法制審議会 民法(債権関係)部会 第79回会議 議事録 第1 日 時  平成25年10月29日(火)自 午後1時00分                       至 午後6時03分 第2 場 所  法務省 第1会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○鎌田部会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会の第79回会議を開会いたします。   本日は御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   本日は,鹿野菜穂子幹事,福田千恵子幹事が御欠席です。   では,本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 事前送付資料として,部会資料69Aと69Bをお届けいたしました。それから,電子データでは事前にお届けいたしましたけれども,部会資料64-7を本日,机上配布しております。また,委員等提供資料でございますが,大阪弁護士会から,「『民法(債権関係)の改正に関する中間試案』に関するパブリック・コメントに対する意見書」を部会メンバー用に御用意いただきましたので,それを本日,机上に配布しております。 ○鎌田部会長 本日は,部会資料68Aのうち,前回の積み残し分と新たに送付いたしました部会資料69A及びBについて御審議いただく予定です。部会資料のAタイプとBタイプの審議の順序につきましては,今回もAタイプの資料を基本としつつ,その間にBタイプの資料の論点を適宜織り込み,おおむね中間試案における各論点の掲載順に従って議論することとしたいと思います。   具体的には,休憩前までに部会資料68Aの「第5 受領(受取)遅滞」以降と,部会資料69Aの「第1 消滅時効」のうち,「5 生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効」までについて御審議いただき,午後3時頃を目途に適宜,休憩を入れることを予定いたしております。休憩後,部会資料69Aの残りの部分及び部会資料69Bについて御審議いただきたいと考えておりますのでよろしくお願いいたします。   それでは,審議に入ります。   まず,部会資料68A,「第5 受領(受取)遅滞」と「第6 債権の目的(法定利率を除く。)について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○金関係官 御説明します。   部会資料68Aの「第5 受領(受取)遅滞」では,受領遅滞の効果として,(1)において保存義務の軽減,(2)において増加費用の債権者負担,(3)においていわゆる危険の移転について定めることとしています。このうち(1)及び(2)については,中間試案からの実質的な変更はありません。(3)については,中間試案では危険の移転に関する規律を売買の箇所において定めることとされていましたが,今回の部会資料では,受領遅滞の箇所においても危険の移転に関する規律を設けるべきである旨の指摘があったことなどを踏まえ,危険の移転に関する総則的な規律を設けることとしました。ただ,これによって直ちに売買に関する危険の移転の規律が不要となるわけではありませんので,その取扱いについては,当該箇所の議論の際に改めて検討したいと考えております。   次に,「第6 債権の目的」の「1 特定物の引渡しの場合の注意義務」では,特定物の引渡債務の債務者は善良な管理者の注意をもってその物を保存する義務を負う旨を定めつつ,その引渡債務が契約によって生じたものであるときは,当該契約の趣旨に照らして定まる善良な管理者の注意をもってその物を保存する義務を負う旨を定めることとしています。中間試案では,特定物の引渡債務が契約によって生じたものであるときは,債務者は当該契約の趣旨に適合する方法によりその物を保存する義務を負うものとされていましたが,今回の資料では,善良な管理者の注意という概念は実務上定着しているから維持すべきである旨の指摘があったことなどを踏まえ,善良な管理者の注意という表現を維持することとしています。   「2 種類債権の目的物の特定」では,種類債権の目的物が特定する場合に関して,民法第401条第2項に定められた場合に加え,債権者及び債務者が合意によりその給付すべき物を定めた場合にも特定が生ずる旨を定めることとしています。中間試案からの実質的な変更はありません。   「3 選択債権」の「(1)第三者の選択権」では,第三者による選択の意思表示は,債権者及び債務者の承諾を得なければ撤回することができない旨を定めることとしています。これも中間試案からの実質的な変更はありません。   最後に,「(2)不能による債権の特定」では,民法第410条について,ある給付の不能が選択権者の過失によるものである場合にのみ,債権の特定が生ずる旨を定めることとしています。中間試案では,ある給付の不能が「選択権付与の趣旨に反する選択権者の行為」によるものであるという要件を定めるとともに,その場合には選択権が相手方に移転するという効果を定めることとされていましたが,今回の資料では,相手方はもともと選択の対象である給付のうちのいずれでもよいと考えていたはずなので相手方への選択権の移転というのは相手方の保護として過剰である旨の指摘,「選択権付与の趣旨に反する行為」の具体的な意味が明らかでない旨の指摘があったことなどを踏まえ,現在の民法410条1項の効果,すなわち残存する給付に債権が特定するという効果は維持しつつ,その要件に修正を加えることとしました。また,現行法の「過失によって」という表現は維持することとしました。 ○鎌田部会長 ただいま,説明のありました部分について御審議いただきます。御自由に御発言ください。  特に御異論はないと思ってよろしいでしょうか。 ○岡委員 全くこちらのミスなんですが,前回の最後に筒井さんがこの積み残し分は本日やらないかもしれないとおっしゃっていたので,実は資料を持ってきていません。記憶に基づいて重要なことだけを申し上げます。もし漏れがありましたら,次回に発言することを許していただきたく思います。その停止条件付きでよろしくお願いします。   それで,「受領遅滞」の第5の(3)のところですが,履行の提供があったとき以降に,その債務の履行が不能となったときは,軽減された保存義務違反があっても,履行不能による責任を負わないものとすると読めるのではないかと,そうだとしたら問題ではないかという意見があった記憶がございます。これについてはいかがでしょうか。 ○鎌田部会長 それでは,事務当局から説明してください。 ○金関係官 (3)の規律は,軽減された保存義務に違反したような場合にまで常に債務不履行責任を負わないという趣旨のものではありません。それは部会資料に記載したとおりですけれども,現行法でいいますと,民法492条に同じような問題がありまして,民法492条も弁済の提供の時から「一切の責任を免れる」と定めていますが,これにも例外があるとされています。ただ,分かりやすさといいますか,あくまで原則的な規律であるということもあり,「一切の責任を免れる」とのみ民法492条では定められています。(3)の表現ぶりも,基本的にはこれと平仄を合わせる意図でこうなっております。   ただ,それでは分かりにくいという御意見もごもっともで,そこは何らかの対応をせざるを得ないと考えております。ただ,軽減された保存義務に違反すれば債務履行責任を負うというような書き方をしてしまいますと,逆に,保存義務さえ尽くせば常に目的物の引渡義務の不履行責任を負わないということにもなりかねません。民法400条の善管注意義務のところでよく言われることですが,本来は目的物の引渡義務の不履行責任に関する免責事由ないし帰責事由を問題とすべきなのに,民法400条を根拠に目的物の保存義務さえ尽くせば常に引渡義務の不履行責任を免れるといった誤解がされることがあると言われています。ここでも,そのような誤解がされないように,保存義務違反の有無だけで引渡義務の不履行責任の成否が決まるかのような表現にならないような工夫をする必要があると思っております。例えば,受領遅滞があった後に双方の帰責事由によらないで履行不能となった場合にはその履行不能の責任は負わないといった書き方,そこでは債務者の帰責事由がないと判断されるハードルが受領遅滞を生ずる前よりも低くなることが前提になると思いますが,そういった書き方などが考えられると思います。そこは引き続き検討させていただきたいと考えております。 ○村上委員 岡委員が御指摘になった点は,私も同じ問題があると思っておりましたので,御検討をお願いします。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいでしょうか。   よろしければ,部会資料69Aに移ります。「第1 消滅時効」のうち,「1 債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点」から,「5 生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効」までについて御審議いただきます。事務当局から説明をしてもらいます。 ○合田関係官 御説明いたします。   「第1 消滅時効」の「1 債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点」では,民法第166条第1項の「権利を行使することができる時」という起算点と,同法第167条第1項の10年の時効期間を維持した上で,「権利を行使することができること及び債務者を知った時」という起算点から5年間の時効期間を新たに設け,いずれかの時効期間が満了したときに消滅時効が完成することとしています。これは,本年7月16日の第74回会議での議論を踏まえ,中間試案第7の2の乙案でブラケット内を5年間とする考え方を採ったものです。この考え方に対しては,第74回会議において起算点の不明確さなど幾つかの問題点が指摘されました,そこで,部会資料69Aではそれらの問題点を整理し,若干の検討を加えております。本日は第74回会議での議論に引き続き,意見の集約に向けて更に検討を深めるべき事項について御意見を頂ければと思います。   「2 定期金債権の消滅時効」では,債権の原則的な時効期間と起算点についての部会資料第1の1の改正を踏まえ,定期金債権の消滅時効についても,新たに主観的起算点から10年の消滅時効を設けることとしたほかは,中間試案からの実質的な変更はありません。   「3 職業別の短期消滅時効等の廃止」の(1)では,職業別の短期消滅時効について定めた民法第170条から第174条までを削除することとしており,中間試案からの変更はありません。(2)について民法第169条は,1年以下の期間ごとに発生する定期給付債権の消滅時効に関して,時効期間を5年とする特則を置いていますが,債権の原則的な時効期間と起算点について部会資料第1の1の改正を行うこととした場合には,同条の存在意義が乏しくなることから,同条を削除することとしています。   「4 不法行為による損害賠償請求権の消滅時効」については,中間試案からの変更はありません。   「5 生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効」では,人の生命又は身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効について,長期の時効期間とする特則を設けることとし,主観的起算点からの時効期間を5年間又は10年間,「権利を行使することができる時」からの時効期間を20年間としています。主観的起算点からの時効期間を具体的に何年とすべきかについては,パブリック・コメントの手続に寄せられた意見の中でも考え方が分かれており,なお議論を要すると考えられることから,時効期間をブラケットに囲んで提示しています。本日は特に特則における時効期間を何年とするのが適切かについて御審議いただければと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございます。   ただいま説明のありました部分のうち,まず,「1 債権の消滅時効における原則的な時効期間と起算点」について御審議いただきます。御自由に御発言ください。 ○大島委員 消滅時効の起算点については,企業や国民に分かりやすく定めることが改正の目的にかなうことから,前回の会議でも中間試案の甲案を基本として検討すべきと申し上げました。現在でもその考えに変わりはございません。企業にとって債権管理は経営の根幹に関わる重大な関心事であり,現在は商事消滅時効の期間を前提として,債権管理の実務を行っているのが実情です。そのため,消滅時効の起算点に関する規定を変更する場合には,実務の安定性を重視した明確な規定を定めることが必要であると思います。そのような実情から考えますと,部会資料の(1)の規定は,中間試案乙案の「債権者が債権発生の原因を知ったとき」という表現と比べても,実務上,一層,問題が大きいと感じております。   契約の当事者間では,起算点をめぐる紛争は,不当利得返還請求権や安全配慮義務違反に基づく損害賠償請求権などに限定されるのではなく,例えば納入した商品の一部に不具合がある場合に代金の請求ができるかなど,権利を行使し得るかどうかについて争いがあることが少なくありません。契約一般について「債権者が権利を行使することができることを知ったとき」との表現を導入することは,中間試案より更に消滅時効の起算点を不明確にするものではないでしょうか。消滅時効の起算点は誰にでも分かるように,中間試案の乙案の表現を軸に明確にしていただきたいと思います。   なお,部会資料の説明では,民法の改正と併せて商法522条を削除する旨の記載がありますが,法務部などを持たない中小企業が消滅時効の期間について悩むことがないよう,主観的起算点を導入するか否かにかかわらず,現在の商法522条は残すべきと考えております。 ○鎌田部会長 ほかに御意見はいかがでしょうか。 ○佐成委員 同じく経済界ですが,内部で議論をしました結果をお伝えしようと思います。パブリック・コメントでは,我々のほうは甲案ということで繰り返し言っておりますので,いまさらこれを繰り返す必要はないわけですが,改めて今回内部で議論をしましたのは,何らかの妥協ができるのかという視点でいろいろ議論をしてきたというところでございます。まだ,内部では複数の業界で甲案支持というところがかなり表明されています。それは事実でございます。ですから,現在の議論状況を見る限り,すぐに今の乙案の提案に乗るというのは,現時点ではかなり難しいかなと思っております。ただ,大分,経済界の中でも乙案に対する理解は進んでおりますので,何とか妥協できるかという視点で,目下検討しているというところです。   その中で幾つか出てきた意見としまして,まず,前回,第74回のときにも申し上げましたけれども,債権者としては債務者が特定できないような場合というのがあるということです。そのような場合に,乙案を採れば時効が進行しないわけですけれども,債権者として果たしてそれで本当にいいのかというと,むしろ逆でございまして,早く時効消滅してしまったほうが良い場合があるわけです。つまり,税金面その他の管理コストの面とかを考えると,むしろそういった面ではメリットになり得るのです。とりわけ,小口の債権が多数生じるような業界なんかの場合には,特にそういった視点があるようでございます。したがいまして,主観的起算点を入れることによる債権管理の困難さ,あるいは管理コストの増加等の面で,そういったところを指摘して懸念を表明される意見がございました。   それから,実務上は特許権侵害に対して不当利得返還請求をするというのがかなり一般的でありますが,その場合,侵害の時期については,侵害しているかどうか,微妙な段階を経て侵害しているということになるので,主観的起算点を導入した場合には,その時点をめぐった紛争がまた出てくるのではないかというようなことで,懸念を表明される方もいらっしゃいます。ということで,パブリック・コメントの段階から内部でいろいろ議論しておりますけれども,まだ,依然として乙案で収束するというのは,現時点ではかなり難しいかなということでございます。今後,内部でも議論を深めていきたいと思いますが,現時点ではまだ部会資料の提案にそのまま乗るということには,難しい面があるかなと感じております。 ○中原委員 銀行界の意見を改めて確認したところ,甲案あるいは乙案のブラケットの5年であれば,いずれでもいいのではないかという意見でございました。基本的に金融取引においては,約款あるいは各種契約書によって,権利の行使が可能となる時期が比較的明確ですから,主観的起算点が入るということについて,それほど大きな抵抗はないと感じております。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。 ○能見委員 私は個人的には10年案,現在の規定を維持すべきだという立場ですけれども,もし,大勢の方向がそれ以外の案であるならば,あるいはここに出ているような今日の案であるならば,それもやむを得ないと思いますけれども,その場合にも,客観的起算点と主観的起算点の両方があるということによる分かりにくさ,曖昧さという問題が残っているような気がします。例えば今回の案を見たときに,一般の人たちは時効というのは何年だと考えるのだろうかというと,一方で10年という現在の規定が維持されているかのように見えるので,10年が原則なのか,原則という言葉は余り適当ではないかもしれませんが,通常は10年だろうと考える可能性が高い。ところが,実際には契約上の債権については,先ほど御指摘があったように起算点が比較的明確で,むしろ,(1)の5年の時効期間のほうが適用されることが多いということになります。ですから,10年が原則だけれども,例外的に5年になるというのでなくて,実際には5年がむしろ原則で,例外的に権利行使ができることを知らなかったときに10年になる。これが恐らく消滅時効の実際の姿になるのだろうと思います。   ですけれども,条文の書き方によって変わってくるかもしれませんけれども,そのことが分かりにくくて,企業で仕事に携わっている者にとってはともかく,一般の個人にとっては分かりにくく,そのために権利行使の機会を失してしまうということがあるかもしれないということを危惧しております。ということで,仮に,10年の現行規定以外の立場を採るのであれば,分かりやすさを追求したほうがいいというのが一つです。   それから,もう1点は,(1)主観的起算点が適用される場合がどういう場合かということについては既にいろいろ議論はあったと思いますけれども,改めて私の理解を確かめておきたい。こういう場合が入るのかどうか,確認といいますか,議事録に残しておきたいんですが,例えば相続なんかがあって被相続人が持っている債権,銀行預金とか,いろいろな債権があると思いますけれども,相続したことによって一応相続人のものになるかもしれませんが,しかし,親が持っていた債権というのは,相続人としてはきちんと整理しなければ分からないということがあると思います。そういう意味では,(1)の主観的起算点が適用されてよいと思いますが,確定期限がある債権について,このような処理が認められるだろうか,こういう場合はどうなるのだろうかと心配しています。   それから,一番危惧しておりますのは,今後,高齢者などで判断力などが低下してきて,自分の債権などを十分管理できない人たちがたくさん出てきたときに,そういう人たちについて,一体,どういうことになるのだろうかということです。恐らくそういう人たちも銀行で普通預金をしたときに,判断力がきちんとしているから,預金の時点が起算点だとすると,権利行使できることは知っていたとされ,5年の時効期間で権利が消滅することにされかねない。いずれにせよ,権利行使ができることを知っているという扱いを受けるのか,知らないという扱いを受けるのか,ここで提案されている案では分かりにくいように思います。 ○山下委員 今回,乙案をベースに1の案が作られているわけであります。3のところで出てくる職業別の短期消滅時効等の廃止というのは,こういう時効期間がばらばらに分かれているのが,一般の人には分かりにくいというようなこともあって一本化し,かつ,短期化するという方向かと思います。短期化の要請というのは,日本では実際は企業取引に関しては,商事消滅時効があることによってかなり広い範囲で既に定着してきたわけで,そういう商事消滅時効の規定が職業別の時効の規定と一緒に,太字にはなっていませんが,9ページの補足説明の3で,一緒に商法522条も削除するということが示唆されておりまして,職業別のものと商事消滅時効が同じように消えていくというのは,何となく釈然としないところはあるのですが,そうだからと言って,1の特に(1)の5年ということで大勢の意見がまとめられるということになると,起算点についてだけ,権利を行使すべき時という商事消滅時効と,(1)のような主観的な知った時という一般的な消滅時効とで違いを残すためにわざわざ商事消滅時効の規定を残すというのも,立法としては余り説得力がないという感じです。本来は短期化を図って商事消滅時効を削除するというのであれば,乙案の5年というのが3年とか,そういうふうな短期化をするのが本当は望ましかったのかなと,現在では思う次第でございます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。ほかに。 ○佐成委員 商事時効に関する点について,先ほど大島委員からもお話がありましたし,今,山下先生からもあったんですけれども,私どものほうでも乙案に反対する中でも,商事時効のこの規定が存続するのであれば,妥協の余地があり得るようなニュアンスの発言をされている方もいらっしゃいました。ということで,単純に削除してしまうと,かなりまた反対が出てくる可能性もあるということだけ申し上げておきたいと思います。 ○岡委員 2点,申し上げます。   1点目は,能見先生がおっしゃったことに関係しますが,部会資料にもありますが,現在,客観起算点から10年の期間が「知ったときから5年」に短くなる,こういう事案がかなり相当数あると思います。それについての価値判断でございます。論理的な話ではなく,日本の政策決定になるということと思います。弁護士会では第3読会に入って,より幅広く議論を始めたわけですが,沖縄弁護士会から継続的に意見が出るようになってきました。沖縄の先生方の意見は,10年が「知ったときから5年」に縮まるのは非常に違和感がある。そのような価値判断をする立法事実があるのかという強い問い掛けをしてきております。余り民法改正の議論に足を踏み入れていない多くの国民は,同じような意見を持っているのではないかと思います。   そうすると,普通の民事債権について10年を「知ったときから5年」にする理由は何なのだと,その価値判断の立法事実は何なのだということを説明する必要があると思います。それについては弁護士会の中では,現代のような時代になって,10年も前の事案について,10年も前から年5%の遅延利息を付けられての請求を認容するのは認めすぎではないか,そういう変な事例を経験したこともあると,そういう意見をいう弁護士も出てはいます。しかし,100年前と比べて,「知ったときから5年」で権利を行使すべきというルールを,新たに採用してよくなった理由はくなった何か。普通の個人社会が取引社会化したんだという説明では,きっと納得はいかないんだと思うんですね。   弁護士会ではまだまだ「知ったときから5年」に賛成する意見はそう多くない,そう多くないけれども,広がりつつあります。そういう中で「知ったときから5年」を採用するのであれば,もう少し大きな理由というか,経済的理由というか,国会議員に分かりやすい説明となるのかもしれませんが,政策的な,こうだから「知ったときから5年」にするんだと,そういう議論が必要ではないかと思います。それに関連して,もし,そういう大きな価値判断をするのであれば,周知期間をしっかり設けるべきだとか,しっかり国民に説明すべきだとか,施行時期をここだけ遅らせるとか,何かそういう工夫も要るのではないかと,そういう意見も出ております。これが1点目でございます。   2点目は,商事債権の客観的起算点から5年を削除するという案に対して,慎重意見がそれなりにありました。債務者の立場からすると,主観的起算点というのは権利者に属する事項なのでよく分からないと,いつからスタートするのかわからないと。商人としても今回,この素案が通ると,最悪10年,証拠保存をせざるを得なくなるのでないかという懸念です。そのような例は,契約あるいは取引の場合,少ないとは思いますが,例外的でもあり得るとなれば,債務者として10年保存しなければいけなくなります。これは,今の1,2,3,5年から一挙に延びるわけですから,相当でないのではないかという意見です。そうすると,商事債権時効の5年を残して,知ったときから5年と並存させるのが論理的には少し変な感じはしますけれども,残したほうが安定感があるのではないかと,そういう意見がございました。 ○岡崎幹事 ただいまの委員・幹事の先生方の御発言を伺っていて,裁判所の意見についても補足的に御説明しておきたいと思いました。裁判所のパブコメの回答では甲案支持が比較的多かったので,その旨を記載しておりますけれども,細かく見ていきますと,時効期間を5年に短縮することに積極的に賛成するというよりは,むしろ,甲案か乙案かという選択肢を頂いて,その中で主観的起算点の導入に消極的であるという意味で,言わば消去法的に甲案を支持している意見が少なくなかったように思います。