法制審議会           民法(債権関係)部会 第1分科会           第6回会議 議事録 第1 日 時  平成24年10月9日(火)自 午後1時00分                      至 午後6時16分 第2 場 所  東京地方検察庁総務部会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)           議        事 ○中田分科会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会第1分科会の第6回会議を開会いたします。   本日は,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   本日は,永野厚郎委員が欠席されています。また,第1分科会の固定メンバーのほか,岡正晶委員,三上徹委員,安永貴夫委員,山川隆一幹事が出席されています。よろしくお願いいたします。   本日は,本年7月に開催されました第1分科会第5回会議の積み残し分と,その後,新たに第1分科会に割り当てられた論点の検討をしたいと思います。具体的には部会資料39の「第2 相殺」,部会資料43の「第2 売買-売買の効力(売主の責任)」と「第3 売買-売買の効力(前記第2以外)」,部会資料46の「第1 請負」「第2 委任」,部会資料47の「第1 準委任に代わる役務提供契約型契約の受皿規定」「第2 雇用」「第3 寄託」の各一部について御審議いただく予定です。   まず,本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いします。 ○筒井幹事 部会資料39の比較法資料追補を机上配布させていただきました。部会資料39は既に法務省ウエブサイト上で公表済みですが,その部会資料に追記する形で併せて公表したいと考えております。また,中井委員から「契約の履行が途中で不可能となった場合の報酬請求権等について」と題する書面の御提供を頂いております。後ほど中井委員から御説明を頂けるものと思います。 ○中田分科会長 それでは,審議に入ります。審議の進め方ですが,今回もこれまでと同様の方法で進めてはどうかと思います。すなわち,議題を区切って,まず,事務当局から部会での審議状況と部会から分科会に付託されている事項を確認するための御説明を頂きます。次に,私のほうで,本日,御審議いただくべき主要なポイントを整理する,その上で御審議を頂くという方法ですけれども,よろしいでしょうか。それでは,そのように進めさせていただきます。   本日の進行予定ですが,まず,部会資料39から部会資料43の「2 権利の移転に関する売主の責任」の「(2)権利移転義務を履行しない場合における買主の救済手段の整備」までについて御審議いただき,その後,午後3時10分頃を目途に休憩を入れ,休憩後,部会資料43の残りと部会資料46,47について御審議いただきたいと思います。   本日の議題の中には,相互に関連する問題を含むものもありますので,少し順序を入れ替えたり,複数の議題をまとめたりして御審議いただくこともあるかと思います。本日をもちまして,第1分科会の審議は一区切りということになりますので,どうぞ,よろしく御協力のほどをお願いいたします。   それでは,早速ですが,部会資料39の「第2 相殺」「1 相殺の要件」「(1)相殺の要件の明確化」について御審議いただきます。事務当局から説明していただきます。 ○松尾関係官 部会資料39の63ページ以降を御覧ください。この論点につきましては部会の第47回会議で審議され,規定を設ける場合の問題点や具体的な規定の在り方等について分科会で審議することとされました。   まず,アについては特に甲案の内容について,期限の利益を放棄することができない場合に相殺することができないのであれば,その旨が明らかではないという意見,期限の利益の放棄の意思表示は不要と考えてよいのかどうかが明らかではないという意見,甲案と乙案との違いは,相殺の遡及効が認められた場合における債権消滅時期が異なる点にあるという意見がございました。また,乙案については期限の利益の喪失の意思表示の有無をめぐって紛争が生じ得るとの懸念を示す意見がありました。以上のほか,受働債権が条件付きである場合に,条件成就の利益を放棄して相殺することができるかということについて,検討すべきであるという御意見もありました。   次に,イについてですが,請負人の請負代金債権と注文者の瑕疵修補に代わる損害賠償債権との間には,同時履行の抗弁権が認められているにもかかわらず,両者を相殺することができるとする判例法理に留意する必要があるとの意見がありました。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   ただいま御紹介のありましたように,アについては部会では甲案と乙案が具体的にどう違うのか,また,要件設定が適切かどうかを中心に議論がありました。この問題は相殺の遡及効を認めるかどうかとも密接に関連いたします。相殺の遡及効については,部会では現在の規律を維持して相殺適状時に遡及するという意見が多かったようですが,遡及せずに通知時に効力が生じるという意見もなお残っていると思います。そこで,この分科会では遡及効を認める場合と認めない場合とを分けまして,それぞれについて甲案,乙案あるいは現状維持とする言わば丙案も加えまして,問題点や表現を詰めていくという補充的審議が求められていると思います。このほか,受働債権が停止条件付きの場合はどうかについても御意見をお出しいただければと思います。   イにつきましては,自働債権に抗弁権が付着している場合の一般的規定を置きますと,ただいま御紹介のありました,請負契約における請負人の代金債権と注文者の損害賠償債権の相殺も否定されるのではないかといった問題などもありまして,規定の仕方に注意が必要だという御指摘がありました。この点も含めましてどのような規定を設けるべきか,御意見を頂ければと思います。   それでは,ア,イにつきまして御自由にお願いいたします。アについては甲案と乙案とでそもそもどこが違うのかというようなこともありましたが,先ほど御紹介のありましたように,例えば債権の消滅時期が違うというようなことがあろうかと思います。あるいは期限の利益の放棄の意思表示が必要かどうか,こんなこともあるかと思います。 ○岡委員 まず,期限の利益が放棄できない場合にまで,甲案,乙案の両方とも相殺ができてしまうように読めるのはいかがなものかという意見があったと思います。今日,追補として配られたヨーロッパ契約法原則,部会のときに潮見先生がコメントされた条文だと思いますが,弁護士会でもこれを見て,この表現であれば期限の利益を放棄できないことは(a)でできなくなるでしょうし,弁護士が見る限り,相殺の遡及効を認める,認めないにかかわらず,中立的な表現になっているのではないかというようなところから,ヨーロッパ契約法原則の101条というのは,こちらから見ると,非常にそれなりの案ではないかというような議論をしてまいりました。 ○松尾関係官 今の岡先生の御意見について,確認させていただきたいのですけれども,弁護士会の先生方は,相殺の遡及効を維持すべきだという御意見だったと思います。そうすると,先ほど御説明を差し上げましたように,甲案を採ると相殺適状時が変わるわけなので,遡及効を維持すれば現在と規律内容が変わってくるということになると思うんですけれども,それを前提として,甲案のような考え方,あるいはヨーロッパ契約法原則を参照した考え方を採るべきだという御意見と理解してよろしいでしょうか。 ○岡委員 甲案あるいは契約法原則を採れば,遡及効は論理的に潰れてしまうんですか。そこが余り理解できていないところがあります。 ○松尾関係官 遡及効が潰れるということではないです。補足説明に書かせていただきましたが,相殺の効力発生時期がいつになるのかというところに今と違いが出てくるということです。つまり,今は自働債権と受働債権の双方の弁済期が到来していた時点が相殺適状時になり,この時点に相殺の効力が遡及するわけですけれども,甲案の考え方を採れば,自働債権のみが弁済期にあればよく,受働債権の弁済期到来は相殺適状の要件としては不要だということになりますので,相殺の効力発生時期に違いが出てくるのだと思います。それは別に遡及効を取ることと両立はし得ると思いますが,そこに違いが出てくることに問題はないのかという確認です。 ○岡委員 もう一度,お願いします。遡及効とは矛盾しないけれども,何かが変わるということですか。 ○松尾関係官 相殺の効力が生ずる時点です。つまり,自働債権と受働債権の双方の弁済期が到来した時点なのか,それより前の時点になり得る自働債権のみの弁済期が到来した時点なのかという違いです。 ○岡委員 それは従来の相殺適状時に効果が生じるという前提で物事を考えており,甲案を採ったら,必ずそれが潰れるという理解は余りしていないんですけれども,それは実務家の皮相的な見方かもしれません。 ○中田分科会長 先ほどの岡委員の御発言は,遡及効の点はさておき,いつ,効力が発生するかということを詰めればよいと,そういうことだったんでしょうか。 ○岡委員 いいえ,相殺の遡及効は維持するという前提の上で,ヨーロッパ契約法原則の表現を採っても,そこは矛盾しないのではないかという程度にとどまります。松尾さんのお話だとヨーロッパ契約法原則の表現でも遡及効を維持するのは,若干,難しくなるという御意見なんですか。 ○松尾関係官 そういうことではないです。 ○中田分科会長 アについてほかにいかがでしょうか。 ○三上委員 私は先ほどおっしゃった丙案,何も規則を設けないか,せいぜい,甲案でいいと思っています。前回の寄託のところの特に消費寄託の場合の期限の利益は,原則どちらが持っているのかという論点にも関係していて,恐らく,ここで普通の差押えと預金の相殺を想定した場合に,受働債権の期限の利益は銀行が持っていて,定期預金でも,それを放棄すれば相殺適状になるという前提で理解されてきたと思うんですが,この前の消費寄託のときには,寄託者が期限の利益を持っているという議論もあるように思えました。ここでその議論をするつもりはないんですが,どちらが放棄できる期限の利益を持っているかという点には解釈上争いが残るかもしれないということもありますし,さらに先ほどの説明ですと,乙案の場合には期限の利益を放棄することの意思表示が必要になってくるとすると,今の実務にかなりの変容を強いるということにもなりかねません。今の実務で何か支障が起きているということでもないと思いますので,規定を設けない,ないしは甲案のような書き方でいいのではないかと考えております。 ○鹿野幹事 相殺の要件と遡及効との関係についてですが,既に御指摘がありましたように,甲案,乙案のいずれを採るかということは,遡及効をどうするかということとも関わりがあるように思われます。遡及効を認めないということであれば,相殺の意思表示のときに相殺の効力が生ずるということですから,甲案であれ,乙案であれ,実質的にはそれほど差はなく,問題はないのだろうと思います。けれども,現行法と同様,遡及効を認めるということを前提にしますと,乙案によれば,両債務の弁済期が既に到来していた場合であれば,その両弁済期の到来した時点まで遡って相殺の効力が生じ,受働債権についての弁済期は未到来であったけれども期限の利益を放棄して相殺するという場合であれば,その期限の利益を放棄した時に相殺適状が生じ,その時まで遡って相殺の効力が生ずることになります。実際には多くの場合,期限の利益を放棄する時と相殺の意思表示をする時との間に余り時間的な間隔はないのでしょうけれども,理論的には,期限の利益を放棄した時に相殺適状が生じたのであるから,相殺の効力はその時に遡ることになります。   一方,遡及効を前提とした場合に,甲案によればどうなるのはよく分かりません。仮に甲案が,およそ相殺のためには,従来言われてきたところの相殺適状は問題とならないという考え方を採るのであれば,この案は,相殺適状時まで遡って相殺の効力が生ずるという形での遡及効とは相容れないようにも思われます。もちろん,既に両債務についての履行期が到来していた場合であれば,相殺適状時を観念することができるわけですが,そうではなく,受働債権についてはまだ弁済期が到来していない場合に,両債務の弁済期の到来という意味での相殺適状は生じさせなくても相殺をすることができるとなったときに,相殺の遡及効との関係で理屈上どうなるのかが,問題として残るのではないかと思います。   もっとも,甲案が相殺適状を全く問題としないという考え方を前提とするのではなく,単に,乙案のように相殺の意思表示をわざわざ明確な形でする必要はないのだということにすぎず,つまり,弁済期がいまだ到来していない債務を負っている者が,それを受働債権として相殺をしようという場合には,その相殺の意思表示の中に,期限の利益を放棄をするという趣旨も当然含まれているのであるから,あえて,期限の利益の放棄ということを明確に要件とする必要はないのだという考え方に基づくのであれば,乙案とそれほど大きな違いはないということになるでしょう。そしてその場合には,期限の利益の放棄の趣旨が含まれているとみなされるわけですから,相殺適状ということを問題にして遡及効を認めるということに,それほど問題はないように思われます。そこで,甲案がどういう考え方に基づくのかということをここで確認させていただければと思います。 ○中田分科会長 甲案の考え方について御説明いただいてもよいのですが,もし可能であれば問題点の整理でもよろしいかと思います。今,出していただいておりますのは,遡及効との関係でどう整理するのか,相殺適状の要否との関係でどうか,それから,関連いたしますが,先ほど三上委員の御発言も合わせますと,期限の利益の放棄というけれども,一体,期限の利益というのは誰のためのものなのか,債務者のためのものと推定するという規定はあるけれども,実は多様性があるのではないかと,こんなことを整理の軸としてお出しいただいたかと思います。   ほかにアについては自働債権が停止条件付きの場合はどうか,それから,イについてはどうかといったこともこちらに付託されておりますが。 ○高須幹事 イの点でございますが,既に御指摘がありました請負の場合の判例法理が既に形成されておって,同時履行の抗弁権の存在効果によって瑕疵の修補に代わる損害賠償を求める場合には,請負代金債権と同時履行の関係に立つと,その場合には遅延損害金が発生しないと,この法理自体は実務では比較的重要な取扱いになっていると思います。その場合に,今度は相殺できないのかというと,多分,そういうことではないはずであって,双方が代金債権と損害賠償請求権を持っている場合,最終的に相殺処理をするというのは,これまた,実務的には格別不思議なことではないと思います。   相殺をしないでおいて判決をもらうと,後で執行段階での面倒な調整が必要になりますので,そういう意味では,今回の検討においても,相殺ができなくなってしまうかのような条文の書きぶりは改めるべきであって,例えば遅延損害金の発生を防止するという点に主眼があるような場合には,必ずしも相殺をさせること自体が制度目的に反するわけではないと思いますので,その辺りの書きぶりがきちんと分かるようなものにしたほうがよろしいのではないかと思います。 ○中田分科会長 具体的な書きぶりについての御示唆がもしありましたら。 ○高須幹事 すみません,この次の部会で出せるようにします。 ○中田分科会長 この判例法理を維持するということは,部会でも特に御異論はなかったと思いますし,ここでもそれを踏まえた上で,それができなくなるような規定は避けるようにと御注意いただいたかと思います。 ○中井委員 (1)のアの問題を考えるときに,遡及効を認めるのか,認めないのかということを考えないと,整理が難しいのかと。仮に遡及効を認めるという従来の考え方を採ったときに,甲案は効力発生時期はどうなるのかと思います。ここの書きぶりからすれば,自働債権について弁済期であれば,受働債権について弁済期が到来しなくてもできるわけですから,自働債権について弁済期が到来したとき,その時点で受働債権はまだ発生していない場合もあり得るので,その後に受働債権が発生したとすれば受働債権が発生したとき,いずれか遅いときに相殺の効力が生じる。だから,遡ることを前提とすれば,甲案はその時期の判断が難しくなるのではないか。   遡るという考え方を採るときの基準は,相殺適状が生じたときとするのが明確なのだろうと思います。仮に遡及効を認めないという考え方を採るのであれば,部会資料にもあるように,甲案であれ,乙案であれ,効果の生じるときは意思表示のときですから複雑な問題は生じない。そうすると,どちらを採るのかというのは,要件がきちっと書けているのかという問題だろうと思いますが,そのときに甲案であれば自働債権について弁済期が到来すれば相殺できるというのが明確なのか,ということではないかと思います。   それを明確にする方法として,補充的に配られたヨーロッパ契約法原則の第13の101条のような書き方があるとすれば,これは甲案の修正案ではないか。また,101条を採ったときに,効果の発生時期を相殺の意思表示のときとするのか,相殺適状のときとするのかはなおまだ選択が残されるのではないか,直接に結び付かないと思っておりますので。ただ,弁護士会の意見としては,部会で申し上げていますように,遡及効を認めるということについては幾つかの利益考慮からそう申し上げており,その考え方は維持をしております。 ○坂庭関係官 時間がないところ申し訳ございませんが,1点だけ確認させていただきたいと思います。今,中井先生が御発言され,その前に松尾関係官が御説明されたアについてですけれども,甲案と乙案のどちらを採るかというのは,要件についてだけではなく,効果についても,どういう態度を採るかの決断を迫るものなのでしょうか。どういうことを申し上げたいかといいますと,遡及効を維持することを前提にしますと,乙案のほうがシンプルな規律になるとは思いますけれども,甲案を採った上で,効果発生時期を自働債権及び受働債権双方の弁済期が到来したとき,又は自働債権の弁済期が到来し,なおかつ,相殺の意思表示があったときのいずれか遅いほうと定めますと,効果について現行の規律を維持することができると思います。ですから,もしも,アの御提案が双方の債務が弁済期にないといけないと言っておきながら,期限の利益の放棄を簡単に認めるのは説明としておかしいということを言いたいだけなのであれば,甲案を採りつつ,効果についての規定ぶりを少し変えるという選択肢もあり得るのだろうと思います。そうでなく,アは,効果についても議論する論点なんですと言われてしまいますと,効果についてどういう考え方を採るかによって,甲案と乙案のどちらを支持するかが決まってしまいますので,アの論点を独自に議論する実益は少ないという印象を受けております。 ○中田分科会長 大体,よろしいでしょうか。それでは,今の点も踏まえて,また,事務当局のほうで御検討いただきたいと思います。   続きまして,「(2)第三者による相殺」について御審議いただきます。説明をお願いします。 ○松尾関係官 部会資料39の65ページを御覧ください。この論点につきましては部会の第47回会議で審議がされ,規定を設ける場合の問題点や具体的な規定の在り方等について分科会で審議することとされました。   まず,第三者による相殺については,これを認めることの当否との関係で,第三者弁済の要件や債権者代位権における優先弁済機能との整合性などに留意すべきであるという意見がありました。また,仮に第三者による相殺を認めるとしても,部会資料65ページの図のBの範囲について,物上保証人や第三取得者に制限すべきであるという意見,Aが無資力であるか否かを要件とすることに懸念を示す意見,本文イの①については,そもそも民法第474条第1項ただし書に対して批判があったことを踏まえると,規定を設けるべきではないのではないかという意見がありました。また,本文イの②,③のような規定を設けるのであれば,図のCやAが相殺することができる民法上の他の制度においても同様の必要があるのではないかと指摘する問題提起がありました。 ○中田分科会長 部会では,このような規定を設けることについての疑問も出されたところですけれども,規定を設けないことにするのでしたら,そこまでですが,結論を出す前にもう少し詰めておくということがこの分科会に求められていると思います。そこで,仮に規定を設けるとすると,どのような要件にすればよいのか。すなわち,Aの無資力をどうするか,また,Bの範囲を物上保証人や第三取得者などに限定するかといったことを検討いたしまして,その上で,最終的には規定の要否を判断するための問題点の整理をここでしておくということかと思います。御意見をお願いいたします。 ○中井委員 この第三者による相殺を設けるとき,何が出発点だったのかと思うのです。単にBに第三者弁済をすることについて正当な利益があるときに一般的な形で,第三者による相殺を考えたわけではなかったと思うのです。具体的にはBが物上保証人であるとか,Bが不動産の第三取得者である場面などにおいて,Bが第三者相殺することはあり得るのではないかというのが議論の出発点だったのではないか。部会資料もそのようになっていて,そこから,そのような場合に限る必要はなくて,第三者弁済について広く認められているのだから,ある意味で債権による弁済があっていいのではないかと,こういう流れだと理解をしています。   仮に,そのように広げたときに出てきた問題が,Aが無資力状態であるとすれば,Bは,他の債権者との比較において優先弁済になる,それはおかしいとして,その手当が必要になる。それは,Aが無資力のときには相殺を認めないという手当ですけれども,仮にそうだとすれば,本当にこの第三者による相殺を作ろうとした意図が達成できるのか。Bが物上保証人や第三取得者であるときに,Aが無資力だから相殺できないのであれば,元々,作ろうとした意図から外れるのではないか。また,無資力の場合は相殺できないという規律とすれば,無資力か,無資力でないかによって相殺の効果があるかないかという決定的な違いが生じて,そのような違いの生じる仕組みがいいのかどうか。また,Aが無資力だけの場面が問題になるのではなくて,三上委員から指摘があったようにBが無資力で,Bに対して反対債権を持っていた場面の問題があり,その手当が必要になる。   これも当初の想定と違い,第三者相殺という制度を作ろうとしたところから超えた手当ではないかと思うんです。いずれにしろ,要件が曖昧で複雑となり,効果においてもその要件が充足されるかどうかで大きく左右されるような仕組みが果たしていいのかというところから,批判が多かったのではないか。そうだとすると,仮にこの制度を残すとしても,出発点に戻って,Bに債務はないけれども,責任がある場面で初めてあり得る制度ではないか。これを残すのであれば,それを前提として要件化ができるかできないかを議論していくべきではないか。   そうだとすると,Bがいかなる立場の者であれば,相殺できるかという要件化をすれば,Aが無資力であるかどうかは,問わないことになり,無資力であるかどうかを判断することによる非難は免れることができる。また,③の差押えがあった場合に相殺できないという規律を,一般論だったら設けなければいけないかもしれませんけれども,仮にBが物上保証人や第三取得者であれば,これは,そういう場面で相殺を認める制度として構築するわけですから,乙債権が第三者から差し押さえられたからといって,Bからの反対債権での相殺を禁止する必要はないのではないか。つまり,通常の511条の場面と同じで,差押えがあったけれども,そのときに反対債権を持っている限り,相殺できるのではないか。③の規律も要らないように思うのです。   そうすると,Bのどういう資格があれば相殺できるかという要件立てができるかどうか,物上保証人や不動産の第三取得者のように責任を負担する者は,その責任のある債権者に対して自働債権を持っているときは,相殺できるというような要件化があり得るのかを考えることになるわけです。弁護士会の中で統一的な意見があるわけではございません。 ○中田分科会長 ありがとうございます。