秋田県人権啓発活動ネットワーク協議会
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平成15年度最優秀賞 秋田地方法務局長賞 父と母の娘として思うこと

天王町立天王中学校三年 柏谷 美代子

変わりつつある現代。機械化し,ボタン一つでものごとが進んでいく便利な社会の中で,私たちは豊かに生活しています。みんなが幸せに生きられるようにということで,障害者への理解も深まり,「福祉」という言葉があちこちで聞かれるようになってきました。

私の父,母は障害者です。耳が不自由で日常生活は手話での会話です。

このごろ会話の話題が,親子の日常会話から離れて,一人の人間として障害者である事をどう受けとめているか,ということに及ぶようになりました。父は昔は障害者である事をバカにされたと言っていました。耳が不自由なので会話はもちろん手話です。友達と手話のやりとりをしていると,もの珍しそうに周りから見られたり,こっちを見ながらひそひそ話しをしていたり,スーパーではおつりをわざと出してくれない事もあったそうです。

これは完全なる障害者への差別です。昔は手話の存在があまり知られていなかったらしく,理解してもらえない苦痛をとても感じていたそうです。でも今は時代が変わって,手話を多くの人が知り,理解しつつあります。最近では小中学校に手話をとり入れた授業もあり,そのことによる差別をあまり感じなくなったと言っていました。

しかし,まだまだ障害者への差別はあります。日常生活のささいな場面で,苦痛を味わい,辛い事をされた人がきっといることでしょう。障害のために時間がかかったり十分な目的が達せられない苦しさを何度も感じられていることでしょう。にも関わらず,一生懸命生きている方たちをすばらしく思います。他の人よりも何倍の勇気と心の強さを持っています。自分の親をみてもそうです。何があっても必ず,「私は障害者だから」という理由づけはしません。むしろ,自分たちは障害を持っていないかのような顔をします。その姿がとてもたくましく,力強く感じられます。私はそういう親の姿を誇りに思います。

しかし,手話にも切実な思いがあります。私の家庭内での手話には色々な想いがまじっています。会話をしていてもどこかで詰まります。それは,なかなか自分の気持ちや想いを伝えられないからです。手話とは簡単そうでとても難しいものです。相手と相手の目を見なければ会話は成り立ちません。何よりも会話の中の想いをつかむことが理解しにくいのです。私たち若者と親にあたる世代には考え方のギャップがあります。簡単に略された言葉を使うと,親には理解してもらえません。小さなやりとりで誤解を招きケンカになってしまうこともあります。普通の家庭では経験することがないでしょう。一生懸命伝え合いをしているのに通じない心に,傷つけられたり,傷つけたり,とても辛く感じられることもあるのです。

その一方で,手話には素晴らしい点がいくつもあります。友達の話を聞いていると学年が進むにつれ,親との会話時間が減り接する態度が変わったということです。口で話すのは簡単で,相手の目を見なくても会話は成り立ちます。必要であればいつでも話ができるということで,かえって会話の時間が減少しているのではないでしょうか。

一方,手話の言葉は,漢字そのものを手で表します。相手の目を見ながら相手は何を伝えようとしているのか,顔の表情で会話するものです。これによってコミュニケーションが促進し,一般の人には味わえないようなものを得る事が出来ます。私は毎日,父と母と表情交換し合いながら生活しているのですから幸せなのかもしれません。

「障害者」「健常者」この言葉では使い分けたくありません。私はこれこそ,大きな差別用語だと考えています。

辞書を引くと障害者の意味は,体が不自由なことと書かれていました。たとえ五体満足な人であってもどこかが,不自由で悩んでいます。泣き虫な人は泣く障害。すぐキレてしまう我慢出来ない障害。人に頼ってばっかりの頼る障害。考えてみると,たくさんの障害を私たちは持っているのです。

人間は顔も体も性格も違うし,個性を持った生き物です。今,差別は減りつつも,完全に消え去ったとは言えません。そんな世の中が少しずつ変化を遂げ,障害を個性と受け入れるようになり,全ての人が幸せな毎日を送れる日が一日も早く来ることを望みます。

最後に私は耳の不自由な父,母から生まれましたが,とても幸せです。もし,夢が一つ叶うならば,父,母の耳が聞こえるようになって,私の声を聞かせてあげたいという思いがあります。そして,私の声で「お父さん,お母さん,ありがとう。」と言いたいのです。

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