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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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優秀賞 「私たちにとっての 「環境権」」

伊南村立伊南中学校三年 酒井 絵美

私は、15年間伊南村で育ちました。伊南村は山々に囲まれ、その真ん中を伊南川が走っています。私は、現代社会の抱える環境問題の深刻さを知るまで、この自然に富んだ所で暮らしているのがあたりまえのように思ってきました。そして今も、環境問題の進行を知りながらも、いつもそんな事を気に止めることもなく学校生活を送っています。毎朝なにげなく鳥のさえずりを聞き、清流の伊南川を見下ろしながら橋を渡り、澄んだ空気を吸って、あいさつをかわしながら登校する、いつもの日が始まります。

そんな日常の中、私は社会の授業で 「環境権」 という人権を知りました。環境権とは、良好な環境を求める権利として、高度経済成長が進むなかで公害による被害が深刻化してしまったことにより、つくられた考え方です。私は小学校の時に、水俣病をはじめとする公害について習ったことを思い出しました。公害はみな、人間が社会を発展させようとばかりして、あとさきを考えずにつくり出してしまった汚れた環境のために起こりました。きれいな空気や水、住みよい環境は、どれをとっても人間にとってかかせないものです。しかし、それを奪った人間の浅はかな行動の恐ろしさに、私は驚きを押さえられませんでした。

実際に、今でも自然の豊かなところといわれている伊南村も、環境問題と無関係というわけではありません。私は最近、祖父と伊南川のアユについて話しました。アユで有名な伊南川ですが、昔は一人50匹ほど釣れていたのに、今では釣れてもせいぜい10匹程度だそうです。私は祖父に、アユが昔ほど釣れなくなった原因は何年か前に行われた伊南川の工事ではないかと聞きました。すると祖父は、それもある、と伊南川の工事について教えてくれました。洪水を防ぐために行われたその工事は、川幅を広くし川底を深くするものだったのだそうです。そしてそれにより、アユの住んでいた川石がなくなり、アユが住みにくくなってしまったと言っていました。私は、夏場は伊南川のアユに支えられてきた伊南村が、このままでは釣りの客が減り、ますます活気がなくなってしまうのではないかと心配になりました。また人間の都合で社会環境を整えるために、自然が取りかえしのつかない状態にされてしまうのは、とても残念に思いました。

しかし、私はニュースでうれしい出来事を耳にしました。伊南村と同じ奥会津の只見町は、生活の便利さではなく、自然を守ることを優先しました。私はそのことが報道されている時、自分の身近な地域だけに、そのニュースに聞き入ってしまいました。只見町には、日本で絶滅しそうな鳥、イヌワシが毎年同じ所に卵を産みに来るのだそうです。もともとイヌワシは、警戒心が強いため、イヌワシにとって良い環境で卵を産んで育てられるように、只見のダム工事をやめることにしたそうです。私ははじめ、ダム工事を優先するだろうと思っていたのですが、自然を守ろうというその決断にとてもうれしくなりました。人間にとってその時その時の生活は便利になっても、一度失ってしまった自然の動物や環境は二度と戻らないのです。私はこの出来事を良い例として、もっと深く考えていくべきだと思いました。

しかし、私の周りを見ると、環境意識が足りない人々も多くいるように思います。私は夏休みに、家族と旅行に行きました。東京に住んでいるおばに案内されながら歩いていると、公園のような所にあるゴミ箱があふれてゴミが散らばっていました。その横を何事もなかったかのように普通に通り過ぎるおばを見て、私は東京ではよくあることなのかと少し驚いてしまいました。

東京だけでなく、伊南川も近年確実に汚染されてきていると思います。それは、心ない観光客が残していくゴミなどが原因かもしれないのです。

このように、もともとはきれいな空気や水があり、住みよい環境だったところも、生活の便利さや社会環境の発展ばかりにとらわれたり、環境意識が十分に持てなかったりで、毎年多くの自然が壊されていきます。良好な環境を求める権利 「環境権」 がつくられたわけをもう一度考え直し、その恐ろしさを二度と繰り返さないためにも、これからは自然を守るために何かをしなければならない時だと思います。そして、私たちは、社会の授業で習ったことを生かして、自分の身近な地域の環境を改めて見つめていく姿勢が必要だと思いました。

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