法制審議会 民法(債権関係)部会 第74回会議 議事録 第1 日 時  平成25年7月16日(火)自 午後1時02分                      至 午後5時00分 第2 場 所  法務省 第1会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○鎌田部会長 定刻となりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会の第74回会議を開会いたします。   本日は御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。    本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 事前送付資料として部会資料63をお届けいたしました。   また,本日の机上配布にて,パブリック・コメント関係の意見をまとめた速報版ですけれども,部会資料64-1と64-2を配布しております。さらに,部会参考資料11の「債権譲渡の対抗要件制度に関する実態調査の結果報告」を配布しております。また,法務省の委託調査研究の報告書ですけれども,「債権譲渡の対抗要件制度等に関する実務運用及び債権譲渡登記制度等の在り方についての調査研究報告書」を配布しております。この資料は既に法務省ウェブサイトで公表しているものでございます。 ○鎌田部会長 本日から第3ステージの審議に入り,部会資料63について御審議いただく予定ですが,その前に事務当局から,中間試案に対するパブリック・コメントの手続に寄せられた意見の概況と,第3ステージのスケジュール及び審議の進め方についての説明をしてもらいます。よろしくお願いします。 ○筒井幹事 この部会で本年2月に取りまとめていただきました中間試案につきまして,本年4月から6月にかけてパブリック・コメントの手続を実施いたしました。これに対しましては,現時点での速報値ですけれども,部会資料64-1等の(前注)の部分に書きましたように,団体から194団体,個人から469名という多数の御意見を頂戴いたしました。この場をお借りして厚く御礼を申し上げたいと思います。   このパブリック・コメントに寄せられました意見については,現在その要旨をまとめる作業を精力的に進めておりますが,この作業の完了までには相当の時間がかかります。そこで,今後の第3ステージの審議では,当分の間,審議を行う当該論点についての速報版を順次提示する方式で進めていきたいと考えております。本日お配りした部会資料64-2がそれでございます。   これらのパブリック・コメントに寄せられました意見の原文を部会メンバーが御覧になりたい場合には,法務省民事局参事官室にお越しいただければいつでもすべての意見を御覧いただくことが可能ですし,また,個別にある団体の意見などを読みたいなどの御要望がありましたら,適宜,事務当局に御相談いただければ,できる限りの対応をしようと考えております。どうぞよろしくお願いいたします。   今回のパブリック・コメントに寄せられました意見のうち,総論的な意見につきましては,本日机上に配布しました部会資料64-1において,その要旨を速報として取りまとめております。これにつきましては,部会メンバーの方には電子データで事前にお届けしておりますので,この場で一つ一つの意見を紹介することは省略したいと思います。この総論的な意見としては,改正の必要性や審議の進め方等について様々な御意見を頂いております。それぞれについて真摯に受け止めて,今後の審議に役立てていきたいと考えております。   この総論的な意見の中には,今回の改正の必要性に関して,なお批判的な意見もあるわけですけれども,この部会の審議を振り返ってみますと,3年余り前の審議の開始当初から,改正の必要性については2回の会議日にわたって議論を行い,その後も個別論点を検討する中で一つ一つ丁寧に改正の必要性の有無について検討を行ってきたものと考えております。それでもなお,この段階で改正に批判的な意見があるということについては真摯に受け止め,今後とも改正の必要性について広く理解を得られるよう努力を続けていきたいと考えております。   その一方で,今回のパブリック・コメントの結果を全体として見てみますと,もちろん意見の分かれている項目は少なくありませんが,多くの改正項目について積極意見が多数寄せられていることもまた事実であると思います。そういった多くの意見が寄せられていることを踏まえて,中間試案の内容をより深める検討作業を今後とも続けていきたいと考えております。   次に,今日から第3ステージの審議を行っていただくことになりますが,第3ステージのスケジュールと今後の審議の進め方について事務当局の考えるところを御説明したいと思います。   第3ステージにおきましては,最終的に法制審議会総会にかけるべき改正要綱案の取りまとめを行うことを目標としたいと考えております。その上で,第3ステージのスケジュールを立てるに当たりましては,関係法案を国会に提出する時期として平成27年通常国会における法案提出を目指し,それに間に合うように平成27年1月ないし2月に法制審議会の答申がされることを目途として審議スケジュールを立ててまいりたいと考えております。   その場合に,今回の改正の対象範囲の広さや,中間試案のボリューム等を考えますと,要綱案の取りまとめ後の法文化の作業や,関係法律の整備に向けての関係省庁との協議などに相当の時間を要することが容易に推測できます。そういったことを踏まえて,平成27年通常国会に法案を提出するとした場合におけるこの部会の審議の一つの節目として,平成26年7月末までに要綱仮案の取りまとめを行うことにしてはどうかと考えております。   この要綱仮案の取りまとめによって,論点の取捨選択も含めて改正内容の実質を固め,その後,部会の審議はしばらく休会とし,この間に事務当局において条文化と,関係法律の整備などの作業を行い,答申前のしかるべき時期に審議を再開して,その時点でもし要綱仮案からの修正をお願いしたいと考える事項が出てきた場合には,それを部会にお諮りして最終的な要綱案の決定を頂く,こういう段取りを考えてはどうかと考えております。   このような段取りで進めるといたしますと,本年7月に第3ステージの審議を開始してから要綱仮案の決定までの実質的な審議期間が1年余り,13か月ということになります。この間に,中間試案についてのパブリック・コメントの結果を踏まえた充実した審議を行っていただき,そして結論を得るというスケジュールを立てていきたいと考えております。   以上を前提として,第3ステージの審議の進め方ですけれども,中間試案のパブリック・コメントの結果などを踏まえて,異論が少ないと考えられる論点については,当初から要綱案のたたき台を提示して細部についても検討を深め,他方,議論がなお分かれている論点については,論点の検討タイプの部会資料を提供して更に議論を深める。論点検討タイプの部会資料と申しましたのは,今回の部会資料63をイメージしたものですけれども,そういったメリハリのある審議をしていきたいと考えております。要綱案のたたき台を直ちに提示する論点と,論点検討タイプの部会資料を提示する論点,その区別をしながら審議を進めていきたいと考えております。   次に,部会会議の開催頻度ですけれども,これにつきましては,第2ステージと同様に,原則として3週間に1回の割合で正規の会議を開催することを基本としたいと考えております。他方,その正規の会議に対応する,概ね同数の予備日を設定したいと考えております。この正規の会議と予備日を合わせて,基本的には多くても3週に2回の会議で審議を進めていきたいと考えております。第2ステージにおきましては,3週に2回のペースの部会会議に加えて,残りの3週に1回の定例日を分科会にあてており,実質的には定例の火曜日にほとんど毎週何らかの会議が開かれているという状態でしたけれども,第3ステージにおきましては,基本的に正規の会議と予備日を合わせて最大3週に2回の会議という形にしたいと考えております。   分科会の開催についても,現時点で開催しないと決めているわけではありませんけれども,もし分科会の開催が適当であると考えられた場合には,それは予備日を活用することにしてはどうかと考えております。このような会議のペースで審議を進めてまいりたいと考えておりますが,3週に2回ということで,第2ステージよりはやや余裕がある日程となる分については,部会メンバーの方や,関係団体の方々と会議以外の機会におきまして密接な意見交換をできる限り図っていきたいと考えております。   私からの説明は以上でございます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ただいま説明につきまして,御質問や御意見はございますか。 ○松本委員 最後に御説明された二つのタイプの部会資料があるということとの関係ですが,本日の論点からいきますと,債権譲渡のほうは明らかに検討タイプであり,消滅時効のほうも検討タイプに近いと思うのです。ここで,債権譲渡のほうは対抗要件に限って議論をするということがはっきりしていますから,それ以外の債権譲渡の論点については今後も何らかの形で議論するのだということはよく分かるのですが,消滅時効のほうは,消滅時効と書いてありながら,中間試案に出されていた論点の半分しか出ていないということの趣旨は,ほかの部分は今回改正からは落とすという趣旨なのか,それとも,議論する余地もなく先ほどのたたき台タイプを次に出すという趣旨なのか,その辺御説明いただけますか。 ○筒井幹事 御質問ありがとうございます。今回の部会資料では,債権譲渡については対抗要件制度のみを審議の対象とし,消滅時効に関しては時効期間と起算点に関する論点を審議対象とするという趣旨で作成いたしました。それが資料の見出しだけでは分かりにくかったという御指摘ではないかと思いますが,その点は口頭で補充して説明したとおりです。   これらの論点を特に取り上げましたのは,消滅時効における時効期間と起算点,それから,債権譲渡の対抗要件という2つの項目は,中間試案におきましても,極めて例外的に甲案,乙案の複数案を併記したところですので,このような論点について先々,審議を深めて結論を得ていくには,論点検討タイプの部会資料を用意して早めに検討を開始することが必要だろうと判断したからです。消滅時効の他の論点については,今後の審議で,要綱案のたたき台タイプの部会資料を提示するかもしれませんし,また,特定の論点について論点検討型の資料を提示するかもしれません。それはまた今後の課題ということです。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがですか。 ○岡委員 最後におっしゃられるおつもりだったのかもしれませんが,8月末以降の具体的な会議の日程を,心づもりもありますので,今開示できるのでしたら,開示いただけませんでしょうか。 ○筒井幹事 8月の最後の火曜日は会議を開催する方向で考えておりますが,本日の会議で今後の審議スケジュールについて御報告し,これについて御理解が得られましたら,本日中にも電子メール等で具体的な会議開催日について御案内を差し上げようと考えております。本日このような審議スケジュール案を提示して御意見を伺う前に確定的なものとして日程を御提示するのはいかがなものかと思いましたので,現時点ではこのようにさせていただいております。 ○大村幹事 松本委員の御質問に戻るのですけれども,要綱案のたたき台型の資料と論点検討型の資料がこれから出てくるということでございましたが,論点検討型のものとして,この先審議を予定しているものとして既に固まっているものがあって,御披露いただいて支障がないようでしたら,お示しいただきますと,この先のイメージが湧くと思いまして,お伺いいたします。 ○筒井幹事 具体的な振り分けの案まで現時点で持っているわけではありません。少なくとも中間試案で複数案を併記した論点や,引き続き検討するとした論点は,このような論点検討型になろうかと思います。また,要綱案のたたき台を提示するに当たって詳細な説明を補充することが必要になるようなものについては,論点検討タイプの資料を作ったほうが議論が容易になるだろうと思っております。実際の審議のやりやすさを考慮しながら,その振り分けを行っていきたいと思っております。 ○鎌田部会長 よろしいでしょうか。   ほかに御意見ございますか。   それでは,先ほど事務当局から説明のあったスケジュールに従って第3ステージの審議を進めていきたいと思いますので,よろしく御協力のほどお願いいたします。   続きまして,部会資料63の審議に入ります。途中,午後3時頃を目途に適宜休憩を入れたいと思います。   まず,「第1 消滅時効」の「1 債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点」について,事務当局から説明してもらいます。 ○合田関係官 御説明いたします。   職業別の短期消滅時効を廃止するという考え方に対しては,これまでの部会審議でも特段の異論は示されず,これが廃止されることを前提に,原則的な時効期間と起算点についての検討が進められてきました。   職業別の短期消滅時効を廃止した場合,現行制度の下でその適用を受けている債権については,権利を行使することができる時から10年間又は5年間の時効期間が適用されることとなり,時効期間が著しく長期化するという懸念が示されています。そこで,時効期間の単純化・統一化を図りつつ,長期化への懸念にも対応するためには,原則的な時効期間と起算点についてどのように考えるべきかが課題となります。   この論点については,中間試案において甲案・乙案を併記するほか,(注)において別案を提示しておりますが,この論点は,不法行為による損害賠償請求権の消滅時効の見直しの要否や,生命・身体等の侵害による損害賠償請求権の消滅時効についての特則の要否といった論点を始め,消滅時効制度に関する論点全体に影響を及ぼすものであり,要綱案の取りまとめに向けてどのように合意形成を図るかが今後の課題となります。   部会資料63は,それぞれの考え方の論拠や問題点を改めて整理し,意見の集約を試みるものです。   本日は,後に取り上げます不法行為による損害賠償請求権の消滅時効や,生命・身体等の侵害による損害賠償請求権の消滅時効に関する論点との関係にも留意しつつ,原則的な時効期間と起算点について,中間試案で提示したそれぞれの考え方について,取り分け乙案でブラケット内を5年間とする考え方のメリット・デメリットについて御審議いただきたいと思います。また,今後の意見の集約に向けて,どのような視点からの検討が考えられるかという点にもつきましても御意見を頂ければと思います。   ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいま説明のありました部分につきまして,御審議いただきます。御自由に御発言ください。 ○大島委員 消滅時効は国民や企業に分かりやすい制度に単純化することが,今回の改正の目的に合致すると思います。消滅時効の期間をめぐって,基準の不明確さからくる不要な争いが生じることは望ましくなく,客観的で誰もが明確に判断できる起算点を定めることが必要であると考えております。そのため,権利を行使できるときを時効期間の起算点とすることが取引の実情に最も合うものと思います。また,企業が時効制度に求めるものは,債権の消滅ということよりも,大量の取引書類の保管義務から免れること,すなわち債権管理の観点であり,現在は商事債権の5年を基本とする債権管理の実務が定着していることは明らかですから,これまで以上に中小企業の負担を増やすことは是が非でも回避していただきたく,中間試案の甲案の考え方を支持いたします。   一方,部会資料の補足説明に記載されているとおり,5年の消滅時効では短すぎる債権が類型的に幾つかあることも理解できます。そこで,原則としては,債権は権利を行使することができるときから5年で時効消滅するという甲案の考え方を基本とし,特に政策的に時効期間を長期化する必要のあるものについては,例えば生命・身体に関する障害について別途の議論をされているところでもあり,これを深めていただき,規定を置くことで対応可能と考えますので,その方向で検討していただければと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ほかに。中原委員,どうぞ。 ○中原委員 商取引においては,大量の書類の保管が大きな負担となっています。その負担を軽減させるためには,消滅時効期間を短くすることが必要だろうと思います。銀行取引においては,商事消滅時効の5年をベースとした管理が進んでおりますので,同様の消滅時効制度の導入をお願いしたいと思います。   契約に基づく時効の起算点は,当事者間でそれほど争いが生じることはないと思いますけれども,不当利得といった法定債権につきましては,時効の起算点が必ずしも明確ではないという不安感があります。したがって,乙案,客観的な起算点からの時効期間を10年に維持した上で,主観的な起算点からの時効期間を5年に設定するのが望ましいと思います。なお,提案のブラケットの中身につきましては,5年が適当ではないかと考えております。 ○佐成委員 経済界関係の意見を一括して言ったほうがいいかと思うので,取りあえず我々の内部での議論を御紹介させていただきます。   従前から申し上げておりますとおり,経済界では甲案が現時点でも比較的支持が多いということです。債権管理上甲案が一番安定的ではないかということかと思います。中で出てきた意見では,甲案,乙案で大きな違いはないとこの部会資料には書かれていますけれども,書きぶりを拝見しますと,取引上の一般的な債権については基本的にはそれほど大きな問題はないというふうな慎重な書き方がされているので,本当に我々実務界でこれまで管理してきているものが全く同じ形でスムーズに移行できるのかというところにまだ不安を感じているところがございます。   それから,運送業界などから指摘されているのは,不特定多数を相手方とする債権・債務関係というのが運送業などでは典型的なものですから,そういったところでは相手方の申出により債務者が分かるという場合もあるのではないかという指摘でございます。   そういうことで,乙案にすぐに賛成したいということにはならないのではないかということです。それと,安全配慮義務に基づく損害賠償請求権について部会資料で御指摘がありましたけれども,安全配慮義務違反に基づく損害賠償であっても,特に労働災害に関しては債権の存在を認識しているのが通常ではないかといった指摘があったところであります。つまり,甲案に対する批判として例外的なものが幾つか書かれておりますけれども,それらについては,こういう言い方は適切ではないかもしれませんけれども,経済界のほうではあまり心配したような意見は出てこなかったということです。   逆に乙案に対して反対があるかというと,明示的な反対は必ずしも多くはないのですけれども,今言ったような事情で,甲案のほうが経済界では人気があるというのが現時点での状況だと思います。 ○岡田委員 消費者の側からしますと,別案でいきたいと思います。パブリック・コメントの意見書の中にも3年というのが結構あるのですが,中には2年にすべきだという意見もありました。消費者契約に関しては,消費者契約法でという意見もありましたが,それとは別に,消費者契約法で決めるのであれば,逆に民法の中へ消費者ないしは事業者の概念を入れたほうがいいのではないかという意見もあったように思います。   私も前にこの時効の5年ないしは3年ということに関して抵抗したのですが,消費者契約法で決めればという意見もありまして,最終的にはそうなるのかなと思うのですが,消費者契約法で例えば2年とか3年にしたときに,大方の事業者の場合は消費者との契約に関しては,消費者契約法で短くなるわけです。その意味からしますと,民法の中で消費者と事業者,事業者の消費者に対しての債権に関しては,3年とブラケットの中にありますので,それで主張したいと思います。今,特に高齢化社会なものですから,5年となりますと,本人自体がもう認識がなくなることもあるし,場合によっては相続人がということにもなり兼ねないものですから,やはり5年というのは長すぎると思います。 ○鎌田部会長 ほかの御意見はいかがですか。岡委員,どうぞ。 ○岡委員 三つ申し上げます。   一つ目は甲案に対する反対でございます。現在,民事10年という制度を甲案にすれば,一律5年に短くする結果になってしまいます。そういう立法事実はどこにもないはずです。