法制審議会 民法(債権関係)部会 第90回会議 議事録 第1 日 時  平成26年6月10日(火)自 午後1時00分                      至 午後6後04分 第2 場 所  法務省 第1大会議室 第3 議 題  民法(債権関係)の改正について 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○鎌田部会長 予定した時刻になりましたので,法制審議会民法(債権関係)部会の第90回会議を開会いたします。本日は御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   なお,本日から法務省特別顧問の竹下守夫先生がこの部会の関係官として御出席いただけることとなりましたので,お伝え申し上げます。   また,本日は日本損害保険協会からのヒアリングを行う関係で,参考人として野間豊史さんと西羽真さんに御出席いただいております。   本日は岡田幸人幹事,餘多分弘聡幹事が御欠席でいらっしゃいます。   では,本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いいたします。 ○筒井幹事 事前送付資料として部会資料「79」の枝番号1~3まで,それから「79B」をお届しております。これらの資料の意味などにつきましては後ほど御説明しようと思います。   このほか委員等提供資料といたしまして,本日ヒアリングのために御出席いただいております日本損害保険協会から2種類の資料,「損害賠償額算定における中間利息控除について」と題する書面と,その参考資料を御提供いただいております。   それから,潮見佳男幹事,山本敬三幹事,松岡久和委員の連名で意見書を御提出いただいております。また,山野目章夫幹事からも意見書を提出していただいております。このほか,大阪弁護士会の有志の方から意見書を御提出いただいておりますので,それぞれ机上に配布させていただきました。 ○鎌田部会長 本日は,日本損害保険協会のヒアリングと部会資料「79」及び「79B」について御審議いただく予定であります。まず先に,日本損害保険協会のヒアリングを行い,その後に部会資料「79B」,そして部会資料「79」の順で御審議いただくことを予定いたしておりますので,よろしくお願いいたします。   それでは,日本損害保険協会からヒアリングを行います。参考人の野間さんと西羽さん,本日はお忙しい中をお越しいただきまして,ありがとうございます。よろしくお願いいたします。 ○野間参考人 ただいま御紹介に預かりました日本損害保険協会の野間でございます。本日はこのような機会を頂戴いたしまして誠にありがとうございます。   私ども損害保険協会の会員各社が提供しております自動車保険のサービス内容とか普及の度合いについては既に皆様御存じのとおりでございまして,今では交通事故の場面のほとんどにおきまして,損害保険会社が被害者の方と加害者との間の賠償交渉の現場,ここに深く関わっているというのが実態でございます。その意味では契約に係るよりよい規律を作っていくために,民法改正に伴う賠償実務への影響とか課題につきまして実態を踏まえ御意見を申し述べさせていただく,これは一つ私どもの使命であると認識しております。したがいまして,非常に有り難い機会を頂戴しまして,御礼を申し上げます。   また,したがいまして,本日私どもからの説明でございますけれども,本部会の本題である法定利率を変動制とすること自体についてではなく,仮に法定利率が変動制とされることに伴い損害賠償額算定における中間利息控除の利率が変動制とされる場合にはどのような問題が生じるか,課題があるかという論点に絞ってお時間を頂戴したいと思います。   それでは,お手元の資料を御覧ください。「損害賠償額算定における中間利息控除について」と題するA4横の資料でございます。   表紙をめくって1ページ目になりますけれども,こちらの下半分にこれまで中間利息控除に関する議論の経緯というのをまとめさせていただいております。当協会からは29回会議への提出意見におきまして,「中間利息控除の利率は賠償額の算定方法を構成する一要素であってかつ全体額を大きく左右する。したがって,これだけを取り出して検討することは適切ではないのではないか。不法行為の領域で賠償額全体の問題として検討されるまでは,現行実務を維持するべきではないか。」といった問題提起をさせていただきました。   結果,中間試案におきましては一旦中間利息控除について現行実務の維持が提案されていましたところ,83回会議では改めて法定利率と中間利息控除の利率との異同について賛否両論があったものと認識しております。   2ページ目,2.という所を御覧ください。本件につきまして部会の資料では,(1)法律上手当をしないという考え方,(2)中間利息控除には年5%を適用すると法定するという考え方,(3)中間利息控除をする場合に法定利率を用いることを法定する考え方,の三つの考え方が併記されていまして,さらに(3)については専ら中間利息控除に用いる数値を法定する場合と,変動制の法定利率をそのまま用いる場合とが提示されていました。   また,変動制の法定利率を用いる場合の社会的影響として,賠償額の増加及び社会的コストの問題という①,それと被害を受けた時期による損害賠償額の差異の問題という②が掲げられていました。   このうち,実務的課題ということに関して,本日は特に②の外形上全く同じ被害であるのに時期によって賠償額が変動してしまう,違ってしまうことによって何が起きるかという点,ここにウェイトを置いて詳しく御説明差し上げたいと思います。   また,そもそも賠償交渉の局面では,まずはどの時点の利率を取れば有利かという加害者,被害者間の争点が先鋭化すると思われますため,新たに制定する必要がある「利率の基準時」についても重要な事項として別に掲げております。   具体的に,3ページ以降を用いまして,法制プロジェクトチームの西羽から御説明させていただきます。 ○西羽参考人 それでは,私西羽から3ページ目以降を使いまして具体的な課題について申し述べさせていただきたいと思います。本御説明におきましては,中間利息控除というのは特に断りなく賠償額算定における中間利息控除という意味で使っていますので,その旨御承知おきください。   3ページ目でございますけれども,変動制となりますとこのような形で,点線で記載をしています市中金利に応じまして変動の利率というのが上下するという格好になろうかと思います。このような形にいたしますと足元の市中金利との乖離につきましては多少生ずることとはなりますけれども,直近の金利と大きく乖離した状況が長期間続くというようなことで,現在言われているような問題については一定改善が図られるということはできるのかもしれないと思うところでございます。   しかしながら,皆様も御承知のとおり中間利息控除は本来将来の利益額に対応して行われるものということで言いますと,必要十分な被害回復の実現という観点では足元の市中金利との乖離というよりも将来の市中金利との乖離という意味で改善が図られるか否かというところが重視されるべきことかとも思われます。   そのことについてまずは考察をしたいと思いますし,この図に書きましたように様々な変動制の場面におきましていろいろな課題があると感じておりますので,この点について具体的にお示ししてまいりたいと思います。   では,次の4ページ目を御覧ください。先ほど申し上げました市中金利との乖離ということについてどのような形になるのかということをこの図を使って申し上げたいと思います。例えば,この図で不法行為Aと書いてございますけれども,この不法行為Aにつきまして,中間利息控除に用いられる割引である割引率というのは,この図の左上黄色い大きな星印で示しておりますとおり,比較的高い部分の利率が用いられるということになろうかと思います。   この場合の被害者にとって,足元の市中金利とはやや乖離があるわけですけれども,被害者にとってはそういった足元の部分というよりは,やはり将来の金利との乖離がどうなのかというところが大きな問題として映るのではないのかなと思うところでございます。将来の金利との乖離という部分につきましては,この斜線で示した差異Aというのがそれに当たるのかなということでございまして,この場合にはかなり将来の金利との乖離が大きくなる形になりまして,必要十分な被害の回復という点では被害者にとって酷な結果になるとも考えられます。   一方,差異B,不法行為Bのところは逆のパターンということになろうかと思いますけれども,その後の市中金利がかなり上がっていると,こういった逆の乖離というのも当然生じてくるものと思います。   このように,一度割引率が確定されてしまった後はもはや将来の市中金利を反映せようがない,ということでは,変動制としましても固定利率の場合と余り異なることはないとも言えるのではないかと思うところでございます。   さらに,変動制とした場合に,例えば不法行為Aや不法行為Bのように,変動の波の高いところ低いところで割引率が設定されてしまうと,将来の市中金利との乖離がより大きなものになってしまうというような問題も想起されるところでございますので,そのようなケースが生ずることとならないか,いろいろな検証を行うということも必要なのではないかと思うところでございます。もし自分が被害者となって賠償金を受け取る立場になりまして,何年何十年と後遺障害を抱えながら生活していくという立場になったらどうだろうかということで考えた場合に,このような変動の仕組みがどうなのかという検証でございます。その下の方の図に書いてありますとおり,例えば不法行為Aからほどなくして不法行為A’ということで同程度の後遺障害を負った被害者の方というのを考えたときに,双方の被害者の方というのは,ほぼ同じような時期の不法行為で能力喪失期間も重なっているということですので,被害者の生活していく経済環境というのもほぼ同様のものということになろうかと思います。しかしながら,このような1点で確定される割引率ということですので,当初の割引率の差が最後まで継続されるというような前提で中間利息控除が行われた結果,下に書いてあります差異Aと差異A’のような賠償額の差が生じてくるということでございます。このようなものが被害者にとって不合理ではなく納得感あるものと評価されるかどうかというところをお考えいただく必要があるのかなと思います。   では,次のページを御覧ください。続いては,中間利息控除に用いられる割合が改定されるということになりますと,賠償額水準にどのようなインパクトが生ずることになるのかというところを具体的な場面を想定し確認するものでございます。   部会資料の「77B」で示されたシミュレーションの一部を抜粋しておりますが,そこでは変動制となった場合に,7%とか3%というような割引率が適用されるというケースが想定されるということでございまして,仮にそのようなものになった場合の賠償額の格差というのはどの程度のものになるのか,それは賠償額を受け取る被害者にはどのような意味を持つものとなるのか,という重要な問題だと思っております。   これにつきましては,参考資料を今回お作りしておりまして,併せて参考資料の一番後ろの5ページ目も御参照いただければと思います。このケースでございますが,被害の内容が同じである場合の例ということでございますけれども,被害が同じであるにもかかわらず,ある一時点における市中金利に差があったということが原因で,4,000万と7,000千万というような,被害者が得ていた年収の何倍もの差がつくということになってくるということでございます。これを参考資料の記載の算式に沿って申し上げますと,年収や被害の程度が同じであっても,最後に乗じる中間利息控除の係数が大きく違うということになり,その結果このような大きな差が生ずるということでございます。   金利が将来どのように変動するかというのは不確実なところではありますけれども,そもそも足元の市中金利に近接した割引率を用いることで受取額にここまでの格差が生ずるということが果たして適切なのかという問題かと思います。この点に関しましては先ほども申し上げました,僅かな時期の違いで賠償額に差がついてしまう仕組みの合理性という問題と併せ御検討いただければと考えます。   続いて,6ページ目を御覧ください。ここでは利率の改定によって賠償額の水準に生ずるインパクトということについて,場面を変えて確認をしたいと思います。今度のケースは被害の程度が異なる場面を想定したものということで,被害がより重い場合であっても賠償額はより小さくなってしまうという,被害の程度と賠償額の大小との逆転という問題を示しております。モデルは前ページと同様でありまして,7%のときの被害者と3%のときの被害者を比較した場合ということでありますが,後遺障害の等級ごとにそのような逆転というのがどのような範囲で生ずるかというのは,下の図の色塗りをした部分でお示ししておりますとおり,幅広いものになるかと思います。   図の右側にはそのような逆転の例ということで,腕に生じた被害を2通り例示しております。この二つを比べていただきまして,右側の被害者の受取額の方が小さくても仕方がないというふうに果たして被害者当事者の方がお考えになるかというところが問題であろうかと思います。   先ほど参考資料で見ていただいたような算定方法は,そもそも賠償額を定式化し,やはり被害の程度に応じた賠償額とするということで求められてきたものだと思われます。そのような考え方からした場合に,被害の程度よりも金利の高低の方がより決定的な影響を及ぼすような損害賠償の仕組みというのはいかがなもので,どのような形になるのか,あるいは被害者にとってよいものと言えるのか,といったところも変動制とするに当たり検討する必要があると考えます。   では,次のページを御覧ください。今回また新たな場面ということで,これは一番多く生ずるものとなってくるかと思いますが,利率が変動する場面でどのようなことになるかを示してございます。変動制とした場合,利率改定の際に当事者間の賠償交渉において,ここに掲げるような,用いるべき割引率に関する主張の相違が生ずる事態を多く招いてしまうこととならないかという問題でございます。   金利の低下,上昇に伴ってこのような形で当事者間の主張が相違すること自体は決して新しい現象ではないと思うところですが,判例が法的安定統一的処理の必要性ということに加え,被害者相互間の公平の確保,あるいは損害額の予測可能性による紛争の予防というものを重視する判断を下していたこと,あるいは直近の市中金利に近接した利率を用いることが果たして中間利息控除の趣旨に照らして妥当なのかという疑問もあったことから,このような主張の相違というのは余り決定的なものとはなり難かったのではないかと考えます。   しかしながら,「中間利息控除は,そもそも足元の市中金利に近接した利率をもって行うのが妥当」というような考え方が採られることになるとどうでしょうか。状況は変わり,こういった現象が表面化しやすくなる可能性もあるのではないかと思われます。   また,図の中では当事者A側の主張の根拠ということで想定される事項を左下に3点ばかり掲げておりますけれども,これらにつきましても現行の賠償実務を踏まえると,あながち理のないものではないとも考えられるところでもございまして,この点に関しましては参考資料の4ページ目を御覧いただきながら若干補足をいたしたいと思います。   参考資料の4ページ目でございますが,先ほど資料7ページ目で当事者Aの想定根拠ということで,「実態に近い算定には賠償金受取(支払)時の直近数値を使うべき」ではないかということを記載しておりましたけれども,このような考え方は例えばここに記載しております賃金センサス使用年代においても見られるところでございます。   また,同じく当事者A側の想定根拠として記載しておりました「後遺障害に伴う逸失利益の請求権発生は,症状固定時」なのではないかということにつきましても,ここに掲げております実務における考え方を踏まえるとあながち理のないものではないと考えます。   そのような点を考えますと,下に掲げておりますけれども,変動制とする場合に整理が必要と考えられる実務上の課題はかなり多数ございまして,安定した賠償実務を維持するためには,これらについても議論が必要なのではないかと考えております。   では,資料7ページにお戻りいただきます。以上見てきましたとおり変動制とした場合にはここに掲げたような当事者間の主張の相違を生じさせてしまうということなど,損害賠償実務に様々な課題が投げ掛けられることになるのではないかと想定されます。   また,参考資料でお示ししたとおりの課題も多々ある中で,一義に決まり賠償実務にも整合する適切な利率の基準時を設定できるかというところも重要な課題になるものと考えるところです。   それでは,最後のページを御覧ください。変動制の利率を用いることに関する課題について,多々申し述べてまいりましたが,このほかにも当事者間における「損失の公平な分担」という損害賠償制度の理念に沿うものとなるか,あるいは期間の長短による金利差を反映させたものとする必要はないかなど様々なものが考えられると思います。   また,変動制の利率を用いた中間利息控除は,そもそも過去に前例のない制度とも考えられ,想定し得ないような課題がほかにも存在するのではないかという懸念は払しょくし難いところです。その意味では今回時間の関係もありまして,当事者から見た変動制という観点を中心に,私どもが最も重要と考える点に絞ってお話をいたしましたけれども,それ以外の点も含めまして,広く課題全般に対する十分な検討及び比較衡量を行った上で結論を得ていただきたいと願う次第です。   最後になりますが,現在の損害賠償制度は被害者救済を充実させるために先人が工夫を重ねてきた実務の考え方の集大成として構築されているものと考えております。そのような形で実務を中心に構築されてきた制度であるがゆえに,その中の僅か一つの要素,とはいえ重大な一要素を取り出して,今までとは異なる形の法定化をした場合に,制度全体にどのような影響が及んでしまうのかというところが,我々としても大きな関心のあるところでございまして,そのような観点からも重ねて十分な検討をお願いしまして,当方からの説明を終えたいと思います。本日はどうもありがとうございました。 ○鎌田部会長 どうもありがとうございました。   変動制を導入した場合の問題点について分かりやすく,かつ,詳しく御説明いただいたのですけれども,端的に言って,損害保険業界としては変動制の導入に反対である,現在と同じように固定制で利率5%のままであった方がいいとお考えかと,このようにお伺いするのは,本日の御報告の趣旨に反しますでしょうか。 ○西羽参考人 私どもとしては,やはり中間試案のような形がよいのではないかなと思うところであります。冒頭に申し上げたとおり,やはりこのように見てまいりますと不法行為の領域で考えるべきこともかなり多いところかと思いますし,法定利率と中間利息控除に係る利率とを必ず一本にしなければならないのかというところについてはかなりいろいろな御意見もあるところと考えておりますので。そういう意味では,いろいろな課題がある中で,それら課題が本当に実務に問題がないように解決されるかというところがない中で,やはり変動制というのはちょっと採り得ない選択かなと現時点では思っております。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   それでは,ただいまの御説明に関しまして,委員,幹事の皆様から,御質問あるいは御意見がございましたら,御自由に御発言ください。 ○能見委員 私が御質問したいのは,今日のお話というか御意見の内容そのものについてではなく,仮に中間利息についての変動制を採らないというときにどのようなシナリオになるかということに関してです。法定利率の方は変動制を採っても,中間利息について変動制を採らないということはありうることですが,そうであっても現在の法定利率に合わせた5%で中間利息を計算することにはならない可能性が高いと思います。その場合に中間利息の利率は,現在の金利あるいは長期金利を見て,どのくらいが中間利息として適当かという考慮によって,その利率を設定することになるのかと思います。このようにして,中間利息の利率については例えば3%とかあるいは2%とかそういうレベルになる可能性もあるわけですが,それに対して損害保険協会としては,なお5%が適当であるという考えをお持ちですか。それとも3%や2%でも構わないとお考えですか。 ○西羽参考人 今回,やはり変動制には様々な問題があるということばかり申し上げましたが,固定の場合もやはり5%が現在の状況から見てどうかというところは御議論のあるところと理解しております。   ですので,何が何でも5%を維持しなければならないと考えているものではございませんで,何か今後の金利変動を想定しながら適切な数値が定められるようであれば,そのような形の方が様々な課題のある変動制よりもよいものとも思えます。   ただ,その場合にもやはり一旦変更する部分においては,ここに掲げたような問題が生ずることをどのように考えるかといったところについての整理は必要と考えております。 ○鎌田部会長 ほかに御質問,御意見ございましたらお出しください。 ○高須幹事 具体的な数字等をお示しいただいた上での丁寧な御説明をいただき,ありがとうございました。   取り分け今日の御説明の中で繰返し御説明いただいた,足元の市中金利との乖離との調整よりも,将来の市中金利の乖離との調整を目指すべきではないかという点について関心深く聞かせていただきました。これに関しては,いわゆる中間利息というものの在り方から考えた場合に,大変的を射た御指摘だと思っておるのですが,問題は将来の市中金利をどのように想定して,それとの乖離をどのように調整していくかということだと思います。私どももそういうことを考えた上で議論をしてきているのですが,この点について,何か具体的な知恵とか工夫というのをお持ちなのかどうかお伺いしたいのですが。 ○西羽参考人 私どもも具体的にこうすべきという定見を持っているものではございません。ただ,現在の議論というのは5%が高いということで議論がスタートしているのだとすれば,5%より低い金利の今後の動向というのを想定されているのではないかと考えるところでありまして,そのようなものをどのように想定するのかということをまず考えるとともに,そのような金利を踏まえたときに,変動制とした場合に在るべき結果になるのか,あるいは固定制の方がよいのかというところを,先ほどもちらっと申し上げましたけれども,例えばモデルを置いて検証してみるということもやっていくことで,ある程度解というのは見えてくるのではないかなとも思えるところです。ここはかなり無責任なことを申し上げますけれども,そのようなことは決して諦めるべきではないと私どもは思っております。 ○高須幹事 正に難しい問題だと私ども思っているところでございまして,そこで非常にこれは根本的な疑問というか問題になってしまうのかもしれないのですが,将来の市中金利との乖離との調整を目指すのが中間利息控除だということを考えて,そのような前提に立ったときに,それを必ずしも十分に想定し得ないまま中間利息控除をすることが果たして妥当なのかどうか。現在の5%を前提とすることかどうかの点もさることながら,より根本的には予測し得ないことをもって一定の金額を損害賠償額から控除するという発想自体が本当に妥当なのかどうかということも考えてみる必要があるのではないかと思っております。   ただ,私どもいきなりそんな過激な議論をするつもりはなくて,そういうことを前提とした場合には,やむなく現在の市場金利等との乖離との調整を図る。それが次善の策ではないかと,そのように思っておる次第でございます。損害保険業界様の中に,例えば中間利息控除について見直そうみたいな議論があるのかないのかも含めて,ちょっとお考えを教えていただければと思います。 ○西羽参考人 私どもの賠償責任保険というのは,基本的には法の考え方に沿った補償を行うというものになってございますので,私ども自ら制度の見直しをしようというような大それたことというのは当然考えておりません。ただ,先ほども過去に前例のない制度と申し上げましたが,他国の例を見ますと,一時金ではない形で対応しているとか,いろいろな例がございますので,そういったものも含めてこの制度をどうしていくのかという議論が先にあってもよいのかなということで,「不法行為法の検討」というようなことを一貫して申し上げてきたところでございます。正にそういった「在るべき形がどのようなものか」ということは,そういったところで本来御議論いただければ,と我々は願っている,ということで回答とさせてください。 ○潮見幹事 詳細な御意見をいただき,ありがとうございました。1点は意見です。先ほど利息あるいは金利というものをどのように考えていくかということで,この間議論してきたところについて,5%の金利が高すぎるのではないかという観点から議論が進められていったというような御感触を示されましたが,この間の議論というものは,金利が固定でよいのだろうか,そのときどきの市中金利の実体を反映したような金利で在るべきではないのかということも議論されてきたのではないかと思っております。中間利息でも恐らく同じような観点から議論がされたと思います。   その上でちょっとお尋ねなのですが,先ほどの能見委員とのやり取りの中で,5%にこだわられるのですかというところで,3%でもいいというか,いいとはおっしゃらなかったと思いますけれども,そのときの適正な金利水準,金利の水準であればよい,その数値で固定すればよいというような趣旨で返答されたように伺いました。そうであるならば,おっしゃられるところのそのときどきの適正な金利ということそのものも変動するのではないでしょうでしょうか。それをある1点の,例えば民法が改正され施行されたある特定の時点の金利ということで固定をするということに果たしてどれだけの説得力があるのでしょうか。その辺りについて御感触がありましたならばお教えいただければと思います。 ○西羽参考人 今までの議論の経緯は承知しているつもりでありまして,市中の金利に近いもので動かしていくということは,法定利率に関しましては私ども全く異論のないところでございます。ただ,やはりそれを中間利息控除の利率に用いることが本当に妥当なのかなということにつきましては,妥当ではないと申し上げるつもりはないのですけれども,妥当であると断言するということもしづらいところかと。   したがって,どのような金利の変動が今後生じてくるのかということを考えた上で,やはり検証ということも一つやってみてはよいのではないのでしょうか,それをやらないまま採ることで逆に被害者にとって酷な結果になってしまうというようなことがないのかどうなのか,そういったものも含めてお考えいただきたいというところでございます。すみません,余りお答えになっていないかもしれませんけれども。 ○鎌田部会長 ほかの御意見あるいは御質問は,ありませんか。 ○山野目幹事 日本損害保険協会の皆様からは,本日,中間利息控除に用いる割合の考え方につきまして非常に実務に則した見地から貴重な御教授をいただきまして,誠にありがとうございました。   御指摘をいただいていてよく分かったことですが,正にお話にありましたとおり,法定利率の改定の幅次第では様々な問題を考えなければいけないということが大変よく分かりました。そうであるとしますと,法定利率の変動制を採用した場合の法定利率の算出の基準について,特に変動の頻度の観点からどのようなことを考えなければいけないかという論点は,本日のお話の主題ではなく,それからたまたま本日この後に予定されている審議で対象になっている事項でもありませんし,そしてその論点とこの中間利息控除を直結させることがよいかどうか自体も論議されていってよいことであるということが今日のお話であったとも理解しますけれども,やはりそちらの方の論点をどういうふうに考えていくかということを相当に真剣に考え込まなければいけないということも,お話を聞いていて感じた次第でございます。   