2006年1月
国際協力部教官の仕事
法務総合研究所国際協力部
教官 関根澄子
 はじめに
 私は,裁判官として8年間勤務した後,2004年4月から国際協力部教官として勤務しています。着任から約1年半になりますが,この間に,インドネシア,ベトナム,ラオス,カンボジアの4つの国の法整備支援に関わり,ラオスに2回,カンボジアには4回行きました。
 中でもカンボジアには,裁判官・検察官養成機関において法曹養成に関するアドバイスを行うために5か月間にわたって派遣されるなど,深く関与してきましたので,これについての説明を中心に,国際協力部教官の仕事を説明したいと思います。国際協力部の業務は幅が広い上,抽象的な言葉で説明するのは難しいので,一教官である私が実際に担当している仕事を御紹介することにより,国際協力部教官の仕事の内容を少しでも具体的にイメージしていただければ幸いです。
 カンボジア法曹養成支援
(1 )背景事情
 カンボジア法曹養成プロジェクトは,カンボジアの裁判官・検察官養成機関である王立司法官職養成校(RSJP)を総括する王立司法学院(RAJP)をカウンターパートとし,RSJPにおける民事科目のカリキュラム策定及び教材作成に対する支援を行うプロジェクトです。
カンボジアの王宮に沈む夕日 では,なぜ日本が,カンボジアにおける裁判官・検察官の養成,それも,特に民事科目のカリキュラム策定,教材作成という支援を行うことになったのでしょうか。
 カンボジアは,1970年代からの20年にわたる内戦により,人材の粛正,国土の荒廃を招き,1991年のパリ和平協定の後,現在もなお復興の途上にある国です。
 日本は,カンボジアからの要請により,1999年から民法・民事訴訟法の起草支援を開始しました。民法・民事訴訟法の起草は,日本側・カンボジア側双方の多大な努力を要する大変な作業でしたが,2003年に両法案が完成しました。現在,民事訴訟法草案は国会で,民法草案は閣僚評議会(内閣)でそれぞれ審議されているところです。
 このような日本の民法・民事訴訟法の起草支援が実を結ぶためには,これらの法律を理解し,適用できる法曹の存在が不可欠です。
 ところが,カンボジアにおいては,長年の内戦のため,裁判官・検察官の数が非常に少ない上,これまで,組織的な法曹養成も行われていなかったことから質にも問題がありました。
 そのため,カンボジアにおいては,2002年に,新規裁判官・検察官の養成及び現職裁判官・検察官の継続教育を担う機関としてRSJPを設立したのです(なお,2005年に上位機関であるRAJPが設立されています。)。そして,RSJPは,最初の研修生55名を迎えて2003年11月に開講しました。
 しかしながら,RSJPの教官はいずれも非常勤で,裁判官・検察官等の仕事と兼務しており,非常に多忙なので,頻繁に講義時間が変更されました。また,開講までの準備が不十分で,予めカリキュラムを確立せず,教材も準備していなかったことから,教育内容は一貫性を欠く不十分なものでした。
RSJPの看板  そこで,RSJPの民事担当教官や校長が,相互に協力して適切なカリキュラムを策定すると共に,必要な教材を準備することにより,民事科目の教育内容を改善し,もって新しい民法・民事訴訟法を理解し,これに基づく実務を担っていく法曹が育成されることを目指して,日本が支援を行うことになったのです。
(2 )活動内容と国際協力部教官の役割
 カンボジア法曹養成プロジェクトでは,カリキュラム策定,教材作成等の作業は,RSJPの民事担当教官,教務担当者がワーキンググループを結成して行います。現地に専門家として派遣されている国際協力部教官の仕事は,ワーキンググループと定期的にミーティングを持ち,助言指導を行うことが中心です。
 また,日本にもカンボジア法曹養成研究会を設置し,教材やカリキュラムの作成方法に関するアドバイスや成果物に対するコメント等をしています。国際協力部教官3名がこの研究会の委員となっています。
 このプロジェクトでは,年に1回,ワーキンググループのメンバーを日本に招いて研修を行います。この研修の企画・実施も国際協力部教官の仕事です。研修では,ワーキンググループが作成したカリキュラムや教材の原案に対して,改善すべき点のコメントをするなどしています。
(3 )カンボジアの現行実務の理解
 カンボジアの場合,民法・民事訴訟法草案の内容が日本法に近く,法曹養成制度も日本の司法修習制度と類似しているので,日本の実務はカンボジアにとって参考になる部分が多いと思われます。私たち国際協力部教官にとっては,比較的,これまでの知識や実務経験を活かした活動がしやすい国といえるでしょう。しかしながら,カンボジアにもこれまで行われてきた実務が存在するので,従前の運用から新しい制度に無理なく移行することができるよう,適切な助言をしていく必要性を感じています。