経済界は自分たちが商事の5年だからそれでいいのではないかとおっしゃいます。それはよく分かりますが,民事まで5年にすべきという正当化理由については何の説明もないのではないかと思います。一部の弁護士には5年でいいのではないかという意見が少数出てくるようになったのですが,今,10年のものを一律5年に下げるということについてはかなり強い反対意見が多うございます。   二つ目に主観的起算点についてですが,徐々に理解者は増えているような印象を持っております。ただ,本当にそれで大丈夫かという危惧感を持つ者も多く,今回のペーパーを読んだ上でも,主観的起算点導入でいいではないかというのが多数説になる状況にはなっておりません。ただ,不法行為でも運用されているところですし,理解が増えているという事実はありますので,それは御報告しておきたいと思います。   三番目に,先ほどは長かったものを短くすることに対する反対意見ですけれども,今度は短いものを長くすることについての抵抗というか反対でございまして,岡田さんがおっしゃったような消費者の買掛金債務とか準委任の債務という,2年,3年であったものが今回の乙案になると5年に伸びてしまいます。企業側の弁護をしている弁護士からも,残業代,賃金請求権についても同じように,今,3年なのがこれで5年に延びてしまうことには反対であるという議論もございまして,今短いものを全て一律5年に持っていくことについての反対というか,心配感も根強くございます。   今回ここまで詰まってきましたので,議論をしておりましたところ,現在の職業別の細かい話は整理するとしても,「買掛金」とかもう少し整理された言葉で3年ぐらいの短期の消滅時効を設けるのでもいいのではないかという意見もこの段階になって結構出てきました。その説の最も典型のものは,民事10年,商事5年,今の民法の1・2・3・4年を,言葉を・概念を整理した上で3年に統一するというものです。分かりやすい,このような案もこの段階になって,特に一弁では結構増えてきております。 ○岡崎幹事 裁判所の中でも乙案の主観的起算点に関しては反対意見が有力に主張されております。乙案に関して,今回の部会資料63の6ページ(2)では,アからエまで四つの類型に分類していただいて,甲案との実質的な相違点について分析をしていただいております。そこで指摘されているように,確かにアとイに関しては,甲案と乙案とで,それほど違いはないのかもしれませんが,ウとエに関しては一定の相違があるのではないかと思います。   例えば,最近よく問題になっている例としては,エの分類になると思いますが,不当利得の一つの類型である過払金返還請求権の時効がございます。過払金返還請求権について,その発生原因を知ったときに債権発生の原因及び債務者を知ったと考えるのであれば,多くの場合,過払金発生時に債権発生の原因及び債務者を知ったことになるのではないかと思われます。そうすると,客観的な起算点とは別に主観的な起算点を設ける意味はあまりないのではないかと思われます。他方で,過払金返還請求権が発生したとの認識を有するに至って初めて債権発生の原因及び債務者を知ったと考えるのだとしますと,消滅時効の起算点を過度に主観化してしまうことになるのではないかと思われます。   同じような例として,保険金請求権がございます。保険契約者が保険事故の発生は認識していたものの,保険契約の内容を十分に理解していなかったために,保険金を請求することを失念していたというケースについて,主観的な起算点が入った場合にどのように考えるのか。これについて,保険金請求権の発生を認識するまでは消滅時効が進行しないという解釈が採られるのだとすると,現在とは結論が大分変わってくる場面も生じるのではないかと思われます。   そのほかに,部会資料63の6ページ(2)のアとイに該当する契約上の債権について,債務不履行があった場合における,債務不履行を理由とする損害賠償請求権はどうなるのかというと,多くの場合,ウの類型に該当するのではないかと思われます。そういう意味で,平常時と言いますか,契約によって発生する債権そのものの履行を請求する局面では,甲案と乙案とでそれほど違いは生じないのかもしれませんが,異常時と言いますか,債務不履行が生じた場合の損害賠償請求等に関してはウの類型ということになり,甲案と乙案とで違いが生じると思われますし,また,ウの類型に該当する債権はそこそこ存在するのではないかとも思われます。部会資料63の6ページ(2)には,ウの類型,エの類型はごく例外的なものであると考えられるという記述もございますが,果たしてそのように断定していいのかについて,若干の危惧感を持っております。   また,ついでになりますけれども,今ここで議論されているのは,民法上の短期消滅時効を廃止して単純化・統一化を図る場合の規定の在り方ですが,特別法の中にも消滅時効の期間が定められているものがあろうかと思います。例えば,労働基準法115条には,賃金等について2年間,退職金について5年間という時効期間が定められております。そのほか,例えば,保険金については保険法95条1項で3年間,さらに国債の元本に関して,国債ニ関スル法律9条に10年という時効期間が定められています。これら特別法で定められている時効期間に関して,仮に乙案を採った場合に,どのように解釈したらいいのかというところは考えておく必要があるかと思います。 ○佐成委員 今,特別法の話が出たので,関連で発言します。我々経済界では,特に最後のほうに出てきたところは取り分け関心があって,保険金請求権とか労働債権に関する特則に関しては経済界も非常に関心を持っております。現時点でそこら辺について十分な議論はまだしていないのですけれども,今まで議論してきた中では,あくまで現状が維持されるということを大前提に,各業界さんなり労働法制関係の我々のセクションなどは議論してきたようです。ですから,甲案ということを言ってきたのですけれども,仮に乙案を採ったときに,それが特別法の解釈の変更,あるいは,改正のほうにいきますと,現行の実務がかなり変わる可能性が出てくることになり,そこはまだ十分議論していないのですけれども,かなり問題が出てくる可能性があります。今日はそこら辺の議論や,各業界さんの声を聞いていないので申し上げにくいのですけれども,今の御指摘を聞きますと,ちょっと心配なところもあるということだけ指摘させていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。はい,山下委員,どうぞ。 ○山下委員 ただいまの岡崎委員と佐成委員の意見と問題意識は共通するところかと思いますが,私どものように特別法の勉強ばかりしておりますと,いろいろな特別な時効,特に短期時効というのがあるわけでございまして,それをどうするのかという問題があって,これは民法の本則の方針が決まった後で十分審議するので,まさか整備法で一括ということはないのだろうと思っています。   今日のところは商事消滅時効との関係をどう考えるかでして,これまでの審議の方向で,時効期間を諸外国のトレンドに合わせて一般的には短くするという方向であるとすると,現在の商事消滅時効はなくなり,民法のほうへ吸収されるということを暗黙の前提で考えていて,それはそれで一つのあり得る方向だろうと思ったのですが,本日提案されている乙案で,3,4,5のうち5年にすれば甲案とあまり違いがないではないかという,妥協案の作り方を拝見しておりますと,確かにかなり現象的には似てくると思うのですが,先ほど岡崎幹事の御紹介にあったような債務不履行などでトラブってくると,いつ損害賠償請求権が発生したとか,その種のトラブルは結構ありそうで,そのときに知っていた,知らないという乙案の問題がいちいち問題になるというのはちょっと問題があるような気もします。   乙案で5年というと,現在でも商事時効の5年という規定の適用範囲は企業取引一般にとっては非常に広いわけですから,乙案で5年となると,単に現状の企業が絡むと5年という期間はそのままで,その始期を債権者が知っていたかどうかという不安定要素が持ち込まれるだけであって,何も短縮化するということになっていないのではないかと思います。少なくとも乙案を採るときに,5年の案を採るというのはあまり合理性がない提案ではないかなと,ここへ来るまでに考えていた次第でございます。   そういうことを考えると,先ほどからもいろいろな先生方の御意見にあったように,私どもは商事消滅時効制度はなくなるのかなと思っていたのですけれども,これはこれで一つのルールとして残すという案も,今日のような提案が出ると,可能性としてまた出てきているのかなという感じを持ちました。ここら辺,選択肢を幅広くして考えていってはどうかと思った次第でございます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   中井委員,どうぞ。 ○中井委員 この第3ステージの議論の仕方に関わるのかもしれませんが,消滅時効の起算点と期間については,これまで議論してきた中で大きな対立があって,中間試案でも甲案と乙案になった。しかも,甲案は甲案の別案が付いていて,甲案とはかなり離れたところにある別案ではないかと思っているのですけれども,弁護士会の意見をここでと言われますと,従前と同様基本的には甲案の別案だということで,縷々説明をしても恐らく同じことを申し上げることになる。この間の御議論を聞いても甲案支持があり,若干留保を付けながら乙案支持があり,弁護士会がこのままここで発言すれば甲案別案だと。こういう形で第3読会の議論がこのまま終わったときに,どういう方向性になるのだろうかということを危惧せざるを得ないという思いで聞いておりました。   今回の部会資料を拝見したときに,乙案で取りまとめることについて,お互い歩み寄らないのかという御提案のような印象を受けました。そうだとすると,乙案を採るとしたときの問題点を改めて議論を深めることに意味があるのではないか。その一点は,岡崎幹事がおっしゃられたように,主観的起算点を入れることによる起算点の曖昧さが生じることについて,十分に共有し得るのかということです。そこに不安定要素があるときには,商行為に基づく債権については5年というのを別途残して,起算点の問題をなくしてしまうという御議論につながるのかもしれません。それを残しながら,一般民事上の債権については,起算点問題については含みを残して解決する。これは恐らく甲案別案に対する歩み寄りではないかと理解しております。この主観的起算点を少し緩やかにすることによって,甲案別案との差が小さくなるのは事実だろうと思いますので,そういう配慮をすることをどこまで容認できるのか。これが一点目の議論かなと。   二点目は,乙案を採ったときに,例として挙げられました労働債権,保険金請求権について,現在,賃金債権については2年,保険金請求権については3年と定めていることが,乙案との関係でどういうふうに整理されるのか。一つの整理の仕方は,乙案は主観的起算点と客観的起算点ですから,特別法では客観的起算点から,例えば賃金債権については2年,保険金請求権については3年という特則だと理解すれば,主観的起算点から5年といったところで,全て客観的起算点から2年ないし客観的起算点から3年の特別法が優先適用される。果たしてそういう理解を共有しているのか,それで問題ないという解釈なのか。これは二点目として考えておかなければいけないと感じました。   ほかに,乙案の問題として何があるのかということをもう少し出していただいて,甲案の皆さんが乙案を受け入れられる素地があるのか,また,逆に甲案別案である弁護士会が乙案的な発想を受けられるのかという形で議論を進めたほうが生産的なのかなと感じた次第です。特別法との関係について,事務当局で整理された御意見があるなら教えていただければと思います。 ○筒井幹事 特別法との関係に関して現時点で確かな考え方を持っているわけではありませんが,問題点としては二種類あって,具体的に例として挙げられました労働基準法上の時効との関係では,一つには期間の持つ意味についてどう考えるのかが問題となり得ます。現在は職業別の短期消滅時効において1年の短期の時効が定められているものについて特別法で2年と定められているという面について,これをどう評価するかという点は,所管の省庁との間で協議する必要のある問題であろうと考えておりました。   一方,起算点について乙案を採った場合に,そのことと現在の特別法の規定との関係をどのように整理するかというのは,十分検討が必要なところだと思います。その際に,一つの考え方として,特別法において対象とされている債権が専ら契約上の一般的な債権であるならば,あえて主観的起算点について言及しなくても,客観的起算点からの時効期間の特則であると整理しておけばよいのかも知れない,そういう整理の仕方はあり得ると思います。   他方,商事の消滅時効については,先ほど山下委員から御指摘がありましたように,主観的起算点を入れる余地があるという理解の下に,それをあえて排除する形で特則として残すのかどうかという議論の立て方もあり得ると思います。議論の立て方としては,そのような整理があり得るのだろうと現時点では理解しております。   その上で,そういった点をもう少し整理し,改めて提示したほうが議論が進むということであれば,できる範囲でそのような作業をさせていただこうと思います。 ○中井委員 今おっしゃられた賃金債権について,現在の民法では短期消滅時効で1年だと。これを労働者保護の見地から特別法で2年に延ばしているのだとすれば,原則,民法が5年,10年という乙案に変わったときに,果たして労働基準法という基本的に労働者保護のための法体系において,特別法で短くするということができるのか。それは基本的にはできないという理解で検討を進めなければいけないジャンルではないかと思うものですから,特別法の理解を全く異にしていれば,ここで議論している根底が崩れるのではないかと思う次第です。 ○山川幹事 賃金債権に関しては基本的には労働政策審議会等で決めるべきことであろうかと思います。また,事柄は賃金債権に限らず,パブリック・コメントに年休の話も出ていましたので,労働関係の分野の特別法では様々な事項が問題になり得ると思います。   筒井幹事がおっしゃられたように,長さの時効期間の側面と起算点の側面があります。長さのほうは特別法の趣旨の問題で,ここは更に詰める必要はあると思いますけれども,基本的な観点としては中井委員の言われたようなことが一般的に言われていると感じております。起算点につきましては,賃金債権以外も含めて考え方をどうするかということで,これもここでの議論が影響を与え得ると思います。   一点,先ほどの筒井幹事の御説明で基本的によろしいかと思いますけれども,一つ考慮するとしたら,労働関係では大量処理の必要と言いますか,賃金その他を含めて非常に多数の債権・債務の管理が必要になる。その辺りは検討する必要がありまして,乙案ですと,労働関係の大量処理という点からの煩雑さをどう考えていくかという点が,クリアすべき点として残ってくるかなと考えておりました。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   松本委員,どうぞ。 ○松本委員 甲案,乙案,それから,甲案の別案を比べますと,乙案を主張される方,あるいは,法務省事務当局も乙案を強く勧めるという書きぶりで,契約上の主たる給付の時効期間については短くしようと。他方,不当利得とか付随義務違反的なものについては,従来のような10年が適切ではないかということで,乙案が出てきているのだろうと思います。すなわち,主たる給付義務については甲案・乙案どちらを採っても変わらないということです。   その二つをいかに両立させるか。甲案は両立を最初から諦めた案で,一律に短くしようとする案ですが,一方は長く他方は短くとの両立をさせようとする乙案については,先ほどから長くしたいほうが必ずしも長くならないのではないかという危惧が指摘されています。主観的な時効の起算点が,ものによっては非常に曖昧であって,不安定になるという指摘がされております。   弁護士会が主張されているところの甲案の別案は,その危惧はなくなるのかもしれないですが,他方で10年というのがそのまま残ります。そうすると,事業者の絡まない契約の場合,つまり,C to Cの契約の場合には主たる給付義務についても10年という長い期間がそのまま残るということで,それでいいのだということであれば甲案の別案も成り立ち得ると思うのですけれども,C to Cを含めて主たる給付義務についてはもう少し短くしたほうがいいということだと,少し都合が悪いのではないかと。   もう1点,甲案の別案で私が大丈夫かなと思うのは,後半のほうの事業者間の契約の場合は5年だということですが,事業者の消費者に対する債権については客観的起算点から3年だと。他方,消費者の事業者に対する債権は原則どおり10年ということになるわけです。そうしますと,単なる事業者と消費者の売買契約で,双方未履行の場合に,消費者は3年間代金を払わなければもはや払わなくていいけれども,あと7年間は給付請求が事業者に対してできるということになって,これは少し変なのではないかなと。   民法の短期消滅時効は,明文上はっきり書いていないですけれども,ほとんどは売掛代金債権のような,事業者が給付済みのものについての代金債権だけが残っている部分については短期で決済しましょうという趣旨なのだとすると,甲案の別案の後半の書き方は現状から相当違った形になって,このままでは不都合だろうと思います。双務契約で,一方の債務が時効消滅した場合は,他方の債務も牽連性の原則から時効消滅するのだというような,別の一般理論を持ってきて繕わなければならないという問題が起こってくるのではないかと思います。   では,お前はどの案がいいと考えるのかと言われても,私も大変悩んでおりまして,乙案の主観的起算点がもう少し安定したものとして認識できるのであれば,乙案もあり得るかなという感覚です。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   先ほど中井委員から適切に整理していただきましたけれども,集約に向かって議論を進めていく上では,この資料では甲案・乙案それぞれについて難点の御指摘がございますので,そういうものがきちんと克服できるのだという御発言を頂くことができれば,この後の整理に役に立つのではないかと思いますので,そういった観点からの御議論があれば,この機会にお出しいただければと思います。   山本敬三幹事,どうぞ。 ○山本(敬)幹事 少し観点が違うのですけれども,乙案の中身について,このままでよいのか,なお検討の余地があるのかという問題提起だけをさせていただければと思います。   乙案が,主観的起算点として「債権者が債権発生の原因及び債務者を知った時」としている点については,現在の724条等を念頭に置きながらこのような定式が提案されているのだと思います。ただ,比較法的に見ますと,主観的起算点が主張されるときには,単に知った時だけではなく,評価的な要素を更に入れるものがよく見られます。   例えば,ドイツ法が2002年に改正されたときには,199条ですけれども,債権者が請求権を基礎付ける事情及び債務者を知り又は重過失がなければ知っていたはずの時,ドイツは年の始めになっていますので,少し出発点は違いますけれども,そのような重過失を入れるという考え方がありますし,あるいは,ヨーロッパ契約法原則,さらに共通参照枠草案もそうですけれども,構成は少し違うのですが,ヨーロッパ契約法原則の14:301で,債権者が知っていた時だけではなくて,合理的に見て知ることができたことが要件とされています。やはり,知ったか,知っていないかという事実だけでは,判断し切れない事情があり,さらにもう少し立ち入って言うならば,不注意な者ほど権利は保護され,注意した者ほど権利を早く失うことが,本当に公正なのかという考慮も恐らく働いているのではないかと思います。   その意味では,乙案がこのように提示されてきているわけですけれども,主観的起算点についてはなお検討の余地があり,先ほどのような知った時だけではなくて,知ることができた,ないしは,知ったと考えられる時,ないしは合理的に見て知ったと考えられる時等のような評価的要素が入ってきますと,確かに一方では,ケースによって違いが出てくる可能性が出てくるのですけれども,単に知ったかどうかというのではなく,客観的に見て知ったと言えるときという意味では,逆に基準を立てられる可能性があります。そのほうがより適切な解決及び実務的な運用が可能になるという面もあるかもしれないとも思いました。   もっと早い段階で言うべきことだったのかもしれませんが,以前の部会資料にはそのような比較法的資料も整理して出しておられますので,それも含めてもう一度立ち返って検討すべきではないかと思います。 ○鎌田部会長 この点は十分今後の考慮の中に入れることのできる御指摘だと思います。   山野目幹事,どうぞ。 ○山野目幹事 二点申し上げます。   一つは甲案と乙案の比較検討という観点でございます。部会資料の6ページにアからエまで整理していただいておりまして,アとイについては甲案と乙案の実質的帰結が大きく異ならないのではないかという認識が提示されています。そこで,その上でウとエの扱いということになるのではないかと考えます。経済界を中心として甲案のほうにシンパシーをお感じになる,そのお気持ちというか期待は,乙案のほうでいってもアとイについては大きく帰結が異ならないということによって,受け止めさせていただくことはできるであろうと感じます。問題は甲案を採った上で10年として残すか,その場合にはウとエに当たるようなものを概念として法文上に書き表すことができなければいけないのですが,それが容易にできるか,ということが一方にはあり,そうでないのであるとすれば,乙案で主観的起算点の問題として受け止めるということになるのではないかと感じます。   その観点から,私が御議論を伺っていて分からなかったことは,岡崎幹事からアとイの扱いについて御心配の御指摘があって,債務不履行のときにはアとイでも主観的起算点の認定判断が微妙になるとおっしゃったところです。売掛代金債権のようなものの債務不履行は,売掛代金の存在を主張立証すれば,その時から起算点の要件が充足されたものという扱いになるというのが,アとイの部会資料における整理であるし,私もそうなのだろうと思っています。債務不履行であると微妙な問題が起こるとおっしゃっているのは,むしろアとイにあったものがウのほうに入ってしまうのではなくて,最初からウに入っているものではないかという印象でお話を伺いました。   いずれにしても,主観的起算点を採用するときの主観的起算点の要件充足の主張証責任は時効の援用をする側にあると考えます。多分そのような趣旨でこの部会資料の少し下の説明もお書きになっていると思いますから,その点の方向性が明確に見えてくるのであれば,主観的起算点があやふやで不安定だという御議論に対しても,一定の更なる検討を深めていくことができるのではないかと感じます。   もう1点申し上げたいことは,(注記)にある甲案の別案についてです。取り分け「事業者の事業者に対する債権と,消費者契約に基づく事業者の消費者に対する債権の時効期間を隔てる」という部分について,正直少し心配なところがあります。従来の短期消滅時効は,基本的に債権者の側が特定の業種である人たちであって,どのような人が債務者であるかにかかわらず,特定の種類の債権の時効管理に注意を要するというものでありました。これに対し,ここでお話しいただいている別案は,同じ一人の事業者が,事業者に対して有する債権は5年で管理し,消費者に対する債権は3年で管理するということになりますから,債務者が消費者であるということが異様な意味合いを帯びてきて,債権者によっては消費者に対する債権から精力的に権利行使に着手するということも考えられないではありません。   もとより債権者が権利を行使することは当然でありますけれども,それが時に過酷で性急なものになりますと,消費者を債務者とする債権の時効期間を殊更に短くすることが,かえって債務者を追い詰めることを助長することも杞憂ではないかもしれません。  また,別な観点で,松本委員が5年,3年と異なっていることは変であるとおっしゃっていて,私が申し上げることはそれとは異なる点かもしれませんけれども,あまりこういう形で策を巡らすことはしないほうがいいのではないか,むしろ消費者の利益のことも考えた上でもう少し慎重に考えたほうがいいのではないかということも感じます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ほかの御意見,いかがですか。   事務当局として更にお伺いしておきたい点がありましたら,御提起いただければと思いますけれども,よろしいですか。   潮見幹事,どうぞ。 ○潮見幹事  二点申し上げます。一つは,さきほど岡崎幹事がおっしゃったところですけれども,特に履行不能を理由とする損害賠償請求の場合の時効の起算点については,乙案を採る場合であれ甲案を採る場合であれ,その起算点をどのように考えるのかということについては,依然なお解釈に委ねるということになりませんか。この点に関して甲案と乙案では優劣はないと感じたものですから,一言発言をさせていただきました。   もう一つは,山本敬三幹事がおっしゃったところですけれども,乙案のような考え方を採った場合には,「権利を行使することができるとき」といった部分についても評価的な要素が入っていくのは必定だと思います。法律上の障害がなくなったときというのが通説だと言われておりますけれども,それの例外もあるし,さらには法律上の障害がなくなったときという部分に評価の余地もあるのではないか。そうした部分と,特に先ほどお話がありましたようなヨーロッパ契約法原則,あるいは,GCFRの組立て方と乙案の組立て方との間には若干ニュアンスに違いがありますから,その辺りに注意していただいて成案のほうに持っていっていただきたいと希望します。 ○鎌田部会長 今の二つの論点,取り分け前者のほうについて潮見幹事としてはこうすべきだという御意見はありませんか。 ○潮見幹事 私自身は,甲案であろうが乙案であろうが,現在の判例・通説に反対なものですから,ここで私見を申し上げたくはありません。 ○鎌田部会長 いえ,立法の議論でございますので,御提案があれは是非出しておいていただいたほうがよいように思いますけれども。 ○潮見幹事 一言だけ言いますと,乙案の債権の発生の原因を知った時ということが,どちらを意味するのかということを明確にしておいてほしいのです。このままですと,主たる給付を発生させた契約が発生した時点,もっと正確に言うと,本来の給付の履行請求権が履行可能になった時点なのか,それとも,履行不能時と捉えるべきなのか。後者であるのならば,その旨を明記したほうが分かりやすいのではないかと思っているところでして,もしそういう考え方を採られるということであれば,そうしていただきたいというのが私の考えです。 ○鎌田部会長 分かりました。   それでは,中井委員,どうぞ。 ○中井委員 先ほどは乙案についての得喪ということの検討を深めたらどうかという意見を申し上げました。その前の問題として,甲案支持がなおいらっしゃったので,その点についてだけは一言申し上げておきたいと思って手を挙げました。すなわち,今回の改正の経緯を振り返ってみると,短期消滅時効,1年,2年,3年と規律されていること,これが職業別であること,特定の分野にのみ限られていること,そこに合理性がないこと,これを廃止することについては了解が得られた。それを廃止しただけであれば原則10年になる,それではよろしくない,これを出発点として議論が始まったと理解しております。   そこで,甲案と単純にした場合,短期消滅時効の対象が一律5年になる。場合によってはもう少し短くなるのかもしれませんが,5年になるということで統一を図ることで容認されているのだろうと思いますけれども,従来10年だったものが5年になるというところについて,積極的にそれがよいのだ,積極的にそうすべきだという御議論はほとんど聞こえてこないのではないか。なぜ従来10年だったものを5年にするのか。その点を弁護士会は一番危惧しているところです。そこが解消されないというか,説得的な理由がない限り,単純5年説については支持できない。   それに対して乙案は,ここの部会資料にもありますように,一定程度ですけれども,配慮がなされる余地があるという点で,なお検討を進めることに意義があるのだろうと思います。今日ここでも甲案別案を弁護士会として出しておりますけれども,種々御批判を受けております。短期消滅時効を廃止したことに対する代わりとして二点の方向から考えたわけですけれども,10年が5年と短くなりすぎるのを抑えようという方向,他方で1年,2年,3年ということで消費者がそれによって守られていた部分が延びることを何とか阻止したい。この二つの相反する要請を何とか採り入れようということで,10年を基本として,事業者間5年,事業者の消費者に対する債権は3年という御提案をしたわけです。   ここについては,今日の議論も従来の議論もそうでしたけれども,御批判の多いところは十分理解できた。とすると,弁護士会としてはそこを克服する提案を,今日はできないとしても,更に検討させていただく。これができないときには,次の考え方としては乙案でどこまで甲案の別案の趣旨が取り込めるのか,それについて是非検討を深めていただきたい。かつ,乙案を採ったときの問題点として,今日少なくとも二点,私は理解したわけですけれども,主観的起算点というときの「主観的」の曖昧さについて,また人によって異なることについて,どのように解決するか。その点,先ほど山本敬三幹事の御示唆は大変貴重ではなかったかと思いました。   もう一つよく分からないのは,先ほど山川幹事の御発言がありましたけれども,特別法との関係でどうするのか,どうなるのか,もう少し見通しを持ってお教えいただくと言いますか,議論をしていただかないと,経済界も思っていたことと違う結果に,弁護士会が思っていたこととも違う結果になりはしないか。議論に参加している者が分からなかったというと,国民にとってはもっと分からないことでしょうから,そこは見通しを立てていただかないと。重要な改正論点だと思いますから,是非その辺りについての検討を深めていただきたいと思います。 ○山本(敬)幹事 先ほどの潮見幹事の御指摘に対して少しだけ補足をさせていただければと思います。   もちろん,比較法的な状況がそうであるとしても,その上でどうするかはここで決めるべきことだということは前提にした上での話ですけれども,先ほどのような主観的起算点を単に「知った」時に限らない形で起算点を設定して,3年という考え方が採用されています。それに対して,「知った」時に限定して,乙案の今の提案は5年にするということになります。それだけ更に長くするということですけれども,それは一体どうしてなのだろうかと考えたときに,正当化する理由として出ているのは,現行法の状況を大きく変えないような形で安定的に法形成を図るということではないか,それ以上のことはあまりないのかもしれないと感じていました。そうしますと,「知った」時にどうしてもしないといけないのかということは検討する必要があるのではないかという問題意識が背景にあって,更に検討する必要があるのではないかと思った次第です。 ○岡崎幹事 先ほど山野目幹事から私の発言に対しての御発言がございましたので,コメントしておきたいと思います。   山野目幹事の御発言で,部会資料63の6ページ(2)のアとイに仮に不履行があっても,それがウになるわけではないのではないかという趣旨のものがございました。確かに考えてみると,ア及びイとして,それぞれ金銭債権を念頭に置くのであれば,不履行になってもそれほど問題はないというのは,そのとおりかなと思いました。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいでしょうか。   いろいろと更に事務当局においても詰めて検討すべき課題を頂戴しましたので,それらにつきましては更に検討を深めていただきます。この課題についてはまたこのような形での議論をする機会を設ける必要があるのではないかなと考えておりますので,更に検討を深めたところで,意見が分かれている現状を前提にした審議をしていただくこととしたいと思います。   次に,「2 不法行為による損害賠償請求権の消滅時効(民法第724条関係)」について御審議いただきます。   事務当局から説明してもらいます。 ○合田関係官 御説明いたします。   中間試案第7,4では,民法第724条後段の不法行為の時から20年間という期間制限が除斥期間ではなく,時効期間を定めたものであることを明確化するかどうかという論点を取り上げておりますが,今回はこの論点についてではなく,原則的な時効期間と起算点の見直しの議論との関係で,不法行為による損害賠償請求権の時効期間と起算点も含めて,単純化・統一化を図るべきかどうか,また,その内容についてどのように考えるべきかについて御審議いただきたいと思います。   仮に原則的な時効期間と起算点について乙案を採る場合には,一般の債権と不法行為による損害賠償請求権とで,時効期間と起算点の枠組みがおおむね共通のものとなることから,不法行為による損害賠償請求権をも含めて時効期間の単純化・統一化を図り,その結果として民法第724条を削除するということも検討課題となり得ます。   その場合には,まず主観的起算点からの時効期間を現在の民法第724条前段に合わせて3年間とするか,同条も含めて4年間又は5年間とするかが問題となります。   また,民法第724条後段の「不法行為の時」から20年間と,乙案の「権利を行使することができる時」から10年間という期間について,そのいずれに統一するのかについても問題となります。なお,この点の統一が困難であるとして民法第724条を維持する場合には,乙案の「権利を行使することができる時」という起算点と,同条後段の「不法行為の時から」という起算点とで差異が生じ得るのかについても検討する必要があると考えられます。   これらの点について御審議いただければと思います。 ○鎌田部会長 この点につきまして御意見をお伺いいたします。御自由に御発言ください。 ○佐成委員 内部では,仮に1の論点で乙案を採った場合に,2の論点では単純化するという方向性は支持できるのではないかという話はあるのです。けれども,他方,部会資料で有力な案というか考え方として5年にするという考え方ですね,この主観的起算点から5年という案で統一されるとしますと,今度は不法行為は5年になるのではないかという心配です。しかし,現在,不法行為で3年だったものを5年に延ばすということについては,実務界の中で複数反対の意見がございまして,容易にはいかないのかなというところがございました。   それから,統一させるということであれば,次の論点は別にしまして,今の20年を残しておくのではなくて,10年という形で統一するのが一番受け入れやすいかと思います。内部では時効の単純化のほうをとことん追求するという御意見もあったものですから,そういった観点からすると,ここもそういった形で統一するという方向は割と支持を得られるかもしれないと思います。もちろん反対意見もあるのですけれども,感じとしてはそんなところでございます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ほかにこの問題に関する御意見をお出しいただければと思います。 ○中井委員 皆さんの意見を聞いてからと思っていたのですけれども,こういう論点が出てくるのは,1で仮に乙案を採った場合に,当然,同じ構造をしている不法行為についても考えてみる必要がある,また,考えるのが相当ではないかという御提案と理解いたしました。この点について申し上げると,仮に1で乙案を採ったとしても,直ちにこのような議論を設定するのが適切かということについて私は疑問を持つところがあります。   不法行為に基づく債権の発生と契約関係から生じる債権の発生というのは根本的に原因が違うのではないか,いわゆる典型例においてですけれども。契約関係があって,交渉して何らかの合意をして,相手が債務を不履行して損害賠償が発生するという,相手と密接な関係のある中で発生した債権についての消滅時効の考え方と,正に出合い頭で突然関係もない人から何らかの不法行為を受けて発生した債権の処理の仕方というのは,根本的に別のフィールドで発生した問題ではないかと思います。従来から時効制度が全く別々に組み立てられたのも,その発生原因の特殊性にあるのではないかと思っております。   いわゆる不法行為的・出合い頭的な場合,例え相手方が知っていても,一体いつ何を請求されるのか分からないとすれば,一定短期間でそういうことが起こるか起こらないか,紛争になるかどうか,権利行使があるかどうか決着をつけるというなら,3年という短い期間で結末をつける。他方,加害者も分からないというような場面では,いつまでもというわけにもいきませんから,行為時から一定の期間で決着をつける。そういう発想が元来あったのではないか。それは契約関係がある場面とは基本的に異なる。   今議論されているのは,労働契約で安全配慮義務違反があったらどうだ,医療契約で医師に義務違反があった場合はどうだ,それは債務不履行構成も不法行為構成も可能ではないか。二つの構成が可能であるのに時効期間が異なるのはおかしいではないか,こういう御議論から一致させてはどうかとすすんでいます。しかし,元々この二つの円は全く別のところで描かれた円で,その円がたまたま交錯する場面で権利の根拠が異なって,本来的な契約関係における住処で発生した債権と,不法行為の突発的な出会い頭的な住処で発生した債権とで,時効期間が異なるのは何ら不自然なことではないと思います。たまたま重なった部分について統一すべきであるとして,それが両方の円の全部に及ぶというのはかえって不自然というか,理解ができないところです。したがって,契約関係について1で乙案が合意されたら,2でも当然その枠組みの中で処理するという発想自体に直ちに理解し難いところがあるということを申し上げたいと思います。   したがって,1については1の議論として,2の不法行為については不法行為の議論として行えば足りる。2の不法行為に関する議論は,第1読会,第2読会で必ずしも十分に議論したわけではありません。また,パブコメの中でも論点として提示されて広く意見を聴いている場面ではない。ここで例えば不法行為についての,これを客観的起算点と言っていいのか分かりませんが,不法行為時から20年というのを,権利行使できるときから10年という形で起算点についても表現を変える,概念を変える,期間についても変えるというのは,余りにも大胆すぎて,それをやるならもう一度,別途,不法行為に関する部会を立ち上げて,その部会で十分議論をして,結果として債権関係で決めた消滅時効に合わせるという結論が出るなら,それに反対はいたしませんけれども,この部会でこの点を拙速に議論するのは不適切ではないかと感じております。   ただ,今,私が発言したことは必ずしも弁護士会で議論した結果ではないということだけは申し添えておきます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   野村委員,どうぞ。 ○野村委員 資料にも書いてあるのですが,3と非常に密接に関連するのではないかと思います。3のほうである程度議論が決まらないと,2のほうはなかなか結論が出ないのではないかという気がします。もし生命・身体への侵害というのを抜きにして考えるなら,日本のように請求権競合を採っているところでは同じように考えるというのも一つの解決方法かなと思うのです。しかし,生命・身体への損害のことを考えると,特に724条の2項で,20年間の除斥期間を短くしてしまうというのはかなり大きな問題があるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 先ほどの問題で,甲案や別案を支持する立場からはこれには手をつけなくていい,論理必然的にそうなるかどうかは別として,これまでの議論ではこの問題があまり取り上げられなかったのは,甲案や別案を支持する側からは724条に手をつけるべき必然性がない。逆に,乙案は,主観的起算点と客観的起算点を区別したのは,ある意味で法定債権と契約債権を区別して一つの原則の上に載せようとしたのだから,こちらに必然的に影響が出てくると,そういうふうなつながりがあると理解してよろしいですか。 ○中井委員 鎌田部会長がおっしゃられたことがこれまでの議論の経過といってよいのかはさておき,甲案もしくは甲案別案を採る立場からすれば,別の議論であるというのは御指摘のとおりだと思います。ただ,乙案を採ったときに,論理必然的に不法行為の構造を乙案の形に吸収されるのかと問いかけられると,それはまた別個の論点として取り上げることは十分あり得る話で,先ほどの私の発言は,仮に1について乙案を採ったとしても,今回ここの審議において不法行為について乙案に合わせるという議論をするのは拙速ではないかと申し上げた次第です。 ○鎌田部会長 そこは理解いたしております。全体としてこの問題についての御意見があまり出てこないことの理由ということで。   中田委員,どうぞ。 ○中田委員 ただいまの中井委員の御発言とその前の野村委員の御発言,ちょっと違う角度から見ていらっしゃるのかなと思いました。実質的な違いは,生命・身体以外で長期化すべきものが残るのかどうかだと思います。つまり,人格権で生命・身体以外のものであるとか,あるいは,財産権の中でも,パブリック・コメントに出ておりますけれども,欠陥住宅などの場合には別にすべきかということだと思います。もちろん,契約責任と不法行為責任の競合か非競合かという非常に大きな議論も必要なのですけれども,今申し上げたような具体的な違いのほうから詰めていくことも必要で,両方から考えるのがいいのではないかと思います。 ○山本(敬)幹事 答えを持ち合わせているわけではないのですが,このように問いを立てるのであれば,検討課題として出てくるであろうことを追加しておきたいと思います。   言わずもがなのことですが,724条の立法理由をどのように考えるかということが問題になってくるだろうと思います。この点については争いのあるところでして,偶発的な事故を前提にするため,証拠が散逸しやすいので,立証困難から,双方の当事者,取り分け加害者側を救済するという側面を立法理由に挙げるという考え方のほかに,必ずしも支配的ではないとは言え,時がたてば被害者の被害意識が希薄化していくという観点から基礎付けたり,あるいは,加害者側も,一定期間以上たってなお権利行使がされないということは,責任追及はされないという信頼があって,それを保護するためであるなど,いろいろな考え方が主張されてきたところです。   ただ,いずれもこの724条をきれいに全て説明できているかというと,必ずしも十分説明できていない。規定はあるけれども,これをどう理解するかということについて,疑問等がこれまでも指摘されてきたと思います。現行法として存在することは間違いなく,そして,使われていることももちろん事実なのですけれども,その合理性が一体どこまであるのか。それを一般原則で乙案のような形で定めるときに,なお724条の今のような形で残しておく必要が本当にあるのかということが問題になってくるだろうと思います。確固たる立法理由があって,それを念頭に置きながらというわけでは必ずしもないというところが,ほかの問題とは少し違うという印象があります。   もう1点は,これは仮に統合なり調整なりを図るとしたときの問題ですが,現在の724条の「損害及び加害者を知った時」という意味については,損害の前提として「不法行為があったことを知った時」ということが解釈上読み込まれていると思います。これが乙案でいう「債権の発生原因があることを知った時」に対応しています。ただ,債権の発生原因は,不法行為の場合ですと,不法行為ですので,「損害の発生を知った時」というのはその中に入らないのではないかと思います。   その意味では,完全に統合が可能なのか,それとも,損害賠償については更に損害の要素について付加的な要件設定をした規定をなお残す必要があるのかという形で詰めて考える必要が出てくるように思います。長期の不法行為の時からという点については,部会資料でも問題提起されていますけれども,主観的起算点についても似たような問題があるということは指摘しておきたいと思います。 ○中井委員 先ほどの発言は私の個人の意見だったのですけれども,弁護士会の意見も御紹介しておきます。2の不法行為について仮に変えるとすれば,もちろん1について乙案を採った場合ですけれども,乙案の主観的起算点から仮に5年と定めるとすれば,不法行為における現在の3年というのは果たして適切なのだろうか。これを5年に合わせるという考え方は十分あり得るのではないかという意見が出ました。   それから,不法行為のときから20年を,権利行使ができるときから10年,乙案を採ったときにそれに合わせるのかということについては意見が分かれました。   この問題が次の生命・身体に対する特則と関連していることは御指摘のとおりだと思います。弁護士会の意見は,生命・身体等については長期化することに賛成ですけれども,対象となる法益侵害については限るという意見が強くあります。つまり,生命と身体に限る。そうしたときに,不法行為に基づく財産的損害について,その救済が狭められることについてはかなり異論のあるところです。先ほど3の議論をして,生命・身体について長期化すれば,逆に不法行為における20年を10年にしてもいいのではないかという御意見,御示唆がありましたけれども,その点について弁護士会はかなり慎重意見が強かったということを申し上げておきたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかに2に関連する御発言ございますか。 ○内田委員 中井委員の御意見に対して補足的に意見を申し上げたいと思います。   契約と不法行為とで債権が発生する原因は全く別ではないかという御理解でしたけれども,確かに歴史的には沿革的に別の制度だと思います。しかし,その後の経過を比較法的に見ますと,契約上の債権の発生が,厳密に合意されたことのみに限らず,そこから更に広がって,信義則などを媒介として様々な形で損害賠償債権が発生することが認められるようになってきています。   他方で,不法行為のほうもカバーする領域が広がっているものですから,契約と不法行為とで責任の発生原因が重なりつつあることが指摘されています。例えば英米などでは信頼を裏切ったことという点で共通ではないかという議論もあり,比較法的には契約と不法行為との責任原因についてかなり共通に議論するという流れがあります。ですから,議論の立て方として,そもそも別の制度であり,別の原因なのだから区別すべきだという議論は,現在では必ずしも十分説得力を持ち得ないのではないか。比較法的に見渡してもそう言えるのではないかと思います。   もう一つ,乙案との関係で2の論点がこれまで十分議論されてこなかったではないかという御指摘につきましては,そういうふうに意識をされておられるのであれば,議論の仕方について反省すべき点があったのかなと思いますけれども,元々乙案が出てきた根拠は,最も保護すべき債権である不法行為による損害賠償債権ですら,権利行使ができるようになってから3年という時効が課されているのに,契約関係にある当事者間の債権がどうして10年でなければいけないのか,あるいは,5年でなければいけないのかということが,大きな動機としてあったと思います。724条とのアンバランスの指摘から乙案が出てきていると私は理解していますので,もし乙案を採るのであれば,2の論点が出てくるというのはごく自然なことのように思います。 ○鎌田部会長 ほかに2に関連した御意見がないようでしたら,3についての審議に移らせていただきます。   まず,事務当局から説明をしてもらいます。 ○合田関係官 御説明いたします。   生命や身体などの重要な法益の侵害による損害賠償請求権を対象として,原則的な時効期間よりも長期の時効期間とする特則を設けることについては,パブリック・コメントの結果を見ても基本的な方向としては比較的異論が少ないように思います。そこで,この特則を設ける場合の具体的な内容について本日は御議論いただきたいと思います。特に不法行為に基づく損害賠償請求権以外の一般の債権についても,この特則の対象とする場合には,長期の時効期間とする特則をどのように定めるかが問題となります。この点は原則的な時効期間と起算点に関する議論の結果によって規律が異なり得ると考えられます。   まず,原則的な時効期間と起算点について乙案を採る場合には,一般の債権と不法行為に基づく損害賠償請求権とで,消滅時効の起算点と時効期間の枠組みが共通のものとなることから,特則における時効期間は債権発生の原因及び債務者を知ったときから何年間,また,権利を行使することができるときから何年間という形で規律することが考えられます。これに対し,原則的な時効期間と起算点について甲案又は別案を採る場合には,一般の債権と不法行為に基づく損害賠償請求権とで,消滅時効の起算点と時効期間の枠組みが異なることから,両者についてそれぞれ特則の時効期間を検討することになります。   そこで,原則的な時効期間と起算点及び不法行為による損害賠償請求権の消滅時効に関する論点との関係に留意しつつ,仮にこのような特則を設けることとした場合における時効期間をどのように定めるかなどについて御意見を頂きたいと思います。 ○鎌田部会長 ただいま説明のありました部分について御審議を頂きます。御自由に御発言ください。 ○安永委員 1で議論されました原則的な時効期間を現在の規定よりも短縮するという場合には,労働災害のときの安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権の消滅時効が現行よりも後退しないように,生命・身体等の侵害の特則規定を設けるべきと考えます。第12回会議をはじめとして,これまで私からも労働の観点から発言させていただいたとおり,労働契約等に基づく労務供給過程で生じる災害や疾病,ハラスメントなどについては,仕事をしている間,在職期間中に損害賠償請求権を行使することが難しい場合が多く,労働者が離職してから相当期間経過した後に権利行使に至るケースも少なくありません。   また,労災職業病の中には,各種薬物による中毒でありますとか発がん,あるいは,じん肺のように,症状が進行して長期間が経過した後でなければ加害者の責任と損害発生を確知し得ないものも少なからず存在します。事案によっては,20年間という期間制限でさえ被害者の救済には十分でない場合も見られます。今後も罹患の時期,罹患の自覚,発病の原因が不明確な労災事故が発生する可能性もあるということなどから考えますと,特則規定の時効期間は30年の長期とすべきであって,少なくとも現行制度を下回ることがあってはならないと考えます。   次に被侵害利益について申し上げたいと思います。「性的自由の侵害,身体的自由の侵害や,健康の侵害」に関しては,部会資料10ページの2行目,ウに「身体の侵害に含まれるものと理解する余地がある」との記載があり,これらが身体の侵害に含まれるかどうかは明確になっておりません。しかし,「身体の侵害」の定義や射程距離を明確にせずに特則規定が設けられた場合は,例えばPTSD(心的外傷後ストレス障害)といった精神的な健康の侵害の損害賠償請求が提起されたときに,被告が「身体の侵害」に該当しないという主張を行い,これが訴訟上の重要な争点の一つになること等が懸念されます。昨今,パワーハラスメントなどによって,PTSDなどを含め精神障害に関する労災事案が多くなっているところでもあります。「身体の侵害」の意味に関しては,精神的な健康の侵害などが含まれる旨が明確となる規定を置いていただきたいと考えます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ほかに御意見,いかがですか。野村委員,どうぞ。 ○野村委員 質問なのですけれども,民法で10年とか20年という期間を定めたときに,特別法でそれより長い期間を定められるのかという問題があるような気がするのですね。もしそれが可能であるならば,例えば今お話があった遅発性の損害のような場合で,労災のことは十分に考えていませんが,原子力事故のように損害の性質がはっきりしているものについては,そちらのほうの立法で手当が可能なのではないかと思います。   ただ,民法よりも長い期間を定めることが立法として可能でないとなると,民法の中で何らかの手当を考えなくてはいけないということではないかと思うのです。いずれにしろ遅発性の損害については起算点をどう書くかということと関連するので,今の724条が不法行為について規定しているような形式ですと,事故から20年をすぎて損害が出てきた場合には,建前上被害者を救済できないということになりますので,期間を長くするだけではうまくいかないのかなと思います。 ○佐成委員 今の野村委員の御発言ともちょっと関連しますけれども,私自身は,民法で,20年か10年か分かりませんけれども,仮に20年としたとしても,特別法で30年とか,イが適切かどうか分かりませんが,例えばアスベストみたいなものを特別法を設けて救済することはできるのではないかという前提で考えているのです。けれども,それを前提に申しますと,生命・身体の民法上の特則を設けることについては,経済界の中では一部かなり反対もありますけれども,不法行為,債務不履行を含めて損害賠償請求権の特則を設けることについてはよろしいというような感じではないかと思います。   ただ,今申しましたとおり,30年という期間を新たに入れるということについては,相当抵抗があるのではないか。不法行為に現在は除斥期間として20年の定めがございますけれども,この20年を除斥期間ではなくて時効期間と改めることについては,おおむね異論も少ないところなので,そうとしますと,生命・身体に限って20年というのを,不法行為の特則と合わせていくのであれば,20年という考え方も受け入れられるのではないかとは感じております。まだ合意形成を完全にしているわけではないですけれども,今後深めていく中ではそういったところはあるかなと思います。 ○中井委員 この生命・身体に関する特則については,仮に1の論点について乙案を採ったとき,主観的起算点から5年と定められる。先ほど安永委員から御発言ありましたけれども,労災で死亡事故が起こればその時点で主観的起算点がスタートすると解される可能性は十分ある。それから5年で時効が成立するとなると,乙案の問題点が最も如実に出るところではないか。とすれば,乙案を正当化するためにも,仮に1で乙案を念頭に置いたとするならば,なおさら3の生命・身体については,主観的起算点からの部分について特則を置いていただきたい。   これが5年のままであると,結局,乙案の原則の5年と変わりませんし,乙案で仮に3年とした場合に,それを5年と延ばしたところで,現行法の10年よりは短くなる。少なくとも労災死亡事故,医療での死亡事故,つまり,遅発性の損害を考えない事案の場合においては,生命・身体に対する損害について主観的起算点を延ばす仕組みを設けていただきたい。そのときの期間としては10年が相当であると思います。   長期については,仮に乙案を採った場合,30年とするのが適当なのか,20年辺りとするのか,弁護士会でも複数の意見が出ているということを御紹介したいと思います。 ○鎌田部会長 労災との関係で言えば,乙案に限らず甲案の場合も5年で切れてしまうのを延ばさなければいけないという……。 ○中井委員 失礼しました。甲案を仮に採った場合も含めての発言と御理解ください。 ○岡田委員 生命・身体に関しては,「等」は絶対入れてほしい,生命・身体以外のことが最近事件として出てきていますので。ここの解説のところにも出ていますけれども,入れていただきたいというのが一つと,製造物責任のほうでは蓄積被害と潜在被害に関しては,また特別長くしていますので,その辺も民法の中で配慮していただきたい。そうすると,30年というのがいいのかどうか分からないのですが,10年ではいずれにしろとても短すぎると思います。 ○山川幹事 先ほどの中井委員の御発言に基本的に賛成なのですけれども,若干,前提について補足させていただきたい点が一点あります。   乙案を仮に採った場合に,損害及び加害者を知ったときから5年ということになりますと,現行法より後退すると思いますけれども,前提になるのは,損害及び加害者を知ったときという起算点と,現行法での権利行使をし得るときからという起算点の違いでありまして。これは最初のころ佐成委員が甲案・乙案との関係でおっしゃったことで,労働災害の場合は,職業病のような場合は損害及び加害者が分かりにくいというのはあるのですけれども,通常の事故の場合はそれはむしろ分かっていることが多い。   安全配慮義務の判例でも,職業病の判例もありますが,いわゆる自衛隊関係の事故とか通常の事故の場合も含めて,判例法が形成されてきていますので,安全配慮義務が争われる事件では,損害及び加害者を最初から知っている場合も多い。ということは,権利行使をし得るときから10年と,知ったときから5年とでは,それほど起算点に差がない場合が多いので,損害及び加害者を知ったときから5年とすると,現行よりも短縮することになってしまうおそれが高いと,そういう前提があるのではないかと思っております。 ○鎌田部会長 ほかの御意見。山野目幹事,どうぞ。 ○山野目幹事 長期の権利行使期間の制限について,20年と30年という二つの数字が並べられて,部会資料においてもブラケットで示されております。もちろん今日決まることではなくて,今後の検討で深められていくことではないかと感じますし,本日の御議論を伺っていても,20年,30年という数字が何人かの方から散発的に数字としてお出しいただいていたというふうに聞こえました。この問題は,変数が多いと言いますか,周辺の不確定要素が大きくて,724条の本則の生命・身体の特則でないところを何年にするか,それから,前段の規律が甲案・乙案との対比でどうなるかといった点が,微妙に間接的に影響してくることですから,そういったことにも留意しなくてはいけなくて,非常に議論はしにくいと思います。   少なくとも私からは悩んでいるということのみ発言しようと考えますが,学校の用務員が小学校の先生を殺して,亡骸がずっと小学校の敷地でしたか,どこでしたかに埋められていたという事件は,26年後に発覚して,発覚の直後に訴えが提起され,判例は現行の724条後段の20年の弾力的な運用を行って,賠償請求の余地を認めたものですけれども,あれは発覚するまでは権利行使をほとんど期待することができなくて,時効中断を議論するということにも親しみませんから,仮に724条後段を消滅時効期間であると明確に改めたとしても,この26年の問題はそれを乗り越えることができないのではないかと感じます。   加えて,刑罰法令の立法趨勢を見ますと,故意に人を死傷させる行為については公訴提起の期間制限が廃止されたり緩和されたりする方向にあります。刑事責任と民事責任はその趣旨,目的を異にするということを専門家は理解しますけれども,例えば刑事被告事件について公訴が提起されている中で,被害者が損害賠償命令を申し立てたという場面で,刑事責任の追及は比較的行われるけれども,民事のほうはもう時効で駄目なのですよという帰結になったときに,国民から見て分かりやすい帰結になるであろうかということは考えなければいけないと感じます。そういうことを考えますと,30年というのは大いにあり得るような気もいたします。   ところが,部会資料の9ページにお書きになっているように,学校の用務員が殺した件は,用務員が生きており,「お前ひどいことをやったではないか」といわれて,本人が被告の席に座っているからそれが妥当な解決のように見えますが,相続人に対してまで30年経過するまで追及されることになるということで本当にいいのかと問題もあることでしょぅ。証拠の散逸等があるのではないかという悩みが開陳されておりまして,これはこれでごもっともであるという気持ちを抱くものですから,悩ましいということを申し上げて,引き続き考えなければいけない事項であるとは思います。 ○鎌田部会長 今までの議論にも出てきましたように,一つは生命・身体等の保護を強化する必要性があるという観点があると思うのですけれども,どういうときにそれが必要かというと,一つは,遅発性とか累積型の被害であって損害が確定するのが非常に遅いというケース,あるいは,事実上損害賠償請求することができないとか,あるいは,就労中は損害賠償請求できないという事実上の制約があるからというもの。また,加害対応の悪質性というのも考慮に入るかもしれませんけれども,いろいろな要素を考慮して,どうしても延ばさなければいけない場合があるというのは分かるのです。   けれども,そういうのを包摂するために,全部を引っくるめて長くするという以外に,方法はないのかというのが根本的には隠れた問題としてありそうな気もするのですけれども,今のところはそういう細かな類型毎の対応をするよりも,全体として幅広く保護ができるような形にしていって,その上限をどのぐらいにすればいいのかというのが,20年,30年という形で問題にされていると理解しておいてよろしいですね。   こういう特則は必要ないという御意見はこの部会の中では特にはないと思ってよろしいでしょうか。 ○内田委員 山野目幹事の御指摘の用務員さんの事例なのですが,あれは学校の庭ではなくて,自宅の床下の事例だったと思います。あのケースのようなものを救済するためにどんどん長くするというのは,部会長がおっしゃったように限界があるように思います。実際,あの事件は起算点を動かしたわけではなくて,確か停止事由で対応したのではないかと思います。ですから,そちらで対応するという余地もあるのかなと思います。