秋田県人権啓発活動ネットワーク協議会
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第30回全国中学生人権作文コンテスト 秋田県大会最優秀賞 
秋田地方法務局長賞
本当の幸せ

横手市立平鹿中学校 3年 佐々木 啓太 (ささき けいた)

今年の夏、盆を迎える準備の時、回る灯籠の電球を取り替えるように祖母に頼まれた。取り替えが終わり、くるくると回る灯籠を見ながら、二年前に亡くなった曾祖母のことを思った。

僕は、いつも一緒だった曾祖母のことを親しみを込めて「ババ」と呼んでいた。今、思い出してみても兄弟の中で僕のことを一番かわいがってくれていたんじゃないかと思うくらいだ。ババはある夜、トイレに行く際に転倒し、足を骨折してから寝たきりになってしまった。それ以来祖母がババの介護をするようになった。二年前の入学式の朝、既に寝たきりだったババのそばに行き、袖を通したばかりの制服姿を見せた。ババは笑顔で「よく似合うよ。」

と言ってくれた。少し恥ずかしい気もしたがとても嬉しかった。それは、ババの笑顔がとても嬉しそうだったから。その二か月後にババは他界した。その笑顔は、亡くなる前に僕が見た最後で最高の笑顔だったように思う。大正生まれの気丈なババだったが、時々「みんなに迷惑かげで。オラな早く死ねればいい。早く死にででー。」

と言い涙をこぼしていた。それはベッドの上で人の手を借りなければならないもどかしさや情けない気持ち、申し訳なさに時々見舞われていたからだろう。

介護をしていた祖母が、一番苦労していたのは、おむつを替えることだったようだ。毎日、一日に何度も取り替える必要があり、交換したおむつがかさばっていく。何十キログラムという重さのおむつをゴミに出しに行くのだって大仕事だっただろう。ババが亡くなった時、「もう少し丁寧に介護してやればよかった。」

と言いながら祖母が泣いていたことを母から後になって聞いた。

「どんなに尽くしても、死は人を悲しませて『あの時こうすればよかった。』と自分を責めてしまうものなんだね。でもババは幸せだったと思うよ。啓太はどう思う。」

と母に聞かれ、一瞬言葉に詰まった。まだそこまでババの死を深く考えていなかった。祖母が泣いていたのは、ババを失った悲しみだけでなく、もしかしたら、週に一度のディサービスを利用していたことを悔やんで、最後まで自分で面倒を見てやればよかったと後悔していたのだろうか。その時僕にはよく分からなかった。

介護は見ているだけでも大変さが伝わってくるが、実際は、やってみた人にしか本当の大変さは分からないことだと思う。祖母が介護していた頃、朝から晩までババのことを考えているようだった。祖父母は農業をしているため、それにも手をかけなければならなかった。それが祖母のストレスとなり、たまにババに大声であたる日もあったような記憶がある。思っていた以上に体だけではなく心にも負担がかかっていたのだろう。家事・農作業・介護に大忙しで自分の休憩時間や趣味を楽しむ時間なんてほとんどなかっただろう。それを思うと、僕も何か手伝って祖母の負担を軽くすることができたのではないかと、今更ながら後悔している。そして、それと同時にがんばり屋の祖母を尊敬している。

そんな祖母を見ていて、介護する側にとって、ショートステイやディサービスなどの介護施設を利用することも時には必要なことだったと思う。しかし、そういった介護施設を利用することは、なんとなく介護を放棄しているように思って敬遠してしまう人がまだいるのかもしれない。でもそれは違うと思う。

僕は一年生の夏にグループホームでボランティアをしたことがある。納涼祭の準備を一時間ほどして、中で休憩することになった。中に入ると、たくさんの入所者の方が久しぶりに孫に会ったかのような目をして笑顔で迎えてくれた。僕は何を話していいのか分からずただ立ちつくすだけだったが、ヘルパーさんは一人一人に話しかけていて、しかも話題を変えてその人に合わせて話をしていた。僕は驚いた。でもそれがプロの仕事だと思った。このような介護のプロがいる施設で過ごすことも幸せなことなんだと感じた。

日本にはまだまだ高齢者施設が足りない状態で何人もの人が入所を待っている状況らしい。社会全体が高齢化社会である現在、もっと施設を増やす必要があるのかもしれない。そして施設を利用することは、介護する側もされる側も、どちらも幸せに過ごせる社会、生活づくりのために不可欠なことだと思う。高齢者に、豊かな老後を過ごすという人権があると同じように、祖母のような介護をする人にも人権があることを忘れてはいけない。人としていつでも豊かさを持って輝いた人生を過ごせるように。

ババが最期の時を迎えたとき、ババは幸せだったのかな。くるくると回る灯籠の灯りを見ながらババのことを思い、手を合わせた。

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