法制審議会           民法(債権関係)部会 第3分科会           第6回会議 議事録 第1 日 時  平成24年11月20日(火)自 午後1時05分                       至 午後5時57分 第2 場 所  法務省第1会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事 (次のとおり) 議        事 ○松本分科会長 それでは,若干予定より遅くなっておりますけれども,法制審議会民法(債権関係)部会第3分科会の第6回会議を開会いたします。   本日は御多忙中のところ御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   なお,本日は永野厚郎委員,山野目章夫幹事が御欠席です。また,本日は第3分科会の固定メンバー以外に,岡正晶委員,中井康之委員,三上徹委員,大村敦志幹事,畑瑞穂幹事,山本和彦幹事が出席されておられます。   それでは,本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 本日は,いつものように関係する部会資料の本文の抜粋を参考までに配布しておりますほかは,配付資料はありません。 ○松本分科会長 本日は,部会資料45,49及び50掲載の論点のうち,当分科会で審議することとされたものにつきまして御審議を頂く予定でございます。   このうち,「相殺」を審議する関係で,手続法の先生方にも御出席をお願いいたしておりますが,山本和彦幹事の御到着が午後2時頃になるとのことでございます。そこで,具体的な進め方といたしましては,まず部会資料45掲載の「第1 賃貸借」の「7 目的物を利用することができない場合の規律」の「(2)目的物の一部を確定的に利用することができない場合の規律」について御審議いただき,続きまして部会資料50掲載の「第4 相殺」について御審議いただいて,14時25分頃を目途に適宜休憩を入れることを予定しております。休憩後,残りの論点について御審議を頂きたいと思います。   それでは,部会資料45の「第1 賃貸借 7 目的物を利用することができない場合の規律」の「(2)目的物の一部を確定的に利用することができない場合の規律」につきまして,御審議いただきたいと思います。事務当局から御説明をお願いいたします。 ○金関係官 部会資料45の27ページと29ページを御覧ください。この論点につきましては,部会の第55回会議で審議がされ,具体的な規定の在り方等について分科会で審議することとされました。部会では,アに対する意見として,賃借人の義務違反の場合にも賃料の減額を認めていることについて,雇用における使用者の義務違反や請負における注文者の義務違反の場合には賃金や報酬の減額は認められていないこととのバランスに注意すべきである旨の意見がありました。他方,賃借人の義務違反の場合に賃料の減額が認められないとすると,賃借人の義務違反による一部滅失の場合における賃貸人の賃借人に対する損害賠償請求の損害額の算定において,一部滅失の部分の賃料債権がその一部滅失にもかかわらず引き続き存続することを考慮する必要があることになってしまうという点に注意すべきである旨の意見もありました。イに対する意見としましては,賃借人の義務違反の場合に賃料の減額を認めるのは相当でないとしても,賃貸借の目的を達成することができないことを理由とする賃借人の解除については,賃借人の義務違反の場合であっても認めてよいとして,イの原案を支持する意見がありました。   最後に,アの論点については,分科会資料7を用意しておりますので,その点について少し説明をいたします。分科会資料7のうちの2ですけれども,一番下にある囲みの部分が部会資料45における提案です。その囲みの部分を見ていただきますと,2行目に「その理由を問わず」となっておりまして,賃借人の義務違反の場合にも賃料の減額を認めるという提案をしております。今回の分科会資料7では,その提案の別案という位置付けで,2の5行目のところに「賃借人の義務違反によって利用することができなくなったときを除き」と記載をしておりまして,賃借人の義務違反による場合には賃料の減額がされないとする案を示しております。これは,部会の第55回会議において,賃借人の義務違反による場合にも賃料の減額を認めることについて多くの批判があったことを踏まえたものです。よろしくお願いいたします。 ○松本分科会長 それでは,ただいま御説明ありました部分につきまして御審議をお願いいたしたいと思います。どうぞ御自由に御発言ください。 ○高須幹事 前回,分科会用に,資料というんでしょうか,出させていただいた関係で,問題提起させていただきます。   今回は検討資料というふうに,私が出したペーパーにも書かせていただきましたように,飽くまで,こう考えるという意見を強く申し上げるものではなくて,部会において,義務違反の場合については賃料の当然減額を認めた上で,賃貸人側からの損害賠償という形での調整を図ればいいのではないかという部会提案に対して,損害賠償の在り方次第によっては,どういう方向になるかいろいろな微妙な問題がありそうだと,それはしっかり検討せねばならないという,道垣内先生などからそのような御指摘があったのを踏まえて,少し具体例で考えてみようということで出させていただいたものでございます。   ペーバーの第2の具体例の設定というところです。ロースクールの授業のような問題で大変恐縮なんですが,典型例として離れと母屋があるという例を想定して,賃借人の寝たばこの不始末という義務違反によって離れが燃えてしまったというケースを想定してみました。賃料が15万円で賃貸借契約は開始したのだけれども,離れが滅失したことによって,適正の賃料額は10万円に減額されるというような事案であったとしたらどうだろうかということを考えました。   そのときに,問題提起の第1,2ページのところでございますが,取りあえずの結論というところの傍線のところを説明させていただきます。当初の提案資料というんでしょうか。今日の別案は別にして,当初の提案資料ですと,賃借人の義務違反による場合でも,賃貸借目的物の一部が滅失した場合にはその分の減額を認めると,こういう考え方に立ちますと,傍線のところですが,離れが滅失した平成23年9月30日の翌日,つまり10月分からは,BはAに対し,Bというのは賃借人ですが,賃借人は賃貸人に対して10万円の賃料を支払うということになるのではないか。ただし,その結果として被る賃貸人の不利益については,別途損害賠償請求をなし得るという形で調整をとるというのが今回の提案だろうというふうに読みました。   その場合の最初の気掛かりな点としまして,2の傍線のところです,部会資料の提案のように,賃料の当然減額を認めても,その分を別途損害賠償請求として回収し得ることになるというふうに考えれば,一見不都合はないように思われるのですが,問題は,今回の想定が,15万円の賃料が10万円に適正賃料が変わるというのを当然の前提として議論している点です。実際の訴訟においては,その5万円の減額かどうかということが分からずに苦労するということになるわけでございまして,適正賃料が幾らに減額になるのかということ自体の算定がそう簡単ではない。下から2行目の傍線のところですが,そこでこのような構成というのは理論的にはそれで調整はとれていると思いますが,実際の紛争解決の場面になると使いにくい解決方法になるのではないか。従来はその点は,過失による場合には減額はないという前提で,残りの問題を損害賠償なりで考慮するということでよかったと思うのですが,減額分も損害賠償として算定せねばならないということになると,適正減額分の把握という点で,実際には使いにくい場面が出てくるのではないかと,これが最初の問題意識でございます。   それから,二つ目の問題意識が3ページの3に書かせていただいたのですが,極めて細かな話で大変恐縮でございますが,実際の例としてどうでしょうかという指摘なのですが,当初から滅失と同時に賃借人が減額を主張して,賃貸人側もそれを前提として損害賠償請求訴訟を起こすということであれば,お互いそれを前提とした訴訟提起あるいは遂行になると思うのですが,場合によると,賃借人側は従来の賃料を支払い続ける場合があるかもしれない。自ら過失で滅失させているわけですから,その負い目から従来の賃料を払っているというようなことが考えられた場合に,賃貸人のほうは,建物の滅失そのものの損害賠償請求だけを提起して裁判が確定したと仮にしましょうと。建物の滅失分が200万円と考えて,200万円の価値減価分の損害賠償請求訴訟が判決が確定し,既判力が生じたとしますと,それはそれでよろしいわけだけれども,その後,賃貸人が翻意して,今回の規定によれば滅失時から減額が可能であったはずだと,したがって払い過ぎた月5万円分は不当利得だというようなことで,不当利得返還請求訴訟を提起しますと,これは民訴上何らかの手当てをするかどうかにもよりますけれども,オーソドックスな考えであれば,それは全く訴訟物を別にするものですから,不当利得請求は認められるのではないか。遡るというか,当然にということですから,発生時からですから,払い過ぎた分は返還を求めることになる。   ではその分,新たに損害賠償請求で取ればいいという話になるのかと思いますが,そこが,一旦最初の訴訟で損害賠償請求訴訟の裁判が確定しているということになると,訴訟物の数え方にもよるわけですけれども,不法行為で請求する場合には,通常は財産的損害は1個と見て,そこで全ての損害が一応処理されているという前提に立つと,追加で今度は賃料減額を言ってきたので,減額分を損害賠償として請求しますというのは,前の裁判の既判力で,賃貸人側は封じられているかもしれない。   となると,実際には,最初の提案資料の御趣旨だと思われるのですが,賃借人側が減額してきたら,賃貸人側はその段階で損害賠償請求を追加で請求すればいいのだという構成が訴訟法上の観点からは難しい場合が出てくるのではないか。結果的には,減額分の不当利得が認められて返さねばならないとなると,本来,賃貸人側に入らねばならないはずの損害の填補分が十分に入らない可能性があるのではないかというようなことを考えました。   これに対してはもちろん,民訴上いろいろな手当てをすることは不可能ではないとは思いますが,このような手当てを必要とするということ自体が非常に煩雑になるというか,改正で煩雑を恐れてはいけないのかもしれませんが,要は訴訟法上の仕組みにいろいろ頼らざるを得ない民法の規定というのは,やはり民法の規定そのものの在り方として,やや心配ではないかということで,従来の帰責性がある場合には,その減額を認めずに,あとは賃料については確定させた上で,その他の問題は損害賠償法理で処理すると。帰責性がない場合だけ減額を認めるというような割り切りのほうが,ある意味では訴訟上は使いやすいということになりはしないかということを考えたということです。このような点を考えたら,結果的には別案ということですが,別案のような考え方も一理あるのではないかと。   何度も申しますが,強い意見ではありませんので,問題提起でございます。御検討をいただければと思いました。   最後に,この問題の問題点のポイントは,遡るというところでございまして,裁判が終わって全部済んだと思っていたら,賃借人側から,ある日突然翻意して,考えたら不当利得ですねというようなことで,遡って賃料の清算を求められるということがポイントだとすると,遡らないという構成も考えられるわけでございます。意思表示をした段階で,そこから初めて減額になるという構成が考えられるわけですが,その点について,3ページの4以下には書かせていただいたのですが,そういう構成を採りますと,現在の借地借家法32条の賃料減額請求権とほぼ同趣旨になりますので,借地借家法の適用がない賃貸借を考えれば別ですけれども,事実上は借地借家法の適用になる賃貸借が多いと思いますので,同じような制度を作ることにどれだけの意味があるのだろうかということもございまして,別案のような考え方のほうがシンプルで,あるいはすっきりしているのではないかということを検討してみたということでございます。   4ページの総括のところに,やや結論めいたものを書かせていただいたのですが,傍線のところ,今回の当初の提案資料だと,理論的には明快であるものの,実際の紛争解決の場面においては,減額分を適正に把握するという困難な作業があり,また,当事者間が納得しなければ訴訟に発展し,その訴訟の内容が複雑化するという問題があるのではないかと。最初の問題点の1として考えたところです。   それから,二つ目の問題点が,4ページの第4の②の傍線ですが,損害賠償請求訴訟が提起され,既判力が生じた場合でも,事後的解決に不合理な結果をもたらす事態があり得るのではないか。賃料の当然減額構成を放棄し,賃借人が請求した時点から減額の効果が生じるという請求時構成を採ることが,せめてその場合でも必要になるような気がしますが,先ほど申しましたように,それなら借地借家法32条と大差ないのではないかということを考えてみた次第でございます。   それから,5ページ目の一番最後のアンダーラインは付け足しですが,今回の御提案資料で義務違反という言葉で差配をしているわけですが,仮に415条その他のところで,帰責事由概念を維持するとすれば,ここも用語の問題として義務違反でいいのかどうかということは,別途考えねばならないのだろうと思います。そこは用語の問題ですから,今日の検討の範囲とは違うと思いますが,一応指摘させていただきます。 ○松本分科会長 高須幹事に御質問ですけれども,5ページというのがなく,4ページしか資料がないのですが,5ページというのは何を指しておられるのでしょうか。 ○沖野幹事 前回頂いたものなのですね。 ○高須幹事 そうです。今回のペーパーには第1稿と第2稿がありまして,4ページ目までのものは第1稿だったのですが,前回の分科会で配布いただいたものは第2稿でございます。今日補充で配っていただいているのは,多分第1稿なのではないでしょうか。今,沖野先生から御指摘いただいたように,前回配布の5ページ目まである第2稿を基に説明させていただきました。5ページ目は本当にちょっとですから,それだけのことなので,趣旨はほぼ4ページまでで尽きておりますので。 ○松本分科会長 それでは,ただいまの高須幹事の御意見についてでも結構ですし,それ以外の論点についてでも結構ですから,どうぞ御意見をお出しください。 ○沖野幹事 高須幹事から非常に明確に問題点を指摘いただきましたので,その点を更に確認させていただければと思います。   問題として指摘された1点目の減額分を適正に把握することの困難さということなのですが,帰責事由の有無を問わず,帰責事由がない場合の当然減額の場合も適正な減額分はどうかということは,同じように問題になるように思われます。それが損害賠償の形で争われる場合とそうでない場合とで,特殊な事情があるのかどうかというのを1点目として確認させていただければと思います。   2点目が既判力との関係で,これはむしろ手続法の先生に確認させていただければいいのかもしれないですけれども,設例ですと,相変わらず賃料は全額払われている。ただ,本来は当然滅失しているはずではないかということからすると,払う必要のないもので,それを知りながらかどうかはともかく払われているので,損害として現実化しているのかという問題もありそうですし,かつ,その場合に,本来的には15万円請求されても,いや10万円のはずだと言った上で,5万円は損害賠償として取るというふうに留保をしなければ遮断されてしまうのか。期待可能性がないような場合とも言え,正にその問題の指摘だと思うんですが,これは当然に既判力で遮断されるという理解でよろしいのかです。目的物の価格とは別に取り得る賃料というか,逸失利益というか,損害項目が違うと言えば違うんですけれども,そうなのだろうかというのが二つ目です。   3点目は,現行法もそうだということなのですけれども,別案になると,賃借人の義務違反あるいは責めに帰すべき事由によって利用できなくなったという場合の処理なのですけれども,これは結局,その部分に対応する使用収益はできないわけですが,したがってその対価の部分が空白にはなるのですけれども,それは自らの帰責事由によるものなので,同額の損害賠償が問題になる,逸失利益のような形で問題になり,それは当然この形で清算するという処理となり,それがより簡明ではないかという内実を持っているように思いました。   そうしたときに,気になりますのは,過失相殺のような場合で,賃借人の責めに帰すべき事由というか,義務違反もあるのだけれども,例えば火災自体には賃貸人も寄与しているという場合には,どういう形で処理されるのか。賃借人が使用収益はその部分できないけれども,それで損害賠償ということも考えられないとすると,それは賃借人がかぶるという処理でよろしいのか。もちろん,借地借家法の適用の下での減額請求のところで勘案するということなのかもしれないのですけれども,別案のような考え方に立った場合,双方に義務違反なりがあって,最終的な損失を分担すべきというような場合について,建物価格だけのところでその部分を考慮すればいいというのももう一つあり得る方法であるとは思ったのですけれども,その後の処理は最終的にはどういう形になると考えたらいいかが3点目です。これらの3点を確認させていただければと思います。 ○高須幹事 まず1点目の,帰責事由がない場合との比較ということを御指摘いただく場合には,正にそのときに減額部分の算定が必要になりますのは,先生のおっしゃるとおりだと思っております。そういう意味では,その限りでの,私の先ほどの指摘が説得力があるわけではないというのは認めるところなのですが,ただ,私なりに考えましたは,要するに帰責性がある場合のみのことで恐縮ですけれども,そのときには損害賠償の裁判に当たっては,現行法の建前だと賃料の減額分のことは考慮しないで,損害賠償の訴訟が遂行できると。それに対して,今回の提案になると,帰責事由がある場合の損害賠償請求訴訟の中で,必然的にというか,自動的にというか,減額分のことが入ってくるので,従来の帰責事由がある場合との比較において,余り考慮しないでいた適正賃料額の減額を把握するという作業が必要になるのではないかと,その限りでの指摘ということでございます。   それと,2点目の既判力の問題は,私も今日,訴訟法の先生に伺えればと思っていたところなんですが,期待可能性の理論等で既判力を制限するということが必要になるのだろうと私も思っておりまして,最終的にはそのような処理をすることによって,私が指摘したような問題は回避できますよということは十分あるとは思います。   ただ,そうは言っても期待可能性による既判力の検討でというのは,必ずしも現在の取扱いの中で一般化しているというわけでもないやに思っておりまして,取り分け訴訟実務の中においては,なかなか既判力の壁というのは厚い部分があって,教科書等で書かれているようないろいろな理論が柔軟に駆使されているかとなると,どうもそうでもなくて,やはり既判力は大事だからということがあるのかなという気もしていて,ここは訴訟法の理論的な対応によって解決できるという点はそのとおりかとは思いますが,それでもまだ現在の実務では,そこまでのことがうまくできるかどうかが心配だという趣旨で,必ずしも説得力のない反論で申し訳ありませんが,そのように思っております。   それから,3番目の,もし別案を採った場合の処理ですが,ここは私が漠然と考えていたのは,多くの場合は借地借家法の適用があるということが多いのではないかということで,32条の柔軟な運用,それから仮にそれがない場合にも,建物価格でと今先生から御指摘があった,建物価格でというと,ストレートそのままではないのかもしれませんが,いわゆる損害賠償額の認定のところで,何らかの考慮が働くのかなというような,これまた余り根拠がはっきりしていませんが,そのようなことを考えている次第でございます。   取りあえず以上です。 ○金関係官 高須幹事の先ほどの2点目の問題は,当初の損害賠償請求訴訟においてその目的物の時価の満額を得ることができたという前提で,それにもかかわらず賃料も全額受領していたという事案に関するものだと思います。ただ,賃貸借の目的物の時価というものが,以前の部会の議論ですと,当該目的物が耐用期間を終えるまでに生ずべき賃料を現在価値に引き直したもの,これが目的物の時価であると捉えていたように思いますので,その考え方を前提としますと,目的物の時価の満額を受領するということは,将来の賃料収入を全て受領したというのと同じ意味であると捉える必要があるようにも思います。高須幹事の問題意識は,目的物の時価の満額を当初の損害賠償請求訴訟において取得した,すなわち当該目的物の耐用期間が終わるまでに生ずべき賃料を全て取得したにもかかわらず,それとは別に賃料を引き続き受領していたため,賃借人から余分に支払った賃料を返してくださいと言われた,そこで,その要求に応じて賃料を返して,その返した分を損害とする損害賠償請求訴訟を提起した,しかし,その損害賠償請求訴訟は,前訴の既判力で遮断されて棄却されてしまう,これはおかしいではないかという問題意識だと思いますけれども,その場合の賃貸人は,目的物の時価の満額を取得したにもかかわらず賃料も全額取得していたわけですので,賃借人から余分に支払った賃料を返してくださいと言われてそのとおり返した後で,その返した分を損害とする損害賠償請求をすることはそもそもできないのではないかとも思いました。その辺りについてお考えを伺えればと思っております。 ○高須幹事 今,金さんがおっしゃったのは,正にそういう考え方があり得るだろうと思っております。そういう意味では,私のすごく単純な説例に合理性が余りないのかもしれないのですが,ただ,その前提として思ったのが,目的物の時価全額を損害として立てたという部分が,将来の賃料債権全額の回収なんだという構図が,本当のところ当てはまるのだろうかと。そこは考え方の一つではあると思うんですけれども,単純にそうも言い切れないのではないかという思いをしておりまして,前提自体があり得るとは思いながら,完全にそうだとまで私自身が確信を持てていないと。実際の裁判等においては,むしろそういう発想で請求金額を立てているというよりは,単純に幾らの不動産が幾らの価値に下がったというところでやっているようなところがあって,目的物自体が滅失したことによる損害と,その間の使用収益の損害との関係というのは,今の裁判法理では必ずしも明快な考え方が構築されていないのではないかと思っておりまして,そこが明らかになる前にここだけ先取りするのは,実感として私が持てていなかったということでございます。   ですから,金さんの考え方であれば,なるほどなと私も思うのですが,まだそこまで私のレベルは来ていないということでございます。 ○深山幹事 今の点ですけれども,不動産なら不動産の価格を収益還元的に考えれば,金さんが言われた前提の理屈になるんでしょうけれども,実際には,収益を回収した段階で物の価値がゼロになるわけではなくて,賃貸借契約が終われば現物が戻ってくるわけです。   ですから,そういう意味では,物の価値が賃貸借期間が終了した段階でゼロになるのではなくて,一定の時間の経過とともに劣化して少々価格が下がるにしても,戻ってくる物の価値というものを考えなければいけないので,賃料を満期までに回収したら,それで全部損害はないんだということにはならないのだろうと思います。   