この点を明確に指摘して,甲案と乙案のいずれにも消極的であるという意見を述べるものも相当数あったところでございます。   このように裁判所の中の意見も一つにまとまっているわけではございませんけれども,仮に甲案が難しいということで,それを前提に裁判所の中でコンセンサスを得られる見込みが最も高い案を選ぶとしますと,今も何人かの先生方から出ていたように思いますけれども,時効の起算点は客観的な起算点のみとした上で,民事の消滅時効は10年,商事は5年という現行法の枠組みを基本的に変えないという選択肢もあるいはあるのかもしれないと思いまして,発言させていただきました。 ○高須幹事 弁護士会の状況ですが,基本的には甲案の別案を,日弁連としてパブリック・コメントの段階では支持するという形で申し述べてきたと思います。東京弁護士会も基本的にはそういう立場だったんですが,今回の議論を聞いていますと,なかなか,甲案の別案まではとても議論がいきそうにない。そうなると,甲案か,乙案かのいずれかとなる,こういう状況を考えたときに,ここからは東京弁護士会での検討ということになるんですが,経済界の方を中心に今の時効制度は長すぎるのではないか,短くすべきではないかと,従来から言われてきたことですが,時効の短期化という要請がそれなりに今日の会議の中でも出てきていると思います。   ただ,一方で弁護士会は先ほど能見先生も御指摘いただいたように,個人のケースを考えたときに,単純に時効期間を短期化するということに対しては大きな抵抗感がある。今,岡崎幹事からも出たように,そもそも,なぜ,10年ではいけないのかというような意見もまだ弁護士会の中には根強くある。東京弁護士会はそういう中でいろいろな議論を重ねてまいりまして,もし,甲案をとり,今回,5年ということで一律,客観的起算点で5年と言われると,本当に時効の短期化ということを招いてしまうのではないか。これは余りよろしくないのではないかということを考えております。したがって,単純に甲案ということであれば,むしろ,東京弁護士会はそれに対しては消極的な意見です。   ただ,反対していればいいというわけではないと思いますので,では,どうするのかという話を議論してまいったわけですが,そうなりますと,乙案をベースにした今回の御提案,客観的起算点としては10年を維持した上で,主観的起算点を導入した上で,そこは5年としますよと。これはまだ,10年に含みを残しているわけですから,今回の案についてはそれなりに検討できるのではないか。甲案別案から比べれば,少し,ニュアンスは変わってしまっておりますので,もちろん,まだ,反対という方も東京弁護士会の中にもおられるわけですが,今回の御提案というのは前向きに考えられるのではないかという意見がある程度,強くなっております。   ただ,それにはもう一つ前提がございまして,今はまだ,審議の対象にはなっていないわけですが,身体・生命に対する時効の問題については時効期間を長くするという,こういう提案も今回,ワンセットになっているということで,これは非常にバランスがいいのではないか。他方で短期化をある程度,取り入れながら,他方で長くするべきものはすると,そういう前提であれば,今,議論されている第1の1のところの一般的な時効期間のところについて,御提案の内容を前向きに考えることができるのではないか。このようなことを東京弁護士会内で会議をして,相談をしてまいったところでございます。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。 ○中井委員 時効に関しては既に相当程度議論をした,前回の部会でも,乙案の考え方に基づいて検討を進めてもいいのではないかというニュアンスの発言をしました。その後,改めて他の弁護士の皆さん等の意見を聞く中で,乙案支持が増えつつあるのは事実だと思います。大阪弁護士会がそうですし,紹介のありました東京弁護士会もそのような方向になりつつあることは事実ですが,なお,乙案については危惧を表明する弁護士会が非常に多いということも改めて認識しましたし,個々の弁護士でもそういう意見が多いことを認識したところです。   今日,最初に能見先生がおっしゃられた,基本的に民事の消滅時効は10年ということについて,これを5年にしなければならない理由は何なのかと問われたときに,それに対して答えられていない状態ではないか。これは岡先生がおっしゃられたことと重なるわけですけれども,私も例えば先ほどの沖縄弁護士会の方々から問われたときに,なぜ今,10年の期間が確保できるものを5年に短期化するのだと,これはCtoCの債権,商行為に基づいた債権以外の債権と言ったほうがいいのかもしれませんが,それをなぜ5年にするのかということについて,積極的な理由が示されていないのではないかという気がいたします。   乙案は,主観的起算点についての主観の起算の時期について柔軟に解することによって,その弊害を限りなく是正しているという御説明だろうと思います。また,今回の提案で従前の債権発生の原因を知ったときという言葉を,権利を行使することができることを知ったときという言葉に変えることによって,単に原因事実を知っただけではなくて,現実的に当該債権者が権利行使の可能性,場合によっては安全配慮義務であれば,その義務違反の事実を基礎付けるような事柄を知ったことを要求することによって,決して5年ではないと,行使できるときまで2年,3年あって,そのときから5年だから,それほど大きく短くなるわけではないという説明等から,ある程度,納得感も得られているのかもしれません。しかし,それであっても,なぜ10年を何年かにしろ,短くするのかということついて,積極的理由付けができているのか,なお疑問が残るところです。   今,高須幹事からは,生命・身体に関する損害について特例を認めることによって,更にその問題は解消されると,残りは残産的な問題に絞られるから,そこは許容範囲ではないかという御趣旨の発言がありました。また,部会資料でもそうなっていると思いますし,私自身,そのように理解した経緯もございます。   ただ,昨日の弁護士会の会議でも,例をここで挙げるのは不適切なのかもしれませんが,ある証券取引をした高齢者がいたときに,最初は投資信託を買った,予想外に2割,3割の減額をして損害を被った,続けて2年後に外債を買った,そうすると,また,1年,2年もしないうちに半額になって損を出した,5年たったところでワラントを買った,そうしたら,それは1年後に全部なくなってしまった。一体,私は何でこんな取引をしたんだろうといって弁護士に相談をする。ワラントについては5年以内だったけれども,その前の二つは損失が確定してから5年を超えていた。その二つについても全く説明が不十分だった。元本保証と言っていたとすれば,損失が確定したときに訴え提起ができることを知る。   このような事例は幾らでもあるんだと言われたときに,最初の取引での損失を知ったときから5年間は権利行使できたんだから,それで十分でしょう,法律が変わって10年が5年になりましたからもうできませんと言い切れるのか,それを正当と言えるのかと問われたときに,私は,ちゅうちょしてしまうわけです。裁判所,岡崎幹事がおっしゃられたことなのかもしれませんが,民事の時効は10年という考え方は変えない,権利を行使できるときから10年という考え方は変えないというのを維持すべきではないか。   今日,最初に3人の方,大島委員,佐成委員,そして,中原委員から意見が出ましたが,いずれも5年ならいいとおっしゃる。他方,短期消滅時効を廃止したことによって,1年,2年,3年が5年に延びることについては,問題視された発言はなかった。山下委員が本来であれば3年にするべきではないかという御示唆がありましたけれども。経済界の皆さんは5年であれば了解できると思うんですが,その経済界の方々は市民間取引についても10年を5年にせよと積極的に言っているのかといったら,それは言っていないのではないか。自らに関わるものについて,商取引に関連して発生するものについては,5年という現在の画一的な規律を維持してくださいね,その維持する限りにおいては受け入れられますと,こう私は受け取ったんです。   そうすると,先ほどの岡崎幹事の発言に戻るわけですけれども,単純に一般民事は10年,商行為というか,事業者というかはともかくとして,商取引関係に関するものは5年にきれいにそろえる,単純二分説というのはなお検討していいのではないか。弁護士会がかねてといいますか,日弁連が理事会決議をしています甲案の(注),これについては10年,5年を基本とし,対消費者に対しては3年という提案をしていますが,対消費者に対する3年という案については,ひとりの債権者が持っている債権について債務者の属性ごとに分類して管理することはできない,困難であるという御示唆がありました。この点はもっともだと思います。これについては日弁連提案も修正をして,別案を単純に10年,5年とするという考え方をもう一度,考え直してみていいのではないかと感じている次第です。 ○道垣内幹事 中井委員のおっしゃったことに,特に内容的に反対するというわけではないのですが,私と理解が違いますので確認させていただきます。すなわち,中井委員は,高齢者の例を出されましたけれども,その場合には権利を行使することができることを知っていたとお考えになって5年になると中井委員はお考えなんでしょうか。私は,その事案は正に5年という期間が適用されない事案だろうと理解しておりましたものですから,確認させていただければと思います。 ○中井委員 今の例は,取引をした後,価値が下落して反対売買をするなりして処分し,損害が確定した,その時点で主観的にも起算点が始まることを前提とした話をいたしました。もちろん,今,道垣内先生がおっしゃったように,本当にその時点で権利が行使できるという認識ができるだけに足りる事実を知っていたのかという,場合によっては説明義務違反があるという厳格な認識まであったのかといったら,ない事例もあるでしょうし,ある事例もあるかもしれません。したがって,今の事例で場合によっては,損失が確定した時点ではまだ主観的起算点はスタートせずに,弁護士に相談して事実関係を説明して,そのときに説明義務違反があるんだな,断定的提供判断があるんだなといって権利行使できることを知ったということになれば,主観的起算点で助かるのかもしれません。   ただ,先ほどの想定事例としては,損失が確定した時点で請求できることを知ったことを前提として申し上げました。それが本当に主観的起算点によって救われるのかと問われたときに,疑義のあるところです。仮に,主観的起算点で救われるとしても,10年以内で終わってしまうことは間違いがないわけですから,3年目に弁護士に相談して分かった。そこからスタートしても8年間となりますから,現行法では少なくともそこは10年間ですから,2年は短くなるということを申し上げたかったわけです。 ○中田委員 私も道垣内幹事と同じ疑問を持ちまして,ただ今の説明義務違反の場合,そもそも,「債務者を知った」とも言えないのではないかという気もしたんですね。つまり,説明義務違反があって,それで,売った人が債務者であるということの認識が得られていないという解釈も十分,成り立ち得るのではないかと思いました。   それから,その前に能見委員が銀行預金のことをおっしゃったんですけれども,例えば普通預金の消滅時効について,起算点を最終取引時とするか,それとも,預金契約解約時とするかという説の対立が現在でもありますけれども,それは引き続き残っているんだろうと思うんです。ですから,そこは解釈問題で対応できるのではないかなと思います。今現在でも非常に議論が分かれているわけですけれども,何とか,ここで集約するという方向を考えていくことが必要ではないかと私は思っております。 ○山野目幹事 3点,申し上げます。   1点目は,1の(1)と(2)に共通に,債権者が権利を行使することができるという文言,概念が出てまいりますけれども,この概念の私なりの理解を申し上げますと,一般によく権利行使について法律上の障害がなくなったことと言われている理解は,引き継がれてよろしいと考えますし,それをもう少し自分なりの理解として申し上げれば,請求原因事実がそろっていないのに権利行使が可能であるということはあり得ませんから,請求原因事実が全て充足したということが,権利を行使することができることということの必要条件になるものであろうと考えています。   加えて,学説上,今まで議論されてきた法律上障害がないということに加えて,権利行使の現実的,客観的な可能性ということを更に要求するかどうかという議論というものは,(1),(2)で出てくる権利を行使することができるという概念をめぐっても,引き続き存在するものであろうと思いますし,そこは従来の解釈上の議論が引き継がれていってよいのではないかと感じます。いずれにしても,中間試案の債権発生の原因という概念よりははるかに明晰な,少なくともこれからより実り多い議論をしていくことが可能な概念として,整えられてきたのではないかと私は感じました。   2点目でございますけれども,1の(1)に出てくる,知ったという概念について,これが曖昧であるとか,曖昧であるから商事短期消滅時効を残すことが要請されるという御意見があったように聞こえました。しかし,知ったということは時効を援用する側が主張立証しなければならないとは考えますけれども,通常の取引債権の場合に,知ったということを殊更に立証しなければいけない,それがかなり重い論点になるということは想像することができないのではないかと感じます。その点にも留意をして,引き続き考えてみるべきではないかと感じます。   3点目ですけれども,中井委員の御発言の最後のほうに民事10年で,それと対比される仕方で5年というものを残すという振り合いは,なお,考えてみてもよいのではないかというお話があって,途中まで伺っていて,そういうこともあるかもしれないとは思いましたが,その際に民事と対比されるものをおっしゃったときに,商行為の場合あるいは事業者の場合は5年と,ふとお漏らしになったことに私はすごく興味を感じました。つまり,現在の商事短期消滅時効の制度というものは,幾つか指摘されておりますように,現場ではほぼ類似の取引であって,類似の事業であるにもかかわらず,商事短期消滅時効の5年が適用される場合と,それが適用されなくて10年になる場合とがある,いろいろ,判例の蓄積があって,私たち研究者は法科大学院の授業などで,この場合はどちらになるかとかきちんと覚えておきなさい,とかいうようなことを話しますけれども,ああいうことが引き続き今後も残ってもよいという感覚で,商事短期消滅時効を残そうとおっしゃっているものでしょうか。   国民に分かりやすい消滅時効の制度にするということが,今回の消滅時効改革において一つ重要なこととして標榜されている事柄であろうと考えます。そのような意味では,中井委員が商行為又は事業者とおっしゃられたところは,そこのところを誠実にお悩みになった結果であるかもしれないとも感じましたが,もしかすると,特にお考えになっていないのに私がただ深読みしているにすぎないかもしれませんし,よく分かりませんが,そこは興味深く伺いました。 ○松本委員 第2ステージの最終段階で,中間試案の原案を議論したときに,私は乙案についての主観的起算点がよりクリアになるのなら,乙案でもいいかなという意見を述べた記憶があります。それから考えると,今回のたたき台素案は中間試案の乙案よりは,一定分かりやすくなっていると思うんですが,ただ,本日の今までの議論を聞いておりますと,権利を行使することができることを知ったときという概念について,様々な理解が存在しているということが明らかになりました。したがって,これをもう少しクリアにするたたき台を出していただいた上で,それでいいかどうかという議論をすべきだと思います。今のような人によって捉え方が違うような概念で,何となくそれぞれ都合のいい解釈をして,これでいいという立法は避けるべきだろうと思います。それが1点。   もう1点は,何人かの委員の方が10年という期間を短くする立法事実があるのかという意見を述べられています。ところが,多くの議論は不法行為と競合するような債務不履行の損害賠償の話のほうにそれてしまって,そこの起算点が曖昧であるという議論になっております。分かりやすいのは,商行為ではないところの例えば個人対個人の貸金契約における消滅時効期間は,現在は履行期から10年ですが,それが今回はたたき台の(1)が適用されれば5年になるのはほぼ確実だと思うんですね。契約上の本来の給付義務は明らかに従来の10年が5年になるわけです。ここについて立法事実があるのか,ないのかを議論する必要があるのではないかと思います。 ○中田委員 今の松本委員の第1点のほうで,よりクリアにすべきだということにつきましては,更に事務当局のほうで御検討いただけるかと思います。この関係で申しますと,1ページの説明の「1 現行の規定」というところの第2パラグラフの2行目に,「権利の性質上,その権利行使を現実に期待することができること」という記述があるんですが,この「権利の性質上」という点が非常に重要だと思うんですけれども,言葉をもう少し補っていただいたほうがいいかなと思いました。つまり,債権者に権利の行使や障害の除去を強いることが,債権の発生の基礎となっている契約あるいは制度の趣旨に反するようなときには,それを強いるものではない,ということが込められていると思うんですけれども,それが「権利の性質上」という言葉だけですと,伝わりにくいのではないかなと思いました。 ○内田委員 何人かの方から,商事時効を残すべきではないかという御指摘があったのですが,山野目幹事がおっしゃったことと同じですけれども,今,明らかに商行為をやっておられる当事者にとっては今の制度で問題はないので,このまま残してくれとおっしゃるのは分からなくもありません。しかし,一国の制度として考えたときに,山野目幹事がおっしゃったように,協同組合とか,あるいは信用金庫とかといったものとそれ以外,あるいは一般社団法人と商人とを区別して,同じような事業をやっていながら時効が違うという現状を残せという趣旨を含んでいるのか,その点についてどうお考えなのか非常に疑問に思いました。   それから,中井委員から事業者という概念が出たのですが,かつての中間試案の(注)にあったように消費者,事業者と並べると,消費者契約法の事業者概念と同じなのかもしれませんけれども,消費者概念を入れないとなると,事業者を積極的に定義する必要があります。商人概念自体が恐らく比較法的には議論の余地のある概念であろうと思いますけれども,商人概念が今ある中で事業者をどう定義されるのか。それもお示しいただかないと,なかなか,ルールは作れないのではないかと思います。 ○中井委員 私が5年と申し上げている部分については,単に現在の商行為に基づく債権の商法の特則を残せということではなくて,今,おっしゃられた信用金庫,信用組合と銀行が同じような事業をやっていて結論が違う。協同組合も同じかと思いますけれども,それらについては5年で統一するルールを考えるということを含んでおります。そうすると,内田委員のおっしゃられた,我らがその提案をするなら,事業者概念についての定義をもっと精緻にするべきだということであれば,真摯に考えなければならないと思っておりますが,是非,事務当局でも考えていただければと思う次第です。   加えて,主観的起算点について先ほど,前回も確か岡崎幹事から裁判所の御懸念として,主観的起算点を取り込んだときの起算点の認定について様々な問題が起こり得るのではないかと御示唆があったと思います。今回の部会資料もそこは非常に配慮されていて,それは不法行為における3年の起算点についての判断が,基本的にはそのまま妥当するのではないかと結論付けられておられますけれども,果たしてそうなのか,本当に,そのまま機能するのかについては私もよく分からないところがあります。松本委員がおっしゃられた点でもあり,また,先ほど道垣内先生から御批判を受けたところかもしれません。   先ほどのような事例で,どの時点で,一体,主観的起算点が始まると解されるのだろうかと,悩みます。損害と行為とを知ったら,その時点なのか,相手方も分かっているわけですから。それとも,具体的な基礎事実を認識して,つまり,それは説明の内容であるとか,判断の提供の仕方とかを知った上で,違法性を認識して初めて請求できることを知るといえるのか。仮にそうしたとしても,本人は正に説明を受けているので,事実としては全て知っているはずなのであって,それについての法的評価を専門家に聞かなかっただけの話です。法的評価を専門家に聞いて初めて権利行使ができるとなって,そこから起算点が始まるとするなら,被害者の観点からそれを評価する向きもあるかもしれませんけれども,反対に債務者側にとっては大変リスキーといいますか,これも岡委員がおっしゃられたと思いますけれども,結論として10年間は全て待つしかないという結果になるのではないかという気もいたします。そういう主観的起算点の問題点が改めて浮き彫りになっているという認識を致しました。 ○道垣内幹事 細かいところについてで大変申し訳ないんですが,なぜ,10年であるとリスキーなんでしょうか。中井委員のお考えですと,全部を10年にすべきであるというわけですので,主観的起算点がスタートするかどうかが債務者にとって分からないがゆえに10年間は請求されるかもしれないと覚悟するという事態を,リスキーだと評価されるということの理由が全然分からないんですけれども。 ○中井委員 私は全然リスキーと思っていないんです。私はその立場ですから。ただ,反対の立場の方がいらっしゃって,5年に統一しろ,ただ,甲案が原則だけれども,乙案でぎりぎり容認できるかもしれないと言われた佐成さんらが,果たして容認できるだろうかということを,はしょって申し上げました。わかりにくく大変申し訳ございません。 ○鎌田部会長 事務当局からこれまでの御発言に関連して御発言はございますか。 ○村松関係官 今日,いろいろと御指摘をいただきまして,確かに起算点の考え方の部分についてはもう少し整理が必要だと思います。それをしなければなかなか不安も払拭できないだろうということも思います。それを最終的に条文にどう落とせるかという部分もありますし,起算点の考え方をこの部会でどれだけはっきりと示せるかという部分の両方があるような気がしますので,それら,これらを検討しなくてはいけないというのがまず課題として認識されたということだと思います。   あと,それから,中井委員や岡委員から,そもそも論として,今の10年の消滅時効期間が短くなる部分があるという点についての説明をどうするのかという御指摘を頂いております。この部分は中間試案の補足説明などに書いたところでいえば,短期の消滅時効が廃止されることに伴うものということでしたし,それに加えて今回も書いておりますけれども,権利を行使することができるということを正に知ったという後であれば,5年程度で消えるということが現代にはふさわしいと言えるのではないかということももちろん理由にはございます。   それに加えて,更に商事と民事の区別の廃止の方向性を模索するということもございまして,その結果,実はこれは商事だったのか,あるいはこれは民事だったのかというような形で判断を間違えてしまうと,そういうようなことが,今,いろいろな形で起こり得るわけですけれども,そういうこともなくなる方向性,最終的にはそれらが国民に対して今後,何十年も見たときに,分かりやすい時効制度だと言っていただけるのではないかということを意図しているのだろうとは思ってはいるんですけれども,その辺りがどれだけ伝わるものなのかというところなのかなということかと思います。その意味で,正にこれらの要素が全てそろったところで,改正の合理性が説明できるような提案になっているのではないかということを考えてはいるんですけれども,それらについて更にコンセンサスを得るべく,事務当局としても努力をしてまいりたいと思います。 ○鎌田部会長 よろしいでしょうか。 ○岡委員 先ほどの道垣内さんの質問の話ですが,最初の出発点は私にあったと思うんです。今,商事債権の5年で保護されている人たちが,この素案になると主観的起算点が分からない場合は,5年ではなくて10年保存しなければいけない,それは件数は少ないけれども,かなりの不利益ではないかと,こういう趣旨で,それを中井さんはリスキーだと表現したように思います。 ○鎌田部会長 それでは,先ほど説明がありました部分のうち,「2 定期金債権の消滅時効(民法第168条第1項関係)」及び「3 職業別の短期消滅時効等の廃止」について御審議を頂きます。御自由に御発言ください。 ○中井委員 2の「定期金債権の消滅時効」ですが,まず確認ですけれども,これは乙案が採用されたことが前提の立て付けであると,そのときに,アとイ,ウ,エの関係ですけれども,整理からすればアが乙案でいう主観的起算点を取り入れたもの,イ,ウ,エは客観的起算点から20年とこういう整理と理解してよろしいですか。   仮にそうならですけれども,乙案であればですけれども,アとイ,ウ,エは分けて記載するほうが分かりやすいだろう。イ,ウ,エの事実があったときから20年間,権利行使しないときには消滅すると,イ,ウ,エは並べたほうが分かりやすい。そのいずれかで消滅する,そのいずれにもアが重なる。こういう趣旨ですねということをまず確認したかった。   当然,そうですよというのなら,それで終わるんですけれども,一般国民がこれを読んで定期金の債権はという始まりと,その下の各定期金を行使することができること,この区別ができるのか。