法制審議会           民法(債権関係)部会 第2分科会           第6回会議 議事録 第1 日 時  平成24年10月30日(火) 自 午後1時00分                        至 午後5時55分 第2 場 所  最高検察庁大会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)           議        事 ○松岡分科会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会第2分科会の第6回会議を開催いたします。   本日は御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   それでは,本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いします。 ○筒井幹事 本日の審議用に分科会資料8を配布しております。これにつきましては後ほど関係官の新井から御説明いたします。また,中井康之委員から「契約の一方当事者に倒産手続が開始した場合の規律について」と題する資料の御提供を頂いております。 ○松岡分科会長 それでは,本日は部会資料44及び部会資料48の各論点のうち,分科会で審議されることとされたものについて御審議いただく予定でございます。順番を少しだけ入れ替えさせていただきまして,手続法に関する部分をできるだけまとめて審議するために,まず,部会資料44の「第2 消費貸借」,「1 要物性の見直し」「(3)目的物引渡し前の法律関係」,「エ 目的物引渡し前の破産手続開始による消費貸借の失効」を御審議いただき,次いで部会資料48の「第4 事情変更の法理」を取り上げます。その後,部会資料44の「第2 消費貸借」の残りを取り上げるという順序で御審議を頂きたいと思います。休憩前までに部会資料48の「第4 事情変更の法理」を御審議いただき,15時20分頃をめどに適宜休憩を入れることを予定しております。休憩後,引き続き部会資料44の「第2 消費貸借」の残りについて御審議を頂く予定にしております。   それでは,まず,部会資料44,「第2 消費貸借」「1 要物性の見直し」「(3)目的物引渡し前の法律関係」「エ 目的物引渡し前の破産手続開始による消費貸借の失効」,につきまして御審議を頂きたいと思います。事務当局から説明してもらいます。 ○金関係官 御説明します。部会資料44の33ページを御覧ください。この論点は第54回会議で審議がされ,当事者の一方が再生手続開始の決定や更生手続開始の決定を受けた場合の処理等について分科会で審議することとされました。また,その審議に当たっては,部会資料44の第2の2に記載があります消費貸借の予約についても,ここでの議論と同様の議論が妥当するということが確認されました。   この論点について,部会では次の三つの立場が紹介されました。一つ目として,破産手続開始の決定を受けた場合と同様に再生手続開始の決定,更生手続開始の決定を受けた場合についても消費貸借は当然に失効する旨の規定を設けるべきであるという立場。二つ目として,双方未履行の双務契約として取り扱って,再生債務者や更生会社の側に解除又は履行の選択権が与えられるようにすべきであるという立場。三つ目として,再生債務者や更生会社の側だけでなく,その相手方の側にも解除権が与えられるようにすべきであるという立場。以上の三つの立場が紹介されました。よろしくお願いいたします。 ○松岡分科会長 ただいま説明がありました部分について御意見をお伺いしたいと思います。御自由に御発言ください。 ○中井委員 今の論点ですけれども,消費貸借のところでその議論が取り上げられたわけですが,消費貸借だけではなくて,そのほかの契約類型についてもいずれどこかで整理しなければならないだろうと思っております。そこで,弁護士会で議論を十分したわけではありませんが,考え方を整理したものをメモとして提出させていただきました。   本論から外れますが,基本的な考え方については再建型手続と破産手続とは分けて考えるべきだろうと。現在,民法では基本的には契約関係の処理については破産手続開始についてのみ規定されており,再生手続,更生手続については規定されてはおりませんが,全体的な規律の仕方,民法に規律するのか,倒産法にまとめて規律をするのか,その全体像は最終のところで議論しなければならないと思っております。まず,双方未履行の双務契約に関する基本的規律は,各倒産法にある,破産法においても53条にある。それに対して,民法は,破産法の双方未履行の双務契約の適用を前提として,特別な規定として,例外規定が置かれている。本則が倒産法にあって例外が民法にあるというイレギュラーな構成になっているので,その点に留意しなければならない。   再建型倒産手続においては基本的に事業は継続するので,双方未履行の双務契約の基本規律が適用されて,特段の事情のある場合に,どういう場面で例外規定を定めるかを検討すべきだろう。その一つが,今から議論される消費貸借契約において諾成契約を認めた場合に,目的物交付前に再建型倒産手続が開始した場合に,単純に双方未履行の双務契約のみでよいのかどうかというのがここでの論点だろうと思います。したがって,そのときに借主側に再建型倒産手続が開始したときに,貸主側に解除を認めるのかどうかがまず議論されるべきだろうと思います。同様の問題は,使用貸借を仮に諾成契約とした場合に,目的物引渡前に再建型倒産手続が開始した場合に,どのように規律するかということも考えなければならないと思いますし,雇用について,これも使用者側に再建型倒産手続が開始した場合に,果たして単純に解除若しくは履行の選択というだけで処理していいのか,これは労働者の保護の観点から検討すべきでしょう。   他方,破産手続についても現在の規律は,双方未履行双務契約の基準がまず破産法にあって,例外則が民法に定められているわけですけれども,ここもどういう観点から例外則が定められているか,整理する必要があるのではないかと思っております。一つの類型は,要物契約が仮に諾成契約になるとすれば,消費貸借を典型としてですが,目的物交付前に一方当事者について破産手続が開始した場合の規律を整理しておく必要があるだろう。それは消費貸借の予約も,消費貸借も,使用貸借も,寄託も,いずれも同じ範ちゅうの問題になるのではないかと理解しております。   また,失効という形の提案がいいのかという点も論点になろうかと思います。それ以外にも相手方の利益を保護する必要がある場面で相手方に解除権を与えている,原則は双方未履行の双務契約の適用があるけれども,相手方に保護を与える場面として,これも整理しておく必要があるだろうと思いますが,仮に役務提供契約等が導入されるとすれば,そのときの役務受領者破産において,請負における注文者破産と同じような規律が必要なのか,また,委任において委任者破産のときに受任者側からの解除権を特別に認める必要があるのか,この辺りの議論を整理しておく必要があるのではないかと思っております。   以上が総論ですけれども,消費貸借に関していいますと,破産手続に関する弁護士会の多くの意見は,ここにある提案どおりに,消費貸借を諾成契約として目的物交付前に一方当事者に破産手続が開始したときは,失効するという考え方を支持する意見が大多数でした。ただ,失効するというのがいいのか,終了するというのがいいのか,委任のところでは終了するという言葉が使われておりますので,そこについては更に検討する必要があるのではないかと思います。なお,一つの会だけがこの点についても双方未履行の双務契約の原則規定を適用させた上で,貸主側に解除権を付与して貸主側の不利益を回避するという考え方で統一するという意見もあったことを御紹介しておきます。   次に,今日はその論点かもしれませんが,再建型倒産手続の場合にどう考えるか。先ほど金関係官から三つの案が提示されましたけれども,第1の当然失効するという考え方については反対です。二つ目の双方未履行の双務契約の原則を適用するのか,若しくは双方未履行の双務契約を適用した上で,貸主側の不利益を回避するために解除を認めるのか,そのいずれかではないかと考えております。 ○松岡分科会長 大変広範な目で問題を整理していただきまして,大変ありがとうございました。今の中井意見について御意見を頂いても結構ですし,全く独自に御意見を頂戴しても構わないと思います。 ○山本(和)幹事 中井先生のペーパーを見て,確かに私は前回,三つの考え方があり得るのではないかということを発言させていただきましたが,三番目に申し上げた相手方にも解除権を認めるというのは,確かに借主側の手続開始の場合はそうですが,貸主側の手続開始の場合には貸主側の再生債務者ないし管財人が履行選択をした場合に,借主に解除権を与える必要があるかというと,確かにその必要は余りなさそうな感じがしますので,もし,そこを双方未履行でいくのであれば,そこの特則は民法には特段,要らないということになるだろうという気が確かにしました。   完全に双方未履行なのか,貸主に解除権を認めるのかというのがどちらがよいかというのは,理論的には必ずしも私は何か決め手が余りないような感じがしていまして,だから,結局,借主側の再生債務者等が履行選択した場合に,貸主の権利は共益債権となって保護されるわけですけれども,それで十分なのか,やはり契約から離脱する権利を貸主に認めなければ貸主に酷なのかということかなと。仮に貸主に解除権を認めると,私は実務的なことはよく分かりませんが,結局,両方の当事者が一致して契約を続けると考えないと契約は続かないわけなので,それならば,あるいは破産と合わせて失効にして,改めてDIPファイナンスの契約を結ぶというのと,どこが違うのかという感じもしなくはなくて,ただ,実務的にはそこは違うとすればそこの違いをどちらにするか,議論をする意味はあるのかもしれないとは思いますけれども,そこが個人的には気になっております。 ○松岡分科会長 ありがとうございました。   私は司会ですけれども,今,まだどなたからも手が挙がっていないので,発言させていただきます。先ほどの中井委員の御提案についてです。弁護士会では,破産の場合には当然失効説が大多数だけれども,倒産手続の場合には当然失効には反対だという意見が多いという御紹介がありましたが,その決定的な違いは何でしょうか。というのは,今,山本和彦幹事からも御発言がありましたけれども,仮に貸主に解除権を認めるといたしますと,先ほど御指摘のとおり,両当事者が合意しないと実際は契約は存続しないので,それなら失効という扱いをしても同じではないのだろうかと素人目には思うのです。その辺りの御説明を少し加えていただけると大変有り難いです。 ○中井委員 基本をどこに置くかというスタンスの違いなのかと思います。つまり,再建型倒産手続においては原則,平場の状態が倒産手続においても継続する,倒産債務者側若しくは倒産管財人側が再建手続を進める上で問題があれば解除できる,履行か解除の選択ができる。これを全ての契約類型における基本に置いてはどうかという考え方があるからです。したがって,基本はそこに置いた上で最小限の修正を加える。   それは消費貸借の目的物交付前も同じであって,相手方に倒産手続が開始したのにお金を貸さなければいけないのか,共益債権だけれども,返ってくるのかという,このリスクに対する答えとしては解除権を用意しておけば,それで足りるだろう。あえて全てを失効させて,一からもう一度,契約の形成をさせるよりは,元の契約の生きる道を残した上で,貸主側の不利益を回避するための手立てのみ作っておけば,それで足りるのではないか。こういう考えに基づきます。 ○畑幹事 借主側が倒産手続を開始したときに,貸主に解除権を認めるべきかということについては,私も考えあぐねて現在に至っております。直感的には解除権はあっていいような気もするのですが,ただ,部会で前回でしたか,議論した不安の抗弁権一般とのバランスのようなことも考える必要があるのかなという気がしております。そこでは,中井委員からでしたでしょうか,倒産手続が開始して履行が選択されれば,財団債権,共益債権になるのだから,不安の抗弁権は必要ないというような御議論がありまして,私もそこではそうだなと思っていたのですが,そうすると,ここで,貸主が不安の抗弁権をより強化したような形で解除ができてしまうというのがどうなのかな,と。ただ,正に与信そのものなので,借りる側が倒産したら,チャラにできてよさそうな気もしますし,というようなことを考えていた次第です。   それから,仮に貸す側が解除できるという規律にすると,山本幹事が今,おっしゃったように当然失効という規律で双方が望む場合に契約をやり直すのと結局は同じことになるということを考えていたのですが,それでどうするかというのは,そういう場合に契約を維持したいというようなニーズが,実務的にどのぐらいあるかということにもよるのかなという気はしておりました。つまり,いちいち,契約をやり直さなくても維持できるというほうが望ましいというようなシチュエーションが,どのぐらいあるのかということにもよるのかなとは思っておりました。 ○松岡分科会長 今の御指摘の辺りは私も実務家の皆様方に伺いたいところです。相手方に再建型倒産手続が開始したにもかかわらず,元の契約の条件で貸し続けるという必要がどの程度あるのか,実際,そういう選択がされることがあるのかをお教えいただければ有り難いと思います。 ○三上委員 金融機関の一般の考えとしては,倒産したのであれば,破産であれ,民事再生であれ,同じことで,もし,そこでDIPファイナンスとして貸すのだとしても,全く違う条件になるはずなので,元のままの条件で貸したいという発想はまず100%ないと思います。一応,融資者の意見としてはそういうものだということを,参考までに。 ○中井委員 今の実務でこのような場面はありませんので,起こっていないという事実がまずあると思います。一つは要物契約だから理論的に起こらないということですけれども,事実上,諾成的消費貸借契約があるとしても,一定,危機時期にある状態でこのような契約ができて,合意から契約,融資実行まで時間を置いているような再生会社,若しくは更生会社,そのような事例は経験したことがございませんので,ここはかなり観念的な議論であることは間違いがないと思っております。   それから,私が,「不安の抗弁権」のところで述べたことは,開始自体を理由にして不安の抗弁権を行使することについては反対であると。その考え方は変わりませんし,不安の抗弁権自体に対して行使できる場面を非常に限定したいと思っておりますので,仮に倒産手続が開始したから回収に不安がある,だから,不安の抗弁権が行使できるという使い方自体に私は反対なために,そこは明確にしておきたい。では,その考えを貫いて民事再生手続が開始し,更生手続になった会社に,金融機関がその直前に契約しているからといって貸してくれるかというと,今,三上さんがおっしゃったとおりの御意見になるのだろうと思います。そうであれば,不安の抗弁権の行使ではなくて,きちっと法律上,貸主側に不利益回避のための手立てを置いておいたほうが,私としては論理としては一貫するのと思っております。   もちろん,実務的にワークするのであれば,双方未履行双務契約一本主義というのも理論的にはあり得ると思いますけれども,これはかなり消費貸借という限りにおいては他の契約類型,売買であるとか請負とかとは違って,一方の交付が終わってから初めて返還債務が発生する契約類型だけに,現実的には難しいと思っております。 ○松岡分科会長 ありがとうございました。 ○畑幹事 結論がどうということではないのですが,これも部会で確か山本幹事がおっしゃったかと思うのですけれども,そもそも放っておいて,これが双方未履行双務契約の規律になるのかどうかというのも,必ずしもよく分からないところがありまして,例えばここに伊藤眞教授の体系書がありますけれども,これは消費貸借の予約についてですが,片務契約だということを書いておられて,それを前提に議論しておられます。ただ,今回,何らかの規定を置いて規律をはっきりさせれば,放っておくとどうなるかということは,考えなくて済むということにはなるのかもしれませんが。 ○中井委員 放っておいたらどうなるのかという観点で,今頃言うのは時機に遅れているのかもしれませんけれども,部会資料の34ページの4行目の「また」以降の4行がよく理解できないのです。貸主に破産手続開始決定があった場合,何も規定がなければ借主は破産債権者として配当加入する,100万借りられるときは100万を貸せと言って10%の配当を受けられる。他方,「借主に対する返還請求権が破産財団を構成する」,ここの意味ですけれども,100万円を返せと言えるとは考えていないのだろうと思うのですが,そのようにも読めない,100万円のうち,配当10%で10万円が配当されたら,10万円が貸されたものとして10万円の返還請求権があると考えているのか。   「そのような処理は手続が煩雑で破産財団にとっても必ずしも有利ではなく」,この一文がよく分からない。仮に10万円しか貸さなくて100万円が返ってくるのだったら,破産財団にとっては棚ぼたの利益がある。配当手続で10万を貸して,終わったと思ってからまた10万を回収して,再度,配当手続となると,これでは破産手続は終わらない。いずれにしろ,何も規定がなかったら問題だというのはそのとおりだと思います。仮に双方未履行双務契約と考えなかったとき,何の規定もなかったら,一体,どういう帰結になるのかというのは,畑幹事もおっしゃいましたようによく分からないなと思っております。 ○松岡分科会長 今の点はいかがでしょうか。 ○金関係官 最初の点について,部会資料44の34ページの「借主に対する返還請求権が破産財団を構成する」の意味ですけれども,100万円を貸す諾成契約を締結していれば実際にお金が借主に渡っていなくても100万円の貸金返還債権が破産財団となるという意味なのか,そうではなくて,配当で10万円が渡ったら10万円の貸金返還債権が破産財団となるという意味なのかがよく分からないという御指摘を頂きました。その点については,諾成的な消費貸借について契約締結時に貸金返還債権が発生すると考えるのか,そうではなくて,借主に金銭を交付した時に初めて発生すると考えるのかという問題に帰着するように思います。今回の部会資料では,後者の考え方,諾成契約であっても契約締結時に貸金返還債権が発生するのではなくて,実際に金銭を交付した時に貸金返還債権が発生するという考え方に立つことを補足説明などで記載しておりまして,その意味では,配当で10万円が渡った時に10万円だけ貸金返還債権が発生するという意味のつもりです。   その後にある「そのような処理は手続が煩雑で破産財団にとっても必ずしも有利ではなく」という記載に関しても,10万円しか金銭が借主に渡らないのに100万円の貸金返還債権が発生するという事態は生じませんので,中井委員がおっしゃった棚ぼたの利益が生じることはないと理解しております。また,煩雑だという点は,正に中井委員がおっしゃったように,配当の形で10万円を渡してそれを返してもらったらまた配当の形で渡してそれを返してもらうということを繰り返すことになるかもしれないという,そういう趣旨だろうと思います。   次に,何も規定がなかったら双方未履行双務契約と扱われるかという点についてですけれども,諾成的な消費貸借が双務契約かどうかというのは,第53回会議と第54回会議の二度にわたって話題になったと思いますが,依然として難しい問題であると認識しておりまして,民法の文献などを見ると,無利息の諾成的消費貸借は双務契約ではないと書かれているものがありますし,利息付きの諾成的消費貸借についても双務契約ではないと書かれているものがあります。このような状況を見ると,むしろ,破産法53条における双務契約,破産管財人に解除か履行かの選択権を与えるべき契約を抽出する際の概念である双務契約と,民法におけるといいますか,同時履行の抗弁とか危険負担が適用されるような,そういう意味での双務契約とでは,後者のほうが対価性とか牽連性というものが比較的厳しく要求されているのではないかという疑問さえあり得るところでして,ひょっとすると双務契約という一つの概念で両者の規律を整合的に捉えること自体に無理があるのかもしれないとさえ感じるところです。いずれにせよ,是非本日そこは議論していただきたいと思っております。 ○潮見幹事 金関係官に質問なのですが,同時履行でいう民法レベルでいう双務契約の概念と,倒産法で問題となっているところの双務契約の概念は同じだと個人的には理解しました。その意味では,中井先生が作られたメモの整理というのは,そういう意味ではよく分かるところがあって,もし,概念を変えるということであれば,どちらかの概念はきちんと変えたほうがいいのではないかと思いますし,逆に同じだということであるのならば,先ほど規定がなければ,中井メモでいうところの原則が適用されるということになるのではないかという印象を持ちました。   それから,消費貸借が双務契約かどうかという話で,今,おっしゃられた部分については飽くまでもどちらかといえば要物契約というものを前提として,そこで考えた場合に利息が付いている場合と付いていない場合で,付いていない場合のほうは片務契約と,利息付きの場合については双務契約と見る立場と見ない立場があるという整理になるのではないかと思います。そこからすると,諾成契約として消費貸借を捉えた場合に,貸借型の諾成契約での例えば賃貸借などと同じように貸す債務と,返す債務というものがあって,もちろん,返す債務というのは先ほどから話があるように,目的物の引渡しがあって初めて成立というか,具体化するというようなものでしょうけれども,そのように見た場合には諾成契約という形で捉えた場合に,これは双務契約と考えるのが自然ではないのかなという印象を持っています。 ○金関係官 ありがとうございます。少なくとも現在,破産法と民法とで双務契約の概念が異なるという議論はないと思いますし,私もそのように理解しているというわけではありません。ただ,諾成的な消費貸借が双務契約かどうかという点がそれほどはっきりしていないように思える中で,双務契約であることを当然の前提として議論が展開されることに若干の不安を覚えたということでございます。   それから,賃貸借は,貸す債務と返す債務とが対価関係に立つというよりも,目的物を継続的に使用収益させる債務と賃料債務とが対価関係に立つということだと思いますけれども,そうすると,少なくとも無利息の諾成的消費貸借は,貸す債務と返す債務しかないので,これを双務契約と言ってよいのかというのは,やはり不安があるように思います。また,利息付きの諾成的消費貸借についても,賃貸借の場合に継続的に使用収益をさせる債務と賃料債務とが対価関係にあるというのと同じような発想で,諾成的消費貸借の場合の金銭を渡すだけの債務ないし金銭の所有権を移すだけの債務と,日々発生する利息の債務とが対価関係にあると言ってよいのかどうかという点も,引き続き検討の余地があるように思っております。今の潮見幹事の御指摘を踏まえて,もう一度検討したいと思います。 ○山本(和)幹事 確かに条解破産法では潮見先生の教科書を引用して,諾成的消費貸借は双務契約であるということで,双方未履行双務契約の適用があることを前提として,どう考えるかということが論じられていたように思います。ただ,私も金関係官と同じような疑問を持っていて,少なくとも現在の判例法理において,破産法の双方未履行双務契約の規律が妥当する双務契約に当たるかどうかというところでは,ファイナンスリースの判例では正確な文言は忘れましたが,今,金関係官が言われた,相互に対価性があり,相互に担保し合っているというか,そういうような文言があったかと思いますけれども,そういうような関係に二つの債務が立つときに双務契約なのであると。ファイナンスリースにおいては,そのような対価的関係,相互に担保し合うような関係が債務に存在しないので,53条は適用にならないという議論をしているということであったかと思います。   そういう意味では,消費貸借の場合に,最初に貸すのは返してもらうというのを担保視していると言えるのかどうかというところが問題なのかなという感じがしまして,確かに言えそうな感じもするんですが,しかし,同時に何か担保視し合っているという関係にはなくて,貸したから返してもらうという関係にあるので,もちろん,返してもらうことを前提にして貸すわけなんですが,そこが少し違うような印象を私なんかは持っているということで,それを前提とすれば,もし双方未履行の双務契約を妥当させるならば,特則があるべきではないかという印象は持っています。 ○潮見幹事 山本幹事がおっしゃったのはよく分かるので,今の部分について解釈でいろいろあるのであれば,むしろ,規定を置いておいたほうが安全かと思います。置くときに先ほどから問題になっている分科会長がおっしゃったような結局は失効でしょうと,その後はやりたければ,どうぞ続けてくださいと考えるのか,それとも,中井委員がおっしゃったような,ここでは理念が大事で,結論はそれほど変わらないのだから,理念を重視する規定を置くのか,どっちかで決めるか,あるいは両方があるということから,中間試案で広く意見を聞いてみるのがよいのではないでしょうか。 ○中井委員 私も2ページの一番上で,双方未履行双務契約になるのかどうかは理論的によく分からなかったので,ここだけは「適用(準用というべきか)」と書いたのはそういう趣旨です。   それから,先ほど松岡分科会長から失効ではいけないのかという問いがありましたけれども,双方未履行双務契約の基本規律を適用させて,例外則なら例外則を設けるほうがまだよいと申し上げたもう一つの理由として,今のやり取りを聞いておりましても例えばファイナンスリースの契約などは,仮に典型契約化がなされなかったとした場合,この契約を締結した後に借りる側が再建型倒産手続の開始を受けたときに,基本原則としては契約は生きていて,双方未履行双務契約の適用があると考えることができれば,より再建に資するのではないか。そういう解釈にも影響を及ぼす可能性を秘めていると思いますので,そういう意味でも原則をここは尊重した上で,例外則を認める方向のほうがいいのではないかということを補足しておきます。また,貸主が金融業者の場合に,貸主に再建型倒産手続きが開始した場合は,失効させる必要はなく,原則通りでよいと思うのです。 ○松岡分科会長 今,部会で出た三つの案のうち,直ちに双方未履行の双務契約として扱うということについて賛成する案はないようですから,先ほど潮見幹事がおっしゃったとおり,当然失効にするのか,それとも,中井委員の先ほどの御発言ですと言わば理念ないし考え方を前提として契約を有効に存続させた上で解除権を付与するのか,今のところ,この二つのどちらかということになりそうです。   ただ,どちらの案にしても利息付消費貸借契約が当然に双務契約になるのかどうかについては,先ほど金関係官の問題提起もあり,山本和彦幹事の賛成の趣旨の御発言もあり,私も次のように考えてきました。すなわち,賃貸借と同じように考えるなら貸し与え続けて返還を請求しないことと,利息の支払とが対価関係にあって,契約のスタート時点で貸し付ける行為をして利用を始めさせ,利用期間が終わった時点で契約の終了と清算として返してもらうという関係は,お互いに双務性はないのではないかという疑問をずっと抱いておりました。利息付消費貸借契約が双方未履行の双務契約に当たるかどうかに決着を付けないと先に進めない問題ではなく,いずれにしろ,特則を設ける必要があること自体には,ほとんど御異論がなく,あとはどちらで理解するかというだけの話なると思います。   あと,加えて何か御発言いただくことはございませんでしょうか。まとめ方としてはどうなりましょうか。先ほど潮見幹事が示唆されたように,2案を併記するような形で提案するのか,それとも,事務局のほうで御検討いただいてどちらかに絞るということにするのか,この分科会ではそこまでは決められないのではないかと思います。 ○中井委員 私のメモで「第4 使用貸借」も整理しておりますけれども,これを要物契約から諾成契約に変えた上で,目的物引渡し前に借主側に再建型倒産手続が開始した場合にどうなるのか。無償性を理由にもはや貸主にはやめたという権利を与えるのか。この点,使用貸借については場合によっては契約内容によりますけれども,借主側に事業継続に必要不可欠な場合があると思います。例えば他の契約と併せて使用貸借が結ばれていて,その借り物と一緒に事業が継続されるという,そのような例も十分想定できるので,少なくともこちらでは,双方未履行双務契約の規律が基本的に適用されるべきだと私は思っていますし,貸主側に解除権を認めることについては,更に消費貸借に比べると慎重であるべきだとも思っております。   こういう連続性を考えても,先ほどの基本に戻りますけれども,再建型倒産手続において消費貸借だから直ちに失効というよりは,双方未履行の双務契約の規律がまずは適用された上で,特別の保護を与える必要があるかどうかで,それに修正を加えるという考え方で統一するのがよろしいのではないか。 ○松岡分科会長 中井委員に質問です。使用貸借も双務契約と考えてよろしいのでしょうか。その御理解には,私の理解とは距離感がある感じがします。 ○山本(和)幹事 私も分科会長と同じ印象を持つわけですけれども,もし規定がなければどうなるかということなんですけれども,消費貸借は確かに借主が破産した場合に,借主の管財人は貸主から100万円を請求できると。しかし,貸主の債権が破産債権になるのではないかという問題があって,100万円の債権が10%になって10万円しか配当されなくなる。これは破産手続開始前に原因があるのではないかという気がしますので,そうすると,そうなる可能性があって,それは非常に恐らく不均衡であることは明らかで,それは契約を失効させる一つの理由だと思うんですけれども,使用貸借の場合は取戻権になるわけですよね,貸しても後は。ですから,アプリオリに失効させるという必要は必ずしもないような感じはして,だから,どうということではないんですけれども,だから,実質的にはそこは違うような感じがするとは思っています。 ○岡委員 借主の倒産手続開始と貸主の倒産手続開始で分けるべき,また,分けなければいけないように思いました。中井さんは破産と再生型で分けていましたけれども,ここで議論されている借主が破産あるいは再生になった場合は貸す前提が大きく変わると。それから,返せという債権が和彦先生がおっしゃったような倒産債権になる可能性もあると。ですから,借主が倒産手続開始した場合は当然終了にかなり実務的な整合性があると思います。   逆に,貸主が破産した場合,貸主が再建型の手続に入った場合は,破産の場合は事業継続もないこともない,再建型は原則,事業継続に連なっていくとなると思います。破産の管財人が事業継続して貸し続けることは余りないとは思いますが,貸主が破産した場合には履行選択という考え,立法としては当然終了でもいいと思いますけれども,履行選択の余地を認めてもいいのではないか。再建型の場合の貸主の手続開始の場合には履行選択を与え,相手方に解除権を認める必要はないような気がいたします。分け方を貸主の倒産手続と借主の倒産手続で分けたほうが,実務的には分かりやすいのではないかと思いました。 ○山本(和)幹事 確かにそういうお考えからすると,先ほどのどちらの規律をするかという観点からすれば,貸主,借主の双方の再生・更生手続開始について双方未履行双務契約の規定を準用して,そして,借主の再生・更生の場合だけに貸主に解除権を与えるという特則を書くという,破産の場合の請負型というか,そういうような規定ぶりだと思いますけれども,そういうような規定をすることは考えられ,だから,そういう意味では,借主の倒産の場合を失効にして,貸主の破産の場合に双方未履行双務契約の規律を準用するよりは,双方に準用して一方の場合にだけ解除権を付与するという規律のほうが,確かに全体が整合的であるのかもしれないという感じがいたします。 ○中井委員 私は破産と再生とを分ける。再生については貸主の場合と借主の場合とを分ける。借主について再生の手続開始があった場合に限って貸主側に解除権を認める。そういう形にしていますから,今,山本和彦幹事がおっしゃられた二つ目の整理の仕方がいいのではないかという考えです。先ほどの使用貸借は場合については,もう少し,考えさせてください。 ○松岡分科会長 今のような議論状況を少し考慮した上で,一回,部会に返していただくことになりますので,そのときに整理をしていただくということで,それでは,引き続きまして今度は部会資料48,「第4 事情変更の法理」につきまして御審議を頂きたいと思います。事務当局から説明をしていただきます。 ○新井関係官 それでは,説明いたします。本日,机上にお配りしました分科会資料8についてまず御説明いたしますと,これは事情変更の法理を今日,審議していただく際の参考にしていただこうと思いまして,事情変更の法理が問題になりました判例あるいは裁判例,これを幾つかピックアップいたしまして,その判示部分を掲載した資料でございます。事前にお送りしておりましたが,今日の審議の中でも適宜参照していただければと思っております。   引き続き,部会の審議状況などについて説明いたします。この論点につきましては部会資料48の25ページ以降に掲載がございます。第60回会議において審議がされまして,規定を設ける場合の具体的な在り方などについて,分科会で審議されることとなったものです。   まず,全体的な意見としましては,濫用のおそれなどを指摘されて明文化に反対するという御意見がございました。その他方で,この法理自体は確立したものであり,それを条文上明示するということには意義があるということで,明文化に積極的な意見もございました。そして,労働契約に事情変更の法理が適用されるのは適切でないということで,労働契約については適用除外とすべきであるといった御意見もございました。   要件についての御意見ですが,要件が不明確である場合には,適用の可否について誤解を招いたり,あるいは濫用的な主張を誘発するおそれがあるという御指摘を頂いております。また,適用される場面につきましてイメージが一致しているのか否かに留意しながら,条文化に適した要件の在り方を検討すべきであるといった指摘がありました。そして,比較的長期の契約に適用場面を限定するといった考えの御指摘を頂いた一方,本文中の要件のうち,予見可能性といった要件や帰責事由といった要件については,債務不履行の一般原則で言われているようなそれとは質的に異なったものではないのか,などといった御指摘がございました。   効果論についてでございます。契約の改訂につきましては,明文化に反対するという意見がございました。また,そのような契約相手に慎重論が強いということを踏まえると,契約改訂を仮に導入するとしても,部会資料で取り上げたような限定的な案が相当ではないかといった御意見もございました。そして,大阪弁護士会の案として御紹介いただいたものとしては,事情変更があったとしても,原則として当初合意どおりに契約は守らなければならないという大原則をまず明示した上で,厳格な要件の下で契約の拘束力から免れることがあるといった,抽象的な効果のみを規定するといった考え方の御紹介を頂きました。   また,再交渉手続につきましては,ハードシップ条項については取引実務でやむを得ず入れる場合があるものの,必ずしも好意的に受け止められているわけではないとした指摘がございました。   そして,裁判手続には裁判上の行使に限定する場合でも,非訟事件とするほか,契約の改訂について当事者の主張に拘束されるとするならば,訴訟手続の中でやるということも考えられるといった御意見を頂いております。   以上のような審議状況を踏まえまして,要件についての工夫の在り方,あるいは効果についての在り方などについて,引き続き,御審議いただければと思います。よろしくお願いいたします。 ○松岡分科会長 新井さん,今日,分科会資料8を追加でお配りいただいていますので,これにつきましてもごく概略をかいつまんででもよろしいので,趣旨を御説明いただけますでしょうか。 ○新井関係官 この資料は,主には公式裁判例集に載っている裁判例ないし最高裁判例をピックアップし,事情変更の法理について判示しているという部分をこちらで適宜選びまして,まとめて掲載したものです。前半では,事情変更の法理に基づく契約の解除について,肯定例と,否定例とを挙げています。5ページ以降では契約の改訂を判断したものについて,肯定例,そして,否定例をそれぞれ挙げております。   ざっと見た印象としては,売買の予約ですとか,あるいは賃貸借といった,契約関係が比較的,長期にわたるというような場合が比較的目に付くことですとか,肯定例の中で目に付くのは,物価の非常な上昇によって,当初の契約どおりに拘束するのは適切でないと判断されているといったものが複数あるといったことが,指摘できるかと思います。 ○松岡分科会長 それでは,ただいま説明がありました部分について一括して御意見を伺いたいと思います。御自由に御発言ください。 ○坂庭関係官 1点だけ発言させていただきます。分科会資料を御準備いただきましてありがとうございました。この資料の関係で,新井関係官から,事情変更の法理の肯定例としては長期の契約に関するものが目につくとの御指摘がありまして,そのまとめ自体に反対する趣旨ではございませんが,紹介されている二つ目の裁判例は,少し特異であるという印象を受けておりまして,金子幹事が部会でおっしゃった,事情変更の法理が適用される対象としてどういう事例を念頭に置くのかということとも関係すると思いますので,指摘をさせていただきたいと思います。   どういうことかと申しますと,まず,分科会資料で引用されているほかの裁判例は,部会資料の整理でいいますと等価関係の破壊に関する裁判例に該当すると思いますが,二つ目の裁判例は目的の不到達が問題になった裁判例に該当すると思いますので,その違いを意識する必要があると思います。そして,目的の不到達の場合にも事情変更の法理を理由にした解除を認めるべきなのかについては,慎重な議論が必要であると思います。この場合に安易に解除を認めますと,事情変更の法理の適用範囲がかなり広がることになると思います。   また,この事件に関しては,他にも少し気になることがございます。この裁判例の事案は,ガソリンスタンドに関して距離制限か何かがあり,ほかの人が抜け駆け的にガソリンスタンド開設を申請してしまったので,ガソリンスタンドを開設することができなくなり,だから,契約の目的が不到達であるというものですが,抜け駆け的に開設を申請した人は,余り役に立たないところにガソリンスタンドを開きますという申請だけして,実際には何もしていないという妨害の意図が感じられる事例です。裁判例の原文を当たりましても,当事者の一方との間に通謀があったという認定はありませんが,単に目的不到達であるというだけではなく,特殊な事情があり,そのことが裁判の結論に影響を与えた可能性もありますので,裁判例を参考に要件を検討する際には,このことを御考慮いただく必要があるのではないかと思います。 ○松岡分科会長 私もこの資料を拝見したときに,最初,2番目の大阪高裁の事例は今の御指摘のとおり,目的不到達若しくはそもそも「ガソリンスタンドを開設できる土地」を賃貸借したと考えるのであれば履行不能とも言えますので,そちらでも処理できるのかという印象がありました。また,一つ目の裁判例につきましても,これは原典も少し見てみたんですけれども,再売買の予約の事例ですが,果たして本当の予約なのか,担保的な予約かの見極めができませんでした。もし,担保的な予約だとしますと,現在,仮登記担保法もあり,清算義務が強行規定として定められておりますので,それを潜脱するような形で売買代金額を増額するのは,実質的には利息の積み増しになって認められない可能性が高いという感触も抱きました。   今回,御紹介いただいた改訂の事例もそうで,例えば6ページの札幌地裁の判決は代金改訂を認めていますが,貨幣価値の変動,土地価格の高騰以外に具体的にほとんど理由として十分な説示がないまま,すごく簡単に事情変更による改訂を認めているとの印象があって,こういう裁判例が出てきますと部会で御指摘が再三ありましたとおり,特に改訂について余り安易に認められると困るのではないか,この札幌地裁の判決はいかにも曖昧な理由で簡単に事情変更を認め過ぎていないかという印象を受けます。先ほどの解除の肯定例の二つも,一つは別の法理で処理できるし,片一方はもし担保的なものだとしたら,そのまま維持はできないということで,適切な例としてどれほどのものが見いだせるのかについては,やや疑念があるという感触を抱いております。 ○中井委員 私も事情変更の法理の適用事例の典型は何なのかということの共通認識を得たいと思うのですが,分科会資料8の判例を順番にいくと,一つ目は,10年たって146倍で,四つ目の仙台高裁は20年たって620倍,五つ目の札幌地裁は昭和17年のものが昭和51年の判決ですから,30年以上たって1,000倍,こういう差のあるものについての裁判例である。   それに対して対案があるわけではありませんけれども,債権法改正の基本方針で例として挙げられている一つが航空機燃料で,これは原油が高騰したから航空機用燃料が高騰して,50%急騰したという案例,二つ目の例が土地の売買をしたけれども,その土地が新幹線予定地となって6倍になったという例,こういう二つの例が挙げられている。判例上,認められている100倍とか,1,000倍という戦争を介したその前後という事例を事情変更の法理の典型事例と見るのか,原油の高騰から航空機用燃料が50%上がった,新幹線予定地になったから6倍になった,隣にスカイツリーができたから3倍になった,こういう事例を念頭に置くのか,全く異なると思うのですが,その辺をどのように考えるのか。   それから,二つ目の大阪高裁判決はガソリンスタンドの目的実現不能ですけれども,一旦,契約が成立して引渡しをして,それから後に生じた事情でもある。目的の実現不能の例として,基本方針で挙げられているのは,パレードを見るためにマンション1室を1日10万円で貸したけれども,パレードが中止になったという典型例があるようですけれども,同じように想定するならパチンコ店の開業を予定して20年の借地をしたけれども,引渡しを受ける前に隣に医院ができたから作れなくなった,こういう事例も目的実現不可能な事例も対象に入れるのか入れないのか。   それから,原発事故があったので家屋の売買をしたけれども,放射能汚染のために使えなくなった,仙台で田の売買をしたけれども,津波のために引渡しの前に塩のために使えなくなった。これらはいわゆる履行不能型の類型にも入れられる。部会資料では31ページで,経済的不能型,等価関係の破壊型,契約目的の達成不能型の三つが挙げられて,申し上げたように,三つのことが考えられないわけではない。しかし,その三つを包括して要件化を考えていくのか,それとも,最初の100倍,200倍,1,000倍という等価関係の破壊を考えていくのか。その辺りの整理をまずするのが必要ではないかと思った次第です。 ○岡委員 今,中井さんが言った航空機燃料の50%アップだとか,数倍程度の値上がりの事例について,弁護士会で議論している中で,それは契約の解釈によってリスクを織り込み済みだということで,基本的には解決されるべきであろうと。ただ,一定の場合に契約の修正みたいなものがあっていいとは思うと。ただ,契約の修正を事情変更の法理でやることについては,言葉との違い,事情変更の法理の一般概念との乖離あるいは違和感の観点から,反対する意見が多かったように思います。   私もそういう契約の一部修正をすべきような場合は,損害賠償の信義則による限定でありますとか,履行請求について譲歩しなければ履行請求権の限界で却下だけれども,譲歩するのだったら認めてあげるよと,そういう形で修正をするほうがよいと思います。事情変更の原則によって履行請求権もゼロ,損害賠償請求権もゼロ,完全にゼロにした上で,少し救ってあげるという考え方ではなく,契約改訂等の修整で落ち着き所がいい案件については,ここから先は個人の意見ですが,損害賠償請求権の信義則による減額,履行請求権の信義則による調整,権利濫用等で救ったほうが実務家としては安定感がある。契約の拘束力があることを前提にして,その一部修正という形で処理をすべきではないか。   そうなると,事情変更の法理というのは完全に拘束力をゼロにしてしまう,極限状態の事情変更の法理として拘束力をゼロにし,救ってあげる場合のみを事情変更の法理の適用場面とする。多分,弁護士会の多くが効果を解除だけに限るべきだと言っているのは,そのような発想から来ているのだろうと思います。ですから,それからいくと,事情変更の法理について効果は解除のみと,要件はかなり極限状態に絞ると。今,法務省提案で出されている契約条件の修正というのは,拘束力があることを前提にした損害賠償の減縮あるいは履行請求権の一部認容という形で処理するのがよいのではないか。結果あるいは目指すべき効果は一緒なんですが,それを事情変更の法理及びその適用と言わないほうがいいのではないか。そんな感触を今,持っております。 ○道垣内幹事 「事情変更の原則」と呼ばないほうがよいというのはよく分かるところもありますが,そのとき,岡委員のおっしゃった「改訂」というのは何と呼ぶのでしょうか。それを信義則と言ったのでは全くもって白紙委任になりますね。ここでの「改訂」も「解除」も本来は契約の解釈と連続性のある事柄なのだろうと思うのですが,その全部を事情変更と呼ぶと,既に事情変更の原則という言葉に付いている色が反映してしまって,変な誤解が生じてしまうという御懸念はよく分かるのですが,だからといって,放っておけばよいということにはならないのではないかと思います。あと1点にとどめますが,現在のここに出ている判決例のうち,おかしいのではないかという意見が出たものについて,私はその評価は非常に正当なところがあると思うのです。しかし,だから事情変更の原則はおかしい,おかしいから置かないことにしようとはならないと思うのです。事情変更の原則について規定のない現在において,このような判決が出るのであり,それが現状だということは認識すべきだと思います。 ○岡委員 放っておこうということではなく,契約どおり,守れと言ったほうが得をするほうが取りあえず攻めるんだと思うんですね。履行請求あるいは履行しないから解除して損害賠償請求と。額面は100万だけれども,今,1億しているので1億の損害賠償請求をすると。債務不履行解除が認められるかどうかの出発点もあるんでしょうけれども,損害賠償請求の額の算定のところで予測可能性うんぬんだとか,信義則による,最後は信義則になってしまうのですけれども,損害賠償の減額という法理は駄目なんですかね。 ○道垣内幹事 それでは,損害賠償額の変容という条文を置くのでしょうか。当事者の基礎としている事情が変更したときには,損害賠償額を減額するという条文になりませんか。 ○岡委員 損害軽減義務だとか,信義則だとか,そういう一般法理で減額は実務としては対応できると思いますけれども。 ○道垣内幹事 もちろん,そうだと思いますが,一般法理にしておけば安定するという理由がよく分かりません。今はなくてもやっているわけだから,なかったらできないというわけではないというのはよく分かるのですけれども,ないほうが安定するという理由が私にはよく分からない。 ○岡委員 でも,事情変更の法理の法理で契約改訂の条文を置いたとしても,似たようなものなのではないですかね。 ○道垣内幹事 おっしゃるとおりです。おっしゃるとおりですが,それは,そういうふうなものがあるということを示しておくということの意味をどう考えるかの問題です。本部会が開始したときからの話ですが,適用の結果が一義的に明確にならないというときに,それを書かないでおくのがよいのか,それとも,この条文からだけは一義的な結論は導かれないけれども,そういう場面というのはあるのだよと書くのがいいのかいうことですよね。 ○潮見幹事 岡委員がおっしゃりたいのは,明確なルールとして置けるのであれば置いたほうがいいのかもしれないけれども,多分,明確なルールを置くことに対する警戒感があるのではないでしょうか。ルールを曖昧にしておいたほうが弁護士会は使いやすいし,あるいは裁判所も使いやすいのかもしれません。確かに,契約の解釈だとか,あるいは損害賠償の範囲の相当因果関係のようなものを使ったら,何となく合理的な解決ができてくるというところがあるのかもしれませんが,このことから,事情変更について明確なルールを置く必要はないというところにはすぐには飛ばないと思います。   