法制審議会           民法(債権関係)部会 第3分科会           第5回会議 議事録 第1 日 時  平成24年9月25日(火)自 午後1時02分                      至 午後6時26分 第2 場 所  法務省大会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり)           議        事 ○松本分科会長 それでは定刻を過ぎまして,あとお二人,委員・幹事の方がまだ到着されておりませんけれども,第3分科会の第5回の会議を開会いたします。   本日は御多忙の中,御出席を頂きまして誠にありがとうございます。   では,本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務局からお願いいたします。 ○筒井幹事 机上に新たな分科会資料7を配布しております。また,前回会議で配布した分科会資料6も本日の審議の中で使わせていただく予定です。分科会資料6は関係官の笹井から,分科会資料7は関係官の金から,それぞれ後ほど説明いたします。   それから,委員等提供資料として,中井康之委員から「契約に関する基本原則等」と題する書面,高須順一幹事から「目的物の一部を確定的に利用することができない場合の規律について」と題する書面を御提出いただいております。また,日弁連バックアップ会議の有志の方から「敷金について」と題する書面を御提出いただいております。 ○松本分科会長 本日は部会資料の41及び45掲載の論点のうち,当分科会で審議することとされたものについて御審議を頂く予定です。具体的には,まず部会資料41掲載の論点のうち,「第2 契約交渉段階」の「3 契約交渉等に関与させた第三者の行為による交渉当事者の責任」までについて御審議を頂き,15時10分頃を目途に適宜休憩を入れることを予定しております。休憩後,残りの論点について御審議いただきたいと思います。   それでは,部会資料41の「第2 契約交渉段階」のうち,「1 契約交渉の不当破棄」について御審議を頂きたいと思います。事務当局から御説明をお願いいたします。 ○笹井関係官 契約交渉の不当破棄は,部会資料41の17ページに記載された論点です。この論点につきましては,契約交渉の不当破棄についての判例法理の明文化という観点から賛成する意見があった一方で,慎重な意見もございました。仮に規定を設けるとするとどのような規定を設けるのか,具体的な規定ぶりについて検討するため,分科会で審議することとされたものでございます。   この論点につきましては,分科会資料6を準備いたしました。この分科会資料の2の①は部会資料41をそのまま再掲したものでございます。部会での審議におきましては,これは従来の裁判例に比べて厳格過ぎるという意見ですとか,当事者の属性などを考慮要素として明記すべきであるという意見がございました。   ②に関連して,部会では,交渉の開始や継続的な契約の更新なども含めるべきであるという意見がございました。他方で,誠実に交渉する義務を負うとすると,その義務の範囲が広がり過ぎるのではないかという意見もございました。 ○松本分科会長 それでは,ただいま御説明されました点につきまして,どうぞ御意見をお出しいただきたいと思います。中井委員からメモが出ておりますが,まず御発言ありますか。 ○中井委員 私から契約交渉の不当破棄を含むメモを出させていただきました。この論点を議論するときに,部会資料の第1の契約に関する基本原則等の1の「1 契約自由の原則」,その中で(1)で契約締結するかしないかの自由を明文化するか,(2)では契約内容を決定する自由を明文化するかどうか議論されているわけですけれども,この(1)の契約締結するかどうかの自由との関連で,契約交渉の不当破棄も位置付けるべきではないかと思っております。   基本原則のところで最初に契約一般に信義則の適用があるという,部会資料でいうならば第1の「4 債権債務関係における信義則の具体化」というものがあった上で,契約内容の自由に関する規定,契約締結の自由に関する規定が定められる。契約締結の自由に対する制約という意味で,契約交渉の不当破棄,若しくは不当交渉などを位置付けるべきではないかと考えております。そのような考え方自体よいのかどうかについても,是非御意見をお聞きしたいと思います。   その上で,部会でも申し上げましたけれども,第2の契約交渉の不当破棄の(1)で,直ちに賠償する責任を負わない旨の規定という形になっておりますけれども,そのような規定ぶりではなくて,契約締結するかどうかの自由があることを宣言した上で,その例外として信義則に反する不当破棄,信義則に反する契約交渉,そういう流れで,そうしたときには賠償義務を負う旨を定めるのがよいのではないか。   問題は,その具体化,要件立てですが,部会資料の(2)ではアで,契約締結を拒絶した場合の事例が挙げられ,イでその例示を受けて,一般的な受け皿規定となっているわけです。この辺りの規定ぶりについて弁護士会でも更に議論をしましたけれども,それが可能なのかという意見もありましたが,取りあえず用意させていただいたのは,日弁連でこのような形で検討してはどうかという提案がありましたので,それを引用させていただきました。つまり,ただし書のところですけれども,以下の①②に掲げる行為をしたときに相手方に生じた損害を賠償しなければならないという考え方で,基本的には部会資料の(2)を受けた形になっております。違いは見ていただければ分かりますように,①は,不当破棄の典型例として考えられるものを部会資料のアとほぼ同じ文言で整理したものです。   その上でイについて,その一般的規定ですけれども,部会資料のイは余りにも包括的であるということから,契約の内容や目的,当事者の属性や交渉経緯,若しくは交渉過程で一定中間的合意をなされるようなことがありますから,そういう事情も考慮して,それを踏まえて信義則に反して契約締結しなかったということに至るんだろうと思います。そこで,そういう諸要素を指摘した上で,結論としては信義則に反する交渉を継続,若しくは破棄した場合に賠償義務を負うという形にしてはどうかと,こういうたたき台です。   ただ,これでも定義として分かりやすいのかどうか,若しくは範囲がこれで押さえられているのかという点について,弁護士会内部でも意見が分かれております。話のきっかけとして用意させていただきました。 ○松本分科会長 ありがとうございました。どうぞほかの委員の皆様も御意見ございましたらお出しください。 ○中井委員 続けて。私のメモ2枚目の2の最後のところのなお書ですが,一般条項だけでも良いという考え方もあると思っています。つまり,部会資料でいうならばアが,不当破棄の典型例としての要件立てを書いていただいているわけですけれども,こういう例示を民法の,しかも契約のところの相当冒頭で,例示をした上で一般的規定をおくという構成が,ふさわしいのかと考えたときに,一般的な受け皿規定を設けておくのはどうかと。そういう意味で,1ページの②を具体化するにとどめ,①の例示は省くという考え方もあるのではないかということで,対案として提示させていただいています。 ○松本分科会長 恐らく中身として考えられていることはそう大差がないんだけれども,それをルールとして表す場合にどういう形が一番よいのかというレベルの問題かと思います。原案では一つ具体例が挙がっていて,あとはもう信義則というのをぽんと投げているに近いのに対して,中井委員のメモでは二つ目の信義則をもう少し具体化しておられる。その結果として,そうなると一つ目の具体例は要らないのではないかという方向に議論としては行きやすい提案であるということかと思います。 ○中井委員 笹井関係官に教えていただければと思いますが,部会資料は,第1の1で契約の自由で契約締結するかしない自由をまずうたう。第2は交渉段階と位置付けて,契約交渉の不当破棄として,(1)として,交渉を開始した契約当事者が途中で中止しても賠償責任を負わないという一般的規定,そしてその例外規定という関係になっています。   この提案の場合の第1の契約するかしない自由と,第2の1の関係が飛んでいるように感じるのですが。   前の部会でも,不当破棄等を入れることについては懸念する声があったと思いますが,それは原則として契約を締結するかしない自由は,尊重されるべきだと。だからそれがまず原則としてうたわれる必要があるというのが結構強い意見ではなかったかと思うものですから,例外として契約締結を拒否したときに賠償義務を負うのはそれとの対比で並んでいるほうがよいのかと思って,こういう整理をしました,整理の仕方についても御意見をお聞かせいただければと思います。 ○笹井関係官 部会資料41の18ページの補足説明にも書きましたように,この部会41の17ページの第2,1(1)は,契約に関する基本原則等のところで取り上げた契約自由の原則と重なるという批判があり得るだろうと思いますので,(1)は規定せずに(2)だけ規定する,ただ,分かりやすさを考えて,契約自由の原則の直後にこれを配置するというのは,一つの整理としてあり得ると思います。今の段階で,どちらかが良いなどの特定の考えを持っているわけではございません。   ただ,部会資料でこのような整理をしたのは,契約自由の原則は,抽象度の高い,原理原則みたいなところがありますので,原則は原則として宣言するにとどめておくというのも一つの整理かなと考えたということです。 ○山野目幹事 中井委員から今日は議論の前提となる貴重なメモをお出しいただいたと受け止めました。中井委員がメモでお示しになっている御提案の趣旨について1点確認させていただきたく,お尋ねを申し上げます。   中井委員のメモの1ページ目で御提案いただいている内容についてですが,①と②と二つに分けて書き起こしておられるものでして,このうちの①のほうで通常考える場合の通常に当たるかどうかとか,正当な理由がなくと言えるかどうかということというのは,一般条項的な判断に服する要件として当然お書きになっているものだと受け止めますが,これらに当たるかどうかを判断するに際して,②に掲げられている当事者の属性や契約の交渉経緯といったような要素が考慮に入れられて,そういう考慮の下で通常であるかどうかとか,正当な理由なくであるかどうかといったことが判断されるものであろうという趣旨に理解をいたしました。この理解でよろしいかどうかというお尋ねであります。   お尋ねをする趣旨は,契約交渉の不当破棄のルールというものは,もし規律として設けられた場合にはいろいろな場面で用いられると思いますが,その一つの,どちらかというと余り歓迎しない場面として,消費者のところに事業者が何か売込みに行ったときに,いろいろその消費者が最初話を聞いて,少し考えてみましょうかというやり取りがあったとしましょう。だんだんそのうちセールスマンのほうは,これは買ってもらえるぞと思って,通常は買ってもらえることは確実ではないかと思ったという場合であっても,それは消費者を相手にセールスマンが優越的に情報を持っている商品を売りつけようとする過程で起こったということが十分に考慮された上で,ルールが適用されなければならないと考えられるわけです。   そうすると,①のようなものに当たるかどうかの判断のときに,②の要素がこれに入ってもらわないと困るであろうと感じるものですから,お尋ねを差し上げる趣旨でございます。 ○中井委員 山野目幹事の御指摘の問題意識は同じです。   ①②と,これは部会資料にもありましたから,分かりやすさで記載させていただきましたけれども,続けて読んでいただいたらその趣旨が明らかになると思うんです。「その他」で受けていますけれども,その他という,その後の内容・目的・属性・交渉経緯等は当然その判断にかからしめているわけですので,結論としてはそのとおりですということになります。そうだとして,この記載は分かりにくいとなれば,そこは工夫をした対案を考えさせていただければと思います。 ○山野目幹事 中井委員の御提案の趣旨はよく理解できました。   そこで,今のような御趣旨でそのことが過不足なく伝わるような文言として整えられていくのであれば,この1ページ目のような書き方の御提案もあり得るであろうとは感じます。ただし,どちらかというと中井委員の今の御発言で最後におっしゃったことけれども,①の中に②の考慮要素が入るということを遺憾なくコミュニケーションとして伝える見地からは,これはどちらもあり得るものであって,私の感覚のみの問題かもしれませんが,どちらかというと2ページのほうの一般条項のみでもよいとする仕方でお書きいただいたほうが,何か通常確実だと相手が思ってしまったという部分が,余りぎらぎらして独り歩きしないで済むであろうかという感じもいたします。しかし,2ページのほうが絶対良いという意見まで申し上げるつもりもございませんで,そこから先は今,御議論いただいたようなことを御勘案いただいて,引き続き御検討いただければよろしいのではないかと感じます。 ○松本分科会長 この原案といいましょうか,事務局が起草した部会資料について今の山野目幹事の御意見を当てはめると,アは言わば中井メモの①とほとんど同じで,「合理的な理由なく」が「正当な理由なく」になっている程度の違いで,イに当たる部分が事務局原案では信義則に反してという中身の何もないのに対して,中井メモは一応考慮要素を入れていると。   としますと,山野目幹事の御意見は事務局原案に対してはより一層ネガティブな御意見だと理解してよろしいですか。 ○山野目幹事 一層ネガティブとまでは申し上げませんが,今,分科会長が整理なさったとおり,部会資料のアのところは中井委員の1ページ目の提案とほとんど同じで,イのところの信義則に反して,の要素を豊かになさったところに特徴があるわけで,中井メモの2ページの提案は,アを正面から書かないで,言わばそれを包摂するような形で専らイで受けるという御提案をなさっておられるものです。私が先ほど申し上げた意見は,アとイを書き分けるという発想に絶対反対ではないが,イで一本化することも,誤解がないような規範のコミュニケーションを考える上では十分にあり得るのではないかという程度のことを申し上げました。 ○笹井関係官 今の山野目先生のお話と直接関係するわけではないのですけれども,部会資料を作ったときに,少し部会で御審議いただきたいと思っていたことがございます。(2)のアとイのうちのイは必ずしも不当破棄という類型に限定せずに,交渉を継続することなども含めて,それが信義則に反する場合には損害賠償義務を発生させることを部会資料では提案しているわけですけれども,契約交渉の間では様々な駆け引きのようなものが行われることもございますので,部会資料41の17頁の(2)イまで範囲を広げていくことが本当に現在の判例,学説の状況を踏まえて問題のないものとなっているのかどうかについて,少し部会でも御審議いただければと思っていたところです。部会の中では,そういったところも含めて,例えば継続的な契約における更新の拒絶であるとか,あるいは交渉の対応そのものが信義則に違反する場合についても規定を設けておくべきではないかという御意見もございましたが,改めて分科会の中でのこの点についてもし御意見ございましたら承りたいと思います。 ○松本分科会長 笹井関係官からの問題提起ですが,いかがでしょうか。 ○三上委員 最初に,中井委員の提案は契約の締結の自由と交渉の不当破棄を一緒にして,別に内容の自由を独立させるという趣旨でしょうか。並べる順番は恐らく契約の締結が来て次に内容になるんでしょうけれども,順番は関係ないという趣旨でよろしいんでしょうか。 ○中井委員 並べ方については幾つか考え方があると思っていますが,重要度からして,私は最初に契約過程における信義則がうたわれる,第一に。それから重要なのは内容だと思っているので,内容の自由。次は締結するかどうかの自由というイメージを持っていますが,そこを何もこだわるわけでもありませんし,論理的,時間的順序からすれば締結の自由があって,次は内容の自由があるという御指摘とすれば,別に反対ではありません。 ○三上委員 そこに私もこだわるわけではないのですが,契約を締結するしないの自由を一番最初に持ってくるほうが,大原則を明示する意味でよいと思いますが,どういう順番かはさておきまして,部会資料の不当破棄の書き方の(1)は,趣旨として締結する義務を負わないということもあるんですが,もう一つは恐らく契約が締結されるまでのyour cost,our costはそれぞれが負担するのだという原則も明らかにしているという認識で私はいたんですね。だから,「契約を締結する義務を負わない」の一言で終わらせるというのは,趣旨が多少変わってしまうような気がしておりますが,その点はどうなのでしょうか。   それから,中井委員の提案は,信義則の内容を明らかにするという趣旨でいろいろと書かれたんだと思うのですけれども,契約を調印するまではいつでもやめられるのが大原則で,そうでない場合はごく例外だということを考えると,余り例外がたくさんあるような書き方はどうかと思います。   例えば消費者被害でよく問題になる,デート商法だとか会話商法で,何か景品あげますとうまいこと連れ込んで,次から次から商品見せて,契約の仮調印だとか事実を積み重ねていって,ここで言うところの契約の成立が通常確実であると思わせるような状況を作り上げて,断りにくくしてしまうという被害もたくさん報告されておりますので,必ずしもこういうことを詳細に書くことが良いことか悪いことかというのは,例えば消費者保護という一つの立場をとってみても両論あると思うんですね。   そう考えると,私は余り契約破棄が不当なる場合がごく普通にあるかのようにいろいろ書くというよりは,基本的には締結するまでは元々原案にあるように契約を原則として何の責任も負いませんと。ただ,信義則上こういうことがあります程度でよいのではないかと考えているわけです。 ○沖野幹事 今の三上委員や,あるいは中井委員の御指摘を伺って,中井委員作成のメモに即して少し申し上げたいと思います。   1ページの2の契約締結の自由ということで出されている考え方についてです。まとめてくださって非常に有り難いと思います。一つは柱書きのところです。柱書きというよりは本文とただし書という構成になっているんですけれども,本文部分は契約締結の自由の,正に締結の自由を表明していて,ただし書で損害賠償をしなければならない例外的な場合が書かれています。ここには,次元感の違いといいますか,契約の締結の自由の有無というところでの原則の表明と,そこから締結義務は負わないということは一段下がってくる派生原則だと思うんですけれども,そこから更に三上委員が御指摘になった,締結の義務は負わない,したがって契約締結というのは強制されることはないんだと。しかし,損害賠償の問題はあるのではないですかということに対して,原則的に損害賠償も負わないんだという規律があって,しかし例外的にとつながるほうが,それぞれの規律の持つ次元といいますか,内容にも即しているのではないだろうかと思います。   したがって,私自身はこの契約締結の自由の原則を最初に正面から書く,かつ具体的な中身として交渉の場面での損害賠償の規律と一緒に書くことは,それ自体またそれぞれについては賛成ではあるのですけれども,しかし三上委員がおっしゃったように,部会資料の第2の1の(1)の原則がやはり要るのではなかろうかと考えます。   それから,今度は例外的に損害を賠償しなければならないとされる場合に,信義則に照らし,その具体的な考慮要素などを明らかにしたミニ一般条項といいますか,一般条項的な規律にするのか,例示を設けるのかということなんですけれども,両方あり得るとは思うのですが,しかし不当交渉破棄については下級審の裁判例ですとか,あるいは若干の最高裁判決ですとか,明らかになっている部分がありますし,取り分け契約を締結するかしないかは自由であって,ただ歩み去ったときになお損害賠償を負うということは,一例として明らかにする意味は十分あるのではないかと思います。   その場合も結局のところは全て信義則によるということになりますので,例示として示した上で一般条項が掛かることによって,一般条項というか,バスケット条項というか,そこで提示されているものが当然掛かってきて,その光に照らして具体的な例示の部分も考えられるのだという形で明らかにするという,部会資料の原案かつ,中井先生のメモの①②も構造は同じだと思うのですけれども,この書き方のほうがよろしいのではないかと思います。   もう1点は,非常にさまつなことですが,中井委員メモの2のただし書の②の「信義に反して,契約の交渉を継続し,」というのと部会資料の「信義に違反して交渉を行い」というのが同じなのかどうかというのも若干分からない面があります。例えば,消費者契約で山野目幹事がおっしゃった点かと思うのですけれども,交渉を強要するというか,嫌だと言った途端にそれは不当交渉になるのであって交渉はしてもらわないと困ると述べるとか,あるいは離脱させないとか,そういう行動や交渉態様も考えられるとしますと,契約の交渉の継続なのか,交渉態度全般なのかというと後者のほうがより良いのかなと思います。   さらにはこういう交渉強要や離脱の妨害というのは消費者契約で問題となることだという事情があるとすると,消費者契約の特則的なものとして,構想することも考えられるかもしれないと思います。 ○松本分科会長 ほかに御意見ございませんか。考え方の対立点は二つないし三つあるかと思います。一つ目は,部会原案の(1)という,三上委員のおっしゃった交渉のために掛かったコストが無駄になったということの責任は負わないという原則を明文化するかどうかというについての考え方の対立です。それから部会資料の(2)に対応する具体例を一つ挙げて,その上で信義則というバスケットを載せて,信義則の中身は書かないというやり方でいくのか,それとも中井メモのような,どちらかというと信義則をもう少し具体化した条文のみを残すというなお書案と,発想としては大きく二つの考え方の対立があります。   三つ目に沖野幹事が最後におっしゃった,交渉を行うという最初の段階から問題にするのか,あるいは継続,一旦始まった交渉から離脱させないというところを重視するのか,それとも交渉に入る段階の強要の部分を強調するかというところかと思います。三つ目は文言上の比較的ささいな考え方の違いかと思いますが,最初の二つは発想としては大きく違うかと思います。 ○沖野幹事 今のおまとめに異論があるわけではないのですが,部会資料の1の(1)を置くかどうかということについてです。中井委員のメモにおきましても,ただしという形で例外的に損害賠償責任を負う場合があるという,正にそれは基本の考え方からすれば例外なのだということが打ち立てられております。ただ,私自身はただし書とセットになるのは契約自由の原則に関する一般の表明ではないのではなかろうか,より具体化した形の損害賠償責任を負うのかという,相手方のコスト等に対して責任を負うのかということについての原則論とセットでただしなのではないかと考えます。   この部分を置くとしますと,原則は何なのかを明らかにして,ただしという形でその例外の規律を置くという発想は共通しているところ,ただしの本文に当たるものの位置付けについての立場が違うということなのかと理解しております。 ○中井委員 沖野幹事,そして三上委員の御意見を聞いていて,私自身が迷っていたところの意味が逆に自分なりに理解できたのかなと思いました。私のメモでも,契約交渉の当事者は契約をするか否かを自由に決定することができるとまず書くかどうか。不当破棄,不当交渉の対となる原則は何かというと,それは契約締結をする義務を負わない。その含意しているところは,部会資料の第2の1の(1)の中身,途中でやめたって賠償義務を負いませんよ,途中でやめてもそのコストはそれぞれが負担しますよということで,その含意しているものが契約を締結する義務を負わないということ。   この本文の補足説明で書きましたけれども,契約を締結するか否かの自由という問題と,締結する義務を負わないというのは,表と裏との関係と平面的に捉えて説明したんですが,そうではなくて,三上委員,沖野幹事おっしゃるように,締結するか否かの自由というのはまず大原則としてあって,次にあるとすれば,この(1)に対応する,契約を締結する義務を負わないということで,この原則に対する例外として,ただし書,不当破棄等に賠償義務を負う場合がある。   こういう構造であれば,沖野幹事のおっしゃっていることと構造的には同じになるのかと思ったのですが,そういう理解はよろしいのでしょうか。 ○沖野幹事 恐らく3段階となるのかと思います。おっしゃるように,契約締結についての契約自由の原則の表明があって,その後,締結に関する具体的な原則として,基本的には自分たちのリスクであり,締結する義務は負わないという内容があって,その上でしかし例外的なものがあるという形ではないでしょうか。あとの二つは一種の同じ次元のセットなのかなと思うのですが,そういうふうに考えたときに,締結する義務を負わないというのと,交渉過程では基本的には各人のリスクで交渉は行うものだというのと,したがって,損害賠償責任は基本的に負わないのだということが同じ次元なのかどうなのかが私にはまだよく分からないところです。少し次元が違うのではないかと思っております。ここで問題となっているのは損害賠償の問題のほうでありますので,その意味では中井委員のおっしゃるところと理解や考え方が若干違うのかなと思っております。 ○松本分科会長 損害賠償の範囲,中身の問題として,いわゆる信頼利益的な,掛かったコストを賠償するという話で止めるのか,それとも履行利益的に契約が締結されたとすれば得られたであろう利益まで金銭賠償として認めるのか,あるいはさらに契約成立ということで,履行強制まで認めるのかという,そういう意味の段階が恐らくあるだろうと思われるわけです。実際の契約締結交渉段階の紛争は,それぞれの場合があるわけですが,ここで事務局原案として出ているのは何となく信頼利益的な,掛かったコストの賠償的なものが考えられているようです。履行利益的なものも損害賠償という言葉を使う以上,入ってこなくはないんでしょうけれども。それ以上に履行強制的なものまではここからは出てこないだろうと思われます。 ○山野目幹事 既に自分の意見は申し上げましたから,気付いたことを2点のみ補足的に発言させていただきますが,いずれも確認のような,あるいは念押しのようなことになりますけれども,一つ目は笹井関係官が少し前の御発言でおっしゃったことです。この部会資料でいいますと,アに加えてイを置くことによって,従来において不当破棄による損害賠償責任について一般に認識されていた,あるいはイメージされていたものよりも広がるのではないかという理解を招き,そのことを理由とする批判が生ずるのではないかという御注意はそのとおりであると感じますとともに,イを入れると広くなってしまうと先ほど笹井関係官がおっしゃいましたが,それはなるほど,そのような部分があると感じますとともに,今日,中井委員から問題提起を頂いたように,イの表現ぶりであるとか例示の工夫だとかをしていくことによって,形としてイに当たるものを加えると,本当に常に広がることになってしまうのかということは,なお引き続き御検討いただく必要があると感じました。これが1点です。   もう1点は,中井メモの1ページ目の御提案の書きぶりのことについて,私が抱いた感想ですが,沖野幹事が御指摘になったとおりでありまして,私はこの文章,見た最初から,この柱書きとただし書との間がロジックとして確かに飛んでいると感じました。飛び方はすごくて,本文は契約を締結するか否かの自由ですが,この後に先ほど中井委員がおっしゃったように,契約を締結する義務を負わないというのが来て,もう一つ,締結する義務を負わないから,費用,リスク,負担,不利益は全部それぞれの当事者が負うというものです。この3段階あるうちの1段目を書いた後,すぐただし書のところに行っていて,言わば間は二つですね。先ほど中井委員は一つだけ飛ばしたような言い方でしたが,二つ飛ばしていて,連載を2回飛ばされたコミックの漫画みたいな状態になっているわけですよ。   そのように私は感じましたが,しかし同時に,これは,どちらかというと意図的に飛ばしておられるという可能性もあると思っています。従来の規範の書き方でも,このように飛ばすことというのは全くないものではないものではありませんで,own risk,your riskですということを強いて書き表すことの弊害のようなことを少しお感じになって,批判は十分に承知の上で飛ばした可能性もあるのではないかとも思っていました。中井委員の御真意がどうであるかということは分かりませんけれども,そのようなことを感じて最初これを読ませていただいたということも申し添えさせていただきます。 ○松本分科会長 よろしいでしょうか。結局,部会資料の(1)に当たる原則を表に出して書くのか,表には出さないけれども当然のことだとして,例外の部分だけを表に出すのかという,法律のルールの書き方の問題に還元されると思います。伝統的な民法は原則を書かないで例外から書くというやり方が多いから,したがって中井委員の出された①②等がいきなり出てくるというのは,今までの民法には適合的なんだろうと思われます。   契約締結の自由は部会資料でも1ページの第1の頭のところに出ているわけで,これを否定されているわけではないでしょうから,場所がたまたまここに来ているだけだとすれば,前の議論で明らかになったように,間で跳んでいるロジックを表に出すか出さないかというところの対立だろうと思います。 ○内田委員 今日の御発言は,どちらかというと,こういう規定を置くのには合理性があるという前提で,いかに書くかという点に集中していました。分科会に付託されたマンデートがそういうものですので,そういう議論になっていますが,規定を置くこと自体に対する消極的な声もまだかなりあるわけですね。   その声を考えると,沖野さんが指摘され,山野目さんも指摘された損害賠償責任を原則として負わないということをきちんと書くかどうかというのは,かなり重要な感じを受けました。契約を締結する義務を負わないというのは,義務は負わず契約締結をやめるのは構わないけれど,しかし賠償責任はある,ということも論理的にはあり得るわけですけれども,原則はやはり賠償責任がないのだということ,つまり,何らの負担を負うことなく撤退できるということを書かないと,懸念を示す方々がいるのではないかと思います。   また,契約締結が確実であるという段階までいったとしても,撤退は自由で,しかも賠償責任は負わない,それが原則なのだろうと思うのです。しかし例外がある。その例外の書き方がこれで十分絞り切れているかという問題もあり得ると思います。実際に判例の中でこういう責任が認められる事例というのは,単に契約締結が確実であるだけではなくて,確実であることを信じて相手が費用を投下していて,それを知りながら黙認しているという事案が典型なわけです。それをどう書くかは難しいところです。英米法には非常に適切な表現があって,detrimental reliance,つまり相手が信じて費用を掛ける,そういう信頼に基づく行動があって,それを放置している場合には責任があるというルールがあるわけですが,本当はそれを書く必要があるのではないかという気がします。   いずれにせよ,明文化に非常に消極的な意見もありますから,三上委員からもそういう観点から御指摘がありましたけれども,コストについては自己負担でやるという原則を書かないと,なかなか不当破棄についてのルールを置くというコンセンサスは得にくいのではないかという印象を受けました。 ○松本分科会長 大体議論は煮詰まったかと思いますが,いかがでしょうか。考え方の分かれ方という点では,例外だけを書くと例外が独り歩きするかもしれないおそれがあるから,原則をはっきりと書いた上で,例外は非常に限られた場合だということを示したほうがよいという考え方。これが部会資料の原案だと思います。   それと,原則は当たり前だから,当たり前のことは書かないという従来型の民法のやり方でいくのかという分かれ方かと思います。その上で,例外の文章の書き方としてどういう表現が適当か,内田委員がおっしゃったような,実際にコストを掛けているという部分を文言の中に入れるのか入れないのか等々。それと信義則という一般条項を更に付け加えるのか,あるいは全て信義則だけにしておいて,具体的なケースは全く入れないというやり方もあるかもしれないですが。 ○沖野幹事 すみません,表現の話ではあるのですが,あるいは考え方につながっていくのかもしれないので申し上げたいと思います。今,内田委員が御指摘になった点で,部会でも中井委員のメモの①に当たる部分の定式化が適切かということが問題になったと記憶しています。取り分け,締結が確実であると通常考える場合に,正当な理由なく契約の締結を拒絶したというのがどのような理由によって拒絶したのかということ以上に,交渉の過程において正に誠実にやっていたのかということが肝要で,相手方がもう確実だと思ってどんどんインプットというか費用を出しているという場合に,こちらはやめるつもりであって,相手の様子を分かっていながら特に言わないで,ある時点で交渉を打ち切ってしまう。そういう交渉態度が問題になっているのだとすると,理由が問題なのかどうか。かつ,交渉をやめる理由を開示しなければいけないのかという御指摘もあったかと思います。そうすると,合理的な理由がないのに交渉を破棄するということが問題なのか,相手方が締結を信頼して,更に出捐を重ねていこうとしているところを知りながら止める,適切な情報提供というと問題かもしれませんが,そういう態度のほうに焦点を当てるべきなのか,配慮義務のような形かもしれません。   原案も文言の提案も全く持たずに来て,申し訳ないんですけれども,伺っていると,①の定式ももう少し考える余地があるように思いました。 ○松本分科会長 ①の定式にもう少し考える余地があるということは,部会原案のアの定式もということですね。 ○沖野幹事 そうです。それは正に内田委員が御指摘になったところに加えてというつもりです。 ○松本分科会長 では,まとめますと,損害賠償義務の発生する例外的場合に当たる重要なメルクマールとしてどういうものを拾い上げて,ルールの中に盛り込むかというところが重要であると。ここで具体的な文言を決めるということは恐らくできないと思いますから,方向性としてはそのような形で適切な文言を考える,特にアとか①に当たる部分においては適切なメルクマールをうまく盛り込んだ具体例を挙げる必要があるという点は,皆様意見が一致したかと思います。   その上で,非常に広い信義則というものでそれ以外をカバーするか,あるいは中井メモの②のような信義則をもう少し分解したものでカバーするのかという考え方が,次の分かれ方として出てくる可能性がある。   ただ,中井メモの②のやり方の場合は,では①が要らなくなるという可能性が出てくることと,②で具体的なことが書かれることによって,①の具体例が逆に広がったり狭まったりするリスクが出てくるかもしれない。それなら信義則という中身を限定しない言葉のほうがよいのではないかという意見も出ていたかと思いますから,二つ目のイないし②に当たる文言としてどのようなものが適切かということを次に考える必要があると。こういう感じでまとめさせていただいてよろしいでしょうか。ありがとうございました。   それでは,次にいきまして,「2 契約締結過程における説明義務・情報提供義務」について御審議いただきたいと思います。事務当局から御説明をお願いいたします。 ○笹井関係官 契約締結過程における説明義務・情報提供義務は,部会資料41の22ページに記載されております。この点につきましても判例法理を明文化するという観点から賛成する意見と,取引は千差万別であるから,個々の事案に応じた判断ができるように,規定を設けずに1条2項の信義則に委ねるべきであるとの意見もありましたが,仮に規定を設けるとすると,具体的にどのような規定を設けるかを検討するために,分科会で審議することとされたものでございます。   この論点につきましても,分科会資料6を準備いたしました。具体的な規定ぶりについて,部会での審議を簡単に振り返りますと,契約締結に必要な情報は当事者が自ら収集するという原則を明らかにすべきであるとの意見がございました。また,説明義務の内容を検討するに当たって,相手方にとって重要な情報であることを提供義務者が知っていたことを要するかどうか,相手方による情報収集が不可能,又は著しく困難であることを要するかどうか,契約の性質や相手方の資質を考慮して,情報提供が必要であると認められることを要するかどうか,主張立証責任の所在の4点について分科会で検討すべきであるとの御意見がございました。このような意見も参考にさせていただきまして,分科会資料6の3,①から⑤の論点を掲げたものでございます。   ①は,情報提供義務の対象となる情報の範囲を画するものでございます。部会では契約を締結するかどうかの判断に向けられているかどうかにかかわらず,相手方の生命,身体・財産などに対する危険性を避けるために必要な情報を対象とすべきであるとの意見もございました。①と③の関係については,この分科会資料の意図としましては,①で情報提供義務の対象となる範囲を画した上で,個別具体的な事情を踏まえて,その情報を提供する義務があるかどうかという判断を③のところで行うことを考えておりましたが,③の判断と①の判断を合わせて行うことも考えられますので,①と③をまとめて一つの要件にすることも考えられるかと思います。 ○松本分科会長 ありがとうございました。この点も中井メモで論じられておりますから,まず御発言をお願いします。 ○中井委員 この説明義務・情報提供義務については,弁護士会は是非規定を置いていただきたいと考えています。部会のときには,一つはホアンとした規定,余り無理をしないでという意見もあったのですが,分科会資料6で出ているような論点について,できれば詰めていただいて,要件立てを検討して,それが表現できるなら,それを含んだ形での提案を検討していくべきではないかと思っております。   そこで,部会資料①から⑤に即して申し上げますと,それを反映させたものとしてメモを作ったつもりです。まず対象については部会のときでも議論になっておりましたけれども,平成23年の裁判例で述べられている表現が参考になるだろうと思います。ここに書かれているように,契約を締結するか否かについての判断に影響を及ぼすべき事情若しくは事実が基本になるだろう。   部会のときに山本敬三幹事がおっしゃられました,生命・身体に対する安全を保護するために必要な情報に関しては,ここでは取り上げていません。それらの情報提供が必要であることについて弁護士会は全く異存ありませんけれども,取り上げ方としては別のところ,配慮義務等のところで取り上げることとし,ここでは契約締結するかどうか,それについての情報提供に限って規律を設けるほうが好ましいのではないかと考えています。   部会資料6の②の論点については,少なくとも一方当事者がその情報を持っている,若しくは容易に取得できることが前提になるであろう。それに対して,相手方について,その取得が著しく困難であるかどうかについては,要件立てする必要はないのではないか。それは情報提供する必要があるのかという,次の③のところで併せて判断できるのではないかと思いますので,②の論点については前半は受け入れて,後半については不要ではないかと考えています。   ③ですけれども,これは笹井関係官おっしゃられたように,①と③は一見重なった要件に思いますけれども,①については提供すべき情報の範囲について,基本的には契約の目的ないし性質に基づいて,一応客観的に決まり,その中で,特に相手方にその情報を提供しなければならない,そういう要件としての必要性が③ではないかと思っております。   この③の要件を判断するためには,その次,④記載の諸事情が考慮される。とりわけ当事者間の属性であったり,知識であったり,他方当事者が相手方を信頼している,若しくは信任しているというような事柄も当事者の属性に含まれるだろうと思います。したがって,それらを列挙することによって③の必要性の判断をするという構造が好ましいのではないか。   最終的な基準は,信義則に基づいて情報を提供すべきかどうかということですけれども,私は提供しないことが結局信義則に反する場合に提供すべきと考えており,結局同じことを言っているのかもしれませんけれども,提供しないことが信義則に反する場面というほうが,規律としては分かりやすい。つまり信義則に基づいて提供すべきときに提供するという考え方,書きぶりもあるのかもしれませんけれども,それは範囲が非常に広がるのではないかと思っています。   部会資料6の⑤ですが,その必要性についての一方当事者の認識は要らないのではないか。つまり客観的に情報提供すべきときには提供すべきという,ある意味で客観的な義務という形で捉えたほうがよいのではないかと思います。それを取りあえず文章に落としてみたのが私のメモの3のところです。   加えて,効果については本来,提供しないことが信義則に反する場面で提供しなかった,そのときには損害賠償義務が生じるということを明示しておくほうがよいのではないかと思います。   さらに一定の場面で取消しもあり得るというのが弁護士会の中でも一部意見として出ておりますけれども,ここは無理をしないという考え方も十分あり得るのではないか。つまり一般的に意思表示の瑕疵の場面で解決すべきだという,部会でも相当多数の意見がありました。ここで賠償義務を超えて取消しまで,100:0の関係というのが果たして適当なのかという御批判に照らしても,この段階では留保してよいのではないかと思っています。   ただ,取り消せる場面があるのではないかという意見がありましたので,私のメモではかぎ括弧付きで書かせていただきました。それは賠償義務の範囲より狭くなるということで,この要件が適当か分かりませんが,当該情報を提供し説明していれば,相手方はその契約を締結しなかった。そのような場面では取り消すことができるのではないかということです。これは意思表示の瑕疵のいずれかの場面で取り消すべき場合に当たる可能性もありますが,情報提供義務の条文で明文化することが好ましいという意見です。 ○松本分科会長 事務局の御説明,それから中井委員の御意見を踏まえて,どうぞ御意見をお出しください。 ○三上委員 これまでの契約総則の議論は,原則が書いてあって,その例外を規定するのか,今の民法は原則を書かずに例外から書き始めたので,それを踏襲するのかという議論があったと思うんですが,一応部会の提案は原則を書いて,その例外を書くという方向に来ております。ただ,この部分だけ例外から始まっています。   本会議で佐成委員がその点を指摘されて,契約締結における必要な情報もそれぞれの当事者が集める義務があるということを明確にすべきであるとおっしゃって,それに対して道垣内幹事が,そんな義務などありませんと反論されて,私も当事者に「義務」はないという点は正しいと思うんですが,ただ契約締結に必要な情報はそれぞれの当事者が自分の自力で集める「責任」はあると思うんです。   したがって,私は元々乙案で,こういう規定を設ける必要はないという意見なんですが,もし甲案のような条項をほかの案と並べて設けるのであれば,原則として契約を締結するに際して必要とされる情報は,それぞれの当事者の責任で集めるんだと。例えば,必要とあれば相手方に質問する権利があって,相手方はそれに関して誠実に答える義務を課してもよいと思うんですが,そういう原則があって,初めて例外として一定の場合には自発的に相手方が情報提供する義務を負うんだという条項が入ってくるべきだと考えます。   したがって,原則・例外をセットで設けるのであればまだ検討の余地があるかもしれませんが,例外だけ設けてしまうと,意思表示の瑕疵の取消し条項が入ってくるというような,不利益事項不告知のような消費者保護法的な発想が入ってきてしまう,そういうところを実務としては懸念します。原則を明らかにした上で例外を設ける。ないしは原則が明らかにならないのであれば,例外はこれまでどおりの判例法に任せればよいと考えております。○山野目幹事 2点意見がございます。   1点目は,笹井関係官の御説明で問題提起を頂きました分科会資料の①と③の関係についてでございますけれども,これについては当面①と③を区別して,二つ項目立てをしておくことがよろしいのではないかと考えます。最終的には法文の文言を草する際に,①と③を一体化した文言整理がされるかもしれないと感じますし,そのことは笹井関係官もおっしゃっていて,そのとおりであると感じますけれども,中間試案やそれ以降のこの部会の仕事としては,情報提供義務を考えるときに,①と③という性質の異なる二つのものを考慮しなければいけないということを伝えることはドキュメントとして必要なことですから,二つ項目立てをしておくことがよろしいと感じます。   もう1点は,これも中井委員のメモの2ページで,有益な具体的な提案を頂いているものでありまして,これについて感じたことを一点申し上げます。それは,相手方にとって情報の収集が困難であるという要素を正面から書かないという選択をなさったことに関して,今一つその理由が先ほどの御説明では分かりかねる部分がございました。なるほど,御説明では相手方が収集することができるのなら必要ではないということになるから,この必要という要件の中に,言わば何というのかな,織り込んだというか,そこに含ませたというお話であって,それは論理としてはあり得ると思いますが,そうするとこの必要という言葉が非常に包摂するものが盛りだくさんのものになって,少なくとも二つの異なる種類のもの,一方では相手方にとって客観的に有益であるという,有益という二字熟語と結びついた意味での必要と,それから相手方にとって主観的に困難であるから必要であるという,この困難という二字熟語と結び付いた必要と,二つの異質な必要がこの規範の中に盛り込まれますが,それはこういう議論を知らないで法文になったときに,読み手にコミュニケーションとしてうまく伝わるであろうかという心配がありますとともに,そのことは実は先ほど三上委員がおっしゃったことと内容的・質的に関連しているものであるとも感じます。   また,現段階で私,この相手方の収集困難ということをはっきり書いたほうがよいと意見を申し上げるつもりまで至っていませんですけれども,そのこととの関連で,中井委員のそこの収集困難は書かないことにしましたと,するっとおっしゃったところが飲み込みにくかったということを感想として申し上げさせていただきます。 ○中井委員 山野目幹事の2点についてですけれども,①と③は最終的な法文はともかくとして,御指摘のとおりここでは分けて整理したほうがよい。私もこのメモを見ていただいたら分かりますように,契約を締結するか否かについてという文言が2回出てきまして,弁護士会の議論の中でもこの点についてなぜかという御質問がありました。ここは概念整理として,対象となるものについての議論と,必要性と分けて考えるという考え方に賛成です。   2点目については,私のメモでいうと3ページ目の上から3段目に書いたつもりですけれども,相手方の能力によって収集できる収集できないというのが異なるわけですから,その後の考慮要素として当事者の属性を入れておりますので,その中に包摂されるのではないかということから,その文言を落としたわけです。しかし,相手方が収集できるかできないかということが,その必要性の判断において一つの重要な考慮要素であることを否定するつもりは全くありません。したがって,それを前提にどういう文言がよいかを検討していけばいいのではないかと思っております。 ○松本分科会長 ほかに御意見ございませんか。では,私から中井委員に対して,この分科会の補充資料6の2ページ目でいうところの⑤は要らないという。つまり③の必要性についての義務者の認識は不要であるという御意見でしたね。①については必要だということですか。①も要らないということですか。 ○中井委員 要らないというのは,①の認識のことですか。 ○松本分科会長 はい。 ○中井委員 ①も対象に関する事柄ですから,認識を議論する必要はないと思います。 ○松本分科会長 要らないということは,客観的に①に該当するものであれば,相手方が当該情報を有していようが,容易にアクセス可能であろうが,全く不可能であろうが,そういうことは一切問わないで情報提供しなければならないというところまでいくのか。そこで④がどう入ってくるのかという疑問があるんですが。 ○中井委員 今の説明が理解できなかったんですが,①は対象の問題で,対象はここに書かれているように,契約を締結するか否かについての判断に影響を及ぼすべき事情,これが対象になるということですので,認識とは直接関係のない,客観的な範囲の問題だという理解をしているんですが。 ○松本分科会長 それで結構です。③の認識も要らないという場合に,④がどう関わってくるのかということで,④というのは③との関係で出てきますよね。とすると,④も情報提供義務を課せられる側としては考えないで。つまり①に客観的に該当することであり,かつ②,自分の側が有しているものであれば,③④と無関係に説明しなければならない,情報を提供しなければならないという話になるのか。そこで④が入ってくると,相手方の知識・経験をこちら側が知っているか否かによって対応が変わってくるのではないかと思うのですが,そこはいかがでしょうか。 ○中井委員 ⑤の要件についての理解が十分でないのかもしれませんけれども,私としては主観的な過失は要らないということを申し上げたかったんです。この必要性についても,この義務の存否,必要性があれば義務が発生するわけですけれども,その義務はある意味で客観的に決まる。主観的過失によって知らなくてもあると考えていますが,相手方の属性について過失によって知らなかった場合でも責めを負うという結論になってしまう,そういう問題を御指摘されているんでしょうか。 ○松本分科会長 つまり,相手方の知識・経験を前提として説明義務が出てくるのではないかと思うのですが,それとは関係なしに出てくるのかということです。④についての認識というのは,そこから③が規範的な形で出てくるのかもしれないですが,④はファクターとして必要であるとして,客観的なファクターだけでよいのか。それについては説明義務を負わされる者として認識していないと駄目なのかということです。 ○中井委員 よろしいでしょうか。④で客観的な事情から③の必要性の判断もされている。そこで義務が生じるという論理で私は考えていたことになります。それだったら過酷すぎるのか。 ○松本分科会長 そうすると,相手方の知識・経験のいかんを問わず,一律の説明義務というロジックになってしまいますが。 ○中井委員 いいえ。 ○松本分科会長 ならないですか。 ○中井委員 そうではなくて,④の個別的な当事者の属性,交渉経緯も含めてですけれども,その客観的な属性を前提として必要性は決まるという趣旨で申し上げたんですが。 ○松本分科会長 分かります。しかし,そのことは説明義務を負わされる側からは分からないから,一律の説明をせざるを得ないということにならないですか。 ○沖野幹事 間に入ってしまってよろしいでしょうか。今のやり取りを伺ってなんですけれども,分科会資料6でまとめられている①から⑤の項目と,中井委員の御提案の説明義務と情報提供義務が過不足なく対応しているのかということがあるように思われます。一つは今,分科会長がおっしゃったことがそれに関わるのかとも思ったのです。分科会資料6における⑤は,③の必要性についての義務者の認識ないし可能性を要件とするということになっているんですけれども,分科会長が御指摘になったお話としては,①と③は一応独立の話として立てると。同じような要件立てのように思われるけれども,①は飽くまで対象となる事項といいますか,情報がどのような情報を対象とするのかということであり,③は相手方にとってそういう重要が必要かという,必要性の問題であると。   そうだとしますと,そういう類いの情報であるということについて認識してるのかという問題と,当該相手方が必要としているのかという点についての認識の問題と,両方が出るところ,そもそも⑤は③の必要性だけにしているので,①の情報該当性といいますか,そういうものについての認識は要るのか要らないのかという問題が一つあるように思われます。