この定期金の債権はというのは,基本権としての定期金の債権を意味する,と思いますけれども,アの各定期金を行使する,これも日本語としてよく分からないですけれども,支分権として発生する定期金債権を行使するという意味だとすると,定期金の債権という言葉と各定期金という言葉については,基本権としての定期金の債権,若しくは支分権としての定期金債権とか,何か工夫があったほうがいいのではないか。   それから,アになぜ,各というのが入るのかがよく分からなくて,一つでも各という意味なのかもしれないのですけれども,ある支分権たる定期金債権を行使することができることと債務者を知って,当該債権を10年間行使しなかったら,全部の基本権が消えるはずですね。では,なぜ,各なのかがよく分からないと,思いました。 ○鎌田部会長 では,事務当局からお願いします。 ○合田関係官 御指摘いただきました,アとイ,ウ,エの関係についてですけれども,中井委員の御説明のとおり,イ,ウ,エが客観的起算点からの時効期間に対応するものです。   各定期金という用語ですけれども,趣旨としては各期に発生した支分権のいずれかということを意味しております。この用語が,各期に発生した支分権のいずれかを行使することができることという趣旨をうまく表現できていないのではないかという御指摘は,確かにそういう面があるかなと思いますので,条文にする際にどういう表現が適切かについて引き続き検討したいと思います。 ○鎌田部会長 ほかによろしいでしょうか。 ○佐成委員 3の職業別の短期消滅時効の廃止に関してですが,従前から,これには賛成であると経済界は申し上げております。事務の効率化という観点から賛成をしているわけで,その点に変わりはないんですが,今回,内部で議論したときに意見がありましたので,御紹介します。業界によってはまだこういった職業別の短期消滅時効の廃止に関して,十分な周知がなされていない可能性があるのではないかという指摘でございます。日用品の代価に関わる債権や運送賃に関わる債権など,1年の消滅時効を前提として実務運用を行っているような業界があるので,制度の廃止に当たっては関係する業界に丹念に周知を行っていただきたいと,そういう意見がありましたので,御紹介しておきます。 ○岡田委員 同じく「職業別の短期消滅時効等の廃止」ですが,流れからして,これは仕方ないのかなと思うのですが,最初の第1のところの(注)ないしは甲の別案,これも期待できないということになりますと,消費者が債権者になったときは,素案でも5年よりは少し延びる可能性があるのでいいと思うのですが,債務者になったときに短期消滅はなくなるし,しかも5年以上になる可能性もあるとなると,領収書等書面の保存に関してすごく大変なことになると思います。民法で(注)ないしは甲の別案が入らなかった場合においては,以前,松本先生が消費者契約法とおっしゃったので,是非ともその辺は声を出したいと思いましたし,今回のパブリック・コメントも,(注)のところに対しての意見がかなり来ているような気がしますので,このままの状態ですっといくべきではないのではないかなと思いまして,発言させていただきました。 ○岡委員 第2読会等では出ていた権利行使期間の約定について確認させていただきたいと思いますが,契約で一定期間,権利を行使しないときは失権すると,こういう約定は特に暴利行為なり,信義則の適用がない限りは有効であると,こういう理解でよろしいんでしょうか。もし,そういう理解であれば,一問一答だとか,そういう資料にはそれを明記していたほうがいいのではないかという意見を持っております。それが一つです。   もう一つは,前回,78回ですか,少し話に出た労働債権の2年,3年という特別法における期間については,民法改正を見た上で特別法の世界で改めてお考えいただくと,そのような基本姿勢ということでよろしいんでしょうか。この二つの質問をさせてください。 ○筒井幹事 第1点目ですけれども,権利行使期間についての合意が許されるかという問いについては,許されるのだろうと思っております。ただ,この部会でのこれまでの審議の経緯としましては,時効期間を合意によって変更することができるかという問いとの関連で,それもイエスであると考える方にとっては,両方ともイエスなのであろうと思いますけれども,時効期間の合意による変更には一定の制約があるとお考えの方にとっては,権利行使期間の変更はなぜ許されるのかという問いが問題となり得るという議論がありまして,それについては必ずしも解明されていない面があるのではないかと,そういう議論になっていたのではないかと記憶しております。   第2点目の特別法に関しましては,全く御指摘のとおりで,民法における本則についての改正の方向が固まった段階で,それと関係する他の法律,特に他省庁が所管している法律については,民法の改正内容をよく説明した上で,それぞれの所管省庁がどのようにお考えになるのかを協議していく,そういう手順になるだろうと考えております。 ○鎌田部会長 ほかによろしいですか。   よろしければ,「4 不法行為による損害賠償請求権の消滅時効(民法第724条関係)」及び「5 生命・身体の侵害による損害賠償請求権の消滅時効」について御審議いただきたいと思います。御自由に御発言ください。 ○山川幹事 ないようでしたら,5の(2)でもよろしいでしょうか。ブラケットの5年/10年というところで,前も申し上げたことがあるかと思いますが,5年とするのはいかがなものかと思っております。つまり,権利行使が可能な時点と損害及び加害者を知った時点が一致するという事態は,原則的にそれほど少なくはないと思いますけれども,そういう場合,この案によると,損害及び加害者を知ってから5年経っているけれども,権利行使が可能な時点から10年以内であるという場合においては,消滅時効が成立するのではないかと思われるんですけれども,それは現在の消滅時効期間を短期化するものではないかと思われます。   少なくとも5の提案においては,時効期間を現在より短期化するというような御意見はないのではないかと思っております。中間試案の概要のところでは,現在より長期の時効期間を設ける必要性はないということで,現状よりも短期化すべきであるというところまでは,恐らく議論はないのだろうと思いますので,債務不履行責任と構成した場合の話ですが,短期化するのであれば,そういう立法政策もあり得ないではないと思いますが,それにはかなりの立法事実といいますか,具体的な理由が必要になるかと思われます。   パブリック・コメントにおきましても,今日,お配りいただいた資料の15ページに,本文に時効期間の話が余り書いていないんですが,確かに主観的起算点から5年間という提案が下から12行目ぐらいにあるんですけれども,ここでは客観的起算点は30年間という提案です。主観的起算点5年で,ここの案にありますように客観的起算点が20年という案は,パブリック・コメントには出ていないということでありまして,そういう観点からすると,これまでの議論からみて,5年という時効期間はいかがなものかと思っております。   主として私の念頭にあるのは安全配慮義務の債務不履行責任を追及する場合で,それは特別だという御意見もあるかもしれませんが,この案による限り,例えば診療契約の債務不履行ですとか介護サービスの債務不履行で,安全配慮義務のような付随義務ではないけれども,生命・身体への侵害が生じた場合にも,このような取扱いに,つまり,時効期間は5年ということになるのではなかろうか,つまり,それらの消費者に生命・身体侵害が生じた場合にも,現在よりも消滅時効期間が短期化して,5年ということになるのではないかと懸念しております。そういう結果を避けるために,債務不履行と不法行為の訴訟物の違いによって,5年,10年に分けるということはあるかもしれませんが,それは複雑化しますし,安全配慮義務法理の問題をそのまま残すことにもなるものですから,ブラケットの5年という提案に対しては,以上のような観点からいかがなものかと思っております。 ○岡田委員 同じところなんですが,安全配慮のところでPL法で蓄積損害に関しては症状が出てから10年となっていますので,そうすると,ここで5年というのは絶対にあってはいけないと思いますし,パブリック・コメントでは,その辺の蓄積とか,潜伏に関しては20年,30年という意見も出ていますので,譲歩したとしても,そういう状況が出てから10年という客観的な起算点と考えると,5年では納得できないと思います。 ○佐成委員 5のところですが,まず,生命・身体というところです。内部で議論した中では身体の侵害というところがまずかなり議論になりました。従来から議論されているところですけれども,身体の侵害については,すぐに治るような軽微なものから重大なものまで様々なものがあるということを前提にこの期間を考えていかなくてはいけないということです。それで,生命ということであれば,まだ話は分かりますけれども,身体の侵害一般を含めて(2)のところを10年にするという提案については,内部では強い反対が複数ありました。もちろん,今,山川先生が御発言されたところ,あるいは岡田委員の御発言の趣旨はよく分かるんですけれども,少なくとも経済界の中の様々な議論を聞いておりますと,10年を容認するというのは,なかなか難しいなということです。特に身体の侵害ということについては,証拠の散逸の防止といった観点からも,10年というのは非常に長いということを繰り返し主張されておられましたので,このところを仮に特則を設けるとした場合には,5年というのが現時点での可能性のある考え方かなと思っております。 ○道垣内幹事 佐成委員に伺いたいのですが,一般の消滅時効については現行法と同じく10年にすべきだと経済界はおっしゃり,身体・生命については5年でないと納得できないということは,身体・生命のときには短くしろという主張ですか。 ○佐成委員 経済界は甲案が元々の主張です。ですから,経済界は身体の侵害も5年にして,一般債権も5年ということです。 ○道垣内幹事 だから,一般債権と同じであるという御主張ですね。 ○佐成委員 同じということです。ですから,元々,甲案が我々の基本で,乙案に歩み寄れるかどうかが,今,経済界の中では議論しているところなんですね。 ○道垣内幹事 現行よりも一般に消滅時効期間を短くするのであれば,身体・生命も併せて短くすべきであって,特別にそれを扱う必要はないではないかというのが御主張であると理解してもよいのでしょうか。 ○佐成委員 そういうことではもちろんございません。確かに山川先生がおっしゃっていることもよく分かるわけです。現行法上,安全配慮義務違反に基づく請求権の消滅時効,それが10年であるということは分かるので,もし,これを入れれば5年ということになってしまって,短くなるということの問題点はわかるんです。けれども,ここに入っているのは身体の侵害というだけで,その中が重大とか,そういった限定もなしにかなり広範囲に入っているというところで,懸念が表明されているんですね。では,仮に重大という評価概念をここへ持ち込めるかというと,それもまた難しい話ですから,非常にそこを経済界としては苦慮しているところなんです。ですから,問題点は十分認識はしているんですが,なかなか,落とし所がわからないというところでもあるんですね。 ○高須幹事 先ほどの発言とかぶりますが,先ほど東京弁護士会としては,今回の御提案は1のところの原則的な時効期間について,かなり前向きに考えさせていただきたいと思っておりますと申し上げました。そのときの発言と重なるわけですが,それはやはり5のところの重要性で,既に出ていますように現在の安全配慮義務等の時効期間等が短くなるような危惧がありますと,なかなか,5とのバランスがとれているという評価もしにくくなりますので,ここは10年と考えた上での理解でおるということでございます。 ○山本(敬)幹事 4の「不法行為による損害賠償請求権の消滅時効」について,少しだけ発言させていただきたいと思います。1について,中間試案では,甲案か乙案かという対立があったわけですが,今回の素案のような形で提案されるとするならば,4については,結論としてこのままという可能性はあるとしても,説明なり,補足なりが必要になってくるのではないかということを申し上げたいと思います。   まず,4の(1)で,「損害及び加害者を知った時」からとされている点についてですが,「損害」については,現行法でも,不法行為があったことを知った時も解釈上含められていますので,その解釈をここでも当然,引き継ぐという前提だろうと思います。ただ,1のほうで,仮に現在の素案のまま,「権利を行使することができること及び債務者を知った時」とするのであれば,4の(1)は「損害」のままで本当によいのだろうかということが問題になるだろうと思います。1があるのであれば,ここは不法行為に当たるものも補うほうが,より一層平仄が合うのではないかと思います。ただ,現行法の解釈を引き継ぐという点で,結論には差がないということは確認を要すると思います。   もう一つは,4の現在の素案1,2のように現行法をそのまま維持するのであれば,現行法では余り要求されなかったけれども,素案の1のようにすれば,更に説明が求められるようになることが一つ出てくると思います。というのは,4の(1)は,恐らく1の(1)におおむね対応しているのだろうと思います。少なくとも主観的起算点は,現在の724条を参考にして,一般的にそれに倣ったような形で定めるという方向だろうと思います。   (2)は客観的起算点なのですけれども,不法行為の時と権利を行使することができる時が完全に重ならないのだろうとは思いますが,4の(2)では,1とは違って,権利を行使することができる時ではなく,現行法どおり,不法行為の時から,しかし,20年とするとされています。一概には言えませんけれども,不法行為の場合のほうが,権利を時効によって失う可能性が少なくなるといいますか,権利を行使できる期間を長くするという意味合いが客観的には読み取れるのではないかと思います。   しかし,(1)のほうは,主観的起算点から原則が5年で,不法行為のほうは3年となりますと,(2)の評価と逆で,損害及び加害者を知った時から3年で行使しないと時効により消滅することになる。なぜ,不法行為の場合が逆に短くなるのかということは,現行法以上に説明が求められることになると思います。これをどう説明すればよいのか。説明しにくいから統一すべきだというのが従来から出ていた案なのですけれども,統一が難しいというのであれば,説明を避けて通るわけにはいかないのではないかと思います。問題提起だけで恐縮ですが,以上です。 ○能見委員 4のほうに議論が移りましたので4について感想ですが,不法行為のほうが,今,山本敬三幹事が主張された3年で短いという点についてですけれども,契約の場合と余り単純には比較できない,オーバーラップする部分もかなりありますので,平仄を合わせたほうがいいという考え方はもちろんあり得ます。ただ,私は不法行為の場合には恐らく両当事者が責任原因の有無を巡って争っているという場合も相当あって,そういうことを考えると,争っている当事者間,あるいは直接,面と向かって争っているというわけではなくて,一方は自分には責任がないと思って行動しており,他方の被害者のほうは相手に責任があると思って何かしようと考えている,そういう意味での対立ですけれども,そういうときに時効期間が少し短くなるというのはあり得る制度かと思います。   しかし,これが本来,言いたかったことではなくて,(2)のほうの20年のほうです。現行法は20年は除斥期間だという理解の下でできていますけれども,今度,これが時効になるということで,その主な狙いは恐らく時効の停止の規定などを適用するという点にあるのだと思いますけれども,それがいいかどうかについての意見ではなく,ただ,自分で確認したいだけなのですけれども,20年についても時効の中断というのがあり得るということになるのかどうかです。   不法行為の損害賠償債権についてどういう場合に中断があるか,なかなか,適切な例が考えられないのですけれども,中断が生じるような事由,例えば請求や差押えといった権利行使を考えると,この時点では被害者は加害者を知っているわけですから,損害も知っているという前提で考えると,この後は,3年の時効によって処理されることになるのではないかと思います。すなわち,20年の時効が適用される余地がなくなるのではないか。そうなると,20年の権利行使期間を時効と見ることによって,20年についても時効の中断を考えるになるとして,実際には20年の時効についての中断ということは,余り想定できないように思います。もっとも,今度の原子力損害なんかが問題となる場面で,非常に多数の被害者がいますと,仮に加害者が新聞やウエブサイトを使って一般的な形で債務を承認するとしますと,個々の被害者の中には自分に損害賠償請求権があるかどうか分かっていない者もいる可能性があり,したがって,(1)の3年の消滅時効はまだ進行せず,20年の消滅時効だけが進むことになります。そこで,先のような債務承認がありうるとすると,その時点からさらに20年の消滅時効が進行する。このようになりそうですが,20年を時効期間と考えると,以上のような理解があり得ると思いますけれども,そういう理解でよろしいですね,という確認です。 ○鎌田部会長 関連した御発言があれば。  事務当局からは何かありますか。よろしいですか。   ほかに。 ○村上委員 5についての質問です。一つの事故によって人損と物損,両方の損害が生じた場合について,5の特則があると,そのことによって,請求権の個数,訴訟物の個数に影響があるのでしょうか。恐らく,影響はないとお考えになっているのではないかと思いますが。   それから,仮に個数は一個だということになりましても,5の特則が適用されるのは人損に関する損害の部分のみであって,物損に関する損害については適用がないと理解してよいでしょうか。   また,仮にそうだとしますと,例えば損害額の一部についての弁済があった場合,それが人損に関する部分に先に充当されるのか,物損に関連する部分に先に充当されるのかという問題が生じます。これについては,弁済充当に関する規定で処理するということでよいのでしょうか。 ○鎌田部会長 今の点について何かありますか。 ○合田関係官 まず,訴訟物の個数に関しては,このような特則を設けたとしても,個数の解釈に関しては影響は出ないのだろうと考えております。現在は加害行為が一個で,人損と物損が両方同時に生じたという場合は,通説によれば訴訟物としては一個と考えられているんだろうと思うんですけれども,一つの訴訟物で請求権が一個の場合に,損害の費目によって時効の起算点が違っていたりですとか,時効の満了日というのが違っている場合というのは,現在でもあり得るのではないかと思います。こういう特則を設けて,人損と物損で時効期間が異なるとしても,現在でも時効が費目によって異なり得るのであれば,それは理論的に特に問題はないのではないかと考えております。もし,その点で何か理論上問題があるということであれば,具体的に御指摘を頂ければ,その点は更に検討したいと考えております。 ○鎌田部会長 よろしいですか。 ○中井委員 5の(2)に戻るんですが,佐成委員にお尋ねという形でもし教えていただければと思います。先ほど佐成委員は5の(2)については5年でないと,経済界は大変難しいという御指摘がありました。これに対して山川幹事若しくは高須幹事から,仮に乙案を入れるとしても少なくとも現在,契約に基づく債務不履行に関する損害賠償請求権について,取り分け,権利を行使できるときから10年というのを,主観的起算点を入れるとしても,短くなる可能性のあることを容認することは相当ではないのではないかという意見があったわけです。   そこで,教えていただきたいと申し上げたのは,契約に基づく損害賠償請求権についてですけれども,仮に乙案を入れて主観的起算点から5年としても,人損については現行法よりも権利を弱くしないという意味で,10年を維持する,契約関係については少なくとも維持をするという考え方は採れないのか。逆に言うと,ここには4の(1),すなわち,不法行為についても含まれておりまして,不法行為は現行法3年を10年という提案をしているので,ここを経済界として問題とされて,だから,10年は容認できないとおっしゃるのか,質問としては,不法行為も含めて10年とするところに問題点があるという認識があるのかどうか,その点,教えていただければと思います。 ○佐成委員 ここのところは内部で議論はしたんですが,それほど詳しく議論したわけではございません。少なくとも議論の焦点になっていたのは,身体の侵害との関係で10年というのは長いという点でした。そういう指摘があって,到底,10年ということは難しいということです。客観的に見て現行法より一般債権の消滅時効期間が短くなるということのほうが,身体損害について安全配慮義務等に関して短くなるというような点についての問題意識よりも強かったということです。現時点では,その程度しかお答えはできないということでございます。 ○鎌田部会長 よろしいですか。ほかに,4,5に関連した御意見はありますか。 ○中井委員 佐成委員の意見が仮にそうであれば,5の(2)ですけれども,是非とも,この選択肢でいずれかと問われたときには,10年にすべきではないかと考える次第です。 ○鎌田部会長 それでは,部会資料69Aの「第1 消滅時効」のうち,「6 時効の[停止事由]及び[更新事由]」と「7 時効の効果」について御審議いただきたいと思います。事務当局から説明してもらいます。 ○合田関係官 御説明いたします。   「6 時効の[停止事由]及び[更新事由]」の「(1)裁判上の請求等」について,中間試案では更新事由と停止事由を別の項目に分けて規定していましたが,パブリック・コメントの手続に寄せられた意見において,時効の停止の効力が生ずる時期が不明確であるとか,更新事由と停止事由が区別して規定されているために,更新の効力が生ずる前に時効の停止の効力が生じているという関係が分かりにくいといった指摘がありました。そこで,この点を明確にするため,素案6の(1)では,アで時効の効力が生ずる場合の要件と効果をまず規定し,次にイで時効の更新の効力が生ずる場合の要件と効果について規定しています。   パブリック・コメントの手続に寄せられた意見においては,特に(5)の「協議による時効の完成の猶予」について賛否が分かれました。反対意見の主な理由は,権利に関する協議を行う旨の合意の内容が不明確であり,協議の合意の有無をめぐって紛争が生ずるおそれがあるというものです。賛成意見の中では,協議を行う旨の合意に書面性を要求すべきか否かについて意見が分かれました。そこで,本日は特に権利に関する協議を行う旨の合意の内容をどのように考えるかという問題や,書面を要求する考え方の是非について御審議いただければと思います。   「7 時効の効果」は,時効を援用することができる民法第145条の当事者の意義について,消滅時効の場合には一定の第三者が含まれることを明らかにするものです。消滅時効の援用権者に関する従来の判例を変更する趣旨ではないことを明らかにするために,判例上援用権が認められている代表的なものを例示したこと以外には,中間試案からの実質的な変更はありません。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ただいま,説明がありました部分のうち,まず,「6 時効の[停止事由]及び[更新事由]」について御審議いただきます。御自由に御発言ください。 ○大島委員 (5)の「協議による時効の完成の猶予」について意見を申し上げます。協議による時効の完成の猶予について,規定を設けることについては賛成でございます。また,その要件については,無用の争いを避けるため客観的で明確な基準を設けることが望ましいことから,書面による合意を求めるべきと考えております。 ○佐成委員 同じく6の(5)の「協議による時効の完成の猶予」ですけれども,この点については従来から経済界としては賛成という意見でございます。是非,立法化できれば有り難いと考えております。現時点では,この種のものについては民事調停を主に利用しております。ひとまず民事調停を申し立てることで時効の進行を止め,交渉がまとまり次第,調停を取り下げることを前提に,各期日には,期日間での交渉状況を調停委員会に報告して,それでまた,できるだけ先の次回期日を決定してもらうという形で,時効期間を実質的に延長するというケースがあります。実際,これは案外多くて,なかなか訴訟まではできないけれども,時効が非常に間際に迫っていて,責任論にはほぼ争いはないけれども,過失相殺の割合だとか,損害論についてわずかに争いがあるなんていうのはよくあります。それについて当事者間の最終的な合意ができない以上,取りあえず,調停を申し立てて時効の進行を止めるというケースが結構多く行われております。   そのほかにも,遺産分割協議などで,親族間の債権債務というのがほとんどノミナルに分割協議の対象になっているという場合がありますけれども,その場合に最終的な遺産の分割協議の実質的な争点は不動産の処分方法にあるということが,しばしば見られます。不動産に関しては測量等が必要になる場合がありまして,それには非常に時間が掛かるわけです。近隣住民の立会いとか,そういった問題で非常に時間が掛かるということもあります。そうすると,たとえノミナルとはいえ親族間の債権債務が時効消滅してしまう危険性があって,それでは,最終的な不動産の処分方法にも影響が出てしまうので,ひとまず調停を申し立てて時効の進行を止めるというようなケースもあります。その場合には,期日間における相続の協議状況,取り分け不動産の測量等はどうであったかということを調停期日で確かめるだけで,実際上は調停期日を済ますこととなるわけですから,実質的には専ら時効中断のためにやっているということになります。