を設けたとしても,実務運用に支障を生じないように,別段の合意をすることは妨げられないのだから,その限りでは不都合はないだろうとも考えられるけれども,それでもなお,不動産に関する特則を設けることについては,余り賛同できない,慎重であるべきだという否定的な御意見がございました。要するに,この規定を設けない,特則を設けないというような御趣旨の意見だと思いますが,そういう意見が寄せられております。 ○鎌田部会長 特に理由は明示されていませんか。 ○佐成委員 理由は余り明確には示されていないのですけれども,実務への影響があるかもしれないので慎重であるべきだというようなことだと思います。非常に曖昧で申し訳ないのですけれども。 ○鎌田部会長 これは不動産に関する特則ですけれども,例えば,既登録船舶というものもこれに倣うことになるんでしょうね。既登録自動車もこちらに倣うんですか。 ○新井関係官 そこまでは考えておりませんでしたが,検討したいと思います。 ○鎌田部会長 それでは,御指摘のあったところも参考にして検討を続けさせていただきますが,「代金の支払場所」についてはいかがでしょうか。特に異論はないと思ってよろしいですね。   では,次に「(3)権利を失うおそれがある場合の買主による代金支払の拒絶(民法第576条)」と「(4)抵当権等の登記がある場合の買主による代金支払の拒絶(民法第577条)」について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○岡田委員 (3)に関して権利を主張するものがあるだけではちょっと狭い感じがしますのでもう少し広げるという部分で,拡張するということに賛成します。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。広過ぎるという御意見の方は,逆に,いらっしゃらないですか。   それでは,(4)のほうについての御意見いかがでしょうか。特に異論がないと受け取らせていただきます。 ○中井委員 (3)ですけれども,この部会資料の54ページに,相当な理由とした上で,その下に,客観的に合理的な根拠を要すると書いているわけです。この言葉遣いですけれども,相当な理由というのが,客観的に合理的な根拠があるときと同旨という理解でよろしいんでしょうか,確認ですが。 ○新井関係官 そういった意味で部会資料は作っております。 ○中井委員 ほかでも相当な理由や,合理的な理由という言葉がよく出てきますので,概念整理が必要かなと思った次第です。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがですか。   それでは,3についての御意見をお伺いいたします。 ○道垣内幹事 ごめんなさい,元に戻っているのかもしれませんが,相当な理由というのは,権利を主張する者があるために失うおそれがあるというときにも係るのでしょうか。誰かが何か言っているということでは多分足りないだろうと思いますので,つまり,法制執務上の書き方の問題ですけれども,全体として相当な理由があるという形になるということですよね。そうすると,576条とは若干違うかもしれませんね。 ○鎌田部会長 という理解でよろしいですね。 ○道垣内幹事 はい,すみません。 ○鎌田部会長 それでは,改めて「3 果実の帰属及び代金の利息の支払(民法第575条)」についての御意見をお伺いします。   部会資料では,甲案,乙案ということで提案されておりますので,そのいずれが妥当であるか,あるいはそれ以外の御意見があれば,その御意見も含めて,できるだけ委員会の皆さんの御意見をお伺いしておいたほうが次の作業に役立つと思いますので,よろしくお願いします。 ○中井委員 弁護士会の意見は分かれていますが,現行法を維持するという考え方のほうが多少支持者が多い。理由は,補足説明に書いてありますけれども,簡便な決済ということで,現状,特段の支障が生じているという認識がないことを根拠にしています。また,他の規定でもその考え方が使われているというが理由です。他方で,今の現行法は分かりやすいのか,また,果実と利息との関係で乖離があるという御指摘もそのとおりで,乙案のほうが分かりやすくていいのではないかという意見,両方ございました。 ○山野目幹事 部会長からなるべく広く意見を,というお話でしたから申し上げますけれども,余り説得力のある物の言い方ではないかもしれませんが,甲案が捨て難いものがあるのではないかと感じます。575条は,不動産の売買のみを念頭に置いた規定ではありませんけれども,重要な局面の一つである不動産売買において確立した取引慣行に鑑みますと,代金支払の際に果実,利息,それからもう一つ,現行民法上規定がありませんけれども,不動産に関わって生ずる負担の清算の問題,例えば固定資産税の精算の問題なども含め,それらの問題の解決が現実の代金支払の時に求められるという現状があって,それを改めて実体的な規律を変更しなければならない必然性というものもそれほど感じられないような気もいたしますから,なお甲案が捨て難いという感触を申し述べさせていただきます。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。 ○佐成委員 経済界での議論の状況の御報告です。今,山野目幹事がおっしゃった不動産に関してというわけではございませんけれども,実務的には現行法の簡便な処理というのは効率性の観点からはやはり捨て難いという意見がある一方で,ただ,それでは甲案かというと,必ずしもそうでもなくて,乙案もやはり厳密に取引における均衡を図るという観点からはメリットがあり,これもよろしいのではないかということで,結論的にはまだ両方とも拮抗したような状態ではないかと現時点では感じております。 ○村上委員 甲案,乙案,いずれにもそれなりの根拠があるとは思いますけれども,ただ,現行法のようになっているがゆえに無用な紛争が発生せずに済んでいるという面もあると思います。果実と利息との価値の差が非常に大きいときに不都合であるという乙案の理由については,そういう場合があり得ること自体は否定できないかもしれませんけれども,そういったケースがどれほどあるかは疑問で,通常のケースでは,耐え難いほどの格差があるとまでは言えないのではないかと思います。これを乙案のように改めますと,本体の部分についてはそれほどの大きな争いがないのに,枝葉の部分での争いが発生し,そのために紛争が長期化するという事態を引き起こしかねないとも思いますし,補足説明にもあるとおり,買主としては,代金を供託すれば果実収取権を手に入れることもできるわけですので,紛争が長期化するケースを増やす危険を冒してまでこのような改正をしなければならないほどの切実な問題なのだろうかという疑問があります。 ○中井委員 追加ですが,弁護士会の議論の中で,甲案を強く支持したのは,不動産取引に精通した弁護士でした。不動産取引こそ果実と利息との間で乖離が生じる場面が多いのではないかと思うのですが,にもかかわらず不動産取引に精通している弁護士からは,原則現行法を維持すべきだという強い意見が出ました。それは先ほどの山野目幹事のおっしゃられたこと,また,今の村上委員のおっしゃられたことの反映なのかなという感じがいたします。不動産取引以外になってくると,いよいよどんな場面でこのことを先鋭的に検討しなければならないのかというと,それほどないのではないか。そうすると,実益の面から見ても甲案に結局落ち着いて,乙案は若干理論倒れなのかいう感を持ちます。 ○深山幹事 結論としては,私も現行法維持でよろしいのではないかと思います。今発言があったように,実務的には不動産取引において意識されることが多く,議論の前提として不動産取引が念頭に置かれるわけですが,その際に実務で不都合はないという理由は,不動産取引,不動産売買においては売買契約書が作られるのが通常であり,その中に具体的に規定されるからだろうと思います。つまり民法の規定によるのではなく,契約書の規定によって実務が安定的に運用されているというのが私の認識であります。結論として実務は困っていないというところは同じなんですが,動産の売買であるとか,あるいは何らかの事情で契約書が作られないような取引をも念頭にデフォルトルールを民法で定めるとすれば,そのような場面も含めて特に現行法で困っている状況はないと思われますので,そういう観点から,結論としては現状維持でよろしいのではないかと考える次第です。 ○道垣内幹事 深山幹事のおっしゃったお話の前半と後半が続いているのかというのが,私には極めて疑問です。ほとんど問題が起こっていないのは,契約で定めているからであろう。そうなると,その契約で定めている内容に併せてデフォルトルールを作るべきだとなるはずであって,契約で定めていない場合には,余りないんだから現行法でいいのではないのとおっしゃるのは,紛争が現行法が合理的であるがゆえに生じていないということをおっしゃっているわけではありませんでしたので,私には理解できない結論の提示でした。私は乙案です。 ○鎌田部会長 ほかの御意見はございませんでしょうか。 ○山野目幹事 乙案について弁護士会の御議論の紹介の中で,理論倒れのような印象もあったというお話がありましたが,理論倒れかどうかはちょっと分からないとしても,私が乙案を推すことにちゅうちょを感じるのは,乙案のバックボーンをなしている理論的な基盤がどういうものであるか,そこがどの程度洗練されているものであろうかということについて,なお心配,不安感を払拭し切れないということがあります。乙案の発想は,少しはっきりしない部分がありますが,ここで問題にしている利息が,遅延利息であるという発想と濃厚に雰囲気的に結びつきやすいものであろうと感じますが,575条に登場してくる利息は,果たして遅延利息であろうかということを考えたときに,その議論自体,現在の解釈理解,理論的考察が詰められていないと感じます。そのように議論状況が成熟しないまま,それと雰囲気的に結びつきやすい乙案を法制化するということについて,どうしても心配が残るということは申し上げさせていただきたいと感じます。 ○道垣内幹事 山野目幹事がおっしゃったことは極めて重要な点だと思います。現行法における弁済期とここにいう利息との関係はどうなっているのかとか,また,果実が生じないという場合には,どういうふうに考えるのかとか,そういった問題がいろいろあると思います。現行法と同じように簡易な決済を原則的にするということ自体には,私は最終的には反対するつもりはございません。しかし,中井委員も少しおっしゃったんですが,現行法が分かりやすいのかというと,何を言っているのか今一歩分からないところがございまして,同条の規定の内容を維持するということが仮になされるといたしましても,山野目幹事がおっしゃったことも含めまして,多少文言上の整理というのが必要なのではないかと思います。 ○鎌田部会長 それでは,頂戴しました御意見を踏まえて引き続き検討をさせていただきます。   続きまして,「4 その他の新規規定」と「5 民法第559条(有償契約への準用)の見直しの要否」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 それでは,説明いたします。   「4 その他の新規規定」では,「(1)他人の権利の売買と相続」において,無権代理と相続に関するルールを設ける場合に,他人の権利の売買と相続についても同様の規定を設けることの要否を取り上げています。   「(2)危険の移転時期と危険移転の効果の明文化等」では,まずアにおいて,目的物の滅失・損傷に関する危険の移転時期と危険移転の効果につき,売買のルールとして条文上明記することを提案するとともに,危険移転時期以後の滅失・損傷であっても,一定の場合には売主が責任を負う旨の規定を設けることの要否を問題提起しております。   イでは,危険の移転時期として,目的物の引渡し時を明記することを提案するとともに,売主が目的物の引渡しを提供したにもかかわらず買主が目的物を受領しなかったときを,引き渡し時と併せて危険の移転時期として明記することの要否などを問題提起しています。   ウでは,引き渡した目的物に瑕疵があった場合に,その目的物が滅失したときにおける買主の価格返還義務の有無などにつき一定のルールを設けるとの提案を取り上げています。   「(3)事業者間の売買契約に関する特則」では,現在は,商法において商人間の売買の特則として設けられている商法第524条と第525条の規定内容につきまして,その内容を一部改めた上で,事業者間の売買契約の特則として,民法の売買のパートに規定を設けることの要否を取り上げています。   「5 民法第559条(有償契約への準用)の見直しの要否」では,民法第559条の規定内容を維持することを提案しています。   これらの項目のうち,(2)については,規定を設ける場合の具体的な規定の在り方等を分科会で補充的に検討することが考えられます。この論点を分科会で検討することの可否についても御審議いただければと思います。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明のありました部分のうち,まず4の「(1)他人の権利の売買と相続」についての御意見をお伺いいたします。   ここも甲案,乙案の2案が提案されておりますので,委員,幹事の皆様方の御意見を是非お伺いしたいところでございます。 ○山本(敬)幹事 部会資料58ページの真ん中より少し下に,無権代理と相続について,第1分科会で検討が行われたとして,その紹介が書かれています。私もこの会議に出ていましたので,これに即して発言をさせていただければと思います。   無権代理と相続については様々な類型があって,それぞれの類型ごとに,それに対応したルールを定めることが適当かどうかという点について,これまで検討されてきました。それに対して,もう少し包括的な考え方を示す規定を定めることもあり得るのではないかとして,この段落の3行目から下に書かれているような考え方が提案されました。私が理解しているところに従ってもう少し正確に言いますと,本人又は本人の包括承継人,つまり本人の資格を承継した者は,その後に無権代理人の資格を有するとき,又は承継したときでも,本人の資格に基づく権利行使は妨げられないというように定めてはどうかということだったと思います。  ここでももしそれに対応して書くとするならば,他人物売買において権利者又は権利者の包括承継人が他人物売主の資格を承継した場合は,同人は,その他人物売主の資格に拘束されないという書き方になるのではないかと思います。これは,考えられる方向ですが,ただ,この第1分科会第2回会議の後になって少し考えてみたときに,この定め方で逆の場合がうまくカバーされているのかがよく分からなくなりました。つまり,無権代理と相続ですと,無権代理人のほうが本人の地位を相続した場合に,現在の判例ですと,無権代理人が本人の地位に基づいて追認拒絶をするのは信義則に反するということで,そのような主張が封じられる可能性があったのですが,この表現でそれがカバーされているかどうかは定かではないという気がします。もしそうだとすると,その点についても補った一般原則になるのかどうか分かりませんが,そのようなものを考える必要があります。  結論として言えば,無権代理と相続に対応した形でここでも規定を置くべきである。その際,無権代理と相続についての定め方については,今申し上げたような問題点があるので,それを考慮してここでも検討すべきであるということです。少しまわりくどくなりましたが,以上です。 ○鎌田部会長 ほかの御意見はいかがでしょうか。 ○中井委員 私も分科会に出席させていただきました。まず無権代理人の場面について複数類型化する提案があります。そのような類型化した提案については,一定判例法理として認められていますが,一部判例法理を修正する部分もありますけれども,反対という立場です。共同相続という場面も考えていけば更なる類型が必要になりますし,それを一定単純化して,今の提案では三つかもしれませんけれども,それであってもそのような類型化して定めることについては反対です。そのような中で,先ほど山本敬三幹事から御紹介のありました包括的な提案があったわけですが,提案の中身自体については,分科会でも申し上げましたけれども,反対するものではありません。そのような規定ぶりができるのであれば,それに平仄を併せた形で他人の権利の売買と相続についても規定を設けることに特に反対するものではありません。翻って,無権代理人のところで類型化する考え方には反対ですので,ここでもそのような類型化を考えるなら,反対であるということになります。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。 ○道垣内幹事 私が今までの議論をきちんと理解できていないだけかもしれないのですが,また,これまでも同種の発言が部会であったと思いますので繰り返しになって恐縮なんですが,無権代理人というのは,自分が契約当事者になって売ると言っているわけではないですよね。無権代理の規律は,本人を当事者とする売買契約の意思表示がなされている場面を規律しているのに対して,他人の権利の売買の場合には,意思表示者が売主になってその契約をしているわけです。そして,その売主は当該他者から権利を取得して買主に移転する義務を負うというのが現行の560条の規定です。そうなりますと,売主が相続によってその権利を取得したのならば,それはただ単に義務が移行できるというだけの話で,条文はそもそも不要であると思われる一方で,所有者の側が売主の地位を取得したという場合にはなお何らかの規定が必要なのかもしれないという気がします。それに対して,無権代理の場合には,本人相続型,無権代理人相続型のいずれについても,当然にはその契約の履行ができるという状態にはなりません。したがって,無権代理と相続の問題と他人物売買と相続の問題が同様のものであるという整理そのものがいかがなものかと思います。そうなりますと,58ページの2に,「無権代理と相続に関して規定を設けないこととする場合には,他人の権利の売買に関しても規定を設けないこととするのが,バランス上適当である」というわけですが,このバランスというのをここで考えなければならないのかというのが疑問であると同時に,規定をするといたしましても,他人の権利の売主が相続によって所有権を取得したという場合については,理論的には規定は不要であって,片方だけでいいのではないかと思います。ただ,今までの議論を理解しないままに発言しているかもしれませんので,その場合はお許しいただければと思います。 ○鎌田部会長 その点は,事務当局としても別に異論はないということですね。   それでは,頂戴した意見を踏まえて検討を続けさせていただきます。   次に,(2)危険……。松岡委員。 ○松岡委員 遅れて申し訳ございません。道垣内幹事の御発言で,他人物売買の場合と無権代理の場合は完全にパラレルではないので,両者を一体ないしはパラレルなものとしてここで規定を置くこと自体に問題ないしは疑問があるとおっしゃったのは分かりました。ただ,仮に規定を置く場合の話なのですけれども,この他人の権利の売買の場合について,片一方だけ規定を置いたとすると,道垣内幹事のようなプロはすぐ理解できるかもしれませんが,なぜ,片一方だけ規定がないのか,その場合どう処理するのか,分かりにくくなる可能性があります。規定を置くのであれば,道垣内幹事のような考え方を採ったとしても,両方について置くことが考えられるのではないかと思うのですが,いかがでしょうか。 ○道垣内幹事 両方置くこと自体に反対ではありませんけれども,売買が有効になるという性格のものではないと思います,売主が相続によって所有権を取得した場合に関しては。 ○鎌田部会長 それでは,次に「(2)危険の移転時期と危険移転の効果の明文化等」についての御意見をお伺いいたします。 ○中井委員 今の点でよろしいですか。前回の分科会での整理の確認ですけれども,58ページの1の最後3行に書かれているのは,無権代理人を相続した本人は,「被相続人である無権代理人の立場に拘束されない。」,この考え方を明記するということであって,その反対場面については,明記することを,その時点では想定されなかった提案だと思うのです。ただ,山本敬三幹事から,それで果たして十分なのかという御示唆があったと理解しました。他人の権利の売買については,同じでいいと考えたのは,本人が他人を相続した場合に,本人は他人の行為に拘束されないという限りにおいては同じであろうと思うのです。その反対の場面については,他人が本人を相続すれば,目的物を取得したわけですから,他人物売買の契約上の義務として履行すべきは当然で,それは書くまでもないことという御示唆は,道垣内幹事のおっしゃるとおりと理解しております。ですから,無権代理について書くとしても,1の最後の3行に平仄を併せた限りであれば,それは平仄が合っているのではないか,と思います。 ○鎌田部会長 よろしいですね。それでは,危険の移転時期等についての御意見をお伺いいたします。 ○中井委員 ここは議論があるのかと思いますので,弁護士会の意見ということで口火を切らせていただきます。   売買という場面に,このような危険の移転の時期に関する規定を新たに設けることについて,ほとんど反対はありませんでした。その上で,この規定について申し上げますと,アの考え方についてはこれでいいのではないか。ただ,イの考え方と併せたときに,これで整理が十分なのか。提供はしたけれども,受領しなかった,イの後段ですけれども,その場合に,その後そのものが滅失した場合にどうなるのか,つまり売主の手元に止め置かれた中でそのものが滅失した場合について,特段の規律がここでは書かれていません。それは部会資料の62ページから63ページの上5行で,この点について条文上明らかにするかということが問題提起されております,提供したけれども,買主が受領しなかった,売主の手元にものがある中では,保存義務は軽減されるわけですけれども,その保存義務に違反してそのものが滅失,損傷した場合にどのようになるのか。その場合,買主側としては,なお受領遅滞の状態にはあるわけですけれども,損害賠償若しくは解除ができるのではないか,これができないという理解ではないと思いますので,その点明らかにすることを検討する必要があるのではないか。提案者は,その点についてどのように理解をしているのか,質問になるのかもしれませんが,確認したい。   それから,イについて,これは引き渡したときという危険の移転時期になっておりますが,不動産の場合について,別途の規定を設けるのか。つまり不動産の場合は登記との関係が議論されていたと思いますけれども,一つの提案としては,不動産については,引き渡し若しくは登記,そのいずれか早いときを危険の移転時期とする考え方があったと思います。その点どのように考えるのか。   それとの関係で,戻って恐縮ですけれども,先ほど,51ページのところで,代金の支払期限について,原則は引き渡しのときに代金の支払期限がある。特則として,不動産について,登記があれば登記のときに代金の支払期限がある,と理解すると御説明がありました。しかし,仮に危険の移転の時期について,不動産について引き渡しか登記か,いずれか早いときと,仮にここで理解が得られたとき,この特則を登記のときとしていいのか,つまり登記と引き渡しの早いときに代金支払期限が来るという理解もあり得るのではないか。不動産の特則として登記一本化がいいのか改めて検討する必要があるのではないかと思いました。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○新井関係官 先ほど中井委員から御指摘いただいた点についてですが,特にこの本文のイの第2パラグラフについてですが,確かにこのパラグラフに書いてあるそのままでは条文化には十分にはなっていないんだろうなとは思っておりまして,引き続き詰めて検討しなければいけないと思っています。中井委員から御指摘いただいたような点について,補足説明でもある一定程度言及しておりますが,更に検討を進めてまいりたい,また御意見を頂きたいと思っております。   