ただ,その上で,どういう議論をしていくのがよいのか私もよく分からないのは,先ほど道垣内幹事がおっしゃったのとはちょっと違う意味で,裁判例とか典型例を見ますと,結局,特に下級審裁判例などは事情変更の法理というものはあるけれども,そういうものはめったに使われないんだという前提で,裁判例が積み重ねられてきていますから,裁判例を幾ら拾い上げても,積極的なルールを置こうということであるのならば,当然,具体的な結論の部分については消極的な方向に働くのではないかと思います。   また,先ほど松岡部会長がおっしゃった目的不到達のケースだって,目的不到達と履行不能との関係は一体,どうなるのかという議論があって,履行不能のところで押さえられるところは押さえて,そこに落とし込んで処理することはできていますから,目的不到達なんていうものは必然的に事情変更法理から落ちてしまうという状況もあって,こうしたことまで考えていった場合には,裁判例を前提にして,どういう場面を想定してルール化しましょうかというアプローチ自体が果たしていいのかということについて疑問を感じます。先ほどから話が出ている債権法改正検討委員会で出されている考え方は,前提が違います。そもそもスタートラインが違うから,違った形で説明がされているのでしょう。   その上でのことですが,この分科会で何をするべきなのかというのが,私は正直に言ってよく分かりません。事情変更の法理というもの自体が機能する領域があるということ自体は,部会では確認はされているという理解でいいのでしょうか。これは分科会長に聞くべきなのか,筒井幹事に聞くべきなのか。 ○松岡分科会長 聞かれたからお答えするのですが,議論するときに何を念頭に置いているのかに必ずしも共通認識があるとは限らないので,そこははっきりしたほうがいいという意見が部会で出ました。しかし,この法理がおよそ機能していない,あるいは存在しないという意見は以前もこの間の部会でも皆無でしたので,そういう場面があるという認識自体はおよそ争われていません。今回,分科会資料8を作っていただいたのは,今,申し上げたような御指摘がありましたので,議論するときの手掛かりとしてどういうものを念頭に置くかという一つの例としてです。そもそも出てくる例はそれほど多くないだろうと私も想定していましたし,実際に出てきたのは,それぞれ特異性がある事例ですから,こういうものを手掛かりにして類型化するとか,何か特定の場面を決めるには,全然,材料が足りません。そういうやり方は,今,潮見幹事が御指摘になったように,およそ無理だろうという感触を私は持っています。 ○潮見幹事 事情変更の法理というものがあるという自体は承認されているのであれば,そしてまた,先ほどの岡委員の発言などをそんたくしますと,事情変更の法理が妥当する場面で契約の解除が認められる場合は受け入れてよいということには,ほぼ異論はないのでしょうか。 ○松岡分科会長 皆さんと私の受けた印象が違っていたら申し訳ないのですが,解除が認められる場合はないという意見もありませんでした。要するに,事情変更の法理があり,極限的な場合には解除は当然認められるだろうが,契約の改訂については反対が非常に多いため,効果を置くとしたら解除までだろうというのが比較的多かった意見です。もう一つは先ほども御紹介がありましたけれども,解除についても明文で規定を置くことにちゅうちょがある。特に濫用のおそれとか,規定があるために紛争がかえって増えるのではないかという危惧の念が,何人かの委員・幹事から出されました。それを反映したのだと思いますが,大阪弁護士会の案ではこういう事情変更の法理という法理があることだけは規定するけれども,具体的な効果は書かない。そういう規定の仕方もあるのではないかという問題提起を頂きました。 ○潮見幹事 大阪弁護士会の案でも解除が認められるということは,そこまでも書いてしまっては駄目だということですか。 ○中井委員 そこまでも書かないという案です。 ○潮見幹事 そうですか。それなら,今から申し上げることは当てはまらないのかもしれないのですが,この議論は,結局は要件をどうするかということと,効果として契約の改訂を認めるのか,解除を認めるのかという話と,それから,誰がその内容を決めることができるのかという話と,それから,その中に,これは部会資料にありましたけれども,再交渉のプロセスみたいな形での何かプロセス的なものを入れるかどうかという,そういう問題と,それぞれが非常に錯綜しています。   その中で,しかも,事情変更というものを今の判例がやっているような形で狭く捉えていくべきなのか,それとも,より広く,岡委員がおっしゃったような修整などといった部分も含めて,事情変更の枠組みの下で処理しようかというところでは,また,基本的な対立が多分,あると思います。そうした中でルールを作っていくときに,どういう形で議論していったらいいのかというのを考えたときに,一つのやり方としては効果のほうから考えてみるということはあるかと思います。   事情変更というものがあった場合に,例えば解除というものが認められていいということについて,おおよその一致が見られるのであれば,解除が認められるための要件というのは何であって,その要件を言語化することができるかどうか,外国法などで出てきているような言葉を使って言語化することがいいのか,あるいは最高裁の判例が一般論として言われているようなものを少しブラッシュアップすることも含めて,それを解除の要件として考えていくのかどうかというところから詰めて,その後に,改訂というところが問題になるような場面であれば,改訂という効果をもたらすルールをどういう形でルール化するのか,あるいは岡委員がおっしゃった文脈でいったら,別に方法によることにして,ここではルール化するということは諦めるのか。こういった形でやっていかないと,意見が言いっ放しになるのではないのかという感じがします。そして,多分,かなりの部分,一致ができないと思います。   一致ができなければ,先ほどの大阪弁護士会案のような形で,言葉が悪いですが,骨抜きのルールを書くか,それか,解釈に任せますとするか。でも,その結果として事情変更の法理というものがあるにもかかわらず,それは国民に見せないということになって,それがいいのかという話にもなっていくのではないかという印象を承けます ○中井委員 まず,事情変更の法理の効果から考えるというのは,一つの考え方であろうと思うのですけれども,それであっても,想定しているものが何なのかによると思うんです。岡委員から先ほど一定の場合,契約の拘束力を認める方向で契約内容を修正していく,そういう考え方,アプローチもあり得るのではないか。それは恐らく対価的均衡が崩れた場合に,対価的均衡を回復するために合理的な方法を考えようという,そういう積極的な提案だとすると,弁護士会の多くはまだそこまではいっていないのではないかと思います。   事情変更の法理というのはかなり限定されたもの,本当に極限,激変と部会で申し上げたような場面で初めて機能してくる。そこであり得る選択肢としては,その契約に当事者を拘束させるのは著しく不当なので,その限りで拘束力からの解放を認める,つまり,解除を認める。そこがぎりぎりのところで,あとは契約交渉によって,解除と履行と,100:ゼロの対抗関係の中で当事者双方が交渉を経て,事実上,どこかで落ち着ける合意をする。交渉して落ち着けるんでしょうけれども,そこを法文化して例えば裁判所を介して決めていくという手続については極めて慎重といいますか,反対の意見がなお強い。それが多くの弁護士会の意見ではないかという印象です。   大阪弁護士会が解除についてさえ留保したのは,四つの要件なら四つの要件でいいんですが,当事者を拘束させるのが不当だというときには,その履行を拒絶することができる。つまり,履行拒絶という限りでの法的効果を与えて,拒絶することによって当事者は動かざるを得なくなるわけで,契約を解消する方向に動くのか,契約内容を改定する方向に動くのか,そこには司法権は介入しない。当事者間の合意による促進を進めるための手立てのみを宣言しておく,そういう考え方が大阪の考え方です。 ○潮見幹事 一つ確認なんですが,最高裁の判例ほかが挙げておられる例の4要件とか言われているものを挙げて,その効果として履行を拒絶することができるとする。もちろん,その前提として,私は事情が変わったからといって,たやすく契約の拘束力からは離れられないよという基本ルールを固めておけという大阪弁護士会がおっしゃっているところには賛成なのですが,その上でなんですけれども,その4要件が備わった場合には履行を拒絶することができるという規定にも反対ですか。 ○中井委員 そこまでの規定を置くのは構わない。 ○潮見幹事 そこはいいんですよね。次に岡委員に対してですけれども,今の4要件,判例が挙げているような4要件,もちろん,ブラッシュアップすることは必要だと思いますけれども,その4要件が満たされた場合には当事者は契約を解除することができる。こういう規定を置くことは構わないのではないでしょうか。 ○岡委員 効果としての解除は構わないと思っておりますが,4要件と比較法を比べておりますと,ドイツ民法だとか,比較法は,契約の解釈だとか,契約でリスクをどの程度,引き受けたかというのを考慮するというのが書かれておりますが,今の日本の4要件には入っていないですよね。 ○潮見幹事 それは,その前提としての4要件の前にあると理解したらどうですか。大阪弁護士会が正に言っているように,今の部分は契約の解釈あるいは契約の内容確定という部分でリスク分配が決められている。ですから,それは前の,つまり,契約は守られなければいけないというルールのところで織り込み済みである。織り込み済みの契約の拘束力という,そういうルールから,契約は守られるべしという法理の例外として事情変更法理というものがあると考える。その事情変更法理が妥当する要件というものが例えば最高裁の判例が言っている4要件である。その4要件というものはずっと判例で繰り返し言っているわけですから,それに具体的にどう当てはめるかは別として,そのような4要件が確立しているとしたならば,それに仮に当たれば,契約の解除あるいは履行拒絶ということが許されるという,このルール自体は今,先ほどからおっしゃっておられるところは矛盾しないし,むしろ,構わないのではないかと思いますが。 ○岡委員 解除の効果のところは矛盾しませんし,私の個人の意見もそうです。4要件と比較法が前提としていると言われたらそうかもしれませんが,でも,明記すべきように思います。多分,予見できないということの解釈問題かもしれませんけれども,大企業間のデリバティブ取引だとか,原油の10年間の固定取引というのは,お互いに事情がどんなに激変しようが,このとおりやるという強固な契約だと思います。その契約の趣旨というのは要件に織り込むべきだという意見と,それから,4要件の一番最初のところに著しいとか,極めてとか,そういう修飾語を入れたいという微修整の意見は多々ありました。4要件をそのまま受け入れるのは何か余り……。 ○潮見幹事 もちろん,微修正自体は受け入れてという前提です。もし,そこで解除のところが大まかに一致できて,微修正で処理できるということならば,これは部会で決めることでしょうけれども,少なくとも解除についてのルール,あるいは履行拒絶についてのルールを入れることについては,構わないのではないかという感じがするんですけれども,あとは先ほどから問題になっている契約内容の改訂というところについてまで規定を置き,ルール化をすべきであるのか,仮にすべきであるとしたならば,どういう形で要件を立てていくのがいいのかに議論を進めていったほうがよくないですか。それが無理だということで契約解釈,あるいは損害賠償の内容確定の問題として処理すれば足りるということだったら,先ほど道垣内幹事がおっしゃったところに戻っていけばよいという感じはするんですけれども,いかがでしょうか。 ○高須幹事 契約の基礎となっていた事情が大きく変わったような場合に,何らかの形で法律関係も変わっていくべきではないか。そういうことについては,そういう場面が必要になることがあるということは,比較的多くの人が大事なことだと考えているところだと思うんです。それをどういう法理で表すのかというところで非常に,ただ,今,なかなか統一した意見ができないというところだと思うんですが,私はそれが正に事情変更の原則ではないかと思っていて,事情変更の原則に分かりやすく,抵抗感は実は余りないほうでございまして,現在も,いろいろな法理を構築しながら,そういうことをやっているんだと思うんですが,その一つの方法として事情変更の原則自体を取り入れること自体は,むしろ,分かりやすいのではないかと思います。   ただ,弁護士の一幹事として,弁護士会の中でそれが濫用されるという危惧,つまり,そういうことを言うと,必ずそれを根拠にして,意図的にそれを濫用的に使うことによって紛争の長期化を図ったり,解決を引き延ばしするような,どうしてもそれは生の現場では出てきてしまう。そういうことを考えないままに明文規定を作ってはいけないのではないか。そういうことを感じるのも事実でございますので,そういう意味で,本来は事情変更の原則というのは,柔軟で使いやすい原則にしたほうがいいのではないかと思うんですが,一方でここは限定しなければならないと。   限定するという場合には,今,潮見先生がおっしゃったように,解除になるような場合だけに限定するというようなこと,限定とまで先生はおっしゃっていないのかもしれないけれども,まず,そこまででどうかと考えるということは,ある程度,現実的なのではないかと思っております。弁護士会もまだまだいろいろな意見があると思うんですが,以前に比べれば少し理解が柔軟になってきていると,前回,部会でもそのような御説明があったわけですが,そうなってきたのも一定の限度であれば,この法理を認めるということもあり得るという人も少し増えたのかもしれないと,そのように思っておる次第でございます。   契約の改訂ということも,私は心情的には一つの法理としてあってもいいような気がするんですけれども,今のような弊害というものを考えたときに,安易にここまで踏み切るのは時期尚早だとすれば,解除が認められる限度での少なくとも要件化みたいなことを考えるということも,方法論としてはあるのかなと考えます。前回も申し上げましたけれども,裁判になったときに,訴訟上の和解ということで具体的には改訂をするような形での和解が成り立つ場合があるということは,裁判においては非常に多く和解がなされるという現状を考えれば,そこに期待できる部分もあると思いますので,そのことと合わせて考えれば,契約改訂権みたいなものまで明文で設ける,つまり,判決でできるというところまで一気にもっていくのは,やや皆さんの一致を見るのは難しいのかなというような意見を持っております。 ○道垣内幹事 まず,小さなことというか,岡委員にとっては大切なことなのでしょうが,相対的には小さなことから申しますと,私も岡委員のおっしゃった4要件と,例えば部会資料30ページに整理されているところが,変動リスクを取り込んでいる場合にあるべき規律を十分に反映した形の言葉遣いになっていないということが,前回から気になっているところです。契約締結後,その基礎となっていた事情が変動した,とだけ申しますと,その時点における変動するような性質のある物であっても,その価格が,ここまで変動することは予見できなかったという場合でも,要件が充足されそうなのですが,しかしながら,大きく変動してもどちらが得するか分からないので,価格を変えないようにしようというのが当事者の意思である場合は幾らでもあると思います。したがって,それを要件の中にもう少しクリアに出すべきであろうと思います。   その点では岡委員に全く賛成なんですが,次に中井委員と潮見幹事との御意見の関係で,伺いたいことがあります。  履行拒絶権は認めるが,契約の改訂までは明文化しないという方策をとったとします。そして,債権者が債務者に対して契約文言どおりに履行を請求していく。それに対して,債務者が一定のことを主張立証すれば,当該履行請求権は単純に拒絶されることになる。債権者が履行請求を認めてほしいと思うと,債権者が落ち着き所を訴訟上,出していかなければならない。これに対して,契約改訂を求め得るという考え方は,債務者側が落ち着き所を出さなければ,履行請求は認められるということではないか。  そして,そう考えたときに,確かに当事者の再交渉を促進するという形からすると,債権者に履行請求できないという不利益を課すことによって,再交渉を促進するという道もあり得ます。しかし,債務者側が落ち着き所を示さなければならないという考え方も,十分にあり得るのではないかと思うのです。潮見幹事が実は前回の御発言のときに,誰が主張するのかという問題が一個あるとおっしゃって,具体的には話を展開されなかったのですけれども,その辺りのところをどう考えるべきなのかという点で分からないところであるのですが,いかがなんでしょうか。 ○松岡分科会長 今の道垣内さんの御意見で,私が分からなかったところは,契約改訂を認めるということと,債務者側が条件を出さないといけなくなることは,論理的につながるのですか。 ○道垣内幹事 事情変更を主張して契約改訂を求めるということをしない間は,事情変更による契約改訂の効果は生じないわけですよね。そうすると,解除にまで至らないという状況の下では,文言どおりの履行請求が認められるということになりませんか。 ○松岡分科会長 論理的には確かにそのように考えられるのですけれども,債務者側は多分,契約の拘束力そのものをまずは争いますよね。 ○道垣内幹事 しかし,解除にまで至る事情がなければ,契約の拘束力は認められ,履行請求は認められますよね。松岡分科会長の前提は,契約を改訂すれば何とか維持できるようなものであるときに,契約改訂ということに至らなければ解除が認められるはずだということでしょうか。 ○松岡分科会長 そう言っているわけでもないのです。自分の頭がまだうまく整理されていません。 ○潮見幹事 先ほどぼやかした部分なんですが,事情変更の法理が妥当する場合の効果として解除しかないということであるならば,履行請求したときに解除の抗弁を出せばいいわけですから,これはこれで済むわけです。ということは,中井委員がおっしゃった履行拒絶という観点から抗弁を出していくという発想というものは,おのずからそこに解除とは違うサンクションを事情変更に結び付けているというところがあると思うんです。先ほど道垣内幹事がおっしゃった再交渉あるいは契約内容の改訂という,どっちの方向もあると思いますし,両方とも重ねることもあると思いますけれども,そのようなものを含んで初めて履行拒絶という観点からの抗弁,反論というものが成り立ち得るのではないかと思います。   そのときに,そうしたらどちらのほうに再交渉のインセンティブを与えるのか,あるいは義務付けまで含めて行わせるのかといったときに,元々,契約には拘束力があり,それに縛られているのだ,それを変更するためには変更をする側が再交渉なり,改訂ということを申し入れなければいけないと考えたならば,履行請求があった場合に事情が変更したということだけを主張しても,それは履行拒絶をしただけで,あとは何も変わりませんから,むしろ,債務者の側に再交渉か,あるいは契約内容改訂か,どちらかの形での付加的な主張というものを出させるべきだという方向に働くのが素直ではないかと思います。   もちろん,これは松岡分科会長がおっしゃった部分に少し関わりますけれども,事情の変更という客観的な要件さえ充足するのであれば,履行を拒絶できて,あとは,請求者の側に再交渉,あるいは契約内容改訂についてのアクションを起こさせるべきだというのも,論理的におかしいというわけではないと思います。結局は,どっちのほうが受け入れられやすいかの違いかなと思います。 ○松岡分科会長 そして,今の二つの論点が多分,いろいろ入り交じっているのです。弁護士会がここまでは認めていいだろうと,先ほどからおっしゃっているのは,解除です。契約の拘束力を全面否定するという効果に限るとまではっきりとは言われていませんけれども,それを規定することになれば,それにふさわしく要件は重くなります。ところが,改訂という効果なら,要件はそれほど重いわけではなく,もっと緩くなります。要件が緩くなると,この法理の明文化について強い反対がある大きな理由である濫用の危険も増えます。そこをどう考えるかが気になります。   ここで持ち出すのが適切な例かどうかは分かりませんが,サブリースの事例では契約締結から賃料の相場が下がったといっても,30%から40%ぐらいです。それにもかかわらず,借地借家法32条があるからでしょうけれども,賃借人が減額の主張をし,妥協を貸主に強く迫る。減額はおかしいのではないかと思われる事例がたくさんあります。いろいろ御意見があって反対もあるかもしれませんが,こういう事例を見ますと,比較的要件の緩い規定があると,かなり問題のある使われ方や主張が出てくるのではないかと私も危惧します。改訂まで効果を広げてもよく,要件はその限りで緩めてもよいとお考えになっている潮見さん,こういう点をどう考えればいいのか,お教えいただければ助かります。 ○道垣内幹事 潮見幹事ではないんですけれども,私が発言してもよいでしょうか。 ○松岡分科会長 もちろん,御発言いただいて結構です。 ○道垣内幹事 岡委員が最初の御発言でおっしゃったような,損害賠償額を公平上,減額するとか,代金額を公平上,減額するという事例は,事情変更の原則であると声高に主張しているわけではないけれども,実際にもあるわけですよね。改訂まで明文上話を広げると,いろいろ妙に争う人が増える,条文にあるとみんなが感覚が変わるだろう,そういうことは私もよく分かるのですが,純粋に理論的に言えば,事情変更の原則にそれが明記されていなくても,公平による減額とかを当事者が単に主張するということだけではないのでしょうか。事情変更から代金減額等を放逐したからといって,信義則による減額主張が完全に否定され,解除まで認められるような場合にだけ,一定の変更法理が働くということにはならないのではないかと思うのですが。 ○中井委員 今,道垣内先生がおっしゃったような場面で,当事者間で交渉するんだと思うのです。交渉したところで,どこかに落ち着きを探すだろう。でも,交渉が成立しなかったときに第三者,裁判所がその交渉に参加して,価額を決めていくシステムまでを想定しているわけですね。イエスか,ノーかという形の提案を受け入れるかどうかという構造を,提案されているのかもしれませんけれども。 ○道垣内幹事 改訂というときに,それをどう仕組むかというのはいろいろあって,非訟でやれというふうな話が前回あったりしたように,当事者が片方は100万円だと言い,片方は200万円であると言っているときに,裁判所が,積極的に間をとり何万ですと決めたり,いろいろな契約条件を別途に付けたりするというところまで認めるという改訂手続の仕組み方も,もちろんあります。これに対して,当事者が主張してきたものを相当と認めるときには,それを認めるといったりすることは,裁判所が積極的に当事者の間に合意の形成に口を出して,押し付けるという形には必ずしもならないのではないかと思います。改訂ということによって何を意味しているのかというのが若干,違うのではないかと思うのですが。 ○中井委員 御提案は,かつて100で契約したけれども,今は時価が1,000になっているときに,一方がそれなら500でどうかと提案して,その採否を裁判所に委ねるという構成の提案がなされていることを承知で申し上げているんだけれども,500という提案の次に450という提案をし,440という提案をする。予備的には幾らでもできることになるでしょうし,相手方は500という提案に対して510という提案,550という提案をしていけば,結局はどこに落ち着けるかということについての判断をすることと,変わらないと思うのです。 ○道垣内幹事 それはよく分かりますが,それでは,1,000を払えという主張については履行拒絶ができる。 ○中井委員 請求に対しては棄却になる。 ○道垣内幹事 請求しても棄却になり,合意が成立するまでは債権者は請求できないということになるのでしょうか。 ○中井委員 大阪案はそうなります。100で引き渡せといえば請求棄却になってしまう。でも,解除が認められたときも,結局,一緒ですよね。解除になるか,請求が認められるか,どっちかですね。機能するのは,ゼロか,100でしかないから,当事者としては任意の交渉しかできないという効果を事実上,期待し,そこに司法は介入しない。司法ができるのは請求を認めるか,棄却するか,どちらかである。その棄却は元のままの提案だから棄却になったのか,事情変更の法理が認められて解除になって棄却になったのか,それはどちらかのパターンですけれども,大阪の想定しているのは,後は当事者の自治に委ねるということです。 ○潮見幹事 今の話は,要するに事情変更の法理が認められたときの効果は解除であるというところは置いておいて,実際に事情変更の法理が妥当する局面で契約内容の改訂が問題にあるような場面があるとして,そのときに裁判所が契約の内容を改訂する方向で関与することは認めない,裁判所ができるのは契約の解除か,あるいは当初の契約に基づく履行の請求その他,当初の契約に基づく処置に限られるということ。 ○中井委員 大阪案だったら履行拒絶だけですが。 ○潮見幹事 そうでした。履行拒絶ということを言う以上は,先ほどの話があると思いますが,それとは別に例えば再交渉とか改訂ということが意味を持つのは,要するにある一定の要件あるいは事情が存在した場合には,一方の当事者は他方の当事者に対して当初の契約の内容を改訂するように再交渉を求めることができる,あるいは提案をすることができる。そして,再交渉とか,いろいろなことがあって,そこで当事者が合意をすれば,そうしたら,契約の内容はそこに変わってよいと。 ○中井委員 そうです,それが私的自治でなされるわけです。 ○潮見幹事 そのときの,再交渉に動いていいという要件は何ですか。どういう事情が備われば,当事者は当初の契約に拘束されずに再交渉なり,あるいは契約内容の改訂を相手方に対して申し出てよいという御理解をされているんでしょうか。そこの部分は多分,解除の場合とは違うのでしょうね。 ○中井委員 大阪案は従来どおりの履行請求ができるか,履行請求に対して履行拒絶ができて棄却になるかにしかならないわけですから,あとはそれを恐れる側が話合いをして交渉する私的自治の結果として修正されるだけの話です。 ○潮見幹事 再交渉請求権とか,再交渉義務とかいうことは一切認めない。 ○中井委員 法律上の権利,義務としては規定しないということです。 ○潮見幹事 そうですか。 ○岡委員 私は,中間部分について司法は介入しないではなく,100万円で土地売買をするという契約を結んだけれども,土地の値段が1億円になっていた場合,債権者,買主のほうは契約を守れということで,100万円と引換えに土地を引き渡せという給付訴訟を起こすと思うんです。それに対して,1,000万円と引換えに請求を認容すると,そういう判決が可能ではないか。多分,札幌か,どこかの値段を増やした判決例はそういう趣旨だろうと思います。   それから,そうなったら,契約の納得ずくの履行は無理ですから恐らく解除すると思います。100万円の土地売買契約を解除して,1億円の履行利益の損害賠償請求をすると。そのときに,本当に極限状態で免責事由,責めに帰すべき事由がなければ損害賠償請求は棄却になります。しかし,そのような極限状態でなく,中間的状況というのがあるはずですので,そのときには損害賠償請求の一部認容,民訴248を使うのか,予測可能性で削るのか,よく分かりませんけれども,損害賠償請求の一部認容という形で,従来型でも十分,司法が介入して解決できるのではないかと思っています。 ○道垣内幹事 事実上の改訂の判決が出た後に,それではといって解除できるのですか。 ○岡委員 私は改訂はないと。 ○道垣内幹事 だけれども,請求が例えば100万円と引換えに土地を引き渡せという請求に対して,今,1,000万円で引き渡せという判決が出るとおっしゃったわけですよね。そうすると完全に改訂していますよね。 ○岡委員 非訟ではなく一部認容という形で介入している。 ○道垣内幹事 しかし,そういうふうな確定判決が出たにもかかわらず,解除ができるのですか。 ○岡委員 いいえ,中間領域の解決のイメージを話しているもので,本当に解除して白紙解消すべき場合にのみ,事情変更の法理が働くという整理で話しています。 ○道垣内幹事 だから,1,000万円が嫌だから解除するわけではないのですね。今,岡委員はそうおっしゃったような気がしたものですから。 ○岡委員 中間領域で解決すべき場合のときに,何が何でも欲しい人は履行請求をやるだろうと。でも,履行請求しても駄目だと思ったら,金で解決したいという人は損害賠償請求を起こすだろうと。 ○道垣内幹事 しかし,それは事情変更の法理による改訂は認めないという純粋な理論は貫くが,一部認容の形で実は裁判所はそういうことを行うということなのですね。 ○岡委員 そういう解決が妥当な局面は弁護士は感じていると思いますね。 ○道垣内幹事 でも,中井委員はそれは駄目だとおっしゃったんですね。 ○中井委員 非常に怖いと思っています。 ○山本(和)幹事 今,岡先生が言っているのは契約を改訂しているのではないですか。これは立退料の話ではないので,1,000万円がなぜ引換えになるかというと,1,000万円の売買代金だからですよね。代金が1,000万円の売買契約を裁判所は認定しているということ以外の何物でもないような気がしますけれども。 ○岡委員 ただ,事情変更の法理とは言わないという。 ○中井委員 繰り返しになりますけれども,実務の動きでは,解除というのを仮に入れれば解除もそうなるのですが,どちらかに決まれるとなれば,その後は当事者間は合理的に行動するわけですから,このままで請求が認められる,若しくは請求が棄却になる,若しくは相手の解除が認められる。そのところが仮に仕組みとしてあれば,その中間的場面として岡委員が想定されている場合については,当然,当事者間の交渉力学が働いてどこかに落ち着く。そこを裁判所が積極的に決めるという仕組みまでしなくても,いいのではないのか,だから,そのために再交渉義務の要件を定めたり,権利の要件を定めてある必要もない。当事者間の合理的行動として,落ち着く所に落ち着けば,それでいいではないか。   落ち着かなかったら,最終,裁判所は請求を認めるか,大阪でいうなら履行拒絶で棄却するか,若しくは解除まで認めたら,解除によって請求は認められないか,その仕組みだけを置いておく。四つの弁護士会は少なくとも明示的に,事情変更の法理についての要件は更にブラッシュアップするにしても,解除まで認めてもよい,しかし,改訂は反対。大阪は解除についても慎重というのは先ほど言ったとおりです。 ○内田委員 まず,要件のブラッシュアップというところなのですが,比較法を見ると,中国の最高人民法院の司法解釈の中に商業上のリスクについての言及がありまして,比較法資料の32ページですけれども,商業上のリスクに含まれない客観的事情について重大な変化が生じたという言い方をしています。この表現がいいかどうかは別ですけれども,こういうビジネス上のリスクでは事情変更の法理は適用されないということを要件ではっきりうたうというのは,あり得る選択かと思います。安易に使われないようにするというのは全く賛成ですので,そういう方法はあるだろうと思います。   それから,もう一つ,改訂の問題について,効果に改訂を書くと司法の過剰な介入が生ずる,あるいは安易な改訂で濫用的な事例が生ずるという御懸念ですが,今,既にそういう濫用は幾らでもあるのではないでしょうか。私が学者として御相談を受けた事件は,それほど数が多いわけではありませんが,しかし,かなり難しい訴訟について御相談を受けた経験からすると,明らかに無理な事例でも当事者の代理人は事情変更を主張して,契約改訂などを求める準備書面を書いておられます。そのような主張をしても,簡単に裁判所ではねられるだけの話だと思うのです。ですから,契約改訂がおよそ無理だとは実務家は考えておられないのではないか。主張すれば認められる場合もあるかもしれないというのが,現行法についての実務家の御理解なのではないかと思います。したがって,解除しか認めないと書くと,かえって実務は困るのではないかという気がいたします。   むしろ,正に岡先生がおっしゃったように,事情変更というかどうかはともかく,現実には中間的な解決が裁判所によって示されることに対する期待というのはあるように思いますので,それを完全に排除しないような文言にしたほうがいいのではないか。事情変更という言葉が嫌なのであればあえて使う必要はないわけで,きちんと要件を書いて効果を書く。効果の中に,解除では解決がつかないような場面については契約の改訂もあり得ること,少なくとも契約改訂が排除されないような表現を使わないと,現在の実務が変わってしまうのではないかと思います。 ○中井委員 仕組みとして権利の要件が定められ,効果が定められた改訂権がないと,実務が困るかという問題設定をしたときに,私は困らないように思うんです。両極端があれば経済合理的に事実上,動くということに対する評価がどのようになされているのかなという気がいたします。それで必要にして十分ではないかというのが改訂についての消極的な意見ですが,手続準則が決まり,訴訟手続が決まり,今日は手続法の先生方も来ておりますから,その仕組みも決めて,あたかも賃料減額請求,増額請求のような形なのか分かりませんけれども,その仕組みがないと実務が動かないかといったら,そうではないという気がするのですが,その点はいかがでしょうか。 ○内田委員 実務が動かないわけではないというのは,現在,改訂があり得ると思っておられるからではないでしょうか。下級審でも事例が出ており,主張の中でも,最高裁では否定されましたけれども,ゴルフ場の事件なども当事者は契約改訂を主張しているわけです。ですから,主張すれば認められることがあり得るという前提で,裁判が行われているのではないかと思うのです。それを改訂権と書いたり,あるいは裁判所が改訂できると明示的に書くと非常にぎらついて,何か特別な権利が認められたかのような印象を与えるので,それが実務に悪影響を与えるという御懸念はよく分かるのですが,しかし,実際に,今も,条文の根拠もなく信義則のみですので融通無碍ですけれども,契約内容の一部無効を主張をするなどの形で契約の改訂を主張するということは,行われているのではないかというのが私の理解なのですが。 ○岡崎幹事 実務家を代表しているわけではありませんけれども,私が担当した事件に限って申しますと,事情変更の原則が主張された例はほとんどないと言っていいと思います。全くないわけではありませんけれども,覚えている限りでは1件しかないというぐらいに少ないと言っていいと思います。   先ほどから先生方の御議論を伺っていまして,部会でも指摘がありましたが,どういう事例を念頭に置いているのかというところが,どうも特に学者の先生方と弁護士の先生方との間で,ずれているのではないかという印象を持ちました。道垣内先生とか潮見先生の御発言をそんたくする限りは,これまでの裁判例で認められたようなかなり極端な事例を念頭に置くというよりは,もう少し緩やかな基準で事情変更の法理を認めてよいのではないかというお考えなのかなとも感じられるところですが,弁護士会の先生方は,もう少しというか,大分厳しい要件を設定されて極限状態に,言わば伝家の宝刀的に使われるという前提での要件設定を考えておられるのではないかと感じられます。   そして,仮に事情変更の法理に関する規定を設けるとすれば,どのような内容にすべきかについて議論することが分科会に期待されているのだと思いますが,その前提として,どのような事案を念頭に置くかを議論していかなければならないという印象を持っています。   また,先ほど道垣内先生から,仮に何も規定を設けないとすると白紙委任をすることになる一方で,規定を設ければ一定の規範設定ができるという御趣旨の御発言があったと思いますけれども,極限事例にだけ適用されるということを表現しようとしても,それを書き切ることは極めて困難ではないか,適切な文言を見付けることができるのかについても議論すべきではないかという感じがします。 ○潮見幹事 簡単に言うと二つあります。一つは極限事例で例えば解除が認められる場合について,最高裁以下がずっと4要件を書いていったのは,一体,何の意味があったのだということを私は言いたい。もちろんブラッシュアップする必要はあるし,先ほど内田委員がおっしゃったような条項の契約とかを使いながら工夫はする必要がありますが。   もう一つは,私の雑駁な印象を申し上げると,想定している例が違っているとはそれほど思いません。仮に極限事例というのがあるとして,その部分については中井委員とか岡委員だって解除は認めると言っているし,少なくとも私も解除は認めていいと思っています。また,それ以外の極限事例ではないケースについては,私は改訂の問題として論じたほうがいいのではないか,それで,ルール化の可能性を探ったほうがいいのではないかと思っていますが,岡委員が特にその部分について想定しているのは同じようなケースであって,それを改訂のルールなどとぐじゃぐじゃ書かずに,損害賠償だとか,修正的契約解釈だとかいう形で委ねておいて,白紙にしておけばいいのではないかというようなことを言っているだけであって,そこの部分の違いだけではないのかなということです。 ○道垣内幹事 そこは私も同じで,私は契約において当事者の給付の均衡が必要だとは,全くではありませんが,余り考えておりません。合意の拘束力は強いと思っております。したがって,緩やかに事情変更の原則を認めるべきだなどとは思っておりません。しかし,学者にはそういう人もいるかもしれません。もう一つ,申し上げたいのは,極限事例というのが何を表しているのか分かりませんが,極限事例であるということを書くのは難しいだろうと岡崎幹事がおっしゃったわけで,それはおっしゃるとおりなんですが,ここも潮見幹事がおっしゃったことかもしれませんが,最高裁が30ページで①から④の要件を出してしまっているわけですから,そうすると,当事者は,①から④の要件に沿って主張するわけですよね。それで,岡崎幹事のおっしゃる極限事例についてだけ裁判所は認めるわけであって,書けないだろうということになりますと,最高裁も書けなかったはずなので,何だったのだろうという感じがします。私がずっと発言しているのは,全くもってある種の論理的な話で,改訂というと裁判官が勝手に当事者の意思と無関係に介入してくるように見えるけれども,そういうつもりはありません。岡委員がおっしゃったことを中井委員が,それは,結局,改訂だろうとおっしゃったんですが,正にそのとおりで,岡委員のおっしゃっているような形で認めることは必要なのではないかと思っております。それを改訂と呼んでいるというだけの話です。 ○中井委員 イメージに戻るんですけれども,基本方針でおっしゃっている航空機燃料の50%アップ,土地の価値が新幹線の駅ができたから6倍アップ,それが契約締結時から恐らく契約履行期までの短い間に事情が変更されたというときに,価額改訂を認めようという前提で,そのぐらいの対象事件におけるイメージなのか,半導体のチップだったら,10分の1ぐらいにすぐなる。中国のレアメタルであれば日本と中国の国際関係が悪くなれば,10倍ぐらいに高騰することは決しておかしくない。そういう状況の中で,そういう売買契約をした価格が2倍,3倍とかいう程度で価格改定,条件変更を想定されているのかどうか。   私は,これは到底,対象として想定できないと思っています。それも含めて,ここでの事情変更だと,契約締結時にはまさか日中関係がこんなに悪化するとは思っていなかった,両当事者には帰責事由がない,予見可能性もなかった。では,2倍になったら値段を上げましょうね,下げましょうねという当事者間交渉がなされるのか。これが例外的に商社・商社間だったら,先ほどの中国民法にある商取引当事者間においてはリスクを取り込んでいるから,これは例外だけれども,そういう例外要件が満たされない限りは原則,そういうレベルでも適用を考えているのかどうか。ここは,是非,教えていただきたい。私は,こういうのは全く対象外と思っているのです。 ○道垣内幹事 私も対象外だと思います。当該提案の一つ一つの説明に対して,私は賛成しているわけではありません。 ○潮見幹事 私も先ほどから言っているとおり対象外であるし,むしろ,大阪弁護士会が言っている基本的な考え方自体に私は賛成です。 ○内田委員 私も先ほどの発言の中で申しましたけれども,経済変動によるリスクというのは,事情変更で救済すべきではないと思っています。ですから,2倍,3倍なんて全く問題にならないと思いますが,もっと大きくなっても経済変動に伴うリスクであれば,これはBtoBを想定していますけれども,当事者がリスクを負うべきなのだと思います。ただ,それでは幾ら何でもおかしいという極端な事例が出てきたときに,現実にこのルールが使われることがあるので,不安の抗弁権も同じですが,そういう限定的なルールであるということを明らかにするためにも,要件は書いたほうがいいのではないか。   今は信義則一本ですので,もしかしたら適用されるかもしれないというので,サブリースの事例でも事情変更の原則がたくさんの準備書面で書かれましたし,下級審の中にはそれを認めたものがあります。年金減額訴訟がたくさん提起されましたけれども,みんな,事情変更の原則を主張していて,もちろん認められなかったものが多いですけれども,実際にそういう事例では裁判で援用されています。その意味でも,どういう場合に適用されるかがある程度,ルールとして明示されているほうがいいのではないか。もちろんその要件は非常に限定的なものだと思います。 ○中井委員 そうだとすると,限定的であるということについては共通の理解が仮にできたとして,履行拒絶か,解除かというところはさておき,更に一歩,一番問題になっている改訂について,どのような手続を想定されていくのか,具体的にその問題点,課題を分科会ですから整理したほうがいいのではないでしょうか。少なくとも当事者一方が具体的な提案をすることに対して裁判所が判断をする。こういう構造を採ることではほぼ一致をしているのでしょうか。 ○道垣内幹事 多分,意見は一致していないと思いますが,私が考えているプロセスというのは,岡委員がおっしゃったのとほとんど同じであり,私自身は交渉過程の規律とか,あらかじめ交渉していないといけないとか,そういう規定を置くべきだとは個人的には思っておりません。 ○潮見幹事 高須先生から私が欠席した部会の流れを横で伺ったんですけれども,ここで,自分の考えを言っていいですか。  単純というか,私のイメージはこうです。先ほどの厳格な要件をブラッシュアップするのを前提で,また,大阪弁護士会の意見も当然前提で,契約の拘束力はあるというところから出発する。ここで問われているのは,その例外としての事情変更法理が妥当する場面である。その場面の要件というものは,ブラッシュアップするのを前提で,最高裁が考えているようなものを受け入れてもいいと思っているのです。それぐらいの要件は必要であり,実際の運用自体においてそれほど変える必要はない。その効果が解除だということも受け入れるべきだと思います。   その上で,ここから先は,どっちに転んでもいいんですが,要件がそういう厳格なものであり,効果として解除が認められるような場面で,次に,一方の当事者がこういうふうな内容に改訂してほしいというふうな形で請求をした場合に,契約内容の改訂の請求ですけれども,それを裁判所が受け入れて,それと同じ判断をする,あるいは中身を変えずに,それは退けるということを認めるかどうかについてどうするかだけを決めればいい。   再交渉義務ということについては,いろいろな意見を聞いていると,これは難しいかなと感じます。プロセスに関連する規範を今回設けるというのはやめておいたほうがいいのかなと思います。今,中井委員が直前におっしゃられた,実際に再交渉だとか,あるいは契約内容の自主的な改訂ということについては規定がなくても,放っておいてもきちんとしたところはやりますということなのであれば,その部分のプロセスに関わるような規範というものを,反対意見も多くあるところで,設けるということについては慎重でもいいかなと思います。   ついでに一つだけ言うと,ヨーロッパ契約法原則だとか,あるいはドイツ民法とかでいろいろ要件を書いていて,日本のよりも広そうに見えますけれども,それほど広いものではないのではないというのが個人的な印象です。 ○岡委員 二つありますが,一つはドイツとか,そういうところの判例を是非,見てみたいという思いがあるんですが,こういう表現でこんな事例を裁いているというものが出てくると,非常に実務家としてはイメージが湧くように思っていまして,是非,研究者あるいは法務省のほうで,そういう条文だけではなく,判例も紹介していただければと思います。それが一つです。   もう一つは,中間領域,契約の改訂で落とすべきジャンルのイメージのところですが,内田先生が企業年金とおっしゃったので,よく議論にもなっていますので,退職金の一部を企業に預けて,10年前ぐらいであれば5%あるいは6%で回すと,20年間回して年金を払い続けるという契約が結ばれたとして,今,実際,どんなに頑張っても1%強の運用しかできないと。5%が1.5%に落ちた場合で企業と個人,そのような場合には改訂を認めるべきイメージなんでしょうか,内田先生は。 ○内田委員 私は学界では少数説だと思いますが,これは事情変更の原則一般の問題ではなくて,別の法理で認められるという理論を主張しております。 ○岡委員 道垣内先生とか潮見先生は企業年金で20年間,5%で回してあげると約束した後,一般的な運用利回りがどんなに頑張っても1.5%しか回らないというときでも,改訂は事情変更の法理によって認めるイメージですか,認めないイメージなんですか。 ○道垣内幹事 岡委員に対して私がした批判が自分に返ってくるようなことになるんですけれども,結局,当該契約の趣旨というのは何なのかという話の解釈の問題だろうと個人的には思っていて,事情変更の原則で内容が改訂されるという話ではないと思います。もっとも,それができないというときに事情変更の原則でやるのかというと,この問題は制度を維持しなければみんなが破綻するという特殊な類型の事案ですので,なかなか,一言では言いづらいところがあるかと思いますが。 ○潮見幹事 私も事情変更の問題とは考えない。 ○内田委員 岡委員からのもう一つの御質問について,よろしいですか。ドイツではワイマール期に有名な事件がたくさん起きて,その後,確立した判例ルールが民法の条文にも入っています。戦後の事例はまた別途,若干は御紹介できると思いますけれども,ワイマール期の有名な事件というのは,抵当権付きでお金を貸し付けたところが,実際に返済する段階になったときにドイツが第一次大戦に負けて,ハイパーインフレが起き,最終的に1兆分の1まで貨幣価値が落ちるわけです。そのときに戦前の額面金額で返すというのでは紙切れでしかないので,増額してくれという裁判が起きたわけです。この事件は解除では解決がつかないのです。既に貸したお金を幾らで返すかの問題ですので,契約改訂以外に処理のしようがなかった。このために,ドイツでは最初から事情変更の原則,ドイツの用語では行為基礎の脱落の法理というのは契約改訂から始まったというわけです。 ○道垣内幹事 今の内田委員のお話が私には非常に重くのしかかっていて難しいところがあるのですが,潮見幹事と私はかなり似通ったことを言いながら,ここが違うという点が分かった気がします。つまり,債権者が債務者に対して何らかの履行請求を,裁判所でも裁判外でもいいですが,していったとします。潮見幹事の御意見では,債権者の請求に対して債務者が事情変更に基づく解除を主張し,それに対して債権者が,いやいや,こういう内容ではどうですかということになれば,そういう反対提案を含めて考えることによって,事情変更による解除の要件が満たされないという状況になり,当該反対提案を裁判所が認める。こういう構造になるということなんだろうと思うのです。私もそれでもいいかなと思ったのですが,この構造理解の問題点は,内田委員がおっしゃったような事例には対応できない点にあります。債務者による解除の主張から出てくるのでは,対応が難しいのですね。   私が考えておりましたのは,GがSに対して請求をしていって,Sはそれに対して内容を若干変更した反対提案をし,それをその限度で認めるということを考えていて,そうすると,潮見幹事の考え方として申し上げたところでは,効果としては基本的には解除だけがあるのであり,後のプロセスというのは,実は解除の要件を後発的に消失させるというプロセスであることになるのに対して,私の理解では,必ずしも直接には解除に結び付かないという点が違いであり,分かれ道かなという気がしていたのです。感想でしかありません。もう一個,要らないことを言いますが,パレードの話はドイツの話ですよね。 ○松岡分科会長 ドイツだっけ,イギリスではなかった。 ○道垣内幹事 イギリスでしたか。すみません。 ○松岡分科会長 戴冠式の話だよね。 ○内田委員 単なるパレードでは駄目で,国王の戴冠式ですから,1世紀に1回しかないようなパレードの事例です。 ○岡委員 その点,議論したんですが,それを事情変更の法理で片付けるんですか。何か契約の解釈で戴冠式のために借りるんだということを明示しておれば,それが消えれば解除できるなり,失効する。それを明示していなければ,借りると言ったのだから部屋を貸してやって代金が取れると。代金について戴冠式のためにべらぼうに高い金額だったら,少し信義則で減らしてあげると,それでいいのではないかと。 ○松岡分科会長 それでは,要らないものを貸し付けられて,通常よりは何倍か高い賃料を払わなければいけないという結果になってしまうのですけれども,それでよいのでしょうか。 ○岡委員 その有名な判例は事情変更の法理を用いて,どんな結論に達したんですか。 ○内田委員 解除だと思います。 ○岡委員 借りる側が解除して,ノーペナルティで解除できると。でも,それを明示した契約であれば変更法理とも言わないで当たり前の……。 ○内田委員 日本でこの事件が起きれば,多分,裁判官が柔軟に契約解釈して処理をしたと思いますが,イギリスは契約書に書かれた文言どおりの履行が認められる国ですので,その中でフラストレーションという例外則を認めるための論理だったわけです。ですから,柔軟な契約解釈が行われる日本では,相当程度,契約解釈で処理されるのだと思いますけれども,契約書の拘束力が非常に強く求められるような特にビジネスの契約の場面では,そう簡単に契約内容を裁判官に自由に解釈されては困りますので,そういう場面では機能する余地はあるのではないかと思います。 ○三上委員 先ほど内田委員がおっしゃった,ハイパーインフレみたいな解除では済まないようなケースは,不当利得では解決がつかないでしょうか。昔,日本でも預貯金の目減り訴訟というものがありましたし,発展途上国で金融機関をやっていますと,政府の政策で低金利,物価抑制政策がとられて,その間に実際の物価は4倍にも5倍にもなっているのに,銀行の金利は2%に差し控えたので,これだけ損が発生したのをそれを返せというような主張は決して珍しいものではありません。そういう国では事情変更の原則とは言わずに,不当利得なり,損害賠償で片を付ける問題だと認識されていると思います。   この問題は,極端にこの原則を緩やかにしていくと,アメリカ風の契約から抜け出す自由みたいなのに結び付いていって,損害賠償さえ払えば契約から一方的に解除しても構わないと,あとは損害賠償の金額で調整しましょうという方向にいくんですが,もちろん,日本では今更そんな前提は採れませんし,また,懲罰的損害も認められないところで,立証責任だけ負わされると一方的に不利になりますから,そういう意味では,事情変更によって契約から解放されるとか,契約内容が変わるというのは超例外的措置だと思います。   だから,事情変更の原則の効果は,例えば解除に固定して,超例外的な場合にだけ解除という効果を認める。それ以外の場合には,先ほどおっしゃったように別の法理なり,不当利得での調整でもできるのではないかという気がしています。そういう意味では,当初の提案のように,そういう法則があることだけを認めるのにかなり近い構成で,解除を認めるというのが書いてあれば,同じような信義則の発想から,こういうときには不当利得で調整するという考え方もできるのではないでしょうか。 ○松岡分科会長 不当利得で処理するということには,大いに異論があります。 ○三上委員 事情変更の原則によって契約内容を修正するというときに,誰がどう変えるという部分の混乱を考えると,ここはとにかく契約から自由になるような場合だけだと。その前の段階は当事者間で調整する。その調整の仕方が条件を変えての履行の請求であり,あるいは不当利得の請求だということにはならないでしょうか。 ○松岡分科会長 私法関係で通常では処理できない「ごみ」は不当利得で処理するというのは今では維持できないのではないかと思います。もちろん,裁判所は基本的には衡平説を採っていますから,そういう運用の仕方ができないとまでは言えませんが,最近の裁判所は何でもかんでも公平で,不当利得の703条の4要件を満たさなくても,効果が認められるというような判決は,さすがに書けないだろうと思います。三上委員がおっしゃったことでその点は違うと思いますね。 ○中井委員 確かに解除で解決できない問題があるではないかと御指摘があると,さてと思うのですけれども,私は解除があればゼロと100との間で交渉機能が働くので,そこで実質的解決が図られると,こう申し上げ,それに対して解除では解決できない場面があると,反論が出てくる。先ほどのハイパーインフレの話にしましても,そうだとすると,本当に幾らかにするのか。解除では解決できないわけですから幾らとして返すのか。こういう判断が迫られるわけですね。それを訴訟手続でできる。それが100倍なのか,先ほどは1兆倍とおっしゃったのでしょうか,ドイツでのインフレの率は,そこをどこで落ち着けるのか,裁判所にその判断基準があるんでしょうか。   1兆倍の変化があって,1兆倍を払えと言えば,もらう側は100%満足を受けますけれども,50なら正当で40なら不当でとか,そういう判断基準というのが果たして出てくるのか,よく分からない。逆に,ここの判例にあるように,昔,100万円だった,20年たって1億になった。それで,100万と1億の中で解除が認められるかで,お互いにリスクを持ったときに収れんする機能が十分働く。そのときに本当に1,000万が正しいのか,5,000万が正しいのか,その提案を受けたからといって,裁判所はどれが正当として判断ができるのか。その判断基準というのは,一体,何だと思うわけで,それは可能なんでしょうか。 ○道垣内幹事 中井委員の御意見をもう少し確認したいんですが,100万円のものが1億円になっている。20年もたってしまえばそうかもしれないと思いますが,もうちょっと短くてもいいのですけれども,そういうときに,100万円を支払うから土地を引き渡せという訴訟においては,履行請求権が拒絶されるわけですよね。 ○中井委員 認められるか,拒絶される,どっちかです。 ○道垣内幹事 そこで,5,000万円を支払うから引き渡せと買主側が言ってきた場合には,5,000万円という提案は無意味であって,100万円の代価なのだから100万円の代価との関係で不均衡かどうかだけを判断して,裁判所は判断するということになるんでしょうか。 ○中井委員 私の疑問は,5,000万という提案があったとき,それを認容していいのか,棄却していいのか,裁判所は何をよりどころにするのでしょうかということです。 ○道垣内幹事 だから,そのような基準がないということは,5,000万円を払うから引き渡せという訴訟を起こしてきても,代価は100万円であると判断され,それとの関係では現在の時価では余りに事情が変更しているので,引渡請求権は拒絶されるという,そういう解決になるわけですね。 ○中井委員 棄却になるか,認容になるか,どっちかですね。 ○道垣内幹事 100万円で認容になるときは認容になるわけだけれども,100万円で棄却される場合には,5,000万円を払うからと言っても棄却されるわけですね。ということは,買主は新たな合意を売主との間で調達できない限り,引渡請求権を行使することはできないということですね。 ○中井委員 裁判上はそうでしょうね。 ○内田委員 後の交渉というのは,優秀な弁護士が付いて合理的に交渉すればいいですけれども,そうでない場合は力の強い者が勝つ,それに委ねようということになりませんか。 ○道垣内幹事 というか,売主が完璧に勝つのではないですか。 ○中井委員 売主が完璧に勝つことはなくて,買主が100万円で無事に手に入れることができるか,それとも,棄却になって売主がそのまま時価の上がったものを持ち続けることができるか,どちらかの結果になるのだろうと思います。 ○道垣内幹事 それは最初の訴訟が起こる前ですね。その訴訟における買主の請求が棄却された後の行動としては,売主は自由自在ですね。 ○中井委員 そうなります。紛争の中で交渉が起こることを期待しているんですけれども,紛争の決着がついて,どっちかに決まったら,道垣内先生がおっしゃるように,どちらかが利益を得る,どちらかが損をする,それで確定をすることになります。ただ,繰り返しになりますけれども,5,000万という提案をしたときに裁判所は5,000万でよしという判断をしていいのか,よくないのかという,その判断基準は,当事者がいいと言ったらいいのでしょうけれども,そこがよく分からないということを申し上げているわけです。 ○道垣内幹事 それは著しい不公正の話なのだろうと私は思っていて,例えば5,000万円のオファーがあったときには,不動産の現在価値との関係で,代価が当初5,000万円と合意されている場合にも,事情変更の原則が発動するような場合ならば,5,000万円のオファーがあっても解除が認められたり,請求が棄却されたりするけれども,代価が当初5,000万円であることを前提にすれば,事情変更の原則の要件が満たされていないということであるならば,5,000万円のオファーがあれば,解除ないしは請求拒絶の抗弁が認められないということになるのではないかと理解しているのですが。 ○松岡分科会長 議論がやや膠着しています。 ○潮見幹事 確認だけですが,再交渉請求とか再交渉義務という,プロセス型のルールというものは設けないということでいこうということですか。先ほどから大阪弁護士会の意見はいろいろ私も伺って,個人的にはそれでもいいかなと先ほど申し上げたのですが。 ○松岡分科会長 筒井幹事からもう少し詳しく説明していただけると思いますが,そもそも部会資料の中にある事情変更の原則の検討課題の中には,3点目に手続要件としての再交渉の要否というのがあり,かつ,これについても部会では比較的,否定的な意見が多かったという印象を私は持っておりますが,全員が揃って否定していたとまでは言いにくいので,議論の余地があると思います。ただ,ここまでの御発言では,積極的にそれをいかしていこうという主張は今まではありませんでした。 ○高須幹事 すみません,今の点でございますが,結局,ずっと迷い続けているわけですけれども,2点,申し上げるんですが,事情変更の原則を使いやすいものにするためには,どこかの場面では契約の改訂みたいなことが認められたほうが,いい場面があるのではないかというようなことを実は思っておりまして,ただ,それに対する,もう2度目で繰り返しですから言いませんけれども,そういうことを正面から認めると,結局,それに対する弊害が心配になると。そこで,今,道垣内先生から御指摘があった考え方というのには,一つ私もあり得るのではないかと実は思って伺っておったわけなんですが,結局,弁護士が事情変更の原則で解除で戦うというときも,正しく解除が通ると思って戦うときと,なかなか,それは難しいということは分かりながら,結局,どこかで和解ができないかみたいなことを希望しながら,その抗弁を出す場合があり得るんだと思います。   そういうことを弊害と呼ぶかどうか,ここではさて置かせていただくとして,そのときに訴訟上の和解などで何とか終わってくれればいいというのが,先ほど来の私の取りあえずの落ち着き所だったんですが,しかし,和解で終わらないときがある。絶対に譲らないといって判決までいってしまうときがあるときに,全く当初の金額での是か非かしか言えないというよりは,結果的には今,道垣内先生がおっしゃったような改訂権を認めるという趣旨では必ずしもなくて,ただ,そういう形で解除が通る,通らないが判決として出てくるんだというような形での法理というのでしょうか,考え方というのがあり得てもいいのではないか。したがって,ここでは正面から改訂権という形で規定しなくても,今のような含みでの解釈が採れるということであれば,むしろ,実際の裁判にもある程度,合致してくるのではないかというような気がしておりまして,弁護士会は慎重論が強いわけなんですが,ある程度,そういうところでの何か妥当性のようなものを感じました。これが1点です。 ○松岡分科会長 今の高須幹事の御意見は,結局,どういう御提案になるんでしょうか。そこがよく分からない。 ○高須幹事 今,道垣内先生がおっしゃったように,仮に100万円と引換えに土地を引き渡せという裁判を起こしたと。それに対して被告が事情変更の原則で解除を主張すると。そのときに裁判所はいろいろな事情を判断して,多分,訴訟上の和解の交渉等もあるんだろうけれども,それが全く解決できなかったときに,100万円で渡すことのみを判断するのではなくて,今,御指摘があったように例えばそれが5,000万円なら,5,000万円という形で引換えに判決を出すという余地は認めてもいいのではないか。一部認容判決というのが今まで,そういう法理を持ってきたわけなので,あってもいいのではないかと思うのですが。 ○松岡分科会長 それは契約改訂を正面から認めるルールを作ろうという御提案ではないのですか。そのような改訂には抵抗が強いし,実現できないのだろうとおっしゃりつつ,結局,結論としては認めるというのはどういうことなのでしょうか。 ○高須幹事 条文には書かなくても,そういうことが一部認容判決でできないかしらという。 ○松岡分科会長 解除の主張に対する一部認容判決というのはないのではないでしょうか。 ○山本(和)幹事 解除に対するやや過剰な……。 ○松岡分科会長 解除の抗弁が出ているときに原告の請求の一部認容というのはあり得ないでしょう。 ○山本(和)幹事 それは難しいと思いますね。 ○高須幹事 詰められると,確かに改訂権を認めろという話になってしまうのかもしれませんが,ただ,弁護士会の全体の雰囲気としては,何度も繰り返しで申し訳ありませんが,弊害が強くてというところを危惧していて,そこは私自身も弁護士の一人として同じ危惧は感じるものですから,なかなかいい方法が見付からないでいるところで,すみません,結局は何の迫力もない意見になってしまったのかもしれませんが。 ○松岡分科会長 もう1点の御意見を続けてお願いします。 ○高須幹事 それで,2点目の今,潮見先生からおっしゃった再交渉のところなんですが,今のように苦労している状況でございますものですから,ますます,再交渉みたいなもの,プロセスというものを要件化するということに関しては,弁護士会はもっとより弊害が起きるのではないかという抵抗感が強くて,ここは弁護士会の中で,そこまでしたら本当に何が起きるか分からないという心配が強くなってしまうので,現状としては難しいのではないかという意見でございます。すみません,まとまりのない発言をしました,申し訳ありません。 ○岡委員 二つだけですが,再交渉のところについては,契約改訂の前提として再交渉を求めると書いているから,かなり反発があるんだと私は理解しておりまして,効果を持たない再交渉義務であるとか,契約解除のときの前提としての再交渉義務ぐらいは,それほど抵抗ないのかなと個人的には思っております。   もう一つ,中井さんが先ほどおっしゃった,裁判官に改訂を委ねることに対するかなりの反発を持つ弁護士が多いことは事実です。一弁でも裁判官にそんなことができるわけはないだろうという意見は強いです。ただ,それほどみんながみんな,裁判官にそこまで委ねるのは,というのではないのではないかと思っています。   契約の改訂というから自由自在に変えられるとの印象を与えます。そこに対する反発があるのだと思います。損害賠償の金額だとか,引換え給付の金額について判断できるというふうに絞れば,当事者間で協議がつかない場合に誰かに決めてもらうとしたら,裁判所しかないわけですので,改訂の中身を絞れば裁判所以外にないのではないのかなと私は思います。 ○潮見幹事 そういう絞るようなルールが立てられるのか,分かりません。それ以上に,伺っていたら,結局,特に改訂提案が一方から出されたときに,裁判官がそれを判断できないから,こういうルールを入れてはいけないというのと,裁判官にそのような改訂内容の合理性を判断させるべきではない,つまり,契約当事者の私的自治というか,当事者の合意に基礎を置くわけではない一方の当事者の提案が出てきているだけであるから,それに合理性があるかどうかを裁判所が判断することを認めるということは,それ自体が裁判所による契約内容の形成というものを認めることになるから,そのようなものは認めるべきではない。要するに契約の拘束力に縛られるか,縛られないか,どちらかであるという趣旨が含まれているように感じました。そして,それは,それなりに理にかなっていると思います。特に大阪弁護士会の意見はそうなのではないのかと思います。 ○松岡分科会長 部会のときに村上委員かどなたかがおっしゃったと思うのですが,先ほど裁判官が判断できないのは裁判官の能力の問題だけではなく,そういうことまで裁判所に持ってこられてはとても対応できないという趣旨の御指摘があったと思います。その辺りのことについて,岡崎幹事は,いかがお考えですか。 ○岡崎幹事 なかなか難しい質問ですけれども,それはどういう局面かによると思います。何千年に一度の大震災が起きて,それで世の中にある契約全てが事情変更だといって裁判所に次々と持ち込まれるということになったら,できることとできないことがありますということになると思います。ただ,先ほど中井先生が提起されたのは,改訂案について,イエスか,ノーかを言うに当たっても一定の実体法上の基準が本来あるべきであって,それがない中で裁判官が裸の決断をすべきなのか,あるいはそれを許してよいのかという問題であると思います。そして,恐らく弁護士会の多くの先生方は,そこまで裁判官にやらせるのは相当ではないとお考えなのだと思います。   ここは,考え方が分かれるところだとは思いますけれども,私の個人的な意見としては,実体基準のないところで判断をするという規定を設けていくのは,余りよい方向ではないと思うものですから,そういう観点から,今の御質問に戻りますと,できることとできないことがあるということを前提にしながらも,仮にできるとしても,それをどんどんやっていったほうがいいかというと,そうではないと感じます。 ○中井委員 今の岡崎さんの発言に関連して,改訂を認める方に対する確認でもあるんですけれども,賃料増額請求,減額請求については,その権利を行使した後の賃料価格を鑑定で一応評価できる。その鑑定価格に変更する,そういう効果も生じる。ここでの変更というのは,仮に10年前は100万円だったものが今は時価が1億円だ。だから,その事情変更の効果として,現在の時価に契約内容が変更されるという理解をしているわけでは決してないということの確認をしたい。仮に今の時価であれば,今の時価を鑑定することによって,鑑定結果に基づいて裁判所は場合によっては判断できるかもしれない。   そうではなくて,事情変更の法理は100万円だったものが1億円になったときに,5,000万なのか,3,000万なのか,8,000万なのか,ハイパーインフレだったら1兆倍だけれども,1億倍にとどめるか,2億倍程度のものでよしとするか。そこにはいわゆる鑑定という概念は入らない。これを前提としていいですね。そうだとすれば,なおさら,今,岡崎幹事のおっしゃったことが妥当するのではないかというのが私の懸念であり,岡崎幹事に私の思いを説明していただけたという気がしております。 ○道垣内幹事 1点だけ,賛否の話ではないのですが,実は信託法は改正前に,信託の条項が実態に合わなくなった場合には裁判所に改訂を求めるという仕組みになっていたのです。そのような規律が置かれていたのは,実は英米法の信託に関する判例法理がすごく影響していて,また,信託行為においては権限がない事項についても,こういうことをやりますが,いいですかという許可を受託者が裁判所に求め得るといった規律もありました。それが改正の過程において,そのようなことを裁判所が判断できるわけがないではないかという意見がありまして,裁判所による改訂はほぼなくなっているという状況になっている。このことを日本の法律の全体の仕組みの一つとして理解しておくべきであると言うことを,お話しておきたいと思います。 ○松岡分科会長 既に予定よりも20分以上過ぎておりますので,今から休憩させていただきます。          (休     憩) ○松岡分科会長 それでは,議論を再開させていただきます。   休憩前に,一応,事情変更の法理については何となく一段落した感じになっておりますので,できれば次に進みたいところではありますが,まだ発言が足りないとか,是非発言しておきたいことがおありでしたら,お出しいただけますでしょうか。 ○高須幹事 意見というほどのことではないのですが,資料の32ページの辺りだと思うのですが,部会のときにも出ましたように,この法理を形成判決,要するに訴訟の訴えで結局,行使しなければならないのかどうかというようなところで,今日の議論でも結局何か履行請求をされたときに解除を主張するとか,そういうようなことを今日は想定しているケースが多かったと思いますので,常に訴えによらねばならない,つまり,抗弁では駄目だというのは余り現実性がないような気がします。ただ,部会資料の中で,結局,そう考える趣旨というか,判決の効力を何らかの形でそのものに及ぼそうというところだと思うのですが,もし,その必要があれば,もちろん,検討しなければならないと思うんですが,今日のお話を前提とすると,そこまでの必要はないのではないかと思っておりまして,ほかに御意見があればむしろ教えていただきたいと思うんですが,私としては抗弁でもいいような形でいいのかなと思った次第です。 ○道垣内幹事 確認なのですが,抗弁でよいということは,裁判外解除はできないということですね。 ○高須幹事 否認権と同じように考えるかどうかというところだと思います。 ○道垣内幹事 裁判外解除を認めてしまうと,結局,ずっと前に解除していたとかいう話になって面倒になりますね。 ○高須幹事 弁護士会としては,少なくともその辺は余り詰めていなくて,私の個人的意見ですけれども,今,先生がおっしゃったように,裁判上で行使するとして,ただ,請求までする必要はないのではないかという辺りが,落ち着きがいいようなイメージを持っております。 ○山本(和)幹事 そこの部分はかなり紙一重のところがあって,請求といっても,結局,反訴で請求をして,それで,形成されるであろう結果の契約内容に基づいて抗弁を出すということは多分,できるんだろうと。反訴の場合には,控訴審でやる場合には相手方の同意が必要だとか,幾つかの制約はありますが,基本的にはそれでできるのだろうと。他方で,この契約内容について既判力を付与するということも,形成訴訟にしなくても形成の結果できた契約内容について確認請求をするという形で,改訂された契約内容に既判力を付与すると。   それは確認の利益があるという前提ですけれども,そういう形でもできるので,私個人としてはアプリオリにどちらかになければならないという気は余りしていないのですけれども,ただ,契約改訂の内容が非常に複雑な,いろいろな契約条項にわたって改訂するような場合には,形成訴訟みたいな形にしておくのが何か無難かなという印象も持っていたんですけれども,今日,御議論に出ている解除か,あるいはせいぜい金額の改訂程度であれば,別に形成訴訟にする必要性というのは余り感じないですね。先ほどの訴訟上,行使する必要があるにしても,訴訟上の行使する形成権という形にして,否認権と同じような形で整理をして,単なる抗弁でもいけるというようにするので十分かなと,一応,そういうような印象を持っているということです。 ○鎌田委員 変な話をして混ぜ返すようで大変申し訳ないけれども,訴訟上の権利行使をしないといけないというと,逆に,100万円の売買契約を結んだけど,今は1億円に値上がりしているという状態で,買主の側が100万円を提供して引き渡せと言った場合に,売主が100万円では酷ではないですかといって,履行を拒絶した。では,引き渡さないのなら解除すると買主側が言ったときに,事情変更の原則があるから解除はできないとも言えないし,損害賠償額1億円と言われたときに,裁判上の権利主張をしていない以上,損害賠償額を減額する理由もないということになりますか。 ○山本(和)幹事 売主側が裁判外で債務不履行で解除したという場合ということですか。 ○鎌田委員 買主側が裁判外で催告解除をした。そして,例えば既に履行期には5,000万円になっていたし,どんどん値上がりしていることは十分予見していたのだから,現在価格の1億円を賠償しろと言った。 ○山本(和)幹事 その場合は売主側が契約改訂の請求で訴えを提起して,契約改訂内容に基づけば,解除は効力を生じないという主張をして,改訂された契約内容の履行の請求を求めるか,確認の請求か分かりませんが。 ○鎌田委員 解除の意思表示後にやってもいいということですか。 ○山本(和)幹事 そこですね。要するに,後から出る判決というか,契約改訂の効力に遡及効を認めるかどうかというのが一つの論点であるように思います。形成判決にするにしても,形成権にするにしても,どの時点でその効力が生じるか,契約改訂の効力が生じるかというのは一つ考えておかないといけないだろうと。遡及効を認めれば,おっしゃる問題には対応できそうな感じはするんですけれども。 ○鎌田委員 面倒くさいから,売主が第二譲渡を1億円でやってしまったという場合に,買主が1億円の損害賠償を請求してきたときも,同じように事後的に事情変更の原則の適用をして,損害賠償は5,000万円ぐらいにして,5,000万円を手元に残させると。 ○山本(和)幹事 それがいいかどうかというのは分かりませんが。 ○鎌田委員 そうしないと,100万円の代金額を5,000万円に引き上げて,それで,5,000万円を売主の手元に残すということと表裏一体にならないですね。すみません,余計な話を持ち出して。 ○三上委員 内容の話は随分されましたけれども,4条件のブラッシュアップの話は任せ切りのようでしたので,そこで一言だけ,私の当初の理解では,これは契約は守るべき原則の超例外という位置付けですから,少なくとも基礎となった事情に「著しい変更」という「著しい」という言葉が必要ではないかと思います。それから,事情の変更によって契約の当初内容に当事者を拘束するというときに,当事者を拘束することが当事者双方にとって信義則に照らして著しく不当である,つまり,一方にとっては不当だけれども,もう一方は,契約を解除されてはかわいそうという場面では,適用すべきではないのではないかという意味で,少なくともこの2点は入れていただきたいと思います。 ○道垣内幹事 2番目の話がよく分からないのですが。 ○松岡分科会長 今の御提案は,履行請求の認容か,それとも,事情変更の法理に基づいて解除が認められるのか,どっちかだとするとどちらにとっても不満足な結果になるので,改訂の要件を絞るというものではなかったのですか。そうではなく解除の要件ですか。 ○三上委員 私は基本的に効果は解除だけでよいと思っているんですが,いずれにしても,契約から離脱することによって救われる人と損する人がいるわけですよね。救われる側には救われるべき信義則上の理由があるとしても,損する側にも損するだけの合理的事情があるというときにのみ認められるべき法則だろうと思うんです。つまり,大津波で家ごと流されてローンが払えないと。それは,想定外の一大事が起こってかわいそうですから,事情変更になったのだから,契約は解除して債務から解放されたとして,借りたほうはそれでいいかもしれませんが,貸しているほうは自分に何の落ち度もないのに,貸倒れになるわけです。こういう場面で出てくる法理ではないのではないかという意味で,双方の当事者にとって,その契約に拘束させることが信義則上,正当でない場合という場合に限るべきではないかという提案を申し上げている次第です。   事情変更による解除が認められる場合には,損害賠償は認めないという前提ですよね。当事者間の,先ほど言いました不当利得的な調整も認めないような解除になるという前提で考えられていると思うのですが,そうすると,一方はそれで救えるけれども,もう一方はそれで全面的に損を被るという場面でこれを使われると困ったことになると思うんです。 ○松岡分科会長 道垣内幹事が言い掛けられたのを私が止めてしまって申し訳ないのですが,当事者双方にとって契約に拘束し続けることが信義則上適切でない場合とするべきだという御提案ですね。しかし,元の契約どおりの履行を求める側にとって,それが信義則上,適切でないというのはどういう意味でしょうか。不利益を受ける側がそれに拘束されるのは確かに困るということが4要件の中にも入っていますが,それをあえて「当事者双方にとって」とするのは,いかがでしょうか。 ○道垣内幹事 だから,ハイパーインフレが起こった場合に,売主には酷になるわけですが,買主には……。 ○松岡分科会長 過酷になるのでしょうか。 ○三上委員 買主は酷ではないんですけれども,買主にその利益を持たせること自体が不当だという意味で,損する側はそういう利益があり,得する側にもその得を吐き出させるだけの正当性があるという場合に限るべきだと。例えばハイパーインフレでも,買った人は別の第三者に,ハイパーインフレ前の値段を前提に売る義務を負っているかもしれないわけです。そうすると,こちらのほうだけ高い金を払わされると,一人損をする人が出てくるかもしれない。では,買主も別の第三者に対して事情変更で裁判を起こせというような話なのかと。そういう例を出せば切りがないんですけれども,その辺の事情もしんしゃくした上で,両当事者を契約の拘束から解くことが正義にかなう場面というときに出てくる法理だろうという趣旨で,非常に難しくて,私が考えたワーディングというのは「当事者双方にとって」程度で,すみません。予見可能性とか,ここで出てくる当事者というのは両方を指すわけですから,ここの「当事者を拘束する」というのも両方の当事者をいう,その辺を明らかにしていただく,という趣旨でございます。 ○松岡分科会長 分かりました。 ○中井委員 鎌田先生がおっしゃられた問題ですけれども,先ほどの100万円だったものが1億円になったという事例を念頭に置いて,買主側は100万円を提供するから引き渡せと言ったけれども,履行しないから契約解除の意思表示をした。その後,売主側が5,000万であれば所有権を渡す。どんな訴訟になるのかですけれども,登記を引き渡すのと引換えに5,000万を支払えという訴訟を積極的に起こすことになる。その訴訟の中でそれが相当だと認められたときに,先ほどの和彦先生のお話だとその結果が遡及して,当初の解除の効力,買主が100万円を払うから引き渡せと言ったけれども,引き渡さなかったことを理由とする解除の効力が喪失する,こういう構造になるということですか。 ○山本(和)幹事 一回,遡及効を認めるとして,どこまで遡及するかというのが一つの問題で,事情変更のところまで当然に遡及すると,これはかなり採りにくい考え方なのではないかと思うんですが,それから,裁判外であれ,契約改訂の主張なり,請求をしたところまで遡ると,これは形成権的構成になじみやすいんだと思いますが,それが一つの考え方だと思いますが,訴え提起のところまで遡及するというような幾つかの遡及のところが考えられるんですけれども,仮に何か主張しなければいけないということであるとすれば,契約解除の主張に対してきちんと契約が改訂されたはずだということを主張しておかないと,後から訴えをしても,そこまでは遡及しないので,契約解除は有効なままになるという可能性はあるのではないかとは思います。 ○中井委員 そうでないと,債務不履行解除した後,買主から損害賠償請求訴訟が起こって,証拠調べが進んでいく中で,事情変更の法理を適用して,5,000万だったら売ったではないかと,こういう抗弁を認めることになりかねませんね。そうすると,少なくとも当初の買主側が100万円を提供する,だから,引き渡せと言ったときに,解除の意思表示が出るより前に,引き渡すから5,000万を払えと,そういう何らかの実体的な意思表示がないと駄目ではないかという気もします。裁判上,後で行使すればよい,裁判上でなければならないというわけでもなくて,遡及効との関係で考えるとなかなか複雑だなという印象を受けました。 ○山本(和)幹事 それは,しかし,否認権でもそうではないですか。効力は否認権行使の時点であると一般には考えられているのではないでしょうか。ただ,行使は裁判上……。 ○鎌田委員 しかし,これは全く信義則の一適用形態だというと,100万円の提供をした時点で,実は事情変更の原則で5,000万円を提供しなければいけなかったんだからあの解除は無効だったということを,遡及効や何かを入れずに言えますよね。だけれども,ここでは裁判上の権利行使という構成にしているから,今,山本和彦幹事がおっしゃったような形を採らざるを得ないということですね。 ○山本(和)幹事 形成権でも何でもないと。そういう要件事実が整えば当然に法律状態は変動しているんだという理解を採れば,先生がおっしゃるとおりになると思うんですが,それだと裁判上の行使とか,そういうことは恐らくあり得ないということなんでしょう。 ○中井委員 そうすると,最終的には5,000万だと裁判所は相当と考えるかもしれませんけれども,2,000万だったら相当ではないというときに,100万の場面で2,000万を払えば引き渡すと,こういう控え目な話をしたがために,後々,どうなるのかという気もいたしますね。 ○山本(和)幹事 高く言ってしまったという場合は問題です。 ○中井委員 最終的に5,000万が相当だというときに,売主側が7,000万と言ったとき,それでいいのかということですね。 ○道垣内幹事 そうです。だから,中井委員がずっと御主張のように,単純に履行拒絶だけであると考えると,100万円を提供した買主に対して売主が履行を拒絶すれば,それが事情変更の原則の主張になっていると考えることになるわけですが,もし,仮に一部認容が可能であり,一定の額についてのみ請求が認められるということがあるのだとしますと,それはどう位置付けるのかというのが,なお問題になるのでしょうね。 ○鎌田委員 そうすると,手続要件を入れてしまうと,過去に遡ることがもっと難しくなりますよね,多分。 ○山本(和)幹事 手続要件。 ○鎌田委員 再交渉をした上でないと主張ができないという構成にすると。 ○山本(和)幹事 それはそうでしょうね,確かに。 ○潮見幹事 手続要件とはといっても,再交渉という実体レベルでの手続要件と,それから,更にここで解除とかを裁判上の手続に委ねなければいけないんだという意味での手続上の要件というのがあって,両方とも入れるときは当然のこと,あるいは片方を入れただけでも複雑になるのかなという感じがします。   ところで,休憩前に道垣内幹事が整理されたところですが,履行拒絶というような場面も出てくるわけですから,事情変更の効果として契約改訂を認めるのであれば,どちらの側に内容の改訂についての主張・立証責任を負わせるべきなのでしょうね。履行拒絶を言う場合に,事情変更の要件だけでは不十分だということであるのならば,改訂内容を売主が提示して,履行拒絶すべきであるというルールを実体法上で設けるのが好ましいということなのではないかとも思います。 ○松岡分科会長 契約の拘束力の遵守の原則を強調するのであれば,例外を許容してほしいというほうが改訂内容を主張立証することが自然ですね。   それでは,時間の問題もございますので,引き続きまして「消費貸借」のほうに戻らせていただきます。「4 期限前弁済に関する規律の明確化」,「(2)期限前弁済(期限の利益の放棄)によって生じた損害の賠償義務」,「ア 原則」についてまず御審議いただきたいと思います。事務当局から説明をしていただきます。 ○金関係官 部会資料44の39ページを御覧ください。この論点は第54回会議で審議がされ,規定を設ける場合の問題点や具体的な規定の在り方等について分科会で審議することとされました。部会では,第1パラグラフについて,民法136条2項ただし書との関係を明確にすべきであるとの意見がありました。また,第2パラグラフについては,再運用等による利益相当額を算定するのは困難であるという意見や,そもそも損害額のベース,出発点を返還時期までに発生すべき利息相当額と捉えることに問題があるとの意見もありました。また,この論点を検討するに当たっては,金銭はそれを持っているだけで常に一定の利益を生むという発想があることとの関係を意識すべきであるとの意見もありました。   今紹介しました御意見のうち,第1パラグラフと民法136条2項ただし書との関係については,あらかじめ少し考えていることを申し上げたいと思います。これについては,現在の民法136条2項ただし書の規定自体が非常に不明確な規定ぶりとなっていますので,少なくとも消費貸借の場面ではこういう規定を設けてルールを明確にしようという意図で,このような提案をしております。よろしくお願いいたします。 ○松岡分科会長 それでは,ただいま説明がありました部分について御意見を伺いたいと思います。御自由に御発言をお願いいたします。 ○潮見幹事 136条2項ただし書が不明確だということなのであれば,このただし書きの文章を変えるという方法はないのでしょうか。136条2項ただし書きを,これによって相手方に生じた損害がある場合には賠償しなければいけないと変えて,ここでは原則,何も書かないというのもあるのではないでしょうか。ついでながら,損害の額についても部会で議論がありましたようないろいろな問題があるから,ここまで立ち入った形では書かないというのもあり得るのではないでしょうか。部会で以前に私が136条2項で対処できるのではないかと言ったのは,今申し上げた点も検討していただければと思って言ったつもりなのです。 ○金関係官 ありがとうございます。もちろんその考え方はあり得ると思います。期限に関する論点は,部会の第34回会議で審議されましたので,そちらの論点のほうで議論することになるかもしれませんけれども,いずれにせよ,消費貸借に限定して明確化することに固執しているわけではありませんので,潮見幹事から御示唆いただいた方法も含め,改めて検討したいと思います。 ○松岡分科会長 136条2項ただし書が不明確なら,それを変えるという手はもちろんあると思いますが,変えるとするとどういう案になるのでしょうかね。案としてまとまっていなくてもよろしいので,手掛かりとして方向性などを示すお考えがあれば,お出しいただければ有り難いです。 ○潮見幹事 これによって生じた損害を賠償しなければならないという表現では,なぜいけないのでしょう。 ○松岡分科会長 そういうことですか。 ○潮見幹事 ついでに申し上げますと,39ページの第2パラグラフの内容を定めるのであれば,それを導くための前提として,136条2項ただし書と重なったとしても,この種のものを確認的であれ規定しておくということに意味がないわけではないと思います。しかし,第2パラグラフに掲げられているようなことまでの規定は要らないよということなのであれば,ここに第1パラグラフのことだけ規定として置くということに,どこまでの意味があるのか,少し疑問を覚えます。分科会長がおっしゃったように,136条2項ただし書の文言をどうするのかは,詰めていただくべきだと思いますけれども,ここで,ただし書で言っている内容として,多くの方は損害賠償みたいなものを考えているのではなかったかと思いますから,余計に,先程のような発言をしたわけです。 ○三上委員 今,潮見幹事が136条2項は損害を賠償請求できるとすればいいとおっしゃいましたが,損害の賠償と得べかりし利益を放棄するというのは,違うのではないかと考えております。ここの(2)でこういう規定になったのは,貸金を貸していない間に取るのは利息相当分でも,それは全部損害だと,利息というのは貸金があったときに発生するもの,利息と相当するものであっても貸金が返された後の期間分の利息に相当するものは損害だという定義を前提にしているので,ここは損害になっているだけで,実はその中に得べかりし利益も入っているという意味で,その前提が違うのかなと思いました。   それで,(2)は普通どおりいくと請求する側,つまり,期限前弁済を受けた側が,元々の利息相当分から再運用して得られた利益を差し引いたこの金額になるという立証をしなければならないような条文に読めるんですが,そうだとすると,本会議で申したように,そんなものは基本的に立証できないし,どうしてもということであれば,それで国債を買った証拠を見せて,国債のレートとの差額とでもするしかないと思います。しかし,実際には,こういう議論自体が絵空事だというのは,基本的には日本の少なくとも銀行に関しては,期限前弁済がされた後に期限までの利息を取るという慣習がないからです。だから,余りこういう議論をやっているとものすごく自分が厚かましいことを主張しているような罪悪感にさいなまれるのですが,ただ,こう書かれてしまうと,先ほどのような反論になります。さらに,最初の利息と損害金の分け方の定義のところで,この損害ないしは利息というものに関しては,利息の内部に契約のコストだとか,本来的な信用コスト以外のものも全部含むのか。つまり,履行利益,信頼利益を全部含めた概念ですかというところで,もし,全部を含むということであれば,そのコスト的な部分というのは再運用うんぬんの話ではなくて,最初に掛かった固定の費用なんです。   だから,本会議のときの繰り返しばかりで申し訳ないんですが,長期信用金融をやっていた昔の銀行が,残存期間が短期になったときに,低い金利で市中銀行に乗り換えられると,結局,長期間のリスクをとって貸した分を損するので,期限前弁済手数料を取っていたというのは,結局,融資の開始時期に本来取るべき一番リスクの高い時期の信用コストを平坦な利潤に期間均等でならしているので,その差額を後から取るという話をしているだけであって,こういう利息の構造の話は,言い出すと本当に切りがない話になっていくんですよ。ということで,私としてはこういう条文を入れずに,期限前弁済によって生じた損害はそれを弁償することで終わってしまうというのが,一番健全な解決ではないかと考えています。 ○中井委員 確認です。三上委員の御発言の中で,銀行実務では,少なくとも三上さんの所属している銀行では期限前弁済を受けても,損害賠償請求はしていないという理解でよろしいですね。 ○三上委員 利息相当分についてはそうです。ただし,例えばそれによってスワップの解約コストが発生したとか,実際に負担する契約コストに当たる部分は請求しています。 ○中井委員 そうだとすれば,通常の銀行業務をしている銀行においては,三上さんのおっしゃられた実務だろうと思います。積極損害があるときにはその損害賠償はするけれども,将来の期限までの利息相当額を損害として請求する実務はない。いわゆる金融業,通常の消費者金融をしている会社との取引においても,期限前弁済をしたからといって,期限までの利息相当額の損害賠償を請求している実務もないと思います。そうだとすると,そういう実務のない中で,この規定を設ける必要はないでしょう。   なお,繰り返し部会のときに申し上げましたけれども,基本的に弁護士会はこの考え方には反対です。とりわけ金銭消費貸借については反対です。その理由付けについて,部会のときに鎌田委員もおっしゃられましたが,金銭そのものの特質によって十分説明できるのではないかと思っております。したがって,この後段についてはこのような規定は設けないという考え方,これは潮見幹事においても,三上委員の意見でも同じ意見で,設けないという考え方に賛成です。   では,この前段と136条2項については,136条2項を先ほど潮見幹事がおっしゃられたように,期限の利益を放棄したとき,相手方に損害が生じたら,その損害を賠償しなければならないとすることに,特に反対するものではありません。また,三上委員がおっしゃられたこの原則の前段について,借主は期限前弁済をすることができる,しかし,それによって貸主に損害が発生したときには,その損害を賠償しなければならないという一般的規定を置くこと,これについても,これは重複するのかどうかよく分かりませんけれども,特に弁護士会としては反対するものではありません。   なお,蛇足になりますけれども,分割弁済の約束をしていて借主が仮に弁済を怠った,怠ったがために期限の利益を喪失した,貸主は借主に対して期限の利益を喪失させて全額の請求をした,請求した後,直ちに弁済をした。そのときに果たして債務不履行に基づく損害賠償として,期限までの利息相当額を損害賠償として請求するのか。その実務も全くないと思います。また,それが果たして債務不履行に基づく損害と言えるのかも問題だと思いますので,債務不履行であってもそうであるにもかかわらず,権利として期限前弁済したのに,期限までの利息を損害と考えるのは余りにも乖離しているのではないか,疑問です。 ○三上委員 今の中井委員に関して一言だけ,債務不履行で期限の利益を喪失した場面でも,スワップの解約損とか,そういう損害は請求しています。 ○中井委員 それについては反対いたしません。 ○松岡分科会長 御発言いただいた皆さんの意見はほぼ一致していると感じられますが,反対の御意見や疑問点があれば,お出しいただくと生産的な議論になると思うので,よろしくお願いします。 ○道垣内幹事 銀行では利息相当分は取っていないかと,デリバティブの解約費用を取っていますという話なのですけれども,融資の形をとりながらデリバティブをするといいますか,デリバティブのアップフロントペイメントとか,手じまいのときのペイメントというのは,期限よりも前のときのフィーは,結構,高いですよね。ですから,話を純粋なローンだけに着目して,そんな実務はないと言い切れるのかというのは若干気になるところで,それがこの問題にどう結び付くかということは必ずしも明らかではありません。潮見幹事や三上委員がおっしゃるように,別段,第2弾はなくて,損害を賠償するというだけでいいのではないかということでは構わないのですが,取ることはないですというのは本当ですかという感じがします。 ○金関係官 今の道垣内幹事の御指摘とも関連しますけれども,少なくとも現在の民法136条2項ただし書の解釈としては,本来の期限までの利息相当額を出発点としているはずで,一般的な教科書では,むしろ利息相当額を全額取ることができるとだけ説明しているものがほとんどだろうと思います。今回の提案は,その解釈は相当ではないということで,運用利益などを控除させようとするものです。控除させる際の主張立証責任については両論あり得ると思いますが,いずれにせよ,そこを控除することについては,少なくとも第1読会の際には異論がなかったところで,それを第2読会の議論に反映させたつもりでした。ところが,本日の御議論を前提としますと,便宜的に履行利益という言葉を使いますが,そのような履行利益という発想を採るのではなくて,むしろ,信頼利益,積極損害と申しますか,経費のようなものしか取れないという発想を採るべきであるという方向性が示されたのだろうと思います。先ほど申しましたとおり,少なくとも従来は,履行利益を出発点として,そのように履行利益を取る以上は,経費,調達コストといった積極損害を取ることはできないという発想で説明されてきたはずですので,これを大きく転換して本当によいのかどうか,疑問もあり得るところだと思います。従前どおり履行利益をベースとする前提を採ったとしても,実務上それより少なく取ることは何ら問題ないわけですので,現在の実務が少なくしか取っていないということだけを捉えて,そういう大きな発想の転換をしてよい局面なのかどうか,若干問題意識としては持っております。 ○鎌田委員 その点は,期限前の弁済をしたら,期限一杯の利息を払わなければいけないと教科書に大抵書いてあるのは,かねがね,おかしいと思っていて,余り理論的な検討の結果ではないのではないかと思っています。それで,今,利息は実際に金銭を運用したときにしか利息債権は発生しないという原則を一方では採っていますね。と同時に,前にも言ったように,民法は基本的にお金を持っていれば,必ず一定の利益が生ずるというフィクションの上でいろいろな制度を作っている。そのことと,期限前弁済をしたら期限一杯の利息を全部払わなければいけないというのは,どうしても理論的には両立しないと思っていたので,むしろ,この第2パラグラフはないほうが筋が通っていると個人的には考えているところです。 ○高須幹事 少し角度が変わるんですが,今,金さんが立証責任はともかくとしてとおっしゃった点も大事かなと思っていて,本来の利息相当額の支払を返してもらうほうが主張すればよくて,それに対して,再運用したことによって,これだけのものは控除されるというのを今度は返すほうが主張立証しなければならないというのはまず難しいと思うんですね。だから,そんな現実性のない話はせずに,全部,請求するのも一案と三上さんがおっしゃっている。これに対しては,そうもいかないとの考えもある。つまり,この規定のような書きぶりをすると,どっちかに立証責任を課せば妥当な結果が得られるというわけでもどうもなさそうで,その観点からも何か始末が悪いかなみたいな気もしますので,第2パラグラフは私もほかの先生方と同じで使いにくい規定ではないかと思いますので,その観点からも,この規定を置くことは危険かなと思います。 ○中井委員 後段削除については,高須幹事の説明と鎌田先生の説明があったんですけれども,私は高須幹事の説明には反対です。そういう考え方に基づいて削除するのではなくて,鎌田先生の考え方で削除する。とすると,先ほど金関係官がおっしゃられた従来の教科書ないし従来の理解として,期限前弁済したときは期限までの利息が損害だという考え方があるとすれば,それは明確に否定されるべきだと思いますので,この表現でそれが否定されたかどうかは分からない,もし,そうなる可能性があるというのであれば,それが明確になるような方向で文言を更に検討していただきたい,と思います。 ○高須幹事 私も決して鎌田先生がおっしゃったことと違う意見として申し上げたのではなくて,先生がおっしゃったことをもっともだと思った上で,今の点を言っただけなので,基本的には,本質的には鎌田先生がおっしゃったところがポイントだろうということには全く異議はありません。そういう形が明らかになればよりいいと思います。 ○金関係官 期限前弁済がされた場合に本来の期限までの利息相当額全額を損害として現実に取ることができるという帰結がおかしいこと自体は,恐らくこの部会では異論がないだろうと理解しておりまして,今回の部会資料では,そのおかしいことを解決するために,再運用等の利益を控除するという方法を採ったわけです。今回,そういう方法を採ったのは,従来の考え方との連続性を保つためということもあるかと思いますけれども,本日の御議論は,最終的には,期限前弁済がされた場合には常に積極損害しか取れないことを条文上明記するということまで想定されているということなのでしょうか。 ○内田委員 そこにいく前に,鎌田先生の御意見の確認なのですが,期限までの利息が全部取れるという記述自体がおかしいとおっしゃったのですけれども,本当におかしいのかどうか。利息は取れるけれども,損害軽減義務が働くので,実際にはお金が返ってくれば,当然,それを活用するわけで,事実上,大部分の期間について何も損害は発生しないということになっているだけではないか。もちろん,こういう文言を書くと立証がどうなるのか,立証責任はどちらかという高須さんがおっしゃったような問題がありますので,条文に書くのがいいかどうかは別問題ですけれども,理論上は期限までの利息の損害が発生し,損害軽減義務によってそれが減額されて,ごく一部になるという説明になるのではないかと思っていたのですけれども,そうではないということですか。 ○鎌田委員 それは,ある意味,すごく筋の通った考え方だと思うのと,それと同時に,例えば遅延損害金というのは元本を受け取った人に運用の能力があろうがなかろうが利益を付けていますよね。そういうフィクションの部分と実損害の部分とどっちを中心に民法を組み立てているかというときに,ある種,このフィクティブな部分で貫いているというところに着目していくと,何かここだけ実際の運用利益の立証を求めていくというのは,本当に整合性があるのかなというのが一つの疑問です。ただし,特別損害的に,この消費貸借だからすごくもうかっていたという部分を何とかしてやらなければいけないというのは,理論的にあり得るのかと思うんですけれども,でも,そんなむちゃくちゃな高利の人だけ面倒を見てやることが果たして本当にいいのかという問題も同時に出てくるので,得べかりし利益の部分と実際に発生する想定された利息部分というのは,よほどのことがない限り,一致しているという処理で割り切るのが一つの方針ではないかと思うんです。 ○三上委員 この後段には二つ問題がありまして,一つは先ほどから議論になっている問題で,もう一つはこの額はこれだと決めてしまうと,私が先に申し上げたスワップの解約コストとか,そういう実費でかかる経費部分が抜け落ちてしまうので,つまり,利息の得べかりし利益だけが損害ではないということです。後段の書き方では,その分が抜け落ちるのではないか。例えば極端なことを言うと,再運用利益というと非常に難しいんですが,利ざや,つまり,お客さんにお金を貸すときには短プラ+何%とかいう形で,銀行の調達コストみたいなものはかなり今,明らかにしているんですね。昔はそれを出すのを嫌がっていましたが,今はほとんど変動金利で金を貸すのが多いので,そうすると,利ざやの部分だけは明らかになるので,調達コスト部分は損害なしでいいでしょうというのであれば比較的,受け入れられやすいかもしれないです。実際はそれも取っていませんが。   更にもっと言うと,法定利率の部会資料案を見ると,結局,3%の変動金利というような内容なので,およそ個人的な期待とは違っていたのですけれども,これがもし,もう少し低い公定歩合プラスアルファの,例えば今だったら0.何%というようなベースレート的な数字であれば,それはどんな人でも運用できるとみなすレートだから,調達コストも差っ引いて,残ったスプレッド部分からその法定利息を引いた差額が損害である,というアイディアはあったと思うんです。ただ,今,この計算でやってしまうと,出来上がりで5%を超えない限りは利息分の損害はおよそ発生しなくなると。では,通常の融資とかローンは5%以下で貸している現状は一体何なんだという話になってしまうんですが,これは一つの非常に割り切った結果です。私はその5%とか3%に納得するわけではありませんが。ただ,利息相当分についてはそのとおりだとしても,利息という収益以外に掛かっている実損額はあり得るということも,忘れないでいただきたいということです。 ○内田委員 私が先ほど申し上げたような理屈で考えると,期限までの利息から損害軽減義務が働いて,実際に運用していなくても運用できた分は全部控除するということで,損害額が出てくるとしますと,先ほど道垣内さんが言われたのですけれども,実際に掛かったデリバティブの解約コストですか,そういったコストが意外と大きい場合があるとのことでした。しかし,期限までの利息マイナス再運用利益を超える実損害というのは,消費貸借の期限前弁済を理由としては取れないのではないかと思うのですね,仮に実際に掛かったとしても。そういう意味で,上限を画するという意味はあるのではないか。必ず実損害のほうが低いという想定は,成り立たないのではないかという気がするのですが。 ○中井委員 これはまた,三上さんに教えていただきたいと思いますけれども,特定の貸金とその資金調達が直に結び付いているというのは,相当,ロットの大きい貸金ではないかと思います。銀行以外の貸金業者の中ではそのようなことはあり得ない。ここにあるプールした金が回転しながら貸されて回収し,回収したら直ちに貸されるという関係にあるのではないか。通常の銀行業務においても,一般的に広く資金調達した基本的には預金という中から個別貸付けが実行されている。   巨大なプロジェクトで50億,100億を特定企業に対して長期20年の貸付けをするときには,一定の市場若しくは一定の契約,そこには様々な複雑な金融手法を駆使して100億を調達して貸し付けている。それが約定と異なり繰上げ弁済をされたら,その資金調達についても解消しなければならないので,多額のコストが掛かるかもしれない。それは一般的な貸し借りの中では,ごく極めて例外的なところではないかという認識をしております。弁護士会が一般的に取り上げている市民間の取引,市民が銀行から借りる,貸金業者から借りるものについては基本的にそのような場面はない,業者としても貸金を借主から回収したら,直ちに次の借主に対して30万,10万という融資をして利ざやを稼いでいる。それが実態ではないか。だから,その実態にそぐわないなという感じがいたしました。   それから,何よりも,これは繰り返し部会でも申し上げましたけれども,金銭消費貸借で期限の定めをしたとき,期限までの利息が貸主に保証されているがごとき理解になるんですが,その考え方自体に反対です。期限前弁済をすれば,現金というのは他の物とは違う究極の種類物的なもので,一般的には運用されて,先ほどの鎌田先生のお話ではありませんけれども,一定の利益が上げられるものとされていることを前提として組み立てるのが,少なくとも消費貸借については適合しているのではないか。私は請負であっても,役務提供契約の期限の定めのあるものであっても,なお,留保しているのですが,それは行き過ぎだとしても,少なくとも金銭の貸し借りについては,期限の定めというのは専ら借主の利益のためにあって,その行使を制約するような方向で機能することについては基本的に反対をしたいと思っています。 ○道垣内幹事 私は確定的な意見がなくて申し上げるのですが,今の中井委員のお話によると,固定金利による貸付けが行われた後の利率の変動のリスクは貸主が完全に負うということになりますね。つまり,固定金利10%で借りて,現在は変動では7%であるというときには期限前弁済をするんだけれども,一切,貸主は損害賠償は取れない。しかるに,10%で借りたのだけれども,現在の市場は13%であるというときには,借主は10%のままで借り続けて期限で支払えばよい。そうすると,固定金利貸付けにおける変動リスクを貸主が完全に取るというシステムになるわけでして,それが合理的なのかというのがよく分からないのですが。 ○金関係官 そもそも先ほど中井委員がおっしゃった,消費貸借についてはこういう前提を採るべきであるというその前提と,この第2パラグラフの提案は全く矛盾しないとも言えるわけでありまして,期限までの利息に相当する額を満額取れるわけではなくて,再運用等の利益を控除したもののみが損害額であるということを条文上明記する。それは,中井委員がおっしゃっている価値観を実現するためのものだと言ってもよいのではないかとさえ思っております。その辺りのところが,余り議論がかみ合っていないような気もしておりまして,金銭は究極の種類物であると先ほどおっしゃった観点から正に再運用等の利益を常に控除するということは言えないでしょうか。 ○鎌田委員 理論的には筋が通っていると思いますよ。ただ,実際に再運用することによる利益相当額というのは,少なくともここはフィクションでなければいけなくて,多分,法定利率で,しかも,その差額について中間利息を控除するという計算をするのですよね。 ○道垣内幹事 そうやったら,必ずマイナスになってしまう可能性があるという話ですよね。 ○鎌田委員 でも,それはしようがないといえば,しようがないところがあって,ほかのところでも実際に利益は上がらなくても,法定利率で利息を付け,法定利率で中間利息を控除しているのに,ここだけは実際の利益は少なそうだから少なめに計算すると,それはおかしいのではないかと思うから,この考えを採ったとしても,控除額は法定利率というのがむしろ筋が通るんだと。 ○三上委員 ただ,損害賠償を予定しておけばよいわけですよね。実際,金融実務はそうなっています。 ○鎌田委員 高いですよね。 ○三上委員 延滞のときは高いですが,期限前弁済のときは先ほど申したように別に取っていない。ただ,解約コストを払うのが嫌であれば,期限まで借りてくれればいいわけで,解約コストがなぜ掛かるかというと,先ほどおっしゃった10%の固定で借りたのに,市場金利は今,1%だと,こんなのは嫌だから1%で借り換えるというときに,10と1の差額分が結局,解約コストになるわけですから,その意味では,内田委員がおっしゃったように想定の金利が全部払われれば,その中に収まる,約定金利の合計が上限になるといえばそのとおりです。ただ,収まった上に,再運用利益した場合の利益分もなくなるはずであるというところが違うんですね。市場との精算で発生するコストというところに再運用してうんぬんという発想は出てこないわけです。こういう議論を始めると,利息の定義の見直しとか,そういう非常に専門的な話になっていて収拾がつかなくなるのではないかと懸念します。金融機関の場合には,自ら契約で防御していますから,これが任意法規であるということであれば余りうるさく言うわけではないんですが,ただ,後半のような規定が入ると,そういうことを声高に主張して何か金融機関の請求がおかしいかのように言う人はきっと増えてくるはずですから,原則のみ,前半だけでいいのではないかとも思うわけです。 ○中井委員 心は違って結論は同じなのかもしれません。金関係官が先ほど御指摘になった問題をもう一度,申し上げておくと,これが建物の賃貸借で3年で契約して,1年で期限前に返してしまった。これができるとして,残り2年分の約定の賃料収入を損害として請求できるか。これも建物が特殊であって,特定の目的にしか使えなくて,あなたのために貸していたものが期限前に返されたら,恐らくその残り期間について満額,得られなかった賃料を損害として請求できることに余り違和感はありません。今度,それが一般的にどこにでもあるような通常の借家であって,返してもらったら,通常,2,3か月,真面目に探せば次の店子さんが付く場合,これについては,この論理からすればまずは2年分の賃料請求ができて,債権者がしかるべく努力して損害軽減義務を履行したら,2,3月で埋まるので,残り1年10か月分については控除して,結論として,2,3か月分の逸失利益が請求できる。これも理論的にはそうかもしれません。   究極の種類物と言ったのはそういう意味で,特定の不動産が一般的な不動産になり,更にこれが機械になるのかもしれませんけれども,コピー機のリース,車のリースから更に金銭になったとき,金銭は返ってきたら,直ちに運用ができるというのが法律の建前ではないですか。では,この立て付けが,全額請求できて控除できるのではなくて,原則,ゼロから出発して積極的に貸主に損害があるのであれば,その損害を賠償できればいいという規律で足りませんか。論理を徹底したところで,そういうところに行き着きませんかと,こういう理解をしているのです。 ○潮見幹事 結論は同じだと思うのですが,私も先ほど鎌田部会長がおっしゃった説明に基本的に賛成です。これは金銭消費貸借で使った分についての利息というものが観念されるわけで,使用されていない部分についての利息というものを考えるということ自体がどうかなと思います。それから,実際に金銭が期限前弁済で返ってきた場合に,返済後の金銭がどのように運用されるかを定型化することができるのかというところに対して,中井委員の見解とはニュアンスがあるんですけれども,私自身は疑問を感じます。その意味では,事務当局がお示しになられた定式で典型的な場面はこれだと説明することが,本当にいいのかということについての更なる疑問を抱くのです。   それから,先ほどの三上委員の発言の中で言われたことと,内田委員が言われた部分に関してですが,アの前段はいいとしても,後段のほうで賠償されるべき損害額を限定するという趣旨が入っていたと思うのですが,そうなると,後段のような規定が仮にできた場合には,これは任意規定ではなくて,強行規定になりませんか。そして,強行規定になった場合は,現在,賠償額の予定等で合意することができた部分が,それと抵触した部分は無効ということにならないでしようか。 ○金関係官 この提案は任意規定のつもりでございまして,内田委員の先ほどの御指摘も恐らく任意規定であることを前提に,しかし損害賠償額の予定などがないときはこの規定が上限を画する機能を持つという御趣旨だろうと思います。   それと,先ほど中井委員が,この議論は役務提供契約において役務の提供が役務受領者の側の帰責事由によって中途で不能になった場合における役務提供者による損害賠償請求の議論と同様の議論であるとおっしゃったところは,正にそのとおりであると考えておりまして,あのときの議論では,中井委員はそうではないですが,大方の理解は,履行利益から一定の金額を控除するという発想を採っていたのではないかと思います。そうすると,なぜ消費貸借だけ違うのかという疑問は一応あり得るようにも思います。   それから,賃貸借については,期間の定めがある場合には解約権を留保しない限り,そもそも中途で解約することはできないと理解しておりまして,民法618条の反対解釈だろうと思いますけれども,ただ,中井委員の御発想自体は,その賃貸借の例を用いた御説明で理解いたしました。   最後に,中井委員の先ほどの御指摘は,現在の貸付けにおける約定の利率と,期限前弁済によって金銭が戻ってきた後に新たに貸し付ける時点の市場の利率とが必ず同じか,後者が大きいことを前提とされているようにも思いますけれども,その前提に問題はないだろうかと思っておりまして,先ほど道垣内幹事がおっしゃった固定利率で貸し付けている場合に市場の利率の変動リスクを貸主に負担させるのは問題ではないかという御指摘につながるのではないかと思っております。 ○内田委員 大体,考え方の筋は出たかと思いますけれども,実際に生じた損害の賠償を請求できるというのが原則で,その損害とは何かについて私はこの後段のような理屈で考えますけれども,でも,結論は多分,中井先生と変わらないことになる。ですから,この理屈を否定するような理由付けで前段を規定するのは避けるべきではないか。損害をどう算定するかについてはいろいろな考え方があり得ますが,私は中井先生がおっしゃっている議論に違和感はありませんので,結論的には同じ議論をしているのではないかと思うのですけれども,ただ,こういう形での説明の仕方も可能なので,それを許容するような条文及び理由付けにしたほうがいいのではないかと思いました。   実際に生じた損害がこういう考え方で算定されたとしても,合意でそれと異なる賠償額の予定をすることは可能で,実損害よりも高い賠償額の予定は全て減額するというルールを採れば別ですけれども,そうでなければ,相当の幅で合意は許容されるということになるのではないかと思います。 ○道垣内幹事 ここから妄想が入るのですけれども,現行法136条2項ただし書について,教科書類に,約定の期日までの利息を払わなければならないと書いてある。それはそのとおりなのですが,それでは,なぜ通常の損害概念とは違った,そのような議論が可能だったのかというと,ただし書の書き方によっているのではないか。つまり,単純な損害賠償という形で書いていなかったことによって,通常のルールが適用されないかのような議論ができたのではないかという気がするのです。   しかるに,アのうちの第2段落を削除するにいたしましても,損害賠償請求をするということになりますと,損害賠償の一般論というものが係ってくる。つまり,損害額を損害賠償の請求権者が主張立証しなければならないとなってきたときに,ほかのものに運用するよりも貸主が利益を受けていた,通常ならばこうなのに,これはいろいろな都合でこういうふうなパーセントになっていたので,これだけの利益がエクストラに取れることになっていたというのは,貸主の側で完全に立証していかなければならないという建前にはなりそうな気がするんですね。   それは本当にそれでもつのかなという気が若干するのですが,本来,取れなくてもよいのだと言えるのか。また,デリバティブの解約費用とかいう話になりますと,これまた,それを立証するのは逆にたやすいのかもしれませんし,多くの場合は損害賠償額の予定をしているので,通常の金融機関は困らないというのかもしれませんけれども,何か結構,酷な立証だなという気はします。 ○金関係官 期限前弁済がされた場合に,その期限前弁済がされずにずっと借り続けていたとすれば生じたであろう利息の額に相当する損害賠償,すなわち履行利益を損害賠償として取ることができるというのは,むしろ,損害賠償の一般原則のような気もしておりまして,引き続き検討したいと思っております。   それから,再運用等の利益を控除する場合の主張立証責任についてですけれども,仮にこれを損益相殺だと捉えれば,通常は損益相殺によって利益を得るほうといいますか,借主のほうが主張立証責任を負担することになるように思います。ただ,中井委員が,以前の部会で,役務提供契約において役務の提供が役務受領者側の帰責事由によって履行不能になった場合の役務提供者による損害賠償請求の議論のところで,損害賠償を請求する役務提供者の側が自らにどれだけ損害が生じたのかということを主張立証すべきである,契約が中途で終了したことによって免れた損害や得られた利益を全て損害賠償を請求する側が主張立証すべきであるとおっしゃっていたように,再運用等の利益を控除する際にも,貸主の側が控除すべき金額を主張立証しなければならないとすることも不可能ではないという問題意識は持っております。 ○潮見幹事 金関係官がおっしゃられた期限前弁済があった場合の残りの期間の利息相当額が履行利益だという見方には,私は反対です。そういう理解を,少なくとも私はしていません。 ○三上委員 一部,私の先ほどの話を修正する部分もあるんですけれども,最近は全然流行らないから忘れていましたけれども,例えばインパクトローンのような外貨貸しの場合には,為替相場いかんでは中途で弁済をすると,利息相当分を超える損害が発生することがあります。そういう意味で,必ず利息分の残り期間掛ける利息が損害の上限だと言われると,それも違うなと思います。ただ,これは為替差損だ,利息とは別物だという説明は可能です。そういう意味で,この場合においての後半というのは,利息に相当する部分の得べかりし利益の算定に関してはこうすると,それ以外に個別の損害があれば,それは別ですという,そういう前提で書かないと言い尽くせないような気がします。   もちろん,今の例は誰も知らないところで突然,請求されるのではなくて,インパクトローンであれば,あらかじめドルと円とのレートも決めていますし,デリバティブ付きの貸金,例えば固定金利貸金であれば,基本的には中途返済は禁止ですよ,中途で解約したら,こういうコストが掛かりますというのを全部,契約書に書いて説明もしていますから,決して突然,考えたこともなかった損害の話をしているのではなくて,契約でそういうことをしている場合の話をしておりますので,誤解なきようにお願いしたいと思います。 ○岡委員 役務提供契約も含めて逸失利益の賠償が原則で,そこから引くという一貫した理解について弁護士会としては一貫して反対,違和感が非常にあるということはずっと申し上げてきているとおりでございます。今,金さんが言った約定利息が本来の損害になるというのも,何となくそうかなと思いながら反対をしてきておったんですけれども,潮見先生のように,こちらから見ると契約の合意主義の権化のような方が,今の金さんの考え方に反対であるというは非常に新鮮で,もう少し,理由を説明していただければと思うんですが。 ○潮見幹事 金銭消費貸借契約を結んでも,期限前弁済というのは保証されているわけですよね。そのときに,使っていない部分についての利息相当額まで契約で保証されているのでしょうか。金銭消費貸借というのはそのような性質の契約なのでしょうか。この部分について私は疑問を感じるのです。だから,先ほどのような発言内容になり,また,鎌田部会長がおっしゃられた枠組みに,基本的にシンパシーを感じるというところなのです。 ○金関係官 それは,利息相当額の損害が履行利益であることを前提に,消費貸借においては履行利益を取ることができないとおっしゃっているようにも……。 ○潮見幹事 履行利益というか,使っていない部分についての利益相当額については取れないという趣旨です。 ○金関係官 ありがとうございます。ただ,消費貸借において期限前弁済が保証されているというのは,必ずしも期限前弁済をすれば損害賠償もしなくてよいというところまでは含まれていないようにも……。 ○潮見幹事 そんなことは一言も言っていないと思います。私が先ほどから申し上げていますように,前段部分に関してルール化することについて反対したつもりは毛頭ありません。また,136条と別にここにルールとして置いたほうが分かりやすいというのであれば,それについても反対をするつもりは全くありません。後段のパラグラフに示されたような内容のものを規定として立てることに対して,賛成できないということだけを言っているつもりです。ついでながら,金関係官が先ほどおっしゃられた積極的損害を書くのかというところについても,書く必要は全くないと思います。 ○金関係官 申し訳ございません,ありがとうございました。 ○鎌田委員 この提案の第2パラグラフは,僕は論理的には筋が通っているとは思うんです。ただ,そこでのマイナス要因は,実利益を立証するなんていうことは金銭についてはまず必要ないはずだというのが第1で,もう一つは期限前弁済の権限が与えられているんだけれども,その権限を行使すると,行使しなかったときと同じだけの費用を払わなければいけないということが妥当でないのではないかということです。