法制審議会 商法(運送・海商関係)部会 旅客運送分科会 第5回会議 議事録 第1 日 時  平成27年9月30日(水) 自 午後1時30分                       至 午後2時54分 第2 場 所  東京地方検察庁 3階 総務部会議室 第3 議 題  商法(旅客運送関係)の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討         (1)          第1 旅客に関する運送人の責任について          第2 旅客による危険物の持込みについて 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○山下分科会長 それでは,定刻でございますので,法制審議会商法(運送・海商関係)部会・旅客運送分科会の第5回会議を始めたいと思います。   本日は御多忙な中を御出席いただきまして,誠にありがとうございます。   初めに,関係官の交代がございましたので,御紹介いたします。   御紹介いたしましたら,その場でお名前と御所属等の簡単な自己紹介をお願いいたします。   まず,小田桐俊宏前関係官に代わりまして,金子佐和子関係官でいらっしゃいます。 ○金子関係官 国土交通省海事局の金子と申します。   海運事業の所管をしております。今後よろしくお願いいたします。 ○山下分科会長 次に,有吉真哉前関係官に代わりまして,髙桒宏之関係官でいらっしゃいます。 ○髙桒関係官 国土交通省公共交通政策部の髙桒と申します。   普段は,地域の公共交通,生活の足,そちらの確保の仕事をメインでやっております。商法に関して,国土交通省の省内窓口を務めさせていただいております。   本日はよろしくお願い申し上げます。 ○山下分科会長 最後に,落合英紀前関係官に代わりまして,福島成洋関係官でいらっしゃいます。 ○福島関係官 消費者庁から参りました福島と申します。   消費者制度課で,主に消費者契約法の見直しなどを担当しております。どうぞよろしくお願いいたします。 ○山下分科会長 それでは,よろしくお願いいたします。   本日は,石原委員,小林委員,鎌木参考人,それから田中参考人が御欠席でございます。   では,本日の会議の配布資料の確認をさせていただきます。   事務当局からお願いします。 ○松井(信)幹事 お手元の資料について御確認いただきたいと思います。   いずれも事前送付ですが,分科会資料6として商法(旅客運送関係)の改正に関する要綱案の取りまとめに向けた検討(2)が,参考資料2として菅原貴与志委員の意見陳述書が,参考資料3として旅客運送における危険物の規制に関する法令がございます。皆様,よろしいでしょうか。 ○山下分科会長 それでは,本日の審議に入りたいと思います。   本日は分科会資料6について御審議いただく予定でございますが,途中休憩を入れることなく,最後まで御審議いただきたいと思います。   それでは,審議に入ります。まずは,参考資料2の意見書につきまして,菅原委員から簡単に御説明いただけますでしょうか。 ○菅原委員 菅原でございます。   前回の旅客運送分科会は,都合により欠席させていただいたので,航空運送実務からの視点で若干まとめたものを参考資料2としてお付けいたしました。   前回,事務当局の方からも,御丁寧に御説明いただいたと伺っておりますので,特にコメントはございません。   今日の御議論の中で,妊婦あるいは重病人の運送・搬送に関し,航空実務はどうであるかというくだりがございますが,その点についても本日お配りした意見書に触れているということを補足させていただきます。   以上でございます。 ○山下分科会長 ありがとうございます。   それでは,ただいまの菅原委員からの御説明も踏まえながら,分科会資料6のうち,1の旅客に関する運送人の責任について,まず御審議いただきたいと思います。   事務当局から説明をお願いします。 ○山下関係官 それでは,旅客に関する運送人の責任について御説明いたします。   旅客に関する運送人の責任につき,片面的強行規定を新設するか否かにつきまして,分科会資料の2ページから5ページまでに記載しましたように,これまで様々な御意見を基に審議が行われ,前回会議では,運送人の損害賠償責任を減免する各種の契約条項の許容性について,様々な御意見を頂戴いたしました。   これらの御意見を踏まえて検討いたしますと,直近まで航空運送事業者の運送約款には,運送人の損害賠償責任を旅客1人につき2300万円程度に制限する旨の契約条項などが明記されていたという事情があり,また妊婦や重病患者の運送については,主務大臣の認可を要する約款中にではなく,別途,誓約書の形で運送人の損害賠償責任の全部を免除する特約などがされることがあるようでございます。   もっとも,運送人の過失の有無は,それぞれの運送手段の特性,旅客が被害を受けた具体的な状況,その状況に関する運送人側の認識及び具体的な対応の在り方などを総合的に考慮して判断されるものであり,運送人は適切な対応をしている限り,損害賠償責任を負うものではございません。   前回会議で御紹介しました各種のケースを踏まえますと,過失の有無の判断は,例えば非常時の対応等に関する業界のマニュアルや業界慣行を遵守したかどうかが重要な要素の一つであると考えられ,運送人としては,当該具体的状況において,通常の運送人であればすべきことをすることで,賠償責任を負わないこととなります。   そして,このような判断によって運送人に過失が認められる場合にまで,運送人の損害賠償責任を減免する特約を有効とすることは,被害者保護の見地から相当でないと考えられますし,また妊婦や重病患者に無用な心理的不安を強いることがないように,このような特約を一律に無効とする必要があるものと考えられます。   このような考え方に対しては,誓約書が無効となると,運送人が運送の引受けをちゅうちょするおそれがあるとの御指摘もございますが,平常時の運送の場合は,賠償責任保険により,運送人が損害賠償責任を負うことによる損害を填補することもできます。   このような見地から,現代における社会的インフラであり,かつ,その運送機関内に旅客を乗せて場所的に移動する際の危険性を伴うという特色のある旅客運送については,商法上,本文のように運送人の損害賠償の責任に関する一定の片面的強行規定を設けることが考えられます。   また,本文(1)に関して,運送の遅延を原因とする運送人の責任については,そもそも遅延に当たるか否かの基準が曖昧であり,特に大量輸送をする運送事業に与える影響の大きさを踏まえると,その免責特約を一律に無効とするのではなく,個別事案に応じて,消費者契約法又は民法により無効か否かを判断すべきであると考えられ,本文(2)に関して,災害が発生した地域における運送に関する運送人の責任については,このような運送をすべき社会的な必要性が大きい一方,基本的には賠償責任保険の適用がないために,運送事業者が高いリスクを負うことを踏まえ,その免責特約を一律に無効とするのは相当でないと考えられますが,この点につきまして,御意見を頂戴いたしたく存じます。   なお,堪航能力担保義務や安全性担保義務につきましては,本文のような片面的強行規定を設ける場合には,この責任に関する商法590条とは別に,堪航能力担保義務の規律を存置したり,自動車,列車,船舶,航空機などについて,運送人がその安全性担保義務を負う旨の規律を設けたりする意義に乏しいと考えられますが,この点につきましても御審議いただきたく存じます。 ○山下分科会長 それでは,ただいま説明のありました部分につきまして,御審議をお願いします。   どの点からでも,御自由に御発言をお願いいたします。   河野参考人。 ○河野参考人 ありがとうございます。   