むしろ,ほとんど価値が劣化しないで戻ってくるのであれば,物の価値と得べかりし利益としての収益というもの全体が,滅失によって損なわれるという考え方のほうが現実的のような気がしますので,そこの議論は少しかみ合っていないような気がいたします。 ○金関係官 申し訳ありません。私の言い方に問題があったと思いますけれども,目的物の時価の算定における将来の賃料収入の終期は,その目的物の耐用期間が終わった時点,すなわち目的物が返ってきても価値がゼロである時点という趣旨でありまして,その時点に至るまでに生ずる賃料収入のつもりで申し上げていました。そこにいう耐用期間と,現在賃貸している約定の賃貸期間とでは,通常,後者の賃貸期間のほうが短いと思いますので,そういう意味でも,約定の賃貸期間が終わる時点までの賃料収入を現在価値に引き直したものが目的物の時価であると申し上げたのではなくて,それよりも更に先の時点である目的物の耐用期間が終わる時点までの賃料収入を現在価値に引き直したものという趣旨で申しました。恐らくそれでもそのような計算方法には問題があるということだろうと思いますけれども,ただ,目的物の一部が滅失した場合に,その滅失部分の賃料も引き続き取得しておきながら,それとは別に滅失部分の時価相当額の損害賠償を請求するというのは,二重取りの問題を生じざるを得ないのではないかと思っております。   それとの関係で,先ほど冒頭の説明において,賃借人の義務違反の場合に賃料の減額を認めないとすると,その目的物の一部が滅失したことに基づく損害賠償請求をする際に,目的物の一部が滅失したにもかかわらずその滅失した部分についての賃料が引き続き入ってくることを,何らかの形で損害額の算定において考慮しなければならないはずであるけれども,これが,損害額の算定をする上で非常に難しい計算を強いる要因となるのではないかという趣旨の意見を紹介いたしました。この意見は,目的物の一部が滅失すればそれだけで賃料は必ず減額する,義務違反が賃借人にあっても必ず減額するという部会資料45の提案に従えば,目的物の一部が賃借人の義務違反によって滅失したことを理由に,その滅失の時点で損害賠償請求をする際には,その滅失部分に対応する賃料が減額されてしまったことを前提に損害額の算定をすることができますので,二重取りの問題は一切考慮しなくてもよく,かえって損害額の計算がしやすくなるのではないかという趣旨の意見ではないかと理解しております。 ○松本分科会長 今の金関係官の説明の前提として,別案でないところの当初案の趣旨は,賃料が当然減額され,あとは損害賠償で処理をする。ただし損害賠償ということの意味は,当該目的物が一部滅失したことの損害賠償だけであって,その当該賃貸借の残賃貸期間の賃料が全額取れなくなったことは,損害とは評価しないという大前提と理解してよろしいですか。 ○金関係官 むしろそこを損害と評価しているという前提でありまして…… ○松本分科会長 そうすると二重取りの問題が出てくるのではないですか。 ○金関係官 先ほど申しましたのは,賃借物が一部滅失したことによる損害の額というのは,極端に言えば,当該賃貸借が予定している約定の賃貸期間に発生すべき賃料全額の現在価値と,約定の賃貸期間が終わった後その目的物の耐用期間が終わるまでの間の賃料全額の現在価値をプラスしたものであるということでして,そのプラスしたものがイコール目的物の時価であるという趣旨で申しました。 ○松本分科会長 それを今確認しているんですが,その理解だとすると,目的物の時価をきちんと計算して賠償金を取った以上は,残存賃貸期間の間,私は本来これだけの収入が得られたはずなのに,当初案に従って当然減額されたことによって収入が減った分を別途損害賠償として請求することは許さないという趣旨と理解してよろしいですかという質問をしているんです。 ○金関係官 申し訳ありません。そういう理解です。 ○松本分科会長 分かりました。 ○高須幹事 一つの計算の方法だとは確かに思います。ただ,今,賃借人が賃貸目的物を一部程度滅失した場合の損害賠償の計算の仕方として,今のは賃料ベースの,目的物の価値が全くなくなるまでの回収賃料がどれくらいかということで,目的物の時価を本当に評価しているのとなったときに,私がたまたま経験していないだけなのかもしれませんが,少し違和感があるというのが1点と,もう1点は,先ほどの御指摘で,そうすれば計算は容易だという御指摘だったと思うのですが,それは私が書かせていただいたように,そのときは適正価格がどれくらい下がるのかというところの計算自体はしなければならないわけですから,一部滅失した結果として賃料がどれくらい下がるのかのところの評価の問題は付いて回るので,その評価自体はそう簡単ではないと思いますので,本案のほうが,二重取りみたいにならないで済むということはそのとおりかもしれませんけれども,その分計算が,実際の処理の仕方として明快になるかどうかは,それぞれ意見が,裁判になると両方の意見が分かれて,鑑定しても鑑定意見が違うみたいなことが生じて,結構難しい問題があるのではないかという心配はしております。 ○深山幹事 収益から還元した物の価値を把握するという考え方自体は,もちろん理解できるんですが,現実に賃料がそういう形で理論値どおりに賃貸されているかというと,そういうケースもあるでしょうけれども,そうでないことも間々あるわけです。つまり,理論値よりも低い値段でしか貸せないこともあれば,理論値よりも高い賃料が設定できる場合もあるわけです。例えば理論値よりも高めの賃料で契約が結ばれていたときに,賃料が発生しなくなるということになると,当該契約における賃料相当額が逸失利益としての損害として認識される。しかし,それは客観的な物の価値とはそこでは切り離されて,たまたま良い条件で貸していたという利益が失われるという意味であって,物の価値の理論値とはずれてくるわけですね。   逆もまたしかりで,物の価値に比して低い賃料だった場合には逆のことが起こるわけで,そういう意味で言うと,必ずしも現実の世界というのは,理論的な計算どおりにはいかないだろうという気がするので,結論が,当然減額がいいかどうかということに直ちに結び付くわけではないのですが,議論の前提として,そう計算どおりにはいかないのではないかということを申し上げたいと思います。 ○金関係官 御指摘の趣旨はよく理解しておるつもりです。ただ,そこは,約定の賃貸期間の間は理論値による必要はないとも言い得るのではないかと考えておりまして,例えば理論値とは異なる賃料で貸していたところ,目的物の一部が滅失したために賃料が得られなくなったときの損害額というのは,約定の賃貸期間が終わるまでは理論値と異なる実際の賃料をベースに計算してもよい場合があるのではないかと思っております。目的物の時価と常にイコールであるかのように言ってしまったので,理論値と実際の賃料には齟齬があるという御指摘を頂いたと思いますけれども,今申し上げたとおり,約定の賃貸期間が終わるまでは理論値とは異なる実際の賃料をベースに損害額の計算をして,約定の賃貸期間が終わった後,耐用期間が終わるまでに生ずべき賃料については,理論値をベースに計算をするというような工夫は可能ではないかと思っております。ただ,そうなるとそれが逆に複雑ではないかということかもしれません。 ○松本分科会長 そうすると,私が先ほど確認したこととはまた違った折衷説的な立場ですね。契約期間内の収入減は,それ自体固有の損害として計算した上で,契約終了時点における収益物件としての評価がプラスされて,物の損害の賠償として取れると,こういう御説明になりますね。   そうしますと,高須幹事のお立場ですと,物の滅失による,つまり離れが全焼したことによる物の価値の損害賠償は,滅失時点で評価をするという話なのか,それとも先ほどの金関係官がおっしゃった契約終了した時点,本来の契約が終了した時点における,それ以降の物の滅失ということで評価をするのか。つまり評価の時点はいつなのか。評価の時点がいつかによって,評価に入ってくるところの要素が変わってくるかもしれないというところがありますから,そこはいかがですか。 ○高須幹事 建物を壊さないように使用するという義務が賃借人にあって,それを義務違反によって壊してしまった,一部程度滅失してしまったということで,その時点で不法行為を構成するのではないか。その段階の評価ということが基本的に考えられるのではないかというふうに考えてはおります。 ○中井委員 今,議論されているのは損害論で,その損害論の立て方で混迷しているような気がするのですけれども,賃借人に義務違反若しくは帰責事由がある場合に,一部滅失して使用できなくなったとき,当然減額説を採ろうが,帰責事由のある場合には減額しないという立場を採ろうが,最終的には同じ結論にならないとおかしいと思うのです。損害論の立て方についていろいろ議論はあるにしろ,どちらを採っても最終的に金銭で補填される部分は,賃料名目で補填されるのか,賃料プラス損害なのか,若しくは損害名目で補填されるのかはともかくとして,同じでなければならないし,同じだろうと,この点は確認ができるのではないかと思うのです。あとは,説明の仕方の問題ではないか。   とすれば,今の議論に深入りすることが適当なのか疑問に思います。なぜそう思うかですけれども,典型例として,一つ前の(1)であれば,全部滅失したときには契約は終了する。仮に賃借人の義務違反で全部滅失したという場合を想定して,契約は10年間,しかし非常に古い家だけれども,月10万円で借りていた。1年目で滅失し,契約は終了した。では損害はどうなのか,この議論をしたときに,損害論はいろいろ考え方があると思いますが,9年分の賃料は少なくとも損害だ。1,000万円を超える。でも,その建物の交換価値は低い。200万円程度とすると,今,その200万円なのか1,000万円なのかを一生懸命議論しているように聞こえて,それはここでの本題ではないのではないでしょうか。   そこで,賃料という対価は何かということについて議論があり,賃貸借契約をしたから賃料債権が発生するのか,それとも,使用収益できる状態で賃貸人が使用収益させたから発生するのかと,ここの基本をどのように見るかというところなのかという気がいたします。   かねて,部会若しくは分科会の議論を通じて,消費貸借について利息の位置付けをどうするか,期間の定めいかんにかかわらず,元本を利用させれば,その利用の対価として利息は発生する。返せば,契約違反で返してもその時点で利息の発生は終わる。役務提供契約において役務提供の対価というのは何か,契約で直ちに発生するというよりは,役務を提供して初めて発生する。こういう考え方を賃貸借に持ってくれば,100のものを貸して100の賃料を得るところを,一部滅失して70になれば70の賃料しか取れない。この考え方を貫徹されれば,当然減額説なのか。それとも,契約は100である以上,滅失いかんにかかわらず100の請求ができるというのか。そういう問題なのではないかと思います。   そこで,弁護士会が気にしているのは,536条2項をどこまで貫徹するのかという点で,意見が分かれています。意見の分かれる心は,536条2項が民法改正でどこへ行くのだろうかというところに根はあるように思います。   この場面でも,賃料全額請求ができるという人は,賃借人,つまり債権者に義務違反がある場合でも,536条2項から全額請求できるという考え方を維持するほうが,536条2項が残っていいのではないかという配慮が働いているように思います。しかし,その考え方を役務提供契約等で使ってしまうと,債権者,役務受領者側に義務違反があっても,契約どおり100%の請求ができることになって,果たしてそれでいいのか,そういう疑問があることは,部会で申し上げてメモを出したところです。その辺りのバランスをとってどこに収めるかという問題なのかと思います。 ○大村幹事 中井委員がそういう議論はやめようとおっしゃった議論に関わる話ですので,やめたほうがいいのかもしれませんけれども,金さんの御説明に対して,松本分科会長から,折衷説が新たに出されたのですねという趣旨の御質問があったと理解しましたが,私は,必ずしも折衷説ではなかったのではと思って伺いました。そこで,この点を確認させていただこうと思った次第です。直前の中井委員の発言もそうですが,全部滅失にしても一部滅失にしても,滅失したことによって物がなくなっているので,なくなった物について評価することになりますが,評価の仕方については,その後も賃貸借が続くということであれば,その分については賃料というのを勘案した上で賠償額を決める,そういう御趣旨だったのではないかと思います。その意味では,途中で違う考え方を出されたということではなかったと理解しましたが,これはむしろ関係官に対する御質問ということになるかもしれません。 ○金関係官 私が申し上げようとした考え方は,大村幹事が今おっしゃったとおりのものです。それを折衷説的だと整理されたと理解しましたので,先ほどは特に何も申し上げなかったのですけれども,ありがとうございました。 ○大村幹事 松本分科会長は,想定されていた賃貸借の終了期間までは賃料を損害とし,その上で終了時の物件の価値を損害として考えると捉えられたから,折衷説ということになったのですね。 ○松本分科会長 そうです。その前提は,中井委員がおっしゃったように,どういう理論構成をしようが同じにならないとおかしいのではないかということに基づいているわけで,だからこそ高須幹事に質問したのは,本来の期間までは賃料を払うと,それ以後は物の損害賠償だといったときの物の評価は,終了時点で評価するのか,それとも滅失時点で評価するのかの仕方によっては,二重取りになるかもしれないからという趣旨です。   ですから,残存賃貸期間内は,賃料が減額されたことを事実上損害と評価して,それと終了時点以降の物の客観的価値というか,収益物件としての価値を別途評価して,合算して計算するということだと,当初の期間内は損害賠償ではなくて賃料として徴収し,終了時点で物を返還できなかったから,代わりに金銭で賠償するというのと実質的には同じになって,中井委員のおっしゃったような,理論構成は違うけれども結論は同じということになるのではないかという趣旨です。 ○高須幹事 私も,ここで余り細かな論争をしても意味がないということには全く賛成でございます。と同時に,中井先生がおっしゃったように,金額とか結論に差異があってはいけないというのも全く同感でございます。   ただ,その上で,今,先生から頂いた御指摘に対しては,仮に滅失時に損害が生じたと。いわゆる保護義務違反みたいな形で,その段階でのものを不法行為と構成したとしても,それで裁判になって,口頭弁論終結までの間,賃料を得ていたということを,何らかの形で最終的に口頭弁論終結後の損害額の算定の中に織り込むことは不可能ではないと思いますので,決して不法行為時に損害だと言ってしまったからといって,およそ二重取りに自動的になってしまうかどうかは,もう一つ理論の問題としてあるのではないかと思います。   ただ,どちらにしてもそれは,改正ではそんなことを書く必要はないのだろうから,理論をそこはまた考えていけばいいのだろうとは思います。そういう意味で,問題提起をしてしまって恐縮だったんですが,私自身も決して,別案を強く支持するということではありませんので,むしろ趣旨は中井先生から御指摘があったように,536条2項等々との兼ね合いの中で,弁護士会の中でも,当初の案に対して義務違反がある場合は別ではないかという意見があるということについて,具体例の中でもそういうことを考えたほうがいいのではないかという指摘をさせていただいたというふうに理解いただければ幸いです。 ○内田委員 中井委員がおっしゃるように,どちらを採ろうと,結論として出てくる数字が同じにならないとおかしいというのは全くそのとおりだと思いますし,それから,滅失した目的物の時価の評価時点について,評価時がいつかが重要だという松本分科会長の御指摘はそのとおりで,金さんの場合には滅失時点で評価をすると考えておられたから,先ほどのような説明になりましたけれども,評価時をずらして,賃料を取った後の時点で評価するということになれば,また話は違う。でも出てくる結論は同じだと思います。   いずれにしても結論は同じで,あとは説明の問題ではないかと中井先生はおっしゃったのですが,説明だけではなくて,高須幹事から今日,重要な御指摘として出されたのは,訴訟の手続でどちらがより実務的に使いやすいかという視点もあるということで,そういった観点からいずれが望ましいかを更に詰めていけばいいのではないかと思いました。   ただ,その上で,中井委員が消費貸借との対比の話を出されたのですが,消費貸借というのは金銭の消費貸借と利息の問題だと思いますけれども,そうなると話は別で,ここで問題になっている目的物の滅失というのは,飽くまで収益還元法によって目的物の時価が評価されるような場合,つまり賃貸に出せば目的物の価値は減少していく。いずれはゼロになる。そこまでの間,耐用年数の間,これは税法上の減価償却の年数とは無関係だと思いますけれども,事実としての耐用年数の間,どれだけの収益を生み出せるかということで,時価を評価するという前提に立った場合に,今の議論が成り立って,結論はどの考え方を採っても同じということになると思います。   ところが,金銭を貸すとなると,元物といいますか,元の物が減価していかないものですから,その場合には別の発想を採る必要があるのではないかと思います。そこは区別して考えるということで,今,不動産の賃貸借を想定して,収益還元法が妥当するという前提に立てば,問題の所在は明らかになり,何を詰めればいいかということも明らかになったのではないかと思います。 ○中井委員 損害論を考えたときには,内田委員がおっしゃられたとおり,建物が滅失したときの滅失評価についてと,金銭について,繰上弁済をしたときの損害論の考え方は,別に考えなければいけないというのは御指摘のとおりと思います。   私が申し上げたかったのは,当然減額を採るかどうかということを判断するときに,賃料というのは本来,私は研究者の方からそのように教えられたと思っているのですけれども,使用収益させることによって初めて生じる対価,だからこそ,売買における危険負担的発想と賃貸借における危険負担的発想は異なると思っているんです。その考え方というのは,一部滅失した帰責事由が誰にあろうと,使用収益させる物の価値が下がれば,対価たる賃料も当然に下がる。そのことは消費貸借における物の使用,元本を使用させて初めて利息が発生するのと同じような評価になるのではないか。   同じように,役務提供についても横並びで考えられるのではないか。債権者の義務違反があるときには,それを超える部分は損害論で考えればいい。ここで言うならば,当然減額した上で,得られなかった利益については損害論で考えればいい。その損害論の考え方については,不動産の一部滅失の場合と金銭の繰上弁済の場合では,もちろん対象物が違うから考え方は異なるけれど,それは損害算定の問題にすぎない,こういうことを申し上げたかったのです。 ○内田委員 おっしゃることに異論はありません。ですから,議論は対立はしていないと思います。ノーワーク・ノーペイというか,利用によって初めて対価が生ずるという場合については,正に中井先生がおっしゃるような考え方で処理するということだと思います。ただ,果実である賃料を発生させる元になった元物が滅失して,その滅失に対して時価が賠償された場合の賃料との関係については,今,交わされたような議論が妥当するだろう。収益還元法で元物の価値が評価される場合については,今のような議論が妥当するだろうということだけです。 ○松本分科会長 あと残るのは,収益物件であるにもかかわらず,収益還元法が妥当しない物件が非常に多いのではないかという,深山幹事が何回か指摘されている部分について,どうするのかというところかと思います。例えば,2年契約で借りたところ,1年目で失火を出して一部滅失したという場合に,現実の世界では,恐らく,1年後の時価と今の時価は,ほんの少し減価するかしないかぐらいで評価されるのではないかということになりますと,一部滅失時点の時価で損害を算定した上で,残存1年分の賃料の減額分を別途損害だとして賠償請求できるというふうにすると,それは結局,賃料を残存期間払わせて,終了時点の時価を損害としてプラスするというのと余り変わらないこと,若干少ないかどうかくらいだろうと思うんですが,そこの部分です。当初原案で言うところの損害を,今言ったような当初の契約終了時点の時価プラス残存期間の収入減を一部滅失時点における損害と考えれば,賃料を支払わせ続けて,終了時点で時価を計算するというのと,ほとんどニアリーイコールになるのでしょうけれども,そうではなくて,終了時点における収益還元法でない方法の時価で計算すると,恐らく賃貸人としては,十分損害が填補されていなかったという実感を持つかもしれないので,その辺りを,条文には書けないかもしれないけれども,どうするのかというところが残るかと思いますが。 ○岡委員 中井さんと同じような感覚で,損害論の細かい話は後から付いてくる話かなと思います。弁護士会で議論している限り,一部滅失したから当然減額だ,賃料というのはそういうものだと,それはそれで分かると。しかし,536条2項のような考え方,賃借人の義務違反のときに,契約の対価を支払う義務から免れるというのは倫理観から許せない。その場合は,実質は損害賠償かもしれないけれども,契約上の対価を払わせるという,ある意味,公平感というか,倫理観というか,ペナルティーというか,それがあるべきだと,そういう意見が強いようです。それはそれで分かるような気がいたします。   だから,当然減額という理屈で割り切るのか,536条2項のような義務違反をした人には契約上の対価を払わせるべきと考えるか,そこの価値観の違いのように,思います。   その結末がどうかというと,まず,当然減額だともし立法で割り切って周知期間を置けば,高須さんのような問題はきっと起きないのではないか。第一読会でも,当然減額だと賃貸人にとって予見可能性がないので心配だという話もしましたけれども,立法で決めるのであれば分かるはずだし,その立法の後,訴訟を起こせば,賃料を払っているのはどうなんだというのは,きっと話をするはずですので,それはそれで何とかなると思います。そして当然減額の場合でいけば,滅失時の時価が損害になると思うんです。536条2項のような考え方を残して倫理的にやると,契約満了までの賃料は払い,その契約期間終了時の交換価値の下落分が損害賠償額となるのではないでしょうか。私は,その二つは一致しない場合もあり得る,一致したほうがいいかもしれませんが,一致しなくても,別にいいのではないかと思います。やはり一部滅失した以上,当然減額で賃料は生じないと割り切るのか,536条2項のような考え方で,義務違反がある場合には契約を守れと,そこが分かれ道と思います。私は,どちらがいいかというと,当然減額でいいのではないかと思うんですが,弁護士会の有力な説として,536条2項があるではないか,倫理的にいいではないか,これを今改めるべきではない,雇用でも536条2項は残すんでしょうとおっしゃっています。 ○金関係官 その御指摘との関係で申しますと,全部滅失の場合との比較がやはり気になるところではあります。全部滅失の場合には,先ほど中井委員もおっしゃったように,賃貸借は当然に終了して以後の賃料は当然に発生しない,あとは損害賠償で処理するということで,ほぼ一致を見ているところだと思いますので,それとの関係を弁護士会の方々はどのようにお考えなのかという点を伺いたいと思っております。 ○岡委員 一部滅失,かつ契約の目的を達成しない場合なので,全部滅失の親戚みたいなものではないかと言ったところ,いやいや大分違うと。全部滅失の場合だけが例外で許容できるんだと,そういうふうにおっしゃいます。 ○松本分科会長 私はまだ若干引っ掛かっています。一部滅失で,本件のケースでいえば,離れが焼失した時点で賃借人が200万円を損害賠償として払って,直ちに賃貸人が離れを再築すれば収益性は回復するわけだから,その時点における200万円の損害賠償があり,賃料は当然減額ということでつじつまは,多分,賃貸人の経済ベースでも合うと思われるわけですが,そうでないような場合,すなわち再築しないという場合に,賃料ももらって200万円ももらってということだと,二重取りという感覚が出てきませんか。 ○岡委員 当然減額説であれば,滅失時の200万円だけで終わり。536条2項を残すのであれば,終了時までの賃料プラス契約終了時の交換価値で,きれいに割り切れるように思いますが。 ○中井委員 損害論は必ずしもそうではなくて,当然減額説に立っても,向こう3年の残存期間があったら,滅失時点における物の評価として,つまり損害評価としては,3年分の得べかりし賃料プラス3年後の残存価値と考えることだって不可能ではないと思います。しかし,いずれにしろ私は損害論の問題なので,岡さんが整理していただいたように,賃料が当然減額するという考え方は一定合理性があるようにも思いますけれども,それに対して根強く,賃借人が義務違反で滅失させたにもかかわらず何で賃料が下がるのかと,そのことについての違和感があり,現行民法も,少なくとも賃借人に帰責事由がある場合に,賃料減額請求を認めていないわけですから,そこから転換することについてどれだけ国民の理解が得られるのか,そういう問題ではないかと思っております。   私は,自分の意見は申し上げませんでしたけれども,ほかの横並びのところから申し上げて,賃料についても使用収益の対価として割り切って当然減額説でいいのではないかという意見を持っております。ただ,弁護士会では多数を占めてはおりません。 ○深山幹事 私も,当然減額のほうが理屈の上でもすっきりするし,現実的かなと思っております。   理屈のところは既に語られているので,これ以上申し上げませんが,現実的なところの問題としては,先ほど沖野先生が3点目として御指摘になった過失相殺が問題になるような場合というところと同じようなことを考えていました。つまり,双方に原因があるような場合に,当然減額でないとした場合どうなるのかというふうに考えると,例えばフィフティフィフティの原因なり過失に基づいたときに,全額賃料が下がらないというのももちろんおかしいし,半分下がるという規律が作れるのかというと,そういうものでもないだろうと思うんです。そこは正に,先ほど来出ている損害論の中で,過失相殺という理屈や,何が原因だったかということも含めて,損害論の中で個別に議論するしかないような問題なんだろうと思うんです。   そういう意味で言うと,純粋に損害論を議論するためには,得べかりし賃料を減額しないで損害を考えるということではなくて,一旦それは外してしまって,物が毀損しその使用対価は発生しなくなったというときに,それにどちらがどう寄与したかということを純粋に損害論として議論するという仕組みにするのがよろしいのではないかという気がいたします。 ○松本分科会長 損害論に全部預けるという提案がかなり多いわけですが,そうすると損害論のほうが耐え切れるのかという懸念も若干あります。ここは損害論をやる場ではないということですが,損害論でそこまで全部耐え切れるかどうかについて,もう少しクリアにした上で,分担のルールを決めたほうがいいのではないかという気はいたします。どうぞ。 ○大村幹事 損害論で全部耐え切れるのかと言われると,耐え切れないのかもしれないですけれども,しかし問題になっているのは,先ほど分科会長がおっしゃった二重取りになるようなことはどういう構成であってもおかしいであろうということと,中井委員や岡委員がおっしゃっているように,賃貸借の期間がある,その期間が終わるまでの利益というのが取れないとおかしいだろうということですね。どんな損害論を採るのであれ,この制度を採るのであれば,損害の算定に当たってはこのような点に留意する必要があることを明示する。そこまで合意できれば,それでよろしいのかなと思って,皆さんの御意見を伺いました。 ○松本分科会長 結論的にはそれで私も分かるんですが,賃料支払債務を負っているところの賃借人が債務不履行をしたことによって,債権者が被る損害の中に本来支払うべき賃料が入るというのは,何か若干割り切れないという感覚なんです。それは本来の履行請求ではないかと。つまり,売買契約で代金の一部しか払わないのであれば,残代金は損害賠償として請求するのでなくて,履行請求として請求するのが普通ですね。そういう発想からいくと,本来賃料として払うべきもので,自分の義務違反で払う必要がなくなったことによるところの支払を損害賠償というふうに転換して考えるのが若干引っ掛かるということで,それは単なる履行請求ではないかと。となると,賃料債務は残るというほうが説明はしやすいのではないかということで,ただ損害論というのはぬえのようなものですから,それを損害だというふうに評価をしてというのは,十分あり得るとは思います。 ○大村幹事 分科会長がおっしゃることはよく分かるのですけれども,これは先ほど中井委員がおっしゃったことだと思いますが,こうした賃貸型の,内田委員の言葉で言うとノーワーク・ノーペイというタイプの契約の規律と,松本分科会長が直前におっしゃった売買のようなタイプの契約の規律とでは,原理が違うということなのではないでしょうか。これを一つの原理で説明するということになると,賃貸借のほうについて,売買のほうで言っているような考え方では説明できないものがあると感じられることになって,どちらと整合性をとっていくのかという決断が求められることになるのではないかと思います。 ○松本分科会長 ということで,考え方をどうすればこうなるという整理が,今,大村幹事の説明で大体行われたかと思います。賃貸借型について,売買のようなものと少し違った発想を取り入れるということであれば,536条2項も余り気にしなくていいという話になるのかもしれないということですね。 ○岡委員 別のことでよろしいでしょうか。分科会資料7の2で,義務違反の場合は当然減額しないという案を出していただいているんですが,先ほどの536条2項の精神を残すべきだという人たちの意見としては,現行民法であれば,過失によらないで滅失したときは減額すると規定されています。賃借人,減額を求める方が過失によらないでというのを立証しなければいけません。これがひっくり返ると賃貸人の負担が重くなるという具体的な問題を指摘しております。資料の表現は証明責任まで考えていないということだとは思いますが,こういう書き方だと,賃貸人が義務違反だと立証しないといけないように読める記載ですので,弁護士会の536条2項説の人たちは,証明責任の点で反対をしています。 ○金関係官 証明責任の点については一応考えた上でこの案を示しておりまして,と申しますのも,民法536条2項は,むしろ反対給付の請求をするほう,つまり今回の議論でいうと,賃料債権という反対給付を請求する賃貸人のほうが,賃借人の帰責事由によって履行不能となったことを主張立証して初めて,民法536条2項を根拠とする反対給付の請求をすることができるという規律であると理解されていると思います。他方で,岡委員の御指摘のとおり,民法611条のほうは必ずしもそうではなくて,賃借人のほうが自分の過失によらないで滅失したということを主張立証しなければならないという規律であるように読めますし,恐らくそう理解されているのだろうと思います。それらを踏まえますと,この分科会資料7の案は,確かに民法611条における主張立証責任の分配の仕方を変更するものではありますけれども,しかし民法536条2項の主張立証責任の分配の仕方には従っているので,少なくとも契約一般のルールとは異ならないということになると思います。ただ,その主張立証責任の分配の仕方にこだわっているというわけではありません。 ○松本分科会長 よろしいでしょうか。   それでは,次の論点といたしまして,部会資料50の「第4 相殺」についても御審議いただきたいと思います。事務当局から御説明をお願いいたします。 ○松尾関係官 部会資料50の22ページを御覧ください。この論点につきましては,第61回会議で審議がされ,具体的な規定の在り方などについて分科会で審議することとされました。   まず,1につきまして,従来主張されてきた制限説との間に乖離があることから,ここまで相殺の範囲を明確に拡張することについては慎重な検討が必要ではないかとする意見がありました。また,同じ1につきまして,倒産法と実体法との間で相殺の範囲が異なることは望ましくないとして,部会資料の提案に賛成する意見がありました。 ○松本分科会長 それでは,ただいま御説明のありました部分につきまして,どうぞ御意見をお出しください。 ○中井委員 部会では,相殺に関する規律についてはほとんど議論がなく過ぎたので,それでよいのかという思いから,前回の部会で御提案させていただきました。   1の差押えの場合について申し上げますと,従来,制限説,無制限説として議論されていたのは,専ら弁済期の前後であったわけですけれども,その点については無制限説でよいのではないかというのは実務界の大勢の意見で,弁護士会もその意見に賛成です。   ただ,従来議論されていた以上のものがこの提案には含まれていると思うものですから,そのことについてもう議論したほうがいいのではないか。すなわち,弁済期の前後を超えて,差押え前の原因に基づいて生じた債権であれば相殺できる。その例として,委託のある保証をしていた場合に,保証人が第三債務者であった場合ですけれども,保証を履行して取得する,事後求償権を反対債権として相殺できると拡張しているわけです。これは,部会資料にも載っている東京地裁の判決では否定されていたものを変更するという意味があるわけです。差押えがある場合,倒産と同じ規律にするという考え方に従えば,そのような見解になるわけですけれども,差押えの場合と倒産手続開始の場合をパラレルにしていいのかということについて,確認しておくことは重要だろうと思ったわけです。   部会でも申し上げたことは,差押えのほうは,差押債権者は汗を流して手続をとったわけです。第三債務者にしたら,仮にこのような場合に反対債権としての相殺を認めなくても,債務者については,一般財産があれば一般財産から回収する余地はある。倒産手続が開始している場合には,ここで言う債務者,財団については財産拘束がありますから,債務を負担している者にとって個別にその財団から回収することはできない。できないからこそ,反対債務に対して倒産手続開始前の原因に基づく自働債権を取得するのであれば,そういう地位は保護するに値する。相殺期待を持っていたわけですから。それと差押えをパラレルにしていいのでしょうか,この辺を再確認したかったわけです。   ○高須幹事 今の中井先生の問題意識に同調させていただくという趣旨なんですが,無制限説でいこうというのが基本的な今までの方向性だと思います。それはこの時点でございますから,考慮していかねばならないとは思っているのですが,ただ無制限説というのも,従来は,今御指摘があったように,差押え時に仮に履行期が到来していなくても,将来履行期が到来する債権があれば,それはそれで相殺は可能なんだという法理であったんだろうと思います。履行期が将来到来する現在の債権の存在を要求するというのが一つの,主に考えていた無制限説の内容だったと思います。   それを,今回更に,差押え前の原因に基づく債権があればいいというような形にするということは,もう一つ無制限説を更に相殺しやすいものにしようという決断になるのではないか。そうなるとそこは慎重に考えるべきではないかと思いまして,倒産法制とそろえるということがいいということであれば,もちろん倒産法制がそうなっているわけだから,そういうことだと思いますけれども,民法と破産法その他の倒産法制との,本当にそれが相殺の場面でも同じレベルであったほうがいいのかどうかということは,この前の部会ではほとんど議論がなかったと思いますので,改めてここで検討して,答えを出したほうがよろしいのではないかと思います。そういう意味で同趣旨でございます。 ○松本分科会長 ということは,従来の考えられていた無制限説よりも広い拡大無制限説ではないかという御指摘だと思いますが,いかがでしょうか。 ○三上委員 慎重意見が出たので,擁護論になるわけですが,現在,典型的には,委託ある保証を履行した場合の求償権等に関しましては,保証約定書等で差押えに対抗できるための手当てを整えているので,実務上の支障はないと言えばないわけでございますが,逆に言いますと,必要な部分というのは既に現行法下でも相殺できるようになっていますので,明文で認めて,それほど範囲が広がるのかという点は一つ言えると思います。   それからもう一つ,中井委員が御指摘された差押債権だけを狙い撃ちするような形での相殺ということであれば,それは狙い撃ち相殺という相殺権の濫用理論で対応できる場面もかなりあるのではないかということは言えると思います。   そういう意味で,ここで破産法の範囲と併せて拡大するということ自体が,それほど大きく既存の実務に影響するとは考えないわけでございますが,「生じた債権」というのと「取得した債権」というのは,使い分けておられるのですかという話を本会議のほうでして,余り明確な使い分けはしていないような回答を頂いたような気はしたんですが,その後いろいろ聞いていると,既に停止条件付のような形で存在している債権は対象にはするけれども,例えば債権の将来売買の契約のようなものがあって,それに基づいて,本当に外側から債権を取得するケースでは,当該売買契約という原因が「前」にあっても対象にならないということのようです。これだけでも,現行法よりも相殺可能な範囲が広がるわけですから,余り高望みはいたしませんけれども,契約がそれ以前にあるのであれば,「生じる」か「取得する」かによって余り違わないのではないか。例えば,保証履行の形で他人の債権を肩代わる場合と,他人の債権を買い取る形で保証と同じ効果をもたらす取引というのは,同じようなものですので,この二つによって相殺ができたりできなかったりするというのは,合理的かどうかという問題点はあると思います。   ただ,これはどう解釈するか,また破産法とのパラレルで,民法のほうが広いというわけにはいかないという問題点があるのであればそのとおりだと思いますので,強くは主張いたしませんけれども,破産法と同じ範囲まで拡大することに関しては,今申しましたような形で,それほど大きな実務の混乱はもたらさないのではないかと考えております。 ○山本幹事 非常に雑駁な感想なんですけれども,差押えがあり,破産手続開始決定というのは包括差押えというふうに理解されていると。破産手続において債権者平等というのが非常に重要な考慮ファクターになっているということは間違いなくて,相殺というのは,債権者平等を破る,相殺権者に優先権を与える側面があるということは間違いないと。そうであるとすれば,普通は,破産手続のほうが個別差押えの場合よりも相殺の範囲が狭くなってしかるべきであるというふうに考えられる。少なくとも同等であってしかるべきだと考えられそうな感じがするわけですが,現行でこういう停止条件付債権から将来債権に基づく差押え後の相殺が民法でどう考えられているかということ自体,今まで伺った感じでは,無制限説を採るとしても必ずしも明らかではないという状況のようですけれども,もしそれができないという理解を採るとすると,破産の場合は相殺できる範囲が狭くなるということになると思うんですけれども,それは一般的な考え方からすると,やや違和感があることは間違いなくて,現に破産法の有力な論者の中には,破産法70条というのは,実態法との関係で,相殺できる範囲を拡大しているということが果たして正当性を持つのかという,立法論的には疑義があるのではないかという主張を有力にされているという点に鑑みても,破産法70条はもちろん削除して,やめていくというのも一つの考え方かもしれませんけれども,もしそれを前提にするのであれば,書くかどうかはともかくとして,民法の実質としてこういう規律になるということには,私自身はそんなに違和感は覚えないような気がするということです。 ○畑幹事 私は定見というほどのものではないのですが,今,山本幹事がおっしゃったのと似たような感想を持っております。取り分け,差押えと相殺については,倒産法におけるような危機時期における相殺への期待の取得ということは,問題にしないということに今のところなっていて,それはすなわち,差押えの場合のほうが相殺できる場合が広いということだと思いますので,既にその局面でそういう関係になっているのではないかという感じがいたします。 ○沖野幹事 現行法の下で,そもそもどの範囲で相殺が認められるのかということ自体も,必ずしもはっきりしていなかったのではないかと思います。例えば,停止条件付きの自働債権という場合を考えますと,既に債権・債務の対立はあって,あとは条件が成就するのを待つだけであるという場合です。これが期限であれば未到来であっても確実に来る,けれども期限が到来するのを待つだけの状態であり,自働債権の期限が到来する前に差押債権者から取立てがされ,執行まで掛けられればもう終わりという状態であるのと,停止条件付きの場合とでどのくらい違うのかという問題については,ほとんど議論がされていなかったのではないかと思います。   現行法の511条は,その後に「取得した」と書いていますけれども,これが,停止条件付きの債権をすでに有している場合,直ちに請求できるような形で条件が成就したときに相殺するというのを排除する趣旨と考えていたのかというと,「取得した」という要件は,もう少し幅がある概念として捉えることも現行法としては考えられるように思いますが,しかしそこは議論がほとんどなかったに近い状態ではないでしょうか。下級審の裁判例を引いてくださっていますけれども,余り正面から議論があったとは思われません。   更に言いますと,仮に停止条件付きの自働債権を有している場合について,制限説に立ち,かつ弁済期の前後によるという考え方に立った場合に,停止条件付きの自働債権のほうが差し押さえられている受働債権の弁済期到来よりも先に条件が成就し弁済期が到来するという場合ですと,受働債権について履行を求められるときには,直ちに自働債権で相殺ができる状態にあり,そのような債権ないし地位を差押時にすでに有していると見ることができます。もちろん,差押えの段階では条件は成就していないということで,合理的な期待ではないと見ることも考えられるかもしれません。けれども,果たして今のような場合に,当然に弁済期の前後によるという制限説の下でも,およそ禁止されるという考え方であったのかというと,そうだとは言い切れないのではないかと思います。   ですので,現行法の解釈の余地がある問題ではないかと思われまして,そのような理解に立つならば,提案は,その点を明確にする趣旨とも解されます。その明確の仕方が差押え前の原因という形で組み込んでくるという提案ではないかと考えられます。こう考えますと,逆に射程は限定はされるわけで,債権・債務の対立があって,あとは条件の成就を待つだけという場合は含まれてくると思いますけれども,新たに取得するという場合は,やはり制限されるのではないかと思われます。   破産との関係での広狭は,山本幹事,畑幹事の御指摘のとおりだと思われますし,他の財産があるではないかという中井委員の御指摘はいずれにも働き得るのではないでしょうか。相殺する側はそちらを押さえればいいではないかということは言えるかもしれませんが,差押えは,それが空振りなら他を押さえればいいではないかということも言えるように思われますので,必ずしも決定的ではないのではないかと思います。 ○岡委員 私もこの提案に基本的には賛成なのですが,今まで相殺規律のところで「原因」という文言を余り使ってこなかったところに不安を持っております。相殺規律のところでは,破産法71条2項で,知ったときより「前に生じた原因」で負担あるいは取得という規律があり,ある程度判例があって,親しみもあるんですが,今回は,それではなく,破産債権の定義のところの「前の原因に基づいて生じた」という文言をここに持ってきているわけです。破産債権の定義のときに,原因というのは何なんだというのは,実務家としては余り深く考えず,破産債権に広く含めて免責してしまおうという観点から,破産債権の定義のほうの「原因」は,それほど詰めてきていないという印象を持っております。その余り詰めてきていない文言がここに入ってきて,相殺規律に使われて大丈夫かという心配でございます。   具体的に二つぐらい例を挙げますと,破産宣告後に純然たる第三者弁済をして,事後求償権あるいは代位取得した債権があったときに,私はそれは破産債権だと思います。純然たる第三者弁済でも,代位取得する,あるいは弁済する対象たる破産債権が存在するんだから,それを原因とする事後求償権は,破産債権として免責対象にするのが相当と考えます。しかし先般の最高裁判決の第一審判決は,それは原因ではない,単にピュアに買ってきたようなものだから,破産債権ではないと言い切っております。なおこの債権は,差押え前の原因に基づいて生じた債権であるとしても,実質的には,他人の債権を差押え後に取得したものだという類推解釈で相殺は禁止されると思われますので,違いは生じないのですが,純然たる第三者弁済に基づく事後求償権が,前の原因に基づいて生じた債権であるかないか,これは,立法するのだったら明らかにしたほうがいいだろうと思います。   それからもう一つ,倒産法で問題になっているのは,元請が下請が潰れたときに孫請に払うことができるという約定です。建設業法に,孫請の債権が労働債権に近い場合は,元請は下請を飛ばして孫請に払えという勧告もできるという規定があって,下請が潰れたときに元請が孫請に払って求償権を取得することがあります。これが差押え前の原因に基づいて生じた債権になるのかならないのか。結論は当たらないというほうがいいとは思いますが,純然たる第三者弁済に基づく事後求償権,元請の孫請に対して支払うことができるという約定に基づく求償権,そういうものが当たるか当たらないかは,この表現で立法するのであれば,明らかにしたほうがいいと思います。 ○山本幹事 純粋の第三者弁済は当たらないのではないでしょうか,普通に考えると。それは当該債権者と代位弁済者の間には,やはり原因はないと考えざるを得ないのではないかという感じはしますので,その免責をどういうふうに,もちろん弁済による代位で移転してくる債権,これは破産債権になることは明らかで,それは免責の対象になるわけですけれども,そのときに,求償権自体は破産手続開始後の破産財団を引当てにしない債権になるというのが,多分普通の解釈なのではないかと思うんですけれども,それが免責の対象にならなくて困るかどうかというのは,確かに一つの解釈問題としてはあり得ると思いますけれども,私自身はそう思います。 ○畑幹事 倒産手続開始後の純然たる第三者弁済については,今,山本幹事がおっしゃったのとは違う考え方もあると思いますが,今おっしゃったのは,求償権が何債権になるという御理解ですか。 ○山本幹事 それは,破産財団を引当てにしない破産者に対する債権。 ○畑幹事 それもあるかもしれません。しかし,破産債権になるという考え方と,あと,元の破産債権の実価の分だけ財団債権になるという考え方も存在するように思いますし,今そこを固めろというのはちょっと難しいかなという感じもしております。 ○山本幹事 だから,元の債権が財団債権であれば,弁済によって生じた求償権は財団債権になることは多分明らかで,それは一種の事務管理とか,いろいろな説明ができるのかもしれませんけれども,そういうことになるだろうと思います。そういう意味では,確かに実価の部分というか,破産配当すべき部分は,破産管財人がその分をいずれにしろ弁済をしなければならないのだから,その部分について財団債権として評価するということは,解釈論としてはあり得ないことはないと思いますけれども,破産債権になるというのは私にはやや理解ができないのですけれども,何が原因なのですか。 ○畑幹事 私がそういう考えを採るというわけでは必ずしもないのですが,そういう考え方も書かれていて,それは元の破産債権の存在が原因だと言わざるを得ないということではないでしょうか。 ○中井委員 今の議論と直接関係しないのかもしれませんけれども,ここでの差押え前の原因に基づいて生じた債権の射程について,議論の中で明らかにするか,もう少し明確にすることが必要ではないかと思います。   先ほど岡さんが二つ例を挙げたわけですけれども,それ以外に,賃貸人の賃借人に対する賃料債権を,向こう6か月分差し押さえたという差押え事例を考えたときの,賃借人が賃貸人に持つであろう反対債権,幾つかのものがあると思いますが,その反対債権は基本的には賃貸借契約を基礎として発生する様々なものが考えられる。原因というのは,賃貸借契約があれば,例えばそこから発生する補修請求権であるとか,有益費や必要費を出したときの償還請求権,その支出したタイミングが差押え前であれば,それは当然そうなるのでしょうけれども,そのタイミングが差押え後であっても,それは賃貸借契約に基づくという前の原因なのか,幾らでも例はあるんですけれども,差押え前の原因に基づいてというのが定義の上からはっきりしているのか,少し不安に思います。といって,こうすればはっきりするというわけではなくて,停止条件付債権も含まれる,将来の請求権も含まれる。とすると,先ほどの破産法70条との関係でもどうなのですか。   倒産法の研究者の方々では,70条については広過ぎるという意見があるのは,民法の差押え場面ではもっと狭いではないか。民法における差押え場面では狭いのをそのまま横置きして倒産法を規律すべきであって,だから70条は廃止すべきだという意見が一方であると思います。しかし,この規律を入れれば,差押えの場合に相殺できる範囲が広がるような印象を受けます。広がった結果として,破産法における70条,これはそのまま残してよいという意見につながるのか,それでいいのかというのが私の素朴な,よく分からない疑問です。 ○松本分科会長 議論を進めようと思うと,差押え前の原因に基づいて生じた債権というもののイメージをもう少し共通化できないと駄目だということになりますか。つまり,破産法の条文があるからそのまま使ったというだけでは,民法に入れるとすれば不十分であって,具体的にどういうものが入り,どういうものが入らないのかについて,納得のできる定義ができればいいし,そうでない場合は,こういうのは認めるべきではないということでしょうか。そうであれば,典型的に考えられる例を幾つか挙げて,これは入る,これは入らないという合意ができれば,入るものを包括するような定義が考えられればいいし,そもそもそれぞれの種類の債権について考えが全く一致しないのであれば,全体として入れないという選択肢もあるかもしれないんですが,どういう形で今後の審議を進めましょうか。 ○松尾関係官 言葉の問題についてですけれども,確かに「原因」という言葉には不明確な部分があって,心配であるという御指摘があり,その点について詰めていただくのは大事だと思うのですけれども,先ほど山本幹事と畑幹事の間で御意見が分かれたように,そのことについて結論の一致を見るのはなかなか難しいのではないかという印象も持っています。   ただ他方で,結論として相殺できないということ自体は御異論がないのではないかと思っていまして,先ほど例に出た純然たる第三者弁済によって発生する求償権が破産債権に該当するという立場からも,破産法72条の1項1号を類推して相殺ができないという御見解がされていると理解をしておりまして,相殺することができないという結論には争いがないのだろうと思います。これとパラレルに考えると,今回の提案においても,仮に差押え前の原因に基づいて生じた債権であるとしても,1の(2)のイの「差押え前の原因に基づいて生じた他人の債権を差押え後に取得したもの」の解釈によって,相殺することができないという結論を導くことができるのではないかという理解に立って案を作成いたしました。   つまり,仮に「原因」の解釈について一致ができないとしても,今回の提案全体で相殺ができるかできないかという結論について合意が得られるのであれば,この概念で規定を設けるということも考えられるのではないかと思っていますし,他方で,結論についても解釈が分かれる例が多いのであれば慎重に考えた方がよいと思いますので,「原因」の内容について御議論いただく際には,最終的な相殺の可否についても併せて御議論いただいたほうがよいのかなとも思っております。 ○岡委員 部会及びこの分科会でも,民法の先生方から発言がないので非常に不安に思っているのでございまして,破産法で確立した文言だから民法に入れても大丈夫だと思われて立法されると困るなと考えます。破産法でもまだ,特に相殺との関係では議論していない論点なので,大丈夫ですかと。でも破産法でも,破産債権の定義とかそういうところで具体的に大きな問題にはなっていませんので,大丈夫だと言われれば大丈夫のような気もするんですが,そういう問題意識でございます。 ○中井委員 先ほど申し上げた賃貸人の賃借人に対する賃料債権を向こう6か月分差し押さえた,その6か月分は毎月弁済期が到来する,その場合に,賃借人が賃貸人に対して,例えば有益費の償還請求権を持つ。それは差押え前でなければならないのか,差押え後,弁済期が到来するまでの間といいますか,6か月間に何らかの原因が発生して反対債権を取得したとき,それはどうなのか。 ○松本分科会長 では,今の点も含めて沖野幹事,どうぞ。 ○沖野幹事 中井委員が御指摘になった今の例などが難しいところなのかなと思います。といいますのは,原因というよりは,同じ契約関係の中での密接関連性のような話ではないかと思うのです。基礎は十分にあるかというと,多分必要費のほうが直ちに請求できるので,そちらの例のほうがよろしいかと思うんですけれども,必要費を出したというときに,必要費を出すかどうかは極めて不確定で,停止条件と同じだと言われるとそうかもしれませんが,何か基礎が十分ではないけれども,本来であれば賃貸人が出すべきものについて代わって払うという関係があり,契約関係が基礎にあるとすると,相殺を認めてもよいようにも思うんですけれども,原因という概念では拾いにくいのではないだろうかと,そういう感じを持ちます。   具体例として今回挙がった,委託を受けた保証人の事後求償権,事前求償権でいけるかという問題はありますが,事後求償権は,差押え後の弁済によって現実化したときも入るのではないか。純然たる第三者弁済は全く入らないのではないか。約款上支払うことができるという元請のケースは,支払義務は全くないわけですので,これは基礎がないのではないかという感覚を個別の問題としては持っています。今出された例だけでも,ある程度意見がまとまるのであれば,こういうことを想定しているという具体例を一つまとめるのが手掛かりになるのではないかと思います。   次の,そのときの定式化ですけれども,定式化と関連している面があると思いますが,「原因」というのがいいのかという点について二つあります。   一つは,今問題となっておりますように,破産法等の概念を借用するというか,それも基礎にして入れてくるというときに,破産債権の定義における原因の概念をここに入れてくるのか,それとも,相殺禁止のほうの原因,もはや債権債務の対立による合理的な期待・利益とは言えない段階よりも前に生じた原因ならいいという,そちらのほうなのかですが,相殺禁止の箇所での原因のほうがむしろ,ここでの合理的期待を切り出すためには適切ではないかと思われますので,同じ「原因」という言葉を使うにしても,破産債権の定義だからというよりは,破産法ですと71条,72条の原因と連動させるほうが,連動させるというのは,完全に連動するわけではないんですが,その概念を参考にしながらというほうが,より適切ではないかと思います。   もう1点は,どういう定式にするかということなんですけれども,原因というのがよろしいのか,それとも,条件付きであっても相殺を妨げないというような条件という概念を入れるのか。倒産法の将来の請求権という概念は民法上の概念ではないと思いますので,それを導入するのは難しいと思うんですけれども,条件としたほうがいいのか,原因としたほうがいいのか,より的確にどちらのほうが把握できるのかというのは検討しておいたほうがよいのではないか,あるいは少し御意見をお伺いできれば有用ではないかと思います。 ○松本分科会長 今の御意見は,ここで相殺できるとされるものとして,どういうタイプの反対債権を想定するのかということと,それを的確に表す言葉として何がいいのかということだから,両者連動している感じがいたします。先ほどの,将来の賃料債権を差し押さえられて,必要費償還請求権で相殺できるかどうかについては,これが条件ということだと,ひょっとすると落ちるかもしれないけれども,条件という言葉でなくて,ほかの言葉を使えば入ってくるかもしれないということですよね。   私の感覚としては,今のケースでは,条件にすると恐らく入らなくて狭いのではないかと。差し押さえられなければ当然相殺できるタイプのものなんだから,将来の賃料について差し押さえられたとしても,相殺できておかしくないという感覚を持っています。発生について条件付きというふうに限定してしまうと少し狭いのではないかと思いますから,もうちょっと別の言葉を考える必要があるのではない。   となると,一つ一つの想定されるタイプについて,ある程度詰めていかないと駄目だという話になってくるのか,それとも,これは誰が考えても落ちますねという部分について合意ができていればいいと考えるか,どちらからいくかという話ですね。除外されるものについてコンセンサスができればいいでしょうという感じか,それとも,含まれるものについてある程度コンセンサスをとれないと先に進めないというふうに考えるか。 ○三上委員 全然枝葉の議論になってしまうかもしれませんけれども,今の賃料の場合の必要費償還請求権は,債権譲渡のところで出てくる,「当該契約と債権同一の原因に基づいて生じた債権」で想定されていた場面ではないですか。その文言が債権譲渡と相殺のところに出てくるのであれば,それと違う意味で同じ「原因」という言葉を使っている差押えのところでそれが入るというのは,矛盾しますよね。 ○山本幹事 私も三上委員さんと同じような印象を持っていて,それは,債権譲渡と相殺のところの例で出ている売買契約,売買代金債権と目的物の瑕疵を理由とする損害賠償請求権というのが,同一の原因の代表例として挙がっているということは,少なくとも売買契約に基づく瑕疵の損害賠償請求権は前の原因には含まれないという理解を前提とされているのかなと,立案者は。そうであるとすれば,賃貸借も,賃貸借契約が前にあるから,売買だって売買契約は前にあることは明らかだと思いますが,それだけでは前の原因にはならないと。売買の目的,現実に売買の引渡し等が差押えの後にされていた場合には,それは前の原因ではないという理解だとすると,賃貸借の場合も,それは前の原因ではないということを前提として原案はできているのかなというのが私の認識だったんですけれども。 ○岡委員 読み方の話です。譲渡と相殺のところですが,譲渡の対抗要件具備時より前の原因に基づく債権であれば将来債権であっても相殺できる。まず具備時よりも前の原因という広い要件を満たす反対債権であれば相殺できる。次に具備時から将来債権の発生時までについては,その発生した将来債権と同一の原因,そこだけを狭めているというふうに理解しておりました。 ○山本幹事 それはそうだと思いますが,売買契約の目的物の瑕疵に基づく損害賠償請求権の原因が売買契約だとすれば,それはそもそも前の原因ですよね。だから,アの後半がなくても,アの前半だけで問題は処理できるはずだけれども,アの後半が置かれているということは,それは原因はそうではないと理解しているのではないか。そうすると,賃貸借もそれはパラレル,同じようになりそうな感じはするんですけれども。 ○中井委員 譲渡と相殺のところのアの後半部分ですけれども,ここは,売買契約を例に挙げたら,対抗要件具備時以降に契約を締結し,かつ納品したもの,これも当然アの後半に含まれる。むしろアの前半に含まれるのは,具備時前に契約があったもの,具備時前に納品したものはもちろんだけれども,具備時以降に納品したものも,アの前半の規律で含まれている。 ○山本幹事 売買契約は後のほうですか。 ○中井委員 アの後半は後ではないでしょうか。と読んだんですが。 ○松尾関係官 アの後半で書いてあることは,中井委員が今御指摘いただいたとおりで,債務者対抗要件を具備したときには契約すら締結されていなかったものが,後から契約締結された場合のことを想定して,提案させていただいたものです。 ○山本幹事 そんな売買代金債権を差し押さえられるんですか。そうか,譲渡の対象だからということですか。 ○松尾関係官 はい。譲渡することはできるということです。 ○山本幹事 では,差押えの場合はそういう局面は生じないんですか。 ○松尾関係官 余り想定できないのではないかとは思っていました。 ○山本幹事 なるほど。しかし賃貸借ではあり得るということですね。賃貸借は賃貸借契約を前にやるから。 ○松本分科会長 賃貸借契約は,将来賃貸借契約を結ぶという話ではなくて,もう既に結んでいて,賃料債権の発生が将来というだけだから。 ○山本幹事 分かりました。 ○中井委員 差押えのできる範囲の確認ですけれども,A社とB社の間の向こう6か月間に発生するある特定商品の売買代金債権を差し押さえることは,可能ではないでしょうか。差押え時以降に個別契約が締結されて,個別に商品が納品されて発生していく債権。一定の期間を限定した差押え命令は発令されているのではないかと思うのですけれども。 ○山本幹事 確かに当事者が特定されている。 ○中井委員 ええ,当事者が特定されていれば。 ○山本幹事 それはそうですね。 ○高須幹事 私の理解がよくできていなくて申し訳ない。今の,対抗要件の具備時にはまだ契約ができていなくて,後から契約ができたような場合を想定して,アの後半を考えているという場合に,そうすると同一の原因というのは何になるんでしょうか。すみません,初歩的なことで。 ○松尾関係官 先ほど山本幹事が挙げられた例で言えば,「原因」は売買契約になるのだと思います。売買契約に基づく売買代金債権と,その契約に基づいて生じた瑕疵担保に基づく損害賠償請求権が同一の原因に基づいているということです。 ○高須幹事 なるほど。その場合の売買代金は違うものを想定しているんですよね。私がこんがらがっているかな。別な売買契約を考えていることはないですか。密接に関連する債権とか,結び付きを後半は考えているわけではないんでしょうか,譲渡対象債権との間で。 ○松尾関係官 譲渡対象債権と同一の原因に基づいて発生する債権を念頭に置いています。例えば,譲渡された売掛債権と同一の売買契約に基づいて発生する損害賠償請求権というのが相殺の対象としてここで想定しているということです。 ○高須幹事 そうすると,やはりアの前半ということはないですか。山本先生が先に御指摘された。 ○松尾関係官 債務者対抗要件具備時に契約すら締結がされていなければ,具備前の原因とは言えないのではないでしょうか。 ○高須幹事 それはそうですね。 ○松尾関係官 その後に契約が締結され,債権が具体的に発生するということがあると思います。それがアの後半で想定している場合です。 ○高須幹事 そのときの譲渡債権は何ですか。 ○松尾関係官 将来債権です。先ほどの例で申し上げれば,将来発生する売掛債権です。 ○高須幹事 それは別個な債権ではないですか,後から発生する売買とは。それとも,基本契約みたいなものを考えて括っておられるんですか。 ○松本分科会長 具備前の原因というのは,これから継続取引しましょうという意味の基本契約的な合意という意味なのか,それとも個別発注的な合意なのか。 ○松尾関係官 典型例として想定しているのは,基本契約がなく,個別に発注して債権が発生する場合のことです。 ○高須幹事 基本契約というくくりは入っているのかなと漠然とは思ったんですけれども,でないと,密接というか,同一の原因が全然出てこないのではないか。A債権とB債権が全然別な売買契約から出ていますよというと,幾ら新しくA債権の譲渡後に対抗要件具備した後,Bと売買契約して,何が出たからといっていいのかなと思うので,やはりAの売買とBの売買,何かくくっていないとアの後半は出てこないように思ったんですが。 ○中井委員 議論が混乱しているのではないでしょうか。 ○高須幹事 申し訳ない。もしかしたら混乱しているかもしれません。 ○中井委員 私の説明というより,松尾さんの説明のほうがいいのかもしれませんけれども,アの後半というのは将来債権を想定している。対抗要件具備時から一定期間後に発生する,それが売買だとすれば,売買に基づく売掛金債権で,これに対して何が相殺できるか。当該売買代金債権の対象となったものについて瑕疵があった,その瑕疵に基づいて損害賠償請求権が発生する。この損害賠償請求権に限って当該売買代金債権と相殺できる,こういう規律が後半です。ですから売買は一つ。 ○高須幹事 売買は一つですよね。その売買は譲渡前に発生しているということではない。その辺が。 ○中井委員 具備時以降に発生している。具備時以降に契約締結されて発生している。 ○松本分科会長 そうしますと原因が二つ出てくるのではないですか。基本契約的な意味の何かがあって,その後,譲渡が入って,その後,基本契約に基づく発注がなされて,その後,納品されたものに瑕疵があってという話でしょうから。 ○松尾関係官 そうではないのではないでしょうか。 ○松本分科会長 違うのですか。 ○松尾関係官 基本契約がある場合もあるとは思いますけれども,ない場合もあると思います。 ○松本分科会長 基本契約も何もないのに,将来債権譲渡というのはあり得ますか。 ○松尾関係官 ある商品を売って発生する売掛債権一切を譲渡すると譲渡対象債権を特定した上で譲渡する場合は,基本契約すらなくても譲渡はできるのではないでしょうか。 ○松本分科会長 つまり,売るか売らないか分からないけれども,私が将来,誰々さんにこれを売るかもしれないし,売った場合の債権を譲渡するという債権譲渡がなされたという想定ですか。 ○松尾関係官 そういう場合を想定しています。 ○沖野幹事 第三債務者というか,債務者不特定でも将来債権譲渡ができますので,譲渡自体はかなり広く,具体的に何らかの基本的な債権発生の基礎があるかどうかということを問わずできると理解しています。その上で,アの後半は,将来債権譲渡だけの局面を念頭に置いているという理解でよろしいですか。場面設定ですけれども。 ○松尾関係官 将来債権の場合だけを想定していました。 ○沖野幹事 ということですね。その場合に,まだ債権が全然発生していないような場合に,原因をどのくらいの広狭を考えるかということで,今までの御説明だと,同一の原因というときの原因は,そう広くはなくてといいますか,売買契約なら同じ売買契約で発生する。先ほどの賃貸借ならば同一の賃貸借で発生すると。したがって,類似の契約は幾つもなされるのだけれども,その契約もまた複数の債権間で同一の原因というふうに当たるということは,考えられていないのではないかと思われるんですけれども,同一の原因というのをどのくらい読み込むかというのは,解釈の余地はなおあり得て,個別の発注などは,基本契約があれば割合ルーティン的にやるのではないかというようなことだと,個別の発注による売買契約から発生する複数の契約間の債権・債務というのを対象にできるかという問題意識があり,そういう場合には,基本契約が既にあればという議論につながっていくのではないでしょうか。   提案の趣旨は,契約なら同一契約なんだということなのですね。それが後で発生するというのは,将来債権譲渡で,基礎もないようなものも譲渡できてしまうという局面を念頭に置いているので,アが前半と後半で「かつ」でつながれていると,同じ局面において二つの要件かと思ってしまいますけれども,局面はかなり違うことを想定されていて,その点では説明や書き方は工夫する必要があるのではないかと思います。 ○山本幹事 私の誤解で,かなり混乱させてしまった感じになって申し訳ないと思いますが,最初の賃貸借のところに戻るとすると,破産の局面で余り問題は生じないだろうと。つまり,賃貸借の場合は通常は,双方未履行の双務契約というか,破産法56条の適用で,基本的には全て財団債権になってしまうので,手続開始前かどうかということを問う意味は余りないということになってしまうと思うんですけれども,普通に考えると,手続開始後に修繕等をしたにもかかわらず,賃貸借契約自体は手続開始前にあるから,それが破産債権になってしまうというのは,私はややそれは違和感があるような感じは直感的にはします。 ○中井委員 そこはまた,破産と差押えをその場面で同時に論じるというのは,奇妙な感じがするのですが,それは破産手続開始後に修繕なり有益費,必要費を支出すれば,それは財団債権になっているので,当然,財団から支払われる,若しくは反対債務があれば当然相殺できる。100%価値のあるものですから。だから,それを差押えの場面で比較するのは適当ではないのではないかと思うのです。   差押えの場面で問題になるのは,賃料債権が将来分を差し押さえられた,必要費を差押え後に支出した。でも必要費を支出する原因が仮に差押え前にあれば,やはり前の原因かという議論があるのではないかと思います。先ほどの保証については,差押え前に保証契約の締結があった,差押えを知って保証履行した。賃料債権が差し押さえられた,その前に本来,直さなければならない,直してほしい,必要不可欠な修繕すべき場所があった。必要費を出そうと思っていたけれども,差押えがあってから,自ら修繕して必要費を請求する。同じ局面からいえば,相殺期待があると私は思うものですから,同じ必要費でも,支出したタイミングなのか,必要費を支出する原因が差押え前なのかによっても違うのではないか。だから,議論していくと非常に細かく,前に生じた原因とは何ぞやという話になるのではないかということを申し上げたかった。   ここは,こういう規律をすれば,最後は解釈の問題として,いつかは収れんするのかなと思うのですが,ただ言葉遣いについて,二つ,破産債権の定義としての「差押え前の原因に基づいて生じた」という言葉遣いと,先ほど沖野幹事がおっしゃられた72条2項2号の,危機時期より前に生じた原因,ここは危機時期ではなくて,差押えより前に生じた原因に基づく債権ということになるんでしょうけれども,このいずれの言葉遣いがいいかとなると,相殺禁止とのパラレルの関係からいえば,沖野幹事がおっしゃられる72条2項2号の概念を持ってきたほうが,平仄が合うのではないかと,直感的にはするのですが。 ○山本幹事 私が申し上げようと思ったのは,果たして「差押え前の原因に基づいて生じた債権」で全て捉え切れているのかどうかという疑問で,今のような例は,差押え開始前の原因ではないんだけれども,破産の場合においては全ての債権者に利益を与える行為であると。ですから財団債権,財団の価値を増殖する行為なので,財団債権になって,それは優先権が付与されてもしかるべきだと。