法制審議会 民法(親子法制)部会 第4回会議 議事録 第1 日 時  令和元年11月26日(火)自 午後1時30分                      至 午後5時28分 第2 場 所  東京地方検察庁1531号会議室 第3 議 題  民法第772条の嫡出推定規定の見直し        嫡出否認制度の見直し(1) ―否認権者に関する規律の見直し―(続き)        嫡出否認制度の見直し(2) ―否認権の行使期間に関する規律の見直し―        認知に関する規律の見直し 第4 議 事  (次のとおり) 議        事 ○大村部会長 それでは,予定されております時刻になりましたので,法制審議会民法(親子法制)部会の第4回会議を開会いたします。   本日も御多忙の中,御出席を頂きまして,誠にありがとうございます。   なお,本日は,磯谷委員,山本委員,そして,幡野幹事が御欠席と承っております。   次に,審議に入ります前に,配布資料の確認をさせていただきます。事務当局の方からお願いいたします。 ○小川関係官 今回の配布資料は,事前にお送りしました部会資料4になります。 ○大村部会長 よろしいでしょうか。   それでは,本日は,嫡出推定制度に関する規定の見直しのうちの否認権に関する規律の見直し,このうちの前回積み残し部分の,生物学上の父に否認権を拡大することについてという項目と,否認権の行使期間に関する規律の見直し,それから,認知に関する規律の見直しにつきまして,御審議を頂く予定でございます。   最初に,否認権者に関する規律の見直しのうち,前回の積み残し部分につきまして,御議論を頂きたいと思います。   前回から大分時間がたちましたので,初めに事務当局の方から,前回の資料,部会資料3の該当部分について,説明をお願いいたします。 ○小川関係官 それでは,御説明いたします。   前回配布の部会資料3の16ページの4を御覧ください。   前回御説明したとおり,生物学上の父を否認権者とすることについて記載をしております。   生物学上の父が,遺伝上のつながりがある子の法律上の父となるためには,その前提として,民法第772条によって推定される父子関係を否定しなければならないため,そのために否認権を行使したいと考えることが予想されます。他方で,生物学上の父の意思のみによって,法律上の父子関係を否定することを認めると,既に存在している夫婦の家庭の平穏や子の利益に反するおそれが多いとの指摘等もございます。   これらを踏まえまして,生物学上の父に否認権を拡大することについて,御議論をお願いしたいと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   前回の積み残しの部分ですけれども,今御説明がありました生物学上の父に否認権を拡大するということにつきまして,御意見を頂ければと思います。   どなたでも結構ですので,お願いを致します。 ○髙橋委員 この部会は,一応,無戸籍問題ということを踏まえて,できている部会だと思うんですけれども,無戸籍というのは,前の夫にDVがあって,女性の方が逃げていたりして,新しい男性との出会いがあって,子どもが生まれていると。そういう状況を考えて,DVで逃げている状況というのは,やはりちょっと,いろいろな事情を抱えている方がいらっしゃることが想定されるのではないかと思うんですね。   そんな中で,肝腎の母親の方が精神的に,余り法律を何か行使できるというような状態ではなかったり,あるいは,もっとひどい場合には,ちょっと行方が分からないとか,いろいろな事情があると思うんですね。そういうときに,子どもを実質的に保育,養育しているのは,血縁上の父であると。   そうすると,実務の手続において,否認とか何か考えるにしても,頼りになるのは血縁上の父ぐらいしか,なかなかいないと。そういうような場合というのはあり得ると思うんですけれども,そういうようなことを思い浮かべると,やはり否認権を認める必要があるのではないかと。そんなことをちょっと考えるんですけれども,その辺り,どう考えたらよろしいでしょうか。 ○大村部会長 ありがとうございます。   必要がある場合がありはしまいかという御指摘かと思いますけれども,これにつきまして,あるいは,その他の点につきましてでも結構ですので,御意見を頂ければと思いますが,いかがでしょうか。 ○棚村委員 確かに髙橋委員がおっしゃるような実情やニーズがあるかもしれないのですけれども,やはり嫡出推定を受けて,その子どもとの父子関係を覆す権利者として,どういう人がふさわしいかというときに,やはり生物学上の父とか血縁上の父に広げますと,母との関係性とか,それから共同生活の実態とか,ある場合も,もちろん遺伝的な関係はあるかもしれないんですけれども,そういうことについて,多様であるということと,それから,もう一つはやはり,縛りを適当に掛けるために,共同生活があって,例えば子どもについて,生活を共にしたり子として受け入れているとか,そういう要件を仮に課すとしても,やはり縛りの掛け方が難しいのかなという感じはします。   それで,母親の否認権を認めるかどうかでも,今,かなり議論があって,母親に認める,子どもにも認める,両方に認めるという考え方もある中で,生物学上の父については,髙橋委員がおっしゃるようなニーズはあるんだろうとは思いますけれども,どういうふうに,ただ生物学上の父だという主張をすればいいということになると,第三者にかなり幅広く広げてしまうということになって,子どもの地位の早期確定とか家庭の平和,あるいはプライバシーを守るというような観点からいくと,やはり,なかなかそこまで,ちょっと広げるのは難しいのかなという感じがいたします。 ○大村部会長 ありがとうございます。   この点につきまして,ほかに御指摘や御意見があれば頂きたいと思いますが,いかがでございましょうか。 ○中田委員 髙橋委員が御指摘になられた状況で,別の点なんですけれども,前夫も,生物学上の父でありつつ,しかし,772条を改正して,離婚から300日以内の推定が外れるということになると,生物学上の父の資格をもつことになると思います。   仮に生物学上の父の否認権を認めるとすると,前夫から言ってくる可能性が排されないのかなと思うんですけれども,それは,多分,生物学上の父を否認権者から除外すると,同じように外されることになると思うんですが,紛争類型としては一つ,また特殊なものとしてありそうな感じがしますので,772条の改正の在り方と併せて検討することがいいかなと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   生物学上の父といったときに,規律の仕方によっては,前夫が入ってくることがあって,それを他の場合と区別して考える必要があるかもしれないという御指摘かと思いましたけれども,何かありますか。 ○中田委員 区別してというか,最終的な規律は同じになるとしても,紛争類型としては独立したものがあるだろうから,それを意識して検討するといいという趣旨でございます。 ○大村部会長 ありがとうございます。   ほかにいかがでございましょうか。 ○垣内幹事 私自身は,この点について,何か確たる方向性を持っているということではないんですけれども,今,棚村委員の御発言にもありましたけれども,恐らく,部会資料でも指摘されていますように,およそ生物学上の父であれば,どんな場合でも常に否認権ありというようなことを考えるのは,かなり無理があるということで,認めるにしても,一定の場合に絞るということが必要になるのかなと思います。   その例として,これまでに資料の御提供を頂きましたドイツ法の考え方などもあるようですけれども,そういった絞り,限定で,十分に合理的なものといえるのかどうかといったところの評価が決め手になっていくのかなというふうに考えていますので,その辺りの整理を進めていくことによって,方向性が,あるいは見えてくるのかなというふうな気がしております。 ○大村部会長 ありがとうございます。   今まで出た御議論は,一方で,生物学上の父について,認める必要があるのではないかということですけれども,必要な場合というのがどういう場合であって,他の人で代替できないのかといった方向と,それから,認める必要があるということになった場合に,無制約というわけにいかないので,どういう基準で枠を設けるべきなのかといったことが論点として出ているかと思いますけれども,ほかにいかがでしょうか。 ○窪田委員 今まで出てきている話に,特に付け加えるものではないのですが,髙橋委員に少しだけお聞きしたいのは,生物学上の父に,やはり否認権を認める実質的な必要性があるという場面について,私自身がまだ,十分にちょっと理解できていない部分もありましたので,お聞かせいただければと思います。   母に否認権を認めたとしても,母が法律のことに疎かったり,あるいは,それだけの十分な能力がなければ,母の否認権を期待できないということではあったのですが,そうした状況を前提として,一定の制度を組み立てるということのニーズというのが,私自身には,少しまだ,よく分からなかった部分もありますので,御説明を頂けたらということです。   ちょっと背景を説明させていただきますと,生物学上の父であるということを理由として,否認権を認めるというのは,多分,現行の親子法制にとって,すごく大きな変更をもたらすことになるのだろうと思います。血縁関係があるということを前提として,法的な親子関係を組み立てるというのは,仕組みの前提にあるとしても,しかし,出来上がった法的な親子関係に関しては,血縁関係だけで簡単に覆すことはできないということもありますし,ある意味で,血縁上の父に,それだけの理由で否認権を認めるというのは,その意味での親子法制に大きな変更をもたらすものだとも思いますので,その点を含めて,もう少し実質的なニーズということについて,教えていただければと思いました。 ○大村部会長 ありがとうございます。   今の御質問について,もし髙橋委員の方からお答えいただけるのあれば,お願いしたいと思いますけれども,その前提として,先ほど棚村委員からも御指摘がありましたが,必要性や妥当性という問題と並んで,親子法制全体のシステムの中で,このようなものを入れるものをいれてよいのかという,制度的な整合性,あるいは原則との調和といったことも問題になるだろうという御指摘がありましたので,それを踏まえた上で,それでも認めるべき必要がある場合とはどのような場合なのかということについて,何かあればお願いいたします。 ○髙橋委員 そうですね,実情という点では,私自身,直接そういう案件を受けたということではないので,余りリアリティー持った説明はできないんですけれども,ただ,弁護士として,いろいろな人の相談を受けたり,いろいろな案件を扱ってみますと,やはり,ああ,何か頼りになる人が誰もいないなみたいな,この人がキーパーソンで,もしこの人に何か任せられたらなみたいな場面というのは結構あるんですね。   そういうところの想像と,やはり無戸籍なんていう事態が生じるということ自体も,結構,なかなか想像するのが難しいような状況なのではないかと思うんですよ。そういうことが現に起きている中で,想像したようなことなんですけれども。 ○大森幹事 少し補足させていただきます。   無戸籍になる当事者もしくはその母親の方々は,いろいろな事情を抱えている方がほとんどです。少なくない方が,精神的にも病んでいたり,追い込まれていたり,気力が失われていたりといった状況にあります。その原因についても,前夫の熾烈なハラスメントを受けてきた,死ぬのではないかと思うような体験があったなどの事情があり,前夫を相手に何か手続をするということを考えるだけでも恐ろしい,前夫に子どもができているということを知られることも恐怖だというような方が,無戸籍で残っている中の多くではないでしょうか。   その中には精神面が非常に深刻な方もいらっしゃいます。はたから見ても,およそ適切に手続をしていただくというのは難しいだろう,期待できないだろうという方もいますし,あるいは,母親も失踪してしまっていて,実際,残った血縁上の父が養育されているというようなケースもないわけではありません。このように,戸籍に子どもを載せる手続が期待される人としては,血縁上の父だけというケースも一定数あると理解しています。   棚村先生などがおっしゃるように,そこを認めることについて,いろいろハードルがあるということは理解しているのですけれども,固有の否認権を血縁上の父に認めるのか,あるいは,子の代理という構成,つまり否認権を代理行使する者として,一定の場合には,親権停止なり未成年後見という手続を経るというような形で,血縁上の父が代理行使できるような道があるのかも検討する必要があると考えています。   ただ,後者ができるとしても,非常に狭い場合,ケースに限定されてしまう可能性もありますので,それで果たしていいだろうかという問題点もあると考えています。 ○大村部会長 ありがとうございます。 ○久保野幹事 すみません,今の議論の中で,少し気になります点としまして,DVのケースですとか,それによって精神的な疾病ですとか,気力を失ったり,失踪,行方が分からないような過酷な状況というのがあり得るという御指摘は,非常に重視して捉えるべきケースだと一方で考えておりますけれども,他方で,そのような状況に陥っている当事者の,典型的には女性に対して,どのように正当な権利行使なりを行っていけるようにするかや,どのような支援ができるかということと併せて考えていくことが重要だと思います。御発言ももちろん,そういうことの重要性を前提になさっていると思いますが,そのようなケースへの対応ということと,親子法の制度で手当てをするということのつながりについては,先ほどから指摘のありますとおり,慎重に見極めていく必要があるというふうに改めて思います。   それで,生物学上の父に現実的には,子どもの利益を守っていくために動いてもらうことを期待するしかない場面があるというのは,そうなのかなと思って伺いましたけれども,一方で,最後の方に未成年後見に言及がございましたとおり,そこで生物学上の父に期待されている役割というのは,ある種,子どもの利益を守るための,半ば公的なと申しますか,そういう役割のようにも思いまして,先ほど,別途指摘ありましたように,生物学上の父であるということが,ここでの申立権としての請求権の根拠になるとすると,非常に重大な影響を制度的に与えるといったことなども考えますと,ちょっと現実的な提案からは離れるかもしれませんが,子どもの利益を守るために,一定の場面で検察官が働く場面があるといったような,そういうものにちょっと近い発想で考えてみた方がよいのかなと思いました。   先ほど挙がったような未成年後見というのも考えられるのかとは思いますけれども,その根拠について,もう少し考えてみる必要があると思いました。 ○大村部会長 ありがとうございます。   ほかに,この問題について御発言はありませんか。 ○大森幹事 今のお話に関連してですけれども,未成年後見で利用できないかということはあるにしても,いろいろそこも問題があると申し上げたのは,未成年後見を利用できるためには,その母親の親権を停止させないといけませんが,親権停止を認めるハードルは高いと思いますので,そういう意味で,血縁上の父は未成年後見で対応すればいいと簡単にはいかないのではないかという問題点があると思っているという趣旨です。   先生方の御指摘,血縁上の父に認める必要性があるのかということや,制度に非常に大きく影響を与えるということ,双方ともそれぞれ大事な観点かなと思っています。その意味でも,前回も述べさせていただきましたし,たしか山根先生からも御指摘ありましたけれども,やはり実態をより正確に把握した上での議論が大事だと思いますので,ヒアリングは,是非早い段階で実施していただければありがたいと考えております。 ○大村部会長 ありがとうございます。   関連して,何か御指摘はございますでしょうか。 ○木村幹事 すみません。   この生物学上の父の否認権の御提案が,仮に比較法的に見て,ドイツ法などを参考に提案されたものであるかどうかはわかりませんが,ドイツ法では生物学上の父の否認権が認められています。もっとも,ドイツ法の場合は,十分な数の裁判例を確認したわけではないですけれども,生物学上の父の否認権の行使が問題となった事案では,母親自身が父子関係を否定することに対して,積極的・協力的でない場合に,生物学上の父が,それでも子どもの養育に関与したいというニーズを持っており,父子関係が争われていたことが多いと思います。ですので,必ずしも髙橋先生がおっしゃったような,あるいは大森先生が御想像されているような無戸籍のような場合を想定して,外国法では用いられているのではないという印象を持っております。   後半のところでも出てきますけれども,特にドイツ法では,子どもの認知において,母親が承諾していないといけませんので,母親が生物学上の父と思われる男性による認知に対して承諾を与えない間に,別の男性が母親の承諾を得て認知をしてしまった場合に,生物学上の父親が法的父子関係を後から争うということが起こりえます。必ずしも生物学上の父親の否認権の導入が,今般無戸籍問題の解決においてニーズに適応したものではないというふうなことだけを,一つ付け加えさせていただきたいと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   ほかにいかがでしょうか。   御指摘いただいたのは,繰り返しになりますけれども,一方で,子どもないし母が否認権を適切に行使できないような場合があるのではないか。その場合にどうするかという選択肢の一つとして,生物学上の父というものを考えられないか、あるいは,そうではなくて,別の手段で,子どもや母に代わる権利行使を考えることができるのではないか。そういう話と,それから,父の否認権を認めた場合に,それに伴う困難さというのをどう考えるのかという話があったかと思います。   他方で,どういう場合を想定しているのかということで,今,木村幹事の方から,ドイツ法が想定しているであろう典型的な場合につき御説明を頂きましたけれども,髙橋委員,大森幹事が出されたような例が,この制度とマッチするような例なのか,あるいは違う制度によって解決されるべき例なのかといったことが御議論になっているように思います。   ここでは,嫡出否認のことが問題になっていますので,先ほど,無戸籍というところから出発してというお話でしたけれども,出生届は出されているケースが一般には念頭に置かれているかと思いますので,それに合った例を,考える必要があるように思います。   あるいは,そうでないとすると,直接に問題解決するというよりも,間接的な効果として,こういうものがあることによって,無戸籍が減るのではないかといった理由付けになるかと思いますが、その辺りを多少整理する必要があると思って伺ったところです。   ほかに特に御発言なければ,これにつきましては,今のような御指摘を頂いたということで,今日のところは先に進ませていただきたいと思います。ありがとうございます。   以上の点が,前回の積み残しということになりますが,残りの時間を使いまして,本日の資料,部会資料4の「嫡出推定制度の見直しについての検討(2)」について,御意見を頂きたいと思います。   第4の1から始まりまして,第4の4が6ページに出てまいりますが,その後,第5が9ページに出てまいります。   まず,この第4のうちの第4の1から3までにつきまして,御説明を頂き,そして御審議を頂きたいと思います。それで,時間の半分ぐらいになりましたら,その辺りで休憩をしたいと思っておりますけれども,審議の進み具合によって,それよりも早く,あるいはそれよりも後に,休憩時間が入るかもしれませんけれども,差し当たり,そんな見通しで検討させていただきたいと思っております。   そこで,この資料の第4の1から3につきまして,まず,事務当局の方から御説明を頂きたいと思います。 ○小川関係官 それでは,御説明いたします。   部会資料4を御覧ください。   前回資料からの続き番号となっておりますが,第4で,嫡出否認制度の見直しの二つ目のトピックとして,否認権の行使期間に関する規律の見直しについて記載しております。   1で,御議論いただくためのたたき台として,考えられる見直しの在り方を記載しております。   行使期間の具体的な長さについては,様々な選択肢を挙げておりますが,大きく分けますと,二つの案を提示しております。   第1案は,子の出生を知った時を起算点とする客観的な制限と,子について否認権を行使することができることを知った時を起算点とする主観的な制限の二つを設け,いずれかの期間が経過したときは否認権を行使することができないとするものです。   第2案は,子の出生を知った時を起算点とする客観的な制限のみを設けるもので,現行法の期間制限と対比すると,その行使期間のみを長くする案になります。   なお,現行法では,夫のみが嫡出否認の訴えの提訴権を有していることから,民法第777条は,夫の否認権についてのみ,期間制限を定めています。   この部会では,前回も御議論いただいたとおり,否認権を母に認めたり,子に認めた上で,親権者に代理行使を認めたりという見直し案が検討されておりますので,ここでの提案は,これらの者の否認権の行使期間も対象としております。   次に,2についてです。   (1)では,現行法の規律を簡単にまとめました。   (2)の見直しの必要性についてですが,まず,無戸籍者問題を解消するという観点からは,制度上,母等が否認権を行使する機会を十分に確保した上で,出生届の提出をしていただくことが重要ですが,現行法の夫の否認権の行使期間の制限と同様に,出生を知った時から1年間というふうな規律を設けるとすると,実際上,出生直後の母等にとって嫡出否認の手続をとることが困難になるのではないかということも考えられます。   また,夫の立場から見ても,子の出生を知った時から1年間という期間は,短過ぎるのではないかというふうな指摘もございます。   (3)は,見直し案の具体的な考え方についてです。第1案,第2案とも,否認権の行使期間の制限を緩和する方向での提案となっております。   第1案は,行使期間の起算点を見直すことによって,その期間制限を緩和するという案です。