責任という言葉を条文に入れるのはなかなか難しいかもしれませんが,具体的には物上保証人と第三取得者を念頭に置いておられるということですね。 ○中井委員 はい。 ○中田分科会長 分かりました。ほかにいかがでしょうか。 ○三上委員 立場的には,この規定を設ける必要はないというところで議論が終わってしまうのですが,そこから離れて申しますが,資料の中でも触れられていましたように,債権譲渡した場合とのパラレルの問題があって,むしろ,債権譲渡ないしは詐害行為取消しの場面での偏頗的行為に相殺禁止条項のようなものが入ってくるのであれば,ここでもその潜脱を防ぐために,こういう条項が必要になるというレベルで必要になる議論であって,ここだけ独立にこのような条項を別途設けるというのは,据わりが悪いのではないかと思います。   それから,イの①は本会議でも言いましたが,そもそも474条ただし書というのは,それほど評判のいい条項ではないわけで,特に利害関係のある第三者の弁済も認めないという意味で合理性があるのか疑われている条項ですから,それを拡大するという意味でいかがなものかという気がしますし,②のほうは,昭和54年の最高裁判例の意思表示説の考え方と矛盾する規定になってしまいますので,どのような構成の規定の置き方をしても,据わりの悪いものになってしまうと思います。   つまり,ここで,第三者の相殺を認めることに付随する不都合な結果を回避するための例外条項を設けてしまうと,ほかも同じように変えなければならないところが発生する,影響が出るところが発生してしまうという問題点も考えると,こういう規定は検討してもなかなか実現は難しいのではないかという気がしております。 ○高須幹事 私もどちらかというと,この種の規定を設けることには消極的なんですが,ここは分科会の議論で設けるとしたらどうかということでの検討でございますから,先ほど分科会長からも出た責任ある者といった場合の具体的中身ということに関して,典型例は抵当不動産の第三取得者とか物上保証人というのは,そのとおりだとは確かに思うのですが,部会でも確か山野目幹事から御指摘があったと思うんですが,詐害行為の受益者みたいなものも,ある意味では問題状況は似てくる場面もあると思いますので,仮にこの種の規定を設ける場合に,その範囲については検討の余地があるのではないかと思います。御検討いただければと思います。 ○中田分科会長 どうもありがとうございます。   確かにいろいろ難しい点はあるわけで,先ほどの無資力要件にしましても,仮にAの無資力を要件としますと,CがAから乙債権の弁済を,Bから求償をと,両方から請求されたときにどうするのか,債権者不確知供託ということもできないでしょうし,といった細々とした問題がたくさんあると思います。しかし,今日,お出しいただいたようなことで,再編成できるかどうかを更に御検討いただきたいと思います。   それでは,よろしいでしょうか。では,続きまして「3 時効消滅した債権を自働債権とする相殺」について御審議いただきます。事務当局から説明していただきます。 ○松尾関係官 部会資料39の75ページを御覧ください。この論点につきましては部会の第47回会議で審議がされ,規定を設ける場合の問題点や具体的な規定の在り方等について分科会で審議することとされました。   この論点につきましては,現在の規定を見直すことに反対する御意見があったほか,本文の②は不要であるが,①のみ規定するという考え方があったということを紹介する御意見などがありました。 ○中田分科会長 御紹介のありましたように,この提案については消極的な意見が複数ありました。ただ,現在の508条についても幾つかの問題点が指摘されておりますので,分科会でもう少し検討をせよということだと思います。具体的には資料の76ページに,第1,第2,第3といった問題点が指摘されておりますけれども,これをどう考えるのか,そのうちの一部についてだけでも対処することはできないだろうかということかと思います。この点について御審議をお願いいたします。先ほど関係官からもお話がありましたが,3の①,②をセットとするのではなくて,例えば①だけを生かすことは考えられるかどうか,そんなことも検討課題かと存じます。いつも申し訳ないですけれども,弁護士会のほうでもし何かございましたら。 ○中井委員 弁護士会の意見は,従前の考え方を維持するのに賛成をしているものですから,ここでの提案にも反対で,これも,時効制度をどのように考えるのかというところに根ざしているのではないかと思います。つまり,弁済をした債務者がその証拠を残す負担,そのことからの解放と考えるのかどうか。その趣旨がここでも色濃く出て,このような提案になっているのではないかと理解をしております。時効消滅した債権の債権者の相殺期待を保護するのか,時効消滅した債権の債務者側の時効利益を大事にするのか。現行法は債権者の相殺期待を時効消滅した利益を得ようとする債務者よりも保護しているのではないか。この提案は,基本的にはそれと反対で,債務者の時効利益を保護しようとしている。そこを,どちらを採るのかということに係っているのではないか。   その前提として,弁護士会は,相殺適状にある債権債務はチャラという感覚について,それはなお維持されるべきではないかというところから,従来の考え方に賛成しているわけです。その間を採るという案もあり,一つの単位会から提案があったわけですけれども,時効消滅した債権について時効を援用した後であっても,なお,相殺を認めるという規律については,そこを修正して時効を援用した限りにおいて,もはや相殺はできない,ひっくり返すことはできない,こういう考え方の提案です。 ○中田分科会長 76ページの三つの問題点のうち少なくとも第1には対応することがいいのではないかということでしょうか。 ○中井委員 そういうことです。①のみに対応するということになります。 ○中田分科会長 それについては弁護士会の中で大きな御異論というのはあるんですか。 ○中井委員 必ずしも十分に意見聴取ができておりませんけれども,そういう考え方の提示がありました。なお,相殺適状にあったときの相殺期待を保護すべきであって,時効の援用の意思表示があったからといって,その期待が全く失われることについては,なお,危惧を表明する方もいらっしゃいます。   部会でも申し上げましたけれども,念頭にあるのが,過払金請求権についてであって,一連の取引が終わった時点で過払金請求権が発生していた。それから,1年,2年を置いて,第2回目の一連の貸し借りが始まった。それも終盤に差し掛かった辺りで貸金返還請求権とかつての過払金返還請求権,その対立関係において過払金返還請求権が時効消滅している事案において相殺できるかという議論のなかで,過払金返還請求権が時効消滅しているからといって,貸金業者側が救済されるのはおかしいという,これは弁済したが証拠を残していないものに対する救済ではなくて,元々,払っていないものに対して,なぜ,その理論で救済されるのかと,そういう反論が出ておりました。それはなお,第1の問題で業者側が過払金返還請求権について時効援用したからといって,相殺できなくなるのは酷であるという意見に結び付いてきた次第です。   弁護士会全体で議論した結果ではございませんので,その点は留保していただければと。 ○三上委員 私も基本的に現行法維持に賛成です。本会議でも申しましたように,全ての債権の時効期間の釣合いがそれなりに取れているものであれば,①のような考え方もあるのかもしれませんが,目の敵のように申して恐縮ですが,一方で,永久に時効に掛からない自動継続定期預金のような債権があって,それが実際には過去に貸金と相殺されていて,預金証書だけが残っているという場合もあるわけですから,そういう時効制度に関する不公平な事実を放置して,この部分を変えるということでは,この制度だけの問題では終わらないと思います。   江戸の敵のような話は別としても,先ほど批判した昭和54年の逆相殺の判例で,なぜ逆相殺が勝つかというと,相殺できるものを先に相殺しなかったほうが悪いということもその理由になっています。であれば,時効も時効状態になれば援用できるのに,先に援用しなかったほうが悪いという意味でせいぜい①なんだろうと思います。②のように先に相殺されたものを後から時効を援用させてまで,なぜ,時効援用の利益を守ろうとするのかが分かりません。時効というのは権利・義務が存在しているのに,それをある時点をもっていきなり無罪放免にするという,ある意味,不思議な制度です。制度の根拠にはいろいろな説明がありますけれども,今回,消滅時効の期間を短くするという提案がある一方で,記録を残すほうとしては非常に精緻に電子上,記録を長期間残せる時代でもあるわけです。そのような状況にあるにもかかわらず,短期間で権利をきれいにしていくという趣旨は分からないでもないですが,ここまでして時効の完成を推進する必要,援用する者の利益を保護する必要はないのではないかと考えます。 ○中田分科会長 部会では,中井委員,岡委員,三上委員のいずれも消極的な御意見をお出しになられていたわけですが,それにもかかわらず,更に仮定的な御検討をということでお願いし,頂戴して有り難く思います。ほかにいかがでしょうか。 ○内田委員 中身の話ではないのですが,相殺に関して実務家の,特に弁護士の先生方の御議論では,中井委員が先ほどおっしゃいましたように,過払金のことが念頭にあるという御指摘があります。実際にいろいろな弁護士の先生とお話をしても,すぐその事例が出てくるのですね。今現在,それが非常に重要な実務的な問題であるということは全く否定はしませんけれども,長いタイムスパンで適用される民法のルールを考えるときに,ややアブノーマルな事例である過払金を典型事例として考えていっていいのかという,疑問は感じます。過払金について,それ特有のうまく処理できる理屈が考えられれば,もう少し一般的な射程で相殺の効果についても考えられるのではないかなという気はいたしますので,その点も今後,検討されるべきではないかと思います。 ○中井委員 その点は内田委員のおっしゃるとおりなのかなという気も実はしております。過払金の問題は一連の取引という取引単位の見方を変えれば,現在において解決できるかもしれなくて,ただ,最高裁の判例が過去の一連の取引と,その後の一連の取引で区切りを設けた結果として過去に発生した過払金と現在の貸金が両立して残るという事態になっている,そのことからこの問題を生じさせているというのは確かにそのとおりで,それが全体一個の取引として解決できれば,このような問題は生じなかったと言えますので,おっしゃるとおり,別の解決があり得る問題なのかもしれません。それを一般化することが適当かどうかというのは,よく考えなければいけないと思っております。 ○岡委員 実務家が話していると取得時効については境界紛争で,真の権利者が証明手段の代わりに取得時効を使う例は経験しておりますけれども,債権の消滅時効の事例で弁済の証明の代わりに使った,あるいは領収書の保管を忘れたその代替として消滅時効を使う例というのはほとんど,みんな,経験していない。権利行使を忘れたとか,放置していたとか,それのペナルティとして消滅時効が使われる例が圧倒的な体験として多いものですから,債務者から消滅時効の利益を権利的に主張させることについて違和感があるというか,そんな事例をほとんど俺は経験していないぞと,こういう実体験が弁護士会の議論の底流にあると思います。 ○中田分科会長 消滅時効の説明の仕方と,実務に現れるケースとの間にずれがあるということですね。ほかにはありませんでしょうか。   それでは,次に進みます。次は「5 支払の差止めを受けた債権を受働債権とする相殺の禁止」の「(2)相殺予約の効力」について御審議いただきます。事務当局から説明をしていただきます。 ○松尾関係官 部会資料39の86ページを御覧ください。この論点につきましては部会の第47回会議で審議がされ,特に乙案の具体的な規定の在り方等について分科会で審議することとされました。   部会では,期限の利益喪失条項とそれ以外の事前の相殺合意とを区別して検討すべきであるという御意見,停止条件付債権の相殺を制限することが検討対象とならないことに疑問を呈する御意見,無制限説を採ることを前提にすると,期限の利益喪失条項の効力を制限する必要性を疑問視する御意見などがございました。 ○中田分科会長 相殺予約につきましては,その概念が問題となりました。期限の利益喪失条項を含むのかどうか,もし,それを含まないとすると,相殺予約として考えられるものは何か,例えば不動産賃料と保証金との差引き合意がその例かと,そういったことです。そこで,議論を整理するために,期限の利益喪失条項と,言わば純然たる相殺予約,例えば賃料と保証金の差引き合意,こういったものを分けて検討することも考えられるかと思います。期限の利益喪失条項につきましては,当事者間の契約条件にすぎないですとか,差押えと相殺についての無制限説を採るとすると,余り意味がなくなるのではないかといった御指摘がありました。そのほかにも問題点があればお出しいただければと思います。   次に,純然たる相殺予約につきましては,依然として86ページに出ております,甲・乙・丙案の比較検討が求められているのだろうと思います。取り分け乙案を採る場合には,どのような要件とするのかが検討課題になるかと思います。  そのほかの点も含めまして,相殺予約に関する規定の要否,規定を置く場合の基準などにつきまして御意見を頂きたく,お願いいたします。 ○中井委員 中田分科会長がおっしゃられた後半,純然たる相殺予約という言葉を使われましたが,純然たる相殺予約の中身について先に確認をさせていただけないかと思うんです。つまり,差押えを受けたときに第三債務者が持っている,どういう債権との間での相殺合意を純然たる相殺予約と呼んでいるのか,そこの確認を先にさせていただけないかと思うのです。 ○中田分科会長 今までに出た例としては,不動産賃料と保証金との差引き合意をあらかじめしておく,つまり,敷金であれば当然充当ということになりますけれども,そのことを合意で創出する,というのが例として出ていたのではないかと思います。期限の利益喪失条項の話を入れてしまいますと,議論が複雑になりますので,一応,二つに分けると。では,純然たる相殺予約というのは何かとして今の例が挙げられているわけですけれども,ほかにもっと適例があれば,それを前提として考えていただければと思いますが。 ○岡委員 中井さんと同じ問題意識なんですが,511条の差止めを受けた後に取得した債権とは相殺できない,それが大前提であり,511条は強行法規と考えた上で議論を進めてよろしいんでしょうか。具体的には支払の差止めを受けた後に取得した債権であっても,乙案のような要件を満たせば相殺できるという合意が有効になるということまで含むのか,含まないのか。それは無理だろうという議論をしておったんですが,そこはどんな整理になるんでしょうか。 ○中田分科会長 私が勝手に言っていいのかどうか分かりませんけれども,差止め後に取得した債権であっても例えば原因がその前にあった場合にどうなるのかという話かと思っておりましたが,もし補足していただければと思いますけれども。 ○松尾関係官 中田分科会長の整理以上に申し上げることは,特にはございません。 ○中井委員 岡さんと同じ疑問を持ってお尋ねしたわけですけれども,乙案の書きぶり,本文のみを見れば,債権譲渡と相殺のところの書きぶりと似ているといえば似ているんですが,一体的な決済の予定された取引から発生したもの,そうであれば,ある時点で差押えを受けたけれども,差押えを受けた債権の基となった取引と一体的な決済の予定された取引から発生する,ある意味で将来の債権も当事者間では相殺できますという合意が,一応,念頭に置けると思うんです。   しかし,それは例えば基本取引契約があって,それに基づく継続的取引でお互い債権債務が発生し合う関係にあったとしても,ある時点で差押えを受けた後に,同じ基本取引契約から発生した個別売買による反対債権と相殺できるという合意があったとしても,それはまずはできませんね,それは511条の原則論,差押えを受けた後に発生した債権だから相殺はできない,その確認をまずしたかったというのが一つです。   それが確認できれば,次は差押えを受けた時点で第三債務者が持っている債権というのは,その時点で発生している,若しくは取得している,この発生,取得の中身については既に現実に発生している必要があるのか,条件的なものであれば足りるのか,その範囲について議論を深めればいいだろうと。それを前提とするなら甲案であれば,差押債権と異なる原因で,たまたま発生していた損害賠償請求権,交通事故に基づく請求権など,そういうあらゆる債権があれば相殺できますという相殺予約まで認めるのか,それとも,乙案であれば一定の原因関係から想定される反対債権のみに限られるのか,そういう問題提起と理解してよいのか。 ○松尾関係官 債権の取得のレベルの問題は,部会資料でいうと85ページの補足説明の4に記載した問題としてまず処理すべきでないかと思います。この点については,部会の中でも,現在よりも相殺の範囲を広げる方向で検討すべきだという御意見を頂いたと思っていまして,そこは今後も議論されると思いますが,その問題と(2)の問題とは別の問題として考えられるべきだと思っております。つまり,511条によって相殺の対象となるというハードルをクリアするものについて,相殺予約の合意がどう判断されるのかということが(2)での議論の対象になるのではないかと思っております。 ○中井委員 同じ問題意識と思うのですが,85ページの4で仮に相殺の対象債権に含まれるとすれば,それを確認的に相殺合意するのは何ら問題ないのではないでしょうか。だから,(2)の相殺予約で何が議論されるのか,結局は差押えを受けたときの反対債権として相殺できる範囲の問題で,これが強行法規だとすれば,そこで確定してしまって,それ以外,幾ら広げた合意をしても効力を持たない。確認的に相殺合意をしたら,当然,それは確認的規定として意味がある,それだけの話にならないのかと思ったのですね。   相殺予約の意味があるのは,結局は期限の利益喪失条項である。それは無制限説を採っても直ちに相殺できるわけではありませんから,当事者間で差押え,仮押えがあれば,反対債権について期限が到来していなくても直ちに期限が到来する,そこで相殺ができる,こういう状況が生まれる。反対債権の範囲については,松尾関係官がおっしゃられた85ページの4の帰すうで決まる。そういう理解をしていけばいいのではないか,いかがでしょうか。 ○松尾関係官 中井先生の問題意識をよく分かっていないのかもしれませんが,(2)では,差押えや仮差押えということを条件としてよいのかということが問題になっているのですから,やはり確認的規定として意味があるだけではないと思います。別の言い方をしますと,85ページの4では一般論として,一般的に停止条件付債権のようなものを相殺の対象にできるのかということが問題にされているわけですが,これが相殺の対象にできるという結論になったとしても,その場合における条件として,差押えや仮差押えを条件としてよいのかということが,(2)で別の問題として検討対象になるように思います。 ○三上委員 私は,この部分が期限の利益喪失事由の話だとすると意味がない議論だという話をして,純粋な相殺契約のようなものを想定していなかったので,本会議場ではとんちんかんな質問をしてしまったのですが,そこでも言いましたように,この問題の捉え方として狭い意味での相殺予約,相殺の合意というのはある意味,判例では違法とされている,相殺の意思表示なしで相殺することを認める制度とも言えます。それを認めていいのかという問題提起であれば,考えられると思います。   相殺契約の場合には,差押えとか仮差押えが来れば,反対債権がどんな種類の反対債権であっても,そのどれかと自動的に相殺が成立して消えてしまいますというような合意は許されるのかという問題はあると思います。どの反対債権が消えたのか直ちには分からないような相殺合意は認められないから,あらかじめ,どれとどれとが消えるということが契約で明確になっている範囲でのみ,その効力は認めましょうという制度として置くという意味の提案が乙案なのかなと考えていました。   更に通り越して言うと,昔から問題にされていましたように仮差押えのように嫌がらせでもできる,単独でできるもので,期限の利益を喪失させるだけでも相殺権濫用と言われそうな場面で,いきなり債権債務消滅の効果まで発生させるというところまで認める制度を放置していいのか,相殺通知もなしに,という趣旨で,乙案は期限の利益喪失条項は対象外にして,純粋の相殺契約,狭い意味での相殺予約を規制する意味であれば,別途,置く意味はあるのかもしれないと思い直していたんですけれども,逆に言いますと,そういうところ以外には,無制限説を採ってしまった以上は,余り相殺予約の効力についてとやかく議論する意味を見いだし難いというのが,私の見解です。 ○中井委員 一言だけ。前提として私も無制限説を念頭に置いて発言しているということを申し上げるのを忘れていました。 ○中田分科会長 それでは,期限の利益喪失条項と見た場合の存在意義と,それから,純然たる相殺予約というものがそもそもあり得るのか,どんなものがあるのかということを検討した上で,その場合に,特に乙案に意味があるかもしれないといった御指摘を受けて,更に検討していただくということでよろしいでしょうか。   それでは,以上で部会資料39は終わりまして,部会資料43に移ります。このうちの「第2 売買-売買の効力(売主の責任)」の中の「3 競売における担保責任」につきましては,前回,既に御審議いただいておりますので,本日は残りが対象なります。まず,「1 物の瑕疵に関する売主の責任(民法第570条関係)」の「(2)引き渡された目的物に瑕疵があった場合の買主の救済手段の整備」について御審議を頂きます。事務当局から説明していただきます。 ○新井関係官 それでは,説明いたします。この論点は部会資料43の18ページから26ページにかけて掲載がございます。部会第52回会議で審議がされまして,具体的な規定の在り方などにつきまして,分科会で審議されることとなったものです。   部会で出ました意見などを御紹介申し上げます。まず,アの「代金減額請求権の明文化」についてですが,本文①の代金減額請求権を設けるということにつきましては,異論がなかったと思います。もっとも,②の減額できる幅ないし額を明文化するということにつきましては,その意義に疑問を呈する意見があった一方,一定の基準を設けることには意義があるといった御意見も頂きました。   次の「イ 追完請求権及びその障害事由の明文化」についてでございますが,まず,①及び②の前段の規定を設けることにつきましては,異論がなかったように思います。②の後段,取り分け代替物等請求権につきましては,(イ)のbとされるものにつきまして,弁護士会において疑問が多かったという御意見の紹介を頂きました。また,この本文の提案に加えまして,代替物等請求権を行使する場合に,既に交付済みの瑕疵ある目的物の返還に関する規律を設けることの要否についても,検討すべきであるといった御意見も頂きました。   続いて,ウの「救済手段の相互関係の明文化」についてですが,①追完請求権とそれ以外との関係につきまして,弁護士会の御意見の紹介として乙案の支持が若干多かったといった紹介を頂きました。他方で,乙案のような在り方に疑問を呈する御意見も頂いております。他方で,本文のようなものではなく,弁護士会ではこの点については規定を置かないで,全て買主の自由選択に委ねるべきではないかといった御意見があったという紹介も頂きました。そして,②の代金減額請求権を行使したときの規律ですが,代金減額請求権による他の救済手段,例えば解除権などといった救済手段の制限が紛争解決の交渉に悪影響を与えないよう,規定を設ける際には留意すべきであるという御指摘を頂いているほか,この点について規定を設けること自体の困難性を指摘する御意見,あるいは代金減額請求権を行使する場面における売主が追完する利益に配慮すべきではないかという御指摘も頂いております。 ○中田分科会長 今,御紹介いただいたとおりでございます。アの代金減額請求権の明文化につきましては,規定を設けること自体には,部会で異論がありませんでしたので,分科会ではアの②について御審議を頂きたいと思います。