裁判員制度に関する検討会(第13回)議事録 1 日 時   平成24年10月9日(火)13:30〜16:05 2 場 所   最高検察庁大会議室 3 出席者   (委 員)井上正仁,大久保恵美子,菊池浩,合田悦三,酒巻匡,      四宮啓,島根悟,土屋美明,前田裕司,山根香織                              (敬称略)   (事務局)稲田伸夫刑事局長,岩尾信行大臣官房審議官,      名取俊也刑事局刑事課長,上冨敏伸刑事局刑事法制管理官,      東山太郎刑事局刑事法制企画官 4 議 題  (1) 論点整理  (2) 論点についての議論      対象事件の範囲等について  (3) その他 5 配布資料   議事次第   委員名簿   着席図   資料1:論点整理(案)   資料2:裁判員裁判対象罪名一覧表   資料3:審理が比較的長期に及んだ事例一覧表 6 議 事 ○東山刑事法制企画官 それでは,予定の時刻となりましたので,裁判員制度に関する検討会の第13回会合を開会させていただきます。   残間委員は本日,所用により御欠席と伺っております。 なお,事務当局からの出席者についてですが,刑事局刑事法制管理官の上冨は公務のため若干遅参をいたしますので,御了承をお願いいたします。   それでは,井上座長,よろしくお願いいたします。 ○井上座長 本日もお忙しい中,お集まりいただきましてありがとうございます。前回,私はちょっと体調を崩して,声がほとんど出ない状態に至ったものですから,急きょ欠席させていただきまして,皆様には御迷惑と御心配をおかけしました。特に,稲田刑事局長には突然司会を務めていただき,本当に申し訳ありません。   前回の皆様の御発言につきましては,事務当局の方からその概要を説明していただきましたので,私の受け止めにおいても空白はないと信じております。   それでは,議事に入ります前に,まず事務当局から,本日の配布資料について御説明をお願いします。 ○東山刑事法制企画官 本日お配りさせていただいております資料は,議事次第,配布資料目録,インデックス付きの資料3点でございます。資料1は「論点整理(案)」と題するものです。資料Aは「裁判員裁判対象罪名一覧表」と題する3枚からなる表で,現行法の下で裁判員裁判が実施される対象事件の罪名をまとめたものです。資料Bは「審理が比較的長期に及んだ事例一覧表」と題する表で,審理期間等が長期に及んだ裁判員裁判の概要を取りまとめたものでございます。   以上,御確認いただければと思います。 ○井上座長 よろしいでしょうか。 それでは,本日の議事に入りたいと思います。   前回までに,論点整理のための検討として皆様に行っていただいた議論を踏まえまして,当検討会において今後議論すべき論点を整理いたしましたので,その内容について御説明いたしたいと思います。お手元の紙を御覧になりながら,お聞きいただきたいと思います。 御承知のように,当検討会は裁判員法附則第9条において,同法施行から3年経過後に実施状況について検討を加え,その結果に応じて所要の措置を講じるものと定められている趣旨に従って,その検討のために開催しているものであります。 平成21年9月の第1回会合以来,この附則第9条の趣旨に従い,裁判員裁判の実施状況の把握と,それに基づく意見交換を行い,そのうち第9回会合から前回第12回会合までの間は,論点整理のための検討として,皆様から裁判員制度の実施状況等を踏まえ,その法制や運用の在り方についての幅広い御意見を頂いてまいりました。 これまでの御意見を振り返りますと,裁判員制度の運用状況についてはおおむね順調であると,肯定的に評価する御意見が多く見られ,当検討会における共通認識となっているといってよいかと思われます。   その一方で,法制上,運用上の改善に関する御意見をお示しいただき,また運用の実情がどのようなものかについての,主として質問の趣旨の御発言なども少なからず頂戴したところであります。これらの中には,既に相当程度,実情等を御説明いただくなどした結果,更なる議論を要しないように思われるものもあり,それらを除き,当検討会において更に議論を行う必要がある論点について,的確かつ十分に拾い上げておく必要があると考えまして,整理をした結果を取りまとめたのが,お手元の資料@「論点整理(案)」と題するペーパーです。   ここでは大きく8項目に論点を整理して,それぞれに小項目を設けてあります。すなわち,大項目といたしましては,「対象事件の範囲等」,「裁判員等選任手続」,「公判・公判前整理手続」,「評議,評決」,「被害者等に対する配慮のための措置」,「上訴」,「裁判員等の義務・負担に関わる措置等」,「その他」という8項目であります。   このペーパーの更に詳しい内容につきましては,事務当局の方から説明してもらおうと思います。 ○東山刑事法制企画官 それでは,お手元の資料1「論点整理(案)」と題するペーパーに沿って,若干の御説明をさせていただきます。   まず,大項目1は,「対象事件の範囲等」です。御承知のように,裁判員裁判は一定の重大事件を対象として実施されるものですが,その範囲等の在り方について様々な御意見を頂きましたことから,この項目を設けました。   その中で,まず「対象事件に関し,以下の類型の事案をどのように取り扱うべきか」という問題を一つ目の小項目とさせていただいており,具体的には,「性犯罪に係る事案」,「薬物犯罪に係る事案」,「被告人の請求する否認事案」,「死刑求刑事案」,「薬害,公害,食品事故等に係る事案」という類型を掲げております。   また,二つ目の小項目として,「審理が極めて長期間に及ぶ事案について」と記載しておりますのは,裁判員裁判の審理が極めて長期間に及び,その結果,裁判員等の負担が非常に過重なものとなる場合に,これを個別に対象から除外することができる制度を設ける必要性等について検討しておくべきではないかとの御意見を頂きましたので,そのように掲げてございます。   大項目2は,「裁判員等選任手続」です。裁判員等選任手続につきましては,順調に運用されているとの御意見を多く頂き,既に運用上の工夫等について相当程度御紹介を頂いたところであります。そこで,論点整理の上では,小項目として,「甚大な災害発生等の非常事態時における裁判員等候補者の呼出しの在り方について」との論点を挙げさせていただいております。東日本大震災による影響が原因で,裁判員等選任手続における裁判員候補者の呼出しの在り方が問題となった経緯があり,この点について非常事態時を想定した法制上の措置が必要ではないかとの御意見を頂いたことから,ここに掲げたものであります。   大項目3は,「公判・公判前整理手続」でございます。一つ目の小項目は,「迅速かつ充実した分かりやすい審理に関する運用上の問題について」というものですが,具体的な論点として,「主張及び証拠の整理等は適切に行われているか。」,「審理の長期化防止のため,運用上の工夫は適切に行われているか。」,「公判手続の更新は適切に行われているか。」という点を挙げさせていただいております。いずれも,これらの運用状況がどのようになっているかという問題提起の御意見を頂き,実情を踏まえてそれに基づく意見交換を行う必要があろうと思われたことから,論点として掲げさせていただきました。   小項目2の「公判・公判前整理手続に関するその他の問題点について」ですが,具体的には,「裁判員法第39条の説明方法等について」,「少年の被告人につき裁判員裁判を実施する場合の審理方法等について」との論点を記載しております。いずれも法制上の措置を要するのではないかとの御意見もございましたことから,掲げさせていただいているものです。   大項目4は,「評議,評決」です。評議に関連して,「評議の充実のための運用上の工夫は適切に行われているか。」という御趣旨の意見を頂きましたので,一つ目の小項目として掲げさせていただいております。また,二つ目の小項目といたしまして,「被告人に不利な判断をする場合,特に,死刑を言い渡す場合における評決要件について」と掲げておりますのは,評決要件について法改正を行うべきとの御意見があることによるものでございます。   大項目5は,「被害者等に対する配慮のための措置」でございます。一つ目の小項目である「被害者等の心情等への配慮のための運用上の工夫は適切に行われているか。」につきましては,裁判員裁判であるがゆえに,特に被害者やその御家族の方々の心情への配慮が求められるとの御意見を頂戴しておりますことから,その実情について更に御紹介を頂くなどして,十分な検討を行う必要があると考えた次第でございます。   また,二つ目の小項目である「裁判員等選任手続における被害者等のプライバシー等の保護を通じたその負担への配慮の在り方について」は,裁判員制度固有の手続であります裁判員等選任手続について,被害者等のプライバシー等の保護,それによるその御負担への配慮の見地から御意見を頂きましたことから,特に掲げさせていただきました。   大項目6は「上訴」であり,そこに掲げております小項目は,「死刑判決が言い渡された場合における上訴について」です。裁判員裁判において死刑判決が言い渡された場合に,法律上当然に上訴審に係属する制度を採用することについて議論されてはどうかとの御意見を頂きましたことによるものであります。   大項目7は,「裁判員等の義務・負担に関わる措置等」でございます。一つ目の小項目として,「裁判員やその経験者の負担に対する措置について」,具体的には,「裁判員等の心理的負担への対応その他のケアの在り方について」,「守秘義務の範囲等について,裁判員等に十分な説明がなされているか。」という論点を掲げさせていただいておりますが,これらはいずれも,主としてこれらの運用状況について問題提起を内容とする御意見を頂いたことによるものであります。ただ,守秘義務の範囲等については法改正の必要があるとの御意見もございますことから,併せて2つ目の小項目として,「守秘義務の範囲等の在り方について」との論点を掲げさせていただいております。   最後に,大項目8として,「その他」という項目を設けております。本検討会では,以上のテーマに当たらないその他の問題,具体的には証拠開示制度に関する法改正,そしていわゆる手続二分制度や無罪判決に対する検察官控訴を制限する法制度の導入について検討を行うべきとの御意見も頂きました。これらのテーマにつきましては,裁判員裁判以外の手続の在り方や,それに与える影響についての全体的な検討が必要であり,本検討会において検討を行うべき事項かどうか自体に疑義があるとして,論点として取り扱うこと自体に反対の御意見も少なくありませんでした。   したがいまして,本ペーパーの上では,この「その他」に含むものとさせていただいた上,本検討会において検討を行うべきかの当否も含めて,この項目において最後に御議論いただきたいと思っております。   「論点整理(案)」と題するペーパーに関する御説明は,以上でございます。 ○井上座長 ありがとうございました。   各論点に関しましては,基本的にこのページに記載した順序で議論をし,全体について十分な検討が行われるよう進めていきたいと考えておりますので,御協力いただければと思いますが,そういうことでよろしいでしょうか。 ○四宮委員 基本的に異論があるわけではありませんが,最後の「その他」のところで,私がかねて申し上げた点はここに含まれるとしていただけたことは有り難いと思います。   ただ,一つだけ,その当否も含めてというのは当然議論の項目になると思いますけれども,最後に議論するということで,これらの点をこの検討会の論点として取り上げることに消極的な御意見は,法制審議会の特別部会での議論で討議をしているからということがございました。 当否も含めということですが,もしこれらを議論するときに,私,そちらの特別部会の方の審理予定についてはつまびらかではありませんけれども,何かそちらの方ではもう全部結論が出ていて,こちらの方で議論するときにはもう全部終わっているということがないようにしていただきたい。少なくともこちらの,どういう形で議論が行われるようになるか分かりませんけれども,こちら側の議論も特別部会の方で参酌賜れるようなスケジューリングといいますか,そういう形でお願いできたらと思っております。希望でございます。 ○井上座長 本検討会でそういう御意見があったということは,事務当局の方で連絡していただけると思いますが,あちらはあちらのスケジュールで議論をしていますので,必ずしもそれを拘束できるものではないということは御承知おきください。また,本検討会で取り扱うべきかどうかについては,法制審特別部会でやっているからという趣旨の御意見ももちろんありましたけれども,それだけではなく,事柄の性質上,本検討会で扱うべきものかどうかについて疑義があるという趣旨の御意見もあったと承知しています。その後者の趣旨からすると,法制審の方で先行してやるかやらないかということは論理的には関係がないことになりますので,その点などをも含めて御議論いただければと思います。   「最後に」というのは,「その他」というのが最後の項目になっているので,その箇所でという趣旨だろうと思いますが,そのような御意見があったということは承りました。 ○前田委員 議論の順番としては,最後に「その他」の項目の当否を含めて議論するということでお考えなんですか。 ○井上座長 最後にというのは,8番目のところは当否についても疑義があったので,それも含め,中身についてと併せて議論をすると,こういう趣旨だと思いますけれども。 ○前田委員 進め方としては,最初に論点にするかどうかを議論した上でスタートする方法もあると思いますが,そうではないんですね。 ○井上座長 それでも結構なのですけれども,そういうやり方ですと,また今日ここで,論点にするかどうか自体を巡って時間を使って議論をする必要があり,それは時間の使い方として余り生産的ではないのではないかということから,先ほどのような進行案としたのです。 ○前田委員 私も,この整理案に反対しているわけではなく,これで結構だと思っていますが,少なくとも日弁連で議論をした過程では,今日の論点整理の3は運用上の問題にとどまらず,手続二分の問題,証拠開示の問題はこの検討会で十分議論をして,制度設計案まで一応検討するというイメージで臨んできました。ただ,その後の検討会での議論と,法制審議会の特別部会の議論状況を踏まえ,この検討会での守備範囲はこのぐらいでいいだろうと私自身は整理をしてはおりますが,いずれにしましても,8の「その他」の論点としての当否のところでもう一回同じ意見を述べさせていただくことになると思います。 ○井上座長 中身について議論をしてみないと,抽象的にこの項目がどうこうという議論だけをしていても始まらないところがありますので,御理解いただけたらと思います。 ○前田委員 分かりました。 ○井上座長 ほかによろしいですか。 それでは,一応このペーパーについては御承認いただいたということで,早速,各項目の論点に入っていきたいと思います。 まず,第1の大項目が,「対象事件の範囲等」ということでございまして,先ほど御説明いただいたように,その最初が「性犯罪に係る事案」についてということです。これにつき御意見を頂きたいと思います。この点につきましては,性犯罪を一律に裁判員裁判の対象から除外するという考え方や,裁判員裁判を実施するか否かの選択権を被害者に与えるという考え方などについて,大久保委員から問題提起を頂いたというふうに記憶しております。 そこで,大久保委員から,簡単で結構ですので,問題の所在などを明らかにする御発言が頂ければと思うのですけれども,よろしいでしょうか。 ○大久保委員 それでは,まずこの議論に入る前に発言をさせていただきたいと思います。   まず,性犯罪につきましては,今,井上座長からも説明がありましたように,一律除外にしてはどうかという考え,あるいは被害者自身の選択制にしてはどうかという声もあります。この2つの考え方にもただ大きな問題があると思いますので,このことに関しましては様々な視点を持って議論をしていただきたいと思っています。   また,議論に際しましては,例えば,家族間のトラブルを背景とするような殺人事件などの重大な事件の場合にも,被害者等の負担は大変大きいものがありますので,問題は性犯罪だけではないということも皆様の念頭の中に置いてこの議論を進めていただけますようにお願いいたします。 ○井上座長 よろしいですか。 ○大久保委員 まず,細かいことに関しましては,皆様の御意見を承りましてまた発言させてください。 ○井上座長 そうですね。アイデアとしては,性犯罪を対象事件から一律に排除するというものと,そうではなく,被害者に選択権を与えるというもの,この2つに整理できると思いますが,そのうち,まず,一律に性犯罪というものを裁判員裁判の対象から除外するというアイデアについて,皆様から御意見を頂ければと思います。どなたからでも結構ですが,いかがでしょうか。 ○前田委員 これまでの検討会の過程でもお話を申し上げましたが,日弁連でも性犯罪事件を対象事件から外すかどうか,議論をいたしました。弁護士の中にも外すべきだという意見が一定数あったことは確かでございます。ただ,性犯罪を外すべきだという理由には,現在の裁判手続あるいは裁判の運用で解決し得るものが相当数あるのではないだろうか,例えば,被害者自身のプライバシーの保護についての懸念が除外の大きな理由でしたが,現行の裁判員裁判の中でも,被害者のプライバシー保護については相当に裁判所も神経を使われて運用がなされている,そのような運用によって懸念される事項は解決し得るのではないか,そのような指摘がありまして,一律に性犯罪を外すということにはならないとの意見が多数を占めたということでございました。 ○井上座長 ほかの方,いかがでしょうか。各論点の中身の議論に入っておりますので,できるだけ多くの方から御意見を伺いたいと思います。 ○大久保委員 それでは,もし皆様から余り御意見がないようでしたら,私自身が一律除外することの難しさですとか,あるいは選択制にするにしても難しいという点について,少しまた,実はこれは第11回のときにも発言させていただいていることではありますけれども,もう一度ここで発言をさせていただきたいと思います。   まず,一律に除外をすることの難しさですけれども,ただ,性犯罪につきましては,裁判官裁判と比較いたしまして,割と重たい判決が出される傾向が認められるということは,一般市民から選ばれた裁判員に性被害の深刻さが理解されたということの現れではないかと思っておりますし,正にこれが市民感覚なのだということも感じております。   第8回の検討会のヒアリングで,性暴力禁止法をつくろうネットワークの方が,性被害者の間でも一律除外にすべきという意見がある一方で,被害者の選択制にしてはどうかという意見もあるということの発言がありました。ただ,一律に除外するということが,性犯罪被害者が抱える心身の負担の問題解決手段として必ずしも適切ではないという難しい面もあるということもありました。   ただ,悪質な性犯罪被害の実情を国民が知って,共に考える機会を失うことになるということにつきましては,かえって偏見を助長してその実情が理解されないままになるというおそれもあるように感じております。その意味でも,性犯罪の一律除外ということは難しいのでないかということも感じています。   では,被害者が選択制にすればどうかということですけれども,同じく,そのヒアリングのときに選択制について,被害者にどれだけ冷静な判断能力があるかという問題がある上に,被害者に選択の責任を負わせるというのは負担が大きくプレッシャーになり無理があるという意見が述べられました。つまり,被害者はもうどちらを選んでも被害者はこれで良かったんだろうかということで,ずっと悩み続けることになると思いますので,これらのことからも被害者に裁判員裁判か裁判官裁判かを選択する責任を負わせるというのは,やはり酷だと思うわけですね。この点からも選択制にも大きな難点があるように思います。 ○井上座長 今,大久保委員から第2の被害者に選択権を認めるというアイデアを含め御発言がありましたが,第1の一律除外ということについて更に御意見がありましたら・・・。 ○酒巻委員 除外の方ですね。私も結論として,現在の性犯罪に係る事件を一律に対象事件から除外することは適切でないと考えています。   まず,前にここでヒアリングをしましたね,性犯罪に関わる被害者の方から。いろいろな御意見がありましたが,私,そのとき御質問したとおり,性犯罪の被害者であるから非常につらいという事柄が,裁判員制度が導入されたことに伴って生じたものなのか,それとも犯罪被害者一般として,刑事裁判に関与せざるを得ないことについてのつらさなのかということが,私から見ると余り明確に区別されないで意見が述べられました。それはやむを得ないところだとは思います。   大久保委員が先ほど述べられたとおり,性犯罪の被害者であるということを知られたくないという一番の核心部分については,確かに裁判員制度が導入されて,特に法制上守秘義務を課すことができないと思われる裁判員候補者について事件が説明され,もしかすると自分のアイデンティティが知られてしまうのではないかという,その点が大きなところではないかと思います。それ以外の,例えば被害状況について法廷で証言せざるを得ないとか,これに伴う様々な事柄は一般に刑事司法手続過程において犯罪被害者の心情に留意し配慮しなければならない事柄の反映であろうと思ったわけです。   そうしますと,性犯罪だけを取り上げて対象事件から除外するという立法政策に強い根拠があるかどうかというと,多くの問題は,ほかの重大事犯における犯罪被害者の方々に対しても共通する事柄である,例えば親子間の犯罪ですとか,男女間の犯罪というのはやはり他人には知られたくない事柄が絡んでいる場合もあり得るわけであり,どうして性犯罪の被害者だけを取り上げて重大事犯であるのに一律除外するのかという根拠付けが難しいのではないか。 今私が述べた事柄については,論点整理の5に出ている被害者等の心情等への配慮のための運用上の工夫,なお法制度上は私はかなりの程度,刑事訴訟法の改正等で被害者に対する配慮が昔に比べればなされているとは思いますが,更にそれに加えてその運用等で対処することによって何とかするべき話であって,法律を改正して性犯罪だけを除外するというのはやはり適当でないと考える次第です。 ○大久保委員 酒巻委員の意見とも関連がありますけれども,もちろん,現在もプライバシー等に配慮された運用がされているということは十分承知しています。果たしてそれが,被害者の立場からいいますと万全なのかどうかという辺りで,とても不安がつきまとっているわけなんですね。裁判員法では裁判員の負担に対する配慮規定はありますけれども,被害者に対する配慮規定はないんですね。ですから,以前からも申し上げているように,例えば,選任手続では,もちろん今,酒巻委員からもお話がありましたように,候補者に事案の説明がされますけれども,もちろんそのときには名前を秘匿したり,あるいは住所も分からないようにということで話はされているということは聞いてはいますけれども,でも候補者には守秘義務がないわけなんですよね。 ですから,そのプライバシーが流出しないかどうかという辺りでとても懸念がありまして,その懸念というものが被害者の裁判員裁判に対する負担につながっているわけです。それと,もちろん一律除外も,被害者選択制も法律上困難であるということは分かってはいますけれども,ですからこそ,少なくとも選任手続における被害者に対する配慮については,裁判員裁判の問題として万全に整える必要があると考えるわけです。ですから,裁判員裁判における被害者の負担に対応した規定を置く必要があるのではないかと思うわけですね。 それと,先ほど裁判員裁判の選任手続のときのプライバシーが問題ではないかということを酒巻委員がおっしゃいましたけれども,被害者の実際の言葉といたしまして,被害者心理等について知らない裁判員から質問を受けることも二次被害になって,それ自身がとても怖い思いをする,そういう言葉もヒアリングの中でもありましたので,そういう被害者の声に対応するためにも,裁判員の方に対する事前の学習なども必要なのではないかということを考えております。これはやはり裁判員特有の問題だと思いますので,少しでも被害者が安心をして裁判員裁判に向き合えるような,そういうような何か規定を是非置いていただきたいということも考えております。 ○井上座長 制度上の問題なのか運用上の問題なのか,更に議論の余地はあると思いますが,主として後の5のところで更に突っ込んで御議論いただくべき事柄かと思います。   元に戻しまして,一律排除につき更に御意見ございますでしょうか。 ○四宮委員 大久保委員からつとに御指摘があるように,性犯罪の被害者の方々の苦しみ,それからプライバシーを守ってほしいということから,一律に除外すべきであるという御意見がある,その趣旨は理解できるところです。ただ,私の結論から先に申し上げれば,今のまま対象事件としておくことが望ましいと考えています。   その一つは,先ほど大久保委員からもお話がありましたように,この3年間,裁判員対象事件となった性犯罪については,裁判員経験者等のお話を伺うと,性犯罪に対する認識が非常に深まって,むしろ社会的にもっとサポートが必要だというような意見も多く出ておりますし,中には裁判員経験者の中の方から被害者のサポートの団体を作っていくなどという動きもあるように聞いております。それは,正にこの性犯罪が裁判員対象事件となったことによって,社会的な問題として認知されるようになってきたということの現れだろうと思います。   それから,量刑につきましても,先ほどこれも大久保委員から御指摘があったとおり,大きな変化が生まれておりまして,国民が参加したことの意義が現れているように思います。また,逆に,今度は被告人の立場から見ましても,無期刑ということもあり得る犯罪ですので,これは重大犯罪ということになりますし,社会的に見れば一大事ということになるわけで,少なくとも被告人が無期刑に直面する犯罪である限りは,やはり裁判官と裁判員とで協働して,その有罪,無罪,刑の在り方を議論することが必要であろうと思います。   被害者の方々のプライバシーについては,先ほど前田委員からもお話がありましたように,裁判所は相当にいろいろと運用上の配慮をして,かなり守られるようになっていると思います。さらに,それが被害者の方々の意見を聞きながら,より徹底したものになっていくことは望ましいと思いますけれども,裁判員裁判の対象事件としては,今申し述べたような理由から除外しない,今の制度を維持すべきであると考えています。 ○前田委員 酒巻委員の発言に関連しますが,結局,裁判員裁判と裁判官裁判を比較して,何が被害者にとって不安なのかを突き詰めると,制度的には,守秘義務を負わない裁判員候補者の方に一定の事実が開示されることに尽きるのではないか ,そこで,その裁判員候補者にも守秘義務を課すことによって被害者が提起した問題が解決されるのかという議論をしました。結局,今の運用状況を見る限り,制度として裁判員候補者に守秘義務を課さなければならないような運用状況にあるかというと,そうではないだろうということになって,これは裁判員裁判,裁判官裁判共通して,被害者自身のプライバシー保護をどのように運用の上で図っていくかでおおむね解決できるのではないかと,こういう議論になった経過がございます。   検討の過程で私も,具体的な弊害事例がなかったか,性犯罪事件の裁判員裁判を経験した弁護士等に意見を聞きましたが,裁判員候補者に一定の事実が知られたことによって問題が生じたという事例は聞きませんでした。もちろんそういうことがあるなしにかかわらず,不安があること自体が制度設計変更の理由になっていると思いますが,結局,突き詰めるとそういうことになり,性犯罪を一律に対象事件から外すということにはならないとの結論になりました。 ○菊池委員 私も一律除外することについては消極の考えでおります。先ほど四宮委員からは,裁判所において被害者の負担軽減のために様々な努力をされているというお話がございましたが,検察官においても努力をしているつもりでございまして,例えば,被害者の生活区域に居住する候補者に対しては理由なき不選任請求を行使する,これは一例でございますけれども,ほかにも選任手続あるいは公判手続の中で運用上の工夫をしているところであります。   この運用上の工夫に足りないところがあれば,それは運用を改善する必要があるということになるのであって,そうした改善策を考えずに対象事件から除くべきだというのは,これはちょっと筋の違う議論なのではないかなと思います。ですから,対象事件としては引き続き残しつつ,性犯罪の被害者等の心情に配慮した運用上の工夫を引き続き考えていかなくてはいけないという,そういう問題ではないかと思っています。 ○井上座長 ほかに御意見がないようでしたら,選択制の方に移りたいと思うのですが。山根委員。 ○山根委員 選択制の方のところでも良かったんですけれども,私も一律排除には反対です。というか,やはり被害者の苦しい現実を知ってほしいという声もありますし,一律に排除してよいということではない,考えてはいないです。 