しかし,①のところでこの情報が一般的・客観的に普通はこういうものが重要であるといったことであるならば,知っているべきだというか,認識というのをあえて問うことはないという話になってくるのではないかと思ったのです。それが1点目です。   もう一つは,各種の考慮要素が④に挙げられておりまして,必要性の判断において契約の性質,相手方の知識・経験,契約を締結する目的,契約交渉の経緯といったものを要素として打ち出すことの当否というのが書かれているのですけれども,一方,中井提案ではその必要性の要件とともに信義則が書かれ,その情報を相手方に提供し説明しないことが信義に反するという場合に課すという形になっていますので,総合的にそういう必要性があって,なお提供しないことが信義則に反するのかを問うという要件立てになっており,そこに④で列挙されているような考慮要素が入ってくるのか入ってこないのかというと,分科会資料の④では③の必要性にかけた要素として書かれているのですけれども,中井提案は書き方だけだと照らして必要であり信義に反する場合にはということになっていますので,最終的にその信義に反するという部分にまでこの考慮要素が及んでいるようにも思われて,そうだとすると提供すべきかどうかという主体として問題となっている側の当事者がどのような認識を持っているかという話も総合判断の中に入ってくるような構造として構築されているのではなかろうか。独立の要件として認識しているというようなことは必要ではないけれども,信義則ということですから,そういった要素も一つの事情として入ってくるということになるように思われたのですけれどもいかがでしょう。これは中井委員メモの解釈ですが,誤解かもしれません。 ○松本分科会長 今,沖野幹事がおっしゃった①の点については全く同じ意見ですから,そこは全然対立しておりません。   ④の位置付けについて,中井委員がおっしゃったように,相手方の知識・経験等をこちら側が知っていようが知っていまいが,一律の客観的な判断が行われるかのような印象を受けたので,そうではなくて,相手方の知識・経験をこちら側が知っているかどうかも一つのファクターとして入ってくるということであれば,そんなに不当なことはないと思うんですが。 ○沖野幹事 私が中井委員メモを理解したところでは,その必要とする当事者にとって必要かという要件の問題と,さらにそうして情報を提供しないことが信義則に反するのかという2本立てになっていますので,一方当事者のほうが相手方の状況等を知っているかというのは,必要性には掛かってこないのだけれども,信義則に反するかというところでは要素として入ってくる余地があって,列挙はされていないけれども,それは信義則判断の中で入ってき得るものではないかと考えています。それはおよそもう考慮から除外されて,相手方の状況等々を全く知り得ない場合にも,相手方の状況について全く知らないという場合に説明しないことが信義に反するとは言えないとはおよそ一律にならないということまでは含意されていないのではないかと理解いたしましたが。 ○笹井関係官 分科会資料6について少し補足して説明させていただきたいと思います。   そもそも⑤が必要なのか必要でないのかが議論の出発点だったのだと思うのですけれども,なぜこの分科会資料6で⑤を要件として挙げたかということです。元々,説明義務,情報提供義務については,従来の裁判例では信義則の適用という形で扱われてきたと思うのですけれども,これらの裁判例の中で,信義則に反するかどうかという形で一体どういう判断が行われてきたのか,判断の構造を書き表したいということがこの分科会資料6を作成した趣旨なのです。   そのときに,考えられることとしては,自分の持っているこの情報を相手方が必要としている,そしてその情報を提供しないと相手方が契約を締結するかどうかについての適切な判断ができない,そういう意味での情報の必要性があることを認識しつつ,しかしあえてそれを黙っているというところに,反信義則性と言うか,行為の悪質性があって,それが信義則に反すると理解されてきたのではないか。そういう意味で,信義則に反するということの要件として③の必要性と⑤の悪意という二つの要素があって,さらに③の必要性を判断するための考慮要素として④があると考えていたところです。   沖野先生の御指摘を受けて考えてみますと,中井先生のメモでは,「必要である」ということと,「説明しないことが信義則に反する」ということが別個の要件として分けられていますので,そこが分科会資料6と少し構造が違っているのかなと思いました。   その上でどのように議論していくかということなんですけれども,この「必要性」ということと「信義則に反する」ということの二つの関係がどういう関係にあるのか,これが二つの要件であるということは,必要だけれども信義則に反しないという場合があり得る,あるいはその逆があり得るということだと思いますが,どういう場合にこの二つの要件のずれが生ずるのか,なぜこの二つが重ねて必要とされるのかを少しこちらで御審議いただければ,今後のヒントが得られるのではないかと感じました。 ○深山幹事 これは起案された中井先生に答えていただいたほうがいいのかもしれませんけれども,私の中井メモの読み方は,今,笹井関係官の説明のあったことに絡めて言うと,必要性というのとその後に出てくる信義則というのは,並列の二つの要件という趣旨ではなくて,ある意味一体といいますか,必要であるがゆえにそれを提供しないことが信義則に反するというつながりになっているんだろうと思います。ですから,端的に言えば最後に受けているのは信義則ですから,信義則に反する場合だけでもいいんでしょうけれども,それでは余りに分かりにくいので,その判断プロセスとして,締結するか否かの判断のために必要である,必要であるがゆえにそれを提供しないことが・・・,という説明的な記述で,それを全部最後は信義則で受けているのではないかと思います。当然,考慮要素として相手方の知識・経験に照らしてというのも,もちろんそれは全体にかぶってくるわけですが,そういう構造なのではないかと私は理解をしたんですが,中井先生,いかがでしょうか。 ○中井委員 そこまで深く考えていたわけではないなと改めて思いました。読み方といいますか,メモを作ったときは,諸事情があることによって必要性の判断はする。必要であるにもかかわらず提供しないからこそ問題だという意味で,素直に書いたつもりです。   ⑤の必要性の義務者の認識について,問うべきではないと書いたのも,過失的な要素ではなくて,当事者間の具体的な属性や知識・経験等に基づいて必要性等は判断されるので,情報の所持者側が何らかの事情で認識しませんでした,だから義務はない,そういう関係ではないのではないか,債務の内容は客観的に決まる,ということから認識可能性を問うべきではないと書いたんです。   分科会長がおっしゃるように,各事実についての認識といいますか,契約交渉当事者ですから,当然あることを前提にした上での判断なのですが,誤解に基づく説明になっているのかもしれません。 ○松本分科会長 私がちょっと疑問に感じたのは,⑤は認識の後ろに括弧して可能性と認識(可能性)という言葉が入っていることからです。③は主観的な認識だけを問うているかのようだから,必要か必要でないかは分かりませんでしたという抗弁が出てくるかもしれないけれども,④のファクターについては当然,例えば相手方の知識・経験,契約締結目的を知っているということが前提なのであれば,そこから当該情報が相手方にとって必要かどうかについては,知らなかったといっても認識可能性はあったでしょうという規範的な評価は十分できるのではないかと感じたからです。   すなわち,④については知っていることが前提で,③は言わば規範的な評価として認識可能性でよいということであれば,⑤の認識の次の括弧を外してしまうような要件であれば,中井委員のお考えと一致するのではないかと思った次第です。 ○中井委員 ④については松本分科会長がおまとめいただいたように,認識していることが大前提になっていますから,要は③の評価の問題なのだろうと思います。その③の評価が私は,繰り返しになりますけれども,これを客観的と言ってよいのか,そこに所持者側の落ち度等は関係ありませんよということを言いたかったんです。だから結論としては同じなのではないでしょうか。違うんですかね。 ○松本分科会長 笹井関係官が⑤について,可能性というのを括弧に入れられているのは主観的な意味の認識を厳密に要件とすべきだという考え方と,認識可能性でよいという考え方と,二つあり得るのではないかという御趣旨でしょうか。 ○笹井関係官 そうです。明確な認識が必要であるということになると,説明義務が生じる場面が今までに比べても不相当に小さくなってしまうのではないかと思ったので,規範的な判断を可能にするために認識可能性という考え方を付け加えたということです。   中井先生のメモでも,認識可能性は要らないけれども,「信義則に反する」という要件が必要とされており,そこで考慮されてくるので,結果的には結論的には一致するのかなとは感じました。 ○中井委員 参考のためにというか,研究者の皆さんにお教えいただきたいと思うのは,この部会資料の後ろに,カタラ草案とか,司法省案2009年版とかが載っていますけれども,その中で契約当事者のうち,他方の当事者にとって決定的な重要性がある情報を知るもの,又は知るべきもので,その重要性を知っているものは,他方当事者に情報を与える義務を有する,うんぬんと。   ここで知る,若しくは知るべきという中に,その情報が決定的に重要であることを知るとか知り得べきとなっていますので,この認識可能性の趣旨で⑤は書かれていると理解したらよろしいんでしょうか。このメモを作ってからこういう資料がありますよという指摘をほかの弁護士から受けたものですから,教えていただければ。 ○笹井関係官 フランス法の意図を正確に理解しているわけではないんですけれども,分科会資料⑤の認識可能性とは少し違っているのではないか,文言だけ読むとそんな感じがします。というのは,「情報の重要性」が分科会資料6でいうところの①を指しているのか,③を指しているのかがよく分からなくて,どちらかというと両方合わせているのかなという気もいたします。分科会資料では冒頭申し上げたように,①と③を分けて考えているので,完全には一致していないのではないかという印象を受けますが,この点についてはむしろ研究者の先生方に御教示いただければと思います。 ○山野目幹事 分科会資料の①③は,ここでの審議という特定のコンテクストのために用意していただいた概念でありますから,それと比較法を厳密に対照する作業はやや慎重にしなければいけないのかもしれませんけれども,概略を言えば,私は少なくともこのカタラ草案の情報提供義務を負うべきだとされる場合の認識可能性というのは,分科会資料でいう①③のいずれか,ないしそれらを包摂するものとして,いずれにしても認識可能性を要求し,そのことを文言として明示しているものであると理解していました。   情報提供義務について,私が部会で発言したときにも,例えばこのカタラ草案のようなものをイメージしながら情報提供義務の要件の細密化を図らなければ,この義務が茫漠としたものになって,かえって実務上弊害があるという御意見をお持ちの向きからは受け容れられないのではないかという危惧を持っていたものですから,あの発言の際に認識可能性の問題は明確に申し上げませんでしたけれども,その収集の困難性とか,そういうことを含めて要件を細密化すべきではないかということを申し上げたような次第です。   この比較法で幾つか散見されるようなものと比べると,分科会資料は必ずしも全部は同じではありませんが,かなりそれと似たような方向で細密化を図っているものであると私は印象を抱きました。中井委員の御発想も,あるいは弁護士会の先生がお考えになったものも,それと方向の基本線は大きく乖離していませんが,ただし何箇所かもう少し細密化があってよいという要件のところを,さくっとまとめたり,あるものをあるものに潜ませ込ませたりしていらしていて,なぜそうしなくてはいけないのかというのは,やはりこの認識可能性のところについても少し疑問が残りますから,明確に書くことで何か弊害をお感じになっているのであれば,そのことをおっしゃっていただきたいと思いますし,そうでないのだったら正面から規律の表現の上に出したほうがよいのではないかということは,一般的には感じます。 ○松本分科会長 いかがでしょうか。⑤の③の必要性についての義務者の認識を要件とすることについては,中井メモも反対だし,事務当局もそれでは狭くなり過ぎるということで,可能性という要件のほうが適切だとお考えのようです。その点は認識可能性ということであれば,恐らく中井メモとも矛盾しないことになるだろうと思います。   そうしますと,この要件の表現の仕方をどうするかはいろいろ議論があるにしろ,こういう点が要素となるという点についてはそれほど対立がないと考えてよろしいでしょうか。 ○笹井関係官 ちょっと話が変わるのですが,よろしいでしょうか。分科会資料は,最初に御説明いたしましたように,①と③を分け,①は,まず,「通常判断に影響を及ぼすべき事項」という客観的な枠をはめて,③ではそれについての個別の事情を考慮した上での必要性を判断すると申し上げたのですが,ずっと議論を聞いておりまして,①についての認識可能性みたいなものが要らないのか,「通常影響を及ぼすべき」というのが客観的に判断されるのであれば,基本的には認識可能性があるということを前提にすればよいのかなと思ったのですけれども,ちょっと変わった人がいて,その人にとっては重要であるという情報があり得るのか,どうか。これが従来どのように判断されてきたのかも,もう少し裁判例などを調べてみなければならないのかもしれないですが,もしお考えがあればお聞かせいただければと思うのですけれども。 ○松本分科会長 ①の位置付けということですね。 ○内田委員 事務当局内で質問して答えていてもしようがないですが,個人的な意見を申します。ここで明文化しようとしている裁判例というのは,ありとあらゆる契約に情報提供義務があるとは言っていないのですね。ある種の取引について情報提供義務があると言っている。あるいは説明義務があると言っている。この書き方について経済界から強い懸念が示されているわけですが,全ての契約について情報提供義務,あるいは説明義務があるかのように読める規定になりかねない。そこで,三上委員が言われたように,原則は自己責任だということを書けという話になるのですね。   しかし,裁判例でこういう義務が認められているのは,フランチャイズとか不動産売買とか,あるいは金融取引とか,医療契約とか,いろいろな契約が横断的にあると思いますが,いずれも専門性があって,一方が専門的知識を持ち,他方はその知識を持っていない,自分でその知識を獲得しようとするとものすごくコストが掛かる。そういう事例だと思うのです。だから,それがうまく表現できる必要があるのではないかと思います。   フランチャイズの場合,正確な売上げ予測の情報を提供する義務がある,そういう判決がありますけれども,とくにフランチャイジーが素人の場合,売上げ予測が決定的に重要であることは,誰もが分かっているわけですね。それなのに極めてずさんな,こんなものに基づいて契約をするかどうかの判断をさせるというのはおかしいという情報しか提供していない。そういう事例ですので,それが言い表せる言葉になる必要があるのではないかと思います。   ですから,やはり専門的な情報のギャップがあるようなタイプの契約に適用される法理であるということが,要件立ての中でうまく表現できればよいと思うというのが感想です。 ○沖野幹事 その要件立てに関してなんですけれども,以前から気になっておりますもので,かつ部会のときにも指摘された点だと思うのですけれども,情報の性質,あるいは性格によっては,およそ出す必要のないものというのがあって,一方では労働契約が指摘されましたし,恐らく企業間でもそれなりのコストを出して情報を取っている場合,一方当事者は知っている,他方は知らないけれども,自分が汗をかいて取ったものは別に知らせる必要もなくて,それを有利に使うのは構わないと考えられます。しかし,情報を持っているといえば持っている。これから取ろうというのではなくてです。相手方にとって必要だといえば,もちろん必要です,それによって契約も変わってき得るし,というようなものも出さなければいけないかというと,それはもちろん出さなくていいんだと思うのですが,そういう考慮を取り込めるようになっているのだろうかというのが気になっております。   例えば,中井委員が具体的に書いてくださったところについても,判断に影響を及ぼすべき情報であって,必要かと言えばもちろん必要ではあるのだけれども,その情報を出さなければいけないかというと,それは出すことまでは期待できないというものは,これは結局信義則のところで判断することになると考えられます。ここでは,中井委員の御提案に係るものはやはりそこは全部信義則のところが調整弁になっていると思うのですが,笹井関係官が説明されたように,しかし信義則に放り投げるのは曖昧になるので,なるべく要件を書き出していきたいということになると,その部分が落ちそうな気がします。そのことと内田委員が御指摘になった専門性だとか,一方に情報を期待してよいはずの関係というものをどう切り出したらいいのか。それは入手可能性だけでいいのかどうかが気になります。   それで改めて中井委員の御指摘を受けて,フランスの草案などを見ますと,部会資料では比較法資料の6ページのカタラ草案なんですけれども,1110条を見ますと,1110条の2項において,ただしという場面の限定で,この情報提供義務は,自ら情報を取得することは期待できない状況にある,又は取り分け契約の性質を理由として,相手方に対して正当に信頼をすることができたもののためにしか存在しないとされています。これで今のような懸念が十分に酌み取れているのかは分からないのですが,相手方から出してもらうことを期待するのが正当であるという要素はどこにあるのかといったときに,もう一つ何か出そうな気がするのです。それが書き切れないなら信義則を一般的にはそこに落とし込むということで,最後はその判断であるというようなものを設けざるを得ないのではないだろうかと思うのですが。 ○内田委員 沖野さんの発言を受けて,先ほどの私の発言の補足ですが,カタラ草案を挙げられ,中井先生もカタラ草案に言及されましたけれども,カタラ草案を元にもう少しリファインした司法省の2009年草案というのが,比較法資料の10ページの44条というところに入っています。そこでは他方当事者がその情報を知らないことが正当である場合,又は契約相手方を信頼することが正当である場合という言い方をしています。つまり,非常に専門性があるので,相手方がその情報を持っていないのは正当である。自分で集めようとしないのは正当である場合とか,あるいは相手から情報をもらうことを信頼して契約するのが正当である場合に限っているのだと思うのです。   そういう限定の仕方というのは,先ほど私が申し上げたような趣旨ではないかと思います。沖野さんも趣旨としてはそういうことをおっしゃったのではないかと思います。 ○沖野幹事 より適切な場面設定だと思います。 ○笹井関係官 今,沖野先生から御指摘いただいたところなんですが,分科会資料6では,正に沖野先生から御指摘があったような要件を表現できないかと思って,③の必要性というものを書いてみたのです。信義則が必要性に置き替わったからといって,抽象度としては余り変わらないのではないかという御指摘を受けるかもしれませんけれども,そういう考慮を④の中でやるというのは,少しいろいろなものが入り過ぎという印象を持たれるでしょうか。 ○沖野幹事 分科会資料を十分に理解していなかったのかもしれませんが,④のところでそれを盛り込んでくる趣旨であるということでしょうか。 ○笹井関係官 必要性を考慮した上での③と④で。 ○沖野幹事 必要性でそれを考慮しているということですね。それで対応できるのかなという感じもするのですが,恐らく必要性というのが非常にトリッキーな言葉なのだと思います。   先ほど来,最初の山野目幹事の御指摘も必要性ということに非常に重い,いろいろな意味合いを担わせているという点を指摘されました。それが本当に適切なのかということと,そういう言葉を使うことによって情報提供義務が明文化されることに対する懸念を本当に払拭できるのかという両面を考えると,もう少し正面から書くことができないだろうかという指摘はあるように思います。   それからもう一つは,その必要性を判断するときの考慮要素ですけれども,分科会資料の④におきましては,契約の性質,相手方の知識・経験,締結目的,契約交渉の経緯と書かれておりまして,中井委員の御提案の中では当事者の属性ということも加えられており,これを考慮事情の一つに入れるべきだと思います。もう一つは当該情報の性格というか,性質というかが要素としては挙がるべきではなかろうかと思います。 ○松本分科会長 結局①は要らないのではないかという感じの議論になってきているという印象を受けます。③④をもっとリファインしていく必要があるという点では大方の意見が一致しています。他方で①が独自の要件になるのかどうか。内田委員がおっしゃったように,これには限定がありません。客観的に当該取引で重要な事項であり,そしてさらに③で相手方の属性等との関係において,その中の更に限定されたもののみが情報提供の対象になると,私は最初そういうふうに読んでいたのですが,どうも沖野幹事の先ほどの御説明などでは,一方はコストを掛けて得ている情報,他方は得ていない情報。例えば商品の取引で海外における相場の動向が変化しているということを,一方は知っているけれども他方は知らないという場合に,では教えてあげなければならないかというと,恐らくそれはないだろうと思うんですね。   そうしますと,①で客観的に当該情報がこの枠に入るか入らないかということは,なかなか決められなくて,結局③の中で最終的に判断せざるを得なくなってくるのではないかと思います。普通であれば商品の性能とか品質とかは当然重要なことでしょうけれども,価格が今後値上がりするか値下がりするかというのは,重要と言えば重要だけれども,説明義務の対象になるようなタイプのものかというと,そうではないのではないかと思われるわけです。   消費者契約法的な意味でいうところの①であればかなり限定されるのでしょうけれども,そういう限定なしに判断に影響を及ぼすべき重要な事項としてしまうと,客観的に枠をはめることの意味がなくなってくるような印象を受けます。   そうすると,③と④をもう少しリファインして,フランスの法案等で考慮されている言葉をうまく取り入れることができれば,そのほうが適切な表現になるのではないかという印象ですが,いかがでしょうか。 ○中井委員 この分科会資料6で①が記載された理由についての理解ですけれども,これは元々部会資料の23ページの一番下のところで,説明義務,情報提供義務の対象について議論があった。それは契約を締結するかどうかの判断に当たって必要な事項を対象とする説明義務と,②それ以外の事項を対象とする説明義務,とりわけ生命・身体に関わる危険な情報等についての説明義務,こういう広い範囲での説明義務を課すこともどうかと。部会では山本敬三幹事はこれも含めて説明義務の対象にすべきではないかという議論の展開があって,ここは区別する考え方もあったと思うんです。   したがって,この①というのは対象についての議論として明示されたのだということですから,理解としては,説明義務,情報提供義務を定めるとしても,差し当たっては契約を締結するか否かについての判断に影響を及ぼす事項を対象にしましょうと確認すること自体,意味のあることだと思います。   その上で,最初に山野目幹事がおっしゃられたように,それらの議論を区別した上で,条文化に当たって①の説明は要らなくなって,全てその中に包摂されるということはあり得るのだろうと思います。そういう理解でよいのではないか。   それから,先ほどからフランスのカタラ草案なり司法省草案の中で契約の相手方を信頼することが正当である場合に情報提供義務が生じるのだということについては,笹井関係官がおっしゃったように,④の中での列挙,契約の内容,目的,当事者の属性,その他の中に本来入るべき事項だろうと思います。それをこの要素をあえて更に言葉として表すなら,一方当事者と相手方との間の信頼関係,信任関係というんでしょうか,相手方が一方当事者を信頼するような状況を考慮要素として表現できるなら,この列挙した当事者の属性の一場面として書くということもあるだろうと思います。先ほど内田委員のおっしゃられた専門性ということも,それは契約の類型として専門性の認められる場面でしょうから,それを言葉として説明すると長くなるとすれば,契約の内容・目的の中にそれは包摂されているという理解もできるのではないか。結局,④の諸事情をどのような言葉で表現していくかということを詰めていって書けるかどうかではないかと理解をいたしました。   それから,情報所持者の認識可能性うんぬんについて,これは私が筆を走らせ過ぎたように改めて思います。私としては,④での諸事情に基づいて,当該相手方にとって情報を提供すべきかどうかの必要性は,ある意味で客観的・規範的に判断されるのだ。その後,それであっても提供しないことが信義則に反するという中で,御指摘のように一方当事者が認識しているにもかかわらず提供しないからこそ信義則に反するのだろうと思いますので,知らなかったら果たして信義則に反する場面と言えるのかどうか,御指摘のような問題は,そこで解消されるというか,しんしゃくされると理解すればよいのではないかと感じました。 ○松本分科会長 ①について,積極的要件というよりは,むしろ契約締結の判断に影響を及ぼさない事柄は除外されるという程度の意味だということであれば,特にこれ以上議論する必要はないかと思います。   ②につきまして,中井委員が前半部分は賛成だけれども後半部分は反対だという趣旨のことを最初におっしゃいましたので,そこが論点として残っているかと思いますが,いかがですか。 ○中井委員 今の点は先ほど山野目幹事とのやり取りで終わったものと理解したんですけれども,前半を明文化することには賛成で,後半は反対だというわけではなくて,先ほどの趣旨は明文化しなくてもよいのではないですかと申し上げた。