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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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最優秀賞 全国大会奨励賞
「思いやりの心」

須賀川市立第三中学校一年 古河 有梨

「何で、 あんたがこのクラスにいるのよ。」
「ほんと、 ほんと。」
「いやになっちゃう。」

こんなことばを、 興奮気味に、 友達に投げつけたことがある。 実は、 演劇のせりふである。 いじめにあった少女の一生を描いた 「私のいもうと」 という物語で、 実際にあった話だ。 転入してきた主人公 「いもうと」 は、 学級になじめず、 いじめにあった。 悲劇的なことに 「いもうと」 は、 何も口にしなくなり、 話すこともできない人形のようになったまま、 高校生ほどの年齢で亡くなってしまった。

この演劇で、 忘れられないシーンは、 いじめにあっている 「いもうと」 の家庭でした。 夜、 一人ですすり泣きながら、 家族との楽しかった日々を思い出して、 鶴を折り続ける母、 悲しみの涙をこらえる姉、 黙り込む父。 台本を読んだだけでさえ、 ほっておけない気分になり、 なんとかならなかったのだろうかと、 くやしさで胸がいっぱいであった。 この物語を演じたことで、 私の 「いじめ」 に対する関心と、 理解が深まり、 そして人との接し方にも、 気を配れるようになったと思う。

今、 こんなことが日常生活の一部になろうとしている。 新聞、 雑誌に目を向ければ 「いじめ」 という文字はたびたび目に止まる。 そして、 それは私の身の周りでも、 いつでも起こりうることである。 決して脚色された演劇ではなく、 現実の今の生活の中でも起きるだろうし、 小学校の時にも起こっていて、 私は、 気にしている体格や顔などに対して悪口を言われた人や、 言われたことで悩んでいる人達を見てきた。 そういうことが起きたとき、 私達はそのままにせず、 みんなで解決しようと努めてきた。 小学校でも、 学級で話し合いを何回も行った覚えがある。 そのような話し合いの中では、 いつも 「人を思いやる」 という言葉があげられていた。 そして、 「やっていいことと、 悪いことを考えて行動する」 と結果的にはまとめられていた。 その頃の私は、 その二つには、 どうも、 はがゆさを感じていて、 もっと違う対策はないのかと思っていた。 しかし、 最近私は、 やっぱりどんな対策を立てても、 根本には 「人を思いやる行動」 につながっていかなければならないと、 考えさせられた。 そして、 それが生活の中のルールであると思うようになった。

私が、 小学校五年生の頃から 「総合学習」 が行われるようになった。 六年生の頃の課題は 「福祉」 で、 老人ホームや養護学校を何度も訪問した。 施設の人に何をしてあげれば良いのか、 何をしてはいけないのかと、 今まで特別に考えたこともないようなことを必死に考えたり、 また、 実際に訪問しての苦労したことや、 反省したことなどが、 よく頭に残っている。 その中でも、 「何をしてはいけないのか」 ということについては、 一番大変な苦労をしたなあ、 と、 今でも思う。 老人ホームで、 よかれと思って車いすを押してあげたが、 喜んでくれる人と嫌がる人がいて、 なぜなのかと話し合ってみたが、 結論に至るまで、 ずいぶんと時間がかかった。 話し合った結果、 「お年よりにも、 個人個人のプライドがあり、 何でも自分でやりこなそうとする人もいるからだ」 ということになった。 やはり、 お年よりだから、 車いすだからと、 特別視してはいけないのだと、 深く実感した。 また、 養護学校では、 同じくらいの年の人と接した。 一緒に歌をうたったり、 工作をしたりした。 でも、 やってあげすぎたり、 押しつけすぎないように気を配るのも大変だった。 しかし、 合唱を聞かせてあげたり、 一緒にお話をしたりして、 施設の人がとても喜んでくれて、 私は、 とてもうれしかった。 そのおかげで今は、 前以上に、 人とのつきあい方、 ふれ合い方を理解できるようになったなあと思った。

人と人とのつき合いには、 「思いやる」 ということが大事である。 それが互いにできたとき、 いじめや差別がなくなり、 楽しい生活ができるものと思う。 現に今、 身近に、 学校になじめず登校できない人やきらわれている人もいる。 それらの身近な仲間に対して、 どのように接していったらいいのかが私の課題である。 思いやりの心をどう表現し、 伝えたらいいのか、 ということは難しい。 しかし、 行動に移さなければ、 このいじめ問題は解決できないだろう。 私は、 人と人とのふれ合いを大切にし、 自分自身が更に成長できるよう努力していきたいと思う。 そして、 いっそう、 いじめに対する自分の理解を深め、 「いじめ」 や 「差別」 がなくなる日を夢みたいと思う。

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