この間の審議の結果を的確に反映していただきまして,5ページの3にまとめていただいたとおり,その理由で,今回御提案いただきました商法590条1項の規律を維持した上で,運送人の損害賠償の責任(旅客の生命又は身体の侵害によるものに限る。)を免除し,又は軽減する特約は無効とするとの規定を設けていただきたいと考えております。   ただし,本規定を設けるに当たりまして,運送の遅延を原因とする人身損害について,除外することについて,利用者側といいましょうか,旅客側からひとつ懸念を申し上げたいと思っております。   運送の遅延を原因とする人身損害について,(1)のところで,その免責特約を一律に無効とするのではなく,個別事案に応じて消費者契約法又は民法により無効か否かを判断すべきであると考えられると記載していますが,まず,これまでも度々出てまいりましたけれども,消費者契約法の適用は消費者個人に限られまして,事業活動における個人は対象とならないということに留意していただきたいと思っております。   さらに,消費者契約法8条の適用を考えますと,故意・重過失の一部免責か,又は過失の全部免責の条項は無効となりますけれども,過失の一部免責を定める条項というのは,消費者契約法では無効になりません。民法の場合は,公序良俗に反する内容の条項でなければ無効にはなりません。   いずれにしても,当該契約条項の無効というのは,旅客の方が主張立証しなければならないことになります。さらに,条項が無効であるという前提に立って,不法行為や債務不履行があったかどうかということを争うことになり,旅客側からすると,非常にハードルが高いと考えております。   むしろ,免責条項というのを一律無効とした上で,損害の有無や額,それから因果関係について,個別事案に照らして,不法行為や債務不履行が成立するかどうかで争ってというような形にしていただくのが適当だとこの部分は考えた次第でございます。それが運送の遅延を原因とするものを除くという部分に関する意見です。   (2)に関しても御意見を申し上げても大丈夫でしょうか。 ○山下分科会長 どうぞ。 ○河野参考人 では,続きまして提案の(2)についてなのですけれども,災害が発生し又は発生するおそれがある地域における運送については適用しないとの御提案については,これまでの議論の趣旨を踏まえまして,できれば適用除外の範囲をより限定したものにしていただけないかという意見でございます。   例えば,緊急性という要件を附加して,災害が発生し又は発生するおそれがある地域における緊急性のある運送については適用としないということで,御検討いただけないかと思っております。   その理由なのですけれども,これまでの議論では,災害が発生し又は発生するおそれの強い地域からの避難の場合とか,災害地に取材目的の報道の方やボランティアの方を運ぶ場合を想定して,このことについては検討されてきたと思っています。   4ページの(3)のところで整理されているように,これまでの議論を考えますと,災害が発生するおそれがある地域における運送を適用除外とすると,かなりその範囲が広がるのではないかと思っています。例えば,災害が発生するおそれはあるけれども,通常どおり運行している交通機関において事故が発生した場合は,そもそも事業者の方が気象状況等をどう把握して,運行の判断をしたかがまず問われるべきであり,責任を減免する特約をあらかじめ置くということは,ふさわしくないのではないかと考えました。   ですから,災害が発生し又は発生するおそれはあるけれども,やむを得ず緊急に住民を避難させなければならない場合とか,取材や救援活動のために,それらに従事する人を緊急に運送しなければならない場合に限り,責任の減免特約というのを認めるということで考えていただければと思っております。   (2)に関しましては,以上のような御意見を申し上げたいと思います。   堪航能力担保義務のところに関しても,今日申し上げたいことがございますので,そのことについても触れてもよろしいでしょうか。 ○山下分科会長 どうぞ。 ○河野参考人 では,最後に,先ほど御説明いただきました堪航能力担保義務及び安全性担保義務についてなのですけれども,これに関しましては,最初から旅客側の要望として,規定の維持及びできれば新設をということで主張してまいりました。堪航能力担保義務のような具体的な規定が残り,安全性担保義務として,全ての運輸機関について横断的な具体的な責任内容が規定されれば,事故が起こった場合の損害賠償の主張等が容易になると利用者側としては期待していたところでございます。   ただ,今回そうした要望がなかなか厳しいということで,先ほど御提案いただいたと思いますが,受け入れられなかったということは残念に思っています。   これらの規定が置かれないのであれば,なおのこと6ページに整理していただいたように,590条1項に反する特約で,旅客に不利なものを原則無効とするという規定を設けていただく必要性というのは,一層強くなったと考えますので,是非今申し上げたような論点におきまして,旅客側の意見を反映していただければと思っております。   長くなりましたが,以上でございます。 ○山下分科会長 塚越参考人,どうぞ。 ○塚越参考人 鉄道事業者というか,運送事業者の立場からは,再三申し上げているとおり,片面的強行法規化については,基本的には反対という立場なのですけれども,それを前提に,今回の分科会資料で示された案について,大きく三つほど意見を申し上げたいと思います。   まず,1点目は,これはワーディングというか,細かいことなのですが,まず無効とされる特約の範囲についてです。   案にあるように,責任を免除し又は軽減する特約と書いていただいたのですが,これについて,前回の分科会でもお話が出たと思うのですが,基本的には金額の減免だけということを意味するということを,ちょっともう少しはっきりしたらいいのではないかなと考えました。   今回,菅原委員から出していただいた意見陳述書の注5にほかの条約の例もあるのですが,この例では,金額の減免だけを対象にすることがより明確になっているような気がしますので,もし金額の減免だけを意味するということであれば,もう少しワーディングについても御留意いただければよろしいかなと思います。   2点目ですが,運送の遅延について,今御意見もありましたけれども,鉄道事業者の立場としては,大量輸送を前提としていますので,お客様の事情も様々ある中で,運送の遅延に際して,いろいろ別々の対応をするということは非常に困難であることから,運送の遅延を原因とする場合は,片面的強行法規化から除外していただきたいと思っており,今回の案でそういうふうにしていただいたということについては,一定の感謝,評価をしております。   ただ,これまできちんと詰めていなかった点なのですけれども,鉄道の旅客営業規則,約款では,細かく言うと,遅延の場合だけではなくて,列車の運行不能の場合,それから車両の故障などによって,列車に乗車することができない場合,例えば12両の予定だった車両が車両故障で8両とかになってしまった場合に,指定を取っていたお客様が乗れなくなってしまったような場合についても,列車の遅延と併せて,免責条項というか,払戻し等以外の責任は免責という条項があります。もし運送の遅延について除外するとの規定が置かれる場合は,列車の遅延だけではなく,そもそも運行不能になってしまった場合とか,車両故障とかで乗れなくなってしまったような場合,そういう場合も含めるような形で,例外を設けていただきたいと,設けていただかないと,実務からするとかなり変わってしまうかなと考えております。   三つ目ですが,妊婦さんとか重病患者の運送について,改めてほかのJRの各社にも実態を問い合わせました。   