ただ,山野目幹事から御指摘のあった相手方が情報収集できない,自ら集めることができないという事情は考慮要素になる。それは④の当事者の属性に含めて考えているから,あえて書かなくてもよいのではないですかと言いましたけれども,要件として潜在的に備わることを別に争っているつもりはありません。それも先ほど山野目幹事がおっしゃった,逃げないで,するっと隠さないでという御指摘を受けると,何も隠す意図はございませんので,それを明示したほうが,産業界も含めて受け入れられやすいのであれば,是非受け入れられやすい形にしていただくことに異存はございません。 ○松本分科会長 ②の後半を④の中に入れるか,それとも独立して立てるかという違いにすぎないということですね。分かりました。   ということで,大体意見は同じ方向になってきたかと思います。あとは表現,特に④のファクターの表現をどうするか。それから,③の必要であるという表現が少し広過ぎるのではないかという御指摘が何人かの方からされておりましたので,ここをもう少し適切な言葉に置き換えられるかどうか。いかがでしょうか,必要という部分について,単純な言葉で置き換えられないとなると,文章全体を書き直さなければならないということになるかもしれないですが。 ○内田委員 その点も注意を要するという御指摘がありましたので,それを踏まえて検討することになるのではないかと思います。いずれにせよ,この案はさっきの交渉の不当破棄よりも更に反対の強い案ですので,条文化の際には今出ているワーディングだけではなくて,もう少し危惧を払拭できるような限定ができるかどうか,かなり工夫を要するとは思います。それを考える上でも今日の議論は有益だったのではないかと思います。 ○松本分科会長 それでは,必要という文言についても再検討の必要があるということで,2の議論はこれぐらいで終わらせていただきまして,次に3の契約交渉等に関与させた第三者の行為による交渉当事者の責任について御審議いただきたいと思います。事務当局から御説明をお願いいたします。 ○笹井関係官 この論点は,部会資料41の30ページに記載されております。部会での審議を少し御紹介いたしますと,独立的な補助者の行為に基づく本人の責任を不法行為のみに委ねてよいのかという問題意識から,甲案,つまり規定を設けるという考え方を支持する意見がございました。他方で,補助者による交渉の不当破棄や情報提供義務違反は,本人自身による不当破棄であるとか情報提供義務違反を問題にすれば足りるという意見や,両当事者から委託を受けていた場合の処理が複雑になるという意見,消費者が事業者を交渉補助者にした場合に責任を負うのは不適切であるという意見など,慎重な検討を求める意見もございました。 ○松本分科会長 それでは,ただいまの点について御意見をお出しいただきたいと思います。この点も中井委員からメモが出ております。まず御説明いただけますか。 ○中井委員 この部分について弁護士会で議論しましたが,甲案,乙案,両方ありました。甲案に基づいて具体的に幾つかの案を検討しましたが,なかなか限定が難しいという意見になっています。原則として交渉過程においても,若しくは契約の履行過程においても,当然第三者を使用することができる。現行実務では非常に多いわけで,それを正面から明確化する意義はあるだろう。それが履行補助者的であれば,その人の行った行為について契約当事者,若しくは交渉当事者が責任を負うのは当然であろうと。   ただ,その補助者は常に単純な補助者かというと,専門性,独立性のある補助者もいるだけに,そこまで全く同じ規律でよいのか,そこの切り分け,ないし,その範囲の制限をする要件立てで意見の一致を見なかった次第です。特に,仮に独立的な補助者でも契約当事者や交渉当事者が責任を負うべき場合があるとしても,行った行為は様々であろうと思われます。誤った説明をするところから不法行為的な,単純に暴行を働くようなところまで幅広にある中で,一律に契約当事者の責任のあるなしを決めることができるのか,柔軟な解決が逆にできなくなるのではないか。こういうところから結局この提案では要件立てを断念した形になっています。   メモは,第1読会の早い段階で,山本敬三幹事が指摘されたようですけれども,第三者を使用することができることの確認規定と,第三者を使用したことを理由に責任は少なくとも免れないという一般的な宣言だけにしています。   どういう場合に責任があって,どういう場合に責任を免れるのかは何も書いてないので,意味のない規定になるのかもしれませんけれども,それだけを記載したということです。 ○山野目幹事 ここも中井委員から有益な御示唆を頂いていると感じますところから質問をさせていただきたきますが,細かなことですけれども,第三者を用いることの表現ぶりが部会資料は第三者を関与させるのですが,こちらは使用させるになっていますけれども,何か意味がおありでしょうか。 ○中井委員 厳密に言葉の使い分けを考えて記載したわけではありません。 ○松本分科会長 メモの一番最後のところで,補助者の行為について契約当事者は責任を免れないということを宣言すると,必ず責任を負うとも読めるわけですが,そうではないわけですよね。責任を負う場合もあるということですね。 ○中井委員 はい。考え方としては,補助者を使った場合には,原則契約交渉当事者,若しくは契約当事者も責任を負うのだ。例外的に負わない場面を切り分けることができれば,それは分かりやすさからすればあったほうがよいのではないかという意見がもちろんありました。ただ,その例外での切り分けが,独立的とか専門的補助者という概念などできちっと補助者の類型が分けられるのかどうか。また,専門的,独立的な補助者であっても,その行為も様々でしょうから,その行為を問わずに責任を問う,若しくは負わないという類型ができるのか。ここもそう簡単ではないのではないか。   きちっと裁判例を調べたわけではありませんが,そういう類型化が難しいというところから,こういう形にしています。分科会の,それなら役割が果たせないのかもしれませんが。 ○沖野幹事 中井委員から材料を提供していただいたので,またお聞きできればと思うんですけれども,第三者の行為による交渉当事者の責任という問題自体をどういう問題として捉えるかということです。対象となる行為の問題でして,交渉過程での窃盗とか暴行とか,そういうものも取り込むのはもちろん問題だということなんですけれども,そもそもの部会資料で提示された30ページの3という項目が,およそ交渉過程に関与させた第三者が何らかの損害惹起行為をした場合に,その交渉当事者のほうの責任を規定しようという問題意識であるのか。それとも1,2を受けまして,1で誠実交渉,2で情報提供という,そういう義務が一方の当事者に認められるような場合に,それがその者ではなくて,第三者が関与させられて,その第三者が具体的な行為をしたような場合に,その交渉当事者のほうの不当な不誠実な交渉行為であるとか,あるいは適切な情報提供がないと考えられるということであるのか。   確かに部会資料は第三者を関与させた場合において,その行為によって交渉の相手方に損害を生じさせたときは損害賠償責任を負う場合があると書かれていて,非常に一般的な書き方になっていますが,むしろ1,2を受けて第三者の行為による場合に,それは自らが契約締結過程に関与させたものである以上は同様の責任を負う。逆に言うと,第三者がやったことですからということで責任は免れないとすると,そもそもが誠実交渉ですとか,あるいは情報提供といった義務を負うような当事者の責任の問題という形で,枠がはまるように思うんです。   それで,私はそういう枠がはまった中での1,2を受けて,しかし第三者を用いた場合ですとか第三者を関与させた場合ということとして問題を限定すればよいのではないかと思っていたのですけれども,恐らく中井委員が出してくださったメモはそれに限定されない,およそ交渉過程における様々な責任があるものを,ですから1や2とは独立させた三つ目の問題として扱うということかと思います。ですので,そもそも問題をどういうものとして捉えるかを明らかにすると有益ではないかと思うのですがどうでしょうか。 ○松本分科会長 かなり重要な御指摘ですけれども,事務当局の意図としては1,2を受けて3なのか,1,2とは別に広い意味の契約交渉過程における第三者の行為全てを対象にするという趣旨か,どちらなんでしょうか。 ○笹井関係官 対象となる行為をどこまで広げるのかは悩ましいところだなと思っておりまして,もちろん中井先生がメモの最後に書いていただきましたように,例えば窃盗とか暴行とか,そういうものは対象からは除外するというつもりでございました。   改めて部会資料41,30頁の3本文の柱書きを読んでみると少し広いのかもしれませんけれども,交渉の機会に何かの不法行為があった場合を全て含むという趣旨ではございません。   ただ,沖野先生が1,2を受けてとおっしゃったのが,説明義務であるとか,あるいは不当破棄に限定するという趣旨であるとすると,そこまで限定してよいのかどうかは今一つ悩ましいなと思っているところです。というのは,例えば詐欺であるとか錯誤が問題になると思います。錯誤のところで,表意者が勝手に錯誤に陥ってしまった場合に不法行為責任が生じるかどうかという論点がございましたけれども,第三者を介在させた場合にもそういう問題が起こり得るのではないかと思います。契約責任ということではないですけれども,契約に固有の問題,意思表示の問題であるとか,そういったものについては対象とするという考え方もあり得るのではないか。補足説明のどこかにも書いた記憶があるのですけれども,そのように考えておりました。   その範囲をどこまで広げるのか。一番狭く言えば沖野先生がおっしゃったように,情報提供義務と不当破棄に限定されてくることになってくると思いますし,また現実に示されている立法提案ではそういう考え方が示されておりますけれども,しかしそこだけで本当によいのか。詐欺であるとか錯誤であるとか,あるいは強迫であるとかといったことについて対応する必要がないのかどうかというところは少し御議論いただいてもよいのかなと思っていたところでございます。 ○松本分科会長 今の御趣旨は,法律行為的な意味の効果帰属責任とか,あるいは取り消せるということ以外の,損害賠償責任という話に限定しているんですね。 ○笹井関係官 はい。 ○松本分科会長 その対象をどう限定するかによって中井委員の意見が変わってくる可能性があるかもしれませんが。 ○中井委員 沖野幹事がおっしゃったように,1,2を受けての補助者の行為となれば,補助者が交渉段階で不当破棄した,補助者が交渉段階で誤った説明をした,若しくは説明をしなかった。そのときは,確か部会でも道垣内幹事がおっしゃっていたと思いますけれども,場合によったらストレートに契約当事者,交渉当事者の行為として,当事者自身が責任を負う場面に当たる。したがって,これは注意的にそういう補助者が行った不当破棄,補助者の行った説明義務違反は契約交渉当事者も責任を負いますよという,確認的な意味の規定になるのではないか。   それより広いことが様々行われる。詐欺とか,自己の利益を図るための行為とか,中間的な行為もあろうと思うんです。暴行とかは一番端っこですけれども。1,2以外の場面が実際は非常に様々なのがあって,不法行為だけで解決してよいのでしょうか。それよりも広く契約当事者が責任を負う場面があるのではないでしょうかと,そういう問題意識を持っていたのですが。   逆に言えば,1,2の場面のみを想定するなら,それは当然契約当事者,交渉当事者は責任があるのではないでしょうか。 ○沖野幹事 1,2を前提にしたときに責任があるという帰結には余り異論はないのかと思います。不法行為だといって,しかも使用被用関係はないという場合に,全く規定がなくて当然となるのか。それも当然とも言えるけれども,確認も含めて責任を負うことを明確にするという意味合いはあるのではないかと。両者の,契約交渉当事者と具体的に行為をした第三者との間の関係として,関与させたということがあればそれでよいと言うことは意味があるのではないかと考えておりました。ですので,1,2に限定してもそれなりの意味はあり得る規律と言えるのではないかということが一つです。   では,それに限定するのがよいかというと,具体的な場面においては確かにほかにも問題となる場面はあり得るだろうとは思いますけれども,しかしそうしたときに限定が適切にできるかという問題があるならば,1,2と連動させた形で規律を置いて,あとは解釈になるということも考えられるのではないか。   それから,意思表示との関係ですけれども,確かに第三者の詐欺ですとか,第三者の強迫ですとか,第三者の不適切な行為によって錯誤に陥ったというような場合に,その者に対する責任の問題が出るのはそのとおりだとは思うのですけれども,しかし,その場合の,それが第三者の行為ではなくて自らの行為であったという場合の規定は置かれないわけですよね。詐欺をした人に対して,詐欺による意思表示であるといって取り消すということとは別に損害賠償を請求するのかというときに,それは置かずに,第三者がしたときの責任は負うというところだけを明示する必要がどのくらい本当にあるのだろうか。そもそもの本体が709条の解釈に委ねられるのであれば,さらに交渉過程において一定の義務を負うような場合の第三者を関与させた場合の責任規定があるならば,それを手掛かりとして解釈を展開していくということでも対応はできるのではないか。   そう考えると,より広い形できれいな限定が付けられるのであれば,それはベストだと思うんですけれども,限定が難しいようならば,そこから使えることができて,そのことのみによっては責任を排除されるものではないという規律のほうがよいのか,それとも1,2と連動した形での限定を付しておいて,あとは解釈ですということがよいのかという,その二つの選択になるのだろうかと思われまして,そうしたときに後者の選択肢はなおあり得るのではないかと考えたところです。 ○松本分科会長 議論の分かれ方としては,対象を1,2に限定した形でルール化するか,それともそれを少し広げる形でルール化するかという点にあるということが確認できたと思います。 ○内田委員 沖野さんに質問なのですが,1,2を受けての規定にするというのは,それ自体は私は余り違和感はないのですけれども,交渉破棄は多分,本人が指示しないと破棄ということはしないと思いますので,これは本人の行為と同視できると思うのです。しかし,情報提供義務については,本人は第三者に情報はきちんと伝えていたけれども,第三者が相手方にきちんと情報を伝えなかったために,それが意図的かどうかはともかくとして,相手が必要な情報を得られなかったというときの責任は,本人と第三者との関係によって違ってくるのではないか。   例えば,不法行為的に考えれば注文者の責任,716条みたいな規律もあり得ると思いますし,従属関係にあるのであれば715条的に処理することもあり得る。そちらで決まってくるような気もするのです。もう少しそれとは別の,第三者の行為に対して本人が責任を広く負うというルールがここでは必要でしょうか。 ○沖野幹事 私がイメージをしておりましたのは,2との関係です。第三者を関与させたというのは,情報提供を行う義務自体を第三者が具体的に負っているということではなくて,契約交渉の当事者として正に先ほど問題となったような取引類型においては情報を出すことを要請される場合である。それがベースにあって,その部分を第三者にさせているということが関与させたということの実質ではないかと。   したがって,第三者が何かしたことに対して,それとの関係で損害賠償責任の義務を負うというよりは,元々が情報の収集等の切り分けにおいて一方の当事者が負うというところを関与させたということでさせているというものであるので,第三者が独立した専門家の場合であっても,自分ではなくて,こちらにこの物件については聞いてくださいというような形で情報提供を委ねたところ,ところがその専門家が間違ったことを言ってしまったという場合にも,元々の情報の収集において当事者間での収集の分担の中で情報提供義務が課されるということであるならば,関与させたという一事で責任を負う形にしてよいのではないかというのがこの規律の趣旨なのかと考えていまして,その意味では不法行為で誰かの行為に対して責任を負うというよりは,自らが負っている契約交渉における義務といいますか,なすべき行為の一端を第三者にさせている。その部分について正に第三者を使っているというものとして捉えられるのではないか。   その構造を不法行為でも受けて損害賠償責任は十分立てられるので,そうであれば不法行為の規定の解釈に委ねてもよいのかもしれないのですが,何か構造が少し違うのではないかと思ったのですけれども。 ○内田委員 その説明は非常によく分かるのですが,不動産取引で宅建業者が介在しているような場合も同じになりますか。 ○沖野幹事 宅建業者が介在していて,一方の会社は事業会社だけれども,不動産の専門ではないような場合ですか。それと個人とで取引をする。そこに宅建業者が介在している。双方から依頼されているというような場合でしょうか。 ○内田委員 一番複雑にするとそうですね。民事仲介で,必要な情報は全部宅建業者のほうに開示していて,あとは任せていたという場合ですかね。 ○沖野幹事 しかし,その中でも当事者の情報提供として自ら収集すべきなのか,どちらかが出すべきなのか。自らが収集すべきなのか,頼りにしてよいのかという切り分けはでき,その切り分けに即して,その部分を独立のより専門性の高い人を使っているという位置付けに抽象的にはなるのではないかと思われます。問題は,今のような具体的場面での切り分けではないかと思います。視点は,どちらが情報を収集すべきか出すべきかというよりは,それぞれ自分の契約締結に当たって必要なものはまずは自分で取ってくるべきだというところからしますと,それを相手方に頼れる場面はどうかというと,その視点からも相手方が専門家というわけではないけれども,やはり相手方に頼ることが認められるというのであれば,そこで切り分けが決まってくるように思うのですが。   そう言いながらしかし,類型的にそういう取引がある場合にはそうかもしれないけれども,宅建業者を関与させている場合と関与させていない場合とでどちらが義務を負うかという自体が変わってくるのではないかという話は出そうです。そうすると,そのまま妥当するのかというのが自分でも不安になってくるところですけれども。 ○山野目幹事 この一方当事者が関与させた第三者の行為によって,契約当事者本人の損害賠償責任を認めるべきではないかという規律の議論については,もちろん認めるべき場合があろうと感じますとともに,認めることが適切でないと考えられる例外的な場合,契約当事者本人が免責されるべき場合というものがきちんと規律の上で明確にならなければいけない。それができないのであれば,この規律を導入することはかなり危ないということになるのではないかと考えます。   中井委員がメモとしてお出しになったものは,そういう例外をきちっと考えなければならない必要があるという問題意識に留意しつつも,断念なさったということをおっしゃったものと受け止めました。   その上で,第三者を用いた契約当事者の責任が不当に拡大しないようにするための一つの工夫として,沖野委員がずっとおっしゃってきたのが,契約当事者本人が固有に負う何らかの義務があるときに,それを代行させたという関係があるということがまず絞りとしてあってよいし,その義務の範囲もさらに今日議論してきた1や2の範囲に限定すべきである,1,2の絞りを基に第三者を関与させたという概念そのものを絞っていくことによって,妥当な解決を導こうとするということをおっしゃっているものであると私は理解しましたし,それは一つの説得力のあるアプローチであろうと感じます。   それと同時に,しかし私は危惧が残るのは,例えば中古住宅を売ろうとしている普通の不動産取引について,知識がない勤め人の所有者である人が,宅地建物取引業者に依頼をして,不動産の取引の仲介をしてもらうということになった場合に,なるほど,宅地建物取引業者が買い手になる候補の人に対して説明しなければならない義務というのは,民法の情報提供義務によって生じているというよりは,宅地建物取引業法の規定によってその説明義務を負わされているのであって,そのところに注目すれば,沖野幹事がずっとおっしゃっていた視点を当てはめたときに,売り手本人が固有に負っている義務の代行ではないという関係が肯定できるのだろうと感じますが,しかしそれと同時に今の局面で売り手になる人が本当に常に何らかの,今日2で検討した情報提供義務を負わないとは言い切れないように感じますから,そうするとやはりここで宅建業者がしようとする説明に不適切な点があったときに,それはその業者の宅建業法上の重要説明義務違反であると同時に,やはり本人が負うべき,そしてしかし宅建業者に代行させた義務の遵守・履行に不具合があったという側面が,実態としては明確に区別されずに,重畳的に問題になるという局面がどうしても残るのではないかと感じます。   そのときに,プロの宅建業者に任せたけれども,その業者がミスをしたときに,その依頼をした売り手が今までそういうことは問われなかったのに損害賠償責任が問われるという規律が,今般規律の導入によって起こることになるのはやはり適切ではなくて,その宅建業者は業法の規定によって保証金を積んでいますから,今までは宅建業者の保証金を使って賠償に責任に任じていた。一部は損害保険も付している実態がありまして,そういうもので対応していたのが,交渉当事者本人も責任を問われることになってくることは好ましくないと思いますから,沖野幹事がおっしゃるアプローチはあってよいとは思うのですが,それとは別に何らか契約当事者が免責される場合というものを考えて,中井メモの第三者のことで責任を負うという規律の後に,適切に工夫されたただし書が設けられていないと危ないのではないかと考えます。   ただし,免責のルールの定式を私は持ち合わせていません。内田委員がヒントをおっしゃったように,不法行為法の領域では715条の使用従属の関係がまず定められ,その後ろに716条が置かれ,注文者は責任を負わない。しかし,ただし書で指図などにミスがあったときにはやはり責任を負うと,ある程度細密化されて,免責される場合とされない場合のルールが用意されていますから,ああいうものがヒントになるかもしれません。   私は中井委員のメモを拝見したとき,使用すると書いてあったことから,これで限定するのだ,おおすばらしいアイデアだと思ったのですが,伺ったら意味がないということで,そういう趣旨ではないということが分かりました。何かそういうものが欲しいという感想にとどまりますけれども,議論を伺っていて感じました。 ○松本分科会長 予定の休憩時間を過ぎましたので,ここで少しまとめさせていただきます。考え方としては四つぐらいに分かれるという印象です。まず明文化するかしないかという大きな分かれがあり,明文化しないという考え方の中に不法行為で処理できるではないかという考え方と,明文化した場合に本人が責任を負わないという例外規定をうまく書けないのなら明文化しないほうがよいという考え方がある。それから,明文化するという考え方の中に1,2という,本人が責任を負う場合に限定した上で明文化するという考え方と,それより少し広めの明文化のほうがよいのではないかという考え方があると,こういう感じで議論が分かれているかと思います。   それでは,ここで休憩をしたいと思います。           (休     憩) ○松本分科会長 それでは,休憩時間が終わりましたので,後半の議論に進めたいと思います。  今度は,「第3 申込みと承諾」の中の「6 申込者の死亡又は行為能力の喪失」について御審議いただきます。  事務当局から御説明をお願いいたします。 ○笹井関係官 「申込者の死亡又は行為能力の喪失」は部会資料41の55ページに記載されております。この点についても部会での議論を御紹介いたしますと,本文の(2)について,「意思能力の喪失は一時的な場合もあることからすると,行為能力の喪失と同じように扱ってよいのか」などの指摘がございました。   本文(3)につきましては,「行為能力の制限にまで広げることに問題がないかどうか,また,乙案を採る場合には申込到達前に死亡等の事由が生じて,相手方が承諾発信前にそれを知った場合と死亡等の事由が申込到達後に生じた場合と同様に扱ってよいのか」などの指摘がございました。   本文(4)につきましては,「申込みだけでは契約は成立しないのに対して,承諾は到達すれば直ちに契約が成立するので,両者を同等に扱うことが適切かどうか」という指摘がございました。   全体につきまして,「委任契約などとそれ以外の契約と同等に扱ってよいのか,発信主義を到達主義に改めることの影響を考慮する必要がないか」などの指摘がございまして,全体として分科会で細目的なところを詰めるべきであるということで,分科会で審議されることとされたものでございます。 ○松本分科会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま御説明のありました部分につきまして,どうぞ御自由に御意見をお出しください。   どうぞ高須幹事。 ○高須幹事 この6の論点につきまして,(1),(2)は私も基本的にはこのような形でよいのではないか。今御指摘があった「一時的な意思能力を欠く状態」ということをどうするかについてはあるかもしれませんが,おおむねこの方向でよいのではないか。一つ飛ばして(4)も基本的には申込みの意思表示と規律を合わせるという甲案でよろしいのではないかと思うわけですが,(3)の甲案,乙案のところについて1点,気になるところがございます。部会でも申し上げましたように,弁護士会としても乙案という方向が比較的強くて,乙案のほうが私も規定の実質としてはいいのかなと思っているわけですが,その部会で御発言がありましたように,生命保険の場合の承諾前死亡というような典型例とされるようなケースが一つあると。   乙案の根拠については,部会資料の58ページの(3)のところがそれに関する記載だと思うのですが,契約成立前に申込者が死亡した場合にまで契約を成立させるのは,申込者の通常の意思に反すると。