危険の移転時期と,先ほどの51ページの代金の支払期限との平仄といった点は,部会資料作成の際には必ずしも十分念頭に置いて検討していたわけではありませんでしたが,中井委員に御指摘いただきましたので,そこも踏まえてどういった危険の移転時期を明記すべきかといった点,引き続き考えていきたいと思いますし,また御意見も頂きたいと思いました。 ○潮見幹事 中井委員が御指摘された2点についてです。まず後半のほうですが,これも分科会で細かく検討されるということでしたので,是非少し広めにとって議論していただければと思います。私は引渡しでいいと思っていますが,登記の時期というのも,不動産の場合には観念し得るのではないか,単に物質的な移転のみには限らないのではないかという意見もあったかと思いますから,そこは公平に扱ったほうがいいのではないでしょうか。   それから前半の部分ですが,仮にイの後段の部分をここで設けるにしても,正直言いますと,ここで規定を設けるよりは,受領遅滞のところで,受領遅滞後の危険負担といいますか,不能という形で扱ったほうが透明性があるのではないかという感じがします。先ほど中井委員がおっしゃったような補足説明にも書いている保存義務の問題もありますし,それから,ここの補足説明では,こういう問題が出てくるのは,専ら売買のような双務契約においてと書かれていますけれども,売買以外にも,例えば業務委託だとか,あるいは雇用だとか,そうしたところを含めた形で遅滞後の不能問題や,危険の処理ということはいろいろ議論されておりますので,その議論をきちんと押さえるには,ここに規定を置くのでよいのか,それとも受領遅滞のところで規定を置くほうが滑らかなのでしょうか。私は後者かなと思います。   それから併せて,もう一つだけ申し上げますと,ア,それからイも入るのかもしれませんが,ここでは,債権者側の救済手段がどうなるかを中心に整理がされているんですが,債務者側,売主側の代金請求権が一体どうなるのかという方向からも書く必要はないのかを,なお分科会等で御検討いただければと思います。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがでしょうか。 ○佐成委員 ここのア,イ,ウについては経済界の中でも特段の指摘はなかったのですけれども,売買のパートの中に危険負担の規定を入れるというのは,典型的な適用場面をイメージしやすくなり,非常に分かりやすいという面で賛成する意見が多かったということだけ報告させていただきます。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。ア,イとウとは性質が違うんですけども,ウについて御意見が……。中田委員,どうぞ。 ○中田委員 ウについては,無効,取消し,解除の場合との整合性を考えながら検討する必要があると思います。ここでの問題は,買主の返還額というよりも,代金との「二重払い」をどう評価するかということだと思います。63ページの下のほうに例が挙げられておりまして,「買主は17を払って10の価値がある物を受け取る」という方法に加えて,「7を払って契約を終了させる」という一種の契約解除権を認めるという考え方なんですけれども,それが妥当かどうかは更に検討する必要があると思います。と申しますのは,この方法ですと,瑕疵のある目的物が引渡し後に滅失した場合,目的物の市場価格が上昇又は下落しているときは,買主はどちらかの選択をすることによって常に市場価格の変動の利益を受けることができる。逆に言うと,売主は損失を被るということになりますけれども,それが正当化できるかどうかについて検討しておく必要があると思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。この(2)全体につきましては,分科会において具体的な規定の在り方について補充的な検討をするという提案でございますけれども,ただいままでに頂戴した御意見を踏まえて分科会で補充的に検討させていただくということでよろしいでしょうか。 ○中井委員 ウについての弁護士会の意見です。63ページに書いている①,②,③の記載内容,理屈の上ではこのようになるということについて大方の理解といいますか,特段の異論はなかったのですが,それであっても,ここまでの規定を置くのかということについて,例のように弁護士会としては消極意見が多かったので報告しておきます。また,分科会で議論することについて異存ございません。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。 ○山本(敬)幹事 分科会で扱っていただくということですので,問題点ないしは考え方の指摘だけをさせていただければと思います。   62ページから63ページにかけて書かれていることです。先ほどの保存義務の話と関わる部分ですが,これは,これ全体の考え方,つまり危険が移転することの根拠をどう説明するかという問題とつながっていると思います。  危険の移転時期をまず引渡し時とするのは,目的物を実際に支配できる者がその危険も負担しなければならないという考え方から説明しやすいと考えられます。これによると,引渡し前は,目的物を支配しているのは債務者側ですから,債務者が危険を負担することになります。これに対して,受領遅滞で危険が移転するのは,この原則に対する例外に当たることになります。この場合は,そのような例外がなぜ認められるかという説明が問題となります。これについては,幾つかの説明が考えられますが,恐らく,受領遅滞をした者は,目的物を受領していれば,目的物の引渡債務が履行不能になってしまうのを防ぐことができた。したがって,受領しなかった以上,危険を負担させられても仕方がないという考え方から説明されるのではないかと思います。そうしますと,仮に買主が受領遅滞に陥っていても,売主のほうが軽減された注意義務すら尽くさなかったために,目的物が滅失・損傷して,目的物を契約上予定された形で引き渡すことはできなくなったときには,売主がそのような事態を直接引き起こしたわけですので,売主が危険を負担すべきであるというようにつながっていくのではないかと思います。  そうしますと,部会資料の63ページの上から1行目で,「売主が軽減された保存義務すら尽くさなかったために滅失・損傷が生じた場合には,危険負担の問題にならない。」というのは,やや誤解を生むような表現ではないかと思います。正確に言いますと,先ほどのような例外ルールのまた例外ルールとして,このような場合は,軽減された注意義務すら尽くさなかった者が危険を負担するという説明をすべきではないかと思います。この辺りは分科会で立ち入って検討していただければと思いますが,差し当たり私からは以上の通りです。 ○鎌田部会長 分かりました。ほかにはいかがでしょうか。 ○松岡委員 単に関連して1点だけ申し上げます。62ページのところで,「危険の移転を論じるに当たっては,その対象物が明確になっている必要がある」と書かれていて,一見そのとおりであるようにも思いますが,制限種類物の場合にもそうなのでしょうか。制限種類物が全部ではなくて一部滅失したようなケースを考えると,全体について債権者と債務者のどちらかが全部の危険を負うという解決だけではなく,危険が実現して滅失損傷したものと残ったものの割合で債権者と債務者が危険を分担するという解決もあり得るのではないでしょうか。ただ,やや細か過ぎるきらいのある議論なので,分科会で場合によってはついでに議論していただくぐらいでいいとも思います。 ○中井委員 先ほどの山本敬三幹事の御発言についてお教えていただければと思うのですけれども,受領遅滞が生じた後,売主が軽減された保存義務さえ尽くさなかった結果,滅失・毀損が生じた,その場面というのは,危険負担の問題というよりは,売主の保存義務違反を理由に,買主側は損害賠償なり解除なりができるという規律で処理するのかと思っていたのです。そうではなくて,危険負担で処理をするというお考えと理解したらよろしいんでしょうか, ○山本(敬)幹事 私の頭の中では,危険負担は解除と統一するという前提で考えていましたので,危険が移転するというのは,解除ができなくなるかどうかという問題として処理するということです。そうしますと,おっしゃっていることとそう隔たりはないように思います。 ○鎌田部会長 よろしいですか。古典的な意味では,危険負担と債務不履行は両立しないということになるんですけど,新しい提案では,この手の債務不履行による解除,損害賠償も危険の移転の問題の一つとして処理するというところで,そういう意味で用法のずれが若干あるんだと思いますが,その点に注意を払いながら,少し分かりやすい形で提示できるように分科会の検討の中でも工夫をしていただければと思います。   それでは次に,4の「(3)事業者間の売買契約に関する特則」と「5 民法第559条(有償契約への準用)の見直しの要否」について,併せて御意見をお伺いいたします。 ○佐成委員 (3)の「事業者間の売買契約に関する特則」を設けるという提案については,経済界の中で議論しておりましても,余り賛同する意見はなかったということでございます。確かに,この補足説明で書かれているような事業者間への商人間ルールの拡張といいますか,商法の見直しといいますか,要するに,商人だけではなくて,それ以外の者にも商法の一定のルールを拡張するという考え方はあり得るといたしましても,実務上,今,そういったようなことは特に問題になっておりませんので,経済界のほうではルール拡張の具体的なニーズがあるとは考えておりません。むしろそういった問題については,商法ルールをどこまで拡張するのが妥当かという観点から,商法サイドからの問題として慎重に検討したほうが適切ではないかといった意見が多数であったということです。 ○鎌田部会長 ほかの御意見はいかがでしょうか。 ○安永委員 ワのほうでもいいですか。 ○鎌田部会長 はい。 ○安永委員 前回部会でも申し上げましたが,売買の規定の有償契約の準用については,第2の1で提案をされている「瑕疵」に関する条項の規定のされ方によっては,労働契約への影響が懸念されるとことろです。したがって,第2の1の瑕疵の定義などが継続性のある契約に準用され得る規定ぶりとなった場合は,民法第559条を維持するのではなく,これを見直して,「瑕疵」に関する条項が労働契約等の継続性のある契約に準用されないようにしていただきたいと考えます。 ○山下委員 事業者間の売買契約に関する特則が,佐成委員の言われたように,確かに事業者間に一般に拡張するというのは,どうも①,②とも広過ぎるかなという印象はあるのですが,これは,従来,商法に置かれてきた売買の規定を民法に移行するのか,商法にまだ残るのか,そこら辺の前提がどうなるかで全く違ってくる話なので,全体の体系をどう組むかとの関係で今後詰めていく話ではないかなと思います。 ○山野目幹事 5の現行559条に定められている有償契約への準用の規定に関して,これを維持するという御提案それ自体については賛成の意見を抱きます。その上で,私自身もそういうことを試みようと思いますが,事務当局において御留意いただきたいことを申上げさせていただきます。現在もこの規定があって,具体の規定の準用の当否や内容については解釈によって個別の契約の種類ごとに定めるという運用がされてきたと思いますし,今後もされていくと思いますが,今般の債権関係規定の全般の見直しで,売買について新しい規律が設けられたり,規律の内容が変更されたりした部分については,言わば,今回のこの作業が新しい問題を作り出す素地を用意するということになりますから,一度そのような観点から点検ないし見直しをしていただきたいと感じます。今少し気になっておりますことは,対抗要件を具備させる義務というものを定めるとして,これが不動産を目的とする賃貸借に準用されるということになる場合に,今までよく民法の本には,不動産賃借人は,賃貸人に対して登記請求権を有しないと漫然と書いてあります。あの意味は,一体どういう性質の登記請求権がないということを言おうとしているのか自体もはっきりしないところがあると感じますが,ああいう議論に影響を与えてくる部分があるのではないかと考えます。農地法16条,借地借家法の10条,31条で,もう簡便な手段で対抗要件を具備することができるから,実際上大して問題にならないよ,という御議論もあるかもしれませんけれども,理論的には気になります。私個人は,不動産賃貸人が賃借人のために登記をしなければならない義務を負うのですよ,ということは,むしろ当然のことであって,そのような方向に行ってくださることは個人の意見としては良いと思いますが,今まで学界で雰囲気的に語られてきた理解と異なってくる部分があるとすると,そのような部分については,そんなはずではなかったということになっても困りますから,若干の議論の整理や検討がされるのがよろしいのではないかと感じます。 ○鎌田部会長 (3)のほうについては,ほかに御意見ございませんでしょうか。これは商法の商人間の売買に関する特則というものを民法での売買契約の規定の整序と併せて検討の対象にすると同時に,商人概念で妥当なのかどうかを検討しようと,そういう意図であろうかと思うんですけれども,積極的にこういうものについてもこの場で検討をという点,それから,内容もこれでいいかどうかという点については……。山下委員。 ○山下委員 商法のほうの研究者で立法論を考えたときには,売買で数箇条を商法に残すよりは,民法に移行したほうがいいだろうというのが支配的な意見で,ただ,そのときにどういうふうに移すかで,これ先ほど申しましたように,事業者間の売買と一般化してしまいますと,やや広いので,場合によっては,事業者間のまた一定の事業者間の売買に絞りを掛ける。後で出てくる消費貸借のほうでは事業に属する範囲のような概念が使われているかと思います。それがどういう意味なのか,まだよく分からないところがあるのですが,そういう意味で,この(3)の規定に若干絞りを掛け,本当のビジネスらしいものに絞っていくというのは民法に移した上で合理的な規定にするということの一つの選択肢かなと思います。そうする場合に,経済界もそう目くじらを立てて反対とは言われないようには思うのですが。 ○内田委員 これは商法の問題ではないかという御議論もあろうかとは思うのですが,仮に商法の改正として商行為法のところで議論すると,商法は商人,商行為についての法典ですが,今の商人概念で限定するのは狭過ぎるということになるのではないかと思います。ところが,規定の適用対象を商人を超えて広げると,商法典に置いておけない,民法に入れる必要があるということになり,では,民法の改正の議論を待とうという話になる。結局,どちらから手をつけても,民法から手をつけても,商法がどう考えるかに係りますし,商法から手をつけても,民法がどう考えるかに係る。そうであれば,商法の規定をどうするかということとは一応別の問題として,民法の売買の一つの特則としてこういう規定があり得るかどうかということを実質的に議論することには意味があるのではないかと思います。そのときに,事業者間の売買という書き方では広過ぎるとすれば,山下委員からの御指摘はもっともなことだと思いますので,その場合,どういう限定の仕方があり得るかということもやはりここで検討することには意味があるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 内容についても御意見があればお伺いしておきたいと思うんですけれども。 ○岡委員 ①については,賛成というのは一つの会だけでございました。反対の中には,いろいろな意見が交じっております。民法にこういう事業者概念を持ち込んで,事業者概念に関する多くの条文を作ること自体に反対である。その場合に,商法に置いておけというのか,商行為法を残せというのか,そこまでは整理はしておりませんけれども,民法に持ち込み過ぎだという観点から反対する意見も根強くございます。   それから中身についても,商法525条は確かに変だけれども,(3)の①も何か変だねと,不履行をした人から催告を受けるという,おまえに言われたくないよという感じのする規定であるという観点から,違和感のあるという意見もございました。だから,内容的に違和感のある,それから位置的に持ち込み過ぎである,それほど問題ないのではないか,このような意見がてい立しておるというのが状況だと思います。   ②について申し上げますと,①よりは賛成の意見が多うございましたけれども,やはり事業者間の売買というどーんとした規定を民法に持ち込むのは反対であるという意見もございますし,中身について,市場での売却を認める部分については理解できるけれども,それ以外の部分,供託でありますとか競売でありますとか,そういうものを一般化する条文については反対である。中身については一部賛成,一部反対,そういう意見もございました。 ○三上委員 今の岡委員の意見に一部同調するような意見になるわけですけれども,金融業界としては,民法に消費者契約法のような条文が入ってくるかどうかというのが一つの大きな論点になると考えておりまして,約款等も含めて,議論するときには常にどこでそのような条項を設けるかというのは一つの大きな前提議論になるわけですが,もし,事業者,消費者という区分を民法の外側に置くとした場合に,この条項の「事業者」を,例えば,「法人」と代えて適用する,置く意味・置く予定はあるのでしょうか。少なくともここだけ「事業者」という言葉が入ってくるのはおかしいので,この条項の「事業者」を「法人」に代えても当てはまるのかという観点の検討が必要ではないかと考えております。 ○鎌田部会長 事業者概念を民法の中に持ち込むことに対する反対というのが大きいようでございます。それだと商法524条,525条に関連する検討をここでやるべきではないという御意見に直結するのかもしれませんが,仮に,ここで検討をしなくても商法には残っているわけでありますけれども,その内容について合理化を図るという観点で見た場合にどうなるかという点についても御意見があればお伺いしておきたいと思います。 ○新井関係官 1点補足させていただきます。(3)の①の提案に関してですが,不履行をした売主から買主に催告があるということについては違和感という御指摘があったかと思います。そういうイメージが生じるのかもしれませんけれども,この提案の主眼としては,買主が解除するかどうかの意思決定をするかどうかのタイミングについて,売主からの催告を待ってからすればよいことにして,解除するか否かの買主の意思決定のプレッシャーを現行の商法第525条よりも若干緩和するというところに主眼がある提案であろうと思っております。それを踏まえてまた引き続き御意見を頂ければと思います。 ○高須幹事 今の内容面についてという点でございますが,②のところの,いわゆる従前の競売に代えて市場で売却する場合を一定の要件の下に認めようということに関しましては,基本的には方向性としては賛成したいと思います。内容という意味に関してだけでございますけれども。やはり実際仕事をしておるときに,いわゆる競売によって売却を図るというのは,法的な一つの手段にはなっておるわけですが,やはりなかなかそれは現実的ではない。したがって,実際の解決方法として,競売を選択するのは非常に困難を伴っておるというような状況でございますので,市場性があるような場合で一定の要件の下にということで,このような任意売却的なものを認めるということは,現実的かと,そのように思っております。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。それでは,ここも頂戴した御意見を踏まえて更に検討を続けさせていただきます。   続きまして,「第4 売買-買戻し,特殊の売買」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 それでは,説明いたします。   「第4 売買-買戻し,特殊の売買」の「1 買戻し(民法第579条から第585条まで)」では,アにおいて,判例の考え方を踏まえ,債権担保目的の買戻し特約付きの売買については,買戻しに関する現行規定が適用されないことを条文上明記することの要否を取り上げています。また,イにおいて,買戻しの規定内容を一部見直すことの要否を取り上げています。   「2 契約締結に先立って目的物を試用することができる売買」では,いわゆる試用売買につき一定のルールを設けるとの提案を取り上げています。 ○鎌田部会長 それでは,まず「1 買戻し」について御意見をお伺いいたします。   特に御異論はございませんか。 ○三上委員 これは,全く個人的な意見になってしまいますけれども,買戻しが担保的な使い方に適用がないということは,ある意味,立法趣旨にもかなわなくなってしまったといえると思います。私の経験では,これが使われている場面というのは,地公体等の土地の払い下げのような場面に限られていまして,これらの条文がなくても,同じような趣旨の契約で,かつ代金だとか契約費用とか,そういう縛りのない,より妥当な形の契約というのは別の形でもできると思いますので,この特殊な売買規定自体がいまだに必要なのかどうかという観点からの検討をして,というのは,恐らく今回の改正で民法の条文は大幅に増えると思いますから,要らないものは多少なりとも削らないと増える一方になってしまうような気がしまして,むしろ廃止してはどうかという点の疑問点を一つ挙げておきたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかの御意見いかがでしょうか。買戻しに関する規定の廃止論ということですね。廃止の提案であると。 ○山野目幹事 アのほうにつきましては,今の三上委員の御意見がごもっともであると感ずる部分もありますけれども,公的な住宅の供給の場面で,これないしこれに類似の取引が用いられて登記されることはありますし,まだ登記が残っている実例もありますから,調べていただかないと,少し危ういと感じます。   イのほうについては,①,②,③の規律を導入することについては,私は特に抵抗を感じませんでした。先々の法文起草の関係で希望を申し上げておきますが,売買契約と同時に登記するとか,売買契約の登記という言葉が気持ち悪くて,現行法の文言がこうなっているからこうお使いになったと思いますが,我が国の不動産登記制度は,契約を登記するのではなくて,権利を登記することになっていますから,この辺りは御留意いただければ有り難いと感じます。 ○高須幹事 買戻しの意義というか有効性みたいなことなんですが,担保の場合には,もちろん全然別な手段というのがあって,今,三上委員からも御指摘があったように,買戻しという制度を利用して債権担保というのが必ずしも唯一の制度でも何でもないと思うんですが,全く担保ということを離れたときに,通常の売買,不動産の売買において,売主が買主に一定の注文を一定期間つけておきたい,それがもちろん当事者限りでは債権的な約束をさせればいいわけですけれども,それが買主のほうから更に第三者に移転する場合までを視野に入れて,それでも何らかの制限を掛けておきたいというときに,この買戻し特約というのは,それなりの存在意義を持っていると思います。トラブルにややなるような売買のケースのときに我々弁護士が,買戻し特約付きで売買を行うようアドバイスをするということは現にやっておりますので,紛争事例的なやや細かな部分になるのかもしれませんけれども,制度としてこういうものが残っておるということは,使い勝手がいいのではないかと思いますので,そういう意味で,従前ある制度でございますので,残しておいてもいいのではないかと思っております。 ○道垣内幹事 1のアなのですが,債権担保を目的とする場合にはどうなるのかということの条文はないわけですよね。そのときに,例えば,現行581条と同様の条文が適用,規定され,かつ,当該条文まで債権担保を目的とする場合には適用されないとなるとどうなるのか。