法制審議会刑事法           (自動車運転に係る死傷事犯関係)部会           第3回会議 議事録 第1 日 時  平成24年12月4日(火) 自 午後0時58分                       至 午後3時08分 第2 場 所  東京地方検察庁会議室 第3 議 題  自動車運転による死傷事犯の罰則整備について 第4 議 事 (次のとおり)           議        事 ○西田部会長 おそろいのようですので,多少時間は早いのですが,開始させていただきます。  本日は,お手元の資料のとおり,内閣法制局参事官の藤本幹事が御欠席でございますが,それ以外の方は皆様御出席でございます。  前回の部会におきまして,これは山下委員からだったと思いますが,資料の請求がございまして,事務局で検討するという事項がございましたので,まずその点につきまして事務当局からの御説明をお願いいたします。 ○保坂幹事 配布資料の御説明をさせていただきたいと思います。資料番号は15と16でございます。  資料15は,前回の部会におきまして御説明させていただきました「ドイツにおける病気に関する罰則規定」の条文のお求めがございましたので,資料として該当の箇所にアンダーラインを付しているところでございます。  資料16は,前回までの御議論を踏まえまして,審議の際に検討すべき論点を事務当局において整理したものでございます。この内容につきましては,後ほど御説明させていただきます。  あと,辻委員からの御説明用の資料を印刷したものも配布させていただいています。 ○山下委員 資料15の方ですが,ドイツの規定の関係です。これを拝見いたしますと,刑法第315条cの1項の最後を見ると,「これにより,他の者の身体若しくは生命又は大きな価値のある他人の物を危険にさらした者は」という規定になっています。例えば,これで重大な結果が発生した場合に,これがどのように処断されるのかといったことはどうなっているのでしょうか。この規定は飽くまで,これを「危険にさらした者」ということで規定されているのですが,これで重大な結果が発生したと,正に今回の危険運転致死傷のようなものですけれども,そのような場合に対応する規定とか,その場合についてどのように処断されるのかということについて,どうなっているかを知りたいと思うのですが。 ○保坂幹事 御指摘は,死傷が生じた場合の規定あるいはそれとの罪数関係という趣旨かと思いますが,そちらの方は直ちには用意がございませんので,調査が可能でしたら,調べてみたいと思っているところでございます。 ○山下委員 結構です。 ○西田部会長 では,引き続き事務局で調査をお願いしたいと思います。  本日は,まず第1に,第1回の会議で御要望のありました,意識の喪失を伴う一定の病気ということにつきまして,辻委員から御説明を頂きたいと存じます。よろしくお願いいたします。 ○辻委員 それでは,今日は,てんかん発作のビデオをいろいろ出して,てんかんとはいろいろな症状を出す病気であることを御理解いただきたいと思います。てんかんというのは一つの病気ではなくて,エンティティーとして入っているということを理解していただきたいということになります。それと,前回の資料13の被害者団体からの御意見・御要望の概要の2ページ目に書いてありますような職業運転手には特定の病気の検査を義務付けるべきであるという意見がありましたが,検査ですぐに診断ができない病気がたくさんあるということも御理解ください。さらに,てんかんは診断も難しいし,本人の自覚にも問題があります。さらに,医師から服用を指示された薬を服用しなかった者に対して罰則を与えるべきといった意見もありましたが,医者は患者さんの診察を拒否することはできないけれども,患者さん側は幾らでも医者を替えることができる現状です。特定の医者がその患者さんをずっと診られるかどうかというのは医師と患者の信頼関係等のまた別の問題が生じますので,医療側としては,そういう点でなかなか難しい面がいろいろあるということを今日は理解していただければと思います。  それでは,自動車の運転が困難となる症状を有する病気のことをお話ししたいと思います。これは,道路交通法の103条で,運転免許取消し・停止とすることができる病気というのは,ここに書いてありますように,イ,ロ,ハということになります。これでは全く,どういう病気かは医者でも分からないということになりますので,道路交通法施行令の第33条で定める病気として,これは石井局長からも前回御説明があったかと思いますが,一定の症状を呈する病気等とはということで,運転免許を受けようとする者ごとに自動車等の安全な運転に支障があるかどうかを見極めるということで,いろいろな病気が挙げられております。  例えば,統合失調症,てんかん,認知症,再発性の失神があります。再発性の失神というのは,何度も何度も意識が突然なくなるということで,いろいろな原因で起こります。神経起因性の失神というのは,例で示すと交通事故の悲惨な状態を見たときに失神を起こすようなものです。私と皆さんも同じぐらいの年だから,グループサウンズというのが昔あって,あれで若い子が「キャーッ」とかと言って失神を起こすとか,そういうのは神経起因性の失神となります。更には,心臓の病気による不整脈で,十分に脳に血液が循環しないために起こるものが代表的なものです。起立性低血圧の失神とは,寝た状態から急に起きたら,血圧が30mmHg以上低下し,そうすると,脳への血液循環が悪くなるので,突然意識がなくなるものです。私の専門とします神経内科領域でたくさんこの起立性低血圧を来す病気があります。さらには,無自覚性の低血糖症,そううつ病,睡眠障害,脳卒中,その他の精神疾患で持続性妄想性障害があります。こういう私の専門ではないのでよく分からない病気まで挙がっていますし,認知症はこれから非常に問題になるかと思います。さらに,アルコールとか麻薬等の薬物中毒と,いろいろな病気が挙がっています。  ほとんどの医者は,こういう多くの病気が対象になっているということを理解していない状況です。  それぞれ病気は違いますので,病気の病態を少し御説明したいと思います。  まずてんかんというのは,発作の持続時間はほとんど5分以内です,てんかん発作は意識がなくなったり,けいれんを起こしても,5分以内で発作は収まるという病気です。したがって,発作がないときは全く正常です。脳腫瘍によっててんかんを起こしている場合には,脳腫瘍の病変部位によってその症状を出すことはありますけれども,一般的にてんかんの患者さんは,発作がなければ全く正常です。発作のときだけ日常生活・社会生活が障害されるという状態であり,てんかんの病因としましては,大脳の脳神経細胞が一過性に過剰興奮,いわゆる脳の中に電気の嵐が一過性に起こるという状態です。これはまたてんかんのところで詳しく説明したいと思います。  認知症というのは,脳の機能が低下する状態です。代表的なアルツハイマー病というのは,脳の一部が萎縮することによって記憶とか認知機能が障害されるもので,これは進行性の経過をたどるものです。一部,良くなる認知症がありますので,それとの鑑別が必要になってくる。  精神病は,統合失調症,そううつ病,そう病,うつ病も含めて,入ってきます。  失神は,先ほど言いましたように,脳への血液の流れが悪くなることによって脳が虚血状態となり,そのために一過性の意識障害を来すというものです。  無自覚性の低血糖症というのは,患者さんは自覚していないのに,血糖が,私たちが正常というのは60~100mg/dlぐらい,120以上あったら糖尿病になりますけれども,それが30とか20とかになったら,それだけで脳はブドウ糖の代謝ができなくなってくるので,意識がなくなってしまうということです。  それと,問題になるのは,睡眠障害です。ナルコレプシーというものがあります。病気でない人でも,このような会議中で面白くないと居眠りをします。しかしながら,ナルコレプシーの患者さんでは,例えば銀行員の方が窓口でお金を数えているときでも突然眠ってしまうとかいう状態になります。ナルコレプシーは病気でありますが,それは怠惰だ,怠けていると誤解されるような病気です。睡眠障害には,ナルコレプシー,睡眠時無呼吸症候群,前回高橋先生もお話しになったものが入ってまいります。  それで,自動車の運転が困難となる症状を呈する病気の者が意識消失等を生じる発症機序は何かというのが非常に問題になるわけです。まず,自動車運転が困難に陥る状態として,意識消失というのは皆様よく御存じのことでありますし,睡眠もそうです。突然眠ってしまう,車の運転中でも眠ってしまうということになります。これは,脳の機能が一過性に低下するという病態になります。  次に,けいれんです。てんかんには,意識がなくならないで,けいれんだけを呈するものもあります。それは,大脳の運動に関係するところ(運動野)だけが過剰(異常)興奮すると,意識は保たれているのに,けいれんが起こるために運転ができなくなります。  さらに,認知機能や判断力が落ちる病気は,認知症が代表的で,精神病やアルコール・薬物中毒,脳卒中の後遺症でもこういう状態になってきます。  さらには,動作・行動の障害として,てんかんやアルコール・薬物中毒等が関与してくるということになります。  自動車の運転が困難となる症状に対して,患者さん自身が認識しているかどうかというのが非常に問題になってくると思います。運用基準で挙げられている病気では,認識できない病気が大部分だと思います。というのは,まず発作性疾患がありますから,突然症状が出るから,いつ起こるか患者さんには分かりません。要するに,てんかんとか失神とか睡眠発作とか低血糖発作というのは,いつ起こるか分からない病気です。いつ起こるかが分かれば,医者は簡単で,起こる前に治療してあげれば,そういう症状を出さないで済むわけです。しかしながら,それは患者さんにも医師にも分からないということです。だから,患者さんも当然認識できないということになります。  一定の症状を自覚できないものとして,精神疾患と認知症もあります。物忘れを本人は自覚しないわけですから,そういう点で患者自身も自覚できない病気が認知症とか精神疾患,薬物中毒もそういうものになってくるということです。  認知できるかもしれないから,ひょっとしたら運転の防止に可能かもしれないものとしては,不整脈が考えられます。不整脈があるということは分かっていますから,大体動悸とかで症状が分かる人がいます。しかしながら,分からない人もいますが,そういう心臓の病気による失神はある程度予知できるかもしれないと思われます。ペースメーカーとかを入れている患者さんは,もうそれで症状を出さないということになります。それから,脳卒中の人は,脳卒中を起こしたということは自覚しますので,それで運転できる,できないというのはある程度分かる可能性があるということになります。  これらの病気を持つ患者さんの問題点というのがあります。まず,一番非難されておりますのは,ここに書いてありますように,てんかん等の持病のある患者さんが運転免許の自己申請のときに全く申請していない現状です。人身事故を起こしたてんかん患者の自己申告率が警察庁の調査では7%と非常に低いという問題があります。栃木の遺族会の調べでは自己申告率が3%であったということです。認知症の患者さんも低い状況です。しかし,認知症の患者さんは,自分が病気であることを認識していないので,申告しないということになります。  それと,医師の勧告を無視して患者が車の運転をしているというのが非常に問題になります。まず医師側の問題点としては,通院患者の運転状況を十分知らない,外来の患者さんにいちいち「運転しますか」とはまず聞かない等です。その理由としては,運転している,していないということは,その患者さんの診療に関して全く影響を与えないためです。また,診断にも関係ないし,治療にも影響しないということで,大部分の医者は運転状況を問い合わせることはしない現状だと思われます。さらに,患者の交通事故のことも知らないし,患者は医者に言わない状況です。だから,医療側は患者が交通事故を起こしたことも知らないということになります。  さらに,最初に患者さんを診るときは,病歴聴取いたしますが,そういう病歴聴取のときでも車の運転状況はまず病歴として聞かないし,医学教育でもそういう教育をしないというのが現状かと思っています。