法制審議会 商法(運送・海商関係)部会 第8回会議 議事録 第1 日 時  平成26年12月10日(水) 自 午後1時30分                        至 午後5時26分 第2 場 所  東京地方検察庁 総務部会議室(15F) 第3 議 題  商法(運送・海商関係)等の改正に関する論点の補充的な検討(2)         商法(運送・海商関係)等の改正に関する論点の補充的な検討(3) 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○山下部会長 それでは,予定した時刻になりましたので,法制審議会商法(運送・海商関係)部会第8回の会議を開会いたします。  本日も,御多忙の中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。本日は,岡田幹事,藤田幹事が御欠席ということです。  では,まず本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。事務当局からお願いします。 ○松井(信)幹事 お手元の資料について御確認いただきたいと思います。前回使いました部会資料8のほか,部会資料9を事前送付しております。また,参考資料22を事前送付しましたほか,参考資料23を本日この席上で配布しております。お手元にお持ちでない方がいらっしゃいましたら,用意がありますけれども,よろしいでしょうか。 ○山下部会長 それでは,本日の審議に入りたいと思います。  本日は,まず前回に引き続きまして,部会資料8の第10以下について御審議いただき,その後,部会資料9について御審議いただく予定でございます。具体的には,休憩前までに部会資料8と部会資料9のうち第1から第3までを御審議いただいて,午後3時20分ごろをめどに適宜休憩を入れることを予定しております。その後,部会資料9の残りの部分について御審議いただきたいと思います。  それでは,まず部会資料8の「第10 複合運送」について御審議いただきます。事務当局から説明をお願いします。 ○山下関係官 それでは,「第10 複合運送」について御説明いたします。  第4回会議では,部会資料4の(1)の提案について,「当該二以上の運送のうち当該滅失等の原因が生じたものに係る法令又は条約の規定」という表現については,JIFFAの国際複合一貫輸送約款等を参考にして,仮定的契約に適用される法令又は条約の規定などという表現にすべきであるとの御意見や,(1)の提案の「法令又は条約」の意義に関し,我が国の法令又は我が国が締結した条約のみを指すのか,又は外国の法令等を含むのかについては,日本法を準拠法とすることを前提として,我が国の商法の適用を受ける複合運送契約を締結した荷主の予測可能性を重視するのか,又は求償を容易にするために可能な限り滅失等が生じた運送区間の現地法によるのかという点の政策判断に左右される点などの御意見がございました。  このような御意見を踏まえますと,部会資料4の(1)を更に具体化した規律として,例えば,甲案や乙案などの規律が考えられます。甲案は,日本法が準拠法となり,我が国の商法の適用を受ける複合運送契約を締結した荷主の予測可能性を重視する考え方であって,荷送人と複合運送契約の運送人との間に運送区間を限定した運送契約を仮定し,これについての我が国の法令等に従い,当該運送人の責任の在り方を定めるものでございます。なお,ドイツでは複合運送の規律における仮定的契約の当事者は,荷送人と複合運送契約の運送人を指すという裁判例があるようでございます。  他方で,乙案は,複合運送人の荷主に対する責任の在り方を実運送人の責任の在り方に近づけようとする考え方でございます。もっとも,乙案には,その仮定的契約の準拠法を法の適用に関する通則法第8条の趣旨等を踏まえて,実運送人の事業所の所在地の法と考えるのかという問題や,実運送人が複合運送人に対して負う責任は,下請運送契約によって具体的な内容が確定されるため,乙案によっても必ずしも複合運送人の荷主に対する責任と一致するとは限らず,乙案を採用するメリットは限定的なものとならざるを得ないものと考えます。  また,複合運送契約に違反した複合運送人の不法行為責任の在り方についても,17ページ(2)に記載のとおり,不明確な点も出てこようかと考えます。  以上の事情を踏まえまして,複合運送に関し設けるべき規律の基本的な内容について,甲案,乙案を参考にしながら,皆様の御意見を頂戴できればと存じます。  なお,部会資料4の(2)の推定規定を設ける旨の提案については,複合運送契約にも総則的規律の適用があるならば,(2)の推定規定を設ける必要がないなどの御意見があったことから,取り上げないことといたしました。  また17ページの(注)にございます運送人が荷送人の同意を得ることなく運送手段を変更した場合の取扱いにつきましては,例えば,陸上運送及び海上運送を一の複合運送契約として引き受けた後,行程の全体につき,荷送人の同意を得ることなく航空機で運送し,その運送中に運送品の滅失等が生じた場合などにおいては,陸上運送契約の債務不履行の規律と,海上運送契約の債務不履行の規律のいずれによるかを決することができず,特定の規律を設けることは困難であるので,総則的規律によらざるを得ないものと考えられますが,この点につきましても併せて御審議いただきたく存じます。 ○山下部会長 それでは,ただいま説明がありました部分について,御自由に御発言いただければと思います。 ○野村(美)委員 甲案,乙案について教えていただきたい点がございます。  まず甲案について,これは,当該区間に適用されるべき法又は条約が日本のものであるということなのですが,そうしますと,どういう場合がそれに当たるのか,当該区間が日本の中に限定されるような場合しか思いつかなかったのですが,そうしますと,この甲案を採用するメリットは余りないのではないかという点です。ドイツでは乙案に近いような考え方があろうと思いますので,それは,何かメリットがあるために乙案のような形,つまり当該区間に適用される法が日本法に限らない,外国法とか外国が批准している条約も含まれるということで,恐らく考え方としては,運送人というのは,自分が運送していない区間であっても,その運送区間に適用されるルールによって責任を負って,その責任の限度の責任しか負わないという考え方を徹底すると,乙案の方になるのではないかと思うのですが,この二つについてお教えいただけますでしょうか。 ○松井(信)幹事 甲案の立場による場合でも,例えばアフリカの二つの港の間で海上運送がされていて,そこで運送品の滅失が生じたといたしますと,それについてデフォルト・ルールとしては,我が国の国際海上物品運送法の適用があるということを考えてはどうかということでございます。我が国の国際海上物品運送法は,発地と着地のいずれか一方が外国にあれば適用されるということでございまして,アフリカの二つの港の間ということも当然にカバーされるものでございます。  ただ,そのように考えた場合には,実際の下請運送契約の内容が,アフリカの方の法律なりハンブルク・ルールズによって決まっている場合もございますので,その場合には,複合運送人の負う責任と実行運送人の負う責任との間にずれが生じてくることはございますけれども,そのような外国法を全て考慮して,我が国の法律を作るということが困難であることから,デフォルト・ルールとしては外国で損傷が生じた場合も,まずは日本法を前提とするとしたものでございます。  お答えできていないところもあるかもしれませんが,いかがでしょうか。 ○野村(美)委員 アフリカの海上運送に,日本の国際海上物品運送法が適用されるというのは,そんなことがあるのかというのがよく分からないのですが,今の有力な学説では,国際海上物品運送法は,日本法が準拠法になった場合に,ということになりますが,アフリカの運送に日本法が準拠法になるというのは,実際あるのかと疑問に思いました。 ○松井(信)幹事 例えば日本の現地子会社がアフリカに二つあったという場合に,その方々が日本法を準拠法としたのであれば,国際海上物品運送法の適用があり得るという整理ではございます。 ○山口委員 松井(信)幹事のお話をもう少し敷えんいたしますと,実際問題として日本の国際海上物品運送法が第三国間の輸送に使われることも,そうまれではございませんでして,船荷証券の裏面約款上,日本法を準拠法とし,日本の国際海上物品運送法を至上約款で取り込んだ船荷証券が,例えば外国間,例えば香港,台湾であるとかアジア間,あるいは,アフリカの事例までは私,余り把握していませんけれども,アジアにおいては比較的よくございますものですから,今,おっしゃったようなことは,実際上は普通に生じていることだろうと思います。   それと,この甲案でありますと,例えば中国内地発で,中国の港から日本に持ってこられて日本の内地まで運ばれる,その全体が,例えば中国の陸上運送についても日本法が適用される,そういう御理解でございますね。一方において,それがデフォルト・ルールであるにもかかわらず,複合運送証券の裏面約款に別途の記載を設けることは構わないと,こういうことでよろしいのでしょうか。 ○松井(信)幹事 おっしゃるとおりでございます。  甲案は,世界のどこで運送がされていても,まずデフォルト・ルールとしては,我が国の法律,これを適用するという考え方によるもので,これは我が国の法律を準拠法とした荷主と複合運送人の予測可能性というものを,まず考慮したものであります。そして,それと異なる約定は可能でございますので,例えばJIFFA約款のようなもの,これを適宜作っていただければ,そのデフォルト・ルールを変更していくということは当然に可能であるというふうに考えております。 ○山下部会長 よろしいでしょうか。 ○山口委員 ありがとうございます。 ○増田幹事 これは意見というより,実務家の方にお教えいただきたいのですけれども,実務的には先ほど甲案のような発想でやっている例があると,山口先生から情報提供がありましたが,甲案と乙案の考え方のうち,実務的にはどちらの発想で行われている契約が多いのかというところを若干お教えいただけないでしょうか。山口委員かあるいは入来院委員がお詳しいでしょうか。 ○山口委員 私の感じているところを申し上げますと,なかなか難しい御質問でございまして,日本でこの問題,複合輸送の問題が議論されるときには,やはり日本法を前提に約款を考慮して,果たしてその約款の中で適用される外国法,これが日本の公序良俗に反するのかどうかというようなことを考えて処理をしている。だから基本的には,JIFFA約款ですと当該国,例えばヨーロッパでの陸上運送地におきますと,CMR等が適用されるのですが,そのCMRの区間について,CMRを適用してまずは考えてみる。ただ,その交渉の中で日本法だという御主張が出てきたりして,それについてそれも一理あるというふうには考えるのですけれども,その中で交渉しているというのが現実ですけれども,今のJIFFA約款からしますと,国外の部分については,その当該国外に適用される法律,強行法的に適用される法律あるいは条約を適用する,正にロッテルダム・ルールズと同じような考え方を約款上とっております。ただ,そんな約款が仮にないとすれば,例えば中国から日本の中まで持ってきている場合,中国国内においても,やはり日本法を前提に考えざるを得ないのではないかと思っておる次第であります。 ○入来院委員 今,山口委員がおっしゃったのと同じことなのですけれども,我々の通常の約款ですと,海外で起こった事故について,起こった場所がはっきりしていて,そこで強制的に適用される法律があればそれに従います。どこで起きたか分からない場合には,国際海上物品運送法を適用しますというような考え方でやっております。 ○増田幹事 先ほどの強行的な法があればというのは,現地に強行的に適用される国内法などがあるときも,そちらを考慮してというような形ですか。 ○入来院委員 そうですね。 ○増田幹事 それ以外は日本法をベースでということですね。ありがとうございます。 ○野村(美)委員 今の御意見は,(注2)でも書いておられますように,こういうふうな契約上,適用すべき法が決まっている場合をおっしゃっていると思うのですが,複合運送の契約と,それからその当該区間の仮定的な契約とはまた別なので,その辺は複合運送の規律というのが,どんな区間で起こった場合であっても,例えばその区間のルールを適用するという複合運送の約款が妥当するということなのですね。 ○山下部会長 全体について合意がされているという前提での議論だということですか。 ○野村(美)委員 ということは,もう約定があれば,特段,甲案にしても乙案にしても必要ないという考え方もできるのではないかと思うのですが,これを設ける必要があるというのはどういう根拠なのでしょうか。 ○松井(信)幹事 専門的な事業者の方々にとっては,やはり約款でその辺りのルールをしっかりと明確にされることが多かろうとは思います。しかし,運送法の見直しについてよく言われますのは,国内の陸・海・空の複合運送もございますし,現在ドア・ツー・ドアで運ばれている,その一貫した運送の中で,ある場所で損傷が生じた場合に,どのルールを適用するのかがよく分からないということがございますので,その意味で,まず部会資料4の(1)の部分で,まず基本理念を示すという意味で,「滅失等の原因が生じた運送に係る法令又は条約の規定に従い」という形をまず考えたわけでございます。  それに対しては,今までの部会の中で,より具体的に細かく規定すべきではないかという指摘があり,その結果,甲案,乙案という非常に難しい議論にまで発展してきているというのが現状であろうと思っております。 ○野村(美)委員 ありがとうございます。 ○山口委員 先ほど松井(信)幹事がおっしゃったように,今でもこの甲案的な考え方を基に具体的な契約でそれが有効だという前提であれば,正にこの甲案というのは,実務を追認する内容になっておりますし,大きく実務を変えることにはならないと思います。なおかつ先ほど松井(信)幹事がおっしゃった国内の複合輸送についてもカバーできるという意味では,やはり規定を置いたほうがよろしいのではないかと考えます。 ○山下部会長 甲案の方の内容で,という御意見なのですが,ほかの委員,幹事の皆様方いかがでしょうか。  複合運送がグローバルに実際行われていることを前提とすると,甲案で日本法をデフォルト・ルールにするというのは,何か実態に合わないような,そして,乙案はそういう面では実態に合っているのかなと思うのですが,実態としても必ずしもそういうわけではないのですね。 ○山口委員 実態は乙案に近い形なのですが,ただ日本の法律としてこうしますと,例えばCMRなどのように日本が当事者になっていない条約を強制的に適用するのか,要するにメンバーになっていないものを法律でもって適用されるというような形になりますと,何か国策に少し反するような感じもいたしますところもあるので,そういう意味では甲案の方がよろしいのではないか。  乙案の問題というものは,先ほど申し上げたようなところが,ロッテルダム・ルールズでもやはり議論になっておりまして,それが良いのか悪いのか,あるいはやはりそういうふうに批准していないものを国の内容として適用すべきでないのではないかというような議論もあって,かなり難しい問題にやはり発展するのですが,合意であればその点が比較的容易になり,当事者が合意しているのであるから,あとはその合意が公序良俗に反するかどうかだけを判断するということになりますので,比較的安定的でかつ大きな突出した結論にもならないのではないかと思います。 ○山下部会長 ありがとうございます。正にそういう発想で,甲案というのは作られているのかと思います。 ○増田幹事 恐らく条約の適用義務があるかどうかというような話に入ってくると,乙案のような国際私法をある意味かませて,ようやく立法としては正当性があるのかなと見えるようなものが出来上がるということなのだろうなとは思います。この規定を置くということには,多分,約款規制の際の参照基準になるようなデフォルト・ルールを置くという意味もあるとは思いますので,そういう観点からすると,甲案の考え方というのはやはり日本の運送法が基準になるということを明らかにしている点では,非常に分かりやすいものなのかなという印象は持っております。  ただ,甲案をとった場合,やはり最初の松井(信)幹事からの例で出てまいりましたように,ライアビリティー・ギャップが生じるケースというのは,ドイツで想定されているのとは逆パターンというか,下請運送人の責任の方が大きいケースまで出てくるということになるので,その場合の対処方法というのは,若干詰める必要があるのかなという気がします。また,デフォルト・ルールですと我が国の法令ということですので,例えばアメリカでの鉄道運送とかについて,日本の鉄道営業法が適用されるとかそういう話になってくると,それをうまく適用できるのかなと若干不安を感じないわけではないという点だけ申し上げておきたいと思います。 ○山下部会長 なるべく多くの委員,幹事の御意見を伺えればと思いますが,いかがでしょうか。 ○山口委員 運送人が荷送人の同意を得ることなく運送手段を変更した場合の取扱いについては,これは特に規定を置かずに債務不履行の考え方で対処していくという,そういう御趣旨でございましょうか。 ○松井(信)幹事 おっしゃるとおりでございます。 ○山下部会長 それで何か問題ありそうですか。 ○山口委員 これについては,確か航空運送のモントリオール条約に若干規定があるぐらいで,その規定が良いかどうかはコメントしづらい部分があるのですが,何も置かずに通常の契約でその債務不履行になるのかどうか。つまり到着しなかったときにそれの責任を負う形であれば,それほど問題はないかなと。つまり置く必要は特にないかなというふうには思っております。 ○野村(美)委員 確認なのですが,甲案が適用されるような場合というのは,複合運送契約の準拠法が日本法である場合だけではなく,複合運送契約に関連して不法行為とか,その他の行為が行われた場合であって,その不法行為等の準拠法が日本法である場合にも,甲案のような規律というのは適用されるのではないかと思うのです。   それが一点目で,二点目は,では日本法が準拠法になったから甲案だといって,国際私法を今度全く見ないでいいかというと,当該複合運送ではなくて,当該区間の運送契約について,適用されることとなるのが日本法かどうかというのは,そこは考えなければいけないのではないかというのが二点目です。その辺はどうなのでしょうか。 ○松井(信)幹事 この甲案というのは,複合運送契約の準拠法自体がまず日本法になるという,それが大前提の議論でございます。その上で,陸上運送の規律,海上運送の規律,航空運送の規律,どれによって考えるのでしょうかというふうな組立てとなっております。今,御指摘のあった契約違反というのを不法行為として捉えて,不法行為請求をする場合の準拠法というものももう一つあろうかと思います。それについては17ページの(2)で若干書いたわけですが,法の適用に関する通則法20条によりますと,最密接関連地法というような文脈の中で,不法行為法の準拠法も契約に関するものの準拠法と同一ということで,適用し得る場合があると規定がありますので,この場合には日本法に基づき不法行為請求もすることができると考えております。この辺り,特に専門家でいらっしゃる野村(美)委員の方でまた御意見があれば伺いたいと思っております。 ○野村(美)委員 二点目はいかがでしょうか。一点目はそのとおりだと思います。 ○松井(信)幹事 すみません。二点目の方,もう一度おっしゃっていただいてよろしいでしょうか。 ○野村(美)委員 日本法が準拠法になってよかったと,安心していますと,甲案の規律でしたら,当該区間の運送契約について「適用されることとなる我が国の」とありますので,果たして我が国の法令が適用されることになるのかどうかという判断は,やはり国際私法でやらないといけないのではないかということなのです。 ○松井(信)幹事 事務当局といたしましては,日本法が準拠法になり甲案が複合運送契約について妥当するとなった場合には,それによって適用される法令が一義的に明らかになるように,あえて「我が国の」というふうに書いているつもりでございます。