例えば,債権担保の目的でされて債権者に登記が移ったんだけれども,債務者の側が買戻しの登記をしているということになりますと,債権者が不当な処分をしても,被担保債権を弁済して,もう一回自分に完全な所有権を戻すという権利が第三者に対抗できるのではないかと思います。そうすると,何か受け皿がないままに,債権担保を目的とする場合には適用されないと書くことには,私には若干の危惧がございます。 ○能見委員 買戻しの制度ですけれども,私もこれが実務でどういうふうに使われているのかよく知りませんけれども,この買戻しの法律構成というんでしょうか,考え方が,現在の民法の規定では買戻しというのは解除だという位置付けですよね。また,この条文の後段では不動産の果実と代金の利息の相殺という規定があるところを見ると,これは解除に遡及効があるという考え方を前提として,従って,買主が受け取っていた果実があれば本来それは売主に返さなくちゃいけないけれども,売主に代金の利息を返すべきなので,両者を相殺するという考え方をしている。そういう意味で買戻は解除であるということを前提とした構成なんですが,これはちょっと分かりにくいのではないかと思います。解除という構成を変えて逆向きの売買という考え方をすると,今度は再売買との比較が問題になるのかもしれませんけれども,この際,もし買戻しの規定を改めるのであれば,解除という構成がよいかどうかも検討してみるのがよいのではないか,あるいは解除という法律構成は維持しつつも遡及効のない解除という考え方も検討してみるのがよいのではないか。買戻しの法律構成についてはいろいろな考え方があり得るのかもしれませんので,そういうことを併せて検討したらどうかと思います。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがでしょうか。 ○中井委員 念のためですけれども,70ページの最後の行から次のページの3行目にかけての記載ですが,買戻しの登記については売買契約の登記と同時でなくてもよい,後でもよいというのに絡んで,579条について,買戻しの特約が売買契約と同時でなくてもよいと理解する趣旨の記載ぶりになっておりますけれども,それを前提にするということでしょうか。私は素直に売買契約と同時に買戻しの特約はする。ただし,登記は遅れてしても構わない,こういう御提案と理解して,かつ,それに賛成するものです。仮に買戻しの特約自体が売買契約より後に別途できるというのであれば,それは再売買の予約で,買戻し特約には入らないのではないか。 ○鎌田部会長 ここに書いてあることの趣旨はどうかという点では,事務当局からお答えをいただければと思います。 ○新井関係官 飽くまで問題提起として記載したものですので,中井委員から頂いた理解も当然あり得ると思っています。 ○鎌田部会長 どっちの可能性もあるということですか。特約の締結時期を送らせるのでもいいし,登記の時期を遅らせるのも,両方とも含む,あり得るということで提案しているということですか。 ○新井関係官 締結の特約をする時期は579条がある以上は,売買契約と買戻し特約は同時に…… ○鎌田部会長 同時でなければいけない。 ○新井関係官 現行法の理解としては,そうでなければいけないということだろうと思います。その上で,この③で挙げた提案というのは,買戻し特約自体は契約時にあるけれども,その登記のタイミングは権利移転登記よりは遅らせることを可能にするという提案であろうと受け止めてはいるのですが,そのことが第579条と整合的かどうか若干の疑問が生じ得るということで,この補足説明では問題提起しているものです。 ○中井委員 それなら,同じことかもしれませんけれども,当然,買戻し特約は売買契約と同時にする,それが買戻し特約だとまず理解すべきと考えます。かつ,それで効力は生じる。ただし,対抗力を生じるには登記が必要だ。その登記については,契約と同時でなくともよろしい,そういう規律に単純化して理解をする,それで足りるのではないかと思います。   余計なことですけれども,対抗することができると変えることについて,異存はありませんけれども,ほかのところでも出ている対抗することができるというのが一般市民に分かりやすいのか,主張することができるというその他言葉も含めて,整合的にもう一度見直す機会を設けていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかの御意見いかがでしょうか。 ○深山幹事 先ほど三上さんのほうから廃止論的な御意見がありましたが,現行法の買戻し特約の規律を前提にすると,非常に使いにくい制度であり地公体の払い下げぐらいにしか使われていないという点は,私もそういう認識です。ただ,御提案にあるように,イの①,②,③のような形に改められるとなると,これはこれでそれなりに使いやすい規律になって,対抗力が備わった制度として買戻しという制度が再構築されるとなると,利用される向きはあるのではないかという気がいたします。そういう意味では,再構築をするという意義はあるのではないかと思うんですが,一つ懸念されるところは,その場合に,どういう使い方をするかは推測の域を出ないですが,アのところにあります債権担保を目的とする場合とそうでない場合との区分がうまくできるのか,あるいは何をメルクマールに両者を区分するのかが難しいのではないかと思います。規定としては簡潔に表現して解釈適用に委ねるということになるのかもしれませんが,再構築をするのであれば,債権担保を目的とする場合と,そうではない本来の買戻しの場合との区別が極力クリアになるような規定ぶりを検討される必要があるのではないかと考えます。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。   債権担保目的のものをあえて買戻しとして使い続ける必要が本当にあるのかという疑念もないわけではないんですけれども,基本的に,根本的にこれに反対という御意見よりも,むしろこういう方向でやったほうが内容が合理的になるという御意見が大勢だったとお伺いしておきます。   次に,「2 契約締結に先立って目的物を試用することができる売買」についての御意見をお伺いいたします。 ○岡田委員 最初にこの提案が出てきたときに,どうもピンと来なくて,余りトラブルがないと言ったように記憶していますが,その後,通信関係で結構出てきていることを知りました。無料商法であったり,当選商法であったり,それがこれに該当するような気がするのですが。最近はウォーターサーバーの案件で,スーパーの前面なんかでくじ引きをさせて,当たったということで,当たったのは何かというと,サーバー,外の容器で,フィルターを結局は買い続けなければならないという契約が結構トラブルになっています。そのちょっと前は,レンタルビデオの案件で,10本まで借りられ会員契約をしたが10本の中に自分が希望しないものが入っているとか,少ない本数を希望したら契約違反になったとかで高額な金額を請求されたというのがありました。この契約も当初試しで使ってみて,その後,契約するかしないか決められるというのであれば,まだ消費者のほうは理解できるのですが最初はただだ,無料だと得をするような感じで勧誘しておいて,結果的には得をしない契約になっているというところがトラブルになっているように思います。こういう商法は特に通信関係で増えていくような気がするものですから,明文化されるのであれば大変有り難いなと思います。 ○鎌田部会長 その点については事務当局から何かありますか。 ○新井関係官 ここで取り上げている提案というのは,どちらかというと,試用売買であるということが当事者間でもはっきりしているというような場合を典型的な場面として念頭に置きつつ,売買契約の成立時期ですとか試用したことに関しての責任ということにつき,明文化するという提案だろうと理解しております。今,岡田さんから教えていただいた例などは,どちらかというと,勧誘の時点で意思決定を歪めるような欺瞞的な言辞があったことが主として問題となり得るような場面とも理解したのですが,ここで取り上げている提案の中で受け止められるかどうかというと,ちょっと心許ないのかなと思いました。 ○岡田委員 地上デジタルのときの勧誘とか,光回線の勧誘とか,その辺が多分当初試しにという感じで契約させてと思ったので,それがレンタルビデオもどうもそんな感じがしたのですが,私自身は契約をしたことはないものですから適切な例ではなかったようです。 ○潮見幹事 問題があるというのは私も了解しておりますが,そういう問題は,この前からずっと議論している不実表示を理由とする取消しの規定を民法に設けるべきではないかとか,契約交渉の際の注意義務違反を理由とする損害賠償をどうするかという問題として考えるべきではないでしょうか。場合によれば,不実表示取消というものを,だからこそ民法の中に設けるべきではあるまいかという方向にも進むものではないでしょうか。しかし,いずれにしても,ここの試用売買とはちょっと場面が違うというように思ったので発言させていただきました。 ○佐成委員 この試用売買に関してでございますけれども,経済界のバックアップ会議の中で,こういうものを実際に使っているのかどうかという話をメンバーの皆さんとしたのですけれども,経済界の中でも,実際にこういうものを使うというのは余り例が多くないようでございまして,現時点では実務上のニーズが必ずしも高くないのではないかなという印象を受けております。その中でも,わずかに「モニター販売」といいますか,「モニターセールス」といった例が紹介されましたので,御報告いたします。これは,耐久消費財の販売などで,見込み客に使い勝手などを「モニター」して報告してもらうという条件で,実機を御自宅に設置をして,無料で試用をしてもらい,モニター期間終了時点に,購入か返却かを選択いただだくというものです。新商品とか,市場認知度が低い商品の中には,現実に使って体験してみると非常にいいという評価を頂ける商品というのはあるものです。テレビコマーシャルなどのマスメディアを利用する広告をいくら大量にしてみても,まずは現実に使わってもらわないことにはそのよさが分からない,うまく伝わらない,なんていう商品はいろいろあると思うのですね。特に新商品・新製品なんかがそうなんですけれども,それに限りません。その意味では,実際に使ってみて,本当に満足していただいたら購入いただくという商品販売のあり方というのは潜在的には結構あるのではないかとも思います。このように,試用売買という御提案が想定するような実際に体験して御満足いただいてから買ってもらうという商品販売の在り方というのはもちろんあり得るのです。けれども,現時点では非常にごく限られた範囲でそういうプラクティスが行われているにすぎないのではないかということをまず申し上げたいと思います。それとともに,実際にそういうプラクティスをする場合というのは,モニターセールスに関して言えば,いろいろな特約を付しておりますから,例えば,試用期間中にいくつかのアンケートにお答えいただくとか,試用感覚をいろいろ御報告いただくとか,それなりのモニター業務をしていただき,それで最終的にモニター期間終了時点で御購入いただくかお返しいただくかを選択していただくというような,それぞれ商品ごとの特性を踏まえた取り決めをかなり細かくやったりしますので,御提案にあるような,一般的な規定に対するニーズというものはなさそうでございました。従いまして,あえて民法に試用売買の規定を置かなくても実務上はほとんど困らないのではないかとか,そもそも規定を置くというニーズは実務的には余りないのではないかとか,経済界の議論の中では,むしろ否定的な意見が多かったということでございます。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。 ○能見委員 こういう規定を置くかどうかについてはまた別途検討していただいたほうがいいと思いますけれども,仮にこういう規定を置くとしたときの②の部分ですけれども,例外的に生じるものではありますが,試用者の責任のことが書かれています。補足説明のほうでその意味については具体的に書いてあって,そこに書いてある趣旨を71ページの太字のところで表したものと理解しますが,このような試用者に故意・重過失があった場合には損害賠償の責任を負わせるという規定は適切でないと思います。単なる故意・重過失で試用者が責任を負わされるのは適当でない。少なくとも72ページの補足説明のところで書いてあるような,当初から全く契約をするつもりはないが只で使ってみようとか,契約締結をする意図がないのに,何度も試用を繰り返しているとか,というのは試用を悪用していて適切ではないのですが,契約するつもりはほとんどないが,それでも試用してみるというくらいになると,一概に不適切ともいえない。要するに,不適切というのにも色々なレベルがあり,簡単に故意・重過失では捉えられない。それなのに,故意又は重過失があると責任を負わされるというような規定があると,本来の不適切な場合の範囲を超えて,もっと広く責任を負わされてしまう危険性があるかもしれないので,②のような規定あるいは故意・重過失の場合には責任を負うというような表現には注意したほうがいいのではないかと思います。 ○中井委員 このような試用売買が消費者契約以外のところで使われているのかということについて,それほど広くない範囲ですけれども,各弁護士会から聞きましたが,余りその場面が想定できない。結局問題になるのは消費者契約の場面で,岡田委員が懸念されるような幾つかの類型があるのかもしれない。そうしたときに,この類型を民法に入れるのかということについては,現在,特別法があるようですけれども,そういう特定商取引に関する法律などで規律していく方向がよろしいという意見が多かったです。仮に,民法にこういう規律を入れるとした場合ということで幾つか意見が出ていまして,一つは,今,能見委員からもお話がありましたけれども,②の記載ぶりについては問題があるのではないか,つまりその商品によって消費型の商品と,一種耐久商品的なものとがあって,消費型,例えば化粧品だとすれば,必ず故意で使って減るわけですから,このままの規定だったら,場合によっては,減った部分については賠償せよということになりかねません。試用のために提供された商品を通常に試用している限りにおいて発生する,これは損失かもしれませんけれども,それを賠償する責任はないだろう。したがって,ここでの故意・重過失があった場合を除きという規定だけで十分かというと,そうではない,留意が必要だというのが1点。   それから2点目は,結局承諾しなくて契約が成立しなかった場合,提供を受けた商品を返還するわけですけれども,この返還費用に関する定めはどうしても必要で,それは提供した側の負担として明記しておかないと,その返還の際のコスト負担でトラブルになる可能性がある,こういう意見がありました。逆に,そういうところまで書くとすると,果たして民法に入れるのが適当なのかということにまた戻って検討する必要があるだろうと思います。 ○道垣内幹事 すみません,分からないままに発言して申し訳ないのですが,ゴルフ場に行きますと,新製品について試打クラブというのがありますね。しかしながら,あのときの特徴というのは,それがあるメーカーの新種のクラブであっても,その試打クラブをそのまま購入するわけではなく,同種類のクラブを購入するということになるわけですね。さて,そうすると,ここにいる試味売買ではないわけですが,そのときに試打クラブの利用に関して,試用する側はどのような義務を負っているのだろうか。つまり,故意又は重過失があった場合にだけ責任を負うということなのか,一般的に軽過失責任を負っているんだろうかというのが分からないのです。私みたいに,ゴルフなのにボールではなく土を叩きますと,クラブが折れてしまうこともあるわけでして,それは,試打させるということでクラブ提供者側の負うリスクに入っているのだろうと思います。しかしながら,ゴルフの試打クラブという具体例を超えて,一般的に製品試用であるとするならば,故意又は重過失というところまで注意義務が避けられるのかというと,当然にそうではないと思います。にもかかわらず,どうして,購入するものと試用するものが同一物であり,試味売買に該当すると,注意義務の程度が下がるのかというのが私にはよく分からないところがあります。   それと,今度は逆な話をいたしますと,②と③,②の規定が仮に妥当であるといたしましても,③がありますと,結構もめごとの種になるという気がいたします。つまり,期間の定めがないというときに,相当な期間を過ぎますと,それで解除が承諾をしなかったということになりますので,そうすると,②のような試用期間を過ぎますので,故意又は重過失に注意義務が軽減されているという効果が生じなくなりまして,そうなりますと,③の期間が経過したかどうかということが重要な意味を持ちます。   結論としては,以上からと導けるほど論理的なものではないのですけれども,様々なシチュエーションがございまして,なかなか規定は置きにくいのではないかという気がいたします。 ○山本(敬)幹事 先ほどから,特に②の要件の定め方がこれでよいのかという指摘がありましたが,この②が一体何を定めている規定なのかということを確認させていただきたいと思います。ここでは,「損害の賠償」ということですので,非常に広い書き方がされていますし,次の72ページの例を見ましても,目的物の利用の仕方についてまでカバーされているように見えるのですが,本当にそのような問題なのかということです。  つまり,①も③もそうなのですが,試用売買の特徴として,売買契約自体がいつ成立するかということが問題になり,試用段階では成立せずに,試用後に承諾の意思表示したときに成立する。承諾の意思表示をしない場合に,成立するのかしないのかの確定に関わる問題が③の問題である。とするならば,②の問題は,成立はしないけれども,試用によって利益を得た。この利益を得た分が「損害」に相当するのかもしれませんが,契約が成立していれば対価を払わなければなりませんので,その対価相当分を損害として賠償請求できる例外的な場合がどのような場合かということを定めたものとするならば,①,③と並べて規定する意味が分からなくはないのですが,もう少し広い損害を考え出しますと,拡大損害ないしは完全性利益の賠償に当たるようなものまで含むようなイメージがありますが,それは一般ルールの問題なのではないかと思います。要するに,②で対象としようとしているのが,一体どのようなものなのかということを確認させていただければという趣旨です。 ○新井関係官 ベースとなっている検討委員会試案でどう考えているかということを自分なりに忖度しての回答になりますが,恐らくこの②で考えている損害は,試用に伴う損傷とか価値の下落,そういったものを念頭に置いているんだろうと思います。更に拡大損害とかまで含むかどうかというのは,必ずしも即答ができないところです。 ○山本(敬)幹事 厳密に言うならば,売買契約は試用後に承諾の意思表示をしたときに成立するものですけれども,試用する段階で,無名契約なのかもしれませんが,試用に関する契約をしているはずで,だからこそ試用することができる。とすると,どのような使い方をするかとか,どのように消費するかということも,本来はその試用契約の趣旨から決められるべきものであって,多くはそれでカバーできるはずだと思います。この場合の試用契約は,恐らく試用自体については無償とするということが定型的に前提にされているものだろうと思います。だからこそ「試用」という名称を使うのだろうと思います。ですから,試用自体について対価を取れないことが契約の内容になっているのではないかと思います。  ただ,後ろのページを見ますと,最初から契約するつもりがなかったにもかかわらず,このような試用による利益のみを取得しようとして契約をするのはやはり問題であって,この場合は試用によって得られる利益相当分は損害として賠償しなければならないと書かれています。これは確かに試用契約の趣旨から出てこないことかもしれませんので,そうであれば,①,③と並べて規定する意味は理解できるかもしれないと思ったということです。 ○佐成委員 1点だけですけど,今,最初から買うつもりなしに試用による利益のみを取得するために実際に使うだけ使うというのは容認できないとの御指摘があったかと思います。しかし,私のこれまでの企業実務家としての感覚からいたしますと,仮にこういう,最初から購入意思が全くないのに試用契約を申し込んだというお客様がいたとしても,売主になり得る事業者側としては,必ずしもそれを悪いことである,損害賠償をもって禁圧すべきであるとは考えていないということも併せて指摘したいと思います。むしろ,ある意味では,他の広告媒体では代替できない,お客様が自主的に自分の貴重な時間を自社商品の体験に使っていただいたことによるPR効果・口コミ効果というような,正に事業者側が当初から意図していたとおりの無形のメリットが生じているとも評価できるわけでございます。その意味で,一般的にそういう場合は損害賠償をさせるべきだというのがデフォルトルールであるとも必ずしも言えないのではないかという印象を実務家としては受けました。 ○鎌田部会長 頂戴した御意見を踏まえて引き続き検討をさせていただきます。   ちょうど部会資料の切れ目にもなりましたので,随分遅れが出ているのが気にはなりますけれども,ここで15分間の休憩を取らせていただきます。           (休     憩) ○鎌田部会長 それでは,再開いたします。   部会資料44の「第1 贈与」の「1 成立要件の見直しの要否」と「2 適用範囲の明確化等」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 それでは,説明いたします。   部会資料44の「第1 贈与」では,「1 成立要件の見直しの要否」において,民法第549条の規定内容のうち,贈与を諾成契約としている点について,現行の規定内容を維持することを提案しています。   「2 適用範囲の明確化等」では,アにおいて,他人物贈与が異論なく有効とされていることを踏まえ,民法第549条の「自己の」という文言を削除することを提案しています。   イにおいて,贈与契約を財産権の移転契約と定義した上で,それに沿って民法第549条の規定内容を改めるとの提案を取り上げています。この点は,贈与の規定を,他の無償契約に包括的に準用する規定を新設することの要否とも関連すると考えられます。   これらの論点のうち,2については,贈与契約の定義を改める際の問題点の整理等を含め,具体的な規定の在り方を分科会で補充的に検討することが考えられます。この論点を分科会で検討することの可否についても御審議いただければと思います。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明のありました部分につきまして一括して御意見をお伺いいたします。   1については,余り異論がないだろうと思うんですけれども,よろしいでしょうか。   2のアについては,いかがでしょうか。これも余り異論はなさそうに思うんですけれども,よろしいですか。   2のイにつきましては,具体的な規定の在り方について分科会で補充的に検討するということでございますが,その検討に当たって,この点は留意すべきであるということがありましたら,御意見をお出しいただければと思います。 ○山野目幹事 ただいま御案内のありました2のイでございますけれども,一部少し留保を考えたいという意見を述べさせていただきます。   現行法の文言の「財産を」というのを「財産権を」と改めること自体について抵抗感は感じないのですけれども,反面において,現行法の「与える」となっているのを「移転する」と改めることについては,現行法の起草者が売買のほうの555条は余り留保することなく財産権を移転すると書いておきながら,それと対比されるべき関係にある無償の財産権移転型の契約である贈与について「与える」という文言を用いたことには,恐らく意味があるものであろうと感じます。