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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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優秀賞 「人間らしく生きる権利」

大熊町立大熊中学校一年 渡邉 貴紀

最近、 アメリカで多くの一般市民を巻き込んだ無差別殺人的テロリストの死刑執行生映像が、 その遺族に限定して公開された。 非常にショッキングなニュースである。 アメリカ本国でも 「賛否両論」 さまざまな反応があったようだ。 賛成にしても反対にしても、 その根本となる考えの核は 「人権」 という問題にある。 僕は改めて 「人権」 という言葉の意味を調べてみたくなった。

「人権」 を辞書で引くと、 「人間としてだれでもが共通に持っていて、 他の人がおかしてはいけない権利」 と記してあった。 なるほどと思ったのは、 『だれでもが共通に』 という点だ。 いかなる罪を犯した人でも、 平等に人権は護られることがわかった。

しかし、 人間には感情がある。 どうしても許せないと思う心を、 おさえきれない状況だってあるはずだ。 前述したアメリカの特殊な例に関して言えば、 遺族の人達の強い怒りといやされることのない深い悲しみを考えた末、 二度とこのような悲惨な事件が起きないよう、 いましめの意味も込めて実行されたのではないかと思う。 確かに、 被害者側に立って考えれば、 これもひとつの心の整理につながるのかもしれない。 だから僕も、 本音では否定しきれないものがある。 でも、 僕は 「死刑」 自体は反対だ。 なぜなら、 凶悪殺人も暴力であり、 死刑もまた暴力だからだ。 暴力を暴力で制しても社会は本当に良くなっていくのだろうか、 僕はそうは思わない。 もしも、 絶対に許せない罪を犯してしまったなら、 一生刑務所の中からは出さずに、 その犯した罪に対して考え、 反省し、 立派な人間への更正をしながら、 その命ある限り永遠に、 被害者へのつぐないをしていくべきだと思う。 その方法も考えればいろいろあるはずだ。 とにかく、 人間が人間の生命を意図的に奪う事は、 いかなる理由があってもしてはいけないことだと思う。 僕は、 それが究極の 「人権」 だと思っている。

それから、 身近な問題としての 「いじめ」 も、 深刻な人権しん害だ。 最近、 大平光代著 「だからあなたも生きぬいて」 という本を読んだ。 著者は、 中学二年の時にいじめを苦にして自殺を図る。 その後非行に走り、16歳の時極道の妻となり、 背中に刺青まで入れる。 人間としてどん底の著者に、 ある転機が訪れる。 それは、 著者を人間としてもう一度更正させようとする養父との出会いだった。 いじめや裏切りをした友への最大の復しゅうは、 自分がそれをバネに彼女達よりも立派な人間になって、 生き生きと素晴らしい人生を歩む事にある。 著者は、 心の中に、 自ら支えを作り、 もう勉強の末29歳で 「司法試験」 に一発で合格。 現在非行少年の更生に努める弁護士として活やくしている。 どんな逆境にあっても、 希望さえ失わなければ道は開けていくものだというメッセージが込められた一冊だった。

でも、 僕は著者が自殺まで図らざるを得なかった中学時代の陰湿ないじめの実態に言いようのない驚きと、 とまどいを感じた。 もし自分達のクラスにこのようないじめが発生したら、 僕はクラスメイトとして、 また一人の人間として、 どんな行動を起こせるのだろうか。 本当に苦しみ傷ついている友達の心を解ってあげ、 救っていけるのだろうか。 と、 改めて好き嫌いではなく、 人間として身近な人や、 世界中のあらゆる人達との垣根を越えて、 向き合っていかなければならない事を実感した。 それから、 一度だけの人生を他人に左右されるのではなく、 自分らしく生き抜かなくてはならない事を学んだ。 自分に誇りを持ちながらもエゴイストにはならず、 回りの人といっしょに生きる力。 善は善、 悪は悪と言いきる強さ。 僕達位の年齢に達したら、 学校や社会の中でも、 そういう意識を持ち続けていくことが大切なんだということを感じた。

僕達はやがて大人になり、 社会人として社会を支える役割が待っている。 また多くの人が親にもなるだろう。 人間として正しい道を今歩んでおかないと、 大変なことになってしまう。 それこそ自分の子供ですら 「人権」 を無視した育て方になってしまう可能性だって大いにあるのだ。 大人の助けがないと生きていけない小さな命が、 その親にすら愛されず、 せっかん死させられたり、 ぎゃくたいを受けている不幸なケースも少なくない。

今、 社会では、 考えられない事が数多く起こっているのだ。 僕達ひとりひとりがもっと 「人間らしく生きる」 ことへのこだわりを持ち、 学び、 考え、 機会あるごとに、 うったえていかなくてはならないと強く思う。

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