ですから,もし,こういう制度が導入されれば,間違いなく,そういったところの実務上のニーズは全部うまく新制度に流れていくのではないかと思います。   そういったケースに関しては,ほとんど両当事者間で責任論あるいは時効の進行を止めるという目的に関しては争いがないものですから,書面を要求しても,それほど,それでは使えないとか,そういうことには必ずしもならないと思います。もちろん,書面を要求することによって実務上の使い勝手はやや制限されるとは思いますけれども,少なくとも,いささか濫用的ともいうべきような扱いでなんとか時効中断をしているケースが非常に多い現状を考えますと,是非,入れていただきたいなというのが経済界の意見でございます。 ○中原委員 「協議による時効の完成の猶予」制度ができれば,当事者間の話し合いで妥当な解決を図る手段を補助するものとして有益に機能するのではないかと思っています。しかしながら,協議の書面を要求するのは難しいように思います。そこで,例えば債権者から協議の申込みを行い,それに対して債務者から反対の意思表示がなかった場合には合意があったものとする制度設計が考えられないでしょうか。実務的には,例えば内容証明郵便により債権者から債務者に対して協議の申入れを通知することが考えられます。書面にこだわらない使い勝手のいい制度を是非,作っていただきたいと思います。   それから,これは質問ですが,「協議による時効の完成の猶予」のイで,上記合意があったときから1年という期間が定められていますが,これは1年ごとに更新ができると理解してよろしいでしょうか。 ○合田関係官 そうです。1年ごとにまた改めて協議の書面による合意をすれば,更にまた1年延びるということを想定しております。 ○佐成委員 今の点に関しては,そうだとすると,この制度を立法化するに当たっては,多分,更新を何度もやっていくと永遠にということになってしまうので,何らかの制限を設けるという必要性が出てくると思います。そうした場合に,先ほど実例を申し上げましたけれども,私が関与しているようなものだと,大体,2年ぐらいで決着がついているという感じですので,2年あれば足りると思います。けれども,内部でこの辺について議論をしましたところ,5年ぐらいは欲しいというようなことも言っておられましたので,5年あれば,更新の期間を設けたとしても,ほぼうまく賄えるのではないかという感触でございます。以上,申し上げておきます。 ○松本委員 「協議による時効の完成の猶予」が,どれぐらい使われるかということですが,私どもの国民生活センターでやっておりますADRがございます。これは国民生活センター法に基づくものであり,法務省の認証を受けたADR機関のものと違っておりますが,時効中断との関係では,手続が終了して1か月以内に手続申請者が訴えの提起をした場合は,ADR手続申請の時点で訴えの提起があったものとみなすと法律に書いてありますので,後で訴訟を起こせば中断の効果が発生する点は同様です。もし,協議を行う旨の書面による合意があれば,停止の効果が発生するということが民法に規定されれば,ADRの手続を始めたことの効果として時効関係のことが書いてある法律上のADR機関ではないような場合に,一定の意味が出てくるのではないかと思います。 ○岡田委員 中身ではないですが,(3)の「催告」ですけれども,消費者契約においては貸金業者からの催告とか,販売業者からの催告という場面で,結構,自分たちに都合のいいような解釈をしてくる場合があるのですが,今回の試案はすごく分かりにくいような気がするのです。むしろむしろ現在の153条が分かりやすいように思うのです。中断から停止になったことによって,こういう書き方になったのだろうと思いますが,結果は今と変わらないような気がするのですが,私たち消費生活相談員にももう少し分かりやすく書いて頂ければ有難いと思いました。 ○高須幹事 意見というよりは,むしろ,確認になると思います。6のところの(1)の(カ)の仮差押え又は仮処分のところでございまして,今回の御提案は,中間試案からよく読めば,既に言われておったわけですけれども,更新ではなくて停止とするとあります。飽くまで暫定的なものであるから停止にするということを御指摘いただき,今回,19ページに付けていただいた表を見ますと,そのことがよく分かるようになったのですが,仮差押えのところについては手続終了時に新たな進行を始めるとなっています。つまり,停止期間はそこで終わるという理解だとこれは思うのですが,そうすると,従来の法律では仮差押えは中断事由とされており,かつ,現在の最高裁判例の立場が平成10年11月24日判例により,いわゆる継続説というのを採っていて,登記さえしておけばいつまでもと時効は中断している。これはこれで,ある意味では節操がなかったような気がしますけれども,要するに権利行使が続いているということで,仮差押手続自体は完了しても登記がなされている間は,不動産の場合ですけれども,時効中断効がずっと生じていると。   そういう意味では,よく仮差押えを掛けておけば,時効の心配はないというようなことが,よくも悪くもだとは思いますが,実務的には定着していて,貸金債権などの場合に,ともかく,仮差押えだけを掛けておいて不動産の譲渡性を奪っておいて,じっくり交渉しましょうみたいなことがなされていたと思っています。つまり,仮差押えが必ずしも暫定的ではなくて,交渉の材料等に利用されるというような可能性があったと思っているのですが,今回,それをはっきり変えると,つまり,手続が終われば停止期間も終わってしまいますよということですから,時効に関しては非常に短いものになっていくという趣旨だと思うのですが,それがよく分かるように御説明いただくべきかと,従来の実務と大分変わると思いますので,その辺はまず,今回,そのように踏み切った理由があるかということを確認させていただきたいと思います。 ○合田関係官 保全執行の効力が継続している限り,時効中断の効力は継続しているという判例法理については,今回の提案で変更する意図はありません。「その事由が終了した時」というのも,従来の判例法理における終了時点と同じ時点を指しているという趣旨で今回の部会資料を作成しておりますので,そこを大きく変更するということはありません。 ○高須幹事 この点は,全く私の誤解だったということがこれで分かったんですが,ただ,資料等に手続終了のときと書くと,私と同じような誤解を多くの方がするのではないかと思いますので,その点は今後の御説明の中で従来の判例法理を変更するものではないということであれば,そこはしっかりと御指摘いただいたらよろしいかと思います。 ○中田委員 今の点につきましては,御指摘の平成10年の判決についても評価が分かれていて,登記さえしていれば,いつまでも時効中断が続くというのはおかしいのではないかという批判もあると思います。それに対して,それを維持するというのであれば,従来の批判を検討した上でなぜ維持するのか,例えば民事保全法の手続の中で対応できるし,そうすべきだとか,そういうことを示しませんと,問題提起されているのに検討が十分されていないことになるのではないかという気がいたします。   ついでに,(1)についてあと3点,申し上げます。   まず,(1)の全体として,これは取得時効にも共通する規律かなと思ったんですけれども,しかしながら,消滅時効に関する現在の民法174条の2というのが入っています。そうすると,取得時効についての現在の民法164条の自然中断も,こちらに入ることになるのではないかと思いました。あるいは,ここは資料としてまとめて書いてあるだけで,条文の配置はまた別の話だというのだったら,それはそれで理解できますけれども,いずれにしても,164条をどうするのかということは課題になると思います。   それから,次に(1)のアの(ウ)と(オ)と(カ)について,従来は「申立て」というのが入っていたのが,それが削られているわけですけれども,それによって,かえって不明確にならないかということについての御検討の結果をお教えいただければと思います。   それから,最後に(1)のアの(オ)ですけれども,「その他の民事執行」というところに,形式的競売や財産開示手続も含まれるということが今回,明確にされたわけでございます。ただ,形式的競売といっても,留置権による競売のほかに様々なものがありますので,取得時効の場合も含めて,この規律で大丈夫かということを,検討されたとは思うんですけれども,詰めておく必要があると思います。   それから,財産開示手続については(1)のエとの関係でいうと,「権利の満足に至らないとき」に常に当たることになるのではないだろうかと思いました。その結果,現在で言うところの中断の効果が発生するということになるわけなんですけれども,元々,権利の満足に至ることを目的としていないのでちょっと強くないか,むしろ,仮差押えや仮処分とそろえることもあり得るのではないかと思いました。それに対して保全処分は暫定的なものだというふうなお話もあったんですけれども,しかし,暫定的とはいっても先ほど言ったように登記があればずっと続くということですので,バランスについての説明が必要かなと思いました。 ○鎌田部会長 事務当局から御説明があればお願いします。 ○村松関係官 今の御指摘のうち,「申立て」という言葉を付けるという部分については,確かに御指摘のようにあったほうがいいという御指摘をほかにも頂いておりますので,うまく書けるかどうか,もう少し検討して,分かりやすく表現することができればそのようにしたいなと考えております。   それから,形式競売と財産開示の点については,正に御指摘のとおり,どう判断するのか,なかなか,苦慮するなという部分もございまして,ここでは一つの考え方として示したというところでございます。形式競売について,いろいろなものがあるというのは正におっしゃるとおりで,個別的に,背後にある権利,あるいは背後にある形式競売の申立ての趣旨等に鑑みて,解釈するしかないのかなというのが基本的な発想ということでございます。   あと,財産開示については確かにこれも御指摘のとおりなんですが,暫定性といいながら,仮差押え,仮処分と比べたときにどうなんだというのは正に悩むところでございまして,しかも,おっしゃるように財産開示をすれば時効は更新されると,こういうようなことになるわけですけれども,他方で,財産開示は債務名義を取ってやる手続であるということもあり,そういう意味では,かなり頑張って権利行使に向けて努力しているという部分も,実質的にはあるのではないかというような部分を重視しますと,これはこれで一つ仮差押え,仮処分とは違うという整理もできるのかなというのが一応のここでの整理でございます。全般的に見たときにバランス感としてよくないのではないかということであれば,もちろん,考えなくてはいけないところですけれども,一つはそういった観点から,ここでは整理してみたというところでございます。   あと,戻りまして催告等について,岡田委員から分かりにくいと御指摘いただいておりまして,今回,分かりやすくするためにこのように整理にしたつもりではいるんですけれども,どうしていったら分かりやすさにつながっていくのかについては,また,個別に御指導いただいて,もし,できることがあればやっていきたいなとは考えております。 ○中井委員 (5)の「協議による時効の完成の猶予」に戻るんですが,先ほどから何人かの委員・幹事から御発言があって,いずれも賛成という御趣旨でした。私もこの制度は,是非,立法化していただきたいと思います。その上で,まず,書面による必要があるのかという問い掛けに対してですが,催告を考えた場合,書面は要求されていない,しかし,実務は全て書面で行われている,しかも,配達証明付内容証明郵便で行われている。何となれば,終期を明らかにするには着いたとき,催告したときを明らかにする必要があるからです。   そういう観点から考えると,(5)で二つ書面の要否が出ているわけですけれども,二つ目の通知をしたときから6か月のこの通知,これは明らかにするという意味では,書面による実務になることは間違いがない,しかし,法律上の要件として書面によるというのが必要なのかというと,催告と同様に要らないのではないか,誰もここでやめたいと思うときに,やめるよというのに,書面以外の方法でやることはまずあり得ない。だから,書面によるは不要ではないか。しかし,実務は恐らく書面,それも内容証明でやるだろう。   次に,本文の合意ですけれども,協議をする旨の合意を要件とすれば足りるのではないか。当然,そうすると,協議があったのかどうか,合意があったのかどうか,曖昧であるとか,その終期は合意のときから1年ですから,その終期が曖昧ではないかという御批判があるのですけれども,そういう懸念があるときのリスクは債権者が負うことになるわけで,債権者がこの制度に乗っかかるとすれば,必ず書面を求める実務になって,それで実務は動くのではないか。例えば先ほどの佐成さんのような事例を考えても,問題なく書面は取れる。では,常に書面を要求しなければいけないのかというと,逆にそうではない。   逆にそのリスクをとっても,協議による合意があって時効は完成猶予しているんだという主張を封殺する必要があるのかというと,真摯な協議の合意があれば,時効の完成の猶予を認めていいのではないかという実質判断を優先させていいように思うのです。長々と申し上げましたけれども,両方とも書面は要らないという考え方でいいのではないか。実務的には恐らく書面を作る実務運用になるけれども,それで特段の弊害が生じるとは思えないように思います。   2点目ですけれども,先ほども中原委員から確認がありましたけれども,再度の協議をする旨の合意が許されるのかという質問がありました。それは,当然,許される,佐成委員がおっしゃられたように,2年,3年,場合によっては5年と協議が続くこともある。再度の協議は当然許されるわけですけれども,だとすれば,それは明示しておいたほうがいいのではないか。その前の「催告」のところでは,再度の催告は効力を有しないということを書くわけで,ここに書いているから,逆に書いていなかったらいいという解釈になるのかもしれませんけれども,それは明示をしてもいいのではないか。Q&Aでもいいのかもしれませんけれども,そんな印象を受けました。   3点目は,取り上げなかった論点ですが,中間試案の第7の7の(2),つまり,債権の一部について訴えが提起された場合,その債権の全部に及ぶかどうか。これについて取り上げないという結論になっていて,最近の最高裁判決を挙げているわけですけれども,この最高裁の判決も一般論としては訴えの提起があった場合,明示的一部請求ですけれども,残部については裁判上の催告が続いて,時効の停止を認める判断が示されていると思うのです。とすれば,この最高裁の判決があることも受けて,なおさら,訴えの提起があったときには,その債権の全部に及ぶということを明らかにしていいのではないかと感じるわけです。   このときに訴えの提起以外はどうなるのかという議論は,もちろん,残るわけですけれども,それは今も開かれている,ここに記載されても開かれているという考え方で足りるのではないか。訴えの提起だけ書けば,逆にほかは駄目だと解されることもないと思います。それは何となれば,催告をしたとき,それによって時効の完成が猶予されている間になされた再度の催告は,効力を有しないということを明記したわけです。これを明記したことによって,最高裁の判決で問題になった催告した後,催告期間中に行われた訴えの提起,裁判上の催告ですけれども,どうなるのかとか,破産の申立てをした場合にどうなるのかとか,この辺りについてはオープンなままのはずです。   そうだとすれば,催告について再度の催告は駄目だけれども,それ以外についてはオープンだということとの対比からいえば,債権の一部についての訴えの提起について債権の全部に及ぶということを明示したとしても,それ以外についてはオープンだと,解釈に委ねられると理解することは十分できると思います。判例の到達点について明らかにしておいてはいかがでしょうか。 ○鎌田部会長 事務当局から何かありますか。 ○合田関係官 一部請求における残部についての時効停止の効力を明文化したほうがいいのではないかという御指摘について,判例で明らかになったところに限って明文化するということも検討はしたんですけれども,裁判上の請求と同じく,中断事由の「請求」というジャンルに入るほかのものについての反対解釈の可能性ですとか,この判例法理が裁判上の請求だけに限った話なのか,支払督促など,そのほかの中断事由についてどのように解釈するのかというところを議論しないまま,一部請求の場合についてだけ明文化するということには問題があるのではないかと考えて,今回,取り上げなかった論点ということにしております。 ○村松関係官 今,申し上げたとおりでございますが,「裁判上の請求」のうち,その真ん中にある「訴えの提起」だけを規定し,残りは書かないというのは,さすがに違和感もあり,問題があるのではないかと。それに対して催告のほうは,恐らく条文的にも別の条文になっていくでしょうから,そこはぎりぎり許されるかなという一応の判断でございます。   それからあと,協議についていろいろ御指摘いただいておりまして,特に中井委員から今,御意見を頂きましたように書面についてはなくてもいいのではないかという御指摘もあり,ただ,他方で,書面による協議を行って時効の完成を猶予するという制度については,今までにないような制度でございますので,保守的にまずは作ってみるというのも一つの考え方として,十分,あり得るのかなとは思っておりまして,先ほど佐成委員からも御発言がありましたけれども,いつまでも延々と延びていっていいのかと,そういうような点についても,なお,更に検討していかなくてはいけないのかなと,事務局としては考えております。その意味で何かしらキャップをかぶせるとなれば,恐らく再度の協議が何回できるかといったような規定を置く形にもなろうかと思いますので,その意味で,中井先生のおっしゃった再度の協議は,書いたほうがいいのではないかという辺りは対応できるかなと思いますけれども,他方で,書面不要という方向性は,これからもちろん検討いたしますが,なかなか,どちらかというと難しくて,保守的にここは考えていって,まずは運用してみるというのも一つなのではないかなという気もしております。   その意味で,中原委員から御発言がございましたけれども,通知をして異議がなければ,それで,ここでいうような合意があったと同じような扱いをするというのは,便利は便利かもしれませんが,やられるほうからするとちょっとどうかという向きもあるかもしれませんので,そこも保守的に考えることも,十分,選択肢ではないかというような気がしております。 ○中井委員 1点だけ簡単に。再度の協議の合意も書面なしにやると,ずるずるいくというようにも聞こえたんですが,そこはアの規律があって,拒絶する通知をすれば明確に終わるわけですから,その懸念はないだろうと思います。 ○岡崎幹事 今,村松関係官から御説明があったところでございますけれども,書面性のところについては,裁判所としても,是非,書面をもって協議をするというシステムにしていただければと思っております。 ○高須幹事 一部請求のところの時効の関係の論点でございますが,実はこの部会で全然議論しなったわけではなくて,一部失効の場合にも同様の可能性があるのかどうか,第2読会で一部請求について時効についての一定の障害事由に置くということであれば,同じように一部執行についても考えられるのではないかということで,議論をさせていただいた記憶がございます。そのときにも,畑先生や山本和彦先生からも,御意見をいただいておりますので,全く議論がないということだと思います。その際には私も意見書を出させていただいております。   このような経過で議論をしてきているわけですから,今回,一部請求に関する議論が,ここで落ちてしまうのは残念だという気がしております。もし,まだ可能性があれば,中井先生と同じ意見なんですが,御検討いただければ有り難いと思います。 ○松本委員 書面性の要件ですが,中井委員のおっしゃったことは,合理的なビジネスマン同士の交渉であれば,恐らくそのとおりだろうと,それでうまくいくのだろうと思います。あるいは,双方に弁護士が付いていて,こうであれば,こうやればいいとアドバイスできるということであればいいんでしょうけれども,このルールは民法の一般原則ですから,BtoCにも当然適用されるわけなので,そこを考えると,口頭の曖昧なやり取りでいつの間にか消費者が不利な状況に追い込まれているという事態は,避けるべきだろうと思います。   保証契約も,現実にはほとんど全てが従来から書面で行われていたんだと思いますけれども,それでも2004年の民法改正で民法の中で唯一,書面を要求する契約になっているわけですから,ここも村松関係官がおっしゃったように初めての試みということもあり,かつ,どのような形で使われるかも分からないということもあり,かつ,書面を要求しなくても書面にするということであれば,より明確なルールであるところの書面によるというのを是非,入れていただきたいと思います。 ○村上委員 書面の要否について,中井委員から,催告も実際には書面を作っているのだからという御発言があり,そのこと自体はそのとおりかと思いますけれども,催告は,合意と違って,自分の意思だけで書面を作成できるわけです。他方,合意は,相手の協力がないと書面を作成することができませんので,同列に考えるわけにはいかない面があるのではないかと思います。 ○佐成委員 書面性のところで,私が先ほど申し上げたのは,明らかに放っておいても書面が付くようなケースなんですけれども,内部で議論していた限りでは,書面性は是非,明確性の裏付けとして要求してほしいという意見が強いわけです。つまり,単に話合いをしただけで何か時効完成の猶予の協議だと後から言われるというのも,非常に困るという意見もありました。そこら辺を明確にするという意味では,書面性は是非,お願いしたいというのが一つです。それと,もう一つ,話合いの繰り返しをやった場合についての上限についてですが,先程5年ぐらいあれば足りるという話をしましたけれども,その辺りは私自身の個人的な実務感覚というところでもあるので,関係者にいろいろヒアリングをしていただきたいと思います。特にエンドユーザーが絡んでいる下請との紛争というものの中には,かなり解決に時間が掛かるものがあるということです。これらの紛争では訴訟を提起するというようなことは,通常,考えられないんですけれども,結構,時間が掛かるものがあると聞いております。そういう意味では関係者のヒアリングを含めて,制度設計をきちっとしていただければと思います。 ○中原委員 書面性についてですが,確かに書面による合意が実務として行われることは間違いないと思います。しかしながら,話合いを開始する場面において書面を要求することによって,例えば債務者のほうから,これは債務承認に当たるのではないかと危惧されて,書面の作成に難色を示すケースもあると思います。当事者間で話合いを進める手段を提供する制度を作るのですから,使いやすい制度にするべきではないかと思います。したがって,書面性にこだわるとむしろ硬直的になって,この制度が利用されないことが懸念されると思います。 ○岡委員 3点,申し上げます。   1点目は協議のところですが,どんな場合に適用される仕組みを作るのかで,中井さん,中原さんと,それ以外の方々のイメージが違うのだろうと思います。どの仕組みを選択するかという問題だと思います。弁護士会のある程度の支持を得ている意見で,多数派ではないと思いますが,私個人としては書面を要件としたところから小さく始めるというのがよいのだろうと思います。書面で明確な合意がある場合に,完成猶予するという小さく生むという考え方を採れば,最初の書面合意を要求するとともに,1年で終わりというような制限も設けないと,合意できちんと何年間猶予すると書けば,その期間を優先させていいのではないかと思います。   また,協議する旨の合意という表現でよいのかと。小さく生むという観点から立つと,協議を行うので何年間時効の完成を猶予すると,そこまでの効果を書き込んだ書面にしたほうが分かりやすくなるのではないかと,こういう考え方があると思います。かなり仕組みを小さくし,ある意味,合理的な企業同士しか使えない制度になるとは思いますが,取りあえず,そのニーズをくみ上げるところからスタートするのでいいのではないかというふうな意見を持っています。それが一つです。   あと二つ,細かい質問と意見でございますが,まず,最初の質問は6の(1)のアの裁判上の請求の中に,労働審判だとか,家事審判だとか,審判の申立ては含まれるのでしょうかという質問でございます。もし,含まれるとすれば部会資料だとか,骨子仮案の説明書には,そこまで書いたほうが分かりやすいのではないかと思います。   最後の細かい話ですが,6のアの(エ)の再生手続参加の個人再生の点でございます。極めて細かい話なので申し訳ないんですが,立法する以上,詰めておいたほうがいいだろうと。この場合,手続内確定しかしませんから普通の再生手続参加ではないと。一覧表が出て届出書を出しても,それを参加と呼ぶのは少し抵抗があるのではないかと。そうなると,一覧表に書いたことによって承認があったので中断すると,そういう考え方のほうがすっきりするのではないかという意見と,そこまでの効果は与えるべきではないという意見と,まだ,分かれておるんですが,少なくとも今の事務当局の個人再生についての考え方を明らかにしていただければと思います。 ○鎌田部会長 それでは,事務当局からお願いいたします。 ○村松関係官 個人再生の点についてだけ申し上げますと,確かにおっしゃるように違いがあるなというのを認識してはおりまして,そこは解釈に委ねればいいのかなと思っていたところではあるんですが,性質が違うので扱いは別なのかなと何となく思っておりましたが,今,御指摘いただきましたので,もう少し,よく検討したいと思います。 ○岡委員 労働審判と家事審判は。 ○村松関係官 家事審判は入ります。労働審判は,今は正確に申し上げられませんが,そこも解説等では触れるようにいたします。 ○山本(和)幹事 3点ですけれども,先ほど話題になった財産開示ですけれども,確かに財産開示で財産が見つかった後は,それに基づいて差押え等が行われる,そういう意味で強制執行の一種の前置的手続なので,それだけで更新の効果が生ずるということへの違和感というのは理解できることがあるんですが,ただ,やった結果,財産が見つからないこともあって,実際の事件で私が承知している限りでは,むしろ,そのほうが圧倒的に多いのだろうと思っています。そうだとすれば,その後,差押えにいくということが結局,できないことになってしまいますので,そういうことも考えれば,この手続は先ほど村松さんも言われたように債務名義を持って相手方を呼び出す,比較的重い対応の手続になっていますので,そういう意味では,それを行うことによって更新の効果を認めるということ自体に,私自身はそれほど違和感を持っていないというのが第1点です。   それから,2点目はアの(イ)の支払督促なんですが,前から気になっているところがあるんですけれども,(1)のイで権利が確定したときとなっているのですが,もちろん,旧民事訴訟法下の支払命令は最終的に既判力を持つわけですけれども,現行法は裁判所書記官権限化したこともあり,既判力はやめてしまったわけですけれども,その意味で,先ほどの岡先生の個人再生なんかの話とも関わるのかもしれませんけれども,(ウ)とか調停調書とか,債権者表等についても既判力があるかどうかというのは争いがあると思うので,そういう意味で,イの権利の確定というのは必ずしも厳密な既判力ではないと思うのですが,何らかの形でそういう場合が確定すると思うんですけれども,支払督促はいかなる意味でも権利が実体権としては確定しないのではないかと,その前の事由も全て請求事由になりますので,ですから,そういう意味で,これで何かそろえて権利が確定したときと書いてしまっていいのだろうかというのは,疑問に思うところもありまして,検討していただければと思います。   それから,(1)のエのところで,前に発言したことがあったかもしれませんが,ただし書のところで権利者の請求により取り消されたというのは,今の民法にもある言葉だと思うんですが,前から分からなくて,これは取下げ以外に私の知っている限り,民事執行法で権利者の請求で取り消されるということはないような気がするんですが,仮に取下げのことだけだとすれば,現在の取下げは手続の当然終了の効果を発生させるというのが一般的な理解で,もちろん,取下げによって裁判所が手続を取り消すと,ドイツの民事執行法は今でもそうみたいですけれども,そういう構成であれば,この表現でも理解できるところはあるんですが,どうも今の民事執行法の手続の構成にそぐわないような規定ぶりになっているのではないかという感じがしていまして,何か,もっと深い意味があるのであればあれなんですけれども,単に取下げのことだけを書いているのだったら,取下げと書いてもらったほうが民事執行法的にはいいような感じがするということです。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   ほかによろしいでしょうか。 ○山川幹事 先ほど岡委員からお話がありました労働審判の件ですが,是非,お書きいただきたいと思います。恐らく労働審判の場合,やや特殊で,審判に異議が申し立てられた場合には,遡及的に訴えの提起があったものとみなすということで,審判に異議がない場合には和解と同一の効力ということなので,それに応じて違ってくると思いますが,いずれにしてもお書きいただければと思います。 ○中田委員 「時効の効果」について2点ございます。   まず,7の表現なんですが,これはこれでよろしいと思うんですけれども,取得時効については現在の規律を維持すると説明で書いてありますけれども,そうすると,具体的にどんな規定になるのかがよく分からないものですので,今回は結構なんですけれども,次の機会にでも何らかの形でお教えいただければと思っております。   もう1点なんですが,25ページの4行目の丸のところで,中間試案第7の8(2)を取り上げないということですが,その結果,どうなるのかということがよく分かりませんでした。確定効果説か,停止条件説かについて決めないということは分かるんですけれども,あとは結局は現在のままだという理解でよろしいのでしょうか。   以上,2点です。 ○鎌田部会長 それでは,御説明をお願いいたします。 ○合田関係官 まず,1点目の御質問について,最終的に取得時効も含めてどういう規定になるのかというのは,今回お示ししている案が一応は最終的な条文をイメージしたものではあるんですけれども,それでもし問題があれば,更に書きぶりについて検討したいと思っております。   それから,2点目の御質問ですけれども,御説明いただいたとおり,その点はどちらかということを決めないで,現状のまま,特に変わらないという考えでおります。 ○山野目幹事 中田委員が問題提起をされた2点のうちの1点目ですけれども,取得時効を念頭に置いた145条の規律表現がこの規定の見直しの後,どのようになるかという問題について22ページに,今,お示しいただいているとおりの基本的な骨格の法文イメージでこの後,起草が進んでいくとすると,是非,可能ならば若干の御工夫をお願いしたいということの要望を申し上げます。部会資料でお書きいただいているとおり,確かに取得時効については狭い意味での当事者でない者に,どの範囲で時効援用権が認められるかということについて,判例の蓄積が貧しいということは,そのとおりであると感じます。しかし,それと同時に,判例が提示しているところの,時効により直接に利益を受ける者という基準それ自体は,消滅時効に限って展開されてきた判例法理ではないものでありまして,その部分を今般の規律表現の見直しで殺してしまってはいけないと感じます。   今のままですと,括弧書きの中に消滅時効にあっては,と書いてあって,ここが妙に浮かび上がってきて,この表現の跳ね返りで括弧の外の当事者のところが,取得時効については所有権の取得時効でいうと,所有権者になる者のみを意味するという解釈を助長するとすれば,取得時効法の分野における研究や法律運用の検討の発展を阻害するおそれがあるであろうと感じます。是非,ここのところを何か御工夫いただければと思います。本当は中間試案のときに気付いているべきであったことですから,自分もうっかりしていたと感じましたけれども,御検討をお願いできれば幸いです。 ○畑幹事 停止・更新に戻ってしまいますが,先ほど話題になった支払督促ですとか,民事執行で権利の満足に至らない部分や財産開示などですけれども,これらは権利の確定には至らないけれども,ある種の権利行使であるという,従来もなかったわけではないのでしょうけれども,やや特殊なジャンルかなという気がいたします。それをどこまで広げるかというのは,最終的には政策的な判断ということになるのかなと思いますけれども,個人的には財産開示辺りには違和感を持っておりました。 ○中井委員 6の「(4)天災等による時効の[停止]」ですが,これも教えていただければですが,前記(1)アの(ア)から(オ)までの手続を行うことができないときとしています。中間試案は右側にありますが,(5)ですが,上記(1)アからカまでの手続を行うことができないときはとなっており,カの仮差押えその他保全処分が外された。推測するに,現行条文は161条で時効を中断することができないときはという言葉がある。そこで,時効中断に代わって更新だから,更新事由に当たり得るものに限ってアからオにしたのかなと,後ろの説明を見てそんな雰囲気に読めるんですけれども,実質的にそんなことを考えなければいけないんでしょうか。   逆に,(4)は時効の停止で,時効が停止するためには何か,権利の確定ではなくて権利の行使,つまり,アの(ア)から(カ)の権利の行使をしたら,時効の停止を認めましょうというのは一律なわけです。そうだとすると,(4)から,あえてカを外す積極的理由があるのでしょうか。更に言うならば,天災地変があって権利行使ができないとき,その権利行使ができない事情が消滅したときから6か月猶予するというのがもっと素直ですので,端的には権利行使ができないという事情で足りるのではないか。少なくともカを外すのは不自然な感じがいたしました。 ○岡委員 明示的一部請求について先ほど言い忘れましたので,補足的に言わせていただきます。取り上げなかった理由として訴えの提起だけ取り出して明文化するのは適切ではない,ほかのところの検討が終わっていないので無責任だと,そのような趣旨のことをおっしゃられましたけれども,前も同じような論点で,一度,議論があったかと思いますが,まずは先ほど村松さんも言いましたけれども,ど真ん中が訴えの提起であると,最高裁の判例がつい最近も出ていると,そういう判例のリステートメントあるいは国民に分かりやすい民法にすると,そういう観点からは判例が固まった最もど真ん中のもとを取りあえず明文化しますと,それ以外のところについては今後の解釈に委ねますと,反対解釈を条文化したものではありませんと,そう言えば足りると思いますので,これは,是非,明文化の方向でもう一度お考えいただきたいと思いました。   ただ,取り上げなかった理由の上のほうに,理論的な根拠については明らかではないと,何か,判例雑誌のコメントにもそのようなことがあったようなんですが,ここについてはよく分かりませんので,もし民訴学者の先生方において,それほど異論がないのであれば,つい最近の最高裁の判例ですので,あれを無視したのかと言われて,また変な解釈が出てもいかがかと思いますので,また,実務上も最近の原発訴訟等においては,明示的一部請求がかなりなされていると聞いていますので,それに対する指針を示す意味でも,ここは是非,再度検討いただきたいと思います。 ○鎌田部会長 御指摘の点は検討させていただくということでよろしいですね。時効の効果についての御意見も既に出されているところですので,「7 時効の効果」について御意見がありましたら,御自由に御発言ください。  よろしいですか。   特にないようでしたら,ここで一旦,休憩を取らせていただきます。          (休     憩) ○鎌田部会長 それでは再開します。   69Aの「第2 相殺」について御審議いただきます。事務当局から説明をしていただきます。 ○松尾関係官 「第2 相殺」の「1 相殺禁止の意思表示(民法第505条第2項関係)」では,相殺禁止の意思表示を善意無重過失の第三者に対抗することができるとして,民法第505条第2項を改めるもので,中間試案からの変更はありません。なお,中間試案では明示的に取り上げていなかった問題ですが,相殺禁止を主張する債権者又は債務者が主張立証責任を負担することを明確化していますので,この点についても御意見があればお伺いしたいと思います。   「2 支払の差止めを受けた債権を受働債権とする相殺(民法第511条関係)」は,まず,差押えを受けた債権を受働債権とする相殺を差押債権者に対抗するためには,自働債権と受働債権の弁済期の先後は要件としないという無制限説を明文化することとしています。また,この問題とは別の問題として,民法第511条については差押時に具体的に発生していないものの,発生原因が存在する債権を自働債権とする相殺が禁止されるか否かが,条文上明らかではないという問題があります。そして,この点について破産法では,破産手続開始決定時に具体的に発生していない債権であっても,破産債権に該当するものであれば相殺することができるとされており,民法と破産法の整合性が問題とされてきました。この問題を解消するために,民法第511条を改め,差押時に具体的に発生していない債権であっても,差押えの前の原因に基づいて生じた債権を自働債権とする相殺を差押債権者に対抗することができることとしています。以上の基本的な考え方は,いずれも中間試案から変更はありませんが,具体的な文言としては破産法における破産債権の定義を参照することとしています。   「3 相殺の充当(民法第512条関係)は,相殺に遡及効が認められることとの関係で,複数の元本債権相互間の相殺の順序をどのように決するかが問題となりますが,この点について判例は民法第512条及び第489条の規定の趣旨にのっとり,元本債権相互間では相殺適状となった時期の順に従って相殺し,時期を同じくする元本債権相互間及び元本債権と,これについての利息・費用債権との間では,民法第489条及び第491条を準用して相殺充当を行うとしています。そこで,この判例法理を明文化することとしており,実質において中間試案を変更するものではありません。 ○鎌田部会長 ただいま,説明のありました部分につきまして,御自由に御発言を頂きたいと思います。 ○岡委員 2番の511条関係についての発言をさせていただきます。   一つ目は,中間試案の表現を微妙に変更し,破産債権の定義と整合させたと理解をしております。この点については賛成でございます。   二つ目に,破産法と整合させたがために,2の(2)他人の債権を取得した場合には対抗できないと,こういう規定を導入することになっております。これも今の破産法を前提にする限りは,取りあえずはこれが最も無難であると考えます。ただし,破産法においても他人の債権を取得した場合には別という,この表現とこの規律が正しいか,相当であるか,議論があるところと承知しております。したがいまして,他人の債権を取得した場合には別という規律については,将来の倒産法が改正されるときには,それに合わせて変えると,こういう条件付きの見直しと理解するのがいいだろうと思います。   それから3点目,これは大きな問題ではございませんが,30ページについて,転付命令を受けた場合の規律であります。第三債務者が差押前の原因に基づいて生じた債権を第三債務者が持っていて,最終的にはそれの弁済期が来たら相殺できる状況にあるけれども,まだ,その弁済期が来ないので,相殺はしていない状況で差押えが来たと。それで,転付命令が来たと。転付命令が来て,それが確定した後,転付命令を得た債権者が先に逆相殺の意思表示をした場合には逆相殺が勝つと,こういう最高裁の判例を踏襲するということが前提だと思います。   それはそうなのだろうなと思いながら,その転付命令の規律と債権譲渡の場合の相殺の抗弁との規律がどうなるのかが今一つ分からないところでございまして,それはここで議論する話ではないと思いますが,債権譲渡と相殺の論点を今度議論するときに,511条と転付命令による逆相殺の問題と,債権譲渡と相殺のところが統一的に整理されるように素案を考えていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかに御意見はいかがでしょうか。 ○中原委員 今回の相殺に関する提案については,銀行界としては現行の実務に沿うものであり,高く評価しています。また,部会資料69A正誤表により,転付と相殺に関する関係が現行の規律を変更するものではないということが明確になったと理解しています。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがでしょうか。事務当局から何かコメントはありますか。よろしいですか。   よろしければ,次に進みます。部会資料69Bについて御審議いただきます。部会資料69Bの「第1 不法行為債権を受働債権とする相殺の禁止(民法第509条関係)」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○松尾関係官 部会資料69Bの「第1 不法行為債権を受働債権とする相殺の禁止(民法第509条関係)」では,不法行為債権を受働債権とする相殺を禁止する民法第509条の見直しの問題を取り上げています。民法第509条はその規定の趣旨に照らして,相殺禁止の範囲が広すぎるということが問題として指摘されており,この点について中間試案では,債務者が債権者に対して損害を与える意図で加えた不法行為に基づく損害賠償債権,債務者が債権者に対して損害を与える意図で債務を履行しなかったことに基づく損害賠償債権,生命又は身体の侵害があったことに基づく損害賠償債権について,相殺を禁止するという考え方が取り上げられていました。   これに対しては賛成する意見も少なくない一方で,様々な観点から問題も指摘されていますので,その問題に対応することで改正についてのコンセンサスが得られるかどうかについて,御意見を承りたいと考えております。特に大きな問題とされているのは,債務不履行に基づく損害賠償請求権を相殺禁止の対象として明示することの当否と,損害を与える意図という概念を用いることの当否の2点です。特に債務不履行に基づく損害賠償請求権との関係については,相殺禁止の範囲が不明確であるとして批判する意見が多く寄せられており,これに適切に対応する要件を設定することも容易ではないことを考慮すると,この点については引き続き解釈に委ねることも考えられるように思います。また,損害を与える意図という要件については,要件を明確化する趣旨で損害を与える意図を故意と置き換えるべきであるという御意見がありました。   以上,紹介したような意見があることを踏まえて,民法第509条の改正の要否や改正する場合の具体的な考え方について御審議いただければと思います。 ○鎌田部会長 それでは,ただいま説明のありました部分について御審議を頂きたいと思います。御自由に御発言ください。まずは改正の必要性についての御意見を伺いたいということでございますので,その点についての御発言をお願いいたします。 ○深山幹事 既に議論されているように,過失による不法行為の場合,取り分け交通事故などを例に挙げて,相殺禁止の範囲が広すぎるのではないかという問題については,そのとおりだという気がいたしますので,過失行為を除外するという意味で現行法より狭くするという方向の改正については,そうすべきではないかと思います。   他方で,債務不履行責任といいますか,債務不履行で構成した場合の損害賠償については,逆に現行法を広げるという方向の改正提案もあるわけですけれども,これについては既に御紹介のあったように,パブリック・コメントでもあったそうですが,損害を与える意図でという文言では適用場面が不明確である,あるいは広がりすぎるという批判もあるところで,これについては消極に考えており,中間試案で示されているところの(2)については,明文で規定を設けないというほうがよろしいのではないかと思います。そういう規律にした場合でも,不法行為に準ずるような債務不履行責任の場合に,類推適用して相殺を制限する余地というのは判例等でも示されていますので,そういう解釈はなお残るのだろうと思いますが,その程度の例外的な適用場面を考えれば十分ではないかという気がいたします。   そうしますと,資料の一番最後に書かれておりますような中間試案の(2)を削除するということと,それから申し忘れましたけれども,損害を与える意図というのは,故意というほうが適切な表現ではないかという気がいたしますので,ここに示されているような(2)を削除した上で,1の損害を与える意図を故意に置き換えるということがよろしいのではないかと考えております。 ○潮見幹事 1点,深山幹事にお尋ねしたいことがあります。債務不履行のところですけれども,債務不履行という場合をこの中に設けることが規定文言表現上,難しいところがあるということについては私も分からないではありません。ただ,分からないのは,パブコメにも書いているからということもおっしゃられたのでお尋ねするのですが,債務不履行ということをここに入れることによって,相殺禁止が広がりすぎて困るというのは,例えば具体的にはどういう場合を想定しているのでしょうか。 ○深山幹事 規律として本来,現行法の509条が意図しているような趣旨を超えて禁止される範囲が広がるのではないかという懸念があり,それが困るというよりは適切かどうかという問題だと思いますが,相当かどうかという意味で,相当ではないという印象を申し上げたということです。 ○潮見幹事 そうであれば,そういうことにならないような形での規定文言が可能であるかどうかというところを検討していただいた上で,その部分についての当否を判断すればよいのではないでしょうか。 ○佐成委員 相殺禁止の範囲が現行法は広くて制限したいという方向性そのものは,経済界の中では賛成の意見が強いと認識しております。今の(2)の部分の論点に関しては,議論をした中では,賃貸借に関して賃貸人が倒産しそうな場面において,意図的に賃料を支払わないというようなケースがあり,それによってある程度,債権回収の実を上げるというような実務が行われているようですが,今回,これが入りますと,その辺に影響を及ぼすのではないかと,そういうような意見がありました。いずれにしても,被害者の保護という観点だけではなしに当事者間のバランス,無資力リスクを一方にだけ負わせないような形にするというのは,是非,実現していただきたいというのが意見でございます。 ○鎌田部会長 今の賃料不払いのケースは,故意の債務不履行であることは間違いないですね。 ○佐成委員 間違いないです。だから,これをやりますと,今は不法行為ということですけれども。 ○鎌田部会長 そこは故意という縛りでは広すぎるので,害意というように,もっと絞ればいいという話なのか,そういうこともあるので,債務不履行全部を落としてしまえという意図なのか。 ○佐成委員 内部で出た意見なんですけれども,そういうことが行われているので,これをそのまま入れてしまうと実務には影響しますという指摘にとどまります。だから,落とせとまで言っているわけではなくて,そこには影響するだろうという意見でございます。 ○道垣内幹事 鎌田部会長がおっしゃったことに関係するのですけれども,故意と置き換えたほうが分かりやすいということの理由がよく分かりません。損害を与える意図で加えた不法行為というのが,故意による不法行為のことを全て指しているのかという問題なのだろうと思うとともに,故意による不法行為のときの故意の対象は何なのかということを踏まえたとき,故意による債務不履行のときの故意の対象は何なのかということなのです。ここは損害を与える意図と書いてあるところにポイントがあるわけであって,今このような行為をしないと債務不履行になることを認識してそのような行為をしない,という意味において故意による債務不履行であっても,例えば敷金を回収するために,賃貸人が資金がないときに賃料の不払いを行うということは,損害を与える意図を有しているわけではなく,ここに入らないということを表しているのではないかと思います。したがって,このままでいいと思うとともに,故意と直すことには反対です。 ○鎌田部会長 ほかの御意見はいかがでしょうか。 ○中井委員 この509条については,議論の経過をきちっと振り返っての発言ではないことをお許しいただきたいんですけれども,これを拝見して思いましたのは,また,昨日の弁護士会のバックアップ会議の意見を聞いて思いましたのは,これは何を守るのかという点なんです。悪質な不法行為を受けた被害者を守る,それは財産的損害にしろ,人身的損害にしろ,守ろう。方向性は一つ,それがあるのか。もう一つは端的に人身損害を守ろう。仮に後ろに特化すれば,不法行為に基づくものであろうが,契約に基づくものであろうが,人的な損害賠償請求権との相殺は許さずに,被害者救済のために機能させる方向に特化していく。他方,行為態様を問題にすると,故意若しくは従前の言い方では損害を与える意図で加えた行為ということになるのかもしれませんけれども,そのどちらを重視して考えていくのかによっても,構成の仕方は違ってくるような気がいたしました。   それから,もう一つは,部会資料でも何回か述べられていますけれども,交叉的不法行為若しくは双方的不法行為,お互いに人身損害を被って相手方に損害賠償請求権を持っているときに,一方の無資力リスクを他方当事者のみが負担することが果たして公平なのか,それはいくら人身損害であれ,一方は満額回収して,一方は他方が破産になれば全然回収できないという事態は不公平で,むしろ相殺を認めることによって双方が数量的満足を受けるほうが公平なのかもしれない。それはいよいよ物的損害のみが交叉的・双方的不法行為の場合になおさら言えるものだから,それは除外しましょうと,そういう考え方が背景にあったのだろうと思うんです。   したがって,ここを改正するとするならば,何に価値の順序を置くのかということを議論することと,双方的な不法行為,双方的な債務不履行というのもあるのかもしれませんけれども,それについての公平をどのように確保するのか,両面から考える必要があるのではないかと感じた次第です。 ○鎌田部会長 何かありますか。 ○松尾関係官 今,中井先生に整理していただいたところについて申し上げますが,少なくとも中間試案は中井先生が最初に挙げていただいた二つの点は,どちらも重視すべきだろうという価値判断に基づいていたのだろうと思います。つまり,故意に基づく不法行為による損害賠償請求権であれば,物損であろうが,人損であろうが,相殺をさせない。それは悪質な不法行為からの保護という観点を重視したということであります。他方で,生命・身体を害する損害賠償請求権について相殺を禁止するという点については,故意,過失を問わず相殺禁止の対象としているように,生命・身体の不法行為については更に被害者保護の必要性が高いということを考えていたものだと理解をしております。   