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福井県人権啓発活動ネットワーク協議会
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各種行事

中学生人権作文コンテスト 特別賞 福井新聞社長賞

「その人らしい生き方を支える社会とは」

福井市成和中学校 3年 谷 川 唯那

今年の三月十一日、東北地方太平洋沖地震が発生しました。この大地震では私が生活している福井県福井市も揺れました。震度は三。地震が起こった時、私は学校にいて友人と話をしていて揺れには全く気がつきませんでした。担任の先生が

「大変なことになっている。」

と言って教室のテレビをつけて下さいました。画面には今まで見たことがない、そこが陸地なのか海上なのか、とにかく何が何だかよくわからない光景が映し出されていました。私は言葉を失いました。

家に帰ると、テレビではこの大地震のことを全面的に伝えていました。民放はコマーシャルが一切流れず、刻一刻と明らかになる悲惨な状況を絶え間なく伝えていました。火災が発生、死者、行方不明者多数、繰り返す余震、津波・・・地獄のような、でも全て事実です。

私には東京に住んでいる祖母がいます。東京は震度五で、死者が出たとテレビのニュースで知りました。私は心配になって、祖母に電話をかけたり、メールを送ったりしましたが、なかなか連絡が取れませんでした。やっと電話がつながったのは夜。いつもは元気いっぱいの祖母から

「今まで体験したことがないくらいに揺れたのよ。もうダメかと思った。家の中は扉という扉が全部開いて、物が落ちて大変だったのよ。まだ余震が続いていて気持ちが悪い。今夜は眠れそうにない。・・・。」

と弱気な言葉が次々と出てきました。私は祖母を抱きしめてあげたくなりました。でもそれは叶いません。それでも祖母の声を聞くことができてホッとしました。祖母も少し落ち着いたようで、

「電話をくれてありがとう。唯那さんの声が聞けて嬉しかったわ。ありがとう。ありがとう。」

と何度も「ありがとう」と言ってくれました。

現在、一人暮しをしているお年寄りが日本中にたくさんいます。そのうえ人間関係が希薄になっていて、隣に住んでいる人の顔を知らない人も少なくありません。今回の大震災で身元がわからなかったり、引き取る人がいない高齢者の遺体があったりしたのも、これらが原因かもしれません。また、一緒に暮らしていても家族と会話がなく、ひとりで食事をとるお年寄りもいると聞きます。人にはそれぞれ事情があるのでやむを得ないのかもしれませんが、これらは非常に寂しいことだと思います。

私の祖母は七十四才。祖父が亡くなり今は一人暮しです。祖母は和紙絵の先生です。素敵な作品をたくさん生み出しています。また洋裁が得意で、私にオンリーワンの洋服やカバンなどを作ってくれます。さらにお料理の天才でもあります。私の自慢の祖母です。

「いくつになっても個性や能力を発揮できる場がある人は幸せだね。」

と祖母と同世代の人達は祖母をうらやましがります。でも私は思います。祖母だけではなく、年を重ねてこられた高齢者の方々は経験が豊富です。だから、例えば、戦時中のことや戦後の復興、高度経済成長期の話、地域の伝承料理、そして、祖母のように技術がある人はそれを、地域に住む人、私達孫ひ孫世代に教えて下されば良いのになと。そのためには地域が高齢者を「受け身の存在」として扱うのではなく、「共に生きていく仲間」としてとらえれば良いのではないかと思います。誰でも年をとります。年齢を重ねれば体力は衰え、ひとりでは出来ないことも増えていきます。寝たきりになってしまう場合もあります。そんな高齢者を家族や地域は、邪魔者扱いしたり差別的な態度で対応するのではなく、愛をもって共に生きていくべきなのではないのでしょうか。

日本には高齢者のために老齢年金や介護保険などの社会保障制度があります。しかし、さらに制度を整備していかなければ高齢者が安心して暮らすことが出来ません。でも、もし、しっかり整備されたとしても、社会保障制度は金銭面のサポートであり、心のサポートではないような気がします。高齢者が安心して暮らすためには、当然「愛」が必要なのです。

社会システムが整い、同士の絆が深まれば、高齢者だけではなく、全ての人が穏やかに生活できる社会になるはずです。今後日本はますます高齢化が進み、二〇一五年には四人に一人が六十五歳以上になるというデータもあります。二〇一五年、私は十九歳。世の中を動かす力はまだない年齢ですが、私は全ての人に愛をもって接し、人間が人間らしく一生を送ることができる社会をつくりたいです。

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