各社とも,大体年間数件程度,例えば病院などから依頼を受けて,新幹線の多目的室等を利用していただいて,急病とか病気の患者さんにお乗りいただいて,病院に搬送するといった例が見られます。   そこで,どういうふうに乗車いただいているかということなのですけれども,現在の実務では,列車内で電源を用いた医療機器を使用したり,あるいはお医者様が付き添われる場合に,スリップを使って,例えば停電とか電圧変動で医療機器が利用できなくなる場合がありますといったり,騒音とか振動とか気圧の変化などが発生してしまうことがありますと,更にはダイヤが乱れた場合は長時間車内でお待ちいただく場合もありますということを説明して,その点について御了解を頂いた上で御乗車いただいているという実態があります。   件数自体が特に今それほど多いわけではないのですが,今後そういう緊急搬送のような場面で列車を使うという,そういうことを広げていくということになると,若干そういう免責条項というか,そういうことについて,有効とされる余地があった方が使いやすいのかなと思っております。   懸念しているのは,例えば普通のお客様であれば平気な程度の振動とか,そういう場合であっても,御病気のお客様にとっては,割に致命傷というか,かなりのダメージを与えるというような場合に,当然,大量運送機関ですので,お客様に合わせて振動を少なくするとか,そういうことは基本的には難しいので,そこで鉄道事業者側の責任が加重されるような,そういうような解釈になってしまうと,ちょっと実務にも当たりが出てくるのかなと思っています。   ですので,もし妊婦とか重病患者の運送について例外を設けないということであれば,運送事業者としては,普通の一般の方を基準にして,安全な運行をすれば,そこで債務不履行にはならないとか,そういうようなことを例えば解説とか,そういうようなもので明確にしていただかないと,ちょっと不安かなと思っております。   最後に,分科会資料には賠償責任保険のことについて触れていただいておりまして,賠償責任保険でカバーすれば,運送人の損害賠償責任についても,ある程度厳しくしてもいいのではないかというような趣旨の記載がされているのですが,今の鉄道の実務ということで言えば,賠償責任保険は入ってはいるのですが,免責額がかなり高い保険に入っておりまして,それこそ大事故,お客様複数が亡くなるような大事故にしか適用になりません。日常的な事故に関してカバーするような保険というのは,鉄道に関しては入っていない状況にあります。ですので,ちょっとその点は,実務的には記載には違和感を覚えているということを,これは意見というか,一つの情報ですが,お伝えしておきたいと思います。   以上です。 ○山下分科会長 福島関係官,どうぞ。 ○福島関係官 今の塚越参考人の御意見を踏まえて,法務省の御担当の方に確認させていただきたいところがありますので,発言させていただければと思います。   今回の提案のところで,運送人の損害賠償責任を軽減する特約は無効とするという提案をなさっていますけれども,この中には旅客の立証責任を加重するような特約というのも含まれているのかどうかというところを確認させていただきたいと思っております。   補足しますと,中間試案の乙案では,この資料にも書いてありますとおり,旅客に不利なものを無効とするとなっておりまして,補足説明では,旅客の立証責任を加重する特約もこの中に入るのだという御説明がなされたと思います。今回,軽減する特約という形で文言を修正されるというのは,この旅客の立証責任を加重する特約を排除するという趣旨で文言を変えられたのか,そういう意味は特にないのかというところをお聞かせいただければと思います。よろしくお願いします。 ○山下関係官 立証責任を軽減するという特約については,ここの無効には入らないと考えています。   というのも,実務上はそういう立証責任を転換するような特約というのは,少なくとも我々が知る限りでは存在しないと考えていますので,あえてそのような特約まで無効とすべきという立法事実が見当たらないということから,立証責任を軽減する特約を無効とするというのは,直接規定しておりません。 ○福島関係官 そうすると,中間試案のときと比べると,この片面的強行規定が適用される対象範囲は,多少縮小して考えていらっしゃるということになるのでしょうか。 ○山下関係官 おっしゃるとおりです。 ○福島関係官 分かりました。   整理できていないのですけれども,商法590条1項が運送人の過失を推定している中で,あえて旅客に立証責任を課すことには,なかなか合理性が見いだし難いのかなと思っております。実際そういう立法事実というか,実例がないというお話だったと思うのですけれども,仮にもしそういう事例が起きた場合に,もし消費者契約法の世界に乗っかってくれば,10条により個別に無効にするということが考えられるところなのですけれども,なかなか合理性がないということからすると,この片面的強行規定で立証責任を加重するような規定も,全部無効にすべきという考え方もあるのかなと思いましたので,この点は検討させていただければと思っております。よろしくお願いします。 ○山下分科会長 松井(信)幹事,どうぞ。 ○松井(信)幹事 御指摘の点についても考えたところではございます。   しかし,これまでの議論では,中間試案における「商法590条1項に反する特約」について,その内容が不明確であるという御意見が多々ございました。そこで,我々としては,モントリオール条約などを参考にして,しかも立法事実の認められる部分を基に,責任を減免する特約という点をまず商法に規定するということが,何より大事なのではないかと思いました。   御指摘の立証責任を転換するような場合が,例えばモントリオール条約においてどのように解釈されているのかは存じませんが,強行規定が適用ないし類推される余地があるのかもしれませんし,類推はされないけれども,民法の公序良俗違反として評価するのかもしれません。   ですから,結論として不当な特約が民法90条によって無効となる余地は十分にあり得ることを前提に,商法は,その中の典型的なもの,これを切り取って規定していると御理解いただければと思います。 ○山下分科会長 菅原委員,どうぞ。 ○菅原委員 今の御議論を聴いていて,若干分からない点がございましたので,もう一度論点を明確にしていただきたいと思います。先ほど590条における立証責任の転換ないしは加重・軽減のお話が一緒にされておりましたけれども,590条は過失推定規定ですから,損害賠償請求権の発生原因事実のうちの一要件である帰責事由,故意過失の立証責任の話が590条1項の議論だと理解しているところでございます。その点の整理なくして,ぼんやりと立証責任の加重だ,転換だ,軽減だというと,ミスリードの危険があるのではないかと懸念いたします。   例えば,損害の発生や損害額の立証責任は,請求者の側から動くことはないと思うのですね。ところが帰責事由のみならず,損害の発生や額の立証責任まで,漠として軽減だ,加重だと議論してしまうと,論点が曖昧になってしまうのではないか,少し整理をして御議論いただければと思いましたので,御発言申し上げました。 ○山下分科会長 藤田幹事,どうぞ。 ○藤田幹事 飽くまで内容の確認と若干の感想なのですが,松井(信)幹事の意見を踏まえますと,これはモントリオール条約を参考にということで,モントリオール条約の解釈については,確認するという,今何かはっきりモントリオール条約にはこうだとおっしゃらなかったとすると,この表現によって,法律上運送人に課されている立証責任を旅客に課すような種類の転換だとか,あるいは法律上,当然に旅客がここまで立証すれば認められるものを更に何か別のことまで立証しないと駄目にするといったようにするような請求原因事実の立証を更に加重するような特約も論理的には考えられるのですが,いろいろそういったものを今,菅原委員の言われたような意味での加重をした場合に,モントリオール条約でどうされるかというのがよく分からないとすると,この文言によってどうなるかについては,実は今の点についてどうなるかについては,明確に決めた提案ではないと理解してよろしいのでしょうか。   