当然相殺はできると,こういうあれで相殺が可能だということになっていくと思うんです。   それが差押えの場合も同じことが言えるのかどうかというのがよく分からなくて,前の原因で読み込むというのは,破産のときの発想とは少し違うのではないか。破産の場合は,その実質的な理由で相殺ができると考えているのではないかということで,果たしてこれで捉え切れているのだろうかというのが一つの疑問です。だから,私は今の問題はかなり難しい問題ではないかとは思っているんですけれども。 ○中井委員 続けて混乱させるかもしれませんが,賃料債権と必要費としたのは,将来債権の譲渡についても,当然,賃料債権は譲渡できる。では,譲渡したときに,債権譲渡と相殺の規律のアの前段,後段の話になる。後段について,部会資料では売買を挙げていますから,売買に基づく損害賠償請求権という,正に同一の原因になる。   ところが,将来債権としての賃料を譲渡したとき,そこで反対債権が生じる同一の原因とは何か。譲渡後に必要費を支出する原因が発生し,かつ必要費を支出した。その発生した債権とその後に発生する賃料債権,これは相殺できていいのではないか。それはここで言う同一の原因に入るのか。売買よりも若干広く,ここは同一の原因の概念は広くなる場面があってもいいのかもしれないと,こういう疑問があります。   他方,昨日のバックアップ会議で指摘されたことですが,売買代金債権と同じ原因の損害賠償請求権は,債権譲渡の場面では相殺できる。しかし,差押えの場面に振り返ると,差押えで売買代金債権を向こう6か月分差し押さえることが仮に許されるとした場合,そこで差押え後に納品された商品について瑕疵があって損害賠償請求権が発生したとき,この損害賠償請求権との相殺は認めないというのが差押えと相殺の規律ではないかと思うのです,例外が入っていませんので。そこで,債権譲渡の場面と差押えの場面とで相殺できる範囲が異なる,それはそれでまたいいのかと,こういう議論にもなると思います。 ○三上委員 混乱に拍車をかけて申し訳ないんですけれども,結局,賃料と必要費は同一の原因に基づくということは,皆さん御了解なんでしょうか。もしそれは了解とすれば,差押えの場面でも,賃料と必要費の相殺は将来でも認めるけれども,例えば銀行から借りている店舗の必要費を出したけれども,それと預金との相殺は認めないという意味での同一の部分だけの例外を認めるという発想はあり得べしですよね。将来債権譲渡と同じような形で,同一の契約から発生したものだけは,差押え後に反対債権を取得した場合も相殺は認める,しかしそれ以外の自働債権との相殺は認めないという発想はあると思います。必要費が「生じた」のか,「取得した」のかというところは,まだ難しい議論なんですが,事後的に修繕する必要が発生して負担すれば,それが取得したものと考えると,それは差押えに関しては相殺できないというのが今の提案です。ただし,差押えと相殺をパラレルに考えていく場合には,賃料との相殺は認めるということになってしまうのではないでしょうか,   そういうふうに分けていかないと,債権譲渡の場面で使っている「同一の原因」という言葉と,差押えの場合で使っている「差押え前の原因」という,同じ「原因」という言葉を使っていますから,それが混乱の原因になるような気がします。 ○松本分科会長 問題を整理しますけれども,差押えの話と債権譲渡のところで出てくる原因は,全く違うものだという話でいくのか,同じだということで理解するのか,いずれで我々は議論しているんですか。先ほどちょっと議論が始まったように思ったんですが。 ○三上委員 私が言ったのは,差押えと債権譲渡の場面の原因ではなくて,差押え前の原因ないしは債務者対抗要件具備前の原因というところの「原因」と,同一の原因の「原因」の範囲が違いますねという趣旨です。相殺の場面では,後のほうの「同一の原因」の例外は入っていませんねということを言っているだけです。 ○松本分科会長 私はきちんと理解できていないんですが,「原因」という言葉の定義が違うという話なのか,このシチュエーションでこういう文言で使えばここには入る,入らないという話なのか,どちらですか。原因というのが,契約関係がある場合という趣旨の定義をどちらかがしていて,他方は違うという理解なのか。どういう契約関係であれば,こちらの原因には入るけれども,こちらの原因には入らないという,そこのレベルの違いですか。どちらを指摘されているんですか。 ○三上委員 私も頭が悪いのでうまく言えないんですが,例えば,「同一の原因」に基づいて発生した債権の中でも,「差押え前の原因」でない場合もある,ないしは「債権譲渡の対抗要件具備前の原因」でないものもあるという意味での「原因」の違いです。かえって混乱しましたか。 ○松本分科会長 賃貸借契約は原因でしょう。 ○三上委員 賃貸借契約を「原因」と考えて,その賃貸借契約と必要費が同一の「原因」に基づくというのであれば,賃料と必要費の相殺を認めましょうというのに対して,例えば,必要費の償還請求権と銀行が持っている預金の相殺は認めないという意味で,双方が「差押え前の原因」とは違うという言い方はできますね。 ○松本分科会長 何か理解できないんですが,銀行預金…… ○三上委員 預金と相殺するには…… ○松本分科会長 全然原因が違うではないですか。 ○三上委員 ですから,銀行預金と相殺するときには,必要費の償還請求権は差押前の原因に基づくものではないから相殺できないと。 ○松本分科会長 原因が違うからではないですか。 ○三上委員 それは,単に差押え後に必要費を取得したから相殺できないということなのではないでしょうか。 ○松本分科会長 何か理解できません。 ○三上委員 しかし,賃料とは「同じ原因」に基づくから相殺できるという考え方はできるのではないですかという意味での原因の違いと言ったんですけれども,私が頭が悪いから,混乱させてしまったら申し訳ございません。 ○松本分科会長 債務の発生原因という意味の原因ですよね。相殺されるところの二つの債務の発生原因という言い方をしますね。それが同一の原因かどうかという話ですよね。 ○三上委員 その点で,預金と必要費は違いますね。 ○松本分科会長 全く違いますね。それだけではないですか。 ○三上委員 しかし,両方とも差押え前に発生していれば相殺できるわけです。無制限説で考えれば,自働債権と受働債権の牽連性は問えませんから。だから,そういう意味では,差押え前の原因に基づけば相殺はできる。しかし,差押え後に必要費の償還請求権が発生しても,それは差押え前の原因ではないから相殺できない。しかし,賃料とは同じ原因に基づいているから,差押え後に取得した必要費であっても相殺できるという考え方はできる。事実,債権譲渡の場面ではやっているわけだから。 ○松本分科会長 正にそれを提案しているわけですね。 ○三上委員 債権譲渡のほうでは。 ○松本分科会長 差押えもそうではないですか。 ○三上委員 差押えはそれは入っていないのではないですか。 ○山本幹事 それはなぜかという問題提起でおっしゃった……。 ○中井委員 後半部分については,先ほど私が申し上げた売買のところと同じ問題意識です。 ○内田委員 差押えと債権譲渡で区別をしているのは,債権譲渡は,特に将来債権の譲渡は,平時の資金調達に使われる可能性が高いので,事業が平常通り継続することが前提となっています。その場合,同一の原因に基づいた反対債権との相殺は広く保護しないと,平時の事業活動の継続が保護できないという考慮があるのだと思います。これに対して,差押えの場合には,既に非常時になってしまっているので,その後の事業の継続がそれまでと同様に行われるということを保護する必要性は高くないということで,相殺の範囲が狭くなっているのだと思うのですが,それなりに説明として説得的ではないでしょうか。   もちろん,差押えの場合も,先ほどの御議論で,将来の不特定の売掛債権を幅広く差し押さえるという場合に,事業がそのまま継続するということを想定した差押えというのがもしあるのであれば,それは何らかの形で保護する必要が出てきますけれども,余り実務的にはそういうことはないだろうと考えています。実務的な必要性という点でいうと,差押えが入れば,事業が止まる可能性が高くて,他方で債権譲渡の場合は事業がそのまま継続するということが想定される。そこに違いがあるということだと思います。   その上で,中井委員から先ほど,賃料と必要費との関係について,権利行使要件の具備なり差押えの前に既に修繕の必要性が生じているというような場合には,差押え後あるいは権利行使要件具備後に必要費を出したという場合でも,それは前の原因に基づくということで,相殺の期待は十分高いではないかという例を挙げられたと思うのですが,その議論は必要費に限られるでしょうか,有益費はどうでしょうか。   もちろん,有益費の償還請求は賃貸借契約終了時ということなので,差押えがあったことから賃貸借契約を終了させる,そしてその時点で差押え後に費やした有益費について相殺を主張するという場合は,やはり同じように保護に値しますか。 ○中井委員 私に対する質問だとすれば,何も必要費に限ったわけではなくて,先ほどの議論の場面では必要費のほうが問題が分かりやすかったからだけです。   今の例で言うならば,差押え前,譲渡前に,有益費であれ支出する原因があれば,同じ規律になる可能性は十分あるとは思います。 ○内田委員 ところが感覚的に,必要費と有益費とで扱いが違うと考える方はいるのではないかという感じがします。つまり,有益費というのは,それを費やさなくても賃貸借はできるわけで,それなのに,差し押さえられたことを知りながら,あえて有益費を費やして,その償還請求権で相殺しようということまで保護する必要があるのか。仮にそういう議論が成り立ち得るとすると,先ほど山本和彦幹事が指摘されたように,必要費というのは物の価値を増加させているから保護に値するというふうに実質を考えているのではないかという議論とつながってきます。その必要費の物の価値を増加させたという実質の部分を外してしまうと,仮に有益費について相殺の期待が保護に値しないという議論をするのであれば,必要費についても,差押えが掛かったことを知りながら,あえて費用を掛けて相殺しようとする期待をどこまで保護する必要があるかという議論はあり得るのではないかという感じがいたしました。 ○中井委員 念のために申し上げると,私に確たる考えがあって申し上げているわけではなくて,正直言って様々な場面で複雑な問題が生じますね,何が前の原因で相殺できて,何ができないのかというのが,本当にこの規律で分かるのでしょうかということを申し上げたくて,賃貸借の例を申し上げました。私の先ほどの発言が必要費だけに限ると言ったわけでもなくて,有益費はどうですかと聞かれたら,有益費も検討の対象にはなり,有益費の発生原因が差押え前だけではなくて,差押え後だって場合によっては,将来の賃料債権の差押えだとすれば当然相殺もあり得ますし,譲渡になればなおさらです。それをどう整理するのがいいのでしょうかということを申し上げたかった次第です。 ○松本分科会長 通常の場合の休憩時間はオーバーしておりますし,どうもまとまりそうもありませんので,少し頭を冷やして,今後のやり方を決めたいと思います。   すなわち,元に戻りますと,個別の対象となる類型,気になる類型をざっと挙げて,この場合については差押えの場合,債権譲渡の場合,それぞれどうなのかという評価をした上で,賛成できるものについて包括するような概念を考えるというアプローチでいくのか,それとも,破産法が使っているんだから,民法も同じレベルで使いましょう,あとは判例に決めてもらいましょうというやり方でいくのかという選択をしなければならないかと思いますので,それを再開後に…… ○山本幹事 私,申し訳ないですが,次の会議に行かなければいけないので,先ほどの沖野幹事の発言,誠にそうだと思ったんですけれども,前の原因も,相殺のところの前の原因と破産債権の定義のところの前の原因というのが,そもそも同じ内容なのか違うのかということ自体も,必ずしもはっきりはしていないだろうと思います。   それで,直感的には,相殺のほうの前の原因のほうが広そうな印象を私は持っていましたけれども,突き詰めてみて,どの例がどうかというふうに言ったときに,必ずしもいろいろなコメントや教科書とかを見ても具体的な例が,破産手続開始後の財産分与請求権などはどうかというようなことは,非常にアドホックに論じられていますけれども,必ずしも共通の認識が,先ほどの話もそうですけれども,あるようには私には思えないということです。   比較的はっきり,固い概念としては,破産法70条の停止条件付債権とか将来の請求権というのは,総体的に見れば固い概念なのかもしれないという印象は持っています。ただ,それも本当に突き詰めていけば,どこまでが停止条件で債権として既に成立していて,停止条件が付いているだけなのかというのは,突き詰めてみると,本当にそんなに破産法で突き詰められているのかというと,そこもほとんど実際の例はなくて,よく分からないというところだと思いますので,やはり私個人の印象としては,先ほど申し上げたように,破産手続との間ででこぼこが生じている状態というのは,必ずしも望ましくないとは思っているので,何とかしていただきたいとは思いますけれども,余り破産法の概念に乗って,今,分科会長が言われたように,内容はともかく破産法とそろえるのだという考え方で立法するのならば,それは正に一つの立法の在り方かなとは思いますけれども,中身で考えていくとすると,余り破産法の概念にあれしていくのは,やや危険なところがあるかなという印象を持っているというだけのことです。 ○沖野幹事 山本幹事が御退席になるならその前に。私が伺うのは変かもしれませんが,定式のところで,停止条件という構成か原因かという点は,何らかのプリファランスなどはおありなんでしょうか。 ○山本幹事 私は,そもそも今,70条が規律しているのと破産手続開始前に原因があるものとの間に何らかの差があるのか。つまり,停止条件付債権でも将来の請求権でもないけれども,未確定的な破産債権という層が現実にあるかどうかというのが,私には必ずしも確信は持てません。だから,私の何となくの印象は,破産法70条はそういうものは全部そこで書いているのではないかと。停止条件付債権か将来の請求権になるという前提で書いているのではないかという理解をしていました。   ただ,ある倒産法学者と議論したときには,その人の理解はそうではなくて,もう少し広くて,破産法70条が適用にならないような,まだ現実化していないような債権というのがあり得て,その場合は破産法70条は適用にならないので,相手方が請求してくれば払わざるを得ないと。供託とか寄託を求めることはできないけれども,相殺はできる。現実化すれば相殺はできるような,そういう債権というのが,要するに70条の保護よりは弱いけれども,相殺ができる債権というのがあり得るのではないかと言われていました。   ですから,それは多分,倒産法学者の中でも,そこのイメージは必ずしも一致はしていないということだと思いますので,総体的には停止条件付きというほうが固い感じはするんですけれども,突き詰めていけばどうかなという感じがして,個人のプリファランスを聞かれたりすれば,必ずしも十分な定見は今まだ持っていないということで,申し訳ありません。 ○松本分科会長 それでは15分程度休憩して,4時くらいから再開をいたしましょう。 ○畑幹事 相殺の話はまだ続くということでしょうか。 ○松本分科会長 それはもちろん。何の結論も出ておりませんから,少なくともどういう方向で議論するのが望ましいかというくらいは,一定の考え方,これもまとまらないかもしれないですけれども,中身を詰めた上で考えましょうという方向で行くのか,それとも中身は考えないで,言葉を決めて,中身は後で考えてもらいましょうかという方向で行くのか,どちらか。そして,言葉を決める場合に,破産法が使っている概念をそのまま使うのが簡単でいいとするのか,それとも民法独自の,中身は決まっていないけれども別の概念を考えましょうかというアプローチで行くのかという,この3通りぐらいかと思います。せめてそれくらい議論して,結局どのアプローチもまとまりませんでしたということになるのかもしれないですが。休憩までに今のことを決められるのなら,それで決めて,この論点は終わりにするというのも一つですが。 ○松尾関係官 今,分科会長がおっしゃった中身を決めないでいくアプローチが,私の発言を受けて提示していただいたのだとすると,それは決して私の本意ではなくて,内容について意見の一致を見ることが難しい場合にはという前提で,しかも,結論についての解釈が一致しないと難しいとも申し上げたつもりなので,決して中身の議論は要らないということを申し上げたわけではありません。ですので,その選択肢は最初から入れていただかなくてよいのではないかと思います。 ○松本分科会長 中身を詰めるということになると,これは今までの議論を聞いている限りでは,1時間や2時間では終わりそうもないという感じがいたしますが。 ○三上委員 もう一つだけ山本幹事に質問させていただきたいんですけれども,よく言われている,実体法と手続法の相殺の範囲が違うという議論の際に,金融機関は実体法以上に保護されているという批判をされるわけですが,今回の発想が,手続法で保護している相殺の範囲を実体法に合わせましょうというときのその範囲というのは,破産法67条,70条ベースの範囲なのか,71条,72条ベースの範囲なのか。その際に,先ほどから,破産というのは包括的な差押えだという言い方をよくされるんですが,我々が普通実務をやっているときには,差押えが来た後に破産法の開始決定があるというのが実感で,両方,全く違うもので,むしろ71条,72条のような,差押えが来た段階とは,開始決定ではなく,支払停止があった段階に類した発想をしているんですね。そう考えると,71条,72条的な範囲まで相殺の範囲を広げる,そういう理解も一つあり得ると思うんですが,破産法で是非ということで期待しておられる実体法に合わせてほしい範囲というのは,67条,70条ベースの範囲なのか,71条,72条ベースの範囲なのか,どちらのほうになるんでしょうか。 ○山本幹事 先ほど畑幹事もその点に言及されましたけれども,少なくとも私の認識は,詐害行為否認のときにしばしば言及された逆転現象というものがありますけれども,債権者平等は破産の中でより強く保護されるべきものではないかという認識を前提として,相殺は,債権者平等を破る面がある,優先権を与える担保的な機能を持った制度であるということを前提とすれば,やはり少なくとも破産の場合よりも,平時の場合のほうが相殺の範囲が広がっているという現象は,問題があるというか,違和感があるというのが私の認識で,そこはなるべく合わさったほうがいい。ただ,全く同じになる必要はなくて,平時のほうがより広がるということはもちろんあり得るでしょうし,また合わせ方も,平時のほうを広げるという考え方もあるし,破産のほうを狭めるという考え方ももちろんあって,そこについての価値判断というのは,私自身は必ずしも持ってはいません。   ただ,全く個人的なあれでは,現行の破産法の相殺の範囲というのは,それなりによくできているのではないかという印象は持っているということで,それは全く私の個人的な印象です。それくらいのことでお許しを頂ればと思います。 ○松本分科会長 よろしいですか。では4時過ぎから再開いたします。           (休     憩) ○松本分科会長 それでは,皆さんお戻りになられましたから,審議を継続したいと思います。   少し頭がクールダウンした後で,この二つの論点を今後どういうふうにまとめていくのがいいかについて御議論をください。気になる幾つかのタイプを挙げて,それについてそれぞれ,差押えの場合どうか,譲渡の場合どうかというレベルの議論を一通り済ませてから,もう一度,どういう用語で表現するのがいいかというのを考えたほうがいいというやり方でいくのか,それとも,破産法が使っている用語をこの際そのまま使って,中身がどうなるかは破産法の議論とパラレルに今後の収束を待つというやり方,あるいは破産法と違う包括的な用語を取りあえず使って,今後どうなるかについては将来の議論に委ねるというやり方,どのアプローチで行くのが適切かについて,まず御意見をお出しください。 ○岡委員 それをここでまた議論するよりも,ここまで議論したわけですから,法務省さんの考え方の方向性がもし出るのであれば,それを軸に議論したほうがいいようにも思いますが。 ○松本分科会長 ということは,ここでの議論は一旦打ち切って,次の中間試案の議論の段階で法務省事務当局が具体的な提案をされてきて,それを基に議論するということにいたしましょうか。それでは,事務当局で案をまとめていただくための素材を今日の議論で提供したということで整理をさせていただきます。ありがとうございました。 ○深山幹事 今のまとめについては異論ないですけれども,確認をさせていただきたいのは,先ほどの議論の中で何度かちらちらと出てきた,1と2の差押えの場合と債権譲渡の場合について,差を設けるのかどうかということについてです。先ほど内田先生のほうから説明がありましたけれども,それは実質的な平時の資金調達のことを配慮してということで,そういう実質に照らした差があってしかるべきだという御趣旨なのかなと思ってお聞きしました。そこについて,意見がまとまるかどうかはともかくとして,どういうまとめ方になるのか,そこも含めて事務当局にお任せでもいいのかもしれませんけれども,もし何かそこがもう少し整理されるのであれば,その点を確認できればと思ったのですが。 ○松本分科会長 今の二つの場合について,一定の差を付けるべきだという考え方を採るのか,差を付けないほうがいいという考え方を採るのかという論点かと思いますが。 ○三上委員 私が言うのはおかしいのですけれども,大筋の方針としては,手続法の破産法で認められている範囲の相殺を実体法の民法でも認める方針と。ただ,破産法で実際はどこまで認められているかというところで争われる部分は,今後の解釈に委ねてしまうと,乱暴な言い方ですが。その上で,将来債権譲渡の場合には特別な配慮が必要なので後段が入ってきたという説明をして,差押えの場合には,基本的には債務者は危機的状況条項で,正常な取引が長期間継続するとは考えられないから,それは外しているというふうに書いて,例えば世間の意見を問う,パブリックコメントの意見を問うと。そのときの説明で,具体的に,先ほどの賃料と必要費の場面がいいのか,それは分かりませんが,そういうものは差押えのときには相殺はできなくなってしまうというような例を挙げて,パブコメの意見を聴いてみるという方向が一つ考えられるのではないかと思います。   大まかな方針という意味では,手続法でできる相殺の範囲に実体法を合わせるというぐらいの理解は得ておいたほうがいいのではないかと思って,一言申し上げました。 ○深山幹事 倒産時と差押えとの関係については,個別執行か包括執行かというところで,ある種の連続性といいますか,パラレルに考える基礎があって,私も,先ほど山本先生が言われたように,いわゆる逆転現象にならないようにという配慮は必要だと思うんですが,では相殺と債権譲渡はどうかという比較になると,これももちろん,ある種の連続性というか,パラレルに考えるべき基礎もありますが,他方で,それは多少違うという部分もあります。今の提案は,要件に差を設けているんだろうと思うんですが,果たして設けるべきなのかどうかということも一つの論点なんだろうと思います。それはここで決めるという趣旨ではなくて,そういう点は,今後は補足説明に書かれるのかどうかというレベルかもしれませんけれども,論点として意識しておく必要があるのではないかという気がしたので,申し上げた次第です。 ○松本分科会長 私,頭がまた混乱している状況なんですが,二つの違い,差押えの場合と債権譲渡の違いで,債権譲渡の場合は,平時だから,将来債権の譲渡との関係で(2)のアの後段というのが付いていると。つまり,相殺できる場合が広いという説明でしたね。そうすると,差押えの場合に,本当に債権者がそんなことをするかどうか分からないけれども,まだ発生原因もない将来債権を差し押さえるということを万一してきた場合に,例えば収益物件で,まだ賃借人が決まっていない物件があったとして,将来,賃借人が入ったときの賃料債権を今差し押さえると。これは認められるのかどうか分からないですけれども,もしそういうことがあり得るとすれば,それは将来入居した賃借人として,必要費償還請求権が生じた場合に相殺できても,おかしくはないのではないかという気がするんです。少なくとも一部使えなくなったというようなことであれば,賃料の当然減額という話にもなるのかもしれないですから,それとパラレルに考えれば,相殺が認められてもおかしくない。そういう意味で,両者で差を付けないという考え方もあり得ると思うんですが,そんな将来債権の差押えというのはそもそも認められないということであれば,認められないことを前提に議論しても仕方がないという話で,この現状でよろしいと思います。債権譲渡は当事者が合意すればいいのだからできるんだということで。 ○畑幹事 将来債権がどこまで差し押さえられるのかというのは,限界は難しいと思うのですが,少なくとも,第三債務者は特定している必要があると思いますので,今おっしゃった例だと,やはりできないのではないでしょうか。 ○深山幹事 私の問題意識は,確かに差押えが起こる場面というのは,ある意味での平時ではないということが多いとは思うんですが,必ずしもそうではないのではないかということです。何らかの争いがあったりして,必ずしも財産状態が一般的に悪化しているわけではないけれども,何らかの理由で履行しないときに,強制的な執行が採られるという場面もあります。また,転付命令というような差押えと債権譲渡の中間的なものなども考えると,そこでもある種の連続性を意識しておく必要があって,必ずしも危機時期かどうか,平時かどうかという切り口だけでは,区別が説明しにくいのではないかという意識があったので,申し上げた次第です。 ○高須幹事 今伺っていて,現実の差押えの場面,これは執行法で規律されているわけですから,差押えの場面で債権譲渡のアの後段のようなものを,本当に規定する,政策論としてしたほうがいいかどうか以前の問題として,そういう場面が生まれるかどうかという,今,分科会長から御指摘があった問題は,法務省のほうで御提案を更に詰めていただくときに少し考えていただいて,そのような場面がどの程度あるかを想定していただくことは大事なことではないかと思いました。これが1点。   それからもう1点は,これはただの感想でございますが,基本的には,既に破産法等の法制があって,それとの関係を無視した改正はできないということは大事なことだと思いますし,検討の大きな柱になるのだろうとは思いますが,先行する破産法があるという関係で,民法の改正論がこういう形で,それを見倣う形で議論をしていくということ自体は,民法の改正論としてはもう一つ,別な考え方もあってもいいのではないかと感じました。感想です。今更何も言うつもりはないんですが,将来の破産法改正のために,今回の民法改正の議論が役に立ったというようなことがあってもいいのではないかということもあって,そこだけちょっと思いましたというだけです。 ○沖野幹事 差押えと債権譲渡との関係につきましては,1点目は,分科会長もおっしゃり,深山幹事から,あるいは高須幹事から御指摘のあった,将来債権の差押えというのがどのくらい現実性を持って登場するのかということは,恐らく説明としても書く必要があると思いますので,確認する必要が確かにあると思います。   それから,どのくらい現実性を持っているのかということと,しかし可能性があるならば規律という点でも入れるべきなのかという,そのこと自体が検討の対象になるかと思われまして,同一の原因に基づくというような密接な関連性のあるような債権・債務間については,相殺による優先的回収というのをいずれの局面においても認めるべきだという考え方を採るのか,それとも,確かに転付命令が間に入るとかなり連続性を持つという面があるとはいえ,内田委員のおっしゃった平時と危機時といいますか,元々が倒産の局面と平時の局面ということだとすると,倒産のほうが優先的な回収が認められる場面が限定されるべきだという考え方に立つならば,グラデーションがある可能性もありますので,そうすると,それも含めて整理が必要なのかと。差押えと債権譲渡との関係について,密接関連性ある債権間において回収を認めるべきだと考えるのか,更には,状況からすると,優先回収の範囲というのが段階的に広狭付いてくるのではないかという,そのどちらでいくのかという問題があるように思いますので,そこも検討項目ではあると思います。その点が一つです。   もう一つは,本日のお話は,三上委員が取りまとめの形で,この点を確認すればとおっしゃった点から正にスタートしていったように思います。すなわち,倒産時の優先的な保護との逆転現象ということを考えると,民法のほうの相殺の範囲をもう少し広げるべきではないかと。その広げ方の中には,倒産法の定式と同一の定式を使うことによって,そこまでは,あるいはその解釈によるという考え方と,より広い概念を立てるということがあり得るというふうに整理されたのですけれども,本日の流れとともに,他方で,部会資料で提示された考え方をどう評価するかというときに,私は,最初に差押えに関して申し上げたのは,現行の無制限説からそれをどんと広くしているというわけではないのではないかという理解もあり得るということを申し上げたと思うんですが,それに対して,倒産法との対比からすると,平時はもっと広げられていいだろうと。さらには,債権譲渡を念頭に置きますと,従来の民法の議論は,一番最初に中井委員が分科会で議論する必要があるのではないかとおっしゃった,その問題意識を受けているかと思うんですけれども,法定相殺について,そう簡単に認めることはどうかという問題意識もあり,それが制限説につながっていたと思われます。さらに,差押えと債権譲渡との比較については,一般的に今までは,債権譲渡のほうが相殺は限定されるという考え方を採っていたのではなかったかと思います。差押えについて無制限説を採るとしても,債権譲渡は相殺適状説だという考え方もあったわけで,今回の提案ではそれは全く逆転する発想になっています。それは,倒産との関係でどうかということからスタートすると,また,平時か,それとも危機時かということを考えると,一貫した考え方だと思うんですが,いかんせん従来の民法の議論からすると,逆方向で提案をすることになりますので,それで大丈夫なのだろうかという不安感も相当にあります。   そうだとすると,民法で広くというのはどうかなと思われまして,せいぜいのところ倒産と同じような形で,ただ将来債権譲渡だけは今までなかった問題ですので,それにどこまで手当てをするか。債権譲渡禁止特約との関係を考えると,従来,債権譲渡禁止特約で,周知の場合や悪意の場合にですが,相殺を抑えられていたということからどうかという,その比較とも併せて考える必要があると思います。確たる結論はないのですけれども,従来の議論とはかなり大きく一歩を踏み出すような形になるので,倒産のところまでは認めてよいということ自体も,それが唯一の解かということと,ましてや,民法の定式をかなり広くするということについては,従来の議論との関係では,1歩だけでなく,2歩,3歩踏み出していくことになるのかなというふうに思われますものですから,個人的にはためらいを感じます。非常に広い定式を民法でというのは考えにくいのかと思います。一方で,出されたような倒産法との関係ということからすると,一貫した考え方であるということも確かだと思います。それだけに,説明なり定式化なりは,考慮が必要と言うと丸投げになってしまって,本当に申し訳ないですけれども,そういう感想を持ちます。将来債権の場合はまた別の話があると思いますけれども。 ○松本分科会長 沖野幹事がおっしゃった後者の債権譲渡の部分について,従来の民法の,判例は別にして学説が考えていた場合よりは広げていると。将来債権の部分を除いて広げているということでいいのかという点については,想定されている債権譲渡の場面が昔の学説が考えていたものと違うのではないかと思います。つまり,債権流動化という現象が大きく入ってきたということを前提にして,そうだとすると,債務者として相殺できる場合がもっと増えてもおかしくないのではないかという釣合いの議論が,ひょっとしたらあるのかなという気もするのですが。 ○沖野幹事 正におっしゃるとおりだと思います。説明をもう少しする必要があるのかもしれません。 ○中井委員 沖野幹事がおっしゃられたように,民法の先生方の変えることについての意見を是非聴きたかったというのがこの分科会で議論することを提案した趣旨ですので,それがかなり達成できたと思っております。   その上でお願いですけれども,これは既に出ていたのかもしれませんが,この規律の仕方で,1の差押えと相殺についても,(1),(2)という形で2段階構成になって,(1)で反対債権による相殺をもって対抗できる。(2)でできない場合を書いているわけですけれども,本文が「できない」に対して,アとイが否定形のものが出てくる。とりわけ,「債権譲渡と相殺の抗弁」については,(1)で対抗できるとした上,(2)で対抗できない場面を書いているわけですけれども,対抗できない場面のアの規律,「かつ」で結ばれているものがいずれも否定形になっていて,これを読み解くのは大変難しい。趣旨としては,どうも無制限説であることを最初に高らかにうたうために,(1)がそれぞれ設けられているような記載がありますけれども,その点は一般に承認されているものとして,分かりやすさをここは優先して,書き直していただけないか。   つまり,差押えと相殺で言うならば,差押え前の原因に基づいて生じた債権と相殺できる。ただし,差押え前の原因に基づいて生じた当該債権が他人の債権で,それを差押え後に取得したものは相殺できないと,こういう規律に差押えの場合ならなるでしょう。  債権譲渡と相殺で言うならば,これも債務者対抗要件具備前の原因に基づいて生じた債権は相殺できる。そして,債務者対抗要件具備時以降の将来発生する債権については,当該,将来発生する債権と同一の原因に基づいた債権と相殺できるという,この二つのことを書いているのだと思いますから,相殺できる場面を書いたほうが分かりやすいのではないか。そういう方向で御検討いただけないかと思います。   それから,先ほどからの「原因」という言葉遣いですけれども,債権譲渡と相殺で,アの一つの項の中で,対抗要件具備前の原因というのと当該債権と同一の原因という言葉が使われている。この「原因」という同じ言葉を使うことによる混乱があると思いますので,前者の具備前の原因については,差押えの場合における差押え前の原因と同じ概念の範ちゅうで処理できるのだろうと思いますけれども,アの後段の同一の原因という場合の「原因」については,言葉遣いを改めたほうがいいのではないか。違うのではないかと思いますので,御検討いただけないか。 ○内田委員 言葉遣いとか書き方については,中井委員の御指摘を踏まえて改める必要があるかと思いますが,そのほか,差押えと債権譲渡とのバランスについて,債権譲渡で認められている相殺は,差押えの場合でも認めてもいいのではないか,という御意見がありました。   その関係で,これまで,差押えについて制限説を主張していた学説,私もそういうことを書いたことがありますが,そういう立場から考えると,従来は,差押えというのは債権回収段階である,そして,差押債権者は当該債権に対して差押えを掛けることによって,一番乗りで債権回収に着手した者であると捉え,その地位を後からひっくり返すような相殺は,公示のない担保であってなるべく制限しようという発想があったと思います。ですから,本当に相殺期待の強い場合にだけ限定して保護すべきだと。そこで制限説という最も限定的な説が主張されていたわけですが,それが無制限説まできている。   更にそれを拡大するかという点ですが,差押えを法的な債権回収段階と捉えることからスタートする今までの観念からすると,差押えを掛けた後で発生した債権で相殺するということに対しては,かなり違和感があるのではないかという感じがします。それが先ほどの必要費や有益費であれ,差押えが掛かった後で費用を費やして反対債権を発生させて相殺するのを認めるというのは,今までの差押えと相殺についての学説の発想からすると,バランスがとれた結論といえるのかどうか,個人的にはまだ踏み切れないものを感じます。   ですから,相殺の期待という観点からいえば,債権譲渡も差押えもそれほど変わらないのだから,もっと期待を保護すべきであるという議論があり得るのは分かるのですが,差押えを債権回収段階に入っていると捉え,その差押えを保護しようとしてきた従来の学説が考慮していた利益,それが十分踏まえられているかどうかの検討は,更になお必要かなという気がいたしました。 ○松本分科会長 今の内田委員の御指摘との関係ですが,将来の賃料債権,既に成立しているところの賃貸借契約に基づく将来の賃料債権を差し押さえられた場合に,差し押さえられた物件に居住している人間として,修理の必要な状況が生じたときに,差押債権者に対して全額賃料を払わなければならないのかというと,私はそれは不当だと思うんです。相殺するか,あるいは支払い拒絶の抗弁が認められても全くおかしくない。先ほどの議論でいくと,一部滅失であれば,当然,賃料一部減額ということになるわけですから,そういう議論とパラレルに考えれば,相殺ができてもおかしくないと思いますから,その限りでは,従来の無制限説よりも,一見広がっているかのように見えても,そういう形で広げる分には問題がないのではないかと思うのです。もっと別のシチュエーションについてであれば,確かに従来より不当に広げているのではないかという議論が出てくるかもしれないですが,制限説,無制限説は,銀行の預金債権と差押えという典型例をめぐって議論をしていたという感じがいたします。その意味では,民法の学説が,特定のシチュエーションにのみ捕らわれてい過ぎて,十分議論していなかった部分を今回議論せざるを得なくなったということかと思います。ですから,従来と同じ無制限説ですよねということだけで片付かないところがあるのではないでしょうか。   ということで,まだまだいろいろな御意見があるかと思いますけれども,今日の議論を参考にして,事務当局でまた案をお作りいただきたいと思います。   それでは,本日の最後の論点でございますが,部会資料49の「第2 法定債権に関する規定の見直しの要否等」の「1 法定債権の不履行による損害賠償に関する規定の要否」について御審議いただきたいと思いますので,事務当局から御説明をお願いいたします。 ○新井関係官 それでは説明いたします。   部会資料49の6ページを御覧ください。この論点につきましては,第60回会議で審議がされまして,具体的な規定の在り方などについて,分科会で審議することとなったものです。   部会での審議でございますが,主に(2)の問題につきまして,部会資料49の補足説明の10ページで紹介している「債務の発生原因」を踏まえて免責を判断するという考え方を,不法行為に当てはめた場合には,不法行為を考慮して免責判断をするという考え方に至るが,それはやや理解しにくいものがあるといった御指摘を頂いております。   以上を踏まえまして,規定を設けるときの具体的な在り方,あるいは規定を設けないとした場合の問題点などについて御審議いただければと思います。よろしくお願いいたします。 ○松本分科会長 それでは,ただいま御説明されました論点につきまして,どうぞ御自由に御意見をお出しください。 ○新井関係官 問題の背景をリマインドさせていただきます。まず本文(1)の,損害賠償の範囲に関するルールについてです。   第416条をどう見直すかということは,部会資料34のほうで取り扱っております。ここで予見の主体とか時期のことを条文に明記するかどうかということがここの論点には関わってくるということです。伝統的な通説と言われているのは,債務者=不履行時説と言われているものでございまして,これで仮に416条を更に具体化するということであれば,規定の仕方によるところもありますが,引き続き事務管理・不当利得に当てはめることが不可能ではない規定になり得ると思います。判例の考え方とされる民法第416条の不法行為への類推適用についても,引き続き,それほど大きな障害はないという整理になると思います。   他方で,契約時の予見可能性を問題にする,あるいは予見の主体を契約当事者両方が予見したという形で絞り込んでいくという考え方を採用するということになると,416条の規定が専ら契約を対象としたものとなりますので,法定債権についての損害賠償の範囲について何か手当てをするかどうかということが問題になってくるという構造です。   規定を設ける場合の一つの在り方として,補足説明の9ページにおいて,検討委員会試案の考え方を紹介しております。具体的に言うと,「当該損害賠償責任を基礎付ける規範が保護の対象としている損害及びその損害の相当の結果として生じた損害」という規定ぶりが提案されております。これに対しては,条文化にはかなり距離があり,更に適切な要件化に向けた検討を重ねる必要があるといった印象を持っております。   仮に,なかなか規定を設けるのは難しいということになると,補足説明の(3)の中で触れているように,解釈に委ねるということが一つ考えられます。補足説明の9ページの1(3)のパラグラフ中でまとめて言及しておりますが,かいつまんで申し上げると,仮に416条を何らかの手を入れるということであっても,基本的な考え方,例えば予見可能性というのをベースとした規定であるということが大きく動かないということであれば,解釈論に委ねるということでも大きな問題はないとも考えるが,どうであろうか,ということを問題提起しているところでございます。   以上を踏まえまして,御意見を頂ければと思います。 ○岡委員 今おっしゃった416条の実質的な規定内容を大きく改めるのでなければ,不法行為に関する規定を設けなくても支障はないだろうと書いてあるんですが,416条が大きく変わったとしても,709条の解釈論で,古い416条を使うという判例法理があるので,元の416条が成文法上なくなったとしても,その後も裁判所が,昔の416条の類推適用は判例法理だからそのままやることは可能なんでしょうか。相当因果関係という言葉を使うだけなので,そういうことはできないんですか。岡崎さんに。 ○中井委員 岡崎さんに振る前に,この点の議論の仕方にも係るのかもしれませんけれども,仮に416条が契約に基づく債務不履行責任の損害賠償の範囲にある意味で特化したような条文になったときに,それ以外の部分はどうなるのか。   事務管理について考えると,委任の規定の準用という条文がある。とすると,そこから,契約の場面とそれほど変わらない場面として類推できていくのか。不当利得は,悪意の場合について,別途損害賠償ができると書いていますけれども,それは不法行為と同じだと解釈されているようですから,そうだとすると,その場面以外で,善意であれ悪意であれ,不当利得に基づく返還義務について債務不履行があったときに何が適用されるのか。ここの部分は空白になるのかもしれない。   不法行為はどうか。解釈として,416条が準用されているのかもしれませんけれども,条文だけを見ると709条があって,709条にはこれによって生じた損害を賠償すると書いてある。結局,これによって生じた損害という解釈問題として,416条が使われているのではないか。   こう考えていくと,弁護士会での議論ですけれども,416条が仮に契約を主として念頭に置いた規定に変わっても,不当利得部分は白紙になるのかもしれませんけれども,それほど困らないのではないかという観点から,規定を新たに設けるという考え方は採らなくてもよいという,9ページの(3)の考え方でいいのではないかという意見が多かったように思います。   不法行為について,709条に別途新たな規定を設けるとすれば,検討委員会試案のように具体的提案もあるのかもしれませんけれども,これは不法行為法における,ある意味で大問題なのだろうと思いますから,この大問題をここで議論して変えることができるのか,弁護士会としては様々な意見が出てくるのではないかと思います。とすると,不法行為における損害の範囲の改正を念頭に置いた進め方というのは,適当でないように思います。   もう一つの考え方は,荒唐無稽かもしれませんが,仮に債務不履行による損害賠償の範囲についての規定,416条を改めて定めたとした場合,その規定はどこに置くのか。それは債権総則ではなくて,契約のところに解除と並んで仮に置くとすると,法定債権について債務不履行の場合の損害賠償の範囲について何も規定がなくなる。そこで,なくなるのではなくて416条をそのまま置いておいたらどうか。つまり,416条は原則規定として残る。契約のところに416条の特則として,契約に基づく債務不履行に適用される損害賠償の範囲の規定が新設される。法定債権については何も手を加えない。それは従来どおりの416条が残っているから解決できるとする。   そのときに,契約の不履行に基づく損害賠償の範囲について,今の条文とほとんど変わらないのであれば,ほとんど変わらない条文が416条と契約のところに置かれる。それがかなり違って,契約締結時における契約両当事者が予見可能だったもの及び,その後債務不履行するまでに債務者が,例えば予見した範囲というようになれば,豊かな条文が契約のところに置かれる。原則規定は416条にあるけれども,特則的な意味として置かれる。こういうことはあり得ないのですかという提案もありましたので,御紹介をしておきます。 ○大村幹事 今の中井委員の御発言,大変興味深く拝聴いたしました。後のほうのお考えについての感想を申し上げますと,出発点は,中井委員もそうでしょうし,皆さんもそうだと思いますが,不法行為に関する基準が当面は変わらないということをメッセージとして発したいという点にある。そのために最も有効な戦略は何かということだろうと思います。   何も規定を置かなければ従来どおりになるのではないかと,岡委員はそうおっしゃったと思いますが,もしそうだということで皆さんが一致しているのならば,岡崎さんには御異論があるかもしれませんけれども,それはそれでよろしいのかなと思います。   検討委員会案に言及がありましたけれども,その中身はともかくとして,そこで目的とされているのは,そこは変わらないのですよということが分かるような規定を置くということだと思います。709条の文言があるのだからという御発言もありましたけれども,709条の文言があるというだけでは,どのルールによるのかということが分からなくなってしまうという事態を回避したい。そのためにどんな規定を設けることが考えられるかということが議論の対象になっているのだろうと思います。   これに対する危惧は,当面の規定として置いたものが実体化されはしまいかという危惧だと思います。不法行為に関するルールを今軽々に作ることはできないというのも,皆さんの共通の認識だと思います。そこでそうしたインプリケーションを持たないようなものを何か置くことができるか。それがここでの問題だろうと思います。   