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福島県人権啓発活動ネットワーク協議会
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優秀賞 「大切なことは…」

いわき市立中央台南中学校三年 渡辺 彩佳

7月28日、今年もピアノの発表会が行われた。開演までまだ時間のあった私は母と話をしていた。しばらくして母が、
「あっあの子、今年は何弾くんだろうね。」
と話しかけてきた。私は気になって、母の視線を追った。その視線の先にいたのは、一人の女性だった。その人の名前はK・Oさん。Kサンも私と同じく毎年発表会に出ているうちの一人だった。

ただ、Kさんと私には一つだけ違うところがあった。それは、Kさんが障害を持っているということだった。

母に聞くと、Kさんは 「ダウン症候群」 という病気だった。ダウン症候群とは染色体異常から、顔つきに特徴があり、身体や知能の発達が遅れたりする病気だ。まだ小さな子どもたちはKさんを見ると、お母さんの陰へ隠れたり、じっと見つめたりとさまざまな反応をする。私も毎年会っているとはいえ、やはり驚いてしまうのは彼らと一緒だった。

そんな中いよいよ発表会が開演し、個人演奏が進んでいった。小さな子どもたちの演奏が終わり、Kさんの出番が来た。一瞬会場が静まり返り、Kさんのお辞儀から演奏が始まった。

Kさんが演奏する曲は、毎年小学校低学年から中学年程度の曲だった。その曲を、何度も間違えたり、途中先生に教えてもらったりしながら演奏する。Kさんの演奏を聞いているお客さんたちは一言も話さず、そして心配そうに見守っていた。今年の曲は少し難しいらしく、Kさんの演奏はまだ続いている。でも一生懸命楽譜を確かめ、そして鍵盤を確かめ、確実に曲を進めていったのだった。私もハラハラしながら舞台上のKさんを見つめていた。

そして数分後、Kさんの演奏が終了した。舞台上のKさんはまだお辞儀をしていないというのに、会場には嵐のような拍手が巻き起こっていた。私の拍手も、知らず知らずのうちに大きくなっていたのだった。その拍手は、Kさんが舞台袖に見えなくなるまで鳴り止まなかった。

私は今回の出来事を通し、改めて障害のある人達の大変さを感じた。五体満足に生まれてきた私たちにとって、その障害がどんなものかなんてはかり知れないけれど、このような出来事を通して、少しでも 「何か」 を感じ取れる人たちが増えていけば良いと思った。

差別問題が騒がれている現代社会で、障害のある人たちについて理解しようとしている人たちはまだまだ少ないと思う。技術が進歩し、バリアフリーなどができて快適な生活が送れているかもしれないが、やはり社会の中で認めてもらえなければ働くこともできないし、いろいろと不便なことが多いと思う。

私は人間はたくさんの人々と関わり、さまざまなことを聞いたり話したりして、たくさんのことを学んだりしながら成長していると思う。もしこのまま、障害のある人たちを理解しようとする人々が増えなければ、障害のある人たちの生活は今と全く変わらないものになってしまうと思う。このような状況を防ぐために、私たちにできることといえばボランティアだ。町中で困っている人がいたら進んで助けてあげられる、そんな人たちを見習いたいと思う。

今年の発表会では、Kさんが舞台上で転んでしまうというハプニングがあった。その時Kさんに駆け寄り、手を差し延べたのはピアノ教室の代表の先生だった。私はその光景を目の当たりにし、感動したのと同時に、その先生を尊敬したいとも思ったのだった。それは、もし私がその場にいたとしてもKさんが 「障害者」 だということを意識してしまい、きっと手を貸せなかったと思うからだ。

これは小さなボランティアだったかもしれないけれど、Kさんにとってはとても嬉しい出来事だったのではないかと思う。

最後に、昨年私は職場体験学習として、かしま病院のデイケアセンターへ行って来た。ここは、高齢者の方々が集まりボールや風船を使って運動をしたり、食事をしたりして過ごす、高齢者の 「幼稚園」 のようなところだ。

私は初め、親戚でもない高齢者の方と手をつないだりすることに抵抗があり、なかなか活動に専念することが出来なかった。しかし、そんな私に笑顔で話しかけてくれる方々を見ているうちに、いつの間にか活動が楽しくなり、帰る頃には 「寂しい」 とさえ感じるようになっていたことを、今でもはっきりと覚えている。

これからの社会には、障害のある人たちや高齢者の方々を意識せずに暖かい手を差し延べてあげられる、そんな人たちが増えていけば良いと思う。

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