それとも,それは意図としてはそういうことははっきり扱っていないという整理で,ただし扱っていないけれども,裁判所が類推適用するかどうかまでは知りませんというレベルなのか,それはまずちょっと受け止め方として,どっちで受け止めればいいか分からなかったので,それが質問の点で,立法事実として,今そんな特約がないから,立法事実はないとおっしゃられたのですが,片面的強行法規にして,損害賠償額の減免ができないとすれば,当然そっち側に流れることは予想できるので,今ないからということをもって,今そういう種類の特約をしないから,立法事実がないというのは,幾ら何でも今後の立法を考える上で,どうかなと思う理由付けであったので,ほかにも理由があるのであれば,是非伺いたいと思いますけれども,ちょっと今言われた一つの理由については,幾ら何でもどうかなと思いました。それは感想です。 ○山下分科会長 松井(信)幹事,どうぞ。 ○松井(信)幹事 1点目については,まず少なくとも民法90条の適用があるという前提で,立証責任の転換については,判断が十分にできると考えています。それを超えて,分科会資料6の「責任を免除し,又は軽減する特約」という表現には直接は該当しないと思います。ただし,この規律を類推するという余地はなくはないのかもしれません。   2点目については,中間試案の規律が不明確であるとの指摘もありましたので,皆様の御意見を伺いたいと思います。 ○山下分科会長 今,1の(1)について,いろいろ意見が出ていますが,ほかの委員,幹事は,いかがでしょうか。   菅原委員,どうぞ。 ○菅原委員 河野参考人と塚越参考人から,特に1(1)の「遅延を原因とするものを除く」という,この遅延ないし延着についての御意見があったので,少し御紹介を含めての御発言を申し上げたいと思います。貨物・物品輸送に比べると,旅客の方が遅延・延着というものに神経質になる面があり,参考人お二人からも御議論が出されているのではないかと拝察いたします。   おそらく議論の対象は概ね二つあって,一つは遅延・延着の損害とは何か,また,損害の範囲はどこまでなのかという点です。因果関係の認定をも含め鑑みれば,物が損壊した事例と比べると,相当因果関係の範囲にある遅延損害とは一体何なのかイメージしにくいということがあろうかと思います。   それから,部会資料6の3ページにも記載があるとおり,どの程度の遅延により債務不履行になるかが不明確という点は,そのとおりだと感じます。運送契約違反と評価される程度の問題というのは,それぞれの立場あるいは御経験によって考え方も異なるのではないかと思います。   前者の遅延損害については,すでにコメントもさせていただいたところですので,これ以上繰り返しません。どの程度の遅延により債務不履行になるかという点は,確かに一般的には余り明確でないように思いますが,かといって,具体的に程度を法文に規定することは,運送手段による差異もあり,難しいことも事実でございます。そこで,航空運送実務における延着について御紹介だけしておきたいと思います。   米国運輸省,DOTでは,ターマックディレイ,すなわち長時間にわたる滑走路上の滞留のケースについて,4時間以上発生させないように努めなさいというルールがあります。仮に滞留が2時間以上に及べば,機内にて飲食物の提供を求められたり,旅客には30分ごとに情報提供しなければならないということになっております。   また,2009年の欧州ECJの判決では,3時間以上の延着に対して,金銭的な補償義務を認めたものがあります。   我が国ではどうかといいますと,余り参考になるような裁判例がございません。国際線の受託手荷物の延着について,1日遅れは許容範囲だが,手荷物が5日も遅れて役に立たなかったのは相当範囲を超えていると判示した,確か平成15年の仙台地裁だったかと記憶しておりますが,そのような裁判例がございます。   このように,同じ航空輸送においても,延着の程度というのは,それぞれのルールなり裁判例,事案によって大きく異なっているということを一応御紹介だけさせていただきました。 ○山下分科会長 加藤参考人,どうぞ。 ○加藤参考人 旅客船協会の加藤でございます。   本日の資料は,これまでの議論を本当にいろいろとまとめていただいた事務局の御尽力に敬意を表したいと思います。   私どものこれまでの意見に誤解が生じているといけないので,少し補足的に説明をさせていただければと考えております。   資料5ページの中ほど,ちょうど真ん中のあたりに,運送人に過失が認められる場合にまで,運送人の損害賠償責任を減免する特約を無効とするということは,被害者保護の見地から相当ではないというようにまとめていただいておりますけれども,私どもと致しましては,衝突とか乗揚げとか,いわゆる通常の交通事故のような場合にまで,誓約書を根拠に責任を逃れるというようなことは,考えておりません。   仮に現在の誓約書の書きぶりにそうした誤解を生じるような部分があって,今回の資料のこうした書きぶりにつながっているということであれば,今後そのような誤解が生じないように直していく必要があると考えております。   現在,旅客船におきまして,身体の状態から見て,輸送のリスクのある一部のお客様から,誓約書を取っているという事例がございますが,ここで改めて,そうした誓約書を取っている趣旨を御説明させていただければと存じます。   旅客船,他の交通機関も同様だと思いますけれども,そもそも医者は乗船しておりません。ですので,船内では医療行為はできない,あるいは緊急事態におきまして,医療機関までの搬送,これは航路によって様々ですが,ある程度の時間が掛かるということもございます。   そうした現実がございますので,お客様の健康状態が急に悪化したという場合の対応には物理的な限界が正直言ってございます。したがいまして,公共交通機関の最大の使命というものは,旅客の安全の確保ということでございますので,健康状態から見て,輸送に危険を伴うおそれのあるお客様は,原則として御乗船いただけません。   しかしながら,そうした,本来は乗船いただけない方であっても,そうした輸送のリスクを承知した上で,何らかの事情でどうしても乗船したいというニーズも少なからずございますので,そうしたニーズに可能な限り対応していくという観点で,特例としてこうした確認書なり,誓約書なりという形で,対応しているというのが現状でございます。言わば公共交通機関として,可能な限り様々なお客様のニーズを受け止めていくための一つの方策として行っているものでございます。   誓約書,確認書といったものを頂戴するに際しましては,もちろん,そのお客様に対しまして,先ほど申し上げましたような輸送に伴うリスク,これを御説明しておりますし,また誓約書を取っているか否かにかかわらず,これは全ての船もどういう場合でも同じですが,本当に船内で急病人が発生したとか,緊急事態が発生すれば,当然医療機関や海上保安庁に連絡して指示を仰いだり,可能であればコースを変更して,一番近い港に寄港して,可能な限りの対応というものは,当然行うこととしております。   いずれに致しましても,そうした,本来お乗せするべきでない方々に,特例としてお乗せするために,必要不可欠な手段としてお願いしているこの確認書,誓約書といったものまでが一切無効ということになりますと,公共交通機関,輸送の安全というものが第一でございますので,旅客の生命,身体を保護するために,本来輸送に耐えることのできない健康状態のお客様については,原則に立ち返り,乗船をお断りしていくということにならざるを得なくなってくると思います。   