ですので,日本法が準拠法になる限りは,その複合運送契約の当事者である荷主と複合運送人の間では,基本的には日本法に基づくという意思が看取されますので,我が国の法令を適用するということをデフォルト・ルールとして商法で書いてはどうかというふうに考えているところでございます。 ○山下部会長 いかがでしょうか。 ○野村(美)委員 すみません。しつこいようですが,複合運送人と荷主との間の意思が別の複合運送とは違う中の一定の区間についても日本法による意思だという,そういう御説明ですか。 ○松井(信)幹事 複合運送契約について日本法にするという意思がある場合には,多くの場合は日本の法律に基づいて賠償ルールを決めようという意思が推測されるということで,デフォルト・ルールとしてはこのような規定を作ってはどうかと。万が一,別のルールにのっとって損害賠償を考えたいという当事者の方がいれば,その点については別の約定をされればよろしいのではないかという整理でございます。 ○野村(美)委員 しつこいようですが,多分,ここでも仮定的な契約ですよね,引き受けたとしたならばという。ですから,複合運送契約という大きいのがあって,その中の一部の区間の契約というのは別に考えていると思うので,たとえ当事者の意思がその区間についても日本法によるという意思であっても,その意思が尊重されるのは,例えば通則法の7条によって,当事者がその区間についても決めているのだということが認められた場合にしかできないのではないかと思うので,理屈を言えば,その区間についてもやはり当事者の意思というのは国際私法,例えば通則法7条によって正当化されるのかなと思うのですけれども。 ○松井(信)幹事 理屈だけをいいますと,仮定的契約というものは,飽くまでも頭の中で仮定しているというだけのものでございますので,法の適用に関する通則法の直接適用があるわけではないと考えております。ですので,立法政策として,ここは「我が国の」とするか,それとも国際私法を挟んで考えるかということは,論理的には両方あり得ることだと思います。ですので,野村(美)委員がおっしゃるように,この我が国の法令という部分に国際私法を絡める考え方もあり得なくはないのですが,甲案のメリットというのは,分かりやすさを追求しているところにございますので,それを強調すれば複合運送契約についての準拠法を日本法にしている当事者の通常の意思を考慮すると,我が国の法令というふうにデフォルト・ルールを決めたほうが分かりやすいのではないかと考えた次第です。 ○増田幹事 私が申し上げようとしたことは,大体,松井(信)幹事の御説明の中に表れているとおりでございますけれども,複合運送契約については,一つの契約,複合運送契約という一つの契約として見るか,あるいはばらばらの個別の運送契約,運送手段ごとの区間ごとの契約と見るかという立場の違いが一応ありまして,どちらかというと野村(美)委員のおっしゃっている考え方は,複合運送契約をばらばらの契約に分解して捉える考え方なのかなというふうな印象を受けました。ただ,事務当局が御提案されている案というのは,一つの契約として見ることを基本的なスタンスとして置いているということだろうと思いますし,それがまた国際的な潮流にも合っているところなのではないかと思います。ただ,確かにどちらにしても,準拠法がどの国の法になっているのかというのは意思解釈の問題ですから,別にこの規定があることによって,分割指定をするといいますか,区間ごとに準拠法を指定するというようなタイプの合意が妨げられるものでは必ずしもないということと理解しております。 ○菅原委員 今の御議論とは直接関連しませんけれども,先ほど山口委員からモントリオール条約の御紹介がございましたので,一応その点についてだけコメントさせていただきます。  恐らく山口委員が御指摘されたのは,貨物の損害を規律した条約18条4項の文言ではないかと思いますが,改めて日本文で読ませていただきますと,「荷送人の同意を得ることなく,当事者間の約定の上では航空運送によることを意図していた運送の全部又は一部を他の形態の輸送手段による運送に替えた場合には,当該他の形態の輸送手段による運送の期間も,航空運送中とみなす」という規定でございます。  したがいまして,この適用が複合運送の中にそのまま取り込まれますと,各当事者にとってメリットとデメリットがそれぞれあろうかと思います。荷主の立場であれば,厳格責任というメリットを得る代わりに,責任限定額のデメリットを受けなければなりません。  そういったことから考えますと,債務不履行一般の規律で処理をするというのも,一つの考え方ではないかと思う次第です。 ○山下部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○山口委員 準拠法との兼ね合いから申しますと,複合輸送船荷証券によりますと,これは一つの契約として我々捉えておりまして,その全体の契約としてJIFFA約款でありますと,全体が日本法の適用,準拠法だということになりますので,たとえ外国での陸上運送部分が含まれていても,そこの準拠法としては日本法が適用されるという考えであります。ただ,その約款の構成として,その国で強制的に適用される法律があるのであれば,その法律によるというのが,JIFFAの法律構成でございますので,基本的な考え方は甲案にのっとっておって,それが一つの契約で全てが日本法の対象となっておる。しかしながら,その外国の運送部分については,仮に強制法があれば,それを適用しようということを合意で定めているという形を採っておりますので,野村(美)委員がおっしゃったような,もう一度国際私法を通すという考え方,私は採らずに,全体が一つの準拠法であって,それが一回もう既に国際私法を通っておるのであるから,たとえ履行地が外国であったとしても,やはり日本法の対象になるのではないかと考えております。 ○山下部会長 基本的な考え方は今,山口委員がまとめられ,あるいは松井(信)幹事が御説明になったようなところで,大体御賛同いただけるのでしょうか。野村(美)委員の御意見は,ちょっと違うかもしれません。 ○野村(美)委員 いえ,私は甲案で,きちっと約款ができている案であれば,甲案でいいと考えるのですが,この表現の仕方によっては,やはり仮定的といってもそこに適用される法というふうに解釈してしまうと,国際私法がまだ残っているのではないかと思われないかなという疑問を少しお話ししただけでございます。大丈夫です。 ○山下部会長 先ほど来,山口委員の方から,増田幹事も甲案で基本的にはよろしいという御意見かと思いますが,乙案を積極的にサポートされる方はいらっしゃいませんでしょうか。  それから17ページの4の点もこの(注)で書かれているような方向でまとめるということで,特に御異論はないというふうに理解してよろしいでしょうか。 ○遠藤委員 すみません。推定規定について発言よろしいでしょうか。  推定規定は設けないということで整理をされているのですが,果たしてこれでいいのか疑問を持っております。と申しますのも,部会資料の4でしたか,外国法制では結構,推定規定を設けていて,ただその際に御議論がありましたように,理論的に完璧なものはなくて,一長一短があるということでしたが,その中ではオランダのように賠償額の最も高い額とする国もございます。一方,もし推定規定を設けないとなれば,運送人さんが定める約款に従うことになるかと思います。そうなりますと,貨物が到着した際に損傷等があった場合に,推定規定による事故発生地が運送人に有利だとしたら,事故が発生した場所の特定,原因究明等がおろそかになる懸念があるのではないか。これに関する情報について不利な立場にある荷主には反証は困難だと思います。 ○松井(信)幹事 このような推定規定を設けない場合には,運送契約についての総則的な規定というものが適用になることになりますので,法規範としては明確であると思っております。そして,更に今,おっしゃったように当事者間で約款があれば,そちらが優先して適用されるということになろうと思います。これとは別に,事故の原因究明については,これは商法の世界を離れて当然在るべき問題であろうと,今おっしゃったような御懸念は商法の規律とはまた別にもっともな点があろうかと考えているところでございます。 ○山下部会長 いかがでしょうか。 ○山口委員 遠藤委員がおっしゃった点も分からないわけではありません。ただ,韓国商法にあるような最も長い区間に適用されるべき法というアイデアは,少なくとも今の現状に合っていないだろうと思っております。それから一方に被害者救済の面から,最も被害者側に有利な法制を,被害者といいますか荷主に有利な法制を使うというのもないではないアイデアなのですが,これは非常に難しくて,例えば,責任限度額は高いかもしれないけれども,比較的責任制限を打ち破りやすいかどうか,あるいは出訴期限が1年なのか2年なのか等々の問題があって,一概にどれが有利だというのは決めかねる部分が多いものですから,そういう規定だと,法の安定性をやはり害するのではないかという懸念がございまして,やはりどちらかというと,これというものがない以上は約款に任せて,そのほかは総則規定に従うという,今,松井(信)幹事の考え方が割合理解しやすいかなと私は思っております。 ○山下部会長 この点,ほかの委員,幹事の皆さんいかがでしょうか。第一読会での議論も,総則規定を置く以上はそちらが基本になるのだろうという考え方が有力だったようには思いますけれども,そういう方向でよろしいでしょうか。ほかにこの複合運送の関係で,何か更に御意見はございますでしょうか。特にないようでしたら,今日のところの意見の大体の状況は把握できたということで,次のまたラウンドに向けて,事務当局の方で準備いただこうかと思います。  それでは先へ進みまして,「第11 運送取扱契約」についての御審議をお願いします。  まず,事務当局より説明をお願いします。 ○山下関係官 それでは,「第11 運送取扱契約」について御説明いたします。  第5回会議では,利用運送事業者が荷主から運送賃を受領しながら,事後的に自らは運送取扱人であったと主張して,運送人としての責任を免れようとする場合があり,このような主張を許すべきではないから,運送取扱契約で確定運送賃の額を定めた場合には,介入権の行使があったものとみなす旨の規律を設けるべきであるという御意見がございました。  この点につきまして,そもそも利用運送事業者が荷主との間で運送契約を締結した場合に,運送人が自らは運送取扱人であったと主張することが許されないということは当然でございますが,他方で,利用運送事業者が荷主との間で運送取扱契約を締結し,その契約で運送賃の額を定めたときにつきましては,運送取扱人は原則として別に報酬を請求することはできませんが,特約をすることはできるものとされておりまして,学説においては,このような特約がない場合について,特別の事情がない限り,運送取扱人が介入権を行使した一つの場合として,運送取扱人が運送人と同一の権利義務を有するものと解する見解があるものと承知しております。  もっとも,このような見解も,運送取扱契約で運送賃の額を定めたという一事をもって介入権行使の一場合と見るのではなく,運送賃と別に報酬を支払う旨の明示又は黙示の合意の有無などを踏まえて,運送取扱人が自ら運送をするものと言えるかどうかを総合的に判断するものと考えられますので,本文のような規律を画一的に適用することは相当ではないものと考えられるかと存じます。  また,大前提の話としては,運送契約と運送取扱契約の区別に際しては,運送賃ないし報酬の定め方だけではなく,反対給付の内容等も重要な要素としてその区別がされるべきであるものと考えられます。  以上の点について御審議いただきたく存じます。 ○山下部会長 それでは,ただいま説明のありました部分につきまして,御意見を頂ければと思います。この点は,こういう介入権の行使があったとみなす旨の規律を設けることは,やはり難しいところがあるのではないかということなのですが,何か御意見はございますでしょうか。 ○山口委員 このことは当初,私が申し上げた件なのですけれども,やはり確定運賃額以外に報酬契約があるという,この記載自体がほとんど考えられなくて,確定運賃額を定めているのであれば,それ以外に報酬額を定めることはありませんで,もしそれであれば,確定運賃プラス自らの報酬ですので,それは運送取扱契約として当然だろうと思います。問題なのは運賃をこれだけですよという見積もりを出して,荷主が運送契約であると考え,あるいはそう誤解しても仕方がないような状況で運送賃を払ったところ,最終的に自分たちは運送取扱人だという,そういう主張を許すべきでないというふうに思っているから,これを申し上げた次第であります。  一方において,有力説としてこういう確定運賃を定めた場合については,そもそも介入権があったものとみなすのだという解釈論として商法学者の方々が主張されており,それはかなり有力説でもあるし,ただ,かなり古い学説でございますので,現在,有力説かどうか分かりませんが,そういう考え方が従来からも存在しておるわけでありますから,それを法制化してはどうかなというのが私の考えであり,ここで書いてあるようないろいろ諸々の問題があって,それが明らかに運送契約でなく,運送取扱契約であるとみなされるものであれば,それは介入権を行使したことにならないわけですから,単純にこれであっても,これを置いたとしても,それほど不都合な問題は生じないのではないかと思います。 ○山下部会長 ほかの委員,幹事の皆様はいかがでしょうか。特に山口委員の御意見をサポートされるというような御意見はございますか。特にございませんか。 ○野村(修)委員 特にサポートする意見ではございませんが,今の議論の中で,山口委員のおっしゃっておられることは,実態論としても,価値判断としてもよく理解できるところでありますけれども,法律の規定として考えてみますに,基本的には契約の解釈なのかなという感じがします。確定運賃が定められている場合について,諸般の事情を総合的に勘案し,それを運送契約と解釈していくという余地がある以上は,その個々の事例ごとに契約の解釈によって決めていけばいいことなのかなと思います。もしこのような規律をしますと,まず最初に運送取扱契約であるというふうに性質決定されているにもかかわらず,運送賃のみによってその介入権行使の効果が発生するという,そういう規範を作ることになりますが,果たしてそれが妥当なのかどうかということについては,他の要素も考慮しなければいけないと思います。もちろん,この種の規定を作ることが不可能だと言っているわけではありませんが,私としては,山口委員の価値判断は十分尊重すべきところだとしても,このような規定は不要なのではないかなと思います。 ○増田幹事 確定運送賃の額を定めた場合に,介入権の行使があったとするといいますか,運送人の権利義務を運送取扱人が取得するというような法制自体は,よく知られていることかとは思いますが,ドイツの法制にもありますので,それほど法律としておかしなものであるという認識は,私自身は持っていないところでございます。恐らくドイツ法の考え方としては,運送取扱契約ではあるのだけれども,確定運賃の合意をしたということによって,運送人の権利義務を取得するということで,運送取扱契約上の義務も残りつつ,運送人の義務が発生する,権利義務を有することになるという整理なのだろうと思います。それほどおかしな考え方ではないのかなとは思います。 ○松井(信)幹事 今,増田幹事がおっしゃったように,本文で書いたような規律というものは,我が国の学説でも言われておりますし,ドイツ法にこのような規定がございます。しかし,ドイツでは判例で,運送賃と別に報酬を支払う旨の合意,これがある場合は除かれるという,当然のことが示されているところでありまして,その運送賃と別に報酬を支払う旨の合意というのが,明示でも黙示でもあり得るということを考えると,やはり諸般の事情を様々考慮しなければ,介入権の行使があったと認められるか,認められないかが一義的に決まりにくいという性質はあろうかと思います。   部会資料にも書きましたが,565条2項というのは,貨物引換証の作成という非常に分かりやすい徴表で介入権の行使を擬制しているわけですが,先ほど申し上げたような様々な事情を考慮してみなすということは,法律上規定するのが非常に困難であり,むしろ裁判実務の中で果たされるべき役割ではないかと考えております。 ○山下部会長 いかがでしょうか。ほかにこの点ございませんか。もしないようでしたら,また今日の御意見を踏まえて,次の段階に向けて検討いただければと思います。  それでは,部会資料8は以上といたしまして,次に部会資料9に移りまして「第1 実行運送人の責任」についての御審議をお願いいたします。  まず事務当局より説明をお願いします。 ○髙橋関係官 それでは,「第1 実行運送人の責任」について御説明いたします。  近時の国際条約や外国法においては,運送人から運送業務の下請けを受けた実行運送人に対し,荷送人が直接契約上の責任を追及することができるような規律が設けられる例が少なくありませんで,前々回の会議におきましても,このような規律を設けることの当否について,この部会でも検討する必要があるとの御指摘がございました。  このような実行運送人の責任に関する規律の例としましては,航空運送に関するグァダラハラ条約が最初の事例ではないかと思われますが,我が国においては,実行運送人に対しても比較的柔軟に不法行為に基づく損害賠償を直接請求することが可能ですので,実行運送人の責任に関する特別の規律を設けるとしても,過失の立証責任が転換されるという程度にとどまるということもできます。  また,実行運送人の立場から見ましても,運送契約上の責任の減免を主張することができるかどうかについては,実務上はヒマラヤ条項によって対処されているのが通常ですので,このような実行運送人の責任に関する規律をあえて設ける必要があるのかどうか御審議いただきたいと思います。  この点につきまして,本日御欠席の藤田幹事から発言メモが届いておりますので,やや長くなりますが,ここで読み上げさせていただきます。  実行運送人の責任の論点について検討しておく必要があるのではないかと申し上げましたところ,早速丁寧に検討いただきありがとうございます。  その際にも申し上げたことですが,私は別に実行運送人に責任を課すような法制を導入すべきだという強い意見を持っているわけではありません。問題提起をしたのは,1970年代以降の運送法関連の国際条約ではほぼ例外なく規定されており,諸外国でも同様の法制を持つものが少なからずある制度ですので,これについて,法制審でもそれに先立って行われた運送法制研究会でも一度も検討したことがないというのでは,立法に対する検討が余りにも不十分であるように見えるのではないかと思われるからです。  仮に,実行運送人の責任を導入しないとしても,なぜそれが現在の日本法にとって適切ではないのか。あるいは積極的に不適切とまでいえないにせよ,さして必要ではないと考えられるのかという点について,明示的に判断をすべきだと思います。  以下では,そのような観点から,審議会における議論のために必要と思われる視点を若干述べさせていただきたいと思います。なお,以下では,荷送人の契約相手方である運送人を契約運送人,契約運送人との間で再運送契約を締結し下請運送を引き受けた者を実行運送人と呼ぶこととします。  実行運送人の責任を設けることには,実は二つの異なった側面があります。一つは実行運送人保護の観点であり,もう一つは荷主の利益の保護の観点です。以下,両者についてお話しした上で,最後に,仮に実行運送人の責任を設けることとした場合の責任の内容について申し上げたいと思います。  実行運送人の保護という側面というのは,荷主側――荷送人,荷受人等,運送人に責任追及する立場の者を荷主側と呼びますが――との関係で実行運送人が契約運送人と同じ内容の責任を負う,そして,それ以上の責任は負うことはないとして,責任の内容を限定してしまうことです。もし荷主が実行運送人に対して追及することのできる責任の内容が契約運送人のそれよりも重いとすれば,荷主側が実行運送人を直接訴えるインセンティブがあります。本来の契約責任以上の内容の責任を荷主が追及できることが不適切だと考える政策判断が,先に述べた条約等の規律の背景にある考慮の一つです。  このような政策的考慮が日本の国内法の立法に際してどのくらい当てはまるかということについては,様々な点から検討する必要があります。  