現行法は,否認権者が子の出生を知った時から起算するとしておりますが,否認権者が否認権を行使するかどうか,実質的に判断することができるのは,否認原因があること,つまり否認権を行使することができることを知った時からであると考えられます。そこで,第1案は,否認権者が否認権を行使することができることを知った時を起算点としています。これにより,単に子の出生を知った時からではなく,否認原因があることを知った時から,否認権を行使するかどうかを判断すればよいこととなるため,実質的に行使期間の制限を緩和することになると考えられます。他方で,このような起算点を設けた場合には,否認権者が否認原因を知らない間は,いつまでたっても行使期間が経過せず,子の身分関係が確定しないという事態が起こり得ます。そこで,主観的な期間制限に加えて,否認権者が子の出生を知った時を起算点とする行使期間の制限も併せて設けることとしています。   第1案の検討に当たっては,主観的起算点をどのように定めるかについて,検討する必要があると考えられます。否認権の行使期間をスタートするためには,否認権者が否認権を行使するかどうかの判断が可能となる程度の事実を認識する必要があると考えられることから,単に否認原因を疑わせる事情を知るだけでは足りず,例えば,科学的に父子関係がないことが証明された場合や,諸般の事情に照らして,確定的に父子関係がないことを知るに至ったことを要するものと考えております。第1案に関しては,このほかにも,主観的起算点からの期間制限の長さ,客観的起算点と期間制限の長さについても検討する必要があると考えられます。   次に,第2案は,否認権者が子の出生を知った時という客観的な起算点からの期間制限のみを設けるもので,現行法の1年という制限を緩和することとする案です。第2案に関しては,否認権の行使期間の位置付けが問題となるほか,期間の長さを検討する必要があると考えられます。   以上を踏まえまして,民法第777条を見直し,否認権の行使期間の制限を緩和する方策について,御議論を頂ければと思います。   次に,第4の3では,子について,特別な否認権の行使期間を認めることの要否に関して記載をしております。子自身による否認権の行使の機会を保障するという観点から,子について,特別な否認権の行使期間を設けるべきであるとの指摘があります。他方で,子が自ら判断できる能力を有するに至った後,否認権を行使することを認めるとすると,それまで父として子を養育してきた夫にとって,重大な不利益を負わせることになるとの指摘もございます。また,子による否認権の行使が事実上,子を監護する者の意向に左右されてしまうというおそれも指摘されております。(注3)にも記載しておりますとおり,比較法的に見ても,ドイツ,台湾など,子が成年に達した後に否認権を行使することを認める国等がある一方で,アメリカの統一親子関係法では,子に否認権を認めつつも,その否認権は原則として2歳までに行使すべきであるとして,子自身による否認権の行使には消極的な姿勢を示しているものがございます。このほか,既に否認権の行使を認めているドイツでも,子が父子関係を否認する可能性を現行法よりも制限すべきであるとの報告がなされるなど,慎重な姿勢も示されているところです。   以上を踏まえまして,子について,特別の否認権の行使期間を設けることについて,慎重な検討が必要であると考えておりますが,その要否について,どのように考えるか,御意見を頂戴できればと思います。 ○大村部会長 ありがとうございました。   先ほど積み残しの分をやりました第3というのは,否認権者に関する規律の見直しということで,否認権者を拡大すべきではないかということであったわけですけれども,今御説明を頂きました第4は,否認権の行使に関する規律を見直すと,行使期間を延長する必要があるのではないかということでございます。   第1案,第2案の二つの案が示されておりますけれども,これと併せて,最後に御説明のありましたように,子自身による否認権の行使について,特別なルールを設ける必要があるかどうかということも検討する必要があるのではないかということだったかと思います。   最後の問題も,本体の問題と密接に関わる問題ですので,どの順番ということはございません。全体として,行使期間の問題につきまして,御意見を頂ければと思います。どうぞよろしくお願いいたします。 ○棚村委員 この否認権の行使期間に関しては,やはり,否認権者の範囲をどのくらいに絞っていくのかということと,密接に関係していると思います。   それから,一般的な傾向としては,ドイツとか,先ほども韓国の例とか,いろいろ出ていましたけれども,否認権者をある程度限定をするということになると,主観的な起算点と期間の長さみたいなものが,割合と取られると思うんですね。   アメリカの統一親子関係法が出ましたけれども,これは否認をできる人の中に,子どもの支援機関,保護機関とか,養子縁組のあっせん機関とか,そういうところまで入ってくることにしています。そういうことになると,親子関係不存在とか,かなりいろいろな面で利害関係が強い人はできるということになってくる。そうすると,子どもの出生から2年とかという,一定の客観的な起算点にし,権利行使期間を限定をする必要が出てくるということがあると思います。   日本はどういうスタイルを採っていくかというと,否認権者の範囲を,先ほど言った生物学上の父で,一定の要件を備える者まで広げるというような方向であれば,かなり広がるんですが,そうでなくて,限定的に解するのであれば,主観的な起算点と,それから客観的な起算点みたいなものを併用している第1案のようなものは,現段階ですけれども,妥当なのかなと思っています。   期間それ自体は,どう設定するかというのはあるのですけれども,債権法改正のときもやはり,消滅時効とか時効期間について,大幅な見直しがされたときに,やはり基本的には,主観的な起算点から一定期間,それから,客観的な起算点から一定期間ということで,両方を総合したような形で権利の制限を図って,法律関係の安定を図るという考え方が採られました。今回の否認権の場合も,期間制限の問題,起算点の問題,正にそういう,一方で,客観的な起算点にしてしまうと,一定期間経過後は,今度は争えないということになってしまうという不都合が出ますし,それから,主観的な起算点だけでいきますと,いつまでも争われてしまって,安定しないのではないかというところもあったりするものですから,やはり二つの制度を用意をするということには,現時点では合理性があるのかなと思います。   期間自体については,5年にするのか,10年にするのか,1年にするのか,2年にするのかと,いろいろな区切りの仕方が整理できるかとは思うのですけれども,少なくとも,2案でいった場合に,先ほどもちょっと言ったんですけれども,子の出生を知った時から3年とか5年ということで,比較的客観的に設定をしたときに,やはり個別の特殊な事情,いろいろな事情があって,知り得なかったとか,権利行使がなかなか困難であったというようなケースをちょっと救えないのかなというようなことで,一応,第1案と第2案でいくとすれば,今の段階では,また変わるかもしれませんけれども,第1案が合理性があるのかなという感じをもっています。要するに,日本の場合,今,777条で,夫だけに限って,しかも,子どもの出生を知ってから1年というような,かなり短い期間になってしまっているので,それを延ばしていく,あるいは緩和する手立てとして,主観的な起算点と客観的な起算点は二つあった方がいいのかなということを,現段階では考えています。   相続回復請求権の884条なんかも,全く違う条文を持ってきて,どうかと思うんですけれども,やはり侵害の事実を知った時から5年,それから,相続開始から20年というような形で,やはり短期のものと長期のものを併せて,法律関係のやはり安定性の確保と,権利者というか,そういうものの権利の実現や保護ということを,両方のバランスをとっていますので,第1案が割合と,バランスをとる意味では,いいのかなという感じです。   子どもについては,その議論を踏まえた上で,子どもについて,年齢がどうなのかという問題が大きくあって,15歳という判断がある程度付くということでやるのか,18歳が成人年齢になると,それを基準にするのか,もうちょっと親の影響から離れて,独立に判断できるのかということになると,25歳という案も多分,出てはくると思います。   子どもについてはどこの時点で区切るのかということについては,問題があると思いますけれども,子自身の出自を知る権利とか,いろいろなことを考えていくと,やはり一定の期間経過後も,やはり子ども自身についての否認権の行使というのは検討していいのではないかと思います。   ただ,これを認めますと,いろいろな問題,たとえば、養育費払っていたとか払っていないとか,そういうことの処理とか,いろいろな後始末も起こります。それから,子どもにとって,本当にこれがプラスになるのかという問題もあるので,ちょっと,何ともいえないところもあるのですけれども,この二つの点について,今の段階では,そんな意見をちょっと持っております。 ○大村部会長 ありがとうございました。   否認権者の拡大という問題と連動する部分もあるのではないかという御指摘と,具体的な提案については,現段階では二つの基準を併用する方がよいのではないかという御意見、それから,子どもの否認権についても,問題があるのではあるけれども,一定程度認めるという方向で考えられまいかという御発言だったかと思います。   ほかの委員,幹事の方々,いかがでしょうか。 ○髙橋委員 いろいろな分野について,棚村先生,御意見をおっしゃって,私もいろいろ言いたいんですけれども,まず,母親ということを考えた場合について,意見を言いたいと思います。   また繰り返しになりますけれども,DVとか無戸籍とか,そういう状況を想定しますと,母親がDVをやった夫から逃げていて,その中で出産をしてと,それで子育てをすると。そして,それで訴訟の準備をすると。そうすると,1年とか2年というのは,何かそういう期間で終わってしまうのではないかというような心配をちょっとするんですね。   そうしますと,短期といいますか,主観要件ですね,知ってから1年とか2年とかというのが,何かそこのところで,母親の否認権の行使に不利になるのではないかと,ちょっとそこのところをまず心配するんですけれども,どうなんでしょうか。 ○大村部会長 ありがとうございます。   今のご発言は,第1案の主観的起算点が,母親が提訴する場合,短か過ぎやしまいかという御指摘ですね。   今のような御指摘がありますけれども,その点も踏まえまして,いかがでございましょうか。 ○棚村委員 私が答えなくてもいいのかもしれませんけれども,先ほど言った客観的な起算点というのを置いたのは,やはり,かなりそれが,認識も要件にはなっているので,多少の動きはあると思うんですけれども,やはり出生を知ったりしたというのは,お子さんを産んだり,お子さんが生まれたりということで,客観的に分かれば,割合と客観的な起算点になると思います。   ここから一定期間という縛りを設ける必要性というのは,正に,これも10年にするのか5年にするかで,随分違うと思うのですけれども,やはり,子どもにとって安定的な,お父さんを早く与えるというんですかね,早期の地位の確定に。そういうことの中で,客観的なところで縛りを掛けるという必要があると思います。   もう一方で,やはり,否認権を行使するについては,否認権者を誰にするかという問題もありますけれども,その否認の原因とか,背景にあるようないろいろな事情によっては,なかなか権利行使が難しいというのは,先ほどもDVとか,メンタルな問題などいろいろな話は,正にそこに係ってくると思うのですね。   その辺りのところを,私は,やはり否認権者の範囲をかなり絞った上で,権利行使についての期間をどう定めるかというのは,先ほど,連動してくるのかということで,それを比較的広くというか,ある程度,権利者の範囲を広く採っていくという場合には,やはり客観的に権利行使の期間を絞っていく,制限をしていく必要性もあると思うんですね。   その辺りで,ちょっとミックスになっているのですけれども,最終的には否認権者が誰か,否認権行使にどういうような事情や背景が予想されるかということによって,やはり期間も,ある程度,起算点も期間制限も連動させて考えなければいけないと思っています。   ですから,今出ている人たちを含めて,お子さんのこともそうですけれども,ちょっとやはり否認権者により事情が違ってくると思うんですね。そうすると,それに合わせて,少し考えなければいけないということになってくるので,私自身は,客観的に期間を制限していくという考え方と,それから,権利行使が本当にできるのか,できないのかという,そういうことを踏まえた上で制限をしていくという両方が,今のところあってもいいような感じがします。   そうでないと,やはり,かなり主観的に個別的に制限するかしないかということになると,争われると,いつまでも紛争が解決しないということになって,かえって子どもの地位の不安定とか紛争の長期化みたいなことを招かないように,こういうようなものも置いていいのかなということをちょっと考えています。 ○大村部会長 ありがとうございます。   今の棚村委員の御発言は,第1案のアが必要だという趣旨の御発言だったかと思いますが,髙橋委員の御発言は,イを前提にした場合に,イの期間が,場合によっては短過ぎるのではないかという御指摘だったかと思います。棚村委員,今のイが短過ぎないかという点については,何かお考えはおありですか。 ○棚村委員 権利行使ができるかできないかということに関わっていると思うので,例えば否認の原因を知ってからというのもそうですし,決め方によると思うんですけれども,権利行使ができない事情というのがきちんと説明をされれば,少し延びてくるような可能性もありうると思ったんですけれども。   そうですよね。否認権を行使できることを知った時からというので,これまでの議論の中でも多分,単に知識がないとか,認識していなかったということだけだと,なかなか難しいかもしれませんけれども,ただ,先ほど言われたような感じで,割合とやむをえない事情のときが問題になるのではないでしょうかね,ただDVが,いつも思うんですけれども,DVとかストーカーとかというのは,別の対策とか支援をしなければいけないので,それ自体が起算点を左右してよいか疑問もあります。つまり,先ほど久保野幹事もおっしゃっていたように,それが必要であって,この権利者とか行使期間を動かすということの決め手になってくるのかというのが,いつも,ちょっと不安なところがあるんですね。   確かにそういう事情もあると思うのですけれども,むしろ,別の対策も極めて重要であって,この行使期間みたいなものをある程度限定をしていくという考え方と,それから,それを緩和していくという考え方の対立の中には,やはり救済の必要性という問題と,それから,いつまでも法律関係が安定しないということによるデメリットみたいなものを,どういうふうに調整するかという観点で考えた方がよろしいのではないかと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   例外的なのかどうなのか分かりませんけれども,DV等の場合と,それから,髙橋委員は,必ずしもそうでない場合も含めておっしゃったようにも思います。一般論として見たときに,その二つの問題を分けて考える必要があると思って伺いました。第1案のア,イ,それぞれ御発言がありましたけれども,それらにつきまして,あるいは全体の組み立てにつきまして,いかがでしょうか。では,窪田委員,垣内幹事の順でお願いします。 ○窪田委員 すみません,実質的な中身のある発言ではなく,申し上げないでおこうかなとも思っていたのですが,ずっと気になっていた点で,客観的起算点と主観的起算点という言葉は何とかならないだろうかという感じがいたします。客観的起算点ということであれば,この場面でも,例えば子の出生を起算点とするんだったら,正しく客観的起算点なんだろうと思いますし,その点では,子どもの出生時を基準時とするのか,子どもの出生を知ったときという基準時を考えるのか,その子どもについて,否認権が行使できるという原因があることを知った時とかという,恐らく3段階ぐらいはあるのだろうと思います。   言葉遣いの問題にはすぎませんが,客観的起算点というのを,子の出生を知った時というふうにするのが適当かどうなのかなというのが,どうもやはり気になりますので,場合によっては避けていただく方がいいのかなと思います。   だからといって,子の出生時を基準時とするという案を加えてくれという趣旨ではないのですが,ただ,例えば第1案ですと,むしろアに関しては,そういった子どもの出生時を基準時として,例えば10年経過したら,知っているか知らないかに関係なしに,身分関係を安定させるというのも,ひょっとしたらあるのかもしれません。その意味で,ちょっと言葉遣いも含めて,可能性をうまく組み合わせて,検討していただければなと思って伺っておりました。 ○大村部会長 ありがとうございます。   主観的,客観的というのは,表現が短くて済むので使っているのだと思いますが,しかし,起算点は2個しかないと思われてしまいかねないので,ほかにもありうるということを意識しながら議論する必要があるという御指摘だったかと思います。   アについて,知った時からでない起算点を立てることもあり得るかもしれないという御指摘として承りました。 ○垣内幹事 全ての論点がそうなんですけれども,この問題も非常に難しいなというふうに感じて,伺っているんですけれども,特にこの第4の1の問題が難しく感じられる理由として,否認権者として,父を,夫を考えるのか,それとも母を考えるのかということによって,かなり状況が変わってくるということが一つあるかと思います。   今,客観的起算点と呼ばれているものが,本当に客観的なのかという,正にもっともな御指摘があったわけですが,父の観点から見ると,これは出生を知った時からですから,かなり主観的な側面を帯びてくるということですが,母に関して申しますと,これは純粋に客観的といってもいい帰結になるんだろうと思いますので,かなり要件設定の仕方が,誰との関係かということによって,異なった作用を持つということが,問題を複雑にしているということがあると思いますし,また,この期間につきまして,第1案のアの期間と第2案の期間をどのように設定するのかということによって,どちらの案を採るのかということの意味が大きく変わってくるかと思います。   一般的な枠組みとしては,第2案というのは,出生を知った時からという制限のみを課していて,行使できることを知った時からという,より短期の制限を課さない枠組みですので,第1案の方が,否認権の行使権者にとっては,厳しい時間的制約を課すという構造になっておりますけれども,しかし,恐らくここで想定されているのは,括弧の中の数字が異なっていることが示しておりますように,第1案の場合には,主観的な期間制限を設けることによって,客観的な方については,第2案よりも長い期間を設定することも,場合によってはあり得るだろうという含みで,こういう提案になっているかと思いますので,具体的な期間をどの程度,第1案を採ることによって,長期化できるのかということを議論しませんと,どちらの方が実態として,誰がどういう形で否認権が行使できるようになるのかということが全く変わってきますので,第1案か第2案かという形で議論をするということが,なかなか難しいという感じを持っております。   ですので,期間として,例えば,客観的起算点から5年が相当なのか,3年が相当なのか,それとも,場合によっては10年もあり得るのかということがまずあり,それに加えて,否認権を行使できることを知った時からという制限を更に課すことが相当かどうかというようなことが,実質的には問題になるのかなというふうに考えているんですけれども,その点について,いずれの期間が具体的に妥当なのかという点については,ちょっと私,現時点では特に,特定の考えはありませんので,是非先生方の御意見を伺いながら,考えていきたいと考えております。 ○大村部会長 ありがとうございます。非常にこの問題が難しいという御指摘を頂いたと思います。   (注1)で,否認権の行使期間は否認権者ごとに進行することを想定しているというように書いてあって,人ごとに違うことは違うのですけれども,しかし,長さは同じ期間を設定するというのが,ここでの前提になっています。その期間の意味というのが,誰が当事者であるかによって違ってくるだろうという御指摘と,それから,第1案,第2案,数字は今のところは,ブラケットに入って変動するようになっているけれども,ここにどういう数字を入れるかによって,意味合いが変わってくるだろうという御指摘があったかと思います。   後の方の御指摘は,全くそのとおりなんですけれども,ただ,仮に長期の方の期間を決めてしまって,その後に短期が要るかどうかという,そういう形で議論ができるだろうかというと,それもなかなか難しいところがあって,長期・短期という分け方をしないので,長期の期間をこのぐらいにするというようなこともあろうかと思います。   しかし,いずれにしても,この数字の在り方によって,果たす機能ないし制度が持つ意味合いが違ってくるだろうということを考えながら議論する必要があるという御指摘は,そのとおりかと思って伺いました。 ○木村幹事 期間の長さについてお伺いしたいんですけれども,部会資料4ページに記載されている第1案のアや第2案で採られている,ここでいわれている客観的起算点を採ったときの期間の長さの説明についてです。例えば,イの第2案の説明では,行使期間を伸長することで,一定の期間の間に,父子関係の存否を疑い,必要があれば,DNA鑑定等を実施するなどして,生物学上の父子関係の存否を確認することもできるから,その間,その期間経過後は,父子関係を否定することができないとしてもやむを得ないといった説明が書かれてあります。ここの書きぶりとして,期間の長さや,ここでいわれているところの客観的起算点について,なぜその客観的起算点と期間の長さが望ましいかという正当化根拠について,全体として,実質的な根拠付けの説明がほとんどなく,この期間内に,法的父子関係を覆さなくても,そのリスクは自分で負ってくださいねという説明が全体を通じてあるように思われますが,こうした根拠のみでは不十分ではないかと思われます。 ○大村部会長 木村幹事がおっしゃっているのは,何かもっと実質的に,積極的な理由付けはないのだろうかという質問になりますか。 ○木村幹事 そうですね,客観的起算点の長さの説明としても,例えば子どもの出生を知った時から一定期間,実際の親子関係として育てている以上,その期間の社会的親子関係が存在しているので,それを,それ以降は覆すことは望ましくないといったような説明もできるかと思うのですけれども,今回の御提案の中には,そういった説明はほとんどされておらず,むしろ期間経過後に法的父子関係を覆せなくても仕方がないとか,全体として,子どもの身分関係の安定性というものばかりに焦点が当てられているような気がしたので,もう少し違った説明ができるのではないかと,思った次第です。 ○大村部会長 ありがとうございます。   何か,それについてありますか。 ○平田幹事 木村先生御指摘のとおり,確かにこちらの方で記載させていただいたのは,子の身分関係の安定というところを主に書かせていただきましたけれども,御指摘のとおり,そこまで積み重ねられた社会的関係というところを尊重するというところもあろうかと思います。   なお,積極的な理由として,義務教育というところの話もさせてはいただいており,そういう社会的なものを尊重してというところも含んでいる趣旨ではございました。 ○木村幹事 すみません,義務教育のところも,遅くとも義務教育を受け始める年齢までには父子関係が確定していることが望ましいと,飽くまで身分関係の安定性として,それが望ましいという説明をするのか,その期間までに社会的親子関係が成立しているので,それを覆すべきではないというふうに説明するのかで,大きく理由付けのイメージが変わってくるかなと思いました,ありがとうございました。 ○小川関係官 補足いたしますと,現行法の1年という期間には,何か,それによって社会的な親子関係が形成されるというような積極的な意味付けがされているわけではないと考えられますので,それを伸長するということを考えたときに,おっしゃるような消極的な観点からの説明になってしまっているというところでございます。   御指摘のような積極的な意味付けというのが,期間を延ばすことで出てくるということも十分考えられるところですので,改めて検討いたします。 ○大村部会長 ありがとうございます。   なかなか期間に線を引くのは難しいのですけれども,それにつきまして,何か積極的な理由付けとして,こういうことがあるのではないかというような御発言がありましたら,是非御発言を頂きまして,そうしたものも参酌して,説明を工夫していただくということにしたいと思います。   そのことも含めまして,ほかに,この問題についての御発言を承りたいと思いますが,いかがございましょうか。 ○井上委員 すみません,素朴な疑問で発言させていただきます。   現行法の規律ということで,777条は,嫡出否認の訴えは夫が子の出生を知った時から1年以内と,先ほどから議論しているところですけれども,この部分なのですが,現行,この1年以内に提起しなければならないということを,夫はどのような経緯で知るのか。あるいは,もっと言うと,否認権の行使について,どれだけ認知されているのかというのは,一般の人,少なくとも私は余り存じ上げておりませんでしたので,そこがどうなのかと思っております。   と申しますのも,1ページの上段のところに,考えられる見直しの在り方として,1案,2案,取り分け1案のイですが,否認権者がその子について否認権を行使できることを知った時から[1年/2年]を経過したとき,という部分ですけれども,そもそも否認権の行使自体が認知されていないとすれば,非常に高いハードルというのが,一般人としては印象があります。   また,何をもって否認権者が,その子について否認権を行使できると知った時とするかは,3ページの中段以降に,例えばとして,父子の血液型が背馳する事実やDNA鑑定により父子関係がない蓋然性が高い事実など科学的に生物学上の父子関係がないことが証明された場合がこれに該当すると考えられる,とありますが,これも何か非常に高いハードルのような気がいたします。   その点,4ページ下段のイの第2案で,第1案のような主観的起算点を設けることは,嫡出否認の調停・訴訟において,この要件の存否が争われた場合に,その解釈やあてはめに困難が生ずるおそれがあることから,というところに同感をいたしております。   ということで,考え方を整理しているわけではないのですが,素朴な疑問と感想というところで,発言させていただきました。 ○大村部会長 ありがとうございます。   今,御指摘の中身は,二つあるのだろうと思いますけれども,第1案のイで,否認権を行使できることを知った時からという場合の,行使できることを知ったというのは,否認の要件を満たしているということを知った時からということだというように,先ほど御説明があったと思いますが,そのことと,それから,こういう制度があるということ自体が,なかなか知られていないのではないかというご指摘と,この二つの事柄があったかと思います。   後の方につきましては,それは,この問題に限らず,親子法に関する様々な規律について,どのような形で情報を提供するかということに関わる問題かと思います。   前の方の問題については,井上委員からの具体的な御意見としては,それはやはり争いになる可能性がかなり高いのではないかという御指摘だったかと思いますけれども,そういう御指摘が今あったということで,御意見を伺えればと思いますが,いかがでしょうか。 ○千葉委員 嫡出否認の事件が裁判実務上,どれぐらいあるかということについて,何か調べてきているわけではないのですけれども,一定の数はあるが,かなり少ないというのが正直なところかと思います。   その理由が,制度が周知されていないからなのか,それとも,出訴期間が極めて短いということに起因するのかということについても,何か調べているわけではありませんが,実質的には余り多くないというのが実情かなと思います。   要件のお話も出たので,ついでにお話しすると,主観的起算点という言葉,余り使うべきではないのかもしれませんが,出生した時からとなっていれば,非常に分かりやすい,裁判所の方は多分,いつ生まれたかというのは,戸籍などで明らかになっているので,そこから起算するということで考えやすいのに対して,何らかの主観的な要件というものを課すことになると,そのこと自体が一つの争点になるということは想像に難くないわけで,それに関する事実関係の審理をしなければならないので,特に夫婦関係の問題というのは,なかなか客観的な資料が残っていないことが多いわけですから,そういう面でも審理が紛糾する可能性があるということかと思います。   どのような事情を知った時に起算すべきかということは,結局よく分からないという中で,基準となるものとしては,DNA鑑定であるとか,そういうものがあるとは思いますけれども,そうすると,その結果を把握した時というのが一番端的な,どうも自分の子ではないねということがはっきり分かるので,では,そこから起算すればいいのかということにもなりかねないわけです。しかし,そうすると,DNA鑑定で全て決まりというようなことにもなりかねないわけで,それでいいのかどうかということなどが,やはり議論されなければならないんだろうと思っております。 ○大村部会長 ありがとうございます。   嫡出推定,嫡出否認の訴えの状況や,あるいは裁判所の審理で問題になり得る点,それから,ある考え方を採ったときに生ずるかもしれない波及的な効果等について御指摘を頂きましたけれども,いかがでございましょうか。 ○大石委員 私も,井上委員以上に素人的な感想を申し上げますが,一つは,窪田委員が言われたとおりのことを以前から思っておりました。   つまり,ここで述べられている主観的起算点とか客観的起算点というのは,何々を知った時なので,どうしてそれが客観説になるのかよく分からない。ですから,やはり子の出生,あるいは出生の時だったら,客観説ということで分かりやすいんですけれども,そうでないので,なかなか分かりにくい。ただ,民法ではこういう議論をずっとなさっているんだろうという前提で,これを読んでおりました。   もう一つ分かりにくいのは,どの長さにするかというときに,一般的な除斥期間,財産法的な分野で使う場合の除斥期間の問題,それを設けるかどうか,あるいはどの長さにするかという問題と,特殊家族法的な分野で用いるときの特殊性があるのかどうか。その期間が1年,3年,5年,10年と,いろいろ書いてありますけれども,そこについての判断の材料が,少なくとも私にはないので,何かその手掛かりになるようなものがありましたら,お教えいただくと大変有り難く思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   第1点につきましては,先ほど窪田委員がおっしゃったところで,言葉については注意が必要だろうと思いますし,また,最終的に,文章で説明をするときには,混乱を招かないようにすることが必要かと思って伺いました。   第2点は,棚村委員から先ほど,財産法と対比しての御議論もあったのですけれども,そのときの御議論は,二つの期間を設けるということについて対比されたと思って伺いました。他方,期間制限があることの意味というのが,例えば債権が存在して,それが行使できなくなるということと,嫡出否認の場合と同じに考えられるのかというところについては,様々な御意見がおありなのではないかと思いますけれども,そうした点につきまして,何か御発言がありましたら伺いたいと思いますが,いかがございましょうか。 ○久保野幹事 すみません,今の問題提起に直接沿うか分からないのですけれども,なぜ行使期間が定められているかということに関しまして,5ページのところの下から8行目のところに,否認権の行使期間の制限は,身分関係の安定という,専ら子の利益を図るために設けられたものであるという指摘がありまして,少なくとも,その理由の大きな一つとしては,その子について,先ほどから何回も出てはいますけれども,子について,父子関係をなるべく早く,あるいは子の身分に関わる基本的な法律関係を出生後,できるだけ早く確定するということが,その期間の制限の意味の大きな一つなので,権利を誰かが持っていて,それを行使できなくなってよいかどうかというような発想で話すことが,必ずしも趣旨に沿うものではないのかもしれないという感覚をまず持ちます。   それで,現行法が777条になっていて,1年というのが短いかということについても,子の身分の早期安定ということで考えれば,1年は短くないようにも思いますし,少なくとも,そう考えられる可能性があると思います。   そうしますと,まず,最低,なるべく短くという発想を出発点に仮に持つとしますと,さすがに,子が出生しただけだと,否認原因を知らずに,1年で経過してしまうのはどうかという疑問点がまず挙がって,そうすると,起算点を否認原因を知った時というふうに変えてはどうかというのが,まず一方,出てくるのかなという発想で見ております。その点では,第1案,第2案で分ける分け方が,必ずしも議論の仕方として適当でなくも感じるという指摘に,共感するところがあります。   それで,今の私の説明の仕方は,自分自身がそのように見ているという整理でしかないところではありますけれども,このように仮に,なるべく短くということが出発点だという発想で見たとしますと,777条の起算点を少し緩和する,緩和というか変えるという以外に,延ばしていくとすれば,誰の何の利益のために,どうして延ばしていくのかということを考えた方がよいと思います。   その関係で1点,私が今,一番気になっておりますのは,夫と母とで状況が違うという指摘が先ほどからありまして,母についてなのですけれども,DVのような事案を念頭に置いてではなく,一般的に見たときでも,1案のイが短いかという議論が先ほどありましたけれども,子どもの身分関係は,なるべく早く確定させることを目指すべきなのだと考えたときに,子を産む立場の人に,規範的には,なるべくこういうふうに行動してもらいたいといったようなことを,何か少し考えてもいいのではないかなと思ったりはしています。   嫡出推定そのものの見直しとの関係もあるので,何ともいえないですけれども,婚姻関係が維持された状態で生まれる事態にするのかどうかも,現実のいろいろな場面を考えれば今から申し上げることは現実的ではないということはあるのかもしれませんが,ただ,規範的に考えたときには,生まれたときになるべく子どもの父がはっきりするような状況で子を産むべきではないかといったようなことも考えて,期間なども考えた方がいいと思っています。   その観点からいいますと,出生後,子どもを産んだ母が1年間に行使するのは難しいのではないかという議論が繰り返し出てきていますけれども,妊娠した時点で,子どもが生まれるということは分かるということをどう考えるかですとか,あるいは,途中の議論で,夫に比べれば母の方が,子どもの親が夫でない可能性について,必ず知るとは限らないにしても,より高い確率で知るのではないかというような指摘もあることを考えますと,そのような事情も含めて,1年が本当に短いかといったようなことを考えた方がよいと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。 ○中田委員 私も,今の久保野先生がおっしゃったようなことを考えていたんですが,ただ,ちょっと方向が違っているかもしれません。久保野説によると,恐らく母よりも父の方が,より長く否認できるという結果になるのではないかと思うんです。   起算点について,父の方が否認権を行使できることを知る時というのは,かなり後になる。母の方は恐らく,それよりもうんと前に分かる。それで,父については,今1年なのに,それがより長くなるということになりますと,父について,現在よりも否認権の行使できる期間を長くすることをどうやって正当化することができるのか,母について,父よりもかなり短くなることをどうやって説明できるのかということが,課題として出てくるのかなと思います。   そうしますと,千葉委員が先ほどおっしゃった,実際に否認権を行使できることを知った時の認定判断が非常に難しいということが,部会資料4の5ページの(4)の検討すべき課題でも掲げられていますが,これは主として,父についての指摘であって,母については,これはまた別になるのではないか。そうすると,起算点についても,期間についても,一応両者,区別して検討する必要があるのではないかと。その意味では,久保野幹事のおっしゃったことと同じですが,ただちょっと中身が違ってくるかなと思いました。 ○大村部会長 ありがとうございます。   大石委員の御発言,御質問との関係でいうと,久保野幹事から,財産法で権利が存在することを前提に,行使期間をどこまで制限するかという話になるのに対して,親子関係について否認権を認める場合の期間の問題というのは,性質が違うのではないか,現在の認められている期間をどこまで延ばすことができるのかという観点から,むしろ検討すべきなのではないかという御指摘があったと受け止めました。   その上で,父の場合と母の場合とで,少なくとも場合として,分けて考える必要があるのではないかということで,その点は,久保野幹事,中田委員,共通の御指摘だったと思います。中身については,中田委員が御指摘になったように,そう考えたとして,幾つかの方向というのがあるということが明らかになったように思って伺いました。   ほかはいかがでしょうか。 ○大石委員 今の御説明で大変よく分かったんですが,そうすると,5ページに出てくるような論述というのは,本来,期間の制限の問題を考える場合として,少し前の方に持ってきて,全体を見渡すようなところでないと,ちょっと据わりが悪いかなと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   説明の仕方,提示の仕方として,この部分をもう少し早い段階で示して,基本的な考え方として,こういうものがあるということを示した方がよろしいという御指摘かと思います。ありがとうございます。   ほかにいかがでございましょうか。 ○大森幹事 皆様から御指摘いただいたことや,それ以外も含めて,気になっているところを指摘させていただければと思います。   この否認制度をどこまで認めるかということは,正に法的親子関係をどう考えるか,根拠をどこまで,何を重視するかという価値観によって変わってくるのではと思います。   法的親子関係,もちろん血縁も重視するわけですけれども,それが全てではない。元々フィクションの世界のものでもあるという中で,先ほど木村幹事からも,社会的な養育の事実をというようなお話もありましたけれども,そういう観点から,血縁があるとしても,ここから先は血縁を基軸とする親子関係は認めないというところを,どう線を引くのかという問題なのではないかと感じています。全体の制度の枠組みの位置付けとしては,そのように感じているところです。   あと,各論のところで気になる点を指摘させていただきます。   (注2)のところで,子の否認権の代理行使をする場合は,代理人の認識を基準とするという規律を設けるとなっていますが,やはり民法総則の本人基準説とは違ってくるというところがあるので,理論的なことも含めて検討しなければいけないということともに,親族以外の,例えば未成年後見や,あるいは児童相談所の長が代理行使をするような場合には,この起算点についてどう考えるのか,選任の時期とかも絡んできて,非常に難しい話にもなってしまうのではと考えております。   そのこととも関連しますが,(注3)の子自身の否認権の行使期間をどう考えるかという点について,今の御提案は,子どもが幼い頃も,誰かが代理行使をするということを前提に,子の否認権を一定期間認め,その期間が経過したら一旦は認められないことになって,15歳か成年か,25歳になったら復活するということを前提とした構築をされています。しかし,この点については,先ほど棚村委員からもどこまで否認権者を拡大するのかというご指摘がありましたが,例えば夫,母に限定するのであれば,それは固有のものとして認めて,子は成年に達した後の部分しか認めないという構成をすることも,選択肢としてはあり得るのではないかと思います。先ほどの代理人基準説をした場合の問題点も含めて考えると、そのようにも考えられます。   そのうえで,一定の第三者が,児童相談所の長などに認める必要があるような場合には,場合によっては,どなたか発言ありましたけれども,検察官のような立場でできるものを別途考えるなど,そういうことがあり得るのかもしれないと思いました。   あと,主観的起算点の関係で,3ページのところで,DNA鑑定によって父子関係がない蓋然性が高いなどの具体的なものが必要ではないかという指摘がありますが,そうすると,私的なDNA鑑定の効力であるとか,あるいは鑑定の直接強制ができるのかとか,そういった論点も少し絡んでくるのではという点が気になりました。   以上,指摘させていただきます。 ○大村部会長 ありがとうございます。   幾つか御指摘を頂いたと思いますけれども,(注2)で出てきている,親権者である母等というのは,親権者である母が代理行使する場合と,そうでない人が代理行使する場合とを分けて考える必要があるのではないかという御指摘だろうと思います。   そして,親権者である母が行使するときというのは,結局それは,代理行使するというのではなくて,母が固有の権利を行使するのに限りなく近くはないかという御指摘かと思います。そのように整理した方が,子自身の否認権が,あるところで復活するという説明よりもいいのではないかという御指摘を頂いたと理解を致しました。   それから,DNA鑑定というのが例示されていますけれども,先ほど,千葉委員からも御指摘ありましたけれども,これにどういう意味付けをするのかという問題を御指摘いただいたものと思います。   ただ,何らかの形でDNA鑑定がされていたとしたら,そこからは短い期間で権利を行使してくださいということになるとすると,DNA鑑定を積極的に位置付けるのかそうでないのかということとは,必ずしも直結はしないような気もいたしますけれども,説明として,ここでの議論との関係で,DNA鑑定をどのように考えるのかという関心を惹起するという御指摘と受け止めました。 ○棚村委員 先ほど大石委員から,誤解を招いたかもしれませんけれども,債権法の改正とかというのを出したのは,基本的には,比較的長期の期間制限の問題と,それから短期間の期間制限,そして,窪田委員もおっしゃったように,出生の日からといえば,かなり客観化されるのですけれども,比較的客観的な要素を中心とするか,外形的な事情を起算点とするか,それとも主観的なものを少し個別的に検討するかということで,先ほどからも各委員のお話にもあったように,夫の場合と,やはり母の場合,違いますし,子どもの場会も随分違ってくるんだと思うんですね。   そうすると,先ほどちょっと言いましたように,長期のものは,一般的な身分関係の安定を確保するという観点で,かなり整理できるのかなと思います。ここでは一定の時間の経過で切ってしまう。それから,短期のものは個別の事情や要因,それぞれの置かれた状況とか事情,権利行使が可能であったかなど,やはり個別の具体的状況が少し違うので,それを考慮するために,比較的短期のものも置いてもいいのではないかという,第1案に賛成をしたわけです。   それは,先ほどから言うように,実務では,日本の場合は,やはりDNA鑑定が,私も調停委員をやっていて,かなり出されてきます。合意に相当する審判のときでもですね。   だから,そういう意味で,DNA鑑定の利用の方法とか実施の条件を,諸外国で行われるように,若干制限をするとか,そういうような状況になると,またちょっと変わってくると思うんですけれども,いずれにしても,こういうような,簡単に早く,しかも割合と精度はちょっと危ないのもあるんですけれども,ただ,割合と今,DNA鑑定が多用されるような状況になってくると,知った時の起算点といったときに,やはりDNA鑑定みたいなものが証拠や資料として出されることが多くなっています。