そうすると,結局,不法行為債権を受働債権として相殺することができる場合というのは,損害を与える意図に基づかない不法行為に基づき生ずる,財産権の侵害に対する損害賠償請求権になるのだろうと思います。これだけでよいのかどうかということは問題があるかもしれませんが,このような枠組み自体には,パブリック・コメントでも余り,賛成する意見は少なくなかったと理解しております。   他方で,交叉的不法行為について相殺を可能とするという話は,この問題とは別の観点に基づくものと位置付けられるような気がしています。この場合に限って相殺を認めればよいのではないかという御意見は,パブリック・コメントでも現にありましたし,更に交叉的不法行為の場合については,両方が被害者であって,相殺を認めるべき局面だから,人損であっても相殺を認めるほうが望ましいという御意見もあったのも事実です。そこは少し区別をして考えられるのではないかという気がしますが,交叉的不法行為の場面というのをうまく切り出して,条文化できるのかという問題も別途ありそうな気がしますので,そこも含めて御検討いただければと思います。 ○中井委員 確かに考慮すべき事情は,考慮された上での中間試案であることは理解をしております。昨日の議論で出た提案を紹介しておきますと,先ほどの観点から債権者の持っている債権の優先順位を考えていくならば,被害が人身損害で態様が故意,これに基づく損害賠償請求権をトップの位置に置くならば,その次に過失,債務不履行なら悪意によらない債務不履行かもしれませんけれども,過失によって発生した損害賠償請求権で,第三順位はそれ以外の財産に対して発生した損害賠償請求権,第四順位は貸金等その他一般の取引債権も含めてその他一切の債権。   それで禁止すべきは何か。劣位の債権を持っている者がそれより優先する債権を受働債権とする相殺を禁止する。これが理念としては最も説明がしやすい。劣位の持っているもの,つまり,一般取引債権しか持っていない者が生命・身体の損害賠償請求権その他不法行為に基づく損害賠償請求権との相殺はできない。過失に基づく損害賠償請求権を持っている者が故意による損害賠償請求権と相殺することはできない。つまり,優先する債権との相殺を禁止する。これがこの制度の本来的な精神ではないか。そのときは対等,交叉的な損害賠償請求権は同列ですから相殺できるという解決になる。そういう提案がありましたので御紹介します,時宜に遅れているかもしれませんが。 ○鎌田部会長 それは,事務当局で考慮していただくということにします。ほかに御意見はありませんか。大勢がどっちなのかがよくわからないので,是非たくさん御意見をお出しください。 ○沖野幹事 大勢を作ろうという意図はないのですけれども,別の意見を申し上げておいたほうがいいかということで,申し上げます。今,中井委員がおっしゃったことを直ちに評価はできないのですが,それはかなり趣旨を変えてしまうことになるだろうと思います。元々,教科書的に言われているのは,特に,相殺ではなく,現実の給付を取らせる必要があるところに現実給付を取らせるということと不法行為を誘発しないということです。509条の相殺禁止について,そのような観点から見直しを行うというものと,相殺を通じた債権間の優先的回収における序列をいかに確保するかというのは,恐らく全然別の問題であろうと思います。   更には一つ目の話については,今回,パブリック・コメントでも出されて,中井委員もひょっとしたらという留保を付けてお話になった点ですが,片方が無資力であって,互いに保護に値するような場合には,むしろ,相殺を認めたほうがいいではないかということですが,それも相殺の持つ一方のみが無資力の負担を帰せられるということと,でも,これは現物として取らせるべき債権なのだということとのどちらを重視するかで,被害者が無資力であって,自分としては債務を弁済できない,相手方は十分資力があるから,その被害を自力でも手当てできるというようなときに,せめてむしろ,その被害者に現物の給付を取らせるという判断もあり得るし,それはそれで,むしろ,この規定としては,元々そういう趣旨ではなかったかと思いますので,別の考え方があり得るのはそうだと思いますけれども,必ずしもそれ一辺倒ではないのではないかと思います。   それから,不法行為の誘発という点については,被害者を救済するというほうに目を向けるのか,そのような誘発を防ぐということなのかということによっても違うという面があります。誘発を防ぐということであれば何といっても意図的なものを防ぐ。故意ということになりますが,しかも,故意というのも単純な認識からいろいろな面がありますので,ひどいものだけをさせないということは理由があると思います。これに対して,被害者の保護ということを言い出すと,別に故意に限らなくても非常に無謀な過失といいますか,そういうようなこともあり得るのではないかとなってくると思いますので,そこの捉え方も少し違っているのではないか。  私自身はむしろ従来の元々の制度趣旨をいかすような適切な範囲設定をということでいいのではないかと考えておりまして,その観点からしますと,現物を取らせる必要があるという意味での保護の高い場合として人損,生命・身体の侵害の場合と,それから,誘発防止というところでは特に害意であるような場合を対象とすればよいのではないかと考えます。   最後に,故意の点は部会長や道垣内幹事が言われたように,故意というのは逆に広すぎるというイメージがあります。実質は害意だと思いますけれども,害意というのが使えないのならば,かなり異論があると思いますけれども,私は悪意のほうがまだましではないかと思います。民法でも,裁判離婚の原因のところで,悪意の遺棄という表現が用いられていますし,それから,破産法でも悪意で加えた不法行為として故意の不法行為とは別にそのような概念を用いていますので,確かに悪意というといろいろな使い方があって,知っている,知らないだけのこともありますけれども,現行法自体に,害を含んだ悪意という用法もありますので,故意にするぐらいならまだ悪意のほうがいいのではないかと考えております。 ○中井委員 沖野先生のおっしゃられたことの目的とする部分は,先ほど私の申し上げたことと基本的には矛盾しない,不法行為を抑制する,悪意,害意を持っている者に対して,被害者の権利を確実に取得させる,結果としては同じではないか,そう感じました。 ○岡委員 2点だけ申し上げます。   1点目は,鎌田先生が意見の分布状況を知りたいとおっしゃったので,弁護士会のバックアップでの会議の状況からいきますと,現行法でいいという意見が相当数ございました。しかし,部会資料の最後に書いてある,債務不履行は解釈に委ね故意に収れんさせると。これについてもそれなりの支持がございました。それに加えて同一事故に限るべきだとか,中井さんがおっしゃったようなもう少し工夫したほうがいいのではないかと,そういう意見もございましたが,数からいけば現行法で無難ではないかというのが多く,部会資料の5ページの提案もそれなりの支持があったと,そんな状況だと思います。   それから,今の二つ目の意見ですが,沖野さんが悪意で加えたという表現を言われて,破産法にも例があるといったのは,非免責対象債権の規定だろうと思います。そこを見ると悪意で加えた不法行為の請求権と,故意又は重大な過失による生命・身体,生命・身体にも故意・重大な過失をかぶせていると,この免責と相殺禁止とがどう理論的に結び付くかはよく分かりませんが,制度趣旨としては必ず払わせるというような趣旨からいくと,それなりに連続性があるのではないか。そうなると,実務家としては似たような制度だったら似たような要件にしてくれると,運用はやりやすいなということを感じました。 ○潮見幹事 1点前の中井先生の発言とかの部分に限って,お話をさせていただきたいと思います。沖野幹事と,結局同じようなことを考えているというふうな形でおっしゃれましたけれども,私が伺っている限りでは同じようなことは考えられていないのではないかという感じがいたしました。むしろ,中井委員がおっしゃっている枠組みというのは,交叉的不法行為も視野の中に入れて,受働債権の性質のみならず自働債権の性質も考慮に入れながら,相殺の可否を判断していく枠組みをここで構築するのが望ましいのであるという意見であり,このことが弁護士会の中で出てきた債権の優劣という観点に入ってきているのではないかというように感じました。   現行法を前提にした場合には,沖野幹事がおっしゃられたように不法行為の誘発の防止と,それから松尾関係官は被害者保護とおっしゃったけれども,正確に言うと,被害者に現実の給付を得させるという目的から相殺禁止規定が出来上がっています。その理解を前提とした場合に,現行法というものにおける相殺の禁止というものが若干広すぎるところがあるから,それを制約して,一定のルールとして定めようという結果が,中間試案でしょうし,その(1)と(2)が不法行為の誘発防止,それから,(3)は現実の給付を得させるという観点から立案したものであり,そのうえで債務不履行にも拡張するという観点から中間思案というものはできているのではないかと思います。   そうであれば,次に問題となっている交叉的不法行為あるいは交叉的債務不履行のような場合をどうするのかということについて,今回は中間試案の(1),(2),(3)を設けるにとどめ,交叉的不法行為あるいは交叉的債務不履行については何らかの規定を設けるのではなく,先ほど中井委員がおっしゃったようなことも含めて,その扱いは,なお,今後の解釈に委ねておくという形で,一問一答などで少し明らかにしておいたほうがいいのではなかろうかと思います。個人的には,交叉的不法行為あるいは交叉的債務不履行まで規定に取り込んで,今回の509条を改正に持っていくということをするには,ちょっと,まだ議論が足りないのではないかという感じがいたしました。 ○鎌田部会長 ほかの委員・幹事の皆さんも,是非御意見を。 ○松岡委員 結論の点で賛否の微妙な意見を申し上げます。先ほど深山幹事が債務不履行を外して故意にしてはどうかという提案に賛成されたときに,鎌田部会長や道垣内幹事の御発言があり,私も同じことを考えました。賃料債務の不履行をして,敷金充当は債務者の側から本来できないのですが,差引計算をさせるという対応をとることが,その提案では,相殺禁止になることとの関係で駄目だと言われる可能性があり,そこまで制限することになるのは問題だろうと感じました。   ただ,提案の趣旨が,債務不履行を外して,不法行為に準じるような場合だけ,解釈によって相殺を否定することで足りるというものあれば,今のケースは問題になりませんので,それほど悪くない案であると思います。逆に沖野幹事がおっしゃった破産法の悪意の要件を考慮して,悪意という言葉を使う案には,岡委員から結果的にはいいのではないかと賛成がありました。しかし,現在,悪意は,多くの場面で,何かの事実を知っているという意味に理解されていますので,それと違う用語方をあえて持ち込んで多義的に使うと混乱のおそれがあり,本当に妥当なのか疑いがあります。   お前の意見は結局どうなのかと言われると,まだ迷っています。中間試案のように故意という言葉を使わない代わりに,債務不履行も含ませるが加害の意図のような要件を書き加えておく案か,深山幹事の御提案のように,債務不履行は外す代わりに故意という言葉に変える案の,どちらかだと思います。 ○岡委員 賃料債務のところの話ですが,賃料債務は不払いにしても賃料債務の性質は変わらず,遅延損害金が損害賠償債務になるだけだと思います。それから敷金との関係でいえば相殺ではなく,当然充当の法理ですので,佐成さんが最初におっしゃった賃料不払いにして倒産しかかっている大家から敷金で回収するという話は,ここでは関係ないのではないかと,そう思います。 ○中田委員 理由付けの点だけなんですけれども,責任保険との関係が4ページで述べられております。相殺で損害賠償請求権が消滅したとしても保険金は払われるということで,なるほどとは思ったんですが,実務的にも本当に払われるのかということと,それから,直接請求の場合にどうなるのかということも,検討する必要があると思いました。ここでの議論は双方的不法行為が中心の議論のような感じがしまして,そうすると,結局は双方的不法行為についてどう考えるのかということに帰着するのかと思いました。 ○鎌田部会長 ほかに御意見はいかがでしょうか。事務当局としてはもうちょっと聞いておきたい点がございますか。よろしいですか。   それでは,頂戴した御意見を踏まえて,更に事務当局において検討を続けてもらうことといたします。   次に,部会資料69Aの「第3 更改」及び部会資料69Bの「第2 債権者の交替による更改(民法第515条・第516条関係)」について御審議を頂きます。事務当局から説明してもらいます。 ○松尾関係官 部会資料69A「第3 更改」の「1 更改の要件及び効果(民法第513条関係)」は,債務の要素の具体的な内容と更改契約の成立に更改の意思が必要であることを明記し,民法第513条第2項を削除するという2点で,民法第513条を改めるものであり,中間試案からの変更はありません。   「2 債務者の交替による更改」は,債権者と引受人との合意によって成立する免責的債務引受の要件との整合性を考慮して,要件を改めるという考え方を取り上げています。中間試案では三者合意にするという考え方を取り上げていましたが,三者合意にして免責的債務引受と要件を異にすることに疑問を示す意見があったことなどを踏まえ,中間試案とは異なる案を提示しております。   「3 更改後の債務への担保の移転」では,移転の対象となる担保を質権又は抵当権に限定する点で,中間試案とは異なる考え方を提示しています。更改は旧債務を消滅させるものであり,担保が移転しないのが原則であるという点を考慮すると,免責的債務引受と同様のルールとする必要がないということを考慮したものであり,この点については現行法を維持するべきではないかという判断に基づくものです。   部会資料69Bの「第2 債権者の交替による更改(民法第515条・第516条関係)」は,債権譲渡についての検討の際に,債権者の交替による更改の具体的な改正内容を検討することを御提案するものです。 ○鎌田部会長 ただいま説明のありました部分について御審議を頂きます。御自由に御発言ください。 ○岡委員 二つ,申し上げます。   一つは,先ほど言い忘れたことなんですが,「相殺の禁止」のところで本文は相殺の禁止と書いてあるんですが,素案は民法の条文に従って対抗できないと書いているところについて,禁止できないものとすると書けばいいと思うんですが,なぜに現行民法の条文を残したのかという質問をさせていただきたいと思います。現行民法があるから変える必要はないという答えではない答えを期待しております。   「債務者の交替による更改」のところですが,別に反対する意見ではないんですが,そもそも,弁護士は余り更改を使っていませんので,関心がないといえば関心がないんですが,免責的債務引受と異なる三者間合意による免責的債務引受と同じものが更改だと,免責的債務引受はそれとは別のものだと,こういう中間試案の説明が分かりやすいなと思っておったところ,免責的債務引受と同じ要件にすると。それはそれでも,そういうものを更改と呼べばいいんだなということで理解はできるんですが,なぜ免責的債務引受にくっ付けるのか,そういう何か実務上の要請があるのかという点について解説を頂ければと思います。 ○松尾関係官 今,岡先生が表題と素案の中身がずれているとおっしゃったのは,具体的にどこのところですか。民法509条の中間試案の書きぶりが対抗することができないと書いてあるところがその表題とずれているのではないかという点についての御質問でしょうか。 ○岡委員 何で相殺ができないものとすると書かないのかという単純な質問で,対抗できないではなくて,相殺できないものとするのほうが分かりやすいかなという素朴な疑問です。 ○松尾関係官 中間試案のときにどう考えたかと言われれば,現行の条文の表現を維持したと答えざるを得ないのですが,今の御意見はよく考えて,今後,検討したいとは思います。   あと,続いて「債務者の交替による更改」について御指摘を頂いた点ですが,実務的な要請として,債務者の交替による更改の要件を免責的債務引受と合わせるべきであるという声があるわけではないと理解をしていますが,現在は,判例によってということではありますけれども,債務者の交替による更改と整合的な形で免責的債務引受の要件が設定されています。これを前提として,免責的債務引受の要件を変えたときに,債務者の交替による更改の要件だけをあえて,三者合意にする必要性がまず何なのかということが,パブリック・コメントで出てきた意見なんだと思うんですけれども,そこの説明がなかなか難しいのかなと思いました。つまり,両者の効果の違いというのは,結局,旧債務の消滅といいますか,新債務者が負担する債務と旧債務者の負担する債務の同一性の有無ということに帰着するのだと思いますけれども,その効果の違いと要件の違いがうまくリンクしていないので,そこの違いを説明することが難しく,結局,そこは現在のように更改意思の有無というところだけで区別をするというほうがよいのではないかなと考えて,新たに御提案をしたということです。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいでしょうか。 ○中田委員 今の債務者の交替による更改を免責的債務引受と要件をそろえるというのはよろしいと思うんですが,免責的債務引受についても申しましたけれども,新債務者からの通知という方法は不安定だし,法的性質が不明確なので,免責的債務引受と合わせて検討していただければと思います。   それから,もう一つは表現だけなんですけれども,「3 更改後の債務への担保の移転」の(2)で,更改の相手方という言葉が出てくるのですが,それが分かりにくいように感じましたので,御検討いただければと思います。 ○中原委員 「債務者の交替による更改」ですが,(2)にその債務を履行した場合であっても求償権を有しないと述べられています。通常,更改の場合には対価関係があるので,更改前の債務者に対して求償することはまずないと思います。この提案は免責的債務引受に合わせた表現だろうと理解していますが,求償権を行使しないことが更改の要件であるという趣旨ではないことを確認させてください。 ○松尾関係官 少なくとも対価関係として今処理している現在の実務を否定するようなものではないです。 ○鎌田部会長 法的にも求償の構造に入らないということですね。そういう構成にはならないということなので。 ○松尾関係官 今,部会長がおっしゃられたとおりの意図に基づいて,素案の表現を考えた次第です。 ○鎌田部会長 わざわざ書かなくてもいいという気がしないでもない。 ○岡委員 バックアップで出た質問をさせていただきます。「更改後の債務への担保の移転」のところですが,AがBに5,000万の債権を持っていてそれに保証人が付いていたと。5,000万の金銭債権を特定物の給付の債権債務に切り替えたと,更改したと。そのときに保証債務はどんな形で新しい債務の担保となるんですか。 ○松尾関係官 保証債務は消滅するということになります。 ○岡委員 金銭債務の保証は,5の(1)で債権者は移すことができるものとするという,この規定は使えなくなるということですか。 ○松尾関係官 そういうことでして,もう一度,必要があるのであれば,新債務についての保証契約を締結して,保証債務を設定する必要があるということです。 ○岡委員 そうしたら,抵当権が付いていた場合は,5,000万の金銭債権の抵当権を特定物の給付債権に変えた場合はどうなるんですか。 ○鎌田部会長 移転できる。 ○松尾関係官 この規定で移転することができる。 ○岡委員 でも,抵当権の被担保債権は5,000万の金銭債権,貸付金なら貸付金だとすると,それがなくなって不動産の旧請求権に変わった場合に,5,000万の抵当権は生きるんですか。 ○松尾関係官 登記上,どういう表示をしなければいけないのかというところまで,今,お答えはできないですけれども,少なくとも抵当権設定者が第三者であれば,その第三者の承諾を得た上で抵当権を移転することができるということで,そこは現行法と違いはないと思います。 ○鎌田部会長 抵当権の被担保債権は金銭債権に限りませんので,移転しても特に問題はない。ただし,債権額の表示は必要になってくるということだと思います。 ○岡委員 承諾が必要な場合は承諾しなければいいんでしょうけれども,債務者兼担保設定者が一緒であれば,承諾は不要なんですよね。その場合は一方的に被担保債権の表示を変えられるんですか。 ○松尾関係官 それは要するに更改をするかどうかというところで,債務者は判断をすればよいということだと思います。更改をする以上は,担保が移転される可能性があるということも含めて判断しているはずであるということです。 ○岡委員 債務者は更改契約のところで頑張れと,そういうことですか。 ○松尾関係官 そういうことです。 ○松本委員 先ほど中田委員が言葉の問題を指摘されましたので,私も自分だけが引っ掛かっていることかもしれないんですが,38ページの3の「更改後の債務への担保の移転」というものの(3)の質権,抵当権の移転は,これを設定した第三者の承諾を得なければならないという表現です。ここでいう第三者とは,私は最初,物上保証人のことだけと理解をしまして,とすると,従前の債務者が設定をしている場合については,設定者の承諾なしでも抵当権が更改によって移転をするのかと,読んでしまったんです。ところが,解説を読んでいくと39ページのところで,旧債務者の承諾も必要だと書いてあるので,そこで,ようやくここでいう第三者というのは,更改の契約の当事者以外の者を全部,第三者と呼んでいるのかと気が付いた次第です。   したがって,従前の債務者は債権者交替による更改の場合は,契約の当事者ではないということですから,そうすると,契約の一般理論からいけば確かに第三者だなということで,説明されるとそうだなと理解をしたんですが,普通すらすらと読んでいくと,第三者という言葉がこういう局面で出てきた場合には,従前の債権者,債務者,それから更改契約の当事者以外の第三者を考えることが多いのではないかと。私がそう考えてしまったからなんですけれども,言葉の使い方で誤解を与えないようにされたほうがいいのではないかと。私以外の人がこれで誤解しないということであれば,それで結構ですが。 ○鎌田部会長 その点は検討してもらうようにします。 ○潮見幹事 私も言葉だけで申し訳ありません,3の(2)ですけれども,そこで,更改の契約をする「以前に」と書いていますよね。これは中間試案から直されたものですよね。私が公務のために欠席したときに審議された免責的債務引受のところでは,「同時に」という言葉を確か維持しておられましたよね。解説を見れば,平仄を合わせることを意図すると書いていますけれども,この部分では平仄は合っていないんですよね。これは意図的におやりになっているのでしょうか。   つまり,更改の場合には消滅に関する附従性のみを問題とすべきであるから,これは更改の契約をする「以前に」でいいのだけれども,免責的債務引受の場合には債務の移転という問題がありますから,いつ,債務が移転するのかということに関しての確実性をなるべく確保しておくべきだから,「同時に」という形で,より厳しい基準をそこに課すのがふさわしいという観点から同時という言葉を使ったというのでしょうか。 ○松尾関係官 すみません,今の点はきちんと部会資料でも説明すべきだったのかもしれませんが,免責的債務引受の規律の中で同時にと書いていた部分も,今後,同じように直してはどうかという趣旨で,「以前に」という表現を使ったものです。趣旨としては,結局「同時に」と規定したとしても,免責的債務引受の前に相手方に対して意思表示をしてはならないのかと言われると,そこまでのことを考えてはいかなかったので,そうであれば,実質をよりストレートに書いてはどうかという御提案だったのですけれども,今のようなお考えがあるのであれば,もう少し考えてみたいと思います。 ○潮見幹事 説明文から見て説明の仕方が若干違うことを書いておられたので,そこに何か意図があるのかなと思っただけですから,余り深入りされなくても結構です。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいでしょうか。 ○内田委員 中田委員から指摘された36ページの「債務者の交替による更改」の通知の主体なのですが,免責的債務引受とそろえて,債権者に限ってはどうかという御意見だったかと思います。この点について,免責的債務引受の議論をしたときには,引受人からの通知では不安定なので,債権譲渡の場合とパラレルに,債権者からの通知にすべきであるという御議論があったと思います。   ただ,考えてみますと,理論的には,免責的債務引受の場合,元の債務者,旧債務者を免除するという意思表示は,債権者と引受人,つまり新債務者との間の合意の中に既に含まれているという理解ですので,あとは意思表示を債務者に伝える問題が残るだけです。そうだとすると,これは完成した意思表示を相手に伝達するという意味で使者と同じですので,純粋に理論的に考えれば,通知の主体を限定する必要はないのではないかと思います。   以上は純粋に理論的な話ですが,その上で実質的な政策の観点を考えますと,債権譲渡の場合は譲受人は利益を受ける主体ですので,偽りの通知をするインセンティブがあります。しかし,免責的債務引受とか,ここで扱っている更改の場合もそうですが,引受人は一方的に不利益を受ける主体ですので,偽りの通知をするインセンティブはありません。現実には,更改よりも免責的債務引受のほうが多いと思いますが,免責的債務引受が行われる場面というのは,親族とか,友人とか,関連会社などが債務を肩代わりしてやるといって引き受ける場合が多いのだろうと思います。   