まず,そもそも下請運送を引き受けた実行運送人が契約運送人よりも重い責任を負うということが妥当ではないという判断は,どこから出てくるのか。国際的に運送人の責任を統一しようとする国際条約の場合には,契約運送人の責任だけ規定し,国内法に基づき実行運送人に対して重い責任を追及することができる可能性を放置すると,荷主がそのような責任を追及しがちになり,運送をめぐる法律関係の統一という観点からは不十分に思えるというのは分かります。  しかし,日本の国内法だけを考えた場合に,契約運送人の運送契約上の責任と実行運送人の不法行為法上の責任との齟齬があること,各々異なった要件の下,異なった効果が発生することが,それ自体として当然に問題視されるべきかどうかは,一つの問題ではあります。実際,契約上,責任を引き受けた者がその義務の履行を第三者に委託した場合には,常に同じ問題があるはずですが,それが常に問題視されているわけではありません。  第二に,国際条約では,物品運送についてはいずれも責任制限が設けられており,それが実行運送人の責任について責任追及をする誘因になる可能性があることが,実行運送人の責任を条約で規定している主たる要因ではないか。これに対して現在検討されている改正法では,責任制限を導入するかどうかは未定で,どちらかというと否定的な意見が強いため,実行運送人と契約運送人の責任内容の齟齬が生じる大きな要因はないのではないかという疑問があるかもしれません。ただ,この点は,余り決定的ではありません。責任の消滅期間等では契約運送人には独自の保護がありますし,運送契約で独自の責任制限を導入する可能性があるからです。なお,契約上の免責特約と実行運送人の責任の内容との関係は後述します。  最後に,実行運送人の保護が法律上どの程度必要かということは,荷主側による実行運送人の責任追及の可能性がどのくらいあるかにも依存します。これは,荷主保護という観点からの検討のところで触れたいと思います。また,実行運送人の責任という制度を導入しない場合も,いわゆるヒマラヤ条項を運送契約に入れることで,ある程度対処が可能かもしれません。そうだとすれば,実行運送人の保護という観点からは,あえて実行運送人の責任に関する制度を設ける必要はそれほど高くないのかもしれません。  次に,荷主保護という観点から見た場合の評価について触れたいと思います。  実行運送人の責任制度が設けられた場合,荷主側が責任追及をする際に当該実行運送人が担当した区間中に運送品の滅失,毀損,延着などが生じたことを主張立証すれば,運送人は,抗弁として帰責事由がないことを主張立証できない限り責任を負うということになります。これが,現行法の下で荷主側が不法行為に基づいて責任追及する場合と比べ,どの程度有利になる,つまり荷主の利益の保護が強化されることになるのかは,はっきりしないところがあります。確かに,過失の立証責任が転換されていることは確かですが,自己の担当した区間中に運送品の滅失,毀損,延着などが生じたことが証明された場合,不法行為で事実上何らかの過失が推定されるとすれば,実際には余り大きな差がないことになります。この辺りの証明責任の所在がどの程度重要かは,意見が分かれるかもしれません。  比較法的に見ると,日本の不法行為制度は,荷主側が実行運送人の責任を追及することが容易にできる内容となっているのではないかという印象を持っています。不法行為法の専門家ではないので余り自信を持って言うことはできないのですが,契約の債務不履行によって契約外の第三者が何らかの不利益を被った場合,日本法では債務者,行為者の過失さえ立証すれば比較的たやすく不法行為責任が認められる印象があります。運送でいえば,物品に対する運送契約上課せられている注意義務を怠ったことが,ほぼそのまま不法行為との関係でも過失とされてしまい,これさえ荷主側が立証できれば実行運送人の責任追及が可能となるのではないかとすら思われます。  恐らく,諸外国ではここまで容易に不法行為責任を認めないのではないかと思います。権利侵害の要件を厳格に解釈したり,被害者との関係での義務違反を厳格に解釈したりするなど,手法は様々ですが,債務不履行をしたというだけで第三者からそうそう簡単に不法行為責任を追及されることはないのではないかと思います。そのような法制の下では,荷送人が実行運送人の不法行為責任を追及するためのハードルは高いことになりますので,実行運送人の責任に関する規律を導入し,契約運送人と同様の責任を課すことは,荷主保護という観点からも重要な意味があることになります。国際条約でもそういう可能性を前提に,実行運送人の責任を規定しているのかもしれません。  これに対して,仮に日本法の下では,荷主側が実行運送人の不法行為責任を追及することのハードルが比較的低いとすれば,実行運送人の責任を規定することに,さして荷主側の利益保護につながらない,むしろ運送契約上の抗弁をそのまま対抗できるようになるという限りで,不利益になるだけという評価になるでしょう。この辺りは,不法行為の専門家,実際に荷主側で実行運送人の責任追及をする立場の実務家の方の意見を伺いたいところです。そして,その感触によっては,荷主保護という観点から実行運送人の責任に関する規律を導入することは,現在の日本の不法行為法の内容に照らす限りは必要ないという判断につながります。  最後に,仮に実行運送人の責任に関する規律を導入するとした場合の内容について,付言しておきたいと思います。  まず,現在のところ,荷受人が契約運送人に対して不法行為責任を追及する場合においても,運送契約の容認等がない限り,運送契約に係る法律上,契約上の抗弁は対抗されるわけではないという方向で検討されています。この場合は,実行運送人からも法律上,契約上の抗弁を対抗されるわけではないのは当然です。  次に,実行運送人は契約運送人と「同じ内容の責任」を負うという場合,契約運送人が法律上当然に主張することのできる抗弁――除斥期間ですとか高価品免責等――は当然主張することができるのですけれども,運送契約上の特約についてはどのように扱われるのか。ロッテルダム・ルールズでは明文の規定を設けており,19条2項において,契約運送人が運送契約によって本来の法律上の責任以上の責任を引き受けた場合には,実行運送人はこれに拘束されないとされていることの反対解釈として,運送契約上,運送人に有利な特約――ロッテルダム・ルールズは強行法規ですが,80条により数量契約については例外が認められており,そのような特約をする可能性があります――をした場合には,実行運送人の責任は特約に従うことになります。運送契約による特約の扱いとしては,これが合理的なのではないかと思います。 ○山下部会長 それではただいま説明のありました部分について,また御自由に御意見を伺いたいと思います。 ○雨宮幹事 日弁連の事前の検討会において,この点について議論がされました。多くの方が実行運送人の規定を設けることに強く反対されていませんでしたが,積極的に実行運送人の規定を設けるべきというような意見も出されませんでした。   その中で議論されていたのは,今,藤田幹事もおっしゃられていましたが,新たに規定を設ける必要性があるかどうかというところです。海上運送の場合には,ヒマラヤ条項等で実務上対応されていることが多いですが,物品運送に関する総則に規定されるとすると,陸上運送にも適用されることになり,陸上運送契約においては,ヒマラヤ条項のような規定が挿入されていない場合も見受けられるので,そのような場合には,実行運送人が契約運送人と同様な立場に立てることになります。端的に言えば,責任制限や責任の有無に関しても契約運送人と同じようになり,例えば,実行運送人も高価品免責の特則の利益を享受できることになります。そのような点から必要性がないわけではないとの意見がありました。また,不法行為について,藤田幹事が詳細に分析されていましたが,理論的には故意過失の立証責任が転換されるので,荷主側にとっても利益がないわけではないというような意見もありました。契約運送人と実行運送人との責任については同じように考えるべきではないかということが根底にあると思われますが,日弁連の検討では,そのような必要性の点と,一定程度荷主の保護にも資するということから,強い反対意見は出ていませんでした。 ○山下部会長 ありがとうございます。 ○菅原委員 資料にも御紹介がありましたように,国際航空運送に関しましてはグァダラハラ条約に由来するモントリオール条約の39条,40条のような規律がございますが,現在の国内運送約款においては,貨物,旅客ともに,こうした規定は存在しておりません。  しかし,国内の旅客運送について申し上げますと,国際線と同様に,コードシェアによる運送というのは,相当に普及をしておりまして,その観点からいたしますと,現行法の見直し,すなわち実行運送人が契約運送人の有する抗弁を援用することを検討する余地はあろうかと思います。この場合には,その均衡からいたしまして,実行運送人が過失推定責任を負うべきものと考えます。  また,どのくらい実例があるか分かりませんけれども,契約運送人と実行運送人とで陸上・海上といった運送手段が異なる場合を考えますと,こうした規律の統一というのも一つの論点にはなろうかと思います。ただし,航空運送事業においては,旅客の場合と比較して,貨物輸送に関するコードシェアの実例が多くはございません。したがいまして,他の運送手段,あるいは複合運送の実務の視点から,こうした規律の要否を御検討,御議論されてはどうかと思う次第です。 ○山下部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○松井(秀)幹事 この点につきまして,ドイツのコンメンタールを簡単に見てきましたので,そこでの議論を紹介したいと存じます。ドイツは,実行運送人の責任に関する規定を持っているものの,よく使われている,あるいはメリットが大きいということは書いておりませんで,実際上これが機能しているわけではないようです。ただ,契約運送人が倒産しているような場合については,実行運送人に責任追及できるということは意味があるだろうとの説明がされておりました。  先ほど藤田幹事のペーパーにもございましたとおり,ドイツの場合は不法行為責任の認められる場合がそもそも非常に制限されていますので,このような規定があって,契約運送人が倒産したような場合に実行運送人にかかっていけるというのは,理論的には確かに意味があるのだろうと思います。そのような前提で,ではドイツはどういう制度になっているかというと,契約運送人の債務を実行運送人も引き受けるという形にして,責任の中身は揃えるという形にしているようです。  翻って日本の場合はどうかと申しますと,やはり不法行為責任がドイツなどに比して非常に容易に追及できる点,つまり先ほどの藤田幹事のペーパーにあった点がポイントだろうと思います。ドイツで考えられているのと同じような状況,例えば契約運送人が仮に倒産したような場合,実行運送人にもはやかかっていけないかというと,日本の場合,不法行為請求の要件が緩いわけです。そうなりますと,あとは契約運送人と実行運送人とで責任の内容を揃えるか,揃えないかという点が問題として残るということになるかと思います。 ○山下部会長 ありがとうございます。ほかにはよろしいでしょうか。 ○山口委員 海上輸送の場合はヒマラヤ条項がございますので,実行運送人も不法行為請求をされたとしても,ヒマラヤ条項によって保護される人たちは同じ抗弁を有することになろうかと思いますので,この規定を置くのと置かないのと,それほどは変わらないような気もするわけなのですが,この規定を置くことによって,実行運送人はやはりモントリオール条約あるいはロッテルダム条約に規定されるような契約運送人と同様の責任を負う。すなわち過失立証についての立証責任が転換される。立証責任が転換されるということとセットで,この契約運送人と同等の責任制限等々の利益を受けると,こういうことをお考えなのですよね,というのが質問なのです。それとも単純に不法行為で請求されたものについて,責任制限だけかけるということをお考えなのでしょうか。そこもまだ全然議論としては,これからオープンということでしょうか。 ○松井(信)幹事 全くオープンな問題ではございますが,参考になるのはやはり条約の規定でございますので,過失推定とヒマラヤ条項的なもの,それがセットになるのが一般的な在り方ではないかと考えています。 ○山口委員 もしそれが総則規定として仮に存在するとして,そういう形になるとして,国際海上運送について,すなわち国際海上物品運送法にそれは適用される,そこまで適用するというお考えなのか,あるいは国際条約の部分は国際条約として放っておくといいますか,その条約に任せるというお考えなのでしょうか。というのは,現在はヘーグ・ヴィスビー・ルールですから,単純に実行運送人に対しては不法行為であり,しかしながら,実行運送人側からいうと条約上の利益だけを受けるという法制になっているわけなのですけれども,この総則規定が仮に置かれるとすると,そこは少し変わってくるということになるのでしょうか。 ○松井(信)幹事 新しいこの御提案とヘーグ・ヴィスビー・ルールとの関係は,非常に注意深く見ていく必要があろうと思います。ですので,簡単にこのルールが導入できるかというと,なかなか難しい面があると思いますし,部会資料にも書きましたが,下請というものは,一般に世の中たくさんあるものでございますので,運送に限ってなぜこのような議論が出てくるのか,そのほかの民法の理論との関係も非常に難しい問題があるのではないかと事務当局としては考えております。 ○山口委員 もう一つ問題点を申し上げますと,ロッテルダム・ルールの場合,この海事履行者,maritime performing partyというのはかなり広い定義になっておりまして,単なる実行運送人ではなくて,間に入っておる運送を引き受けた者全体が含まれますので,例えば契約運送人から更に契約運送人がいて,なおかつ更に孫請運送人等々が契約のチェーンでつながっているような場合,全員が海事履行者になると考えられていると私は思っているのですけれども,そうなると,単に不法行為だけの問題ではなくて,要するに,契約を引き受けた以上は,直接,荷送人から請けなくても,その契約を請けた者自体は実際に運送を行わなくても,すなわち更に下請に出したとしてもmaritime performing partyとして責任を負う。だから,実際の運送人という表現よりは広い内容になっておるわけなのです。こういう条文を置くときに,その実行運送人,すなわち実際に実行した者だけなのか。あるいは間に入っている契約を引き受けた者も含めるのか。そういうところもやはり考慮すべきポイントとなろうかと思います。 ○山下部会長 ほか,よろしいでしょうか。  では,積極的にこういう規定を設けたらどうかという御意見は,今日のところではないように思いましたが,大体そのようなところで,次回に向けて検討いただいてよろしいでしょうか。  それでは,この点は以上のようにいたしまして,次に「第2 船舶の衝突」について御審議いただきます。事務当局から説明をお願いします。 ○山下関係官 それでは「第2 船舶の衝突」について御説明いたします。  まず,本文1の積荷等の財産上の損害の賠償責任の取扱いにつきましては,第5回会議において,衝突条約の考え方に対し,被害者保護の観点から,積荷等の財産上の損害についても,民法第719条により,不真正連帯債務の関係に立つとすべきではないかという御意見がありました。  そこで,積荷等の被害者において,積載船舶の船主に対する関係では航海過失免責等の規律が及ぶ場合があることを前提としつつ,衝突の相手船の船主に対する関係で,損害全額の賠償請求をすることができるとすべきか,又は当該船主の負担部分に応じた額の賠償請求しかすることができないとすべきか,また,後者とすべき場合には,本文1のように規律を明確化すべきか否かについて,再度御意見を頂戴したく存じます。  次に,本文2の消滅時効につきまして,第5回会議では,人身損害に基づく債権の消滅時効に関して,民法改正要綱仮案では,人身損害に係る不法行為による損害賠償請求権に係る消滅時効期間について,被害者等が損害及び加害者を知った時から3年間とする現行法の規律を5年間に伸長することとされていることに照らし,特に人身損害の被害者の保護を重視して,民法と同様の規律に委ねるべきである旨の御意見が多く出されました。  そこで,船舶の衝突を原因とする不法行為責任の消滅時効については,財産上の損害に関してのみ本文2の規律を設けることとし,人身損害に関しては,衝突条約と同様の規律ではなく,民法の規律に委ねることとすることについて,御審議いただきたく存じます。 ○山下部会長 それではただいま説明のありました部分について,また御自由に御発言いただきたいと思います。  2のほうについては前回,人身損害については適用すべきでないという有力な御意見が多数ございましたので,そういうものを反映しているかと思います。  1のほうはいろいろな意見があったところですが,ここはいかがでしょうか。 ○山口委員 船舶衝突についてなのですけれども,ここは自船に対する貨物側の請求権について,衝突に関し航海上の過失が免責になるかどうかというものと,かなり強くリンクしている問題だと思っております。  ですから,国際海上物品運送法上は,自船に対する,つまり衝突事故ですから,その船舶の取扱いに関する過失ということで,自船に対する請求はできませんので,相手船に対する請求しか生じない。その場合に相手船の過失割合でしか請求できないというのは,非常に理解しやすいことでございますが,日本法上は,少なくとも内航船においては,航海上の過失について免責の法律上の規定がございません。確かに契約上存在する場合もないではないわけなのですが,それにもかかわらず,相手船に対し過失割合しか請求できないというふうに規定を置くのは,どうも少なくとも国内の海上運送からすると,理論的に成り立たないのではないかというふうに思っておりまして,そういう意味ではこの規定は置くべきではないというふうに,私は考えております。 ○山下部会長 ほかの委員,幹事の皆さんは,いかがでしょうか。 ○鈴木委員 商法改正の目的の一つに国際化という観点があったと思うのですが,この衝突に関して,是非衝突条約の制度と同じようにしていただくのがよろしいのかなと考えております。すなわち,分割責任ということで,それぞれの過失割合に応じて損害賠償責任を負うという形が好ましいのではないかなと考えております。 ○山下部会長 両論,今,ございましたが,まだ意見が分かれておるというところでよろしいでしょうか。ほかにこの点に関する御意見,できれば伺えたらと思いますが。今日のところは両方を支持する旨の御意見があったというところで,次のラウンドに向けて検討するということでよろしいでしょうか。 ○山口委員 もう1点だけ。衝突の場合の船主間の過失割合の認定というのは,載っている貨物側からすると全く分からない状況になりますので,双方が自分に有利だと,おおむねの場合主張するわけで,そうなってくると,その分割債務にしますと,要するに貨物側にその負担が来るということが起こり得ると思っております。  確かに過失さえはっきり分かれば,こちら側が5でこっちが5というふうに請求ができて,それについて全く貨物側としても,相手方の会社の財政状況が良いとすれば,何の問題もないわけなのですが,実務問題としては,正にその過失割合が議論になっており,それが,お互いが自分に有利だと主張するのが通常であって,お互いが7対3で相手方が7であると主張するとすれば,貨物側に払うのは3ずつ。つまり6割しか払われないというようなことが現実問題として生じるし,しかも貨物にとってはその衝突の事故原因あるいはその過失割合というのは,全く分からない状況でございます。ですから,単純に分割債務とすることについては,やはり抵抗があるなと思っております。 ○遠藤委員 この点に関しては,1点,航海上の過失免責を前提として議論するというところにちょっと違和感があります。 ○山下部会長 先ほどの山口委員と同じような御意見ですね。ほかは,よろしいでしょうか。 ○道垣内委員 私の理解が不足しているのだと思うのですけれども,これは不法行為責任を追及する場合の話なのですか。仮にその船舶所有者というものが運送人たる地位を併有しているという事情の場合,債務不履行責任を追及していけば,全額取れるということになるのですか。 ○松井(信)幹事 運送契約に基づく債務不履行の請求に対しては,通常,航海上の過失免責というものがございまして,航海に当たってのミスであれば,免責されてしまうということになりますので,債務不履行責任を請求しても棄却になると思います。 ○山下部会長 日本法で航海過失免責を今度置かないことにすれば,そこは話は違ってくるということですか。 ○松井(信)幹事 現行法ですと,国際海上物品運送法には航海過失免責のルールがございますが,商法にはその規定がございませんので,その点が先ほど山口委員がおっしゃったように,国内では事情が違うのではないかということであろうと思います。 ○山下部会長 これは衝突の規定だから,これはもう内航であろうが外航であろうが,この規定は適用があると,そういう前提ですよね。 ○松井(信)幹事 おっしゃるとおりです。 ○山下部会長 だから,国内法で航海過失免責を置くかどうかということだけで決めていい問題でもないかなという気はしているのです。よろしいですか。 ○箱井幹事 学説の状況だけ簡単にお話ししておきますと,条約に倣って,いわゆる分割債務だという学説もかつてなかったわけではないというふうに記憶していますけれども,通説といいますか,一般的には我が国の場合には特別規定がございませんので,これは双方過失の場合には,第三者に対しては連帯債務を負うのだという点では一致していると思います。我々がやってきた解釈努力というのは,先ほど来お話が出ておりますが,免責特約がある場合,それから法律による航海過失免責について,そもそもいわゆる運送船主としては,自船の積荷に対する損害賠償は免れているにもかかわらず,相手船に全額請求されることによって,結局は求償に応じなければならないとすると何のためにそういった規定なり約定なりが置かれているのか分からず,いわば空文化する事態になります。そこのところの問題意識で解釈努力をしてきた。恐らく条約も,私の記憶では分割債務にした理由はそういったところだと思います。今,前提としては,連帯債務とみて,求償関係で問題になる場合だけ何とかしたいということで考えているとするならば理解できるのですが,恐らく学説でも全体的に分割債務にすべきというような立法論は,余りないだろうと思います。 ○山下部会長 ほか,よろしいですか。ではまたこの点も,今日いただいた御意見を踏まえて,次の段階へ向けて準備いただければと思います。  では,続きまして「第3 海難救助」について御審議をお願いします。まず事務当局より説明をお願いします。 ○山下関係官 それでは「第3 海難救助」について御説明いたします。  まず,本文1の救助料の額の上限につきまして,商法第803条第2項では,特約がないときは,救助された財産の価額から先順位の先取特権者の債権額を控除した額を上限とすることが定められていますが,第5回会議では,救助条約,各種救助契約書式やイギリスの実務等においても,先順位の先取特権者の債権額を控除することはない,などの御意見がございました。  そこで,救助者の保護や任意救助の促進等の観点から,第803条第2項を削除することが考えられますが,この削除等について御意見を頂きたく存じます。  次に,本文2の救助料の分配につきまして,第5回会議及び日本海法会の意見書において,船長に対し,固定的に救助料の6分の1を分配するのは合理的ではなく,船長及び海員に対し,合わせて救助料の3分の1を分配する旨を規定することが相当である旨の御意見が出されましたことを踏まえまして,本文2のとおり,船長と海員との各分配割合を特に定めないで,救助料の3分の1を船長及び海員に支払うこととし,併せて船員に支払うべき金額の分配は船舶所有者が行うこととすることが考えられます。  以上の点につき併せて御審議いただきたく存じます。 ○山下部会長 それではただいま説明のありました部分について,御自由に御発言をお願いいたします。 ○鈴木委員 この海難救助の規定なのですけれども,任意救助を前提にされているということなので,前回もお話ししましたように,めったに任意救助が行われないということがまずございます。この救助に関する規定自体が必要だとしても,分配の方でこの細々した規定が必要なのかなというのは疑問を持っております。  海難救助する場合に,もちろん船と積荷と財産を守ったということはあるので,その分を救助者の方に報酬として渡すという趣旨はよく分かるのですが,実際に救助する方もその財産がどれだけあるかとか,そんなこと計算もできませんし,まして救助料が幾らになるかというのが決まるのが相当難しいのではないかという気がしております。  ですから,特に分配につきましては,法定する必要もないのではないかなと考えております。 ○山下部会長 そういう御意見を今いただきましたが,いかがでしょうか。適用される例は実際ほとんどないという御意見でしたが。 ○田中幹事 船員の立場では,繰り返しになりますが,救助料をあらかじめ想定して救助するということは通例あり得ないわけですし,また実際に,それを船長あるいは海員に,現代においてそれを分配しているという実態も聞いたこともありませんので,実態につき再度御披露しておきます。ただ,これを規律として維持する必要があるのかないのかというのは,法律的な見地からの意見としてはよく分からないという実情ですので,実態論として繰り返しになりますけれども,御報告をしておきます。 ○山下部会長 この点,御意見いかがでしょうか。 ○道垣内委員 例がほとんどないというのを一生懸命議論するのもどうかと思いますけれども,救助料の算定基準が801条にありまして,労力とか費用とかその他一切の事情を考慮するわけですね。そして,例えば費用が掛かった,燃料代が掛かったとか,あるいはそこにある物品を用いて,その物品が毀損したとかという場合,それによって別に船長も海員も財産上の損害を受けるわけではありませんね。しかるに,現実に算定される救助料において,そういった費用部分がかなりの部分を占めたというときも,船長と海員で3分の1がもらえるのでしょうか。労力に対して支払われるというのは,それはよく分かるのですけれども,現実に船舶所有者に掛かった費用を含めて救助料を算定し,船舶所有者が損失を受けているにもかかわらず,3分の1を海員ないし船長が取れますという立法の趣旨が分からないのですが。 ○松井(信)幹事 道垣内委員のおっしゃるように,様々な救助の事例によっては,不都合な割合になることもあるかもしれません。そのような場合には,部会資料の8ページの本文(2)のところで記載したとおり,分配割合が著しく不相当な場合には増減請求できるという形で配慮するという形にしたいと思っております。  他方,先ほど鈴木委員がおっしゃったとおり,世の中はほとんどがもう契約救助でございまして,その観点から今回の改正においては任意救助しか書いていない商法の規律について,むしろ契約救助を中心に規定していこうと,そういう趣旨でございます。  その中で,任意救助についての規定を削るかどうかという点なのですが,任意救助の規定は,救助を促進するために報酬請求権を与えていると一般に言われているところでございまして,それを削るというのは,救助を促進するという今までの説明から見てどのように見えるのか,これが悩ましいところでございます。世界的な動向としては,まだ契約救助,任意救助,両方が条約上も残っているところですので,その点に御配慮いただければと思っております。 ○山下部会長 ほかによろしいでしょうか。 ○山口委員 救助料の上限についてなのですけれども,これより先順位の先取特権者の債権額を控除した額というふうにする,超えることはできない旨の規律を削除するということですけれども,この救助料は,現行法上は5番目になっておるのですけれども,今度この順序も考えようということになっておるかと思うのですが,それとの兼ね合いで上に来そうなものというのは,船員さんの給料とかぐらいになるのですか。それともほかに何か出てくることになるのでしょうか。 ○松井(信)幹事 今までの議論で出ておりますのは,今日もまたございますけれども,人損に関する損害賠償請求権,これは比較的上位なものにしようというお話がございました。雇用関係の先取特権については,まだその対象範囲をどうするかという議論が中心であり,順位については特段の議論がないというふうに承知しております。 ○山下部会長 その辺りも併せて考慮しないといけないだろうと,山口委員の意見はそういう話でしょうか。 ○山口委員 人損の部分,それを控除した額を超えることはできない旨の規律を削除するということは,結局は人損の部分よりも,救助料については,金額としては大きくなる。先取特権の順位は後ですが,金額としてはその分を除かないものを前提に考えるという,こういうことになりますか。ですから,そうしたとしても人損部分が先取特権としては優先しますから,人損部分が害されることがないという理解でよろしいのでしょうか。 ○松井(信)幹事 おっしゃるとおりです。 ○遠藤委員 救助料の分配のところで,読ませていただいて一点気になったところがございます。本文2の(4)で,船員に支払うべき金額の分配は,船舶所有者が行うということになっていますが,近時,船社倒産というのもまれではなくなっている事情もありますので,そのときに果たして問題がないのか,気になったところです。 ○松井(信)幹事 (4)で,船舶所有者が分配を行うと書いてありますが,船員に支払うべき金額を船舶所有者が先に全て一旦取って,それから分配するということではなくて,請求権自体は船舶所有者と船員がそれぞれ有しているという整理です。そして,船員の中の船長と海員のそれぞれの割合というのを,その両者の利害関係人でない船舶所有者が定める。船長と海員の請求権というのは,それぞれが被救助船に対して行使することができると,そういうことでございますので,船舶所有者の倒産リスクは,法制度上は直接は絡まないという形になっております。 ○山下部会長 ほかによろしいでしょうか。 ○道垣内委員 これは資料の書き方であり,資料の文言は条文そのものではないので,細かな話をするのは大変恐縮であり,かつ,前回も申し上げたところではあるのですけれども,そもそも「支払わなければならない」という本文(1)の主体が何かというのが分かりにくく,先ほど松井(信)幹事がおっしゃったように,救助料を支払う人がそういうふうに分けて支払わなければならないということを意味しているのだというのならばそれはそれで良いのですが,しかし,そうしますと(2)については,支払前に増減を請求するのか,支払った後もできるのかが疑問になってきます。  結局,前回から申し上げましたように,これは分配の話ではないのだろうと思うのです。それぞれが持つ債権額の話ですので,本文2はどのようなかたちで働くのかというのを書かなければいけないと思いますし,先ほど(4)について出た疑問点は,極めてもっともで,では船舶所有者が分配を行うというけれども,船舶所有者が全額を受け取った後に分配を行うのではなく,船舶所有者が各船員の分配の割合を決定するというだけならば,それだけであって,それは分配とは通常言わないと思うのです。本条をなくしてしまうと何となく救助を促進しない雰囲気が漂うので,残すのは残すということで良いのですけれども,文言上はいろいろ整理すべき点があるのではないかと思います。 ○山下部会長 よろしいですか。では,1,2とも今日いただいた御意見を基になお検討していただこうかと思います。  予定より10分早いですが,ここで休憩を取りたいと思います。15分間休憩して3時25分から再開することにします。           (休     憩) ○山下部会長 それでは,再開することにいたしまして,続いて「第4 貨物保険契約の保険者の免責事由」について御審議いただきます。まず事務当局より説明をお願いします。 ○宇野関係官 それでは,「第4 貨物保険契約の保険者の免責事由」について御説明いたします。  第5回会議では,貨物保険契約の保険者の免責事由の一つとして,商法に「運送の遅延」を規定すべきであるとの意見があり,諸外国にもこのような法制が見られるところです。もっとも,実務上,運送の遅延によって生じた損害であれば全て免責されるのではなく,運送の遅延と因果関係のある損害のうち,遅延,すなわち時間の経過が強い原因となって生じた損害に限って免責の主張がされているようであります。そこで,このような事情等を踏まえて,遅延免責の規律を設けることの当否,また,これを設ける場合に適切な限定をすることができるかについて,御審議いただきたいと思います。 ○山下部会長 それでは,ただいま説明のありました部分につきまして,御発言をお願いいたします。 ○石井委員 貨物の海上保険では,航海保険かつ包括責任主義の引受けが一般的で,特徴的な点であります。したがって,航海が遅延した場合でも,保険者の責任は継続するので,遅延損害が典型的な免責損害として考えられています。資料にもありますように各国の立法例でもこれを規定しているので,今回,遅延免責を規律に含めるということについては賛成です。  規律の文言についてですけれども,内航貨物海上保険普通保険約款では,この点について,「運送の遅延」によって生じた損害を免責とする旨を定めています。  一方,商法829条1項では,性質損害も法定免責とされていますが,これについても,「因リテ生シタル損害」を免責というような表現になっておりますので,遅延損害についても,この文言をあえて変える必要は必ずしもないのではないかと思いますし,実務上も支障がないと考えています。 ○山下部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○道垣内委員 法定免責事由というものの論理的な位置付けは何なのでしょうか。つまり,想定されている保険ですが,何が保険金給付の対象となる事由なのかということについて,さほど詳しい規定がないままに,「貨物保険契約です」というふうにいっている保険であり,そのときの事故範囲についての解釈準則なのでしょうか。例えば,ある保険会社が,遅延についても保険金を払いますとした保険約款を作って,その保険につき契約を締結したら,遅延は保険の対象となるわけでしょう。 ○松井(信)幹事 解釈準則というよりも,何ら約款上に免責事由の定めがないときに働くデフォルト・ルールである。ただ,この商法829条の規定と別のルールを約款で定めれば,そちらが優先するという整理だろうと思っています。  ですので,改正の方針としては,一般的に妥当するであろう典型的なものをこの829条に補っていくなり,修正していくということを考えております。 ○野村(美)委員 1点だけ素人なので教えていただきたいのですが,諸外国の規定を見たら,全部運送の遅延によって生じた損害については免責されるということはよく分かったのですが,そもそも,どうしてこれが免責されることになっているのかという理由を教えていただけますか。 ○山下部会長 石井委員に伺った方が良いでしょうか。 ○石井委員 先ほども申し上げましたように,貨物保険の特徴の一つとして,保険期間の定め方については,航海保険という引受けが一般的です。要するに,ある地点からある地点までの航海を担保します。そうすると,当然,そこで気象状況等々により航海の遅延が生ずることがありますが,その間保険者の責任はそのままずっと継続します。  もう一つの特徴としては,一般的にはオールリスクスと呼ばれていますけれども,包括責任主義を採っていて,輸送中の全危険を担保する点にあります。  そこで問題になってくるのは,航海が非常に長引いて,全ての危険を担保するとなると,その航海中に性質損害,貨物が長期間輸送されていたために何か傷んでしまうというような損害が出てきます。それから,航海が遅れたこと自体によっても損害が出てきます。  航海が遅れたことによって,貨物が予定どおり到着しなかったために,代替品を手当てしなければいけないとか,余分な費用が生じてしまうことが想定され,これらは常に発生する可能性があります。  そういう意味で,貨物保険の中の特徴的な免責条項として,ここの各国の立法例にあるように,固有の性質と共に遅延損害が入っているわけです。  この貨物の運送の遅延による損害は,現行商法では法定免責には入っていないので,今回これを入れていただいた方が,日本の海上保険法の規定として,各国と同じように非常に分かりやすくなるのではないかと思い希望しているところです。 ○道垣内委員 日本の商法における貨物保険は各国と同様な合理性を持っているのだと海外にも分かってもらうというのは,大変大切なことだろうと思いますので,それはよく分かります。しかし,先ほどからの問題意識の継続なのですが,石井委員の御説明では,オールリスクと書いてあっても,それは全てのリスクを意味せず,商法829条が優先するということですね。となりますと,829条所定の損害について保険を掛けようとすると,個別具体的に,これもこの保険においては対象としていますというふうに書かなければならないという意味を829条は持っているということになりますか。そうなると,私の言葉遣いないしは感覚からすると,かなり特殊な解釈準則を定めているという気がするのです。なぜなら,全ての損害と書いても,全ての損害ではないという解釈になるわけですから。  ですから,最初からこれはどのような位置付けの条文なのですかというのが気になっているわけなのですが,その辺りのことを明確にしないままに,法定免責事由というふうな言い方をしていて良いのかというのが,どうもよく分からないところであって,気にはなるということです。 ○松井(信)幹事 今,オールリスクスというのがございましたが,商法815条1項で,「海上保険契約ハ航海ニ関スル事故ニ因リテ生スルコトアルヘキ損害ノ塡補ヲ以テ其目的トス」と書いてあり,同法816条で更にそれを具体化して,「航海ニ関スル事故ニ因リテ生シタル一切ノ損害」と書いてありますが,正にここがオールリスクスという部分に当たるということでございます。  それに対して,免責事由としては,829条で,今議論になっている部分が列挙されておりますけれども,例えば,829条3号の荷主の悪意重過失というもの,これが免責になるというのは非常に理解しやすいところだろうと思うのですが,運送の遅延というものが,塡補範囲を狭めるものなのか,それとも免責事由を定めるものなのかという,その性質付けのところもなかなか悩ましいということを前回の部会資料で書かせていただいたところではございます。  また,事務当局として非常に悩んでおるのが,先ほど航海保険で遅延があったときには,遅れた期間につき基本的には塡補範囲が広がるのだけれども,一定の場合には免責されるのだということですが,そこの線引きが,どこまで責任を負ってどこから先の責任を負わないという線引きが法律でしっかり書けるのか,そこに悩んでいるというところでして,大ざっぱに遅延によって生じた損害とだけ書くのでは,そこの境目がうまく表現できていないのではないかという点でございました。 ○山下部会長 石井委員,どうでしょうか。 ○石井委員 今の点は,英法では近因主義,日本法では相当因果関係説で,そこで差があるのではないかというのが,一つ御質問の趣旨だろうと思いますけれども,外航の貨物海上保険は御存じのように英法準拠ですから,近因主義によっていることは間違いありません。日本法での保険の塡補責任については,通説では相当因果関係説によるとなっていますが,相当因果関係説といっても,必ずしもいろいろな説があって確定しているものではなくて,個々の事案に応じて考えるべきであり,場合によっては,近因主義と相当因果関係説というのは,相対立する概念ではなく,日本法でも近因主義に応じたような解釈もできるのではないかというような考えもございます。  その辺の学問的なところは非常に難しい話で,私としてはそれ以上は申し上げられないのですが,では実務上,その免責規定をどういうふうに運用しているかということになると,まず事実の認定,因果関係の問題がありますし,保険者として免責を主張する場合に,どの程度の立証責任を負うのか,これも重要な問題になります。  それから,契約当事者である被保険者の方に予測可能性がどの程度あるのか,どの程度理解をしてもらえるのかが大きな問題になると思います。ここで事例に挙げられているように,航海が遅れたために台風が来てしまった,そこで台風に遭って損害が生じたときに,これは遅延免責だというふうにいえるのかどうか。