私は,そういうものが何か書けるのならば,従来の運用をそのまま続けるというメッセージを発する上で,書いておいたほうがいいと思っています。ただ,弊害がどのくらいあるのかということとのバランスの問題だろうと思います。   他方,416条を残すという案については,今度は逆に,416条を不法行為のルールとして固定化することになりはしまいかという危惧が生ずるように思います。今回の改正の際に,不法行為のルールは当面書かれていませんという状態であれば,それは今後に残されたということになるかと思いますけれども,契約の場合の損害賠償の範囲のルールは新たに設けて,それとは違うものとして不法行為のルールを設けるというときに,416条をそのままにしておくというのは,そのままでいいのだというような印象を与えはしまいかと心配になります。もちろん,これは暫定的なものなのであって,将来,不法行為法を改正するときには考え直すという説明を付けるのでしょうが,それにしても,416条によるという考え方を肯定するメッセージを与えはしまいか。   悩ましいところではありますが,私自身は,将来に向けて不法行為法のルールは変えていく,しかし今は従来のままなのだということが何とか示すという方向で考えたいと思います。 ○岡崎幹事 416条を改正した場合,裁判官によって考え方は様々であるとは思いますけれども,不法行為に関しても,何がしかのメッセージを含むと読む人が多いという感じがします。   そういう意味で,大村幹事がおっしゃったように,何らかの手当てができるのであれば,したほうがよいと思います。しかし,一方で,それが容易ではないことも理解できるところです。法務省でうまい手を考えていただけるとよいと思います。 ○松本分科会長 少し議論の前提を整理したいんですが,6ページの書きぶり,1が「法定債権の不履行による損害賠償に関する規定の要否」という書きぶりなのですが,(1)についての解説を読むと,不法行為本体の損害賠償の範囲をどうするのかもここで議論してほしいように読めるんです。不法行為に関しては,不法行為の損害賠償債務の遅延利息という債務不履行的な意味の問題が別途ありますよね。事故が発生したときから自動的に遅延利息が付くというのが,本来の不法行為の損害賠償債務の不履行による損害賠償の範囲という話になると思うんですが,少なくとも不法行為本体について,どこまで損害賠償するのかという問題について,709条とは別に何かルールを作るべきだという御趣旨であれば,法定債務の不履行によるという限定をしないで,不法行為の損害賠償の範囲についての規定の要否としてはっきり立てたほうが,議論が錯綜しないでいいのではないかと思います。それは大変大きな論点です。   しかし,不法行為の遅延利息が事故発生時から自動的に5%付くという話は,どちらかというとマイナーな話で,法定利息をどうするかという話の一環として議論されるべきかなと思います。あるいは不当利得としての金銭の返還債務の場合などもよく似た話です。不当利得の返還債務の不履行で損害賠償が固有に問題になるとすれば,給付利得で現物を返還しなければならないという法定債務を負担しているにもかかわらず,それをしない,あるいはできなくなったという場合の損害賠償をどういう基準で算定するのかという点は,独自のルールがあったほうがいいのかもしれないです。あるいは,給付利得は,契約の裏返しなのだから,契約のほうのルールがあれば,基本的にそれを準用するということで処理ができるから要らないということになるのかという感じで,論点が幾つか分かれるのではないかと思うんですが。 ○新井関係官 見出しの点は確かに,余りよい見出しではなかったと後になって気付きました。 ○松本分科会長 としますと,事務管理の場合の具体的な義務に違反をした場合の損害賠償という点については,先ほど,委任の規定が類推されるからというロジックでいくのであれば,委任があればいいと。不当利得の現物返還も給付利得だから,契約の裏返しだからということであれば,特に要らないということだと,必要なのは,不法行為の損害賠償の範囲に関するものと,法定債権として金銭を支払うべきという債務の不履行について,何か特則を置くのか,置かないでもいいのかというところになるかと思います。金銭債務の規定があれば特に要らないという考えも,どこかに書いてありましたから,そうなると,不法行為の本来の損害賠償の範囲について,特別の規定を置くのか置かないのか。全く置かないで709条にお任せにするのか,それとも,大村幹事のおっしゃったように,416条を今のままで残しておく的な,不法行為にのみ転用される416条というものを残しておくという,すごく変な形ですけれども,そういうことなのか。それとも適切な不法行為の損害賠償の範囲の規定を置くか。 ○筒井幹事 松本分科会長にまとめていただいたことのうち事務管理と不当利得に基づいて金銭債務以外のものが発生する場合について,先ほど中井委員から御指摘があり,松本分科会長からも御指摘があったような形で,現在の416条が適用されなくなっても対処は可能なのだと,この部会の審議を通じて確認されていくのであれば,問題は,不法行為に基づく損害賠償の範囲に関するものに絞られるわけです。そこまで到達したとして,不法行為に基づく損害賠償の範囲に関しては,理想としては,何かのメッセージを出すことが望ましいのは全くそのとおりで,それについて異論はないわけですけれども,現在の議論の到達点として,中間試案を目前にしたこの段階において,腹案を持っていないというのが偽らざる現状であるわけです。   ですから,この部会資料をお読みいただいたときに,規定を設けないという後ろ向きな方向での理由付けを一生懸命考えていることにお気付きいただいたかと思うのですが,要するに規定を置かなくても実務は何とかやっていけるかどうかという問い掛けをしたわけであります。ですから現状では,中井委員から先ほどあった提案をどれくらい議論していただくかという問題はあるけれども,現状としては,不法行為に適用される新しい規定,あるいは暫定的な規定といいますか,そういうものを積極的に置くという提案を中間試案で提示するのは非常に難しいと考えており,むしろ,そういう規定は置かないという方向を世に問う,そして新たな立法提案があるならそれを伺うということにならざるを得ないという認識をしております。 ○大村幹事 最初に留保しましたけれども,それで大丈夫だということであれば,当面はそれでもよろしいのではないかと思います。   しかし,その趣旨についてはどこかに書いていただく,この点についてはルールを当面変えようとは思っていないので,従来形成されてきた規範が適用されることになるであろうとしていただくということなのかと思います。また岡崎幹事に話を振るようですが,それではやりにくいということはどうしても残るだろうと思いますけれども,なんとかこれで当面やっていただくということと思います。 ○沖野幹事 不法行為の損害賠償の範囲ですけれども,大村幹事がおっしゃったように,今,何らかの方向付けとかはしないで次に委ねるということを明確にしたいという場合に,そうしますと,形としては余り手掛かりにならないような規定を置いてということになるかと。そうすると9ページで例示されている検討委員会試案のような考え方が一案だと思います。はっきりしないというのは,むしろはっきりさせないことに意味があると。ただ,そうはいってもこの規定が仮に,表現はなお工夫の余地はあるとは思いますが,置かれると,その文言をめぐって解釈を展開するということにどうしてもならざるを得ないと思います。   そして,従来の規律との関係で,規定がないと非常に困るかということなんですが,従来の規律といっても,416条類推と言われる中で,何が酌み取られているのかということ自体も,そもそも判例自体もはっきりしないのではないかと思います。相当因果関係だと言われると,相当因果関係は比較的後付けの理屈になっているような部分もありますし,相当因果関係だというところであれば,損害の相当の結果として生じた損害が賠償されるという規律になっていれば,それは従来の規律の梯子を外すようなことにはならないといえそうです。これに対して,予見可能性ですとか通常損害,特別損害という概念ですと,予見可能性は余り効いていないと言われますが,通常損害などは言及されていますので,その概念を法文で残さなければいけないということになると,これはやはり416条の類推を固定化することにつながっていくように思われます。   そうすると,正に身動きがとれないわけですけれども,ただ,規定がないときに,次の裁判例がどうなっていくかというと,確かに判例法理と言われるものの中身は必ずしもはっきりしていないと思うのですが,恐らく,先例を引いて,このようなルールによりというふうに言うのではないでしょうか。416条の類推適用というのは,今なお維持されているとは言われますけれども,現在の裁判例で,416条が類推適用されるからということを理由付けにして賠償範囲を導いているものがどれだけあるかというと,むしろ先例の文言を引いて,その下で展開していくということだとすると,確立したと言えるかどうか,その内容も必ずしもはっきりはしないものの,そういう形での展開に支障がないようにするにはということを考えるとすると,規定を置かないという考え方も十分あり得るのではないかと思います。それで裁判所はやっていかれるかというのが,また岡崎幹事にお伺いすることへと戻っていくのですけれども。 ○岡崎幹事 この点については,先ほど筒井幹事が整理されたやり方が考えられると思います。つまり,パブコメの対象となる中間試案では,規定を設けないものとすると御提案いただいて,それに対して,例えば交通事故を中心的に扱っている裁判官が全国に相当数おりますので,それらの裁判官からどういう意見が出てくるかをよく見た上で,第3ステージで再度検討することが考えられると思います。 ○松本分科会長 規定がなくなることによる裁判官の不安を和らげるやり方として,ここに書いてある検討委員会試案のような,代わりの規定を置くというのが一つあり得ますが,特定の方向付けが出ているような印象も若干あります。もう一つ別なやり方としては,附則に,「なお,不法行為の損害賠償の範囲については従前の例による」という,時々怪しげな附則が付いておりますが,そういう形で処理をするというのも立法技術的には可能かと思うんですが,いよいよどうしようもなくなればですね。   さて,ほかの御意見はございませんでしょうか。 ○新井関係官 6ページの本文(2)の問題について,問題状況をリマインドさせていただきます。債務不履行の帰責事由の論点のところで,主に契約で生じた債務の不履行,これを念頭に判断基準を明確化するという場合に,事務管理・不当利得あるいは金銭債務まで免責を認めるような不法行為含めてということになりますけれども,免責に関する規定を設けることの要否が問題になるという問題の構造でございます。   規定を置く場合に,どんな規定ぶりが考え得るかということで,補足説明の10ページのほうで言及いたしましたのは,第37回の会議で潮見幹事から御提出いただいた意見書の中で紹介していただいた考え方でして,契約に照らして,あるいは契約の趣旨に照らして免責を判断するという考え方とパラレルに,「債務の発生原因に照らして」という,一定の判断基準を何らか明示した形で,契約債権及び法定債権の両方をカバーするような免責の規定を提示するという考え方なのだと思います。その考え方に対しては,部会の中では,不法行為に当てはめたときに,やや分かりにくい考え方であるといった御指摘を頂いているということです。 ○松本分科会長 これは,不法行為の損害賠償債務の不履行についての免責に限定された議論ですか,それとも不法行為の損害賠償債務そのものの免責もここで議論しろという御趣旨ですか。どちらですか。 ○新井関係官 不法行為に関して言えば,遅延損害金に限ってという趣旨です。 ○松本分科会長 そうすると,法定債務だからほとんど金銭債務であって,金銭債務についての免責要件というのをどうするのかという共通論点の一部でもあるわけですね。それとは別に,先ほどから議論しております特定債務的な意味の法定債務についての免責要件についてどうするのかというのは,もう一つまた別の議論として考える必要があるかと思います。確かに契約によって引き受けられたかどうかという議論ができないとすると,別の切り口で免責される場合がある,ないということを考えなくてはならないと。 ○大村幹事 今,分科会長が二つの問題を分けられましたけれども,後者のほうについても今まで議論してきたのでしょうか。第37回というのがリファーされましたけれども。 ○新井関係官 主には契約を念頭に置いた議論がされており,法定債権の場面に焦点が当たったような議論まではしていなかったように記憶しているのですが。 ○大村幹事 分科会長がおっしゃった,不法行為そのものの免責ということも今回の議論の対象なのですか。 ○新井関係官 それは違います。飽くまで遅延損害金の問題です。 ○大村幹事 遅延損害金の話だけですね。 ○新井関係官 はい。 ○大村幹事 分かりました。 ○松本分科会長 ですから,事務管理の債務不履行の免責というのを何か考えるのか,あるいは不当利得の現物返還の債務不履行の免責というのを何か考えるのかと。   ただ,潮見幹事が提案されているような,債務の発生原因から免責かどうかを考えるという案も,ほとんど白紙ですね。不当利得の現物返還についてどうしましょうかというのは独自に考えてくださいというだけの話になってしまうから,規定があっても余り意味はないですね。そういう意味では,特になくても余り差し支えがないような,仮にこういう文言を置いたとしても,具体的に解決に資するわけでもないという感じがいたしますが。 ○筒井幹事 現在の議論の到達点をどう見るかは,これから中間試案のたたき台としてどのような案を提示するかということ,そのものですけれども,債務不履行による損害賠償の免責事由に関しては,これまで,現在の「責めに帰すべき事由」という文言は残す方向で,しかしその有無についての判断基準なり考慮要素なりを書き込む方向で,規定内容の明確化を図ってはどうかという意見が有力に主張されていると思います。そこでは,契約に基づく債権を念頭に置いて,より判断の枠組みが明らかになるようにしたほうがよいという議論がされていたと思います。仮に現在の415条についてそのような見直しをすると,見直し後の規定が適用されない領域ができてしまうので,その穴をどのように埋めるのかがここで議論されていることだと思います。   そういう観点から,穴を空けないために規定を置くということに徹するのであれば,潮見幹事からのそういう趣旨の御提案を部会資料で紹介していたと思いますけれども,債務の発生原因に照らしてといった表現の規定を設けることが,実質的な内容を明らかにする性格のものでは必ずしもないにしても,意味はあるのではないかと思いつつ,皆様の御意見を伺いたいと考えた次第です。 ○松本分科会長 契約の場合に「責めに帰すべき事由」という文言を置くとすれば,法定債務における特定債務的なもの,事務管理における何々すべき義務,それから不当利得における現物返還義務については,それぞれいってみれば善管注意義務的なものです。そうであれば,責めに帰すべき事由があれば責任を負うというのと余り変わらないですね。金銭債務については善管注意義務というようなことは考えないということであれば,これもまた一緒ですね。   事務管理については,698条で,緊急事務管理の場合には,悪意又は重大な過失がなければ損害賠償責任は負わないという特則がありますが,701条は委任の規定を準用するということだから,基本的に善管注意義務ということになるようです。 ○内田委員 私も余り確信のある考えはないのですが,事務管理に関しては,今,分科会長がおっしゃったように委任の規定の類推で処理ができる。不当利得の中の給付利得の場合は,契約ルールの裏返しという形で解釈論がほぼ形成されています。あと侵害利得などについても,免責が問題になることは余りないのではないかという気がします。   そうすると,あとは不法行為による損害賠償の金銭債務について,遅延について免責される場合があるかというような場面だと思うのですが,そこは債務の発生原因に照らしてというところは多少意味があって,契約の場合には不可抗力で金銭の支払いが遅れたという場合,大震災のような場合については,契約の趣旨に照らして,このような場合についてまで送金をきちんとしなければいけないという義務を課すものではないということで,一定限度で遅延を免責するということはあり得ると思うのですが,不法行為の場合については,損害賠償というのは,被害者を可能な限り侵害がなかった状態に戻すということが大原則なので,その趣旨からすると,免責は更に限定的になるというような議論はあり得ると思いますので,全く無意味ではないように思います。 ○大村幹事 債務の発生原因に照らしてというのがしっくりこないという御発言があったということですけれども,しっくりこないというのが何に由来するのかということです。今の内田委員の御説明は,契約ではなくて,およそ不法行為によるのだからということを考慮するという御趣旨だと思いますが,事務管理や不当利得の内容だとか,不法行為の内容によって何かが決まってくるということだとすると,何はそれはおかしいというような感じがするということだと思います。ここは,その違いが分かる形で,およそ定型的に見て不法行為によるのだからこうなるということが分かるような形で,もし規定を置くのならば置くということなのかと思いました。 ○沖野幹事 今の大村幹事の御発言の繰り返しになるかと思うんですけれども,部会資料の10ページの債務の発生原因とはというところに,個別の事案で法定債権を発生させる具体的事実関係を指し,それを踏まえて債務者がリスクを引き受けているかということで考えていくのだとされています。これは確かに事務管理などで物を引き渡すとか,あるいは説明するとか報告するとか,そういうことであると,当てはまりそうに思います。ただ,それは契約に近いといいますか,この具体的な事情でどういう義務があるというのが決まってくるタイプのものだからという説明ではないかと思うんです。   それに対して,不法行為債権のときには,それが例えば自動車事故なのか医療過誤かによって変わってくるとかではなくて,金銭債権債務の不履行だとすると,もう少し抽象的で,個別具体的な事実関係においてリスクを引き受けているかという話ではないように思われまして,その二つがありそうに思うんです。   前者のほうは,むしろ個別に事務管理,給付利得,それぞれで対応されるとすると,後のほうは,少なくともこの局面の債務の発生原因に照らしてというのは,正に制度趣旨を勘案してという話ではないでしょうか。そういう意味でこれを使うか,不法行為であることを勘案してというのは,不法行為の制度趣旨を勘案してどこまでかということが決まるという話であれば,余り違和感もなくなりそうなので,それをこの表現で説明するのか,あるいは制度趣旨に照らしてと書くのかという辺りではなかろうかと思います。 ○岡委員 弁護士会で盛り上がった議論をしているところではないんですが,不法行為による金銭債務について,一定の場合に免責されるという話ですよね。 ○松本分科会長 遅延利息だけですから。 ○岡委員 だから,不法行為によって成立した金銭債務,それを不履行した場合に免責される,遅延損害金を払わなくていいということですね。そういう場合はあるんですか。見たこともないし聞いたこともないので,抽象論で言われても,今は金銭債務は不可抗力でも免責されないというのがあるからなのかもしれませんが,不法行為による金銭債務で一定の場合に遅延損害金が免責されるようなことは,具体例を言っていただければイメージは湧きますが,余りないのではないですか。 ○沖野幹事 震災による遅滞のような場合ももちろん,不法行為債権の場合であれば免責されないということでしょうか。 ○岡委員 それが今までの実務慣行による頭なのか,理解しづらいです。不法行為による損害賠償債務につき,地震が来て払えなかったときには遅延損害金をまけてあげるべきなんですか。 ○新井関係官 未熟な考え方かも知れませんが申し上げます。不法行為というと,それはけしからん,免責などとんでもないという評価はあるのかもしれませんが,加害者のほうは,賠償金を払う気はあるのだけれども,震災とか,決済システムが全国的に途絶してしまって,どうにもあらゆる決済手段が利用できない状況になって払えないというときに,せめてシステムなり決済の手段が回復するまでの間,遅延損害金に限っては免責するという考え方があり得るのではないかという,そういうのが一つ考え得るのかなと思うのですが。 ○岡委員 それだったら,不法行為制度の趣旨ではなく,不可抗力だから許してやるというほうが分かりやすいと思いますけれども。 ○新井関係官 債務の発生原因たる不法行為を踏まえても,決済手段が途絶するという事態,不可抗力と言えるような状況までは克服することは期待できないという,仮に「発生原因を踏まえて」という考え方を採る場合には,そういうロジックなり思考過程を経るのかな,と思うわけです。あとは,それが違和感のないものとして受け入れられるか否かという問題だと思います。 ○中井委員 金銭債権の場合,法定債権の場合と一般の債権の場合とで違うのですか。ここで専ら問題になるのは,金銭債権以外の不当利得とか事務管理などで発生するかもしれない特定物の返還義務とか,そういう場面では確かに,どういう場面で免責されるのか,免責の要件について一定の検討が必要なような気もしますけれども,法定債権が金銭債権の場合でも異なった考え方で整理すべきだということが,共通認識になっているのでしょうか。 ○松本分科会長 それは前提が変わったからだと思うんです。従来の前提は金銭債権だから,ほとんど免責されないということなので,契約上の債権も不法行為上の債権も余り区別しないで議論したけれども,今回,契約上の債権については前提を変えて,免責される範囲をもっと広げようという提案ですから,それに合わせて,法定債権である金銭債権も同じように,免責される場合が広がるのか,それとも従来どおりかという選択を迫られているのだと思います。   だから,前提を変えなければ同じです。契約上の金銭債権について免責される場合を従来より広げないという判断をすれば,変える必要はないですが,今出ている提案は広げようという提案ですから。 ○岡委員 そうしたら,金銭債務は不可抗力でも免責されないという条文が,契約債権にも法定債権にも適用されていると。それを契約に基づく金銭債務についてだけ外すと。法定債権たる金銭債務については不可抗力免責を認めないと,それはあり得る選択ですか。 ○新井関係官 論理的にはあり得ます。 ○松本分科会長 それを今問われていると思うんです。 ○岡委員 弁護士会ではそういう問題意識だとは読んでいなかったです。議論していませんけれども,法定債権に基づく金銭債務については不可抗力でも免責されないというのは,立法政策としても支持されそうな気はしますけれども。むしろそれを変えるのだったら,どういう場合に不法行為に基づく金銭債務の遅延損害金免除を認めるのだという説明が必要と思います。地震とか大津波だと言われたら,理解されるのですかね。よく分からないですね。 ○内田委員 法定債権一般と言ってしまうと問題があると思うのです。事務管理による費用償還請求権とか,不当利得によるお金の返還債務について,およそ不可抗力免責を認めないというのは,契約とのバランスでちょっと厳し過ぎるという気がします。   