この②のような細部にわたる規定を置くことに慎重な意見が複数ありました。他方で,②のような規定は市場価格との差額ではなくて,契約に適合する目的物の価額との関係で考えることを示すもので意味があるという意見もありました。また,このような基準を置くとしても,基準時を引渡し時とすることでよいかどうかは,なお検討すべきであるという意見もありました。   そこで,この分科会では,まずは②の程度の具体性のある規定を仮に置くとして,その改善が可能なのかどうかということを検討してはいかがかと思います。論点としましては市場価格との差額ではなく,契約に適合する目的物の価額との関係で考えることの当否,その基準時を引渡し時とすることの当否などではないかと思います。   イの追完請求権につきましても,部会では①のように規定を設けること自体には異論はありませんでした。そこで,この分科会では②の障害事由について補充的な検討をしていただくということになるかと思います。②の(ア)(イ)のそれぞれに出てまいりますa「契約の趣旨に照らして」という要件については,弁護士会のほうから社会通念や取引慣行を反映させるべきであるといった御意見がありました。また,それぞれのbにつきましては,「買主に不合理な不便」という要件は「著しい不都合」のほうがよいという意見などもありました。このように要件の定め方についての御意見が幾つか出ております。   また,内容面では,(ア)bの売主の代替物提供を優先することと債務者の変更権との関係ですとか,(イ)bの売主の修補請求については,買主の代替物請求を優先すべきであるという弁護士会の御意見がありました。さらに代替物等請求権について買主が受け取ったものを使用収益した分の清算の要否,買主の返還義務,それとの同時履行の抗弁などについての御指摘がありました。こういったことを含めまして,イの②につきましては,更に補充的な御意見があればお出しいただきたいと思います。   ウの「救済手段の相互関係の明文化」につきましては,部会では①,②とも様々な御議論がありました。①については追完の催告を要するか否かについての議論がありましたほか,そもそも,こういった規定を置くことに反対する御意見,あるいは買主の選択だけではなくて売主側の希望を反映する道を残すべきだという御意見などがありました。そこで,ここでは甲案,乙案その他の議論を整理するということが課題になるかと思います。   ②につきましては二つの問題があります。第1の問題は,代金減額請求権とその他の救済手段との関係です。取り分け損害賠償請求権との関係で,代金減額請求権と両立する損害賠償請求権と,両立しない損害賠償請求権とをうまく切り分けることができるかどうかということが課題になるかと思います。それから,第2の問題は,買主が代金減額請求権を行使した場合に,その他の救済手段が行使できなくなるという失権効は,適当ではないという御意見が多くありました。そこで,これを適切に規律できるかどうかといった辺りが課題になるかと思います。   以上につきまして御意見を頂きたいと思います。この問題については,部会でも積極的に御意見を出されたメンバーがここにも大勢いらっしゃいますので,是非,更に御意見をお出しいただければと思います。   全部ということが難しければ,まず,アからいきましょうか。代金減額請求権の明文化のうちの②のほうですけれども,確か中井委員は,こういう細かい規定を置くことについては慎重であっていいのではないかということでございましたが,鹿野幹事からは,これはこれで意味があるのではないかという御意見があったかと思います。山本敬三幹事からは,基準時が引渡し時でよいかどうかといった御指摘があったかと思いますが,いかがでしょうか。これは仮に規定を置くとすればということですけれども。 ○坂庭関係官 競売との関係で1点だけ申し上げさせていただきます。競売に瑕疵担保を入れることの当否については既にさんざんお時間を頂きましたので繰り返しませんが,②のような規定が仮に競売の瑕疵担保に適用されるとして,物件に買手が付かなかったときのことを考えますと,例えば,1回目に売却基準価額1,000万円で売りに出したけれども,買手が付かなかったので,売却基準価額を600万円に下げてもう一回売りに出して,それでも売れないので売却基準価額を360万円に下げてまた売りに出すというようなことがあり得ますけれども,そういった場合,1,000万円で売りに出したときに買手が付いた場合と,600万円に下げて売ったときに買手が付いた場合と,360万円に下げて売ったときに買手が付いたときとで,代金減額請求権によって認められる減額の幅が変わってくるということになるのだろうと思います。そのことの当否も少しお考えいただけるといいのではないかと考えます。 ○中田分科会長 競売との関係につきましては,前回,御議論を頂いたわけですけれども,特に競売で今の問題が出るということですが,これは競売に限らず,基準とすべき価格をどのようにして算定するのかということとも関係していると思います。 ○中井委員 競売の場合であっても,最終的な基準となるのは競落した現実の価格,ここでいうならば約定代金額,それが競売の場合も同じではないかと思います。問題は減額する割合についてどう考えるのかで,先ほどおっしゃった市場価格なのか,契約に適合する目的物の価額なのか,基準時は契約時なのか,引渡時なのか。弁護士会でも,ここの記載は,ある意味で論理的で,考え方としては理解できるという意見が複数出ていることは間違いありません。   ただ,部会でも申し上げたのは,そこまで書きますかという素朴な疑問でして,例えば563条の条文では,その不足する部分の割合に応じて代金の減額を請求できる,とあり,瑕疵があれば瑕疵の程度の割合に応じて減額することができる。その割合については当該物の売買によってある程度,幅のある解決でいいのではないか。このように厳密にすることによって契約に適合する目的物なのか,市場価格なのかというところを議論する実益がどの程度あるのか。理論としてはあり得ても,それを条文化する必要まであるのかという疑問からです。もちろん,その前提として厳密な意味での割合の在り方として,こうあるべきだということを議論することを否定するものではありませんけれども,その議論の成果がそのまま条文になることについては,違和感を持っています。 ○鹿野幹事 部会でも申し上げたかもしれませんが,今の点につき一言申し上げたいと思います。部会資料の7ページに記載された物の瑕疵に関する売主の責任についての基本的な部分との関係です。ここで,瑕疵の意義をどうするかということ,あるいはまた,瑕疵のない目的物を引き渡す義務を売主が負うとするかどうかということについて,部会で議論がありました。そして,まずこの瑕疵の意義について,瑕疵があるかどうかというのは契約の趣旨に照らして考えるべきなのだということを前提とし,売主は瑕疵のない目的物を引き渡す義務を負うのだという考え方を採ることにしますと,おのずと,ここの代金減額についても,契約で予定した品質,性能等に対して契約での代金を決めたということなのですから,減額の額は,その契約上予定されたところに照らして割合的に考えるべきだということになりましょう。そして,その基準時についても,売主は瑕疵のない目的物を引き渡す義務を負うということが前提となっているのでありますから,引渡し時を基準にして考えるべきだということになると思います。以上は,7ページの基本的な考え方を書いておけばおのずと理屈の上では出てくるので,明文で書くまでもないといえば,そのとおりかもしれませんけれども,ただ,明確性を期するのであれば,そのような形で書くことになると思います。 ○中田分科会長 理論的にいくとそうなるだろうということは,多分,中井委員もそこはそれでいいんだけれども,しかし,そこまで細かく条文化することについて何か危惧がおありだということですね。それから,引渡し時に,理論的になるという部分については,同じように瑕疵を捉えるとしても,なお,疑問があるという御指摘もあったかと思いますが,山本敬三幹事,今の点はいかがでしょうか。 ○山本(敬)幹事 疑問があるというよりは,検討を要するというような趣旨で申し上げたつもりだったのですが,記憶が違っているかもしれません。考え方としては,引渡し時とするのであれば,引渡し時においてもう一度,当該瑕疵があることを前提として,当初行った契約の趣旨を踏まえて契約し直したとするならば,このような代金額に縮減されなければならないというように正当化することになるのだろうと思います。瑕疵のない物を引き渡す義務を負うことから直ちに出てくるかどうかは,私にも分からないところがありますけれども,考え方の筋としては,今のように説明すれば,引渡し時というのも可能かもしれないと今は考えています。 ○中田分科会長 引渡し時というのは,現に引き渡したときという意味だと思うんですが,履行期ではないですか。 ○山本(敬)幹事 それも考えはしたのですけれども,履行期ですと,当初の契約において履行すべき時が考えられて,その履行期までに瑕疵が生じたときに,履行期にもう一度契約をし直したとすれば,このようになるという説明が可能なのかもしれないのですが,瑕疵の存在時期をいつと見るかという問題とも関係していまして,履行期に履行しないで,何らかの理由から履行されない状態が続いていた場合に,その段階において瑕疵が発生したときは,瑕疵がある限りで契約の不履行に当たるとするならば,契約不履行に基づく救済策が認められることになると考えられます。そこで,代金減額を認めるとするならば,履行期というわけにはいかないかもしれない。それが,鹿野幹事がおっしゃったことの実際上の意味なのかもしれないと思っています。 ○中田分科会長 引渡し時に対して,不動産の場合には登記時という考え方もあると思うんですけれども,それはいかがでしょうか。 ○山本(敬)幹事 登記時だとすると,その根拠をどう捉えるかというのが難しいと思います。もちろん,瑕疵の存在時期をいつとするかという点について,危険の移転時であると考えて,その危険の移転時について,引渡し時か,不動産の場合ならば移転登記時のいずれか早いほうというような考え方を採れば,あり得る考え方だとは思います。ただ,危険の移転時について登記の移転時を認めるという前提がない限り,そう簡単に言えないと思います。 ○中田分科会長 今の山本幹事の御説明と,それから,鹿野幹事の先ほどの御意見とは,結局はたどり着くところは同じだという理解でよろしいでしょうか。 ○鹿野幹事 違うという趣旨ではありませんが,今の山本幹事のお話を伺っていて,引渡し時か,引き渡すべき時期ないし履行期かということに関して,気になった点がありますので一言だけ申し上げます。原則的には引渡し時でよいと私は思っているのですが,ただ,引渡しが予定した履行期より遅くなったことの原因が債権者にある場合,つまり債権者の受領遅滞等で遅くなり,そのため,本来の引渡し時であれば,予定された品質,性能のものを渡せたにもかかわらず,債権者である買主側の事情で遅れたために,品質,性能が劣化したというような場合については,取扱いが異なるべきだと思います。ただし,それはむしろ,受領遅滞一般の話との関連で議論するべきことなのかもしれません。 ○山本(敬)幹事 今の点は要件のレベルで,瑕疵の存在時期をいつとするかという問題と関わらないでしょうか。受領遅滞があった場合に,受領遅滞後に瑕疵に当たるものが発生したときに,それで売主が責任を負うべき瑕疵の要件を満たしていると言えるならば,そこから先の問題にいくわけですけれども,それはここでいう意味での瑕疵とは認められないとなると,責任がそもそも否定されるという可能性もあると思うのですが,いかがでしょうか。 ○鹿野幹事 確かに,そういう考え方はあると思います。確認ですが,要するに売主側の事情で,履行期より後に引渡しがなされたという場合については,瑕疵の判断時期としては履行期が基準となるのではなく,引渡し時になされるべきであるが,受領遅滞のケースについては,売主が履行の提供をして買主の受領遅滞があった時として考えればよいという御趣旨ですか。 ○山本(敬)幹事 瑕疵の存在時期を危険の移転時,そこでいう危険の意味はもちろん問題なのですが,ともかく危険の移転時とし,しかも,受領遅滞によって危険が移転するということを認めた場合には,そもそも受領遅滞時に瑕疵がなければ,その後に瑕疵に当たるものが発生したとしても,それは売主が責任を負う要件としての瑕疵には当たらないと判断される可能性があるのではないですかという質問です。 ○鹿野幹事 そういう趣旨であれば,私もそのとおりだと思います。ただ,この点は,危険の移転,とりわけ受領遅滞における危険の移転という問題に関わるところですので,ここだけで決めるというわけにはいかないかもしれません。実質的には,私も同じ意見です。 ○中田分科会長 最終的に規定にする必要があるかどうかという中井委員の御指摘は,更に検討していただくといたしまして,その前提となる理論的な面での議論は,これはこれですることがむしろ必要であるというのも中井委員の御意見であったかと思います。ただいま,それをしていただきました。   ほかにアについてございますでしょうか。もし,なければイに進みたいと思います。イの追完請求権の障害事由につきまして,弁護士会の御意見は,ほかの部分でも出てきます「契約の趣旨に照らして」という表現よりも,社会通念,取引慣行を何らかの形で反映するような表現が望ましいということであったかと思いますが,更にその点について何か補足などがございましたら,お出しいただければと思いますが。 ○中井委員 (ア)のaについても(イ)のaについても,中田分科会長がおっしゃられたとおり,これは履行不能の要件の定め方に影響して,それに関連して考えてくださいと申し上げたにとどまりますから,ここ固有の問題ではないという理解です。内容的にはそういう位置付けで,aという規定を設けることに特に反対があるわけではありません。 ○中田分科会長 山本敬三幹事からは,買主に不合理な不便という要件よりも,著しい不都合のほうがよいという御意見があったかと思いますけれども,いかがでしょうか。 ○山本(敬)幹事 私の記憶では,積極的にそうすべきであるという主張をしたというよりは,参考にされたのがDCFR等ではないかと指摘して,そして,DCFRの原文を見るとsignificant inconvenienceというようになっていましたので,不合理な不便というよりは,もう少し,程度の高いものが想定されているのではないかという問題提起をしたつもりです。しかし,これはコメント等を見てみないと分からないところがありますし,コメントに何も書いていないということはDCFRの場合はよくありますので,見ても分からないかもしれません。 ○新井関係官 「不合理な不便」という表現をここで取りあえずの案として出したのは,確か私の記憶では,ウイーン売買条約がそのような「不合理な不便」という表現を使っていたので,まずはそれをお出ししたという記憶がございます。もちろん,表現の当否というのはいろいろあろうかと思いますし……。 ○山本(敬)幹事 原文の英語もDCFRと同じなのでしょうか。確認を怠ったのですけれども。 ○新井関係官 そこまではすぐにはお答えできませんが,ウィーン売買条約の公定訳ではそうなっております。   あと,続いてよろしいでしょうか。確か弁護士会の部会の中での意見紹介ということで,本文イのうち(イ)のbについて,疑問が多かったという御意見を確か頂いていたと記憶しておりますが,その理由というか,どういったところから疑問が生じるかということについて,教えていただければと思うのですが。 ○中井委員 (ア)のbについても(イ)のbについても,代替物の提供が基本的に優先されていいのではないかという考え方があります。したがって,(ア)のbについては,代替物の提供を申し出ているのだったら,それをむしろ積極的に受ける方向であっていいのではないか,(イ)のbは,代替物の要求をしている場合は,それを尊重する方向がより支持されるべきではないかというものです。しかし,それで意見が一致しているわけでは決してありません。   ただ,最後は整理の仕方に関わるのかもしれませんけれども,売主が債務不履行した後,それに対する修補か,代物請求か,損害賠償かは,第一次的には買主に選択権があるはずだろうと。それに対して明確な形で債務不履行した売主が追完権的な形で強く言えるような構成については,危惧感を表明する方々が多くおります。bは追完権的構成になっているわけですけれども,その関係でより慎重な考え方が示されていると言っていいと思います。   それであっても,仮にbのような要件を定めるときには,意見の一致を見ているわけではありませんけれども,少なくとも売主側のそういう代案を採用するには,買主側に不利益がないこと,買主側の選択に合理性が欠けている,若しくは必要性に乏しいこと,かつ売主側の提案が合理的であること,いずれも合理性と言うと同じことになるかもしれませんが,そういう要件が充足される必要があるのではないか。それが不合理な不便という言葉で表現されていいのかもしれませんけれども,そういう理解をしております。 ○中田分科会長 現在の提案のままですと,少し売主に有利に傾いているのをもう少し買主保護に戻すべきであるということでしょうか。 ○中井委員 はい。bについてはそういう意見が多いということです。ただ,追完権についての危惧からそういう意見の方と,代物請求をする,若しくは代物提供ができるなら,それを優先したほうがいいのではないかという意見と,これは視点の違う意見ではございます。 ○中田分科会長 ほかにイについて。 ○山本(敬)幹事 部会で申し上げたことなのですが,瑕疵の修補を請求する権利のうち,(ア)のaでブラケット内に入っているものの中で,修補に過分の費用を要するときということの意味を明確にする必要があるのではないかということです。ブラケット内は例示で,本体は,契約の趣旨に照らして瑕疵の修補を求めることができないときとなっています。この「契約の趣旨に照らして」ということが一体,何を意味するのかということは,これまでかなり議論してきていますので,分かるようになってきたとは思いますけれども,初めて見た人にとって,それが何を意味するのか,多少分かりにくい可能性があります。   それと恐らく連動していることですが,修補に過分の費用を要するときという場合の「過分」の意味についても,恐らく多様な理解が出てくると思います。授業で学生を相手にしていてもよく出てくるのですが,過分の意味は,単純に多額の費用が掛かるときだと漠然と考えていて,例えば100万円も修補の費用が掛かるのは多額であって,このようなものは過分の費用に当たるというようなことがすぐに出てきたりします。そうすると,一体どれぐらいであれば多額なのかということが感覚的なものになってきて,必ずしも契約の趣旨に照らして瑕疵の修補を求めることはできないということを適切に示すことができない可能性が出てきます。   それに対して,修補に過分の費用を要するときの過分の意味については,学説ではこれまで議論をしているところでして,何と何を比べるかというと,修補ないしは追完によって買主が得られる利益,つまり当該契約の目的物が修補されることによって得られる利益,ここに契約の趣旨が恐らく入ってくるだろうと思いますが,それと実際に修補に要する費用とを比較して,その差が過分と評価できるような場合が,ここでいう過分の意味であると理解されていると思います。それに当たるようなことを何とかもう少し書き込めないものか。少なくとも「修補されれば買主が得られる利益に比して修補に過分の費用を要するとき」というような形で書き込むことによって,それが契約の趣旨に照らして瑕疵の修補を求めることができないということを具体化したものだということが伝わるように書けないかと思います。 ○中田分科会長 今の基準は非常に明確だと思うのですけれども,それは少しでも超えていれば過分だということでしょうか。それとも,差の大きさが更に入ってくるんですか。 ○山本(敬)幹事 これは評価的な要件にならざるを得なくて,本当にどれぐらい超えていればどうだということが一律,画一的にはなかなか言えないのだろうと思います。やはり,当該契約に照らした解釈問題になるのではないでしょうか。 ○中田分科会長 そうすると,二重に契約の趣旨が入ってくるということですね。 ○山本(敬)幹事 どこまでの利益が修補によって買主が得られる利益,ないしはその利益の価値かということと同時に,その差がどこまでを超えれば,当該契約において売主がそこまでの負担を負う理由はないということになるかと思います。そこは二重に掛かってくるのかもしれません。 ○中井委員 関連して,東京弁護士会が具体的におっしゃっていたので申し上げておきますと,物理的に不可能であるというのはいいとしても,その後の修補に過分の費用を要するという,こういう事実的な記載だったら,今,おっしゃったような誤解が生じるのではないかというところから,修補費用が過分で当該費用を売主に負担させることが相当でないときというような,そういう評価を入れないといけないのではないですかという指摘がありました。 ○中田分科会長 ありがとうございました。イについては大体よろしいでしょうか。   それでは,ウの「救済手段の相互関係」につきまして御意見をお願いいたします。 ○新井関係官 私のほうからよろしいでしょうか。これも弁護士会の御意見を教えていただきたいということなんですが,ウの①の甲案というのは,いろいろな救済手段を行使するに当たって追完の催告を要するということを比較的徹底する考え方なのに対して,乙案というのは,ここでは修補に代わる損害賠償についてですけれども,追完の催告を要しないというものにしております。先ほど私のほうから申し上げたように,弁護士会の御意見の中ではどちらかというと相対的に乙案のほうが支持が多かったというような御紹介もあり,また,救済手段に順番は付けないほうがいいというような御紹介もあったかと思うんですが,解除の一般原則,あるいは損害賠償の一般原則の議論の中では,填補賠償には催告を要するでありますとか,催告解除が解除の原則的な形態であって,そちらを優先すべきではないかといった御意見が強かったように思っております。そうすると,この瑕疵の場面では,一般原則とは異なり,追完の催告を要するとすることの貫徹が難しいという御意見が強いと理解してよいのか,教えていただければと思います。 ○中井委員 弁護士会の前回の意見についてのことだと思いますが,ここは意見が分かれています。解除の場合や填補に代わる損害賠償について,前提として催告を想定しているのはそのとおりで,この場面でも変わらないと思います。だから,乙案も,解除についてと,填補賠償について催告を要するものと理解をしているんです。ただ,代金減額請求と修補に代わる損害賠償請求については,一旦,瑕疵あるものを供給した者に対して,修理を催告するのはいかがなものかと,自分の好きな人に修理してもらってその費用を請求する,修補してくださいという催告は要らないで,直ちに行使できる,そういう提案だと乙案は理解し,そういう趣旨で乙案の支持がありました。甲案支持者もおりますので,念のため。 ○坂庭関係官 今の関係で同じ事例を想定しているのかどうか分かりませんけれども,少し気になったことがございます。甲案の考え方自体に反対というわけではありませんが,甲案を採用すると難しい場面が出てくることがあるかもしれないと思う点がございます。といいますのは,瑕疵の範囲について争いがある場合,例えば,建売住宅の売買において,売主が主張されている瑕疵の一部を認め,その範囲であれば喜んで直しもするし,修補費用も払いますと言うのに対し,買主は売主が認めるもの以外にもたくさん瑕疵があると主張して紛争になるということは,訴訟ではそう珍しくありません。そのような場合に,どちらかの言い分が100%正しいという心証を抱いたときは,判断は容易といいますか,追完の申し出があったのに買主がそれを拒んだことを前提に判断するなり,反対に正当な追完請求を売主が拒絶したことを前提に判断することができますけれども,中間的な場合,瑕疵についての買主の主張は過大だけれども,売主の主張は過小であるという心証を持ったときに,どういう判断をすべきでしょうか。