どうぞ日本損害保険協会の皆様におかれましても,今日のお話を踏まえてそういう論点も部会においては真剣に考えていこうと感ずるところではございますから,引き続きまたその検討を見守っていただいて,折に触れ御意見を頂戴することができれば幸いでございます。 ○鎌田部会長 ほかに御質問等は。 ○能見委員 では,もう1点だけ御質問したいと思います。お話を伺っていて,市場の金利が変動すると,中間利息の利率も何かすぐ連動して変動するというようなモデルを考えておられるかのように思えたのですけれども,中間利息は長期にわたる逸失利益の現在価値を算出するためのものですから,長期に適用される中間利息として適正な利率は何かという観点ですから決まるものであって,恐らく市場金利の変動が直ちに影響するというものではないと思います。例えば過去10年間の平均を取ったりいろいろなやり方が恐らくあると思うのです。そうすると,それでももちろんある程度は変動するのでしょうけれども,変動の幅がかなり小さくなる可能性があって,そういうモデルであれば,中間利息の変動であっても,損害保険協会としては受け入れ可能なのか,それも困るということなのか。どのようにお考えでしょうか。 ○西羽参考人 今日は余り業界として困る困らないという話よりは,このような制度になると当事者の方々が困るのではないかというところで申し上げているつもりでありまして,その意味では変動の幅が小さくなれば,先ほど申し上げたような逆転の問題だとか格差の問題も当然小さくなるということで,当事者の混乱というのは少なくなるのかなと思うところではあります。   ただ,その場合には,では市中金利に近接すると言いながら,ある程度ここから先は近接させないとかいうような線をどのように合理的に引けるのかなというところもあろうかと思いますので,やはりいろいろとお考えいただくことがあるのかなとも思われます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。ほかにはよろしいですか。 ○松岡委員 別に解があるわけではありませんが,一つ感想を申し上げたいと思います。5ページで今日お示しいただいた7%の場合と3%の場合にこれだけ違いがあることは,表で大変よく分かりました。部会で議論しておりましたように,遅延損害金の利率に変動制の法定利率が適用され,例えばそれが3%である一方で,中間利息控除が5%に固定されますと,本来被害者が受け取るべきであった損害填補の額から2,000万近くも多めに控除されてしまう事態が放置されることになることもこの表からよく分かりまして,このままではやはりまずいだろうという感想を更に強く抱いた次第でございます。 ○西羽参考人 松岡先生の御意見のように,やはり法定利率を変動制とする場合に,中間利息控除の利率も同じものを使わなければならないのではないかというような御意見があるというところはこちらも理解しておるところでございますが,仮にそのような問題意識が妥当なものということであるならば例えばこういうことができないだろうかということで,今日は余り詳しくお話をしなかった8ページのところでは,そのような問題が仮に妥当であるという場合には,法定利率と異なる割引率を用いて中間利息控除をされた場合の不法行為債権に関する遅延損害金に対して何らか特別な手当てをするということは考えられないのでしょうか,としております。これはかなり,素人ながらの発想かもしれませんけれども,そういった問題意識も当方は持っているということでございます。 ○内田委員 本日の御説明の冒頭で,中間利息控除の問題というのは,本来は不法行為法全体の検討の中で考えるべきではないかという御指摘がありましたが,これについて私個人としては全く同感です。ただ,それがいつになるか分かりませんので,それまでの間,通常の法定利率が変動制になったときに中間利息控除をどう扱うかということはやはり考えざるを得ないだろうと思います。   今日御指摘いただいた事例は,結局は中間利息控除に用いる利率が変化するということ自体によってもたらされる問題だと思うのですが,これは変動制によって初めて生ずるわけではなく,固定制でもその固定利率を変化させれば同じ問題が生ずるわけですね。これを避けようとすると,明治29年の法定利率を未来永劫変えないということになるわけですが,多分そんなことを主張しておられるわけではないと思います。   そうすると問題は,変動の頻度だろうと思います。市中金利の変化に合わせて余りにも頻発に変動するということになると,非常な不公平を生ずるという御指摘を今日はいただいたものと理解いたしました。   そういう観点から現在この部会で議論している法定利率の変動制を考えますと,私個人の意見としては,今検討されているものを本当に変動制と呼ぶべきかどうか若干疑問もあるくらいです。当初は市場金利の変動に合わせてビビッドに変化していく法定利率が想定されていたのですが,そして現在も部会にはそういう変動制を採用すべきであるという御意見もございますけれども,部会の中で合意が形成されつつある考え方は,中間利息控除の問題も踏まえつつ,非常に安定的で緩やかな変動になるような法定利率が検討されています。これは私から見れば変動制というよりも柔軟な固定制と言ってもいいのではないかという気もする内容です。正に今日御指摘の問題に対応するために検討されている点で,利率を定めるのに何年平均を取り,そして変化の頻度を何年ごとにするかについて,モデルを幾つも作って検証しておりますので,今日御指摘のありましたとおりのモデルによる検証もされております。その結果,相当程度安定的な,私の命名で言えば柔軟な固定制と言ってもいいような方向で徐々に合意形成が図られつつあるというところだと理解しております。   そうすると,今日の御指摘の問題についても,いわゆる変動制と呼ばれる法定利率の在り方と固定制の法定利率がだんだん接近していることから,共通の理解を形成することもできるのではないかなという印象も受けたのですが,この点はいかがでしょうか。 ○西羽参考人 変動の頻度もさることながら,変動の幅というところも大きなものであれば,やはり何年かに一度ここで掲げたような問題は起きるというところかと思いますので,双方を考えていただく必要もあるのかなと感じるところではございます。   一方で,表の法定利率の方がそのようなものであっていいのかというのは,今回我々の意見するところではないと思っておりますのでそれについては申し上げないですが,我々としては「法定利率と中間利息控除に係る利率とが必ず同じでなければならないというのは本当にそうなのでしょうか」という立場は変わりませんので,その点は申し述べておきたいと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。まだまだ御意見等あろうかと思いますが……。  では,短くお願いします。 ○佐成委員 大変短く述べます。損保業界さんの御意見は私の口から重ねて詳しく申し上げる必要はないと思うのですが,1点申し上げたいのは,前回の部会で議論をしたときには,中間利息控除に用いる利率と法定利率とを必ずしも一致させる必要はないという意見がありましたし,今日もそういうような意見がかなりシンパシーを持たれたということです。しかし,実際に部会で合意形成する中では,それらを切り分けたままやっていくのは非常に難しいということもそれなりに分かったというのが一つです。   もう一つは,私が前回申し上げた基準時のところなのです。ここの議論も今回の参考資料の3というところに書かれておりましたけれども,不法行為時,症状固定時,口頭弁論終結時と,解釈上の疑義が生じます。今までは固定制だったので余り問題になっていなかったわけですけれども,この辺りも多分問題が出てくる可能性がありますし,相手方によって機会主義的な行動が執られると実務上も非常に困るということを前回私申し上げたと思います。   ということで,何を言いたいかというと,もう一度この辺りについて,1回は議論をさせていただきたいなと感じております。以上でございます。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   先ほど内田委員からも御指摘がありましたように,これまでも事務当局において様々な想定に基づくシミュレーションはやってきているところございますけれども,本日頂戴した御意見のほかにも,今日の御議論の対象になっていなかった様々な中間利息の控除の場面もありますし,中間利息を控除すべき期間の長短という個別事情の差も場合によっては考慮に入れなければいけないというようなこともあろうかと思いますので,その他の点も含めて更に検討を進めさせていただいて,その上で,佐成委員から御発言ありましたように,この問題について改めて御意見をお伺いする機会も設けられるようにしたいと思っております。   少し予定の時間を超過しましたので,残念ですけれども,ヒアリングを以上で終了させていただきます。   参考人の野間さん,西羽さん,本日はどうもありがとうございました。 ○野間参考人 ありがとうございました。 ○鎌田部会長 それでは,部会資料の審議に入ります。   本日から要綱仮案の原案についての審議に入りますが,これと併せてBタイプの部会資料がある場合にはそれを先に審議することにしたいと思います。したがいまして,本日はまず部会資料「79B」の御審議をいただき,そののちに部会資料「79-1」について御審議をいただくということとします。部会資料「79-1」の「第5 条件及び期限」まで審議したころを目途に休憩を入れたいと考えておりますので,よろしくご協力の程お願いいたします。   それでは,部会資料「79B」の「第1 錯誤」について事務当局から説明をしてもらいます。 ○脇村関係官 それでは,御説明させていただきます。   「79B」「第1 錯誤」でございますが,ここでは民法95条の改正について取り上げております。第88回会議では動機の錯誤の要件,特に従前の判例法理が,意思表示の内容又は法律行為の内容として提示していた要件をめぐって御意見が分かれたところであります。この点につきましては,具体的な表現方法について議論が収束していない状況にありますが,コンセンサスの形成可能性を模索する趣旨で提示したのが前回の部会資料「78A」第1の案であり,今回の甲案もこれと同様のものでございます。   主として,実務界から従前の判例立場では,相手方が受け入れていることまで要求されていないのではないかとの指摘や,相手方が受け入れていることまで立証しなければならないものとするのは要件として加重に過ぎるとの指摘があることを踏まえると,出発点としては,表意者が表意していたことに重点を置く立場によらざるを得ないとも考えられますが,そうであっても表意者が動機を表示した上で,表意者と相手方との間で契約が成立している場合には,相手方は表意者の表示を受け入れているのが通常であり,表意者が一方的に表示をしたのみで,錯誤を理由とする取り消しを認めるものではないとも考えられます。   このことをより明確,明瞭にするために,甲案では単に動機を表示しているだけではなく,その動機が当該法律行為の効力を左右するものであることを表示していることを示す趣旨で,表意者が法律行為の効力を当該事項の存否又はその内容に係らしめる意思を表示していたこと,2のアでございますが,ここで要件とすることを提案しております。   もっとも従前の判例法理の理解については差異があり,その点について議論が収束されていない状況にあることからしますと,従前の判例法理が意思表示の内容又は法律行為の内容として提示している動機の錯誤の要件を明文化するのは困難であり,動機の錯誤の取扱いについて,今後も引き続き解釈に委ねざるを得ないとの考え方もあり得ると思われます。そして,動機の錯誤に要件を明文化せず,引き続き解釈に委ねるのであれば,民法95条全体の改正を見送ることとならざるを得ないようにも思えます。   そこで,乙案では民法95条の現状を維持するという考え方を提示しております。 ○鎌田部会長 ただいま説明のありました部分についてご審議いただきます。 ○山本(敬)幹事 前回の会議で,甲案の2のアのような書きぶりでは問題であって,理論的にも,また従来の判例の理解に照らしても「法律行為の内容」と定めるべきであるということを繰返し発言しました。その考えについては少なからず御賛成の意見をいただきましたし,異論を述べられる方も,正面から反対というよりは,明確に「法律行為の内容」と書ききってしまうことには不安があるというようなニュアンスのものが少なくなかったように理解しています。   私自身の考えは今も変わらないのですけれども,今回の部会資料でも甲案と乙案の2案が併記されて,その中の甲案でも2のアの書きぶりが維持されているということは,今も御説明ありましたように,「法律行為の内容になったとき」と正面から書くことについては,少なくとも全員の一致は得られなかったということなのだろうと思います。これは大変残念なことではありますけれども,しかしそのために乙案のように現行法をそのまま維持するというのでは,いわゆる動機の錯誤に関するルールが今後も全く法典に示されない状態が続くことになってしまいます。このような実践的にも重要なルールが民法典を見ても分からないというのでは,今回の改正の出発点にもとると言わざるを得ないように思います。   それでは,この甲案の2のアがおよそ容認することはできないかと言いますと,これは前回の会議でも申し上げましたように,そこまでは言えない。と言いますのは,2のアにありますように,表意者が法律行為の効力を当該事項の存否又は内容に係らしめる意思を表示したときは,「これが受け入れられない限り,当該法律行為はしない」という意思が表示されているとみることができます。としますと,相手方がこの意思表示を承諾しないときは,前にも言いましたように,不合意により,法律行為は不成立に終わるはずです。当事者の一方が最も重視している点について合意がないわけですから,そうなると考えられます。そうしますと,この規定は,意思表示は原則として有効だけれども,取消し可能性が残ると定めているわけですから,法律行為が有効に成立していることを前提にしています。ということは,これは,相手方が表意者の意思表示を明示又は黙示に承諾したことを前提にしているとみることができます。つまり,この規定は,動機に当たるものが法律行為の内容になっていることを前提にした規定であると解釈することができます。それは,私自身意見書等で示しましたように,実際の判例法の状況にも対応していると考えられます。   このように,甲案の2のアは,実質的には「法律行為の内容になったとき」と定めているのと変わりはないと解釈することが可能である。それならば,そのように正面から書いてほしいと思うわけですけれども,そのように正面から書くことに抵抗があるのであれば,甲案の2のアのような書き方でも実質的に違いはないと考えることができますので,この案でもやむを得ない。つまり,消極的ではありますけれども,甲案でコンセンサスが得られるのであれば,これを支持したいと思います。   ただ,事務局にお願いしたいのは,このような意味での支持ですので,この甲案の2のアのような意思が表示されたときは,特段の事情がない限り,法律行為の内容になったと解釈することができるという理解を退けるような書きぶりはしないでいただきたいということです。   甲案の2のアのような書きぶりに最終的に落ち着くに至った説明としては,部会の審議を通じて見ますと2点あるのですが,第1に,単に表意者が一方的に表示したのみで,錯誤を理由とする取消しを認めるべきではないということについては一致をみた。そして第2に,表意者が法律行為の効力を当該事項の存否又は内容に係らしめる意思を表示したときであれば,特段の事情がない限り,錯誤を理由とする取消しを認めてもよいということについても意見の一致をみたということをお示しいただければと思います。そして,恐らくそれが正にこの部会の審議の状況を言い当てているのだろうと思います。   というようなことをお願いした上でですけれども,私自身としては先ほどのような理解を基に,甲案の2のアを支持したいと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。ほかの御意見は。 ○中田委員 私も,乙案ではなくて甲案で取りまとめられればいいと思います。甲案をめぐって前回も議論がありましたのは,甲案の2の表現がやや分かりにくいのではないかという点です。どこかと申しますと,2の柱書で,「次のいずれかに該当し,その錯誤が意思表示をするか否かの判断に通常影響を及ぼすべきものであるときは」とあるのですが,次のいずれか,つまりア又はイに該当するということが独立した要件なのか,それとも「通常影響を及ぼすべき」と関連しているのかということが文章上分かりにくいのではないかということです。それのためにやや前回の議論にもすれ違いの部分あったのではないかと思います。ですから,ここの明確化が必要だと思います。   それからもう1点ですが,通常影響を及ぼすべきという,この通常という言葉にも規範的な評価が入っているのではないかと思うのですが,単なる事実的評価のようにも読めてしまいます。ここに規範的評価が入り得るということを何か表現できれば,影響を及ぼすことが通常であって,相手方もそれを理解していると認められるというのをここで読み取るということもあり得るかと思いましたので,この通常という言葉について工夫できるかどうか,もう一度検討していただければと思います。 ○鎌田部会長 ここは多分従来の考え方でいうと,要素性に関わる要件を書き下しているのだと思います。そのために,1にも同じ表現が出てくるのですけれども,御意見は,動機の錯誤型について特に工夫をせよという御趣旨ですか,それとも1も併せてということでしょうか。 ○中田委員 これは前回にも触れましたけれども,この表現は消費者契約法と共通する表現なのですが,消費者契約法とはレベルが違った問題だと思いますので,1も併せてここの錯誤についての適切な要件化ができないだろうかということでございます。 ○筒井幹事 中田委員の御発言で前半に御指摘があった,「次のいずれかに該当し」という部分とそれに続く部分とが並列,独立の要件であるというのは,まず実質としてはそのとおりであると思いますので,それを適切に表現する方法について引き続き検討したいと思います。   後半で御指摘いただいた「通常」という言葉の使い方についても,御指摘があったことを踏まえて検討するということにさせていただきたいと思います。   ただ,本日の後の議論とも絡んでまいりますが,要綱仮案の段階でそういった表現をどこまで詰めるのかという問題は別途あろうかと思いますので,その後の条文化作業の中での課題とさせていただくのかどうかという振り分けも含めて,改めて相談させていただければと思います。 ○山野目幹事 部会も最終局面も迎えてきて,各回の会議で歴史に残る英断が聞かれる局面がありますけれども,先ほどの山本敬三幹事の発言は,正に動機の錯誤の問題に関してそのようなものの一つに数えてよいものではないかと感じます。   私も,山本敬三幹事が仮に甲案を採用するとした場合に,甲案についてこのような説明をしてほしい,あるいはこういう説明を避けてほしいとおっしゃったところについて全くの同感でありますから,重ねて同じ趣旨のお願いをさせていただきたいと考えます。本日,脇村関係官が最初に説明をなさったあの説明では,恐らく山本敬三幹事の考えるところとは一致しないものであろうと感じますから,その点について解釈の可能性が幅広く開かれるように御工夫をいただきたいというように望みます。   また,それとともに,手順の問題一つ確認ですが,本日はこれはBタイプの資料で載っていますけれども,この後Aタイプの資料で動機の錯誤を含む錯誤の問題が上程されることがあるのかどうか。上程されるときに,Aタイプの資料のときに各項において説明として添えられるところについて,この部会においていろいろな方が持っていた考え方を集約するような説明として,ここで仮に甲案でいくとすれば,甲案を支えるものとしての説明を御用意いただくことを拝見させていただくことができれば,それで理解が盤石なものになっていくであろうというように感じますから,そこの審議の進め方についても御勘案,御工夫をいただければ有り難いと感じます。 ○筒井幹事 錯誤に関して本日は,前回会議での議論の状況を踏まえて合意形成が困難である可能性もあるという前提の下で,乙案を併せて提示いたしましたので,本日の議論の結果として甲案支持が大勢を占めるのだとすれば,それについて要綱仮案に組み込む方向で今後の審議を進めていくことになろうかと思います。   その際の今後の説明ぶりについてですが,まず前提として山本敬三幹事や山野目幹事から御指摘がありましたように,今回の甲案あるいは前回の部会資料の案というのは,元々大きく意見が対立している中で,どのようにコンセンサスを形成するかという観点から模索して提示した案ですので,これについて複数の理解があり得るというのは当然のことであろうと理解をしておりますし,そういった解釈の可能性を否定するような説明はすべきでないという御指摘については大変よく理解できます。そのように十分留意したいと考えております。   その上で,今後,要綱仮案の取りまとめに向けた次の段階の案を提示するときの説明ぶりについては,その説明のレベルまでこの部会でコンセンサスを得なければ決定をすることができないのかどうかという問題が若干ありますので,今後の審議の進め方についてはよく考えてみたいと思います。そのような形がコンセンサスが得られるのならば,それはそれで大変結構なことだと思うのですが,そこまで到達できるのかどうかということについて,なおよく考えたいと思います。 ○山野目幹事 今,筒井幹事がおっしゃっていただいたところで十分でございますから,可能な範囲で御勘案いただければとお願いいたします。 ○岡委員 弁護士会は甲案賛成が多数でございます。   ただ,第一東京弁護士会はこの2のアの表現になお疑念を持っております。これはちょっと狭すぎるのではないかという意見はまず申し上げたいと思います。   その上で,深山局長が2年前に言った創造的妥協の路線でお話をさせていただきたいと思いますが。少なくともこのアの表現でも,平成元年の財産分与の無効を認めたあの最高裁の判決例,それは否定されないと考えておりますが,それはそういう理解でよろしいでしょうか。少なくとも最高裁の判決を変える趣旨の条文ではないとここの議事録で確認いただけますでしょうか。また一問一答にもしっかりそういうことも書いていただけきたいと思います。 ○筒井幹事 事務当局のメンバーが将来解説の類いのものを執筆したとして,それがいかほどの意味を持つのかというのはよく分からないのですけれども,しかし部会の議論の成果を適切に伝えていくことは,我々として心がけるべきことだろうと考えております。そのようにしたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかには,よろしいですか。 ○野村委員 甲案の3について,申し上げます。錯誤のところが議論された部会には余り出ておりませんで,従来この重大な過失ということについてどの程度議論があったのかよく分からないのですが,従来の議論だと,多分軽過失のときは不法行為による損害賠償として処理するという議論になっていたのではないかなと思います。ただ,95条に関する議論としては,むしろ単純に過失だけでもいいのではないかという意見を持っています。ここのところについては,表意者側の主観的要件と相手方の主観的要件とどちらか一方を考えるというのが多くの国の議論ではないかと思っています。しかし,ここではその両方を考えて,かつそれが衝突しているときに3のアで処理するという趣旨と理解しています。本文の方は,もし今までの議論で既に決着がついているのであれば,もう結構です。ただ,但し書きの方は,単なる過失でもいいのではないかというそういう意見を持っているということで,発言しました。 ○鎌田部会長 事務当局から何かありますか。 ○脇村関係官 3のところにつきましては,これまでは大体,重大な過失とすることで御意見を頂戴しているところで,これまでは特段の御異論はなかったところではないかと考えております。   もし,今の先生の御意見を踏まえて何か御意見ございましたら,是非ほかの方の御意見を伺いさせていただければ幸いでございます。 ○鎌田部会長 今の点に関連した御意見があれば,まずお伺いします。特にないようでしたら,大島委員お願いいたします。 ○大島委員 錯誤の甲案のアのイについて意見を申し上げたいと思います。錯誤の規定については,国民に分かりやすい民法を実現するという観点から甲案の方向で明文化するということが望ましいとは考えております。しかし,2のイにあるような規定を設けることは反対です。中小企業は特に大企業と契約する際に,交渉力が劣るため品質に関する事項や他社の知的財産権を侵していないことについて包括的に表明保証を求められるケースが多く,取引上やむを得なくその表明保証に応じているというのが現状です。このような表明保証では,M&Aなどの契約書の場合とは異なり,表明保証違反があった場合の解決方法までは取り決めをしていないのが普通です。そこで,実際に違反が生じた際には契約関係は続行され,両者が協議して,最終的には損害賠償等,過失相殺で解決することがほとんどであると理解をしております。   仮に,イの2のような規定があると,このような協議での解決のプロセスを経ずして取消しが可能となり,契約が白紙に戻される可能性があるため,実情に合っていない上に,中小企業が著しく不利益を受けることになるのではないかと強く危惧をいたしております。   そこで,2のイについては最終要綱仮案への記載を見送り,解釈に委ねるべきであると考えております。 ○佐成委員 我々の方の内部でも議論しましたが,そもそも今日の部会ではこの動機の錯誤に関しては,学者の皆様方の議論が収れんしないのではないか,要するに空中分解してしまうのではないかというような予想もありまして,そうした場合に備えて乙案という話も相当内部では出ました。けれども,先ほど山野目幹事が御指摘されたとおり,山本敬三幹事が大英断をされたということでありまして,甲案という方向性が大きく形成されつつあるということなのです。我々としても動機の錯誤については是非立法化したいという方向性を支持したいと思います。   ただ,今言ったように乙案支持も内部ではまだ根強くありまして,そのような状況の中で,2のイというのを,今大島委員がおっしゃっていた2のイをこれをどうしても入れるとされますと,我々内部でもなかなか合意形成は難しく,それだったらもう乙案にしてしまえというような意見もまた出てきてしまう可能性もあって,非常に心苦しいのですが,できましたらやはり甲案の2のイは,要綱仮案には載せずに,アだけで何とか合意形成ができないかというところをお願いしたいというところでございます。 ○潮見幹事 本当に確認だけの,大島委員と佐成委員への質問です。   大島委員にはイが余分だという理由は,表明保証の問題だけですか。そうであれば何度もここで申し上げておりますが,表明保証の問題はイを採否,採択するかどうかには全く関係ない問題であるということも改めて申し上げておきたいと思います。その意味で表明保証以外の問題というものが,イを不要とする理由に伏在しているのかということをお尋ねしたいというところです。   同じことは佐成委員にも言えることです。アとイに書かれていること併せてみたときに,これが従来の判例法理を書くにはもうこれしかないという形でまとめられたのではなろうかというように多くの方々がお考えになっておられるようです。そうであるならば,アとイをセットで甲案として取り込むということで合意形成をするきではないでしょうか。アだけだとかえって合意形成から遠くなるのではないかというような感じがいたしました。 ○佐成委員 まず,部会資料の4ページの4のところにも書いてありますけれども,仮に甲案を採用するときも「相手方の行為によって錯誤が生じたこと」もその要件の一つとするのかも問題となっておりと,だからこの点についても併せて検討する必要があると書いてありますので,必ずしもここをセットとすることが全体の合意であると私も認識はしていないところでございます。それが一つでございます。   それで,なぜこれを入れることについて抵抗しているかというのは,まず,立法提案の経緯からして不実表示の流れが一つあるという問題がございます。また,特に我々企業間の取引であっても誤った表示をするということはままあるわけであります。ただ,それは大島委員も先ほどおっしゃっていたとおり,いろいろな妥協の中でここは譲るとかいう話をしているわけでして,こういう形で明文化されますと,機会主義的な行動が非常に多くなるのではないかということを懸念しておるわけです。   つまり,自分にとって有利であれば主張するけれども,不利な場合にあえて主張しないとか,そういうことを場合場合でやられますと非常に企業実務が混乱するのではないかと,それが一番大きな理由ではないかなと思っております。   ということで,ここについては,現状でももし甲案で合意形成できない,セットでないと合意形成できないということなら乙案結構という意見も内部では相当ありまして,元々ここに出てくる前の私の内部のバックアップ委員会でもそのような御意見もございましたので,そちらの方向で終えんしていただくということもあり得るかなと考えております。 ○鎌田部会長 事務当局から何かございますか。 ○筒井幹事 ただいまの議論を踏まえて,甲案の2のイについてなお懸念を示す意見があったということを踏まえて更に検討をしたいと思います。この点についての御懸念にどのように対応するのかは別途また御相談させていただきたいと思っております。 ○松本委員 甲案から2のイを排除して,2のアだけで立法化するということであれば,私は反対いたします。それなら乙案の方が現状維持だから,いいと思います。 ○山本(敬)幹事 結論は一緒なのですが,以前に裁判例の分析の資料をお配りしたのですけれども,そこでも示しましたように,2のイに当たるものが現在の判例でもたくさんの裁判例によって考慮されているとみることができます。その意味では,やはりこれが現行法の姿なのだろうと思います。それを現在の条文では読み取ることはできないのを読み取ることができるようにすると,ぎりぎりのところ,2のア,イの形になると思います。   ですので,国民にとってルールを分かりやすい形にするという観点からしますと,やはり甲案を,そして2のア,イをセットにして明文化すべきであるという意見を以前からも述べておりましたけれども,今回ももちろん述べさせていただきたいと思います。この点については,今も筒井幹事から御指摘がありましたように,更に御検討いただくということでお願いできればと思います。   さらに,これは後で条文化するときの問題なのかもしれないのですが,この段階で,文言について一言だけ更に意見を述べておきたいと思います。それは,甲案の2のいわゆる動機の錯誤をどう言葉に表すかという部分についてです。動機という言葉を使わずに,内容を書き下そうという方向で前回から御苦労いただいているのですが,この方向はそれでよいと思うのですけれども,「ある事項の存否又はその内容について錯誤があり」という表現はやはりうまくないという気がします。  「ある事項の存否又はその内容について」という表現は,消費者契約法でも似たような表現があるのですけれども,そこでは,ある事項について告げられたなどの事実が存在しないという誤認をするとされていまして,「事項」と「事実」が区別されています。   そして,この事項の「内容」はまだよいのですが,事項の「存否」というのは少し理解できないように思います。「事項」というのは,例えば性質とか数量などという事柄であり,「事実」というのは,実際にどのような性質のものか,どのような数量のものかという事実だと思うのですけれども,性質の「存否」というのは表現としてもおかしいですし,何を指しているかが分からない。この表現は,そのような問題を抱えていると思います。   ここから先は,ではどう書き表すかということですけれども,私自身は,「ある事項に係る事実の存否又はその内容について」というように,事項についての事実とすればよいのではないかと思います。もちろん,いわゆる通常の事実だけではなくて,法的な状態に当たるものも対象とされていますので,その意味ではそれを「事実」と呼んでよいのかどうかという疑問が恐らくあったのだろうと推察しますけれども,いずれにせよ,単なる法律の錯誤は考慮されないということはすでに確立した考え方ですし,そうであれば,あとは「事実」という言葉の解釈に委ねるということでよいのではないかと思います。この点は更に詰めていただければと思う次第です。 ○鎌田部会長 その点は工夫をしてもらいます。 ○沖野幹事 ありがとうございます。私も甲案について2のアとイはセットであると考えております。ですから,何とか甲案の方で詰めていく,更に何らかの表現などの工夫ができるのであればそれはもちろん検討するということでお願いしたいのです。   その上で,万一乙案ということになった場合に確認させていただきたいことがございます。先ほど脇村関係官が,現行法の95条全体について現状維持すると御説明になりました。しかし,現在固めきれないというのは要件の部分,特に法律行為の要素の錯誤と言われるものの特に動機の錯誤についての取扱いを十分に定式化できないということです。それ以外の部分,重過失の部分ですとか,何よりも効果の取消しの点,それから善意の第三者との関係といったことは異論がないということだと思います。   そうだとすると,仮に乙案ということになったときには,この趣旨としては現状を維持するというのは,本文の要件部分のところが現行法のこの定式化でいかざるを得ないということであって,そもそもこれまでの95条の見直しについての了解が無になるわけではないということではないかと理解しております。また,もし乙案でいくならば,そういうものとして考えるべきではないかと思っておりますが,どうでしょうか。 ○筒井幹事 ただ今の御指摘は,基本的にはそのとおりなのだと思っております。つまり要件論について仮に合意形成ができなくて明文化を見送るとしても,それと切り離して効果だけを改正するという選択肢があり得るというのは,おっしゃるとおりだと思います。   しかし,95条全体について現状維持という乙案をあえてお示ししましたのは,効果を無効から取消しに変えるという改正を支えている改正理由は,動機の錯誤を明示的に規定することに関係しているのではないかと思っておりまして,もしその点の改正が見送られた場合に,効果だけを改正することについて適切な説明が可能かどうかということにやや躊躇を感じております。そこで,乙案としては,95条の全体についての現状維持という案を提示したわけでございます。   しかし,改めてそういった御指摘を受けましたので,積極的に乙案の方向を模索するわけではありませんけれども,万一の場合の検討課題として,ただ今の沖野先生からの御指摘を受け止めておきたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかには,よろしいですか。 ○中井委員 弁護士会が甲案であることは既に岡委員から発言があったとおりですが,今の御議論を聞いていまして,研究者の皆さんの方向性は一致したようにお聞きしました。先ほどから大島委員と佐成委員から異議が特に2のイについて出ています。この民事法関係の法制審議会における審議の在り方として,全員の合意ができない限りは成案とならないやに聞いたことがございます。   ただ,先ほどの例えば大島委員の発言に対しては,潮見幹事から御指摘があったとおり,表明保証等を問題にしているのだとすれば,それは誤解に基づくのではないかとも推測されます。   また,佐成委員からの機会主義的行動が起こるのではないかという御指摘に対しては,山本敬三幹事からこれまでの詳細な判例の分析によって,このような相手方の行為によって錯誤が生じた場合について,既に相当の数の判例があり,実務の積み重ねがあるという説明があったわけですから,その御指摘は必ずしも正確と言いますか,事実に基づくものではないのではないかという気もいたします。   こういう場面において,合意形成がどう在るべきなのかということは,真剣に考えなければいけないのではないか,弁護士会もそのような観点から会内での議論を積み重ねていると,そういうことを申し上げておきたいと思います。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。   それでは,先ほど筒井幹事から説明がありましたような形で,一旦事務当局で引き取らせていただいて,更に詰めた検討させていただくということとします。   次に,部会資料「79-1」,要綱仮案の原案についての審議に入ります。まず要綱仮案の位置付けなどについて事務当局から説明してもらいます。 ○筒井幹事 本日ここから要綱仮案の取りまとめに向けた審議をお願いしたいと思います。そのために御提示した資料についてまず御説明しておきたいと思います。本日の資料の番号ですと「79」に枝番号が付されていますが,「79」の枝番号の1,これが審議の対象となる要綱仮案の原案でございます。前回予告いたしましたとおり,その1からその3まで,3分割で御提示することを予定しております。今後の各回の会議ごとの審議の割振りの問題はまた別途,本日の会議の最後にお話ししようと思いますが,原案の提示としては3分割で進めていきたいと思います。   この要綱仮案の原案について,本日以降,審議結果を踏まえて改訂を加えたものを要綱仮案(案)という形で部会決定の対象となる文章として御提示することを想定しています。今後の審議におきましては,この要綱仮案に何をどのように書き込むのかという点に,議論を集中させていただきたいと考えております。   このほかの資料ですが,中間試案以降の審議経緯が分かるように整理したものが,枝番号の2,本日でいえば「79-2」の参考資料でございます。   また,以前に提示しておりました案から修正があったところを中心として補充的な説明を付した資料が枝番号の3,本日でいえば「79-3」でございます。この枝番号の3におきましては,新たに取り上げないという判断をした論点についても紹介しております。   次に,要綱仮案の位置付けでございますけれども,これは従前から御説明してきたとおり,事務当局における本格的な条文化作業を行うに先立って,実質的な改正内容を固める趣旨のものでございます。したがいまして,要綱仮案は条文そのものの案ではありません。もっとも要綱仮案の原案を御提示するに当たりましては,これまでの第3ステージの審議でもそうでしたけれども,中間試案と比べて少しでも最終的な条文に近いものとなるよう意識的に作業をしてまいりました。ですから,そういった私どもの検討結果を踏まえまして,表現ぶりについて御議論いただくことは差支えないと考えておりますが,ただ用語などの細かい詰めにつきましてはこの後の条文化作業において更に検討するという整理をさせていただきたいと思います。よろしくお願いいたします。   それから,もう1点加えますと,規定の配列あや全体的な構成ということにつきましては,要綱仮案では考慮しておりません。そこまで意識して御提示しているという趣旨ではありません。飽くまでも先ほど申しましたように,実質的な改正内容を固めることが目的であるいう整理をさせていただきたいと思います。規定の配置につきましては,これまでにもこの部会におきまして概括的には議論の機会を持ち,御意見はお聞きしてまいりました。もっとも部会として一定の結論がまとまっているわけではないとも認識しております。そういったこれまでに頂いた御意見を踏まえまして,事務当局において今後の条文化作業を行い,その条文化作業を進めた上で最終的に要綱案の御決定を頂く段階では何らかの形で改めて御意見を伺う機会を持ちたいと考えております。そういった意味で今回の要綱仮案では,規定の配列については特にこの段階で一定の決定をするわけではないということで御了解を頂きたいと思います。 ○鎌田部会長 ただいまの説明につきまして委員,幹事等の皆様から御質問がありましたら御自由に御発言ください。よろしいですか。   それでは,部会資料「79-1」についての審議に入ります。   要綱仮案の原案につきましては,これまでの審議でAタイプの部会資料で示されたものとほぼ同じであるものが少なくありません。また,従前の部会資料から変更があったものにつきましては,ただいま説明がありましたように要綱仮案の原案の補充説明,今回で言えば部会資料「79-3」で変更の理由などについて説明をしております。この資料は事前配布をされておりますので,事務当局からの冒頭の説明は省略させていただき,直ちに議論に入りたいと思います。   まず,「第1 意思能力」及び「第2 意思表示」について御審議いただきたいと思います。一括して御意見をお伺いしたいと思いますので,御自由に御発言ください。 ○山本(敬)幹事 第1の意思能力について意見を述べたいと思います。   決定しないと今筒井幹事がおっしゃった規定の配列にも少し関わる部分ではあるのですけれども,第1の意思能力では,今回,「法律行為の当事者がその法律行為の時に意思能力を有しないときは」と少し修正をされています。問題は,この「法律行為の時に」という表現を入れることの当否です。と言いますのは,契約の場合ですと,「法律行為の時」というのは,承諾の意思表示が到達した時を指すのだろうと思います。としますと,申込みが到達した後,承諾の意思表示が発せられて到達するまでの間に申込者が意思能力を喪失した場合は,法律行為の時,つまり承諾の時には意思能力はないことになってしまいます。   しかし,そのような場合を無効にするつもりかどうかという点については,恐らく無効にしないのだろうと思います。これは,後ろの方の第2の4の(3)で,「意思表示は表意者が通知を発した後に死亡し,意思能力を喪失し又は行為能力の制限を受けたときであってもそのためにその効力を妨げられない」としていますので,これは否定しないのだろうと思います。   ただ,4の(3)は飽くまでも申込みの意思表示の効力に関するものでして,厳密に言いますと,先ほど申し上げたような場面に適用されるものではないのだろうと思います。   としますと,問題は,この第1で「法律行為の時に」と入れるのが不適当ではないかということです。私個人としては,これはやはり意思表示の効力の問題であって,したがって,「表意者がその意思表示の時に意思能力を有しないときは,その意思表示は無効とする」とすれば問題ないと思います。   これは,この規定をどこに置くかということともつながってくる問題ですが,まずは「法律行為の時に」と書くことの問題はここで指摘しておきたいと思います。 ○鎌田部会長 事務当局からコメントはありますか。 ○脇村関係官 契約のようなケースについては申込みをしたときに意思能力がないときについては無効とし,承諾をしたときについては4の(3)に書いているとおり無効とならずでして,第1はそのときについては対象にしていないということなのですが,従前法律行為は無効とするということで議論が付されてことを踏まえ,今回法律行為のときにという書き方をさせていただいたのですが,先生から御意見を頂きましたので,その点を踏まえてより適切な表現ができるかどうか少し考えさせていただきたいと思います。 ○岡委員 5の(1)の読み方,私が間違えているのかもしれませんが,この5の(1)を読むと,承諾の意思表示が返ってきたときに,その人が意思能力を有しない場合は,その承諾の意思表示は対抗できないから契約は不成立になると読むのではないのですか。 ○脇村関係官 申込みがあって,申込みの後に承諾があって,その承諾の段階で意思能力がなければ法律行為として無効ではないかという御趣旨でしょうか。 ○岡委員 いや,5の(1)の読み方を教えていただきたいという趣旨でございまして,5の(1)は意思表示の相手方,承諾の意思表示の相手方たる申込人,その申込人が承諾の意思表示を受けたときに意思能力を失っておれば,その承諾の意思表示をもって相手方に対抗することができないということは,契約が不成立になるということのように読んだのですが,違うのでしょうか。 ○脇村関係官 私の最初の説明は言葉足らずだったと思うのですが,最初に言いたかったことは,まず申込みの効力,承諾と申込み二つあると思うのですけれども,申込みについては申込みの時点で意思能力がなければ無効になり,逆に申込みの時点で有効であればその申込みは有効になる。   併せて,今先生から話があったのは承諾の意思表示だと思いますが,申込みが有効であったとしても,5(1)のとおり承諾の時点で承諾を受容する能力が申込者にない,意思能力がないケースについては先生がおっしゃるとおり,契約が成立しないということになると思います。   先ほどの私の説明がちょっと不十分であったところはあるかもしれませんで,そこは訂正させていただきたいと思いますが,いずれにしてもその辺の疑義をもう少し整理した上で,言葉遣いについては少し考えさせていただきたいですが,先生のおっしゃっていることについては,そのとおりですということでのお答えになるのだと思います。 ○潮見幹事 2点申し上げます。今脇村関係官がおっしゃられたことからすれば,ますますここの部分は意思表示の時ということになるのではないかと思いますと同時に,むしろ,中間試案で示された文章で条文化することができないのでしょうか。法制局の方で難しいということであればそれまでですけれども,少しお考えいただきたいと思います。   同時に,先ほどの山本敬三幹事の御発言の後半部分に含まれていたことだと思いますが,希望として言わせていただきますけれども,仮に今申し上げましたような意思表示の時という観点でこの規定を置くとするのならば,法律行為と言うか,意思表示と言うかについては配置していただければ有り難いところです。往々にして民法総則の教科書等では,意思能力については行為能力あるいは制限行為能力制度とを併せて説明をし,更にそこでいろいろなことが語られるわけですけれども,その並びでいくとひょっとしたら,意思能力の規定が人の箇所に入れられる可能性もないではないと感じるところもあります。しかし,できれば法律行為の辺りに規定を置く可能性を少し探っていただければ有り難いと思います。あくまでも希望です。 ○鎌田部会長 その点も含めて検討させていただきます。   意思表示に関し,ほかの点について。 ○佐成委員 特に意見というほどではないのですけれども,第2の4の(2)について,従前は「故意に妨げた」というふうな表現では狭いのではないかという内部の議論がありましたが,今回はそれがなくなって「正当な理由なく意思表示の通知を受けることを拒んだとき」と,そうなっていましたので,これについては特段反対意見等はございませんでした。ただ,これについての解釈を一問一答とか,そういったところで明確にしてほしいという実務的な要望は承っております。 ○沖野幹事 すみません。ちょうど今のところなのですけれども,前回の案ですと妨げたということになっておりましたのが,今回の案では受け取ることを拒んだとなっています。到達を非常に困難にしたというような場合など,両者では少しずれがあるように思われます。   補充説明をみますと,故意にというところが不正になった部分については,不正ではない,正当な理由なくということであるというように説明されているのですけれども,対象が少し変わってくることについては,この「79-3」に説明がないようですので,その点はもう少し明らかにしていただければと思います。 ○脇村関係官 この点につきましては確かに表現は先生御指摘のとおり少し変わってはいるのですけれども,内容について大幅に何か変えようとは正直思っておりません。   そういったこともあって説明資料に余り書いてなかったので,当局としてそこに何か解釈的に従前から狭めたりとかそういったことを考えていなかったことからなのです。拒んだということ,これは民事訴訟法等の用例を参考にしたものでございまして,従前の議論の流れからのものを何か落としたりとかあるいは広げたり,そういったことは基本的には想定していないものでございますが,先生から御指摘いただきましたので,少し私どもの方でもう一度精査させていただきまして,それによって従前の御議論で拾おうとしていたものが落ちていないかどうかを少し検討したいと思います。 ○中田委員 今の点なのですけれども,了知可能状態になるのを妨げるというのは,受け取ることを拒むのよりももうちょっと前の段階もあるのではないか,そこが今おっしゃった落ちるかもしれないというところではないかと思います。補充説明では,民訴法106条3項の差置送達の例を引いておられるのですけれども,それは了知可能状態に置かれた後の場面のような気もいたしますので,こことはちょっと違うのかなと思いました。   それから,受領不能と受領拒絶等を区別する他の規定との関係もありますので,その辺りも御検討いただければと思います。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいですか。 ○岡委員 第2の1の心裡留保の点ですが,条文はこの案ということに賛成なのですが,分かりやすい民法をという観点で,心裡留保というワープロを打っても出てこない言葉が何とかならないものか。ワープロ打っても出てこないような漢字が見出しとして残るのはいかがなものかと思いますので,是非再考をお願いしたいと思います。 ○鎌田部会長 そこは検討してもらいます。   ほかにはよろしいでしょうか。   よろしいようでしたら,部会資料「79-1」の「第3 代理」から「第5 条件及び期限」までについて御審議いただきます。一括して御意見をお伺いしたいと思いますので,御自由に御発言ください。 ○山本(敬)幹事 前から順番に,一つずつ指摘させていただきたいと思います。   まず,1の代理行為の瑕疵の原則についてです。これは,(1)で,代理人が相手方に対してした意思表示の効力として定める。(2)で,相手方が代理人に対してした意思表示の効力として定める。(2)では,善意・悪意,過失の有無だけを定める。これによって,詐欺のところでも出ていましたけれども,代理人が詐欺行為をしたときは,この規定ではなく,現行法の96条が直接適用されるということが示唆されているのだろうと思います。ただ,代理人が詐欺をした場合は,少し戻りますけれども,第2の前のページの3の(1)で受けるということで理解してよろしいのでしょうか。つまり,(2)の第三者には代理人は入らないという理解をして,したがって現在の101条がこのように改められても,(1)で取消しが認められるという理解でよろしいのでしょうか。少なくとも,もしそれでよいとするならば,補足説明等で説明しませんと,どう変わったのかが分かりにくくなるのではないかと思いました。   差し当たり以上です。 ○金関係官 規律の実質面についてはおっしゃるとおりで,代理人が詐欺行為をした場合には96条1項が適用されることを前提としております。説明ぶりについては検討いたします。 ○山本(敬)幹事 続けてよろしいでしょうか。次の代理人の行為能力についてです。これは少し分かりにくい表現ですので,例えば「他人の代理人としてした行為は」などというように補っていただいて,少しでも分かりやすくしていただければということを申し上げた上で,(注)について少し気になる点があります。  まず(注2)の方から申し上げますと,(注2)では,「制限行為能力者が他の制限行為能力者の法定代理人としてした行為は,当該他の制限行為能力者又はその承継人も取り消すことができる」となっています。これは,意図的に,当該他の制限行為能力者の代理人は外しておられるのだろうと思います。これは要するに,当該制限行為能力者に取消権を認めてはならないという趣旨で外しておられるのだろうと思うのですけれども,例えば代理行為がされた後に他の制限行為能力者の法定代理人が交代した場合は,その代理人には取消しを認めてもよいのではないかと思います。   そうしますと,正確に書くならば,当該他の制限行為能力者又はその代理人とした上で,括弧書きでも入れて,「当該制限行為能力者を除く」というようなことを付記するのが正確ではないかと思いました。   もう一つは,その前の(注1)なのですが,このように定めると何を意味するかということなのですけれども,要するに制限行為能力者の法定代理人は他の制限行為能力者の行為についても結局実質的には同意権者・取消権者になるということを意味するように思います。これは,これまでこの部会で立ち入った検討をしてきたかと言いますと,このこと自体について深い検討をしてきたわけではないかもしれません。むしろ,これはやはり行為能力の制限は一般に関わる問題であって,そのような問題をここでこのように書いてよいのかというような異論が出てくる余地があるかもしれません。少なくともそのような問題があるという指摘だけはしておいた方がよいと思って発言いたしました。 ○金関係官 御指摘のうち1点目につきましては改めて検討いたします。2点目につきましては,この3の案でいうところの「他の制限行為能力者」が自ら行った行為というのは,そもそもこの3の規律の対象とはされておりません。ですので,「他の制限行為能力者」が自ら行った行為を,この3の案でいうところの「制限行為能力者」の法定代理人や同意権者が取り消したり,同意をしたりするということは,そもそも想定されておりません。もし山本敬三幹事の御指摘の趣旨がそういうことではなくて,この3の案でいうところの「他の制限行為能力者」に法律効果が帰属してしまうことになる「制限行為能力者」による代理行為,これを法律効果の帰属主体である「他の制限行為能力者」の法定代理人や同意権者ではなく「制限行為能力者」の法定代理人や同意権者が取り消したりするのは相当でないという,そういう御趣旨であるとすれば,それは,中間試案の時からそういう内容の提案をしてきたところで,中間試案から実質的に規律の内容を変更するものではありませんので,差し当たりはそのような回答になるかと思います。 ○潮見幹事 すみません。本人をAとします。代理人をBとします。相手方をC,それから保護者をHとしましょう。まず,中間試案からなのですが,Bが制限行為能力者であった場合に,そのものが行った代理行為について取り消すことができるのは,中間試案(2)のアでいけばこの当該法定代理人というのは,Bですよね。それで私の理解は誤っていませんか。 ○金関係官 中間試案のアというのは。 ○潮見幹事 (2)のア。この部会資料「79-2」でいったら3ページ目の3の枠の中の(1),(2)というのがあって,そこの(2)のア。 ○金関係官 それはおそらく中間試案ではなくて……。 ○潮見幹事 中間試案ではない,ごめんなさい,76回会議か,すみません。部会資料「66A」。 ○金関係官 はい,そこでいう当該法定代理人というのはBのことです。 ○潮見幹事 これがBですね。 ○金関係官 はい。それを前提にその後に記載のある「その代理人」というのが。 ○潮見幹事 これがHですよね。代理人又は同意をすることができる者ということでそのそれ以外のものを付け加えようとしたというのがこれですよね。それで,要綱仮案の,先ほど山本敬三幹事がおっしゃった(注2)のところとの関係ですが。3ページ目の1行目,2行目,明朝体で書かれている部分ですけれども,このルールでいった場合には,先ほどのA,B,C,Hという言葉を使いましたが,Bは取り消すことができるのですか。 ○金関係官 はい,できます。その根拠は,民法の120条1項,現行法の120条1項の規定によって取り消すことができるという整理をしております。 ○潮見幹事 それは,制限行為能力者が正に代理行為をした行為者であるから,制限行為能力者として120条1項で取り消すことができるというそういう御趣旨ですかね。 ○金関係官 はい,そういう趣旨です。 ○潮見幹事 だから,この2行目の「も」と書いているのは正にその現行法の規定があるからそれに加えてという意味で書かれているということですかね。 ○金関係官 はい,おっしゃるとおりの意味です。この(注2)に書いてあるのは,代理行為の取消しの場面でのみ登場する取消権者を取り上げているという趣旨です。 ○潮見幹事 それは先ほど山本敬三幹事が言われた理解と同じですか。 ○金関係官 違うと思います。 ○潮見幹事 違いますよね。 ○金関係官 はい。ただ,そこは先ほども申し上げたとおり改めて検討させていただくということでよろしいでしょうか。 ○潮見幹事 ありがとうございます。 ○鎌田部会長 ほかには,よろしいですか。 ○鹿野幹事 細かなところなのですけれども,ひとつ確認させて頂きたいと思います。第3の1の(1)で,代理人が相手方に対してした意思表示の効力の後の文章が「意思の不存在,詐欺,強迫又は」と続けられている点についてです。おそらく従来の民法では,錯誤は意思の不存在に入るものとして整理されていたのでしょうが,今回は,先ほども議論があったように,いわゆる動機の錯誤を正面から条文で取り上げようとしており,その場合には,動機の錯誤の部分は,意思の不存在という言葉ではうまく表現し得ないのではないかという問題が出てきます。そこは修正する必要があると思いますが,この点はいかがでしょうか。 ○金関係官 その点につきましては,以前の部会資料で説明いたしましたとおり,動機の錯誤に関する新たな規定が設けられれば,この意思の不存在,詐欺,強迫に付け加える方向で検討することを前提としております。 ○鎌田部会長 ほかには。 ○道垣内幹事 何の実質的な話でもないのですが,第3の3の(注1),(注2)とありますよね。この(注1),(注2)というのは要綱仮案の一部なのですよね。これはゴシックにはしないものなのですか。 ○筒井幹事 要綱仮案の一部かという問いに対しては一部であるという答えになり,現在この体裁を採りましたのは,ある改正項目から派生する別の細かい改正があるときに,同じところにまとめて書いておいた方が分かりやすいだろうという配慮によるものです。それでお答えになっていると思いますが,どうした方がよいという何か御意見もありましょうか。 ○道垣内幹事 いえ,別に,どういうのかなという,それだけです。 ○筒井幹事 分かりました。 ○鎌田部会長 代理関係についてはほかによろしいですか。 ○山本(敬)幹事 その次の5の自己契約及び双方代理等と,それから6の代理権の濫用について確認をさせていただければと思います。   まず,5の自己契約,双方代理等では,効果としては「代理権を有しない者がした行為とみなす」とされています。これによりますと,効果としては無権代理として扱われることになりますので,相手方との関係では表見代理,特に110条に当たるものが適用されることになると理解してよろしいかということです。自己契約,双方代理だけだと問題は生じないのですけれども,(2)でその他の利益相反行為まで広げていますので,これは起こり得る問題だと思います。   それから,6の代理権濫用についても,同じように代理権を有しない者がした行為とみなされています。ただ,この場合は,相手方が当該目的を知り,又は知ることができたときにそうしていますので,こちらは表見代理の規定の適用はもう排除されているとみてよろしいのですねという確認です。   ただ,従来の理解ですと,代理権濫用はやはり有権代理で,しかし相手方が悪意又は過失がある場合には代理行為が無効ないしは効果が帰属しないという構成が採られてきました。ということは,転得者が出てきた場合は,相対的に構成する可能性があったと思います。ただ,今回のように無権代理とみなすという構成に採りますと,もう相手方のところで有権代理か無権代理かが決まる。例えば相手方が悪意又は過失がある場合には,無権代理として確定しますので,転得者は権利取得しない。あとは94条2項の類推適用等による。相手方が善意無過失の場合は,有権代理として確定するので,転得者の善悪に関わりなく権利は取得する。そう理解してよろしいのですねということです。   それから,無権代理と擬制しますと,無権代理に関するほかの規定の適用が認められるかどうかが問題になります。例えば,本人の追認は可能とみてよいか,相手方の催告権を認めてもよいか,相手方の取消権を認めるか,あるいは無権代理の責任に当たるものを認めるのかという一連の問いが出てきますが,これらも全て適用を認めるという理解なのでしょうか。これは,確認ですけれども。 ○金関係官 1点目につきましては,表見代理の規定が適用されるかどうかは解釈に委ねられていると答えざるを得ないと考えております。判例の中には,自己契約や双方代理ではない利益相反行為については本人が相手方の悪意を主張立証した場合に限り無権代理と扱う旨の説示をしているものがいくつかあります。それらの判例の事案は商事関係の行為を前提とするものではありますが,一般的にこれらの判例の解釈は民事の行為にも同様に妥当するという理解もあります。その理解が正しいのであれば,この利益相反行為が無権代理になる場合というのは,常に本人が相手方の悪意を主張立証している場合ということになりますので,表見代理は成立しないということになるのだろうと思います。ただ,今申し上げたことは,この素案自体に書いているわけではありませんので,それとは異なる解釈,表見代理の成否で処理をするという解釈を否定するものではありません。   2点目につきましては,代理権の濫用の場合には,山本敬三幹事の御指摘のとおり,本人が相手方の悪意又は有過失を主張立証していることが前提ですので,表見代理の規定が問題となることはないと理解しております。   3点目につきましては,転得者が現れた場合の処理として事務局が考えているところは山本敬三幹事がおっしゃったとおりで,例えば相手方が悪意又は有過失の場合であれば,民法94条2項の類推適用などで処理がされることになると思います。ただ,これは現在でも,代理権濫用について判例は民法93条ただし書の類推適用で処理しておりますので,類推適用がされると無効になることを前提に,転得者は94条2項の類推適用で保護されると説明されることが多いと思います。そういう意味では,必ずしも現行法との関係で保護の範囲が大きく変わることはないのではないかとも思います。いずれにせよ,転得者が現れた場合の処理については,相手方が善意無過失であった場合の処理を含め,事務局の理解で十分に妥当なのではないかと考えております。   4点目につきましては,無権代理とみなすことによって無権代理に関する規定,民法113条以下の規定が適用されることを前提としております。115条の取消権も含めて適用されると理解しておりまして,それは必ずしも不当なことではないと考えております。ただ,無権代理人の責任につきましては,相手方の主観的態様について117条が要件を設けておりますので,当然その要件を満たす場合に限ることになります。例えば,代理権の濫用について相手方に過失があると認められたために無権代理とみなされた場合については,今回の117条の改正案では,無権代理人が悪意であれば,相手方に過失があっても無権代理人の責任を追及することができるとしておりますので,それを前提としますと,代理権濫用の場合の代理人は必ず悪意ですので,相手方は無権代理人の責任を追及することができるということになると思います。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがですか。無効取消しに関する御意見は……。  それでは,中田委員,次に沖野幹事お願いします。 ○山本(敬)幹事 代理についてですけれども,よろしいでしょうか。 ○鎌田部会長 はい。 ○山本(敬)幹事 代理については,別紙でお配りいただいてる3名連記の意見書がありますので,その第1点目を御覧いただけますでしょうか。7の代理権授与の表示による表見代理と,8の代理権消滅後の表見代理に関わるものです。「79-1」の3ページ以下と併せて見ながらお聞きいただければと思います。   これは現行法で言いますと109条と110条の重畳適用,112条と110条の重畳適用を明文化するという提案に関わる部分です。補足説明が別にあって,それを拝見しますと,この7の(2)と8の(2)では,要するに代理権授与の表示がされた代理権あるいは消滅した代理権に関する相手方の善意無過失と,実際に行われた代理行為の,つまり範囲を超えた部分の代理行為の代理権に関する相手方の誤信の正当な理由との関係が分かりにくいという指摘があったので,それに対処するために,それぞれに「(1)によりその他人が第三者との間でした行為についてその責任を負うべき場合」と定めることによって,その疑問に対処しようとされたのだと思います。   ただ,重畳適用のケースでは,実際に行われているのはその代理権の範囲外の行為ですので,(1)によりその他人が第三者との間でした行為なるものは実際にはされていません。そのために.このような事実についての善意・悪意とか過失の有無を確定しようがないという問題がまずあります。   さらに,「(1)によりその責任を負うべき場合」という表現が考えだされたのは,109条ですと悪意又は過失の存在がただし書に回っている,あるいは112条では過失がただし書に回っているということを受けるためだと思います。しかし,そうしますと,そのような(1)の要件に当たるものを織り込んで実際に書き下しますと,例えば7の(2)はその下に書いたようになると思います。つまり,「第三者に対して他人に代理権を与えた旨を表示した者は,その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときであっても,第三者がその他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り,当該行為について,その責任を負う。ただし,第三者が,その他人が表示された代理権を与えられていないことを知り,又は過失によって知らなかったときは,この限りでない。」となります。ただ,これは一見して分かりますけれども,本文に当たる要件を主張・立証することができる場合に,ただし書に当たる要件を主張・立証することができる場合があるとは考えられません。それはどうしてかと言いますと,ただし書に当たる要件は,実際には本文に当たる要件の中に包接されているからだと思います。   8の(2)についても同じように書き下しますと,次のページの2行目以下に書いたようになります。つまり,「他人に代理権を与えられた者は,その他人が第三者との間でその代理権の範囲外の行為をしたときは,第三者が代理権の消滅を知らず,かつ,その他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるときに限り,当該行為について,その責任を負う。ただし,第三者が過失によって代理権の消滅の事実を知らなかったときは,この限りでない。」となります。これは確かに,代理権の消滅の事実に関する善意・悪意などと,代理権の範囲内にあるかどうかに関する善意・悪意などは別個に観念できますので,先ほどと同じではないのですが,厳密に言うとそうではあるものの,「その他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるとき」というのは評価的な要件ですので,その中で,第三者が過失によって代理権の消滅の事実を知らなかったかどうかを受け止めることは十分可能ですし,それで問題はないのではないかと思います。   というわけで,前のページの箱の中に書きましたように,要するに先ほど書き下した本文のみを定めれば足りるのではないかと考えます。いかがでしょうかという提案です。 ○金関係官 御指摘の趣旨は十分に理解しているつもりなのですが,ただ,従前の部会や分科会では,御指摘のあった本文の要件が認められるがただし書の要件も認められてしまう場合として,これから述べるような事例があるのではないかという議論がされたと思います。   本人をA,代理人をB,相手方をCと呼びますけれども,AがBに対してAの事業に関する製品の販売代理権があたかもBにあるかのような肩書を与えていた。そのような肩書が与えられていたために,相手方Cに対する関係で代理権授与表示がされたと評価,認定される状況であった。他方で,AはBに対してAの事業とは全く関係のないプライベートな土地についての権利証をBに預け,プライベートな印鑑,実印の印鑑証明書をBに預けていた。Cは,Aの事業に関する製品の販売代理権を有するかのような肩書がBに与えられているのは,単なる箔付けというか信用を付けてあげるためのものであることを十分に認識していたけれども,他方で,AとBが非常に親しくて,Aのプライベートな土地の売却についてBに代理権が与えられていてもおかしくないような関係にあるとも認識していた。ただ,実際には,Aの事業に関する製品の販売代理権も,Aのプライベートな土地の売却の代理権もBには与えられていなかった。Cは,代理権授与表示がされた販売代理権の方については,その代理権がBに与えられていないと認識していたけれども,実際に行われた土地の売却の代理権については,Bが権利証などを持っていたこともあって,Bに代理権が与えられていると認識していた。このような事案で,代理権授与表示がされた販売代理権を基本代理権として,実際に行われた土地の売買契約についての表見代理の成否を,民法109条と110条の重畳適用で処理するというような場合があり得る。この場合には,実際に行われた方の土地の売買契約については,Cがその代理権がBにあると信頼したことが正当であると評価され得るけれども,代理権授与表示がされた方の販売代理権についてはそのような代理権が与えられていないとCは認識していたので善意無過失は認められない。このような状況を前提とすると,実際に行われた代理行為の方の代理権に関する誤信の正当理由は認められるけれども,代理権授与表示がされた方の代理権に関する善意無過失は認められない,すなわち,山本敬三幹事が御指摘になった本文の要件は満たされるけれどもただし書の要件も満たされてしまうような事態が生じ得るということだったと思います。   中間試案のときは,そのことを前提に原案を提示したところ,例えば沖野幹事からは,本文とただし書の関係が非常に分かりにくいけれども,しかし実質的な規律の中身はそのとおりであるという趣旨の御発言も頂いたところです。今回の案は,中間試案の規律の実質はそのままに,しかし本文とただし書との関係が分かりにくかった点をできる限り分かりやすくしようと試みたものでありまして,中間試案から実質的な変更はありませんので,その意味でも,事務局としてはこの案で御了承いただけないかと考えているところです。 ○山本(敬)幹事 今挙げられたケースは,これまで典型的に考えられてきた重畳適用のケースとは少し異なるのではないかということはあるのですが,いずれにしましても,今のような場合でも,先ほどの「その他人の代理権があると信ずべき正当な理由があるとき」という要件で受けられるのではないかと思うのですが,いかがでしょうか。 ○沖野幹事 今の点,2か所なのですけれども。110条において基本代理権が与えられていたというのと同じレベルの基礎付けが何かと考えたときに,まず109条に該当するような場面であるということがあり,そこに更に権限外,範囲外の行為に正当理由が乗ってくると,そういうような構造と理解しております。中間試案はそういう形で書かれていたのではないかと考えておりました。そのこと自体を,中間試案自体がおかしかったということで改めるのであれば御指摘のような形になるのかと思うのですけれども,その点がどうかということが一つです。   もう一つ,先ほど手を上げましたのは次の点を申し上げたかったのですが,仮に中間試案のような考え方を維持するとしたときに,7をこのような形に改められたのがより分かりやすくなっているのかということです。これは山本幹事が御指摘になりましたように,(1)によりその他人が第三者との間でした行為についてはその責任を負うべき場合においてというのは,代理権の範囲内においてしたという場面ですので,しかしこれはその場面ではないですから,飽くまで仮にそうであったとしたらというのを「負うべき」というところで読み込むというそういう工夫なのだと思います。しかし,何かこの「べき」という2文字に相当の負荷をかけるもので,そういう表現が果たしてよろしいのだろうか,懸念があります。   表現だけの話なのですけれども,書き分けるとすると,一つのアイデアとして,例えば(1),(2),(3)の3項立てにしまして,(1)が本文だけ,(2)も元の本文だけというような,今回の本文ではなくて元の本文だけにした上で,(3)について(1),(2)は第三者がその授与表示がされた代理権について与えられてないことを知り,又は過失によって知らなかったときはこの限りではないとか適用しないとか,何かそういう構造の方が表現としてはより分かりやすいのではないかというふう思いましたので,参考にしていただければと思います。 ○金関係官 ありがとうございました。先ほどの説明で1点重要なことを申し上げるのを忘れていたかもしれないのですが,民法110条そのものの解釈として,基本代理権と実際に行われた代理権とは必ずしも関連性がある必要はないというのが現在の判例の立場だろうと思います。先ほど山本敬三幹事が重畳適用の典型的な場面ではないとおっしゃったのは,おそらく基本代理権に相当する代理権と,実際に行われた代理行為の代理権との関連性がないからではないかと理解しました。確かに関連性のない場合は事案としてはまれなのかもしれませんが,しかし少ないながらも存在し得るという点が悩ましいところではないかと考えております。 ○潮見幹事 連名で意見書を出しているので,同じグループの人間がしゃべるのはどうかと思いますけれども。先ほど,これは重畳適用の事例かと山本敬三幹事がおっしゃったのは,今の基本代理権と実際に行われたことがずれているというよりは,むしろ,金関係官がおっしゃられたケースが109条の代理権授与表示というものがあったと評価されるパターンなのかというところから,重畳適用かどうかということが疑われる事案ではないかという趣旨が含まれていたのではないかと思います。   それは置いておくとして,金関係官がおっしゃったところがそれなりの意味を持っていたとしてものことですが,そうであれば,3人連名の意見書のところでゴシックで書いてないところのただし書が入っているような記載をしていますが,過失,それから善意・悪意というところだけを例外則として残しておきたいということであるのなら,こういうただし書を残した形で立案するという方向に優れた点はないのかという辺りの検討もやっていただきたいなというのが偽らざる実感です。 ○山本(敬)幹事 補足ですが,沖野幹事がおっしゃったことでもあるのですけれども,先ほど申し上げましたように,「(1)によりその他人が第三者との間でした行為」というのは存在しないのですね。実際にはその範囲を超えた行為しか行われていません。ですので,このような書き方は不適当である。とすると,書き下せばとして先ほど示したような書き方でないと意味の通った文章にならないのではないかと思います。   その上で,ただし書を置く意義については,私自身はなお疑問を払しょくしきれていないのですけれども,仮に定める必要があるというのであれば,今潮見幹事おっしゃったようにきちんと書き下すというのが一つの方法ではないかと思います。 ○金関係官 まず潮見幹事から頂いた御指摘の1点目ですけれども,肩書き付与の事案は私が独自に考えた事案ではなくて,教科書等で代理権授与表示の事例として紹介されているものですし,肩書き付与の事案が適当でないということであれば,肩書きの付与を白紙委任状の交付に置き換えることも可能ではないかと思います。やはりそういった事例を代理権授与表示や重畳適用の事例から完全に除外することはできないのではないかというところで,その可能性がある以上はこういう表現をしておく必要があるのではないかというのが現時点で考えているところです。   2点目につきましては,従前は事務局としても本文ただし書の形式で提案をしていたところですので,これを今回そうではない形式に変えたのはどちらがよいのか十分に検討した結果ではあるのですけれども,基本代理権に相当する行為が実際には行われていないのに,過失や善意を論ずるのは相当でないという点につきましては,従前の本文ただし書の形式でもそれは同じではないかという気もいたします。責任を負うべき場合という表現については,先ほど沖野幹事がおっしゃったように,すべき場合という文言の部分の負担が大きいという問題があり得ることは十分に自覚しておりますが,そこを何とか適切な読み方をすることを前提として,落ち着きどころとしてはこういうところではないかと考えております。ただ,もちろん再度検討はいたします。 ○山本(敬)幹事 ただし書形式にしますと,この1ページ目の下にありますように,「第三者がその他人が表示された代理権を与えられていないことを知り,又は過失によって知らなかったとき」はとなって,このような行為がされたということは出てこないだろうと思いますが,何か誤りでしょうか。 ○金関係官 いえ,全く誤りではないですし,水掛け論的なところもあるかもしれませんが,御趣旨を踏まえて検討いたします。失礼しました。 ○鎌田部会長 代理についてはほかに。   ないようでしたら,無効,取消し,条件期限について御意見をお伺いします。 ○中田委員 それぞれ一つずつあるのですが,両方続けてにいたしましょうか。 ○鎌田部会長 それでは,まず無効,取消しについてお願いします。 ○中田委員 第4の1の(1)で,相手方を原状に復させる義務を負うとだけ規定し,前にあった利息や果実の返還義務を規定しないというのが今回の御提案です。実質はよく理解できるのですが,他方で解除の方では果実も含めるという方向での新たな立法提案になっています。そうしますと,解除と無効の効果が一見すると非常に違って見えて,無効の場合には利息や果実は常に返還不要であるというような反対解釈と申しますか誤解がされる可能性があると思います。そういうことのないように,条文の形としてはこれしかないのかもしれませんけれども,説明を十分にする必要があるのではないかと思います。 ○金関係官 この案の意図としましては,解除の場合には受領時からの利息や果実の返還義務があるけれども,無効及び取消しの場合にはそうではないということではもちろんありません。そこは中田委員がおっしゃったとおりです。ここは,部会資料66Aの議論の際に,無効及び取消しについては,詐欺や強迫を受けた者が取消権を行使した場合にも常に受領時からの利息や果実を返還しなければならないと一律に決め付けるのは妥当でないという御指摘を踏まえて,このようにせざるを得なかったところです。 ○鎌田部会長 無効及び取消しに関連して,ほかに。 ○佐成委員 3の(1)のところですが,特に提案に反対とか意見ということでは必ずしもないのですけれども,内部で議論があったのは,今回は追認に取消権を有することを知っているという状況が必要であるという判例を明文化するとのことなので,追認擬制の方に何か影響を及ぼすのではないかという点でございます。ただ,最終的には現行法上もある問題ということで,これでよろしいのではないかという方向に今落ち着きそうであるということです。 ○沖野幹事 申し訳ありません,表現だけなのですけれども,この話は今後もちょっと出てきそうな感じがするものですから,おうかがいしたいと思います。無効及び取消し,第4の1におきまして,柱のところは法律行為が,見出しも法律行為がということになっておるのですが,本文の方は無効な行為となっております。これは何か表現についてあえて使い分けられたのでしょうか。中間試案では法律行為となっておりましたし,今までの資料でも法律行為となっていたようなのですけれども。何か用語法について特定の方針などがあるのでしょうか。 ○金関係官 見出しにつきましては,分かりやすさの観点から素直に法律行為と書いておりますが,他方,本文の方は,条文そのものではないにしても条文にできる限り近い案を示すという観点から,現行法が無効及び取消しの節では法律行為のことを全て行為と呼んでいますので,それに合わせてそのようにしております。 ○鹿野幹事 無効,取消しの第4の1の(3)のところについてです。これは中間試案から同じということなので,もしかしたら既に議論があったのかもしれませんが,お伺いしたいと思います。この(3)のところでは,行為のときに意思能力を有しなかった者は,現に利益を受けている限度において,返還の義務を負うとされています。そして確かに,恒常的に意思能力を欠くような状態の者について考えると,このままでよいと思うのですけれども,一時的に意思能力を欠くというような状態で法律行為をした者の場合,つまり法律行為のときにはたまたま意思能力がなかったけれども,その後に意思能力は回復し,その通常の状態において給付に原因がないことを知りながらその給付を受けたというような場合には,ストレートにこの(3)のルールを適用するのは適切ではないように思います。その点についてはいかがでしょうか。 ○金関係官 規律の実質として鹿野幹事がおっしゃったことが正しいということであれば表現を変える余地もあるように思いますが,法律行為の時に意思能力を有しなかった以上,現存利益の返還で足りるという考え方もあり得るという議論ではないかと思います。書きぶりとしては,恒常的な意思無能力状態であることを示すような表現もあり得ると思いますので,まずは規律の実質のところについて御議論をいただければと思います。 ○鎌田部会長 今の点について御意見があればお出しください。   これは,このままの形でも,今御提起された問題については解釈の余地が残っていると読むことも可能ですね。 ○金関係官 はい。解釈の余地を否定する趣旨ではありません。 ○鹿野幹事 もちろん,規律はこのままにして解釈によってこれを制限するということも不可能ではないと思います。ただ,もし最初から予想される問題であって少し表現を変えるだけで明らかにできるのであれば,表現を変えるということも考えてよいのではないかと思いました。私自身は,先ほど言いましたように,一時的な意思能力の喪失の場合に,その後意思能力が回復し,しかも法律上の原因がないものであることを認識しながらその給付を受けたような場合についてまでこれをそのまま適用するのは適切ではないと考えている次第です。 ○鎌田部会長 そこのところについて,どういう要件の下でこれの適用が排除されるかを明らかにするという,そういう立法する以上は,その内容についての御理解が共通でなければ立法できないので,実質的な部分についての御意見を頂戴したいというのが金関係官の御発言の趣旨だと思うのですが,そこが余り明確にならないようであれば解釈に任せるしかないと思ったのですけれども。 ○沖野幹事 余り考えてこなかったものですけれども,鹿野幹事からの御指摘を受けて考えますと,問題となる代表的な場面は,もう意思能力を回復したその段階で給付を受けて,しかも自分がした行為は無効であるということを知りながら費消したというような場合であり,そのような場合に現存利益に限る必要はないのではないかという点はそうなのだろうと思います。ただ,一時的意思無能力というものが,一時的に泥酔していたという場合もあれば,何か劇的な治療法によって状態が変わったというような場合もありうるように思われますし,それから給付を受けた段階でどうであったかとか,費消した段階でどうであったかとか,そういう時期的な区分がかなり細かに必要になるのではないかという気もいたします。   更に言うと,現行法の制限行為能力者はどうなのだろうかということもちょっと気にはなるのですけれども。ある段階で行為能力回復したような場合です。ある段階で成人になったとか,あるいは審判が取り消されたとか。このようなことを考えますと,解釈に委ねた方が適切ではないかと思われますが,いかがでしょう。 ○鎌田部会長 ほかの御意見。 ○岡委員 弁護士会が一貫して詐欺,強迫の被害者の場合について問題提起をしてきたところがございまして,最終的にこの1の(1)でやむを得ないという意見にはなりつつありますが,一問一答等で詐欺,強迫の被害者の場合について議論があったとか,不法行為による救済が考えられるとか,そのようなことは是非書いていただきたいという点が1点でございます。   