遅発性の損害もまたある程度カテゴリカルに捉えて対応可能なようにも思いますので,あらゆる事例をカバーするためにうんと長くするということが唯一の解決なのかというのは,部会長がおっしゃったとおり検討の余地があるように思いました。 ○潮見幹事 全体の方向とはちょっと逆の方向ということになるのかもしれないのですが,結論的には生命・身体に限ってこういう形で特則を置くということについては,別に強く異論を唱えるわけではありません。ただ,ここのところの補足説明を幾ら読んでも分からないし,私自身全く納得ができませんのは,今,鎌田部会長が整理されたところにも一部ございましたが,被害者に権利行使の機会の確保をしてやる必要があるということが大きな理由としてここに挙げられている点です。   ところが,その一方で,法益という観点から見た場合の生命・身体の重要性というのが他方で出ています。こちらの理由づけは受け入れられますが,前の理由づけで指摘されていることは何も不法行為に限ったことではないのでして,この理由づけは,ほかの権利の行使事例にも等しく妥当することではないのでしょうか。そうであれば,前者の理由からここで特則を設けることを正当化するのは,釈然といたしません。前者の理由づけをするのであれば,そこで言われる権利行使の可能性の考慮を,一般的な時効期間のところでも言う必要はないのか,さらには,権利行使の可能性が甲案とか乙案で汲み尽くされているのかも問題となりそうです。   先ほど山本敬三幹事がおっしゃったけれども,例えば損害という要素がここでは挙がっているけれども,あちらのほうでは分かっていない。債務不履行の損害賠償を考えた場合には,先ほど付随義務の話もありましたけれども,損害というものを要素と見ないでいいのかといういろいろな難しい問題も出てまいりますので,そうしたことまで含めて,仮にこういう特則を設けるのであれば,いかにして正当化するのかということをもうちょっと詰めていただければと思います。 ○中田委員 確認ですけれども,3というのは不法行為を前提としているのでしょうか。 ○鎌田部会長 これは損害賠償一般……。 ○潮見幹事 ありがとうございました。生命・身体以外も含めてと言ったほうが正確です。取引的には不法行為とか,取引上の契約の不履行の場合の損害賠償とか,そうしたものも引っくるめてという趣旨で今の発言を御理解いただければと思います。 ○鎌田部会長 生命・身体以外の財産的損害の場合でも,権利行使の期待可能性がないときには同じような問題が起きるではないかと,そういう趣旨ですね。説明の中でも,「典型的には不法行為を念頭に置いて議論されてきたけれども」となっていますけれども,これは全体をカバーする提案として提案されているものと理解してください。   ほかにはいかがでしょうか。 ○中井委員 2に戻るのですが,仮に2の議論が,先ほど内田委員がおっしゃられたようになお続く,またこれまでも議論してきたのだということであれば,確認をしておきたいのですけれども,8ページのところで,「不法行為のときから20年」というのと,「権利を行使できるときから10年間」という問題について,この「不法行為のとき」からと「権利を行使することができるとき」という起算点で差異が生じ得るのかについても検討する必要があるという御指摘があるわけですけれども,「必要がある」で終わっているのですね。   ここは,先ほどからの皆さんの御議論を聞いていると,統一するとすれば「権利を行使することができるとき」で統一するほうの意見と受け取ったわけですが,果たしてそれは「不法行為のときから」と同じという理解を前提にしているのか,それは違うのですよ。違うけれども,ここは「権利を行使することができるとき」で統一しようと御発言だったのか。せっかくここで検討する必要があると御示唆いただいているので,もし現段階での検討を御教授いただければ有り難い。   そういう発言をしたのは,「不法行為のときから」という現在の文言に対しては,先ほどの遅発性の遅れて発生する損害の場合について,「損害発生のときから」という形で起算点を認めている判例も,じん肺訴訟等ではあるようですので。現実には「不法行為のときから」というのは,「不法行為があって,かつ,損害が発生したときから」というふうな一部読み替えもなされていると理解しているのです。いずれにしろ「権利を行使することができるとき」というのと違いがあるのかどうかを確認してから議論をしないと混乱するのではないか,と思った次第です。 ○鎌田部会長 では,事務当局からお願いします。 ○合田関係官 乙案での「権利を行使することができる時」というのは,民法第724条後段の「不法行為の時」と同じものを念頭に置いておりますが,乙案を採り,主観的起算点が加わった場合に,現在の「権利を行使することができる時」についての判例の解釈がそのまま維持されるのかどうかというのは検討課題になり得ると考えております。両者に差異が生じ得るのかどうかについても検討する必要があるのではないかという趣旨で部会資料には記載をしております。 ○潮見幹事 中井委員が質問されたのは,「権利行使することができる時」というのが,不法行為損害賠償の場合を例にとったら,これが不法行為の時を意味するのか,それとも損害発生の時を意味するのかという趣旨ではなかったかと思います。この問題について,法文上,例えば乙案のような形で一元化された場合に,事務局として何か一定の見方を持ち合わせているのか。それとも,現在の解釈論と同じように,つまり,今は「不法行為の時から」という言葉ですけれども,それが「権利を行使することができる時から」と言葉上置き換わっただけで,あとは従前と同じように解釈に任せるというおつもりでここを書かれたのかと,そういう御質問と受け取ったのですが。 ○筒井幹事 現在の解釈論を積極的に変えようという意図ではないわけですから,その点を確認しながら今後の作業は進めるということになろうかと思います。現時点で書き方に関して何か定見があるのかと言えば,そこはまだこれからの議論だと理解しております。 ○鎌田部会長 これも,一般の人に理解しやすくしていただくために,可能であれば具体例を挙げながら,どこでどう時点の差が出てくるのか,あるいは,出てこないのかということの説明を付け加えていただいたほうがよろしいかもしれません。   ほかに3について,あるいは,3を前提にすると2についてこういうことを考えなければいけないということもあろうと思いますけれども,それらの点につきまして御発言がありましたら,お出しください。   野村先生,先ほど,3のほうの考え方次第で2についての対応も変わり得るのではないかというご趣旨でありましたけれども。 ○野村委員 問題は二つあって,一つは生命侵害について特別な規定を置かないのであれば,時効(除斥)期間を少し長めにしたほうがいいかなという趣旨なのです。もう一つは,特別法で対応できるのなら,原子力損害のようなものについては,特別法で,民法より長い期間定められるということにすれば,そのほうがすっきりするのかなと思います。 ○潮見幹事 一点だけ,事務局に確認の質問をさせていただきたいのですが。   先ほどからずっと特別法の話が出ているのですが,労働債権はここでは取り上げないのでしょうが,製造物責任法の時効については,どうするのでしょう。製造物では特に生命・身体侵害が結構起こりますよね。仮にここで時効を長期化した場合には,製造物責任の規定についても当然連動して見直し,しかも,その作業はこの部会で対象として行うという理解でよろしいのでしょうか。 ○筒井幹事 この会議の場でと念押しをされますと,製造物責任法は他省庁との共管法律だったと思いますし,今回の諮問事項に含まれているのかどうかという形式論を問題とせざるを得ないのですが。それはともかく,先ほどの議論ともつながると思うのですけれども,ある論点について結論を決める際に,他法律への影響の見通しをある程度は考えなければ決めようがないということであれば,それに必要な範囲で検討結果を御報告しながら進めていきたいと思っております。ただ,様々な関係省庁と関わることですので,現段階で何か安請け合いできるものではありませんけれども,可能な範囲でできる限り進めていきたいと考えております。 ○鎌田部会長 ほかに,2及び3を通じての御発言はございますか。大村幹事,どうぞ。 ○大村幹事 3についてですけれども,これもいろいろな考え方があろうかと思います。実質的に生命・身体等の侵害について保護を与える際に,このような規定によらなければいけないのかということについて,潮見幹事も御指摘になったところだと思いますけれども,他の規定の利用によってカバーできるということは確かにありうるだろうと思います。そういうものに委ねるのは法律家的には十分に考えられることだと思いますけれども,今回,消滅時効の期間が短くなるということで,生命・身体等の侵害についてはどうなるのかということにつき,非常に関心が集まっているのではないかと思います。3のような項目が立っていて,仮にこれがなくなるとすると,相当の説明をすることが必要になろうということを申し上げておきたいと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ほかにはよろしいですか。   もしよろしければ,ここで一旦休憩をとらせていただきます。          (休     憩) ○鎌田部会長 再開させていただきます。   「第2 債権譲渡の対抗要件制度」について御審議を頂きます。   事務当局から説明をしてもらいます。よろしくお願いします。 ○松尾関係官 御説明いたします。   債権譲渡の対抗要件制度については,当部会のこれまでの審議において改正の要否をも含めた意見の対立がみられたところです。そこで,今回はこれまでの議論を整理した上で,パブリック・コメントの結果や,事務当局において実施した実態調査等の結果を踏まえて,今後どのように検討を進めていくべきかについて御意見を頂きたいと考えております。   実態調査の結果については,本日机上配布いたしました「債権譲渡の対抗要件制度等に関する実務運用及び債権譲渡登記制度等の在り方についての調査研究報告書」と,参考資料11を御参照ください。   「債権譲渡の対抗要件制度等に関する実務運用及び債権譲渡登記制度等の在り方についての調査研究報告書」では,債権譲渡に譲渡人,譲受人,債務者それぞれの立場で関与するものに対して,現在の対抗要件制度や債権譲渡登記制度の問題点の有無についてのヒアリングを行った結果,債権譲渡の対抗要件に関する判例調査の結果,諸外国における債権譲渡登記制度の概要が取りまとめられております。   また,参考資料11は,この報告書の調査を補充する趣旨で,特に債務者の立場で債権譲渡に関与したものがある者に対して,債権譲渡の対抗要件制度の実態についてのヒアリングを行ったものです。   部会でのこれまでの議論では,債権譲渡の対抗要件制度が債務者に負担を強いる制度であるとして,改正の必要性があると主張する意見がある一方で,実務的には債務者が負担を強いられているという例を聞かないという意見がありました。パブリック・コメントにおいても同様の結果が見られます。ここで言う「債務者の負担」としては,債務者が複数の通知の到達の先後及び通知の有無を判断する負担と,債権を譲り受けようとする者又は譲受人からの照会があった場合に,債権の帰属について債務者が回答する負担が挙げられていますので,これらの点に関して,債務者にとって実際にどのような問題が生じ得るかという点について,事務当局においてヒアリングを行うなどの実態調査を行いました。その結果,同一の債権が多重に譲渡される事態は減少傾向にあるものの,債権の多重譲渡に巻き込まれた債務者は対抗要件絡みの先後を正確に把握することが困難であり,判断に悩む事態が実際に生じたことがあるという指摘が見られました。   他方,照会に対応する債務者の負担ですが,そもそも照会を受けたことはない,あるいは,照会されても回答しないという指摘があるなど,債務者にとって負担が生じているという指摘はみられませんでした。この点についての債務者の負担に関する指摘がないということは,債務者が公示機関としての役割を実際に果たしているのかどうかが問題となり得るように思います。他方で,現在の対抗要件制度には,これによって取引の安全が保護されているという意見や,簡便かつ安価に対抗要件を具備することができているという意見など,その利点を評価する意見も多く寄せられています。   以上御紹介したような議論の状況等を踏まえて,改正の要否について改めて御議論をお願いするものです。   なお,今後の検討の方向としては,従来の意見分布からすると,まずは現状を維持した上で,甲案を将来的な課題とするか否かを検討することが考えられますが,甲案の早期実現を目指すことのほか,甲案の早期実現は困難であるが,改正は必要であるとして,甲案とは異なる現行法の修正案を採用することの当否もなお検討課題となり得るように考えられます。   そこで,補足説明においては,甲案の別案として,甲案の金銭債権以外の債権の第三者対抗要件を一般化した規律を試みに提示しております。この別案を選択肢の一つとして加えることの当否も含めて,今後どのような方向で検討を進めていくべきかについて御意見をお願いいたします。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ただいま説明のありました部分について御審議を頂きます。御自由に御発言ください。 ○安永委員 債権譲渡の対抗要件については,誰でも簡単に対抗要件が備えられる制度を設けておく必要があると考えます。甲案のアについては,これまでの部会でも発言させていただきましたが,現行の債権譲渡登記制度は個人及び法人登記を得ていない労働組合は利用できない点で問題があると考えます。   次に,部会資料の16ページに記載がありますが,甲案の別案についても,確定日付の先後によって優劣を決する点に問題があると考えます。例えば,民事執行法第5条によりますと,確定日付は通知書を内容証明で発送する際に,郵便官署で日付入り証明印を押してもらう方法だけではなくて,公証人役場で譲渡証書に確定日付のスタンプを押してもらう方法によっても可能です。   そして,譲渡証書には譲受人名を記載する必要はなく,これを空白としておくことが可能です。このため,経営危機に陥った使用者などが譲受人が空欄で確定日付のある譲渡証書を複数事前に用意をし,複数の者に債権譲渡証書を乱発することが可能となります。この場合に,甲案の別案によれば,労働者が労働債権回収の際に,使用者から債権譲渡を受けても,後から確定日付の早い債権譲渡証書の交付を受けた譲受人が現れれば,労働者はその者に対抗できないことになってしまいます。   以上により,これらの問題点を解決する別の案がない限り,債権譲渡の対抗要件については,現行制度を維持すべきと考えます。 ○大島委員 債権譲渡の対抗要件については,甲案のとおり内容証明郵便を用いた対抗要件と同程度まで費用を下げること,そして,登記手続も誰もが利用しやすい制度に改善することを前提として,登記に一元化することが望ましいと考えております。登記により債権譲渡の日時が客観的に把握されるため,債務者の負担を軽減すると同時に,債権譲渡を利用した資金調達の活性化が期待できると考えるからです。   登記一元化の前提となる具体的な制度の在り方については,利便性の高い電子行政サービスの提供が課題とされている中で,将来的な課題に後退させるのではなく,早急に御検討いただきたいと思います。一方,登記制度の抜本的な改善が改正法施行までに困難というのであれば,それまでの暫定措置として現行の通知承諾の制度を維持することを検討することもやむを得ないと思います。   なお,今回の部会資料で提示されている甲案の別案は問題が大きいと考えます。この別案によりますと,債権譲渡があった事実を債務者すら把握できないことになるため,債権を譲り受けようとする者は先行する債権譲渡の有無を確認することが更に困難になることが想定されます。その結果,中小企業が行う債権譲渡による資金調達がかえって困難になることを危惧いたします。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○井上関係官 私のほうから,債務者の承諾を対抗要件として残すべきではないかという観点から,少し長くなりますが,発言させていただきたいと思います。   まず,債務者の承諾については以下の二つのメリットがあると考えております。一つ目は,承諾というのは債務者自らが能動的に関与する行為でありますので,債権譲渡について債務者の納得感が得られるのではないかということ。第二に,同一の債務者に対して多数の債権者が存在する場合の債権譲渡において,一括して債務者の承諾を得ることで対抗要件の具備が可能となるため,個々に確定日付のある通知をする場合に比べて簡易であり,譲渡人,譲受人にとって利便性が高いと思われることでございます。   他方で,債務者の承諾を対抗要件から外す理由として,これまで債務者の負担の緩和ということが挙げられてきておりますけれども,先ほど松尾関係官から御説明がございましたが,今回のアンケートによる実態調査では,お手元に配布されております冊子の3ページの下から2行目辺りから書いてあるかと思いますけれども,「債務者がインフォメーションセンターとされているために各方面からの照会に対する回答が負担になる,という問題も,企業にとっては,必ずしも深刻な問題と意識されているようではない。」とされているところでございます。   以上のとおりメリットが大きくデメリットが限定的であるということを総合的に勘案いたしますと,債務者の承諾を対抗要件から外すことは適当ではないのではないか。したがって,現状維持が望ましいのではないかと考えております。   なお,甲案の別案につきましては,以下の主に二つの理由から望ましくないと考えております。   第一は,甲案の別案は第三者対抗要件として確定日付を付した書面の作成のみを要するとしておりますけれども,それで債務者への通知を必ずしも要求していないと理解しております。その場合には譲渡の事実を債務者が把握することができないため,公示機能が乏しいのみならず,二重譲渡がされた場合のチェックを行うことができないため,対抗要件として十分なものとは言えないのではないかという点でございます。   第二は,過去の法制審のこの部会におきましても,金融庁の関係官から発言させていただいておりますが,実務上の問題といたしまして,金融機関が破綻した場合に預金保険機構が概算で迅速に預金者に対して預金相当額を支払う概算払という制度がございますけれども,この制度の円滑な運営に支障を来す恐れがあるのではないかということでございます。すなわち,概算払のためには預金保険機構は破綻金融機関の多数の預金債権者から債権を譲り受ける必要がございますけれども,実務では債務者である破綻金融機関の承諾により,一括して第三者対抗要件を具備しているところでございます。   他方,甲案の別案では第三者対抗要件具備のために,債権者別に多数の譲渡書面を作成した上で確定日付を付すことが必要となるため,概算払いの事務の迅速性が失われることになるのではないかと考えております。これは預金保険機構の試算ですけれども,主に中規模の地方銀行の破綻を想定しますと,預金債権の数は10万を超えるという形になりまして,ほぼ実務上困難ではないかと考えております。なお,保険契約者保護機構におきましても,保険会社が破綻した場合に機構が保険金請求権を買い取るという類似の制度がございまして同様の問題が生じるおそれがあるのではないかと考えております。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○松岡委員 今のお二方の御意見と絡めて,そもそも甲案の別案が何を意味しているかについてお尋ねしたいと思います。甲案の別案は,確定日付の先後によって優劣を決め,債務者がそのことを知ることは必ずしも必要ではないとしています。要するに,債務者をインフォメーションセンターとする債権の公示ははっきり諦めるという案ですね。しかし,現在の動産債権譲渡特例法による債権譲渡登記の使用を止めるとは言っていませんので,それは残るということだと思います。   その点を確認していただいた上で,大島委員や井上関係官の御指摘は一部もっともで,確かに甲案別案によりますと,債務者が譲渡を認識しないので公示性は全く問題にならないことになるのですが,それは意図的に選択されていて,公示性を備えて確実なものにしようとしたら,債権譲渡登記を使ってくださいという誘導も兼ねて提案されていると私は理解しました。もし提案の趣旨がそうではないとすると,制度像も提案されていることの内容の理解も異なってきますので,その点を確認していただきたいと思います。 ○松尾関係官 まず最初に御質問いただいた登記が引き続き併存して利用されることになるのかというのは,そのとおりであります。例えば,今回の別案の考え方でいうと,債務者が不特定の場合などは登記によらなければ対抗要件を具備できないので,その場面では特に,登記特有の役割が引き続き残るので,登記は存続するということになります。   その上で二点目の御質問については,必ずしも登記のほうに誘導しようということまで積極的に考えていたわけではありません。つまり,併存した上で,同等の効力を持つものとして位置付けられるので,どちらを使うかは譲渡当事者が任意で判断するということになります。だから,その点で公示機能が劣り得るという批判はそのとおりではないかと思いますが,それで実態として具体的にどのような問題があるかという点をお聞きしたいということです。 ○鎌田部会長 それを前提にして,松岡委員はさらに何か。 ○松岡委員 いや,後でまた発言するかもしれません。 ○鎌田部会長 よろしいですか。それでは,松本委員,どうぞ。 ○松本委員 松岡委員の質問を前提にして,次の質問ですけれども,甲案の以前の審議のときに,金銭債権と非金銭債権を分けて,非金銭債権については今の別案の譲渡契約書の確定日付で決めるという案に対して,私はこれは譲渡させないことになるのではないかと。すなわち,公示性がゼロの債権を譲り受けるということは大変リスクが高いから,流通性がなくなるだろうということを言いましたところ,事務当局は,「非金銭債権に譲渡性の必要なものがありますか,流動させる必要のあるものがありますか」という,かなり根源的な質問をされて,私はそのときはすぐ答えられなかったのですけれども,パブコメを見ると,ゴルフ会員権がそういう性質ものなのだという指摘がされておりまして,非金銭債権の中でも譲渡によるファイナンスに使われるものがあるのだということでした。   しかし,今回の別案は金銭債権という正にファイナンスのために流動化させたいと思われているものについて,このような仕組みを導入するということは,金銭債権の流動化をむしろ阻害することになるのではないか。譲渡禁止特約についての規定の改正案と逆方向を向いているのではないかと。松岡委員がおっしゃったように,意図的に登記のほうに誘導したいのだと。法人債権者は全て債権譲渡登記を使ってください,個人は知りませんと。個人の持っている債権の流動化は考えませんという政策的な意図の下に行われているのであれば,それなりの意味があるかと思うのですが,そうではないのだとおっしゃると,何のためにこのような案が出てくるのかという疑問があります。   リスクは承知で,最後に裁判になったときにどちらの書面の確定日付が早いかで決めましょうと,それは余りにもリスクが高いと思います。そのような別案が金銭債権についてまで出てくることの理由として,松岡委員がおっしゃったとおり,債務者をインフォメーションセンターにしないということを導入したい,債務者をこの制度から除外したいという意図が多分あるのだろうと思うのです。さらにその前提として現在の債権譲渡の仕組みは債務者にとって非常に負担なのだとの認識。実際はあまり負担と感じていないという回答がありましたけれども,事務当局は二つの理論的な負担があるとおっしゃいました。   一つは,インフォメーションセンターなのだから質問されたら答えなければならないという負担があるではないかと。しかし,回答する義務は法律上ないわけだから,回答しないと返答してもよいし,回答しないことによって何の責任も問われないわけです。したがって,それは負担ではないということになります。となると,誰からも回答してもらえなければ,結局インフォメーションセンターとしては意味がないではないか,公示力はないではないかということで,債権譲渡証書の確定日付と同じぐらい公示力がないではないかということになるかもしれないのですが,回答してくれる人もいるだろうし,安定的に債権譲渡を受けたいのであれば,承諾を取るというやり方が正に向いているわけです。きちんと承諾を取って譲渡を受けるということをすればあまり心配する必要はないはずだと。正に承諾を残すことの意味を証明していることになるのではないかと思います。   もう一つの負担として,複数の譲渡通知がある時期にバタバタと来た場合に,どの通知が優先するのかという管理が大変だという負担です。ただし,これは,インフォメーションセンターとしての負担ではなくて,債務者として誰に弁済すれば債務を履行したことになるのか,免責されるのかという,免責要件のほうの問題なので,そちらの手当をきちんとしておけばいいだけの話ではないかと。それを債務者の負担だと考えるのは少し問題ではないかと思います。   結局,債務者の負担なるものは理論的にもそれほど負担ではなくて,実務的にも負担だと感じられているわけではないのだということであれば,現在の制度を残すことに問題はないのではないかと思います。   もちろん,登記の制度がコスト等の面,あるいは,使い手の面でもっと充実してくる,あるいは,個人の債権者についても登記可能になるということが実現すれば,全体としてそちらに移行することは十分ありうるのでしょうけれども,それまでの過渡期に甲案の別案が出てくるのはちょっと問題が大きすぎると思います。 ○三浦関係官 甲案の別案について申し上げたいと思います。非常に厳しい対立のある論点の中で,事務局におかれては新しい案を工夫して御検討されたのだということで,その御苦心を慮りたいと思いつつなのですが,我が省の中でも残念ながら甲案の別案はうまく賛同を得られませんでした。理由は,先ほど大島委員や松岡委員,井上関係官がおっしゃったことと重複しますので,繰り返しませんけれども,我が省の中でもうまく賛成を得られなかったということを申し上げたく思います。   それからもう1点,こちらは参考ということになるのかもしれませんが,部会資料の15ページの上から3パラグラフ目に承諾のメリットを御説明されたところがあって,そこで,一括決済システムのように,債権を一括して譲渡する場合には承諾のメリットがあるのだということを記載していただいております。ここについて省内で議論したときには,「一括決済のシステムについては電子記録債権法に基づく電子記録債権という制度があって,承諾でなくてもこの制度である程度円滑な処理ができるのではないか」という情報がありました。それで100パーセント承諾の機能をカバーできるかというところはちょっと分かりませんけれども,そういう情報がございましたので,御参考にしていただいたらと思います。 ○村上委員 裁判所は差押えを担当しておりますので,それとの関係も気になります。債権の差押えや仮差押えがされた場合に,それと債権譲渡との優劣をどうやって決めるのかが明確になっていないと,困ることになります。現在の民事執行法上,差押命令は,第三債務者に送達された時点で効力を生ずるという規定があり,第三者対抗要件を備えることが必要であるという明文の規定は見当たりませんが,この差押命令の第三債務者への送達が確定日付ある証書による通知に相当するものであると理解されているのではないかと思います。そうだとすると,甲案の別案のような案を採用することになった場合にどうなるのでしょうか。譲渡の事実を証する書面に付された確定日付と差押命令の第三債務者への送達の先後で決めるということになるのかもしれませんけれども,本当にそれでいいのかどうか,検討しておく必要があります。また,租税債権についての滞納処分としての差押えについても,同様の検討をしておくべきだろうと思います。そして,このようなことは,解釈で賄えることではないでしょうから,明文の規定が必要になるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 ほかに甲案の別案について御意見あれば,まとめていただいておきたいと思います。 ○中原委員 甲案の別案につきましては,全銀協の中でも議論したのですけれども,現状よりもさらに公示性に欠けて,譲受人から見れば現状よりも債権譲渡取引がより不安定になるという批判がありました。すなわち,甲案の別案によれば,権利行使要件を具備せずに債務者にサイレントで第三者対抗要件を具備することが民法上もできることになりますけれども,その第三者対抗要件の具備に公示性は全くありません。譲受人としてみれば自己の譲受けに先行する譲渡がないことを確認できない。要は譲渡人の表明を信じるほかないということになります。誰の目にも触れずに対抗要件を具備できることになりますので,二重譲渡等の詐欺的取引が増えるのではないかということも懸念されるので,甲案の別案には強く反対します。 ○道垣内幹事 私はどれかに賛成とか反対ということではないのですが,今までの議論で分からなかったところがあったのです。松本委員がおっしゃった中で,債務者に対して,「通知がほかの人から来ていますか」と聞いても。債務者は答えなくていいし,答えないことは責任を問われないということを前提とされた上で,「それに対して承諾は」とおっしゃったのですが,承諾については,承諾を二重にするということをすると,債務者は責任を問われるという前提でおっしゃっていますか。そうでないとするならば,承諾になったら安定するということの意味がよく分からないのですが。 ○松本委員 現行民法の承諾を想定しておりますから,確定日付のある承諾を譲受人として取るということです。債務者がうそをついていた場合にどうなるのかという点は,一般的な不法行為等の法理で処理されるのではないかと思いますが。 ○道垣内幹事 それは不法行為にはなるという前提ですか。 ○松本委員 既に別の譲受人への譲渡について承諾をしているにもかかわらず,その点についてあえて隠して第2の承諾をした場合についてですね,害意という要件が必要になってくるかもしれないですが。 ○道垣内幹事 そこら辺がよく分からないところで,害意が要件となるとしても,それならば通知についての回答も同じになるような気もします。確定日付ある証書による通知によっては債務者が答えないので不安定だけれども,だからこそ承諾というのを残しておくことによって安定性が増すとおっしゃったことの理由は,私にはよく分からなかったというのが第一点です。   第二点,これも松本委員がおっしゃったことに関係します。私が甲案の別案を支持したいと申しているわけではないのですけれども,例えばゴルフ会員権の譲渡の例があります。そのときには,現在の指名債権譲渡の対抗要件を準用する。しかし,それ以外の契約上の地位の移転についてもそうなるかというと,必ずしもそうではなく,ある種どうしようもないわけですよね。全てが通知承諾というシステムに乗るわけではないことを前提として,一般的には金銭債権以外の債権については確定日付ある証書による譲渡がなされ,かつ,確定日付の日付によって先後を決めようというのは,安定性を増そうとしているものであって,ゴルフ会員権の例を根拠にその制度はおかしいのだということにはならないのではないかという気がいたしました。別段何がいいというわけではないのですが。 ○松本委員 今の御指摘で安定性を増すということの意味ですが,先ほども言いましたけれども,紛争になった場合にどちらが優先するのかについては,確定日付の早いほうが勝つのだということで,裁判はやりやすくなるという点では安定性が増すのだけれども,それは紛争が起こった後の判断の一義性という安定性です。将来の紛争が起こらないように安全な譲渡を行い,ファイナンスを行うという点を考えた場合には,これでは安定していないと思います。甲案の別案だと金融ファイナンスが進まなくなるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 ほかに甲案別案に関連した……。では,沖野幹事,中井委員,佐成委員の順でお願いします。 ○沖野幹事 私も甲案の別案について今まで御指摘のあった点について幾つかコメントさせていただきたいと思うのですけれども,甲案の別案自体は理論的に詰めていくとこういうことになるのかと思います。その意味では,今まで思いつきませんでしたけれども,一つの考え方なのかと思います。と申しますのは,現行法の制度をどう見るかということでして,この評価の比較においても現行法の制度と比べてどうかということを評価しなければいけないのだろうと思います。   公示が非常に低いと,かつ,譲受人にとって不安定さを増すので,そのために債権譲渡自体を抑制的にすることにならないかということですけれども,現行法が公示として非常に高いのかといいますと,債務者に対して照会することも非常に稀であるという実態があったり,あるいは,債務者自身から適切な情報提供も得られないということだとすると,そこで比較したときの公示性の高さというのは,情報を得られるというよりは,当事者以外の者に外在化すると言いますか,その点が公示性が高いと言われているということだと思います。   そうしますと,それによって債権譲渡の事実が明らかにされるのかというと,制度的には全く手当がされていないわけで,働いているとすると事実上の当事者間だけではできなくて,第三者たる債務者に通知せざるを得ないとか,承諾を取るということになるともっと主体的な関与が必要ですけれども,そのことに伴う一種の抑止というか,自分たちだけではできないというところに伴う多重譲渡的なものを抑制する効果と,もう一つは,債務者に対して何重にも譲渡の通知などが来たときには,おかしいと思って債務者が問い合わせたり,話題になったりという点が指摘されることもあるかと思います。それも,問い合わせ先自体は,結局,譲渡当事者に問い合わせるのだとすると,本当に外在化されているのかと。そうは言っても,そういうことがあると何とはなしに公示されていくみたいな事実上の効果ではないかと思います。そうした事実上の効果のようなものを重く見るのか。   他方で,現行法の制度の下では確定日付が要求されていますけれども,それ自体については意味がなく,承諾のほうは別ですけれども,通知の制度も併せてあるわけですので,通知については到達を通常の証明方法で証明していくほかはないということですから,確定日付自体はそれより前ではないということ以上の意味は持たないとすると,せめて確定日付を要求する制度に意味を持たせるということを考えるならば,松本委員がおっしゃいましたけれども,事後的に紛争になったときにどちらが先後であるのかということをより明確に決定できるという点をどう見るのか,その評価があるのではないかと思います。   さらには,債務者の地位という点もアンビバレントなところがあるかと思いますけれども,一方的に債権譲渡がされて通知等がされる中で,あるいは,承諾などが求められて,自らの関与しないところで巻き込まれるという面があり,他方で承諾で決するということになりますと,それを求められる,あるいは,必ずしも必要のないコントロール権限をより強く与えられるということになって,どっちつかずのところがあり,その地位をどう評価するのかという面も出てくるのかと思います。   ですので,甲案の別案については考えるところはたくさんあるとは思うのですけれども,指摘された各種のデメリット,取り分け公示が低く,そのために債権の譲受人を不安定にするということについては,現行法と比べてどうなのかというところを考える必要があります。さらには,繰り返しですけれども,確定日付自体を確定日付として意味あるものにすることによって,関係が安定し得るという面をどう見るかということがあるのではないかと思います。せっかく登記があっても隠れたものが先行するというのは,現行法でも同じ状況がありますので,それを含めて評価をするべきではないか。ですから,公示力が低いという御主張からは,もう少し具体的にどういう点で現行法は公示としての機能を果たしているのかという点について,もう少し情報を提供いただければと思います。 ○中井委員 甲案の別案について意見を言う前に確認を二点だけさせていただきたいのですが,まず,登記と併存するのですね。これは併存するという回答だったと思います。そのとき,併存するのですけれども,登記と確定日付は単純な先後関係で決まるという理解でよろしいのですか。これもそうだと。   その次の質問は,確定日付を取る譲渡証書は,譲受人Aさんに対してこれこれの債権を譲渡するだけでよくて,その原因関係や対価関係,幾らで買ったとか,幾らで融資したものの譲渡担保なのだとか,そういうところまで記載していなくてもよくて,単にAとBとの間で誰々に債権を譲渡したという記載で足りるという認識でいいのか。かつ,債務者が特定されていたら,将来債権でもちろんいいという一般的理解でいいのか。それだけを確認してから意見を言わせていただきたいのですが。 ○松尾関係官 いずれについても中井委員の御理解のとおりでありまして,一点目については登記と確定日付の先後のみで優劣を決することになりますし,二点目の譲渡証書の内容は詳細までは不要で,譲渡当事者の譲渡の意思が明らかになっていればよく,将来債権の譲渡も可能であるということを前提としております。 ○中井委員 それを前提に,結論としてはこの提案には反対です。理由は,一つはまともな債権譲渡が恐らくできなくなる。譲渡しようとしたときに登記を確認しても駄目で,確定日付のある譲渡証書があるのかないのかを確認しなければいけない。債務者に聞いても分からない。唯一,譲渡人のみが情報源になっている。これは譲り受ける者にとってのリスクは余りにも大きい。だから,まともなABLはこれによってできなくなるだろうと。経産省さん等の御意見はそういうことを背景にしているのではないかと思います。   二つ目は悪質な乱用が極めて容易にできる。更に言えば執行不能財産だって簡単につくれる。苦しくなった譲渡人は親族に対して譲渡証書を一枚作っておけばいい。そうすれば早めに,場合によっては健全なうちに作っておいてもいいのかもしれませんが,取引している債権を全てAさんに譲渡しておく。いざ差押えが来ても勝ちますね,そういう不正が幾らでもできるのではないかと思います。   ほかの理由は皆さん言っていただいているので,重なるのでそれ以上申し上げません。今回の実態調査では,債務者に確認していることは少ないようで,確認しても答えることは少ないのかもしれません。しかし,少なくとも通知ないし承諾という制度を残すことによって,譲受人は回答してくれないかもしれないけれども,一応確認するすべはあるわけで,チャンスはあるわけで,ひょっとしたら回答する債務者もいるかもしれない。それはそれなりに譲渡人に対して二重譲渡,三重譲渡の抑止機能を事実上は期待できるのではないか。それは大きいと思うのです。当事者間だけの譲渡証書で対抗要件を具備できるとなったらそれが全く期待できない。弊害のほうが大きいのではないかと思います。 ○佐成委員 皆さんから,甲案の別案に反対される意見として出ているのと同じような話が我々の内部でもされております。確かに甲案の別案は非常にシンプルで,その点は評価する面もあるのですけれども,中で議論しておりますと,事実上,現状よりも不正が起こりやすいのではないかというようなことがかなり懸念されております。先ほど松本委員がおっしゃっていた免責の部分のほうがむしろ第三債務者の負担という点では関心が高く,もし第三債務者の負担の軽減ということであれば,むしろ免責の部分についての改善が,たとえ今回の審議会の対象外とは言え,そこの部分を改善していくことが,第三債務者の負担の軽減にはつながるという意見は依然として強いと感じます。取り分け供託とか,そういったところの見直しを検討してもらいたいと,そういった意見が依然として出ておりました。 ○沖野幹事 中井委員が御質問になった点について確認させていただきたいと思います。登記との優先関係ですが,これは考え方としては単純併存しかないのでしょうか。むしろ公示としては登記のほうが優れていると考えられるとしますと,登記があるときにはそちらが優先するということも考えられなくはないように思います。もちろん,この考え方自体は,以前に動産譲渡登記制度ができたときに,占有改定との関係で登記を優先させるという考え方があった中で様々な意見が出て,それは採られなかったということがありますので,ちょっと蒸し返し的な面もあるかとは思いますけれども,それが本当に制度として採れない方策であるのかということが気になります。その点があるとないとでは,随分と意味合いも違ってくるような気がするものですから,念のため確認させていただければと思います。 ○鎌田部会長 甲案別案についてもたくさん意見を頂戴したところで,事務当局から関連して何か説明があれば一括して。 ○松尾関係官 今,沖野幹事から御意見を頂いたことについて申し上げますと,動産の場合とは違って,債権譲渡については,可能性としてあり得るのだと思います。