 例えば,民事訴訟法草案では弁論準備手続が設けられましたが,現在カンボジアでは,公判を開く前の調査手続が行われています。そこで,新しい手続を解説する教材では,単に弁論準備手続とは何かを説明するのではなく,カンボジアの法曹が,弁論準備手続はこれまでの調査手続とどのように違うのか,具体的な運用がどのように変わるのかを理解できるような説明が必要なのです。
 本当に役に立つ助言をしていくためには,私たちがカンボジアの現行制度を理解することも必要であり,単に日本の実情を紹介すればよいというわけではないのです。
 ベトナム判決書標準化・判例整備支援

(1 )活動の概要
 国際協力部教官の仕事を御理解していただくため,もう一つ別の活動を御紹介したいと思います。ベトナム判決書標準化・判例整備支援です。
 ベトナムに対する法整備支援は,社会主義を前提としつつ,ドイモイ政策による市場経済原理を取り入れるために,市場経済原理に則った法制度の整備を要するという事情から実施されているものです。
 ベトナムへの法整備支援は1996年から始まり,民事訴訟法,破産法の制定や,民法の改正など,これまでに多くの成果を上げてきました。
 ベトナムでは,現在,成文法の制定だけではなく,裁判になった場合の帰趨を予測できるようにするため,判例の整備と公開が必要と考えられるようになっています。そのためには,裁判官が,結論に至った論理をわかりやすく説明する判決書を作成できることが前提であり,そのような判決書の作成方法を説明するマニュアル及びこれと一体となるサンプル判決書を作成する必要があるとされました。そこで,日本もこれらの活動を支援することとなったのです。
(2 )活動内容と国際協力部教官の役割
 判決書標準化・判例整備については,ベトナム側に最高人民裁判所の裁判官等からなるワーキンググループを設置し,主として裁判官出身の現地専門家の指導の下にマニュアルやサンプル判決書の起草作業を行い,日本側にも研究会を設置して必要なアドバイスやベトナム側の作業に対するコメント等を行い,共同して活動を行ってきました。
2005年9月の本邦研修  日本側研究会は,ベトナムの判決書を詳細に検討して問題点を指摘したほか,これまでに研究会委員が2回にわたりベトナムに行ってセミナーを開催し,わかりやすい判決書の書き方のアドバイスを行いました。この研究会には,国際協力部教官2名も委員として参加しています。
 2005年9月には,ベトナム側ワーキンググループを招いての本邦研修を国際協力部において実施しました。研修では,日本側研究会委員が,マニュアル及びサンプル判決書のドラフトに対するコメントを行い,ベトナムからの研修員と活発な議論を行いました。
(3 )日本とベトナムの訴訟観の違い
 ベトナムの判決書標準化に向けた活動をしていく中で,強く感じたのは,日本とベトナムの訴訟観の違いです。例えば,原告が被告に対し,家の明渡を求める裁判では,日本の場合は,被告がその家を明け渡す義務を負うか否かについてのみ,判断されることになります。しかし,これまでのベトナムの判決では,被告が家を明け渡す義務を負うという結論になった場合に,被告の転居先まで定めていたのです。日本人にとっては奇異な結論ですが,訴訟により紛争を統一的に解決するというベトナムの訴訟観からは,自然な発想と思われます。もっとも,日本の支援により成立した新しい民事訴訟法の施行に伴い,ベトナムにおける訴訟観も変容しつつあります。
 支援対象国へのアドバイスをするにあたっては,対象国との考え方の違いを十分理解していないと,役に立つものとならないおそれがあることに留意する必要があります。支援対象国に関する情報の収集とその分析・理解も,国際協力部教官の重要な仕事です。
 法整備支援の困難とやりがい
 言語・文化・習慣や社会制度の異なる外国に対する法整備支援は,決して簡単なことではありません。しかしながら,国や使用言語は異なっていても,同じく法律家ですから,共感し合える部分も多いのです。議論の末,自分の問題意識が相手に伝わり,お互いの考え方を理解し合えたときには,とても充実感があります。
 法整備支援は国と国との外交の場面ですが,その中で自分の法律家としてのバックグラウンドを活かすことができたことは,大変嬉しいことでした。支援対象国との比較検討を通じて,日本の法制度についての理解が深まったことも,収穫でした。国際協力部教官として法整備支援活動に携わることができたことは,今後再び裁判官として仕事をしていく上でプラスとなる経験であったと感じています。

 
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