それからもう1点は,民法703条以下の不当利得の規定とこの1の規定の関係がどうなるのかという質問がバックアップ会議でございました。特に不法原因給付等の適用関係はどんなふうになると理解したらよろしいのでしょうか。 ○金関係官 少なくとも703条,704条についてはこの場面では適用されない,1の規律が適用されるという前提で考えております。 ○岡委員 不法原因給付は適用があるという前提なのでしょうか。 ○金関係官 他の解釈を否定する趣旨ではもちろんありませんが,不法原因給付に関する規定の適用はあることを前提としております。 ○鎌田部会長 ほかには無効及び取消しに関連して御意見よろしいですか。 ○道垣内幹事 なかなか私反応が遅いものですから,みなさんが何の議論をしているのかというのがなかなかよく分からなかったのですけれども,前提として金関係官がおっしゃったところについてみなさんが認識を共有しているのかというのを確認したいのです。つまり,仕入れについての代理権を本当は与えていないのに,仕入れについての代理権を与えたよという形の表示をしたところ,相手方もうそだというのを知っていた。しかし,不動産については売却の代理権を与えるかもしれないというふうな状況がある。そのとき,不動産の売却を代理行為としてしたとして,その場合について,109条と110条の重畳適用で保護されうるという前提で議論が進んでいたのですか。 ○金関係官 はい。 ○道垣内幹事 それで,それとこの3ページの文言との関係,ないしは前回の部会資料の「66A」との関係なのですけれども,今回の要綱仮案でいったときに,7の(2)の2行目ですが,「(1)によりその他人が第三者との間でした行為についてその責任を負うべき場合において」と書かれていますので,これは仕入をしたときには表見代理が成立するような場合においてと読むのが素直なのではないでしょうか。そして,66Aの(2)は微妙かもしれませんが。少なくとも7の(2)は,1によって責任を負うべき場合において拡大したことを代理行為として行ったとき,と読むべき規定のように私には思えるのであり,そして,そうではないとおかしいのではないかと思うのです。相手方は何を信頼したのだろう,ということが疑問であり,昔からこの2人は仲が良かったよね,代理権だって授与するかもしれないよね,ということだけを信頼したことになりますよね。当該代理権の授与の表示は何の信頼も引き起こしてないわけですから。そうすると,仲がよかった人がした代理行為については本人は責任を負うというふうな話になりそうな感じがするのです。それちょっとよく分からないなと思いながら聞いていたのです。 ○金関係官 すみません,今の事案で相手方が保護されるべきという前提で議論がされていたのかという御質問に対してはいと申し上げてしまったのではないかと思いますが,山本敬三幹事らとのやりとりの中で申し上げたかったのは,今の事案で相手方を保護すべきということではなくて,今の事案で基本代理権についての相手方の善意無過失と,実際に行われた代理行為の代理権についての相手方の善意無過失の結論が食い違う場合がある,そういう事案があり得るということです。失礼しました。   いわゆる重畳適用の表見代理による相手方の保護は,基本代理権に相当する代理権と実際に行われた代理行為の代理権の双方いずれについても相手方が善意無過失でなければ要件を満たさないので,代理権授与表示がされた基本代理権の方についてうそだと分かっていれば,今回の案で言えば「責任を負うべき場合」に当たらないということになりますし,従前の案で言えばただし書が適用されることになりますので,相手方は保護されないという結論になります。ですので,道垣内幹事がおっしゃったことは正にそのとおりなのですが,先ほど山本敬三幹事らと議論させていただいたのは,実際に行われた代理行為の代理権について相手方の善意無過失が認められるのに,代理権授与表示がされた基本代理権の方は相手方がうそだと知っていたというような事例はそもそも存在し得ないという山本敬三幹事の御指摘に対して,それは必ずしもそうではないと考えているということを申し上げたところです。 ○道垣内幹事 いや,本当に分からないのですけれども,109条は成り立たないので重畳も成り立たないよねというのはよいのだけれども,表示された代理権については相手方が当該代理権が存在しないないことについて悪意であってもとおっしゃることの意味がよく分からなかったのだけれども。 ○金関係官 実際に行われた代理行為について,相手方がその代理権があると信頼して,それに正当な理由があると認められるような状況が一方であるのに,他方で,代理権授与表示がされた方の基本代理権については相手方がうそだと分かっていたというような事案は存在し得ないのではないか,そこをうそと分かっていれば必ず実際に行われた代理行為の代理権の方についての誤信の正当理由は認められないのではないかというのが山本敬三幹事の御指摘で,それに対して事務局としては必ずしもそうではなくて,実際に行われた代理行為の代理権については相手方の誤信の正当理由が認められるけれども,代理権授与表示がされた方の代理権については相手方がうそだと分かっていたような事案もあり得ると考えていますということなのですが,しかしそのような事案では,結論としては道垣内幹事のおっしゃるとおり重畳適用による表見代理の成立は認められないということです。 ○道垣内幹事 ごめんなさい。私は,事例があるという言葉と表見代理が成り立つという言葉が区別して用いられているとはちょっと理解できなかったものですから,私が勘違いをしました。分かりました。 ○鎌田部会長 ほかに無効及び取消しについて御意見がないようでしたら,条件及び期限についての御意見をお伺いします。 ○沖野幹事 先ほどから表現のことばかり申し上げていて大変申し訳ないのですけれども,「第5 条件及び期限」の1の(1)のアですとか,あるいは(2)のイにおきまして,効力始期,請求始期という表現を新たに作ってあるわけですけれども,これについてです。それ自体に何か反対するというわけではありません。これも前回までは,効力始期の方について言いますと,効力始期,括弧,これこれに係らしめる旨の期限を言うと書かれた上で期限が到来したと受けていたと思うのです。ところが,今のままですと効力始期を付した法律行為は期限が到来したということで対応していないように思われまして,期限を使うならば括弧の中を前のバージョンにした方がよろしくないかということです。期限を使わないのであればその事実が生じたときとかそういうような書き方でないと非常に混乱すると言いますか,余り適切な表現にはならないのではないかということです。 ○松岡委員 すみません,私も表現に関わるちょっと細かいことかもしれませんが,特に5の1の請求始期という言葉についてどうも引っかかりを感じます。確かに現行の135条1項も法律行為の履行を請求するという表現を採っておりますし,その法律行為の典型である契約については契約の履行を請求するというのはもうなじんだ表現です。しかし,例えば注釈民法を見ますと,履行が観念できるのは債権についてのみであって,その物権的効果の発生など法律行為から直接生じる効果の発生に期限がついている場合を135条は明確に規定していない,と書いてあります。そこで今回の改正で効力始期という概念を新設してそのことを明らかにする点は賛成です。   問題は,それと対比される請求始期という言葉が適切であるかどうかです。請求権の行使が可能になる時期という意味であれば,既に履行期という概念があり,あえて請求始期と言い換える必要性は乏しく,むしろ混乱するのではないかという気がします。   さらに,請求権以外に形成権の行使に始期がついている場合も考えられます。例えば買取選択権付賃貸借契約など,英米法でハイヤーパーチャスと呼ばれるものの場合の買取選択権などのいわゆるオプションの権利です。それから,解除権,解約権などが合意されている場合,契約締結時から権利自体は発生しているのですが,一定の時期以降にのみその更新が可能になる,こういうことが約定された場合です。これらについては請求権や債権ではありませんので,権利の行使とは呼べても履行の請求には含まれない。また,単独行為の履行を請求するとか,形成権の履行を請求するという表現も採れません。   そうなると,今回の御提案ではかなり読みにくい構造の規定になってしまう気がします。つまり,法律行為の履行の請求という言い方をして広く法律行為一般についてその請求始期なるものが当てはまるように見えるわけですが,実際には現在の135条の注釈で解かれているのと同じく,履行請求が可能な債権の履行期のみを指すことになります。先ほど挙げたような形成権についてはそもそも規定が欠けたままになりますので,それは効力始期なのか請求始期なのか分かりません。類推適用する処理になるのかもしれません。   こんなふうに注釈書を見て,条文で使われている言葉には法律行為と書いてあるけれども,実は債権だけに妥当すると制限的に読み替えたり,規定のない形成権について類推適用の技法を用いないと意味が分からないようでは,やはり国民に分かりやすい規律を目指す改正の趣旨には合わないと思います。   それではどう考えればいいのか一つ案を申し上げますと,定義で効力始期という言葉を使ったので請求始期という言葉を使わないといけないという気になるのですが,こういう定義方式をやめて,ごく素直に,法律行為から生じる権利の行使について始期を付した場合には,その期限が到来するまでその権利を行使することはできない,というような案が考えられます。「ができない」でも「はできない」でもいいです。   名前をあえて付けるなら権利行使始期になりますけれども,あえて名前付けなくてもいいのではないかと思います。   こういうふうにしますと,請求権はもちろんのこと,形成権の場合も含まれて,正に法律行為一般についての総則規定としての体裁が採れますし,これによって先ほど申し上げた債権の場合の権利行使始期というのは実は履行期を指すということになりまして,権利行使始期なるものと履行期との関係も整理できるのではないかと思います。   ちょっと細かい点ですので,今日3人の連名で出した意見書には加えておりませんでしたし,最終的にそれほどこだわるものではありませんけれども,御検討いただければ有り難いと思います。 ○鎌田部会長 そこは検討させていただきます。 ○岡委員 分かりやすい議事録にするための質問でございますが。その効力始期の具体例がよく分からなかったもので,遺言というのは効力始期が付された意思表示になるのでしょうかという質問と,最も分かりやすい効力始期の例を一つ二つ言っていただければと思うのですが。 ○村松関係官 遺言の場合も始期を付せるのだろうと思いますので,遺言の全部か一部かいろいろありますけれども,それも当たり得ると思います。それから,契約自体の効力発生時期を定めるということもできるということで,これ自体は昔から教科書等で言われている話ではないかと思うのですけれども,ある種の契約の効力の開始時期はいついつ以降になりますということを定めるですとか。あとここの記載ぶり自体は法律行為全体の効力を本当に発生させるかのように書いておりますけれども,恐らくは法律行為の効力のうちの一部の発生というのも類推なのかこの条文そのものなのかという理解はあるかもしれませんけれども,そこから読めるのではないかと考えております。 ○松岡委員 今の村松関係官の御説明のように,物権的効力をいつ発生させるかに始期がついている場合には,法律行為自体は既に成立していて,そうした効力だけに期限が付されていることになるのだろうと思います。従来それを135条は明確に規定していないと理解されていたので,それを多分効力始期の中に取り込むことになるのだろうと私は理解しております。 ○中田委員 効力始期については村松関係官が今おっしゃったとおり,その法律行為の全部又は一部についてであり,その一部に含まれるものが幾つかあるということなのでしょうが,それは必ずしも分かりやすくないのではないかということだと思います。   それから,法律行為に付するのか,債務に付するのか,これはドイツ法系なのかフランス法系なのかによる違いが従来余り意識されないまま混じってしまっていたということの結果で,それを今回整理しようとされているのだと思います。   名前がなくてもいいではないかというのはそれはそうだとも思うのですが,やはり統一の名前があった方が分かりやすいのではないか,適切な名前があればその方がいいのではないかと思います。   それから,取り上げないことになった履行条件について,前回私は中間試案のように履行条件,現在で言うと請求条件になるのでしょうか,これを置いた方がいいのではないかと申し上げました。これは取り分け期限について効力始期と請求始期を置くのであれば,条件についてもそろえた方が分かりやすいのではないかと考えたからでした。あるいはまた請負における報酬債権について,契約締結時に発生して仕事が完成したときに請求できるというようなタイプのものとしてとらえる場合には,履行条件というような概念があった方が便利ではないかと思ったということもございます。ただ,規定が複雑化するし,実際には余り使われないだろうということで取り上げないということであれば仕方がないかなと思います。山本敬三幹事に比べると非常に小さな決断なのですけれども,私もこれで了解いたします。   ただ,履行条件ないし請求条件という観念があり得ること自体は否定されたわけではなくて,これは引き続き解釈に委ねられていると理解したいと思います。 ○鎌田部会長 ほかにはいかがでしょうか。 ○山本(敬)幹事 これもそれほど大きな問題ではないのかもしれませんが,不正な条件成就についてです。この御提案は,現在の130条を維持して新たにこの提案を付け加えるというものだと思います。そうしますと,現在の130条は,「故意にその条件の成就を妨げたとき」という規定のままになる。それに対して,この新しい提案では,「不正にその条件の成就を実現させたときは」となって,両者で文言を異にすることになります。「故意に」と「不正に」というのは,補足説明を見ますと,同旨だという表現があるのですけれども,規定として文言を異にすることになるのが果たして適当なのか,本当に区別しないといけないのかというのがお聞きしたい点です。   特に現在の130条についても,「妨げた」というためには信義に反するような場合である必要があるという解釈を更にしますので,それならば「不正に」で合わせてもよいかもしれないと思うのですけれども,合わせてはならないような理由があるかどうかを確認させていただければと思います。 ○村松関係官 現在の130条まで変えるのかという点については,確かに現在の「故意に」の中で信義則違反も含まれルという点が読みにくいのではないかという意識も十分あり得るだろうとは思いつつ,ただ,では変えなければならないほどに本当に読みにくいのだろうかという部分もあるような気がしております。従前この130条の類推適用の明文化の議論の中で,表裏を単純にひっくり返せば130条の類推適用についても「故意に」ということになるけれども,故意に条件を実現させる,成就させるということであるとすると,あたかも非常に当たり前のケースまで入ってしまうのでよくない。だから,こちらについては表現を改めなければいけない。そうすると表現を改めてときに,改め方によっては現行の130条とのバランスが問題になるねと。そこで,案として出ていた一つの考え方としては,「条件を付した趣旨に反して」という文言であったので,それでは130条も類推の事例でも共に表現をそろえないと駄目だろうと,正にこういう判断だったのだと思います。   他方で,「不正に」という表現はその意味で故意に信義則に反してというのを一言である意味言い換えられる程度にかなり強い表現のように受け止められる部分もあるように思います。そこで,現行の130条の方も不正にと直してしまうと,若干受け止められる意味内容が変わったようにも見えなくはないという懸念もあるような気がしておりまして,ここは最低限,特にやりたいことであった130条の類推適用事案の方だけ新規な表現を設けることとし,現行法については現行法をそのままいかしておくというのも一つの選択肢ではないかなということで,そのように今の段階では整理して提示しております。 ○鎌田部会長 ほかにはよろしいでしょうか。 ○中田委員 今の点,私も最初疑問に思ったのですけれども,130条の方は「故意に」という言葉と「妨げた」というやはり消極的な言葉が使われていますが,この2の方は「実現させた」ということ自体はニュートラルで,そこを「不正に」で押さえているのだから両者は使い分けられたのかなと読みました。 ○潮見幹事 字句だけの確認です。不正にというのは先ほどのお答えの中で故意に信義則に反してともおっしゃられたのですが,同義ですか。 ○村松関係官 基本的にはその意味をその言葉で受けるのだろうと理解していますが,ただ法律的な表現としてどうするかということはありますが,その中で不正にというのでそれなりにイコールになるのではないかという理解だったのですけれども。 ○潮見幹事 民法で不正にという言葉が出てくるのはここだけですか。 ○村松関係官 そうですね。 ○潮見幹事 商法とかほかの隣接の法領域であるのですか。 ○村松関係官 なくはない。会社法にはありますけれども,ちょっと非常に例外的な意味合いもありますので。 ○潮見幹事 意味が違いますよね。 ○村松関係官 その意味で,ここでは,ある意味この辺りに独特のニュアンスのものとして不正に,あるいは不正に単独というより「不正に実現させた」,「故意に妨害した」と,こういうワンセットの表現として理解するのかなとは思っておりますが。 ○潮見幹事 故意と信義則という言葉は使わない。 ○村松関係官 はい,信義則という言葉自体は使えないだろうと。 ○潮見幹事 そうですか。信義則という言葉は使えないのですね。 ○鎌田部会長 よろしければここで一旦休憩を取らせていただきたいのですが,よろしいでしょうか。           (休    憩) ○鎌田部会長 それでは,再開させていただきます。   部会資料「79-1」の「第6 債権の目的(法定利率を除く。)」及び「第7 履行請求権等」について御審議いただきます。一括して御意見をお伺いいたしますので,御自由に御発言ください。 ○山本(敬)幹事 3名連記の意見書がありますので,それを御覧ください。2ページ目です。「取引上の社会通念」についてですが,これは第6,第7,第8,第9に出てくるものですけれども,ここで一括して意見を述べたいと思います。   結論として言いますと,この囲みにありますように,①で,「取引上の社会通念」に関しては再考をお願いしたいということ。そして,②で,この表現を用いる場合には,「契約その他の当該債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」とあるのを,「取引上の社会通念を考慮し契約その他の債務の発生原因の趣旨に照らして」に修正していただきたいということです。   まず,①についてですが,原案は,中間試案では「当該契約の趣旨に照らして」とされていたのを「取引上の社会通念」に置き換えています。しかし,この間の説明によりますと,「当該契約の趣旨」というのは,その下にありますように,「契約の目的,契約締結に至る経緯その他の事情に基づき,取引通念を考慮して定まるもの」とされてきました。これを単に「取引上の社会通念」に置き換えますと,「契約の目的,契約締結に至る経緯その他の事情に基づき」という部分に含まれていた考慮が判断から落ちてしまうおそれがぬぐえません。この部分は,原案にいう「契約その他の当該債権の発生原因に照らして」では捕捉できないという理由から,これまでの審議を重ねる中で重視されてきたものだと言えます。   それに加えて,単に「取引上の社会通念」と書いて,しかも原案のように「契約その他の当該債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」と書きますと,次の②で述べる問題が更に増幅されることになりますので,一層適切ではないと考えられます。   そこで②についてですが,ⅱの一番下の行から次の3ページにかけてですけれども,契約その他の当該債権の発生原因の趣旨が何かを判断する際には,これまでの審議でも,主観的事情と客観的事情がともに考慮されるということが強調されてきました。つまり,契約その他の当該債権の発生原因に照らして保存義務の程度や履行請求権の限界,損害賠償の免責事由,催告解除の阻却要件などを判断する際には,そこで既に取引上の社会通念に当たるものが考慮に入れられていると考えられます。むしろ,それは先ほども言いましたように,契約の目的,契約締結に至る経緯その他の事情を基礎に据えて,そして取引上の社会通念を考慮に入れて導かれる契約その他の当該債権の発生原因の趣旨に照らして判断されるというのが正確だと考えられます。   しかも,ⅲですが,契約その他の当該債権の発生原因と取引上の社会通念とを「及び」でつなぐことによって両者を同格のものとして位置付けますと,契約で明確に定めている場合でも,取引上の社会通念を重視して,それと実質的に異なる解決が導かれるおそれを払しょくすることができません。これは,補足説明でそのような趣旨でないということを述べておられますけれども,法文上は「及び」として同格であるという形を採っているわけですので,そこからそのようなおそれがないということを読み取ることはやはりできないと思います。   そう考えますと,仮に「取引上の社会通念」という言葉を用いるにしても,「契約その他の当該債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして」という部分は,最初に言いましたように,「取引上の社会通念を考慮し,契約その他の当該債権の発生原因の趣旨に照らして」に修正すべきだと考えます。このように修正したとしても,契約規範あるいは契約責任を取り巻く問題を処理するに当たって,当事者の合意ないしは主観的事情だけではなくて,社会通念など客観的事情をも考慮に入れた判断がされるべきだという意見を主張される方々にとっても十分に受け入れることができるのではないかと思います。 ○鎌田部会長 関連した御意見があればお出しください。   事務当局から御発言はありますか。 ○金関係官 従前の案でブラケットを用いて示していた契約の目的や契約の締結に至る経緯その他の事情に照らして判断するという部分については,今回の案では,契約に照らして,契約その他の当該債権の発生原因に照らしてという部分で読み取ることができると整理しております。そもそもそのようには読めないという御指摘でしたので,このようなことを申し上げてもそれほど意味がないことは認識しておりますが,一応事務局としてはそのように整理しております。   それから,及びでつなぐことによってその前後が同格になってしまうという点につきましては,これまでの議論の中では,むしろ,及びでつなげるべきであるという意見があり,及びでつなぐか社会通念を考慮してという文言を前に持ってくるかはどちらでもよいけれども少なくとも及びでつなぐことに異論はないという意見もあり,他方で,山本敬三幹事がおっしゃるように及びでつなぐべきではないという意見もあったところです。ただ,そもそも及びでつなぐと必ず同格と捉える解釈しかできないというわけではないとも言えるところですし,少なくとも,当事者間の特約で一定の規律が合意されているにもかかわらず取引上の社会通念に照らすことによってその特約の内容が変容させられてしまうといった誤解を生ずるおそれはないのではないかと考えております。当事者間に明確な特約があるにもかかわらずそれとは異なる結論が導かれることになるのは,公序良俗違反とか信義則違反とか消費者契約法10条とかそういう一般規定が適用される場面に限られますけれども,そのことは当然であると考えられるからです。もちろん,山本敬三幹事はそういう事務局の整理を全て前提とした上で,しかしそうは解釈されないおそれがあるのではないかということを御指摘されたのだと思いますので,私が今申し上げたことは答えになっていないとも思いますけれども,事務局としてはそのように考えております。 ○潮見幹事 金関係官がおっしゃった意味では到底解釈できないと思います。   1点だけちょっとお尋ねしたいのは,お尋ねしたいというのは事務当局ではなくて,こういう取引上の社会通念あるいは社会通念ということをこの場面で用いるべきであるということを積極的にこの間御主張になられてきたのは特に弁護士会の先生方ではなかったかと思います。私などの意見に対して合意原則とかあるいは合意主義ということを中心にしているのではないか,そういうところから更にそれとは違うような観点,要素を考慮に入れてこうした様々な領域の問題について処理をする必要があるのではないかというようなところから社会通念などとかあるいは取引通念という言葉があったかと思いますけれども,いろいろおっしゃってきた経緯があるということはこの間の議事録等でも明らかであろうと思います。   そういう意味で,こうした社会通念,取引上の通念みたいなものを規範の中に,ルールの中に積極的に盛り込もうということを提唱されておられてきた弁護士会の先生方から見て,委員,幹事の先生方から見て,ここは「及び」で絶対つながなきゃいけないような認識なのか,それとも3名連名で意見書の②の後半部分にお示ししたような提案をさせていただいたような文言表記で何か問題があるとお感じになられているのかいないのか,その辺りのところを,ざっくりとした聞き方で申し訳ないのですけれども,印象なり感想なり御意見なりございましたらお聞かせいただいたら,意味があろうかと思います。よろしければどなたかお答えいただけませんでしょうか。 ○中井委員 ただいま潮見幹事からお話がありましたように,今回のこの審議の経過を振り返ってみたときに,当初契約の内容,合意内容をかなり尊重したような流れの議論が進んだことに対して危惧を表明したのは弁護士会でございます。現実に裁判例等見ましても,もちろん契約の内容,契約の目的,締結の過程等を十分審理した上で,そこへなお社会通念ないし取引通念等によってその内容を明らかにしていくという作業が行われてきた,それは判例上の言葉でも相当数が社会通念によって判断されている,こういう認識もあって,契約の内容若しくは合意に行き過ぎた過度な負担と言いますか,依拠することなくそこに規範的な考え方として取引通念なり社会通念で枠をかぶせることにより,合理的な帰結を導くことができる,そういう考え方から社会通念を取り込むように主張してまいりました。   その後の部会審議で形成されたものは,この契約の趣旨に照らしてという概念で統括して,その中身として契約の目的ないし性質,その取引経過に至ることを主として考えながらも,そこに取引通念を考慮してその契約の趣旨の内容を固めましょうと。ある意味で当初弁護士会は二元的なものの言い方を場合によってはしたかもしれません。その後この審議の経過の中で契約の趣旨というある意味で一元的な考え方の中に取引通念ないし社会通念をむしろ盛り込むという理解をしたと思っております。その経過からすれば,私としては元々契約の趣旨に照らしてという中身が中間試案段階で括弧書きで書かれていた「契約の目的,契約の締結に至る経緯その他の事情に基づき,取引通念を考慮して定まる」という定義を置くのか説明を付けるのかはともかく,そういう形で取りまとめることについて異存ありませんし,その方向で取りまとめられるのは結構だと思っていました。   正直,その方向でまとまると思っていた中,今回部会資料としてある種並列的のように見える形で出たことについて,それがどういう経過なのかなと正直思ったところがございます。ただ,これは恐らく事務当局の方でその審議の経過を十分理解した上で,ここでの共通の理解がそうであることを前提に法文として取りまとめが今回の御提案になったのかなと。