恵む与えると書いて「恵与」でございますが,恵与する意思が贈与の特徴であるということを伝える文言は残しておいたほうがよいのではないかと,余り論理的な意見ではありませんけれども,感ずる部分がございますから,そのことを申し上げさせていただいた上で,仮にそうすると,財産権を与えるというのは変で,日本語としては落ち着きも悪いので,ちょっと考えあぐねているというところを率直に申し上げさせていただきます。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○岡委員 大した意見ではないんですが,「財産」を「財産権」に変えることについて,多数は賛成でございましたが,一部に反対というか,そういう必要はないのではないかという意見でございます。   この解説を読むまで「財産権」と「財産」で民法が使い分けているのを初めて見たぐらいですので,そう定見があるわけではないのですが,民法710条とか711条では,同じ条文の中に「財産権」と「財産」を使い分けている。信託法は,旧法が「財産権」とあったのを広くするために「財産」に変えたと,そういういろいろな動きがある中で,部会資料を読みますと,「財産権」というのに絞り込んで,今までの「財産」の部分は包括的な準用契約でやれば足りるということのようです。そんなことをするぐらいだったら,今のままでもいいのではないかと,「財産」と「財産権」で,債務免除だとか用益物権とか若干の違いがあると書いていますけれども,それほど厳密に考えて変えるほどではないのではないかという意見が一部にそれなりに強力にございました。 ○道垣内幹事 95%までは岡委員と同じなんですが,だから「財産」と「財産権」を「売買」と「贈与」で使い分けている現行法を維持するということにはどうしてもつながらない。ただ,先ほど出ましたように,信託法で「財産権」を「財産」と直したときに,それのほうが広くなるのだという意見がありまして,本当かなと当時から私は思っており,また,いまだに全然信用していないんですが,そういう説明自体はありました。そして,もし仮にそうであるならば,日本の立法の在り方として,「財産権」を「財産」に変えるということ,ないしは「財産」を「財産権」に変えるということにはかなり強い意味があるということになります。統一するということを前提としながら,いずれかに併せていただければと思います。 ○中田委員 このイというのは,贈与の概念を現行法よりも限定するという趣旨だと理解いたしました。それは,今,何人かの方がおっしゃったことだと思います。その結果,現行法では,用益物権の設定は贈与とされているわけですけれども,それが贈与から外されることになって,その手当てとして包括的な準用規定を置くという,そういう構造ではないかと思います。それは狭い意味での贈与の概念を明確にするというメリットがある反面で,その周辺の部分を不明確にするというデメリットもあるということになります。とりわけ無償契約一般に準用を及ぼすというときになると問題が拡大してくると思います。対応策としては,絞り込んだ上で,3ページの2の(3)の後段にあるような規定による準用の方法もあると思います。あるいはそのほか,無償契約一般への準用はしないけれども,イの規律を,先ほど山野目幹事がおっしゃったように,「移転する」ではなく「与える」というように変えて少し膨らませた上で,あとは解釈による類推適用に委ねるという,そういう方法もあると思います。ただ,これいずれにしましても,後で出てきます贈与の規定を無償契約一般に包括的に準用するのか,個別的に準用するのかということと密接に関係いたしますので,その点についてはまた後ほど意見を申したいと思います。 ○野村委員 売買のところでも同じような問題があると思いますが,条文の表現について,一言申し上げます。現行の条文では,条文の表現で,諾成契約であるということが読み取れるようになっています。ここはもちろん表現は違いますけれども,意思を表示して,相手方が受諾ということによって効力を生ずるとなっていますので,そのことが今の提案ですと,ちょっと読み取れなくなる可能性があるということです。ただ,贈与のほうはもう一方で,書面によらない贈与の規定を置くので,そこからすれば反対解釈で,原則として諾成契約であると理解することが可能なのかもしれないのですけれども,その辺りを全体の問題に関わってくると思いますので,お考えていただければと思いますが。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。   それでは,これまで頂戴した御意見を踏まえて,分科会において補充的に検討をさせていただきます。   続きまして,「3 書面によらない贈与の撤回における「書面」要件の明確化」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 説明いたします。   「3 書面によらない贈与の撤回における『書面』要件の明確化(民法第550条)」では,民法第550条の「書面」につき判例が緩やかに書面への該当性を肯定する傾向にあることに対して批判があることなどを踏まえ,同条にいう「書面」がより限定的なものであることを条文上明らかにするとの提案を取り上げています。 ○鎌田部会長 ただいま説明のありました部分について御意見をお伺いいたします。   裁判所の御意見いかがでしょうか。 ○村上委員 まず,現在の判例によって不都合が生じているという御指摘については,具体的にどの程度の不都合が生じているのか,もう少し説得的な御説明が必要かと思います。   それと,補足説明には,現在の判例が「書面」への該当性をめぐる紛争の原因になっているという記載がありますが,契約書に限定するとでもいうのであれば別ですけれども,そうでなければ,「書面」の要件を厳格にしたところで,「書面」への該当性をめぐる紛争が減少することにはならないのではないかと思います。いずれにしましても,現在の判例の立場を変えるということであれば,具体的にどのような規定の仕方があるのか,「書面」の意味が明確になる形で御提案を頂く必要があると思いますけれども,それが可能なのかどうかという問題なのだろうと思います。 ○鎌田部会長 ほかに御意見いかがでしょうか。 ○岡委員 弁護士会は意見が分かれております。賛成の会もありますが,反対も結構多うございます。この昭和60年の最高裁の判例の見方についても意見が分かれておりました。実子ではない自分の子に贈与したので,あの人に登記をしてやってくれと,そういう書面を被贈与者ではない人に内容証明で送った事案で,私なぞは,ほかの事実も踏まえた上で,書面による贈与と認めていいように思いましたけれども,中井さんはそうではないという御意見でしたし,そうだとすると,現在の判例がやっているように,いろいろな要素を踏まえた上で,書面要件も一つの要件として見るのでいいのではないかと,保証のほうも書面によるとだけ書いてありますので,そのほうが自由度のある,柔軟な解釈ができていいのではないかと,そういう意見を個人的に持っております。弁護士会でもそのような意見もございました。ただ,意見は分かれております。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいでしょうか。 ○高須幹事 難しい問題で,私自身も具体的な答えを持っているわけではないのですが,今回の改正の中で,書面によらない贈与の部分の撤回は可能だ,この立て付け自体は残すとして,そのときに,書面性をどう考えるかという場合に,つまり書面を作ったものについては撤回できないとする根拠はどこにあるのかというところについて,よく検討する必要があるのではないかと思いました。補足説明5ページの出だしのところでは,この点について,贈与者の贈与意思を書面により明確にすることを促し,軽率な贈与に絡む紛争を未然に防止すると,言葉としてはすごく分かりやすく書いてはあるのですが,更に詰めたときに,結局,書面によらないと撤回されちゃいますよという要素を強くして,できるだけ書面化に誘導していこうという趣旨で考えているのか,それとも,書面からそれなりに贈与意思が認められればいいけれども,そうでない限りは撤回の余地を認めてもいいという,要するに,誘導するようなものではないのか,それによって,書面というものを厳格に返した上で,ある意味では,書面でないものは切り捨てていくという解決方法になるのか,あるいは明確な意思さえ認められれば書面性はクリアしていると考えて撤回を認めないという解釈論,判例は比較的そっちに今近いのではないかと私なりには思っているんですが,そういうふうなことでいくのか,この辺りの明快な,あるいは,それなりの考え方があってこの書面性の要件というのは結論が出てくるのではないかなとちょっと思っておりまして,もし今の3行のところにどういう意図が込められているのか,もし格別な意味があれば教えていただければと思いますし,そうでなければ,そうでないなりに私なりにまた考えていきたいと思いますが,以上です。 ○新井関係官 5ページの補足説明で書いているのは,民法第550条の趣旨についての一般的な理解を記載したつもりです。第550条の書面を厳格化していくという考え方は,この考え方をより純化していくというか,この趣旨をより突き詰めた方向でやっていく。すなわち,極端な話でいえば,少しでも形式の整わない書面は全て切り捨てる,その贈与は全て覆るということであれば,安定的な贈与を求める当事者はきちんと書面を作るはずだ。それによって意思の確実性が担保され,紛争が防止されるというメカニズムを考える。そうすると,この本文に取り上げたような書面を厳格化すべきだとの考え方に結びつくと思います。その一方で,事後的であったとしても,正に様々な事情の総合考慮の中で,一つの要素として書面を捉えるという形で判断し,事後的にせよ意思の確実性が担保されていれば,それでいいのだという見方も,それはそれであり得ると思っております。正にここは意見が分かれるところであり,この部会資料で問いかけているところでもありますので,引き続き御議論いただければと思っております。 ○高須幹事 質問しておいてまた意見を言うというのも何か中途半端で申し訳ないんですが,今御指摘のように,両方あり得ると仮にした場合に,私個人としては,やはり今の社会において贈与がなされる場合というのは様々なケースがあり得て,そのなかには相当数の,両当事者が書面に押印する贈与契約書のようなものを作らない形での贈与行為があり,それはそれなりに一定の意味を持っていて,そう安易に覆すべきではない。そうなると,書面性を余り厳格に解すると,実情に合わなくなるというか,そういう危険があるのではないかと私個人はそういうスタンスを持っております。 ○能見委員 こういう問題をどういう視点で,民法改正に際して扱ったらいいかという基本的な問題があると思うのですが,一方で,理論的な問題としてどう考えるかという問題があります。すなわち,書面によらない贈与は,贈与者の意思が明確に表されているわけではないから,その効力を弱めようというのは,理論的な視点からこの問題をどう考えるかということです。しかし他方で,実際に贈与というのはどういうふうに使われているのか,ということも考える必要があります。それで,もし判例で少しこの書面性を緩くしているというのが実際に世の中で行われている贈与を反映しているとすると,それを理論的な観点だけから規律を変更するのは少し影響が大き過ぎるのではないだろうかという懸念を持ちます。要するに,現在それなりに書面性の緩い贈与が社会でで認められていいと考えられているとすると,こういう規範が世の中にある程度定着しているときに,実際にそのような規範が定着しているかどうかの認識が正確である必要がありますが,仮にそれが正しいとしたときには安易に行為規範を変更するのは適当ではないのではないか。その規範が不都合であればともかく,余り不都合でないのであれば,その規範を理論的な観点だけから変えてしまうというのは問題があるのではないかと思います。従って,贈与に付いて書面性をどの程度厳格に要求するかは,理論と実際の両方をにらみながら判断する必要があると思いますが,この贈与のような制度は,社会において実際に機能している在り方が結構重要だと思いますので,私としては,社会における現実の機能のほうを重視したほうがいいのではないかという気がします。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがでしょうか。 ○野村委員 本文ではないのですが,補足説明のところで,6ページの3の(1)という一番下のところです。平成16年改正で民法第550条の書面に電磁的記録が含まれないとの整理をしているという表現なのですが,これは現代語化のときに保証に関して,書面のところに「電磁的記録を含む」と書いたことの結果こういうことになったということなのでしょうが,現代語化は,そもそも中身を変えないで現代語化するという方針でやっていたので,このように書くと,少し書き過ぎではないかなという気がします。記録に残るので,お考えいただければと思います。 ○鎌田部会長 ほかには。 ○内田委員 先ほど能見委員から贈与について一定の規範意識というか行為規範が定着しているのではないかという御意見がありましたけれども,書面による贈与であるか否かをめぐる紛争というのは結構あるのですよね。裁判例も結構ある。紛争が起きるというのは,贈与する側が撤回したいと言って紛争になるわけですね。比較法的には,普通,贈与契約というのは公正証書でしないとそもそも効力がないというところが一般的なわけですけど,日本の場合は,諾成的な合意だけで効力があるわけですね。ただ,有効に契約としては成立するけれども,書面でない場合には撤回できる。それを利用して撤回したいと主張し,しかし何らかの紙に書かれたものがあるので,これが書面に当たるかどうかで紛争になるのだと思います。そういう紛争が起きるということ自体,広く贈与を認めることが行為規範として必ずしも定着していないことを意味しているのではないか。撤回したいという紛争というのは結構あるのではないかと思います。比較法的に贈与に公正証書などが要求されているのは,贈与の意思を表示する方式そのものが定められているということであって,単に,意思があるという証拠が存在すればいいというのではない。意思表示そのものに方式が要求されている。それほど贈与というのは一方的に利益を与えるという意味で危険な契約ですので,確実な意思を要求する。歴史的にそういう伝統があり,また比較法的にもそういう立法例が多いのだと思います。その中で日本は,必ずしも契約書というものを要求しなかったわけですが,その結果,実際の裁判例は贈与の意思があることが書面によって証拠立てることができれば贈与としての拘束力を認めるという形で,撤回したいという人の意思を無視しているわけですけれども,これが本当にいいことなのか。やはり贈与するという以上は,贈与するという意思そのものに方式を要求すべきではないかという考え方は十分あり得ると思います。これは現行法からすると明らかに政策的な変更ですから,それだけの立法事実があるのかということが問題になりますし,また,それを示す必要があるとは思いますけれども,しかし,それなりに紛争があることを考えれば,贈与者の意思をより尊重するという趣旨で意思表示に方式を要求するという考え方を採ることは,選択肢として十分あり得るので,もう少し慎重に検討してはどうかと思います。 ○中井委員 先ほど岡さんから,私の意見は違うと言われたので,若干補足をしておきますと,この書面の意義についての現在の実務で果たしていいのか,いささか疑問に思っていると昨日の弁護士会の準備会で発言したわけですけれども,それは今の内田委員のお話をなぞるわけではないんですが,贈与者側の意思というのがもう少し尊重されていいのではないかという気がするわけです。諾成的に成立しても,受贈者側が一定の期待をしていることは間違いのないことですが,それであっても,今の判例等に出てるのは,伝聞的なものであっても,それが書面化されている限りには,判例を広く読み過ぎかもしれませんけれども,書面となり,もはや撤回ができなくなる。しかし,贈与は,重要な財産を近親者にあげる場合が多いんでしょうけれども,それを実行するまでに撤回するかどうか,最終意思をもう少し尊重してもいいのではないかという観点からこの部会の提案に賛成の意見を持っております。ただ,これは贈与についての皆さんの見方の違いによるもので,理論的にどっちが正しいという話ではないだけに,もう少し広く議論をといいますか,どういう形かは分かりませんけれども,広く意見を集約する必要がある課題ではないかという印象を持っております。 ○鎌田部会長 ほかには。 ○岡委員 先ほどの内田先生のお話ですが,贈与のここの書面を厳格化するとなれば,保証のほうの書面も厳格化することにつながるんでしょうか。あっちのほうでは提案はなかったように思いますが。 ○内田委員 保証は既に保証契約が書面でなされることが要求されていますので,保証とそろうのではないでしょうか。 ○岡委員 そういうことですか。 ○潮見幹事 関係あることで,実は関係ないことを言っていいでしょうか。 ○鎌田部会長 はい。 ○潮見幹事 この間の委員の先生方の発言を聞いていますと,贈与者の意思,真意性の確保ということが中心に置かれていますよね。そのときに,前から気になっているんですが,現行民法の550条で,撤回権者が各当事者となっているので,これは贈与者に改めるということにどうしてしないのでしょうか。ちなみに,立法者は,贈与を受けることを潔しとしない受贈者のために,受贈者にも贈与の撤回というのを認めるべきだという理由付けをしています。けれども,その理由というものが余り成り立たないというか,むしろ規定の目的が最終意思の確認にあるということであれば,思い切って「贈与者」と書いてもいいのではないかと思ったところです。 ○筒井幹事 一つ前の内田委員の発言で,保証のほうでは保証契約を書面でしなければならないと規定されていて,贈与とは違うという発言があったのですが,それは必ずしも法務省の見解ではないことを念のため指摘しておきたいと思います。保証に関する平成16年改正の立法過程では,必ずしも保証契約書を作成する実務が確立しているわけではなく,いわゆる保証書の差入れ方式なども行われているという指摘があり,そのような実務運用を必ずしも排除する趣旨ではなく立案がされたものと思います。ですので,保証契約を書面でする必要があるかどうかについては,異なる考え方があり得ると思います。 ○鎌田部会長 保証人自身が関与して保証意思を明確にした書面が作成されるという意味では,ここの贈与の書面に係る広い解釈よりは絞られていると理解してもいいですか。 ○筒井幹事 当時の立案過程で議論されたことではないので,お尋ねへの直接の答えにはなりませんが,保証のところの書面要件の書き方と贈与のところの要件の書き方との間で,言われているほど違いがあるのかという点では,私は個人的にはいささか疑問を持っておりまして,規定ぶりの違いは必ずしも決め手にならないように思います。 ○高須幹事 ただの経験的な話だけなんですが,仮に書面と契約ということが強く結びつくとしても,やはり贈与の場合も,贈与契約だからといって贈与者と受贈者との間でそれぞれが書面に署名・捺印して契約するというのは,ないとはもちろん言いませんけれども,多くはないと思います。ごく身内で贈与などというときには,贈与する側が一方的に誰誰に贈与しますと書いて,署名し判子を押す,受贈者もその書面をもらって大切にしておくということで,それでよしとしている場合が相当あると思いますから,仮に今回の提案のように方向に行くとしても,その書面の在り方については実際に行われている考え方を十分に考慮すべきだとは思います。 ○鎌田部会長 分かりました。 ○中井委員 私もこの方向には賛成ですけれども,書面の中身については,今の高須幹事の意見に賛成です。 ○鎌田部会長 事務当局においてもなかなか決め手が見付け難いところがありますけれども,頂戴した御意見を踏まえて更に検討を続けさせていただきます。   続きまして,「4 贈与者の責任(民法第551条第1項)」から「6 死因贈与(民法第554条)」までについて御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 それでは,説明いたします。   「4 贈与者の責任(民法第551条第1項)」では,アにおいて,贈与者の責任に関する民法第551条1項の見直しの要否等を問題提起しています。甲案は,贈与者の責任が契約責任であるとの理解を一貫させる観点から,物の瑕疵や権利の移転に関しての売買における売主の義務に倣った規定を設けた上で,贈与者の責任に関する民法第551条第1項を削除するというものです。他方,乙案は,この551条第1項について,贈与者の責任が契約責任であることを前提としつつ,無償性を踏まえてその責任を具体化したものであるとして理解して維持するという提案です。イにおいて,他人物贈与の贈与者が履行に当たって尽くすべき義務について,贈与者の贈与の無償性を踏まえて有償契約よりも軽減する規定を設けるとの提案を取り上げています。   「5 負担付贈与(民法第551条第2項,第553条)」では,アにおいて,負担付贈与の贈与者の担保責任の具体的内容を条文上明記するとの提案を取り上げております。イにおいて,負担付贈与に双務契約に関する規定を準用するとしている民法第553条につき,契約の解除に関する規定を準用する旨の規定を設けた上で,同条については削除するとの提案を取り上げています。   「6 死因贈与(民法第554条)」では,遺贈の規定を死因贈与に準用している民法第554条について,現行の規定内容を維持することを提案しています。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ただいま説明のありました部分のうち,まず「4 贈与者の責任」について御意見をお伺いします。 ○岡委員 数からいけば弁護士会としては乙案が多うございましたが,甲案のような考え方に支持がある程度ございました。ただ,契約責任だからこのようなものを負わせるのでいいのではないかという意見もある一方,私が育った香川県の田舎では少なくとも,やはり贈与というのは,何と言うか,いいものをあげるのが贈与だと,他人にあげるものに変なものをあげてはいけないと,こういう倫理観と言ったらちょっと違うんですけれども,そういう感覚が非常にあるのは小さいころから身にしみて感じております。ただ,そういう議論をしたところ,それは分かるけれども,しかし,もらうほうがいいものをよこせよというような感覚は絶対ないはずだと,あげる人はいいものをあげなきゃいけないと思うけれども,もらった人が,もらったものに文句つけるのはもっとひどいことだと,そういう感覚も非常にありまして,では,そういう倫理というか贈与に関する考え方からいくと,やはり甲案ではなく乙案,いいものをあげるべきだと思うけれども,もらった人が文句を言うのはもっとけしからんと思います。こういうことから法律としては乙案のほうがいいのではないかというのが,香川県民としての私の個人的な意見でございます。弁護士会としては,乙案のほうが多く,甲案の支持も,大阪,仙台等にありました。そんな状況でございます。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○潮見幹事 乙案支持という御意見がたくさんあったということで,ちょっとだけ確認させていただきたいんですけれども,例えば,不動産の贈与で建物にシロアリが食っているとか,柱が腐っているとか,あとは土地の贈与で,土地の中に廃棄物が入っていたという場合に,もらった後でそういうことに気が付いた受贈者はどうしたらいいんでしょうか。もちろんその場合には,贈与者のほうはそんなことは知らないというでしょうが,そういう場合に,受贈者の場合は贈与契約から離れるということはできないということでしょうか。 ○岡委員 そういう意見も議論の中では出ましたけれども,それは贈与を受けるという意思決定をその人はしたんだから,やむを得ない面もあるのではないか。あげる人も,廃棄物だとかシロアリだとか,そういうのがあるのを知っていたら法的な責任を負うべきだけれども,知らなかった場合に法的な責任を負わせなくてもいいのではないかというのが多数でございました。 ○潮見幹事 簡単に申し上げますと,乙案を採る理論というのは,贈与者のほうの責任をいかにして軽減するかというところを強調するのですが,贈与も契約であって,単にお恵み,恩恵ではないわけですから,その意味では,契約には拘束されるわけです。そこで不適合なものが来たような場合に,受贈者を当該契約関係から離脱させる可能性を認めるとか,あるいは損害賠償という道を残しておくことも考えられるのではないでしょうか。それを乙案のような形で,単に贈与者のほうの非常に強い主観的な対応で一律に処理をするということについて,私は賛成できません。その意味では,甲案のように考えて,その上で補足説明にあるような観点から贈与の特性というものを解釈の中に盛り込んでいけば,それで十分な対応ができるのではないかと,思っておるところです。 ○中井委員 弁護士会の意見は先ほど岡委員からのとおりですけれども,大阪弁護士会は,甲案の修正案です。理由は,乙案というのは,硬直的過ぎるのではないかというのが一つです。また,甲案の契約責任そのまま,この記載内容でいいのかということについては,疑問がありまして,まず一つは,解釈の問題として解決することに最終的になるのかもしれませんけれども,贈与という無償性に照らして,その内容は決まる。これは契約責任の普通の考え方を採る,そこに無償性という要素をどのように加味するかということですから,原則を変更するわけではありません。しかし,修補請求とか代物請求については,贈与の趣旨から限定されていくことになるだろう。かといって,もらったものに,先ほど言われたシロアリがいる,土壌汚染がある,そういうものを受け取らなければならない義務を受贈者に課すのは酷だから,契約からの解放,解除は認めるべきではないかというのが大阪の意見です。  また,ここでは他人の権利の負担のないものを移転しなければならないとなっていますが,原則はそうなのか。借家権付建物を贈与するときに,その借家人を追い出して空のものを渡すということはないと思います。合意の中身で解決する,契約の趣旨で解決するのかもしれませんけど,別段の意思表示がない限り,完全所有権を渡さなければならないというのは,行き過ぎではないか。したがって,甲案を,契約責任的な立場に立ちながら,もう少し贈与の趣旨に照らした受贈者側の対応ができるような規定ぶりを更に考えるべきではないかというのが大阪案です。そこの基本にあるのは,贈与という契約の趣旨に照らして導かれるものは,売買などの相当な対価を得られるものとは違うだろうということにあります。 ○深山幹事 私も今の中井先生の意見に近いことを考えているんですが,つまり甲案と乙案の中間的な規律です。中井先生の意見あるいは大阪弁護士会の意見は,現行法を変更する部分として,効果の点で,有償契約の瑕疵担保と差をつけて効果を制約するということで無償契約に即した担保責任を目指すということだと思います。それは一つの方向としてあるとは思っているんですが,もう一つの方法として現行法の要件を少し変えるという方法もあると思います。具体的には,現在の規定ですと,その瑕疵又は不存在を知りながら告げなかったときに担保責任を発生させるわけですが,知り得べきときも更に加えると,もう少し合理的な規律になると思います。実務的には,悪意を立証するのはなかなか難しいですが,瑕疵を知っていたということが立証できなくても,当然知り得たはずだというところまで立証できれば,その場合には担保責任を負わせられるという規律は,それなりに合理性があるのではないかという気がいたします。そういう意味で,甲案の修正案なのか,乙案の修正案かはともかくとして,そのような規律を検討してもよろしいのではないでしょうか。 ○山本(敬)幹事 今の深山幹事の御発言の趣旨は,私から見ますと,どちらかというと,やはり乙案の筋ではないかと思いました。それに対して,中井委員がおっしゃっているのは,甲案の枠内での話だと思います。そして,部会資料を拝見しますと,9ページのところに,甲案を採用したとしても,履行請求権の限界事由,あるいは債務不履行による損害賠償の免責事由等の判断要素として無償性が織り込まれるということが書いてありますので,中井委員がおっしゃったことは,そのような形で対応することも可能ですし,むしろそのように対応すべきなのだろうと思います。  問題は,7ページの甲案の書き方に,少し本来の趣旨と違う読み方がされるところがあるという点ではないかと思います。例えば,「瑕疵のない目的物を引き渡す義務を負い」とありますと,瑕疵の意味について伝統的な考え方を前提にして理解すれば,必ずしも契約の趣旨が基準になっていることが読み取れなくなって,何を定めているのかということについていろいろな理解が出てくるように思います。しかし,考え方としては,契約の趣旨に従い引き渡すべき物を引き渡す義務を負うということであって,贈与契約の趣旨に従ってどのような物を給付すべきかということが確定されれば,そして,例えば一定の性質を備えた物を引き渡すことを約束したと解釈される場合に,その性質を備えた物を引き渡さなければ,やはり契約違反であって,不履行に基づく責任を課させられても仕方がないということだと思います。その意味では,甲案としては,「瑕疵のない目的物」というよりは,「贈与契約の趣旨に従い」,あるいは「贈与契約の趣旨に適合した物」を引き渡すべき義務を負うということを確認すれば,それで足りるのではないかと思います。   要するに,これまで何度も申し上げていることですけれども,契約不履行一般,そしてまた売買契約の瑕疵担保責任に関する考え方について,契約の趣旨を基準にするのであれば,ここでもやはりそうすべきですし,そしてまた,それで懸念されているような問題は生じないのではないかと思います。 ○中田委員 ただ今の山本幹事の御発言について確認したいんですけども,贈与契約の趣旨に適合したものを引き渡すということは,甲案を前提として条文の文言に入るということなのか,それとも,それは一般のルールの適用の際に,そのようなことは当然に盛り込まれるであろうから,規定としては明文を置かないという趣旨なのか,どっちでしょうか。 ○山本(敬)幹事 私自身は,規定は必ずしも要らないのではないかと思っていますけれども,それでは不安が残るというのであれば,先ほどの「贈与契約の趣旨に従い」ということを確認するような規定を置くことに反対はしませんが,それがどうしても必要だとは思っていません。考え方が分かれるところかもしれませんが,ひとまずそうお答えしておきます。 ○中田委員 契約の解釈ですとか,履行請求権の限界ですとか,免責事由ですとか,あるいは今の引き渡す義務の内容とかについて,全て一般原則に委ねるということで,理論的にはきれいになるとは思うんですけれども,正に山本幹事がおっしゃったように,実際上はやや不安が生じ得る可能性があると思います。その場合に,無償契約の場合はこうなんだということを具体的に記述しておくことによって,むしろ一般原則の解釈にとってもメリットがあるのではないかと思いますので,何らかの方法で贈与契約あるいは無償契約については別なんだということの解釈の手掛かりは残しておいたほうがいいのではないかと思います。 ○能見委員 今の中田委員,あるいはその前の中井委員のご意見に大体において賛成なんですが,解釈だけで,そこで無償性を考慮して適切な結論が出てくるだろうというのでは,私も不安に思います。この贈与のところの規定を見ていて一番実は違和感を感じたのは,贈与者の責任の規定のところでして,贈与者に余り重い責任が課されるのは適当ではないだろうと思います。贈与も確かに契約ですから,契約責任であるということはそうかもしれませんけれども,いろいろな責任の中身については,贈与の場合の特則というものを考える必要がある例えば先ほど中井委員も言われましたけれども,代物請求などが認められるというのは,恐らくおかしい。そのほかにいろいろあるかもしれませんけれども,贈与者の契約責任がどういう内容のものになるのか,担保責任はどうなるかなどについて,贈与の規定のところで明確にしておいたほうがいいと思います。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいでしょうか。 ○中井委員 4のイについては,賛成です。そこで,イとの関係で,2ページの2のア,「自己の」という要件を削除する考えに異論はないのですが,当然それはこの4のイとセットになるという理解をしております。 ○鎌田部会長 分かりました。ほかにはよろしいですか,イの点につきまして。   それでは,頂戴した御意見を踏まえて更に検討させていただきます。   次に,「5 負担付贈与」と「6 死因贈与」について御意見をお伺いします。 ○山本(和)幹事 5のイについてですが,ほかの法律への影響ということなんですけれども,破産法には,あるいは倒産法全体には,双方未履行の双務契約という問題についての規律があります。負担付贈与について,その適用関係ということなんですけれども,余り議論が十分なされていないようですけれども,実質論から考えると,破産者が受贈者である場合に,破産管財人が贈与を受けて,相手方の負担が破産債権になるという結論はやはりどうもおかしいように思われますし,それから,破産法の中にも,148条2項という規定があって,負担付遺贈について同じような局面で,相手方の負担に係る請求権が財団債権になるという規律がございます。恐らく私の理解では,その負担付遺贈について規定がないのは,負担付遺贈は双務契約なので,そもそも一般の双方未履行,双務契約の規律の適用を受けて管財人が贈与を受け取るときは履行を選択しているので,相手方の負担についての請求権は財団債権に当然なるという理解を前提にしているのではないかと思われるのですが,仮にそうであるとすると,そういう理解を支えるものとして,この民法の553条の規定があるのかもしれないと,つまり民法でこれが双務契約の規定が原則として準用されるということになっているので,破産法の双方未履行の双務契約の規律が準用されると理解されているのかもしれないとも思われます。そうであるとすると,これが削除されたときにどうなるのかというのがちょっと不安なところがあるような感じがいたしましたので,事務当局では既に御検討かと思いますけれども,ほかの法律への影響という点についても御検討いただければと思いました。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがでしょうか。 ○岡委員 ア,イ両方とも弁護士会は賛成意見,反対意見,ほぼ同数ぐらいございました。   アのほうは,賛成のほうがどちらかといえば多い感じでございます。ただ,反対意見としては,なかなか負担付贈与の負担のところの価値は微妙なところが多いので,提案のように運用するのは難しいのではないかというような意見であると思います。   それから,イのほうについては,これはむしろ反対のほうが多い意見でございます。親族間や背景に複雑な事情があるので,解除だけに絞るのではなく,同時履行や危険負担も一応残しておいて,ケース・バイ・ケースで運用したほうがいいのではないかと,そういう意見,対価的牽連性が認められる場合,事案もある。その場合には解除だけではなく,全部認められたほうがいいので,広めの今の規定のほうがいいのではないかと,そういう観点から,イのほうは反対のほうが多いと,そういう状況でございます。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいでしょうか。   「6 死因贈与」については,特に異論はないと思ってよろしいですか。 ○三上委員 今日は極論ばかり言う役回りになるんですけれども,元々書面性のところでトラブルになるケースというのは,本人の死後に書面の解釈でという場合が多いという指摘があったんですが,それ以外に,私は経験しました事例では,推定相続人ではない第三者が死の直前まで被相続人の面倒を見ていて,「私が死んだら残りの預金をあげると口頭で言われました」と言って預金を引き下ろしに来て困ったということが実際にありました。譲渡通知がないではないかという抗弁が一つあるのかもしれませんが,「自分が死んだら」という停止条件を付けた譲渡通知が有効なのかという問題が別途ありますし,では,法定相続人,大体こういう場合というのは遠縁の代襲相続人くらいしかいない場合が多いんですが,そんな人に贈与通知に協力する義務を課すというようなことが本当に考えられるのかとか,考えられたらよく分からなくなりますし,かといって,裁判になっても,銀行は取消権者でもありませんし,贈与の事実を否定する証拠も持ち合わせておりませんし,本人がさらさらと陳述書を書けば,そのまま認定されて負けてしまうのではないかという非常に困った状況に追い込まれたわけです。さらに,最近,明快な自筆で書いてある遺言で,内容も非常に明らかで,遺言としては申し分ない内容なんだけれども,残念ながら判子が漏れていたという例がありまして,そういう意味では,押印がしていないので,遺言としては無効と言わざるを得なんですけれども,「遺言書」と書いた封筒に入っていたんですけれども,これ,もし封筒を隠して,中身だけ持ってきて,これは死因贈与の契約ですと言われてたらどうなっていたんだろうというようなことを考えますと,そもそも,なぜ遺言が厳格な方式でやっているかというと,もう意思を確認しようとするときには本人がいない,確認しようがないからだと。そう考えると,死因贈与というのは,一部学説でも批判があったと思いますが,言い方は悪いですが,一種の遺贈の脱法行為ではないかと思います。したがって,死因贈与自体を廃止し,遺贈に統一するという判断も一つあり得るべきなのではないか,ないしは少なくとも方式まで含めて遺贈を準用させるべきということも,この際非常に極論ではございますが,提案させていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかに。 ○能見委員 今の三上委員のお話は非常に面白いと思ったんですけれども,死因贈与の場合も,一応契約が存在していて,贈与者と受贈者との間の合意ないし契約は存在しているので,単なる一方的な意思表示は違う。実際には区別がしにくい場合もあるかもしれないけれども,そういう贈与についての両者の意思が明確になっているので,それゆえに遺言の方式を採らなくてもいいだろうということになります。ここに遺贈とは異なる死因贈与の存在理由があると思います。三上委員の意見は,インパクトを持ち過ぎるといけないので,一応反対の意見を述べておきます。 ○鎌田部会長 ただ,諸外国で贈与に要式行為しているとか,公証人の関与を求めているというのは,ある意味でやはり相続分の前渡し,あるいは生きている間の遺贈類似の行為という性格があるからだとも考えられなくはないですよね。 ○能見委員 もう1点,今の関連で補足しますと,次の世代に財産を移転していくという方式としては,遺言を使う方法,死因贈与を使う方法,それからもう一つ,生前の信託を使いながら財産を移転していくという方法など,いろいろな方法ないしタイプがあって,それぞれ微妙に要件が違う。その間の整合性というものも見ながら検討したほうがいいのではないかということであります。以上の各種方式の中では,死因贈与が一番緩いといえば緩いんでしょうか。生前信託の場合には,委託者と受託者の間で信託契約があり,また受託者に財産が移転するという形を採りますので,生前信託の場合には,それがなされたか否かはその明確になっています。それと比べると確かに死因贈与のほうがその存在ないし成否が余り明確ではないというところがある。しかし,先ほどの繰り返しになりますけれども,死因贈与においても両当事者の契約があるということが前提となっているので,それはそれで存在理由があるんだろうと思います。 ○中井委員 戻って申し訳ないんですけれども,5のイですが,553条を削除するのは慎重になっていただきたいと思います。解除については記載のとおりです。同時履行と危険負担について,この部会資料11ページでは,対価関係にあることを根拠にするから,負担付贈与について準用することに疑問があるとのことですけれども,負担付贈与の当事者の意思を考えてみると,受贈者にとっては,贈与を受けられるから負担をする。逆に,贈る側は,負担をしてくれるから贈与する,そういう関係もあるだろうと思いますので,等価の対価ではありませんけれども,ギブ・アンド・テイクの関係があるとすれば,そのような場面では同時履行の考え方を適用するのが素直ではないか。   また危険負担についても,本来的な贈与をすることが履行不能になったら,当然負担はなくなるという限りにおいては,危険負担と同じ考え方がここでも常識的には適用されるのではないか。逆に負担が履行不能になったときに,果たして贈与義務が当然消滅するのかというと,そこは贈与者側の任意の選択に委ねてもいいという限りにおいては,危険負担との考え方とそごするのかもしれません。とすれば,少なくとも基本的な贈与する義務が消滅したときには負担も消滅するという関係にあることは一般に承認できるのではないか。いずれにしろ,553条単純削除については,もう少し慎重にしたほうがよいのではないかと思います。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。   それでは次に,「7 その他の新規規定」について御審議いただきたいと思います。事務当局から説明してもらいます。 ○新井関係官 それでは,説明いたします。   「7 その他の新規規定」では,まず「(1)贈与の予約」において,贈与の予約に関する規定を設けないことを提案しています。   「(2)背信行為等を理由とする撤回(解除)」では,アにおいて,受贈者に一定の背信行為等があった場合に贈与を撤回又は解除することができる旨の規定を設けるとの提案を取り上げるとともに,イ及びウにおいて,アのような規定を設ける場合の撤回又は解除の原因の在り方,その他の具体的な規定の在り方について問題提起しています。   「(3)解除による受贈者の原状回復義務の特則」では,第1パラグラフにおいて,贈与契約が解除された場合の受贈者の返還義務につき,解除時に存していた利益の限度とする規定を設けることを提案するとともに,第2パラグラフにおいて,背信行為等を理由とする撤回又は解除については,撤回又は解除の原因が発生した時に存していた利益の限度とする旨の規定を設けることの要否につき問題提起しています。   「(4)無償契約への準用」では,有償契約に関する民法第559条に倣って,贈与の規定を他の無償契約に包括的に準用する旨の規定を設けるとの提案を取り上げています。   これらの論点のうち,(2)については,規定を設ける場合の具体的な規定の在り方等につき,分科会で補充的に検討することが考えられます。また,(4)についても,「2 適用範囲の明確化等」と関連付けつつ,規定を設けるに当たっての問題点の整理などについて分科会で補充的に検討することが考えられます。これらの論点を分科会で検討することの可否についても御審議いただければと思います。 ○鎌田部会長 ただいま説明のありました部分のうち,まず「(1)贈与の予約」について,規定を設けないということで,異論はなさそうな気がしているんですけれども,よろしいでしょうか。   それでは,「(2)背信行為等を理由とする撤回(解除)」についての御意見をお伺いいたします。 ○岡委員 弁護士会は真っ二つに割れているという状況でございます。こういう理論があり,この理論で適切に解決される場合があるのは,事情変更の原則よりももう少し事例の多い法理として承認はしておるところなんですが,やはり要件の具体例をこうやって見てみると,何かイメージが違うなと,こういうのが条文として出てくると,紛争誘発のほうの副作用のほうが多いのではないかと考える人も多うございます。そこから先が,では,もう条文を作らないほうがいいのではないかという方向に行く人もいますし,やむを得ない事情がある場合に限って認める。それはどうかという意見もあります。部会資料にも書いてありましたけれども,履行前と履行後を分けて要件設定をすべきではないかという人もおります。ですから,半分ぐらいはこの提案に賛成だけれども,そうではなく,もっと抽象的に書くべきだ,いやいや,やはりもう副作用が多いのでやめるべきだ,そういう意見も強くあると,そういうのが現状でございます。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがでしょうか。この提案のアに書いてあるような一般論はいいけれども,イのように要件立てされると,それは認め難いというふうな意見が相対的に多かったというふうな理解をしたらよろしいですか。 ○村上委員 この問題に関する裁判例を集めてみたのですけれども,それほど多くのものは見付かりませんでした。ここで問題とされているような撤回を認めるべき場合があるということ自体は,間違いないと思いますけれども,その要件をどのように考えるかは,非常に難しいと思います。   例えば,イの③を見ますと,法律上の扶養義務を負う場合となっていますが,集めた裁判例の中には,子の配偶者に対する贈与についてこのような撤回が認められるかが取り上げられたケースがあり,このケースでは,法律上の扶養義務はありません。また,イの①を見ますと,虐待,重大な侮辱その他の著しい非行を行ったときとありますけれども,そこまでいかないと駄目なのか,そこまでいかなくても認めてよい場合があるかもしれないという気もいたします。このように,要件を適切に設定できるほど十分な議論が蓄積されているのかどうか,心もとないという思いを持っています。 ○中井委員 大阪弁護士会の意見を紹介しますと,この点については積極的な意見を持っております。これは先ほどの贈与に対する考え方の反映なのかもしれませんけれども,贈与者の意思を尊重するという考え方が基礎にあるのかもしれません。具体的にイですが,①から③,この要件の書きぶりについては更に議論が必要だろうと思いますけれども,ここは部会資料にありますように,贈与実行前,贈与実行後であっても適用されるという形での要件立てです。大阪の意見としては,贈与実行前であれば,更に拡張できるのではないか,一つは,背信行為を受贈者が行った場合,もう一つは,贈与者側が困窮に至った場合,その場合に撤回できるのではないか。贈与実行前であれば,贈与者の意思が尊重されていい。背信行為というのは,①であれば,受贈者の贈与者に対する虐待,重大な侮辱等の直接的な行為なわけですけれども,それに至らない,例えば,一生懸命勉強するからお金を贈与すると言っていても,結局,勉強せずに遊んでいる。そのような場面でも,贈与者は贈与しなければならないのか,また父親が贈与するというときに,母親に対して暴行したときでも,背信的行為として,書面のある契約であるとしても,もう少し広く撤回を認めてもいいのではないか。また,困窮の場合でもそうで,贈与の約束をしたけども,贈与者側がその後,困窮に陥っている場合にまで,受贈者側は贈与者側に贈与せよとまで言えるのか,このときも撤回を認めていいのではないか,こういう意見を持っています。現に幾つか資料を頂きましたが,韓国や中国の民法では,そういう贈与実行前の撤回についてはもう少し広く認めている事例があると聞いております。消極意見がある中で,更なる積極意見ですが,御検討いただきたいと思います。 ○能見委員 贈与全体をどう見るかという問題に関係するんですが,私自身,贈与が社会でどのような意味があり,どのように行われるべきかということについては定見はないんですけれども,かつて読んだ来栖教授の贈与に関する論文の中に,日本の贈与には,純粋に財産を与えたいという気持ちからなされる贈与だけではなく,いろいろな身分関係とか,いろいろな社会関係から,ある種,義務的な贈与というのがあるということが書いてありました。どんな例が義務的な贈与として上げられていたか,正確には覚えていませんけれど,例えば,父親が子供2人,長男と次男がいる。そういう父親が,長男にほとんどの財産を与える。弟のほうはほとんど与えなかった。戦前の家督相続の下ではこういうことがよく生じる。