一部分については,売主が追完を申し出ているにもかかわらず,買主がそれを拒み,ほかの部分については,買主が正当な修補請求をしたにもかかわらず,売主がそれを拒んだときにどうするかという問題です。お金の問題をいいますと,一部については売主に修補させて,ほかの部分については第三者に修補させるのは無駄が多いような気もしますので,そのような場合には,誰かがまとめて修補すればよいという形にできたほうが,恐らく全体的なコストが下がるのではないかというような印象を持っています。 ○新井関係官 確かに,そういう瑕疵に関する双方の言い分が食い違うという場面は実務でも対応の難しいと思われるところです。ここで甲案の中で,そのような場面をどのように処理するかということになると,少なくとも売主の側が,契約に適合するといえるの追完内容を提供すれば,それはそれで填補賠償は免れるという結論を導くことはできるんだろうと思います。実際に提供された追完がそれに見立っているのかどうかというのは,もちろん,その時々で難しい判断があるということは,坂庭さんがおっしゃるとおりだと思います。さらには解除については,「契約目的不達成」なのか,「重大不履行」と要件立てするかは別として,そういう解除の一般要件の中で,売主から提供された追完の内容を考慮した上で,解除の可否が判断されるということになるんだと理解していますが,ここももめると非常に深刻な紛争となりやすいと思います。だからこそ,可能な限り解決のルールを明確にしておく必要があるという論点なんだろうと思います。 ○内田委員 今,坂庭関係官がおっしゃったような,裁判所としてはこれは瑕疵であろうという心証を持っているのに,売主が飽くまでもそうではないと言い張るような場合は第三者に修補させて,後は損害賠償で処理をするということももちろんあり得るかとは思うのですが,一般的には第三者が修補するより,プロの売主が修補するほうが安く上がる場合が多いので,先ほど中井委員が修補に代わる損害賠償については,催告不要であるという意見も強いとおっしゃったのですけれども,多分,経済界のメーカーの方々からすると,まず,自分たちで修補させてほしい,第三者に頼めば,当然,第三者の利益分が加算されるわけですので,自分たちで修補するほうがはるかに安く上がるし,適切な修補ができると言われるのではないかと思います。それはそれなりにもっともな主張ですので,追完権といって,権というと何かぎらついて反感を買ってしまうのですが,それなりに経済的に合理的な要請もありますので,そこにも配慮したルールにする必要があるのではないかと思います。 ○中田分科会長 今の点は部会でも,特に製品の安全という観点から,売主側のほうで,メーカーのほうで,まず修理したいというような御意見があったところですので,重要な御指摘だろうと思います。   ②についても併せて御意見を頂きたいと思いますが。 ○山本(敬)幹事 部会のときも申し上げたのですが,代金減額請求権を行使した場合に,追完請求権を行使できない,そして,それに代わる損害賠償請求権及び解除権を行使することはできないという点についてなのですけれども,考え方としては,契約をして,その契約が目的としたところを実現する方向での救済手段と,瑕疵があることを前提として,それでよいものとする,その意味では後ろ向きのといいますか,清算型の救済手段とが考えられて,一方を選択しつつ,他方も選択できると,本来,取得できないはずの利益を手にできることになってしまうので,それを防ごうという趣旨はよく分かるのですが,それをどうすればうまく書き表せるかというのが難しい問題だということです。   具体的には,まず,代金減額請求権を行使した場合に履行利益賠償,あるいは修補費用の賠償請求ができないということは,それに代わる損害賠償請求権が認められないということで示されているのだろうと思いますが,必ずしもそれに限られないような損害賠償もあり得るのではないか。部会では,無駄になってしまった費用の賠償は清算型の救済手段として位置付けられるものであって,これについては代金減額請求しつつ,そのような損害賠償請求をすることも恐らく可能だろうということを申し上げました。   とすると,それに代わる損害賠償請求権ということで,うまくそれを適切に表すことができているのかというのが悩ましい問題です。要するに追完請求権を認める,つまり契約で予定した性質を備えたものを履行せよという請求を認めるのと同じことになるような救済手段を認めてはいけないということなのですが,条文になかなかうまくなりません。ほかによりよい表現があればと思いますが,自分としてはうまい表現が思いつかず,困ったなというところです。   もし,うまく表現できないということであれば,規定を見送ることもあり得るのかもしれません。どこまでが相容れるもので,どこまでが相容れないかという評価は難しいです。そして,これも部会で申し上げましたけれども,このような無駄になった費用の賠償が問題になるのは,別にこの瑕疵のある場合だけではありません。契約不履行一般について問題になります。そのときに,履行利益賠償に相当するものと,そのような無駄になったタイプの費用の賠償を併せて請求するのは,おかしい場合が出てくるわけでして,それは否定されることになると思います。しかし,それが規定の上で明確に書けるかというと,現在のところ,そのような提案はないわけでして,解釈に委ねられることになるかもしれません。そうだとするならば,ここでもそのような選択肢があるかもしれないと思います。ただ,代金減額請求権を行使しながら追完請求ができないということはかなり明確ですので,それは少なくともできないものの例として確認するというような定め方ができないかなど,いろいろな工夫の余地はあるかもしれないと思います。 ○中田分科会長 ほかにございますでしょうか。 ○岡委員 二つあります。一つは部会でも申し上げたんですが,代金減額請求権というのを損害賠償請求ができないときの最後の対価的給付を実現する非常に効果も狭い形成権的なものと捉えれば,今,山本先生がおっしゃったような問題を抱えながらも②は理解できます。ただ,今回の部会資料の提案としては,代金減額請求権をそうピュアなものとは限定せずに,損害賠償請求できるときにも行使できる権利と捉えておるようです。そういう損害賠償請求ができるときに和解的にこの代金に減額したら許してやるよと,そういう和解的な代金減額,損害賠償の一部行使として利用する場合が実務的にも結構あるだろうと思います。   そうだとすると,和解的にこれでいいよという提案をしたら,直ちにほかの解除とか追完請求に代わる権利を行使できなくなってしまうのでは非常に困ると思います。したがって,損害賠償請求ができるときの和解的な代金減額請求権については,ここにいう行使というのは,合意に至った場合のような極めて限定的な形にしておいていただかないと,実務に大きな支障が出るだろうと,こういう意見が強うございました。 ○中田分科会長 ほかにいかがでしょうか。 ○山本(敬)幹事 イのところでお話しすべきことだったのですが,最初に分科会長が御指摘されていた問題ですけれども,代替物の引渡請求が認められて,実際に代替物が引き渡された場合に,代替物が来るまでの間,最初に引き渡された物を利用していたときに,その利用利益の取扱いをどうするか。あるいは,最初に中田分科会長がおっしゃっていましたように,追完物の引渡しと元の物の引渡しとの相互関係等は,問題になり得る事柄であって,整備をする必要があるのではないか。これは私自身,部会で申し上げましたし,実は比較法的にも特に利用利益の取扱いについては大きく問題になっていたところです。   瑕疵のある物が全く使えないわけではなく,使っていたというので,その利用利益相当額を,法律構成はともかくとして売主側が請求したときに認められるか。特に消費者売買を念頭に置きますと,かなり立場が分かれそうな問題だということが想像もつきますし,事業者間取引においても場合によっては大きな利益が問題になる可能性がありますので,もし整備できるのであればということを申し上げたのですが,この点はいかがでしょうかということです。 ○中田分科会長 今の点は部会でも山本幹事が御発言になられた点でありましたが,更に今,敷衍して御説明いただいたところです。新井関係官のほうから何かありますか。 ○新井関係官 恐らく,解除のところで原状回復義務の内容をどうするかとか,あるいは後ほど審議予定の論点でも,瑕疵ある目的物につき代替物の請求をしたときに,既に受取り済みの瑕疵ある目的物が滅失したときの規律の在り方が取り上げられております。それとの平仄なども踏まえつつ,なお,どういった規定を設けられるかどうかということについて,引き続き検討させていただきたいと思います。 ○山本(敬)幹事 考え方としては,いろいろな考え方に分かれ得るところだと思います。現実に買主は曲がりなりにも物を利用することができたわけであって,その利用利益を返還しなければならないということは,不当利得等の単純なアナロジーからしますと,出てくるかもしれない考え方です。これは清算するというのは,考え方としてはあり得なくはないことだと思います。しかし,他方で,本来,契約で予定していない物が引き渡された場合は,瑕疵のある物を押し付けられたわけでして,本来,契約を守らなかった売主がそのような物を押し付けておいて,「使えただろう。だからその利益を償還ないし返還せよ。」と請求できるのもおかしいではないか。したがって,このような請求は否定する。一般的に否定できるかどうかはともかくとして,少なくとも消費者売買については否定すべきであるというような考え方も,当然,出てき得るところでして,この辺りが正に比較法的に問題になっているところだと思いますが,いかがでしょうか。 ○中田分科会長 欠陥住宅の場合,居住利益を控除するかどうかという判例がありましたね。あの要件との関係もまた検討対象になるのかもしれません。ただいまの山本幹事の問題提起についても,もし更に御意見などがございましたら。 ○内田委員 インフォーマルでも結構ですので,一つ案を出していただけると非常に有り難いのですが。 ○山本(敬)幹事 迷っているのですが,思い切って返還請求は否定する,少なくとも消費者売買については否定するというのはあり得る方向かもしれないと思います。事業者間売買について本当にどうなのかというのは,いろいろなケースを考えてみないと,そこまでラディカルに言っていいのかという心配が残ります。しかし,消費者売買について限定すると言われると,事務局としても考え込まれるだろうと予想しますが,むしろ,これは実務家の方々の御意見ないしは感触をお聞きしたいと思っているところです。いかがでしょうか。 ○岡委員 日本の大企業が欠陥品を納めた場合の相談を何件か受けたことがあるんですが,強度とか構造に問題があって代替物でやらざるを得ず,交換する場合には,利益を取り戻せるという発想は全くありません。ある時期に納めたものに不具合があったので,1か月後あるいは2か月後にいいものに取り替えると。その間,むしろ,御迷惑をお掛けしたものをお払いするというのが実情です。そのお払いする額をいかに少なくするかという交渉はしたことがありますが,納めるべきときに不具合品を納めて完全物に交換するまでの一定の期間,損しているのは受領を受けたほうという感覚がありますので,私の狭い経験からいくと理解できない議論に感じました。 ○高須幹事 趣旨は今の岡先生と同じものになってくるんですが,利用利益というような観点で不当利得的に考えると,比較的,大きな額になりそうな感覚を持つんです。ところが,売買で売ったものについて瑕疵があったというような場合に,利用利益の返還みたいなベースで物を考えるのは違和感がとても強いような気がしておりまして,仮にそれを認めるとしても合理的にどこかで絞り込まないと,妥当なものにはならないのではないかと。安直に考えると,レンタル料とかリース料とかという発想になるんだけれども,とてもそれでは具体的合理性が成り立たないのではないかというような思いもしておりまして,どちらかというと,今,山本先生がおっしゃったように,そもそも瑕疵のあるものを押し付けられているというような状況を考えたときに,曲がりなりにも利用できていましたでしょうという利用利益の返還みたいなものというのは,感覚的には違和感を覚えるということでございます。 ○内田委員 もしかして,山本幹事が気にしておられる一つの事例として,別の事例ですけれども,他人物売買の場合の利用利益返還を認めた昭和51年の最高裁の判決がありますが,あれは学界では批判が強いですけれども,それとの整合性といったことも気にしておられますか。 ○山本(敬)幹事 これを認めるとどこまでいくのかという問題で,量的な瑕疵を問題とする場合はこの瑕疵に関する規定でカバーされることになると思いますけれども,目的物の一部に制約があるような場合等を考えていきますと,どこで止まるのかということが気になるところです。その行き着く先は,今,内田委員が御指摘されたところかもしれません。  先ほど岡委員からの御指摘に対して,対価性が現実にどこまであるかは別として,目的物に瑕疵がある場合は,実際に代金を払っている場合が多いかもしれませんけれども,本来,現行法でいうと本旨に従った履行がされるのと引換えだとして,代金の支払を拒否できるはずですね。したがって,代替物が引き渡されるまでは,言わば対価を払うことなく物を利用できているという状態にある。その利用利益が客観的には高須幹事がおっしゃるように高額になる可能性があって,アンバランスではないかという問題が生じるかもしれません。理論的に言いますと,今のようなことが問題提起の基礎にあると御理解いただければと思います。 ○中井委員 確認ですけれども,ウの②で,先ほど岡委員からの発言があって,特段,御発言がなかったので了解という趣旨でよろしいですねという確認です。すなわち,ここは単純に読むと代金減額請求権を行使した場合に,それに代わる,例えば解除権を行使することはできないと読めてしまうわけですけれども,結果として重複した利益,代金減額請求権を行使して代金減額したその利益を得たにもかかわらず,それと矛盾する他の利益を得ること,若しくは解除すること,これは許されないということについては承認した上で,しかし,ここの代金減額請求権を行使したからといって,直ちに解除権が行使できなくなると困りますというのはかねて部会でも申し上げたし,今,岡委員からも指摘があったわけですけれども,その点については異論なく承認されているという理解でよろしいのですね。 ○筒井幹事 岡委員から御指摘があった問題意識は共有されているのではないでしょうか。ただ,そのことをどのように実現するかという面では,代金減額請求権の要件を絞り込むべきかどうかについては異論があり得ると思います。どのような形でその問題意識を実現していくのかは,更に知恵を絞る必要があるのではないかと思います。 ○中田分科会長 休憩時間が来ておりますけれども,次に関連する問題をもう一つやって休憩に入りたいと思います。順番では2(3)の「期間制限」ですが,これは後にしまして,ただいまの議題と関連いたします「2 権利の移転に関する売主の責任」「(2)権利移転義務を履行しない場合における買主の救済手段の整備」について先に御審議いただきたいと思います。事務当局から説明をお願いします。 ○新井関係官 御説明いたします。この論点は部会資料43の35ページ以降に掲載がございます。第52回会議において審議がされまして,ここも規定の具体的な在り方などにつきまして分科会で審議されることとなったものです。   まず,議論の状況ですけれども,本文アの「代金減額請求権」につきましては,抵当権の負担のある不動産の売買のような事例において,本文のア②のような減額をするのが相当か否かに疑問があるとの御指摘を頂きました。他方,抵当権付着の不動産の場合にも,代金減額請求権を認めるということであれば,アの本文②のような考え方で代金減額をすべきことになるといった御指摘も頂いております。そして,ここでも代金減額請求権の行使と他の救済手段との関係の在り方に留意すべきであるといった御指摘を頂いております。そして,本文イの「救済手段の相互関係の明文化」についてですが,権利の瑕疵について填補賠償や代金減額請求権に催告要件を設けるかどうかについては,慎重に検討すべきであるといった御意見を頂きました。 ○中田分科会長 (2)アの①,②については,先ほど御審議いただきました売主の物の瑕疵についての責任と,権利移転義務についての責任をパラレルとすることに対して,部会で幾つかの問題点が指摘されております。取り分け抵当権等の担保物権が付いていた場合に,代金減額請求権は適当ではないという意見が複数ありました。そこで,ここでの詰め方ですけれども,地上権のような用益物権の負担があった場合と,抵当権などの担保物権が付いていた場合と,それから,従たる権利,例えば地役権などがあるという前提で買ったのに,実はそれがなかったという場合と,多分,三つぐらいのパターンがあると思うんですけれども,そういったことの区別を意識しながら議論していただくということが考えられるかと思います。それから,イの①につきましては,催告の要否が問題となります。物の瑕疵と権利移転義務とでここを区別すべきかどうかといった辺りが,ここでの検討の対象になるかと思います。そのほか,全体を通じまして御議論いただければと思います。   まず,これもアからいきましょうか,「代金減額請求権の明文化」ですが。 ○中井委員 アの②について前回の部会で例として抵当権の話を出しましたが,確かに抵当権のありなしで直ちに代金減額請求というのはおかしいのではないかと思います。ここでは先ほどの例でいうなら用益権がないはずなのに付いていた,若しくは地役権があるはずなのになかった,これらの類型については,それが本来のあるべき価値と,それがない,若しくは負担のある状態での価値,それを割合によって決めるというのが理論的にはすっきりしているのだろうと思います。あとは,どのように書くか,若しくは書かないのかについては前と同じ議論ではないかという理解をしております。 ○中田分科会長 そうしますと,用益物権については物の瑕疵と同じように考えることができるとしても,担保物権については規定は置かないということになりましょうか。 ○中井委員 ではないかと思います。具体的に代金減額というよりは,その他の解決手段で解決することになるのではないかと思います。 ○新井関係官 その他の解決手段と言うのは,端的に言えば損害賠償とか,そういうことでしょうか。 ○中井委員 抵当権であるならば,何もできずに競売されてしまったら損害賠償があり得るかもしれませんし,代わりに被担保債権を払えば,それの代位弁済による求償による解決もあるでしょう。ということで,代金減額のように他の類型のようにあるべき姿と比較して減額分を出すことは困難ではないか。そこから個別解決した事案に応じて,解決の仕方によって調整することになるのではないか。そういう趣旨です。 ○高須幹事 今の中井先生の意見と全く同じなわけですけれども,結局,将来,担保権が実行されるかもしれないという瑕疵をどうやって見積もるのかというのは簡単ではないというか,簡単ではないというだけなら頑張ればいいということになるけれども,およそ無理ではないかという発想があります。事後的に担保権が実行された場合とされない場合で,結果的にはその段階での処理を考えざるを得ないのではないかと。されるかもしれないから,価値はゼロですというのも変でしょうし,あるいはされるかもしれない分のリスクを5割と見て,5割の減額を認めましょうといって,その後,実際に実行されてしまえば5割の損害ではとどまらないというようなところがあるときに,定型的にそういうのは何割のリスクと見ましょうみたいなことは,法的には余りなじまないのではないかと思いまして,私も中井先生の意見と同じような考えを持っております。 ○中田分科会長 アについてほかにございますでしょうか。   それでは,イについてはいかがでしょうか。特に原案で問題はないということでしょうか。 ○中井委員 こちらは催告を要するという考え方に賛成する意見が,物の瑕疵の場合よりも多いことは間違いありません。それでも,なお催告なくして代金減額請求は行使できていいのではないかという意見もございます。ただ,ここは先ほどの地役権のことや用益権のことを考えれば,当然,まずはきちっとしてくださいねと言って,それから減額請求しても,遅くはないのではないかと思います。  先ほどの物の修補であれば売主に対して修補を求めるか,他人に修補してもらって金銭的請求をするか,これは買主の選択権は認めていいような気がします。もちろん,内田委員がおっしゃられたように,普通は売主に対して修補請求を求めるのが一般的だろうと思いますけれども,かといって,売主に修補を求めずに,他人との間で処理をして金銭的解決をする,こういう余地はなおあるのではないか。それに比べて,ここはきちんとした権利を移転しなかった場合に,その移転を求めたりするわけで,代わりがありませんから,本来的請求をまずするのが筋であって,それに応えてくれないときに初めて減額請求ができるという考え方は十分あり得るのではないかと思っております。 ○中田分科会長 ほかにはございませんでしょうか。   それでは,ここで一旦,休憩を取ることにいたします。           (休     憩) ○中田分科会長 それでは,時間が来ましたので再開をいたします。   次は,部会資料43で,少し戻りまして「1 物の瑕疵に関する売主の責任(民法第570条関係)」「(3)短期期間制限の見直しの要否等」について御審議いただきます。御説明をお願いします。 ○新井関係官 説明いたします。この論点は部会資料43の26ページ以降に掲載がございます。部会第52回会議で審議がされまして,具体的な規定の在り方などにつきまして,分科会で審議されることとなったものです。   部会の議論ですけれども,甲案を支持するという意見がありましたほか,乙-1案を支持するといった意見を頂いております。また,この論点は消滅時効の一般原則の在り方にも依存するといった御指摘を頂いております。また,乙-2案にある「相当な期間」という要件については,判断基準が不明確であるといった御指摘を頂きました。また,乙-3案につきましては,事業者であることのみをもって検査義務を課すといった考え方に反対する意見がありましたほか,これに対して検査義務を規定する範囲を,買主が事業者であるというのに一定の絞り込みの要件を設けるといった方向性を示唆する意見を頂いております。また,乙-2案,また,乙-3案につきましては,失権効が効果としては強すぎるのではないかということで,損害賠償などにおいて,通知義務違反を考慮する在り方のほうが望ましいといった御指摘も頂いております。 ○中田分科会長 短期期間制限の見直しにつきましては,まず,アとイの甲案,乙案,乙案の中の1ないし3案の検討が課題になります。部会では甲案と乙-1案を支持する意見が出ましたが,消滅時効の一般原則が固まっていませんので,少し議論がしにくいところがあります。そこで,例えばですけれども,仮に消滅時効期間が3年となった場合と5年となった場合と,それぞれについてどの案がよいのかという検討をすることも考えられるかと思います。いずれにしましても,客観的基準による10年の時効が重なるということが前提になります。次に,乙-2と乙-3案につきましては,ただいま新井関係官から御紹介いただきましたような意見がありました。ここでは以上につきまして,部会での議論を更に補充する御意見をお出しいただければと思います。 ○新井関係官 乙-2案にある「相当な期間」という要件の在り方について,実務的な感覚と申しますか,教えていただければと思います。この相当な期間というのは,既に御承知いただいているように事案ごとに画するということで,その点についての不安定性というのが指摘されております。他方で,乙-1案のような考え方というのは,1年なり,2年といった期間のほうは画一的にするという考え方なのですが,乙-1案は起算点がそもそも知った日ということで,例えば売主側から,いつ,買主が瑕疵を知ったのかというのを知るのは難しいということを考えると,少なくとも法的安定性という点で,乙-1案と乙-2案でどれほどの差があるのだろうかということをずっと疑問に思っておりました。起算点から走る期間だけが画一的であるといったことに大きな意味があるのかどうかということで,この点につき検討の過程で考えたことは,部会資料43の補足説明の29ページ辺りで若干,問題提起をさせていただいております。