ただ,そうすると,選択制が望ましいということになるかというと,大久保委員のお話にもあるように,そう簡単にそれでよしということでもないと,じっくり議論が必要というようなこともありました。なぜ性犯罪だけ選択制ということにするかということでいろいろ意見があるということも聞いていますので,難しい判断だとは思いますけれども,ちょっと質問させていただきたいと思ったのは,性犯罪に限らず,例えば選択制というものを導入すると仮定した場合に,裁判所とか検察とか,そういったところの専門家の判断で区分けができるものなのかどうか,それをちょっとお伺いしたいんですけれども。 ○井上座長 区分けとおっしゃいますと。 ○山根委員 選択制を,本人の希望だけに限らず,その場合場合に,ケースに応じてどちらがふさわしいかということを議論するということは実効性があるのかというか,その辺のちょっと…… ○井上座長 恐らく最も単純な選択制は,被害者の方が嫌だと言えば当然に外してしまうという形だと思います。これですと判断が入り込む余地がないわけですが,被害者の意見を伺った上で,恐らく最終的には裁判所ということになると思うのですが,裁判員裁判の対象とするのがふさわしい事件かどうかを判断するというのは,実際上非常に難しい話になるように思います。 裁判員裁判のような国民参加の裁判の対象とするかどうか自体を基本的には全て裁判所の裁量に委ねているところ,現在「国民参与裁判制度」というものを試行している韓国などはそうなのですけれども,かなり難しい判断になるし,裁判所によって差が出てき得るというふうに聞いています。 ○山根委員 ありがとうございました。 ○井上座長 選択制の方に入っていただいて結構なのですが,土屋委員。 ○土屋委員 時計のねじをちょっと戻してしまうのですが,一律除外なんですけれども,私も一律除外すべきでないというふうに考えています。つまり,今の制度で法的な仕組みとしてはいいんだろうと思うんです。ただし,条件はありまして,被害者の方たちに対する保護措置がこのままでいいかどうかというと,またいろいろと改善が必要になる場面もあるでしょうから,そういうことには意を尽くしていく必要があると思うんですが,それは運用上の問題なんだろうと思うんですね。制度的には一律除外しない方がいいという,皆さんいろいろ述べておられた理由と私も同じです。   もう一つ,ちょっと言っておきたいのは,国民参加の制度というのは,国民にとってもつらい場面を経験して,それを制度改正に生かしていくという,そういう意味合いもあるんだと思うんです。非常に言いにくい話なのですけれども,被害者の方のお話もきちんと聞いた上でそれを法廷の外の議論の中に生かして法改正につなげていく,そういった意味合いもあるでしょうし,そういうことを考えると,影響が大きい事件であるからこそ裁判員制度の対象から外してはいけないという側面も私は感じるんですね。   性犯罪についてはすごいつらい判断ではあるんですが,その類型だけを除いてしまうと,例えばほかの類型の犯罪についてどういうふうに考えるのかという,また別の問題も出てきてしまうような気もしまして,そういう意味では余り望ましくないのだろう。これから先もしばらく運用状況を見て,その上で考えてもいいのではないかというふうに私は思っています。 ○井上座長 そろそろ選択制についての御意見も伺ってよろしいでしょうか。 ○酒巻委員 選択制につきましては,論点整理をする過程でも述べましたので,簡単に言いますけれども,裁判員制度の一番基本的な構造は,訴訟関係人,例えば被告人,弁護人,あるいは被害者参加人といった人たちが望んだり,望まなかったりすることによって,裁判員裁判をやったり,やらなかったりするというような考え方には全く立っていないというのが,制度設計に関与した私の法律学者としての理解です。   後でも説明するときがあると思いますが,司法制度改革審議会の意見書,それからそれを踏まえた裁判員制度・刑事検討会でも徹底的に議論された上で,そのような基本構造が決定されている。要するに簡単に言いますと,関係者に選べる話ではなくて,法律が適切と認めた一定範囲の事件については裁判員裁判でやる,それが刑事裁判の在り方として適切なのである,そういう基本的な考え方に立ってでき上がっているわけです。   したがって,選択制すなわち被害者の御意見によって裁判員裁判になったり,ならなかったりするというような仕組みは,裁判員制度の基本的な構造に全く相容れないので,理論的に採ることはできないと考えます。 ○井上座長 ほかの方,いかがでしょうか。 ○島根委員 私は理論的な話ではなくて,実体的な面からの話で,性犯罪ですと,今は強姦罪は告訴を要する親告罪になっていて,裁判員裁判対象事件である強姦致死傷罪は非親告罪ですけれども,性犯罪について,やはり捜査の最初のときに非常に苦労しているのは,正に被害者の方にある意味納得していただきながら,刑事手続がこれから進んでいくという,そこのところを最初の段階で御理解いただくというのは,現場の非常に苦労しているところであります。   それで,強姦罪は,親告罪でありますが,強姦致傷のような事件のときに,最終的にはもっと後の段階で決まる話だとは思いますけれども,被害者の方に,どういう裁判制度になっていくのかについて,ある意味ではまたそこで選択を迫るというのは,被害者にとって酷なところもかなり出てくるのではないか。一見,御本人の意思を尊重しているように見えつつ,制度としてはややどうなんだろうかというような考えを持っておりますので,結論としては,選択制というのは余り適当ではないのではないかと考えております。 ○四宮委員 私も選択制にはしない方がいいという意見なんですけれども,今,酒巻委員からお話があったように,司法制度改革審議会は裁判員制度を専門家の知識と経験と一般市民の常識等をミックスするという裁判員制度はいい制度だということで提案をし,そしてその重大事件についてはそのような仕組みの下で裁判を行うのがいいことだと結論付けたわけですね。 そう考えますと,この重大事件の中から性犯罪だけを取り除くというのは,被害者の方の選択に委ねるということになると,重大事件をもってこの裁判制度を実現していきましょうということでスタートした趣旨からすれば,やはりその趣旨からするといかがなものかなというふうな気がします。 つまり,もうちょっと言うと,重大事件という切り方をした制度の趣旨というものを,罪名によって区別していくということはなかなか難しいことになる,説明が難しいことになるのではないかなと思っています。 ○前田委員 結論としては,性犯罪の被害者に選択権を与えるのは反対ではありますが,酒巻委員が言われた,制度としておよそ認めていないという考えには異論があります。確かに,現行の裁判員制度が,その制度設計に関わられた酒巻委員が言われるように,その理念の下にできていることはそのとおりでしょうが,現行法でも一部除外規定は法律上存在するわけです。これは法律上の要件ですから,選択権とは関係ないかもしれませんが,制度として,訴訟関係人の意向に寄らせないということが確立していて,それを絶対的な制度として変えちゃいけないということはないのではないかと思います。 ○井上座長 後の論点との関係でその点のお話が多分出ると思っていました。後のところで御議論いただけますか。 ○前田委員 分かりました。 ○井上座長 ほかに,御意見ございませんか。ほぼ御意見を伺えたと思いますので, 次に移ってよろしいでしょうか。   それでは,次に,薬物犯罪に係る事案について御意見を伺いたいと思います。どなたからでも。 ○島根委員 ペーパーには薬物事件と書いてございますが,現実の裁判員裁判対象事件としては,薬物の密輸入等になっておりますけれども,申し上げたいことは,組織犯罪の中でも,特にそういう密輸入関係の事件について検討していただければということでございます。もちろん,制度を変えていただきたいということで申し上げているので,立法事実というか,それについては私どもの方で説明をしなければいけないのですけれども,意見を申し上げるきっかけとなっておりますのは,この薬物の密輸入事件で無罪判決がかなり出ているということであります。 もちろん,この有罪,無罪のその判断の当否について私どもとしてコメントする立場にはありませんし,捜査当局としては精いっぱい頑張りますというだけなのですけれども,第11回会合のときにも申し上げましたが,裁判員経験者に対するマスコミのアンケートの中で,半数を超えているわけではありませんが,少なからぬ人がこの種薬物の密輸事件などについて対象から外すべきなのではないかというように答えておられる。理由として,市民感情が判決を左右するような事件ではない,あるいは市民感覚を取り入れる裁判員制度の趣旨に合わないといったような声ということで,どこまで客観的に分析できているかはともかく,一応そういう声もあるということでちょっと考えてみたいということでございます。 それで,私どもで考えたのは,一つは,この薬物の密輸入事件というのは,やはり組織犯罪という特殊な類型であるということで,非常に計画的,巧妙な隠匿というようなこともかなり行われる。それから,密輸入という形態でありますので,これは海外の犯罪組織といったような関係が出てきて,なかなか一般国民の方が疑似体験というか,ちょっと想像としても非常にしづらいような類型なのではないか。それから,かつて密輸入というと,瀬取りのような大量の薬物を船で運ぶというような形態が多かったわけですけれども,最近,特にこの裁判員裁判で無罪事件が出た形態というのは,いわゆる携帯型という,運び屋による形態が行われているということで,裁判では正にその運び屋のいわゆる知情性についてや,薬物とは全然知りませんでした,ただ何かちょっと運んでくれと言われたのでという弁解,あるいはそれは真実かもしれませんが,弁解がされるそういう類型のものであるということで,立証として,かなりその背景事情であるとか,手口,そういったものを間接的に積み上げていかないと難しい類型のものなのだろうと。国民の関心が高いという意味でいえば,薬物犯罪は決して関心が低い類型のものではないとは思いますけれども,こういった一般人の社会常識というか,市民感覚というものを踏まえて行うべき類型として果たして適当なのだろうかということで,問題提起をさせていただければということでございます。 ○井上座長 島根委員から問題提起がございましたが,他の方々はいかがでしょうか。 ○四宮委員 私は島根委員とは逆に,これは対象から外すべきではないと考えています。 理由の一つは,先ほども申し上げましたけれども,重大事件の中から罪名によって切り分けていくというのはなかなか説明が難しいのではないかというのが一つと,市民感覚が反映しにくいケースだというお話がありましたが,では,ほかの対象事件が市民感覚を反映しやすい犯罪かというと,それはどうかなという気がするわけです。犯罪そのものについて,犯罪一般について,国民はなじみがないわけで,何か国民になじみがある犯罪とそうでない犯罪があって,なじみのある犯罪に参加してもらうということではなかったと思います。 そして,もう一つは,国民の常識をどこに反映させるかということですけれども,私の理解では,これは裁判所が裁判員法39条の説明として行っておられるように,証拠の判断ですね。検察官が有罪であることを証明する,その証拠が常識的に見て疑いを残さない程度に証明しているかどうかというところに社会常識を反映させるということだろうと思います。そうであるとすると,罪名によって対象事件かどうかを決めるのは,そもそも制度の趣旨とは違うのではなかろうかと思います。 ○酒巻委員 今の四宮委員の意見の趣旨に賛成です。私も覚醒剤の密輸事案だからといって,検察官が一生懸命立証活動をして,証拠に基づいて構成要件が認定できるかどうかという部分につきましては,ほかの犯罪類型,現在対象事件になっている犯罪類型と,裁判員にやっていただく仕事の内容は変わらないと思います。 ○合田委員 裁判所ですので,ちょっとこれを除外するかどうかということについての直接の結論は控えさせていただきますけれども,ただちょっとお話を伺っていまして一点だけ申し上げておきたいなと思いますのは,私,この手のものもやりましたけれども,ほかの裁判所のものも含めまして,それは無罪判決が出ておりますが,否認事件でも有罪になった判決もたくさん出ているわけであります。   この手の犯罪が裁判員,国民の皆様に理解しにくいということではなくて,この手の犯罪は証拠がなかなか入手しにくい部分があって,証明が難しい犯罪なんだというところがほかの罪名と比べて無罪の割合が高くなっている,原因はそこにあると思っております。統計的にはっきり見たわけではありませんけれども,裁判官だけがやっていたときでも,この手の類型のものについてはほかのものと比べるとやはり証明が十分なのだろうかということを疑問に思うという場面は比較的多かったと思われますから,それが裁判員裁判において出てきているということであると感じています。 ○前田委員 薬物犯罪に関しましても弁護士会で議論をいたしました。千葉県弁護士会が余りにもこの種の事件が多かったので,弁護士会から悲鳴が上がって,何とかしてくれないかという意見が出たことはありましたが,法律で除外する根拠にはならないので,弁護士会では取り上げませんでした。   ただ,量刑が裁判官裁判と裁判員裁判とを比較しても,余り変わっていないので,量刑の観点から市民感覚を生かすという面では意義がないのではないかとの意見が一部ではありました。しかし,特に事実認定の場面において市民感覚を生かすという意味では,ほかの犯罪と何ら差はないわけですから,薬物事案を裁判員裁判対象から外す理由はないというのが大勢の意見でした。 ○大久保委員 私,実はある薬物中毒者に子どもさんを殺された親御さんの支援を行ったことがあります。その親御さんは,何かちまたで薬物の売買が盛んだということがうわさされているということを聞いて,その町に実際に行ってみたそうです。そうしましたら,やはりそういう不審な人物が接触してきて,日本の社会の中においてもこの薬物がとても広がっているんだという現実を肌で感じたということをおっしゃっていました。この薬物は若者にもどんどん広がってきているということも聞きますので,社会全体を守るというような市民感覚の醸成の意味でも,私はこの裁判員裁判の対象であるということは必要なのではないかなということを感じています。 ○井上座長 ほかによろしいですか。島根委員,何か御発言はございますか。 ○島根委員 御意見伺いまして,最初,冒頭に申し上げましたが,有罪か無罪かになっているということはきっかけであって,別に無罪になっているから外せと言っている趣旨ではないので,飽くまでも類型として,薬物犯罪の中の,道で売人が売っているとかいう類型ではなくて,国外との関係で問題になっているようなこういう密輸入という類型を,市民感覚ということで取り上げるのがどうかということで申し上げたかったということは,ちょっと最後に申し上げたいと思います。 ○山根委員 私も反論ではありませんけれども,やはりこの密輸組織犯罪で国同士の,また密輸入といった事案に関しては,市民感覚とか社会常識は一般で考えるとなかなか反映はしづらい部分であるということは思っています。ただ,強く反論することではございません。 ○大久保委員 そうしますと,証明が大変難しいということですが,その辺りを何か工夫するなり何らかの,それこそいろいろな捜査側の武器ですよね,そういうものを何かお渡しするとか,そういうような辺りで解決できるというようなことはないのでしょうか。 ○井上座長 努力はされていると思います。それに,裁判員裁判に限って特に難しいということなのかどうかでしょうね。 ○菊池委員 今の大久保委員の御指摘に関連して申し上げると,確かに覚醒剤の密輸入事件で無罪判決が目につく状態にありますが,対象事件として除外すべきである,あるいは除外すべきでないという議論をする以前に,検察の現場としては,そういう薬物の密輸入事件で無罪となっている事件はどういう弁解をされたものが多いのか,他方で,同じような弁解をされていても有罪になっているものも少なくないわけで,両者はどういうところが違うのか,集まった証拠であるとか,主張,立証の仕方にどういう違いがあったのか,その辺りを分析して,今後の主張,立証,証拠収集の在り方を考えていかなければいけないだろうということで,部内で検討をしているところでございます。 ○土屋委員 最後になりましたけれども,私も薬物事案というのは非常に立証の難しい事案だなということは感じるんですね。ですから,それが捜査の方々にとってプロの領域だというような感じがあることも理解できます。ただ,先ほど申し上げたことと重なるのですけれども,裁判員裁判というのは,市民感覚を反映させるという,裁判の側に感覚を取り込むという意味合いだけではなくて,市民の側が裁判を通じて教育を受けるというと変ですけれども,知らなかったことを知り,自分たちの社会のあるべき姿を考えるという,そういう側面もあるので,むしろ除外することは適当ではないのではないかというふうに私は考えます。立証の難しい事案というのは,当事者の検察官を中心にいろいろ工夫していただいて,何とか納得を得るような形で進めていただくという姿であるべきなのだと思っておりまして,その意味では除外してしまうのは適当でないと考えています。 ○井上座長 おおむね御意見が出ましたので,ほかに更に御発言がなければ,次の論点に移りたいと思いますが,よろしいですか。   それでは,次は被告人の請求する否認事案です。これに関しましては,前田委員,先ほどお話を遮る形になってしまいましたけれども,本当はここでおっしゃりたかったのではないかと思いますが。 ○前田委員 既に論点整理の段階で弁護士会の意見として述べておりますが,被告人の請求する否認事案に関しましては,裁判員裁判の対象事件に加えるべきだというのが意見でございます。   対象事件の問題に関しましては,弁護士会でも相当時間をかけて議論しました。裁判員裁判が始まって3年を経過し,裁判員制度がおおむね順調に進んでいると評価した上で,更にもう少し裁判員裁判対象事件を広げられないかを検討しました。当初予測していた裁判員対象事件数が時代の推移もあって,必ずしも多くはなくて,予想された件数よりも相当に減っているという事情もあっての議論でした。   それらを踏まえて様々な議論をした結果,事実認定が争われる事件でこそ,裁判員裁判の市民の感覚を生かすという意味での意義が出てくるのではないだろうかということになりました。ただ,争う事件を全て裁判員裁判対象事件にする結論にはなっておりません。公訴事実のほんの一部が争われる事件もございますし,そのような事件までも対象にするのは必ずしも適切ではないとの意見,つまり裁判員裁判が裁判員6名,補充裁判員を入れるとそれ以上の人数が加わる大掛かりな裁判ですので,本人も望まず,争われる範囲も狭く内容も鋭く争われない事案まで含める必要はないのではないかという意見があって,結局,被告人の求める否認事案というところで落ち着いたという経過がございます。   これに関しましては,酒巻委員が指摘されたように,裁判員裁判の制度設計のとき,被告人の選択を認めないことでスタートしたのではないかということは議論しました。制度設計の理念は,直接関わっておられた4人の委員の方にお話いただきたいと思いますが,制度設計の際に一定の重大事件を対象事件としたのは,国民の関心の高い事件を被告人の選択権なしに対象とすることが,制度定着のために必要である。スタートの時点においてはそういう制度設計が必要であるということで決まった。未来永劫にこの制度設計を変えないということではなかったはずであると理解し,確かに辞退する方向については,戦前の経過もあって懸念する声があったが,増やす方向であれば必ずしも当時の制度設計の考え方に反するものではないと考えました。減らす方向での本人の意向による辞退を認めるのではなく,是非これを裁判員裁判としてやってもらいたいという被告人の意向があり,かつ公訴事実の全部あるいは一部が争われる事件であれば,これを裁判員裁判対象事件にすることには制度的にも問題がないとして,提案をしたものでございます。 ○井上座長 御趣旨を明確化するために伺いたいのですけれども,全面否認ではなく一部否認というか,部分的な否認の場合でも,被告人が希望すれば対象にするということでよろしいのですね。 ○前田委員 はい。 ○井上座長 それで,全面否認の場合でも被告人が希望しなければ対象にしないということですが,こちらの方は対象とするのがなぜ不適切なのでしょうか。弁護士会で議論したところ不適切だということになったというお話でしたが。 ○前田委員 全部か一部かは確かに重要ですけれども,事件の大小,軽重もあり,軽微な事件か重大な事件かという観点からして,軽微な事件で本人が全部争っているからといって,それを対象にしなくてもいいのではないかという議論でした。 ○井上座長 重大か軽微かというのは,全面否認でも本人が希望しなければ対象にしないということとは違う観点ではないのでしょうか。その辺が入り乱れた主張になっているように思うのですが。 ○前田委員 今の法律上の対象事件よりも軽い事件でも,その幅が相当あり,法定刑が相当に重い事件とそうでない事件がありますね。そのうち軽微な事件では全面的に争っていても,これを裁判員裁判に全部とり上げるということまでをしなくても良い事件があるのではないかということです。 ○井上座長 しかし,被告人が選択すれば軽微な事件でも裁判員裁判を行うべきだということですよね。 ○前田委員 選択すれば行いますが,本人が望まない限り行うことはないというものです。 ○井上座長 例えば,痴漢事件などは,都道府県の条例違反で,法定刑の上からだけいうと非常に軽い。被告人本人にとっては重大ですけれども。そういう事件の場合も,被告人が争っていて,希望すれば,裁判員裁判の対象にするというのが弁護士会の御意見ではないのですか。 ○前田委員 そうです。 ○井上座長 という御意見ですが,酒巻委員。 ○酒巻委員 ちょっと講義みたいになりますけれども。 ○井上座長 なるべく簡潔にお願いします。 ○酒巻委員 分かりました。   前田委員の御意見,気持ちはよく分かるんですけれども,というか弁護士会の皆さんの御意見の気持ちもよく分かるつもりですけれども,弁護士の先生も法律家ですので,私も法律家として議論をします。まず,裁判員法は,一国の刑事司法の根幹に関わり,かつ将来にわたって多くの一般国民の皆様に義務を負わせる,負担を課することになる国家の基本法です。このような基本法の一部改正や修正を提言する以上は,法律家として,制度の基本趣旨に立ち返り,これと論理的に一貫し,整合的な提言を行うのが,プロフェッショナルとしての法律家のなすべきことであろうと思います。そういう整合性に配慮しない主張というのは,日常用語で言いますと,場当たりであり,恣意的・便宜的だと思うのです。 裁判員法を全部廃棄して作り替えるというのなら別ですが,現行の法律があって,それに修正を加える以上は,やはりその基本思想と整合的な理屈を考えなければいけない。 被告人の請求する否認事案を対象とする提案につきましては,私は反対です。この提案は先ほど言いましたとおり,司法制度改革審議会が提言し,検討会における十分な議論を経て,国会によって法制化された裁判員制度の一番基本的な構造に全く相容れない考え方に基づいているとしか言えない。整合的であるべき刑事裁判制度に異質なものを持ち込むことになりますので,反対です。 第一に,被告人の請求するというところですが,裁判員の関与する裁判を受けることは,刑事被告人の権利ではありません。裁判員裁判を受ける権利を想定して,これを被告人の請求に係らせるのは我が国の裁判員制度がモデルとしなかったアングロ=サクソンの陪審制の発想であって,このような考え方は立案過程において徹底した議論の上で明確に否定されたものです。我が国の裁判員制度は,一定範囲の事件については,国民の司法参加がより一層望ましい刑事裁判の在り方である,そういう基本的な考え方に立って,それゆえ,被告人その他の訴訟関係人が裁判のやり方を選択できるようなものではない,そういう考え方に立って設計されているのでありまして,被告人の請求するという法律構成をすること自体が基本構造に反する。 第二に,否認事件を対象とするという提案ですが,裁判員制度は,御存じのとおり,否認自白を問わず,一定範囲の事件について一律に用いられるものです。刑事司法への国民参加を否認事件に限定するのは,やはり裁判員制度の基本設計と根本的に相容れない発想であって,このような考え方も立案過程の議論で明確に否定されているものです。 ですから,以上のとおりで,被告人が請求する否認事件を対象にするという提案は,現行の裁判員制度の一番根幹に関わる基本構造と全く相容れないものである。その元にある考え方は,立案過程で十分議論を踏まえて,明白に否定されたものである。ですから,また,日常用語で言いますと,場当たりの便宜的,恣意的で,かつ議論の蒸し返しになっているので,全面的に反対というのが私の意見です。 ○井上座長 他の方,いかがでしょうか。 ○四宮委員 今の裁判員制度は,井上座長も委員をお務めでいらした司法制度改革審議会においてその基本設計がなされたわけですね。そこでは,今,酒巻委員がおっしゃったように,被告人の権利として設計されていないことは,そのとおりだと思います。そして,この制度はいい制度だと,先ほどは何ておっしゃったんですかね,司法制度の,刑事司法の根幹としていい制度だということ,望ましい刑事裁判の在り方なんだということで提案された,それもそのとおりだと思います。   国民が専門家とともに,協働するという言葉が当時生まれたわけですけれども,専門家の知識,経験と国民の常識とを併せて判断する裁判員制度は非常にいい制度なんだということであったわけですね。 ○井上座長 良い裁判ができると・・・。 ○四宮委員 良い裁判ができるということでありました。その範囲をどうするかということですが,特に重大事件については,この裁判でいい裁判ができるのだということであったわけです。そこでは,ですから,辞退が否定をされておりました。それは今申し上げたような趣旨だからですね。だから,国民の関心も高い重大な事件についてはこの制度で行くべきであると,だから選択は認めないのだということだったわけですね。だから,辞退は認めないのだと。   そうだとすると,私もいつかの,ここの検討会で申し上げたと思いますけれども,重大な事件,社会的な影響のある,あるいは国民の関心もある,あるいは被告人にとっても重大であるというようなものについては,良い裁判ができる制度というものを適用していくことには,私はその審議会のときの議論と矛盾するものではないと思うのです。ですから,いつか申し上げたように,国が,あなたは罪を犯したと言っていて,犯したと言われている人が,私は犯していませんと,否認事件をありていに分かりやすく言えばそういうことだと思いますけれども,これはやはり社会で重大な事柄だと私は思います。ですから,否認事件を裁判員裁判の適用事件に含めるということは,当初の制度設計の理念と私は矛盾するものではないと思います。   請求ということに関しては,これはまた今ありましたように,議論があるかもしれない。だから,在り方としては,その請求ということが,多分弁護士会が言っている請求,なぜ請求を言い出したかというと,これは私が勝手に推測するんですけれども,否認事件全てにする,あるいはこれから新しく裁判員対象事件になって国民の負担も増えるわけですから,それとの調整の制度として請求というものを係らせたのではないかと,私は勝手に推測をしておりました。   そうだとすると,その請求というものが,制度趣旨に関わるのではなくて,一つの政治的な調整原理,事件数の調整の仕組みとして提案されるのであれば,それは一つの理屈だろうと思います。ただ,それを入れるかどうかというのは,また別の考慮が必要だと思いますけれども,否認事件を,今対象となっている事件とは別に裁判員裁判の対象事件にするということは,私は賛成です。 ○酒巻委員 今,対象事件でない否認事件だけを対象にするのは趣旨に反しないという御意見でしたが,僕はどうしても整合性にこだわるので,今の裁判員制度では自白事件も審理しているんですけれども,否認事件だけを全て対象にするというのであれば,裁判員法の基本構造には反するものの,よく分かるんですけれども,どうしてそこが一貫するのかよく分かりませんねえ。 ○四宮委員 自白事件でも重大事件ですよね。 ○酒巻委員 重大だって,自白しているんだったら,やらないというのなら分かるんですよ。 ○四宮委員 いや,自白していても,ああ,自白事件だけの場合ですか。 ○酒巻委員 うん。 ○四宮委員 自白事件でも,被告人は重大な利益の危機に直面しているわけですね。例えば,長期の自由の拘束,無期の拘束,あるいは死刑に直面するかもしれない。そのこと自体が,認めていても重大です。 ○酒巻委員 軽い事件になると,何で否認事件だけになるのか,よく分からない。 ○四宮委員 どうしてですか。でも,その刑事責任の大きさというのは,刑罰の大きさによって決まっている,日本ではなくて世界でもそうなのではないんですか。そして,刑罰の重大性とは別に,否認している事件も社会の一大事で国民の関心事だからです。 ○井上座長 お二人の間で言い合っておられても仕方がないので・・・。 ○四宮委員 すみません。そうですね。 ○井上座長 要するに,酒巻委員は,一つの原理ないし考え方で整合的に説明できないのではないかという御意見であるのに対して,四宮委員は,「重大」というより「国民の関心事」であるかどうかを最終的な基準にして,法定刑の重い罪の場合は重大で国民の関心事であるけれども,同様に,否認事件も国民の関心事だから対象にすべきだとされる。そういうふうにキータームをちょっとずらしておられるのですね。ところが,酒巻委員の方はそうではない,一つの原理で整合的に説明できなければ,制度としておかしいという御意見であり,その辺が違っているのだと思います。 ○酒巻委員 もう一点,請求権のことですけれども,日本弁護士連合会が,十分法律的な議論をした上で「請求」と提言している意味と,四宮委員が想像したイメージはちょっと違うのかもしれませんね。いずれにしろ,普通の法律の考え方でいうと,請求ということは権利が前提になっているはずで,権利があるから請求という形になっている。それを翻訳すれば,被告人に裁判員裁判を受けるか,受けないかの選択権があるという考え方を前提にせざるを得ないだろうと思うんです。それは,私が先ほど言ったように,基本的な構造には反する。   四宮委員の言った調整というのは,何て言うんでしょう。 ○井上座長 否認事件を全部対象にすると数が余りにも多過ぎるのでという御趣旨でしたが。 ○酒巻委員 そういうのは私が先ほど言いました,全く理屈のない場当たり,恣意的・便宜的としか言いようがない。 ○前田委員 現在の制度は,無期刑とか死刑の法定刑のある事件などですが,そのような事件を対象事件とする際に,どのくらいの対象事件になるのかという政策的判断を全く抜きにして成立したものではないだろうと私は思います。   ですから,四宮委員の指摘にあるとおり,否認事件を全部対象にしなかった理由の一つには,対象事件数を考えたりした結果でもあるので,理屈は通らないとおっしゃっていますが,立法過程では,そのような政策的判断をするはずだと思います。 ○井上座長 そうすると,弁護士会としても,四宮委員と基本的には同じ意見なのですか。被告人が請求した事件を対象にしたい,被告人の意思を尊重したいというところに重点があるわけではなく,それは数を絞るためのいわば便宜的なファクターだと,こういう位置付けですか。 ○前田委員 そうではありませんが,数も配慮したことは確かです。 ○井上座長 私が質問するのは適切でないかもしれませんが,そうだとして,しかし,なぜ被告人が求めた事件ということが線引きのファクターになるのですか。先ほどおっしゃったように,重大か軽微かということで,今の対象罪種の範囲を広げていって,今よりも法定刑が軽い,中程度の事件に拡大しましょうと,それだって数が限られるわけですよね。それをとらないで,被告人の選択ということに委ねたというのはそれなりの理由がないといけないんですよね。単に数合わせではないと思うんですよ。 ○前田委員 先ほど申し上げましたとおり,減らす事件と増やす事件,双方を議論しました。結局,どこで対象事件の線を引くかは,すっきりするのは法定刑しかないと思いますが,なかなか線引きが難しいということもあって,基本的には事実認定を争う事件において,市民感覚に基づく判断を得るのが裁判員裁判の意義というのが弁護士会の意見としてあり,それで否認事件を対象にするとなりました。しかし否認事件のうち,軽微な事件や一部を争う事件でも対象にするかというと,そこはなかなか難しいのではないかという意見があり,本人が望む事件に絞ったという,議論の経過はそうです。 ○井上座長 また話が混線しているのではないかと思いますね。一部否認か全部否認かという話だと思うと,それが途中で消えてしまって,本人が望めばという話になってしまっていますので。   実際的に見ても,そういう選択制を採った場合に,被告人が裁判員裁判を望むのなら,全部争いますと言ってしまえば対象としてもらえることになるわけですよね。 ○前田委員 そうですね。 ○井上座長 そうだとすると,一部否認か全部否認かという話は余り意味を持たないのでは……。 ○前田委員 公訴事実の全部又は一部争うというのは,結局,公判前整理手続を経た上での話です。 ○井上座長 そうですね。 ○前田委員 最終的にはそういうことです。 ○井上座長 混ぜ返すようで悪いのですけれども,公判前整理手続に付す必要があるかどうかは,第一次的には,対象事件かどうかによって決まってくるので,その前に選別可能でないと駄目だと思うのですね。もちろん,途中で切り替えるということも可能ではあると思いますけれども……。 ○前田委員 ですから,公判前整理手続に付す請求権を弁護人にも付与せよという意見を弁護士会の意見として挙げております。 ○井上座長 分かりました。 ○前田委員 酒巻委員の御意見は,相当な議論をして制度設計をした。だから3年しか経過していない段階で被告人の選択権を持ち出すのは,結局,議論の蒸し返しである,場当たり的であるということですが,一定の法定された要件での事件に加えて,被告人の意向による事件を加えることは制度設計としておよそあり得ないのですか。学者の理屈として,あり得ないのでしょうか。 ○酒巻委員 弁護士の先生方のこういう結論・制度にしたいというお気持ちは分かります。私の貢献できるのは,学者として,法律家として理屈を考えることであろうと思いますから,先ほど言ったように,さらから考えるのではなくて,現在の制度設計の基本趣旨に立ち返って,そこから整合的な説明ができるか,一生懸命考えたんですが,あり得ないという結論です。否認事件だけに限る,請求した事件に限るというのは,全部基本構造と正面衝突だと言わざるを得ない。 ○井上座長 他の方の御意見も伺いたいと思うのですが,その前提として,事件数の話が出ましたけれども,おおよそどのくらいの数か分かりますか。否認事件がどのくらいあるかですが。 ○東山刑事法制企画官 まず,司法統計年報による数字を簡単に御説明させていただければと思います。 まず,平成23年,昨年の数字をまず前提といたしますが,刑事第一審,地裁におけます通常第一審事件の終局人員数の総数,これは5万7,968名となっております。そのうち,否認事件の件数は,平成23年の数字で4,734名,8.2%というふうになっております。 そこで,これらの統計データを前提として,仮に事案の軽重を問わずに,否認事件が全てその対象となり得ることとした場合に,まず平成23年の間の終局人員のうちの否認事件の単独事件,これが3,509名でございます。そして,否認事件の裁定合議事件,これが317名でございます。したがって,この3,509名と317名,これらがまず新たに裁判員裁判の対象となり得ることとなります。 そのほか,この平成23年の終局人員のうち,否認の法定合議事件は908名でございますが,これには裁判員裁判が含まれております。これに含まれる裁判員裁判の判決言渡しの否認人員は640名でありますので,これを差し引いた268名程度が,否認の法定合議事件で裁判員裁判でないものということになりますので,これが新たに裁判員裁判の対象となり得る人員数となると考えられます。 したがいまして,先ほどの否認の単独事件3,509名,否認の裁定合議事件317名に,今申し上げました268名を足しますと,合計4,094名程度の人員が新たに裁判員裁判の対象に加わることとなります。 この点,先ほど来,御議論がございますけれども,裁判員裁判を実施するか否かを被告人の選択によらしめた場合には,この否認事件の全てについて裁判員裁判が実施されることに直ちにはならないわけでありますけれども,現状,1年間の裁判員裁判の終局人員が1,570名,判決人員が1,525名であることと対比しますと,いずれにせよ,裁判員裁判の年間実施件数は大幅に増加することが見込まれるのではないかということが統計から分かるということでございます。 以上です。 ○井上座長 そういう数字も念頭に置きながら,更に御議論いただければと思いますが,他の方,いかがでしょうか。 ○大久保委員 それでは,裁判員裁判か裁判官裁判かは基本的な重要問題ですので,刑事司法の根幹にも関わるという発言もありましたように,今までの議論の中でも重要な問題であるということは,共通事項として皆さんの認識にあると思うんですね。   そういう中で,それが被告人次第で決定される仕組みというのは,どう考えても私は市民感覚に反するのではないかと思います。被害者やその家族や遺族はその選択権は全く与えられていません。それは裁判員裁判の核心部分に反するからなんだと思うんですね。それなのに,なぜ被告人側だけにその選択権を与えることができるのか,どうなのかということが出てくるということ自体,到底納得ができないことだと考えております。 ○井上座長 他の方,いかがですか。 ○合田委員 今,法務省から統計数字の御紹介がありましたが,私どもの方で持っている数字でも,裁判員制度の施行から24年7月末までの裁判員裁判以外の否認事件の判決人員は,同じ期間の裁判員裁判の判決人員の大体3倍ぐらいなんですね。   それで,もちろんその全部が選択されるという具合には思っておりませんが,ただ,否認事件で裁判員裁判を選択しなかった事件というのは,これはその選択が可能な制度の下では,一体どういう位置付けになるのかということがありまして,それを選択するかしないかは,恐らくは被告人が弁護人に相談すると思うんですね。弁護人がその位置付けをどう捉えているかにもよりますが,そういう状況の下で選択についてどういう助言をするのかということを考えると,かなりの部分が選択権を行使するという可能性を,100%とは言いませんけど,それとほぼ近いぐらいの数字で移行することを想定して,本当にできるのか,大丈夫かどうかということを考えておかないと,読みが甘かったということになってしまうような気がするんですね。今,1年間で何人の名簿を作って,それをどういうふうに呼び出しているのかという点に関して,それだけ増やしておかなければいけないかもしれないということになるわけでありますから,そこをどう考えるかという点は一つ指摘しておきたいと思います。   それから,もう一つ,条例違反の事件が入るのではないかという話もありましたけれども,その中には,例えば税法のほ脱事案のように,場合によっては,膨大な帳票などを見なければいけないというような事件,それからいわゆる特殊過失事件と私どもが呼んでおります爆発とかエレベータの事故とか,そういう関係の専門知識がかなり入ってくるような事件があります。   これらの事件は,裁判官裁判でやっても,公判前整理手続を経て,かなりの開廷回数にわたって証拠調べをやらなければいけないというものなので,恐らくそれを裁判員裁判でやると,職務従事予定期間は今までの最長のものよりもっと長いものが出てくる可能性があるということもあると思いますので,その辺が耐えられるのかどうかという辺りも考えなければいけないのではないかと,そのように思っております。 ○井上座長 他の方,いかがでしょうか。 ○土屋委員 私は反対です。特に被告人の請求に,制度が動き出すか,動き出さないかを関わらしめるというのは妥当ではないと思います。   例えば,心配しているのは,性犯罪を事例にとったとき,被告人の間で,裁判員裁判を選択した人としなかった人との間で不公平感が出ることがあるのではないかと考えたりします。例えば,性犯罪でというふうに言いましたのは,今,性犯罪に対する処罰感情が非常に強くなってきているので,特に裁判員制度を経ると重い判決が出るのではないかという懸念が被告人の方に生まれているとすれば,裁判員制度を選択したら損である,裁判官の裁判の方が刑が軽くなるというようなことを考えないとも限らない。それは,裁判員制度という形で国民の意識を反映させるという裁判理念と根本からぶつかってしまう事態であろうと思います。   そういうふうなことを考えると,私は妥当ではないと思います。 ○井上座長 他の方はよろしいですか。 ○四宮委員 理屈の点もやはり考える必要はもちろんあると思うんです。ただ,司法制度改革審議会のときにも,選択制が議論されたときに,井上座長がおまとめになるところで,学者としてはやはり選択制について説明が難しいと思うけれども,政治的には被告人の納得ということもあって,あり得るかもしれない,ただ,学者としては説明はつかないと思うけれども,というようなことをおっしゃっておられるんですよね。   それで,私の意見は先ほど申し上げたとおりですけれども,全て理屈が通らないことをやれと言っているわけではありませんけれども,それ以外にも考慮する,理屈プラス考慮する余地が私はあってもいいのではないかと思っています。私個人の意見は先ほど申し上げたとおりですけれども。 ○井上座長 私の名前も出ましたので,発言をお許しいただきたいと思います。座長としてではなく,自分の意見を申させていただきますけれども。   司法制度審議会の中で今言われたような発言をしたのは,委員の中にはそういう意見もあったからなのですが,しかし,審議会として最終的にまとまったところは,そういう考え方には立たなかったということは間違いありません。先ほど前田委員も四宮委員も審議会の提言の趣旨をある方向のものと位置付けて言われたのですけれども,ちょっと違うのではないかと思います。   つまり,国民の関心の高い重大事件から始めるという決断が先にあって,それを前提にして,被告人の選択制を認めないことや,否認事件のみならず,自白事件も含めるという制度設計にしたかのように言われたのですけれども,全く逆でして,一番根本にあったのは,被告人の権利として裁判員制度を導入するのではなく,一定の事件については国民が参加した裁判体で裁判をしてもらうのがより良い裁判が確保できるだろうという考え方であった。しかも,否認事件に限らず自白事件も対象にすることとしたのは,量刑にも国民の健全な良識を反映させようという趣旨によるものであり,それらの考え方を基本にしながら,そうは言っても,現実的に見て国民の皆さんにかなりの負担を強いることになるので,国民の皆さんにその負担を納得していただけるのではないかという意味で,皆さんの共通した関心事といえる重大事件に限ってまず始めようということで,対象事件の範囲を絞り込んだと,こういう順序であったのです。   ですから,これまでの対象事件の範囲を拡大する,増やす方向なのだから,否認事件で被告人が選択する場合というのを付け加えてもよいではないかと言われる。確かに,表面的には矛盾しないように見えるのですけれども,基本思想においては,退けられたはずの異なった考え方を持ち込んでいるのです。