部会資料37では,正に同じような提案をしたわけですけれども,弁護士会の先生方を中心として,そのルールの中身についてやや分かりにくいという御意見がかなり寄せられたことと,そこまでいくなら,結局は登記に誘導していく方向なのだから,登記に一元化したほうがいいのではないかという御意見があったので,今回はそこまでは提示していないということでございますが,最終的にどうするかについては,改めてここで御議論いただければと思います。 ○鎌田部会長 ほかの点も何かあれば。 ○松尾関係官 いろいろと御意見を伺った中で,よく分からなかったところだけお伺いしたいのですけれども,松本委員が「債務者に複数の通知が到達した場合に通知の到達の先後が分からないというのは,インフォメーションセンターとしての負担ではなくて,免責要件の問題ではないか」という趣旨のことをおっしゃられたのですけれども,そこがよく分からなかったので,もう少し趣旨を教えていただきたいと思いました。つまり,今回,部会資料でこのような整理をしたのは,現在は判例によって債務者をインフォメーションセンターとするという制度趣旨であるということを根拠として到達時説が採られていて,債務者に到達した時点の先後で決まってしまうことになっているわけですので,債務者がインフォメーションセンターであることの問題なのではないかと考えていたのですけれども,その整理がおかしいということなのでしょうか。 ○松本委員 そういう趣旨ではなくて,債務者には二つの負担があるということをおっしゃいましたよね。一つは回答しなければならないというのが負担だと。既に債権譲渡の通知が来ていますかという質問が来た場合に,答えなければならないというのは負担だけれども,答える必要がないではないか。しかも,取引先の秘密などは漏らせないというパブコメの回答があったと思うのですが,答えなくてもいいということになら,負担だと考えなくてもいいのではないかというのが一つ目です。   二つ目が,複数の譲渡通知がバタバタと同じ部署に来る場合もあれば,違う支店に来る場合もあって,こういう管理は大変ではないかという指摘がありました。確かにそれを管理するのは負担だろうけれども,そこで言う負担は,複数の譲受人のうちの誰に対して弁済をすれば自分が免責されるのかという話であって,佐成委員が指摘されたように,そこはきちんと手当する必要があるのだと。しかし,これは,インフォメーションセンターとして他の譲受人のためにすべての債権譲渡についてのデータの管理をして,あなたは何番目ですとか言わなければならない,債務者が譲受人の優先順位を決めなければならないという意味ではなくて,自分が免責されるためにはどうすればいいのかということについて,不安定な法律状況で弁済を迫られるのは大変だということであって,負担の中身が違うということです。 ○松尾関係官 申し上げたかったことは,通知の先後が分からないかというと,債務者にとっては,重ねて申し上げるだけですが,いつ通知が届いたか判断が容易でない場合があり,それは,そのことを第三者に公示するかどうかとは別の問題ではあるが,債務者に情報を集約する対抗要件制度になっていることに起因しているという問題があるのではないかということだと思います。もっとも,その認識を前提とした上でも,そういった問題については免責要件を何とかすればいいという御趣旨なのであれば,債務者の負担の軽減という観点からは確かにあり得るのかもしれません。そうすると,今度はきちんと対抗要件を具備したとしても,後から例えば譲受人が現れた場合などに,債務者が先後を管理できていなかったということが理由になって,きちんと自分の権利が確保できないということにもなりかねない。そういう意味では譲渡当事者の権利保護の観点からも問題があるのではないかとも思うのですが,そういった問題はないのでしょうか。 ○松本委員 そういう問題はあります。でも,免責制度が存在する以上は,この種の問題はある程度出てこざるを得ないのではないかと思います。準占有者弁済というのは本来の債権者にとっては損失なのだけれども,それでいいのだということですから,免責の話と,インフォメーションセンターとして優先順位を自分できちんと記録して,第三者に教えなければならないという負担とは違うということを言いたいわけです。 ○筒井幹事 免責要件と関連しているというのはそのとおりだと思いますけれども,免責要件として供託の要件をどのように緩和することが可能なのかというのは,かねてからこの部会でも議論になっていて,緩和するのはそれほど容易ではないというところまで議論されてきたと思うのです。ですから,それはともかくとして,少なくとも到達の先後で決まるという現在の法制の下で,債務者はその判断をしなければならない状態に置かれている。それが債務者にとってどれくらい重い負担になっているのかというのは,従来この部会ではどうも曖昧に議論されていて,抽象的には負担になっていると言えるけれども,実際には実務的にはそのような声はないかのような意見があったので,今回,丹念な調査をお願いし,事務当局においても追加の調査を行って参考資料を提示したわけです。   先ほど井上関係官はそれを丹念に御検討いただいた上で,その中に負担になっていないと指摘されている箇所があるので,そこを引用されたのだと思うのです。しかし,丹念に検討していただきますと,実際に負担になっているという声もまた様々な形で出ております。これは,今までの部会審議では十分に紹介されていなかったことだと思いますので,今回の部会資料ではその点を引用しながら,やはり負担になっている面があるということを事実として明らかにしたつもりであります。   その上で,それが負担になっているのは間違いないとしても,制度を変える必要まであると思うのかどうかというのは評価が分かれるところであろうと思いますので,そういった負担があることを踏まえた上で,制度は改めない,現状維持でよいという意見があるのは理解いたしますけれども,その前提となる事実認識について,従来この部会では曖昧にされていたところを,今回の調査資料,調査報告書等で紹介したつもりです。 ○山野目幹事 甲案の別案に対して寄せられた批判に関して,沖野幹事がおっしゃったことに同調します。   筒井幹事の御発言と重なりますけれども,今回御紹介いただいた実態調査の結果によりますと,複数の通知の到達の前後を判断することが困難な場合があって悩ましいということは,実務裡から報告されているものでありますから,この部会としてはこれに応えることを何かしなければいけないはずでありまして,事務当局から出てくる提案を,それぞれうまくいっていないよねと言って蹴飛ばすのは簡単ですけれども,この問題の解決を考えていかなければいけないというタスクがあることは自覚されてよいのではないかと考えます。   今回,御提示いただいている甲案の別案が今日の段階で完璧なものではないかもしれません。こういう構想で考える際にはかなり本気で確定日付の制度を現代化して改良することが課題になってきますし,もしかするとそのことをミッションとして特別に担う作業を設えなければならないかもしれません。今のところ甲案の別案は譲渡契約書,その他の譲渡の事実を証する書面に確定日付を付するという,従来の伝統的な理解を前提にしたものとして書かれていますけれども,その補足説明等を拝見して更にいろいろ考え込んでいけば,構築していく制度は,その骨子として,債権の譲渡は,法令の定める方法により債権を譲渡する意思表示をした事実の申述を受けた公務員又は郵便認証司が,その申述を受けた日時を証明する措置を講じなければ,これをもって第三者に対抗することができない,といったようなイメージのものとして育てていくことになるものであろうと考えます。   複数の通知を受けた人の状態は,供託とか準占有者の弁済があるからいいではないかという御指摘もありましたが,準占有者への弁済は善意無過失を弁済者が主張立証しなければなりませんし,複数の通知があって判断が面倒であるから,という事実的な感覚を供託原因に直結させることができない,それほど簡単な話ではないということは,今,筒井幹事がおっしゃったとおりであります。そうしますと,確定日付制度を現代化して改良していくという作業を進めてみて,その方向性が少し見えてきた段階で,そういうふうなものを対抗要件として考えていくべきなのではないかということは,もう少し粘って考えてみてもよいのではないでしょうか。今日ペーパーで出ているものが,本日段階では完璧にできていないので,これは駄目だよという話ではないだろうと感じます。 ○高須幹事 今日の議論の冒頭に大島委員から「本来は登記による甲案がよろしいのではないか」という御意見が出て,そのこと自体,私は重く受け止めているつもりでおります。つまり,現行の通知承諾制度が必ずしも十分に機能していないというのは,この間の議論,あるいは,今回の御調査などで,ある程度明らかになったのではないかとは思っています。ただ,私や弁護士会がなかなか甲案に踏み切れずにいるのは,今回の資料にも書いていただいたように,簡易かつ安価に第三者対抗要件である債権譲渡登記を具備するという仕組みが未だにできていないという点です。   それは制度を変えればできるのだと割り切ってしまえばいいのだろうけれども,実際の実務に関わる者としてはその制度が見えてこない以上,そういうふうにわりきって,「いつかはいい制度になりますよ」という意見を言うことは憚られるという状況があり,いわゆる乙案で現行の制度を維持しながら,部会資料の16ページに書いていただいたように,あくまで差し当たりはそうであって,甲案の実現は将来的課題だという位置付けは共感できるところだと思っております。   その中で,今回出てきております別案がそれにつながっていくものであれば賛同が得られやすいのだと思いますが,今,山野目先生の御指摘もあったように,現時点でいわゆる譲渡証書に確定日付を置くだけですよという御説明ですと,極めて安直になされるという危惧があるものですから,それをいいものに育てていった上での議論であれば,検討できると思うのですが,第3読解の段階で仮にこのままでこの別案という話になると,今ある制度よりも,むしろ問題を生じるのではないかと。   沖野先生が先ほどおっしゃられた事実上の問題ではないかという点は,正にそのようにと思っているのですが,今,通知承諾というものが抱えている問題を,譲渡承諾に置き換えたときに,事実上の問題ですら,通知すら要らなくなるということによる危惧はもっと大きいような気がしているものですから。その意味では,今のままで今回の別案をということになると,本来あるべき姿の,例えば登記による一元化みたいなものを,制度をきちんと構築した上で目指していく過程において,それを譲渡承諾ですり替えてしまうということになると,それに対するきちんとした道のりが歩めなくなってしまうのではないかという気がしております。   一番危険なのは,そうした場合に公示力の差が設けるということで,現行の規定のままで並立を認めて登記優先説を採ることになると,対抗要件は勝ちたくて採るわけですから,結果的には現在の中での債権譲渡登記に移行していく。どんなに使い勝手が悪くても使える人は使っていくという社会になってしまう危惧があると思いまして。それはいいものにして使うのだということとはかけ離れてしまう危険があると思いますので,今日の議論を聞いていて,今回の譲渡承諾制度が制度的にもきちんとしたものができてくるという前提であればもちろん別だと思いますが,今回のままの御指摘であると,16ページに書いていただいているように,差し当たりは乙案を採った上で,将来の課題として甲案というメッセージを打ち出していくという辺りが有力な選択肢ではないかと思います。 ○中田委員 甲案の別案について二つの問題点が指摘されたと思います。一つは公示力の低さであって,それについては先ほど沖野幹事が非常にきれいにおまとめくださり,山野目幹事が支持されたことで尽きているのではないかと思います。公示の現行法における実態と,形式的にでもそういうものを残しておくことによる抑止力との関係をどう考えるのか,当事者以外に,沖野幹事の言葉をお借りすると「外在化する」ということをどう評価するのかということで,これは引き続き検討が必要だと思います。   もう一つの債務者保護の点は,先ほど村上委員から御指摘のあったこととも関係いたしますけれども,幾つかの場面で債務者に誰に払うかという新たな難しい判断を求める可能性があると思います。一つは,確定日付ある譲渡証書が作成された後で,他の債権者が差押命令を得て,それが送達されて,その後で譲渡書面が債務者に交付されたというときに,譲渡書面が優先するのでしょうけれども,それを債務者に判断させることは安定的に大丈夫だろうかということです。二番目に,確定日付のない譲渡書面が債務者に交付された,あるいは,確定日付のある現行法の譲渡通知が送付されたというときに,債務者に的確な判断ができるかということです。それから,債務者の承諾があった後,債務者が弁済する前に,他の債権者の確定日付ある譲渡書面が交付された場合にどうなるかというような問題もあります。これらの場合に債務者が判断に迷うのはなぜかというと,譲渡書面に確定日付を付するといっても,債権譲渡登記とは違って,非定型な文書ですので,果たしてそれに従っていいのかどうかというのがあまりはっきりしないということで,それが課題だと思います。   この別案は,確定日付という現行法の制度をそのまま使うことを想定しているのですけれども,もうちょっとそれを育てると言いますか,先ほど山野目幹事が新たな認証制度とおっしゃったのもその方向だと思うのですけれども,公証人役場にしても,郵便局にしても,これが債権譲渡の対抗要件たるものだという独自の制度を設けることができれば,今申し上げたような不安定さが大分改善されるのではないかと思います。ただ,あまり方式を厳格にすると,今度は方式違背の文書の問題も生じますので,難しいのですけれども,今日ここでこの甲案の別案をなしにしてしまうというのではなくて,もうちょっと育てるための検討をしたらどうかなと思いました。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。 ○中井委員 先ほど筒井幹事から実態調査を行ったと。それによると債務者に相当な負担があるという趣旨の御発言があり,また,山野目幹事からはそういう問題に対して答えていくべきなのだという御発言かありました。私,この調査報告書を精読しているわけではないのですが,幾つか読み方の違いがあるのかなという認識をいたしました。   まず一つは,この調査報告書の頭のページと言いますか,目的のところ2頁で,二段目ですけれども,中小企業にとって資金調達の方法として債権譲渡が重要な役割を果たすようになっているということを大前提に書き下ろしているわけです。ところが,債権譲渡の対抗要件制度等に関する実務運用についてのヒアリング(第二編)の頭10頁では,逆にヒアリング先に中小企業を含めていないと書いているわけです。譲渡人が中小企業である場合に,その債務者は,普通の場合は中小企業が多くて,大企業は少ないと理解しているのですが。もちろん大企業に債権をもっている場合もあるのでしょうけれども,中小企業の金融に資するための制度としての実態調査をしましょう,債務者は,困っていませんかという調査対象がどうも大企業のみであると。それも,参考資料11の補充調査によれば,A・B・C社は恐らく極めて巨大な会社で,複数の事業所を持ち,郵便物も1日に何百通とやってくる,そういう対象先に実態ヒアリングをしている。ここに齟齬を感じます。それが一点目です。   二点目は,参考資料11で,例えばA社が債務者の立場で債権譲渡に関与する場合についての記述ですが,「過去には,1~2年に1件くらいあったが,少なくとも5年前ぐらいからはそういった事案が見られなくなっている」。過去に多いときでも1~2年に1件,最近5年ぐらいはない。C社は同じく最初の頭ですが,「最近はかなり数が減っている。複数の譲渡通知が競合するのは2~3年に1回ぐらいである」。いわゆる大きな会社の実態調査の結果がそうだと。つまり,困っている程度はこの程度だと。確かに困っているのだという事実は認めましょう。認めるところから出発しなければならないという筒井幹事,山野目幹事の御指摘はそのとおりだと思います。   しかし,大企業で困っている程度はこの程度。では,中小企業が資金調達するための債務者である,恐らく日本の企業の九〇何パーセントが中小企業ですから,中小企業に営業所が幾つもあって,わざわざ営業所に送るのかといったら,弁護士実務からすれば当然本社の代表取締役あてに債権譲渡通知を送るわけですから,大企業でもこの程度の債権管理の問題しか発生していないとすれば,中小企業において発生しているのは,自分の得意先というのですか,仕入れ先が倒産したときにひょっとしたら経験している程度ではないか。この負担をどの程度と見るのか。   それに引き換え,今回一貫して,債権譲渡の対抗要件について,債務者インフォメーションセンターは債務者に対する過大な負担があり,言われのない負担を課していると。だから,債務者を債権譲渡に係らしめないようなシステム設計にすべきだと。それだけ大きな制度転換を求める理由が債務者の負担で,その中身がこの程度で,そこまで本当に変えなければならないのかということを改めて,この実態調査報告書を精読していなくて,頭の部分を読んだだけでそれだけのことが出てきたので申し上げているわけです。中身が違うのだったら御容赦いただきたいのですが,そこをもう一度確認していただきたい。   実務界からは,債権譲渡通知及び承諾という現行制度についての弊害,それをやめてくれという,大きな声があるかと言ったらないのだろうと思うのです。しかもまた,この実態調査報告書を引用させていただければ,概要以下に編者の取りまとめコメントがあるわけですが,3ページの概要の一番下,これは先ほど井上関係官がおっしゃられた,「インフォメーションセンターとしての負担がありますか」という問いに対して,この実態調査報告の編集代表者としては,「必ずしも深刻な問題として意識されていない」というのが取りまとめです。   「債権譲渡が複数あって困っていませんか」という次の問題については,4ページの真ん中で,譲渡禁止特約のある事例ですが,基本的には債権者不確知供託によって対応している例があると。我々の実務からしても可能な限り債権者不確知供託をしている。しかし,必ずしも債権者不確知供託ができない場合があることがあって債務者企業が困る場面がある。そこでどう取りまとめているかですが,5ページの上から2段目,「本ヒアリングからは,債務者の立場から見て供託の重要性が改めて浮かび上がることになった」とまとめています。   佐成委員の御示唆もこの点,松本委員の御示唆もこの点かもしれません。これについては,供託制度の構築はそもそも無理ではないかという御発言が筒井幹事もしくは山野目幹事からあったわけですけれども,そうでしょうか。債権譲渡の対抗要件制度を抜本的に変えるよりは,むしろ債権者不確知供託の拡大版,簡単に言えば債権譲渡通知が二つあれば供託できるという制度を一つ作れば……。これ一つ作れば解決できるなどと簡単に言っていいのかどうか分かりませんが,そういう解決方向をむしろ示唆しているのではないか。   さらに5頁のその下で,中小企業金融において登記が信用不安を惹起することに対する対策が述べられ,一括譲渡について債務者承諾の制度は対抗要件としては問題があると,幾つかの御指摘があります。それに対しては,債権譲渡の債務者の一括承諾については,登記制度を設けたらどうかという極めて積極的提案がなされている。そうすると,この実態調査からは,現在の通知承諾制度を根本的に改めろとは私としては読めないわけです。   それから,甲案別案については,先ほど簡単に申し上げたわけですけれども,基本的な方向性として登記という,より公示性の高いものにしましょう,それによって確実に公示できるようにしましょうというのが基本的な方向性ではないか。甲案の基本的な考え方を支持するとしても,なお登記制度については現在様々な問題があるから時期尚早ではないか,費用の問題,手続の問題を考えても,それを主として考えることは困難ではないか。そういう意味でも現行通知承諾と並列型で十分ではないかと言っているところに,公示制度の全くない,つまり,通知承諾より更に公示制度の劣った譲渡証書に対する確定日付を取るという提案が出てくること自体,方向性が逆行しているのではないかという印象を受けざるを得ない。   ただ,昨日の弁護士会の議論でも,基本的には否定しながらも,唯一,これをなお検討するとすれば,私が最初に松尾関係官に「登記と確定日付は同列ですか」という質問をしたのは,沖野幹事もしくは山野目幹事からその後,「そういうことも十分考えられるのではないか」という御示唆のあった登記優先説を前提とした,譲渡証書の確定日付であればなおあり得るのかと。