これは,先ほどの近因主義と相当因果関係説との話だけでは必ずしもなく,むしろ今言ったような実務上のバックグランドがあって,ここで解決していくべき問題なので,そこを規律の文言にまで持って行って,はっきりと規定するというのは非常に難しいところもありますし,性質損害についても,遅延損害と並んでMIA等々でも各国でも法定免責とされていますけれども,これについては日本の商法829条でも先ほど私が申し上げたように,「因リテ生シタル損害」というような表現を使っているものですから,遅延損害だけ特にその表現を変えるという必要が果たしてあるのかなと思っているところです。 ○山下部会長 事務当局が考えているのは,性質損害は,法定しても,そこは解釈の余地はもちろんあるわけだけれども,解釈論で当局が考えているのはこうだということは恐らく説明が付くのだろうけれども,遅延損害と書いてしまうと,非常に茫漠とした損害というのが広がり得るので,そこは法律の規定としてどこまでカバーされるのかをきちんと説明をしなくてはいけないのですが,そこが非常に難しい。実務で,事件が生じたら解釈で,場合によっては裁判で決まるのですよというのでは,なかなか説明しにくいということで,悩まれているのだろうと思うのです。ほかにこの点いかがでしょうか。 ○山口委員 ここの事務局側の例です。遅延が生じたことによって,本来遭うべきでない台風に遭って,貨物が損傷を受けたというような場合ですが,これは石井委員の御意見では遅延損害で免責になるというお考えですか。 ○石井委員 いや,実務上,免責の主張は難しいと思っております。 ○山口委員 そうですよね。実際に,これは松井(信)幹事が考えられているような疑問,問題は生じなくて,むしろこれは予定されている海上運航による危険による損害ですから,たとえ遅延中に生じたものであっても,当然遅延損害に当たらないという考え方を我々採っておりまして,遅延損害というのは,むしろ貨物の損傷とかがない単純な遅延によって生じた損害,これは免責だというふうに我々は考えておるわけなのですけれども,先ほど石井委員の御説明があったように,遅延が生じたことによって,例えば航空運賃が発生しただとか,そういうものについて免責だと,こういうことですよね。ですから,それを免責にしたいというふうに考えているということだと思うのです。 ○松井(信)幹事 例えば,遅延によって,賞味期限が切れたとか,そのような貨物の損傷のことは一切念頭に置いていないという,そういうふうな御理解ですか。 ○石井委員 賞味期限が切れたというのは遅延による損害だと思います。遅延により賞味期限が切れたもので,貨物自体に損傷は生じていないと考えます。 ○石原委員 実務の段階で,私やはりこれを経験しているのですが,最近は,生産ラインを止めてしまうという事件が起きるのです。特に自動車メーカーのラインを止めますと,非常に莫大な損害が掛かってきますので,それに対する損害賠償を求められてくる。  それがために,場合によっては航空輸送しなければいけないとか,代替品を輸送しなければいけないとか,そういった費用を持てと。実際には,今,石井委員おっしゃいましたように,免責ということになっていますので,私が逆に求められたのは,業務委託契約の中で,逆にこれをうたい込まれました。要するに責任を取れというのが実務の中では行われてきているということは,実際にあります。 ○山下部会長 その業務委託契約というのは,どういうものになるのでしょう。 ○石原委員 これは,荷主と物流業者との間で,物流業務ほかを委託するときにこういった内容で業務委託をしますと。こういった業務を請け負う旨の契約書ですけれども,それに対して御迷惑をお掛けした場合には,やはりこういった形での損害賠償に応じますという中で具体的に列挙されていると,こういうことでございます。 ○山口委員 それは運送契約上,一定の期限を守るか守らないかという運送契約上の問題で,それによってペナルティーが発生するというのは,最近,物流業界にメーカー側が課す義務を極めて過大にしているために生じていることなのですが,保険は飽くまでその海上輸送中のリスクを負担するものであって,海上運送の中で起きる危険によって貨物が損傷又は滅失した場合に査定するもので,単に遅延をして,そのままの物が到着しておれば,基本的には貨物に損傷がない限りは,保険の対象でないという,そういうイメージが,遅延損害を免責だというふうにしようという,正にその保険の性質の問題ではないかなと思っておるのです。  それが免責なのか,あるいはそもそも持っていないものなのか。どちらに落とすべきものなのかははっきりしないのですが,保険会社側,あるいは一般的な保険の理念としては,運送中に生じる貨物に対する物理的な損傷をイメージして,それを塡補する保険というふうに考えているわけだろうと思うのです。それが一般の海上保険です。  むしろ,別途それにいろいろな特約をつけて,それを負担するという保険は考え出すことは可能だろうと思うし,そういう契約もすることは可能とは思いますけれども,それがない限り,一般論としての貨物海上保険というのは,そういう物理的な損傷にならないものは持っていないと,それが遅延によって何か損害が生じたとしても,一般のオールリスクの保険では持たないということを述べたいというところだろうと思うのです。 ○山下部会長 遅延による損害というのはどういうところまで含むのかと,もうちょっと詰めていただいてなお考えると,そういうことで今日のところはよろしいでしょうか。それでは,そういう御意見を参考にして,なお検討していただくことにします。  それでは,次へ進みまして「第5 船舶先取特権及び船舶抵当権」のうちの「1 船舶先取特権を生ずる債権の範囲及びその順位」のうちの「(1)商法第842条第6号及び第8号の関係」の部分について御審議をお願いします。まず事務当局から説明をお願いします。 ○宇野関係官 それでは,「第5 船舶先取特権及び船舶抵当権」「1 船舶先取特権を生ずる債権の範囲及びその順位」「(1)商法842条第6号及び第8号関係」について御説明いたします。  まず,「ア」につきましては,第6回会議の御意見を踏まえますと,同条第6号の船舶先取特権は,船舶抵当権に劣後する船舶先取特権として存置することが考えられますところ,その当否を問うものでございます。また,航海継続費用につき,その債権者を保護する観点から船舶先取特権を存置する場合には,その効力が定期傭船に係る船舶の所有者に及ぶこともやむを得ないと考えられますところ,この点についても併せて御審議いただければと思います。  次に,「イ」につきましては,同条第8号の船舶先取特権は,船舶の発航により消滅するため,そもそも債権保全の実効性に乏しいこと等を考えますと,航海途中での燃料油等の供給確保や燃料油供給業者等の保護という目的については,同条第6号の規律に委ねることとしつつ,同条第8号は削除することが考えられますところ,その当否を問うものでございます。  以上の点につきまして,御審議いただきたいと思います。 ○山下部会長 この点に関係しまして,事務当局より燃料油供給業者の意見集約につきまして,経済産業省に依頼しておりましたところ,本日の参考資料23として,全石連の意見書が提出されております。経済産業省の野村関係官におかれましては,概要の説明をお願いできますでしょうか。 ○野村関係官 経済産業省でございます。ありがとうございます。  このたび法務省様のほうからお声掛けを頂きましたので,船舶先取特権の扱いにつきまして,資源エネルギー庁を経由いたしまして,燃料供給の事業団体のほうに実務上の影響の有無というところにつきまして,照会いたしましたところでございます。  その結果,現段階で全国石油商業組合連合会というところ,全石連でございます,こちらの方からお手元の部会参考資料23にございます意見書が参りましたので,配布をさせていただきましたところでございます。  全石連におきましては,会員企業に対して更に調査を継続しているところでございます。ただ,現段階で入ってきたところでございますと,この船舶先取特権に基づきまして,債権回収をしている事例もあるということでございます。したがいまして,船舶先取特権の扱いにつきましては,燃料供給事業者を含めた取引に関係する事業者への影響を幅広く見極めていただきまして,慎重に御検討を進めていただければということを考えているところでございます。  具体的には,この部会資料23の意見というところでございますけれども,全石連の意見書におきましては,まず,商法第842条第6号に規定する船舶先取特権が削除されたり,あるいは維持されたとしても船舶抵当権より劣後することとなった場合には,中小企業が多数を占めるこの燃料供給事業者の企業経営に重大な影響を与えかねないというところが危惧されているところでございます。  また,船舶先取特権が削除されまして,若しくは維持されても船舶抵当権より劣後する場合となった場合でございますが,燃料供給事業者と取引関係にある中小の船舶事業者あるいは漁業関係者の方にも影響が及ぶことも考えられますため,この燃料供給全体のサプライチェーンというところにおける関係者への影響を見極めつつ,慎重に御検討いただくことが大事ではないかと考えております。同様に,この商法第842条第8号の扱いにつきましても,慎重に御検討をお進めいただければというところでございます。  私どもとしては,資源エネルギー庁経由でこのような御意見を今,燃料供給事業者の方からいただいているところでございますので,こういった状況を踏まえながら,御議論を進めていただければと考えているところでございます。 ○山下部会長 ありがとうございます。それでは,この(1)の商法第842条第6号と8号の関係につきまして,御自由に御発言いただければと思います。 ○入来院委員 ただいま経済産業省さんの方から御説明がありまして,国内の業者さんを対象にされてこういう御意見だったというのはよく分かったのですけれども,一応外航の方からも何度も申し上げているのですけれども,もう一度,一言だけ申し上げたいのですけれども,我々が過去,それほど例は多くないとはいえ,日本でも数例ですけれども,例えば定期傭船で走った後に,終了後にアレストされて不都合があったということで御説明したのですが,それは,本来は先取特権というものは,船主会社に対する権利だと思っていますので,おかしいなということで申し上げたのですけれども,今回の資料の中で,定期傭船であるといっても,燃料については先取特権を認めるべきであるということを既にもう書いてありますので,恐らくこれは,正に今御説明あったような日本の業者さんを保護されるという御判断があったのだと思うのですが,我々外航の方からいいますと,実際に燃料油をサプライする場所はほとんど日本ではありませんで,大体便利でコストの安いシンガポールだったり,ロッテルダムだったり,ロサンゼルスだったり,外国でやっておりますので,例えば定期傭船に出して,あるいはその再傭船の再々傭船先が何かあって,燃料業者が困ってアレストするときに日本を選ぶということで,それで日本の船主が外国の業者のために不都合を生じることがあるということですので,恐らくその辺の利害関係が多少違ってくるのかなと思いますので,その辺の御説明だけしておきたいと思います。 ○松井委員 今,入来院委員から外航のお話がありました。内航も,やはりこの意見書とはやや反対の考え方になりますけれども,燃料についての先取特権が重すぎるというケースがあるので,一言お話をさせていただきたいと思います。  この御意見書にもありますけれども,私も経験した中では,やはりフェリーのケースで非常に大きな金額になっているものがございます。フェリーも,船の船価が10億,20億台のものというのもあるわけですけれども,それに対して,ここにも書かれていますけれども,月7000万円の油代がかさんでいる,数億の油代になっているものというのは往々にして見かけますし,金額によっては10億近いものになっているものもあるかと思います。  そういたしますと,多分,金融機関の抵当権に対しても相当多くの影響を及ぼすものになると思いますし,そもそもこの航海継続の必要性というところで,前回もお話ししましたけれども,この規定そのものをなくすべきだというふうに考えているわけではないのですけれども,やはり範囲が広すぎるのではないかと考えます。  外航であれば,いろいろな港に入っているので,必ずしもおつき合いのないところの油業者から油を入れるという意味で,その際に,よく分からない相手方,要するにその船の船主なのだかどうなのだかよく分からない人に対して油を入れるときに,その船舶先取特権が一定の信用の役割を果たすということは分かるのですけれども,内航の場合は,知らないガソリンスタンドで油を入れるようなことはなく,必ず決まったところで入れますので,そういった意味で,こちらの意見書に書かれていらっしゃるように,船舶先取特権の1年分の余裕があるところまでが,何か金融上のユーザンスのような扱いになっているのだとすると,必ずしも正しくないのかなと思います。もうちょっと油について研究しなければいけないとは思うのですけれども,そういった意味で,特定のつながりがない港においても油を入れてもらうということが,この規定の趣旨にかなうのだとすると,現在のここで書かれている,もちろん零細企業の保護というのは必要だと思いますけれども,範囲の問題としてはもうちょっと考えなければいけないのかなというふうに,個人的な意見ですけれども思っております。 ○山下部会長 ほかにいかがでしょうか。 ○水口幹事 事前に全銀協でアンケートをとりまして,それを紹介したいと思います。  大きく分けて二つあります。基本的には,船舶抵当権で考察するべきだという発想なのですが,抵当権者の差押えとか競売手続前に所有者の裁量で発生し得る,あるいは金額が変動し得る費目においては,物品を搭載する,あるいは費用の対価としてのサービスを提供する船舶に対し,船舶先取特権としての存置すべきものも,諸外国と同様,船舶抵当権より劣後されるべきだと。  ただ,一方でこういう意見もありました。最後の停泊地にたどり着くための費用は,広義に出港のために必要とされる費用といえなくもないので,船舶抵当権者に優先する取扱いとされるのも必ずしも不当ではない。ただし,最高裁昭和59年3月27日判決において指摘されているとおり,実務上,優先的な弁済が行われることに鑑み,あえて船舶抵当権の対象とする意義は乏しいと考えられる。また,仮に船舶先取特権の対象として残す場合でも,発生時期による限定など,一定の縛りを設けることも検討されるという意見がございました。 ○山下部会長 ほかにございましょうか。よろしいですか。  ここは,意見がまだ余り集約できない状況かと思いますが,今日のところはこの程度として,意見書では8号も残すべきという御意見だと思いますが,8号については,皆様方の御意見はいかがでしょうか。6号と別に置いておく必要があるかどうかという,そういう問題提起もあるのですが。入来院委員,この点はどうでしょうか。  この意見書と同様に8号もやはり必要性があるという御意見の方,いらっしゃいますでしょうか。特には御発言はないというところですか。 ○道垣内委員 よく分からないのですが,これは,民法上の売買の先取特権は排除されるという前提ですか。売買代金についてだけかもしれませんが。もし仮に排除されるのだとするならば,なぜ船舶だけはその売買の代金について先取特権がないのかというのは,どのように説明するのですか。 ○松井(信)幹事 民法上の動産売買先取特権と,商法上の船舶先取特権としての842条8号の先取特権,これは両方成立するというふうに考えても,例えば消滅の要件なども異なりますので,いいのではないかなとは思っていたところです。特に842条で一般の動産よりも保護している理由につきましては,現時点ではその理由自体がそもそも妥当するかどうかというのが事務当局としても分からないとは考えているところでございます。 ○道垣内委員 それはもちろんそれでよろしいのですけれども,未航海船舶の売買,製造,艤装,最後の航海のための艤装,食料,燃料というのを,六つ全部同じ理由で削除するのか,それとも例えば売買の場合については,民法にこれこれという規定があり,それがこういうふうな範囲で存在し得る,あるいはそれも排除される,排除されるのは,こういう理由だからだということで,それぞれ意味が違うと思うのです。全部一度に話をするのは難しいのではないかという気がします。 ○松井(信)幹事 部会資料11ページの3番のところでは,今,御指摘の六つの場合を①と②というふうに分けて,①の売買,製造,艤装についても,同時履行の関係なり留置権なりそれぞれの方策があるので,船舶先取特権を削除するとしても,相手方に過度に不利益にはならないのではないかという分析まで一応はしておるところでございます。 ○道垣内委員 実はそこが気になったのです。それは,不動産の売買でも動産の売買でもいえるはずなので,動産,不動産につき売買先取特権が存在しているということは,これだけでは駄目なのだという価値判断がそこにはあるわけですよね。しかるに,留置権,同時履行の抗弁権があるから良いではないかといったら,それでは動産売買先取特権も不動産売買先取特権もやめてしまいましょうという民法改正につながるわけで,改正して悪いと言っているわけではないですけれども,もし仮に民法がそのまま残るとするならば,これは理由としては適切ではないのではないかという気がします。 ○松井(信)幹事 ありがとうございます。民法において動産売買先取特権が認められる理由,これを調べまして,更にプラスアルファ,商法で必要なのかどうか,この辺りをもう少し考えてみたいと思います。 ○山下部会長 ほかにございませんでしょうか。ないようでしたら,この点は,今日,御意見をいただいたところで,なお引き続き検討していただければと思います。  では,もう一つ進みまして,「第842条第7号関係」についての御審議をお願いします。まず事務当局より説明をお願いします。 ○宇野関係官 それでは「(2)商法第842条第7号関係」について御説明いたします。  第6回会議では,同号の船舶先取特権について,結論の異なる2通の意見書が提出されたほか,部会の場におきましても,種々の観点から異なる結論につながり得る意見が述べられました。このような状況や,下級審の裁判例が分かれていること,政策判断の前提となる立法事実の変化を的確に把握するのが容易でないことなどを踏まえますと,現行法の規定振りを維持するという考え方があり得ます。  他方で,よく引用されます昭和52年の二つの控訴審判決も,船舶先取特権を有する船員に予備船員を含まないという判断の点では共通していることや,条約の規定内容等を踏まえますと,同号の範囲の明確化においては,「当該船舶への乗組みに関して生じたもの」などと,その範囲が限定されることを示す考え方もあり得ます。これらを踏まえますと,中間試案には,本文の【甲案】及び【乙案】という二つの案を掲げることが考えられますところ,この点につきまして御審議いただきたいと思います。 ○山下部会長 それでは,ただいま説明のありました部分について,御自由に御発言をお願いいたします。 ○松井委員 今,中間試案に甲案,乙案ということで併記するという御提案を頂いております。  乙案につきましては,13ページの2の(2)におきまして,この船員さん,船長の債権の範囲の明確化の試みということで,御説明いただいているところでございます。  この点,甲案については,前回田中幹事からの御意見書にあったものですので,ほかの意見も併記するということであれば,この意見を中間試案に入れることについて全く異論はございません。  他方,部会資料の13ページの2の(3)のところになりますけれども,「なお,部会資料6では」と「所定の債権の範囲について,「過去一定の時期[1年]以降に雇止めになった乗組みに限る」との考え方も掲げていたが,第6回会議では,これに沿う意見はなかった」というふうに書かれてございます。  この点,多分,私の意見書の書き方が悪かったのだと思いますけれども,私の意見書の趣旨といたしましては,雇入契約を基準に考えることによって,この雇用契約に基づく債権の範囲を明確化するということでございまして,ある意味では,乙案と軌を一にするものではあるのですけれども,その内容としては,特定の船舶に係る雇入契約に基づく債権のみを対象とすべきではないかということなので,雇入契約そのものというのは,過去一定の期間,私の場合は1年間ですけれども,その雇止めになった乗組みに限るという考え方を前提としているものですので,そういった意味では,昭和52年の福岡高裁と同じような考え方に立ち,その上で,退職金債権というのは,立法経緯とか,比較法的な見地から一切含むべきではないという趣旨で意見を述べさせていただいた次第でございます。  