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福井県人権啓発活動ネットワーク協議会
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各種行事

中学生人権作文コンテスト 最優秀賞 福井地方法務局長賞(中央大会奨励賞)

僕の夢

敦賀市立松陵中学校 2年 原田 幸汰

僕の夢・・・。やっぱり間違いない。

"僕は絶対リハビリの先生になる。"

僕は小さい頃からなぜか、車椅子に乗った人、目の不自由な人、体は成長していても心が子供のままの人、そんな人との交流がとても多かった。車椅子を押したり、手をひいたり、自然としていたと思う。今でもそうだ。"自然"が大事なんだ。

小さかった僕は車椅子に乗っているおじさんをかっこいいと思った。母が連れていってくれた会場におじさんがいた。細いタイヤで色んな色が入ったピカピカのタイヤのついた椅子に乗ってものすごいスピードで走ったかと思えば、キキーンとブレーキをかけて前部を上げて後部だけでその椅子をストップさせる。まるでサーカスを見ているようだった。でも、いつまで経ってもおじさんは、そのピカピカの動く椅子から降りようとしなかった。小さかった僕は、不思議で不思議で、でも何故かおじさんには聞いてはいけない気がした。母にコソッと、「なんで椅子からおりないの?」と聞くと「おじさんに聞いてみなさい。」と言った。「いいの?」母はだまってうなずいた。はっきりどういう言葉で尋ねたかは覚えていないが「おじさん、どうして椅子からおりないの。」こんな感じだったと思う。でも、それからの記憶は鮮明に覚えている。

ニコッとおじさんは笑って、こう言ったんだ。「おじさんね、若いお兄ちゃんだったときにね、交通事故にあってね。首の骨を折ってね、足が動かなくなったんだよ。ほら。」と言って僕の手を、おじさんの足にのせてくれた。「細いだろう。でも、温かいだろう。動かないけど、大切なおじさんの宝物。」「うん。」「足が動かないから、どこへも行けないだろう。だからおじさんは、タイヤがついた、この車椅子に乗って移動するんだよ。車の運転だって出来るんだぞ。」「へえー。」ただただびっくりしたことを覚えている。交通事故で首をケガしたのに足が動かなくなること。足が動かないのに車を運転できる事。僕は不思議でいっぱいになった。

その日の夜だったと思う。一冊の本と一緒に母が僕の横に座った。とってもきれいな花の絵が書いてある本だ。今でも我が家の本棚に並んでいる。「星野富弘・筆をくわえて綴った生命の記録」

「この写真見てごらん。」そこには口で筆をくわえてねながら絵を書いている星野さんの姿があった。「この人も今日のおじさんと一緒。首の骨をケガして、足が動かなくなった。足だけじゃなく手も動かない。動くのは首から上だけ。それでも動かせる体の場所を一生懸命使って生きている。絵も描いてる。でも、ここまで来るには本当にいっぱいいっぱい泣いて頑張って頑張って生きてこられたんだよ。」

首の骨を折るとどうなるのか、どんな気持ちになるのか。その本を通して学んだ。

それから僕は何冊も本を読んだ。事故で体が不自由になった人、生まれつき障害を持っている人、色んな人の本を読んだ。家には何冊もあった。読んでいく中で僕は「リハビリ」という言葉に何度も触れた。事故や生まれつき無くした体の一部を残された部位で補う。手を失った人は足がある。足も手も失った人にも口がある。言葉で書くと簡単すぎてつらいけど、本当にそう思える自分がいる。だから僕はリハビリの先生になりたい。残された所を最大限に生かしていけるように僕が手伝いたい。

そして、もう一つ、つらいつらい心を温かくともしていけるお手伝いをしたい。僕は本当に有難く五体満足で病気もあまりしない。だから本当のつらい気持ちは分からないと思う。でも分かろうとする事は出来る。体と心の回復を手伝えるリハビリの先生になりたい。そして、僕が小さい頃不思議に思ったことをそのままおじさんに伝えたように、体が不自由な人、心が子供のままの人、みんなに自然にふれ合いたい。小さい僕に教えてくれた母が、今も言う。

「私も昔、義手の人と出会ったことがあって、どうしてこの人はみんなと違うのかと思った。聞こうとしたら止められた。聞いちゃダメ、失礼でしょって。だからずっと手のことには触れなかった。大人になって、聞いていい?って彼女に聞いたら、アハハハって笑って「すぐ聞いてくれたら良かったのに。変に気を遣われる方が嫌だって。それが自然で平等ということ。」

僕の家に体の不自由な人の本がいっぱいあったこと、障害を持った人と出会えてたこと、父母が作ってくれた必然を大事に、僕は夢をかなえる。夢をかなえることはいつも自然で平等なリハビリの先生。そういう人になること。

僕の夢、リハビリの先生。やっぱり間違いない……。

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