法制審議会 刑事法(情報通信技術関係)部会 第10回会議 議事録 第1 日 時  令和5年5月26日(金)   自 午後1時30分                        至 午後4時58分 第2 場 所  東京保護観察所会議室 第3 議 題  1 情報通信技術の進展等に対応するための刑事法の整備について         2 その他 第4 議 事 (次のとおり) 議        事 ○鷦鷯幹事 ただいまから、法制審議会刑事法(情報通信技術関係)部会の第10回会議を開催いたします。 ○酒巻部会長 本日も御多用のところお集まりいただき、ありがとうございます。   本日、池田委員、吉崎委員、幹事におかれましては、オンライン形式により出席されています。   なお、渡邊委員におかれましては、本日、所用のため御欠席と伺っております。   続いて、事務当局から、本日の配布資料について説明をお願いします。 ○鷦鷯幹事 本日、配布資料13として「検討のためのたたき台(諮問事項「三」関係)」を、配布資料14として「検討のためのたたき台(電磁的記録を提供させる強制処分の創設)改訂版」をお配りしています。配布資料の内容については、後ほど御説明します。 ○酒巻部会長 それでは、本日の審議に入ります。   本日は、前回会議の最後に皆様にお伝えしたとおり、諮問事項「三」について、配布資料13の「検討のためのたたき台(諮問事項「三」関係)」に基づき、議論を行いたいと思います。   その上で、その後の議論の進め方についてですが、「検討のためのたたき台」に基づく諮問事項「一」から「三」までの各項目のうち、第7回会議において取り扱った諮問事項「一」の「電磁的記録を提供させる強制処分の創設」の項目については、他の項目と比べて、議論を要する点が多い一方で、これまでの議論では十分でない点があるように思われました。   そこで、この項目については、私の指示によって、事務当局にこれまでの議論を踏まえて「検討のためのたたき台」の改訂版を用意してもらいましたので、諮問事項「三」についての議論が済んだ後は、「電磁的記録を提供させる強制処分の創設」を再度議題として取り上げ、その改訂版に基づいて、更に詳細な議論をしたいと思っております。   そのような進行でよろしいでしょうか。              (一同異議なし) ○酒巻部会長 ありがとうございます。それでは、まず、諮問事項「三」に関し、配布資料13の「第3-1 第1及び第2の実施を妨げる行為等への対処」についての議論を行います。   議論に先立ち、配布資料13の「第3-1」に記載された「考えられる制度の枠組み」と「検討課題」について、事務当局から説明をお願いします。 ○鷦鷯幹事 配布資料13の1ページから3ページまでを御覧ください。   「考えられる制度の枠組み」の「(1)」には、「ア」として、公文書として用いられる電磁的記録の信頼を害する行為を処罰することができるよう罰則を整備することを、「イ」として、私文書として用いられる電磁的記録の信頼を害する行為を処罰することができるよう罰則を整備することを記載し、それぞれ罰則の対象として想定する行為を「(ア)」及び「(イ)」のように記載しているほか、「(2)」には、電子的に作成された書類やオンラインを用いた手続の遂行を妨害する行為を処罰することができるよう罰則を整備することを記載し、罰則の対象として想定する行為を「ア」から「ウ」までのように記載しています。   続いて、「検討課題」を御覧ください。   まず、「(1)」として、「考えられる制度の枠組み」の「(1)」に関して、罰則を設ける必要性・相当性はあるか、どのような電磁的記録について、どのような行為を処罰の対象とするか、「③」・「④」の点線枠内のような罰則を設けるか、「③」及び「④」の罰則は、刑法第155条から第161条までの罪、同法第161条の2の罪とどのような関係にあるか、法定刑は、どのようなものとするかなどの点が検討課題となります。   また、「(2)」として、「考えられる制度の枠組み」の「(2)」に関して、罰則を設ける必要性・相当性はあるか、どのようにして行われる手続について、どのようにして妨害する行為を処罰の対象とするか、「③」の点線枠内のような罰則を設けるか、「③」の罰則は、刑法第95条第1項の罪、同法第233条・第234条の罪、同法第234条の2の罪とどのような関係にあるか、「③」の点線枠内の罰則のほか、「⑤」の点線枠内のような罰則を設けるか、法定刑は、どのようなものとするかなどの点が検討課題となります。 ○酒巻部会長 ただいまの説明内容に関して、御質問等はありますか。よろしいですか。   それでは、議論に入ります。   まず、検討課題「(1)電子的に作成される文書の信頼を害する行為を処罰する罰則の整備」についての御意見を伺います。   検討課題「(1)」の「①」から「⑥」までは全て相互に関連すると思いますので、併せて御意見を伺います。   いずれについてでも結構ですので、御意見のある方は挙手などした上、どの点についてのものかを明らかにして、御発言をお願いします。 ○安田委員 私からは、検討課題「①」、「②」につき、また「③」、「④」の罰則については、主に公文書及び私文書の有形偽造・無形偽造とパラレルに捉えられるべき部分について、意見を申し上げます。   パーソナルコンピュータの普及により、従来であれば紙で作成されていた文書が電磁的記録として媒体上に記録・保存され、また、こうした電磁的記録を相手方に表示するなどして、文書に代わるものとして利用する局面が増えてきております。また、近時は、スマートフォンやタブレット端末等のモバイル端末が広く普及し、例えば、保存された文書の電磁的記録をモバイル端末に保存して持ち運び、これを機械的に読み取らせて処理させるのではなく、映像面に表示して人に見せることで電磁的記録を文書と同様に利用することも、日常生活の中で広く行われるようになってきているところです。   こうした技術の進展を踏まえ、本部会第7回会議で配布されました「検討のためのたたき台(諮問事項「一」関係)」の「第1-2」におきましては、裁判所が令状を電磁的記録でもって発付し、捜査機関がこれをタブレット端末等の映像面に表示させて相手方に呈示して執行することができるものとする制度を設けることが検討されています。   電子計算機により処理されてその内容が表示されることにより、人に対して文書等として用いられることとなる電磁的記録は、実社会において、人に示される紙等の文書と同様の機能を果たしているといえますが、電磁的記録は、そのままでは人の知覚によって認識することができず、可視性・可読性に欠けるため、刑法上の文書に当たりません。そのため、それが機械的に処理されて表示されたときに偽造文書・虚偽作成文書となるような形で電磁的記録を記録・保存するなどする行為を文書の偽造・虚偽作成として、刑法第155条、第156条、第159条により処罰することはできないこととなります。   取り分け、そのような電磁的記録をモバイル端末などに表示して人に対して用いる目的で、それが機械的に処理されて表示されたときに偽造文書・虚偽作成文書となるような形で電磁的記録を記録・保存等する行為を行った場合は、これらの罪に当たらないことに加え、第6回会議で申し上げたように、刑法第161条の2に該当するかにつきましても疑義が残り、この限りで処罰の間隙が生じ得ることとなります。   しかしながら、電磁的記録が文書として人に対して表示されて用いられることが一般化した近時の状況の下では、表示されたときに作成名義が偽られるなどした文書となる形で電磁的記録を記録・保存等する行為につき、そうした電磁的記録に対する社会的信頼を害する行為に対し、文書を偽造・虚偽作成する行為と同様の対処をしないことに合理的な理由があるとは言い難く、むしろ、刑法による保護に違いがあることとなりますと、電磁的記録の文書に代わるものとしての利用が阻害されることにもなりかねません。   このように考えますと、考えられる制度の枠組み「(1)」にあるとおり、それが表示されることにより文書として用いられることとなる電磁的記録に対する社会的信頼を害する行為を処罰する罰則を設けることには、十分な理由が認められると考えられます。   この点、検討課題「(1)」「③」「ア」では、文書と同様の社会的機能を営む電磁的記録を、「電子計算機で処理されてその内容が表示されることにより人に対して文書又は図画として用いられる電磁的記録」と具体的な形で表現して、これを「電磁的記録文書等」と位置付けた上で、こうした「電磁的記録文書等」であって公務員又は公務所が作成すべきものを言わば偽変造等する行為を、刑法第155条第1項から第3項まで、すなわち、公文書偽造等の罪と同様に処罰するものと理解されます。   このような「電磁的記録文書等」については、電磁的記録が機械的に処理されて映像面に文字等が表示されるわけであり、そのように表示されたものは、表示された内容に作成者の意思・観念が表示され、その意思・観念の主体、すなわち作成名義人を認識することは可能ですので、文書の作成名義人と作成者との間の人格の同一性を偽る表示となることとなる電磁的記録を作成することが十分に考えられます。   この行為を構成要件としてどう表現するかについては、ドイツ刑法第269条の「証明上重要なデータの偽造」の罪のように、「証明上重要なデータを、これが知覚されたとすれば不真正文書若しくは変造文書となるように保存し、若しくは改変した者」などと表現するのも一案かとは思いますが、検討課題「(1)」「③」「ア」に記載されているように、文書の場合と同様に、こうした内容を読み込んだ形で、「偽造」などと表現することも、なお可能であると思います。   ここまで、文書であれば偽造となるべき行為を念頭に置いて意見を申し上げてまいりましたが、表示されたときに文書として用いられる電磁的記録に対し、文書に対するのと同様の刑法上の保護を及ぼしていくべきだという考え方からしますと、検討課題「③」「イ」に記載されているとおり、文書であれば無形偽造、すなわち虚偽作成に当たるべき行為についても、文書に対するのとパラレルに処罰規定を設けるのが妥当だと思われますし、「電磁的記録文書等」は機械的な処理を通じて対人的に表示して用いることが想定されるわけですから、文書における行使罪とパラレルに、「ア」、「イ」に係る行為により作成された「電磁的記録文書等」を用いる行為を「行使」として捉えて処罰対象とすることにも合理性が認められると思われます。そして、伝統的な文書とパラレルに保護を及ぼすべきことは、作成名義人が公務員、公務所である場合に限られるわけではありませんので、検討課題「④」「ア」の規律を設けること及び「ウ」のうち「ア」に係る部分について「行使」の概念で対応することには合理性があると考える次第です。   具体例を出さずに意見を申し上げているため、やや抽象度が高くなっていますが、「電磁的記録文書等」という概念は、表示されれば刑法上の文書に当たるべきものであるという内容はしっかり確保されているので、従来、証拠犯罪としての文書偽造罪の特質に鑑みてなされてきた文書性に関する判例及び学説における議論の蓄積により、その外縁、すなわち処罰の限界は十分明確になっているものと考えられますので、そのような観点からも問題はないように考えています。   なお、「電磁的記録文書等」においても、従来の文書と同様に、映像面に表示された場合における作成名義人の表示は、文書として用いられるべき電磁的記録に対する公共的信用の不可欠の基盤であり、それが必要であることは明らかです。このことを前提とすると、その名義人の表示に対する信頼度の高低に関わるものとして、有印・無印の区別を設けることも、また可能ではないかと考える次第です。 ○樋口幹事 安田委員から、刑法の理論的な整理を頂きましたが、やはり具体例がある方がイメージは湧きやすいかと思われます。この点、第6回会議で久保委員から、令状が偽造された具体例があるのかという質問がありましたが、もし事務当局でそのような例を調査して把握しているのであれば、紹介してもらえますか。 ○鷦鷯幹事 令状が偽造された事例を網羅的に把握することは困難ですが、確定判決においてそのような事実が罪となるべき事実として認定されたものとして、例えば、被告人が、国税犯則事件の調査のために発せられる捜索差押許可状を偽造するとともに、真正に作成されたものであるかのように装って被害者が経営する店舗でその被害者に呈示し、キャッシュカードを詐取するなどしたという有印公文書偽造・同行使、詐欺等の事案というものがあると承知しています。 ○樋口幹事 令状の偽造の具体例があるということで、勉強させていただきました。   安田委員が分析された点線枠内の規律であれば、令状の電磁的記録について同様の行為を行った場合には「電磁的記録文書等」の偽造の罪に当たると思われますが、今の具体例だけですと、刑法第155条全般を改正するという大きな改正は必須ではないという考え方もありえるでしょう。例えば、軽犯罪法第1条第15号は、法令により定められた制服等に似せて作った物を用いる行為の処罰について規定していますが、そういった規定を若干拡張するといった選択肢も考えられないわけではありません。   配布資料に記載されている改正の方向性は、文書として用いられる電磁的記録全般に及ぶものですので、電子令状の偽造以外の具体例も考えておく必要があるかと思うのですが、第6回会議では、久保委員から、虚偽の捜査報告書を電磁的な方法で作成するという具体例が挙げられたところです。そういったものも刑法第156条の改正で対応する事例ということになろうかと思われます。   加えて、今回の改正の射程を明らかにするためには、刑事手続のIT化関連以外の事例も考えておくことが有益と考えます。この関心から比較法の調査をしてみたのですが、オーストリア刑法225条aのデータ偽造罪が参考になるように考えられます。その解説では、具体例として、eメールの送信主体やウェブサイトの運営主体を偽るというものが挙げられています。   これらの具体例を今日の検討課題に引き直してみますと、公務員になりすましてその職務に関して作成したかのように装ったeメールを送信する行為、公務所になりすましたウェブサイトを運営する行為は、刑法第155条の公文書偽造と同様に処罰されることになるでしょう。また、作成権限を有する公務員がその職務に関して虚偽内容のeメールを送付した場合や、公務所が運営するウェブサイトに虚偽内容を記載した場合には、同法第156条の虚偽公文書作成と同様に処罰されることになると考えられます。   私文書として用いられる電磁的記録については、権利、義務又は事実証明に関するものという限定は掛かりますが、同様に、主体を偽ったeメールの送信、ウェブサイトの運営が該当することになるかと思います。eメール、ウェブサイトという具体例を念頭に起きますと、意思表示を人に視覚的に示すデータは、社会的な役割という点からいえば、紙媒体をはるかに超えるインパクトでもって社会活動を円滑にしていると思われます。このようなデータの意思表示の主体の偽りや内容の虚偽は、その信頼を害するものであり、従前の文書偽造関連の規定に包摂できる限りで処罰することには十分な合理性が認められるように思われます。   第2回会議で久保委員は、新しい処罰類型を設ける場合には、思わぬ行為が処罰される可能性もあるとの注意を促してくださいました。この注意喚起は重要なものですが、この点は、安田委員が先ほど御指摘したとおり、文書偽造について積み重ねられてきた諸判例が適用されることによって外縁が画されるものと考えます。例えば、ネットの取引サイトのアカウントを偽名で作成したといった例を考えてみると、データの現実の作成者とデータの名義人の人格の同一性の偽りが認められる範囲は、私文書偽造罪における偽造該当性に関する先例を参考にしながら事案ごとに判断していくことになろうと思われます。   なお、法定刑についてもコメントしておきますと、紙媒体よりデータの方が社会的に重要な役割を果たす場面もあると思われますが、現行法の偽造関係の罪の上限は重いものになっていることに鑑みると、それらと同じ法定刑で十分であろうと考えます。 ○久保委員 先ほどの安田委員の御発言について、趣旨を確認させていただきたいのですが、検討課題「③」「ア」には「行使の目的」という表現はないのですけれども、「行使の目的」については必要だという御趣旨なのでしょうか。仮に「行使の目的」が必要だという御趣旨なのであれば、どのようなものを想定しているのかについて教えていただければと思います。 ○安田委員 「イ」には「行使の目的」が入っているわけですが、「ア」につきましても要求されることになるのではないかと私は考えていたのですけれども、事務当局において準備された資料に関することですので、事務当局に説明してもらう必要があるかと思います。 ○鷦鷯幹事 御指摘のとおり、検討課題「③」「ア」には「行使の目的」と明記していませんが、末尾の「刑法第155条第1項から第3項までと同様に処罰する」というのは、「行使の目的」を必要とする点を含む趣旨で記載しています。その上で、そのような要件の要否も含め、御議論いただければとは思います。 ○久保委員 そうしましたら、要否も含めてということですので、安田委員には、要否も含めて御意見を頂ければと思います。 ○安田委員 私は、「行使の目的」というのは要求されるべき要件だと考えております。それがあって初めて、偽造段階での処罰の不法性というものが基礎付けられるのではないかと考えているところです。 ○久保委員 その場合、電子データが保存された段階での「行使の目的」というのは、どういうものを想定されているのでしょうか。つまり、文書であればある程度、完成形が分かると思うのですけれども、電子データの場合、どの段階で完成形を判断すればよいかということが分かりづらく、「行使の目的」のイメージがなかなか湧きにくいものですから、何か御示唆を頂ければと思います。 ○安田委員 その点は、「電磁的記録文書等」という形で、表示されたときには文書となるものが完成形ということです。そのまま機械的に処理されて表示されれば文書として完成しきっているというのが当然の前提です。文書であれば文書として行使する、それがただ単に、機械的処理を介すれば文書となるべきものが電磁的記録の形で存在しているというものですから、イメージとしてさほど違うわけではないと考えています。 ○久保委員 ありがとうございます。   次に、安田委員と樋口幹事に伺いたいのですが、検討課題に記載された案については、表示した段階ではなく、その作出・保存の段階から処罰の対象としているように思われますが、保存した段階で処罰するべき理由というのがなかなか理解できなかったものですから、その点について、教えていただければと思います。   というのも、先ほども少し申し上げましたが、元々データについて、いつ完成形となったといえるかが分かりづらいなどということが議論されていたものと思います。先ほど言及のあった刑法第161条の2についても、データそれ自体から、誰が作成に関与し、いつ最終版となり、かつ行使の意思を持っているのかが判然としないという側面を捉えて、刑法第161条の2などが設けられたものと承知しているところ、従来の電子データに関するそのような考え方と、今回の改正における関係性というものが分からず、保存段階で処罰するべき理由について何か教えていただけることがあればお願いします。 ○酒巻部会長 お二人から伺う前に、配布資料を作成した事務当局から、今の御質問について何か説明しておくことはありますか。 ○吉田幹事 文書には様々なものがあると理解しておりまして、紙に書かれたものも文書ですし、また、駅に設置された黒板に白墨を用いて文字が記載されたものも文書に該当するという判例があったと承知しています。   例えば、黒板に書いたものなどというのは、消そうと思えば簡単に消せますし、どこで完成段階に至るのかは、事実認定上問題となり得ますけれども、法解釈としては、そのような形であっても意思ないし観念の表示として確定すれば、それは文書になると理解されているのだろうと思います。   電磁的記録についてもそれと同様で、作成主体がこれで内容として完成したという段階に至れば、それは文書と同様の位置付けになるのだろうと思われます。それをその後に更に内容に改変を加えることができるかどうかというのは、現に存在している文書と同じように考えることができるのではないかと思われます。   そうしますと、紙媒体としての文書を作出する行為自体によって、文書に対する社会の信頼が害され得るのと同様に、完成形としての電磁的記録に対する社会的信頼というのも、それを作出する行為自体によって害され得ると思われますので、ここでいう「電磁的記録文書等」の作出行為自体を、文書の偽変造と同様に扱うことは可能であると思われます。そのような理解の下に、御指摘の記載をしているということでございます。 ○酒巻部会長 配布資料の考え方についての説明でしたが、安田委員、樋口幹事、何か御意見はありますか。 ○安田委員 吉田幹事がおっしゃったことにほぼ尽きているのですが、久保委員は、教科書などに書いてある、作成過程の草稿などは文書ではないということをイメージして御発言されているのではないかと思いますが、文書というのは、どの段階のものを意思・観念の表示として捉えて、その偽造が当罰性を持つものとして保護していくのかというのは相対的なものです。したがって、文書性の要件を満たさない未完成文書に当たるものであればともかく、中間段階のものであっても、刑法上の文書性の要件を表示したときに満たす限りにおいて、こちらの概念でも保護の対象となることに特に問題はないものと考えています。   その上で、記録・保存した段階で処罰することについては、そのようなものの存在を許さないという当罰性評価を示すものであり、使われるところまで待てばよいものではないというのは、通常の刑法第155条などが偽造等の段階で処罰するとしているのと全く同様ではないかと考える次第です。 ○樋口幹事 最初に安田委員から、処罰範囲は文書偽造をめぐって積み重ねられてきた概念によって画されるという御発言がありました。同様の趣旨だと思うのですが、吉田幹事から、文書の刑法上の意義を踏まえ、表示されたら確定しているような電磁的記録が対象となると考えられる旨の説明があり、それに加えて、安田委員から、なぜ行使に加えて偽造を処罰する規定があるのかという御説明もありました。久保委員の疑問は、データへの文書偽造の概念の当てはめ方がいまいち分からないという点以外に、データは使ったときならともかく、データを保存した時点で犯罪になるという点について、文書と同様に考えることは少し難しいのではないかという趣旨も含まれていたかと思います。しかし、安田委員が御指摘されたとおり、文書ないし文書と等置されるデータというのは、固定されて永続的に保存可能であることによって何度でも使用可能であり、それが偽造されたものは社会的に有害でしかない、すなわち、主体の偽り、あるいは公文書であれば内容の偽りのデータが固定状態にあること自体が社会的有害性を基礎付け、行使目的という要件は掛かるものの、そのような存在は許さないという意味で、表示すれば文書性を備えるようになった段階のデータの作成をもって既遂とするという考え方には、立法としての十分な理由がある、という説明になると思います。 ○久保委員 樋口幹事に御指摘いただいたとおり、保存した段階で処罰をする必要まであるのかという疑問を持っておりました。例えば、別件で逮捕された被疑者のパソコンの中に、思い付きで令状のような体裁を作り、しかし思いとどまってそのまま使用せずに保存だけしていたという場合に、その保存行為を処罰の対象とするべきかについて、私は疑問を持っております。したがって、「行使の目的」が厳格に判断されるということを前提にすると、完成形に至った場合を処罰する趣旨だということで、その点については理解しました。   次に、樋口幹事に質問があります。私としても、捜査官が期限切れの令状を呈示したり、虚偽の令状を作成して呈示したりということがないように、虚偽の令状の呈示行為などに対する罰則を設け、電子令状の真正さを担保することは必要だと考えており、もちろん賛同します。また、捜査官による虚偽の捜査報告書のデータなどの作成についても、当然に処罰の対象とされるべきものだと思っております。   しかし、そうした行為を想定するとしても、議論のスタート地点と比べて、配布資料記載の案はかなり広範なものになっているように思われ、大々的に文書と電磁的記録を同視するような処罰規定とすることについては、対象を拡大しすぎなのではないかという懸念を持っております。今回諮問事項「三」については、諮問事項「一」及び「二」の実施を妨げる行為に対処するということが議論のスタート地点だったので、まずはその範囲に限定した形での刑法の改正ということが在るべきではないかと思っているところです。   その上での質問ですが、先ほど樋口幹事からは、軽犯罪法についての御指摘がありました。これは、警察のふりをする行為を罰することで警察への信頼を守ろうとしているという規定ではないかと思いますが、例えば、虚偽の電子令状の呈示行為や虚偽の捜査報告書データを作成する行為など、今回の刑事手続のIT化を妨げる行為を捕捉する限りでの規定を置くということも考えられるようには思うのですが、この点について、樋口幹事はどのようにお考えでしょうか。   先ほど軽犯罪法に言及し、そのような規定の仕方もあるのではないかという御趣旨の発言があったと思いますので、そういった考えがまだあるのかどうかという趣旨での質問です。 ○樋口幹事 まず、純粋に選択肢というだけであれば、問題が生じそうなところを個別に取り上げて対応するということ自体は可能ですけれども、久保委員が既に次々に、検討課題の点線枠内の規律が適用されそうな事案を挙げられたことから明らかなように、全てを羅列するような条文を作るのは非現実的ではないかと考えます。   また、当部会における議論の中心は刑事手続のIT化でありつつ、実体法についてはやや離れた部分についても議論しているというのは御指摘のとおりですが、既に議論を積み重ねているとおり、刑事手続のIT化に端を発しつつ、情報通信技術の発展に合わせて刑法典で見直すべき部分があるのではないかという問題意識からの議論ですので、諮問事項「一」、「二」を妨げる行為に限らず幅広く改正するということには理由があるだろうと考えます。   また、外国法を調べてみましても、eメールやウェブサイトのなりすまし事案に関して当罰性がないわけではなく、従前の文書偽造の概念でもって対応することに十分理由はあると考えますので、回答としては、個別型よりも、このような包括型でよいのではないかという意見です。 ○久保委員 更に御質問で恐縮ですが、今おっしゃったeメールやウェブサイトの主体を偽るというような行為については、現行法ではそれ自体は不可罰という前提での具体例なのでしょうか。 ○樋口幹事 事案によるかと思いますが、ウェブサイトの運営主体を偽って行うフィッシングに関しては、不正アクセス禁止法や割賦販売法に、情報の取得や、一定の準備行為についての罰則があったかと思います。先ほど久保委員がおっしゃったような、問題になった部分にピンポイントで対処するようなタイプの立法はありますが、刑法典の各則は細かいピンポイントというよりは、社会生活全般に及ぶ基本的な概念で規律しているものですから、そのような条文で対応するのがよいのではないかと思います。eメールのなりすましも、特定電子メールの送付の適正化等に関する法律に罰則がありますが、要件が掛かっておりますので、刑法上の文書偽造の改正という形で行うのがよいと思います。 ○久保委員 もう1点質問です。先ほど樋口幹事からオーストリアの刑法の例を御紹介いただきましたが、以前、比較法の一覧表をお願いしたいということは申し上げております。事務当局において、準備を進めていただいているのではないかと思いますが、刑事手続のIT化に伴って他国でどのような処罰規定が新たに設けられたのかという観点で、もし何か御存じの委員・幹事がいらっしゃいましたら、教えていただければと思います。 ○酒巻部会長 まず、比較法に係る資料について、事務当局の準備の状況はいかがでしょうか。 ○鷦鷯幹事 以前、御要望いただいていたところではありますが、関連すると考えられる外国の法制度としてどのようなものがあり得るのか、どのような範囲の法制度を調査し、どのようなものを資料としてお示しするのが今後の議論に資するものかということを検討しながら作業を進めており、本日の御議論も踏まえつつ、適切な資料を整えることができたときには、次回以降の会議でお示ししたいと考えています。 ○樋口幹事 久保委員の御質問は、刑事手続のIT化に関連してということでしょうか、それとも文書偽造に関連してということでしょうか、あるいは両方ということでしょうか。 ○久保委員 両方、もし何か教えていただけることがあればとは思いますが、まずは偽造の関係でとは思います。 ○樋口幹事 昭和62年改正の頃に随分紹介されたと思うのですけれども、ドイツとイギリスはその時期ですね、イギリスは1981年、ドイツは確か1986年の段階で、文書とデータを等置するような条文を作っています。安田委員から先ほど言及いただいたドイツ刑法第269条はそのような条文であったかと承知しています。また、ニューヨーク州におけるデータ偽造の罪も文書と等置するような条文であり、フランスは偽造、内容虚偽を広く処罰する条文の中で、文書と文書以外のデータなども等置していたはずです。   サイバー犯罪条約第7条はデータの「forgery」の処罰を要求しており、オーストリアはその対応で規定を設けたと記憶しており、配布資料の検討課題で提案されているものは人が視覚的に見て使うタイプのデータを偽造概念で捉えるという点でオーストリアのものが似ていると考え、御紹介した次第です。 ○酒巻部会長 検討課題「(1)」について、御意見はほかにありますか。 ○樋口幹事 ここまで議論してきた点と違う点、検討課題「③」の点線内の「ウ」と、それに対応する「エ」、あわせて、検討課題「④」の点線内の「イ」と、それに対応する「ウ」について、意見を述べさせていただきます。   検討課題「③」の点線内の「ウ」は、刑法第157条第2項に電磁的記録を取り込み、かつ、「行使」ではなくて供用、「用に供する」という表現が採用されているものですが、少し細かい問題も含めた整理をさせてください。   まず、そもそもの改正の正当性を考えるに際しては、刑法第157条第2項の存在意義に立ち戻ることが有益かと考えます。この条文の存在意義に関して学説は議論が割れているのですが、最高裁判例によれば、刑法第156条の虚偽公文書作成罪について、私人が情を知らない公務員を利用する間接正犯を否定しており、その結果、特に重要な公文書について、虚偽を申し立てるという行為態様の限度で、第157条第2項は軽い法定刑で処罰するという意義を持つとされています。   同法第156条について、私人による間接正犯を否定するという判例法理は、第156条を改正してデータを包摂した場合にも妥当するのではないかと考えます。そうしますと、第156条を改正する以上、私人が虚偽申立てによって運転免許や旅券等の重要な公文書として用いられる電磁的記録に虚偽の情報を反映させるに至った場合について、これを捕捉する条文として、第157条第2項を改正することには合理的な理由があるように考えます。ただし、文書と違ってデータに関しては第161条の2とのすみ分けという問題も生じますが、これは後で議論することにします。   次に整理が必要なのは、「行使」という表現ではなくて「用に供する」という表現を使用している点でございます。これを検討するには、免許や旅券のICチップに含まれる虚偽データがどのように使われるかを具体的に考えてみるということと、用に供するという文言が従前の刑法典でどのような意義を持つものと理解されてきたか、この2点の確認が必要になるかと考えます。   具体的な局面ですけれども、免許や旅券の表面に文字あるいは写真で表示されている情報とICチップに表示されたデータが合致していることを、人間が電気計算機を補助道具として視覚的に確認する場合、これは対人的な使用であって、これだけでしたら行使ということかと思います。一方、免許や旅券に含まれるICチップ内の情報を機械の自動的処理に対して用いる場合、これは対機械的なものです。虚偽申立てで免許や旅券の表面とICチップの両方に虚偽が記載されるに至った後は、対人・対機械の両方に用いられることが想定されます。   検討課題「③」の点線枠内の「ウ」で「行使」という表現ではなく「用に供した」という表現が用いられているのは、対人使用に限定するのは刑法第157条第2項に関しては妥当でないと考えられたことによるのではないかと思うのですが、この点は明確にしておくことが必要かと思います。   次に、「用に供する」という言葉についての従前の議論なのですけれども、大コンメンタール刑法初版の第6巻156ページを見ると、第158条第1項の「用に供」するとは、不実の電磁的記録を、権利義務に関する公正証書の原本と同様の機能を有するものとして使用されるべき状態に置くことをいい、例えば、公務所に備え付けられている電子計算機でいつでも閲覧に供することができる状態に置くことをいうとの解説がございます。ここでは、機械にデータを保存して、いつでも使用できる状態の創出という点では機械の処理ですが、閲覧という人の視覚作用が想定されていると、その点では対人的なものです。第161条の2の第1項第3号の方にも「事務処理の用に供する」という文言がございますけれども、こちらも大コメンタール刑法初版の第6巻183ページを見ると、不正に作出された電磁的記録を他人の事務処理のため、これに使用される電子計算機において用い得る状態に置くことをいうとされておりまして、具体例はキャッシュカードをATMに差し込むという携帯型の行為と、顧客元帳ファイルを事務処理に用いる状態に置くことという備え付け型が挙げられています。このうちATMは専ら対機械使用ですけれども、顧客元帳ファイルを用いた事務処理は、専ら対機械ではなくて対人処理の部分も出てくることがあり得るのではないかと思われます。   この「用に供した」という文言について、議論の蓄積は乏しく、やや不明瞭な部分も残るような気もします。刑法第157条第2項に対応する第158条の改正に際して、「用に供した」という文言の意味するところは明確にしておくとともに、改正法が適用される具体的事案を考えておくことが、解釈における無用の混乱を避けるという観点からは有益ではないかと考えます。   第6回会議で久保委員から、旅券法や道路交通法による罰則との関係の整理が必要であろうと指摘されましたが、この点についても、第157条第2項及び第158条の改正が適用されるであろう具体的な事案がイメージできれば、整理ができるのかなと思います。   なお、法定刑については、現行第157条第2項が軽い法定刑にとどめておりますので、電磁的記録についても同じく軽い法定刑にとどめるべきと考えます。   内容は同じですので、検討課題「④」の「イ」の診断書等として用いられる電磁的記録への虚偽の記録についても、簡単に意見を述べます。   こちらについては、診断書等という文書として用いられる電磁的記録という形で、電磁的記録文書の一形態に位置付けるというのが一つの選択肢になろうかと思います。この場合、データになっている診断書を受領者が目で読むことが想定されますので、対人使用を処罰する趣旨で、「行使」という表現を用いることも選択肢に入ってきていいのではないかと思いますが、仮に診断書の役割を果たすデータについて機械的処理も想定されるということであれば、用に供するという文言が候補になってきて、先ほど申し上げた刑法第157条第2項、第158条と同じような検討が必要になってくると思われます。 ○久保委員 事務当局への質問ですが、今、樋口幹事から旅券法や道路交通法との関係での整理が必要ではないかと、具体的な事案をイメージ共有しておく必要があるのではないかというような御指摘があったかと思います。正にその点がイメージできないのですが、どのような整理になるのでしょうか。 ○鷦鷯幹事 御指摘の道路交通法あるいは旅券法について、道路交通法では、偽りその他不正の手段によって免許証又は国外運転免許証の交付を受けたということに対する罰則が設けられており、また、旅券法では、同様に、不正の行為によって申請又は請求に係る旅券や渡航書の交付を受けた者といった構成要件の罰則が設けられています。そうした不正な取得という構成要件はそれぞれの法律に設けられていますが、配布資料の点線枠内に掲げているものは、飽くまで刑法における第157条第2項の免状等不実記載罪等に対応する電磁的記録についてのものという形で設けているものであり、もとより構成要件が全く異なるものです。 ○久保委員 具体的な事案において適用される事例に違いが生じてくるのかといった観点で、どのようなイメージを持てばよいのか、何か具体的な事例でどういうものを想定すればよいのか、教えていただけることがあれば、お願いします。 ○鷦鷯幹事 お答えになるか分かりませんが、旅券法や運転免許証の不正取得について、確定判決において罪となるべき事実として認定された事例を調べたところ、例えば、被告人が、実兄の名前を記載した運転免許証申請書に自分の顔写真を貼付したものを偽造して提出して、自分の顔写真が印画され実兄の名前が記載された運転免許証を不正に取得し、また、この後に別の機会にこれを警察官に呈示したという有印私文書偽造・同行使、免状不実記載、道路交通法違反、不実記載免状行使というものがあり、この事案においては、免状に不実を記載させたという部分について刑法犯が成立し、その免許証を不正に取得したというところについて道路交通法違反が成立したとされたものかと思われます。そういった適用関係になろうかとは思います。 ○久保委員 これまで処罰できなかった同様の行為で、今回の改正によってどのようなものがカバーされるのかということがよく分からなくて、今のは適用された事例ということだと思うのですけれども、これまでには適用できなかった場合としてどのようなものを想定されるのかというところが、なかなかイメージできないというのが率直な気持ちです。 ○酒巻部会長 ほかに御意見等はありますか。 ○安田委員 それでは、続きまして、検討課題「⑤」について意見を申し上げます。   まず、刑法第155条から第161条までの罪との関係ですが、刑法第155条から第161条までは、一旦、第157条第1項における不実記録の部分を除いて考えますと、文書の偽変造、内容虚偽の文書の作成等、文書に対する公共の信頼を害する行為を処罰するものであります。