法務省

文字の大きさを変更する

拡大する

標準に戻す

色変更・音声読み上げ・ルビ振りを行うアクセシビリティツールを利用するかたはこちら

トップページ > 広報・報道・大臣会見 > 大臣会見等 > 訓示・挨拶 > 平成24年 > 大臣就任に当たっての滝法務大臣訓示

大臣就任に当たっての滝法務大臣訓示

平成24年10月25日(木)

 一たび,退任の挨拶をいたしました私でございますけれど,今日こうして,25日目ですが,皆さん方にお会いでき,法務省に対する縁の深さをひしひしと感じているところでございます。しかし,「世の中は3日見ぬ間の桜かな」という句もありますように,25日間進みますと世の中はまるで変わっているということをやはり意識しなければいけない,こんな自覚を持って昨日登庁させていただきました。その間,田中慶秋前大臣は,大変意欲的に法務行政に取り組もうとしたことを私も新聞を通じて拝見しておりました。あの復興予算の使い道の問題,やはり国民の意見のあるところをきちんと押さえて対応するという姿勢というのは,誠に見習うべき姿勢ではないかと思っているところです。実は私も,法務大臣を退任してから地元を歩き,いろいろな意見に直接ぶつかってまいりました。改めて前法務大臣が取り組まれようとした国民の意見を法務行政に活かすという趣旨を,地元を歩く中で実感として感じ取ってまいりました。そういう意味では,10月1日まで法務大臣を務めさせていただいたからということで,皆様方も今後の私に対するいろいろなレクチャーは手を抜かないようにお願いしたいと思います。やはり世の中は変わっているというのは実感ですから,そういう意味では手を抜かずに,初心者がまた来たというつもりで,私に対するいろいろな説明も遠慮なしに原点に戻った説明をしていただきたい。その中で,新しい国民の意識というものもにじみ出るものもあるという理解をしておりますので,よろしくお願いします。私は前回,大臣に就任して,着任のときに,鈴木真砂女の句を披露したのはこの場であったかと思いますけど,あのときは春でしたから,「あるときは船よりも高き卯波かな」と,人生浮き沈みがあるし,仕事でも社会情勢でも浮き沈みがある。しかし,それに慌てていたら,船がひっくり返ってしまう。悠然として,とにかく自分の立ち位置をしっかりと見つめて対応すると,こういう句の御説明を付け加えさせていただきましたけれど,今もその気持ちは変わりません。どんなことがあっても,自分の信ずる原理原則というものをきちんと押さえた上で頑張っていただきたいと思います。ついでですが,私の地元に,幕府の茶道の指南役であった片桐石州齋の石州流の館が私の選挙区にあります。その石州流の言葉として大事にしておりますのが,「万里一条の鉄」,真っ直ぐな鉄が引かれているという意味だと思いますけれど,要するに原理原則をしっかりと持って,何事にも,細かいことでも大きなことでも対処しなければいけない。この言葉は禅宗の言葉ですから,その裏には慈しみの心を持って対応する。お茶を一服いただくのもその原理原則に従ってお茶をいただく。しかし,その根底には慈しみの心がある。それが万里一条の鉄といって,禅宗を背景にした石州流の言葉として大事にしてきた言葉でございます。私も昔は,奈良県庁に勤務したものですから,県庁時代に石州流の宗家に行きますと,こういう軸がよく掛けてあります。それをずっと拳拳服膺してまいりました。原理原則はきちんと持った上でただそれだけに終始してはいけない。背景には慈しみの心がないとお茶を活かす道ではないと,こういうことだろうと思います。法務行政もまさしくそういうものだろうと思います。原理原則という信念はそれぞれお持ちだと思います。その中に慈しみの心をどうやって活かせるかということが一番の問題ではないかと。こういうことをこの24日間,改めて拳拳服膺しながら地元を歩き回ってまいりましたので,その報告を兼ねて今日は皆さん方に,再び就任するに当たっての私の気持ちをお伝えさせていただいた次第でございます。どうか,新参者が再びやってきたというつもりでよろしくお願い申し上げたいと思います。
(以上)
ページトップへ