したがって,こういうふうに考えていったらよいのではないかいうような規定ぶりになると思うわけです。原則的にはそういう契約類型が多いということは,私もそうだと思うのですが,場合によっては契約を成立させるのが通常の意思に反するとは限らない場合がやはりあるのではないか,その典型例が生命保険の場合の承諾前死亡というケースではないか。   申込みがなされて,例えば第1回の保険料なども振込がなされているけれども,まだ保険証書が送られてくるなどの事情がない段階で,つまり契約としては成立していない,承諾がなされていないという段階でお亡くなりになった場合に,契約が成立していませんから,保険は払わないというふうな理論もあり得るわけだけれども,それでは保険契約の趣旨が全うできないだろうということで,判例法理なども下級審裁判例の限度だとは思いますけれども,承諾義務というものを認めること,全ての場合認めるわけではありませんが,一定の場合には承諾義務を認めるということで,契約成立を認めるという形をしていると。   そうすると,承諾の有無のところは信義則条の承諾義務に委ねるとしても,そもそもの申込適格がなくなってしまうというのは一つ問題ではないかと思いますので,仮に乙案を採るような場合でも,今のような通常の意思が一定の契約類型によっては必ずしもそうではない場合があるということを考慮した規定の書きぶりにするほうがよいのではないか。したがって,乙案を前提とした上ではございますが,ただし書を設けるということが一つあってもよいのではないかと考えております。   試みですが,97条第2項の規定は,承諾者が承諾を発信するまでに申込者の死亡若しくは行為能力の喪失,ここはあるいは制限になるかもしれませんが,喪失,制限を受けたことを知った場合は適用しない。これが本文乙案の内容だと思うのですが,これにただし書を付けて,「ただし,これが契約の趣旨に照らし,申込者の意思に反するときはこの限りではない」というようなただし書を考えるということは一定の意味があるのではないかと思っております。保険契約のことだけであれば,保険法に特則を置くということも考えられるわけですけれども,これは最たるものだとは思いますけれども,保険以外でも通常の意思というものが亡くなってしまったら契約はしないんだというふうになるものばかりとは限らないと思いますので,そういう意味でのただし書の可能性を検討する価値はあるのではないかと思っております。 ○松本分科会長 ほかに御意見ございませんでしょうか。   今の高須幹事の最後のただし書を付けるという御提言は,言ってみれば,ここの部分は一種の任意規定的なもので,合意そのものではないにしろ,申込みという意思表示について法律のルールどおりではない当事者の意思のほうが優先するというような一般的なお考えということになりますか。 ○高須幹事 一応97条2項のみならず到達主義の問題が任意規定かどうかということが,この審議会でもずっと議論されていて,私自身は完全な任意ではないような気もしていて,何らかの意味で意思表示を到達させる必要性の限度での歯止めが掛かっていると思うのですが,そうは言っても強硬規定そのものではない。したがって,当事者の任意にある程度委ねられている部分もあると思います。そこはここも前提になっていると。   ただ,ただし書を付けるという意味は,デフォルトルールとして当事者で何も決めていないときに常に適用しないというだけになるわけではなくて,決めていないときでも,契約の趣旨を考えときには97条2項を使ってもよい場合があるのではないか,それは契約類型によるのではないかと。保険契約における承諾前死亡がその典型例ではないか,こういうふうな趣旨でございますので,任意規定化する余地を残すという意味ではなくて,それは元々可能という前提で,デフォルトルールをもう少しきめ細かくしておいたほうがよいのではないかと,こういうつもりで申し上げました。 ○松本分科会長 はい,分かりました。 ○沖野幹事 高須幹事の御指摘を伺っていて1点を,それから,行為能力の制限か喪失かという点について申し上げたいと思います。   1点目は,特に生命保険の問題とされたような場面を考えたときに例外があり,しかも,明確な意思表示がなくても,契約の性格上例外がある場合はあるということを明示するというのは一つの考え方だと思うのですけれども,この場合に限られるのかという問題は常にあるのですが,取り分け生保のような場合に問題が認識されているとすると,現実の状況に鑑み,特に手当てをする必要があるという説明になるのかと思います。   そうしたときに,(1)との関係なのですけれども,(1)では,「申込者が反対の意思を表示した場合」というのは,ここだけ書くというのもどうなのかというので削除するということになったと思うのですけれども,申込者が同様の意思を持っているはずであるとか,承諾者のほうも,当事者の期待として契約がそうであるというのは,むしろ(1)を残して膨らませていくという方向になるのか。そのときも反対の意思を表示した場合はもちろん当然だから書かないということでよいのか。これとともにその部分を復活させるのかというのは,中身の問題というよりは書き方の問題かもしれないのですが,その問題があるように思います。   もう1点は,部会でも御指摘のあった行為能力の喪失なのか制限なのかということなのですけれども,部会では保佐や補助で,かつ行為能力が制限される場合と後見の場合とを考え,喪失と言ったときには後見の場合だけではないかという御指摘があったと思います。その点ですが,これは97条,525条を含めて,行為能力の制限によって当該意思表示が取り消し得るものとなる場合に,そうなるのかならないのかという問題であり,効力を妨げられるということになったときには無効となるわけではなくて,取り消し得るものとなるということではないかと思われますので,仮に保佐ということになったとしても,取り消し得る対象の事項に該当しなければ全く効力は妨げられないということだと思うのです。   だとすると,効力が妨げられる場合にどうなるかと言えば,普通の行為能力の制限を受ける形で取り消し得るものになる,そういう理解であれば,制限でよろしいのではないかと思います。むしろ中身を明確にする必要があると思います。「妨げられる」となると「無効となる」ということかというと,そうではなくて,行為能力の問題であれば,それは行為能力の規律によって取り消し得るものになるということではないか。それが明確になっていれば,制限のほうがより正確ではなかろうかと思います。取り分け現在では後見類型も完全に行為能力を喪失するわけではないので,日常の行為については行為能力はあるわけですから,その点の表現としてはそれでよろしいのだと思います。 ○笹井関係官 今の高須先生と沖野先生の御指摘についてですけれども,沖野先生が高須先生の御発言を受けて(1)をむしろ復活させるということではないかという趣旨のことをおっしゃったと思うのですが,部会資料の(1)で「申込者が反対の意思を表示した場合」を削除することを提案している趣旨は,97条を当事者の意思によって排除できるということを,97条自体ではなく,525条で明らかにしているということがおかしいのではないかということであったと思います。高須先生の御指摘は,525条の内容を排除できるということを525条で明らかにしようということですので,(1)を削除することと矛盾するわけではないのでないかと思いました。   それから,沖野先生が後段でおっしゃった「制限」のところですけれども,これは沖野先生の御指摘のとおりであるという認識の下でこの資料を作ったということでございます。   それから,別の話になりますが,沖野先生の御指摘の中で「行為能力の制限という文言は正確だけれども,その中身をきちんと書くべきである」という御指摘がありました。そうすると,保佐とか補助が開始した場合には取り消すことができるものになるなどの中身を書いておくという方向になるのではないかと思います。しかし,意思表示を発信したときには完全な能力があったが,それが到達するまでに行為能力の制限がされ,その後に到達した場合に,意思表示を取り消すことができるものとするのが,本当に行為能力の制限の趣旨に合致しているのでしょうか。その点についてももし御意見があれば承りたいと思うのですが。 ○沖野幹事 すみません,今,問題を正確に理解しなかったのですけれども。525条で97条2項を適用しないということになったときには,そのためにその効力を妨げられないということにはならないというその意味は,死亡の場合であれば無効であるし,行為能力のそうした限定のときは行為能力の規律が掛かってくるということで,およそ全て無効だというわけではないという点が明確になることが望ましいというつもりだったのです。   笹井関係官の御質問の趣旨を理解していなくて申し訳ないのですが。 ○笹井関係官 端的に言うと,525条の規律内容自体が本当に合理的なのかということです。 ○沖野幹事 内容面をおっしゃっているのですね,書き方の問題ではなくて。 ○笹井関係官 はい。 ○高須幹事 取りあえずと言っては何なのですが,先ほどの私の発言のところで御指摘いただいた内容で。伺っていて,先ほどただし書のようなものを設けるというのも,結局それは契約当事者の意思だから,あるいは,趣旨によるのだから,必ずしもそういうことを置かなくても,そういうふうな解釈は可能ではないかという理解が一方ではあるのだろうと思うのです。任意規定である以上はそういうことは可能ですよねという発想はもちろんあると思いまして。それはそれでそういう解決の仕方は一つあるとは思っているのですが,ここで私がただし書を置いたほうがよいと思ったのは,デフォルトとして最後は全部契約の趣旨がどういうものであったかの探求によりますというふうに割り切らないで,規定の中に申込者の意思に反するときはこの限りではありませんよという規定を設けることによって,法律は分かりやすくなるのではないか。   承諾前死亡というケースで判例が下級審で幾つも出るという場合には,保険会社は基本的には払わない,契約は成立しないという初期対応をするから裁判に行くわけですので,そういうときのためには,契約の趣旨を探求してという手法を使うと同時に,場合によってはただし書によっての適用の問題で処理できるという解決策を法文上用意しておいたほうが手掛かりが残るのではないか。これはほかの部分でも同じような問題が契約の解釈のところで起きるんだと思いますが。したがって,それはほかの規定のところとの兼ね合いで最終的に規定ぶりは決まるのかもしれませんが,この問題の部分に関しても,私はどちらかというとそういう手掛かりみたいなものは比較的多く残しておいたほうが分かりやすい,使いやすい民法になるのではないかと。そんなことも考えまして,ただし書を置いたほうがよい。置かなければ駄目だ,それ以外に解決のしようがないなどと言うつもりは全くありませんが,使いやすいのではないかと,このように考えた次第でございます。 ○松本分科会長 笹井関係官が今の応答の中で525条自体のルールの合理性に疑問があるとおっしゃったことは,この部会資料には反映されていないのですか。 ○笹井関係官 部会資料の57ページの補足説明の(2)の辺りに記載されております。 ○松本分科会長 ただ,その点は本文には反映されていないということですね。 ○笹井関係官 本文では取り扱っておりません。 ○内田委員 少しずれる話なのですが,沖野さんが言われたのは,行為能力の制限が生じた場合は申込み自体が取り消し得るものになるのではないかということですか。ただ,行為能力の制限による取消しの対象は法律行為ですよね。申込みの取消しというのは観念されていない。詐欺などの場合は意思表示の取消になっていますけれども。つまり,効力を妨げられないという原則を525条で適用しないと言っている趣旨は,申込み自体は法律行為ではなくて,それ自体としては何の法律効果も生じないものなので,完全な意思表示である場合ならばともかく,そうではなくなって,相手もそれが分かっているならば,一旦なかったことにしましょうという趣旨ではないかと思うのですね。撤回可能な申込みになるというのは非常に不安定なので,申込みはあるかないか,どちらかでルールを作るというのもあり得る選択ではないかと思うのですが,いかがでしょうか。 ○沖野幹事 今のお話は,現行法もそうだし立法としてもそう考えるべきだというのか,現行法はともかく立法としてそう考えるべきだということなのでしょうか,両方ありそうですが。 ○内田委員 現行法は,そうではないかと思っていたのですが。 ○沖野幹事 意思表示の取消しではなくて,法律行為の取消しだからというのが理由ですか。 ○内田委員 ええ,申込み自体は法律行為ではないので,それ自体何の法律効果も発生させない。だから,それについて撤回するかどうか,取り消すかどうかというような選択権を与えなければいけないようなものではなくて,あるかないかを決めてしまえばよいということなのではないかということです。 ○沖野幹事 しかし,意思表示自体は,申込みをした以上は相手が承諾すれば拘束されるという意味での法律効果は発生していて,契約という法律行為そのものにはなっていないですけれども,意思表示自体はあり,拘束する効果は発生しているわけですよね。 ○内田委員 相手が承諾をすることによって拘束力を発生させます。 ○沖野幹事 契約としての拘束力を発生したとき,それを後ほど表意者に取消しの形で選択させて,法律行為として効力を持つことを封じてしまうというのではなくて,その意思いかんにかかわらず,安定性のために,つまり,後ほど取り消される可能性のあるものになるのは不安定なので,最初からなかったというか,効力を発生しないことにしてしまうという制度として考えるということですか。 ○内田委員 法律行為になってしまうと,そこからいろいろな効果が発生しますので,その前の段階で,事情が変わったということが相手に分かっているのであれば,取りあえず申込みの効力はなくして,本当に契約を成立させたければ,行為能力を制限された申込者が今一度完全な申込みをすればよいのではないか,そういう方向に持っていこうという立法政策だと思います。 ○笹井関係官 現行法について文献の紹介だけですけれども,被申込者が申込発信後到達前に能力喪失をした場合は,制限行為能力者の申込みとなり,その申込みは取消可能となるという見解が,『新版注釈民法』補訂版478頁に紹介されております。もちろん,条文の文言に照らすと,内田先生がおっしゃった解釈もあり得ると思います。 ○沖野幹事 現行法の解釈はともあれ,立法論としてどうかというのはいずれにせよ立つと思うのですが。現行法については,適用しないとなったときにどうなるかというのは,それ以上書いていないものも教科書では多くあり,書いているものは,それぞれの規律に従って,権利能力の喪失であれば無効であり,行為能力の制限であれば取り消し得るものになると。適用しないというか特別ルールがないのだから。そのときに行為能力の制限が掛かるのは法律行為になったものだけであって,意思表示,申込みは法律行為ではないので掛からないという考え方は必ずしもなくて,恐らく弁済などもそうでしょうか,準法律行為に掛かってくるということであれば,同じように申込みにも制限行為能力が掛かると思いますので,そこは余りリジットには考えていなかったのではないかと思うのです。   しかし,それはそれとして,むしろ効力を否定してしまうという規律のほうが立法としては望ましいのではないかということですので,そうだとすると,制限行為能力の制度による保護自体は,本人側に取り消すかどうかという選択肢を与えることで再考させようということですけれども,その選択肢は全部切ってしまう,選択肢を与えるという形ではなくというのですが,それは明確性の観点からということになるでしょうか。どういうふうな正当化になるのかが,それは説明だけの問題かもしれませんけれども,出てきそうに思います。   あともう一つ,部会資料の記載ですけれども,私がきちんと読んでいなかったことが分かるのですけれども,部会資料の55ページを見ますと,(3)の甲案と乙案は基準時だけが違うものと理解していたのですけれども,効果も97条2項の規定は適用しないという甲案に対して,その申込みはおよそ承諾適格を有しないという乙案になっています。そうすると,実はおっしゃったような現行法維持で,その解釈の余地はあるにしても,取消しという可能性もあり得る解釈を残した甲案と,およそ承諾適格を有しないのだから申込みとしての効力は失われるという乙案という対比になっていることに気付きました。すみません,それまで理解をしていませんでした。てっきり申込みが到達したときと承諾の発信だけが両案の対比だと思っていたものですから。 ○笹井関係官 ちょっと補足しますと,乙案はそこまでは考えておりませんでした。ただ,基準時を変えることによって,一旦効力を生じた申込みが,遡及的なのか将来に向かってなのかは分かりませんが,効力を失うという場合と,そもそも効力を生じないという場合と両方あり得ると思います。それを一括して書くのか分けて書くのかは問題になりますが,ここでは概括的な形で書いたらこうなったということでございます。 ○高須幹事 今の議論のところで,本当に素朴な発想なのですが,そもそも発信時に行為能力がなかったときのこととの対比は考えなくてよいのかどうか。この場合,発信時に行為能力がなければ,恐らくこれは取り消し得る法律行為になるのではないかと思うのですが,発信時には完全な行為能力を持っていたのだけれども,途中でなくなったというときだけ立法政策として,後で取消しかどうかという問題にするのはやめましょうと,こういう割り切りでよいのかどうか。ちょっとそこも統一性がないような気もしたのですが。そういう意味ではそういった兼ね合いも考えてもよいのではないかと思ったのですが。 ○内田委員 ここで実質を議論するのがよいかどうか疑問がありますが,発信時という点で言うと,完璧な行為能力があって発信されたわけですので,効力発生は到達に係るとしても,笹井さんが言われたように本来なら完全な効力が生ずるというのが前提ではないでしょうか。 ○高須幹事 取り消し得る法律行為にはならないと。 ○内田委員 ええ。 ○高須幹事 すみません,よく考えますが,そうなのかもしれませんが。 ○沖野幹事 現行法の解釈だと思いますけれども,申込みが効力を発生するのは正に到達時ですので,意思表示としての効力を発生するとき行為能力がないと考えるならば,高須幹事がおっしゃった理解も十分あり得るし,私もそういう理解かなと思っていたのですが,両論があるのではないかと思います。 ○松本分科会長 私は頭がこんがらかってしまってよく分からないのですが,内田委員がおっしゃった法律行為,すなわち契約となって初めて取り消す,取り消さないということが問題になるのであって,それ以前は単なる事実としての申込みにすぎないのだ。意思表示ではあるけれども,法律行為ではないから,制限行為能力を理由とした取消しの対象にならないのだというロジックでいくと,発信後,到達前に行為能力が制限されようが,到達後に行為能力が制限されようが,発信前から制限されていようが,全く同じであって,承諾通知を出す時点で意思能力があるかないかだけの問題という理解でよろしいですか。法律行為の取消しという話にこだわれば。 ○内田委員 私の理解は,意思が形成される過程で完全な行為能力があれば,そして,その状態で意思決定がなされれば,それは自らを拘束しても構わない意思なわけです。それが発信された以上,到達までの時間は意思の伝達手段に何を使うかによって差はありますけれども,その間に行為能力を失っても,意思が決定される時点で完全な行為能力があれば,完全に有効な申込みであるという考え方はあり得ると思います。それを採らないということです。 ○鎌田委員 私もちょっとこんがらかってしまいました。97条2項というのは,今,内田委員がおっしゃったような考え方なのだと思うのだけれども,現行525条はそれをもう一回ひっくり返すのですね。相手が知っているときにはこれを排除してしまうというのは,本来ならば完全な効力を生じているべき申込みが,到達時までの行為能力制限によって取り消し得べきものになってしまったという取扱いを例外的にしようというのが525条だと,こういうふうに考えるのだと思うのです。   こういう構造になっているというのは,法律行為の取消しという意味では内田委員のお話にひかれてはいるんだけれども,二つの説明が可能で,日本法的には申込みも一定の法的拘束力を持つから,申込みも法律行為なので,申込みの取消しということを考えるか。しかし,契約の取消しと言っても,契約自体に瑕疵があるのではなくて,契約を成り立たせている個別の意思表示に瑕疵があれば取り消せるので,申込みの意思表示に本来なかった瑕疵,97条2項に従えば瑕疵がなかったとされるものを,相手方が知っている申込みに限っては,効力発生時点を基準にして瑕疵があったものとして扱うことによって,法律行為全体が取り消されるようになると考えるか,どっちかの説明になるのですけれども,いずれにしろ申込みに瑕疵があれば,申込み又は契約全体を取り消せるという考え方を取っているのだろうと思うのです。申込み自体に瑕疵があると全部無効にしてしまうという考え方は,必ずしも取ってはいないのではないかと理解してきたところです。 ○内田委員 現行法の通説的理解を正しく理解していなかったようですので,その点は訂正いたしますが,元々申込みというのは一方的に意思を表示しているだけで,それ自体としては何の法的効力も生じない。歴史的には自由に撤回できるというものであったわけですね。ただ,日本の民法は申込みに一定期間は承諾適格を認めて撤回を制限するというルールを置いたわけで,それは歴史の流れの中では非常に進んだ立法だと思いますが,元々は自由に撤回できるもので,誰かを拘束したり自分を拘束したりするものではなかった。   そういうものについて,発信の時点で完全な行為能力があったのであれば,拘束力には何ら妨げるものはないのですけれども,申込みが相手に到達した時点で行為能力がなくなったという場合には,それ自体として相手に何の法的不利益も与えないので,取りあえずはその申込みの効力を否定して,契約を締結するなら,もう一回,行為能力が制限された時点でどうするかの判断をしてもらおうという趣旨として,525条を理解することは可能なのではないかと思ったということです。 ○山野目幹事 今の権利能力,行為能力の喪失が起きた場合の申込み承諾の処理は,部会の審議の際には,最初,分科会論点候補に挙げられていなかったものでしたけれども,部会の議論を聴いていて,簡単に言うと私は危ないなと思ったものですから,分科会で審議されたらよろしいのではないかということを申し上げて,その意見を採用していただいたという経緯がありました。今の御議論を伺っていて二つのことを痛切に感じました。一つは,現行法の理解それ自体について,ここにおられるこれだけ有力な先生方の間でも,一,二の点で一致していない点が見受けられる。もう一つは,現行法の規律がいずれにしても,ある規定の適用があるのを適用しないと,ひっくり返すように書いていて,どういう解釈を採るにせよ読み手に分かりやすい規範の表現になっていないと感じます。   それで,今日の御議論を踏まえて改めて焦点になっているのは,どのような場合に申込みの拘束力及び承諾適格を認めるのかという問題の一環をなす問題であるということを明瞭に認識し,申込みの意思表示がされた後,行為能力及び権利能力について変事が生じた際の申込みの拘束力と承諾適格をどのようにコントロールするのかという実質を,本日の御議論を参考にして考えていただいた上で,規律の表現は,それを正面から書く規律を書いていただいたほうがよいのではないかと感じます。何条の規定は適用しないとか,何とかを妨げないという表現ではないものに向かっていっていただきたいと感ずる部分がございました。 ○内田委員 全く異論はありません。実際の取引では,恐らく申込みがされて,申込みが着いたけれども,発信した後,申込者が死亡した場合はもちろんですけれども,後見開始の審判があったということを知っていれば,受け取った申込みを利用しようなんて普通は思わないで,「このままでよいのですか」と聞くだろうと思うのですね。それが正常で合理的な実務であれば,それを反映したルールがよいのではないかというのが元々の動機としてはありました。いずれにせよ,行為能力に関しては法律行為の取消しとなっていて,詐欺・強迫は意思表示の取消しとなっていて,現行法自体本当にこれでよいのかという点もありますので,今回その辺も含めて整理ができればよいのではないかなと感じました。 ○鎌田委員 実際上,申込みをしてから到達するまでの間に行為能力制限の審判が行われるというケースは極めてまれなので,それと比べれば意思能力のほうが問題になるのですけれども,部会の際にも御指摘あった「意思能力を欠く状態」というのでよいのか,あるいは,「意思能力を欠く常況」というふうにするのか。でも,「常況」というのは必ずしも必然性があるかどうかよく分からない。「一時的意思能力喪失」,それが少し期間が続くとしても,発信のときは能力があったけれども,到達の瞬間にはなかったと,こういう場面だけが想定されるわけですね。だけど,それが一時的なものであるときには問題にする必要はないので,厳格に言うとどういう場合がこれの適用対象になるのかというのをうまく表現するにはどうしたらよいかということ,これは事務当局にお願いしてもよいのではないかと思うのですけれども,なお検討を継続していただければという希望を持っています。 ○山野目幹事 今の鎌田委員の考え方の手順の方向に賛成であるということを申し上げた上で,その際に御検討いただきたいのですけれども,「意思能力を喪失した場合」ということ自体を,法制上の規律で明確にコントロールすることは難しいのではないかと私は感じております。そういう曖昧なことをするのだったら,少し前の分科会長の御発言で,「申込みの発信後,到達前に何かが起きた場合だけではなくて,到達した後に何かが起きた場合も問題でしょう」とおっしゃったのですが,意思能力を恒常的に失った場合には到達後であっても,後見開始審判や保佐開始審判がなされることはあり得るわけで,到達後のことも射程に入れて今回のこの規律を考案していただく中で,一定の場合は拾うことができると思いますし,半面において漏れは出るかもしれませんけれども,それはやむを得ないのではないかなと感ずる部分もありますから,今後の検討で御参考にしていただきたいと感じます。 ○松本分科会長 それでは,事務当局のほうに宿題が出されたわけです。申込みの意思表示を出した時点では全く問題がなかったけれども,到達までの間に行為能力の制限がされたり,あるいは,意思能力を失った場合,それから,到達後に同様の事情が生じた場合について,それぞれどういうルールが望ましいのか。承諾適格がなくなるという形がよいのか,申込みという意思表示を取り消せるとか撤回できるというのがよいのか,それとも,最後の段階の契約成立まで行った時点でようやく法律行為の取消しということで処理をするのがよいのかどうかですね。その辺りの実質的な判断と,それから,文言,表現の面でどういうのが考えられるかというのを幾つか書いていただいて,出していただくということになるでしょうか。少し場合分けをした上で,それぞれ幾つかマトリックスが入ってくるような感じがいたします。 ○内田委員 (3)の甲案については積極的な支持はなかったのですね。到達までの間だけを問題にする規定にすべきであるという議論はなかったと。 ○松本分科会長 積極的な意見はなかったですね。 ○岡委員 弁護士会の一部にはありました。 ○松本分科会長 それでは,この問題については宿題が一杯残ったという感じでございますけれども,次の論点に移りたいと思います。   次は賃貸借です。部会資料45の「第1 賃貸借 3 不動産の賃借人と第三者との関係 (1)目的不動産について物件を取得した者その他の第三者との関係」のうちの,ア 賃借権の対抗の可否,イ 目的不動産について所有権を譲り受けた者が賃借権の対抗を受ける場合の規律のうちの(ア)賃貸借契約の当然承継,(イ)賃貸借契約を承継させない旨の合意,について御審議いただきたいと思います。   事務当局から御説明をお願いいたします。 ○金関係官 御説明します。部会資料45の6ページ,8ページ,11ページを御覧ください。この論点については,第55回会議で審議がされ,主として11ページの「イ(イ)賃貸借契約を承継させない旨の合意」について,仮に甲案を取る場合の具体的な規定の在り方等につき分科会で審議することとされました。また,その審議の前提となる論点として,6ページの「ア 賃借権の対抗の可否」と,8ページの「イ(ア)賃貸借契約の当然承継」についても審議の対象とされました。部会では,旧所有者と新所有者との間に賃貸借契約を承継させない旨の合意があるときは,その合意のとおり賃貸人たる地位は旧所有者に留保されるということを前提とした上で,賃貸人たる地位の留保に伴い新所有者が旧所有者に与えた権限が事後的に消滅したときは,賃貸人たる地位が旧所有者から新所有者に当然に承継されるとすべきであるとの意見がありました。また,賃貸人たる地位の留保に伴い新所有者が旧所有者に与える権限の中身についても,正確な議論をすべきであるとの意見がありました。   それから,この論点につきましては,分科会資料7を作成,配布しておりますので,これについて少し説明いたします。分科会資料7のうちの1がこの論点に対応する部分です。先ほど御紹介しました一つ目の意見を,部会資料45の甲案の別案として提示しております。1の4行目からですけれども,賃貸借契約を承継させない旨の合意がある場合には,それだけで賃貸人たる地位は旧所有者に留保される。しかし,賃貸人たる地位の留保に伴い新所有者が旧所有者に与えた権限が事後的に消滅したときは,本来の当然承継の原則に従って,旧所有者から新所有者に賃貸人たる地位が承継されるという内容の提案です。よろしくお願いいたします。 ○松本分科会長 ありがとうございました。   この点については,特に論点ペーパーは出されていないようですので,どうぞ御意見をお出しください。 ○高須幹事 今日おまとめいただいた別案みたいなことがあり得るということが部会でも議論になったというのは,当初頂いている部会資料11ページの甲案の「新所有者は賃借人に当該利用契約の解消を主張しない旨の合意」という表現が非常に抽象的で,何を意味しようとしているのか今一つよく分からないという危惧があるのではないかという点だと思います。   もう一つは,具体的にこのような場合,事後的に契約関係が解消されるような場合に,通常なされるのは留保された旧所有者の賃貸人たる地位が消滅してしまえば,行き着く先は新所有者というか,現在の所有者がそれを引き継ぐというのが成り行きというか,我々が仕事をしている上ではそういう形での解決をしているということだと思いますので,そのような実務的取扱いを前提にすれば,今日おまとめいただいたような別案のほうが分かりやすいし,実態にも合っているのではないかと。そのようなことから,そういう議論をさせていただいたということでございます。部会で言ったことの繰り返しですが,一応そういうふうに思っております。 ○深山幹事 私も分科会資料7で新たに提案の形になっている甲案に賛成したいと思います。この問題は,従来の判例で,特段の事情がある場合には承継させないとする可能性が認められているものの,そういう判例の判断が一方でありつつ,他方で単に承継させない旨の合意だけでは特段の事情に当たらないのだという判例が更にあって,そこをどう明文化するか,ルール化するかという議論だったわけです。   以前申し上げたかとは思うのですけれども,原則として当然承継という解釈が一方であり,通常はそれで実務的にも支障がないことが多いのでしょうけれども,あえて当事者間で何らかの事情で承継させないということを合意した場合というのは,それなりの理由があってそうするわけで,その意思は基本的には尊重されてしかるべきだろうと思います。そのときに他方で考慮されなければならないのは賃借人の保護に欠けるところはないかという点に尽きるのだろうと思います。   その点について,当然に賃借人が不利益になると言えるかというと,直ちに当然に不利益になるとは言えないだろうという気がいたしております。問題になる点として,転貸借における転借人の地位に格落ちさせられるということが指摘されているわけですけれども,「格落ち」という表現はともかくとして,賃借人から転借人の地位になるということが実質的に不利益を生む場面というのは,賃貸人と転貸人の関係がおかしくなったという場面です。そこが手当てをされれば,転貸人・転借人の関係であっても,賃貸借関係として直ちに不利益になるわけではないので,そこをどう手当てするかという点の一つの回答が,万が一,新所有者と旧所有者の利用権限に関する何らの法律関係が損なわれた場合には当然承継の原則に戻るという規律であり,これで恐らく問題点は払拭されたことになるのではないかという気がいたしております。   そういう観点から,分科会資料7の甲案に賛成したいと思います。 ○松本分科会長 部会資料45第1のオリジナルな甲案を積極的に推すという御意見は特にございませんか。どうぞ,沖野幹事。 ○沖野幹事 部会資料の甲案は推さないのですけれども,別案について若干のコメントをさせていただきたいと思います。2点あります。   一つは,イの(イ)限りとするのか,それとも(ア)の当然承継の規律と連動させる面があるのかという点です。これは,当然承継の規律を設けた場合にその例外ということになりますので,当然承継の規律については,一定の例外があることを当然承継の規律の中で書くということになってくるのではないだろうか,特段の事情があるときには当然承継されないということで。そういう場合として三者間合意がある場合,それから,新所有者と旧所有者の間で賃貸人たる地位を旧所有者に留保する旨の合意がある場合であって,かつ,利用契約というのでしょうか,賃借人の利用を可能にするための権利を旧所有者に与える利用契約が締結される場合というのは,単に留保だけではなくて,部会では授権ということも言われたかと思いますし,この利用契約は利用契約でよいのか,常に賃貸借にすべきではないかということも言われましたけれども,とにかく留保合意だけではなくて,留保合意プラス,当然権限が与えられる,そういう合意がある場合というのを当然承継の例外として書いた上で,留保合意があった場合の規律内容として,間の賃借人が脱退したような場合には元々の賃貸人たる地位が当然に承継されると,そういう規律の書き方になってくるのかなと思われまして,この点は部会で山野目幹事が(ア)の規律と合わせて考えていく必要があるのだと御指摘になった点ではなかったかと思います。   もう一つは,(イ)の規律そのものです。気になりましたのは,このような形で当事者の合意ではなく,留保されて当然承継が起こらないときの更なる法律関係として端的に規定するほうが適切だと考えているのですけれども,そのときの手当てがこれだけでよいのかどうかということで,一つは新所有者に当然承継されるというところの新所有者について,所有者がまた更に変わっているという場合があり得るとすると,「新所有者(承継人)を含む」というようなことは一つ考える必要があるのかなというのが1点です。   もう一つ,若干気になっておりますのは,抵当権が設定されて買受人が出たというような場合で,この利用契約が賃貸借で対抗力を備えていれば何ら問題はないということになるでしょうか。つまり,新しい所有者の下で抵当権を付けるという場合です。何を考えているかと言いますと,利用契約を基準とした場合に,あるいは,旧所有者の下で付いた抵当権との関係か,その先後などで変わってくることがあるかないかなのですけれども,多分ないのでしょうね。すみません,未整理のまま申し上げて。 ○金関係官 今,沖野幹事がおっしゃった,新所有者の下で抵当権が付いてその抵当権が実行されて買受人が現れた場合というのは,その直前に沖野幹事がおっしゃった,新所有者と旧所有者と賃借人の状態になった後で新所有者が賃貸物件を譲渡して新々所有者が現れた場合というのと,問題状況は恐らく似ていると思うのですが,いずれの場合についても,部会で道垣内幹事が指摘されていたように,賃貸人たる地位が留保されて新所有者と旧所有者と賃借人の状態になった後で,新所有者が賃貸物件を譲渡した場合に,新所有者が旧所有者に与えていた利用権限が対抗力を有しないものであったとすれば,新所有者から新々所有者に賃貸物件が譲渡されることによって,新所有者と旧所有者と賃借人の関係が全て破られてしまうのではないかという疑問があり得るところです。沖野幹事の問題意識はおそらくそれに近いのではないかと感じましたので,その点についての解決策を考える必要があると思いますが,一つには,新所有者が新々所有者に賃貸物件を譲渡した場合も含めて,元の賃借人が旧所有者から新所有者への譲渡の時点で既に対抗要件を備えていた以上,新々所有者にも元の賃借権を対抗することができて,そのことを前提に,新所有者の承継人である新々所有者と旧所有者との間の利用関係が事後的に消滅すれば,その時点で,旧所有者から新々所有者に賃貸人たる地位が当然承継されるという規律を,条文に書いてしまうという方法が考えられると思います。もう一つには,条文には書かないで解釈に委ねることを前提として,新所有者が有していた所有権というのは,旧所有者がいて,元の賃借人がいて,元の賃借権の対抗を受けるという状態,そのような負担を持った所有権であって,その後に現れた新々所有者はそのような負担の付いた所有権を譲り受けたものと理解するという方法が考えられるかもしれません。いずれにせよ,この論点については,新所有者が新々所有者に賃貸物件を譲渡した時点で新所有者と旧所有者と元の賃借人との関係が全て御破算になるということでは全く意味がないと思いますので,そこには何らかの手当てが必要で,その手当てとしては,今申し上げた二つの道が考えられるのではないかと感じております。 ○松本分科会長 この点,私,部会のときも発言したのですが,ここで「利用契約」という言葉が非常にミスリーディングな感じがします。そこで賃貸借が新たに一つ行われて従来の賃借人が転借人の地位に切り下げられるかのような印象を与えるという点と,新所有者と旧所有者との間に賃貸借契約が新たに設定されたかのような印象を与えることから,処分行為との間の先後の議論が出てきて,特則を置かなければならないという議論が出てきています。しかし,実際の事例は正に信託を利用した一種の不動産流動化絡みのものだったわけで,転貸借というのではなくて,実態としてはむしろ契約関係の管理を委託しているのに近いようなものであったと思います。   したがって,考え方としては,新所有者との賃貸借的な関係が元々発生しているのだけれども,その管理の部分を旧所有者が従来どおりやるという合意があって,管理権が与えられているにすぎないと理解すれば,その管理委託契約が解消されれば元の状態に戻ってしまうだけではないかと。つまり,当然承継がデフォルトにあるわけだと。これは部会で発言したことの繰り返しなのですが。実際の取引を考えれば,そういうタイプのほうが圧倒的に多いのではないかと思います。 ○金関係官 今,分科会長がおっしゃったことは,部会資料45の12ページの下から10行目辺りから,「賃貸人たる地位を留保したまま不動産の所有権のみを新所有者に移転することの実務上の必要性」と書いてあるところとも関係するように思いますけれども,この「実務上の必要性」というのが,賃貸人たる地位を留保することでしか実現できないものなのかどうかという点を具体的に明らかにしておく必要があると思っております。今,分科会長がおっしゃったように,所有権も賃貸人たる地位も全て新所有者に移転させてしまった上で,旧所有者は管理委託契約などによって新所有者から管理権限の付与を受けるだけということでも足りるのであれば,その後,旧所有者の管理権限がなくなったとしても,その時点で賃貸人たる地位が新所有者に移転するわけではなくて,既に賃貸人たる地位は所有権とともに新所有者に移転していて,旧所有者は単に管理権限を失うにすぎないということになるのだと思います。もしそれで実務上の必要性が充たされるのであれば,そもそも賃貸人たる地位を留保する必要はないということになりますので,そこはおそらく,実務上,管理権限の付与ではなく賃貸人たる地位の留保をしなければならない理由があるのだろうと思います。それが具体的に明らかになればよいのではないかと思っております。 ○松本分科会長 「管理権限の付与」という言い方をする場合に,契約の当事者はオーナーだけれども,第三者が管理するというタイプと,契約当事者としての地位もその第三者に与えて管理させるというタイプと両方あるのではないでしょうか。 ○金関係官 両方あるうちの前者のタイプで足りるのであれば,賃貸人たる地位を留保する必要はなくて,後者のタイプ,すなわち当事者たる地位を旧所有者に残すことに不可欠の意義があるのであれば,賃貸人たる地位の留保を認める必要があるという趣旨で申しました。 ○山野目幹事 今,金関係官が分科会長とのやり取りの中で,三度にわたる御発言の中で都合三つの解決策というか,考え方の方向をおっしゃったと私は理解しました。発言なさった時間の順番で言いますと,「不動産の所有権移転があったり,抵当権実行があったりして,買受人が現れたような場合も含めた場面での対応として,そういうものにも耐えていけるような留保合意があったときに,その効力を維持するための,条文で書いてしまうとおっしゃったのですが,特例的規律を設ける」。これが1番目。2番目は,解釈によってそういうことを実現しようというもので,へっこんだ所有権が移転していくのだと考える。3番目は,利用合意のことを考えないで,管理委託契約の概念を活躍させて,いろいろな問題を解決していく,という都合三つのことをおっしゃったかと思います。   私は感想のみしか申し上げることができませんが,2番目のへっこんだ所有権が移転していくということを解釈によって考えましょうというのは,不動産の所有権の在り方や,それをめぐる対抗問題についての通常の考え方からは無理なのだろうと感じます。1番目の特例的規律を設けるというのは,もちろん立法ですればあり得ることですから,論理的にはあり得ると思いますが,ここも感想のみ申し上げますと,このかなり特殊な局面についてこれだけ細かな,今おっしゃった特例的規律も含めて民法に規律を置くということについて,不自然な気持ちは若干抱きます。   3番目におっしゃった留保合意に依存せず賃貸人の地位はもう移転させてしまった上で,管理委託の関係なのだというふうに,もう少し単純化して,と言いますか,問題処理をしていく方向というのは大いにあり得るのではないかと感じまして,それで実務上大きな障害がないことが点検されて確認されれば,それでいくのが一番穏当なのではないかと感ずる部分もございます。 ○三上委員 これは実際に信託等で使っていることがあると聞いて,私も具体的な利用場面に詳しいわけではないのですが,金関係官がおっしゃった最後の管理契約だけにするという場合と,ここで言うところの承継させない合意がある場合とで,例えば,賃借人の修繕の請求権の相手は誰になるとか,有益費とか必要費の償還の相手方は誰になるとか,敷金の債務の債務者は誰になるかという部分で違いは出てくるというお考えなのでしょうか。 ○金関係官 はい。山野目幹事が三つ目として整理してくださった考え方は,飽くまで賃貸人たる地位は新所有者にあることを前提としていますので,三上委員がおっしゃった各請求権については,賃貸人である新所有者がその債務者になるという前提で申しました。 ○三上委員 私も確定的に申し上げられるわけではないのですけれども,恐らく信託が使われている場面では,名目的に信託的に所有権を移転させて独立した財産にするというために行われている取引だと考えると,敷金とか必要費とか想定外の債務を,表向きの所有者である受託者が負うという場面を考えていないからこそ,こういう取引をしているのではないかという気がするのです。そういうものは強行法規的に賃借契約の違反として無効にしてしまうという趣旨なのでしょうか。 ○中井委員 金関係官がおっしゃられた三つ目の解決,すなわち基本的には新所有者に全ての賃貸借契約は承継されて,管理のみを旧所有者にお願いして,言わばマネジメントをしてもらう。これは論理的にできることは皆さん十分承知しており,現実にそういうパターンのあることも間違いないと思います。しかし,ファイナンス等をしている弁護士からは,そういうやり方のあることを十分承知した上で,旧所有者に賃貸借契約をそのまま残すという形の実務的要請があって,現にそういう取引が行われていると聞いております。   そのとき,現段階では当然承継が前提になっておりますので,個別に全賃借人の同意を取る,同意の取り方は様々な工夫が要るようですけれども,同意を取って旧所有者に賃貸人たる地位を残す,こういう努力をしているやに聞いております。その実質的背景として,三上委員がおっしゃられた事柄があるのか,それ以外の理由があるのかはよく承知しておりませんけれども,少なくともそういう実務的要請があるのだという報告を聞いております。したがって,それを実現する方法として,第三以外の方法としてどういう方法があるのか,検討課題になっていると理解しています。   その上で,部会資料の甲案については,平成11年の最高裁判例で当事者間の合意だけでは特段の事情に当たらない,それ以外にどういう事情,若しくはどういうことがあれば許されるのかという観点から,プラス新所有者,賃借人が当該利用契約の解消を主張しない旨の合意があれば,特に認めてよいのでないかという提案だったのかと思いますが,これは最初から言われていますけれども,この合意によって果たして問題解決ができるのか。現に利用契約がなくなった後の有姿についてはよく見えない,先ほどから出ていますように,新所有者が更に転売した,若しくは,新所有者が抵当権を設定して,その競売実行がなされたときの関係について,新所有者が主張できないという合意があっても飛んでしまう話になるのではないかということからも,元の甲案では受け難い。   そこで,前回の部会でも提案したのは,賃借人たる地位を安定させるための方法としては,新所有者と旧所有者の間での利用権限的なものが消滅したときは原則に戻る。賃貸借契約たる地位は新所有者に承継されるという形をとることによって,賃借人の保護が図られるのではないか。ここまでであればすっといく。問題はその先で幾つかの派生的な問題提起が沖野幹事からあって,それを受けると山野目幹事からはかなり慎重な御意見になったのかと思いますが,新所有者が更に第三者に転売する,新所有者が例えば抵当権を設定する等の場面で,新取得者に対して賃借人は対抗できなければ意味がないという,この結論においては一致しているのではないかと思います。   その構成の仕方について先ほど金関係官からは二つの提案があって,それが現実的かどうか議論されたわけですけれども,その可能性,私としては条文化で足りるのかなと思ったのですが,そういう解決ができるなら,旧所有者に賃貸人たる地位を残すという合意で,最高裁の11年判決とは異なり,合意のみで認めてもよいのではないかとも思います。 ○金関係官 直前の三上委員の御質問についてですけれども,現在の判例は,新所有者と旧所有者との留保合意だけでは賃貸人たる地位の留保を認めていないので,そのことを前提に先ほど来の発言をしておりますけれども,実務上いろいろと工夫がされているのは御指摘のとおりで,三者間の合意であれば賃貸人たる地位の留保も当然に認められますので,そのことを否定するつもりは全くございません。 ○松本分科会長 三者間の合意が必要なのであれば,はっきりと承諾転貸借の枠組みを取ることは全く妨げられないです。承諾転貸借の合意をすれば,その後の当該物の処分に対しては,元賃貸借のほうが先に設定されているから対抗できるということで,抵当に入れようが影響がないというわけです。甲案を維持するのであれば,承諾転貸借を三者で行った場合はそのとおりだというだけの話になるのでしょうが,転貸借ではなくて,よく分からない利用契約というものだから議論が錯綜するのだと思うのです。転貸借なら転貸借でよいと。そうでないのであれば,管理委託的な契約ではないかと。どちらでもない,何か分からない契約があるというのが私は部会のときから理解できないということです。 ○深山幹事 私も必ずしもこの種の実務に精通しているわけではないのですが,多少なりとも聞きかじった知識,経験で申し上げると,収益不動産が信託譲渡され,信託銀行なり信託会社が取得する場合,通常は,信託会社はその賃貸借関係を引き継がず,かといって元々の賃借人に戻すということでもなくて,第三者に管理と言いますか,賃貸人たる地位を与えるような形にすることが多いように私は認識しています。その場合には,当然,三者合意ないし四者合意という形で関係者間で合意をして,賃借人にも今後の賃貸人はこの方ですよということで了解を取り付けてやると聞いております。   その趣旨は,信託会社としてはその賃貸借関係を引き継ぎたくないし,信託会社としてというよりは,その背後にいる受益権者のことを意識しているのでしょうけれども,収益を生む財産ではあるのですけれども,先ほど三上さんが言われたような修繕義務など,もろもろの賃貸借契約にまつわる権利義務関係をなるべく切り離したいというのがニーズなのだと思います。そうやって切り離したいというニーズはあるので,一つはそういうニーズに応えるかどうかという実務的な必要性の問題です。もっともそのことだけだったら,そのためだけにややこしいルールを作るのもどうかと思うのですが,翻ってそもそも当然承継が原則とは言うものの,不動産の譲渡と賃貸借関係との関係というのは,承継が当然のことなのかという問題もあって,当事者の意思に反してまで必ずそれはセットでなければならないのかということにも少々疑問を感じております。   通常はそれが当事者の意思にも合致するのでしょうけれども,何らかの事情で,信託の場合に限らず,不動産の所有権を移転するのだけれども,賃貸借関係は元々の賃貸人に残したいということがあったときに,それを何が何でも否定しなければならないのかというと,そのようなことはないのだろうと思います。先ほど言いましたように,それによって不利益を被る人がいるのであれば,そこの手当ては考える必要があるけれども,それ以上に何が何でも物件の譲渡にセットで,当然に承継するということに固執しなければならないこともないのではないかという気がしております。   例えば,賃借人との関係で賃貸人の地位の移転について,不動産であれば登記を見れば分かるのかもしれませんけれども,あえて賃貸人の地位が移ったということを伝えたくない,教えたくないという場面であるとか,何らかの事情でそういうことを切り離したいという関係者がいたときに,それを常に駄目だと言う必要もないのではないかという気がしております。いろいろな実務の可能性を残すという意味で,承継させないという明確な合意があったときに,一定の要件の下でその道を残しておいてもよいのではないかと考える次第であります。 ○松本分科会長 今の点については,所有権の移転と契約上の地位を分離することは許さないという提案は全く出されていませんから,心配ないと思います。それはできることが大前提で,その後何かあった場合にどうなるのかというところの議論をしているのだと理解しています。 ○山野目幹事 実務上の一定の需要に応えようとする見地から何らかの規律を工夫すべきだという御発言が複数あって,それは理解するものですが,私は一つ前の分科会長の整理で御検討になったことに極めて共感を感ずる部分があります。分科会長の言葉で言うと,「承諾転貸借」という言葉をお使いになったのですが,実質,三者間合意が調達できるときにはそれに従って物事が処理されますし,それを「承諾転貸借」とおっしゃったのだと思いますけれども,それから,管理委託契約の観念を駆使していろいろな問題を処理するときには,それで特段の規律を設けなくても処理できます。これらの大きな二つの塊を除いて,残った場面で,確かに実務上の不便を感ずる場面というのはあるのでしょうけれども,そこに残った事例がどれだけ合理的なもので,民法に規律を置いてまでそこをしなければならないのかということについて,なお私はお話を伺っていてまだ得心しない部分がございます。   