先ほど私が申し上げました健全なファイナンスができなくなるということに対しては,登記を確認して,登記が第一番であれば,それ以前に確定日付のある証書があっても優先するわけですから,健全なるファイナンスは可能になる。   不健全な譲渡が横行するかという問題はなお残るかもしれませんけれども,それはその後,本当にお金が必要になったときは登記をせざるを得ないでしょうから,それがあることによって負けるかもしれないし,それまではひょっとしたら悪用されるリスクはあるけれども,そのリスクは飲み込むのかという判断をして,さらに甲案別案を修正案として残して検討を続けるかという辺りかなと思います。 ○山野目幹事 今の中井委員のお話でいろいろ御教示いただいて有り難かったと思います。それを受けて幾つか申し上げますが,小さなことから言いますと,複数の債権譲渡通知があったら供託することができるようにしようというような,そのような仕組みは恐らくできないと思います。供託の実務のことは前におられる法務省の方々のほうが専門ですけれども,それができるものなら,どうぞおやりくださいと申し上げたいところですが,それは難しいと考えます。   それから,この実態調査ですが,債務者としてヒアリングされた人が会社法上の大会社であるということは,それほどおかしいでしょうか。会社法上の大会社であるとか,判例に現われた事例では地方公共団体の一の部署であるとか,あるいは,調査ではあまり思い付かないかもしれませんけれども,大学に対して債権を持っている人が債権を譲渡するとか,安定した優良なところがむしろ債務者になって,そういうところに対して債権を持っている中小企業の債権の流動化が促進され,安定したものとして安んじられますかという観点から,問題を見ることができるでしょうから,実態調査の読み方はもう少し種々の観点から丁寧にされてもよいのかもしれません。   いずれにしても,中井委員のおっしゃる登記優先説も一考の余地はあるかもしれませんけれども,それと併せて確定日付ある証書をもってする通知という制度を更に考えてみたいと感じます。何も極端なことを申し上げているものではなく,そういうことすら考えないで今般の債権関係規定の見直しの中で何も触れないでこのままいってしまうことも変であると感じます。民法施行法の中には古色蒼然とした規定があって,意味がよく分からない規定もありますから,そのようなものについて併せて今回見直しをしていく中で,こちらの論点との関係でも何か成果が得られるのなら,それはそれで対抗要件制度が一歩進んだね,という成果が確認されてよいことなのではないかと考えます。 ○鎌田部会長 今,専ら甲案の別案をめぐる御意見に集中しているのですけれども,それ以前に甲案型でいくのか,あるいは,乙案型でいくのかという課題があります。こちらのほうが本来の論点であり,その方向性がある程度出てきたほうが,第3ステージの議論としては今後の展開に役立っていくのだろうと思うのですけれども,そちらに関連した御意見があればお出しいただければと思います。 ○中原委員 金融取引において債権譲渡を行うケースは,多くの場合,例えばその債権を買い取る場合や,担保として受け入れる場合だと思います。借入人に信用不安がある場合には,担保債権の価値の把握が重要であり慎重にチェックします。例えば,債務者の信用状況,債権の存否や内容などです。そのためには,現在の承諾方式は金融取引にとっては極めて有益な手段となっています。   甲案・乙案によりますと,第三者対抗要件具備のためには,債務者の承諾に代えて債権譲渡登記,あるいは,確定日付ある通知が必要になります。これは現在の実務を根底から変えることになり大混乱を生じさせます。そして,一括決済システムを利用している企業は約100万社以上あると言われておりますので,資金調達に大きな影響が出ると思います。したがって,現行法のやり方を維持し,承諾方式は是非残していただきたいと思います。   それから,債務者の負担の軽減ということが議論となっていますが,債務者の関心事は,自分の債務を誰に払えば二重払いの危険から逃れられるのかということだろうと思います。山野目先生は否定的なご意見でしたが,現行の供託制度を抜本的に変えて,債権譲渡を原因とする供託を認めて債務者の不安や負担を取り除く方法が良いのではないかと思います。将来的に債権譲渡登記制度が使いやすい内容になれば,登記制度に一元化することも検討の余地はあると思いますが,新しい登記制度が見えない状況では現行法のやり方を維持するのが妥当だと考えます。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。 ○中井委員 中原委員の意見と同様,甲案でも乙案でもなく,(注)の現行法維持に私も賛成でございます。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。高須幹事,どうぞ。 ○高須幹事 承諾制度を対抗要件として仮に残すということを考えた場合には,今,承諾というのが非常に曖昧な使い方をされていて,一方では債権譲渡の対抗要件という面,他方で異議なき承諾,何も言わないと異議なき承諾ですから,それで抗弁権がなくなるという面があって,その辺が実務では曖昧にされているところがあると思いますので,立法論としては本来そこはよく峻別して,仮に対抗要件として承諾を残すという場合でも,抗弁権の損失の問題は,あくまで別な問題としてどうするかをきちんと議論して,それぞれについての回答を出せばよろしいかなと思ったりもしております。 ○潮見幹事 別に定見というわけではありませんけれども,仮に承諾制度を残したから現行のままでいきたいという考え方でいくのであれば,現在の民法の対抗要件制度について,「これは債務者の認識を基礎にした対抗要件ですよ」と言いながら,不完全である,不備であると言われていたことについて,この法制審議会の部会として何の意見も表明せずにそのまま追認して,実務でうまくいっているからという理由で現行法を維持するという結論を承認することになるのではないでしょうか。そういうものとして受け入れるというのであれば,私は,絶対に嫌だとは言いませんけれども,こういう場で理論的な側面を一切無視したような議論を展開していいのかということに対しては,ものすごい危惧を感じます。   また,先ほど山野目幹事のお話にもありましたが,仮に現行の制度を維持するという場合にも,それを修正したり,改善する余地はないのかという観点からから,どうして弁護士会などは詰めないのかということに対して大きな疑義を感じます。例えば,確定日付の問題もそうだったと思います。あるいは,こういう債務者の認識を基礎にする対抗要件という制度を立て,かつ,承諾をする債務者は大丈夫なのですということなのであれば,なぜその債務者に真実回答義務を課さないのか。間違ったこと,例えば過失があって変なことを言った場合でも,責任を取らなくていい,答えたくなければ答えたくないというので,果たしてそれでいいのかと思います。もちろん,秘密保持義務とかありますから,優越する利益があれば,そこはそれとして義務のレベルで,あるいは過失のレベルで何とか処理することができるかと思いますけれども,その辺りのことについて議論しないというのが,果たしてこのままでいいのかなというところに強く違和感を覚えました。   その意味では,これから先,仮に甲案でも乙案でもない,現状維持案をベースにして考えるのであったとしても,今言われているような面について何らかの形で対応することはできないのかと感じます。もちろん,これは事務局だけではなくて,私たちもそうかもしれませんけれども,考えておいたほうがいいのではないかと思いまして,あえて一言発言させていただきました。 ○岡委員 【(注)賛成】の立場でも,今の潮見先生のような何がなんでも現状がいいという意見ではございません。甲案か乙案か(注)か,大きなところでは(注)がいいという意思表明をしておりますけれども,(注)の中でも,先ほど山野目先生がおっしゃいましたように,通知が到達した日の日時を公証するような制度でどうかという意見も前に出ていました。承諾についても,承諾の後,公証人役場に行って確定日付を採るというやり方ではなく,日時,時間まで特定できるような確定日付ある承諾の制度を構築することは十分可能です。もし(注)の方向でいくという方針が決まれば,そういう細かい話には十分対応していきたいし,行くべきだろうと思っております。   弁護士会もそこまで頑迷固陋ではありません。民法施行法がそれほど古色蒼然だったのはよく知りませんけれども,通知承諾制度を残し,それをよくしていくという方向がパブコメの数を見ても圧倒的に多そうでございますので,今回,最初に松尾さんがおっしゃったように,方向性として別案を模索するのか,それとも(注)を前提にその中身を詰めていくのか,その方向性を議論してほしいということであれば,(注)を前提に改善を図るという方向がよろしいと思います。 ○潮見幹事 一点だけ補足ですが,新しい案を言っておられる方々は,どうしたらいいのかという修正案をこの場でいろいろな形で出ていると私は理解しているのです,それを受け入れるかどうかは別としてですが。ところが,現状維持をおっしゃっておられる方は,それでは修正しましょうと言いながら,どういう形でどこをどう改善したらいいのというところについて,いったい何か発信しているのか。そこの部分がはっきりと,少なくとも私には見えてこない。   どういう形で,具体的にここをこういじったらいいというような提案を,この時期に及んでどういう意味を持つのかはちょっと難しいのですが,できれば具体的に示していただければいいのではないか。それを受けて,今度は理論的な観点からも説明できるのかどうかというところを検証すればいいのではないかと思いました。お願いも含めてですけれども,以上です。 ○中井委員 潮見幹事のおっしゃられたことについては,岡委員から説明があったとおり,弁護士会も今のままで何ら問題がないと思っているわけでは決してありません。現行法で行くとすれば,そこの改善策については是非皆さんのお知恵をお借りしながらいいものにしていくべきだろうと思っています。   加えて,公示制度を高めること自体に弁護士会は反対しているわけではありません。今行われている債権譲渡登記制度を更に使いやすくする,広げていく。登記が国民一般にとって身近なものになってくるという事実があれば,また,それが使い勝手のいいものであれば,社会全体としてそちらに動いていくのではないか。併存している中の制度として登記制度がベストであれば自然と流れるはずでしょう。むしろその実績を作る,つまりシステム構築を登記の側からもすべきであろうと思うのです。端的に言えば債権譲渡登記に税金が賦課される制度が残っていたら絶対難しいと思うのです。税金をここで議論するわけにはいかないと思いますが,一回当たり何千円ですか,件数が増えれば,割ったら安くなるのかもしれませんけれども,個別1件ごとにやればそれなりの税金が掛かってしまう。それ  は手続費用ではありませんので,そこを改善していかに使いやすく,今は費用の問題だけを言いましたけれども,登記の申請制度を変える,どこからでもアクセスできるようにする,誰でも使える。弁護士や司法書士を使わなくても債権譲渡登記ができる,そのようなシステム構築をしていって,いかに登記が簡便にどこでもできるのですよという枠組みが見えてくれば,それは実務のほうも考え方を変えていくのではないかと思います。我々も責められましたけれども,甲案支持者の方も積極的にそこを具体化する案を出さないと,理屈の上だけでは実務は動かないと思います。 ○道垣内幹事 現行法の二本立てを維持したままで,かつ,承諾を残したままでどういうふうに改善するのかという話が出ていますので,それに賛成するかどうかはともかくとして,その議論を熱く戦わせている中井委員と潮見幹事との間で,両方の方がおっしゃったことについて気になっていることがありましたので,一言だけ申し上げます。   中井委員が,「債務者はそれほど苦労していないみたいだ」ということをおっしゃいましたけれども,債務者は少しでも苦労したらおかしいと思うのですね,関係ないのだから。ちょっとしか苦労がないというのも正当化できないだろうと思います。ちょっとの苦労だからいいのではないかというのはおかしいのではないかと考えます。そうなりますと,潮見幹事のおっしゃった真実回答義務などは,とんでもないと私は思います。そのような義務を債権譲渡という制度に課したら駄目だと思います。 ○岡委員 甲案の別案のところで議論していた中で出てきた話ですが,通知承諾についての改善案として,今は内容証明郵便も通知も到達したところの日時を証明する制度が現にできている,しかし公証にまでいたっていない。しかし,時刻まで記録できるところには到達していますので,それに何らかの公証制度を与えれば通知が到達した時点の確定日付で勝負ができるようになるであろうと思います。   承諾のほうも,確定日付を公証人役場に行けというと,場所も少ないし,5時で終わってしまう,それは大変なので,主要郵便局で確定日付を打てるような制度を構築していただければ,承諾した直後に郵便局に行って確定日付をもらうと。そうすれば,承諾にかなり近い時点で確定日付の日時まで証明できる。この二つがあればかなりうまくいくのではないかという議論をしておりました。 ○内田委員 岡先生の御提案についてですが,日本民法の確定日付ある通知という制度は,元来は沿革的には到達時を公証するための制度だったわけですね。母法国のフランスではそうなっている。ところが,日本では,条文上はそう読む余地もあるとは思いますけれども,とてもコスト的に無理だ,執達吏が行って確定日付を到達の時点で押すなどということはとても無理だということで,判例がそうではない解釈をして,確定日付と言いながら確定日付にほとんど意味のない,奇妙な制度として運用されてきたわけです。   フランスでも今,民法改正の議論をしていますけれども,執達吏が行って確定日付を付けるというのはもうやめようという方向になっている。その中で,到達時を公証するための新たな制度を整備しようというのは,比較法的には全くユニークな構想なのですが,そうすると,到達時を公証する以上は,公証する人に公務員としての,あるいは,それに近い義務を課すことが必要になりますし,資格制度も必要になるかもしれない。コストとかいろいろ工夫を要する道なわけです。甲案は,そのような国際標準になる可能性のないことにコストをかけるよりも,登記のほうにかけるほうがいいのではないかという提案だろうと思います。   また,仮に御提案のような到達時を公証する制度に進んでいこうとすると,道垣内幹事が言われたように,債務者に少しでも負担をかけるのはおかしいと思いますので,到達時を公証するけれども,公証された日時は債務者に聞かなくても分かるようにするという方向に行くのが望ましいのではないかと思うのですね。そうすると,それをどこかで公示して,そこへ行けば見ることができるような制度を作ることになるということで,最終的には登記制度にますます近づいていくように思います。そこで,そういう方向にコストを掛けていくのであれば,甲案的な方向も排除せずに,譲渡の先後を公証することができ,かつ,公示ができる制度を更に工夫する余地があるのではないかと思います。   いずれにせよ,私は道垣内さんの御発言に共感するのですけれども,少しでも債務者に迷惑が掛かるというのは制度として極めておかしいし,また,そういう迷惑を掛けない方向で,比較法的な立法例は進んでいますので,是非そういう方向を工夫していただければと思います。 ○鎌田部会長 到達時だけを公証するのはそれほどコストを掛けずにできるのではないかと私は思うのです。しかし,例えば,今の配達証明を厳格化しても,問題はどの文書が,どういう内容のものが配達されたかまで公証力を与えようとするのは難しい。フランスの場合はいつ着いただけではなくて,どういう通知が着いたかの内容についてまで公証しているので,一番重たい形なのですけれども,封書が着きました,中身は証明できませんというので足りるのかどうかというところが一つの問題かもしれないと思います。   他方で,登記のほうは,一部では不動産登記みたいな立派な登記制度を念頭に置かれているかもしれないのですけれども,債権譲渡の登記についてそれほど厳密な登記はできないということが前提ですから,二重登記も三重登記も幾らでもできるし,特定性を要求すればするほど使い勝手の悪いものになるわけですから,書かれていることも非常にラフな登記になっていく。   そうなると,いわゆる公示力という点でどこまで信頼の置けるものなのかということについては,使い勝手の良さと確実な公示性というのは両立させるとかなり難しくて,一番緩やかな登記制度にすると,何に役に立つかというと,最後,紛争が起きたときに誰が一番なのかを事後的に決めるというのが最大の役割になる可能性がある。そうなっていくと,甲案別案と五十歩百歩ではないかと,こういうふうな議論の展開もあり得るところですので,現状維持派の議論の詰めが甘いだけではなくて,甲案派も,登記の内容としてどういうものを想定するかということは必ずしも議論が詰め切られていないのかもしれないなという気がいたしますので。 ○内田委員 一言だけ。債権譲渡の場合,特に資金調達に使う場合は将来債権が主体だと思いますが,その場合に自分が将来取得する債権を切り分けて,一部をAという金融機関に,他の部分をBという金融機関に譲渡するということは,資金調達の実務では行われていない。実際には全部を一つの主体に譲渡して資金調達をすることが通常だと言われています。そういう実務を前提とすれば,内容の特定性というのはあまり厳密である必要はないと思います。およそどこかに譲渡されているという登記が先行してあれば,もうそこに対して債権譲渡による資金供与は無理だと実務的には判断すべきなのだろうと思います。   そういう意味での警告を発するという機能を登記は果たします。最後に優劣を決するだけではなくて,安全な資金調達のための制度的インフラとして,先行する譲渡登記がなければ,間違いなく自分が最優先で債権譲渡を受けて資金供与ができるという実務をサポートする制度ではあり得るのではないかと思います。 ○松岡委員 結局,最初の質問に帰ってきました。途中で沖野幹事がおっしゃったし,今の内田先生の御意見もそうなのですが,甲案別案を採るのであれば,単純に通知承諾と並べただけでは非常に中途半端な感じがいたします。沖野幹事が言われたように,動産債権譲渡特例法を作る際に登記優先の結論は採れなかったのですけれども,なお検討の余地があるし,そこまでやらないと併存させて登記制度を充実させることにはならないだろうと感じています。 ○鎌田部会長 ほかに御意見いただけますか。中井委員,どうぞ。 ○中井委員 先ほど私からも,沖野幹事,山野目幹事,そして,今,松岡委員がおっしゃられた,仮に甲案の別案を採るとすれば,あり得るのは登記優先制度と組み合わせだと申し上げました。それが通知承諾とセットになってまた登記優先となると前の議論に戻りますので,その点は念のため申し上げておきます。先ほど私の発言としてあり得ると申し上げたのは,別案の限りにおいて登記優先をセットにしないと意味がないのではないですかと申し上げたわけです。 ○鎌田部会長 このテーマについても必ずしも方向性が絞り切れていなくて,むしろ宿題をたくさん事務当局はいただいたことになりましたけれども,今日いただいた御意見等を踏まえてさらに精査をして,もう一度,この問題も意見の対立があるという前提での審議をいずれかの段階でさせていただければと思います。   ほかに何か御意見ございますでしょうか。特になければ,本日の審議はこの程度にさせていただきまして,事務当局から次回の議事日程等について説明をしてもらいます。 ○筒井幹事 次回会議は,既に御案内しているとおり2週間後,7月30日,火曜日,午後1時から午後6時まで,場所は本日と同じ法務省20階第1会議室でございます。   次回の議題ですけれども,現在,事務当局でパブコメ速報版を用意しつつ,資料の準備をしておりますのは,事情変更の法理のみであり,これについていつものように事前に資料を送付させていただきたいと考えております。   それから,冒頭で申し上げましたように,特に8月以降の会議日程について,おおむね年内の日程は本日中に電子メールで御案内を差し上げることができると思います。それに従って今後の会議について予定をしていただければと思います。 ○鎌田部会長 本日も長時間にわたりまして,熱心な御審議を賜りましてありがとうございました。以上で本日の部会を終了させていただきます。どうもありがとうございました。 -了-