その点についてもし御意見等がございましたら,お出しいただければと思います。 ○高須幹事 今の御質問に対して,説得的な答えになるかどうかは分かりませんけれども,瑕疵を知った日というのは確かに基準としては把握しにくいわけですけれども,実際の裁判では当然,証拠に基づいてそれを認定する,証拠がなければなかなか認定をしてもらえないというようなところで,結果的には瑕疵を知った日というのは,確かに概念としては抽象的かもしれませんけれども,実際の裁判では基本的には証拠との関係である程度は決まってくる,決まらなければ立証責任の問題で,どちらから負担を受けるという形になる。   ところが,相当期間というのは全くそういうものがない,この事案において相当期間はどれだけだろうかという評価の問題になってします。そういう形で評価に委ねざるを得ない概念でございますので,実際の訴訟の場において瑕疵を知った日はいつかという判断の問題と,相当期間の判断の問題は,差があるような印象を持っております。そういう意味で,弁護士会は部会のときに申し上げたのですが,乙-2案よりは乙-1案で,かつ,2年ぐらいが妥当というような意見が多かったということでございます。 ○鹿野幹事 私も乙-1案と乙-2案とでは違いがあると思います。今,高須幹事は売主の側から違いをおっしゃったわけでして,私もそれを支持するところではありますが,一方,買主の側にとっても,この明確性ということは重要なのではないかと思います。買主としては,瑕疵を知った時がいつなのかは,自分のことですから分かるのでしょうが,知った上で,どうするべきか人に相談したり自分で考えたりしていて,しばらく時が経った後にいよいよ権利行使をしようと考えて売主に告げるということもあるでしょう。そのときに,売主から,今頃になって言ってきてももう駄目だと言われたときに,どのような行動をとればよいでしょう。法律で相当期間と書かれているとしても,相当期間というのがどれぐらいの期間を指すのか,しばらく期間が経過したから自分はもはや権利行使はできないのかということが,買主にはよく分からず,対応に困ってしまいます。そして結局,こんなに時間が経ってから言ってきても駄目だと売主に言われたときに,それが客観的に正しいかどうかが分からないまま,権利行使を諦めてしまうということにもなりかねません。   特に,これが消費者契約で,買主が消費者であるような場合については,なおさら,今申し上げたような事態が生ずるのではないかと思います。そういう点で,権利行使期間の明確性は,売主側にとってだけではなく,買主にとっても重要なのではないかと思います。   さらに,あと2点ほど付け加えたいと思います。一つは,前提として甲案と乙案でいずれを採るかということについてです。先ほど中田分科会長もおっしゃったように,この点は一般的な債権の消滅時効期間との関係もあり,一般の時効期間が現在のように10年ではなく,3年あるいは5年になるとすると,一般の消滅時効の規定によるということだけでよいという考え方もあり得るように思います。しかし,既に言及されましたように,そうはいっても,売主が全く履行をしていない場合とは違って,売主は目的物に瑕疵があることを知らず,自分はきちんと履行を完了したと考えていた場合に,例えば瑕疵が発見されてから5年近くもたって突然買主から請求されてそれに応じなければならないということは,余りにも売主にとって酷な場合があるのではないかと思います。期待という言葉が適切かどうかは分かりませんが,履行が終わったと信じる売主の期待についても,一定の配慮をする必要があると思いますし,その意味で,乙案がよいのではないかと私は考えております。そして,先ほど申しましたとおり,乙案の中でも,乙-2案は余りにも基準が不明確なので,乙-1案のほうがよいのではないかと考えております。   もう1点は,更に乙-1案の内容に関することです。乙-1案において,権利行使をしなければ失権するという際の権利行使として,どこまでの行動が要求されるのかについても,より具体的に考える必要があると思います。このまま権利行使と書きますと,あたかも時効の中断を生じさせるような意味での権利行使とか,あるいはそれに準じた行動が必要であるかのようにも見えるのですが,恐らくそこまでは要求されないのであろうと思います。   現在の570条について規定されている1年の除斥期間に関しては,その期間内にどこまでの行動を採れば権利が保存されるのかについての判例がありますが,その判例の示した考え方をここに取り込むことになるのか,それとも,判例が示した程度までは必要なく,瑕疵に基づいて権利行使をするつもりであることを売主に知らせるだけで足りるとし,あるいは瑕疵の通知をすれば足りるとするのか。この権利行使として必要とされる具体的な内容によって,乙-1案の持つ意味は,大分違ってくると思いますので,その内容については更に検討する必要があると思います。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   鹿野幹事に2点,御確認したいんですが,乙-3案というのは乙-2案と併存もあり得るし,独立もあり得ると思うんですけれども,先ほど乙-2案については消極的な御意見で,その中で取り分け消費者の場合だとおっしゃったんですが,乙-3案というのは残る可能性があるのかどうか,これが一つです。それから,もう一つは乙-1案について権利行使を判例の言うようなレベルのものではなくて,もう少し緩めることも検討すべきであるということだったんですが,これははっきり言うと,もう少し緩めるべきであるということになるのかどうか。以上,2点についてお願いできますでしょうか。 ○鹿野幹事 まず,1点目の乙-3案について申し上げます。この案は,消滅時効の一般原則に加えて,買主が事業者である場合には,瑕疵を発見し又は発見すべきであった時から相当期間内の通知を要するということなのですが,瑕疵を発見したときについては,先ほど申しましたように,買主が事業者であるという場合だけではなく,より一般的に,何らかの瑕疵の通知等をすることを要求してもよいのではないかと私は考えています。   次に,2点目である乙-1案の権利行使についてですが,先ほどは,この案における権利行使の内容を考えなければならないとして,いくつかの可能性を申し上げました。私自身は,このような期間を設けることの趣旨は善意の売主の期待への配慮にすぎないとすると,現在の判例より緩やかでもよいのではないかと考えております。ただ,瑕疵を知った日からどれくらいの期間内に,どれくらいの行動をとることを買主に要求するかということですから,期間の長さとの相関で考える必要があるかもしれません。仮に,知ってから1年以内において要求される行動とすると,もう少し緩やかでよいのではないか,つまり,瑕疵の通知あるいはそれに近い行動で足りるとするべきではないかと考えております。 ○中田分科会長 ありがとうございました。   ほかにいかがでしょうか。 ○中井委員 ここは,消滅時効の一般原則がどのようになるのかにもよるのですが,基本的には弁護士会の多くの意見は,現行法を前提として考えたときに,行使できるときから10年,それに対して一般原則のみでは瑕疵があるとはいえ,一旦,債務を履行した売主にとって酷ではないかと考える意見が多く,そのときは乙案の中からどれを選ぶかという観点に立てば,鹿野幹事がおっしゃられた意見と同じで,基本的には乙-1案を採った上で権利行使というものをもう少し弱める,それも瑕疵の存在の通知に近い形でいいのではないかという意見が多かったと思います。   仮に消滅時効の一般原則を客観的起算点から10年,主観的起算点から5年を採ったとしても,主観的起算点5年というものに対しては,乙案的な修正をする理由があるのではないかと思っております。いよいよ,客観的起算点から10年,主観的起算点から3年と一般原則がなったときに,なお,乙案を必要とするのかについては,議論があり得るのかもしれませんが,弁護士会の意見は消滅時効一般を少なくとも3年という辺りまで短くすることには,基本的に賛成しておりませんので,そこはもう少し長く考えておりますから,その限りで,こういう瑕疵あるものを交付した売主の責任としては,期間制限を置く考え方に賛成である,こういう整理になろうかと思います。 ○山本(敬)幹事 これは,部会でも形を変えて何度か出てきた問題なのですけれども,売買目的物の瑕疵を理由とする売主の責任の期間制限について,乙案のような考え方を採用するとした場合に,請負も恐らく同じだとおっしゃるのだろうと思いますが,例えば現行法ですと準委任に分類されるような役務提供契約において,役務提供者が契約どおりの役務を提供しなかったという場合にも,現行法によっても,そして,現在出されている改正の提案によっても,契約不履行責任に関する一般ルールに従って責任を追及できるということになるだろうと思います。そして,その場合には,期間制限については特別なものはなくて,消滅時効の一般ルールによることになるはずです。   この間に,かくも大きい違いがあってよいのだろうかという問題提起に対してどう答えられるのか。特に売主の担保責任については,改正の方向としては,契約の不履行に当たることを前提として,必要な限りで,一般ルールの具体化ないしは明確化,あるいは先ほどの代金減額請求権のような特別なルールを定めるという方向が示されている。しかし,考え方としては契約不履行責任の一つであるという位置付けを明確に与えるとした場合に,期間制限について,このような違いが生まれるのかをどう説明されるのかという問題提起をもう一度しておきたいと思うのですが,いかがでしょうか。 ○鹿野幹事 確かに,契約不適合の場合における債権者の権利行使ということがここで問題となっているので,そういう意味では,従来から言われてきたところの一般の債務不履行と基本的には同じと考えてよいのでしょうけれども,特に売買の目的物の瑕疵という問題については,他の例えば履行を全くしなかったとか,履行が遅れたということとは違って,売主自身にそれについての自覚がない場合も多いのではないか。だから,それが一般の時効が完成する間際になって,突然,請求されるということでは酷な場合もあるのではないか。そのようなことを考えて,買主が瑕疵を知ってから一定の期間内に,瑕疵の通知というような意味での権利行使を,あるいは権利行使という言葉が誤解を招くので使わない方がよいかもしれませんが,瑕疵の通知を課することとしてはどうかということです。特に不履行として位置付けることと矛盾するとは考えておりません。 ○山本(敬)幹事 お分かりになっているだろうと思いますけれども,だからこそ,先ほど挙げたのが役務提供契約の例でして,役務提供者としては契約に適合した役務を提供しているつもりになっているけれども,契約で予定したとおりの役務提供はなされなかったという場合が起こり得ると思いますし,今の御指摘はこの場合にもまともに当てはまると思いますが,どうなのでしょうか。少なくともこのような形で議論が続いていくことになりますということです。 ○中田分科会長 ありがとうございます。一応,部会資料の28ページに実質的根拠が2点,示されていて,ただ,それで正当化できるかどうかは,消滅時効期間の見直しを踏まえた上で,説得力があるかどうかを更に検討すべきであるということが出ております。ただ,すぐ後で御検討いただきます権利の移転義務,それから,更にその後に出てまいります請負の場合はどうか,それぞれどこまで正当化できるかということを常に意識しながら検討する必要があると思います。その一つの重要な御指摘として,山本幹事から取り分け役務提供型の契約において一般の消滅時効に服するということとの違いをどう説明するのかという御指摘を頂いたと思います。   もしほかにないようでしたら,次の権利の移転についても併せて……。 ○内田委員 せっかくスムーズにきているのに,時間を取って恐縮です。乙-1案が実務界からは支持が多くて,ほかは余り支持がないということなのですが,乙-1案というのは,現行法と同じです。しかし,現行法にはいろいろ問題があって,瑕疵を知った日から1年以内にしなければいけない権利行使の内容が,判例ではかなり重いもので,これは鹿野幹事が指摘されているとおりで,後は紙に書いて裁判所へ送れば訴状になるというようなところまで,準備を要求しているように読める。そうすると,1年は厳しすぎる,そういう指摘は多いと思います。   そこで,これを2年と延ばすという案も乙-1案にあるわけですが,他方で,この問題というのは現実の日本の取引の実態を反映したルールが望ましいわけです。そうすると,物に瑕疵があったときには,買主は,普通はこれはおかしいぞと売主に言うわけですね。そこから交渉が始まる。ところが,法律上は,何も言わずに1年たっていきなり裁判を起こすぞと言っても構わないということになっているわけなので,せめて最初の手掛かりとなる通知ぐらいは,もう少し早い時期にしてもいいのではないかというわけで,乙-2案,乙-3案が出てくるのだと思います。   鹿野幹事もそういう軽い通知にした上で,乙-1案をともおっしゃったかと思います。ただ,軽い通知になりますと,どのくらいのタイミングでやるかというのは取引の実情に応じてかなりまちまちで,生鮮食品について,あるいはお弁当について1年たっていきなり通知というのは,幾ら何でも不誠実だろうと思うのですね。そういうものについてはかなり早いタイミングで通知しないと適当ではない。普通の家電製品などの場合には,消費者の場合には相当期間放っておいて,使ってみたらおかしいというので文句を言っても構わないと思いますが,事業者が事業目的で買った場合については,それはちょっと取引の常識に反するという感じがする。   さらに,住宅については四季を一応,経験しないと欠陥が分からないということがありますので,引渡しを受けて1年で切るので本当にいいのかという問題もある。そうすると,期間はなかなか切り難いのではないか。取引の実情に応じて常識的な期間内に,そして,買主にとって困難ではないタイミングで欠陥がありますよと,あるいは不都合があるということを言えば,あとは普通の時効期間内は権利行使ができるというルールにしてはどうかというのが,乙-2案とか3案なのだろうと思います。それ自体は比較的常識的な感じがするものですから,なぜ,法的なルールにすると駄目なのかというところがもう一つ,よく分からない。   先ほどの山本幹事の御指摘に加えて,今のような取引の常識という点からいうと,1年とかちっと切ってしまうということはどうも硬直的すぎる。瑕疵を知った日から1年ですので,いつから始まるか自体が事案によって様々で,売主には分からないわけですが,本当にこれが常識にかなっているのかというところに疑問があるということを申し上げておきたいと思います。 ○鹿野幹事 今,内田委員がおっしゃったことにもとても魅力を感じて,私自身も乙-2案には趣旨としては同感するところもあるのです。しかし,先ほども申しましたように,実際にこのような規定を置いたときに,この規定を使う当事者の立場になってみると,売主にとっても買主にとっても相当期間という概念が不明確なために使いにくく,それゆえ不安定な立場に置かれることになるのではないかということを心配しております。   それから,内田委員がおっしゃった中で,住宅の瑕疵は四季を通さないと明らかにならないという点については,いつ瑕疵を発見したかということの認定で処理することができるので,その点はそれほど問題にならないのではないかと思います。ただ,おっしゃるところの,物の種類だとか契約当事者の違いとか,あるいはどういう取引なのかということに応じて違いがあってしかるべきではないかという,その趣旨は理解できます。しかしこれは,柔軟性と明確性のどちらを優先するかという問題であろうと思います。   それから,ついでに山本幹事が先ほどおっしゃった役務提供型との違いということについですが,確かに役務提供型についても,役務提供者の側が,自分は完全なものを提供したのだと信じて,しかも,その信頼が保護に値するような場合があり,そして,後に役務受領者の側が瑕疵を発見するというようなことがあるのだとすると,同じように通知を課すということも考えてよいのかもしれません。ですが,果たして本当に,売買におけると同じような意味で,そういう期待を保護すべき場合が一般的なのかということ自体が,私には今の段階ではよく分かりません。 ○内田委員 先ほどの私の例で住宅の四季というのは宅建業法が許容している特約のように起算点が引渡しからとなった場合の話なので,知った時を起算点とする場合は鹿野幹事の御指摘のとおりだと思います。 ○中田分科会長 それでは,共通する次の議題に進んで,また,併せて御議論いただきたいと思います。次は「2 権利の移転に関する売主の責任(民法第560条から第567条まで」「(3)短期期間制限の見直しの要否等」についてです。御説明をお願いします。 ○新井関係官 それでは,説明いたします。この論点につきましても部会資料43の36ページに掲載がございます。第52回会議におきましてこの点について審議がされまして,規定の具体的な在り方などについて分科会で審議することとなったものです。   部会での議論におきましては,権利の瑕疵の場面を契約責任として理解するのであれば,この期間制限について消滅時効で規律するのが望ましいが,一般則よりも短い1年や2年の消滅時効とすることも考えられるといった御意見がありました。また,弁護士会からの意見紹介として相対的に乙案支持が多かったが,甲案支持もあったといった御紹介を頂きました。 ○中田分科会長 ただいまのような意見分布でありますが,ここでも消滅時効の一般原則との関係が問題となりますので,物の瑕疵についてと同様,時効期間が3年となった場合,5年となった場合,それぞれについて検討するということも考えられるかと思います。御意見をお願いいたします。   弁護士会では乙案が多いけれども,甲案の支持もあったという御紹介を部会で頂戴しておりますけれども,甲案支持の場合の説明の仕方,一般の消滅時効とどこが違うのかということに関する議論はあったでしょうか。 ○中井委員 物の瑕疵とは違って,こちらは乙案が多いのは事実です。それは催告との関係でもそうだと思いますけれども,権利の瑕疵については基本的に売主サイドは分かっているはずではないか,先ほどの,26ページの物の瑕疵についての短期期間制限の見直しの要否等でいうならば,ウの部分については売主サイドが知っていれば,この期間制限は適用されないということについてはほぼ一致して賛成です。では,権利の瑕疵について,他人のものである,地上権があるやなしや,用益権があるやなしや,地役権があるやなしや,それは売主サイドとして普通は分かっているはずですから,基本的には原則どおりでいいのではないか。ここに物の瑕疵と同じ規律が適用されるのはかえっておかしいのではないか。そういう意見だろうと理解をしております。 ○中田分科会長 ほかにこの問題についていかがでしょうか。大体,物の瑕疵について御議論いただいたとおりですが,更に権利の瑕疵については正当化根拠が物の瑕疵に比べると一つ減るということがありますので,そこをどう考えるかということかと思います。大体,先ほどので御議論いただいたということでよろしいでしょうか。   部会資料43につきましてはもう一つ,議題がありますけれども,進行の関係で後ほど御審議を頂くことにいたしまして,一旦,部会資料46に移ります。部会資料46の中では,最初は「第1 請負」の「2 報酬に関する規律」の部分ですが,これまでの議題とのつながりという意味で順番を入れ替えまして,「第1 請負」の「4 瑕疵担保責任」の「(5)請負人の担保責任の存続期間」及び「(6)土地工作物に瑕疵があった場合の担保責任の見直し」,これらの審議を先にお願いしたいと思います。事務当局から説明をお願いします。 ○笹井関係官 御説明いたします。「(5)請負人の担保責任の存続期間」の論点は部会資料46の21ページに記載されております。この点につきましては部会の第56回会議で審議がされまして,部会においては,乙案を支持した上で引渡しを起算点とする1年間の期間制限を設けるべきであるとの意見,同じく乙案を支持した上で瑕疵を知った日から1年又は2年以内に瑕疵を通知すべきであるという意見などがございました。「(6)土地工作物に瑕疵があった場合の担保責任の見直し」の論点は,部会資料46の26ページに記載されております。この論点につきましても部会の第56回会議で審議がされまして,部会においては,住宅品確法との関係を指摘する意見などがございました。   これらの論点につきましては,いずれも規定を設けるに当たっての具体的な在り方について審議するために,分科会で検討していただくことにされたものです。(5)につきましては,基本的には売主の担保責任との平仄に留意して検討する必要があろうかと思います。ただ,売主の担保責任に揃えようとしますと起算点が問題になりまして,売主については瑕疵を知ったときとなっておりますけれども,これは現在の民法第673条第1項の起算点を変更することになりますので,それがよいのかどうかという点について検討しておく必要があろうかと思います。   (6)につきましては,(5)の瑕疵担保責任の一般的な存続期間を前提として検討する必要がありますが,仮に消滅時効に委ねるということになりますと,土地工作物についてのみ特則を設ける必要性は少なくなるのではないかと思われますし,また,(5)において,仕事の目的物に瑕疵があった場合の請負人の責任について特別な規定を設けるとしても,瑕疵を知ったときを起算点とするのであれば,土地工作物について規定を設ける必要はないのではないかと思われます。いずれにしましても,どういった趣旨に基づいて期間制限を設けるのかという点に留意しながら,御審議いただければと思います。 ○中田分科会長 部会ではただいま御紹介のあったような御意見がありました。(5)につきましては,先ほど来の御審議の延長でもありますけれども,一般的な消滅時効とは別に期間制限を設けることを正当化する根拠があるのか,売買と請負とで異なる規律とすべきなのかどうかという基本的な問題があります。さらに,具体的には甲案か,乙案か,乙案だとするとどれかということが問題となります。乙案につきましては,ただいま笹井関係官から御紹介のありましたとおり,売買の場合に更に加えまして,現行規定では引き渡した時又は仕事が終了した時が起算点になっているのに対して,ここを瑕疵を知った日と変えるということで,どういう影響があるかについても御議論を頂きたいと思います。   (6)につきましては,部会ではイに関する意見が多かったと思います。イにつきましては,一般的な消滅時効との関係が問題となりますけれども,仮に規定を置くとするとどのようなものになるのか,それから,品確法との関係がどうかが問題となります。なお,(6)につきましては,こちらは起算点が引渡し時となっておりまして,(5)とは違っているという点に御注意の上,御審議いただければと思います。   それでは,まず,(5)につきましていかがでしょうか。 ○中井委員 弁護士会の意見を申し上げておきます。「請負」を弁護士会で議論すると,どうしても住宅を念頭に置いて考える。そうすると建売住宅,つまり,建ったものを買うのと,発注して建物を建ててもらって買うのと,そこで違いが出てくることに対する基本的な違和感があるものですから,これは合わせるべきだろうというところから,起算点について引渡しではなくて瑕疵を知った日と,それ以外も平仄を合わせているものですから,売買の規律をここへ持ってきているという考え方が多数を占めています。 ○岡委員 現行法の引渡しを,瑕疵を知った日に変えるという点についてですが,実務でシステムの開発が請負に当たるかどうか微妙なところもありますが,請負の目的物を受領して,いろいろなやり取りをしているうちに,1年というのはあっという間にたってしまいまして,瑕疵担保の請求をしようと思うと,引渡しをどう操作しても1年以上たっている場合が,実際,私も,1,2件,経験しております。その経験からいっても,知った日から何年という期間制限であるべきであろうと考えます。先ほどの建て売りと注文住宅の比較だけではなく,それ以外のところで明確に瑕疵が分かるまでに,引渡しから1年以上あるような物件は結構あるという認識があると思います。