その意味で,私は,言葉は悪いのですけれども,言い訳めいたパッチワーク的な議論であって,制度全体の整合性という点から非常に違和感を感じると言わざるを得ません。酒巻委員のように論理的にあり得ないとまで言うつもりはありませんけれども,一つの制度としては非常に違和感があるということは,正直,申さざるを得ないのです。   それに加えて,実際的に一番心配しているのは,司法制度改革審議会や裁判員・刑事検討会の場でも指摘しましたし,この前の本検討会でも発言し,先ほども合田委員から発言のあった点ですけれども,何人かの方々,特に弁護士会の方々の御発言の前提として,職業裁判官と裁判員とは事実認定においては全く差がないということを当然の前提にされているようなのですが,基本的にはそうであるとしても,より立ち入って考えてみると,全く同じということではないのではないかと思うのです。つまり,それぞれが置かれてきた立場・状況や,それに伴う経験・研さん等の違いというものによって,違いはあるだろう。どちらがレベルが高いとか能力が高いということではなく,特性の違いというものはあり,その違ったものが一緒になって裁判することによって,裁判がより良いものになる,違うからこそより良いものになるというのが,裁判員制度の基本思想だと思うのですね。ところが,その差が一番難しい形で出てくる類いの事件というものもあって,それが先ほど言われたような特殊な事件の場合なのです。書類が多量に証拠として出てくる,多数の帳簿をひっくり返して調べなければ事実を的確に認定できないといった事件が典型ですが,それは税法事犯に限らず,経済事犯などについても同じです。そういった事件の公判を見に行かれれば一目瞭然ですが,ものすごい量の書類が証拠として出てくるのをこなさなければならないのです。   そういう事件を国民の方々に担当していただくのがふさわしいのかといいますと,正直疑問と言わざるを得ません。それらの証拠の要点について,幾ら両当事者が分かり易く説明しようとしても,実際にそれらの書類や帳簿の内容を精査し,相互に照らし合わせるという作業を積み重ねなければ,確信を持って事実認定を行うことは極めて難しいだろうと思います。外国でも,例えば,かつてイギリスなどで,大型の詐欺や重大な経済事犯についてそういう指摘がなされ,陪審裁判の対象から外そうとする動きがあったくらいです。ところが,否認事件で被告人が請求する限り対象にするということにした場合には,そういう類いの事件も全て対象になることになるわけで,これは実際的に見て無理なのではないかと考えるのです。 以上の理由から,一委員としての立場で意見を述べさせていただくと,この提案には消極と言わざるを得ません。 ○前田委員 被告人の権利として裁判員に関する制度設計がなされたのではないことは,よく理解をしているつもりです。ただ,そのような制度として入ったけれども,その後それに加えて,被告人が望む事件を対象事件に入れることが,全体の理念から反するのかどうか,学者の先生は駄目だと言われますが,我々としてはそういう制度の在り方もあってよいとして出発していることを御理解頂きたい。最初の理念は間違ってはいないと私は思っていますが,理解の仕方が異なります。 ○井上座長 そういう御主張であることは分かるのですけれども,制度全体の整合性という点から違和感があると先ほど申したのは,まだ控え目な表現だとお考えください。 ○前田委員 合田委員の御指摘の点は我々も議論の対象にした結果,事件数を調整する方法として,被告人の請求を考慮した経過があります。事件数は必ずしも正確ではありませんが,否認事件を全部加えれば二,三倍になるだろうという想定はしておりました。   それから,経済事犯について十分に議論をした経過があるというほど議論はしてはいませんが,一定の負担のある事件が入ることも当然想定をしました。それは何か月ぐらいがあれば負担が大きいといえるかという期間によっての議論はしていませんが,裁判員に負担の大きい事件もあることは想定した上で,しかし,それは被告人の選択で調整を図るという,そういう議論があったことは確かです。理屈が通らないじゃないかとおっしゃられれば,それは確かにそういうところがあるかもしれませんが・・・。 ○井上座長 被告人の選択ということ,何か予定調和の魔法のボックスのように考えられているようですけれど,本当にそのとおりうまく行くのかどうか,ですね。ちょっとまた委員としての意見に戻りますけれども,期間だけの問題ではない。やはり仕事の性質として難しいのではないかということを一番心配しているのです。   ここからは,座長としての役割に戻ります。 ○酒巻委員 被告人の請求についてということを提言されるときに,脱税とか,金融商品取引法違反とか,独禁法違反とかお考えにならなかったんですか。 ○前田委員 考えていないわけではありません。ただ,負担としてどのくらいの期間が現実にかかるのだろうかという観点から十分に詰めたのではないということです。 ○酒巻委員 仮に私が税務当局とぎりぎりの争いになった脱税事件だったら,必ず否認しますので,被告人の否認事件という制度設計をした場合には,山のような帳簿やら裏帳簿やらの証拠調べを構成要件該当性の認定のためにしなきゃいけないというのはお分かりですよね。 ○前田委員 分かります。ですから,個別にこういう事件でどうか,こういう事件でどうかと拾ってやったわけではないということを言っているんです。 ○酒巻委員 やはり,被告人に請求権を与え,否認事件を対象に加えるという構成は,私は理屈がないと思います。今までの御議論は理屈ではない。ほかにも裁判員でやったらよい事件もあるんじゃないか,やってみたらどうかという気持ちの表明にとどまる。これは,先ほど最初に言いましたとおり,国民に負担をかける,一国の刑事司法制度の根幹に関わることなので,それを理屈なしにやるというのは反対です。 ○前田委員 理屈なしというのは異論があります。理屈はあると思います。 ○井上座長 他の方,いかがですか。 ○島根委員 立法政策として,法律として書けば何でもできるじゃないかというのは一つの考えとしてはあるのかもしれませんが,そもそもということで考えると,もちろん被告人というのは,訴訟で一方の当事者の立場に立つわけですけれども,その裁判体として右に行くか,左に行くかというのを,何か好き勝手に選べるというのは,やはりちょっと素朴に考えて非常に変な感じがいたします。それは裁判員裁判体と裁判官裁判体で別に原則例外という形で作っているわけではないので,そこはやはり制度等の骨格として,何か右でも左でもあなたが好きな方を選んで,それで行けますよという仕組みというのはちょっとどうなんだろうということがあります。   それから,先ほどのこれは薬物のときの話に若干戻ってしまうんですけれども,別に裁判員だから特別違う観点で判断するということではないとは思いますが,やはり一般国民の方の業務量,負担をできるだけ減らすという観点からは,本当に刑事事件として立つもの全てが,潜在的には対象になるという考え方は,やはりその御負担という面で考えても,実態的にもどうかと思います。   以上です。 ○菊池委員 私も意見としては反対です。既に指摘された点の繰り返しになってしまう部分もあって恐縮ではありますが,申し上げます。対象事件を拡大するということ自体が,司法制度改革審議会の意見書の考え方に反するものではないんだろうと思います。ただ,既存の対象事件に対して,それにいわば上乗せする部分だから,土台部分と上乗せ部分とでは考え方が異なってもいいんではないかということにはならない類いの問題ではないかなと思います。 今,手元で改革審の意見書の該当部分を見ているんですけれども,確かに,「円滑な導入のためには,刑事訴訟事件の一部の事件から始めることが適当である。」と書いてありますし,「範囲については,国民の関心が高く,社会的にも影響の大きい『法定刑の重い重大犯罪』とすべきである。」とし,同じパラグラフの中で,「事件数等をも考慮の上,なお十分な検討が必要である」とされているのですが,それと違うパラグラフの中で,認否による区別をしないとか,あるいは被告人に選択権を与えないということが書かれているのであって,被告人に選択権を与えないという根本思想に乗っかってできている制度の上に,上乗せ部分だから違う考え方でいいんじゃないのという議論にはならないんだろうと思います。 そのように考えていくと,仮に増える分の事件数が,現在の体制でこなし切れるほどのものであったとしても,被告人による請求権のような考え方,そういう切り口で絞ることには私は反対です。 ○井上座長 他の方,いかがですか。 ○山根委員 皆様の意見を聞いていまして,被告人に選択権を与えるというのは困難なことなんだなというのは感じます。ただ,これは見直しのための大事な議論なので,必ずしも今までの審議会の議論を全て踏まえて,それを前提にそこからはみ出してはいけないということではないとも思っています。対象を広げるということが前提というような話もありますけれども,ただ対象をどう広げるかというよりは,裁判員裁判にふさわしいものがどれかということで見直す必要があるのではないかというふうに思っています。   もし今の事案についても,新しく変えることで少しでもえん罪防止になるというような,そういう視点も加わるということであれば,またちょっと考え方も変わってくるのかなというふうに思いますし,この後,私の提案なのか,薬害や公害やそういったところも検討にならないかというようなことを入れていただいていますけれども,その辺りもかなりもう制度的に無理だというようなことでお話は出てくると思いますけれども,いろいろ対象に関しては意見があるということで御理解いただけたらと思っています。 ○井上座長 国民参加がえん罪防止になるかどうかという点は,司法制度改革審議会でも議論したところで,そういう主張もあったのですけれども,かえって誤判が増えるという主張もあり,どちらとも言えないというのが大方の見方であったように思います。熱烈な陪審論者の中には,特に国民のみが有罪・無罪を判定する陪審制はえん罪の防止につながるという主張をする人が少なくなかったのですけれども,アメリカやイギリスにおける実績を見ると,陪審裁判で有罪とされ,中には死刑が執行された事例でも,後になって誤判であった,えん罪であったと公式に認定されたケースが相当数出ております。もちろん,それが陪審裁判であったが故にそのような誤りが生じたのかどうかは断定できませんので,どちらとも言えない,どちらと決定的に言えるデータはないというのが正確なところだと思っていますが。   皆さんから御意見が示されたと思いますので,次に移ってよろしいでしょうか。   次は死刑求刑事案についてですけれども,御議論を頂ければと思います。 死刑求刑事案を対象事件から外すということを,少なくとも議論してみてはどうかという御提案が出ていたと思うのですけれども。 ○大久保委員 私自身は,死刑事案というのは,これも社会で現実に起きている重要事案だからこそ裁判員裁判でやる意味が大きいと思います。被害者やその遺族とか家族というのはショックを受けて,混乱している上,そして更に,負担を感じながらも事情聴取を受けて,そして公判では証言などもしながら,息を詰めてその公判の行方を見守っているんですね。ですから,裁判員の方の負担が大きいということはよく分かりますけれども,でも社会の一員としてそれを避けないでいただきたいと思っています。 ○山根委員 この死刑求刑事案というのが,この裁判員裁判の対象に入っているということで,それを負担が大き過ぎるということで反対,除くべきだという声は多く届いてはございます。司法を身近にということでとても意義のある裁判員制度ではあるけれども,いきなり司法の入り口が死刑事件の担当になるということへの負担ですよね,そういうのは確かにあると思います。これはこの後の議論にもなると思います評決要件等々ですね,その辺りとも重ねて議論する必要があると思いますけれども,いかに負担を減らしてこの事案をこのまま継続するかということで,いろいろ議論は必要ではないかというふうに思っています。 ○前田委員 弁護士会の中で死刑求刑事案について外すべきだという意見があったわけではありませんが,議論を御紹介いたしますと,原則として重大な事件を裁判員裁判の対象にしている以上は,死刑求刑事件を外す理由は余りないのではないかということでした。確かに,裁判員の方の負担が重くなるということはあり得ますけれども,これは死刑求刑の事案だけに限られるものではないだろうと。   それと,もう一つ,死刑求刑事案ということになりますと,公判前整理手続の過程で検察官がその求刑を明らかにする必要があるということになります。ただ今の実務の中では,検察官が公判前整理手続の過程で,予想する求刑を明らかにするということはないし,聞くところでも絶対にあり得ないというようなことでもありますので,手続的にも困難ではないかと議論をした経過がございます。 ○井上座長 やや専門家の間の議論になるのかもしれませんけれども,検察官が死刑を求刑するということをどの段階で明らかにするのかという問題ですね。裁判員裁判の対象にするかしないかというのは,冒頭の段階というか,少なくとも公判前整理手続で分からなければ仕分けができない。その段階で検察官は死刑求刑の意向かどうかを明らかにできるものなのか,あるいは明らかにすることが適切なのか,専門技術的には非常に難しい問題だろうと思うのですね。 ○四宮委員 私も死刑事件に関わる国民の皆さんの負担ということは大変なものがあるとは思いますが,対象事件からはやはり外さない方がいいと思います。それは,大久保委員がおっしゃったように,最も重い刑,要するに重大事件という切り方でいえば最重大事件ということですし,私がかねてから申し上げている言い方であれば,要するに一大事の中でも最も重いものということになるというのが一つです。   ただ,だからといって,死刑求刑事件のこれまでの運用についてこのままでいいということではないように思います。一つは,前田委員がお話になった死刑求刑というのをいつの段階で明らかにすればいいという点ですね。   私個人の理解では,死刑求刑事件の重要な争点としては,更生可能性ということが重要な争点となるはずだと思いますけれども,それが検察官の側で最後の論告の後にまで明らかにならないというのはいかがかなという気がしているのが一つと,それから,あとは,国民が死刑事件に関わる以上は,死刑制度というものの情報公開をもっと徹底して行うべきではないかと考えております。   そういった周辺のことを指摘しつつですけれども,死刑求刑事案は対象事件から外さない方がいいという意見です。 ○菊池委員 既に御指摘がありましたけれども,検察官の立場からすると,あらかじめある段階で,これは死刑を求刑しますよということを明らかにするのは非常に困難というか,不可能だろうと思います。審理が全て終わって,その段階で求刑は決定されるべきものだろうと思います。   例えば,これは何人も殺害した事件だから当然死刑以外考えられないじゃないかとお考えになるような事件はないではないかもしれませんけれども,それでもやはり公判において被告人質問などにおいて,当該組織犯罪の全容解明につながるような供述をすることによって,死刑ではない求刑の余地も出てくる,そんな事件もないわけではないと思いますので,やはり起訴した段階とか,あるいは公判前整理手続の段階において,この事件では死刑を求刑しますということを明らかにするというのは,およそ考えられないと私は思います。 ○井上座長 ほかに御意見ございますか。 ○土屋委員 私も反対です。それは技術的に難しいとかいう話ではなくて,死刑という最高の刑に国民がきちんと向き合うべきであると,私はそう思います。制度をそのまま維持するか廃止するか,そういうことも含めて,向き合わないで制度の選択はあり得ない。そう思っておりますので,死刑だからこそというと言い過ぎですけれども,避けてはいけないと思っています。 ○井上座長 ほかに御意見がないようでしたら,先を急ぐようですが,次に移ってよろしいでしょうか。   それでは,次が,薬害,公害,食品事故等に係る事案ということで,山根委員,先ほど言いかけられましたので,御発言があれば。 ○山根委員 重大でかつ国民の暮らしに密着している身近な問題ということで,こういった事案もあると思います。例えば,食品とか医薬品とか製品による重大な事故や事件ですよね,そういったものが全てではないとしても,何か取っかかりを作って対象に含める可能性ということを考えられないのかどうかということを,ちょっとまずは皆さんにお聞きしたいと思います。 ○井上座長 御意見をお聞きしたいということですので,どなたからでも。 ○大久保委員 こういう薬害,公害,食品事故等につきましては,裁判員の方の市民感覚を生かすというよりも,その前に多分その判断基準というものはかなり専門性が求められることになると思いますし,その資料というものもかなり膨大なものになるのではないかと思います。そうしますと,裁判員の方への負担も大きくなって,なおかつその期間も長期間になるのではないかと思いますので,大変難しいのではないかということを印象として感じます。 ○井上座長 この辺は,専門家と言われた方はどういう御意見なのでしょう。 ○合田委員 そういう意味では違うかもしれませんけれども。 恐らく,この薬害,公害,食品事故というのは,結局裁判になるとすれば過失が問われる事案ということになってくるんだと思うんですね。先ほど申し上げましたが,現実にも,例えばいろいろな爆発事故でありますとか,最近,今,裁判をやっているところでは,エレベータに関係した事故でありますとか,そういったものについての過失が問われているケースというのは裁判所に現実にございます。これらにつきましては,過失ということもあって,かついろいろな人が関与していたその中で,その人の責任がどこまで問われるのかということが関係しますので,どうしても過失の存否について,注意義務とかそういう部分につきまして争われるということがあって,そうなってきますと,そもそもの物の構造とか爆発の原因がどこにあるのかということから始まって,それぞれの人がそれを防止するのにどのように関わることができたのかどうか,予見ができたのか,防止ができたのかといったような辺りが関係してきて,それがまたいろいろな法令の規定とか,いろいろな会社の中の規則とか,そういうものと関係してどうなのかということで判断をしていくと,こういうことになりますので,判断が専門技術に関係するということもございますが,ともかく調べる証拠の量が多いんですね。 例えば,平成23年の司法統計年報で,地裁の全刑事事件の平均審理期間は,3.0か月なんです。ところが,裁判員制度を施行した期間の業務上過失致死傷ですね,これは自動車が除かれていますから,先ほどの特殊過失が中心になっていると思うんですが,これが件数は1年当たり94,5人ということで少ないんですが,平均審理期間は7.4か月ということで,平均審理期間だけ比べると2.5倍近いと,こういうことになっております。 現実に先ほど申し上げた事件でも,長いこと公判前整理をやって,やはり法廷を開く回数も何十回ということでやっておるという状況がありまして,これをやっていただくということになりますと,先ほども話が出ましたけれども,専門技術の問題であるとか,日数の問題であるとか,そういうところをクリアするといいますか,もちろん専門家も努力するとしても,それをやっていただくという前提でお願いをすると,こういうことになるということでございます。 ○井上座長 他の方,いかがでしょうか。 ○島根委員 ただ今,合田委員からも御説明があったように,多分,罪名としては恐らく業過ということになると思いますが,警察の捜査分野ではこれは特殊業過事件といいまして,例えば,飛行機が落ちたとか,鉄道が脱線したとか,それから最近でいうと,いろいろな食品安全関係だとか,かなりもろもろの事案がありますけれども,非常に捜査としては,短くても半年,1年は当たり前,場合によっては2年,3年ぐらいかかり,相当膨大な捜査書類も作りますし,いろいろなところに鑑定等を出して,専門の御意見も伺う,そういう非常に複雑な事案であります。   それで,他方,こういった正に一般国民の非常に御関心の高い事案であるということもそのとおりだろうと思いますけれども,一方で,現在,消費者庁ができたりして,調査という形で,どちらかというと,例えば,原因の究明であるとか,再発防止に向けてできるだけ早くそういった事案を解明しようという世界が一つできております。   ですから,刑事責任を問うという分野の問題になりますと,先ほど申し上げたような膨大な書類,それから組織体,企業体として当然動いておりますので,そういった組織の指揮関係,それから長い間それがどういう状態だったのかということを相当緻密に立証していく必要があるということで,なかなかやはり一般国民の方に短期間で御判断いただくということでは,ちょっとなじみづらい事案なのではないかと考えております。 ○井上座長 他の方,いかがですか。 ○四宮委員 私,ちょっと視点が違うんですけれども,国民の関心は高いけれども,今,いろいろ御議論があったように,なかなか運用ということではいろいろ困難なことがあるかもしれません。ただ,先ほど合田委員がおっしゃったことなんですけれども,ただ過失ということだけで裁判員裁判の対象にはなじまないというのはどうかなと思っております。その特殊な過失の事件で,今いろいろ御指摘のあったような膨大な証拠,またその証拠の特殊性などとの関係では議論があり得ると思いますけれども,過失は非常に規範的な判断ですので,むしろ社会常識を反映させるということにもふさわしいように私個人は思います。   ですから,過失はなじまないというのではなくて,今ここで議論している薬害,公害や食品特殊過失と言われているものの特殊性ということからの議論はあり得ると思いますけれども,過失事件一般については一言だけ申し上げようと思いました。 ○井上座長 結論はどちらなのですか。 ○四宮委員 難しいですね。 ○井上座長 他の方はいかがですか。山根委員はいかがですか。 ○山根委員 ありがとうございました。そういう御意見が出るだろうとは思っていましたし,困難であることは理解できますが,できましたら,こういうものも対象にしてほしいという声があるということはどこかに残していただければなというふうには思います。 ○井上座長 分かりました。よろしいでしょうか。 もう一つ残っているものですから。どうしても最後まで全部やらなければならないということではないのですけれども,できるだけ議論をしておきたいと思います。 次の2つ目の小項目になりますけど,「審理が極めて長期間に及ぶ事案について」という項目について御意見を頂きたいと思います。これは,確か酒巻委員が問題提起されたのでしたね。そうすべきであるとまでは言われていなかったと思うのですけれども。 ○酒巻委員 どういう問題を感じているかということをもう1回御説明して,御議論していただければと思います。 先ほど私は弁護士会の御提案に対して法的に詰められておらんと批判したにもかかわらず,提案として具体的な要件まできちんと詰めたものではありません。基本的な考え方でこういうのがあるのではないかということを述べます。 現行法の基本枠組みは,一定の重大事件等については一律に対象事件にする。しかし,裁判員法3条には,対象事件からの除外という条文がありまして,最終的には裁判所の決定で,元来裁判員裁判でやるべき事件ではあるけれども,特殊,例外的に,裁判員の負担を考慮して個別に除外し,職業裁判官だけで裁判できるようにするという制度があります。 その立法趣旨は,裁判員の身の危険,生命,身体の安全に危害が及ぶような状況がそれなりに認められる場合,想定としては,凶暴な組織犯罪集団や,カルト集団の犯罪であるような事案ですね。それを想定して,そういう場合にはやはり一般国民が安んじて裁判員を務めることは,常識からいって不可能であろう,難しいであろう。そもそもなり手がいるかというと,多分皆さん,裁判員を務める方々の出頭確保も困難であろう。要するに,裁判員に対する著しい心理的,精神的あるいは生命・身体の危険まで懸念されるような負担がある場合には,裁判所の決定で対象事件から除外しようというものです。現在までに,1件実例があったと承知しています。極めて凶暴な組織犯罪集団による具体的危険が現実的に想定されるような事案であったと思います。 このような現行法の想定とは違うのですけれども,今日お配りいただいたこの「審理が比較的長期に及んだ事例一覧表」や,皆さん新聞等でも御存じのタイプの事案がより一層長期化するようなもので,具体的に審理予定期間が何日とか,そういう制度設計が必ずしも望ましいとは思わないんですが,公判前整理手続をやって争点と証拠の整理をしても,極めて特殊例外的に,異常に長期に及ぶ審理期間,職務従事時間が見込まれざるを得ないという事案が想定できるであろうと考えられる。 論点の2に,天災地変に備えた条文を作った方がいいだろうという話がありますが,天災地変よりは時々ありそうな,しかし年に何件もというようなレベルではなくて,しかしどう頑張っても相当長期間がかかるような事案です。例えば,新聞等によれば,鳥取地裁で審理される事案,これは複数の人間についての殺人,一人の被告人の殺人ですが,全面否認であり,客観証拠で,いわゆる間接事実で認定しなければいけないタイプの事件について,確か裁判員候補者を700人ぐらい呼び出し,最終的に600人ぐらいの方が辞退を認められたという,そういうことになりますと,この事件よりもはるかにもっと複雑な,例えば,無差別大量殺人事件で,しかし暴力団とかカルト集団が関わるものではないため現行法3条の除外事由には該当しないタイプの複雑困難事件であり,かつ,現行法では,長期審理を想定し,関与裁判員の負担に配慮した区分審理という仕組みを作ってありますが,この区分審理には適切でないタイプの事件というのがあります。そういうときに,結局,現状のままでは,余りの長期審理期間が予定されるために裁判員のなり手がほとんどなくなってしまうのではなかろうか,また,仮に選定できたとしても,著しく長期間の審理の途中で,補充裁判員も使い切ってしまうような事態が生じるような,異常に長期審理が見込まれる事件については,やはり公判前整理手続をしっかりやった上で,それでもどうしようもないときには,請求または職権でという法的構造は現在の3条と同じ形にして,裁判所の決定で除外する制度を,天災地変等に備えるとすれば,複雑困難事件についてもこれに備える制度は作っておいた方がよいのではないかということです。 検討会のときにもこのような議論はあった。しかし,弊害のおそれも指摘された。例えば当事者が公判前で意図的に争点を多量に出すことで長期審理にならざるを得ない状況を作り出し,裁判員対象事件から除外させてしまうという悪用のおそれがある,そういう指摘があったと思います。また,法技術的には,要件の作り方が,今私が不十分ながら表現したような事態をどういう要件で書くかというのは大変難しいとは思います。そういう難点はありますけれども,こういう問題について御議論いただいて,どうするかを,方向性を出していただければというのが私の提案です。 ○井上座長 審議会でも検討会でも,そういうことをはっきり言ったのは私一人だったと思います。そのときの考えでは,ごくごく稀というより,国民に負担を強いるのが相当とは言えなくなるような一定の期間を超えたら裁判員裁判の対象から除外してはどうかということでしたので,そういう除外はやはり認めるべきではないという意見が何人かから出て,結局採用されなかったのですけれども,今の酒巻委員の御発言で想定されているのは,もっと例外的な事態なのだと思います。   今,幾つかの事例について言及があったのですけれども,合田委員の方で,何か補充していただくことがあれば・・・。 ○合田委員 先ほどの法務省が作っていただいた資料がございますが,一番上にさいたま地裁の事案があって,実はまだ進行中なので入ってはありませんが,鳥取地裁の事案が日にちがこの1番と2番の間に入ってくるというわけでございます。どのくらいの方を呼び出してというのと,それから辞退がどのくらい認められたかということ,それから補充裁判員をどのくらい付けているかということについて,ちょっと2,3例につきまして,御紹介を申し上げます。   まず,さいたま地裁本庁のいわゆる100日と言われる職務従事予定期間の件でございますが,これについては,選定された裁判員候補者数は330人と聞いておりまして,辞退が認められた方が255人,77%という具合に聞いております。この事件は,補充裁判員の数が6人であったと,こういう具合に聞いております。   それから,あとは,この表でいいますと,2番と3番について申し上げますと,2番の大阪地裁の事件ですが,これは比較的人数があれなんですが,160人選定して102人辞退が認められておりますから,63%ということになりまして,補充裁判員が3名,それからこの表では3番目に入っておりますさいたま地裁の56日という件ですが,170人が選定されて辞退が132人ということで,これは78%でございますが,補充裁判員が4人ということでございます。   