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法務大臣臨時閣議後記者会見の概要

平成24年12月26日(水)

 今日は,内閣総辞職の最後の閣議を済ませてまいりました。

臨時閣議における総理大臣の発言に関する質疑について

【記者】
 今日の臨時閣議で,野田総理からの発言というのはなかったんでしょうか。        
【大臣】
 野田総理の発言は,総理談話という格好で文書化されていますから,それを見て確認をしました。総理はそれを記者会見で公表されると思います。それとは別に,総理から閣僚にはねぎらいの言葉がございました。昨年9月2日以降,皆さんと寝食を共にして,国家・国民のために大変精励してもらった,そのお礼の言葉がございました。
【記者】
 総理のねぎらいの言葉をお聞きになって,大臣はどのように感じられましたか。
【大臣】
 総理が命がけでなさったのは,社会保障と税の一体改革ですから,正にこの社会保障と税の一体改革に全身を打ち込んできたなと,改めて思い出しています。

これまでの大臣の職務等に関する質疑について

【記者】
 在任中の法務行政全般について,大臣御自身がお考えになる成果と,やり残した課題というものがあればお聞かせください。
【大臣】
 私が野田内閣で副大臣に任ぜられたのは昨年9月5日であり,そこから新たに法務行政に携わったわけです。今年6月から大臣にさせてもらいましたから,副大臣,大臣の在任期間を通じて申し上げれば,やはり成果の一つ目は,再犯防止ということにようやく少しずつ筋道が見えてきたかなということではないかと思います。私が自民党時代の副大臣のときに,何とか再犯を防ぐために,矯正施設の中の人たちに手に職を付けるとか,施設を出たときにどうするかとかと言い出したのが,平成15年,16年,その辺りの話です。昨年から今年にかけての法務行政の中では,再犯防止が少しずつ軌道に乗ってきて,今後,刑務所出所後2年以内での刑務所再入所者等の割合を10年間で20パーセント以上減少させるという数値目標を設定することができました。そこまで来たというのは,この10年間の大きな成果ではないかなと思います。それは私一人でやったことではありませんが,10年間かけてようやくここまで来たということの意味は大きいのではないかと思います。
 二つ目は,自民党の副大臣のときからの延長線ですけれども,人権委員会設置法案を何とか再度国会に提出して成立させたいと考えてまいりました。自民党時代の副大臣のときも,人権法案が解散でもって消えてしまいまして,再度国会に提出しようということで,自民党の中で国会提出のための根回しをやってまいりました。しかし,残念ながら反対が強くて,自民党時代には,それが国会提出までまとめるような案として決定できなかった。今回,初めて民主党の中で意見をまとめ,ようやく国会に提出するところまで野田内閣の下でできました。今回の衆議院解散で,国会提出した案も結局は消えてしまいましたけれども,少なくともそういうことまでできるようになったということは,10年間の成果ではないかなと思います。
 それから三つ目を言えば,危険運転致死傷罪の制度の隙間を埋めるために,現在,法制審議会に諮問しているというところまできました。危険運転致死傷罪の構成要件は,4種類のパターンに限定されていますが,そういった隙間を埋めるような条文にしていこうということです。今,その結論を得るべく議論をしてもらっているところまできたというのが,三つ目の大きな成果ではないかと思います。昨年9月5日から振り返って,改めてその3点だけを申し上げておきたいと思います。
【記者】
 心残りである点があればお伺いしたいのと,次の新大臣に期待されることはどのようなことでしょうか。
【大臣】
 心残りのようなことをいろいろと申し上げても,新内閣は新内閣としての方針があるでしょうから,どうかなという感じがございます。新大臣へは,法務省が今まで一つの大きな流れの中で取り組んできたことを,ぜひ実現するという期待を法務省全体が持っていると思います。法務省というのは,長年,先輩が積み上げてきた方策が実現できずにそのまま宙ぶらりんになっているものを,大臣が変わるたびに何とか少しずつ実現したいというふうに思っているはずです。新大臣は,そういうものを一つの制度として完成していただける,そういう新大臣であると思いますので,それに期待したいと思います。
【記者】
 昨日,民主党の新代表が海江田氏に決まりまして,大変多難な船出が予想されるわけですけれども,ある意味で政界を去られる立場として,民主党や今後の政治に対して思うところをお聞かせいただけないでしょうか。
【大臣】
 平成5年の衆議院選挙のときから,二大政党制を何とか確立して,二大政党制を背景にして政権交代可能な政治システムを作っていきたいということであったのです。二大政党の中で政権交代はするし,しかも,政権を担当した政党が,きちんとシステムを改革できるような体制を作っていきたい,政権を取っても衆参が分裂して,思うような政策が遂行できないような事態を何とか解消したいというのが,平成5年の選挙の意味であったと思います。したがって,今度のこの選挙を省みると,やはり,その平成5年の目標に遠ざかるような結果になってしまった。だから民主党も,自民党という政権政党が存続しているわけですから,民主党も,そういう二大政党制を目指す方策を何とか探ってもらいたいという感じがあります。別に少数会派を無視するわけではありませけれども,やはり,政権というのは,それによって衆参両院も同じ方向で政策が実現できるような仕組みを考えようというのが,あの平成5年のときの意気込みであったと思いますので,そういう道を今度の民主党も自民党に対抗して何とか確立する,探ってもらいたいという感じは持っています。野党がばらばらでは,政権交代もできませんし,国民の声を十分に政策に反映することもできない。それは,もう分かりきっている話ですから,そこは民主党が,もう少し頑張ってもらいたいという感じです。