そこが,例えば請負や何かのときにも,いつでもやめることができるけれども,履行利益を賠償させられているということとの齟齬があるというふうなことなんだけれども,賃貸借とか消費貸借の場合には,果実を生み出す元本は戻ってきている,請負や何かの場合には完成物ができないで終わってしまうという,そこの差というのはあるのではないかなと思っています。だから,役務提供と全部,横並びにすべきだという発想から出発しても,私は,これでも減額分を操作することで一つの理屈は成り立つけれども,しかし,元物が返ってくる分についてはちょっと違う。実務界でも教科書に書いてあるような取扱いをしていないというのは,サービスではなくて,一定の何か根拠があってやっていることではないかなという,そういうふうな感じを持っています。 ○松岡分科会長 先ほどどなたかがおっしゃった同床異夢のような感じが若干残りますが,アの後段のような形で整理をすることについては,随分,賛否の意見が対立していますが,結果的に期限までの利息分が全部取れるという意見は誰も出しておられません。制限が必要である,ないしは,制限を明示しないのならば損害賠償は請求できる,ということだけを書いておけばよろしい,というのが共通認識だと思いますが,いかがでしょうか。それだと曖昧になって困るでしょうか。結論として,期限までの約定した利息分が全て取れるという意見は,誰も支持していませんので,そのことを説明しておけば,前段だけでも一致するのでいいと思うのですが,よろしいでしょうか。 ○岡委員 条文としてはそれでいいと思うんですが,補足説明等で一つの代表的な考え方がアの後段であると書かれると,非常に誤解を招くと思います。約定利息が全部取れないというだけではなく,約定利息を基に考えるということについて,非常な違和感を弁護士は多く持っていると思います。 ○内田委員 先ほど潮見さんが言われた考え方とか,あるいは鎌田先生が言われた考え方もきちんと書いて,こういう意見の対立があると書けばいいのではないでしょうか。どちらかに理由を統一する必要はないのではないかと思います。 ○岡委員 三上さんのような考え方も,実務では非常に浸透していると思いますので,約定利息とは関係ないところで積極的な損害だけで処理している,それも一つの考え方だと思うんですが,そういう考え方は理論的ではないというのが内田先生のお考えになるんですか。 ○内田委員 実損害が現実に余り多額ではない場合に,それをコストとして取っているという実務そのものは何の問題もないと思いますけれども,期限までの約定利息から損害軽減義務が働いて運用利益を控除した差額,これが取れる最大であると私は考えていて,それを超える費用は取れないのでないかというのが私の理解です。でも,そこはいろいろな考え方があり得るのかもしれません。 ○松岡分科会長 その逆に,金銭債務の履行遅滞の場合に,現在の判例・通説は,遅延賠償を基本的には法定利率若しくは約定利率に限定していますが,この部会でも議論しましたように,実損害があれば取れるという見解が最近では有力です。そのことと,今,内田先生がおっしゃった利息の場合には上限がこういう形で設定されるというお考えとはうまく整合するんでしょうか。 ○内田委員 契約違反であるかどうか,そこが違いだと思います。 ○鎌田委員 ある意味では実損害を取っているわけですね。この形で最後まで契約を満了したのと同じ利益をもらっているのだから,完全な履行をしてもらったときの利益を得ているのだから,それ以上にはないはずだということになる。 ○松岡分科会長 しかし,積極的な損害が現実に生じているときに,それを填補しないでよいという理由もないような気がします。 ○内田委員 期限の利益を放棄できると権利として認めていながら,あたかも契約違反があったかのように損害賠償が取れるというのは違和感がありますね。 ○金関係官 少なくとも今の御議論における積極損害が調達コストのことだとするならば,そのような調達コストについては,貸すことによって得られたはずの利益よりも調達コストのほうが高いという場合であったとしても,調達コストのほうを損害として取ることはできないように思います。そのような場合には,仮に契約が全うされていたとしても,調達コストの赤字分は損害として残っていたはずですので,調達コストのほうが得べかりし利益,履行利益よりも高かったとしても,調達コストのほうを損害賠償として請求することはできないのではないかと理解しております。 ○松岡分科会長 それは,信頼利益は履行利益を超えないというルールの説明でよく使う議論ですね。先ほど岡委員から案の後段のようなことを書かないでほしいという御意見がありましたが,むしろ,いろいろ考え方が対立していると書いたほうがよろしいのではないかという感触を私は持っております。どこまでどう書くかについては,事務局で更に検討していただく必要があると思いますが,よろしいでしょうか。 ○岡委員 期限前弁済が権利であるという話に係るんですが,損害を賠償して期限前弁済ができると,期限前弁済することはできるが,損害賠償しなければならないと。もし,そう書いたときの損害というのは,416条の債務不履行の損害ではない損害と位置付けられ,位置付けられるとしたら,その算定方法というのは416条とは全く関係ないのか,416条の類推になるのか,その辺りはいかがなんでしょうか。もし,それが全然違うとなれば損害を賠償してではなく,損失を補償してとか,何か言葉を換えることになるのか,ならないのか,その辺はいかがなんでしょうか。 ○金関係官 ここでの提案は,通常の損害賠償法理と異なる処理をするという提案のつもりではありませんでしたので,そういう意味では,民法416条と連続性のあるものだと考えていました。 ○岡委員 それは,条文に損害を賠償して期限前弁済できると書いて,416条が類推適用されるという感じですか。 ○金関係官 御指摘いただいた問題は,そもそも民法136条2項ただし書が債務不履行責任の規定なのか,法定責任の規定なのかということと関わるように思いますけれども,その点については,むしろ法定責任だという説明がされることも多いように思いますので,そのことを前提に申しますと,今回の提案と民法416条とは別系列のもので,ただ,考え方としては同じような帰結になるので,それはすなわち民法416条の類推適用であるということなのかもしれません。ただ,その辺の適用関係の問題については,何か言葉の問題にすぎないような気もしておりまして,すみません,つまりは今明確な答えはできないということです。 ○潮見幹事 金関係官がおっしゃった方向でよいと思います。今,岡委員がおっしゃったようなことを言い出すと,請負とか委任とか,任意解除の場合の損害賠償という規定もありますところ,そちらは損害賠償を否定するのでよいのかとかいうところにも影響しますから,ここだけの話ではないという形で整理されたほうがいいと思います。 ○松岡分科会長 なかなか難しいですね。金銭の場合には損害賠償と,果実的な運用,要するに不当利得法理ともつながるものですが,それとの境目が実はなかなかうまく分けられないところがあって,前から鎌田先生が御指摘になっているところです。その点の整理が直ちにできるとは思えません。他に,どうでしょうか,よろしゅうございますか。大分,時間が迫ってまいりましたので,できましたら最後の点に移りたいと思います。 ○道垣内幹事 大変,思い付きで恐縮なのですけれども,最後までの利息が取れるということになると,デリバティブの解約費用は払わないでいいのですかね。それは払うのですか,そのときも。 ○三上委員 金利に関しては,それを超えることはないはずではないかな。恐らく今の市中の金利と契約金の差額分の精算になるので,それを超えることはないと思いますが,ただ,先ほど言ったように為替とかのデリバティブの場合は,為替差損も金利の一部というのであれば,相場いかんによっては金利の合計額を超える可能性もあります。 ○道垣内幹事 ただ,その場合には,民法において期限前弁済はできるとなっているところ,そういう為替とかが絡んでいる特殊事情があるので明示に期限前弁済を禁止する,仮にそれでも期限前弁済をするというときには,これだけ払えというふうなことが契約上明記されているということが通常なわけですよね。 ○三上委員 何もないところでそれが出てくるわけではなくて,期限の利益は債務者のためにあるという前提の話でここまできましたけれども,私らがやっているような契約は元々,原則期限前弁済は禁止で,期限の利益を与えていない場合の話をしておりますので,その点がちょっと違うところです。 ○道垣内幹事 それならば,何か大変,思い付きで恐縮なのですけれども,貸主は弁済期までの利息を支払って期限前弁済をすることができる,ただし,期限前弁済によって貸主に生じた利益がある場合には,それを控除することができると,率直に書いていいのではないかと。駄目。 ○中井委員 弁護士会は大反対です。 ○道垣内幹事 だから,それは原則的なルールを変えるかのように見えるからですよね。 ○中井委員 また,1の議論に戻る。 ○道垣内幹事 分かりました。ただ,名を取るか,実を取るかみたいなところも若干あるような気もいたしまして,すみません,結構です。 ○松岡分科会長 率直に書くというのは,つまり,提案の後段のような書き方になってしまうのではないですか。 ○道垣内幹事 だから,損害と書かないと。 ○松岡分科会長 では,今の点も御留意いただくこととして,最後の点に入らせていただきたいと思います。「イ 事業者の消費者に対する融資の場合の免責」について御審議を頂きたいと思います。事務当局から説明をしてもらいます。 ○金関係官 御説明します。部会資料44の40ページを御覧ください。この論点は第54回会議で審議がされ,規定を設ける場合の問題点や具体的な規定の在り方等について分科会で審議することとされました。部会では,期限前弁済によって生じた損害の賠償請求を一律に否定するとなると,金融実務に大きな支障が生じるとの意見がありました。他方で,期限の利益というものは本来的には借主のためにあることを前提として,消費者が借主である場合には特に期限前弁済を抑制すべきではないから,期限前弁済によって生じた損害の賠償請求は否定すべきであるという意見もありました。よろしくお願いいたします。 ○松岡分科会長 それでは,ただいま説明がありました部分について御意見をお伺いしたいと思います。御自由に御発言をください。 ○金関係官 特にないようですので,私のほうから。先ほど二つ目に紹介した御意見は,中井委員の御意見ですけれども,期限前弁済をすることを抑制すべきではないので期限前弁済によって生じた損害の賠償請求は一律に否定すべきだという御意見と,先ほどの議論の際に中井委員がおっしゃっていたところの,現在の金融実務で中途解約をしたときにしばしば請求される積極損害についてはそれを取ることに問題はないという御意見,この両者の関係を伺いたいと思っております。 ○松岡分科会長 よろしくお願いします。 ○中井委員 イの論点については,先日,日弁連の理事会で民法改正に伴う消費者関連規定について決議をしたと聞いておりまして,今日ぐらい法務省に届いていると思います。それによれば,イの規律は設けるべきであるという考え方になっております。   弁護会がその意見を出した背景は,基本的にここでは消費者金融的なものを想定しています。そのときに住宅ローンがどうなるのか問題だろうと思いますが,住宅ローンを除いて,消費者の借入れについてどういう評価をしているか。部会でも申し上げましたが,消費貸借が経済においていかに重要であるかは十分承知した上で,しかしながら,消費者を対象とする借入が,それほど積極的に推奨されるべきものなのか,できれば金銭は借りない方がよいという考えが根底にあり,借りたものは早く返したほうがよいと考える,期限の利益を放棄して,弁済することができることは権利的なもので,消費者にそこを抑制させるような仕組みを設けるべきではない。こういう考え方を採れば,期限前弁済しても基本的に損害賠償請求はできないという規律を設けておくことがより好ましい。現実に消費者被害が発生していることを少しでも防ぐには,そういう考え方を採るべきではないか。これが基本にあると思います。   その上で,それを理論的にどう説明するかですけれども,一般的に消費者を対象とする金銭の貸し借りにおいては,それが返還されれば通常,そういう10万,20万,せいぜい100万程度の貸金については次の借り手に対して資金が日々,流動化されているので,現実的には先ほどの究極の流動物である種類物である金銭については,法律上,想定される利益は手元に戻る限りにおいては常に発生しているから,論理として損害はないと一般的に推認される。それは,10億,100億と特定の企業者に対して貸し付けて,それが期限前弁済される場面とは一般的には異なっているのではないか。   先ほど,三上委員がおっしゃられた期限前弁済を受けることによって金融機関に損害が発生する場合,コストが発生する場合があり,それを積極損害として賠償請求できることに反対はしないと申し上げました。その意見は変わりません。では,それが消費者金融においてあり得る事態かというと,基本的にはあり得ない事態だと理解しております。つまり,一定プールされたお金を貸しては回収し,貸しては回収しというので利ざやを稼いでいる業態だとすれば,特定の結び付いたところで期限前弁済を受けたことによって,資金調達との契約が解約しなければならなくなって,そこで解約コストが発生するとか,そういうことは一般的に想定されないと思いますので,ここで損害賠償できないと言っても,先ほど金融機関に損害が発生したときには損害賠償できるという一般論とはこの場面では矛盾しないと考えております。 ○三上委員 恐らく弁護士の皆さんは消費者金融のことを念頭に置いて,こういう議論をされるんだと思うんですが,消費者金融の金利は,ほとんど15%とか利息制限法の上限に張り付いています。ということは,利息制限法,出資法においてはどのような名目であれ,全てみなし利息ですから,それ以上,実損が発生しても取る余地がないはずなんです。ですから,消費者金融においてこれが発生するということは,良心的消費者金融で10%とか8%で貸しているところだけを狙い撃ちしたような規定になると思います。   それから,金融機関の場合も住宅ローン以外に消費者に金を貸すことはないのかといいますと,例えばアパートを運営する資金を貸すというときには,その個人というのは本当に事業者になるとみんな考えているのかです。大規模な何百戸とあるアパートを経営していたら事業者だと思うんですが,たまたま,相続対策にここにアパートを建てようとおばあちゃんが言って,半分相続対策でアパート建築資金を貸した。5戸とか6戸とか,せいぜい,そのくらい学生さんが住んでいます。こういう人も本当に,皆さん,事業者と考えておられますかという話なんですね。   さらに,特殊な例かもしれませんが,一部の裕福層を対象に節税対策等で例えばジャパレバのようなレバレッジ商品を買って節税をしたいというときに,事業融資と同じような仕組みで金利を固定するとか,そういうデリバティブが付いてくる貸金はないことはないです。そういうことをするような人々は,消費者から外れて事業者になるのかと。この辺も元々,消費者,事業者を民法に取り込むかというのは,今後の本会議で議論になると考えていますが,それを取り込むべきでないという根拠の一つは,今のこの現状で世の中を消費者と事業者に二分してしまっていいのかと,できるのかという問題意識なんです。   今,言ったように消費者か事業者か分からない層がかなり,実際,存在しているし,今後も事業者でも消費者でもない第三層ないし,取引相手により事業者にも消費者にもなり得るものが出てくる可能性があるにもかかわらず,一律にこのような規定を設けてしまうということは,非常にイノベーションを阻害するというか,その判断を誤って費用を徴求してしまうと違法になるわけですから,もうこういう融資はできないという判断にもなりかねません。よって,このような規定を民法に設けるべきではないと考えております。 ○岡委員 日弁連の理事会承認の意見書が出ますので,それに反することは言えないんですが,バックアップの中でも住宅ローンにしても,今,過当競争の結果,安くなっている手数料を払うわけですけれども,それは払うべきだろうと。消費者を甘やかすべきではないというような意見も弁護士会の中にはありまして,だから,住宅ローンの手数料は認めるべきだと。それから,今,三上さんがおっしゃったようなアパートのローンだか節税のローンまで含めて,日弁連がイの規定を導入せよと言っているわけではないと私は解釈しております。50万,100万円の消費者金融ローンを念頭に置いた日弁連の意見だと思います。 ○鎌田委員 先ほどの中井さんのような理由付けをすると,アの第2パラグラフの下でも損害なしという認定になるということですね,消費者ローンですと。 ○中井委員 アの原則のところの後段でも,私は基本的に同じ考えが基礎にあります。先ほど道垣内幹事が最後にまとめた考え方に反対だと申し上げたのも,そういう背景がございます。 ○三上委員 岡委員には,非常に良心的なことを述べていただいたと思うんですけれども,もし,岡委員のおっしゃったとおりのことを日弁連が考えているのであれば,先ほど言いましたように損害が取れなくなるのであれば,消費者金融の金利は利息制限法の上限に張り付くだけですし,今,張り付いているところは,これが変わったからといって何ら痛みも感じないとしということで,余り実のある提案ではないかもしれないですね。 ○中井委員 三上委員がおっしゃられたことですけれども,SMBCは良心的な個人向け貸付けをたくさん行われている,それは8%とかなんだろうと思いますが,それがこの仕組みを取り入れることによってなくなるという御趣旨でしょうか。8%で貸し付けている場合に期限前弁済をする。そのときも,それまでの8%の利息を確保できることで満足していただければいいのであって,それ以上の損害賠償を求めない,というのに尽きるのですが,そういう仕組みを作ると,8%では経営が成り立たなくなって,10%,12%に上げざるを得ないという動きになるという御示唆でしょうか。 ○三上委員 消費者金融における普通のカードローンみたいな商品はいつ返してもいいという契約になっていますので,その金利がいきなり上がるとは思いませんが,何がしか,損害が発生するような形態の消費者ローンがあったとして,その損害を取れなくすれば,当然,金利に反映されることになると思います。銀行の場合は,レートを高くするか,その商品の取りやめをやめてしまう。例えば変動金利でしか,その商品は提供しないようにするとか,二つの選択肢があって,どっちを採るかというのは,そのときのマーケットと競争状況と,消費者に対するレピュテーションのそれぞれを勘案した上での結論になると思います。 ○中井委員 そういう意味で,期限前弁済からしたからといって,先ほどの期限前弁済によるデリバティブの解約のような類いの損害が消費者金融においてあるとは思えないのですが,そういう理解でよろしいんでしょうか。 ○三上委員 消費者金融でそこまでやっているところは私はないと思います。逆に,期限前弁済をするときに手数料を取ってるところも余りないのではないですか。だから,そういう意味で,これを規定したからといって,何か救われるところがたくさん出てくると思っていらっしゃるのだったら,その考え方は違うのかもしれないと思うということです。もし,本当に取る必要があるのであれば,当然,それは金利の上に反映させていくでしょうし,ないしは余り高い金利で貸すこと自体がレピュテーションに撥ねると考える大手の金融機関であれば,当該商品は取りやめるでしょうし,そういう反応になって,それは消費者の望むところとは違うかもしれませんよと。非常に,何か悪者みたいな感じになってきて肩身が狭いんですけれども,消費者概念の取り込み自体に反対する立場なので,御容赦賜れればと思います。 ○中井委員 念のためですけれども,これは強行法規と考えられているのでしょうか。仮に任意規定だとしたら,任意規定と異なる約束,一定の損害賠償の約束をした場合,それは不当条項規制に掛かるかどうかという議論になりますし,これが強行法規だとすれば全く取れないということになるのですが,念のための確認ですが。 ○金関係官 強行法規と考えております。 ○中井委員 消費者金融の方にお尋ねすべきですが,期限の定めのある消費者金融というよりは,いつでも返せるというスキームのほうが,実務的には圧倒的に多いように聞いておりますので,これを明文化したとき,事業者にとって非常に問題のある規定になるということは余りないのではないか。逆に,三上さんがおっしゃったように,これが入ったからといって,現実の実務に照らせば消費者に著しくプラスになるというようなこともないのではないか。ただ,この規定がないときに,あなたには30万を3年間貸します,途中で返さなくていいですよ,その間,15%の金利を取り続けるというビジネスが考えられなくはない。3年間返してもらわなくていい,すぐに返したら逆に3年分の金利,15%掛ける3,45%取りますよ,そういうビジネスを誘発というのでしょうか,しかねないという懸念,それを抑制することはできるのではないでしょうか。 ○道垣内幹事 三上委員がおっしゃったのは,それは利息制限法で許されないはずだということだと思うのです。つまり,15%にしている消費者金融会社は,これがなくても期限前弁済のときに追加は取れない。それは利息制限法で規制されているのだ。したがって,利息にプラスした損害については賠償がとれないということになたっとき,そのような業者に対しては影響がなく,利息制限法の上限利息よりも下げている金融機関だけに影響があることになる。そして,そうならば,金融機関としても利息を上昇させざるを得ない。こういう話です。 ○松岡分科会長 かつ,岡委員もお触れになりましたけれども,事業者の消費者に対する融資という場合に,このまま文字どおりでいけば住宅ローンも入りますので,それは適切でない気がするのですが,その点はどうでしょうか,中井委員。 ○中井委員 最初に住宅ローンはともかくと申し上げていますが。 ○潮見幹事 事務当局で各所においていろいろ準備していただいた消費者に有利な規定の中では,なぜ,消費者に有利な扱いをすべきなのかという点でバラエティがあります。情報格差とか交渉力格差という観点から消費者に手厚い保護を与えるためのルールを作るというのはあり得ると思うのですが,ここのイは,情報格差だとか交渉力格差という観点からは説明がつきません。その意味では,ほかのところに上がっている消費者保護的なものとは,少し毛色が違うのではないでしょうか。   そうであれば,この部分で,なぜ,消費者を特に保護しなければいけないのか,アのルールを作り,その背後にある一定の考え方というものを仮に共有できるのであれば,更にここで重ねて消費者について,なぜ,特別の規定を設けなければいけないのかという部分が分からなくなります。   消費者金融に限るのであれば,何らかの制約を個別事件類型で課すことによって対処をすることでもいいのではないでしょうか。そう考えると,それは果たして民法のやることなのでしょうか。ほかの法律に任せておいてはできないから,ここでやってしまおうというのでしょうか。この点も気になります。だから,特にここでこの種の規定を設けるということについて,反対はしませんが,積極的に支持することはできません。 ○松岡分科会長 こういう規律を置くことについてのメリットと問題点は,大分,出たと思いますので,そろそろ,これぐらいで議論を切り上げていいかなと思うのですが,更に御発言はありますでしょうか。よろしゅうございますか。今日の議題の全体を通じてでもよろしいですけれども,御意見はございませんでしょうか。   ないようでしたら,当初は5時ぐらいに終わる予定だったのですが,それはそもそも無理だろうと思っておりましたところ,しかし,無事に定刻の6時前には終わりました。以上で,本日の審議はこの程度にさせていただきたいと思います。   最後に,事務当局から連絡事項がありましたらお願いいたします。 ○筒井幹事 第2分科会の会議は,第2ステージにおいては今回が最後ですので,次回の予定はございません。特に連絡事項はございません。ここまでの審議に御協力をいただき,ありがとうございました。 ○松岡分科会長 ということで,分科会の審議はこれで終了ということにいたします。   本日は熱心な御議論を賜りまして,ありがとうございました。 -了-