また,不法行為についても,先ほど,およそ不法行為であればという発生原因の考慮であると言ったのと矛盾はしますけれども,取引行為的な不法行為で,債務不履行と重なっているような過失による取引上の損害賠償債務などもありますので,契約上の金銭債務について免責を認めるべき場合については,免責を認めてもいいという不法行為法上の金銭債務もあり得ると思うのです。   しかし,およそ免責を認めるべきではないものもある。その考慮をするための言葉がこの言葉なのではないかと思います。これは,実際に限界事例が起きたときに,その解釈によって適用を判断するということであって,およそ一切の免責を認めないということを,今,一定のカテゴリーについて断定的に規律をするというのは,ルールとして過剰な感じがします。   いずれにしても,免責は極めて例外的ですが,その場面が生じたときに,発生原因に照らして免責を認めるかどうかの考慮ができるようにしておいてもいいのではないかという気はします。 ○深山幹事 確かに例外的に,法定債権それぞれについての免責を認めるべき場合が限定的ながらあるというのは,そのとおりかなと思うんですが,その基準として,債務の発生原因に照らしてというのが的確かどうかということについては,疑問があります。先ほど来出ている大震災その他の不可抗力がもし例外的な例の一つに挙がるとしたら,それは「債務の発生原因」というよりは,「不履行の原因」に照らしてというふうにならないとおかしい話なので,今提案のある「債務の発生原因」だけで全てがくくられているわけではないという気がいたします。 ○松本分科会長 例えば,契約上の債権については規定を置くとして,それ以外については何も規定を置かないとした場合に,一般の人はどう考えるか,あるいは裁判所はどう考えるかということです。反対解釈をして,一切不可抗力免責はないというふうに判断するのか,それとも,契約であればこうなんだから,それを類推して,内田委員がおっしゃったような,契約上の損害賠償と非常に近い不法行為の損害賠償であったら類推しようというふうに判断するのであれば,規定を置かないという選択肢もあり得ると思います。 ○大村幹事 分科会長がおっしゃるように,置かないという選択肢もあるだろうとは思います。先ほど,これも分科会長から御指摘ありましたが,(1),(2)は事務管理・不当利得の場合と不法行為の場合を分けていただいて,事務管理・不当利得の場合については,先ほど来出ているような議論で,当面,規定は置かないで対処する。不法行為のほうは規定を置いたほうがいいかもしれない。しかし,規定を置かないでも済ませられるということを提案するなら提案してみる,パブリックコメントでは置く方がという意見が出てきたら改めて考える,こういうことかと思います。併せて申し上げますが,今回の改正は,明確なルールが置けるのならば置くというのを基本的な発想にしていると思います。ここのところは,今回の改正の対象外であるので,本来ならば何か規定を置いたほうがいいのだけれども,当面の間は,規定を置かずに解釈論に委ねるということでカバーするということだろうと思います。改正の対象そのものと対象外の問題とでは,考え方に違いがあるということを言っていただいたほうがよろしいと思います。そうしませんと,改正の対象そのものについて,解釈論でカバーできるところは全て規定を置かないで,解釈論でカバーすればいいではないかという考え方を誘発することになるのと思いますので,そこは区別していただきたいと思います。 ○岡委員 419条の金銭債務の特則が不法行為に適用されなくなるとは思っていなかったわけですが,419条の特則はそのまま残しておいて,契約のところの債務不履行損害賠償債務のところに419条は適用しないと書いてしまったら,全部不可抗力免責がなくなってしまうので,寂しいなという気がいたしました。 ○沖野幹事 タイミングが違うのでとんちんかんかもしれないのですけれども,責めに帰すべき事由ではなくて,遅延損害金の起算点といいますか,これが不当利得・事務管理と不法行為で現行法違っておりますよね。412条からすれば,むしろ請求を受けたときからというふうになりそうなところ,不法行為だけは債権発生時からということになっており,それを明言した判例はほとんど理由を示していないと思うのです。それ自体の見直しということも実はあると思うんですけれども,ただ現行法上は,不法行為というのは,被害者保護ということがあちこちで出ているので,どういう場合に免責するかということも,事務管理や不当利得と不法行為では違い得るのではないでしょうか。ましてや419条自体は契約について見直すとすると,一律これでいいのかという疑問が生じます。不法行為は違うという感覚があるというだけなんですけれども,そうすると,それを受けたようなといいますか,それぞれの制度によって違うことになってくるのではないかと思います。先ほどのお話ですと,更にもう一歩突っ込んで,取引的な不法行為であるか,あるいは請求権競合事例であるかとか,そういうことも含めて考えてくるのではないかということになると,一層,それを受けるようなものがあると望ましいでしょうし,それから事務管理・不当利得というのは,それぞれでいくからいいのだということですけれども,債務の発生原因という表現がいいかどうかはともかく,法定債権についてはそれぞれの制度趣旨なり,もう少し一段具体化した事情なりを考慮してということが置いてあるならば,それを通じて,事務管理では更にそこをもっと具体化していますねと,条文にいくのかなとも思われるので,それを統合するようなというか,基礎となるものは,419条存置ではなくあったほうが適切であり,それが置き切れないならば,規定がないというのが次善の選択肢ではなかろうかと思います。 ○岡委員 そしたら,不法行為による金銭請求を求めるときに,免責要件だけが問題になるので,原則的には法定利率を損害の証明を要することなく請求できる,それは変わらない。それも契約のほうでは,法定利率を超える損害があることを証明したら請求できるというふうに変えるとすると,不法行為のほうも変わってしまうんですか。 ○松本分科会長 そこは今回は議論しないということではないですか。それは将来の不法行為法の改正に委ねるということで,不法行為については基本的には手を付けないという感じがするんですが。 ○岡委員 何となくそう思っていたんですが,免責要件のところはいじるとすると…… ○松本分科会長 いじらないんです。 ○岡委員 今議論しているのは,遅延損害金の免責要件を定めようということですよね。 ○松本分科会長 だから,いじらないということに定めようかという話でしょう。いじるんですか。 ○岡委員 いじるんですよね。 ○松本分科会長 そんなことをしていいんですか。不法行為の損害賠償の額ががらっと変わりますよ。 ○岡委員 額ががらっとは変わりませんが,419条で法定利率だと,損害の証明は要しない,でも不可抗力免責は認めない。不可抗力免責のところだけいじるということで,今,進んでいるんですか。 ○松本分科会長 そうですね。遅延損害金の発生時点をいじらなければ。 ○岡委員 弁護士会は,そういう問題提起だというのは初めて聞いた話だと思いますので,中間試案にもし残るのであれば,分かりやすく書いていただければ,また議論したいと思います。 ○松本分科会長 ではよろしいでしょうか。 ○岡崎幹事 御議論を伺っていて,気になったことがありますので,発言させていただきます。債権総論にある規定を改正するときに,法定債権についての規律をうまく書けない場合は,これを書かないという選択肢もあるという御意見が多いようですけれども,そうしたときに,法定債権についての規律が明確にならず,裁判所として非常に困ったことになる場合もあり得ますので,そのような場合が実際に生じるかどうかを慎重に見極めていただく必要があると思います。 ○大村幹事 今の御発言に関連しますけれども,先ほど議論した損害賠償の範囲のほうについては,沖野幹事がおっしゃっていましたけれども,ルールが蓄積されているので,それで当面やってもらいましょうということで,暫定的な措置としてはある程度は安定するかもしれません。しかし,こちらは,方向付けがどうなるのかということを明らかにする必要があって,先ほどからそこのところについて御疑問が出ていると思います。結局,不法行為のときに免責の余地はあるのかないのかということについて,従前同様ないという前提なのだということならば,そのことが分かるようにしたほうがよいと思いますし,基本はないのだけれども,内田委員が追加的におっしゃったように,不法行為の中でも契約的な色彩を帯びたものがあるとすると,それは契約法のほうのルールが変わったことによって影響を受けるかもしれない,そのことは勘案せよということを言うのならば,それは従前とはルールを変えることになりますので,その手掛かりになるような規定を何らかの形で置いて,説明を付けたほうがいいと思います。 ○中井委員 不法行為債務についての免責をどういう場合に認めるのかという議論だとすると,これはハードルの高い話になるのではないかと思います。不当利得と事務管理については,契約の考え方が変わるならそれに沿って変わる。しかし,不法行為は変わらない,免責は認めないという形のほうが,これは検討したわけではないけれども,弁護士会的発想からすればすっと入りますね。そこを変えれば,議論していませんが,いろいろな意見が出てくるのではないかと思います。 ○松本分科会長 ほかに御意見ございませんか。 ○大村幹事 立法提案としては,中井委員がおっしゃったように,不法行為については変えないということを前提にして規定を置かないとするのは,一つの考え方なのかなと思います。ただ,その先に,解釈論として,契約のほうのルールが変わったことによって,不法行為の一部について違う解釈論が出てくるという可能性は残ると思います。 ○岡委員 置かないということでは,419条3項が不法行為について残る。金銭債務は不可抗力でも免責されないという,あの条文が消えてしまったら,不法行為による金銭債務の不可抗力免責はどこへいってしまうか分かりませんので,419条3項が不法行為については残るという立法というか,条文を念頭に置いて,中井さんも話しているような気がします。 ○松本分科会長 ということは,前提として,416条がどうなるかだけではなくて,419条が契約の場合についてどういう文言に変えられるのか,そしてそれ以外の場合についての419条が消えてしまうのか,それとも残るのかという論点になりますか。 ○沖野幹事 今おっしゃった,それ以外の場合というのが,不法行為に限定されるのか,法定債権ということになるのか。今の御趣旨は,不法行為についてはというお考えだったように伺ったのですけれども。 ○中井委員 私が先ほど発言したのは,そういう趣旨です。事務管理と不当利得は,契約法と同じ規律でおかしくない。 ○内田委員 419条3項の改正の議論というのは,金銭債務というのは究極の種類物の債権ですけれども,金銭以外についても同じように非常に調達の容易な種類物の債権はあって,それらについて,およそ免責は認めないというルールは,比較法的にも例のないルールだろうと思います。免責が限定的であることは当然であるけれども,免責はないと断言してしまうのはルールとして余りにも行き過ぎではないかということで,改正しようという議論になっているわけです。   ですから,契約上の債務について,金銭債務も含めて免責の範囲を広げようという議論をしているわけではなくて,今直ちには想像できないような,極めて限定的な場合に,非常に例外的に金銭債務についても,債務そのものを免除するというのではなく,遅滞について免責を認めるべき場合があるだろうということを議論しているのだと思います。   そうだとすると,およそ金銭債務だからといって例外を認めるというのはおかしいという議論は,やはり不法行為の場合にも妥当するのではないか。ただ,不法行為上の損害賠償債務の遅滞が免責される場面というのは,更に限定されるだろうと思いますので,ほとんどないと言っても同じかもしれないけれども,その場合に,あえてないと断定しなければいけない理由があるだろうか。つまり,一般原則をあえて変えなければいけない理由があるかということが問われているのではないかと思います。   したがって,免責を別に広げようという趣旨ではないのであって,原則どおりであったとしても免責はほとんど認められないということではないかと思います。 ○中井委員 内田委員の話は,だから419条3項は,全ての金銭債務について削除してもよろしいということになるのですね。確認だけですが。 ○岡委員 先ほどの536条2項の背景にある倫理観というか,その感覚からいくと,不法行為というのは過失に基づいて権利を侵害した債務であると。そこからいくと,今,弁護士会では,損害に関する実体法を拡大しようという動きもやるようなことも言っておりますし,諸外国の不法行為による金銭債務の遅延損害金の免責事由が現実問題あるのでしたら,是非比較法でも出していただいて,実際の判例があるのだったら判例でも出していただくなり,周到な材料を出していただかないと,弁護士会的にはなかなか受け入れ難いように思います。 ○岡崎幹事 揚げ足取り的な発言になって恐縮ですけれども,現状の免責の範囲と変えないということであれば,419条3項をそのまま維持したらよいではないかという議論になると思います。それに対しては,419条3項を削除しても現状の免責の範囲を変えないとは言うけれども,それは実質的にほとんど変えないというだけで,極限状態では変わることになると答えることになると思います。しかし,そういった議論は,この部会に参加していない人には簡単には理解されないという感じがします。 ○松本分科会長 恐らくこの点も収束しないと思いますから,先ほどの案と同じように,一旦削除案を事務当局原案として出して,パブコメを受けて,修正するというシナリオでよろしいのではないですか。 ○筒井幹事 419条の議論をしていただくことは,今日の会議の主な趣旨とは違っていたのですけれども,頂いた意見を踏まえて,中間試案のたたき台にどのような案を出すか,またよく考えてみたいと思います。その上で,今日の免責事由に関する規定のところは,それが先決問題ではありますけれども,それも今日の議論を踏まえて,何らかのたたき台の案を出せるように検討してみたいと考えております。どうもありがとうございました。 ○中井委員 「第1 賃貸借」の7の(2)の,アとイが議題に上がっているのですが,先ほどの議論はアだけしかしていなかったように思うんです。イは特段よろしいのでしょうか。「賃貸借の目的を達成することができない場合の解除」の可否についてですが。 ○筒井幹事 特に御意見がなかったと受け止めていたましたが,あれば御発言いただければよろしいと思いますけれども。 ○岡崎幹事 アに関して,賃借人の義務違反による場合も含めて当然に賃料が減額されるということについての部会資料の説明は,一つの理屈であると思いますけれども,イに関して,補足説明には,アと同様に緩和すべきであるという考え方であると一言書いてあるだけでして,そこがすとんと落ちないなとかねてから思っておりました。つまり,賃借人の義務違反による場合も含めて,賃借人から解除できるとすることは,倫理観に引っ張られた意見だと思ってはいますけれども,実務感覚に照らすとやや違和感を覚えます。 ○中井委員 弁護士会でも,一部有力弁護士会から,岡崎幹事がおっしゃられたのと同じで,賃借人に義務違反ないし帰責事由がある場合に,解除まで認めることについてはどうかという意見がございました。理由はおのずと,先ほどの延長線上にあります。 ○岡委員 補足すると,当然減額に対する反対論よりは解除のほうに対する反対論が少ない。ある単位会は一気通貫して反対ですけれども,当然減額は予測可能性等で駄目だけれども,解除はいいのではないかと,そういう単位会もございます。 ○金関係官 このイの提案では,契約の目的を達成することができないという要件が入っています。賃借人の義務違反によって目的物の一部が壊れたような場合であっても,賃借人にとって契約の目的が達成できないような事態に陥っているのであれば,少なくとも解除は認めてよいのではないかという理解の下で提案をしております。賃借人の義務違反によるものである以上,契約の目的が達成できなくても,引き続き賃貸借を継続させるべきであるという御意見であるとすれば,そこは引き続き検討いたしますが,ただ,岡委員がおっしゃったとおり,部会では,賃借人の義務違反による場合に賃料の当然減額を認めるのは倫理観から問題があるけれども,契約の目的を達成することができない場合に契約の解除を認めることにはそれほど問題がないのではないかという御意見があったところです。 ○松本分科会長 この場合も,当然,解除後の損害賠償は,賃貸人としては取れるという大前提でしたね。 ○金関係官 はい。 ○松本分科会長 その場合,恐らく賃料を,本来,期間内は全額取れるはずなのにということが,先ほどの議論だと,きちんと賠償損害額の中に入ってくるはずだという,そういう想定ですね。 ○金関係官 はい。 ○松本分科会長 そうであれば,アを承認するならイは当然だというロジックになりますね。 ○沖野幹事 結論は,イは一層適切だろうと思われます。本日の高須幹事が出してくださった例だと,逆に,母屋が駄目で離れだけとか物置だけとかというようなときに,その部分のみを対象として継続し賃料をなお払い続けるというのは無意味ではないかと思いますので,契約目的不達成であれば解消するという方向に,賃貸借の場合は向かうのではないかと思います。そしてその場合に,別途損害賠償を賃貸人側から取れるということは当然なんだろうと思います。   ただ,契約の解除一般について,解除して,更に損害賠償も請求できるというときに,解除された相手方から損害賠償を請求するというのは,今まで想定していたのかというのは,少し気になります。従来は余り考えていなかった局面かと思います。規定を置いたほうがいいのか,それは場面が変わってくるので当然だということなのか,ちょっと気になった点です。結論に異論はないですけれども。 ○岡委員 これを解除と呼ぶからいろいろ誤解が生ずるので,解約とか契約終了とか,言葉を変えるのはあり得るんですか。 ○深山幹事 一つの選択肢としては,当然終了というのもあるのかもしれないですね。全部滅失に準じて,契約目的を達成しない場合には一部滅失でも,当然終了というルールも理屈の上ではあり得ると思うんですが,そこまでドラスティックにはしないで,当事者の意思をある程度尊重して,やめましょうと考えたときに契約関係を解消するという,折衷的というか中間的な選択肢もあるのかなと思います。   そうであれば,賃貸人側からの解除というのも当然あるということなのかなという気もして,当然終了にしてしまうと,両方の意思を問わずという趣旨の規律になってしまうので,それはちょっと行き過ぎかなと思います。客観的要件として,契約目的不達成というのは大前提の要件として入るでしょうけれども,その上でなお,主観的要件として,いずれかの当事者がこれでは意味がないということで解除の意思表示をしたときに終了するというのは,それはそれで一つのルールかなというふうに考えて,結論としてこれでいいのかなと思っておりました。 ○金関係官 今の深山幹事の御指摘についてですけれども,まず賃借人に義務違反があるという場合には,債務不履行に基づいて解除することが可能であるとは思います。ここでの提案は,賃借人の義務違反の有無にかかわらず,契約目的不達成の状態になったときは,賃借人の側から契約を解除することができるという規律ですけれども,その際にセットで,賃貸人の側からの解除も認めるべきであるという御指摘だと理解しました。ただ,賃貸人は,通常は賃料さえ入れば契約の目的を達成することができると思いますので,今の深山幹事の御指摘は,賃借人の義務違反の場合にも賃料が当然に減額されるという立場とセットになった御議論ということでしょうか。ただ,仮にセットになった御議論であるとしても,賃料の一部が減額されるだけで直ちに契約の目的が不達成になると言えるかどうかは,微妙なところであるようにも思います。と申し上げたところで,すみません,ようやく気付きましたが,今の深山幹事の御発言は,賃貸人にとっても契約の目的が達成できない事態に陥っていると認定されたことが当然の前提で……。 ○深山幹事 はい。 ○金関係官 申し訳ありません。誤解しておりました。 ○深山幹事 おっしゃるように余りないと思うんです。一部でも賃料が入ればという場合が多いのでしょうけれども,理屈の上ではといいますか,可能性としては,賃貸人にとっても半分しか賃料が入らないのでは困るということもあり得るのかもしれないので,それがしかも客観的に目的不達成と認められるような場合は,賃貸人からの解除もあってもおかしくはないのかなと思います。 ○松本分科会長 ちょっとお待ちください。借地借家法上,そういう解除は可能ですか。債務者の責めに帰すべき事由がなくて一部滅失した場合に,債権者である賃貸人の側から解除する。その理由は,賃料を全額もらえないのでは契約目的を達成できないからだとか,あるいは半額の賃料しか収受できないような建物では私の経営にとっては無意味だから,取り壊して建て直したいんだと,そういう理由で解除は認められますか。あるいは更新拒絶が認められますか。賃借人がこれでもいいと言っている以上は,恐らく無理なのではないですか。 ○深山幹事 極めて例外的であって,論理だけの机上の議論のようになってしまいますけれども,9割方滅失して賃料10分の1という極限的な姿を考えればというくらいのことなので,現実的にはほとんどないだろうという前提で申し上げてはいるんです。先ほどの倫理観の話ではないですけれども,義務違反のある賃借人からであっても,客観的に契約を維持するのは無意味だという,先ほどの物置だけ残ったという例でもいいですけれども,そういう場面を考える,あるいは全部滅失までいけば当然終了ということとのバランスや連続性から考えると,そういうことも理屈としてはあり得るのかなという程度の話です。 ○金関係官 ありがとうございます。別の点で,先ほど御質問がありました解除か解約かという文言のことですけれども,解除か解約かという文言は,現行法においても不統一な使われ方がされているように思いますので,解除を解約に置き換えられるかどうかという点については引き続き検討したいと思います。ただ,解除をした側が損害賠償請求権の行使を受ける場面というのが今まで想定されてきたかどうかという点につきましては,例えば委任の民法651条による解除の場合などには,解除をした側が損害賠償請求権の行使を受けることがありますので,もちろんそれとは場面が異なりますし,損害の内容も異なるとは思いますけれども,少なくとも抽象的にはそれほど違和感はないと言えるのではないかと思っております。 ○内田委員 岡先生のおっしゃる違和感は,義務違反のある賃借人は,相手方に損害を賠償すれば解除できるというふうに言えば,ある程度緩和されますか。 ○岡委員 その可能性はあると思います。 ○松本分科会長 よろしいでしょうか。若干危惧する声もあるようですけれども,大方は,アが原案でいいのであれば,イも当然いいのではないかという感じの御意見だったと思います。ありがとうございました。   それでは,ちょうど6時でございますので,本日の審議はこれで終了させていただきます。   最後に,連絡事項につきまして事務当局から御説明をお願いいたします。 ○筒井幹事 第2ステージにおける分科会の審議は,他の分科会も含めてこれで最後ですので,次回会議の連絡はございません。長期間にわたりまして御審議に協力いただき,誠にありがとうございました。 ○松本分科会長 本日は想定していた終了時間を2時間くらい超過してしまいまして,申し訳ありませんでした。   御熱心な御議論を賜りまして誠にありがとうございました。 -了-