そういう意味では,甲案と乙案ということで,船舶の乗組みを限定要素として加えるかどうかというのは,多分一つの分かれ目になるのだと思います。乙案の中で,雇入契約というのを,一つの基準とするかどうかというのは,考え方の分かれ目になるかと。その雇入契約を基準にするとなった場合には,雇入れの期間である過去の一定期間,すなわち1年という期間以降に雇入れとなった乗組みに係る債権に限るのだろうという,そういうふうな考え方がなじむと思いますけれども,その中で退職金というものを含むか含まないかでまた考え方が分かれるのかなと思っております。  そういう意味では,本部会で出た意見ということであれば,田中幹事の御意見書にありました甲案というのがもちろんございます。それから,仮にこの部会での意見というので,私の意見を書いていただけるということであれば,私の意見は,雇入契約を基準に考えて過去の1年間というその福岡高裁と同じ考え方ですけれども,それ以降に雇止めとなった雇用に結び付く債権で退職金を含まないというのが私の意見でございます。  海法会の先生方からも,御意見書がこの点について出ていたと思いますけれども,そこも雇入契約を基準に考えて,93年条約を前提に雇入契約に基づく債権という書き方があったかと思いますので,その退職金については,御意見,またそこの部分は分かれるのだろうと思いますけれども,今回の中間試案ということで御検討いただけるのであれば,この債権について雇用契約に基づく債権というところで分かれるのか,それともその雇入契約ということで分かれるのかで,甲案,乙案が分かれるのではないかということで,御検討いただければと思っております。  余談ですけれども,部会資料に「賃金の後払い的性格を有する退職金債権」という記載がございますけれども,確かに,最高裁の昭和44年の判決等では給与の後払い的性格を有する退職金債権について,あのときには昔の先取特権,民法の先取特権ですけれども,最後の6か月の給与相当額を入れるという,そういう判例がございます。これも退職金の全額が給与的な性格があるので,給与と同じで含まれるというふうに言っていたのではなくて,判旨の中には,ほかの債権との均衡の配慮という言葉もあったように理解しております。  それから,昭和43年の最高裁の判例では,国家公務員の退職手当の受給権の譲受けの場合の直接受給の議論がありますけれども,その中の判旨には,国家公務員の退職金というものはその勤続を報償する趣旨で支給されるものであって,必ずしもその経済的性格が給与の後払いの趣旨のみを有するものではないと解されるという判示もございます。  したがいまして,その賃金の後払い的性格を有する退職金債権という点から,判例の射程距離を超えて,全ての場合について退職金と給与とを同等に扱うべきという結論も出ないと思いますし,まして,どの範囲で退職金債権のうち給与債権と同等に扱われるかというのも,その法令ごとに変わってくるのではないかと考えております。例としてはよくないかと思いますけれども,船舶賃貸借と労務供給契約の混合契約という,あのドグマのような,概念法学的な考え方で結論を出すというのが,本件にも当てはまるとすれば,大きな懸念があると考えております。 ○田中幹事 では,私のほうからも意見を申し上げます。  今の松井委員の御発言には大変異論があります。一言でいいますと,前回の議論からも完全に議論としては後退しているのではないかと思います。今のような話をされるのであれば,前回そういう話をすべきであっただろうと思いますし,言葉が適切かどうかは分かりませんが,この期に及んで同じ主張をここで何度も繰り返すということは,前回も避けたいということも申しましたし,松井委員も同じようにおっしゃっているわけで,今お聞きしていますと,また議論が戻っているというか,雇入契約の話が1年間に限ることを前提に話をしていたというようなこともおっしゃいましたけれども,そういうふうには私は聞いて取れなかったわけですし,どうもこの段階に来て御主張が少し変わってきているのかなと,今の説明を聞いて思います。  立場が違う,あるいは考え方が違っても,この部会に臨むに当たって,たとえ利益代表者であっても,公平性,公共性なり,そういったことを念頭に置きながら,いろいろな視点から意見を出していくということを,この部会で確認をして,私もそのようにしてきたつもりですし,今,事務局からこれまでの議論を踏まえて,甲案,乙案ということが出されているわけで,私の意見としては,繰り返しませんけれども,甲案なわけですけれども,乙案のような考え方があるということも承知はしているわけですけれども,今の説明だと,その乙案にもいろいろあって,こういうふうに限定されているとか,過去の判例でこうだった,ああだったとか,そういうことを持ち出していくと,議論としては何も前には進んでいかないと,こう思っています。  ですから,今の意見には,議論を前に進めるという視点からすれば,大変違和感があると思います。その上で,雇入契約が1年というようなことが前提だという話もありましたけれども,そういう話をされるのであれば,果たしてそれがそうなのか,どうなのか。雇入れの話も,その雇入れの仕方というのはいろいろあるわけで,一括公認の仕組みとかいろいろな仕組みがあるわけですから,そういうことからしていくと,松井委員の今おっしゃった話が必ずしもそのとおりかというと,私はかなり違和感を持ってお聞きしているということを申し上げておきます。  その上で,私としては,現行の規定をそのような理由で変える必要はないと,こう考えておりますので,よろしくお願いしたいと思います。 ○松井(信)幹事 事務当局のほうでまとめたペーパーにつきまして,前回までの議論,十分それを酌み取れていなかった部分があるとしましたら,おわび申し上げたいと思います。  今,お話のあった中で,13ページの(3)で1年前以降に雇止めとなった乗組みに限るという案,これについては,事務当局としてはその1年というところの理由をどのようにつけるのかが,なかなか説明が難しいと思っております。  この点,船舶先取特権の除斥期間が発生後1年であるからということもいわれますが,その点と被担保債権の範囲とは直接の関連はないだろうというのは,前回の議論でもあったところではないかと思っております。  また,もう1点,退職金債権につきましては,やはり我が国の法制を見ますと,賃金の後払い的性質という部分を比較的強調して,これを保護する傾向があろうかと思っております。例えば,民事執行法の差押禁止債権の規律である152条なども,そのような発想ではないかと考えておるところでございます。  船舶先取特権として一定の債権を保護するという観点に立つときに,どのような範囲が適切なのか,皆様の御意見を伺いたいと思いますし,中間試案に余り多くの案を掲げるというのもいかがなものかということもございまして,可能であれば二つぐらいの案を提示した上で,そのほかの御意見については中間試案とともに事務当局において公表する補足説明の中で,記載させていただくというやり方もあろうかと考えているところでございます。  また,先ほど松井委員がおっしゃった御意見について,日弁連の中の御意見,いろいろもし分かれた点などがあれば御披露いただければと思いますが。 ○松井委員 この点につきましては,日弁連の中で特に意見が分かれたという記憶はないのですけれども,雨宮先生,何かありますか。 ○雨宮幹事 日弁連の検討については,私の方から御説明したいと思います。  日弁連の事前の検討では,この雇用契約によって生じる債権の船舶先取特権に関する甲案,乙案については,乙案に賛成する方が大多数だったと思います。  この当該船舶の乗船と全く関係なく生じた債権についてまで当該船舶を担保として先取特権の対象とするのは,余りにも広すぎるというか,合理性を欠くのではないかという意見が多かったです。ただし,乙案の中で,更に松井委員が言われたような意見にまで,日弁連としての意見がまとまっているわけではなくて,甲案,乙案のどちらかといったら,乙案に賛成する方が多かったということです。 ○山下部会長 ほかにこの点につきまして,御意見はいかがでしょうか。 ○川﨑幹事 裁判実務の観点からは,甲案と乙案のいずれについても現行法より規律として明確になるという観点から申し上げますと,これを二つとも中間試案に掛けるということについては,特段意見はないところです。ただ,乙案について,現行法でも問題となる観点で大変恐縮なのですけれども,少し質問させていただきたいと思います。  先ほど松井委員からも御指摘がありましたけれども,退職金債権というのは,必ずしも賃金の後払い的性格のみならず,功労報償的性格,場合によっては生活保障的性格を含むというふうに解されているところと理解しておりますけれども,仮に,功労報償的な性格を持つ退職金債権について,乙案を採った場合には,その乗組みに係る部分というのを単純に従業期間中で割り付けていいものなのかどうか。その辺りについて,もし解釈についてお考えがあればお聞かせいただければと思います。 ○宇野関係官 仮に乙案を採った場合ということで御説明いたしますけれども,一口に功労報償的性格といいましても,よく話題に出る昭和52年の控訴審判決の中でも,それぞれの退職金あるいは退職加算金等の名称がついているものについて,どういう性格の権利であるのかということをまず立ち入って認定をした上で,それについてどの範囲まで認めるのかというところを細かく認定されていたかと思いますので,一口に功労報償的な性格ということだけから結論を導くというのもなかなか難しく,ある程度,事実認定で左右されるところがあるのではないかということは,一つ思っているところでございます。  また,仮に,その功労報償的な性格がある退職金,あるいはその加算部分についてどのように取り扱うかということにつきましては,運用の中でどこまで牽連性を厳しく要求してやっていくかというところに尽きるのではないかという気もしておりまして,例えば,就労期間が婚姻期間よりも長い場合の財産分与の判断に際し,退職金債権をどの程度まで分与対象財産と考えて,どの程度まで特有財産と考えるかというところの切り分けなどは,東京家裁では,一般的には期間で割り付けているという話も文献などでは紹介されていましたけれども,どこまで運用の中で牽連性を厳しく要求して,個別の事案に対してやっていくかというところになるのではないかなと思っております。 ○川﨑幹事 ありがとうございました。 ○山下部会長 よろしいですか。ほかに。 ○田中幹事 基本的なことなのですけれども,甲案と乙案というのは,当該船舶への乗組みによって生じたものというのが,乙案には入っているわけです。ですから,意見としては,甲案と乙案は全く違う意見であるわけですけれども,今のようないろいろな意見が出てくれば,そういう意見が分かれている,その状況の中で,当該船舶あるいは限定をするということを前提にした,要するに船員の労働債権を,その範囲を限定することを前提としたような議論になっていくのではないかと,そう思っているのです。  少なくとも,そこまで議論が煮詰まっているとは全く思えませんし,その点に関しては,甲案,乙案という二つの意見が今あるということは理解するのですけれども,少なくとも乙案については,具体的にどうなのだと,そういう議論にはなっていないし,内容もよく理解できないと思うのです。  そういうことを言い出すと,「当該船舶に乗り込む期間とは一体何なのだ」とか,それは幾らでも派生していくわけですし,それから一つの例として,雇入れ,雇止めというのは,船員法の中にもあるわけで,いろいろな雇入れの形態もあるわけですから,そんなことをここで議論するのかどうなのか。少なくともそういう状況の中で,なぜあえて船員の労働債権だけを,ここで商法の規定から範囲を狭めていくことは理解できないということを,繰り返し意見として申し上げているということで,是非その辺を皆さんにも配慮していただきたいと思いますし,限定ありきの議論にはなっていないというふうに理解はしています。 ○松井委員 限定ありきの議論ではないのですけれども,仮に限定するとした場合の退職金で,今,宇野関係官が言われた加算金の話は,退職金,自己都合とか,会社都合とかいろいろと分かれますけれども,その辺のところはどのようにお考えですか。 ○宇野関係官 それが就業規則にどのように定められていて,どのような形で算定されるかということについて,なぜ自己都合であれば,場合によっては支給率が下がって,会社都合であれば支給率が下がらないのかということについて,個別に見ていくしかないし,ひいては,当該船舶への乗組みにどの程度関係があるのかということを個別に細かく見ていくしかないのかなというふうな気はしています。 ○道垣内委員 分からないことを恥と考えなくなってしまった者が発言をするのですが,二つ前提を教えていただきたいのです。この雇用契約というのは,船長その他の船員と誰との間にあるということが前提になっているのですか。  つまり,船舶所有者との間であるということが前提になっているのか,そうではなくて,誰かとの間であるのだけれども,とにもかくにも船舶に対して先取特権があるという条文なのですか,というのが第一点です。そして,第二点が,船舶の所有形態として,ある会社が船舶を所有し,雇用契約を締結しているというときに,船舶以外の財産というものは,普通はあるということなのかということです。海外の判決を読んでおりますと,船舶ごとに会社を作るといった事例も出ていまして,船舶しか財産がないという会社形態みたいなものも,パナマなどにはあるという話を聞くのですが,それは実務上通常あるのですか。  議論するときに,民法上の雇用関係の先取特権は存在し,他の財産に対しても優先権を有するのだが,しかし,その財産のうちの一つである船舶について船舶抵当権に優先する範囲をどこまでにするのかという形で,ここで議論するのか。それとも,およそ船長その他の船員の給料は船舶でしか担保されないことを前提として,どこまで保障すべきなのかということで議論するのか。一般の雇用関係の先取特権でどこまで取れるのかということが大きく関係してくるような気がするのですけれども,お教えいただければと思います。 ○松井(信)幹事 この船員の雇用契約債権の先取特権の相手方が誰かという点だと思いますが,研究者や実務家の方々で,その辺りをよく御存じであればお願いできたらと思いますが。 ○松井委員 普通は,今,お話しのあった船主さんがそのままお雇いになっているケースというのもありますし,傭船の仕方の問題なので,傭船者の方,裸傭船ですけれども,賃借人の方がお雇いになっているケースが,内航船の場合ですけれども,どちらかがほとんどだろうと思います。  前者の場合であれば,当然,船舶先取特権は船主にかかっていきますし,後者の場合であれば商法704条2項で賃借人にかかる債権ということで,先取特権が船主に及ぶという点ではほかの先取特権と同じことになるのではないかなと思っています。  もう1点,先ほど言われた一艘ごとに会社を作るというのは,外航船の便宜置籍船の場合にはよく見られる形かと思いますけれども,国内の場合ですと,必ずしもそれが多いとは思いませんで,内航船の場合ですと,船と一緒にホテルを経営していたり,不動産をやっていたり,いろいろなケースがありますので,会社の数を増やすことによるメリットというのは,税金やほかのことを考えても,有限責任で関係を切るということ以外には多分,余りないのだろうと思います。  ですから,実例の中では,船だけが財産というケースは,もちろん一艘船主というような言葉がありますので,昔からの船主さんの中にそういう方がおいでになるのは確かですけれども,通常の船の業務をやっていらっしゃる方は,ほかの業務もやっていることも珍しくはない。少なくとも財産がないということは,便宜置籍船のような場合に一般的であるのとはちょっと異なっているのかなと思います。 ○道垣内委員 賃借人が雇用主であるという場合の商法704条の適用のされ方なのですが,704条2項の問題だとしたときに,船舶の利用につき生じた先取特権ということで限定されるという理解でよろしいでしょうか。しかるに,そうなりますと,賃借人が雇用主であるときには,704条2項が適用されるような場合を除けば,先取特権は船舶については生じないというふうに理解してよろしいですか。 ○山下部会長 商法842条によっては生ずるものではないという,そういうことかという御質問ですね。 ○道垣内委員 そうです。 ○松井委員 すみません。道垣内先生の御質問をきちんと理解できているか分からないのですが,商法704条2項によって賃借人に対して生じた先取特権は,船主にも及んでいるというふうに理解しておりますので,船員の方が航海に関与しないとか,船に乗っているけれどもレストランをやっているとか,そういう場合は別ですけれども,船員の方にも及ぶのだろうと思います。 ○山下部会長 その辺りの議論とその道垣内委員の2点目以降の関係はどうなるのでしょう。 ○道垣内委員 1点だけまず申しますと,松井委員が今おっしゃったのは,それは松井委員が恐らく予備船員は含まれないということを前提にされているから,そうなってくるような気がいたしまして,予備船員まで含まれるのだということになりますと,それは船舶の利用につきその賃借人を負ったということにはならない可能性があるような気がする。これは感想ですが。  結局,ですから,私が申し上げたいのは,どのようなシチュエーションにおいてこの先取特権が成立するのかということ,及び現実の問題として,一般の給料の先取特権ではどこまで足りないのかという問題,さらには,そういうふうに絞っていったときには,結局抵当権に優先させるものはどの部分なのかという議論であって,およそ船長及び船員を保護するか保護しないかという議論の立て方が,余り適切ではないような気がしますものですから,もうちょっとシチュエーションを整理した上で,議論をすべきではないかという気がいたします。ほかの先取特権も含めて。 ○山下部会長 この点,ほかにありますでしょうか。では,今日もまた問題点の御指摘がいろいろな方向であったと思いますので,大変難しい問題かと思いますが,なお少し議論を踏まえた検討をして,次の段階へ備えていただければと思います。  それでは,次へ進みまして,「(3)船主責任制限法第95条関係」についての御議論をお願いします。まず事務当局より説明をお願いします。 ○宇野関係官 それでは,「(3)船主責任制限法第95条関係」について御説明いたします。  第6回会議の御意見の中で指摘のあった実務上の取扱い等を踏まえますと,同条のうち,財産上の損害に基づく債権については現行法の規律を維持し,制限債権について船舶先取特権を認めることが考えられます。また,この船舶先取特権の順位については,実務上も当該船舶先取特権を行使し得ることを前提に,P&Iクラブの保証状を取り付けるにとどまり,実際にこれが行使されることはまれであるといわれること等を踏まえますと,船舶抵当権に劣後するものとすることが考えられますところ,これらの点につきまして,御審議いただきたいと思います。 ○山下部会長 それではただいま説明のありました部分について,御自由に御発言をお願いいたします。 ○山口委員 この前も申し上げたとおりなのですけれども,「(不法行為によって生じたものに限る)」というこの括弧書きは除いていただいて,通常の契約によって生じた貨物の損害についても維持していただきたい。ただ順位については,ここにございますように抵当権に劣後することもやむを得ないと考えております。これがなくなりますと,一般に,日本に寄港する不定期船あるいは定期船もあり得るかと思いますが,外国船に対する損害賠償請求が極めて困難になる。先ほども御紹介がございましたが,外国船の場合は一社一船の形をとって,便宜置籍船の形をとっている場合が極めて多いわけであります。そのような相手に対して,船が出ていってしまった場合,大きな貨物損害が生じたときに,その者から回収することは極めて難しくなるということがあります。  それで,実際上,船を押さえていることはまれといえばまれ,ただ実際やっていることもございます。