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愛媛県人権啓発活動ネットワーク協議会
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楽しく生きられる権利を

今治市立日吉中学校 1年 本田 大輝

「ごめんください。手紙と花を持ってきました。」

僕が小学校の時、自分の住む地域の独居老人の家に、グループで手紙と花を届ける学校行事がありました。僕たちが訪ねた家では、八十歳過ぎのおばあちゃんが一人で住んでいました。僕たちの声が聞こえたのか、背中の曲がったおばあちゃんが、奥からゆっくりとした動作で出てきました。最初は、不思議そうな顔をしてこちらをじっと見ているので、もう一度大きな声で、「手紙と花を持ってきました。」と言うと、やっと僕たちが来た目的がわかったのか、丸い顔をくしゃくしゃにして、こちらまでうれしくなるような笑顔を見せてくれました。そして突然、「あ、ちょっと待って。」そう言って奥へ入ると、両手に何かを抱えて出てきました。あいかわらず、顔はにこにこしています。「みんなが来たら、花のお礼に渡そうと思ってね。」そう言って、差し出したしわくちゃの両手には、小さなお手玉が僕たちの人数分ありました。予想もしてなかったことなので、僕は少し驚いて、あわてて、「あ、ありがとうございます。」とお礼を言って受け取りました。よく見るとお手玉は、縫い目がふぞろいで、着物の布を使った、見るからに手作りという感じの物でしたが、なんだかとても温かい感じがしました。「あのうこれ。」そう言って僕は、手紙と花を差し出しました。するとおばあちゃんは、目を大きく見開いて、「まぁまぁ、きれいな花。ありがとね。ありがとね。」そう言いながら、まるで宝物でも戴くかのように、自分の頭の上まで持ち上げながら、それを両手で受け取ってくれました。「これで失礼します。」僕たちはそう言って、その家を出ました。

みんなの一番後ろにいた僕は、ちょっと気になったので、もう一度振り返ってみました。すると、おばあちゃんは両手で花を持ったまま、玄関の外まで出てきて、笑顔でずっと僕たちの方を見つめていました。その笑顔が僕には、ちょっぴりさびしそうに見えたので、思わず僕は、ぺこりと頭を下げました。するとおばあちゃんは、笑顔のままで、何度も何度もうなずいてくれました。

家に帰ってからも僕は、あのおばあちゃんの笑顔が頭から離れませんでした。

『もう少しおばあちゃんの所にいてあげれば良かったかな。でも次の家にも行かなくちゃいけなかったしな。おばあちゃん、いつも家で一人ぼっちなのかな。家族の人とかは、時々は訪ねて来るのかな。』
僕は寝転がったまま、そんなことを考えながら、おばあちゃんにもらってみんなで分けて、ひとつだけになったあのお手玉を、ポンと放り投げました。お手玉は小さく弧を描いて、僕の両手にすっぽりおさまりました。そのたびに手の平で感じる、小さなお手玉の重みが、なんだかおばあちゃんの命の重みのようでした。僕はおばあちゃんと、言葉のない会話をするように、幾度となく放り投げては、おばあちゃんの命の重みを手の平で感じていました。

そして、ふと思いました。『あのおばあちゃん、さびしくないのかな。長生きして良かったって思ってるのかな。』そんなことを考えていると、なんだかおばあちゃんが、社会のすみっこに追いやられているような気がしてきました。

もしかしたらそれは、僕の思いすごしで、毎日とても楽しく暮らしているのかもしれません。それでも年をとっているので、転げたりしてけがをしたら、とか病気になっても連絡ができなかったら、等と、いろいろな心配がわいてきました。

『お年寄りたちが、はじけるような笑顔を出せる社会になるといいな。長生きして、本当に良かったって思える社会になるといいな。そのために、僕たちにできることはなんだろう。』

しばらく考えてみましたが正直まだよく分かりません。でも人権という言葉に、人が生きるという権利が含まれるのなら、ただ単に生きているだけでなく、楽しく生きられる権利でなければ意味がないと思うのです。次の世代を生きる僕たちの宿題は、お年寄りたちの笑顔が、今よりもっともっと増える社会をつくっていくことだと思います。

そのためには、人生や経験も含めて、僕たちはお年寄りのことをもっと知らなければならないし、お年寄りとの交流の場を広げていくことが必要なのではないでしょうか。そんなふうに考えていると、あのおばあちゃんの顔がだんだん大きくなってきました。

『そうだ、明日もう一度、あのおばあちゃんの家を訪ねてみよう。』
その時僕は思いました。

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