それがいいかどうかはちょっと別として,割合と簡単に私的鑑定みたいものが出てくることがすごく多くなっているので,そういう中で,親子でない事情を知ることについて,比較的短期間のものを置いた方がいいのは,事情を知るについてのきっかけとか原因とか,そういうものが少し,否認権者によって大分違うのではないかと考えた次第です。   それから,もう一つは,やはり子どもの法的地位の安定性,久保野幹事もおっしゃっていましたけれども,法律関係の安定ということをやはり考えると,一定の期間を経過したら,子どもの出生から何年か経過してしまったら,やはり争う道をある程度制限をする,絶つ必要があるということもあると思います。   それで,非常に歯切れの悪い話になっていますが,第1案を支持するというふうに言いいました。この問題については、やはり一般的な身分関係の安定というものは,もちろん確保しつつ,それから,期間をどれくらいの期間で,具体的に切るかとか制限するかというのは問題だと思うんですけれども,長期とやはり短期というのが,今置いておいていいのかなということで考えました。   これは,家族法の特殊性とか親子関係を考えていないという意味ではなくて,短期と長期の両方で制限をすることによって,両方のバランスをうまくとれるのかなということで,一般的には,ある期間で切ってしまうということと,客観的に切るというのと,個別の事情も考慮した上で,特に夫の場合には知るまでに,自分の子どもと顔が似ていないとか,いろいろなことで,DNA鑑定のきっかけになったりというふうな,いろいろな事件なんかを見ていまして,そういうこともあるので,少し遅くなるのかなと思った次第です。   そうなりますと,少しやはり延ばすような,短期間に限るんだけれども,事情を知ってから,否認しなければいけない事情を知ってからということ,DNA鑑定が多いとは思いますけれども,そういうような二つを置いておくことに,今の段階では,ある程度,合理性とか必要性があるのかなというふうに考えている次第です。 ○大村部会長 ありがとうございます。 ○窪田委員 よろしいですか。   新しいことを付け加えるわけではないのかもしれませんが,先ほどから,木村幹事からあった問題提起のことをしばらく考えていたのですが,現行法ですと,否認権者は父のみに限られていますので,父の権利を制限するというのは,同時に子の身分の安定にもつながるということで,その1人の権利行使の制限の問題が,同時に子の身分に直結するということですから,子の地位の安定という説明を比較的簡単に使うことができたのだろうと思います。   ただ,これから制度を変えていって,否認権者が複数認められるというふうになった場合に,同じように認められるかというと,ある特定の人の否認権の行使を制限したとしても,当然に子の地位の安定には直結するわけではないので,やはり別の説明が必要になってくるということなのだろうと思います。   先ほどから出ている,仮に考えられる客観的起算点としての子の出生というのを基準時にすれば,これは誰から見ても同じものですから,例えば5年たったら,10年たったら,誰も覆すことができないというので,比較的容易に,子の地位の安定性ということから説明ができるかもしれません。   それに対して,権利行使をすることができることを知った時ということで,その子が実際には,父とされる者との間の親子関係がないということを知った時ということになると,起算点は人によって随分違ってくるということになるわけですが,その場合,人によって違う起算点について,単純に子の地位の安定性ということを言うだけでは,やはり説明としては,それだけでは足りないのだろうなという気がします。   ある意味で,実際に親子関係がないということを知っている以上,否認ができるということが,主張ができるということが分かっている。分かっているのだけれども,例えば1年なり2年なり,あるいは3年でもいいんですが,一定の期間経過したということで権利行使ができなくなるというのは,ある種やはり,本来の消滅時効であるとか除斥期間であるとか,権利を,一定の期間の経過によっては権利行使ができなくなるというタイプのものなのだろうと思います。それを基礎付けるのが一体何なのかなというと,親子関係がなくて,それを否認することができるにもかかわらず,それを権利行使しない状態というのは,ある意味で,子どもにとっては極めて不安定な状態だということになるのだろうと思います。   そうした意味で非常に不安定なものを,やはり一定の期間,できるだけ短い期間に絞るのだというふうに考えると,一般的な意味での消滅時効とか,そういったものと同様に,権利行使ができるにもかかわらず,しなかった人の権利を制限するという説明ができるのかとも思います。   一方で,結構難しいなと思うのが,子の出生を知った時というのを起算点としてというのは,子の出生を知っていたとしても,否認権を行使できるということはまだ分かっていないので,単純な意味での,先ほどのような権利制限的な説明は,うまくできないのだろうと思います。そうすると,子の地位の安定というのと権利行使の中間みたいなことになり,ここから後は答えがないのですが,それが従前は父の否認権の話だけだったので,比較的単純に,子の地位の安定ということで説明できていただけなのかなという気がします。   木村幹事からの問題提起に対して,きちんと答えることにはなっていないと思うのですが,実質的にどういうものとして説明するのかというと,今みたいな説明があり得るのかなと考えたということです。 ○大村部会長 ありがとうございます。   起算点の性質の違いによって説明が違ってくるのではないかという御指摘を頂いたと思います。   説明の問題もあるのですが,実際に起算点をどうするかということと,期間をどのぐらいにするかという問題とが絡み合っています。,棚村委員も窪田委員も,どこかで線が引かれるということは必要だろうということを前提にされているように思って伺ったのですけれども,その期間は,窪田委員はおっしゃらなかったかもしれませんけれども,棚村委員は,比較的長いものを想定されておられるように思いました。   他方,久保野幹事や,あるいは中田委員は,必ずしも同じではないのかもしれませんけれども,延ばすことの正当性,どういう理由で延ばすのかということを考える必要があるという御趣旨の発言は,むしろ,こんなに長くていいのかという方向性を含んでいるようにも思いました。その辺りについて,実質的な感触について,もう少し伺えればと思います。何か御発言はありませんか。いかがでしょうか。 ○垣内幹事 私自身は素人ですので,自信はないのですけれども,まず起算点に関しては,今御提案のものは,客観的といっても,これは出生を知った時ということですが,先ほど申し上げましたように,これは,まず現行法は夫のみですので,夫が知った時ということで,これは,ある程度主観的な要素を加味しているという機能を持っているわけですけれども,これを母に拡大すると,あるいは代理としてということかもしれませんが,拡大するというときに,母との関係では,これは客観的な意味を,恐らく,出生の時に直ちに出生を知るだろうと思われますので,客観的な意味を持つということになりますので,母との関係では,そういったものとして,先ほど久保野幹事から御発言ありましたが,子の地位の安定というところに直結した制限としての機能を果たすことが期待できるんだろうと思います。   そうしたときに,夫との関係で,知ったときという基準を維持すべきなのか,それとも,こちらも,正に客観的な出生の日ということにすべきなのかということですけれども,資料の説明でもありますように,私自身は,今のところは,現行法が知った時としているということもありますけれども,およそ知らない場合には,否認権を行使することはできないということですので,それにもかかわらず,一定の期間が経過したことによって,当然に行使できなくなるといってよいのかというと,そこは,かなりハードルが高いのかなという印象を持っております。   20年とか,かなり長期の期間を設定すれば,それはあり得るのかもしれませんけれども,それよりも相対的に短い期間で,そこがうまく説明できるかというと,難しいのかなという印象を持っておりまして,そういう意味では,知ったときという基準,起算点を維持する,現行法の起算点を一般的に維持するということは,一つ有力な方向性かなと,今のところ考えております。   そう考えたときに,具体的な期間をどうするかということですけれども,現在,夫について1年で,これは短過ぎるのではないかという,従前から議論があるという御紹介があり,それは確かに,1年というのはかなり短い期間ですので,これを延長するということは考えられるのかなと思っておりまして,ただ,第1案のアで示されているうちの,取り分け10年ということになりますと,現在,夫は1年であったところが10倍長くなる。それについて,イの制約が掛かってくるということにはなりますが,しかし,このイの起算点というのは,行使できることを知った時からということで,DNA鑑定を実際にして分かったというようなことを基準にしておりますので,これを設けることによって,子の地位が長い間不安定になるということが十分に防げるかというと,夫としては,疑いを持っていても,10年たつまでは,DNA鑑定しようかどうしようかということを考えつつ,最終的には,それをして判明したので,やるというようなことになりますと,余りこのイの制限が入ったことによって,地位の安定が図られるかというと,そこは難しいところがあるのではないかという気もいたします。そうしますと,ちょっと,第1案を採った上で,アの期間を10年とするということは,なかなか想定しにくいのではないかという印象を今のところ持っており,長くても5年ぐらいではないかというような感じを持ちます。   そのときに,5年に更に加えて,イの制約を設けるということに,どの程度の必要性があるのかということについては,また更に議論する必要があるのかなというふうに考えておりまして,そうだとすると,第2案というものも,それなりにあり得る選択肢なのではないかなというようなことを,今のところ感じているというところです。 ○大村部会長 ありがとうございます。   今,垣内幹事の方から,非常に具体的な御意見を頂きましたけれども,それを踏まえまして,各委員,幹事からも,具体的な御意見を含む御意見,御提案等頂ければと思いますが,いかがでしょうか。 ○髙橋委員 今の御意見を受けた形になるかどうか分からないんですけれども,ちょっと私,先ほどから気になっているのは,3ページの(ア)のところに,否認権を行使できることを知った時ということで論述がありまして,DNA鑑定が先ほどから例に挙がっていて,これをやったときから1年とか2年とかは分かりやすいという御意見は幾つか出ていると思うんですが,例えばその1行上に,血液型が違うことを知ったとか,この辺りになってきますと,実際にこれが訴訟になって,いや,もう1年たった,2年たったと,あなたもう,血液型違うの知ってたでしょうと,いや,知らなかったよとか,そんなことになる可能性があって,更にそこから4行ぐらい下,生殖能力を欠いている事実とか,懐胎期間に夫と母との間に性関係がなかった事実,この辺りになってくると,さらに,いや,あったとかなかったとか,いろいろな言い合いになってくる可能性もあって,なかなかこの辺は,明白にはならないのかなというふうな危惧を持っています。 ○大村部会長 ありがとうございます。   第1案の(イ)のような起算点を設けたときには,これで制限される場合もあるけれども,むしろ,よく分からなくて,紛争になるという場合が多いのではないか,これは,先ほど千葉委員も御指摘になった点かと思いますけれども,そういうことが考えられるのではないか。   髙橋委員は,そこからはおっしゃらなかったけれども,そうすると,これを設けることに,どのぐらいの意味があるのかということを考える必要があるのではないかという,先ほどの垣内幹事の御発言ともつながってくるところもあるかと思いつつ伺いました。   ほかにいかがでしょうか。   垣内幹事からは,今の期間は短過ぎるとしても,そんなに長く延ばさなければいけないという理由を見付けるのは,なかなか難しいのではないか、それから,いわゆる主観的起算点が本当に機能するのだろうか,本当に必要なのだろうかという御指摘がありましたが,他の観点からの御指摘でも結構ですので、議論を取りまとめていく上で,こういうことも考えるべきではないかといった御指摘いただければと思いますが,いかがでしょうか。 ○木村幹事 今,垣内幹事におっしゃっていただいた説明は,もっともだということを踏まえた上で,ただ,もう一つ別の考え方があると思われます。第1案の書きぶりが,まずアで,子の出生を知った時からになっており,他方でイでは,否認権者がその子について,否認権を行使できることになったという書きぶりになっています。もっともかつてのドイツ法の規定ぶりやその背景にあった考え方などによりますと,まず,否認期間のあり方として,父子関係の当事者が自分の父子関係を否定できるかどうかについては,当事者が様々な事情を十分に把握し,判断をしっかりした上で否認できる,つまりイが第一次的な意味をもつものとして位置づけられており,その上で,法的安定性の観点からアを付けるかどうかという議論がされていました。   ですので,そもそも方向性が異なる考え方があると思います。一方で,子どもの身分関係をどのように安定させるかという中で,どのような期間,長さを,これから日本法において拡大していくのかという考え方があります。他方で、当事者として,父子関係を否認する権利がある,あるいは利益があるのであれば,それをどのように,否認期間や起算点の中で保障していくのかという考え方があると思います。ただ,今までの議論を聞いていた形では,必ずしも,否認に関する利益や権利を保障することだけを重視するような考え方があるべきではないとも思っていますし,実際,イのような主観的起算点を設けているドイツ法でも,学説や裁判例などにおいて常に明瞭な判断がされているわけでもないようにも思われます。以上のことをふまえますと,わざわざ第1案の主観的起算点であるイを設けていながらも,アというものを設ける形で,子どもの身分関係の安定性などを保障するというように考える必要があるのであれば,日本法においては,第1案にこだわる必要はなくなっており,第2案のように統合することもありうる一つの方向性かなと思っています。 ○大村部会長 ありがとうございます。   最終的な方向性としては,第2案もあるのではないかという御指摘でしたけれども,そこに至る考え方として,どういうことがありうるのか。子どもの利益から出発して考えるというのは,一つの方向だけれども,否認権者の利益から出発して,それに制限を加える必要があると考えることもできるということで,何を考慮して,こういう規律をしたのかということについては,説明の余地が複数あることと考える必要があるのではないかという御指摘かと思いました。   ほかにいかがでしょうか。あるいは,委員,幹事におかれましては,様々なお考えがおありかと思いますけれども,差し当たり,具体的には,第2案のようなものを支持する声があります。そうすると,例えば3年,5年というようなことになるといったときに,子どもの固有の否認権をどうするかという問題がクローズアップされてくるようにも思うのですけれども,この点について,更に何か御発言があれば伺いたいと思いますが,いかがでしょうか。もちろん,これに限る趣旨ではありませんが,子の否認権というのをどう考えるかということについても,御意見を頂ければと思います。 ○棚村委員 いろいろ御意見を伺っていると,否認権というのが一体どういう権利なのかというときに,子どもの利益というものに仕えるという部分と,もう一つはやはり,親子関係を明らかにするとか,家族関係を形成する権利とかという,憲法上の権利を,先ほど生物学上の父の問題も出てきましたけれども,ただ,やはり,今議論されている夫とか,あるいは妻,父,母ですね,そういうところに認められたり,子どもに認められるというときに,否認権というのが,やはり憲法上は,例えば13条とか,それから24条も入れるか,そういう中で,一定の範囲でやはり基礎付けられるのかなというふうには,ちょっと思っている部分があります。   先ほどから言うように,子どもの利益とか子どもの安定というものにプラス,やはり子ども自身もそうですけれども,自分の父を,あるいは親を明らかにするとか,そういうことの権利みたいなのがあるような感じがして,そういう観点から,主観的なというか,それに一本化している国ももちろんありますし,それからアメリカのようら,先ほども統一親子関係法で,子どもの出生から2年ということで,かなり否認権というか,否定する権利の権利者の範囲はちょっと広くなる国もある。それから,アメリカの場合もそうなんですけれども,血縁上の遺伝的な関係がなくて,同居もしていなくて,子どもとして養育費を払うとか,そういうことも一切していないという場合には,いつでも親子関係を否定できるというような,そういう条件もあれば,親子関係不存在の確認の訴えみたいなこともできるというようなことも規定をされている法制も存在する。   ただ,私たちとしては,なかなかちょっと,今難しいんですけれどもどちらかに統一するのか,それとも両方を併用するのか,それについて,やはり期間の実際の長さとか効果だと思います。それが決め手になってくるんだろうということと,それから,台湾でちょっとお話を聞いたときに,子どもからやはり,否認,父子関係を否定する事実とか事由を知ったときからというのは,一体どういうときなのかということになったときに,やはり一番多いのが,やはりDNA鑑定みたいなもので出てくるものがものすごく多いということでした。そういう現実があると,ドイツとかほかの国もちょっと,どういう場合に,父子関係を疑うべき事実というんですかね,それがどういうふうに証明されるのかということでいうと,先ほど出てきたような生殖能力がないとか,あるいは,懐胎期間に性関係がなかったというのは,余りにも個別的な事情になり過ぎて,客観的な証明がなかなか難しいのではないかと思うのですね。   そうすると,やはり,かなりDNA鑑定みたいなものに頼らざるを得ない現状があるということになると,夫の場合,それから妻の場合で,母の場合で,随分,起算点が大きく変わるのではないかという議論があったと思います。   まだまとまらないんですけれども,私自身は,それぞれの否認権者をもし認めるのであれば,そのもつ利益みたいなものが微妙に関わってくると思います。それが,起算点の問題ですとか期間の問題にも,かなり影響を持ってくるのではないかというふうに,ちょっと考えた次第です。 ○大村部会長 ありがとうございます。   大森幹事も途中で御指摘になったことだろうと思いますけれども,親子関係を覆すという方向の議論を支える要素と,これをできるだけ維持するという方向の議論を支える要素と、両方があって,一方についての御指摘を前提にして,他方の要素もあるのではないかいう話が出てきているかと思います。どこかでバランスをとるということに,最終的にはなるのだろうと思いますが,そのバランスのとり方につきまして,何か具体的な御発言があれば,更に伺いたいと思いますが,いかがでしょうか。 ○垣内幹事 子についての否認の期間を設けるかどうかという点についてなんですけれども,よろしいでしょうか。   この点は,前にも議論になりました,母が否認権を行使するとした場合に,その理論構成として,子の否認権を母が代理人等として行使をするのか,それとも母が固有の否認権を有するのかという議論があったかと思いますけれども,その場面で,子には身分関係の主体として,本来否認権があり,それを母が子のために行使するのであるというような考え方を採ったといたしますと,やはり子には元々,本来否認権の主体としての地位があるのであり,それが,しかし子が幼少であれば,当然代理人を介してしか行使はできないわけですが,成年に達したなどの理由によって,子が自分で判断ができ,行使ができるというようになった段階で,改めてそうした機会を保障すべきではないかという考え方も,当然出てくる考え方なんだろうというように思いますので,仮にそれを否定するのだとすると,逆に,なぜそれを否定しなければならないのかという点についての検討を行う必要が出てくるのかなという感じを持っております。   ですので,もし期間を設けるとすれば,起算点としては,基本的には,成年に達したときから2年間であるとかいった期間を考えるというようなイメージになるのかなというように理解をしておりまして,また,実質的な点から申しますと,今日の資料の6ページの(注3)のところで,海外の事情について御紹介いただいておりますけれども,取り分けドイツで近年,制限的な方向にすべきではないかという議論があるという御紹介がありますが,そういう方向の中でも,なお残されるべき,許されるべき場合として挙げられている,例えば父が子に対して,著しく不当な行為をしたことというような事例があり得ることを考えますと,そうした場合に,子が虐待を受けていたとか,そういう場合が想定されるかと思うんですけれども,改めて子のイニシアチブで否認権を行使することを認めるべきであるという判断あるいは考え方というのは,あり得る考え方なのだろうなという感じがしております。   差し当たり以上です。 ○大村部会長 ありがとうございます。   二つ指摘を頂いたと思います。子の否認権を認めるのだったら,制限をする方に理由が必要なのではないかというのが一つと,それから,仮に制限するとしたとしても,例外的な場合というのを,やはり開く必要があるのではないかというのがもう一つ,後の方の御指摘は,初めて出た御指摘かと思いますので,そういうことも勘案して議論を進めていく必要があろうかと思いますけれども,ほかの方々,いかがでしょうか。 ○中田委員 ただいま垣内幹事の前半の部分なんですけれども,子の否認権について,当初からのものと,それから年長のものとの関係ですが,同じものが連続してあるのか,それとも異質のものがあるのかということを考える必要があると思います。   もし連続してあるのだとすると,母の否認権の制約というのは,むしろ代理権の制約ということになるのかなと思いました。そうすると,母以外の者についても同じで,代理権を行使できないものがあると。