ただ押さえなくても,押さえる権利があるということでもって,その権利が担保されているからこそ,船舶所有者がつけておりますP&I保険会社から保証状を取り付けて,その後,適正な損害賠償請求が行われ,適正にその回収が行われているというのが実務でございますので,是非に,この物損害についても,しかも債務不履行に基づく損害賠償請求についても,これは残していただくということをお願いしたいと思います。 ○山下部会長 この点,ほかの委員,幹事の御意見はいかがでしょうか。特に御異論はありますでしょうか。 ○石井委員 私も山口委員の意見に賛成です。日本の荷主の権利,特に海外の船主との関係で,その保護のためにこのような御提案で進めていただいた方がよろしいのではないかと思っています。 ○山下部会長 御異論は余りないということでよろしいでしょうか。順位についても問われておりますが,この点何かございますか。 ○山口委員 それは上位の方がいいには決まっておるのですけれども,他国において,優先権が認められている国が少ないという点などを考慮しますと,抵当権に劣後する,すなわちファイナンサーの方が優位に立つということも,ある程度理解できるかなと思っております。 ○山下部会長 大体そういうふうな御意見ということで受け止めてよろしゅうございますか。では,この点は,今日はそのような御意見だったということで,次に向けて検討していただくことにしたいと思います。  では,更に進みまして,「2 船舶賃貸借における民法上の先取特権の効力」につきましての御審議をお願いします。まず事務当局より説明をお願いします。 ○宇野関係官 それでは,「2 船舶賃貸借における民法上の先取特権の効力」について御説明いたします。  第6回会議では,商法第704条第2項の先取特権に民法上の先取特権を含むとする平成14年判例に関して,反対の意見が多くあり,転用物訴権の判例との整合性など理論的な観点からの指摘もございました。もっとも,平成14年判例は,船舶賃借人の債権者と船舶所有者の利益状況を踏まえた上で判示されており,これを改めるには,政策的な観点からの検討も必要であると考えられます。  第6回会議でも,一定の現状が述べられましたが,より具体的に,船舶賃借人の債権者側の事情,船舶所有者側の事情,これらを踏まえ,平成14年判例の規律を見直すべきか否かについて,どのように考えるかを問うものでございます。  なお,第6回会議では,船舶に民法上の動産先取特権は成立しないとの意見もありましたが,例えば,船舶所有者との間で考えて,民法上の動産先取特権を認めない理由はないと考えられますところ,この点につきましても,併せて御審議いただきたいと思います。 ○山下部会長 この点に関しましては,事務当局より船舶の修理業者の意見集約につきまして,国土交通省に依頼していると聞いておりますが,白石関係官におかれましては,現在の検討の状況の御説明をお願いできますでしょうか。 ○白石関係官 ただいま御説明がありましたとおり,法定検査等に伴う修繕費等の債権の現状,また今般の商法改正の論点に関しまして,事務局の方から業界の意見についての集約の御依頼がございましたので,現在,所管の造船関係の団体を通じて意見等を確認しているところでございます。本来であれば,今日,御提出して御検討いただくところではあったのですけれども,間に合わないような事情になってしまいましたので,取りまとめ次第,事務局の方に御提出したいと考えております。 ○山下部会長 ありがとうございます。引き続きよろしくお願いいたします。それでは,この点につきまして,御意見を頂ければと思います。 ○松井委員 今,皆さんからお話がありましたように,前回,反対意見が多かった中で,具体的な検討が必要であるというお話がございました。  この中でいろいろな検討事項があり,動産先取特権が濫用的に主張されるというお言葉があるのですけれども,時効期間の範囲内で行使されている中で,濫用的に主張されるというのは,もちろん例示で結構なのですけれども,どのような状況をお考えになっていらっしゃるのでしょうか。  動産先取特権行使を不特定多数の者から主張されているのか,それとも仮に特定の立場の者から濫用的に主張されるにすぎないのかということがあるのですけれども,もっと直截に言いますと,先ほど油の業者の方が船をある程度担保というふうに考えている。もちろんいろいろな業務形態があるわけですけれども,通常の業務形態は,何か月分かたまったら次は払ってくれなければ入れないということがあるわけですけれども,一定の船舶先取特権の枠内までは大丈夫だろうということで入れていますと言われています。はしょって正しく要約しているかどうか分かりませんが,そういうふうにも読める御意見書がございました。  この中でも書かれていますが,ドックの場合ですと定期検査,法定の検査があるわけですけれども,通常であれば,それはまとまった金額になりますので,前の年の分を払ってくれなければ次の年やりませんよというのが正しい商慣習だとすると,ここに例えば,実例として5年を超えるような法定検査の代金がたまっているようなケースもあるわけですけれども,そういったものは濫用なのでしょうか。時効の枠内で契約を受けているということなのですけれども,どういうものを特定のものの濫用ということでお考えになっているのか,幾つか事例というか,教えていただければと思います。 ○松井(信)幹事 表現として濫用という言葉を使うかどうかはともかくとして,一般的に商慣習としてどれぐらいで在るべきなのにどれぐらいの期間掛かっていると,そのような実態というものを御披露いただきたいと,そういう趣旨でございます。 ○松井委員 そういうことになりますと,法律の上で,現在の法規範がどうかというのは前回議論がありましたけれども,仮に平成14年決定が現在の法規範であるとすると,時効の範囲,すなわち商事法定時効5年以内に入っている債権がたまっているというのは,別におかしなことではないとお考えでしょうか。商慣習の見方の問題ですけれども,私の個人的な感覚からいくと,前の年に1000万単位の負債がありながら,次の年もそれをもらわずに喜んで同じ仕事を受けるというのは,よほどのお金持ちか異常な対応だとは思いますけれども,商慣習的にはいろいろなケースがあると思いますので,濫用になるかどうかということで,この段階の具体例,逆にいうとどういった具体例を私どもとしては事務局のほうにお話をすれば,この改正を是とするということになるのかなというのが,直截な質問でございます。 ○松井(信)幹事 今日の参考資料23,全石連様のペーパーの中でも売掛サイトの話がございましたけれども,一般的な売掛サイトというのはどれぐらいの期間かというのを,事務当局として把握しておらないので,その辺りを知りたい。また,そのような債権を本当に消滅時効に掛かるぎりぎりまでためていらっしゃるのか。そのような実例がごく稀にではなく,しばしば見られて,現に船舶所有者が不合理な負担を負っているのかどうかというところを聞きたいと,そういうことでございます。 ○松井委員 今,申し上げたように,現在,破産事件になっているものの中で,約10のドック等の業者が,総額3億ほど,最長で6年強の期間でためているというものはございます。ただ,それは松井(信)幹事の言われるように,通常のというものがあるほど,船会社やら船の数がないので,このユーザンスなり,この期間が通常だということを申し上げるのは大変難しいことだろうと思います。ですから,そこを改正のための根拠事実として挙げろと言われると,それはかなり難しいと少なくとも個人的には思っております。 ○山下部会長 この辺り,何かほかの実務に関与されている方々はいかがでしょうか。 ○小林委員 部会資料9の15ページの説明1の一番最後のところなのですが,法の継受という観点から,商法704条2項の元となったドイツ商法では船舶先取特権に相当する用語が使われているので,同様に解釈すべきであり,民法上の先取特権も含めることについては,反対だということで,申し上げさせていただいているのですが,1点追加させていただきたいというか,少し気になる点なのですが,この元となったドイツ商法510条ですけれども,2013年のドイツの商法改正では,商法477条へ移されていて,その1項,2項では従来どおりに船舶利用者,アウスリュースターが船主,レーダーとみなされるということで変わりないわけですが,ドイツ商法510条2項の,船舶先取特権に関する規定が改正商法477条3項にあるのですが,この新しい規定では,船舶先取特権とか,船舶債権者という用語を使っておらず,それを要件としていないということで,ドイツ商法がその規定の内容を大きく変えているということです。その上で,船舶所有者が第三者から請求を受けた場合に,遅滞なく当該船舶の利用者の名前及び住所を通知したときに限り,当該所有者ではなく船舶利用者が船舶を用いて海上運航を通じて利潤の獲得に向けた活動を行っているとの抗弁を出せるという規定に変えていますので,そういうことからして,この最高裁の判決をどうするか,商法704条2項の先取特権に民法上の先取特権を含むと解すべきか否かという問題以前に,そもそもこの704条2項の規定をこのまま維持しておくべきなのかどうかということが問題にならないのか,すなわち日本の場合にこの規定をこのまま残すという前提で議論することで果たしていいのかどうか,その点が少し気になるということです。 ○松井(信)幹事 すみません。704条2項の規定を残すのかどうかというのは,これを削った方がいいのではないかという御趣旨でしょうか。 ○小林委員 ドイツ商法477条3項のように別の形に書き換える,すなわち船舶先取特権を要件としないで対抗の問題に変えるということをどう考えるのかということなのですが。 ○松井(信)幹事 すみません,詳細に把握していないのですけれども,今のお話は,我が国の平成14年判例と関連があるということでよいのですね。 ○小林委員 そうですね。最高裁と関連がやはりあり,先取特権ということを要件とするかしないかということで影響が出てくるのではないかなと思うのですが。 ○松井(信)幹事 その点につきましては,また事務当局の方でも検討させていただきたいと思います。 ○小林委員 よろしくお願いします。 ○山下部会長 ほかにいかがですか。 ○松井委員 もう1点だけ,(注1)で先ほど宇野さんのいわれた民法320条の動産先取特権を認めない理由はないのではないかというお話があったのですけれども,以前やっていた案件でいただいた御意見書では,民法の先取特権は商法に及ばないという考え方もあるのではないかという御意見を頂いたことがあるので,先ほどの道垣内先生の御質問にあった動産売買先取特権がどうなるかという話と,それから次に,労働債権のところでも商法704条2項が適用になるのかどうかというのが,またもう一つの点です。本当は労働債権のところでも問題があるわけですけれども,そこでお話をするとぐちゃぐちゃになってしまうので,ここでもう一回問題提起をさせていただきたいと思っています。条文上の作り,また文言ということ以外に,動産の先取特権,動産と船というのは,船は動産の特別法だということで適用しないという考え方も一つの考えとしてはあり得るのではないかと思うのですけれども,その辺何かお考えというか,根拠というか,あれば教えていただきたいなというふうに思っています。 ○松井(信)幹事 論理的には御指摘のような考え方があり得るかもしれませんが,一つには平成14年判例が民法320条の動産先取特権が成立することを当然に前提しているということ,もう一つには多くの学説がその点について反対しているわけではないということ,この2点からこれを維持すべきではないかと思っているところでございます。 ○山下部会長 ほかにございませんか。 ○水口幹事 またアンケートの結果を御紹介したいのですけれども,船主と賃借人というのは,実務上は別の当事者として認識されておりまして,したがって,賃借人である傭船者が破綻した場合に傭船料が受け取れなくなるという点では,船主は被害者ともいえる。したがって,賃借人が負う債務についてまで船主が追及を受けるという現行ルールは不合理ではないかなという意見がございました。  それから,船舶抵当権を実行する局面において,先取特権は消滅時効が1年ですが,民法上の先取特権は1年から3年ですが,これが及ぶと,債権者としての担保処分等を行うことについて支障を来す可能性があるので,これは早急に改正を行っていただくことが望ましいという意見がございました。 ○山下部会長 ほかに,いかがでしょうか。よろしいですか。 ○松井(信)幹事 この問題は,船舶賃借人の資力が不足したときに,船主側と船舶賃借人の取引相手のいずれを優先すべきかという問題だと思うわけですが,最高裁の判例は,船舶賃貸借契約という形で,密接な関係にある船舶賃貸人である船主よりも,そのとき,そのときによって契約相手が変わるかもしれない取引相手,これを優先的に考えたという価値判断なのではないかと考えております。  今回の部会資料の15ページの下側の方で様々な事情をお伺いしたいと述べたわけでございます。下から3行目では,仮に特定の立場の者から濫用的に主張されるにすぎないのであれば,というふうに書きまして,先ほど少し話がありましたが,内航の船主の方々が,特定の取引相手とだけずっと契約をしていて,そのような場合に債権を回収しないままずっと野放しになっているというような状態がもしあるのであれば,その状態を解消するために船舶所有者側が何らかの対処をとることができないのかどうか。そのような点も伺いたいと思っておりましたし,基本的には,取引相手というのは不特定多数になり得るので保護すべきであろうという最高裁の判断をおもんぱかるとそうなるわけですが,それについて,どのように考えるべきか。皆さまのほうで,もしもう少しお話しできることがあれば,御紹介いただきたいのですが。 ○山下部会長 いかがでしょうか。何かございますか。ございませんか。修理業者の方の調査というのも,今日のところはまだ出ておりませんので,回答,報告を頂き,更に検討していただくということで,今日のところはこの点は以上でよろしいでしょうか。 ○道垣内委員 同じようなパターンの発言を繰り返しているのですが,民法上の先取特権を含むかというのではなくて,民法上の先取特権のうち,何がどのようなシチュエーションで問題になるのかということを,もっと具体的に議論すべきではないかという気がいたします。  先ほど賃貸人が倒産するというふうなときには,船舶所有者側も賃料がもらえないで,あれしているのだと,どっちの債権者を勝たせるかという問題だという話も出ましたが,例えば,動産法上の先取特権に関していえば,趣旨としては当該保存によって価値が維持されているという趣旨を一般的に語るわけです。それが航海継続に支障がないという場合であっても保存というのはあり得るわけですが,そのときだって,それによって船舶の価値が維持されていて,それがそのままその賃貸人にその価値が増えたというか,保存されているものがそのままいっていいのか。やはりそういう保存についての修繕費用かもしれませんが,その債権者というのをその部分について保護すべきではないのかという話であって,先ほどのお話は必ずしも納得できないところがあるのですが,そういうふうに先取特権と,何をどういうシチュエーションで考えるのかということによって,かなり変わってくると思われますので,もう少し具体的にこの先取特権はどうなのかという検討をした方がいいのではないかなという気がします。 ○山下部会長 ありがとうございます。その点も含めて御検討いただくということにしたいと思います。 ○雨宮幹事 船舶先取特権について確認したいことがあるのですが,船主責任制限法95条では,船舶先取特権の成立について債務者と船舶所有者の一致を必ずしも前提としていないと理解しています。他方,商法842条は,明文で債務者と所有者の一致を必要としているのか否か,必ずしも明らかではなく,考え方としては,両方ともあり得ると考えています。この改正に当たっては,どちらかの立場を前提にするのか,すなわち,所有者と債務者が一致していることを要件とするのか否か,若しくはそれは解釈の問題として改正後も解釈に委ねるのか,この点についてどのように考えておられるのかなと思っております。 ○松井(信)幹事 今の御指摘の点は,余り文献などにも載っていないところではございまして,皆様の方で御意見があれば,それを伺いながら進めていきたいと思っておりますが,雨宮幹事におかれてはいかがでしょうか。 ○雨宮幹事 現時点で特に何か意見があるわけではなくて,改正するのであれば,その点についても明確にするのか,若しくは解釈に委ねるのか,一応議論された方が良いと思い,指摘したのみです。 ○山下部会長 その点,何か御意見ございますか。ないようでしたら更に検討していただくということとします。  では,次へ進みまして,「3 船舶抵当権に関する規律」についての御審議をお願いします。事務当局から説明をお願いします。 ○宇野関係官 それでは,「3 船舶抵当権に関する規律」について御説明いたします。  第6回会議では,船舶抵当権につき,不動産の抵当権に関する民法の規定を一律に準用するのではなく,個別に準用の当否を検討すべきであるとの意見がありましたが,船舶抵当権については,我が国で実行される例が極めて少ないと指摘されており,立法事実が十分蓄積されているとはいい難いですが,船舶抵当権の利用状況を踏まえ,具体的に見直すべき事項があるかにつきまして,御審議いただきたいと思います。 ○山下部会長 それではただいまの説明につきまして,御意見がございましたらお願いいたします。 ○水口幹事 これは,銀行界からかなりいろいろな意見が出まして,簡単に紹介させていただきますと,現行の与信業務は,船舶先取特権の範囲が広く,船舶抵当権はこれに劣後する制度を前提に形成されています。  もし船舶抵当権の優先順位が上昇し,船舶先取特権の範囲が限定されることになれば,与信の取り上げや,管理,回収にも有意な影響があり得ます。しかも,船舶先取特権の範囲が広すぎて,法制度でも英国法のような海運界一般的な法律に比して,船舶抵当権の行使は不利とされており,取り分け外国船籍の船舶が日本国内で担保行使される局面においては,日本法と外国法の間で船舶先取特権の範囲に係争が生じる懸念もあります。  ついては,日本法と外国法の間で整合性を保つように改正していくとともに,これは商法改正だけではできない問題もあるかもしれませんが,例えば,任売まで抵当権者が対象船を占有,運航可能とすることができないかとか,船籍抹消をもって所有権登記が自動的に抹消されるので,抵当権が設定されても抵当権者が十分に保護され,また抹消について抵当権者には通知されないといった問題や,海外の競売手続,配当決定等につき,日本の裁判所では,承認手続を規定していない問題等を是正しては,という意見が出ましたので,以上,申し伝えます。 ○山下部会長 ありがとうございます。ほかにいかがでしょうか。 ○野村(美)委員 皆さんの意見でも時々出ていたところなのですけれども,船舶抵当権という場合,日本の銀行とかが船舶金融を行うだけではなくて,先ほど言われたように,外国の船舶とか便宜置籍船を含めて,外国の銀行が金融を行って,それで船を建造して,という例も視野に置いておく必要があるかなと,日本だけでなくて,検討する規定というのは,外国船舶にも適用される。その点で,船舶先取特権といっても,先ほど議論になりました油とか船用品供給業者の保護のためにというのは,日本の業者を外国の船舶抵当権から保護するというような意味合いもあると,その角度,そういうふうな視点というのも忘れてはならないのではないかと思います。 ○山下部会長 ありがとうございます。ほかに何か,この関係でございますか。よろしいでしょうか。では,この点も今日,御意見を伺ったということで,今日のところはこの点については,以上とさせていただきます。  それでは,最後に「第6 国際海上物品運送法における高価品免責の規律」につきまして,御審議をお願いします。  まず事務当局より説明をお願いします。 ○宇野関係官 それでは,「第6 国際海上物品運送法における高価品免責の規律」について御説明いたします。  第6回会議では,国際海上物品運送法で商法の高価品免責の規律を準用することに対して疑問を呈する意見がありました。この点につきまして,国際海上物品運送法における高価品免責の規律の趣旨については,高価品は単に高価であるのみならず,紛失しやすいものであるから,あらかじめその種類及び価格の明告がない場合に,他の運送品と同様に責任の限度額まで賠償責任を負うのでは,運送人の保護に十分でないため,と説明されています。  