というのは,先ほど申しましたように,診断・治療に重要でないという要素があるためです。だから,医者もこの点は今後考えなくてはいけないだろうとは考えております。  患者側の問題点としましては,病気のために交通事故を起こしても医者には全く言わないということがありますが,それと,運転免許の取消しの不安があるから,医師にも全く言わないという現状かと思います。  さらに,医師の指示にも従わないという問題点は,患者側には仕事を失うという危機感があります。特に栃木の交通事故以来,てんかん患者さんは,2年以上発作がないから,運転免許を正当に持てるのに,会社が事故を起こされたら困るということで辞めさせられているという事態が最近かなり生じてきているという別の社会問題があります。  運転免許がないと,今,日本では社会生活ができない,特に地方に住んでいる方は生活ができないという切実な問題があります。  さらには,てんかん患者等に対して,運転をやめなさいといっても,交通手段等に対する保障も全くないし,そういう点で運転せざるを得ないのだという反論があるというのが現状です。  また,社会の問題点が非常に多いです。欧米はこれほどないのですけれども,てんかんとか認知症のような病気に対する差別や偏見,更に人権侵害というのがかなりあります。就職や結婚等のときにそういうことが著明になってくるという問題点があるかと思います。  それと,特定の病気等で薬を内服しないということで運転の危険性が生じるということになります。というのは,てんかんとか認知症,精神疾患等では主治医と患者さんとの信頼関係が非常に重要になります。ところが,こういう運転免許の問題には非常に微妙な問題があって,病気のことを通知するということになると,一部の患者さんとは信頼関係がなくなる可能性が危惧されます。信頼関係がなくなるだけで通院してくればいいのですけれども,通院しなくなって,そういうことを言わない医者の方に行ってしまう可能性があります。あるいはもう病院に行くのをやめてしまって,薬も飲まなくなる可能性もあります。そうすると,認知症は悪化するし,てんかん発作を起こすとかということで,更に二次的な交通事故という事態が生ずるという問題があるかと思います。こういういろいろな問題点があるかと思っております。  これから病気のお話をしたいと思いますが,この一定の病気の中で人身事故が多いてんかんと認知症についてと,睡眠時無呼吸症候群について少しお話ししたいと思います。睡眠時無呼吸症候群があると,睡眠中に無呼吸になって,十分な睡眠がとれない。いわゆる熟睡ができない。そのために昼間に眠ってしまうということになります。  それと,てんかんと認知症の診断は非常に難しいという問題もあります。てんかんというのは,皆様は子供の病気だと,医者でも大体子供の病気だという認識が強いのですけれども,ここに示しましたように,日本ではデータがありませんので,欧米のデータで説明しますと,てんかんの発症率は20歳までが非常に多い状態です。しかしながら,20歳から60歳までは年間発症率が10万人当たり50人以下となりますが,60歳以降は非常に急速に増えます。だから,高齢者のてんかんというのが今問題になってきております。日本ではてんかん患者は100万人だと今まで私はいろいろなところで言っておりましたが,高齢者てんかん者が50万人以上いるだろうと推測しておりますので,100万人以上の患者さんがいるということになるかと思います。  また,てんかんの原因,病因というのは多彩です。ゼロ~4歳までで一番多いのは,40%以上の頻度として先天性の異常であり,奇形とか遺伝子関係のものが多い状態です。成長するにしたがい,スライドの赤は感染症ですが,脳炎とか,そういう感染症が多くなります。それがだんだん少なくなり,成人以降になると,ライトブルーの脳腫瘍が増えてきます。さらに45歳以上になりますと,脳腫瘍とともにグリーンの脳血管障害,一般的に言えば脳卒中です,が増加します。65歳以降は,脳の血管が閉塞したり,破断して出血したりする,そういう原因によっててんかんを起こすという病態になってきますので,いろいろな病気によっててんかん発作を起こすということになります。  てんかんとは何かということで,大体てんかんとはどういう病態か,定義が分からないということがよく言われます。これは私たちが作りましたてんかん治療ガイドライン2010でのてんかんの定義で,日本ではこれをこれから使うと思います。てんかんとは慢性の脳の病気で,大脳の神経細胞が過剰に興奮するために,脳の症状が2回以上起こるものということにしていますけれども,この文章ではなかなか分かりませんので,図で説明します。部分てんかん(部分発作)というてんかんがありますが,脳の一部がこのように異常興奮,すなわち脳の中で電気の嵐を起こす状態になります。したがって,こういう部分てんかんの場合には,意識消失を生じることは少ないということになります。一方,全般てんかん(全般発作)というのは,このように脳全体が異常興奮する状態ということです。だから,てんかんの病態には,脳の一部だけ異常興奮する場合と,脳全体が興奮するという二つの病態があるということになります。  それで,もう少し分子細胞レベルで脳の中を考えますと,脳というのは,このようにグルタミン酸ニューロンという興奮性の神経細胞,いわゆる脳を興奮させる神経細胞と,一方はGABAという神経細胞を抑制する抑制性神経細胞の二つがあります。私たちの脳というのは,興奮性神経細胞と抑制性神経細胞がバランスよく働いているわけです。例えば,私たちが腕を曲げると,上腕二頭筋を収縮させるわけです。脳は上腕二頭筋に関係する場所が興奮性に動いて,腕を曲げるから,腕を伸展させる上腕三頭筋が興奮したら,腕は曲げられないわけです。だから,上腕三頭筋に関する脳は抑制性に働いて,バランスをとってスムーズに曲げることができるという機能を果たしているわけです。このバランスがうまくとれた状態が正常な脳ということになります。  しかしながら,てんかんというのは,どうしてそうなるか,その原因は分かりませんが,いわゆるグルタミン酸系の興奮性の神経細胞の活動が非常に強くなって,抑制系の神経細胞は働かなくなる。だから,バランスが崩れてしまう。そのために脳神経は過剰な興奮状態になって,てんかん発作を起こすということになります。なぜか発作が突然起こって,大部分のてんかんは5分以内で収まってくる。何もしなくても5分以内で収まるという非常に不思議な病気です。このてんかん発作のメカニズム,なぜ突然始まって,突然発作がなくなるかが分かれば,ノーベル賞がもらえるぐらい,まだ謎のメカニズムになっています。  てんかんの診断で非常に難しいのは,医者がてんかん発作を診療中に目撃することができないためです。私も三十何年医者をやっておりますが,外来の診察中に発作を起こされた症例は1例しかありません。だから,てんかんの患者さんを診察するときには,発作はないのだから,病歴を詳しくとるということが重要になるわけです。しかしながら,患者さん自身は覚えていないから,患者さんからの詳細な病歴はとれないから,周りの人とか目撃者から病歴をとらなくてはならないことになるが,そういう人が外来に一緒についてくるということはなかなかないので,てんかんであるかどうかは診断として難しいことがあるということになります。  病歴以外には,私たちは詳しく診察を行います。検査としては,脳波と頭部のMRI・CT等の画像検査が重要です。脳波でてんかん特有の波が出ると確定診断になりますけれども,ここでまた難しいのは,てんかんの患者さんの脳波をとったら正常なことはしょっちゅうあります。だから,脳波をとって正常だったからといって,てんかんではないと否定はできないわけなんです。そこがまたてんかんの診断が難しいということになります。  画像検査というのは,脳腫瘍があるかとか,脳梗塞の所見があるかとか,脳萎縮があるかとか,そういうことを診るだけで,それがあるからてんかんかどうかというのは全く診断できないわけですから,診察をして検査をやって,総合的に診断するということになります。だからてんかんの診療には難しい面があるということになります。  さらに,必要に応じて,ビデオ脳波モニタリング記録ということを私どもはやっています。西日本の大学や病院から患者さんの紹介を受けていますが,24時間連続で1週間から2週間,脳波を連続的にとって,てんかん特有の異常な脳波が出てくるかどうかを調べるわけですが,それでも異常が出ない患者さんがいるということになります。  てんかんの国際分類は,てんかん発作型といって,どういう症状であるかを診断します。いわゆる部分発作と言われるものと全般発作と言われるものがありますが,これは後でビデオを御紹介いたしますが,スライドにあるこういうものがあります。それとてんかん及びてんかん症候群の分類という,今度はどういう病気で起こっているかという二つの分類を行います。てんかん及びてんかん症候群の分類というのは,局在関連(部分てんかん)は,脳の一部に病気があるものということで,特発性というのは,全く原因が分からなくててんかんを起こしているもの,症候性というのは,脳腫瘍とか脳血管障害とかアルツハイマー病とか,そういう脳の病気があっててんかんを起こすものであり,てんかんの50%の患者さんは症候性の部分てんかんであり,脳の一部に何らかの病気があっててんかんを起こすというものになります。潜因性というのは,脳に異常があるのは分かっている。例えば,知能が低下しているとか,脳に病気があるのは分かっているのだけれども,今の医学のレベルではその原因が分からないてんかんであり,脳を解剖しても病因が分からないというのが,潜因性と言われるものです。全般てんかんというのは,これは難治性のものが多いということになります。てんかんの頻度としては,症候性部分てんかんは50%で,次いで多いのは特発性の全般てんかんで,子供のてんかんが4分の1を占める。だから,てんかんの診断というのはこのように非常に難しい面があるということになります。 (ビデオ上映)  これは,私どもとクリーブランド・クリニックでビデオモニタリングした実際のてんかん発作です。  最初は部分発作というてんかんです。右の上下肢にこわばった発作があり,強直発作といいます。この発作の状況を患者さんは全部覚えています。だから,左の運動野,すなわち運動に関係する場所にてんかんの原因があるということです。患者さんは終わったらすぐ時計を見ますので,意識はなくなっていません。  これは複雑部分発作というてんかんで,意識はなくなっているけれども,覚えていないだけで,看護師が呼び掛けているのに対して,一見患者さんは反応しているように見えます。頭髪を触ったりしています。そして起き上がり,眼鏡をかけたりします。しかし,後でこのビデオを見たら,患者さんは全く覚えていません。洋服をまさぐったりするが,これが自動症という症状です。このてんかんは,側頭葉の内側にある海馬に原因があることが多いので,外科手術によって9割は良くなるてんかんです。  これは二次性全般強直間代発作のてんかんです。まず,右側を向いています。ここら辺まで患者さんは覚えています。右側を向いたのは,左の脳にてんかんの焦点(原因)があるということです。そして,右の上肢に間代発作という震える発作が起こってきている。最初は左の運動野が過剰興奮し,その興奮が脳全体に伝わるから,次に全身の強直,すなわち突っ張った発作になり,その後,間代発作という,がたがたいわせる発作に移っています。この症例は,左運動野にてんかんの原因があり,最初に運動野のみが過剰興奮し,次いで脳全体が過剰興奮状態となるため全般発作に移行し,二次性強直間代発作と言われるてんかんを呈します。これからは1980年代のクリーブランド・クリニックのビデオ脳波モニタリングです。この症例は,全身がこわばっており,強直発作が起こっています。この後,全身ががたがたがたという間代発作に移っていきますので,新聞に穴を空けてしまっています。この発作のときには意識が全くなくなってしまっています。この間代発作の間隔がだんだん長くなって,発作が止まります。てんかん発作は全て2,3分で終わってしまいます。  次は欠神発作で,意識がふっとなくなるだけです。今なくなりました。このてんかん発作は20秒~30秒でなくなって,またすぐに意識は元に戻ります。  このてんかんは瞬間的に筋肉が収縮する発作です。これがミオクロニー発作というてんかん発作で,数秒間しかない発作は持続しません。