と申しますのは,例えば12歳になったときに,子の固有の否認権があって,しかし母にはないというときに,例えば別の特別代理人などによって行使できるかというと,多分それはできないという前提になっていると思うんですね。   ですから,垣内幹事から,子の否認権について制約するのであれば,その理由を述べよという問題のご提示がありましたが,その前提として,二つの否認権というのが同じものという御理解なのか,それとも別のものがあるのかということをお教えいただければと思うのですが。 ○垣内幹事 私自身の発言の前提としておりましたのは,子に否認権を認めるという場合には,子の否認権というものがあって,それがしかし,行使ができる期間というのが,行使権者,実際の行使をする者が母親である場合には,その母親の認識等を基準として期間制限が掛かるという,先ほど来の議論があって,その制限に服すると。   他方で,子自身が同じ否認権を行使するということが仮にできるとすれば,それはいつからなのかということを考えていましたので,そういう意味では,基本的に同一の否認権について,代理人として母が行使するのか,あるいは子が,場合によっては成年に達してから行使するのか,それを認めるのかどうかという形で,私の中では問題を設定しておりました。   その間の期間について,誰かが行使することができるのかどうかという点については,これはまた別途,代理人を基準とするというのが冒頭の前提であったわけですけれども,その点について,既に問題提起もあったかと思いますが,常にそういうことでよいのかということを,もし他の代理人による行使も考えるということになるのであれば,少し検討を要する問題として存在するのかなと思いますけれども,前提としては,否認権は一つと申しますか,そういう理解で発言をしていたように思います。   お答えになっているか分かりませんけれども。 ○中田委員 ありがとうございました。御趣旨はよく分かりました。   そうしますと,結局,子の否認権は何のためにあるのかというところに帰着するのだろうと思います。また,子の否認権の期間制限が何を目的としているのかを考える必要があると思いました。それが,垣内幹事の御提言で明確になってきたと思いました。 ○大村部会長 ありがとうございます。   ほかに,今の点について,いかがでしょうか。 ○髙橋委員 ちょっと間接的な話になるかもしれませんけれども,6ページの上から2行目から3行目に掛けて,父親側からすると,子どもに扶養を期待していたり,ちょっと相続の機会って,子どもの財産を得ようということなのか,自分が生前贈与したということを言っているのか,相続の相手として期待していたというのか,ちょっと趣旨はあれですけれども,父親側のこういうことの不利益が生じると書いてありますけれども,ちょっとこれは,子ども自身の否認権を否定する根拠にはならないのではないかなと思っています。   やはり子ども自身が判断できる機会というのは,やはり子どもの人格権に関わってくるようなものではないかなと私は捉えておりまして,むしろ父親が,これまで扶養してきたことの,ちょっと言葉は悪いですけれども,ある種,見返りといいますか,そういうものだとすると,それは別に,不当利得返還とか養育費,今まで掛けた養育費の不当利得返還というような次元で解決するべき問題で,その不当利得返還,どう構成するかはちょっとあれですけれども,ちょっとこれを根拠に,だから子どもに判断する機会自体,与えることはできないというのは,ちょっと違うのかなというふうに私は考えています。 ○大村部会長 ありがとうございます。   子どもの否認権を認めないと,どうなるのかということについて,今の御指摘のところについて,説明がされているわけですが,何か補足説明ありますか。 ○小川関係官 資料上は,ご指摘のような扶養や相続にとどまらない不利益があるのではないかと記載しておりますので,必ずしも父の金銭的な問題だけを想定して,子の否認権を制限すべきというふうな考えを採っているわけではないというところだけ,補足させていただければと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   ほかにいかがでしょうか。 ○窪田委員 余りはっきりしないことを申し上げることになりますが,私自身は,理念的には,やはり子の否認権を認めざるを得ないだろうと,元々は考えておりました。   身分関係の当事者である以上は,父に否認権があるのと同様に,子に否認権がある。むしろ母の否認権というのは,考えるとしても二次的なものであってという位置付けで考えておりました。   その上で,期間制限をどうするのかといった場合に,子の否認権,ずっと一本のものがあって,最初の段階で,代理人としての母に一定の期間を認められているのであれば,それによって尽きているというふうに考えれば,その後の権利行使は要らないだろうと考えることもできるかもしれないのですが,それは垣内さんのイメージも同じなのではないかなと思うのですけれど,やはり,単に普通の権利ではなくて,非常に身分に関わる人格的なものに係る利益ということで,それを代理行使する母の権利行使の仕方と,本人自身がそれについての決定をするというのは,随分違いがあるという点では,やはり理念的には認めざるを得ないのかなというふうに考えてはおりました。   考えておりましたというのは,結局,その後が,やはりよく分からないということがありまして,説明の仕方としては,いろいろあるのだろうということではありましたが,それでも20年なり育てて,急に子どもから父親ではないんだというふうな形になって言われたときに,父親の恐らく人格的利益というのも当然あるでしょうし,過去20年間,場合によっては,それが自分の血縁上の子ではないということを知ってからも,否認権が行使できなくなって,それからも職責を果たしたという場合に,そういった状況を考えると,そこで簡単にひっくり返されるということになった場合に,いや,過去の養育については過去のこととして忘れましょうというふうにいえるかどうかというと,多分,そう簡単にはいえないだろうという気がします。   そのときに,具体的にどうやって解決をするのかという問題が,やはり非常に大変なのではないかなと思います。大変だから認めなくていいというふうに,すぐ結論に飛び付くつもりもありませんが,どうもその期間制限,特に成年に達してからの固有の期間制限を設けるかどうかというのは,やはり否認をした場合に,どういうふうな法律関係になるのかという点をきちんと詰めないと,議論ができないのではないかなという気がいたしております。 ○大村部会長 ありがとうございます。   原則的な考え方と,それから,最後におっしゃった,否認をした後の法律関係はどうなるのかということを考える必要があるという御指摘を頂きました。   途中で,父の側の人格的な利益を考える必要もあるのではないかという御発言もあって,それが先ほどの資料の6ページで,扶養や相続の機会を失わせるにとどまらない不利益と書かれていましたけれども,それに対応するのかと思って伺いました。   先ほど木村幹事だったでしょうか,社会的な親子関係という観点を出されたかと思いますけれども,親子関係が続いていて,自分は子どもとしてずっと育ててきたというのが,直ちに覆っていいのだろうかという問題もあるのではないかということかと思います。それを窪田委員は,先ほど,人格的なというように表現されたのかと思いました。   3点御発言いただいたものと思いますけれども,ほかにいかがでしょうか。覆った場合の効果は,どこかで考える必要があると思いますが。 ○窪田委員 これも多分,考え方が分かれるのだろうと思いますが,この部分の(注1)である,いわゆる出自を知る権利との関係というのがありますけれども,私自身は,出自を知る権利をめぐる話とこの問題は,切り離した方がいいのではないかなというふうに感じております。個人的な意見ですが。 ○大村部会長 ありがとうございます。   出自を知る権利というのは,確かに重要なものとして存在しますけれども,それをどのような形で実現するのかという問題も,また別途存在するという御指摘だろうと思って伺いました。   ほかにいかがでしょうか。 ○髙橋委員 今の出自を知る権利を切り離すということは,ちょっと私,よく趣旨が分からなかったんですけれども,子どもが自分の父親が誰なのか,自分の親が誰なのか知りたいというのは,結構重要な権利ではないかなと思っています。   こういう嫡出否認が問題になるような場合に,子どもが自分の出自を知るの,いつなんだろうかと考えて,もちろん,余り具体例を知っているわけではないですけれども,先ほど棚村先生がおっしゃられたように,主に親の側で,何か病気とかになって,病院で検査して,そういう検査がきっかけで,親子関係がないというのが分かるという,そういうのが割と多いのかなと。そうすると,子どもが30代になってからとか,40代になってからとか,そういうときに知る例が,もしかしたら割と多いのかなという,これイメージなんですけれども,そんなイメージを持っています。   では,それを知ったときから行使できるとなると,何十年後になっても行使できると,それも何かおかしいだろうとは思っています。   何が言いたいかというと,やはり子どもが出自を知る権利がない状態というのが,何かそれ自体,問題をはらんでいるような気がして,子の嫡出推定と出自を知る権利というのは,私は大いに関係があるような気でいたんですけれども,ちょっと何かコメントを頂けないかと思うんです。 ○窪田委員 私,出自を知る権利を認めるなというふうに言っているわけではなく,もちろん,認めるか認めないか自体も議論があると思いますが,少なくとも,ここでの問題と直結させない方がいいのではないかということです。髙橋先生からも出たように,例えば30歳になって,40歳になって,やはりDNA鑑定をやったところ分かった,私は一体どういう出自なんだろうという話のときに,否認権行使ができるかというと,多分,現在想定されている仕組みからいっても,できないのだろうと思います。   そうだとすると,やはり,いずれにしても,出自を知る権利の話と子の否認権の行使の話というのは,直結させられることはできないということになると思います。私自身が懸念をしているのは,実際には今,すごく利用が制限されるようになっていると思いますけれども,AIDのような場面において,出自を知る権利の一部として,取りあえず,実際の血縁上,生物学上の父親,ドナーは誰か分からないけれども,法律上の父との関係を切るというような形が,そう簡単にできていいのかというと,私自身は,やはりかなり強い違和感を持っていますので,子の否認権の話と,やはり出自を知る権利の話は,きちんと分けて議論した方がいいだろうという趣旨です。 ○大村部会長 御趣旨は,出自を知る権利を認めるという前提に立ったとしても,それが直ちに親子関係に反映するわけではないということと思いましたけれども,髙橋委員,更に何かあれば。 ○髙橋委員 御趣旨は分かりましたけれども,ちょっと1点だけ,例えば精子提供で生まれたお子さんが,後で自分がその事情を知ったときに,親子関係を否認できるようにしておかなければいけないかどうかというのは,またちょっと,そこは別に考える必要があると私は思っています。それは自動的にできるという結論になるかどうかは,ちょっと私としては,いろいろ考えております。 ○大村部会長 ありがとうございます。   精子提供者の問題は,また議論する機会があれば,その場で,今の点を御議論いただきたいと思います。 ○大森幹事 子の否認権の行使期間ですけれども,先ほどお話あるように,子は父子関係の一方当事者である以上は否認権を認めるべきですし,否認権を認める以上は,そこに実を伴ったものである必要があると思っていますので,子自身が代理によらず権利行使ができるという期間を一定程度認める必要はあるだろうと思っています。   この部会資料では,15歳,成年,25歳に達した後,一定期間と若干ぼかした表現になっていますが,先ほど来出ている客観的起算点ということに関して,子だけは一律客観的な起算点から何年という定め方をするのかどうかという点については,ほかの否認権者との公平性,バランスを検討する必要があるように思います。ほかの夫や母の場合には,知った時,何らかの事情を知った時からということを認めるのであれば,子も,そういった起算点も考慮していくということがあり得るのか。例えば,第1案的なもの,両方被せるということも含め,考える必要があるのではないかと思います。   もし年齢を考慮要素と入れるとした場合ということで,三つの案が示されているわけですけれども,今年成立しました特別養子の方では,全くパラレルに考えるわけではないということが当然の前提ですが,養子候補者が15歳以上の場合は当該子どもの同意が必要となっており,ある意味,実親との関係を切るという判断ができるようになっているということからすると,そこも参考にはなり得るのかなと少し思いました。 ○大村部会長 ありがとうございます。   子自身の否認権につきまして,最後に年齢のことにつき御発言を頂きました。これは多分,他のものと位置付けが違うという前提に立って,こういうことになっていると思いますが,大森幹事の意見は,いや,むしろ,他のものと並びで考える必要があるのではないかということだろうと思います。   これは,先ほど中田委員が御指摘になった点とも関わるのかもしれませんが,ここでいう子の否認権と,それから,代理行使されている子の否認権とが,一つなのか二つなのかというお話がありましたけれども,一つであるとしても,同一の性質をずっと保持していると考えることができるのかどうかという問題にも関わっていると思いました。   大森幹事の御発言は,同一だろうというところから出発していると思いますけれども,同一であるという考え方も含めて,ここをもう少し整理する必要があるのかと思います。   ほかに,この子どもの否認権について,何か御発言ございますか。 ○木村幹事 すみません,今の話と関わるかどうか分からないですけれども,子の,いわゆる出自を知る権利を,この中でどう反映するかという話とも絡んでくるかもしれません。まず、子どもが未成年の場合であると,何のために子どもの利益の観点から否認権をするかというと,否認権をするかしないかの判断において,未成年者の養育者として,誰を排除し,あるいは誰を確保するかという話と,否認をすることで,未成年者の養育者として,誰を排除するかという観点から,子どもの利益と密接にリンクさせて考えることができると思います。これに対して,子が成年になった場合に,中田委員が先ほどおっしゃったみたいに,一体何のために,成年子が積極的に自ら主体として否認権を行使するかということが問題になります。このとき、抽象的に法的父子関係の当事者であるから,否認の資格があると述べるだけで十分なのか,成年子として,これまで築き上げられてきた法的父子関係を積極的に否認する,何か理由付けが要るのかということをどこまで詰めるかによって,成年後の否認権をどう認めるかが異なってくるかもしれません。   その点,ドイツ法の話ばかりで申し訳ないですけれども,ドイツ法の一つの見方として,成年子については、未成年子で考慮されうる養育にかかる利益の比重が小さくなるのに対して,代わりに出自を知る権利の観点から,成年子に積極的に、あるいは幅広く否認権を認めるべきだと整理することも可能です。しかし,これに対して,出自を知る権利のみを強調するのではなくて,法的父子関係をなぜ積極的に否認できるかというと,それを基礎付ける社会的父子関係さえも存在していないから,否認が認められるとする考えもあり得ます。単に主体であるから否認権を認めるだけではなくて,もう一歩突き詰めて,何のために成年子が否認できるかという利益を考えること,その上で自己の出自を知る権利をふまえて検討するとしても,もし成年子において否認を認めるのであれば,例えば社会的親子関係が存在しない,だからこそ,扶養とか相続の問題が余り出てこないような場面を想定することも必要ではないか,と思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   今の御指摘は,大分前に垣内幹事がおっしゃった二つ目の,一定の場合に成年子に否認権を認めるべきではないかという御意見ともつながるところがあるかと思って伺いましたが,いずれにしても,何のためかというのが,未成年子と成年子で違うのではないかということを考慮に入れる必要があろうという御指摘は,貴重な御指摘として承りました。   ほかにいかがでしょうか。これやはり,かなり難しい問題で,今のような,どういう考え方によるのかということと,それから,先ほど窪田さんがおっしゃった,実際上どのようなことが起きるのかということと,併せて検討しなければいけないところですけれども,更に御指摘があれば伺いたいと思いますが,いかがでしょうか。よろしいでしょうか。   ○水野委員 今までの議論でも明らかになった点だと思いますけれども,出自を知る権利から一直線に結論が出るというものではないと思います。またそれぞれの国で、この権利については,これまでに,相当議論をされた経緯がありました。   たとえばドイツの場合は,昔は嫡出推定を覆すのが非常に難しかったので,出自を知る権利をてこにして,嫡出否認を広げようという流れがあって,そして,それに対しては,出自を知らされない権利というのも,きちんと認められるべきだという反論がありました。出自を知りたいという要求は、非常に強いもののようで、AID子なども,その事実を知ってしまうと,火が付くように自分のルーツを知りたいと思うようです。それにどこまで応えるかが問題になり、親の情報を得る権利は,自分の根幹に関わる人格的な権利として認めてあげて,しかし法律上の親子関係は,それとは別だという提案も,かなり有力でしたが、結局立ドイツの法は,出自を知る権利だけを法的な親子関係と切り離して認めることはせず、結論的には,幾らか否認権を拡大するという立法になりました。   そういう出自を知る権利に関する議論は,これまで欧米の国が,相当苦しみながらやってきた議論です。現在のところは,私は,これまでにも申し上げて参りましたように、慎重な態度で臨むべきだと思います。子どもの提訴権を認めないとまでは申しませんけれども,やはり成年子は,社会的親子関係がないときにだけ覆せるというくらいの線で考えるのがいいのではないかと思っております。   最高裁も,その辺りは配慮していて,あえて外観説にとどまったのは,夫が嫡出子が自分の子かどうかを知ろうとすることを防ごうとしたのではないかと思います。今は,DNA鑑定で簡単に確認できてしまいますので,それを調べてから家庭を破壊して親子関係を覆そうとする危険性を防ぐという観点も、最高裁にはあったように思われます。   フランスでは、DNA上の親子関係は、燃えている石炭のようなものだと形容されます。そういうものになるべく触れずに,社会的な親子関係を大切に構築していくべきだという考え方が基本的にあります。出自を知る権利は,もちろんそれを否定するわけではありませんが、非常に危ないものに結び付いてしまいうる考え方だということは理解をした上で,議論をする必要があるように思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   出自を知る権利そのものについて議論をしますと,これなかなか大変なことになるのではないかと思いますけれども,髙橋委員のように,出自を知る権利を強調される方も,しかし,何らかの形で制度上の制限があるということは前提にされておられたと思いますし,水野委員は,出自を知る権利について,消極的・制限的な御発言をされましたけれども,しかし,例外的に子の否認権が認められる場合があるというところまで否定されるわけではないので,基本的な立場の違いはあるとは思いますけれども,様々な要請を考慮して,一つの制度を作り上げていくということはできるのではないかという希望を持ちながら,御発言を伺っておりました。   更に御発言がなければ,否認権の行使期間につきまして,今日のところはこれぐらいにしたいと思いますけれども,よろしゅうございますでしょうか。よろしいでしょうか。   それでは,10分ほど休憩いたしまして,4時に再開いたしまして,残りの問題について御意見を承りたいと思います。休憩いたします。           (休     憩) ○大村部会長 それでは,再開させていただきたいと思います。   部会資料4の「第4 嫡出否認制度の見直し(2)」の否認権の行使に関する規律の見直しの,1から3について御意見を伺ったわけですけれども,残りの時間を使いまして,資料6ページの「4 派生・関連する論点」,それから9ページの「第5 認知に関する規律の見直し」について,御意見を頂ければと思います。   まず,この派生・関連する論点という部分につきまして,御説明を伺いたいと思います。 ○小川関係官 それでは,御説明いたします。   4では,派生・関連する論点として,嫡出否認の否認権者を拡大し,又は,否認権の行使期間を伸長することとした場合に,それによってどのような影響が生じるのかという点について御議論いただきたいと考えまして,大きく三つの論点を記載しております。いずれも,現時点では具体的な見直し案を事務当局の方から提案しているものではございませんが,親子法制の基本的な部分に対する見直しが与える影響を踏まえまして,同時に手当てすべきものがあれば,今後検討してまいりたいと考えておりますので,幅広く御意見を賜りたいと考えております。   まず,1点目が4(1)に記載しております,父子関係不存在確認・強制認知に関する実務に及ぼす影響についてです。   判例は,いわゆる外観説を採用していると言われており,妻が婚姻期間中に子を懐胎した場合であっても,懐胎時期に夫婦の実態が失われるなど,夫の子でないことが外観上明らかであるような場合には,民法第772条の推定が及ばず,嫡出否認の訴えによることなく,父子関係不存在確認や強制認知によって,父子関係を争うことができることとしています。外観説の考え方は,そのような解釈を採る必要性と許容性の下で,判例上承認されてきたものと言われておりますが,一方で,訴えの利益が認められる限り,誰でもいつまでも父子関係を争うことができるため,嫡出推定否認程度の趣旨を害する結果となっているとの指摘もございます。   