その内容を変えるものではないと書いていることからすればそのような理解をしたいと思っております。この形で成立するなら私どもは異存ありませんし,この審議の経過を反映した中身の表現として理解をするという意味です。ただ,山本敬三先生と潮見先生は審議の経過について弁護士会も先生方と共通の認識に立っているにもかかわらず,この表現ぶりはその共通の認識を正確に表していないのではないかという御指摘なのかなという認識をいたしました。なぜそういう表現になったかまで私は理解できませんが,共通認識がこの言葉になっているのであれば弁護士会としては受け入れる予定です。   では,山本敬三先生と潮見先生が今回出された意見書に示された修正提案については,これは従来の経緯について先生方3人が修正した提案だろうと思いますから,この中身について私は異存があるわけでは全くありません。ただ,恐らくこのような内容が当初想定されたにもかかわらず,今回部会資料として出てきたのはそれなりに事務当局の苦労があって出てきたのかなと思ったものですから,その事務当局の苦労に対してはこの段階ですから弁護士会としては受け入れたい,尊重したいという基本的な考えを持っております。 ○潮見幹事 これは私個人という形で申し上げさせていただきますが,共通の理解を得るには取引上の社会通念という言葉しかないということであるのならば,それにあえて反対という強い意見を特に持っているというわけではありません。この言葉自体が変ではないかという気持ちはまだありますけれども,そこは受け入れるつもりです。ただ,そうであった場合に,そしてまた共通認識がどこかということを考えた場合に,「及び」という形でつないでいる部分について,果たしてそこまで共通認識があるのだろうか。さらに,「及び」という言葉をここに設けることによって,実際にここの部会でどういう議論をするかは別として,この文言表現が世に出て,この下で解釈をされたときに果たしてそれがどのようなメッセージを民法を使って解釈をし,あるいは仕事をする人に対して与えるのであろうかということを考え,そのような場面でもう一度この「及び」という形で両者をつなぐというものを見直したときに,共通の認識でここの部会で形成されたものを表現するものとして「及び」という形でつなぐというものはやや行き過ぎではないのか。   今直前の中井委員のお話にもありましたようなことをそん度し,私も内容的には中井委員がおっしゃった内容を共有しているつもりです。そうでありましたらならば,②に関してですけれども,別に私どもの提案にこだわるつもりは全くございませんが,少し違った観点から規定を設ける方向を目指していくことも少し視野の中に入れておいていただきたいなと強く思っているところです。   ここで何とかしろということではございませんので,こういう意見もあるということを少し事務当局の方々もお考えいただき,御苦労は多としますけれども,なお少し将来のことがかかっておりますので慎重にこの辺りのところの処理はしていただきたいと思う次第です。 ○山野目幹事 中井委員から大変奥行きの深いバランスのとれたこれまでの経過の分析を御説明いただき,全く同感で,お話を聞いていて深く感動いたしました。そうであるとしますと,ますます今回のこの要綱仮案の文言として「取引上の社会通念」という言葉を「及び」という接続詞に導かれて用いたことの趣旨というものは,先ほどから何人かの方の御発言に事務当局のこの間の御労苦もおありだったというねぎらいの言葉がありますけれども,多分ねぎらいでは済まなくて,構成として説明のつかないものになってきているのではないかと感じます。   事務当局がいろいろ御労苦がおありだということは,様々な種類のものがあって法制審査に耐え得るような文章にしていくといったようなことも十分留意しながらお仕事を進めなければならないお立場であるということはよく理解しますが,併せてできればこういうことも少し気にかけていただきたいということのお願いがあります。   それはつまり,外国から見たときに一体どういうふうに思われるであろうかということにも是非御留意を頂きたいと望みます。今回のこの債権関係規定の見直しの成果というものは最終的には英語又はフランス語に適切に翻訳して海外に対して発信していく必要があります。社会通念という言葉自体が恐らく無理に訳せば英語ないしフランス語の文法的に誤りのない言葉になるでしょうけれども,かなりジャパニーズ・イングリッシュに近いものならざるを得ないであろうと感じます。   しかも,それがこの「及び」という言葉でつながれて出された法文を見たときに,日本の社会における市場の運用というものが,いくら事務当局がドメスティックなこの場で特約を当事者がしたときにそれを否定するような解決を意図したものではないとおっしゃっても,日本の市場社会を規律する法律が契約と並べて全社会的な価値を背負った理念との間で「及び」という接続詞でつながれたような,運用の仕方によっては全社会的な価値の方が当事者の自治に優越するような運用もあるかもしれない社会であると見えたときに,そのことの影響というものは計り知れないのではないかと感じます。もちろんそこの説明もきちんとヨーロッパの言語に翻訳して詳細なものも出されていくのかもしれませんけれども,忙しい取引社会の渦中に身を置く外国の人はその詳細なものまで勉強してくれないかもしれなくて,やはり法文を見て私たちの社会の新しい法形成を観察するのではないかとも想像いたします。   社会通念という言葉を用いること自体に大いな心配を抱きますし,「及び」という接続詞を用いることについてもやはり大いな心配を抱くということは,やはりこの段階では一度申し上げさせていただきたいと感じます。 ○佐成委員 今の点について私自身余り強い意見はございませんし,内部でも余りここら辺は議論はなかったのですけれども,受け止めとしては,内部で見た限りではよろしいのではないかというような意見は相当強かったと思います。今皆さまそれぞれにおっしゃっている趣旨はよく分かります。確かに,及びで取引上の社会通念というのを外出しにしてくっ付けるということ,及びで並列させるということの意味については,解釈上のもろもろの影響があるのだろうとは感じます。他方,企業実務家の方としては,これを見て割と同情的で,最終仮案として事務当局がわざわざここでこういう文言をしたというところはなにかそういう御苦労があるのだろうなということを感じているというところでございます。ですから,最終的にどうなるかは私も何とも申し上げられませんけれども,事務当局の方で引き続き十分御検討いただきたいとは思います。 ○筒井幹事 ありがとうございます。本日頂いた御意見を基にもう一度考えたいと思いますけれども,現時点で一言だけ所見を述べておきますと。取引通念ないし社会通念という言葉が是非法文に残るようにしてほしいという点はこの部会の審議経過の中でかなり強く主張されたことであり,それについては異論がないわけではありませんが,何らかの形でその言葉が残ることは容認できるというところで大方の賛同があったのではないかと認識しています。   そのときに,まずどの言葉を選ぶかという点では,取引通念という言葉はやはりそれほど広く通用している言葉ではないのに対して,社会通念という言葉は一般的な辞書にも載っているものであり,社会通念という言葉の方が代表的なものと理解できるであろうと思います。その上で,社会通念という言葉に対してこの部会で表明された懸念を考慮すると,それは取引上のものに限るという言葉を補う必要があるのではないかということで,現時点では取引上の社会通念という言葉を選択しているということでございます。もちろんそれが条文ではないということは繰返し申し上げていることでございますけれども,現時点でこの言葉を選択している理由はそういうところにございます。   それから,及びでつないでいる点についての御懸念が様々表明されたということもよく理解できますし,そのことを踏まえて更に検討したいと思いますが,やはり契約に照らしてという照らすという言葉と,その前にある考慮してという言葉の関係をどのように説明するのかという点に一つの難点がございます。また,取引通念,社会通念を考慮してと書いたときにほかに考慮するものがないのかどうかといった点も問題となります。取引通念ないし社会通念という言葉を法文に書こうとすればこのような照らすべきものの一つとして書くという方法が,狭いながらも選択肢としてあり得るのではないかというのが現時点での認識であり,このような案を提示したわけでございます。   そのことを現時点での所見として申し述べた上で更に検討させていただきたいと思います。 ○山本(敬)幹事 御趣旨は理解したつもりではあるのですけれども,ただ,先ほどの中井委員の御説明にもありましたように,何が基準になっているかと言いますと,含みのある表現ではありますけれども,「契約その他の当該債権の発生原因の趣旨」が決め手になっていて,その趣旨がどのようなものを考慮に入れて確定されるかと言いますと,中間試案ではいろいろありましたけれども,それに更に取引上の社会通念に当たるものも考慮するという仕組みである。このことについては,この部会でコンセンサスが得られたのだろうと思います。としますと,「及び」でつなぐと,それはそのコンセンサスを表していないのではないかというのが先ほどから申し上げていることです。その点は是非,もう御理解いただいているとは思いますけれども,重々踏まえて表現していただければと思います。   「取引上の社会通念を考慮して」だとほかに考慮するものはないのかと言いますと,「及び」でつなげば,ますますそれ以外に何もないということになりかねないところもあります。少し趣旨は違いますけれども,先ほど申し上げたところをもう一度よくお考えの上でご検討をお願いしたいと思います。 ○鎌田部会長 実質的にはほぼコンセンサスが存在していると思いますので,御指摘の点を十分くみ取った形での表現を更に工夫してもらうことにいたします。 ○岡委員 今の取引上の社会通念に限ると筒井さんがおっしゃった点について質問したいと思います。   この債権総論のところに今のフレーズが出てきておりますので,取引のない場面でもこの規定を使って債務の履行不能だとかを判断する必要が出てくると思います。その場合には,取引上の社会通念がないところは債権の発生原因だけに照らして判断すると,こう読むようになるのでしょうか。 ○金関係官 取引のないところとおっしゃったのは,遺言のことなどをおっしゃっているのだと理解しましたけれども,ここでは,そういうものも含めて広い意味で財産の移転等に関わるような行為は,全て民法上の取引に当たるということを前提に,取引上の社会通念という言葉を用いております。ただ,それは飽くまで解釈の問題で,取引として捉えられないから債権の発生原因に照らして判断するという理解もあり得るとは思います。 ○永野委員 事務局の方でこれまでの議論を踏まえて法制上の問題などいろいろ考慮された上で本日の案が出てきているのだろうと思っています。この及びということでつないでいるということが一定の方向を示唆しているのではないかというような御懸念も表明されているのですけれども,そこは必ずしもそうと決め付けることもできないのではないかなと思っております。そういう意味でいろいろと御苦労があるのだろうと思いますが,更に御検討されるということでありますので,その検討を待ちたいと思っていますが,私どもとしては弁護士会の御意見と同じように,現状のこの提案のままであっても,これはこれまでの議論の過程を踏まえたものを表現しているものとして受け入れ可能だと思っております。 ○鎌田部会長 ほかの部分も含めて御意見をお出しください。 ○潮見幹事 7ページ目の履行請求権等の1の履行不能の概念について,これは単なる確認です。従来この間の議論で正に本旨履行させるために,あるいは履行の追完をさせるために債務者に要するコストというものが余りにもかかりすぎる,それに加えて得られる債権者の利益というものが余りにも小さいという局面について,不能という概念の中に取り込むか取り込まないかという議論があったかと思います。この部分は売買における現行法でいうところの瑕疵担保の場面での瑕疵修補のところとか,あるいは請負の場面における修補請求等々,その場面でも同じように,問題として,多くの委員あるいは幹事の方から意見が出されたと思います。今回の整理を見ておりましたら,履行の不能という言葉で一括しているようにお見受けしましたものですから,今申し上げしたような債務者には過大の費用がかかり,債権者の方は得られる利益が余りにも少ないというような場面,端的に申し上げますと現行民法の634条の1項のただし書のような場面というものは全部この今回の改正の仮案の場面では全て不能という形で一元的に処理をしていくのだという理解でよろしいでしょうか。仮にそうであれば,これから恐らく出てくるのでありましょう売買だとか請負のところでの修補ほか追完請求の場面でも同じようなスタンスで臨まれるおつもりなのでしょうか。この点は,確認の質問です。   それかもう一つ,関連するのかしないのか分かりませんが,債務不履行の損害賠償の第8の1のところで,債務の本旨という言葉が復活しているのですが,これは一体何があったのでしょうか。少し説明していただけませんでしょうか。この間,この言葉自体について,残すか残さないかについて,侃侃諤諤ここで議論しました。しかも第三読会までのところでは債務の本旨という言葉は出てこなかったのが,この段階でポコンと出てきています。別に反対というわけではございませんので,説明だけちょっとお願いしたいと思います。 ○金関係官 1点目につきましては,次回以降に出てくる各則の案をお待ちいただければと思います。請負のところ,売買のところ,それから賃貸借の収去義務のところでそういう問題がありますけれども,今のところ統一的な方針になる可能性がもちろんあり得る一方で,一部については独自の観点で規律を置く可能性もあると考えております。   その前提としまして,履行の不能という要件に加えて過分の費用を要する場合という要件を設けるかどうかという点については,以前から御指摘を頂いているところで,問題は十分に認識しているのですけれども,裸で不能という表現を用いて,その中に過分の費用を要する場合も含まれていると説明するのは確かに相当でないとも思いますが,今回の案は,契約その他の当該債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能という表現を用いております。いわゆる社会通念上の不能などと呼ばれてきたものを想定した表現ですけれども,その表現で取り込もうとしているものの代表例が正に過分の費用を要する場合を履行不能と扱うということだろうと思います。そうしますと,過分の費用を要する場合などを履行不能の中に取り込む趣旨で契約その他の当該債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能という表現を使っておきながら,更にその隣に過分の費用を要する場合という表現を置きますと,その両者の関係を説明することが困難になるとも思います。別案としては,いわゆる社会通念上の不能の後ろに括弧書きを設けて過分の費用を要する場合を含むといった表現をすることも一応考えられますが,そのように確認的な意味でのみ括弧書きを用いるというのは法制上相当でないという問題もあります。それこれいろいろなことを検討した結果,現在の状態になっているというところで,できれば御容赦いただければと考えております。   第8に関する御指摘につきましては,まだ審議に入っていないとは思いますが,併せてお答えいたします。現在とりまとめを目指している要綱仮案は,その後に条文化作業が控えていることを前提にはしておりますが,とはいえ,条文により近いものをということで提案しているものです。そうした場合に,この債務の本旨に従った履行という表現については,従来,例えば瑕疵ある物を引き渡しても種類債権の特定は生じないといったことを説明する際の一つの根拠として,債務の履行は債務の本旨に従ったものでなければならないということが言われたりしてきたところです。もちろんそのように債務の本旨に従った履行という概念を用いた説明をする必要はなくて,瑕疵ある物の引渡しは債務の履行とは評価されないと説明すれば足りるといった議論がされてきたことは十分に認識しておりますけれども,ただ,逆に,債務の本旨に従った履行という概念を用いた説明がとても問題のあるものなのかと問われると,それほどでもないという面も強いと言わざるを得ないところです。そのようなことを踏まえながら,今回の案では現行法の文言を維持しております。 ○潮見幹事 前者の方ですが,結局そうなりますと例えば先ほどの請負ではありませんが,あの言い方を使えば,瑕疵が軽微であるというのでしたか,修補に過分の費用が要するという場合は,契約そのほかの当該債務の発生原因及び取引上の社会通念に照らして不能だというふうなものとして今回の仮案は作り出されているというふうな理解をしてよいのですよね。そういう御趣旨として承りました。 ○道垣内幹事 皆さんもおっしゃったことを,更に蒸し返すようで大変恐縮なのですけれども,やはり「契約その他の当該債権の発生原因及び取引上の社会通念」について一言だけ申し述べたいと思います。   まだ審議に入っていないということですが,第8の1の「債務の本旨」というのも,ほかのところに合わせるのならば,「契約その他当該債権の発生原因及び取引上の社会通念に従って履行しないとき」となるのではないかという気がどうもするのです。そうではなくて,ここの「債務の本旨」というのは社会通念というものが契約の解釈,履行義務の内容の解釈の中に埋め込まれるものであって,外出しになっているわけではないという関係にあるがために,ここでは「及び」で並べていないのだと仮に考えるのであるならば,それでは「及び」でつないでいるところはどのような特殊性があるのだろうかという問題が出てきます。  言うまでもないことですけれども,契約内容自体を確定しなければならないという場面において,取引上の社会通念というのがその契約の解釈の要素にもなってくることは確かですので,卒然と考えると,一部にだけ社会通念のことを書くのはおかしいということになりそうです。しかし,何らかの正当化理由はあるかもしれないと考えますと,まず,外出しになっている場合はどこなのかを考える必要があります。ここの不能のところがそうですし,後の方に出てきていますけれども,解除における軽微性ですかね,不履行の軽微性の話,さらには特定物の引渡しのときでも先ほどから出ております注意義務というところの話でしょうか。  それでは,この三つ,ほかのところにも後ろの方で出てくるのかもしれませんが,この三つに何の特殊性があるのかというと,恐らく不能の問題と解除の軽微性の問題というのは,その契約の文言によって書かれるようなタイプのものではないというものなのかなと読んだときに思いました。さらには,特定物の引渡しに関しても,引渡し義務自体は規定されるのでしょうが,引渡しまでの状態というのが契約によって直接に規定されるということが余りないのかもしれない。これには自信がありませんが。   そういう部分に関しては,社会通念を契約の解釈の中に位置付けるのではなくて,外出しをするということにも一定の意味があると考えられるというのが,全体としての趣旨なのだろうか。私はそのことが大変結構であると言ってるわけではなくて,ただ単に観察者として述べているだけなのですけれども,そのような検討をしたり,あるいは,逆の面からの検討をしたりすることによって,通常の契約の解釈の中にも取り込まれる「社会通念」という概念が外出しにされていることを何らかの形で正当化する説明が必要になってくるのではないだろうか。ほとんど雑談なのですけれども。 ○鎌田部会長 今の御意見も含めて検討の対象とさせていただきたいと思います。   ほかの点は。 ○山本(和)幹事 第7の2(2)の(注)の部分,民事執行法に関係する部分ですけれども,(注2)の点なのですけれども。現在の民事執行法174条1項に比べてここでは法律行為を目的とする債務についてという文言が新たに加わっております。(注1)の方に書いてある民事執行法171条は直接民法414条を現在の条文で援用していますので,414条3項を削除するとすればこういう書きぶりになるのだろうなということは理解できるところです。   それに対して民事執行法174条は民法の方は直接援用せずに,単に意思表示をすべきことを債務者に命ずる判決という書きぶりがされております。現在の民事執行法の解釈で私の理解するところではこの意思表示というのは比較的広めに解釈をされていて,狭義の意思表示だけではなくていわゆる準法律行為というのでしょうか,債権譲渡通知とか催告とかそういうようなものも含まれると解釈されているように承知しています。   そうすると,この法律行為を目的とする債務ということを入れると,そういうものは直接の適用対象にはならなくて,もちろん類推適用ということになって,恐らく類推適用を認めるという解釈にはなるのだろうとは思うのですが,ややその解釈が変容する可能性があると。   更に言えば,その意思表示というのをもう少し更に柔軟に解釈して,結局この問題というのは間接強制によって本当に債務者にその意思を表示させなければならないのか,それとも債権者の立場から見れば意思表示が擬制されればもうそれで十分目的を達するのかという観点,合目的的な観点から見て後者のようなものであればもうこの意思表示に含めて考えていいというような議論も行われているように思います。   その議論の当否はともかく,ここに法律行為を目的とする債務についてという文言を入れてしまうと,ややそういう議論に対して消極的な影響というか解釈的な制約になる可能性もあるのかなと思うところです。   そういう意味からすると,民法414条2項を削除することはよいとして,それに伴って必然的にこの民事執行法174条の方を法を変えなければいけないということはどうも必ずしもないような気がしておりまして。もし特段の問題がないのであれば現在の民事執行法174条の条文はこれを維持するという考え方もあり得るのかなと思っている次第です。 ○筒井幹事 御指摘ありがとうございます。説得的な御説明だったと思いますので,それを踏まえてよく考えてみたいと思います。   ついでにと言いますか,御指摘いただいた注のところにPと付けてあったことの御趣旨をせっかくなので御説明しておこうと思うのですけれども。この項目では民法414条2項と3項の削除ということで,これは単に削るということに意味があるわけではなくて,これを民事執行法に移すということが実質的な意図でしたので,そのことが分かるように注を付したわけでございます。これは先ほど道垣内幹事から御質問があった別のところの民法の規定の改正に関わるのとはちょっと違いまして,民事執行法の改正に関わる内容なものですから,最終的な要綱仮案とか要綱案の中にこれを盛り込むかどうかについて諮問事項との関係で立ち止まって考えてみる必要があると思っております。ただ,そうはいっても内部で検討しているものがございますので,それを表に出して御意見を承りたいという趣旨でこのような形で掲載したものです。ですので,正にそういった御意見を頂けるのは大変有難いことだと思っております。 ○畑幹事 私は同じ履行の強制の(注1)の方について一言だけ申し上げておきます。ただ,先ほどの(注2)もそうなのですが,実質を変えようという話ではおよそないということで共通の認識があると思いますので,ある種の文言の問題として工夫していただければという程度の意見でございます。   (注1)のイなのですが,これは414条3項を民事執行法に移せばこうなるという話で,大筋はそうなのだろうと思うのですが,表現として現在の414条3項はこれこれを請求することができるとなっているのに対して,この(注1)のイではこれこれにより行うということになっております。この微妙な変化によって不作為債務についてこの結果の除去等の代替執行こそが原則であるという印象がより強まるような気がいたします。これは実は現在の民事執行法の171条と172条の文言の関係でも生じている問題なのですが,民法414条3項が民事執行法に移る際に文言が微妙に変わることによってそれがより大きくなるのではないかという危惧が若干ございます。   私の理解が正しいかどうかは例によって分かりませんが,現在多くの人は不作為債務についてこの結果の除去等がまずは原則だと理解しているわけではなくて,むしろ間接強制の方が原則だという理解ではないかと思います。   この(注1)のイでいくと,その理解からはちょっと遠く,元々少しずれているのですが,より遠くなりはしないかという危惧がございます。ただ,繰返しになりますが,実質を変えようという話ではないという了解はあると思いますので,文言についてしかるべく御検討いただければと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。   よろしければ次に,部会資料「79-1」の「第8 債務不履行による損害賠償」及び「第9 契約の解除」について御審議いただきます。一括して御意見をお伺いしたいと思いますので,御自由に御発言ください。 ○松岡委員 それでは,連名の意見書で出しているところについてごく簡単に触れたいと思います。順番に一個ずつ,主に担当した者が発言することになると思います。   意見書の3ページ目の4にあります,債務不履行による損害賠償の4の履行遅滞中の履行不能についてです。中間試案までは因果関係が存在しない場合には免責されるというただし書がついていましたが,原案ではそれがなくなってしまっています。従来,因果関係がない場合には遅滞中の不能であっても責任を負わないというのがほぼ共通した理解であると考えておりました。そこで,中間試案にもそういう意味でただし書があったわけですが,あえて削る理由が分からないので御説明をお願いします。 ○金関係官 ただし書を削ることによって実質を変えようとするものではありません。ただ,頂いた意見書の3ページの枠の中のただし書で申しますと,遅滞をしていなくても不能になったと認められるときという表現は,素直に読みますと,履行期までに履行をしたとしても履行不能になったと認められるときということになります。しかし,通常,履行期までに履行をして相手方が受け取れば債務自体が消滅しますので,その後に履行不能になるということは想定できないように思われます。その意味で,そのような表現は果たして正確なのかという問題があるのではないかと感じております。   ただし書を残す方法としては,ほかに,履行期に履行していたとしても目的物が滅失していたはずであるときはこの限りでないといった書き方をすることがあり得るかもしれません。ただ,それもやはり,例えば履行期に履行していたとすれば債権者の方で目的物を転売していたはずだというような事案を想定しますと,履行期に履行していたとしても大災害によって目的物は滅失していたはずであるという状況が仮にあったとしても,債権者としては履行期に履行してくれていれば転売していたはずだから損害は発生しなかったはずであるということが起こり得ます。そうしますと,結局,今申し上げた書き方も果たして正確なのかどうか問題があり得ることになると思います。   ただし書を残す方法としては,ほかにも,履行期に履行をしていたとしても損害が生じていたはずであるときはこの限りでないという書き方があり得るとも思います。ただ,履行期に履行をしていたとしても損害が生じていたはずであると認められると,それによって,債務者に帰責事由があるとみなされるはずのところがみなされなくなるという規律の仕方が果たして論理的に正当なのかという問題もあり得ます。それこれ考えた結果,ただし書に相当する部分については共通の理解があることを前提に解釈に委ねることとして,ここでは最もコアな本文の部分の規律だけを明文化することにとどめたというのが現在の案です。 ○松岡委員 御説明は理解できました。技術的に適切に因果関係の不存在を表すのがなかなか難しいということのようですね。ただ,適時の履行があれば受領によって債務が消滅していたはずだから履行不能はないとおっしゃったのですが,そういうふうに固く考えなければいけない話なのでしょうか。