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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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優秀賞 「壁を壊す。」

広野町立広野中学校三年 石山 美奈子

私の 「中学一年生」 という記憶は、ほとんど無いに等しい。なぜなら私は、その一年間をほとんど病院で過ごしていたからである。

その夏、私は難しい病名をつけられ、車いすでの生活をしいられるようになった。「精神的なものだから、治る治らないは本人次第だから」 と言われ、とりあえず入院という形をとっていた。このことが私に、「日本のバリアフリー」 を考えさせた一番の理由であっただろう。

バリアフリーというのは、障害者と健常者の壁、すなわりバリアを取り除こう、という考え方だ。だが私がつき当たったバリアは予想に反して厚かった。

その一つは、意外にも 「道路」。歩道と車道の段差は、私がどうあがこうと、一人で登るのは不可能に近い。車いすで歩道へ登るのがこんなに大変だと思いもしなかった。バリアフリーが叫ばれている今だが、障害者の視点でものを見ようとしている人は、案外少ないのではないだろうか。

もう一つは 「目」。人からの視線がどうしても気になってしまう。普通に人を見るような目ではなく、不思議な物を見ているかのような、目で 「車いすなんだ。かわいそう。」 とか、少なくとも私にはそう見えた。私だけじゃない。障害を持ったことがある人なら感じたはずだ。

でも、私は別にそれがショックで、そのことを伝えたいんじゃない。むしろ、こうなることは覚悟していたのではないかと思う。やっぱり自分の中のどこかには、「障害者に優しくすることができますか?」 という、いたってシンプルなこの質問にすら、自信をもって答えることができないあやふやさがある。だからみんなそうなんだと思ったし平気だったけど、辛くないといったらうそになるのかもしれない。辛かった。他人の目がやけに冷たく見えて、自分の人としての誇りとか自信とかが消えていくような気になった。そんな感じがいやだった。

今、あちこちには機械的なバリアフリーが見られる。私は 「生活のしやすさ」 という点では、完璧とはいかないまでも、便利になってきているのではないかと感じている。しかしまだ全国的に、という訳ではないと思う。車いすでの電車の乗り降りや建物に入るときなど、不便な点は数多く残されている。障害をもつ人にとって過ごしやすいとはおせじにも言えない地域もある。でも、それより重大なのは、感情のバリアフリーではないだろうか。自分が経験したことで良く分かった。考え方によっては、目に見えるバリアより、心の中の傷の方が辛いだろう。例えば私は 「シンショウ」 という言葉が嫌いだ。どういう意味合いで使われるのか良く分からないが、軽々しく 「身体障害者」 と言われているのが悔しい。そんな言葉を使う人は、人を馬鹿にできるほどの立派な生き方、誇れる生き方をしているのか、と疑問に思っていた。

そんな入院中、私は一冊の本と出会った。「五体不満足」。ベストセラーとなったこの本には、こんなことが書いてあった。「アメリカでは障害者の存在が日常化している」。道を歩いていてもだれも障害者として意識しない。それが 「普通である」 と。

たいていの日本人は、外国人と違い、障害者を悪い意味で特別視する。嫌な顔をしてみたり、「かわいそう」 と思ってみたり。だけど私は、そういう状態で自分を一度もかわいそうと思わなければ嫌になったこともない。勝手に感情を決めつけて、境界線は引かないでほしい。確かに、全てが健常者と同じ生活を送れる訳ではない。不便だと思う。でも、不便だと不幸なのだろうか。逆に便利だと幸せなのだろうか。人の幸不幸はきっと、そんなことで決められるものではないと私は思う。

私は今、自分の足で歩き学校に通っている。だけど忘れないでいたい。これが 「普通」 と自分で基準を決めつけないことを。私は 「障害者の視点」 に立ったこと、後悔はしていない。むしろ感謝している。こういう考えてみることすらしなかったことを私の中に残してくれたこと、とてもうれしく思っている。大切なのは周りから見たら、どう見てもマイナスとしかとれない部分を、自分の力でプラスにするということだ。

「障害者に優しくすることができますか」 今の私は自信をもって 「はい」 と答えることができる。私達以上に一生懸命生きている人、その人たちのことを尊敬しているから。同じ日本という国に生きていく人達を、もっと認めようと思う。人はみんな違う。ただその違いを外面に出すことになった人がいるだけということを常に思うのが人としての在り方だと思う。

さて、私の答えは 「はい」 だけれどあなたは何と答えるだろうか。この質問に。

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