なお,現在進行中の鳥取地裁本庁の件でございますが,酒巻委員からお話がございましたように,選定された裁判員候補者数はちょうど700人ということでございます。辞退が認められた方は609人,87%ということでありまして,補充裁判員の数はこの件では4人だと,こういう具合に聞いております。   全体的な辞退の認められる率が五十何%だということは前に御報告を申し上げました。これらは日数が長いということもあると思いますけれども,それと比べますと辞退が認められる率がかなり高くなっているということでございます。 ○井上座長 今,辞退が認められたと言われたのは,事前の申出により呼出状を送らなかったというものや,いったん呼出状を送ったけれども本人からの申出により取り消したというもの,呼出状に応じて裁判員等選任手続に出席した候補者が事態を申し出たのを認めたというもの.その全ての段階を合わせた合計数ということですね。 ○合田委員 そうです。最終的に選任に至るまでですね。その各段階の人数まではちょっと手元に数字がございませんので,ということでございます。 ○井上座長 以上の数字なども踏まえて御議論を頂ければと思うのですが。 ○前田委員 具体的な要件がないので,突っ込んだ議論はできないことを前提にお話しします。   酒巻委員が御提案されたようにイメージしたことだけで申し上げますと,配布された一覧表に書いてあるような事件を除外するのは反対です。ただ,本当にものすごい大事件があって,審理に1年以上かかるとか2年以上かかるとかの事件が,1年に何回かじゃなくて,それこそ何年かに1回ぐらいのような事件が起こり得ることを考えると,それに対処できない法律では確かにまずいのではないか。そこで一般論として,極めて長期の審理を要する事件を外す規定を置いておくこと自体に反対するものではありませんが,具体的な要件が出されませんと,何とも申し上げられないということです。   もう一つ,勘違いしていたかもしれませんけど,以前の酒巻委員の御提案は,公判前整理をやった裁判体がその判断をするということだと理解していましたが,今の御提案は違うのでしょうか。 ○酒巻委員 理論家として恥ずかしながら,詰め切れておりませんで,決定すべき裁判体についてはいろいろな設計があり得るとは思っています。 ○前田委員 私はそのように受けとめて,今の制度設計でも違うのじゃないかと質問をしたことがあるんですけれども。 ○酒巻委員 以前にこのような除外制度に言及した際には,現在の除外規定と同じ制度を考えていたんですけれども。 ○前田委員 現行規定は違いますね。 ○合田委員 ほかの裁判体。 ○前田委員 ほかの裁判体が判断するということですね。今の御提案の場合に同じ裁判体で除外を判断するとなると,先ほどの理屈になりますが,法律上の要件はあるにせよ,当該裁判官が排除できる制度になりますから,酒巻委員の理念にも反することにならないでしょうか。そうすると,公判前整理手続と審理をする裁判体の判断という制度設計では問題があるかなというふうに,私自身は思っています。 ○酒巻委員 前田委員が最初に言ってくださったとおり,私の想定も前田委員が今おっしゃっていただいたようなイメージです。具体的に何があるかなというと,無差別大量殺人といった,一人の人間が大量の人間を殺害するといったような事件ですね。もうこれは確定した事件ですけれども,和歌山で毒物をカレーに投入し多数人が殺害された,ああいう類いの全面的に否認していて,被害者多数で,区分審理が困難,極めて重大な結果が出ているというようなもの,また,時を異にした連続多人数殺害事件で全面否認などが,恐らく今,具体的に起こっているよりももっと長期の審理期間が見込まれるのではないかと,そういう想定です。 ただ,井上座長はもうちょっと違うのかもしれません。前に検討会のときにはもう少し…… ○井上座長 その時点での考えを説明させていただいただけでして,現時点でもそう思っているというわけでは必ずしもございません。 質問なのですけれども,今起こっている個々の事件についてコメントするのは難しいし,適切でもないと思うのですけれども,新聞で読んだだけの不確かな記憶ですが,先ほどの鳥取地裁の事件などでは候補者として選定されたのが700人のようですけれども,確か最初の母体となる裁判員候補者名簿に登載されている人数は,鳥取では多くて1,000人台ではなかったかと思うのですね。   ですから,その中から700人もの人を呼び出して,結局,最後の最後,かなり限られた数の候補者から抽選で裁判員と補充裁判員が選ばれたということであったようです。この点,裁判所の裁判員制度に関する懇談会の議事録などを読むと,最終的に 最低18人ぐらい残っていないと適切な選任ができないということのようですが,今回の事件では幸いそこまでは至らなかったようですけれども,今後,そのような最低数を下回ってしまうということがないとは限らない,地方によってはですね。東京とか千葉とかいった裁判員裁判対象事件数がもともと多いところでは,かなり多数の候補者が名簿に登載されていますので,問題は生じにくいのかもしれませんけれども,そういう事態に立ち至るところが出てこないとも限らないわけで,期間の長さとそれに伴う裁判員等の負担ということだけではなく,裁判員・補充裁判員の選任の適正さが確保できるかどうかということも大きな問題ではないかと思うのですね。   そういう問題も絡めますと,ますます具体的な要件を書くのは容易でなくなるかもしれませんけれども,ただ,今のところは問題が生じてはいませんが,困る事態が生じることも考えられないわけではなく,そうなったときに何の備えもないということでは立ち行かなくなるので,そういう事態も視野に入れておいた方が良いのではないかという気がします。 ○前田委員 考えられないわけではないのは分かります。そういう手当てをすること自体,反対するものではありませんが,どういう要件を作るかがかなり難しいのではないかということです。 ○井上座長 他の方,いかがですか。 ○山根委員 私が心配するのは,長期間で負担が大きいというのももちろんありますけれども,その前に,やはりそういう長期間の裁判を務められる人というと,かなり限定されると思うんですよね,それが可能な人は,一般的に考えて。それでいいのかということをすごく心配をします。特定といいますか,限られた人で偏った判断ということにはならないかということですね。   努力してやっても,余り長期間であれば,途中で疲労が大きかったりとか,そういう理由で途中で辞退をする,もうこれ以上無理だというような辞退者が出るというようなことも考えて,そういう人が続出するような場合も可能性としてはあるかもしれないですし,そう考えますと,やはりある程度絞り込みというか,対象を考える仕組みは必要かなと思います。それが除外規定という,きちんとかちっと文章で書く必要があるのかどうかはちょっと私としては判断は分からないですが,いろいろ想像はしておく必要があるというふうに思っています。 ○井上座長 除外するとすると,明記せざるを得ないのです。おっしゃったようなことは,アメリカの陪審などについて,ある時期,かなり指摘されていまして,比較的暇な人,それが誰かというとちょっと叱られそうなのですけれども,その当時アメリカで指摘されていたのは,リタイアした人とか家庭にいる人などが多く陪審員として残ることになって,どうしても判断傾向が保守的になるのではないかということでした。実際にそのような傾向があったのかどうかは確証されていませんけれども,そのような指摘があったことから,仕事を持っている人にもできる限り参加してもらえるシステムとなるよう工夫されたということがありました。   わが国では今のところ,新聞で読んだ限りですけれども,長期審理事件においても,職業を持っている人と持っていない人との割合や,男女比,年齢層など,非常にバランスがとれているようで,100日審理のさいたま地裁の事件でもそうであった上,途中で脱落された方も おられなかったと記憶します。   ただ,おっしゃるようなことが出てこないとは限らないとは言えるでしょうね。 ○前田委員 男女比も3対3で,年齢層もかなりばらついていたということのようですね。 ○四宮委員 しかも,職業を持っている方が多かったと聞いていますけれど も。 ○井上座長 そうですね。ほかにこの点,いかがでしょうか。 ○四宮委員 私も基本的に,長期に及ぶから対象事件から外すということには反対なんです。特に今日の資料の3によると,これらの長期の事件を裁判員の皆さんは本当に真摯に務め上げてくださっているわけですね。やはりそのことに応えていく必要があるのが一つと,こういう事件こそ対象にすることによって,充実した迅速な裁判が実現できるのではないかということも考えます。ですので,具体的な制度のアイデアがないということなので,何とも考えられないんです。これ以上のもので,どうなのかと。どんな場合なのかがちょっと。漠然とは分かりますけれども,それを今,座長がおっしゃったように,これは文字で起こしていく必要があるとなると,どうなっていくのかと。   だから,私の基本的な考え方は,非常に複雑な重大事件こそ裁判員の方に担当していただくことによって,分かりやすくて充実した迅速な裁判ができるというのを基本にして,そこは押さえておきつつ,みんなが納得できるような例外事例というものが,つまりそこで納得できないと国民に説明できないと思うんですけれども,それが出てきたら,私の最終的な考えは述べたいというふうに思います。 ○井上座長 出てきたというのは,そういう事件が実際に出てきたらということですか。 ○四宮委員 いえいえ,アイデアが。 ○井上座長 その例外規定が示されればということですね。 ○四宮委員 はい。 ○合田委員 裁判所は,別に自分たちの都合で除外しようという考えは全くありませんので,そういう意味で,私たちがこれを乱用するようなことはお考えいただかなくても結構だと思うんですね。   それで,今現実に行われている裁判は,現実にやれているわけですから,私どもはこういう程度のものであれば,それは実際やれていますし,やれるんだろうという具合に思っていて,こういう場合に適用すべきだとは考えておりません。 ただ,先ほどちょっとお話が出ましたように,地方の方で名簿の数も少ないと,しかしそこでたまたま非常に長い期間にわたることをやらなければいけないと。例えば,この鳥取地裁の事件の選任では,名簿のかなりの分を使っていますが,それを呼び出しても,うまく選任自体ができないかもしれない。そうすると,法律上は名簿の追加調製というのはあるんですけれども,これを実際にやろうとすると選管にお願いし直さなければいけないので,またそれで時間がかかるというようなことがあって,かなりの期間,そういうところで進んでいかないというような形になるものも,机の上で考えると想定できないわけではないと思うんですね。その場合に,それにどう対処したらいいのか。それでもやれというのも一つの考え方ですし,それから,そういう極限的な場合については除外できるようにしておく,法律を作らないとそれはできないわけなので,作っておくというのも一つの考え方だと思います。 ただ,除外を想定するのであれば,それは適用する裁判所の側から見ても,明確な基準,類型分けというのがされたものでないと,適用しにくいというところがございます。作る必要性自体でいうと,極限的な場合を考えればそういう規定の必要性というのは,それなりに肯定されるんだろうと思うけれども,要件が書けるかと,そこの問題だと思います。 ○大久保委員 それを決める場合,どのような文言や要件が必要なのかということは専門家の方にもうお任せするしかないことなんですけれども,それでもやはり先ほど酒巻委員の方からもありましたように,例えば,和歌山の毒物事件,あるいは無差別殺人等が起きたとき,極めて長期にわたる審理が必要になるということの可能性というものは否定できない以上は,現実問題として,何らかの対応措置というものは必要だと思います。もし途中でどんどん裁判員等が替わったりすれば,もしかしたら被害者が何回も証言に出なければいけないというようなことも出てくるかもしれませんし,そうなりますと,被害者にも負担が掛かることでもあると思いますので,こういうようなものを置くということは賛成です。 ○島根委員 元々裁判員裁判を受ける権利というのが被告人にあるわけではないので,先ほどの被告人の請求でどうだという論点に比べれば,この場合には裁判員裁判にできない,あるいはそのおそれがあるということで,その合理性が説明できれば,場合によっては極限的なのかもしれませんけれども,こういった検討をしておく必要性というのは十分あるのではないかと考えております。 そうすると,その合理性というのは何かというと,一つは,裁判員の負担の問題。それからもう一つは,選任の公正性というか,多分,公正らしさが担保されなければいけないんだと思いますけれども,男女比ですとか,年齢比ですとか,有職・無職の別とか,そういったものが先ほどの鳥取のような人口比等を前提した場合に出てくるのか,ちょっとそこの合理性をどうすれば担保できるかというのは難しいと思いますけれども,そういった観点から考える,検討する余地というのは十分あるのかなと考えております。 ○井上座長 以上御意見を承ったところでは,大きな筋においては,それほど御意見は違わないように思います。ただ,具体的に除外する場合の要件をどう定めるのかというところで,それで良しとするのか,それでは駄目なのか,そこで意見が分かれ得るということではないかと思いますので,更に議論を先に進めるためには,何かその手掛かりになるものが必要だろう。抽象的に,あるいは一般論としては,ごくごく例外的な場合については除外する必要があるかもしれないという点では,そんなに皆さんの御意見は違わないので,この段階ではこのぐらいにして,次のステップとしては,仮に除外するとした場合についてのもう少し具体的なアイデアを出していただき,それを手掛かりにより詰めて議論をするということにしたいと思いますが,それでよろしいですか。 (「異議なし」との声あり) 予定した時間を少しオーバーしており,この後別の御用がおありの方もいらっしゃると聞いておりますので,本日の議論はこのぐらいにさせていただきたいと思います。 次回は,論点整理の2つ目の大項目,「裁判員等選任手続」以降を取り上げていきたいと思います。 それでは,最後に,事務当局から,次回期日の予定の確認をお願いします。 ○東山刑事法制企画官 次回でございますが,11月6日火曜日午後1時30分からとさせていただきたいと存じます。場所等につきましては,追って御案内申し上げます。   以上です。 ○井上座長 これで第13回目の検討会を終了します。どうもありがとうございました。 ―了―