その意味で,瑕疵を知った日からに現行法に変えるのは,個人的にも賛成をしたいと思っております。 ○中田分科会長 引渡し時のまま維持すべきであるという御意見は,特にございませんでしょうか。そうしますと,今,二つの観点から,瑕疵を知った日がよいということで,特に御異論もないようですので,それを前提とした上で,(5)の規律をどう考えるのかですけれども,弁護士会は,売買と合わせるということですと,乙-1案になって,権利行使を通知に近いような緩やかなものにすると,こういう理解でよろしいんでしょうか。 ○中井委員 はい,その意見が多くあります。 ○岡委員 それプラス,1年を2年とする意見のほうが多かったです。瑕疵を知った日から2年以内に通知しないと失権すると,相対的にはそっちのほうが多いと思います。相当期間という個別具体的に考える案は,極めて評判が悪い状況でございます。 ○中田分科会長 (5)についてほかに。 ○内田委員 質問なのですが,知ったときから2年以内に通知というのは,発注者の立場に立てばなるほどと思うのですが,弁護士の先生方は双方の代理人になられることがあると思います。請負人として,こういうルールで問題はないのでしょうか。瑕疵が分かってから2年というのはかなりの期間ですが,2年たって,瑕疵が2年前に見付かったよと通知しさえすればよいということで,請負業者のほうは納得するのでしょうか。 ○岡委員 議論しているときは,権利行使するほうの立場のほうが大きくなるので,2年が多数説になったのだろうと思います。それから,実務では何らかの瑕疵があったら,連絡をして直してくれとか,どうするんだとか,交渉を積み重ねることが多く,分かっていて2年も黙りこくっていて,突然,請求するというのはほとんど経験しておりませんので,2年が長すぎてということを強く言う弁護士はいなかったですね。 ○山本(敬)幹事 先ほど申し上げましたように,言わずもがなですけれども,役務提供契約との対比は,請負において,より一層顕著になっていくということを一言だけ申し上げておきます。   それ以外に,消滅時効の一般原則によるとしても残る問題なのですけれども,瑕疵が発現してだんだん大きくなっていくような場合があると思います。瑕疵が発現したのだけれども,使えるし,大きな支障は生じないので,そのまま使い続ける,しかし,ある閾値を超えて瑕疵が拡大する場合,それがより深刻な結果をもたらす場合と,いろいろなパターンがあると思いますけれども,耐え難い状態が例えば1年や2年超えた後に発現するという場合もあるだろうと思います。   このときの一つのテクニックとしては,瑕疵を知ったのがいつかということを操作するという方法があるだろうと思います。しかし,契約に適合していない状態があることが早い段階で分かっている場合に,常にそのような操作が可能かというと問題があります。このような場合が,少なくとも現行法では大きな問題になると思いますし,仮に乙案を採用して期間を1年ないし2年とすると,残ってくる問題ではないかと思いますが,いかがでしょうか。  もちろん,最初にも申し上げましたように,これは消滅時効の一般原則によるとしたとしても,起こり得る問題だろうと思います。ただ,その期間が多少長くなるならば,深刻さがやや薄れるという意味で,程度問題だと思います。 ○中田分科会長 現行法の下ですと,シロアリの被害の例とかありますよね。 ○中井委員 横からですが,先ほど内田委員から岡委員に対して,知ったときから1年とか2年で瑕疵の存在の通知で,請負人側は耐えられるのかという御質問があったんですけれども,山本敬三幹事のいわゆる原則一般消滅時効適用型であれば,1年,2年内の通知は要らないし,権利行使の通知も要らないから,時効期間満了直前に訴えを提起すれば権利の行使はできる。そうすると,内田委員の質問の宛先を山本敬三幹事にすれば,どういう回答になるんでしょうか。 ○山本(敬)幹事 もし,それが問題ならば,消滅時効の一般原則のほうを変えないといけないことになりますが,どうなのでしょうかと,質問が更に内田委員に返っていくことになるだろうと思います。 ○内田委員 これは時効の問題ではなくて,一応履行が完了したと思っている債務者に対して,完全ではなかったということの警告を与えるのが目的ですので,時効とは別に,比較的短期間で軽い通知義務を課すということは立法としてあり得るし,現実の取引は多分,そうやって動いているのではないかと思います。ですから,それを反映してはどうかということです。   ただ,住宅などの場合は別かもしれませんが,動産の売買の場合に消費者が買った物に欠陥があるかどうか調べる義務などないと思いますし,消費者が通知をしなかったら失権するというのが適切かどうか,という問題はあります。そういう意味では,一般原則として全ての人に通知義務を課すというよりは,事業者に課すということでいいのかもしれないと思います。   他方で,部会でも出ていましたように効果を失権ではなくて,損害賠償においてしんしゃくするという方法もあるのではないかという御意見があり,そうなってくると,それほどドラスチックな効果ではありませんので,通知義務をある程度,広く課した上で,それを損害賠償でしんしゃくするという手はあるのではないかと思います。いずれにせよ,これは時効とは別の問題として,時効に重ねて置くことのあり得る立法政策だろうと思います。 ○鹿野幹事 話の本筋から少し外れるかもしれませんが,少し前に部会資料43の26ページのところで,中田分科会長から,買主が事業者だった場合における瑕疵の通知義務に関する乙-3について質問されたことがありました。ここでまた,請負に関して,22ページの乙-3で同じような提案が出てきていますので,これについて一言だけ補足して発言させていただきたいと思います。事業者であれば,瑕疵を発見した時だけではなく,発見すべきであった時から相当な期間内に通知しなければとするのは,私は少し行き過ぎではないかと思っております。   もっとも,これは,事業者という概念をどう捉えるのかということとも関わってくると思います。当該取引との関係で事業者概念を捉えるのであれば,それでもよいのかもしれませんが,仮に現在の消費者契約法のように,個人はともかくとして,法人又はその他の団体については全て事業者と捉えるのであれば,当該取引とは全く関係のない事業をしている法人や,およそ営利的な取引とは無関係な活動をしている団体まで,ここにいう事業者となってしまいます。仮にそれを前提とすると,事業者だからということで,言わば検査通知義務に近いような形での義務を課し,それに失権効を結び付けることは,少し行き過ぎではないかというような気がします。先ほどの補足ということで申し上げました。 ○中田分科会長 ありがとうございました。先ほどの売買と,ここでの請負と共通して乙-3についての御意見を頂きました。   ほかに(5)についてありますでしょうか。もし,なければ(6)土地工作物の場合について御審議いただければと思います。これは一般の消滅時効がどうなるかによりまして,一般の消滅時効とほとんど変わらないということになると,そもそも規定の意味が乏しくなってくるのかもしれませんが,しかし,仮に置くとしたらということで,一応,御検討いただければと思います。 ○中井委員 (6)のイの規定を入れるという考え方と,(5)のイを採用したとき,短期での失権効,これは重複適用が予定された規定という理解でよろしいのでしょうか。 ○笹井関係官 それは補足説明のどこかに書いた記憶もあるのですけれども,どちらか早いほう……。 ○中田分科会長 私は重複かと思っていたんですが,(5)は知った日から乙-1案ですと1年とか2年の担保責任であるのに対して,(6)のほうは,引渡しの時から10年あるいはそれ以上の担保責任の期間ということになると思います。消滅時効のほうが権利行使可能な引渡しの時から10年ということになりますと,結局,消滅時効とここでいう担保責任とが相当重なってくると,ほぼ同じになってしまうと。そのことと知った時から起算する担保責任とは併存し得るということだと理解しておりました。 ○笹井関係官 今,中田先生が整理されたとおりだと思います。部会資料でいいますと,28ページの補足説明の2の辺りがそれに関係するところだと思います。今,(5)については,少なくとも,今日御出席の委員・幹事の先生方の間では,知った時を起算点にすることに余り異論がなかったようでが,仮にそのような考え方を採るとすると,より一層,(6)について規定を設けておく必要性自体が問題になってくるのかなと感じました。 ○中田分科会長 (6)で10年よりも長い期間にすると,それはそれで意味があるんでしょうけれども,そもそも10年を超えるような期間とするのが妥当かどうかということになると,余り積極的にそれを支持する御意見は出ていなかったと思います。10年だとすると,消滅時効と変わらないではないかということです。   ここは特に部会での御議論に付け加えることはないということでよろしいでしょうか。 ○山本(敬)幹事 部会のときに,請負についてこのようなルールを定めた場合に,住宅に関する売買はどうなるのかという問題提起をしました。先ほど中井委員も少し言及されたところですけれども,これは売買と請負とで違ってよいということで本当によろしいのでしょうか。 ○中田分科会長 部会では,品確法との関係でおっしゃっていましたね。 ○山本(敬)幹事 そうです。そのような趣旨を含めて,品確法との関係でこのルールをどのように位置付ければよいのかが問題であるという指摘をしたつもりだったのですが,ひょっとすると違っていたかもしれません。 ○中田分科会長 部会では確か笹井関係官から,品確法のほうは片面的強行規定であるのに対して,民法はそうではないという違いの御説明があったかと思いますけれども,更にもし付け加えていただくことがございましたら。 ○笹井関係官 それに付け加えることは特にないのですけれども,その後鎌田先生が売買の点についても御指摘されていたので,今,敬三先生がおっしゃった問題点もよく考えておかないといけないと思っております。 ○中田分科会長 ほかにはよろしいでしょうか。この一連の問題についていろいろ論点を出していただいたかと思います。   それでは,ここでテーマが変わりますけれども,続きまして,報酬に関する規律について幾つかの種類の契約をまとめて,横断的に検討したいと思います。部会資料46では,「第1 請負」の2(2),「第2 委任」の3(4),部会資料47では「第1 準委任に代わる役務提供契約の受皿規定」の3(4),「第2 雇用」の1,「第3 寄託」の6です。以上につきまして,事務当局から併せて説明をしていただきます。 ○笹井関係官 問題となる論点は,「請負」については部会資料46の5ページ,「委任」については同じく部会資料46の71ページ,「役務提供契約」については部会資料47の7ページ,「雇用」については同じく部会資料47の20ページ,「寄託」については部会資料47の52ページに記載されております。「請負」については部会第56回会議,「委任」及び「役務提供契約」については部会第57回会議,「雇用」及び「寄託」については第58回会議において審議がされまして,具体的な規定の在り方について分科会で審議することとされたものです。   これらについて,おおむね議論の状況は類似していると思いますけれども,部会においては,報酬を全額請求することができる場合と,それから,報酬を請求することができない場合のほか,割合的な解決の道を認めることに賛成する意見がある一方で,割合的な解決を認めるべき場合は現実には考えにくいという意見もございました。また,報酬を全額請求することができる場合と割合的解決をする場合があるとしても,「義務違反」や「債権者に生じた事由」というような表現は不明確であるというような意見もございました。   それから,反対給付の全額を受けることができる要件として「義務違反」が必要であるとすると,民法第536条第2項に比べて役務を提供する側に不利になるのではないかという意見,一方で,義務違反は実質的には損害賠償によって処理される場合であり,反対給付の全額を損害とすることには反対であるというような意見もございました。このほか,「債権者の義務違反」や「債権者に生じた事由」が原因で履行不能になった場合に,債権者は契約を解除することができるのか,解除権の帰すうについて規定を設けるべきであるとの意見がございました。 ○松尾関係官 続きまして,「雇用」についての議論の概況を簡単に御説明申し上げたいと思います。まず,民法第536条第2項とは別に,報酬請求権の根拠となる規定を新たに設けるということについては,これを支持する意見がありました。その場合の要件については,先ほどの説明と一部重複になりますが,義務違反を要件とすることについて,現在の労働契約に関連する判例との連続性が失われるのではないかということを懸念される意見,あるいは就労請求権が認められることについて懸念する意見があり,これらの立場から,責めに帰すべき事由という文言を維持する意見がありました。   これに対しては,労働基準法第26条との役割分担に関する現在の判例を踏まえて,責めに帰すべき事由という文言を維持することに強く反対する意見もありました。また,仮に責めに帰すべき事由という文言を見直すのであれば,要件の充足の有無について総合判断をしている判例の趣旨を明らかにする観点から,例えば「使用者に起因する合理的とは言えない事由」を要件とすることを提案する意見がありました。以上のほか,法的性質に関連して,損害賠償請求権とすることに反対し,報酬請求権とすることを支持する意見がございました。 ○中田分科会長 請負,委任,役務提供,雇用,寄託といった役務を提供するタイプの契約については,報酬請求権の発生時期は,本来は役務を提供した後だということを前提にした上で,役務が途中で提供できなくなった場合にどうなるのかという問題があります。幾つかの問題が含まれているわけです。   第1に要件と効果の問題があります。役務受領者はどのような場合に支払をする必要があるのかという要件の問題と,その場合に支払うべき範囲は何か,すなわち,報酬全額か,その一部か,一部とするとその内容,基準は何か,こういう効果の問題があります。   第2に法律構成ないし法的性質の問題があります。まず,役務受領者にいわゆる義務違反がある場合については,役務受領者が支払うべきものは報酬なのか,損害賠償なのか。つまり,これは危険負担の問題なのか,債権者の義務違反による損害賠償の問題なのかという問題があります。次に,役務受領者の側に生じた事由については危険負担の問題なのか,解除の問題なのかという問題があります。仮に解除だとすると一部解除なのか,報酬請求をするためには必ず解除をしないといけないのか,解除権の喪失事由との関係はどうか。こういった問題があろうかと思います。   こういった要件,効果の問題と,法律構成ないし法的性質の問題とがあるようですが,いずれにしましても個々の契約類型の特徴に留意しつつも,全体を通じて整合性の取れたものとなっている必要があると思います。部会では個別の審議がなされてきたわけですが,ここで横断的に全体を通じて更に御議論を深めていただければと思います。特に順番は決めませんので,どの点からでも結構ですので御意見をお願いいたします。 ○中井委員 この点について横断的に検討する必要があると思いますので,この機会に是非,検討を進めていただければと思います。そのときに雇用と雇用以外を全く同じような形で規律していくのがいいのかどうかについては,留保しておく必要があるのではないか。メモと表を作らせていただきましたけれども,問題点だけ最初に提起させていただいて,役務提供契約は,役務を提供した結果として報酬請求が後で発生するというのを基本として据えるなら,途中で終わった場合について未履行部分をどう考えるのかということになるだろうと思います。私の考え方は,できたところ,行ったところまでについて基本的に割合報酬的な性格があるだろう。履行不能になったこと,何らかの理由で履行できなくなった将来部分については,役務を提供していないわけですから,報酬というよりは損害という性格付けで全体を整理するのが分かりやすいのではないか。   そうだとしたときに,部会資料との関係で,相違点という形で御指摘させていただけば,一つは注文者側に義務違反,請負なら注文者,委任なら委任者側,役務提供だったら役務受領者側ですけれども,に義務違反があった場合の捉え方について,部会資料は基本的には役務を提供していない部分についても,本来的に約定報酬が請求できることを前提にして,免れた負担を控除するという考え方で整理しようとされている,基本的な方向性としては。役務提供契約になると少し柔軟な解決の提案もありますけれども。それとほぼパラレルに任意解除をした場合が義務違反の場面の典型例と捉えることもできるかと思いますから,解除した場合でも,契約どおりの約定報酬が取れて,そこから免れた負担を控除するという考え方です。このような構成に対して,役務提供契約類型であれば,役務提供した部分について報酬請求が認められて,将来部分については義務違反であれ,解除であれ,損害という形で構成していくということが考えられないか。   その理由ですけれども,約定報酬が当然にできるとしたときのその後の解決が硬直的になるのではないかというところが基本にあります。むしろ,損害賠償で構成したほうが損害の範囲の問題,場合によっては相手方請負人若しくは役務提供者側にも問題があったときには過失相殺的な処理ができたりして,妥当な解決を図れる場合が多いのではないか。また,債務不履行があって解除した場合,請負でいうなら注文者側に債務不履行があって請負人が法定解除をした場合,そのときに請負人は約定報酬が請求できるというよりは,実際には損害論としていかなる損害賠償請求ができるかということが議論になるのではないか。それとの平仄から考えても,考え方の整理としては出来高報酬プラス損害で,損害認定を適切にやることによって解決するのが好ましいのではないか。こういう問題提起をさせていただいています。これが1点目。   2点目は,請負でいうなら注文者側に生じた事由,委任でいうならば委任者側に生じた事由,つまり,義務違反ではないけれども,いわゆる役務を受ける側,便益を受ける側の危険領域で生じた理由というのでしょうか,そこで履行が不可能になった場合,その部分について役務を提供した割合で報酬請求できるという規律,これは従来にはなかった規律ではないかと思われますが,ここを入れることの当否について,なお,疑問を持っております。一覧表の中では,いずれも星印みたいなのを付けておりますけれども,なお,慎重に検討する必要があるのではないか。   それから,雇用との関係を述べておきますと,他のところでは部会資料に従って注文者側,委任者側にしても義務違反という言葉を使っておりますけれども,この義務違反は弁護士会としては,従来の帰責事由と同じものをより的確な表現として使われているのだろうと理解をしております。そのどちらの言葉を使うかはともかくとして,その義務違反とは違う言葉として帰責事由という言葉を雇用の場面では使っております。表でも従来どおりの帰責事由という言葉にしています。   この使用者側の帰責事由で将来部分の,未履行部分の労務の提供ができなかった,それは使用者側が受領拒絶したからですけれども,その部分については使用者側に帰責事由があれば報酬請求ができる。ですから,この限りで私の説明は一貫していなくて,他では損害だと言っているのですけれども,ここは報酬という形で認めていくべきであろうと。では,ここはどう説明するのかというと,従来どおりの536条2項型で約定の報酬請求ができると,かつ,帰責事由という言葉をあえて使っているのは,他の義務違反とは異なってこれまでの判例で形成されてきた,使用者側の危険領域的な事情で生じた部分も含めて,異なった範囲のことを表現するものとして,帰責事由という言葉を使っています。   現実にはそれを超えて,更に労働基準法26条に基づく帰責事由の場面があるのだろうと思います。その場面はいわゆる民法上の債権者,つまり,使用者に帰責事由はないけれども,労基法上,保護の対象範囲は広がって,その部分については労基法に基づく報酬請求権がある。そのような切り分けになっているのではないかという理解をしております。そういう理解としての整理だけさせていただいて,皆さんの意見を聞かせていただければと思います。 ○中田分科会長 ありがとうございました。御確認だけなんですけれども,今のこの表とおっしゃいましたのは,中井メモと書いていらっしゃるものなのか,それとも,一覧表になっているものなのか,どちらを指していらっしゃいますか。 ○中井委員 中井メモが正式版で,それを簡略に見るために表を作りましたので,私は,表を見ながら説明しましたけれども,中井メモの言葉として検討いただくほうが正確だと思います。 ○中田分科会長 分かりました。では,この先の議論は中井メモのほうをベースにするということでよろしゅうございますか。   ただいまの整理,御意見についてでも結構ですし,あるいはそれ以外でも結構ですが,いかがでしょうか。 ○山川幹事 ただいまの中井委員の御説明で,私の一応,専門としております雇用の関係では,従来の前回部会で発言しましたような規律内容を維持するということで,これには共感しております。多分,これまでの事務当局の御説明と違うのは,先ほどおっしゃられましたように請負について,従来の判例ですと比較的536条2項で,つまり,注文者に帰責事由ないし義務違反があるときは報酬請求権が認められるという整理が多かったと思いますが,それを損害賠償と整理されてみてはというお話で,この点が多分,違うのではなかろうかと思います。   私は請負についてあれこれ言う立場ではありませんので,皆様方の御意見をお聞きしたいと思いますけれども,このように二つの契約によって性格がかなり違うということになりますと,前回も議論になりました役務提供契約の取扱いが一層,ある意味では重要な問題になってくると思います。中井委員のメモでも5ページ,雇用に関してですけれども,2の(1)の矢印があります三番目のところに,請負又は役務提供における労務サービス型の場合,雇用契約の準則が類推されるが,これを明示できるかとあります。この点が特に重要になってくるのではないかと思っております。これは役務提供契約に限らず,準委任契約という類型を整序し直す場合でも同じことが起きるかもしれないということで,この辺りが実現できることが,雇用・労働の立場からは非常に重要なことではないかと思っております。   あと,1点だけ補足でごく細かなことですけれども,先ほどお話のあった労基法26条の点でありますけれども,いわゆる同じ意味での帰責事由という言葉でも,内容が違うというのはおっしゃるとおりでありまして,こちらは表のほうについてなんですが,表のほうで雇用の場合とあります。下限が将来約定報酬の60%ということで書かれておりますけれども,ごく技術的なことで申しますと,60%は最低払えというのは将来約定報酬額というよりも,過去の3か月の平均という労基法12条の平均賃金が下限になるということですが,これは御指摘のように考慮しなければならないことであろうかと思います。もし,条文化するときに,労基法12条の平均賃金の6割ということをどのように条文化するかというテクニカルな問題はあろうかと思いますけれども,もし雇用について特に取り出すとしたら,この点は認識が必要であるという点がもう1点,ちょっと細かい点です。 ○中井委員 今,最後に山川幹事がおっしゃられたことは,私のメモの5ページ目では触れていない部分です。といいますのは,本来的に使用者に帰責事由がある場合については,労務を提供していない部分についても報酬として請求ができるという原則,それを明らかにすれば,あとは労基法の適用を受けて下限はおのずと定まる,つまり,ほかで50%を稼いでも,その50%分は控除できませんと。ですから,民法の規律としては中井メモで足りるのではないか。参考で付けた表は,民法以外にも労基法上の60%が請求できる部分があることを明示して,作らせていただいたという趣旨です。   さらに雇用のところでは帰責事由という言葉を使いましたけれども,前回の部会で山川幹事若しくは山本敬三幹事から,使用者が労務の提供を拒絶したことに正当な理由がない場合等,この帰責事由という言葉を更に具体的に書き下すという考え方は十分あり得るのではないかと弁護士会でも思っております。