そして,条約の加盟国であるイギリス及びアメリカでは,なお高価品免責の規律があるようであり,今般の改正作業の方針も踏まえますと,高価品免責の規律を存置することが考えられますところ,この点につきまして,御審議いただきたいと思います。 ○山下部会長 それでは,ただいま説明のありました部分につきまして,御意見を頂ければと思います。 ○野村(修)委員 法務省の方としては,なるべく今回は国際海上物品運送法は改正しないという方針だと思うのですが,もし変えるとすれば,基本的に国際海上物品運送法の20条の商法の準用規定2項のところからこれを除くかどうかだけの話でありまして,国際海上物品運送法の本体の条文,例えば13条の6項とかこの辺りを直すということには恐らくならないだろうと思いますので,最小限度の対応の可能性はまだあるのかなと思います。  そういう中で,やはり高価品の免責という免責の特徴は,物がなくなってはいるのですけれども,それでも損害賠償がゼロになってしまうという,全く取れないという特徴を持っているわけで,それは,やはりある意味では,特色のある免責規定であるということはいえると思います。  確かに,御指摘のとおり,よく授業などでも言いますけれども,ダイヤモンドだと言ってくれれば金庫に保管しておいたのに,普通の品物と一緒に置いていたから嗅覚の利く人はダイヤモンドだということが分かって盗んだのだと,そういうことはいわれるわけですけれども,ただ一般的に普通品と同様に積んで運んでいるときに,盗まれないような管理をするということは当然の前提であって,にもかかわらず盗まれてしまったときに,それがたまたま高価品であったということの明告がなかったために,一切損害賠償を払わないということの当否はやはり考えてみる必要があると思います。一般に高価品の特則については,普通品としての算定ができないからということを根拠に完全免責だと説明されますが,パッケージ・リミテーションの制度が導入されている国際海上物品運送について,普通品としての損害賠償の額を決められないからという論理を及ぼす必要があるのかどうかということが議論の分かれ目かなと思っています。  いうまでもなく船荷証券に額が記載されていない場合については,13条のところでパッケージ・リミテーションの規定がありますので,普通品についての損害賠償の額の範囲というものは法定されているわけですから,これを及ぼせばいいという考え方に帰着するのではないかなと思いまして,そういう意味では,御趣旨をよく理解できますけれども,もう一段,20条の2項から条文を一つだけ削除していただくよう,御検討いただければと思います。 ○山口委員 基本的に高価品の特則を国際海上物品運送法に維持する必要はないだろうと思っております。先ほども御指摘のように,パッケージ・リミテーション,ウエイト・リミテーションが規定されている以上,運送人側としてもそれ以上の責任を負わないわけでありまして,故意又は損害が発生するおそれがあることを知りながらした無謀行為があれば当然全額ということで,その際にひょっとしたら高価品の特則が意味を持ってくるのかもしれませんが,逆にいうとそのような場合にまで運送人を保護する必要はないだろうと思われます。一方,もう一つ申し上げますと,そのような故意又は損害発生することを予想しながらした無謀行為というのは,現在,世界的に判例法上もほとんど認められていないという状況からしますと,逆にいいますと,ほとんどパッケージ・リミテーション,ウエイト・リミテーションで片付いているという現状からいうと,やはり高価品の特則を二重に設けて運送人を保護し,一方において荷主にとって全く回収ができないというようなことは避けるべきではないかなと思います。 ○箱井幹事 結果だけを見ますと,高価品特則の立法趣旨等としてふだんいわれる運送人が不測の巨額の賠償責任を負うおそれという点では,確かにパッケージ・リミテーションがあれば大方問題がないといえます。ですから,合理性を優先して高価品特則をカットするというのは,私は別に反対するつもりはありません。ただ,理論的に考えますと,先ほどの野村(修)委員がおっしゃられたような,単に普通品として算定できないからというだけではなくて,そもそも,普通品運送と高価品運送というのは運送の本質が違うのだという理解を我々はしているところでありまして,それだから,陸上運送では商法578条が残されるのだと思います。  ですから,純理から考えると,責任制限があるので余り役に立たないから切られるとすれば,何か寂しいものがあります。我が国の運送法の中では,高価品特則はかなり根本的――私,結構ここで繰り返し同じことを言っているのですけれども――,前提的な規定であることは確認したいと思います。それから,もう一つ,これは構わないのでしょうかという質問ですが,高価品特則を外すと無申告の高価品についても責任限度額一杯まで払わされることになってしまうわけです。今は限度額がかなり低いからいいですけれども,これがどんどん上がってきたらどうなるのか。貨物自動車運送の場合には1キログラム当たり2万円というような高価品の約款でもって,多分運送賃見合いで金額を設定しているのではないかなと思いますけれども――,今のこの限度額というのは運送賃見合いではないですが,本来であれば割増運送賃を払って送るべきものについて,低廉な普通品の運送賃を払って,でもそれは実際には高価だから,必ず限度額満額までいくというところの不当性というのは海運実務では感じないのかどうか,運賃とは関係なくても責任制限があれば納得なのかどうか,そこのところを教えていただければと思います。 ○山下部会長 この点はいかがですか。 ○野村(修)委員 誤解があればあれですけれども,私は国際海上物品運送法以外のところで高価品の特則をやめるべきだという趣旨ではございません。高価品に関するルールというのが日本の我が国の運送法において基本であるということは共通の認識で,それを国際海上物品運送法が本当に準用する必要があるのかどうかという1点だけでございます。 ○箱井幹事 私の言い方が悪かったのかもしれません。それはもう重々承知しております。国際海上物品運送法ですと,予想もしないような巨額の損害賠償責任が掛かってくるという懸念はない。それは,私もそのとおりだと思うのですけれども,それだけで削除する理由になるのかと考えると,飽くまで反対ではありませんが,そうかなという思いです。  今回,事務当局の方の御提案を頂いて,少し考えたところ,要するに高価品というのは大抵小さくて軽いというのが通常でありますから,運送賃自体は非常に安いけれども,損害額は限度額をほぼ超える,だから高価品なのだろうと思いますけれども,限度額までは賠償させるといった取扱いで許容するのだということでよければ,私はそれでも構いません。ただ運送契約法の精神といいますか,運送契約の在り方,普通品運送と高価品運送の本質的な相違を考えると,それは国際海上物品運送であっても妥当するのではないかと思った次第です。 ○山下部会長 この問題は,最初は商法578条を国際海上物品運送にも適用するというのは条約違反になるのではないかという問題意識も最初あったかと思うのです。その点は,今日の部会資料の17ページで,実はよく調べると,英米でも商法578条に相当する規定はあるのではないかということなのですが,今日はその点とは別に,政策的に海上運送についてもパッケージ・リミテーションがあるという中で,なお578条を残すべきかどうかというところで,両方の御意見が出てきたのかなと思います。  両方の御意見それぞれに聞いていて,もっともなところがあるなという感じなのですが,実務の方の立場とか,そういうところでいかがですか。何か御意見はございますか。 ○遠藤委員 実務では,基本的に国際海上運送で,貨物価額を申告するということは極めてまれなことでございます。海上コンテナの場合は,運賃の建て方がコンテナ単位ですし,また,国際海上運送の場合は海上保険を付保しております。海上で高価品を運送することは基本的にありませんが,仮にあったとした場合には,貨物価額を申告して高い運賃を払い,一方でまた海上保険で保険料を支払うことになりますので,一般貨物を含めB/L面上に貨物価額をデクレアするということは,基本的に現状ございません。  ヘーグ・ヴィスビー・ルールですが,条約そのものの4条の(a)のところで貨物の性質と貨物価額を明告せず,それをB/Lに書かなかったときは,パッケージ・リミテーション又はウエイト・リミテーションが適用されること,また,価額に関して,故意に虚偽の申告をした場合は,運送人は全て免責されると規定されていますので,第6回で問題提起されて,今,部会長がおっしゃったように,この点に関してはやはり条約と国際海上物品運送法に齟齬があり,問題ではないかと思っています。  一方で,イギリスとアメリカでは高価品免責があるということなのですけれども,アメリカの合衆国法典第46編というのは,これはUS COGSAのことですか。そこに規定されているのでしょうか。  アメリカは,ヘーグ・ヴィスビー・ルールは批准していませんよね。ヘーグ・ルールは批准していますけれども,ヘーグ・ヴィスビー・ルールは批准していないというところで,そこのところに違いがあるのでしょうか。  アメリカはヘーグ・ヴィスビー・ルールを批准していないので,独自に500ドルのパッケージ・リミテーションを適用し,さらにこの高価品免責の規定を設けているということでしょうか。ポイントは,ヘーグ・ルールに違反しているのかどうか,あるいはヘーグ・ヴィスビー・ルールとの関係はどうなのかというところがちょっと疑問に思った次第です。 ○松井(信)幹事 まず,ヘーグ・ヴィスビー・ルールズとの関係でいいますと,イギリスを見ても分かるように,高価品免責の規律はヘーグ・ヴィスビー・ルールズに抵触していないと考えております。  そしてもう一つ,ヘーグ・ルールズとの関係でございますが,ヘーグ・ルールズでも,4条5項で一定の額の責任限度額の定めというものがございますので,それと高価品免責の規律がアメリカでは併存しておりますので,ヘーグ・ルールズの下でも抵触していないと。結局,高価品免責の規律と条約は全く抵触しないということだと考えております。 ○増田幹事 ヘーグ・ルールズとの関係でいうと,ヘーグ・ルールズの8条という条文に,この条約の規定は,航海船舶の所有者の責任の制限に関する現行の法令に基づく運送人の権利及び義務を変更するものではないという規定がありまして,イギリスではここの責任の制限に関する現行の法令に,この高価品免責が該当するという理解になっています。ここで条約との抵触がイギリスの法律に関しては回避されている,そのような理解になっておるようでございます。 ○山下部会長 ほかにいかがでしょうか。やはり今日は両論あったということでしょうか。 ○松井(信)幹事 1点だけ高価品免責の関係でお伺いしたいのですが,今回の改正全般について,特に外航については英法・米法ということをかなり参照しながら,ヘーグ・ヴィスビー・ルールズとの関係も見ながら進めていると思うのですけれども,ここの高価品免責の規律が英法・米法で残っているということ等の関係で,これを削るという説明がなかなか難しいのではないかなと事務当局としては考えたのですが,この辺りもし何らか御示唆があればお願いしたいと思うのですが。 ○山下部会長 いかがでしょうか。 ○野村(修)委員 実際,運送を引き受ける際に,我々の社会の規範として,高価品を明告しなければ免責になりますというようなことが,この国際物流の中で現に存在しているのかどうかということを考えてみる必要があると思います。高価品であることを明告させるというようなことが引受けの実務の中に当然存在するのであれば,それはこの法律に基づいて運用されていると思うのですけれども,現実に私が承知している限りでの外航の海運では,そういう実務になっていない中にあって,この条文がやや実態と乖離した形で宙に浮いているような,そういう認識を持っています。今回の改正で,審議の結果,高価品の特則の準用の必要性が改めて確認され,それ自体が規範として正当なものであるということが認識されるようになれば,今度は運送人の側で引受けに際し明告を促すなり,あるいは確認をするなりといった実務が信義則上必要になってくるのかなと思うのですが,それが本当に立法事実として必要性があるのかどうかということを,私はやや懸念するところであります。  むしろ,実務からいけば,全ての貨物品につき,運賃の多寡にかかわらず一律に損害額が定型化されているということによって,それによって保険による付保が定型化され,保険料が確定されているという実態がありますので,荷物の受取りの際に負荷を掛けるよりも,むしろ現状,運送人の方々が認識している実務に即した形で不要な規範は削除するほうが望ましいのではないかと思います。 ○石原委員 NVOCCというか運送人の立場からしますと,複合運送その他をやるときに,コンテナに対する賠償責任保険を掛けています。そのコンテナは通常,1コンテナ1本マックス幾らという形で,賠償責任保険が掛けられているわけです。したがって,当然その限度額があります。事故があった場合,それが限度額になりますから,その限度額を超えるような高価な貨物を運び,事故があった場合に貨物相当額の損害賠償額を要求される場合には,当然そのB/Lの裏面約款に基づく形で,高価品に対しては割増しをもらうような形でもって運賃の約款も入っているわけです。当然その高額品でもってそのワンコンテナの一定金額以上,cargo indemnityといいますけれども,それを飽くまでカーゴ・コモディティーですか,その金額を超える場合に対しては,賠償責任保険も別途掛けることによって,要するに高めているわけです。  ですから,そういう点でもし荷主の方の要望でもって,当然,賠償責任保険,これはヘーグ・ヴィスビー・ルール,日本の場合はそれに基づいて掛けているわけですけれども,それでもって合わないというような場合には,当然,賠償責任保険,運送賃を上げないと損害賠償ができなくなりますので,そういった点からいくと,やはり私は残した方がいいという意見でございます。 ○山下部会長 ほかにございますか。 ○野村(修)委員 今の,金額をB/L上に,価格を明告するということではないのですか。 ○石原委員 いえ,通常は価格を記載することなくして,コンテナ1本,例えば2000万とか1500万とか,そういう形での損害賠償は掛けてございます。 ○野村(修)委員 いえ,ですから船主の方の側が要求する場合は。 ○石原委員 もちろんそうです。荷主がですから,当然,価格に対して,例えばこれに対しては幾らとデクレアしてきて,掛けてくれということで割増保険料をもらった上で,当然賠償保険も上げますし,それに対して割増保険料も。 ○野村(修)委員 その場合はパッケージ・リミテーションが効かなくて。 ○石原委員 効かなくなります。 ○野村(修)委員 元々設定した金額ですから,これは高価品特則ではなく,明告された金額に従って賠償するということですよね。 ○石原委員 そうです。デクレアされた金額になります。 ○野村(修)委員 それは承知しております。 ○山下部会長 個別の特約でそうなっているということですね。それと別に,すべからく明告をしないとゼロになるルールがいいのか。 ○入来院委員 余り高価品で今のお話でもめた記憶がないのですけれども,実務というか,我々の現場の方には,もしバリューの申告があった場合には教えてくれと,その場合に割増しの保険を掛けるからということは言っているのですけれども,実際には,何が高価品で,例えばこの商法578条ですと,貨幣,有価証券,その他と書いてありますが,そういったものが積まれて何かあったという事実が余りないので,余り意識もしていないというか,ただこういう規定が多分我々の立場としてはあった方がいいですと言った方がいいのだと思いますが,具体的にどういう例があったのか調べてみたいなと思います。  実際には,本当に保険を掛けるか掛けないかというレベルの話で,実際には高価品で申告がなかったのでお支払いしていないということは,多分なかったのではないかと思いますけれども,調べてみないと,私だけのあれでは分かりませんので,ちょっと時間を頂けないかと思います。 ○石原委員 昔は確かに欧州同盟等の場合は,インボイスを提出させられました。船積みするときに,要するにB/Lを上げるときにインボイスを出せということでもって出させられたという時期はありました。もっとも,当時は二重運賃制でしたから,名外荷主チェックという目的もありましたが,今はもうそれはなくなっています,規則として。 ○山口委員 ヘーグ・ルールの歴史的なところからいきますと,昭和32年に日本がヘーグ・ルールを批准して,国際海上物品運送法を制定いたしまして,1パッケージ当たり10万円という金額を設定したわけですけれども,当時の教科書を見ますと,10万円というのはとても高いと。だから責任制限が意味をなしていないと。昭和32年当時の話ですけれども,そのような教科書を読みますと書いてあるわけです。その頃は多分高価品の特則は結構意味があったのかもしれません。  しかしながら,現在のリミテーションの金額からいうと,そして今の貨物の価値からいいますと,かなり高額な貨物が大量に運ばれているという現実があって,そしてその責任制限である1パッケージ666.67SDRあるいは2SDR/キロを超えるものがかなりあるわけですけれども,それについては全て責任制限で保護されており,しかもこれは何で計算するかというと,船荷証券の記載で計算するわけですから,当然,船荷証券を発行する際に,荷主から申告を受けて,受ける段階で船会社たちは最高限度額というのは計算可能でありますから,そういう意味で,予想外の大きな損害を受けるということはまずないだろうと思いますし,現状からいいますと,責任制限の規定で十分ではないか。  先ほどもお話がありましたけれども,現実問題として誰も申告なんかしていなくて,なぜならば遠藤委員がおっしゃったように,割増運賃より保険料がずっと安いわけですから,保険を掛けて処理をしているというのが荷主側の対応だろうと思うのです。  その後,保険会社からの求償によって,責任制限なのか,そのときに,場合によっては高価品の特則が主張できるのかどうかというのが現実の流れとしては議論になるわけですが,長くやっていて,高価品の特則で断られたという事実は実は何もありませんで,特に船の場合は非常に軽くて高額なものを運ぶというよりは,大きくて高額なものを運ぶということが多くて,エアの場合は正に高価品を運んでいることが多いですけれども,実際問題としては,この高価品の特則が適用される場面は極めて低いだろうと思っています。  ただ,それをこの体系の中で残すかどうかという,あるいは整合性の問題で,アメリカ,イギリスも存在するので,残した方がいいという判断をするのか,ほとんど実際使われていないものだから,これを機会に外してしまうというのか,それは今回の立法の方向性かもしれないのですけれども,実務的には必要ないかなと私は思っております。 ○山下部会長 ありがとうございます。大体そんなところでよろしいですか。よろしいですか,この点,もしほかにないようでしたら,今日の御意見を参考にして,また次の段階の提案をしていただければと思います。  では,今日予定していた議題が大体,審議できましたので,この程度にさせていただきます。次回の議事日程等につきまして事務当局から説明をお願いします。 ○松井(信)幹事 本日はありがとうございました。  次回の議事日程ですが,来年1月14日水曜日午後1時半から5時半までとなります。場所は,法務省地下1階の大会議室になります。年末年始を挟みますので,部会資料のメール送信は,1月5日月曜日を目途としておりますことを御報告いたします。  次回におきましては,今までの議論全体を踏まえた上で,今回の商法等の改正に関する中間試案のたたき台を御提示して,各論点につき特に議論になったところを中心に,順次御審議いただくことを予定しております。  可能な限り全体についてたたき台を御提示したいと思っておりますが,一部なかなか調整が困難なところは,ペンディングという意味の【P】という文字を付してお送りすることになるかもしれません。どうぞよろしくお願いいたします。 ○山下部会長 それでは,以上で本日の審議を終了いたします。本日を含めまして,本年中の部会会議は今日が最後でございます。本年中熱心な御議論を頂きまして,誠にありがとうございました。来年も引き続きどうかよろしくお願いいたします。  それでは,これで終わります。 -了-