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福井県人権啓発活動ネットワーク協議会
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各種行事

中学生人権作文コンテスト 特別賞 福井県教育委員会賞

もっと知ってほしい

永平寺町松岡中学校 1年 川 満 真尋

自分は、四人兄弟で二人の兄と妹がいる。その中で長男と妹は障がい者である。結構、重度の障がいで歩けないし話せない。障がい者といったら、外見にも影響がある人だと思っている人が多いだろうと思うが、中には驚くほどかわいい人もいるし、何より外見だけで離れていかないでほしい。自分が今まで会ってきた障がい者の方達は皆、優しくて明るい人達ばかりだ。ある人は演歌がすごく上手で何回も聴かせてくれたし、ある人は年上で、一人でいる私と一緒に遊んでくれた。皆、いい人なのに私の周りの人達は彼らを特別な目で見ている気がする。

家に友人を招待する時がある。何度も来た事がある人はいいのだが、やはり初めて来る人は、兄や妹を見て顔をゆがめる事がある。そして、

「かわいそう。」

と言うのだ。この時が一番つらい。言った人は、悪気は無いのだろうが何だか気持ち悪い。うまく言えないが、自分は、かわいそう、とは思わない。確かに自分の意思が伝えられなかったり、歩けなかったりするのは不便だとは思うが、毎日学校に行って友達や先生と遊んで色々な事を学んでいるし、いつも楽しそうに笑っている。何より、私達家族が誰よりも彼らを愛している。だから決して〈かわいそう〉などではない、と自分は思っている。

普段、普通にスーパーなどに兄達をつれて行くと、バギーに乗っている彼らをジロジロ見てくる人がいる。それだけならまだいいのだが、見た後に一緒にいる人とヒソヒソ話しているのが目に入る事がある。こんな時代でなければ、殴りかかって文句を言ってやる所なのだが、そんな事をしたらこっちが悪者になってしまうので抑えている。やはりそんな反応をされたら、悲しいしつらい。世の中にはそれがつらくて我が子を外に出さない親だっているのだ。これを聞いてひどい事をする、と思う人がいるかもしれない。その〈ひどい事〉をする原因は自分達にあるのかもしれないのに。もっと、自分がしている事がどれだけ人を傷つけているか考えてほしい。これも、悪気は無いのだろうが、もっと考えて行動してほしいと自分はこんな時思うのだ。

自分は時々考える。急に事故とかで歩けなくなったり、話せなくなったりしたら自分はどうするのだろうと。やはりノイローゼになったり、うつ状態になったりするのだろうか。私には、それでも明るく生きていく勇気なんて無いなと思う。いつも人に嫌われるのを怖がって強がって、限られた人の前でしか素直になれない私には、そんな状態に陥って明るく生きていくなんて無理だ。そういう点から見たら、障がい者の方達はなんて強いのだろう。そういう点から見たら、自分達なんかよりずっと強いのかもしれない。むしろ、その強さに私は憧れるのだ。

どこか他の国では、障がい者の事を「チャレンジド」と呼ぶらしい。〈色々な事に挑戦する使命を与えられた人〉という意味でそう呼ぶのだ。もし、そんな考え方が世界に広がったらどうなるのだろうか。障がい者の方達は、「障がい者」ではなく「勇者」と呼ばれるようになるのかもしれない。たとえそう呼ばれなくても、皆がそう考えてくれたら私はうれしい。

彼らはいつも優しくて、明るくて、かわいい。そして強い。自分が他の皆と違う事を理解し、受け入れて、それを自分の個性だと考え、明るく生きている。こんなに良い所ばかりなのに、周りの人がなぜ差別をするのかが分からない。ほんの少し自分達と違うだけで、なぜ遠ざけられるのかが分からない。一部の人は違うのだろうけれど…。この一部が全部になる事を私は望んでいる。いや、私だけでなくこの世界の中で彼らの優しさ、明るさ、強さを理解してくれている全ての人が望んでいる事だと思う。

ただ私は、彼らをもっと見てほしいだけなのだ。これまで言ってきたように、外見だけで離れていかないでほしい。そこで離れてしまったら何も分からない。彼らは美しくて強いという事を本当に知ったら、考え方は変わるはずだ。皆、離れた所で見ているばかりで中身を見ようとしないから、勝手に自分の中でイメージを作りあげて偏見が生まれるのだ。

結局、最後まで言いたい事はうまくまとめられないが、少しだけでも、近づこうとすれば彼らの中にたくさんの魅力を見つけて、考え方を変えられるはず。それだけでいい。それだけで、たくさんの人が今よりもっと幸せになれる。

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