これに対し、検討課題「③」・「④」の規律は、「電磁的記録文書等」を文書に比肩するものとして扱い、その偽変造、内容虚偽の「電磁的記録文書等」の作成と、「電磁的記録文書等」に対する公共の信頼を害する行為を処罰するものとして設けることを検討するものであります。   そうしますと、両者の違いは、客体が紙媒体等の物理的な存在であり、直接の可視性・可読性のある文書であるか、それとも、それ自体としての可視性・可読性は持たないものの機械的に処理された場合には文書として表示され得る内容を持った電磁的記録だというものであるか、そういった違いということになるかと思います。   続きまして、刑法第161条の2の罪との関係ですが、刑法第161条の2の罪は、人の事務処理の用に供される電磁的記録に対する信頼を害する行為を処罰するものであるところ、同条は、そうした人の事務処理の用に供される電磁的記録につきまして、作成名義人を観念して、人に対して行使されるものと位置付けて、文書と同様に取り扱うというアプローチは採用していないところです。そうではなく、そうした電磁的記録を作成・処理するコンピュータを用いたシステムの設置・運営主体との関係において、電磁的記録の作出に関与する権限がないのに、あるいはそのような権限があってもこれを濫用し、主体の意思に反して本来その者に与えられた権限の範囲内では作ることが許されない記録を作出する行為を、処罰すべき行為として捉えるアプローチをとっているところであります。   これは、同条を新設する改正がなされた昭和62年当時は、電磁的記録が、企業等の設備に備え付けられたコンピュータにより作出・処理されるものとして想定されていたことによるものと考えられ、また、第161条の2のとるアプローチは、そうした状況を想定したものとしては適切な対処方法であったということができます。   これに対しまして、検討課題「③」・「④」の規律は、人の事務処理に用いられるシステムで用いられる電磁的記録ではなく、文書に比肩する形で人に対して見えるようにその内容が表示される電磁的記録を犯罪行為の対象とし、そのような電磁的記録に対する信頼を保護するため、その作成名義を偽って作成するなど、その信頼を害する行為を処罰するものでありまして、行為者自身のモバイル端末等で処理し、その映像面を相手方に表示するような場合を一つの典型的な処罰対象として想定するものだと考えられます。   そうしますと、すなわち、検討課題「③」・「④」のような新たな罰則を設けた場合には、刑法第161条の2におけるのと同様に、客体は電磁的記録にはなるものの、人に対して表示して用いるものとして作成名義を偽るなどし、電磁的記録を作成する行為等に対しては、新たな構成要件で対処することとなり、他方、人に対して行使するのではなくて、電子計算機による機械的処理の用に供するものとして人の事務処理を誤らせる電磁的記録を作出する行為等につきましては、刑法第161条の2で対処することになると思われます。 ○酒巻部会長 刑法第161条の2は要らなくなるわけではないということですね。 ○安田委員 そのとおりです。 ○樋口幹事 「電磁的記録文書等」という新たな概念は対人使用を想定する一方、刑法第161条の2は機械的処理を想定することですみ分けを図る安田委員の発言は、第161条の2の意義を明確にするものです。第161条の2に対しては、立法当時から批判があったところですが、第161条の2固有の意義を認める点でも説得的でして、処罰範囲を限定する契機になり得るものとも思われます。   一方、対機械使用が想定され得る第157条第2項に該当する電磁的記録については、更に分けて検討しておく必要が生じるところです。第161条の2は、システム運営者の意思に反する電磁的記録の作出を処罰するものとされていますので、私人が対機械的な使用を意図して虚偽申立てを行い、虚偽の電磁的記録が免状や旅券等に記載されるに至った場合、第161条の2第2項が適用され、対機械的に使用すると、第161条の2第3項が適用されることになるようにも思われるところです。   ただし、この解釈を採用する場合、対人使用であれば第157条第2項の1年以下の懲役又は20万円以下の罰金、対機械使用であると第161条の2第2項・第3項の10年以下の懲役又は100万円以下の罰金が適用されることになります。機械による自動処理システムの侵害は対人行使より重い面があるにしても、この落差は大きいようにも思われます。   そもそも虚偽の申立てにより旅券や運転免許のICチップに虚偽が記録された場合、第161条の2第2項が適用されるかという問題が従来、論じられてきたわけではなく、裁判所がいかなる解釈を採用するのかは不透明な状況かと思われます。例えば、私人の虚偽申立てによる重要な公文書への虚偽記載については、第157条第2項の軽い法定刑で処罰するにとどめるべきであるという態度は第161条の2にも及ぶべきものであって、第161条の2は不成立との解釈論も成り立つようにも思われます。   これらの点の議論は、第157条第2項及びそれを受けた第158条について、対人使用と対機械使用の両方を想定して、用に供するという文言を選択するのかという問題とも関連してきますので、より立ち入った整理をしておく必要があると現時点では考えています。   なお、第161条の2に関連する問題ということで、システム設置・運営者の意思に反したら不正ということであれば、刑事手続のIT化について見ると、これは捜査機関の意思に反すると全て第161条の2に該当することになり、不当ではないかとの指摘が第6回会議で久保委員からなされました。   具体的に考えてみますと、参考人が取調べの際に虚偽供述を行い、それが供述調書になった場合、これは証拠偽造にならないとの最高裁判例がありますが、IT化で供述調書がデータになってから、捜査機関の意思に反するような虚偽供述がなされたら第161の2が成立するという考え方は、これはやはり問題があるのではないかと思われます。安田委員の御指摘を発展させる形になろうかとも思うのですが、第161条の2は権利・義務又は事実証明に関するデータについて電子計算機が自動処理を行う局面に限定されるべきといった考え方を採用すれば、データになった供述調書は対人使用が予定されるものですから、第161条の2から類型的に除外されるという議論も可能になるように思われます。 ○久保委員 今、安田委員と樋口幹事からは、お二人とも刑法第161条の2に対する批判があるということを前提に、今後のすみ分けという方向で、解釈の在り方について御意見を頂いたものと承知しています。   ただ、先ほど裁判所の解釈がどうなるか分からないという面もあるというような御指摘もありましたように、これまでの解釈自体が曖昧であったところ、この法規に今後も存続が仮に必要だとしても、その点について裁判所が誤った解釈をしないように、現行法の改正も含めて、より趣旨を明確化するといった選択肢もあるように思われます。この点で、この第161条の2は現状のままにしておき、あとは解釈に委ねるという御趣旨での発言なのか、この第161条の2をより明確化する改正も含めた選択肢も考えるべきという御趣旨での御発言なのかについて、安田委員と樋口幹事の御意見を伺えればと思います。 ○安田委員 刑法第161条の2そのものについて批判があることは承知しており、今回の議論を通じて可能な限り不合理さを正すことができればとは考えています。そのようなものとして、対人的に文書として使われる電磁的記録というものをそこから切り出すことによって、いわば残り物が第161条の2だという切り分け、整理ができ、そのことによって、電磁的記録の内容自体も、いわばシステムを動かす鍵のようなもの、そういうものが第161条の2の対象になるのだ、そして、いわば作成名義人を観念せず、無形偽造的なものも含めて処罰していたことにはそれなりの意味があるのだと捉え直す一方で、今回の規律に係る部分は文書偽造とパラレルなものとして切り出していく、そういうすみ分けが出来上がれば、第161条の2の合理性もより一層認められてくるのではないかとは期待しているところです。 ○樋口幹事 選択肢があるかないかということでいえば、およそ採用に値しない選択肢というのは余りないのではないかと思いますので、刑法第161条の2の文言を工夫するということもあり得るとは思います。私自身、この部会に参加するまで不勉強でしたが、改めて考えてみますと、人の事務処理を誤らせる目的という目的の限定はありますけれども、実行行為が電磁的記録を不正に作ったという形で、「不正に」という文言は抽象度が高すぎるとみることはあり得るのかもしれません。   ただ、仮に改正を検討するとなると、具体的にどういう方向性でどういうふうに具体化していくのかというのは課題になりますので、久保委員に良いアイデアがあるのでしたら、そちらを伺えればと思います。 ○久保委員 むしろ、そういった問題意識を持っているお二人に教えていただきたいという観点で意見を申し上げております。 ○酒巻部会長 条文ができた後にその位置付けをどうやって説明するかという話もあるけれども、刑法第161条の2との関係というのは意識しておかなければいけないというのはよく分かりました。   検討課題「(1)」について、ほかに御意見がなければ、先に進みたいと思いますが、よろしいでしょうか。   では、続きまして、検討課題「(2)電子的に作成された書類やオンラインを用いた手続の遂行を妨害する行為を処罰する罰則の整備」についての御意見を伺います。   検討課題「(2)」は、「考えられる制度の枠組み」の「(2)」に対応するものであるところ、これまでの議論を踏まえますと、「考えられる制度の枠組み」の「(2)」の「ア」から「ウ」までに掲げられている行為は、考えられる対処の在り方の観点からは、「ア」と「イ」、それから「ウ」の二つに分かれると思います。これらを分けて議論を行うのが効果的と思いますから、分けて御意見を伺います。   まず、「考えられる制度の枠組み」の「(2)」の「ア」と「イ」に対応する、検討課題「(2)」の「①」から「④」まで及び「⑥」についての御意見を伺います。   いずれについても結構ですから、御意見等のある方は、挙手などした上で、いずれの点についてのものかというのを明確にした上で御発言をお願いします。 ○樋口幹事 検討課題「(2)」のうち公務執行妨害の改正について意見を述べさせていただければと思います。   第6回会議におきまして、タブレットの端末機能への妨害装置の使用や、ビデオリンク方式による取調べに用いられる機器の機能への電磁的な妨害について、電子計算機によって担われる強制力を行使する権力的公務に刑法第234条の2が適用されるかは判然としない状況であることから、現在の同法第95条と同様の処罰を考えるという方向性を発言したかと思います。   これに対しては久保委員から、特別法で対応できるのではないかという御指摘、それから、電磁的攻撃は偽計に分類されるものであって、公務執行妨害罪の処罰範囲のかなりの拡大になりかねないため、具体的な場面を想定するとともに、拡大の適切さについて慎重に議論すべきとの御指摘を頂いたかと思います。   これらの御指摘を受けて改めて考えてみますと、電子計算機に対する攻撃が行われる場合、何らかの公用電磁的記録の機能が妨げられることが通常でして、刑法第258条の公用電磁的記録毀棄罪で基本的に対応できてしまうため、専ら処罰されるかされないかという観点だけでいえば、処罰の間隙がどの程度残るのかには疑問も残るところです。したがいまして、公務執行妨害罪の行為態様の拡張は、電子計算機によって担われる公務、取り分け強制力を行使する権力的公務について、タブレット端末やビデオリンク機器に対する攻撃から新たに保護すべきであるとの立法的決断の当否、賛否によって決せられるべき問題と整理をし直す必要があるように思われます。   現行の刑法が強制力を行使する権力的公務を暴行・脅迫という行為態様からの保護に限定してきたのは、自力執行力を付与された公権力に対する保護としてはそれで十分であるとか、国家権力の自己抑制の表れといった説明がなされているところです。取り分け刑事司法における強制力を行使する権力的公務の刑法による保護というものは、捜査作用や刑罰権行使を担う国家機関が自身の行動について刑罰での保護を求めるという性質のものですから、そのような保護の要求にどこまで応えるかは慎重に吟味されるべき問題といえるでしょう。   しかし、刑事手続のIT化は権力的公務に電子計算機の使用を大幅に導入するものでありまして、この手続の変化に合わせる形で、これまでの公務執行妨害罪をその限りで一歩拡張するという議論にも説得力があるように思われるところでして、このような議論について多くの人に御納得いただけるかという問題であろうと考えます。   以上の観点から見た場合、検討課題「(2)」「③」の点線枠内の規律案は、現在の刑法第234条の2も参照しつつ、電子計算機の正常な動作を妨げる行為を公務執行妨害罪の行為態様に追加することを御提案いただいているものかと思われます。これは一つの方向性であることはもちろんですが、検討すべき課題もあるように思われます。行為態様の中に電子計算機の損壊というものも記載されていますが、これは物理的・有形的なものでして、元々の検討では、電磁的方法・無形的な方法による攻撃が想定されていたように思われますから、行為態様の拡張という点についていうと、もう一歩進んだものになっている点への賛否が問われるかと思います。それから、「電子計算機の正常な動作」という文言ですけれども、こちらを仮に電子計算機を使用する主体の意図に反することと解するのでしたら、捜査機関の意図に反すれば該当することになり、それは広きに失するのではないかという批判もあり得るかもしれません。   ほかに、現行の解釈論として、そもそも同法第234条の2は強制力を行使する権力的行為にも適用されるとの説も十分成り立つところでして、同条と類似性が高い文言を同法第95条に導入すると、一定の解釈論を排斥することになるように思われ、これを意図しているのであれば問題ございませんが、そこまで意図していないのであれば、この点についても何らかの配慮が必要になるかもしれません。刑事手続のIT化に併せて公務執行妨害の行為態様を拡張するという提案への納得を得るという観点から見ますと、新たな行為態様は具体的に処罰対象になる局面を十分に想起させるようなものであることが求められるように思われるところです。   ここまで主として強制力を行使する権力的公務を念頭に置きながら、電子計算機を使用する公務を新たに保護対象にするという観点から検討してきました。このように電子計算機を使用する公務の保護価値を明らかにするということが立法の趣旨でしたら、現在の同法第95条と同じ法定刑を規定するということが一つの考え方になろうかと思います。 ○久保委員 ただいま、樋口幹事からも最初の方に、処罰の間隙がどの程度生じるのかといった御指摘があったように思います。そして、結局、現行法で処罰できない間隙というのがどこにあり、かつ、それが可罰的かつ現実的に起こり得る行為としてどのようなものがあり、かつ、この部会で必ず改正しなければいけないような行為というものがどのようなものがあるのかということがイメージできておりません。そこで、事務当局に確認したいのですけれども、この案においてどのような行為を想定しているのか、具体例を幾つか御説明いただければと思います。 ○鷦鷯幹事 事務当局として「考えられる制度の枠組み」の「(2)」の「ア」と「イ」に掲げる行為を想定して、これを処罰できる罰則を整備するものとして、点線枠内の規律案を提案させていただいたところですけれども、この規律によってどの範囲の行為を処罰の対象とするべきかというところも併せて御議論いただくべきところかとは思います。 ○久保委員 その上で意見を申し上げますが、先ほど樋口幹事からも御指摘があったように、公務執行妨害というものがこれまで限定されていた趣旨というものは、国民に対して強制力を行使する権力的公務については、国家が国民の側からの抵抗をある程度まで甘受し、これを処罰することを差し控えた、すなわち国家権力の自己抑制の表れと理解するべきだというような考え方が採られていたものであり、その処罰規定の拡大には慎重でなければならず、このような改正をすることには強く反対します。   今御説明を頂きましたが、この「ア」、「イ」において具体的にどのような行為を想定しているのか、いまだ具体的なイメージが持てません。それに加えて、この「ア」、「イ」で想定する行為と比べて、公務執行妨害罪全体を暴行・脅迫以上に拡大するということは、余りに大きな影響を与える改正であり、改正の範囲として不適切であると考えます。先ほどイメージが想起できるようなものでなければならないというような御趣旨の発言も樋口幹事からありましたが、「ア」、「イ」の想定から掛け離れたこのような現行の規律案では、国民からして、どのような行為を想定しているのかということはイメージできないように思います。   例えば、令状呈示の場面でどのような行為がなされることを想定しているのか、タブレット端末の機能を妨害する装置を用いることにより電子令状を表示できなくするということは、抽象的なレベルでは分からなくもないのですけれども、では、具体的にそのような行為が現時点で現実的に想定されるのかと言われると、そのような機器があるのかも含めて不明ではありますし、それをそのときに警察官が排除するということができないのかと言われると、それもまた疑問があります。公務員や警察官においてそれを排除すればよいだけのような問題でありますし、もちろん電子令状の緊急執行ができるかどうかというのは別途問題になるとしても、緊急執行できるとすれば、この場面において令状呈示に対する電磁的な攻撃について、その場で刑罰をもって対処する必要があるかと言われると、それも必要性がないように思います。ですので、このような前提と比べて、こうした公務執行妨害罪全体を拡大するということは不適切であるということを繰り返して申し上げたいと思います。   また、オンラインの取調べに関しても、具体的にどのような行為が想定されているのかがよく分かりません。例えば、身体拘束されている被疑者において何らかの攻撃をするということはおよそ想定できないと思いますし、では在宅ではどうかというと、通常、在宅の被疑者が警察署や検察庁に赴いたときには、手荷物検査をされ、荷物を一旦ほかの場所に置かれるということが現実的に行われているものですから、その場において何かができるということでもありませんし、遠隔地であれば尚更、それを電子的に攻撃するということが現実的にあり得るのかということが、私にはイメージできないでおります。もちろんウイルス攻撃ですとかそういったものについては別途、不正アクセス禁止法などがありますので、そうした行為をこの規定によって捕捉する必要もないように思います。   そうした観点で、なおこの処罰規定が必要であるということについて、具体例をもって御説明いただけることがあれば、改めて事務当局にお願いできればと思います。 ○保坂幹事 具体例を挙げるわけではないですが、今ここで点線枠内のところは、「などして」といってぼやっとさせていますけれども、ここで想定している手段、動作を妨げる行為として想定しているのは、現行の刑法の第234条の2で、下の「④」のところにも書いていますが、そこの手段が想定されるわけです。そうすると、公務員が職務執行の際に用いる電子計算機、あるいは電磁的記録でありましても、234条の2の方法で機能が阻害されるということが当然に想定されるように思います。久保委員がおっしゃる公務執行妨害罪並びで作るのが拡大だというのであれば、その前提として、公務員が職務執行で使う電磁的記録や電子計算機の機能を阻害する、234条の2の手段で阻害する場合の処罰というのは、234条の2で行けよと、こういう趣旨でしょうか。 ○久保委員 趣旨をよく理解できているかが分からないので、質問に対しての質問で返すような形になってしまうかもしれないのですけれども、まず、点線枠内の規律案は、現行法で処罰できないものについて対処をしなければならないという趣旨での御提案だと思いますので、今の保坂幹事の発言の御趣旨というのは、現行刑法の第234条の2で対応できるということを前提に、このような改正を別途行うべきというのが事務当局の御提案という趣旨なのでしょうか。 ○保坂幹事 234条の2というのは、この後「④」のところでの議論になりますけれども、公務執行妨害罪と業務妨害罪のすみ分けで、取り分け権力的公務が234条の2の対象なのかというところが、いろいろな議論があるのだろうと思います。今の公務執行妨害罪並びで電子計算機や電磁的記録の機能阻害をカバーしようと、それを公務執行妨害罪並びにしようというのが、234条の2との関係では、234条の2ではなく、正に公務執行妨害罪並びでやりましょうということになるわけですが、公務執行妨害罪並びのものを作らないとすると、それも両方考え方があると思うのですが、234条の2があるからよいではないかという考え方と、両方あると思うのですけれども、それがどちらなのかという趣旨です。 ○久保委員 趣旨が分かりました。   私としては、そもそも今の刑法第234条の2の規定ぶり自体に問題があると考えておりますので、同条があるからよいではないかということではなく、今回想定されているような、例えば、電子令状をタブレット端末で呈示するという場面で電磁的な攻撃をされたとしても、それは公務執行妨害罪で対処するべきというよりは、その場で別の方法で対応できるわけですから、電磁的な攻撃についてまで刑罰で対応する必要はなく、それは甘受すべき範囲と考えるべきではないかということが私の考えということになります。   また、オンラインでの取調べにつきましては、そもそも現実的に電子計算機の機能を阻害する行為というものが想定できず、あるとすればウイルスのようなものではないかと思うのですけれども、そういったものはもちろん、先ほどの繰り返しになりますが、不正アクセス禁止法などがあり、ここで想定するものと違うということもありますので、そもそもこうした改正自体が不要だというのが私の考えとなります。   その上で、今回の規定の仕方といいますか、この規律案の問題点として、電子計算機の正常な動作という表現自体が曖昧であり、その趣旨がよく分かりません。曖昧な表現を公務執行妨害の拡張という形で使用すると、正に公務執行妨害罪が拡大的に適用されかねない危険性があり、このような改正をすること自体に対する反対という趣旨になります。 ○酒巻部会長 これは現行法で用いられている表現ですが、それ自体がよろしくないということですか。 ○久保委員 はい、そうなります。 ○吉田幹事 若干補足させていただくと、考えられる制度の枠組み「(2)」の「ア」、「イ」に当たるような行為の具体的な例ということで、第6回の会議においても、久保委員から御質問を受けて、私から御説明したことがあります。携帯電話等の通信を抑止する装置というのが現に存在していて、今後、電子令状の執行が現実化した場合には、こうした装置を用いて電波の受信を阻害して電子令状の呈示ができないようにするということが現実に想定されるのではないかと考えております。これはビデオリンク方式による取調べに関しても同様でして、このビデオリンク方式による取調べが検察庁の庁舎内で行われる場合であっても、そうした電波妨害によって取調べを阻害するということが起こり得るでしょうし、また、そうしたビデオリンク方式による取調べが検察庁等の庁舎の外で、捜査官が外にいる状態で行われることもあり得ると思われますので、そうしたことを含めて、そのような阻害行為があり得るという前提に立っているということです。   そのような電波妨害の場合には、必ずしも電磁的記録そのものを改変するというようなことを伴うものではありませんので、現行刑法の電磁的記録の毀棄に当たるかどうかというのは解釈が分かれてくるだろうと思います。当たらないということであれば、それを捕捉する罰則が公務の執行の保護という観点から必要ではないかというような観点で、事務当局としては資料を作成しているということです。 ○久保委員 率直に申し上げまして、今の御説明を伺ってもなお、私としてはこの案で改正をする必要性ということが全く理解できませんでした。   一つ目に、そもそもこの令状呈示とオンライン取調べということを想定したにもかかわらず、そこから大きく飛躍して公務執行妨害罪全体の改正をするということは、そこは論理的な帰結ではないと思います。仮に実際にタブレット端末を使用した令状呈示行為ですとかオンライン取調べに対する電磁波攻撃といったものを本当に想定し、それが処罰の対象であるべきというのであれば、それに限定した改正がなされるべきであり、この部会において公務執行妨害罪全体を拡大するということは不要だと考えています。   そもそも今回の部会で刑事手続のIT化と同時に結論を出さなければならない論点かどうかという点で申し上げても、ここで改正するべき問題とは考えられないと思います。そもそも令状呈示につきましては、当初は原則、電子令状にするという方向性であったにもかかわらず、原則、紙での令状という方向性に変わったという経過もありました。仮に電子令状を使用することになったとしても、恐らく制度の開始当初は紙も併用するのだと思われますし、先ほども申し上げたように、いざとなれば緊急執行という方法も今後、選択肢に入ってくるのかもしれません。そう考えますと、この令状のタブレット端末を使用した呈示に対する妨害行為への対処について、この部会で改正をする必要があるかという観点で考えても、必要性があるとは思われません。   オンライン取調べについても、この部会でもどなたかが言及されていたと思いますが、あるいは検討会だったかもしれませんが、身体拘束されている被疑者の取調べは原則、対面で行われると思いますし、身体拘束されていない被疑者の取調べについても、恐らく通常は対面で行われるのだと思います。それは対面での取調べの重要性という観点を検察官や警察官において持っていらっしゃるであろうということを前提としますと、当然にまずは対面であり、限られた場面においてオンライン取調べを実施するということになるのだと思います。   そのように、当初から想定される場面が限られている上に、そこから更に仮定の話として、それに電磁的な攻撃をされるという仮定を重ねた上での事例を想定した上で、このような改正を直ちにしなければならない必要性があるとは思いません。明確な立法事実も明確な必要性もはっきりしないまま、国家権力に自己抑制を求めてきたことを覆してまで、公務執行妨害罪を直ちに拡大する理由はなく、改めて、このような改正をすることにつきましては反対します。 ○樋口幹事 刑法第234条の2について先ほど少し議論が出たので、補足させてください。こちらの条文は、業務が電子計算機で担われているということが前提になっている関係で、業務内容について電子計算機がある程度判断するような場合という限定的な理解がなされているかと思います。今、具体例で出ているタブレット端末は、警察官の方が手に持って示すだけで、具体的な業務を担うような電子計算機ではございませんので、同条の適用論で行くと、そこは穴になってしまうのかなと考えます。もちろん具体的な対応として、電子計算機を使う業務というのは、そのような一定程度の判断を電子計算機自体が担うという限定は要らないといった議論をするのであれば別ですけれども、差し当たり現時点では適用は難しい条文になっているのかなと考えます。 ○酒巻部会長 ほかに御意見等はありますか。よろしいですか。   それでは、次に、オンラインにより送達される電子的に作成された文書の内容を第三者に知られないようにする措置を無効にする行為についてです。具体的には、検討課題「(2)」の「①」、「②」、「⑤」及び「⑥」についての御意見を承りたいと思います。 ○安田委員 検討課題「(2)」「⑤」について、意見を申し上げます。   まず、検討課題「(2)」「⑤」の点線枠内の罰則を設けるかに関しまして、当部会の第6回会議におきまして、樋口幹事から、オンライン送達される電子的文書の内容を第三者に知られないようにするための措置が講じられ、それを信書における「封」と同様に保護する必要があるとすれば、刑法第133条の信書開封罪による保護があるところの紙媒体の信書としての送達とオンライン送達とで刑法による対処が異なることとなるのは適切ではないと考えられるが、いずれにしても、後者の刑法による保護如何は、オンライン送達がどのようなシステムで行われるかにもよるという御指摘がありました。   刑事訴訟法第54条において、送達については、民事訴訟に関する法令の規定を準用するものとされていることからしますと、実際に、電磁的記録のオンラインによる送達がどのように行われるかは、民事訴訟の手続においてどのようなシステムが用いられるかが参考となり得るところです。この点について、事務当局において、把握されていることがあれば、お伺いしたいと思います。 ○鷦鷯幹事 昨年成立した民事訴訟法等の一部改正法に関するお尋ねだと思います。   同法においては、新たに電磁的記録の送達に関する規律が設けられており、電磁的記録の送達は、電磁的記録に記録されている事項を出力することにより作成した書面を送達する方法と、送達を受けるべき者が届出をしている場合に、送達すべき電磁的記録に記録されている事項を当該届出をしている者が閲覧し、あるいはダウンロードすることができる措置を採り、当該措置が採られたことを当該届出をしている者に通知する方法のいずれかによるものとされております。   このうち、後者の電子情報処理組織による送達の具体的な方法については、今後構築されることとなる裁判所のシステムの内容や技術的な事項に関わり得る事柄であるため、その細目については、最高裁判所規則で定めるところによるとされていますが、この規則は、現時点では定まっていないと承知しているところです。 ○安田委員 そうしますと、先行して規律が設けられている民事訴訟手続におけるシステムを現時点では参考にすることはできず、オンライン送達される文書それ自体にパスワード等文書の内容を第三者に知られないようにするための措置が講じられるかどうかが現時点で明らかでないとしますと、考えられる制度の枠組み「(2)」「ウ」の行為を処罰する罰則を設ける必要があるかどうかについては、まずは、刑事手続における電磁的記録の送達をどうするかについて諮問事項「一」で議論し、その内容を踏まえつつ、これと並行して引き続き検討していく必要があるのではないかと考えます。 ○久保委員 安田委員に御指摘いただいたことと同感でして、システムがどのようなものになるのか、どのような送達方法になるのかが現時点では明らかでない中で、どのような行為を処罰するのかについて議論するのは、その前提を欠いているので、今後の議論の中で送達の方法も含めて議論をし、その上で、当部会でなお改正しなければならない分野があるのかを検討するのが適切だと考えます。 ○酒巻部会長 ほかに、この論点について御意見、御質問等はありますか。よろしいですか。   それでは、これで「第3-1 第1及び第2の実施を妨げる行為等への対処」についての議論はひとまず終えたいと思いますが、検討課題として明記されていない点に関するものも含めて、ほかに全体について御意見はありますか。よろしいですか。   それでは、先に進みます。次は、「第3-2 新たな形態の財産の生成・取得・保管・移転により行われる犯罪事象に対処できるようにすること」について議論を行います。議論に先立ちまして、配布資料13の「第3-2」に記載された「考えられる制度の枠組み」と「検討課題」について、事務当局から説明をお願いします。 ○鷦鷯幹事 配布資料13の4ページ及び5ページを御覧ください。   「考えられる制度の枠組み」の「(1)」には、犯罪収益等が新たな形態の財産である場合の没収を保全するための措置を講ずることができるものとすることを、「(2)」には、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律別表第2に掲げる通信傍受の対象犯罪に刑法第236条第2項、第246条第2項及び第249条第2項の罪を加えるものとすることを、それぞれ記載しています。   続いて、「検討課題」を御覧ください。   まず、「考えられる制度の枠組み」の「(1)」に関しては、現行の組織的犯罪処罰法の規定によっては没収保全が困難な新たな形態の財産として、どのようなものが考えられるか、その没収保全の方法として、どのような措置が考えられるか、そのような措置を講ずるものとして、「②」の点線枠内のような枠組みの制度を設けるか、他にどのような規律を設けるべきかなどの点が、検討課題になります。   また、「(2)」に関しては、通信傍受の対象犯罪に刑法第236条第2項、第246条第2項及び第249条第2項の罪を加える必要性・相当性はあるかなどの点が、検討課題となります。 ○酒巻部会長 ただいまの説明内容に関しての御質問等はありますか。よろしいですか。   それでは、議論に入ります。   まず、検討課題「(1)新たな形態の財産として取得等される犯罪収益等の没収保全」についての御意見を伺います。   検討課題「(1)」の「①」から「③」までは相互に関連しますので、併せて御意見を伺います。   いずれについても結構ですので、御意見のある方は、挙手などした上で、どの点についてのものかを明らかにして、御発言をお願いします。 ○成瀬幹事 私は、検討課題「(1)」の「①」及び「②」「ア」に関連して、新たな没収保全措置の対象とする財産の範囲について意見を申し上げます。   第6回会議でも申し上げたとおり、組織的犯罪処罰法では、裁判所が発する没収保全命令により没収対象財産の処分を禁止する手続が、不動産、船舶等、動産、債権、その他の財産権といった財産の類型ごとに定められています。   新たな形態の財産の代表例である暗号資産は、その保有形態として、暗号資産交換業者等に預託してこれを保有する間接保有型と、そのような業者等を介さずに自らコールドウォレット等により直接保有する自己保管型があり得るところ、このうち、間接保有型の場合には、暗号資産交換業者等との間に契約関係があり、債務者に当たる者が存在するため、現行の組織的犯罪処罰法の規定により対処することが可能であると考えられます。   これに対して、自己保管型の場合には、さきに申し上げた財産の類型のうち、不動産、船舶等、動産、債権のいずれにも当たらないことから、組織的犯罪処罰法第31条第1項の「その他の財産権」に該当することになり、暗号資産の保有について債務者に当たる者やこれに準ずる者はいないことから、同条第2項の「債務者又はこれに準ずる者がないもの」に当たる一方で、同条第3項の「権利の移転について登記等を要するもの」には当たりません。   その結果、その没収保全については、仮に特段の法的手当てをしなければ同法第31条第1項及び第2項によることとなりますが、その場合について現行法上設けられている規律は、権利者に対する没収保全命令の謄本の送達と、送達時に発生する処分禁止の効力のみです。つまり、同法第25条により没収保全命令の送達後にされた処分が、没収に関して法的な効力を生じないとされるだけであり、対象となった暗号資産が処分されないことを実際上どのようにして確保するのかは明らかではありません。   暗号資産は、これに対応する秘密鍵あるいはそのリカバリーフレーズを把握していれば、電子情報処理組織を用いて移転して新たな排他的管理を設定することができるという性質がある一方で、自己保管型で保有されるものについては、その仕組み上、権利の帰属を第三者に公示する登記制度や登録機関を設けることが想定されず、物体性もないため公示書の貼付のような方法による公示もできず、さらに、債務者やこれに準ずる者がいないため、それらの者に処分禁止の命令の存在を知らせるなどの方法により、処分禁止の実効性を確保することもできません。   そのため、自己保管型で保有される暗号資産の没収保全をするに当たっては、その処分を禁止する命令を発するとともに、これを確実に保全するため、没収保全命令の執行について責任を有する検察官が、電子情報処理組織を用いて移転する仕組みを通じて、これを権利者の下からその者の管理が及ばないウォレットに移転するか、あるいは、これを移転することができる権利者をしてそのようなウォレットに対象となる暗号資産を移転させるほかないと考えられます。   そして、同様のことは、暗号資産に限らず、いわゆるステーブルコインのうち発行者の存在を必要としない無担保型のものなど、不動産、船舶等、動産、債権のいずれにも該当しない「その他の財産権」で、債務者又はこれに準ずる者がないものであって、その移転が電子情報処理組織により行われるもの一般について妥当すると考えられます。   検討課題「(1)」「②」「ア」は、「組織的犯罪処罰法第31条第2項に規定する「その他の財産権」であって電子情報処理組織を用いて移転するもの」を、新たな没収保全措置の対象としていますが、以上に申し上げたことからすれば、一つの合理性のある案であると思います。 ○久保委員 事務当局への質問です。配布資料の趣旨なのですけれども、事前・事後の不服申立てなどについては、記載されていません。命令に違反して財産権を移転しなかった者について罰則を設けることにもなっていますが、無罪推定の段階での保全措置としては均衡を失するようにも思われます。この不服申立てについてはどのような前提となっているのかについて、御説明いただけることがあれば、お願いします。 ○鷦鷯幹事 事務当局からお答えいたします。配布資料に記載している点線枠内の枠組みについては、組織的犯罪処罰法における規律と位置付けて、他の財産類型と同様に没収保全を行うことを想定したものですので、同法における不服申立て等の措置は他の財産類型と同様に機能するという前提で考えておりますが、その点も含めて御議論いただければと思います。 ○久保委員 不服申立ての手段があるということは承知いたしました。   その上で、先ほど比較法に関して、具体的な御意見があった方がという御趣旨の御発言もありましたので、要望として申し上げますと、第6回会議の配布資料10として、「諸外国における暗号資産の処分を防止するための制度・運用の概要」という比較表を頂いておりまして、各国においてこのような手続があるということは分かるのですけれども、具体的にどのような不服申立ての手段があるのかという権利保障の点での記載が不足していると感じたところですので、今後、表を作成いただけるようであれば、不服申立てがどのような手続になっているのかということについても、是非加筆いただきたいということを要望として申し上げたいと思います。 ○池田委員 私からは検討課題「(1)」「②」の没収保全の方法として考えられる措置及び「③」のその他の規律について意見を申し上げます。   まず、「②」についてですけれども、今言及もありました当部会の配布資料10によりますと、諸外国における暗号資産の没収を保全するための措置としては、当局が管理するウォレットへの移転を行っているとのことです。そこで、我が国においても、検討課題「(1)」「②」の点線枠内「ア」の「組織的犯罪処罰法第31条第2項に規定する「その他の財産権」であって電子情報処理組織を用いて移転するものの没収保全」については、その処分を禁止する旨の没収保全命令を発するとともに、その保全を確実にするため、同「イ」に示されているように、検察官がこれを自らに移転する「(ア)」、あるいはこれを移転することができる権利者をして検察官に移転させるものとする「(イ)」がそれぞれ考えられるように思います。   もっとも、この案の「イ」「(イ)」の方法は、権利者に命じて権利者の手で移転を行わせるものですので、「イ」「(ア)」の方法と比較すると、保全の対象とする財産権が散逸するおそれがなお残ります。そして、この点に鑑みて、同規律案「ウ」のように、罰則の威嚇力の下で権利者に一定の行為をすることを強制し、その実効性を担保しようとするのであれば、その種の対応が必要となる確実性を伴う「イ」「(イ)」と比べますと、確実性のある「イ」「(ア)」の方法によることを原則とし、それが困難である場合に「イ」「(イ)」の方法を採るものとすることにも合理性があると考えられます。   次に、「③」としまして、以上の規律のほかに、他の財産権の没収保全に関する既存の規律と同様に、没収保全命令の謄本及び更新の裁判の謄本の送達に関する規律や、没収保全の効力がいつ発生するのか、つまり、効力発生時に関する規律などについても検討する必要があるものと思われます。   特に、後者については、「(1)」「②」の点線枠内の「イ」「(ア)」により、検察官が「ア」の財産権を検察官に移転することができるときは、それにより没収保全の目的が達せられますが、「イ」「(イ)」の方法によるときは、権利者に対して命令が告知された後に、検察官への移転がなされる前に当該財産権を第三者に譲渡する等の処分がなされる余地が残りますので、そのような場合に命令の告知がなされた時点以降になされた財産権の処分の効力を否定するのでなければ、没収保全の目的を達することができないことになるという問題があります。また、検察官が「イ」「(ア)」による移転をすることも、「イ」「(イ)」により権利者に命じて移転させることも、いずれもできないときであっても、権利者に没収保全命令が送達されたときは、それ以降になされた処分の効力を否定し、譲受人等に対して当該財産権の移転を求めることができるものとするのが合理的と考えられます。   そこで、例えば、「ア」の財産権の没収保全の効力は、「イ」「(イ)」による命令が告知されたとき又は没収保全命令の謄本が送達されたときのいずれか早いときに生じるものとした上で、その効力発生時点以降になされた処分は、没収保全の処分との関係では、その効力を主張し得ないものとすることが考えられます。 ○久保委員 事務当局若しくは池田委員への質問になるのですが、池田委員からも権利者という表現があり、配布資料にも権利者という表現があります。ただ、この権利者というのがどういう者を想定しているのか判然としないため、この点について御説明いただければと思います。 ○鷦鷯幹事 配布資料の点線枠内の規律案における権利者という言葉ですが、基本的には、現行の組織的犯罪処罰法における権利者という言葉と同様に理解していただければと思います。特に、先ほど成瀬幹事から、同法第31条の「その他の財産権」に関する条文について御指摘がございましたが、そこでも権利者という言葉が使われているところですので、同義と理解していただければ結構です。 ○久保委員 引き続き質問になるのですけれども、この対象者となる者については、被疑者・被告人を含まない趣旨なのかについて、御説明いただければと思います。 ○鷦鷯幹事 この規律としては、権利者という形でございますので、その立場と被疑者・被告人という立場とが両立することがあるかないかについては、事案によると思います。 ○酒巻部会長 含まれ得るということですね。 ○久保委員 対象者に被疑者・被告人が含まれ得るという御趣旨であれば、やはり被疑者・被告人は除外すべきということについて意見を申し上げます。取り分けこの保全の段階で罰則を伴って被疑者・被告人に命令の履行を強制することについては反対します。もちろん、形式的に被疑者・被告人というだけでなく、参考人ですとか共犯者になるような、そういう立場につきましても、実質的に不利益のある人を対象者から除外できるような規律が望ましいものと考えます。 ○保坂幹事 趣旨がよく分からなかったのですが、被疑者・被告人も現行法で没収のための差押えの対象に入っているわけですが、この保全に関してだけ被疑者・被告人、あるいは不利益のある者というのがよく分からなかったのですが、その人たちを除外する理由を教えてもらえますか。 ○久保委員 もし誤解があれば御指摘いただきたいのですけれども、元々この没収保全についての規律が必要だというスタートにつきましては、先ほど成瀬幹事からも御指摘があった自己保管型についての対応ということが想定されていたものと思います。なおかつ、自己保管型の問題点として、秘密鍵を有しているのが被疑者のみであるということがスタートになっていたように思います。そうすると、秘密鍵を明らかにしなければならないのは、被疑者の立場に置かれた者であり、そうすると、秘密鍵を明らかにしないということをもって移転しないということを仮に意味するのであれば、秘密鍵を明らかにするように求め、かつ、それに反すると罰則ということが想定されるのではないかということを懸念しています。もちろんこれが私の杞憂ということであれば、その旨、御指摘いただきたいのですけれども、そのようなことが想定されるのであれば、やはりそれは問題があると考えています。 ○保坂幹事 もちろん被疑者が秘密鍵を知っているからこそ、彼に移転を命ずることができるわけですが、その移転の仕方として、捜査機関にその秘密鍵を開示せよということを命じているわけではなくて、移転しなさいということを命じている。したがって、秘密鍵を捜査機関に明らかにすることが、もし久保委員が考えているのが自己負罪拒否特権的なところへの抵触だとすれば、正にその秘密鍵を明らかにするのではなくて、秘密鍵を知っているであろう被疑者・被告人が自分で移転するということを命じているということになります。 ○久保委員 今、秘密鍵について、それを口頭で明らかにせよという趣旨ではないということなのかもしれませんが、実際のところ、もちろん秘密鍵というのは、実際の性質を考えると、口頭で説明できるような長さのものではないということは承知しております。ただし、仮に秘密鍵やその所在の糸口となるような情報を明らかにしたということ自体をもって、その後に控えている刑事裁判において、それを故意の認定に使われるといった、そのような不利益が生じると思います。   そうすると、やはり供述という形でなかったとしても、一種の供述的な性格を持つことになり、それを罰則をもって強要するということは、供述を強要することと同様の問題が生じるのではないかと思います。自身の刑事処罰に故意の認定などとの関係でつながり得るようなことを罰則をもって明らかにするよう求めるという事態となることは、自己負罪の問題も含めてですけれども、期待可能性の点でも問題があると考えています。 ○酒巻部会長 御意見ありがとうございます。この論点についてでも結構ですし、その他の点でも何か御意見はありますか。 ○久保委員 そもそもの前提として、私の方でよく分からないので、先ほどの比較法の表への追加事項にも関わってくるかもしれませんが、他国において、被疑者・被告人も含めて、秘密鍵を明らかにするよう強制する場面があるのであれば、具体的にどのような場所で、誰が立ち会って、どのような手続で行われているのかがなかなかイメージできません。   といいますのも、私なりに調査をしてみた限り、そのような強制がなされる場面においても、裁判所において、捜査機関、裁判官、弁護人が立ち会った上で手続が行われているのではないかと思われるような表現もありました。例えば、取調室において捜査官のみがいる場所で、秘密鍵を明らかにするように、あるいは暗号資産を移転するように求められるものを想定するのか、それとも、裁判所に出廷し、弁護人などの立会いの下でそのような手続がされるのかによっても大きくイメージが異なってくるのではないかと思っています。そういった私のイメージの前提自体が、いろいろなパターンがあり得るのかなと思いましたので、比較法という観点で、先ほどの一覧表に追加いただきたいという要望の追加もありますし、現状で何か御説明いただける方がいらっしゃれば、教えていただきたいと思っています。 ○保坂幹事 よく分かりませんが、まず、秘密鍵を明らかにするという表現はミスリーディングなので、撤回いただきたいのと、それが自己に不利益なことを明らかにしていることに対する懸念であるとすると、周りに裁判官がいたから、それは何が変わってくるのか、要するに、何の観点でそれを調査するのかがよく分からなかったので、どういう必要性があるとどうだという法的な意味合いを教えていただかないと、調査の観点が見えないので、その点をお願いします。 ○酒巻部会長 確かにそのとおりだと思うのですが、久保委員、もう少し具体的に要望の内容を明確にしていただけますか。 ○久保委員 秘密鍵を明らかにするという表現が不適切ということであれば、それは訂正します。実質的にそのようなことを迫られるのではないかという懸念も含めて、そのような表現を使っております。   その上で、裁判官がいるかどうかで何が違うのかという御質問ですけれども、被疑者には黙秘権があり、弁護人がいないところで罰則をもってそれを明らかにしないといけないのか、移転をしなければならないのか、この明らかという表現はともかくとして、秘密鍵を使ってそれを移転しなければならないという場面が仮に取調室において生ずるということを具体的に想像すると、黙秘権の対象がどこまで及んでいるのかということを被疑者自身に判断できるのかどうかということについて、強い疑問を抱いているところです。   裁判所において、裁判官や弁護人の立会いの下で、通常の取調べとは場面を分け、その場における移転に限った形で手続が行われるのであれば、少なくとも何が行われているのかということは明確になりますが、取調室において取調べの延長線上でそのような手続が行われるということになると、被疑者が、行われている手続が何であり、それを拒否した場合に罰則があるのかどうか、罰則についてどういう結果になるのかということを自身で判断できるとは到底思えないので、裁判官がいる場、そして弁護人が立ち会っている場で行うということ自体に意味があるように思っています。 ○保坂幹事 よく分かりませんが、もし調べられるようであったら、調べてみたいと思います。 ○成瀬幹事 久保委員が問題提起されたのは、新たな没収保全措置が憲法第38条第1項との関係でどのように整理されるべきかという論点だと思います。この点について、私の考えを申し上げます。   被疑者・被告人に対して、刑罰による威嚇を伴う形で、財産権を検察官の下に移転する行為を命じる場合には、憲法第38条第1項の要件のうち、刑事上の責任を問われるおそれのある事項という要件と、供述という要件の二つが問題になり得ると思います。   まず、被処分者がこの命令を受けて没収保全の対象である財産権を検察官に移転した場合には、その挙動から、検察官は、被処分者が没収対象財産である暗号資産等を保有しており、かつ、暗号資産等を移転するための秘密鍵を知っていたという事実を、必然的に把握することになります。これらの事実はマネー・ローンダリング罪等の犯罪事実の解明にとって非常に有益な事実であり、当該事実を把握する主体が捜査訴追機関である検察官であることも踏まえると、久保委員が御指摘のとおり、類型的に被処分者の刑事責任追及につながる事項である、つまり、刑事上の責任を問われるおそれのある事項が含まれていると見る余地はあると思います。   次に、供述という要件が満たされるかについて考えてみますと、先ほど保坂幹事から繰り返し御指摘がありましたとおり、この場面では、被処分者は、既に存在している財産権を検察官の管理下に移転する行為を命じられているのであって、被疑者が観念したことを新たに表出すること、すなわち、供述を命じられているわけではありません。したがって、憲法第38条第1項の供述要件に関する従前の解釈に従えば、憲法に違反するものではないということになるでしょう。   また、仮に、第7回会議で御紹介したアメリカの判例法理、すなわち「act of production」法理に従って、財産権の移転行為自体が、当該財産権が存在し、被処分者がそれを所持している事実や、被処分者が当該財産権を移転するための秘密鍵を知っている事実についての黙示的な供述に該当し得ると考えるとしても、この制度の下では、検察官が移転を命じる時点で、当該財産権が存在することや、被処分者が当該財産権を移転することができる権利者であって秘密鍵を知っていることは、証拠に基づいて既に疎明されているはずです。   そうだとすれば、アメリカの判例法理の下では、これらの事実はいずれも「foregone conclusion」、すなわち、自明の事柄であるということになり、財産権の移転行為の供述としての性格が失われるので、やはり憲法に違反するものではないと考えることができると思います。 ○久保委員 今おっしゃったアメリカの法理につきましては、恐らくこの後に控えております電磁的記録提供命令のところにもつながるところではないかと思っています。   その議論の前提として、成瀬幹事にお伺いしたいのですが、「foregone conclusion」の法理は、この暗号資産の保全の場面と電磁的記録提供命令において、全く同じような論理が当てはまるのか、それとも、保全の場面と電磁的記録提供命令の場面では違う法理が当てはまるのか、その点について教えていただければと思います。 ○成瀬幹事 憲法第38条第1項が保障する自己負罪拒否特権は、刑罰による威嚇の下に刑事上不利益となり得る供述を獲得して、それを刑事責任追及の証拠として用いる場合全てに妥当するものであって、当該供述を獲得した手続の性格によって適用範囲が限定されることはありません。よって、現在議論している没収保全手続と、電磁的記録提供命令が問題となる捜査手続のいずれについても、同じ論理で考えることになろうかと思います。 ○久保委員 そうすると、恐らくこの後の議論でまた詳しく申し上げるかと思いますが、私なりに調べたところにおいても、この点についてのアメリカの判断自体がいまだ固まっておらず、取り分け連邦最高裁での判断などは出ていないと承知しております。そうすると、先ほどのような論理があるということ自体は、私も自分なりに勉強したところではありますが、アメリカでも下級審の判断が分かれているという状況の上、アメリカ以外の国においては別の判断もなされているのではないかと思います。例えば、カナダにおいては別の規律がされているということなども、自分で調べた限りでは、見つけました。アメリカにおいてそのような考え方があるということを前提としたとしても、それが日本に当てはまるかどうかというのは、日本の制度全体を見なければならないことですし、この問題がクリアされた上でどのような権利保障がなされるべきかということは、また別の問題ではないかと思います。 ○成瀬幹事 久保委員から、アメリカではまだ連邦最高裁判所の判断は出ておらず、下級審裁判例の結論は分かれているとの御指摘をいただきましたが、先ほどの私の発言は、仮に、アメリカの判例法理が我が国の憲法第38条第1項の解釈として妥当すると考えたとしても、憲法に違反することはないだろうという趣旨にとどまります。そもそも、憲法第38条第1項の供述要件の解釈としてアメリカの判例法理を採用すべきか否かという前提問題についても、理解が分かれていることを確認しておきたいと思います。 ○樋口幹事 検討課題の「②」、点線枠内の「ウ」の罰則を設けるという点について、意見を申し上げます。   罰則を設ける際には、その目的の正当性の吟味が求められるところですが、これは暗号資産の仕組みによって基礎付けられます。暗号資産の仕組みは、成瀬幹事から説明いただいたところですが、犯罪収益に該当する暗号資産の没収保全には暗号資産の移転が不可欠であるところ、捜査機関が秘密鍵を把握していない場合には、暗号資産の移転は秘密鍵を知る者しかなし得ない以上、移転命令以外に適切な方策はなく、罰則で実効性を担保することは正当といえます。   また、移転命令の実効性の確保という目的の実現手段として、罰則が適切な手段といえるかという点について考えてみますと、移転命令の不履行は犯罪収益に該当する暗号資産の没収の妨害行為であるという点が重要になってまいります。移転命令の不履行は、没収保全命令それ自体の意義を失わせるものですが、ひいては没収の裁判の執行により果たされるべき犯罪収益の剝奪という刑事政策的目的を無にする点で重大かつ悪質な行為であって、犯罪収益の剝奪を徹底する近時の立法動向に正面から反するものである以上、罰則の導入は適切な選択肢といえます。   先ほど久保委員から、被疑者・被告人の除外という議論の際に一言、期待可能性という見地がございましたが、これは没収の妨害行為ですので、もちろん期待可能であって、除外する理由はおよそないと思います。   このような考察からしますと、法定刑についても、没収妨害行為としてマネー・ローンダリング行為に準ずるような悪性を持つものとの評価が可能であることを考慮しながら検討していくべきと考えます。 ○酒巻部会長 全体について、ほかに御意見はありますか。   次に検討課題「(2)通信傍受の対象犯罪の追加」について、御意見のある方は挙手の上で御発言をお願いします。 ○小木曽委員 対象犯罪に刑法第236条、第246条、第249条のそれぞれ第2項の罪を加えることについてです。これらは強盗、詐欺、恐喝の罪でありまして、平成28年の法改正で、それぞれ第1項の罪について通信傍受の対象犯罪に加えられたものです。これらの罪が追加されましたのは、そうした犯罪が組織的に行われる事案が相次いで、これに対処するには通信傍受が効果的であることが理由とされていたわけですが、この法改正では第2項の罪は傍受対象に追加されませんでした。   しかし、本部会の第6回会議で佐久間委員から御指摘がありましたとおり、近時、経済活動のキャッシュレス化が進むなどして、財産犯の形態も、例えば暴行・脅迫によって財物を強取するだけではなく、財産上不法の利益を得ることによって正当な理由のない財産上の価値の取得を実現する者が現れるようになってきています。