こうして不平等が生じているときに,父親の死後,お兄さんが弟に贈与という形で財産を与えて均衡をとろうとする。こういう贈与は,確かに無償であり,贈与は贈与なんですけれども,お兄さんからすると財産をもらわなかった弟に穴埋めとしての贈与すべきだなという感覚を伴って行われる贈与で,そういうのが義務的な贈与というものです。日本の贈与の中には,こうした義務的な贈与とでもいえる場合が結構ある。要するに,贈与というのは,いろいろな理由で行われ,今の例のように義務的な理由で行われることもある。そうした義務的な要素のない,典型的な贈与の事例においては,撤回権というのがあっていいのかもしれないが,今,例として上げたお兄さんから弟への義務的な贈与の場合には,財産をもらった弟がその後,急にお兄さんに対して非常に批判的なことを言ったり,背信行為と言えるような行為をしたということがあっても,撤回権が簡単に認められるべきではない。あるいは贈与者側の困窮を理由とする撤回権,これは外国にも例はありますが,そういう撤回権も慎重であるべきだと思います。そういう意味で,ここに書いてある提案について,反対というわけではないんですが,やはり贈与というものがいろいろな背景の下で行われるということを考えると,少し慎重に考えたほうがいいのではないかという感想を持ちます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○佐成委員 経済界の議論の中で,この背信行為等に伴う撤回権なり解除権というものについて賛成,反対という意見は特にございませんでしたが,分科会の候補ということなので,一言申し上げます。分科会で論じていただく場合におきましては,撤回ないし解除といったものの効果の面ですけれども,とりわけ当事者以外の第三者への影響についても検討をお願いしたいということです。この点は,当然のことですが,ぜひ深めていただきたいという意見がございました。これは,具体的には生保業界さんからの御意見ですが,贈与と関連した部分でいろいろ生命保険が契約されるケースが多いので,その部分についてはとりわけ関心が深いということでございますので,よろしくお願いしたいということです。 ○中井委員 先ほどの能見委員の意見をきちんと聞けていなかったので確認といいますか,私の意見になるのかもしれませんが,仮に義務的贈与があるとすれば,それは日本の社会では受贈者側が贈与者側に何らかの,これは道徳的な義務からスタートするのかもしれませんが,隠れた義務を負っているのではないでしょうか。それは財産を受けるや否や,義務的贈与として受け取るや否や,その後,受贈者側がその信義に反して,本来あるべき受贈者側の義務を履行せず,背信行為ないし贈与者に対して虐待等を行った場合には,当然その贈与は解除されていい場面だろうと思うのです。今の能見委員の御意見は,義務的な贈与の場面ではむしろ撤回ないし解除を制限すべきであるというふうな御意見とお聞きしたのですが,そのような御意見だったのでしょうか,それとも誤解だったんでしょうか。 ○能見委員 すみません,あるいは私の言い方がよくなかった,それからまた義務的な贈与という言葉も一般的に使われる言葉ではないので,分かりにくかったと思いますけれども,私が「義務的な贈与」と言いましたのは,贈与する側が社会的な身分関係とかいろいろな理由で,むしろ贈与すべき義務,そこまで言うとちょっと言い過ぎなんですが,贈与する十分な理由がある場合,これを贈与者側のほうの義務がある贈与と呼んだのです。先ほどのような兄弟間の例は,現在の相続法の下では余りないかもしれませんが,戦前ですと,そんな例を挙げてもしようがないのかもしれませんが,多少裕福な家では家督相続で長男が単独で相続するけれども,そして通常は父親は次男などには分家させることで,次男以下の子供たちにも財産をある程度分ける,そういう慣行といいますか,そういうことが社会では一般に行われていたと思います。しかし,次男以下を分家させることなく,長男が家督相続によって財産が全て長男に行ってしまったときに,その長男は,次男以下のほかの兄弟にも財産を分けるべきではないかという,ある意味で道徳的な義務だと思いますが,そういうものを負って,それを背景として贈与する。そうすると,この贈与は,法的には無償で行われるので贈与であるが,贈与する原因のところで義務的な要素がある。したがって,受贈者側の背信行為だとかそういうことを理由に,後で贈与を撤回して財産を取り戻すことは簡単に認められるべきではない,そういう趣旨で申し上げました。 ○中井委員 私はそういう趣旨,贈与者側の義務がある場面と能見先生のおっしゃられたとおりに理解したつもりです。それであっても,そのような贈与が義務付けられたときは,逆にもらった側は,贈与した側に対して背信行為をしてはならないという潜在的なというか,隠れた債務といいますか,更に強い義務を受贈者側は負っているのではないでしょうか,そういう疑問だったのです。したがって,そういう義務的な贈与の場面で解除ができないという結論が妥当なのか,ということに疑問を持ちました。 ○鎌田部会長 いろいろなケースが想定できると思うので,この点は事務当局の御提案にあるように,分科会で補充的に検討していただくということとさせていただければと思いますが,よろしいでしょうか。分科会でうまく要件立てができるのかどうかというふうなことを御検討いただいて,それに基づいてまたこの部会で最終的にどうするかを決めていただくということにさせていただければと思います。 ○山本(敬)幹事 その際の検討の素材としてですけれども,部会資料の14ページのイで提案されている考え方は,背信行為等を理由とする撤回を認めるとしても,認める事由を限定すべきであるという考え方からできていると思います。その意味では,能見委員が指摘されているお考えは,むしろこの案に賛成であるという趣旨なのかとも思いました。つまり,広く一般的に撤回ないし解除を認めるべきではなく,このような限定された事由があって初めて撤回ないし解除が認められてしかるべきである。なぜなら,受贈者側には,この贈与を受けるだけの客観的理由があるのであって,容易に撤回を認めるべきではないからであるという趣旨ではないか。それが,イのような考え方の一つの理由ですし,もう一つの理由は,贈与も契約であるという理解に求められます。そのほか,贈与者側が贈与を受けた「恩」に報いるような行動を受贈者に対して要求し,受贈者が要求に応じなければ撤回ないし解除をするぞというような隠れた圧力のようなものを加える根拠になる恐れも,なくはありません。そのような「恩」に報いる行為を要求する根拠になってはならないという考え方も,このイの根拠になり得ると思います。要するに,契約で贈与した以上,特に限られた理由がない限り,それ以上のことは要求できないという考え方の表れと見ることもできる。これは,能見委員の御指摘とはまた違う考え方なのかもしれませんが,こういったものも考えられます。  それに対して,先ほど何人かの委員,幹事の方から御指摘されたように,これでは狭過ぎるのではないかというのは,やはり他人に対して贈与を行う場合は,贈与者の意思ないしは期待や信頼等,そういった贈与者の思いに当たるものを尊重すべきであり,そのような期待や信頼等が裏切られたときには,契約の拘束力を奪ってもよいのではないかという考え方によるように思います。  ここでは,どちらの考え方を採るかということが争点の一つですし,そして恐らく,広く撤回ないし解除を認めるという後者の考え方を採用する場合は,要件の立て方が非常に難しくなってくるだろうと思います。その点を,どこへ行くか分かりませんが,分科会で慎重に御検討いただければと思います。 ○松岡委員 どうも第2分科会に付託されそうで,非常に不安があります。というのは,今も何人かの委員,幹事が御発言になりましたが,能見委員から,贈与には極めて多様な実態があるという御指摘があったほか,皆さんが想定されている事例が必ずしも一致していません。何を想定して検討するかが分からないときに,様々な規定の在り方を検討せよと付託されても,何をどう検討したらよいのか,検討の材料がこれ以上何か出てくるのか,こうした点が大変不安です。いかがでしょうか。 ○山野目幹事 この(2)の論点につきまして,これに当たる規律が設けられていない,現状がどうなのかということについては,村上委員のほうでもお調べいただいたし,その結果も少し御披瀝いただきました。それと重なり合う部分があると思いますけれども,私の認識するところでは,こういう問題の解決が要請されるような具体的な局面において,現在は恐らく黙示の負担付贈与であるとか,贈与契約に付せられた黙示の解除条件であるとか,そういうものを認定したりして処理されている部分もあるであろうと思います。そういうふうな扱われ方をした裁判例も含めて,若干のものを御覧いただいて,それを踏まえた標準的な規律を民法に設けることが妥当だと認められる範囲,今御提示いただいているものが狭いか広いか分かりませんけれども,その範囲を見据えていただき,そして,これがある程度その範囲が見定められるならば,それでもまだカバーできないような部分については,明示の負担付贈与や贈与契約に付せられた明示の解除条件を当事者が私的自治において工夫してもらうという分担になると見ておりましたから,そういうふうな検討手順が可能であるならば,事務当局のサポートなどを得ていただきながら,松岡分科会長のところになるかどうかは分かりませんが,しかるべき分科会で御検討いただくことがよろしいのではないかと感じます。 ○潮見幹事 今の山野目幹事がおっしゃった方向でもいいとは思うんですが,ただ,例えば実際にこの件で出てきている忘恩行為事例を私もいろいろな機会に見たことはあるのですが,ある一定の類型に限られているのではないかなというところがあって,それを仮に一般化したような場合に,先ほどから出ているようないろいろなタイプの贈与にあまねく妥当するような規定として独り歩きをするような可能性もないではない。その辺りが恐らく分科会長を含め危惧されているところではなかろうかと思います。そういう点では,事務局のほうで少し,もし広めに御用意をしていただければ,うまくいくのかな。そうではなければ,何か知らないけど副作用が多くなるのではないかという感じがします。 ○三上委員 死因贈与で,書面があっても,その後の事情の変更,確か離婚したケースだったと思いますが,取り消せるという判決があったと思います。その場合の考え方というのが,死因贈与の場合には遺贈と同じと考えているのかというと,私が先ほど言った問題点に行き着きますし,履行に着手する前であれば書面の贈与であっても,一定の条件があれば取消し得るという規定を設けるという考え方にもつながります。たまたま私は死因贈与に片寄せした言い方をしておりますけれども,やはり一定の例外的な事象をルール化するということはあるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 いろいろと難しい課題であることは重々承知しておりますけれども,松岡委員の御質問については,今のような程度でよろしいでしょうか。 ○松岡委員 いいでしょうかとおっしゃられても,何とお答えすればいいか分かりません。 ○鎌田部会長 次に,「(3)解除による受贈者の原状回復義務の特則」について御意見をお伺いします。   これ第1パラグラフと第2パラグラフでは少し内容が異なりますので,まず,第1パラグラフのほうはいかがでしょうか。特に異論はないと思っていいですか。 ○山野目幹事 第1パラグラフは内容については異論がありませんということを申し上げた上で,確認ですが,これは見方によっては不当利得返還請求権の規律の一部になると思います。そのようなものであっても,契約解除の原状回復は今般,改正作業の見直しの対象になるし,契約の並びのところに配列するという理解でよろしいと自分は考えておりますし,それでよろしいかどうかということの確認です。   それから後段ですけれども,これは一緒に分科会で考えていただいたほうが,よろしいのではないでしょうか。要件と効果と見合いでないと検討しにくい部分もあるのではないかと思いますから,これは事務当局御提案では,分科会候補には必ずしもなっていませんでけれども,その辺りも御勘案いただければと感じます。 ○鎌田部会長 ほかの御意見いかがでしょうか。 ○筒井幹事 山野目幹事の御発言のうち不当利得に関する規定の取扱いをお尋ねいただいた点については,御指摘がありましたとおり,契約の解除に関する規律であるので,検討対象としてよいであろうと考えております。その上で,その規定の置き場所については,なお結論を留保した上で,御議論をしていただくか,あるいは最終的には任せていただくことになろうかと思います。 ○道垣内幹事 これは負担付き贈与の場合も同じなのでしょうか。先ほど双務契約に関する規定を準用するというルールを削るか削らないかという話があったのですが,削らないとすると,その部分は双務契約として解除の一般論が適用されるということになるんでしょうか。 ○新井関係官 部会資料にも書いたのですが,この第1パラグラフの規定については,負担付贈与にも適用されるという前提でおります。ですから,この規定を設けるのであれば,先ほどの負担付贈与に双務契約ないし契約の解除の規定を準用する規定に関して言うと,原状回復義務に関しての規定は抜くということになるんだと思います。 ○松岡委員 確かに負担付贈与の場合には,狭い意味での対価性がないのは確かですけれども,先ほど倒産の話に関して山本和彦幹事がお触れになったように,いろいろな場面で双務契約的な扱いを一定の限度で及ぼすという発想自体はあり得ます。そうなると,先ほどの道垣内幹事の御質問にもそういう含みがあったのではないかと思うのですが,双務契約の解除の場合の処理に引き寄せて,必ずしも返還すべきものが現存利益に限定されない可能性は広く残るのではないかという感触を抱いております。確信を持っているわけではありません。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。   第2パラグラフのほうは,御提案にあったように,分科会で御検討いただいたほうがいいと思います。実際に様々な場面がこの第2パラグラフには含まれてきてしまうように思いますので,恐縮ですけれども,よろしくお願いします。 ○山本(敬)幹事 先ほどの道垣内幹事の御質問の続きなのですけれども,第1パラグラフが負担付贈与の場合に適用されるというのは,それ以外にどのような場合に契約解除が考えられるかというと,なかなか思い付かないという点ではそうなのかもしれません。ただ,そうしますと,負担を一部だけ履行して,それ以上履行しない段階で贈与契約が解除された場合に,受贈者のほうは解除のときに存していた利益の限度で返還義務を負うのですが,負担のほうの処理は結論としてどうなると理解すればよろしいのでしょうか。適用法条と結論がどうなるのかという点を確認させていただければと思います。それも含めて分科会へということかもしれませんが。 ○新井関係官 ここの提案は,飽くまでも受贈者の返還義務のところなので,負担の返還については,資料はブランクになっています。 ○鎌田部会長 解除の一般原則に戻るということになろうかと。 ○松岡委員 繰り返しになりますが,そうなりますと,ますます解除の一般原則で原状回復義務が強調されて,目的物が受領者の責めに帰すべからざる事由によって滅失,損傷した場合にも,価格返還が原則になります。やはり少しバランスが悪い結果が生じるのではないかと懸念します。 ○鎌田部会長 第1パラグラフについては更に御意見を踏まえて事務局のほうで検討させていただく。その際に,負担付贈与の取り扱いはどうなるのかということについて明確な考え方を提示できるようにしたいと思います。   「(4)無償契約への準用」について御意見をお伺いします。これも,分科会で補充的に検討する必要があるということは先ほどの第1の「2 適用範囲の明確化等」というところで既に御提起のあったことでありますけれども,御意見をお伺いしておきます。 ○中田委員 分科会で審議していただくということに賛成です。それぞれの考え方の論点については,21ページの補足説明の2と,22ページの3で整理されておりますので,分科会での審議の際に考慮していただきたい点を若干補足させていただきます。   まず,包括準用のメリットについて,21ページの補足説明の2で幾つかの場合が挙げられているんですけれども,ただ,それも無償契約の種類によって相当違ってくると思います。例えば,目的物に瑕疵がある場合については,贈与と使用貸借で異なる規律があり得ると思いますし,役務提供契約にはそもそも及ばないと思います。それから,債務不履行責任も,役務提供契約に贈与の規律が妥当するかどうかは問題だと思います。書面によらない契約の拘束力は,無利息消費貸借や使用貸借で諾成契約を認めるかどうかによっても違いますし,認めるとしても贈与と同じにはならないのではないかと思います。それから背信行為による撤回,解除は,継続的契約である使用貸借では,違った現れ方があると思います。こういうふうに非常に多様ですので,包括準用のメリットが実際にどの程度あるのかということは個別に精査していく必要があると思います。この点,売買ですと,手付けとか予約のような一般的なルールがあるんですが,それとは大分違っているのではないかと思います。   次に,個別準用のメリット,ないし包括準用の課題なんですけれども,個別準用は,贈与と使用貸借と無償の役務提供とはかなり性質が違うという理解に立っております。あるものを無償で与えるという場合は,贈与だと言いやすいんですけれども,あるものを無償で使用させる場合には,法律外の好意関係か,使用貸借契約かの区別が微妙だという問題があります。それから,使用貸借のような継続的契約では,無償性による規律の反映は契約成立時だけではなくて,存続中,終了時にも現れるということがあると思います。  さらに規定の体裁という点でも包括準用は分かりにくいと思います。例えば使用貸借では,贈与の包括準用と賃貸借の準用がされるということになると思いますが,分かりにくいと思いますし,寄託の場合には,委任の準用に加えて,贈与の孫準用か直接準用かが生じ得るといった複雑さもあるのではないかと思います。いろいろな無償契約について,贈与型,無償貸借型,無償役務提供型,それぞれの類型がモデルとしてあったほうがかえって分かりやすいのではないかと思います。以上のような点も御検討いただければと思います。 ○鎌田部会長 どうもありがとうございました。   ほかにはいかがでしょうか。 ○三上委員 今回の資料では,債務負担行為の特別の規定を置くということは見送られておりますが,そのような取引が金融界であるということは事実でございますので,今後の贈与自体の展開にもよりますけれども,例えば,書面を電磁的に作るのは不可とかそういうルールができて,それが適用になるのであれば,場合によっては,金融的なイノベーションに影響する懸念があります。その全てが「性質が許さない」という一言で救われるかというのは非常に危ういところがありますから,安易な準用規定を置くこと自体に反対といいますか,慎重意見を述べさせていただきたいと思います。 ○能見委員 先ほど売買のところでは有償契約ということが出てきて,今,ここの贈与のところで「無償契約」というのが出てくるのですけれども,有償・無償契約という概念が,法律家は理解していますけれど,一般の人には結構分かりにくい概念です。有償ということで言えば,例えば利息付消費貸借契約は片務契約だが有償だとされていますが,分かりにくい。また,先ほども売買の規定を有償契約に準用するかという議論のところで,賃貸借の話が出てきましたけれども,地上権を設定する契約なんかだとどうなるのか。地上権設定契約だと,有償,無償の両方の場合があるんでしょうけれども,いろいろと分かりにくい場合が出てくる可能性があるので,どこかで有償,無償,特に有償契約や無償契約の典型的契約を準用するということとの関係で,概念準用の仕方について少し整理しておくのがいいのではないかと思いますので,議論をお願いしたいと思います。 ○鎌田部会長 では,その点も含めて分科会で御検討いただくということにさせていただきます。 ○岡委員 弁護士会の意見は,札幌を除いて反対でございます。理由は,先ほど中田先生がおっしゃった,やはり包括準用には怖いと,ここでも売買の有償契約への包括準用に連合さんが繰り返し警鐘を鳴らしておられるように,それよりも多様性があるので,包括準用については心配である,反対である,そのような意見が圧倒的に多うございました。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○中井委員 意見は,岡委員と同じです。むしろ贈与とそれ以外の無償契約,使用貸借や委任,や委託,寄託といろいろありますが,贈与以外は,経済行為の中に取り込まれているものが山ほどあって,通常,何らかの思惑があって,事業者間でも無償の契約はたくさん締結されている。ところが,贈与,財産の無償移転というものの一般的な適用場面というのは,先ほどからの議論にありましたように,個人財産を親族その他のものに贈与するというのが典型で,その場面を想定した規律が議論されている。本質的にそれは非経済行為だと思うのです。したがって,非経済行為の典型的規律を,経済行為にも多く使われている他の無償契約にそもそも包括的に準用するという考え方自体が疑問です。 ○道垣内幹事 ということになったときに,分科会で議論すべきものなのでしょうか。 ○鎌田部会長 一つは,先ほど中田委員から非常に詳しく論点を指摘していただきましたので,それらについてどういうことがあり得るのか,対処の可能性も含めて,これを一つ一つこの場で検討していくには適さないと思いますので,分科会と事務当局の共同作業で御検討いただければと思っています。 ○道垣内幹事 いいですけど,そういう準用の議論を分科会でするのでは,契約各則全部やれと言っているようなものですよね。 ○鎌田部会長 それもまた言い過ぎかもしれない。 ○道垣内幹事 若干被害者意識が強過ぎたかもしれません。 ○潮見幹事 今,鎌田部会長や中田委員がおっしゃったようなことをやろうとした場合に,これから出てくる使用貸借だとか役務提供でどういう枠組みが出来上がってくるのかというのを見てからではないと,そもそも着手できるのかというところがあります。そうした中で更に,今の段階で反対論を説く委員の方々が多いということであれば,仮に分科会でやるとしても,この部分についてはちょっと先延ばしさせていただければいいのではないかと思うのですが,いかがでしょうか。 ○鎌田部会長 そこも分科会長の御判断にお任せするということで。現実的にそうでなければ無理だという部分がありますので,そのようにしていただければと思います。よろしいでしょうか。   では,恐縮でございますが,先を急がせていただきます。   「第2 消費貸借」の「1 要物性の見直し」の「(1)消費貸借の成立要件(諾成契約化)」から「(3)目的物引渡し前の補遺率関係」の「イ 目的物引渡債権の譲渡,質権設定,差押えの禁止」までについて御審議いただきます。事務当局から説明をしてもらいます。 ○金関係官 御説明します。   「第2 消費貸借」の「1 要物性の見直し」の「(1)消費貸借の成立要件(諾成契約化)」では,現在要物契約として規定されている消費貸借について,利息の有無を問わず諾成契約として規定することを提案しています。また,補足説明の2では,本文の別案として,利息付消費貸借は諾成契約,無利息消費貸借は要物契約としてそれぞれ規定するという考え方を取り上げています。   「(2)貸主及び借主の権利義務」では,消費貸借を諾成契約として規定する場合における貸主及び借主の権利義務に関して,貸主は借主に金銭その他の目的物を引き渡す義務を負い,他方,借主は貸主から金銭その他の目的物の引渡しを受けた後,それと種類,品質及び数量の同じものをもって返還する義務を負う旨の規定を設けることを提案しています。   