公共交通機関としてのなるべくいろいろなニーズに対応するという責務もある中で,やむを得ずそうした方向に進まざるを得なくなるということについては,大変残念なことと考えてもいるところでございます。   また,5ページの下から3行目のところに記載がございます,健康状態の申告義務ということについてですけれども,申告義務を課す範囲が極めて不明確であるというような御指摘もございますが,私どもとしては,これも例えば妊婦さんの場合であれば,平水区域の船であれば周産期の妊婦さんに限定するなど,その範囲に不明確な部分があれば,当然明確化していく必要があると思います。   資料5ページの最後の行から6ページの頭で,申告義務に関する結論が書かれておりますけれども,ここで社会的な弱者であることの多い人々に対して,不明確な内容の法律上の義務を課すことは適当ではないと指摘されておりますけれども,結論はともかくとして,こうした書きぶりには少し違和感を感じるところでございます。   現在,法律上の義務は一切現在ございませんけれども,実態上,一定の要件に該当する方には乗船前に御申告いただくということを繰り返し船の乗り場でアナウンスをしてお願いをしているところでございます。   これは単に私どもの業務の都合でお願いをしているというわけではございません。当該お客様に対しまして,先ほど述べましたような輸送に伴う様々なリスク,この情報を御提供し,それを理解した上で,乗船するか否か,御自身で判断いただく機会を設けるためにも,これは行っているものでございます。   したがいまして,申告をしていただくという行為は,旅客の生命,身体をお守りする上で,非常に重要な意味を持つというものだと認識を致しているところでございます。   結論としては,全て専門家の先生にお任せしたいと思うのですが,いずれに致しましても,そうした申告の持つ安全上の効果に全く言及することなく,ただ単に旅客に対する義務というところだけを強調される書きぶりになって,このような結論になっているということについては,少し残念に考えているところでございます。   以上です。 ○山下分科会長 道垣内委員,どうぞ。 ○道垣内委員 先ほどの加藤参考人の御意見ですけれども,確認書は今後もお取りになればよろしいのではないかと思うのです。と申しますのは,正におっしゃったように,特別なことはできませんよと,船の上には病院はありませんと,飛行機の上に行ってしまえば,雲の途中に病院があったりするわけではありませんということを説明するということは,大変重要なことです。しかし,その内容は当たり前の話であり,空の上に病院がない,海の上に病院がないのは当たり前の話で,そのときに病院に寄れなかったからといって責任を問われないことは,誓約書がなくても同じだと思います。あるいは波が来たり,気流が変わったりすれば揺れるのは当たり前の話で,そのときに揺れたからといって,責任を問われるということには,今現在でもなっていない。   したがって,確認書とおっしゃったり,誓約書とおっしゃったりするのは,正に説明のためにおやりになっている大変結構なことだろうと思いますが,それ以上に責任内容を変更する意味は持っていないのであり,そのことは今後も変わらないのではないかと思います。   さらに,申告についておっしゃいましたけれども,申告についても加藤参考人がおっしゃったように,正に説明を誰に対してすべきなのかということを見極めるために,申告してもらうのだということならば,それは今後もおやりくださるのが適切なことなのだろうと思います。しかし,法律の文言として申告義務があると書きますと,運送人側はその申告を受けて,特別な配慮をしなければならないというふうな効果につながってきがちなのであり,そういうふうな効果に結びつけないということが申告義務を課さないことの一つの理由にもなっているわけです。そしてまたおっしゃったように,座礁が起こった場合に,妊婦さんだけに対して責任は負いませんということにするわけではありませんとおっしゃったのですが,それはそのとおりなのだと思います。   そうならば,このような片面的強行法規が入ったからといって,実際の実務対応が大幅に変わってくるとは,私にはとても思えないわけであり,さほど問題がある話ではないのではないかと思います。   もう1,2点だけ申しますと,運休についてどうなるのかと,遅延だけではないのではないかという話なのですが,これは旅客の生命又は身体の侵害によるというものに限っておりますので,運休とか,私も12両編成のもので指定券を買っていたら,3両なくなったときに,乗れないということになって,悲しい思いをするというのは,今初めて知りましたけれども,しかしそうならばそうで仕方がないわけでありまして,それによって旅客の生命又は身体に侵害が生じるという場合は,なかなか想定し難いわけであり,特にそれを遅延に併せて書き込むということは,不要なのではないかと思います。   そもそも遅延を原因とするものを除くということ自体も,適切ではないのではないかという御意見もあって,それは重々分かるのですが,しかしこれは結局10時10分に着くと時刻表には書いてあるというときに,そもそもどういう内容の債務を負っているのかと,10時10分というのは予定到着時刻であって,そもそもいろいろな諸般の事情によって遅れるということは,そもそも債務不履行ではないということも十分あるのだろうと思います。   そうなりますと,遅延についてまで責任の軽減ができないというふうなのは,ちょっと実際上は難しいのではないかなという気が思います。それは,最後の発言に関しては根拠が不十分かもしれませんけれども,以上です。 ○山下分科会長 松井委員,どうぞ。 ○松井委員 今,道垣内先生がおっしゃられたところと同じところで,塚越参考人が言われた運休の件と遅延の件なのですけれども,運休には因果関係等もないということで,責任は発生しないとなるかと思います。   ただ,実際のシチュエーションで考えますと,天候が悪いが不可抗力というほどではない場合,運送事業者さんとしてどういうふうに考えるかと言えば,遅延は駄目だが,運休は責任を負わないということになると,遅延の場合の免責がないとすると,公共交通機関としては飛ばないという選択が増えてしまうのではないかと懸念されます。そういうことが果たして適当かどうかということからいくと,遅延の免責というのは残した方が良いのかと思うところが1点でございます。   同様に,ここでは重病人という言い方をしていますけれども,重病人というよりも,多分急病人とか事故のようなケース,緊急の場合というのは,もう少しお考えいただいた方がいいのではないかと思います。   そもそも,ドクターヘリとか整ったところの地域であれば良いのですけれども,必ずしも事故はそういう設備があるところで起こるわけではありませんので,そういうところでも公共交通機関の方に運んでいただくことによって,助かる命が10あって,その中で不幸にして事故が1というのも高すぎますけれども,あったとしても,助かる命,10の方を運んでいただく。そのときに皆さんが抑制的になり,何か複雑な手続が必要になって運ばれないということよりも,多くの命を助けていただくという意味においても,緊急なケース,急病人というか,そういうケースはやはり更に御検討いただければと考えます。   3点目は,これも道垣内先生のおっしゃったところで,加藤参考人の言われた誓約書の話なのですけれども,内容の説明という意味においては,今の法律の下でも,通常の民法上の責任を負っているものについては,妊婦又は重病人以外と同じ責任を負うのだと思います。けれども,私が懸念しますのは,そういった紙の中に本当に一部の医療機関ですけれども,何か手術をするとき,もう訴えることはできませんというような錯覚を一般の人に与えるような書類もあります。