そうだとすると,帰責事由という言葉をここで使わなくなりますので,他の部分の義務違反と書いているところを従来のまま帰責事由としたらいいのではないかという弁護士会意見が強く出ていたことも御紹介いたします。 ○中田分科会長 労働界のほうの御意見がもしございましたら。 ○安永委員 部会のほうで同じことを何回も発言しておりますので,今日はそれを踏まえた議論をどちらかというと聞かせていただきたいという立場でまいりました。今,山川先生から御発言のあった考え方と,大体,同調いたしますし,特に雇用以外の労働関係法で守られないような雇用類似の労働者をどのように守っていくのかという観点で,本日の議論を聞かせていただきたいと思います。 ○中田分科会長 中井委員の御提案は,雇用については報酬として,それ以外は損害とするというのは,恐らく雇用については報酬とすることが非常に重要であるという御意見を踏まえてのことだと思うんですが,それを理論的にどう説明するのか,それから,実際上,今,安永委員から出てきました雇用類似の場合に,一体,どちらに切り分けるのか,こんな問題があるのかもしれませんが,その辺りはいかがでしょうか。 ○中井委員 この案については弁護士会の検討が済んでいるわけではありません。536条2項については,他の類型でも維持すべきだという意見が結構出ております。取り分け請負のところでは判例もあるわけで,その判例によれば基本的には約定の報酬が請求できるとしています。ただ,その判例解説を見ましても,また,幾つか下級審の中でも,信義則に基づく制限が相当程度されて,約定報酬どおりの請求が必ずしも認められていない,その背景を考えないといけないのではないかと思っています。   ただ,請負については部会のときでも内田委員から御指摘を受けましたけれども,請負人側には完成させる義務があるわけですから,それを注文者側の義務違反で不能にさせた場合に,約定報酬を請求できるということは理解できなくはないんです。しかし,私の危惧するところは,そこの論理が他の部分にも結構広く貫徹されているところに対する危惧に基づいているものですから,つまり,委任や役務提供契約の場面で提供者側の利益を目的としている,若しくは中途解約を禁止した期間の定めがある,そのような役務提供契約型であっても,義務違反若しくは解除で終了させたときに,約定どおりの報酬請求ができるとなると,それはかなり過大な場面があるのではないか。   実務的には得られたはずの利益について請求できるとしても,それは限定されるのではないか。この点は消費者関係の弁護士からも事業者を役務提供者側とする,そして,消費者を役務受領者側とする契約類型において懸念が表明されているものですから,その意見に答えたということではあります。ただ,理論的に確かに雇用契約は報酬だといって,ほかのところは損害だということの説明をどう貫徹すればいいのかとは思っております。むしろ,逆にお尋ねしたいのは,基本的には536条2項的発想で全て労務を提供していない,サービスを提供していない部分についても報酬として請求できるというのは一致した意見なんでしょうか。 ○内田委員 請負という言葉がいいかどうか分かりませんが,成果完成型という仕事を完成しなければ報酬が取れないという契約の類型では,役務提供一般についてそういうタイプのものはあり得るだろうということですが,言わば仕事を完成することを条件として,初めて報酬がもらえるという契約になっているわけです。注文者の義務違反によって完成が不能になるということは,言わば条件成就を故意に妨げたような場合ですね。そういう場合は成就したものとみなすという一般の法理がありますけれども,同じ発想で仕事が完成したものとして報酬を払わせるというルールが出てくるのは,それほど民法の中では違和感のないことではないかと思います。   ただ,仕事はその後,不要になるわけですから,仕事の完成ができなくなったので,自分の労務をほかの目的に充てることができるわけで,そこは損害軽減義務も働いて,そこから得られた利益あるいは得られるであろうと合理的に期待される利益は,当然,控除されるということですので減額される。その結果として,中井先生が出来高報酬プラス損害と言われていることと額は恐らく一致すると思います。あとは説明の仕方の問題だろうと思います。 ○中井委員 想定される場面での結論としての額は,理論的には同じにならないとおかしいと思っていまして,約定報酬プラス損害でも全体の約定報酬から免れた必要コストを控除したものとは同じになるはずだろうと。アプローチが違うわけです。それが1点です。   それから,内田委員から仲介のことをおっしゃられたんですけれども,義務違反があるだけではなくて,仲介の場合,満額報酬を請求できるのは,その後,仲介者を排除して,直接,契約を締結したような場面ではないかと思うんです。そのときには約定どおりの報酬ができる,従来の判例では130条の条件成就を妨害した場面として全額請求できる。でも,義務違反の場面で,その後,契約が成立するとは限らない,契約が成立しないことだってあるはずなのに,そういうときにも約定報酬が請求できることになるのではないか。 ○内田委員 念頭に置いていたのは別に仲介の事例ではなくて,条件成就の一般規定の130条の問題ですけれども,自分で仕事を完成させる能力のある請負人が仕事を完成させようとしていて,したがって,条件を成就することができたにもかかわらず,注文者の義務違反によってそれが不能になったという場合ですから,故意に条件成就を妨げたというのとほぼ等しい扱いを受けても不整合はないのではないか,そういう理解です。 ○高須幹事 今,中井先生もおっしゃったように最終的には同じ額になるはずだ,出来高報酬プラス損害という構成と,元々の本来の報酬債権から免れた費用等を引いた場合が同じようになるはずだと。そのはずなんですが,実際の裁判の場合の立証責任を考えたときに,必ずしもそうとも限らない。なるほど,従来の請負の場合の仕事の完成が注文者の責めに帰すべき事由によって不能となったような場合というのは,結局,請負契約が成立して,それが不能になって,それは注文者の責めに帰すべき事由ですよということで恐らく代金請求ができてしまうと。つまり,代金請求させるという法理ですから,その上で,不当利得的な発想で被告の抗弁として,それにはそれなりの経費が浮いたではないですかということを相手方が主張立証することによって,初めて減額されるという構造をとる。   ただ,実際の裁判では請負の場合に代金が全部利益だとは思っていないわけですから,例えば裁判でも利益率がどれぐらいなんですかみたいな話が実際には出てきて,本来的な意味での報酬額ではなく,利益,もうけの部分が幾らぐらいかで,結果的にはその分を取らせるみたいな処理をしていると。多分,そのことを反映させようとすると,今,検討している代金債権はまず取れるんですよ,そこから経費は相手方が立証して初めて引くんですよという扱いだと,それは多分現実的ではない。   なぜなら,相手方が持っている経費率なんていうのは注文者には分からないわけですから,だから,そういう意味では実際の裁判の在り方を考えると,中井先生が今回,メモで書かれたような出来高プラス損害,損害の場合には損害の立証という形で展開していくわけですから,現実性があるように弁護士としては見えるところがあって,理論的では余りないのかもしれないけれども,裁判での実際の主張立証の在り方みたいなものには,マッチするような気がするんです。   一方,雇用においては給料を払ってもらえませんよという話は,給料のうちの何割が経費だろうという発想では普通,雇用はないわけですから,給料は給料で全額を本来,手にすべきものだという発想なので,たまたま,別なところで働いたら,そこの分は一定の割合で引きますよという例外的事情があるかないかの立証になるという意味では,どうも問題状況は違うような気がして,今回,おまとめいただいた出来高報酬プラス損害説というのが,実際の裁判の在り方には合うような気がしておりまして,そういう意味で,実際にこういうことで訴訟する場合の在り方というか,展開の仕方というか,もうちょっと言ってしまえば,要件事実的な発想とどこまで一致するかということと考えていくということがあってもいいのではないか。その意味では,中井先生の案も一つの合理性を持っているように思います。 ○中田分科会長 中井委員の出来高プラス損害方式ですと,全く役務を提供していないという場合については,全部が損害になるということでよろしいんでしょうか。 ○中井委員 そうなります。 ○中田分科会長 ありがとうございます。 ○中井委員 そういう場面で満額報酬というのは非常に違和感があるんですね,満額からスタートする。全く役務を提供していないところであっても,同じ理屈になるように思うのですが。 ○坂庭関係官 意見と申しますか,質問と申し上げたほうがいいかもしれませんが,発言させていただきます。御提案されている規定を並べて見てみますと,同じことを言っているような,言っていないような少し分からないところがございます。例えば履行が不能になったということの意味なのですが,雇用契約においては,例えば,今日一日,働いてもらうつもりだったけれども,工場が操業できずに,一日,働きそびれてしまったという場合,恐らくこれは履行不能になったと見るのだろうと思うのですけれども,役務提供型の契約で,例えば私が今晩英会話のレッスンを予約していたけれども,部会が延長したのでキャンセルしましたと。でも,明日であれば英会話のレッスンを受けられますというときに,これは英会話のレッスンの提供は不能になっているのか,それとも,遅れたけれども,明日であればまだ私は受領できるのだから不能になっていないと言えるのかどうか。もし,明日であっても私は受領できるのだから不能にならないということになりますと,雇用にも響いてしまうような気がしまして,今日は工場が閉鎖していたけれども,明日から思う存分働いてくださいといえば済むのかという点が気になりました。   それとの関係でもう一つ,「受皿規定」のウの部分,受領者の義務違反によって役務提供が不能になった場合に提供者が請求できる額についての提案ですが,①として,当該契約から取得できると合理的に期待される報酬額と書かれていまして,これは,任意解除権を行使したときの損害賠償の額は事例によって違うので,それを踏まえないといけないという御趣旨であろうと理解しておりましたが,任意解除権が行使された場合の損害賠償額についての規律が不明確であるように感じました。補足説明を読みますと,期限の定めがない場合と有期の場合を分けて,有期の場合は,約定報酬から免れた利益を請求できることにしようという御提案がされ,期限の定めがない場合は将来の報酬は期待できるものではないというので,請求することができないという御提案をされているのだろうと理解できますが,本文からはそのことが明確でないように思います。また,このような考え方を期間の定めのない雇用にも及ぼしてよいのかであるとか,そもそも将来の役務の提供が不能になる場合としてどのような事例が想定されているのかであるとか,整理が必要な点があるように思います。 ○中田分科会長 では,今の御指摘を踏まえて御検討いただくということにいたします。 ○中井委員 違う論点ですが,先ほども申し上げましたけれども,注文者側に生じた事由,受領者側に生じた事由について,この一連の流れの中で,請負のときであれば例えば機械を注文者側の工場で作っていて,注文者側の工場が火災になった等の理由で機械が滅失して,それ以上の工事ができなくなった。危険負担的に考えて,そこまでの仕事のコストぐらいは,その報酬を払ってはどうかというのが出発点にある,その考え方は分からないでもない。   従来は報酬請求できなかったと思うんですが,それに対して役務提供契約等でも同じ言い回しになっています。役務提供契約における役務受領者側の義務違反ではなくて,生じた事由の典型例として,どういう場面を想定しているのか想定し難いんですが,もし,その辺り,御教授いただければと思います。履行割合型であれば全然問題はないですね。成果完成型ですね,ここで問題になって違いが出てくるのは。 ○笹井関係官 想定される典型的なものとして今申し上げられるものは特にありませんけれども,準委任に様々なものが含まれているので,そういったものの中には,成果に対して報酬が支払われるというものがあるのではないか。例えば教育のような役務を提供し,例えば何かの試験に合格するなどの一定の成果が生じた場合には報酬が請求できると,そういう成果完成型の役務提供契約があり得るのだろうと思います。このような契約における「債権者側に生じた事由」としては,例えば,役務受領者が亡くなってしまった場合とか,そういうことがあり得るかもしれません。いずれにしても理論的にはそういった場面があり得るのではないかということです。 ○山川幹事 今の点と若干関連しますが,あと,坂庭関係官の先ほどの御質問との関係で,履行不能の概念ということで,先ほど請負の例で申しましたけれども,役務提供や委任になるとやや雇用に近いものもあろうかなと思います。履行不能になるのは,雇用の場合は労務提供の機会が時間の経過とともに失われてしまって,昨日の分を明日働くというわけにはいかないため,おっしゃられたようなことで履行不能になるという理解だと思いまして,請負の場合はそういうことはないので,仕事の完成はまた別の機会にということがあります。委任とか役務提供だと履行不能という概念は雇用に近いような気もしますけれども,成果完成型となると違いがもしかしたらあるのかもしれないという感じがいたします。   なかなかうまい例が思い浮かばないんですけれども,コンサートなんかの場合は,あるコンサートをやろうと思ったら,主催者側の違いでその日にはコンサートができなくなったというようなことが,非常に何か例が悪いかもしれません,その場合の主催側に生じた事由で中止になった場合は割合的報酬をパフォーマーが請求できるのか,言っているうちに何か変な例だったなと思いますけれども,役務提供契約の場合は,履行割型と成果完成型で不能の概念が違ってくるのかなというのをちらっと思いました。 ○中井委員 役務提供契約という類型が残るかどうかは分からないのですが,それを履行割合型と成果完成型と区別して議論するのがいいのか,原則は履行割合に基づいて報酬請求できると,当事者間が特段の合意をしていればその合意に従う。だから,契約の内容,趣旨による。履行できなかったときは契約の内容,合意の趣旨によって報酬請求できる場合はできる,できない場合は履行割合しかできない。何か,そのような規律で十分ではないかと思うのです。   委任についても前回の議論で,成果完成型という性質のある委任契約があるのかと。媒介契約や仲介契約を念頭に置いて,それは一つの類型としてあり得るのかと思ったんですけれども,どうも部会資料の作り方,前回の部会での御説明によると,報酬支払に関する合意として二つの類型,履行割合という報酬支払の合意,成果完成という報酬支払の合意,それを並列に並べているのだとおっしゃられた。そうだとすると,そういう並列的な整理が必要なのか。議論を混乱させるだけではないか。委任でも原則は仕事の割合,事務の準委任なら,準委任の事務の処理の割合に応じて報酬は請求できると。でも,特段,当事者間の合意で何らかの成果がない限り,報酬は支払わないと,弁護士報酬がその例かもしれませんけれども,そういう合意をすれば,その契約の内容,合意の趣旨に従って約束を破ったときに全額報酬請求できるのか,一部にとどまるのか,割合的にいけるのかを決めればいいのではないか。つまり,民法の規定の委任の中にも,成果完成型報酬合意類型をあえて置かなければいけないのか。置いた場合,それとして性格付けられると,この部会資料では義務違反のときは満額請求となるわけですね。性格付けによって満額請求できてしまう。何か,そういう類型化による危険性を感じてしまうのです。   したがって,請負は別ですけれども,それ以外は原則は割合に基づいて報酬請求ができる,当事者間が別途合意すれば合意に従う,義務違反があったり,任意解除したときはその合意の趣旨,契約の趣旨に従って報酬請求できるのか,損害賠償請求できるのか,それは個々に判断して,民法にあえて規定しなければならない,それほど積極的なものなのかという感じがします。とりわけ,典型例は何ですかと聞かれて,典型例として想定できないが,理論的に類型ができるから類型化した規定を置くんだというのであれば,なおさら,そういう感がいたします。 ○山本(敬)幹事 今の御意見を踏まえて,私なりに従来の議論の性格をもう一度,見直してみますと,おっしゃるように,何を原則とするかは別として,契約において,一定の結果ないし成果に当たるものが履行されて初めてそれに対する対価ないし報酬を請求することができるということが契約内容になっている場合は,もちろん,契約内容に従って結果ないし成果が完成したと言えなければ,対価ないし報酬は請求できないということになるだけです。   ただ,このような約定がある,ないしはそのように解釈できるのだけれども,現実に例えばここで出ているような相手方の義務違反だとか,相手方の側に生じた事由だとか,そういった事情があるために結果ないし成果を完成することができない場合に,報酬ないし対価を請求することができるのだろうかということが一般的に問題になるはずである。それについてデフォルトルールというのでしょうか,任意規定に当たるものを形成する必要があり,一定の場合についてはそのようなものを形成できるということで,このような提案が行われているわけです。   その上で,さらに一定のタイプの契約については,当事者が明示的に合意するか,合意しないかに関わりなく,言わば契約の性質に照らして,そのような結果ないし成果が完成して初めて対価ないし報酬を請求できる場合がある。それが定型的に想定されるが故に,各契約類型について,そのようなものを,任意規定を定めるための基礎として想定して定めている。ただ,今回の御提案では,雇用に当たるものについては,定型的にそのようなものは想定できないので,このようなものは規定する必要も理由もない。  何か,そういう形になっていて,中井委員がおっしゃるのは非常によく分かるのですけれども,これまでのところ,定型的に一定の事態が想定される場合に,任意規定に当たるものを用意する必要があるか,あるとして,どこまで任意規定に当たるものを民法に定めるか,ということを前提として議論が展開してきたのではないかと思います。ですから,おっしゃっているのは,定型的な想定をどこまですることができるのか,よく分からないという問題提起をされているのではないかと理解しました。 ○中田分科会長 中井委員のほうからございますでしょうか。よろしいでしょうか。 ○岡関係官 ちょっと愚問かもしれませんけれども,発言させていただきます。前回の部会で,雇用の部分ですけれども,労基法とのすみ分けがあるので,「債権者の責めに帰すべき事由」という言葉を残すことには,強く反対するという御意見があったかと思います。今回の民法の見直しでは過失責任主義を排除するということで,全体的には「責めに帰すべき事由」という文言を消す方向にあるとは思うんですけれども,もし請負ですとか委任ですとか,ほかの類型のところが全て「債権者の義務違反」という言葉に代わったとして,雇用の場合だけは,これまでの経緯もあるということで,仮に「責めに帰すべき事由」という言葉が残った場合に,現在ですと,労基法と違って民法の536条2項というのは過失責任ということになるんですけれども,もし雇用の部分だけ「責めに帰すべき事由」という文言が残った場合に,その解釈が労基法のほうに引き寄せられるというと語弊があるかもしれませんけれども,今後,変わってくる可能性というのがあるのかどうかということを疑問に思ったのですけれども,いかがでしょうか。 ○中田分科会長 これはどなたにお答えいただくのが。 ○岡関係官 もちろん,先ほどもお話がありましたけれども,前回の部会で山川先生が御提案したような別の言葉にうまく代われば,それはそれでいいと思うんですけれども,ただ,一方で,どうしても「責めに帰すべき事由」という言葉を残してほしいという意見が経済界もありましたし,あと,安永委員からもありました。うまく言葉がまとまらなかった場合にどうなるかということを考えたときに,仮に「責めに帰すべき事由」という言葉を残した場合に,今までと同じ解釈だけれども,それはそれでいいんだと考えるのか,あるいは雇用の部分だけ残ったので,そうすると,解釈というのも変わっていくのかというのを考えたものですから,御質問させていただきました。 ○中田分科会長 お答えいただければと思いますが,もし難しければ今の御指摘を踏まえて,更に検討していただくということでよろしいでしょうか。雇用にだけほかと違った規律を置くということが果たして技術的に可能かどうかというのは,今,おっしゃったようないろいろな問題があるかもしれません。更に御検討いただくということでお願いいたします。   ほかにないようでしたら,先に進みたいと思いますけれども,よろしいでしょうか。 ○山本(敬)幹事 一言,よろしいでしょうか。分科会で課題を挙げてどうするということはあるのですが,受任者の「義務違反」という文言については,いろいろ考えた末,これ以外になかなか適切な案が考えられないということで,現在のところ,これが残っているのだろうと思います。もう一方の,委任の場合ですと委任者側に生じた事由については,ほかに表現のしようがないということで,現時点ではこうされているのかもしれませんが,その文言ないし表現の当否については,括弧に入れられたままきているのではないかと思います。この点については,どうすればよいでしょうかということを指摘しておく必要があるのではないかと思います。   これは,多少,表現の問題を超える意味を持っているように思います。といいますのは,雇用以外のところでは,成果完成型と区別するかどうかという難しい問題がありますけれども,一応,義務違反の場合の効果と相手側に生じた事由による場合の効果を区別することが行われています。とすると,雇用の場合に義務違反という表現を採らなければよく分からなくなるので,仕方がないかというところが多少,あることはあるのですが,雇用についても学説上の争いがあるところですけれども,使用側に生じた事由とは少し異なるものが想定されていると解釈される可能性が出てこないかということが気にかかります。つまり,領域説に当たる主張が少なくともこの民法の解釈論として採りにくくなる方向に働かないかと思います。それでよいのだという立場からは歓迎されることだろうと思いますが,どのような文言にするかよって,そのような帰結が更に出てきやすくなるかもしれないところがありますので,慎重に考える必要があると思います。   民法としては,一般的に言うのであれば,表現はともかくとして,ある人の領域内に生じた事柄については,一定の範囲でその帰結を負担すべきであるという物の考え方を恐らく初めて明確に定めるという意味を持ってくるだろうと思います。その意味でも,それに見合った表現をきちんと採用するのがよいと思います。何々側に生じた事由というのでそれが表現されているような気もしますけれども,もう少し詰めないといけない。詰めるべき場が本来はここなのにという矛盾を抱えながらの発言で申し訳ありません。 ○中井委員 委任者側に生じた事由の部分について,山本敬三幹事から御指摘があったんですけれども,委任の場合でも役務提供の場合でも寄託の場合でも,履行割合型の場合は常に委任者側に生じた事由であろうとなかろうと,履行割合部分の報酬請求はできるはずです。だから,その概念区分は必要ない。では,どこで必要になるかというと,委任と役務提供で,寄託の場合に成果完成型は考えられませんから必要がない。部会資料で意味があるとすれば,委任と役務提供契約に成果完成型という類型を取り込んで,しかも不可分な場合,若しくは可分だけれども,可分な部分に利益がない,その限定された場面で本来だったら何らの割合的請求もできない,成果が完成していないから報酬請求権はゼロになる,しかし,委任者側に生じた事由の場面に限って成果はないけれども,割合的に報酬を認めようというものでしょう。   これは,今までになかった考え方をここに取り入れることについて,ほとんど議論されていません。