秋田県人権啓発活動ネットワーク協議会
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平成12年度最優秀賞 気高く生きる

小坂町立小坂中学校 一年 駒林 由子

現在,地球には約六十億人の人々が暮らしている。その六十億人の中には、障害のある人もいるだろう。

近頃では、障害のある人たちのために募金活動が行われている。このような取り組みを障害をもった人たちはどう思っているだろうか。

実際、私は障害のある人を見て「かわいそう」とか「気の毒だ」と思っていた。何をやるにも他人より遅れて大変だろうし、恥ずかしいこともきっとたくさんあるだろうと思っていた。でも、小学五年生の時から、その考えは変わっていった。考えを変えてくれたのは、クラスメイトだった子とそのお父さんだった。学級編成をしてすぐの、四月のある日、私はその友達のY子さんの家に遊びに行った。玄関を開けるとすぐにY子さんが出迎えてくれた。そのすぐ後からもう一人私を迎えてくれた人が現れた。Y子さんのお父さんだ。その瞬間、それまでにこにこ笑っていた顔がすうっと強張っていくのを感じた。なぜなら、Y子さんのお父さんは、「車椅子」に乗っていたからだ。身近にこんな人がいたなんて。とてもショックだった。私は、怖さと悲しみによってあふれてくる涙を必死にこらえていた。もともと、お父さんの足は動いていたらしい。その頃は、何の不自由もなく暮らしていたという。

お父さんが働いている会社は、ロシア連邦などの海外との取り引きが盛んであり、国際的な会社であった。そのため、よくロシアに出張していたらしい。毎日の生活に何の障害もなかったという。しかし、お父さんは仕事中に事故にあってしまった。幸いにも命は助かったけれども、お父さんの足は、下半身麻痺によって全く動かなくなってしまったのである。その日から、友達の家は障害との戦いだった。今までは自由に体を動かせたのに、もう足は動かない。慣れない車椅子での生活。本当に大変だったことだろう。Y子さんにとっても大変だったようだ。お父さんのことでよくばかにされたという。分別がつかない幼い子供の残酷さというものを感じないではいられなかった。でも、Y子さんは笑って、「お父さんを恨めしく思ったり、またかわいそうと思ったりしたことは一度もないよ。不思議に思うかも知れないけれど、私のお父さん、毎日楽しそうに輝いて見えるんだもの。」と,こう言ったのだ。

会社に行けなくなったお父さんは、家での仕事をするようになった。ロシアから輸入された物を翻訳しているのだ。

私たちの生活の中にあふれている英語よりもずっと聞きづらく、とても難しそうなロシア語をいとも簡単に訳してしまうお父さんの姿に圧倒されてしまった。また、ロシアでのお父さんの友達や仕事仲間が数多く家を訪れるようになり、家の中が以前に比べてとてもにぎやかになったという。そんな暮らしがY子さんの笑顔の源であったのだ。このお二人のおかげで、こんな考えにたどり着くことができたのだ。

今、世界中のいたるところでとても苦しんでいる人たちがいることだろう。でも、決してマイナス思考になってはいけない。困難と思っていたことをプラスに考えることだ。そこはもう苦しみからの出口なのだから。大小の違いこそあれ、誰しも障害にぶつかるときがあると思う。しかし、だからといって、めそめそ弱々しく生きることはない。それを乗り越えようとする気高い態度が大切なのだ。

周囲の人たちは勝手に他人を普通か普通でないか判断し、ばかにしたりして苦しませている。いったい、どういう人が「普通」なのだろう。私たち一人一人に個性というものが確かにある。たとえ足が動かなくとも、その人にはそれ以上の個性があってまぶしく輝いているのだ。その輝きの大きさをうらやましく思い、そのような人を踏みにじる者がなんと多いことか。一生懸命生きていない証拠だ。私は、一生懸命生きたいと改めて思った。目の前にハードルがあろうとも、そのハードルが自分の能力以上に高かろうとも真っ正面からぶつかっていきたいと思った。

世界中には「普通」の人はいない。一人一人に輝くものがある。六十億人の中に、一人だって必要のない人間はいないのだ。私たち誰もがそう思えたら、この世にあるたくさんのいじめも差別もなくなるのだと思う。

あの日、車椅子のお父さんを見て抱いた恐怖とはいったい何だったのだろうか。もしかすると一生懸命生きていない弱い自分への恐怖だったのかもしれない。

Y子さんやY子さんのお父さんに負けない素敵な笑顔ができるよう気高く生きていきたい。確かな輝きを放ちながら……。

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