そういう意味では,こういった形の誓約書による運用というのは,必ずしも実務的には良くないこともありますので,余り誓約書型の運用というよりは,法律できちんとルールを決めた方が良いのかと個人的には思っています。これは全くの感想にすぎません。よろしくお願いします。 ○山下分科会長 どうぞ。 ○髙桒関係官 国土交通省の髙桒でございます。   国土交通省としましては,これまで本分科会や事務局への情報提供を行うとともに,甲案,乙案,それぞれについて,この分科会における御審議や,パブリック・コメントの意見提出を見守ってまいりましたが,旅客に関する運送人の責任に関しまして,本日事務局より一定の方向性が示されたことから,当省としての考えを述べさせていただきます。   具体的には,この分科会資料6で示された記述のうち,急病人,重病患者,周産期の妊産婦等,リスクの高い運送をする場合の特約について,強行規定の例外を置くか否かについては,更にこれから申し上げる点を念頭に置いて検討することが必要かと思われます。   具体的には,現在各交通モードにおいては,認可約款,標準約款等の内容に加え,同意書,誓約書等の特約を用いて,これに基づき運送が行われております。   これらの特約のうち,先ほどから話も出ておりますが,民法や消費者契約法,更には各事業法の規定の趣旨に照らし,規定ぶりをより適正化した方が良いものがあるというのは,そのとおりだと思いますが,他方,仮にこうした特約のうち,590条1項の規定の内容を修正するものが一切認められなくなった場合には,パブリック・コメントでも意見が提出されておりますが,周産期等の妊産婦,重病患者,急病人等の運送についても,運送の引受けのちゅうちょが発生するおそれが本当にないかと言えますでしょうか,ということを申し上げたいと思います。   どういうことかと申しますと,まず海上運送法や道路運送法の規定には,乗合バス,タクシー,それから旅客船について,旅客の運送の引受義務というものが規定されておりますが,当該規定,下位命令の規定,更には認可を受けた運送約款に基づいて,一定の場合には適用が除外されております。   例えば,当該運送に関する設備がないとき,当該運送に関し,申込者から特別な負担を求められたとき,それから旅客が付添人を伴わない重病人であるとき,旅客が感染症の患者等であるとき,それから旅客が年齢,健康上その他の理由によって生命が危険にさらされ,又は健康が著しく損なわれるおそれのある者であるときなどの場合についても,列挙されております。   すなわち,周産期の妊産婦,重病患者,急病人等が全て該当するかどうかは別途検討が必要ですけれども,例えば,年齢,健康上その他の理由によって生命が危険にさらされ,又は健康が著しく損なわれるおそれのある者などのカテゴリーの方については,公共輸送機関である旅客船等についても,運送の引受けを拒絶することが可能となっているわけでございます。   しかし,そうした制度の下でも,先ほど参考人の方からもお話がありましたが,一定の特約を認めることによって,旅客の利便のために,あえて事業者がこうしたリスクの高い運送を引き受けることは可能になっていると承知しております。このような運用は,程度や内容の差はあれ,様々な交通モードにおいて行われていると承知しております。   かかる現状につきまして,仮にこうした運送の場合にも特約の内容が完全に無効,あるいは一部無効とされるとすれば,次に述べる二つの問題点が生じると考えております。   一つ目は,引受けの拒絶のおそれです。   運送事業のうち,航空,鉄道,旅客船等につきましては,公共交通機関として,他の多くの旅客に対する運送の義務を負っております。そうした中で,リスクの高い運送を行うことは,大きな負担を伴うものである以上,特約を結ぶことが認められなくなれば,引受けをちゅうちょする可能性がございます。   こうした事態を防ぐということは,単に交通事業者の事業の安定的な運営につながるのみならず,特約の内容を承諾した上で運送を利用することができる旅客本人の利便にも資することとなります。   旅客の生命及び身体が重要な法益であるということは関係者全てが認めるところですが,他方で,旅客が求める運送サービスそのものへの道が閉ざされることとなってはならないと存じます。   さらに,こうした妊産婦等の交通の需要が適切に充足されないような場合に,ドクターヘリ,自衛隊航空機など,緊急的かつ例外的な輸送のみしか頼るものがないということになれば,離島,過疎地を始めとするいわゆる条件不利地域の生活水準というものが現在以上に低下することとなり,憂慮されるべき事態と言えるのではないでしょうか。   二つ目の理由は,一つ目とも関連しますが,新たなサービスの創出の阻害でございます。   例えば,お産の陣痛の際には,救急車を一般的に利用することがないため,マタニティタクシーのようなサービスについて,都市部,地方部を問わず現在広がりを見せております。しかし,リスクのある運送について,特約が一切認められないとなると,こうしたリスクのある運送であるが,社会的には必要であるサービスを新たに生み出すことへのちゅうちょが生まれることにはなりませんでしょうか。これでは,一つ目の話と同様になりますが,旅客が望む運送サービスそのものへの道が閉ざされることとなりませんでしょうか。   以上のように,こうしたリスクのある運送の分野につきましては,旅客に不利な特約を無効とする強行規定が導入された場合の負の影響が懸念される一方,現在の商法第590条第1項の運用において,特約の存在に関し,大きな問題が生じているとは承知しておりません。   こうしたことから,中間試案の甲案に賛成する意見,あるいは乙案を仮に採用する場合であっても,災害時等と並んで,病人等についても例外とすべきという意見が提出されているものと承知しております。   最後に,これらの点を踏まえますと,仮に分科会資料6のように,旅客に対する運送人の損害賠償の責任を減免する特約を無効とする強行規定を新たに導入するとすれば,遅延の場合の損害への適用除外,災害時の運送への不適用に加えて,規定ぶりに様々な可能性はあると思いますが,例えば先ほど申し上げた,年齢,健康上その他の理由によって生命が危険にさらされ,又は健康が著しく損なわれるおそれがある方など,本来運送の引受義務が発生しないような一定の属性の方を特別に運送する場合についても,強行規定の例外とする考え方があるのではないでしょうか。 ○山下分科会長 道垣内委員,どうぞ。 ○道垣内委員 ちょっと伺いたいのですが,「さらされる」というのは,何によってさらされるという意味なのでしょうか。運送によってさらされるという意味なのか,ほっといてもさらされているという意味なのか。私の理解では,運送によってさらされるという意味なのではないかと思うのですが。 ○髙桒関係官 例えば事故のような他の旅客も正に危険にさらされるものについては,そこに入らないと思いますし,例えば病人固有の事情によるものであれば,590条の過失責任の外の話になろうと思います。ただ,実際に判例等が出たわけではありませんので,我々の方も確たる答えが難しいところでございますが,例えば旅客に固有の事情に加えて,気象,海象による事情もあり,かつそれに非常に軽微な運送人側の過失などが混ざって,複合的に何か生じた微妙なケースとして,危険にさらされたということは,可能性としてあり得るかと考えております。 ○道垣内委員 今一歩よく分からなかったのですが,私が申し上げておりますのは,今現在ここにほっておけば死にそうな病人がいるというときに,その人は死亡のリスクにさらされているわけですよね。しかし,それは引受拒絶の理由におけるさらされるというのとは異なり,引受拒絶の理由に関して,「さらされる」というのは,運送をすることによってさらされるという意味なのではないでしょうかと伺ったのですが。 ○髙桒関係官 運送によってさらされる,ないしさらされることが加速するということと思います。 ○道垣内委員 そうすると,運送しない方がいいのではないですか。 ○髙桒関係官 運送自体には,そういうリスクが一定程度あるけれども,その運送が終わった後で,生命がより危険にさらされない環境に身を持って行くために,運送をお使いになるということは十分にあり得るかと思います。 ○道垣内委員 そうなると,「さらされる」の解釈の問題ですね。 ○髙桒関係官 ですので,規定ぶりについて,その言葉を使うことが良いとは,決して申し上げてはおりません。そういった何らかの例外を置くこともあり得べしということで申し上げました。 ○山下分科会長 河野参考人,どうぞ。 ○河野参考人 今の関係官の方の御発言は,旅客側からすると非常に残念な御発言だと思います。   今条件付けされた重病人の方であれば,国の最低限の保障として,救急車なりドクターヘリなりを優先的に使える方について,おっしゃっているのかなと思いました。   先ほどから私自身事業者の方の御事情というのは,多々あると思いますし,このような場合はどうなるのだという御発言は,確かにそこはできるだけ共感を持って伺っておりますけれども,先ほどから強調されているように,公共交通とか,大量の方を安全に目的地まで運ぶという大前提からすると,なぜそもそも過失の推定規定である590条に事業者の方が自分たちのミッションを的確にやって,それをきちんとやったということを証明すれば,過失は問われないという状況だと理解しておりますから,それに対して,さまざまな懸念があるとは言え,外縁的な事情がたくさん出されて,この規定を設けることに反対されるのか,私自身もよく分かりません。 ○山下分科会長 塚越参考人,どうぞ。 ○塚越参考人 道垣内委員がおっしゃるように,例えば運休の場合とかで,生命,身体の侵害というのが因果関係ある損害として考えられるケースというのはほとんどないと,皆さん御理解いただいて,割り切っていただければ,余り問題はないのですが,例えば運休になったことによって,予定していた病院に行けなくなったので,ちょっと体の調子が悪化したとか,そういうこと,理論的に言えばそれは因果関係がないということで整理できればいいのですが,特約があることで,そういうことには応じられませんという方が事業者にとっては,簡単にというと語弊はあるのですが,きちんと平等な形で処理しやすいという事情もあります。先ほど河野参考人がおっしゃったように,事業者としてはきちんとやるという気持ちはもちろんあるのですが,そういう特約みたいなものを置くことによる一定の意味も,ちょっと御理解いただきたいというのが一つあります。   あともう一つは,先ほど道垣内委員もおっしゃられたように,例えば病人だと,私はこういう病気を持っているのですと申告を受けたからといって,特別な配慮義務が生まれるわけではないということが,これも何らかの形で明確になっていれば,皆さんに御理解いただいていれば,事業者としてもそれほど大きな問題だとは思わないのですが,必ずしもそれが保障されるものではないのかなという不安があるのですね。   例えば,私はこういう病気を持っていると言ったではないかと,それであればもう少し静かに運転してくれればよかったのにとか,そういうことを言われることを,事業者としては,不安に思っているということを付け加えたいと思います。 ○松井(信)幹事 先ほどから,運行不能や故障の話も出ておりまして,約款の中で遅延と別に丁寧に書き分けているというのであれば,それはすばらしいことかなと思いますけれども,例えば運行不能で,次の便をキャンセル待ちで待つとかという場合には,大きく見ると,遅れて目的地に着いたとして,遅延に当たる余地もあり得るかなとは思います。この点については,法律でどのような抽象度で書くか,それを具体的に約款でどう書くかという中で,解消される余地もあるかなという印象を受けました。 ○山下分科会長 ほかにいかがですか。   どうぞ。 ○金子関係官 先ほど河野参考人がおっしゃられた,事業者の側で注意義務を果たしていればいいはずなのに,どうしてそれがそうやりますと言い切れないのかという点については,もちろん先ほど加藤参考人の方から発言があったように,旅客船事業者でいいますと,各旅客船事業者はそのように努めてきているところだと思っていますし,そうあるべきだと所管行政の立場としても感じております。   ただ,なぜ運送をちゅうちょする例があるのではないかという点を行政として懸念しているかと申し上げますと,事業者といっても,個人経営に近いような業者も多数ございます。へき地で輸送しているような業者には,そんなところが多くございます。ただ,そういう場所で,本当にリスクが高くて,例えばドクターヘリも飛べないような状況だけれども,船だったら行けるという場合がかなりレアケースであることは承知しておりますけれども,ございます。   そういったときに,医療知識が全くないような中小の事業者が適切な判断をそこで果たしてできるかどうか。業界の慣行がしっかり確立されていればいいというところは,当然あるのだと思うのですけれども,一方で,当日の気象,海象によって,採り得た措置が全然違うとか,あるいは業界の慣行といえども,事業者の体力によって採り得るものがまた違うといった,現状何をやれば正解なのかがよく分からない状態なので,中小事業者になればなるほど,安全にお運びする自信がなく,リスクを考えると,どうしてもちゅうちょしてしまうという例があるのではないかということを,懸念しておるという次第でございます。 ○山下分科会長 ほかにいかがでしょうか。 ○道垣内委員 その中小の事業者は,現在特約を結んでいるのですか。 ○金子関係官 様々です。特約を結ばず運んでいる者もいないわけではないですし,特約を結んで運んでいる者もいます。我々の方で把握していないものもあります。 ○藤田幹事 全く同じ質問をしようとして,要するにこの規定の影響があるのは,特約を結ぶことで,運送を引き受けている人が相当な数いて,その人たちは特約なしではやらないという,そういう事実があればの話なのですが,危なくて,そんな自信がないから運ばない人,一般の問題ではないのですね。飽くまで特約によって運ぶことを実行している人たちだけの問題ですので,そこをちょっと明確にしていただきたいなと思っただけです。 ○山下分科会長 箱井幹事,どうぞ。 ○箱井幹事 全くそのとおりで,特約を認めないことによって運ばれない人がたくさん出てくるという点は,先ほどの関係官の方から,実質的な問題を含めて,御紹介がありましたが,これはきちんと考えていかなければいけない問題だと思います。   その際に,切り分け方が問題になりましょうが,具体的に先ほど国土交通省の方からお話がありました。あれは締約強制が掛かる場合の解除の基準を参考にされたのでしょうか。 ○髙桒関係官 一つの例として……。 ○箱井幹事 ただ,それは締約強制が掛かってきて,原則としては引き受けなければいけないけれども,よくよくだという場合は強制が解除されるという,かなり極端なケースですね。今ここで問題になっているのは,もう少し広い,病気とかであって,先ほどのような生命の危険があるとか,健康が著しく損なわれるおそれというものとは,若干基準は違ってくるのかなと,その基準をそのままスライドするということにはならないのかなという印象は持ちました。 ○山下分科会長 ほかにいかがでしょうか。   今日の頂いた御意見では,この1の(1)で片面的強行規定にするということについては,多数の御意見としては,異論はないということではないかなと思いますが,運送の遅延を原因とするというあたりの例外について,なお検討する余地があるのかなという点と,(2)について,災害のほかに急病等の事由というのを何か付け加える必要があるかどうかと,そのあたり問題が提起されていたかと思いますので,その辺どういう結論を出すのがいいか,なお事務当局の方へ詰めていただくということでよろしいでしょうか。 ○松井(信)幹事 ありがとうございました。   今,分科会長がおっしゃったとおり,特に2ページの(2)の災害が発生した地域における運送と,このあたりをもう少し狭めるべきという御意見もあり,片や緊急性というものを重視して,もう少しいろいろな場合を考慮した方がよいという御意見も頂きました。   確かに,これだけで書けていない部分もあるのかもしれません。ただ,それによって余りに広くなりすぎるということも,よろしくないのかもしれません。ですので,もう少し様々な場合を考えながら,それでいて過度に広がりすぎず,皆様がお考えになっている旅客の安全,これが大事だということは皆様共通だと思いますので,救急搬送など,そういう場合も含めながら,引き続き検討させていただきたいと思います。   もう1点,議論の中で,責任の減免の規定だけ規定することが適当かというお話もございました。   この点は,立証責任の点もございますが,更に,旅客側に何らかの負担を課すとか,抽象的に考えると,旅客の負担が増えるもの全てという仕切りになってきて,それは,結局は中間試案でいっていた590条1項に違反するものみたいな形になってきてしまうわけなのですが,それですと,何を意図しているのかが不明確であるという御指摘もあります。   かといって,それを一つずつ全部列挙していくということもなかなか困難であるということで,一番典型的な事例をこの(1)で掲げ,残りは民法90条により判断すると考えたところではございます。この点につきましても,御指摘をいただきましたので,並行して考えたいと思います。 ○山下分科会長 それでは,なおそのあたりを検討していただくということですが,何かこの際,追加でございますか。   よろしいでしょうか。   それでは,1については,以上のようになお検討して,次回にまた御審議いただくということに致しまして,2の「旅客による危険物の持込みについて」に進みたいと思います。   まず,事務当局から説明をお願いします。 ○山下関係官 旅客による危険物の持込みについて,御説明いたします。   前回会議では,旅客が列車内に持ち込んだ危険物により生じた重大事故に関連して,ガソリンなどの各種運送に共通する危険物については,商法において,旅客が危険物の申告義務を負う旨の記述を設けるべきである旨の御意見がございました。   旅客による危険物の持込みにつきましては,分科会資料6の7ページと参考資料3に記載しましたとおり,現行法上,バス,タクシー,鉄道,船舶,航空機などの各モードの特性に応じて一定の規制がされており,その違反に対しては罰金などが科せられているものも多く見られます。   このように,旅客による危険物の持込みにつきましては,基本的に法令で許容される以上の危険物の持込みは許されておらず,また刑事罰により担保されているのであり,そのような公法上許されないことをしようとする旅客に,申告義務を課すような制度を商法に設けることは,法制的に困難であると考えられ,また船舶については告示で定める危険物を船長の許可を受けて持ち込むことが想定されていますが,そのような場合には,許可を受ける前提として,危険物を船長に申告しているので,商法上危険物の申告義務を課す必要はないものと考えられます。   また,前回会議では,鉄道について,危険物を車内に持ち込むこと自体が禁止されているので,旅客から危険物を持ち込むことについての申告があったとしても,乗車拒否をすることしかできず,結局は車内に危険物を持ち込ませないような監視体制などを整備するほかないという御意見もございました。   これらを踏まえ,旅客が運送機関内に危険物を持ち込む場合に,商法上,その申告義務を課すべきであるとの考え方について,御意見があればお願いいたします。 ○山下分科会長 それでは,ただいま説明のありました部分につきまして,御自由に御発言をお願いいたします。   加藤参考人,どうぞ。 ○加藤参考人 この危険物につきましては,改めて御整理いただきましたことにつきまして,感謝を申し上げたいと思います。   私が前回申し上げましたのは,そもそも,危険物に対して申告義務を課すということが安全の向上につながるのではないかと,だからこそ貨物の方については,申告義務が入ってきたのではないかと考えましたので,旅客についても,同様の規定があれば,更に安全になっていくのではないかという素朴な発想でございました。   それと,安全法規の中では,危険物の持込み禁止規定というのは,基本的に貨物であっても,旅客であっても,同じように禁止されています。安全法規の中では,貨物も旅客も共通に禁止されているのに,商法の方では,貨物については申告義務を課すという結論だけれども,旅客については元々禁止されているから,持ち込んだら駄目なので,申告させてもしようがないという,そういう理由で必要ないという結論になっている,その理由付けがちょっと不思議に思ったものですから,もう一度の整理をお願いできないかというふうな話をさせていただいた次第でございます。   船について申し上げますと,危険物の持込みの禁止規定は旅客船であろうが,貨物船であろうが,同じ条文で同じように禁止されているわけなのです。同じような禁止の仕方ぶりであるにもかかわらず,片や貨物として持ち込む場合は申告義務があって,旅客が携帯として持ち込む場合であったら,申告義務がないというのは,少し不思議だなというところもあったものですから,非常にそういう素朴な疑問として,もう一度の整理があった方がいいのではないでしょうかというお話をさせていただいたつもりでございます。   改めて申し上げますと,結論として申告義務が商法上不要であるという御結論について,特に異論を申し上げるつもりはありませんが,そもそもの私の疑問点というのはそこにあって,少しそういうお話をさせていただいたということでございます。   ちょっと補足でございますけれども。 ○山下分科会長 ほかにいかがでしょうか。   特にございませんか。この点については,申告義務を商法上規定するのは難しいのではないかという,このペーパー,分科会資料の結論ですが,そういうことで,結論については御異論ないということでよろしゅうございましょうか。   それでは,2についてはそのようなことで御了承いただいたということにさせていただきます。   そうしますと,ほかに今日のところで特にございませんか。   そうしますと,本日予定していた事項は以上でございますので,本日の審議はこの程度にさせていただきます。   次回の議事日程等につきまして,事務当局からお願いします。 ○松井(信)幹事 次回は10月28日,水曜日,午後1時半から午後5時半までの予定となっております。場所は未定でございますので,おってまた御連絡を差し上げます。   今日の御審議を踏まえまして,この旅客運送関係全般の要綱案のたたき台というものをお示ししたいと思います。期日間にできる限り皆さんの御意見を伺いながら,微妙なところは調整していきたいと思いますけれども,場合によっては,10月28日の会議は多少長引くこともあり得るということをお考えいただければと思います。   次回にある程度固めたものを前提に,その次は来年1月になります。1月の時点では,別途商法部会において物品輸送について審議しておりますけれども,そこの姿も出来上がってまいりますので,それと統合した上で,最終的によろしいかどうかをお尋ねするということを考えております。   以上でございます。 ○山下分科会長 それでは,よろしくお願いいたします。   本日はこれで終了いたします。ありがとうございました。 -了-