【記者】
 大臣が前々からおっしゃっていたように,今回の選挙に出馬されずに政治家として御勇退される御意向を表明されていますが,政治家としてのこれまでの十何年を振り返えってみて今どのような心境ですか。
【大臣】
 長らく事務職として,公務員としてやってきた中でたどり着いた道というのは,一般職の公務員は,自分の政策をうまく実現する方策を持たない。政治は大きなうねりを作っていく,流れを作っていくものですから,公務員が持っていたいろいろな将来への期待というものを取り上げて,それを政治が大きな流れの中に乗せていくということが政治の一番大きな仕事であろうと思います。それが結局,今,うまくいっていないと。例えば法務省全体がこういう方向でやろうということを,政治がそれを取り上げて,大きなうねりを作っていくという役目を果たせないできているんじゃないだろうかと思います。人権法案などはまさしくそういうことです。一人権擁護局がじたばたしても,政治が大きなうねりを作らない限り実現しない。そういったことを何とかしようと思って,私は消防庁長官を退任して,衆議院選挙に臨んできたわけです。そういう意味では,うまくいった部分もありますし,流れを自ら作り出すことができないで終わってしまったいう問題もあります。例えば,私はかねてから市町村主体の地方行政組織にしないと,国があり県があり市町村があるという,三段階の行政では無駄が多いと思っていました。これだけ情報通信が発達した時代に,戦前の電話がなかなか通じない時代の行政組織がそのまま今残っている。したがって,そういう三段階の構造から二段階の構造にしていかないと,要するに市町村を主体としていく行政に切り替えないと,仕事の効率化は図れない。これを考えてまいりましたけれども,その流れを作ることができませんでした。これは簡単にはいかないことですけれども,例えば,スウェーデンにも国があって県があって市町村がある。ところが,スウェーデンでは無駄が多いということで,県の部分を大きく制約して,県は県立病院など医療行政を中心に限定をして,日常の行政の末端は,市町村や,コミューンに一本化しているのです。それによって行政の効率化を図ってきたというのがスウェーデンの市町村です。国の大小がありますから簡単にまねはできませんけれども,いろいろな通信事情の変化によって,三段階の行政を少なくとも二段階中心にしていくということをやらないと,日本の三段階の行政では効率化を図ることはできない。そんなことが痛感されます。要するに政治というのは大きな流れを作る,うねりを作ること。それに徹するような仕組みをどうやってみんなが築き上げていくということではないかと思います。それが役人時代を通じての達成できなかった最大の心残りです。
【記者】
 大臣はこれまで,就任のときと退任のときに,そのときの心境を俳句で表現されていましたが,今の心境を俳句に例えるとどのような句になりますでしょうか。
【大臣】
 心境を俳句に例えてきましたけれども,今年6月の就任時は「あるときは舟よりも高き卯波かな」という,そういうことを心境として皆さん方に御披露しました。実は,私は鈴木真砂女さんから句を作ってもらったことがあります。調べたことはありませんけれども,これは,恐らく鈴木真砂女さんの句集には載っていないと思います。平成9年の衆議院総選挙に当選して半年くらい経った,平成9年の5月か6月に鈴木真砂女さんに作ってもらった句がありますから,それを今日は披露したいと思います。どういった句かというと,「万緑や,きりりと生きて古都育ち」。古都育ちというのは,私は選挙区が奈良ですから,そこからの発想です。万緑というのはどういう意味かといいますと,俳句の季語で,見渡す限り一面緑に覆われているという,そういう勢いのことです。木の芽が吹いて,見渡す限り緑にずっと覆われている,その勢いのある景色。これが万緑という意味であると思います。「万緑や,きりりと生きて古都育ち」。これを平成9年の初夏に,鈴木真砂女さんから贈られました。色紙に書いてもらったんですけど。これをずっと自分の議員生活の下敷きにしてまいりました。今,議員を辞職するに当たって,改めて鈴木真砂女さんのその句を私の議員生活のいわばバックボーンにさせてもらったということを思い出します。この句は,96歳で亡くなった真砂女さんから91歳の頃にもらったものであったと思います。夢多き俳人と言われた真砂女さんが,自分の90年の生涯を顧みて,自分の人生を圧縮した格好で,この句を私に託してくれたというふうに思っております。なかなか「きりり」と生きるというのは難しいですけれども,少なくとも「きりり」と生きるということを心掛けようとしたことの原点がこの句でありました。今,それを改めて皆さんに御披露して,それに沿うような成果があったかどうかということは別として,そういう生き方を政治家としてずっと持ってきたということだけを申し上げたいと思います。
(以上)
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