他方で,無戸籍者問題の解消という観点からは,子が母の夫を相手方として強制認知の方法で父子関係を争うことができるため,訴訟等の場で,元夫と対峙したくないと考える母等にとって有効な手段となっており,実際,多くの無戸籍者の方が強制認知の方法で無戸籍状態の解消に至っているという事実もあるかと思われます。   否認権者の拡大と行使期間の伸長は,父子関係不存在確認と強制認知の必要性を失わせるという指摘がある一方で,なお,これらの手続の必要性は残り得るという指摘もあるところですが,これらの訴えに関する実務に与える影響について,御議論を頂戴できればと考えております。   次に,4(2)は,否認前に子の養育のために支出した費用の償還に関する規律の要否についてです。   現行法では,明文の規定はございませんが,解釈上,一般に嫡出否認の調停が成立し,あるいは判決が確定したという場合には,民法第772条により推定される父子関係は遡及的に失われるとされています。そのため,夫が嫡出否認の調停が成立し,判決が確定するまでの間に支払った養育費については,夫は母等に対して,その相当額の返還を求めることができるものと考えられます。否認権を夫以外の者に認め,否認権の行使を伸長することとした場合には,夫が否認されるまでの間に子を養育した期間が長くなることから,現在よりもより深刻な問題として生じることが考えられます。   また,仮に夫から子や母等が高額の養育費の相当額の支払を求められるということになると,経済的な困窮を恐れて否認権を行使することを躊躇するということも考えられます。このような観点から,養育のために支出した費用の償還に関する規律の要否についてどのようにお考えか,御意見いただければと思います。また,これ以外にも否認権の行使後の関係者の利益の調整について配慮すべき事項がございましたら,御示唆を頂けますと幸いです。   3点目が,4(3),父子関係を早期に安定させる方策についてです。   否認権の行使期間が伸長された場合には,その期間中はいつでも父子関係を争われる可能性が存在するということになりますので,これを早期に確定させたいと考えるニーズも生じてくることが予想されます。そこで,身分関係を早期に安定させるために,否認権者が否認権を放棄するということができるという規律を設けることについて,どのように考えるか御意見を頂きたいと思います。   なお,(注3)にも記載しておりますとおり,現行法では,民法第776条で,嫡出の承認に関する規定があり,この規定を見直すことも考えられるところかと思いますので,併せて御意見をお願いいたします。 ○大村部会長 ありがとうございます。   三つの論点について御説明を頂きました。いずれも,否認権者の範囲が広げられ,また,取り分け否認権の行使期間が延長されるとすると,従来よりも否認権行使の事例というのが多くなるであろうという認識に立ち、それに伴って,こういう問題が出てくるのではないかという御指摘だったろうと思います。   (1),(2),(3)とありまして,性質のやや異なる問題が含まれていますので,できれば前の方から御意見を伺いたいと思いますけれども,しかし,必ずしもこだわりませんので,御意見を頂ければ幸いです。   どなたでもどうぞ。 ○棚村委員 まず,(1)のところですけれども,確かに,父子関係不存在確認とか強制認知について,この嫡出推定とか嫡出否認,こういうものを改めることによって,大分少なくなったり,そちらの方で吸収されるというところはあるのだろうと思います。飽くまでも,実務がどういうふうな形で動いていくかというのは,改正が施行されてからの運用を見ないと分からないのですけれども,ただ,この辺り改善されたとしても,全ての事案がカバーできるわけではないという可能性もありますし,現段階ですけれども,一つの判例法として,実務上の必要性に基づいて形成されてきたものについては,様子を見ながら一定程度やはり残しておく必要があるんではないかなというふうに感じます。8ページの上の方に出ているような,やはり救済が十分されるかどうかを見極めた上で,必要がないということであれば,また変わってくるということが事実上起こってくるんではないかという感じを持っています。   それから,(2)のところですけれども,否認された場合に,子どもの養育費とかで支出された場合に,実際に今,裁判例がやはりあって,不当利得ということで返還を認めているケースもあれば,面白かったんですけれども,不当利得の損失だとか,あるいは不当利得に当たらないというような判断をしている中で,子どもを育てられたとか,子どもを自分の子として育てたことというのは,相当な幸せだったのではないかと言っているケースもあって,その辺りのところは,裁判例も,認めたケースがかなり多かったんですけれども,そんなものがあったようです。   ただ,先ほど窪田委員もおっしゃっていたように,否認された後の効果が非常に大きいので,その後始末みたいなものをどうするのか,それから,それを制限するような規定みたいなことを検討すべきではないかということについては,やはりそうだろうと思っています。やはり,長らく続いてきた生活関係が,あるいは積み重ねみたいなものが,一挙に覆るということが起こるとすれば,それについて,適切に利益調整するような規定というのが,やはり必要になってくる可能性はあると思います。もちろんまだ結論的なことは言えませんけれども。   それから,父子関係を早期に安定させる方策を検討すべきではないかということで,これも非常に難しいところがあって,776条の現行の嫡出性の承認という規定があって,これをうまく活用するということが,一つは考えられると思います。ただ,一方で,やはり父子関係を早期に確定するということで,身分関係の安定を図るという観点から,否認権者がある程度放棄するとか,そういうような可能性も認めてはどうかというような提案もあると思うんですけれども,やはり難しいところがあります。つまり,権利が幾らあるからといって,ほかの人にも影響するような身分関係の問題について,その意思だけで処分できるのかという問題はやはり結構あると思います。したがって,この辺りは,ちょっと公正証書とか家庭裁判所の許可とかというんで,家庭裁判所の負担は非常に重くなるかもしれませんけれども,その当たり,嫡出性の承認の規定で,否認権を創出する場合があるという規定ぶりで,何らかの要件を課してやるのか,それから,やはり当事者の放棄の意思みたいなものだけで否認権,父子関係を早期に確定させるというよりは,やはり何らかの形で公的な機関が関わるということも大事ではないか。というのは,身分関係に関する意思の決定について,自己決定権というのはかなり不安定な状況の中で揺らぐ可能性もありますので,その辺りはやはり,何らかの形で公的な機関が関与するようなシステムの下で検討するとすれば,可能性はあるのかなという感じです。   以上,3点について意見を申し上げました。 ○大村部会長 ありがとうございます。   三つの論点について,それぞれ御意見を頂きました,ありがとうございます。   第2点については,現在の裁判例の状況について御説明を頂きまして,しかし,一定程度制限なしに利益調整を図るというようなことも,考える必要があるのではないか,あるいは,3点目については,認めるとしても,単なる意思表示というのではない,何か制度が必要なのではないかといった御意見を頂戴いたしました。   ほかにいかがございましょうか。 ○窪田委員 すみません,(1)の第1点だけ,発言させていただきます。   今,棚村先生からもお話ありましたが,今回,否認権者を拡大し,否認権の行使期間を緩めるということで,当然に嫡出推定の及ばない子の判例に影響を与えるという,論理的な構造にあるわけではないとは思います。ただ,嫡出推定の及ばない子が生まれてきた背景には,やはり現在の現行法の否認制度が非常に限定的であったということがあったとも言われていますし,その意味でも,一定の関係は当然出てくるのだろうと思います。   少し考えていて,結局はいい例というのが出てこなかったのですが,具体的に,否認権者を拡大して,否認権の行使期間も長くして,にもかかわらず,推定の及ばない子が使われる場面というのは,一体どういう場面なんだろうと考えたときに,一つは,拡大された否認権者が,なお親子関係不存在確認の訴えを提起できる場合というのはあるのかどうなのかというと,外観説を前提として,同居もしていなかったし,自分は刑務所にいたしということも分かってはいるのだけれども,一定の期間,否認権を行使しなかったというものについて,なお親子関係不存在確認の訴えを認める必要があるのかどうかといったケースは考えられますが,いい例というのはなかなか思いつかないという気がしました。   もう一つは,それでは,否認権がない者によって,親子関係不存在確認の訴えが提起される場合とはどういう状況なのかという問題です。もちろん従来からも相続上の期待権がある場合にはとかということを言ったわけですけれども,否認権者が拡大された場合には,その拡大された否認権者が誰も否認権を行使しなかった,にもかかわらず,相続の期待権だけでそれを覆すことができるのかということが問われるのかと思います。基本的には,推定の及ばない子に関するのは判例ですので,今回,法改正したとしても,それについて何にも触れないというのは一番簡単な方法なのだろうと思いますけれども,やはり改正された制度を前提とすると,親子関係不存在確認の訴えによらなければいけない場合というのは,やはりかなり狭まってくるのではないかという気がいたしましす。   7ページの下の方にあるように,現在だと,無戸籍問題にも関わるような形で,強制認知との枠組みの中でこれを使うというのはあるとは思いますけれども,ただ,そうはいっても,あの判例の枠組み自体,まだ随分議論の余地があるのではないかと思いますし,認知の訴えの中で,法律上の父子関係を否定するということについて,全く法律上の地位とされるものについて知られないまま,そのものについての聴取もしないままできるのかというと,それは今度手続上の問題もあると思いますので,これについての手当てを考えなければいけないと思いますが,判例による推定の及ばない子の必要性というのはかなり軽減するのではないかというのが,私自身の認識です。 ○大村部会長 ありがとうございます。   第1点について,先ほど棚村委員からは,制度改正がされれば,現在行われている親子関係不存在確認,あるいは強制認知の必要性は減るけれども,何か残るかもしれないので,それは今後の実務に委ねざるを得ないのではないかという御発言があり,窪田委員からは,そうはいっても,きちんと直せば,使われなければいけない場合というのは,あまり考えられないのではないかと,あるいは,使えそうな場合についても,考えてみると,それでいいのかということについて再考の余地はありはしまいかという,このような御発言があったと理解いたしました。   ほかの方々,いかがでしょうか。(1)について御意見を頂いていきたいと思いますけれども,先ほどの棚村委員のように,併せて(2),(3)について御発言いただいても結構です。 ○大森幹事 今の点について,2点指摘させていただきたいと思います。   1点は,否認権制度を拡大した場合に,意義として残るものは何かということです。親子関係不存在確認について申し上げると,今御指摘があったように,想定されるケースというのはかなり減るだろうと思います。他方で,今回のこの法制審の出発点でもある無戸籍という点を見ますと,制度はあるけれども,DV等から逃げてきたなどの事情で,前夫を相手方とする手続を踏むということ自体に恐怖を感じておられる方々は,血縁上の父を相手とする強制認知の手続をとることによって,それを回避しているという現状があります。そうした点からすると,親子関係不存在確認の意義はかなり低くなるかもしれませんが,強制認知の方は意義としては残ると思います。   2点目は,いずれにしても解釈論ではありますので,ここで何を議論するのかという点です。一つには,研究会のときにも少し議論が出ていたかと思いますが,明文化をするのかという議論,もう一つは,父子関係の規律の関係で,現行法は推定という概念を用いていますが,この推定概念も見直しをするのかということです。例えば,ほかの国のように,端的に父とするという規律とする場合には,推定概念がなくなりますので,推定が及ばないという概念もなくなり,今申し上げている判例法理への影響というのが直接的に出てきます。そういう意味で,ここでは,その二つの観点で今の判例法理に対してどうしていくのかを実質的に議論していくことになるのではと考えております。 ○大村部会長 ありがとうございます。   今日の三つの論点のうち,(2)と(3)については,規律を設けることについてどのように考えるかという問い方がされていますけれども,(1)については,取りあえずどのように考えるのかということで,規律をするかどうかというのは,その先の問題であるという位置付けになっているのかもしれません。しかし,最終的に規律するのかしないかということも,考える必要があるだろうというのが,一つの御指摘だったかと思います。   そして,その前に,親子関係不存在確認と強制認知,この二つのうち,前者は要らなくなるかもしれないけれども,後者は必要が残るのではないか。先ほど事務当局の方からも,実際に相当使われているという御指摘があったところでありますので,残る可能性はあるとして、それでいいのだろうかというのが,窪田委員の先ほどの御指摘だったと思います。今の御発言を基にすると,この強制認知というのが一つ,重要な論点として残るだろうという感じを持って伺いました。   ほか,いかがでしょうか。 ○千葉委員 今,大森幹事の方からも御指摘ありましたけれども,嫡出否認自体は,従前の規定ですと,「推定」ということですから,推定が及ぶ場合に,その推定を覆す,ひっくり返すものだということです。他方,外観説の方は,飽くまで嫡出推定が及ばない場合についての解釈論というところなので,実際には,両者の適用される場面は異なっているだろうと,現状はそういうことになっていると思います。ただ,大森幹事から指摘があったように,この推定というところの規定ぶりをどうするかということで,重なってくることもあり得るので,その辺も議論していただければと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   ほかにいかがでしょうか。 ○水野委員 できれば実務家にお伺いしたいのですが,実務では,この推定の及ばない子の論理を完全になくしてしまって大丈夫でしょうか。   実務では,当事者の間で合意ができると,実体としては推定の及ばない子でなかったとしても,推定の及ばない子という論理形式で,合意で解決している案件が非常に多いと伺ったことがあります。つまり本当は推定が及ぶような夫婦の生活形態であったとしても,「家庭内別居で,既に夫婦としての実態は壊れていたので,推定が及ばない子なのです」と,当事者がそろって主張する場合は,それについて,裁判官が特に異を申し立てる必要性も感じられないので,そういう審判が成立し,結局は当事者たちが目的を達するということでした。先ほど窪田委員がおっしゃったような,その親子関係を切れば相続権が手にできるというような第三者が言ってくる場合は,これは切れるということでいいのでしょうけれども,肝腎の当事者たちがこれを利用して,誰一人その結論に異議がないという形で結論をゲットしていくというパターンについてです。期間を何年としても,例えば10年としたとしても,11年目の当事者たちが,結局夫の子ではないとわかったのだから,この法理を利用して親子関係を否定したいと思うことはあるだろうと思います。それを,本当に切ってしまえるでしょうか。もう立法されたのだから,それできれいに切るのだというのがもちろん筋ではあるのでしょうが,とかく合意至上の日本人の紛争解決の方法として,それが実務で通るのでしょうか,ちょっと不安があります。   それから,2番目についても少し,うかがいたいと思います。ちょっと状況は違うのですけれども,養子縁組の離縁についての立論を,読んだ記憶がございます。それは,非常にラフな議論ですけれども,家のための養子から親のための養子へ,そして,子のための養子へと進むのが,養子法の在るべき姿である,そうすると,子どものための養子ということであれば,子どもを育てたのだから,その費用を返せという議論は,日本法ではできないはずだという立論でした。どういう場面で問題になったかといいますと,中国の残留孤児のケースで,中国で育てた親御さんが,その費用を返せと言ってきたときに,そういう議論で切ったものだったと思います。もしそういう論理が,ここでもある程度適用されるのだとすると,育てた側からの,育てられた子に対する,育てた費用を返せという要求は切るという立論が,もしかするとこれまでも行われてきた可能性がある気がするのですが,実務の認識はそうではなくて,そういう場合は請求権があるということなのでしょうか。   9ページの,相手方の子だったから,養育費をよこすべきだったという事例とは,これは違う事案のように思います。実務で,自分の子ではなかったにもかかわらず育てたのだから,その費用を返すべきだというような事例が,本当にそれほどあったでしょうか。私は,養子縁組を論じる文脈で読んだのでは,やはり,子どものためになったのだからという論理で切っていた記憶があるのですが,認識が間違っていたら御教示いただければと存じます。よろしくお願いいたします。 ○大村部会長 ありがとうございます。   2点について御指摘いただきましたけれども,いずれも現在の実務上の取扱いがどうなのだろうか,あるいは,この改正の後の実務が,どのように扱うことになるのだろうかという疑問を含んでいたように思いますけれども,何かそれについて御示唆が得られるような御発言があればと思いますけれども,いかがでしょうか。 ○千葉委員 一つ目の外観説についての御指摘がありましたけれども,それぞれの裁判官の判断ですので,外観説,推定が及びそうな場合でも認めているのではないかという御指摘に関しては,基本的には,外観説を放棄されたものではないと認識していますので,どこまでで推定が及ばないという判断をしたかというのは,事案に当たってみないと分かりませんけれども,外観説が機能していないというようなことではないと思っています。   それから,不当利得の点については,実際にはこれ,多分地裁で行われるものなので,家庭裁判所の方としては余り関与がないところでございますし,私の経験としても,そういう事案を扱ったことがないので,どういうふうに検討すべきかということは分からないところですけれども,規定上は特に制限されていないということであれば,不当利得の返還請求というのが,事案として出てくることはあるだろうと思います。ですから,そこについて,何か一定の制限をかけるとか,そういうようなことというのは考慮する余地はある,そういうことではないかと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。 ○窪田委員 実務家の先生に問いを投げたということでしたので,私が発言するのはおかしいとは思いますが,水野先生が御指摘してくださったことで,私自身の問題の趣旨というのも,もう少し説明できるかなと思いましたので,発言をさせてください。   私が気になりますのは,否認権者による親子関係不存在確認訴訟というのを認める必要があるのではないかとか,今まで特に合意に相当する審判とか,いろいろな手を使いながら,外観説が維持されているとおっしゃる裁判官もおられれば,いや,そんなことないよという弁護士さんもおられたり,その点は,いいのか悪いのかという評価は抜きにして,緩やかに運用されてきたのだろうと思います。   ただ,今回,否認権者が拡大されて,父も母も否認権者になって否認権の行使ができる,にもかかわらず,そして,その期間も結構長く認められているにもかかわらず,その期間を過ぎてからでも,10年目でも11年目でも,合意に相当する審判を使えば推定の及ばない子にできるというのは,そうしたニーズが実際にあるかどうかはともかくとして,制度のあり方として,それを正面から認めてしまうようなのは,やはり変なのではないかという気がいたします。   どうしてかというと,一定の期間に制限するというのは,先ほど,起算点をどこにとるかでも随分違いはあるということがありましたけれども,やはり子の身分の安定とかという観点で言っておきながら,しかし,合意に相当する審判を使えば,11年目,12年目でもできるよねって。そのときには,夫婦関係の話なんだから,子どもは別に当事者にならずに決められるよということについては,それを正面から認めては,やはりいけないような気がしたというのが,私の問題提起でございました。 ○大村部会長 ありがとうございます。窪田委員のおっしゃっていることはよく分かりました。   おっしゃった中で,価値判断が矛盾するのではないかという御指摘は,多分,どういう制度を作るのかということにかかっていて,その制度で,ニーズが100%吸収できれば,そのようなものはいらないことになる。しかし、何か残ってしまうのではないかということを,棚村委員も,それから水野委員も心配されておられて,そのときに,何か安全弁は残した方が,制度を仕組むときに仕組みやすいのではないかという御配慮があるのかと思って伺いました。   他方で、父母だけで勝手に処分してよいのかという問題は,確かにありますね。   ほかにいかがでしょうか。 ○垣内幹事 議論になっている問題が,外観説そのものを採るかどうかということと,さらに,その外側で,本当は外観説でも認められないような場合について,事実上,合意を取って処理してしまうということと,二つ含まれているように思われまして,そこは区別した方がいいのかなという感想を持ちます。   それから,外観説そのものに関しては,結局,今回いろいろ改正を考えていったときに,外観説そのものは,嫡出推定がそもそも及ばない場合というものを考えているということで,従来,実務上そういう取扱い,あるいは解釈が採用されているところについて,今回何か改正をすることによって変わるのかどうかということが,問題かと思うんですけれども,明文で正面から定めるということでなければ,これは,嫡出推定の規定について,期間とかその辺りのところを見直したときに,それに伴って,従来は,外観上これは推定が及ばないんだとされてきたようなものについても,及ぶような嫡出推定規定になったのであると説明がつくのであれば,それはそういうことになるんだろうと思うんですけれども,そうでない限りは,嫡出推定というものの実質がそのように変わらない限りは,必要性は減じるということは事実上あるかと思いますけれども,理論上,それが認められなくなったというようなことになるのかというと,それは,必ずしもはそうはならないのかなという感想を持っております。