「(3)目的物引渡し前の法律関係」の「ア 目的物引渡債権を受働債権とする相殺の禁止」では,消費貸借を諾成契約として規定する場合における目的物引渡し前の法律関係に関して,貸主は借主に対して有する他の債権を自働債権として,借主の目的物引渡債権を受働債権とする相殺をすることができない旨の規定を設けるという考え方を取り上げています。   「イ 目的物引渡債権の譲渡,質権設定,差押えの禁止」では,消費貸借を諾成契約として規定する場合における目的物引渡し前の法律関係に関して,借主は目的物引渡債権の譲渡や質権設定をすることができず,また,借主の債権者は,借主の目的物引渡債権に対する差押えをすることができない旨の規定を設けるという考え方を取り上げています。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。ただいま説明がありました部分のうち,まず「(1)消費貸借の成立要件(諾成契約化)」と「(2)貸主及び借主の権利義務」について御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○大島委員 (1)のほうですけれども,中小企業の資金調達手段は,金融機関からの借入れにほぼ限られているため,消費貸借の成立要件を見直す際には,中小企業に対する影響に配慮が必要と考えます。そうした観点から,消費貸借の成立要件を変更し,諾成契約とする場合には,融資の申込書などを提出し,融資可能の回答を得ただけでは契約が成立しないようにすべきだと考えております。現在,中小企業が融資を受ける際には,まず,申込人の属性や希望金額を記載した融資申込書を決算書などとともに金融機関に提出し,金融機関の審査の結果を受けて最終的に金銭消費貸借契約を締結するのが一般的な方法でございます。より具体的に申しますと,金融機関により与信判断が異なるため,複数の金融機関に申込書を提出し,最もよい条件を提示した金融機関と契約を交わすということが通常行われている姿です。このような複数の金融機関の与信判断を聞くための申込書の提出が契約の申込みとみなされ,金銭消費貸借契約が成立してしまうとなると,中小企業の経営に悪影響を及ぼす懸念がございます。消費貸借契約を諾成契約とする際には,例えば,契約書の締結を必須のものとするなどの対応が必要ではないかと考えております。 ○佐成委員 (1)ですけれども,この提案自体について反対とか賛成とかそういうことではなくて,一つ確認だけさせていただきたいということでございます。諾成契約化すること自体については,別に異論はほとんどないところなのですけれども,実務上,仮に,要物性の合意といいますか,物を引き渡すまでは法的拘束力がないというような合意をした場合について,その合意の効力は,今後は無効であるというふうに理解すべきなのか,端的に申し上げれば,要物契約としての消費貸借というものは無名契約としても認められなくなるというような趣旨の提案と理解してよろしいのかどうか,そこだけ確認をさせてください。別にそれが実務上不都合だということでは全くございませんけれども,一応念のためそこだけ確認させていただきます。 ○金関係官 文献などで説明されていることの紹介になりますけれども,貸主が借主に目的物を引き渡すまで諾成契約である消費貸借の効力を発生させない旨の特約がある場合には,その特約は,諾成契約である消費貸借の効力の発生を目的物の引渡しに係らせるという停止条件を付すものであると理解した上で,その停止条件は,目的物引渡債務の債務者である貸主の意思にのみ委ねられた条件なので,民法134条によって消費貸借そのものが無効になるという説明がされることがあります。その説明によれば,当事者間で貸主が借主に目的物を引き渡すまで消費貸借の効力を発生させない旨の特約をしたとしても,そのような特約が付いた諾成契約としての消費貸借の合意には法的拘束力は与えられないということになると思います。 ○道垣内幹事 別に手を挙げたわけではないのですが,停止条件付き法律行為が無効となるときには,法律行為が無効になるのではないですか。 ○金関係官 はい。 ○道垣内幹事 本当にそうなのかという気もしますが,それよりも,佐成委員がおっしゃった無効というのも,そういう話ですか。 ○佐成委員 別にそれが実務上不都合だということではなくて,今までは,要物契約だということを当然の前提として,単に消費貸借と言い,諾成的消費貸借は別にあるんだ,無名契約としてあるんだというような理解をしていたところですが,今後は,諾成的消費貸借一本になるということですから,それはそれで実務的には分かりやすいし,別に問題はないかなと思うのですけど,一応念のために,今までとは逆のパターン,すなわち,無名契約として,いわば「要物的消費貸借」とでも呼ぶべきものがあり得るのかどうかという点を確認の意味で申し上げたというところです。 ○金関係官 念のため,先ほど紹介しました説明の続きを紹介しますと,仮に消費貸借そのものが民法134条によって法的には無効になるとしても,その後に当事者が実際に目的物を引き渡す段階で改めて諾成契約である消費貸借を締結したものと認定,評価することができますので,結局は,目的物の引渡しがされると同時に諾成契約である消費貸借が締結されるということになって,要物契約に似た状況になるという説明がされています。 ○内田委員 これは単に説明の問題だろうと思いますけど,売買も諾成契約で合意によって債権債務が発生するわけですけれども,スーパーでの買い物のような現実売買というのは,物の引渡しと代金支払の瞬間に売買の合意があると説明することもできる。現実売買は特殊な売買という説明にはなりますけど,瞬間に合意が成立していると説明することはできるわけで,それと同じような説明は可能なのではないかと思います。ですから,現実に行われること,金銭の消費貸借の場合,お金を引き渡すまでは一切何の拘束力も生じさせないで,引き渡した段階で初めて返す義務が発生するというような形の取引は現実には可能なわけで,あとはそれの説明の仕方なのかなと思います。 ○鎌田部会長 何通りかの説明の仕方がありそうに思うのですが,いずれにしろ,諾成契約にしたために,現実に引き渡したときから成立するとか,効力が少なくとも生じてくるというような契約が何の意味も持たなくなってしまうというか,そういう合意が何の意味も持たなくなるとか,そういう合意をやっちゃいけなくなるとか,そういうことではないんだろうと思いますので,それをどう説明するかの次元の問題ではないかと思います。 ○岡田委員 相談員の多くは消費貸借,主に金銭消費貸借に関して要物性にかなりこだわっていまして,これ決まっちゃうのというような感じですが,今回,引渡し前の解除,それから期限前弁済に関して,特に消費者に手当てをするような提案も出ているので,納得とまではいかないかと思いますが諾成的契約になるのであれば,そこの部分は是非通していただきたいと思います。これを消費者契約法でというのは,ちょっと可能性がないようにみんな思っているものですから。 ○鎌田部会長 ほかには。 ○能見委員 諾成契約化することは私は消費貸借についてはいいと思っているんですけれども,問題は,そこから先,諾成契約であるとして,そこからどういう義務が生じるかという点にあります。これは,次のむしろ(2)のほうの問題なのかもしれませんけれども,意見を述べておきたいと思います。従来から消費貸借の諾成契約化ということが議論されていたときには,銀行と顧客,あるいはお金を貸す側と借りる側というように一般化して言えば,その間で消費貸借についての合意がなされたときには,貸す側に貸す義務が生じるということを主に議論していたと思います。このような貸す義務を導くために諾成契約化するというのが従来の議論だったと思います。ところが,諾成契約化して,これが双務契約になるんだということになると,後のほうにも出てきますけれども,借主の「借りる義務」というのが出てくる可能性があって,これは大きな問題を含んでいる。もっとも,(2)のところででは,「借りる義務」というのは正面からは書いてありませんけれども,それを前提とした議論がされている。「借りる義務」があるということになると,その不履行だとか,損害賠償であると,あるいは履行の強制だとかいろいろな問題が出てきます。私は,そのどれも不適当だと思いますが,この点がやはり問題なので,また後でその点が議論になれば私の意見を申し上げたいと思いますけれども,そういう意味で,諾成契約化は構わないかもしれないけれども,どういう義務がそれによって生じるのか,その点を押さえておく必要があるのではないかという気がします。 ○鎌田部会長 その点もあって,(1)と(2)をワンセットで今御意見を伺っているところでございますので,(2)の具体的な内容についてももし御意見があれば併せてお出しいただければと思います。 ○中井委員 教えていただきたいのですが,佐成委員とは反対の質問になるのかもしれません。原則を要物契約としたときに,諾成的に当事者間が消費貸借契約の成立を望んでそのような契約書を作った。これは,要物契約を原則として書いている,現行法でも現に起こっていることですけれども,その諾成的消費貸借契約は有効なんですか。現在は有効という理解だと思うのですが,それは理論的に説明できているという理解をしてよろしいんでしょうか。   弁護士会の意見を申し上げますと,二つに分かれていまして,諾成契約に変えるという考え方に賛成であるという意見,他方で,複数の委員,単位会から,原則は要物契約とすべきで,現行法を維持すべきであると同時に,諾成的消費貸借契約を明文で認めるべきである,こういう考え方があるわけです。その前提として,仮に要物契約と定めた条文しかないときに,諾成的消費貸借契約が理論的にできるのですか,現在できるとすれば,どう説明しているのかということをお教えいただければと思います。 ○金関係官 部会資料44の24ページの上から2行目のところに簡単な記述をしておりますけれども,消費貸借が要物契約だということの本来的な意味は,消費貸借とカテゴライズされるような契約については,目的物の引渡しがない限り契約の成立は認められないということだろうと思います。ですので,消費貸借を要物契約としつつ,しかし,目的物の引渡しがなくても契約として成立させる旨の当事者の合意があるというだけで,目的物の引渡しがない段階での契約の成立を認めるというのであれば,それはもはや消費貸借は要物契約ではないと言っているのと同様のことではないかという理解を一応しております。もちろん,この理解に固執するというわけではないのですが,今回の部会資料では,そういう理解を前提として,消費貸借を要物契約として規定した以上は,本来,諾成的な消費貸借というものは認められないはずであって,現在実務で諾成的な消費貸借が認められているのは,現行法が消費貸借を要物契約としているため,やむを得ずそのような解釈をしているにすぎないという理解を一応しております。 ○中井委員 つまり,論理的に両立しないのかと問われて,現行法は両立しているのではないですかと,だとすれば,両立しないというその理解が本当にそうなのか,是非研究者の皆さんに教えていただきたい。 ○鎌田部会長 深入りすると際限がなくなりそうな感じが……。はい,どうぞ。 ○内田委員 余り深入りしないほうがいいと思いますけれども,贈与についても,要物契約とする立法例があるのですね。これは物を引き渡したとき初めて贈与契約が成立するといことで,その立法例の趣旨は,受贈者が贈与者に対して物を引き渡せと請求することは認めない。無償契約なのだから,もらう方から与える方に対して請求するということは認めないということなのだと思います。それと同じ意味で要物契約であると理解するのであれば,諾成的な消費貸借を認めるのはおかしい。つまり借りる義務があるとか,貸す義務があるという契約を認めるのはおかしいという議論になるだろうと思います。それのみが唯一可能な議論かどうか分かりませんけれども,議論の筋はそういうことだろうと思います。 ○三上委員 諾成的消費貸借契約という形態はかなり以前から存在していて,特に違和感はなかったのですが,いざ立法論になると,一部の銀行から,拒絶反応的なものが出ているのも事実です。それはコミットメントラインのような特定のかちっとした契約を除くと,諾成的部分というのは非常に実務上曖昧に扱われてきたからだろうと思います。一番最初に大島委員から慎重意見がありましたけれども,それはその諾成的消費貸借契約を急に認めて,借りろと言われると困るという方向からの意見からでしたけど,一方で,銀行から貸すと約束を受けたのに,直前になって,やはり貸せませんと言われると困るという人もたくさんいるはずなので,どこかの段階で,お金はまだ出ていないけれども,もう貸すという確約はあって,我々は「融資予約」という言い方をしていまして,また「予約」という言葉の定義は別のところで議論になりますが,「融資予約」という形で貸す義務が発生している段階があるという理解でおります。今までどの段階から融資予約になってしまっているんだというところが金融実務においても非常に曖昧だったので,警戒する銀行は非常に警戒するというところが今の論点だと思います。ただ,少なくとも,ある程度の段階からは,相手方としては借りられるという前提で行動していて貸してくれないと困る。つまり金融機関にも貸す義務がもう既に発生している,貸さなかったら債務不履行責任を負うという段階があるという認識でおりますし,その逆として,特定の融資の場合には,貸す側が資金を準備したんだからというだけではなく,固定金利とか市場金利連動型にするんだったら,スワップで市場から2営業日前に手当てする等々の準備が必要になってくるので,借りる側ももう借りる義務というべきか違約金を払う義務というべきか,そういう義務を負う場合もあります。そういう意味で,どこかから双方が拘束される段階が,今の実務上も存在しておりまして,そこの境界をどう明確にするのかによって,銀行によって意見の違いがあるというところが現状です。 ○鎌田部会長 その発展型の意見を。 ○中井委員 弁護士会の意見が一致しているわけではありません。現在の要物契約を原則とした上で,それでは困る場面がある,資金需要者側が資金を当てに何らかの行動に移っていて,直前に金融機関から約束していた金が借りられず頓挫する,こういうことは避けたいという実務上の要請はある。金融機関に貸す義務が一定の場面で生じるような契約類型を認める必要性,これを否定するものではありませんが,それを原則にすることについては,極めて慎重に考えるべきではないか。要物契約を原則としておく。理論的に破綻しないのであれば,例外的に当事者に貸す義務を,必要のある場面で諾成的契約を認める,こういう限定した方向というのが考えられないのかと根本的に思っております。 ○鎌田部会長 貸す義務だけではなくて,説明の仕方にもよるのかもしれませんけれども,返す債務の成立時期等と履行請求が可能になる時期はずれるけれども,成立時期を早いところに持ってくるというのももう一つの諾成的消費貸借契約概念の持っている意味なんだろうと思うので,その双方をカバーする意味でというか,あるいは実際に行われている契約の客観的評価でいくとどっちが標準的なタイプとして存在しているのかということの見方にもつながるのかもしれないです。 ○能見委員 私も基本的には,消費貸借契約を諾成契約と考えて,貸す側の義務を認めるという方向に賛成なんですけれども,ただ,いろいろな懸念もありますそれは,貸す義務がどの段階で発生するかというのが多少曖昧な感じもするので,そこをどういう手当てができるのか分かりませんけれども,何かいい記述がないのかというのを検討するというのが一つだろうと思います。   それから,もう1点,私の気に掛かっているのは,先ほどの途中まで言った続きなのですが,やはり消費貸借契約を諾成契約化したからといって,そこで当然に双務契約が発生するのか,あるいは片務契約ということも考えられるのか。こうした選択肢が論理的にあり得ないのかどうかはよく分からないんですけれども,私としては,貸す義務だけ発生するという,そういう意味では片務契約なのかもしれませんけれども,消費貸借を諾成契約にして,このような効果を導くことも可能ではないかと思うのですが,ただ,一般には,またこの補足説明も,補足説明を正確に理解していないかもしれませんが,諾成契約にすると,借りる義務というのがあるというように考えているようです。すなわち,資金の需要者が借りると約束したけれども,借りる必要がなくなったので借りないときには,借主側の損害賠償の責任が生じるということが書いてありますので,前提としては借りる義務ということを想定しているのだと思います。そういう意味では,諾成契約によって双方に一定の義務が発生するという構造になっていると思いますが,私の主張の第1点は,そういうふうに構成することはもちろん可能ですけれども,それだけの構成しかあり得ないのか,片務的な効果というのが生じるだけだというのがあり得ないのかどうかという点です。   第2点は,仮に,借りる義務があるとしても,その違反で損害賠償責任まで負わせることが適当かという問題です。借りる義務まで認めてしまうと,義務違反の責任を否定するのは法律論としてはむずかしく,借主側が借りないことによって貸す側に損害が発生すると,それを賠償しなくてはいけないということですが,履行利益の賠償まで認めるのは適当でないと思います。一定の場合には,損害の認定のところで適切な処理をすることもできなくはありません。借りると言っていた人が借りなくても,貸し主側としてはその金銭をほかの人に貸したりして,損害が発生しない,損益相殺で損害が発生しないということもあるかもしれません。しかし,損害が生じる場合もあるでしょう。ローンなどのように非常に長期にわたって借りるというような契約で,住宅ローンなんかでは恐らく銀行は長期にわたって得られる利息を計算して,それなりに大きな利益を確保することを予定しているのではないかと思いますが,借り主が借りないことで,銀行が得られるはずであったこれらの利益の全てが損害として賠償範囲に入ってくるというのは,これは法律論ではないかもしれませんけれども,適当ではないと思います。法律論ではない部分はありますけれども,この点はとにかく問題ではないかということを指摘したいと思います。 ○鎌田部会長 それは,成立時の問題というか,成立した途端の権利義務の問題だけでは十分解決できないので,この後の提案の中では,目的物引渡し前の解除とか期限前弁済とかに関しては,それに伴ってどういう権利義務関係が生ずるか個別に提案をしていきますので,そこのところでまた御検討いただければと思います。 ○道垣内幹事 申し訳ありません,細かい話で恐縮なのですが,まず確認をさせてください。先ほど能見委員は,貸主の貸す義務と,借主の借りる義務というのが双務的に発生するという話をされました。25ページの(2)の②なのですが,返還債務は,諾成契約としての消費貸借契約の成立によって発生しており,しかしながら,その具体的な履行期が目的物の引渡しを受けた後にしかならないというのがこちらの書き方になっているのでしょうか。仮にそうだとするならば,これは前提としては諾成的消費貸借契約を締結した段階で返還債務が抽象的に成立していますので,根抵当ではなくて普通抵当権を設定することができ,かつ登記原因証明情報として当該諾成契約の署名を出せばよいということになるのだろうと思います。また,そこまではそれで結構ですが,さて,そうなりますと,先ほどの諾成的消費貸借契約の契約書に,引き渡してから有効ですと書いたときの処理が,またこれは細かい話ですが問題になってきます。金関係官がおっしゃったように,それ自体は無効なんだけれども,それに基づいて金銭が交付されたならば,その時点で諾成的消費貸借契約が成立し,かつ現実の引渡しがあったことになるのだということになりますと,当該書面は登記原因証明情報にはならないことになってきます。三上委員がいろいろおっしゃいましたけれども,現実には,現実に引き渡した段階で消費貸借契約が成立するというふうな契約書というのはこれからも多いと思うのです,それに慣れていますから。そのときに,それが現実のその書面と現実に整理した諾成的消費貸借契約は契約解釈上中身は一緒であるとしても,当該書面自体は当該消費貸借契約の書面になっていないということになりますと,登記上若干問題が生じるのではないかなという気がいたしますので,もう少し,先ほどの現実に交付されることを条件としている消費貸借契約についての法律構成というのは詰めたほうがいいのではないかという気がいたします。 ○中井委員 ここは総論部分ですので,現在,要物契約を原則としていて,要物契約の規律でほとんどの消費貸借は処理され,実行されている。その中で,現実的な社会の要請なりがあって,諾成的な消費貸借契約の必要性が説かれ,現にそういう実務が一部で行われている。仮にそれが現実だとしたときに,そして,それが論理的に両立するのであるならば,それを変えて全て基本ルールとして諾成契約にしなければならないのか,それだけの積極的理由がどこにあるのかについて,必ずしも十分な説明があるようには思えないわけです。逆に,要物契約から諾成契約に原則移行することによって,この後,様々な例外規定なりを設ける提案がなされている。これら例外規定の提案をすること自体,諾成契約にすることの合理性が減殺されているんだろうと思います。つまり,現行法でも論理的に問題がないのであれば,原則要物契約として貸す義務もなければ,借りる義務もない,交付されて初めて返還する義務のみを負う,それで大方の実務が成り立っている,中小企業もそれで困らない,銀行もそれで困らないのであれば,それを原則類型にした上で別途,諾成的な消費貸借を認めて,それに必要な規定を整備する,そういう方向はあり得ないのかと思います。 ○中田委員 幾つかの問題が関連しながら出ていますけれども,ただいま中井委員のおっしゃいました要物契約を基本にしていいという考え方については,起草者自身が予約プラス要物契約という2段階を考えるということを言っていたんですけれども,諾成的消費貸借契約はそれを一本化するという意味があるのではないかと思います。わざわざ2段階を考えて,貸す債務も予約の中で考えるというのはかなり複雑ではないか,むしろ実務に即した規律を置いて,先ほど三上委員がおっしゃったように,ある時的区分がいつ生じるのかを明確にしていくほうが,むしろ意味があるのではないかと思います。   それから,能見委員がおっしゃった片務か双務かということですけれども,従来,消費貸借が片務契約だというのは,返す債務だけがあるから片務契約だと言われていたと思うんですけれども,それに対して,先ほどの問題提起は,恐らく貸す債務と返す債務というのが対価的牽連関係にはなくてずれているから片務だということなのかなと思います。それはそれであり得るかと思いますけれども,そうしますと,返還債務がいつ発生するのかということを詰めて考える必要がある,これは道垣内幹事がおっしゃるとおりだと思います。 先ほど道垣内幹事は,契約によって返還債務が条件付きで発生するというような整理をされましたが,そういう考え方もあるかもしれませんけれども,むしろ貸主の貸す債務が履行されることによって借主の返還債務が発生するという構成もあるのではないかと思います。   その上で更に残った問題は,では,借りる義務というのは一体何なのかということが能見委員の御指摘だと思うんですけれども,今回の補足説明の中では,これを利息の発生時期の問題と借主の損害賠償責任の問題とに区分して検討しているということで,これは分析の仕方としては非常に分かりやすいと思います。つまり,ここで問題となっているのは,借りる義務は履行請求権の問題ではなくて,むしろ受領義務の延長にあるのではないかという発想ではないかと思います。ただ,それにしても,義務違反については,貸主に解除権が認められる可能性があるのではないかと思います。   最後に,損害賠償についても具体的に述べられているのですけれども,25ページの辺りでしょうか,ここで損害賠償の考え方として,利息相当額から他に転用できたことの利益という構造を提示しておられますけれども,これは場合によっては過大になるのではないかと思います。