それは,結局,金関係官がお挙げになった幾つかの方策の方向性の中でいくと,特例的規律で条文で書き込んで全てのことを処理しようという出口のところにだんだん追い込まれていくことになると思いますけれども,その際にはここで言われている利用契約なるものを法文で書き込めるように概念を精緻化しなければいけませんし,これが不動産に関する権利関係であるとすると,それの公示はどうなるのだということも考えなければいけないわけでありまして,ただ条文で書けばよいよ,というほど簡単なものではありませんから,そこの難しさと需要の合理性とのバランスを考えたときに,なお慎重に考えていただきたいと感ずる部分がございます。 ○三上委員 信託を考えるときに意図しているスキームは,繰り返しになりますが,スキームがうまくいかなくなったら,信託受益権を持っている人間,ないしは当初の信託が解約されて元の所有者に現状有姿で戻る。その際に戻ったところの所有者になる人間が無資力になっていようが何であろうが,その人が修繕義務だの必要費用償還請求の全部を負って,途中にいたビッグポケットである信託銀行とか信託勘定は責任を負わないと言う,そういうスキームを目指していると推測するわけです。   山野目先生のお考えでいきますと,それ自体を了とするということなのか。つまり,新たに民法で所有権を移転すると賃借権の契約上の地位が当然に移転してくるという明文を作るからこそ,曖昧だった契約の有効性もここで反対場面としてクローズアップされてくるわけで,わざわざそのようなことまで書かなくてもよいということであれば,民法に新所有者が契約を当然に承継するということ自体も書かなくてもよいということと同時並行になるのではないかと思います。民法に「原則として」と言う部分を入れないで「所有権を移転すると当然に賃借人の地位を承継する」と書いてしまうから出てくる問題だと認識しているのですが,その辺はどうお考えなのでしょうか。 ○山野目幹事 部会資料の「イ(ア)賃貸借契約の当然承継」という規律を入れようという話になっていて,今の三上委員のお話はそれを入れるからこそ例外が効力を疑われるという事態は避けなければいけないという御心配であろうと受け止めました。   そのことについて2点申し上げれば,イの(ア)の規律というのは,現在でもこのように考えられているものでありまして,規定がないだけのことであって,実質的な現在の法状況とは変わらないということをまず御留意いただきたいというのが1点。もう1点は,分科会長がおっしゃったように,イの(ア)の当然承継のルールが入ったとしても,これは三者間合意で変更することができるものでありましょう。当然承継の原則というのは強行規定ではなくて,これと異なる合意は公序良俗に反して無効だということを考える議論というのはないですから,申し上げましたように,三者間の合意でこれと異なる処理をするということは可能であって,一つ前の発言の繰り返しになりますが,そういうふうな工夫を重ねてもなお耐え難い不便が残ったときの,その残った需要にどれほど民法に規定を置いて即応しなければならないほどの喫緊性があるかということがなお問われなければならないと感じ,そこについてどうしても疑問が残るということを申し上げました。 ○沖野幹事 当然承継の法理がどのくらい必然なのかということを深山幹事も御指摘になったと思うのですが,元々の判例でも特段の事情がある場合は別であるという留保の上で基本的には承継されるとされていました。特段の事情の内容について,その後の平成11年判決により留保合意だけではこれに当たらないとされたことによって,この事情がかなり狭いことが明らかになったわけですが,その理由としては,元々の賃借人の地位の保障が十分ではないからということだったので,そうだとすると,三者合意が取れればもちろんよろしいわけです。多数の賃借人というようなときに逐一取ることができないという事情があったり,一定期間だけであるという場合もあったり,様々な場合があり得るとすると,元々の賃貸借関係をそのままで残した形でやりたいというときに,その賃貸人たる地位を残す合意をすることも,賃借人の地位として不利益にならないことが保障されるならば構わないであろうと言えるのではないかと思います。そもそも言えば賃貸人たる地位の承継自体が勝手に契約当事者を変えてしまうわけですけれども,賃借人にとって不利益ではないということから,その同意なくして賃貸人たる地位を変更してもよいということになっているわけですので,賃貸人たる地位をとどめるけれども,所有者ではなくなってしまうということも,同様に賃借人に不利益がない形の保障ができるならば,認めてよいのではないかと思います。   問題は,そのような手当てが十分にできるかということで,合意ベースだけでは無理ではないかと考えられる場面が,新たに更なる第三者が出たような場合ですが,法律上の手当てとしてその点を組み込むならば,そのような場合を認めてよいのではないか。ただ,ここでの問題は更に十分に手当てが組み込めるのかだと思います。そのときのやり方として,一つは,利用契約と言われているものは様々なものがあり得るので,あるいは,授権的なものもあり得るので,こういう形に書かれているのだと思うのですが,部会のときに道垣内幹事が御指摘になったことに,賃貸借としてしまって,その方法によるしかないとする,その代わり,賃貸借にしてしまえば,原賃貸借の対抗力の問題としていろいろな問題を切っていけるので,あとは間が飛んでしまったときのことだけだというと,そのときの手当てさえしておけばよくて,念のため承継人を含むというぐらいのことをしておけば万全ではなかろうかと思います。   利用契約を賃貸借としてしまうと,例えば信託を用いたいというときに,原賃貸借と一種の事後的転貸借という形では構想しておらず,そのような構成では困るということだと,実務のニーズに合わないことになりそうですが,そこは賃貸借とされ,転借人の立場になるけれども,元々の賃借人との関係での賃貸人たる義務は,全て間の元々の所有者が負っているのであって,問題はないということであれば,ルートとしてはそれに限定してしまうのが一つの考え方ではないかと思います。   それから,特例措置を取るときの特例度合いと言いますか,異例なのかということなのですけれども,元々から考えれば対抗力がある賃貸借ですので,賃貸借なのか賃借権なのかという問題はありますが,賃借権と言ってしまいますと,賃借権を新所有者にも対抗できるところを,留保合意があって賃貸人たる地位を旧所有者に留保したとしても,それによって新所有者に対して賃借権を対抗できる地位が奪われるというのはおかしい。あるいは,保護が減じられるというのはおかしいとすると,留保合意があって,その留保合意が認められている限りは,相変わらず元々の賃借人からすれば所有者の変更にも気付かずに元の賃貸人がそこにいるということですが,それがそうでなくなったときに,その間の元の賃貸人,旧所有者の債務不履行によって解除されるなどがあったときに,元々,新所有者に対して対抗できた賃借権が途中の合意によって対抗できないものになるということではなくて,それは相変わらず対抗できる地位があり,一種潜在化しているというか,それが顕在化してくるというような説明をすることによって,極めて異例な特殊な保護を設けてそれを明文化しているということではないのだという説明はできないでしょうか。そうだとすると,やっていることはそれほど特例ではないという説明もできそうに思うのです。 ○中井委員 旧所有者に賃貸人たる地位を残すという実務があって,その実務要請を受けて検討した結果として,本来であれば賃借人は新所有者に対して対抗できていたはずで,それが旧所有者に残すことによって不利益な結果になるのであれば決して賛成はできない。このような実務の要請を満たす条件としては,賃借人がその後何らかの事情で新所有者と旧所有者との関係を,それを利用権と言うかどうかはともかくとして,喪失したとしても,賃借人が本来あった新所有者に対して主張できる賃借権,さらに転々売買されているのだったら,新々所有者に対して主張できる賃借権が保護される。   そういう仕組みを整えることができて初めて制度として容認できると思っていますから,ここで議論して,その点が難しくてできないというときには,翻ってこの制度は作らないという方向に行かざるを得ないのではないか。そのとき解決する方法は,管理委託契約でやるか,三者合意で解決するか。それはその仕組みを使う人に頑張ってもらうことになるのだろうと思いますので,議論としてはそういう賃借人保護の仕組みができるのか。それとも,山野目幹事がおっしゃるように「それは非常に難しいですよ」と言うのか。そこを詰めていただくことによって,おのずと結論は出てくるのかと思いました。 ○山野目幹事 中井委員のおっしゃるとおりですけれども,分科会の仕事としては,先ほど沖野幹事がおっしゃったような背景となる考え方の整理に基づいて,かつ,沖野幹事が具体的におっしゃったような仕方で,部会資料の甲案を研ぎ澄ますということまで,一つの到達点として得られたと思います。そのように研ぎ澄まされた甲案で行くか,そういうことをすることの合理性になお疑いが残るとか,相当でないという立法政策的判断に基づいて乙案に赴くかということは,甲案と乙案の採否の問題でありまして,それは部会で論議される事項になってくるものと感じます。 ○松本分科会長 甲案に戻るのですか。甲案の別案ですか。 ○山野目幹事 沖野幹事が整理されたことは,甲案そのままではいけないというお話ですから,更にその先を考えていただいたと受け止めました。 ○松本分科会長 そうすると,甲案はまだ生きているわけですか。 ○筒井幹事 現時点で提示されている案でいうと,分科会資料7の甲案の別案になると思うのですが,将来の新所有者に対しても賃借人の地位を当然に対抗できるという関係を確保しておくためには,現在もあるツールで言うと,繰り返し出てきましたように,転貸借の関係に立つと構成する必要があり,したがって,部会資料45の甲案における「利用契約」は賃貸借と考える必要があるという指摘があったのだと思います。その上で,賃貸人の地位を旧所有者に留保するためには必ず賃貸借がされていなければいけないとするのか,賃貸借がされたものとみなす等のテクニックを使うのか,その辺りは,先ほど話題となった実務的な取扱いとの関係で少し調べてみる必要があるのではないかと理解しました。 ○松本分科会長 転貸借を認定できるのなら特則は要らないわけですよね。転貸借を認定できないけれども,みなすという規定を置くのであれば特則が要ると。三者合意で転貸借をきちんとやれば条文は要らない。そうではないですか。 ○山野目幹事 沖野幹事がおっしゃっているのは三者合意の転貸借ではないと思います。 ○松本分科会長 三者合意の転貸借がない場合になお甲案を残すということですか,甲案の別案ではなくて。 ○沖野幹事 一言で申し上げると甲案の支持はないと思います。飽くまで対象になったのは別案であって,別案をいかにブラッシュアップしていけるかというときに,利用権限と言われるものを明文化しつつ,それは賃貸借でないと同様の保護が与えられないのではないかという問題意識の下に賃貸借と限定してしまうか,あるいは,みなしのような形で保護を設けるか。さらには新所有者に承継人を含むという形で書いていくかということもあるかとは思うのですが。いずれにせよ別案をベースとして考えていけるかということをもう少し詰めて,この場でではなくて,材料は全てインプットされたのではないかと思いますので,それを基に詰めて,新たな甲案として検討の俎上に上らせていただくという作業が残っているのだと思います。   それから,おっしゃった利用権限付与を賃貸借と構成してしまうと,それは転貸借とすることだというのが分科会長の御指摘ではないかと思うのですが,そこでは,山野目幹事もおっしゃったし,ほかの方々もおっしゃったように,三者合意でそれでやるということではなくて,二者間の留保合意によって,賃借人であったものが転借人のような立場になってしまうということをどう不利益がないように保障していくかということで。更に言うと,これは分からないのですけれども,三者合意で転貸借にするというときは,一旦元々の賃貸借は解消しないのでしょうか。三者合意で事後転貸借としたときに,その後賃借人が債務不履行で解除されたらどうなるのだろうかという疑問も多少持つのです。そういう場合に,これは普通の承諾転貸借と同じで,転借人としては地位が保障されないならば,逆に二者合意の留保で承継はされるというほうが,かえって元の賃借人に有利になる可能性もないわけではないと思うのです。もっとも事後的に三者合意でやる場合は,そのときにも当然対抗を受けることを含んでいるという解釈もできるのかとは思いますけれども。  いずれにせよ三者間で転貸借をするというタイプではないタイプの規律を甲案の別案をベースとして考えるということだと思います。 ○松本分科会長 それでは,事務局のほうにお願いいたしましょうか。この「利用契約」というのはよくない用語なので,何か適切な表現を考えていただきたいと思います。   それでは,次に「(ウ)敷金返還債務の当然承継」について御審議いただきたいと思います。   事務当局から御説明をお願いいたします。 ○金関係官 御説明します。この論点は部会資料45の13ページに記載があります。第55回会議で審議がされ,主としてbについて,甲・乙両案の具体的な差異等につき分科会で審議することとされました。部会では,甲案を支持する意見として,新所有者に資力がない場合における賃借人の保護を考える必要がある旨の意見がありました。他方,乙案を支持する意見としては,旧所有者に敷金返還義務を負わせると,賃貸不動産の売却価格の算定において敷金返還義務の取扱いに困難が生じたり,旧所有者が新所有者の信用力を調査する必要が生じたりするなど,不動産取引の実務への影響が大きい旨の意見がありました。また,乙案を一歩進めてと申しますか,旧所有者が敷金返還義務を負わないということを条文上明記すべきであるという意見もありました。以上です。よろしくお願いいたします。 ○松本分科会長 ありがとうございました。   それでは,この敷金返還債務の当然承継について御意見を承りたいと思いますが,弁護士会からペーパーが出ているようですから,御説明をお願いできますか。 ○中井委員 パックアップ会議の有志の皆さんに検討していただいたものを配布させていただきました。   定義等については省略させていただいて,「4.<敷金返還債務の承継>」というところに考え方を整理しております。基本的には,部会資料(ウ)のaに関する問題については当然承継ですけれども,後段の未払債務がある場合の取扱いについて,a案ではその旨を明示するという提案になっていますが,果たしてそれを明示するのが適当なのかという意見が出ています。   それは4の1のかぎ括弧のところに記載しておりますけれども,実務ではそのような取扱いをしておらずに,所有権が移転したときには敷金全額がそのまま新所有者に承継される。ただ,未払いがあれば,未払いについて別途処理をする。それはその時点で清算するということもあるでしょうし,未払請求権を譲渡する形で処理する実務が取られている場合がある。常にそうだと言うわけではありませんが。   その理由としては,所有権移転をする時点での未払いについて確定するのが困難というか,直ちに確定するわけではないところから,売買代金額の決定に当たっては契約書に定められた敷金額全額を承継することを前提に定めることが多いので,このように当然承継という形を明示することについては留保してはどうかかと考えています。そこで,これを明示するかどうかについては,かぎ括弧の中に置いて,検討課題としたほうがよいのではないかということです。   それから,bの旧所有者に担保義務を残すかですけれども,弁護士会の大多数の意見は,前にも申し上げたように乙案でして,金関係官からも説明がありましたように,旧所有者に担保義務を残すことによる不動産取引の弊害は極めて大きいということが理由になっています。また,実務もこれまで旧所有者には債務が残らない,担保義務が残らないことを前提に行われていたので,それを変更すると非常に大きな影響がある。   ただ,それであっても甲案を支持する意見がないわけではありません。というのは,最近の取引実務の中で,例えば大型のショッピングセンターであってもしばしばあるようですが,本来大変信頼できるデベロッパーが開発したところに多数のテナントが入っている,そのショッピングセンターがSPC,特定目的の会社に所有権が移されるけれども,そのSPCの中身は資本金が10万円だったりすることが少なからずあって,将来敷金返還を求める時点で当該所有者が空っぽであることがないわけではないという,懸念される場面もあるとのことです。そういうときには旧所有者に担保義務があってもよいのではないか,という指摘です。ただ,全体に占める割合はそれほど大きくなく,特別な事例なのだろうとは思いますけれども,そういう意見が出ていたことを御紹介いたします。   この4のところの今の問題については4.2で書くべきですけれども,審議に任せるということで提案には書いておりません。 ○松本分科会長 ありがとうございました。   それでは,今の論点についてどうぞ御意見をお出しください。どうぞ,高須幹事。 ○高須幹事 今,中井先生から御指摘があったbのところで,甲案が弁護士会で少数だけれども,存在するといった,その少数が東京弁護士会と日弁連の消費者委員会なわけです。この問題はどういう視点を持つかによって結論は大分変わってくるのだと思いますが,賃借人の保護から考えたときに,賃借人の全く預かり知らないところでも賃貸人の地位は移転される,そこまでは従来の判例法理でよろしいとしても,その場合の敷金の返還請求権までが新所有者に当然に移転するという話になってしまうことが本当によいのだろうか。そちらから見ると,無条件にそれでよいということに対しては疑問を覚えるところでございます。   もっともこれに対しては,それでは賃貸物件の所有権譲渡の取引をどうするのだと。引き続き義務を負うという形で売買契約は果たして成立するのかとか,その義務の分担はどうするのだとか,売買のほうの側面を考えるとなかなかそれは現実性がないよと,今はそのようにやっていないのだからと。当然そういう反論が出るわけですが,それを踏まえても,全くここで賃借人側の観点を置き去りにしてしまってよいのだろうかという疑問は残っていると。では,東京弁護士会で対案を出しますかと言われると,なかなかそれが難しくて。そういう意味ではちょっと迫力のない指摘になっているのですが。だからこそ少数なのかもしれませんが,ぎりぎりまでその可能性というのでしょうか,賃借人の保護ということも頭の中に入れて一定の結論を,この審議会で出していただきたいということでございます。   主張にも何もなっていなくて,説明だけです。 ○三上委員 高須幹事のおっしゃることも非常によく分かって,恐らく,旧所有者は資力があったけれども,新所有者が資力がなかった場面をおっしゃっているのだと思いますが,我々が遭遇するのは,むしろ倒産間近で資金繰りのために賃貸物件を任意売却する。つまり,本来は資力がない所有者から資力がある所有者に移った瞬間に,信用力が大いに復活するという場面です。その結果が実際どこに回ってくるかというと,任売の代金から承継される敷金額等が差し引かれることで,我々の回収が減るという因果関係があるわけです。結局,運みたいなものなのですね。   ですので,承継されるうんぬんというのはある意味,賃貸人の信用状態次第という一つの割り切りで,原則,承継することにして,例えば意図的に債務を免れることを目的にSPCを勝手に作って譲渡したとかいうときは,正に信義則的に,詐害行為的に妥当な解決を図るとか,そういう解決をするという方向に割り切ってしまうというのが,今の実務を円滑に追認するというのは変な言い方ですけれども,安定させるという意味で次善と言いますか,悪い中では一番良い解決ではないかと考えている次第です。 ○松本分科会長 その場合,bの甲案,乙案と別に丙案として承継しないということを明記する。 ○三上委員 私は乙案でよいと思います。 ○松本分科会長 乙案というのは規定を設けない。 ○三上委員 はい。 ○松本分科会長 設けないというのは,曖昧な状態を続けるということを積極的に意味するのか。aがあるから敷金返還債務は承継されると。さらに旧所有者が返還債務を負う場合もあるという含み。 ○高須幹事 もしかしたら規定を設けないでおけば。今,三上委員からもこういう例外的ケースがあれば話は別ではないでしょうかという御指摘も頂いたように,ある意味では完全に「旧所有者は責任を負わなくなります」と明文で決めるよりは,まだ乙案で設けないとしていただいたほうが,解釈の余地が残るのではないかと。東京弁護士会は甲案なわけですけれども,諸般の事情でそうもいかないという場合でも乙案のほうが,更に丙案で完全に免れてしまいますと書くよりは含みが残るのではないかと思います。 ○内田委員 債務引受けなので原則どおりでなぜいけないのだろうという発言を以前からしておりましたけれども,賃借人の承諾を取れば免責的債務引受けはできるわけですね。デベロッパーの方のお話を伺うと,現実には承諾を取ってやるというケースもあるという話をお聞きしますので,承諾をどうしても取れないという実務がどれほどあるのかというのがまだよく分かりません。他人の債権を,債権者の承諾なしに免責的債務引受けしようというわけですので,当然の権利として言えるような話ではありませんから,なぜ賃借人の承諾を取れないのか。事案によってものすごく賃借人の数が多いのでいちいち取れないということも言われるのですが,数が多いから相手の権利を奪ってよいというのは変な議論に思うのです。その辺のところをもう少し実務を知ることができればと思います。 ○中井委員 内田委員の疑問に対しては,今まで取る必要がなかったから取っていなかったということが先にあるのではないでしょうか。理解としては当然承継し,旧所有者は義務を負わないという実務で,全てその取引が行われているので,例があるのかもしれませんけれども,基本的には売買のときにテナントの承諾を取るという実務自体がないのですね。ですから,取ろうと思ったら取れるではないか,なぜ取れないのかという質問に対して,実務で取ろうとしたことがないから,その説明ができないのではないか,という印象を持つのですが。 ○内田委員 承諾といっても売買に対する承諾は要らないですよね,単に敷金だけですので。新しく所有権が移ったので,賃貸人の地位は新所有者に移転しました。敷金の返還も新所有者のみが引き受けますという条項で通知をして,同意できない場合には敷金をその人に返すので言ってくれということを聞けばよいのではないかと思うのですね。そうすると,同意できない人は返してもらって,新たに敷金を入れるという面倒なことをすることになるのだろうと思いますが。 ○中井委員 そのとき返した後,入れさせることはできるのでしょうか。 ○内田委員 賃貸借契約上敷金を入れるのが義務になっていれば,新所有者との関係では債務不履行にはならないでしょうか。 ○中井委員 自ら率先して敷金を返したのにその後承継した賃貸人が入れろという権利があるとは思えないのです。仮にそういう権利があるなら,今の実務はそのことが暗黙のうちに行われているという説明もできてしまうように思うのですが。 ○内田委員 同意を取るということは,この新たな所有者に賃貸人の地位が移転するのであれば,危ないから自分は今,敷金を返してもらって出ていくという自由を認めるということなのだと思います。 ○沖野幹事 敷金返還債務の承継で,何が承継されているのかという問題がありそうに思います。敷金の関係はあとは返還する債務があるだけであるということだと,本当に普通の債務引受けなのですが,敷金をめぐる関係と言いますか,元々敷金の合意があって,その合意に基づく法律関係が築かれていくのだとすると,ここでも契約の地位の承継があるのではないかと。そうすると,その契約の地位に基づいてと言っても,残っているのは幾ら敷金を差し入れるかということぐらいではないかと。もしそういう形で考えるとすると,専ら問題になるのは返還の話なのだけれども,ここで行っていることは敷金に関する合意も承継されるのだということだとすれば,これだけの敷金を差し入れるということを要求できるという地位も引き継いでいるという説明はできそうに思うのですけれども。 ○三上委員 不動産業界を擁護する立場には全然ないのですけれども,内田委員の考え方でいくと,所有者が変わって敷金が免責的に引き継がれるのが嫌ですというときに,では敷金を返せというのは,賃貸借契約が終わったわけではないのにどうして返せと言えるのかという問題が出てくると思うのですね。敷金というのは賃貸借契約が終了して退出するときに初めて請求できるはずなので,所有者が変わるからといって請求できないのではないか。また,そこでクレームということは承継を認めないということですから,自分に関しては飽くまで旧所有者が敷金の債務者だということになり,新所有者に対しては,退去する際にも敷金の返還を請求しませんということになるのではないでしょうか。そうしないと,賃借人は新所有者の発生によって二人の債権者を得ることになります。当然承継と言わずに,賃借権承継の段階で敷金返還請求権の対象を新所有者に移転する人,旧所有者のまま残す人と選択できるというのであればまだ分からないではないですが,両方への請求を認めるのは不公平というか,賃借人を利すぎるのではないかという気がいたします。 ○松本分科会長 bに関しては乙案支持が多いという理解でよろしいでしょうか。aのほうの後段について弁護士会が留保されているようで,ここは括弧に入れるというのは,書かないほうがよいという趣旨なのか。どういうことなのでしょうか。 ○高須幹事 今回,弁護士会のバックアップチーム有志から提出された資料等にも記載があり,また,先ほど中井先生からも御説明があったとおりで,実務的には残ったものを譲渡しているのかというと,どうもそうでもないという認識を多くの弁護士は日頃の仕事の中で持っているのではないかと思うのです。私なども,通常,不動産の取引で関わるとそこは当然に全額敷金があるという前提で,それが代金から控除される形で,つまり,ただ敷金の返還債務だけを負う人はいないわけですから,その分は代金額から値引く形で譲渡しているという理解があります。   このときに未払いがこれだけありますという交渉をやらないとは言いません。そういうケースもあるのだとは思いますけれども,多くの場合は余りそういうことをやらずに,契約書等に書いてある敷金額で計算して移転していくのではないかと。