通信傍受の対象犯罪の選別におきましては、犯罪の重大性と捜査手法としての有効性がその基準となっておりますので、その観点からしますと、1項犯罪と2項犯罪を区別する理由はないと思います。   平成28年改正時の議論は、当時4類型に限定されていた通信傍受の対象を拡大することに主眼が置かれていたため、1項犯罪に注目して、これを対象としたものと思われますが、当時、2項犯罪が傍受対象に含まれなかったことをもって、2項犯罪は通信傍受の対象とすべきではないという立法者の意思が示されたものと解する必要はないと思います。したがいまして、事実上も理論上も2項犯罪を通信傍受の対象とする必要性・相当性が認められると思います。   なお、通信傍受に関する国会報告を見ますと、これらの罪での通信傍受の実績はそれなりにあることが確認できたことを付言しておきたいと思います。 ○久保委員 通信傍受法につきましては、刑事訴訟法等の一部を改正する法律附則第9条による3年後見直しの対象となっております。現在並行して行われております「改正刑訴法に関する刑事手続の在り方協議会」においては、通信傍受の運用状況なども検証した上で議論がなされていると思われますので、そちらで本来は在り方について議論をするべき問題だと考えております。まだ議事録が公開されておりませんので詳細は不明ですが、直近の第6回会議においても通信傍受法の運用状況に関する資料を基に議論がなされたようです。通信傍受は元々プライバシー侵害の度合いが大きいものであり、刑法第236条、第246条、第249条の各第2項の罪を積極的に除外した議論がなされていないということを理由に安易に追加するべきではなく、きちんと運用状況の検証を在り方協議会で協議するべきだと考えております。   揚げ足を取るようで恐縮ですが、仮にスピード重視を理由に通信傍受法を本部会で取り上げることができるのであれば、在り方協議会において河津構成員らが必要性を指摘している取調べの可視化についても、被疑者・被告人や弁護人の立場から見れば緊急性のある問題であって、当部会で取り上げるべきであり、通信傍受という重大なプライバシー侵害に関わる問題のみを、検証されることがないまま本部会で取り上げるという議題の設定の在り方自体に疑問を感じているところです。 ○酒巻部会長 在り方協議会の議事録等は、その都度、公開されておるのですね。 ○鷦鷯幹事 御指摘の協議会については、直近では令和5年4月26日に第6回目の会議が開かれておりまして、所要の手続を経て議事録や配布資料の公開を行う予定です。 ○酒巻部会長 ほかに、通信傍受の対象犯罪について御意見はありますか。   それでは、これで「第3-2 新たな形態の財産の生成・取得・保管・移転により行われる犯罪事象に対処できるようにすること」についての議論はひとまず終えることにしたいと思います。検討課題として明記されていない点に関するものも含めて、ほかに御意見はありますか。よろしいですね。   これで諮問事項「三」に関する「考えられる制度の枠組み」や「検討課題」についての審議はこの程度とさせていただき、今から10分余り休憩します。              (休     憩) ○酒巻部会長 会議を再開します。   これから、配布資料14の「第1-3 電磁的記録を提供させる強制処分の創設(改訂版)」に基づいて議論を行います。   議論に先立ちまして、配布資料14の「第1-3」に記載された「考えられる制度の枠組み」及び「検討課題」について、事務当局から説明をお願いします。 ○鷦鷯幹事 配布資料14を御覧ください。   「考えられる制度の枠組み」の欄の記載は、改訂前のものと同様です。   「検討課題」を改めましたので、御覧ください。   まず、「(1)裁判所による電磁的記録提供命令」に関しては、「①」の点線枠内のような規律を設けるか、「没収すべき電磁的記録と思料するもの」も対象とするか、第1回公判期日前に限り、証拠保全のため、被告人・被疑者及び弁護人は、この命令を裁判官に請求できるものとするか、などの点が検討課題となります。   「(2)捜査機関による電磁的記録提供命令」に関しては、「①」の点線枠内のような規律を設けるか、他にどのような規律を設けるべきかなどの点が、検討課題となります。   また、「(1)」及び「(2)」の双方の電磁的記録提供命令について、「(3)」のとおり、刑事訴訟法第103条から第105条までと同様の規律を設けるか、「(4)」のとおり、移転させた電磁的記録についての原状回復措置について、「(4)」の点線枠内のような規律を設けるか、「(5)」のとおり、不服申立てについて、「(5)」の点線枠内のような規律を設けるか、などの点が検討課題となります。   さらに、「(6)命令に違反する行為についての罰則」に関しては、刑事罰を設けるか、法人の業務に関して違反行為がなされたときは、当該法人を罰するものとするか、法定刑はどのようなものとするか、などの点が検討課題となります。 ○酒巻部会長 ただいまの説明内容に関しての質問等はありますか。よろしいですか。   それでは議論に入りますが、これは新しい制度を作るかどうかということであり、検討すべき点がありますことから、慌てずゆっくりいきたいと思います。   まず、検討課題「(1)裁判所による電磁的記録提供命令」について御意見を伺います。   検討課題「(1)」の「①」から「③」までは相互に関連すると思いますので、併せて御意見を伺います。いずれについてでも結構ですので、挙手などした上で、いずれの点についてのものかを明らかにして、御発言をお願いいたします。 ○池田委員 検討課題「(1)」の「①」「ア」及び「②」について、まず、事務当局にお尋ねしたいことがあります。この改訂版の検討課題「(1)」「①」「ア」の規律案では、電磁的記録提供命令の対象とする電磁的記録を「証拠電磁的記録(証拠となる電磁的記録と思料するもの)」とする一方で、これまでの議論では言及されることもあった「没収すべき電磁的記録と思料するもの」を対象としておりません。その趣旨をお示しいただけますと幸いです。 ○鷦鷯幹事 お答えいたします。御指摘の規律案において、電磁的記録提供命令の対象を「証拠となる電磁的記録と思料するもの」としているのは、次のような理由によります。   まず一つ目として、刑法第19条第1項は、「物」を没収できると規定しており、その対象物は有体物であって、実務におきましても、電磁的記録は、有体物である記録媒体の一部として没収されると理解しております。そのような刑法の規定や没収の実務を前提としますと、検討課題「(1)」「①」「ア」により電磁的記録の提供を命じる時点においては、当該電磁的記録が記録されている記録媒体は、提供後に没収の裁判を執行するときに記録されている記録媒体とは異なる記録媒体であるためこれを「没収すべき電磁的記録」ということはできないのではないかと考えられることが、1点目です。   それから、二つ目として、組織的犯罪処罰法などの刑法以外の特別法による没収については、有体物ではない「財産」を対象とするものもありますが、それらの保全については、別途の没収保全手続が設けられており、それによることが可能と考えられることです。   そして、三つ目として、「没収すべき電磁的記録」となり得るものは、実務上、通常は、当該電磁的記録が記録された記録媒体が証拠物として押収されており、「没収すべき電磁的記録」そのものを命令の対象とするような場面はほとんど想定されないと思われることです。   これらの3点から、このような規律案といたしました。 ○池田委員 ただいまお示しいただいたように、現在、刑法第19条による没収の対象が有体物であることや、あるいは証拠としては必要がないけれども将来の没収の対象となり得るものは、それが犯罪収益等に当たるならば、組織的犯罪処罰法に新たに設けられる没収保全の手続により対応することができると考えられることなどからしますと、「没収すべき電磁的記録と思料するもの」を電磁的記録提供命令の対象としないこの規律案の考え方も十分に成り立ち得るものと思います。 ○成瀬幹事 私は、検討課題「(1)」「①」「ア」の規律案のうち、電磁的記録の提供方法について事務当局に質問をさせていただきたいと思います。   電磁的記録提供命令に基づく電磁的記録の提供方法については、第7回会議において、刑事訴訟法第110条の2に規定する「複写」及び「移転」と同様の方法によることを可能とするかという点について議論をしたと記憶しておりますが、今回の検討課題「(1)」「①」「ア」の規律案では、記録媒体に「記録させ、又は移転させる方法」により「提供」させることができると記載されています。そこで、「複写」ではなく「記録させ」る方法による提供という規律案にされた趣旨について、事務当局にお伺いできればと思います。 ○鷦鷯幹事 御指摘の点、「記録させ」とした趣旨でございますが、この「記録」という語は、記録命令付差押えについて規定する刑事訴訟法第99条の2における「記録」と同義のものとして用いています。   そこでは、「記録」という語は、ある記録媒体に記録されている電磁的記録をそのまま他の記録媒体に複写させることだけではなく、暗号化された電磁的記録の復号をさせた上で、これを他の記録媒体に記録させることや、複数の記録媒体に記録されている電磁的記録を用いて必要な電磁的記録を作成させた上、これを他の記録媒体に記録させることを含むものとされています。   電磁的記録提供命令においても、これと同様、「複写」に限らず、「記録させ」る方法によって電磁的記録の提供をさせることも考えられると思われましたことから、このような規律案としたものです。 ○成瀬幹事 ただいまの事務当局の御回答を踏まえて考えてみますと、刑事訴訟法第110条の2は、有体物である記録媒体が差し押さえるべき物であるときに、その記録媒体を差し押さえることに代えて、当該記録媒体に記録されている電磁的記録を複写できるようにする規定であるため、その対象は、差し押さえるべきものである当該記録媒体に記録されている電磁的記録に限られることになります。   これに対して、電磁的記録提供命令の対象は電磁的記録そのものですから、特定の記録媒体に記録されている電磁的記録に限定される理由はないように思われます。そして、電磁的記録提供命令は、被処分者の行為を通じて電磁的記録を収集するという点において、記録命令付差押えと共通する部分がありますので、これと同様に、電磁的記録提供命令においても、複数の記録媒体に分散して記録・蔵置されている電磁的記録を集めたり、組み合わせたりして必要な電磁的記録を作成した上で提供することを命じ得ることとすることにも合理性があると思います。   また、暗号化された電磁的記録をそのまま収集するだけでは、必要な証拠電磁的記録を収集して事案の解明に役立てるという電磁的記録提供命令の目的を達成することができませんので、被処分者に一定の行為を命じる処分であるという特性をいかして、暗号化された電磁的記録を復号した上で提供することを命じ得ることとすることにも合理性があると考えます。   以上が提供の方法に関する私の意見ですが、検討課題「(1)」「③」についても簡潔に意見を申し上げます。   刑事訴訟法第179条は、被告人・被疑者の防御の準備と利益保護のための制度として、第1回の公判期日前に限り、裁判官に押収等の処分を請求することができるものとしていますが、その趣旨は、電磁的記録提供命令についても同様に妥当すると考えられますので、検討課題「(1)」「③」で提案されているように、被告人・被疑者及び弁護人は、証拠保全の手段として、電磁的記録提供命令を裁判官に請求することができるものとすべきであると考えます。 ○久保委員 事務当局への御質問ということになりますが、「必要があるときは」という要件になっておりますが、これがかなり広範に拡大できるようにも思っておりまして、「必要があるとき」というのは何を指すのかということについて教えていただければと思います。   それに加えて、同様の外国の制度におかれても、この「必要があるとき」という程度の要件となっているのかについても、もし今教えていただけることがあれば、お願いいたします。 ○鷦鷯幹事 「必要があるとき」という規定ぶりは、現行法の強制処分に関する規定ぶりと同様のものでございまして、その意義も同じでございます。このように「必要があるとき」と書いたからといって、その対象となる電磁的記録の範囲が広がるというものではなくて、実際に令状を発する場面では、当然のことながら、どの範囲で提供させるかということが令状に明記される、必要があると認められる範囲が裁判官によって審査された上で、それが令状に記載されるということになろうかと考えております。   それから、外国についてどのようなことが調査可能なのかということは、考えたいと思います。 ○久保委員 また趣旨になるのですけれども、「その他証拠電磁的記録を利用する権限を有する者」という表現、その前提として、「保管する者」という表現になっているのですけれども、これもどのような人までを想定しているのかについて教えていただければと思います。 ○鷦鷯幹事 事務当局からお答えいたします。こちらの文言も現行法に表れている文言を参照して記載したところであり、現行刑事訴訟法第99条の2の記録命令付差押えの中で、「保管する者その他電磁的記録を利用する権限を有する者」という規定があり、これを参照しているものです。 ○酒巻部会長 条文としては、既に存在する記録命令付差押えという制度に類比しながら作られているようですね。 ○久保委員 おっしゃるとおり、刑事訴訟法第99条の2の表現が使われているということは分かるのですけれども、今回の電磁的記録提供命令を仮に導入した場合に、これまでの記録命令付差押えと異なる場面で適用するということまで想定すると、これまでと全く同様なのかどうかというところが分かりません。第99条の2の表現で含まれている「保管する者」ですとか、「利用する権限を有する者」と、この制度を仮に導入した場合に想定される者というのが異なる場面というのがないのかどうかという点で、そもそも前提として、具体的にどのような場面での適用を想定しているのかということにも関わるのだと思いますが、違いは全く生じてこないという前提になるのかについて、改めてお伺いできればと思います。 ○鷦鷯幹事 文言の意味するところについては、先ほど、現行法の規定と同様であるとお答えしたところです。むしろ、どういった場面を想定して、どういう違いが生じることについて御懸念をお持ちなのかをお伺いできればと思いますが。 ○久保委員 以前この議題を検討した際に、私から、この電磁的記録提供命令について、現行法ではできず、今回の制度によってどのような場面で適用される可能性が生じ得るのかという質問をしたところ、捜査の秘密ということを理由に回答いただけなかった場面があったかと思います。しかしながら、この点については立法事実があるのかどうかということを検討する上で必要だということも申し上げたところですが、これまでと違う場面が想定されるのかどうかということから、改めて伺いたいということになります。 ○吉田幹事 仮に電磁的記録提供命令が創設された場合に、どういう使い方をするのかについては、いろいろと利用可能性はあるのだと思いますが、一つ考えられるのは、現在記録命令付差押えで対応しようとしているような場面があるのだろうと思います。証拠として電磁的記録が必要であるということで、物自体を押さえるのではなくて、電磁的記録を提供してもらう必要がある場面、例えば通信履歴などを提供してもらう必要があるという場面が捜査においては様々に生じてくるだろうと思いますので、そういった場面で使うことが考えられると思います。   現在はそういう場面で、飽くまで記録をさせた上で最後は記録媒体を最後は差し押さえるという立て付けになっていますが、その差押えという部分をなくして、電磁的記録の提供だけにするというようなことですので、この電磁的記録提供命令が使われる場面というのは、記録命令付差押えで対応できる、あるいはしようとする場面と基本的には重なってくるのだろうと思われます。その上で、そこからはみ出る部分がどの程度あるのかというのは、正に捜査によってきますので、必ずしも断定的には言えませんけれども、基本的には同じような場面が考えられるのではないかということでございます。 ○久保委員 今、現行の記録命令付差押えの「差押え」の部分を変えるのだというような御趣旨の御説明を頂きましたが、単純にそのような形になる規定ぶりになっているわけではなく、罰則も含めた形での規定になっており、差押えの部分を電磁的に変えるだけだという説明は必ずしも適切ではないように思っております。   元々刑事訴訟法第99条の2につきましては、差押えとはいいましても、協力的な事業者を対象とする形でそもそも改正されておりまして、現実的に適用されているのも協力的な事業者が対象となっていたものと思われます。今回は罰則を伴っている以上、協力的ではない者が対象となることを当然に予定しているはずですので、協力的な事業者を対象として議論をしていた第99条の2の保管する者、利用する権限を有する者がそのまま当てはまるということでは、なかなか適切な説明ではないように思っております。   ただ、その前提として、これまで第99条の2は協力的な事業者というものを想定していたものですから、この協力的な事業者が争うような場面もなく、そもそも保管する者ですとか、利用する権限を有する者かどうかが争われる場面自体がなかなかなかったのではないかと思います。   そこで、そもそも同じ考え方を適用してよいかどうかを検討する前提として、現行の第99条の2の保管する者ですとか利用する権限を有する者と判断されている者として、どのような者が指されているのかの具体例を教えていただければと思います。 ○保坂幹事 具体例を答えるわけではないのですが、久保委員がおっしゃっている、対象者が協力的な場合と非協力的な場合とで、その発する命令の名宛人が、電磁的記録を保管する者とか、その電磁的記録を利用する権限を有する者という枠とがどういう影響を受けるのかがよく分からないです。つまり、協力的でない人が対象となると、これをもっと狭めるということにするのですか、それとももっと広げるということにするのか、どういう連動関係にあるのかがよく分からなかったので。 ○久保委員 繰り返しになるようなところもあって恐縮なのですけれども、そもそもこれまでは、保管する者あるいは利用する権限を有する者に当たるかどうかという観点で争われる場面が余りなかったのではないかと思います。そうすると、本来保管する者や利用する権限を有する者に当たるかどうかについて疑義がある場面においても、適用された可能性があるのではないかという考え方もできるのではないかと思っております。もちろんそうではないのかもしれませんが、その点を検証した上でなければ、この協力的な事業者を対象として使われていた概念をそのまま罰則を伴うような場面で使ってよいのかどうか自体が検証できないのではないかと思います。   繰り返しになりますが、この保管する者や利用する権限を有する者が現行法で使われている場面が適切なのかどうか、その上で刑事訴訟法第99条の2の考え方を電磁的記録提供命令にも適用することが適切なのかといった2段階の考え方で、検証が必要なのではないかという趣旨です。 ○保坂幹事 しつこいようですけれども、保管する者、利用する権限を有する者であることに疑義があるというのがよく分からなくて、命じられた人が、俺は保管もしていないし利用する権限もないのだと言ったら、協力できないだけの話なので、疑義があるということの意味がよく分からないのです。 ○久保委員 現行法で、もちろん令状が出た場面で使われているということは承知しておりますが、争われる場面がなかった結果、令状が出たことによって協力しますという事業者がスムーズに協力しているという場面があるのかもしれません。もとより日本の捜査機関は、捜査関係事項照会書を使ったりして任意に出してもらうということも含めて使われているわけですが、記録命令付差押えという令状の形をとってくれれば協力しますというような事業者がいるとすれば、本来であればそれについても当たるかどうか争うべき場面であったとしても、令状が出たからそれは協力しますという限りでの協力的な事業者が協力していたのだとすると、今後罰則を伴う場面において、そのような事業者と同じように扱ってよいのかどうかということが今一よく分かりません。それも含めて、まずは現行法でどのような運用がされているのかということを単純に教えていただきたいという趣旨です。 ○保坂幹事 時間のあれもありますので、そういうところが調べられるかどうかから検討したいと思います。 ○酒巻部会長 これは強制処分ですね。だから、対象者に協力的な第三者を想定していたかもしれないけれども、条文上はそういうものは全く出てこないのですね。そういう意味では最終的には差押えという強制処分が書いてあって、それと同じようなことを電磁的記録について直接やろうという、概略はそういう話だと私は理解しているのですが、久保委員はそこに何か疑問を持っているのでしょうか。 ○久保委員 そこの趣旨はよく分かるのですけれども、一方でこれが罰則を伴うという形になり、拡大的に適用されるようなことがあれば、その罰則の点も含めて争うということが想定されるのではないかと思います。今後このような制度が導入されたときに、争う当事者の観点で、争う余地があるのかどうかというような指標を現時点で議論をしておくことが必要なように思っております。そこで、元々どういう者がここに該当し、今後適用された場合に、自分がこの名宛人になることが適切かどうか、そして争う余地があるのかどうかということを判断する上でも、現行法でどのような場面で使われているのかということを知っておきたいということです。 ○小木曽委員 検討課題「(1)」「①」「ア」、これは実質的には「(2)」「①」「ア」にも関わることですけれども、提供命令の対象とする電磁的記録及び対象者について、かつての議論で取り上げられたことを確認しておきたいと思います。   過去の部会の議論で、私の理解したところによりますと、提供させるべき電磁的記録がクラウドに保存されている場合、従来の記録媒体とは比較にならない膨大な情報の中から対象を抽出することになるので、関連性のない情報まで提供命令の対象になり、言わば包括的な差押えのような事態が可能になってしまうのではないかという懸念が示されました。   しかしながら、被疑事実との関連性を有する記録のみを提供の対象とするということ、すなわち対象の明示、特定という観点からしますと、今回、「考えられる制度の枠組み」に記載されている電磁的記録の提供命令については、現行の記録命令付差押えと同様、その対象となる電磁的記録は、裁判所の命令又は裁判官が発する許可状において関連性を有する範囲が明示、特定されることになっておりまして、このことは検討課題の規律案が、提供命令は、必要があるときに発することができ、その際には対象を明示することを求めていることからも明らかであると思います。   そこで、現行の記録命令付差押えにおきまして対象となる電磁的記録をどのように特定しているのかということについて、具体例を事務当局がお持ちでありましたら、それをお示しいただけるとイメージがしやすいのではないかと思いますので、もしお持ちでしたら、お示しいただけると幸いです。 ○鷦鷯幹事 現行の記録命令付差押えなどにおける対象の特定方法や令状への記載内容についてのお尋ねかと思いますので、お答えいたします。   刑事訴訟法第107条第1項あるいは第219条第1項では、令状には「差し押さえるべき物」、あるいは「記録させ若しくは印刷させるべき電磁的記録」を記載しなければならないと規定しておりまして、一般に、差押え等の対象が何であるかを明確に特定し得る程度に具体的にこれらを記載することが必要であるとされております。   その令状への具体的な記載の在り方については、個別の事案ごとに具体的な事実関係に応じて定まるところですが、飽くまで一般的な記載例としては、例えば携帯電話の通話履歴であれば、「何年何月何日から同月何日までの間における電話番号何々番の携帯電話の通話履歴」、電子メールの通信履歴であれば、「何年何月何日から同月何日までの間にメールアドレス何々によって送受信された電子メールの通信履歴(送受信の日時、送信元、送信先のメールアドレス)」などといったものが考えられます。   また、通話・通信履歴以外のものについては、立案担当者が執筆した解説などによりますと、ある程度幅を持った記載をせざるを得ないような場合もあり得ると思われるが、そのような場合でも、被処分者において何を記録・印刷すればよいのかが判断できる程度に特定される必要があるとした上で、その例として、犯行現場近くのコンビニエンスストアに犯人が立ち寄った可能性があるとして、いついつの時間帯に当該店舗で電子マネー又はポイントカードを使用して商品を購入した者の購入時間及び電子マネー番号又はポイントカード番号に係る電磁的記録、このような形で特定することなどが挙げられているものと承知しております。 ○小木曽委員 そういうことであるとすれば、記録の保管先がクラウドになったとしても、今と同じような対象の明示がされるということであろうと思いますので、クラウドになったから対象が特定されず、一般探索的、包括的な記録の取得が可能になるわけではないということを確認しておきたいと思います。 ○池田委員 検討課題「(1)」「①」「ア」の「記録」ではなくて、ただし書の「移転」について、改めまして事務当局にお尋ねしたいことがあります。   「ただし」という部分ですけれども、この部分では、裁判所が指定する記録媒体に移転させる方法による提供は、利用する権限を有する者ではなく、証拠電磁的記録を保管する者に対してのみ命じることができるものとされているのですけれども、その趣旨をお教えいただければと思います。 ○鷦鷯幹事 御指摘のとおり、この規律案では、「移転させる方法による提供」を命じる相手方を「証拠電磁的記録を保管する者」に限定しておりますが、電磁的記録の「移転」には、元の記録媒体から電磁的記録を消去させることが含まれるところ、当該電磁的記録を「保管する者」に当たらず、利用する権限を有するにとどまる者には、例えば特定のウェブサイトにアクセスする権限を有し、サイト内のコンテンツを利用することができるにとどまる者なども含まれると考えられますが、そうした者に対してまで「移転」を命じたとしても、履行が難しいのではないかと考えられ、これを強制することは適当ではないと考えられたことから、「移転」の対象者は「証拠電磁的記録を保管する者」に限ることとしたものでございます。 ○池田委員 ただいま御説明いただいたとおり、移転の命令は、その対象者に対して、その下にある電磁的記録の消去まで求めるものです。したがって、その対象者をその義務を履行し得る者に限るこの規律案の考え方には一定の合理性があると考えられます。   その上で、先ほどもお尋ねした点に頂いた御説明と併せて考えますと、この改訂版に示された「①」「ア」の規律案は、電磁的記録提供命令の対象とする電磁的記録や対象者について、その制度や実務の在り方、あるいは処分の具体的内容等に照らして適当な範囲に絞り込むものといえまして、考えられる制度の在り方として合理的なものであるということができるように思っております。 ○酒巻部会長 検討課題の「(1)」については、ほかに御意見はありますか。   もしなければ、今度は、検討課題「(2)捜査機関による電磁的記録提供命令」についての御意見を伺いますが、検討課題「(2)」の「①」及び「②」は、相互に関連すると思われますので、併せて御意見を伺えればと思います。これまでと同様に、御意見等のある方は、挙手などをした上でお願いします。 ○成瀬幹事 検討課題「(2)」の「①」と「②」の両方について意見を申し上げます。   まず、検討課題「(2)」「①」の規律案は、捜査機関が、裁判官の発する令状により、検討課題「(1)」「①」の裁判所による電磁的記録提供命令と同様の命令をして電磁的記録を提供させることができるものとし、その令状に記載すべき事項を列挙するものであると理解しています。   規律案「ア」のうち、先ほど裁判所による電磁的記録提供命令について池田委員と事務当局の間で議論された内容、すなわち、命令の対象とする電磁的記録を証拠電磁的記録に限定する理由、及び、移転させる方法による提供は証拠電磁的記録を保管する者に対してのみ命じることができるとする理由については、ここでも同様に妥当すると思われ、捜査機関による電磁的記録提供命令に関する規律としても合理性があると考えます。   次に、規律案「イ」の令状記載事項は、刑事訴訟法第219条第1項が定める記録命令付差押許可状の記載事項と同様の事項に加え、「提供の方法」を記載すべきこととされており、裁判官が令状を発する際には、「記録」と「移転」のいずれを命じ得るものとするかが、この「提供の方法」の記載を通じてあらかじめ特定されることとなると思われます。証拠電磁的記録の記録を命じる場合と、その移転を命じる場合とでは、制約される被処分者の権利・利益の内容が異なりますので、裁判官が、提供させるべき証拠電磁的記録の性質等も踏まえて、それぞれ必要性を判断し、適切な「提供の方法」を令状に記載すべきものとすることは適切であると考えます。   続いて、「②」について意見を申し上げます。   電磁的記録提供命令の被処分者としては、通信事業者等も想定されるところですが、通信事業者等は、その保有する顧客の通信に関する情報を第三者に提供したときには、当該顧客にその旨を通知すべき法令上又は契約上の義務を負っている場合があります。その場合には、捜査機関から電磁的記録提供命令を受けたこと及び提供を命じられた電磁的記録を提供したことを顧客に通知すべきこととなり、その結果、顧客である被疑者等が捜査に気付いて、罪証隠滅行為等に及ぶ危険が生じることにもなり得ます。   そこで、このような事態を防ぐことができるようにするため、電磁的記録を保管する者等にその提供を命じる際、裁判官の許可を受けて、その者に対し、電磁的記録提供命令を受けたこと、及び、提供を命じられた電磁的記録を提供したことをみだりに漏らさないように命じることができるものとすること、すなわち、秘密保持命令に関する規律を設けることも検討すべきではないでしょうか。   例えば、アメリカの連邦法である「Stored Communications Act」においては、捜査機関は、裁判所の命令に基づいて、通信事業者等に対し、その保管する通信内容や通信履歴等の情報の開示を要求することができ、その際、開示の要求を受けた通信事業者等に対し、開示命令の存在を他の者に漏らさないように命じることができるとされており、この制度は「gag order」と呼ばれています。こうした外国の立法例も参考にしながら、秘密保持命令の具体的な要件の在り方や、同命令を遵守させるための方策について検討することを提案させていただきたいと思います。 ○酒巻部会長 後半部分について、刑事訴訟法第197条で公務所照会や通信履歴の保全要請については、みだりにこれらに関する事項を漏らさないよう求めることができるという条文はありますが、それと趣旨は同じですけれども、今おっしゃったのは、もっと強いものということですよね。 ○成瀬幹事 はい。単に秘密保持を要請するのではなく、裁判官の許可を受けて秘密保持を命じるという、より強力な制度を設けることを検討してはどうかという提案です。 ○久保委員 今の成瀬幹事の最後の秘密保持の点について、質問といいますか、意見も含めて申し上げたいと思います。   仮に当初は捜査の密行性などの観点で秘密保持を命じるような制度ができるとしても、それを永続的に続けるべき理由はないように思います。そうすると、一定の期間を置き、あらかじめ期限を決めた上で秘密保持を命ずるというような方法も考えられるのではないかと思いますが、この点についてはいかがでしょうか。 ○成瀬幹事 御指摘の点も含めて、具体的な要件をどうするかについては、今後、議論していく必要があると考えています。なお、先ほど御紹介したアメリカの連邦法を見てみますと、秘密保持命令について定める合衆国法典第18編第2705条(b)では、「裁判所が適切と考える期間」と規定されているだけですが、司法省のマニュアルにおいては、検察官が裁判所に対して秘密保持命令を請求する際、その期間は基本的に1年以内にすべきとされており、仮に延長するとしても、プラス1年が限度とされています。このような実務運用も参考にしながら、どのような規定を設けるべきか考えていきたいと思います。 ○酒巻部会長 現行刑事訴訟法には今、このような制度はどこを探してもないですね。 ○成瀬幹事 はい。裁判官の許可を受けて秘密保持を命じる制度は、現行刑事訴訟法には存在しません。同趣旨の規定として、秘密保持を要請することができるという第197条第5項があるだけです。 ○酒巻部会長 ほかに御意見はありますか。よろしいですか。   それでは、次に検討課題「(3)命令拒絶事由」について御意見を伺います。「(3)」について御意見のある方は、挙手などした上で、御発言をお願いします。 ○池田委員 検討課題「(3)」について意見を申し上げます。   現行法の押収との関係では、今、部会長からも御指摘があったように、刑事訴訟法の第103条から第105条までに、一定の者との関係で押収拒絶権が認められております。これらの権利は、職務上の秘密を保護することによって事案の真相解明の利益を凌(りょう)駕(が)する国の重大な利益を保護しようとするものである、あるいは個人の秘密に属する事項を取り扱うことの多い社会生活上特別の意味を持つ一定の業務について、その業務上の秘密を保護することによって、秘密を委託される業務及びこの業務を利用する者の信頼を保護しようとするものとされております。   この趣旨は、電磁的記録提供命令により電磁的記録の提供を義務付ける場合にも妥当するものと考えられますので、電磁的記録提供命令との関係でも、これらの規定と同様の規律を設ける必要があるものと考えております。 ○久保委員 現行法と同様に、命令の拒絶事由が定められるべきということは、私としても当然に必要だと考えております。ただ、データの特性ということを考えますと、本来はそれだけでは足りないと考えております。押収拒絶というものを適切に行使するためには、実質的に押収拒絶権あるいは命令拒絶権の主体となるべき者にその権利の行使の機会が与えられることが必要だと考えております。   例えば、被疑者から情報を収集したとしても、本来は弁護士が拒否をするべき、あるいは拒否をしたいという場面もあるかと思います。この点は、もちろん現行法でも弁護士と被疑者・被告人との間のやり取りというのが押収をされるという場面は、紙などでも想定されるところですが、そのような状況自体が問題ではないかと考えております。   誤ってそういった情報を押収した場合に、情報として使用できなくなるという規律も必要ではないかと思われます。日本においては既に独占禁止法の分野において一部導入をされましたが、欧米では秘匿特権があるということが当然の前提になっているのであり、そうした点も含めて、情報の収集の在り方について他国を参照するのであれば、被疑者・被告人、そして弁護人などのそういった権利を保障するという観点で、秘匿特権についても本来であれば導入されるべきだと考えております。 ○保坂幹事 今、久保委員がおっしゃった秘匿特権については、いろいろ議論があるところだと思うのですが、御意見の前提として、今回導入が検討されている電磁的記録提供命令に限ってだけ秘匿特権を導入すると、そういう余地というのはあり得るのですか。それとも、制度である以上、導入するなら丸ごと全部ということなのでしょうか。 ○久保委員 元々日本において秘匿特権がないというところは、国際社会からも問題になっているところであり、私自身が関与した事件においても、米国の弁護士との間でやり取りをする際に、日本の制度において「privilege」がないということが問題となったということはございました。そうした観点からすると、現行の刑事訴訟法において秘匿特権というものを正面から定めるべきというのが私の考えではありますが、取り分け私の問題意識としては、この電磁的記録提供命令においては膨大なデータが収集されるおそれがあると考えておりますので、一歩進めるという観点では、この命令に限って、まず秘匿特権の制度を導入するということは、それは方法としてはあり得るのだとは思います。 ○酒巻部会長 ほかに、命令拒絶事由に関しての御意見、御質問等はありますか。よろしいですか。   それでは、今度は検討課題「(4)」と「(5)」、原状回復措置、不服申立てについての議論に進みます。検討課題「(4)移転をさせた電磁的記録の原状回復措置」と、検討課題「(5)不服申立て」は相互に関連しますので、併せて御意見を伺うのがよいかと思います。「(4)」と「(5)」、いずれについても結構ですので、御意見のある方は挙手などをした上で、いずれの点についてのものかを明らかにした上、御発言をお願いします。 ○小木曽委員 「(4)」と「(5)」と併せて申し上げたいと思います。   規律案は、被処分者に当該証拠電磁的記録を利用させないこととする理由がなくなったときは、被処分者の下に当該証拠電磁的記録を戻し、命令がされる前の状態に戻すこととするものです。命令により移転させる電磁的記録は、被処分者の手元に残しておくことが適当でないと認められるためにこれを移転させるものですけれども、その後の事情の変化により、その必要がなくなれば、押収物について留置の必要がなくなったときに対象物を還付するのと同様に、移転した被処分者の下に当該証拠電磁的記録を戻し、命令がなされる前の状態に戻すこととするのは言わば当然のことであろうと思います。   不服申立てにつきましても、第7回の会議だったと思いますが、池田委員から御指摘があったとおり、電磁的記録提供命令それ自体の取消し・変更を求めて抗告・準抗告ができるようにするとともに、押収物の還付に関する裁判に不服申立てができるのと同様に、例えば移転した電磁的記録の複写の許可等を求めることができるようにすべきだと考えられます。検討課題「(4)」、「(5)」の規律案は、そうした規律を設けるものとして、それぞれ合理性があると思います。   なお、原状回復措置は、保管者の下に記録を残しておくことが適当でない事情がなくなったためにするものですけれども、捜査機関としてなお当該記録を証拠として保有する必要があるのであれば、原状回復措置の中に提供された記録を消去することまでを含む必要がないようにも思われるところで、これも池田委員の御指摘にありましたとおり、現行法の第123条第3項が消去を求めていないということとの関係を含めて、更に検討が必要であると思います。 ○久保委員 今の御指摘に関わるところなのですけれども、事件の途中において、利用させないこととする必要がなくなったときに、複写などということについては分かるのですけれども、その後、最終的に必要がなくなり事件が終結したという場面においては、移転したものについてやはり削除の手段が必要なのではないかと思います。削除が必要ではなく、事件が終結したにもかかわらず捜査機関においてそのデータを保管し続ける必要性がある場面というものがどのような場面なのかについて、何か教えていただけることがあれば、お願いいたします。これは小木曽委員にお伺いすることなのか、事務当局にお伺いすることなのかは、いずれでも結構ですけれども。 ○吉田幹事 現行法との整合性という観点からのお話だったと思うのですけれども、現在も捜査過程において様々な情報を収集しますが、証拠物を押収している場合には、事件が終結すれば、それを還付するということで占有を元に戻す、そういう意味での原状回復を行うことになっております。他方で、占有を取得する形ではなく情報を取得した場合には、事件が終結したからといってそれを全部消す、捜査機関の手元からなくすということにはなっていませんので、そういったこととの整合性をどのように考えていくのかという問題なのだろうと理解しております。 ○久保委員 そうしましたら、現行法の整合性という点が観点としておっしゃるということであれば、私としては、そもそも現行法においてこの点についての規律がないということ自体に問題があるように思っております。昨今プライバシーの観点で、データの収集に関しては国際社会においても、その保管期限などについて取決めをするべきだといったような議論もなされているところではないかと思います。このような制度を導入するに際し、国際社会の制度を参照しつつ導入するのであれば、その情報の取扱いにおいてもまた、国際社会においてどのような議論がなされているのか、保管期限がどのようになっているのかということも踏まえて議論するべきであり、現行法でこの点についての規定がないことを理由に削除しないということは、理由とはならないように思っております。 ○吉田幹事 事件終結後の記録の保管については、刑事確定訴訟記録法がありますし、そういった規律によって、いつまで保存すべきかということが定まっておりますので、それに従って保存するということになるのだと思います。 ○酒巻部会長 「(4)」と「(5)」について、ほかに御意見はありますか。よろしいですか。   それでは、検討課題「(6)命令に違反する行為についての罰則」についての御意見を伺います。検討課題「(6)」の「①」及び「②」は相互に関連すると思われますので、併せて御意見を頂ければと思います。 ○樋口幹事 命令違反についての罰則について意見を述べさせていただきます。   電磁的記録提供命令の名宛人は被疑者・被告人も含まれる形になっておりますが、実体法的な検討においては、被疑者・被告人以外の者と被疑者・被告人を分けて論じることが必要になるため、分けさせていただきます。   まず、被疑者・被告人以外の者についてです。第7回会議におきまして、刑罰法規の内容の適正という観点と明確性の観点から意見を述べましたが、本日のここまでの議論を踏まえまして、この二つの観点から改めて罰則の在り方を吟味することが必要かと思います。刑罰法規の内容適正については、刑罰法規を新設する目的の正当性がまずは問題になります。第7回会議もそうですし、本日もそうですが、クラウド技術などによって、データが記録されている記録媒体を特定し、差し押さえることが事実上不可能な場合も少なくないという指摘がされてきたところでして、この場合に、非協力的な事業者への義務付けが求められるということかと思います。   本日、具体例を出していただけたのですけれども、刑事実務もIT技術も私は不案内ですので、間違っているかもしれませんが、例えば、通信履歴を保有する通信事業者のうち捜査機関に協力しない事業者も存在するところ、その協力しない事業者から通信履歴を入手する必要性があり、また、協力してくれる事業者との事業遂行の負担の公平性という観点から見ても、通信履歴の提出という負担を求めてよいはずといった、そういった理解が可能でしょうか。   この議論でしたら、通信事業者以外でも同様の事案があり得ると考えることになろうかと思います。電子マネー番号などのデータを保有するコンビニエンスストアとか、そういった具体例は、従前の協力してくれる事業者の事案という印象も受けますが、非協力的な主体にデータ提出を義務付けることが必要な場合を十分に想定できるということでしたら、罰則を新設する目的は正当といえます。   ほかに、本日の議論の中で、記録させるという文言の使い道ということの中で、復号化という話が出てまいりましたが、データの復号という話は、クラウドの関係で記録媒体の特定、差押えが事実上不可能なのとは少し違った問題かと思います。データを入手できても、復号化できないと中身が見られなくて証拠になし得ないと、そういった状況に対応するということでしたら、それ自体も目的の正当性を基礎付ける事情の一つとして援用してよいのではないかと思われますので、この点は明確に確認していくことが必要かなと考えます。   そして、このように目的に正当な点が1点ないし2点あるとすれば、その上で相当性の評価という点に関してですが、こちらは刑事訴訟法が規定する条文が手続法的に適切と評価されるものであれば、実体法的にも基本的には適切と評価を与えてよいと考えます。本日、幾つかの要件に関する議論ですね、必要があるときという文言でよいのかとか、ほかに保管や利用する権限という文言をどう考えるか、そういった議論がなされたところですけれども、そういった吟味を通じて、この条文が手続法的に正当であるといった議論が積み重ねられることによって、実体法的に罰則の正当性も同時に基礎付けられていくことになるのであろうと考えます。   もう一つの刑罰法規の明確性の観点ですけれども、こちらは条文の構造上、データ提供命令を発する条文が明確かという話と、その条文に基づいて出した命令ないし令状の内容、その不履行に関して明確かという、2点あるかと思うのですけれども、まず、裁判所が発する命令ないし令状について見ますと、義務の名宛人が特定され、そして履行すべき義務内容として提供すべき電磁的記録及び提供の方法が特定される、そのことによって、行為者に対する自由保障という観点がクリアされるのだろうと思います。   それに加えて、明確性という観点は自由保障に尽きるものではなく、立法者が罰則の趣旨及びその内容を明確にする責務を負うという法律主義の要請も含むというのがドイツやアメリカでいわれていることでございますが、こちらは命令、令状ではなく、根拠条文それ自体の趣旨と内容が明確であることを求めるもの、そういった議論になってまいります。この点は、先ほどの刑罰法規の適正同様、刑事訴訟法の観点から適切な条文であると評価されるのでしたら、クリアできるものと考えます。   検討課題においては、法人処罰規定の導入も課題とされているところですが、本日出てまいりました具体例を伺っておりますと、データを提供すべき主体が法人となるということは通常のものと想定されるかと思います。そうすると、義務の名宛人を法人とするという選択肢を与えることは、義務履行確保の見地から正当なものと考えます。両罰規定を設けて、提供命令の名宛人を法人とする場合、両罰規定を通じて構成要件の主体が修正されますので、義務履行に関連する法人の代表者及び従業員にも義務が及ぶことになり、義務主体は増えることになります。しかし、電磁的記録の提供を強制的に確保するという見地からは、このような義務主体を複数確保することは必要だと思います。   また、仮に両罰規定を作らずに、電磁的記録提供命令の名宛人になる自然人の特定を必須とすると、大規模法人の内部から自然人を選別するという負担を捜査機関が負うことになります。この場合、法人の内部事情が外部からは判断しづらいような事案において、自然人の選別の仕方が適切でないと、そういった受け止められ方をしてしまうおそれもあり得るように思われます。そうすると、端的に法人を名宛人にするという選択肢を用意することは相当と評価できるように思います。   以上を踏まえての法定刑ですが、これは第7回会議で指摘させていただいたとおり、刑事訴訟法第161条の証言拒否罪の1年以下の懲役又は30万円以下の罰金が手掛かりになろうかと考えます。   被疑者・被告人が名宛人になる場合も続けて意見を述べさせていただきます。   第7回会議では、手続法の観点以外に期待可能性の見地からの検討も必要であると指摘させていただきました。被疑者・被告人は自身の刑事事件について、証拠隠滅あるいは偽造をしても刑法第104条の処罰から除外されていることに鑑みますと、期待可能性の欠如に配慮し、電磁的記録提供命令の罰則の主体からは端的に除外することも一つの選択肢になり得るのでしょう。もっとも、期待可能性の有無は専ら被疑者・被告人の心理状態で決定されるようなものではなく、国家社会がどの程度の法益の保持を被疑者・被告人に要求することが正当かという規範的な問題と理解されているところでございます。   そうしますと、一般的に証拠の隠滅や偽造の処罰は断念しつつも、データについてだけは特別に被疑者・被告人に提供を義務付け、その履行を強く期待するほかないという要請が現に存在するのでしたら、なお期待可能性を肯定するという考え方も成り立ち得るように思います。   また、この期待可能性の見地は被疑者・被告人のサイドから見たものといえますが、データを強制的に提供させるという刑事司法作用の保護は、これは強制力を行使する権力的公務の保護の一形態という見方も可能です。そうしますと、公務執行妨害の行為態様の拡張について述べさせていただいたこと、すなわち、刑罰権を行使する機関が刑法によって自らを保護すべきとの主張に賛同を集められるかと、そういった問題として考察することも可能です。電子計算機に対する攻撃という行為態様に比して見ますと、データの提出という特別の義務付けの不履行という行為態様は権力的公務の保護をより強く求めるものになりますから、それを正当化するだけの立法事実の存在、すなわちデータが証拠になる事案において、このような義務付けがない限り真実発見が困難になるという事案が具体的に示され、罰則で対応することに多くの人から納得を得られるかが課題になるかと考えます。   そこで、事務当局に伺いたいのですが、被疑者・被告人に対して電磁的記録の提供を命じる場合として想定される具体例はどのようなものでしょうか。 ○鷦鷯幹事 お尋ねいただいた点について、そもそも提供を命ずる強制処分によるかどうかは、証拠の収集状況や被処分者となるべき者の対応状況などによっても様々であろうと思われるところですけれども、被疑者・被告人に提供を命じることがあり得る場合としては、想定例をもし挙げるとすれば、例えば、被疑者が使用するスマートフォンで利用しているクラウドの領域に事件の証拠として必要な特定の文書や画像のデータが保存されていることが他の証拠から推認されるものの、被疑者が任意の提供・提出を拒否しており、かつ、スマートフォンのパスコードも解除することもできず、データが保存されているサーバの物理的所在も不明であって、差押え等によって入手することもできないというような場合などは考えられるのではないかと思われるところです。 ○樋口幹事 非常に分かりやすい具体例かと思います。今挙げていただいた具体例は、サーバという記録媒体が特定できないという側面、そして、対象になるスマートフォンのパスコードを突破できないという面、その両面から被疑者・被告人に対する特定のデータの提出を義務付ける以外に適切な方法がない場合があるという立法事実を示すものと考えられます。頂いた具体例では、被疑者・被告人に対する国家の期待水準は上昇し、また、権力的公務の保護が正当という評価が強まると見てよいものかと思います。   そうしますと、政策的な当否は別途論じるべきでしょうが、被疑者・被告人を名宛人にする罰則の導入が理論的に不当で導入の余地がないようなものとの評価はできないように思われます。ただ、対被疑者・被告人について罰則を導入する場合ですと、法定刑が被疑者・被告人以外の者を名宛人とする場合と同一でよいのか、あるいは法定刑を軽くするのか、更に言えば、逃走罪のように、主体の相違に合わせて構成要件自体も相違させるのか、そういった点も検討していくことが必要になると考えます。 ○成瀬幹事 ただいまの樋口幹事の御発言は、電磁的記録提供命令により、被疑者・被告人に対して、刑罰による威嚇の下、自己に不利益な特定のデータを自ら提出するよう義務付けることは、刑法の期待可能性や権力的公務の刑法的保護の当否という観点から慎重な検討を要するけれども、事務当局が示された具体例に鑑みると、およそ理論的に不当とまではいえないという趣旨であると理解しました。   そこで、私は、手続法の見地から、被疑者・被告人に対して、刑罰による威嚇の下、自己に不利益な特定のデータを自ら提出するよう義務付けることが憲法第38条第1項に違反しないかという点について検討してみたいと思います。   もっとも、電磁的記録提供命令は様々な場面で用いられると予想されますので、制度全般について抽象的に憲法論を展開することはやや難しいと感じています。そこで、先ほど事務当局がお示しくださった、被疑者・被告人に対して電磁的記録の提供を命じる場合の具体例、すなわち、被疑者が使用するスマートフォンで利用しているクラウドの領域に事件の証拠として必要な特定の文書や画像のデータが保存されていることは他の証拠から推認されるものの、スマートフォンのパスコードを解除することができないという事例を前提にして、憲法第38条第1項との関係を検討してみたいと思います。   この事例において電磁的記録提供命令を用いるとしても、被疑者に対して、既に存在している特定の文書や画像のデータの提供を強要しているにとどまり、被疑者が観念したことを新たに表出すること、すなわち、供述を強要しているわけではありません。被疑者がこの提供命令に応じるためには、その前提として、スマートフォンのパスコードを自ら解除して特定の文書や画像のデータをクラウド領域から取り出す必要がありますが、当該パスコード自体を捜査機関に教えることが要求されているわけではありませんので、パスコードの解除が事実上義務付けられる点を踏まえても、やはり供述の強要は含まれていないといえます。そうすると、憲法第38条第1項の従前の解釈に従えば、合憲ということになるでしょう。   では、仮に、没収保全の際にも言及したアメリカの判例法理が、我が国の憲法第38条第1項の解釈論としても妥当するという理解に立った場合はどうなるでしょうか。この理解の下では、被疑者がスマートフォンのパスコードを解除した上で、特定の文書や画像のデータをクラウド領域から取り出し捜査機関に提供する行為は、その行為自体が、被疑者がスマートフォンのパスコードを知っている事実や、特定の文書や画像のデータが存在する事実、被疑者がそれらの電子データを所持している事実についての黙示的な供述に該当し得ることになります。   もっとも、被疑者が当該スマートフォンを使用していたのであれば、そのことだけで、被疑者がスマートフォンのパスコードを知っている事実は容易に推認されますので、この事実は「foregone conclusion」、自明の事柄であるということができるでしょう。   また、この事例では、捜査機関がスマートフォンやクラウド領域内のデータについて何らの事前知識もないままやみくもに全てのデータの提供を命じたのではなく、特定の文書や画像のデータが存在する事実や、被疑者がそれらの電子データをクラウドの領域内に所持している事実が他の証拠により既に推認されている状況において、特定のデータの提供を命じたものですので、これらの事実についても「foregone conclusion」、自明の事柄であるということができます。よって、仮に、アメリカの判例法理が我が国の憲法第38条第1項の解釈として妥当するという理解に立ったとしても、なお憲法に違反するものではないと考えることができると思います。   このように、被疑者・被告人に対して電磁的記録提供命令を用いたとしても憲法第38条第1項に違反しない具体的な事例を想定できるのであれば、手続法の見地に照らしても、罰則の対象者から被疑者・被告人を一律に除外することまでは要請されないと考えます。 ○酒巻部会長 これまでの委員・幹事の御発言に対して、久保委員からも御発言の御要望があると思われるのですが、終了予定時刻が近付いておりますので、久保委員に十分御発言の機会を与えるためにも、御発言は次回会議にしていただいてもよろしいですか。 ○久保委員 それで結構です。ありがとうございます。 ○酒巻部会長 罰則についての論点は、じっくり双方から御意見を伺った方がよいと思いますので、中途半端なところでありますけれども、本日の議論は、ひとまずここまでとしたいと思います。次回はこの「電磁的記録を提供させる強制処分の創設」の最後の検討課題「(6)」についての議論から行いたいと思います。   その上で、この先の進め方なのですけれども、次回会議において、配布資料14に基づく残りの議論を終えますと、今年に入ってから5回の会議で諮問事項「一」から「三」までについて、「検討のためのたたき台」に基づく具体的な議論を一通り終えるということになります。   御議論いただいた「考えられる制度の枠組み」の中には、具体的な制度の在り方やその採否について、委員の皆様においてほぼ異論のないものもありますが、新しい課題が提示されて、なお議論すべき点を残すものも見られるように思います。   しかし、全体としては議論は着々と進んできており、既に取りまとめに向けた議論を始めていく段階に来ているのだろうと思うものの、一部、なお議論を要すると考えられる事項も残されています。以上を踏まえますと、まずはこれまでに皆様から頂いた御意見を一旦整理し、その上で、次回以降の進め方について検討したいと思っております。   そこで、次回以降の進め方について、私の方で早急に検討し、追って事務当局から皆様に御連絡をさせていただくという扱いにさせていただきたいのですが、よろしいでしょうか。              (異議なし) ○酒巻部会長 それでは、そのような形で今後の審議の準備を進めたいと思います。   今後の会議の日程等につきまして事務当局からお願いします。 ○鷦鷯幹事 次回の第11回会議は、令和5年6月23日午後1時30分からを予定しております。本日と同様、Teamsによる御参加も可能でございます。詳細につきましては別途御案内を差し上げます。 ○酒巻部会長 本日の議事につきましては、特に公開に適さない内容にわたるものはなかったと思いますので、発言者名を明らかにした議事録を作成して公開することとさせていただきたいと思います。また、配布資料につきましても公開することにしたいと思いますが、そのような扱いでよろしいでしょうか。              (異議なし) ○酒巻部会長 それでは、そのようにさせていただきます。   本日はこれにて閉会といたします。皆さま、どうもありがとうございました。  -了-