これは,音刺激によって全身のこわばりだけが出てくる全般強直発作というてんかん発作です。このようにがたがたという震え(間代発作)にまで移行しない発作もあります。  これは,力が抜けるだけの脱力発作で,これもてんかんです。首の力が抜けてがくっとくるもので,これがてんかん発作になります。  これは点頭てんかんであり,頭をがくっと垂れ(点頭)て,両手を挙げるという乳児のてんかんもありますので,てんかんというのはいろいろな種類があるということになります。だから,詳細な病歴を聞きますが,てんかんであるかどうかなかなか分からないので,私たちは,てんかん発作が止まらないという難治の症例は,西日本の大学や病院から紹介を受けて,ビデオ脳波モニタリング検査をやって,どういうてんかんであるか診断するということになります。  次のビデオを御覧いただきたいと思います。これはてんかんではないのです。  このように患者さんは看護師の腕を捕まえて,顔が見えるといいんですけれども,これはてんかんではないから患者さんは目をつぶってしまうんです。てんかんの患者さんの70%は目を見開きます。手をこのように動かしたりしますが,このようなことはてんかんでは起こらないんです。でも,こういうのも,病歴だけ聞くとてんかんと間違ってしまいます。これはいわゆる心因性反応であり,心因性の非てんかん発作です。だから,脳波を見ておりますと,発作中にも全く正常な脳波を呈するというものです。問題なのは,てんかん発作と最も混同されやすくて,てんかん治療センターに紹介されてくる難治性てんかんだという患者の20%がこれだと言われているので,ビデオ脳波モニタリングシステムの検査を行えるところでないと診断ができないという問題もあります。  てんかんには有名人が多く罹患しています。ジュリアス・シーザー,バイロンとか言われています。ゴッホはてんかんとは違うと思いますが,精神病ではないかという説があります。しかしながら,ゴッホは,複雑部分発作という,先ほどの洋服をまさぐるとか,髪を触っていた,ああいう発作のときに自動症で自分の耳を切ったのではないかというてんかん説もあります。最近では有名な歌手のスーザン・ボイルさんもてんかんで,子供の頃いじめられていたということを言われています。  しかしながら,てんかんは非常に予後のいい病気です。薬を1剤か2剤飲むと,一般的には7割は間違いないんですが,大体7割,8割は良くなる病気です。問題は,2割,3割が薬を内服しても良くならない難治てんかんです。そのうちの一部の難治てんかんは,私どももやっていますてんかん外科治療,すなわちてんかんの原因になっている病変部位を外科的に手術すれば良くなるということもありますので,てんかんとは本質的に予後のいい疾患です。しかしながら,一部の難治性の患者さんが,虚偽申告により不正に免許を取得して,ああいう悲惨な交通事故を起こしているという問題があるということです。  次は認知症の話です。このスライドは,鳥取大学脳神経内科学中島健二教授から拝借したものを使わせていただきます。  認知症は,高齢者てんかんとの鑑別が非常に難しいこともありますが,まず認知症とは何かということです。  一旦,正常に発達した知的機能が持続的に低下し,複数の認知機能障害のために日常・社会生活に支障を来すようになった状態ということが認知症として定義されております。  それで,認知機能障害を基盤とした日常生活の障害ということになりますが,今年の厚生労働省の発表では,現在,日本では認知症の患者さんが305万人いるとなっています。しかし,日本認知症学会では400万人以上の患者がいるということが言われていますので,認知症というのはこれから社会的にも問題になる病気であります。  認知症の診断が非常に難しいのは,ここに書いてありますように,病初期は,加齢による生理的な物忘れとの鑑別が難しいことです。御出席の皆さんも,人の顔は出るけれども,名前が出ないということはございませんか。これは生理的な老化です。しかしながら,この生理的な物忘れは一生懸命考えても名前が出ないが,あるときふと出てきます。だから,名前を思い出せなかったことを覚えているんです。しかしながら,アルツハイマー病とか病的な認知症は,あの名前が出なかったということすら忘れてしまうわけです。そういう点で生理的な物忘れとの鑑別が病初期は非常に難しいことになります。  側頭葉に海馬という記憶に関する場所がありますが,45歳からもう老化現象が始まります。脳波検査をすると,側頭葉から遅い波が出始めるということで,生理的には45歳から脳では老化現象が始まっています。そういう面で認知症というのは加齢による物忘れとの鑑別が必要となります。  脳の解剖は,まずブルーのところが前頭葉で,イエローのところは頭頂葉で,パープルのところは後頭葉で,ライトブルーが側頭葉になります。この側頭葉の内側に海馬という記憶の中枢があります。後頭葉は,見たものを認識する場所になります。前頭葉には作業記憶の中枢と運動野があります。頭頂葉というのは,計算とか,いろいろな認識に関する場所ということになります。運動に関する場所はここにありまして,感覚に関する場所は運動野の後ろにあります。嗅覚に関する場所は前頭葉の下にあります。耳で聞く場所は側頭葉にあり,後頭葉に見る場所があります。脳は部位によりいろいろな機能を果たしているということになり,重要なのは,海馬というところが記憶に関与する場所で,アルツハイマー病ではこの部位の脳が萎縮して機能しなくなるということになります。  アルツハイマー病の特徴は,物忘れがだんだん進行していって,社会的生活ができないという状態です。近時記憶の障害が主体であり,病気が進んでいくと,見当識,すなわちここはどこの場所であるか分からない等の症状が出ます。だから,高速道路を反対方向に走るということがよく報道されていますが,要するに空間の認識ができない高齢者が,どっちへ行っていいか分からないから,反対の方に行ってしまうということが生じています。  それと,病気になっていることを全く認識しません。だから,物忘れというのも認識しないことになり,病識の低下といいます。患者さんに「どうして病院に来られたのですか」と聞いても,「自分は全く何でもない。家族が行けと言うから来ました。どこも悪いところはありません」などということを言います。しかしながら,「今日は何日か」とか,何度も同じことを家族に聞く,朝御飯を食べたのに「朝御飯はまだか」と家族に催促する,さらに「物を盗られた」とかの物盗られ妄想というのは非常に多い症状であり,それも一番世話をやいている家族の人をターゲットにします。例えば,御主人とか息子の嫁とかが物を盗んだとか,そういう訴えをするという症状が出てきます。  アルツハイマー病には,認知機能の障害とともに,いろいろな障害があります。徘徊とか,猜疑心とか,性的行為,食行動異常とか,暴力とか,妄想とか,うつとかが見られます。したがって,症状がある程度進むと,もう家では看ることはできないし,神経内科の医者でも診ることができなくなり,精神科で治療してもらわなくてはいけないという状態になってきます。  一般的に漫画的によく説明するのは,こういうものです。買い物に行くと,同じものを幾つも買う。これは牛乳をいっぱい買ってきています。料理は,いつも同じものをいっぱい作ってしまう。テレビのリモコンは今まで操作できていたのが,できなくなった。服装にも無頓着になってしまう。夏なのに冬の服装にしてしまったりする。さらに,薬をきちんと飲めなくなってしまう。お風呂に入るのも嫌がってくる。当然,車の運転はできなくなって,方向を間違ってしまうとか,そういう症状が出てくるということになります。さらには,近所付き合いができなくなる。財産の管理ができなくなる。洗面とか整容ができなくなる。食事行為ができなくなる。特に排泄ができなくなって,不潔な行為が目立つようになるとか,そういうことも出てきます。  認知症の検査では,視空間認知障害としては,こういう立方体の絵を描かせると,このように描けない,めちゃくちゃな絵になっています。五角形の絵を組み合わせると,描けない。このような指の形をまねるように指示してもできなくなるということで,診断を行うことになります。  認知症の診断には画像検査が重要です。MRI所見がアルツハイマー病では非常に特徴的で,これは脳をこの方向で切ったコロナールセクション,すなわち冠状断というセクション(撮影法)で,左側が正常で,ここが海馬という部位になります。この正常な海馬に対して,アルツハイマー病では海馬が非常に萎縮してしまっています。萎縮するから記憶ができないということになってきます。この場所は5分以内の記憶に関係する場所ですから,近時記憶が駄目になります。アルツハイマー病の人は昔のことはきちんと言えるけれども,最近のことが全く記憶できないということになります。  これは私どもの病理の所見です。今のMRIの画像所見と同じで,正常者はこの海馬のところが全く正常なのに,アルツハイマー病では著名に萎縮して,側脳室の後角が拡大しており,海馬の萎縮が著明になっているということです。  しかし,認知症を来す疾患にはいろいろなものがあります。アルツハイマー病,レビー小体病,前頭側頭型認知症とか,いろいろな病気があり,こういう病気と診断されたら,道路交通法上は運転免許の取消しということになっているわけです。  しかしながら,良くなる病気もあります。例えば神経梅毒は今もあります。日本では若い人に発病することもあり,ペニシリンで早期に治療すると,かなり改善します。  クロイツフェルト・ヤコブ病というのは,話題になっている狂牛病と関連する病気ですが,良くなりません。  正常圧水頭症というのは,脳外科できちんと手術をやると良くなりますし,脳腫瘍は病変部位を取ってしまうと良くなるし,ビタミン欠乏症はビタミンを投与すると改善しますので,良くなる認知症もあるので,それとの鑑別が必要になります。  最後に,睡眠時無呼吸症候群,Sleep Apnea Syndromeについて説明いたします。高橋先生がお話しになったと思いますが,定義に関して話しますと,7時間の睡眠中10秒以上持続する無呼吸が30回以上あるか,1時間の睡眠中に無呼吸又は呼吸が非常に浅くなる回数が5回以上あるか,この二つで診断をしているということになります。  診断のポイントとしては,習慣性の大きないびきがあって,睡眠中に無呼吸になる,そして昼間に過度に眠たくなるという病態を示してくるという病疫及び終夜ポリソムノグラムという検査を行うことによって確定診断をすることができます。  分類としては,中枢型,閉塞型及び混合型に分けます。混合型というのは,中枢型と閉塞型を合わせたものになります。原因は,気道の閉塞が80%の患者で起きると言われています。要するに,舌根が落ち込んで気道を閉塞することによって起こすものです。しかしながら,太った人が起こしやすいと言われているけれども,相撲取りの人に睡眠時無呼吸症候群が多いという話は聞かないので,メカニズム的に太っているだけではないと思います。中枢型というのは,脳幹の呼吸中枢が異常を来すことによって無呼吸になるというものです。睡眠時無呼吸症候群の患者さんは,夜眠れないから昼間眠ってしまうということになります。  これ以外には,薬の内服によって,例えばパーキンソン病の薬でも,昼間に突然,前触れもなく眠気を生じるとか,眠気発作が生じることもありますので,内服薬も睡眠に対して非常に影響を与えるという注意は必要であるということになります。  以上でございまして,てんかんというのは,資料でもお渡ししていますが,昔からある病気で,新しくて古い病気でありますが,治療法はかなり進歩しているということで,終わりたいと思います。ちょっと時間が超過して,申し訳ありませんでした。 ○西田部会長 どうも詳しいお話をありがとうございました。  ただいまの辻委員からの御説明に対して,御質問あるいは御意見はございますか。よろしゅうございますか。  では,どうもありがとうございました。  それでは,前回に引き続きまして議論を行いたいと思います。今伺いました辻委員からのお話も十分参考にしながら議論を進めていければと思っております。  前回の最後に私の方から事務当局に,前回までの議論における検討結果の概略を今後検討すべき論点として整理したものを用意してほしいとお願いしておきましたところ,本日,配布資料としてこれが配布されておりますので,まず事務当局からこの配布資料について御説明をお願いいたします。 ○保坂幹事 それでは御説明いたします。配布資料の16を御覧いただければと思います。  前回までの議論で,刑事実体法による罰則整備に関するもののうち,大きな柱としまして,「1 危険運転致死傷罪の適用範囲の拡大」,「2 人の死傷との間に直接的な原因関係が存しない類型の罰則整備」ということを主として議論することとされましたので,この大きな項目を挙げさせていただいております。  まず,「1 危険運転致死傷罪の適用範囲の拡大」についてでございますが,この点につきましては,【対応・方策1】として,危険運転致死傷罪における危険運転行為と同等の悪質性・危険性を有する運転行為について,新たに危険運転行為として追加するという方法と,【対応・方策2】として,危険運転行為と同等とまではいえないが悪質性・危険性の高い運転行為により人を死傷させた場合について,自動車運転過失致死傷罪よりも重い法定刑とする罰則規定を設けるという方法について,それぞれ御意見がございました。  まず,【対応・方策1】については,その対象とすべきものとして,通行が禁止された場所の通行,一定の病気の影響による運転を挙げる御意見がございまして,この二つを記載しておりますが,後者の一定の病気の影響による運転につきましては,【対応・方策2】によることも選択肢として挙げるものでございました。  まず,通行が禁止された場所の通行につきましては,危険運転行為に追加すべきものとして,一方通行や高速道路の逆走,歩行者天国の通行等を挙げる御意見がございました。これに対して,一方通行の逆走であっても,深夜など交通量が少ないときには危険性が高くないのではないかという御指摘もございました。そうすると,道路交通法の通行禁止規制のうち,どのような場所についての規制に反するものが,危険運転行為として追加すべき悪質性・危険性を有するのかという点を御議論いただく必要があろうかと思われますし,その上で,構成要件としてどのような要素が必要なのかについて御議論いただく必要があろうかと思われます。  以上のことから,検討すべき論点として,対象とすべき場所(一方通行や高速道路の逆走,道路の右側部分の通行,通行禁止道路の通行等)を挙げさせていただいており,構成要件として必要な要素(速度,人や他車との関係等)を挙げさせていただいております。  次に,一定の病気の影響による運転につきましては,危険運転行為として追加すべき,あるいはこれと同等とまではいえないが悪質性・危険性の高い運転行為として類型化すべきものとして,てんかんの影響による運転を挙げる御意見がございました。これにつきましても,まず,どのような病気による影響があるものを対象とすべきかを検討する必要があろうかと思われますし,その上で,構成要件としてどのような要素が必要か,例えば,運転行為の危険性の程度,認識の内容・対象等について御議論いただく必要があろうかと思われます。  したがいまして,検討すべき論点として,対象とすべき病気の種類(てんかん等),構成要件として必要な要素(運転行為の危険性の程度,認識の内容・対象等)を挙げてございます。  次に,【対応・方策2】,すなわち,危険運転行為と同等とまではいえないが悪質性・危険性の高い運転行為として類型化すべきものとして,現行法上の危険運転行為に至らない程度の,アルコールを摂取した上での運転,薬物を摂取した上での運転を挙げる御意見がございました。  このような犯罪類型を設けること自体に消極的な御意見もございましたが,御議論を進めるに当たりまして,より具体的な要件のイメージを持つため,ひとまず検討すべきは,構成要件としてどのような要素が必要かということであろうと思われますし,まずは運転行為の危険性の程度という要素が問題となろうかと思われます。  そして,前回の議論で,具体的な危険の発生についての認識までは必要ではなく,抽象的な危険の発生についての認識があれば足りるとすることも検討すべきという御意見もございまして,構成要件として必要な要素としまして,認識の内容・対象等がどのようなものであるべきかも検討すべきではないかと思われるところでございます。  そこで,検討すべき論点として,構成要件として必要な要素(運転行為の危険性の程度,認識の内容・対象等)を挙げさせていただいております。  次に,「2 人の死傷との間に直接的な原因関係が存しない類型の罰則整備」についてでございますが,従来よりも重い処罰が可能となるような規定を設けることができるかを検討すべきものとして,無免許運転,無保険車の運転,無車検車の運転,ひき逃げを挙げる御意見がございました。なお,無保険車や無車検車の運転につきましては,これらを明示的に取り上げるというものではございませんでしたが,無免許運転と併せて検討してはどうかという趣旨でございます。  まず,無免許運転,無保険車の運転,無車検車の運転につきましては,いずれも道路交通法等に罰則規定がございますが,従来よりも,すなわち,それらの罪と自動車運転過失致死傷罪を併合罪加重したよりも重い処罰が可能となるような規定を設けることとした場合,その根拠はどのようなものかを検討する必要があると思われます。そこで,検討すべき論点として,併合罪による処罰よりも重い処罰を可能とする根拠(責任や違法性等)を挙げさせていただいております。  そして,無免許運転につきましては,前回の部会でも御説明がございましたが,免許を取得したことがない場合,免許を取り消された場合,免許を停止された場合,国際運転免許証等を所持しない場合,偽りその他不正の手段により免許を取得した場合等が,道路交通法上の処罰の対象となるということからいたしますと,自動車運転による死傷事犯を起こし,その者が無免許運転等の場合に,併合罪加重よりも重い処罰を可能とするとしましても,そのうちどのようなものを対象とすべきかを御議論いただくことが必要であろうと思われます。そこで,対象とすべき場合として,今申し上げたものを挙げさせていただいております。  次に,ひき逃げにつきましては,道路交通法に救護義務違反の罪が規定されております。従来よりも重い処罰が可能となるような規定を設けることとした場合,この救護義務違反の罪との関係や,「逃げ得」といわれる状況への対応の在り方について検討する必要があろうかと思われます。そこで,検討すべき論点として,道路交通法上の救護義務違反の罪との関係,「逃げ得」といわれる状況への対応の在り方ということを資料に挙げさせていただいております。  資料の説明は以上でございます。 ○西田部会長 どうもありがとうございました。  前回の議論をまとめていただいたわけですが,もちろん,山下委員から提起されました1の(1)までと,あとは現行の自動車運転過失致死傷罪を場合によって法定刑を引き上げることで対応すべきだという御意見があることは当然前提としつつも,その他の御意見,危険運転致死傷罪と自動車運転過失致死傷罪との中間的な形態を設けるべきであるというお考え,さらには無免許運転,無保険車の運転,無車検車の運転あるいはひき逃げについて,加重的な類型を設けるべきであるという御意見もございますので,これらについて一わたり議論した後で,最終的な取りまとめはまた次回以降に議論したいと存じます。本日は,もう時間が1時間ちょっとしかございませんが,この「検討すべき論点」につきまして議論を行いたいと思います。 ○山下委員 今回,前回の議論を踏まえて整理していただいた「検討すべき論点」の資料16の最後の紙の2番の方は,前回,違法性や責任は重いという議論はあったと思うんですが,必ずしも明示的に,直接的な原因関係が存しない類型を作るという議論はなかったような気もするのですけれども,これはどのようなことで前回の議論を踏まえて,これだと,新しい類型を作るという趣旨,そういう可能性があるという趣旨なのかどうか,これを読んで,よく分からなかったので,ちょっと御説明いただければと思うんですが。 ○保坂幹事 私どもの理解としましては,従来よりも重い処罰を可能とする規定ということを御検討いただくということで前回も御議論いただいたつもりでございまして,それをより具体的に言いますと,併合罪加重の場合よりも重い処罰が可能となる規定を整備するということだろうということで,このような資料にさせていただいているところでございます。前回の議論においても,単に責任や違法性が増すということだけを議論したものではないと理解いたしております。 ○山下委員 そうすると,1の(2)は,ある意味で中間的なというか,危険運転致死傷と自動車運転過失致死傷罪の中間的なものを作るかという議論だったと思うのですが,この2番というのは,また更にその下というか,何かそれとはまた違う類型のものを作る。要するに,新しい類型を二つ作るようなイメージなのでしょうか。 ○西田部会長 前回配られました左右対称の表を山下委員は今お持ちでいらっしゃいますか。 ○山下委員 分かります。 ○西田部会長 その左側の「危険運転致死傷罪の適用範囲の拡大」というところで,被害者団体からの御意見として,括弧でくくってある3番目ですが,無免許運転,無保険,無車検,それからひき逃げというものについて,危険運転致死傷罪の適用範囲を拡大してほしいという御要望があった。これに対して,これは直接その事故の原因となるものではないので,加重類型的なものとして認めるという方向で検討してはどうかということが,木村委員あるいは島田幹事などから御意見として出たわけで,それを事務局として取りまとめたというのが,本日の……。 ○山下委員 趣旨は分かりました。 ○西田部会長 ほかに御意見はございますか。 ○石井委員 今回,【対応・方策1】の「通行が禁止された場所の通行」のところで,御議論の御参考のために,高速道路の逆走の実態について,数字だけちょっと御説明申し上げたいと思います。  警察庁では,平成22年9月から本年8月までの2年間で,高速道路で逆走事案を447件扱っております。そのうち,実は65歳以上の高齢運転者が占める割合は2年間で約7割以上ということで,これは毎年増えてきております。この65歳以上の運転者の方について,御家族等から認知症の病歴の有無について確認しましたところ,大体1割前後の方が御家族から明確に認知症ですと言われています。ただ,そのほかに現場の警察官が取り扱って,これはちょっと認知機能が衰えているのではないか,認知症の可能性があるのではないかという方が3割ぐらいを占めているという状況でございます。御参考に。 ○西田部会長 ありがとうございました。  1点だけ質問なんですが,高速道路を逆走するというのは,物理的にどうやったら可能なんですか。 ○石井委員 いろいろなパターンがございます。一つのパターンは,これが一番多いパターンなのかもしれませんが,パーキングエリアに入りまして,パーキングエリアの出口と入口を間違えて出ていってしまうというパターンです。さらに,お年寄りによくあるパターンなんですが,どうも道に迷ってしまって,高速道路に乗ってしまった。あっと思って,ここで出なくてはいけないのを行き過ぎてしまった。そこで,Uターンして出ようというパターンなんです。考えられないようなパターンがままございます。 ○山下委員 今,石井委員の御紹介で,2年間で447件取り扱ったということなんですが,今出たように,認知症の方もかなりいらっしゃる事案について,実際に,処罰といいますか,処分というのですか,例えば447件のうち,どのような形で最終的な処分になっているのかというのはいかがでしょうか。 ○石井委員 これは取り扱った例でございまして,実は事故にならないうちにうまく押さえられたのが大部分でございます。 ○山下委員 事故になった事件ももちろんあるわけですね。 ○石井委員 さようでございます。事故になったのが,死亡事故になったのが10件ぐらいです。人身が28件ぐらいでございます。あとは,物損が多少ありまして,ほとんどが事故にならないうちに確保したというところでございます。この個別の事件がどうなったかはちょっと分かりかねます。 ○西田部会長 ありがとうございました。  それでは,この「検討すべき論点」に従いましてしばらく議論したいと思います。時間が3時までですので,1時間弱ということでございます。進行の促進に御協力をお願いしたいと存じます。  まず,1の(1)の【対応・方策1】で最初の論点,通行が禁止された場所の通行,その中の「・」の1番目ですが,対象とすべき場所について御議論願いたいと思います。 ○島田幹事 高速道路の逆送の実態についても今お話がありましたが,そうした行為,一方通行への侵入,いわゆる歩行者天国のような場合,そちら側からは車は来ないだろう,あるいはそもそも車は来ないだろうという前提の下で交通関与者が行動するということがございますので,対象とする余地があるかと存じます。確かに前回も話題になりましたが,通行禁止であれば,形式的にというわけではないのでしょうが,一定の本来通行禁止場所に入っていく運転,それに基づく死傷事故というものを,一定の要件の下で危険運転と同視するということは,十分考えられるのではないかと思います。 ○髙見委員 私は,考えが余りまとまっていないんですけれども,この一方通行逆走の件については,多分,名古屋のブラジル人の事件が大きな要因になっていると思うんです。とても悲惨な事故で,息子さんを亡くされた御両親のお気持ちを考えますと本当にお気の毒と言う以外にないのですけれども,私はちょっとだけこういうことも考え得るということで聞いていただきたいのです。例えば,今,現行法にあります赤信号を殊更に無視し,といった危険形態と比較しますと,一方通行を逆走するというのが,確かに危ないことは危ないのですけれども,赤信号を殊更に無視するような危険行為と同類と言えるのかが,私の頭によく落ちないんです。と言いますのは,赤信号を殊更に無視するということは,横断者は青信号で渡っている。そこに赤信号を無視したものが横からぽんと来る。それは本当に危険極まりないと思うんですが,一方通行を逆走するということになりますと,歩行者が向こうからは来ないだろうと思っているのに後ろから来られるという意味では確かに危ないとは思うんですが,対面から来るということになりますと,歩行者としたら,加害車両が近づいて来るのが分かるという面もあるのではないかという気もちょっとします。あと,これは一時停止無視の場面でも同じだと思うんです。来るはずがないと思っているのに急に来る。そうなると,今の208条の2の2項と同じぐらいの危険性がある行為として評価できるのかどうか,よく分からないのです。なお,先ほど申し上げたブラジル人の事件ですと,ひき逃げと自動車運転過失致死ですので,併合罪としての処断刑が15年だったのに,どうして求刑が10年で判決が7年だったのかということがちょっと分からないのです。これはこの諮問からはちょっと外れるのですけれども,御遺族の方が御不満に思っているのは,どうしてこれがもっと重く処罰されなかったのかということであり,今回の諮問との関係で考えると,構成要件を新たに作らなくても対応ができるのであれば,そういうことも考えられるのではないかということを一つ思っております。  もう一つなんですが,先日お配りいただいた具体的にどういう判決が出ているのかという資料をちょっと見たのですが,資料11に5としまして,一方通行路の逆走,それから11の6では,赤信号無視などについての事例がございます。それで,11の5の一方通行の逆走,通行禁止場所の走行の際に事故を起こした事例などを見ますと,余り重く処罰されていないといいますか,処断刑が15年なのに懲役4年6月とか,10年なのに4年とか,15年なのに1年10月といったものがあることからしますと,一方通行の逆走が果たして本当に赤信号を殊更に無視したということと同じような危険行為として類型化していいのかどうかが私自身もよく分からないというところで,ちょっと意見を述べさせていただいた次第です。 ○西田部会長 髙見委員は,高速道路の逆走についてはいかがですか。 ○髙見委員 それは,危ないことには違いないというか,もうどうしようもないので。ただ,今おっしゃったように,老人の方が入ってしまったという場合,あえてそこに入っておられるのかどうかとか……。 ○西田部会長 客観的にどうかということです。 ○髙見委員 客観的には,もちろん危険極まりない行為であると,それは思います。 ○西田部会長 一方通行の逆走と高速道路の逆走では,前者はそれほど危険な行為ではないという御意見だということですか。 ○髙見委員 危険ではないとは言えないのですけれども,高速道路を逆走することに比べますと,その危険性の度合いはちょっと違うのではないかという気がいたします。 ○西田部会長 分かりました。ほかに御意見は。 ○橋爪幹事 今の点に関係して,私なりの意見を申し上げたいと思います。今,髙見委員から,一般の一方通行の逆走と高速道路の逆走では意味が違うだろうという御指摘がございました。それは,道路の具体的な状況やスピードの程度の相違に関連すると思うのです。つまり,単純な一方通行の逆走や通行禁止区域の走行自体が,常に赤信号無視に匹敵するような危険性があるとまでは言えないかもしれません。しかし,一定の具体的な状況下においては,その道路の状況や進行速度に鑑みて,一般車両ないし通行者が衝突を回避することが期待できないような場合があり得ます。そのように逆走行為それ自体に十分な具体的危険性がある場合におきましては,一方通行の逆走や通行禁止区域の走行にも赤信号無視に匹敵するような危険性が認められると思います。つまり,およそ一方通行の逆走は危険性が乏しいという前提に立つのではなく,一定の状況においては危険運転に当たり得ると考えた上で,事実関係を具体的に限定することによって十分な実質的危険性を担保するという考え方もあり得るように思います。 ○山下委員 前回もちょっとお聞きした点ですが,結局,逆走事例というのは,前回の御説明だと,現行法でも処罰できる場合があると。ほかの高速道路の逆走とか,道路の右側部分の通行とか,通行禁止道路の通行とか,歩行者天国に突っ込むとか,こういうものには現行法でも対応できる。いわゆる妨害運転致死傷罪と言われているものですが,そこには「人又は車の通行を妨害する目的で」という目的が,つまり主観的な要素があってそれが認められていますが,今の議論を聞いていると,逆にこの目的がなくても,何かそれを処罰しようとしているかのようにも聞こえるんです。  しかし,これは飽くまでも,前回も出ましたが,危険運転致死傷罪というのは,暴行による傷害致死と同視できるような行為を,つまりその主観的な側面が必要である。ここでは正にこの目的規定があって,この目的があって初めて危険運転として処罰可能になっていると思うんです。そして,要するに客観的に危険な行為であっても,主観的にそれが危険運転であることの認識がなければ,この規定は適用できないのに,今回はそこの主観面を外すかのような,つまり客観的に危険であれば危険運転致死傷罪で処罰できるように拡張しようとしているとしたら,それは本罪から見ておかしいと思うので,飽くまで客観的な危険行為であり,かつ主観的な危険運転であることの認識があることが必要なので,そこを踏まえて議論する必要があると思うんです。  そして,前回,石井委員から出ましたように,深夜の一方通行逆走事例だと,全然危険でないと思って運転しているケースもあるわけでして,目的がなければ,「人又は車の通行を妨害する目的」がなければ,それは危険運転致死傷罪として処罰できるべきものではないと思うので,その主観面と併せて議論する必要があると思います。 ○西田部会長 今の山下委員の御意見はよく分かりますが,それは構成要件として必要な要素にまでもう議論が及んでしまって……。 ○山下委員 いや,そういうわけではなくて,危険運転,客観的な危険だけでは処罰はできないのであって,主観的にもそれが危険という認識……。 ○西田部会長 ですから,正に構成要件として必要な要素としての目的規定とか,そういうものでどこまで絞るかという話で,今議論されているのは,まずこういう場合は客観的に見て危険な場所かどうかという議論ですよね。 ○山下委員 ただ,今言っていることが,現行法上全くカバーしていないのかどうか。前回は一方通行はカバーし得るという議論があったと思うんですが,まず,現行法でカバーし得るかどうかという議論をした方がいいと思うんです。何か現行法でカバーしていないのを前提に議論しているように思いますが,カバーし得るような気もするんです。その辺をもう少し御説明いただければと思いますが。 ○島田幹事 先ほど橋爪幹事から御指摘があったことは,私もそのとおりだと思います。そのように考えますと,危険な状況,速度が危険であるとか,それからほかの車両や人との関係で危険であるということは,客観的な要素として要求され,山下委員のおっしゃっていた危険の認識というのも,当然そこの部分については要求されるということになると思います。現行の2項の「車の通行を妨害する目的で」というのは,それとはまた異なる主観的要素ですので,そのような限定ではなくて,危険性の,一方通行ないし進入禁止場所に入ると,それが実質的に危険だということの認識,そこまでは要求するということになると思いますので,決して客観的な要素だけでということにはならないと考えられます。 ○橋爪幹事 今問題となっている「通行を妨害する目的」でございますけれども,これは私の理解では,自動車の進入・接近行為というのは,場合によっては何らかの正当な理由の下,行われる場合があり得るので,正当な理由がないことを担保するために,このような目的要件が要求されていると思うのです。しかし,一方通行の逆走については,そのような行為に出ることがやむを得ないような正当な理由がある場合は,基本的には考えられないと思います。そうしますと,あえて通行妨害目的に対応するような目的要件で処罰範囲を限定する必然性は理論的には乏しいのではないでしょうか。 ○西田部会長 今の御意見は,どっちかというと,赤信号無視の類型が一方通行の逆走で,妨害運転というのはまた別の類型であるという御意見ですね。 ○橋爪幹事 はい,そのように考えております。 ○武内委員 論点表の整理に関してちょっと事務局に伺いたいんですが,通行禁止の対象とすべき場所の例示として「道路の右側部分」の通行とあるのですけれども,道路の右側部分というのは,いわゆるセンターラインをオーバーして反対車線にはみ出したケースを念頭に置いておられるという理解でよろしいでしょうか。右側というのが,車線内の右側なのか,反対車線へのはみ出しなのかというのが,これだけだとちょっと判断しかねたもので。 ○保坂幹事 正にそこは御議論だと思うんですが,道交法上の通行規制としては,右側に出てはいけないケースも規制の対象になっていますので,そこまで含めるのかどうかということをここに例示して御議論いただこうという趣旨でございます。 ○武内委員 了解しました。反対車線へのはみ出しに絞った趣旨ではないということですね。 ○今井委員 ただいまの皆さんの意見を聞いていての感想ですけれども,今,武内委員からの確認の御質問もありましたが,現行の208条の2の2項におきましても二つの類型があり,元々一方通行の規制に違反したという場合は,橋爪幹事もおっしゃいましたけれども,本来入ってはいけないところに入っているということですので,赤色信号を無視するという類型に近づけて考えることが素直かなと思います。そういたしますと,今後考えるべき客観的に危険な運転類型は幾つかあろうかと思いますので,今の議論を踏まえまして,そういったものは新たに対象に取り込むことを前提にしながら,更に例えば主観的要件で絞る必要がどこまであるのかを検討するというのが生産的ではないかと思います。 ○西田部会長 時間の都合がございますので,構成要件として必要な要素についても併せて御意見を頂ければと思います。 ○高橋委員 ここで構成要件というのは,いわゆる悪質性ということに関連してきますでしょうか。 ○西田部会長 要するに,処罰の類型を書くときに,例えば主観的な要素とか,あるいは客観的にはどういう状況が必要であるか,何を書くかということでございます。 ○高橋委員 例えば,先ほどのブラジル人の例で逆走したというのは,たしかパトカーに追っ掛けられて行ったという場合かと。その逆走と,例えば65歳以上の方が恐らく状況を判別し得ない状態で入ってしまう逆走とは,全然意味が違うと思います。この辺をどのように議論を分けていくのでしょうか。 ○西田部会長 恐らく,逆走であるということは,交通標識として,その道路が一方通行であることの認識が必要である。あるいは,道路状況から見て,向こうから車がたくさん来ていれば,自分が逆走していることが当然認識できる。そういう具体的な状況あるいは交通標識から,それは入ってはいけない,こっちの方向では進行してはいけない道路であるということの認識が必要になると思います。それでよろしゅうございますか。 ○高橋委員 はい,分かりました。 ○髙橋幹事 今後新たな罰則規定を創設していこうといろいろ検討する際には,裁判所として法を適用する立場からいたしますと,構成要件がきちんと明確になっていること,要は,どういう行為が処罰の対象になり,あるいは行為者に必要とされる認識はどういうものかということについて,をきちんと詰めていく必要があると思っております。今回事務局から提示していただきましたのは,正にそういうことをこれから詰めていこうという趣旨での御提案と承りたいと思います。  その関係で1点質問ではあるのですけれども,「構成要件として必要な要素」というところで「(速度,人や他車との関係等)」とありますが,恐らく速度というのは,現行の208条の2の2項の前段に「重大な交通の危険を生じさせる速度で」とありますけれども,これと全く同義かどうかは置きまして,速度についての何らかの限定が必要ではないかという趣旨なのかと思うんですが,もう一つ,「人や他車との関係等」というのは,これまでも議論があります,例えば夜明け前に人がほとんど通っていないような状況での一方通行の逆走,こういうものは除外していこうと,そういう趣旨での縛りということで理解してよろしいでしょうか。 ○岩尾委員 その点もこれからの議論でございますが,今言われたように,構成要件として必要な要素について検討するに当たり,時間帯によっての具体的な交通量等まで求めるかどうかというのも一つの議論になり得るかと思います。ただ,今現在,208条の2の2項の前段にあるのは,「通行中の人又は車に著しく接近し」という要件になっておりまして,これは現に接近していることの認識まで求めるものですが,そういうところまでいくか,あるいは進入禁止場所に入っていけば,当然人又は車に接近するような道路状況であるという認識を求めるといった考え方などいろいろあろうかと思います。したがって,ここでは,既存の条文の中にあるようなものと同じ文言の要件を採るか,採らないかというよりは,どういう要件を課すのがこういった具体的危険犯として適当なのかという点を御議論いただければと思います。 ○西田部会長 時間の都合がございますので,大体,1の(1)の最初の○の部分については,具体的な状況によっては赤信号無視と同程度の危険があり得るという御意見,それに対して,妨害運転等で賄えるのではないか,あるいは一方通行はそういう赤信号無視と同程度の危険があるとまでは言えないのではないかという御意見もありました。この点は更に事務局で詰めていただいて,どういう類型を切り出せば,危険運転致死傷罪にいう危険運転として捉え得るか,これは更に検討していただいて,次回にまた案を出していただくということにします。  次に,一定の病気の影響による運転,この点について今日の辻委員からのレクチャーも踏まえまして,御意見はいかがでしょうか。 ○橋爪幹事 今日,辻委員のプレゼンテーションを拝聴しておりまして感じたことなんですが,病気の影響で発作を起こして意識を失うことを予見しながらあえて運転行為を行っていれば,それは当然,十分な危険性・悪質性があると思うのですが,今日のお話ですと,運転中に自分が意識を失うことを前もって認識することは困難であるようです。正に突然発作が起きる場合もあり得るということも私なりに理解いたしました。そうしますと,初めから意識を喪失することを認識して運転することまでは要求できないでしょうが,場合によっては運転中に意識を失うおそれがあることを認識しながらあえて運転を開始する,あるいは運転を継続するという行為につきましては,それはなお一定の危険性を認めることができるように思います。もっとも,これは通常の危険運転の類型と同程度の危険性があるわけではないと思いますので,むしろ【対応・方策2】の枠内で,言わば中間類型として御検討いただければと考えております。 ○山下委員 私も,今,辻委員のプレゼンテーションを聞いて同じように思ったんです。ただ,今の御意見は(2)【対応・方策2】で対応すべきということであったのですが,これは基本的には,この種の事項は,いわゆる原因において自由な行為という場面になっているかと思うんですけれども,行為と責任能力の同時存在の原則というのが責任主義の観点から必要であるということからすれば,最近,その考え方は大きく2つありますけれども,当然にはそれは直ちに処罰できるものでもないし,危険運転致死傷罪の枠内で捉えられるものではない。それは原因によって自由な行為の問題として考えるべきだし,それについては,改正刑法草案にもありましたが,立法で解決すべきではないかという議論もあったところで,これを危険運転と同じように扱うということは,理論的に無理があるのではないかと考えております。 ○島田幹事 先ほど山下委員のおっしゃったこともよく分かるのですが,確かにてんかん等の病気の中に,先ほど辻委員がおっしゃったように,検査でも発見することが困難である,あるいは病識が全くないといった場合があるということは私なりに理解いたしました。そのような場合には過失がないということもあるでしょう。また過失があっても,そういった過失犯理論の中で確かに対応するということになると思います。しかし病気についてその認識がある場合もあるわけです。その場合に,危険が高まっているということを認識しているにもかかわらずあえて運転したという部分については責任能力はあるわけです。先ほど山下委員が,正に原因において自由な行為的な要素がある,それは立法でとおっしゃいましたが,そのような一定の類型を,そう言っても差し支えない類型を立法するということであれば,十分考えられると思いました。 ○塩見委員 ちょっとお尋ねだけなんですが,橋爪幹事からは,意識を失うおそれがあることの認識で足りるとか,島田幹事からは,病識がなければ過失なしと扱えるといった御発言がありましたが,故意は要るというか,てんかんの発作が起こることについての故意は要るとお考えなのか,過失でも構わないというか,どのようにお考えなのか,お聞きしたいと思います。 ○島田幹事 それは,故意が要るということです。それは危険の故意だけで足りると思いますが,そういうことは必要ではないかと思います。 ○塩見委員 危険というか,運転中に発作を起こすおそれがあると認識していないといけない。発作は突然起こるから分からないという話が最初の辻委員の御説明にあったこととの関係で,どういうことを考えておられるのかが少し気になったのです。 ○橋爪幹事 今の点でございますが,私も島田幹事と同様に,飽くまでも故意犯として構成すべきだと考えております。先ほど申し上げましたように,運転中に発作を起こすと分かって運転していれば,それは当然,意識を失うことについて故意があるわけですけれども,そこまでを要求することはできないと思います。もっとも,そのような具体的な結果発生の認識ではなくて,運転している最中に意識を失って運転が困難になるおそれの認識であれば,行為者にこれを要求することは可能ではないかと考えております。  もちろん,「意識を失うおそれ」の認識がどのような場合に認定できるかは困難な問題だと思います。仮にてんかんの患者さんで,いつか発作が起きる可能性がないわけではないというレベルであっても「意識を失うおそれ」の認識があると言ってしまいますと,限定の意味が全くないと思うんです。そうすると,飽くまでも当該運転行為の間にそのような事態に陥る可能性について認識を要求するべきだと思います。もっとも,その可能性をかなり具体的に捉えますと逆にほとんど認識が認められないことになりますので,その切り出し方は難しいと思うのですが…。 ○辻委員 医者側から考えますと,まず,てんかんの病気の場合には,2年以上発作がない人は免許を取得できるわけです。だから,もうほとんど発作は起こらないと考えているわけです。だから,当然,運転していいという考えなんです。栃木の場合には,要するに運転免許を取れなかった人が,自己申告しないで虚偽申告をして取って,事故を起こしている。医者側から見ると,運転免許を取れなかった人である。だから,そういう人たちをいかにブロックするかというのを考えてほしいということです。今の議論は,不正に免許を取って運転してしまった人です。だから,そこの医者側からの認識の違いがあって,要するにそういう不正に取得して事故を起こした人に対しては厳罰化すべきだという基本的な考えはあるということです。  認知症にしても,認知症を専門とする人たちは最初から,病気の認識がなくて運転しようとするから,それをブロックできるようなシステムの構築が必要ではないかという考え方であります。 ○西田部会長 分かりました。辻委員の御意見は,不正取得の方が問題なんだという御意見だとは思いますけれども,不正取得と併せて,要するにそれを申告しないで免許を不正に取得して運転していれば,自分はてんかんの発作を起こすかもしれないということは……。 ○辻委員 それは認識すべきであると思います。 ○西田部会長 そういう認識はその患者さんあるいは運転する方はお持ちになり得るということですか。 ○辻委員 もちろんそうだと思いますし,医者側も,それを知っていれば,すべきではないという指導はしているということです。 ○西田部会長 もう1点,抗てんかん薬での寛解率が2番目までだと70~80%ということが先生の資料にございましたけれども……。 ○辻委員 だから,その人たちは2年以上発作がないので普通に運転免許を持てると思います。 ○西田部会長 てんかん薬というのは継続的に飲み続けるものなんでしょうか。それとも……。 ○辻委員 3分の1は内服を止めることができることもあります。 ○西田部会長 そうすると,それを定期的に飲まないと発作を起こすということはあるのでしょうか。 ○辻委員 発作を起こす可能性はあります。 ○西田部会長 そうすると,例えば,もういいやというので飲まないで,それで発作を起こすかもしれないと思いながら運転するということはあり得るのでしょうか。 ○辻委員 いや,それは認識できないと思います。というのは,発作をいつ起こすか分からない。1年,2年発作がなければ,もう治ったと一般の人は思うのが多いと思います。それで止めて,また発作を起こすから,飲まなくてはいけないということを患者さんは認識することになります。私たちは,薬を止めるにしても,少しずつ年月をかけて,2,3年かけて減量していきますよと患者さんには言うけれども,発作というのはそれほど一般的に起こるものではないから,患者さんというのは,3か月とか半年とかなければ,もう良くなったと思うんです。それで止めるんです,医者に無断で。そしてまた発作を起こす。そうしたら飲まなくてはいけないという認識が出てくるということもあります。 ○西田部会長 今の辻委員の御意見も踏まえて,いかがですか。 ○武内委員 私自身,てんかん患者が惹起した死傷事故の被害者支援経験がございますので,てんかん等の意識喪失の病気に対して加重処罰をするかどうか,賛否はかなり慎重に考えているところです。ただ,先日の高橋先生のプレゼンと今日の辻先生のプレゼンを拝見した感想として,てんかんというと,とても恐ろしい病気のように思っていたのですけれども,寛解率が高い,あるいは大体5分以内で発作が収まると考えた場合に,むしろ過労等に基づく居眠りの方がそれなりに危険性が高い。あるいは,少なくとも過労による居眠りと,てんかん発作の危険性に関して切り出しを分けるだけの実質的な根拠があるのか,ということを慎重に考えるようになっております。  また,単純にてんかんの病歴があるというだけではなくて,故意犯としての切り出しを前提として,運転開始時点での認識という主観的な構成要件要素を要求するということ,これは理論的には非常によく分かるのですが,運転中,場合によっては意識を失うおそれがあることの認識といった場合,それはてんかん発作と過労による居眠りとでどこが違うのか。運転中に居眠りをしてしまうおそれがあるという認識は,それなりに疲れたドライバーであれば持っているのではないか。それなのに運転してしまったケースと,てんかんの場合とを切り出して厳重処罰するというだけの実質的な根拠というものを,ちょっと慎重に考えなければと思っております。  もう1点。そういった形で類型化していった場合に,何らかの形で主観的な構成要件要素を要求することになると思いますが,目的とか認識といったもので切り分けようとした場合に,これは自白でしか立証できないでしょう。となると,捜査の現場,特に取調べが非常に大変なことになるのではないか。