それが今回出された意見でも出されているということだと思うのです。そういうことだとすると,今回ここに書いてしまうようなことなのですよというのは,確かに判例にはそういう記載があって,戦前の判例から戦後の判例まで,最高裁の判例はあるわけですけれども,果たしてこの判例がデフォルトなのかどうかということが1点疑問になると。   それからもう一つは,bの議論とも兼ね合いになったわけですけれども,承継を認めるというのであれば,それは地位が全部移っていくはずなのに,ここだけは個人的な処理をするわけですね。A・B間の賃貸借の,ここは一旦清算を認めて,AからCに移ったら,C・B間は残った分だけ承継しますと。ここは賃貸借関係の承継及び敷金も当然に引き継いでいくのだということに対しての例外をなすことになるわけですが,それも考えたら必ずしもそう考えなくてもよいのではないかと。個別に当事者がそういうふうに合意したときはそれでもよいかもしれないけれども,そうでないときはそのまま移ってしまうということもあるのではないか。   そのようなことを考えると,現在の判例の表現には確かに食い違うことになるのですけれども,むしろデフォルトは控除していないのではないかという理解がございまして。ここから先は議論が分かれるのでしょうけれども,そういう疑いが残る以上は,こういう書き方をしてしまうと,違う合意があるときだけ控除しないのだという形になってしまいますので,やはりこれは書かないほうがよいのだろうと思いますし,私はその辺りかなと思いますけれども,場合によってはむしろそのまま引き継ぐのだと書いておいて,逆にそうでない場合があってもよいということなのかもしれない。そういう意味では,私個人は書かないという辺りが無難とは思いますけれども,反対に書いてもよいのかもしれないという意見を持っております。 ○松本分科会長 実務として清算をしないで敷金が全額移転して,売買代金で調整されているという場合に,残存賃料債権も一緒に移転しているというのが普通なのか。残存賃料は前の所有者が取り立て,敷金返還債務だけがきれいに全額移転するというイメージなのか,どちらですか。 ○高須幹事 これも今回,弁護士会のバックアップチームから出した書面に出ていると思うのですが,説明が足りず失礼しました。4ページの下から3行目ですかね。「実務ではうんぬん」と書いてあって,「敷金全額を承継するものとし,未払債務は旧所有者と賃借人との間で清算する旨を合意するか,あるいは,譲渡する」。ごく普通に行われる取引では残したままにして,結局,回収できないのかもしれませんけれども,そのままになってしまっているというケースもままあるように思っております。大企業の間の不動産の取引の場合にはもう少し合理的な処理をするという意味で,譲渡構成を採るということもあると思いますが,中小の会社あるいは個人のときなどはそのままになってしまっているケースもあるのではないかと思っておりますが。 ○松本分科会長 ということは,賃貸借契約が終了して明渡しという局面になって初めて,最初の敷金額から損害賠償が差し引かれる,途中段階ではそれはないというのが多くの例だということですか。 ○高須幹事 多いとまで言ってよいかどうか分かりませんが,私個人の仕事の中では多かったと理解しております。 ○中井委員 先ほどの分科会長の4の1の括弧をどう考えるのだという御質問に対しては,かぎ括弧はなくてよいというのが多くの有志チームの意見でした。   その関係で補充いたしますと,3の規律を見ていただくと,賃貸借契約存続中に敷金を充当することができるかどうか。賃借人側から未払いがあっても充当できないのは当然。では,賃貸人は充当することはできる,途中の段階であっても。賃貸人の意思に係るわけです。ところが,最高裁の規律では,所有権が移転したときには賃貸借契約は当然に承継され,そのときに賃貸人の意思にかかわらず,この時点で充当が起こってしまう。ここは賃貸人がそういう意思を表明しない限りは,全額承継してよいのではないか。そして,未払い部分については別途,高須幹事がおっしゃった,このメモに書いてあるような様々な処理が当事者間で合理的になされる,それで売買はスムーズに進んでいるのが実務である,こう理解をしています。 ○金関係官 賃貸借契約が終了して明渡しをするまでは賃借人の側から充当の主張をすることはできないので,賃貸人たる地位が承継されただけで賃貸借契約は終了していない場合についても同様とすべきであるという御意見は,ごもっともであるとは思います。ただ,賃借人にとっては,これは余り良[k1]いことではないとは思いますが,未払賃料が残っている状態のまま将来賃貸借契約が終了して明渡しをすれば,その未払賃料に敷金が充当される結果となることの可能性と言いますか,そういう何らかの地位を持っていたと言えるかもしれません。ところが,賃貸人たる地位が承継されて敷金も全額承継され,かつ,今の実務のすう勢ではないようですが賃料債権の譲渡もされずに未払賃料債権がそのまま旧所有者に残るとなると,先ほど申しました賃借人の何らかの地位,未払賃料に敷金が充当されるかもしれないという地位も奪われてしまいます。それは仕方のないことであって全く問題はない,賃借人の敷金に対する利益というのはその程度のものであると,弁護士会としてはそういうスタンスだということであれば,その辺をもう少し伺えれば有り難いと思っております。 ○深山幹事 結論としては,その程度のものだということですし,もっと言えば,それは単なる債務不履行状態であって,利益でも権利でも何でもなくて,解除されても仕方ないような地位でしかないといえます。それを一定の期待権的な利益というふうに観念する必要は全くないし,実務もそういうことで動いているのだろうと思います。 ○高須幹事 金さんから賃借人のことを考えているのかと言われれば,東京弁護士会としては「そこは非常に大きな比重を占めますよね」というところなのですが。ただ,今,深山さんもおっしゃったように,ここは賃借人側から敷金に充当してくれと言えるわけではないという実務はもう定着していると。敷金があるから何かのときにはそれでという期待はそれほど強いものではない。幾ら賃借人の保護ということを言っても,そこをより強くしようという発想はなかなか持ちにくいのではないか。そういう意味では,将来,敷金でカバーしてもらえたはずなのに,今ここで個別に請求されてしまうのですかというところは,それはそういうものなのではないのというふうに思ってしまうところだと思います。 ○金関係官 念のためですが,私は必ずしもその価値判断に異論があるというわけではありません。 ○松本分科会長 そろそろ6時ですが,aについても,後段を削除することによって,特に決め付けない,いろいろな場合があるということで明確化しないという御提案が弁護士会から出ています。沖野幹事,どうぞ。 ○沖野幹事 実務的な取扱いが判例とは違った形で動いているということであれば,そちらを重視したほうが,現在のルールの在り方としては適切ではないかと思われますし,元々,差し引いてというのも,契約関係から離脱してしまうときには,自分の債務を担保から回収して出ていくのが通常ではないかと,そういう理由ではないだろうかと思われますので,その意味では現在までかなりの長期間にわたって積み上がってきたプラクティスはそちらであるならば,それでよろしいのではないかと思うのです。   ただ1点気になりますのは,賃借人もそういう前提できていたのかどうかというところがよく分からない面もあります。現行の判例や民法の教科書を見ると,当然引かれて残りだけが承継されるとされています。そういうことだとすると,前の判例などを知っている賃借人だったりすると,自分の未払債務は敷金で終わっているので返還債務は減っている,返ってくるのは減っているけれども,未払のほうは処理が終わっていると考えている。ところが,本当のところはどうか分からないということになるわけですよね。つまり問題関心ですが,承継がどうなるか,どの範囲で承継されるかというのは全く書かない。その場合,それは基本的に賃貸人たる地位が承継される時点において,この時点が具体的にいつかというのはもう一回確認する必要がありますけれども,その時点において敷金の返還債務として残っていた額全額が承継されるとした上で,しかし,そうではないことをしたいときにはあらかじめ賃貸人から地位を移転する前か同時かに,その部分は充当する旨を示すというような形で,賃借人に分かるような措置が必要ではないか。賃借人側からすればどちらの処理で行ったのかというのが契約当事者次第,つまり譲渡の当事者次第であると,どちらも違うことを言うことになると非常に混乱するように思われるのです。   そうだとすると,むしろ新所有者に移る段階での全額が承継されるということにしておいて,それと違うことをやりたいときは,譲渡の当事者間で了解を取るのは譲渡の問題ですので,とともに元の賃貸人から賃借人に対して未払部分は充当するということを通知しておけば,同じ効果をもたらせるように思うのですけれども,どうでしょうか。しかし,そうは言っても差し引いているプラクティスもあるというときの,そのプラクティスというのがどういう形でやっているのか,やろうとしているのかということに関わるのかもしれないのですけれども,その点を考えておく必要はないでしょうか。 ○松本分科会長 すなわちデフォルトをどちらにするかということですか。この案だとデフォルトは清算した残額のみの承継ですが,ひっくり返してしまって原則は全額承継だけれども,特約によって清算された額だけというのでも構わないと。 ○沖野幹事 その特約というのは譲渡当事者の特約で,譲渡当事者間でどれだけ引き継ぐかという問題ですから,それは規定としては何も書かなくても契約で決めておくということでもよいのですが,賃借人に対して分かるような形にすることが必要でそのためにはどういう方法がよいのかを考えるべきではないかと思います。特約にした上で,その特約を通知しないともちろん対抗できないという形にしたほうがよいのかもしれません。未整理で申し訳ありません。分科会長の御指摘を受けて改めて考えますと,特約にした上で通知しない限りは対抗できないというような形にするのか。とにかく賃借人に,自分は誰に何を負っていて,誰に対してどれだけの権利を持っているのかということが分かるような形を確保できるような規律にする必要があるのではないかというのが主眼です。 ○松本分科会長 一旦一部清算してしまうと,新たな賃貸人との間で敷金を当初契約どおり積めという債務が賃貸借契約上発生しますね。例えば,3か月分滞納した分を引かれると敷金がかなりへこんでいますから。 ○中井委員 今の分科会長の発言に関連して,敷金についてのバックアップの意見を御紹介しておきますと,3.1のところの規律で,賃借人に不履行があれば賃貸人は未払賃料を敷金に充当することはできる。その後その充当した部分について補填する義務があるかどうか。多くの契約書では補填する義務を定めている。そういう契約であれば,仮に所有権移転時に当然充当が起こったとすれば,その後,新所有者はその契約を承継していますので,補填を請求することができる。   では,その特約が契約に定められてなかったらどうか。未払賃料があれば敷金を充当する権利は賃貸人にあるだろうけれども,その後,当然に充当した分を補填する義務があるのかどうかについては,議論が分かれるのではないかと理解しています。その部分について,3.1は,かぎ括弧をここでもしておりまして,充当したときに充当部分について補填する権利のあることを明らかにするかどうか問題提起させていただいています。ここはどちらと決めたわけではなくて,このかぎ括弧は検討課題と理解しています。   それから,所有権が移転したときに未払賃料があるときに,当然に敷金に充当される,ある意味で一種賃借人の権利的なところ,保護的なことを考える必要があるかというと,私はその必要性は恐らくないと思います。本来,その時点で未払賃料を払わなければいけない,債務があるにもかかわらず,充当されることによって資金が助かるわけですから。たまたま売買があったがために実質上賃借人側から敷金を充当するような権利を与えるような結果になるわけですから。そういう観点から,当然充当ということで,不履行している賃借人を保護するような結果にする必要はないのではないかと思います。 ○山野目幹事 分科会長のおまとめをなさろうとする際の御発言で,デフォルトをひっくり返して民法に規律を置くということもあり得るかのようなお話があったのですが,そのことに関して申し上げると,デフォルトをひっくり返して民法に規定を置いていただくのは困るという感触を私は抱きます。弁護士会の先生方が,現在しておられる実務の状況を踏まえて,当然充当で必ず清算されるということが民法に明確に規定されることに対して強い抵抗感をお持ちになるということは理解しましたから,それを何だかんだ書けとは言いませんが,逆にそれと反対側のことを民法に明示して書くということになりますと,沖野幹事の先ほどの発言の前半でおっしゃったように,これはずっと民法の教科書に書かれてきたことでありまして,そうして説かれてきたことを大きく変更することになります。   教科書だけ偉いと申し上げるつもりはなくて,例えば抵当権に基づく物上代位の判例の処理などいろいろな場面との関係で,当然充当構成というのは,積み上げられてきた判例の中で重要な役割を演じていますから,そういうところに波及効果がないかどうかということも点検しなければいけません。にわかにひっくり返すということは大変なことなのであって,それは慎重にしていただきたいと望みます。 ○松本分科会長 当否は別にして考え方としては三つありそうです。原案のような書きぶりと,それをひっくり返すという書きぶり,それから,書かないとい書きぶりと,三つのパターンがあり得る。それぞれの副作用等を考えた上で民法の条文に盛り込むか,あるいは,盛り込まないということになるかと思いますが,こんな感じでよろしいでしょうか。 ○三上委員 今の分かれる部分は,民法にどう書くかは別として,当事者間でどういう契約をするかによって変更可能という趣旨でしょうか。所有権は引き継いで敷金自体は承継しないという選択肢を認めるのですか。あるいは強行法規ですか。 ○松本分科会長 三当事者でやる分にはあり得るでしょうけれども……。 ○三上委員 三当事者というか,新旧所有者という二当事者で移転したというときに,両当事者間で敷金は承継しませんと,ほかの不動産所有権,例えば賃料の請求はしますという合意は,当事者間の合意としては有効なのですか。それとも,所有権を主張する以上,先ほどのように賃借権自体を承継しないのは別として,敷金だけは承継しないということは認めないという強行法規なのでしょうか。 ○松本分科会長 当事者間の合意が賃借人との関係でも完全な効力を持つかという御質問ですね。 ○三上委員 ええ。そこの部分が強行法規なのであれば,一部強行法規で,一部任意法規ということを明らかにするように書いていただかないと,全体がデフォルトルールなのか,敷金の延滞部分だけがデフォルトルールなのかと。 ○松本分科会長 そこはいかがでしょうか。 ○金関係官 敷金返還債務の承継の議論をするときは,一般に,賃貸物件の所有権が移ったところに敷金返還債務も移るのが賃借人にとって有利だという考慮があると思いますので,その観点から考えますと,三上委員がおっしゃったような,所有権も賃貸人たる地位も全て移すけれども敷金返還債務だけは移さない,所有権を失った旧所有者に残すということは,賃借人の同意なく当然に実現できるものではないと理解しております。ただ,賃貸人たる地位の留保が認められる場合については,敷金返還債務の帰属についても例外が認められると考えております。 ○三上委員 それだけが例外で,金関係官のお考えは,敷金だけを切り離して,そこだけ承継しないというのは認められないという発想ですよね。 ○金関係官 はい,今申し上げたのはそういう趣旨です。ただ,賃貸人たる地位が留保された場合には。 ○三上委員 そこは例外かもしれないと。 ○金関係官 はい。例外だと理解しております。 ○中井委員 同じことを言うかもしれませんけれども,敷金契約は賃貸借契約とは別個,しかし付随した契約というような説明をされているかと思いますが,この二つの契約が分かれる処理というのはあり得ないという理解になるのではないでしょうか。つまり,賃貸借契約たる地位が旧所有者に残ったときは当然,敷金契約も旧所有者との関係で残る,売買によって新所有者に賃貸借契約が承継されれば,当然,敷金契約も承継される。   ここでbの問題として残るのは,旧所有者に担保義務があるかどうかは議論が分かれるかもしれませんが,そういう理解で共通なのではないでしょうか。 ○金関係官 はい,そういう趣旨で申しました。 ○沖野幹事 私も結論としてはそうなるのかとは思うのですが,承継しない合意というのはどういうものだろうかと考えたときに,承継する理屈は,賃貸人たる地位に付随して付いていくものという説明だと思うのですが,仮に承継しないという合意をして,それを賃借人にそのまま主張できるとすれば,敷金の合意はそこで終わってしまうということになるでしょうから,そこでもはやそれ以上の被担保債権的なものは発生しないということになるので,敷金返還債務が現実化して,直ちに返還請求ができる。だから,旧賃貸人が賃借人に返還する債務を負う,未払いがあればそれは引くということになり,敷金を承継しないということは敷金合意を承継しないわけですから,新賃貸人は敷金による担保がない賃貸借ということになり,当然更に敷金を払えなどということは言えない,その部分は合意しないのだからと。そういう法律関係になるのではないかと思います。新たに敷金についてだけ賃借人と新しい賃貸人との間で再度合意をして,敷金についてどうするかを決めれば,それはまた新たに敷金の合意だけ結び直したと,そういう説明になりそうに思うのですが。 ○三上委員 一言だけ。実際,バブルの頃に多額の敷金なのか保証金か分からないものが入っていて,敷金だけしか承継したくないという当事者が結構あって,決してそういう実務がないわけではないのですが,今までそういうことはできないという前提で考えていました。だから,金関係官がおっしゃったように,所有権を主張するんだったら敷金も当然付いてきます,これは強行法規ですという前提だったので,もし不払賃料のところだけ当事者間での合意が有効なのであれば,強行法規部分と任意法規部分を分けないと,という話をしただけです。 ○沖野幹事 承継するという規律自体を見直すべきだと言うつもりではありませんでした。承継するという規律は前提とした上で,賃料未払などがあるときに承継の額を当事者で左右し得るかについて当事者で決めることができる,それは元の賃貸人が賃貸借契約存続中は一方的な意思表示によって充当できるので,それを行使するということを譲渡当事者間で約束しているのではないか。したがって,先ほど,特約を賃借人に通知することで対抗できるというやり方もあるかもしれないと申し上げましたけれども,そこで特約があればというのは,一方的な意思表示によって充当できるという権限が当然にそれで行使されたものとみなすような扱いをしているのではなかろうかと思います。   その意味では,承継自体を自由に契約で変えられるということではなくて,賃貸人からは充当ができる場合にそれを行使するかしないかについて,所有権の移転のときに当事者で決めているという説明になるのではなかろうか。そうだとすると,敷金に関する合意を賃貸人たる地位と全く切り離して自由に処分ができるということではないという話と両立し得るのではないかと思います。 ○松本分科会長 ただ,沖野幹事がおっしゃった点で一つ引っ掛かるのは,旧所有者が無資力である場合に,敷金は承継しないという合意をすると,賃借人としては旧所有者から返金を受けることができないし,新所有者との関係でも敷金関係がないということになるから,それは極めて不当なことになるので,そういう自由は認めるべきでないということにならないですか。 ○沖野幹事 そういう留保を認めるべきだと申し上げたつもりはないのですけれども。 ○松本分科会長 つまり,切り離すということは……。 ○沖野幹事 切り離すということはできないのではないかという前提を取ったとしても,承継する額について譲渡当事者間で定めることが考えられるけれども,それは自由に定められるわけではなくて,未払債務がどれだけあるかによっての選択だけが起こってきて,それは存続中の充当権の行使というのを使うことでできる前提があり,それを行使するという合意として見ることで可能ではないないかと申し上げたつもりです。 ○松本分科会長 その限りでは全く異論ありません。 ○中井委員 そうだとすると,沖野幹事の御意見だと全額承継が原則ということになって,賃貸人が充当の意思表示をしたときだけ未払分が充当された残額が承継されるという構成になるので,先ほど山野目幹事がそれだけは避けてくれと言った結論を前提とすることにならないでしょうか。 ○沖野幹事 おっしゃるとおりだと思います。今,私が申し上げたのは,賃借人からすれば,自分の債務がどれだけ残っていて,いざとなったら敷金返還を求められる地位がどれだけあるのかが明確になっている必要があるので,その部分について当事者で決めることもできるとする場合,実務の現在の状況からすると,当然の控除なくして承継されるというのがよいのだけれども,そうではない扱いもできると,それを全て解釈に委ねるということだと,賃借人から分からないというような場合が生じてくるのではないでしょうか。生じないということであれば問題はないのですけれども,あるとすると,賃借人の権利内容を明確にするには基本は全額という形のほうがよろしくないかと申し上げたつもりなのです。   それに対して,山野目幹事からは,その部分だけを考えていたのでは部分的な考察にとどまって,そもそもが抵当権の物上代位のときを含めていろいろな法律関係が判例を基に構築されており,従来と異なる立場を採用することについては懸念があって慎重な検討が必要であるという御指摘を頂いたと理解しており,考え直す必要があるかと思っています。 ○高須幹事 もう終わりと言っていてすみません。敷金が幾ら残っているかを確認できるようにするということ自体は大事なことではないか。これは承継のところに限らないのかもしれない。問題は,敷金について転移規定も今回置かれていない中でどこまでそういうのを作るかということで,今回バックアップチームが出したのも敷金をもう少し全体的にいろいろ考えた規定を設けたらどうかという趣旨なのですが。仮にそういう方向になれば,譲渡したときに限定せずに,賃借人は預けた敷金が今幾ら残っているのかを賃貸人に対して確認できる,こういう規定を1か条設ければ,譲渡のときでも新賃貸人に移れば新賃貸人に聞けばよいということで,譲渡の側面というよりはどこまで預けた敷金を確認できるような仕組みを作るかと,これが一つあってもよいのではないかと思います。このような段階でそのようなこと言うなと言われそうな気もしないでもないのですが,ちょっとそのように思いました。 ○松本分科会長 「私の敷金が幾ら残っているか」というのを教えてもらえて当たり前,信義則上当然のことだと思うので,わざわざ条文を作るという話ではないと思いますが。 ○内田委員 沖野さんの問題意識を踏まえ,しかし山野目さんの危惧にも応えるような方法として,譲渡のときに敷金についての処理を賃借人に通知をする,「延滞分に充当しました。だから幾ら承継されています」とか,「充当せず全額承継されます」ということを通知するというルールを作る余地はないのかと思います。普通,譲渡するときには「所有者が変わりました。新たな賃貸人はこの人です。だから,この人に賃料を払ってください」という通知が行われているわけですね。私はそこに承諾を加えたらと思っていたわけですが,まあ,それは別としても,通知の中に敷金をいくら充当したのか全額承継かの通知を必ずさせるというルールを入れるという余地はあるのではないかと思いました。 ○高須幹事 賛成です。 ○岡委員 条文でという趣旨ですか。 ○内田委員 そうです。 ○松本分科会 条文で入れないと,意味はないです。   そうすると,先ほど整理した三つの考え方,原案維持,ひっくり返す,何も書かないに加えて更に別のアプローチとして,敷金の滞納賃料等への充当の有無,残額が幾らかについての通知をさせるというのが別な案として出てきたわけです。原案を置いた上で通知義務を重ねるという案と,何も置かないで通知義務だけというのと,原案をひっくり返して通知義務と,それぞれ組合せはあるかと思いますから,あとは事務当局のほうで整理してください。 ○沖野幹事 せっかく整理されたのに申し訳ありません。分科会長がおっしゃる原則例外を逆転させると言いますか,基本的に全額が承継されるということを明らかにしてはどうかという考え方は,山野目幹事がおっしゃったような問題点もあり,内田委員がおっしゃったように,その基礎の問題意識は通知をするといったことで手当てができるとすると,他の案と同じレベルで維持する必要があるのかと言えば,ないように思われるのです。特に実務上の全額と定めるべきであるといった強い要請があれば違うかもしれないのですが。そうだとすると,考え方を絞り込むという意味で,その考え方は落としてもよろしいのかと思います。 ○松本分科会長 この案は沖野幹事の案ですから,沖野幹事が必要ないとおっしゃるのなら,原案プラス通知義務と,規定を置かないプラス通知義務ということになると思いますが。よろしいですか。   それでは,実はもう一つ論点がございましたけれども,時間も25分超過しておりますので,本日の第3分科会はこれで終了といたしたいと思います。   次回の議事日程等について,事務当局から御説明いただけますか。 ○筒井幹事 この第3分科会の次回会議は,11月20日,火曜日,午後1時から午後6時まで。開催場所は未定ですので,改めて御連絡を差し上げます。   本日の積み残し分に加えて,当日までに新たに第3分科会に配点される論点が恐らくあるだろうと思いますので,それを併せて御審議いただくことになろうかと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 ○松本分科会長 それでは,本日も熱心な御議論を頂きまして,ありがとうございました。これで終了でございます。 -了-