果たして先ほどから委任や役務提供契約の成果完成型なるものにどういうものがあって,具体的にどういう場面が想定されて,だから,利益がなくても,成果が完成していなくても,行った部分に対しては割合的報酬を与えましょうという,そういう価値判断が出てくるのか,かならずしもよく分かりません。   繰り返しになりますけれども,請負について考えれば,機械を作っているのが注文者側の工場で,何らかの理由で生じた事由,帰責事由はないし,義務違反はない,しかし,機械が燃えてしまって履行できなくなったときに,それまで掛けた請負人側の工事の作業代を報酬相当額として,危険負担の一つの法理として認めてあげていいのか。ここはまだ分かるのですが,分かるといっても,ここも本当に必要なのか,従来はそのときは完成していないから報酬請求権はできなかったはずだろうと思うのです。かつ,注文主側に義務違反もないから損害賠償請求もできない。そこで,公平の観念で入れるということなのか,それなら積極的に公平の観念で入れるということを宣言しないと,非常に分かりにくいまま,導入されることについて危惧を覚えております。 ○山本(敬)幹事 今,おっしゃっている問題は,請負という契約類型を限定的に考えるのか,広げて考えてよいものとして位置付けるかによって,大きく違ってくるだろうと思います。例えば,ビルの掃除をしてもらうというような契約,あるいはよくある例では講演や連続講義をしてもらう契約,あるいは設計契約や開発契約に当たるものは,もちろん契約によって違ってくる可能性がありますけれども,かなり明確に一定の結果ないし成果が想定されるわけです。このような場合も請負だと定義してしまえば請負契約類型に入ってくるわけですけれども,これは,請負をどう定義し直すか,あるいはし直さないかということとも関わってくるのですが,従来の準委任と請負の間に位置するような問題類型を広く捉えるために,役務提供契約というものを想定するならば,この種のものは,請負ではないかもしれないけれども,役務提供型のうちの成果完成型として位置付けられるというのが,これまで出されている提案の趣旨ではないかと思います。ですから,中井委員の御意見によりますと,恐らく請負に当たるものを従来よりも広く取らないと,問題が生じるかもしれないと思います。 ○中田分科会長 契約の分類の問題と,それから,役務受領者側に生じた事由というのをどのように表すのかというのと,二種類の問題が交錯して出ているかと思います。後者については領域という言葉を使って大丈夫かどうか,特に領域説との関係というのが出てくるでしょうから,更に慎重な検討をしていただくことになろうかと思います。大体,問題点の御指摘を頂いたということでよろしいでしょうか。   では,あと残り二つありますのでお願いします。一旦,部会資料43に戻っていただきます。「第3 売買-売買の効力(前記第2以外)」「4 その他の新規規定」「(2)危険の移転時期と危険移転の効果の明文化等」について検討したいと思います。説明をお願いします。 ○新井関係官 それでは,説明いたします。この論点は部会資料43の58ページ以降に掲載がございます。第53回会議におきまして審議がされまして,規定の具体的な在り方などについて分科会で補充的に検討することとなったものです。   部会での審議の状況でございますが,まず,アにつきまして,規定を設けることについては異論がなかったと思います。   イの第1パラグラフにつきましてもおおむね異論はありませんでしたが,不動産につきましては危険の移転時期の候補として登記と引渡しが二つ観念できて,いずれか早いほうとするという考え方もあり得るといった御指摘がございました。また,イの第2パラグラフで示しております,いわゆる受領遅滞による危険の移転につきましては,まだ細部については詰めるべき点があるといった御指摘を頂いておりますし,また,規定の置き場所につきましても,債権総則的な受領遅滞のパートに規定を置くほうが適切ではないかといった御指摘を頂いております。   ウにつきましては,無効取消や解除の場合との整合性に留意するとともに,解除するか否かにつき買主の選択権を認めることは投機的な行動を誘発するのではないかといった御指摘がございました。また,ウについての弁護士会からの御意見の御紹介として,その実質的な内容については異論はないものの,やや細かい事項であって規定を設ける必要まではないのではないか,といった御指摘を頂いております。 ○中田分科会長 違う話題になって頭を切り替えるのが大変なんですが,アについては危険の移転時期についての規定を置くのか,置く場合には目的物の瑕疵による滅失などの場合には例外規定を設けるのか,規定の位置は売買の部分でよいかと,こういった問題がありますけれども,部会ではアについては特に異論はなかったと思います。ただ,ここでいう危険というのは,従来,危険負担で言われている危険の概念よりも,もう少し広い意味であるということに注意すべきであるという御指摘がありました。   イについてはただいま御紹介がありましたように,不動産の場合には引渡しでなくて登記を基準とするべきではないかという御意見,受領遅滞との関係では,ここで規定するよりも受領遅滞後の不能として規定したほうがいいのではないかという御意見,それから,売主の保存義務との関係,制限種類物の場合の規律を置くほうがよいという意見などがありました。   ウについては,ここまで細かい規定は要らないのではないかといった御意見その他,これに伴う問題はないだろうかという指摘もあったところです。   これらにつきまして,特に規定の具体的な在り方について御意見を頂ければと思います。ア,イ,ウと区別しませんので,どこからでも結構でございます。  新井関係官のほうから何か御質問はありますか。 ○新井関係官 危険の移転時期として具体的に何を書くかということが一つ問題になっています。これは本文のイに当たる部分ですが,引渡し時というのを一つ第1パラグラフでは挙げております。恐らく商人間の売買,ないし動産の売買などでは,引渡し時ということでおおむね問題ないのではないかと思います。他方で,不動産その他の登記・登録が問題になるような目的物についての危険の移転時期,これがどうなのか,ということが論点になっていたかと思っております。部会資料の中でも言及していますが,私は,不動産についても,基本的には引渡し時がということで実務は動いているのではないかと思っています。   というのは,以前,危険負担の議論に関連して,山野目幹事から不動産売買の実態調査の資料を頂いております。タイトルが「不動産売買契約の標準契約書式のあり方に関する報告と提言」でございまして,これについては部会第38回会議のホームページにもアップされております。これなどを見ても,不動産,特に建物の売買でも,危険移転時期を登記とするいうのも散見はされるのですが,多くの場合は引渡し時を基準にしているといった実態調査の結果が記載されております。この調査自体は1995年でやや古いのですが,現時点でもそれほど実態が変わっているとも思えないので,一つの考え方としては,引渡し時のみを規定としては置いておいて,あとは登記のほうがふさわしいというような事案であれば,基本的には契約書のアレンジメントに委ねるということがあり得ます。危険の移転時期に関する規定自体は任意規定ということになると思いますので,そういった形の規定の置き方もあり得るのではないかと思っております。いかがでしょうか。 ○中田分科会長 登記を基準にすべきだという確か中井委員の御発言がございまして,それに対して潮見幹事からは違う御意見もあったところでございます。ただいまの新井関係官の御説明は,条文としては引渡しを基準にしておいて,登記については特約に委ねると,そういう御提案ですけれども,中井委員は条文としても不動産について,あるいは登記登録を要するものについては,任意規定としても,登記登録を基準にしたほうがよいということでしょうか。 ○中井委員 代金の支払期限のところは,特段,変わらなかったのでしょうか。2の(1)ですけれども,登記の移転に期限があるときは代金の支払についても同一の期限を付したものと推定する。そうすると,登記の移転と代金の支払は原則一致する。通常,引渡しも一緒で,原則が引渡しであることについて全く異論がありません。引渡しのときに同時に登記も移転することが一般に行われていることも事実だと思います。実質的支配の点から他と平仄を合わせる意味で,引渡しを基準とするという考え方はよく理解できるところです。ただ,先行して登記をしたときの当事者の意思というのはどうでしょうか,そのときに登記を受けたほうは,登記を渡したほうがリスクをなお引き受けていると思っているというのが,当事者の意思に合致しているのかいささか疑問に思うのです。   だとすれば,引渡しを基準として書いても,登記が先行する場面では,普通の当事者なら,そこに特約を入れるから,特約でカバーできると言われれば,そうかもしれませんが,特約がないときになお引渡しがされていない限り,危険は移転していませんという説明でいいのか。そこになお若干疑問を持つのです。ただ,多くの場合は移転登記をしたときに,そのまま従来の売主が占有しても,一旦,買主に占有は移りました,しかし,明渡し猶予という形で,売主が従前と外形的には変わらないけれども,使い続けている。だから,間接占有は移っているとすれば引渡しを基準にしても,登記が先行している場合でも実質当事者はそういう形で占有移転をしているということで,登記時点で危険は移転していると考えられるかなとも思います。 ○中田分科会長 実際にある事案としては,今,おっしゃったような登記を移転するけれども,明渡しは猶予するというパターンが多いんでしょうか。そのほか担保的な場合はあるんでしょうけれども,担保の話を別にすると,登記だけをして明渡しを猶予する,そうだとすると,その時点で一旦,引渡しはあったと構成できるというお話でしたが,そうであれば,引渡しを基準としても問題ないのではないかということになるでしょうか。 ○中井委員 問題ないとなるんです。そう考えれば。だから,引渡しを基準としても問題はないという考え方ができないかということを話しながら,登記の移転のときに引渡しもあったという確認を自分の中でしたということなのかもしれません。 ○中田分科会長 もし,引渡しよりも登記が先行して,その時点では引渡しを認めることはできない,しかし,危険が移転しているという場面が実際にどのぐらいあるのかどうかということでしょうか。 ○内田委員 そういう場面というのは,通常は引渡しを認定できる,占有の移転は認定できると思いますので,それができない場合というのは明示的に引渡しはいつと別途定めているような場合ですよね。当事者は引渡しを後にして登記を先行させ,代金もそのときに払うのかもしれませんが,そういうアブノーマルな形で契約をしたという場合は,その契約から危険移転についての意思を解釈で導く必要があるのではないでしょうか。登記を基準にするとかというようなルールによって処理するというよりは,引渡しを基準にするというルールを置いておいた上で,通常と違った形で契約がなされている場合には,危険移転について明示的に定めていなくても,あえてこの契約をした当事者の趣旨はどうであったかということから,危険移転についての意思を認定をして,契約を解釈をして処理をすると。それが通常の処理であるとすれば,引渡し基準でデフォルトルールにするということに問題はないようには思います。 ○中田分科会長 更に詰めていただきますが,取りあえずは登記を基準とすべき場合があるのかどうか,あるとしても非常にまれな場合で,そこは特約の認定に委ねられるのだとすると,今のところは引渡しを任意規定としては基準にするということで,もし,更にそうではないという例が出てきたら,また,何らかの機会に御指摘いただくということでお願いしたいと思います。   ほかに,危険移転の時期あるいは危険移転の効果について,御指摘はありますでしょうか。山本敬三幹事から売主の保存義務との関係について,御指摘があったかと思いますけれども,何か補足がもしありましたら。 ○山本(敬)幹事 部会のときには,売主の保存義務というよりは,受領遅滞による危険移転との関係で問題提起をしたのではないかと記憶しています。具体的には,引渡しによって「危険」が移転するというのが基本ルールであるけれども,引き渡したとは言えないが,受領遅滞に当たる場合も,別の理由および要件に従って危険が移転するということについては,恐らく余り異論はないのではないかと思います。  ただ,部会資料には少し挙がっていたかもしれませんが,受領遅滞による危険移転を認めると,目的物を提供したけれども,受領には至らなかった。その後,売主側が目的物を保存することになりますけれども,受領遅滞の効果として売主側の保存義務に当たるものが軽減されますので,それを守って保存していれば余り問題はないわけですが,その後,売主側がこの軽減された注意義務すら果たさずに保存していたために目的物が滅失したような場合にまで,「危険」が移転したという効果をそのまま認めるべきかというと,それは違うのではないかという問題提起をしたつもりです。   つまり,なぜ受領遅滞によって危険が移転するかというと,売主側が提供までしていれば,買主としては,受領しさえしていれば,何も問題は生じなかったはずなのだから,その後に目的物が滅失ないし損傷した場合は,買主が危険を負担してしかるべきだろう。しかし,目的物が滅失ないし損傷する直接の原因を作ったのが,軽減された注意義務すら尽くさなかった売主だとすると,そのような売主が危険の負担を免れる理由はないのではないかという形で説明できるかもしれないということを申し上げたと思います。   それに対して,中井委員のほうから,それはむしろ保存義務違反であって,損害賠償の問題ではないのですかという質問を受けた記憶がありますけれども,考え方としては,ここでいう「危険」の移転は,従来でいう危険負担ではなくて,買主側が解除を含めた権利行使をすることができるかできないかという問題ですので,このような場合については買主側が解除できるという形で構成されることになるのではないかというお答えをした記憶があります。 ○中田分科会長 ありがとうございます。確かに受領遅滞との関係での御発言でした。恐らく例のタール事件との関係で,ただいまの点と,松岡委員から御指摘のあった制限種類物の場合にどうなるのかということが結構細かい議論がされておりますので,そういうものを参照しながら,更に詰めていただくことかと思います。   ほかにこの点については,特にないようでしたら最後の議題に移りたいと思います。再び部会資料46に戻っていただきます。本日の最後の議題は,「第2 委任」の「2 委任者の義務に関する規定」の「(2)受任者が受けた損害の賠償義務」です。事務当局から説明をお願いいたします。 ○笹井関係官 この論点は部会資料46の63ページに記載されております。これについては部会第57回会議で審議がされまして,部会においては,法律行為の委任を遂行する受任者が委任のプロセスにおいて損害を被る場合としてどのような場合があるのかという問題提起,部会において紹介されたオランダ民法第7編第406条について,委任事務処理に当たって発現したリスクをいずれの当事者が引き受けていたかに着目して規定を設けているという点と,賠償の対象となる損害の範囲の問題,すなわち,委任事務を処理するために生ずれば足りるか,役務に関連した特定の危険に限定するかという点の二つの点で参考になるという意見がございました。   委任者が損害を補填する義務を負う場合を限定するかどうかという点について,有償の場合には受任者がリスクを負うという意見,当事者間に互換性があるような事務であるか,受任者が専門家で互換性がないような事務であるかに着目する見解,委任の趣旨に照らして委任事務遂行の際に生じた損害がいずれのリスクとして負担されるべきかに着目する見解などがございました。   この論点につきましては,民法第650条第3項の適用範囲を限定する必要があるか,限定するとして,どのような基準で限定するかについて具体的な規定の在り方について検討するために,分科会で審議するということとされたものです。先ほど申し上げましたように,受任者の事業の性質から生ずるリスクかどうかに着目する見解や,有償性の有無に着目する見解などがございますので,それらについても参考にした上で,御審議いただきたいと思います。 ○中田分科会長 現在の650条3項につきましては,古くから議論がありました。法典調査会でも原案は「受任者が委任事項を処理するに当たり」であったのが,それでは広すぎるということで大議論がありまして,結果として現在の「処理するため」に改められたという経緯があります。その後の学説でも,この「ため」というのを広く解するか,狭く解するか,対立がありますし,外国でも議論があるようです。   しかしながら,部会ではこの部分,「ため」という部分については現在のままにしておいて,一定の場合に限って650条3項の例外を設けることについての議論がありました。具体的な提案はただいま笹井関係官から御紹介のあったとおりでありますが,いずれにしましても,650条3項が任意規定であるということが前提になっているのではないかと思います。この分科会では650条3項の適用範囲を限定することの当否,仮に限定するとすれば,その根拠あるいは具体的基準などについて御意見を頂ければと思います。   これは,元々,内田委員からオランダ民法406条を参考にされて,営業の性質に含まれるリスクは含まないという御提案があったことから,非常に議論が発展したところですけれども,部会では弁護士が交渉に当たって相手から危害を加えられたらどうかというような話が出ていましたし,法典調査会でも仲介する人が山賊に会ったらどうかとか,そういう話が出ていて,大昔から論じられているところでありますけれども。 ○高須幹事 元々,弁護士会ではそこまでの議論をしてきたわけではなくて,漠然と提案資料について検討だけをしていたので,ここから先は私の私見みたいなものになってしまうんですが,部会での審議を通じて出てきた問題意識というんでしょうか,一定の専門家に頼むというような場合については,委任者が自ら事務を処理していた場合も同じではないかという論法は単純には通用しないだろうと。ここは確かにそのとおりだと思う面がありまして,そのために,むしろ,そういう専門的な職業みたいなのがあり,その専門家が依頼,委任を受けるということがあるのだろうと。そうすると,単純に今のように現行の650条3項のように特に限定を付することなく,当然,あなただって同じ思いをしたかもしれないのだからというだけで補償を求められるというのは,やや広すぎるかなと。そういう意味では,一定の限定を付すという発想があってもいいのかなと思います。   その場合の切り口としてどうするか。ここが結局,難しくなるわけですが,どこかで線を引くというのはなかなか難しいわけですけれども,御提案いただいたようなオランダ民法の規定ぶりみたいなものも,ただ,頂いたものを見ただけの判断で大変恐縮ですけれども,一つの考え方ではないかと思っております。 ○中田分科会長 一定領域を除外するという場合に,それはなぜなのかというところですよね。それで,リスク分担のデフォルト・ルールを定めるというのが一つだと思いますし,部会資料のほうでは因果関係がないからという別の観点で説明しておられました。それは高須幹事の今,前半でおっしゃっていただいたことだと思います。そのほかに委任というのは委任者のために行われるものだからというような説明をすると,その例外はどこに設けるのかと,そんなことになるかと思います。更に遡ると,そもそも委任者がなぜ負担すべきなのかという,そこまで遡ることが出てくるかと思います。もし,例外といいますか,限定の仕方,その当否について何か具体的な御意見を頂ければと思いますが。 ○中井委員 単純に,委任者が常に負担しなければならないというのは,いささか過酷だなと思うのです。従来から,こういう規定があっても,具体的に委任者に請求したことはないから,現実に過酷な場面に遭遇していませんけれども,何か,このままの規定があることについては違和感がありまして,高須幹事がおっしゃったようにどこかで線を引くか,そのときの線の引き方が,専門家的な仕事ということで線を引くのもなかなか難しい。結局,あるのは研究会試案も出ていますけれども,有償か,無償かという,有償という対価の中にリスク分を全部計算で織り込んで見ていると言えるのかどうか。   他方,有償という対価の中にリスクを全部読み込むと,それはそれで,対価が高くなるとか,問題が出てくると思うのですが,その辺りはこの委任契約がどの程度,保険でカバーできるかです。委任者側が保険でカバーすることは基本的にはあり得ない。あるとすれば,受任者が業として行っている限りにおいてはカバーできるものだとすれば,有償である限りにおいては,受任者側でそのリスクを取ってもいいのかと,そうも思うのです。 ○中田分科会長 何らかの場合には制限するというのが昔から今に至るまであって,ただ,従来は,制限するきっかけになるのは,「ため」という部分の操作でしかできなかったわけですけれども,それを具体的な類型を設けて除外することができるかどうか,除外するとすればその根拠は何なのか,遡ると委任者が負担するのはなぜなのかという,そういう問題なんだろうと思います。その上で,今のような議論を踏まえて御検討いただくということでよろしいでしょうか。 ○中井委員 委任事務処理をするとき,「ために」であれ,「際」であれ,「際して」であれ,例えば交通事故なんかでも全部入ってしまうような気がします。だから,受任者側での行動範囲についてのリスクは,行動者側が自らリスク管理をしているのが結構多いのではないか。有償の場面では。無償委任については,この規定は十分理解できるとして,そういう割り切りは割り切り過ぎなのでしょうか。専門家うんぬんでは割り切れないところがあるものですから,割り切るとすれば有償か,無償かという考え方は十分あり得るだろうし,「ために」か,「際して」というので切るのも非常に難しく,かといって,「ために」であれば,そのリスク分は常に委任者に転嫁できるのかというのもどうかと思います。 ○内田委員 有償ということの意味なのですが,たっぷり報酬が払われている場合にはおっしゃるとおりだと思うのですけれども,実費を辛うじて賄える程度の報酬という場合も中にはある。たっぷり報酬が払われるというのは,職業上の専門性に対して払っているという場合が多いと思いますので,単に有償であるかどうかだけではなくて,オランダの場合には営業上あるいは職業上のというような限定をしていますけれども,何らかのそういう限定はあったほうがいいのではないかなという気がします。それにプラスしてオランダの民法には,報酬の中にそのリスクが含まれている場合にはどうこうという特則も入っていますので,それも加えてもいいのかもしれません。 ○中田分科会長 それと,有償か無償かとか,専門家かどうかというのは,どれか一つを選択するのではなくて,そういった要素を取り込むような基準を考えるということになるんでしょうかね。 ○内田委員 営業上引き受けた,あるいは職業上引き受けたという場合には委任者の責任を軽減する。それにプラスして,営業上,職業上でなくても報酬の中にリスクが含まれている場合には,委任者の責任を軽減する,オランダ民法はそういうルールだと思います。日本の場合はどうするか,それも参考にして考えるということかと思います。 ○中井委員 いずれにしても可能であれば,そのような方向での限定があったほうが好ましいのではないかなと思います。 ○中田分科会長 それでは,そういった御意見を踏まえて,更に詰めていただくということでよろしいでしょうか。   少し時間が過ぎてしまって申し訳ございませんけれども,ほかに御意見はございませんでしょうか。ないようでしたら,本日の審議はこの程度にさせていただきます。   最後に,事務当局から連絡事項がありましたらお願いします。 ○筒井幹事 本日は,第2ステージにおける第1分科会の最後の会議でございます。次回会議は予定されておりませんので,特段の連絡事項はございません。ここまでの審議に御協力いただきありがとうございました。 ○中田分科会長 それでは,本日の審議はこれで終了いたします。   本日も熱心な御議論を賜りましてありがとうございました。 -了-