そういう場合は,通常,まず,肩代わりしてくれる引受人と債務者との間で何らかの委託の関係が生じていて,その引受人が債権者と交渉して債権者の同意をとったということを伝えてくれば,実質的にはそれで十分なのではないか。それに加えて債権者からの通知を形式上,要求しなければいけないのかという点については,無用の重複のように思えるわけです。その場合に債権者が引受人に代理権を与えて,引受人が代理人として債権者に代わって通知してもいいとも言われますけれども,わざわざそんなことをしなくても,あとは証明の問題であって,債権者の免除の意思,あるいは免責的債務引受をするという意思がきちんと示されている通知がなされていれば,通知の主体そのものを限定する必要はないし,むしろ,実務的にはかえって不便なのではないかと思います。そこで,免責的債務引受の扱いもあわせて改めてはどうかということを含めて,この更改のところにも括弧書きで付けているという趣旨です。 ○中田委員 その議論は免責的債務引受のときにもしたので,今日繰り返すつもりはなかったんですけれども,まず免除あるいは免責の意思表示が債務者ではなく,新債務者との関係で成立していて,その完成のために通知が必要だという……。 ○内田委員 伝達です。 ○中田委員 伝達ですか。伝達が必要だというんですが,そこの論理は更に詰める必要があるのではないかという気がいたします。つまり,通常であれば相手方に対する到達で効力が発生する意思表示について,どうしてそうなるのかということです。それから,もう一つの実質論のほうなんですけれども,おっしゃったような例が多いというのは確かにそうだと思うんですけれども,ただ,一般的に言えば,全く見ず知らずの新債務者から,私が引き受けたのであなたは免責されましたと言われても,それはどういうことだろうかと思って,必ず元の債務者は債権者に問い合わせるということになるのではないかと思うんですね。それがむしろ不安定な法律関係を作り出すことになるのであって,そうであれば先ほどおっしゃったように代理という方法もあるわけですから,債権者からの通知ということで一本化していいのではないかと思いました。というか,本来は免責の意思表示のほうがいいのではないかと思っていますけれども。 ○内田委員 こだわるような問題では全然ないのですけれども,これまでの免責的債務引受に関する議論の経緯の中で,当初の債権者が債務者に免除の意思表示をするという構成をやめて,債権者と引受人との間の合意の中で免責的債務引受の意思表示は完結しているという構成に変わったわけです。そう変わったのであれば,あとはその免除の意思表示を含む合意の内容を相手に伝えるということが残るだけであって,これは完成した意思表示の相手に対する通知,使者による通知と理論的には同じではないかと思います。   あと,全く見ず知らずの引受人なり,新債務者から,債務を引き受けたと言われたときに信用できないというのは,純粋に事実の証明の問題であって,もちろん,債権者に確かめてもいいわけですが,信用できる証拠が示されたときにあえて確かめる必要はないわけで,理論的にはどちらから通知してもいいということではないかと思います。ただ,それほど時間を掛けて議論するような問題ではないので,これ以上は申しません。 ○道垣内幹事 大変細かい点なのですけれども,先ほどの「更改」の3です。(2)について,「以前に」という言葉が意味を持っていることになりますと,(3)の第三者の承諾についても時的限界を記すことが必要な感じがします。多分,第三者の承諾がなければ移転の意思表示自体ができないということになるんだと思うのですが,何となくここだけを読みますと,第三者の承諾が後からあってもよさそうな気がします。どちらが妥当なのかというのもよく分かりませんが,ここまで書くのならいずれかをきちんと書いたほうがよいかなと思います。   第2点もまた極めて細かい話なのですが,先ほど岡委員の御発言に戻り,「相殺」の話です。相殺は対抗できないとまどろっこしく書くぐらいなら,相殺できないと書いてしまえばよいではないかという話だったのですが,若干,違う場面が出てくるのかなという気がします。不法行為に基づく損害賠償請求権が第三者に譲渡された場合に,たまたま譲受人に対して加害者が債権を有していた場合につき相殺できるか否かについて解釈論は分かれると思いますが,対抗だと第三者が債権者になってしまった後は相殺できるという解釈もあり得るのだろうと思うのですね。それに対して,相殺できないというのは相殺できないわけであって,その債権は受働債権としては使えない,ということになります。どちらかに決めなければいけないような問題でもないと思いますし,私はポシビリティとして申し上げただけであって,必ずこういう解釈になるというふうな意味で申し上げたわけではありませんが,できないというのと対抗できないというのは,微妙に違った結論をもたらす可能性がある。そこについて詰めた議論をしない以上は,現行法が対抗できないだったら,対抗できないでいいかなという気がいたします。 ○鎌田部会長 ほかに。「更改」はこの程度でよろしいでしょうか。   よろしければ,部会資料69Aの「第4 賃貸借」について御審議いただきます。事務当局から説明してもらいます。 ○住友関係官 御説明いたします。   「1 賃貸借の成立」は,賃貸借を成立させるための合意の内容として,賃借人が契約終了後に目的物を返還することを約することが必要であることを明記するものであり,中間試案からの変更はありません。   「2 短期賃貸借」は,民法第602条の「処分につき行為能力の制限を受けた者」という文言を削除するとともに,同条各号に定める期間を超える賃貸借をした場合にはその超える部分のみを無効とするもので,中間試案から変更はありません。   「3 賃貸借の存続期間」は,民法第604条を削除し,賃貸借の存続期間の上限を廃止するものであり,中間試案からの変更点はありません。   「4 不動産賃貸借の対抗力,賃貸人の地位の移転等」についてですが,素案(1)は,登記をした賃借権は,「不動産について物権を取得した者」のみならず,二重に賃借した者等に対しても対抗できることを明らかにするものであり,中間試案からの変更点はありません。   素案(2)は,賃借権を対抗できる場合に賃貸不動産が譲渡されたときには,譲受人に賃貸人の地位が当然承継されるとするものであり,中間試案から変更はありません。   素案(3)は,素案(2)の例外として,不動産の譲渡人と譲受人との間の合意による賃貸人の地位の留保について定めるものです。この素案(3)の後段は,中間試案では「譲受人と譲渡人との間の賃貸借が終了したとき」とされていたのを,「譲渡人と譲受人又はその承継人との間の賃貸借が終了したとき」と改めておりますが,それ以外は基本的に中間試案を維持しております。   素案(4)と(5)は,賃貸不動産の譲受人に賃貸人の地位が当然承継される場合の規律であり,(4)は譲受人が賃貸人の地位の移転を賃借人に対抗するためには,所有権移転登記を必要とするもの,(5)は譲受人に敷金返還債務と民法第608条の費用償還債務が移転するというものであり,いずれも中間試案からの変更点はありません。   「5 合意による賃貸人たる地位の移転」は,賃貸不動産が譲渡された場合に,賃借権に対抗力がなく賃貸人の地位の当然承継が生じない場合であっても,譲渡人と譲受人間の合意により,賃借人の承諾を要しないで賃貸人の地位を移転させることができるとするものであり,中間試案からの変更点はありません。   「6 不動産の賃借人による妨害排除等請求権」は,対抗力がある不動産賃借権に妨害排除請求権と返還請求権を認めるものであり,中間試案からの変更点はありません。   「7 敷金」は,敷金の定義や敷金返還債務が賃貸物の返還時又は賃借権の譲渡時に生ずることなどを定めたものです。敷金の定義を素案(1)前段の文中に盛り込んでおりますが,中間試案からの内容面の変更はありません。   「8 賃貸物の修繕等」のうち,素案(1)は,賃借人に帰責事由がある場合には,公平の観点から賃貸人に修繕義務を負わせるべきではないといったパブリック・コメントの手続に寄せられた意見などを踏まえて,現在の民法第606条第1項に中間試案にはなかったただし書を付け加えております。   素案(2)は,賃貸人が修繕をしない場合などには,賃借人が修繕できるとするものであり,中間試案から変更はありません。   「9 減収による賃料の減額請求等」は,減収による賃料の減額請求を定める民法第609条,減収による解除を認める民法第610条を削除するものであり,中間試案からの変更点はありません。   「10 賃借物の一部滅失等による賃料の減額等」のうち,素案(1)については,賃借人の帰責事由によらない賃借物の一部滅失等が生じた場合に,賃料が減額されるという点では中間試案から変更はありませんが,その帰責事由の立証責任を賃借人に負わせている点で中間試案を変更しております。中間試案では民法第536条第1項と趣旨を同じくする規律であること等を根拠として,賃貸人の側に賃借人に帰責事由があることの立証責任を負わせることが想定されておりましたが,目的物は賃借人の支配下にあり,賃借人に帰責事由があるかどうかは,通常,賃貸人が把握することはできないので,賃借人に立証責任を負わせるべきであるというパブリック・コメントの手続に寄せられた意見などを考慮し,帰責事由の立証責任については,現在の民法第611条と同様に賃借人の側に負わせることとしました。   素案(2)は,賃借物が一部滅失等したものの,賃借人に帰責事由があって賃料が減額されない場合に,賃貸人が利益を得たときには,その利益を賃借人に償還しなければならないとするものであり,中間試案からの変更はありません。   素案(3)は,一部滅失の場合に,残存する部分のみでは賃貸借契約の目的を達することができないときに,賃借人は解除できるとする民法第611条第2項を実質的に維持するものであり,中間試案から変更はありません。   「11 転貸の効果」は,適法な転貸借がされた場合の法律関係について定めるものであり,中間試案からの実質的な変更はありません。もっとも,賃料の前払を対抗できない旨を定める素案(3)については,賃料の支払日よりも少しでも前に賃料を支払ったときまで,「前払」に該当するとの誤解が生じないように表現を変更しておりますので,この表現でよいのか,御意見を承りたいと思っております。   「12 賃借物の全部滅失等による賃貸借の終了」は,賃借物の全部滅失の場合に賃貸借が終了することとしたものであり,中間試案から変更はありません。   「13 賃貸借終了後の収去義務及び原状回復義務」は,賃借人の収去義務と収去権,原状回復義務,通常損耗については原状回復義務を負わないこと等を定めたものであり,中間試案からは実質的な変更はありません。   「14 損害賠償及び費用償還の請求権に関する期間制限」の素案(1)は,賃借人の用法違反による損害賠償請求権について1年の除斥期間を定める現行法を維持するもの,素案(2)は,その損害賠償請求権に関する消滅時効について,素案(1)の除斥期間が経過するまでは完成しないこととするもの,素案(3)は,賃借人の費用償還請求権についての除斥期間の定めを撤廃するものであり,いずれも中間試案からの変更点はありません。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,まず,ただいま説明のありました部分のうち,「1 賃貸借の成立」から「5 合意による賃貸人たる地位の移転」までについての御審議を頂きたいと思います。御自由に御発言ください。 ○中田委員 表現の問題だけなんですけれども,「1 賃貸借の成立」の最後の部分ですが,「契約が終了した後に返還することを約する」となっております。この「終了した後に」ということについて,パブリック・コメントでも幾つか意見が出ておりましたけれども,この表現ですと,契約終了時と返還時との中間時期が必ず発生するということになるわけですが,その間の法律関係が不明確になってしまうのではないかという気がしました。例えば敷金返還債務とか,あるいは収去義務とかは常に契約終了後に発生するということになるわけなんですけれども,分かりにくいのではないかという気がしました。   今回の資料を拝見しますと,賃貸人の地位の移転ですとか,敷金ですとか,収去及び原状回復義務のところでは,賃貸借が終了したときという表現も使っておられまして,それとの関係も分かりにくい気がします。そこで,この1について法制上やむを得ないということであれば仕方がないんですけれども,例えば「賃貸借が終了したとき」ですとか,「契約が終了したとき」なども考えられると思います。また,現在の表現ですと,終了した後に返還するというと,終了した後いつまでに返還するかというのがはっきりしませんので,そうすると,例えば「契約の終了後直ちに」とするとかもう少し表現の工夫の余地があるかなと考えました。 ○佐成委員 今の中田委員のご発言の趣旨と同じですけれども,不動産業界のほうから目的物の返還というのは,通常は契約の終了前か,少なくとも終了したときということが実務なので,デフォルトルールとして規定を置く以上は,「終了した後に」という表現は問題があるのではないかという実務的な反対がございましたので,御報告いたします。 ○鎌田部会長 使用貸借の中間試案にもこれに準じた表現を用いているということですね。その点は少し検討をお願いいたします。   ほかにはいかがでしょうか。 ○山本(敬)幹事 「4 不動産賃貸借の対抗力,賃貸人の地位の移転等」についてです。部会資料の45ページ以下を見ますと,要するに,賃借権の対抗の問題と賃貸人の地位の移転に関する規律を分けた上で明文化する必要があるという考え方の下に,(1)と(2)から(5)が書かれています。この方向性は賛成ですが,ただ前から何度か申し上げているのですけれども,この方向性に賛成した上で,その方向性にふさわしい編成なり文言なりにしていただけないものかという意見を,最後の機会だと思いますので申し上げておきたいと思います。   もし,方向性がそうだとしますと(1)と(2)以下は別の規定の仕方,つまり,条文としては分けることを考えたほうがよいのではないかと思います。そして,論理的な順序としては,まず,(2)以下が重要なポイントでして,仮に(2)は,「不動産の賃貸借は,これを登記したときは,当該不動産の譲受人に対して」,現行法で言いますと「その効力を生ずる」ですが,このような書き方をするのであれば,このような場合には,「当該不動産の賃貸人たる地位は譲受人に移転するものとする」と定めて,(3)以下が続く。   その上で,それとは別に,(1)に当たるものを,正に「不動産の譲受人である場合を別として」,「不動産の賃貸借は,これを登記したときは,その不動産について物権を取得した者その他の第三者に対抗することができる」と定めたほうが,先ほどの対抗の問題と地位の承継の問題を一応別にして規定するという趣旨が明確になるのではないかと思います。  前の部会のときに申し上げましたけれども,賃貸借の対抗とは,現に賃貸人がいて,その賃貸人との関係で有する賃借権をそれ以外の者に対抗することができるということを想定した言葉だと思います。それに対して,ここでいう(2)以下は,不動産の譲受人に対して,旧賃貸人との関係で今ある賃借権を対抗するというよりは,譲受人が賃貸人になる,地位が承継するということです。これを「対抗」という言葉でくくってしまうのは問題ではないか,少なくとも言葉の問題としては違和感のあるところです。現行法は正にそうならないようにするために,「効力を生ずる」と定めているわけですが,ただ,そこに対抗の問題まで組み込んでしまったので,少しおかしいことになっているのだろうと思います。   これを今回,仕分けるのであれば,今申し上げましたように,(2)以下を地位の承継としてまず定め,その上で,それ以外の者との関係では現にある賃借権を対抗することができるとして,(1)に当たるものを定めるというのがよいのではないかと思います。要するに方向性は賛成なのですけれども,内容に合ったような構成と表現を採っていただければということです。   もう1点,これについては小さい問題なのですが,(5)を見ますと,賃貸人たる地位が譲受人又はその承継人に移転したときは,敷金に係る債務と608条に規定する費用の償還に係る債務が譲受人又はその承継人に移転するものとするとあります。考えていることはそれでよいと思います。ただ,608条に規定する費用の償還といいますと,必要費償還請求権と有益費償還請求権があるわけですが,必要費償還請求権はそのとおりなのですけれども,有益費償還請求権は賃貸借が終了した時に発生すると考えられているのではないかと思います。そうしますと,それが譲受人又はその承継人に移転するというのは合っていないように思います。ここは気を付けて定めておくほうがよいのではないかと思います。 ○金関係官 最後の有益費と必要費との区別の点は御指摘のとおりなのですが,判例で具体的に問題となった事案は有益費に関するもので,その判例は,今山本敬三幹事がおっしゃったような発想を一応前提としつつも,しかし,債務の承継というような発想で説示をしているようにも見えます。そのようなことを踏まえ,また,有益費と必要費をここであえて区別する必要があるかという問題意識もありまして,今こういう表現になっております。ただ,引き続き検討する必要があると考えております。 ○鎌田部会長 ほかによろしいですか。 ○山本(敬)幹事 もう一つだけ確認をさせていただいてよろしいですか。5の「合意による賃貸人たる地位の移転」で,この内容も特に問題はないのですけれども,第二文で,この場合には前記4(4)及び(5)を準用するものとするとされています。これもデフォルトルールとしては問題がないと思うのですが,(4)や(5),特に(5)について合意の際に別段の定めをしたようなときにはどうなるのかということです。要するに,(5)は強行規定なのか,それとも,任意規定なのかという点を確認させていただきたいのですが,いかがでしょうか。 ○住友関係官 任意規定という理解でございます。 ○山本(敬)幹事 立場として,それで問題はないだろうと思うのですけれども,どのような形で明確にするかは,法文の上で明確にするか,あるいは説明でするか,いろいろあるだろうと思いますが,ここは疑義が生じないようにしていただければと思います。 ○鎌田部会長 分かりました。少し検討させていただきます。   よろしければ,次に「6 不動産の賃借人による妨害排除等請求権」から「10 賃借物の一部滅失等による賃料の減額等(民法第611条関係)」までについて御審議を頂きます。御自由に御発言ください。 ○山野目幹事 51ページの「敷金」のところについて申上げます。敷金についての組織立った体系的な規律が設けられるのは,今回が初めてになるものでありますから,法制上,新しく書き起こすことになる内容が多いと感じます。それであるだけに,言葉遣いは初お目見えになる事柄が多うございますから,今後とも十分に精査をして言葉を選んでいただくことが望まれるのではないかと感じます。   今,差し当たって申し上げますと,充当という言葉が出てきますが,充当というのは民法で既に別のところで用いられていて,あそこで使われている充当とここの充当が同じ意味か,充当を使うのがいいのかという問題は御検討いただけませんでしょうか。従来は充当を用いないで,敷金で債務が弁済されるという表現を使っていましたから,あれを維持してきれいに書いていただくように工夫していただくことが基本線としては良いと思いますけれども,なお,お考えいただきたく存じます。それから,仮に充当という言葉を使うときに,弁済に充当するという言い方を確かに民法の研究者の文献も含めて言い習わしてきましたが,今の,この言葉を使っている法文の充当は弁済に充当するのではなくて,弁済を充当するものです。その点も引き続き細かく見ていただければ有り難いと感じます。 ○鎌田部会長 弁済を充当するというのとちょっと違う充当の使い方で,確かに充当という言葉は私も違和感があるんですけれども,判例には「当然充当」というような表現をしているものもありますので,その辺はどう表現するのが最もよいか更に検討させていただくようにします。 ○岡委員 「敷金」のところで2点,申し上げます。   今の点は,実務家は平成10年代の判例で当然充当されると,相殺とは違うというので考えていますので,当然充当されるものとするという表現のほうがしっくりはきます。そういう印象です。   もう1点,敷金については不動産についてのみ敷金と呼ばれていると思いますので,タイトルあるいは敷金の定義のところに不動産の賃貸借に基づいてと限定すべきと思うんですが,ここは意図的に動産も含むような素案は書かれているんでしょうか。 ○金関係官 意図としては主に不動産を想定してはおりますけれども,しかし,不動産と限定して書くのが正確かどうかというところは一概には言えないところでもあります。敷金といえば必ず不動産を前提としたものであるという点にコンセンサスが得られるのであれば,不動産に限定したものとして書くこともあり得なくはないと考えておりますが,御意見を頂きつつ検討したいと考えております。 ○岡委員 括弧書き,いかなる名義をもってするかを問わずが入ったら,不動産の賃貸借と書かないと広がりが大きくなりすぎるように思います。 ○深山幹事 山野目先生の御指摘のところについて,私も弁済に充当するという言葉が引っ掛かっていたので,一言だけ申し上げます。充当がいいかどうかという問題もあるんですけれども,判例等も含めて当然充当という言葉が一般的に使われていることから,それでよしとするのであれば,「債務に充当する」,あるいは「債務に弁済として充当する」ということではないかなと思いますので,御参考までに申し上げます。 ○鎌田部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○中井委員 その前の6ですけれども,内容に異論があるわけはありません。説明の最後の部分で妨害予防請求権について触れているんですが,妨害予防請求権まで認める必要はないと断言して終わっています。しかし,ここまで果たして断言していいのかどうか,ここはオープンでいいのではないかと思いますので,説明資料作成の際は御留意いただければと思います。 ○鎌田部会長 ほかの御意見はいかがでしょうか。 ○道垣内幹事 大変申し訳ございませんが,一つ,戻ってしまいます。山本敬三幹事が御指摘になった4(5)のうちの有益費償還請求権の話です。判例では移転と言っているのに対し,理論的にはどうかとも思うという話があったのですが,そもそも判例はそのようなことは言っていないのではないかと思います。つまり,判例は,新賃貸人において旧賃貸人の権利義務一切を承継し,新賃貸人は右償還義務者たる地位をも承継すると言っているだけでして,そして,償還義務というのは賃貸借終了時に発生するのだから,償還しなければいけないのは新賃貸人であるというわけです。終了時以前に何らかの抽象的な形で有益費償還請求権が発生して,それが承継されるという構造は判例法理でもないのではないかと思います。正に終了時に現存利益があるかということを踏まえて,その時点の賃貸人が負うという義務であるということなのではないでしょうか。ですから,移転というのに違和感があるという点で,私も山本敬三幹事と認識を共有します。 ○鎌田部会長 更に検討させていただきます。具体的に債務が承継されるのか,そういう地位が当然に移転するという観点から規定するのかということだろうと思いますので,詰めて検討させていただきます。 ○中井委員 そこへ戻ったついでに,(5)の敷金の承継について,判例では延滞賃料等があるときは,当然充当の判例があることを承知しているわけですけれども,実務では必ずしもそうでもない。判例のような考え方を採ると,数年後に明け渡して返還したときに,返還すべき敷金の額について争いが生じ,遡って所有権移転時に不払いが幾らあったのか,どれだけ当然に充当されたのかと,実務的に混乱しかねない。実務としては説明にあるように,契約当事者間では全額承継を前提としていることが多いのは間違いがないと思うんです。   結論として,ここは解釈・運用に委ねるという解決でいいと思ってはいるんですが,一部の意見として,明確にしておくほうがいいのではないか,敷金額そのまま承継される。契約がそのまま移転するわけですから全額承継される。もちろん,それ以前に,賃貸人の不払いがあるとして,充当の意思表示を先行していれば,その結果としての数字が確定していますから,その意思表示に従った金額が承継される。そのほうが実務的な混乱は少なくて済むのではないか。もちろん,当事者が別途,合意することは自由なわけですから,考えていただいてもいいのかと思っています。 ○金関係官 競売の場面でも常に全額承継されるというルールにすると不都合があるのではないかという問題意識があるところですので,もしその場面も含めて常に当然充当はされずに全額承継されるという規律でよいということであれば,検討の余地があるとは思いますけれども,なかなか難しいのではないかと考えております。 ○中井委員 競売の例を挙げられるとそうかと思うのですが,一般的にはその時点では賃料のみならず,様々な契約に基づく債務があり,電気,水道料とかの精算の問題まであって,厳密に考えると,当然充当だと本当に困ってしまうのが実際です。そういう事例を考えたとき,原則ルールとして明らかにしておくのがいいのではないかという意見でした。そうしても譲渡人が当然権利を行使すればいいだけのことなので,特段弊害も生じないだろうということを付加しておきます。 ○中田委員 三つあります。   