債務を適時に履行していればその後履行不能になったはずだというのは,そもそも仮定的な因果関係の話なのだから別におかしくないと私は思うのですけれども,やはり駄目でしょうか。もうちょっと何か知恵を絞れないかこちらも考えてみたいと思います。 ○鎌田部会長 内容については意見の違いがあるわけでもないので,適切に表現できる可能性についてはなお事務当局でも検討してもらいますし,松岡委員におかれましても御検討いただければと思います。 ○松岡委員 検討させていただきます。 ○岡委員 今の点で,意見の食い違いがないのではないかという点なのですが。今回バックアップ会議で議論しておりまして,今金さんがおっしゃった履行遅滞,3月10日が履行期で,履行遅滞に陥ったために3月11日の大事故で滅失したと。それがこのみなす規定によれば,債務者の責めに帰すべき事由による履行不能になってしまうわけなのですが。それはもうなってしまうという価値判断でコンセンサスがあるのでしょうか。弁護士会ではそれは決め付け過ぎで,かわいそうな気がするので,みなすではなく推定するぐらいにして,信義則上の考慮余地を入れるべきではないかというような意見が最終段階でも結構ございました。それはもう情緒的な議論であって,やはり履行遅滞中に大地震があれば,それは責めに帰すべき履行不能になって損害賠償義務は出ると,これがもう共通の理解なのでしょうか。 ○金関係官 いえ,共通の理解があると申しましたのは,むしろそういう履行遅滞があってもなくても大地震で滅失していたような場合には損害賠償請求を認めないのが原則であるということです。その結論については解釈論で因果関係の問題とするとかいろいろ方法はあり得ると思いますけれども,いずれにせよ解釈論で導けるのではないかというのが先ほど申し上げたところです。 ○潮見幹事 今責任が認められないとおっしゃったのは,因果関係がないという趣旨ですか。今の話だと,岡委員がおっしゃった例は,3月10日に遅滞が生じているのですよね。遅滞については帰責事由があるという前提ですよね。その前提で,翌日震災が起こってぶっ潰れたというパターンですよね。金関係官がおっしゃったのは,その場合に填補賠償請求が認められないということですよね。 ○金関係官 はい,従前の案ではただし書がありまして…… ○潮見幹事 ですので,因果関係不存在という理由ですかとお尋ねしたのです。 ○金関係官 失礼しました。因果関係不存在という理由で切るという解釈論を否定するものではありませんけれども,他方で,履行遅滞があってもなくても損害が生じたはずである場合に損害賠償請求を否定するためのあらゆる解釈論を否定するものでもないというのが,事務局として考えているところです。少なくともその結論自体には共通理解があるのではないかという前提で,このような提案になっているということです。 ○潮見幹事 岡委員がおっしゃったのは,因果関係の何とやらというのではなくて,むしろ,かわいそうだとかという言葉にも表れていましたように,信義則的なものを考慮に入れて責任を否定するという余地があってもいいのではないかというところを帰責事由ありと擬制してしまうというのがいかがなものかというところなのではないのでしょうか。やり取りがずれているという感じを抱いたのですが。 ○鎌田部会長 想定している事案が金さんは履行期に給付しても受領者の下で3.11で壊れているという前提ですよね。岡委員のは,3月10日に引き渡してもらっていれば3.11の被害に遭わなかったという,買主の下では被害に遭わないという前提ですか。 ○岡委員 先ほど私が申し上げたのは建物の事例で,3月10日に引き渡し時期がきていたと。その3月10日に適時に引き渡しておれば受け取った買主の責任で建物がぶっ壊れると,それは買主の責任だからしょうがないと。ただ,3月10日に履行遅滞に陥っていて。それで3月11日に地震で壊れたと。その場合には今の表現を読む限りは売主が填補賠償責任を負うとなりますよね。 ○金関係官 いえ,その点が正に従前の案のただし書が対象としていた部分でありまして,履行遅滞が生じていようと適時に履行がされていようとその建物が滅失していたのであれば,損害賠償請求は原則として認められないということです。今回の案では,そのただし書の規律については共通の理解があることを前提に,しかしその書き方について法制上難しい問題があるので,債務者に帰責事由があるものとみなすという最も基本的な規律のみを明文化するにとどめているということです。 ○鎌田部会長 そういう意味では,ただし書がないと今のような疑問が出てくると,そういう御懸念ですね。 ○潮見幹事 3人の連名の意見書ではないところでちょっと御質問があります。先ほど松岡委員は遅滞中の不能の方に入られたのですが,その一つ前か二つ前,債務の履行に係る損害賠償の要件のところの(1),(2),(3)と並んでいますが,(3)についてです。御説明をお願いしたいのは,部会資料「79-3」の方の説明が書かれてある部分の11ページの上から6行目です。2の(3),債権者が契約を解除したときとしていたが,これに対しては債権者ではなく債務者が契約を解除した場合や債権者と債務者との合意により契約が解除された場合を含めという指摘があったので,契約が解除されたときの要件に改めるとしたとあります。債権者と債務者との合意により契約が解除された場合を含めるという部分は理解できたのですが,その前のところにある債務者が契約を解除した場合で,かつ債務の履行に関わる損害賠償が問題になるような場面で(3)に当たるというのは具体的にどういう事例を想定されているのかというのをちょっと教えていただけませんでしょうか。 ○金関係官 例えば,AとBが契約をし,その契約に基づいてAを債務者とする甲債務が発生するとともに,同一の契約に基づいてBを債務者とする乙債務も発生し,両方債務不履行に陥っているという場合を想定しております。債務者からの解除であっても債権者としては契約が解除されてしまえば本来の履行請求はできませんので,填補賠償請求を認めてよい,損害賠償請求の他の要件を満たすことが当然前提ですけれども,填補賠償請求を認める素地と言いますかトリガーは引かれていると認めてよいことを前提としております。 ○潮見幹事 今の場合ですと甲債務と乙債務とおっしゃいましたが,甲債務について債務不履行があってという場面で考えた場合には,どうなるのですか。 ○金関係官 甲債務についての不履行を問題とする場合には,甲債務についての填補賠償のみが問題となりますので,双方に債務不履行がある場合でも,填補賠償の規律の適用としては一方ずつの債務が基準になります。 ○潮見幹事 一方ですよね。 ○金関係官 はい。それを前提に,例えば甲債務についての填補賠償請求の事案で,たまたま乙債務も不履行になっていて,その乙債務の不履行を原因として契約が解除された場合というのを想定しております。 ○潮見幹事 そうですか。どちらにせよ何が原因であろうが解除されたという前提で債務者がという表現を使っているということですか。 ○金関係官 はい。従前の案では解除の主体を債権者に限定しているかのような書き方がされていましたが,それだと,たまたま債務者から解除されてしまった場合に填補賠償請求が一切認められないかのようにも読めるという御指摘を受けましたので,解除の主体を限定せずにとにかく契約が解除された場合には填補賠償請求が認められるという要件に書き直したところです。 ○潮見幹事 そうであれば,1点だけこれどう御理解しているのかということでもう一度確認をお願いしたいのですが。この間の議論で,履行不能で,あるいは重大不履行と言ってもいいのかもしれません,契約は解除することができるという場合に,村上委員からの御発言ではなかったかと思いますけれども,債務者の側も帰責事由不要ということであれば債務者の側からの契約の解除というのを認めてもいいという余地は考慮に値するのではないかという趣旨の御発言があったのではなかったかと思います。そう考えたときに,履行不能が生じた当該債務の債務者の方から,履行不能なのであるから,しかも債務者の帰責事由はいらないからだから当該契約を解除することができるというような趣旨はこの説明のところには含まれていないと捉えてよろしいでしょうか。 ○金関係官 はい,含まれていないと捉えています。債務者が自分で重大不履行を起こしながらその債務不履行を根拠に自分で解除することができるということは,おそらく村上委員もおっしゃってはいなかったと思います。 ○潮見幹事 答えはそれで十分です。 ○村上委員 私が申し上げたのは,こういう趣旨です。双方がともに自分の債務について債務不履行になっていて,どちらからも相手の債務不履行を理由として解除することができる状態になっているときに,どちらが解除したかというのは,どちらが先に解除の意思表示をしたかという偶然で決まります。そういう場面を想定して申し上げました。 ○佐成委員 2の今の填補賠償のところの(2)で,「債務者がその債務の履行をする意思がない旨を明らかにしたとき」となっておりますが,確定的に拒絶したというか,前の部会資料も「確定的な意思」という表現が入っていたのですが,多分法制的な理由で取られているのだと思うのですけれども,これで判例の理解が忠実に反映できているのかというところが若干心配です。これは同じく解除のところ,第9の2の(3)についても「債務者がその債務の履行をする意思がない旨を明らかにしたとき」とこう書いてあって,確定的に拒絶したというか,確定的に明らかにしたというか,「確定的な意思」という言葉が取られているものですから,ちょっと微妙に判例のニュアンスと違うような感じも受けて,実務的に影響ないかというそこの心配でございます。 ○村上委員 その点は,私も気になっています。債務の履行に関していろいろ話をしているときに,その場の勢いで,ちょっと行き過ぎた発言をしてしまうというようなことは,あり得ることだろうと思います。で,そういった発言を捉えて,債務を履行する意思がない旨を明らかにしたとされてしまうということが起こっても本当にいいのかということです。   「明らかにしたとき」という言葉が入っていますので,いまのようなケースでは,明らかにしたとまではいえないということができるという御趣旨かとも思ったのですけれども,ただ,履行する意思がないという意味の発言があれば,それだけで,履行する意思がない旨を明らかにしたということができると理解される可能性も十分にあるのではないだろうかと思います。 ○深山幹事 今お二人から2の(2)について懸念が示されましたけれども,私もその点については,もう少し明確にこのような前回の提案からの変更は適切ではないという意見を持っております。   前回の提案では「確定的な意思が表示されたとき」ということになっておりました。これと今回の提案を比べると,補足説明ではその趣旨を変えるものではないという説明にはなっているのですけれども,やはり要件としては緩やかになったと言わざるを得ないと思います。従前は履行期前の履行拒絶という取り上げ方をされていた論点であり,損害賠償請求権の発生事由に加えたり,あるいは解除のところでも新たな解除事由を設けるという提案がずっとなされていて,その点について私は消極的な意見を一貫して述べてきたところですが,仮にそういう新たな損害賠償事由あるいは解除事由を明文で定めるとしても,それはかなり限定的な場面に限られるべきであろうと思います。そういう意味で前回の提案である「確定的な意思が表示されたとき」ということであれば,それは許容できるかなと思うのですが,このように「意思がない旨を明らかにした」という,必ずしも意思表示を要件としないし,確定的という言葉もなくなって,その債務を履行しない態度を示したということだけで,解除,更には損害賠償まで履行期前に認めるという規律を設けることについては,やはり反対をしたいと思います。   補足説明のところを見ると,今回提案を変えた理由として,長期間行方不明になった場合という場面が挙げられております。このような場合まで,適用場面としてあえて取り込む必要があるのかなと思います。行方不明になった人に対して損害賠償ができるような規律をあえて設ける実質的な意義,合理性もないような気がいたします。   いずれにしてもここは前のような要件に戻すべきだと考えております。 ○筒井幹事 同じ箇所について複数の御意見いただきましたので,よく考えたいと思います。現在こうなっている理由は,確定的にという言葉が法文として使うに足りる明確な意味を備えていないという疑念があったので,他の言葉を探しているということに尽きると思います。ですので,趣旨を変えようとしていないということは補充説明に書いたとおりなのですけれども,これでは変わっているように見えるという御指摘だと受け止めて,更に言葉選びについては考えたいと思いますが,それがこの段階で要綱仮案までにできるのか,その後の条文化作業の宿題ということにさせていただくのかも含めて考えたいと思います。 ○松本委員 (3)なのですが,潮見幹事は補充説明の11ページの上の方に記載してある合意解除の場合については問題ないという趣旨のことをおっしゃったのですが,私は必ずしも理解できないので御説明いただきたいのです。すなわち合意解除するということは合意解除の効果についても合意で普通は決まるはずなので,このようにわざわざ明文化する必要があるのかないのか,ないのではないかという気がするのですが。これは補充説明のところだから気にしなければいいのかもしれないけれども,この説明の趣旨をちょっとご説明ください。 ○金関係官 御指摘のとおりで合意解除の場合には,通常,解除の合意をする際にその合意の中でどのように損害を填補したりするのかということも含めて合意すると思いますので,ほとんどの場合にはそれで処理されると思いますし,この案はそのことを否定するものではありません。ただ,従前の案が解除の主体を債権者としていたのを,今回の案で単に契約が解除されたときとだけ書くに当たっては,実際に適用される場面はまれであるとはいえ合意解除の場面における填補賠償のことをあえて除外する必要もないので,合意解除の場合も含むような書き方をしているということです。 ○松本委員 こういう規定があると,合意解除した場合に損害賠償について特約でその点を明確にしておかなければ,填補賠償請求権が発生するという解釈になると思うのです。それが妥当なのかどうかというところで,普通は,解除に至ったいきさつ等から,先ほどの取引通念ではないけれども,言わば解釈で盛り込んで填補賠償だという処理でカバーしていると思うのですが。 ○金関係官 はい,もちろんそういう場合に黙示の合意などが認定されて処理されるということはあると思います。ただ,全くそういう事情がなくて単に合意解除をしただけである場合に填補賠償請求が直ちに認められるのは妥当なのかという御質問に対しては,それは妥当であるという前提でこの案を出しております。ここの規律は飽くまで填補賠償請求の前提を示すだけのものでありまして,填補賠償請求が最終的に認められるためには,その債務不履行について債務者に帰責事由があって,その債務不履行と損害との間に因果関係があって,といった要件を全て満たす必要がありますので,特に不都合はないのではないかと考えております。 ○松本委員 何となく分かるのですが,そうすると(3)の後段の債務不履行による契約解除権が発生したときというところとの分担の問題が出てくる気がいたします。すなわち,元々債務不履行に帰責事由があるということが前提なわけですよね。それで履行不能ではなくて,まだ履行可能な状態なのだから催告をするという手続を踏めば,「又は」以下の契約解除権が発生したときという要件を満たすのだけれども,そこまでやらないで,すなわち催告をしないで,債務を履行しないことに帰責事由がある状況で合意解除をしたけれども,損害賠償について特約をしていなくて,いろいろな事情を踏まえてもその趣旨が分からないという場合に初めてこれが適用されるということですよね。 ○金関係官 はい,合意解除をしますと本来の債務の履行請求はもはや認められないので,その本来の履行請求に代わる損害賠償請求,填補賠償請求が認められるということで,そのような規律としております。 ○中田委員 今の2の(3)の「又は」以下なのですけれども。これ具体的には第9の契約の解除の1だけを指すのでしょうか,それとも2も指すのでしょうか。もし2も指すのだとすると,解除の方の2の(1)と損害賠償の方の2の(1),それから解除の方の2の(3)と損害賠償の方の2の(2)とが同じなのか違うのかがちょっとよく分からなかったのですが。 ○金関係官 第9の契約の解除の2も指すという前提です。それを前提に,契約に基づく債務についてのみ言えば,確かに8ページの填補賠償の2の(1)と(2)は,解除権の発生原因である第9の2の(1)と(3)と同じ要件を定めていますので,そうしますと,填補賠償の2の(1)と(2)は,填補賠償の2の(3)の「又は」以下の部分と重複することになると思います。ただ,填補賠償の2の(1)と(2)は,契約に基づく債務以外の債務にも適用されることを前提としておりますので,その意味では結局のところ,填補賠償の2の(1)と(2)は,2の(3)ではとらえきれない場面を対象としていて,それぞれに独自性があるという整理になると思います。 ○鎌田部会長 潮見幹事,よろしいですか。 ○潮見幹事 3人連名で出している意見書の4ページ目の(5),原案「第8 債務不履行による損害賠償」,「6 損害賠償の範囲」についてと,現民法416条関係,これについて若干御検討をお願いしたいことを申し上げたいと思います。   まずは四角の中を御覧になってください。(2)の債務者がその事情を予見すべきであったときはというこの前に,契約その他の当該債権の発生原因及び取引上の社会通念に照らして又は,これは先ほど少し御意見申し上げさせていただきましたが,取引上の社会通念を考慮し契約その他の債務の発生原因の趣旨に照らしてという文言を追加することを検討していただきたい。この文言の追加がないのであれば,むしろ現在の民法416条は現状維持とした方がよいのではないかという意見でございます。   理由のところを御覧になってください。現民法416条の改正に向けた審議では,現民法の規定の構造を踏まえつつも,416条が契約上の債務の不履行を理由とする損害賠償を目的とした規定であるということを明らかにするという観点から,債務不履行によって生じた損害のうち,当該契約の下で評価をしたときに債権者に対して賠償されるべきものが何かを確定するためのルールとして416条を再構成する方向で議論が進んでいったと思います。契約に基づく損害リスクの分配という方向ではなかったかと思います。   中間試案が,賠償されるべき損害として,(1)のアで通常生ずべき損害というのを挙げて,これと並べて(1)のイでその他,当該不履行のときに,当該不履行から生ずべき結果として債務者が予見し,又は契約の趣旨に照らして予見すべきであった損害というものを掲げたのもこのような意図に出たものではないかと考えられます。   ところが,仮案の原案,今回審議されている原案では中間試案にあった契約の趣旨に照らして予見すべきであった損害という部分を削除して,単に当事者を債務者に,予見し,又は予見すべきであったというところを予見すべきであったに改めるという改正を提案しています。ほかはちょっと置いておきます。しかし,これでは,この規定が契約に基づく損害リスクの分配の考え方に裏付けられたものであるということが不透明になるのではないでしょうか。中間試案にいう契約の趣旨に照らして予見すべきであったという部分が削除されて,当事者が債務者へと改められる結果,契約上の債務の不履行を理由とする損害賠償の範囲が当該契約の下での評価から切り離されて,事情に関する債務者の予見義務によって律せられるという解釈を生むおそれがあるように思われます。   これは,ここでの部会での5年間の審議の中で,416条をめぐり段階的に合意を形成してきたのとは全く異なる方針で416条を新たに規定するということにほかならないように思われます。事は少なくとも予見の当事者を当事者から債務者に変更することと,「予見することができた」を「予見すべきであった」という規範的・評価的な要件に書き換えるということについて一致を見たから,この部分だけ書き換えれば足りるのだという問題ではないように思われます。   このようにみたときには,仮にですけれども,今回の改正により目指している方向で損害賠償の範囲に関する規律を設けるのであるならば,中間試案にあった契約の趣旨に照らして予見すべきであった損害という文言に対応するものを,ここでの今回の原案の債務者がその事情を予見すべきであったという前に追加すべきではないかと思います。これが私ども3人の意見であり提案でございます。   文言については先ほど取引上の社会通念のところの「及び」をどうするかというところでいろいろな考え方があろうと思いますが,いずれにしても少なくともそれに関するような事柄をここの修飾句として付け加えてほしいし,付け加えるべきであるということを御理解いただければと思います。   仮にこのような修正をしないということであれば,先ほど申し上げましたが,予見の当事者を当事者から債務者に変更することを単体で採用することによって賠償の範囲と契約との切断というものが現在の416条以上にもたらされることになりますから,現在の416条については現状維持として契約に基づく損害リスクの分配ルールが展開する余地を残して現民法から行われている議論を将来に向けて発展させる方がよいのではないかと感じます。   なお,5ページ目のところでございますが,契約に基づく損害リスクの分配,あるいはその損害賠償の範囲と契約のリンクという観点から416条に改正を加えるということについては,既にこの部会における審議の際に,当事者というのは債務者ではなく,両当事者を指すものと解さなければならないという強い意見が一部の委員から出ております。このような意見も含めて考えたならば,仮に原案の6の(1)とか2が契約とその賠償範囲のリンクという観点を基礎に据えるのだとしても,このことを条文上に表現せず,当事者を債務者に変更する修正で済ますということについては,一層慎重を期すべきではないのかと思うところです。   そういう意味で何か修飾語を付けるということについて少し検討でもしていただければ有難いなと思うところでありますとともに,現行の416条を維持することとの優劣というのでしょうかその辺りについても,少し思いをはせていただければと思います。 ○中田委員 潮見委員とは別の観点から,やはりこの提案は分かりにくくなっているのではないかということを申し上げたいと思います。   部会資料の「68A」では,予見すべき時期を「その不履行の時点において」としていたのを今回削除しています。他方で,現行法の「予見し,又は予見することができた」を「予見すべきであった」に変えています。この結果,現在の416条の規範内容がより明確になったかというとそうではなくて,むしろより不明確になったのではないかと思います。   二つあるのですけれども。一つは前回も申し上げたのですが,ここでは予見すべきという言葉を現に予見していても予見すべきだとは当然には言えないという意味で制限的な機能をもつものとして使っていると思うのです。他方で,例えば不法行為の過失判断の場合には,現に予見していないし,予見可能性があったと言えないかもしれないけれども,調査するなどして予見すべき義務があったというように拡張的な使い方もあるものですから,そこが分かりにくくなっているということがあると思います。   それから二番目に,時期が明示されなくなったために,それが契約締結時なのか不履行時なのかという議論が再燃することになるのではないかと思います。  一番小さな手直しとしては,「債務者が不履行の時において予見すべき」とすることは考えられます。つまり,契約締結時のリスク分配を基本としながら,契約締結後の認識についての規範的評価を加えたものを不履行時に判断すると,こういう方法もあるかと思いますが。ただ,今の潮見幹事のおっしゃっている方向と果たしてうまく整合できるのか。多分,問題意識は同じだと思うのですけれども,それをうまく規律できるのかということはそれほど楽観できないかなと思っております。 ○鎌田部会長 関連した意見がありましたらお出しください。   事務当局から補足的な説明ありますか。 ○金関係官 契約に照らして,契約及び取引通念に照らしてという文言を入れることにつきましては,前回の事務局案でそのようにしていたのですが,前回の会議では,予見の基準時を債務不履行時としておきながら契約に照らして判断するという文言を入れることにそもそも無理があるのではないかという御指摘を頂いたところです。今回はその御指摘など前回の会議の状況を踏まえて,債務不履行時という基準時を定めることも,契約に照らしてという文言を入れることもコンセンサスを得ることが困難であるということで,提案から落とされることになったというのが現状です。   潮見幹事からはそういうことであれば現行法維持ではないかという趣旨の御意見も頂きましたけれども,少なくとも現行法の予見し又は予見することができたという文言については,この文言だと予見していたかどうかという純粋な事実の問題を要件としているように読めて,実務では予見すべきであったかどうかという規範的な判断を問題とする要件として運用されていることが読み取れないという指摘がずっとされてきたところで,前回の部会でも道垣内幹事からせめてそこだけでも改正すべきだという御指摘があったところです。   そのような観点から,当事者という文言は現行法のままにするとしても,予見し又は予見することができたという文言については,何らかの修正をするということで御了承いただけないかと考えております。そう考えていたところに,中田委員から債務不履行時に予見すべきであったという文言を用いればよいではないかという御指摘を頂きましたので,それでもしコンセンサスが得られるのであればそのようにすることも考えられますが,いかがでしょうか。 ○潮見幹事 「予見すべきであった」という部分については私自身そう変えることに対して特に違和感があるわけではありません。ただ,この会議の一連のシリーズの中の冒頭の辺りで申し上げましたが,やはり「予見」という言葉をここで使うのかどうかというところが多分問題なのだと思います。でも,それは目をつぶって考えた場合には,先ほど現状維持と申し上げましたが,今金関係官がおっしゃったレベルのことであれば,程度と言ったら叱られますけれども,それならそこは反対するつもりはございません。 ○鎌田部会長 解除の部分も含めて御意見をお出しください。 ○松本委員 まだ損害賠償なのですが。先ほどの2の(3)の中身についてもう少し確認です。当該契約が解除されというふうに,債権者が解除しではなくて何らかの形で解除された場合と変えられたと。それで「又は」以下で債務不履行による契約の解除権が発生したときとなっていて,これは解除する前にということだと。そうしますと,前半の当該契約が解除されの中に,債務不履行によって債権者が契約を解除したときは含まれないと解釈してよろしいですかという,細かいですけれども,確認なのです。   というのは,一体填補賠償請求権はどの時点で発生するのだろうかということを考えた場合に,後ろの「又は」以下の契約解除権が発生したときの方がそれに基づいて解除したときより早いのですよね。ということは,解除したときに填補賠償請求権が発生するのではなくて,以前はそういうような整理で授業もやっていたかと思うのですけれども,今回はそれが一律に時期が早まって,催告をして相当期間経過した時点で解除しようがしまいが,填補賠償請求権は既に発生していると授業では言わなければならないのではないかなと思うのです。そうすると,その前段の契約が解除されたときには債務不履行による解除は入らないと解釈しないと,時期が二つあるという変な話になってくるという気がいたします。 ○金関係官 松本委員の御指摘のとおり,債務不履行による解除権が発生し,それを行使したという場合には,後半の方の解除権が発生したときの要件で填補賠償請求権が発生するということになりますけれども,ただ,そこは現行法においても判例などでは,催告をして相当期間が経過したときは解除を実際にしないでも填補賠償請求ができるとされたり,定期行為などで履行期が経過したら直ちに解除権が発生するとともに填補賠償請求もできるとされたりしているところですので,現行法の下での処理を大きく変更するものではないとも考えております。   ただ,解除権が発生してその後に解除権を行使したという場合に,損害額の算定の基準時を解除権の発生時とするのか解除時とするのかという問題については,解除権の発生時とすべきではないかと思いつつも,そこは引き続き解釈に委ねられるのではないかとも考えております。一般的には解除がされたときは解除時であるという説明もよく聞くところですので,今回の案を前提にしても,実際に解除がされたときはその解除が基準時を操作するためのものなどでない限り,解除時が基準時となるという解釈は否定されないとも思いますし,場合によっては考え方の対立というよりも個々の事案に応じた処理をすべき問題なのかもしれないとも考えております。 ○松本委員 その場合に,今までの部会で履行請求との関係等についても議論があったのですけれども,そこはもう書かないということですか。解除権は発生しているのだけれども,解除はあえてしていないという場合に,填補賠償を請求するか履行を請求するか,それは債権者として自由にその場その場で選べるということでいいという理解ですか。 ○金関係官 はい。ただ,その次の問題として,一旦填補賠償請求の方を選択すればもはや本来の履行請求をすることはできないとすべきであるという御意見がこの部会では多数あり,中間試案でもその方向での提案がされていたと思います。しかしこれにつきましては,中間試案に対するパブコメなどで,むしろ実務の観点から本当にその結論でよいのかという意見がたくさん出ましたし,そもそも必ずしも議論が成熟している論点とはいえないのではないかといった意見もあったところですので,それらを踏まえ,引き続き解釈に委ねるという案を前回の部会資料で提示したところです。 ○鎌田部会長 損害賠償についてほかに。 ○山本(敬)幹事 先ほどの補足です。中田委員が恐る恐るおっしゃってはおられましたけれども,やはり「当事者」を「債権者」に変えて,その上に更に債務不履行時を入れるのは,この意見書の趣旨からみますと,現在の原案よりも一層隔たる可能性がありますので,それならば現行法維持というようなこの意見書で書かれている意見になるのではないかと思います。   この点については,もちろん様々な意見があり得るのかもしれませんけれども,少なくとも先ほど議論したような意味での「契約その他の債務発生原因の趣旨」に照らして賠償範囲が決まる可能性があるということは一致をみているのだろうと思います。それが法文からは全く読み取れないような形になってしまうのであれば,それはやはり現行法とは違う立場を採用したと読まれてしまいますので,私は採るべきではないと思っています。 ○中田委員 今の御指摘について申しますと,現行法に関しては,時期については不履行時だというのが民法ができたときの理解であって,その後幾つかの議論が出てきたのではないかと思っております。   申し上げたかったのはもう一つちょっと細かいことなのですが,代償請求権についてです。78回の会議で中間試案と変えて損害賠償請求権と代償請求権の並立を認めるという案が出されたわけですが,それに対してなお慎重に検討すべきではないかということを申し上げました。今回の素案は,恐らく十分に検討していただいた上でなお前回の案を維持するということだと思いますが,やはり疑念を払拭できませんので,前回申し上げたこととの重複を避けながら幾つか申し上げたいと思います。   一つは,代償請求権の規定を新たに設ける必要性が不明確であるということです。今回の素案では危険負担について534条が削除されることになっています。元々代償請求権が大きな意味を持つのは危険負担において債権者主義が採られる場面であったと思います。つまり,売主に帰責事由がなく目的物が滅失した場合に,買主は何も受け取れないのに代金を払わなければいけない,このとき,売主のところに例えば保険金があればそれを引き渡すのが公平であると,こういう考え方だったと思うのです。しかし,今回534条が削除されますと,最大の機能を発揮するべき場面がなくなるのではないかと思います。もっとも536条1項を改正して売主の代金債権を残すという御提案があるわけですけれども,しかしそれでも買主には履行拒絶権がありますので代償請求権を行使する必要はないのではないかと思います。他方で,債務者に帰責事由がある場合には買主は損害賠償請求権がありますので代償請求権を行使する必要はない。つまり,今回の改正は全体としては代償請求権の必要な場面を小さくするというかなくす方向のものなのに,あえて新設するという意味はよく分からないということです。   二番目は前回申し上げたことですけれども,填補賠償請求権と代償請求権を併存させて,債権者に選択を認めるという場合の問題点はやはり随分あるのではないかと思います。   三番目に,その併存させることの根拠が明確ではないということです。特に,債権者が損害賠償請求権に加えて債務者の持っている権利をよこせということを認めるためには,債務者の財産や営業に介入するための積極的な根拠が必要だと思うのですが,それが必ずしもはっきりしないと思います。   四番目に,判例との関係なのですけれども,恐らく昭和41年の最高裁判決を重視しておられると思いますが,これは非常に特殊なケースであります。原審が債務者に帰責事由のない不能の場合について代償請求を認めるとしたのに対し,最高裁ではそのような限定を付さなかったということを重視しておられると思うのですけれども,事案としては債務者に帰責事由のない事案でしたので,最高裁の判示のうち帰責事由がある場合については言わば傍論であるのではないかと思います。また,このケースは損害賠償請求権と代償請求権の並立を認めた事案でもありません。その後も最高裁で代償請求権を認めたケースというのはほとんどなくて,僅かに認めたケースも,例えば留置権の要件に関するかなり特殊なものであったりいたします。   五番目に,学説との関係なのですけれども,学説では債務者の帰責事由のないことを要件とするかどうかについて,これは両論の対立があるわけですが,更にそもそも代償請求権をどのようなものとして位置付けるのか,その根拠は何かについても様々な議論があって,いまだ定立していないのではないかと思います。   それから,最後ですけれども,外国でもこのような立法化の状況がそれほど明確な流れにあるわけではないのではないかと思います。ドイツ民法には元々あって,改正後も残っておりますし,ドイツ民法を継受するような動き,立法提案もあるとは思いますが,私自身十分に調査してはいないのですけれども,必ずしもそれが非常に大きな流れになっているというわけでもないのではないかという気がします。   ですので,もしも新設するのであれば,やはり限定的にしておいた方がいいと思いますし,そもそもこの規定を新設することの要否も含めて更に御検討いただければと思います。 ○金関係官 1点目と最後の外国の点は後回しにさせていただくとして,2点目から最後の点の前までのところについては,大ざっぱに言いますと,中間試案では債務者の帰責事由がない場合,すなわち填補賠償請求ができない場合に限って代償請求権を認めるという考え方を本文で示し,注でそうではない考え方,すなわち現在の案文の考え方を示していたところですが,前回の部会資料で注の考え方を最終案として提示し,それに対しては部会で様々な意見があり,特に中田委員からは多数の観点から御批判を頂いたところです。ただ,最終案の結論を支持する意見も多数あったところで,それこれ踏まえて現在の案としてはこうなっているのですが,今回の案は,債務者に帰責事由がない場合に限って代償請求権を認めるという解釈を否定したものではなくて,そこは引き続き解釈が可能であることを前提としております。   そのことを申し上げた上で,1点目につきましては,そもそも代償請求権に関する規定を置く必要があるのかという御指摘でしたので,中田委員の御意見としてはこの論点を落とすべきであるという御趣旨なのかという点を確認したいところで,少し補足をしていただければと思います。また,最後の外国の点は,事務局としても外国の立法例の調査は可能な範囲で行いつつも,完全ではない面がないとはいえないかもしれませんが,ただ,少なくとも最近の例で言いますと,韓国の民法改正案などが日本の雑誌などで紹介されていまして,それによりますと,今回の部会資料の案とほぼ同様の案で代償請求権の規定が設けられる方向で検討されているようです。 ○中田委員 私もさきほどドイツ法系の例として申し上げた際には韓国のことを想定していたわけですが,ただ全体として見たときにどうだろうかということです。   それで,規定を置くか置かないかについて,私は今まで規定を置かないという方向あるいは改正しないという方向での発言は多分余りしてこなかったと思いますので,ここは非常に言うのがつらいところでありますが,この規定を新設することが本当に必要なのだろうかということは現時点では迷っているところです。むしろ問題点をもっとつぶさに検討する必要があるのではないかということを今考えております。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。時間との関係で損害賠償までで今日の審議を終わりたいと思いますので,損害賠償に係る意見をお出しいただければと思います。 ○松岡委員 3名連記の意見書の5ページの6に書いたところです。今回420条第1項後段を削除するという御提案がありました。損害賠償の予定をしても裁判所が増減できないというのが現在の規定ですが,その裁判所が増減できないということだけを削除するという案になっております。これはしかし従来の議論の経緯からすると少しおかしいのではないかという気がいたします。前回の部会資料「68A」について提案されていたのは,こちらの補充説明で言いますと12ページにありますが,現に生じた損害の額及び当事者が損害賠償額の予定をした目的に照らして著しく過大である場合には,制限をしなければいけないので,増減できないという規律を改正してはどうかと提案されていました。   ここに書いてあるように,90条等で対処すれば可能だなどの反対もあったということですが,逆に例えば実損害が賠償額の予定で定めたよりもはるかに大きい場合に,裁判所は増額できるのですか。今まで増減できないという規定があったのをあえて削除したことは,裁判所が介入できるという解釈を強く示唆すると受け取られがちだと思います。しかし,そういう議論は今までほとんどしたことがないので,議論の流れから言うと,単純削除はおかしく,意見の一致が残念ながらみられなかった場合には,現行規定を維持して420条1項の後段は改正しないという結論になるべきではないかと考えますが,いかがでしょうか。 ○金関係官 まず,裁判所の介入を認めることにつながるという点については,事務局としてはそうは考えておりません。と申しますのは,当事者の合意が認定される場合にそれを裁判所が勝手に変容させることができないということは,420条1項後段がなくてもある意味では当然のことだろうと思います。公序良俗違反や消費者契約法10条,信義則違反などの一般的な規定が適用される場合に限り,当事者の合意に介入することができるのであって,そのことは420条1項後段のような規定の有無にかかわらず当然であるという理解です。もちろん420条1項後段が削除されることによる事実上の影響などについては断言することができない面もありますが,少なくとも法的には,改正後も今申し上げた理解を前提に,公序良俗違反などを根拠とすることができる場合に限り,賠償額の予定の一部を無効として減額の処理をしたり,賠償額の予定の全部を無効とした上で実損を認定することによって増額の処理をしたりするはずで,改正前後でその点に変更はないと考えております。   2点目の審議経緯との関係ですけれども,前回の部会資料では確かに松岡委員の御指摘のとおりの書き方をしておりますが,少なくとも中間試案では,420条1項後段の削除という論点と,賠償額の予定が実損と比較して著しく過大である場合にその一部を無効とする旨の規定を新設するという論点が,それぞれ別のものとして(1)と(2)とに分けた形で示されておりまして,パブコメでもそれぞれ別の論点として意見が出ているところです。その意見の中には,著しく過大である場合に賠償額の予定の一部を無効とする旨の規定を新設するのは妥当でないけれども,420条1項後段の削除だけであればよいという意見もありました。ですので,著しく過大である場合の一部無効の論点がなくなったから直ちに現行法維持とすべきである,420条1項後段の削除の論点も自動的になくなるという関係にはないと理解しております。 ○潮見幹事 一言だけ,すみません。(1)と(2)があって,(1)は採用しないけれども,(1),つまりその後段だけを削除するということでこの部会で意見の一致があったのかということについては,私は強い疑問を感じます。また,なぜ後段を削除しなければいけないのかということについての説明ができていないのではないでしょうか。むしろ,金関係官がおっしゃったことは,今でもやっているのだからこの後段があっても同じことができるのではないかというような感じもいたしますので,ちょっとその辺りは少し慎重に判断していただければと思います。 ○佐成委員 今の論点に関しては,私は従来から現状維持ということを主張しておりました。今回1項後段だけ削除ということですが,これについてもやはり今松岡委員がおっしゃったように,裁判所の公序良俗の審査が非常に甘くなるのではないか,この件に関しては甘くなってしまうのではないかというようなことを内部ではかなり心配されている意見もありました。ただ,強い反対というところは今のところないという状況なので,あとはどこまで妥協するかというような話かなと感じております。以上でございます。 ○鎌田部会長 ほかに関連した御意見がありますか。 ○内田委員 損害賠償の範囲について,先ほど中田委員から予見の時期を書くべきではないかという御意見があり,金関係官からそれでコンセンサスが形成できるのであればという発言があって,他方で山本敬三幹事から消極の御意見があったと思いますけれども,ここで私も消極の個人的な意見を申し上げたいと思います。   予見時期について不履行時という判例があるのですけれども,これはある事件を解決するために出た一つの判決で,これを一般化して不履行時のみを予見の時期として書きますと,仮に予見すべきという規範的表現を使うにしても,国際的にみるとかなり異例で,非常に損害賠償の範囲が広くなる印象を与える規律になります。そのことに配慮して,中間試案の場合には一定の制約をかける文言が入っていたわけですが,その文言については不明確であるということで落ちてしまいました。そこで今書くとすると,予見の時期について不履行時という言葉だけが入ることになるわけです。これに対しては,契約の締結時のリスク分配が反映されないのではないかという意見が,確か経済界の方から出ていたと思いますし,国際的にも非常に異例ですので,やはり不履行時とだけ書くのはリスクが大きいのではないか。部会のこれまでの議論を踏まえるとそういう気がいたします。   他方で,契約締結時と書くのもコンセンサスの形成が難しいですので,時期については解釈に委ねるというのが現在の案なのだと思います。   なお,予見すべきという部分について,これだけにするのであれば現行法の方がまだいいという御意見もありましたけれども,現行法は事実としての予見可能性を要件とする文言であるために限定を加えることが非常にしにくいということで,結局416条を無視して相当因果関係などという変な概念を入れてやっているわけですね。416条そのものの中に規範的な判断ができる概念を入れ込めば判例もそれを軸にして展開できるのではないかということで,現在の提案がされているのだと思います。   その際,予見すべきかどうかの判断に際しては,契約上の債務不履行であれば当然契約の趣旨は考慮されるのだろうと思いますので,その点をきちんと文言として入れようという御提案もありましたけれども,現在の案は入れなくても当然それは考慮されるであろうという趣旨だと思います。   それからもう一つだけ,先ほど議論になりました損害賠償額の予定について,420条後段削除について御異論がありましたけれども,420条後段というのは,これも比較法的に極めて珍しい規定で,損害賠償額について一切裁判所は増減できないということをわざわざ書くというのは異例なうえに, 判例実務にも合致していませんので,それは削除して,原則は合意に対して介入はできないけれども,例外的な場合には裁判所は介入するという現在の実務が反映するような文言にするというのは,この部会での議論を反映した提案になっているのではないかと思います。 ○金関係官 潮見幹事から御指摘いただいたところで,意見の一致があるのかどうかという点につきましては,ここは今回初めて提案するものですので,この会議で一致があり得るかどうかをお諮りしているという趣旨です。内田委員から御指摘があったとおり,少なくとも現在の実務では,公序良俗違反などを根拠に賠償額の予定の増減額をしていますので,420条1項後段は現在の実務とそごしていると言っても過言でない状況になっていると考えております。その観点から,少なくともここを削除することの必要性は比較的高いのではないかと思います。賠償額の予定以外の合意については,420条1項後段のような裁判所が介入できない旨の規定がなくても当然に裁判所は介入できない,介入できないけれども公序良俗違反などの規定の適用がある場合に限り例外的に介入できる,このことには全く争いがないわけですけれども,今回の提案は,賠償額の予定の合意についてもこれと同じ状態にするというだけのことでありまして,420条1項後段を削除することにはなお合理性があるのではないかと考えております。 ○鎌田部会長 ほかに損害賠償関連の御意見ございますか。 ○中井委員 先ほど潮見幹事から,契約その他の当該債務の発生原因及び取引上の社会通念という言葉になったことに対して,かねては契約の趣旨に照らしてという中身も含めて一定の合意が得ていたのが変わったと。   損害賠償の範囲の問題につきましても,御提案は通常生ずべき損害と特別の事情によって生じた損害であって,債務者がその事由を予見すべきものと,こうなったわけです。私のこれまでの審議における発言を改めて振り返ってみて,今回出た提案は,私としては受け入れるという流れに自然となるのですが。   ただ,正直思いましたのは,今回の部会資料を見て,審議の経過がきちっと反映された形で文言になっているのだろうかという点です。これを一読したときにあれっと思ったのが正直なところです。それはそれなりに事務当局がこれらの審議の経過も踏まえつつ,法制上の問題もあってこういう言葉が最終的になっているのかとは思いますが。やはり審議を経て,一定合意に達し中間試案として公表し,それがその後の部会審議を経て合意ができていることと違った形で取りまとめられることについては,やはりどうかなと正直思います。ここで出てきた言葉についてはもちろんこれまでの審議の経過が十分反映されて理解されていくものと信じておりますけれども,やはり言葉が独り歩きする懸念はあるだろうと思います。   この損害賠償の範囲につきましても,契約の趣旨若しくは契約におけるリスク分配というものをどのような形で適正に取り込むかということの苦労を重ねてきた。弁護士会としてもそれを一定受け入れながら中間試案から前回の部会資料になってきたと思います。にもかかわらず,今回特別事情によって生じた損害の部分は事情が出てきて,その事情によって通常生ずべき損害というかねての議論のような印象も受けました。かつそこに契約の趣旨に照らしという言葉が入らなかったからなのかもしれませんけれども,その言葉が全く落ちてしまっているということについてやはりそれでいいのだろうかと。   少なくとも今回3先生方から契約の趣旨に代わる言葉をこの所に入れてはどうかという御提案がありました。少なくともそこの部分については部会全体としてのこれまでの理解からすれば,十分受け入れられる話ではないのか。その点について先ほどからはっきりした答えがなかったように思うのです。その入れ方が契約と社会通念を並べるのか,3先生方のおっしゃるように社会通念を考慮した契約の趣旨という言葉になるのかはともかく,それを含めてここでの予見すべきという中身を確定していく,範囲を画していくという考え方,これは十分承認できるのではないかと思うものです。その点についてもう一度事務当局としてはなかなか難しい話になっているのかどうか,もし可能であればお聞かせいただきたいと思った次第です。 ○金関係官 契約に照らしてといった表現を入れるのは予見の基準時が契約時であることを前提としていると理解されてしまうので,基準時が契約時でない以上はそういう表現を入れるのは相当でないという御意見が前回の部会で示されたと理解しております。前回の部会資料では基準時を債務不履行時と明記していたので,より一層御懸念があったのだと思いますけれども,予見の基準時を債務不履行時であると説明しつつ契約に照らして予見すべきであったと表現するのは問題であるという意見は,部会外でもいくつか頂いていますけれども,部会内でも今申し上げたとおり,前回の部会資料68Aの議論の際に示されたと認識しております。 ○中井委員 前の部会資料は不履行時であり契約の趣旨という言葉との矛盾をおっしゃっているのだろうと思うのですけれども,3先生方からの御提案については,時期については入れなくて,契約の趣旨のみを御提案されていると思うのです。そこの言葉はともかく,簡単な言葉で契約の趣旨と言ってますけれども,私の理解としては,締結時だけではなくて,締結後知り得た事情も含めて契約の趣旨としてその範囲を画することは何ら妨げられないと思うものですから。3先生方からの御提案が,当然に契約時を前提としてそこは譲らない御提案だったのでしょうか。決してそうではないと思うものですから。 ○潮見幹事 中井委員がおっしゃっているとおりだと思います。ここのところは,時点は入れていません。 ○松本委員 ちょっと私には分かりにくいのですが,契約の趣旨が問題になるという場合は損害賠償額の算定のところだけではないはずですよね。むしろ先ほど本旨に従った履行の概念について議論がありましたが,そちらの方が契約の趣旨という言葉からいくと一番ストレートにつながっているはずです。しかし,損害賠償のところだけは契約締結時における当事者の合意からはみ出した部分についても賠償額の算定の際には考慮しようというのが今のこの場でのコンセンサスだということだと思うのです。だから,契約の趣旨一般を契約締結時点以降にも変幻自在に変わるものだとしてしまうと,そもそも今回の立法改正の趣旨から逸脱することになるのではないかと思うのです。ですから,賠償額のところだけに限定した議論と,債務不履行一般の本旨に従った履行かどうかの評価の部分とは分けて考えないと駄目だと思います。 ○山本(敬)幹事 かなり以前にこういう議論をした記憶があります。そのときに申し上げたかもしれませんけれども,もう一度申し上げますと。先ほど潮見幹事言われましたように,これは,契約時に予見可能性を,あるいは予見すべきであるという判断を固定するという意味合いを持っていません。また,債務不履行時にでは契約の趣旨に当たるものが意味をなさないかというと,私は当然意味を持つのだろうと思います。このような趣旨でこのような内容の,このような金額で契約をしたのであるならば,この時点においてこのようなものは予見すべきであるという判断は行うことができますし,これまでも行われているのではないかと思います。   その意味では,金関係官が言われているのは,非常に偏った契約の趣旨の理解をされていて,それを批判されるのはおっしゃるとおりかもしれませんけれども,今も言いましたように,契約の趣旨というのはそのような形で使われるものに限らない。もっと広いという言い方がよいかどうか分かりませんが,契約時以降についての判断基準としても利用可能なものとして想定されている。それについては弁護士会の方からもいろいろな御意見はありましたけれども,最終的には御理解いただけたのではないかと思いますが,いかがでしょうか。 ○金関係官 少し誤解があるかもしれませんので念のため申しますけれども,先ほど御紹介しました契約の趣旨に照らして予見すべきであったという表現を使いつつ予見の基準時を債務不履行時であると明記したり説明したりするのは無理があるという御意見は,潮見幹事や山本敬三幹事の御意見ではなくて,松本委員の御意見のことを申し上げたものです。事務局としてはコンセンサスが得られる範囲で適宜の対応をしたいと考えております。 ○潮見幹事 先ほどの議論のところ,中井委員の発言のところに戻しますけれども,この前に出ていた案のところでは,これは中井委員がおっしゃったように,不履行の時点においてと明記されておりました。それに対して様々な意見が出て,これはまずいのではないかというようなことが出ました。他方,中間試案は,先ほどの契約の趣旨に照らしてという言葉を使い,その契約の趣旨の中に契約の目的だの至る経緯だの,あるいは取引通念だの,そうしたものが含まれる形で幅広くそのようなものを捉え,そしてその契約の趣旨に照らして賠償範囲というものを確定していこうという姿勢が見えていたと思います。こういう大きな枠組みということ自体,つまり正に契約に基づいてその賠償されるべき損害の範囲を決めていこうというところについて,基準時が書かれているのはよくないというところから,契約の趣旨を考慮に入れた形での賠償範囲を決めていこうという捉え方がおかしいということは直ちに出てくるものではありません。むしろ,契約の趣旨を考慮に入れた形での賠償範囲を決めていこうという観点から,中間試案で皆さんが知恵を出し合って考慮しながら作り出した方向を何らかの形で更にいかしていくという考え方というものはあってもいいのではないかと思います。   そのように考えますと,この前の議論のところで不履行の時点という部分についていろいろな意見が出たということとか,あるいはこの部会審議の外のところでの議論で様々な意見が出たから,だから当初の中間試案でいうところの契約の趣旨に照らしてという言葉を諦めましょうと考えていくというのでは,一体,部会の審議が何のためにされていたのかということの意味すら失わせてしまうことにはなりかねないでしょうか,私は,そういう懸念を強く感じます。 ○筒井幹事 損害賠償の範囲について多くの方からの御意見を頂きましたので,その点は今日の議論を踏まえてもう一度よく考えた上で次の機会にお諮りしたいと思います。 ○鎌田部会長 ありがとうございました。当初の予定から比べると中途半端なところまでしか議論ができておりませんけれども,よろしければ本日の審議をこの程度にさせていただきたいと思います。   積み残しがたくさん出たことを踏まえて,次回の議事日程等について事務当局から説明をしてもらいます。 ○筒井幹事 次回は予備日として予定していただいておりました来週6月17日,火曜日,午後1時から午後6時まで,それほど時間はかからないかもしれませんけれども,予定としてはその時間を確保しております。会場が検察ゾーンの15階になりますので,開催通知などでよく御確認いただければと思います。   さらにその次,正規の会議としては6月24日,火曜日が予定されておりまして,これについては要綱仮案の原案その2をお届けすることになりますので,次回会議,来週火曜日までには次々回の会議の資料がお手元に届くことになろうかと思います。しかし,次回会議は飽くまで予備日ですので,本日配布済みの資料についての審議をお願いするということになります。どうぞよろしくお願いいたします。 ○鎌田部会長 それでは,本日の審議をこれにて終了とさせていただきます。   本日も熱心な御議論賜りまして,誠にありがとうございました。 -了-