諾成的消費貸借が成立した後も,貸主が金銭の交付を拒絶できる場合があり得るわけでして,借主の信用状態悪化とか約定の理由がある場合とかですね。そうすると,借主が現に金銭の交付を受けたのと,受け得る地位にあるというのを同視するのはやや飛躍があるのではないかと思います。むしろ,その契約で何が引き受けられたのかを考慮して,損害賠償の一般ルールの適用として考えるべきであると思います。具体的には,貸主の資金調達費用が基本になるのではないかと思います。 ○岡委員 三つ申し上げたいと思います。   一つ目は,弁護士会の多数の意見と同様に,改正後も諾成的消費貸借契約も要物的な消費貸借契約も残るような,要物が原則にならなくてもいいと私は思いますが,両方の契約があり得るというような構想を示していただけると,実務家としては納得しやすい面が出てくると思います。   二つ目に,現在提案されている諾成的消費貸借契約の案を読むと,相殺禁止だとか譲渡禁止だとか,差押禁止だとか解除だとか,いろいろなものが出てきて,非常に分かりにくくなるんですけれども,先ほど三上さんがおっしゃったような,やはり諾成的消費貸借というと,約束だけで成立するというイメージがありますので,そうではなくて,もっとかなり後のほうになる,それがどのポイントかはよく分かりませんが,弁護士会の中には,書面を要求するだとか,そういうアイデアもありましたけれども,普通の諾成とは違うんだというようなアイデアがもし出ると,また安心しやすいように思いました。   3番目に,比較法の資料を出していただいたのを弁護士会の若手が整理をして,私どものために作ってくれておるんですが,その比較法を見ると,ドイツもスイスもフランスもオランダも,譲渡禁止だとか引渡し前の解除だとか,そういう規定は全くないようなんですが,諸外国ではこういう今考えているような特則を置かなくても消費貸借は諾成でうまく機能しているということなんでしようか。諸外国の運用が分かる範囲で教えていただきたいと思いました。 ○潮見幹事 先ほどから議論を聞いていますと,諾成的消費貸借と要物契約としての消費貸借が両立し得るんだというような形で議論されているような気がします。しかし,本当にそうなのかというところに,私は危惧を感じます。むしろ典型契約と見た場合には,これは論理的に両立し得ないのではないか。だからこそ,先ほど三上委員からお話があったような融資予約という形を採ったり,あるいは要物性の緩和という形を使って,実質的に諾成契約と同じような結論を導き出し,それが現在の状況を作り上げているのではないか。そうであれば,そもそも,典型契約としての規定を考える場合には,やはり論理的にはどちらか一つではないか,そう思います。そういうときに,今,要物契約であることを前提として,実務でいろいろと苦労されて修正してきたものを反映させるにはどうしたらいいのかを考えたときには,直前に中田委員の発言もありましたけれども,例えば,諾成契約という枠組みを使いながら,一つ一つ個別の規定を整理し,法務省のほうで用意していただいた部分を一部修正するような形も採りながら,進めていけばいいのではないかと思います。 ○中井委員 今,潮見幹事が最初におっしゃられた両立するのか,両立しないのか,そこがの根本の疑問というか,最初の質問はそこだったわけです。ただ,仮に両立しないとすれば,二つの典型契約という説明もできないんですか。そのような方向でも検討できないのかという意見が,複数の弁護士会から出ています。 ○中田委員 今の問題提起は,そもそも典型契約をどのようなものと見るかということにも関係してくると思いますけれども,実際問題としては二つの典型契約を置くというのは非常に複雑になるのではないかと思います。ただ,御心配になっておられるのは,要物契約のようなものを残せないかということだと思うんですけれども,仮に論理的に典型契約としては両立し得ないものだといたしましても,例えば,包括的な枠組みとなるような合意をしておいて,当事者の間では,消費貸借の成立に要物,目的物の引渡しを要するというような包括的な合意をするということは,私はできるのではないかと思っております。それも突き詰めて考えると無理だというのが潮見幹事のお考えかどうか分かりませんけれども,言わば,その枠組みについての契約ということを観念し得るのではないかと思います。 ○内田委員 中井先生と岡先生に質問なのですが,弁護士会で危惧されているというのは,諾成的消費貸借を認めたときの諾成合意の成立が早く認定され過ぎることへの危惧なのではないかという印象を受けるのです。岡先生から,書面を要求できないかというお話もありましたけれど,書面を要求するかどうかはともかくとして,本当に貸します,借りますという合意が成立したという時点を厳格に認定するように制度設計すればいいことで,場合によっては実際にお金を引き渡す寸前になるかもしれない。それによって早い時点で借りる義務が発生してしまうとか,貸す義務が発生してしまうということは回避できるのではないかと思います。   他方で,諾成的な消費貸借というのは,一部に行われているという言い方をされたかと思いますが,一般の庶民の住宅ローンというのは金融機関にローンを借りたいと申し出て審査を受けて,大島委員がおっしゃったように最初は複数の金融機関に申し込むかもしれませんけれども,最終的にここにしようという金融機関を決めて審査をパスし,では,融資実行日はいついつですということを決めて,その日に貸しますという合意が成立するわけですね。これが融資の実行が実際になされるまで何の拘束力もありませんと言われると,借りる側としては困ってしまうと思うのですね。ですから,現実には拘束力のある合意が必要とされる場面は一般の庶民の場合にもある。しかし,他方で,実際に拘束力が発生する時点を慎重に認定するということで,大部分は対応できるのではないかと思うのですが,いかがでしょうか。 ○岡委員 早くなるのではないかということだけではなく,この質権設定禁止だとか,引渡し前の解除だとか,条文がやたら多くなって複雑になるのではないかという危惧もかなりあります。   それから,こういう利率でこういう返済期で返しますという借用証書と引き換えにお金を頂くことで,要物的な消費貸借契約が成立すると思うんですが,それは諾成的消費貸借契約が存在しても,そこで契約が成立しますよね。それは典型契約が諾成的消費貸借契約になっても,一つの無名契約というか,許される合意として残されると思うので,両立するのではないかと思います。要物契約をなくしてしまうということに非常な漠然たる違和感というか危惧感を持っているのもあると思います。 ○内田委員 実際に行われている要物契約的な,つまりお金が実際に引き渡されるまでは何の拘束力もなくて,引き渡したところから返還債務が発生するという実務は,もちろん可能だと思います。でも,そのことと典型契約として要物契約と書くということは全然違うことで,先ほど要物契約としての贈与の例を出しましたが,それと同様に,要物契約として消費貸借契約を規定するということは,物を引き渡す前の債務の発生を否定するということですので,やはりそれは両立しないと考えるのが自然ではないかと思います。 ○金関係官 先ほど道垣内幹事から御指摘を頂きました貸金返還債務の発生時期の問題についてですけれども,部会資料44の25ページの補足説明1の第2パラグラフのところに「目的物引渡債務の履行があった後に生ずる」と記載しておりまして,これは,消費貸借の成立時に貸金返還債務が発生するのではなくて,貸す債務の履行すなわち目的物の引渡しがされて初めて貸金返還債務が発生するという理解を示す趣旨のものです。抵当権設定契約や抵当権設定登記との関係で言えば,被担保債権である貸金返還債権は,抵当権設定契約の締結時や抵当権設定登記手続の時点では未だ発生していなくてもよいという理解をしています。ただ,そのことは,例えば保証人の主債務者に対する事後求償権についても,通常は,保証委託契約の締結時に求償債権が具体的に発生するのではなくて,保証債務を履行して初めて求償債権が具体的に発生すると理解されていると思いますが,それでも保証委託契約の締結時に抵当権設定契約を締結して,抵当権設定登記もしていると思いますので,基本的にはそれと同様のことだろうと理解しております。むしろ,消費貸借を要物契約として規定している現在は,成立していない消費貸借を前提として抵当権設定登記をすることになっていると思いますけれども,諾成契約であれば,被担保債権は発生していないとしても,消費貸借自体は成立している状況で抵当権設定登記手続をすることになるという理解をしております。   また,諾成契約としての消費貸借が双務契約かどうかという問題についてですけれども,一つの説明としては,貸主の貸す債務が履行されるまでは借主の返す債務は発生しないので,典型的な双務契約の一つである売買契約のように,契約の成立時に双方の債務が発生して,この双方の債務について,同時履行の問題や一方の債務が消滅した場合の他方の債務の消長に関する危険負担の問題などが議論の対象にはならないという意味で,諾成契約としての消費貸借,特に無利息のものはそうだと思いますけれども,同時履行や危険負担が問題となるような双務契約ではないという説明がされることがありますし,その説明でよいのではないかと考えております。   最後に,先ほど岡委員から御指摘を頂きました,細かな規定がたくさんできてしまうという点についてですけれども,弁護士会が主張されているような要物契約と諾成契約の双方の規定を設けるという考え方に立ったとしても,やはり諾成契約としての消費貸借が存在する以上は,目的物引渡し前の法律関係に関する問題は生じるわけで,細かな規定を設けなければ法律関係が明確にならないということには変わりがないように思います。もちろん,目的物引渡し前の法律関係に関する問題は現在もある問題で,現在も規定がないまま実務はやっているわけですので,これまでと同様に細かな規定はなくてもよいという議論はあり得るように思います。ただ,いずれにせよ諾成契約としての消費貸借を認める以上,状況は同じであるという理解をしております。 ○鎌田部会長 契約と同時に返す債務が発生するというふうな説明があり得るというようなことがあったのですが,これはそういう説明が,要するに,請負代金債権と同じような発想の仕方をすることが,抵当権の附従性等の関係ではそれが一つの説明の方法になるのだけど,今は附従性は緩和されていますから,別に諾成的消費貸借契約概念はなくたって,将来の債権でも特定さえしていればいいわけですから,そこに余りメリットはないだろうと思います。結局,諾成的消費貸借を認めることの実益は,貸す債務を発生させるということですか。 ○金関係官 三上委員が先ほどおっしゃったところでもありますが,要物契約が原則だとすると,貸主が融資実行日に急に融資はしないと言い出したとしても基本的には問題がないということになりかねない,やはりそれでは問題があるので諾成契約とすべきではないかというのが,諾成契約化の実益の大きな部分だろうと思います。もちろん,一定のかっちりしたところの契約成立時というのを認定する必要があるとは思いますけれども,少なくともある一定の段階では,目的物の引渡し前ではあるけれども約束どおりの貸す義務が発生するという段階があるはずで,それがないと借主のほうがむしろ困るのではないかという理解をしております。 ○中井委員 御指摘のような問題のあること,借り手側の要請のあることは御指摘のとおりです。しかし,それが諾成的消費貸借契約を認めることによって解決するのかと言うと,それは別問題で,ほかの解決もあるのではないか。是非三上委員に実務を教えていただきたいのですけれども,通常,金融機関からの借入れの場合,金融機関専用の手形を差し入れてお金を借りるか,証書を作成して借り入れる。その二つが多いと思うんですけれども,証書貸付けにしろ,手形貸付けにしろ,基本的に融資実行日にそれら書類は作成する。それ以前に作成することはないのではないか,当日に作成し同時に融資実行をしている。それはたとえこの日にこれだけの資金が必要ですから,1週間前から金融機関に相談をして分かりましたという手続が進んでいても,これが諾成的な契約になっても,その実務は恐らく変わらないのだろうと思います。すなわち借り手側の信用状況は日々刻々変わっていきますから,最終ぎりぎり信用状況を確認した段階で融資実行をする。多くの場合は担保を取りますから,担保の設定については,融資実行日に指定した司法書士が当日法務局で,担保不動産が事件になっていないかを確認する。確認した上で融資実行している,恐らくそういう実務だろうと思います。金関係官がおっしゃった懸念については,事前に銀行との信頼関係に基づいて交渉した,現実に銀行は貸さなかったら,それは諾成的消費貸借契約に基づく債務不履行というふうに捉えるのか,契約締結前の信義則に反する行動として損害賠償請求をするのか,それも理論的には十分可能であろうと思います。したがって,今の必要性の面から,諾成的でなければならないという実務の要請はそれほど高くないのではないかという認識をしております。 ○三上委員 実務の説明をいたしますと,まず,書類は実行日にもらうものだというのは認識は,違うと思います。むしろ,あらかじめ,場合によっては1週間以上も前から書類を預かっておく。月末のように取引が集中する日に一斉に店頭に持ってこられたら,実務は回りませんし,大体月末に資金の必要な会社は朝一に資金が口座に入っていないと困るというのがほとんどですから,少なくとも前の日までに書類は持ってきてもらわないと処理できません。また,抵当権の設定等が必要な場合もありますから,必要書類は全てあらかじめもらっておくということがほとんどになります。手形割引も,割引できるかの判断をするために預かって,その結果として通知して,借りるほうも必要最低限の期間を借りないと,余計な金利が掛かりますから,いつ実行してくれと実行日を打ち合わせる,そういう形で取引を行うことのほうがむしろ通常だと思います。   先ほどから曖昧だと言っていますのは,その間,書類を先に預かっているけれども,その金証面上には,実際にお金を貸す先の日付が入っているだけで,銀行から○○円貸します,というような明確な記載はないわけです。書類を預かった,事実上諾成的消費貸借が成立した「らしき」日以降,実行日までの間に,例えば信用不安が発生してお金を貸さなくなったとか,あり得ないかもしれませんが,貸す債務が差し押さえられたとか,そういうことが起こったら,当然貸さない。その貸さない理由としては,恐らく,要物契約だから,実行する貸すまでは貸さないでもいいんでしょうと考えている銀行実務家は今でも結構いると思うんです。また,そこまで古くなくても,信用不安とか信頼を破壊するようなことが起こったんだから,当然貸さなくたってこちらにも信義則上の正当事由があって,債務不履行にはならないだろうみたいな不安の抗弁の一般論みたいな形で,なんとでも言えると考えるんでしょうが,今はその部分が非常に曖昧なんです。したがって,実務のほうでも,今回明文ができると,こういう部分を契約で明確にしなきゃならないのではないかというような危惧から,中小金融機関を中心に,明文で諾成化することに関してはかなりの慎重意見が出てくるのだろうと思います。ただ,何もしないでいいのか,法的には今のままの曖昧がいいのかと言われると,全銀協で意見が統一されているわけではないので,全くの個人的意見ですけど,一つは,諾成的消費貸借にするとコミットメント・フィーが発生することもあるわけです。だから,最低でも書面があるか,実際に金が出るかどちらかにしないと,法的にバインディングになる境界ははっきりしない。ここにいる皆さんの多くは,書面が要求されている保証契約は危険な契約類型だと考えておられると思いますが,お金を貸す,借りるなんてもっと危険です。昔から人間関係が終わりだと言われるぐらいの危険な契約ですから,諾成式でやるときには,最低でも書面を要求するというのは一つの考え方ではないかと思います。そうであれば,その書面にいろいろな要件を明確に書けばいいわけですから,銀行界も含めて,抱いておられる危惧は薄れていくのではないかという気もするんですが,ただ,今はそんな書面はありませんから,もし諾成式が法制化されるのであれば,銀行実務をかなり変えなけれればならないだろうとは思います。 ○中井委員 すみません,時間を取ってしまって。今の三上委員の実務がそうだったとして,前に契約の成立について部会で議論いたしましたけれども,金融実務において諾成的消費貸借が原則となったときに,どこで契約の拘束力,銀行としては貸す義務という法的拘束力のある契約を成立させるのか,9月末実行に対して,9月20日にそういう契約を成立させる意思というのが通常あるのでしょうか,そこを疑問に思っているんですけれども。 ○三上委員 それは普通に成り立ち得ると思います。資金が必要で,いついつに要るという話を事前に受けて,こちらも用意しておくと,相手方もそれを信用してほかからの調達手当てを取らないということはよくあります。ただ,問題点は,それを今明確にコミットしているかというと,当事者間の信用関係でやっているというところが実情だと思います。先ほど言いましたように,実際何も起こらなかったらそのとき金を貸しますし,こちらも貸す義務があるとは考えているわけですが,ただ,その間に信用不安ですとか不芳情報が回ると,まだ明確に貸すと決まったわけではないとかいろいろな言い方をして,ちょっと待ったと言うのだと思うんですが,そこの曖昧な部分が白日の下にさらされてしまうという恐怖心を一部の金融機関は持っているんだと思うんですね。ただ,少なくとも大きなプロジェクトから中小企業の資金調達に至るまで,実行日よりも前の時点で「何も起こらなかったら」貸すという約束が出来上がっている状況は現行実務でも存在していますし,それなしには回らない部分がかなりあると思います。 ○高須幹事 いろいろな考え方があり,いろいろな議論の切り口があって,実際の今の実務との兼ね合いで諾成契約にしたほうがいいのか,要物契約を維持したほうがいいのか,どっちが使いやすいかという観点からだけ議論をしても答えは見付からないと思います。要物契約と言いながら今までも諾成的約的な扱いを認めつつやってきているわけですから,その使い勝手というだけの議論だとすると,諾成契約に変えねばならないという強い動機付けにはならないように感じております。抵当権の設定のときに要物契約性が問題になり無効になったという判決をもらったことも一度もありませんし,公正証書の作成にも不便を感じたこともありません。実際の仕事上ではそんなふうに思っているんですが,ただ,この問題は,もっと本来的な議論なのではないか。消費貸借契約というのは何なのだろうというところから見極めならないのではないか。部会資料では,古典的な無利息の消費貸借に関して言えば,金を渡すまでは法的効果は何も発生しませんよと,これは正に古典的な契約だったらそれでいいと思うんです。第一読会でもそんなイメージを持ったものですので,おばあちゃんが娘に金を貸すみたいなときは,それはともかく金を渡すまでさんざん説教して,早く嫁に行けだ何だ言いながら,おばあちゃんも金を渡したら最後だと分かっていますから,その間ありったけのことを言ってから金を渡す,それまでは何も権利関係を発生させないという,これはすごくよく分かる話だというという発言をさせていただきました。   ところが,今日も今議論になっていますように,今もそういう場面もないとは言いませんけれども,大部分の場合は,むしろ今の金融実務をどうするかという場面の話になっているわけでございますから,これだけの金融取引社会の中において,従前の古典的な消費貸借契約観念というんでしょうか,そういう観念でいくというのは,やはりちょっと時代的にいかがなものなのだろうかというような気がします。やはり先ほど来,出ている貸す債務みたいなものを明確にするとか,それから三上委員から今日は大変示唆のあるお話を頂いているわけですが,銀行実務においても決して要物性ということを前面に出してお金を渡すまでは何も責任がないと言っているわけではありませんよという御趣旨の御発言を繰り返しいただいておりますので,そういう意味では,やはり現代的な消費貸借契約ということを考えたときには,必ずしも従来の要物性ということに固執することもない,要物性はそれほど大きな要請ではないのではないか,このように思ったりもしております。弁護士会の中の議論にも仙台,横浜,札幌辺りは要物性を今回緩和して諾成化するということに対しての賛成意見というのも出ておりますので,主流は先ほど来,中井先生,岡先生から出ていますように,現在の要物性というものを何らかの形で配慮していくという形のほうが弁護士会内の意見の主流だとは思うんですが,弁護士会の中でも決してそれで全て一つの意見になっているというわけではないということを付け加えさせていただきたいと思います。 ○岡委員 短く四つだけ,金さんから先ほど言われたことですが,諾成的消費貸借契約を認めないと言っているわけではございません。それがあるのは認めておりますが,それをどう位置付けるかだけだと思っております。   2番目に,複雑になるからやめるべきだと言っているわけでもございません。比較法を見てみると,こんな複雑な規定がないところもあるんだとすると,もっとスマートな,こっちから要求しておいたのを入れていただいた上で,スマートにというのはどうかと思いますが,比較法を見た上でもっとスマートなやり方もあるのではないかと思ったので申し上げたものでございます。   3番目に,要物をデフォルトにした上で別途認めるという考え方に私自身はそれほど固執はしておりません。諾成的消費貸借が典型契約になっても,こういう借用書方式の片面的な消費貸借もやれますよと,それから何か内田先生が実務とおっしゃったんですが,それはやはり一つの契約だろうと思いますので,契約として残りますということが言えれば大分変わってくるのではないかと思います。   最後四つ目に,三上さんの話を聞いていて,貸す債務を銀行側が負う時点があるとは思いますが,実行時点でこういうコンディションを保ったときにのみ金を貸すと,停止条件付きの貸す債務の運用があるようですので,その停止条件付きの貸す債務というのが入ってくると,今回,銀行の貸す債務を認めて損害賠償債務を認めうる点に実益があるといっても,そこはかなり実質はなくなってしまうのではないかとも思いました。 ○鎌田部会長 もう6時半に近づいてきてしまいましたので,事務当局から説明してもらった部分の議論が終わっていませんけれど,積み残し分は次回に回させていただくということで,今日はこれぐらいのところでとどめさせていただきたいと思います。既に本日の御議論でも,この後の目的物引渡し前の法律関係をどうするかというところに踏み込んだ御意見も頂戴していますけれども,その部分以降は次回に回させていただきます。   分科会についてですが,本日の審議において幾つかの論点について分科会で補充的に審議することとされましたが,部会資料43掲載の論点につきましては第1分科会,部会資料44掲載の論点につきましては第2分科会で,それぞれ審議していただくことといたします。第1分科会の中田分科会長,第2分科会の松岡分科会長を始めとしまして,関係の委員,幹事の皆様には大変御苦労をお掛けしますけれども,よろしくお願いいたします。   最後に,次回の議事日程等について事務当局から説明をしてもらいます。 ○筒井幹事 次回会議ですが,大変恐縮ではございますが,予備日である来週8月7日火曜日に開催させていただこうと思います。時間は午後1時から午後6時まで,場所は本日と同じ法務省地下1階大会議室です。   それから,分科会関係の報告ですが,第1分科会第5回会議につきまして,机上配布のペーパー記載のとおり開催されましたことを御報告いたします。   また,机上に分科会資料6を配布させていただいておりますが,これは前回の部会で御報告した第3分科会第4回会議で配布したものでございます。前回の部会での配布を失念しておりましたので,本日配布したものです。 ○鎌田部会長 以上をもちまして本日の審議を終了させていただきます。   本日も熱心な御議論賜りましてありがとうございました。 -了-