まず,敷金については民法の他の条文でも既に使われておりますが,それが不動産に限って使われている場合とそうではない場合があると思いますので,それとの平仄を合わせるような規定にしていただければと思います。   それから,「8 賃貸物の修繕等」の(1)です。賃借人の帰責事由によって修繕が必要になったときには,賃貸人の修繕義務はなくなるという部分で,学説の対立があるところですけれども,賃料減額とか原状回復などとの一貫性を保つという説明はよく理解できました。その上でなんですけれども,賃借人に帰責事由がある場合でも,賃借人自らが修繕できない場合があると思います。例えばマンションの台所の流し台に食用油を流して排水管を詰まらせたという事件で,賃貸人の修繕義務を認めて,それが履行されない場合の賃料の支払拒絶あるいは減額請求を認めたというケースもあるようですので,そういった場合も考えると,これだけだと取り込めない可能性があるかもしれないと思いました。例えば賃借人の責めに帰すべき事由によって修繕が必要となり,かつ,賃借人が修繕することが可能なときはとか,何か留保を入れることも検討対象になるかと思いました。   それから,もう一つは10です。一部滅失による賃料減額等について証明責任を中間試案から変更したということで,その理由は理解できたんですが,結果として,原因不明の場合はどうなるのかということがよく分かりませんでした。これだけを見ると,原因不明の場合には賃料は減額されないということになりそうな感じもするんですが,それでいいのだろうかということがまだよく分からないところです。それから,滅失などが生じたときから賃借人が通知するまでの間の使用収益ができないという部分は,どうなるのだろうかということも検討対象かと思いました。 ○山本(敬)幹事 今,御指摘のあった10の証明責任について私も疑問を感じますので,意見を述べさせていただきたいと思います。賃借人の責めに帰することができない事由によるかどうかという点ですが,部会資料の56ページに書いてあるところなのですけれども,賃料は賃借物が賃借人による使用収益の可能な状態に置かれたことの対価として日々発生するものであるから,賃借物の一部滅失によってその一部の使用が不可能になったときは,賃料もその一部の割合に応じて当然に発生しないと考えるべきであるとされています。考え方は正しくそのとおりでして,そうであるならば,一部滅失して使用収益できなければ,それに対応した賃料は当然減額される。ただ,それが賃借人の責めに帰すべき事由によるときには,例外的にその減額は認められないという構造になっているのではないかと思います。   そうしますと,証明責任は,中間試案のようになっていないとおかしいということも言えますし,更に言いますと,先ほどの8の修繕の場合は,修繕の必要が生じれば原則として賃貸人が修繕義務を負う。ただし,賃借人の責めに帰すべき事由によって修繕が必要になったときはこの限りではないとされています。証明責任は,こちらは,賃貸人の側が賃借人に責めに帰すべき事由があるかどうかについて証明責任を負うという形になっていて,8と10とで証明責任の所在が違ってくることになります。これは具合が悪いですし,滅失あるいは修繕の必要が生じたかどうかは,賃借物の支配は賃借人の下にあるのだから,賃貸人からは分からないというようなことを言い出しますと,8のほうもそうでないといけないということになりますが,それは明らかにおかしいのではないかと思います。そうしますと,証明責任に関しては,10についても中間試案に戻すのが適切ではないかと思います。中田委員の御指摘は,さらに実質的にも問題が生じる可能性があるということを示されたのではないかと思います。 ○鎌田部会長 中井委員,先ほど挙手されていましたが。 ○中井委員 全く同じことでしたので,今の山本幹事の意見に賛成です。 ○佐成委員 まず,8のところですが,今回,内部で意見を聞きまして,不動産業界のほうから(2)の点について,取り分け,大規模な建物等では修繕がなされることによって建物全体に影響を与える可能性は無視できず,場合によっては資産価値が減少することにもなりますので,賃借人に修繕権限を明文で与えるという今回の提案については,消極的な意見を述べられておられました。その点はコメントさせていただきたいと思います。それが一つです。   それから,10の証明責任のところですけれども,この提案そのものについて,当然減額に関しては,賃料の当然減額に関する規定を設けるということについて,経済界の意見では(注)の考え方に賛成ということであり,そもそも,これについては反対であるということを述べております。今回,改めて内部で議論しましたのですが,まだ一部の方は反対といいますか,懸念を表明されておられました。ただ,その中でも証明責任が賃借人に変わったという点を評価している意見も出てまいりましたので,その点をどう考えるかというところが今後の焦点になるかと思います。いずれにしても中間試案のままだと,反対がまだ強く残るのではないかというのが経済界の感触でございます。 ○鎌田部会長 ほかの御意見は。 ○岡委員 今の10の(1)の当然減額のところですが,第一東京弁護士会では当然減額でもいいのかもしれないけれども,かなり,後から遡って当然減額を主張されるトラブルは防ぐべきであると。現行法でも請求をすれば遡及的に減額するとなっておりますので,何らかの通知義務というか,請求義務というか,賃貸人に知らせる工夫ができないのかという議論をしておりました。なかなか,いい工夫がないわけですが,14のような当然減額になるような事実を知っているのは賃借人だけですから,それを知ったら1年以内に通知せよと,努力義務としては置いてもいいと思うんですが,法律効果をどうもたらすかとなると,また,微妙な問題はあるんですけれども,一貫して大家にとっての予測可能性を何らかの形で保証できないか,こういう問題意識は今も残っております。何の提案もなく考えてくれというのは言いにくいんですが,そういう問題意識がまだ根強くあることを発言させていただきます。 ○村上委員 私も同様に感じております。全部滅失の場合と違って,一部滅失ですので,賃貸人は,一部滅失していることを知る機会がないのが通常なんですね。実は何年も前から一部滅失になっていたんですよ,だから,実は当然減額になっていたんですよと何年もたってから言われても,それはいかがなものかという気持ちがあります。賃貸人としては,そのときに言ってくれれば,すぐに直したはずだし,そうすれば,賃料も全額請求できたのに,ということがあるのではないでしょうか。 ○松本委員 全く同じところなんですが,家主の側の利益ということを考える必要があるのではないか。つまり,賃貸物件であって家主の所有物です。そうすると,それが債務者の責めに帰すべきでない事由による何らかの状況で朽廃しつつあると,予想外にという場合に早く手を打って財産の保全をするというのは当然,家主としては正当な利益なわけですから,賃貸借契約におけるそういう条項があれば当然だし,なかったとしても,信義則上,賃貸人としては家主に対して通知をして,あなたの所有物がこう朽ちつつありますよ,だから,早く手を打たないと資産価値がなくなりますよということを通知する義務が認められても,私はおかしくないと思います。 ○鎌田部会長 通知義務自体は現行法上も既にあるところで,それと賃料の減額とをどうくっつけるかというところで請求減額型になるのか,当然減額型なのかで提案内容の違いが出てくるのだろうと思います。 ○松本委員 それだったら,相当期間内に通知をしてもらわないと,当然減額型では家主としては困ったことになると思うんですね。 ○鎌田部会長 事務当局から何かありましたらどうぞ。 ○金関係官 部会長の御指摘のとおり民法615条が賃借人に通知義務を課していて,その通知義務はそれ自体が賃借人の債務ですので,その通知義務に違反したことによって発生した損害は,通知義務違反に基づく損害賠償請求として,賃貸人から賃借人に対して請求することができるというのが,現行法の規律だろうと思います。   ついでにもう1点よろしいでしょうか。先ほど山本敬三幹事から頂いた御指摘で,修繕義務に関する帰責事由の主張立証責任との平仄の点ですけれども,一部滅失を理由とする賃料減額請求における賃借人の過失の有無については,民法611条が「過失によらないで滅失したとき」に減額請求できると書いていますので,賃借人の側が自己の過失によらないで滅失したことを主張立証しなければならない,帰責事由という言葉で言い換えますと,賃借人の側が自己の帰責事由によらないで滅失したことを主張立証しなければならないという考え方が,むしろ一般的であるようにも思います。他方,修繕義務については,どちらが一般的というほど議論はないと思いますが,しかし,賃貸人による修繕というのは,原則としてしなければならないと位置付けられていると思いますので,そのような観点からは,賃貸人による修繕の義務が例外的に発生しないことを導く根拠として,賃貸人の側が賃借人に帰責事由があることを主張立証しなければならないという理解をされている方が比較的多いのではないかと思います。そうしますと,賃借人による賃料減額請求の可否を決する要件としての賃借人の帰責事由の有無と,賃貸人の修繕義務の有無を決するための賃借人の帰責事由の有無は,現行法の下でも,その主張立証責任の所在について違いがあるとも言えるところです。そういう意味では,その違いはそこまで不合理なものではないとも思われます。先ほど佐成委員から御指摘があったように,実務界といいますか,経済界からは,賃貸人の側が賃借人に帰責事由があることを主張立証しない限り賃料が減額されてしまうという点が中間試案の一番の問題点で,当然減額か請求減額かという問題以上にこだわりがあるという御意見も出されているところですので,いろいろと考えながら,よい落とし所を見付けなければならないと考えております。 ○松本委員 今,おっしゃったように通知義務違反がそれ自体の損害賠償請求権の根拠になるんだとすると,通知をしないで後ほど当然減額を主張して賃料を全額払わないということは,賃貸人の側から見れば,通知を受けなかったことによって賃料の一部について,本来請求できる権利が消えてしまったということになるわけですから,そこは損害だと思うんですね。そう考えると,当然減額というのは論理的にはおかしいのであって,請求減額にすべきだろうと思います。 ○岡委員 今の松本先生と同じような疑問を金さんの説明で持ったのですが,10の(1)の一部滅失の場合に,恐らく修繕を要する場合にかなり当てはまるだろうと,当てはまるとすると615条で通知義務があると,その通知義務がなされれば大家としては合理的な期間内に修繕をして,賃料を復活させることができるであろうと,そういう事実関係の下だと合理的期間は別として,ある程度の期間以降は普通の本来の賃料が取れたはずだという意味で,松本先生のような損害賠償請求権が立つと,こういう理解でよろしいんでしょうか。もし,そういう理解だと,一問一答にしっかりここは書いておかないと,当然減額のことを勘違いする実務家ないし一般国民が多くなるような気がいたしました。 ○金関係官 まず前提として,今の通知義務違反による損害賠償と一部滅失による賃料減額との関係の問題については,請求減額か当然減額かで大きな違いを生ずる問題ではないと理解しておりまして,請求減額の場合でも,一部滅失が生じた後かなり遅くなって賃料減額請求権を行使すると,一部滅失が生じた時点に遡って賃料減額の効果が生じますので,通知義務違反による損害賠償と一部滅失による賃料減額との関係の問題は,請求減額の場合でも同様に生じ得るのだろうと思います。   その前置きをした上で,一般に,通知義務違反に基づく損害賠償請求として,松本委員や岡委員がおっしゃったような内容の損害賠償請求が常に認められるとは必ずしも考えられていないのではないかと理解しています。通知義務違反に基づく損害賠償の範囲の問題は,民法416条に従って個々の事案ごとに判断され,賃料の減額分を全て損害賠償として取れるかどうかも,やはり事案ごとの判断になるのだろうと思いますので,もし解説に何かを書くとしても,そういった観点から書くことになるのではないかと思います。 ○中井委員 この賃借物の一部滅失という滅失状態についてのイメージが少し違うという印象がします。一部滅失によってその一部の使用収益が不可能になったときですね,要件としては。単に修繕の必要がある,扉ががたがたして動かない,若しくは水道管に漏れがある,そういう修繕の必要性があるからといって,この規定の適用,当然賃料減額,つまり,一部の使用収益が不可能になったという判断ではないですね。   私は,使用収益が不可能になった状態であれば,当然減額で,使用収益できないんだから,という理解です。ところが,松本先生若しくは岡さんの意見を聞いていると,修繕の必要性があれば使用価値が若干減額しているので,そこで,この規定が適用されて減額できるように聞こえたんですけれども,そういう事態であれば,本来的な修繕義務を履行してくださいというやり取りで終わるはずだし,使用収益の価値が下がっていれば,場合によっては現状の賃料減額請求の対象になり得るのかもしれませんけれども,ここでの一部滅失による当然減額とは違うように思いました。 ○松本委員 私は賃料の減額請求が認められるほどの一部滅失というのはかなりのものだと思います。例えば風呂付きの家を借りていたのに,お風呂が全く壊れて使えなくなったとか,これなら一部減額になると思うんですけれども,そういうような場合には,早急に連絡をして修理をしてもらうということが必要ではないかと。どんどん,修繕費用がかさむ状態のままに放っておいて,後で賃料の当然減額だという請求をされるというのは,家主側としては心外だと思うんです。それは早急に連絡していただければ,お風呂を修理して本来の家賃をもらえるとともに,資産価値も保全できるということだろうと思います。 ○能見委員 この条文の手直しをするとかいうレベルの意見ではなく,内容の確認です。ここで考えている一部滅失あるいは全部滅失,その他の事由というのも入っていますので少し広いのですけれども,基本的にはある瞬間に何か出来事が生じて,それで建物が一部壊れたり,あるいは全部壊れる。これが一部滅失あるいは全部滅失の一番典型的なイメージだと思います。しかし,今回の東北の地震だとか,あるいは福島の原子力事故だとか,ああいうところで生じている問題が,この条文によってどう扱われるのかということについて,お答えいただければと思います。この場で確認しておければと思います。要するに,原子力事故などによって,あるいは火事でも同じことがあるかもしれませんが,目的物が一定期間使えないことになる。一定期間という場合にも,1か月のうちの一部という場合もあるでしょうし,使用不能の状態が二,三か月,続くという場合もあるかもしれません。そして,二,三か月経過するとまた使える状態になるというような場合に,どのように考えるのか。使用不能の状況が1か月も超えると全部滅失なのか,それとも,3カ月ぐらいたつと使えるので,それはやはり一部滅失であり,3か月分の賃料が減額されるだけと考えるのか。何か,一部滅失か,全部滅失かという問題と,もう一つ,一定期間使用できない場合については,それとオーバーラップする部分もありますが,もう1つ別の切口というか,判断枠組みが必要にも思いますが,後者の問題はこの規定で大体カバーできると考えてられておられるのかどうかということを教えていただけたらと思います。 ○住友関係官 地震で例えば一定期間,使えないような場合につきましては,今の一部滅失の規定に当たると考えております。 ○鎌田部会長 物理的に壊れてはいない,立入禁止区域になったような場合にも一部滅失ですか。 ○住友関係官 語弊がありました,「その他の事由」でということです。 ○山野目幹事 2点申し上げます。   1点目は,今,話題になったことでございますけれども,住友関係官から一部滅失ないしその他の事由と考える余地があるというお話を頂いて,そのような場合もあるかもしれませんが,部会における調査審議の経過では,一時の使用不能について規律を設けるかということが論点となり,中間試案までの段階でそれは難しいということで断念したという経緯がありました。能見委員が問題提起をされたことというものは,一時の使用不能が極めて長期にわたる場合には,社会通念上,物が滅失したと見る余地がある場合があって,それは解釈・運用に委ねられるのであり,それはそれで考えられることであります。半面において,一時の使用不能について正面から規律を設けることは,ここでは,論点としては放棄されたものと私は認識しています。   それから,その少し前に御議論があった一部滅失の概念のことですが,中井委員がおっしゃったことに私は共感を抱く部分が大きくて,松本委員は繰り返し,お風呂が壊れたとおっしゃいますが,お風呂が壊れたことは建物の一部滅失なのでしょうか。私は,普通はそうではないと考えていました。ですから,そこは確かにイメージの統一が図られていないという問題があるかもしれません。 ○鎌田部会長 611条と違って,この素案はその他の事由による使用収益の不能というのを広く含んでいますから,どこまで包摂していくかという問題は起こり得るのだろうと思いますが,この規定は使用収益をして初めて賃料が生ずるんだという考え方の応用であり,かつ,伝統的な考え方では危険負担的な,536条的な考え方にも乗っかっているんだとすると,その範囲内というよりも,それを支えている基本的な考え方が,先ほどのような場面にどう適用されるかという問題だろうなという気がします。 ○松本委員 お風呂が壊れたということのイメージですが,お風呂ということで風呂おけをイメージされる方と,昔の一戸建ての建物の一部のようなお風呂の家屋をイメージされる方,両方があると思うんですね。ここでは建物としてのお風呂をイメージしたほうが議論はしやすくなると思います。設備の問題を建物の一部として議論するかは,どういう設備かによって変わってくると思いますから。 ○潮見幹事 当然減額と考えようが,請求減額と考えようが,先ほど部会長がおっしゃったように危険負担的な処理をするとき,同時にこの場面は瑕疵担保的な側面もあるわけです。そう考えていきますと,ちょっと前の議論で,松本委員や村上委員がおっしゃられたような権利の行使について期間制限とか一定の制約を加えなければいけないのではないかと思います。そういう意味では,何らかの形で一定の期間,権利を行使しないとか,少し検討していただいてもいいのではないかと感じました。 ○岡委員 まず,請求減額か,当然減額かの問題ではなく,私が申し上げたのは権利行使期間の制限の問題でございました。   それから,中井さんのお話ですが,一部滅失その他の事由によりうんぬんかんぬんという今の表現であれば,中井さんのイメージしているやつよりも広いことになるのだろうと思います。それから,修繕がとても不可能な本当の一部滅失の場合も,当然入ると思います。ただ,修繕の必要性の通知義務で,義務違反による損害賠償が立つ場合があり得ると。これは私にとっては新たな発見でしたので,一つのバランスカードとして適切だと思いますので,金さんが言うように全部が全部ではないし,損害賠償の範囲もばらばらだとは思いますが,一問一答には,是非書いていただきたいと思いました。 ○鎌田部会長 残りの部分があと少しなのでどうしようかと,今,大変迷っているところなんですが,「11 転貸の効果(民法第613条関係)」以降につきましても御審議を頂きたいと思います。御自由に御発言ください。 ○中田委員 「転貸の効果」で表現についても意見が求められていたと思います。11の(3)の「前期の賃料の弁済期前に」という部分について,法制の問題かもしれないんですけれども,「弁済期以前に」かなとも思ったんですが,これでいいのかどうか教えていただければと思います。   それから,もう一つ,ほかのところも併せてよろしいですか。13の収去義務と原状回復義務の(4)と(3)の原状という言葉について,前の審議のときにも意見を申し上げたんですけれども,この二つの原状という言葉の意味が違っているのだろうと思います。(4)の原状というのは契約締結時の状態であるのに対して,(3)の原状というのは賃貸借終了時の状態なので,混乱するのではないかと思います。例えば(3)の原状は「賃借物を通常に使用収益していた場合の賃貸借終了時の状態」というのが多分正確だと思うんですが,このままでは法文にはならないかもしれませんけれども,少し工夫の可能性があるかなと思いました。原状という言葉の解釈で賄うんだというのであれば,固執はしませんけれども。 ○中井委員 転貸借の(2)ですが,賃貸人に対して直接義務を負うというのはいいんですが,また,現行法にもあります。その上で,そもそも論として当然だから書かれていないのかもしれませんが,転貸借契約が締結されれば転借人は転貸人に対して義務を負っている,だから転貸人に対して賃料を払ってももちろんいい。それはたとえ賃貸人から請求があっても転貸人に払える。それで自らの義務の履行はできる。その部分というのはあったほうが分かりやすいのではないでしょうか。それは当然できることだから明示がないのだろうと思いますけれども,あったほうが分かりやすいのではないかと思う。それが1点です。   2点は,13の収去義務・原状回復義務のところです。(1)では物を附属させるということを念頭に置いている。(3)では物に対して損傷を与えたことを念頭に置いている。しかし,一番多いのは,賃借人は建物を借りた,その後,中のパーティションを取り替えた,水道管の位置を少し変えた,つまり,一定の造作等も含めて賃借物を変更することがよくある。そういう場合に契約終了時に変更したものを元の状態に戻す。こういうことがここからは読み取れないというか,書かれていない。だから,変更した場合にはその変更したものを元の状態に戻すことを書いておくべきではないか。この2点でございます。 ○鎌田部会長 後者は伝統的に附属と損傷の形で考えてきたんだと思うんですけれども,これも少し御検討いただければと思います。 ○山野目幹事 住友関係官の御説明でも検討の御依頼があって,中田委員も第1点で取り上げられました58ページの11の(3)のところの表現ぶりのことについて感じたことを申し上げます。「転貸借契約に定めた」という,この定めたという言葉が何か浮いているような気がして,どこに係るのかがよく分からないような,かえってこの一文を分かりにくいものにしている嫌いがあるように感じます。ここは恐らく転貸借契約におけるとか,転貸借契約に係るとかいうふうなことをお伝えになっているものであろうかとも受け止めました。   その上で,(3)の規律の内容的な評価のことについて少し思うところがありますから申し添えますが,大審院の判例以来築かれてきた考え方と,それについての学説の受け止めをここで反映させようとすると,今回お書きになっているように,2か月前の賃料を支払ったのは駄目だよということを書き表す規律になると思いますが,なぜ2か月前のを払っては駄目かということの理論的根拠が,余り説明することができないような気がしないでもありません。調べていませんけれども,おそらく民法を作ったときの当初の感覚では,弁済期ではなくて,むしろ転借人の使用収益に即応する時期よりも前に払ったら駄目ですよということを,ごく素直に書いていたものではないかとも感じます。そして,民法614条の賃料支払時期と異なる特約が実務上は非常に多く行われるような現状を受けて,大審院判例のような解釈が出てきたのではないかとも想像します。   理論的にすっきりした説明は,転借人が現実に使用収益する時期よりも前に払っては駄目です,ということではないと感じますが,判例の定着した考え方でもし規律表現をしていくとすると,そのときの根拠は,2か月前に払ったくらいのものは,転借人の行動としては一種の詐害的な行動の徴表です,そこを政策的に評価しますというふうな理由付けで,11の(3)の説明をしていくことになるであろうかということも感じました。表現ぶり等も含め,引き続き御検討いただければ有り難いと感じます。 ○鎌田部会長 ほかによろしいですか。特に御意見がないようでしたら……。 ○佐成委員 13の(4)で通常損耗の減損に関する原状回復義務を負わないという,この規律の明文化なんですが,経済界全体がそうだと言っているわけではなんですけれども,不動産業界のほうからは民法に通常損耗の原状回復義務を負わない旨の明文規定を置くことについては,消極的な意見が寄せられているということだけは報告させていただきたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。   ほかに御意見がないようでしたら,本日の審議はこの程度にさせていただきます。   最後に,次回の議事日程等について事務当局から説明をしてもらいます。 ○筒井幹事 本日は予定していた議事を全て終えることができましたので,予備日として日程を確保していただいておりました来週火曜日については,会議を開催しないことにしたいと思います。次回会議は来月11月19日,火曜日,午後1時から午後6時まで,場所は本日と同じ法務省20階第1会議室となります。   次回の議題につきましては,「有価証券」,それから「保証債務」のうち第77回会議で議論していただいた以外の部分,すなわち,「根保証」及び「保証人保護の方策」に係る部分です。それから,「弁済」,「消費貸借」,「使用貸借」,「継続的契約」,こういった項目についての御検討をお願いしたいと考えております。よろしくお願いいたします。 ○鎌田部会長 それでは,本日の審議はこれで終了といたします。   本日は大変熱心な御議論を賜りまして,また,ほぼ予定どおりの時間に終了できるよう,進行に御協力を賜りまして,誠にありがとうございました。 -了-