また,先ほど裁判所の方でも御指摘いただきましたけれども,主観的要素での切り出しというのは実務ではかなり大変なことになるのではないか。訴訟において事実認定する場合,特にこれが裁判員裁判の対象となったときに,裁判員の皆さんがそういった主観的構成要件要素の有無についてどのように認定するのか。調書をなるべくなくすというこの裁判実務の中で,どうやって立証していくのかというのは,これはこれで慎重に考えようかと思っています。 ○山下委員 先ほどの辻委員の御説明にもありましたが,自分が運転するとき,発作が起こるかもしれないと思うという認識については,非常に可能性が低いといいますか,先ほど言ったように,当然,運転しようとしているわけですから,自分は事故を起こすつもりで乗っている人はいないと思いますので,発作が起こるかもしれないと思って乗るということはまず考えにくいと思うんです。だから,そういう意味で,主観的要件から見て,こういう類型を処罰化するような類型として切り出すことは極めて難しいのではないかと思いますので,これについては慎重に判断すべきだと思います。 ○上冨幹事 実は今日お配りした「検討すべき論点」の資料の中で,病気の部分については,項目として論点を二つ挙げさせていただいておりまして,対象とすべき病気の種類という切り口と,構成要件として必要な要素として,客観的な危険性あるいは主観的な認識の問題のそれぞれが論点になるだろうということで挙げさせていただいているわけです。例えば,先ほどから問題になっているてんかんについても,およそてんかんという診断名が付く患者さんであれば,全て対象とするのか,それともてんかんとされるもののうち,先ほど辻委員からお話のあったような本来免許が取れないような症状の人に限って対象とすべきなのかということも一つの論点であろうと思います。その上で,客観的な行為の危険性がどうかという問題と,それから,例えば危険運転の一類型として考えるのであれば,現行の危険運転致死傷罪が故意に危険な運転を行ったことを要件とする罪であることとの並びで言えば,当然,主観的な要素としては危険な運転行為についての故意を要求するということになるでしょう。その場合に,もちろん主観的な要件の捜査の困難性というのは常にあるわけですけれども,必要な主観的な要件は何かという問題は,これは避けては通れない問題なのではないかとも考えております。議論としては,そういった幾つかの問題が混在するというか,一体のものとして議論になるのはある意味で当然かとは思いますけれども,最終的には,対象とすべき病気の種類の問題,それから危険性の問題,主観的な認識の問題という形で整理されていけば,より分かりやすくなるかなという印象を持って伺っておりました。 ○辻委員 道路交通法上では,それぞれの疾患に関して,医者は,道路交通法で免許を取れない患者に対して指導していると思います。だから,免許を取れる患者に対しては余り厳しい指導をしていないと思いますので,そういう人は認識がないと思うので,一定の症状等に対する病気ということで,病気そのものを対象にすべきではないと基本的には思います。 ○西田部会長 今までの御議論を整理しますと,少なくとも(1)の中には一定の病気の影響による運転は入れるべきでない,要するに危険運転致死の類型の中に入れるべきでないということでは,一致しておられると思いますので,【対応・方策2】の方で議論するということで,今の上冨幹事の御意見も踏まえて,次回に更に今日の御議論も踏まえた上でのまとめを提出していただきたいと思います。  時間の都合上,(2)【対応・方策2】,危険運転行為と同等とまではいえないけれども,自動車運転過失致死傷罪よりも重い法定刑とする罰則規定を設けてはどうかということで,まず第1にアルコールを摂取した上での運転,次が薬物を摂取した上での運転,これが挙がっているわけですが,これについて御意見をお願いいたします。 ○島田幹事 前回,井田委員からそうした類型を創設するという御意見があったかと思うのですが,その後の議論でやや否定的な意見も出たかと思います。私自身は井田委員に賛成で,正常な運転が困難となるおそれがある,アルコールを一定程度飲んで,まだ正常な運転が困難になっているという状況ではないのだけれども,運転を開始し,その途中でだんだん酔いが回ってきて,正常な運転が困難な状態になり,それで事故が起きるといった,先日配られた資料でも,酒酔いと自動車運転過失で処罰されているものの中でかなり重くなっている事例に,そういう類型があるとされていました。そのような中間的な類型というのは,観念はできる。少なくとも結果的加重犯である危険運転致死傷と過失犯である自動車運転過失致死傷,中間はない,観念できないということはないと考えます。そうなりますと,危険の認識の程度が低いので,危険運転致死傷にはならないけれども,客観的な状況としては同程度に危険であり,それについては一定の認識もあるということですので,第2の類型に入れるということは十分考えられると思います。 ○髙橋幹事 今のお話ですと,現行法上は,アルコールの影響で正常な運転が困難な状態というのは客観的な構成要件で,かつそういう状態にあることの認識というのは,主観的な要件として必要になっています。今,島田幹事がおっしゃった,正常な運転が困難な状態というものと,正常な運転が困難となるおそれがある状態。その観念自体は区別できるかもしれませんが,具体的には,お酒を飲んで運転していて,蛇行運転などを始めて,最後は仮睡状態になって事故を起こすというようなことがあると思うんですけれども,蛇行運転をしている時点では,場合によってはこれはもう正常な運転が困難な状態といえ,かつそういう状態だということは認識している場合も,これは場合によってはもちろん認定できると思うんですけれども,それとおそれがある状態ではどう違ってくるのでしょうか。 ○島田幹事 それよりも手前の酒気帯びないし酒酔いの認識,現行法の程度での結果的加重犯というイメージであります。 ○西田部会長 要するに,余り具体的なイメージが湧かないということ。井田委員,前回の発言に引き続いて,どうぞ。 ○井田委員 現行の危険運転致死傷罪は,犯罪の構造として2段階でできていると考えることができます。つまり,飲酒の影響で正常な運転が困難な状態での危険運転行為,しかも故意でもってそういう危険運転行為を行って,その危険の実現として致死傷の結果が発生するという2段階で構成されているということができます。それぞれをBの段階とCの段階と呼ぶとすれば,B・Cの段階の先行するAの段階というものを考えることができます。その段階では,酒気帯びぐらいのレベルだとします。つまり,そのAの段階において,正常な運転ができない状態に陥るおそれのある状態をそれと認識しつつ運転していて,その後,酔いが回ってきて,客観的にはBの段階,すなわち現行の危険運転致死傷罪の要件であるところの危険運転行為の状況に陥る。ただ,その時点では故意はない,あるいは事後的に故意があることを立証できない,そういう事態にある。そのB段階の危険の実現として,Cの段階で現行の危険運転致死傷と同じ死傷結果が発生する。こういう3段階の構造をもつものとして,中間類型を理解することができるということです。現行の危険運転致死傷罪がBとCの2段階でできているとすると,もう一個前にAの段階があり,その抽象的危険の実現として具体的に危険な状態Bが生じ,さらにその危険の実現として致死傷の結果としてCが生じるという構造になっているということです。  確かに,今Aの段階と呼んだ,一個前の段階の認識は,かなり内容が抽象的なものとならざるを得ません。先ほど橋爪幹事が,てんかんとの関係で,「運転している最中に意識を失うと運転が困難になるおそれが生じ得ることの認識」という表現を用いられました。私はそれは全く正当だと考えるのですが,そのような抽象的認識までをAの段階の故意として要求することになるわけです。この種の抽象的な認識は,非常に言葉にしにくいものがあると思うんですが,飲酒運転の場合は,それは,正常な運転が困難な状態になる,その前段階の状態の認識としてある程度イメージできると思われます。なお,先ほどのてんかんの場合で言うと,例えばこれまで何度も運転中に意識喪失になっているということがあり,免許も取れない状態になっていることは分かっていて,あえて運転を行うという認識がその意味でのA段階での認識です。それらの事情が存在し,それが分かっていて運転行為に出れば,それが状況証拠となり,行為の時点での故意が認定できることになると考えます。故意の内容自体は,先ほど橋爪幹事がおっしゃったような抽象的内容にならざるを得ないのですが,状況証拠による認定ということを考えれば,実務上それほど困難だということにはならないのだと考えております。 ○上冨幹事 今,委員の先生方がおっしゃっていることと合っているかどうかは直ちには分からないのですが,事例集などでも挙げさせていただきましたけれども,現在,実務上,道交法上の酒酔い運転と自動車運転過失致死罪の併合罪とされている事件の中には,恐らく客観的なものの機序からすれば,危険運転致死の場合と同じような状態に至って人が死亡しているという例は,全く個人の感覚で申し上げれば,多いのではないかと思います。  ただ,運転中に正常な運転が困難な状態に現にあるということを認識していたということが,証拠上あるいは実態上認められないために,現行の危険運転致死傷罪は成立しないという事案があり得るのではないかと思われます。先ほど井田委員あるいは島田幹事がおっしゃったような類型はそういった実務的な事案には当てはまるのかなといった印象を持っております。その辺はちょっと実務的なことですので,もし不十分な点があれば,御存じの方に補足していただければと思いますが。 ○松尾関係官 実務的な話ではないのですが,一般的な感想を少しだけ述べたいと思います。  かつては,人身事故に対する刑罰は非常に軽いものでありました。今から考えますと,常識外れのような刑が言い渡されておりました。当時,刑法の業務上過失致死傷罪の法定刑の上限は3年でありましたが,この3年を5年に引き上げるのには大変な苦労を伴い,何年か掛かったことを覚えております。  刑罰というのは,刑事責任を問うという意味と,その犯罪を抑止し予防するという意味と,両面あると思いますけれども,当時は業過の刑が余りにも低いということが多くの人に認識されていましたから,刑の引き上げはその両面において行われたわけですが,特に昭和40年代は,「交通戦争」というスローガンが出てきた時代で,どちらかといえば,交通事故の防止ということに重点が置かれたと思います。しかし,その後,特に平成になって,状況は非常に変わりました。被害者団体の声を聞かなければならない。そういうことで刑罰が格段に重くなってまいりました。このときは,どちらかといえば,刑事責任を正しく問うという視点が表面に出たと思います。  しかし,今の法律状態を考えますと,責任を問うという意味の刑罰の機能は,かなりよく果たされてきているのではないか。今後は,どちらかといえば,むしろ交通犯罪の抑止・予防という点に重点を置くべきではないかという気がします。その意味では,今日,運転の困難を伴う精神の障害について御説明を聞いたのは非常に有意義であったと思います。そのような趣旨で今後議事を進めていただいたら有り難いという気がいたしましたので,ちょっと一言述べた次第でございます。 ○西田部会長 ありがとうございました。まだ御議論はあると思いますが,恐らく,非常に抽象的な話なので,髙橋幹事の方からもイメージが湧かないという,確かにそういう面があることは否めませんので,アルコール及び薬物について,中間的な類型を設けるかどうか,もう少し具体的な案として次回事務局から提示していただいて,それを基にもう一度この議論を続けたいと思います。お願いできますでしょうか。  では,あと10分しかございませんが,2,人の死傷との間に直接的な原因関係が存しないけれども,加重すべき罰則整備をすべきではないかということで,無免許運転,それから無保険,無車検,それからひき逃げというものが挙がっております。まず,ひき逃げはちょっと置いておきまして,無免許から無保険,無車検,この3点について加重類型を設ける必要があるかどうか,これについて御意見を。 ○今井委員 前回,無免許運転について発言させていただきましたので,確認させていただきたいと思います。  