それは,ですから,どういう改正がされるのかということに依存するのかなと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   第1点は御指摘のとおりだと思いますね。   第2点は多分,推定が及ばない子というのが,どういうものなのかということの理解にかかっているだろうと思います。それが,実体法上の制度として確立されたものであるという前提に立つと,それを今回変えるのならば,積極的な理由付けが必要になるんでしょうけれども,本来嫡出否認の中で行われるべきものが,それができないために外に出ていたのだ、今回はこれを中に吸収できたではないかということで議論をするとなると,そこのところを説明するということになるのかと思いました。説明の仕方は,どちらなのかということは,やはり御指摘のとおり考えなければいけないと思います。   ほかはいかがでしょうか。   1点目について御意見いただいたということでしたが,2点目,あるいは3点目について御意見を頂きたいと思います。1点目に戻っていただいても結構ですので,御発言を頂ければと思いますが,いかがでしょうか。 ○中田委員 3点目でもよろしいでしょうか。   3点目の否認権を喪失するという規律を設けることという点でございますけれども,これは,776条の改正と併せて検討すべきテーマではないかと思っております。もし否認権放棄の意思表示の制度を設けつつ,あるいは設けないで,776条をそのまま存置しますと,夫についてのみ嫡出の承認による否認権の喪失が生じることになるんですけれども,それをどうやって説明するのかということが課題になると思います。   いずれにしましても,否認権の行使期間を長くしますと,嫡出の承認,あるいは意思表示による否認権の喪失が作用することが,現在よりもはるかに大きくなると思いますので,これは重要な点だと思っております。ただ,難しいことがあって,技術的に言えば,例えば,母の否認権放棄の意思表示によって,子の否認権がなくなるのかというような問題があると思います。それから,もうちょっと大きく言うと,生物学的な関係の重視と意思による法律関係の形成ないし確認との調整を,どう考えるのかというのが大きな課題としてあると思います。   ということで,この問題は,割と重要な問題ではないかと思っております。 ○大村部会長 ありがとうございます。   実際上,当事者が複数いること,増えることに伴う問題と,それから原理的な問題について御指摘を頂いたかと思います。どちらもかなり重要な問題ではないかと思いましたけれども,これに関して,関連の御発言あれば是非頂きたいと思いますが,いかがでしょうか。 ○木村幹事 今の(3)の点についての質問ですけれども,仮に夫,当事者が放棄をする場合には,生物学上の父子関係が存在しないことを認識しているということが要件になるんでしょうか。少なくとも,776条の嫡出承認自体は,実際にほとんど何が内容なのか,よく分からない点が多いのですが,条文を見る限りでは,そういうことは必ずしも要件になっていないように思われます。今,事務局の方が考えられている限りにおいては,その認識がどこまで求められているかについて,教えていただければと思います。 ○平田幹事 今の時点で,この記載は,そういうニーズがあるだろうということの一例として記載させていただいているもので,もしこの方策について検討するのであれば,これを要件にするかどうかという点を含めて詰めていく必要があるだろうとは考えております。 ○木村幹事 ありがとうございます。 ○大村部会長 何かその点について,御意見がもしあれば。 ○木村幹事 どういった状況で,自分の身分に関係する利益などを,意思に基づいて放棄できるのかということを,どこまで要件のレベルで担保できるかということとの関係でお伺いしたかったということです。 ○大村部会長 ありがとうございます。先ほど棚村委員も関連の御発言をされたかと思います。   そのほかいかかでございましょうか。   第1点,それから第3点について,御意見を頂戴しておりますけれども,第2点について,何か制限をする必要があるかもしれないといった御意見は頂いているところですけれども,これについては,ほかに何か御発言ないでしょうか。 ○垣内幹事 部会資料で説明がありますように,確かに制限をしないと,資力がないなどの理由で,否認権の行使が事実上妨げられるというような不都合ということは,考えられるのかなという感じもするのですけれども,そのことのみを理由として否定するという規律を設けることができるかといえば,それは民法の不当利得の規律として認められるべき請求権なのであれば,資力がなくて払えないから,ちょっと待ってくれということでは,ちょっと不十分なのではないかと。それにもかかわらず,やはり嫡出否認という,一種の権能の行使が保障されるべきであるというようなところを,強力に論証していくということが必要になるのかなと思われまして,現在までの議論で,そこまでのところが尽くされているかというと,なかなかちょっとまだハードルが残っているのかなという印象を持っております。   他方,しかし,実際問題としては,現行の不当利得の解釈として,現存利得とか,その辺りで一定の調整は可能であるのかなとも思われますので,その辺りを踏まえて,どの程度実際に何か新たな施策をする必要があるのかどうかということも,引き続き検討する必要があるのかなという感じを持っております。 ○大村部会長 ありがとうございます。   二つおっしゃってくださっていて,不当利得があるかどうかというのがまず前提になって,どの程度の不当利得があるのかが問題になるというご指摘。不当利得があるということだったら,返還請求権に何らかの制限を付けるというのは,政策的根拠がかなりないと難しいのではないかというご指摘。この二つの御指摘を頂いたと思いますが,いかがでしょうか。 ○井上委員 何か,ちょっと感情的な話になってしまうかもしれないのですけれども,こういうケースもあるのではないかという仮定の話なのですが,夫が子のために否認権を行使せずに,長期間養育のための費用を支払ってきていて,自らの行使期間が終了してしまったと。しかし,一方で,子が一定年齢に達して否認権を行使した場合,よかれと思って否認権を行使せずに,養育のための費用を支払い続けてきた夫にしてみれば,如何ともし難いというか,裏切られた気持ちになるのではないか,というのがあるのではないかと思っています。   なので,仮に額の返還を求めることができないという規律を置くのであれば,事前の周知徹底ですとか,そういうことが何かきちんと知らせられていて,できないのだよということが分かるようにすることが必要ではないのかと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   今の御意見は,夫がずっと育ててきた,否認権を行使せずに育ててきたというときに,相手方から否認権を行使されたら,それは費用について返還請求をしたくなるというのは自然なのではないかと御発言だったかと思いますけれども,そういうことはあるのではないかということで,この資料も問題提起をされているのだろうと思います。   それでも,利得がないのだと説明するのは,一つの説明だろうし,利得はあるけれども返還請求を認めるべきではないと説明するのも,もう一つの説明だろうと思いますけれども,その出発点を含めて,更に御意見があればと思いますが,いかがでしょうか。 ○髙橋委員 余り具体的な意見ではないんですけれども,利得したのは誰かというようなところで,本来扶養義務を負う人が負っていないではないかと,血縁上の父,その人が利得者だと,そういうような構成を検討するのかどうかというのは,事務局にお伺いすればいいんでしょうか。検討する必要があるかどうかということなんですけれども。 ○大村部会長 今おっしゃっている前提は,血縁上の父が法的な父になるという,そういう前提ですか。 ○髙橋委員 それは,そうですね,なる場合は請求しやすいかもしれないですし,ならない場合,ならない場合はどうなんでしょうね,ちょっと。あと,そもそもそういう相手が分からないということも,多々あるとは思うんですけれども,そういう理論構成について,検討する機会というか,そういうことというのはあるんでしょうかということなんですけれども。 ○平田幹事 必ずしもお答えになっているか分からないですけれども,基本的には,扶養義務を負っている者が扶養義務を免れたことを捉えて利得と考えるとすると,生物学上の父子関係のある者というよりは,扶養義務を負う状態にある者に対して不当利得返還請求ができるということかと考えております。例えば,夫婦で育ててきたけれども,父親の方がが否認されて親権者ではなくなったという場合,母親は依然として扶養義務を負っているでしょうから,そちらの方に請求をしていく。もちろん,新しい父親が出てきて,子との間に法律上の父子関係が認められて,扶養義務を免れていたという話であれば,そちらの方にも請求をすることができると,そういうようなお話かなとは考えております。 ○髙橋委員 ということは,そういう法律関係が外側にあって,それはまた別論だという,そういうことですか。それはともかくとして,子どもと嫡出否認された父親との関係だけを,ここでは論じるということですか。 ○大村部会長 およそ不当利得返還請求権が立てば,それは返還請求ができるはずだというところから出発しているということではないですか。 ○窪田委員 多分,ここまでまだ答えを出していないのだろうと思いますけれども,一般論としては,不当利得返還請求権を考えるとすると,法律上の根拠がない形で,遡って遡及的に扶養義務が否定されますので,扶養義務がないにもかかわらず,そういった支出をしたということで,扶養義務があるにもかかわらず,その支出を免れた人,あるいは十分に支出をしなかった人に対して,不当利得の返還請求権も考えられるし,恐らくここでは,潜在的には扶養義務がないにもかかわらず,扶養した者の,扶養された相手方に対する不当利得返還請求権も,観念的には多分考えられるだろうと思います。   そうしたものが考えられるとした上で,具体的にどの範囲で認められるのか,あるいは制度目的として,制度設計の観点から,むしろそういった不当利得返還請求権を否定して,あるいは,対象によって限定してというような仕組みを作るかどうかというのが,問題の提起だろうと思いますので,他に認知によって法律上の父子関係が生じた場合には,そこで不当利得返還請求できるかどうかというのも,当然問題に入っているということなのだろうと思います。 ○大村部会長 ほか,いかがでしょうか。   今,第2点について伺っていますけれども,全体を含めて,更に御発言があればと思いますが。   よろしいでいすか。   それでは,(1)から(3)まで,いずれも悩ましい問題ではありますけれども,皆様から御意見,御指摘を頂きましたので,それを踏まえて,更に事務局の方で検討を進めていただきたいと思います。   残りの時間で,第5,9ページの「認知に関する規律の見直し」という部分につきまして,御意見を頂きたいと思います。   まず,事務当局の方から御説明をお願いいたします。 ○小川関係官 それでは,御説明いたします。   部会資料の9ページの第5を御覧ください。   ここでは,嫡出推定制度そのものではございませんが,この見直しに伴って,認知に関する規律も見直すべきかどうかについて,御議論を頂きたいと考えております。   1ですけれども,認知と認知無効に関して,(1),(2)の規律を設けるという案を提示しております。(1)では,未成年の子に対する認知について,子の承諾がなければ認知することができない,ただし,認知しようとする者が子の父たることを証明したときは,この限りでないとの規律を設けるとの案を提示しております。(2)では,認知無効の訴えについて,嫡出否認の訴えと同様に,提訴権者や提訴期間について,一定の制限を設けるとの案を提案しております。いずれの規律についても,今回の見直しに伴って,併せて見直しを行うことの必要性があるかどうかも含め,御意見を頂戴できればと考えております。   2,3では,それぞれの案について,補足的に説明をしております。   まず,2ですけれども,認知に関する規律の見直しについては,現行の認知制度は,胎児の認知に母の承諾を要件とし,成年の子の認知の際に子の承諾を必要としているなどしておりますが,未成年の子の認知に,子や母の承諾等は要件とされておらず,認知に際して,生物学上の父子関係の存在を証明することも必要とはされておりません。そのため,嫡出推定等によって,父が定まっている子以外の子については,第三者が濫用的認知をするおそれがあり,子や母等の承諾を要件とすべきではないかとの指摘がございます。   他方で,認知しようとする者と子との間に生物学上の父子関係がある場合には,子や母がこれを拒絶することによって,父子関係が形成されないとすることは相当でないと考えられることから,(1)のとおり提案をしているところになります。   次に,3の認知無効に関する規律についてです。   民法第786条は,子その他の利害関係人は,認知に対して反対の事実を主張することができると規定し,生物学上の父子関係がないにもかかわらずされた認知は無効であって,子その他の利害関係人は認知無効の訴えを提起して,この無効を主張することができるとしております。他方で,広く利害関係人から,いつでも認知無効の主張をされるということになるため,子の父子関係がいつまでも安定しない結果となっているとの指摘もございます。そこで,嫡出否認の訴えの提訴権者や提訴期間の見直しに伴って,これと均衡をとる形で,認知無効の訴えの提訴権者や提訴期間について制限を設けることを提案しております。   なお,(1),(2)は関連することから,併せて提案をしておりますが,必ずしも論理的に不可分ということではございませんので,一方については見直すべきであるが,他方についてはその必要はないと考えることも可能であると考えております。   以上を踏まえまして,認知制度に関する見直しについて,御意見を頂戴できればと思います。   以上になります。 ○大村部会長 ありがとうございます。   今回,これまで嫡出推定及び嫡出否認について,制度の改正について検討してきているわけですけれども,そちらを直すということになると,併せて認知の方の規律も見直す必要があるのではないか。例えば,今日,期間の問題について御意見を頂きましたけれども,嫡出でない子の親子関係について争える,その期間の方もやはり制限をすべき場合があるのではないか。こうした点につき,その必要性も含めて御意見いただきたいという趣旨かと思います。   (1),(2),論理的には別であるけれどもという話ありましたけれども,事実上は共通点もございますので,区別は特にいたしません。(1),(2)を含めて,あるいはどちらでも結構ですので,御意見を頂ければと思います。 ○窪田委員 ごく形式的なことなのですが,部会資料4の中にも示されているのかと思いますが,現行法は,嫡出でない子は,その父又は母がこれを認知することができるとなっておりますが,部会資料4の中では,父の認知ということに絞って記載されているかなと思いますし,また,それで構わないのではないかなと思います。判例でももう,母子関係は,基本的には分娩によって発生するという,成立するとなっていますので,その点でもこれでいいと思うのですが,その点の確認を1点。   それと,もう一つは,現行法は,嫡出でない子はとはなっていますけれども,嫡出でない子についても,既に認知がされている場合には,恐らく認知は当然できないのだろうと思いますが,その点も,部会資料の10ページの中では,2の2段落目の最初のところで触れられているとは思います。その点についても,現行法との関係では,技術的な問題ですが,改正の対象になるということなんだろうと思いますので,ちょっと,その点だけ確認をお願いできますでしょうか。 ○平田幹事 1点目の母子関係についてですけれども,おっしゃるとおり,判例で分娩者母ルールが採用されているというところですので,それを前提に書かせていただいているところでございます。   ただ1点,その母子関係をどのように規律するかというところについては,規律を置くかを含めてまだ検討がされていないところですので,ちょっと留保させていただければとは考えております。   もう1点…… ○窪田委員 もう1点は,大したことではありません。現行法は,嫡出でない子は認知することができるとなっていますが,嫡出でない子であったとしても,既に認知されている子は多分認知できないだろうと思いますし,そのことは書かれてもいるのですが,現行法の書き方からは,当然には自明のことではないので,本当は適切に書かれるのがいいんだろうなとは思っておりました。 ○平田幹事 そこは,御指摘のとおりかと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   御指摘のうちの第1点は,問題としてもちろんあるのですけれども,取りあえず,母子関係については今は括弧に入れて,父の認知だけを取り出して議論をしているということで,母子については後で整理をするということになるのかと思っております。 ○窪田委員 1個だけ補足させてもらうと,別に,母については認知の規定は,削除しろ,それでもう決め打ちということではなくて,むしろ一度,意識的に検討してもらった方がいいだろうなという気がいたしますので,一度どこかで取り上げていただければという趣旨です。 ○平田幹事 検討させていただきす。 ○大村部会長 ありがとうございます。前提について,確認ないし御指摘を頂きました。   そのほか,いかがですか。   それでは,木村幹事,棚村委員の順で。 ○木村幹事 すみません,質問なんですけれども,第5の1の提案の(1)のところで,「嫡出でない子は,その承諾がなれば」というふうな文言になっていますが,承諾者,あるいは承諾権者として想定されているのは,子どもで,その子どもの代理人としての母親というふうな話なのか,子どもに加えて,独自の承諾権者として母親が想定されているのかという点について,教えていただきたいと思います。   というのは,部会資料10ページの2の説明のところですと,無関係の第三者が濫用的に認知するおそれを防止すると書いていますが,この無関係な第三者が一体どういう人なのかにもよりますけれども,認知の場合の承諾が必要な場合として,二つの理由が考えられます。まず,そもそも生物学上の父親でない者による認知を防ぐためには,生物学上の父が誰かであることをよりよく知っている者が,承諾者として加わった方が望ましいという理由付けです。もう一つは,実際父子関係が成立することによって,法的な利害関係を伴う者からして,望ましくない者の認知を防ぎたいというものです。これらの理由付けとの関係で,ここで,とくに母について、その承諾者としての地位が独自に認められているものなのかどうかについて,教えていただければと思います。 ○小川関係官 この部分の「その承諾」というのは子の承諾であるという前提で考えており,法定代理人がそれを代理行使すると考えています。。多くは母であると考えておりましす。   まず,父子関係の当事者として法的利害関係があるのが子であるということを出発点としつつ,また,代理行使という構成を取ることで,親権者である母も,一定程度取り込めるのではないかとは考えております。 ○木村幹事 説明の仕方如何によりますので,必ずしもこだわる必要はないんですけれども,子どもの代理人として母が行使するというときには,確かに子どもの利害関係を判断して母が行使するという説明はしやすくなると思いますけれども,誰が生物学上の父親であるのかということを,よりよく知っている人にという観点からすると,まさに母であるということに独自の意味があると思います。とりあえず,事務局の方の説明は分かりました。 ○大村部会長 ありがとうございます。   否認権者の方とも,ある意味で通じるところのある議論で,子の代理人としての母の資格というのが,本当に子の代理人なのかどうか,仕組みの上では子の代理人だけれども,しかし母の固有の利益や権限というのを念頭に置いて作っているのか,そういうことにも関わることかと思いました。 ○棚村委員 これも質問なんですけれども,今回の認知に関する規律の見直しというときに,嫡出子と嫡出でない子の実親子関係の規律とか確定方法,これについて,当然嫡出子についての嫡出推定と否認制度を見直せば,そのバランスということが出てくると思うんですね。   それで,ちょっと質問なんですけれども,認知という,嫡出でない子についての親子関係,実親子関係の確定についても,できるだけバランスをとって,統一しながら検討していくという,逆に言うと,実態の違いとか差異みたいなものを前提として,何か規律を設けるということなのか,今の段階でですけれども,大森委員から最初の方に出ていましたけれども,結局,嫡出,嫡出でない子について,規律を分けて,認知という制度と,そういう枠組みを基本的には動かさないということで検討するのか,それとも,かなり実質的には均衡を意識しながらいじるということになると,認知をできる人の問題もそうですし,今,窪田委員から出た母の認知もそうでしょうけれども,それから,その方式とか,それから否定できる期間の問題とか,いろいろなことについても連動して検討するということが出てくると思うんですよね。   なぜこういう質問をしているかというと,抜本的に実親子関係の法制について,かなり大胆なというか,大幅な見直しをするということになると,多分嫡出推定否認と,それから嫡出でない子の認知,これも含めて見直さなければいけないということになると思うのですけれども,この認知の規律の見直しというのが,嫡出推定否認制度を動かしたことによって,アンバランスになったり,適切でない部分を最小限直そうという話なのか,それとも,根本的に両者の関係を割合と整合的にするために,かなり大幅な見直しを考える余地もあるということなのか,ちょっと申し訳ないんですけれども,最初に僕自身が,第1回目のときだったと思うんですけれども,現行法の基本的な親子法制というか,それの大枠を維持した上で,必要最小限必要な見直しを図るということで議論すればいいのか,それとも,認知も含めてですけれども,かなり大幅な父子関係とか,母子関係も含めた大きな改正みたいなことを検討していいのかというところで,伺ったと思うんですね。