今,無免許,無保険車,無車検車について言及されたわけですけれども,その中でも無免許運転といいますのは,道路交通の基本的な技能を持っていない方が運転するということで,他の二つとは分けて考えるべきだと思います。そういった意味で,まず道路交通秩序を無視して運転するということで,行為者の責任非難は高くてしかるべきだと思います。また,無免許の方は一定の運転技能を有しておりませんので,道路交通の安全に対する侵害,ひいては交通関与者の生命・身体を危険にさらす面も少なからずあるということから,私は,違法性・有責性の観点から,無免許運転については別途罰則を整備すべきだと考えております。 ○西田部会長 無保険,無車検については御意見はありますか。 ○今井委員 無保険,無車検というのは,若干様相を異にしていると思います。例えば,保険の場合ですと,保険が義務付けられておりますのは,最終的には事故に遭った被害者あるいは遺族の方に対する金銭的な補償ということに重点が置かれていると思いますが,自動車損害賠償保障法に基づきまして,現在,自動車損害賠償保障事業という制度もなされていると伺っております。こういった方向で,一般的な用語としては悪質な運転の1つになるのでしょうが,無保険車の運転には,十分対処可能ではないかと思います。また,無車検車も同様でありまして,例えば,車検というものは,車検を通った段階で保安要件を満たしている自動車であり,運行に供してよいということになるわけですけれども,実は車検の直後あるいは事前においてどのような状態の車であるかというのは,必ずしも車検の有無とは関係がないわけですから,無免許の場合とはかなり様相を異にしておりますので,無免許以外の二つの類型については慎重に考えたいと思います。 ○石井委員 ちょっと御参考に1点だけ申し上げたいと思います。この「対象とすべき場合」の「免許を取得したことがない場合」,実は警察庁のコンピューター管理の問題なんですが,警察庁のコンピューターでは,免許が取り消された者についてのデータは,本人が100歳になるまで持っております。ただし,自分で失効した人については,年間100万件ぐらいあるのですけれども,データの保存はもう数年でおしまいでございます。ですから,失効した人は,死亡してその更新ができなかったという人もおりますし,自発的に失効した人もございます。ですから,「免許を取得したことのない場合」というのを事実上確認する手段が実は今のところないということでございます。仮にこれをやろうとしますと,10年で1,000万人のデータを保存するとなると,コンピューターシステムを大幅に変えて,コストもものすごく掛かるようになってまいりますので,ここは実務上はなかなか難しいところがございます。 ○西田部会長 このままの文言になるかどうかは別として,ここで意図されているのは,事務局としてはどういう場合を想定しておられますか。 ○上冨幹事 ここで論点として挙げさせていただいた趣旨は,まず「免許を取得したことがない場合」と書いたのは,元々一度も免許を取ったことがない人ということでございます。それをどう立証できるかということについては,今御指摘の点を踏まえてまた考えなければいけないかと思います。  それに加えて,ここに書いてあるようなそれぞれの場合のうち,仮に加重なり,重く処罰するような対処をするとした場合,道交法上の無免許とされる類型のうち,どの範囲までが重く処罰する対象として適切なのかということについて御議論いただければということで,幾つかの場合を挙げて論点として掲げさせていただいたものでございます。 ○西田部会長 石井委員からの御指摘は非常に重いものがあって,実務的に「免許を取得したことがない」という文言にした場合に,それをどう立証するかということは,膨大なデータベース化を前提にしない限りは無理であるという御意見なので,この点は文言上,ワーディングにおいては,十分考慮すべきことかと思います。一応,無保険,無車検につきましては必要性はないということで,無免許についてなお議論するということにしたいと思います。もうあと5分しかございませんので,手短にお願いします。 ○山下委員 私は,無免許運転についても,現行の危険運転致死傷罪の中に,進行を制御する技能を有しないという類型でそこに実質的には入っているので,そこで重く処罰できる場合がありますから,それ以外の場合については一般的な自動車運転過失致死傷罪として,責任や違法性の制度はそこで考慮すれば足りると思いますし,無保険とか無車検も同様で,違法性や責任についても,これは一般的な自動車運転過失致死傷の中で判断すればいいと思いますので,特に新たな規定を作る必要はないと考えます。 ○西田部会長 その御意見はもう分かっております。 ○山下委員 すみません。 ○西田部会長 最後,ひき逃げについて,これは警察庁の方から御説明いただけるということで,私の権限で,すみません,5分ほど時間を延長させていただいてよろしいでしょうか。では,よろしくお願いいたします。警察庁の方から御説明いただけると事務局から聞いておりますが,ひき逃げ。 ○石井委員 どのような御質問か。何を説明するか。 ○西田部会長 では私から質問させていただきます。現行法,道交法72条で救護義務を課し,117条1項・2項においてその違反に対する罰則を設けているわけですけれども,72条は,交通事故を起こした場合に,その負傷者を救護しなければならない。それと安全確保義務と警察への報告義務,この3つの義務を課しているわけです。117条の第1項は,この72条に違反した一般の場合を処罰し,2項で,特にこの事故に起因して死傷の結果を生じた場合を10年以下の懲役に処するという加重類型を設けているわけです。72条は,「負傷者を救護し」という文言です。これに対して117条は,「死傷」という死亡と傷害の両方あるわけです。72条の方は,負傷者は助けなさいという義務付けとして分かるのですが,117条の方は,要するに自動車運転過失致死傷の致死や致傷の結果がもう生じているということを前提として,現場から逃走した場合を加重的に処罰している。そういうことだと理解してよろしいのでしょうか。 ○石井委員 おっしゃるとおりでございます。 ○西田部会長 そうすると,72条の救護義務は負傷者なのに,死亡した場合にまでこれを広げているというのはどういう趣旨なのでしょうか。 ○石井委員 この死亡した場合ということなんですが,例えば,ぶつかって体がばらばらになって,見るからに死んでいるという方は別でございまして,一見,死んでいるかどうか分からないような方々も含めて考えているからでございます。 ○西田部会長 それは,最高裁の判例も,負傷者の意義について,一見明白に死亡している場合以外は負傷者に当たるということですけれども,私の質問は,要するに72条の救護義務というものを課して,その加重類型として117条の2項というのがあるとすると,救護しなかったために死亡したという場合に限定されるのか,それとも,救護しなくても結局死亡したという場合も117条の2項に入ってくるのかということです。この点はいかがでしょうか。 ○石井委員 当方としては,そのような因果関係のないものも含んでいるとは考えております。 ○西田部会長 ということは,要するに自動車運転過失致死傷罪の一種の加重類型も含んでいると理解してよろしいわけですね。分かりました。  このほか,ひき逃げ,「逃げ得」という場合,特に被害者団体からの意見の聴取のときには,特にアルコール,飲酒運転のひき逃げは,要するに現場で追い飲みをするという場合もあるし,逃げ帰って水をたくさん飲んでアルコール濃度を下げる。あるいは,数日たって自首してきて,事故当時のアルコール検知を不可能にする。それによって危険運転致死を免れ,自動車運転過失致死に落ちているような類型がある。それはとても許されないという御意見もありましたし,一般的にひき逃げ自体,要するに現場から逃走しているということ自体が許せないという御意見もありました。したがいまして,「逃げ得」とか,ひき逃げという場合は,アルコールとか薬物の影響があったかどうかを検知できないようにする目的で逃げ,後から自首してくるような場合と,事故を起こした人が現場から逃走するという一般的な場合まで含むのか。それともアルコールや薬物を検知できないようにする目的で現場から逃走するという場合に特化するか。そういう問題もあろうかと思いますが,その点が一つの論点であり,より一般的にひき逃げという行為は,現在,道交法の117条で救護義務違反,72条違反として処罰され,結果的な加重類型も一部含まれている。それを超えて,より重い加重類型を設ける必要があるかどうかということです。この点について御意見があれば。 ○橋爪幹事 今の点でございますけれども,ひき逃げ行為につきまして,実体法として加重規定を設け得るかという点について申し上げたいと思います。そのような可能性もあり得るとは思いますが,なお刑法典の各種犯罪類型との関係におきまして,慎重な分析・検討が必要であろうと存じます。具体的には,第一に,保護責任者遺棄罪との関係が問題になってまいります。単純なひき逃げ行為というのは,保護責任者遺棄罪を構成しない場合もあり得るわけです。それにもかかわらず,同罪よりも重く処罰するということになりますと,その不十分さを補うだけのプラスアルファと申しますか,何らかの悪質性なり危険性といったものが認められなくてはいけないだろうと思います。  もう1点は,先ほど部会長からも御説明がございましたけれども,アルコール検査を免れる目的を有している場合には,ある種,証拠隠滅行為に類似した構造を持っておりますが,現行法の証拠隠滅罪というのは,飽くまでも他人の事件に関する証拠隠滅のみを処罰しており,自己の犯罪に関する隠滅行為は処罰されておりません。もちろん,およそ自己の犯罪の証拠隠滅を処罰することが正当化できないとまでは申しませんが,いずれにしましても,現行の刑法典では処罰されていないという点を踏まえた上で,更に慎重な分析が必要かと存じます。 ○山下委員 今,部会長から,アルコール検知を免れる目的でといった話もありましたので,今,橋爪幹事の御意見もありましたが,それは証拠隠滅的なことですけれども,期待可能性がない。現在のところ,現行法が危険運転致死傷罪と自動車運転過失致死傷の罪の差があり過ぎることによってたまたまそうなっているということでありまして,これは期待可能性のない行為だと思いますし,基本的には事後行為,犯罪行為の後に行われている行為ですので,それを取り込んで刑法の方で実体法として重罰化するというのはなかなか難しいと考えます。 ○西田部会長 ほかに御意見はございますか。  この点は,特に被害者団体からのヒアリングで特に要望の強かった部分なので,今回の議論でこれを終わりにするというわけにはいかないかと存じます。したがいまして,2の論点の中では,無免許の加重,それからひき逃げの問題を期待可能性や証拠隠滅が現行法上,自己の刑事事件については主体となっていないという点なども勘案しつつ,どういう対応策があり得るか。  さらに,1の点についても,一方通行などの点についての危険性の程度,これを客観的な要素としてどれぐらい切り出せるか。また,その際の主観がどうなるか。それから,アルコール及び薬物について中間的な類型を作るとした場合に,その論点です。そこには一定の病気,てんかん等について対応策の2の方で対応する場合,これらについてもう少し具体的な案を次回に事務局からお示しいただいて,それを基に御議論を更に進めたいと存じます。  ちょっと超過しましたけれども,本日の御議論はここまでとさせていただきたいと存じます。  次回の予定につきまして,事務局から御説明願います。 ○保坂幹事 次回の会議は,12月18日火曜日でございまして,午後2時30分から午後5時30分まで,場所は東京地検15階の会議室をとらせていただいております。 ○西田部会長 本日の議事録につきまして,別段,公表を控えるべき点……。どうぞ。 ○上冨幹事 議事録の公開に関してでございますが,先ほどの辻委員のプレゼンテーションの中で上映されたVTR部分についてでございますが,あの点はホームページ上の今後の公開等については,プライバシーの問題もあると思いますので,VTRを視聴した旨の記載を議事録に残す程度にとどめてはいかがかと思います。 ○西田部会長 それが妥当かと存じます。そのように取り計らっていただきたいと思います。  では,本日第3回の会議はこれにて終了いたします。 -了-