そのときに,お答えとしては,もちろんいろいろな時間の制約とか,いろいろなものもありますから,どこまでできるか分からないけれども,かなり大きな見直しも議論はできるのではないかというようなところで,ちょっと先送りになっていたと思うんですが,今日出てきたものを見ますと,かなり大きな改正の論点も含まれているような感じがちょっとしたんですね。   その辺りのところでお聞きしたいのが,嫡出推定,嫡出否認の見直しの結果,認知も見直さざるを得ないところはやるけれども,大幅なものまではちょっと考えていないということなのか,事務当局に御質問したいと思いました。 ○平田幹事 なかなか難しい御質問で,当初御説明させていただきましたとおり,今回の諮問につきましては,無戸籍者問題を解消する観点からの嫡出推定制度に関する規定等の見直しということですので,嫡出推定制度を見直すというところを前提に,それに関連する,あるいは付随するもので,同じようなスピード感で検討できるようなものについては,検討したいというところで出させていただいております。   今回の資料にもございますが,見直しの必要性を含めて,どのように考えるかというところで御提案させていただいたところです。大幅な見直しというのが,どこまでを想定されているのかというところはございますけれども,今申し上げた範囲内で,検討できることは検討していきたいとは考えております。 ○棚村委員 ちょっと補足すると,この機会に,もし両方の整合性も少し考えるということであれば,例えば,父子関係については,認知という言葉ではなくて,承認とかいろいろな言葉を使って,かなり期間だとかそういうものも,訴えを提起できる人たちも,統一した形でも,もしかするとできる可能性はないのかなという感じを持ったんですね。つまり,かなり全般的に規定を見直すようなものが今回上がっていたので,影響は受けるといえば受けると思いますし,何かその辺りのところが,抜本的にもし見直しができるんであれば,少し整理することはできるのかという感じをちょっと持った次第です。 ○水野委員 抜本的な改正で,母子関係もまた別に考えるとおっしゃってくださったので,そこまで手が及びうるとは思わなかったのですが,そうできればと願っているという発言です。胎児認知で母の承諾が必要とする条文は,匿名出産を認めているフランス法の条文をそのままもらったからで,日本法の下では意味のない規定でした。フランスでは、母を匿名にした出生証書ができてからは自由に認知ができますが,胎児のうちは母を特定しないと認知できないので,母の匿名出産権を奪うからこの規定が入っていました。でも戸籍制度下では意味がなかったわけですけれども,もし日本でも匿名出産まで立法できる可能性があるのでしたら,非常に大きな意義のある改正にはなるだろうと思います。   日本でも,どうしても匿名出産のニーズはあるので,戦前は,藁の上からの養子でずっと実現してきたのを,戦後,出生届に出生証明書を付けることになって,医師や産婆たちが協力しないとできなくなりました。その結果,菊田医師事件が起きて,そして,菊田医師はそういう実子特例法を認めてほしいと希望したわけですが,戸籍制度の下では無理だということで流れて,特別養子の立法になったわけです。今回,母子関係について,匿名出産を立法できる可能性はあるでしょうか。フランス法は民法の中に入れていますし,ドイツ法は,民法の中には入っておりませんが,実際にはずっと行われてきました。匿名出産を認めれば,望まない妊娠をした女性を妊娠中から福祉的に支援することができます。母の匿名は,ニーズがあることは間違いありません。今回の立法で可能性があるのでしょうか。 ○大村部会長 今の段階で,事務当局が何かを申し上げるのは,多分非常に難しいだろうと思いますので,私が個人的な感触を申し上げて,それで,棚村委員と水野委員に対する差し当たりのお答えとさせていただきたいと思います。   先ほど,事務当局の方から御説明がありましたけれども,今回,ここで提案されているように第5の1の(1),(2)のようなことが考えられるけれども,こういうことをいまやる必要があるのか,必要性も含めて御意見を頂きたいと御説明があったかと思います。   棚村委員がおっしゃっているのも,水野委員がおっしゃっているのももっともで,棚村委員自身はそのこともおっしゃっていましたが,何の制約もない状況で議論をするのならば,変えるべき事柄,変えた方がいい事柄というのはたくさん存在するのだろうと思います。しかし、今回の検討課題との関係で考えると,解決すべき立法的な課題とされている諸問題との関係で,この際,これを放置することはできない,あるいは放置することは望ましくない,そういうものとして,どこまでのものを取り入れていけるのかということなんだろうと思います。   そのときにも,テーブルに載せて検討するということと,何か成案が得られるということとでは,また段階が異なるのではないかと思っております。母の問題などについて,先ほど窪田委員からも御発言がありましたけれども,議論をする必要はあるだろうと,個人的には思っております。ここに出てきている認知の問題も,少なくともここに出ているようなことは議論する必要はあるのではないかと思います。ただ,どの部分を成案にできるのかということについては,もう少し皆さんの御議論を伺い、状況を見ながら考えていく必要があるのではないかと思っております。   統一的に考えるという方向で考えてよろしいのかという棚村委員の御発言ありましたけれども,全く個人的な見解ですけれども,不都合のあるところについて修正を加えることによって,従来の差は縮まっていくということであれば,それは個々の必要性に応じて差が縮まっていくということで,その先に,大きな差がないことが望ましいという理念,あるいは原理が浮上してくるように思います。そのように考えるのが,議論の仕方としてはやりやすいのではないかと,個人的には思っておりますけれども,その程度の御説明で,今日のところは御勘弁いただけるでしょうか。よろしいでしょうか。   ほか,いかがでございましょうか。今のようなことを含んでいただいて,この認知に関する規律の見直しについて,(1),(2),御意見を頂ければと思います。 ○千葉委員 必要性の問題もということで,今,部会長の方からお話ありましたので,その点をちょっと検討してみたのですけれども,認知無効の訴えというのが現実にどれぐらいあるのかなというのは,これはちょっと調べてみました。東京家裁で年間に調停が1万件弱ぐらい,それから,人事訴訟が1,000件程度あるのですけれども,その中で,調停とすると,年間に数件から多くて10件程度が認知無効で出ているというようなことで,訴訟の方は5件あれば多い方というような程度です。具体的な事件内容まで全部見ているわけではないので分かりませんが,そのうちの多くが,渉外事件といわれる,相手方が海外で,外国人のお子さんというような部分が結構多くありました。そういう観点からすると,濫用的なものというのがどの程度あるのかということについてはかなり,ニーズはそれほど多くないというような気がしております。   この規定ぶりにすると,今までの原則と例外が逆転するような形になるのではないかと思われます。そういう中で,必要な承認などにつき同意がないとできないということになると,いわゆる任意認知というのが,ハードルが逆に高くなってしまうのではないかというようなことも考えないといけないので,そうしたことなども念頭に置いた上で,議論をしていただく必要があるのではないかと思っております。 ○大村部会長 ありがとうございます。実情はどういうことかということについても,御紹介を頂きました。   いかがでしょうか。   どうぞ,垣内幹事,それから,その後、久保野幹事。 ○垣内幹事 すみません。2点ありまして,1点目なんですけれども,これは,単純な確認の質問ということなのですが,10ページのところの認知に関する規律の見直し(1)に関する部分で,第1段落の末尾の辺りに,「生物学上の父子関係がない認知は無効であるが,認知無効の訴えによって無効であることを主張することができる」という記述がありまして,この記述の意図というか趣旨というのは,「無効であるが」というところなんですけれども,この無効というのは,いわゆる形成的無効というか,という立場を前提にしていると理解をすべきもの,なので,無効ではあるけれども,認知無効の訴えによってのみ無効であることを主張できるという御趣旨なのか,それとも,そこはオープンだということなのかということの確認というのが1点です。   もう1点ですけれども,この(1)の規律を仮に検討していく際に,認知をしようとする者が子の父であることの証明という手順を踏むことにすると。これについては,同じく10ページの今のところの次の段落だったですかね,裁判によることを求めるということが示唆されていまして,これは,どういう手続を考えることになるのかということに,私自身は関心があるということですけれども,一つ考えられますのは,何か承諾に代わる審判というか,何かそういう非訟裁判を考えるというのがあり得る方向なのかなとも思いますけれども,その場合に,認知無効の訴えとの関係をどう考えるのかというようなことが問題となるのかなと,そういう裁判を経て認知がされたときに,後で認知無効の訴えで,改めてその生物学上の父子関係を問題にするというようなことが出てくるのかどうかということで,従来,認知の有効性については,訴えで争う道が保障されてきたということから考えますと,そういう非訟事件の裁判を仮に組み入れたとしても,後で訴訟で争う機会を設けるということが一つ考えられるのかなと。   しかし,そうなりますと。最初の手続は,そもそも非訟でよかったのかというようなことも,ちょっと問題にはなり得るような感じもいたしまして,そこを考慮しますと,初めから新たな訴訟類型として認知の承諾を求める訴え,何か分かりませんけれども,そういうものを考えるということもあり得るのかなというようなことを,いろいろ難しい問題があるかなということで考えておりまして,この点については,そういう感想を現時点では持っているというのみの発言になります。 ○大村部会長 ありがとうございます。 ○平田幹事 御質問についてですけれども,一応,判例が,ある程度形成無効説に立っているのではないかというところを踏まえて,記載をさせていただいているところではございます。ただ,そこに争いがあるということは承知しております。 ○大村部会長 ありがとうございます。 ○久保野幹事 まず,必要性の観点から意見を申し述べるだけですけれども,この(2)につきましては,放置せずに,何か手当てをする優先度の高いものではないかと考えます。   と申しますのは,現行法においてさえ,嫡出の子と嫡出でない子の区別について,相続や行政手続上の区別が撤廃されていっており,また,事実婚が多く存在するということが認識され,婚姻に準じた効果について,そのカップルの間では認めるというような方向もかなり進む中で,やはり実親子関係の成立と否定については,嫡出推定を,事実婚に及ぼすといったことは考えにくいということがあって,そこだけ,そこだけといいますか,そこが大きな違いとして残っていると思っております。同時に,嫡出推定制度について,子の地位の安定ということが判例で言及されることによって,他面で,嫡出でない子の場合は,子の地位の安定ということはどのように考えられるのかといったような疑問が,より明らかな形で提起されているような議論状況になっているようにも思います。子の地位の安定という問題について,嫡出の子と嫡出でない子をそろえていく方向で,今回見直しの対象に入れるべき重要な問題ではないかと思います。 ○大村部会長 ありがとうございます。   必要性ということを先ほど申し上げたんですけれども,一方で,実務的なニーズがどのくらいあるのかという,そういう意味での必要性というのがある。それと,千葉委員の御指摘になったところだろうと思いますけれども,今の久保野幹事の御指摘は,今回,嫡出子について,親子関係の成立に係る子の地位の安定ということを議論したのだとすると,そのことと密接に関わる問題は,やはり解決しておく必要があるのではないかという,言わば法体系の整合性の観点から,是非とも議論することが必要なのではないかという御指摘だったかと思います。   垣内幹事からは,やることは考えられるけれども,しかし,手続を組むときに難点がありますねと,その辺も考えなければいけませんねということで,そうしたことを寄り合わせて,どういうふうな制度が作れるかということを,御検討いただくということなのかと思います。   仮に,どうなるか分かりませんけれども,検討して,望ましい方向としてはこうなんだけれども,しかし,それほどたくさんのケースが想定されていないのだから,明文化するというほどでもないというような結論に仮になったとしても,ここで望ましい方向が示されているということ自体が,その後の法実務の形成にとって一定の意味を持つのではないかと思います。ですから,その意味で,最後着地点がどこになるのかは,今の段階では分からないところもございますけれども,必要性というのを踏まえつつ御議論を頂ければと思っております。 ○大森幹事 件数は少ないというお話でしたけれども,実際に認知無効の事件の経験があります。認知無効を主張してきたのが認知してから30年以上経過してからで,しかも,背後にいる別の兄弟が認知した父に認知無効を主張させている,相続の前哨戦的になっているような事案でした。   そういうことからすると,件数がそこまで多くないにしても,早期の法律関係の安定という意味で,やはり一定の制限はかけていくという前提で検討すべき話であり,権利の濫用などで対処する話ではないように経験上思っています。 ○大村部会長 ありがとうございます。 ○木村幹事 大森幹事の御発言と関係はないんですけれども,むしろ垣内幹事の御発言に関連する点で,1点質問があります。確かに垣内幹事がおっしゃったように,任意認知の場合に承諾がないときに,生物学上の証明をするということが裁判で行われるというストーリーだとすると,それは,承諾に代わる審判とか,あるいは何かの訴えであるということになると思います。とすると、実際そこでは,生物学上の父子関係があるということ自体を証明されることが問題になっており,その証明がなされたうえで,改めて任意認知をする必要について,どういう意味があるのかがちょっと分からなくなっております。今のような仕組みですと、いわゆる認知の訴えが男性側から提起されているのと実質は変わらないように思いますが、こういった理解でよろしいんでしょうか。   あるいは,それで元のストーリーに戻って,その生物学上の証明がされたので,承諾があった代わりになったので,任意認知をしますということに戻るのか。端的に,ある男性から生物学上の父子関係があるので,認知をしたいという訴えを起こしているのと,大して変わりがないような気もしたんですけれども,ちょっとその辺,私が混乱しているだけなのか,何か説明があれば教えていただきたいんですが。 ○窪田委員 私から発言するのが適当かどうか分からないのですが,先ほど,垣内幹事が,同意を求める,あるいは同意の確認の審判という,訴えというような形でおっしゃったものですから,今の質問が出たのだろうと思いますが,基本的には,認知をするという場合に,相手方の承諾があるか,若しくは生物学上の父親であるということの,いずれかの要件を満たせば認知ができるという仕組みだとすれば,それを前提として立てればいいということだけだろうと思います。垣内さんも多分,具体的に任意認知に持って行くという趣旨で御発言されたわけではないのだろうなと思っていたのですが,いずれにしても,その部分は,これからの制度の立て方ということなのではないでしょうか。   私の理解が間違っているかもしれませんが。 ○垣内幹事 すみません。今,木村先生が言われたのは,認知の訴えと同じことではないかと言われたということですか。 ○木村幹事 そうですね。現行法では,認知の訴えの提訴権者について787条に,ある男性というものは含まれてはいないんですけれども,実質的に行っている事柄は,そこにあるものを含めたというような形になるのか,それとも,飽くまで承諾を得るという審判が特別に作られるのか,どういう制度設計になり得るのかということを考えました。 ○垣内幹事 すみません。私は,認知の訴えというのは,認知をすべき人に対して,認知を求める訴えなのかなと,今まで思っていたんですけれども,新しい制度を作るとすれば,認知をしたい人が,その承諾を求める訴えということなので,ちょっと向きが逆なものを考えているのかなと理解をしていたんですけれども。 ○木村幹事 向きは逆なんですが,承諾を求める訴えという形になるのか、それとも違うのか。 ○垣内幹事 それが必然かどうかというのは,それは制度の組み方ですので,承諾が要件だから,真実,生物学上の父子関係があるのであれば,承諾請求権があるんですよという規律を設けて,承諾請求の訴えという給付の訴えであるということも考えられるでしょうし,それとは別に,形成の訴えを考えることもできるでしょうし,前提として,審判みたいなものをかませるということもあり得るかもしれないということで,そうではなくて,認知の訴えという訴えを,逆のパターンについても適用あるものとして拡張するということも,もちろん,もしかしたらあり得るのかもしれませんけれども,それを特に排除しようという趣旨ではありませんでした。 ○大村部会長 よろしいですか。   そのほか,いかがでしょうか。 ○水野委員 この第5の認知に関する規律の見直しの中に,表現にかなり血縁主義的な書きぶりを感じてしまいました。実際に母の承諾が機能する場面もあると思います。たとえばある判例では,非常にお金持ちの男性が血縁上の父なのだけれども,認知を要求されたくないので,自分の友達の金がない男にさっさと認知をさせてしまったというケースがありました。そういう意味では,機能する場面はあるのかもしれませんけれども,こういうふうに血縁が立証されることになりますと,認知が持っている,法律上の親子関係を作って,自分が父親になるのだという側面が消えてしまうような気がします。具体的に考えていますのは,父親のいない子を育てている母親に恋をした男が,好意認知をする場面です。彼が,僕たちの子どもにして一緒に育てようといって母親にプロポーズをするのは,十分肯定されていいことのように思います。そして,その結果,準正されて嫡出子になった子どもの身分が,生来嫡出子であれば守られるところ,準正嫡出子だと全然守られないというのが現行法です。準正嫡出子も,やはりもっと守ってあげた方がいい,そういう改正は必要だと思うのです。この全体の書きぶり,「父子関係がない認知は無効であるが」というところの書きぶりも,私もやはり引っ掛かっていたのですが,血縁主義的な発想が,この書きぶりの背景にかなり流れていて,そうなってくると,先ほど久保野幹事がおっしゃったように,嫡出子とパラレルにというのも難しくなってきはしないかと思います。   法律上の親子関係と血縁上の親子関係は,血縁上の親子関係が基礎にはあるけれども,やはりこの両者は別物だという前提で設計をする方がいいと思います。そういう意味では,成年の子どもが拒絶権があるというのは,結構悪くはない制度であるような気もしております。 ○大村部会長 ありがとうございます。(1)についての御発言ということですね。   (1)の説明をどうするのか,あるいは具体的な要件をどうするのかというところについては,先ほど来いろいろな御意見が出ているのではないかと思います。ただ,この項目が挙がっているのは,嫡出否認の訴えにおいて,子どもに否認権を認めるということになると,認知についても,子どもの意思というのを何らかの形で反映させる必要があるのではないかという問題意識,それが多分出発点だろうと思います。そこから出発して、どういう制度を組んで,どういう説明をするのかということについては,なお考える余地があるという御指摘かと思って伺いました。それは,水野委員がおっしゃった,先ほどの垣内幹事の御指摘に係る説明の部分とも関連するのだろうと思います。   ほかはいかがでしょうか。   これも,先ほど棚村委員がおっしゃったように,考え始めるといろいろなことと関わってくる問題で,どこまでやるのかという問題も含めて,かなり難しい,悩ましい問題がたくさんございます。今日のところは,この二つの問題をお出しして,皆様の感触を伺ったということで引き取らせていただきたいと思います。   特に御発言がなければ,これについては,一応は御意見を伺ったということにさせていただきたいと思いますけれども,よろしいでしょうか。   では,「第5 認知に関する規律の見直し」について御意見を頂きましたので,これを踏まえまして,更に事務当局の方で検討をしていただきたいと思います。   以上が,今回用意した議題でございますが,何か全体について御発言ありますでしょうか。   よろしいでしょうか。   それでは,次回の議事日程等につきまして,事務当局の方から説明をしていただきます。 ○平田幹事 それでは,次回の日程につきましては,日時は,令和元年12月24日の火曜日,午後1時30分から午後5時30分まで,場所につきましては,前回と同じ,法務省の地下1階の大会議室になります。   テーマにつきましては,また引き続き,嫡出推定制度の見直しについて,できれば,本日中田委員から御指摘いただいた,離婚後の一定期間内に再婚した場合において,後婚の婚姻後に出生した子について嫡出否認がされたときに,前婚の推定が及ぶかどうかなどについて,御議論いただきたいと考えております。 ○大村部会長 ありがとうございます。   本年の12月24日ということで,年末でございますけれども,どうぞよろしくお願いいたします。   以上で,法制審議会民法(親子法制)部会第4回会議を閉会させていただきます。   本日も熱心な御議論を賜りましてありがとうございました。閉会いたします。 -了-